メリーは走っていた。

メリー・メリー=キャリーは走っていた。
そのゴシックな服装と、抱くぬいぐるみ。
頭の上の大きなリボン。
戦場にはよほど似つかわしくは無かった。

どこに走っていたかと言うと、

・・・・分からなかった。

いや、
どこに行けばいいのか分からなかった。

エニステミの血より産まれたボトルベイビー。
そんな飛びぬけた魔力を持つ彼女。
だが、
魔女であっても、
優秀であっても、
何か出来るとは限らないのだ。

庭園。

未だ庭園は、相も変わらず戦争なのだが、戦闘と平行して
反乱軍は大人数で崩れた内門の再解体の作業を行っている。

その中でメリーは、明確な目的もなく、ただ走り回っていた。
いや、走り回るくらいしか出来る事がないのだ。

世界最大級の魔術師とはいえ、
氷属性のスペルしか使えないとなると、
城内突破の手立てはない。

何故ならば、様々な属性の中でも、
氷ほど、殺人以外の用途がない属性はないからだ。

冷気は、生物は殺せど、破壊活動は行えない。
氷とは、殺戮のみしか行えない魔法。

簡単に言えば、今彼女は役立たずなのだ。

彼女は、
メリーは、
44部隊・・・仲間の中で唯一庭園に取り残され、
駆けつけたいのに辿り着けないジレンマに陥っていた。

「・・・・・・」

眉を垂らし、泣きそうな顔で戦場を右往左往。
ぬいぐるみを抱きしめる手にも力が篭る。
でもどうしようもない。

仲間を助けたいのに。

反乱軍の中には、
ハシゴをかけ、別の階から侵入を狙う者もいる。
身体能力の無い彼女にはそれは出来ない。

氷では空も飛べない。

愛する者に会いたい女の子のように、
ベソを書きながらメリーは戦場を走り回っていた。

どうしたらいいのかわかんない。

そんな彼女の心の声が聞こえる。

またWISオーブを見る。
言葉をもたない彼女。
話す事の出来ない彼女は、
WISによる通信も出来ない。

必死にユベン・・・他、仲間達にメモ箱を送る。

健気さと、無力さを感じる。



「こいつがメリーさんじゃねぇのか?セラ」
「あらあら、そんなに急いちゃ駄目よシール」


ふと、
彼ら。
その男女の言葉がやけに映えた。

この騒がしい戦場の中、
そのなんともない二人の存在感は、何か別枠のものを感じた。

「だってよぉ。この外見。ほれ、こんなゴスゴスしたカッコー他に居ねぇって」
「だからこそ、影武者も作りやすい。でしょ?」
「かねぇ」
「そうよ」

狐面。
和服。

身形からするに、52番隊だろう。
しかし、
今や戦場には52番隊のオンパレードだ。

52番隊は、それだけで他を凌駕する実力者達だ。
44である自分すら、無勢ならばあっけなくやられるだろう。

「だが、レグザに言わせりゃ"ユニーク"だ。紛い物の雰囲気じゃねぇよ」
「それは私も感じたわ」
「んで?結論は?」
「・・・・・怪しきは微塵切り」
「ハハッ、討論の意味なしてねー。しかも俺ら剣士でもねぇーし」

戦意。
ハッキリとこちら・・・・・メリーに向けられている。

「いーのよ。オリジナルは中に居るのに」
「《10's(ジュース)》の中で俺らだけ外回りだもんな」
「ムカつかない?」
「そりゃしゃーねー。ウサも晴らしたくなる」

《10's(ジュース)》?
聞いた事も無い。
王国騎士団にそんな部隊があっただろうか?
無い。
ならば暗部?
匿名・・・・身元不明"のみ"の52部隊で、名有りのチームが存在していた?

そんな可笑しな話が・・・。

だが、
シールという男。
セラという女。
得体の知れなさと共に・・・何か・・・何かを思い出すような。

「セラ。名簿は?」
「えーっと・・・エクスポ、ロッキー、イスカ、マリナ・・・・」
「あ、そいつバッテン付けといて」
「どれ?」
「3人目」
「あー、死んだの?」
「って聞いたけどー?」
「あとー、ダニエル、ネオ=ガブリエル、ツバメ、フレア、バンビ」
「それとこいつ。メリーか」
「こう見ると外回りのが仕事多くない?」
「脇役ばっかってのが燃えねーよ。チャッチャとやっちまうかー」
「そうね」

敵。
それは間違いない。
メリーにとって、それだけが分かれば十分だった。
相手のペースに乗る必要はない。

予備動作無しの超速クイックスペル。

詠唱はいらない。
メリーは微笑むだけで相手を氷漬けにできる。

「させないけどね」

だが、それよりも早く、
・・・・・というよりは、
そのメリーの思考より先に
セラという女、
シールという男、
二人が同時に、杖をぐるんぐるんと回し、

「「ホーリーディスペルゾーン」」

それを展開した。

「・・・・・・」

メリーは残念そうに眉を潜める。
泣きそうにも見える。
アンチ魔法膜。
アンチ魔術バリア。

こちらの戦闘法はお見通しというわけだ。
これで、直で魔法をかける事は出来ないわけだ。

あの男女は聖職者。
天敵か。

さて、困ったものだ。どうしよう。

メリーは首をかしげる。
大きなリボンが傾く。

「・・・・・・・」

にしてもどうだ。
ペア。
タッグを組むとして、

"聖職者が二人というのはどうだ"

理に叶っていない。
あの男女、シールとセラが、
"普通の聖職者じゃない"のは間違いない。
そうであったとしても、それは組み合わせとしてどうなのだろう。

その答えは、
半分は明かされず、
半分は明かされた。


「氷には炎よね。効果抜群よね」


セラという女の手に、"炎が宿った"

「・・・・・・?」

炎?魔術?
そんなはずはない。
両方聖職者のはずだ。

否。
これはトリック。
つまりギミックだ。

騙されていた事に気付く。

やはりおかしかったのだ。
聖職者x2のタッグなど。

つまり、ホーリーディスペルゾーンを放ったのは男の方で、
女の方は聖職者のフリをしていただけ。

ペテン師。
危うく・・・・・いや、おかしい。

そんなトリック。
そんなギミック。

聖職者x2である様に装っておいて、
"何の効果も発揮しないままネタバラシ?"

ありえない。
つまり、・・・・何がどういうことなんだ。
これさえも惑わせるための作戦なのか?

事実、メリーは戸惑っている。

そんな中・・・・

「氷には炎。そりゃぁ賛成だ」


男の方。
シールの手にも炎が宿った。





























「チクショゥ!!」

メッツの振り回した斧は、
それは台風を一部に集約したような勢いであり、
通過したものも、
そうでないものも、
まとめて巻き込んで吹き飛ばす。

「チクショゥ!チクショゥ!!チクショゥ!」

死骸騎士は、もともと骨だけだったのか、
鎧だけだったのか、
それさえも分からないガレキと化して、

一振り、
また一振り、

メッツの斧に巻き込まれて分断され、
吹き飛ばされる。

「チクショゥ!チクショゥ!チクショウコラァアアアアア!!!」

それは、
オーバーキルと呼ぶに相応しかった。

『クレイジージャンキー』とか
『レイジジャンキー』とか、
そんな元々バーサーカーと呼ばれたメッツであっても、
それはやりすぎと言えるだろう。

ケンカが好き?
いや、
これはただの八つ当たりだ。

手当たり次第であり、
それでいて、
目に入り次第だ。

「どいつも!どいつも!好き勝手死にやがって!!
 そんなに死にたきゃ!死んじまえよクサッタレぇぇえええ!!」


イスカが死んだ。


悪い冗談だ。

レイズが死に、
チェスターが死に、
ジャスティンが死に、
イスカが死んだ。

《MD》で誰が一番強いのか?
誰かがいつか聞いた。

火力でメッツ。
サシならばイスカ。
総合力でチェスター。
「誰が勝つかは知らんけど、負けないのはレイズだろうな」
とかジャスティンが冗談を言っていたのを思い出す。

結局どうだったのだろう。
知る術はもう無い。

「俺ぁなんのために強くなった!?なんのために44に入った!?
 なんのために力を得た!守るため・・・・違う!"勝ち取る"ためだっ!!
 なのに!なのになんだ!なんだってんだ!!」


失ってばかりだ。


メッツの感情は、ぶつけどころもなく、
どうすることも出来ず、
ただ、
八つ当たりと化して、
死骸騎士達と砕きまくった。


イスカを失ったからといって、
落ち込んでいる事に何の意味もない。
戦わなければいけない。
仲間のために落ち込む事も出来ないのか?
分からない。

自分に出来ることはなんだ?
戦うことだ。
それでいいのか?

分からない。

何もしないわけにはいかなく、
ただ迷い。
だからそれは八つ当たりでしかなかった。

「元はといえばっ!燻(XO)とは俺とイスカで戦っていた!
 俺はっ!俺はっ!俺だけはっ!一緒に戦ってやれば!
 ・・・イスカを死なせずにおけたんじゃないか!?」

たら、
れば、
である。

でも、
たら、
れば、
それは"過去の選択"であり、
それは"過去の可能性"である。

選択の可能性とは、
選択できた道とは、
つまり、
未来の後悔である。

道を選択出来たということは、
どこかの道を通らなかったという事でもある。

メッツは頭が悪い。
だから、
どうすればよかったなんて分からないし、
今、
どうすればいいかなんて分からない。


「捨てればいいんじゃないですか?」


ふと、そんな声が聞こえた。
それは、
チリジリの死骸たちの残骸の中で、
酷く存在感があった。
誰かしらを思い出すように、
どうでもなく、普通でありながら、存在感があった。


「・・・・ぁ?」

ふと、
メッツは"手から斧を離してしまった"。
すっぽぬけた。
腑抜けたものだ。

振り回していた斧二つは、
勢い良く壁に突き刺さり、
城内の壁にヒビの模様をつけた。

「迷ったなら、捨てればいいんですよ」

狐の面をかぶった男だった。
52だ。
ボトルベイビーだ。

「・・・なんだ・・・テメェ・・・・」

メッツは・・・とにかくムカっぱらだった。
そう。
腹が立つ。
腹が立っているのだ。

・・・・・・自分に。

「僕ですか?僕は・・・・帝国騎士団・第52番最終部隊の一人」

「・・・見りゃ分かんだよっ!」

和服。
その仮面。
それだけでも52である事は分かる。

「アール=レグザ率いる《10's(ジュース)》の一人、アゼル・・・の方がいいかな」

「知るかっ!!!」

メッツは、とにかくムカっぱらだった。
自分に腹が立っているのだ。
それは、
八つ当たりだ。

メッツは壁に突き刺さった自分の斧の一つを引き抜く。
ガレキが落ちる。

「敵ならっ!!ぶっ飛ばすぞコラァァアア!!!」

そして斧を振り上げた。
いや、
"振り上げようとした"。

が、

「お?」

"何故か"

どしゃんっ・・・・と斧が地面に落ちる。
メッツの手から滑り落ちる。
握力が無くなったかのように。
否、
斧がメッツを嫌うように、
または、
メッツが斧を嫌うように。

何故か、

メッツの手から斧を落ちた。


「捨てればいいのに」


アゼルと名乗った男は言った。

捨てればいいのに?
先ほど手から斧がすっぽ抜けたのも偶然ではない?
今、
斧を手に出来ないのは、偶然ではない?

「・・・どーなってんだこりゃぁよぉ・・・・てめぇの仕業か?」

「失いたくないのなら、捨てればいい。そう思っただけだよ」

「どんな手品だ」

「手品じゃないさ」

「俺の手から握力を奪う・・・・弱体系のスペルの使い手か?」

「全然違う」

アゼルと名乗った男は、
ファイティングポーズをとった。
そして、
足のフットワークを見せる。
両拳をアゴの前に構える。

「・・・・・・修道士か」

「修道士だね。嘘は言ってない」

ステップを踏むアゼル。
体つき、
フットワーク。
天性の修道士だ。

「・・・・ガチの戦いを求めるってわけか」

良く分からなかったが、
メッツは、なんとなくわかった。

「どういう仕組かは知らねぇが、武器を捨ててかかってこい・・・ってわけだな。
 はん。相手から武器を奪うなんてぇ、拳を選んだ修道士の風上にも置けねぇな。
 修道士ってのは、相手が"どう"であろうと、一つで戦い抜くもんだろうがコラァア!!」

「いや、僕は君のためを思ってさ」

アゼルという、
《10's(ジュース)》と名乗る男は、
そう言う。

「捨てるべきだ。求めるならば。捨てるべきだ。失いたくないなら」

「ハッキリ言ってくんねぇと分からねぇな。
 俺ぁ馬鹿だからわかんねーーーーーな!何を捨てろっつーんだ!!」

メッツは思考回路が定まっていない。
それは、
先ほどからの怒り。
自分への怒り。
葛藤。

「・・・・・だがっ!!俺はもう何も失いたくねぇんだ!もうこりごりだ!
 俺ぁここから先!何一つ失わねぇ!そう!そう決めたんだ!!」

「捨てるものは、君が決めることだ」

捨てろ。

「君が捨てるモノはなんだ?」

「あ?」

「武器か?」

「・・・・てめぇが・・・・」

「つまり、戦いか?争いか?それは未来を捨てるという事か?
 または・・・誇りか?プライド。それは捨てられるのか?つまり己を捨てるのか?
 ならば迷いか。または弱さ。君が捨てたいものはなんだ?」

「ペッ、」

それが答えだった。

「戯言吐き捨てるよりは、ツバ吐き捨てた方がマシだ」

「捨てたいものは分かった。やはり"迷い"か。つまり弱さだな。
 だが、まだ捨てきれてない。だから君は弱い」

「ウッセーんだよテメェは!!」

メッツは、拳と拳を打ちつけた。
武器を手放してしまうカラクリは分からない。
だが、
それなら乗ってやるのがメッツだ。
つまりそれは、
拳で迎え撃とうというケンカ魂だ。

「やってやらぁ!きやがれっ!」

「仲間を捨てたくないよな」

「きやがれっつってんだ!!」

「でも、たくさんあったら一個や二個、捨ててもいいんじゃないかな?」

「ウッセーっつってんだろ!いつまでも戯言吐き捨ててんじゃねぇ!」

「真意が分からないから、それが弱さなんだ。・・・・・捨てろ」


裸になれよ


言葉と同時に、
アゼルが飛び出した。
同時に、
メッツは拳を振りかぶった。

































「どーなってんだこりゃぁ・・・・・・・」

エースは呆然とした。

血。
血・血・血だ。

天井、壁、地面、
全てが血塗れだ。

「おいおい・・・・」

想像を絶する景色だ。
だが、
それでも44部隊のエースにとっては、
こんな景色、動揺するに値しないはずだ。

血塗れこそ、彼らの仕事場だったはずだからだ。

だって、このルアス城には、

"血の通っていない死骸騎士 と 自分達"しかいないのだから。

ならば、
ならこの血だらけの惨劇は、
"誰の惨劇なのか"

それを想像している中で、
答えは転がっていた。

「・・・・・・・マジかよ・・・・」

それは

砕けたマラカスの破片。

こんなもの、見間違えるはずがなかった。

「これは・・・・・ミヤヴィなのか?」

血塗れ。
血塗られた、場所。

一つの絵の具のチューブで、パレットはどれだけ塗りつぶせるのだろう?
一つのトマトを材料として、何の絵なら完成するだろう?

この景色は、
ミヤヴィをひと欠片も無駄にすることなく、
すり潰し、
塗りたくる。

それくらいしなければ、この血の量の景色は完成しない。

人間一人を、粉々のチリジリにしなければ、
完成しない、血みどろの景色。

事実・・・・
マラカス以外に"形"を残しているものなどない。
ミヤヴィ=ザ=クリムボンは、
塵も残さず、
天井と壁と地面に絵の具の原材料として、散らばった。

そんな・・・・

人間の質量を"0"にするほどの"破壊"

そんな事が出来る圧倒的な暴力。
それを備えている人間など、

エースは一人しかしらない。

・・・・"最強"


「ヒデェ有様だな」


エースと共に行動していたドジャー。
無表情というよりはそのマイナス。
青白い顔のまま、生気の無い表情でそう言う。

「お前の仲間か?」
「・・・・・あぁ」
「そうか」

ドジャーはボンヤリと、
その光景を見ているのか見ていないのか分からない目線のまま、
そう、ボンヤリと・・・。

「ヒデェ有様だ」

心ここにあらずな口調で言った。

「この様子じゃぁよぉエース。お前の仲間ってのは"無駄死に"だったんだろうな」

エースは、
ドジャーのその言葉に対し、
考えるヒマもなく、感情任せに飛びついた。
当然だろう。
胸倉を掴みかかる。

「おいドジャー。ロス・A=ドジャー。てめぇ・・・・今、何つった」
「・・・・・もう一回聞きてぇのか?マゾかテメェは」
「ミヤヴィの死が、無駄だと!?」
「そうだろ。どう考えても、"渡り合った結果"には見えない」
「それ以上口を開くな!今俺は、損得勘定無しにタダてめぇをブチ殺したくなった」
「でも"そんなのは一緒"だ」

ドジャーはボンヤリと、
そう、心ココにあらずまま、言った。

「レイズは・・・・チェスターは、ジャスティンは・・・・・そしてイスカは・・・・
 あいつらの死は"有意義"だったのか?」
「・・・・・・」
「死んで良かったなんて理由は絶対に必要ねぇ・・・死んだら終りだ。
 あいつらが死んだからこその何かがあったとして、
 俺はそんな風に前に進みたくはねぇんだよ!!!」

ドジャーはそこで突然目に力が戻り、
エースを勢いよく振り解いた。

「だからこそ俺はスラム街に居た。"no pain,no gain"なんてクソくらえだ。
 何かを失う覚悟なんてぇのは・・・・・俺は絶対に持たない。
 俺は盗賊だ。奪いはするが、奪われるのだけはまっぴらゴメンだ!」

ドジャーの怒りは、怒りの声は、
当然、当たり前のように自分自身に向けられていただろう。

また仲間を失った。
何回それを経験しても、絶対に慣れる事はなかった。

「ロス・A=ドジャー」

エースは、ドジャーの感情を汲み取ってか、
いや、思った通りの言葉を思った通りに口にした。

「あんたは隊長に似てる」
「・・・・シャレになんねぇな。今の目の前の光景を見ろ。
 仲間殺しに似てる?意図によっては俺の方がお前をブチ殺すぞ」
「自分勝手に仲間思いなんだよ」
「・・・・・あ?」
「仲間を失う覚悟なんて無いクセに、当たり前のように自らの命は放り出す。
 ま、隊長は命を放り出したところで隊長を殺せる奴なんていねぇんだけどよ」
「・・・・だろうな」
「そんな自分勝手さが・・・・まぁ、なんつーんだ」

ぽりぽりと、エースは首の後ろをかいてしゃべる。
ガラに合わないとでも自分でも思ってるのだろう。

「守ってやりたくなるわけだ。カリスマ性ってやつかな。
 隊長は隊長。お前はギルドのマスターだろう?
 そういったもんの長ってのは・・・まぁそういうもんなんだろうなってな」
「・・・・・・カッ」

ドジャーは苦笑いをした。
無鉄砲と言われているようなものだし、
それでいて、
ロウマ=ハートと自分の格の違いを教えられたようなものだ。

・・・・・いや、
今のロウマ=ハートは、さっき言った通り"仲間殺し"だ。
そんなもんは・・・・・クソ食らえ。それだけだ。

「・・・・いや待て。・・・・つまり、ロウマの野郎は一体なんなんだ?」
「はぁ?何言ってんだ。最強だよ。さーいーきょーーー」

常識中の常識だと言わんばかりにエースは返す。
それでいて、誇らしくも当然と。

「カッ、そーじゃねぇ。俺もロウマとは何度か会ってるが、
 お前の言うとおり、最強なだけじゃなく、人格者だった。
 なのにそんな最強が今じゃ"あのざま"で仲間殺しだ」

暴走。

「・・・・ピルゲン部隊長・・・いや、騎士団長の陰謀があったんだろう」
「あったとして、あそこまでむざむざ堕ちるタマか?最強ロウマ=ハートは」
「・・・・・・・」
「つまり間違いなく、暴走の最強は、最強"自らが求めてあぁなった結果"だ。
 ならその最強が、培った全てを差し出した・・・放り出した・・・その理由はなんだ?」

エースは「そんなことは俺が聞きたい」と言わんばかりだった。
どうしてしまったのか。
なんで。
誇り高き44部隊だからこそ、
エースだからこそ、そんな事は重々分かっていて、
そして全く理解出来ない事だった。

TRRRRRRRRRRRRRRr

その音は、大きく響き渡った。
ドジャーの懐から鳴り響いてる。

「ちょ、お前!WIS鳴ってやがんぞ!」
「カッ、分かってんよ」
「分かってねぇよ!何敵陣のど真ん中でマナーモードにしてねぇんだよ!」

「・・・・・・」

アレックスにここぞとばかりに馬鹿される想像が浮かんだ。
ドジャーは苦虫を噛みながらWIS通信をとった。

「あい」

[HEY!イッツァウォキトォキ!やっと繋がったか。ミルウォーキーだ。
 どうやら城内は電波の状況がいいとこと悪いとこがあるみたいだな。
 オレっち何度もかけてやったんだぜ?you copy?]

「あいあい、i copy。んで?」

[情報屋の用件は情報しかねぇ。HOTな情報だ。耳掃除したか?]

「さっさと言え」

[今度はバッドニュースじゃないから安心しろ。・・・・っとさすがに気遣いがなかったか。
 まぁいい。とにかく5分前、とうとうハシゴから・・・・つまり窓からの侵入者が出た]

「あ?俺ら以外に追加で城内に入った奴が居るのか。そいつぁスゲェ」

[後続は続かなかったがな。敵さんも防衛線に必死だ]

「んで。その応援っつーのは名の知れたやつか?」

[《DTW》・・・ドライブ・スルー・ワーカーズ。
 エドガイ=カイ=ガンマレイの部下達だ]

なるほどな。
・・・とドジャーは納得する。

ここまで結局、鉄壁の内門を破壊しても、侵入出来たのは自分達だけだ。
アレックス。
エール。
ドジャー。
メッツ。
エース。
エドガイ。
6人だけだ。

そこに、内門じゃなく、単独で侵入出来る"てだれ"。
それはあいつらしかいないだろう。
者によっては1人で44部隊にも匹敵するだろう、
名無しの中で最強の者達。
最強の2番手、ツヴァイさえも封じ込めるエリート中のエリート傭兵達。

[他の奴らにも連絡とってるが、今、バラバラなんだろ?
 つまり、合流するなら全員エドガイを目指して合流すべきだ]

「OK」

ブチン、と、ドジャーは自分勝手にWIS通信を切った。

「聞いたか?エース」
「うっすらとだが要点は聞こえた。確かにそうするしかなさそうだ。
 情けない話、隊長をどうにかするには、傭兵達の力が必要だ」

アレックス。
エール。
ドジャー。
メッツ。
エース。
それに咥えて、
ジャイヤ率いる《昇竜会》
それらと比べて、
明らかに力量上回るのがエドガイ=カイ=ガンマレイだ。

実質、反乱軍の戦力では文句無しにダントツで最高だろう。

既にこの戦場には、"黄金世代"と呼ばれる男達は、
アインハルト、
ロウマ、
そしてエドガイだけなのだから。

傭兵達の力も加味すれば、
『絶騎将軍(ジャガーノート)』級の戦力である。

そんな彼らでもロウマ=ハートを倒せるビジョンは想像出来ないが、
それでも、それこそ、
彼ら抜きでロウマ=ハートに対抗するビジョンこそ想像出来ない。

「カッ、とりあえずエドガイに連絡だな」
「・・・・ロス・A=ドジャー。お前脳ミソが馬鹿か?情報屋に聞けば良かっただろう。
 あいつがコレを指示して回ってるんだから当然知ってるはずだ」
「・・・・・・・うっせバーカ」
「なんだぁ!?うっせテメェこそバー・・・・・」

そこで、
エースとドジャーは会話を中断し、
振り向いた。

チャピ、チャピ、
ちゃぴ、ちゃぴ、

ミヤヴィの血でドロドロのこの廊下に足音。

二つ分だ。


「見ぃーつけた♪」
「ロス・A=ドジャーにエースだな」
「わお♪アレックス部隊長を除けば大当たりの部類じゃん!」

男が二人。
和服。
仮面。

52部隊である事が見て取れる。
だが、
52というだけで他を凌駕しているのにも関らず、
その二人は52の中でも、また違う雰囲気があった。

「・・・・カッ。庭園で見覚えがあるぜあいつら」
「そうか?確かに風格は違うが、見た目だけなら他の52と一緒じゃねぇか」
「アール=レグザって奴と一緒に居た奴らだ。
 片方は口にダガーを咥える変な戦い方をする奴だった」

片方の男はダガー。
片方の男は剣を持っていた。

まさに、
ドジャーとエースに対するために訪れたようなメンツだった。

「じーーこ紹介♪俺の名はラッシェ」
「俺はサーレー」
「52部隊が《10's(ジューーーーース)》」
「その内の二人だ」

風格がある。
そして、
実力が自分達より上とは感じないが、
何か異様な雰囲気のある男達だ。

「カッ、《10's(ジュース)》だぁ?」
「52部隊の中の四天王みてぇなもんか?」

「ま、そんな解釈でいいけどね♪」
「いや、よくない」
「なんでぇ?サーレー」
「実力が上だからの10人ではない。俺達はユニーク(特別)な10人だからだ」
「なるほど!」

ラッシェという五月蝿いしゃべり方の男と違い、
サーレーという物静かな男。
彼が、
まず剣を抜いた。

「・・・・やろうか」

静かなたたずまいだ。

「おい剣士だ。エース。てめぇがやれ。俺はダガーを咥える方をやる」
「・・・・何の変哲も無い件だ。武器マニアの俺としてはあえて興味は沸かねぇが」

「やろう」

問答無用で切りかかってきた。
そのサーレーという男。

エース曰く、何も特別な剣ではない。
そして、
その斬りかかりさえも、何の変哲もなかった。
少し"出来る"程度。

「この程度で"ユニーク(特別)な10人"?どーなってんだ?」

エースは何の問題も無く、
サーレーの横一線の剣を避けた。

難しい事はせず、ただ後ろに避けただけだ。

「・・・ったく。相手になんねぇぞこいつ」

そう思いながら、
エースは自分は何の武器で戦ってやろう。
オキニの武器を選出しようと思った。
その時だった。

「・・・・・あ?」

胸。
横に一線。
エースの胸に一文字。
切り傷と共に血が走った。

「な!?」

エースは驚き、その傷を手で覆う。

「確かに避けたはずだ!?」
「馬鹿かテメェ!パワーセイバーに決まってんだろ!油断しやがって!」
「いや・・・・」

エースは自分の傷を触って分かる。
いや、
斬られたからこそ分かる。

「これは、"物質で直接斬られた"傷だ!ドジャー!気ぃつけろ!
 こいつらは普通の戦士と盗賊じゃぁねぇ!」

「いっただきぃ♪」

瞬時。
ドジャーの背後に、
もう一人の男。
ラッシェと名乗った盗賊が回りこんでいた。

ラウンドバック。

ドジャーの背後に、ダガーを加えた男。
四足歩行で回り込んでいた。

「ちぃ!」

「おっせぇよ!」

そしてそのまま、
咥えたダガーで切りかかってくる。

・・・・間に合った。
ドジャーはダガーで応戦。
男が口に咥えたダガーをダガーで受け止めた。

「三刀流・・・・なんてな♪」

口のダガーは囮・・・・とも言わんばかりに、
ラッシェという男。
両手をカマキリのように振りかぶっていた。

「なんなんだその戦い方!!」

ドジャーは両手にダガーがある。
片方は相手の口のダガーを受け止めたが、
片方は空いている。

だが足し算引き算の問題。

ドジャーは両手のダガー。2。
ラッシェは口のダガーと両手。3。

余った1の手が、ドジャーを襲う。

「くっっそ!」

なんとか避けた?

いや、カスった。
手刀か?
ドジャーの腕に切り傷。

浅い。
問題は無・・・・

「へっへー♪」

盗賊の男は、
ダガーを咥えたまま"してやったり"な顔をしている。

「・・・・・なんだ?」

気付く。
手刀によって切られた腕の傷。
痛み。
激しい。
酷い。

そして変色。

「毒!?」

瞬時の判断。
ダガーを放り捨て、
懐から毒消しのポーションを取り出す。
そして瓶を逆さまに、
自分の腕にぶっかけた。

「カッ・・・甘くみた。毒使いの盗賊か・・・・予測しとくべきだった」

「盗賊?へー♪へー♪」

ニヤニヤ。
ニヤニヤと、
盗賊の男。
ラッシェは笑っていた。

一方、エースは、

避けたはずの剣で、また切り傷ももらっていた。

剣士サーレー。
盗賊ラッシェ。

エースとドジャーは同時に、
こいつらが"ユニーク(特別)な10人"と名乗った事を納得し始めていた。
理由は分からない。
だが納得し始めていた。
一筋縄ではいかない事も。

そしてそれは、
別の場所で平行して《10's(ジュース)》と相対している、
メッツ、
メリーも同じだった。





























遠い昔だった。
そこは何かの戦場だった。

ミルレスとルアスの間の森だったと思う。
森というにはジャングルにも近いような、
そんな場所での大きな抗争。

エドガイ=カイ=ガンマレイは、
傭兵のひとりとしてそこに居た。
まだ名前はエドガイ=ガンマレイだった。

1ヶ月という過酷なサバイバル生活だった。
才気は匂わせていたが、
エドガイもまだ、現在のような実力を備えていない。
若い日。

その戦争・・・抗争の理由等は今になっても分からない。
否、
傭兵はそんな事知らなくていい。
それが"教え"だった。
彼らの。

金の音がすれば、命を差し出す。
それが傭兵だ。

まだ恐怖があった時期だ。

同じ年の仲間達が毎日死んでいく。
昨日、共に酒を飲んで敵を殺した仲間が、
野宿で防寒具を分け合った仲間が、
今日は隣にいない。

「あけましておめでとう」

仲間の一人は、目覚めるたびにそう言う。
律儀にエドガイは毎日ツッコミをいれてやった。
だからその仲間は毎日返してきた。

「年が明けるのはおめでたい。けど、毎日、日だって明けるんだ。
 俺達は明日、日が拝めるかも分からない。だから・・・」

あけましておめでとう。

"それが聞けない朝が来て"からやっと、
エドガイは何かを感じるようになった。
愛だけは忘れてはいけない。

「切り替えろ。エドガイ。金のため。そう思えば全てを割り切れる」

クライ=スカイハイは、
そう言って毎日一番乗りで敵地に向かっていたはずだ。

エドガイには、割り切ることが出来なかった。
つまり、
傭兵になれていなかったのだ。

それは若くして感じていて、
だから、
もう一人、
別の意味で傭兵に成り切れてない男に、聞いた。

男の名は、ジギー=ザック
殺人鬼『ジグザグ』
毎回別の獲物・・・つまり、
毎日違う武器で殺人起こすせい・・・起こす性で、

現場も被害者の成れの果てもバラバラに食い違う、
チグハグでジグハグな殺人事件量産者。
棺桶を背負う彼に、
聞いた。

何故、死が怖くないのか。
何故、殺す事が怖くないのか。

"殺死愛"が怖くないのか・・・と。

「さぁな。俺は忘れやすくてね。深く考えてねぇんだ」

だが、
自分も仲間も、殺されるのは嫌だ。
そして、だから敵を殺さなきゃいけないこの戦場が嫌だ。
そうエドガイは言った。

「傭兵の言葉じゃねぇな。殺人鬼の俺が言うのもなんだがな」

だからこそ聞いているんだ。
どうやったら心を鬼に・・・殺人鬼のような鬼に出来るのか・・・と。

「考えようじゃね?俺は深く考えてねぇだけだけどよ。ほれ、よく言うだろ?
 1人殺したら殺人者。100人殺したら英雄だってな。逆も言えるけどな。
 1人殺されたら被害者。100人殺されたら使えないゴミだ」

そんなもの・・・許容できない。

「だから深く考えるなって。大体おかしいだろ?」

殺人鬼『ジグザグ』は、
笑いながら核心をついた。

「戦争、恨み、衝動的な殺人、正当防衛、性、食、犯罪者の処刑、
 死んでいい人間と死んでいけない人間、殺していい時と、殺してはいけない時、
 許容される殺しと、許容されない殺しがある時点で世の中は狂ってるんだ」

なるほど。
エドガイは思った。
言い得て絶妙だ。

狂っているものを理解しようとするから、自分は傭兵になりきれないのだ。

そしてエドガイは決めた。

自分は死んでもいい人間になろう。
死んで当然の男になろう。
ならば、俺は殺してもいい人間になる。
人を殺して当然のクソ野郎にもなれるはずだ。

理由はなんでもよかった。
愛。
金。
ともかく、エドガイは自分の命を投げ捨てる人間になった。

















「それでも俺ちゃんはよぉ・・・・今、恐怖を感じている」

何の変哲もない廊下。
ルアス城内廊下。

そこに突っ伏し、
ただ、全方位を警戒して、
エドガイはなんとか精神を維持しながら、
冷や汗と脂汗を混じらしていた。

「死にたくねぇ・・・あいつとだけはやりたくねぇ!」

ロウマ=ハート。
暴走した最強。

「俺ちゃんはあいつと学生生活を共にしてきた。でも"あんなアイツは久しぶりだ"。
 アインとツヴァイ・・・・それと等しく、絶対に向かい合いたくなかった時のアイツだ」

全てをぶっ壊してしまいそうな。
デタラメで、
台無しな存在。

「俺ちゃんが培った"覚悟"・・・傭兵としての覚悟。捨てた命。
 それさえ吹き飛ばしちまう・・・・・恐怖ってのは・・・・涙目だねぇホント」


「そーかい、そーかい、超爽快」

いつの間にか、
近場の廊下の影から姿を現したそいつ。

「・・・・・なんだいテメェはよぉ」

「だろうな。知らないだろうな。そーだろうな」

スッ・・・・と剣を抜く男。
狐面。
和服。
52部隊。

「《10's(ジュース)》が一人。そう一人。イグレアっつーもんだ」

聞くに耐えない。
どうでもいい。

「悪ぃけどよぉ。"その他大勢"の名前まで覚えてるメモリねぇんだわ」

ロウマから逃げ回っていたせいで、
エドガイの剣のグリップは汗に塗れていた。
情けないものだ。
そう思いながらも、
トリガーに指をかけ、クルンと回転させた後、
剣先を向けた。

「ずっきゅん」

軽い言葉と裏腹に、
エドガイの剣先からは勢いよく斬撃が発射される。

「せりすぎ。せりすぎ。焦りすぎ」

カンッ!と音が響いた。
イグレアという男。
男が、地面に剣をぶつけたのだ。
それは衝撃というよりも、
むしろ、
音を鳴らすことが目的だったかのように。

「無駄。無駄。そりゃ駄目だ」

イグレアという男が小さく笑った後、
いや、同時。
エドガイのパワーセイバーは空中で消滅した。
かき消された。
突如だ。
何故?

「・・・・・・・」

「ビックリ?ドッキリ?パンプキン?」

へらへら笑うイグレア。
だが、
これくらいの逆境・・・エドガイは幾度と越えてきた。

「・・・・・テメェ。剣士じゃねぇな」

「ホワイ?ホワイ?ブラック?」

「音。吟遊詩人か。振動。衝撃。それで打ち消したんだねぇ。
 やるじゃねぇか。ただならネェ使い手だ。タダじゃねぇってのはいい事だぜ?
 この世でタダより高いもんはねぇっつーが、ただならねぇってのはさらにイイ」

「ハハッ」

へらへら笑うイグレア。

「凄い洞察眼だ。いい洞察眼だ。さすがだん。さすがエドガイだん。
 正解。正解。大正解!・・・・だが、剣士じゃねぇってセリフ。そいつぁ違うぜ」

「あん?」

「俺は正真正銘の剣・・・・・」


そこで、
会話は終った。

これから・・・これからだったはずだ。
このイグレア・・・《10's(ジュース)》と名乗った52部隊との戦い。
剣を持ち、
剣で音を鳴らし、
エドガイのパワーセイバーさえも無効化する使い手。

エドガイの主兵器が通用しない"ただならない"相手。
これからだったはずだ。

それでも剣士だと名乗ったイグレアという男。
戦い、
その中で謎を解明し、
そして、
結局倒す。

そんな戦闘はこれからだったはずなのに・・・・



ソレが全てを台無しにした。



結論からすれば、
イグレアという男の出場は退場にて終了。
お役御免だ。

廊下の壁が、恐ろしい勢いで吹き飛び、
イグレアを巻き込んだ。

現代でいえば、
壁からダンプカーでも突っ込んできたかのような光景だった。
ダンプカーはイグレアの体を丸ごともっていった。


「・・・・・・・・・・・・」


汗が吹き出た。

なんで、なんで自分なんだ。
なんで、
なんでここでお前なんだ。

2mを越える巨体。
オレンジの鬣(たてがみ)。
腰に巨槍を2本、
バズーカでも搭載しているように収める。

「・・・・おい」

・・・・最強の姿。

「おいおいおいおいおいおいおい!!!!」

エドガイは体を翻した。
選択の余地無し。

逃走。

それ以外に頭になかった。


「 GAXXXXXXXXXXXXXXXXX!!! 」


言葉になっていない叫び声。
地上の生物の喉の音ではない。
悪魔か、化け物か。
それが背後であがった。

それは、最強の男があげるにはあまりにもおぞましい。
そして、
虚しい叫び声だった。

聞くものが聞けば、
いや、
彼を知っている者ならば、
皆、
彼に失望してしまうような。
そんな、
落ちぶれた声だった。

それが背後であがった。

「ウソッ!だろっ!おい!!!」

エドガイは背後を確認する余裕さえない。
逃げる。
突き当たり。
廊下を曲がる。

「 GAXXXXXXXXXXXXXXXXX!!! 」

背後を確認する余裕が無くても、
ソレが分かった。
さっきまで走っていた廊下が、"丸ごと吹っ飛んだ"のだろう。
天井が落ちる音がする。

「俺ちゃんなんて喰ってもウマかねぇぞ!チクショー!
 涙目!涙目だってぇーの!どーしろっつーんだあんなの!」

全力で走る。
出来るだけ、曲がれる廊下は曲がる。
出来るだけ、捲く事が出来る可能性を追う。
破壊音。

どっかがぶっ飛ばされた音。
何がじゃない。
きっと、その場の全てがぶっ壊れている音。

「チクショウ!チクショウこのやろう!死んでたまるか!死にたくねぇ!!」

破壊の音。
そして、
破壊の足音。

「はぁ!はぁっ!はっ、はぁ!クソッ!」

曲がり角。
逃げ道。

「おい!!ここ一本道かよ!!」

探すが、無い、曲がり角。
長い一本道。

背後を確認する。

ロウマ=ハートの姿を確認する。
確実に追って来ている。
廊下の風景が小さく見える巨体。

「くそっ!勘弁してくれ!無しだ!無しだこんなん!」

台無しだ。
カッコイイ死に様も想像できない。
意味ある死に様も想像できない。
あっけなく、無駄に、
ただ消えうせる。
そんな自分の姿が頭に浮かぶ。
浮かぶだけだ。
足は逃走を選ぶ。

「死にたくねぇ!!」

突き当たり。
曲がり角が見える。

「あそこまで!まずあそこまで!」

走りながら、
揺れる視界の中で振り向く。

・・・・ロウマは・・・追ってきていない?
移動をやめている。
長い長い廊下。
一本道の後ろに、それが視認できる。

が、

「ウソ・・・だろ?」

振りかぶっている。
槍。
巨槍。

分かる。
知っている。

非の打ち所がない最強の武王。
ロウマ=ハートは技など持たずとも全てが最強だ。
が、
彼に一つだけ技があるとすれば、

今まさに行おうとしている"アレ"だ。

「核弾投かよっ!!」

ハボックショック。
槍を地面に突き刺してあたりに衝撃を発生させる騎士の技。
ロウマ=ハートは、
それを・・・・

槍を投げて行える。

ごぉうん

その発射音が聞こえた。

さながらロケット。
さながらミサイル。
さながらトマホーク。

4mを越える巨槍。

重力を無視したように、それが迫る。

「まにっ!間に合えっ!!」

突き当たり。
エドガイはそこに差し掛かるや否や、
曲がり角に飛び込んだ。

飛び込んだと同時、

核弾頭は、

廊下の突き当たりに直撃した。

避けた。
避けた?
そんな言葉は無意味だった。

ハボックショック。
衝撃。
いな、爆発。
爆撃。

辺り一面が真っ白になる。

「ぼがっ!」

エドガイは一瞬体が浮くのを感じただけだった。
その後は、
上も下も左右もなく、

ただモノとして吹き飛ばされた。

どれくらい吹き飛んだかも分からない。
その感覚も無かった。
エドガイが曲がった廊下の先が、どれくらいの長さだったかも分からない。
結論からすれば、20mほどある廊下だったが、
次の突き当たりまでエドガイは吹き飛び、
壁に叩きつけられる事で、
やっとエドガイの体は止まった。

「・・・が・・・・がはっ・・・・・」

叩き付けられた壁から落ちると同時に、
壁の破片がいくらか落ちた。

まだ虚ろな目を開けば、

ロウマの槍が着弾した箇所。
そこはT字路だったはずなのに、
もう文字の形を成していなかった。
というより、
そこは廊下だったはずなのに、
もう道の形を成していなかった。

「でたらめ・・・・すぎんだろ・・・・」

あんなもの。
"あんなもの"
どうすればいい。
どうしようもない。

「震えが・・・」

自分の手が・・・自分の手ではないようで・・・

「どうすんだ・・・ツヴァイ亡き今・・・俺ちゃんが反乱軍の最大戦力だぞ・・・・
 俺ちゃんがやれなきゃ誰にもやれねぇんだぞ・・・」

金・・・褒章はもらっていない。
そんな戦いは初めてだ。

「俺ちゃんは・・・・仕事のためなら命は惜しまない・・・けど、
 今回の仕事はここで犬死すれば完遂なのか!?違うだろ」

だから。
逃げる。
逃げろ。
逃げろエドガイ。
自分に言い聞かせ、エドガイは立ち上がる。

ロウマはすぐに来るだろう。
まだ現れていないのが不思議なくらいだ。

「・・・・・・」

なら、自分の仕事はなんだ。

「俺ちゃんが最大戦力だ・・・・俺ちゃんに出来なきゃ・・・誰にも出来ねぇ・・・」

なら、

「俺ちゃんの仕事は・・・・ココじゃねぇのか!?」


「違ぇーーーよ」


ふと、声。
それは、唐突に現れた。
自分。
そして敵であるロウマ。
それだけしか意識がなかったが、
考えてみればここは敵陣のど真ん中だ。
注意を怠った。

「ちっ!!!」

声のした方に剣先。
つまり銃口を向ける。

「おいおい。やめろよ小僧。危ねぇーだろ」

そこには、黒と白のメッシュ髪。
・・・・というよりは白髪が混じっているのか。
初老・・・というには若く、
だが、青年というには油の乗った男。

巨大な斧を担いだ男だった。

「・・・・・クシャール・・・・オーランドか」

「オーランドじゃねぇ!俺はクシャールだ!間違えんな!」

そんなことに目くじらを立てるクシャール。
いや、彼にとってはそんなことではないのだろう。

「・・・・チッ・・・そうだったな。俺ちゃんらより先にあんたは侵入してたんだったな。
 ・・・・・・で?なんの用だ『竜斬り』。こっちはそれどころじゃぁ・・・」

「ほぉーお。傭兵の大先輩にナメた口をきくガキだな」

「ガキじゃねぇよ」

「ガキだ。俺もジジイじゃねぇがな。まぁいいじゃねぇか。
 んでもってガキ。てめぇ如きに用があるわけがねぇーだろ」

馬鹿を3つ付けたほどにデカい斧を担いだまま、
クシャールは舌打ちする。
天井にぶつかりそうなほど、ありえなくデカい斧。

「ロウマ=ハートに用があるんだよ」

「・・・・なっ」

何を言っているんだ。
こいつ・・・正気か?
この・・・自分・・・エドガイ=カイ=ガンマレイでさえ、
今のロウマには近づくのを躊躇う。
というか9割5分、逃げ出したくてたまらないのに。

「こちとら元44部隊・副部隊長でね。
 ロウマのガキを放り出して辞めた責任もあっからよぉ」

ガゴンッ・・・・と巨大な斧が地面に落ちる。

「"目を覚ますの逆"をしてやんねぇと」

「・・・・まてっ!」

「おっと」

エドガイの言葉を、
クシャールは制止する。

「あんた、さっき「俺の仕事」だとかなんだとか言ってたな?
 違ぇーよ。これは"俺の仕事"。俺が決めた。そう決めた。
 テメェはベソかきながら一端逃げろ」

「・・・・なんだとっ!」

「"一端逃げろ"っつったんだ。これだからガキは嫌いだ」

つまり、それは、
・・・・どういう・・・・

「死ぬ覚悟がねぇやつは殺す覚悟もできねぇ。傭兵にとって当たり前の事だろ。
 足手まといなんだよ。血でいいから一端顔でも洗って来いガキ」

そういい、
クシャールはエドガイに背を向け、
馬鹿デカイ斧をずりずりと引きずりながら、

ロウマが居るだろう方向に歩いていった。

「・・・・・死ぬ覚悟・・・・」

そうだ。
それが・・・それが恐怖で消えちまったから・・・
自分は今あぐねている。
まるで見透かされたようだ。

それは傭兵同士だからこそ分かる事だったのかもしれない。

「おい!!『竜斬り』クシャール!」

エドガイは、竜を斬りに向かう男の背に叫んだ。

「顔洗ってこいっつったな!お前は首洗っとけよ!」

ギャッハッハ!という笑い声が聞こえたが、
クシャールは振り向く事なく進んでいった。

・・・・。
あの男、
『竜斬り』は最強の竜騎士を討伐するに至るのか?
・・・・出来るわけが無い。
だけど・・・・。





































「これだからっ!ったくっ!メソメソしてんじゃないよ!
 あぁ!?役立たずやジャリンコはお呼びじゃぁないんだよっ!」
「ツバメさん。・・・気持ちは分かってあげたいです」
「フレア嬢!あんただって分かってるはずだ!」

ロッキーも、
マリナも、
エクスポも、
それはまさに、役立たずという表現が的を得ていた。

目の前で仲間を失った者達は、
それは見れたものではなかった。

レイズ、
チェスター、
ジャスティン、
多くの仲間を失ってきたが、

チェスターとジャスティンは目の届かぬところで。
レイズの死に関しては、
ロッキーもマリナもエクスポも立ち会っていなかった。

初めて、目の前で仲間が死んだのだ。

でも、
だけど、
そんな事、ツバメにとっては言い訳に過ぎない。

「うちはもっと多くの仲間の死を目の辺りにしてきた!
 フレア嬢もだ!うちらだって"慣れた"わけじゃない!
 自分達だけ悲劇を演じてんじゃないよ!」
「ツバメさん・・・」
「今もこの庭園で戦ってる奴らの勇志を見な!
 彼らにも大切な仲間がいなかったとでも言うのかい!?
 笑わせるんじゃないよ!自分達だけずうずうしいんだよ!」

ツバメにだって、気持ちは分かる。
本気でこんな事を言っているわけじゃない。
だけど、
哀しんで塞ぎこんでいるままでいいわけがない。
今は戦場なんだ。
シシドウ=イスカは戦場で戦って死んだのだ。
誰のために?
仲間のためにだ。
だから、
哀しんで塞ぎこんでいるままでいいわけがない。

「分かってる。分かっているさ」

エクスポが、顔を塞いだまま言う。

「・・・だけど、ボクは何のために神なんかになったんだ・・・・ってね。
 仲間の命も助けられず、自分はのうのうと生きて、
 なのにこんな翼を生やしたままで・・・何が神だ。何が天使だ」

美しくない。
エクスポはそう呟く。
ロッキーも、狼帽子を深くかぶり、
表情を出さずに立ち呆けているだけだ。

マリナはイスカの死骸を抱き抱えたまま、
うずくまったままだ。

「エクスポ」

ロッキーは帽子で顔を隠したまま、話す。

「マリナは少し休ませてあげよう。ぼくらは行かないと駄目だ」
「あぁ・・・そうだね。イスカの死が必要ある死だったとは思いたくない。
 けど、イスカの死を無駄にだけはしたくないさ」
「・・・・うん。フレア。ツバメ。指示をくれる?」

やっと顔をあげたロッキー。
帽子の下から見えた表情は笑顔だった。
いつもの、ロッキーの笑顔だ。
ただ。
扁桃腺が腫れていた。
それだけだ。

「あぁ。分かったよ」

ツバメは頷いた。
不恰好でも、それでいい。
そう思った。

「マリナ嬢もそのまま聞いてくれ。時間がもったいない。
 うちもフレア嬢も持ち場を放棄してココに集まってるんだ」
「バンビさんに指揮は任せてあるから大丈夫ですよ」
「頼りないから急いでるんだよ。伝言ぐらいしか役に立たないからね」
「それでも彼女も、私達と同じギルドマスターです」

《昇竜会》
《メイジプール》
《BY=KINGS(ピッツバーグ海賊団)》・・もとい《デムピアス海賊団》

3つの頂上ギルドを収めるのは、
三人の女マスター。
アレックスが突入した今、
反乱軍の戦況は彼女達3人の手で動くしかない。

「ネオ=ガブリエルさん・・・は居ますね。ダニエルさんは・・・・」
「もともとうちらの言う事きくタマじゃないよ」
「そうですね。現状の報告。および、作戦を伝えます」

フレアは、台本でもあるように話し始める。

「内門の再解体はまだ時間がかかります。早くても1時間」

「遅ければ?」

エクスポの問いに対し、

「最悪の場合はもちろん、"再突破不可能"という場合です。
 ですが、私達はその可能性を消し去るのが仕事です」

「美しくない後ろ向きな質問だった。続けてくれ」

「はい。ただ内門は崩れているには崩れているのです。
 瓦礫がバリケードのようになってしまっているだけで。
 なら、巨大な内門の上半分はガラ空き。あなた達なら突破できます」

あなた達。
つまり、
カプハンジェットのあるロッキー。
そして天使であるエクスポとネオ=ガブリエル。
ネオ=ガブリエルは少し離れたところで耳を貸すだけだった。

「ただ、敵さんもそりゃぁ承知の上ってね。
 飛行能力のある女神部隊を内門に集結させている」
「アレを突破するのは楽ではありません。不可能とはもちろん言いません。
 ですが、それならばそれを逆手にとります」

「逆手?」

「女神部隊が内門に集中している今、城壁は手薄です」

「窓から侵入する大チャンスってわけだね」

フレアは頷いた。

「むしろよぉ」

少し離れたところで、
タバコを吸いながら耳を貸すだけだったガブリエルが、
口を開く。

「それならむしろ・・・だが。一気に最上階を狙えるんじゃねぇか?」

空中が手薄なら。
確かにそうだ。

だが、フレアは首を振った。

「最上階周辺には結界があります」

「結界?」

「強力な結界です。質からすれば聖職者のものですね。
 ただ、王国騎士団であそこまでの結界を作れるものは聞いたことがありません」
「最上階を中心に結界があるってことは」

「側近のロゼか」

死骸騎士の生産を行った彼女。
天変地異に近い現象を起こした彼女ならば、
それくらい出来るかもしれない。
いや、
結界が最上階を中心に展開されているならば、
もうそれは確定事項だろう。

「外から最上階への侵入は不可能ってことか」
「ズルは駄目ってことだね」

「しかし、結界は城を覆うように展開されています。
 城を覆っているということはつまり、中からなら最上階に行けるということです。
 あなた達には、ある程度低い階層の窓から突入してもらいます」

質問したにも関らず、
ガブリエルはすでに興味を失ったような顔で、
あさっての方向を向き、煙を燻らせていた。

「窓から突入。ま、最初から考えていた事さ」
「でもマスター二人がわざわざ来てぼくらに指示するってことは、
 この作戦には続きがあるんだよね?」

フレアは頷き、続ける。

「アレックスさんが指揮をとっていない事は痛手です。
 相手の軍師、ディエゴ=パドレスさんには後手ばかりとられます」

「後手?」

「窓のバリケードはこの長期戦でかなり破壊したんだけどさ。
 今度は窓に兵士が張り付いてんのよ。盾を構えてね」
「盾のバリケードです。アイアンウォールやマジックウォール分かりますか?
 あの壁をくり貫いたような長方形の盾です。シンプルで強固」
「攻城戦では文字通り"鉄板"だよ」

盾。
盾で窓枠に蓋をする。
とてもシンプルな対処法だ。

「ま、相手の"鉄板埋め"の作戦展開が早かったのは、
 単純にディエゴ=パドレスの指揮が早かった・・・・だけじゃないのよ」

「っていうと?」

「《ドライブスルー・ワーカーズ》分かるでしょ?エドガイの私兵達」
「あの傭兵達が我先にって窓から侵入したんです」
「その後のフォローも無し。そのせいで一気に窓の防備が固くなってね」

「傭兵か。確かに、反乱軍の侵入の手助けをしてくれる連中じゃぁないね」

「その後のディエゴ=パドレスの隙の無い作戦展開には参りました。
 城内に侵入したこっちの人数が少ないと知るや、
 手の空いた者を、一気に盾のバリケードをひいてきました」
「盾持つだけなんて誰でも出来るからね」
「その割りには効果はてき面。ドンドン壁の防備に回しています」

なるほど。
後手。
アレックスが居ない今、
戦略に関しては、ディエゴ=パドレスには敵わない。

「状況は分かったよ」
「それで作戦は?」

「フフッ」

フレアが笑った。
続けてツバメも口を開けて笑った。

ロッキーとエクスポは首を傾げた。

「なぁに?」
「おかしな質問だったかい?当然の質問だろ?」

「いえ、失礼しました」
「たださ、アレックス=オーランドってのは頼られてたんだろうなってね」

「「?」」

「きっとあんたらはいつもそうやって聞いてたんだろ?」
「「それでどうすればいいんだ?」って。あ、悪い意味じゃないですよ。
 ただただ、アレックスさんは頼られてたんだなって事です」

ロッキーとエクスポは苦笑いをした。
そうだ。
よくドジャーもつっこまれていた。
アレックスの判断力があまりに優れていて、
いつも、自分達を導いてくれるから、
頼る事に慣れていたのかもしれない。

「今度は窓から応援として突入して、アレックスさんを助けてあげてください」
「それが仲間ってもんだろうさ!」

あぁその通りだ。
イスカ。
イスカだって、仲間のために体を張った。

「続けるよ。うちの部下に"ジャイヤ"って鉄砲玉が居る。
 地下から侵入した《昇竜会》の部隊だよ」
「盾というのは前を防ぐものであって、つまり後ろはがら空きです」
「ジャイヤ率いる鉄砲玉の部隊が、内側から盾のバリケード部隊を倒す。
 どの窓かはまだ未定だ。ちゃんと合図するからWISオーブもってな」

《昇竜会》の鉄砲玉。
アレックス達よりも先に、
真っ先に城内に侵入した者達。
彼らが、
内側から道を抉じ開ける。

「そのための奇襲部隊だからね」
「ジャイヤさんが城内から道を開く。そしてその道に、
 ロッキーさん。エクスポさん。そして出来ればダニエルさんも連れ、
 空から窓に突入する。結局はシンプルな作戦でしょう?」

エクスポとロッキーは《MD》の中でも、
比較的頭の回る方だが、
これ以上ないほど分かりやすいこの作戦。

「あれ?」

でも、そのシンプルな作戦にも疑問が残り、
ロッキーは口にする。

「ぼくとエクスポと・・・出来ればダニエルってさ。
 じゃぁネオ=ガブリエルはどうすんの?言い忘れ?」

「いえ」

フレアは首を振った。
ツバメが続ける。

「あいつにはあんたらの突入の援護をしてもらうよ」

「なんで?」
「飛行能力を持った者が出来る限り突入した方がいいんじゃないかい?
 今は庭園よりも城内が最優先事項だろ?」

「理由は本人が一番分かってるはずです」

興味ないような素振で、
少し離れたところで耳だけを傾けていたガブリエル。

「・・・・・めんどくせぇ」

タバコも根元まで吸ってしまい、
火が消えたので放り投げた。

「本人の代わりに説明しておきましょう。"城内だから"です」

そこで、
ロッキーとエクスポはやっと理解した。

「そっか」
「城内じゃぁ雷は落とせないね」

正確には魔術なので不可能ではないだろが、
広く、大きい城内も、雷を扱いには天井が低すぎる。
ロビー等、開け放たれた限られた場所でないと、
効果は発揮できないだろう。

「俺は・・・行くけどな」

そんな、
そんな説明も虚しく、
すぐさまガブリエルはその説明をひっくり返した。

「神と人間に干渉する冒涜者。ピルゲン。・・・・アレは中に居るんだろう?
 俺の目的はそれだけなんだ。外に居てもしょうがない」

「・・・・そうかい」
「個人の目的がそうである限り、止めることはできませんが・・・・」

クシャクシャと、
ガブリエルは自分の頭をかきむしった。

「なんだってんだ・・・俺・・・何言ってんだ・・・・なんて"前向きな事"を・・・・
 停滞をやめるなんて・・・神じゃなくてまるで人間じゃねぇか・・・」

一人、
ガブリエルが葛藤を陥る中、
作戦も伝え終わった中、


「トゥゥゥゥゥゥリッキィィィィィ!!!」

オレンジのトレカベストを着た情報屋が、
どこからかぶっ飛んできて、
皆の前に滑り込んできた。

「イッツァ!ウォキトォキ!!庭園の最新ニュースをお届けだ!
 俺ぁウォーキートォーキーマンの子機が48号機。よろしくな!」

「庭園の?」
「今更、庭園の戦場で情報屋の"号外"が飛ぶようなイベントはないだろ」

「バッドニュースっ!!」

陽気に、
グッドに、
情報屋は声をあげた。

「メリー・メリー=キャリーが戦死した。
 相手は《10's(ジュース)》と名乗る52の二人だ」






















第6番 武士道部隊 
部隊長 ヤマト=ステファン=クサナギは、失望していた。

腕はない。
足もない。
胴体と頭部の右半分をもっていかれた。

死骸騎士だとしても、
彼の精神力が凄まじいがため、まだ現世に残れているだけで、
既に体が光と化してきている。
終わりだ。

「無念・・・無念としかいいようがない」

彼は名家の出だ。
ミドルネームがあることからも、
彼の家柄が貴族同等であることが分かる。

剣道を極め、
一刀流に拘り、
6番隊も父から譲り受けたばかりだ。
新米部隊長。

父の代から、
部下も、必ずクサナギ流の一刀術を使わせ、
0から戦闘術を教育する部隊として、
実力、戦績だけでない、隊としての評価も得ていた。

彼もそれを継いだ事を誇りに思っていた。

初めて部隊長としての仕事が終焉戦争だった。
苦い思い。
それは無念だった。

「ロウマ・・・・・ハート・・・・」

死骸としての、その二度目の戦いは、
仲間によって消え去った。

ロウマ=ハートが通ったのだ。

今、この辺りの有様は、
他と同じ、無残なものだった。

声を発する者はヤマトしかいなかった。

部下は全て、"ロウマに喰われた"

なす術もなかった。
たった一人の人間に・・・
いや、たった一匹の化け物に、
ものの数分で、隊は壊滅した。

「騎士団長は何を考えているんだ・・・・ロウマ部隊長を・・・・あんなにして・・・」

分からない。
分からないが、

自分と自分の部下の死が、意味あるものとは思えなかった。

ただ、化け物に食われただけだ。

だが、思い返すだけでゾッとする。
あの化け物。
ロウマ=ハート。

アレに敵うものなどこの世にいるのか?
あれは、全てを喰らう者だ。
それを許された"暴力"を持っている。

「無念・・・無念だ」

またも呟いた。
もう、昇華していくだけの魂だからこそ、
それしか出来なかった。



ふと、
そんな彼の残骸の前に、
一人の男が現れた。

「・・・・誰だ」

分からない。
味方ではないだろう。

「俺は第6番・武士道部隊 部隊長 ヤマト=ステファン=クサナギ。
 見ての通り、既に戦える身ではない。お前は誰だ。名を名乗れ・・・・」

「・・・・・」

その男は返事をしなかった。
かといって、逃げる様子もなく、
襲ってくる様子もない。

見ての通りと紹介したように、
ヤマトが消えていく寸前だから、害はないと判断したのだろう。
だが、
この男は誰だ。

「・・・本当にお前は誰だ?情報に無い男だな」

味方ではない。
なら、
なんだ?

「・・・・・そうか」

味方ではない。
そして、
情報にない。

「アレックス=オーランド部隊長。エール=エグゼ副部隊長。メッツ。
 ロス・A=ドジャー。エース。エドガイ=カイ=ガンマレイ。
 それら以外に、城門から侵入した"謎の者"が居るとディエゴ部隊長は言っていた」

あの崩れた城門。
内門。
あの時、
6人の他に侵入した者。

"謎の第三者"

それがいると散々報告を受けた。
ヤマトは、
《昇竜会》のヤクザの一人を、そう捉えただけかと思った。
誤情報だと思っていた。
が、
違う。

こいつだ。
こいつがそうだ。

「俺はもう、数秒で消え逝く。敵としてではない。興味がある名を名乗れ」

「・・・・・」

だが、
返事はなかった。

体は、もう限界だった。
ほぼ、光となって無くなっていく。

「あ・・・」

消える。
その消える寸前、

ヤマトは気付いた。

顔は知らない。
が、
"ソレ"で分かった。

珍しいものではないが、
それで・・・合致する。
納得できる。

「お前は・・・・」

答えが出たところで、
ヤマト=ステファン=クサナギは、
消え去った。


































今は何階だったか。
慣れ親しんだはずのアレックスでも、ルアス城の全貌は分からない。
というより、
一度ボロボロのまま放置されていたルアス城を、
帝国が改良を加えて再建したのだ。
中身が変わっていても仕方がない。

「い、以前はあっちに16番隊の城内詰め所がありましたねアレックスぶたいちょ!」

アレックスは耳を貸さない。

「ゴミ箱はアレックスぶたいちょのお菓子の袋・・・ばばばばっかだったですね!ね!
 あはっ、一度新人のミゲルが古いお菓子の袋の中のゴキブリを間違えて摘まんで・・・・」

アレックスは耳を貸さない。

「よくあそこに部隊の皆が溜まっていました。仲が良かったですよ本当に。
 "親の七光り部隊長"だって陰口叩く輩も居ましたけど、でも本気で叩く人はいなかったですよ。
 ・・・・・エールさんが副部隊長なのは、よくたかかれて・・・噛んだ・・・叩かれてましたけど・・・・」

アレックスは耳を貸さない。

「ででで」
「エールさん」
「う、うぃ!!」

エールはビシりと姿勢を正す。

「少し・・・黙ってくれませんか」
「・・・・う、うぃ・・・・」

まただ。
まただ。
アレックスは自分が嫌いになる。
またそんな口をきいてしまう。
自己嫌悪だ。

本当に許せないのは自分なのに。
本当に嫌いなのは自分自身なのに。
ただの自己嫌悪なのに。

エール=エグゼ副部隊長。
彼女にあたってしまう。
何故か。
自己嫌悪。

「どこからどこまでが自己嫌悪なのか・・・・」
「じーこKO?」
「黙ってくれませんか」
「うぃ・・・・」


そして、


「待ってたぜ。ユニーク・・・かつ、オリジナル」


そんなアレックスを待ち受けているかのように。
待っていたかのように。
用意されていたかのように。
彼は居た。

次の階に昇るための階段。

大きな階段だ。
お城の入り口にでもありそうな、巨大な階段。

その中央に、
レグザという男は座っていた。

和服。
狐面を、お祭時の子供のように頭の左上に装着し、
階段に座っていた。

「《10's(ジュース)》がリーダー。アール=レグザだ」

「・・・・・・・」

なんとなく、
なんとなくだが、
彼と相対するのは分かっていた。
何か宿命のようなものがあるのは感じていた。

「おいしそうなリーダーですね」

「よっ、食いしん坊。ゴキゲンだね」

「あえて聞きません」

「やーだね。噂通りの捻くれようだ。ちゃんと聞いてくれよ。
 《10's(ジュース)》ってなんだ?そして・・・・」

座ったまま、
階段に腰掛けたまま、
レグザはニタりと笑う。

「お前は誰だ・・・・ってな」

「レグザ!!」

叫んだのは、エールだ。

「アレックスぶたいちょに構うのはやめなさい!」
「へぇ。お前が言うか?俺の"双子の妹"であるお前が」

ケタケタとゴキゲンに笑うレグザ。
顔をしかめるエール。

「お前がオリジナルに構いたいように、俺だって構いたいんだよ」

「その・・・・」

アレックスが口を開く。

「"オリジナル"というのはなんですか」

「知ってるクセに。気付いてるクセに」

ゴキゲンに、レグザは笑う。
当たり前のように笑う。

「こんな直線的で直球な呼称なんだから、誰だって気付いてるだろうが。
 伏線にもなりやしねぇ。答えを最初から言ってるようなもんだ」

「・・・・・・・」

そう。
アレックスだって薄々気付いている。
気付いているが、
そんなもの、信じれない。
信じたくはない。

「答え合わせのために俺はここにいる。ま、ゴキゲンだぜ」

「そうですか」

アレックスは・・・ため息を吐く。

「段取りを踏め・・・ってことですか。イヤですね。僕の大嫌いな類です。
 プラモデルを説明書の通りに組み立てるぐらい、イヤです。
 人に踊らされるのだけは真っ平御免なんです」

「ゴキゲンだね。でもそうしねぇと話が・・・・」

「"《10's(ジュース)》ってなんですか"」

アレックスの言葉に、
少し間を置き、
レグザ。
アール=レグザは・・・・ニタァと笑う。

「面白ぇ!!本当にテメェは面白ぇよ!ゴキゲンだ!ユニークだ!
 そりゃぁアインハルトの思い通りにならねぇ英雄になれるわ!」

大声で、腹を抱えて笑う。

「まぁいい。演説を開始してやる。でもその前に・・・・・」

階段に腰掛けたまま、
レグザは指差す。

「そこに馬鹿を止めろ」

アレックスが横に目をやる。
・・・・エール。
エールがまさに、戦闘体勢に入っていた。

「何やってんですかエールさん!」
「罠です!」

アレックスが止める。

「なんで敵への攻撃をやめさせるですか!」
「罠とかそんなことは問題じゃないんです!」
「駄目です!は、話させちゃ駄目なんです!」

カッカッカ!とレグザがゴキゲンに笑う。

「そりゃぁそうだよなぁ妹。俺の愛しき妹。
 そりゃぁお前にとっちゃぁゴキゲン斜めだわな」

エールがレグザを睨む。
睨みつける。

「セラ、アゼル、イグレア、ヤルク、サーレー、シール、ラッシェ、エクサール」

淡々と、呪文のような言葉を、
レグザを唱えた。

「それに俺、レグザを加えて《10's(ジュース)》となる」

「やめろ!やめろレグザ!」

エールの口調は強張っていた。
必死さが伝わる。

「で、も?9人で《10's(ジュース)》とはこれいかに?
 一本でもニンジン?二足でもサンダル?そりゃぁゴキゲンだ」

「レグザっ!」

「エールを加えて10だ」

「レグザッッッッ!!!!」

叫び狂うエールを、アレックスは制止する。
制止し、
エールの瞳を真っ直ぐ見る。

「エールさん。僕は今更そんなことで驚きはしない。
 ハッキリ言って予想の範疇です。ビックリのビの字もない」
「ででで・・・でもアレックスぶたいちょ。
 えええ・・・エールさんは16番隊の副部隊長です!
 だから!味方です!レグザが言っている事なんて・・・・」
「"それも知っています"」

そう言い、
アレックスは頷いた。

エールは放心状態になった。

「アレック・・・・ス・・・ぶたいちょ・・・・?」

そんな言葉を投げかけてもらえるとは思わなかったから。

「アール・・・・・レグザさんでしたね」

「あだ名を付けて呼んでくれてもいいぜ」

「・・・・・」

「失礼、ハハッ、今のも伏線だ。んで?」

「エールさんが"何"っていうのは想像がついていました。
 ボトルベイビーだという事も知っています。
 だから、所属が52にあったなんてのは予想というよりは当然の結果です」

「そうかいそうかい。仲間割れは起きないのか」

「もう一度聞きます。《10's(ジュース)》とは何ですか?」

「ゴキゲンだ」

レグザは笑う。

「アレックス=オーランドたるもの、ここまで部隊なんかに興味が沸くとは。
 ここまで所属なんかを掘り下げようとするなんて、
 薄々感づいているからこそ、知りたくてしょうがないと見えるねぇ」

「いえ、礼儀です」

「レーギ?」

「うちの副部隊長のお兄さんとあらば、機嫌くらいとっておいて損はないでしょう」

「ゴキゲンだな!」

「そして起源くらい知っておいても損はない」
「アレックスぶたいちょ。今のはつまらな・・・」
「黙ってください」
「うぃ・・・」

ゴキゲンに笑うレグザ。
アール=レグザ。
エール=エグゼの双子の兄。
ボトルベイビーの双子。

「そう。ボトルベイビー。俺達が52部隊であるならば、まずそこだよな」

瓶詰めの子。
試験管ベイビー。

「改造人間。人造人間。人間じゃない・・・なんて差別もあるがゴキゲンじゃないね」

「仲間に神も魔物も馬鹿もいます。それと比べればいくらか健康的です」

「ホントに酷い事いう奴だなあんた」

そういいながらも、レグザはゴキゲンだ。

「ボトルベイビーは色々だ。一般的なのは改造人間。ま、サイボーグみてぇなもんだ。
 遺伝子とかDNAとかソレっぽい言葉をうまい事使うと科学者になれる。
 ま、スイカみてぇなもんだ。突然変異させて造る。そんなタイプ」

それがボトルベイビーの半分だ。
そう、レグザは言う。

「このタイプは自覚がある事が多い。そりゃぁ普通の時とアブノーマルな時、
 両方の記憶があればそうなるだろうよ。ま、幸せ不幸せはこの際おいとけ」

続ける。

「もう一つは1から作る。まさに試験管ベイビーだ。映画や漫画のまんま。
 栽培するタイプ。っつっても色々だがな。実験は無限の可能性。
 母子の体内に埋め込むとか、ボトルの中で育てるとか」

ボトルの中で育てる。
それは分かりやすいだろう。
エイリアンを造るような想像をしてもらえれば分かる。
まさにバイオな世界だ。

「可哀想なのは母子の体内に埋め込むタイプだな。人間には素晴らしい力がある。
 生命を作り出す。初期に一番成功例が高かったタイプだ。
 ま、母子不足で本人の知らないうちに埋め込まれる事もあったそうだが」

つまり、
なんらかの形で、コッソリ母子に種を植える。
母は、生まれてくる子供が改造人間と知らない。
そういうタイプ。
悪夢のような実験だ。
非人道的だ。

「44のスモーガスがそうだな。生まれてみたら透明人間。
 44っつったらキリンジ=ノ=ヤジューもそうだ。
 あれは野生の狼にボトルベイビーの種を埋め込んだとか」

「話が反れてませんか?」

「反れてるぜ?ゴキゲンナナメ?」

レグザはケタケタ笑う。

「だ・が!・・・・この話は後々の伏線だ。よく覚えておけ。
 話が反れてよかったー・・・と思えるかも?ま、後々が・・・あればだけどな」

「続けてください」

「ハハ、んで・・・えーっと。そうだねぇ。"俺達"は後者で生まれてきた。
 アール=レグザやエール=エグゼなんて人間はなかった。完全に造られた人間だ。
 が、さっき説明したのとは別のケース。そうだな・・・・」

えーっと・・・と、レグザは思い出す仕草をする。

「44で言うところの、メリー・2=キャリーだな」

「登録名はメリー・メリー=キャリーです」

レグザが小さく笑った。
アレックスのそのツッコミの何が可笑しかったのか。
アレックスを馬鹿にしたような笑い。
だけどそれ以上は追求しなかった。

「あぁそう。まぁそれ。何かを元にして作られるタイプ。
 メリーさんの場合は、エニステミの細胞とか血だったかね。
 つまり、俺達はそーいうタイプ。ここまで言ったら分かったでしょ?」

「"分かりましたが続けてください"。段取りを踏ませたのはあなたの方です」

「まったくをもってその通り」

台本通りだ。
そう言わんばかり。
そう言わんばかりだ。

「これ以上ひっぱるのも意味ねぇか」

大階段に座ったまま、
レグザはチャラけた表情で両手を広げる。
その表情。

その表情がカンに障るんだ。

だから。
だから・・・・

「先に結論を話そうか」

「アレックスぶたいちょ!」

エールが、
すがるような目を向けてくる。
言わなくとも分かる。
その目を向けなくとも分かる。
だから言わなくていい。
向けなくていい。

その表情がカンに障るんだ。

だから。
だから・・・・。

「ゴキゲンだぜ」

レグザは続ける。

「そう。説明する必要もなく、あんたは"昔から気付いていた"
 この第2次終焉戦争に至らなくても、とっくに気付いていた。
 エール=エグゼの正体に。俺達の正体に」

レグザは、
大階段から立ち上がった。

「俺の名前はアール=レグザだ!」

声高く、叫んだ。

「アール・・・そう、ヘクタールとかのアール。単位のアールだ。
 "R"じゃなくて、そっちの方の"アール"だ。"アール=レグザ"だ!」

そして、
レグザは、
その指を、
その指をエールに向けた。

「そして俺の妹の名前はエール・・・"エール=エグゼ"だ。
 "アール=レグザ"と"エール=エグゼ"・・・・つまり、」



ヘクタールとかのアール。単位のアールだ

ジンジャエールのエールさんです。



「"A=LEX"と"ALE=X"だ」
























アレックスは知っていた。
"あいつ"の存在が偶然なんかじゃぁない事は。

それはそうだ。
同じ部隊。
それも、部隊長と副部隊長だ。

名前が並べば一目瞭然だ。

アレックスという名前がもうひとつ並んでいるのだから。

表向きには、

"名も無きボトルベイビーの女の子が、
 アレックス=オーランドに憧れるあまり、
 自分の名を部隊長にちなんだ"

それで通っていた。

それで通るわけがない。
本人。
オリジナル。
アレックスにとってはそれで通るわけがない。

エール本人には確認しなかった。
あえて確認せずに今日と云う日を迎えた。

自分のおっかけ?
それだけの理由なら、

なんであの顔を見るたびにこんなに腹立たしい。

"同族嫌悪"

それの極地だ。
自分の存在を馬鹿にしているような存在だ。

分かっている。
彼女自体に悪意はない。
彼女自体に罪はない。

だけど、

偽者がすぐ隣で生活している事を素直に受け入れるほど、
アレックスは人間が出来ていない。
いや、
人間らしいからこそ受け入れられない。

「ジンジャエールのエールさんです」

彼女は腹立たしいほどに、
自分の名の"つづり"を主張してくる。

その気持ち悪さが分かるだろうか?

分かっている。
彼女自体に悪意はない。
彼女自体に罪はない。

だけど・・・・

"同族嫌悪"

それは気持ち"悪"く、"嫌"いでしかたない

そして、
そう思う。
そう思ってしまう、
そんな事を思ってしまう、

自分自身を・・・・アレックスは嫌いでしかたがなかった。





















エールは目を背けている。

別にいい。
アレックスとて、
今更彼女の方を見る気はなかった。
彼女を責める気もない。
元々知っていたんだから。
そして彼女に責任もないのだから。

でも今更だ。
分かっていた事のネタバラシをされて、
それで、
それで、

合わせる顔がないのはお互い様だ。

それでも、
アール=レグザはアレックスに話を続ける。
追い討ちをかけるように、
自己紹介を続ける。

レグザは続ける。

「オリジナル。てめぇの家族は、名前を"ちなんでる"らしいな」

レグザは続ける。

「クシャール(XEAL)、アクセル(AXEL)、アレックス(ALEX)」

レグザは続ける。

「だよな?」

レグザは続ける。

「セラ(XELA)、アゼル(AXEL)、イグレア(XLEA)、ヤルク(EALX)
 サーレー(XALE)、シール(XEAL)、ラッシェ(LAXE)、エクサール(EXAL)
 そして、アール=レグザ(ALEX)とエール=エグゼ(ALEX)」

レグザは続ける。

「今のがうちの、《10's(ジュース)》のメンバーの名前だ」

レグザは続ける。


「"カクテル計画"」


レグザは続ける。

「『カクテル・ナイト』アレックス=オーランドを製造するための計画。
 それが俺らボトルベイビー。《10's(ジュース)》の仕様書、カッコ予定・・・ってとこだ」

レグザは続ける。

「絶騎将軍(ジャガーノート)が燻(XO)の私室。
 あそこにアクセル=オーランドとエーレン=オーランドのミイラがある。
 知ってるか?お前の両親のミイラは、この地下に展示してあるんだ」

レグザは続ける。

「ソレに"虫食い"があるっつー情報は入ってるか?ま、どっちでもいいけど」

レグザは続ける。

「52番街(さくら町)が燻(XO)と取引した結果ってことだ。
 ま、どっちが持ちかけたかは分からんけどな。
 二人の英雄の肉片は研究熱心な研究者達の手に渡る」

レグザは続ける。

「そう。俺達はアクセル=オーランドとエーレン=オーランド。
 その二つの遺伝子から作られたハイブリットなボトルベイビー・・・・」

レグザは続ける。


「つまり、産まれるのはお前だ」


レグザは続ける。

「ゴキゲンだぜ」

レグザは続ける。

「捕捉しておこう。なんでアレックス=オーランドを造るのか」

レグザは続ける。

「"カクテル計画"。それは、"混合職"・・・『カクテル・ナイト』を造るための計画」

レグザは続ける。

「ま、カクテルっつっても、アルコールの無い未完成品だから"ジュース"」

レグザは続ける。

「そう。つまり《10's(ジュース)》は未熟とはいえ、全員」

レグザは続ける。


「"混合職(カクテル・ジョブ)"だ」


レグザは続ける。

「歴史的に存在の少ない混合職(カクテル・ジョブ)。希少価値だ。
 王国騎士団でも、その存在はアレックス=オーランドのみ」

レグザは続ける。

「戦力増強部隊。造られた戦力の部隊。52部隊。
 52番街(さくら町)の研究者にとっては情熱を燃やす価値はあるだろう」

レグザは続ける。


「混合職(カクテル・ジョブ)の量産」


レグザは続ける。

「だから二人の英雄をダシ・・・文字通り"出汁(ダシ)"にした」

レグザは続ける。

「もう一度言おうか。混合職の大量生産計画。その成功例・・・・
 いや・・・失敗例がつまり《10's(ジュース)》の面々だ」

レグザは続ける。

「実験ってものは難しいよな。失敗ってのはそういう事。所詮カクテルでなくジュース。
 アルコールは魂とよく言ったもんだ。酔えないってことさ。
 アレックス=オーランドには似ても似つかないジュースが出来た」

レグザは続ける。

「それでも実験としては大成功だ。混合職を量産出来ればいいんだから。
 あんたの魂は造れなくても、あんたの体は出来上がったんだ。
 何万という失敗作の上に出来上がった・・・・究極の一品が俺達だ」

レグザは続ける。

「だが、思いも寄らぬ、偶然の産物ってもんがある」

レグザは続ける。

「俺とエールだ」

レグザは続ける。

「俺達二人も失敗作。ただ、"アルコールしかない"」

レグザは続ける。

「双子の兄は、アクセル=オーランドに、
 双子の妹は、エーレン=オーランドに、
 限りなく近い遺伝子の状態で出来上がった」

レグザは続ける。

「研究者達は歓喜した。カクテル計画の趣旨とは外れるが、
 分身製造(クローン)技術の礎となる失敗作なのだから」

レグザは続ける。

「双子の兄は、アクセル=オーランドのクローン
 双子の妹は、エーレン=オーランドのクローンだ」

レグザは続ける。

「双子の兄には、アレックスという名を与えられた。
 双子の妹には、アレックスという名を与えられた」

レグザは続ける。

「アール=レグザは、アクセル=オーランドのクローン
 エール=エグゼは、エーレン=オーランドのクローンだ」

レグザは続ける。

「混乱してきたか?ゴキゲンだな」

レグザは続ける。

「まとめてやる」

レグザは続ける。

「正確に言ってしまえばアレックス=オーランドの失敗作が10人」

レグザは続ける。

「オリジナル。あんたに似た、混合職の体を手に入れたのが8人。
 そして、あんたに似た、男と女が1人ずつ」

レグザは続ける。

「あんたの弟と妹が合わせて10人」

レグザは続ける。

「そんでもって」

レグザは続ける。

「俺とエールは、お前の両親の分身でもある」

レグザは続ける。

「アレックス=オーランド。オリジナル」

レグザは続ける。

「あんたは両親を越えられるか?」



























パチンッ・・・とフーセンガムの風船が割れる。

「むぐ・・・」

シドは、顔にガムが張りついたまま、
苦しそうにした。

「失敗・・・気持ち悪・・・・」

ガムは剥がし、ベタベタの顔面を拭う。
シドとアヒル。
二人の殺人鬼は、
未だ城内を彷徨っていた。

気ままに、
公園でも散歩するように。

なんとなしにロウマの足跡(そくせき)を追ってはいるが、
戦場の中とは思えない、
異端な二人だった。

「にしても、さっきの紳士のジジイ、よくわかんなかったなー」

ウサ耳を揺らしながら、
両手を首の後ろに回して歩くシド。
シャカシャカと、首に垂らしたヘッドフォンから音楽が流れる。

「なーんかアヒルを見てブツブツ言ってたけどなんだったんだろなー。
 な?アヒル。お前どー思う?ね?おーい、ディアマイフレンドー?」

シドの問いを無視するように、
アヒル。
阿修羅の少女は、シドより先をチョコチョコと歩く。
未だ、シーツで体を包んでいるだけだ。

砂漠を越える人かホームレスしか、あの身形にはならない。
それでも、
素肌にシーツを包んでいる彼女と比べればマシだろう。

「チェッ、まただんまりかよー。せっかく似たもの同士なのにー。
 フレンドになれる相手を見つけたっていうのにさー」

シドはむくれた。

「誰か僕のコピーでも作ってくんねぇかなー。ボトルベイビーとかで。
 10人。いや、フレンドっつったらやっぱ100人ぐらいさぁ!
 な?どう思うアヒル。自分のコピーとか居たらよくない?」

アヒルは、やはり返事はしなかった。
しなかったが、
ふと気付けば、先に歩いていたアヒルが立ち止まっている。
何やら廊下の壁を見ている。

「どしたんー?」

特に早足になることも無く、
シドはウサ耳を揺らし、
クチャクチャとガムを噛みながらアヒルに近づく。

近づく過程で、

「ん?」

シドも足を止めた。

「何これ?」

廊下の壁。
先ほどロウマの足跡を追っていると言ったが、
ここら一帯は特に破壊的な跡は無かった。
だから、
壁にあるソレらも、特に損傷は無かった。

「絵?」

肖像画だった。
壁に大きな肖像画が並んでいる。

「おぉースッゲェ!さすがお城!」

壁に並んでいる肖像画は、
どれも裕福な装飾を身につけた、
気品のある者達だった。
数十点並んでいる。

「皆変な格好してて面白れ!こいつなんて髪の毛クルクルじゃん!」

ファンシーなウサ耳の殺人鬼は、
肖像画の服装を馬鹿にする。

「偉い人達なのかー。お、昔の王様だ。これは大臣?へー。へー」

物珍しそうに、シドは壁の絵画を見ながら歩いていた。
険しい顔をした肖像画もあれば、
穏やかな笑顔の肖像画もある。

シドは自分なりに、誰と友達になりたいかなんて考えながら、
壁の絵画を見ながら歩いた。

「おっと」

余所見をしながら歩いていたので、
止まっていたアヒルとぶつかった。

「どこ見て歩いてんだよアヒルー」

歩いていたのはシドだけだったが、
アヒルは当然のように返事をしない。
が、
アヒルは一つの絵画の前で、止まっていた。
凝視していた。
その肖像画。
それに目を奪われたらしい。

「・・・・・シドシド。これ・・・・」

アヒルは、久しぶりに口を開き、
その肖像画を指差した。

「何々?」

と、覗き込む。

「あれ?」

そして気付いた。
その肖像画を見る。
そしてアヒルを見る。

「え?え?」

そしてもう一回肖像画を見て、
言った。

「この絵、アヒルじゃん」









                 






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