「そんな事が出来るのか?」

ある科学者は言う。
ある科学者は答える。

「出来るかどうかじゃない。それを行うのが俺達だ」

辺境の町。
立ち入り禁止区域。
ルアスの52番目の町。

「人を生むのが俺達の仕事だろう」
「国のためになるというなら・・・マイソシアのためになるというのなら・・・」

52番隊を生むための町。
人造人間。
通称ボトルベイビーを産み出すための町。

彼ら科学者は"コウノトリ"などと馬鹿げた名で呼ばれる。
だが彼ら自身はそれを誇りに思っていた。
国のために、人工的に人を生む。
自分達の知識が、技術が、
人を生む。

神をも冒頭しつつも、
神にしか出来ない事柄を成すべき者達。

人造人間。
なにがコウノトリだ。
ボトルベイビー製造街。
はたからは"さくら村(やらせのまち)"と呼ばれている事も知らずに。

「それで、これが氷の女王エニステミの体の一部か」
「マジもんなのか?」
「王国からの御裾分けだ」
「ミダンダスとドラグノフか。逆に信用ならねぇよ」
「ピルゲン卿を通してる。信じてもいい」
「じゃぁ騎士団の聖獣部隊がエニステミを討伐したってのは本当のニュースなのか」
「騎士団も仕事してんだねぇ」
「海賊王の次は氷の女王か」
「魔物を滅ぼす気なのかねぇ騎士団は」

ある科学者は、
フラスコを揺らしながらボソりと言った。

「"その次"だろうよ」
「は?」
「エニステミとデムピアスなんて代名詞を討伐しちまったんだ。
 "自衛隊"である騎士団が武力を保持する名目が薄れるじゃねぇか。
 んじゃぁ・・・・・・"無いものは造ればいい"。騎士団はそう思ってんじゃないか?」
「バカバカしい!」
「俺達の研究は世界のためなはずだ!」
「手近なノカン村やカプリコ砦は根絶し、大ボスを2匹討伐し、なお戦力を造る研究がか?」

ある科学者はフラスコを投げ捨てた。
壁にぶちあたり、
割れて飛び散った。

「・・・・俺は人を作る事に疑問を感じていた。だが続けた。
 しかし・・・・・今回は魔物の遺伝子から人を作る。それは人と呼べるのか?」

誰も押し黙った。

「・・・・・はっ」

ある科学者も苦笑しかこぼれなかった。

「失言だ。忘れてくれ。それでも俺達は続けるしかない。
 引き返せないところまで足を踏み入れてしまってるのだからな」
「・・・・ああ」
「話を戻そう。魔物の遺伝子から人・・・というのは可能なのか?」
「エニステミは人型の魔物と聞く。人の造型にするのは理論的に可能だ」
「というか勝手にそうなる」
「人の形をした魔物を産み出すと考えた方がよさそうだな」
「ただし、魔物は魔物だ。今回は人を混ぜない。基本的には魔物だ。
 人の形を成していたとしても、構成は魔物のソレでしかない」
「というと」
「・・・例えば・・・ぁあー・・・・ド忘れしたなぁ。エニステミは確か・・・
 視力・・・じゃないなぁ。人語の音域を耳で捉えられない・・・・じゃなくて・・・
 ・・・・・あぁ、確か声帯。そうだ声だ声。エニステミが人語が操れない」
「色々問題はあるだろうが、やるしかない。なぁに。知能は高い魔物だ」
「なぁ"博士"」

博士。
科学者。
特に呼称に取り決めは無い。
あだ名のようなものだ。

「私は今回の研究も参加しない」

「言うと思った」
「あんたがボトルベイビーを作りたくない気持ちは分かる」
「さっき俺達もそんな話をした」
「が、やはり世界のためだ」

「人は、人から生まれるべきだ」

「俺達人間の手によって生み出されてるじゃないか」
「何も輪廻から外れていない」
「そうだろ?ガンマ博士」

博士。
科学者。
特に呼称に取り決めは無い。
だからここ、
コウノトリ(冒涜の製作者)達はあだ名・・・
というよりは、

"記号"

そう。
記号のような名が通っていた。

「今回は大仕事だ」
「協力してくれないとバラしますよ?」

「・・・・・・・」

「あれからあんたは研究に参加しない」
「研究者が研究しなければただのモノだ」
「あんな失敗品を作り出したら自暴自棄になるのも分かるが・・・・」

「"エドガー"は失敗品ではない!!!」

ガンマ博士は、
いつものように怒鳴った。

「完成品だ・・・私の最大の傑作だった」

研究者達はやれやれと、
いつものようにそれを受け流す。

「確かγ線のエドガー」
「コードは『エドガー=ガンマレイ』だったか」
「ガンマ博士。あんた自身がその親子共々処分したんだろう」

事実は違う。
エドガー。
あの子。
あの子だけはこの世界から・・・逃がした。
それだけは口にする事は出来ないが。

「何が完成品ですか」
「致命的な欠陥があるじゃないか」
「研究者が"商品"を産み出すに至り、欠かしてはいけない部分が」

「・・・・・欠陥ではない。"その部分"こそ私の思いだ」

「まぁ過去の話はいいさ」
「ガンマ博士」
「あんたはボトルベイビー作成反対の志を持っている」
「が」
「あなたは自らの口で、生み出したものを"品"と呼ぶ」

「そこまでは否定しない。だからこそ辞めたいのだ」

「だけどな」
「あたらしい"村長"は是非あんたの力が欲しいとの事だ」

そうして、
時を見計らったように。
いや、
見計らったのだろう。
扉が開き、一人の男が部屋に入ってきた。

若い。
いや、
ここに居る研究者達と比べればの話だ。

「ピルゲン卿の薦めだ」
「明日からさくら村の"村長"となる」
「エニステミの細胞も彼の手土産だ」

「貴方がガンマ博士か」

その丁寧に整えられたヒゲを蓄えた男は、
握手を求めてきた。

「息子を生んでくれてありがとう」

息子。
息子?
なんの話だ。

「私はグッドマン。いや、ここでは記号だったな。だからカイ。カイ博士とでも呼んでくれ」

ここでは研究者は記号で呼ばれ、
そして、
研究者達コードとし、
自分の製造した商品に、"自身の名を刻む"。

ボトルベイビーには、
記号の烙印が多々押される事となる。

「エドガイ=カイ=ガンマレイ」

「・・・・何?」

「貴方の最高傑作に、私の最高傑作の証も刻んでおいた。
 これを手土産とし、どうか私に一つ、協力してくれないだろうか」

「・・・・・・貴様・・・まさか」

「だがアレはもう使い尽くした。金儲けの限界が見える。
 貴方が仕込んだ"欠陥"のせいでね。だから私も事業を乗り換えようとココにね。
 ガンマ博士。もっと素晴らしい商品を世界に、騎士団に売り込もうじゃないか」

「・・・・・・・」

「・・・・・・なに。研究はエニステミだけではない。やりたい事はやまほどある」

グッドマン。
いや、
カイ博士は、それはそれは・・・欲深い男だった。

「・・・・そうだな。"最高のボトルベイビー"が出来た時、"私は自ら52をまとめるだろう"。
 ・・・・フフッ、それが到達点。まぁいい。ともかく。もう一度きかせてもらう。
 ガンマ博士。私の金儲けの手足とならないか?」

底知れぬほど、無駄ではないかと思うほどに。

「・・・・・なぁに。釣りぐらいはやるから。よ」


































「行ける・・・んじゃねぇのか?」

ドジャーは見上げながらそう呟いた。
思ったって、口に出すべきじゃなかったかもしれない。
思うのでなく、すべき事なのだし、
油断にも繋がる言葉を口にすべきじゃなかったかもしれない。
でも、
見上げるこの大きな扉。
今の勢いならこの扉を・・・・

「行けますよ」

アレックスがドジャーの肩に手を置いた。
そして、
次の言葉はドジャーでなく、
皆へと向けた。

「行けますよ皆さん!!このまま!内門を突破出来ます!!」

士気は絶頂に近かった。

完全に反乱軍のペースだった。
攻城ハンマーが機能している。
進んでいる。
重装騎士をジワリジワリと削っている。

メリーの氷がそれをさらに色濃くしている。

氷漬けにされた重装騎士は、
そのままハンマーで砕け散る。

鋼鉄の鎧達も氷と化すれば、
意志の通ったハンマーの前では脆かった。

「どきなどきな!」
「巻き込まれてもしりませんよ!!」

頭上から声。
ロイヤル三姉妹。
そのスマイルマンが腕を振り下ろす。

デムピアスまでは程遠くても、
その鋼鉄の巨体は無双を名乗ってもよかった。
敵を腕が薙ぎ払う。

「あぁ。こいつはイケる。イケると確信していいんだな!?アレックス!」
「はい」
「よっしゃ!さっさとダガーをオラー化してくれ!効果切れちまってよぉ!
 ぼやぼやしてられるか!俺らもこの勢いに参加すんぞ!」
「分かってますよ。攻城ハンマーとスマイルマンの火力で盲目になってはいけません。
 単体の質ではそれでも向こうが上なんですから。脇腹刺されては意味がありません」

アレックスはドジャーのダガーのオーラ化を始める。
そして自身の槍もオーラ化する。

いける。
この勢い。
何より決め手になったのは・・・・

"鉄壁"ミラの退場。

最大の障害はここから消えた。
内門前から消えた。

スシアの蜃気楼の地図によって。

「すいません」

その本人がアレックスに声をかけてきた。

「スシアさん。危ないですよ?スマイルマンの上に戻ってください。
 あなたは最高の仕事をしてくれました。これ以上はありません」
「いえ、出来れば蜃気楼の地図でなく、ゲートを使いたかったんですけど」

蜃気楼の地図でなく、
ゲートでの転送。
なるほど。
そちらならば、ミラの退場は完璧だっただろう。

「咄嗟の事だったのであれが限界でした。
 蜃気楼の地図は守護動物に投げて無理矢理転送出来た実例がありますから。
 ゲートだとなかなかあの一瞬でうまくいくか保証が無かったもので」
「十分ですって」
「でも・・・・」

蜃気楼の地図の効果を考えれば、
そう。
ミラはまだ戦場のどこかに転送されただけだ。
退場というには心もとない。

「ミラさんは内門以外で機能しません。そして内門だけには居て欲しくない人です。
 あの人はあの重装備ゆえに機動性が皆無です。内門に戻ってくることは難しいでしょう」

あなたはよくやってくれました。
ありがとう。
そう心から言って微笑むと、
スシアもホッとした笑みを見せてくれた。

「アレックス!!!」

ドジャーの声でハッとする。
と同時に内門の方から殺気。

いや、衝撃波。

幾多の斬撃が飛び交ってきた。

「くっ」

アレックスは咄嗟にスシアをかばって身を乗り出す。
が、
無差別の斬撃の射撃は、
幸いにもアレックスに直撃する事はなかった。

「さすがディエゴさん・・・・フォローが早いですね。
 彼以外にミラさんの代役が出来るボスはいないって事でしょう」
「フォローが早すぎんだよ。やっかいだぜこりゃ」

内門前。
その中央。

ただならぬ存在感。

フラミンゴのような佇まいで、
中年の男がなおスマートにそこに存在していた。


「代金は引き換えでよろしいか」


グッドマン。
ビッグパパ。
52番隊の部隊長。

「命と引き換えに・・・というセリフは安っぽくていけないか。
 買う側なら安いに越した事はないが、今は売る側なんでな」

ケンカを。
と、
続け、
フラミンゴの上がっている方の足が消えた。
・・・・と思うほどに高速の連打だった。

手刀でなく足刀。
そこからくりだすパワーセイバー。

飛ぶ斬撃。
真空の織り成す連打。
人を切り裂く。

「させるか!!!」

真空の斬撃の逆風の中、
盾を前に、叫びながら突進する男が一人。
エースだった。

「今いいとこなんだよ!下がってろオッサン!!!」

そして懐から抜き出した剣を振り落とす。

当然のようにグッドマンは、
片足でそれを受け止めた。
剣の刃を、
足の脛で受け止める。
その光景は一度見たものでも見慣れないだろう。

「邪魔するか?ジギー=ザック」

「ジギーじゃねぇ!エースだ!」

「ふん。元だろうと、息子達の子守は大変だ」

息子・・・"達"?
その疑問に答えるように、
東方面から、飛び出す一つの影。


「逃げてんじゃねぇぞ親父(ビッグパパ)よぉおおおおおおお!!!」


エドガイ。
グッドマンを追いかけてきたのだろう。
先ほどまでも戦っていたのだろう。
形相と勢いを高めた状態のまま、
剣を向け、トリガーに指がかかっている。

「ちょ!あの馬鹿!俺ごとやる気か?!」

「釣りはいらねぇええええええええ!!!!」

エドガイが・・・乱射。
パワーセイバーの乱射。

グッドマンに向けて飛ぶ斬撃を打ち鳴らす。

「ふん。安い攻撃はいかんな」

不意にグッドマンは側転。
地面に両手を付いた・・・・・と思うと、
その宙に投げ出された両足を、グルングルンと回転させた。
それこそ、
地に生えたプロペラのように。
ただ長い足は美しく回転した。

「おわっ!?」

エースは吹っ飛ばされ、
エドガイのパワーセイバーも、
その足刀に全て撃ち落された。

「若さも金になるというのに。年寄り以下では話にならん」

地に付いていた両手で、
今度は跳んだ。

グッドマンは宙に飛ぶ。

そう思うと両足の回転をそのままに、
空中で廻し蹴り。
何回転も、
何回転も、

廻し蹴りの回数だけパワーセイバーが飛び交う。
360度。
無差別に。

「くそっ!なんだっつんだよ!どうするアレックス!」
「多少・・・いえ!多大な被害を覚悟で続行します!
 全員内門へと攻撃の手を緩めないでください!
 グッドマンさんにはエドガイさんとエースさん!二人で・・・」

ふと、
アレックスの傍らで、
この斬撃の嵐の中に戦闘能力さえない女が、
未だにボォーっと立ちすくんでいる事に気付いた。

「スシアさん!まだ居たんですか!危ないからスマイルマンへ!」
「お父さん・・・・・」
「・・・・ッ・・・・」

アレックスは顔を片手で覆った。
そうだった。
そういう情報だった。

グッドマン。

52番隊部隊長。
ビッグパパこと傭兵の王は、
ロイヤル3姉妹の実父だった。

「何やってんだいスシア!!」

スマイルマンの大きな腕が、
スシアを多い、握った。
そのままスマイルマンの上へと運ばれる。

「あいてっ」
「何してんのこの娘は」
「だってルエンちゃんマリちゃん・・・」

三姉妹はスマイルマンの上から、
実父へと視線をおろした。

「だからなんだってんのさ。聞いた話じゃあたいら洗脳されてたって話じゃないか」
「道具くらいにしか思ってないのよ」
「でも・・・・」

家族。
それを取り戻すために、それぞれが愚かな行為に走った・・・
金欲の権化。
三姉妹。

目の前にその・・・・本当の家族が居る。

「あいつはあたいらの家庭をぶち壊した張本人だよ」
「あの人が出て行かなきゃ母さんは働かなかったし、
 私達を捨てるほどに金儲けに溺れなかった」
「そうだけど・・・・」
「大体こっちの思いなんて関係ないよ。向こうにとっちゃぁあたいらなんて」

「やぁやぁ、唯一の血の通った娘達よ」

斬撃は止んでいて、
グッドマンは、スマートにたたずんでいた。
両手を後ろに組んで、
いかにも日常のひとコマのように。

「俺がお前達の事を何とも思ってないとでも?」

「・・・・へ?」

「確かに俺は1に金、2にマネー、3にグロッドで4以降は存在していない。
 しかし、唯一の実縁なる家族に無関心な男ではないのだよ」

「カッ、口車になるなよ」

ドジャーは忠告したが、
三姉妹と目と耳はグッドマンに捉われていた。

「そう、家族というものは金に代えられない存在だ。何十億あっても意味がない。
 あまりにも確定的な繋がりが、全ての道理を吹き飛ばしてしまう。
 ふむ。まさにこう値踏みすべきだな。・・・・・・・"プライスレス"・・・・だと」

グッドマンはサラりと、
自らの整ったアゴヒゲを撫でた。

「つまり無価値だ」

目の色ひとつ変えずにそう言い放った。

「全く。少しくらいは利用"価値"があると思ったが、こうなってはお終いだ。
 一銭の得にもならん。用済みというか嫌悪感する感じる。利益にならん存在というのは。
 ・・・・嗚呼・・・・エリスもそうだった。女というのはそうだ。体を売らなければ金にならん。
 三連単で娘とは。ギャンブルは嫌いだ。せめて男が生まれてくれば投資する価値もあったのに」

マリは愕然とした表情で消えうせそうだったし、
ルエンは怒りで爆発でもしてしまいそうで、
スシアは泣いて崩れ落ちてしまいそうだった。

「・・・・・・っと」

グッドマンがふわりと、浮くように一回転する。
蹴りを放ったのだろう。

内門へ突撃しようとしている男が、
スパンと二つに別れて転がった。

「会話等で時間を浪費するとは。時は金成というのに。
 俺は"世界"が無くなってしまっては困るのだよ。
 金儲けが難しくなるじゃないか。だからここを突破させるわけにはいかない」

「俺ちゃんはっ!!」

エドガイが、駆けた。

「あんたがもう!金のために全てを捨てた事は理解したっ!」

「捨てたのではない。売り払ったのだ。もったいないじゃないか」

「つまりっ!あんたはもう戻ってはこないっ!!」

エドガイの剣と、
柔らかい関節で伸びるグッドマンの足が交差する。

「俺ちゃんも・・・あんたを倒して過去を清算させてもらう」

「いい心がけだ。俺の敷金は高いぞ」

「あんたが俺に与えてくれた価値を背負うよりはマシだ!」

3度の交差があった。
アレックスやドジャーには見えなかった。
それこそ、
準絶騎将軍(ジャガーノート)級同士の戦いだ。
否、
エドガイがそうであるならば、
その師であり親であるグッドマンは同等以上かもしれない。

最大部隊の52の長は金では買えないはずだ。

「アレックス」
「ドジャーさん。僕たちは僕たちの戦いをしましょう。
 もちろん、内門の突破の戦いです。エドガイさん。エースさん。三姉妹。
 グッドマンさんに私情があるなら彼らに彼を任せます」
「そうだな。優先順位を間違っちゃいけない」




































「ノーダメージが基準だ」

メッツはその両手斧を握る手の隙間に、
汗が混じっている事には気付かない。

「俺にだってあの技のヤバさは理解できらぁ」

ダークパワーホール。
防御不可能。
ガード不能。
有無を言わさず無限に落とすブラックホール。

地面に残ったその名残。
球の断面を象ったクレーターが、
威力でなく、ヤバさを物語る。

「今更怖気づいたかっ!?」

イスカが言葉でメッツの尻を叩きながら斬りかかる。

「ギャーギャー騒ぐんじゃねぇぞド畜生が!」

左腕、
素手でイスカの刀を防ぐ燻(XO)
生身で刃物を止めるクソ野郎。

「むかつくんだよ・・・・」

だが、
もちろん切り落ちたりはしなくても、
イスカの刀は、刃は、
燻(XO)の手にわずかな血筋を伝わせるほどに・・・

意志は強くなっていた。

「テメェみてぇなド畜生に手間取ってる俺自身がよぉ!
 もう沢山だクダラネェ!万死に値するってやつだ!
 1万回死ぬくらいに酷い目で痛ぶってやらねぇと気がすまねぇ!」

刀を素手で弾き、
そのまま左手がイスカに向く。

「・・・・・チィ・・・・」

その左手が向くだけでも死を感じる。
無限のブラックホール。

イスカは飛び退く。

「ちょこまかちょこまかよぉ!!!ネズミかテメェは!」

照準が合わない限りは無意味。
それだけは分かった。
座標発火型。
ピンポイントでのみ効果を発揮するスペル。

かろうじて避けるには、とにかく動き回るしかない。
足も動かない人間から、
自分達は逃げ回るしかない。

「メッツ!」
「なんだよ!」
「お主の斧で足場を崩せ!」
「ぁん!?」
「あやつは車椅子だ!お主の馬鹿力で地面ごと吹っ飛ばせ!」

メッツは理解し、威勢良く斧を振り上げて突進しようとした。
しかし、
燻(XO)が呆れたように指を振っている事に気付いた。

「脳ミソがマヌケなのか?これだからド畜生は。
 元から動けない人間の足場を奪ってメリットになるのか?」

それはそうだが。

「気付けド畜生が。テメェらはよぉ。"未だに俺をここから動かしていない"んだぜ?」

そう。
燻(XO)という男は、
いまだスタート地点からさえも動いていない。
動けないのだからそれはそうなのだが、
攻撃を受けて移動する・・・という事もない。

全てその場で物事を制御し切っている。

動けない事など、もののデメリットにカウントされない。
というよりも、
それが力の差。

こういった本人同士の直接対決でさえ、
動く必要性もなく、押さえ込められてしまうという・・・力の差。

「関係ねぇよ!!」

それでもこのまま足踏みするよりいくらかマシと考える。
考えるほどの高尚な知能をメッツが持っていないからというのもある。
メッツは斧による地面破壊を決行・・・・

「・・・・・ッ!?・・・・」

ただ、自分に不甲斐なさを感じた。
燻(XO)がこちらに左手を向けていた。
それだけで背筋が凍り、斧を振り落とせず、
飛び退いた。

「クソッ・・・クソったれ!!」

「ウフフ・・・人の名を呼ぶのがそんなに楽しいか?」

「不機嫌なんだよっ!イスカぁぁ!」
「いちいち合図を送るな馬鹿者が!」

イスカは・・・・燻(XO)の背後側に回っていた。
挟み撃ち。
イスカのいうとおり、口でバラす必要もないが、
燻(XO)が気付いていないわけがないので、
結果的にはどちらでもよかった。

「ゆくぞっ!」
「オルァ!!」

燻(XO)の両側から、
イスカとメッツが飛び掛る。

「お主の弱点は・・・」
「腕が一本!ダークパワーホールが1発ってことだっ!二方向は同時に捌けねぇ!」
「デムピアスの時に実証済み・・・・・おもやメッツ!
 この男の魔法の防御を貫けぬとは言わせんぞ?」
「分かってらぁぁあああ!!」

「ウフフ・・・・」

ただ燻(XO)の余裕を見ると、
何もかもが通用しないのではないか。
そうも思えてしまう。

「オォーーラァ!」
「斬るっ!!」

燻(XO)の左右から、
剣。
斧。
その二つが斜めに斬り付けられる。

もしもその二つが双方、
燻(XO)の魔法によるコーティングをも突き通すならば、
移動さえ出来ない燻(XO)に避ける方法はない。

もちろん、
どちらかをダークパワーホールの渦に落とす事ならば出来るかもしれないが。

「・・・・・」
「・・・・・」

ただし、
振り切ってみれば、一瞬では二人とも理解出来なかった。
斧。
剣。
どちらにも手ごたえ一つなく、
空を斬っただけなことを。

「ウフフ」

ただ、
燻(XO)は体を傾けただけだ。
斜めに、
体を倒しただけだ。

完全に二つの斬撃を、見切って最小限で避けただけだった。

無意識に、
イスカも、メッツも、
挟み撃ちという形から、お互いをかばった。
お互い向こう側まで貫くような振り方はしなかったし、
それは結果的に車椅子に届くような振り方でもなかった。
メッツはイスカへの被害を恐れ、
地盤を揺るがすほどの大振りをしなかった。

どれも、瞬時に無意識に出ただけのことだ。

結論的には、燻(XO)は全てを読みきり、
ただ、体を十数センチ傾けただけだった。

「つばめ・・・・・」

ただイスカの目はそれで一度光を失うほど、
安楽な状況に留まってはいない。

「返し!!」

からぶった剣を、そのまま切り返す。
斜めV字の二連斬。

「おっとっと」

それくらいはどうにでもなった。
燻(XO)は余裕で、刃先を掴む・・・いや、指で摘まんで止めた。

「あまりマヌケな脳ミソで粋がらないで欲しいね。
 それらの武器は人を斬るものだ、包丁は人を斬るものではないように、
 "それらはクソを斬るものではない"。こんなもので俺は斬れない」

格が違う・・・と言いたげだった。

「じゃかしぃ!!」

メッツはもう一度斧を振り上げた。
甘かった。
無意識にそんな動きをする自分に叱咤した。

イスカもろとも吹き飛ばすつもりで、
この男を、
車椅子を、
地面を、
ぶっ飛ばす。

「からす・・・・」

イスカの剣が、もう一度傾く。
つばめ返しからの、もう一連撃。

「返し!」

俺のカラスは千回飛ぶ。
それは、
ヨーキ=ヤンキという男の技で、
この場面でこそ、咄嗟な初めての試みでもあったが、
技に長けたイスカは複製したように完璧にそれを行った。

「あはっ、やば」

燻(XO)の弱点。
それは先ほど述べた事は核心だ。
DPHは1発。
特に腕は1本。
2つ以上の事柄を同時に捌けない。

まさに、
手が足りない・・・

「ぬぐっ・・・」
「がっ・・・」

だから、
"足が出た"

「ウフフ・・・・アッヒャハハハハ!!」

燻(XO)はイスカとメッツを蹴り飛ばし、
その反動で後方へ逃げ延びた。
車椅子が、
高笑いをあげる燻(XO)を乗せ、
後ろ向きに車輪を回して滑ってゆく。

「なぁーに驚いた顔してんだド畜生が!」

カラカラ・・・と車椅子は後ろ向きに転がる。
バックで滑っていく。
それに乗車するクソ野郎はクソな笑い声をあげる。

「俺の足が動かないなんて勝手に決めつけんなバーカ。
 俺がアインの野郎に奪われたのはアキレス腱だ。
 足は動くんだよ別によぉ!歩けねぇだけだド畜生め!」

アキレス腱は、歩くために必要なだけだ。
むしろ、
程度によってはアキレス腱が切れていても歩いている人さえ居る。

「キャッハッハッハ!」

子供のように車椅子の上で足をバタバタさせて笑う燻(XO)。
面白いのだろう。
人を弄ぶのが。
脱出の手段だって他にもあったのかもしれない。
だがとにかく、
人を弄ぶのが大好きなクソ野郎。

「何偉そうに笑ってんだクソ野郎」

メッツが言い、
イスカが剣先を向けた。

「動かしたぞ。貴様を」

「ああ?」

確かに、
燻(XO)は初めて、
自らの意志でなく、他人の意志によって動いた。
燻(XO)の意図はともかく、
動かされたと表現しても差し支えない。

「・・・・ってめぇら。そんな揚げ足をとりでいい気になってんじゃねぇぞ」

「いーや。もうコツは掴んだぜ」
「結局こやつと共同戦線ばかりになるのは苦痛ではあるが」

ガンッ!と地面に振動。
それはメッツが地面を踏み切った反動だ。

メッツは大きく跳躍した。
それだけだ。
斧を振りかぶり、宙から飛び込んだ。
それだけだ。

「だからよぉ!テメェは右脳と左脳が逆にへっついてんのか?!ド畜生が!」

燻(XO)の左手が、天へ向いた。
照準が、
空中のメッツへロックオン・・・・

「ダークパワーホールの格好の餌食だ!空中じゃ避けられ・・・・」

紫の唇から、舌をペロンと出しながらケタケタ笑う燻(XO)だったが、
彼の思考はしっかりと常時回転している。
横目で、
イスカの方をしっかりと捉えている。
だから気付く。

「風を感じるだろう?」

イスカが、剣を鞘にしまい、
抜刀の構えをとっているのに。

カミカゼ。
サベージバッシュ。
イスカの中での最高の剣技。
一瞬で相手とすれ違い、斬り捨てる抜刀術。

ただずば抜けた切れ味と速さが相まり、
その直線的な動きは燻(XO)にとっては逆に楽な技だった。

一度やったように。
片手でイスカの手から剣を抜き取ってしまえるほどに。

「・・・・・・てめぇ」

その片手。
一本しかないその片手は、今メッツに向かっている。
サベージバッシュは止められない。
逆に、サベージバッシュを止めたなら、
空中から落下してくるメッツは止められない。

単純に、1で2は止められない。

「ド畜生がっ!!」

ぶぉん・・・と風が吹いた。
イスカの言う神風ではない。
燻(XO)が唱えたウインドバインだ。

風が燻(XO)の車椅子を吹き動かす。

「オラァァ!!!」

もちろん、今落下してきたメッツの、
地面を弾き飛ばすほどの攻撃を避けるためだ。

イスカの攻撃を終始対応出来るように確認しながら。

「ふん」

イスカは切りかからなかった。
今のを確認出来ただけで十分だ。

「二度も・・・・俺を動かして・・・満足してるその顔が許せねぇなぁ!!」

「いけるなイスカ」
「あぁ。似たような連携を続けるぞ」

「調子こいてんじゃねぇぞ!てめぇら二人を同時に止める魔法なんてよぉ!
 いくらでもあるんだ!あんだよ!教え切れてなかったならもっかい言うぞ!
 世の中は二種類だ!俺と!その多大勢!復唱しろ!復唱して死ね!」

「ガハハ。テンパり気味な姿って見るとよぉ。
 追い詰めたんじゃね?って感じになっていいよな」
「あぁ。前に進んでいるという事を確認する目安にな・・・・・・」

突如の爆発。
不意で、二人とも身構えることも出来なかった。

それは何かを狙ったものでもない。
突如、
周りのあらゆる処で、地面が吹き飛ぶほどに爆発が起きた。

鍾乳洞で次々と間欠泉が噴出すように、
周りの景色の至る所で、
同時に爆発の炎があがった。

少し離れた場所に居たものが、
巻き添えでバラバラに吹き飛んでいた。

「復唱しろ。理解しろ。世の中はハッキリと二種類だ。
 一つは、神の如く、恵まれた力を持ち、つまり他人を弄ぶ権利を持つ者。
 もう一つが・・・・・お前らだ!理解したか!?このド畜生が!!」

「何だ!?」
「あやつの能力か何かか?」

「復唱しろ!!!!!!!!」

男にしておくにはもったいない美麗な顔。
それはへしゃげ、
人にしておくにはもったいない妖美な紫の唇。
そこから声が張りあがる。

同時に、
燻(XO)という二種類の前者を中心に、
まるで一瞬で冬が訪れたように、

地面が凍りついた。

「・・・・!?」
「おわっ!?」

メッツとイスカは咄嗟にジャンプした。
着地した地面は凍っていた。
半径にして・・・・
50mほど。

それは燻(XO)の感情が魔法の形となって広がったようだった。

「この規模の魔術を・・・」
「一瞬・・・・っつーのか!?44のメリーだってここまで出来ねーぞ!?
 あくまでDPHがメインじゃねぇのかよ!サブでこれかよ!」

「復唱しろぉ!」

車椅子の上で、クソ野郎が天に向けて叫ぶ。

「てめぇらド畜生の足りねぇ脳ミソでちゃんと刻み込めっ!
 何度も何度も反芻しろ!「貴方と違って私は薄汚いド畜生です」ってよぉ!
 俺が飼いならした今までの豚のように!理解しろ!理解(わか)れ!!!」

今度は、
馬鹿みたいに巨大な炎の塊が、
燻(XO)の周りに轟々と生まれた。
数にして20。
あれがファイアビットだとでも言うのか。

「俺は人に見下されるのが大嫌いだ!口からヘドとクソが出るほどに大嫌いだっ!
 歩けるぐらいでなんでお前ら皆俺より視線が高ぇんだよ!
 俺より脆弱で価値もねぇド畜生のクセに!ド畜生のクセによぉ!!」

雷が落ちた。
クロスモノボルト。
天変地異の如く、
ガブリエルばりの太い落雷が、
ランダムに辺りに突き落ちた。

「さらに俺の腕を奪ったなんて不届き者はどいつだ?
 さらに俺のドタマを撃ち抜いた阿呆はどいつだ!?
 つーか喜んで俺の意志に下らず!俺を怒らす畜生はどいつだ!?」

沸点の限界で爆発したようだ。
絶騎将軍(ジャガーノート)
計り知れない力。

常人のモノサシで計れるものではなかった。

「今までのは本当に遊びだったっつーわけかよ・・・・」
「弄ぶことを辞めるとここまでとはな」

燻(XO)を動かすことが出来た。
いや、
燻(XO)の片腕を切り落とす事が出来た。
燻(XO)の脳天を撃ち抜く事が出来た。

それらは全て・・・大失敗だ。

そのわずかなチャンスに終わらせる事が出来なかった時点で、
勝利の芽など消えてしまっていた。

「これは本当に・・・二人係だからどうってレベルは過ぎちまったな」
「不甲斐ないが、あ奴は手加減してくれていた。それに尽きる」

ギルヴァングが、スポーツマンシップのようなもので戦っていたように。
燻(XO)も燻(XO)で、自分の愉しみたい戦いをしていた。

戦いは、ただ強者による殺しに変化した。

それほどまでに、燻(XO)は怒り狂った。
正直、
二人も呆然と傍観するくらいしか出来ないほど、
天変地異にも近い相手の力量に・・・・ひけていた。

「あひゃ・・・・ウフフ・・・・あはっ・・・・おい・・・・アハハハ・・・・」

そして、
さらに燻(XO)の怒りは増幅する。

「・・・おい・・・なんじゃありゃ・・・まだ俺を馬鹿にしようってか・・・・」

燻(XO)は見上げていた。

空を。


「・・・・・"てめぇら"は・・・どんだけ俺をおちょくってくれんだおい!!!」



空から、
無数の隕石が降り注いでいた。



フレアのメテオだった。





































「ふぅ・・・・・」

ぱたり・・・と、フレアはお尻から地面に落ちた。
女性が惜しげもなく内股で冷たい地面に崩れる姿は、
彼女の全力の亡骸だと、
そう物語っていた。

重たい首をどうにか見上げれば・・・・

「これが私の愛です」


降り注ぐメテオの雨


『フォーリン・ラブ』フレア=リングラブの結晶。
落ちる愛。
何かの映画のクライマックスのような、
多大なメテオの雨。

空よりも多いメテオの雨。
雲よりも覆うメテオの雨。
それは辺りを太陽の光から遮り、
日食さながら夜のごとく暗くしてしまうほど・・・

壮大な光景でもあった。

「ファンファーレでもラッパで吹きたい気分だ!・・・・・ってドジャーなら言うかもね。
 そんなセリフ、ドジャーが言ってるの聞いたこともないけど」

傍らでロッキーが、
天を仰ぎながらニコリと微笑み、
言った。

疲れた顔で、
また、
ロッキーと肩を並べる笑顔の申し子。
フレアも微笑む。

「ありがとうございますロッキーさん。
 あなたの援護がなければメテオの発動の前に私は死んでいました」

ここも戦場。
確かに味方達は頼もしいが、哀しくも、
フレアの周りに彼女を守れるほどの実力者はいなかった。
フレア=リングラブ。
彼女は最初から最後まで西軍を一人で指揮し続けた。
陰の功労者とも云えよう。

だからこそ、
詠唱の間、ロッキーが援護についてくれたことは、
必需でありながらこれ以上もなかった。

でもロッキーはメテオの壮大な空を見上げたまま、
首を振った。

「フレア。君だってさ、ぼくも守ることは出来る。ぼくも君を守ることが出来る。
 でも、あのメテオは君にしか出来ないんだよ。だからぼくは守って当然だったんだ」

まるで一面の星空でも見るように、
無垢な笑みでロッキーは世界の終りのような空を眺めていた。

この少年には、これ以上感謝を重ねても意味がないことは分かった。
フレアの言いたい事はロッキーには分かってるし、
それでもロッキーは、ただ有りのまま、自然のままだろう。
『ロコ・スタンプ(有りのままに踏み潰す)』なんて、
似合わない二つ名だと思った。
でも、
無邪気に踏蹴してしまうだろう、自然な恐ろしさもあるのだろう。

まぁ、
そんな事はどうでもよかった。

ただ、メテオの星空を眺めていたかった。

降って来るのは、岩石の暴力でしかないのだけど。
それは自分の力だから。

「フレア。まだ倒れちゃ駄目だよ。今から君のメテオが世界を抉じ開けるんだ」
「見逃したりしません。外門の後悔を払拭したいんです」

それを思い出し、
フレアは小さな肩を一瞬あげた。
恐怖で心が震えた。

「だ・・・大丈夫だったんでしょうか・・・・本当に」
「メテオを撃って?」
「メテオラ・・・いえ、燻(XO)という男はまだ健在だと・・・」

『メテオドライブ』のメテオラ。
遠い昔のようで、
でも数時間前までは・・・自分の下、
《メイジプール》の仲間だと信じていた。

スパイだと気付くのは、自分の全てを裏切られた後だった。

「アレックスが合図を出したんだから間違いないよ」
「私のギルドはインテリの集まりでして。私もそう。
 だから根拠が欲しいんです。なんで今・・・今メテオなんでしょう」

少し言葉に力強さがあった気がした。
不安。
それを消し飛ばしたい。
気持ちは分かる。

「勘だと思うよ」
「・・・・・勘?・・・・え・・・・え!?このタイミングでメテオを撃ったのが!?」

フレアは地面に座り込んだまま身を乗り出した。

「私はこのメテオに全てをかけてたんですよ!?」
「うーん・・・そう言うとぼくも申し訳ない感じがするんだけど・・・」

ロッキーは、やっと空から目を離し、
フレアの方を向いた。
当然のように微笑んでいた。

「ぼくも"今しかない"・・・って思ったよ。あの魔法を見て」

あの魔法。
それは、
この戦場に居たら無視出来ない規模の・・・大魔法の嵐。
燻(XO)による天変地異のような・・・
大魔法の乱舞。

「でも・・・」
「ミラって人が退場したよ」
「・・・・・」
「戦場は初めてこちらのペースだよ。特に内門は最高潮だよ」
「・・・・・・」
「それであの魔法。あの燻(XO)っていう人の魔法。
 メッツとイスカが何かしら"そこまでの状況に追い詰めた"。
 そう思えるじゃない?・・・・・・まぁ、根拠はやっぱりないんだけどね」

何かを言おうとしたが、
フレアは口を閉じた。
けどやっぱり抑え切れなくて口を開いた。

「メテオラ・・・燻(XO)を倒すまで我慢すべきだったんじゃ・・・」
「倒せる保証なんてないよ。なら今しかない」

戦場の流れも、
内門の流れも、
突破するなら今しかない。
その中で、
あの魔法を見た。
今しかない。
そう思ったのだろう。
アレックスは。

「ありがとうね」

ロッキーは微笑んだ。
さっきからずっと微笑んでいるのに、
一層微笑んだように見えた。

「・・・・何がですか?」
「実はぼくだってアレックスとの付き合いは長くないんだ。けど仲間なんだ。
 根拠もないのに、理由もないのに、アレックスを信じてメテオを撃ってくれた」
「・・・・・」
「信じてくれたから撃った」
「信じてたんじゃないんです」

後ろめたいような顔で、
フレアは俯いた。

「すがりたかっただけです。悪く言えば、責任を転嫁したかった。
 この1年・・・私は重かった・・・背負った荷が・・・《メイジプール》のマスター・・・
 もっと適任はいっぱいいたのに・・・・皆死んでしまった」

小さい肩の彼女は零す。

「誰かが「やれ」と言ってくれたら、もうそれでよかった。
 全部それでよかった。終わってくれるなら・・・・」
「大丈夫だよ!」

ロッキーは片手を広げて元気に言った。

「駄目だったらフォローすればいいんだよ!転んでも起きればいいんだよ!
 ドジャーはね!転んでもただでは起きないんだ!グロッド硬貨を拾って起きて!
 そんでもってそれ持ってギャンブルに行くような馬鹿なんだから!」

すぐ負けるけどね。
とロッキーは苦笑した。

「アレックスやドジャー・・・《MD》を代表してぼくが保証するよ。
 メテオを撃った根拠はこれ以上後付するつもりもないよ。
 でも保証する。このメテオは成功する。約束するよ」
「なんでそんなに自信があるんですか?」
「もう撃っちゃったんだもん。メテオ」

ニコりと笑うロッキーは恐ろしいほどに無邪気で。

「もしあの大魔法の嵐が絶好のタイミング・・・・じゃなかったとしてだよ?
 じゃぁその時はメッツとイスカがどうにかしてくれんだ」
「どうにか?」
「それが仲間だよ」

偉そうに、
でも誇らしそうにロッキーは言った。

「どうにかしてくれるよ。もししてくれなかったら文句言ってあげようよ」
「そうですね」
「そんでもって責任としてもう一発メテオ撃てるまで踏ん張ってもらう!」
「きょ・・・今日はもう撃てません・・・それくらい全精力全力のメテオです」
「じゃぁ明日まで踏ん張ってもらう!」

ロッキーが冗談を言いながら、指をさした。
指し示した。
空。
メテオの空。
世界の終りのような、この世界一のメテオに埋め尽くされた空。

降って来る愛。

「もうメテオが直撃するよ。戦場に。内門に」

そんな時期になっても、
事実、
燻(XO)によるメテオのコントロールは見えなかった。

本当に、
燻(XO)はイスカとメッツで手一杯ということだろうか。
その際、
放ったあの大魔法の嵐のせいで、
メテオをコントロールする魔力が無かったということだろうか。

「信じてました」

フレアはそう、言いなおした。

「流れ星は願いを叶えてくれるから」
「お願いしたんだ」
「祈ったというほうが正しいかもしれません」

なんで信じれるのか?
なんて聞いたのが馬鹿だった。
すがるように・・・自分は信じていた。
このメテオが落ちることを。

自分の力が、誰かの助けで通る事を。

「なんてお願いしたの?」

決まってる答えをロッキーが聞くと、
決まってる答えをフレアが答えた。

「私のメテオが帝国の扉をグッチャグチャにしますようにって」
「女の人は怖いなぁ」

フレアは微笑んだ。
ロッキーも微笑んだ。




メテオは今、



内門へと着弾した。






























「シット...最悪ネ」



いろんな場所を旅してきた。
世界を見て回った。
この人生。

レビアの人々は、過酷な環境下におかれていたが、
どんな状況下でも騒いで五月蝿くて、
そして楽しんで生きていける事を教えてくれた。

ルケシオンの輩は、
手段を選ばない悪党達だったが、
追い求める夢と、達成する楽しみを教えてくれた。

マサイの民族は、
共同生活による民族意識。
そして、
どんなものでも火を通せば食える事を教えてくれた。

そしてオレン。
あそこの和文化は自分の革命だった。
すぐにその虜となり、
にわか和気取りな男と自分はなった。

これからも忍者であり続けようとコエンザエモンは思った。

「また・・・またあのトゥモロウが蘇るネ・・・・・」

だが沢山の町は焼き払われた。
アインハルトの名のもとに、
地図から消去されていった。

それでもコエンザエモンは、王国騎士団の部隊長として身を寄せ続けた。

世界に散らばる色とりどりの文化。
十色の文化。
これ以上世界の文化を消してはいけない。

そのためには、
この世界・・・王国を滅ぼす・・・・のが得策ではない。
違う。
世界を変えるのだ。

この大きな力は消してはいけない。
この大きな力を、守る力に変えなくてはいけない。

コエンザエモンはだから、部隊長となった。

「文化を・・・またデリートするつもりカ?また!?too!?
 ワールドを文化も何もナイ!スラムに戻す気か!」

降り注ぐメテオを、
二度も拝むはめになるとは。

重装騎士達に囲まれた狭い空を、
コエンザエモンは見上げていた。

空に隙間ないほどのメテオ。

終焉戦争。
あの日。
守れなかった内門。
その光景を・・・再び自分は見ている。

「ワタシ達が!あの日!ディフェンス出来なかったから!
 世界はスラム(無法時代)になった!なのにまた!too!!
 レジスタンスなんて間違っているヨ!なのに!なのに!!」

文化を守りたい。
人が作りあげた文化。
野生でなく、
人間だから作りあげたもの。
個性。

「ワタシは・・・・・」

せめて、
守りたかった。

滅ぼされる文化を、
"匿う世界"

"文化の亡命のための・・・"

地下の保管庫・・・
文化を守る世界

部隊長になった権力で・・・・・・

「エデルアンダー・・・・・」



最初のメテオは、
コエンザエモンの真上へと落ちた。

文化に魅入られたニンジャは、
二度目の崩壊に巻き込まれて、

二度も、守れなかった。








































「GUN'Sの時にも見ちゃぁいたが」

ドジャーは呆然としていた。

「カッ・・・・まるで世界の終りだな」
「見たことあるんですか?世界の終り」
「いや」

今見てる。

ドジャーはそう言って苦笑した。
世界の終り。
そう表現することは、言い得て絶妙だ。

世界を壊すための戦争においての、最終兵器であるのだから。

毎秒何発と落ちる隕石は、
苦労に苦労を重ねても突破できなかった鉄壁の重装騎士達をも、
飲み込む。

隕石が一つ落ちれば、そこには瓦礫しか残らない。
それが無数に落ちてくる。

空が落ちてきているかのようにとめどなく。

「GUN'Sの時にも見ているって言いましたけど」
「ああ?」
「その時以上ですよ。今回は"ココ"に全てのメテオが集約されている」

空が落ちてくるように。
無数に。

「天井が落ちてきたら逃げ場はないでしょう?今、そんな気分ですね」
「空が丸ごと落ちてきてるってか」
「そういう比喩が最もです」
「これで『フォーリン・ラブ』っつーんだからよぉ。
 お空の神様は愛どころか慈悲もねぇって話だ」

ひとつの隕石が、内門へと直撃した。

「おい!アレックス!」
「見てますよ」

それ自体は、内門を打ち破るほどには至っていない。
いないと思った矢先に、
次弾が直撃する。

内門が揺れた気がした。
いや、
見間違いではない。

「今、内門はエクスポさんのお陰で止め具を失っている状態です。
 鉄壁を誇る内門でも、どう計算しても倒れるでしょう」
「倒れるんじゃねぇ。倒すんだろ?」
「いえ、結果論を語ってもいいほど自信をもてる時なんです」
「なら"倒れる"だな。あの扉は・・・・・」

倒れる


またメテオが内門へ直撃する。
何発当たったかなど、既に計算できない。
それほど無数に降ってきている。

世界の終りのように。

気を許すと、
視界の全てをメテオで埋め尽くされてしまう。


「雨が降るなら傘を買え」


メテオの雨の中、
ふと一箇所から、無数の雨が"逆行"する。
天へ登る。

「槍が降るなら兜を買え」

それは・・・

斬撃。

幾多の斬撃が、メテオの雨の中を逆行し、
地から登る雨となる。
雨と雨がぶつかると、
メテオの巨大な雫は割れ、
空中で分解される。

「核が降るならシェルターを買え」

グッドマン。
ビッグパパこと、グッドマンだ。
相も変わらず、両手は背の後ろで組んだまま。
スマートに足を振り切る。
天に向かっての回し蹴り。
蹴りから放たれるパワーセイバーは、
メテオを相殺し、撃ち落す。

「それでも心配なら俺を買え。俺は高くつくぞ」

グッドマンはメテオの半数ほどを撃ち落し始めた。
逆風。
斬撃の嵐だ。

それでも無数に降るメテオの数の方が遥かに勝ってはいたが、
効果を半減させるほどにそのパワーセイバーは、
質、数共に素晴らしいものであった。
賞賛に値する。

金の化身であるグッドマンにとって、
賛など賞に値はしないが。

「おい!エドガイ!エース!何やってんだ!あいつの相手はてめぇらだろ!」

そう叫ぶドジャーだが、
目を離したのはいつだっただろう。

エースも、
そしてエドガイさえも、

流血して膝をついていた。

「・・・・・んだと?」

メテオが降りしきる。
それに目を奪われていた。
ドジャーやアレックスだけじゃない。
皆、
それが今の現実の全てだったはずだ。

そんな間にも時は流れていた。
時は金なり。
そんなハザマと呼んでもいい時間の中だけで、
グッドマンという男は・・・・

こちらのメイン戦力である、
エドガイとエースを既に打ちのめしていた。

「認めなければいけませんね」

アレックスが、
隕石が振りし切る中、悠々と一人それに逆らう男を見ながら言った。

「彼は52番隊(さくら)の部隊長です」

絶騎将軍(ジャガーノート)を除けば、部隊長の中で一番・・・・
いや、
エドガイさえ歯が立たないとなれば、
絶騎将軍(ジャガーノート)に近い存在であると。

「無理よルエンちゃん!」
「五月蝿いっ!!」

アレックス達の頭上を、
冷たい鉄の重みが通過し、影をもたらした。
スマイルマンの腕だ。

「償わせてやるんだよっ!この親父が!こいつが!私達の"家族"を壊した!」

そんなものにも目もくれず、
グッドマンの両刃。
その両足は、
メテオの撃墜に向けられていた。

スマイルマンの腕が斜め下に振り落とされる。

「お父さんっ!精算させてもらうわっ!」
「その通りよ!やっちゃってルエンちゃん!」
「うぅ・・・・・」

三姉妹の思いはそれぞれでも、
スマイルマンの動きが三姉妹全員の意思を表していた。

「無性に」

ただ、
そのスマイルマンの大きな腕は、
突如野菜のように千切りになってこぼれた。
キュウリを思い出した。
輪切りだ。
鉄が輪切りになって落ちる。

「いや、無償に腹がたつ」

グッドマンの両足は、今も尚スマートに天に向けられているだけだ。
だが、
鉄を切り裂いたのは彼だ。

「俺の"昔の名"をそんな鉄くずに付けている事ではない。そこに損得はない。
 だが、復讐というあなまりにも利益を生まない行動に腹が立つ。
 本当に俺の血を引いているのか?復讐は何も生まない。富も。心の満たしも」

切り裂いたのは、
彼の右手。
いや、
指だった。

彼の無刀の剣術。
それは両足を差すのでなく、
彼の全身を差す事を知った。

足刀だけではなく、
当然のように手刀も扱える。
なおも、
"指さえも全て刃"なのだ。

「この戦争は復讐なのだろうか?それとも防衛?奪還?
 人が行動を起こすには利益が必要だ。納得出来るメリット。
 故、戦争に理由などいらない。戦争は金になるから永久に起こるだろう」

淡々と、
グッドマンは紳士的にそう言う。
メテオを打ち払いながら。

「戦いは本能ではない。金儲けだ。世は今マーケット。
 それも世界最大の戦争。この戦争で一番働いた者が億万長者だ。
 ・・・・まぁ、利益に結びつくまでの過程は様々だがな」

とにかく、
自分が戦っている理由はそれだけだと。
その男は言いたげだった。

「戦争の動機に"心をいい訳にするな"。心の動機で勝ち取った戦争が歴史にあるか?
 心で勝ち取る勝利。そんな戦争は童話や絵本の中だけだ。何故か分かるか?
 作り話。絵本はその方が売れるからだ。・・・・・何が言いたいか分かるだろう」

現実ではメリットしか考えるな。
それだけが勝者の理由。
心の強さなど、・・・・絵空事。

「ならっ!!」

斬撃が飛ぶ。
パワーセイバー。
グッドマンのものではない。
グッドマンへ飛ぶ。
なら、
誰から発せられたかは明確だ。

グッドマンは片手でそのパワーセイバーを切り裂いた。

「ならっ!なんで二人選んだ!!」

片膝をついたまま、
剣を突き出しているエドガイ。
いつものわざとらしい腑抜け面は拝めない。
眉間にシワを寄せ、感情的だ。

「ふん」

「とぼけるなっ!"カイ"!あんたの最上の息子の証だ!
 それをっ!俺ちゃんとっ!クライっ!二人に与えたっ!」

なんでだっ!?
エドガイの声は、最大限の疑問譜だった。
長年、
聞きたかった言葉を、
溜めに溜めた言葉を吐き出すように。

「実験に近い。投資というも言えるな」

「・・・・・・実験・・・・」

「愛を最上とする者。金を最上とする者。両者が並び立つならそれもいい」

「俺ちゃんとクライ・・・どちらかを、"金欲"のかませ犬にしたかったのか!?
 愛なんてぇ絵空事ではっ!金への執着には勝てないってぇ結果へのっ!」

「誤解している」

振りし切るメテオの雨の中、
会話する義親子。
異様な光景にも見えた。

「愛は金になる」

「・・・・親父・・・てめぇはさっきっ・・・・」

「愛は売れると言っただろう。絵本のようにな。
 心は麻薬にもなる。恋愛や宗教が最上の見本だ。
 目的さえ変わらなければ、商売道具としてはなかなかのものだ」

スッ、と
グッドマンは自分のアゴをなでた。


「お前らが俺を親と愛して慕ったように」


わなわなと、エドガイの表情が強張る。
愛。
それは道具。
最上の道具である。
金のための。
力のための。

「まぁ結果的に、今残っているのはクライでなくエドガー。お前だった。
 金の化身の方が、愛の化身よりも勝っていたのだ。投資の方向性になるな。
 ・・・・いや、あの時は、お前の方が愛の化身だったはずだったな」

「それを奪ったのは・・・・」

それを決定し、
巣立った・・・

「あんたのせいだってぇのによぉ!」

「愛を失って金の化身になったら力を得た。なるほど俺は間違っていなかったな」

「黙れっ!!」

二人の私情タップリの口論。
耐え切れなくなって、
ドジャーはダガーを強く握るが、
アレックスはそれをふと制止した。

「アレックス・・・・」
「あの戦いは彼らに任せましょう。そう決めたじゃないですか」
「流れからしてエドガイが劣っている。言い負かされてちゃ終りだ。
 最後にゃ暴走したみてぇになりふり構わなく暴れる。
 俺はメッツで知ってる。そういう奴に勝ち目はねぇ」

だがアレックスは首を振った。

「理屈になってねぇぞアレックス。効率的じゃぁねぇ。空を見ろ」

振りし切るメテオ。

「今が最大のチャンスだ。ミラも居なくなり、
 状況は分からねぇが、燻(XO)もメテオの妨害をしてこねぇ。
 今が最大のチャンスじゃねぇか!最後の防壁はあいつだけだ!」

グッドマン。
ビッグパパ。

「あいつのパワーセイバーはメテオを撃ち落すっ!
 ここで勢いを失っちゃぁ終りだ!内門破りの最初で最後のチャンスなんだぞっ!」

ドジャーは両手を広げて主張する。

「こうもメテオが降り注いでちゃぁ!実質俺らは内門へいけねぇ!
 メテオの巻き添えを食っちまうからな!なら!
 今目標にすべきなのは、グッドマンを総出でぶっ倒す事だろう!」

事実、
アレックスは内門破りの最大のチャンスの今、
反乱軍を後退させていた。
理由はドジャーの述べたとおりだ。
巻き添えになる。

つまり、このメテオだけの是非が勝敗を喫する。

だからこそ、グッドマンを倒さなければいけない。
理屈に叶った正論だ。
何一つ間違っていない。

「スシアさん」

アレックスは苦虫を噛みながら、
スマイルマンの上を見上げる。
グッドマンと相対するその機械の魔物。
血気盛んになっているルエンとマリと釣り合うように、
スシアはそろばんを弾いていた。

「出ました」

パチンっと最後の玉を弾いて、
スシアは見下ろし、アレックスに叫ぶ。

「お父さん・・・・グッドマンが現状の勢いのまま存在するとしたら・・・ですよね。
 それによっておこるメテオの減力を踏まえると・・・・。
 メテオの降下が終了時・・・・・内門は"ギリギリ持ちこたえる"計算になります」

「分かりました・・・・・」

つまり、
グッドマンが居ては、メテオが決め手にはならない。

「ほれみたことか!」
「しょうがないですね・・・・そうすると何かしらの時に対応できないんですが」

「しょーがなくなんかないね!」

と、
とうとう決断しようとした時に、
それを遮るように女の声。
ヤクザの、ドスのきいた。

「ツバメか」

「今!内門が熱い!・・・・・ってんで来てみれば。なんだいそりゃ。
 どーせメテオが降ってるから内門は攻めれない?
 だからグッドマンを倒すぅ?ぜぇーんぜんお呼びじゃない考えだね!」

木刀を地面に付きたて、
スーツの上着を背負う姿は、
女ながら、ツバメはヤクザの天辺に立つに相応しく見えてくる。
貫禄とでもいうか。

「そうだろっ!?」

すると、ツバメの背後で大きな歓声があがった。
《昇竜会》のヤクザ?
と思えばそれだけじゃない。
内門にて戦っていた者達だ。

「この絶好期にアグラかいていられるかよっ!」
「メテオなんて怖くないね!」
「目の前に内門があるっ!」
「砕かないでいられるか!」
「ここまで来て!開くのを待つほど悠長な人間は残ってねぇ!」

この人達は、怖くないのだろうか。
メテオが降り注ぐこの内門。
それは、
敵味方の区別なんかない。
敵の内門前の戦力を殲滅せんと降り注いでいるのだ。
今攻めれば、
もろとも全滅する可能性だって。

「駄目です駄目です駄目ですぅ!」

横からエールが飛び出てきて、
必死に止めた。

「怖い怖くないとかの問題じゃなくてですね。理論的に考えるんです!
 今攻めれば確かに内門への威力は上がりますが、
 それに伴わないぐらい味方に被害がでちゃうんです!」

副部隊長エールは、
アレックスの考えをよく分かっている。
誰よりも。
だからこそ言える。

アレックスが怖がっている事も分かっている。

「今この時に限って!偽善者はお呼びじゃないよっ!!」

ツバメは叫んだ。
ドンッ!と木刀を今一度地面に突き立てる。

「天王山が見えてるってのに!歩けば辿り着けるのに!
 今宵に花見たぁ世の道理が許しちゃくれないよ!」

そして木刀をアレックスに向けて突き出した。

「良心が傷つくのがそんなに怖いかい。他人がめたらに死んでいくのが。
 生け贄を作るくらいの気持ちは持ちな。じゃなきゃ世界を手に入れようなんて・・・
 ハハッ!腹立たしいにもほどがあるよ!」

ツバメの口の端が持ち上がる。

「あんたが脳で、ここに居る全員が手足・・・体だ。
 脳だけが理屈と心でもの考えてNOと言ってる。
 だけど体は細胞の隅までYESだ。抑えきれてないんだよ」

皆、
"死ににいきたいと言っている"
何を馬鹿な。
もっと、もっと有意義な道はいくらでもあるのに。
無駄死にばかりが増えるというのに。

「お前の意見きく気はねぇってよ」

ドジャーはアレックスの肩を叩く。

「俺もあいつらと同意見だね。今の状況見て傍観しろって方が無理だ。
 ただただ"いきり立ってくる"んだよ。感情とは別にな。
 どーしようもねぇよ。分かりやすく言えば・・・・」

居ても立ってもいられない。

「なんですかそれ・・・・」

あまりに非効率に・・・人死にが増えるだけなのに。

「僕には決定権はないんですね」
「あぁ。お前の得意の言い回しでも納得はさせられんだろうよ」

この"偽善者"が、
出来るだけ犠牲の出ない、
出来るだけ効果の高い、
一番いい道を探してるっていうのに。

人は、

とりあえず前に進みたいんだな。

「お願いします」


「聞いたかあんたら!リーダーさんが"YES"と言った!
 GO!GO!と言ったんだよ!お隅付きだ!暴れてきなっ!!!」

それと同時に歓声があがり、
その歓声はそのまま終わることなく、
怒号と変化。
五月蝿く響く中、地響きが始まり、
死にたがりが一斉に飛び掛った。

「正しい選択ではなかったんだろうがな」

人がすれ違うように内門へ突っ込んでいく群の中、
ドジャーがアレックスに話しかける。

「・・・・・心強いです」
「あん?」
「僕は偽善者なんで。そういう作戦だけはやらなかった。
 ・・・いや、出来なかったんですよ。人を犠牲にする策を。
 でも彼らは、後押しするように動いてくれる」
「カッ、戦争は足し算だ。1+1+1+・・・が連なって沢山だ。
 お前だけのもんじゃないから馬鹿が突っ込んでいった。そんだけだ」
「そうですね」

ただし、

「理解してなくても、なんとなく分かってたんでしょう」

こうなれば、戦況は少し違う。

メテオが降り注いでいる間に、
グッドマンを倒せる可能性なんて保証されない。

「グッドマンさんの戦い方は明らかに"時間稼ぎ"です。
 あれだけの実力差をもっていながら、トドメを刺しにこない。
 こちらの攻撃は適当にあしらい、あくまでメテオの迎撃」
「スシアの計算じゃぁ、ドンピシャで"事足りる時間稼ぎ"なわけだ。
 カッ、さすが三姉妹の実父だ。仕事の計算は外さねぇ」
「でも今から追撃が入れば・・・・」

グッドマンの討伐を出来る出来ないに問わず・・・・

内門を倒すに至る。

そのわずかに"プラスする可能性"
それに払う被害・・・代償は大きすぎるが。

「見ろよアレックス。あそこ走ってたオッサン。
 敵と当たる前にメテオに潰されちまったぜ」
「フレアさんには見せられませんね」
「完璧な犬死だが、望んだ事だ。20%の効果を得るために80%が代償になる」
「代償は40%まで下げます」

アレックスの目線は燐と前を向いていた。

「残酷な決定も出来ない偽善者の脳に出来るのはこれくらいです。
 ドジャーさんには悪いですが、指揮を手伝ってもらいますよ」
「あぁ。こうなりゃ話は別だ。グッドマンは奴らに任せる」

酷い有様だった。
メテオは降り注ぐ。
それが一つ落ちると、
強靭な防御力を誇っていた重装騎士さえも、
へしゃげる。
潰れる。
そして地面へ着弾すると同時に飛び散る破片。
そこには人も混ざる。
それは生身の人で反乱軍。

敵も味方も見境無く食い荒らす天の隕石。

それらが降る中でも、反乱者は突き進み、
小さな武器を振り下ろす。

また内門が揺れた。
今更もう一度見てみれば、

板と呼べる形状が少し歪になっていた。
メテオが何度も何度も着弾し、
扉が、アルミハクを伸ばしなおしたかのような形状に。

それでも立ちはだかるのならば、

「倒しがいもあるってもんだ」

ゴールが目の前に見えたなら、
人々が居ても立ってもいられなくなるのもしょうがない。

































「・・・・・とぉ!!」

地面が削れるほどに滑る。
片肩に両手斧を担いだメッツは、
避ける動作だけでそれほどの勢いを持たなければならない。

「下の氷は溶けてきたが・・・・・」

天変地異。
そう表すに値する。

振り向けば内門上空がメテオで世の終りのようになっているが、
こちらも比べれたものじゃない。

燻(XO)の行う大魔法の数々は、
それこそ規模を合計すればメテオと遜色ないほどの・・・
いや、
フレアのメテオが"溜めて撃って終り"の最終兵器ならば、
燻(XO)の大魔法達は、
あくまでウェポンの一つ。

数ある手段の一つ一つを披露しているだけに過ぎない。

「油断するなメッツ」
「油断出来る相手かよっ!」

雷が落ちた。
それは直撃しなかったが、
メッツの周囲3箇所に3つのクレーターが出来た。

当たらなかったのは運が良かったに過ぎない。

「休むヒマを油断といっておるんだ」
「かもしれねぇな」

「焦らなくてもいい。必ず逝かせてやるから」

カラカラ・・・と車椅子に乗ったまま、
虚空を見上げて、紫の鬼畜はこちらへ言う。

「難儀してんだろう。"俺にメテオを操らせないように"ってな」

見透かしてくる。
いや、
これくらいは当然か。

「だから無謀でもいいからとにかく休ませないように立て続けの攻撃。
 かぁ〜・・・・大変だねぇ。俺の相手でいっぱいいっぱいなのによぉ。
 他人様のために、他人事のために頑張らなくちゃいけないなんてねぇ」

「関係ないな」
「どちらにしろテメェは叩き潰すんだからよ」

「そう!関係ない!安心しろ!だから夢中でこいよ!」

目を見開き、
紫の長髪を一度振り回し、乱れ髪となる妖美・・・
美しいクソ野郎。
その髪の隙間から、舌がのぞく。

「俺もよぉ。もう城とかどーでもいいのよ。どーっでもな。
 もう私情が酷いことになってんの。ぐつぐつ汁が煮えたぎってんだよ。
 我慢汁が垂れまくって新たな呪文でも発動しちまいそーだ」

美しい顔をしているのに、
腐ったクソ野郎の内面。
出した舌をグルングルンとプロペラのように回す。

「だからいいよもう。あのメテオとかはよぉ。
 てめぇらに苦汁を舐めさせたくたまんねぇのよぉ!
 その上我慢汁を舐めさせて愛汁舐めさせてカラッカラにしてやる!」

それは・・・・好都合だ。
好都合だが、それはやはり、
燻(XO)をここまで固執させたイスカ達の戦果といえよう。

メテオの判断は成功だった。
イスカ達は信じられて正解だった。

形はどうあれ、
燻(XO)はイスカ達の相手で手一杯だ。

「あんまり信用すんなよ」
「分かってる」

「信じられてねぇなぁ!最高だ!ぶっ殺す!・・・・前にじわじわと・・・・」

燻(XO)の目玉。
その二つの球体がギョロリと同時に横を向いた。

「ウフフ・・・・」

誘導かと思ったが、
イスカとメッツもそちらへと視界を移してしまった。
それほどに、
あのクソ野郎の眼には飲み込まれるような異端さがあった。

「ほれ見ろ。予定調和だ。俺は好きなことやってていいってよ」

その先に居たのは・・・・・


「・・・・なんだ?あれ・・・・」


人。
人の塊だ。
何がどうなっている。
人が塊になって動いている。

人と人を繋ぎ合せて大きな獣になっているかのように。

「沢山の人が磁石みたいにくっついてんぞ」
「いや、あれは・・・・」

くっついてるのではなかった。
"しがみついてる"
大勢の反乱軍の人間が、何かにしがみついて、あぁなっている。

千羽鶴でも引きずっているかのような光景だ。
砂鉄のついた磁石のような光景だ。

数十人の人が、
何かにしがみついて・・・・・引きずられている。

「ありゃぁ・・・・・マジかよ」

動きはとても遅い。
トロいといってもいい。
だが一歩一歩に地響きが起こる。
先頭。
多くの反乱軍の者達がしがみついている、
その核。

大きな鎧。
ロボットのような・・・・鎧の男。

「ミラだ!」

メッツが叫んだ。

ミラ。
鉄壁のミラ。
世界の門番。
スシアによって蜃気楼の地図で転送されたはずのミラ。

「なんでここに・・・・」

蜃気楼で飛ばされたということは、
もちろんこの庭園の中のどこかに飛ばされたということ。
そして、
現状がアレだ。

「内門に向かってるようだな」
「な、何十人引きずってんだ・・・あんだけの人数がまとまっても、
 それでも止められねぇのか?あのミラって男の進攻はよぉ」

まるで・・・象のようだ。
何が掴みかかろうとも、
ただただ自分の歩幅と歩行速度で、
のっし・・・のっしと進み続ける姿は・・・・


「ワタシハ・・・・内門ヲ・・・守ル・・・・・」

守護神は、取り付かれたかのような思考だった。

「健気で献身的だねぇ」

燻(XO)はヘラヘラと笑っていた。
笑いながら、
大きな火炎球を・・・・・20ほど放ってきた。

「余所見してる場合じゃねぇみてぇだな!」
「・・・・・むぅ」

横っ飛び。
地面が砕ける。
火炎球がぶつかっては砕ける。
破片が飛び散る。
炎が飛び散る。
これだけで地面の形が変わるほどに。

「あっぶね・・・・」
「メッツ!くるぞ!」
「あん!?」

ハッと思う。
破片と火の粉がまだ飛び散る中、
わずかな視線をかき分けて燻(XO)を見る。

手を上げている。
それだけで分かる。
背筋が凍ったような気分になる。

アレがくる。

「だぁくそっ!!!!」

無理矢理な体勢でもなんでもよかった。
とにかく地面を蹴飛ばし、
さらに横っ飛びをした。

「こいつだけはっ・・・・」

案の定、
メッツが居た場所に黒い、
黒い黒い黒い大きな球体が発生した。
唯一無二。
凶悪なるスペル。
ダークパワーホール。

「くっ・・・・」

ほっと息をつくヒマなんてない。
また大魔法が来るはずだ。
そう思っていると、

「・・・・・・・」

また、ミラの姿が目に入った。

あれは・・・・
止められないだろう。
面積がなくなるほどの人数がとびかかっても、
もろともせずに引きずって行進している。

なんて融通のきかないパワーだ。
計り知れない。

だがあの遅い歩行速度でも、
内門に再び到達するまでどれくらいだ?

「アレックスに連絡すべきか?・・・・いや、あんだけ目だってりゃ
 どっかから連絡くらいは入ってるはずだ。だが・・・内門はアレだ・・・・」

メテオの真っ最中。
絶好の機会の真っ最中だ。

結局のところどうしようもなかったミラの防御。
それに割く戦力はあるのか?

「イスカ!」

叫ぶ。
イスカを見る。
しかしイスカはミラの方を見ていない。
当然だろう。

燻(XO)があまりにもイスカを殺したいように、
イスカもあまりにも・・・・燻(XO)を殺したい。

だからこそ、内門の情勢からこの戦いを切り離す事が出来たのだから。

「ミラは俺がやるしかねぇか?いや・・・だが・・・・」

イスカ一人で燻(XO)を倒せるか?
無理だ。
二人がかりでも歯が立たないのに。

なら二人でミラを。
・・・・・だからそれはあの二人がそうしないだろう。

「なら、燻(XO)をさっさと倒し、ミラが内門に到達する前に・・・
 いや、せめてメテオが降り終わるまで時間稼・・・・
 ・・・・何考えてんだ俺・・・頭悪ぃ・・・それが出来たら苦労してねぇよ・・・」

どうする。
燻(XO)か。
ミラか。
優先事項はどっちだ。




                 






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