- "1時間前" 城内 -

- 第28番・防壁機動部隊 -
- 3席リーズン隊員 の通信より -
- 通信責任者 部隊長フーバ=タンクス -






[あーあー 防壁機動 そのまま待機。繰り返す。そのまま待機]

「こちらリーズン。待機?待機と言ったか?」

[待機。繰り返す。待機だリーズン隊員]
[こちら部隊長フーバだ。リーズン隊員。落ち着け。気持ちは分かる]

「隊長。仲間が庭園で"また"命をかけている。居ても立ってもいられないっ!」

[待機だ]
[リーズン。早まるな。終焉戦争の二の舞を起こしてはいけない]
[俺達には俺達の仕事がある]

「・・・・くっ・・・」

[部隊長フーバより連絡。俺達は防壁機動(バリケード)。いつでも仲間を守れるよう・・・・]

「分かってる。分かってるよ部隊長」

[ならいい]
[俺達にしか出来ない仕事ってのがあるんだぜ?リーズン]
[ミラ部隊長の内門が二度も破られる事はないとは思う]
[が、もしもの時、"城内の城門"となれるのは俺達だけだ]

「・・・・・分かってる。リーズン。待機します。待機。待機です」

[OKだ]
[待て。通信が入った。繋ぐ]
[・・・・・・g・・・・r・・・・]
[・・・・・・・・・・d・・・・・]
[部隊長フーバだ。ちゃんと繋げ!]
[グループWISを接続中・・・・・OKです]

「どこからだ?」

[・・・・・k・・lp・・・・・こちら指令本部]

「繋がった」

[繰り返す。こちら指令本部。1番隊だ。フーバ部隊長、以下28番隊に報告]

[話せ1番隊]

[報告。内門が落ちた。繰り返す。内門が落ちた]

「!?」

[なんだと!?]
[誤報じゃないのか!?]

[誤報ではない。内門は落ちた。第50番・強壁重装部隊ミラ部隊長は突破された]

[部隊長フーバより。続けろ]

[内門崩落により、封鎖。不幸中の幸いだ。反乱軍は進攻不可]

「続きがあるんだろ?」

[6名侵入。アレックス=オーランド元16番隊部隊長、エール=エグゼ16番隊副部隊長。
 ロス・A=ドジャー。メッツ44部隊員。エース44部隊員。エドガイ=カイ=ガンマレイ]

[裏切り者ばかりっ・・・]
[騎士団の誇りはどうした!]
[部隊長フーバより。お前ら黙れ。通信が聞こえない]

[追記。もう1名の侵入の目撃者あり。正体不明。『7人目の侵入者』と呼ぶこととする]

[部隊長フーバより本部へ。それは先行で侵入したという『竜斬り』クシャール、
 または、暗躍部隊(ジョーカーズ)のシド=シシドウでは?]

[いや。前述の6名と、ほぼ同時に侵入したものが同時に居るようだ。
 様子からすると、同時に侵入した6名さえ認識していない存在になる]

「そんな事はいい!俺達はどうすればいい!」

[部隊長フーバより。落ち着け、リーズン。]

[1番隊部隊長ディエゴ=パドレスの言葉を伝令。第28番・防壁機動部隊。
 各階の窓の封鎖を願う。崩壊した内門に人員をとられている。各階の窓の封鎖を願う]

[こちら部隊長フーバ。了解した。以下、我が部隊に命令。
 各所属のグループリーダーの命令に従い、各自各階の窓、封鎖に当たれ]
[了解]
[了解]
[了解]

「了解」

[続けて1番隊部隊長ディエゴ=パドレスの言葉を伝令。さらに・・・]

「あ」

[うるさいぞリーズン]
[通信の途中だ]

「いや、たった今、ロウマ部隊長が・・・・・うわっ!!!!!」

[リーズン?]
[おい。リーズン!]
[こちら部隊長フーバ。おいリーズン隊員。返事をしろ。おい!]

「・・・・・・・・・・」

[応答しろ!おい!]
[リーズン!リーズン!!!]
[返答がないぞ!]
[・・・・・こちら部隊長フーバ。急いでリーズンが指揮していた隊に代役を立てろ]
[リーズン!おい!!]









[繰り返す。1番隊部隊長ディエゴ=パドレスの言葉を伝令。
 さらに、44部隊ロウマ=ハート部隊長と遭遇時、持ち場の放棄を許可する。
 繰り返す。1番隊部隊長ディエゴ=パドレスの言葉を伝令・・・・]











- 1時間前 城内 -

- 第28番・防壁機動部隊 -
- 3席リーズン隊員 の通信より -
- 通信責任者 部隊長フーバ=タンクス -
- 終了 -

































「あーあー、《ドライブスルー・ワーカーズ》 そのまま待機。繰り返す。そのまま待機」

エドガイは冷静だった。
何度も。
何度も死線を越えてきた。
むしろ、死線しか越えてきていない。

何度も死のうとした。
命を投げ出した。
"死にたがり"
俺達、傭兵の事をそう呼ぶのも分かる。

"命は金より重いぞ"

そう、何度もどーでもいい奴に説教された事がある。

だが、
こちらにも言い分がある。
・・・・と返答をしようとすれば、

"あぁそう。お前らにとっては金が命より重いんだな"

と先に返答される。
皆決まって説教し、
皆決まって"こっち"の言い分も決める。
が、
違う。

金と命は等価なんだ。

俺達の命は、
何よりも軽いし、
無限に重くもできるんだ。

「あいあい、ヒマだぜ?なんか報告はないの?」

そんな話、今更どうでもいいことか。

[こちらアーク=ソナティカ。異常無し]
[こちらロイ=ハンター。異常無し]
[メガ=デス。です。異常無し]

「異常無し?異常がない方が異常なんだぜ?」

[こちらルナ=シーダーク。ボス、その心は?]

「俺ちゃんらは最強ロウマ=ハートに挑んでるって意味だ」

[こちらマグナ=オペラ。つまり、すでに俺らのやってる事が異常だと]
[こちらソル=ワーク。いや、あのロウマ相手にしてて、異常が無いって状況が異常なんだろ]
[こちらノヴァ=エラ。ボスは大して考えて発言してないよ。緊張を解かないように」
[[[[サー!イエス!サー!]]]]

「あらあら♪さすがノヴァちゃん。どっちがボスなんだか」

金で動く傭兵。
そんな俺達が、今、
最大に不釣合いで、
最大に割りに合わない仕事を・・・

報酬無しで行おうとしている。

「・・・・ボス。英雄。絶対。そして最強。・・・・誰にどれだけの価値があるのやら」

が、
何も、
何も不思議なんてことはない。
だって言ったじゃないか。
金と命が等価ならば・・・・




タダより高いものはないさ。

































「ったく。さっさと歩け」

ドジャーは、両手を縛り上げたその男のケツを蹴飛ばす。
縛った男を蹴飛ばすなんて最悪だ。
カスもカス。
堕ちるところまで堕ちたものだ。

これではただの下町のチンピラだ。
なんと格を下げたものだろう。

「さっさと歩いてください」

その横で、
アレックスも、両手を縛り上げたその男のケツを蹴飛ばす。
縛った男を蹴飛ばすなんて最悪だ。
カスもカス。
堕ちるところまで堕ちたものだ。

「カッ、こいつが女ならもっと蹴飛ばしがいもあるんだがな」

堕ちるところまで堕ちたものだ。

「ドジャーさんは縛った女を蹴飛ばすことに快感を覚えるんですか?」
「別に。だが男を蹴飛ばすのが趣味なよりマシだろ」
「なるほど。余談ですが、タコはオスよりメスの方が美味しいそうです」
「うっせぇタコ」

もともと堕ちていたかもしれない。

「・・・・クソッ・・・あんたら・・・覚えておくんですねぇ・・・・」

「うるせぇ。また蹴るぞ。金玉以外の全てを蹴り潰すぞ」
「さっさと歩いてください」

エクサール。
《10's(ジュース)》の最後の生き残りは、
歯を食いしばって、
その屈辱に耐える。

両手を縛られ、
何も出来ない状態で、
アレックスとドジャー。
その二人、いや、エースを含めた三人の前を歩かされている。

「なんだかねぇ・・・・」

エースは呆れた。

「ロス・A=ドジャー」
「んだよ」
「いきなり俺を置いて飛び出したと思ったら、こんな状況になってやがった。
 ・・・・まぁ大体の事情は飲み込めたけどよぉ・・・・なんつーの?」

アレックス、ドジャー、エース。
それに、
捕虜の《10's(ジュース)》がエクサール。

城内を闊歩していた。

「なんつーかよぉ、ロス・A=ドジャー。アレックス部隊長。
 俺からすっと、どっちかっつーとあんたらが悪役みてぇに見えるんだけど」

それはエースが、
レグザやエールとの対峙の時にいなかったからこその感想だ。

「カッ、俺、もともと悪党だもんよ。な?アレックス」
「僕をヤンキーの仲間に入れないでください。僕は本能のままに生きているだけです」

それをチンピラという。

「何にしても・・・」

「ひぃっ!」

アレックスは、エクサールのケツを蹴飛ばした。
明らかに、悪意のある行動だ。

「僕はこいつを許せないんです。許すわけにはいかない。
 今、たった今、この場で100万回はズタズタにしてやりたい。
 "仲間を殺される"っていうのはそういうことなんです」

副部隊長エールを手にかけた男。
許すわけにいかない。

「ドジャーさんはさっき「金玉以外の全てを蹴り潰すぞ」って言いましたけど、
 僕はこいつの目玉をくり貫いてその金玉をぶちこんでやりたいです」
「も・・・物凄いこと言うなおい」
「これが我が騎士団・医療部隊部隊長のセリフかよ」

物凄いわ。

「でもそれぐらい・・・それぐらいコイツは許せない。許せないんです。
 こいつは仲間を殺してくれただけじゃない。それ以上に許せない」

アレックスは、
もう一度エクサールを蹴飛ばした。
最大の力で蹴り飛ばした。
サッカーボールを蹴るみたいに。

「うぐっ」

エクサールは、手を縛られたまま地面に転がった。
死骸騎士に痛みはない。
だからこそ腹が立つ。

「"こいつ"は、僕と同じ聖騎士(パラディン)です。オーランドの遺伝子も持ってる。
 僕に限りなく近い存在で、それで、僕と同じエールさんの仲間であって・・・それで・・・」

それで・・・
"自分と同じように、彼らを裏切った"

まるで自分の過去の過ちを見たような気がして・・・
それがたまらなくイヤだ。
同族嫌悪。

「カッ、まぁいいさ。正解じゃねぇが好きにしな。俺はそれでイイと思う。
 確かにそれは醜い感情かもしれねぇ。本当は抑えるべき感情なのかもしれねぇ。
 だが、正論しか語らない英雄より、そんな人間らしいテメェが嫌いじゃねぇ」

正解じゃないが、それでいいと思う。
とても人間らしい。
世知辛く、
どうすることもできないんだから。

「まーまーまー、ロス・A=ドジャー、アレックス部隊長。
 俺ぁその捕虜を気遣って「どっちが悪役だよ」って言ってるわけじゃぁねぇ。
 だが生かして捕虜にしているからには理由があるわけじゃねぇか」

エースが言う。

理由。

アレックスが100万回ズタズタにしてやらない理由。
それは、
"アインハルト=ディアモンド=ハークスの弱点"

「ウサバラシより、それを聞き出す方に精を出しちゃぁどうだ?」
「カッ、吐きやしねぇ。もう一回試してみるか?」

ドジャーは、
アレックスに蹴飛ばされて横たわるエクサールの、

「おい」

頭をグイッと掴み、引き起こし、
顔面を近づける。

「アインハルトの弱点を吐け。血反吐も吐けないならそれぐらい吐け」

「・・・し・・・知らないって言ってんですよ・・・・マジ・・・本当なんですよぉ・・・・」

何度も聞いた返事だ。

「このまま一瞬でテメェを浄化する事もできんだぞ?なぁアレックスの旦那」
「誰が旦那ですか。そんなイカついキャラにしないでください」
「カッ、エクサール。テメェも聖騎士なら分かるだろ」

聖騎士こそ、死骸騎士の天敵であると。
エクサール自体がアレックスのコピー。
聖騎士(パラディン)だからこそ、
それは理解できるはずだ。

「・・・・つーかそれ思うと、こいつはマジで天然記念物だな。
 "ゾンビが聖属性"ってありえねぇ。ポリエステルで出来た人間が炎魔法使うようなもんだ。
 カッ、・・・・で、自殺志願者1号機君。テメェは俺が知りたい事を吐いてくれねぇのか?」

「マジで知らねぇんですよぉ・・・・信じてくださいよぉ」

それが本気なのは分かっている。
ドジャー。
そしてエースも、
他の《10's(ジュース)》と戦っている。
その時、運良く手に入れたこの"藁"のような情報も、
《10's(ジュース)》自身がよく分かっていないのだ。

アクセルとエーレン。
その細胞がこのコピー達の内側で呼びかけている。
それだけなのだ。

「あ、あんたらが言いたい事はなんとなく分かるんですよぉ・・・・。
 確かに、僕としても首のところまでモヤモヤが出かかってるんですよねぇ・・・・」

「だから"吐け"って単語がある」

「分からない・・・あと少しで出てくるんですけどねぇ・・・・。
 いや、本当ですよ?吐けるなら吐いてんですよねぇ・・・・。
 僕ぁアインハルトに忠誠を誓った身じゃぁないんですから・・・・」

こうやって堂々巡りだ。
が、
諦めるわけにはいかないのだ。

こいつはイケ好かない野郎だが、
それでも、"藁"なのだ。
掴まなくてはいけない。

「ドジャーさん」
「あ?」
「どいてください」

アレックスはドジャーの返事を聞く間もなく、
ドジャーを突き飛ばし、
そして、
目の前のエクサールに、思い切り拳を振り切った。

「ぐほっ・・・」

「死骸であるあなたに痛みが無いのが本当に残念です」

もう何度目の暴力か分からないが、
アレックスの怒りは、
だからこそ収まらない。

「エクサールさん。僕は"あなたに聞きたいんじゃない"。
 細胞の奥の奥。父さんと母さんが伝えたがっている事を聞きたいんです。
 あなたはそれを中継するスピーカーでしかない事を肝に銘じてください」

アレックスの目は据わっている。

その光景を横目に、
ドジャーはエースに小声で話しかける。

「分かるか?エース」
「何がよ」
「あれがアレックス=オーランドだ。あいつは自分が嫌いで嫌いでしょうがない。
 エールの時がそうだったように、今は自分のコピーであるエクサールを嫌悪している」

自己嫌悪

「なるほどな。それも、自分の悪い処だけを固めてこねて出来上がったようなレプリカだからな」
「だがな、あいつは"一皮剥けちまった"」

一皮剥けた。
あの、レグザとエールと対峙したあの時に。

「化けの皮を一枚剥いたっつってもいい」
「その表現は分かりやすい。アレックス部隊長は可愛い顔して、
 ドス黒いモンを腹に詰めてる男だったからな」
「今のあいつは強ぇぞ。形振り構っていない。つまるところ、迷ってねぇ」

エースには、
ドジャーが、嬉しそうな反面、
少し、寂しそうな顔をしているのが分かる。

「モヤモヤした偽善に包まれた、人間臭いアイツも好きだったがよ。
 あいつはそれを今さっき剥いた。被った猫を剥いで、残酷な英雄になっちまったんだよ」
「英雄ねぇ」
「英雄ってもんはいつも残酷だ。逆側の正義を捻り潰す者の通り名なんだからよ」

アレックスは、
そう、
英雄になった。
心の底でまだ迷っていた"英雄"の覚悟。
それがフッ切れた。

父と、母を越える事で。

レグザとエールを越える事で。

「待て!待ってくださいよぉ!」

エクサールが懇願する。

「た、確かに僕は恨まれて当然かもしれない!反省もしていない!」

「あ?」

「・・・あ・・いや・・・・ちょっとくらいは反省してるかなぁ・・・
 でも!アインハルトの弱点が頭に浮かばないのも事実なんですよぉ!?
 もっと協力的になれるんじゃぁないかと思う・・・・んですよぉ・・・・」

「・・・・カッ、こいつは本当にアレックスのレプリカなのか?似ても似つかねぇ」
「いや、ドジャー。アレックス部隊長。こいつの言う事も一理ある。
 だってよぉドジャー。俺らが相手したサーレーって《10's(ジュース)》・・・・」
「・・・・あぁ」

《10's(ジュース)》がサーレー
"アインハルトの弱点"
を掴むきっかけになった男。
その男が
反応したキーワード。

片方は、
"アインハルトの弱点"
その言葉そのもの。

しかし、
その前にその引き金になったのは・・・・

「俺自身だった」

ドジャー。
ロス・A=ドジャーの存在だった。

正しくは、
ドジャー自体が重要だったわけじゃない。
ドジャーの特性。
それがだ。

「たしかあの野郎は・・・・俺の事を"有り得ない人間"と称していた」
「それは僕も知ってます」
「・・・・一応聞いてやる。その心は?」
「どう考えてもドジャーさん。人間として失敗作じゃないですか」
「・・・・エース。俺はさっきの言葉を訂正するぜ。アレックスはもとから猫を被りきれてない。
 こいつは英雄じゃなかっただけで、もともと残酷で真っ黒な闇騎士だ!」
「まぁまぁ。それで?有り得ない人間とは?」

ドジャーは少し思い出す素振をする。

「"成長しない人間など存在しない"とかなんとか」
「馬鹿にされてんじゃないですか」
「待てアレックス。シリアスな場面だ」

ドジャーはアレックスを制止した。
アレックスも頷いた。

「いや、マジな話、俺も最初はそう思った」
「俺も思ったな。何こいつ。追い詰めた敵から馬鹿にされて恥ずかしくねぇーの?って」
「黙ってろエース。シリアスな場面だ」

ドジャーはエースを制止した。
エースも頷いた。

「でも、"そこ"から騎士団長の弱点に繋がるのは分かります。
 ドジャーさん自体が重要なわけじゃなく、"成長しない人間"という単語に意味があるわけです」

ドジャーは成長しない人間。
ダラける事に関しては天才だ。
努力せず、
才能だけでやってきている人間。
小手先や工夫だけで、ここまでやってきた。

・・・本当に?
いくつのもの修羅場をくぐってきたというのに、
格上の者ばかりと戦ってきたのに、
そして、今なお、奇跡でなく、生き残っているというのに。

それは全て小手先や工夫のみで?

・・・・。
確かに、有り得ない。
成長してしかるべきなのだ。

そして、
"別ベクトルで同じ特性の人間"。

「成長しない人間の頂点。それは騎士団長です」

アインハルト=ディアモンド=ハークス。
絶対の帝王。
"成長する必要がない人間"
生まれたその日から、頂点に君臨していた男。

「成長しない事。"そこ"に弱点があるんじゃないでしょうか」
「・・・・成長しない事に?」
「ま、確かに。アインハルトの弱点を探るならば、
 アインハルトにしか当てはまらない事の中にあるって考えは間違えてねぇ」

その議論の中、
エクサールが、口を挟んだ。

「・・・・でも、成長する必要がないから成長しないんじゃないですかねぇ・・・・。
 全てがオール10だから、騎士団長アインハルトは成長しないだけで」

「おいエクサール。何仲間ヅラして口出してんの?」
「ドジャーさん。金玉以外を蹴り潰す準備を。
 エースさん。目玉をくり貫く準備を」
「OK」
「OK」

「まままま待って!待って!後生だから!・・・・死骸だけに!・・・なんちって・・・」

「今のセリフは許せない」
「今のは酷いですね」
「ギャグ漫画なら見開きでぶっ殺してるところだ」

「と、とにかく・・・今の告げ口は僕なりの意思なんですよ・・・。
 僕は本当に隠してるわけじゃぁないんですよねぇ・・・
 解放してくれるっていうなら、協力だって惜しまない所存なわけで・・・・」

何にせよ、
彼が言うのももっともだ。

既に全てを兼ね揃えている者が、成長しないからなんだというのだ。
そんなものが弱点に成り得るのか。

「おい」

ひと、突然エース。

「待てお前ら。議論はその辺にしとけ」

エースが、
何やら赴きのある声質で言う。

そして、
目線は廊下の先に向いていた。

「お客さんだ。それもちょっくら予想外のな」

アレックスとドジャーも、その廊下の先に目をやる。
暗い廊下。
その奥から、確かに人が一人歩いてくる。

最初、
ソレはゾンビか何かかと思った。
人が歩いてくるというには、見た目が酷かったからだ。


何せ、
全身、血塗れだ。

赤い。
ドロドロした赤いシャワーを浴びた後のように。
彼は血塗れだった。

しかし、
赤浸しのその男の風貌の中からのぞく、
天然の白髪とメッシュ。
黒と白の髪のメッシュ。

「・・・・・おじいちゃん」


「よぉ。息子の息子」


クシャール。
『竜斬り』のクシャールだ。
そのトレードマークの巨斧は無いが、
確かに彼だった。


「なんだぁ?変なツラして。ハトにマシンガンでも喰らったか?
 本当に変なツラだ。誰に似たんだ?俺の息子か?あぁ。俺の息子に似たんだな。
 俺には似てねぇもん。違ぇねぇ。そうだ。おう。俺が言うんだから間違いねぇ」

気楽な態度で言う。
軽口を叩くクシャール。
が、
その血塗れの風貌を見れば、
それを軽口で返せず、表情が強張るのも仕方が無い。

「あぁ?これか?」

クシャールが、皆の表情の意味を悟る。
自分の赤く、ドロドロした風貌に気付きなおす。

「気にスンナ。ほとんど俺んじゃねぇ。返り血だ」

血のシャワーを浴びた後の様な風貌で、
そう言う。
有り得ない血液量だ。

「返り血?・・・待て。待てよジジイ」

「ジジイ?言葉に気を付けろ。息子の息子は"おじいちゃん"なんて言うが、
 俺はまだ50台だ。ジジイなんて呼ばれる筋合いはぁねぇ」

「そんな事はどうだっていい」

「おおっと。それに44部隊のOBに向かって口の聞き方がなってねぇ。
 まったく。ロウマの坊主は部下に何を教育してんだか」

「・・・・それ。それだ。ロウマ隊長・・・・」

エースの表情。
それは、
半ば信じられないといった表情。

「さっきエドガイの傭兵共から連絡があった。
 あんたは"ロウマ隊長と戦闘している"はずだろうが!」

「今で言うと、"していた"だな」

「じゃぁその返り血はなんだ。有り得ないだろうが!」

有り得ない。
そう。
有り得ないだろう。
クシャールが、最強ロウマ=ハートと先ほどまで戦闘していたというならば、
エースが信じられない・・・有り得ないと思うのも無理はない。
そんなことは有り得ないからだ。

最強と戦って、返り血を浴びるなど。

「だが真実だ。自慢の斧は使い物にならなくなって捨ててきたがよ」

軽口で、
クシャールはそう答える。

有り得ない。
だが、
結果だけを物語るならば、
つまり、そういう事なんだろう。

「おじいちゃん」

「おじいちゃんって言うんじゃねぇ。息子の息子」

「おじいちゃん。・・・それはつまり」

「あぁ。そういう事だ。お前の親の親を誇りに思うんだな」

血塗れの体を見せ付けるように。
その、
返り血塗れの体を披露するように、
クシャールは両手を広げ、

悠々と答える。



「ロウマの坊主は倒した。だから今から帰るところだ」























「なんなんだよこれ・・・・」

名を表記する必要はない。
そんな雑兵。
この物語において、それ以上の表記の必要のない二人。

名も無い脇役二人。
彼らは立ち尽くしていた。

「血・・・血だぜおい」

その景色は、血だった。

血以外の何もない。
ただ、血だった。

「どうなってんだよこれ・・・何があったんだ・・・・」

城内。
ルアス城内。
彼らは城内の状況を伝えるための斥候。
だが、
"こんな"ものに遭遇するとは思ってもいなかった。

「・・・ば、ばか。いまや城内は戦場なんだ・・・確かに異常な量だが、
 血だらけぐらいで驚いてんじゃねぇよ・・・・・・」

そういう彼も、その光景に眼を奪われていた。

「バカはテメェだ相棒・・・・城内は死骸騎士ばっかりなんだぞ・・・。
 血だらけなんて有り得るわけねぇじゃねぇか・・・・」

その通りだ。
死骸騎士は血を流さない。
ならば・・・

「侵入者の血か・・・」

致死量をはるかに越えている血量。

「・・・・確かにミヤヴィ=ザ=クリムボンの死に様もこうだったが・・・」

この光景は、
並の人間一体分で作成できる画ではなかった。
この地獄絵図は、
そんな単位ではなかった。

「・・・複数・・・なら《昇竜会》の奴らじゃねぇか?」
「いや、あいつらは別の階に居るはずだ・・・。隊を分けたって報告もねぇ」
「なら傭兵《ドライブ・スルー・ワーカーズ》か?」
「・・・・かもな・・・・・!?・・・おい!あれ!!」

片方の兵が指差した。
それは、
血の海に転がる・・・・

巨大な斧。

「巨斧"竜斬り包丁"・・・・・『竜斬り』クシャールの獲物か・・・・」
「ならこの血の海の正体はクシャールか?」
「いや、さきほど生存を報告されてばかりだ」
「なら・・・・」

これは、
この血の海は・・・・

「クシャールと戦っていた奴の・・・・・」
「馬鹿な!」

雑兵は叫んだ。

「クシャールと戦っていた奴の惨状!?クシャールは誰と戦っていた!?」
「それは・・・・」
「帝国側に"血を流せる奴"は!生きた人間はたった4人だ!」

帝王アインハルト=ディアモンド=ハークス。
ロゼ=ルアス。
ピルゲン=ブラフォード。

そして・・・・

そう。
それならば辻褄は合う。

神より授かった恵まれた巨体。
この、
この血量の理由には十二分である。


最強が負けるなんて矛盾さえ眼を潰れば・・・・だが。
































「兄貴。この辺りでさぁ」
「あの廊下を曲がったら、そのまま直進」
「すると目標の窓の地点に出ます」

「はん。知っとるわボケェ」

ジャイヤ=ヨメカイの任務は目の前だ。
部下のヤクザが言ったとおりで、
もうすぐ窓際に着く。

「そこになんとかなんとか部隊がいるわけだな」

「第28番・防壁機動部隊でさぁ」

「知っとるわボケェ」

そいつらが窓を塞いでいる。
そのせいで窓、及びテラスからの侵入が出来ない。

空中路を塞がれているのだ。

「・・・・ってことでさぁアニキ」
「内門の封鎖に戦力を割いている分、」
「俺ら反乱軍は別のルートを作りたいわけッス」

「・・・・ふん。それで俺ぁどうすればいい」

逆に言えば、
第28番・防壁機動部隊。
・・・そいつらを蹴散らせば、
反乱軍は、
内門の再解体を待たずして、
空中やハシゴからの侵入が可能になる。

「・・・・ってことでさぁアニキ」
「防壁機動部のガードは堅ぇっすよ」
「魔術のプロ《メイジプール》の魔術師達でも破壊できない」
「攻城の華であるメテオさえ跳ね除ける盾でさぁ」

しかし、盾は前を守るモノだ。
後ろからの攻撃に弱い。
よって、
彼らが居る。

内側・・・・城内に居る彼らが。

地下から侵入したカイがあったというもの。
彼らが内側から侵入路を開ける。

「よぉ分からん」

コーンロウのアロハサンダルなチンピラは、
そう切って捨てる。

「ただ、俺達は"やる"っつった事はやり通す。そんだけだろが」

ジャイヤ=ヨメカイ。
かつての《昇竜会》組長リュウも、鉄砲玉としてジャイヤを信頼していた。

ジャイヤは心と行動が直結している。
芯が誰よりもシッカリしている。

一切曲がらない。
いい意味で頭が悪い。
損得勘定さえも一切無視して行動する。

つまるところ、
彼は"やると言ったらやる男"
それ以上の説明は必要ないのだ。


「さてっと・・・」

廊下を曲がる。

見えた。

その道は、まっすぐ窓へと続く。

「長ぇ廊下だ。まるで人生だな」

「でた」
「アニキの「まるで人生だな」」
「それ言えば深い言葉に聞こえると思ってる」

「黙れボケェ!」

廊下は伸びる。
真っ直ぐ南。
真南に。

当然、城は建築物である限り、
窓枠は南に並ぶ。

「アニキ」
「あの窓が目標でさぁ」

「絶景絶景!・・・・たぁ・・・いかねぇなぁボケが」

もちろん、家庭のような窓と比べれば綺麗なものではない。
本当は、外の景色を美しく切り取るはずの窓枠は、
抑え目に、
現代でいうところ、"飛行機の窓"のように殺風景なものだ。

「昔ブチこまれたムショと似た様な景色だこりゃ」

あくまで、侵入者の進行を抑えるための造りになっているのだから当然だ。

ただし、
攻城戦により、どこがどう窓だったか分からないほど、
至る所が崩れている。

しかし、
しかしそれでも、
差し込むはずの日の光が、差し込まないほどに、

第28番・防壁機動部隊。

その盾がビッシリと並んでいた。

「目標はっけぇ〜〜んてか?ボケ」

「あぁ」
「奴らでさぁ」
「あいつらを蹴散らせば空路を確保できる」

鋼鉄の巨盾で、窓を蓋するように。
それは人間が建築物の壁を形成するかのようだった。

「って・・・おいおい」

だが、
ジャイヤは呆れた。
理由は・・・・

「あいつら、俺らの存在に気付いてねぇのか?」

これだけの人数の気配に気付かないはずがない。
さらに、こんなにしゃべくりまわしているのだ。

いや、
気付いているはずだ。
ジャイヤ達、《昇竜会》のヤクザと、
窓までの距離は、
たかだか2〜30mだ。

なのに、

「俺達に背中向けっぱなしたぁ、いい度胸じゃねぇかボケェ」

第28番・防壁機動部隊。
彼らは、
背後のヤクザ達のことなどお構いなし。
ただ、
ただただ、
窓を塞ぐ事しか頭にないようだ。

ただジッと、
盾で窓を塞いでいるだけだ。

「どこに目ぇつけてんだか」

「兄貴」
「背中に目ぇつけてる奴がいたら怖ぇッスよ」

「言葉のアヤじゃボケェ!俺らをガン無視なんだぞ!舐められてんじゃねぇか!?」

「ジャイヤの兄貴」
「不思議な事じゃぁねぇさ」
「アレが、アレだけが、あいつらの任務なんでしょう」
「俺らと同じでさぁ」

俺らと同じ。
そうかもしれない。

「はん。なるほど」

ジャイヤは笑った。

「粋だねぇ」

"外部からの侵入を防ぐ"
彼らにはそれしか頭にないのだろう。
背後を丸出しでも関係ない。
自分達の身の危険など関係ない。

ただ、
やるべきことをやるだけなのだろう。

「後ろからっつーのは筋が通らねぇと思ったが、そーいう事なら構いやしねぇ。
 誠心誠意、こっちの道を通させてもらおうじゃねぇかボケが」

相手も馬鹿だというなら、それはいい。
ジャイヤの気分は良かった。
こういう気分は最高だ。

「敵ながらアンパンだ」

「アッパレです兄貴」
「アニキの天然ボケは前代的ですよね」
「古い」

「うっせボケ!言葉のアヤじゃ!」

鉄砲玉。
鉄砲玉というのは割に合わない役目だ。
任務の代償に、服役だったり捕虜だったり、
そういったものが付きまとう。
代償がつきものの仕事。

納得ができるものでなければ・・・・そう思えるからこそだからだ。
そう思えるからこそ、
この敵は賞賛に値する。

「人の背中を撃つのは初めてだ」

"撃っていい背中"・・・というのもあるんだな。
そう、感じた。

ジャイヤは指を銃に見立て、歩み寄っていく。
指先からのウインドバインの空砲。
"ハンドガン"
・・・・射程としてはまだ遠い。
が、彼らは逃げない。

「漢の背中、見せてもらったぜ。敵さんよぉ」


「まぁ待てよ」


スッ・・・・と、
脇道から一人の男が姿を現す。

「守るべき者がある男達。それらが背中を晒すには意味がある。
 "日を西にで晒すという字"。その行為はなかなかに赴きがあると思わないか?」

窓へと続く廊下に、
長方形の鋼鉄の盾。
戦場で最もポピュラーな壁のような盾。
文字通りの名称"アイアンウォール"を携えた、男が姿を現す。

背中に旗を背負っているのがやけに目立つ。
ふざけた旗だ。
なんて書いてあると思う?

・・・・"明日ガード"
アスガード。

くだらないダジャレだ。
だが、
本気で背負っているのが分かる。

「彼らの背中は、この私が守る。信頼されているからこそ、彼らは背中を晒す。
 彼らは太陽を、日を、西を向くならば、私は一人、東を向こう」

突如立ち塞がる敵。
だが、
見て取れる。
ジャイヤは、こういった男が大好きだ。
だから、
笑う。

「カッケー旗背負ってるんな。・・・・名ぁ名乗れや」

指を銃に見立てて突き出したまま、
歩みを止めないジャイヤ。

「第28番・防壁機動部隊 部隊長フーバ=タンクス。
 守るべきモノを守る者・・・・を守る者だ」

「・・・・」

「・・・・兄貴」
「理解できなかったからってこっち見ないでくだせぇ」

「ややこしいなボケェ。・・・・・つまり、オメェ一人で部下を全員守ると?」

「そうだ。今日という日は西に落ちる。彼らはそれを見届ける。
 私はそれを守り、東を向く。私は世界の明日をも守る者だ」

「出来ると?」

「出来る出来ないじゃない。それが私のやるべき事。だから"やる"」

「・・・・・気に入った!!」

銃声。
二度・三度。
ジャイヤの指先が火を噴く。

空砲。
ウインドバインが凝縮した弾丸。

が、
それは盾で防がれる。
壁盾。
アイアンウォール。

「はん。そんなオーソドックスな盾で、俺の弾丸をいつまでも防げるかボケェ!」

両手を銃に見立て、
また撃ち鳴らす。

両手という二丁銃の連射。

"ハンドガン"

ジャイヤの得意技であるソレは、
ウインドバインを限界まで凝縮した弾丸だ。
岩を貫き、
壁を貫き、
鉄を貫き、
ダイヤモンドにさえ傷を付ける。

「オーソドックス?アホそうなツラをし、横文字が使えるとはな。
 で、オーソドックスな盾。そう見えるか。見えるだろうな」

しかし、
それが全て、盾によって防がれる。
いや、
まるで弾丸が消え去るかのよう。

「なんだクソッタレ!俺の攻撃が効かねぇじゃねぇかボケェ!」

「兄貴。ありゃぁマジックウォールかその類でさぁ」
「魔力耐性があんでしょう」

「なるほど・・・・で、どゆこと?」

「・・・・・」
「アニキの"ハンドガン"はウインドバイン」
「つまり魔術でしょうが」
「奴の盾に効果は薄いってことでさぁ」

「いやいや。俺の鉄砲は魔法じゃない!"気合"だボケェ!」

追記しておくと、
ジャイヤは自分がどういう理屈でウインドバインを放っているか分かっていない。

「私のこの盾は、メディスガード。古代神話装備のレプリカだ。
 騎士団一の防御力と魔法耐性を持っている
 盾単体の装甲だけでいうならば、鉄壁のミラをも凌駕する」

「つまりスゲェ盾ってことか。やるじゃねぇか」

ジャイヤは足を止めて、笑う。
やりがいがある。

「前方からの攻撃は全て駄目だってか?」

「そうだ。そして助言してやろう」

余裕の末、フーバは言う。

「私の後ろに回って攻撃してみてはどうだ?
 盾というのは前を守るもの。後ろはガラ空きだからな」

盾を持つものの弱点。
背後。
・・・・・誘っている。
背後をついてこいと。

"明日ガード"なんてふざけた事が書いてある旗。
明日を背負うその背中をついてこいと。

つまるところ、
ラウンドバックやラウンドアタック。
やってこいと。

わざわざ誘ってくるということは、
よほど自信があるのだろう。

確かに、これだけヤクザがガン首並べていれば、
一人や二人、会得しているものがいるはずだ。

が、

「そいつぁ出来ねぇ相談だボケェ。なぁ野郎共」

理由・・・・。
愚かな拘りだと思うかもしれないが、
ジャイヤの部下に、
相手の背後を狙うスキルなど、会得しているものはいない。
"筋"に反するからだ。

「当たり前でさぁ」
「ま、」
「俺らの道を塞いでいる方が悪い」
「俺らが進む道」
「極"道"をね」
「違いやすか?兄貴」

「バカヤロウ!ボケが!!」

ジャイヤが叫ぶ。

「当然だ。俺らの道を邪魔するなら、真正面からドカしてやれ」

「うぉっしゃぁ!」
「かかれ!」
「ブチのめすぞ!」

ヤクザ達が一斉に飛び掛る。

馬鹿で、
愚かだ。
なんて猪突猛進な。

正面からの攻撃が効かない相手に真正面から突っ込むなんて、
玉砕覚悟どころか、玉砕確定だ。

「どけぇ騎士野郎!」
「俺らが通る道が極道だ!」
「譲れねぇなぁ!」

が、
だが、
これこそが鉄砲玉だ。
馬鹿の集まりだ。

"負けると分かっていたって譲らない"

「"自分も守れない奴に何が守れる"!お前らなんかに開ける道はない!!」

部隊長フーバ。
その固い、堅い意志は、
まるで石だ。

何よりも重い。

「通って見せるさ」
「俺達はヤクザだ」
「道理を通し、極道を歩む」
「意地も通せず、極道を通せるか!!」

黒服のヤクザ達は各々の武器を手に、
真正面から、
本当の鉄砲の弾のように突っ込む。

「私はこの騎士団で!万物の盾となると決意したのだ!!
 貴様らが西を向き!明日を揺るがすならば!
 私は東を向き!明日を守ろう!世界を守ろう!」

明日を、ガードしよう。

フーバはその盾を突き出した。
盾を突き出した。

「ハボックショック!!!」

その大きな壁の盾は、
2,3人のヤクザを押し潰すように突き出され、
そして、
弾けた。
衝撃が弾けた。

「がっ!?」
「ぐ・・・・」

ヤクザ達が吹っ飛ぶ。
へし曲がる。
盾を直接受けてない者まで、
ハボックショックの衝撃で吹き飛ぶ。

それは、
廊下が丸ごと押し返されたようなものだった。

「チッ・・・」
「盾でハボックショックなんてデタラメな奴だ」
「しかし、あの面積だ」
「衝撃を放つ技にはむしろ向いてるってわけか」

まるでバズーカだ。
廊下の空間が、まるごと範囲となる衝撃のバズーカだ。

無数の鉄砲など、かきけす砲台。
長方形のバズーカ。

「このメデュスガードは、亡き王に直々に授けられた誇り高き私の"武器"だ。
 西は、明日は私の背にある。だから私はただ一人、後ろを向き、この手で明日を守ろう」

フーバ。
部隊長フーバは、その壁のような盾を構える。
構えてしまえば、
フーバ本人どころか、
廊下の向こう側の景色さえ見えなくなるほど、
巨大な盾。

「ここは赤信号だ。通れない。そして通せない。・・・・通しはしない。
 部下達が私に背を預けている。それを裏切れない。私は負けられない!」

ゆえに、
負けない。

「ハッハー!ボケェ!!」

ハンドガン。
ジャイヤの指先から、2度、3度と弾丸が放たれる。
超凝縮の弾丸でありながら、
それは、
メデュスガードの表面に散る。

「譲れないのはこっちも同じだボケェ!"理由はあるが理屈はねぇ"!」

そうだろ?野郎共。

そのジャイヤの言葉に返事はなかった。
返事をするより前に、
ヤクザ達は既に飛び掛っていたのだ。

「どけぇ盾野郎!」
「御託並べてんじゃねぇ!!」

理屈はない。

どうやったって真正面からの打開策はないのに、
馬鹿だ。
馬鹿なんだ。

彼らは真正面から、ただ、真っ直ぐ突っ込む。

鉄砲の弾のように。

「"青いな"。信号は赤だと伝えたはずだ」

「知るかボケ!皆で渡れば怖くないって教科書に書いてあったもんでな!」

「理不尽は通さない!道理を守る!それが秩序を司る騎士団の役目だ!!!」

ハボックショック。
盾から衝撃が放たれる。

盾自体が、ヤクザ達の体を押し潰し、
衝撃が全てを吹き飛ばす。
長方形のバズーカ。

後ろで、ダジャレにしては笑えない、
誇りの旗がなびく。
明日を守ると書かれた、旗がなびく。

「通しはしない」

フーバは、盾を突き出したまま、
そう、一言言った。

「駄目駄目って言われたら・・・・・通りたくなるもんだ!」

ジャイヤの指先。
それが向けられる。
そして、

「!?」

放たれた一発の弾丸。
それは、かすかに。
わずかに。

壁の盾に傷跡を付けた。

「・・・メテオでも傷つかない対魔コーティングがされているはずだが」

「関係ねぇなボケ」

フッ・・・と、
ピストルの硝煙を吹き消すように、
ジャイヤは自分の指先に息を吹きかけた。

「俺ぁ香車だ。ド真ん中に配置された香車だ。王手までまっすぐ突っ走る」

ただ、裏返る事もなく。

「面白い。私としたことが、不謹慎だがそう思ってしまったよ
 ヤクザ。貴様はこの私の背にある"明日"に辿り着けるか?」
















晴れの日だったと思う。

部隊長フーバは、数人の部下を連れ、ルアスの街を歩いていた。
理由は忘れた。

晴れだという事しか覚えていない。

そして、

「きゅーりょーどろぼー!!」

街の子供に、そう言われて石を投げられたのを覚えている。
部下達は、怒り、
武器を抜こうとしたのを、自分は止めた。

なんだ。結構覚えているじゃないか。

「こ、こら!やめなさい!」
「でもママ!騎士団だ!きゅーりょーどろぼーだ!」

青ざめる母の顔が印象的で、
そして、私を親の仇のように見る子供の目もまた・・・印象的だった。

突如の子供の戯言に、
頭が真っ白になった自分も、とても・・・・

「・・・・・坊や。私が給料泥棒とは?」

「きゅーりょーどろぼうだ!」
「す、すいません!よく教育しますので!ほら!行くわよ!」

「・・・・婦人。大丈夫だ。私はとても話に興味がある」

子供は、ふんっと鼻を鳴らして、
フーバに言った。

「パパは、まだお空がまっくらな朝に起きてルアスの森に仕事にいく!
 ママは、そのパパの準備のためにもっと早く起きる!
 それでもぼくん家はびんぼーだ!頑張っても頑張ってもビンボーだ!」

子供の目は、フーバを睨みつくす。

「お前らは!そんな僕らに何もしてくれないっ!なんにもしてない!
 そーじゃん!だって騎士は"せんそー"がある日にしか働かない!
 そのうえビンボーなぼくらから"ぜーきん"をもってっちゃう!」

泣きべそをかきながら、フーバを睨みつくす。

「ぼくん家は!お仕事のない日は御飯がちょっとしか食べれない!
 おまえらは!"せんそー"のない日も、寝てても御飯が食べれる!
 不公平だ!おかしい!おまえらは"きゅーりょーどろぼー"だ!」

フーバは、
心がカラッポになった気分だった。

もちろん、戦いの無い日だって、違う仕事がある。
でもそんな事は、この子供にとって関係ないだろう。

平和主義のルアス王の税金は、あまりにも良心的な額だったが、
その日暮らしのこの家庭にとって関係ないのだろう。

「その子供のいうとおりだ!」
「税金を廃止して!お前らも働け!」
「何が騎士団だ!」
「この平和な世の中で何を守ってるっていうんだ!」

近くの街人達も、こぞって叫び始めた。
いつの間にか、街の真ん中で、自分達は街人に囲まれていた。

なんでこの日、鎧を着て街中を歩いていたかは忘れた。
・・・・晴れの日だった事だけは覚えている。

あとは・・・・・できる返答がなかった事も覚えている。
返せる言葉がなかった。
正等な返答がなかった。
子供は正しい。

だって、・・・・・そうだ。思い出した。
自分はあの日・・・・

装備の調達と銘打って、街に遊びに繰り出していたのだ。

子供のいう、"せんそー"がなかったから。
ヒマだったから。

偉そうに鎧を着たまま・・・。

返す言葉が無かった。
よく覚えていないんじゃない。
"思い出したくなかった"

「・・・・何もしていないわけじゃない」

自分はその時、
頭が真っ白になっていて、
子供の言葉に胸を突かれて、
あまりに情けない自分に気付いて、

「私達は・・・日々、貴方達の平和を・・・・いや、」

真っ白の頭の中で、
とにかく、子供に言い訳をしたくて、
紡いだ言葉、

「・・・・・貴方達の・・・・明日を守っている」

戯言。
中身のない言葉。

よく覚えていない。
とにかく、
街人達の罵倒がぶりかえしてきた覚えはある。

石を投げられ、
ゴミを投げられた。

でもその時、
私はその時、

決心した。

今、偶然紡いだこの言葉。
これは嘘ではない。
嘘にしてはいけない。

そう思った。

「わ・・・私は、貴方達の"明日"を守る。この身が擦り切れるまで」

その時にした決心だった。

「約束する。貴方達全員に、毎日、"毎日をプレゼントする"。
 苦しい毎日かもしれない。辛い毎日かもしれない。
 それでもっ・・・それでも、必ず貴方達に明日の日を届けてみせる」

嘘ではない。

「何があろうと。何があろうとだ。必ず毎日、明日の日をプレゼントする。
 戦争がおきようとも。魔物が侵略してこようと。大災害がおきようともだ。
 君の父が、毎日森に仕事に行ける様、君の母がそれを毎日準備出来る様・・・・」

だから、
それを態度でしめそうと、
自分は、

街の真ん中で土下座をした。

「私のこの身がどうなろうと・・・約束する。何故なら・・・」

なぜなら・・・・

「君のいうとおり・・・・私にはそれしかできない。だから給料泥棒にだけはならない」

子供の投げた、ひとつの石ころが、
フーバの人生を変えた。

文字通り、フーバはその日から、人が変わったように世界を守った。
城内を1年外出しない日もあった。
仕事に打ち込んだ。

気付けば、守備を冠する部隊の部隊長にまで登りつめていた。


今でも覚えている。
久しぶりに街に出たんだ。


たまたまみかけて街人の、人々の笑顔。
それを見て、人生に間違いないと感じた。

この皆が笑っている"今"
それは、明日には昨日になる。
積み重なる昨日。
思い出と言い換えてもいい。
それをもっと積み重ねていきたい。

私はこの"昨日"をもっともっとみていたい。

ならば、明日を守ろう。
皆の、明日を守ろう。

私だけは真逆。

昨日を見ていたいから。

皆には明日をみていて欲しい。





そうだった。
あの日は晴れだった。
よく覚えている。

西へ沈む夕日がよくみえた。

あの夕日は、明日へ向かっているのだと、
ふと、思ったから、

よく覚えている。


皆、明日を、東をむいてくれ。

・・・・自分は昨日を、西をむいていたい。



















「面白い。私としたことが、不謹慎だがそう思ってしまったよ
 ヤクザ。貴様はこの私の背にある"明日"に辿り着けるか?」

「知らねぇな。俺が生きるのは"今"だけだ」

「面白い!面白いぞ!なら!なら世界の秩序を守る私を!
 仲間と、・・・世界の明日と!秩序を守る私を倒してみろ!私は負けん!」

「道理を蹴っ飛ばすのがヤクザだボケェ!」

「私は秩序(ルール)を守る者だ!破らせはしない!敗れはしない!
 今日という日!仲間も!騎士団も!世界も!また何事も無いように!
 私の手で守り!今日も日は西に沈み!明日を迎えることだろうさ!!!」

確固たる意思。
お互いの意思。

それは一つの"矛盾"と言えよう。

"絶対に通る"と決めた矛。
"絶対に通さない"と決めた盾。

どちらも嘘ではない。
本心であり、真実だ。

ならば、その矛と盾が交わればどうなるか。
・・・・どうなるか。

ジャイヤ=ヨメカイ。
フーバ=タンクス。

双方が交わった時、きっと、結果だけが表れるだろう。
・・・・だろう。


だろう、





・・・・・はずだった。





「・・・・おい」


ジャイヤは唖然とした。
今まさに、矛盾の結果を導き出そうと、
その手から、
得意の弾丸・・・・鉄砲玉をハジこうとしたその時だったからだ。

「"何が起こった"」

ジャイヤは何もやってないし、
部下も何もやっていない。

「"どうなってる!"」

なのに、
第28番・防壁機動部隊 
部隊長フーバ=タンクスは、

先ほどまでの確固たる強い意志と共に、

「俺の好敵手は!今!何が起こってどうなった!!?」


何十ものバラバラの破片となって崩れ落ちた。


断末魔の声もなく、
一言もなく。
さきほどまで、熱く、強い意志をもっていた男は、
突然の、
恐らく、本人も気付かないレベルでサラリと、
あまりに自然に、
そして不自然に。

まるで時間切れでも起きたかのように。
だけど違う。
命にタイマー等ないのならば、
誰かが電源と切ったのだ。

斬ったのだ。


「あ、僕、またやっちゃったか?」


廊下には脇道があった。
そこから、
ヒョコリと、
可愛げのある・・・・ウサギの耳が顔を出す。

「あー・・・ゴメン、悪気はねぇんだけどさ。クセなんだよね。
 でもしょーがないよね。僕、殺人鬼なわけじゃん?」

全身、ファンシーショップで買ってきたようなアクセサリーに身を包んだ、
ウサ耳の、
そんな殺人鬼が、
そこには居た。

「でもまぁ、アレだよね。もとから死んでるんだし。な?許してよ」

許すも何も、
返答などあるわけがない。
バラバラの破片と貸したフーバ。
フーバ=タンクスは、

光となり、そのまま消えていった。
何一つ、言い残すことなく、
言い残せず。

「やだな・・・・本当にもう。なんで僕は殺人鬼なんだろ。
 殺したいわけじゃないのに。本当に自分自身が嫌いだ」

ただし、そこに深い感情はない。

突然横から現れた少年。
ジャイヤは言葉もない。

さきほどまで、"ソコ"には、
良き敵が居たはずだ。
お互い認め合える、意思をぶつけるに値する敵が。

でも、今そこには、
悪気もなく人を殺してしまう殺人少年が立っている。

「あ、ヤクザのオッサン。また会ったな。ハロー!」

ジャイヤに気付いたシドは、
無邪気に、
本当に純粋無垢な笑顔で、
こちらに手を振ってくる。

「・・・・チッ・・・おいテメェラ。あいつと俺は知り合いか?」

「相変わらずの記憶力ッスね」
「地下から出た時遭遇したガキでさぁ」
「アニキは"ジャリ"だからって手を出さなかった」

「・・・・そうか」

「ハロー!っつってんじゃんオッサン〜。
 ハロー!にはハロー!かチャオー!で返すのがフレンドだぜ?」

ジャリ。
ガキ。

「おいテメェら。あいつは敵か?」

「地上に出てから通信はきてます」
「あの特異な風貌からして間違いないッスね」
「53部隊(ジョーカーズ)の最後の一人」
「殺人鬼。シド=シシドウッス」

「シシドウ?・・・ツバメの姉御と同族か」

「僕は僕だぜ?でも同じ境遇っていうのはさ。いいよな。
 僕の気持ちも分かってくれるだろうし、彼女の気持ちも分かるかもしれない。
 きっといいフレンドになれる。今度紹介してよ?ね?な?」

ぷくぅ・・・と、フーセンガムを膨らます。
それは挑発しているのでなく、
まるでただの日常の中にいるかのような態度だ。

「悪ぃなオメェラ。俺ぁ頭が悪ぃからもっかい聞くぞ。
 あいつは敵か?あのジャリボーイは騎士団を殺したぞ」

「・・・・・」
「他の53部隊(ジョーカーズ)は全て死亡」
「奴の部隊長の燻(XO)とギルヴァングも同じく」

「あいつの気分次第ってわけかボケ」

「僕は戦いたくないな。戦いたくないね」

シドはくったくのない笑顔で言う。

「争いなんてないほうがいい。みんな兄弟。みんなフレンド。
 ラブとピースで手を取り合って生きていければ一番さ」

ジャイヤは、
シドの眼をみた。

眼をみれば、その人間のなんたるかは分かる。
シドの眼は・・・・真っ直ぐだ。
澄んでいる。

"こいつは本当にそう思っている"

争いなんてないほうがいいと。
皆友達になれればいいと。

・・・・。
いましがた、
"同じ騎士団の仲間を斬り殺しておいて"
本気でそう思っている。

イカれている。
ズレている。


「なんだおまっ・・・・・」

後ろ。
仲間のヤクザの声がした。

「・・・・っえは・・・・」

そのヤクザは、
そのヤクザの首は、
セリフを発しながら、ジャイヤの横に吹っ飛んできた。

「もう一匹いやがる!」
「こいつも53の生き残りか!?」
「報告はねぇぞ!」

後ろを振り向けば、
ボロボロのシーツを体に包んだだけの、
ボサボサの頭の少女が居た。

「こらアヒル!!殺しちゃ駄目だろ!殺したらフレンドになれないじゃないか!」
「・・・・・」
「僕は怒ってんだぜ!?」
「・・・・・こいつ・・・・パパが死んだって言った」

パパ。
燻(XO)

「やっぱりパパは・・・・・」

シーツの中から、
二つの腕。
共に、二つの刃。
エッジが覗く。


ジャイヤは寒気がした。
こいつら。
こいつら。

"こいつらは駄目だ"

強い、とか、
ヤバい、とか、
そーいうんじゃない。

異常だ。

"筋が通っていない"

正常でない。
理屈が通らない。
道理が通らない。
思いが通らない。
気持ちが通らない。

向かい合っていいモノではない。

「野郎共!!!」

ジャイヤは叫んでいた。

「こいつらに構うな!構っちゃぁいけねぇ!
 俺達の目的はなんだ!防壁機動を叩け!
 空路の確保こそが俺達のやるべきことだろうが!!」

ジャイヤの叫びも虚しく、
仲間を殺された怒りで、
数人のヤクザがアヒルに飛び掛っていた。

同時に、
水風船がはじけたように、
赤い液体が飛び散り、
四肢が四方八方に飛び散った。

それが彼らの終わりの始まりだった。

































「来客です。部隊長。ディエゴ部隊長」

王座の1つ下の階。
終焉戦争後、大きく修繕し、
改変し、
今となっては、王座に至る唯一の場所。

王座に行くために、必ず通らなければいけない場所。

その大部屋。

大会議室。
司令室。
最終関門。

第1番・最終防衛部隊。

帝国側をコントロールする心臓部でもあるこの場所に、
一人、
言葉の通り、来客。

「ゴルディン。シルヴィア。いい。敵ではない。通せ」

ディエゴの言葉と共に、
司令室。
最終関門の扉が開く。

「これはこれはディエゴ殿。御機嫌麗しゅうございます。
 何度も申し訳ないが、王座に行きたい。通してもらえますかな?」

大きなハットに黒尽くめ。
そして自慢のヒゲ。

「今となっては俺より位は上だろうピルゲン卿。俺の許可などいらない」

「親しきにも礼儀ありと言いましてな。ではお言葉に甘えるとしましょう」

律儀に右腕を折り畳み、
頭を下げた後、
ピルゲンはこの司令室。
最終関門であるこの部屋に足を踏み入れる。

「いつ通っても司令室というのは騒がしい部屋でございますな。
 飛び交う声。絶えない情報。老体の耳には少しキツいものではありますが、
 それだけ戦争が盛り上がっていると思えば良きことでございましょう」

他人事のようなピルゲンの言葉。
それを意に介さず、

「ピルゲン卿。質問をいいか」

ディエゴは、通り過ぎようとするピルゲンの足を止める。

「何でございましょう」

「質問が2つ」

「好きなだけ。まぁ・・・答えるとは限りませんが」

イヤらしく笑い、ピルゲンはヒゲを撫でる。
自慢のヒゲを。

「では単刀直入に。・・・・ピルゲン卿。・・・・"何故あなたはここを通る"」

「・・・・・」

それは何気ない質問のようで、
それはピルゲンの急所を捉えていた。

他の者には、すぐには意味さえ分からない。
そんな質問でもある。

「あなたの黒い渦。"テレポート"の能力があれば、
 毎度のようにこんな所を通過しなくてもいいだろう?」

多くの者が何度も見てきたように、
ピルゲンは、闇に消え、移動する能力を持っている。

「そうでございますね。まぁ先ほども言ったように、親しき仲にも・・・とね」

「はぐらかすのが上手な方だ。・・・正直なところお答え願おう。
 あなたは・・・・テレポートという能力を持ちつつも、ここを通らざるをえないのではないか?
 あなたのテレポートという能力は、直接王座にワープする事が出来ないのでは?」

ピルゲンは眉を潜めた。

「その辺にしておいてくださいますかな」

ピルゲンは小さく笑い、受け流す。

「仲間の能力の粗探しとはいい趣味ではないと思いますが?」

「仲間の弱さを知っておく事こそ協力だと考える」

「ならば紳士的ではありませんな」

その会話はそこで終った。
それ以上続けても無駄だと分かったし、
ディエゴにとって知りたい分は知れた。

「もう通って良いでしょうか?」

「質問は2つお願いした」

「そうでしたな」

「では2つめ。ピルゲン卿ともあろう方が、その腹の傷は?」

周りの人間の目も、そこに集まった。
ピルゲンの腹部。
すでに出血は止まっているようだが、
明らかな怪我が見て取れる。

「フフッ、お城も物騒になったもので、殺人鬼が徘徊していたのですよ」

「シド=シシドウと、燻(XO)部隊長の忘れ形見の少女か。
 アナタが不覚をとるほどとは、少し作戦を修正する必要があるな」

「いい。あの少女はまだ泳がせておけばいい」

ピルゲンは丁寧にお辞儀をし、
そして、

闇のように、
何事もない風のように。

部屋から出て行った。
王座へと。

「相変わらず何を考えて居るか分からない人ですね隊長」
「仲間の陰口は誇りが薄れるぞパッカー副部隊長」
「ハッ、申し訳ありません」

規律のままに、敬礼をする副部隊長。
キツい叱りをいれたが、
ディエゴにとって、彼ほど信用できる味方はいない。

「が、確かに何か隠している・・・。"何かあった"な」
「・・・・?」
「"あの少女は"と口を滑らせていた。ピルゲン卿は女の方にやられたのだろう」
「・・・・はぁ」
「そして、二人組であるのに、女の方のみを示した口調。
 完全に女の方にしか頭になかったからこその言動だ」

ディエゴは鼻頭に手をあて、
思考する。

「あの頭の切れるピルゲン卿が"動じている"という事だ。
 殺人鬼の女の方。そちらに"イレギュラーな何か"があったのだろう」
「・・・・調べさせますか?」
「いや、いい。それこそ仲間の粗探しだろう。それに俺達の任務にない」

ただし、
やはり、ディエゴは知りたい。
アインハルトやピルゲン。
彼らにとっては、自分は"仲間"と思われているのだろうか。
いや、
ただの道具なのだろう。

しかし、
ディエゴは彼らの事を仲間と思っている。
そう信じている。

だからこそ、
何かあったならば・・・その口から伝えて欲しい。

アインハルトやピルゲン。
彼らがどんなに正義に反した人間だろうと、
ディエゴは、仲間の力になることを惜しまない。


[HQ!HQ!!]

無線。
通信に大きな声が飛び込む。
ディエゴは据え置きのマイクを掴み、応える。

「・・・・こちら1番隊。どうした。どこの者だ」

[第28番・防壁機動部隊です!]

「フーバのところか」

珍しい。
というより有り得ない。
副部隊長パッカーも同じ事を考えていたようで、

「28番隊は、部隊長に絶対の信頼を置き、防壁に徹する部隊です。
 フーバ=タンクス部隊長が交戦中であろうと、空路の封鎖のみを考えているはずです」

部隊長フーバ以外は絶対に任務に集中。
部隊長を信じきっているから。
だが、
それなのに、
別の者が通信を行ってきた。

それはつまり・・・

「まさか・・・・フーバが殺られ、空路が崩れたか?!」

[・・・半分違います・・・!我ら第28番・防壁機動部隊!空路は死守しております!
 し、しかしフーバ隊長は殺られました!ですので私が代わりに指揮しております!]

ドンッ!とディエゴはテーブルに拳を打ち付ける。
また、
また仲間が殺られた。
だが、
その怒りは拳だけに留める。
哀しむ時間などないのだ。

「敵は!?進攻していた《昇竜会》の鉄砲玉か!?」

[そちらの応戦をしておりました!ですが!フーバ隊長は!くっ・・・隊長は!
 ワケの分からない若い2人組の男女に殺られました!
 定期連絡で入っていた、殺人鬼の二人組です!]

タイムリーな話だ。
しかし、
部隊長をも倒し、
絶騎将軍(ジャガーノート)であるピルゲンにさえ深手を負わせる。
危険度は確かに改める必要がある。

「・・・・崩れそうなのか」

[いえ、それが・・・・現在は私達でなく、《昇竜会》と殺人鬼が交戦中。
 しかし!どちらが倒れるにしても、空路が崩されるのは時間の問題かと!]

空路。
突破されるのはヤバい。
そこだけは突破されてはいけない。

「至急応援を増員する。おいパッカー副部隊長」
「ハッ」

[いえ!それは必要ありません!]

通信の向こうから、
雄々しい声が返ってくる。

[今からでは応援は間に合わないでしょう!ならば、我らが全力で死守するまで!
 ギリギリ・・・・この尽きた命が再び尽きるまで!空路の時間は稼ぎます!]

雄々しき騎士。
素晴らしき仲間。
騎士。

"騎志"

[連絡を急いだのは別の用件です!]

別の用件?
殺人鬼と《昇竜会》の強襲。
部隊長の死去。

今、第28番・防壁機動部隊が陥っている状況の中で、
それよりも優先すべき連絡事項があるのか?

[殺人鬼の女の方です!]

周りの者は、皆、その言葉に体を止める。
たった今、
たった今さっき、

ピルゲンのその話を不審に思ってばかりだったからだ。

[今まで殺人鬼の女を真近で見たものは全て殺られていたので、
 ハッキリと"目視したのは私が初めて"なのでしょう!
 だから、だからこそ報告します!しなければなりません!]

声に、声に力が篭っている。
信じられないという、心が篭っている。

[あの女!少女!アヒルと呼称されているあの殺人鬼!あれは・・・・・]



























-庭園 空中-




「だぁぁぁらららららららららららららら!!!!!」


城壁に煙・・・・弾幕。
銃弾の嵐が、ヒマなくうちつけられる。

「マリナ!無駄だって!」
「うるさい!」

ロッキーのカプハンジェット。
空中を旋回しているロッキーだが、
その後ろにはマリナ。

ロッキーに片手でしがみ付きながら、
片手のギターで銃弾を乱射するのは、
シャル=マリナ。

「話聞いてなかったのかいマリナ。美しくないよ」

同じく、城壁周辺を旋回するエクスポ。
その翼を広げて、ロッキーのマリナの周りを旋回する。

「あの城壁機動部隊。あいつらの盾は対魔コーティングされてる。
 マリナのマジックボールじゃぁラチがあかないよ」
「開かないならブチ開けるのが男でしょ!?」
「き、君は女じゃないか」

言葉を聞かず、マリナは銃弾を撃ち鳴らすのをやめない。
ロッキーやエクスポには止められないし、
ガブリエルは止める意思すら見受けられなず、タバコをふかしている。

「それにイスカなら言ってるっ・・・・性別なんて関係ないってね!」

止められない理由は・・・・この通りだった。
"トサカ"にきている。
いや、何かしていないとどうにかなってしまいそうで、
マリナは感情を剥き出しにしているのだ。

この感情を・・・イスカの死を、そのまま受け切れなくて。

「マリナ。とにかく、まずは中の《昇竜会》の鉄砲玉さんの動きを待とうよ。
 それが駄目なら、何か行動に移さなきゃいけないけど、
 今は魔力は無駄にしちゃいけない。ぼくらはまだこの先戦わなきゃいけないんだ」

ロッキーの笑顔も、今はマリナに映らない。

「・・・・駄目だね・・・言葉が届いてないよ。どうする?エクスポ」
「この際、マリナに便乗してブチ抜くのに賭けてもいいけどね。
 ただ、ボクや、ロッキーでも駄目だったんだ。
 はっきり言って生半可な防御力じゃないよ、あの盾は」
「魔力をガス欠にしてまで賭けるべき選択肢じゃないね」

《昇竜会》ジャイヤ。
彼が内側から抉じ開けてくれる事が願いだ。

「バンビ!バンビ!」
「なんだい?」

同じく、翼の持ち主である海賊娘。

「君の蜃気楼アピールを何か作戦に使えないかな?」
「無理じゃないかな」

バンビは口元を歪めて困った顔をした。

「僕の蜃気楼アピールは、まんま、ただのアピールだよ。
 幻覚でしかない。あいつらに何見せたって同じさ」

ただ、守るだけ。
どんなことがあろうと、
ただ、盾を掴み、防ぐだけ。
そんな奴らだ。

動じないし、動かない。

「めんどくせ・・・・」

ガブリエルが口を開く。

「あいつがやりゃぁいいんだよ」

あいつ。
やれば。

ロッキーもエクスポも、
その言葉の意味は分かる。

そう。
こんなところで、グダグダしなくてもいい。
"あいつがやれば終る"んだ。

ダニエルが。

「出来るならそうして欲しいよ。けど、アレックス君がいないと制御がきかない・・・」

ダニエルは現在、
好き放題に飛び回っているだけだ。
本当に、何にも縛られず、
鳥のように。

ダニエルならば、
魔力切れなんて心配もなく、
いや、心配などしなくても、
その規格外の火力で城内に突破することは可能だ。

防壁機動がなんだ。
ダニエルの炎の前では、チョコレートと同じだ。

「アレックスが飛び込んじゃった一番の失敗はこれだねー・・・」

ダニエルの制御。

「・・・だね。現在、こっちの最大戦力。それは神であるボクやガブちゃんでもなく、
 一番強いエドガイでもなく、そして、英雄で主人公であるアレックス君でもない。
 誰がなんと言おうと、ダントツでダニエルだよ。・・・・揺ぎ無く」

ダニエル。
炎の神。純神。

範囲・威力・量・質。
何をとっても、ダニエルの炎はこの戦場で飛び抜けている。

もともと、アレックスだって完全に制御できていない。
できていたならば、
極端な話、

"攻城戦さえ必要ない"

時間さえ許すならば、
ダニエル一人でここを焼け野原にすることだってできる。
・・・・・まぁ、
それは本当に極端な話だ。

しかし、
今、現在の状況からすれば、
ダニエルの1撃で、防壁機動の盾どころか、
壁に大穴あけることだって、
内門の再解体だって、
ものの数分で実現する。

ダニエルという男は、それほどまでに力のいき過ぎた男だ。

「関係ないわ!!!」

マリナが叫ぶ。
銃弾を止めることはなく。
ただ、こちらの言葉に耳を傾けていた事には驚いた。

彼女のは彼女で、冷静じゃないフリをしているだけなのだ。
いてもたってもいられないだけ。

「イスカが死んだ!仲間がやられた!イスカだけじゃない!
 レイズも!ジャスティンも!チェスターも!皆あいつらにやられたっ!
 なのに!なのに遊んでるような奴の力なんて信用できるわけないわ!!」
「・・・・・」
「・・・・・ッ・・・」
「仲間の事をどうとも思わない奴なんて仲間じゃないわっ!!」

ロッキーもエクスポも、
返す言葉はない。

だけど、
それでも、
自分達では役不足なのだ。

城の中にさえ、自分達では突入できない。
ましてや・・・・ロウマやピルゲン・・・アインハルト。
彼らを倒せる力さえ・・・。

だから、
だからこそ、
どんな力だって縋りたい。


「ヒマんなってきた♪」


呼応するように。
そいつは突如現れた。

「!?」
「・・・・ダッ・・・・」

ダニエル。
噂をすれば・・・・なんて言葉で表せばいいのか。

ロッキー、エクスポ、マリナ。

彼らの前に、神は現れた。

空中で、
おちょくるように頭を下に・・・逆さまで浮遊し、
背中には炎の翼。
まるでブースターのようだ。

「・・・・こんな話の途中に出てくるなんていい性格してるわね。本当にっ!
 "既に火は通ってる"みたいだし。皿に盛り付けてあげようかしら!?」

「ヒャハハハッ!いやね、順序追って話そうか?な?
 いやぁ、だって勝手にレビューされるのって腹立つじゃん?」

ニタニタ笑いながら、ダニエルは続ける。

「・・・・・何が言いたいのよ」

「女。その胸の脂肪、焼いたらいい臭いがしそうだなおい♪」

「・・・・ッ・・・」

「ヒャハハ!いい目!・・・そんでさぁ、俺ってさ、この戦争に無関係者でさ。
 んでもって好き勝手遊んでる神様!・・・・・・・って思ってるでしょ?」

ロッキーも、
エクスポも、
マリナも、
返さない。

その言葉通りだ。
そう思っている。

ダニエルは無関係者。

アレックスが居るから、ここに居る。
それだけのバガボンドでしかないと、
実際に思っている。

「違うのかな」

ロッキーの無理矢理の笑顔。
おだやか・・・とは言い難い。

「俺ほど、"この戦争の関係が深い人間はいないぜ"」

そう、言う。

人間。
既に人間ではないくせに。
しかし、焦点はそこではない。

「俺はカルキ=ダニエル。神。だ・け・ど♪忘れてっと思うけどよぉ。
 俺はダニエル=スプリングフィールド。『チャッカマン』ダニエルだ」

ダニエル。
『チャッカマン』

点いては消える炎。
その由来。
その二つ名の由来。

あらゆる団体に所属しては、
仲間を燃やし、脱退。
それを繰り返してきた・・・・放火魔。

点いては消える炎。
『チャッカマン』

「・・・・そうだったね。美しくない。君は"元騎士団"だったか」

そう。
起源を辿ればそうなのだ。
だからこそ、アレックスに執着する。
同じに所属していたアレックスを。

「そんだけじゃねーよー?な?忘れん坊だなバーカ。ヒャハッ。
 俺は《メイジプール》にも所属してたし、そんでもってー、
 テメェラと初めて会ったのは《GUN'S Revolver》ん時だろ?」

その他にも、数あるギルドに所属し、
そして、
それら全てを裏切った。

「俺ぁ放火魔『チャッカマン』ダニエル。仲間を燃やす快感に溺れた変態だよん♪
 ヒャハハ・・・・・ヒャーーーハッハッハッハッハッハッハ!!!」

自覚があるクズ。
それ以下はない。

「・・・・・《反乱軍》・・・・頑張ってるよね・・・ウヒヒ・・・・ヒャハハハハハ!」

その眼。
その目。

ゾッ・・・とした。

「美しくない」
「それは、"ぼくらも"裏切るって宣言でいいのかな?」
「そう・・・・」

マリナは冷静じゃないのか、至って冷静なのか、
ギターをダニエルに向けた。

「神でドーナツを作るのは私が初めてかもね」

「笑えるジョークだ!ヒャハハ!まぁ焦んなって!ヒマなだけだって!
 俺は着火剤は別に"どっちだっていー"んだ!旨そうなもんを焼いて食う!そんだけ!」

遊び半分の神は笑う。

「王国騎士団も頑張ってる。・・・・おっとっと。今は帝国騎士団だったっけ♪
 マジな話最高の同士だった。うん。その志、変わっちゃいない。
 こんな俺をも仲間と言ってくれて、それを灰にしたアノ日の思い出♪」

愉悦の顔。

「思い出しただけで勃起できるぜ♪・・・・そして今、死して尚・・・・おほ!アヒャヒャヒャ!
 それをっ!無にしてやるってのはまたっ!絶っっっっ好!の快楽だろうよ!!!」

虫唾が走るクズ。
ダニエル。
そう。
ダニエル=スプリングフィールドとは、こういう男だ。

「でもぉ、反乱軍も同じだよなぁ。こっちも古巣がいっぱいある。
 あ。俺って旧友は全部覚えてんだよ。顔も、名前も・・・な♪
 知ってる奴結構いるぜぇ♪・・・・裏切り者の俺を見る目・・・ヒャハハ!」

よくよく考えれば・・・・逆さまに考えれば、
ダニエルに、
仲間であったダニエルに、
仲間を燃やされた恨み。

反乱軍の中には、そういった人間が数多く居る。

名も無きギルドを初め、
GUN'Sの残党や《メイジプール》に至っては、
標的が騎士団でなく、ダニエル変わっていてもおかしくない。

仲間の仇。

「ヒャハハ・・・・騎士団も反乱軍、"どっちもお友達"。
 それはこの戦場に、・・・・俺とっ!アッちゃんっ!!。それだけだ。
 超レア!!!・・・・あ、俺の場合、どっちも敵・・・かなぁ?」

ヒャハハハハ!という笑い声が響く。
胸糞が悪くなる。

が、
だが、
ロッキーもエクスポもマリナも、
そこで理解した。
それでやっと理解した。

「アレックスは、"あえて"ダニエルを完全にコントロールしていなかったんだね」

ダニエルは・・・ジョーカーだ。
騎士団にとっても、反乱軍にとっても。
全てを台無しにできるジョーカーだ。

誰の敵にでもなる、オールラウンドなジョーカーだ。

「ダニエルの美しくないところは、ダニエルが仲間を殺すかもしれない・・・って事じゃない。
 "反乱軍の仲間達"が、仲間であるダニエルを殺しにかかってしまうかもしれない事」

だから、
アレックスはダニエルの力を利用したい反面、
ギリギリのところまで、
"出来る限り無関係な位置に置いた"。

「ダニエル自体も抑制はきかないが、怖いのはダニエルじゃない」
「ダニエルを恨んでいる"味方の方"・・・・ってことだね」

仲間の仇

ダニエルに刃を向ける仲間は絶対居る。

反乱軍は烏合の衆。
普段は敵同士のギルドの集まりだ。
今は目的はひとつと志を同じにしているが、
実際のところはそうだ。

ダニエルは・・・・綻びを産む男だ。

「仲間の仇・・・なるほどね・・・」

マリナは納得した。

「もし、ダニエルがイスカを殺したと置き換えるなら・・・
 どんなに力がある仲間だろうと、私はこの場で弾丸をブチこんでるわ。
 チーズより穴だらけで、豆腐よりもスカスカになるまでね」

ダニエルは、
ベクトルの違う方向で、あまりにここに居る者達と接点があり過ぎる。
終焉戦争の方向性を狂わすに足る存在だ。

「で、話の続きしよーぜ♪」

空中でグルングルンと回転しながら、
火花を飛び散らせながら、
火炎の神は、ねずみ花火のように掴み所なく笑う。

「飽きたわけ。飽きた。・・・・いや、ガマンできなくなっちゃったって感じ?
 ヒャハハ!ハートに火がついたって感じじゃね?な?ね?」

「言ってる意味は分からないが、」
「・・・・どうしたいかは分かるね」

・・・・飽きた。
我慢できない。

不覚にも、ダニエルの行動が分かる。

遊びは終わり。

「もう、アッちゃん。燃やそう♪」

遊びは終わり。

「頃合だーぜー♪今のアッちゃんは文字通り、"油がのってる"。
 "英雄"アレックス=オーランド!今この時こそアッちゃんの絶頂期だ!
 アッちゃんはこの戦争で昇るところまで昇りついた!」

英雄という言葉に、恥じないほど、
それほどの男に・・・アレックスは"成った"。

「今食べずして!イツ食べるって感じじゃねーの!?ヒャハハハハハ!!!」

思ったとおりだ。
そして、
"駄目だ"

行動が一番早かったのはマリナ。
ギターの銃口をダニエルに向けていた。

「これ以上っ!私の仲間をっ!」

マリナのギターが銃声をあげると同時、
ロッキーとエクスポも声をあげた。

「待てっ!」
「止めっ・・・・・」

しかし、神の炎。
炎神(エンジン)はそれよりも早かった。


「ヒャァァーーーーーーーーーーーーハッハハハハハハハ!!!!!!」


ジェット。
ロケット。
バーナー。
ブースター。

どんな表現より爆発的に、
豪快に、
ダニエルはカッ飛んだ。

マリナにも、
エクスポにも、
ロッキーにも分かった。

アレックスを殺しに行く気だ。

そして・・・・

それを止められなかった。

「・・・・・・・・あれ?」

ただし、
ダニエルは、

"城ではなく、あさっての方向へカッ飛んでいった"

「・・・・なんだ?」
「どこへ行く気だろう」

アレックスは城の中だ。
なのに、
それとは全然関係のない方へ、ダニエルは飛んでいく。
はるか、
はるかナナメ上。
上空へ。

「間に合った・・・・・」

ふぃぃ〜・・・とため息と一息をつくのは、
バンビ。
スイ=ジェルンことバンビ=ピッツバーグだった。

「蜃気楼アピールで城の所在をごまかしたよ。危ないとこだったね」

城の所在。
幻覚を見せたということか。

「やるじゃん」
「やるじゃん」
「予想外」

「僕の評価がいまいち低いみたいだね・・・」

「それは否めないね」

「なぬ!?僕は海賊王で、かつ神なんだよ!
 天と海!その二つの支配者たる僕を舐めてもらっちゃぁ困る!」

口を膨らまして怒りながらも、
両手を腰に当ててイバる。

貫禄が出るのはまだ先の事だろう。

「・・・って言っても、さすがの僕でも今回の蜃気楼アピールは難儀だったよ。
 あくまでアピール。人の意識を紛らわすスキルでしかないもん。
 城の幻覚ってなると、それこそ時間と高密度の霧を用意しなきゃだもん」

停止してダラダラしゃべってたからこそ、
対象に対して可能だった荒業。
ここまでの蜃気楼は戦闘には使えないということだろう。

「高密度ってことは、範囲は狭いってことだよ。実際もう範囲外。
 あいつが馬鹿じゃなきゃ、もう気付いて戻ってくるはず。気をつけて」

戻ってきたところで、
ダニエルを止められる者などいない。

それこそ、反乱軍には一人も。

この戦争の、一番のジョーカーはダニエルに変わりなかった。

























-上空-


「ヒャハハ!」

戦場を見下ろしながら、ダニエルはただ笑った。
そして独り言。

「今回は"乗って"やるよ」

それは、苦し紛れとか、負け惜しみではない。
ダニエルの炎。
その熱量。

そもそも、

スイ=ジェルンがバンビ。
彼女の霧による蜃気楼アピール。

そんなもの、
"ダニエルの周りでは蒸発する"

効果など、知れたものなのだ。

あえて、幻覚(アピール)にかかったフリをしてやった。

「アッちゃんの仲間だからな・・・ヒャハハ」

それは、
ダニエルの心の中の仲間意識・・・・・などではない。
そんな暖かな心は持ち合わせていない。
そんな温かな心は持ち合わせていない。

「俺は『チャッカマン』ダニエル。あらゆる組織で、あらゆる仲間を燃やしてきた。
 仲間を燃やす時ほどの快感・・・あれほどのカラッケツになるような快感は・・・他にねぇ」

仲間を燃やす、
それは至上で私情の楽しみ。
情が・・・深ければ深いほどいい。

「アッちゃんだけじゃなく、テメェらが"熟れる"のもちょっと待ってやる。
 お前らも燃やし、アッちゃんも燃やす。・・・ヒャハハ!今までで一番のBBQになるな!」

神は、ただ楽しむ。

「・・・・・」

楽しむ。
放火魔。
歪んだ性癖。

「・・・終焉戦争。仲間を燃やせるのも、これで最後ってことか」

もったいない。
それは、凄くもったいない。

「・・・・そうだよな。もったいないから燃やさなかった。それだけだっての」

それだけ。
それだけだ。



白と黒の戦場。
ダニエルはそこにグレイな存在として・・・・。







話は、もう一つのグレイな存在に戻る。
































「なんでこぉーなるかな」

ため息とともに、
ウサ耳の殺人鬼は、その血塗れのトランプを投げ捨てた。

パラパラと、
葉っぱが舞うように、赤いトランプをあたりに散らばった。

「フレンドが欲しいだけだってーのにさっ。
 なんで僕は人を殺しちまうんだろーな?ね。バリ面白くもねぇ」

そこは終った場所となっていた。

赤と黒。

赤と黒だけだ。

赤い肉塊と、黒い布切れ。
いや、むしろ、
黒いスーツは赤に埋もれていた。

息をしているヤクザはもういなかった。
と、いうよりか、
原型を留めているニンゲンがもういなかった。

何十の男達が、
何百のカケラに分割されて、
ただ、赤い汁を垂れ流していた。


「・・・・・やってくれたなぁ・・・・おい。やってくれたなぁボケがぁ!!!」

いや、一人、
息をしているものは一人。

「俺のキョーダイ達をよぉ!あぁ!?このっ!クソボケがぁ!!」

ジャイヤの声は力強かったが、
その姿は見る影もなかった。

左腕は、ヒジと肩の間で"竹取物語"みたいに分断され、
右耳は、"葉を隠すなら森"と言わんばかりに、
この地獄絵図のどこかに行方不明だ。

「・・・・・ッ・・・・くっ・・・・・」

右目を切られていた。
支えを失った眼球が、ドロンっ・・・・と落ち、
血溜まりにパシャンと飛沫をあげた。

「うわっ・・・痛そっ・・・・僕みてらんねーよ」

やだやだと、ウサ耳の殺人鬼ボーヤは、両手を振った。

「ってゆーか、こっちは正当防衛なんだぜ?」

シド=シシドウ。
この地獄絵図の実行犯はポケットをあさり、
とりだしたフーセンガムのケースをシャカシャカと振る。
出てきたのが大好きなオレンジソーダ味だったため、
喜びでウサ耳がひくひくと動いた。

「・・・・ん〜〜ぱくっ、それに殺人鬼に飛び掛っておいて、
 「殺しやがってこの野郎!」ってーのはオジサン、言ってること滅茶苦茶。
 ケーサツに石投げて、捕まって怒ってるよーなもんだぜ〜?」

クッチャクッチャ。
ガムを右の頬で噛み締める。
味が染みる。
うまい。
血なんかよりはよっぽどだ。

「な、アヒル」

アヒル。
そう呼ばれた彼女。


「・・・・・・」


死んでいったヤクザにとって、
そしてジャイヤにとって、

異常であり、弊害であり、恐怖であったのは、
シドよりも、
むしろ・・・・・この少女だった。

「そうだね・・・シドシド」

阿修羅だった。

「人は死ぬために命があるだけなのに・・・殺されて怒るなんて・・・・」

ジャイヤが片目で見るその光景。
これでも幾多の修羅場を越えてきた。
しかし、
どの修羅場にもなかった"阿修羅"

この血溜まりが地獄にしかみえないのは、
そう、彼女がいたからだ。

「さぁ・・・あとはオジサンだけだよ。遊ぼ・・・・」

既に、
アヒルの身を包んでいた、たった一つの布切れ。
シーツ。
それは血溜まりのどこかに沈んでしまった。

しかし、
一糸も纏わぬ彼女は、裸には見えなかった。

返り血。

真っ赤に、ドロドロに、"血を着こなす"彼女は、
それはもう、"そういう生物"にしかみえない。
悪魔や、
妖魔か、
そういった類の。

「おいアヒル。すっぽんぽんじゃ風邪ひくぜ?」

「いい・・・・」

少女は、両手に刃だけを備え、

「血・・・温(ぬく)い・・・・」

血だらけの姿で、天井を仰いだ。
阿修羅。
阿修羅の姿だった。

「・・・・・ッ・・・・」

ジャイヤは、見ていられなかった。
仲間がこんなに殺され、
殺しつくされ、
自分だけしか残っていないこの状況で、
この地獄絵図で、
目の前に居る、阿修羅の如き、この少女。

「・・・・おい・・・・ジャリンコ・・・このボケッ・・・・」

ギョロリ・・・と、
アヒルの目が、目玉だけが、目線だけが、下に落ちる。
ジャイヤを、見下す。

「テメェは・・・・なんで"そう"なっちまった・・・」

「・・・・"そう"?」

「なんで、テメェみたいなガキがそんな風になっちまったかって聞いてんだボケっ!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

その笑いは、異様だった。
緩急もなく、高低もない。
棒読み。
横にただ並ぶだけの、レコーダーのような笑い。

「パパが、大好きなパパが育ててくれたから、だから私はここに居る。
 それだけ。それだけだよ。・・・・私はパパの思うままの姿に生きているだけ」

パパ。
燻(XO)。
至上最低の畜生。

「・・・・はん・・・クソボケだなその親はよぉ。親の顔を見てみたいたぁこのこ・・・・」

「黙れ」

「ご・・・・・」

アヒルの右手のエッジ。
刃。
それは、
ジャイヤを腹部を、
いや、体をも貫通し、
壁に突き刺さった。

「あ・・・・が・・・・・・」

「パパの事を・・・悪く言ったな・・・・あんた!パパの事をっ!!」

刃はジャイヤの腹部を貫通し、
それどころか、
アヒルの右手首までがジャイヤの腹部に埋もれていた。

「あんたにパパの何が分かるっ・・・パパは私を愛してくれた・・・・
 パパ以外に私を愛してくれた人なんていないっ・・・いないっ!!」

ぐり・・・ぐり・・・
ジャイヤの腹部の中で、
刃と、少女の右手が回転する。
血と、肉が零れる。

「・・・・カッ・・・・が・・・・・・分かんねぇなボケェ!!!」

ジャイヤは、
既にどう足掻いても自分は助からないだろう事を悟っても、
意識が飛べば、そのまま起きる事がなくなる事を悟っても、
それでも意識が消えうせそうな痛みを堪えた。

「筋が通ってねぇよ・・・・ジャンリコをこんな風にしちまうテメェの親はよぉ・・・」

ジャイヤは、死ぬ前に、
死ぬ前にと、
ヨロヨロと、右腕を持ち上げた。
右手は、銃に見立てる。
エアガン。
ウインドバイン"ハンドガン"

「こんなよぉ・・・・取り返しの付かねぇガキ"造り"やがって・・・・」

指先が、アヒルの顔に向く。
真っ直ぐ。
血を纏う、血だけを纏う、阿修羅の少女に。

「・・・・・・くっ・・・・・」

撃つだけ。
撃つだけだ。

目の前の阿修羅は、混乱しているのか、
照準から顔を逸らさない。
そのまま、撃ち込めばいい。
それだけで。

「ううぅっ!ぐぅう!!!」

手に力が入らない。
撃てない。

「・・・・どうして・・・・どうして俺はこうなんだっ!」

撃たなければ。
なのに。

「・・・・なんで俺はこんな時にっ!!!」

「ウルセェんだド畜生がっ!!!!」

アヒルは、声と性格を翻した言葉を発し、
腕を腹から引き抜いた。
血と、
肉。
それが引き抜かれた勢いで飛び散る。

「ただじゃぁ殺さないわアンタっ!!パパは言ったっ!命は大切だっ!
 ただ殺すんじゃ勿体無いっ!よく!よく遊んで、"元を取れ"って!」

死ぬ。
死んじまう。

いや、それはいい。
そんな事はただの確定事項だ。
が、
だけど、

「何やってんだ俺は・・・・ただこのまま死んじまうつもりかよっ!!!」

だけど、右手の人差し指に力が入らない。
撃てない。
撃てない。

「ねぇ・・・オジサン」

少女の声が、また、優しい、寂しげな声に戻ったと思うと、
その少女の体は、
そのまま・・・・ジャイヤの体に覆いかぶさってきた。

「訂正してよ。さっきの言葉。そうしたら・・・イイ思いして死ねるよ」

「このガキッ・・・・」

ベロリっ・・・と、アヒルの舌が、
ジャイヤの眼球の無くなった右目を舐め回した。

「・・・・ッ・・・・」

「イイ思いして死にたいでしょ?だからさっきの言葉を訂正して・・・」

「・・・・誰が・・・・」

「訂正してくれたら・・・・・私の処女膜をあげるわ」

血塗れの阿修羅は、天使のような声で、
天使が絶対に言わないような言葉を、幼い唇で綴った。

「・・・・・・は?」

「勘違いしないでねオジサン。私は処女じゃないの。
 "コレ"はパパの趣味でね。処女膜が破けるのって、つまり怪我でしょ?」

イカれている。

「だからパパは治癒魔法を応用して、何度も処女膜を再生してくれるの」

イカれている。

「ドラキュラ男爵に血を吸われた女性が処女ならドラキュリアになれる。
 そしてドラキュリアは永遠に処女なのよ。・・・・私もそう。永遠の処女」

イカれている。

「正直になりなよオジサン・・・・情けない声で命乞いしながら訂正して・・・
 ・・・そして、私にお願いしてみてよ・・・」

イカれている。

「どうかあなたの処女膜をブチぬかせてください・・・って。そしたら許してあげる」

「・・・ジャリ・・・・てめぇはどうしてそんな・・・・」

「どう取り繕ったって、男ってのは体は正直・・・・・あれ?」

アヒル。
アヒルは、ジャイヤのソレに触れると、
頭を傾げた。

「なんでオジサン、起ってないの?」

「・・・ドケッ・・・ジャリんこ・・・・」

「この状況に興奮しないなんて男じゃないってパパなら言うよ?
 それに疲れマラって知らないの?男は死に際が一番凄いはずなんだけどな。
 オジサンは男としての生存本能に欠けてるんじゃない?」

「このクソボケがっ!!」

ジャイヤは、
まるで説教する親のように、
感情をこめて叫んだ。

「どうあがいたって起ちゃしねぇよ!俺はジャリに欲情なんてしねぇからな!」

「あれぇ?なんて残念な性癖なの?ゲイなの?熟女趣味なの?」

「うるせぇ!仲間を殺しやがって!そんなテメェを!テメェは!」

「なら、さっさと撃てばいいのに」

「!?」

撃てばいいのに。
それは、
さっきからずっと。
ずっと。
突き立てている指。
ハンドガン。
アヒルに向けている指。

「どうして撃たないの?」

「・・・・ッ・・・・それは・・・・・」

「男じゃないなぁ〜・・・オジッ・・・・サンッ!!!!」

アヒルは、
手に力を込めた。

「・・・・・・・・ああああああああああああああああああああ!!!」

全力で、手に力を込めた。
握った。
握り、
握りこみ、

"握りつぶした"

破裂する。
血飛沫が舞う。

「ぐああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

棒読みのような笑い声がこだまする。

見ていただけのシドでさえ、「うひゃぁ!」と叫んだ。
見ていられず、顔を背けた。

「アハハハハハハ!ごめんねオジサン!力入りすぎちゃったね!
 オジサンの!オジサンのタマとアレ、使い物にならなくなっちゃったね!!!」

見ていただけのシドが、
痛みを想像してウサギのように飛び跳ねていた。

「別にいいでしょ!?使う気ないっつったんだからさぁ!!!」

「・・・・か・・・・・・・このっ・・・・・・」

「笑える光景だねオジサンっ!だけど、これでオジサンは死んじゃったよ!
 ココはさ、血が集まって固くなるでしょ?だからさ、潰れると出血多量になっちゃうんだよ」
 アハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」
「ちょ、ちょ!アヒル!僕の方が見てらんないから!さっさと殺しちゃってくれよ!」
「シドシドも笑えばいいのに!鉄砲玉から鉄砲も玉もなくなっちゃったんだよ!」
「笑えないって!!」

情けない。

・・・・ジャイヤの頭に過ったのは、その言葉だった。

情けない。

なんつー死に様だ。
ありえない。
屈辱という屈辱を上塗りだ。

任務も果たせない。
仲間を全て殺された。
仲間の仇も討てない。
少女の遊び道具にされ、
冗談のように情けない、屈辱を受ける。

「なのに・・・・」

ジャイヤは、涙した。
血の・・・涙だ。

「・・・・なのに・・・撃てない・・・・」

この少女を、自分は撃てない。

それは、こんな風になってしまっている少女を、
同情してとか、そういうことじゃない。

分かっている。
撃つべきだ。
仲間が殺されたんだ。
それを弔ってやらなきゃいけない。
仲間はなんのために死んだ?
ボケなのか自分は。

今、
自分の指先に、反乱軍の希望が、
世界の希望が詰まっているのに。

それなのに。

「・・・・撃てないんだ・・・・」

ジャイヤは、
血の涙を流しながら、

「・・・・撃てない・・・・」

その結論が変わらない自分を・・・

「・・・俺は・・・・・アマとジャリは・・・・撃てない・・・・」

自分に絶望した。

「仲間のために・・・世界のために・・・撃たなきゃいけないのに・・・・・
 俺ぁ・・・俺ぁ・・・・・自分が生涯背負ってきた筋を・・・・曲げられねぇ・・・・」

情けない。
情けない。

今、ここで撃つことは正しくて、
人として考えても正しい。

目の前にいる少女に同情の余地はない。
仲間を大量虐殺した仇。

でも、
"女子供には手を出さない"
誓いをたてた。
これは筋だ。

・・・・・情けない。

こんなものは、ただ頭が固いだけだ。
強情なだけのワガママだ。

世界。
仲間。
おやっさん。

ここで撃たなきゃ、自分の大事なもの全てが無駄になってしまうというのに。

・・・・・。
撃てない。

自分が信じてきたもの。
それを裏切ってしまうから。

世界。
仲間。
おやっさん。

自分は・・・・・それらのために・・・・・


自分ひとりの誇りも曲げられない。


「俺ぁ・・・・オオボケだ・・・・・」

出血多量で遠のいていく意識。
地獄で、
仲間に会わす顔もない。

「・・・・だがっ!!!」

ジャイヤの指先は、
照準は、
アヒルから外れた。

「俺ぁ!筋だけは通す!やるべきことだけはっ!!」

その指先は、
窓の方へ向いた。

「やるっ!!!!!!」

銃声。
ジャイヤの最後の銃声。
エアガン。
ハンドガン。

打ち鳴らしたソレは、

窓際の兵士。

空路を絶っている、その盾を持つ兵士。
その、
その一人の背中に当たった。

「・・・・・なぁに?」
「なんだオッサン。悪あがきだなぁ。でも頑張る事はいいことだよな」

そして、
銃弾を食らった兵士は、
そのままそれが致命傷となり、

光となって、消えた。

ジャイヤ。
鉄砲玉ジャイヤ=ヨメカイは、
1人。
たった1人だが、
空路を絶つ、防壁機動部隊を、排除した。


無情。


ただし、
帝国騎士団が彼ら、
それが仕事の彼らの対応は早かった。

たった一つ抜けた穴を、
いとも早く、埋めてしまった。
フォローしてしまった。

ジャイヤが抉じ開けた穴は、
たった数秒で閉じられてしまった。

「無駄な努力だったねオジサン。だから言ったのに。
 撃つなら、弾じゃなくて、精液。射精にしとけばよかったのに」

「無駄?・・・・無駄な鉄砲なんてねぇんだぜ?・・・・じゃりんこ」

だから、
だから、
数撃つ必要なんてない。


「うがっ!」
「ぐああああ!!!」

窓際で悲鳴。


アヒルとシドが振り向くと、
窓際から、
またも、光が差していた。

防壁機動が、1人、2人と倒され、
光となって昇華していた。


「お呼びじゃなかったかい?」


そこには侵入者。

「わずかな隙間でよかったんだよねぇ。
 うちの殺化ラウンドバックは、相手を"目視できれば"発動できるんだから」

黒いスーツの女。
《昇竜会》が、頭。

「ご苦労だったよ。ジャイヤ」

ツバメ。
ツバメ=アカカブトだった。

ツバメはその木刀で、周りの兵士達を薙ぎ倒す。
内側に入ってしまえば、
彼らはモロいものだった。

殺化ラウンドバック。
ツバメの特技。

距離に関係なく、
瞬時に相手の後ろに回り込む暗殺術。
シシドウの技。

盾によって隙間なく塞がれていた故、
目視できず、
発動できずにいた。

わずかな隙間でよかった。
それさえあれば、ツバメは侵入できる。
だからツバメは、《昇竜会》は、
鉄砲玉がジャイヤを侵入させた。

ジャイヤが開けたわずかな穴を、
ツバメが見逃すはずがなかった。


「・・・・ジャイヤ?」

敵を数人掃除したところで、
ツバメはジャイヤの状況に気付く。
敵を木刀で薙いだ後、
ツバメは駆け寄った。

「・・・・・・」

道を抉じ開けてくれたのが、ジャイヤだとは分かった。
けど。
だけど。


ジャイヤは既に事切れていた。















真っ白な世界。
ジャイヤは立っていた。

「あの世か」

頭の悪い男は、今だけは物分りがよかった。
地縛霊になることはないだろう。
何故なら、死をすんなりと受け入れていたから。


「馬鹿だなぁ。てめぇはよぉ」


目の前の男がそう言った。
何も疑うことはない。
リュウ=カクノウザン。
死んだはずの最愛なる我が頭。

その存在が目の前に居ることもすんなり受け入れた。

「それだけが取り得でして」

ジャイヤは照れくさそうに笑った。

「なんであの殺人鬼を撃たなかった?」

リュウは、タバコを咥え、ジャイヤに問うた。
ただし、
問うたといっても、
咎める様子はない。

清清しい表情で、ジャイヤに聞いてきただけだ。

「馬鹿だからでさぁ」

素直に答えることができた。

「死ぬ前に御託はならべやしたけど、単純に馬鹿だからでさ」

「世界のために。戦争の勝利のために。撃つべきだった。
 仲間の仇だ。兄弟の仇だ。それを思っただけでも撃つべきだった。
 そしてあの殺人鬼自体、言い訳の必要もなく、撃たれるべき存在だった」

「馬鹿なんでさぁ。俺ぁ物事を"考えれる"ほどオツムがよくねぇ」

理屈を述べられるほどの、
判断が出来るほどの、
脳ミソなんてもっちゃいない。

「鉄砲玉は考える必要なんざなかったんでさぁ」

ジャイヤはリュウに近づき、
肩膝をつき、
懐からライターを。
そして、リュウの咥えるタバコに火を点した。

「俺ぁ鉄砲玉。撃つのは、銃はあんただ親っさん。
 あんたなら、やっぱり撃たなかったんだろう。それが間違いだろうと。
 だから俺は撃てなかったわけでも、撃たなかったわけでもねぇ」

ただ。

「俺ぁ"竜の意思"のまま。飛んでいっただけだ。
 俺を馬鹿だっていうなら、それは親っさん。あんたが馬鹿だからでさ」

「ははっ。違ぇねぇ」

「・・・・・」

それだけだ。
世界が終ろうと、仲間が泣こうと、
関係ない。

愛する親父にアマとジャリは撃たせられない。

「お前ぇはよぉ。親っさん。親っさんって」

リュウは呆れたように笑う。
笑ってくれる。

「そんな死に方で後悔はねぇのか?」

後悔。
なにを。

「親っさん。あんたは俺を"鉄砲玉"に任命してくれた時、言ってくれたよな」

「さぁな。覚えがねぇ」

嘘だ。
あんたは忘れてくれるような人じゃぁない。
だから、
だから後悔はねぇんだ。

「言ってくれたんだ。「あっしのために、死んでくれ」・・・・ってな」

嬉しかった。
嬉しかったんだ。
「死ね」と言われて嬉しかったのは、
あれだけだ。
あの時だけだ。

だから、
だから後悔はない。

「馬鹿だなぁお前ぇはよぉ」

「そりゃそうでさぁ。男は馬鹿だ。ボケだ。アマとジャリにゃぁ分からねぇ」

「違ぇねぇや」

違ぇねぇ。
違ぇねぇさ。




俺の人生、 間違いねぇ。




























もう手遅れなことは分かった。

もしかしたらまだ治療が間に合うかも・・・とか。
もしかしたらまだ蘇生が間に合うかも・・・とか。
そんな事も微塵にも思わなかった。

その死に様。

体のあらゆるところが欠如している。

腕や目、下腹部。
そして腹がグチャグチャになって貫通されている。

一目見て、生きているはずがない事が分かった。

むしろ、
"こんな状態で戦っていたなんて信じられなかった"

ボロ雑巾の方がまだマシ。
精肉所に吊るされている豚の方がまだマシ。

だから、
ツバメは一つ誤解した。

ジャイヤは、
突破口を作ってくれた後、殺されたのだと。

仲間であるツバメが、そんな誤解をしてしまうほど、
鉄砲玉ジャイヤ=ヨメカイは、
満身創痍のさらに下の状態で、戦っていたのだ。


「ツバメっ!!!」
「ツバメ!!」


窓から高速での侵入者。

ロッキーと、その後ろにマリナ。
そしてエクスポ。

ロッキーとマリナは飛び降り、
エクスポも地に足をつけた。
そして、
惨状を見て、すぐに状況を把握した。

「・・・・・・・駄目だったのか」

「駄目じゃないさね!!!」

ツバメはビッ、とエクスポに木刀を突きつける。

「鉄砲玉は鉄砲玉として、その役目を果たした」

それだけ。
それだけだと、
そう口ではいっているが、
エクスポ達が追って辿り着くまでに
グシャグシャになったツバメの顔。

触れる事はできなかった。


駄目じゃない。

分かっている。

マリナにもロッキーにも、エクスポにも。
あのジャイヤという男の死に様。

あの状態で任務をやり遂げた男が、
そこに転がっているのだ。

やりことだけは、やり遂げて逝った男の、

無様な、誇り高き亡骸が。



「凄いな!これが仲間の力!フレンドのパワーってやつだな!!」


流れをぶった切るように、
シド=シシドウは、驚きを口にした。

「もう絶対ダメダメと思ってた!すげーーー!これがフレンド!
 いいなぁ!いいなぁ!そうだぜこれだぜ!僕が求めてるもんはよぉ!」

ぶち壊すような存在。
純粋無垢すぎて、それは、
残酷な精神をもつ、ウサギだった。

「いやぁーいやいや。恐れ入った!感動した!ほんと!マジで!
 あんたツバメ=シシドウさんだな!僕ぁシド=シシドウ!
 同じシシドウ!最後のシシドウ同士さ!ねぇ!僕とフレンドになってくれよ!」

空気がどうのではない。
彼が壊れているのは、その一瞬で分かった。

ツバメは・・・睨んだ。

「・・・・あんたが、ジャイヤを殺ったのかい?」

「えー。違うけどさ。"誰が殺した"ってのはそんなに大事なことなのか?」

ウサ耳が横に垂れる。
首を傾げる殺人鬼。

「大事なのはこのオッサンが死んじまった哀しみってやつじゃないの?
 "誰が殺した"。"どうして死んだ"・・・"どうでもいーじゃん"。そうじゃなくてさ、
 このオッサンが死んじまった事、それこそ一番大事なんじゃない?」

いい事言った。
そんな顔をしていた。
まったく見当違いの、
人の言葉ではないことを発しておいて。

狂っている。

「話にならない・・・・。お呼びじゃないよ」

会話をする気にもなれない。
狂っているというより壊れている。
意思の疎通が出来る相手じゃない。

「・・・・・・・酷い有様だね」

ロッキーがボソりと呟いた。
改めて、
改めてこの場の様子を眺めると、
そういうしかない。

「ああ。ボクがこれまで見た中で、ベストに美しくない光景だよ」

面影もない、ヤクザ達の死骸。

血溜まり。
地獄絵図。
赤と黒の残骸。

ここで死んだ男達の、血の肉が、
この風景を彩り、染めつくしていた。

「ロッキー、マリナ」

エクスポが、落ち着いた様子を繕って、
なんとか言葉を出す。

「ボク達がここに入れた理由は、これだけの屍の上にある」

自分達が、

「ボク達がここに足を踏み入れるためだけに!これだけの人間が血の海に沈んだっ!」

赤い絨毯が、血の海になってやっと。

「分かってる。分かってるよエクスポ。さっき外で、ここに突入するには、
 ダニエルの力を借りなきゃ無理だって話になったよね」

ロッキー。

「それと同じ。自分達では、ぼくらでは無理だったんだ」

だけど、幾多の犠牲の上で、

ここに立ってる。

「やろう。マリナ。エクスポ。死んでいった人の意思を、無駄にできない」
「あぁ。そうだ。その通りだ。命にかえても」

ロッキーも、
エクスポも、

心に、心に誓った。
無力な自分達を呪うと共に、この意思を繋ぐために。

「・・・・・・」

ただし、
確固たる決意をしたロッキーとエクスポと違い、
彼女。
彼女だけは、


「・・・・・?・・・・マリナ?」

反応がない。
ただ、マリナは瞳孔を開き、
その場に立ち竦んでいるだけだ。

「おいマリナ嬢。なにボヤボヤしてんだい」

涙を拭うツバメは、
無理矢理に強気な言葉を取り繕う。

「うちらに、悲しんでるヒマなんてない。お呼びじゃないんだよ」
「・・・・見えないの?」
「へ?」

話しかけたツバメに、
マリナは、逆に問いかける。

「"アレ"が見えないの?・・・・ジャイヤを殺したのがシド=シシドウじゃないなら、
 殺したのは、その横の"あの女の子"ってことなのよ!あの女の子が見えないの!?」

マリナが叫ぶ。

「あの女の子が見えないの!?」

再び叫ぶ。
その様子に、
やっと、この場に相応しくない、
血のみ着飾った、全裸の少女が、皆の目に映る。

「!?」
「・・・・あ」

一目で分かった。
血塗れになっていても分かる。

あの矮小で、華奢な体躯。
美しい肌。
醜いアヒルの、その姿。

「・・・あいつは・・・・」

アヒル。
彼女の情報だけは、僅かに入っていた。
シド=シシドウと行動を共にする、
正体不明の殺人鬼の少女。

しかし、
それを目にすれば、
その正体は、明らかだった。


「驚くのも無理はございません」


突如、闇が渦巻く。
その中から、礼儀正しく頭を下げ、
右手を折りたたんだ黒いハットの紳士。

「この私とて、彼女を初めてみた時は驚きましたので。
 でなければ、この私が腹部に穴をあけられることもなかった」

そうでございましょう?

「お前はっ」
「・・・・・ピルゲン!!!」

突如の絶騎将軍(ジャガーノート)の出現に、
皆、身構えた。
まさか、侵入と同時にこんな大物と遭遇するハメになるとは。

ヒゲを整えながら、微笑する漆黒の紳士。


「でやがったな。・・・・・・神の冒涜者め」


続いて、遅れて窓から侵入してきたのはガブリエル。
吸いかけのタバコを投げ捨て、
そしてその右手の中で、
雷、
電気、
・・・・稲妻がほとばしる。
それは見る見る槍の形状と化していき、
ガブリエルの右手にサンダーランスは完成した。

「今・・・・ここで叩き潰させてもらう」

「待ってくれガブちゃん」

突如現れたピルゲンに対し、明らかな殺意をむき出すガブリエルを、
エクスポは制止した。

「・・・・・めんどくせぇ・・・・なんだよ」

ピルゲンを標的としているガブリエルにとっては、
目の前にディナーがあるのにオアズケの状態だ。

「こいつは、わざわざこのタイミングで、不意討ちもせずに現れたわけさ。
 ピルゲン。・・・・シャクではあるが・・・・説明してくれるんだよね?」

「もちろんでございます。これもディアモンド様の命ですからね」

ピンッ・・・と、ヒゲを弾き、
得意気に微笑するピルゲン。

「ゲームをフェアにするためには、情報は共有せねばなりません。
 ・・・・といっても、私も今し方知った事実でございますが。・・・・本題に入りましょう」

ピルゲンの身の振りは、
アヒル。
阿修羅の少女に注目がいくよう仕向けられた。

「一目見て気付いた方もいらっしゃるでしょう。そして疑心も生まれたでしょう。
 偽者?他人の空似?はたまた幻覚では?・・・・・私もそう思いました。
 しかし、本人とディアモンド様がおっしゃるならば、それは真実なのです」

アヒル。
阿修羅の少女。

そう。
一目見れば、誰にでも分かる。

しかし、
今まで目撃者がいなかった。

シドは知らなかったし、
同じく地下からの任務が続いていたジャイヤも知らなかった。
運悪く、
いや、運良く、他の反乱軍も、城内で誰も遭遇していなかった。
間近で遭遇した騎士団は、目撃と共に殺されていた。

彼女を見たものは、これまでいなかったから、分からなかった。
それだけだった。

だから、

「御覧の通り、彼女は・・・・」

目の辺りにすれば、
疑いようもなかった。

何せ、一度庭園で見ているのだから。



あの帝王の傍らに居た・・・・。



「正真正銘、ロゼ=ルアス王女でございます」


































- 同時刻  王座 -





「ロゼ」

帝王。
絶対の帝王、アインハルト=ディアモンド=ハークス。

彼は、傍らの、
まるで人形のようなその女性のアゴに手を添え、
言葉をも添える。

「お前は、我が唯一愛した女だ。世界で、たった一人の」

傍らの女性。
ロゼ。
ロゼは笑った。
まるで人形のように。

「私も同じです」

人形のように。

「アイン様。私は貴方から唯一。"唯一"、愛を授かった幸せ者」

ロゼは笑った。




笑った。










                 






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