「俺は・・・・よぉ・・・・・・・王になるんだぜ?」

何がどうなったんだったか。
燻(XO)はそこに居た。

確か・・・。
ダニエルの炎に押し潰されていた。
炎に圧され、
魔力は尽きかけ、
熱にまみれ、
体力を消耗し切り、
そして、
酸素までもが無くなって、

「帝王アインハルト=ディアモンド=ハークスを越え・・・
 俺は王となる!王が・・・・"神如き"にてこずっていられるか!?」

叫んだ勢いで、
ノドの穴から血は吹き出したし、
紫の長髪と共に鮮血が舞った。

だが同時に炎は吹き飛んだ。

「ヒャッハー!!」

ダニエルは嬉しそうに笑う。
炎の中から出現する、
巻き込まれていたはずの"炎の中から姿を現す"
車椅子のクソ野郎の姿に。

「俺の炎を吹き飛ばしたか!?ヒャハッ!いーんや!」

地面が吹き飛んでいる。

脱出不能の場面で炎をコントロールしたのでなく、
地を弾いた。

「メガスプレッドサンド。俺には・・・地より下がお似合いだ・・・」

地面を吹き飛ばして炎を巻き上げたのだ。
炎に囲まれた状態では、地だけしか利用出来るモノはなかった。
圧し勝つ事は出来なくても、
地から、
下から炎を錯乱させ、散らす事くらいは出来る。

「ド畜生に負けるぐらいなら・・・・底の底・・・底辺から力を吐き出してやる・・・
 どんな奴だろうと・・・・・・俺を見下す奴は許さねぇんだよぉお!!」

車椅子の上に、
紫の髪
紫の唇
頭からの流血
首に穴
無い右腕
赤く染まった全身

もし、燻(XO)という人物を知らないものがいれば、
ただの車椅子の重傷者にしか見えない。

「ヒャハハ!いーーーーーー!じゃん!灰になるか!?這い蹲るか!?」

「テメェが跪け!!」

ダニエルが空中で燃え盛る。
燃え盛る炎が、まるで津波のように襲い掛かる。

人間一人に与える炎ではなく、
山火事でも起こそうかと云う炎の量だ。

「俺は・・・・・王になるっ!!!!」

一瞬、

無音になったような感覚が、その場に居た者たちを襲った。

「俺より下などいねぇ!!」

ダークパワーホール。
巨大なそれを、
一度展開した。

ダニエルは笑って炎で遊ぶだけだが、
ガブリエルやロッキー、バンビには、
その巨大なブラックホールは、
ダニエルの炎を飲み込むために展開されたのだと思った。

「アーーーーヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!」

炎というひとくくりに置いて、
この世・・・・天上界を含めても、
ダニエルに勝るものはいない。


炎は生きているように迂回した。
ダークパワーホールを避けた。


操る。
ダークパワーホールなどと云う地点発火タイプの魔法は、
流動的な"炎"という魔術にとって、
避けて通るだけ障害物にしかならない。

底無しの落とし穴も、横を通られたら意味はない。


「やはり・・・・俺はクソだ」

だが、
ダークパワーホールは消えた。
展開しておいて、
炎の進行方向の邪魔をしただけで、
すぐさま消してしまった。

何の為にダークパワーホールを展開した?
無意味?

そんなはずはない。

ダークパワーホールという最強の攻撃力を持つ魔術。
全て、
"全て"を飲み込むその魔術。

「おりょ?」

ダニエルの炎は、
ダニエルの意志とは別で、

燻(XO)を避け、あらぬ方向へと分散した。

「なんじゃらほーい?」

ダニエルは口元を歪めたまま首をかしげた。

「俺はクソ。クソすげぇ・・・・・」

燻(XO)は魔法をコントロール出来る。
しかし、
ダニエルの炎だけは燻(XO)の支配下の上を行っていた。
ただし、
やはり圧倒的な天性の才能というものだけは、
神じゃない何かが燻(XO)に微笑んだ。


ダークパワーホールは何もかもを飲み込む。
例えば、
空間・・・いや、空気。

例えば"酸素"さえも。

炎は"エサ"がなければ存在できない。

ダークパワーホールで"酸素を喰らい"
酸素の流れを歪め、

炎の生態系までも歪めた。

「あれはもう・・・・天才であり、天災だ」

ガブリエルは言う。
タバコを吸いながら、ため息までも吸い込んで吐き出さない。

「ぼくにも難しい事はわかんないけど、感覚で分かるよ」
「王の資質って奴だ。絶対の帝王さえいなければ、奴が魔王として君臨していただろうさ」

世界を凌駕するその才能を、
たったひとつのプラスにさえ使わず、
マイナス・・・
ただマイナスにしか使ってこなかった男。

最底辺のクソ野郎。

「ゲホッ!!ガッ!・・・・がはっ・・・・・」

燻(XO)は大きく吐血した。
まだその細い体の中にそれだけの血液があったのかと不思議に思う。

「・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

首の穴からも血が漏れる。
何故、あれで死んでいない。

燻(XO)という男の最も恐ろしいところは・・・・そこだった。

圧倒的な下劣さ。
圧倒的な知恵。
圧倒的な才能。

それらよりも、圧倒的な・・・・・・・"執念"

ウィルスのように、ゴキブリのようにこびり付く・・・・クソの生命。


「!?」


ロッキーは気付いた。

ここに居る存在の中で、ロッキーだけが気付けた。
ロッキーだから気付けた。

「たああああああああああああああああああ!!!」

突如、
というか唐突としか言えない。

ロッキーは上空へと飛び上がった。
カプハンのジェット噴射で、一気に上へと飛び上がった。

バンビにも意味は分からなかったし、
ガブリエルにも意味は分からなかったし、
ダニエルは興味さえなかった。

「ぁあ?」

燻(XO)はそれを目で追った。
見逃さず。
見逃すはずはない。

そして目を背けた。
目が眩んだ。

飛び上がったロッキーは"太陽と重なった"。

「・・・・・チッ!」

血の足りていない燻(XO)でも、一瞬で思考が回転する。

目くらまし。
オトリ。

燻(XO)は常人を凌駕する速度でソレに気付くが、
0.5秒、注目を浴び、
0.5秒、思考させた。

1秒時間を稼いだ。

ロッキーにとって、それだけで十分だった。


「・・・・・・んぐっ・・・・・・・」


静かに、燻(XO)の体が"く"の字に曲がる。
車椅子も一瞬浮いた。

「・・・・・クソ・・・・・ビッチが・・・・・」

それは、
まさに"串刺し”というべきだろう。

「・・・・・・・・とった・・・・・」


イスカが、もう頭も上がらない体で、燻(XO)に横から刀を突き抜いていた。


刀を、
ナイフを差し込むように。

車椅子に、
血が流れた。

「・・・・・・クヒ・・・・・・ウフフ・・・・・・」

真横から串刺しにされたまま、
イスカの方を見もせず、
燻(XO)は、笑った。

「男が女に刺されるなんてよぉ・・・・まるで逆じゃねぇか・・・・」

もう吐血で、
顔の口よりしたは赤くない部分がない。

「・・・・クソビッチ・・・・"何故斬らなかった"」

ギロリ・・・・と、
燻(XO)の目玉だけがイスカの方を向く。

イスカは・・・・・返事をしない。

だが、
一体どちらが刺された方なのか分からないほど、
ボロボロの姿がその答えだった。

イスカのダメージ。
既に・・・・剣を片手で振りきれるほどの体力は残っていない。

ただ"精神力"

それだけでイスカは立ち、
走り、
いや、
なけなしのサベージバッシュで、燻(XO)に突っ込んだ。

そして燻(XO)を貫いた。

イスカには刀を引き抜く力さえ残っていなかった。

「クソビッチ・・・・刺しただけだけじゃぁ女はイかないように・・・・・
 刺しただけじゃぁ・・・・・ゲホッ!がはっ!・・・はぁ・・・・・・俺も逝けねぇな・・・・」

左の腹から右の腹へ、
刀を貫かれたまま、血に塗れながら、
クソ野郎は"まだ"生きる。

その見下す目。

イスカはそれを・・・・・睨む。

「・・・・・おぬしはこのまま死ぬ・・・・・・」

イスカにはもう、剣を振る力さえ残っていない。
剣を真っ直ぐ突き刺しただけで、
それが精一杯の限界だ。

だが、
イスカはさらに力を入れる。
突き刺した刀に。

いや、"ただもたれ掛かった"というべきか。
虚脱して、
燻(XO)に寄り添うように、
その身を預ける。
それだけ。

刀の傷口から、ぬるりと、音にならない悲鳴が聞こえる。

剣は深く、さらに貫く。

「ぐっ・・・・うぐあっ・・・・・・・・・ウフフ・・・・俺は王だ・・・・死なん・・・・死ぬのはテメェだ・・・・・」

反抗しようと赤まみれの男は、
左手をイスカに・・・・・

「無駄だ」

「・・・・・・ぁあ!?」

左手は、挟まれていた。
いや、封じられていた。

自分の左半身に、イスカが倒れ掛かっている。
それだけだ。
それだけで、左手は封じられていた。

「・・・・どうした・・・・女体ひとつ・・・片腕でどかせられないか?」

イスカは燻(XO)の耳元でささやく。

「軟弱な男だ・・・・」

「・・・・ウヒヒ・・・・女体ひとつだぁ?・・・・・性別は捨てたと聞いたがな・・・・」

「乳房の重量に感謝したのは生まれて初めてだ・・・・」

「そうかい・・・・・切り取って軽量化を図ってやろうか・・・・」

「"やってみろ"」

大蛇(オロチ)の舌が、全身に巻きつくような感覚を、
燻(XO)は感じた。

不覚にも、
イスカの優位な目が、
自分を見据えるその強き目が、
射精を促すほどに興奮を覚えた。

「どの魔術で拙者を・・・殺すつもりだ・・・・"どれでもお前も死ぬぞ"」

「・・・・・ウフフ・・・・・・」

「拙者はこの刀を・・・離さない。・・・・吹き飛ばされたとしたら、
 そのまま刀も拙者と共に勢いよく引き抜かれるだろう・・・・」

イスカと刀はワンセット。
イスカを吹き飛ばせば、
いや、イスカを動かせば、
そのまま刀は引き抜かれ・・・

燻(XO)はそのまま大量の出血と共に死ぬだろう。

「・・・・ウフフ・・・・・アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

燻(XO)の選択肢はひとつ。
その方法は、

"イスカに何の反動も与えず、イスカを消し飛ばす"

つまり、
ダークパワーホール。
それだけだ。

「やってみろ・・・・あの黒球の魔術を・・・」

だが、
燻(XO)の左手は封じられている。

イスカと自身の体に挟まれる形で。

ダークパワーホールの形状は・・・・"球体"だ。
"何もかも"を問答無用に飲み込む黒き球体だ。

「これがお前の弱点だ・・・・・」

今発動すれば、
イスカと共に・・・・・・・・・"燻(XO)までも飲み込まれる"

「・・・・なるほど・・・・がはっ・・・ゲホッ!・・・・・はぁ・・・・なるほどド畜生が!!」

最小限の範囲にまでに、ダークパワーホールを縮めたとしよう。
それでも、
発動する自分の左手。
"最後の四肢"を犠牲にしなければ、
脱出は不可能だろう。

どうやっても・・・・自分も巻き込む。
その技が強すぎるからこそ。

「面白い・・・面白ぇよなぁ・・・・なんつー因果だよ・・・・」

ベロンベロンと、狂ったように、燻(XO)の舌が踊る。

「男の俺が、穴を操る魔術師で・・・・メスのてめぇが竿を操る剣士なんてよぉ・・・・・」

「・・・・・さっさと死ね・・・・」

むしろ、
ただでも死んでないのがおかしいというのに、
このクソ野郎は、
胴体も貫かれて、なお生きている。

「・・・・・・」

いや、むしろそれは真剣に疑問に思うべきだ。

なんでこの状態で燻(XO)はまだ死んでいない。

「ウフフ・・・・考えている事は分かるぜ・・・・・俺が死なないのが不思議そうだな・・・・
 ギルヴァングの・・・・奴の場合なら、気合だけどな・・・・・ウフフ・・・・
 俺の場合は・・・・急所を避けただけだ・・・・」

「刀が貫通していて急所もクソもあるか・・・・」

「あるさ・・・・・俺はこの世の誰よりも人間の構造に詳しい・・・・・
 数え切れないほどの・・・人間を・・・解剖し・・・解体してきた・・・・
 ・・・・自分の体のどの臓器を・・・やられると危ないかは・・・・」

よく分かっている。

「失ってもいい臓器も分かってるわけさ・・・・ウフフフフ・・・・
 どうやったら・・・人間を殺さずに傷付ける事が・・・出来るか・・・とかなぁ!」

逆に、
魔術師レベルの治癒能力でも、
どこをどうすれば人間の体は死なないか。
それを燻(XO)は知り尽くしている。

人間の体を・・・・世界の誰よりもジックリ分解してきたのだから。
楽しく分解してきたのだから。

「・・・・・・ウフフ・・・・あと・・・・イイコトを教えてやろうか?」

燻(XO)は、不気味に笑う。

「今・・・俺の左手は・・・・俺とテメェに挟まれて動けねぇが・・・・
 "似たような状況"はもう一個出来てるんだぜ・・・・・」

「お前には・・・・耳を貸さん・・・・」

「今・・・狙撃主から見たら・・・・・お前はただの人質だ」

「!?」

狙撃主。
マリナ。

マリナから見ると・・・・・・燻(XO)を狙おうにも・・・・
イスカが邪魔をしているような状態だ。
イスカが燻(XO)の盾になっているとでも言おう。
そしてそれはそのまんまで、
イスカを盾にしているわけだ。

「仲良しなほど・・・・ウフフ・・・・命がけは仲良しを苦しめる・・・・」

「・・・・関係ない。拙者が・・・・貴様を殺すのだ・・・・」

「・・・・もう一度言う・・・人質なんだよ子猫ちゃん・・・・・
 俺が・・・・俺ごとお前を吹っ飛ばすのはわけない・・・・・
 あの狙撃主はそれを分かってるわけ・・・・・どう思うかな?・・・・」

「関係ないっ!!拙者がマリナ殿を守るのだっ!!」


「そうだ関係なぁぁぁーーーーーーーーい!っよ!!!よっ!!!ってかぁ!?」


上空。

炎の翼がゆらめく。

「どいつもこいつも、まとめて燃えればいいじゃなぁーい?」

ダニエルの目は遊びだ。
だからこそ本気だ。
放火魔だからだ。

ダニエルにとって、
燻(XO)の命のついでに、イスカの命が消えるのも関係ない。

「というかお得♪女は脂肪が多くて燃え心地がイイ♪」

商談の余地無し。

燻(XO)にも。
イスカにも。
そのほかの者にも。

炎はもう燃え盛り、降り注いだ。

「・・・・・ッのッ・・・・・・ド畜生がっ!!!!」

燻(XO)の眼がギラつく。
それはクソ野郎にとっても、それほどの境地だと物語っていた。

「てめぇ!ビッチ!どけっ!死にてぇのか?!」

イスカが動かなければ、
このまま燻(XO)は燃え尽きるだろう。
無差別なダニエルの炎によって、
イスカもろとも。

・・・・死にてぇのか?
なぁに。
死にたい人間なんているのか?
だが、自分が死ぬ生きる以前に、

「あぁ・・・・お主に死んで欲しいのだ・・・・」

守るために、
死ぬ覚悟は出来ている。

これでいい。

炎の天井が落ちてくる。

「・・・・チィ・・・・・・ゲホッ・・・・ガッ・・・・」

燻(XO)が大きく吐血する。
対抗しようと力んだ拍子にだろう。
ダークパワーホール以外の魔術ならば、
ものによっては腕の動作無しでも発動は可能だ。

だが、燻(XO)とて、
ダニエルの炎にだけは対抗手段が無かった事も実証済み。
ダニエルの炎だけは、
燻(XO)さえも乗り越えられない、超越した魔術。
どうしようもない。

ダークパワーホールが使えれば話しは別だが。

炎の天井が落ちてくる。


「イスカァッァアアアアアアアアア!!!!」


今になっても幼い声。
ロッキーの声が急激に近づいてくる。

地を這うような低空飛行で、
カプハンジェットで、
ロッキーが吹っ飛んでくる。

「・・・・・・いい・・・・ロッキー・・・・来るな・・・・」

この男を殺せるのならば、
この命を失う覚悟は出来ている。

その強い意志がイスカの目に宿っていたが、

「そのお願いはっ!聞けないよっ!!」

いつも笑顔のロッキーも笑っていないほど必死で、
その目は、イスカの覚悟よりも強かった。


「・・・・・そうか」

イスカは理解した。

自分は、
このまま、燻(XO)という男を道連れに、
死んでもいいと思っている。
そういうエンドでいいと思っている。

一般的にはバッドエンドでも、
成し遂げたのだから、自分にとったらハッピーエンドだ。

でも、

自分がマリナを何があっても助けたいように、
ロッキー・・・・
つまり仲間にとっても、自分は何があっても助けたい対象なのだ。


「殺し屋の血は捨てたと思ったら・・・・」

今度は死なせてももらえない。

「笑える」

イスカは笑った。

「なら、死々道(シシドウ)でなく・・・・生きる道を・・・・・」

天からは炎。
ダニエルの炎が降り注ぐ。
もう堕ちてくる。

ロッキーがかっ飛んでくる。
自分を助けようと。

「・・・こぉのビッチ!!どぉけ!どけ!!」

燻(XO)が耳元で叫ぶ。
必死だろう。
ダークパワーホールでなければ、
あのダニエルの炎は消し飛ばせない。

だが腕はイスカが邪魔で使えない。


「ああ・・・・どいてやる・・・・・」

イスカは、力尽きかけて自由に動けない体を、
仲間に預けた。


「イスカっ!!!!」


ロッキーが間に合った。
ロッキーはカプハンジェットで通り過ぎる間に、
イスカを片手で拾い上げた。

滑り込みセーフのジェット機は、地面スレスレでイスカを拾い上げ、
そのまま誘拐して通り過ぎていく。

イスカは、
仲間の手に身を委ねただけだ。
体を仲間に預けただけだ。

助けてくれるのならば・・・・
守ってくれるのならば、それにすがろう。

ただ、

"この剣だけは離せない"


「ぐぁああああああああ!!あああああ!」


燻(XO)の叫び声が遠ざかっていく。
ロッキーによって遠地に運ばれる中、
イスカは元いた場所を見る。

クソ野郎の腹部から、
大量の血液が噴出している。

イスカの剣が引き抜かれたからだ。

穴の空いた水風船のように、血は、クソの体から排出された。

「ド畜生!!!ド畜生があああああああ!!!」

それを眺めながら、
ロッキーの手の中で、
疲れ果てたまま、イスカはセリフを捨てた。

「・・・・"そんなもの"・・・・いらんだろう・・・・・人の心を持たぬお主に・・・・赤い血など・・・・」

クソ野郎の体から、
なおも赤い血が噴出され続ける。




イスカは疲れ果てて・・・・目を閉じた。































「あぐぅ・・・・・ド・・・・畜生がっ!!!!!」

燻(XO)は左手で腹の穴を塞ぐ。
それでも血が外に出たいと喚く。

そしてそれどころではないことを思い出す。

見上げる。

「この世なんて・・・ド畜生だ・・・・」

炎。
ダニエルの炎。
間に合うか?

燻(XO)は、腹部の穴を塞いでいた手を、
たったひとつの手を、
攻撃・・・・いや、防御に回す。

「クソなど・・・・」

天に向ける手。

「喰らってたまるかっ!!!」

展開されるダークパワーホール。
それも、
超ド級、いや、ド級の大きさだ。

星でも展開したような黒い弾。
玉。
否、惑星でも衛星でもなく、ブラックホール。

それに覆いかぶさるように・・・・
炎の天が降り注ぐ。

「ド・・・・・畜生・・・・が・・・・・・・・」

































「・・・・・ふぅ」

ライ=ジェルン。
もとい、
ネオ=ガブリエルは、その手を見る。

タバコが黒コゲになっていた。

「どんな熱量だよ・・・・」

離れたところにいても、タバコが燃え尽きてしまった。
吸えないタバコほど無価値なものはない。
ガブリエルは灰と同意語になった吸殻を投げ捨てた。

「っても跡形もねぇな」

天から、ガブリエルは地を見渡す。

焼け野原だ。
もとよりこれまでの戦いで見る果てもなかったが、
その地面を全て焦がしているかのよう。
地面は真っ黒だった。

「これで生きているはずがない・・・・・がなぁ・・・・」

面倒くさい。
面倒くさい・・・とガブリエルは呟く。

「これでも生きてそうだからイヤになる」

地上はまだ完璧に目視出来るような状態ではないが、
ガブリエルはあえて・・・・ダニエルの方を見る。

あのやかましい放火魔が、地を見たまま黙っている。
顔は笑っているが、
口元を歪めているが、
一言もしゃべらない。

この放火魔ならば、今頃やかましくハシャいでいてもいい。
イカれたように趣味の完了の余韻にハシャいでいる頃だ。
が、
そうでないところを見ると・・・・・


結果は面倒クサイ事この上ないのだろう。
















地には、燻(XO)が居た。
居た。
車椅子も健在だ。
跡形も無い地面の中、それだけが存在していた。

そこら一帯だけ、被害が見受けられない。
それは、
ダークパワーホールが打ち勝ったことを意味する。

炎を、黒い闇が食いつくした事を意味する。
燻(XO)の周りにだけ、炎が落ちなかったことを意味する。

「ウフフ・・・・・」

最低は、なお、笑った。

「俺の・・・・生命力は・・・・・ゴキブリ"以下"・・・・だぜ?」

吐血する最低。
最悪。
頭から血を流し、
首に穴が空き、
片腕を落とし、
腹部からは血が吹き出す。

それでもなお生きている。
あの細い、美しいほどキャシャな体が。

「・・・・・ウフフ・・・・ウヘヘ・・・・は・・・・」

燻(XO)の左腕が、
キラキラと輝く。
綺麗に。

それは氷、氷の結晶で、
アイスランスと呼ぶべきスペル。

それが燻(XO)の手の中に形成されたと思うと、

「俺は・・・・誰よりも人体を理解している・・・・・」

その氷の槍を・・・・

"自らの腹部に突き刺した"

「人が・・・カエルよりもカエルの構造を理解しているように」

イスカに貫かれたその傷。
そこに、自ら氷の槍を突き刺し、
貫き、
"栓"をした。

「人の体など・・・理科の実験レベルだ・・・・」

傷口が凍り付いていく。
そして塞がる。
応急処置とはいえないほどにイカれた方法だ。

剣を貫かれた箇所に、もう一度自分で槍を貫いて栓をするなど。

「死なねぇ死なねぇ・・・・こんなもんで死ぬなら・・・・ハラキリに介錯はいらねぇだろ。
 ・・・・・俺を殺したいなら・・・・・・・・頭を消し飛ばすか・・・・心臓を潰す事だな・・・・」

吐血する。
ハタからみれば、死者とそう変わらない風貌。
それでも生きている。

誰よりもひ弱なその体。
ギルヴァングとはまさに真逆の存在にも関らず、
その生命力は・・・・ギルヴァングと双璧を成すだろう。

「さてさて・・・・・」

口から血を流したまま、
首から血を流したまま、
腕から血を流したまま、
腹から血を流したまま、
クソは"続き"を始める。

「さすがに貧血だ。"カスリ傷"など負うもんじゃぁねぇな」

ギリギリの、その体で、
彼はそう言った。
笑えない冗談だ。

ただの最悪な冗談。それをただ口走っただけだ。
だが、

「・・・・あ?」

言ったと同時に、

「今・・・・俺・・・・なんつった?」

燻(XO)は自らの言葉に首をかしげた。

「カスリ・・・・傷?」

走馬灯ではないが、
頭に過る。

"俺は王になる"
"アインハルト=ディアモンド=ハークスを越えて"
"ロゼ=ルアス"
"王家の血"
"英雄の血"
"アクセル=オーランド"
"エーレン=オーランド"

あの日。
この世で唯一の反逆者であった、
帝王に逆らったあの二人。
あの日、そこに居た燻(XO)が聞いた、アクセルの言葉。

"「アイン・・・・てめぇの弱点・・・・・」"



「そうか・・・・・ははっ・・・・・・・・・・」

紫の長髪を逸らし、
天に向かって、クソ野郎は笑い飛ばした。

「ウフフ・・・・アッハハハハハハハハハ!!!そういうことか!そうか!そうか!
 やはり"血"を求めたのはあながち間違ってはいなかった!
 ならば!ならば!この・・・・・サマドゾ=偽嘘(マコト)にも!王の資格はある!!」

燻(XO)として生きなくても、

「生まれついた時点で!アインっ・・・俺はてめぇより上だっ!!!」

笑い声が響く。
何に気付いたか。
周りにそれを疑問に思うものはいない。

とかく、
現時点、こんな状況に戻ってなお、

燻(XO)への対抗手段が無くなったのだ。

ふりだしではないのに。
もう。

ガブリエルにも、
バンビにも、
マリナにも、
ロッキーにも、
ダニエルにも。

燻(XO)を殺す手段がない。

ダークパワーホール。
その最強の盾であり、
最強の矛であるそれを、
突破すべき術はなくなった。

その術の全てを・・・・・最低は攻略してしまったのだから。

「さて、終らそう。もうこの戦争に価値はない。
 この第二次終焉戦争(S・O・A・D・2)にて・・・
 アインさえも終わり・・・・この俺がっ!!王となるっ!!!」

赤と紫に塗れたクソが笑った。


それと同時に、爆発が起きた。


「・・・・・・・・・・ア・・・・?・・・・・・・・・」

小さな爆発。

燻(XO)が、宙を舞った。


「・・・・・なん・・・・・・・」

ひとしきり宙を舞った後、
気付いた頃には、

「がっ!!」

燻(XO)は地面と衝突した。
背中から落下したため、
その反動で大きく口から吐血した。

「・・・・・・・・・・?・・・・・・」

天を仰ぐ。
何が起こったか分からない。

いや、
"何か起こったら気付く"

ガブリエルの雷も、
バンビの蜃気楼も、
マリナの狙撃も、
ロッキーの魔術も、
ダニエルの炎も。

しかし、

「"この俺"」が気付けないまま、攻撃を喰らっているなんてことは"有り得ない"

体を起こす。
意味が分からないから、
体を起こす。

片腕だけの力で体を起こすのは難しい。
右腕は切り落とされ、
両足は動かないからだ。

無様に、左腕だけで、なんとか体を起こす。
起こすだけに10秒近くの時間を用いた。

「はぁ・・・はぁ・・・・・・・ぁああ!?」

起こした時、目に映ったもの。
それには声を禁じえなかった。


両足の、"ヒザから下が無かった"


「おい・・・・おいおいおい!」

先ほどの爆撃でか。

もとから血液が不足していた上に、
焦げ付いていて出血はしていない。

そんなことは問題ではない。 

両足がない。


カラカラッ・・・・と、近くで車椅子の車輪が回転している。
オジャンだ。


足元、

車椅子と両足を・・・・吹っ飛ばされた。



「芸術は・・・・・爆発だ」


少し離れた場所、
そこに、ボロボロの状態で歩いてくる・・・・天使。

「次は・・・・・・ド真ん中に当てるよ・・・・・」

エクスポ。
雷に撃ち落されたが、
なんとか意識を取り戻したようだった。

「・・・・・・・ド畜生・・・・・ハエのクセに・・・・・」

「・・・・・ボクの爆発は・・・・"座標発火タイプ"なのさ・・・・」

そう、
それは分かっていたからこそ、燻(XO)はまずエクスポを始末した。

「君の近くの空気で・・・爆弾を作る・・・・アハハッ・・・・・フウ=ジェルンになってよかった」

「貴様・・・・」

燻(XO)は左腕を向ける。
ダークパワーホールを放つ構え。
同じく、座標発火タイプ。

ただ、
もとより動かなかったとはいえ、両足が無い。
車椅子も破壊された。

地面に座り込んでいるだけの王。

無様・・・この上ない。

最初は、一歩さえ動かずに皆を相手していたというのに、
今は一歩さえ逃げる事ができない。

無様・・・・この上ない。

「撃ってくるかい?・・・・やってみなよ。ボクはそれより早く撃つ・・・・・
 相打ちの覚悟も出来ている。君はチェックメイトだ・・・・」

ひゅん・・・・ひゅん・・・と、"ハエ"がたかる

エクスポの周りに、
ガブリエル、
バンビ、
ロッキーが飛び回る。

相打ち・・・と称したが、
エクスポには"その場から救ってくれるものがいる"

一方、
燻(XO)は背中にマリナの銃口が向けられる感覚があるだけだ。

「・・・・もう皆疲れたんだ・・・・花火大会はボクで終わりにさせてもらうよ」

エクスポが、ヨロ・・・ヨロ・・・と歩む。
次は外さない・・・と、手を向ける。
爆撃。
それは燻(XO)の居るその場所に直接起こす。
ガードのしようもない。
そして、
爆発自体は、その場の空気を利用しているため、
魔力ではない。
燻(XO)はそれをコントロールすることもできない。

「・・・・チクショウ・・・・・」

「"どうか君に来世などありませんように"」

「ド畜生ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


それは、
燻(XO)が人生で初めて、完全敗北を認めた雄叫びだった。

アインハルトにさえ、いつか上回ってやると決意していた。
負けを受け入れたことなどなかった。

だが、
クソ野郎は、
初めて、
自分が"負け死ぬ"のだと・・・・認めて悔しさに叫んだ。

最低のクソ野郎に、
奇跡など起こらない。

何故なら、
燻(XO)に仲間と呼べる者などいないからだ。

その叫び声は、虚しく響き渡り、
クソ野郎自身も、叫ぶしかもうなくて・・・・・

"それ"を聞き逃した。



























「だだだだだだだ大丈夫ですか?」

燻(XO)はやっと我に帰る。

「・・・・・・?」

なんだ。
何も変わらない風景。
戦争の風景だ。

なんでだ?
俺は・・・・・死んだんじゃなかったのか?

「・・・・ばばばばば爆撃はははは・・・え・・・えと・・・外れました!大丈夫です!」

なんだ・・・
あ?
誰だこいつ?

「くくくく燻(XO)隊長!ぼぼぼ僕を一人にしないでください!
 僕は誰か・・・えっと・・・誰かに助けてもらわなきゃ生きていけない!
 やだやだやだやだ・・・・・僕が自分で何かするなんて絶対やだやだやだやだ・・・・」

あぁ・・・・
こいつは・・・・

「ソラ・・・・・シシドウか・・・・・」

「そそそそそうです・・・もう怖くて怖くて・・・とにかく隊長を探してました・・・・・
 もうだって・・・やだもん・・・・・なんで僕が率先して動かなきゃいけないんだ・・・
 あっいや!責任感がないとかじゃないですけど!でも責任とかやだし・・・
 死にたくないし・・・・できればそりゃぁ隊長とかに助けてもらった方が・・・・」

ソラの。
ソラ=シシドウ。
シド=シシドウを除けば、
53部隊(ジョーカーズ)。最後の生き残り。

そうか。
私用で頭になかった。
部隊長。
そんな役割もあったか。

ということは・・・・

「お前・・・・・・」

燻(XO)は見渡す。

そこには、動きが不審なエクスポがいた。
目測が出来ていない。
思考が定かでない。

ロッキーも、
ガブリエルも、
バンビもだ。

一言いってしまえば、混乱している。

「コンフュージョンを・・・」

混乱スペル。
無差別コンフュージョン。
ソラ=シシドウの能力。

自分は聞き逃したが、
辺り一帯、かなりの範囲にそれが広がっている。

「ぜぜぜ全力でやりました」

上を見上げれば、
ダニエルが大声で笑いながら飛び回っている。

もとからイカれているとはいっても、
油を注いだように楽しそうだ。
目測がこちらに向いていない。

「ウフフ・・・・」

燻(XO)は笑った。

「アッハッハハ!アヒャヒャヒャヒャ!ウフフ・・・・・ナハハハハハハハハハハハ!!!!」

可笑しい。
可笑しくて狂いそうだ。

何の冗談だコレは。

神は馬鹿なのか?
理はイカれているのか?

「このっ!このクソであるこの俺に!こんな奇跡が起こりようとはなぁ!!!
 ウフフ・・・・この世はうまくできているっ!できているぞアインッ!!
 今っ!俺が生かされたのはっ!世界が俺に"王になれ"と言っている必然だ!!!」

両足も、
片手も無いまま、
地面に座り込んだまま、

混乱した世界の中で燻(XO)は笑った。

世界には正しい道などない。

追い詰め、
ゴキブリ以下のゲロ以下の存在を、
追い詰め、
追い詰め、
追い詰めたあげく・・・・この末路だ。

「よくやった!ウフフ・・・ソラっ!貴様こそ最悪のド畜生だ!」

「え・・・えへへ・・・・褒めないでくださいよ隊長・・・・・・
 べべべ別に隊長のためでもなんでもないんですから・・・
 ぼぼぼぼぼ僕生きたいだけなんで・・・・僕が生き延びれればそれでいいんで・・・・・」

ドサリ・・・・と、
ソラ=シシドウは、燻(XO)の横に倒れた。

全然興味がなくて気付かなかったが、
傷だらけだ。

いや、致命傷だらけだ。
情けないことに、
背中傷だらけだ。

「・・・・あの・・・・ぼぼぼぼ僕・・・ガルーダさんと同じで非戦闘員なもんで・・・・
 逃げ回ってたんですけど・・・・・こここ・・・こんなになっちゃって・・・・
 ででででもぼぼぼぼぼ僕を助けてくれるような人いなくて・・・・」

暗躍の部隊ゆえに、
ソラの存在を知るものなど希少である。
死骸の騎士団にとっては、生身のソラ=シシドウが味方とも思わないだろう。

「傷・・・治してくれる人いなくて・・・でも誰かに頼らないと・・・・
 だだだだだって、ぼぼぼ僕は頑張ってるんだから誰かが助けてくれるのは当然じゃないですか・・・
 誰が死んだっていいけどぼぼぼ僕は死にたくないんだから・・・誰か助けてくれないと・・・・」

ソラは、燻(XO)に手を伸ばす。

「隊長は・・・たたたた隊長なんだから・・・部下の僕をたたた助けるのは当然ですよね?
 当たり前ですよね?死にたくないんだから。ぼぼぼ僕だって隊長を助けた。
 ほら、混乱で同士討ちが始まってる・・・皆死んでる・・・どうでもいいけど・・・・
 ぼぼぼぼぼぼ僕は死にたくない。・・・・たたたた隊長・・・・・たたた助け・・・・・」

「ふぅ」

燻(XO)はため息をついた。

「知るか」

ソラは固まり、血をコポリと垂らした。
その間の後、
わめいた。

「・・・・なななな何言ってるんですか!たたたた隊長でしょう!部下の僕は困ってるでしょ!
 たたた助けろよ!あはっ・・・はは!ぼぼ僕は命の恩人だぞ!かかか感謝しろ!ほほほら!
 ぶぶぶ部隊長だろ!こここ困ってる僕がいたらたたた助けろ!僕は死にたくないんだ!
 僕が死にたくないんだからお前が助ける!当然だろ!僕は死にたくないんだから!」

「・・・・・俺は自分の事を最低最悪のクソの称しているが、ソラ。
 貴様は本当、"最も悪い"・・・最悪な性格してやがるぜ」

「いいいいやあああだああああああししししし死にたくない!
 僕が死ぬくらいなら世界の皆一緒に死んじゃえばいいいいいいんだああああ
 っややややだ!でもぼぼ僕は死にたくない!なんで僕が死ななきゃいけないんだ!
 ぼぼぼぼ僕のせいで何人死んだかなんて知らないけど、それと僕の命は関係ないじゃないか!
 たたたたた助けろ!助けろ!義務だ!助けろ!責務だ!僕を助けるのは!
 僕は死にたくないんだ!ぼぼぼぼ僕だけは死んじゃいけないだろ!だって・・・・・」

ゴポリ・・・・と、薄汚い血が、
ソラの口から零れた。

「僕が・・・こま・・・る・・・・・・・・」

そして、力尽きた。

「・・・・・・」

それを横で見ていた燻(XO)は、
同じ最悪といえど、何も思わないではない。

「・・・・無様だ」

クソのようだ。
他から見れば、自分も似たようなものだろう。

「違うね」

燻(XO)は自らの口の血をふき取る。
すでに血だらけの顔が、さらに汚れただけだったが。

「俺は・・・自分のクソっぷりを誇りに思っている。クソにはクソの誇りがある。さてと・・・・」

ここからどうしようか。
一度戻ろう。

にしてもこのザマだ。
もう自分の力では這って動くこともままならない。

・・・・・誰に連絡しようか。
本当はピルゲンのクソに連絡をしたいところだ。
だが、
アレはアインハルトと繋がっている。

最悪、このザマでは斬り捨てられる可能性がある。

「ディエゴだ。使えるものは使っておかないと」

アレは俺がなんであろうと、"仲間"は助けるタイプの人間だ。
あいつを使い、一度帰還しよう。

「王になるために仕切り直しだ。コンフュージョンはもうしばらく続くだろう。
 ゆっくり救助を待つとするかね。・・・・あぁ、畜生・・・生身の女は騎士団にいねぇんだったな。
 それじゃぁ救助隊に"ご褒美"をくれてやることもできねぇじゃねぇか」

ウフフ・・・と笑い、
混乱する戦場の中、
両足片手の無い燻(XO)は、座り込んだままだった。

何か・・・"眠くなってきた"

ダルい。

今この場に鏡でもあれば、
燻(XO)は、
自分の顔色が髪と同じ"紫"に染まっていることに気付いただろう。
血の気もなく、
表情に湿度もなく、
やつれ果てた自分の状態に気付くだろう。

そのまま目を閉じれば・・・・・そのまま目を開けることもないことも。










じゃりっ・・・・










それは小さな音だった。
小さな足音だった。

だけど、
この五月蝿い戦場の中で、
何故か、
燻(XO)はそれを聞き逃さなかった。

「・・・・そろそろ休みたいんだが?」

燻(XO)は片腕を広げる。
だが、
その足音はさらに歩を進める。

「おかまいなし・・・・か・・・・そりゃそうだ。そりゃそうだわなぁ・・・・
 ま、女の方から寝かせてくれないなんて男みょうりに尽きるが、
 残念、ウフフ・・・・俺は"寝かしつける"方が楽しみでね」

「・・・・・・・奇遇だな」

彼女は、
歩を止めず、答える。

「・・・・・・拙者の目的もそうだ」

イスカは、フラ・・・フラ・・・と、
残る右腕で、刀を引きずりながら、
歩を進めた。

「・・・・一応きいておこう。なんでコンフュージョンが効いていない。
 たまたまソラが発動した時に気でも失っていたか?」

「そうだ。・・・・・といいたいところだが、タイミング悪く意識は戻っていた」

「ならなんでだ」

「一度暴走した。その時も暴走していた故、既に混乱していた故、
 コンフュージョンにかからなかった。耐性でもついたのだろう」

それは・・・
それはイスカがただ思いついただけの理由だった。
本当の理由は・・・・・

"ただ、意識をハッキリともっていたが故"だった。

もう、何一つ迷わない。
誰一人到達できなかった境地・・・いや、"極地"に辿り着いた故だった。

「終わりにしよう。もう・・・・本当に・・・・」

イスカは、足を止めた。
"その距離"に入ったからだ。

引きずっていた剣を・・・・腰の鞘に収める。

「だから・・・・この一撃で決めよう・・・・・」

腰を落とす。
右手を、左腰の鞘に添える。
抜刀の構え。
抜刀術。

「今から・・・・お前に"カミカゼ"が吹き抜ける」

カミカゼ。
イスカの技で云うところの・・・・"サベージバッシュ"

瞬時に相手に詰め寄り、
刹那、
斬り捨てる・・・・

イスカの中の最高の技。

「ウフフ・・・・・通用しなかったのを覚えてないのか?」

「今のお主の体力で、同じ事が出来るか?・・・・否」

もう、同じ鉄は踏まない。
イスカの集中力は、
これまでに無いほど研ぎ澄まされていた。

剣聖。


「皮肉だな」

「・・・・ぁあ?」

「カミカゼという言葉・・・・和の国では"吹き抜けて終わり"・・・・という意味だ」

「ほぉ。・・・・自殺志願とでも言い換えるか?」

「いや、」

やけに、静かだ。

「この風に乗り、渡り鳥は今一度空へ羽ばたくとする」

「そうかい。俺はそんな鳥を地面に張り付けにして弄るのが最高に好きだ!」

戦場のクライマックスの一場面としては、
それは、
あまりにも華がなかった。

片方は、隻腕の剣士。
歩いているのが不思議なほどに疲弊し、
はたから見れば、
立ったまま死んでいるようにしか見えない。
それはあまりにも静かで、
静か過ぎて、
存在が無いかのようにさえ感じる。

片方は、隻腕の魔術師。
隻腕どころか、
頭、体、ノド、身体中穴だらけで、
両足さえない。
血みどろなのに血色も無い。
ミイラのようだ。
死体のほうがまだマシだ。


燻(XO)は片腕をあげる。

ダークパワーホール。
この場面で、
この展開で、
もはや他の魔術を使う必要もないだろう。

終わりにする。
それだけが目的なのだから。

そしてイスカは微動だにしない。
決意が決まっている。
覚悟が決まっている。

今から何が起ころうと、
どうなろうと、
イスカの次の行動が変わることなどないだろう。

サベージバッシュ。
それは目にも留まらない速さで移動し、斬る。
KILL。
が、
飛ぶコースの分かりきった鳥を捕獲するのは容易い。

キャッチャーはミットを構えていればいいのだ。

それでも、
それでもイスカの決意は変わらないだろう。
覚悟は変わらないだろう。

それでもサベージバッシュだ。
なけなしの体力での、カミカゼ(特攻)だ。

シシドウを捨てた者と、
シシドウを飼う者。

高みを目指す、地を這ったもの。
高みに到達しているのに、地を好んだもの。

空を目指す蛇と、
地を好む悪魔。

いや、

殺人鬼シシドウを捨て、
人斬り大蛇も捨てた。

鬼が出るか蛇が出るかと問われても、
鬼も蛇も捨て置いたのだ。

なのに、

「拙者は・・・・守るために剣を捨てなかった」

守るために生きるのに、
盾をとらなかった。
剣を捨てなかった。


「この矛盾に後悔はない」


不器用なものだ。


「拙者・・・・・大空を知らずとも・・・・」




愛は知っている




イスカは、
足を踏み出した。


「Fxxk you(クソでも喰らいなド畜生が)!!!!」


その一瞬、イスカが足を踏み出す動作が開始した時点で、
燻(XO)は超反応し、
ダークパワーホールを展開を開始した。

その反応速度は0.1秒を切っていた。
スポーツであれば、
人間の反応速度外とみなされ、フライングの処罰を受ける反応速度。

人を凌駕した天才。

が、
イスカは反応されようが、されまいが、
真っ直ぐ踏み出すだけだ。

0.2秒時点、
イスカの体が加速する。
鳥は速度をあげる。

イスカの決意は、"相手を上回る決意"だ。

ダークパワーホールを展開するということは、
以前のように、
燻(XO)が才能のみでイスカを止める行動が出来ないということ。

今のダメージでは、
ダークパワーホールを使わなければ、
イスカを止められないという判断だったのだろう。

0.3秒を経過した時点で、
燻(XO)の腕が発動の動作をした。

この時点で、
既に勝敗は決していた。

イスカがサベージバッシュにて、
カミカゼにて燻(XO)に到達するのは・・・・・・・

1秒とかからない。

残り0.7秒で、ダークパワーホールが展開し切る事などないのだ。


シシドウ=イスカは、
ダークパワーホールの完成よりも先に、
燻(XO)を切り伏せる事が出来る。



0.5秒

距離にして中間地点、


突如、
イスカの視界が横に360度回転した。


サベージバッシュは失速した。

360度を越えても、まだ、回転している。

何故か・・・は視界に映った。

ダークパワーホール。
小径のダークパワーホールだ。

そして、





自分の・・・・"左足が無い"






"アスガルドの神話を知っているか"
"オーディンの話は"
"アインの奴にも説いてやりたい"
"人は成長する"


燻(XO)が叫んでいるのが耳に入った。


酷い話だ。
目算は崩れた。

ここに来て、
クソ野郎は成長した。

速射できる小径のダークパワーホール。

小径だからなんだ。
全てを飲み込む闇の渦。
ブラックホール。

座標発火のそれを、
0.5秒で完了する。


そんなものは避けようがない。
チートだ。



・・・・左足を食われた。


イスカは、失速しながらも、
自らのサベージバッシュの勢いを少々残しながら、
宙を舞っていた。


最後のサベージバッシュを止められた。

終った。
きりもみ状態で、360度回転する視界。


"否"


イスカは叫んだ。

右足だけで着地した。

着地は当然うまくいかなかった。

左足、左手、
左半身を失うのは生まれて始めてだ。
是非とも、皆はどうやって着地しているのか参考に聞かせて欲しい。

剣を地面に突き刺し、
無理矢理着地した。

否や、
間を置かず、
右足に力を込めて踏み切る。
二度目のカミカゼ(サベージバッシュ)。

片足に力を込めすぎて、
失ってばかりの左足から勢いよく血が噴出した。


今更血など惜しくも無い故、
それは気にならなかったし、
気付かなかった。


その0.1秒後、

踏み出した空中で、



腹部に違和感を感じた。




予想をあまりに違(たが)わず、
予想通り、小径の黒い球体。


ダークパワーホールが、右脇腹を食い千切っていた。


そんなこと、覚悟していた。
この二度目の踏み出し、

どうなろうと燻(XO)に到達してやろうという意志で踏み出した。

腹の一つや二つ、くれてやる。


そう思った矢先、





右足が消し飛んだ。




"嗚呼・・・"

と、
さすがに声を漏らした。

漏らしながらも、
イスカは右腕に力を込めた。


両足などもう必要ない。


もう、空に飛び立った後なのだから。

足の役目は、もう終ったのだから。


このまま、この勢いを殺さぬまま、
ただ、モノのように吹っ飛びながら、


斬り捨てる。


右腕の刀を、強く、強く握り締めた。

上半身だけでいい。
そして、
この刀があればいい。

この刀を、ただ、一振り、


それさえ出来れば・・・・・それで・・・・・・










右腕が食われた。






闇に喰われた。

空中にて、四肢が全滅した。

シシドウ=イスカは、
ただ、頭と胴体だけのモノと化し、
空中を舞った。

・・・・・刀を失った。



終った。



届かなかった。

































         「アスカ」

なんですか?なんですか?父上

         「お前はまだ幼いが聞いておきたい」

なんですか?なんですか?父上

         「お前には飛鳥(アスカ)と名付けたが・・・・」

はい

         「お前は、空を飛びたいか?」

飛びたい!飛びたい!

         「ははっ、元気だな」

お空を飛んでみたい!

         「だが、我が家系は縛られた輪廻の家系だ。飛ぶことは適わない」

えー、父上が聞いてきたのに

         「あぁ、だが、それでも飛びたいか?」

飛びたいって言ってるのに!

         「飛べないと分かっても、なお、飛びたいか?」

飛べないから、飛びたいの

         「面白い答えだ。しかし真理だな」

難しいことはわかんない

         「なら、お前は"覚悟"があるか?」

覚悟?

         「飛びたい・・・・・覚悟だ」

よくわかんない

         「飛ぶための覚悟だ」

だからよくわかんない

         「例えば、」

うん

         「飛べるとしたら、両腕を失ってもいいか?」

えーー

         「どうだ」

おててが無くなるのはイヤだ

         「そうか」

おててがあるまま飛びたい

         「わがままだな」

どうにかならないの?

         「さぁ。ただの例え話だからな」

んー?

         「しかしな、アスカ」

うん

         「今のお前じゃぁ、まだ飛べないな」

えー

         「覚悟がない」

飛びたい!飛びたい!

         「じゃぁもう一度だけ聞く」

うん

         「両腕を失う覚悟はあるか?」

・・・・・やだ

         「よく聞けアスカ」

うん


         「鳥達はその取引に応じたのだ。空を飛ぶとはそういうことだ」























「父上、今、その覚悟は出来ている」




イスカは口を開いた。

四肢を失った。
ただ、
空中を彷徨うだけの頭と胴体を繋いだもの。

しかし、
イスカの視界。
目の前。

そこに同時に舞っていたものは、


自分の刀。


自ら尊敬に値する。

腕を分断されても、
空中を舞っていた右腕は刀を握ったまま離していない。


吸い寄せられるかのようだった。

イスカは、口で、刀を咥えた。
刃を咥えた。

そしてそのまま・・・・

ただ物理の法則に従ったまま、

刃を咥えた、四肢の無い剣士は、

空中を彷徨い・・・・






燻(XO)の心臓を貫いた。





















「おい、待て、今どうなった?」


真っ黒な空間の中、
紫のクソ野郎は困惑する。


「ここはどこだ?何も無い。俺はどうなった?」


何も見えない。
上も下も左も右も、真っ暗だ。
真っ黒だ。


「俺は・・・・どこだ?」


手が無い。
足が無い。
胴も無い。
・・・・・顔も無い。


「・・・・・・あれ?」


なのに、突如急降下していく感覚だけがある。
落ちていく。
どこかに落ちていく。


「おい!待て!そうだ!俺はさっきまで戦って・・・・」


落下していく。
暗闇の中で落下していく。


「そうだ・・・・あのビッチに・・・・刺され・・・・」


それを思い出した瞬間、
地面に直撃した。
暗い暗い、闇の中で、
黒い地面に衝突した。


「あ・・・・」


急に、自分の体が見えるようになった。

手が無い。足が無い。胴も無い。顔も無い。
・・・・・と思っていたが、
全てある。ちゃんとある。


「・・・・なんだ。死んでねぇじゃねぇか。ウフフ・・・・・・そうだ。俺が死ぬわけがない」


お主は死んだ

ふっ・・・・と、暗闇の中に、
女の侍が現れた。
顔が見えない。
けど、"あの"女侍に違いない。


「・・・・・なぁにが死んだだ。この俺が死ぬわけ・・・・」


女の侍は、
コツ、コツ、と暗闇の中を歩んでくる。
カリッ、カリッ、と刀を引きずって歩いていく。


「・・・・・おい、なんだ・・・てめ・・・・・・」


ドスン、と、
その女の侍は、
クソ野郎の胸に、
心臓に、
刀を突き刺した。


「・・・ぐぁ!・・・・だ・・・・・・」


痛み。
猛烈な痛み。
感じたこともないような、
張り裂けるような、


「あぁ・・・・ああああああああああああああ!!」


動けない。
刀で地面に張り付けにされた。
この暗闇で、
この黒い地面に。


お主は死んだ


ふっ・・・と、暗闇の中に、
女の侍は消え去った。


「あぁ・・・・ああああ!あぁぁぁあああああ!!!」


手を伸ばす。
何も無い黒の世界。
何も掴めない。
女の侍が消えても、刀は消えない。
痛みは消えない。
苦しみは消えない。


「・・・・ぐぁぁ・・・あ・・・・・そうか・・・・」


真っ暗な世界を手が彷徨う。


「俺は・・・・死んだのか・・・・・」


クソ野郎は、死を受け入れた。

受け入れても、
気絶しそうなほどの痛みは消えない。
だが、気絶さえできない。

代わりに・・・・


「・・・・・・ウフ・・・・・ウフフ・・・・・・・・・」


この真っ暗な世界に、幾多の人間がボォ・・・と浮かび上がった。
どの人間も、
血塗れで、
苦しそうで、
そして、
恨めしそうで、
怨めしそうで、


「ウフフ・・・・フフフフ・・・・・」


十人。
百人。
いや、千を越える・・・・血塗れの人間。
それが、
暗闇の中、
ある者はヨロヨロと歩み、
ある者は転び、
ある者は這いながら、
ゆっくり・・・ゆっくりと・・・・・・・近づいてくる。
クソ野郎へと。


「これが・・・・・俺の"罰"・・・か・・・・・」


黒い世界。
暗闇。
近づいてくる。
クソ野郎が生涯・・・・・"与えてきた死"達が。


「アヒャ・・・・アッハッハッハッハッハ!!!!」


近づいてくる。
手を伸ばしてくる。
幾千の、命を奪ってきた者達が。


「いいだろう!受け入れてやる!」


紫の最悪は、笑う。


「誰が泣き叫んでやるか!俺は!俺の思うまま!最悪を生きた!
 後悔も無い!後ろめたくも無い!ただ欲望のまま!最低に生きた!」


一人目の死者の伸ばした手が、
クソ野郎の足を掴んだ。


「離せ!!!・・・・・・・とも言わない!受け入れよう!ウフフ・・・・・」

足を掴まれた。
引っ張られる。
その腕力・・・・有り得ない・・・・ミシミシと、足の付け根に痛みが走る。


「かっ・・・・・がっ・・・・・く・・・・・」


痛みは麻痺しない。
ハッキリしている。
ただ、
生身の足が引っ張られ、引っ張られ、
"千切れるほど"に引っ張られ、


「・・・・かっ・・・・・・があああ!・・・あああがあああああああ!!!」


ブチブチブチっ・・・・という音と共に、
足を千切れられた。
直接、生身で千切られた。
その痛みといえば・・・・・想像を絶する。
想像を絶する痛みを・・・リアルに体感する。


「・・・・あ・・・・・ウフフ・・・・・・おい・・・・・どうした・・・・こんなもんか・・・・・」


痛みは消えない。
むしろ、
千切られた足にさえ感覚が残っている。
痛い。
痛い。
痛い・・・が・・・・


「・・・・ほれ!こいよ!・・・この俺をもっと殺せ!まだまだまだまだ!殺し足りねぇぞ!
 この・・・・この俺が!この俺が与えてきた死は!こんなもんじゃぁねぇだろ!!」


気付けば、
自分の周り全てを、死者が囲んでいた。
覆いかぶさっていた。


「ウフ・・・アハハハハハ!!!」


一斉に・・・手が伸びる。
クソ野郎の体に、幾多の手が伸びる。

手を掴まれる。
足を掴まれる。
指を掴まれる。
耳を掴まれる。
皮膚を掴まれる。


「・・・あへぁ・・・・・が・・・・・あぎゃ!がががががががが!!!」


引っ張られる。
引っ張られる。
痛み。
痛み。

手が千切れる。
足が千切れる。

血が吹き出る。
吹き出ても吹き出ても止まらない。

千切られた手に、
さらに幾多の手が伸びるのを感じる。
さらに引っ張られるのを感じる。

千切られた足に、
さらに幾多の手が伸びるのを感じる。
さらに引っ張られるのを感じる。


全身を千切られて、千切られて、
さらに千切られた体にさえ痛覚が残る。


「・・・・・・あ・・・が・・・・ごぉおおお!!・・・・ぐっ・・・・・・ウフ・・・・フ・・・・・」


あ、
今、
右足の人差し指を千切られた。

あ、
今、
さらにその爪を剥がされた。

あ、
今、
皮膚を千切られた。

その全ての痛みが、
全て、
全て、
伝わる。


「・・・フ・・・・・ウフ・・・・が・・・・・そんな・・・・・取り合うなよ・・・・・」


指が二本、
クソ野郎の顔に伸びる。
左目に伸びる。

差し込まれる。

引っ張られる。

目の玉を、引っ張られる。

手が一本、
クソ野郎の顔に伸びる。
口に突っ込まれる。

舌を掴まれる。

引っ張られる。


「・・・・・・・・・・あ・・・・・・・ウフ・・・・・ぁ・・・・・フ・・・・・・・」


千切られ、
千切れたソレを、さらに千切られ、
それをさらに千切られ、
それをさらに千切られ、

幾千の痛みが同時に、クソに"帰ってくる"


「・・・・・ゥフ・・・・・・・・・ゥ・・・・・」


これが、"俺のやってきたことだ"
素晴らしい。
素晴らしいとしか言いようが無い。
いやいや、
いやいや、
まだだ、
俺はこんなもんじゃない。
まだ足りないだろ。

もっとやれ。
もっとやれ。

これが俺の生だ。


「・・・・・・ゥ・・・・・・・・・・・・・・・・」


どうせ、
もともと、
生きながらにして地獄より下まで堕ちていた。

"俺の罰は俺にしか測れない至高のものだ"

チリジリになった全身に痛み。
痛み。
痛み。
痛み。


「・・・・・・・・・・・・・・」


・・・

ウフフ、

さて、

次の人生はどうしてやろうか。



・・・・・

そうだな。


もっともっと・・・・・クソのクソに・・・・・


なろう・・・・・













次は・・・・・・・・・・・













ゴキブリに生まれますように・・・・・・・・・

















ウフフ・・・・・・・・・・・





































「パパが・・・・・」

城内。
シドとアヒル。
死の預言者と、
殺の阿修羅。

ただただ、意味もなく、
興味もなく、
敵も味方もなく、
ただひたすら無意味に、
近場の者を殺していく最中、

アヒルが立ち止まり、
久しぶりに口を開いた?

「ん?どうしたんだアヒル」

「パパが・・・・・・」

ボロボロと、突然に大粒の涙が零れ始めた。

「え?え?ちょ、ちょっと・・・・」

シドはどうしたらいいのかと、
オロオロと動揺したが、
歯止めもきかず、アヒルという少女から水分が溢れる。

ビー玉のような大粒の涙がみずみずしく、
アヒルという少女の目から零れて止まらず、
そしてそれはドシャぶりになった。

「パパがぁ・・・・・死んだぁ・・・・」

「へ?」

少女は無く。
わんわんと、
親とはぐれた子供のように、
その場にへたりこみ、
わんわんと泣く。

「パパって・・・・燻(XO)隊長が?」

そんな馬鹿なと思う。
あれは変態で、
あれは最悪で、
あれは最低の存在だったが、

だからこそ理不尽に、元凶のように存在していた。

死ぬ・・・というのが想像できない。

そう、何もかもを殺してきた殺人鬼であるところのシドにとっても、
何もかもを殺せるシドであっても、
あの男を目の前にして、
アレが死ぬとは想像も出来なかったからだ。

「ど、どういうことだ?誰かが殺したのか!?
 っていうかなんでアヒルはそれが分かるんだよ!」

わんわんと泣くばかり。
耳に痛い。
警報機のように五月蝿かったが、
今更それで死と殺のコンビに群がってくる敵も少ないのは幸いだった。
敵の方が。

「あたしはぁ・・・わたしはぁ・・・・パパしか知らないからぁ・・・・」

理由になっていないが、
疑うにしても、何故か説得力があった。

「そうか・・・・」

納得はしたが、
それでもシドは、
燻(XO)という存在が死ぬわけがないと、
ただ、まだ実感はなかった。

ただし、
燻(XO)が死んだ事自体には何も感じない。
ナチュラル・ボーン・キラーは、死を否定しない。
人は死ぬのが当然であり、
そこに感情は生まれない。

シドという殺人鬼は、やはり、
他人の死について疎い・・・というか欠如している。
欠陥製品だ。

「ま、死んじゃったものは死んじゃったものとして・・・
 うーん・・・・今更だけど、これで僕を縛るものは無くなっちゃったな」

既に、任務なんて遂行しているとも思えなかったが、
シド=シシドウという存在の行動意義は、
ここで完全に消滅した。

懐にある、ロゼ=ルアスのミイラの手も、
つまり、王家の血も、
引き渡す相手がいなくなったわけで。

「王女様の手なんてもうお荷物にしかならないな。臭いし」


「何の手とおっしゃりましたか?」


不意に、
シドでさえ気付けない背後から声。

「え?」

疑問を浮かべたシドは、
頭の回転よりも先に、無意識に背後を切り裂いていた。
あまりに自然に、
考えもせず、
息をするように、
殺人行動に出てしまう。

だが、そこには闇があるだけで、
シドのトランプは空を斬った。

「王女の手・・・・とおっしゃりましたか」

別のところに闇が現れ、
そして紳士、
漆黒の紳士・・・ピルゲンは、
自分のヒゲを整えながら、静かにそう言った。

「誰だてめぇ」

「おやおや、少し哀しいものです。まぁ私、ピルゲンの名などどうでもいいことですが、
 それでも暗部とはいえ、帝国でそれなりの地位にシド殿が、
 ディアモンド様の側近の名を知らないのはどうでございましょう」

ピルゲンは首を振る。

「帝王であるディアモンド様を侮辱しているようにもとれます」

「ん〜。それは悪かったね。僕はあんまりフレンドリーシップがわかんなくて」

「悪気がなかったのならそれでいいでしょう」

ピルゲンはピンッ・・・とヒゲを跳ねて笑った。
アヒルの泣き声が五月蝿いが、
それに目くじらを立てる様子もない。
というか興味もないようだ。

「それで、王女の手とは・・・つまり、"ロゼ=ルアスの手"という意味にございますか?」

「・・・・まぁ、そーゆーことなんじゃないの?」

「おやおや」

ピルゲンは困った顔をした。

「私も"あの女"の正体に感づいたのはつい最近だというのに。
 燻(XO)殿はやはりなかなか侮れませんね。
 しかし、"王女ロゼ=ルアスはディアモンド様の横に居る"」

人差し指を軽く、シドの方に向けた。
雑学でも公開するくらいの軽さで。

「それがロゼ=ルアスの手であるわけがないのでございます」

「そんなの知らないぜ?どーでもいいよ。ただ隊長のおつかいをしてきただけだから」

「"燻(XO)殿のおつかい"」

反復するように、
ピルゲンは唱える。

「私(わたくし)はそれを調べるためにここに参上したのでございます」

その言葉は力があった。
つまりそれは、
アインハルト=ディアモンド=ハークスに関るからこその行動。
ピルゲンにとってはそういうことだ。

「持ち場が手薄になったため、少し調べるために伺ってみれば。
 はてはて、興味深い。燻(XO)殿は何を掴んでいたか・・・・」

その時のピルゲンの表情は、少し、歪んでいた。
笑み・・・ではない。
悔しさに近い顔だった。

燻(XO)が、自分よりアインハルトの"何か"を掴んでいた。
それがあまりに腹立たしいのだろう。

「シド殿。説明願いましょう。これは命令でございます」

「・・・・そんな顔しなくても、別に聞かれて隠すことなんてねーよ」

「それは燻(XO)殿の私室から持ち出したものでございましょうか?」

「そうだよ」

「何故、それが王女ロゼ=ルアスの手だと?」

「・・・・書いてあったよ。飾ってあって、その名前が書いてあった」

ピルゲンはヒゲを撫でる。

「そうでございますか。名が示してあった程度ならば、偽者の可能性の方が高いですね。
 本物の王女ロゼは、しっかりと、王座に生きて存在しているのでございますから」

「ま、そうかもね。僕にはどうでもいーな」

「ふむ。それで、燻(XO)殿の私室には他に何かございましたか?」

「えーと・・・・男女のミイラかな」

「それはオーランド夫妻のでございますね。それは聞き及んでおります。他には?」

「えー・・・暗かったしなぁ・・・自分で見に行けばいーじゃん。
 隊長死んじゃったらしいし、怒る人もいないよ?」

「燻(XO)殿が・・・死んだ?」

ピルゲンは首を捻った。
当然だ。
燻(XO)が死んだその瞬間から、
まだわずかという時間しか過ぎ去っていない。

燻(XO)が死んだ直後にシド達と会ったピルゲンが、
それを死ぬ由はない。

「真偽は知りませんが、その情報はどこから?」

「アヒルがそう言ってた」

「アヒル?」

「そこで泣いてる子。僕のフレンド」

そこでやっと、
ピルゲンはその女の子に興味を向けた。
というより、
初めてその子を見た。

・・・・アヒルとはよく言ったものだ。
まさに醜いアヒルの子だ。

ボロボロのシーツを身に包んでいるだけで、
他には何も身につけていない。
体中汚れていて、
戦のにおいで隠れていたが・・・・少々臭う。

「そういえば、アヒルも燻(XO)隊長が連れて来いって・・・・」


「!?」


ピルゲンの様子が変わった。
瞳孔が開いている。
目が丸く丸く、
今までの落ち着いた様子から一変してだ。

「・・・・・・シド殿」

「な、なに?」

「この娘も燻(XO)殿の私室から連れてきたのでございますか?」

「そ、そー言ってんじゃん・・・・」


ギリギリッ・・・・と、
ピルゲンの歯が軋む。
紳士・・・という呼び名はもう当てはまらない。
それほどにピルゲンの様子がおかしかった。

「あの変態め・・・・本当に下卑た男だ・・・・こんな隠し玉を・・・・
 ・・・・・間違いなく・・・・ディアモンド様への反逆を目論んで・・・・・・」

風。
それが動いた。

アヒルを見て、何かに感づき、昂ぶるピルゲン
それは隙だっただろう。
ピルゲンという男にはあるまじき、
長く敵対してきたアレックス達も見ていない、
本当に希少なる隙だっただろう。

風が動いたように、
それは、
アヒルは動いた。

「・・・・・なっ・・・・」

アヒルの両の手のエッジ。
それが・・・・ピルゲンの腹部に食い込んだ。

「この・・・・・女・・・・・」

何故、
何故いきなり攻撃してきた。
そんな疑問。
そして、隙をつかれたとはいえ、
ピルゲンという男でさえ反応できなかった運動能力。

・・・・隠し玉。

アヒルは、
ピルゲンの腹部にエッジを食い込ませたまま、
呟く。

「今・・・・パパの悪口を言ったな・・・・」

「くっ・・・・」

ピルゲンが闇に包まれる。
そして、
闇と共に・・・・消え去る。


それらは一瞬の出来事だった。

シドからすれば、
突然ピルゲンが驚き、
そして、
突然アヒルが飛び掛り、
そして、
突然ピルゲンが被弾し、
そして、
突然ピルゲンが逃げ去った。




シドにはどーだっていい事だ。
戦争も、勝敗も。
無関心の無関係。

燻(XO)がいなくなり、
53部隊さえもうシドのみとなったのだから、
もう、ただの個人であり、
無関係な殺人鬼でしかなかった。
・・・のだが、


アヒルという存在のせいで、
もう少しだけ巻き込まれる事だけは分かった。


今のところ・・・・それ自体もどうでもいいことではあったのだが、















































「燻(XO)部隊長が死んだそうだ」

ユベンはWISオーブをしまう。
その連絡については、メリーから受け取った。
もちろん、話す事の出来ないメリーは、
メモ箱によっての連絡だったが。

「うん。僕のWISオーブにも連絡きたよ。
 ソラ=シシドウも死んだってね。53はほぼ壊滅といっていいね」

ミヤヴィが答える。

「でもまさか絶騎将軍(ジャガーノート)を二人倒しちゃうとはね。
 いいリズムだと思う。いいリズム過ぎるね。フォルテッシモさ。
 想像以上の戦果だよ。立場的には複雑だけどさ」

あくまで、
一時的に帝国に反しているだけの44部隊にとって、
燻(XO)の死は、
大きなプラスなのか、
大きなマイナスなのか、
判断の難しいところだ。

「気にしなくていい」

ユベンは静かに答える。

「53部隊(ジョーカーズ)は王国騎士団の時は暗部。存在も知らされていなかった。
 つまり・・・いいか?俺達は帝国騎士団ではない。44部隊は"王国騎士団だ"。
 知らぬものが死んだ。ただそれだけだ。仲間意識を持てという方に疑問がある」

ハハッ、とミヤヴィが笑い、
「クールだね」と言うと、
「型にハメてしか考えられないだけだ」と答えた。
「相変わらずタイトな楽譜だ」とミヤヴィは笑った。

「さて、状況は変わった。戦場の状況が変わったということは、
 自身の状況も変えなければならないということだ」

「お堅い割には柔軟だね」

「ミヤヴィ。城内の反乱軍側の状況を再度教えてくれ」

返事の代わりに、パチンと、ミヤヴィは指を鳴らした。
そういう規律に恥じる行動は、
副部隊長として目に余ったが、
44部隊にとっては今更でもある。

ミヤヴィは、地面に耳を当てた。

「・・・アハハ・・・相変わらず、ロウマ隊長のリズムが大きすぎるね」

ミヤヴィは吟遊詩人。
さらに言えばボトルベイビー。
聴覚・・・いや、音感が異常に発達したミュージシャン。

振動を感じることで、城内を探る。

「・・・・・アレックス部隊長は・・・合流してるね」

「誰とだ」

「・・・・エール=エグゼ・・・副部隊長だね。この楽譜は間違えようが無い。
 "足音が軽すぎる"。アレックス部隊長が共に歩く"死骸"は彼女だけだ」

「第16番・医療部隊のトップ2がコンビで行動か・・・・。
 思えば王国騎士団の頃から二人で行動する事が多かった」

思い返す。
実際は、エールがアレックスにひっついていただけだったが、
それでも、日夜一緒だった気がする。

「部隊長と副部隊長が共に行動するのは自然だよ。当然の和音さ。
 ・・・・ってのは名目で、"デキて"るんじゃない?ってウワサはあったね」

「私情に流されなければそんなものは自由だ」

「ま、アレックス部隊長はモテたしね。若くして部隊長のエリート。
 サクラコとスミレコもゾッコンのラブソングだった」

「エリート・・・か」

虚しい響きだ。
アレックス本人にとってもだろう。
アレックスの生い立ちを知っていればそれは罵倒にさえ聞こえる。
青春さえ犠牲にし、
努力のみに明け暮れた、自作エリートなのだから。

アレックス自身は・・・ただの凡人なのだから。

「エドガイ=カイ=ガンマレイ」

ミヤヴィが報告の続きをする。

「単独で走り回っている。我武者羅だね。混乱してる感じだ。
 冷酷な傭兵だと聞いていたけど」

それだけ、ロウマ=ハートの恐怖は凄まじかったのだろう。

「エース、あいつはどうだ」

「あいつは・・・他と同じで迷ってるね。当然だけど。
 ロウマ隊長の現状を見たショックが足音にも出てる」

44部隊であるからこそ、
だからこそ、
ロウマ=ハートの変貌は受け止め難いだろう。

ユベンはこう考える。
44部隊とは、ロウマ=ハートであると。
ならば・・・
今の44部隊は・・・・

「・・・ならば、ロス・A=ドジャーも誰とも合流してないのだな?」

「だね」

「エースをロス・A=ドジャーと合流させる。その後、俺達と合流させよう。
 アレは反乱軍側の中心だ。そしてアレックス部隊長の最上の友でもある。
 俺達がこれから"どっちに転んでも"、取り込んでおけば有益に使える」

ユベンはWISオーブを取り出し、メモ箱をうちはじめた。
城内の状況を察しての事だろう。
ドジャーの位置の情報を聞きつつ、
ユベンはWISオーブを叩く。

ユベンが命令の連絡を書き込んでいる間、
ミヤヴィは話を続ける。

「楽譜は君に任せるよ。でもそのロス・A=ドジャーの事なんだけど」

ユベンは返事もせず、頷いた。
続けろということだろう。

「一歩も動かない」

「・・・・・」

「彼が一番"重症"だ」

気持ちは察する。
ユベンも人の子だ。

「メッツは逆に暴れてるね。そこら中に八つ当たりをかましてる。
 ユベン。メッツの方はどうするんだい?彼も浅いが44だ」

「あいつは自由にさせておいていい。というより"手は打って"ある。
 メッツの今後はロウマ隊長の意志を継がせてある。
 ・・・・・どう転ぶかはあいつ次第だがな」

「・・・・あえて聞かないでおくよ」

「《昇竜会》と殺人鬼はどうなった」

「殺人鬼の方は相変わらずだよ。若い男女で殺し歩いてる。
 監視、いや監聴してない時に何かあったかは分からないけどね。
 《昇竜会》に関しては・・・・・絶賛に値するね」

「ほぉ」

「恐らく、城内の反対勢力で総合力は最大だよ。人数も含めてね。
 彼らが帝国をひきつけてくれていなければ、僕らはもっと大変だ」

「あとは」

「"竜斬"クシャール」

その名は、
ユベンの耳には特殊に響く。

「元44部隊の副部隊長だってね。僕の配属時にはいなかったけど。
 "彼だけ"さ。城内で・・・・・"ロウマ隊長を追っている"のは」

思うところがある。
だけど、
古い話過ぎるかもしれない。
今更出会って何を話そうかとも思う。
むしろ、
このまま出会わないで居てくれた方がいいのかもしれない。

「・・・・まぁ、城内の反対勢力の動きは・・・・そんなものか」

「いや、気になってることがひとつ」

「ん?」

「アレックス部隊長、ロス・A=ドジャー、メッツ、
 エール副部隊長、エドガイ=カイ=ガンマレイ、エース。
 そして先行で突入したクシャール元副部隊長」

「・・・・」

「"城門から突入したのはもう一人居る"」

「・・・・何?」

「ドサクサに紛れたつもりだろうけど、僕の耳は誤魔化せないよ」

「誰だ?」

「"分からない"」

ミヤヴィは冗談を言ってるかと思ったが、
そうではなかった。
そういう顔ではなかった。

「僕の知らない人間だ。足音から特定出来ない。でもかなりのやり手だね。
 ただ、動きに統一性がない。恐らく、"反乱軍側だが反乱軍側も認知してない"」

「招かれざる客か」

「僕らにとって害はなさそうだけど、隠密に動こうとしてる気配があるよ」

「気に留めておこう」

「軽いね?」

「部下が「害はなさそう」と判断した。俺はそれを信じる」

「ありがたいけど、君と話すときは言葉に責任を感じるよ」

「責任は感じてくれ」

何故なら、
自分達は、
誇り高き王国騎士団。
その中でも・・・・最強の44部隊なのだから。

それが自分の人生の最大の誇りで、
自分の人生をもかけているのだから。

「なかなか賑やかになってきたが、まぁ、チェックしておくべきはそんなものか」

「何言ってるんだい。ユベン」

ミヤヴィは首を振る。
何を言っているんだ・・・と言われたが、
目ぼしいプレイヤーは全てあがったはずだ。
それこそミヤヴィの方が何を言ってるんだと思ったが、

「"僕ら"の動向がある」

ミヤヴィはそう言った。
またも、
何を言ってるんだと思ったが、

それをかき消すよう、
続けざまに、
ミヤヴィ、
ミヤヴィ=ザ=クリムボンは続けた。

「"ここで別れよう"」

続けて、
彼はそう言った。

「・・・・・何を言っているんだ?」

やっと思いが口に出た。

「"ロウマ隊長が、こっちに向かっている"」

「・・・・・」

それは、
つまりそのままの意味だろう。
あの、どうしようもない『矛盾のスサノオ』が、
今ココに向かって動いているという。

「偶然じゃない。振動の動きからするに、"次の標的として"こっちに向かってきてる」

「・・・・それは・・・」

それは、
ロウマ=ハート。
自分達の部隊長が、
ただ暴走し、
ただ血を欲し、
その結果、

部下である自分達をイケニエに選択したという事か。

そんな・・・

「・・・・別れての行動は許可しない。副部隊長命令だ」

「拒否するよ。"命が惜しい"」

「・・・・・」

振動。
ミヤヴィじゃなくとも、
ユベンでさえ、それは感じた。
馬鹿でか過ぎる存在感。

この大きなルアス城で、
"ソレ"は確実にこちらに向かってきている。

「報告の続きをするよ。ユベン」

「・・・・」

「今度は敵勢力」

「・・・・」

「敵の勢力に関しては以前変わりなく・・・特筆すべき点はシンプル。
 騎士団長とピルゲンを除いてしまえば・・・・・
 最終防衛であるディエゴ部隊長の1番隊と52番隊残党。
 そして我らが世界最強のロウマ=ハート部隊長だけだ」

それはつまり、
とてもシンプルな話。

もちろん、52番隊の残党を無視するわけにはいかないが、
この城内での戦い、
メインは・・・・

ロウマ=ハート

たったそれだけだという事だ。

「予言するよ」

ミヤヴィが言う。



アレックス=オーランド
エール=エグゼ
ロス・A=ドジャー
メッツ
エドガイ=カイ=ガンマレイ
エース
ミヤヴィ=ザ=クリムボン
ユベン=グローヴァー
クシャール
ジャイヤ=ヨメカイ
シド=シシドウ
アヒル
招かれざる客


「今城内にいるメンツ・・・"1時間以内にこの過半数が死ぬ"」

「・・・・・・・何を」

「もちろん、ロウマ隊長の手によってだ」

「ミヤヴィ、お前、口には・・・・・」

「外からの増援があれば、さらに増えるかもね」

「ミヤヴィッ!!!」


「その最初の一人は・・・僕がなろう」



彼は、
静かにそう言った。


「長い報告は以上。任務はしっかりとピリオドまで終えた」


化け物の振動がデカくなる。
近づいてくるのが分かる。
死だけを運ぶ、
暴力の化身、
矛盾の極みが近づいてくる。


「演奏が終ったなら楽譜は閉じるべきだ。ピアノを片付けるのは幕が下りてからでいい」

「・・・・説明しろ。説明しろミヤヴィ!何故!お前が死ぬ必要があるっ!」

ユベンは、
ガラにもなく大声をあげた。

「僕はここに残り、ロウマ隊長の相手をする。二人犠牲になる必要はないよ。
 隊長のとりあえず目的は・・・血。死だよ。僕だけで事足りる」

「・・・・同じ事だ。お前が死んでも、ロウマ隊長は次に誰かを狙う!」

「そこは神様に任せるよ。次の標的が君でないことを」

「時間稼ぎをする必要などない!最終的な目標として・・・・
 俺はロウマ隊長と会い、ケリを付ける必要がある!
 早いか遅いかの違いだ!部下が相手するというなら俺も・・・・」

「時間は稼ぐべきだよ。そしてそれは・・・・現状ではどうにもならないからさ。
 現状だと過半数どころか全滅だ。僕はそこの希望にかけてる」

「・・・・・・・」

返す言葉はない。

今、ユベンが、
自分が、ロウマと対峙したところで、
勝つ術はない。
死ぬだけだ。

そして、ロウマをどうにかする術もない。
変える術も、
元に戻す術も。

「あ、君の腹のキズ。甘くみると下手するよ。気をつけて」

「・・・・・」

「あと忘れないでおくれよよユベン。さっき見つけたもの。
 "エクスポに頼まれていた探し物"。彼にちゃんと伝えておいてくれ」

「・・・・・・」

ユベンは歩み寄り、
そして、
ミヤヴィの両肩を掴んだ。

「44部隊員、ミヤヴィ=ザ=クリムボン隊員。
 本当に、お前が死ぬしか道はないのか?」

「・・・・なら、他の道を提示してみてくれよユベン=グローヴァー副部隊長」

「・・・・・」

「そう。逃げるなんて不可能だ。我らが最強ロウマ=ハート部隊長。
 その凄まじさを知ってるのは僕らだ。僕らしかいない」

「部下を見捨てる選択をしろというのか」

「命令をするのは君だユベン。そして・・・それでもあえて言うならば、
 僕はこう言う。言い換えずに言う。・・・・・部下を見捨てろユベン」

「・・・・・・」


それ以上は、追求せず、
ユベンは、
ただ、
名残惜しそうに、
そして、
こんな選択を受け入れる自分に腹を立て、

振り向いた。


「・・・・44部隊は、俺の誇りだ」


そう言って、
ユベンは歩き去る。
ミヤヴィに背を向けたまま。

なんでだろうか。
「俺はいい部下をもった」とは言えなかった。
言えなくとも、
言ってやるべきだったんじゃないか?

分からない。

俺は、
とてつもなく不器用なのかもしれない。


「ユベン」


後ろからミヤヴィの声。
もう振り向かない。
足を止めない。

耳だけを傾ける。


「ルアスの10番街に僕の行き着けのバーがある。
 そこのマスターが店にピアノを欲しがっていたんだ。
 今月分の給料はまだだったね。頼むよ」

あいつも・・・あいつだ。
素直に、「生き延びろ」と言わない。
こんな、
変哲な44部隊。
俺の・・・・

「ミヤヴィ」

「なんだ」

「俺はいい部下をもった」

「うん。生き延びてくれ」


ユベンは走り去った。
次の目的を考えることもせず、
ただ走った。









「王国騎士団に栄光あれ!」










遠い背中の向こうでそう聞こえた。

化け物の存在も遠い背中で分かった。






一人目の犠牲者、
いや、
ツヴァイを含めると、
二人目の犠牲者が確定したこの時より、



ロウマ=ハート
VS
反乱軍の総力の狩りが始まった。







どちらが狩られる側なのかは・・・・・






































「ユベンの野郎からの連絡だと、確かこの辺りだが」

城内、
エースは荒れ果てた廊下を見渡していた。

「クソッ・・・俺だってテンパってんだ。ロウマ隊長があんな・・・」

エースは片手で頭を抱える。
そして、
ここら一帯もその残骸が見受けられる。

思い出す。
ロウマ=ハートと対峙した瞬間を。

背筋が凍る。

ロウマ=ハートとは、何もかもを包み込むような大器だった。
が、
あれは真逆。
真逆だった。

何もかもを・・・・・

「ん?」

それが目に入った。
それ、
いや、
"そいつ"が。

「いやがった・・・・・」

エースはずたずたと歩み、
そいつに近づく。

「おい!見つけたぞロス・A=ドジャー!」

ドジャーは、
壁に倒れ掛かっていた。
怪我をしている風ではない。

「放心してんじゃねぇぞ!ショック受けてんのはこっちもだっての!
 なのにユベンの野郎、テメェなんか連れてこいって言うからよぉ!
 おい!おい!聞いてんのか!?あ!?」

壁に倒れ掛かっていたドジャーを、
無理矢理引き起こす。

「・・・・・ッ・・・・」

引き起こしたドジャーの顔を見ると、
さすがにエースも絶句をした。

なんとも・・・・生気の抜けた・・・
まるで抜け殻のような・・・。

「・・・・悪い・・・・最近いつも俺はこうなんだ・・・」

ドジャーから声が出てくるのにさえ違和感があった。

「いっこうに慣れない・・・・慣れねぇんだ・・・・慣れたくもねぇし・・・・チクショウ・・・・」

「・・・・なんだってんだ」

「チクショウゥ!!!!」

ドジャーはエースを振り解き、
そして、
突然、壁に拳をぶつける。

それは拳が潰れるのを承知でといった、
憤怒のようなもの全てをこめた拳だった。

「俺はっ・・・俺はいつもそうだっ!!!」

さらにもう一度、壁に拳をぶつける。

「や、やめろオイ!拳が無くなんぞ!」

エースが慌ててドジャーを制止する。
腕を抑えて。

「クソ・・・・・・」

ドジャーは崩れ落ちた。
地に足を落とす。

「聞いてくれよ・・・・俺は・・・・"そんな時"だってのに・・・・
 ただ恐怖で走り回って、逃げ回っていただけなんだ・・・・・」

何の話かは分からない。
だが、
それは、
このドジャーという男でさえ人に見せる弱みは、
抑えの利かないものなんだろうと分かる。

「俺は・・・・いつも守りたいものを守れねぇ・・・・・・」



ただ、
もちろん、
"その気持ち"は、


ドジャーだけでなく、

"他の者"にとっても同じだった。






































庭園。


いつしか、コンフュージョンの効果を切れ、
そこには一同が集まっていた。

「最後の部分だけ俺は見ていたが・・・・」

ネオ=ガブリエルは、久しぶりに地に足をつけ、
タバコをふかしながら口を開く。

「奇跡としかいいようがない。神の俺がいうのもなんだが・・・・」

傍らでは、
エクスポは打ちひしがれていた。
両手を地に、
ガクンとうな垂れ、顔も上げられない。

ロッキーは、
腰を落とし、
大粒の涙をこらえようとしたまま、
こらえきれなくてボタボタと落としていた。

「四肢を失った人間が、空中で、"たまたま口元に飛んできた剣を拾い"
 そのまま"吹っ飛んでいった先が、偶然、標的の心臓だった"。
 頭と胴体だけの、身動きひとつ出来ない人間だ。偶然というには出来すぎていた」


奇跡。
何かがもたらした、奇跡。
そう言う以外には思いつかない。


奇跡の結果。


そこには、
二つの動かぬ胴体

一つは、
心臓に刀が突き刺さったまま横たわる・・・・燻(XO)


もう一つは、
両手両足を失い、
いや、
頭部と上半身しか残っていない状態で、
それでも、
燻(XO)の心臓に突き刺した刀を、未だに咥えている・・・・・イスカ





もちろん、


絶命している。






「まるで・・・・」

ショックで顔もあげられない状態になっているエクスポ、
ショックで物言えぬ状態のロッキーの横で、
バンビが口を開く。

「空を飛んでるみたいだったね」

エクスポに返事はない。
ロッキーはこらえていた泣き声が、声に出てしまってた。

ガブリエルは、バンビの言葉を否定せず、
ただ煙をくゆらせた。


「はぁ・・・はぁ・・・・」


そして、遅れて駆けつけたのは、
もちろん、
マリナだ。

急いで駆けつけてきたが、
近くまで来ると、
その足並みは緩くなった。

そして、
イスカの目の前で止まった。


マリナは、

なお今、剣を咥えたまま燻(XO)を貫くイスカを、

そっと、引き剥がした。

ガブリエルとバンビは顔を見合わせた。
「仲間の前でこのままではあんまりだ」と
自分達も同じ事をしようとしたからだ。

しかし、
死後硬直なんて言葉では片付けられないほど、
イスカの歯は、剣を噛み締めたままビクともせず、
引き剥がす事は出来なかったからだ。

しかし、
まるで死者が生きているかのように、

屍は、マリナの手を受け入れた。


「あんたはっ・・・・・なんでそうも勝手なのよ・・・・・・」


マリナは、イスカの亡骸を抱き抱える。

「こういう時は・・・・最後の言葉を残してから逝くもんでしょ・・・・・
 なんで・・・・なんでもう死んじゃってるのよ・・・・・」

返事など、ない。
最後の会話など、ない。

「なんで・・・・死んじゃってるのよ・・・・・」

返事はない。

「これからっ・・・誰が私を守るのよっ!」

死に顔は、笑顔でさえない。

「私はっ、誰を守ればいいのよっ!」

しかし、戦った者の、
いや、戦っている者の顔ではある。

「あんたは空を飛びたいんでしょ!なんで!なんで地に伏せってるのよっ!」

きっと、
いつもならイスカは困った顔をするだろう。
だが、表情は、死に顔は変わらない。

もう終ったのだから。

マリナの言葉はもう届かない。
しかし、
酷な事に、
イスカの思いはなお、屍から届く。


別れの言葉もない。


だけど、



一枚、

こんな戦場の空から、

一枚、



羽根が落ちて、イスカの屍の上に落ちた。



何の鳥の羽根かは分からないが、






赤い鳥の羽根だった。


























                 






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