「ペイン・・・・・・ペインペインペインペインペインっ!!」

マリリン=マリリン部隊長は、
部下を引き連れて敗走していた。
後ろを気にする。
距離の人の壁はあるが、

「追ってきてるのよね・・・・くっ・・・あの《メイジプール》の女狐め・・・・」

西の策略によって、
《メイジプール》及びフレア=リングラブの手に落ち、
已む無く敗走。

「Be!Obscene(淫らで)!Be be Obscene(猥褻で)!Be!Obscene(いやらしくあれ)!
 なのにこの私の方がこんな醜態を晒すハメになるとは!遺憾よね!」

逃げ切れるか・・・・際どい部分だ。

「内門近くまで敗走出来れば・・・・くっ・・・魔術系の部隊長は少ないのよね・・・・
 ポルティーボ=Dが居ない今、私が内門の魔術師の指揮もとらないと・・・」

何にしろ、内門。
そこまで敗走出来るかか出来ないか。
そこが肝だ。

「このっ!そこらで待機してる部隊っ!あんた達もフォローするのよねっ!
 私が居ないと内門の守備が一段階厳しくなるMobsceneよねっ!
 ぼやぼやしてないでさっさと体張って敗走の助力を・・・・」

そういきり立っているマリリンの目の前に、
数人の・・・・狐仮面の男達。
それを中心にした・・・・和姿の団体。

「52(さくら)!?」

マリリン=マリリンはニヤりと笑い、
敗走を一時止めた。

「フフッ・・・・よくよこしたよねディエゴ!52が居れば敗走も可能よねっ!」

「ユニークじゃないねぇ」

先頭の男が、狐面を外す。

「俺は52(さくら部隊)のまぁ・・・この一団のリーダーのアール=レグザだ」

「名前なんてどうでもいいのよね!52に個人名など必要ないよね!
 あんた達は一まとめのサクラ!それだけっ!むしろ匿名のあんたらが名を・・・・」

「アール=レグザだ。覚えろマリリン部隊長」

レグザは睨み付けた。

「・・・・・何よね・・・・私も名で呼ぶな馴れ馴れしい・・・・」

レグザは睨みつけてくるままだ。
笑ってるようにも見える。
辺りの仮面の集団も同じだ。

「・・・・気持ち悪い奴らよね・・・モルモットの分際で・・・・まぁいいからさっさとっ!」

ただ、
そのこちらにむしろ・・・・・敵意を見せているような振る舞い。
52の仮面の男達は、
むしろ敗走の手助けでなく、マリリンの前に立ちはだかっているようにも・・・・・

「オツムのユニークな奴だ」

気付けば、
レグザという男は槍を抜いていた。

「・・・・・なんのつもりよね・・・・・まさかトチ狂って私に槍を向けるとでも?
 ・・・・はんっ!Mobsceneよね!これだから欠陥人間(モルモットベイビー)はっ!」

「案ずるんじゃねぇよ。もう終わった」

「・・・・・・あ?」

二杖流。
両手にスタッフを広げたところで、
マリリン=マリリンは気付いた。

自分の腹部に・・・大きく穴が空いていた。

「死骸でも、そのダメージなら逝けるだろうよ」

「・・・・・・・な・・・・・」

いつの間に。
いつの間に・・・・・だ。

「あんた・・・・がやったのか?」

「アール=レグザだ。覚えろと言っただろう。本当にゴキゲンな奴だ」

「どうやって・・・いや・・・・なんで・・・」

マリリンの体が、浄化の光に包まれていく。

「ディエゴの・・・命令・・・・・か・・・・・」

「まさか」

レグザはハンと笑った。

「ディエゴ=パドレスだっけか?あいつの命令はタルいんだよ。
 あんたの敗走を援護しろ?バッカじゃねぇのか?負けた奴は死ね」

「お前っ!!」

マリリンは歯を食いしばって睨み返す。

「確かに醜態は晒したよね!が!今後の戦況を考えるなら私はっ!」

「今後の戦況を考えての事だ。考えての・・・・俺の独断だ」

「・・・・・ッ・・・」

「あんたごときの命を助けるのにどれだけの人員が要る。どれだけの犠牲が出る。
 あのディエゴって指揮官にもそれは分かっているだろうな。
 だが、あの指揮官には"見捨てる"なんて命令は出来ないんだろうよ」

誇り高き騎士だから・・・・・な。

「あんたはここで消えてもらうのが世のため人のため騎士団のためなわけ・・・だ」

「・・・・貴様・・・・」

「もう一度ずつ言う。俺はアール=レグザだ。覚えろ。そして負けた奴は死ね」

レグザは中指で自分の唇を、横に撫でる。
そして親指で縦に撫でる。

「あばよ」

マリリンの体は限界に来ていた。
光となり消えていく。

「お前っ!貴様っ!・・・・・さっきの技といい・・・・・まさ・・・・・」

そして、
消えて無くなった。
浄化されて。

「気付いたか。部隊長ってのはマヌケは混ざってねぇもんなんだな」

レグザは狐面を被りなおし、振り返る。

「さて、次はどうするか。まだいいだろうよ。俺の番は。
 ・・・・・・・ハハッ、それまで生きてろキョーダイ」





































「見事だ・・・・・・」

そこに、
ケミカル=パンツは堂々と立ちながらも、
相手を称えた。
犠牲に尽くし、消えかかる自らの姿で。

「なんでもねぇよ。こんなもんはなんでもねぇ」

既に決着した相手を目の前に、
ドジャーはその両手のオーラダガーを回転させた。
蒼炎の火の粉が飛び散る。

「自分で言うのもなんだけどよ、俺のスペックで一撃当てればいいなんて、
 ・・・・・・カッ。そんなもん本当にズリィ所業ってもんだ。
 テメェが弱かったわけでも、何かが足りなかったわけでもねぇ」

そして、
自分自身。
ドジャーが強かったわけでもない。

「ただ"こういう武器"が存在しちまってる状況。
 つまり、てめぇらが"そういう体"になっちまってる状況。
 こんなもんがもう・・・・・・笑えねぇ笑い話なだけだ」

速度だけならば誰にも負けないドジャーに、
一撃必殺を与えた。
そんな事が起こり得ているのは、
この世知辛い戦場が生まれてしまったから。

「そうか?・・・・・そうかもしれんな。
 そうでなければ俺も・・・・もっと誇り高く、誰かのために命を使えた・・・・」

もっと太く。
もっと厚く。

「だが犠牲・・・・・・・義の生を真っ当した。二度目の命に・・・・・・悔い・・・・・無し・・・・・・」

そしてそのまま、
ケミカル=パンツは消えてなくなった。

「・・・・・カッ」

世知辛い。
か。
正義や悪なんてもんがどちらにあるかは知らない。
それでも相手に義はあったのだろう。

「どっちでもいい。俺は悪人で十分だ」

部隊長を倒したからといって、安堵も出来ない。

「チッ・・・・次から次へと」

犠牲部隊の隊員達は健在だ。
躊躇なく攻め立ててくる騎士の槍を、
素早く身を翻して避け、
避け際にオーラダガーを突き刺していく。

「鑑定(アイデンティファイ)する必要もねぇ。こりゃぁやっかい過ぎる一品だ」

自分の持つ武器の強さを再確認すると共に・・・・。
アレックスが握らなければいけない使命の強さも感じた。

「こんなヒデェもん持たねぇと、英雄は名乗れねぇってんなら、
 やっぱ俺達は悪だろうよ。・・・・・いや、」

アレックスに言わせれば・・・・
悪でなく、
"偽善"なのだろう。

「っておい!アレックス!!!」

アレックスに目を向ければ、
アレックスは包囲されているというのに、
無様に立っていた。

「なぁーにやってんだ馬鹿!!!」

飛びつくなり、周りの騎士達をダガーで一掃していく。

「・・・・・ッ・・・・一撃必殺の武器もってても楽させちゃぁくれねぇな!」

一瞬隙を見せれば突き刺してくる騎士達を、
ひとまず一通り始末する。

「おいアレックス!何ボォーっと!」

・・・・・しているのかと思えば、
横にはトレカベストの男が居た。
ウォーキートォーキーマン・・・・の部下のようだ。

「・・・・・って事です。それでは、イッツァウォキトォキ!!!」

オレンジのトレカベストの情報屋は、
そのまま身のこなしよく、走り去っていった。

「なんだ?」
「あれです」

アレックスは見もせずに宙を指差す。
宙には、
天使達。
女神達。
それに混じって・・・・。

「・・・・・ッ・・・・エクスポの馬鹿っ!本当にフウ=ジェルンに戻ってやがる!」
「そこはまぁ想定の範囲内です。どうであれ、生還してくれたなら」
「生還?・・・・生還・・・・・・おい!エクスポの馬鹿!やっぱ馬鹿じゃねぇか!
 地下通ってきて結局外に出てきたのかよっ!意味ねぇーじゃねぇか!」
「仕事はちゃんとしたみたいですよ」
「ほぉ?」
「ドジャーさんと違って」
「俺してたし!このダガーで超カッコよかったし!
 部隊長一人!苦労の末!俺一人で倒してやったし!」
「そんな描写見てません」

誰も見てません。

「まぁそんな仕事の一つとして色々と情報を送ってくれたみたいです。
 情報屋さんを介してまとめて戴きました。・・・・・・・・と」

アレックスは振り向きザマに、
背後の騎士にオーラランスを突き刺した。
騎士は浄化され、消える。

「《昇竜会》も地下を抜けたみたいです」
「ツバメは東で戦ってんじゃねぇか」
「あ、言ってませんでした。幹部のジャイヤという方を地下から派遣してます」
「なんでお前はそーいうのを一人でコッソリやってんだよっ!」
「その地下の情報です」

頭に詰め込んだ情報を、指を立てて伝える。

「僕の両親の死骸があったそうです」
「・・・・・」

それに関しては、ドジャーにかける言葉はなかった。

「死骸騎士としても復活できないほどの損傷だったようで。
 燻(XO)さんの部屋の一つにあった事を考えると・・・・」

命を落としてなお、あまり良い待遇ではなかっただろう。
むしろ・・・・弄ばれた事も容易に想像できる。
だが怒りが噴出すだけの事は胸にしまっておく。

「損傷の一部は、スプーンですくったような・・・というより、
 チーズの穴みたいな・・・・まぁネズミに食われたような損傷がいくつもあったそうで」
「クソ野郎の気晴らしの相手・・・・か」
「僕にショックを与えるためというなら、効果は残念ながらといったところ。
 それと、さらにもう一つ死骸。・・・・・ミイラという方が正しいようですが」
「ん?」
「ロゼ=ルアス王女の死骸があったと」

一応頷くが、
ドジャーにはその大事さはあまり分からなかった。

「一方、騎士団長の隣に居た女性。あれもロゼという名」
「ふーん。・・・ん?あえ?」
「まぁどちらが本物かなんて真偽の審議は難しいので放っておきますが」
「・・・・まぁ任せる」

アレックスはWISオーブを取り出した。

「・・・・・・・・・。あ、エールさんですか?・・・・・・・・まぁそうですね。
 ・・・・・五月蝿い。黙っててください。永久に。隊長命令です」

何やら罵倒している。
可哀想な副部隊長だ。

「・・・そうです。はい。彼らは殺させないように」

そうしてアレックスは通信を切った。

「僕の部隊にも盗賊がいます」
「俺か?」
「もっと優秀なのです」
「・・・・・ッ・・・・」
「医療盗賊といいまして・・・・あぁ、混合職(カクテルジョブ)ではないです。
 盗賊のスキルも医療に扱えるものが多いですからね」
「・・・・んで?」
「DNAアイデンティファイというのを使える者がいます。
 文字通り、鑑定スキルのDNAバージョンですね」
「カッ、それを王女様用にとっとくってわけか」

アレックスは頷く。

「騎士団長の遊びが再発しないように」
「ぁあ?」
「王女の確保。それは言い換えれば・・・・・王国の再建も可能という事です」

王家の血があれば、
王国は・・・・再度。

「壊して、造って、壊して、造って。騎士団長はまた飽きたときの準備が出来ている」

王国騎士団で遊んで、
王国騎士団を滅ぼして、
帝国アルガルド騎士団を作って、
そしてまた、
今回の件が終わったら、
また壊し、
また王国を。

「世界で・・・・遊んでやがるな」
「さながら玩具。彼はそう言ってましたから。
 あの女性は次の遊びの選択肢の一つ・・・・というわけでしょう」
「・・・ざけやがって。俄然さらにぶん殴ってやりたくなったぜ」
「でも逆に・・・」

アレックスは、
遠い目で城・・・・ルアス城を眺めた。

「確証は薄くても、王家の血が残っているなら・・・・・・・」

元通りになるかもしれない。
王国が。
マイソシアが。
その言葉を、
アレックスは飲み込んだ。

それはもう、自分の仕事ではない。

「何にしろ、信用出来る者に真偽を明らかにさせたいので、
 僕の部隊で血の鑑定が出来る者を出来るだけ生かすように命令しました」
「さいですか」

ドジャーは、
明後日の方向にダガーを投げた。

それは死骸騎士の頭に突き刺さる。

「お前にもらった聖なる炎も消えかかってきた。
 再点火・・・・といきてぇが、これからどうする」
「進みます」

アレックスは言い切った。

「犠牲部隊はかなりの数が残ってますが、イロヒ部隊の方への援護は薄くなりました。
 倒すまでいかなくても、もう数分もすればエールさん達も突破出来るでしょう」

そうすれば、

「この先はデムピアス海賊団の戦場です」
「中心にデケェ戦闘が見えるな」
「燻(XO)さんとデムピアスさんの戦いです。
 巻き込まれたら一貫の終りですが・・・・・・・・・・突っ切りますよ」

アレックスの強い目に、ドジャーは笑った。

「カッ、どうなるかな。巻き込まれるのには慣れててな」



































「海賊王!いーや!海賊神!リヴァイアサン?ポセイドーンかな?」

空中でバンビはクネクネと悶えながら、

「いーや!海賊王バンビちゃんだ!ハッハッハ!」

打って変わって上機嫌だった。

四x四神(フォース)が揃う。

フウ=ジェルン。モントール=エクスポ。
ライ=ジェルン。ネオ=ガブリエル。
スイ=ジェルン。バンビ=ピッツバーグ。
エン=ジェルンのみが敵の手・・・・・・・

「ヒャハハハッハハハハハハハハ!!!」

いや、
それも打って変わろうとしている。

「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろぉおおおおおおおお!!」

威力ではエン=ジェルン。
火力では俄然ダニエルだった。

二つの炎が包み込み合う。

「面倒クセェ・・・・あっちはあのアチアチ神さんに任せよう」
「まぁ賛成だね」

冷静にガブリエルとエクスポ。

「おい新参」

ガブリエルは、新たなスイ=ジェルンへと面倒臭そうに声をかける。

「ほえ?」
「神の力を弄んでいい気になりやがって。許されねぇが・・・・。
 まずはお目こぼしだ。テメェの力、見せてみろ」
「フフフ・・・・」

言われた通りいい気になりまくってるバンビは、
天へ手を掲げる。

「よかろう!我が力見せてやろう!」

「チッ・・・・・」

オレンティーナも身構えた。

「許される事じゃなくなくない・・・・・こんなの・・・・だけど・・・だけど!
 ジャンヌダルキエルの力を持つ私以上の能力なはずはないっ!」

どちらも緊急の神であれば、
そう言いながらもオレンティーナは危惧していた。

「海の力よ、底に溜まるだけでなく時として天から力を見せよ」

詠唱を始めたバンビの周りから、
水蒸気・・・・水の霧が立ちこみ始めた。

「水は万物の雫。全ての始まりであり唯一の終焉である。
 雨となり、全ての生命を無に帰せ!喰らえ!レイニーシャワー!!!!」

そして、
バンビの叫び声と共に・・・・・・・・・。




何も起こらなかった。





































「うぅ・・・・・・・・うああああぅ!!!!」

化け物のように剣を振り回してくる。
そいつは人斬り。

「・・・・と、と!」

後ずさりのようで、
それでも剣先の軌道を捕えながら、
マリナは下がりつつ化け物の剣を避ける。

「死ねっ!斬る!KILLっ!!!」

「あっ!」

イスカの剣がマリナの体に届いた。
切り取った。
・・・・マリナのブロンドの長髪の先を。

「何すんのこの馬鹿イスカッ!!!」

怒りと共にマリナは腰を捻り、
そのまま足を振り回して回し蹴りを放った。

「ごっ・・・・・」

イスカはキリモミ状態で吹っ飛び、
騎士を2・3体巻き込みながら滑り落ちた。

「お前がッ!!!」

休む暇なく、
イスカは再度飛び出した。

「お前がっ!居るからっ!拙者はっ!迷うっ!迷うのだっ!」

周りの騎士をゴミのように斬り飛ばしながら、
イスカは駆け走る。

「お前さえ居なければ!お前さえ居なければ!」

「私が居なかったら誰が料理を作るっていうのよっ!」

マリナのギターの先端から、
無数のマシンガンの弾が炸裂する。

「拙者を迷わせるっ!貴様はっ!貴様は何だっ!何だっ!誰だっ!」

空中に線。
閃が何通りも走った。

「ハハッ!拙者器用でなっ!!」

マシンガンの弾丸を全て斬りおとし、
人斬りの殺人鬼は照準の定まらない目で地を蹴ってくる。

「あー!誰だったかお前はっ!分からんっ!分からんっ!分からんぞ!」

繊細さのカケラもなく、
ブンブン剣を振り回しながら、
人殺しはマリナの目の前まで、

「イヒッ!!」

「なら思い出させてあげるわ!」

マリナはギターを逆手に持ち、
ハンマーのように横殴り。

「ウァッハッハ!!!」

イスカはそれを・・・
剣でもなく、
素手で止めた。

「何をだ・・・・思い出すことなどもう無いっ!全て忘れたっ!」

イスカの手がメシメシと歪む。
そんなでもイスカはマリナのギターを素手で止め、
顔は化け物のように歪んでいる。

「あんた・・・・もっと自分を大事にしなさいっ!」

「自分とはなんだったか!?拙者とは!?お前とは!?
 分からんっ!分からん分からんなぁ!分からないものは捨てるっ!
 斬る!KILL!斬る!KILL!斬り捨てるっ!!!!」

大振りに片手で剣を振りかぶる化け物。

「マリナさんヘッドバッドっ!!」

「ぶっ!」

イスカの顔面のど真ん中に躊躇なく、
マリナの頭突きが突き刺さった。

「脳ミソがカニ味噌になってんじゃないわよっ!!」

共に、
ギターを裏返し、

「あがっ・・・・」

イスカの口の中に突っ込んだ。
銃口を、押し込んだ。

「あ・・・・・」

「しゃべるなっ!マリナさんの命令よっ!」

マリナはそのままイスカを押し倒した。
銃口は口の中に突っ込んだまま。

「弱いわね」

目と目が触れ合うほどの距離で、
イスカを睨み付けた。

「騎士や44になったつもりはないけど言わせてもらうわ。
 今のあんたは弱い。自分を失って、守るべきものがないあんたはザコよ」

「・・・・が・・・・」

「ザコよザコ。ザコの中のザコ。ザコパリンクよ。刺身してあげようか?」

さらに銃口をイスカの喉の奥へ突っ込む。
イスカは剣を翻した。
そして剣先をマリナへと突き出す。
口内を撃ち抜かれようが突き殺す。
そんな意志。

「あんたと心中するつもりはサラサラない。私はそんなに優しくないわ」

マリナは避けなかった。
イスカの剣も、
マリナの横顔の寸前で止められた。

「約束が違うわ」

「・・・・・・」

「あんたは命を懸けて私を守ると言った。そう誓ったはずよ。
 なのに何この有様。役に立ちもしない。本当に役立たず」

「・・・・なで・・・・」

何故避けない。

「その代わり私も約束した。あんたが命をかけて私を守るなら、私はあんたを死なせない」

イスカが剣を突き刺すなら、
マリナも撃つ。

「私は約束を守るわ。こんな条件のいい用心棒他にいないからね。
 だから私は引き金を引かない。私はあんたを殺してあげない。
 私は守る。・・・・・・あんたはどう?答えなさいイスカっ!!」

問われても答えれないほどに、
マリナはグリグリと銃口をイスカの喉に食い込ませる。

「うぅ!うぐっ!!」

「あんたはどっち!?守るのか!?守らないのか!?」

「・・・・があ!ぐぁああ!!」

「あんたはどっち!?シシドウ=イスカか!?アスカ=シシドウか!?
 アスカであるなら私を貫けばいいっ!"お前"とは約束を交わしていないっ!」

でも、

「最初に教えたテーブルマナーよイスカ!ナイフは右手にっ!フォークは左手にっ!
 あんたの利き腕の刃はどこを向いているっ!
 ただっ!ただ目の前に血肉を差し出されたら切り刻むの!?」

「ぅううう!!!」

展開は思い通りにはいかなかった。
困惑のイスカは、
剣先を・・・・・・・進めた。

「それが答えね!!!」

マリナの横顔を串刺しにしようとした剣を、
マリナは、
左手で、素手で掴み取った。

「"お前"に用はないのよっ!」

刃を握る手から、
血が垂れ落ちる。

「勘違いしてんじゃないわよっ!このマリナさんがそんなに優しいと思ってるの!?
 私はあんたに"問いてるわけじゃない"!命令しているのよ!答えさせてるのっ!」

返事を決めさせてるのではない。
だから、
銃口を突っ込んでいる。

「あの酒場の用心棒は誰!?あの酒場のマスターは誰!?
 あんたが守らなきゃいけないのは誰!?あんたの・・・マスターは誰!?
 不器用で馬鹿なあんたが唯一自覚しなきゃいけないのはそこだけよっ!」

血が、
イスカの顔に落ちた。

「少ない脳みそで考えなきゃいけないのはそこだけ」

マリナは、
刃を放した。

「それを望むなら、あんたが望むなら、後は私が考えてあげる」

口から、銃口を抜き取った。

「唾液ついてるじゃない。汚いわね」

マリナも体を起こした。

「そういうこと」

横たわるイスカの見上げた先に、
高飛車な女王蜂が見下ろしている。

「考えたくないなら考えなくていいのよ。あんたは余計な事考えなくていい。
 思い出すくらいなら考えなくていいし、ツラいなら向き合わなくていい。
 そんなダサくて愚かで十分。だってあんたは"酒場"にそれを望んだんだから」

イヤな事は忘れればいい。
そういう場所に逃げ込んできたのだから。

「最初の御飯の料金がその約束だったはずよ。
 あんたが迷ってたから買い取ったの。あんたを料理したのは私。
 メニューの名前はシシドウ=イスカ」

殺人鬼が迷っていたから、
料理した。

「味付けには自信があるの。隠し味は隠しておけばいいのよ」

迷わなくていい。
考えなくていい。
その迷いは・・・・・

買い取った。
料理した。
別のものにして・・・差し出した。

「もう一度言うわ。私は優しくない。あんたの命は私が施した。
 あんたは"それを口にした"なら、お残しは許さないのよ」

それだけ言って、
マリナは、シャル=マリナは立ち去った。
ブロンドの長髪は、まるで女王蜂の羽のように傲慢だった。

「・・・・・・・・・・」

イスカは横たわったままだった。

「考えなくて・・・・いい・・・・・」

停滞。
そんな事で人間といえるのだろうか。
いや、
思いがあるなら人だ。
そこに飛び立つ意志があれば鳥にだってなれる。

「・・・・・・・分からん。何も分からん。もう何も・・・」

分からない。
自分の守るべきもの。
自分自身。
自分の本質。
自分のしたかったこと。

分からない。
もう、何も。

「・・・・・何にも分からん・・・・拙者は何を迷っていたのだったか・・・・・」

横たわったまま、
見上げた。

「・・・・・あれはなんだ・・・・」

見上げると広がっているもの。
それは大きく、
青く、
そしてやはり無限に広い。

まるで、
まるでマリナ(海)のようだ。

「あれはなんなんだ・・・・」

海に飲まれた。
自分の本質も、迷いも、
全て預かってくれて、
料理して、
そして自分もそんなもの全部飲み込んだ。

「・・・・・・・・自由」

無限に広がる、
あの目前に広がる大きなもの。
あれは自由だ。

全てを捨てて、
彼女が作ってくれたものだ。

あれはなんだったっけか。

この、見上げると広がる大きなものは。

「・・・・・・・」

地を這ったままでは見えないあの青いもの。
広い、
海のように広い、あれは・・・・

人斬りオロチは、それを見上げた。

あれは・・・・

「・・・・拙者は・・・・この大空を知っている・・・・・」



































「本当に悪趣味だなぁ。お空が恋しいぜ」

地下の地下。
地獄より深いんじゃないかという地下に、
殺人鬼は居た。

ウサ耳ファンシー殺人鬼は、隊長の命令に忠実に、
その置き土産を探していた。

「ここかな?」

ドアの一つを開ける。

「うっ・・・・」

ドキッとした。
その扉を開けると、全ての視線が一斉にシドに集まった。
裸の男女が飼育用の檻に個別に保管されていた。
皆やせ細っていた。
糞尿の匂いが立ち込めると鼻を塞いだ。

「違う・・・・ね」

ドアを閉めようとするシドに対し、
その家畜達は一斉に断末魔のような懇願の声を放っていたが、
閉じてしまえばそれも聞こえなかった。

「部屋多すぎてわかんないぜもう。バリキツ。
 燻(XO)隊長の言ってた部屋はどこなんだろうな」

口にガムを放り込み、適当にその地下通路を歩む。

「あ」

見覚えのある扉を見つけ、
通り過ぎようとした足を後戻りする。

「ここ、水道と繋がってるところだ」

開ければ、焼け焦げた部屋。
エクスポの功績だ。
部屋全体が爆発した後の部屋。
フランとキャラメルという部隊長が居た部屋だ。

「ここっ!ここっ!あったあった!」

ルンルン気分で人の油の焦げた匂いのする部屋に飛び込む。

「これかな?これだ多分!僕の勘はウサギより敏感なんだぜ!」

ロッカーのような箱を開ける。
開けると、
二つのボロボロの死骸があった。
虫に食われたような痕が残るミイラだ。

「・・・んと・・・アクセ・・・エー・・・違うか」

バタンと閉じ、隣を開ける。

「あら綺麗」

そちらは当たりだった様だ。
隣にあったオーランド夫妻の死骸と違い、
ミイラだというのに装飾品を着飾っている。

「ロゼ・・・・ラス・・・ルアスか。これだな」

王女ロゼの死骸。

「これが宝物庫のカギなわけだな。王家の血!」

蜘蛛の巣だらけのその箱の中に手を伸ばす。
王女の死骸の手に触れると、
ボロリとソレは取れた。

「・・・・・・って」

手。
それを手にとって思う。

「血・・・無いじゃん」

ミイラだから当然だった。

「えぇ!?これ!これだよなぁ!これだぜ間違いなく!
 僕なんか間違ったか!?あれ!?なんか聞きそびれた!?むぅ・・・・」

ミイラの手を持ったまま、
シドはガムを膨らました。

「搾ると出るのかな・・・果汁みたいに」

さすがに違うだろうと判断した。

「ま、いいや。とりあえずこれ持っていっておこう。
 このままじゃ大きいなぁ。えい。これでよし」

腕を手首の所でさらにバキっと折り、手首を懐に入れた。
残りは放り捨てた。
由緒正しき王女の腕の残りカスは地に転がった。

「あとお土産があるって言ってたなぁ。うわ、地下水道の道完全に塞がってる。
 そうだよなー、敵入ってくると困るもんなぁ。
 でもやり過ぎってほどバリケード固めてあるな」

燻(XO)の私室の多いこの地下の廊下でさえ、
兵が配備されていたのを思い出した。

「隊長の秘密がバレたら怒られるだろうなぁ。あんま目立たないように行動しないとな」

そう思いながらシドは部屋を出た。

「よっす」

普通にその辺にいる兵士に挨拶した。
ウサ耳でファンシーな格好をしていれば、目立つなというのも無理だった。

「お土産お土産。あとはそれだけっと。どこかなぁ」

また廊下を渡り歩く。

「あっちは地下牢の方だしなぁ。でも戻っても研究室とかあるだけだし。
 絶対この辺の部屋のどっかなんだけどなぁ。っていうかどんなお土産か聞いてな・・・」

そう思っている中、
シドはある部屋の前で足を止めた。

「・・・・・・・・・」

感じた。
そういう何かを感じた。
ドス黒い。
ヘドが出る悪趣味のような何か。

「・・・・・ここか」

根拠はないけど確信はあった。
ここに、燻(XO)のお土産とやらはある。

「・・・・・・」

シドは部屋の扉を開けた。
厳重かと思われたその部屋の扉は、いとも簡単に開いた。

「暗っ・・・・」

薄暗かった。
目が慣れるまでよくは見えなかった。
相変わらず死臭のような匂いはするが、
それはどこも同じ。
ただクソの中の清潔感というか、

「隊長のお気に入りの部屋なのかな?」

事実、そこは燻(XO)が一人で"ディナー"を楽しむ時だけ使う、
そういう、クソの中のクソの私室だった。
私刑場だ。

「気配が全然ないな。ここで家畜を飼ったりはしないわけか」

家畜と当たり前に呼んでしまうあたりが、
クソ野郎の趣味に慣れてしまった自分を感じて嫌だった。

「牢屋?」

薄暗くて分かり難いが、
部屋の片隅に牢屋があった。
開くと、軋むような音がして嫌だった。

「・・・・えっと・・・・・」

机のようなものがあった。
暗くてそこにあった頭蓋骨を落としてしまった。
何故かタバコの灰が散乱したが、
それよりも蝋燭とライターに気が付いて点火した。

「これでよく見え・・・・・・・・うわっ!!」

シドは少し後ろに飛びのいた。
ガシャンと牢の檻に背中がぶつかった。

目にしたのは、
牢屋の中に吊るされた・・・・男の死体。

「・・・ス・・・スザク・・・・」

こないだまでの仲間だった。
グチャグチャになっている腹部を見れば、
生命が無いことは一目瞭然だった。

「人工呼吸!?心臓マッサージ!?ああ!心臓がもうないっ!」

シドは慌てた。
吊るされたスザクの死体は何も返事をしなかった。
代わりに返事をしたのは集っている虫ぐらいだった。
眼帯のあった場所。
スザクの無い片目から蛆(ウジ)がニョロンと挨拶した。

「し、仕事をちゃんと出来ないような奴はこうなっちゃうぞって!?勘弁してよっ!」

シドはその牢から這い出た。
這い出ても、
そこはやはりクソ野郎の私室でしかない。

「ななな何を持って帰ればいいんだ!?ここにあるのは間違い無さそうなのに!」

辺りを見渡す。
それらしきものは見当たらない。

「スザク持って帰ればいいのかな・・・おーいスザクー・・・返事してくれー。
 死骸騎士に変身するのー?・・・・・・・・・・・・・・・・そんなわけはないか」

その様子はない。
しかし、
この渇いた薄暗い空間に、

「・・・・・誰?」

もう一つ吐息がある事に気付いた。

シドは蝋燭を手に取った。
同時に、
ソレがお土産である事は間違いないと思った。

「誰?誰かいるの?」

蝋燭を照らしながら、
燻(XO)の私室の奥を覗く。

「僕は敵じゃないよー。・・・・そっちが味方か分からないけど・・・・」

照らした灯りが、
部屋の奥の壁を照らした。

「・・・・・」

そこにはやせ細った少女が居た。

「・・・・・・・え・・・と・・・・・」

彼女は全身を拘束されたまま吊るされていた。
猿ぐつわをされていて、
全身アザだらけだった。
一糸も纏っていないのでその傷の全てが分かった。

「あの・・・・初めまして・・・・・」

彼女は答えなかった。
というより猿ぐつわで答えられなかったし、その意志もないようだった。
意志どころか意識があるのかも不明だった。
どこを見ているか分からない目をしていた。

吊るされるその姿は、
マリオネット・・・・人形のようだった。

「コレ・・・・なんだろうな・・・・」

シドは蝋燭を置き、
両手にトランプのカードを広げた。

「新しいフレンドだって事を祈るよ」

そしてそれらを投げつけた。
それらは全て彼女をカスり、
後ろの壁に突き刺さった。
拘束具が全て切り落とされた。

「ほ、よかった。死んでない。凄く注意してないと無意識に殺しちゃうからなぁ」

解放された裸の少女は、
壊れた人形のようにそこに崩れていた。


「・・・・・・・・パパじゃない」


初めてしゃべった。
共に体を翻し、
地面を張って部屋の角へ逃げてしまった。

「ええ?ちょっとまって!逃げないでよ!」

シドが歩みよると、
少女はビクりと体を震わし、
また逆の部屋の角へと逃げ惑う。

「何?君は誰?パパって何?燻(XO)隊長のこと?」

部屋の隅でガタガタと体を震わしながら、
少女はコクリと細い首を前に曲げた。

「え!?燻(XO)隊長の娘さん!?」

少女は大きな声に怯えた。

「ご、ごめん・・・ほら、驚かすつもりは・・・・」

震えながら、色白の人形のような少女は、
渇いた唇を動かした。

「・・・・きょ・・・・今日は・・・・パパはパパ・・・・・き、昨日はお兄ちゃん・・・・」

「へ?」

「一昨日は・・・・パパが赤ちゃんで・・・私がお母さんで・・・・・
 そ・・・その前は看護婦さんで・・・・そのその・・・前は・・・・女王様で・・・・・」

「・・・・・・・ごっこ遊びのお相手か」

シドはため息をついた。
ヒマがあれば、
こんな少女とイメクラ遊び。
ほとほとあの外道の趣味にはついていけない。

「・・・・まぁいいや。こんな事だろうとは思ってたしさ。
 僕はこんな事でフレンドを選んだりしないから安心しろよ」

「・・・・・・」

少女は怯えた目をやめない。
体はバイブレーションをやめない。

「その隊長・・・今日はパパさんね。パパさんから君を連れてけって命令なんだ」

「パパのお願い?」

少女の体の振るえは止まった。

「なら行く・・・・」

彼女は立ち上がって、
ヒタヒタと裸足で歩いてくる。

「うわうわっ!ちょ!なんか着てよ!」

「それもパパのお願い?」

少女はシドの立ち止まる。
シドは顔を背けながら慌てる。

「僕のお願いだ僕の!」

「パパのお願いしかきけない」

「じゃぁ燻(XO)隊長のお願いっ!パパのお願いだっ!」

「ならきく」

従順に彼女は頷いた。
手懐けられている事がありありと分かるように、
従順に。

彼女は部屋の隅でゴソゴソと色々と漁っていた。

「・・・・一人で出来ました」

そういう彼女は、
ただ破れたシーツを体に包んで羽織っただけだが、
まぁ他に代わりになりそうなものもないし、
それで妥協するしかなかった。

「あなたは?」

先ほどまでと違って堂々としている。
でも感情の無い人形のような目が哀しかった。

「えぇと・・・僕はシド・・・シド=シシドウ。君のパパのぉ・・・・まぁ部下で・・・」

「シドシド・・・・」

「いや、シド=シシドウ」

「シドシド・・・覚えた・・・・・」

無機質で抜け殻のような彼女の表情は、
逆に純粋で無垢だった。

「私覚えた。偉い?」

ただ、作り物と分かるその笑顔は、何故か美しく思えた。

「・・・・・そうだね。偉いね」

なんとなくシドは少女の頭を撫でようと思ったが、
その手を撥ね退けられた。

「それはパパの仕事。めっ」

「・・・・・そですか」

ただ、
この子は燻(XO)の家畜の一人に違いないが、
他の家畜とは違っているのは分かっていた。
一つは・・・・
"自分と同じ匂い"
一つは・・・・
"元の人間として他と違う"
そして一つは・・・・

「ねぇ、君はパパの事が好き?」

「私はパパしか好きじゃない」

洗脳ではなく、
純粋に燻(XO)を慕っているフシがある。
"ごっこ"でなく、
堕ちたでなく、
純粋に。

あのクソに懐く人間が・・・この世にいるのだろうか。

「シドシドは・・・・パパの友達・・・・」

「へ?・・・あぁうん。まぁそんな感じ」

「先に知っておいてよかった・・・・・」

薄汚れた彼女はそう言った。
なんでかと思うと、

「おい。なんでこの扉が開いている」
「ここは燻(XO)将軍の私室だぞ」

兵士が二人、
部屋に足を踏み入れた。

シドは無意識に殺そうと思った。
哀しい性だ。

だがそれよりも先に、少女が動いていた。

「なんだ!?」

シーツを羽織っただけの少女が、
薄暗い狭い部屋で飛んだ。
後姿でもソレは見えた。

両手に・・・・・・刃。

グリップのやけに太い。
ダガーのようでそうじゃない。
短く太い双刀。
まるでチャクラムのような。

「お!応援をよ・・・・」

片方の男を、シーツが包み込んだ。
シーツの中に、
少女と男が隠れた。
ガゴンガゴンと、必要以上に地面に打ち付けられる音がして、
そして、
浄化の光が染みあがった。

「ひ、ひぃ!」

もう一人の男が逃げようとする間もなかった。
シーツの中から、
少女の顔だけがギロリと覗いて目が合った。

そしてシーツから少女だけが抜け出て、
男を押し倒した。

「パパが待ってる・・・・・」

馬乗りになったまま、
彼女はその両手の刃を何度も打ちつけた。
打ち付けて打ち付けて打ち付けて。
何も世の中の常識を理解していないように。

そして最後に思い切り打ち付けたあと、
彼女は馬乗りの状態で体を反らして天上を仰いだ。

「・・・・あはぁ・・・・」

もう一人の兵士もそこで浄化されて光となった。
終わった。
終わってみれば、
ただ裸の少女がそこに座り込んでいるだけだ。
ヨダレを垂らして、天上を見上げて。

シドはそれを・・・・・・

修羅のようだと思った。

「・・・・・・・・・ちゃんと服は着る事」

シドがそう言うと少女はキョトンと首をシドに向けた。

「パパのお願い?」

「そう」

「なら着る」

のそのそと床を這いながら、そのボロキレを被りなおす。

「で、君、名前は?」

シーツから顔を出しなおした彼女は、
無機質な目でシドに答える。

「日によって違う」

「今日は?」

「まだもらってない」

「・・・あー・・・・でも無いと不便だよな。フレンドになってもアドレス帳に名前いれられない」

シドはフーセンガムを膨らました。
彼女だってフレンド候補だ。
どんなだって。
それが自分と同じようなものであるなら、
いいフレンドになれるかもしれない。

「僕の仲間って事はシシドウの仲間になるってことかな?
 ならさ、とりあえず空に関する名前をつけてやるよ」

彼女は嬉しそうでない・・・というより、
不機嫌そうだった。

「何がいいかな。クモ。クラウド。女の子っぽくないなぁ。
 鳥の名前の方がいいかな。チドリ。ハト。ウグイス。ヒバリ。お、可愛いな。
 でも若いしヒナとかウズラとか・・・・・・・」

フレンドになれるかもしれない娘の名前をウキウキと考えていた。
それはシドにとって楽しい時間だったが、

「・・・・・・」

哀しい人形。
薄汚れた彼女。
もしかしたらこの地下しか知らないかもしれない彼女。
その姿を見ていると、

「アヒル」

醜い、飛べない鳥の名前を付けた。

「パパが付けてくれる名前?」

「・・・・そう」

「ならそれでいい」

彼女は微笑んだ。

とりあえずは・・・彼女を持ち帰る事になる。
その程度だ。
その程度にしか思ってなかった。

シドにとってはこの戦争事体どうでもいいことで、
フレンドやハッピーなライフが最優先事項で、

だから彼女が、
この戦争の一つの重荷であることに気付きはしなかった。



































「・・・・・レイニー・・・シャワー・・・?」

ジャンヌダルキエルもとい、
オレンティーナが首をかしげる。

「なにそれ。そんなスキルなくなくなくなくなくない?」

バンビは顔を赤らめた。
それもそうだ。
偉そうに詠唱し、その結果何も起こらないのだから。
(彼女が思いついた魔法と詠唱なのだから当然なのだが)

「レイニーって。シャワーって。何も降ってこなくなくない?」

敵であるオレンティーナにそういわれると、
羞恥の極みだ。

「なぁガブちゃん」
「んあー?」
「あんなスペル、天界ならあるのか?」
「ねぇーよ」

無いらしい。
当然だ。
バンビが天界の何を知る。

「つーかあのガキ、海賊・・・つーか盗賊だろ?」
「いや、アピールしか使えないということだから戦士だろうな」
「あぁメンデェ。んでそれ。それなのになんか水系の魔法使いにでもなれると思ったんじゃねぇの?」

バンビの顔が沸騰していく。
だが空中に隠れれる場所はない。

「そうだよね。ボクだってそうだ。確かにフウ=ジェルンになって神の力は手に入れた。
 風系の力を手に入れた。けど風系のスペルなんて使えない。
 だってボクは風系のスペルについてなんにも知らないんだからね」
「そゆこと」
「だから風を自身の力に応用するくらいしか出来ない。
 結局風の加護のあるモントール=エクスポなだけなんだよね」

爆弾使いのエクスポは、
風で爆弾を応用出来るようになった。
それ自体は言葉よりも多大な能力なわけだが、

「俺もそうだ。俺だって天使の歴史はオメェらより数段長ぇわけだがぁ・・・・・
 結局俺も雷の力をライトニングスピアに応用するくらいしか出来ない。
 元があっての能力なわけ。元人間の天使じゃぁな」

水の全てを操る神になったつもりだったバンビは、
ただただ先ほどまでの威勢が恥ずかしいばかりだった。

「大体エレメントの力を使えること自体、元人間の俺らの特権なわけだけどよ」
「あぁ、神族は善と悪だけだったんだっけ?」
「そう。それでも純正の神様ほど自然の力を自在に扱おうなんておこがましいにも程がある」

元人間が転生した神は、
結局、
元人間が転生した神でしかない。

「・・・・自然の力を自由自在暴虐無人好き放題に操れるのなんてぇのは・・・・・」

ガブリエルの目は動かなかったが、

「純粋な神だけよ」















「ヒャーーーーーーッハッハッハッハッハ!!!」

純粋な神。
そう呼ぶにはダニエルは少し異端だ。

根っからの神である事は間違いない。
ただ、
人間しか操れないはずの炎・・・エレメントの力を宿して生まれた故、
地上に落ちた神。
堕とされた神。
カルキ=ダニエル。

堕天使。

神の落とし子(スプリングフィールド)。

ダニエル=スプリングフィールド。

「燃えて燃えて燃え燃え燃え!燃え〜〜〜〜〜!!!!」

空中に炎が散乱する。
火炎の塊。
大型のソレが、6つほど空中に浮かぶ。

ビッグフレアバースト。

「燃えて!焼き潰れろっ!」

「くっ・・・」

エン=ジェルンが逃走経路を模索したが、
どちらを向いても火炎の塊があった。
その躊躇したヒマに、

6つの火炎。
ビッグフレアバーストが同時にエン=ジェルンに結集した。

「ヒャハハハハハ!燃えろ燃えろ!ファイーヤ!炎に押し潰されちまえ!」

炎の閃光があがる。

「・・・・ご・・・・・このっ・・・・・」

炎の跡地・・・跡空とでも呼ぶべきか。
そこにエン=ジェルンの姿。
黒ずんでいるが、致命傷にはなっていない様子。

「ヒャハ・・・・ヒャハハハハハ!やっぱ?やっぱぁ〜〜〜〜!?
 火の神様だもんなぁ!効果薄いよなぁ!いいねいいね!いいよぉ!
 だぁーーーーが!俺の炎は段違い!それを含めて燃やし尽くーーす!」

「やってみろよ・・・・・」

エン=ジェルンは挑発する。

「俺は炎の神になったんだ・・・。貴様の炎なんて・・・取り込んでやる・・・・」

「ダメージ受けてる奴のセリフじゃないよねぇ!」

「言ってろっ!!!」

エン=ジェルンが飛行。
ダニエルの方へ飛んでくる。

「アヒャヒャヒャヒャヒャ!!マッチ棒風情が!!!」

ダニエルはその片手をその場で払った。
薙ぎ払った。

それだけで、ダニエルの目の前に、
横に長い、大きく広い火炎の壁。
ファイアウォールが形成される。

「くっ!?」

エン=ジェルンは空中で急ブレーキをかける。

「火の神が火を恐れてどうする!?ぁぁーん?ヒャハハハハ!」

「恐れるか!?」

エン=ジェルンは再び飛行。
そして、
巨大な空中のファイアウォールを・・・・突き抜けた。

「!?」

炎の壁の先に、ダニエルの姿は無かった。

「ヒャハハハハハハハハハ!」

それどころか、視界の至る所に炎の壁が形成されている。

「もーえもえもえも燃え〜〜〜ろ!何からなぁーにまでぇ〜〜〜♪」

ダニエルが炎の翼で不乱に飛び回っていた。
ダニエルが飛んだ後には、
飛行機雲のように炎の跡が出来ていた。

「お母さんに教わらなかったぁあん?火遊びは危険だからぁ!しないようにってぇ!!
 でも俺は教わらなかったから遊びまぁぁあ〜〜〜っす!ヒャハハハハハハハ!」

「遊びやがって!」

エン=ジェルンが炎の壁達の隙間を縫って、
ダニエルを追いかけるように飛行する。

「・・・・ん?・・・・!?」

横から炎の壁がエン=ジェルンを包み込んできた。

「くあっ!!!」

エン=ジェルンは炎を翼で振り払う。
だがそこにさらに炎の壁が迫ってくる。

「炎が・・・・生きている!?」

迫ってくるファイアウォールを避けながら飛行するが、
それでも逃れきれず、
飲み込まれ、
脱出し、だが飲み込まれた。

「生きてるぅ〜?違う違う。炎は俺の遊び道具。俺が操ってんだよ。
 だって放火魔だもんよ!炎ぐらい意志通りに動かせなくてナンだよっての!」

「このっ・・・・」

炎から抜け出たエン=ジェルンはプスプスと焦げていた。

「ヒャッハハー!」

ダニエルは楽しそうに炎を撒き散らしながら飛びまわっている。
だがその途中で気付いた。

「うぉおーん?」

上。
空中よりさらに空中。
影。

「俺が無意味にやられてるばっかだと思ったか?」

太陽。
巨大な火球。
フレアスプレッドがそこに形成されていた。

「・・・・う・・・・うぉぉ〜・・・・・」

「ずっと悟られないように時間を稼いでたんだよ!ハハハハッ!
 この炎はよぉ!天の力!太陽の力だ!テメェが炎神(エンジン)だろうが!
 関係ねぇ!関係なくこの炎はテメェを押しつぶすぜ!!」

ダニエルは見上げた。
その巨大な炎の塊。

「・・・・・・・すげぇ」

ゴクリと唾を飲み込んだ。

「こいつぁすげぇ!すげぇよっ!!!確かに俺を上回ってる!
 これがエン=ジェルンとやらの力か!?参った!ワーーーオ!」

「だろうよ。お前にもこの規模の炎は扱えねぇだろ」

「あぁ!そうだな!」

「なら!このまま押し潰れろ!!!」

「やだぴょーーーーーーーーーーん!!!!」

ヒャハハと笑いながら、
ダニエルは指をエン=ジェルンに突き出す。

「焼き潰れるのはお前って決まってるわけ!ダー!ダー!」

「はん。どうやってだ。生半可な炎じゃぁ駄目だぜ?
 俺を倒す前にフレアスプレッドの餌食になるからな!」

「バーニングデスでぇーす!ってか?」

ニタニタ笑うダニエル。
だが、
それよりも噴出したのはエン=ジェルンだった。

「プッ・・・カハハハ!バデス?バデスか?馬鹿かテメェ!
 そんな炎で俺を攻撃してもよぉ!バデスの即効性の無さじゃぁ遅すぎるっての!」

そう笑い尽くすエン=ジェルンだが、
異様さはすぐに気付いた。

「誰がお前なんかにバデスってやるっつった?」

ダニエルの全身が・・・・炎に包まれている。

「忘れてたろ?・・・・ってかテメェは知らねぇか。俺の得意技だよ」

自分バデス。

「いいねこれ。いいよ!ヒャハハハ!久しぶりだけどよぉ!燃える?つーの?
 ヒャハハハ!当たり前だ!俺燃えてるっつーの!燃えてまくり!
 ってーか熱ぃ!これやると痛ぇ!自分がツレぇ!ヒャハハハハハハハ!!!!」

マゾのようなサドな放火魔は、
自分の炎の苦しさを愉悦に還元していた。

「アチィアチィアチィ!!俺の体燃えてるよぉ!ヒャハハハハハ!
 あー・・・・・・快っ感♪・・・・俺の炎で死ねるなら俺、本望。ほんもーーー!!!」

「・・・・・・・・・馬鹿じゃねぇの」

エン=ジェルンは手を掲げる。

「燃えて燃えて押し潰れろクソ神が!!フレアスプレッド!!!」

エン=ジェルンは、
その太陽・・・・巨大な火球を落下させた。
ダニエルを・・・押しつぶそうと。

「これで!これで炎を操れる神は俺一人だ!俺!ただ一人!
 真の神を燃やして!正真正銘このエン=ジェルン様が!」

高笑いをあげるエン=ジェルン。

「・・・・・・・は?」

ただ、
その超級の火球は・・・・・・・・自分の意図した方向へ落下していなかった。

「だから、得意技だっつったろ?」

ダニエルは炎の中で、赤い眼をギトリと漂わす。

「今のダニーは超フルパワー!・・・・ってことだ」

「え・・・ちょ・・・・」

フレアスプレッドが・・・・・エン=ジェルンの方に落下してきていた。

「放火魔(紳士)たるもの、炎を操れてなんぼだろうが」

「て・・・・てめぇえ!!!人の炎を!」

「チッチッチッ・・・・YES、I am!炎は誰のもんでもねぇよ。
 ただし・・・・・・俺の遊び道具だ。・・・・ヒャハハ!でも、でも!だ!
 てめぇも炎使いならそれなりの覚悟ってもんを持ってろよ」

赤い目の悪魔は微笑む。

「火はいつか消えるもんだ。エン=ジェルンの称号。預かっとくぜ」

「ダレガ!誰が!誰がやるか!これはお姉さまから貰った体!魂!
 俺達が人生をかけてきた証明で!つま・・・・うべご・・・・・」

落下してきた火球が、
エン=ジェルンにぶつかった。

「いいざまだ」

火球に押しつぶされながら、
エン=ジェルンは落下していく。

「あー、熱かった」

全身の炎を消し、首を二度捻ってストレッチした。

「完全燃焼にはほど遠いが、いい着火だった。放火魔冥利に尽きる」

フレアスプレッドはそのまま、
エン=ジェルンと、
地上の死骸騎士を数十名・・・いや百名以上を巻き込んで、
地面と衝突した。

「うん♪花火が降るってのも悪かぁーねぇな♪」

その焼け野原を見ると、
気分がスゥーっとする。
性だなと思う。

「ま、なんつーんだ。今回の件をまとめますとぉ〜・・・・・・・・」

ダニエルは、指をパチンと鳴らす。
すると、
ダニエルの指先に炎が灯った。

「俺に触れると火傷するぜ?・・・・・ってこと♪」






















「なんかすっげぇ規模の爆発みてぇなもんがあったなぁデムピちゃん?」

燻(XO)は余裕の表情でデムピアスに語る。

「関係の無い戦いだ」

「そうかい。そうだよねぇ。他人事なんてどっでもいいよねぇ」

デムピアスが腕から銃弾を乱射してくる。
だがそれは燻(XO)のダークパワーホールの中に、
全て飲み込まれて無に帰した。

「でもこっちには余裕があってさ。暇つぶしも必要なわけ。
 あー、シドの馬鹿はちゃんと仕事してっかなぁ。
 アレ死なせないようにしてくんないとな。アレ死ぬと面倒だから」

アレ。
シドが名付けたところのアヒル。
人形のような玩具のような少女。

「ウフフ・・・でもシドじゃぁアレ見ても気付かないだろうな。
 だけど・・・ウフフ・・・アレは俺の切り札・・・・丁重に扱ってくれよぉ?」

「度し難い」

「おっと」

イミットキャノンが2発。
それもダークパワーホールが飲み込んだ。

「俺との戦いは上の空か?度し難い。遺憾にもな」

「ウフフ、悪いねぇ。だけどあんた・・・・・もうズタボロじゃん」

そういうデムピアスの体。
見た目にはそうは見えない。
どれだけでも、肉と鉄が再生するからだ。
しかし、

「俺の勘じゃぁ、あと10回も死ねないんじゃないかな」

「・・・・・・・」

燻(XO)の予想は当たっていた。
デムピアスとしてはもうそれぐらいの再生能力しかない。
その程度しか。

「・・・・人の体を選んだ道だ。覚悟はある」

「なら死ねよ!すぐ死ね!今死ね!絶対死ね!ほぉーら死ね!」

「だが、正義を全うしなければ!朽ちるわけにもいかん!!」

全身から銃口は飛び出す。
数十の銃口。

「ウフフ・・・・アヒャヒャヒャ!!何回聞いたかなぁその言葉!」

「何度でも言う!悪にも正義にも終りなど無いのだからなっ!
 俺はダークヒーローになる。何せ・・・・俺は正義の味方・・・・魔王デムピアスだっ!」

「うっせ。テメェが分析した事をそっくりそのまま返してやる」

燻(XO)は車椅子の上でゆっくり右腕を動かした。

「俺のダークパワーホールにもわずかだが・・・当然攻撃の動作があるように、
 お前の攻撃にもあるんだよ!狙い時ってのがなぁ!それが今だっ!!!」

座標発火型。
ダークパワーホールが、デムピアスの上半身と重なって・・・・・展開された。
避ける、
当たるの概念無く、
直接そこに生まれ、
そして、
デムピアスの上半身を飲み込んだ。

「はーい。また1回死んだぁー」

そう思った瞬間。
過る。
このダークパワーホールでデムピアスを飲み込む寸前。

その顔。

「・・・・・なんだった。その表情は」

なんだった。
あの胸糞悪い・・・・・顔は。

喰ってやったのはこっちだ。
間違いなくダークパワーホールに飲み込まれただけだ。
また。
また勝ったのは燻(XO)の方だ。
だが、
何か違う・・・・狙いがあったような・・・
そんな・・・・

「何が可笑しかったっ!!!!」


燻(XO)が叫んだのと同時。

それらとすれ違った。


「あん?」

その光景はスローに見えた。
燻(XO)が横目に見るそこ。
一瞬。
刹那といってもいい。
そこに、


「よ、メテオラ」
「お邪魔しますよ」


すまし顔で通り過ぎていく・・・・
聖騎士と盗賊。

「んなっ!?」

燻(XO)が焦って振り返る。
その頃には高速で過ぎ去って行っていた。
ブリズで駆けるドジャーと、
Gキキの上で、笑顔でこちらに手を振るアレックス。

「あの・・・・クズ共っ!!!」

燻(XO)の表情が怒りで歪む。
紫の長髪が乱れ、
ネクロケスタの頭蓋骨が落ちる。

「クソをっ!踏み躙りやがったっ!この俺をっ!コケにっ!!!!」

燻(XO)は手をアレックス達に向ける。
照準が合わない。
高速で遠のいていく二人に、
座標発火タイプのダークパワーホールを直に展開するのは至難だった。

「なら進攻経路にっ!ざけやがってクソが!内門に行けると思うなよっ!」

噴水付近に照準を搾り、
展開しようと思った時だった。

「・・・・・・・」

やめた。

燻(XO)は車椅子事振り返り、
落ちたネクロケスタの頭蓋骨をかぶり直す。

「引き伸ばし、無闇に隙を見せていたのはこのためか。ウフフ・・・面白い。
 クソ面白くないほどにな。・・・まさか魔王に協調性があるとは」

「・・・・・俺の仲間ではない・・・・・チェスターの仲間だ・・・・・」

「ウフフ・・・そうかい」

ペロリと、紫の唇を嘗め回す。

「それで、役目は終わったから本気出すってか?」

「いや・・・・・度し難いが・・・・・残念ながら・・・・最初から本気だった・・・・
 今のは・・・・咄嗟にフォローしただけ・・・だ」

「じゃぁ"それ"はなんだ」

上半身をダークパワーホールで飲み込んだデムピアスの体。
また再生している。
また。
しかし、それは今までと違う。
チェスターを模した体へと戻すのでなく・・・
鉄パイプが。
鉄のコードが、
鉄がアルミがステンレスが銀が、
異様に"膨れ上がって"生えてきている。

2メートルを越え、
3メートルを越え、
5メートルを越え、
建造物2・3階分の大きさにまで、

「・・・・・ただ・・・限界が・・・近くて・・・・」

まるで・・・・機械仕掛けの・・・・・・恐竜。

「保てなくなっているだけ・・・・だ・・・・・」

いや、化け物。

「自らの力を・・・・抑制できないなど・・・・」

違う。
魔物・・・・・の王。

「・・・・・度し難い」

機械仕掛けの・・・デムピアスの姿。

「・・・・・それが元の姿かな」

「いや。あの時は魔力に頼っていた。今は科学力に頼っている。
 全体の外観は似たようなものだが・・・表面の構造は9割方別物だ。
 まぁ・・・・俺の前の姿を見たのは今では・・・あの人間だけだが」

アインハルト=ディアモンド=ハークス。

「"デムピアス弐式"とでも名乗ろうか」

浮かぶ巨大戦車・・・いや、
別の意味の"海賊要塞"とでも比喩すべきか。

本来の彼を象徴する衣類はボロボロで、
その下には目まぐるしい荒唐無稽な鉄の仕組が顔を出す。

「こいつぁ・・・・・俺もヤベぇか?」

「あぁ終りにさせてもらう。知らなかったか?」

鉄仕掛けの巨大な口が、
燻(XO)を自身の影に覆ったまま歪む。

「海賊王は全てを手に入れ、魔王は全てを滅ぼす」


































「エン=ジェルンが・・・」

オレンティーナは顔をしかめる。

「少なくとも炎に関してはこちらに分があったようだね。女神様」

「黙れ」

「これが"即席"と"純正"の違いだぜ女神様」

「黙れっ!!!」

わなわなと震えながら、オレンティーナは片手を横に広げて一括した。

「"汝殺す勿(なか)れと言う勿(なか)れ"。お前らをこの私が一掃すれば、
 この地上の最上は私。唯一神は私になる。私は選ばれたの!
 人生を神への奉仕で尽くしてきた私だから!私はそれに成れる!」

ヨハネ=シャーロットを思い出した。
《聖ヨハネ教会》の主。
神になれると信じていた愚か者。
だが、
結局は人のそれは真似事に過ぎない。

「で、どうするガブちゃん」
「ダリィ・・・・」
「彼女の力はボクらを上回っている事。それ自体は真実だ。
 ボクの仲間に言わせれば強さというのは足し算。
 勝つ方法は力をあわせる事が不可欠だと思うけど?」
「それは面倒臭そうだ」

女神達+ジャンヌダルキエルの力。

太刀打ちするのは、
四x四神(フォース)が4人のみ。

エクスポとガブリエル。
フウ=ジェルンとライ=ジェルン。

「エン=ジェルンもどきに頼っていいんじゃねぇ?俺メンドいし。
 あいつだけ純正だ。力も別格。神族の中でも特級品だと判定するね」

ダニエルに目をやる。
エン=ジェルンを燃やした気分に浸っている。
だが言葉の通じる相手に思えない。
共闘出来る輩とは到底思えない。

「んでスイ=ジェルンはアレだ」

「えへっ、スイ=ジェルンです」

申し訳無さそうにバンビ。
さっきまでの威勢はどこにもない。
神になろうが自分は自分。
役に立つ能力が無いことを知ってしまった。

「そろそろチェックメイトじゃない?なくなくなくない?」

フフッと膨らんだ唇で笑うオレンティーナ。
天へと指を突き出す。

「え?何?こっち向いてるんだけど」

「バンビ。君、狙われてるよ」

「へぇ?」

そろそろとバンビはオレンティーナを見たが、
ガン見している。
目が合った。
から、目を反らした。

「まずはその失敗作を排除する」

「まてーい!僕は死にたくないのでそっちに味方しましょうじゃないか!
 この海賊王バンビ!あなたの部下がなるはずだった役目!
 堂々とこなしてみせましょうぞ!ハハハッ!」

「その手に乗るか」

「うっ」

「というより真実でも使い道がない」

「ううっ・・・・」

無力。
それは罪・・・・か。
そうバンビは思った。

「ってかなんだこれ?シケって煙草に火ぃつけれねぇーんだけど」

ガブリエルがふとそう意見した。

「ん?何がだい?・・・・・・あぁ」

そこでやっと気が付いた。
いや、
気が付くのが遅すぎたとも思う。

「・・・・・水蒸気・・・・霧だね」

それが・・・辺りを立ち込めていた。
思えば、
最初バンビが使えもしない魔術を発動しようとした時から、
薄々と充満し始めていた。

「ふん。水の力を得た貴方のスカしっ屁といったところかしら。
 ・・・・・あら、乙女としては少しおいたが過ぎる言葉だったかしらね」

「・・・・・どうにもなんねぇ娘だな」
「いや」

エクスポは不意に思った。

「バンビ」

「へ?」

「君の能力はなんだ」

「え?えと・・・アピールとか・・・あとアピール・・・あと・・・・・」

「君の能力はなんだ。"理解するんだ"」

エクスポは真剣な眼差しでバンビに言った。
それは、
冗談とかでなく、何かをバンビに教えようとしている目だった。

「ボクも風の力を手に入れた時点で自分の能力をどう活かせるか理解出来た。
 君にも出来るはずだ。いや、君なら出来るはずだ」

そうだろ?海賊王。

エクスポはバンビをノせた。
それにはまんまとバンビもノった。

「僕に・・・・出来ること・・・・・」

「どうでもいい!このまま終りにしちゃうわけ!」

天が輝いた。
霧の中でも、天から降ってくるだろう光の柱は輝いた。

「僕に・・・・出来ること・・・・それは・・・・・・・」

「汝殺す勿れと言う勿れ!消えてなくなれ偽神!!!ホーリーフォースビーム!!」

「たった一つだけだ」

天から光の柱が降り落ちてきた。
それは、
その太い光のビームの柱は・・・・バンビを包み込んだ。
バンビを飲み込んだ。
霧が掻き食われ、
光の柱はその縦の空間を地上まで丸ごと飲み込んだ。

「超・・・・役立たずじゃねぇか・・・・」

ガブリエルはポカンと口を開けた。

「なんのために出てきたんだ・・・
 いや、スイ=ジェルンを産ませなかっただけ有意義じゃぁあったが・・・・」
「違うよガブちゃん」
「・・・・・あ?」
「彼女の能力は・・・・・」

もしかしたら・・・・・

「結構ヤバいかもしれない」

霧は・・・・・晴れない。

「まずは一匹だ」

オレンティーナがこちらを向く。
ガブリエルとエクスポを見据える。

「地上に神は一人でいい。これからはジャンヌダルキエルに代わり、
 このオレンティーナ=タランティーナが地上唯一の神となるわ」

「バンビキィーーーーーック!!!!」

バンビが、キックした。

「・・・・・・?」

オレンティーナの背中に、
スイ=ジェルンのキックが炸裂する。

「・・・・・・?何?」

ダメージにしたら1というところか。
オレンティーナは微動だにしなかったが、

「バンビパンチバンビパンチバンビパンチ!バンビチョォーップ!!」

華麗な連続技が炸裂するが、

「どうだ!!これが海賊王の力!」

「お前・・・・」

オレンティーナが振り向く。
ダメージにはなっていないのはアリアリと分かる。

「お前・・・・」

「バ、バンビピーンチ!!!」

「お前何故ココに居るっ!!!」

オレンティーナはバンビを掴もうと手を伸ばした。

「お前はさきほど私の光で掻き消してっ!・・・・・・・・・・・・!?」

だが・・・フワリと・・・
バンビの姿は揺れて消えた。
水面の影のように。
水面の波紋のように。
幻影のように。
消えてなくなった。

「僕の取り得は一つしかない」

まったく別の所にバンビの姿はあった。

「タゲとり。アピールだけだ」

霧の中に漂う、バンビ・・・スイ=ジェルンの姿。

「お前・・・いつからそこに・・・・」

「幽霊船を知ってるかぁ!女神様っ!」

ビシりと得意気にバンビを指をさす。

「海の幻影!船を飲み込む幻っ!夢幻の蜃気楼!
 この空の海の中で!あんたは海賊王の幽霊船に出会っちゃったのさっ!」
「"蜃気楼アピール"って名付けちゃうよ!」

「!?」

真後ろ。
オレンティーナが振り向くと、
そこに・・・否、"そこにも"バンビの姿が。

「なんだ?・・・幻術か!?どちらが本物だ!?」

「さぁ?」
「この霧の中ではあなたの意識は僕のもの」

意識のコントロール。
タゲとり。
アピール。

「こっちが僕さ」
「いやいやこっちの僕が海賊王さ」

オレンティーナは二人のバンビに交互に目をやる。
目をやらざるをえない。
飲み込まれている。
アピールの挑発能力に。
どちらにも・・・・注意を惹きつけられる。

「あの入道雲はアイスクリームに見えない?」
「とかそういう類だよ」

意識のコントロール。

マジシャンが、右手に注目させて左手でトリックするように。
占い師が話術で相手に占いが当たっているように思わせるように。

バンビのアピールは、
相手に嘘の注目点を与える。
嘘の存在感を与える。

そこに本物のバンビが居るように見せる。
魅せる。

アピールの観点を・・・ズラす。

「相手の意識を取り込むのがアピールの真髄だよ」
「あなたには"そう見える"」

「どちらでもいいっ!!!」

光が5本。
天空から落ちた。
ホーリーフォースビーム。
そのうち2つが、
双方のバンビを飲み込んだ。

「どちらでもいいっ!小細工な能力だわっ!ショボくなくなくない!?
 そんな小手先で神の力を混乱させようなんて・・・・・」

「でも」
「あなたは遭難してる」
「この海で」

「!?」

今度は三人。
霧の中に浮かぶ・・・・3人の海賊王見習い。

「僕のアピールは一級品だよ」
「とれないタゲはないよ」
「海賊王はなんでも盗む」

・・・・・神の、

「「「意識さえも」」」

「くっ」

オレンティーナは見渡す。
見渡すしかない。
目を離せない。
全てのバンビに。

間違ったタゲとりを相手にさせることも・・・・造作も無い。

「なるほど」

ガブリエルは、この霧の中でライターを何度も点火しようとするが、
点かない。

「メンドくせぇ能力だ」

しょうもないのでライターをしまった。

「俺は天使。そ、エンジェル。だけどあの娘は・・・天使じゃねぇ。"ペテン師"だ」
「あぁそうだね。だからこそこれなら・・・・・・イケる」



































「ダメだ。こいつら・・・・・・」

メッツは片膝をついた状態から、
ドレッドヘアーを持ち上げる。

「強ぇ・・・・・」

目の前には、
狐面の忍者。
鎧の侍。
白塗の呪師。
黒翼の天狗。
和服の姫。

さくらの・・・・部隊。

「隙を見せるんじゃないよ!負けたくなかったら向かえ!向かうんだよっ!!!」

ツバメが間髪入れずに活を入れる。
少しでも弱きを見せたら押し込まれる。

「左陣!遅い!無理矢理にでも潜り込めっ!ボヤボヤしてんじゃないよっ!
 西は内門近くまで進軍してるっ!海賊団の戦地も目と鼻の先だっ!
 逃げるよりもあと少し進むことに勝機があるんだよっ!ため息の隙間に攻めるんだっ!」

この戦地に居る時点で臆病者などいない。
だが、
それを上回るほどに52部隊は圧倒的だ。

「一匹倒すのもやっとなのに三匹相手にするともう押される」
「はん。無敵の44部隊が情けねぇなエース」
「オメェも同じだよっ!シャレになんねぇ!」

エースは一回り大きなメイスを叩き付ける。
ただ52の者達は、
一般兵のクセにエースの攻撃をガードして反撃さえ入れてくる。

「クッソ!こんなに強かったか!?52の野郎共っ!」

蹴りを入れてフッ飛ばすくらいがやっとだ。

「ガハハ・・・・強ぇ奴と戦うのは好きだが、キリがねぇってのはたまんねぇな!」

赤斧を振り回す。
いつもならそのメッツの豪快な乱舞で一網打尽だが、
彼らは避けてくる。

「大振りはよくねぇぜメッツ」
「斧を細かく振る馬鹿がいるかよ」
「ま、ごもっとも」

何にしてもツラい。
強いのが部隊長一人ならどうとでもするが、
キリがない程に居るとなると対策もない。

「コラ男共っ!弱音吐いてんじゃないよっ!なら援軍を期待するかい?
 あの空中で戦ってる神族共なら確かに一掃してくれるかもしれないねっ!
 でもそんなんでプライドが収まるのかい!?お呼びじゃないってことだろ!?」

その通りだ。

「シャクに触るねぇ」

最強。
無敵と呼ばれた部隊が他人任せなんて笑える。

「ロウマ隊長に言わせたところ、自分を信じろ・・・・だ」
「俺はサラサラ自分以外は信じられねぇけどな」

どんな逆境でも好戦的なのが、
エース、メッツ両名のいいところでもあり、
悪いところでもある。
ただ、
もう一人は違った。

「・・・・・・・・・」

この中で一番の戦力であるエドガイは、
情けなく、
顔を下に向けて突っ立っているだけだ。

「オカマ男っ!何やってるんだいっ!この中で一番強いのはあんただっ!
 あんたが"そいつ"を倒すんだよっ!やる気がないんならお呼びじゃないよっ!」

「・・・・・・」

エドガイは、ユラリと顔を上げた。
いつも掴み所なくヘラヘラしている彼のその顔は、
情けない、涙目だった。

「ほんとに居たのかよ・・・・・・」

口をへの字に開けた泣きそうな顔は、
エドガイの中でも人生最低のものだっただろう。

「親父・・・・」

狐面の忍者。
鎧の侍。
白塗の呪師。
黒翼の天狗。
和服の姫。

さくらの者達。

その中で、唯一堂々と立っている・・・・初老の男。
年の割に背が高く、
背筋が伸びている。

腕を後ろに組み直立するその姿は、とても紳士的だった。

「泣虫だな。お前は。・・・・γ線のエドガー」

エドガイ=カイ=ガンマレイは、涙目を・・・義父に向けた。

「涙は真珠ではない。金にならないのなら零す前に止めておけ」

「ビッグパパ・・・・」

「今は騎士団第52番・さくら部隊部隊長・・・・グッドマンだ。
 もう父ではない。お前の命は売り捨てた。そう呼ぶなクソガキ」

冷たくあしらうビッグパパ・・・もといグッドマンに対し、
怒りさえも哀しみさえも覚えず、
エドガイは突っ立っていた。

「戦場で私情に流されてんじゃねぇぞ!」

エースが内輪話などあしらうように、グッドマンへと攻撃対象を移そうとした。
だが、
手に持つメイスが、
突如両断された。

「なっ?!」

距離は十二分ある。
だが、この距離で分断された。
鋼鉄が。

グッドマンは、後ろで手を組んだまま直立している。

「武器は持ってねぇ!魔法か!?」

「本当に何も覚えておらんのだな。ジギー=ザッグ。『ジグザグ』の名が泣くぞ」

「・・・・・ッ・・・・テメェもその名をっ・・・・」

エースは身構えた。
自分も覚えていない・・・自分の過去を知る男。

「あいつはヤベェぞエース」

メッツが眉を潜めて言う。
メッツもグッドマンの動作は見ていなかったが、
こう立ち会っているだけで・・・・そこらの部隊長とさえ格が違うのは分かった。
この52を収める・・・部隊長。

「・・・・未確定だ。俺も52のボスは初めて見る」
「同じ騎士団なのにか?」
「さくらは匿名の部隊だからな。だから"さくら"って名なんだ」

「ボーイ達。勘違いを正してやろう」

紳士的にビッグパパは口を開く。
優しげに蓄えられたヒゲが動く。

「俺が騎士団に入ったのは終焉戦争の直前だ。知らなくて当然」

「・・・・んだと?」

「俺は金でルアス52番街・・・さくら村を買った。
 土地を買った。地区を買った。権利を買った。権力を買った。
 多くの人間の命を買った。多くの人間の人生を買った」

最大の街を買うというのは、そういう事。

「そして、52番街を買うというのは、騎士団での地位を買うのと同じ。
 我ながらいい金の使い道をしたと思う。金は金を産む。
 物件も領土も愛も命も金に換算できるなら、私は自由の一部をもぎり買ったも同じ」

52番街は・・・・立ち入り禁止地域。
モルモットベイビーの生産所であり、
飼育場所。

「モルモットベイビーの街を買うのは、1つの種族を丸ごと買ったも同じだったな。
 3兆程かかったか。正確には3兆2300億。とんで5427グロッドかかった」

「・・・・細かいな。ケチは嫌われるぜ」

「ならば嫌われ者ばかりが裕福なのには納得がいくな」

笑いもせず、
グッドマンは姿勢よく直立したままだった。
後ろ手を組んだままだ。

「メッツ!エース!ぼやぼやしてんじゃないよ!
 あんたら二人が加勢しなきゃ52に押されるよっ!」
「・・・・チッ・・・」
「メインイベントも楽にこなさせてくれねぇか」

52部隊の猛攻は、
グッドマンを差し置いてどうにもならないほど強力だった。
メッツとエースを含んでも、
楽勝で劣勢だった。

「・・・・親父」

エドガイが口を開く。

「・・・・怒りが・・・戻ってきたぜ」

「そうか。一銭にもならんな」

「何故だ・・・なんで俺達を捨てたっ!俺達を育てておいて!
 なんで!何故だ!俺達は・・・俺達はこのバーコードに誓ってあんたに一生っ!」

「クライがまた死んだらしいな」

淡々と、
直立不動でグッドマンは話す。

「命も金だ。命を落とす事は金を落とす事だ。
 教えただろう。無駄死にだけはするなと。命は金だ。
 無駄死にとは・・・・・無駄遣いと同意語だ」

「クライもあんたを慕ってたっ!あんたの教えに生きたっ!
 そして納得して死んだっ!自分の命の価値を真っ当したっ!」

「死とは無力になる事だ。力無くして金にはならん。
 無力とは一文無しを指す。0を金に換算するとタダだな」

「親父(ビッグパパ)・・・・・」

「話を戻そうか。何故捨てたかだったな」

本当に淡々と、
使用するカロリーさえ計算する男のように、
そんな風に話す男だった。

「捨てたのではない。売ったのだ。廃棄は金にならんからな。
 そして俺はさらに金になる商売を見つけた。それだけだ」

「俺達を・・・拾って・・・」

「買ったのだ」

「・・・・そして育ててくれたっつーのによぉ!」

「育成は金になる。傭兵として売っていたのだ。お前達も承知だっただろう?
 命は金に換えられないと言うが、だからこそ高額に換算できる」

「俺達はあんたの愛を確かに感じていたっ!」

「愛は至高だ。だからこそ高額になる。だから本気で愛を与えた。
 本物の愛だ。偽りではない。真実の愛情ほど金になるものはないからだ。
 愛は与えれば与えるほど膨れる。豚を餌で肥やすよりも率がいい」

金。
金金金。
昔と変わらない。
その話ばかり。

ただ、
金という数字は間違いないからこそ、
自分は親父の愛が間違いないことを知っていた。

言葉は真実だ。

真実の愛を与えてくれていた事は真実だ。
金のためであるという事も・・・・真実だ。

「俺はお前達を本当の息子のように愛でたぞ。
 ただ、それよりも儲かる話を見つけたので転がっただけだ」

グッドマンは一度だけ頷いた。

「育成は金になるが、時間がかかる。時間がかかるからこそ金になったのだがな。
 だが52はいい。モルモットベイビーを生産する場所だからな」

「・・・・人体実験か」

「お前らを育てるのに20年以上の月日がかかったが、
 モルモットベイビーは3食終える前に出来上がる。
 非情に経済的だ。エコロジーだと思わんか?財布にな」

「・・・・・・」

「特に俺にうってつけだった。モルモットベイビーというのは。知識がある」

「"俺達"の経験があるからな!」

俺達。
自分達。
モルモットベイビーを・・・・育てた経験。

「そう。お前らとの生活は無駄じゃなかった。喜べ。
 お前らは俺に金を生んだ。素晴らしい親孝行だ」

脳がクラリとする。
この男は。
この親父は。

「お前もイカサマながら人間だ。モルモットベイビーだろうとな。
 なら人と人の繋がりは大事にしておけ。絆は金を産む。
 俺にもココに旧友が居てな。黒い紳士だ。彼も俺に金を産んだ」

「ピルゲンかっ!」

エースが52共と立ち会いながら叫んだ。

「合点いったなっ!52番街の町長だろうが突如52の部隊長なんておかしいと思ったっ!
 天使に悪魔!あいつは実験狂いだから話も合うだろう。でもあんたは騙されてんぜ!
 あいつは狸だ!いいように利用されてんのがオチだろうよ!」

「商売は騙し騙され、そしてギリギリでお互いに利益を産むものだ。承知の上だよ」

淡々と話す彼。
言葉に隙がなかった。
事実、
ピルゲンはグッドマンを利用し、
グッドマンもピルゲンを利用しているのだろう。

"損得勘定に割があった"

だから彼はここで部隊長をしているのだろう。

「まぁ人生にバブルは付き物だ。終焉戦争で命を落とすのは人生最大のミスだったな。
 しかし、こうしてまた死人として生を受けた。ならまだ金を稼げるだろうよ」

自分の命がどうだなんて・・・彼には見えてなかった。
金になるかならないか。
自分自身さえその内なのだろう。

「ふむ。しかしエドガイ。俺の息子達はやはりお前についていったか」

息子達。
傭兵。
モルモットベイビー。
《ドライブスルー・ワーカーズ》

「カイの名はクライとお前、両方にくれてやった。
 愛と金。普通の人間と改造人間。両極端の二人に与えた。
 実験の一部だったが、やはりまぁお前が正解だったのだろう。この結果は金になるな」

「・・・・おい親父・・・・」

「やはりモルモットベイビーにはモルモットベイビーを合わせるのがいいか。
 息子達がお前についていっている所を見るとな。
 連携をとれる兵を産むにはやはり同族から同族を産むに限りということか」

「おい親父っ!あんたっ!てめぇはっ!」

「親父と呼ぶな。もうビッグパパではないと言っただろう。
 いや、正しくはお前達のビッグパパではない。俺には新しい家庭がある」

グッドマンの言葉は冷たくエドガイを突き刺した。
直立したまま、
腕を後ろに組んだまま、
グッドマンは辺りを見渡した。

「このさくら達。これが俺の新しい息子達だ。いい働き口だ。金になる」

「・・・・・親・・・・父・・・・・」

「その呼び名をするなと何度言えば分かる?教育が足りなかったか?
 同じ教育を繰り返すのは時間の無駄だ。タイム・イズ・マネー。
 今俺は損をした。まったくもったいない。口を動かすのも無料ではないというのに」

全てが・・・通り抜けてしまう。
彼には自分が見えていない。
いや、
数字に見えている。
この世の全てが。

エドガイにとっては・・・唯一慕う人物なのに。
見て欲しい対象なのに。

ビッグパパにとってはこの世の全てが等価で計算されている。

自分は・・・・石ころ何個分なのだろうか。

「新しい息子達はとてもいい。口数は少なく作ってある。
 親父(ビッグパパ)とも呼ばせていない。
 愛情をバイパスしても利益になるのだ。とてもコストパフォーマンスがいい」

「愛情は・・・・金になるんだろう?」

「そうだな。愛情は忘れてはいけない。そちらも商売に使わなくては」

「なら・・・・なら・・・・」

エドガイは、ガクンと足を崩した。
その姿は、
その表情は、
その顔は、
やはり、
エドガイの中でも最も情けない一つだった。

「俺達を使ってくれよ・・・・もう一度・・・・・」

懇願する。
怒りに満ち溢れていたはずなのに・・・・心からの願いだった。

愛情は至高だ。
金に換えられない。
それほどに高額だから・・・・エドガイにとってそれは無視できないほど・・・
高価なものだから。

「いや、代換がある。もうお前らはいらん。売り捨てたのだから」

切って捨てる。
それは、エドガイにとって哀しい言葉だった。

「というのもだな。お前ら養子でなくとも、この新しき息子達でなくとも、
 愛情を与えなくとも価値のある、素晴らしい絆を見つけたからだ」

あまり、意味が分からなかった。
といっても今のエドガイの耳には届きそうにも届かないようだったが、

「俺にも実子がいるんだ」

ビッグパパは言う。
金のために、
子供を買い、育てて・・・いや、投資する男にも、

「昔、なんの気兼ねもなく何となく生産した・・・俺の本当の子を見つけたんだ」

どうでもよかった。
血のつながりなんてのは、エドガイにはどうでもよかった。
血なんか繋がってなくとも、
エドガイにとっても父親はグッドマンだった。
ビッグパパだった。

本当の血のつながりなんて金にならない。
そんなの・・・・どうだっていいじゃないか。

「特別というのはまた金になる。限定品だからな」

特別。
その響きはいいなと思った。
カイ。
ビッグパパに認められた証。
息子達は皆それを求めたものだ。

「"母親に似て"・・・・・本当に金の好きな子達でね」

この世で一番金が好きなのはあんただろ。
そう、
言ってやりたかったが、
言葉にはならなかった。

「金が好きな事はいいことだ。まぁ少し道を外れてしまっていたので教育はしたがな。
 今ではまた、俺の素晴らしい子へと戻ってきた。また俺のために働いてくれるんだと」

羨ましい。
自分も・・・
自分達も・・・

あんたのために・・・
あんたのために金を稼ぎたい。
それだけなのに。

それだけで、偽りでも本物でもよかったのに。
ただ、
愛情の価値が欲しかっただけだったのに。

「紹介しよう。俺の実子。最愛なる娘達だ」

虚ろな目をした女が前に出てきた。
どうでもよかった。
どうでもよかったが、
その、
その3人の女には・・・・・見覚えがあった。

「思い出は金にならんが、経験は金になる。
 金にならんから語ってなかったが、俺にも過去があってな」

なるほど・・・・合点がいった。
金。
金金金金。

金欲の権化の血を引く子は、
やはり金に溺れるものなのだろう。

「俺は昔、スマイルマンと名乗っていた」

金欲の権化エリスの血を引く3人の娘は、
ロイヤル(特別)の名の下に、

パパの下に居た。

何でも屋で、魂さえ売っていた。

「笑顔は金になる。人生を笑え。γ線のエドガー」



































「抜けたなっ!アレックス!」

ドジャーはノリノリで、
高速で走りながらもそこで前宙でテンションを表した。

「見たかメテオラの顔!俺らを騙しやがってあのクソ野郎め!」
「デムピアスさんにはお礼をしなきゃいけないですね」
「カカカッ!どんなお礼だ?」
「ありがとうございますって」
「普通だな!ハハッ!」

ドジャーのテンションは落ちない。
速度も落とさず、
戦場を駆ける。

「魔物共っ!お勤めご苦労さんっ!」

海賊団の戦場を高速で抜けていく。
景色の移り変わりは回転するパノラマだ。
風を越えながらも、
その景色は近づいてくる。

「あの噴水。あそこから先は・・・・・」

内門前。
そう言っても過言ではない。
もう、
内門が射程内だ。

「デケェもんだ。同じはずだろうが外門よりデカく感じるぜ」
「外門よりやっかいなのは間違いないです」
「お前の部下達はどうした?」
「遅れながらも追いつくでしょう。燻(XO)さんの横を彼女らの速度で越えれるか。
 ・・・・そこが問題でしたが、幸運な事にデムピアスさんが協力的で・・・・」

アレックスはGキキの上で後ろを振り向いた途端、
声を止めた。

「・・・・・・なんですかアレ・・・」
「あん?・・・・おわっ!?」

ドジャーはその速度の中でスッ転びそうになった。

「なんだあの魔物!?」
「まさかデムピアスさんですか・・・」

異形に変身・・・いや、変形したその魔物の王は、
この地域で城の次に大きな物体になっていた。

「高さだけなら自分の船ほどあんじゃねぇか・・・・」
「本気を出したか、追い詰められたか、どちらかってことですね」
「カッ・・・・敵じゃねぇならドンドンやってくれ」
「自我があるなら歓迎ですね。これでエールさん達も通過しやすくなる」

さぁ、
とアレックスがGキキにブレーキをかけた。
Gキキは目をシンメトリーなくの字にしながら滑る。
砂埃を巻き上げながら、
速度を0とした。

「付きましたよ。鉄壁の・・・・・内門です」
「・・・・・・おいおい」

ドジャーもブレーキをかけながら、
それを見渡した。

「なんじゃこりゃ・・・・」

内門を真近で見たからの驚きではない。
内門を守っている・・・・・騎士達。

「第50番・強壁重装部隊。・・・・内門のガーディアン達です」

何10メートルに及ぶのだろう。
何100メートルに及ぶのだろう。
草原でなく・・・・
鉄原。

何10tに及ぶのだろう。
何100tに及ぶのだろう。
そこに並ぶは鉄の塊。

人間の面影など一つも無い。

ミッシリと密集したロボットのような鎧騎士達が、
芸術のように背景のように正しく整列している。

それが一つの地面であるかのように、
それが一つの壁であるかのように。

内門の前には鉄が敷き詰められていた。

「・・・・・戦場を抜ければ・・・そこは銀世界でした・・ってか」
「世界最大の重装備。それがこの光景です」

全ての騎士が2メートルを越えているのではないだろうか。
それほどに重ねに重ねた重装備。
一人で4畳半を占拠してしまうような騎士達がそこに密集。
重い槍と、
長方形の重盾を両手に、
商品のように立ち並んで居る。

「重装備たって限度があんだろ・・・こいつらが通れる玄関見たことねぇぞ」
「ドジャーさんは軽装ですが、騎士の装備の重量を考えた事がありますか?」
「さぁな」
「篭手・・・・ガントレットで片方1kg。甲冑は20kgを越えます。
 さらに槍(ランス)と盾を含めると、騎士は平均で4・50kgを携帯しています」
「考えたくねぇな」
「彼らは軽装の者でも100kg以下の装備はいません」
「・・・・・全員・・・5倍以上厚着してるわけか。寒がりな事で」

数にして何人だ。
そんな重装備の者が・・・・少なく見積もって500?

「強壁重装部隊の総重量は100tを越えると聞きます。
 まぁ、彼らを測れる量(はか)りなど無いわけですけどね」
「俺的には1000人越えてるように見えるが・・・・」

銀。
鎧だらけの光景。
まるで・・・・
彼ら自体が内門の一部のようだ。

「・・・・目の前まで来たっつーのに攻撃してこねぇな」

内門とその守備。
立ち並ぶ彼らのすぐ目の前にアレックスとドジャーは居るわけだが、
彼らは攻撃してくる気配はない。

「出来ないんですよ。装備があまりに重過ぎて行動が出来ないんです」
「馬鹿じゃねぇか」
「馬鹿に出来ないですよ。スリムなドジャーさんでさえ潜る隙間がない。
 この正真正銘の鉄の壁・・・鉄壁は、彼らを殲滅しないと突破できないんですから」

ドジャーは手元でダガーを回した。

「・・・・お前にダガーをオーラダガーに変えてもらったところで、
 あの重装備の内側にまで刃が通る気がしねぇな」
「オーラランスでも同じです。彼らに聖攻撃は通用しない」

真正面から、力技で突破するしかない。
この超重量級の重装備騎士達を?
どうやってどかす。
どうやって倒す。

「・・・・・本当にシャークさんを失ったのは痛い。
 彼のような音の攻撃が、唯一彼らの装備をスルーして与えられるダメージでした」
「無いものネダリはよくねぇぜ」
「これを僕が一人で突破しなくちゃいけないなんて・・・・」
「無いものネダリはよくねぇけど!隣にもう一人居るはずだよな!?」

「でもまぁ、それでもやらなくちゃいけねぇってのが世の中の辛いとこだぜ」

アレックスとドジャーの横で、彼はそう口にした。

「泣き言を言ってる場合じゃない。それじゃぁ男が廃る。そうだろ?」

「あぁそうだな」
「・・・・・そうですね」

一応、アレックスとドジャーは顔をあわせて確認したが、
お互いが首を傾けた。

「いや、お前誰?」
「どっかでお会いしましたっけ?」

「あ?僕?僕様か?」

長い三つ編みを背中に垂らしていた。
こちらを向くと、
変にギザギザの歯が、彼が人間でない事を表していた。

「僕様!ハハッ!知らないたぁ言わせないぜっ!
 なんてったって僕様は次の海賊王!そして世界を征服する男なんだぜっ!
 その名もぉ〜!デェムピアァァーーース!ベビィー!要チェケラッ!」

といいながら、
両手の人差し指をこちらに向けてどや顔をしてきた。

「・・・・・」
「・・・・で、どうするこの鉄壁の守りよぉ」

「デェムピアァァーーース!ベビィー!要チェケラッ!」

中々タフな男だ。

「0歳児っ!(自称)無敵!要チェケラッ!YO!LOW!SHIT!QUTE!」

「あぁ夜露死苦」

「言葉と目線が冷たいぜ人間!ビビっちまったかハッハー!
 なんなら今のうちに僕様の部下にしてやってもイーーんだぜぇ!?
 いずれ世界を征服する僕様の部下にしてやってもEーーんZE!?」

「別に興味ないんだZE」

アレックスが軽くあしらうが、
HEYHEYHEYHEY!とベビーを絡んでくる。
ウザい。

「このデムピアスの実子、デムピアスベビー通称デミィ様の誘いだぜ?
 それは素晴らしき明日が保証されたも同然。DO−ZEN!」

「街ですれ違っても声をかけないでください」

「信用してないって顔だな。あーあー、リスペクトが足りないね。
 DISちゃってんね!リアルじゃない!なら、ご披露といこうか」

ベビーはそう言いながら、
腰から二丁拳銃を取り出した。

「世界に風穴を開けてきてやる」

カッコイイ台詞だけ口にして、彼は飛び上がった。
そしてベビーは、
鉄人兵団の上を、軽快に走った。

「ドジャーさんもアレやればいいんじゃないですか?」
「冗談。してどうなる。あのゴツい門をダガーで抉じ開けろってか?」

ピョンピョンとベビーは鎧騎士達の上を走る。
その運動能力だけ見れば中々のものだった。

「んで?あれはなんだアレックス」
「自称デムピアスの赤ちゃんさんです」
「それはどうでもいい。あっちだあっち」

それは、
デムピアスベビーが向かう先に見える一つの大影。

巨体ロボットのようなこの強壁重装部隊の中でも、
一回り大きく、
一際異彩を放つ・・・・重装備の中の重装備。

「あれがこの部隊の部隊長。そして騎士団の守りの要。
 『AC』ミラ・・・・・・『AC(守備漬けの)』ミラさんです」

生物には見えない。
鉄が生きているかのように鉛々(なまなま)しく、
それこそロボのようにも見えた。
中の人間の皮膚の何十倍も分厚いだろう鎧を重ねた巨男。
重装騎士達の中に埋もれていても、
彼だけは上半身が出ていた。

「十二単(じゅうにひとえ)って知ってます?」
「あぁ知ってんよ。冗談にならねぇ」

ベビーも、ミラに気付いた。

「ハッハー!チェケラったぜ!ボス発見っ!YO!LOW!SHIT!QUTE!」

鉄人兵団の上を走りながら、
ベビーは二丁拳銃をパンパンッと一発ずつ打ち鳴らした。

同じ回数、チュン、チュンと弾く音がして、
それは無意味だと分かった。

「・・・・・あれ?おりゃおりゃおりゃっ!!」

ベビーは銃を何度も連射した。

ただそれは、ミラの鎧に全て弾かれ、
鉄に傷跡を付ける事さえ叶わなかった。

鉄壁のミラにとって、銃弾などそよ風と同等だった。

何重にも重ねられた鎧。
分厚い兜。
その奥の奥の奥の奥で、うっすらとさえ見えない闇の中の目は、
じっと、
ベビーを見つめていた。

「次期海賊王を馬鹿にしたなっ!!ハッハー!」

ベビーが取り出したのは・・・・爆弾だった。
それを放り投げた。

「要・・・・チェケラッ!!!」

ミラに向かって投げられた爆弾。
それを・・・
ベビーは打ち抜いた。

同時に爆発。
海賊団の科学力の証明である爆発の規模は、
アレックス達のところまで爆風が届くほどだったが、

「やったかな!?」

そんなセリフを口にする時点でやってはいない。
爆煙の中から、
傷一つない鎧が顔を出した。
鎧に焦げ目さえついていない。

「・・・・・何・・・それ・・・・バグ?」

ベビーは走るのを止めるのを忘れていた。
気付けば、
鉄人兵団の上で、ミラの目の前まで来ていた。

「メザ・・・ワリダ・・・・・ノケッ・・・・・」

ゆっくりと鎧の海の中から、
ミラの腕が持ち上がり、
ベビーの体を掴んだ。

「うわっ!おわっ!何すんだ離せ!僕様を誰だと思ってるんだ無礼者めっ!
 無敵の僕様を片手で掴っ・・・・デカッ!お前デカいなオイ!!!」

「・・・・・・五月蝿イヤツト・・・・辛イモノハ・・・嫌イダ・・・・・
 ・・・早オワッテ・・・・ユックリ・・・・甘イモノデモ食ベタイトイウノニ・・・・」

そしてそのまま、
ベビーは放り捨てられた。
軽く投げられただけなのに、
まるで紙飛行機のように飛んでいった。

「僕様は無敵なのにいいいいいいいいいいいいいい!!!」

声がエコーのように響きながら、
星になるほど遠くの彼方へと消えていった。

「・・・・・なんだったんだあいつ」
「誰か居ましたっけ?」
「ん〜・・・・・」

記憶に残す必要性もない。

「んで、あのミラって奴の弱点はなんだよ」
「辛いものだそうですよ?」
「ダメージを与える的な意味合いの弱点はねぇのか?」
「そうですね。ドジャーさんのダガーで毎日一生懸命ゴリゴリと削っていけば・・・・
 まぁ、一年後くらいには穴を開けられるんじゃないですかね」
「・・・・・・・」

悪い冗談だ。
悪い冗談だが、冗談じゃない。
あんな奴・・・そしてそれと同等の守備力を持つこいつらを、
どうやって・・・・

「周りの部隊も気付いて集結してきたみたいですね。
 さすがディエゴさん。突破とあれば手回しが早い」
「・・・・・ここも戦場になるわけか」
「はい。内門守備戦の陣形に切り替えるつもりです」

確固として頑固で強固な内門守備。
それは磐石に磐石過ぎる。
この重装備の騎士達だけで。
あとはどう自分達が料理されるか。
それくらいだ。

「・・・・・・クソッ!辿り着いたってのに結局戦闘になっちまう!」
「そうですね」
「フレアはまだかよっ!あいつのメテオしかねぇって!」
「見たところもうすぐです。でももうすぐであってすぐではないですね」
「フレアが来るまで耐久戦かよっ!燻(XO)をスルーしてきたってのに!」

結局、
ディエゴの予想通りだ。
もし単独でアレックス達が突破してきたところで、
内門を突破する力がない。
内門を破壊する力さえないのに、
内門の守備部隊にさえ手も足もでない。

「必要なのは・・・」
「あん?」
「圧倒的な破壊力」

誰に頼る。
誰なら出来る。
エクスポか。
ガブリエルか。
ダニエルか。
空を見上げれば戦闘中だ。

ならメッツ。
エドガイ。
ロッキー。
辿り着いてくる気配はない。

「それをお借りしたいわけですよ」

そう言ってアレックスは、
ドジャーとは別の方向を見た。

「ん〜〜?あぁ〜〜〜?」

そちらからは、
堂々と、
この激戦区の奥の奥。
アレックス達がやっとの思いで辿り着いたこの場所に、
威風堂々と従者をつれて、
肉を頬張りながら歩いていくる・・・・・

白黒メッシュの男。
肩に4メートルを越える巨斧。
"竜斬り包丁"を担いで。

「んだぁ?テメェどっち側だよ。あ!?知るか!んな事は俺が決める!」

「あの斧。こいつが『竜斬り』って奴か」
「そうです」

「おーおーおー!テメェらどけっ!邪魔だ!野次馬が紛れ込んでんじゃねぇよ!」

肉を加えながらクシャールは怪訝な顔つきをした。

「空中戦が蚊帳の外になっちまったからしゃぁーなしに先に進んだのによぉ!
 なんだぁこのガキ共はよぉ。虫はどいてろ。邪魔だジャーマ!」

ドジャーはむかつく奴だと思った。
食いながらしゃべるな。
この戦場の最重要地区で。

「クシャールさん。あなたのパワーアックスなら、彼らにも通用するでしょう」

「あ?なんでテメェ俺の特技を知ってやがる。ざけんな誰が決めた。
 俺ぁこの55年、人の目を隠れて地味ぃー・・・に生きてきたってのによぉ」

「元44部隊副部隊長。クシャールさん」

「なーんでそんな事まで知ってやがるクソガキが!」

クシャールはその重すぎる斧を地面に放り捨て、
アレックスにガンをつけた。
それでも口で竜肉を千切っていた。

「知ってますよ。そこらの人よりはね。
 クシャールさん。あなたの力が必要です。力を貸してください」

「やだね!んな事誰が決めた!あん!?俺の行動は俺が決めるっ!」

「貴方が戦場に居ると聞いて、僕は単独突破を決めました。
 騎士団側にも情報不足な隠密性。意外性。
 そして貴方の力なら内門に"ヒビ"を入れられる」

「誰が決めたっつってんだ!何俺が協力する前提で行動してやがる!
 だぁーれがお前のためにやってやるか。俺ぁロウマに用事があるだけだ。
 俺だけここを通る。お前らはそこらで勝手にくたばってろ虫が」

「"僕なら貴方の力を借りられる"と思っての行動です」

「ケッ」

クシャールは不機嫌そうに肉をむしゃぶり、
骨になったそれを見ると投げ捨て、
従者から次の肉を受け取った。
喰う。
喰ってやる。
それが好きな男だ。

「どこの馬の骨かもしらんガキとこれ以上ダベってやるつもりはねぇ」

「どこの馬の骨か分かったなら」

アレックスの目は強気だった。
ドジャーは流れるままに任せるしか出来なかったが、
どうやってもあの強情な竜斬りに協力を仰ぐのは無理な気がした。

何を根拠にこんな交渉を・・・・・

「お願いしますよおじいちゃん」

ん?
・・・・。
ドジャーは眉を下げた。
よく分からなくて一端思考が停止した。

クシャールの従者も同じようだった。

「あん?」

クシャールも同じようだった。
同じようだったが、
目を細めて首を傾け、
アレックスをまじまじと眺め・・・・。

「お?・・・・おーおー!誰かと思えば!俺の馬鹿息子の馬鹿息子じゃねぇか!」

ドジャーは脳と体を固めたまま、
首だけがクシャールの方へ導かれた。

「・・・・・何って?」

「確かに面影があんな!ガキの頃2・3回見ただけだったがデカくなりやがった!
 ・・・・だぁでもチクショウ馬鹿息子が。どうせならなんだ・・・あの嫁さん。
 エーレンだったか?あれに似た美人の孫残しておっ死ねばいいのによぉ」

「僕も可愛いもんですよ?」

「可愛かぁねぇな!おい息子の息子。食うか?男は食って強くなる」

「食います」

クシャールは竜肉を一本従者から奪い、
アレックスに投げた。
アレックスも躊躇なく戦場でそれを頬張った。

二人の男が戦場で腹を満たしていた。

ドジャーは取り残されたように、
思考回路が定まっていなかった。
混乱したまま、
フラフラした頭で出た頭で・・・・

「あ・・・え・・・・あの・・・・」

「おう。なんだ」

「あぁ・・・えっと・・・・うちのアレックスがお世話になっておりま・・・・す?」

と下げる頭はやはり混乱したままだった。








                 






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