「《10's(ジュース)》・・・・・・ねぇ」

城内。
メッツは口から垂れた血を、
褐色の腕で拭った。

「ガチの殴り合いで、俺を苦戦させるたぁなぁ」

戦闘でなく、
ケンカだ。
それに置いても、


「捨てればいいのに」


メッツはこの、アゼルという男に遅れをとっていた。

「チッ!」

メッツは、そう、
たまたま横にあった自分の斧を掴もうとした。
しかし、
やはり、
やはりだ。

何故か手に取る事が出来ない。

武器を手にする事が出来ない。

「いいね。プライドを捨てるという事はとてもいいよ。
 勝つためならなんでもする。その心意気いいよ。
 だから殴り合いなのに、武器を拾おうとするのは素晴らしい」

アゼルという男は、
ボクサーのような構えをとったまま、
とーんとーんと、軽快にジャンプする。

「ストリップウェポン。吟遊詩人のスキルだ」

「・・・・ぁあ?」

「武器を強制的に解除させるスキルさ」

「・・・ちっ!吟遊詩人のクセにケンカで俺より上だぁ?
 そんなデタラメな奴、ギルヴァングにしてくれよ」

「そういう先入観。捨てればいいのに」

アゼルという《10's(ジュース)》の男は、
そう口走った。

「僕は吟遊詩人だ。そして、修道士でもある」

「・・・あ?」

「混合職(カクテル・ジョブ)ってことさ」

信じる。
信じない。
それは当人の判断に任せられる。
ミッドガルド。
この世界において、
カクテル・ジョブなんてものは基本的に有り得ない。
レアなケースで存在するだけで、
それは口で聞いたところで信じられない。

紛い物は多くあれど、
本当の混合職(カクテル・ジョブ)など・・・

「どーでもよかったな」

メッツは立ち上がる。
腕を鳴らす。

「俺がケンカで負ける理由にはなってねぇ!
 そして俺ぁ負けるわけにはいかなかったんだ!
 思い出したぜ!お前をぶっっっっ!倒す!」

「その考えは捨てればいいのに」

アゼルは、
足を止めた。
何かを構えた。
拳。

よく見る構えだ。
それは修道士の・・・・・
イミットゲイザーの構えだ。

「イミットノイズ」

気力の球など、飛んでこなかった。
それは、
突風に近かった。
いや、振動。
音の振動だ。

「ぐっ・・・」

先ほどメッツはギルヴァングを比較にあげていたが、
まさにその通り、
ギルヴァングの"声砲"に限りなく近い、
音の衝撃波だった。

「ぐっ・・・そったれええええ!!」

イミットノイズが通り過ぎた。
メッツは全身から痛みを感じる。
毛穴という毛穴。
鼻や口から血が噴出する。
音が全身を蝕んだような感覚だ。

「このっ・・・・」

「捨てればいいのに」

ダンッと踏み切りと音が聞こえた。
アゼルが突っ込んできたのだ。

速い。

それはチェスターの体術を思い出すほどにだ。
メッツの目の前に迫るのは、
本当に一瞬の事だった。

「捨てればいいのに。命」

そしてその拳は、
メッツに向けて振り切られた。

ガゴ・・・・

そんな鈍い音。
それと共に、その拳は止まった。


「だらしないな」


メッツの前に、一人の男が立っていた。
鎧。
それはまるで、ドロイカンナイトのような鎧。
それに未を纏った男が、

メッツの代わりにその拳を喰らい、
ただ、
平然と立っていた。

「それで44部隊が勤まるか?」
「・・・・ユベンか」
「何よりじゃない」

『ドラゴニカ・ナイト』ユベン=グローヴァーは、
そう、
平然とそこに居た。
部下を守るのは当然。
44部隊を裏切ろうが、
帝国を裏切ろうが、
部下を守るのは当然。
そう言わんばかりに。

「こんな脇役に苦戦している奴に、44部隊の名をやれん」
「・・・ッ・・・言ってくれるじゃねぇか」

「あぁ。言ってくれる」

敵方。
アゼルも同じく反応した。

「脇役?違うな。その考えは捨てればいい。
 俺達《10's(ジュース)》は主役だ。何せ、この戦争の主役。
 アレックス=オーランドのクローンなんだからね」

「なるほど。大体の事情は把握した」
「・・・マジで?俺ずっと居たのに全然なんだが」
「俺もずっと居ただけだ」
「助けろよ!」
「イミットノイズが終ってから出てきただけだ」
「俺が喰らうの見届けてんじゃねぇよ!それ助けに来てねぇじゃねぇか!」

メッツの言葉を無視し、
ユベンは槍を持つ。
ドロイカンランス。

だがその槍は手から離れ、
カラン・・・カラン・・・と地面に落ちた。

「なるほどな。ストリップウェポン。やっかいだな」

「捨てればいい。命を。騎士が槍も無しに修道士に勝てるか?」

「いいさ。俺の武器は"矛でなく盾"だ」

防御力。
世界一の防御力。
世界一の堅物。
ユベン=グローヴァー。

「・・・?・・・おかしいな。僕のストリップウェポンは、武具も解除出来るはずだけど」

「おれの鎧はドラゴンスケイル。スキルだ。スキルは解除できまい。
 俺とあんたの相性は最悪だな。何よりだ」

アゼルの能力は、
相手から武具を引き剥がした上で、
自分の、
吟遊詩人+修道士という能力を最大限に引き出す戦いだ。

防御力が武器であるユベンは、
最悪の相性といっていいだろう。

「相性は最悪だが、実力は僕だけどね」

アゼルは、とーんとーんと飛び跳ねる。

「戦闘力では僕の方が上だ。そして、僕にとって君と相性が悪いだけでなく、
 君にとっても、僕は相性が最悪なよう・・・だよ!!」

拳。
いや、
平手。

「捨てればいい!命を!」

アゼルの手の平は、
ユベンの腹部に突き刺さった。

・・・・しかし、
最強の防御力。
ユベングローヴァーの鎧(ドラゴンスケイル)の前では、
その攻撃は止まる。
鎧に突き刺さるが、ビクともしない。

「鎧通し」

ビクともしない。
が、

「がっ・・・」

ユベンは大量に吐血した。
吐いた血が、アゼルをぬらすほどに。
攻撃は完全に止めていた。
ビクともしていなかったが。

「僕は吟遊詩人と修道士の混合職(カクテル・ジョブ)だ。
 これが実は実は、とても相性がいい。
 修道士の体術に、振動というのはとても相性がいいんだ」

振動。
そう。
それが突き抜けた。

「鎧を貫通し、衝撃だけを君にぶつけた。内側に通したのさ。
 つまり、僕に防具は意味ないのさ。そして武器は捨てさせる。
 いつも僕の土俵。・・・ガチの戦いでは・・・僕に勝る者はいない」

「でもこれはタイマンじゃぁない」

「!?」

吐血を物ともせず、
ユベンは、
そのまま、
そのまま、
目の前のアゼルに組み付いた。
抱きついた。
拘束した。

「俺が一撃喰らうのは予定通りだ。俺が一撃耐えるのも予定通りだ。
 最初からこうしたかっただけ。・・・・これが一番確実で・・・一番早い」

アゼルをギッチリと拘束する。
抱きつく形で、
組み付いて、
身動きをとれないよう、封じる。

「やれ、メッツ」

アゼルは、
背後に気配を感じた。
背後。
そこに暴力の気配を感じた。

「待て・・・待って!何する気だ!」

「このままメッツを殴らせる」
「このまま俺がぶん殴る」

「早まるなよ!僕は死骸騎士だぞ!拳を喰らったところで生半可には死なない!」

「で?」
「だから?」

「このまま、このユベン=グローヴァーが僕に抱きついたまま殴る?
 死骸を消滅させられるほどに?それはユベン=グローヴァーごと殴るって事だぞ!」

「で?」
「だから?」

「・・・・へ?」

「何よりじゃない。俺の防御力は世界一だという誇りがある。
 メッツの拳ごときで貫かれてたまるか。ビクともしないさ」
「ほぉ。言ってくれるじゃねぇか。お前ごと殺す気でいくぜ」

「・・・・・・・僕は・・・」

ふぅぅぅぅ・・・・
アゼルは背後に、メッツの吐息を感じた。
深呼吸する吐息。

「僕はアゼル(AXEL)!アクセルの名を持つ男なんだぞ!!!」

「粉微塵にしてやるぜコラァァアアアアアアアアアアア!!!!!」

拳。
拳。拳。拳。

獰猛なゴツい、拳の連打。
連打。
連打。連打。連打。

「コォラァ!オゥラオラオラ!デェリャアァ!粉になっちまえコラァァアアア!!!」

連打連打連打。
打ち付けられる。
その拳は、
アゼルの体を突き抜け、
固定しているユベンにまで全力でぶつかる。
アゼルの体を突き抜け、
固定しているユベンにまで全力でぶつかる。
アゼルの体を突き抜け、
固定しているユベンにまで全力でぶつかる。

ユベンの鎧に拳がぶつかるたび、
鈍い音が何度も何度も響いた。

それはもう、
アゼルを通り抜け、
ユベンを直接ぶん殴っているのと同じだった。

そして、
既にアゼルの体は原型を留めていない。
ただのボロ雑巾のようになっていた。

「ドォラ!!!!!」

そして、最後の一撃。
それがユベンの鎧に突き刺さると同時、
アゼルの体の欠片は散らばり、
そして、四方八方で光となり、
キラキラと昇華していった。

「ふぅ・・・・」

何百という拳を無呼吸で叩き付け続けたメッツは、
さすがに息が切れた。

「マジで無傷かよ。たまんねぇな」

アゼルが粉みじんになるほどの拳の連打の後も、
ユベン。
ユベン=グローヴァーは、
まるで何事も無かったかのようにそこに立っていた。

「鍛錬が足りないんじゃないか?」

そうユベンが笑う。
さすがに返す言葉もない。

「さていくぞ」

ユベンは言う。
間ももたず、時間がないと言わんばかりに。
ただ、
どこに?
いや、言わなくても分かる。

ロウマ=ハート。
44部隊が隊長。
『矛盾の武王(スサノオ)』
世界最強のもとへだ。

「副部隊長命令か?」
「命令じゃないとしたら?」
「何にしろ行くに決まってんだろ」

































「まさか。生きてるとはね」

バンビ。
バンビ=ピッツバーグは、
五月蝿い庭園の戦場の中。
そのなんともないただの一箇所。
そこで、
足元を見下ろしていた。

「こレで・・・生キテいる・・・と言えレバ・・・ナ・・・・」

そこれは、
ただのガラクタにしか見えないだろう。
潮の血。
海賊王の血をひくと言われるピッツバーグ家の娘。
バンビでなければ、
それは分からなかっただろう。

「海賊王も形無しだね」

「・・・・言っテクれ・・る・・・度シ難い・・・・」

それは、
デムピアスの破片だった。
壊れたデムピアスの破片だった。
頭部しか残っていない。
頭だけだ。
だが、人型を模していたとは思えないほど、
それが頭を表しているとは分からないほど、
それはもう、

終った姿だった。

「モウ・・・・持タナいだろゥ・・・・モウすぐ・・・俺ハ消えル・・・・・」

「見れば分かるよ」

バンビが発見してもしなくても、
やはり、
デムピアスは"死亡"という認識のまま、
変わらないだろう。

「・・・聞いテクれるカ?・・・海賊王を目指ス・・・人間ノ・・・娘・・・・」

「聞くだけだよ。ぼくは君の亡き後、海賊王を継ぐからこそだよ」

「何でモィイ・・・・」

壊れかけのデムピアスは、
本当に何でもいい。
誰でもよかったのだろう。
言葉を残す。

「・・・チェすターに・・・成りタカった・・・人間ニ・・・・ヒーろー・・・に・・・・。
 だカラ・・・・アイんはルトに殺さレテ・・・ナヲ・・・・こんナ形で・・・復活シタ・・・・」

こんな、
こんな機械の体の魔物でも、
命が消えていくのを感じる。

海賊王も、命は一つ。

「デモ・・・・そレガよく無かっタ・・・・敵わヌ・・・夢ダッたんだ・・・・・
 トビウオは・・・・所詮さカな・・・・・鳥にハ成れナイ・・・・欲張っタンだ・・・・」

バンビは、
ただ聞いた。
返事はいらない。
それがデムピアスの望みであって、
そして必要ないと感じたから。

「・・・・俺にハ・・・・無理だッタ・・・・だカラ・・・・・ベビーを・・・・産んダ・・・・」

「ベビー?」

必要ないと思った矢先なのに、
声を返してしまった。
しかし、
やはり必要なかったのだろう。
デムピアスには、もう周りの声が聞こえていなかった。

「・・・・跡継ギ・・・なんカノ・・・ためニ・・・産んダと思うカ・・・・?
 ・・・・・・ナんデ・・・・こノたいミングで・・・・子供なド・・・・生産しタのか・・・・」

「分かってるよデムピアス。君に出来なかったから。
 だから後継者。デムピアスベビーを作って、彼に託したんだね」

聞こえてはいない事は分かっていて、
バンビはそう問いた。
もちろん、
返事は返ってこなかった。

「俺ハ・・・・・チェすターに・・・成りタカった・・・人間ニ・・・・ヒーろー・・・に・・・・」

壊れたラジオのように、
デムピアスは、言葉を発するだけだった。

「・・・・でも・・・・人間ハ・・・強すギタ・・・俺が憧レルほどに・・・・強すギタんだ・・・・・」

やはり、
返事は必要無いだろう。

「・・・・・俺ガ・・・人間に勝ツナンて・・・・無理だッタんダ・・・・ナラ・・・・何故・・・・」

命が、

「・・・・・俺ハ・・・・・・・・・」

消えていくのを感じる。

「・・・・正義ガ・・・見たクテ・・・・・魔物(敵)とシテ・・・・・産まレタのカも・・・シレ・・・な・・・・・・」

命が、
消えたのを感じた。





















「ボス!」
「ボス!!」

逃げに逃げた。
逃げ切った。
クシャールのお陰で、"怪物"の手から逃げ切ったエドガイ。
逃げに逃げ、
逃げる事だけを考え、
今の地理などカケラも想像つかないほど逃げ、
その末、

彼らに出会った。

「お前ら・・・・」

彼ら。
そう。
エドガイが"仲間"と呼ぶに相応しい、
傭兵達。

最強の傭兵軍団。

「お前らどうやって・・・・」

「その前に」
「ボス、手土産だ」
「"拾いもん"だけどな」

カラン、コロン、と、
槍と剣が投げ出され、
エドガイの足元に転がった。

「"ヤルク"っつーらしい」
「元、だけどな」
「《10's(ジュース)》って名乗ってたわよ」
「なんか騎士と戦士の混合職(カクテル・ジョブ)だっつってな」

混合職?
そんなものが存在するのか?
《10's(ジュース)》といえば、エドガイも途中で一人と遭遇しているが、
混合職。
アレックス=オーランドのような、
そんな異端の者が。
団体で存在すると?

「ま、真偽は分かんねぇ」
「説明受ける前に袋叩きにしたから」

懸命だ。
それが"傭兵"だ。
戦いではない。
戦争だ。

そこに誇りや名誉などいらない。
結果。
金だけだ。

「どうやってって聞いたな。ボス。それは俺達がどうやって侵入したかって事だよな?」

傭兵の。
部下の一人がそう聞く。
どうでもいい事を聞かれたかのように。
そしてそれは、
他の傭兵達にとっても同じ事だ。

「仕事が"中"にあると聞いて」
「なら、どうやっても何もない。中に来るのが仕事人だろう?」
「私達、傭兵よ?」
「仕事のある場所に来ねぇとな」

当然だ。
そう、彼らは言っていた。

「・・・・おかしな話だ。今回の戦争は・・・金は出ない。
 お前らみたいなワーカホリックが、ここまで熱心に・・・・」

金のためならば、
それはおかしい話だろう。
だって。

「ロイ」

エドガイは、仲間の一人に声をかける。

「"片腕はどうした"」

仲間の一人は、
少なくとも、庭園で行動を共にしていた時にはあった片腕、
それが見受けられなかった。

「その《10's(ジュース)》と戦った時に、やられたんじゃねぇのか?」

片腕の無い仲間は、
さも、照れくさそうにした。

「なら、なおさらだ。おめぇら何考えてるんだ。
 お前達ほどの実力者でも。お前達ほどのプロのプレイヤーでも。
 それでもタダでは済まない戦争。これが終焉戦争だ」

団体であれば、ツヴァイでさえ抑えるこの集団。
それでも、
その最強な集団リンチだろうと、
《10's(ジュース)》の兵一人に痛手をもらう。

「ハッキリ言って、おめぇらがやってるのは"傭兵らしくない"。
 ここに銭はねぇんだ。銭はねぇんだよ。後にも先もだ。
 金の無い場所。そこに傭兵の仕事なんてねぇんだよ!」

恥を知れ。
そう言いたかった。
エドガイはそう言いたかった。
傭兵ならば。
金が全ての傭兵ならば、

金のためだけに動け。

それが、エドガイの。
《ドライブスルー・ワーカーズ》のボスとしての、
願いであり、
想いだった。
だが、
だけど、


「俺達にとってあんたが仕事場だ。ボス」

傭兵の一人が、そう言う。
エドガイは、言葉を失う。

「"カイ"の名を継いだのは二人」
「だがクライの兄貴は愛に生き、王国騎士団に」
「金でしか価値を測れない俺達を導いたのは」
「あんただ。ボス」

・・・言葉が跳ね返ってきた思いだった。
エドガイが部下に思った想いは、
むしろ、
自分自身に当てはまる想いなんじゃないか?

金。
金。
金。
俺達にはそれしかない。
それは命よりも重い。
自分は、
エドガイは、
そんな傭兵にとって当たり前の事を・・・

あの最強を見た途端投げ出した。

怖くて。
怖くて。
死にたくなくて。

なんて、
馬鹿らしい。
こいつらにどんなツラを見せればいい。

「・・・馬鹿だなテメェら。俺ちゃんなんて頼ってよぉ。
 今どーゆー状況か分かってんのか?あ?
 ここに居る全員・・・十中八九、全員死んじまうぜ?」

生き残る保証なんてこれっぽっちもない。
なのに金?
金?
金?
本当に。
本当に馬鹿な生き物だ。
傭兵ってのは。
損得勘定が出来ていない。

死んだら、金も何も無いっていうのに。

「私達は考えるのが面倒でこの生き方を選んだの。
 ここに居る全員。そしてボスも。だからさ」

一人の女傭兵が、

「古から伝わるこの言葉を贈ります」

ニカっと笑い、親指と人差し指でわっかを作る。
お金を表す、あのポーズだ。

「出世払いで全部OKです。ボス」

気付けば、
他の傭兵も全員同じ手の形を作っていた。
へへへと笑って。

「・・・・・・馬鹿ばっかだ」

本当に。
脳ミソにウジが湧いている。
理由も無く。
意志も無く。
ただ、
死ぬだけで何も残らないというのに、
なのに、
死ぬために戦うと言う。

馬鹿の極みだ。

傭兵というのは本当にどうしようもない。

「ビッグパパは死んだ」

エドガイは、言葉を繋ぐ。

「俺ちゃん達は、もう、本当に自分達だけのために生きていい」

エドガイは、顔を半分隠すその前髪を、
自分の前髪をノレンのようにそっと開く。

頬には、バーコード。

同じ、傭兵の証。
ここに居る者全てが体に刻んでいる・・・・
命を金に売った証。

「自分の命の価値を示せお前ら!」

「「「「「サー!イエス!サー!」」」」」

全員が、同時に敬礼をする。
美しく揃った調和。

「隊員、マグナ=オペラ」

「サー!イエス!サー!」

「金は好きか?」

「イエス!サー!当っ然だ!この世の何よりも愛してるぜ!」

なら、いい。
ならばいい。

「隊員、ソル=ワーク」

「サー!イエス!サー!」

「戦いは好きか?戦争は好きか」

「ノー!サー!どうでもいいな。過程と手段に過ぎない。大事なの結果だ」

なら、いい。
ならばいい。

「隊員、ロイ=ハンター」

「サー!イエス!サー!」

「ならば金のためなら何でもするのか?」

「イエス!サー!死ねと言われれば喜んで死のう」

なら、いい。
ならばいい。

「隊員、メガ=デス」

「サー!イエス!サー!」

「仲間の死が怖いか?」

「ノー!サー!・・・・仲間を殺せと言われても・・・笑って殺す覚悟デスよ・・・・」

なら、いい。
ならばいい。

「隊員、ルナ=シーダーク」

「サー!イエス!サー!」

「自分の死が怖いか?」

「ノー!サー!愚問よ。私の命は小銭入れより軽いの。いつでも放れるわ」

なら、いい。
ならばいい。

「隊員、アーク=ソナティカ」

「サー!イエス!サー!」

「それが無駄死にでも構わないか?」

「イエス!サー!タダより高いモンはねぇ!」

なら、いい。
ならばいい。

「隊員、ノヴァ=エラ」

「サー!イエス!サー!」

「お前の命の価値を表せるか?」

「イエス!サー!・・・・・それを行動で表すのが傭兵です」

「なら、いい!ならばいい!」

エドガイは、
その剣。
剣であり銃。
それを上に、天に、
天井に向ける。
そして打ち鳴らす。
撃ち鳴らす。
1回、2回、3回と。

「お前ら馬鹿ばっかだ!そんなら馬鹿なら死んじまえ!
 だから俺ちゃんについて来い!喜んで殺してやる!!」

傭兵達の声が揃う。
揃ってあがる。
雄叫びのような歓声のような。

本当に。
本当に馬鹿ばかりだ。

そして、
自分もその馬鹿なんだ。

何を迷っていたんだ。
全て思い出した。

もう何も怖くない。

自分の死も。
仲間の死も。

感情を殺せ。
それが傭兵。

そうしたら・・・・無敵だ。

測れるのは数字だけ。
金額だけ。

何だって出来る。

何だって。


































「混合職(カクテル・ジョブ)・・・・・だって?」

城内の廊下。
ドジャーは敵と立会いながらも、
両手の内でグルグルとダガーを回し、
余裕ぶりながらも問う。

「カッ、そいつぁ、アレックスと同じってぇことか?」

「同じも同じ♪俺達はアレックス=オーランドだ」

「何言ってんのお前?馬鹿なの?殺すぞ」

「殺してみろよ」

ラッシェと名乗った男は、ダガーを咥えたまま、
そう言う。
タガーを咥える体術使い。
確かに異端だとは思った。

「テメェの話が本当なら、テメェは盗賊+修道士ってところか」

「ご名答。修道士の限界ってのは己の四肢にある。手足。これ以上は無い。
 武具を使う修道士も居るが、ナックルだったり、まぁ拳法の延長に過ぎない。
 それを越えるには・・・・"四肢を越える"必要があるってことだ」

「だから口にダガー?小学生でももうちょっとマシな事を考えるっての」

「剣を咥えて、三刀流だって似たようなもんだろ。それに甘く見てくれるな。
 武器を咥えただけで混合職(カクテル・ジョブ)を名乗ると思うか?」

ラッシェという男が、
拳を構える。
・・・・なんだろうか。
異様に・・・異様に自分の両手に自信を持っている。

・・・・・色。
両手が変色していないか?

そういえば・・・・さっきも。

「毒」

ドジャーは口にする。

「その手。その手は毒か」

「ご名答」

やや、緑に変色した両手を、
ラッシェという男はダラリと見せる。

「俺は生前、食後に茶碗1杯、トクシンを服用していた。
 修道士としての強靭な肉体改造があって初めて可能な技だ」

「毒手・・・か」

「驚いたか?」

「カッ。恐怖さえ感じたね」

「ほぉ」

「のん気に鼻もほじれない体を好んで作るなんてな」

「じゃかしい!!」

突っ込んでくるラッシェ。
毒手使い。

速い。
・・・・というのも見直した。
単純な速さと、洗練された動き。
それが共存している。

・・・・なるほど。
盗賊+修道士ということは、
機動力のエキスパートという事か。

「機動力で俺の右に出られちゃぁかなわねぇな」

ドジャーはバックステップ。
というよりも、
飛び跳ねるように後ろに逃げた。

「待ちやがれ!」

「盗賊は逃げるのが仕事だぜ?」

「捕えるのも盗賊の仕事だろうよ!」

ラッシェという男は、
その毒手を向ける。
ドジャーに・・・届く。

「おっと」

という間一髪。
むしろ狙ったのだろう。

「必殺!エースの盾」
「おい!てめ!」

別途、敵と対立していたエースの後ろに回りこむ。
それは、
エースの背中の棺桶で、調度毒手を防ぐ形になる。
仲間の背中を盾に使う姿は、
なかなか捨て置けない姿だ。

「俺の武器コレクションがどーかなったらどうすんだ!」

エースがラッシェを蹴り飛ばす。
蹴り飛ばしたつもりだが、
どうやらラッシェは盗賊+修道士の自慢の機動力で、
鮮やかに後ろに避けたようだ。

「・・・・ったくドジャー。テメェはテメェの相手をちゃんとやれよ!」
「いーやいや。ヒントを御馳走にきたんだよ」
「あん?」
「話ではこいつらは混合職(カクテル・ジョブ)だ」
「・・・・聞こえてはいたがよう」

エースは、対峙している相手。
サーレーと名乗った剣士。
そいつに手こずっているようだ。
切り傷が増えている。
深くは無いが・・・・

"当たってないはずなのに当たる剣"

それに手こずっているようだ。

「種が分かったから教えに来たんだよ」

ドジャーは、パチンッ・・・と、
指を鳴らした。
それはカッコつけたわけではなく。
いや、カッコつけたのは間違いないが、
主旨は別にある。

それは・・・・・ディテクションだ。

「ほぉ。鋭いな」

サーレーという男が口を開く。
同時、
サーレーが持っていた剣が・・・・・"大きくなった"
長くなった。

「なんだ?!あいつの剣は伸縮自在の剣だったのか!?」
「アホかお前は」
「超欲しい!」
「アホだお前は」

ドジャーは呆れる。

「部分的にインビジで消してたんだよ。剣の先端が見えていなかっただけだ。
 なるほどな。いい応用だ。俺も今度、盗作させてもらおうかな」
「なんじゃそりゃ。部分的に消す意味はあんのか?」

エースが頭を使う素振もみせず、
ただ聞き返してくる。
なるほど。
ドジャーは自分と照らし合わせた。
アレックスは自分の質問を、こんな風に返していたのか。

「刃が全部見えないなら、警戒するだろ?逆に避けられやすい。
 だから"あえて見せていたんだ"。嘘の情報提供。
 実際に見えている部分にだけ警戒するせいで、見えない先端に斬られる」

盗賊らしいイカサマだが、
手口はどっちかっつーとマジシャンだな。
・・・・と、ドジャーは付け加えた。

「カッ、だがディテクションで丸裸だ。見えちまえば普通の剣士だ」
「世話ねぇな」

エースは武器を変える。
無限とも思える武器コレクションの中から、
あえて、
剣らしい剣を2本選び、両手に携えた。

「ガチなら44部隊に敵う相手はいねぇってとこ見せてやる」
「カッ、頼もしいねぇ」

「おい、ロス・A=ドジャー。あんたの相手は俺じゃねぇのぉ♪」

ドジャーが目線を戻した時には、
さらに驚いた。

盗賊+修道士。
機動力の鬼と言っていい組み合わせ。
ラッシェという男の飛び込み。

"さらに速くなっている"

「ブリズか!?」

それはドジャーだったからこそ、
その速さに対応できたのだろう。

毒手の両腕、
それをなんとか、両手のダガーで受け止める。
というより、
ダガーをラッシェの両拳に突き刺して止めた。

「危ないねぇ♪ほれ気を付けろよぉ?毒手は当たっただけでアウトだぜぃ?」

相手は死骸だ。
ダガーに突き刺されても痛みはない。
というかこれくらいじゃダメージにもならない。

「カッ、イヤんなるぜ」

「イヤんなるのは俺だ。俺の口のダガーを忘れんなよ?」

両拳をダガーで止められてもいない。
むしろ、それはラッシェの思う壺だったのだろう。
両手を封じられたのは"こっち"だ。

ラッシェは、
口に咥えたダガーで斬りかかる。

「ちぃ!!」

なんとかその前に、
ドジャーはラッシェを蹴り飛ばす。

「やっかいだなおい!!・・・・・ん?」

一安心・・・・とはいかなかった。
ドジャーの目の前。
その空中。

ゆっくりと落下する"ソレ"

「爆弾!?」

蹴り飛ばされる寸前、
ラッシェが"置き土産"に放り投げたらしい。
いや、
むしろこっちが本筋か。

「くっ」
「蹴飛ばせドジャー!」

エースが叫んだ。
エースが咄嗟に思い出したのは、
仲間であった44部隊のロベルト=リーガー。
爆弾を蹴って戦うスタイルの男。

エースの提案に、
ドジャーは考えるよりも先に体が賛同した。

爆発する前に・・・・蹴るっ!

「だぁら!!」

蹴った反動で爆発しないかという事も頭に過ったが、
結果的にはそうはならなく、難を逃れた。
蹴り飛ばした爆弾は、
天井に着弾すると同時、爆風を巻き上げて爆発した。

「ごあっ!!」

ただ、難を逃れたのは、"爆弾からだけだった"。
ドジャーに全身に衝撃が貫く。

イミットゲイザー

爆弾さえもダミー。
盗賊+修道士であるラッシェは、
ドジャーが爆弾に意識を奪われる間に、
イミットゲイザーを打ち込んでいた。

ドジャーはオモクソに吹っ飛ぶ。
後ろで戦っている、
エースとサーレーの横を通過し、
廊下をゴロンゴロンと転がった。

「チッ・・・くしょう!!!」

ズザァと、廊下の絨毯上を滑って体勢を整える。

「混合職っつーのはここまでやり難ぃのか!・・・・ごはっ・・・」

続けざまに吐血。

「ガッ・・・・今のイミットゲイザーのダメージか?・・・・いや、
 体の内側からくるような痛み・・・・こいつぁ・・・・」

ドジャーは咄嗟に懐から小瓶を取り出す。

「イミットゲイザーに毒を混ぜやがったのか!」

一気に解毒剤を飲み干す。
用意してきた解毒剤は残り少ない。

「あと何回か毒の攻撃を受けたら負けだっ・・・・チクショウ!
 あのラッシェって野郎・・・とぼけたフリして"トンチ"がきいてやがる。
 それは俺のチャームポイントだっつーのに!」

認めざるを得ない。
ただ、職業が混ざっているだけじゃない。

"プレイヤーとしてあちらが数段勝っている事を"

「実力、小細工、全部負けてる上に混合職っつーのはイヤんなる・・・
 単純に1+1じゃねぇ。職業が混ざった上での選択肢の増加量がヤベェ。
 あいつはそれを上手く使ってきやがる。多彩すぎる」

盗賊のスキル。
修道士の能力。
そして、
複合技。

「あと幾つ隠しもってやがる・・・・・」

警戒。
警戒に警戒を重ねる。
だから、
だからこそ・・・・

ドジャーはここで一つの疑問にぶち当たる。

「・・・・・多彩?・・・選択肢?」

自分の相手だけで精一杯だが、
ぶっ飛ばされたせいで、
エースとサーレーという剣士の戦闘が目に留まる。

「じゃあなんでだ」

疑問。

「・・・・あのラッシェって奴と違って、あのサーレーって奴は・・・・」

あまりにも能力がない。
インビジで剣先を見えなくしていた剣士。
その小細工は、見えていなかった時は不落だったが、
バレてしまえば・・・・・ただの剣士。

ただの剣士。
それだけ?

思いに思いが過って、
そして・・・・考えがまとまった瞬間、
ドジャーは叫んだ。

「エース!!防げ!!避けるんじゃなくて防げ!!」
「ぁあ!?」

エースは、戦う者として、
戦闘の熟練者として当然の行動をとる。

出来るならば、"防ぐ"のでなく"避ける"
ボクシング等でよく分かるよう、
攻撃は、防いだところで自分のターンにはならない。
が、
避ければ、こちらのターンになるどころか、
隙だらけのところにカウンターをぶち込める。

だから、戦闘のベテランであるエースは、
見える剣など、
避けれる剣など・・・・避ける。

「・・・・・・・・・・・え?」

しかし、ドジャーの助言は的を得ていたようで、
そうではない。
サーレーという剣士はその上をいっていた。

「なんじゃ・・・こりゃ・・・・」

エースは、自分が血みどろになっている事に気付いた。
体に、
"何故か2つ穴があいている"
剣でも差し込まれたような傷。

「盲目だな。44部隊の剣士」

でも、
そう言うサーレーは、"動いてさえいない"のだ。
動いてさえいないどころか、
"剣の届く範囲にもいない"

「どうやって・・・・」

エースは、自分の傷を見る。
体から垂れる血。
それは、
空中を滑った。

「見えない・・・・剣・・・・・」

エースの血は、明らかに空中を垂れ滑っていた。
それは、
見えない剣がソコにある事を示していた。

「インビジはさっき・・・ドジャーが解除したはずだ・・・・」

「盲目な剣士だ。だから串刺しになるんだ」

サーレーという男は、微動だにしない。
微動だにしないまま、エースを串刺しにしたように、
今も微動だにしない。

「俺達は、自分達が《10's(ジュース)》である事を明らかにしたいという・・・・
 そういう衝動は確かにある。闇に紛れて生きてきたからにはな。
 ・・・・・が、混合職である事を戦闘でわざわざ自分でバラすわけがないだろう?」

それは・・・その通りだ。
混合職なんて特異な能力。
あるはずのない能力。
黙っておいた方が都合がいい。
だが、
向こうからわざわざソレをバラしてきた理由は・・・・

エースは、目を凝らす事でそれに気付いた。

「・・・・・氷」

「そうだ。ご名答。俺の剣は、インビジの剣なんかじゃぁない。
 "氷の剣"だ。うまく扱えば、目視できないほどに透明感を出す事も可能だ」

気付いてしまえばよく見える。
それは、
透明なんじゃなく、透明感のある氷でしかないのだから。

サーレーという男の手元の剣から、
まるで、
まるで木の枝のように入り乱れ、
枝分かれし、
自由自在に伸びる、氷。
変幻自在で、
伸縮自在。

氷の刃。

「俺は盗賊+戦士の混合職(カクテル・ジョブ)ではない。それはダミーだ。
 ディテクションで解除された時に見せたのも、氷で作成した刃先だ。
 この剣自体が根元からもともと氷で出来ているのだから間違えるのも無理はない」

氷の剣。

「実際の俺は"魔術師+戦士"の混合職(カクテル・ジョブ)だ。
 混合職の中では、ごく、極々、極々々々!最もポピュラーな混合職。
 大人気、魔法剣士って奴だ。分かったか?盲目の剣士」

わざわざバラしていたのは、
勘違いさせるため。
この男は、2段階の勘違いを用意していた。

そして、
見当ハズレの警戒をしていたエースを、
もっとも効果的に貫くために。

「見えるか?盲目の剣士」

エースから抜かれた剣は、
宙に自在に・・・変幻自在に形を変えた。

当然だ。
氷なのだから。
魔術の氷なのだから。
どんな形にでもなれる。

一撃で2つの刃を通す事も可能だ。
動作無しで刃を動かす事も可能だ。

氷の剣は、
生き物のように自在に形を変える。
ヤマタノオロチのように、8本ほどの刃に変化したり、
時には、
真っ直ぐな1本の剣になったり。

このサーレーという剣士。
この男は、
一歩も動く事なく、100人斬る事だって可能だろう。

「これが剣士の究極系だ。"剣を扱う"という意味での理想系だ」

「チク・・・・ショウ・・・・」

ドサリ・・・・と、
エースは倒れた。

エースの意識はそこで無くなった。
消え去った。

・・・・・血が出すぎている。

氷の刃が2本・・・体を貫いたのだ。
致命傷だ。

致死傷だった。

「どうしろ・・・・っつーんだよ」

エースがやられた。
ドジャーは思う。
アレックスがいない今、
ダガーはオーラダガーではない。
その状態で死骸騎士を二体。
それも52。
その中でも精鋭である《10's(ジュース)》を二体。
相手に出来るわけがない。

「くそったれっ!!!」

ドジャーはボムを足元に投げた。
煙幕。
スモークボム。
それが立ち込める。

「おいサーレー!逃げる気だあいつ!」
「止めろラッシェ。盗賊のジョブがあるお前が適任だ」
「ったくよぉ!!」

ラッシェは煙幕に飛びこむ。
そして煙幕を突き抜けた。
しかし、

「・・・・・もういねぇじゃん・・・逃げ足だけはあっちに分があるな」
「まぁいいさ。逃がしても害になるほどの脅威がない」
「確かに♪」

ドジャーは逃げられた後のサーレーとラッシェ。
《10's(ジュース)》の二人。
実力は上の上。
44部隊のエースでさえ、タイマンで負けた。
その実力は折り紙付きどころかハンカチくらい付いているだろう。

「おいラッシェ。それよりWISオーブ見てみろよ」
「なんだよ?」
「アゼル、イグレア、ヤルクが殺られてる」
「あ?マジで?俺達を上回る実力者っつったら・・・・
 ユベン=グローヴァー、エドガイ=カイ=ガンマレイ・・・あとクシャールか
 運が悪かったんじゃねぇーのー?アゼルもイグレアもヤルクも馬鹿だねぇ♪」
「ああ。俺らみたいにペアを組んで行動していれば、負ける事も無かったろうに」

事実は多少違う。
正しいのはアゼルの死のみだ。
それもユベンとメッツという無勢での敗北。
あとは、
ヤルクは乱入者である傭兵達に倒され。
イグレアは最悪で、ロウマと出くわした。

「何にしても、死んだ分は俺らが多目に仕事しなければいけない」
「だぁーねー。でもラッキーだね♪」
「なにがだ?」
「とぉーぼけちゃってー♪」

ラッシェという男は、サーレーの肩をポンポンッと叩く。

「アレックスを名乗る候補が減ったって事じゃん」

その言葉に対し、
サーレーは否定はしなかった。

「・・・・レグザとエールが居る限り、俺らにその希望はない」
「分かんねぇぞ?エクサール辺りは虎視眈々と・・・・・お?」

ふと、
ラッシェは自分に違和感を感じた。
視界が、
大きく傾く。

「・・・・あ?」
「おい!ラッシェ!」

なんだ・・・と思い、ラッシェは自分の頭を触る。
・・・・何か刺さっている。

「・・・・ダガー?」

自分の頭にダガーが刺さっている。

「おいおい・・・死骸じゃなきゃ俺、即死じゃねぇか♪」
「軽口叩いてる場合か。どこから放たれたダガーだ」

サーレーは辺りを見渡す。
・・・・・・誰もいない。

「ラッシェ!ディテクションだ!」
「あーいよ!」

盗賊+修道士の混合職であるラッシェは、
腕を振り下ろす。
同時に、あたり一帯にディテクションがかかる。
・・・・。
反応はない。

「インビジじゃない・・・」
「・・・・ったく。ダガーでの攻撃の時点でさっきの盗賊で間違いなっ・・・・」

話している途中のラッシェの体を、
また、

ダガーが貫いた。

「・・・・・おいおい」

痛みはない。
ダメージはない。
死骸だからだ。

「ムカっぱらだなおい!!」

ラッシェは飛び出した。
ダガーはどこから飛んできている。
辺りに人影はない。

「どこにいやがるロス・A=ドジャー!」

曲がり角に突き当たった。
見渡す。
人影はない。

「ラッシェ!落ち着け!なんのために俺らはペアを組んでると思ってる!」

遅れて走ってきたサーレー。
ラッシェはその姿を確認すると、
・・・・・さすがに笑わなかった。

「サーレー。全身に刺さってるぞ」
「・・・・・知ってるっ!」

サーレーは体中にダガーが刺さっていた。
4本ほど。
死骸騎士でなければ死んでいる。

「相手は盗賊だ。お前の能力が無いと探索は難しい」
「んじゃお前は役に立つのか?」
「俺の氷は変幻自在だ。やろうと思えば曲がり角の向こう側だって攻撃出来る」

話している間に、
また、ダガー。

1本、ラッシェの額にぶっ刺さり、
2本、サーレーの体に突き刺さった。

「・・・・・・お冠だぜぇ俺は」
「落ち着けといっている。盲目になるぞ」
「腹たつんだよ!ザコのクセに!」

ラッシェがまた飛び出す。

「待てって言ってるだろ!」

追いかけるサーレー。
ラッシェとサーレーは曲がり角を何度も曲がる。
廊下を走り回る。
だが、
ドジャーの姿は無い。
なのに、

走り回っているというのに、
ダガーがラッシェとサーレーを襲うのだ。

「こぉら!このザコ盗賊!!!出てきやがれ!」

ラッシェが立ち止まって叫ぶ。
追いついたサーレーが言う。

「盲目になっているぞラッシェ!」
「うっせ!」
「攻撃の方法なら分かった!」

サーレーが指を刺す。
何の変哲もない廊下。

「・・・・・いねぇじゃねぇか」
「だから盲目になっていると言っただろう」

キラリと刃が光った。
もちろん、ドジャーが放ったダガーだ。
それは、
よく聴き取ればカンッ・・・カンッ・・・と何度も音を放ちながら、
"壁を反射して飛んで来ている"

「跳弾っ!?」

避ける軌道も捉えられず、
それはまたラッシェの体に突き刺さる。

「こんな大道芸を隠し持ってやがったとはなぁ!」

イライラしながら、
ラッシェは体のダガーを抜き取り、
放り捨てる。

「落ち着くべきだ。実際よく見てみれば、当たっているのは極僅かだ。
 向こうも跳弾の軌道を完全にコントロール等できない。
 数撃ちゃ当たる・・・・そういった方法だ」

確かに。
関係の無い方に飛んでいくダガーもある。

「ただし、跳ね回っている。ダガーの来た先に相手がいるとも限らん」
「くそったれめ」
「落ち着け。だがまんまとやられた」

話しながら、
ダガーがサーレーの後頭部に突き刺さる。
だが、物ともせず、サーレーは話を続ける。

「この通り、俺達は死骸だ。こんなダガーが何本当たろうとワケはない。
 あの盗賊にしてみたら、俺達を粉々に切り刻むくらいしか倒す方法はない」
「・・・・・だろうな。だがおちょくられてるみてぇでよぉ!」
「おちょくられているんだ」

盲目になっているラッシェに、
サーレーは説明する。

「無駄な攻撃を何故してくるのか。逃げたクセに。
 なら理由がある。・・・・・・それは俺達を動かす事が目的だからだ」
「ぁあ?」
「あのエースという男にトドメを刺されないようにだろう」
「あいつ死んだだろう」
「生きている可能性があるから俺達にトドメを刺される前に動かした」
「チッ」

またダガーが跳弾してきた。
それを、
ラッシェは掴み取った。
修道士としての動体視力。
落ち着いてみれば、わけのない攻撃だ。

「・・・・・まんまとやられたわけね」

ラッシェは認めながらも、腹はたっているようだった。

「んじゃななんだ。このままこの攻撃に対して無視決め込むのか?」
「わけない」

それは、ラッシェを宥めていたサーレーのセリフらしくはないが、

「やられっぱなしなど俺だって性に合わん」
「ならどうする」
「あっちは適当にこの辺りのどこかからダガーを放ってきている。
 ならこっちも・・・・適当に攻撃してみるさ」

サーレーは、右手に魔力を集中した。
柄しかない剣。
刃の無い剣。
それは氷の剣。
それは・・・・・一気に伸びた。

氷が廊下の空気を走った。

変幻自在の氷の刃。
伸縮自在の氷の刃。
幾多に枝分かれし、それぞれの刃が伸びていく。
ある刃は、
廊下を曲がり、
ある刃は、
廊下を直進し、

生き物のように氷の刃が、
変幻自在に、
伸縮自在に、
伸びていく。

「カンで殺すってか。ヒャヒャヒャ!そりゃぁレグザに言わせれば"ゴキゲン"だな」

網を張るように、
サーレーは氷の刃を伸ばしていく。

「にしても」

その作業の中で、
サーレーは呟く。

「あのロス・A=ドジャーという男は不思議だ」
「なぁにがよ」

サーレーは、
ふと、
本当に、ふとそう思っただけである。
ふと思った事を、
なんとなしに言葉にしただけである。

「話を聞いてみれば、あの男は全く進歩がない」
「おもしれぇな。笑ってやろうぜ」
「あぁ笑える」

サーレーは、氷の刃を張り巡らし、
伸ばしていきながらも、
真面目に話した。

「工夫。全て工夫だ。この跳弾のダガーもそうだ。
 その他にも、色々と多彩な技があると聞く」

話を続ける。

「ダガーを投擲する方法から始まり、まとめて投擲する方法。
 カモフラージュを利用したインビジダガー。爆弾も多彩だ。
 それにブリズ。無呼吸で速度に特化したものもあると聞く」
「ふーん」
「全て工夫だ」

それは、ドジャー自身もよく分かっている事である。
小細工。
工夫。
それがドジャーの持ち味だ。

「だが、考えてみろ。ロッキーやメッツ、エクスポ、マリナ、
 そして俺達のオリジナルであるアレックスといった仲間達。
 彼らは成長している。力を身につけてきていると聞く」
「・・・・・・」
「だが、全ての中心で戦ってきたロス・A=ドジャーだけは」

常に小細工。
それが増えてきただけだ。
そう、
サーレーは言う。

「詳しいな」
「オリジナルの事を知りたいために、ついでに分かっただけだ」
「んで。進歩のない盗賊だなぁーって感想?」
「いや」

疑問。

「有り得ないほどの修羅場を潜ってきて、"進歩の無い人間なんているのか"?」

それは、
有り得ない疑問。

「才能が無いからこそ、小細工を増やしてきたってのも成長じゃねぇか?」
「そう言われればそうだが」

腑に落ちない。

「最速とも言える足を持ち、天性の器用さ、そして戦闘のセンス。才能の塊だ。
 が、誰よりも戦闘をこなしてきた男は、小細工しか増えていない。
 最初の能力から、一切、能力に関しては一切成長していないんだぞ?」

成長していない。

「経験値を蓄えているはずだ。努力嫌いだと聞くが、修羅場の量はそれと等価だ。
 才能だらけの人間が、それだけの成長に値する過程を踏んできて・・・・無変化」

そんなのは、

「異常だ」

異常だ。

「有り得ない。有り得ないんだ」
「・・・・じゃぁなんなんだよ」
「理由があるとしか思えない。人は必ず成長する」

成長しない人間などいない。

「サーレー」
「・・・なんだ」
「俺ぁそーゆー小難しい話が大嫌いなんだがよぉ。今回は黙って聞いた。
 黙って聞いたには理由があるんだ。話は反れるんだがよぉ・・・・」

ラッシェは、胸を押さえる。
死骸が?
痛みどころか感覚自体をもたない死骸が?

「その話を聞くとよぉ、胸が疼くんだ・・・」
「・・・・・」

サーレーも、話ながら同じ感覚があった。
肉体的な感覚など、死骸は持ち合わせていない。
だが、
もっと・・・魂が呼びかけるような。
だから、
ラッシェが言わんとすることは分かる。

「アスガルドの神話を知っているか?ラッシェ」
「・・・・あんまり」
「主神オーディンが登りつめた理由。神は完成されたもの故、成長をしない。
 が、人間の血をひくオーディンは神でありながら成長をした」

だから、頂点を得た。

「何の話だよ・・・・ロス・A=ドジャーは神だってか?」
「あり得ん。その線はないだろう」
「じゃぁ・・・何の話なんだよっ!」
「全く別のベクトルに、似た人間がいるだろう・・・・」

胸の疼きを耐えラッシェに、
同じような疼きを感じながら、
サーレーは口にする。

「アインハルト=ディアモンド=ハークスだ」

口にする。

「人間でありながら、産まれながら完成された絶対の存在。
 成長する必要なんかなく、すべてを備えてしまった人間」
「もういいっ!!」

胸を押さえながら、
ラッシェは叫ぶ。

「・・・・分かった・・・今ので分かっちまった!・・・・この胸の疼き・・・・
 ・・・・アクセル=オーランドとエーレン=オーランドだ・・・・・」

ラッシェは・・・理解する。

「あいつらの細胞が疼くんだ・・・・死骸の仮初の体になっても・・・・
 魂の中で・・・・あいつらの細胞が疼きやがるんだ・・・・・」

ただ、ただ口にしていただけのサーレーも、
理解する。

「"成長しない人間"・・・・"アインハルト"・・・そこで騒ぎやがるんだ!
 なんかを伝えようとするようにっ!なんなんだこれはよぉ!」

魂が。
アクセルと、エーレン
その魂が、
何か・・・
何かを訴えようと・・・・
ボトルベイビーの内側から叫ぶ。


「それはよぉ・・・・・」


夢中で、
訳の分からない感覚の中で、
気付けば、
彼が居た。

「アレックスが口にしてた事と関係があるのか?」

氷の剣。
その上に、堂々と、立っている。
目線に力の入った、
神妙な顔つきのロス・A=ドジャー。
彼が・・・・

「"アインハルトの弱点"って奴と・・・・関係があるのか!?」

ドジャーが、
こちらを睨んでいた。

「アクセルの両親が見つけたっつー"ソレ"と関係があるのかって聞いてるんだ!!」

「テメェっ!」
「知るかよバカが!」

サーレーは咄嗟に氷を変化させようとする。
氷の刃。
変幻自在の刃。

氷の剣の上に立っているドジャーに、
剣を突き刺さそうと、
氷の変化させっ・・・・

「ぐぉっ!!」

サーレーが吹っ飛ぶ。
何かの衝撃を受け、後ろに吹っ飛ぶ。
同時に、
魔力で生成され、莫大と広がった氷の剣が消え去った。


「おい、ロス・A=ドジャーのボケェ!こいつらを殺ればいいんだな?」


曲がり角の先から、
突如現れた男。
それは、

アロハにサンダル。
コーンロウのヘアーにサングラス。
イカつい強面の男。

《昇竜会》の鉄砲玉
ジャイヤ=ヨメカイだった。

「殺るだったらさっさと殺るぞ。俺ぁ別の任務があんだからなぁ!ボケェ!」

そして続いて、
曲がり角の先から、
ぞろぞろ、
ぞろぞろと、
黒スーツのヤクザ達が現れる。

「ジャイヤの兄貴。あいつらですかい?」
「突然現れた氷の刃」
「あれで俺らの仲間を串刺しにしやがったのは」
「あいつらですかい!?」

「知るかボケェ!そこのロス・A=ドジャーが言うにはそうなんだろう!」

話から察するに、
無差別に展開していた氷の刃。

サーレーのその氷の刃は、
どこに居るか分からないドジャーを狩るためのものだったが、
当然、
近くに居た関係ない者をも襲った。

つまり、
《昇竜会》のヤクザが何人か、
トバッチリで犠牲になったらしい。

「カッ、俺に聞かなくても分かんだろ。オメェがあいつ撃ったら氷の刃が消えたじゃねぇか」

あぁなるほどと、
ジャイヤは手をポンと叩いた。
頭の弱いヤクザなど放って置き、
ドジャーは続ける。

「おい、さっきの話の続きだ。俺ぁアレックスのクローンみてぇなもんかと思ってたが、
 話から察するに、テメェらはアレックスの両親から産まれたらしいな。
 ・・・・で?!テメェらの中のアクセルとエーレンは何て言ってやがるって!?」

それは、鬼気迫る勢いだ。
一度は逃げ、再度現れた男の取る態度ではないが、
そんな事を棚に置くほど、
いや、
何もかもどうでもいいほど、
それは、
それは、

あまりにも重要すぎる。

死してなお、
新たな命として細胞を利用されてなお、
その中から訴えようとする事。

ドジャーは判断する。
希望と見る。

アインハルトの弱点。

それだと。

「ちっ・・・・」

吹っ飛ばされたサーレーを置き去りにするように、
ラッシェは逆方向に走り出した。

「ジャイヤの兄貴!」
「あいつ逃げやすぜ!」

「腰抜けがボケェ!!!」

ラッシェが逃げ出すには理由がある。
多勢に無勢。
それもあるが、
今の感覚。
ドジャーに問い詰められているだけでも、
体の中で"また暴れる"のだ。

死骸になってなお、
魂の中から細胞が訴えるのだ。

「こんな状態で・・・・戦闘なんて出来るかっ・・・・・」

無我夢中で駆け出すラッシェ。
が、
逃げ道。

不意をつかれた。
曲がり角の先から、
男が一人飛び出す。

「破壊鎚"ゴラン"!!!」

モーニングスター。
トゲ付き鉄球のメイス。

エースが、それを振りかぶりながら現れた。

「砕けろっ!!!」

言葉通り、
その、破壊力のみに特化したその一振りは、
ラッシェの腹の真ん中を突き抜けた。
破壊した。

ラッシェの腹があった部分は跡形も無く消し飛び、
上半身と両足だけが、
バラバラに舞った。

「ガッ・・・・・くそっ・・・・・」

地面に無残に転がる。
死骸であるラッシェは、その状態でも口を開く。
が、
上半身だけでは身動きも出来ない。

「イミット・・・・」

だが、上半身だけで地面に転がりながらも、
イミットゲイザーを放とうとしてくる。

「うっせ」

その片腕を、モーニングスターで押し潰した。

「・・・・てめぇ・・・エース!!なんで生きてる!!」

「死んでなかったからに決まってるだろう」

「致命傷だったはずだ!」

「《昇竜会》の奴らん中にも聖職者が居てな。応急処置は済んでる。それに・・・」

ガバッ・・・と、
エースは自分の上着を両手で開いて見せた。
中には、
服の内側には御馴染み、
幾多・・・有り得ないほどの武器が陳列している。

「俺はこんな装備だからよぉ。刃なんてほとんど届かねぇんだよ。
 運よく隙間を縫った2本の刃が体に届いただけだ。致命傷は避けてる。
 魔法剣士の弱点だな。魔法の刃じゃぁ、"斬った手ごたえが分からない"」

上着と閉じ、
そしてエースはモーニングスターを振りかぶった。

「じゃぁな」

そして、続きなんざ無いと言わんばかりに、
あっけなく、
それを振り下ろし、
ラッシェの上半身は砕けた。


「チィ・・・・貴様ら」


起き上がったサーレーが、
キッ・・・と皆を睨む。
ドジャーを。
ジャイヤを。
ヤクザを。
振り返ってエースを。

囲まれ、追い込まれている事を再確認する。

「勝った気になるなよ・・・・」

「カッ、悪ぃが、俺はずっとこうしてきた。
 危うくなったら他人に助けてもらう。こうやって無様に生き延びてきた」

無様。
そう表現したが、
それこそ、
それこそロス・A=ドジャーの生き方だ。

「死ぬかもしれない道よりも、勝てる道を選ぶぜ。
 エースを説得するのは難しかったがよ、勝てないと感じたなら、
 すぐに生き延びる道を選べ・・・・って先に打ち合わせしてあった」

結果的には、
そうしてドジャーとエースは生き延び、
ジャイヤという援軍を引き連れ、
今の状況になっている。

「あぁそうか。自分は成長せずに・・・そうやって生き延びてきたわけだな。
 ・・・・いや、"成長出来ず"に・・・・・違うか?ロス・A=ドジャー」

成長しない人間。
そのワードに、
サーレーの中で、アクセルとエーレンが騒ぐ。

「カッ、まぁ俺の事ぁいいんだよ。話せ」

成長しない人間。
アインハルト。
その二つのワードを聞くと、細胞が暴れる。
いや、
今まではそんな事はなかった。

その二つのワードが繋がったからこそ、
アクセルとエーレンは騒いでいる。

「アインハルトの弱点を・・・話せ」

この言葉を聞く時が、一番暴れる。
それはもう、
間違いない。

ドジャーがかまをかけてきているが、
・・・・・ビンゴだ。
サーレーはそう判断する。

"これは、そういう事なんだ"

「話す事などない・・・それに、俺にも分からん・・・
 ただ、何かを訴えようとしてくるだけなんだ・・・・」

「死人に口無し。か。そんなんで諦められるレベルじゃねぇんだよ!
 この情報はよぉ!棚からボタモチじゃぁねぇ。藁より縋りたい希望だ!」

思いも寄らぬところから現れた。
希望。
敵。
それもイレギュラーな乱入者である《10's(ジュース)》
そこから零れた・・・・希望。

「おいボケェ。ロス・A=ドジャーのボケェ」

ブラブラと、
チンプラ風の男がチンピラな歩き方でドジャーの横に来る。
ジャイヤ。
極道が鉄砲玉。

「こいつぁ口を割らねぇだろうよ。俺ぁ頭がボケだが分かる。
 テメェはもう一匹よりこいつの方が会話になると考えたんだろうが・・・
 こいつはプライドがあるタイプだ。口を割るタイプじゃねぇ」

理屈じゃなく、
相手の意志を感じ取る。
筋者らしい意見だ。
相手を尊敬する、筋の通った男だ。

「んな事ぁ関係ねぇんだよ。やらなきゃなんねぇんだ」

「気持ちは分かるがよぉ、時間の無駄だボケ。ガンコってのは無敵なんだ」

この場合、
どちらが正しいという事はない。
ジャイヤの言う事は真実で、
サーレーは口を割る男ではないだろう。

が、
それでも追求する価値はある。
いや、しなければならない。
アインハルトの弱点には、それほどの価値と、希望がある。

「・・・・そっちのチンピラ男」

「あ?なんじゃボケェ」

「名前は」

「・・・・はん!耳かっぽじりな!俺ぁ《昇竜会》が鉄砲玉。ジャイヤ=ヨメカイだボケェ!」

サーレーは、
2・3秒だけ黙った。

「・・・・・・そのジャイヤという男に免じて一言だけ話そう。
 俺からは、ジャイヤが言う通りこれ以上の情報は引き出せない。
 引き出すなら、もっと色濃く細胞を引き継ぐ者からにしろ」

「もっと色濃く?」

「アクセルのコピーである、レグザ。エーレンのコピーであるエール。
 または、アレックスのコピーの中で一番出来のいい・・・エクサール」

「"ガンコ"な割りにはペラペラ話すじゃねぇか」

「解放されたいんだよ。これ以上この会話を続けたくない。
 話すたびに胸の中で細胞が暴れる。騒ぐんだ。
 俺にだって分からない答えなんかのせいで、これ以上苦しみたくはない」

ニヤニヤとジャイヤが笑う。
ヤクザには分かるのだろう。
相手の粋を感じる漢には。
嘘など言っていないという事が。

そして、
このサーレーという男が、未だ諦めていないという事が。

この状況でなお、戦い、勝つ意志があるという事が。

「やろうかボケ。てめぇは嫌いじゃねぇ男だが、
 それでもテメェは仲間の仇だ。ボケナスにしてやんねぇと気が済まねぇ」

ジャイヤの気合に、
他のヤクザ達も同調していた。
止められるもんじゃないと、
ドジャーにも分かった。

「カッ・・・・盗賊が目の前の宝石を諦める事になるたぁな」

やってらんねぇとも思う。

「アゼル(AXEL)が死に、ヤルク(EALX)が死に、イグレア(EXLA)が死に、
 相棒のラッシェ(LAXE)も死んだ。だが、俺、サーレー(XALE)は死んでいない。
 俺達はまだ、誰も・・・・誰も主人公(ALEX)になってはいない」

「ボケ。あんたはサーレーっつーんだろ」

「?」を頭に浮かべながら、
頭の悪そうに、ジャイヤは聞いた。
頭が悪いからこそ、
ジャイヤという男は真にこういう事を思う。

「誰しもが自分の物語の主人公だ。あんたはそれを降りて他人になるのか?」

筋の通った男の質問は、
それは、
サーレーという、レプリカ人間の心を貫いた。
そして、

「・・・・・・ッ・・・・」

もう一人の脳内を貫いた。
それは、エースだった。

                「お前は誰にでも成れるんだ」

何かが頭に響いた。
が、
エースは思い出せない。
思い出せない。
だから振り払った。

「御託はもういい!時間がねぇんだ!さっさと殺るぞ!」

「それもそうだな」

前に出たのは、ジャイヤ。
そして、
大勢の黒スーツのヤクザ達だった。

「ツバメの野郎がくれやがった任務があんだボケ。俺が行かねぇと応援が突入出来ねぇ」

「カッ、それは初耳だぜ?応援っつーと?」

「なんでも窓からなんたらとなんたらとなんたらが突入するらしい」

「エクスポ達か。そいつぁ急がねぇとな。歯がゆいが情報は後回しだ。
 《10's(ジュース)》っつーくらいだ。残りの奴を問い詰めた方が早そうだ」

アレックスかアクセルかエーレンか分からないが、
もっと"濃い"レプリカが居るはずだ。
時間は無い。
よりよい情報を得たいなら、
そっちを狙うしかない。
おいしいものだけ食べる。

「勘違いしてもらっちゃぁ困るが」

サーレーの右手。
柄だけの剣。
そこから・・・・氷が生える。

「この状況においても、勝つのは俺だ。通りすがりのザコと思ってもらっちゃ困る。
 俺は・・・・・主人公(ALEX)のレプリカだ。補正がかかってるんだよ!」

氷が、生える。
伸びる。
変幻自在。
二重(ふたえ)に分かれる。
さらに分かれる。
伸びる。
樹木が数百の年月を一瞬で越えるように、
伸びて、
増えて、
氷の樹木かはたまたヤマタの蛇か、
数十の刃となって、
360度、襲う。

「チッ!後ろにまで伸びるのか」

唯一背後をとっているエースも、
背中の棺桶を下ろし、
ガードに徹した。

「相棒のラッシェは鍛えた四肢に、咥えた刃・・・四肢一刀流。5つの武器を得ていたが、
 俺は無限だ。変幻自在の氷は、無限の刃となって・・・・・」

無限の氷の刃となって、

「お前ら全員を殺す事も可能だ!!」

「知るか!」
「やっちまえ!」
「ヤクザは舐められちゃぁ終わりだ!」

黒スーツの男達が一斉に飛び掛る。

「ぐぉ」
「ぐあ!!」

伸びる氷の刃の一つが、ヤクザの一人を貫く。
別の氷の刃の一つが、ヤクザの一人を貫く。
まるで氷の樹木の飾りつけ。
サーレーを中心に広がり、伸びる氷は、
死角無く、
切り裂く。

「ひるむなひるむな!」
「死より怖ぇもんは幾度と見てきた!」
「なんてこたぁねぇな!!」

一見無敵。
サーレーから自在に広がる氷は、
攻防一体。

だが、
ヤクザはまるで脳の無い虫のように。
そう、プログラミングされた生き物のように、
馬鹿のように、
突っ込む。

「端から氷を砕け!」
「進め進めぇ!」

ヤクザ達は突っ込む。
それしか知らないように。

「なんだこいつらは・・・・学習能力ってもんがないのか?
 考えもなしに突っ込んできて・・・・氷の刃の餌食になりたいのか?」

「学習能力?なんだぁそりゃぁ。ボケか?マヌケか?食えたもんじゃねぇなぁ」

ジャイヤ。
ジャイヤ=ヨメカイ。
右手を拳銃に見立てる。、
親指を立て、
人差し指を向ける。

空気の弾丸。
ウィンドバインの結晶。
圧縮された弾丸。

それを、一度、
二度、
三度と、撃ち放つ。
撃ち放ちながら、
他のヤクザ達と共に前進する。

「俺達ぁ"鉄砲玉"。突っ込むしか知らねぇんだボケ!!」

撃つ。
撃つ。
撃つ。

それは、サーレーの氷の刃が伸び、
襲うよりも早く、
砕き、
砕き、
氷を砕き、

前進してくる。

「リュウの親父貴が言ってたなぁ。「お前らは香車だ。そして強者だ」
 俺は馬鹿だから分かんねぇが、真っ直ぐ前に進む以外にゃぁ生き方を知らねぇ!!」

撃つ。
撃つ。
撃つ。
ヤクザ達も、阿呆のように、ただ突っ込む。

「真っ直ぐ!ただ真っ直ぐ!大木の如く!鉄砲玉の!鉄砲魂だボケェ!!」

撃つ。
撃つ。
撃つ。
ただただ、
前進。
前進。
前進してくる。

どれだけ氷の展開しても、
どれだけ氷の刃を量産しても、
それを砕き、
前進してくる。

「・・・・ッ・・・止まれ!・・・」

サーレーは全力で氷を展開する。
伸ばす。
広げる。

だが、砕ける。
ヤクザ達は前進してくる。

「止まれ!!」

傷ついても、
怪我しても、
死んでも、
それでも、
前進してくる。

「・・・・止まれ!!止まれ止まれ止まれ!来るなぁぁああああ!!!」

バスンッ・・・
と、
とうとう、ジャイヤの空弾が、サーレーを貫いた。
氷を全て砕き、
前進に前進を貫いた。

「・・・・・くっ・・・・・」

サーレーが後ろによろける。
圧縮された高威力の銃弾とはいえ、
面積が面積だ。
死骸を浄化させるには、あまりに小さい。

「おぉらボケェ!」

撃つ。

「ぐっ」

ジャイヤが撃つ。
サーレーがよろける。

「おぉらオラオラオラ!」

ジャイヤが撃つ。撃つ。
サーレーがよろける。
後退する。
が、
ジャイヤは前進する。
前進しながら、撃ってくる。

「ボケェ!ボケェ!ボケボケボケボケ!ボケェ!」

撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。
止まる事を知らない。
前に進むことしか知らない香車。
強者。

「・・・・止まっ・・・・」

「うぅら!オラッ!オラッ!ボケッ!クソッ!オラ!オラァ!!」

撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。
前に。前に。前に。前に。前に。前に。
止まらない。
止まらない。

「・・・・・止・・・」

気付けば、
サーレーは全身が無くなっている事に気付いた。
穴だらけ。
蜂の巣。
休む暇なく撃ち続けられ、
いつの間にか胴体がボロボロで、足も無く、
地面に自分が横たわっている事に気付いた。

「・・・・・・」

見下ろすジャイヤ。
指。
拳銃に見立てた、その人差し指が、
こちらに向いている。

「・・・・・・」

サーレーは分かった。
この男。
この頭の悪い、アロハシャツの男。
能無し。
こいつは、
本当に、考えも無しに前進。
前進するだけ前進してきたのだ。

この生涯を。

それしか知らず、それしか出来ない。

だけど、

この鉄砲玉は、
この香車は、

「どうだ?不器用な生き方もカッコイイもんだろ?」

前に進みすぎて、
"成って"しまったんだろうなぁと。
そう、思った。

「俺れが、《昇竜会》が鉄砲玉、竜の子、ジャイヤ様だ」

自分は、
アレックス=オーランドのコピーなんていう、
そんな生い立ちに縛られ、
スタート地点からも動いてなかった。
そう、
思った。

このヤクザのいうとおり、
自分は自分の物語の主人公だったんだ。
他人に成ろうとするのが、駄目だったんだ。



香車だって・・・・金に・・・・黄金のように成れるというのに。



最後の銃弾が響いた。






















エドガイは一人、
城内の廊下にたたずんでいた。
静かなものだ。
これが現状、戦場となっている場所なのだろうか?
そうさえ思う。

だけど、時間は動いているのだ。

「気分がいいねぇ」

なんとなしにそんな事を口にして、
エドガイはWISオーブを口元に当てる。

「あーあー、テステス。聞こえてるか?聞こえてるよな」

[[[サー、イエス、サー]]]

通信の向こう側からは部下達の声。
そう。
全員で別行動をとっている。
目的は・・・もちろん決まっている。

ロウマ=ハートの捜索。
そして、
排除だ。
エドガイは前に出る。
最強を倒すために。

「ボス、エドガイ=カイ=ガンマレイより定期つーしーん。
 いい天気だ。室内に居るがそうに違いねぇ。オーライ。
 どうだおたくら。調子はいかが?はーわーゆー?」

[こちらアーク。アーク=ソナティカ]

「ヤー」

[3階。地点C−1付近ですわ。現在帝国兵と交戦中]

「ご苦労さん。やばい?」

[アクビが出る。要約すっと問題無しだ」

「オーライ」

[このままこの周囲を監視するが、つまんな過ぎて寝ちまったら勘弁な]

帝国兵は邪魔だ。
が、
仕事にトラブルは付き物だ。
そして、
自分達にとって帝国兵等トラブルにも相当しない。

[こちら、メガ=デス、です]

通信の向こう側から、一人の部下の声。

[只今、4階、です。地点、B−6、です。敵無し、問題無し]

「そうかい。つまんねー無線」

[命令されれば、ギャグの一つも話しますです]

「お?言ってみ。隊長命令だ」

[ヒマ過ぎて死にそうです]

「なるほど。笑える」

笑えやしないが、
エドガイにとっては本当に笑えた。
無線から、
他のメンバーの笑い声も漏れた。

[こちらノヴァ=エラ]

「はいはい」

[先ほど、メッツとユベン=グローヴァーを見かけました。
 気配は隠しましたが、ユベンの方はこちらに気付いていたと・・・]

「接触していいよん」

[いいんですか?]

「あいつらの目的もロウマ=ハートだ。理由は反乱軍じゃぁねぇからだ。
 44部隊がなんでこっち側に居ると思う? ロウマ=ハートを止めるためだ」

[なるほど、敵の敵は・・・]

「味方・・・とは一口には言えないがな。目的は一緒なんだ。なんか掴め」

[サー、イエス、サー]

おかしな話だ。
絶対に関ってはいけない男。
ロウマ=ハート。
それに、わざわざ挑む馬鹿がココには沢山。
そんなに死にたいものなのかと、
自分の事を棚に上げてエドガイは思う。

「ロイ。ロイ=ハンター。聞こえる?」

[サー、オーライ。なんだボス]

「おたく、片腕を失っていただろ?チョーシはドーヨ」

[はん。俺は右利きなんでね。なんで今まで左腕なんてあったか聞きたいくらいだな]

「オッケー。問題はなさそうだな」

[あぁ。"事足りてる"。帝国軍。ハッキリ言ってザコだ]

ザコははずは無い。
ハッキリ言って、MDのメンツならば、
52部隊が2人居たらそれだけでもキツい。
相手の戦力はそれほどだ。
ただ、
彼らにとっては違うのかもしれない。

[こちら、ルナ=シーダーク]

「あーい」

[地点、D−8。あ、3階ね。こっちは敵無し。静かなものよ。でも酷い有様]

「つーと?」

[明らかに戦闘の跡よ。爆発でも起こったみたいに酷い。血が散布してるわ]

戦場ではおかしくない。
が、
それは、
"今、この現状ではかなりの収穫だ"

「つまり、死骸じゃなく、"生き物が戦った"ってことだな」

[サー、間違いなくロウマ=ハート。そして相手はクシャールね]

クシャール。
あの『竜斬り』
入れ違いにロウマに挑んでいった、あの老兵。

[死体は無いわ。けど、あの"巨斧"が残ってる]

「"最強が負けるはずがない"。あのジジィ。おっ死んだか」

[ほぼ決まりだと思うけど、現場に死体が無いってことは・・・]

移動出来るぐらいの気力があるっていうことか。
・・・・・考え難い。
あの、今の状態のロウマ=ハートと戦って、
五体"不"満足とまではいかない状態だというのか。

[砂埃がまだチラホラ舞ってる。まだ戦闘があってから数分しか立ってない筈]
[あーあー、こちらロイ。つまり、その階に向かった方がいい?]
[こちらメガ=デス、です。そうとは限らないです]
[なんで?]
[先ほど、天井にデッカい大穴を見つけました。化け物の通り道です]

それはそうだ。
思えば、突入した最初、
ロビー。
ロウマは天井から降って来た。

「あの化け物が律儀に階段を使って移動してるわけがないってことだねぇ。
 ま、その地点を中心に足跡(そくせき)を追え」

[[[サー、イエス、サー]]]

尻尾がデカすぎる。
が、
必ず捕まえる。
そして・・・・

[あーあーあー、こちら、マグナ=オペラ]

「おーよ」

[大事件だ]

「言ってみ」

[さっきまで交戦中だったんだが・・・・今倒した奴。・・・・・・部隊長だったらしい]

「あぁん?」

[第31番・遊び猫部隊 ストレイ=キャッチャー部隊長・・・って名乗ってた]

「お手柄じゃねぇか。何が大問題なんだ」

[いやいや・・・]

通信の向こう側で、
部下は、話し辛そうに言った。

[だって・・・俺みたいなモブキャラが描写も無く倒しちまってよかったのか?]

エドガイは大声で笑ったし、
部下の数名も通信の向こうで笑っていた。
たしかに可笑しな話だ。
事実、彼ら《ドライブ・スルー・ワーカーズ》はそれだけの実力がある。
それだけ。
それだけなのに。

「何言ってんだオメェ」

エドガイは笑いを堪えながらいう。

「これから俺達脇役が・・・世界最強を殺すっつーのによぉ」


































「さてと・・・・・」

アール=レグザは、大階段を、
一段、
また一段と、
ゆっくり下りながら、
そう、ひとしきり声を漏らす。

「話す事は話したわけだが、オリジナル」

目線は、アレックスを放さない。
全てを話したところで、
放さない。

「感想は?」

感想。

傍らで、
エールがアレックスを見つめている。
何を期待しているんだろう。
何の答えを期待しているんだろう。

または、
どんな答えに怯えているんだろう。

「アレックスぶたいちょ・・・・」

それは、哀しそうな目だった。
エールの、
哀しそうな目だった。

何を期待していたんだろう。
どんな答えを待っていたんだろう。

「エールさん」

「・・・・うぃ」

「僕がアナタに何を感じれば満足だったんでしょうか?
 仲間意識ですか?それとも忌み嫌えばよかったんでしょうか?」

エールは怯えていた。
本当の事を知られて、
どう思われるか、
彼女は長年、ずっと恐怖に感じていたに違いない。

でも、

「残念賞です。景品はありません。ただ、スッキリしました」

と、
アレックスは口にした。

「は?」
「へ?」

アレックスは、そう言った。
レグザとエールは、
別々の「?」を浮かべた。

「ありがとうございます。レグザさん。エールさん。初めてこの件で自分と向き合えました」

アレックスは何か、吹っ切れたような顔をしていた。

「いやぁ、薄々予想はしていたとはいえ、突きつけられると分かるものですね。
 でもやっと分かったんです。なんでこんなにエールさんの事、大嫌いなのかって」

そして突然アレックスは、
エールに向かって・・・頭を下げた。

「エールさん。すいません」

「ほ、ほわっ?ほへっ!?」

エールは頭に「?」を何個も掲げる。
アヒル口になって呆然としている。

なんで突然謝られたのだろう。
どれを謝られたのだろう。
分からない。
分からないけど、

「へへー!こちらこそ申し訳ございませんです!」

エールは土下座した。
目上(部隊長)が理由も分からぬまま頭を下げたので、
訳も分からなくなって、
膝をついた。

「いえいえ。今、謝るべきは僕なんです。面(おもて)をあげい」

誰様だ。

「今謝ったのはつまり、今まで嫌いでごめんなさいという意味です」

「・・・・・ぅい?」

「この世で僕の嫌いなものランキング堂々の第二位を勝ち取るほど嫌いでした」

ちなみに一位は"腹八分目"だ。

「だって僕自身不思議だったんです。アナタの事がなんで嫌いなのか。
 クローンだから?レプリカだから?同族嫌悪。同族嫌悪!
 つまり、自分を見ている様だから嫌い。・・・・だからっておかしいじゃないですか」

アレックスは自分の胸に両手をあて、
目を瞑り、
さわやかに言う。

「僕は僕の事が大好きなのに!!!」

声高らかに言う。
ナルシストというと語弊があるが、
一人、答えを見つけたアレックスは、
一人だけ清清しい顔で話し始める。

「まぁとはいってもですね。僕自身が僕自身を嫌いなところは沢山ある。
 コンプレックスの塊です。コンプレックスマニアです。コンプアレックスです」

「おい。エール。こいつ何言い出したんだ」
「・・・・・」

「でも、自分とは付き合っていかなきゃいけない。僕の人生なんですからね。
 誰でも大好きで大嫌いな自分自身と一生一緒に人生を歩まなければいけません!」

「学校か宗教でしか言わないような事言い出したぞ。エール。お前の上司は大丈夫か?」
「・・・・・レグザとエールさんのオリジナルでもあるですよ」

「だから、自分を見ている様な気持ちになるエールさんの事は大嫌いであり、」

同時に、

「愛しくもある」

彼女を捨てることは、自殺と同意語だ。
彼女を突き話す事は、自殺と同意語だ。
だから、

「エールさん。あなたは副部隊長として、いつも隣にいてもらった。
 不思議だったんです。こんなに嫌いなのに、なんで僕は結局一緒に居たのか」

なんで嫌いでいながら、
彼女はいつも横に居たのだろう。
うざったく感じながらも。
それを突き放さなかったのだろう。

「つまり!僕は僕自身を見ているからこそ!好き放題嫌っていて!
 僕は僕自身を相手にしているからこそ!好き放題酷い事言ってたわけです!
 だからつまり!僕がエールさんを嫌いだったのは!自虐の現れです!」

アレックスは清清しい顔をして演説していた。
エールは呆然としていた。
が、
ただ、
レグザはそこまで聞いて、

あまり・・・・芳しくない顔していた。

「おいオリジナル。つまり、テメェは自分への自虐を、エールに肩代わりさせてたのか」

ギラついた目をしていた。
殺意。
それは正真正銘のものだった。
当然だ。
ある意味、八つ当たりにも近い。
人としてあってはならないことです。

「そうですね」

だから、
アレックスはもう一度エールを真っ直ぐ見た。

「だから先ほど謝りました。謝って許されるものではありません。
 けど、今の話の中で伝えたかった事は一つです」

アレックスは、エールの両肩に両手を置いた。
体温はない。
死骸の肩。

でも、目は真っ直ぐ見る。

「酷い思いをさせてすいませんでした。ですが話したとおり、
 僕の態度は、実は自分に対する態度だったんです。気付いたんです」

つまり、

「愛情表現のようなものです!愛していますエールさん!」

ボンッ
と沸騰するような音と共に、
エールの顔が沸騰した。

アレックスが話したのは、
つまり自分自身への愛情表現ということで、

結論からすると、あまりに気持ち悪い結論なのだが。
あまりに気持ち悪すぎる結論なのだが。

「・・・・おおおお・・・・お味噌汁の練習をしまふっ」

彼女には別の角度で伝わったようだ。

目の前に居る男は、
たった今、自分自身に告白した気持ち悪い男なのに。

「そしてもうひとつ気付いた事があります」

沸騰してフラフラのエールをそのままに、
アレックスは続ける。

「僕はクズです。長年、エールさんを嫌い、彼女に酷い事ばかり言い続けました。
 なのに、それなのにエールさんは"僕を嫌いにならなかった"」

ずっと疑問だった。
こんなクズを。
理由さえ言い訳の余地がない。
なのに。
なのに、
エールは自分を嫌いになることはなかった。

なんだそれ?
神?
仏?
天使?

いやいや、至極真っ当。
当然だ。

「あなたがエーレン=オーランド・・・僕の母親のレプリカだったから」

だから、
全て包み込んでくれた。
善も悪も、
全て。

母親とは、
神で、仏で、天使をも超越する。

「今思えば、僕は自分の面影でなく、母親の面影をずっとみてきたのかもしれません。
 だから、好き放題酷い事を言ってきて、態度にも示してきた。
 嫌われる心配がないと分かっているから・・・・・。デッカい反抗期だったんですね」

アレックスはもう一度、
エールの両肩に手を置いたまま、
頭を下げた。

「ずっと甘えさせてもらい、申し訳ありません」

エールは、
眼前で頭を下げるアレックスを見て、
沸騰した頭をどうにか抑え、
そして、
ただ、
そういう事なら、
自分を母親のように思ってくれたならと、

「いいんです。もっと甘えてください」

「調子こかないでください。部下のくせに」

「!?」

いきなり突き放されたエールは、
アヒル口のまま硬直していた。
谷を落とされた獅子よりも扱いが酷い。

「という事です。レグザさん」

アレックスは、切り替えたような目で、
アール=レグザを見た。

「真実を突きつけられた僕にどう反応して欲しかったですか?
 絶望を?または哀れみを?そういったものが混ざり、混乱を?
 残念ながら、僕はやけにスッキリしてしまいました」

「はん」

気付けば、
いつの間に大階段を降りきっていたのだろう。
大階段の下で、
レグザは腕を組んで笑った。

「別に。どう反応するかを見たかっただけだ。ゴキゲンだ」

「そうですか。"で?どうします"」

アレックスは、
急遽、それを突きつけた。
その言葉を突きつけた。

「こういう反応に終った今、御託は終わり・・・に差し掛かるはずです。
 それならば、アナタはどういう理由で飛び掛ってくるんですか?」

で?
どうします。
それはつまり、
最終的にはそうなるんだろう。
ドンパチするんだろう。
もう、話が終ったなら。

アレックスの言葉はそういう意味だった。

「いやいや」

不意にレグザは、背中の槍を抜いた。
そして、
その槍を右手に収めるなり、

「どうってことねぇよ」

槍を突き出した。
その場で。
当然、アレックスとの距離はまだまだある。

だからそれは、その"突き"を見せるためだけのものだ。
その、
ピアシングボディを。

「見事なピアシングボディです」

「自分を見ているようか?お前は騎士として、こいつだけは一級品だったな」

「言わせたいわけですか」

アレックスはため息をつく。

「先ほど、エールさんに母さんの面影を見ていたのかも。そう言いました。
 そう。そのピアシングボディ。まるで父さんを見ているかのようです」

ニッ・・・と笑い、
レグザは突きの姿勢を崩す。

「そう。ゴキゲンだ。さっき話したように、俺やエールは他の《10's(ジュース)》と違う。
 他の奴らは、お前を参考にして混合職(カクテル・ジョブ)の才能が反映されたが、
 俺達はそうじゃない。俺はアクセルの、エールはエーレンの魂が色濃く出ている」

つまり、
アレックス。両親の。

「オリジナル。つまり、俺はアクセル=オーランドだ」

そう、口にした。

「俺はこの日のために、ピアシングボディだけは本家に近いところまで修練を積んだ。
 エールもそうだ。聖職者のスキルを『聖母の再来』といわれるほどにな」

「父さんと母さんに近い細胞を持っていたから、出来る限り、父さんと母さんになろうとした」

「そう」

レグザと共に、
エールも少しだけ頷いた。

「エール。来い」

そして、もう一度頷いた。
レグザの言葉に。

エールは・・・・レグザのもとに。
そして、レグザの横に。
歩んでいった。

「・・・・エールさん」

「ア、アレックスぶたいちょ、勘違いしないでくださっ・・・
 けっしてアレックスぶたいちょの敵になるわけじゃ・・・・」

と言いながらも、
アレックスの進行方向であるべき場所。
その大階段の前に、

アール=レグザと、
エール=エグゼは、
並び立った。

勘違いしないでくださいと言ったが、
勘違いもクソもない。

副部隊長エール=エグゼは、
アレックスの隣でなく、

敵の、
レグザの隣に。

「別によぉ。"コレ"は事前に打ち合わせしてたわけじゃねぇ。
 だけど、俺もエールも同じ事を考えてたって結果だ」

コレ。
並び立つ、二人。

「・・・・・・」

エールは俯いていた。
だが、
レグザの言葉が本当ならば、

アレックスに立ちはだかるその姿は、
彼女の意志だ。

「兄弟達には、兄弟達の思うままに生きてもらいてぇ」

そう話し始める。

「兄弟ってのはもちろん、他の《10's(ジュース)》の奴らだ。
 アレックス=オーランドのクローンとして生まれ、そして偽者で終りたくない。
 なら、やってみろ。・・・・と兄弟を応援するのが俺だ。リーダーとしてな」

偽者で終りたくない。
それは、
彼女を思い出す。

ツヴァイ=スペーディア=ハークス。

彼女のまた、
アインハルトの二番手のまま終りたくないという気持ちがあった。
彼女は彼女の生き方を選んだ。

《10's(ジュース)》

彼らは、それと同じ道を選んだのだろう。
正解はない。
アレックスもそれを"非"とは言えない

自分達を導いたツヴァイを否定する事になるし、
個人の意志は各々に任せるべきだ。

もちろん、殺されてやるつもりもないが。

「エールと違い、俺もまた、そう思って生きてきた。俺がオリジナルになると。
 ユニークになると。それだけが生き甲斐だ。アレックス。お前を殺す」

目には、力が溢れていた。

「今日もそうだ。反乱軍の英雄をやってるお前を見て、ただ、恨めしく思った。
 ゴキゲンだぜ。何が違う。俺は偽者で、何故お前はそんなに日に当たる」

声には、力が溢れていた。

「ただ、この大階段でお前を待ち受けた時、"違うな"・・・と感じた」

「・・・・?」

突如ひっくり返された言葉。
それに対し、
アレックスは疑問しか浮かばなかった。
話の先が見えない。
が、
レグザは続ける。

「俺もよく分からなかった。だが俺はお前といざ対峙した時、そう思った」

「・・・・・何が・・・・違ったんです」

「それがさっき分かった」

さっき。

「何の事はねぇ。さっきの話。俺は全てをお前に話したとき、
 お前がどう思うかを知りたかったんじゃねぇ。"俺自身がどう思うかを知りたかった"」

レグザ自身が、
どう思うか。

「だから、"やめた"。気付いた」

「やめた?」

「エールもそうなんだろう」

やめた。
気付いた。

「どうやら俺ぁ、あんたに成りたかったんじゃねぇ。
 "アクセル=オーランド"に成りたかったんだ」

アクセル=オーランド。
アレックスの父親。

「アレックス=オーランドでなく、アクセル=オーランドのオリジナルになりたかった」

もとを辿れば、
アレックス=オーランドを作成するためのボトルベイビー。
混合職(カクテル・ジョブ)を作成するためのボトルベイビー。

だけど、
二人だけは違った。
アレックス=オーランドでなく、
アクセル=オーランド、
エーレン=オーランド、
その二人に近いものに産まれてしまった。

「ここでお前と対峙した時、思った。本家アクセル=オーランドならどう思うだろうと。
 "俺"ならどう思うだろうと。そして、さっき分かった」

レグザは、
アール=レグザは・・・・・・

槍を捨てた。

槍は転がった。
絨毯の上に、カラカラと。

「俺はココで華々しく、カッコよく、息子の踏み台になりたいね!」

レグザは、
ゴキゲンに、
清清しく、
そう、
笑った。

「・・・・・よく分からないんですが、敵・・・じゃないって事でしょうか?」

「いーや。俺は帝国軍。52番隊の一人。敵だな」

「なら、44部隊のように、目的の合致という意味で、敵の敵という意味での・・・」

「チゲーヨ」

両手をブラブラを振る。
呆れたように。

「俺ぁ味方は裏切らねぇ。絶対にだ。・・・・が、やっぱ考え方は似んのかねぇ。
 違うって思ったのもそう。死骸はやっぱ動いてちゃ駄目じゃね?ってな。
 命ってのは一つだからこそ大切なんだ。俺達は終った存在なわけよ」

アール=レグザとしても、
エール=エグゼとしても、
アクセル=オーランドとしても、
エーレン=オーランドとしても。

「これはよぉ。オリジナル。てめぇと同じ考えだろ」

その通りだ。
事実、そう思っている。
死骸。
死骸騎士。
彼らは必ずしも、自らの意志で戦っていない。
終焉戦争の時の意志のまま、
戦っているだけだ。

本当に彼らが生きていたら、
彼らはアインハルトの下で、世界を不幸に落としていただろうか?

死骸は終った存在なんだ。
それで、弄んじゃあいけない。

「だから"戦わない"。それが俺の、そしてエールの答えだ」

アレックスは、自分が終焉戦争で皆と共に死に、
そしたら、
"あっち側に居たら"
それを思うと、
それこそそう思う。
その行動に出たい。

「ま、死骸の魂は終焉戦争の時のコピーだ。俺達は心層でそう思ってたわけだ。
 そしてそれは隣でつっ立ってるエールも同じ。そだろ?」

エールは頷いた。

「解せないですね」

アレックスはやはりそう思う。
それでも、
だからといって、
自分の目の前で、
突然、"戦わない"なんて言い出した二人に。

「ゴキゲンだ。ま、難しい事を考えるな。俺達はこうしたかったんだ」

「こうしたかった?」

レグザは頷く。
そして、
エールもまた頷く。

「俺達は、お前に倒されたくなった」

「え?」

アレックスの顔が硬直する。

「待ってください!戦わないっていうのはつまり、僕があなた達を倒すってことなんですか!?
 戦う意志が無い相手に、槍を振るわなければいけないって事なんですか!?」

「そりゃそうだ。俺は敵だ。立ちはだかってんだよ。排除しろよ。
 言っただろ。踏み台になりてぇんだよ。父親らしいだろ?」

言っている意味が分からない。
だって。
そんなのは、

「イヤですね。死にたい相手にただ刃を向けるなんてふざけてる。
 これでは偽善とかでもない。自殺の手助けは殺人です。無益な殺人です」

「難しいこと考えるなっつったろ。俺達は死骸。もう終ってんだよ」

終らせてくれ。
そう、
レグザは言った。

「それに踏み台になりたいっつーのはよぉ。お前の糧になりてぇってことだ」

レグザは「な?」とエールに同意も求める。
エールは頷く。

「オリジナル。アレックス=オーランド。お前は死骸騎士と聞いて、どう思った?」

「どうって・・・」

「騎士団が蘇っている。それをどう思ったって聞いてるんだ。
 なぁエール。お前の部隊長はどう思ったと思うよ」
「まず、後ろめたさ・・・だと思う。自分だけ生き残った事に対する」

当たりだ。
その通りだ。
さすが、
さすが、
誰よりも自分の事を分かっている。

「そう。そして・・・」
「あぁ待て。その次は俺でも分かる。俺が当ててやる」

レグザの目は、
視線は、
アレックスの心を貫いた。

「"もしかしたら、両親も"」

言葉が貫いた。

「アクセル=オーランドとエーレン=オーランドも蘇ってるんじゃないか・・・と」

そうだろ?
と、聞いてくる。
問うてくる。

アレックスは、目線を逸らす事を答えとした。

「残念ながらそれは無い。地下でミイラとして修復不可能な状態だ」

でも、

「お前は心の中で思っている。"まだ、引き返せるんじゃないか"と」

それは、
それは・・・・

「もし、反乱をやめて、ここでやめてしまえば・・・・
 形は違えど、両親が、家族が居る生活が戻ってくるんじゃないかと」

"思ってるんじゃないか?"
心の底のどこかで。

愚かしい。
あまりにも愚かしい。

「腐った迷いだ。ゴキゲンだぜ。そんなもん、とっくに払拭しなきゃいけない心だ」

その通りだ。
そして、
レグザのいうとおり、
自分は思っている。
確かに思っているのだ。

叶わぬとはいえ、
それは・・・・

希望なのだから。

でも、
そんな迷いは、本当は払拭しなければいけない。

「だが、"俺達なら出来る"。その思いを払拭する事が。
 アクセル=オーランドとエーレン=オーランドの代わりが」

代わり。

「違うなってのはそういうこと。奴らが蘇っていたら、きっと同じ事をした。
 死骸騎士なんてあるべきじゃない。なら戦わない。そして、
 息子の気持ちを払拭するために、"試練"としてココに立ったはずだ」

「試練・・・・」

「俺達を乗り越えろ。アレックス=オーランド」

アール=レグザを。
エール=エグゼを。
アクセル=オーランドを。
エーレン=オーランドを。

「アクセル=オーランドとエーレン=オーランドの幻影を、ここで振り払え。
 ここにあるのはただの幻影だ。大したもんじゃない。振り払っちまえ」

その手で。

「両親を手にかけるのが・・・・試練」

「違う。ただのくだらない幻影。気にかけるほどのもんでもねぇ。
 それを伝えたい。そしてそれをお前なら出来る」

「僕なら・・・」

「今日一日くらい、過去に縛られず、進むことが」

アレックス=オーランドなら出来る。
出来る。
何故なら、

「"俺ら"の息子なんだから」

その表情は、
偶然だっただろう。
または、
クローンなのだから、似ていて当然なんだろう。
そう思う。
そう思いたい。

レグゼの表情は、
エールの表情は、
笑顔は、

アクセル=オーランドと、
エーレン=オーランドのソレと、全く同じじゃないか。

「・・・・・・・・」

アレックスの目の前に、
魔方陣が展開された。
それは、
パージフレアの魔方陣。

アレックスはそこに、静かに槍を突き刺す。
突き刺す。

そして再び槍を抜き取れば、

槍は蒼い炎に塗れていた。

蒼い炎の、
青臭い炎の槍。
オーラランス。

「やる気になんのが早ぇじゃねぇか兄弟」

「兄弟?父さんの真似事のつもりじゃなかったんですか?」

「おちょくんなって」

レグザはゴキゲンだ。
そして、
エールは不安そうだ。
エールも"コレ"を選択した。
だが、複雑な心境なんだろう。

「アレックスぶたいちょ」

だけど、
全てを受け入れた顔をしている。

「やってください」
「来いよ。兄弟」

・・・・。
槍を握り締める。

思えば初めてだ。
無抵抗の人間に槍をふるうのは。

それは人間の行いなんだろうか。
相手が死骸だからなんて、
そんな理由で行っていいことなのか?

「それも試してるんだよ。これが試練だ」

レグザが見透かしたように、
挑発するように笑う。

「童話の桃太郎を知ってるか?勝者が好きなように脚色して後世に物語を残すんだよ」

悪行も改変して残すのが歴史。
歴史は勝者の口車。

別に・・・
自分は英雄になりたかったわけじゃない。

幻影だろうと、
父と母を手にかけたいわけじゃない。

「好きに言い訳してみろ。なんでもいい。吹っ切れろ」

レグザは両手を広げる。

「俺とエールを消し飛ばしてみろ!!」

やってみろ!
そう、挑発する。

・・・・。
あぁ。
きっと、
父と母だとしても、
たしかにこうやってハッパをかけるんだろうなぁと思う。

素直じゃないんだ。うちの両親は。
・・・・自分に似て。

いや、自分が両親に似たのか。
そう思うと、
少し

嬉しかった。

「レグザさん。エールさん」

アレックスは槍を握り締めた。
走る。
歩を進める。
勢いよく。

「僕は、先へ進みます」

そして、

槍を突き刺した。

「ぐっ」

レグザの腹を貫通する。
蒼い炎。
銀の槍。

「やるじゃねぇか・・・・"やれるじゃねぇか"」

レグザは笑った。

「俺は、アクセルの気持ちになって、それで分かった事がある。
 俺は・・・・どうせ戦ってもお前に勝てねぇ・・・
 お前は英雄で、この戦争の主人公で・・・・・俺は終わった命だ」

アレックスは槍を引き抜いた。

「そしてアクセル=オーランドだとしても、こう思っただろう」

父なら。
父さんなら。

「息子は既に・・・・・"俺"を越えていると」

・・・・なるほど。

なるほど。
なるほど。

やっかいなものだ。

この偽者め。
まさかそこまで・・・そこまでアクセル=オーランドだとは。

確かに、これは試練だった。

「アレックス=オーランド。"俺達"の幻影に怯えるな。
 優秀な二人の勇者。アクセルとエーレンに怯えるな。
 両親を、手の届かない天才だと思うな。自分を凡人だと思うな」

それはまるで、
本当に両親の言葉のようじゃないか。

「親を越える日が来た。それが・・・・今日だ」

レグザは、
アクセル=オーランドはそう言う。

体が光に包まれていく。
浄化の光だ。
昇華の光だ。

「さぁ。母親をもその槍で越えろ。吹っ切れろ」

アレックスはエールを見る。
エーレンを見る。

エーレンの不安は消えていた。
受け入れる目。
頷いた。
なんで。
受け入れたから。

「アレックスぶたいちょ」

待ち構えている。
いや、
待ちわびている。

この槍を。

「エールさんを、私を糧にしてくだしあ・・・噛んだ・・・・」

母に・・・成り切れない子だ。

「残念ですが・・・」

だけど、
答えは違うんだ。

「貫くのは、レグザさんだけです」

消え行くレグザも、
待ちわびるエールも、
目を丸くした。

「な、何言ってるですか!」
「アレックス=オーランド!テメェ!!」

消え行く手で、アレックスに掴みかかるレグザ。

「ふざけんな!やっと!やっと見つけたんだ俺は!俺達は!
 ボトルベイビーとして!自分の生の道を見つけれなかった俺達が!
 やっと!自分のやりたいこと!命の価値ってもんを見つけたんだぞ!」
「それを無碍にするっていうですか!?」

「そうです」

アレックスは言い放つ。

「ざけんな!」

「ざけんなはこっちです。命の価値?価値観を勝手に押し付けて。
 僕はやっぱり、自分の正義を貫きたい。偽善でもです。
 そして天邪鬼でして。相手の思い通りなんてまっぴらゴメンなんですよ」

「てめぇ!てめぇ!」

「ゴメンなんですよ!死に意味があっちゃいけない!
 《MD》の皆の死も!王国騎士団の仲間の死も!死んでよかったなんてない!」

アレックスは怒鳴り返す。

「・・・・レグザさんを倒すのは、敵だからです。あなたは父さんなんかじゃない。
 倒すべき敵だから倒す。倒すべき死骸騎士だから・・・・・そして」

そして、

「エールさんは味方です。16番隊の部下です」

だから

「それだけです」

父の幻影。
母の幻影。
そんなものに縛られるのはまっぴらゴメンだ。
ここは、
ここにある真実だけだ。

「アレックス・・・ぶたいちょ・・・・」

目の前に居るのは、
敵であるアール=レグザ。
そして、
味方であるエール=エグゼ。

それだけ。

「・・・・・クッ・・・ハハッ!」

消え行くレグザは、笑った。
ゴキゲンに笑った。

「なんつー偽善者だ。なるほど。なるほどなぁ」

ゴキゲンに。

「そうかもしれねぇ。この世に全て丸く収まるハッピーエンドなんてねぇ。
 だから、テメェのような、自分の主観の正義をずっと貫く奴が・・・
 そういう奴が今の世の中の英雄に成り得るんだろうな」

ゴキゲンだぜ。
と。

「俺の負けだ」

そう、
勝負を投げ捨てたはずのレグザは言った。

「お前は"俺をアクセルにさえさせてくれなかった"。
 アクセル=オーランドとして死なせてくれなかった。
 こんなの、お前の勝ち以外にありえねぇわな」

もう、レグザの体は透き通って、
無くなる寸前だった。

「でも、それが正解なんだな。お前は父と母を乗り越えなかった。
 あくまで、"アレックス=オーランド"として、俺達に挑んだ。
 俺が求めていた"オリジナル"っていうのは・・・・」

きっとそういう事を言うんだろう。

「ありがとよ。兄弟」

そして、
レグザの体は光となり、

「俺をアール=レグザとして死なせてくれて」

消えた。











「アレックスぶたいちょ」

残ったのは、
エールと、アレックス。
元の二人だけだった。

「エールさんは嬉しいです。エールさんはちゃんと、
 アレックスぶたいちょに副部隊長として、仲間として認められてたですね」

「当然です」

当然だ。
自分が無くしたのは、いつも仲間で、
自分が後悔するのは、いつも仲間で、
自分が求めるのは・・・・いつも仲間だ。

「それでにエールさんも、母さん・・・エーレン=オーランドじゃなくて、
 エール=エグゼ副部隊長として僕に向き合って欲しかったんでしょう?」

「ほえ?」

「だってそうじゃないですか」

当然のような顔をして、
アレックスは笑う。

「僕に素性を隠していたし、何より、他の《10's(ジュース)》と違って、
 僕に成るんじゃなくて、僕の仲間として16番隊に居た」

「そんなことないです・・・・」

エールは俯く。

「"ジンジャエールのエールさん"・・・なんて正体を仄めかしてのは、
 やっぱりアレックスぶたいちょが、私に興味を持つようにです。
 自分の出生を利用してたですよ。そんなもんです」

「うん。そんなもんです。その程度なんですよ」

当然のような顔をして、
当たり前のような顔をして、

「エールさん程度で僕の母さんにとって代わろうなんておこがましいにも程があります」

「うぃ?!」

「エールさんはエールさんです」

自分に言っているようだ。
まさに、
自分の鏡だ。

親がなんだ。
アクセル=オーランドと、
エーレン=オーランドは確かに誇りだ。
が、
二人の英雄にとって代わろうなんて、
自分はおこがましい限りだ。

自分はアレックス=オーランドでしかないのに。

「これだから自己嫌悪になるんです。これだからエールさんは嫌いです」

「イ゙!?」

「エール副部隊長!」

「!?」

「エール副部隊長!ほら!敬礼!」

エールはアヒル口になって一時呆然といたが、

「う、うぃ!」

ピシリと、
それはちょっと背筋をオーバーに伸ばしすぎだというほどに、
敬礼をかます。

「部隊長命令です」

「う、うぃ!」

「これからも、僕の手となり足となり、荷馬車のように働き、僕を助けてください」

命令。
そう。
命令だ。

でも、
命令といえるような事なのか?
意地が悪いと思う。
彼女の気持ちを知っているクセに。

なら、
彼女はこんな命令しなくたって、
僕を助けてくれる仲間であると知っているというのに。

「う、うぃ!もちろん!」

当然だ。

「死んでもお側におりますです!あい!」

面白い冗談だ。
"死んでも"だって?
面白い。
本当に面白い。

言葉に責任がありすぎる。

ほんと、
なんだってこんな部隊長に、
死んでまでついてくるかねぇ。



「う」



それは突然だった。
マヌケだった。
腑抜けていた。

何でココまで気が付かなかった。


第三者。


今、どうなった。
エールがうめき声をあげた。
エールがどうなった。

・・・腹から槍が突き出てる。

「・・・・・・あれ?」

エールが不思議そうに自分の腹部を見る。
槍。
背中からお腹にかけて。
背後から。

「・・・あれ・・・あれれれ?」

なんで?
なんだこれ。
この槍はなんだ。

"蒼い、炎の槍"

それがエールを貫いている。
マヌケだった。
腑抜けていた。
アレックスは自分の槍を見る。
当然、
自分の槍じゃない。

なんで、
なんで第三者がココに来るまで気付けないほど、
腑抜けていたんだ!

「アレックスぶたいちょ・・・・」

エールは、涙目でこちらを見ている。
涙なんて出ないくせに。
死骸のくせに。
死んでも付いてきたクセに。

「申し訳ありません・・・です・・・・」

エールの体が消えていく。
光になっていく。
粒となっていく。

「任務・・・・しょっぱいです・・・・あ・・・・」

彼女は微笑んだ。

「噛みました・・・・」

消えていく。
光となって、
消えていく。

「次は・・・・アレックスぶたいちょのお母さんじゃなくて・・・・」

じゃなくて、

「アレックスぶたいちょの・・・お嫁さんに産まれたいです・・・・」

「エール!エールさん!エール副部隊長!」

声をかけたって無駄なのに。
もう、
無駄なのに。

「消えるな!死ぬな!命令です!これは・・・これは部隊長命令です!」

微笑んだままだった。

「もう・・・・しわ・・・・け・・・・・・」

微笑んだままだった。
彼女は、
消えた。
消えうせた。

光となって。

二度、死んだ。













失った、
頭の中が真っ白になったアレックス。

また、
また失ってしまい、
何故いつも気付いた時には取り返しがつかないのか。
そんな事が頭をめぐりながら、
ただ、
真っ白に。


「・・・・・レグザも、エールも、やっぱ器じゃなかったんですよねぇ」


ただ、
その"第三者"と共に、
アレックスはそこに残された。

「リーダーっつっても、やっぱアレックス=オーランドのコピーじゃぁない。
 それに、他の《10's(ジュース)》の奴らも同じなんですよねぇ」

器じゃない。

第三者。
もちろん、初めて会うが、
それは、
憎たらしいほど、既会感のある顔だった。

「あぁ。遅れまして、自己紹介しましょうか"オリジナル"
 僕の名前はエクサール。《10's(ジュース)》が一人。
 そう、あなたのレプリカの一人です。でも他の奴らとは一味違うんですよねぇ」

手には、

オーラランス。

「そう、僕は《10's(ジュース)》の中で唯一・・・・聖職者と騎士の混合職(カクテル・ジョブ)
 つまるところ・・・そう・・・・・・あなたと同じ、"聖騎士(パラディン)"なんですよねぇ」

器。

「そうなんですよねぇ!僕!僕だけがアレックス=オーランドの代わりになれる資格がある!
 そして器があるんですよねぇ!《10's(ジュース)》で唯一!英雄になれる男なんですよ!」

意気揚々と、
その男はそう伝える。

「先ほど、僕とレグザとエール以外の《10's(ジュース)》は"全て死んだ"と分かった。
 フフ、やっぱり資格と器があったのは僕、エクサールだけだったんですよねぇ。
 そして!今ここで!僕がお前を殺し!アレックス=オーランドになるんですよねぇ!!」

蒼い炎の槍を持つ手、
英雄の証、
オーラランス。
それを見せ付けるにする。

「さぁ、今、世界で英雄の証を持つのはあなたと僕だけ、二つもいらないですよねぇ。
 先に言っておきますが、僕はボトルベイビーとしてかなり体をイジってるんです。

エクサールは自慢げに話す。

「騎士のスキルはアクセル=オーランド並に、
 聖職者のスキルはエーレン=オーランド並まで底上げに成功してるんですよねぇ」

まるで、
英雄である両親を足したような、
完璧なカクテル。
聖騎士(パラディン)。

「勝ち目はないわけですよねぇ。ま、死んでください"元"オリジナルさん」

そこまでの話。
エクサールが流暢にひけらかしたそこまでの話は、

およそ、アレックスには伝わっていなかった。

アレックスは虚空を見つめていた。
ただ呆然と。
言葉は耳を通り過ぎていた。
また失った。
失う事は慣れない。
感情は成長しない。

「あぁ・・・」

だから、
こんな気持ちをいつも感じることになる。
イヤだ。
イヤな・・・・もんだ。

「腹立つなぁ・・・・・」


それは一瞬だった。

アレックスが、いつ構えたをとったかも分からなかった。
エクサールには分からなかった。

「・・・・あれ?」

だが、
気付けばエクサールのオーラランスは宙を舞っていた。

アレックスの槍。
オーラランス。
英雄の槍、
それによるピアシングボディが、

エクサールの槍をふっ飛ばしていた。

「・・・・なんで?全ての性能は僕の方が勝っているはずなのに。
 ・・・・なんで!?なんでオリジナルの動きを捉える事が出来なかった!?」

エクサールは、
たった一瞬で"負け"を感じていた。

"本物と偽者"の関係でありながらも、
先ほどまでは自分の優位を死んでいながらも、

それが全て吹っ飛ぶほどに、
そのピアシングボディは・・・・

鮮やかで、完成されていた。

そこに理由があったかどうかは分からない。
が、
アレックスが放ったピアシングボディは、
この時点で、人生最高のクオリティを魅せた。

自らをアクセルとエーレン並の性能と豪語したエクサールが、
付いていけないほどのポテンシャル。
アレックス=オーランドが、
魅せるはずのないクオリティ。

「よくもブチ壊してくれましたね」

アレックスが口にする。
目がギラつく。

そう。
そこに理由があったかどうかは分からない。
けど、

今の一撃。
今のピアシングボディは、

苦しくも、
レグザの目的と合致する一撃となった。

苦しくも、
アレックス=オーランドが、
"両親を乗り越えた瞬間となった"
"両親を凌駕した瞬間となった"

「部下をやられて、許せるわけがない!」

幸か不幸かと問われれば、
不幸だっただろう。

レグザとの体面。
エールの死。
そして、
両親を越える分身、エクサールの存在。

それぞれが、不幸にも重なったからこそ、

アレックスはこの瞬間、
"不幸にも"

両親をも越える成長を遂げた。

「消えてください」

アレックスは、
槍をひいた。

それは、
もう一撃、ピアシングボディを放つ前触れだった。
オーラランスで、エクサールを貫く前動作だった。

エクサールの戦意は消えうせていた。

槍の一突きだけで、
目の前の本物に勝てる気がしなかった。


「待てアレックス!」


大階段の上から声、
声と声の主は、
同時に、

アレックスとエクサールの間に、
一気に飛び降りて着地した。

「こいつは重要な手がかりなんだ。まだ殺すな」

ドジャー。
ドジャーだ。
彼が、目の前に飛び込むように現れた。

「ドジャーさん・・・・どうして・・・」
「さっきエドガイの部下と遭遇して場所を聞き、辿り着いた」
「いえ、そうじゃない」

そうではなく、

「何故止めるんです。ドジャーさんなら!今の僕の気持ちが分かるでしょう!」

ドジャーなら、
ロス・A=ドジャーならば、

"仲間を失う苦しみを誰よりも知っている"

誰よりも哀しむ男で、
そして、この怒りも理解出来るはず。

なのに。
なのに。

「あぁ。分かるからこそ俺が止めに来た。聞く耳もてねぇと思うが聞きやがれ。
 こいつの"体"は重要な情報を持ってやがる。それは"アインハルトの弱点"だ」
「・・・ッ」

それを聞けば・・・・・理解は出来る。
ドジャーが言っている事。
その重要性。
だけど、
だからって、

「それでもっ・・・・僕は今の僕を抑えられそうにないです!」
「だから俺が止めに来たっつってんだろ!」

ドジャーが怒鳴り返した。

「怒りを消せとは言ってねぇ。感情を殺せとも言わねぇ。堪えろとも言わねぇ。
 だから俺が来た。俺が一緒に面倒みてやる。俺はただお前を止めにきた」

その感情は正しい。
だから抑えなくていい。
俺がブレーキになってやる。

そう、ドジャーは言っている。

「・・・・・・・本当に滅茶苦茶で無茶を言う人です・・・・」

スッ・・・と、
アレックスの槍から蒼い炎が消えた。

一番動揺しているのはエクサールだった。
今、何故自分が死ななかったのかを理解していないだろう。
"アインハルトの弱点"なんて知らないのだから。
だが、
その体、
その細胞、
その魂が、それを知っている。

「詳しい話は後で聞かせてもらいますよ」
「あぁ」

ドジャーは頷いた。
そして、

「ま、そこまで分かってくれりゃぁよぉ・・・・」

ドジャーは横に移動した。
立ち塞がって止めていたのに、
それをやめた。

「ぶっ殺さねぇ程度には好きにやっていいぜ。あいつはどーせ痛みを感じない体だ。
 怒りを思う存分ぶつけてやれ。お前の気持ちは痛いほど分かってる」
「・・・・・」

素晴らしい仲間を手に入れたと思った。
正しくはないが、とても理解ってくれる。

アレックスは槍を置き、
そしてエクサールに歩み寄って・・・・・

蹴飛ばした。

怒りのままに。

何度も。
何度も。

およそ英雄とは呼べない最低な行為だったけど、
それは止められない。
この怒りは止められない。

そして、
こんな事をしたって何も変わりはしないし、
何も取り戻せないが、

アレックスも、ドジャーも、
皆、

そんな気持ちを抑えられないからこそ、

今、

戦っている。

































庭園。

やはり騒がしい。

戦争の真っ只中。

だけど、"ソコ"だけはやけに静かな気がした。

メリー・メリー=キャリー。
44部隊が一人。
彼女が死んでいた。
いや、
虫の息だった。

もう助からないレベルまで。

「・・・・・・・・」

かなり派手な戦いの跡だ。
そこら中が氷漬けになっており、
その中心で彼女が横たわっていた。

だけどそれは戦争の一部でしかなく、
皆、
戦いに明け暮れていた。

そこで44部隊が死の間際だと気付く人間は、
数人だっただろう。

そこで、
44部隊を上回る者が、
彼女を死まで追い詰めた事に気付いたのは、
近場に居た数人だっただろう。

セラ(XELA)
シール(XEAL)

《10's(ジュース)》の中の二人。

一方は、聖職者と魔術師のカクテル・ジョブであり、
一方は、聖職者と修道士のカクテル・ジョブであった。

相性としては最悪だった。

魔術師であるメリーにとって、
聖職者の防御スペルと、
相性の悪いスキルを持っている二人は、

天敵と言ってもよかった。

セラは炎の魔術を扱い、
シールは炎の体術を扱う。

氷使いのメリーとの相性は最高で、
氷使いのメリーにとって、相性は最悪だった。

勝ち目はなかった。

「・・・・・・・・」

だからメリーは、"死んだフリ"をした。
氷使い。

彼女は、"自らの心臓をも氷漬けにした"。
仮死状態となったのだ。

それで、
セラとシールとの戦いから、退避した。

今しがた目を覚まし、
自分が行った選択は正しいが、成功でなかった事に気付いた。
それが今だ。


仮死状態でその場凌ぎをしたまではいいが、
ハッキリいって自分のダメージは、
もう助からないレベルまで陥っていること。

横たわったまま、
それを理解した。

「・・・・・・」

指一本も動かない。
WISオーブで仲間も呼べない。

そして、
メリーは言葉を発する事が出来ない。

「・・・・・」

悔しかった。
仲間の力になれなかったこと。
こうやって、
力足らず、死に逝く事を。

ただ、
死に際の彼女は、
一つ、疑問に思った。

「・・・・・・・・」

"セラとシールはどこに行った"
自分を殺した《10's(ジュース)》の二人。
その姿がない。


代わりに、そこに一つの姿があった。


メリーは、直感的に、
"その男がセラとシールを倒したと分かった"

ギザギザの歯。
三つ編み。
一目で魔物と分かったが、
どこか人間臭さがある。

確かアレの名は・・・・・

「デムピアスベビーなんて名乗るのも終わりかなぁ。だってパパは死んじゃったんだもんね」

そうだ。
ベビー。
デムピアスベビーだ。
デムピアスの忘れ形見。

「ま、もともと、僕様を抑えきれないからパパは僕様を排出したんだし、
 デムピアスベビーっていうか、デムピアスのウンコみたいなもんだよな」

なんだろう。
異様な雰囲気を感じる。
メリーは、
死に逝く中、
何故か彼から目を離せなかった。

「パパが死んだ事で、色々解放されてきたな。"感情、記憶、そして自由"・・・・いい気分だ」

何を言っているのだろう。
そして、
何より、
自分・・・44部隊である自分でも勝てなかった《10's(ジュース)》の二人。
あの二人を、
彼が一人で始末したというのか?

直感でそう感じただけだが、それでも信じられない。

「思い出してきた思い出してきた思い出してきた。
 ったくデムピアスの野郎。僕様をどんだけ縛ってきやがったんだ。
 だが自由を感じるぜ。そんなにも僕様が脅威だったわけか」

脅威。
あのデムピアスが脅威を感じる?
脅威を感じて、自分から排出する?
自分がコントロール出来ない部分を、
ベビーとして切り離す?

「お?」

デムピアスベビーが、こちらに気付いた。
メリーに、わずかに息がある事に気付いた。
こちらを振り向き、
そして歩み寄ってくる。

「おめでとう。君が記念すべき発見第一号者だ」

顔。
こちらを向くと、
少しずつ変化してきている。

ギザギザの歯が、整列していく。
三つ編みの髪が、白く変色していく。
顔が、血色を帯びていく。

「ウザいわこの髪の奴」

突如、ベビーの両腕が刃に変化し、
ベビーはその刃で、自分の後ろ髪の一部をカットした。

すると、
三つ編みが解放され、
クシャクシャの白髪が広がった。

「ま、感謝はしないといかんと思うわけよ。チャンスをまたくれた訳だから」

ベビーは、メリーにそう言って来る。
いつの間にか、
顔、
その魔物の顔は、

人間のソレに変わっていた。

いや、"戻っていた"


メリーは理解した。
そして、この男から目を離せない理由が分かった。

メリーもボトルベイビー。
エニステミから作られた改造人間だ。
魔物と人間の改造人間だ。

"デムピアスが自ら行った挑戦と同じ産物だ"

ならば、
デムピアスの脅威も分かる。
所詮、別種族なのだ。

彼女自身、毎日、自分の中の"軋み"を感じていた。
魔物と人間の細胞のケンカ。

魔物と人間が、心で判り合う事もあるだろう。
が、
魔物と人間の体が判り合う事はない。

デムピアスは、だからこそ、
憧れ、"成りたい"と思い、
そして、脅威にも思った。

デムピアスが自分の体から排出したもの
切り離したもの。
制御し切れないと判断し、諦めたもの。
・・・・それは・・・・・・


人間だ。


「さて、自由の記念に、あんたも自由にしてやるわ」

気付けば、
何もかもが、人間のように変貌していた。
デムピアスベビー。

彼は、
その右腕を、ライフルに変形させて・・・・・

メリーの頭に向けた。


顔も人に、
そして、
感情も、
口調も人間のソレにまで戻り果て、

そして、
次の瞬間が、メリーの最後になった。


「ほな、さいなら」


タンッ・・・と、銃声は戦場の雑音の中に消えうせた。

「ハッハッハ!えぇやんえぇやん」

彼は笑う。

「あー、えぇ体や。こいつぁいいボディやわ。これなら奪い返せんとちゃうか?」

トップの座。

「最速の座を」

彼は、
手を人間の手に戻した。

「わいが最速。最速なんや・・・・」

人間の血を血管に流す男。
機械仕掛けのオイルを血管に流す男。
魔物の王の血を血管に流す男。


「待っててやドジャーはん。・・・・・地獄の底から帰ったで」


どこまでも追いかける、世界最速の追跡者。



エンツォ=バレットの姿は、
風のようにその場から消えた。




                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送