ディアンはツィンを酒場の壁にもたれさすようにし、
応急手当てをした後、口にヘルリクシャを流し込んでやった。
これで当分死にはしないだろう。

「ツィンはまだ修行不足だったか・・・」
「修行がどうのこうのの問題じゃなかったけどな」
「フン。だが俺様にそんな小賢しい手なんぞきかんぞ!」

ディアンが自慢の兜を頭にかぶる。
その兜はアメットとは違い、顔が完全に隠れるものである
かぶってしまうと影になってこちらからはディアンの目も見えない。
だがその影の奥に『ナイトマスター』の鋭い目つきが見えた。

そして槍を持ち上げる。
そのディアンの姿を見るとさらに一回り大きく見える。

「ちょ、ちょっとまてよ『ナイトマスター』さんよぉ
 なんで俺があんたとまで戦わなきゃなんねぇんだ!」
「うちの看板が負けたなんて言いふらされちゃたまらんからな」
「ケッ、道場思いな事で」

「待ってください」

ベルの音と共に店の出口からアレックスが出てきた。
口にはご飯粒をつけたままである。
アレックスは自分でそれに気づき、つまんで口に放り込んだ。
うん、うまい。
アレックスは話を続ける

「あなたがケンカを売った相手は僕じゃありませんでしたか?」
「おっと忘れていたぞ元王国騎士。貴様でウサ晴らしをするのが目的だったな」
「それとも僕よりツィンというお弟子さんの仇を早く討ちたいですか?」
「HAHAHAHA!戦う順番なんぞどっちでもいい。些細な問題だ。
 結局どちらもこの『ナイトマスター』ディアン様の手にかかるわけだからな!」

ディアンが槍をブンと振った。
離れていても風圧がアレックスの髪をゆらした。

「だがやる気があるなら貴様から塵にしてくれるわ!フン!」

ディアンが槍に力を込める。
その瞬間、激しい音をたてて槍に青い電撃のような閃光が走った。

「うわ!」
「な、なんだぁ?」

「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」

ディアンが高笑いのような笑い声を響かせる。
そして肝心のディアンの槍。

稲妻のような青いオーラがディアンの槍に纏われていた。
青白く輝きながら、電撃のようにピシピシとハジけている。
まるでその槍の上にもう一回り大きなオーラの槍をかぶせたようである。

「なんだぁその槍・・・反則くせぇ〜〜・・・」
「あの槍・・・たしか・・・」

アレックスには見覚えがあった。
たしか王宮前の広場に入る門の前だったか、
ナイトマスターがあのオーラに纏われた槍を地面に突き立てて
HAHAHAHA!とご機嫌で笑っているのを見たことがあるのだ。
その時はオーラをまるで剣状にしていた。
槍を覆う青いオーラの形は自由自在なんだろうか。
でも間近で見ると一層凄そうな槍だ。刺さったら多分痛いじゃ済まない。
どうせ変な因縁で挑まれた戦いなんだからドジャーに任せとけばよかったと後悔した。

「HAHAHAHA!我が槍のサビにしてやる!くらえ!ピアシングボディ!!」

ディアンの巨体が槍を突き出す。
オーラに纏われた槍がグゥ!っと伸びたようにアレックスを襲う。
ピアシングボディは槍の長さを最大に使うロングレンジな攻撃である。
さらにディアンのでかい腕。
またさらに槍+オーラ分のリーチ。
まるで中距離を無に帰すようである。
アレックスもさすがにこの距離が届くとは思ってなかったようで度肝を抜かれた。

「うわぁ、あぶなっ!」

アレックスが紙一重でかわす。
が、槍のオーラが衣類にかすり、その部分が弾け飛んだ。
槍を覆う電撃のようなオーラだけでもダメージがあるようだ。
槍の"先端以外に殺傷能力がない"という弱点をカバーしていた。
かなりやっかいである。

「ほぉ。避けるとはな。だが何度も避けきれると思うな! ピアシングボディ!!!!!」

ディアンがもう一度槍を突いた。
槍の事を無しに考えても
その無駄の無い攻撃姿勢と槍の軌道。
騎士のアレックスが見ても惚れ惚れする。
ディアンが『ナイトマスター』と呼ばれるのも頷けた。
伊達で呼ばれている訳ではなさそうだ。

また空気を裂きながら青白いオーラに纏われた槍がアレックスに迫る。

騎士の技だから性能は知っている。
ピアシングボディはあくまで直線的な突きである。
さらにあの精確無比な攻撃。
だからこそ来ると分かっていれば確実に避ける事が出来る。

またアレックスは槍を紙一重でかわす。
今回もオーラがかすって衣服の一部を持っていかれたが
あの槍が刺さる事と比べればたいした問題ではなかった。
問題はその先であった。

空を突いたディアンの槍はそのまま酒場の壁に突き刺さった。
いや、刺さったというのは正しくなかった。

槍は酒場の壁を砕いた。
壁の破片が景気よく飛び散る。
酒場の壁に風通しの良い大きな穴が空いた。
槍で壁を砕くなんて・・・・
あんなものを食らったらただでは済まない。

酒場の中からオォーー!という歓声があがった。
客達が店に突然穴が開いた事に感動したようだ。
恐怖するとか悲鳴をあげるとかいう言動は全くない。
穴の事などまったく無関心に酒を飲み続ける人もいる。
元気なじいさんが「これで月をつまみに酒が飲めるわい」とか言い出した。
ルアス99番街の人々の神経はどうなっているんだ・・・。

だがアレックスからしたら無関心ではいられない事態であった。

「こ、これを食らったら・・」
「なんて槍だよオイ・・・・」

「HAHAHAHA!見よ!この槍に宿る青白いオーラの力強き美しさを!
 これが俺の力だ!ナイトマスターの称号は伊達ではないわ!!!!」

ディアンがそのオーラに纏われた槍で天にかざしながら言った。
その姿はまるで青き稲妻を手に掴むかのごとしであった。

そして槍を構える。
ピアシングボディと似た構えだが先ほどより多少深い。
騎士であるアレックスだからこそ分かった微かな違いである。
あれはピアシングスパインの構えだ。
ピアシングボディと似ているが、威力と速さは比べ物にならない。
ボディであれほどの威力ならばスパインは・・・。
考えるとアレックスはゾッとした。

あぁ・・・なんかもうちょっと食べておけばよかった。
お腹いっぱいになっていれば何が起きても悔いはないのに。
いや、まてよ。
お腹いっぱいの状態であの槍を食らったら
お腹に穴が開いて食べた物がこぼれちゃうんじゃないだろうか。
それはそれでもったいないな。
いやでもさっき食べたチャーハンはホントに・・・


その時突然ガランガランという音が周りに響く。
酒場の入り口の開く音だった。

「コラァアアアア!!」

耳を揺るがす大声。
その声の主は酒場の店主マリナだった。
片手にギターを携えている。
相変わらず女神のように美しい。
が、今の面相はまるで怒れる悪魔のようであった。

「私の店に出入り口をもう一個作りやがったのはどこのどいつだ!!!」

マリナが叫ぶ。あきらかな怒りがこもっていた。
いや、怒りというよりは殺意というべきか。

「女。今取り込み中だ。後にしろ」
「もしかしてあんたが店に穴開けた犯人ね?」

マリナが右手に持つギターに力を込めた。
おそらく店で演奏する時に使うギターだろう。
だがアレックスとドジャーにはそれが恐ろしいハンマーに見える。

「あぁそうだ。穴を開けたのは俺様だ」
「悪い子にはお仕置きが必要だわ」
「HAHAHAHA!女がこのナイトマスターに敵うと思っているのか?」
「うるさぁぁぁぁああい!!!!!」

マリナが凄い勢いでディアンに向かって跳んだ。
目が殺気立っている。そして一点を見つめている。
片手にはギターという名の金棒。
空中で大胆に振りかぶっている。

「とぉおりゃあああ!!!!!」

マリナは力の限りギターをディアンの頭に向かって振り切った。

「ガぁッ!」

大きな音を立ててディアンの自慢の兜が吹っ飛ぶ。
アレックスは一瞬ディアンの首ごと吹っ飛んだかと思うほどだった。
ディアン自身も軽く吹っ飛んで地面に転ぶように倒れる。
槍も転がり、ディアンの手を離れたことで槍を覆う青白いオーラが消えた。

「クッ、油断した」

兜の上からという事でディアンにダメージはほとんど無かったようだ。
首をコキコキと鳴らしてから地面の槍を拾おうとする。

その手をマリナは足で踏みつけた。

「イダダダダダ!」
「私の店に穴を開けた事は万死に値するわ」
「チッ、一撃入れたくらいでいい気に・・・・」
「お仕置きは尻叩きじゃ済まないわよ」

マリナが闇夜にギターを振り上げる。
それは月と重なり逆光で怪しく輝いた。

「ちょ、ちょっとまて・・・・」
「待てないわ。あの世で懺悔して」
「ちょっ!ちょま!・・・・」

その言葉を最後に辺りに鈍い音が響く。
マリナは何度もディアンをギターで殴りつけた。
ギターであるのに、奏でるのは鈍く重い音。
美しいブロンズ髪を揺らしながら女神は無心にギターを叩きつけた。
ディアンのうめき声のような叫び声のような声が漏れる。
何を言っているのか発音できていないが、
多分"助けて"とかその辺だろう・・・・
アレックスとドジャーは息を呑んだ。

「さぁて」
「はぉが?」

マリナが殴るのをやめた。
ディアンはすでに顔がはれ上がってボコボコだ。しゃべるのもままならない。
ナイトマスターの面目まるつぶれである。
そのディアンの巨体をマリナが片手で立ち上げた。
そしてもう一方の手で何かの瓶を取り出した。

あの瓶・・・ラベル・・・見覚えがある。
あれは・・・・

サラセンなんたらなんたら酒『バーニング・デス』!!!

「『ナイトマスター』がなんぼのもんなの?
 私はこの店『Queen B』のマスターよ。酒場の恨みは酒場流に返してあげる」

アレックスとドジャーは最初に酒を持ってきたマリナの言葉を思い出す。

五臓六腑に染み渡り・・・・
燃え尽きるほどにヒート・・・
これを飲んだウッドノカンは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息を・・・

「悲鳴という名の『ごめんなさい』を聞かせてもらうわ」

マリナが家畜を見るような目をして言った。
そして酒瓶をディアンの口・・・いや、鼻に突っ込んだ。
酒が注ぎ込まれていく。

「ウぼ、ボバババ・・・!」

その様子を見ながら、アレックスは震える左手で十字を画いた。

「アー・メン・・・・」






三日月が口元を緩めて輝き人々を見下ろす。

その夜は静かな夜だった。

獣の雄叫びも少なく、

酒場の人々以外は誰もが寝静まっているかのようだった。


そんな静かな静かなルアスの深夜



ルアス全体にナイトマスターの悲鳴が響き渡った。





                         






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