オレンティーナ=タランティーナ

ミルレス生まれ。
父。神父。
(聖職者としては大したことはないが、慕われる大教会の長)
母。女優。
(人気絶頂時に結婚を期に引退。元ミス.ジュリアナミルレス)

信仰については極度に厳しい家庭で育ったが、
オレンティーナ自身はその中で育った故にそれが当然で、
他愛もない当たり前の事として苦にしなかった。

それどころか、
裕福な家庭で甘えて暮らしていれば、
それが「神のご加護だ」という父の言葉もなるほどと思ったもの。

反対に、母の影響で派手な生活に身を委ねていたため、
神の恵みの下の遊び人と化していた。

6歳。
掛け算よりも先に化粧を覚える。
8歳。
同級生が習い事に行く中、エステと日サロに通う。

のちに黄金世代の一躍を担う故に、飛び級で周りは年上ばかり。
なのに、
母の血の恵みにより、
周りの誰よりも豊満な肉体に育ち、
趣味の域を超える着飾りも重なり、
誰よりも大人びていた。

10歳時、
プールの授業、
他の女子は皆、スクール水着の中、
紐ビキニを着用してきた事は有名で、
浮き輪が無くても体の一部分(正しくは二部分)が浮いていると騒ぎになった。

同級で一番年下なのに、
周りの女子からは「お姉さん」「お姉さま」なんてあだ名が流行した。
オレンティーナ自身も悪い気はしなかった。

ただ、
着飾り、
自分を磨く派手なビッチに成長していく中でも、
信仰心だけは失わず、
誠実に、
清潔に、
オレンティーナは成長していた。


それでも、
周りが思春期に突入すれば、
根も葉もない噂が彼女を襲う。

見た目がビッチ(遊び人)なら、
中身もビッチ(遊び人)だと。

「見ろよ。タクシー女だぜ」

"金を払えば誰でも乗せる"って意味だ。
思春期のガキは下品だと思ったものだ。
勘違いした男子が
「絶頂(イケるとこ)まで」
とグロッド金貨(タクシー代)を渡してきた時は、
呆れて蹴り上げたものだ。

「出た。救急車女だ」

噂が真実がどうあれ拡大する。
私は"ダイヤル一つで介抱"してくれるそうだ。

「よっ!消防車!」

真っ赤に火照って"吹く"そうだ。
いやはや想像力には頭が参る。

「ヒッチハイクガール」

最終的にはなんでもいいから乗せてくれ。だそうだ。
渡り歩く淫乱ビッチ。
天国を見るため男を漁る聖職者。


幸いだったのは、
いつの日かもっとも仲のいい友達となったエーレン=アイランドが、
そういう戯言を口にする男子を半殺しにしてまわってくれた事だ。
エーレンのツテでヤンキー女ティンカーベルも協力してくれた故、
誰もそんな陰口を言えなくなった。

静かになれば、
オレンティーナの周りに男の影が無い事を皆は気付いた。
(ただ逆にお姉様信者の妹達のせいで同性愛者説も流れたが)


そんなこんなで、
そこを含め今に至っても、
実のところオレンティーナは純潔の純白のまま。
色沙汰など一切ない。

思い人は生涯、神様だけ。

「究極の片思いね」

エーレンの言葉にはさすがに笑わせてもらった。
でも、
いつの日かこの信仰(思い)が届いた時のため、
自分は永遠に美しくあろうと、
化粧は一日も欠かさなかった。

















〜"魔弾"ポルティーボは無駄が嫌い〜
〜"泣虫"クライは嘘をつかない〜
〜"処女"オレンティーナは否定する〜
















「無い・・・・そんな事は有り得なくなくなくなくなく・・・・・」

「お姉さま」
「お姉さま!」

ガブリエルの真横に、
半径十数メートルの焦げ目が出来ていた。

ホーリーフォースビーム。

その光の柱が落とされた名残であり、
それは、
直撃していたら跡形も無かっただろう。
(神が天に召されるなど笑い話だ)

「・・・・ダリィな・・・オイ」

ただ結果としては当たらなかったし、
それは一つの別の結果を示唆していた。

「お姉さま!」
「お姉さま!」

「・・・・分かっている。分かってることなくなく・・・・」

言葉を詰まらせながら、
ジャンヌダルキエル・・・もとい、オレンティーナは震えていた。
宙に浮いたまま、
震えていた。

「神よ・・・神よ・・・」

自分の新たなる力。
ジャンヌダルキエルのインストール。
だが、
器に魂ありきでそれは命と化する。

オレンティーナはコントロールできなかったのだろう。
そのホーリーフォースビームは、
ネオ=ガブリエルに当たらないどころか、

帝国の数名のシスターを塵と化した。

「神よ・・・これは、試練なのですか?人生を投げ打ったというのに、まだ足りないと。
 私の信仰心を試すために妹達を奪ったのだとしたら、それはあまりにも残酷で・・・」

オレンティーナは谷間から取り出した十字架のネックレスを握り、
拝んだ。
神に祈る彼女の姿を見て、
神は皮肉を語る。

「人間が、背伸びするもんじゃぁねぇぜ・・・・って結果だ」

「・・・・・五月蝿くない?超心外なんだけど」

先ほどまでの余裕の表れと裏腹に、
キッ、とオレンティーナはガブリエルを睨んだ。

まさか、
扱いきれないとは思っていなかったのだろう。
ジャンヌダルキエルの力。

「これが神様が使わした試練なら・・・越えるだけじゃなくなくない?」

「いーや。人間がそこまで神の力を使えてるだけで驚愕もんだよ。
 ただ人は人。神は神だ。背伸びはすんなって。メンドいだろ?」

「私は生涯を神に捧げた!」

オレンティーナは、その擬似神の姿で手を掲げる。

「普通の愚かな人間の人生を否定してきたわけっ!」

天に光が集まる。
ホーリーフォースビームのエネルギー。

「上ばかりを見上げてきたわけ!そういうわけ!でもやっと思いは通じたわけ!
 私はジャンヌダルキエルになり得た!これを扱いきるのは・・・試練!」

「・・・・・・・」

「おい、あんた?」

「・・・・・・ZZzz....」

「飛んだまま寝るな!」

ハッとガブリエルは目を覚ます。
飛んだまま寝て、
目を覚まして、
そのまま二度寝しそうなところをなんとかこらえた。

「危ねぇ・・・・・・くっ・・・俺とした事がエネルギーを使い過ぎた・・・・。
 ・・・・・普段一日に使用する言葉数の・・・・・三倍を消費した反動か・・・・・」

「有り得なくなくなくない・・・どんだけ燃費悪いわけ・・・・・・」

少し寝て、
少し体力を取り戻した神様は、
正常な顔に戻る。
戻してみる。
それでも通常でまぶたは重そうなものだが、

「ま、あんたに一つ説教してやるよ」

ガブリエルはやる時にはやる。
やる時の内の10回に1回くらいは、
やる可能性がある。

「人がどんだけ背伸びしたって・・・・雲から顔を出せやしねぇんだよ」

やれやれだ。
それはちゃんとした本音だ。
ガブリエルは呆れたわけだ。

神など望まず、
人であればいいのに・・・と。

「その余裕も・・・・今のうちじゃなくなくない!?」

次弾。
ホーリーフォースビーム。
それが落下する。

光の柱が降り注ぐ。

ガブリエルは一歩も動かない。

それはやはりガブリエルとは別の場所に落下し、
むしろ仲間を焼いただけだった。

「う・・・・く・・・・なんでうまく・・・いかないわけっ!」

力に溺れる。
オレンティーナは口を噛み締める。
表情は化粧がもったいないほどに崩れていた。

「・・・・・ちょっぴしジャンヌダルキエル再臨・・・ってなるかと思ってビビったけど。
 こんなもんだよな。・・・ビビった分カロリー消費した。・・・ダリィ・・・・」

「うわぁ!カスった!今のビーム!カスった!」
「落ち着くでヤンス!バンビさん!」
「ヤバかった!死ぬかと思った!でも親父にもらった服が焦げちゃった!」
「落ち着くでヤンス!それはさっきシスター達に着せ替えられた服でヤンス!」
「なら弁償!?」
「海賊王がそんな事でどうするんでヤンス!海賊は奪う者でヤンス!」
「・・・そ、そうだね。服もパンツも弁償しなくていいよね」
「パ・・また漏らしたんでヤンスか?!」
「チキンで何が悪い!僕は海賊王だ!」

バタバタとバンビとピンキッドが慌しいが、
ガブリエルの視界には入らなかった。

「騒々しいのは・・・嫌いだな。さっさと終わらせようか。偽神様」

サンダーランスを構える。
とんだ驚き損だ。
仕事は楽な方がいい。

「・・・・・・なるほど」

ただ、
状況に反してオレンティーナは落ち着いてきていた。

「試練は無理に越えるものじゃない。そういうことだし」

悟ったような顔をする、聖女。
ガブリエルは少し・・・考えた。

器。
人間が神の力を扱おうなんて甚だしい。
事実、扱いきれていない。

ただし、
ジャンヌダルキエルと同じ規模の力を、"使うこと"までは出来ている。
コントロールが出来ていないだけだ。

「試練の意味分かったわ。財力、権力・・・人、力に溺れること勿れ。
 私も力に溺れず、力を抑えて使えば・・・・コントロール出来そうだし」

オレンティーナは言う。

まだコントロールまでは出来ない。
しかし、抑えて使えば?

人間のクセに神と同等のパワーは備え、
あとはコントロールするだけ?

「・・・・おいおい。んな馬鹿な。神はどんだけ安くなった」

人間だぞ。
普通の。

「普通の人間が、神の力を使うに値する実力者?」


この女は、生涯聖職に身を費やしたと言っていた。
清く処女を守り、
純潔のまま、神を崇めてきた。

神力を扱う聖職者にとってそれは重大なパラメータであり、
傲慢な神側の"受け"もいい。

「この女・・・・器が足りてる・・・ってか?」

面倒だ。
面倒臭いことこの上ない。

「あっちゃぁいけない」

ガブリエルは呟いた。

「俺のように、人間から神になろうと、なんだろうと、神と人間は決別すべきだ。
 こういうイレギュラーはあっちゃいけない。神と人は・・・」

共存してはいけない。

「おかしくなくなくない?私は神様に思いを通ずることが出来たわけ。ならよくない?」

「駄目だ・・・メンドくせぇからだ・・・」

「面倒臭い?また汚らわし・・・・」

「神と人間が通じちゃぁ面倒この上ねぇんだよ。この俺みたいにな」

面倒臭い。
あぁ、
面倒臭い。

この世の全ては面倒臭いしどうでもいい。
だけど、

"そこ"だけは譲っちゃぁいけない。

「反則で神の力を手に入れた"お嬢ちゃん"。とっとと天罰を下させてもらう。
 ・・・・・あんたがジャンヌダルキエルの力を使いこなす前にな」




































「光の柱?」
「・・・・と雷ですね」

2回、光の柱が降って来たのが見えた。
そして、
次に同時に、
光と雷。

二つの閃光が同時に落ちたのが見えた。

「どう思います?アレックスぶたいちょ」

エールが問うてくる。

「知りません」

アレックスは露骨に言葉を受け流し、
目の前の死骸騎士をオーラランスで突いた。

「ほら皆さん!もっと速度をあげますよ!この進軍速度じゃディエゴさんに対策を打たれます!」

アレックスと16番隊。
言葉の通り、
突き進んでいた。

立ち塞がる敵を片っ端から浄化していき、
言うならば敵陣を溶かすように突き進んでいく。
1部隊1点突破。

「結構進んだなアレックス」

ドジャーがアレックスに並走しながら言葉をかけてくる。
突き進むとは、
言葉の通り、止まる事なく撃破して進んでいる。

機動型聖職者による突破など新しい事この上ないが、
生身のアレックスには少々息の切れる進軍でもあった。

「急いて勇みすぎじゃねぇのか?アレックス。
 俺にしちゃぁ楽勝な歩並だが、歩兵の進軍速度じゃねぇぜ?」
「時間がありませんから」

いくら単独突破といっても、
聖職者なんていう草食の者達には無理のある進軍速度。

「こんくらいしなきゃいけないんですよ。気にしなくていいです。
 彼らは僕の部下なんですから。多少の無茶は何度も付き合ってもらってます」
「・・・・お前の部下なんて考えたくもねぇな」
「僕も、ドジャーさんの部下なんて考えたくもないです」
「いや!確かにそういう事は気にしねぇギルドだが!俺!ギルドマスターだからな!」
「考えたくもないです」

そんな事を言いながらも、
オーラランスで敵を跳ね除けながら進軍するアレックス。
他と違い、アレックスは生身だが、
本人がいいというなら止めはしない。

「まぁ確かに時間がねぇ、急ぎてぇってのは分かる。
 早くしねぇと奇策が不意になる。向こうに対抗策突き出されちまうからな」
「いえ、お腹が減ってしまうんです」
「個人的な理由だな!」
「まだ・・・なんとか持ちこたえていますが・・・・」
「ヤバいの!?ウソつけ!前半戦終わった後、なんか食いながら作戦会議してたじゃねぇか!」
「・・・・・早くしないとお腹と背中がくっついてしまいます・・・・」
「くっついてしまえばいい!」
「酷い事言いますね・・・・」
「くっついてしまえばいいさ!っていうかお前!お前が暴食な理由!
 まさかそれが怖くて・・・なんて馬鹿な理由じゃぁねぇだろうな!」
「んなわけないでしょ。現実的に話をしてくださいよくだらない」
「・・・・・・お前、ほんとヤな奴だな・・・」

まぁそれは冗談だろうが、
急がなければいけないのは本当だ。
進軍は止むを得ないまでに急がざるを得ない。

「で、今どの辺りだ?」
「もう数分しない内にデムピアス海賊団の戦地に到着するはずです」
「カッ、よし。俺がちょっくら斥候に出てやるぜ。
 こんなトロい進軍じゃぁ足がなまってしゃぁなかったんだ」

とドジャーが一人勇み足になろうとしたところを、
アレックスが首根っこで押さえつける。

「ゲホッ!何すんだ!」
「行かなくて結構です」
「いいだろ別に!」
「逝ってもいいですけど行かなくて結構です」
「・・・・ッ!いいだろ偵察くらいよぉ!」
「あーいいですよね。そうですよね。だってドジャーさん。することないですもんね」
「うっ・・・」

結局のところ、
未だドジャーは役立たずなままであり、
この進軍に置いても特筆すべきやる事は無かった。
つまるところ、
ヒマだったのだ。

「今は奇策の真っ最中です。状況はドンドン変わり、それに対応していかなきゃいけません。
 そんな時に単独行動とは何事ですか。役に立たない上に足を引っ張るんですか?」
「いいだろ!?」
「よくありません」
「お前だって思ってんだろ!?Gキキ使えばもっと高速で突破出来る!トロくせぇんだよ!」
「僕がGキキに騎乗しても、追ってこれるのはドジャーさんだけです。
 それはサポート0と同じ意味です。それでは突破出来ません」

とにかく今は纏まって行動すべきだと、
アレックスは主張する。

実際にこの16番隊の力がなければ、
こんな無謀な単独突破、成功しようもない。

「ア、アレックスぶたいちょ」

横で並走しているエールが、恐る恐る話しかける。

「なんですかエールさん。集中してください。指揮権は僕。
 そして副部隊長であるあなたにしかありません。同時に雑談してる場合じゃありません」
「ざ、雑談・・・」

ドジャーの提案は雑談に消えた。

「で、でもアレックスぶたいちょ・・・さっきの続きですが、北西の光。
 乙女(アマゾネス)部隊が配置しているはずですが・・・彼女達にしては規模が大きすぎます!
 終焉戦争まではとは違う何かがあったとしか思えまへ・・・噛んだ・・・思えません!」

アレックスはやはり露骨に表情をゆがめた。

「なんでもかんでも僕に意見を求めないでください。ドジャーさんじゃあるまいし」
「俺を悪い例でばかり使うな」
「確かに決定権は部隊長の僕にあります。ですが、決定の権利でしかありません。
 あなたも考える事は出来るし、想像することは出来る。ドジャーさんじゃないんですから」
「俺は知恵さえもないのか!?」
「目に見える事だけ報告されても、それは僕が視認している事と同じなんです。
 僕に求めるなら意見をまとめてから言葉にしてください。
 まぁ、ドジャーさんみたいなくだらない提案は言われるだけ・・・」
「俺の存在をオチにばかり使うな!」

そう言いながらも、
ドジャーにはアレックスの感情が分かった。
エールを露骨に避ける。
キツくあたる。
その上、話題をエールと別の場所。
例えばドジャーに振ったり。

「何がそんなに気に食わないんだか・・・・」

アレックスのエールに対する当たり方は、
まるでスネた子供のようにも感じる。

「・・・・・と・・・アレックス。視界が開けたぜ」

聖職者達が死骸騎士を浄化しながら突き進む。
その聖なる光が一度途切れる。

戦場の真ん中。
位置にして真ん中のド真ん中。

敵の姿が、いきなり少なくなった。

「・・・・・・罠か?」
「・・・・そうとも限りません」

かすかすの密度の敵陣に突入し、
さらに進攻速度は落とさない。

「撹乱は全力で行い、成功しました。単純にまだ対抗策が間に合う時期じゃないわけです。
 部隊再編成の切れ目・・・ってとこでしょうね。奇策の効果がやっとひとつ出たってところです」

アレックスが怒涛のように張り巡らした奇策の効果。
対抗策に追われるディエゴのわずかな穴。
"間に合わなかった"部分。

ディエゴ自身、
アレックスとデムピアス海賊団の合流は、止められないだろうと判断していた。
その結果。

「カッ、海賊団の戦地に突入したかと一瞬思ったがな」
「いえ、すでに視認できます」

ここに隙が生まれている理由は、
一点突破に踏み切ったアレックスに対抗策が間に合っていないだけではなかった。

騎士団が背を向けて戦っている姿。
魔物。
魔物とだ。

「なるほど。ここらの奴らは海賊団の討伐に必死なわけか。だから対処も遅れてる」
「そういうことですね」
「突っ切るか?」
「突っ切らない理由がありません」
「罠の可能性はまだ0じゃぁないぜ?」
「どんな罠ですか?」

聞かれる側に立つのは珍しく、
いや、そうでなくてもドジャーは答えることは出来なかった。

「そういうことですよ。どんな罠か分からないんですから対抗策などありません。
 なら、チャンスに賭けます。今しかないんですから。
 罠でないなら儲けもの。罠だとしても、今しかないなら突っ込みます」
「分かりやすくていい」

手薄な敵陣の一部へ、突撃する。

「アレックスぶたいちょ!海賊団の陣地に突っ込んだ後は!?」
「そのまま突っ切ります。デムピアスさんも燻(XO)さんも無視です。
 それが出来るのは今しかない。無謀にしか活路はありません」
「カッ、通過した後、内門は?」
「学の無いドジャーさんには分からないかもしれませんが、
 試験というのは積み重ねた学力を除けば、あとは山を張るしかありません。
 それも外れたら無駄なわけで、結局未知の試験ならば・・・」
「分かった分かった。当たって砕けろってわけな」

16番隊。
その一本槍が、一気に突破する。
数は辺りと比べて少ないが、勢いは今この戦場で最高だろう。

海賊団の戦地は目の前。

「そこに居る少数の騎士を蹴散らします!有無を言わせません!
 力技で一瞬で突破します!その後はバイパスで楽出来ますよ!」

進軍の勢いの中、
聖職者達が各々の構えをとる。
十字を描き、
神に祈り、

アンデッドに致命的な聖職なるスペル。

一網打尽。成仏してくださいといわんばかり。

「構え!殲滅!」

アレックスに迷いはない。

「アーメン!」

「「「「「アーメン!!」」」」」

最後の騎士達へと、
聖なるスペルを放つ。

迷いなき突破な一撃。
その合図を送った後に・・・・・

やっとアレックスは罠に気付いた。

「!?」

罠・・・というにはやはり用意周到なものではなかった。
対処が間に合わない。
ディエゴ側・・・騎士団側にそんなヒマはない。
それは正しかった。

ディエゴとしては、なんとか打てた一手・・・その程度だったのだろう。

アレックスの進軍を大きく阻む陣形変更は出来ず、
やはりそれはすかすかの、
少数かつ身軽な1部隊を差し向ける。
それが限界だった。

ただ騎士団には、
極めて脆い部隊1つでありながら、大勢に値する部隊があった。
否、
それは言葉の綾か。

結局アレックス達の前に立ちはだかるのは、
それ自体は陳腐で矮小で、
応急処置としてなんとか差し向ける事が出来る程度の部隊だが、

「30番!?」

ここまで近づかなければ、アレックスもそれに気付く事は出来なかった。
彼らは、存在を気付かれないため、
常に戦場に違う装備を着用している。
仲間でさえ判断に困る、着せ替え部隊。

ただ先頭の男。
紫の狼帽子をかぶった男が、
部隊長の気質をかもし出しているクセに、
"あえて変スクを使わず、骸骨のままの姿"だった事でやっと気付いた。

第30番・イロヒ部隊。
トリサイクル=銀(AG)

「"イロヒ"ですエールさん!」
「!?・・・全員!撃ち方やめ!止めて!止めなさい!」
「16番隊!全員止まって下さい!攻撃停止!」

ただ、
それは止まらなかった。

ヒール。
リカバリ。
ホーリービジュア。

それらは第30番・イロヒ部隊に直撃し、

消滅した。

「だ!?なんだ!?どうなってる!」

アレックスとエールの号令で、
16番隊は既に停止の行動に出ていたが、
ドジャーは急に止めた足で転びそうになった。

「今!回復スペルあいつらに直撃しただろ!」
「・・・・はい」
「なんであいつら浄化しねぇ!どういうことだ!?
 死骸騎士(アンデッド)じゃねぇってんじゃねぇだろうな!」

混乱するドジャーを尻目に、
狼帽子をかぶった骸骨。
装飾でしかないウッドダガーを片手に、
トリサイクル=AG(銀)が、骨をカタカタいわす。

「なぁーに言ってんだか。ぼくちん、これで生きてたら表彰もんだろ」

と、
骨だけの体を自慢げに披露する。

「骨の髄まで正真正銘死人だよ。ってね」

骨をカタカタいわせてトリサイクルは笑った。

「・・・・アレックス。あの部隊はなんだ。あいつは何もんだ。
 アンデッドのクセに回復スペルがきかねぇ。タネはなんだ。能力は・・・・」
「"何もありません"」

アレックスは言い切った。
トリサイクルはカタカタ笑っていた。

「何もねぇ?どういうこった」
「第30番・イロヒ部隊。彼らに能力は何もありません。
 武力に長けているわけでも、補助に長けているわけでもありません。
 いえ、寸分たがわず言葉通り、彼らには特筆すべき能力は一切ありません」
「ありませんじゃねぇだろ!」

ドジャーは眉間にシワをよせて怒鳴った。

「アンデッドなのにスペルが効かなかったんだぞ!タネがあるだろ!」
「あります」
「それを聞いてんだよ!あいつらは何をした!」
「何もしてません」

ドジャーは呆れて一度言葉を詰まらせたが、
トリサイクルはカタカタと骨を鳴らしていた。

「エールさん」
「はい」

説明をエールに任せ、
アレックスは辺りの状況判断に集中した。
今は一刻を争う。
今しかチャンスはないのだ。
なのに・・・。

「第30番・イロヒ部隊。文字通りの部隊です」
「文字通りってなんだよ。イロヒ?イロヒってなんだ。イロハじゃねぇのか?」
「女忍者。くノ一(くのいち)と同じですよ。イロヒっていうは"囮"を指します」
「オトリ?」

ドジャーは頭に文字を思い浮かべた。

「一応最低限の情報漏えい妨害のための呼称ですよ。囮部隊なんて呼ばれてちゃ警戒されますから。
 そして役目は文字通り、囮です。囮のためだけの部隊。第30番・囮部隊です」

その呼称は胸を張れるものではないはずだが、
トリサイクル部隊長はケタケタカタカタと笑っている。

「狙われる事こそ任務だなんて・・・ぼくちんも罪だよねぇ・・・・」

それに反して、
ケタケタと骨を鳴らして楽しそうだった。

「カッ・・・オトリ。オトリねぇ。・・・・んで、能力が何もねぇってのはなんだ。
 それでも事実、あいつらには攻撃(正しくは回復)が通用しなかったじゃねぇか」
「それは簡単に、それが"彼らの能力じゃない"からです」

なるほどと、
ドジャーは納得がいった。
もちろん理由が分かったわけじゃないが、意味は分かった。
別の部隊の能力。
ならば、
アレックスは今それらを探している。

「恐らく、状況からいってスペルが聞かなかった能力の部隊は・・・・。
 ケミカル=パンツ部隊長率いる第51番犠牲部隊」
「囮部隊に犠牲部隊だぁ?」

囮と、
犠牲。

「ケミカルさんの犠牲部隊は騎士団の中でも一番過酷で哀しい部隊です。
 任務は、"他の部隊のダメージを肩代わりする事"」

他人の痛みは自分の痛み。

「禁呪の中に、マインドウォーリアというスキルがあります。
 他人のダメージを代わりに受ける能力。効かなかった理由は恐らくそれかと」

効かなかったのではなく、
ダメージは、赤の他人が別の場所で受けた。
そういうことらしい。

囮部隊。
彼らは今、ここに、ただ立っているだけ。

犠牲部隊。
彼らがどこかで代わりにスペルを受けたから。

「カッ、無駄だとか、かき消された・・・ってわけじゃなかったわけだな」
「いえ、でも今私達には何も出来ません」
「ぁあ?」
「何のとりえもないイロヒ部隊。"彼らを倒す術は何一つない"のですから」

そう。
この突破の部隊。
アレックス・エールを初め、
第16番・医療部隊。
聖職者しかいない。

聖スキルしか持ち合わせていないのだ。

「力技なら、まだどうにか突破する方法はあったかもしれませんが、
 私達はもともと戦闘部隊ではない医療部隊です」

医療スペルが有効だったからこそ無敵に立ち回っていただけ。
それを抜けば、
基本的に部隊長のアレックスを除いて戦闘能力は皆無の部隊だ。

「ケタケタカタカタ!さぁ!可哀想な囮(捨て駒)を!さっさと殺してみぃーろよ!」

全てスペルが受け流される以上、
突破する事は不可能。
トリサイクル=AG(銀)は、
ケタケタカタカタと笑う。

「だが心外だね。何の取り得もないだなんて。あるじゃない一つ。
 ぼくちん達は、"アピール"と"ディフェンス"だけは全員が習得している」

ターゲットをとるスキルと、
自分に攻撃を集中させるスキル。
つまるところ、

無視できない。

「絶対に、ぼくちんの部隊を通過しなきゃぁいけない。
 事実、こんな部隊なんて無視して別のルートの突破を試みた方が早いっしょ?
 でも君達はそれをしない。出来ない。アピールとディフェンスの組み合わせ・・・」

そのコンボは、一種の催眠術のようなものだ。

「君らは、オトリのトリコ・・・だよん♪」

絶対に、
囮と分かっていて、
それでもこの部隊を倒さなければいけない。

「フフフッ、裏切り者のアレックス部隊長。ぼくちんは絶対にあんたを通さない。そして許さない」

トリサイクル=AG(銀)は、
ウッドダガーを向けてきた。

「進軍を止めてやるよ。絶対に困らせてやる。困らせて困らせて、終わらせてやるからね」

「なんか陰湿な言い方してくる奴だな・・・。なんか恨みでも買ったか?」
「馬鹿な。僕がそんな人間に見えますか?」

いちいちつっこまない。
それにアレックスは言葉を返しながらも、
辺りに気を配っているようだった。

「アレックス部隊長!ふざけるなよ!お前がぼくちんにした事っ!」

トリサイクルは凄い形相で(骸骨のままなので表情などないが)、
アレックスを睨みつけてきた。

「あれはお前ら医療部隊が遠征先で臨時医師役を担っていた時だ!」

「なんか昔話が始まったぞ。おいアレックス?」

「ぼくちんは持病の"ぢ"の治療を診察してもらおうと医療部隊のテントを伺ったっ!」

「遠征先でぢの治療をするなよ」

「ぢを馬鹿にするな!ひと時の油断が取り返しのつかない事になる!
 だが!その時にお前がぼくちんの担当医によこしたのは・・・そこの女だったっ!!」

トリサイクルは、
ウッドダガーをエールに向けていた。

「あの屈辱!忘れてなるものかっ・・・・」

「・・・・意味わからん・・・」

「ぼくちんはっ!彼女にも!家族にも!そして自分自身でさえも見たことのない玉の裏を!
 初対面の女に視察される事になったんだぞ!あの時の事を思い出すと・・・・」

それは・・・・
少々同情の余地はあるが・・・。

エールは、はわわと動揺した。

「だ、大丈夫ですよ!エールさんはちゃんと目を瞑って診察しました!」

「マジで!?」

「う、うぃ・・・」

「だからか!だから悪化したのか!」

「だって・・・見たくもないし、臭いし、専門外ですし、診察自体したくもなかったので・・・・
 あぁエールさんだって思い出したくもないです・・・とりあえず殺虫剤を撒いた覚えがあります・・・・」

「!?・・・俺のケツになんてことを!」

「でも怪我してましたから・・・・」

「キレぢだからな!」

「最後に応急処置にバンソーコーをバチンと貼って終了しましたです!」

「!?・・・・あの日の便秘はそんなアナログな理由だったのか!
 悪徳医者部隊め!俺は血反吐を吐く思いだったんだ!ケツからっ!」

同情の余地は確かにあった。
明らかにアレックスが面倒で当事者二人が被害にあったケースだ。
ただ、
さすが医療部隊の副部隊長。
アレックスに通じる理不尽さはある。
騎士団の医療に携わるトップ2がこれでは福利厚生もあったもんではない。

「くそう・・・・今更だがフン切りがつかない・・・」

「うめぇ事言ってんじゃねぇよ」

「思い出すだけで身の毛がよだつ・・・人生ワースト3を全て覆す屈辱だった・・・」

「カッ、でも良かったじゃねぇか死骸騎士。その屈辱の人生、もう終わってるじゃねぇか」

「思い出すだけで死にたくなる」

「だから死んでるじゃねぇか・・・・」
「ドジャーさん」

アレックスが会話を遮る。

「時間稼ぎです。あまり耳を貸さないようにしてください。実話ですけどね」

時間がない事は向こうも100も承知のようだった。
当然か。
ケタケタカタカタと、トリサイクルは骨を鳴らした。

「やはりアレックス部隊長。隙だらけのクセに、隙がないね。
 だけど実際に、ぼくちんはお前を困らせてやる。事実、お前は困るもんね。
 お前は囮を倒せない。ぼくちん達は無敵だからね。全ての攻撃は犠牲部隊が受けてくれる」

「倒せますよ」

アレックスが口を出した。

「第16番隊。構え」

そして有無を言わさず、16番隊に攻撃命令を出す。

「アーメン」

「「「「「アーメン」」」」」

そしてまた同じ事をする。
ヒールにリカバリ、ビジュア。
回復魔法がイロヒ部隊に発射される。

そしてそれらの魔法は全て彼方に消える。

「馬鹿な行動だ。効果なし。で?倒せる?僕チンらを?なんでだい?」

ケタケタカタカタとトリサイクルは笑う。

「聞こえなかったかい?僕ちんらは無敵。犠牲部隊が全て肩代わりしてくれているんだ」

「いえ、攻撃は全て犠牲部隊が肩代わりしている"だけ"です。
 それはつまり犠牲部隊がどこかで代わりにダメージを受けている」

今ので犠牲部隊が何人減ったんでしょうね?
アレックスは笑わなかった。

犠牲部隊の境遇を考えると、
その過酷で辛らつな運命を考えると、
笑えはしなかった。

「このままあなた達を攻撃しているだけで犠牲部隊はすぐ全滅です」

「・・・・なるほどねぇ。その通りかもしれない。けど奴らの根性馬鹿にしちゃぁいけない」

「アンデッドにヒール。根性でものは計れない。浄化は事実上"必殺"です。
 割合的には医療部隊が1度スペルを行うたびに、犠牲部隊は1人・・・」

確実に消えていく。
戦ってもいないのに。
そこに、
散っていく。

「そしていつかは犠牲部隊も全滅。そうなんですよ。
 僕らはここで売り切れまで自動販売機にコインを投げ込むだけでね」

楽な1部隊討伐だ。

「犠牲部隊が全滅したその後はどうします?意味がなければ囮はカカシです」

「意味はある。通せんぼだ。時間稼ぎだ」

ケタケタカタカタ。

「犠牲部隊が全滅するまでに何もしないとでも?
 それまでにディエゴ部隊長は次の策に打って出るだろうよ。
 援軍なんてすぐだ。あと数分でここに他の部隊も集まってくる」

間に合わない対処の、
時間稼ぎ。
逆にいえば、
少し時間さえ稼げれば、
アレックスの奇策への対処など、どうとでも間に合う・・・ということ。

「奇策敗れたり・・・だな。犠牲になるのは犠牲になるべき犠牲部隊だけ。
 お前らは無敵の囮を倒せもせずにここで足止め、だ」

「・・・・・・」

強い策を打って出てきたものだ。
確かに、単純過ぎて隙がない。
崩しようが無い。

こっちの奇策への対処時間が無かったのに、
最低限の対処で最大限の効果を発揮してきた。

「・・・・ただ、効いてたみたいですね」

ただ、
ただ、だ。

あのディエゴ=パドレスが、
世界一誇り高き騎士が、
犠牲部隊を犠牲にするだけのために使用した。

確かに現状、無敵で無双な能力を備わっている医療部隊を相手にするなら、
どんな部隊をぶつけても結果は同じ。
同じ被害だろう。
アレックス達の前に立っているのが、
囮部隊でも、
古武術部隊でも、
犠牲部隊でも、
摩訶部隊でも、
星獣部隊でも同じだ。

ならば、
同じ犠牲が出るなら策とし、

囮と犠牲のコンボ。

完全にこちらの足を止めてきた彼の戦略・・・・
軍師として褒め称えるべき功績だ。

しかし、
ディエゴ=パドレスが、
騎士の誇り・・・・"騎志"を重んじる彼が、

仲間を犠牲にする策など打ってくるものか?

つまり、
"そのレベル"にまで、圧倒的に追いこんだ状況ではあったわけだ。

「勝機はあった。それを見せてもらえただけで十分です」

「勝機ぃ?どぉっこにそんなもん」

「ダニー」

そして天から炎が降り注いだ。

「ヒャーーッハッハッハ!もう終わらせちゃっていいんだねぇーい!!!」

ダニエルが空中から現れ、
炎を薙ぎ払う。
炎で焼き払う。

それこそ凄まじく、少数とはいえ部隊を丸呑みにするほどの火炎量。

炎の魔物が、家々を飲み込むほどの・・・・。

「・・・・燃える燃える燃えるぅうう!!萌えろファイヤー!!
 ヒャーーーッハッハッハッハ!ハッハッハ!・・・・・ハ?」

少し小食気味だったのか、テンションをあげていたダニエルだったが、

火炎の中には、

「アヒャァ?何それ」

微動だにせず、
何一つの損傷を受けて居ない骸骨達が立っていた。

炎の中も、
空気と同じように物ともしない。

炎の中で立つ、無敵の骸骨。

「熱い?さぁ、そんな感覚忘れちまったねぇ。この炎は何度くらいなんだか。
 わざわざ犠牲部隊のケミカルにWISで聞かなくちゃぁいかないねー」

炎も、
肩代わり。

「ヒャハ?何あれ。つぅーまんね」

一気にテンションが鎮火したダニエルは、
ヒョロヒョロと空中からアレックスの横まで降りてくる。

「アッちゃん。駄目だこれ。燃えカス見れなきゃ快感にならねぇよ。
 もうすぐ内門!・・・・ってテンション上がってきてたからさ。
 作戦一回協力したけど。これはつまんね。やる気ナッシンだな」

「・・・・・僕のピンチですがもう少し手伝ってくれませんかね?」

「なぁーに言ってんだか」

ダニエルは両手を広げた。

「今回はちょっと盛り上がってたから手ぇ貸しただけだよアッちゃん!
 俺はアッちゃんの味方だけど、アッちゃんの敵の敵ではないわけ!」

面白い言葉だ。

「今さアッちゃん。ピンチでもなんでもないじゃん!
 攻撃くらってるわけでもないし!死にそうなわけでもないし!
 俺のアッちゃんが他の誰かに殺されちゃうって状況でもないわけ!」

さすがディエゴ=パドレスだ。

"ダニエルにも既に対応してきた"

ここまで、向こうの策はダニエルによってぶち壊されてきた。
そこに既に対応してきた。
弱点を埋めてきた。

「ってことでアッちゃん。死にかけるか、燃やし概があるモンが現れるか、
 それとも俺がきまぐれちゃうのを待っててねぇん」

ダニエルは指先に炎を出して、
チッチッと振った。

「カッ、前はもっと扱いやすかったイメージなんだけどな」
「エクスポさんもですが、神化すると結構個人主観になるんですよ」

さぁてどうするかな。

「時間はありません」
「策は?」
「ありません。とりあえず打ち込めるだけヒールを打ち込むだけです」
「思う壺だな。もう目の前が海賊団の戦地だっつーのに」
「無理矢理突破しますか?」

珍しく、
アレックスがドジャーに回答を迫ってきた。

「あ?」
「ダメージが転送されるといっても、物理的にはどうしようもない部分があります。
 いえ、それ以上にもっと効率的な策もあるか・・・うん。そうしましょう」
「何を・・・・」
「今、物理攻撃が出来るのは、"僕とドジャーさんだけ"です」

少し言葉に躊躇うドジャー。

「いや、知ってんだろ?それともまたお得意に馬鹿にしてんのか?
 俺の攻撃なんて死骸騎士にはルアス市街から一切・・・・」
「そろそろドジャーさんに見せ場をあげないと」
「俺・・・に?」
「ティルさんからもらったダガーありますよね?」

ドジャーは返事代わりに取り出した。
一本の何の変哲もないダガー。
パキッという音と共に、
二本に分かれる。

「こんなん役に立つのか?」
「それがあれば十分です。それとドジャーさんの足と・・・」

ポロンとポーチから落としたのは、
守護獣の卵。
アレックスの足元に煙があがり、

「キ♪」

Gキキの『G-U(ジッツー)』が愛くるしく現れる。

「僕の足があればね。いくよ、お茶漬け」
「キ!」

Gキキに飛び乗る。

「いくよ、ドジャーさん」
「ペットと同じ感じで呼ぶな!んでどこにだよ」
「決まってるじゃないですか。僕とドジャーさんだけで、犠牲部隊を壊滅させてくるんですよ」
「あ?」

ドジャーは少し止まった。

「エールさん。ここは任せました」
「う、うぃ!」
「行きますよドジャーさん。さっき辺りを探索する時間をもらったでしょ?
 大体の方向は分かっています。何せ、僕の王国騎士団なんですから」
「ちょ、ちょちょちょっと待て!」
「ボヤボヤしてないで、さっさとアピールとディフェンスの範囲から出ますよ。
 突破を早くするために、僕ら二人でさらに単独といくわけなんですから」
「・・・・ッ・・・・ったく・・・なんだかなぁ・・・・」

まぁ説明もクソも、
言及するだけ無駄かと、ドジャーは諦めた。
驚かされるのはいつもの事だ。

「文句でも?」
「文句も心配もたんまりだが、諦めてるよ。テメェのことだから何かしらの考えはあんだろ。
 しゃぁねぇ。付き合ってやる。毎度の事ながら気は進まねぇんだがなぁ」
「活躍できますよ?」
「馬鹿野郎」

ドジャーは軽く屈伸運動をした後、
手の中でダガーを回し、
親指でそれを止めて決めた。

「俺が活躍しなかった事なんてあるか?」


































-ルアス城 1F-

「ミヤヴィ」
「あぁ。僕も気付いた。集中しなくても分かるほどに駄々草だね」

ミヤヴィ=ザ=クリムボン。
モントール=エクスポ。
ルアス城の中を駆け回る中、
彼らの"レーダー"にひっかかるもの。

「この風・・・・地下からだ」
「だね。僕も振動で分かる」
「ボクには風の通りで、一塊にしか分からないけど、人数はどれくらいだい?」
「振動数からして・・・明確には言えないけど3ケタに乗るかどうかって数だね」

地下からの使者。

「敵かな。殺意むき出しだけど」
「何を言ってるんだエクスポ。君は地下から来ただろ?
 さらに地下から敵が来るとは考え難いじゃないか」
「ならこちら側か」
「その表現はやめて欲しいな」

あくまで、ロウマ=ハート討伐なんて任務のために、
歩調をあわせているだけ。
反乱軍に入ったわけじゃぁないとミヤヴィは言い気だった。

「歩調が合っていない。駄々草といったのはそのためさ。楽譜が読めないのか?
 ま、つまりこの足音の持ち主は知っている。《昇竜会》さ」
「なるほど」

内門を突破していないのに、
自分以外にも侵入者を送り込んだ。

「アレックス君もなかなかどうして頑張ってるようだね」

策士家・・・か。

「振動からして、先頭の男だけ足音が違う。ペタペタと・・・サンダル・・・?
 ならオフィサーのジャイヤ=ヨメカイだ。風銃(ハジキ)使いだった気がする」
「空気砲のジャイヤね」
「君と同じ能力だ」
「風は副産物だって。ボクはあくまで爆弾使いさ」

銃は好きじゃない。
無機質だ。
花火の方がイカしてる。
と、エクスポはいらない所で対抗心を持った。

「何にしろ、注意点じゃぁないと分かったんだ。先を急ごうミヤヴィ」
「ああ。もうすぐこの先だ」

二人は駆けた。
すぐ先。

ユベンの居る、内門裏のロビーまで。

「敵の動きを風と振動で探知していけば、もう敵と出会わずに辿り着けるだろう」
「今戦っている部隊はなんだったっけ?」
「12番。星獣部隊だよ」
「美しい名前だ。そして聞いた事がある。エニステミ討伐の《12英雄》
 いいね。美しい呼称だ。ボクもそんな風に呼ばれてみたいものだ」
「なかなかやっかいな奴らだよ。部隊としてはともかくね。
 《12英雄》に関しては、単体で僕らと渡り合う」

44部隊と同等が12人か。
確かに・・・骨が折れる。

「それはそれは・・・弱気なものだねミヤヴィ」
「人生息継ぎが必要なもんだ。仲間に強き者がいる事はいいことじゃないか」
「なら、44部隊と12番隊。同数で戦ったらどうなるんだい?」
「エクスポ。君は知らないのかい?」

ミヤヴィは淡く笑っては、軽く答える。

「それでも44部隊は無敵の最強部隊なのさ」
「綺麗な答えだ」

ルアス城の廊下。
また角を折れ曲がる。
余分な戦闘は避けるため、少々の遠回りもしているが、
何にしろ複雑な構造になっているものだ。

風がうまく通らない。

「何にしろ、急がないとってことだね。ボクとしてはいいけど、ユベンが危ないんじゃないかい?」
「・・・・・・ん?」
「部隊長クラスってだけでもまず一筋縄じゃぁいかないだろう。
 しかもそれがエニステミ討伐の《12英雄》となると、無敵の部隊の副部隊長もさ」
「そうだね」

ミヤヴィはクスりと笑った。

「ヤバいし、厳しいし、正直勝ち目もないだろうね。何せ・・・・」

そう言っていると、
急に視界が開けた。

「・・・・・と」

広い。
広いものだ。
これが室内というのなら、外の世界というのはどれだけ広大なのだろう。
町一つ分は入るんじゃないかという広さ。

赤い絨毯にシャンデリア。
この巨大なルアス城を支える屈強な柱が何本も立ち並び、
最奥には、何百人規模が同時に登れるんじゃないかという大階段。

そして反対側に・・・・・

聳え立つ、内門の背中。

「サッカーをフルコートで出来そうだね」

この内門裏のロビーを見渡す。
そして内門の裏側を見る。

「・・・・内だからと言って簡単に壊せそうにもないか・・・だけど・・・」
「ユベン!!」

ミヤヴィが叫んだ。
なかなか洒落た絶景と、内門(目標)に見蕩れていたエクスポも、
不意に本来の目的を思い出す。

12人の英雄。

第12番隊 1星副部隊長 子と牡羊の星 ネヒツジ
第12番隊 2星副部隊長 丑と牡牛の星 ソウギュウ
第12番隊 3星副部隊長 寅と双子の星 トラカガミ 
第12番隊 4星副部隊長 卯と蟹の星  ウサギバサミ 
第12番隊 5星副部隊長 辰と獅子の星 シシリュウ
第12番隊 6星副部隊長 巳と乙女の星 ヘビオトメ 
第12番隊 7星副部隊長 午と天秤の星 ババカリ
第12番隊 8星副部隊長 未と蠍の星  ベニヒツジ
第12番隊 9星副部隊長 申と射手の星 ヤザル
第12番隊 10星副部隊長 酉と山羊の星 トサカヤギ
第12番隊 11星副部隊長 戌と水瓶の星 ウミイヌ
第12番隊 12星副部隊長 亥と魚の星  イノヒレ

その全てがそこに居て、

「Jack in(ジャッキーン)!!!」

ウサギバサミが、
鋏(ハサミ)のように繋ぎ合せた二本の剣で・・・・

ユベンの首を挟んでいた。

「どうなってんるんだい・・・これ・・・・」
「・・・・ッ・・・・チェックメイトみたいだね」

ユベンは微動だに出来ていなかった。
チェックメイト。
そう言うならば、
もうチェックメイトだったんだろう。

ユベンの首に2本の剣。
テコのようにウサギバサミがそれで刈り取れば、
バチンッ・・・とユベンの首は飛ぶ。

「ハッハッハッハ!Jack in(ジャッキーン)!!!ユベン=グローヴァー!
 それが無敵の44部隊の副部隊長さんの実力かい!?」

ウサギバサミはチェックメイトの状態で、
ユベンに話しかける。

「チッ・・・・」

助太刀・・・というには気を逃した感じだが、
エクスポは手に風を渦巻かせる。
だが、
隣でミヤヴィがそれを制止した。

「・・・・・何するんだい」
「もういいさ。この程度の曲だったんだろう」
「・・・そうかい。なら説明してくれ。"アレ"は一体・・・」

バチンッ!!!!!
と、
まだ静かなこのロビーに金属音が鳴り響いた。

「Jack in(ジャッキーン)!!!」

ウサギバサミが、その鋏状の剣を・・・・"閉じた"。
挟んだ。
刈り取った。

ユベンの首を。

「ハッハッハッハ!」

ウサギバサミは胸を張り上げて笑った。
刈り取ったユベンの前で、
大声で笑った。

やけくそな笑いだった。

「・・・・ハァ・・・・」

そして、ウサギバサミは笑い疲れると、
皮肉に笑った。

「・・・・・これが無敵の44部隊副部隊長さんの実力かい・・・・」

ウサギバサミの両脇に、

折れた2本の刃が落下した。

「どうなってんだよテメェ!!!」

ウサギバサミはユベン=グローヴァーに飛び掛る。
胸倉を掴む。
ユベンは、抵抗さえしない。

「魔法は効かねぇ!打撃も効かねぇ!刃は通るどころか逆に折れちまう!ふざけんな!
 今の俺の剣はっ!あのエニステミの首をぶった斬った名刀なんだぞっ!」

ユベンは虚しい目で、見ているだけだ。

「・・・・それは、俺より劣っているというだけだろう」

「ふざけんなよっ!俺ら"12人の攻撃が何一つ通らない"なんてっ!」

気付けば・・・というより、
見た瞬間エクスポも気付いていた。
それらが12英雄なんだと。
12英雄の亡骸なんだと。

鎧や衣類。
それだけが・・・・・・11人分転がっていた。

「副部隊長ユベン=グローヴァー!こっちは・・・こっちは・・・副部隊長クラスを12人だぞ!
 いや!戦闘力だけなら部隊長張れる奴さえ居た!なのに・・・なのに・・・・」

何一つ、
通用しなかった。

ユベン=グローヴァーに。

「それに・・・・それはっ!」

「あれは・・・なんなんだい?ミヤヴィ」
「ん?」

ウサギバサミの問いと、エクスポとミヤヴィの会話はダブった。
エクスポも気になっていた。

ユベン=グローヴァーが12英雄を1人で倒した・・・という事実以上に、
エクスポが気になっているのは・・・

「あのユベン=グローヴァーの格好だ」
「あぁ」

ユベン=グローヴァーの姿。

一瞬魔物と見間違えた。
いや、そう比喩するには中々に精悍としている。

槍(ランス)。
鎧(アーマー)。
兜(アメット)。

全てが・・・・白と赤紫の・・・。

「ユベンがあの姿になったってことは、それ相応の敵だったって事さ」
「・・・・・と言うと」
「最近では、ツヴァイ=スペーディア=ハークスを相手にした時くらいかな。
 あれを出したのは。そういう意味で、《12英雄》はそれに値する実力者だったってこと」

それだけ。

「あれは"初代44部隊"が着用していたと言われる・・・・・・"ドロイカンメイル"だ」

言葉を聞けばなるほどと思わせられた。
ドロイカン。
ドロイカンナイト。
言葉の通りの鎧だ。

竜騎士の姿だ。

「間抜けな質問してもいいかい?」
「どうぞ。芸術家さん」
「そんな大層な鎧を出し惜しみしといて、こんな場面になったから引っ張り出してきたのかい?」

いや、嫌いではないが。

「確かに間抜けだね。あれはユベンの能力だ」
「能力?」
「ドラゴンスケイルだよ」

ドラゴンスケイル。
騎士の、防御力増強スキル。
竜の鱗のように。

「ドラゴンスケイルの完成形。それがあれ。ドロイカンメイルさ。
 初代44部隊部隊長はドラゴンスケイルの特性上、アレを部隊全員に施した」
「それで竜騎士部隊か」
「そう。ただ今の44部隊はロウマ隊長の趣向からして、あまりに個人主義だからね。
 今の44であの姿と戦闘スタイルが似合う奴なんてエースくらいなもんだろうさ。
 だから廃止さ。まぁ、もとから先代も先々代も扱えなかったスキルだったそうだし」

失われた、44部隊のスキル。

「くっそぉおおおお!!!」

そして、
あまりにもあっけなく、
ユベンはそのドロイカンランスで、ウサギバサミを貫いていた。

「テメェ・・・テメェ・・・・・」

最後の12英雄、ウサギバサミは、
崩れ落ちながら、
浄化されていく体で、
ユベンを睨んだ。

「この・・・裏切り者・・・・騎士団を裏切った・・・・裏切り者のクセに・・・・」

ユベンは、
ドロイカンのアメットの下で、
哀しく、瞼を閉じた。

「アレックス部隊長も、こんな感覚だったんだろうか」

だとしたら、
なんとも心地よくない、この感情。
これに堪え続けて、
アレックス=オーランドはそれでもまだ、裏切り続けているというのか。

「そうだ!テメェらは同類だ!誇りも何もないっ!ただの我侭のために!
 仲間を殺した!仲間を裏切った!このっ!このっ!」

「・・・・・・・・無視してもよかった」

ドロイカンナイト。ユベンは消え行くウサギバサミに言葉を投げ捨てる。

「あぁ!?」

「お前の言うとおり、俺の竜鎧ドロイカンスケイルはお前らの攻撃など通用しない」

無視して、
ここを通過してもよかった。

戦場で、
一人の聖者のように、
堂々と攻撃を食らいながら通過するだけでもよかった。

「ただ、ケンカを売られたから買っただけだ。
 俺が大事なのは、王国騎士団の誇りよりも・・・・・44部隊の看板だ」

従っているのは、
王国騎士団にでなく、
帝国騎士団にでなく、
アインハルト=ディアモンド=ハークスにでなく、

ロウマ=ハートただ一人。

「クソォオ!!!タイチョォオオオオ!この裏切り者をっ!この裏切り者をぉおおおおお!!!」

ウサギバサミはそのまま浄化され、
光の粒となって消え、

12英雄はそのまま消え去った。
代わりに残ったのは・・・・。


「まさかここまでの実力者だったとはな。反逆者」


第12番 星獣部隊 部隊長。

「覚えて星となれ。鼬(イタチ)と蛇使いの星。ツカイタチ。お前を屠る者の名だ」

12英雄の上に立つ、部隊長。
12英雄を束ねる、部隊長。

「十二支と十二星座の12英雄と、それを束ねる部隊長か。
 ミヤヴィ。12英雄に名が入ってないが、彼の実力は?」
「想像の通りさ」
「だろうね。にしても」

エクスポは「ふぅん」と親指を唇に当てて、
感心した。

「干支x12と星座x12の副部隊長で、星獣部隊。
 それで部隊長は仲間外れの鼬(イタチ)と蛇使いなんて、
 どうしてまた、美しいセンスじゃないか」
「そうかい?僕としてはセンスが行き過ぎて気持ち悪いけどね。
 子供が考えそうさ。仕事に付ける部隊名と役柄じゃぁないよ」
「何言ってるんだ!それがまたイイ!」
「・・・・芸術家のセンスだね」
「それに12!12だよ!まるで時計だ!」

シャリン、とエクスポは懐中時計をぶら下げた。

「針は回りきった。《12英雄》に見捨てられた13時の登場なんて、
 なかなかどうしてロマンチックじゃないか。うん。美しい」

ツカイタチは、戦闘の体勢に入った。
デロンと垂れるそれは・・・・
13本の鞭。

「英雄なんて言葉、どこにだってある。どれだけも居る。まるで星のように」

長く、太い13本の鞭。

「ただ、星の数ほどと言っても星に手は届かない」

それぞれが別の生き物のように動き回った。
鉄で、
ブラックで、
スタンで、
リバーサル。

ウィップが暴れまわる。

「星になれ。ユベン=グローヴァー」

サッカーフィールドのようだと、エクスポはこの場所を比喩したが、
それを飲み込む勢いだった。
跳ね回る鞭は、
無数の柱を破壊し、

ロビーを覆い尽くすようだった。

「さすがに・・・・ヤバそうな相手だね」
「確かにヤバいね。さすがに手助けが必要が必要だろう」

ミヤヴィとエクスポが各々攻撃体勢に入るが、
いつから気付いていたか、
ユベンは、
それは片手で制止した。

「・・・・・・・・・・一人でやるって?なかなか自信家じゃないか」
「芸術家と音楽家。そして自信家だなんていい表現だよ」
「それはいいけど、つまりユベンはあの男に勝てる自信があるってことだよな?」

ミヤヴィは頷かなかった。

「・・・・・相手は部隊長だ。それもバリバリの戦闘タイプ。
 ボクは二人仕留めているが、どちらも戦闘タイプじゃぁなかった。
 それでも楽だとは言わなかったさ。それでどうなんだい?」
「エクスポ」
「なんだい?」
「王国騎士団の強さの序列を知っているかい?」

エクスポはため息をついた。
回りくどい問いかけだ。
だからこそ、付き合うのは嫌いじゃない。

「そうだね。まず最強がロウマ=ハート」
「もちろんさ」
「次点になると・・・やはり絶騎将軍(ジャガーノート)になるんじゃないかな?」
「いや、彼らは帝国であって王国じゃない。王国の事を聞いているのさ。
 53なんて王国の時は暗躍で知られてなかった。居ない存在さ」
「ならピルゲンだろう。未だにまともに戦闘は見ていないけど・・・」
「彼も終焉後に本性を表したタイプだ。王国時はただの行政部隊のインテリだった」
「除外が多いね」
「なら別に含んだっていいさ。とにかくその次は?」
「それならやっぱり・・・」

52個の部隊。
その、部隊長。
52人の部隊長の誰かということになる。

「遠からず、近からず。ただどうかな。君が自分でさっき言ったじゃないか。
 戦闘タイプの部隊とそうじゃない部隊が居るだろ?
 例えばアレックス部隊長なんて十分に44部隊員以下の実力者だ」
「言いたい事が分かってきた」
「そう、上から強い順に52人が部隊長になっているわけじゃない。
 まぁ結果的に・・・・基本的にはそういう事にはなるんだけどね」

言いたいこと。
分かってきた。
つまるところ、

「君の言いたい、王国騎士団で2番目に強い男っていうのは・・・」
「当然。絶対無敵、王国騎士団最強の戦闘部隊。第44番・竜騎士部隊」

竜騎士は、
動き出した。

「副部隊長。ユベン=グローヴァーに決まっている」
























-ルアス城 最上階 下層階-






「ディエゴ部隊長。アレックス部隊長が妙な動きを」

ツカツカと作戦盤へと歩み寄るディエゴ。
ピルゲンは去った。
半ば追い出した形だが。

「目まぐるしく戦況が動いている時にあの老体は・・・・」

昔からそうだった。
昔は戦闘能力など、サラサラ感じさせる事なく隠していたが、
得体の知れなさはかもし出していた。

行政部隊という地位を利用し、
発言力は高かったクセに、戦場からはあの手この手で参加していなかった。

興のために口だけ出しに来るのは変わってないと言いたいわけだ。

「それで。パッカー副部隊長」
「単独で行動を始めました」
「詳しく」

アレックスの単独突破は今一番の旬の状況。
少数精鋭の一点突破。
ただ、
副部隊長がそれを反復して発言しているわけじゃないのは分かっている。
自分の部下はそこまで能無しではない。

「単独突破の部隊から、さらに個人で行動を始めました」
「・・・・ふむ」
「アレックス部隊長、及び、ロス・A=ドジャー。二人でです」
「打倒だな」

ディエゴは副部隊長に示唆する。
副部隊長は言葉が無くても理解して、
盤面上のアレックスの駒を動かし始めた。

「つまりコレはまず、トリサイクル部隊長はアレックス部隊長を止めたという事だな」
「理解が早くて説明が省けます。報告からするところ、完璧に止めました」

ため息を付きそうになった。
なんとか間に合ったか・・・・と、安息のため息を。
そんなヒマはない事は分かっている。

「進路からすると、犠牲部隊の壊滅を早めようとしているな」

彼らには悪い事をした。
彼らは絶対に任務を拒否しないと分かっていて・・・・

「悪い言い方をすれば彼らを捨て駒にした。だが、許せとはいわない」

これは戦争だ。
胸が苦しいが、言い聞かせなければいけない。

「騎士で騎志があるならば、持ち場を墓場だと分かっているはずです。彼らもそれを望んだ」
「まだ壊滅したわけじゃないさ。アレックス部隊長が自分から向かうというのならば、
 それは一つの好機だ。犠牲部隊に戦う機会を与えられる。あなどれはしないさ」

部下が一人、
副部隊長とディエゴの間に割って入ってきた。

「失礼します。伝令です」
「構わん。言え」
「摩訶部隊、一時敗走」
「・・・・・チッ」

舌打ちはあまり部下の前で聞かせるわけにはいかないが、
盤面上で、
フレア率いる西の勢力が雪崩れ込む様子が伺える。

「そちらはしょうがない。アレックス部隊長にしてやられた。
 アレックス部隊長の奇策を止めるのでさえギリギリだった」
「西は対策していないも同じでしたしね」
「していないのでなく、出来なかった。素直に負けを認める」

摩訶部隊。
マリリン=マリリン部隊長。

「一時敗走と言ったが、最悪逃げ切れないだろう。ここまま追撃で潰される」
「西はとられますか?」
「とられる事を想定して置いた方がいい」

ディエゴの中では、
ほぼ確定事項でもあった。

「西の二段目にはカニエ=ウエスタン部隊長率いる第40番・追撃部隊を配置している。
 あくまでアレックス部隊長の居ない西の反乱軍を、追撃で一掃するためにだ」

追撃部隊が、相手の追撃に巻き込まれるなど、
降格ものの失態だ。

「摩訶部隊と身内同士で正面衝突し、陣形は崩れるだろう。
 西の城壁を含め、まとめて一掃されてしまう」
「指を咥えてるしかないんでしょうか」
「手が空いてるなら願え。摩訶部隊が内門まで退却出来る事を。
 ポルティーボ=D部隊長不在故、内門の魔術師は少々手薄だ」

退却が補充になればいいが、
西は占領されたも同然。
間に合わないだろう。

「フレア=リングラブ・・・《メイジプール》以上の組織まで指揮出来る器に成長していたか」
「どうします?」
「アレックス部隊長を追って内門を目指してくる・・・・と思わせておいて、」
「西の占領を優先してきますかね」
「だろうな」

アレックス=オーランドの事だ。
簡易に指示を出せる体勢は整っているのだろう。
自分が往生しているならば、
フレアも動きを焦らす必要はない。

「西は本隊です。勢いもあり、こちらは圧された勢いです。
 止められるとしたら、52をぶつけるしかありません」
「当然そうする」
「どの規模で?」
「・・・・・」

そこは頭が痛い。

「52にメインは二つ。アール=レグザという者が指揮している一団。
 これはアレックス部隊長にぶつけないと"意味がない"。
 そして部隊長グッドマンの52本隊。これも・・・・」
「東にぶつけないと意味がない」

ディエゴは頷いた。

「それでも残りの52も優秀だ。あくまで追い返すという目的でなく、
 戦場の情勢を均等にするという意味で、3割を西に回す」
「分かりました。指示を飛ばします」

副部隊長が部下達に伝達型に指示を回す。
代わりに書類を受け取った。

「東の情報です。ノ=エフ部隊長の古武術部隊とぶつかったまま、未だ硬直状態。
 いえ、勢い、撃破数共にこちらが上回っています」
「東はそうだろうな」

実戦部隊だ。
東は本気で止めるつもりで配置している。

「ただ、個人的な分析を発言させてください」
「言え」
「資料の数字からすると・・・」
「戦いは数字ではない」
「すいません」
「いや、ただお前の分析はそれでも当たるから困るのだ。言え」

一瞬の簡易な敬礼をし、
副部隊長は語る。

「あくまで、ノ=エフ部隊長及び、ポ=リス、ダ=ムド両名。以上3名。
 この3名で、エドガイ、メッツ、エース、ツバメの4名を止めているからこそ・・・」
「と、取れるか」
「はい」
「彼らが敗北するような事があると潰されると」
「言い切れません。ただ今から挽回しても古武術部隊が与えたダメージは挽回出来ない」

すでに十分な功績はあげている。
負けたとしても、
東の軍は割に合わないほどのダメージを受けていると。

「・・・・・それでも戦争は数字でないから困るわけだが・・・」

悔しいが、
古武術部隊の3名が崩されるような事がない限り、
指示も出しようがない。
願うなら仕留めてくれる事を・・・・。

「気になる点は、ロッキーという者」
「三騎士の養子だな」
「はい。彼は先刻までは東の要でしたが、ツバメ=アカカブトが後任してからは」
「まだ単独行動中か」
「はい」

確かにそれは気になる。
ただ、
空中を移動している上に目的の分からない単独となると、
防ぎようもない。

「シャル=マリナと、シシドウ=イスカの動向は」
「未だ調査中」
「・・・・そうか」

次はどう動こうか。

「隊長」

何か情報が入ったようだった。

「アレックス部隊長が犠牲部隊と遭遇したようです」
「・・・・早いな。いや、速い。そうか、Gシリーズを所持していたんだった」
「報告が抜けていましたね。申し訳ない」
「いや、抜けていたのは俺の頭の方だ」

G−Uだったか。
速度に関しては騎士団一の搭乗動物だったはずだ。

「それにしても、それはつまりGシリーズと並走していたというわけか?」
「はい?・・・あぁ・・・ロス・A=ドジャーですね。そうなります。
 『人見知り知らず』。チンケなコソドロですが、確かに足の才はあります。
 エンツォ=バレットと渡り合ったとか。この戦場では最速でしょう」
「アレックス部隊長と二人に単独突破するにはもってこいの相棒か」
「まぁそうですね」

しかし副部隊長は頭を傾げる。

「ですがこのドジャーという男。確か火力不足で死骸騎士への攻撃能力がなかったはずです」
「ロス・A=ドジャーに注意しろと、ケミカル=パンツ部隊長に伝えろ」
「え?あ、はい」
「アレックス部隊長が何の策も無しに、無意味を連れ沿うわけがない」

副部隊長は重なった命令を次々と指示していく。

「まぁ・・・付いて来れるという理由のみかもしれないがな。
 あくまでサポート。今やアレックス部隊長はこの戦場で無敵だ」

聖槍オーラランスを初め、
得意のパージフレア。
並びに一通りの聖攻撃スキル。
ヒールを初め、アンデッドの弱点である回復系スペルも完備。

「まるで対死骸騎士用の戦闘兵器だ」

皮肉だな。
まるでこの戦争のために生まれてきたかのようじゃないか。

「・・・・・無敵の・・・・戦闘兵器?」

今更だ。
当たり前すぎて・・・・。

「そうか・・・・」

盤面上に両手を付き、
ディエゴは目を這い回す。

「どうしました?」
「アレックス部隊長を最終的にどう止める」
「は?」

・・・と言われましても・・・と副部隊長は困った。
対死骸騎士の戦闘兵器。
今や無敵の英雄だ。

「それは確かに最重要な問題ですが・・・・」
「死骸騎士に圧倒的に強いスペックだ。そういうスペックなんだ。
 帝国騎士団の・・・・・誰がアレックス部隊長を止められるというのだ」

ディエゴの表情は鬼気迫っていた。

「・・・・・それは、逆に生身の者をぶつけるのが得策かと・・・」
「例えば?」
「まず戦場に居ると言えば53部隊」
「ソラ=シシドウはこちらも捜索しなければいけないような臆病者。
 それに非・戦闘要員だ。ぶつけて勝てる器ではない」
「シド=シシドウは」
「噂には恐ろしい戦闘能力、いや、殺傷能力を持っていると聞くが、彼も所在地不明だ。
 命令を聞くとも思えない。城内で似た者を見かけたと報告はあったが・・・」
「生身はあと44・・・・」
「だからこそだ」

ディエゴは副部隊長を睨んだ。

「アレックス部隊長が単独突破を試みたタイミングは、44部隊が裏切ったタイミングだ。
 だからこそ。"だからこそ"完璧なタイミングだったんだこの奇策は」

生身の・・・・戦闘要員がいない。

「いえ・・・・それならばやはり絶騎将軍(ジャガーノート)」
「ロウマ部隊長は暴走している。コントロールがきかない。
 それが44部隊の裏切りの理由なんだからな」
「・・・ピルゲン部隊長」
「命令を聞くはずが無い。あの趣味の権化が。騎士団長以外の命令はきかないだろう。
 ・・・・むしろ、騎士団長を楽しませるため、あえて王座に招く恐れさえある」
「なら・・・・」

ハッ・・・・と副部隊長は言葉を止める。
止めるが、
ブレーキが利かなかったように・・・・

「燻(XO)将軍・・・」

それを、
"それをスルーするための作戦"だったと結論は出ていた。

デムピアスと戦っている間に、
燻(XO)をスルーする。

「もし、そこをスルーされて・・・・内門もなんらかの形で突破されたら」



アレックス=オーランドを止められる者は、

誰一人としていない。



































-庭園 内門前 東-

「分かってきた事なくなくなくなくなーーーーい!!?」

ホーリーフォースビームが落下する。
光の柱。
墜落する。

そのビームの落下地点の跡には、
特に地面が砕けるとか、窪むとか、
そういう事はないが、

何一つ残らない。

草木も、命も、ガラクタも。
そこには何も無かったかのように残らない。

「当たるように・・・・なってきやがったか」

ガブリエルはダルそうに飛んだ。
翼の端が焦げ、羽根が散っていた。

「これだから下界を飛ぶのは嫌いだ。翼が汚れる」

そう言って羽ばたきながら、
ガブリエルはタバコに火をつけた。

「私が拝み続けてきた神とはやっぱあんた、全然違くなーい?
 汚れるとか言いながら、肺は汚すなんて有り得なくなくなくなーい?」

「・・・・メンドっくせぇな・・・・いいんだよ」

煙を吐き出しながら、
ネオ=ガブリエルは言う。

「俺が吸うには、どこの空気も綺麗過ぎる」

「やっぱあんた神じゃなくない?」

オレンティーナは怪訝そうな目で見る。

「私の神様は純潔であれとおっしゃってたわ。あんたは神じゃない」

「神たっていろいろいんだよ。浮気性な奴から貧乏を呼ぶ奴までな」

「そーいうのは私にとって神じゃなーいしー」

「そうか?」

ガブリエルは気だるそうに聞く。

「ジャンヌダルキエルの力を得たあんたは、まるで死神だけどな」

「下賤が」

オレンティーナは、空中で両手を広げた。

「汝、自惚れる勿(なか)れ。私はこの力をコントロールしてみせる。
 自分の物にしてみせる。やっと届いたんだから。この力に!」

またホーリーフォースビームか。
そう思ったが、

「やれ。私の可愛いシスター達」

「「「「はい。お姉さま」」」」

リベレーションで神化した、
乙女(アマゾネス)部隊の聖女達。
彼女が翼を広げて飛んできた。

「・・・・・メン・・・ドくせ・・・・・」

ガブリエルは露骨に嫌な顔をした。
この数の神人間を相手するというのか。
ダルい事この上ない。

「まだまだ私は試練を超える事が出来てないことない?
 まだまだコントロールするには時間が必要な事ない?
 なら、お暇を持て余しているシスター達に頑張ってもらっちゃうわ」

ここは"戦闘地域ではない"。

帝国と反乱軍がぶつかった・・・というわけではないのだ。
彼女らは言葉通り暇を持て余している。
全精力を、
ガブリエル一人に集中することなどやぶさかではない。

何せ、
ここに敵と呼べる者など、

ネオ=ガブリエルと・・・・・









「はぎゃー!」
「わー!わぎゃー!ピンキッド!空襲!クウシュー!」

敵と呼べるかどうかも分からない海賊が1人と1匹。

「か、海賊相手に空から攻撃だなんて卑怯だ!
 どこに逃げればいいんだー!陸には潜るところなんてない〜!」
「バンビさん!落ち着くでヤンス!今こそ立ち上がるでヤンス!」
「もう立ち上がってるよっ!問題はどっちに走って逃げるかだよっ!」
「そうじゃなくて・・・・」
「うわーん!なんでだよー!どうすればいいんだよ〜!」
「バンビさん!敵の攻撃をよく見るでヤンス」

慌てふためくバンビに対し、、
ピンキッドはバンビの尻をペシペシ叩く。

「相手はリベレーションが発動しっぱなしの状態でヤンス」
「知ってるよ〜!だから神様になっちゃったんでしょ!」
「それはリベレーション自体の攻撃効果はないって事でヤンス」

嫌にピンキッドは真面目な顔をしていた。

「ペンギンみたいな顔してあらたまっても・・・」
「・・・・・いいから!つまり、攻撃は通常の聖職者のスキルって事でヤンス!」
「・・・・なるほど・・・ってうわっ!!」

頭上から、光の刃が降って来た。
あやうく直撃しそうな所を、
1人+1匹は植木に飛び込んで避ける。

ガサり・・・と植木から顔を出す、
バンダナ女海賊と、
バンダナピンキオ海賊。

「つまり、プレイアかホーリーストライクでヤンス」
「なるほど」

キョロキョロと植木から顔を出しながら辺りを見渡す。

「でもパージフレアは?アレも聖職者のスキルでしょ?」
「恐らく空中を飛び回りながらだと、座標攻撃であるパージは狙いが難しいんでヤンス」
「神様なのに?」
「皮をかぶった人間でヤンス」

植木から飛び回る女神達を見る。
人間・・・・か。

「つまり、注意するべきは基本的にホーリーストライクでヤンス。
 プレイアは達人級でもなければ遠距離攻撃には向かないでヤンス」
「き、基本的には近距離技だもんね」
「そうでヤンス。しかもホーリーストライクは距離によって補正が強いでヤンス」

つまり・・・・
と、
ピンキッドは一人・・・いや、一匹。
植木の茂みから出た。

「ちょ、ちょっとピンキッド!危ないよ!僕らなんかじゃ逃げ回るくらいしか・・・・」
「海賊王になる女がそんな事でどうするでヤンス!」

丸出しの場所から、
ピンキッドは大声でバンビに渇を飛ばす。

「ピ・・・ピンキッド?」
「バンビさん。貴方には海賊王の片鱗がたまに見えるでヤンス。
 けど、その引き金がない。でも、その引き金はここだと思うでヤンス」

バンビは慌てふためいた。
天を仰げば、
当然アマゾネス達に見敵されていた。

「なるよ!海賊王にはなるっ!けど!僕にはまだ早いんだよっ!
 いつかなるっ!ちょっとずつ頑張るから・・・・今は・・・・」
「そんな"いつか"は来ないでヤンス!」

ピンキッドは叫ぶ。
そして同時に、背中の、
ピンキオの風呂敷を落とした。

「バンビさんには出来るでヤンス。だから、自分もそれを見せるでヤンス」

風呂敷から現れたのは、
長い・・・・・剣だった。

「ピンキッド・・・・」
「ピンキオは贈り物を届けるモンスターでヤンス。
 だから自分はよく、『贈り物』ピンキッドと呼ばれるでヤンス。でも昔は・・・・」

ピンキオという小さな魔物には不釣合いな長剣を、
ピンキッドは構えた。
居合いの構え。

「デムピアス海賊団。第1番艦の『葬(おく)り者』ピンキッド」

剣士ピンキッドは、
居合いの構え。
微動だにしない、隙の無い構え。

「バンビさん。さっきの続きでヤンス。プレイアもホーリーストライクも、
 遠距離だと効果が薄い以上、相手は近づいて攻撃してくるでヤンス」

ピンキッドの近場の地面に、
ホーリーストライクが被弾する。
威力の無さそうな攻撃だった。

「そこを・・・落としていくでヤンス」
「ピンキッド!!!」

バンビは飛び出した。
飛び出して、
ピンキッドを押し倒す形で飛ぶ。

「あれ!?」

そしてピンキッドが居た所からは、
パージフレアの炎が噴出した。

「馬鹿だよ!敵、空中で制止しているよ!
 あれなら遠距離からパージで狙い撃ち出来るよっ!」
「おぉ、それは不覚でヤンス」

ピンキッドは頷いた。
そんなピンキッドを物のように抱え、
バンビは走り出した。

「バンビさん!だからっ!」
「だって!だって!やっぱり逃げるしかないよっ!」

パージフレアが噴き出す。
終われるように、バンビは走る。
逃げる。

「僕だって戦いたいっ!けど・・・死ぬのは怖いし・・・それにそんな力はないし・・・・
 前まではデムピアスの血がきっと僕に力をくれると思ったんだ。
 だけどそんな事は無い・・・僕はただの人間だ・・・・」

武器の稽古も対してしてこなかった。
実戦だって父を後ろで見ていただけだ。
何も培ってこなかった人間に・・・・
そんなご都合主義な力は・・・・訪れない。
それを分かってしまった。

「バンビさん。仔鹿は生まれてすぐ立ち上がろうと努力するでヤンス」
「立ち上がれないから・・・僕はバンビーナなんだ・・・」

バンビはベソをかいて走っていた。

「この乙女(アマゾネス)の人達は戦ってきた・・・。
 ここまでの力を得るために何にしろを投げ打ってきたんでしょ?
 僕には・・・そーいうものがない・・・・・スキルなんて一つしかない」

役に立たないのが一つだけ。

「あ・・・・」

躓いて転んだ。
転んで、
ピンキッドもろとも、植木に刺さるように飛び込んだ。

「・・・・・うぅ・・・・う・・・・」

草塗れの中で、
バンビは・・・・・ベソをかいていた。

「あの部隊長さんは言ってたよ・・・・そして自信もある・・・・
 今までの自分の人生は、今の力を得るに値する努力があったんだ・・・。
 だからあの人は・・・堂々と誇らしく・・・新しい力を使っている・・・・」
「バンビさん・・・」
「僕には無い・・・無いんだ・・・何も無い・・・ただの役立たずだ・・・・」

何かしてこればよかった。
努力してこればよかった。
若いからって、
時間があるからって、
"いつか"なんて言葉をいい訳に・・・・
今が良ければと・・・・

「力が必要な時は・・・突然くるのに・・・・」
「・・・・それが今でヤンス」
「違う・・・僕は親父を守れなかった・・・・・」

それなのに、未だに役立たず。

「僕は"納得"しちゃってるんだっ!」

グズりながら、
バンビはヤケクソに。

「何も培ってこなかったから!僕が今この状態なのは当然なんだって!」
「バンビさん・・・・」

ピンキッドは、植木の中でバンビの頭をペシペシと叩いた。

「ジャッカルさんは、親父さんは何て言ってたでヤンスか?」
「・・・・・・親父・・・・?」
「あなたは海賊王になる女でヤンスよ?」

疑問に思っている中、
突然、

何かが降って来た。

「あ〜あぁあ〜・・・・・・」

やる気の無い悲鳴。
しょうがないから出してやるかっていう悲鳴。
そしてデカい音。

「ありゃ・・・」

それが地面に突き刺さった。

「な、何!?」
「何でヤンスか!?」

植木から顔を出せば、
天使が地面に突き刺さっていた。

「・・・・・・ダリぃ・・・・ツレぇ・・・・」

「だ、大丈夫なの!?」
「垂直で逆さまなまま地面に刺さってるでヤンス!芸術でヤンス!」

「うるせぇなぁ・・・」

空から降って来たガブリエルは、
頭から地面に刺さったまま、
タバコを取り出した。

「うぉ・・・火が逆に出る・・・・アッチィ・・・・」

「なんなんだこの人・・・・」
「っていうかバンビさんバンビさんっ!」

パタパタとピンキッドが天を指す。

「標的がここに勢ぞろいしてるんでヤンスよ!皆さん興味深深でヤンス!」
「うわぁ・・・・・」

正直、
もうこれは駄目かな、と思った。

「イナゴみたい・・・・」
「罰当たりな事言うでヤンスね・・・」

あれだけの女神が全てこちらを向いている。
どうする?
どうするったって・・・・

自分には何も出来ない。

なら・・・

「あの・・・・」
「バンビさん」
「・・・・僕には無理なんだ。頼るしかないんだよ・・・。あの・・・ネオちゃんでしたっけ?」

「ガブちゃんでいいよ」

ガブリエルはいつの間にか寝転がっていた。
変幻自在な男だ。

「言いたい事は分かる。メンドくせぇ・・・・」

ガブリエルは煙を吐く。

「いいか人間。神になんて頼るな。"神なんてのは拝んだって何もしてくれねぇ"」

神は、
そう申告した。

「神っつーのはよぉ、人間界でいうところのオマワリさんと同じだ。
 力は持ってるくせに、普段は何もしてくれない。
 ただ、自分らに飛び火がかかると群れて集って来る」

結局のところは何もしてくれない。
他人のためには、
何もしてくれない。

自分も含めて。

「いいか人間のお嬢ちゃん。俺は本質的にあんたらの仲間ってぇ訳じゃない。
 俺の目的は人間と神の隔絶。神は人間を我が物顔だし、
 人は下手に出て神を利用しようとする。あんたみたいにな」

本質的に、
交わっちゃいけない種族。

神と、
人。

「だから俺の目的は・・・神の力を利用してる馬鹿をどーにかすること。
 フウ=ジェルンの馬鹿と、この女共。あと追加で炎の神様」

エクスポと、
ダニエルと、
オレンティーナを初め、アマゾネス部隊。

「それ以外はどうでもいい。人間が殺しあっててもな。
 っていうか・・・・人間ってそういうもんだろ?自然なもんだ。問題ねぇよ。
 ・・・・・あぁいや、もう一匹始末しとかなきゃいけねぇのもいるが・・・・」

「・・・・・誰でヤンス?」

「神の力で遊んでる人間・・・・ってしゃべり過ぎたか。血圧あがっちまうぜ・・・・」

ピルゲンの事だ。

「だから・・・・まぁダリィ・・・が・・・・神様らしく説教でもくれてやるよお嬢ちゃん。
 人間ってのは、結局自分でどうにかするしかねぇんだよ」

自分で・・・
どうにか。
自分で・・・。

「僕に何が出来るっていうんだ・・・・」

「何も出来ないと思うなら、何も出来ないんだろうな。
 はたまた、出来ると信じても出来るわけじゃないから世の中は面倒クセェ」

なら、
自分には何も出来ない。
そして、
出来る出来ないの前に・・・・

「・・・・・」

怖いんだ。
バンビは震えた。
死ぬのが怖い。
傷つくのが怖い。
痛いのが怖い。
怖いのが怖い。

ここは猛獣の動物園。
それが戦場だ。

仔鹿(バンビ)に何が出来る。
尻を見せて・・・走るしかない。

でもいつか・・・
いつか成長した時・・・
その時には・・・・
やってやるんだから・・・・・

「いつかなんて来ないでヤンスよ」

ピンキッドが反復する。

「五月蝿い!うるさいうるさいうるさいうるさい!
 言うのは誰だって出来る!説教だって誰だって出来る!」

「行動だって誰だって出来るでヤンス」

「無謀にしかならないのが分かってるじゃない!失敗は許されないんだ!
 死んだら・・・死んだらそこで終わってしまうんだよっ!?」

親父のように。

「もういいかしら?よくない?よくなくなくなくない?」

オレンティーナが、天から呼びかける。

「下等生物や家畜がどれだけ議論したところで、答えは神様に予め作られているわけ」

単語がジャンヌダルキエルに似ている。
それはつまり、
自信。
神になり得る自信。
愚かに力に溺れる自信だが、

オレンティーナが神の力をコントロール出来るという自信でもある。

「ミッドガルドなんていうのは、神様が作った箱庭に過ぎないんじゃない?
 つまりそれは、皆、みぃーんな、家具と同じってわけじゃなくなくなくなくない?」

「「「「「「はい。お姉さま」」」」」」

この数。
女神の数。
ネオ=ガブリエルならなんとか出来るのだろうか。

いや、
出来るも出来ないも、ネオ=ガブリエルの問題だ。

「僕はカヤの外・・・・そんな問題だ・・・・」

バンビは、ピンキッドを抱えた。

「なんでヤンスか!?」

「逃げるっ!」

そして、一目散に走った。




















「まぁ・・・・どうでもいいか。神が干渉する問題じゃぁねぇし・・・・」

関るほど興味はない。
面倒なだけだ。
自分を含めて面倒を見るなんてのは面倒なだけだ。

ガブリエルは見上げた。

「さて、人気(ひとけ)は無くなったぜ」

この場には神だけ。
えせ神だけ。

「ガチで来るなら来な。俺はそれを精一杯手ぇ抜いて相手してやる」

疲れない程度の運動量で。

「まだ自分の方が上回っていると思ってるわけ?偽神様」

「いーや。運動アレルギーでね」

「何にしろ、愚かじゃなくなくない?ま、信じる者は救われるやらなんとか。
 でも確かに私としても、自ら手を下すのも野暮になってきたし・・・・」

神としての余裕。
いよいよ力に飲まれてきたか。
ジャンヌダルキエルの力に。
いや、
ジャンヌダルキエルと同等に、
その力を扱い、
他を見下せるレベルにまで達してきたのだろう。

「私も少し楽させてもらってもよくなくなくない?
 かなり私自信、力をコントロール出来てきた自信があるわけ」

ジャンヌダルキエルは、
両手に、
オーブを1つずつ持っていた。

「・・・・・それは・・・・」

赤と、青。
フレイムオーブと、
オーラオーブ。

「ピンと来たみたいね。偽神様。いや、ライ=ジェルン?」

「調査済みか」

「否否なこと否否。ジャンヌダルキエル(神様)の亡骸が私に教えてくれたまで。
 そして、これの扱い方も、もう私には許容の範囲内ってわけ。
 セロナ=バル。レンシア=バル。私の可愛いシスター達」
「「はい。お姉さま。愛しております」」

地を、
二人の女性が歩いてきた。
女神化していない。
リベレーションしていない状態のシスターが二人。

「もう分かっているでしょう?そ、まぁそういう事。
 私は生涯処女を貫くから・・・いえ、貫いたからというべき?
 女に生まれながらも、命を産み落とす事なんてないわけ。だけど・・・」

神である今なら、
命を生みだす事は出来る。

「・・・・・あんまり・・・・・神の力で遊ぶなよ。人間」

「神が自力で遊んでもおかしくなくなくない?ま、いいわ。
 とりあえず一人分の魔力しかまだ溜まってないわね。未熟。
 ならセロナ=バル。レンシア=バル。どちらがいい?名乗り出なさい」
「私がいいです。お姉さま」
「私がいいです。お姉さま」
「セロナが早かったわ。セロナにするわ。愛してるわよ。私の可愛いシスター(妹)」
「私も愛しております。お姉さま」

バリッ・・・・と、
オレンティーナは赤のオーブ。
フレイムオーブを握り割った。

「フフフッ・・・・リベレーション」

赤き光が、
片方のシスターを包み込んだ。

「女神転生(インストール)!!!」

赤き光に包まれ、
片方のシスターは光の中に眩む。

「・・・・チッ・・・・」

ガブリエルは止めようとしたが、
間に合わなかった。

「荒れ狂う火炎の如く!」

炎と共に、
彼女は空へ飛び出す。

「燃え盛る炎の如く!悶えて死ね!」

轟々と赤々した肌の、
赤黒い姿の、
黒き翼の、

「『四x四神(フォース)』が一人!エン=ジェルン!」

同志に変貌した。

「・・・・・ったくよぉ・・・・」

「ハハハハ!いいっ!コレが神の力なわけだなお姉さまっ!
 炎の神かっ!なるほど!荒ぶる炎こそ最強の兵器だ!
 怒れるほど狂って死のうぜ!同志ライ=ジェルン!」

手を掲げ、
続けざまに巨大な、
巨大過ぎる火球が、
急速に発生する。

「ハハハッ!熱く!紅く!荒ぶる炎の如く!燃え尽きちまえ!フレアスプレッド!」


































-ルアス城 地下-


「結局、また戻って来ちゃったわけかぁ。こんのジメジメした地下に・・・・」

シドはふてくされた。
地下を抜けて地上へ出たと思えば、
燻(XO)から連絡があった。

                  「やっと出たか。ったく。死ね。このクズ部下め。
                   WIS通じたってことは地上に出たってことだな」

圏外を抜けたと思えば、
思考回路が圏外に飛んでいる隊長から通信だった。
思い出すだけでテンションが下がる。


                  「おっと切るなよ。今俺はデムピアスと戦闘中だ。
                   手短に話す。シド。もっかい地下に戻れ」

「勝手な隊長だぜほんと・・・・」

フーセンガムを膨らましながら、
シドは歩きなれてしまった地下を歩いた。
もちろん地下水道でなく、ルアス城の地下だ。

「ここかな。これまた立派な扉だなぁ」

地下の一箇所。
そこに堂々とした鉄の扉があった。

                  「その扉はなんなんスか?隊長」

                  「アラビアンナイトの宝物庫だ。ウフフ・・・・」

「・・・・とか言ってたけど」

シドは手短に、
両手のカードで高速に切り刻む。

「開けゴマで開くもんでもないわけじゃんね」

目の前の鉄の扉は、破片になって落ちた。
そして繋がった中の部屋は・・・

「なんも無いじゃん」

特に何も無い。
カラッポの棚が広がった一室だった。

                  「もしその扉を開くと、一面銀世界・・・じゃぁないはずだ」

                  「じゃぁそこの扉の中は結局何なんスか?」

                  「"ギルド倉庫"だよ」

そこに、シドは一人、足を踏み入れた。
何も無い。
何も無い場所を倉庫と呼ぶのは憚られる。
ただの蔵だ。
カラッポの蔵。
もぬけのから。

                  「ギルド倉庫っつーのは、王宮が管理していた銀行みたいなもんだ。
                   ただ、終焉戦争のせいで国自体が陥落したからな。
                   逆・踏み倒しって感じだな。持ち逃げに近い」

返却されずに残ったギルドの財産。

                  「それが丸々残っている。金額にして・・・・数え切れないってとこだ。
                   国家予算どころか、国が丸々買える金額がそこに納められている」

「からっぽですよっと。隊長」

何も残っていないギルド倉庫を探索しつつ、
シドは味が残り少ないガムをクチャクチャ噛んで居た。

                  「おっと。先に言っておくが、鉄の扉を入ってすぐのところ。
                   そこは本番じゃない。仮の金庫だ」

「あぁ・・・そんな事言ってたっけ」

通信を思い出しながらシドはウサ耳をなでた。
任務なんてものは慣れない。
興味が沸かない。
ましてやお金など興味もない。

大事なのは友情だ。

                  「入ってすぐの部屋は小口取引用の金庫だ。
                   だからどーせそこはもうカラッポだろうよ」

                  「どうして?」

                  「空き巣が黙ってるわけがねぇだろうが。死ね馬鹿。
                   死んだ国の墓荒らしが何人訪れた後だろうな」

「おいたわしやプチ金庫。泥棒にとられちゃったんだね」

1グロッドも残っていないその仮の金庫を見渡す。
なんで皆そんなにもお金が欲しいんだろうか。

                  「まぁそこにだって、ん〜千万グロッドって金があったろうがな」

今は何もない。
空き巣がパクった。
少なくとも、
この城は1年前、《ハンドレッズ》というギルドが占拠した。
5人しかいないのに15ギルドに名を連ねるギルド。
そういう経緯を考えれば、
国の財産なんて残ってるはずがなかった。

                  「ただ本ちゃんはその奥だ」

そんな燻(XO)の言葉を思い出した。
灯りも薄いこの場所で、
シドは大きく顔を仰いだ。

「これが・・・・本ちゃんの金庫・・・ってわけか」

その仮金庫の奥には、
さらに・・・
さらに禍々しい巨大な扉。
鉄の扉。
それが、鉄壁が如く聳え立っていた。

                  「本金庫を見てもビビるなよ。
                   何せその奥にはこの世の全てが買える財産があんだからよ」

「凄い扉だな。頑丈だ」

コンッコンッと、その扉を叩く。
壁なんかよりも厚い。
どれだけの強度があるんだろうか。

国の財産。
ギルド金庫の残額が入った宝物庫。

それを守る扉。

                  「それを見て来い。それは、俺のものになる」

燻(XO)はそう言っていた。

「超大金持ちになりたいわけか。隊長は」

いつも何かを企んでいる人だ。
それも、よからぬ事をだ。

あの人はつまり、皆を出し抜き、
この財宝を、
ギルド金庫に納められているお金の全てを、
手中にしようとしているわけだ。

「これ、開ければいいのかな?」

シドはトランプを手の中でシャッフルする。
そしてそれらを両手に刃のように構えると、
風のように、
高速で、

「バリバリマッシーーン」

切り裂いた。
鉄の扉を切り裂くカード。

「・・・・ってあれ?」

ただ、
傷はついても、扉は切り刻めなかった。
ビクともしない。
ウンともしない。
スンともいわない。

                  「ただ、頻繁な稼働をする内門、外門と違って、
                   その扉は完全防備な耐久性をほこってやがる。
                   ロウご協力のお墨付きの鉄壁扉さんだ」

「世界最強さんがテストにご協力されました・・・ってことかぁ。
 そりゃぁ凄い扉だ。誰にも開けられないってわけか」

ふぅ・・・・とシドはため息をついた。
なんで人はそんなにもお金なんかを守りたいのか。

「じゃぁ、隊長はこの金庫をどうやって開けるつもりなんだ?」

ウサギの耳が横に垂れる。
腕を組んで「?」を頭に浮かべていれば、
燻(XO)の通信を思い出した。

                   「開ける鍵がある。シンボルオブジェクトだ」

世界の王冠(クラウン)
世界の鍵(キー)

アレックス=オーランドが盗んだ、
世界の財産。
現在は王座にある。

                   「・・・・・というのは表向きの情報で、さらに鍵が必要だ」

                   「へぇ」

                   「もう一つは・・・ウフフ・・・・王家の血」

王家の血。

                   「ロゼ=ルアスの血が使えるはずだ」

誰かは知らない。
と返事したら、
アインハルトの横に居る女・・・・・"かもしれない"と燻(XO)は答えた。

                   「ロゼに関しては情報不足だ。
                    俺は本物の死骸を地下のロッカーにしまったはずだったが、
                    そんな時にフラリとあの女がアインの横に現れた」

王女ロゼ=ルアス。
アインの横に居るのが本物なのか、
それとも、アクセル、エーレン=オーランドと共に、
死骸として地下に燻(XO)が保管してあるのが本物なのか。
それは分からない。

                   「だからシド。お前が試せ。俺の愛玩室通ったんだろ?
                    あそこにロゼのミイラが転がってる」

                   「ミイラに血はないんじゃないんスか?」

                   「それを試せっつってんだ。死ね馬鹿」

「そうかそうか。そうだった」

そんな任務だった。
つまるところ、
燻(XO)の財産強奪作戦の下調べ。
そういう事だ。

とりあえず燻(XO)が囲っているロゼの死骸が本物かどうか。
それを調査しないと。

「鍵かー。あ、確かにここになんか装置みたいなの付いてるね」

頑丈な扉の中心。

「本当だ。なんかスロットが二つある。一個がシンボルオブジェクトで、
 もう一個が王家の血。カギは二つないといけないわけだ」

二つの鍵。
そしてさらにその扉の装置には、
画面のようなものが付いていた。

「何コレ?カギ以外にもまだ何か必要なんかな?メンドっくさ」

財宝になどサラサラ興味がないシドにとって、
どうでもいいことではあったが。
その画面。

「ん〜・・・・アナログじゃないものは難しくてわかんないな・・・何か入力するのかな。
 えぇ・・・と。ID?・・・それにPASS?・・・・パスワードがいるわけかー・・・あれ?」

さらに画面。
その下。

「これは・・・・何を入力するところなんだ?」

王家の血。
シンボルオブジェクト。
二つの物体の鍵。
IDとPASS。
二つの情報の鍵。
そしてさらにもう一つ。
情報の鍵。

「まいっか。何にしろどれも揃ってないしな。ってうわ!
 んじゃー、ここ先に来ても意味なかったのか!むっだ足じゃぁーん。
 なぁーんなんだよ世界。もっと効率よく出来てろよー。ムカツキだね」

シドは興味の無い事から立ち去ろうと、
その倉庫を後にした。

「あー!つまんねつまんねつまんね!」

金庫を後にして、
シドは両手をあげて伸びをした。

「ゴールドやグロッドよりもハートでしょ!ハッピーでしょ!フレンドでしょ!」

そうだが、
まぁ仕事は仕事。
割り切らなきゃいけないようだ。

「・・・あー・・・ってことは僕、これからまたあの部屋に戻らなきゃいけないのか。
 ロ・・・ロなんとかの遺体取りに?やぁだなぁ。死んでる人とはフレンドになれないのになぁ」

                    「ついでに」

「あえ?あとなんだっけ・・・隊長なんか言ってたな」

                    「俺の玩具を一つもっていけ」

「思い出せないや。まぁそのうち思い出すかな」
































-ルアス城 庭園 低上空-

「荒れたなぁ」

微笑むが、それは苦笑に近かった。

「アレックスの作戦かなぁ〜・・・・荒れちゃって見失っちゃったよ」

カプハンのジェットに乗っかり、
ロッキーは上空を旋回していた。

見失ったというのは・・・・ソラ=シシドウだった。
二度目のコンフュージョンを介し、
ロッキーはソラ=シシドウの位置に検討をつけていた。

ツバメの応援を皮ギリにソラ=シシドウの討伐に乗り出したが・・・

アレックスの奇策で戦場は激しく入れ替わり、
見失ってしまった。

「戦争っていうのは一人で作戦決めるもんじゃないんだね。
 ちゃんと打ち合わせしてから動けばよかったなぁ」

上空を旋回しながら、ロッキーは苦笑の微笑みを続けた。

「でもアレックスもアレックスだよ〜。奇策だって言ったって、
 少しくらいその気を漂わせてくれればこっちだって・・・・」

空中でため息をついた時、

「・・・・・・?」

こんな空中だというのに、

敵の気配を感じた。

「・・・・・・変わったお客さんだね」


「そうかの?至極、出会うのは当然じゃとワシは思っておったがの」


女だった。
言葉遣いに反し、20代中盤といった容姿。

まるで・・・・魔女。

魔法の"ホウキ"で空中を飛ぶ姿は、それこそ魔女なのだが、
彼女はホウキに跨るのでなく。
さながらスケボーやスノボーのようにホウキの上に立ち、

ロッキーを追走してきていた。

「・・・・・お姉さん。誰かな」

「お姉さんとはまた・・・・クック。ワシはまぁいわゆる部隊長というところかの。
 第29番・黒魔術部隊のアイルカードじゃ。覚えておけ、小僧」

「ぼくはオリオールのお陰で本来の姿に戻れたんだ。小僧なんて呼ばれ・・・・ッ!?」

一瞬、
頭がクラリとした。
急に・・・・頭痛?

「・・・・な・・・・・に・・・これ?」

フラリと空中で体勢を崩してしまった。
カプハンのジェットから崩れ落ち、
ロッキーは急降下した。

「精力の無い小僧じゃ」


ロッキーは空から落ちていった。


































-ルアス城 庭園-

「あれ?ロッキー君?」

マリナは空を見上げた。

なんで戦闘中に空なんて見上げるかといえば、
それは女神達。
突然現れたアマゾネス部隊に目を奪われたからでしかないが、
それと別に空に影。

ロッキーが落ちていく姿が見えた。

「どうしちゃったってのよ」

落下地点には間に合わないだろう。

「・・・・・よく分からないけど、ロッキー君なら心配しなくていい・・・はずよね」

無理矢理にそう判断し、
マリナは戦場をまた駆け走った。

「ほらどけどけどけどけっ!女王様のお通りよ!!」

マシンガンをぶっ放す女王蜂。
背後に反乱軍を引き連れながら、無理矢理に道を抉じ開ける。

「ほらっ!その骨だらけの体をさらにスッカスカにされたくなかったら開けなさい!
 席を空けないならディナーが届くわよ!お腹に収まりきらない鉛のフルコースをね!」

弾丸を打ち鳴らす。
無理矢理道を抉じ開ける。

「C隊!ここらでいいわ!もう邪魔よ!メッツとツバメの居る東の本隊と合流しなさい!」

マリナはある程度突破したところで、
隊長役を降りる事を宣言する。

「それそれそれそれっ!マリナさんのお通りよ!」

ただでも屈強な東の騎士団の防備。
それを単体で突破出来ている理由。

それはマリナの進行方向が特殊だったからだった。

「・・・・・あそこからなら・・・・登れるはず」

マリナは今・・・・"ほぼ真横"に進攻していた。

目指す先は・・・・・
戦場の中央。
堂々と聳え立つ・・・・・・半壊したデムピアスのガレオン船。

「私のジャンプ力があれば・・・崩れの大きいところからなら登れるはずっ!」

それがマリナの狙いだった。

「邪魔っ!」

目の前に立ち塞がった、エルモアに乗った騎士を、
MB16mmショットガン一撃で丸ごと吹っ飛ばす。

「あそこを取ればっ!」

戦場のど真ん中に聳え立つ、巨大な障害物。
そこをマリナが取る事が出来れば・・・・・

恰好の"スナイピングポイント"だ。

「疲れるから嫌いなんだけど、私が覚えたMB16mmスナイパーライフル・・・。
 それなら、内門を含めて全域が射程内に入る」

ニッケルバッカーとの戦いで、
無理をすれば端と端での狙撃戦さえこなせた。
ならば、
ど真ん中の高所を取る事は明らかなメリットだった。

「気に食わないけど、ツバメの馬鹿が来た今なら指揮は任せられるわ。
 動くなら今・・・今しかない。このマリナさんが動かなくて誰が動くってのよっ!」

ギターの銃口に魔力を溜める。
溜め込み、
蜂は刺すように走り舞う。

「酒場のマスターが来たらっ!道と財布と口を開けなさいっ!!!」

そして放つMB1600mmバズーカ。
巨大なマジックボールが、前方の敵を蹴散らす。
道が開ける。

だがとめどない騎士団の軍勢がそれをすぐそれを塞いでしまう。
沼を掘り返すような作業。

だがさらに突き進む。
進まなければならない。

「片っ端から穴だらけにしてあげ・・・・・」

ただ、
またマシンガンを振り回すマリナの目に、
それは映った。

「・・・・・え・・・・・」

戦場の中。
騎士だらけの中。
敵だらけを突き進む中。

一つだけ別のもの。

侍が、
少年に馬乗りになり、刀を突きつけていた。


「なななななんなんですかあなたっ!なんで!?なんで!?
 ぼぼぼ僕は悪くなかったはずなのにっ!でもこの至近距離でコンフュージョンをかけたのにっ!
 なんで・・・・なんでビクともしてないんですか!」

「・・・・・分からん。何も・・・・もう何も・・・・・」

イスカが、ソラに刃を突きつけていた。

「もう・・・何が正しいのか・・・・拙者には分からん・・・分からんのだ・・・・
 間違っている事は分かるのに・・・・目的と間違いが重なる・・・・
 何が正しいのか・・・・・ならもう・・・・・どうでもいい・・・・頭を痛くするな・・・・」

冷たく、
哀しい人殺しの眼で、
少年を首にかけていた。

「だだだだだ!だからって!僕には関係ない僕には関係ない僕には関係ない!
 僕は殺されるような覚えは無いし僕に責任は何もないしなんでなんでなんで!?
 ぼぼぼぼぼ僕が何か悪かったんなら謝りますから謝りますから謝りますから!」

「どうでもいい・・・・」

イスカは刃をソラの首に食い込ませる。

「お前は・・・シシドウなんだろう。"拙者と同じなんだろう"
 ならお前も間違っているはずであろう・・・・なら死ねばいい。
 拙者も、シシドウも、全ての敵も・・・・何もかも・・・何もかも・・・・」

もう何も分からないから。
惑わせるものは、
全部、
全部斬り捨てるしか・・・・もう。

「イスカっ!!!!」

叫びは、
五月蝿い戦場の中だったがハッキリ聞こえたのだろう。

聞こえないはずのない、
人斬りの侍にとって、唯一の声だったのだから。

イスカは、
馬乗りでソラに刃を食い込ませたまま、

マリナの方を見て、大きく眼を膨らました。

「・・・・・・マ・・・・・・」

鬼が動揺したような、そんな表情だった。
殺人鬼が心を見たような。

だが、
イスカは何かを押しつぶすような、
心を押しつぶすようにそれをかみ殺した。

歯を食いしばり、
歯軋りを鳴らしながら、マリナから目を背けた。

「・・・・イスカ・・・・知らん名だ・・・・拙者は・・・・アスカ=シシドウだ」

アスカはそう答えた。
眼を反らした。
目的から、
アスカは眼を反らした。

「何言ってんのよ・・・・スネちゃったの?なら謝ったげるから。
 このマリナさんが直々に謝ってあげちゃうわよ?ほら。
 あんたいくらなんでも行き過ぎよ。ちょっと正気に・・・・」

「黙れ」

ヒュンっ・・・と、
剣がマリナの方に向けられた。

「・・・・・・イスカ?」

「なんだ・・・もう・・・・わけがわからん・・・わからんのだ。
 お主を見ると心が冷たく燃え滾る・・・・何か分からん。終点の思いだ。
 だからといって、今、"拙者はどうすればいい"」

何をすれば正しい。
目的が目の前に居て。
信念が目の前に居て。

迷いに迷い。
惑い、
途方にくれて、
答えが出て居ない今、

自分はマリナを前に、何をするのが正解なんだ。

「分からん。拙者はもう、何がなんだかわかわかわか・・・・分からん・・・・。
 拙者は何をすればいい・・・目的はなんだったか・・・
 ただそれを達するのに正しい道はなんなのだ・・・・」

「イスカ」

マリナは睨むようにイスカを見た。

「正気に戻りなさい。ふざけてんじゃないわよ。怒るわよ」

「正しい道。・・・・決まっておる。拙者はシシドウだ。死の道だ」

イスカは立ち上がる。

「ぎゃっ!」

足元のソラ=シシドウを蹴飛ばし、
マリナの方へと。

「あひゃ・・・あわわわわわわわわ・・・・」

ゴキブリのようにソラ=シシドウは這ってそこから離れようとする。

「迷う。もう分からん。わけが分からんのだ。分からないが目的が一つ・・・
 それがあるのだけは分かる。そのための道が分からんだけ。
 その目的・・・が・・・・・・・・"あるから拙者は迷うのだ"」

ゆらりと、
殺人鬼の侍が、
刀を引きずりながら、マリナの方へ来る。

「・・・・・・あんた・・・・・本気?」

「お主のせいだ。何もわからんが、お主のせいで拙者は迷っている。
 なら・・・・・"それさえなければ"・・・・拙者が迷う事はもう・・・・無い・・・・」

殺気が、
マリナを貫いた。
冷や汗が出た。

「・・・・・迷ったからって・・・歩むのをやめる気?」

マリナは・・・
ギターの矛先を・・・・イスカに向けた。

「冗談でも、マリナさん怒っちゃうわよ。お仕置きしちゃうわよ」

「暖かい声だ。それが拙者を迷わす・・・・・」

イスカが首をクイ・・・クイ・・・と振りながら・・・
ぼやけてユラリと漂いながら、
ものを品定めするような視線で、
ソレを見据えながら。

「・・・・・ん?・・・・ん?・・・・・・」

迷いの元凶を見ながら、
混乱のフチで、
マリナを見据えながら・・・・・

「・・・・結局・・・・"お主は誰だったか"の・・・・・」

剣を一度、
振った。
邪気を払う様に。

「もういい・・・・分からん・・・・飲み込もう・・・・全て斬ろう・・・・
 地を這い・・・・全てを丸呑みにする大蛇(オロチ)のように・・・・」

空を飛ばない、
『人斬りオロチ』として・・・・

「全く本当に・・・・・世話のかかるっ・・・・」

マリナは、撃つ心が定まらないまま、
銃口を向けていた。

それでも、
アスカは剣を携えてこちらに向かってきていた。

「・・・・・・さて・・・・死を始めよう・・・・・」






























「今さ」

バンビは走って逃げながら空を見上げた。

「なんかさ今さ!ピンキッド!女神以外にも空飛んでるのが居たよっ!」

ピンキッドを抱えたまま、
バンビは逃げながら言う。

「なんか魔女みたいだった!凄いよねぇ。
 あ、そうだ。デムピアスの転送技術を使えばさ、いつか船も空飛べるかも!
 海賊が空を飛ぶって凄くない?いつかやってみたいよね!」
「バンビさん・・・・・」

ピンキッドは抱えられたまま、
地を見ていた。

「それにさそれにさ!この城の地下にはいっぱい財宝があるんだって!
 ・・・・って言ってもギルド金庫だから僕らの財産もあるわけだけど・・・
 だけどお宝!海賊の夢だよね!親父はさ!こういう時!」

こういう時・・・
こういう時、なんて言ってた?

「こういう時・・・・」
「バンビさん」

抱えられたまま、ピンキッドは声をかけてくる。

「そうやって、そうやって現実逃避して、逃げて・・・逃げて・・・・それで」
「もう説教はいいよ!沢山だ!」

バンビは逃げる事をやめなかった。

「僕は決めたんだ!船長の決定だ!ねぇ、そうでしょ!?」
「ジャッカルさんは、そんな事は決定しなかったでヤンス」
「逃げる時は逃げてたよ!」
「その逃げる時っていうのは、こういう時じゃぁなかったでヤンス」
「五月蝿いっ!!」

親父。
ジャッカル=ピッツバーグ。
海賊王。
デムピアスと並べられた、偉大な船長。
デムピアスの血。
潮の血。
ルケシオンの海賊。

「親父親父親父親父!そればっかり!僕は僕だ!」
「でも、親父さんの後を継ぐんでヤンショ?」
「・・・・」

でも、
逃げるのをやめなかった。
止まるのが怖かった。
だって死にたくない。
怖いことはいやだ。

自分に・・・・力なんてないから。

「ジャッカルさんは、勝ち目がなくてもツヴァイ=スペーディア=ハークスに向かったでヤンス。
 それで、それで誇らしく死んだでヤンス。それでも、逃げる船長だったでヤンスか?」
「五月蝿い!」

いつか。
いつかやってやるんだ。
まだ、
その時じゃないだけだ。

ツヴァイにだって復讐してやる。
海賊王にだってなってやる。
海を制覇してやる。
お宝を探し回ってやる。

いつか・・・・。

「そんないつかは・・・・」

ピンキッドは反復しようと顔をあげた。
が、
そのピンキッドの視界に、それは映った。

「危ないでヤンスっ!!!」
「へっ?」

ピンキッドは腕の中で暴れた。
暴れて、
そして、
その小さなピンキオの体でバンビを蹴飛ばした。

「何?」

そう思うと、
パージフレアが噴き出して、

ピンキッドを焼いた。

「あ・・・・・」

天には、女神達。
追ってきていた。

「うわっ!うわぁぁああああ!!!」

バンビはピンキッドを拾って、
抱き抱えて、
走った。
走った。
逃げた。

「バンビさん・・・・」

腕の中で、
ピンキッドは呟く。

「いつかなんて来ないでヤンス・・・」
「しゃしゃしゃしゃべるなっ!回復薬はいっぱいもってきてるからっ!
 僕は臆病だからっ!いらないほど持ってきたんだからっ!」
「大丈夫でヤンス・・・こんくらいじゃ死なないでヤンスよ・・・・」

焼け焦げたピンキオは、
硬いクチバシで笑った。

「船長命令だぞっ!しゃべるなっ!」
「まだ船長じゃないでヤンス・・・・」
「今船長だ!デムピアス海賊団なんて今やめた!だから船長命令だよっ!」
「こんな船長の下には・・・・自分は・・・・つかないでヤンスよ・・・・」

女神達が追ってくる。
でも、
振り向けない。
怖い。
怖い。
逃げる。
逃げたい。
逃げるしかない。

「なら・・・ジャッカルさんなら・・・」
「またっ!また親父かっ!」
「ジャッカルさんなら・・・・船長なら・・・・こんな時・・・・」
「逃げたさ!仲間を守るためにっ!親父ならっ!」
「ジャッカルさんなら・・・・それでも・・・・」

どうしてた。
こんな時。
何をしていた。
海賊王の信念はなんだ。

力が無いからなんだ。

でも、
力が無いなら、
どうしたらいい。

「親父なら・・・・」

どうしてた。

どうしてた。
どうしてたどうしてたどうしてた。

海賊王とは・・・なんだ。
何をすればいい。

こんな時に・・・・。

「うぅ・・・・」

抱き抱えられているピンキッドに、
ポツンと、雫が落ちた。

「うぅ・・・・・うぅうううううう!!」

泣きながら、
悶えながら、
呻きながら、
バンビは逃げた。

「海賊王は・・・・海賊王は・・・・」

泣いて泣いて泣いて、
それでも、
逃げた。

「バンビさん・・・海賊王のクルーが・・・・涙で溺れるわけにはいかないでヤンス・・・・」

それでも、
バンビは泣きながら走った。
親父なら。
海賊王なら。

自分なら。

「ううぅぅうううううう!!!!ああああああああああ!!」

叫んで泣いた。

海賊王ならどうするんだ。
どうするんだどうするんだどうするんだ。

親父なら、
こんな時にこんな時にこんな時に。

自分は、
自分なら、
今、
今・・・・・・

何を・・・・・・

「僕はっ!海賊王になる女だっ!!!!」

泣いて叫んた。










































「・・・・たた・・・・」

地面に直撃し、ロッキーは尻を撫でる。

「魔法が使える状態じゃなかったら・・・死んじゃってたなぁ・・・」

皮肉に微笑みながら、
歪んだ地盤の上で、ロッキーは立ち上がった。

「・・・・・・なんなんださっきの人は・・・・」

そう思い見上げるよりも先に、
周りに目がいった。

「あれ?」

戦場の真っ只中に落ちたようだ。
敵と味方が入り乱れている。

東地域の主要戦場とはズレているようだが、
明らかに敵と味方が。
そして・・・

「ぼくが指揮してた部隊・・・・」

そこに調度落ちたらしい。
だからといって調度いいとは思わなかった。

「どうなってるんだ・・・これ・・・・」

辺りの味方。
それらは・・・・悶え苦しんでいた。
いや、

見る見る"痩せ細っていく"。

水分がなくなったように、
人間の体積が萎んでいく。
反乱軍の者達が、搾り縮んでいっている。

「なんだここ・・・どうなって・・・・敵はなんなの・・・・」

敵達は黒いローブに身を包んでいる魔術師達だった。
黒いローブに、
ステッキ。
そして黒いトンガリ帽子。
魔術師といっても、それはどちらかというと・・・・・・。

「これがワシの第29番・黒魔術部隊じゃ」

空中から、先ほどの女性。
アイルカードがホウキで舞い降りてきた。

「思っておることは分かるぞ。しかし、ワシは人間じゃ」

そうだ。
この人の姿を見てまず思った事。
ホウキに跨る黒尽くめ。

魔女・・・ミスティのようだと。

「もう一度念を押しておく。ワシは人間じゃ。他のものも。
 まぁただ、ワシだけは少々人間離れした人間じゃがな」

魔女の女性はそう言った。
帽子から垂れる多量の長い金髪を一頻りする姿は、
妖美だった。
綺麗というよりは妖美だった。

「・・・・・なんなんですか。貴方は」

「ほぉ。えらい物言いじゃの。同志よ」

ロッキーは一度頭を振った。
飲まれている場合じゃない。
お得意のポーカーフェイス。
微笑みを表に出す。

「・・・・アイルカードさん・・・だったよね?貴方の部隊の能力・・・・」

思考をめぐらす。
落ち着かせて、考える。

「・・・・なるほど・・・一見魔術師の部隊に見えたけど・・・・」

「冷静沈着。よいよい。見解が早い男はよいぞ」

アイルカードという女性は妖美に笑う。

「そうじゃ。ワシらの部隊は精力を吸う。能力は・・・・」

「・・・・エナジードレイン」

魔術師でなく、
吟遊詩人の能力。

体力を吸い、
吸収し、
搾り取り、
我が物にする。

奪取能力。

「ぶつかり合いだけが戦いではないのじゃよ」

アイルカードという金髪の魔女は、
足元に転がってうめいていた反乱軍の一人。

女性の戦士を手にとり、持ち上げた。

「・・・あ・・・・あ・・・・・」

「怯えるな。人はいずれ死ぬ。お前も、ワシも」

そしてアイルカードは、
その戦士の・・・・・唇に唇を這わせた。

「は・・・ああああああああああああああ!!!」

その戦士は・・・・萎んでいった。
干からびていった。
水分を奪取されるように。
精力を、
体力を、
吸い尽くされるように。

「美味じゃ」

そして、
骨と皮だけのミイラになったその戦士を投げ捨てた。
唇の唾液を拭う姿も妖美だった。

「・・・・・魔女というよりは、まるで吸血鬼だね」

「面白い事を言う。あぁ、お前さん、あまりにも面白い事を言うのぉ」

アイルカードは、
長い長い金髪を振り乱しながら、大きく笑った。

辺りでは、
アイルカードのように直接的ではないが、
人間たちが魔女にエナジードレインされている。

「しかし、ワシは人間じゃ。これはただの能力に過ぎん。ワシも、お前さんも、人間じゃ」

「ぼくは関係ないだろ」

「関係なくはない。吸血鬼。吸血鬼と言ったではないか。お前さんが」

妖美に笑う、魔女。
吸血鬼。

「ワシの家系は代々そう呼ばれ続けてきた。ちょっと特殊だからといってな。
 身を隠して生きてきたものじゃ。こうして表で遊んでおるのなどワシくらいじゃ」

「よくわからないけど・・・・どうでもいいよ」

ロッキーは微笑んだ。

「悪いけど、敵に同情してるヒマはないんだ」

「同情?敵に?いーや、聞くべきじゃな」

アイルカードは鋭い目付きに睨んできた。
いや、
ずっとそうされていた。

動いたら容赦ない。
そんな牽制が先ほどからずっとだ。

ヘタには動けない。
そう思わせられる・・・・・目線。

「ワシの名はアイルカードじゃ」

「・・・・さっき聞いたよ」

「ワシの母もアイルカードじゃ。ワシの母の母も。母の母の母も。そのずっと先の母も」

金髪の長い髪を、さらりと流す。

「"アルカード"・・・・くらい知っておるじゃろう。アーケードでもアーカードでもいい。それはどうでも。
 ただ御伽話も、神話も、逸話も、昔話も、都市伝説でも、ワシらはそう呼ばれるのが普通だ」

「・・・・ぼくは魔物の子だから、あんまり人間の昔話は知らない」

「魔物の子。だからこそ聞け。呼称の理由はとても有名。だからこそポピュラーな呼称じゃ。
 ドラキュラ(Dracula)を逆さまに読むとアルカード(arcade)だからじゃ。
 だから、昔話の吸血鬼は皆皆、アルカードなどと呼ばれてきた」

妖美に、魔女は笑った。

「傘の下の商店街をアーケード街などと、人間のセンスもなかなか悪くないよのぉ。
 おっと。だからといってワシも人間じゃ。人間でしかない。吸血鬼なんぞじゃない。
 ただちょっと・・・・他の者達より"長生き"な家系なだけじゃ」

何も特殊じゃなく、
ただ、
長寿。

「忌み嫌われるからといってそれを隠し通す家系はあるもんじゃ。
 大概はカレワラに移住してしまうものじゃが、
 ワシが知っているだけでも普通の街にも10家ほどはある」

自分もその一つ。

「ワシの家系は長生きで化け物扱いされる上に、女しか生まれない特殊な家系じゃ。
 やからよのぉ。アルカードでなく、ドラキュリアだからアイルカードと呼ばれておる」

「へぇ。それはそれは・・・だね」

「必ず足の指が6本とか、角が生えるとか、男しか生まれないとか、
 ワシらのような奇形家系にはそういった血筋は多いのじゃ。
 しかし、ワシが知っている十家の隠れ家系の中でも、同じような家系はもうひとつだけじゃ」

普通の人間と違い、
長寿だからこそ忌み嫌われ、
隠れて住まう家系。
女しか生まれない家系。
魔女の家系。

「たしか、マウンテインとかいう一家じゃったな」

「だから・・・・」

苦虫を噛みながら、
微笑みで苛立ちを隠しながら、
ロッキーは話しを潰そうとするが、

「隠居同士だけなら、それなりに情報は回る。世間様にはでんがな。
 確か・・・・女しか生まれないはずのマウンテイン一家に・・・男が生まれた」

ロッキーは、
何故か、
何故か、
話しを聞いていた。
話しを・・・・・聞き流せなかった。

「20年ほど前じゃったか。異端の子が産まれたと・・・・その子は捨てたときいたのぉ。
 確か・・・・・反逆の子と名付けられて・・・スオミの外に捨てられたと・・・・」

聞き・・・流せなかった。

「・・・・・うむ。思い出した。確か、ロキ=マウンテンと名付けられ・・・」

「五月蝿いな」

ロッキーの様子に、アイルカードは嬉しそうだった。

「怒るな小僧。お前さんの情報を聞き、そして目の当たりにすれば分かった。
 同士じゃからな。同じ、異端の血の家系の同士。同志」

「・・・・違う」

「普段は6歳児並の姿だそうじゃないか。そしてお前さんは元に戻れたと思っておるのじゃろう?
 違うんじゃな。今の年相応でなく、6歳児並の姿。それがお前さんの本来の姿じゃ。
 長寿家系。世間様には化け物扱いされる、異端の家系がお前さんの・・・・」

「ぼくの親はパパ達だけだっ!!」

ロッキーは叫んだ。

「そんな話・・・・どこかの関係ない話でしかないよ」

ロッキーは首のマフラーをつかんだ。
三騎士のマフラー。
親の。
親達のマフラー。

「・・・・・親不孝者じゃのぉ。マウンテイン一家はそれで失脚したというのに。
 その代わりに無理矢理魔女と交わって仲間入りした家系もあったが・・・
 あぁしかし、蘇ってみればルカ=ベレッタは死んだと聞いたか」

「そんな家柄はどうでもいい。ぼくはぼくだ。カプリコのロッキーだ」

「はぁ・・・・」

やれやれと、
魔女アイルカードは金髪を振り乱して首を振った。

「200年の人生に飽き飽きして表の世界に出向いたというのに、
 レート3・4倍程度のマウンテインの小僧に軽口叩かれるわ、
 バレる前に引退しようと思ったら終焉戦争で死ぬわ」

長生きしてもいいことないわ。
と、
アイルカードはため息をついた。

「ただ一つだけ言っておくかの。ワシらのような家系はな、
 表で素性がバレるような事だけはしてはならん。
 長寿家系の者達が丸ごと掘り出されて化け物扱いされる」

ワシが言うのもなんなんじゃがな。

「魔女狩り・・・という類のものじゃな。じゃから忠告に出向いてやったというのに」

「ぼくはカプリコの子だ。人間じゃない。カプリコだ」

「ま。そうじゃろうな。ワシらのような異物は・・・・どう生きても化け物の子じゃ」

アイルカードは唇を撫でた。
妖美に、美しく。

「なら冥土ついでに終わらせてやろう。長寿が不死者に変わってしまったからの。
 これでは本当にドラキュリアじゃ。なら思う存分吸い尽くしてやる」









































-ルアス城内 内門裏 ロビー-

視界が無いほどに、ムチが飛んだ。
目まぐるしいほどに。

星獣部隊・部隊長。ツカイタチの13本のムチが、
何もかもを埋め尽くす。

「やれやれだ・・・・」

その中を、
竜騎士ユベン=グローヴァーは堂々と歩む。

「無駄だ。ツカイタチ部隊長。あなたは五天王に選ばれてもおかしくない実力者だが、
 俺とはあまりに相性が悪い。何よりじゃないだろ?まぁ俺と相性のいい者なんていないが」

13本のムチが、ユベンを襲う。
鞭打
鞭打
鞭打
全身を襲う。

ムチだというのに、常人なら跡形も無くなってしまっているだろう。

しかしユベンのドラゴンスケイル。
ドロイカンメイルは、それをものともしない。

怪我一つなく、
ダメージ0のまま、
ムチの嵐の中を、堂々と歩む。

「いい気になっているのはユベン副部隊長。貴様のほうだな」

「・・・・むっ」

途方も無いムチの嵐。
その一つが、
ユベンの鎧の一部を破壊した。
肩の鱗が跳ね飛んだ。

「・・・・・なるほど。ツヴァイ相手でも崩れはしなかったが」

「俺はこれでも黄金世代でね。ロウマ達と長年張り合ってきたものだ」

それでも、
脱落することなくここに立っている。

視界を埋め尽くすムチが、台風のようにさらにユベンを襲う。

「無敵なんて言葉は聞き飽きている。それでも他の黄金世代と渡り合ってきた。
 当然・・・・お前の兄。ラツィオ=グローヴァーともな」

お前はよく似ている。
ムチの嵐の向こう側で、
ツカイタチはそう言った。

「なるほど。何よりだ。兄貴はどうだった?」

ユベンはそれでも、
全身にムチを浴びながら前進を続ける。

「素晴らしい男だった。一直線過ぎたが、行き過ぎのディエゴより分をわきまえている。
 俺としてはアインやロウマを差し置いて、部隊長の器だと支持していたよ」

「それは嬉しい。何よりだ」

「あぁ。そして俺も嬉しい。ラツィオとは模擬戦で12戦3勝9敗。負け越していた。
 最後の辺りは勝てる気さえしなかったが、越えたい壁でもあった。
 だが、あの男の代わりが目の前に居る」

13戦目は、
白星を飾りたい。

「手の届かない星を掴む時がきたのだ。そして思い上がるなユベン副部隊長。
 アインを除き、この世に常勝の者などいない。ロウマを含めてな」

「常勝しなければならない。それが44部隊の副部隊長の務めだ」

鞭打
鞭打
鞭打
鞭打
鞭打x13。
空気を切り裂く台風。
360度視界無く打ち鳴らされるムチの嵐。

その中を、
逆風に歩み続ける、堅き騎士。

「遠い先のチェックメイトだツカイタチ部隊長。俺はこのまま凌いでお前の所まで行く。
 そしてこのドロイカンランスで仕留める。それだけだ。崩れはしない」

「常勝などこの世にない。アインを除き、絶対などこの世にはない。
 確かにお前は無敵だろう。だが無敵なだけであって最強ではない」

不意にその一打はユベンを襲った。
何百回というムチの連打の中、
もちろんユベンだって隙を作ったつもりはない。

だからこそ、
それは黄金世代で、12英雄を纏め上げるツカイタチの所業だった。

「!?」

それは、ユベンのドロイカンランスに放たれた。
その一本のムチは、
ユベンのドロイカンランスを跳ね飛ばした。

ドロイカンランスは吹っ飛び、
柱の一つに突き刺さった。

「星に・・・・手が届いたぞ」

「・・・・・・・・何よりじゃない」

ユベンは立ち止まらざるをえなかった。
たった一つの武器を失った。

最強の盾を身に纏いながら、
矛を一つも手にしていない。

そこには・・・無敵であって最弱の騎士が立っているだけなのだから。

「おいおいミヤヴィ。どういう事だい美しくないな。
 彼、ユベン=グローヴァーは騎士団bQなんだろ?」
「あぁそうさ」
「そうがどうだい。かませ犬を難なく倒すかと思いきやあの様じゃないか」
「・・・・・僕も驚いているさ」

ミヤヴィの表情は正直だった。
顔に出やすい男だ。

「味方ながらアッパレだよ。美しいメロディだ。ヘ長調を乗りこなしてる。
 まさかユベンに勝つとは。こんなリズムは初めてだ」

ミヤヴィはマラカスを手にした。

「正直、ここまで見た感想だとユベンの手に余るよ。
 相性がどうとか話してたけど逆さ。相性が最悪に悪い」
「確かにね。ただボクらならどうだい」
「だからこうしたのさ」
「うん。君の振動とボクの風爆弾。これらは逆に相性がいいはずだ。
 逆に言えばツカイタチを仕留めるにはボクら二人が必要だ」

他の誰でもない。
エクスポとミヤヴィ。
この二人とツカイタチの相性の良さを利用しなければ、倒せない。

エクスポも戦闘の準備に入る。

「見ていろと・・・言っただろう」

ユベンはそう答えた。
赤と白のドロイカンメイルの竜騎士は、
さらに前進をはじめた。

「諦めない精神。敬意を評する。だが俺はとうとう星に手が届いた。
 油断はしない。手は抜かない。全身全霊をもって倒すぞ」

「やれやれだ」

前進するユベン。
常人なら何十回塵になっているか分からない鞭打の嵐の中を、
さらに前進する。

「・・・・・くっ・・・・」

さらに鎧が剥がれる。
竜の鱗が飛び散る。

「諦めないだけじゃない。何かを狙っているな」

ツカイタチは言う。

「させない。近づけさせない」

さらに量の増すムチの嵐。
そうなってくると、
もうミヤヴィとエクスポにも、何がどうなっているのか分からなかった。

まるで煙幕だ。
ムチだけで視界が消え去る。
ツカイタチとユベンの姿が目視出来ない。

「・・・・・風が切り刻まれている・・・・ボクの感覚でも把握できない」
「あぁ僕もさ。ここまでの使い手だったのか」
「全てを包み込む疾風鞭の乱舞。まるでカマイタチだ」

そう思っていると、
急にその嵐は過ぎ去った。

「・・・・・これはまた・・・」
「ヤバいね」

広がった視界。
ムチは止まっている。

13本のムチは・・・・・・ユベンに絡み付いていた。

「ぐっ・・・・」

「何か企んでいるなら、そうはさせない」

ユベンはムチに巻き取られ、
縛り上げられている。

そのムチ達は、
メシメシとユベンを縛り付ける。

「・・・・ぐ・・・・何よりじゃない・・・・」

ペシッ・・・ペシッ・・・・と、
ユベンのドロイカンメイルの、
わずかずつ。
わずかずつだが、
亀裂が入る。

「ツヴァイ=スペーディア=ハークスさえ退けた鎧・・・・・だったよな。
 光栄だ。俺もここまでやれるようになっていたか。このまま締め付けて砕いてやる」

メシメシと締め上げる。
鎧に蓄積されたダメージが、ここで一気に噴出そうとしている。

「・・・・・・ぐぁっ・・・・この・・・・・・」

ベキンッ・・・とまた鎧の一部が砕かれる。
鱗が舞う。
アメットの鍔。
ユベンの表情がわずかに覗く。

「その目。本当にラツィオに似ている。だがラツィオはもう星となった。
 だから・・・・お前を倒し、俺も自ら浄化し、もう一度命を絶とう。
 地獄でラツィオへする土産話が出来たということだ」

「それ・・・・なら・・・」

「ん?」

「・・・・・立派な弟に育ったと・・・・伝えてくれ・・・・・」

「言われなくても・・・だ。お前は素晴らしい騎士に成長した」

「何よりじゃない・・・・伝えきれないさ・・・・・」

ユベンは一歩・・・
締め付けられたまま・・・前進する。

「まだ・・・お前を倒す勇士を見せていない・・・・」

ギチギチと締め付けるムチの中、
ユベンは一歩、
また一歩と前進する。

「素晴らしい・・・・まるで星のように輝く精神だ」

ツカイタチはさらに13本のムチに力を込める。
だがそれでもユベンは前進する。
ゆっくり・・・ゆっくりと。
そして・・・

「うぉおおおおおおおお!!!」

最後の一息で、飛び込んだ。
ムチに絡まれたまま、ツカイタチの体へと・・・・・・

「よく輝いたな」

だが、

その飛び込んできたユベンの首を、
ツカイタチの両腕は掴みとった。

「ぐっ?!」

「惜しかったな。最後に輝いたのは俺だった」

ツカイタチはムチを絡ませたまま、
その両腕でユベンの首を掴む。

「星座に見えたぞ。星の連鎖は、夜空で何かに見える。それが輝く星座だ。
 そうだな。お前を星座でいうなら、新たに"龍星座"と名付けよう。
 紫の衣の龍。竜騎士・・・・ドロイカンナイト(紫龍)の星座だ」

「・・・・っ・・・・この・・・・」

ユベンはその腕を掴み返すが、
剥がれない。
13本の長鞭を同時に奮う事が出来る腕の力は、
ユベンのそれをはるかに越えていた。

「敬意の対象だ。だが、お前が44を誇りに思うように、俺にとってもこの部隊は誇りだ。
 お前は12人の栄誉ある部下を葬った。星が12つ増えてしまった。
 俺は奴らの汚名のために、奴らのために、ここで新たに一つの誇りを刻む」

騎士団bQを倒したという、
名誉の星を。

「星になれ。ユベン=グローヴァー」

「・・・・・がっ・・・・」

体全てを、13+2で締め付けられる中、
割れたアメットの隙間から、
ユベンは覗いた。

だから目が合った。

「ん?なんだい?」

エクスポと。

「・・・・・・・やれ・・・・モントール=エクスポ」

エクスポは首をかしげた。
傾げたが、

「なるほど」

それを理解した。
理解し、
腕を振るう。

「・・・・・・なんだ?」

ツカイタチとユベンの周りに、
風が渦巻く。
風の球体がいくつも。

「こういう事だろ?ユベン=グローヴァー。サービスとして、13個にしといたよ」

エアサンドボム。
それが、
ツカイタチとユベンの周りに散開する。

「・・・これは・・・・こういう事か・・・・ユベン副部隊長っ!」

「誇りはある。誇りを守り、堂々と戦わなければならない。
 だが・・・・負けるわけにもいかない。中間管理職のツラいところだ」

「・・・・・・お前・・・・」

「言っただろう。俺とお前は相性が良すぎた。俺にとってあんたが天敵という意味でね。
 相性が良すぎたんだ。だから・・・・今こうなっているわけだ」

「最初から・・・一人で俺を倒す気ではなかったのか・・・」

「一人では無理だったからだ。あんたが強すぎた。相性が悪すぎたのさ」

それに・・・

「44部隊とは個人の部隊。ロウマ隊長の教えだ。己の誇りを大事にしろとな。
 だから一人一人守るべきものは違う。誇りの種類が違うんだよ。
 そして俺が守るべきものは・・・・・・44部隊自体の尊厳だ」

44部隊が勝てばいい。
最強のままに。

「そういった意味では犠牲者はモントール=エクスポ。俺に利用されたあんただがね」

「あ〜・・・ミヤヴィ。こういった時、ボクはどう反応すればいいのかな。
 怒ればいいのかな?当たり前のように部下でもないのにまんまと利用されて」
「決まってるんじゃないかな」
「そうだね」

エクスポはクスりと笑って、
そして、

「「何よりじゃない」」

拳を握った。

「スーパーノヴァ(芸術は爆発だ)!」

大爆発が起こった。

広い広いロビーを包み込む大爆発。
巨大過ぎる爆発だったが、
このロビーの広さはそれを許容しているというのだから味気なかった。

それでも何もかもを包み込む爆発。

ツカイタチとユベンを、もろとも飲み込む、
爆弾の爆発だった。

「ふぅ・・・・」

エクスポはため息をつく。

「ミヤヴィ」
「なんだい?」
「恨むかい?」
「何を」
「殺す気でやった」
「意志と現実は必ずしも一致しないさ」
「ハハッ・・・芸術家でも音楽家でもなく、哲学者の意見だね」

爆風が吹き飛び、
消える。

その中からは、
竜騎士が一人・・・そこに立っていた。

「やれやれだ。何よりじゃない」

ユベンは大爆発の中から、大雨にさらされた程度のため息をつき、
汚れをはらった。

「身を削る思いだ。こういう役は下っ端よりも責任者がやらされるからこそ世知辛いもんだ」

ピンピンしている。
エクスポの放った爆発などモロともしない面立ち。

「泥に塗れるのは慣れているがな。中間管理職は楽じゃない」

そう言うと、
ユベンのドロイカンメイルが、鱗の粒になって弾け、消え去った。
もとの姿に戻ると、
結局。
結局のところ、

ユベン=グローヴァーに外傷など一つもなかった。

「モントール=エクスポ。神になってその程度の威力じゃ、たかが知れてるんじゃないか?」

あまり表情を変えずそう言い放たれると、
エクスポは苦笑した。

そして、
残骸だった。

コロンコロン・・・・と、ツカイタチの半壊した首が、
ユベンの足元に転がった。

「・・・・・ユベン・・・・グロ・・・ヴァ・・・・・」

半壊したその頭で、
彼は最後の言葉を残した。

「・・・・死ぬ・・・なよ・・・・・死ぬ・・・と・・・・夜のように真っ暗だ・・・・
 だが・・・・見上げても・・・・・・・星は・・・・見えない・・・・・・・・・」

そして、
そのまま光となって浄化された。

「死ぬつもりはないさ。輝いたまま星になるのは羨ましいが、それは英雄の役目だ。
 俺はアレックス部隊長じゃない。片付けなきゃいけない重荷が山ほどある」

責任者は、責任を放り出したりはしないさ。

「ミヤヴィ。行くぞ」

「もう次かい?間髪いれず・・・・本当に仕事熱心なんだね」

「仕事は好きだからやるんじゃない。あるからやるものだ」

「生まれ変っても君にはなりたくないね」

ミヤヴィは首を振った。
エクスポも同意見のようだった。

「でもユベン。僕から提案がある。実は君が戦っている間に、地下に侵入者があった。
 エクスポが開いた道を、《昇竜会》の一部が通ってきたんだ」

「ふむ」

「彼らは敵ではないが、味方とも言えない。僕としては共闘よりも利用をオススメしたいね」

「そうだな。彼らが暴れるのを利用して、別のルートで突破するか」

「うん。少し遠回りをするのは止むを得ないけど、今は少しその余裕がある」

「モントール=エクスポに続いて、そのルートを《昇竜会》が突破してきた。
 騎士団側としては、続けざまの侵入を阻止するために地下に人員を割くだろうな。
 つまり星獣部隊のトップ達を倒した事を含め、今は少し手薄ということ」

「さすがユベン。物分りが早い」

「ふん。アレックス部隊長のことだ。通れる分だけを地下に回して通しただろう。
 今更塞いでも後続などもうこないが、騎士団はそれでも地下に人員を割かなければならない」

来ない地下の増援のために、無駄に人員を。

「本当に何重にも何重にも考えて策を実行する男だよ。
 以前チェスをしたことがある。こっちの駒の方が少ないかと錯覚させられた」

「何にしろ上だよ。上に向かおう」

「城内に居たのがお前でよかったミヤヴィ。
 お前の振動は頼りになる。何よりだ。よろしく頼むぞ」

爆発音。
大きな、大きな爆発音だ。

ユベンとミヤヴィは同時に視線を変える。

「んー。ダメか」

内門だ。
内門の裏側。
そこでいつの間にか翼の生えた芸術家が、
鉄の扉と睨めっこしている。

「頑丈だな。ビクともしない。ボクの爆弾でビクともしないなんて、
 じゃぁどうやって破壊するんだ?アレックス君達は外門突破してきたんだよなぁ」

「破壊しようとしているのか?」

ユベンとミヤヴィも歩みよる。

「当然だろ。それが目的だった。内門の破壊。でもダメだ。結構本気でやったんだけどね」

「いや、イケるさ。時間を要すればな」

「その時間は無いって言いたいんだろ?」

エクスポは両手を広げて呆れた。

「まぁ一応"既に来た甲斐はあった"けど。それでも出来るだけダメージ与えておくべきかな」

エクスポはまた、エアサンドボム・・・・
いや、
エアセットマインか。
風使いだからこそ出来る、
壁への設置。

それを貼り付けていく。

「エクスポ。もちろん無駄じゃぁないさ。君の火力なら内門にダメージは与えられる」

「しかし、外門と内門は設計が少し違う」

「へぇ」

最後にエアサンドボムで起爆。
爆弾という爆弾が誘爆し、
それは一つの大爆発になる。

ミヤヴィは爆風に体を覆った。
それほどの威力だったが、
内門はビクともしていなかった。

「内門は外門より頑丈に作られている。開閉の必要性が外門に比べて少ないからだ。
 騎士団員からアドバイスをくれてやるならば、"破壊"より"開く"事を狙った方がいい」

「なるほど。続けてくれよ副部隊長さん」

「例えば人員による圧力での突破だ。雪崩れだな。無理矢理押し開くんだよ。
 扉は扉。いくら頑丈でも稼働するもので、開閉するものに過ぎない」

なるほど。
道理だ。

「それでついでだ。内側からの攻撃は効率的ではあるんだが、一つ弱点がある。
 君は見たことないだろうが、この内門の向こう側には最強の守備部隊がいる。
 内門の守備。五天王『鉄壁(AC)』ミラ部隊長の強壁重装部隊だ」

「それまた頑丈そうな名前だ」

「本当に見たことがないんだね。エクスポ。凄いよ彼らの姿は。まるでロボットだ。
 "動く事さえ放棄した"鉄の塊達。鎧が並んでるかと勘違いするよ。
 彼らの重装備ぶりと来たら・・・・・・部隊の総重量は確か100tに及ぶ」

百トン。
100kgの人間が100人居ても10トンだ。
その強壁重装部隊というのはどれだけの重量を帯びているというのだ。

「そんな部隊がこの向こう側に敷き詰められている。本当にビッシリとね。
 肉壁なんて言葉があるけど、あれはそれこそ鎧による本当の鉄壁だよ」

その部隊がバリケードのようになっているわけだ。
内側から開こうとしても、
100tの重しがそれを阻む。

「なるほど。でもダメージを蓄積させておいて損はないということだね」

「その通りだ。もっと効率のいい方法があるんじゃないかと言っているだけだな」

構わずエクスポは爆弾を設置していく。
ユベンは「やれやれだ」と首を振った。

「じゃぁさ」

作業をしながらエクスポは聞く。

「扉だからこそ、開閉の仕組があるんじゃないかい?それはどこだ。どうやるんだい」

「知らない」

ユベンが言い、
ミヤヴィも首を振った。

「ウソをつかないでくれ。騎士団員じゃないか」

と思ったが、
ミヤヴィの表情はやはり正直だった。
本当に知らないようだ。

「それこそ。打ち破られてこなかった徹底の防備なわけだ。
 副部隊長だろうが部隊長だろうが、知らない。知っているのは専門の数人だろう」

「どこに居るんだい?」

「外に決まってる」

あちゃぁ・・・とエクスポは顔をしかめた。
開閉の仕掛けなど、基本的に内側に仕込んであるに決まっている。
だが、
操作を知っている人間は全員外にいると来たものだ。

「一応もちろん、内側にも万が一のため操作を知っている者を配備してあるが」

「が?」

「知っているだろう?第42番・情報システム部隊 エイト=ビット部隊長」

なるほど。
手遅れだ。
一番最初の最初にルアスの街で死んだ男だ。

アレックスに引き金を引かせた男。

任務は全て処理して死ぬために出向いたといっていた。
機密は全て闇に消されている。
彼は本当にやっかいに任務をこなしたということか。

「なるほどね。確かに後回しにして、他をあたった方が効率的かもしれない。
 もう一応あらかた仕込んだし、外の部隊も内門まで来てからの方が良さそうだ」

最後に一度爆発を起こして、
エクスポは一度内門破壊を諦めた。

「やるべき事はあるから、そちらの用意を優先しようかな。
 ここはここで、一応ボクがやるべき事はやっておいたし」

「やるべき事っていうのは、君がなんかちょくちょくやってたやつかい?」

材料集め・・・・。
地下を介し、
エクスポはそれを行っていた。

「内側から崩すために武器は多い方がいい。それを探してるのさ・・・・・・ッ!?」

エクスポはハッと天を仰いだ。
室内で、
その見えもしない内門の向こう側を見据えた。

「どうした?エクスポ」

「悪いねミヤヴィ。一端別行動だ。・・・・・なんで気付かなかった・・・この感じ」

神。
神の感覚。

ネオ=ガブリエル。
カルキ=ダニエル。

それだけじゃない。

「ジャンヌダルキエル・・・・・エン=ジェルン・・・・・」

外に・・・居る。

「ちょっと野放しには出来ないな」

「行ってきなよエクスポ」

ミヤヴィはウインクして指を振った。

「ヒマがあったら協力しといてやるからさ」

「悪いね。ミヤヴィ。ユベン・・・・外に出るためにはどうしたらいい」

「1階はもちろんどこも屈強に作られている。突破されんようにな。
 それに大概はアイアンウォール製のシャッターが下りている。
 出るなら2階以降だ。窓があるし、壁の強度も1階ほどじゃない」

ついでに侵入通路を作ってやろうと思ったが、
無理か。
2階では。

いや、
ガブリエルやダニエル。
あわよくばジャンプ力の飛びぬけているマリナが通過出きるかもしれない。
2階に経路を造るのも無駄ではない。

「それこそ、神混じりのやっかい事を終わらせて、数人だけでも侵入された方が効率もいいか」

何にしろ、
飛行能力のある者を、城内に通せる。
そのために外を少し手伝ったほうがいい。

エクスポは、
背中の翼を広げ、宙に浮いた。

「ユベン。ミヤヴィ。後でまた合流しよう」

「何よりでな。出切るならばエースとメリーに詳細を伝えておいてくれ」

「出切るならね」

エクスポは翼を広げて、飛び進んだ。

「確か・・・・・」

アレックスやドジャー。
彼らから聞いておいた。

この第二次終焉戦争を迎えるにあたって、
会議で出ないわけがない内容だった。

一度、
《MD》はこの城に侵入している。
それを抜きにしてもアレックスの情報なのだから間違いないが、

《ハンドレッズ》と戦った時、
アレックスとドジャーは、
内門横の階段から上がったと言っていた。

「・・・・よし・・・この段階ならまだ守備もいない」

最上階まで続いている階段らしい。
内門が突破される危機にでもなれば封鎖されてしまうだろうが、
今は開けていた。

「・・・・・・・・」

ふと、
この内門横の階段をこのまま上がれば、

最上階・・・・アインハルトの元まで行けるのではないかという考えが頭を過った。

・・・ただ、
それは捨てた。

自分ひとりでどうにかなるとは思えない。
怖い・・・からではないと自分に言い聞かせた。
ただ、
その考えが過った瞬間、頭の中で「やめろ」という危機信号が走った。
直感だ。

それはきっと正解だっただろう。

狭い螺旋階段を、
足をあっける事なくグルグルと飛行して登り、

エクスポは2階に降り立った。


目的が2階でなくても、
これ以上は上がらなかったかもしれない。
上がれなかったかもしれない。
進めなく・・・
進みたくなかったかもしれない。

エクスポはその考えを無理矢理捨てた。

















「さて、ロウマ隊長を追うぞミヤヴィ」

ロビーに残った二人。
ユベンとミヤヴィ。

「本当に仕事熱心だね。君は」
「あぁ。こんな俺に"熱"なんて言葉が似合うのは仕事くらいのものだ」
「自覚してるなら言うことはないけどね」
「何よりだろ?・・・・行くぞミヤヴィ。ただし」

忠告だと言わんばかりの目を、
ユベンはミヤヴィに投げかけた。

「モントール=エクスポと、何やら寄り道の約束をしたようだが」
「うん。そうだね。彼は中々周到だよ。リハーサル無しに楽団が出来る器さ。
 既に色々と準備は出来てるみたいだけど、気の合う者として仕上げを手伝って・・・」
「却下だ」

ユベンは捨て置いた。

「・・・・なんだい?仕事第一ってことかい?」
「そうだ」
「彼の目論見は僕らの力になるさ。手伝って損は無い。
 完璧じゃなくていい。あくまで片手間程度に手を貸してやろうと思ってるだけだよ?」
「俺達の任務はロウマ=ハートの討伐だ」

そしてそれは、

「ロウマ=ハートの討伐は、俺達の任務だ」

そういう事だ。

「隊長は、俺達でどうにかする」

強引で傲慢。
そしてお堅過ぎる。
頭の固いユベンの事だから・・・とミヤヴィもいつもなら思うが、
違うと感じた。

「僕は君を、仕事熱心だと言ったはずだよユベン。"私情"に走りすぎだ」
「私情?」

聞き流せずに問い返す。

「任務だ。私情ではない」
「ロウマ隊長だからそこまで入れ込んでいる。傲慢にね」
「任務だからだ」
「まだ納得いかないね。任務?任務だからロウマ隊長を殺すのか?
 僕らが世界で唯一心を許し、尊敬するロウマ=ハートを?」
「そのロウマ=ハートの最初の命令だからだ!」

副部隊長に任命された時に下された、
最初の命令で、
そして、
必ず最後になる命令。

「・・・・・・ふぅ。まぁいいよ。君はどっちにしろ言葉で心を変える人じゃないしね。
 言い出したら聞かない。どっちにしろなんにしろ、隊長のもとには行くべきだし」

迷い?
矛盾?
そんなもの、無い。
無いはずだ。

「・・・・・・槍を抜いてくる。ツカイタチとの戦いで柱に刺さったままだ」

頭を・・・冷やすべきか。
だが、
答えは変わらない。
変わらないはずだ。

「・・・・・ッ・・・・」

決めたんだ。
任務だ。
命令なんだ。

「今っ・・・44部隊を支えているのは俺だ・・・俺なんだ・・・
 しっかりしろユベン=グローヴァー・・・何よりじゃないぞ・・・・」

落ち着け。
集中しろ。
やるべき事は・・・

「やるべき事は・・・・」

あの・・・

ロウマ=ハートを・・・・・

「ユベンっ!!」

ミヤヴィが叫んだ。
叫んだが、
ユベンには一瞬何やら分からなかった。

分かった頃には、少々遅かった。

「・・・・・・・ふぅ・・・」

ユベンは、一度深呼吸をする。

「・・・・・・名は・・・・」

いつの間にか、
気配を消してユベンの傍らに迫っていた男に、
ユベンは問うた。

「・・・・第12番星獣部隊・・・5星副部隊長・・・・辰と獅子の星のシシリュウ・・・・・」

その男は、
答えた。

「12英雄は、全て始末したはずだったが」

「お前が12英雄を舐めていた。それだけだ」

シシリュウは、力をさらに込める。

「・・・・・俺達12人は、お前に力が通じない事をすぐさま理解した・・・
 そしてすぐに見抜いた・・・・ドロイカンメイル・・・・あの強度。
 常装してない事を含め、発動し続けることは出来ないだろうと」

戦闘の時だけだ。
ここぞという時だけだ。
消費がハンパないから。
なら、
"戦闘が終わっていれば・・・・・"

「だから決行した作戦がコレだ。誰か一人・・・・生き延びて・・・不意を突く」

「詰めを甘くしたつもりはなかったが」

「紛れた。わざと同時に負け、同時に昇華される瞬間を作った。
 浄化の光の中で俺だけ・・・・・蜃気楼の地図の移動の光で紛れた。
 俺は外装だけ残し、浄化されたフリをして・・・このロビーの一角に潜んだ」

潜んだ。
言うのは簡単だ。
だが、
44部隊副部隊長、ユベンの目を紛らわせるまでの手前と、
そして、
息を殺し続ける気配の消却。

ミヤヴィとエクスポ。
レーダーに匹敵する察知タイプの二人が居る中で、
バレる事なく隠れ続けた。

「見事だ」

ユベンは、倒れた。

シシリュウの手にある剣から、
ユベンの体がズルりと抜けた。

シシリュウの剣とユベンの体が繋がっているように、
血が流れ、垂れて、架け橋のように跡を残した。

「貴様っ!!!」

ミヤヴィのマラカスが、シシリュウに叩き付けられる。
零距離バードノイズ。
直接振動型の攻撃が叩き込まれ、
シシリュウの体がキシむ。

振動の内部破壊。

体自体が破壊されなくても、内部から、終りはあった。

「・・・・ククッ・・・・分かっただろう。"最強など居ない"」

光になって消えていくシシリュウは、
そういい残した。

「なら・・・絶対に完成など無く終わるなら・・・何を残すかだ。これが俺達の答えだ。
 俺達12英雄は勝利のために最後まで戦った。それだけだ。
 なら、お前らは何を残す。完成と完結の無い世界で、何を残す」

光となって消え行く。

「お前らや、アレックス=オーランド・・・勝てば星は輝くのか?
 否・・・・裏切り者の汚名だけだ。お前らは汚れるだけだ。
 ・・・・・死んだ時・・・星になった時・・・・お前らは空に汚名を掲げてろ・・・・・」

そして、
あざ笑うかのように、シシリュウは消えて逝った。

「王国騎士団に栄光あれ・・・そして12英雄に栄光あれ・・・・・」

ミヤヴィがユベンに駆け寄る。

「おい!ユベン!ユベン!?大丈夫か!?」

ユベンは横たわったまま、皮肉に笑った。

「12英雄を舐めるなよ・・・・か・・・舐めたつもりはなかったが・・・
 何よりじゃない・・・・・"ちゃんと急所"だ・・・・抜け目ない・・・・」
「ユベン・・・・血が・・・・」
「・・・・ドラゴンスケイルで止める」

竜の鱗が、パキパキと傷口を固める。

「無茶だ!」
「無茶?いや、もとから無茶苦茶なんだ。
 動ければ問題ない。・・・・あぁ。今のところは支障はない」

起き上がるユベン。
それを見ると、
確かにドラゴンスケイルの応急処置があれば、
問題は無い様だが・・・。

「それでも、一度聖職者に診せた方が確実だよ」
「どこに居るそんなもの」
「・・・・・ヤクザ共の中に・・・はいないか。なら一度外にっ!」
「モントール=エクスポが一端外に出た以上、
 内部に居るというチャンスを、さらに潰す事など出来ない・・・」

それに・・・

「何よりじゃないだろ・・・・俺が行かなくて誰が行く。
 中間管理職のツラいところだ・・・部下と違って・・・"上司の代わりはいない"んだ」

それは、
自分の事を言ったのか・・・

それとも・・・・・






































「剛衝破」

メッツのわずか横を、何かが過った。
ノ=エフという古武術部隊の部隊長は、
拳を突き出しただけだが、

その衝撃は空気を介して貫いてきた。

「・・・・ったく!らちがあかねぇだろこれ!!」
「うっせ!手を休めるなメッツ!」

エースはスネイルジャベリンを回転させ、
脇に挟んで構えをとった。

「無駄アルネ」
「通用しないヨ」

ノ=エフ。
ポ=リス。
ダ=ムド。

3人の古武術使いは、
フォーメーションをとっていた。

隙がまるで無く、

メッツもエースもエドガイも、
攻めあぐねていた。

「なぁーにダラダラしてんだい!こっちの被害分かってんのかい!」

ツバメが渇を入れる。

「どんだけやられてると思ってんだい!確かに本隊は西側だけどね!
 これ以上東(こっち)もやられると、内門の時の人数が足りなくなるよ!」

「まだ内門に辿り着けると思ってるカ?」
「甘いネ」
「頭がフワフワアル」

ピクりとも動かない構えの3人。
隙が無い。
トライアングルのフォーメーション。

「押されっぱなしなんだよ!7:3でやられてるっての!
 西とか城内とか旗本は超うまくいってんのに何この状況!
 東だけやられっぱなしでイイのかい!?」
「うっせぇぞヤクザ女!」
「明らかに東に戦力固まってんだろ!」
「あーあー!やだねやだね!男のクセに筋が通ってないねぇ!」

ツバメはケチを付ける中、
エースとメッツはピキピキと怒りを血管に表す。

「指揮者として言わせてもらうよ!この劣勢があと10分続くようなら、
 うちは一時退却の命令を出さなきゃならないんだよ!
 こっちが一方的に減るだけだからね!ダサい事ありゃしない!」
「うっせぇっつんてんだろ!」

エースが飛び出した。
ジャベリンを回転させながら、
3人の武術家に飛び込む。

「名前(獲物)使ってねぇ奴倒しても何も得られやしねぇ!」

飛び込んで、
そして槍を振り下ろす。

だがパターンだった。

幾度もこれにやられている。
この場合、
ポ=リスが一歩前に出て、

「爆」

拳を使って槍を止めた。

「・・・・チィ!」

そして、一言分のヒマしか与えてもらえない。
動作のヒマが貰えない。

「烈」

ダ=ムドがエースの足に回し蹴りの放つ。
何度こうなったか。

「ぐぉ!」

エースは体勢を崩されるどころか、その場で真横に1回転させられる。
そして、
目の前にはノ=エフが居る。

「剛衝破」

「・・・・がっ・・・・」

そしてエースはぶっ飛ばされる。
洗練された構えから突き出された拳が、
体の真ん中を貫き、
吹っ飛ぶ。

「何度やられてんだよ」

吹っ飛んできたエースを、
メッツが片腕で止める。

「・・・・お・・・めぇだってやられてただろ・・・・・」

そう言いながらエースは吐血した。

「うわっ、汚ね。はん。俺は5回だけだ。お前は今ので7回目だろ」
「ゲホッゲホッ・・・うそこけ!テメェは6回やられてた!」
「あいあいあーーーーい。つまり俺ちゃんら歯が立ってなくて涙目ってこーとー」

エドガイが無理矢理しめるが、
エースとメッツはエドガイを睨んだ。

「何諦めてんだ!」
「エドガイ!てめぇももっと積極的に動けよ!」
「だって痛ぇのイヤじゃん。金にならねぇしよぉ」
「立ってたって金にならねぇよ!」
「お?いいセリフ。ま、観察してたわけよ。何か弱点はないかってね」

エドガイはペロリと舌を這わす。
ピアスがキラリと光る。

「とりあえず、あいつらのパターンだけどねぇ」

エドガイは見据える。
ノ=エフ。
ポ=リス。
ダ=ムド。
彼らはまた、微動だにしないフォーメーションをとっている。

「特殊なところはやはり、コンビネーションだねぇ。
 爆や烈なんかのコンボ系派生技を、"3人で繋ぐ"」

それこそ、
マサイ流の新機軸な武道スタイルだった。

「おたくらが突っ込む。@相殺で止められる。A一撃(ジャブ)をいれられる。
 Bトドメ(フィニッシュ)。Cおたくらが吹っ飛んでくる。この間1秒。見事!」
「うっせぇよ!」
「その分析腹立つわ!」

エドガイがケタケタ笑う。
そして続ける。
構えたままのマサイの戦士達を見ながら。

「あと特徴的なのは、こうやって攻撃してこない事だ。
 たまに単発剛衝破で牽制してくる程度。カウンタータイプの戦闘スタイルだね」
「無視して進むか!?」
「いーや!顔をへこましてやらんと虫がおさまらねぇ!」
「そ。どっちにしろ兵達の戦闘自体が劣勢の状況じゃぁ突破はムーリー♪」

そう言いながら、
エドガイは剣の銃口をマサイ部族に向けた。

「カウンターヒッター。・・・・だからといって、近づかなきゃOKかってーと」

ズキュン♪と気軽に言い放ちながら、
パワーセイバーも放つ。

「爆」

ダ=ムドが、飛ぶ剣撃を・・・拳でかき消す。
拳の衝撃だけで剣の衝撃波を打ち消す。

「閃」

ポ=リスが、地面に響くような踏み込み。
次弾の目標捕捉。
肉体による捕捉。

「獄衝打」

そしてノ=エフが放つ。
今度は殺気の衝撃。
拳を中心に、大きく広がる殺気の波動。

「どわっ!」
「うぉ!?」

エース、メッツ、エドガイが、
まとめて吹き飛ばされる。

「・・・・・・こうなる」

エドガイは吹き飛ばされた後の、でんぐり返しの状態で言う。

「うっせ!」
「やらんでも分かってんだよっ!」

同じような格好でメッツとエースが怒る。

「つーか閃から獄衝打とか、派生パターンまで特殊すぎんだよ」
「一人ずつ毎回、何かしらの派生を単発で担当するんだ。
 当然、派生関係なしで単発でも使えるよう鍛錬してんわけよ。
 えらいねぇ。俺ちゃん褒めちゃう」

うんうんとエドガイは頷いた。
無様な格好で。

「つーかダメージも楽じゃねぇよ」

それぞれ起き上がりながら、顔をしかめる。

「エドガイ。あんたんとこの傭兵の回復スペルはなかなかのもんだが、
 回復スペルなんてもんは、それこそ実質的に元に戻すもんじゃねぇ」
「あー、アレックスもそんなこと言ってたな。
 そりゃぁ吐いた血の量が戻ってくるわけでもねぇしな」
「間違いなくダメージが蓄積されてんよ」

それ以上に、戦争というのは長期戦だ。
疲れはどうしようもない。

「だが、一つ、突くべき場所は分かったよん」

エドガイはそう言った。

「言え」
「すぐ言え」
「せかすなよ。可愛い子ちゃんじゃあるまいし。
 あいつらの戦闘スタイル。特殊であろうと、派生技である事は変わりないってこと」

爆。
烈。
閃。
剛衝破。
獄衝打。
連衝撃。

「派生前の技があってこその、派生後の技だ。
 さっきも単発で放ってきた剛衝破。当たらなかっただろ?
 あれらはやっぱり派生ありきで開発された技に違いはないというこった」

本来の、
最大限の効果を放つには、
バラバラでコンボを繋げるにしても派生が重要ということ。

「流れはあるってことか」
「単発があるってことにビビってちゃダメなわけだな」
「それでももし当たっちゃうと痛いけどねん」

でも、
突くとしたらそこだ。

「流れを断ち切る」

3人は、お互い特に何も言葉にしなかったし、
合図も送りあわなかったが、

おのおのが構えた。

「来い。アル」
「マサイの歴史は覆らないネ」
「4000年早いヨ」

「そうかいそうかい」

メッツはタバコに点火し、咥えた。

「こちとらこんなもんが好物なお陰でそこまで長生きするつもりはねぇんだよね」
「どっちにしろそんなに長生きできねぇよバーカ」
「可愛いく無い子ちゃんが言う言葉に興味は無いよん。好きな時に死んでオッケー」

決して仲が良くない、
所属もバラバラの3人。
ただ、
同時に動き出した。

「ダ=フイの真似・・・・出切っかな!」

最初に目に付いた動きをとったのは、エース。
走りながら、
スネイルジャベリンを地面に突き刺す。

「出切るに決まってんだろ!!あいつの"名前"使ってんだからよぉ!」

棒槍が"しなる"
しなり、
反って反って反って。

「アチョーー!アールヨ!ってかぁ!」

棒高跳びの要領で、エースは飛んだ。

「馬鹿アル」
「マサイの異端児ダ=フイと同じヨ」
「武術、飛んだら終りネ」

「どぉーーーーーら!!!!!」

ジャイアントスイングよろしく。
超重量級のその赤き斧を、
メッツはハンマー投げよろしく大回転させる。

「上下別々二倍料金で地獄に飛んできなっ!!」

そしてぶん投げる。
グゥングゥンと重苦しい音を立てて、
重き斧の一つが真横回転で飛んだ。

「これはどうしようもねぇだろ!分断しやがれってんだ!!!」

「どうしようもないなら」
「どうもしないアルヨ」

ノ=エフ。
ポ=リス。
ダ=ムドの3人は、当たり前のように移動した。
身のこなしも軽いが、
3人が全く同じ動きをする辺りに同調性が見られた。

「仲がよろしくて羨ましいねぇ!可愛い子ちゃんだったらな!」

それを既に見定めていた。
エドガイは数発。
いや6発。
パワーセイバーを連射していた。

衝撃波が、相手の動きを予測した場所にカッ飛ぶ。

「「「爆」」」

声が重なった。
三人が同時に拳を突き出す。

そして6発のパワーセイバーは同時にカッ消えた。

「これだから同時攻撃も意味ないのよねん。涙目」

「「「閃」」」

三人が同時。
同時に照準を見定めてくる。

剛衝破。
獄衝打。
連衝撃。

どれにでも彼らなら派生出来る。
どれで来るか。
それも瞬時に判断して各々が対応するだろう。

1・2人止めて防御に回る事も出来る。
はたまた3人全員で放ってくるか。

「もぉおおおおおおいっぽぉおおおおおおおん!!!!!」

メッツがさらに斧投げ。
轟音を鳴らしながら、
すべてをぶった切る斧が放たれる。

「「「剛衝破」」」

x3のフィニッシュブロー。
拳がズンっと突き出される。
空気が揺れる衝撃。

拳自体は当たっていないのに、
メッツの超重量級の斧に衝撃がぶつかる。

斧は撃ち落される事は無かったが、
x3の最終派生技で軌道が反らされた。

「待ってたぜ!!!」

空中から、
エース。

「次はまた"爆"からだろうが!それとも未完成の派生技を出してみるか!?」

そして空中から飛び込むエースの手には・・・・

「ギュイーーーーーーーーーン!ってか!こんな時にガード不能攻撃!
 ・・・・・って場合はよぉ!肉体で戦う武道家さんってのはどうするんだ!?」

エースの両腕には、
超回転する・・・・ドリル。

「旋拳"ヴァーティゴ"!!掘って刻んで磨り潰す!!!」

メッツの斧を落としたように、最大派生技ならどうにか出来たかもしれないが、
派生を通過しない場合、未完成だ。
何より隙がデカい。
その隙を隠すために派生技があるのだから。

「チッ・・・」
「アル」
「・・・・ネ」

3人は散った。
3人の中心に落下してくるのだから、
そうする他無かった。

「よっしゃぁ!!!!!」

エースは地面にドリルと共に衝突し、
瓦礫をぶち撒けると共に叫ぶ。

「散ったぞ!こいつらをバラしたっ!!!」
「釣りはいらねぇ!とっときな!!」

無数の剣撃の弾丸がエドガイから乱射される。

「うぉ!ちょ!俺も中心に居るのにっ!!」

エースは背中の棺桶を盾代わりに、その弾幕から逃れる。

「爆」
「・・・・こしゃくな・・・ネ」
「・・・・爆!」

避ける。
撃ち落す。
撃ち落す。
避ける。

単体でもさすがの性能を持っている。

それでも数発当たったが、致命傷ではない。
致命傷でなければ、死骸騎士にはあまり意味がない。

「らぁぁぁあああああ!!!」

メッツが突っ込んでいた。
斧は両方無いが、
両腕で飛び掛った。

「・・・・!?」

三人の内の一人。
ポ=リスは不意を突かれた。
避けられる状況ではない。

「爆」
「烈!」

「ぐぉ!」

だが横からダ=ムドとノ=エフが飛んできた。
一度散った陣形から、
既にもう集合の体勢に入っていた。

「ありがとネ」
「三位一体ヨ」
「当然アル」

そして、
ノ=エフ、
ポ=リス、
ダ=ムドの3人は、
背中合わせのフォーメーションをとった。
戻った。

また、完璧な陣形が形成された。

「くそっ・・・早ぇ・・・・」
「こいつらいっつもこんな練習してんだろな・・・・」
「俺ちゃんなら陣形より体位の練習するね」

背中合わせの三人。
また、
また隙の無い陣形。
どこからでもカウンターを決めてやるという、その陣形。

「向こうも今バラけてるネ」
「目は6つヨ。お互いでカバーアル」
「見えないトコも見えるヨ。慣れっこネ」

背中合わせのまま、
やはりピクりとも動かない。

彼らの息の合いようだ。
どこからどう攻めても、全て返せるだろう。

「仕切り直しアル」
「来るヨロシ」
「無駄だけどネ」

エドガイは、諦めて剣を下ろした。
エースもドリルの回転を止めた。
メッツは消えかかったタバコにもう一度火をつける。

「やっとこうなったか」

メッツがげんなりするように煙を吐き出した。

「狙ってたのに、奴らやっぱうまい事立ち回るもんだぜ。うち(44)も見習わねぇとな」

コキッコキッ、とエースは肩を鳴らす。

「俺ちゃんの部下達はこれ並に動けるけどねん」

エドガイが得意気に言う。
言う中、

「・・・・何・・・アル」
「なんで余裕ぶってるネ」
「何がどう・・・・」

「死角だらけだよん。おたくら」

エドガイがピアス付きの舌を出しておどける。

「最初から打ち合わせは終わってたんだけどさぁ。
 おたくら、3人で戦ってるように見せて、さらに後ろに部下置いてたでしょ?
 知ってんだよね。そのせいで本当にさらに隙が無くて無くて」

何を言ってるのか。
今は何が違う。
隙が無いのは今も同・・・・・

「「「!?」」」

武術家だからこそ、
その殺気には同時にシンクロして身を振るわせた。

同時に、
武術家ならば、それは"取られてはいけない"からこそ、
三人は同時に悪寒を感じた。

三人は今、
お互いに背中合わせでフォローし合っている。
隙も死角もないフォーメーションで。

だからこそ、

三人は同時に、
"三人同時に背中に殺気を感じた"事に・・・・・

「殺化ラウンドバック」

背中合わせの三人の中心に、
ツバメが身を小さくして潜んでいた。

「悪いね。シシドウの暗殺術なんだよ。言っちゃえば瞬間移動だからねぇ
 使い方間違えなきゃ反則級でしょ?・・・・・フフッ・・・ヤクザなめんじゃないよっ!」

三人は同時に退こうとした。
そんなものは遅かった。
暗殺者にそんなものは間に合わなかった。

「お呼びじゃないよっ!!!」

木刀"大木殺(だいぼくさつ)"

それが1回転する。
360度。
力の限り。

「・・・コッ・・・」
「・・・・ガ・・・」
「・・・・・アルッ・・・・」

ボキボキと骨の軋む音。
いや、
砕ける音。
粉砕する音。
クリティカルな破壊力の音。

3人はまとめて、
砕けて捩れ飛んだ。

「・・・・そんな・・・」
「マサイの・・・完璧な伝統武術が・・・」
「・・・・こんな形で・・・・」

壊れたマリオネットのような状態で、
三人の体は周囲に吹っ飛んだ。

そして、
3人の見る影も無いバキバキの体は、
それぞれ、
エース、
メッツ、
エドガイの足元に転がった。

「ほんと、お呼びじゃないんだよねぇ」

エース、
メッツ、
エドガイの三人は、
それぞれ、
無言で足を振り上げた。

「4000年の努力。お疲れ様」

ノ=エフ、
ポ=リス、
ダームドの三人の頭骸骨は、
シンクロして踏み砕かれた。

























「隊長・・・ケミカル部隊長っ!」

「黙れ・・・堪えろ・・・耐え切るんだっ!!!!」

ケミカル=パンツ。
第51番・犠牲部隊。
騎士団で最も過酷な運命を背負う部隊。

彼らの前に立つのは・・・・・

英雄。

彼らと真逆の運命。
英雄の運命を背負わされた聖騎士。

羨ましき、蒼炎の槍を持った反逆者。

「しかし!」
「ただでもイロヒ部隊の代わりに仲間が浄化されていってるんです!」
「その上!こんなっ!」

「相手はたった二人だっ!」

「だけど!だけど成す術がありません!」
「どうやったって・・・・あぁ!?」

アレックスの槍で、
犠牲部隊の男がまた一人浄化される。

「・・・・・クソッ・・・俺達を・・・俺達をゴミみたいに・・・・」

犠牲部隊。
身代わりの部隊。
哀しい運命の部隊。

ただ、
そんな捨て駒だけが彼らではない。

彼らの持ち味は"マインドハンター"
そのスキルは、
ダメージを魔力に還元する能力。

身代わりで受けたダメージを、
さらに体力の代わりに魔力で身代わりする。

身代わりの中の身代わりの部隊。

ただし・・・・

「ケミカルさん。諦めてください」

アレックスは言葉を投げかける。

「貴方達の能力は分かっています。あなた達は無力です。
 ただでも死骸。致命傷以外のダメージは無関係な体。
 その上僕や医療部隊の攻撃は・・・・死骸の貴方達にとって一撃必殺です」

堪えるという言葉に意味はない。
食らえばもう関係はない。
魔力の最大も大量の最大もカンストしない。
振り切って消滅。

全てが致命傷の最大ダメージ。

「関係ないっ!関係ないっ!!」

雄雄しくケミカルは叫ぶ。

「俺達の任務はただ耐え忍ぶ事だっ!誰かのために!耐え忍ぶ事だ!
 他人が傷つくぐらいなら代わりに傷つく!それが俺達の誇りだっ!
 誰かが傷つかないのなら代わりに傷つく!それが・・・それが俺達の誇りだっ!!」

最も過酷な運命の部隊は、
最も雄雄しき部隊。

「だから俺達は!右手に持つ剣を左に持ち替え!左手に持つ盾を右手に掲げている!
 この右手の盾は俺達の誇りだっ!俺達の強さだ!威力の無い・・・最強の武器なんだっ!」

「功績の残らない栄光・・・ですか」

泥まみれの。
縁の下の。
民の耳には届かない栄光。

「絶対に通さないっ!守ることこそ騎士の宿命だっ!だから堪え!守りきる!
 命絶えるまで堪える!他人を守れなくて何が騎士だっ!
 来い反逆者アレックス部隊長!俺は命など!いっこうに惜しくはないっ!」

救いたいのは、
自分以外の全てだ。

なら、
身代わりになろう。

「また、命の価値ですか」

アレックスは遠くを見つめる。

「自分の命1つで、それ以上の命を得ようとする。
 素晴らしい欲張りですよ・・・貴方達は・・・」

あまりにも羨ましい。

「欲張りは・・・・・カッ!嫌いじゃぁねぇがなっ!」

ケミカル=パンツの目の前に、
ロス・A=ドジャーが飛び込んでいた。

「だが!お互い欲しいもんがあんなら譲れねぇだろ!
 だから奪わせてもらうぜっ!その命っ!!」

両手のダガーを、ケミカルに叩き付ける。

「受け渡す命はあるっ!がっ!投げ捨てる命はないっ!」

ケミカルは右手の盾(誇り)を突き出す。
角が二つ生えた、奇異な盾。
まるで闘牛のような盾。
ホーンドヴァイパー。

「チッ・・・・」

「これは、亡きルアス王から戴いた国宝だ!・・・・レプリカだがな。
 だが!国の分身を俺に預けてくれたっ!この右腕にっ!」

そのまま押し返す。
ドジャーは吹っ飛ばされ、
そのまま両手のダガーも空中に舞った。

「なら!国のためにこの体っ!散らすまで耐え抜いてみせるっ!
 犠牲とは!義と生に突き進む心!この闘牛の盾はっ!義と生の右手にあるっ!
 それが"犠牲"だっ!!俺達の守りはっ!牛のように体を投げ出す攻撃に値するっ!」

ドジャーは地面に転がり、
二本のダガーは地面に突き刺さった。

「クソッ・・・・おいアレックスっ!ティル姉からもらったこのダガー通用しねえじゃねぇか!」
「するわけないじゃないですか」
「なんで!?思わせぶりな事言ってたじゃねぇか!」
「ただのダガーですよ。言ったじゃないですか。あまりになんの変哲もないただのダガーです」
「なら!」

ドジャーは立ち上がって怒涛と共にアレックスに講義する。

「なんで俺を連れてきたんだよっ!通用しねぇのに!
 向こうの奴カッケェ事言ってんのに!俺、引き立て役にしかならねぇじゃねぇか!」
「引き立て役以外になったことあるんですか?」
「あ、あるわっ!」
「いつ」
「・・・・・・」
「遡ってる遡ってる。前回活躍したのいつの事だったんでしょうね」
「ガルーダ=シシドウをだなぁ!」
「誰も見てません。僕も死んでました」
「・・・・とくかくっ!俺を連れてきた意・・・・」

ドジャーに向かって、
二本の剣が振り落とされる。

「・・・・っと」

ドジャーは避ける。

「隊長がその気なら!最後までやってやる!」
「おぉ盗賊!お前を倒せば!何人の仲間が助かるっ!」

犠牲部隊の者達が、
全員こちらを見ている。

こうしている間にも、
イロヒ部隊の身代わりとなり、
一人、
また一人と浄化している。

なのに、
そんな味方に見向きもせず、
当然のように、彼らはこちらを見ている。

次の瞬間、自分が誰かの身代わりになって消えるかもしれないのに。

「アレックスっ!!!」

ドジャーは、焦りが出た。

「本当にっ!本当に教えてくれ!俺は何をすればいいっ!
 俺に何が出来るんだっ!こいつらは強ぇ・・・・揺るぎがない!
 自分の宿命を理解し、覚悟の出来ている相手にっ!」

自分は、
何が出来る。

自分は分かってもいないのに。

「自分で気付いて欲しかったんですが・・・・・時間もないですしね」

アレックスは、主旨とズレてしまうが諦める事にした。
それよりも、時間が無いのだから。
早く海賊団の戦地に合流しなければ。

「いや、待て」
「は?」
「つまり・・・・"あるんだな"」
「・・・・・」
「俺に出来る事が、今ここに、あるんだな!」

なら、
ならそれはなんだ。

「俺にあるのは、自慢の足と、効果の薄いスキル一式・・・・。
 それと多量だが何の変哲もないダガー・・・・」
「そしてこの僕です」
「うっせぇ!」
「ほらほら。時間が無いんですから僕に頼ってくださいよ」
「黙れって!少し!少しだけ考える時間をくれっ!」

敵は、
誇り高き犠牲部隊だ。

他人のために命を惜しまない、義と生の部隊。
正直言って感心する。

そしてそれに立ち向かう自分には、何がある?

通じない火力。
通じない攻撃。
無力。

それを・・・通じさせるためには・・・。

「クソッ・・・俺にだって何か出来るはずだ・・・アレックスに頼らなくたって・・・」

相手は、
他人のために戦う者達なのに、
自分は、
他人に頼らなくてはいけないのか?

「俺も、この戦場で戦うためには・・・・」

本当に集中に集中的な攻撃を重ねれば、
死骸騎士の一人や二人倒せないわけではない。
ただ、
戦えるレベルに達しているとは言い難い。

自分も、
他人の代わりになれるほどの戦力になるには・・・・

無様に地面に突き刺さる二本のダガー。
手になければただのガラクタだ。
それがまるで、
無力な自分のように・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・なるほど・・・・」

気付いた。
ドジャーは全身の力が抜けた気がした。

「"俺には何もない"・・・・どうしようもない。それが・・・答えか」

皮肉に、
ドジャーは笑った。

「おいアレックス」
「なんですか」
「あそこに突き刺さってるのは、なんの変哲もないダガーだ」
「そうです」
「そして俺は役立たずだ」
「その通りです」
「この戦場では無力な人間だ」
「まさにその通りです」
「つまり、俺は一人じゃ何も出来ねぇ、誰かに頼らなきゃ駄目駄目人間だ」
「ブラボーです。完璧な自己分析です。いえ、少し甘いですね。
 無力ならいいですがさらに足を引っ張る、もう・・・本当にどうしようもない・・・」
「うるせえっ!」

怒り声をあげたが、
ドジャーの口は笑みで歪んでいた。

「アレックス。助けろ」
「僕を頼るんですか?」
「あぁ。お前を頼る」
「さっさと頼れって言ったじゃないですか」
「悪かったな」
「ドジャーさんは結局そういう事に気付かないんです。
 本当は僕がドジャーさんに頼りっぱなしだっているのに、
 あなたは自覚無しのまま、人に頼らないんですから」
「そうか?そうかなぁ」
「そうです。たまには頼ってください」

アレックスは、
胸の前で十字を描いた。

そして突き出す指の先に、
魔方陣が現れる。

「なんて言うんだっけ?」
「ただの決まり文句みたいなもんなんで気にしないでください」
「悪いな。盗賊は詠唱関係に疎いんでね」

ドジャーは、
その魔方陣に近づいた。

「さて、御馳走を戴こうか」

その魔方陣の展開地点は・・・
先ほど吹き飛ばされた、
何の変哲もない・・・・・

いや、
何の変哲もないから、"その"権利がある。
"それ"の権利がある。

そんな、
何の変哲もないダガー。

「いや、鑑定(アイデンティファイ)するところの、
 何の変哲もない・・・シカってダガーなわけだ」

ドジャーは魔方陣の中に突き刺さったままの、
その二本のダガーに、

「いきますよドジャーさん」
「あぁ」

手をかけた。

「イソニアメモリー・・・・・」

アレックスの声と共に引き抜いたそのダガーには、

「オーラダガー・・・・ってか?」

蒼炎の巻かれていた。

両短刀。
聖なる二つのダガーを、
ドジャーは両手で回した。

「やっぱ俺はこうだな。努力もしねぇし成長もしねぇ。
 いつも勝つには工夫とイカサマ、そして小細工。カカッ・・・そんなもんよ」

両手で回転する二つのダガーは、
蒼炎を撒き散らし、
そして、

「さて」

回転を止める。

「これで俺も戦力っつーわけだ。どいつもこいつも相手に出来るようになったわけだ。
 ・・・カカッ・・・そうじゃねぇと、『人見知り知らず』は名乗れねぇわな」

そして、
軽口を叩いて、
チンピラ盗賊は、地面を蹴った。


「ディナータイムだ」








































フレアスプレッド。
それはもう、
巨大な太陽の落下のようだった。

「こいつぁ・・・・・ダリィ・・・・・」

ガブリエルの体が、影に隠れる。
地上が影に隠れてしまう程の大きさ。
その火球。

「実際のエン=ジェルンほどじゃぁないが・・・・この女もあらかた使いこなしてやがる・・・」

『四x四神(フォース)』
ジャンヌダルキエルが造った、元人間による神。
神族が扱えない属性攻撃を扱うために創造された神工神。

炎のエン=ジェルン。
水のスイ=ジェルン。
雷のライ=ジェルン。
風のフウ=ジェルン。

「天使試験・・・・人間から神族になれるのは50年に1度の特例だぞ・・・。
 この女といい・・・あのギャル女といい・・・・なんで成りこなせる」

エクスポもまだ新人。
未完成品な上に赤ん坊レベルと考えると、
列記とした『四x四神(フォース)』はネオ=ガブリエル一人。
神のに値する人間は、現在ネオ=ガブリエル一人のはずだが・・・。

「・・・・チッ・・・・そうだな・・・確かにそうだ・・・」

ガブリエルは首を振った。

「ヨハネ=シャーロットのレベルの神様信仰者・・・・
 この部隊自体がその権利を得た人間の集まりなわけだからな・・・」

純潔を守り、
純血を守りし乙女の部隊。

神族を・・・量産出来る部隊。

人間が、恐ろしい部隊を生成したものだ。
それを成しえたものだ。

「そのうち・・・・努力だけでどの人間も天上服を着る時代がくるのかもな」

ネオ=ガブリエルは苦虫を噛んだ。

「俺の魔法は太陽が如く!火のように生まれ、炎のように全てを巻き込む!
 太陽の灼熱に焼かれ!漆黒の宇宙の炭クズになって散ってしまえ!」

エン=ジェルンとなった女は力に溺れていた。
ただ扱えている。
扱えているのが問題なんだ。

「太陽は何も許さない!太陽は誰にでも降り注ぐ!太陽は全てを燃やし尽くす!
 赤く赤く赤く赤く赤く!熱く熱く熱く熱く熱く!真っ赤ッ赤にしてやらぁ!!」

フレアスプレッドが・・・動いた。
落下を・・・始めた。

空の景色を埋め尽くすほどに大きな火球。

「火球なだけに・・・火急で逃げないと・・・・だな・・・・」

つっこみもいらないし、
くだらないが、
自分の言った事さえどうでもよさげにガブリエルは・・・・。

「いや・・・・間に合わねぇ」

諦めるのも早かった。

「あの大火球。逃げ切れないっての。ゲームオーバー」

諦めるのが早すぎる。
そんなに自分の命さえもどうでもいいのか。
信念にもっと食い下がれよと言いたくなるが、
それを彼に言ってやる者はいなかったし、
言ったところでガブリエルの怠慢は治らないだろう。

「サンダーランスで突付いてもアホまるだしだし、
 俺のライトニングスピアじゃ圧倒的に火力負けだ」

理屈を並べて、もうどうしようもない。

つまり、諦めよう。

「タバコをもう一本だけ吸うか」

口に咥える。

「あれ?ライターどこいった。まぁいいか。ついてなくても。メンドくせぇし」

よくないはずだが、
大きなマッチ代わりは天空から落下してくる。

「神ってのはぁ、本当に役立たずだなぁおい」

ガブリエルは、
自分の事を皮肉にし、そして諦めたまま。
笑わなかったし、
何も感じなかった。

こんなもんだ。
全てはひっくり返ってみればどうでもいい。
どうでもいいんだ。

行動するくらいなら。

「神頼みじゃなく、人に任せてみるって方がまだいい」

落ちてくる大火球。
フレアスプレッド。

どうしようもないその太陽の影。
それに向かって、
何かが飛んでいった。

ボォー・・・っとどうでもいいように空中に浮かんでいたガブリエルの脇を通過し、
その、
その、それ。

巨大な巨大な斧。

大回転をし、天へ登っていく規格外のアックスは、
空をかっさばいて、

フレアスプレッドに突き刺さった。


「邪魔なんだよ太陽。そんなデケェ太陽があったら日向ぼっこできねぇだろ」


下から聞こえた声を確認する間もなく、
太陽がひび割れていく。

「あぁ!?俺の赤い赤い赤い太陽が!!!!」

そして、
巨大なフレアスプレッド(太陽)は、
空中で砕け散った。

「お、お姉さま!?どうなってんだこれ!俺の力不足か!?」
「いや、あなたの信仰心は足りてたわ。十二分な神の力を発揮出来てた。
 つまり・・・・・・・・どうなってるの?有り得なくなくなくなくない?」

天使でもどうしようもなかった大火球は、割れる。
割れ散る。
砕け散る。

火を巻いた破片となって、そこら中へと散らばった。

割れても太陽、か。
炎の破片は、地上に降り注ぐ。

「まさに・・・日の光が零れるって感じだな」

ガブリエルはタバコを咥えたまま、
のほほんとそう言った。
そんなガブリエルの周りにも、
火球の破片達が降り注いで落ちていく。

まるでメテオだ。

割れてもフレアスプレッド。
砕け散ってもメテオ並の被害が散乱し落下し墜落していた。

「今日の天気はBBQだな」

地上では、

老体には届かないような年の男。
白いメッシュの入った風貌の男。

クシャールが立っていた。

「こんなにも火が降って来るなら野菜も持参してこりゃぁよかったぜ」

クシャールは、
竜肉を食いちぎりながら空を見上げていた。
割れた太陽の破片の中、
一際大きな破片。

巨大な巨大な斧が共に落ちてきて、
クシャールの横に突き刺さって地面を砕いた。

「なんなのあの人間」

ジャンヌダルキエルもとい、オレンティーナがクシャールを視認した。
手に入れた神の力を、
アナログな力だけ砕いた横暴すぎる人間。

「冒涜じゃなくなくない?」
「お、お姉さま・・・・」

横でエン=ジェルンとなった女が、
恐る恐るオレンティーナに目を配る。

「申し訳ございません・・・・」

謝る理由。
それは、
砕け散った太陽の破片にあった。
メテオとなって落下した先。

ここは敵陣のど真ん中だ。
敵はガブリエルただ一人。

破片達は騎士団の部隊達を押しつぶしていた。

「力に溺れてしまった・・・もう少し考えて力を使うべきだった・・・・」
「いいのよ私のシスター。私も同じ事をしたわ。
 これは神様のくださった試練。成長すればいい。それでいいのよ」

オレンティーナは彼女を抱きしめる。
自らの胸のうずませる。

「愛してるわ私の乙女」
「はい。俺も愛しておりますお姉さま」

彼女を手放す。
そして、
不機嫌そうに浮かんでいるガブリエルに目をやった。

「・・・・よぉ、偽神様よぉ」

やっとライターを見つけたのか、
ガブリエルの口には煙が漂っていた。

「まぁ、あの人間はとりあえず置いておく。面倒くせぇ
 命の恩人だが、生きる事に執着してねぇ俺は恩も感じねぇからな。
 まぁ、アレックスとやらと同じで、共感を得る人間で興味はあるが・・・」

ガブリエルの興味は他にあった。

「大痛手だ。俺がって意味でも、チャンスを逃したあんたがって意味でもねぇ。
 馬鹿が・・・・・間に合っちまった。あぁダリィ・・・あぁ・・・・メンドくせぇ・・・・」

そして、
爆発の音がした。
何かが割れる音がした。
城の方だ。
城の2階辺り。

ガブリエルは見もしなかったが、

割れた壁の破片の中、
同時に空中に散乱する割れたガラスの破片が、
キラキラと輝き美しく舞っている中。


「面白い事になっちゃてるみたいで残念だよ」


爆風の申し子は、
翼を広げて飛び出した。

「タイミング的にはどんなタイミングだったのかな?ボクの登場は。
 あぁ・・・あわよくば大ピンチに登場した事を祈るよ・・・
 そうであればボクの登場はあまりにも美しく輝いていただろう」

キラめくガラスの破片を抜け出て、
エクスポは、
ガブリエルの横まで一気にすっ飛んできた。

「やぁやぁガブリエル。居ると思ったよ」
「お前が"呼んだ"んだろ」
「なんのことやら」

エクスポは得意気に微笑した。
もともとガブリエルが参戦した理由は、
エクスポが神化して"釣った"からだ。

エクスポの目論見だ。

「なんだい?その目は」

嬉しそうにエクスポが問う。
ガブリエルはキッ・・・とエクスポを睨んでいた。

「言ったはずだ」
「何をだい?怒らすような事したかな?ボク」
「あぁ」

ガブリエルは睨み付けたまま。

「俺の事は・・・ガブちゃんでいいと言ったはずだ」

どうでもいいことを言った。

「・・・・ダリ・・・」

自分で言っていてどうでもよかったのだろう。
熱い夏の池の鯉のように口を半開きの間抜けな表情に戻った。

「今日は偽神様の特売日みたいね」

いつの間にかオレンティーナは化粧を始めていた。
空中でファンデーションの粉がパラパラと地上に降っていた。

「ボクには君達も偽神様に見えるけどね」

理解が早くてよろしい事だ。

「特売日といえば特売日なんだろうね。ボクもビックリした。
 でも、まだやり残した事があるのに城から出てきてよかった。
 まさか今日がハロウィンだと知らなくてね。乗り遅れるところだった」

さらに、
エクスポの目に映ったのは、
オレンティーナの背後に無数に浮かぶ・・・・・女神達だった。

エクスポの参戦で駆けつけたのだろう。
ほぼ全員がこちらに照準を向けている。

「やり残したことがあんなら戻っていいぞ・・・フウ=ジェルン」
「いいさ。大体の事はやってから来たよ。手際は美学だ。
 それにボクはエクスポだ。エクスポ。そう呼んでくれガブちゃん」
「・・・・分かった。フウ=ジェルン」

理解するのも面倒くさがる脳ミソの持ち主だ。

「それでガブちゃん。状況は理解したが納得はいかないね。
 なんでジャンヌダルキエルとエン=ジェルンの匂いが彼女達からするんだ?」
「・・・・どの理由なら納得する」
「さぁ。聞くのが好きなのさ。まぁうちの教訓は結果が全てって事でね。
 どうでもいいし、予想もつく。ま、どうにかするしかないわけだよね」
「それは楽な解釈で助かる」

うんざりな顔でガブリエルは言った。
会話自体が嫌いだという顔だ。

「「「「お姉さま。ご命令を」」」」

向こうはやる気まんまんだ。
総出で。

「さてさて、どうしようかガブちゃん。駆けつけたはいいけどエン=ジェルンか。
 ボクと君は範囲攻撃には長けてるけど、火力じゃ彼には劣る。ん?彼女かな?」
「劣化エン=ジェルンなのは幸いだが」
「幸いじゃないレベルの劣化なわけだね」

女神達はどうにかなるが、
女神達を相手にしながら、
エン=ジェルンとジャンヌダルキエルを相手するのは、
少々骨が折れる・・・というよりなかなか厳しい。

「やっておしまい。私の愛するシスター(乙女)達」
「「「「「はい。お姉さま」」」」」

女神達が一斉に動き出した。

「さてさて」
「面倒くせぇ・・・・」
「出来るだけ早く片付けて、君を城内に連れて行くつもりだったんだけどね。
 いや、それよりも情報は生もの。中の情報をアレックス君に伝えたいんだけど」

「うぉおおお!!はっはー!!!」

女神達の群れの中、
一つ、勇ましい声。

「何、あれ」
「さぁ・・・。知らんが凄ぇ人間だ」

クシャールだった。
クシャールが、女神の一人の足首を掴んで、
もろとも飛んでいる。

「こりゃぁすげぇなオイ!なぁオイ!鳥人間コンテストだ!
 おい!神って食えるんかな!?食ったらウメェのかな!?」

女神を捕まえて飛び回っている。
言っている事も飛び回っている。
発想もやる事も凄い人間だ。

「よし!食ってみようか!?いーや!決めた!俺が決めた!文句あっか!?」

巨斧は地上に置いてきたようだ。
クシャールは、
飛行している女神の背中にそのまま飛び乗り、

「まずは手羽先っ!!」

そのまま両手で女神の翼を掴み、

もぎ取った。

「やぁーっほぉーーい!!フライドチキンの材料ゲェーーット!」

そのまま落下していく女神を蹴飛ばし、
さらに空中で他の女神に飛びつく。

「キャァァア!何この親父!?」

「ん〜!べっぴんさんの女神さんだねぇ!ん〜〜・・・ぶちゅぅ。そしてオラァ!!」

女神の体をへしゃぐ。
へしゃげる。

「はい材料完成!っておい!消えてっちゃうじゃねぇか!浄化してんじゃねぇよ!
 食えねぇじゃねぇか!って落ちる!落ちる!次のお嬢ちゃんはどこだ!!」

「せ、セクハラ親父!」
「キモィ!!」

生身の人間が、空中で女神を撃墜し回っている。

「なんだあの人間・・・美しくないけど有り得ない・・・・」
「世界は広いな」

「うぉおおい!食うなんて本気なわけねぇだろ!
 おじさんはお肉と女子が大好きなんだぞ!寄って来い!落ちちゃうだろ!」

なんだあのキャラは。
理解したくない。
実力は常軌を逸しているが、
脳内構造も常軌を逸している。
いや、脳みそが蒸気と化している。

「おい、フウ=ジェルン。見蕩れてる場合じゃねぇぞ」
「絶対に見蕩れていない。呆(あき)れ呆(ほう)けていただけだ」
「エン=ジェルンは次弾のフレアスプレッドの準備に入っている。
 だがジャンヌダルキエルを見ろ」

ジャンヌダルキエル。
オレンティーナ。
彼女は・・・・・何もしていない。

「次の魔力を溜めてやがるんだ」
「次の?」
「スイ=ジェルンも召還する気だ」

スイ=ジェルン。
『四x四神(フォース)』の残り一人。

「召還?」
「リベレーション。あの女は仲間を女神に転生させる能力を持っている。
 スイ=ジェルンも召還されたら終りだ。詰みってやつだよ面倒クセェ」

こちらは、
エクスポと、ガブリエル。
つまりフウ=ジェルンとライ=ジェルン。
『四x四神(フォース)』が二人。

一方、あちらは、
同じ『四x四神(フォース)』のエン=ジェルン、スイ=ジェルン。
そこで限りなく対等なのに、
それに加え、
無数の女神達。
そして・・・・ジャンヌダルキエル。

「なるほど。そういう量産方式か。予想していたのに近かったよ。
 そしてガブちゃん。君は脳ミソがマヌケかい?」
「あ?」
「思考を放棄するなって言ってるのさ」

返事はしなかったが、
ガブリエルは「そんな面倒なもの持ち合わせていない」という表情だった。

「あれは女神に転生した人間達なんだろう?」
「そうだ」
「わざわざそれに張り合う必要はない」

わざわざ、
そんな土台に付き合う必要なんて・・・・サラサラない。

「相手が転生者なら・・・・エクソシズム。レクイエムだ」
「お?」
「転生者なら、"転生を解除すればいい"」
「お、おぉ〜〜・・・・・」

ガブリエルは珍しくエクスポに敬意を表した。

「そんな楽チンな方法があったとは・・・・」

面倒を回避出来る最高の策。
そう。
転生を解除すればいい。

"変身解除"

それがあれば、
彼女達は一瞬で・・・・・無力だ。

「シャークを探すんだ。あのデムピアス案内人だよ。彼を探す事が先決」
「・・・・・誰だっけ?」
「ボクを助けてくれた魔物だ。あそこのガレオン船。デムピアス共も来てるってことだろ?」

「残念だったわね」

空中でクネクネと、オレンティーナは笑い、
ぷっくらした唇に指を付けていた。

「その魔物の死亡報告はすでにあがってるし」

「・・・・・・くそ・・・・」

エクスポはずっと地下に居たため、
まだ地上の情報には疎かった。

「なぁーんだよガッカリじゃねぇか。他に使用者は?」
「・・・・少なくともボクは、彼ほどの吟遊詩人を知らない・・・」

シャークの死亡。
それは、
今になってみれば驚異的で致命的な部分だった。

戦力としても、彼の無差別なバードノイズは戦争で効果的だったはずだし、
ソラ=シシドウのコンフュージョンさえ相殺出来ていたはずだった。

そして何より、
彼一人いれば、
五天王の一人。
このアマゾネス部隊を無力化することさえ出来た。

「生かすわけなくなくない?」

オレンティーナは言う。

「デムピアス案内人。シャークをルアス城に幽閉したのはその力が脅威だったからだし」

もちろん、デムピアスを絶騎将軍(ジャガーノート)に加えようという魂胆もあったが、

「私達の部隊を無力化する能力は後から知った事だけど、
 それ以上に、シャークという魔物が入ると、内門さえ無効化されていたわけ」

「内門を?」

先ほど仕入れた情報。
内門。
鉄壁のミラ。
超重装備の騎士達が守る内門。

「完全無欠の防御力を誇る内門の守備だけど、あの魔物の超範囲バードノイズだと、
 あの音の波動。どんな防御力さえも無意味に殺戮が行えちゃうからね」

そういう事か。
シャークという存在は、伊達にデムピアスの案内人をやっていたわけじゃない。
その能力はあまりにも脅威で、
失った事はここまでの痛手だった。

今彼がここに居たら、簡単に戦況はひっくり返せていた。

「ギルヴァングって奴がついでに倒しちゃったみたいだけどー、シャークって魔物ちゃん?
 最優先事項の討伐対象だったわけ。でももう後の祭りってわけじゃなくなくなくなくなく・・・・」

「サメも食うとうまいんだぜ」

どうしたら人間がこの空中戦に参加しているのか。
クシャールが、
オレンティーナの背後に飛びかかっていた。

「食う。いや、"喰う"。それは勝者にのみ許される行為で、相手の血肉を得る権利だ。
 あぁ!俺が決めたんだから間違いねぇな!"ロウマにも教えてやった"事だ!」

「お姉さまっ!」

エン=ジェルンがかばうようにクシャールに飛び掛る。

「ほぉ、食われる前から焼けてるなんてよぉ。神様もシャレてやがるな」

「黙れっ!お姉さまを食うだと?逆だ!人間など神の家畜に過ぎねぇクセによぉ!!」

エン=ジェルンとクシャールは、
そのままもつれながら落下していった。

「「「「「愛しています。お姉さま」」」」」

「とりあえず邪魔なのを一匹連れてってくれたね」
「・・・・・面倒っていうのは無くならない限り面倒なんだよ・・・・」

宙を飛び交う女神達。
プレイアにホーリーストライク。
弾幕のように飛び交ってくる。

「・・・・だっ・・・・痛っ・・・」
「なんで避けないんだ君は!?」
「避けるのダリィじゃねぇか・・・・・」

ガブリエルの持つサンダーランスが、
バチバチと電撃を放ちながら変形していく。
槍でなく、
等身大程の黄金の十字架に。

「・・・・クロス・・・なんとか」

クロスライトニングスピア。

幾多の雷が降り注ぐ。
クロスモノボルトの如く、
ガブリエルの周囲に落雷。

降り注ぐ天罰達は、女神達を撃墜し、空中で炭にする。

「・・・・はっはー・・・・・・・ノリノリだぜぇー・・・・・」

元気と生気の無い声でガブリエルはそう言いながら、
翼を広げて動き出した。

「この子達は邪魔だね。ジャンヌもどきをさっさと倒さないと」

雷の降り注ぐ空中で、
爆発も各地・・・各空で起こる。
破裂する。

「でもボクは綺麗好きなのさ。まずは掃除。クリーニング」

エクスポは誰よりも高く、
上へ上へと羽ばたいた。

そして今度は発火でなく、
風の爆弾が・・・・降って来る。

「空気っていうのは重たいんだよ。重い空気って言うだろ?」

風の爆弾を降らせながら、エクスポは誰よりも上を旋回する。
投下。
投下。
空襲。

爆弾と雷が降下。
一気に一面を埋め尽くし、
女神達を撃墜していく。

「てめぇらぁああああ!お姉さまには指一本触れさせねぇええええええ!!!」

地上から、
物凄い速度で赤黒い天使が上昇してくる。

「・・・・もうあのオジさんを撒いたのかい?エン=ジェルン」
「ダッリィ・・・・もっと楽させろよ・・・・・」

ガブリエルはタバコを投げ捨てる。
落ちていく吸殻。

その方向から、上昇してくる太陽の子。
炎の神。
エン=ジェルン。

「熱く!熱く燃え尽きて赤く!紅く!紅く飛び散れっ!
 太陽の体温で紅く!紅く!朱く!蒸発しちまいなぁあああああ!!!」

「・・・チッ・・・タリぃ・・・」
「先にこいつだね」

エクスポとガブリエルは身構えた。
したが・・・・


「ヒャーーーーーーハッハッハッハーーーー!!!」


上昇してくるエン=ジェルンに対し、
横から何かがぶつかっていった。
何か?
いや、
炎に、炎が衝突した。

「アッちゃんがスネちゃってよぉ!俺を無視して作戦始めちゃって・・・って思ってたらっ!
 ヒャハッ!!なぁぁーーーんか面白い事になってんじゃねぇーーのぉ!?」

ダニエルが乱入してきた。

「なんだテメェはよぉ!」

炎の神と、
炎の神が、
お互いに両腕を組み合い、
押し合う。

「俺?俺か!?俺は・・・何!?なんなんだろうか!!さぁ!分からない!
 ただ分かるのは!俺はダニーで!放火魔で!消火器が大嫌いって事くらいかぁ!?」

「ボケてんじゃねぇぞ!」

「んでそっちは何よ。焦げ臭いんだけど」

「頭と翼が発火してる野郎に言われたくねぇなぁ!俺はお姉さまのシスター!
 そして!『四x四神(フォース)』が炎のエン=ジェルンだ!」

「それよっ!!!」

嬉しそうなダニエルの体が、
炎に撒かれる。
感情を表すように、ダニエルの体全体に炎が渦巻く。

「ファイヤー!フレイム!バーン!炎は俺の専売特許だろうが。アァ!?
 ヒャハハハハ!いや、怒ってねぇよ?怒ってないピョォーーーン♪
 俺はよぉ!同じ炎人間.feat翼な奴に出会えて感激ってわけだ!」

眼が赤く。
紅く、
朱く、
嬉しそうにギンギンと染まる。

「つ・ま・りぃ!火遊びしようぜお仲間さんよぉ!燃え尽きるまでなぁ!
 あんたは俺のハートに火を点けた!着火ライタァ〜〜〜ン♪
 アイ・ラブ・ユー!後悔しちゃいな!マッチ一本、味の素ぉ!」

「・・・・お姉さまに戴いたエン=ジェルンの称号にかけて・・・
 太陽にかけてっ!太陽(ティダ)の日の下消し炭にしてやるっ!」

「どっちがより燃える男か!?ヒャッハー!いいね!
 エン=ジェルンの称号・・・・俺の炎が包み込んでやらぁ!」

神は揃った。

何はともあれ・・・か。
エクスポ。
ネオ=ガブリエル。
ダニエル。

神は揃った。
いや、

「否。否否に否で、それじゃぁ面白くなくなくない?」

"処女"オレンティーナは、否定する。
否定に、
否定を重ねる。

女神達の中で、
至高の女神は否定する。

「確かに揃ったし。メンツは揃ったし。神でありながら属性神。
 異端のエレメンツは揃ったことなくなくなくなくない?
 だけど、だけど足らなくないことない?」

オレンティーナは、
胸元から十字架のネックレスを取り出し、
ぷっくらとした唇に宛がう。

「空の守護者。神は揃ったわ。確かに揃ったわ。
 稲妻(ライトニング)に、太陽(ティダ)に、空気(ヴァン)。
 雷に炎に風。異端の神は揃った・・・けど足りないわよね」

「・・・・おい、ガブちゃん」
「・・・・あぁ。面倒クセェ・・・・時間だ」

「そう」

オレンティーナは、
上の唇と下の唇を軽く弾いた。

「まだ曇(クラウド)と雨(スコール)が足りない。
 なら・・・・・空から雨・・・・・・水の神くらいは補給してあげるわ」

「魔力が満ちたみたいだよガブちゃん!リベレーションを行うつもりだ!」
「分かっ・・・てる・・・耳に響くんだよっ・・・・」

エクスポとガブリエルは、
女神達を無視し、
羽ばたく。
翼を広げ、
オレンティーナへと向かう。

リベレーション(女神転生)を止めるために。

「ダニエルが来てバランスがとれたところなんだっ!
 スイ=ジェルンを補充されたらまた振り出しだっ!」
「・・・・・あぁ・・・面倒は嫌いだ・・・・」

スイ=ジェルンの召還。
それで、

『四x四神(フォース)』はお互い2人ずつになる。
なら、
ダニエルがオレンティーナを倒せるか?
いや、彼を計算に入れること自体が馬鹿げている。

大体無数の女神達。
彼女達を相手にしなければいけない時点で、
こちら側は全員ハンデを追っている状況だ。

止めなければいけない。

「させるか!お姉さまには指一本触れさせねぇぞ!」

「おぉーーーっと。炎神(エンジン)同士仲良くしようっつったじゃねぇか」

ダニエルは、エン=ジェルンを逃さない。

「火溜りの中で、火向ぼっこといこうぜ兄弟!」

オレンティーナは、
片手に蒼いオーブ。
オーラオーブを取り出した。

「止めるんだガブちゃんっ!届くか!?」
「・・・・まだ射程外だ・・・・」

それはエクスポも同じ。
もっと近づかなくては。
エクスポとガブリエルの翼が、
揺れるほどに急ぐ。

「「「「「愛しております。お姉さま」」」」」

「どいてくれっ!!」

爆発が5つ。
立ち塞がる女神達を爆破して、
さらにかっ飛ぶ。

「させられないのは・・・・・・こちらも同じじゃなくなくなくない?・・・・・・」

そして、
後が無いのはオレンティーナも同じ。
このリベレーション。
魔力の補充に時間がかかった。
次は無い。
まず、
ピルゲンからもらったこのオーブ(神の亡骸)にスペアは無い。

「だけどっ!私の方が早いんじゃなくなくなくない?!」

高速で近づいてくるエクスポとガブリエルに、
多少の焦りは感じたが、
それでもオレンティーナの行動の方が早い。

「レンシア!リベレーションしてあげるわっ!
 私の可愛いシスター(乙女)!天の使いになりなさいっ!!」

「お姉さまっ!!私はここです!」

「いい子っ!いい娘よ!愛してるわ!女神インストールっ!!!」

オレンティーナの手の中で、
青い、蒼いオーブは砕けて割れた。

リベレーションの、転生の光が、乙女に降り注ぐ。

「これで・・・私のシスターの中でも特に素晴らしいシスター。
 セロナ=バルはエン=ジェルンに、レンシア=バルはスイ=ジェルンに!!」

"処女"オレンティーナは否定する。
間に合わなかった。
転生の光は、彼女に降り注ぎ、
姿を変貌させていく。

「フフッ・・・・終りにしましょう。私にはその権利がある。
 神様はおっしゃいました。"汝、殺す勿(なか)れと言う勿(なか)れ"!!」

もう一人の乙女は、
天空で美しく輝いた。

「静寂なる水のあぶくの如く」

ガブリエルとエクスポは、
飛行を止めた。

「・・・・・メンド・・・くせぇ・・・」
「遅かったか・・・・」

水蒸気の中から現れるように、
儚く、
煌く水の神。

「流るる小川の如く、緩やかに死ね」

蒼白い・・・
その文字通り、青く、白い。そんな肌。
そして白い翼。

「静かな水こそ至高の宝石」

スイ=ジェルンの髪は、
泡のように、
あぶくのように長く、
水のように川のように滝のように流れていた。

「これで揃った・・・そして私の力は神へと通じたという証明!
 私は純血を貫き!神の絶対的で暴虐で!それさえ許される権利を得たっ!
 "汝、殺す勿(なか)れと言う勿(なか)れ"!"汝、殺す勿(なか)れと言う勿(なか)れ"!」

オレンティーナは高笑いをする。
揃った。
スイ=ジェルン。
を含め、

エン=ジェルン。
ライ=ジェルン。
フウ=ジェルン。
『四x四神(フォース)』は全て。

「さぁ、ラグナロクを始めましょう。もう何もかもどうでもよくない?
 よくなくなくなくなくない!?だって私は全てを司る・・・・・」

「お・・・・お姉さま?」

不意に、
オレンティーナの下。
地上から声がした。

聞きなれた声だった故、ふとオレンティーナは感情を止める。

「・・・・へ?」

見下ろした。

「・・・・・なんで?有り得なくない?」

地上でオロオロと見上げていたのは、
愛すべきシスター。

「レンシア!?なんで!?なんでそこに居るわけ!?
 有り得なくなくなくなくなくなくなくなくなくなくなく・・・・」

混乱する。
なんで彼女がここに居る。
転生対象であるはずのシスターが。

オレンティーナは頭を抱える。
なら、
ならあそこに居るのは・・・・・・


「力は欲しかったのは・・・・・同じなんだ・・・あんたと一緒・・・・・」


正体不明のスイ=ジェルンは、
オレンティーナを見ていた。

「お前は・・・・まさか・・・・・騙したのか?・・・・」

「でも手に入らないからって・・・・諦めるなんてイヤだ・・・・」

「騙したのか!?神を欺いたのかと聞いているわけっ!!」

「だから・・・こんな時・・・こんな時は・・・こうしてた!親父はこう言ってた!」

スイ=ジェルンは、
顔をあげて、
真っ直ぐ、
真っ直ぐ誇らしげな目線を向けた。

「海賊王はどんなものでも盗むっ!・・・それが・・・・力であっても!」

それが命であっても。
それが神の魂であっても。

「お前は・・・あの娘かっ!あのっ・・・・・・・可愛がってあげたっていうのに!」

「うん。戴いた。ありがとう"お姉さま"。感謝してる」

「冒涜だ・・・欺いたのか・・・」

「うん」

だって。
自分に出来る事はただ一つ。
たったひとつ。
ろくでもない、しょーもない、
たった一つ。
たった一つの能力。

「タゲをとらせてもらっただけだよ。僕は、アピールしか能が無いから・・・さ」

ただし、
その能力は、
どんなものでも、
どんな思考でも、
どんな感情でも、
盗む。
孤高の能力。

「さぁ!穏やかなる水の如く!・・・かな。海の神の源で、・・・・・藻屑にしてあげるよ」

スイ=ジェルンは、
彼女は、
自信に満ち溢れていた。

「僕はバンビ=ピッツバーグ!海賊王になる女だっ!」



























「・・・・・・・・・・」

庭園の片隅。
植木の中に横たわりながら、

ピンキッドは天を見上げていた。

「・・・・・・・バンビさん・・・・」

意識が薄れゆく?そんな事はない。
視界が霞んでいく?そんな事はない。
風景が消えていく?そんな事はない。
世界が黒くなっていく?そんな事はない。
頭中が白くなっていく?そんな事はない。
何も見えなくなっていく?そんな事はない。

最後の敵は瞼(まぶた)だけだ。
あと、
あと5秒だけ待ってくれ。

そうすれば・・・

ほら、

ハッキリ見える。
ハッキリと。


「・・・・・・・・立派に・・・・・なったでヤンス・・・・・」

立派な。
立派な海賊王の卵が。

まだ一人で立てない時から見てきた、
その卵が、
羽化する姿が、

見える。

頼もしい、船長が。


お宝を見つけたなら、
あとは舵を取るだけだ。

波に流されず帆を張って・・・・

「でも・・・・調子にノっちゃ駄目でヤンスよ・・・・まだまだバンビさんはまだまだバンビーナ・・・・。
 ・・・・・立派な海賊王になるまで・・・・自分がちゃんと・・・・傍に・・・・付いて・・・・・」



ピンキッドは、

そのまま眼を瞑った。









                 






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