「なら、燻(XO)をさっさと倒し、ミラが内門に到達する前に・・・
 いや、せめてメテオが降り終わるまで時間稼・・・・
 ・・・・何考えてんだ俺・・・頭悪ぃ・・・それが出来たら苦労してねぇよ・・・」

どうする。
燻(XO)か。
ミラか。
優先事項はどっちだ。

「行け」

イスカが、
そう言った。

「・・・・ぁあ?」
「去れ」

イスカが、
そう、

「・・・・・ぁあ!?」
「去(い)ね」

イスカが、

「あぁぁああ!?てめぇ何言ってんだコラァ!」
「邪念は武器に篭る。足手まといだと言っておるんだ」
「言える立場かよ!この状況はよぉ!!」

へらへらと、
話を聞きながら燻(XO)も笑っていた。
当然だろう。

「てめぇ一人で燻(XO)に勝てるのかよっ!?」
「勝てる見込みはないだろうな」
「だろうが!」
「二人で同じだろうそれは。ならどちらでもいいではないか」

一人でも。
二人でも。

「・・・・・馬鹿なのかお前」
「あぁ。固い事以外でオツムを褒められた事はないな」
「今、テメェは一人どころか、片手しかねぇんだぞ。一人前でさえねぇ」

「おーいおいゴリラ野郎。それは聞き捨てならねぇなぁ。
 障害者は一人前じゃねぇってか?差別だ差別。・・・・・・俺を見下してんじゃねぇだろうな」

メッツは一別ガンをくれてやり、
またイスカの方へと振り向きなおす。

「・・・にしても解せねぇぞイスカ」
「なぁに」

左の無い・・・唯一の腕。
右腕で、鞘に剣を収めては首を振る。

「お前の最終目標はココではない。だが拙者の最終目標はいつも"ココ"だ」

空を見上げる。

「お主と違って拙者は秤にかけてしまえば・・・戦争も世界も小さい。
 ・・・・・拙者はマリナ殿も守る。だから今の最終目標はココなのだ」

目指すべきものが違う。
見据えるものが違う。

「・・・・まぁ、本音はというと、この者を倒す賞賛。
 それをマリナ殿を受け取るのはやはり拙者だけでいい」
「マジで本音くせぇな」
「本音だ」
「お前にとっちゃこいつがラスボスか」
「いや、途上・・・・"ちぇっくぽいんと"という奴だ」

難しい言葉を覚えたな。
と、メッツはうすら笑った。

「行け。メッツ。もともと拙者は対多向きではないと知っているだろう?
 戦場では拙者の力は発揮できん。だからそっちはお前がやれ」
「・・・・・あぁ」

とりあえず親指だけ立てて、
メッツは振り向き、走った。

気付けばミラの姿が見えない。
ぼやぼやしていられない。
あの超スロウな進行速度でも、既にそれだけ進んでいる。
戦争は動いているのだ。
迷っているヒマはない。

「ったく・・・」

メッツは懐からWISオーブを取り出した。
とりあえず、
自分の代わりになる援軍を要請しなければ。

「いや、逆か」

走りながらメッツは思う。
燻(XO)を倒すために味方を呼ぶんじゃない。
"イスカが持ちこたえられるかどうか"
つまり制限時間は・・・・

内門の突破。

そうすれば手は空く。
味方をココに派遣出来る。
イスカがそこまで持ちこたえられるかどうか。
それにかかっている。

「それに・・・・」

走りながらもメッツは、残るイスカへ目をやった。

「言い出した途端。なんか吹っ切れたような感じだった」

死を覚悟した?・・・・とかそーいうものじゃない。
死を受け入れるほど、《MD》のメンバーは出来ちゃいない。

迷いがなくなった。

そんな感じだった。
それがどうしたっていうと・・・・どうなんだろう。
ただ、この戦場においてイスカは迷いっぱなしだった。
シシドウ化していた面影はもうないが、
元に戻ったというよりは・・・・・

「さらに・・・・」

そう、後ろを見ながら走っていたメッツは。

「ちょ!?」

自分はその戦場から抜け出せるわけがない事を知った。

「おい!貴様の相手は拙者だ!!」

イスカは鞘に手を添え、叫ぶ。
関係ない。
燻(XO)。
あのクソ野郎の左腕は・・・・

「俺!?」

この場から去ろうとするメッツに向けられていた。

「ぐっだぐだぐだぐだ!そっちで話しを進めちゃってぇよぉ・・・・
 んで何?お前らがオッケーだったらそれでオッケーなの?
 またまたご冗談を・・・・・世の中そんなに甘くぁないわけよ」

車椅子の紫は、とぼけたツラで。

「台無しにするから"最低"で"最悪"なんだよ!」

「逃がさねぇ気・・・・って!お!?」

馬鹿・・・
馬鹿なのか俺・・・は。

メッツは・・・・コケた。

焦って走り、
振り返りながら走り、
そこに燻(XO)の攻撃がっていうんで、
足元なんて気にしているヒマなんてなかった。

空中に体が浮く。

最悪なチョンボだ。

それでも離さない目には、
横向きの地面。
横向きに燻(XO)の姿が映る。

左手の指はしっかりとこちらを捉えていて、
あぁ、
そう。見慣れたから分かる。

ダークパワーホールだ。

もう発動している。

軌道・・・なんて言葉はない。
飛んでくるわけじゃない。

地点発火。
空間設置。

発動 = 既に俺は死んでいるってわけだ。

「マヌケだ・・・・・」

せっかくだから、
色々な思い出でも過ろうとした。

しかし、

「・・・・だっ!」

体は地面に転がった。

「・・・・・あれ?」

地面に両手をついている。
ある。
両手ある。
体は?
ある。
足は?
まさか頭が無くなってるってオチ?
いやいや、目は頭についてるわけだから・・・・

ハッと振り向く。
遠くに燻(XO)の姿を捉える。
当然、先ほどとポーズは変わっていない。
ダークパワーホールの構え。

でも自分は無事だ。
発動しなかったのか?
そんな馬鹿な。

燻(XO)の表情がそれを物語っている。

「・・・・・・・・・ド畜生が・・・・・」

ならイスカ。
イスカはどこに。

「カミカゼが聞こえたか?拙者は聞こえた」

すぐ側に、声はあった。

「羽音だ。飛び立つ音が聞こえた。やはり拙者は蛇ではない渡り鳥だ」

地を這うオロチでなく、
風に乗り羽ばたく、イスカだ。

「"どう斬るか"ではない。"斬る。すなわち斬れる"」

鞘に、右腕だけでイスカは刀を収めた。

「剣聖の境地。見たり」

そこでやっと気付いたのが、
自分の左右・・・・空中に浮かぶ、

"黒い半円球二つ"だった。

「・・・・・おい・・・・イスカ・・・・」

見間違うはずはない。
ブラックホール。
ダークパワーホールだ。
今にも消え去りそうに、揺らめき、
そして形を成しえずにそのまま・・・・

「斬ったのか?・・・・お前・・・・・・・」

ブラックホールを。

「斬ったから斬れた。それだけだ」

「ド畜生が!どうなっている!!」

いきり立つのはそれはもちろん・・・・燻(XO)の方だろう。
信じられないのはメッツも同じだが、
クソ野郎にとって・・・それはさらに・・・・

「斬った?!斬っただと!?斬れるもんじゃねぇだろ!」

等分されたダークパワーホールは、空間の彼方に消え去った。

「ブラックホールだぞ!?物体じゃない!理屈じゃぁねぇんだぞ!」

「剣聖カージナル殿は炎をも斬り、空気も斬った。
 『ハートスラッシャー(この世に斬れぬものなし)』。その二つ名の通り」

「炎も空気も物体だ!だがDPHは"空間"だ!亜空間だ!
 ガード不能!どうしようもないからこそのチート技なんだぞ!」

「斬ったから斬れた」

横目に、イスカは燻(XO)を睨むでもなく、涼しく見据える。

「拙者、あまり頭がいいわけではない。これ以上の討論をするつもりはない」

「ありえ・・・・」

燻(XO)が、初めて言葉をなくしていた。
誰にも、
現象としてどうしようもない最凶の技が・・・・

剣一本に斬られた。

「今、拙者の剣は天にも届くだろう。そんな気分だ」

清清しく。
飛ぶ鳥のような表情だった。

「今、拙者に守れぬものはない」






































フラミンゴのように折りたたむ右足。

「ほぉ・・・・」

全身が刃であるグッドマンにとって、
それはガードのポーズでもあるし、構えでもある。

今回は前者だった。

「ダイヤは磨かれていた・・・ということかな」

ただし、
グッドマンの左腹部は切り裂かれた。
出血はない。
死骸だからだ。
致命傷ではない。
だが、届いている。

「おかしな事を言うねぇ」

そして、
対極には、
エドガイが剣を振り切ったまま。

「俺ちゃんの価値は"支払われた金額だ"。値札は他人が決める。
 ゴミクズにもなるし、ダイヤの仕事もする。それが傭兵だろ」

同時に、
グッドマンの背後に居た重装騎士が、
ガタン・・・・と3体、崩れて倒れた。

「おいアレックス」
「・・・・・・」
「今の見たか?エドガイの一撃。パワーセイバー」

強烈な一撃だった。
事実、
それはグッドマンに届いているのだから。

「グッドマンはガードしたからダメージはあの程度だが、見ろよ。
 後ろの重装騎士が真っ二つだ。恐ろしい威力。んでもって範囲だ。
 パワーセイバーってのはまるで長過ぎる剣だな」
「節穴ですか?ドジャーさん」

ドジャーが顔をしかめたが、
返答してくる前に、アレックスは言った。

「確かに素晴らしい一撃です。そして範囲。
 通常の部隊相手なら、今の一撃で何十人と真っ二つでしょう」
「だろうよ」
「ですが後ろの重装騎士?それがなんですか」

アレックスは指で示す。
それは、
もっと、
もっと遠く。

それは立ちはだかる内門・・・・・・・・・・・・に刻まれた傷。

「今の一撃。内門まで届いているんです」

この中央に立ちはだかるグッドマン。
彼はガードしただけで、
その一撃は・・・・目に見える対角の全てを切り刻むほどの・・・

「やはり僕らがつべこべ言えるレベルの戦いじゃないですね」

振りしきるメテオの中で、
別次元を感じた。

「・・・・・・・・・・俺らは俺らのやれる事を・・・・だったな」

グッドマンは彼らに任せ、
アレックスとドジャーはやれる事を、
いや、やれない事は仲間に託すしかない。

「エドガー、強くなっているな」

「俺ちゃんはエドガイだ。親父(ビッグパパ)。あんたがくれた名だ」

「ふん。そう。そして、愛を捨て、金に生きた結果が強さだとしたら、
 やはり俺の方針は間違っていなかった。金は何よりも尊いな」

金は力だ。

金がなければ、
服も買えない。
住むところもない。
学ぶ事も出来ないし、
広く遊ぶこともできない。

もちろん食べる事も。

金が無ければ、愛する者と生きる事さえ出来ない。

金は力だ。

糧だ。

「ガンマ博士と会ったぞ」

グッドマンはエドガイに、そう告げた。
エドガイは反応を示さない。

「もちろんお前には正規の父母がいるが、お前の存在は彼の生産物と言わざるをえない」

ボトルベイビー。

「彼の話を聞き、やはりお前を手放したのは少しもったいない気になったよ。
 そう、彼の言う通り、貴様はボトルベイビーの"完成品"だ」

メテオは未だ降る。
話しの邪魔だと言わんばかりにグッドマンはそれを撃ち落す。
内門を壊そうとやっきになる者達を、あざ笑うかのように。

「・・・・・知ってた事だろうよ。クライも、ビッグパパ・・・あんたも」

「残っていたカルテを見て、"妬ましい程"に感涙したものだ。
 興味深かった。お前も知りたいだろう?自分の出生の理由」

「興味ねぇ。今の俺ちゃんがある。それだけだ」

「まぁ聞け。お前の父もボトルベイビー。まぁお前のための礎だな。
 XY−0精子のみ生産する男子。そこまで難しい話じゃぁない。
 そしてお前の母。おっと、お前の母は正常な女性だ。礎でなく生け贄だな」

「知りたくねぇっつってんだろ!」

「母の子宮の中で、お前はXXY染色体をもつ胎児となった。
 だがこのままでは"両性具備(フタナリ)"なってしまう。目的と逆だ。
 よってお前は胎生1週間前後時、胎外に・・・フラスコへと移され・・・・」

「いちいち言わなくていいって言ってんだろ!」

「まぁ胎外に出されたのは男性ホルモン産生腫瘍の可能性も含めてだが、
 ボトルの中、調整のため、お前はホルモン剤をカクテルされる。
 胎外なのに流産防止の合成黄体ホルモン剤を投与されるのも面白い話だが・・・」

「てめぇ!」

「"両性不具備"」

静かに、
そう、グッドマンは口にした。

「お前のカルテのテーマだ」

メテオは、
戦場は、
無関係のように荒々しく動いていた。
「この童貞野郎」
クライの言葉がフラッシュバックした。

「"男でも女でもない存在"。素晴らしいではないか。"バイ"の逆とは。
 エドガー。一つ聞こう。聞きたい。人を愛するフリは楽しかったか?」

「・・・・・・・」

「人を愛するフリは楽しかったか?」

エドガイの歯は、
ギリギリッ・・・と軋みを上げていた。
声にもならない。
感情にもならない。
今更だ。
自分ではちゃんと分かってて、
それで今まで生きてきたのだから。

「お前に"性欲"という欲求は無い。男でも女でもないから、人に恋もしない。
 それどころか性器を持ち合わせていない。精子も卵子も生産しない」

人に、恋する事はない人間。

「お前は必死だったなぁ。エドガーよ。男でも女でもない故、
 恋など分からない故、男女見境無く愛するフリをしていたな」

「・・・・・・」

「気にする事はない。素晴らしい事だ」

グッドマンは、
背中の後ろで組んでいた両腕を広げた。

「お前は愛というものに捕われる事がないのだから!
 それは人生を自分のためだけに使えるという事なのだから!」

「・・・・・・・」

「子孫を残す意味がないのだからな。いや、手段がないというべきか」

「・・・・るせぇ」

「全くをもって無駄のない命だ。自己完結の命。タイムイズマネーの極地だな。
 お前の人生はお前だけで完結する。まさに人間としての完成品だ」

「るせぇ!!!」

両性不具備。
これを施したガンマ博士にとっては、
グッドマンの喜びとは逆の意図だった。
ボトルベイビーを、
もうこれ以上量産しないように。
その先駆けがエドガイというボトルベイビーだった。

しかしそんなものは当人にとっては関係ない。
愛なんて、
元からしないないのに何を怒る。

知らないが、エドガイは己を止められなかった。

「俺ちゃんは!俺はっ!!」

パワーセイバーは使わず、飛び込んでいた。
飛び込みながら斬りつけていた。
無我夢中で。

「あんたから愛をもらいたかっただけなのによぉ!」

斬りつけた剣は、
当然、
フラミンゴのように畳まれたグッドマンの片足に遮られる。

「与えてやったさ。俺の損得の範囲内でな」

足刀。
一度はそれをも貫き、グッドマンに傷をつけたが、
やはり遮られる。
足と剣。
刃と刃が押し合う。

「愛は力を産まない。有限だからだ。今、俺を貫けないのがその結果だろう。
 それに何を欲している。お前は"愛"というものを理解できない人間だ」

愛。
恋愛。

それを周りが口にし出したのはいつ頃だったろうか。

仲間が和気藹々と話すソレに、
自分が一切理解出来ない事に気付いたのはいつ頃だったろうか。
それが異常であると気付いたのはいつだったろうか。
早かったはずだ。

性器を持たない自分は、他人の前で衣類を脱ぐ事などしない。

そういうボトルベイビーだと知っているのは、
義父であるビッグパパと、勘付いたクライだけだった。

「愛なら知っているっ!!」

女好きなフリをした。
性器を持たない自分は、愛の延長戦にある行為への欲求さえない。
だから恋愛というものに理解出来なかったクセに。
友達と何が違うのだろうか。
恋愛の分からない両性不具備は、
人を愛するフリをした。
我武者羅に。
理解できなかったから、対象は男でも女でも同じだった。

「面白い事を言う」

でも知っている。
いまはそう断言出来る。

「あんたは勘違いしてる・・・俺ちゃんの事をっ・・・・・」

両性不具備だから、恋愛は分からない。
だけど、

「愛は間違いなく知っているっ!」

恋愛は分からなくたって、"それ以外の愛"は分かる。
友情も、

"家族愛"も

「俺ちゃんには!ソレしか分からないからっ!!」

「むっ・・・」

エドガイの剣が、
刃が、
それを止めるグッドマンの足刀に、

「あんたに飢えていただけなのによぉ!!!」

めりこんだ。
足の直径の半分ほどまでに。

「ちっ」

グッドマンは足を引き、

「どこからそんな力がっ」

そのまま廻し蹴りを放つ。
足刀の廻し蹴りは、
エドガイの胸を切り裂いた。

「恋愛が分からねぇから家族に飢えていたっ!それだけなんだっつーのによぉ!!」

胸から血飛沫があがっても、
エドガイは一瞬も怯まなかった。
エドガイと、
グッドマン。
両者の間に血飛沫が舞うが、お互いがお互いの目を見ていた。

「与えてくれたのはテメェだろうがっ!!」

自分の傷には見向きもせず、
我武者羅に剣を振り下ろすエドガイ。

「与えてくれたクセにっ!捨てやがって!俺ちゃんにはっ!
 "ソレ"しか分からなかったのに!!」

「捨てたのではない」

クルンと華麗に回転して、
グッドマンはいとも容易くその剣を避ける。

「俺にとって愛など金の権化だ。お前に投資し、支払った。それだけだ」

空ぶったエドガイの隙に、
次の廻し蹴り。
それはエドガイの横っツラに・・・・

「おっとっと」

そこに邪魔が入った。
エースの盾だった。

「盛り上がってるとこ悪いが、二人の世界に入らないでくれるか?戦争なもんで。コレ」
「邪魔だ!」
「ごっ・・・・」

エドガイは既に周りが見えてなかった。
自分の助けに入ったエースを、片手で突き飛ばした。

「親父ぃ・・・親父ぃ!!」

エドガイには、
家族愛。
それしかなかった。
何故なら、
恋愛の分からないエドガイにとって、

家族を失うということは、取り返しのつかないことであるから。

愛の対象が消えうせるのだから。

だから、
自分を捨てたグッドマンを・・・・許せなかった。

「なるほど。そういう事か。怒りの理由は分かった。理解する気はないが」

「俺ちゃんは選択したんじゃないっ!金以外に生きる糧がなかったからだっ!
 あんたが!あんたが奪った!俺ちゃんはっ!」

愛に生きたかったのに。

「クライの野郎が羨ましかったっ!!」

エドガイは二度斬りつけた。
ツバメ返しのような斬像だが、
それは感情に任せた斬り付けだった。

「あいつは俺ちゃんと逆で!金を捨て!愛に生きた!
 あいつは幸せを噛み締めてやがった!俺ちゃんはどうだ!」

ただ華麗に、
スマートに、
その斬撃の合間を縫うように、
無駄なく、グッドマンは動く。

「結果、金に生き、強くなった。むしろ喜んでもらいたいと俺は言いたいが」

「俺ちゃんは強くなりたかったんじゃねぇ!!!」

「!?」

次の一撃は、
グッドマンの予想を超えていた。
今までのエドガイの実力ならば、振れなかった斬筋。

「くっ!」

グッドマンは胸を切りつけられ、
後ろに跳ね飛んだ。
死骸ゆえに血は出ない。
が、
常人なら肺にまで達しているだろう深い斬り付けだった。

「俺ちゃんはこんな・・・・・」

ユラリ・・・と、エドガイは蠢く。
しかし、
眼は鋭く睨みつけていた。

「"一人で生きていける強さが欲しかったわけじゃねぇ"!」

さらに踏み込んできた。
それも、
グッドマンの思考が定まらない内だった。

エドガイは強くなっていた。
それは、
やはり愛を失ってこその強さだった。

ただし金による強さでもなく、
あくまで失ったからこその、マイナスベクトルの・・・。

「ビッグパパ(親父ぃいいいいいい)!!!!」

避け切れなかった。
その哀しき強さは、
一時、
グッドマンを凌駕していた。

剣のトリガーに指がかかっている。
パワーセイバーだ。

エドガイのパワーセイバーは半径数十メートルを斬り捨てる。
そして、
今のエドガイの刃はグッドマンを凌駕する。
防御も出来ないだろう。
上に跳んでも格好の標的になるだけ。

逃げ場はない。


何も解決しないその強さが、
何の解決にもならない結論のため、
義父を切り捨てようと。


グッドマンを斬り捨てても、

愛など、

戻ってこないのに。



「なら、やり直そうか。エドガイ」



グッドマンはそう、両手を広げた。

「!?」

フラッシュバックした。
様々な思い出が。
輝かしかった色々なものが。
自分を拾ってくれたものの顔が。

手をさし伸ばしてくれた手。
そして、
愛を与えてくれた笑顔が。


「それがお前の弱さだ」


次の瞬間には、
グッドマンの片足が、
蹴り上げられていて、
斬り上げられていて、

腹部から肩にかけて横断した深い斬撃が、
エドガイの血飛沫を大きく宙に舞わせていた。

「・・・・・親・・・父・・・・・」

「だから愛など持つべきではない」

エドガイは天を向いていた。
蹴り飛ばされ、
斬り飛ばされ、
ただ、宙を見ていた。

「金と違い、愛はわずかな力になる事はあっても、リスクを伴う。
 何故なら"かけがえがない"からだ。諸刃の剣だよ。そんなもの」

言ったはずだった。
剣が欲しかったわけじゃない。
力が欲しかったわけじゃない。

かけがえがないから、
欠きたくなかっただけだった。

それだけなのに。




「さて、清算は終ったか」

グッドマンは涼しい顔で見上げる。
天にはまだメテオが降り注ぐ。

「ふん。大分手を空けてしまった。被害が甚大だな。
 タイムイズマネー。俺の時間を割くだけの実力はあったわけだ」

グッドマンはまた天空へとパワーセイバーを飛ばす。
メテオを迎撃する。

「計算ではまだ間に合うな。ここから俺がメテオを迎撃していけば、
 内門の破壊にまでは届くまい」

エドガイを撃退し、なおも君臨するグッドマン。

戦場の者達が、直接対峙しているのは彼じゃない。
だが、
内門を破るには、彼が居てはどうしようもない。

「今回の戦争はかなり金を産むな。まぁ戦争とはもともと金を産むためのものだ。
 それ以外の理由で行われた戦争はない。人間なのだから行うべきだ。
 それに死骸というのもボトルベイビーの研究をさらに・・・・・むっ」

天空へと斬撃を飛ばすうちに、
ふと、
グッドマンに影が落ちる。

それは、
大きな機械の腕。

「ふん」

その機械の腕は地面に叩き付けられた。
大きく地面はへしゃげ、
瓦礫を飛ばす。

「やった!?」
「あんなのでやれたら苦労しないわよ!」
「ルエンちゃん!マリちゃん!あそこ!」

スマイルマンの上。
ルエン・マリ・スシア。
ロイヤル三姉妹。

「息子の次は娘か」

と言っても、
エドガイとは違う。
三姉妹は・・・・グッドマンの実子だ。

「お前らもエドガーと同じ意志だったか?捨てたのを許せないと。
 愛とはつくづく面倒なものだ。無駄が多すぎる」

「違うっ!あんたのせいで私達の家庭は壊れた!」
「あんたのせいで母さんも出て行った!」
「そして・・・・」

そのせいで、死んだ。
エリス・ロイヤル。
不思議の国のエリスは。

「だから許せないんだよっ!!」

ルエンが叫んだ時。

斬撃が通り過ぎた。

大きな斬撃だ。
パワーセイバー。
もちろんグッドマンから放たれたものだった。

「その問答は飽きた。時間の無駄だ」

三姉妹が乗っているスマイルマン。
それが、
大きく切り裂かれた。

「愛。それも家族愛。ふん。血が繋がっていてもいなくても似たようなものだな」

エドガイも、三姉妹も、
血が繋がっていても、いなくても。

「俺が改心するハッピーエンドでも求めているのか?」

グッドマンはさらに足を振り切る。
足刀からのパワーセイバー。

「俺を突き動かすのは金だけだ」

さらに、
さらに、
廻し蹴りを放つ。
パワーセイバー。
パワーセイバー。

それは、
一つ、二つ、
スマイルマンを貫通していく。
スマイルマンの鋼の体は、
ガタン、ガタンと崩れて、

「ちょ、ちょっと!」
「崩れる!」

「お前らは金にならんから捨てただけだ」

さらに追い討ち。
追い討ち・・・と、
パワーセイバーは放たれる。
切り刻まれるスマイルマン。

「まだ血の繋がっていないエドガー達の方が金になった。俺のために働く。
 だがどうだ。エリスも、お前ら子供も、俺の金を食うだけだ。
 前にも言ったが、男であれば少しは投資をしたというものなのに」

実子も、そうでもなくても、
同じ。
結局、グッドマンにとっては金になるかならないか。
ならないのなら捨てる。

その結果、
エドガイも、
三姉妹も、
金の権化として生きた。

同じ。

「もう持たないっ!やっぱあたいらじゃ無理だったか・・・」
「飛び降りるわよ!」


マリが振り向いた時、

横で悲劇が起きた。



「あ・・・・」


グッドマンのパワーセイバーが、

スシアの体を切り裂いていた。


「スシッ・・・・・・」

名を呼びかけようとするマリの体。

そこにも・・・・・・
次弾が通り過ぎていった。


気付けばその一瞬で・・・・

スシア、
マリ。

二人の体が・・・・両断されていた。




「金だ」

グッドマンはもう動いていなかった。
パワーセイバーを放つのをやめ、
後ろ手を組み、
ただ眺めているだけだ。

「この世に金以外に平等なものなどない。それ以外に信じられるものなどない」

「マリっ!スシアっ!」

ルエンは躊躇した。
スマイルマンの上で横たわる妹二人。
二人に意識はもう・・・・

「愛した娘達よ。消えろ。それで俺の命も俺だけのものになる。
 後世に残すものなどいらない。お前らは俺の過去の清算でしかない」

「こ、このクソ親っ・・・・」

そこで、
ルエンは光に見舞われた。

散々に切り刻まれたスマイルマンは、
崩れ落ちる前に・・・・・限界に達した。

ルエンを乗せたまま、 



爆発した。




爆風が心地よい。

「愛。愛愛愛・・・・・」

1+3のサンプルの処理が終った後、
グッドマンは思いに浸る。

「あぁなっては終わりだ。あぁならないために俺は生きた」

愛の弱さの結果が、
今のコレだ。
強さを得たいならば、快楽を得たいなら、
喜びを得たいなら、自由を得たいなら、
楽しみを得たいなら、欲望を叶えたいなら、
弱みを作りたくないなら、
虚像を信じたくないなら、
不確かを恐れるならば、

金だ。
金は絶対だ。

「いつの間にやら天気が悪いな」

空を見上げなおすと、そう思った。
メテオは生憎振りし切る。

「さて、仕事の続きだ」

金は無限だ。
金儲けに終わりなどない。

「ふん」

ただし、愛には終わりがある。

グッドマンにも、愛は力を産むと信じていた時期はあった。
それこそ、
妻、エリスとの愛情の中でだ。

あの時の自分はなんでも出来ると思えた。
事実、無敵にさえなれていたと思う。

"愛の絶頂"というのを感じていた。

感じていたからこそ、
ふと・・・冷静になった。

"ここが絶頂ならば、自分にそれ以上はないのか?"

愛とはあとは衰退していくだけなのか?
終わりなのか?
愛とは、あまりにも有限すぎるじゃないか。

そう思い始めたが最後だった。
結婚生活を過ぎ去ってみれば、
家族などというのは自分から色々なものを奪う存在でしかなかった。
負荷でしかなかった。

それでも愛からしか生まれない何かがあると信じてみて、
子を三人授かったが、
負荷以外の何物でもなかった。

金を吸う。
時間を吸う。

思いは重い。

守らなければならないものだけが増えた。
武器は減るだけなのに。

自分が受けている負担を身に染みればいい。
そう思い、家を出た。
グッドマンがいなくなったロイヤル家は火の車だった。
働き手を失ったのだ。
女だけで生きていくのは辛い。

ただ分からせる事は出来たと思う。
その辛い分は、自分が背負ってきた部分だ。
負荷の部分だ。
お前らはそれだけ分、自分のお荷物だったのだ・・・と。

そして荷を降ろしたグッドマンは、なんでも出来た。
自由。
好きに出来る自由。
そして自分のためだけに使う金。
タイムイズマネー。
金は金を産み、
力は力を産んだ。

なんでも買える。
力も、
権力も、
性欲の処理も問題はない。

人間の三大欲求に愛は含まれていない。
金さえあればそれらは満たされ、
さらにあれば充実する。

「まぁ、愛も利用するだけならば金になる。そこだけは認めてやろう」

それは本心だ。
そう思い、
グッドマンは金儲けに勤しむ。

「さてと、メテオを・・・」

ふと、
異変に気付いた。

「どういうことだ?」

見上げる天。
生憎、まだメテオは振りし切る。
当たり前のように。
当然だ。
ずっとだ。
しかし・・・

「メテオの勢いが・・・」

密度・・・・
いや、
"メテオが増えている"

「計算にないぞ・・・この数はっ!!」

グッドマンはパワーセイバーを放つ。
放つ。
放つ。
迎撃する。

「どうしたというのだ・・・フレア=リングラブ以外の魔術師か?
 いや、この規模のメテオは他ではまず見当たらない。
 それに加勢で来るならば、とっくにやっているはずだ」

不思議な気分だ。
何かに迷い込んだようだ。
何か・・・不思議な・・・・

そして、何か昔を思い出した。


「スマイルマンの得意技も、メテオなのよ?」


どこからの声だ。
酷く・・・懐かし・・・・

「!?」

そこに、一人の女性が浮かんでいた。
酷く、
酷く懐かしい。

「・・・・エ・・・リス・・・・」

眼を疑った。
疑った。
金しか、
自分しか信じないくせに、
己の目を疑った。

不思議の国のエリス。
エリスがそこに浮いていて、
そして、
その背後に在りえない量の札束が嵐のように舞っていた。

「どういう・・・ことだ・・・・」

死んだ。
死んだはずだ。
そういう情報は聞いている。
不思議のダンジョンで死んだと。
しかし・・・・・

「あなた、夢でも見ているつもりなんでしょう?」

エリスは笑った。
眼を疑った。

そして背後の札束。
それは、そのまま集結し、形となる。
札束。
金。
札束という札束が渦巻き、

そして、

スマイルマンの形を形成していた。
アレックスやドジャーが、
昔対峙した時と同じ光景で。

「なんだ・・・なんなんだ・・・・」

スマイルマンは、後ろで腕を組む済ましたポーズも、
すでにおろそかにしていた。
動揺し、
足を後ろに引いていた。

「またっ!また俺から奪おうというのかっ?!」

グッドマンは、感情のまま、
わけもわからず、
足刀パワーセイバーを放つ。

それはエリスの体を両断する。
しかし、
それは全て札束になってバラけ、
また、
同じところにエリスの体を形成した。

「弱くなったわね。あなた。妻の一人も倒せないなんて」

「くっ・・・・」

情報は嘘だったのか。
死んだと公表されていたが、
確かに・・・死体が確認されたわけじゃない。
不思議ダンジョンから墜落したと、それだけ。

「ここに居る私は、金では買えないわよ」

「このっ!!」

パワーセイバー。
パワーセイバー。
何度も何度も放った。
しかし、
エリスにも、
スマイルマンにも、
それは突き抜け、
札束になって舞うだけ。

「これ、覚えてる?」

エリスの手から零れたもの。
懐中時計。

「スマイルマン。笑顔はお金で買えないわ。
 男の子が生まれたら、そう名付けましょうって約束したわよね」

「!?」

馬鹿な。
本当に・・・・
それを知っているのは・・・

「"時がたっても笑顔と共にありますように"」

馬鹿な。
馬鹿な。
馬鹿な馬鹿な馬鹿な。

清算・・・・したはずだ!!!


「うぉおおおおおおおおおおお!!!」

自分の叫び声かと思ったが、
それは違った。
それは、
背後からの振動だった。

「とったっ!!!」

それは、エースだった。
背後から、槍を突き刺していた。

「清算・・・したはずだ・・・・」

その状態でも、グッドマンは虚空を見るかのように・・・・

「やれっ!」

グッドマンを背後から串刺しにしたまま、
エースは叫ぶ。
すると、

"霧"の中から血だらけのエドガイが飛び出した。

「ビッグパパ(親父ィイイイイイイイイイイイ)!!!!!!」

エドガイの剣は、

父を分断した。




グッドマンは天空を見る。
メテオは振りし切る。
その中で、メテオの数が、数個ずつ、消えていった。

霧が晴れていった。

共に、
エリスの姿も、
スマイルマンの姿も、

思い出のように消えていった。


「うぉおおお!!!!」

エドガイは、
分断したグッドマンの上半身を、
さらに空中で突き刺した。
剣で串刺しにした。

「・・・・・幻覚だったのか」

上半身だけの。
串刺しにされたグッドマンは、
落ち着いた口調で言った。
エドガイは応えなかった。

「天気が悪い・・・とは思ったんだ」

グッドマンは、空を見上げていた。

「一つだけ・・・答えろ・・・・」

エドガイは、
剣を上に突き出したまま、
串刺しにしたまま、
下を見ながら云う。

「"何故動揺した"」

それは、

「何故動揺したっ!金の権化のあんたが!なんで!なんでだ!
 それであの娘らも!俺ちゃんも!捨てたんだろ!なのに!
 なのになんで自分の妻が現れたくらいで!このっ!!」

納得がいかない。

「それじゃぁ"同じ"だろう!?返答によっちゃぁ・・・・」

「返答によっちゃぁなんだ。まだ殺さない慈悲でもあるのか?
 はん。あまりも甘ちゃんだな。エドガイ=カイ=ガンマレイ」

「・・・・・ッ・・・・いいから答えろっ!」

「面白い答えなんてない。そのまんまだ」

上半身だけの状態で、
串刺しにされたままの情けない姿で、
グッドマンは答える。

「あいつが・・・エリスが俺が最初で最後、愛した相手だからだ。
 あいつを愛したからこそ、もうその後、誰も愛さないと決めたし、
 "こういう弱み"が嫌いだから、俺はあいつを捨てた」

「・・・・・」

「ハッピーエンドはない。最初から同じことを言っているはずだ。
 俺は愛の弱みが、損が嫌いだから金を愛人に変えた。それだけだ。
 その結果強くなれたろう。俺も・・・・お前も・・・・」

「・・・・もういい・・・・」

「世の中金だ。それが一番崇高だ。それが一番美しい。
 "こういう事"になりたくなけりゃぁ金。金。マネーだ」

剣で突き刺したまま、
エドガイは剣のトリガーに指をかけた。

「そういや、俺も孤児だった」

「黙れ」

「名前が無かったから"金男"と呼ばれていた」

「黙れっ!」

「エリスが名前をくれた。Glodman(金男)じゃなくて、Goodman(いい男)にって」

「黙れっ!!!!!!」

エドガイは、トリガーをひいた。
剣に串刺しになっていた男は、

グロッドマンは、
義父は、
父は、

エドガイの剣の中で炸裂した。

バラバラに飛び散った。

飛び散った死骸の破片は、そのまま、光となって昇華していく。


「そういえば、何度も言ったが・・・・・」


薄れていく父の光。



「俺は女の子じゃなくて男の子が欲しかったんだ。エドガイ」




黙れよ・・・・

エドガイはそこまで一度も顔をあげなかった。

































「これでよかったんだよね?」

パタパタと、翼を忙しく動かしながら、
スイ=ジェルン。
いや、
バンビ=ピッツバーグが地上に降り立つ。

「うん」
「ありがとう」

本当によかったのかは別として、
ルエン・マリ・スシアの三人は頷いた。

「本当はエドガイが斬られる前に蜃気楼アピールを展開出来ればよかったんだけど・・・」

バンビは口を尖らせて言う。
アレックスが答える。

「しょうがないですよ。まずはメテオの幻影から作ろうと指示しましたし。
 地上に霧を張ると、敵味方関係なく蜃気楼で混乱を招きますからね」
「そのスキル。強ぇようでやっかいなシロモノだなぁおい。神だろ?神」
「神っていえば!」

ドジャーの視界に、逆さまにエクスポが降りてくる。

「ボクの美しい助力も忘れないようにね。蜃気楼で作れるのは姿かたちだけ。
 スマイルマンや、三姉妹の幻影は作れるけど、
 スマイルマンの爆発はボクの助力がないとリアリティが出なかったよ!」
「まぁ、台本変えてもよかったですけど」
「ぇえ!?」
「爆発で霧が飛んだら元も子もないしな」
「そ、そんなことはないさ!スマイルマン抜きで騙せなかったはずだよ!
 爆発もちゃんと空気を調整してコントロールしたんだから!」
「にしても・・・・」

エクスポはサラりと流される。

「それを踏まえてもよく騙せましたよね」
「僕も聞いた話だけから蜃気楼を作るのは怖かったけどね。
 アレックスとドジャーが不思議ダンジョンで会ったエリスの話。
 それをとにかく鮮明に表現するしかなかったよ」
「ボクも!ボクもその時いたし説明したよね!」
「でも顔とかは三姉妹の顔から想像するしかなかったなぁ」

それを聞くと、
三姉妹は寂しそうだった。
母エリス。
それだけ、

三姉妹は母に似て成長したということだろう。

「っていうかセリフの方がビビったぜ。俺には」

ドジャーが言う。

「だって懐中時計のくだりは、昔、俺がスシアについたウソ・・・・もご・・・・」
「おっとっとっと」
「え?なんて?」
「いえ、なんでもないです」

でもウソを膨らました話は、
やはりそれはドンピシャで、
そして、
それがグッドマンの動揺を生んだ。
あれが本当だったというならば、
それはそれで・・・・

「あたいらは」

ルエンは切り出した。

「望まれて生まれてきた子だった。昔の家庭は偽りの楽しさじゃなかったんだ」
「それが分かっただけでも本望です」

やりきれない気持ちもあるだろう。
だけど、
彼女らも強い。
そうらしい。

「カッ、俺としてはハッピーエンドになるのは避けたかったが」
「捻くれてますね。そしてどこがハッピーエンドなんですか?
 グッドマンが金のために全てを捨てたのは本心ですし、
 金のためだけにこんな悲劇が出来上がった。バッドエンドですよ」
「おいおいアレックス君。そんな言い方をしちゃぁ・・・」

エクスポの言葉を、
アレックスは遮った。

「僕は・・・・・・、死や不幸に"納得出来る理由"なんてあって欲しくない」

父や母は死ぬべきだったのか?
そんな事に頭を悩ませたくない。

死んでよかったなんて理由は1mmたりともいらない。

「ま、何にしろ見ろよ」

ドジャーが虚空を見上げる。
メテオは降り注ぐ。
グッドマンが消えたお陰で、全快で降り注ぐ。

言葉にするには生易しい光景ではない。
それこそ、
見る人が見れば世界の終焉としか呼べないだろう。

落ちる隕石は、人を壊し、地面を壊し、破壊で視界を埋め尽くす。
重装騎士さえも破壊し、
敵を木っ端微塵にし、
そして、
内門にぶつかるたびに、内門が悲鳴をあげているのが分かる。

時には味方の頭上にも落ちている。
だが、
勇敢な馬鹿野郎達はその中でも戦っている。

ただハッキリと見えるのは・・・・

「もうすぐです」

アレックスが言った。

「ああ」
「城の蓋が開く」
「帝国側も、もう打つ手はありませんね」
「スシアさん。計算であとどれくらいですか」

特に計算する必要もなかったようで、
スシアはそのまま力強く言った。

「5分」

それは、
とうとう城内への侵入に達するまでの時間。
邪魔が関与する隙間も、もう、ない。

「あとたった5分か」
「そ、その通りでし!・・す!逆に言えばあと5分しかないなら準備も即急に行わなければです!
 アレックスぶたいちょ!内門が開くと同時に突入出来る体勢を整えないと!」
「そうですね」

内門を開けることばかりに頭がいって、
その先まで考えが追いついていなかった。
そういう意味では副部隊長エールは有能だ。
ただやはり・・・
何故か好きにはなれな・・・・・

「よく聞こえねぇよ!!!」

ドジャーの怒鳴り声が聞こえた。
何かと思えば、
WISオーブを手にしていた。

「吐息と雑音で聞こえづらいんだよ!ちゃんとしゃべれ!」
「どーうしたんです?ドジャーさん。誰からですか?」
「いやよぉ、メッツからなんだ・・・」

突如だった。

後方から、
十数という人。

うん。あれは人だ。

人が砲弾のように雨あられと吹っ飛んできて、

近くに散乱した。

「なんだ?!」
「後ろをとられたか!?」

皆、一斉に振り向く。
だが敵の軍勢・・・・など存在しない。

あるのは・・・・・

十数・・・いや、数十の人を引きずってなお歩む、
重装鎧の巨体。

「ミラ!?」

内門の番人。
ガーディアン。
その男であった。

「どーいうことだよ!」
「いえ・・・そういう報告はあったんですが・・・・」

予想より大分早い。
ミラの歩行は遅速。
計算すれば、内門の戦いに影響が出ない範囲だと。

「おい!!おい!!!止めろ!」

ドジャーが叫ぶ。

「内門に戻ってくるぞ!止めろっつーんだ!内門がこのまま開いても!
 ミラが居るだけで半分閉じてるようなもんなんだぞ!」
「止めるったって・・・」
「人間があんなにしがみ付いても歩くような化け物だぞ!?」

分厚い分厚い鎧の奥の奥。
ミラの目が暗闇の中で輝いたようにも見えた。
鎧の騎士。
いや、ロボットか何かにさえ見える。
鋼鉄の塊。
巨体。
歩みは止まらない。

「バンビ!蜃気楼アピールで誘導出来ないか!?幻覚見せて進む方向を狂わすとか!
 なんなら霧を撒くだけでもいい!とにかく時間を稼ぐんだ!」
「う、うん!分かった!」
「無駄でしょう」

アレックスは歯を食いしばる。
それが無駄なのは見て取れたから。

「ミラさんの歩行。ただただ、我武者羅に最短距離を進んでいます。
 一切の迷いがない。他の何も見えていない。何をしてもこのまま進んできます。
 もし、今360度の景色全てを変えても、仮に天変地異が起きても・・・無駄です」

限りない直線。
ただただ真っ直ぐ。

「来るぞ!!」

ガシャン・・・ガシャン・・・と重い足音と共に、
ミラ、
鉄壁のミラは近づいてくる。
間近まで。

誰が止められる?

アレックス?無理だ。
ドジャー?無理だ。
バンビ?無理だ。
エクスポ?無理だ。
エール?無理だ。
三姉妹?無理だ。

「く・・・そ・・・・」

どうしようもないもの。
それが、
堂々とアレックス達の目の前を通過する。
完全無欠の防御力。
無敵。
それが、目の前を通過していく。

大きい。
かなりの大きさだ。
元の体が大きいのもあるだろうが、
鎧をどれだけ重ねに重ねたらこれだけの巨体になるのだろうか。

そして間近を通り過ぎるミラを見て気付いた。

その鉄壁の鎧もボロボロだ。
至る所が崩れている。
それでも何枚も何枚も鎧が重ねられ、
最後の内側がどこにあるかなんて検討もつかないが、
その鎧は物語っていた。


この男は、金輪際の全ての行動を拒否し、

"ただここまで歩いてきた"

攻撃にも怯まず、
なお、反撃さえ歩行にとっての二の次。

ただただ自らを犠牲にして、
ただただ歩いてきた。

ただ、内門を守るためだけに。

最も鉄壁で揺るがないのは・・・・・・・ミラの執念。

「ドケ・・・邪魔ダ・・・・・」

低く、重く重く篭った声の主が、
アレックス達の前を通過した。

「どうする・・・」
「どうすんだアレックス!?」

無敵に・・・策など無い。

「メリーさん!メリーさんは居ますか!?」

アレックスは叫んだ。
そして戦場の人という人をかきわけて、
焦った表情の女が飛び込んでくる。

パクパクと口で何かを伝えようとして、
意味もなく謝罪のように頭を下げた。

「メリーさん!頼みます!」

声を聞き、メリーはコクコクと頷いた。
そして、

一瞬。
次の瞬間にはミラが氷漬けになっていた。
しがみついて止めようとしている多くの戦士達ごと。
地面ごと、
大きな氷塊となった。

1秒ほどは。

「駄目か・・・・」

氷は次の瞬間には粉砕していた。
砕け散った氷の破片の中で、
機械仕掛けのような騎士は、威風堂々と行進する。

「おいエドガイ!」
「・・・・・なんだジギー」
「エースだ!来るぞ!!」

グッドマンとの戦闘を終えたままの状態の、
エースとエドガイ。
その二人のところに、ミラは差し掛かっていた。
ただ、
そんな二人など見えていないかのように。

「・・・・・ったく・・・感傷に浸る間もないってか。お仕事はツラいねぇ」
「どうする!?」
「おたくが止めりゃぁいいじゃん」
「うっせぇ!俺の棺桶はティラノが踏んでも壊れねぇが!あんなもん止められるか!?」
「そうかい」

ぐるんぐるん、と、
エドガイの指を軸に、大きなその剣が回転し、
最後にはエドガイの手の中で銃のように収まった。

「俺ちゃんは今!胸糞が悪いんだクソ親父のせいでよぉ!!!」

3度、パワーセイバーが放たれた。
明らかに、しがみ付いてる者達への気遣いが無い勢いだ。
だがそうでもないとビクともしないだろうことは分かる。

ただ、
そのパワーセイバーは、
ミラの鎧の表面に、3つの線を刻み込んだだけに終る。

「・・・・おいおい。どんだけ高価な素材使ってんだあの鎧」
「・・・・デカ」
「あん?」
「素材は知らねぇ。つーかまだ解明されちゃぁいねぇよ。ただし、"デカ"と呼ばれてる」

モノ・ディ・トリ・テトラ・ペンタ・ヘキサ・ヘプタ・オクタ・ノナ・・・・・デカ

「・・・・・チッ・・・涙目だねぇ」

ミラは、
やはり威風堂々と、
エドガイとエースの脇を通り過ぎていく。
足音。
それだけで地響きがする。

止められない・・・行進。


「どうすんだ!」
「ボクがガブちゃんに声をかけようか?もうすぐ彼の下を通過する」
「いえ、ガブちゃんさんの稲妻は重装騎士にも効果が薄かった」
「どっちかっつーとエネルギー的な攻撃より直接的な・・・」

大きな音がした。
ガタンッ・・・と。
また何かあったか!?
そう皆警戒を重ねていたが。

「あ・・・・・」

マリが声を漏らした。
その光景からすれば、呆然と声を漏らすのも頷ける。

「内門が!」

傾いた。

斜めに。

「きたかっ!!!」

ドジャーは嬉しさとも何とも分からない声を腹のソコから放った。

内門がわずかに傾き、
グラグラと揺れる。

その決定打となったメテオが、ほぼ内門の中心ぐらいに着弾したため、
扉。
内門は扉だ。
押し開くような形にもなっている。

そしてさらに、

後続のメテオが着弾していく。

「揺れてる!?」
「後一押しか!」
「あともう少し傾けば!そのまま重量で倒れるはずだね!」

僥倖。

しかしその念願の入り口が見えたと同時に、
ミラの軌跡に思考は戻る。

「止めろ!!」
「少しでいいです!時間を!せめて内門が開くまでは!!」
「ミラを止めるんだ!」
「内門に近づけるな!」

これでは全く逆だ。
反乱軍が内門を守っているかのようだ。

内門の守護神であるミラを近づけないために。

今まで必死に攻略してきた内門を、
今度は守らなければいけないなんてとんだお笑い種だ。

だが、
どうする。
ミラを・・・誰が、


「ヒャァァ〜〜〜〜〜〜〜〜ッハッハーーーーーーー!!!!!」


メテオの中、
一つだけ特に燃え盛る火炎弾。
それが内門前に着弾した。

「こいつぁ面白そうじゃねぇかぁ!?あぁ!?なぁアッちゃーーーん!?」

地面に着弾した時、
大きく炎が広がった。
それだけで、生身の人間は塵に、または灰になってしまった。

炎神(エンジン)
オーバーヒートした炎の悪魔が光臨する。

「誰にも無理?でぇーも俺の炎ならどんなもんでも溶かしてやんぜぇぃ!」

「ダニー!いいところに!お願いします!」

「なぁぁーーーーーーーーーに言ってんのアッちゃん!駄目駄目ー!」

炎の中で、
ダニエルは指をチッチッと振る。

「今の俺は自由なわけ!俺の楽しみが最優先なわけ!
 アッちゃんの言う事だろうと聞く耳もたねぇ!仏の耳にも念仏よ!」

間違った事を叫びながらも、
炎が火柱となって天に向かって放射された。

「た・だ♪アッちゃんの必死の願いを聞き届けようってのも、俺の自由♪
 燃やし尽くしたいほど愛してんぜぇーーーぃ!アッちゃぁーーーーん!!!」

そして広がる炎。
ダニエルの感情と連動するように、
無作為に炎が広がった。
むしろ爆発といってもいいレベルだ。
辺り一面をオレンジに包み込む。

「灰で廃でHIGHですはい!!ヒャァァーーーハッハッハ!!」

周りの反乱軍さえも燃やし尽くす。
いや、
溶かしつくす。
塵一つ残さぬようにと。

重装騎士さえも溶ける。
鋼鉄さえも、ドロン・・・とマグマのように。

「ヒャハハハハハハハハハッハ!!!・・・・ハ?」

その炎の中に、
何の躊躇い一つ無く、

ミラは足を踏み入れた。

「・・・・・・いい度胸だぁ!興奮して熱があがってきちまうぜええええええ?!」

しがみ付いて止めようとしていた者達も、
さすがにミラから離れる。
生身で堪えられる温度ではない。
というよりそのまま廃になるだけの無駄死にだから。

「退ケ・・・・」

だがミラは進む。

遠回りしようとかそんな思考回路は一切ない。

「ワタシハ・・・内門・・・守ル・・・・ソレダケ・・・・ソレダケダ・・・・」

「このっ・・チョッコレイトにしてやんぜぇぇぇえええ!!!」

炎の勢いが増す。
視界さえないだろう。
全て炎に焼き尽くされているだろう。
しかし、
ミラの歩は揺ぎ無く、間違いなくただ真っ直ぐ内門へ向かっていた。

「たとえ火の中火の中ってかぁ!?面白ぇじゃねぇかああーーーい!!!」

鋼鉄が、溶け始めた。
鋼鉄を詰め合わせて出来たようなメカニカルナイトも、
炎の熱に負けている。

表面からドロリ・・・ドロリと重たい雫となって鉄が落ちる。

鉄の雫は、地面に落ちても重々しかった。

「守ル・・・」

それでもミラは進んだ。
思い足音を途絶えさせない。

通常の人間なら、まず酸欠。
じゃなくとも蒸されて死んでいるだろう。
それ以前にもちろんこの熱量なら燃え去るわけだが。

死骸であるミラは、酸欠にもならないし蒸されたりもしない。
その超重装備だけがライフと考えても差し支えは無い。

鉄を溶かしながらも、
巨象のようにミラは進んだ。
防衛のため。
ただ防衛のために。

「ヒャハハ・・・やるねぇ。世界で一番極上なサウナの中で我慢大会ってのによぉ!
 マゾかマゾかマゾのどれかだなぁあんた!そーいうの大好きだぜ俺はよぉ!!」

さらに灼熱が増す。
もうその熱量は・・・・

はたから見れば太陽のようにさえ見える。

太陽の中を、
重装なる騎士は、ただ歩を進めた。

「燃えろぉ!燃えて燃えて燃えたのちにぃ!燃えればいいっ!ヒャッハーーー!!!」

だらん・・と、
さらにもう一滴、溶けた鉄の塊が地面に落ちた。
ミラの外見は、
すでに鎧と呼ぶにはあまりにも異型となっていた。
溶け出した鉄の塊を身に纏う・・・・巨象。
いや、
巨像。

「ダニーー!!!」

アレックスの声が響き渡る。

「声援ありがとー!アッちゃぁーーん!大丈夫!」

「違います!味方に影響が出ています!これ以上はやめてください!」

熱量があまりにも膨大すぎた。
離れている者さえ熱にやられる。

「味方が近づけません!それ以上に!周りの戦況が熱のせいで劣勢です!
 生身の人間は行動出来ませんけど!死骸は自由に動けるせいです!
 このままだとミラさんを倒す前にここら一帯を敵に明け渡してしまいます!」

「いーーーじゃん!それくらい!燃えていこうぜ!男は根性だぜ!
 俺は燃えたら燃やし尽くすまで我慢なんねーって知ってるっしょー!」

「ダニー!僕もこれ以上退けません。が、情けない事に立っているのもやっとです」

「・・・・・・・・・・・・・チッ」

ダニエルのストッパーは、やはりアレックスだ。
このままでは内門前を、
また帝国に陣形整備されてしまうところだった。
また内門の攻略をやり直さなければならないところだった。

メテオがある今でなければ、攻略など出来ないのに。

諸刃といわざるをえない。
ダニエルの炎は超絶な切り札でありながら、
相手に有利に働いてしまう。

「だぁこのやろ!アッちゃんに救われたな!」

炎が止む。

巨大な炎が蝋燭のようにフッ・・・と消える様が、
逆にダニエルの炎使いとしての力量を表していた。

延焼は続いているが、
晴れる視界。

「ミラの野郎、少し小さくなったように見えるな」
「見えるんじゃなくて小さくなってるんだよ。表面が溶けてね。
 それでも十二分に他の人より大きいけどねぇ」
「でも今なら・・・・」

少し薄くなったあの状態なら・・・
そう思いながらも、
視線は内門の方に引き込まれる。

当然だ。

「美しい・・・・」

エクスポの言葉にも納得だ。
感動すら覚える。
何せ・・・・・

内門が大きく傾いた。
いや、
むしろ"倒れ出した"

明らかに支えをなくし、宙へ投げ出された状態だ。
巨大さ故にその動作もゆっくりだが、
左右の扉が同時に、

崩落の動作を始める。

「倒れる!」
「きたぁ!!」
「内門が倒れるぞ!!!」

周りからも歓声があがる。
念願。
念願だ。
心が躍らない者などいない。

だが、その中でもただ無心。

それは・・・・ミラ。

「おじいちゃん!!!!」

アレックスだけは一瞬さえも油断しなかった。
ミラの危険性を分かっている。
ミラは進んでいる。
ここまでの行進時のダメージに加え、
ダニエルの炎は大きく防御力を低下させただろう。
それでもミラ。
鉄壁のミラだ。

「エールさん!おじいちゃん・・・クシャールに連絡は届かないですか!?
 声は届いてないっ!だけどずっと出来るだけ深いところで攻撃を行っていたはずです!
 ダニーの炎でやられるほど柔じゃないとは思ってるんですが・・・」

ここまで反乱軍の全てを突破してきたといっていいミラ。
しかし、
まだクシャールがいる。

メテオのお陰で重装騎士達の陣形は穴あきだ。
いくら鉄壁でもチーズのように隙間だらけだ。
単身、
かなり奥まで潜り込んでいるはず。

ここまでの戦闘に一切関ってこなかった事から考えてもだ。

ならば、
逆に最後の砦がクシャールだ。
ミラ。
鉄壁のミラを食い止める最後の砦。

反乱軍の最大火力といっても過言ではない、
その巨斧"竜斬り包丁"

「それが・・・・」

アヒルのような口をして、エールが躊躇している。

「なんですか!?」
「そ、そのっ!遠方から監視していた情報屋によると・・・・・」

唇を何度か空振りさせて、
やっと報告を遂げる。

「・・・・既に、"単身内門を突破した"と」

「は?」

それには・・・アレックスはすぐに思考が追いつかなかった。
単身・・・突破?
それは・・・・・

既に城内に入っているという事か?

「内門が初めて傾いた時の隙間・・左右にわずかに押し開かれました。
 それはこちらから見れば些細で、ですけどっ、人一人が通過する分には・・・」

アレックスは槍を地面に怒りの如く突き刺した。

「なんて勝手な人だっ!」

これが何にも縛られたくない故、名を捨てた人間の行動か。
他人という枷を、他人からの強要を一切拒む。

・・・・いや、
それが八つ当たりだという事は分かっている。
ダニエルと同じように、
ガブリエルと同じように、

いやそれ以上に、
クシャールは自分自身の理由で参加したと言っていた。
それにも同意した。

彼一人だけは最初から"戦争に参加さえしていない"
そんな男の行動をどう責めるというのだ。

「アレックス君!大丈夫だ!ほら!内門が倒れきる!」
「ミラは鉄壁だが!全員で雪崩れ込んで全員を止めきるなんて不可能だ!
 デカいったってあくまで人間一人!ダムにはなれねぇってんだ!」

そしてそのミラが、

内門へと到着した。

「・・・・・・・・・・・・・ッ・・・・・」

唖然とした。

「ワタシッ・・・ハッ・・・・・・・・」

呆然とした。

「内門ヲ・・・守ルッ・・・・・ソレダケッ・・・・・ダッ!!!!」

皆が愕然とした。

あの男は、一人。
たった一人でどれだけの力を秘めているというのだ。
それだけの信念と執念を持っているというのだ。

ミラは、
両手で、

倒れようとする二つの扉を・・・・・・・・・・止めた。

「ば・・・・・・っかばかしい!ふざけんな!!!どういう理屈だ!!!」

内門の崩落が・・・止まった。
支えている。
ミラという男が、
一人で・・・・巨大な巨大な両扉を。

「何十トン!?そんなレベルじゃねぇぞ!人間技じゃぁねぇ!」

劣化版とはいえ、ギルヴァングは一人で外門を破壊するパワーがあった。
しかし、ミラは、一人で内門を守るパワーがある。

「何やってんだい!!押し倒しちまいな!!!!」

東から声。
ツバメだ。
戦況からして応援に駆けつけたのだろう。

「あんたら!突っ込みな!恐れる事はないよ!!両手塞がってる相手だ!
 しかも限界超えた腕力使ってるだけの化け物だ!
 雪崩れ込んで押し倒しちまいな!今やらなきゃいつやるんだいっ!!!」

ツバメの声に相応し、
反乱軍が威勢のいい声と共に一気に雪崩れ込んだ。
この士気のコントロール。
いや、カリスマか。
反乱軍ではやはり、率いるという点においてツバメ以上はいない。

「カッ、ツバメのいうとおりだな。仕上げといこうぜ!」
「まだ重装騎士が残っているのでスムーズにいきません!
 エースさん!エドガイさん!二人は重装騎士の排除を出来る限り!」
「ボクとガブちゃんは上から行こう!空中路には女神もいるけど、重装騎士ほどじゃない」
「ボヤボヤしてると置いてくよっ!!」

フッ・・・とツバメの姿が消える。
気付けば、
ガギンッという音と共に、
内門の目の前で木刀を振り下ろしていた。
ミラに。

「・・・・・・・・・効いてる感じがしないねぇ・・・」

殺化ラウンドバック。
ラウンドバックというからには、
ツバメはもう城内に入っているわけでもあるが、
単身突っ込むほど馬鹿ではない。

「背後から思いっきりぶった叩いてやったのにっ!
 この鎧は何食ったらこんなに丈夫になるんだいっ!」

「めろんぱん・・・・」

「はぁ!?」

ギリギリと、内門の鋼鉄の支えとなっているミラは、
奥の奥から篭って出される声で、そう言った。
ツバメの木刀をモロともしないまま。

「ちょこころね・・・・モ・・・好キダ・・・・」

「・・・・何言ってんだいこいつ・・・・」

「食ベレナイ・・・・」

「は?」

「美味シイ物ヲ食ベルニハ・・・・国ガ必要ダ・・・・・
 貧シカッタ・・・・痩セコケタ食物シカ・・・食ベタ事ナカッタ・・・・」

芯の入った巨体。
超々重量の扉を両手で支えながらも、
ビクともしない、冷たい鉄の塊。
それに反し、
震えるような声。

「ソンナ・・・ワタシヲ・・保護シテクレタノハ・・・・王国騎士団ダ・・・・
 国ハ必要ダ・・・・貧富ノ差ハマダアルガ・・・・・頑張レバ・・・御飯ガ食ベレル・・・
 キット・・・・・・・・・・イツカ・・・・皆ガ美味シイモノヲ食ベラレル日ガ・・・・」

押し込めない。
木刀が一切微動だにしない。
揺ぎ無い一本の木のように、
何一つ物怖じしない。

「ワタシハ・・・・不器用ダ・・・・体ヲ張ルシカ出来キナイ・・・・・デモ・・・・ダカラ・・・・・・・・・」

熱で変形した鎧は、
ギリギリと歪な音を奏でながら、首を回した。

「ワタシハ・・・守ルダケダ・・・・・ソレダケ・・・・ソレダケダ・・・・・」

分厚い鎧の中の中の目。
暗闇の中の目。
それが強く輝いた気がした。

「!?」

それは、殺気なんかじゃない。
強い意志。
執念。

だがツバメにそれが貫いて、

「くっ・・・」









「ツバメさんっ!!」

ツバメは殺化ラウンドバックで戻ってきた。
戻ってくるなり、唇を噛んでいた。

「倒せる気がしない。こんな事はうちが言っちゃぁいけないんだろうけど」
「へ?」
「筋が通り過ぎてるよ」

悔しさの中に、相手への敬意が見て取れた。

「あれはうちには無理だね・・・悔しいけど、芯の太さで負けた気がした。
 アレを自らの手で倒すと、《昇竜会》の強さを否定する事になっちまうよ」

お呼びじゃないねぇ。
と、ツバメは苦笑いした。

「カッ!!」

ドジャーも当然走り出していた。
アレックスも当然それを追いかける。

「ドジャーさん!」
「なんだ!?置いてくぞ!」
「僕はダニーを説得します!無差別な放火しかする気がないみたいですけど!
 どうにか一点集中な魔法を行ってくれないかって!」
「あぁ!俺は先陣で突っ込んでっ!!」

ドジャーの両手には、オーラダガー。

「こいつをぶち込む!」

蒼い炎。
死骸を焼き尽くす炎。

「チャンスは1回はあるはずだ!こいつを!"眼"に突っ込む!」

ミラの鉄壁。
その唯一の穴。

眼。

開いてなきゃ見えないのだ。
深い深い闇のように分厚い鎧の隙間。
唯一の弱点。

「文字通り!門を開ける鍵をねじ込む!」

ドジャーは軽快にカッ飛ぶ。
反乱軍の流れは全て内門に向かっていた。
既にメテオの被弾を恐れる者は皆無。

「っと!てめっ!!」
「うっせぇノロマ!」

走るエースの棺桶を踏み台にした。
さらにドジャーは重装騎士達を踏み台にして、
一人最速で内門へ。

「ドジャー!」

飛行する天使。
二人。
ドジャーに並走するように飛行する。

「なんだ!」
「城門修理工の整備が整っちゃったみたいだね!」
「ぁあ!?」
「帝国の奴ら!あの傾いたままの状態で内門を固定する気だ!
 "ココ"さえ越えればどうにでもなると、応急処置の付け焼刃ってやつさ!」
「冗談じゃねぇ!」
「ボクとガブちゃんで隙作る!」
「ダリィ・・・・」

そう言って先を行こうとした二人の天使。
その飛行を・・・・・


「どぉおおおおおけぇええええ!どけコラァァアアアアアアアアア!!!!!」


バトルジャンキーが追い抜いていった。


「!?・・・メッツ?!」

あれは、
あれはメッツだ。

「コラ!ロッキー!もっと速度出ねぇのか!?」
「最大でぶっ飛ばしてるよっ!!」

カプハンジェットでカッ飛ぶロッキー。
それにぶら下るように掴まったメッツ。
何よりも速い速度で内門へカッ飛ぶ。

「やられっぱなしでいられるかよぉおおおおお!!!!」

実のところメッツ、
ミラがここに達するまでの数度とミラに仕掛けていた。
ミラがここに来るまでに負ったダメージは、
メッツの戦績によるものが多い。

しかし、
彼の強靭な防御力。
そして執念の前に、ついに止める事は出来てなかった。

「わわっっと!!」

危うく、ロッキーにメテオが被弾しそうになった。
空中で体勢が崩れる。

「上出来だ!!ここまででイイっ!!!」

空中でメッツはロッキーから手を離す。
だが勢いはそのままに、
流れ星のような勢いで降下する。

「メッツ!頼むよっ!」
「ガハハ!!俺を誰だと思ってやがるっ!!!!」

砲弾のような勢いで降下しながら、
メッツはその両手斧を両手で握った。

「《MD》最強は!このメッツ様だぞコラァァァアア!!!!」

その勢いは、そのまま、

「ぶっ飛べコラァァアアアアアアアアア!!!!」

ミラへと着弾した。

まるでトマホーク。
超重量級の砲弾が、その斧が、ミラへと突き刺さる。
食い込む。
ぶち割る。
ぶち砕く。

鉄の破片が飛び散る。

まるで鉛のシャワーだ。
聞いた事などないが、ダイヤモンドが砕ける音はきっとこんな轟音なんだろう。

「どぉおおおおらあぁあああああああ!!!!」

間違いなく今までのミラへの攻撃の中で、
最大のダメージ。
それは、鎧に裂け目が出来るほどに斧が食い込んでいる事から分かる。

だが、
かなり鎧に食い込んだところで、
斧の勢いは止まる。

「・・・・・・・・・ソレガ・・・・ドウシタ・・・・・」

はたから見たら、バッチリ両断されているようにも見える。
甲冑に裂け目が走る。。
間違いなく、
この戦場で一番の一撃。

それさえも・・・・ミラを貫く事は叶わなかった。

「終るか馬鹿野郎がぁぁあああああああああああ!!!!」

地面が悲鳴をあげた。
軋む。
斧をさらにねじ込む。
押し込む。
メッツが力の限りをそこに叩き込む。

「終ル・・・ワケニハッ・・・イカナイノハッ・・・・・ワタシノ方ダッ!!!」

メギメギッと、鎧が泣き叫ぶ。
ミラは両手を離さない。
なおも、
内門を両手で支えたまま。
倒れない。

「ぐぅるぁああああああああああ!!!!」

地面にひびが入る。
それほど踏ん張る両足に力を込める。
破片が跳ねるほどに。

しかし、
あがり続けるメッツのパワーに反して、

「うぉおおおおおおおお!!!」

ミラの鎧を砕き、食い込んだその斧が、

力に耐えられなくなって・・・・へしゃげ始めた。
曲がる。
ミラの耐久力が勝った。
斧が曲がっていくだけだ。
いびつにへしゃげていくだけだ。

「俺の武器のクセにっ!!!」

その斧から、メッツは手を離した。
斧はミラにぶち込まれたままだ。

メッツは、豪腕をふりかぶっていた。

「だらしねぇぞコラァァアアアアアアアア!!!!!」

豪腕。
パンチ。
それを、

斧にぶち込んだ。

「ウ・・・・グゥウウウ!!!」

斧が、メッツの一撃で裂け目となった鎧の隙間に、
ぶち込まれた。
ぶちこまれて、
へしゃげて、

そして・・・・・くだけた。

超重量の斧は、
至高の斧は、
粉々に砕け散った。

「ワタシノ・・・・・勝チダ・・・・・」

それでも、ミラは立っていた。

「ワタシハ・・・マダ立ッテイル・・・・」

馬鹿みたいな裂け目が、
鎧の首部分から腹部にかけて、大きく走っている。
まるでクレパスだ。
奥が闇に見えるほどに、
深い。
だが底無しの裂け目。

「ワタシハ・・・・・」

五天王。

"魔弾"ポルティーボは無駄が嫌い

"泣虫"クライは嘘をつかない

"処女"オレンティーナは否定する


「マダ守レル・・・・マダッ!守レルッ!!!」


"鉄壁"ミラは失わない


「退ケッ!!ワタシハッ!守リ通シテ見セルッ!!!!」

両手は、内門を支えたままだ。
支えたまま。
重装鎧の頭部が、少しだけ引いた。

「このっ・・・」

「退ケッ!!!!」

それは・・・頭突きだった。
両腕で支え、
両足で踏ん張っているミラに唯一許される攻撃。
頭突き。

それが、メッツに突き刺さる。

「ごっ・・・・」

それは、
衝撃の広がりは目に見えるほどだった。
その一点に地震でも起こったかのような衝撃だった。

その頭突き一発に込められたパワー。
2ケタのマグニチュード程の集約。
それがメッツに突き刺さり、

メッツはぶっ飛ばされた。


「十分やったさっ!君はっ!!」


空中を物凄い勢いで吹っ飛ばされるメッツと入れ替わりに、
エクスポが内門へと飛行する。

「美しいまでの成果だよっ!」

高度を下げる。
地面スレスレまで一度降下し、

「積み重ねた先にっ!華は咲くものだからねっ!!!」

内門ギリギリで一気に空へと飛び上がった。

連動するように、
エクスポが飛行した軌跡、それをなぞる様に、地面が爆発していく。
戦闘機による空爆のように。
エクスポの通った真下が爆発していき、

最後の巨大な一撃がミラに直撃した。

爆撃。

ミラを中心に、巨大な爆発が広がる。
周りのゴミを一層するかのような風圧が立ち込める。

「フゥ・・・・・フゥウゥ・・・!」

その爆撃の跡地からは、
やはり、
ミラが依然として、立ちはだかっていた。

体勢が少し低くなっている。
ダメージによるものなのか。

だがそれでも両扉を支えたまま、
天を支えるヘラクレスのように威風堂々と・・・・

「ガッ?!」

どこからか飛んできた"ソレ"は、
メッツがミラに残したその縦の亀裂に突き刺さった。
ミラの前部に大きく傷跡となって残るその亀裂に、

槍が突き刺さった。

「ナンダ・・・・コレハッ・・・・」

ダメージがあるようではない。
だが、
その槍を投げた張本人。

エース。

戦場の人ごみ、
エースの居るその遠い立ち居地でも、
ミラに見えるように、
エースは天に向かって中指を立てていた。

いや、
それは挑発の意味の中指ではない。
いやいや、その意味も十二分に含まれているが、
その指の先。
天。

「やれやれ」

空中に浮遊するネオ=ガブリエル。

「神づかいの荒い事・・・・だねぇ」

ハッ・・・と、
ミラは表情など一切ない兜の奥を歪ませる。
自分に突き刺さった、
槍。

「ヒライ・・・・シン・・・・・」

「避雷針。うぅん。"その状況で避雷針"と呼ぶべきかは知らないが」

ガブリエルは、
雷を落とした。

「いいか。面倒クセェ・・・・」

クロスライトニングボルト。

5本の野太い落雷(サンダー)。
それが、
空中をギザギザに降下し、
メテオの隙間を縫い、
はたまたメテオさえ破壊しながら最速で降下した。

その間は、時間にして0.5秒。

雷同士は途中で混ざり、
混ざり合い、
5本が4本に、
そして3・・・2本に混ざり、

最後に1本に集約された時、

ミラを貫いた。

「ウヲォオオオオオオオォオオオオオ!!!!」

雷のエネルギーの全てが、
ミラという一つの鉄の塊へ叩き込まれる。

ショートしたなんてレベルでなく、
雷の爆発が起きたように。
ただし、美しき天罰は瞬時に通り過ぎるほどにキレが良く。

やはり全てのエネルギーが、
一瞬で彼を貫いたと表現するのが最上かもしれない。

「ヲ・・・・ヲォ・・・・・グッ・・・・・」

依然変わりなく、
やはりミラはそこに立ち尽くしていたが、

プスプス・・・と焦げた臭いが充満し、
ミラ自身から白と黒の煙が立ち込めている。

それでもビリッビリッと残留電を放ちながら、
そこで扉を守る守護獣は、

絵にもなるほど誇らしい姿であった。


「終わりだっ!!!!!!」


それでも立っていたミラの、その眼前。
眼前。
銀髪の男が視界に飛び込んできた。
疾風かと思う勢いだった。

アクセサリーの音をチリンと鳴らしたと思うと、
ミラの眼前は、
ドジャーでなく、
ドジャーの手のオーラダガーの炎に覆い尽くされていた。

「御馳走をくれてやるっ!!!!!」

ドジャーはオーラダガーを、

ミラの眼部に捻じ込んだ。

見るため、
見るために、
鉄壁の鎧の中で唯一空間となっているその箇所。
そこに、

「ォオオオオヲオヲオオオオオオ!!!!!!」

ドジャーのオーラダガーが突き刺された。
対死骸騎士。
その最終兵器。
一撃で昇天に導く、アンデッドスレイヤー。

「ワタシハァァァッ!!!」

「・・・・・ッ・・・・」

「守ルッ!!守ルッ!守ルノダッ!!!!!」

「ざけんなっ・・・・」

不幸は、
ドジャーの方に起こった。

いや、
反乱軍側に起こった。

ドジャーのダガーは、
ミラの眼部に突き刺されてはいない。

不幸中の幸いという言葉があるなら、
その逆だ。

こちら側のチャンスの引き金となったダニエルの炎は、

ミラの兜を歪に溶かしていた

鍾乳洞の入り口のように、
その眼部の穴は溶けただれ、
刃を通す形状になっていなかった。

間違いなく開いていた眼部の空洞は、
溶けた鉄によって、歪に塞がれていた。

「ちくしょう!!!ちくしょう!!!!」

ドジャーは悔しさのみを全身に血のように滾らせながら、
叫びながら、
その位置から離れた。

「あと一歩だったっつーのに!今のでっ!決まりだったっつーのに!」


そして、

天は見放した。




希望の雨(メテオ)が途切れた。






































「・・・・・雨」

全身に水が滴る。
滴るなんて言葉は生易しいか。
ズブ濡れだ。
まるで水中にいるかと思うくらいに。

「ごぼっ・・・・うぉっ!がはっ!!!」

苦しさのあまり、メッツは顔をあげた。
同時に、
無音だった世界が、
一気に戦場の五月蝿さに戻る。

「げほっ!・・・かっ・・・・・・噴水か」

メッツは自分が陥っている状況に気付いた。
ここは噴水だ。
内門前。
そこからそうも離れていない場所。
その噴水の水溜りに半身が沈んでいる。

そしてこの庭園のモニュメントでもあるこの噴水は、
戦の影響下、
または、メッツがぶつかった影響か、
噴水口が砕け、
荒々しく水を噴出していた。

それをドレッドヘアーの上に浴びながら、
水につかったまま、
メッツは内門の方を見直した。

「メテオがやんでやがる」

空は快晴だ。
状況に反して。
希望の雨は止まってしまった。

「チッ・・・・」

体が痛む。

「情けねぇ・・・・」

二度。
二度だ。
二度もミラにぶっ飛ばされた。

「パワーキャラっつーのが俺の取り得だろうよ」

自分の腕を見る。
そして引き締まった指。
力は入る。
が、震える。

「俺ぁどれだけ強くなった。強くなるためにどれだけの事をした。
 何を成したってんだ。ドジャー達を裏切ってまで強さを求めたっていうのに」

ロウマ=ハートに惹かれ、
ただ、
純粋に強さというものだけを追い求めたというのに。

「イスカに何を託し、何を託されて今ココにいやがる!」

メッツは、
怒りのままに拳を噴水の中に打ち付けた。
クジラが跳んだように、
水しぶきが巻き上がる。

「世の中は過程じゃねぇ!!ケンカは!勝ってなんぼだっつーのによぉ!!」

強さ。
力。
今の自分のソレは今どれくらいだ。

ロウマ=ハートより下か。
ギルヴァング=ギャラクティカより下か。
それどころか、
ミラよりも下か。

強さ。
力。
パワー。

"抉じ開ける強さ"は、自分には備わっていないってのいうのか。

「・・・・考えたって仕方ねぇ・・・モタモタしてるヒマなんかねぇはずだ」

だが、体は動かない。
いう事を聞かない。
それは、ダメージで・・・・・・・・・というわけではない。
違う。

向かっても勝てるのか?
その疑問が、メッツの体を固くした。

「斧は?・・・あぁ、ミラにぶち込んだんだったな。
 ありゃぁもう使えねぇ。エースの馬鹿が怒るだろうよ」

頭はいい訳を形成した。
武器を持っていないことが、動かない理由だと。
片方の斧は今さっき壊れ、
もう一本の斧は、スシアと戦った時に転送(ぶっとば)された。
それは、
いい訳。

「チクショウ・・・・」

降らないメテオ。
内門はまだ、傾いたままその場にあった。
ミラは健在だ。
そして恐らく、それはつまり、決め手も失ったという事だろう。

「俺は、俺は!!!」

何が出来る。

「・・・・・俺は・・・・」

怒りは、メッツの力だ。
ただし、それは今、自身に向けられている。
向けられている。

自責。

それは、

「・・・・・・・俺?俺がなんだってんだ」

別に悪い事ではない。

「俺がどうこうする事が重要なのか?この戦争の目的はなんだ?
 俺の趣味か?違ぇ。ならもっと楽しいことしてる」

内門は不動。

「重要なのは俺が勝つことか?・・・違ぇだろ。"俺ら"が勝つことだ」

簡単な答えに辿り着く。
馬鹿馬鹿しい。
そんな答えに辿り着いたところで、何が変わるってわけでもない。
状況は変化しない。
強くなるわけでもない。

「モタモタしてるヒマなんてねぇはずだ!」

しかし、
前に進むという結論。

それ以上の答えはない。

そして、人が前を向いた時、
いや、
"前を向いたからこそ、前方が見える"
当たり前だ。
当然すぎる。
ありきたりな答え。
だが、
否定しようがないほどに当たり前な事実だ。

「・・・・・あ」

だからこそ、
前を向いた時だけ、前に進む道が目に入る。

「こいつぁ・・・・」

噴水。
そこに身を沈めたまま、
傍らのソレに気付く。

噴水に深く突き刺さっているソレ。


"スシアに蜃気楼の地図で転送された、もう一本の斧"


「・・・・なんてぇお誂え向きなんだろうなぁ」

メッツは重い腰をあげる。
そして、
その豪腕で、その両手斧を強く握り締める。

「扉を開ける下準備は十分に出来てんじゃねぇか」

握るなり、
メッツは噴水から出るわけでもなく、
下半身を噴水の水溜りに沈めたまま、
ズブ濡れのドレッドヘアーのまま、

斧を振り上げた。
いや、

「押して駄目なら・・・・・・」


振りかぶった。


「押し倒せっ!!だ!コラァアアアアアアアアアア!!!!!」





























「アレックスぶたいちょ!メテオが!」
「見れば分かるでしょう!そんなの!」

アレックスは、副部隊長のエールが嫌いだ。
何故かは分からない。
ただ、
アレックスの事を理解し過ぎていて、
アレックスの事を心配し過ぎていて、
アレックスの事を信頼し過ぎている。

自分は神でもなんでもない。
英雄の面はかぶると決意したが、
その下はなんでもないただの人間なんだ。

「ロッキーさん!」
「何!?アレックス!」
「今の最大火力はあなたです!だから!」
「やってるよ!」

作り笑顔だと分かるそのロッキーの表情。
必死だ。
ロッキーの攻撃は、ミラを追撃している。
バーストウェーブ。
しかし、
それでもミラは落ちない。
依然、
俄然、
扉を支え続けて、鉄壁として君臨している。

"鉄壁"ミラは、失わない。

内門を。

「アレックス!これは復讐で!弔いなんだ!!」

バーストウェーブ。
ハンマーでなく、魔法として放つ。
外見だけじゃなく、実力としても、心としても成長したロッキー。
『ロコ・スタンプ』ロッキー。

「家族の!カプリコの砦を壊された時の復讐!でも!
 それ以上にパパ達が成そうとした事への弔い!
 受け継いで!成し遂げなくちゃいけないんだ!」

気持ちは痛いほど伝わる。
ロッキーが特別なんじゃない。
周りで戦っている反乱軍の者達。
その一人一人にだって、等身大のその気持ちがある。

「どうにかっ!どうにかしてやるんだっ!!」
「分かってます・・・分かってますっ!!」

アレックスは思考を張り巡らす。
どうする。
何が出来る。
自分に出来るのは考える事くらいだ。

今の劣化したミラの鎧なら、オーラランスは貫通するか?
無理だ。
なら誰に出来る。実力ならエドガイか?
無理だ。
ミラを突破するには純粋な威力。火力。ならロッキー、エクスポ。
無理だ。
先に内門を補強しようとしている補修兵を・・・なら門の裏側に攻撃出来る者?ツバメ・・・
無理だ。
いや、それならば内側にいるジャイヤかユベン、ミヤヴィ・・・
無理だ。
間に合わないと考えるなら、時間はかかるがフレアのメテオがもう一度装填し直すのを待つ・・・
無理だ。

「・・・・・・・」

無理だ。
それだけは口にしなかった。

諦めない。
諦める事だけはできない。
それだけは駄目だ。
道を閉ざすということだ。それは。

諦めない。
それだけが、数少ない何かを導き出す・・・道のはずなのだか・・・・・

「!?」

アレックスの真横を、物凄い風圧が過ぎ去った。
髪が前になびくほど。
それはすぐに視界に入った。

斧。

超回転する、超重量の斧だ。
持ち主が誰かなんて考えるまでもない。
そして、
その斧の威力だって、考えるまでもない。

導き。

「どいてっ!!どいてくださいっ!道を!道を開けてください!!!」

斧は進む。
鈍い鈍い、重点音を奏でながら、まだ突き進む。

それは何かに導かれているようだった。

これだけの密集地帯。
内門前。

まだまだ重装騎士は残っている。
死骸騎士。
さらには52。
それどころか、それらを越えるほどの味方の数。
メテオで歪になった地形。
戦いの残骸。
飛び交う魔法。

それら、それら全ての隙間を縫うように、斧は回転し、突き進んだ。

「守ル・・・・」

揺るがない、その守護神のもとへ、真っ直ぐ。

「守リ抜ク・・・・」

世界が滅んでも、内門だけは残るだろう。
鉄壁のミラがいる限り。
そう呼ばれもする最堅の存在。ミラ。

その理由は、何よりも揺るがない意志。

その意志に、

「守リ抜クっ!!!コノ身ガ滅ビ行コウトモッ!!!!」

回転し、
メッツのもとより投げ放たれた斧は・・・・

突き刺さった。

「ウヲォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

第一波。
メッツに叩き付けられた斧。
その上に、さらに叩き付ける形で、
第二波、
放たれた斧が直撃した。

溝にもなっている、その強靭な鎧のクレーター。
そこに、
両手斧二本分の質量と重量が突き刺さる。
両手斧二本分、深くねじ込まれる。

「ウヲォオオオオオオオ!!!」

勢いは止まらない。
そのまま、
歯車のように斧は回転し、鎧のクレーターに刃が押し込まれる。

そして、
その回転も止まる。

「・・・・・・・・・・ヲォオ・・・・・」

近場の者達は動かなかった。
その光景。
まるで機械仕掛けのロボットのような巨体。
鉄に塗れた重装騎士ミラ。

そこに、超重量の両手斧が二本、ぶち刺さっている。

十二単(じゅうにひとえ)と呼ばれるほどに重圧な鎧。
鉄壁の鎧。

しかし、
その光景は・・・・・どう見ても、

体の中心部まで斧は達していた。

「・・・・・・・・・・・」

ミラは動かない。
ピクリとも。

ガランッ・・・・・と、大きな音が響いた。
ミラの鎧に突き刺さっていた、二本のメッツの両手斧。
それが、地に落ちた。
既に、その双方が原型を成していなかった。

クリモラクシャの両翼。

その呼ばれる、エースのコレクションでも最大価値の斧。
エースがそれをもってして、
それでも耐え切れないのが、ミラの耐久力によるもの。

だが、傷跡は誰が見ても瞭然だった。

巨体。
ミラの鎧の塊。
そこに刻まれた大きなクレーター。
深い、深いクレーター。
まるで深海のように闇が広がっている。
どれだけの分厚さを誇っていたのか。

それほどに深い傷跡。それが・・・・ミラの鎧にたたきつけられている。
斧の質量からして、
明らかに、
体の中心部まで達しているだろう、そのダメージ。

鎧自体も、そのクレーターを中心に、カラ・・・カラッ・・・と崩れる。


ただ、

鉄壁のミラは、そんな状態のまま・・・・・・・内門を支え続けて・・・・・・・

「ヲオォオオオオオオオオオオオ!!!!!」

雄叫びをあげた。

「あれで!まだ動くって・・・・」

いや、
動くのではない。

"動かない"

それでも動かないのがミラ。
鉄壁のミラ。
明らかに、死骸としても堪えうるダメージは越えているはずだ。
それでも確固として立ち続け、
扉を支える。

それが成すのは・・・・・・・   魂の意志の強さ。


「守リ通スッ!!コノ身ガ滅ビヨウトモッ!ワタシハッ!"世界"ヲ守リ通ス!!!」

馬鹿デカい傷跡を体に刻んだまま、
ミラはなお、君臨する。

「アレックス!」

ドジャーがアレックスの元に駆けつける。

「修理工の様子がおかしい!内門じゃなく!"ミラ"へと集まっている」

内門の修理工。
デタラメな形状でも、とにかく固定しようとしていた彼ら。
しかし、
今、明らかに目標をミラという存在に変えている。

「ヤバいですっ!」
「ミラを修復するつもりだってのか!」
「いいえ!!」

あれは・・・・

「ミラさんが内門になるつもりです!」

彼こそが、内門だ。

「あのまま!扉に自身の体を固定しようとしています!人でなく、"内門の支え"となる気です!」

何を考えているんだ・・・・・なんて事は誰も思わなかった。
彼、
ミラという人物であれば、
内門として、永久に君臨し続ける事も可能だと、
内門を支えたまま、立ち続ける事さえも可能だと、
誰もが分かったから。

「どれくらいだ!?」
「すぐです!そんなの!内門を修復するんじゃないっ!
 人一人分を固定するだけの作業を大人数でやろうってんですからっ!」
「傷口にぶち込むんだよっ!!!」

ツバメが叫んだ。

「あれはどう見ても既に"鎧を通している"よ!!
 あそこになら、直接本体にダメージを与えられるはずだよ!」
「!?・・・アレックスぶたいちょ!」
「どいてくださいっ!!!」

アレックスは走った。
我武者羅に。
オーラランス。

死骸騎士に直接叩き込むなら、この、英雄の槍以上の鍵はない。

「どけっ!!どけっ!!!!」

それを追い越すのはドジャー。
それは彼も同じ。
オーラダガー。
速さでいえばアレックスより上なドジャーは、
誰よりも駆けた。

「今度こそ御馳走をっ!!」

駆けるよりも、
そう思った。
そう思ったからこそ、ドジャーは"ダガーを投げようとした"。

しかし、

「くっ!?」

足も止まり、手も止まる。

その光景。
重装騎士。
重装騎士達だ。

「ニャロウっ!!」

ほぼ身動きさえとれないほどの重量を纏った彼ら、
彼らが、一丸となって道を塞いだ。
身を捧げる事しか考えていないように。
鉄の壁。
大きな壁。
自らの部隊長の信念を受け継ぐように。

「道をあけなよっ!!おたくらよぉ!!!」

エドガイがパワーセイバーを乱射した。
その威力は描写するまでもない。
しかし、
立ちはだかる重量騎士達は、犠牲になってそれを防ぐ。

一番の密集地帯までは、
飛び道具では辿り着けない。

「あそこだっ!アレックス部隊長さんよぉ!!」

エースが、重い棺桶を背負ったままアレックスに並走する。
転びそうになりながらも、一点を指差す。

「所詮付け焼刃の陣形だ!見ろ!あそこだけ!薄いっ!
 あそこだけでもどうにか突破すんだよっ!!」
「分かりました!」

エースをそのまま置き去りに、アレックスは走る。

「ボクらじゃ無理だアレックス君!」

エクスポがアレックスの頭上を飛行する。

「ボクの火力で吹き飛ばしたいところだけど!味方が多すぎる!
 巻き添えになってしまう!こんな時に奇麗事を言いたくはないんだけどっ!」
「分かってますっ!」

一点突破。
あそこ。
その一点だけでも突破すれば、ミラまでの道のりは開ける。
一点分の火力。
それだけあれば・・・・

「メッツは間に合わねぇ!クソっ!!」

範囲が小さく、それでいて火力のある、近接型の者。
それで・・・・
突破しなければいけない。

「ぼくが行くっ!!!」

カプハンのジェットでぶっ飛びながらの低空飛行。

「ぼくのハンマーじゃぁ、あのクレーターのサイズに合わないっ!
 何より!確実に倒すにはアレックスかドジャーじゃないと!!」

カプハンのジェットでぶっ飛び、突撃する。

「せぇーーーーーーいばぁーーーーーい!!!!!!」

そして、空中でカプハンを手に持ち替え、
振りかぶり、
そのまま・・・・

重装騎士にぶちこむ。

小型の一点集中の爆発。
バーストウェーブ。
それが重装騎士を貫き、破片を舞わせる。
ふっとバス。

鉄クズが吹き飛ぶ。
鎧が粉々になる。
鎧騎士が弾け飛ぶ。

「そんな・・・・」

だが、一歩足りない。
重装騎士達を、全て貫くには威力として足りなかった。
世界最大の防御部隊。
鉄壁の部隊。

彼らは内門を守るために、立ちはだかる。

「ぐぅ!!!」

重装騎士の反撃。
荒々しいだけのものだったが、
それがロッキーに直撃し、逆側にぶっ飛ばされる。

「パパ達の・・・・意志を・・・・」

吹っ飛ばされたロッキーと、
アレックスはすれ違う。
なお走る。
走るが・・・・

「攻め手がっ・・・・」

重装騎士。
ミラが目立ったせいでおざなりだったが、
彼らを打ち砕けるほどの威力をもったものは、

もう反乱軍にはいない。
ロッキーやエドガイ、エクスポにメッツ。
小範囲なら打ち砕けるものはいるのだが、

今この時、一手分足りない。
間に合わない。

「ドジャーさんっ!」
「ああ!!!」

なら、壁は壊さず、

「しっかり支えろよ!」
「そっちこそしっかり跳んでください!」

飛び越える。

ブレーキをかけるアレックス。
そして、こちらに走ってくるドジャーを確認する。
ドジャーはアレックスの用意した、手の受け軸に跳び、
アレックスはドジャーを跳ね上げた。

「届かねぇかっ!?」

そのジャンプ。
その軌道は、重装騎士達を飛び越えるには・・・・少し足りない・・・・


「そんな簡単な手があったね!!」


ジャンプしたドジャーを、
空中でエクスポがキャッチした。
手で、ドジャーの手を拾う。

「ナイスだ!」
「当たり前さ!このまま内門前まで運・・・・」

油断した。
魔法。
それが被弾した。

「くっ・・・・」

空中での魔法の被弾。
敵も必死という事だ。

エクスポは、ドジャーの手を離してしまった。

気付けば、空中に残りの女神騎士達も密集している。

「すまないドジャー!ここまでだっ!」
「十分だっ!!」

しかし、
重装騎士達の壁を・・・・飛び越える事には成功した。

「・・・・と!」

着地。
壁を越えた先。

そこにはもう・・・・・

内門とミラ。それだけといっていいほど・・・・・

「!?」

ドジャーは、自分の体が横に傾いた事に気付いた。
気付けば、
血液が噴出している。
いや、
深くはない。
肩口を切られただけだ。

だが、状況が状況とはいえ、気配のカケラも感じなかった。
52(さくら)の死骸達だ。
仮面の男達。
一瞬の油断さえも許してくれない。
騎士団最大の部隊。

「・・・・・ケンカ売ってくれんじゃねぇか!」

体勢を立て直そうと、
そして突っ切ろうとしたが、唖然とする。

近場の52が全てドジャーの方を見ている。
ドジャーを迎え撃とうとしている。

「チッ・・・クショウ!!」

ドジャーの実力では、
いや、
恐らく反乱軍の誰を持ってしても、
この数の52と単体でやりあうのは不可能だった。

「アレックスッ!!!!!」

声だけでも届くように叫んだ。





声が聞こえた。
内容は一切含まれていない、名を指しただけのドジャーの声。
だが分かる。

ドジャーが呼ぶときというのは、何かあったときだ。
助けを求めるとき、
または、任せたとでもいう時だ。

壁を越えたドジャーは、ミラに達する事がなかったということ。

「・・・・・・くっ!!」

空中は堅い。
女神騎士を含め、堅固に守りの体制に入っている。
空中からのショートカットは無理といえよう。

じゃぁどうする。この壁の。
重装騎士の壁。

打ち破る術はもう・・・・・


"無理だ"


それだけは呟いてはいけない。
詰めた。
詰めて詰めて詰めて詰めつくした。

無理に近い事柄ばかりだった。
それを重ねて重ねて重ねて重ねた結果、

後一歩のところまで積み重ねた。

ロッキーの言葉を思い出す。

意志。

意志がある。ここまで積み重ねてきた、意志。
受け継ぐ意志。

重ねに重ねた意志は、ここで集結しなければいけな・・・・・


「あー」


不思議な声が聞こえた。
幻聴かとも思った。
しかし、

その声の主。
小さな小さなのその声の主は、
アレックスの脇を凄い速度で通り過ぎ、

重装騎士の壁へと突き進んだ。

その姿は、"迷い子"とでも呼ぶべきかもしれない。
本人にとって、
この戦争の意味というものが、理解できているかもわからない。
しかし、

それでもこの場面で現れ、
希望となるその姿は、

"受け継がれた意志"と呼ぶに相応しい。

アレックスはそう思った。


「コロラドッ!!!?」


後方でロッキーの声が聞こえる。
そうだ。
そんな名だった。
伝説を受け継ぐ幼い魔物の名前は。


「あー!あーーーー!」


小さな伝説の蕾は、
自分の体積の何倍もあるヤモンクソードを振りかぶり、
自分の何倍もある軌跡を描いた。

その姿は、
間違いなく将来、
"3つの伝説の結晶"と呼ばれるだろうことが分かる、
産まれ付いて受け継いだ意志の姿だった。

コロラドの剣撃は、大きく弧を描き終わった。
と、同時に、
重装騎士達の体、鉄の破片が、バラバラに吹き飛んだ。

「あーーーーーーーーーーーー!!!」

その赤子が天に向かって叫ぶ姿は、
戦士、
いや、カプリコの騎士たる姿といって支障がなかった。


「それが、産まれ付いての英雄というやつなんでしょう」


その、開かれた道を、アレックスは突っ切った。
凄い勢いで。
人間の速度ではない。
一気に突っ切った。

「未来のそちら側の英雄はあなたでしょうコロラドさん。
 しかし、今日、この日に限って、英雄譚(おいしいところ)は・・・・」

Gキキ。
Gキキに跨り、一気に突破した。
止まる事をしらない。
全てを置き去りにする。

「背負わせていただきますっ!!!」

重装騎士達の破片が宙を舞ったままのそんな刹那を駆ける。
全てを置き去りにする。
Gキキに跨った英雄は、オーラランスを構え、
視線の先、

いや、それはもう、目の前といっていい。

「これがっ!!扉の鍵です!ミラさんっ!!!」

立ちはだかる、鉄壁のミラ。

「・・・・・・・・・アレックス・・・・・オーランドォヲォオオッ!!!!」

彼は、
一切動かない。
動いたりしない。
何があろうともだ。

この時点まできてしまえば、改めて思う。

このミラという男。
彼は、ただ内門を支えているだけだ。
両足で踏ん張り、
両手で支える。

戦いという舞台に照らし合わせてみれば、
"何もしていないに等しい"
そんな男が、反乱軍という全てを押さえつけていた。

絶対無比の事実だ。

後ろめたくもなる。
英雄という単語は・・・・自分なんかより・・・・・






























「倒れる」

ドジャーは見上げた。
付け焼刃の重装騎士の壁は、既に取っ払われた。
内門前はまた入り混じる。

といっても経過したといってもいいほどの時間は過ぎ去っていない。

ドジャーはドサクサに紛れ、
52達をかわし、内門へと駆けた。

「アレックス!!!」

ドジャーが眼にしたのは、
アレックスが槍を引き抜いたその瞬間だった。

呼応するかのように、
静かに、
ただ静かに、

ミラの体が傾き、
その巨体は仰向けに転がった。

「やったか」
「はい」

達成の瞬間の会話は、短く、それだけだった。

「ボヤボヤしてんじゃねぇ!!倒れぞ!!」

傾いていた内門が、ミラという支えを無くし、
ただ重力のままに倒れる最中だった。


内門。
それが・・・・・崩壊する瞬間が今だった。


内門は傾く。
左右の扉、双方が。

そして双方の扉が傾き、倒れる途中、
扉同士がぶつかり、割れ崩れた。

不思議なものだと思う。
あれだけ苦労させられた強固な内門が、
扉同士でぶつかって折れ曲がって崩れたのだから。

矛と盾の話ではないが、
鉄壁と鉄壁がぶつかる瞬間とは、そういうものなのかもしれない。


後方では歓声があがっていた。
歓声に歓声。
念願の念願。

今までの、士気をあげるための歓声とは違う。
喜び。
目標を打破したという喜びで、反乱軍の心の底の喜びが、
歓声として何百を越えて交じり合っていた。

「内門から離れましょう。扉の倒壊に巻き込まれます」
「そうだな」

アレックスとドジャーにとっては、
感動が後ろから付いてくるような感覚があった。
喜びで大声を出すような事もなかった。

二人を襲っているのは、
とにかく達成による安堵と疲れだった。

「・・・・・カッ」

ドジャーがやっと実感し、口を歪めて小さく笑うと、
アレックスも一度だけそんなドジャーを見て、
頷いて笑った。

「何してやがる!!!」

ドスン!という音と共にドジャーが前のめりに倒れそうになる。
どうやら、
メッツが後ろから蹴飛ばしたらしい。

「・・・・・ってぇ!・・・メッツか。お早いお戻りだな。
 カッ、だが入り口が開いてから来てたんじゃバーゲンは間に合わないんだぜ?」
「くだらねぇ事言ってる場合か!さっさと行くぞ!」
「あ?」

何を言ってるんだと思いきや、
アレックスとドジャーに側まで来ていたのはメッツだけじゃなかった。
エースとエドガイ。
彼らもこの内門真下に来ていた。

「あいあい涙目!これ以上こらえきれねぇぞ!さっさとしなおたくら!!」

エドガイは後方にパワーセイバーを打ち鳴らしている。
52達を中心に、死骸騎士に応戦しているようだ。

「よし、こんだけ食い止めればあとは俺ちゃんの部下が時間稼ぐだろ。
 さっき収集しといたんだ。間に合わないようなクソ仕事な奴はいねぇよ」
「ちょっと待ってください!何をそんな・・・・」
「決まってんじゃねぇか!!」

エースが一人先に行こうとするほどに、急かす。

「内門が崩れる前に通るんだよ!あんた終焉戦争の時に何を学ん・・・・・あぁそうか!
 そうだよな!あんたは裏切りの真っ最中で最上間に居たもんなぁ!
 見ろよこの内門の質量をよぉ!崩れた後じゃぁこれを越えるのも一苦労なんだよ!」

なるほど。
それは一理ある。

「とりあえず間に合うのはこのメンツだけかコラァ!?」
「いいだろうよ。空飛べる奴は自由に出入り出来る。窓からでも門からでもな!」

アレックスは少し間を置き、
そして頷く。

そうだ。何も終っちゃいない。
まだ続きがあるんだ。

「しゃぁねぇな!いくか!」
「遅れた奴はペシャンコだぜ?」
「そりゃぁいい!花見のときにシート代わりに使えるな」

アレックス。
ドジャー。
エドガイ。
メッツ。
エース。
5人は駆けた。

崩れ行く内門。
その隙間へと・・・飛び込む。

「チッ、やっぱこの斧は使えねぇか」

メッツが、もはや鎧だけになったミラの残骸の傍らで呟く。
ミラ。
鉄壁のミラ。

横たわる姿は、彼に余りにも似つかわしくなかった。

「さっさとしろメッツ!俺の斧の説教は後からたっぷりしてやる!
 そのツケ、冷静になったらテメェぶっ殺しちまいそうなほど怒ってるけどな!」
「あいあい!やってみやがれ!」
「だぁ狭ぇ!」
「さっさとしてください!もう頭上まで崩れてきています!!」

突き抜ける。
駆け抜ける。
倒れてくる内門の隙間を駆けに駆ける。

「出来るだけ離れろ!」
「巻き込まれるぞ!」


赤い絨毯。
このロビーにはそれが地面のようにひかれている。

既に何度も戦闘があったことが分かるほどに、
このロビーはボロボロになっていた。

後ろを振り返れば、
崩れる内門によって狭くなった風景の先に、
今まで戦っていた庭園の景色が見える。

崩れる瓦礫に、修工兵達が巻き込まれていた。

「まぁここまでこれば大丈夫だろ」
「念願の城内だな」
「"こっち側"の俺にとっちゃぁ複雑な気分だが」

ボヤくエース。
崩れ行く内門。

「後続もそう遠くない内に侵入してくるだろう」
「まぁ、外に敵が居なくなったわけじゃねぇ。内門前にもだ。
 主要人物も何人かは残らなきゃいけねぇし、事後処理もやってもらわねぇとな」
「仕事熱心な人は好きだねぇ」
「つまり当分はこのメンツで、ってことですね」

アレックス。
ドジャー。
メッツ。
エース。
エドガイ。

戦闘タイプらしい戦闘タイプばかりが揃ったのは幸いか。
個人戦にも対応出来る。

「しまった・・・・」

いつの間にか一服しようとタバコを咥えていたメッツが、
ドレッドヘアーを両手で押さえつける。
頭を抱える。

「必死で、イスカを助けに行くの忘れてた・・・・今の話で思い出した・・・・」
「・・・・・・そうか。燻(XO)を未処理だったな」
「道は繋がったんだ。焦るこたぁねぇ。そっちにも人数割けるだろうよ」
「そうですね。そうやって連絡をいれ・・・・」

連絡をいれる。
その行動をとろうとしたからこそ、
アレックスは唖然とした。

ほぼ、崩れ終わったその内門。
いや、
たった今崩れ終わった内門。

それだけを見れば、やはりこの倒壊後の内門を越えるのは、
そこそこの労力が必要だろう。

だからこそ、当分はこの5人でやるしかない。
そう思っていたのだが。

「・・・・・・・・・」

この5人。それ以外に、もう1人、
後から通過してきたものが居たらしい。

その者、

彼女は、後ろめたいような表情で目線を逸らしていたが、

「ア、アレックスぶたいちょ・・・そのですね・・・・」

「あ・・・・・・なたはっ!!!」

副部隊長エールに対し、
アレックスがブチキレそうな表情と勢いで歩み寄ろうとする。
それをドジャーが慌ててとめた。

「そんなキレる事ぁねぇだろ!それに戦闘タイプばっかだ。補助が増えるのは助かるだろうが!」
「そういう事じゃありません!」

アレックスはドジャーを振り解く。

「僕がここに居るという事は、僕の代わりの指示者が外に必要ってことです!
 それが誰かなんて言わなくたってわかるはずなんです!"僕の副部隊長なんですから"」

叫ぶアレックスに対し、
エドガイは「あらあら」とニヤニヤ笑っていた。

「・・・ったく。やっとひと段落ついたとこなんだから落ち着けばいいのによぉ。
 あ、メッツ。俺にもタバコ一本くれ」
「あ?お前吸ったっけ?」
「たまにな。今は疲れと安堵で吸いたい気分だ。
 あ、そういや俺が渡したのまだ持ってるだろな?」
「・・・・何?」
「ユベンからの贈りモンだよ。携帯灰皿。ココは城内だ。しかられんぞ」
「・・・・・やれやれ」

何はともあれ・・・・といったところか。

皆安堵していた。
気を抜いた。
それもそうだ。

とうとう。
とうとうだ。


内門を突破したのだ。


その締めくくりといってもいい。
楽観視していい状況ではないが、
かなり大きな一歩だ。

何せ、城内に入ったのだ。

理屈だけでいえば、"もうこなさなければならないイベントはない"

軍も何も、全てとっぱらい、
最上階に到着さえすればいい。
それだけなのだ。

手に届くところ。
そんなところまで・・・・来たのだ。

「エールさん」
「・・・・う、うぃ・・・・」

アレックスはやっと冷静さを取り戻したようだった。

「ここから先の敵はいます。僕一人でフォロー出来るか分かりません」
「・・・・・・」
「それだけです」

援護頼みます・・・とか、そういう事は言わなかった。
それだけで伝わるはずだし、
命令はしなかった。
指示はしない。

だが、コクコクとひたむきに頷くエールを見ると、
やはり腹が立ってしまうのだ。
分からない。
アレックスは、自分のこの感情が分からなかった。

「さて、いきますかね」

エドガイが言う。

「ミッション内容は簡単そうだ。が、雇い主さん。一応口にしてくれるか?」
「はい」

アレックスは天井を見上げる。
ロビーの広いこの空間。
そのシャンデリアの下がった天井。

「最上階に到達。そして、アインハルト=ディアモンド=ハークスを討伐」

以上、だ。
当たり前の内容だ。
だが、
皆が心を引き締めた。
引き締まった。

アインハルト=ディアモンド=ハークス。
その名をきくだけで・・・・・


「・・・・・・なんだ?」

不意にエドガイが疑問符を浮かべる。
それに伴い、皆が気付く。

「余震か?」
「内門が崩れた影響か。崩れなきゃいいが・・・・」

そう思っている最中だった。
天井に亀裂が入る。

「おい!!」

天井が崩れ落ちるのかと思った。
しかし、
どうやらそれは、天井でも天井の中のたった一点だったようだ。
たった一点。
天井に亀裂が入る。

「・・・・・この城は雨宿りに問題とかねぇか?」
「この規模の城ですよ。場合によっては何千人が活動し、それ以上の重量を支えています。
 城の天井、それも1階の天井の強度はどれほどだと思ってるんですか」
「んじゃぁなんなんだ"アレ"は!」

それは、
ただ、
それほどのものだった・・・・・としか表す術はない。


天井が砕けた。

その一点。
まるで宇宙との壁に穴が空いたような気さえした。
そんな感覚を、
6人が同時に感じた。


降って来た。


それは、地響きを鳴らした。

荒々しかった。
普段の彼ならば、それでいて整ったような着地を見せるだろうが、
赤い絨毯が跳ね上がり、
砕けた地面は、
穴の開いた天井にまで達するほどに跳ね上がった。


そこから口を発する者はいなかった。

冷たい空気により縛り付けられるような圧迫感を感じたのは事実だが、
それ以上に、

魅入った。



堕ちて尚、最強の姿に。



ドランゴライダーランス。
ハイランダーランス。
4mを越える超巨槍を背中にクロスして背負い、
それでもそが目に入るないほどの存在感。

2mを越える身長に、比例して、なお凝縮された筋肉。
重装でもないのに、体重は200キロを越えているといる。

百獣の王のように後方へ爆発したオレンジの鬣(たてがみ)
それは王者の風格。

ただ、
堕ちた最強の姿は、
猛獣というよりは、地獄の産物のようだった。

下を向いている。
それでいて、限界まで獣のように歯を食いしばっており、
唾液でも零れんばかり、
吐息が白く現れていた。


眼を合わせたら、死ぬ


ただそう思った。
だが、目を離せなかった。


とるべき行動は一つしかないのに、
それを行う思考回路が誰にも現れなかった。

この広いロビーの空間は、
この化け物と対峙するには狭すぎた。
そして、
逃げるには広すぎた。



「このロウマより・・・・・」



重い声が、360度から聞こえた感覚さえした。
それでいて、ドス黒い。
地を張って振動するかのような重い重い声。
耳に響き、心臓をえぐるような。


「強い奴などいない・・・・・」


息が出来ない。
そんな感覚さえする。
アレックスがこんな感覚をおぼえるのは、
2人だけだ。

アインハルト=ディアモンド=ハークスと、

ロウマ=ハート。


化け物の顔があがった。



「喰ってやるっ・・・・・」




誰も叫ばなかった。
合図も出さなかった。

アレックス。
ドジャー。
メッツ。
エース。
エドガイ。
エール。

6人全員が、
誰にも声をかける事なく、
同時に・・・・・

逃げ出した。

お互いを気遣う余裕さえなく、
ただ、
全員が振り向きもせずに逃げ出した。



幸いな事に、

堕ちた最強は、すぐにどの獲物を追うという事もなかった。

それだけは幸いだった。



皆同じ感覚だったのだろう。
アレックスはそれだけを感じた。

ただ、
"皆は見えていたのだろうか"

自分はハッキリと見た。

あの化け物。

元ロウマ=ハートとしか呼びようのない化け物。
最強の化身。


その両腕は血塗られていた。


ドス黒く、血塗られていた。


そしてその手には、何かドス黒い、何か、
それが掴まれていた。

それを皆は見えていただろうか。

いや、
・・・・見えていたからこそ、
全員が同じ行動をとったのだろう。


そのロウマの手の中のドス黒い何かは・・・・・美しかった。


赤と黒に塗れて、無残になっても、

ただ美しかった。


キメ細かな漆黒の長髪が乱れて、
なお美しかった。











あれはツヴァイの首だった。































                 






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