ルアス99番街で育った。
そこは最悪な街であった。
愛という言葉は流通していない。
子供にとってこれほどの過酷な環境はない。
甘えがないのだ。
普通の街ではボールを蹴り、町中を走り回ってるような子供達が
この街ではナイフを握り、死から逃げ回っているのだから。
着る服、夜食べるパン。雨の当たらない寝床。
衣食住それら全てを命からがら奪い合う事だけを学ぶ。
明日も息をしているために。

自分もそんな子供の一人だった。
年齢は分からない。
捨て子だったのだ。
物心がついた頃には汚い路地裏の影で一人で生きていた。
生まれてからどれだけ年月が過ぎたかなどカウントしようが無かった。

そして捨て子だったからこそ
自分の名前を知らなかった。

知らない。
いや、もとから名前も付けられずに捨てられたのかもしれない。
だが名前なんて必要無かった。
名前を呼んでもらう相手なんていなかったからだ。
周りの人間は全て敵だ。

だから名前なんていらなかった。

幼いながら
人を殴り、物を盗み、奪って生きてきた。

その日も、
いつものように飢えていた。
ナイフを右手に食べ物を探した。

路地裏の壁に背をあて、見知らぬ親父が座っていた。
パンと酒を横に置いている。
顔が真っ赤だ。
酔っ払っているようだった。
その親父は俺を見るなりよくわからない言葉をグダグダ言ってきた。

右手を突き出した。
するとその親父は血を吐いて黙った。
真っ赤だった顔が青白く、冷たくなった。

それが初めての人殺しだった。

殺した理由は簡単。
腹が減っていたからだ。


99番街で一番多い動機である。


自分の名前は知らなかったが

食べるために人を殺していい事だけは知っていた。






~~~~~~~~~~~~~~~~~






-夜 コロシアム一室-






「んが・・・」

目を開いた。

長い夢を見ていたようだ。
苦しい。古い夢。
思い出したくも無い過去の話。
そういうものを見るから夢は嫌いだった。

「お目覚めみたいだねメッツ」

この監獄のような小さな部屋
自分の目の前に一人の男が立っている。
その男に自分の名前を呼ばれた。
メッツはこの目の前のこの男が嫌いだった。
メッツが目線を起こすと自慢のドレッドヘアーが揺れる
その男の方に唾を吐き捨てて言ってやった。

「ァアン?そのいけ好かねぇ顔みせるヒマがあったら煙草でもくれや」

「おやおや、あなた自分の状況が分かっているのですか?」

メッツはふと自分の両手足を見る。

相変わらず両手足に丈夫な鎖で汚い壁に繋がれたままだ。
いけ好かないアクセサリーだ。
2週間繋がれっぱなしでも愛着がわかない。

メッツは黒々で屈強な肉体をしていた。
といってもデカいというわけではない。
筋肉しかないのではないかという肉体はむしろ引き締まっていた。
メッツの着ているガーディアンチェインアーマーという戦士服は
前側が大胆に開け放たれた言うならば半裸服である。
なのでその筋肉と色黒の肌が一層際立った。

だがそれでもこの鎖はメッツの自由を奪うには十分な強度を持っていた。
禁煙にはもってこいである。

「覚悟を決める事ですよ。
 君の命はこのコロシアムのオーナーである私『天使』アンジェロの手の平なのだから」

アンジェロ。
この目の前にいるこの男は
メッツを監禁した張本人であり、
そしてこのモンスターコロシアムのオーナーである。
表向きにはちまたで『天使』と呼ばれていた。
それにはいろいろな理由があるが、
何よりアンジェロが『天使』と呼ばれる決定的な理由は・・・・

背中の翼であった。

「プッ・・・ガハハ!なぁにが『天使』だオラ!いけ好かねぇハゲ鷹野郎が!
 その翼だって服から生えてるもんじゃねぇか。ァァン?」

「そうですがそれが何か?これは私が天より祝福を受けた証に代わりありません。
 一年前私がふと道端で拾ったゲート。
 それを開くと辿り着いたのはなんと星の輝く天の国!アスガルド!
 そしてそこで手に入れたのがこの翼の服。そう!神は私を選んだのです。
 地界(ミッドガルド)のマイソシアへの天の使者。『天使』として!」

「うっせぇんだハゲ!聞き飽きたんだよそのオトギ話はよぉ!
 天界(アスガルド)なんてあるわけねぇだろこのウソこき野郎が!」

「ウソつきですって?私を侮辱する気か下等な人間のくせに
 それもその中でもさらに下等の中の下等。ルアス99番街の住人のくせに」

「んだとコラァ!ぶっ殺すぞハゲ!」

メッツが縛られた両手を勢い良く動かそうとする。
だがジャラジャラと鎖が弱ったメッツの力を抑えつける。

「どう足掻いても抜け出せないに決まってるじゃないですか
 まったく。下等生物の考える事は分からないし見るに耐えない」

アンジェロが後ろを振りむく。
同時に背中の羽から数枚の羽が落ちた。

「私が次来た時が貴方の"人生"の最後です」

そう言ってアンジェロは部屋のドアへと向かう。
開けかけのドアはアンジェロが近づくと不思議と勝手に開いた。
そしてそのままアンジェロは部屋を出て行った。



またこの監獄のような小部屋に静寂が戻る。
この汚い部屋の端に鎖で繋がれたまま無音の世界が刻々過ぎる。
慣れたものだった。
だがいまさら不満を言うとしたら、
やはりとにかくタバコが吸いたい。


そう思った矢先だった。


またドアがガチャリと開いた。


「ぁあん?またそのいけ好かねぇ面を見せに・・・・・のぉあ!!」
「だぁれの面がなんだって?このタバコジャンキー」

ドアから入ってきたのは目つきの悪い盗賊だった。

「おま!ドジャーどうやってここに?!」
「どうやって?そりゃノックして正面のドアから入ってきただけだぜ?」
「いや、だからそれをどうやったっつぅーんだ!
 ここら一体は関係者以外立ち入り禁止だろがよ!」

ドジャーの手元からポロンと何かが地面に落ちた。
地面に落ちたのはグニャグニャのハリガネだった。

「たまたま合鍵持っててな」
「プッ・・・・ガハハハ!!合鍵か。そういや空き巣はおめぇの得意技だったな!」
「ニヒヒ。俺は鍵相手にも『人見知り』はねぇぜ?」

ドジャーがメッツを縛り付ける鎖を外しだす。

「それよりドジャーおめぇ・・・なんでここが・・・」
「お、あぁそうだった。・・・ってアレックス!どこ行った!」
「アレックス?」

呼ばれて飛び出て。
アレックスはヒョコリとドアから顔を出した。

「なんですか。感動の体面を演出させようと二人きりにしてあげたのにおもしろくない」

「そりゃ残念だったな。メッツ、こいつはアレックスだ。
 おめぇに会いたいっつぅんで連れてきた。おもしれぇ奴だぜ?」
「ほぉ。オメェらしくねぇツレだと思ったんだが・・・ってイヤ、違うってんだ!
 なんで俺がここに捕らわれてるって分かったんだって聞きてぇんだ!」
「そりゃぁ・・・・・・・・・・」

ドジャーが少し考えた感じで言葉を止める。
と同時に鎖が外れた。
メッツの体が自由になる。
立ち上がったメッツは3人の中で一番背が高かった。

「その前に・・・ほれ、メッツ。ミヤゲだ」
「オォォ♪!!!会いたかったぜ相棒!!」

ドジャーが出したお土産とは"マイソシア3(スリー)"。
通称マイサンと呼ばれるマイソシアで一番ポピュラーな煙草だった。
見るなりメッツは一本取り出し口にくわえて火をつけた。
そんなメッツにドジャーが話を続けた。

「プッハァー!生き返るぜコノ野郎めぃ!」
「なぁ、メッツ。おめぇアナハイムってディドを知ってるか?」
「!? なんであいつの事をおめぇが知ってやがんだ?!」
「森で会いまして、そのディドがヒントを教えてくれたんです」
「・・・・それでアナハイムは?!なんだ?!元気してたのか?!」
「・・・・・・・・・そのディドは死んだ」
「・・・・・・そうか」

メッツがドレッドーヘアーを垂らしながら視線を落とした。
同時に口にくわえたタバコの灰が落ちる。
そんなメッツにアレックスが聞く

「その・・・メッツさん。あのディドとどういう関係だったんですか?」
「彼女だ」

「「はぁああ?!」」

「ウソだ」

「・・・・・殺すぞメッツ・・・」
「初対面なのにその頭に槍刺してモップにするとこですよ・・・」

メッツはガハハと笑い、話を続けた。

「あいつはなぁ、この部屋で一緒に捕らわれてた奴だ」
「・・・はぁ?ディドと?」

メッツは煙を吐いた。

そしてメッツが話を続けようとしたその時だった。




「クックックック。そうかアナハイムは死んだのですね。あのディド野郎は・・・」

突然小部屋のドアが開いた。
勝手に。

そして入ってきたのは羽を背中に背負った男。
『天使』アンジェロだった。


「チッ!戻ってきたか!」
「袋小路ですよこの小部屋!」

「まったく。どこから入り込んだんだのやら、この下等生物(ネズミ)たちは・・・
 フフフ、それよりも話は聞かせてもらいましたよ。アナハイムは死んだのですね?
 それはよかった。内部の情報が漏れる心配があったので心配していたのですが・・・
 まぁあのディド馬鹿はディドとして死ねて喜ばしい限りだったでしょう。ハハハハ!」

「どういう事だ」

「ハッハハ!まぁ教えてあげましょう。
 ある日ある所にディドが大好きな男がいましたとさ」

「・・・・?」

「その男は庭で何十匹という様々なディドを狩って生活していました
 そこに目をつけたのが私です。私は言いました「そのディドをコロシアムに売りませんか?」
 だが男は言いました「ディドを危険にさらしたくない」・・・と」

「アナハイムはその男の飼いディドだったってのか」

「おしいですね。変身スクロールという物を知っていますか?
 そうです。モンスターに変身できるアイテムです
 あの巻き物に書いてある呪文を少し裏ルートでチョチョィといじってもらうだけで
 あら不思議・・・・・・・・・永遠にモンスターの姿のままってわけですよ。
 私は何十匹というディドと・・・ディドになった愚かな男を難なく連れ帰りましたとさ・・・」

「・・・・なっ!それってまさか!!」
「その男がアナハイムだってのか!?」

「アッハッハッハ!会ったのでしょう?アナハイムに。
 人語をしゃべるディドなんているわけないじゃないですか!アハハハハ!」

「あのディドが・・・・人間だと・・・・」

アレックスとドジャーはアナハイムとの戦闘を思い出した。
たしかにあのアナハイムというディドはディドを超越した知能を持っていた。
そしてドジャーが放ったダガーが当たったアナハイム。
その傷口から垂れた血は・・・・・
赤。

「最悪ですねあなた・・・」

「まぁ、彼は脱走して自由を手に入れたのだからいいじゃないですか
 他の人々のように殺し合いをしなくてもよくのですからね」

「どーゆーことだ」

「わからないのですか?つまりですね・・・・・
 コロシアムに参加しているモンスターの約4匹に1匹は・・・・

 ・・・・人間だってことですよ」





                 






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