「イッツァ!」
「ウォキトォキ!!」

二人のトレカベストの男達が、
アレックス達の前に滑り込んでくる。

「情報屋ウォーキートォーキーマン」
「13号機と14号機だ」

呼び出した情報屋達は、
しっかりと業務をこなすため参上した。

「じょーほーやさんって色んな人がいるね」
「何人くらい居るのかしら」
「カッ、99番街強襲戦ん時様子じゃぁ、普通に1部隊分くらいは居やがるぜ」
「戦力にすりゃぁいいじゃねぇか」
「肉屋に花は注文できないでしょ?私の店は出しちゃうかもしれないけどね」
「言うねぇ酒屋」
「酒屋っていうな酒場って言え」

現状、
コンフュージョンの様子は収まってきた。
戦場はまた元通りになりつつある。

しかし何度でも発動出来るはずだ。
コンフュージョンの効かない死骸騎士と違い、
いつどこでこちらが致命傷となるあの音を聞かされるか分からない。

情報戦は必須だ。

「とりあえず現状の戦況で分かっている事を一通り教えてください。
 ここに居るメンツだけだと欠けている情報もあると思うので」

それに、
ここからは人も動かさなければいけどない。

「分かってる分かってる。トゥゥーリッキ♪
 俺があんたに情報の風呂敷を広げるとしよう。・・・とその間」
「分かってる。13号機」
「あー、まず向こうの部隊の残りと配置だが・・・・・・」

片方の情報屋がアレックスに情報を託し始めた中、
もう片方の情報屋が、
ドジャーに近づいてきた。

「あん?なんだぁ?俺に用かよ」

「そうです。ティンカーベル=ブルー&バード氏からお届けものです」

情報屋は、
ドジャーに布に包まれた何かを渡した。
重さと形状から、
布越しでも何かは分かった。

「へぇ、ティル姉からねぇ」

感動深もなく、
ドジャーは布を解き、
中のものを取り出す。

「おいドジャー。それなんだ?」
「いや・・・・・見たことねぇ形のダガーだな」

海辺で変わった貝殻でも拾ったように、
あちらこちらと色んな角度から見てみる。
盗賊のアイデンティファイ(鑑定)の性か。

「上物だな。だがその域は出てない。エリートはスペシャルではねぇって事だ。
 あんだティル姉?いちいちこんなもん寄越しやがって」
「あんたに火力が足らないって言ってるんじゃないの?」
「違ぇねぇ」
「だろうな・・・・・。だが説明書つけといてくんねぇかなぁ・・・」
「あら、私が包丁買っても説明書なんてついてこないわよ?
 パッケージに取り扱いの注意は書いてあるけどね」
「人に向けないでください・・・ってか?カッ、ダガーを人に向けずにどうすんだよ」
「ねぇ、ティルお姉ちゃんはコレをドジャーに渡して・・・ってだけ?」

ロッキーが情報屋に尋ねるが、

「はい。自分で考えろってことじゃないでしょうか」

情報屋は業務的に+いらない言葉を付け足して返してきただけだ。

「無意味ってことはねぇだろ」
「さっきの言葉もあながち冗談じゃないわ。火力の穴埋めでしょうよ」
「その内分かるんじゃないかなぁ」
「カッ、」

ドジャーは手元でグルンと回す。

「切り札になるといいんだがな。値打ちもんで上物なのは違いない。
 しかし無関心で持っててもどーしようもねぇ。
 ちょいとこのダガーさんのお手並みを拝見してみっか」

ドジャーは、
そのダガーを構えてみ・・・・

「「投げんなっ」」
「うぉっ!」

メッツとマリナ拳と膝をぶつけて止めてきた。

「なんでだよっ!ダガーなら投げなきゃ意味ねぇだろ!」
「おめぇがいつも使ってる安物と同じに扱うなっ!」
「判明もしてないフラグをいきなり行方不明にしないでよっ!」
「うっせ!大体こーゆーもんはなっ!切れて刺さればそれでいんだよっ!」

突然、戦場に轟音が響いた。

「なんだ!?」

ドジャー達も一斉に振り向いたが、
何の音かは分からない。
ただ、
音は遠かった。

「内門の方だったわね」
「誰かなんかぶちかましたか?」
「いや、でも戦場で音なんか気にしてたらキリないけどね」
「十中八九、デムピアスさんですね」

情報屋との話もおわったようで、
アレックスが手の紙の束に目を通しながら、
こちらに歩んできた。

「なんで分かんだよ」
「聞く前に考えてくださいよ。他にいないからです」

アレックスは紙の束をペラペラめくりながら、
まぁつまり会話しながらもいろいろ考えているようだ。

「現状、戦況は滞っています」
「滞(とどこお)ってる?」
「中盤から先にかけて、明らかに妨害網が固いんです。むしろ露骨ですね。
 意図的に進軍をそのラインで止めています。まぁ向こうもマジで布陣してるってことです」

説明しながらも、
アレックスは情報屋からもらった情報の限りを、
目と頭に焼付け、
思考をフル回転している。

「コンフュージョンのタイミングも、出すには遅すぎるとは思ったんです。
 チェックポイントですよ。ここで一端、仕切りなおす算々だったんでしょう。
 それとも・・・・能力者を促すことは出来てもコントロールは出来ていないか・・・」

ただ、
足止めのタイミングとしてはバッチリと嵌った。
誰だって、
いつ自分が味方を攻撃し出すか、
また味方が自分を攻撃し出すか分からない状況で、
戦いなんて集中して出来るわけがない。

「こっちの混乱も含めて、中盤のラインで完全に戦況が止められています。
 ま、相手は攻めてこないし、こっちは攻めあぐねているってことで・・・・」
「つまり?」
「お見合い状態なわけだね」

それで停滞している。

「細かいイザコザはそりゃぁありますけど、微冷戦になりつつあります。
 って言ってるとなんかアイスクリーム食べたくなってきますね。あります?」
「食べたくなってくるのもおかしいし、あってもおかしい」
「そうですか。ただ冷戦って言っても一箇所を除いて・・・・ですけどね」
「それがデムピアスか」

デムピアス。
デムピアス海賊団。

「でもアレックス。さっき中盤のラインを固めてやがるっつったじゃねぇか」
「さっきの音はかなり遠かったわよ?」
「だからデムピアスさんは閉じ込められています」

デムピアスは、
敵陣のど真ん中。

「普通は遠ざけるものじゃないの?」
「臭いものには蓋を・・・ってとこですかね。おっと失礼。デムピアスさんに殺されます。
 臭いものっていうのはドジャーさんの事にしといてください」
「ひでぇトバッチリだな」
「とにかくデムピアスさんはこの庭園の終盤で囲まれている状況ってわけです」
「やっかいな乱入者は先に別途で潰しておこうってわけだね」
「それでデムピアスと潰せるかぁ?強ぇんだろ?」
「出来ます。騎士団なら」

ハッキリと言い切った。
それは相手を評価しているというよりは、
自分の仲間だった者達を、
信頼し、誇りに思っているような口調だった。

「皆さんがディポルティーボさんを倒してくれたのは本当に勲章ものでした。
 彼とオレンティーナさん。そしてミラさんによる内門布陣は正直対処の策も無かった」
「鉄壁ってやつか」
「彼らだけでも十分ですが、心配なら絶騎将軍(ジャガーノート)を一人連れてくるだけでもいい」

それでデムピアスは潰せる。
駒は足りすぎている。

「でも五天王を2人とギルヴァングさん・・・。僕が寝ている間に結構頑張ってますね」
「2人?」
「魔弾ポルティーボ=Dと誰だ?」
「泣虫クライさんです。エドガイさんとティルさんが倒したそうです」
「そういやその二人は?」
「ティルさんは帰ったそうです。エドガイさんは別に動いてもらっています。
 戦力が完全にここに集中してるのは怖いものがありますので」

いつの間に指示したのか。
行動が早いものだ。

「ティル姉帰ったのか」
「まぁ最初から部外者だしな」
「僕も今、お土産もらいましたよ」

アレックスは、
WISオーブを取り出す。
アレックスのものとは違うようだ。

「追加で来たシェナニガンズ(反乱者達)は、僕らの方から連絡が付きませんからね。
 彼らは烏合の集ですが、適所の主要人物の連絡先(アドレス)をくれました。
 これでそこそこ軍として動かせます。ティルさんは結構手際のいい方なんですね」

アレックスはオーブをポーチに戻し、
続ける。

「何にしろ、デムピアスさんの方は彼らに勝手に頑張ってもらうしかありません。
 元々、敵の敵同士ってだけで味方じゃありませんしね。
 協力するというよりは利用し合うぐらいの気概がいいと思います」

利用するなら心は置いておこう。
"心臓"が痛むから。

「それで肝心の"これから"・・・ですけど」
「アレックスは凄いね」

横槍にロッキーが、
微笑みながらも驚いた表情で言う。

「・・・・?・・何がですか?」
「だってこんなにテキパキとさぁ。やっぱ指導者っていうのは戦いに必要なんだね」

ロッキーは歓心しての言葉だったが、
アレックスは嬉しくは思わない。
"戦いに、自分が必要だなんて"

「ちょっとイタズラを考えるのに本気になれるだけですよ。それでこれからですが・・・・」

でも今、
少しでも自分の命に価値があるなら。

「先ほども言いましたが、団体戦になります。相手はディエゴさんです」
「ディエゴ?」
「今団体戦になるって言ったじゃない」
「軍師がディエゴさんなんですよ。恐らく間違いありません。
 彼は最後の一人になろうとも戦いぬく気概で戦場を動かすでしょう」

彼は守りぬく戦いをする。
絶対に諦めない。
騎士団のために。

「ノカン将軍こと、ケビン=ノカンさんが攻めの軍師だとしたら、
 ディエゴさんは守りの軍師です。・・・・まぁ戦術が本職じゃないんですけどね。
 騎士団長があれなんで、彼が指揮する事は少なくなかったんです」
「カッ、で?こっちの軍師さんよぉ」
「どう攻めんだ?」
「教えてください先生・・・でしょ?」
「んじゃいーよ」
「なら教えさせてください」

ヒラリと、
アレックスは手元の紙の束から、
一番大きなものを投げた。

「なんだ?」

舞い落ちるその用紙を、
ドジャーがダガーを投げ、
地面に釘付けにする。

「庭園の見取り図です」
「書き込まれているのが敵の布陣ね」

これを見れば、
ここまでいかに反乱軍の方が何も考えずに攻めていたかが分かる。

「頭痛くなりそうなほど複雑だな・・・理解できねぇ。俺ぁパス・・・」
「理解出来るとさらに頭が痛くなるよ」

ロッキーは苦笑した。

「将棋で行ったら俺ぁ卓をひっくり返すな。
 こっちは飛車角どころか金銀抜いて挑むようなもんだ」
「玉将もね」

ツヴァイも居ない今、
明らかに有益な戦力がいない。

「でもナイト(桂馬)が居ます」
「お前の事だなアレックス。自己評価高くなったじゃねぇか」
「捻くれた動きは得意でしてね。でもそこに・・・・・」

アレックスは、
皆を見渡した。

「前にしか進めない歩行(馬鹿)と香車(馬鹿)がいれば・・・・噛み付けます」

前に進むしかないなら、
進み続けてやろうじゃないか。


































硝煙が舞い上がる。

「あれが内門とやらか。前にお前の体で来たときは豪く大きく見えたものだが」

デムピアスは、
重火器の後の香りを漂わせたまま、
肩のチェチェを血の通っていない手で撫でる。

「今見ればただの度し難い壁に過ぎないな。超えれぬ壁などない」

そうチェスターが教えてくれた。

「藻屑になってろウザい蝿共」

デムピアスは、
両腕を変形させる。
それはマシンガンと形を変える。

「テュニショットverD」

硝煙がまた響き渡る。
辺り一面へと弾痕を残す。

「恐れるな!攻めなくていい!」
「俺達じゃぁデムピアスを倒す事なんて出来るわけねぇんだ!」
「足止め!足止めすることだけ考えろ!」
「まずは魔物共を減らすんだ」
「それで勝てる!」

容赦無く重火器を辺りへ撒き散らすデムピアスだが、
銀色の鉄の生物に近寄って来るものはそう居なかった。

「人間の勇気はそんなものか?」

両腕から鉄のランチを御馳走。
ゴミクズのように蹴散らす。

「戦いとは逃げる事ではない。度し難い。それで勇気といえるのか?
 俺に向かって来い人間!勇気と誇りを見せてみろっ!
 俺が求めた人間という存在はもっと・・・もっと高尚なものだったはずだ!」

「それがそうでもない」

カラ・・・カラ・・・・
と、
一つ、
車輪の音がデムピアスに近寄ってきた。

「人間ってのはもっとえげつなくて、卑怯で、最終的には自分の事しか考えていない。
 生きる意味は大抵、"恐怖"か"欲望"。つまり被害者になりたくない人間と、加害者なりたい人間。
 その二種類だ。俺は後者。ならデムピアス。あんたはどちらの理由で動いている?」

紫の長髪のクソ野郎は、
車輪を止めた。

「・・・・・名を名乗れ。人間」

「燻(XO)だ。素晴らしい名だろ?俺をよく表している」

「理解不能だ。排泄物の名を誇りにしているのか」

「人間みんな小便の通った穴から出てくんだ。似たようなもんだね。
 だが誇りだ。人は皆、腐る事に恐怖を抱いている。普遍でありたいと・・・・ウフフ」

自分はそうじゃない。

「綺麗であるためには努力が必要だ。つまり汚れきった俺は、人間の本質なわけだ」

磨く事も、
洗う事もない。
ありのままの人間。
底辺。

「俺の知っている人間は違う。輝いていた」

デムピアスの右腕がまた変形する。
イミットキャノン。

「悪には悪の正義がある。鉄槌を下してやろう。人間」

「○(善)とか×(悪)とかどうでもいいんだよ。ウフフ・・・それが人間なんだ」

「それを否定するのがチェスターの正義だったっ!!!」


































轟音が鳴り響く。

「うわっ!わわっ!何!?何?!」
「デムピアス船長でヤンス」

物陰に隠れながら、
バンビとピンキッドは遠くもない場所で上がった爆煙を見た。

「よ・・よぉーし・・・」
「やる気になったでヤンスか?バンビさん」
「い・・・いや・・・応援する。がんばれー!僕の出番を無くせ〜!」
「・・・・はぁ〜ぁ・・・」

ピンキッドは呆れた。
自分の船長は、
戦場で物陰に隠れて怯えているのだから。

「少し勇気を見たと思ったら、もうこれでヤンス」
「うるさいなっ!囲まれてるんだよ!分かる!?
 逃げれないし戻れないし!じゃぁ僕にどうしろっていうのよっ!」
「進めばいいでヤンス」
「無理っ!怖いっ!勝てないっ!意味がないっ!」

あぁ情けない情けない。

「海賊団の魔物達も必死に応戦してるでヤンス。
 自力では勝ってるでヤンスが、魔物に戦術は無い。
 このままではジリ貧でアウトでヤンスよ?」
「それは大変だ」
「だからバンビさんがやるんでヤンス」
「なんで?」
「海賊王になりたいんでヤンしょ?」
「それとこれとは関係ない」
「関係あるでヤンス」

ピンキッドはクチバシでバンビを突付きながら、
物陰から後押ししようとする。

「デムピアス船長は自己のために戦ってるでヤンス。
 チェスターとかいう人間の敵討ちだけのために。
 そうでなくてもあの方は戦術に長けたタイプでもないんでヤンス」

超強いだけ。
それだけ。

「先導する人間は、バンビさんしか居ないんでヤンス」
「ぼ・・・」

それでもバンビは、
物陰から出て行こうとしない。
庭園の植木の茂みに隠れたまま。

「僕にしか出来ない事を・・・しなきゃいけない理由なんてない・・・」
「失望でヤンス」

ピンキッドでなくても、
ここまで臆病だと失望するだろう。

「水に飛び込めない人間が海の底を知ることなんて出来ないでヤンス。
 海賊王なんて夢のまた夢。シャークさんの姿を見て何も思わなかったんでヤンスか?」

自分達の代わりに、
ギルヴァングの前に立ったシャーク。
そして・・・。

「だって・・・シャークは死んだ・・・それなのに僕なんかにどうしろって・・・」

ガタガタと震えるバンビの背中は、
小さな女の背中でしかなかった。
何一つ、
特別なものなどない。

「バンビさん・・・・」

ピンキッドはバンビの様子に、
これ以上何を言っても無駄かもしれないと、
そう・・・・

「何?こいつら」
「怪しい者発見ですわ」

真上から声がして、
バンビとピンキッドはドキンと鼓動を弾ませた。
見上げれば、
屈んで茂みの裏に隠れていたそこを、
二人の女性が見下ろしていた。

「お姉さま。敵です」
「お姉さま。人間です」

「わぁぁあ!」
「ひっ!」

バンビとピンキッドは、
茂みの裏から引きずり出された。
その先には、
女だらけの部隊と、
その先頭に化粧をしている女が居た。

「人間〜?有り得なくなくなくな〜い?ここにはデムピアス海賊団しかいなくな〜い?」

戦場には似つかわしくないギャル風の格好の部隊長。
オレンティーナ=タランティーナは、
不関心に言った。

「お姉さま。でも身なりからして海賊かと」
「お姉さま。どういたしましょう」

「ん〜。普通なら神様に一言謝って殺生なんだけど〜〜。
 無益な殺生は神様はよくないって言うことない?そうじゃなくなくない?」

「その通りです。お姉さま」
「判断を任せます。お姉さま」
「でもこの獣の方は排除標的です。お姉さま」

「どれどれ?・・・・あら?!可愛くなくなくない!?」

パタンとファンデーションの器を閉じ、
オレンティーナの目は一匹に集中した。

「これ!超キモ可愛くない!?ヤバくない!?」

「キ・・キモ?」

動揺するピンキッドを、
オレンティーナは抱き上げて頬擦りする。

「ん〜♪人の体毛は嫌いだけど、動物の体毛はなんでこんなにもフカフカ!
 脱毛しない事が可愛いなんて!なんてズルい生き物!よくなくなーい?!」

「確かに可愛いですね。お姉さま」
「ヤバいです。お姉さま」

「神様を敬ってきてよかったわ。神は地にこんな可愛いペンギンをお産みくださった!」

「そうですね。お姉さま」
「でもお姉さまの方がもっと麗しいです。お姉さま」
「私達はお姉さまが一番です。お姉さま」

「ペ、ペンギンじゃない!ピンキオでヤンス!」

「こんなに可愛いなら他の全ての生物なんてもういらなくなくない!?
 もうディドとかモスとか気持ち悪い生物は生きる価値がなくな・・・・・」

オレンティーナは、
ポロリとピンキッドを落とした。

「申し訳ありません神様」

谷間から十字架のネックレスを取り出し、
口付けする。

「生物は不平等故に、己がためそれぞれ精進して生き抜いている者達。失言をお許しください」

ギャル部隊長は目を瞑り、
神に懺悔した。
よく分からない人だ。

「あのっ、あのっ」

バンビが、
女騎士達囲まれた状況で、
オレンティーナに精一杯声をかける。

「ピンキッドが気に入ったなら・・・その・・・ほらっ、僕も害はないし。
 少しの間かくまってはもらえ・・・・・・・ないかなぁ?ね?」
「バンビさん情けないでヤンス・・・」
「いいのっ!僕は戦う気なんてないんだからっ!」

だけど、
周りの女(アマゾネス)達はギットリとバンビを睨んでいた。

「だ・・・だめっ?」

微笑んでみるが、
反応がない。
駄目そうだ。

「バンビ?あぁ、バンビ=ピッツバーグね。ジャッカル=ピッツバーグの娘の。
 知ってる知ってる。私物知りじゃなくなくない?なくなくなくない?」

「お姉さま。お姉さまは物知りです」
「お姉さま。お姉さまの美貌は世界一です」

「んっん〜♪そこまででもなくなくなくない♪ねぇ?可愛い私のシスター達」

「「「いえ。世界で一番美しいです。お姉さま」」」

「や〜ん♪」

「「「愛しております。お姉さま」」」

オレンティーナは、くねくねくねくねと悶える。
そして一通りくねりきった後、
バンビを見据えた。

「それよりも乙女バンビ。貴方、全然なってなくない?」

「は、はい?」

「なって無さすぎじゃなくなくない?ってかヤバくない?」

「な・・・何が?」

「乙女たるものが自分の事を僕なんて呼んで、ヤッバくなーい?
 乙女に生まれたからはいつも最上に綺麗でいるための努力をしないとダ・メ」

オレンティーナはぷっくらした唇に人差し指を当てる。

「純情純潔純愛。神様はそうあれとおっしゃったわ。ん〜〜。
 デムピアス戦に混ざる気もないし〜。戦いは出来るだけ避けるべきだと神様はおっしゃったし〜。
 ディエゴの作戦待ちだし時間は結構あることない?そんなことなくなくなくなくない?」

「「「「そうですね。お姉さま」」」」

「なら乙女バンビ。あなたを可愛くしてあげるわ」

「え・・・なんで?」

「貴方は美貌が足りない!」

・・・・と言われても。
バンビは自分を見る。
そしてオレンティーナを見る。
確かに体格は・・・。

「まるで白鳥とアヒルでヤンス」

自分の感想を代わりにピンキッドに言われた。
まぁその通りだ。
でも・・・

「今そんな事求めてない!」

「大丈夫。私みたいなナイスバディーにはしてあげられないけど、一端の乙女にしてあげるわ」

いつの間にか、
完全に女達(アマゾネス)に囲まれていた。

「やっちゃいなさい私のシスター達」

「「「はい。お姉さま」」」

「ぎゃーーー!!」

バンビは女達にもみくちゃにされ、
ひっぺがされた。

「さぁ、スーパー乙女バンビセカンド2ダッシュデュアルLV99を作成するのよ」

「何ソレ!?」

辺りは戦争の真っ最中なのに、
平和な悲鳴だった。































「つまり作戦名はスーパーアレックススペシャルセカンド2ダッシュデュアルLV99というわけです」
「何それ」
「アレックス。センスないよ」
「馬鹿じゃないの?」
「はぁ・・・・。冗談の通じない人達です。それで人生楽しいですか?」
「え?なんで俺らが馬鹿にされてんの」

あくまで優位に立ったまま、
アレックスは説明を続行した。

「相手の布陣。こちらの布陣。敵の作戦。味方の作戦。
 そんな事を説明する前にまず捉えてもらっておきたいのがコレです」

全員が地面にある地図を中心に、
囲むように屈みこんでいる中、
アレックスは地図のど真ん中を指差した。

「デムピアスのガレオン船です」

それは、
デムピアスが侵入した時に使用した、
巨大な船。

「半壊したまま、庭園のど真ん中に横たわっています。
 この戦争が無事終わったら、爪跡として観光名所にされること請け合いですが」
「現段階では障害物でしかないってことか」
「イエス。メッツさん」

モグモグ。
いつの間にやら情報屋から受け取ったパンを、
アレックスは頬張っていた。

「将棋版の真ん中に進攻不能の巨大な障害物。
 誰も意図しないまま、進路は"2つに"分けられたんです」

大袈裟でなく、
本当に巨大な船だからだ。
何百という魔物が乗れるガレオン船。

「全長50mを超えています。ガレオン船の中でも大きめの部類ですね」
「50!?50っておま、25mプール二個分じゃねぇか!」
「メッツ。お前表現が陳腐だな」
「50mプール一個分じゃない。それ」
「・・・・まぁそうだけどよ」

アレックスは気にせずパンを食べ切り、
ビニールを投げ捨てた。

「ごくん・・・・いいですか?とにかくこのガレオン船が真ん中にあるせいで邪魔なんです。
 まぁそれがイイか悪いかは別問題なんですけど、東か西、進攻は分断することになります」
「ガレオン船を越えるって手は?」
「船頭なくして船山登る・・・ですか?いいですよドジャーさん。どうぞ。
 やれないことはないです。見ててあげますから登ったら手でも振ってください」
「・・・・登る労力の意味がねぇって言いたいわけだな」

アレックスは頷いて、
地図のど真ん中に大きく×印をつけた。

「それでアレックス君。東西二方向しか進路が無いのは分かったけど、どっちから進むの?」
「マリナさんは水の入ったお鍋に2つ穴が空いたら、どっちかしか塞がないんですか?」
「ぶん殴るわよ」
「ごめんなさい」

敵は居るのだ。
どっちかに集中したら、逆にどっちかから攻め込まれる。

「それで敵の布陣はこうです」

アレックスは、
地図に表記してある敵の並びを指差した。

「左側がやけに空いてるな」
「露骨に西が手薄ね」
「カッ、明らかに罠だな」
「という事で西に大勢を割きます」

話の流れに逆流して、
アレックスはそう言った。

「・・・・だから罠じゃないの?」
「戦術は裏の取り合いです」
「そういう罠かもしれないしね」

ロッキーがニコニコと言った。

「露骨過ぎるから、誰も攻めない。誰から見ても怪しいもんね。
 それを逆手にとって、本当に手薄にしてるのかもしれないって事でしょ?」
「カッ、なるほどな。それで東に戦力を固めてるってわけか」

罠を相手に突きつけながらも、
戦力をうまく配置する。
相手の動きも故意に誘導出来る。

「ディエゴって奴もなかなかやるな」
「ガハハ!でもアレックスが気付いた時点でオシャカだがな!」
「そうでもありません。その裏をついてくるかもしれない」

アレックスは唇を尖らせて言った。

「僕がそう思いつくことを想定して、西は本当に罠かもしれない」
「・・・・・なんだそれ」
「もう。裏よ裏よって言ってたら埒があかなくない?」
「はい。なので西です」
「なのでってなんだよ」
「いえ、結局どっちが罠なのか分からないんですよ?考えたってしょうがないじゃないですか。
 ってことで、それなら手薄に見える方を進みましょうって事ですよ」

たいした軍師だ。
不安でしょうがない。

「という事で、大勢を率いて西からは僕とドジャーさんが進軍します。
 マリナさんとメッツさん。それにロッキーさんは残りと共に東をお願いします」
「一応聞いておこう。それはどういう分担だ?」
「これだけは頭が痛かったです」

アレックスは顔をしかめた。

「軍を指揮出来る人間が"僕しかいない"んですよ」
「・・・・・なるほどな」

ドジャー。
マリナ。
メッツ。
ロッキー。
彼らはただの少数ギルドのメンバーだ。
大勢を率いた戦闘などした事もない。
むしろ個人だから引き立つ能力の持ち主だ。

「エドガイさんはかなり指揮能力は高いですが、だからこそ彼には臨機応変に動いてもらいます。
 なのでここに居るメンツで、どうにか軍を率いてもらわないといけないんです」

頭が痛い・・・というのは本当だろう。
団体戦をするにも、
先導者がいないのだから。

「大団体は僕が指揮するしかありません。だから小団体をなんとかお願いします」
「それが俺と」
「私と」
「僕なんだね」

メッツ。
マリナ。
ロッキーの3人。

「正直自信ないよ?」
「私だって」
「俺なんて完全にガラじゃない」
「分かってます。分かってますけどやってもらうしかありません」

アレックスは一人で頷いた。

「皆さんの指揮能力はこの際、残念ながら置いておくしかありません
 ってかぶっちゃけ期待していません。出来る限りで頑張ってください」

学校の先生にそんな事言われたら、
グレる。

「でもいきなり他人に指揮される側からされたら、有能な人物じゃないと納得しない。
 メッツさんとロッキーさんはその点、実力が派手なんで分かりやすいんです」
「なるほどな」
「メッツなら脳ミソ筋肉みてぇな奴らなら付いて来るかもしれねぇ。
 指揮者というよりは先陣を切る武将派。そう見るならアリだ」
「ロッキー君の魔術は折り紙つきだしね」

現段階、
範囲にしろ火力にしろ、
エドガイを含んでもロッキーのそれは反乱軍最大だった。

「ロッキーさんは唯一冷静に戦闘をこなせそうなので僕と別側に置きたかったのもあります」
「そう?チビッコのぼくは腕白だったよ?」
「オメェはさっき会ったばかりなのにデカロッキーの何が分かるんだ?」
「人の見る目だけはあるんですよ。そうやって小ずる賢く生きてきたんで」

アレックスがロッキーを見ると、
ロッキーは微笑んで返した。
任せてという意味だ。

「あとメッツさんとマリナさんは大きな声が出ます。
 馬鹿にしてるように聞こえるかもしれませんが、重要なんです。
 WISで自分の隊に指示するわけじゃありませんからね」
「あら。私が選ばれた理由はそれだけ?」
「いえいえ、マリナさんの度胸と人間制圧能力は人の上に立つ人間のスキルです」
「どういう意味?」
「そ・・・そういう意味です」

アレックスは顔を反らす。
つまり怖くて逆らえないという意味だ。
顔を反らした先では、
ドジャーが不機嫌そうだった。

「んで?地味な矮小な俺じゃぁ人は付いてこねぇから俺はアレックスに付け・・・・と」

というかスネていた。

「はい」

アレックスはフォローすることなく断言した。

「誰が遠くからちまちまダガー投げてる小細工チックな人に付いていきますか?
 誰も一群の将として納得してくれません。ある意味消去法なんです」

ドジャーに無理だから他の三人。

「・・・・俺・・・一応ギルマスなんだけど」
「え?そうなんですか?知ってました?ロッキーさん」
「さぁ?そうなの?マリナ」
「さぁ。どこのギルマスなのかしらね。メッツ」
「いんや。検討もつかねぇ」
「よーしお前ら表へ出ろ」

教育の足りない事だ。
何にしろ人が足りない。
出来ようが出来まいが、
この3人にやってもらう他ないのだった。

「とにかく僕とドジャーさんの本隊。一番人数を割くこの部隊を西に。
 メッツさん、マリナさん、ロッキーさんの3部隊を東に割きます」
「で?人数は?」
「初体験だからね。ぼくも何人引き連れるか知っておきたいな」
「ん〜・・・・反乱軍の人数は僕も把握しきってないんですが」

アレックスは地面に数字を書く。

「割合としては8:1:1:1ってとこです」
「うぉ」
「本当に西に大勢を割くんだな」
「それでも右側・・・・東の3部隊でも合計4ケタ超えてしまいます。やれますか?」
「自信ねぇ。やれねぇ・・・っつったらどうなるんだ?」
「やってくださいとお願いします」
「カッ、アレックスらしいな」

本当に、
アレックスらしい。

「あと部隊に名前を付けます」
「おぉ。なんかカッコイイな。面白ぇ。ワクワクする」
「残念ながらなんの捻りもない超オーソドックスな名前でいきますよ?
 僕とドジャーさんの本隊はA(アルファ)。メッツさんのB(ブラボー)。
 マリナさんのC(チャーリー)で、ロッキーさんのD(デルタ)です」
「まんまだな・・・・」
「面白味ねぇ・・・・」
「あくまで呼称です。僕らは普通に名前で呼び合えばいいんですよ。
 でも同士の皆さんは僕らの名前なんて知ったこっちゃないし、各々の意志で戦ってます。
 なのに部隊を僕らの名前で呼んだら「何お前ら偉そうにしてんだ」ってなっちゃうんです」

下の不満もお見通しか。
狗としての経験は詰んでるということ。

「だからオーソドックスな呼称にしました。僕だって本当は好きな名前つけたいですよ。
 A(アンマン)、B(ブタマン)、C(カレーマン)とか。そっちにします?」
「「「「普通の呼称でいい」」」」
「そうですか」

残念そうだった。

「それでブタマンさん」
「俺の部隊名ブラボーだったよな!?な!?」
「失礼。メッツさん」
「・・・・なんだ?」
「呼んでみただけです」
「お前は恋する乙女か」

ブタゴリラは眉間にしわを寄せた。

「アレックスぶたいちょっ!」

後ろからドタドタと、
ツインテールの聖職者が走ってきた。

「あぁ、お疲れ様ですエロさん」
「エールです!ジンジャエールのエールですうっ!」
「失礼。噛みました」
「うそだぁ〜!」

むすっとエールは口を膨らました。

「スミレコ先輩の代走・・・噛んだ・・・埋葬の手配が済みましたですよ」
「お疲れ様です」
「う、うぃ・・・・」

アレックスはそっけなかった。

「おいアレックス」
「なんですか?」
「こいつ、お前の部隊の副部隊長だろ?」
「そうですけど?」
「仲悪いのか?」
「・・・・・・」

アレックスは横目でエールを見た。
エールはビクビクと怯えながら引きつった笑顔をなんとか返したが、
アレックスはやっぱりそっぽを向いた。

「別に。・・・・苦手なだけです」

そうは見えない。
人をおちょくったり、馬鹿にしたり、
そんなアレックスだが、
こんなアレックスは初めて見る。
・・・・本当に。

「ちょっとアレックス君?そんな言い方ないんじゃない?」
「そうだよ〜?アレックス〜。この人が居なかったらアレックス死んじゃってたんだよ〜?
 この人の聖職者の資質が無かったら、内臓移植と結合なんて多分無理だったよ?」
「恩人も有能人も偉人ではありません」
「でも恩人だろ?」
「・・・・・・」

アレックスはエールと顔を合わせない。
エールはオロオロと慌てて、

「あ、いいんですよ。エールさんは別に・・・・。
 アレックスぶたいちょの部下なんだからアレックスぶたいちょの好きに・・・・」
「僕はもう16番隊の部隊長ではありません。貴方の敵です。そんな風に呼ばないでください」
「アレックス。らしくねぇぜ?」

ドジャーの言葉にも、
アレックスは真っ向から答えなかった。

「僕にだって食べ物以外には好き嫌いもあるってことです」

アレックスは無理矢理に、
本当にらしくない形で話を戻した。

「敵の情報です。全部覚えられるわけありませんし、要点の部隊だけまとめますから」

皆は戸惑っていたが、
優先事項は優先事項だ。
話は作戦に戻った。

「まず部隊と部隊長を羅列します。レッドさん率いる第2番・連撃部隊。
 第7番・摩訶部隊のマリリン=マリリン、ノ=エフさんの第13番・古武術部隊。
 リンコリン=パルクさん率いる第26番伏兵部隊。27番・鼓舞部隊のアバ=キスさん。
 第29番・黒魔術部隊のアイルカードさん。トリサイクル=銀(AG)さんの第30番・イロヒ部隊。
 第32番・長槍部隊部隊長リトルプッチ=ミニーさんときて、
 35番囚番部隊キャラメル=クロスさんと36番拷問部隊フラン=サークルさん。
 48番目は雪原警備部隊アイスバー=カムムイさんでケミカル=パンツさんの第51番・・・」
「まてまてまて・・・・・」

メッツは頭を抱える。

「んなもん覚えられるかよ・・・・」
「私も同感。伝えようって感じがしないわ」
「全部と出会うとは限らないし、アレックスにしては要領を得てない気がするんだけど」

遠まわしとかでもなく、
ただ混乱を与えるだけのような。

「あの・・・・すいません。エールさんどっか行ってましょう・・・・か?」

オドオドと、
エールは顔色を伺う。
もちろんアレックスのだ。

「やめだやめ。アレックスの頭が冷えてからのが効率がいい」

ドジャーが立ち上がる。

「・・・・後回しになんて出来ません。戦いは待ってくれないんですから」
「それはお前に言いてぇよ」

ドジャーが嫌な顔で言うと、
アレックスは顔を振った。

「・・・・そうですね。少しどうかしてました」

アレックスは自分で自分にため息をついた。

「でも把握しきれないのも事実でしょう。なので連絡をくれれば随時情報を返します。
 僕はドジャーさんと一緒ですし手は空きますから。なんなら情報屋さんでもOKですしね」

この場で敵の情報を伝える事は、
さすがに困難そうだと踏んだ。

「そうね。そうしてもらおうかしら。自分で手一杯だろうし」
「俺は阻む敵がなんだろうとぶっ倒すだけだがな!」
「それを抑えるのがぼくの役目みたいだね」

皆も立ち上がった。

「情報屋さんに各自の動きの詳細を伝えてありますが、随時連絡もください。
 あとイケると思っても過信しない事。くれぐれも突っ走らないでください。
 聞いてますか?メッツさんに言ってるんですよ?」
「う・・・うっせ!」
「忘れないように手に書いておきましょうか?」
「やかましいわ!」
「でも本当にですよ?特に内門間際まで行くと五天王の2部隊が待ってますしね」
「五天王か」
「今や三天王だけどね」
「とにかく特にその2部隊を注意しておけばいいんだね?」
「あ、いや」

アレックスは思いだしたように止めた。

「一番気をつけるべき部隊は・・・・」

槍で、
地面に数字を書いた。
地面が削れ・・・それは・・・。

「・・・"52"?」
「はい。最終で最大の部隊です」
「精鋭なの?」
「選りすぐりだから最終です。そして人数も最大。騎士団の3割を占めます」
「さっ・・・・3割?」
「第52番隊。通称"さくら部隊"。仮面などで顔を隠してる人が多いですし、すぐ分かります。
 そしてそれは部隊長も同じ。僕でさえ経歴も名前も知りません」

つまるところ、
本隊と言って過言ではないのだろう。

「OKよ」
「その規模ならすぐにでも出会いそうだね。気をつけるよ」
「質が違います。逃げろとまでは言いませんが楽観出来なくなると思ってください」
「おーし解散だなっ!」
「あ!あと・・・」

メッツが意気込んだ所に、
追い討ち。

「・・・・まだあんのかよっ!容量パンクしてんだよっ!」
「敵の情報ばっかなので"こっち"の情報です」

アレックスが笑った。
表情からするに、悪い情報でもないようだ。

「エクスポさんが人間やめました」
「は?」

トン拍子も無い情報に、
ドジャーはアゴを突き出した。

「なにそれ?天使試験の転生した時みたいになんとかエンジェルになったって事?」
「カッ、確かフウ=ジェルン」
「ぼくはよく分からないけど、確かな情報なの?」
「証拠はありません。僕の読みです」

勘かよ、と言いたくなるが、
アレックスの考える筋書きは悪い事にアテになる。
黙って聞いた。

「先ほど羅列した部隊の中に、第35番隊のキャラメルさんと
 第36番隊フランジェ=サークル・・・・フランさんという人が居たんですが」
「覚えてねぇ」
「彼らは地下に居る可能性が高かったんです。つまり・・・」
「エクスポともうかち会ってる可能性が高いってことだね?アレックス」
「そうです」
「あらあら。部隊長2人と2部隊に単独で遭遇なんて。エクスポったら南無南無・・・・」
「・・・・・・・・という情報を向こうから聞いてないんです」

向こうから。
つまり、敵側から。
エクスポが死んだという情報が流れていない。

「・・・・確かにな。少なくともピルゲンあたりが希望を絶つために言ってきそうなもんだ」
「つまり敵に地下の情報が流れていない?」
「可能性は二つです。エクスポさんが到達も出来なくて何事さえ無かった」
「さすがにあいつの悪運と周到さでそりゃねぇだろ」
「なら・・・」
「突破した?」
「エクスポさんが2部隊を極秘に壊滅?ないですないです。有りえないです。
 エクスポさんじゃもって10分。勝率は単勝60倍ってオッズでしょう。むーりむーり」

アレックスは笑って言う。
笑い事か。

「なら、エクスポさんじゃなくなったっていうのが予想なわけです」
「・・・・なるほどな」

的を得ている。
そんな事、事実として信じたくは無いが、
そうじゃないと説明がつかない。
エクスポは・・・・フウ=ジェルンとなって突破したのだ。

「エクスポが存在感無さ過ぎて素通り出来たとかは?」

・・・・・・説明出来てしまった。

「そ・・・こは・・・・反論出来ないですけど・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

悲しい事だ。
根も葉もある、納得のいく予想に成り得ている。

「いえ・・・まだ根拠はあるんで一応その線だと考えておいてください・・・・」

今更納得はいかないが、
まぁそういう事にしておこう。
エクスポの尊厳も考えて。

「ま、いいや。とにかく生きて会おうぜ」
「合流地点はデムピアスの船を迂回した辺りかな?」
「タダで人をコキ使えると思えれば、楽しいかもね」

メッツとマリナとロッキーは、
だらだらダベりながら、
東へと歩んでいった。

「あれぇ?俺の部隊名なんだっけ?」
「馬鹿のB(ブラボー)よ。覚えやすいでしょ?」

誰一人、
このまま誰かが無事合流出来なくなるなんて考えていない。
そういう腐れ縁が《MD》だからだろう。
ただ、
そうやってレイズとチェスターとジャスティンは死んだ。
ドジャーだけは、
皆の後姿を目に焼き付けた。
失う覚悟なんてないのに。

「・・・・・・アレックス。エクスポはどうする気だ?」
「どうもこうも連絡はとれませんからね。運が良ければ背後からの挟撃が狙えますが」
「カッ、運が悪ければ?」
「この世ではもう一度顔を合わせる事はないでしょうね」
「そりゃぁエクスポと俺達。どっちの運が悪かった時だか」

ドジャーは髪を掻き毟った。

「チッ、いくぞアレックス。時間が惜しい」
「そうですね。次のコンフュージョンが来るまでには動き始めたいです」

アレックスとドジャーは、
メッツ達とは逆方向。
西へ。
少し目線を変えれば、
デムピアスのガレオン船が、偉そうに聳え立っていた。

「そういやアレックス。イスカに関しては何か考え・・・」

ドジャーが聞こうとすると、
アレックスが付いて来ていない事に気付く。

「おい?」

アレックスは立ち止まって、彼女を見ていた。
どうしたらいいのか分からないという風な、
挙動不審な彼女を。

「ぼやぼやしてないでください。さっさと行きますよ」

エールは、
キョロキョロと他の人を探し、

「早くしてください。エロ=エグゼさん」
「エールさんです!ジンジャエールのエールです!」

やっとそれが自分に向けられた言葉だと知って、
満面の笑顔をし、
ぴょこぴょこと駆け寄ってきた。

「いいのか?アレックス」
「好き嫌いは別問題です。彼女は僕の部下ですから」

二度と・・・
いやそれも戯言か。
何度裏切ったか分からない。
だから言うならばもう一度・・・・・裏切りたくはないから。

「あいつの何が気に食わねぇんだ?確かに挙動はウゼぇが」
「・・・・・しいて言うなら・・・」

アレックスは、
エールの顔も見ず。

「最高の聖職者。エーレン=オーランドの再来・・・なんて呼ばれてるとこですかね」
「なるほど。乳離れが出来てないわけね」
「否定はしません。成分無調整のまま頭に残ってるもんで」

忘れたくないけど、
思い出したくもないから。

「なんの!なんの話ですか!?エールさんの話ですか?」
「部隊長命令です。無駄口叩かないでください」
「う、うぃ!」

どっちが親なんだか。
ドジャーがさらりと笑った。

「反抗期みてぇなもんか」
「聞こえてますよ。ドジャーさん」
「カッ、聞こえるように言ったんだよ」
「いらない無駄口叩かないでください。ギルマス命令です」
「いつ下克上を起こしたっ!」

遠くを見れば、中盤戦。
戦線は見えてくる。

「さて、アレックス=オーランド。動き出しますか」

歩きながら、
WISオーブを取り出す。

「作戦開始。まずは駒を増やしましょう」


































「・・・・・おい・・・・・ウソだろ・・・・おい・・・・・・」

鎧。
武具。
それらが散乱していた。
死骸騎士が浄化される光が、
辺り一面をホタルのように輝かせていた。

「冗談・・・じゃねぇぞ・・・・・・」

彼はその光景に、
ただ呆然と、ただ頭の中を渦巻かせて、
まだ混乱していた。

「俺が・・・・やったのか・・・・」

コンフュージョン。
ソラ=シシドウ。
世界の最悪が引き起こしたソレは、
反乱軍に少なくない被害をもたらした。

一番の効果点はやはり、
肉体のみに通用し、死骸にコンフュージョンは無効だった事だろう。
死骸騎士に被害は無く、
反乱軍のみにどうしようもない混沌を叩き落した。

死骸には無効の範囲攻撃。
これ以上に、実に、実に効率的な事象は無かっただろう。

「クソッ!」

ただ・・・・・一人を除いては。

「俺じゃねぇ!知ってんだろっ!終焉戦争ん時と同じコンフュージョンだっ!!」

棺桶を背負った戦士は、
"仲間"に囲まれて、
主張した。

「黙れ裏切り者」
「仲間殺しが」
「混乱?そんな事は関係ない。仲間を殺めた」
「そしてまた、そうなる可能性もある」

エースには、
反論は無かった。

「くっ・・・・」

なんでこうなってしまったのか。
死骸騎士には無効?
帝国騎士団には無効の完璧な戦略?

馬鹿な。

庭園には、帝国で唯一の生者。
エースが居た。

「ピルゲンの野郎か・・・・俺一匹程度は誤差にしやがったっ・・・・」

コンフュージョンの効果で、
仲間を殺めたのは事実。
それは事実で、未熟さ故、
己を責めなければいけないかもしれない。

「違う・・・・終焉戦争の時もコンフュージョンは行われた・・・・。
 最初から・・・・兵隊なんてもんは・・・・捨て駒以外の何物でもねぇってか・・・・」

ソラ=シシドウ。
『ラボコン(ラッキーボーイコンフュージョン)』
彼と最も近いところで音を聞いたエースに、
抗う術など無かったが。

「どうしろってんだ・・・」

今、
帝国の人間に囲まれているのは・・・・
誰でもない。
帝国の人間である・・・・自分だった。
自分が、
この手で、
仲間を殺めたからだ。

「斬ればいいだろう」

横に、
サムライが居た。

「斬る。KILL。斬る。KILL。迷ったら"キル"だ。そうすれば迷わない」

こいつは、
コンフュージョンの最中でもこれが正常だったんだろうな。
世界で生きていく中でこの時、この時だけは、
エースもイスカを羨ましくも思った。

「斬るんだよ・・・斬るのだ。全て斬れば・・・・残ったものが、目的(マリナ殿)だ」

ペロリと、
狂武者は刀を舐めた。
この常時コンフュージョンみたいな侍女と会話するだけ無駄だ。

「何にしろここから先は防衛区域」
「何者でも斬れと命令が出ている」
「44部隊であろうと死んでもらう」
「どちらにしろ仲間殺しを生かしてはおけないがな」

ふざけるな。
ロウマがどうなっているか知らなければならないこの時に、
戻る方向を封鎖された。
こんな話があるか。

「クソッ・・・・」

何を優先すべきだ。

「俺は騎士団・・・そこだけは譲っちゃいけねぇ・・・・ロウマ隊長の44部隊であることだけは・・・」

どうする。
どうする。
まさかコンフュージョンの一番の被害者が、
騎士団である自分であるなんて・・・・。
・・・笑い話だ。

「でも本当に・・・やるしかねぇか」

エースは上着を広げる。
内側に武器が一面に立ち並ぶ。

死ぬわけにはいかない。
ロウマ=ハートが最優先事項だ。

彼の命令なら裏切れるし、
彼のためなら裏切れる。

「駄目だっ・・・早まった決断は出来ない。ここは一端退いて様子を・・・・・」

TRRRRRRRRRRRR!!

「・・・・ッ」

突然鳴り響くWISオーブに、
少しの驚きと動揺。
共に苛立ちを感じたが。

「おっ」

それが、
44部隊の回線であることに安らぎを感じた。
それが44部隊の命令であればなんだってする。
それが最優先事項だ。

ロウマ=ハート。
彼より優先すべきものは無いのだから。

[面白い事になってるんでしょうね]

ただ、
通信の先は、

「なっ・・・・」

泥沼のさらに下の野郎からだった。

「何故この回線を知っている・・・・・アレックス=オーランドっ!」

[なんで?決まってるじゃないですか。スミレコさんのオーブですよ]

エースはWISオーブから顔を離し、
確認する。
確かに"ストーカー女"と表示されていた。

「・・・・・なんでテメェがスミレコの・・・・・」

[彼女は僕を愛してやまないんですよ?貸してもらっただけです。
 どっちにしろメッツさんから借りれば同じ事なんですけどね]

「・・・・・ケッ、通信を切るぞ。てめぇと話してる場合じゃねぇ」

[スミレコさんは死にました]

本当に切ろうとしたところで、
まんまと動きを止められた。

「僕が殺しました」

続けざまに、
声は攻撃してきた。

「・・・・・・・・・テメェ・・・・・」

[なんですか?裏切り者が死んでも怒るんですか?そうでしょうね。
 同情するでしょうね。でも仲間だったからじゃない・・・・貴方も同族になるからです]

エースは、
通信の向こうから聞こえる奇術の魔力を、
遮断することは出来なかった。

「お前・・・・まさか・・・・」

[一度しか言いません。名無しのエースさん。こちらに付いてください]

この状況で、
この打ってつけの状況で、
完璧なタイミングで・・・・
こいつは・・・・・

「・・・・・却下だ!」

[ラッキーですね。もう一度聞けますよ?こちらに付いてください]

切ればいい。
この通信を。
だが・・・
クソ・・・・

「・・・・・アレックス・・・・オーランドっ!!」

[はいはいなんでしょう?YESでもNOでも無い答えは求めてないつもりですが。
 ・・・・分かってますよ。迷いが出るような状況。窮地とはソコのような事を言うんでしょうね]

ソコ?
ここの事か。
エースは少し冷静になった。
思い返してみれば、
焦りをアレックスに見せる必要なんて無いじゃないか。

「・・・・ふん。窮地とは何の事か。俺は至って問題なく戦場を満喫しているがな」

問題ない状況を装うとしたが、
周りを取り囲む仲間たちの目はそうは言っていなかった。

まぁそんな事。
たった今起こってしまった事など、
アレックスは知る由もないはず。
そう踏んだ。

「そうですか?そのまま仲良しなお仲間とおしくら饅頭したいならそれでもいいですけど?」

だがこっちが見えているかのように・・・・

[イスカさんは元気ですか?]

エースはイスカを見てしまった。
イスカは首さえ傾げないが、
何も分かっていない顔だ。

だがアレックス=オーランドは、
なんでシシドウ=イスカが共に居る事が分かる?

[元気は元気でしょうけどね。あぁ、気にしないでください。彼女は無関係です。
 イスカさんと連絡が取れるなら、さっさとそうして事なきを得ています。
 さて本題に戻りましょう。そこで仲間に殺されるか、それとも汚名をオシャレに着こなすか]

「仕組んだのか・・・・」

[動揺が極地にきてるみたいですね?その辺は最初の方の返答で分かってました。
 "なんで僕が生きてる事を疑問に思わないんですか"?冷静になってくださいよ。
 さっきまで死んでた僕がコンフュージョンを戦略に組み込めるわけないでしょう]

冷静でなかったことは、
簡単に見透かされていたようだった。

だがこのタイミング・・・・。

[場所と環境は情報屋さんから聞いただけです。
 あとは今の状況と照らし合わせて電話してみただけ。ビンゴでしたけどね]

コンフュージョンも、
状況も、
自分の死も、
スミレコの死さえも、
全てその場で裏返し、
逆手にとって・・・・・。
見えないようにカマをかけて・・・

でもこの咄嗟でなんて、
さながら・・・・・・悪魔。

「お前はそうやって・・・・何もかもを利用して・・・・」

[感想を聞くために通信しているわけじゃありません。
 そしてYES、NOを聞くためでもない。YESを聞くための通信です]

「NOだ!そう言っているっ!王国騎士団の誇りに賭けてなっ!」

エースは必要以上に、
WISオーブに怒鳴りつけた。

[僕は人を助ける力がありませんが、人を追い詰めるのは得意です。
 崖っぷちに居る人の背中を押すのは気が引けます・・・・・が、得意です]

「知るかっ!通信の向こうで何が出来る!そして!決めるのは俺は意志だけだ!」

エースは背中の棺桶を放り投げた。
武器の重箱が、ガシャガジャと音を立てて地面に砂埃を立て、
内側に武器を無数に貯蔵した上着もその上に投げ捨てる。

「おいテメェら!俺に戦う意志はねぇぞ!俺は騎士団だっ!」

通信のアレックスの声など、
周りの騎士団には聞こえない。
だから、
エースの攻撃はこの場に居る事。

裏切りの意志などないことを、辺りに知らしめた。

「俺のやった事は俺の意志じゃねぇ!」

現状の最優先事項は未だ分からない。
だが、
現状の"最悪"はアレックスが教えてくれた。

利用される事だけは避けなければいけない。

「俺は一端戦いから身を引く」

汚名は晴れないかもしれないが、
逆賊になることだけは、
避けなければいけない。

[何を言ってるんですか。裏切り者さん]

通信の向こうで、
アレックス=オーランドが笑った。

[裏切り者になりたくないんですね。なら予定が少し変わるだけです。
 YESという返事を聞くだけの通信だと言ったでしょう?
 拒否するなら、貴方の意志とは別に、強制的に寝返ってもらうだけです]

エースは、
WISオーブを持ったまま返事をしなかった。

何を・・・
何を企んでいる。
二重にも三重にも・・・。
この奇術師め。

だが通信の向こう側で何が出来・・・・・

[ねぇ?裏切り者の・・・・]
「『ジグザク』」

「?!」

背後から声。

「ハッハー。よくやってくれた『ジグザグ』ちゃん。
 まさかここまで派手にやらかしてくれるとはねん♪」

傭兵が数人と、
半顔ピアスだらけの・・・・エドガイ。

「てめぇ・・・・なんだその・・・・」

「『ジグザグ』?」
「なんだその呼び名は」
「まさか・・・・」
「偽装兵」

エースはハッとした。
辺りの騎士共が疑っている。
自分を。

敵側から『ジグザグ』なんて訳の分からない呼び名に。

「おいちょっと待てお前ら!俺はエースだ!『AAA(ノーネーム)』のA'sだ!
 こいつの言っているのはデタラメだ!俺は敵側の人間じゃない!」

「釣れない事言うなよ。とっとけよ。俺ちゃんから言わせりゃエースってどなた?って感じ。
 な?いやぁいい仕事をしてくれたぜ。功績としては戴したもんだ。さ、戻ってきな」

強制的に寝返らせる。
アレックス=オーランド・・・・

「俺を・・・反乱軍のスパイに仕立て上げる気か・・・・」

ついさっき出来上がった状況から・・・
ここまで仕立て上げてきやがった。
鬼・・・
いや鬼畜を超える戦略家だ。

「ク・・・ソ・・・・・」

エースは横目でイスカを見た。
イスカは何をしているかといえば、
全てに興味がないようで、
いつまた斬りあいを始めようかという顔つきだ。

「まだ言い逃れは出来る・・・・いや・・・有耶無耶に出来る」

こいつを生かしておいてよかった。
この人斬りを暴れさせよう。
混乱の中で有耶無耶にする。

それしか・・・・

「ズッキュン♪」

それほど冷静さを失っていたか。
エドガイが剣を向けていた事にさえ気付かなかった。
パワーセイバーが放たれたのだろう。
その弾道さえ確認していないほど迂闊だった。

「・・・・・・なんだ」

「おたく、もう一度言うぜ?おたくはエースなんて名前じゃない。
 『ジグザグ』。人斬り傭兵"ジギー・ザック"だ」

ハラり・・・と、
背中の衣類がめくれた。
パワーセイバーで斬られていた。

「それが証拠だよん」

エースの背中には、
体に刻まれたバーコードが日の目を見た。

「俺ちゃんらと・・・・お揃い」

エドガイは右前髪のカーテンを暖簾(のれん)のようにどかす。
エドガイの右頬にも、
傭兵の証。
バーコード。

「・・・・決まりだ」
「44部隊のエースはスパイ」
「傭兵『ジグザグ』とやらだ」

「お、おい・・・」

おいおいおいおい。
ちょっと待て。
何がだ。
どうして・・・・こうなってる。

背中にバーコード?
傭兵の証?

知るか!
身に覚えもない!

「俺は・・・俺は44部隊のエースだ!」

名無しのエース。
過去と、
名前の無い・・・・ただの兵士だ。

「違うぜ。『ジグザグ』。お前も俺ちゃんらと同じ、ビッグパパの息子だ」

その名で呼ぶな。
頭が痛い。
頭痛がする。

俺に・・・
俺にそんな過去(きおく)なんてない!

「・・・・・・ッ!!」

エースは咄嗟に、
地面に槍を拾った。
そしてそれを突き出す

「むっ」

イスカに。
イスカは瞬時に剣をぶつける。

「・・・・・ヒマだったところだ。敵。斬っていいということだな」

「人斬り。ここで俺があんたを斬れば・・・・裏切り者でない証明になる」

苦肉の策だ。
そんな事で今更汚名が剥がれるとも思わない。
だが、
それでも・・・・

[エースさん]

まだ続いていた通信から、
アレックスの声が。

その声の続きを聞けば、
エースは、
このアレックスという男が、絶対の敵に成り得たかと分かった。
英雄なんかじゃない。
躊躇いも何も無い。

[あなたがそのままでも、いい事は一つもありませんが・・・
 こちらに付けば、ロウマさんへの道を協力しましょう]

今、ロウマさんがどうなっているのか。知りたいんでしょう?
そう・・・言ってくる。

悪魔か。
そう思った。

ここまで追い詰めておきながら・・・
最後にサラりと飴を転がしてきやがった。

「・・・・くっ・・・・」

もうエースには・・・・
地面に転がる飴を、
ひざまづいて舐めるような行動をとるしか・・・
出来なかった。

「分かった・・・・・だが次の命令が出るまでだ・・・そこまでだ!」

名無しは落ちた。

「拙者には関係の無い事だがな」

だが言葉通り、
イスカがエースの槍を弾き、
もう一振り。
エースの首を掻いて来た。

「おっとっと」

そこに割り込むのはエドガイ。

「だめよん。可愛い子ちゃん。欲求不満で発情するのもいいけどねぇ。
 ここはちょっとオアズケだ。涙目で我慢して頂戴・・・な♪」

エドガイはイスカの剣を止めたまま、
イスカの頬をベロリと舐めた。

「?!」

イスカは気色悪がって後ろに跳ねとんだ。
それで終わりだ。

「おかえりジギー」

エドガイは、
隣のエースにそう呼ぶ。

「・・・そこは譲らない。・・・俺の持ってない過去(なまえ)は・・・そんな過去じゃない・・・」

「ま、そうかもねん。今と昔、どっちが大事かなんて決まってる。
 昔の貯金はおろせないってね。・・・ま、忘れられてるのは涙目だけどねぇーん」

そう言いながら、
エドガイは剣をベルトにひっかけ、
右手をエースの頭に、
左手をイスカの頭にのっけて引き寄せた。

「とっかく。俺ちゃん、可愛い子ちゃんからテメェらの面倒見るように言われてっから。
 ・・・・どう見ても楽じゃないんで涙目気味ではあるんだけどねぇん」

エースは仮初の裏切り者だ。
いつどこで斬り捨ててもいように見張っておかなければいけない。
同時に、
もっともやっかいなのはこっちの人斬り。

「・・・・・・」

抑え付けるような殺気を常時放っておかなければ、
いつの間にか噛み付かれているだろう。

どちらも味方とは呼べない代物。
楽じゃないパーティーだ。
同時にエドガイでないと抑えつけられないだろう。

「・・・・ほんと・・・人使いの荒い・・・・。あぁジギー。ちょっと代われ」

「ジギーじゃない。エースだ」

ふて腐りながら、
エースはWISオーブをエドガイに渡した。

「可愛い子ちゃん。おたくほんと鬼才だね。おたくの予定通りだ」
[でしょうね]
「・・・・まったく、顔以外は可愛げがねぇ。で、俺ちゃんらはどうすればいい?」
[引き続き、《ドライブスルーワーカーズ》の皆さん及び、エースさんとイスカさんを頼みます。
 もうすぐメッツさん達の団体がそちらに来るはずなので一時の撤退をよろしくお願いします]

東。
デムピアスのガレオン船を挟み、
エドガイも東を攻めろという事か。

[気をつけてもらいたい事は一つ。イスカさんです]

横目で、
エドガイは人斬りを見た。

[出来ることなら、マリナさんと引き合わせないようにお願いします。
 それしか薬がないのに、それが死因になる可能性が高いんです]

イスカを止められるのはマリナだけだろう。
だが、
現状のイスカにマリナと会わせても、
どう転ぶか分からない。

「俺ちゃんの荷物多すぎないかねぇ」
[やっかい事を一任してもらってますから。頼りにしてますよ]
「へいへい」

とにかく、
これで部隊は整った。

アレックス・ドジャー・エールの本隊が、
西側から。

メッツの部隊。
マリナの部隊。
ロッキーの部隊。
そしてエドガイにイスカとエースを合わせた遊撃隊が、
東から。

言葉の上だけならば東に戦力が固まっているように聞こえるが、
実のところは西。
アレックスの方へ大部分を集中している。

この割り方もアレックス=オーランドの考えの一つなのだろうが・・・・。

「・・・・何にしろさっさと下がるか」

ここらの敵が、
エースに殺意を剥き出しなのは変わらない。
自然、この冷戦状態の中でもエドガイが巻き込まれる可能性は大だ。

「おいお前ら。全員がかりで侍の可愛い子ちゃんを拘束しろ」
「「「「サー!イエス!サー!」」」」
「ジギー。支度し・・・・・」

そこでエドガイは、
エースの動きが固まっている事に気付いた。

目線は一点に集中している。

先ほどまで仲間だった敵陣を名残惜しんでいるかと思ったが、
そんな目付きでもない。

ギラギラと、
許せない者でも見つけたように・・・。

「・・・・おい、何を見てんだ」

エドガイがエースを振り向かせようとするが、
その前にエドガイもそれを見つけた。

冷戦状態のこのギリギリの間際で、
間を縫うように、
男が居た。


「かったりぃなぁおい。なんでだ?節々が痛ぇんだが」


髪は白と黒のメッシュ。
年は50の半ばかそれ以下か。
何よりも、
家でも両断する気かというほど大きな・・・
巨大な・・・・斧。

「ありゃぁ・・・確かフリーの傭兵の・・・・」

かなり表に出てこないため、
めったに見れるもんじゃないが記憶にあった。
たしか・・・『竜斬り』
あの竜斬り包丁(ドラゴンスレイヤー)が何よりの証拠。

それが2人ほどの従者と共に。

「それは暴れたからですよ」
「俺が?なんで?」
「コンフュージョンかかったんですよ」
「俺が!?混乱してたっつーのか!?ざけんな!んな事誰が決めた!」
「僕らかかってないですから」
「見てました」
「んなもんかかるか!あぁかかってねぇ!俺が言うならそれが決定だ!」

イラ立つように、
竜斬りは片手の生肉を食いちぎった。
それよりも担いでいる巨大斧の方に目が行く。

担いでいるという表現を疑いたくなるほど、
巨大過ぎる斧だ。

「つーかなんで戦闘行われてねぇんだよ。戦争だろ?
 ロウマの馬鹿どこだよ。あのヘタレ。ったく。あーあー!」

巨大な斧を背負った50過ぎの若老体は、
ガナり声をあげる。
八つ当たりのように生肉を頬張る。

「・・・・・っと。お?」

若老体の男は、
エースの視線に気付いた。

「おーおー。・・・・なんだっけ?・・・とにかく久しぶりじゃねぇかオメェ!」

「クッ・・・・クシャール!!!!」

エースが飛び出した。

「おいおいおい!おたくのお守(も)りが俺ちゃんの仕事だってのになんだよっ!」



































「・・・・・・・・通信が切れました」

アレックスが呆然WISオーブを持って立ち尽くしていた。

「あ?いいだろ。エースの方はうまい事いったんだろ?もう用ねぇだろ」

ドジャーがアレックスなんて放っておき、
両手に腰を当てて背後を見回していた。

「いやぁ、絶景だね絶景」

立ち並ぶ反乱軍。
その大多数が居る。
この戦争に参加した時もかなりの数だったが、
その時はツヴァイ等が居た。
実際に引き連れるのは始めてだ。

「もう出陣の命令出していいか?アレックス」

だがアレックスは、
何度もWISオーブをかけなおしていた。

「・・・・繋がらないか・・・」
「ん?・・・カカカッ!イヤに必死だなおい」

ドジャーは歩み寄ると、
アレックスはオーブを仕舞い、
ため息をついた。

「最後に・・・"クシャール"という名が聞こえました」
「誰それ?」
「あんまり有名じゃない人ですよ。『竜斬り』と呼ばれてます。
 ロウマさんの武器よりデッカい斧背負ってる人です」
「はぁん・・・敵?」
「いえ・・・恐らく反乱軍に混じってたんだと思われますが・・・」
「・・・・・・なんかマズいのか?」

アレックスの様子に、
さすがにドジャーを聞いた。

「・・・・・『竜斬り』ですよ?」
「その説明はさっき聞いた」
「エースさんとなんかイザコザがあると面倒なんです」
「なんでエースと?」
「『竜斬り』と《竜騎士部隊》ですよ」
「・・・・・なるほどね。そういう因縁か」

深くは聞かないが、
いろんな形での予想はつく。

「だがこっち側なんだろ?」
「そうとも限りません。何にしろ、僕としては絶対に会いたくないですけどね」

絶対に・・・ねぇ。
アレックスがそこまで言う相手ならば、
一応チェックしておかなきゃいかん人間らしい。

「あ・・・あぇ・・・アレックスぶたいちょっ!!」

どうにかそれで腹の底から声を出したつもりらしい。
エール=エグゼが、
頑張って駆け寄ってきて、
息の切れた声でアレックスの名を呼んだ。

「いく・・・イ・・・・行く・・・イく・・・・」
「何喘いでるんだよ」
「行く・・・・準備が出来ました・・・・」
「アレックスに言わんでも、それは俺も知ってる。
 見てみろ。殺気漲ってるぜ皆。"よくも同士討ちさせてくれたな"ってよ」

ドジャーが背後の軍隊を、
紹介するように手を広げて見せる。

確かに、
彼らは怒り奮闘していた。
コンフュージョンの結果は最悪だったが、
それは彼らの闘志を一層深くしたかもしれない。

「いえ・・あのセコいって・・・噛んだ・・・斥候に行ってきて・・・・言われた通りに・・・」

アレックスに報告しに来たのに、
アレックスの顔色を伺いながら、
エールはドジャーに報告していた。

「エ、エールさんは死骸騎士だから・・・偵察しやすいだろうって・・・・・
 確かに疑われなかったっていうか・・・・進攻の安全を確認したっていうか・・・」

恐る恐るだ。
先生の前で怒られるドキドキを持つ女学生のように。

「ハキハキ答えてください」
「あう・・・」
「返事は?」
「う、うぃ!」

いつもと違うアレックスを見れた気がして、
ドジャー少し笑った。

「お前の様子が少し変だとかはまぁよく分かんねぇから置いておいてよぉ、
 カカカッ、部隊長時のお前の顔ってのが見れた気がしたぜ」
「僕の裏の顔ですよ」
「そうかいそうかい」
「ドジャーさんにもあるでしょ?え?ない?ずっとその性格?
 そのアホみたいな顔しか出来ないんですか?絶望的じゃないですか」
「・・・・・・」

どちらかというとトバッチリに近い。
あまりその辺りは突付かない方がよさそうだ。

「それで?エールさん」
「う、うぃ!安全を確認したっていうかですね・・・」

エールは自分が来た方向を見定める。
ガレオン船を挟んで、
庭園の西のこの場所。

「・・・・・見たまんまでした」

そう。
安全もクソも。

"誰も居ないのだ"

ただ庭園が広がっている。
今までの戦争の後はあるが、
たった今、
進行方向に敵が居ない。

遠目に薄っすら見えるぐらいだ。

「・・・・・・アレックス」

ドジャーは苦笑いする。

「罠かどうか・・・なんてレベルじゃねぇぞ。露骨過ぎる。
 これで一筋縄分も謀略張ってねぇんならただの馬鹿だ」

アレックスはアゴに手を置いて、
考えていた。

「有力な考えは3つです」
「アレックスぶたいちょさすがですぅ〜」

・・・とエールは小さな声で言った。
聞こえないぐらいに。

「1つ。本当に何も張ってない。見渡す限りの庭園。
 ディエゴさんはこの風景を僕らにプレゼントしてくれたのかもしれません」
「ねぇよ」
「それはつまり、向こうの方に見える敵のラインまで、
 僕らを引き寄せる必要があるのかもしれないという事」

誘導。
前進させるのが目的。

「カッ、ここと向こう。違いがあるようには見えねぇけどな」
「あります。一つは相手の懐に近くなる何かしらの射程距離に入るのかもしれません」

アレックスは目だけで見渡した。
その可能性があるとしたら、
一つは城。
城からの射撃系魔法。
一つは左の城壁。
これが可能性が一番高い。
一つは右の・・・・デムピアスガレオン船。
登上は難しい故、あえてそちらを使うメリットは無いが。

「2つ目。薄っすら向こうの方に配列している部隊が、
 そもそも遠距離系の魔法部隊である可能性」

それならば、
この広がった空間はただのデスロードだ。
進むわけにはいかない。

「3つ目。伏兵。エールさん」
「う、うぃ!」

エールは背筋を伸ばす。

「ふ、二つ目に関しては!エールさんが!狙われた感覚はありませんでででした!
 三つ目の!伏兵も!エエエエールさんが狙われた観客は・・・噛んだ・・・・」

毒見みたいな斥候をさせる奴だと、
ドジャーは傍目に思った。

「伏兵部隊のリンコリン=パルクさんはまだ残っています。
 ならここが一番可能性が高いと思っていましたが・・・・ここに配置というわけじゃないんですかね」

いや、
斥候一匹如きにボロを見せるのでは、
騎士団の伏兵部隊と呼べないか。

「で、結論は?」
「どれであれ、左右と前方をよく確認して手を挙げて渡るしかありません」
「・・・・・罠があっても進むしかねぇってことか」

アレックスは、
反乱軍の一人に指示を出す。
それはまたたく間に全体に広がっていく。

「前進です」
「肝が冷えるぜ」

アレックスとドジャー。
そしてエールを先頭に、
部隊は進攻を開始した。

足並みの揃ってない軍隊も、
動き出せば地響きに変わる。

「本当に・・・・・誰も居ねぇな」

ドジャーは右手方向にガレオン船の船首を見た。
ここからが進軍。
船の全長から測れば、
50m以上、敵の気配が無い。

だがその距離は同時に、
少し腕の立つ魔術師ならば射程距離の範囲。

「余所見してるといきなり死ぬかもしれませんよ?」
「・・・・カッ・・・・正直どこから攻撃がくるのか・・・・どこも怪しく見えるぜ」

この開いた空間の向こう側からか。
城の上からの攻撃にはまだ遠い。
なら左の城壁か。
右の船の上から?
伏兵の可能性も捨てきれていない。

「・・・・・ッ・・・・」

ドジャーは右手に魔力を混め、
振り下ろした。
特に何も起こらない。

「いいですねドジャーさん。定期的にディテクションをお願いします。
 臆病なら臆病なほどいいです。あまり意味ないでしょうけどね」
「なんでだよ。伏兵部隊がいるかもしれねぇだろ」
「そういうのはステルス部隊の仕事なんです。居るかもという所に居る伏兵に意味はありません。
 出鼻を挫くのが仕事じゃない。背後から、横から。フォーメーションを有利に働かせるため。
 相手の計算を狂わすため。・・・・そういった陥れるための不意討ちが、伏兵の役割です」

そうは言われても、
あまりにフリー過ぎて気味が悪い。
何もしないではいられなかった。

「あ、ロッキーさんから電話です。ドジャーさんはディテクしたいならしたいだけしててください」

一言多い奴だが、
アレックスが通信している間、
ドジャーは前方を見ていた。

せめて向こう側。
この開け放たれたこの場所の向こう側に居る部隊。
その手がかりでも分かれば何か違うかもしれない。

「あ、はい。大丈夫です。そのままメッツさんの部隊を先頭にぶつかって大丈夫です。
 あくまでその後ろをマリナさん、ロッキーさんの部隊が追う形をとれば、大事は起こりません。
 とにかく部隊と部隊の隙間は空けないようにだけ・・・・・・・・・・・・はい。頑張ってください。
 あぁそういえば、エドガイさんが数人組で防衛ライン際に居ますが無視してください。
 ・・・・はい。轢き殺すつもりでそのまま進軍してください。え?・・・まぁ大丈夫でしょう」

アレックスが通信を切る。

「向こうも無事進攻を開始したそうです。
 ロッキーさんの見解だとやはり東は怪しい部分が無いそうです」
「向こう側はガチの押し合いか・・・」

性に合っていないが、
こちら側は不気味すぎて遠慮したい。

「ア・・・アレ・・・アレックスぶたいちょっ!」

エールが、
頑張って大きな声を出そうとした。

「なんですか?」
「涙が出てますよっ!」
「は?」

エールは汗汗とハンカチを取り出し、
アレックスの顔を拭った。

「・・・・いや、出てないですけど・・・」
「あれ?すすすすまそ!にゃ・・・なんかこう・・・すぅー・・・・っと」

幻覚でも見たように、
エールは慌てた。

「・・・・あんまり変な事でちょっかい出さないでくださいね」
「いやおい。アレックス」

ドジャーがアレックスを小突く。

「?」

それで気付いたのは、
背後の軍隊が、少々ザワザワし始めた事だ。
特に攻撃等があっての事では無さそうだが、

全体が不思議そうに、
疑問を頭に浮かべているようにザワめいていた。

「・・・・なんだ・・・・ん?」

ドジャーはその状況下、
手を開いて見ると、
そこに・・・

フワりと何かが落ちた。

「・・・・・・雪?」

雪。
雪だ。

気付いてみれば、
さらに進軍してみれば、
それはもう目に見えて分かるようになってきた。

「雪・・・が降り出したぞ?おいおい!そんな季節じゃねぇだろ!!」

粉雪。
降り注ぐ。
白い結晶が辺り一面を覆い出した。

「どう・・・・なってんだ・・・・雪だぁ?このタイミングで?こんな場所で!?」

アレックスは呆然としていた。
その点、
ドジャーは他の軍の者達同様、多少取り乱していた。

「敵の・・・ってわけじゃねぇだろうが・・・・いや・・・・」

広がった進行方向。
向こうの方が雪が強い。

前方・・・向こう側の敵の上空を中心に・・・・雪が降り注いでいる。

「どうなって・・・わけが分からない・・・」

そんなドジャーの目に、
向こう側の人間の姿が、やっと目視出来た。

こちらが進軍しているからというのもあるが、
向こうの人間も前に出てきた。

「・・・・・なんじゃありゃ・・・」

あっけにとられた。
この訳の分からない事態の中、
ロマンティックに例えるなら妖精でも居たのかと思った。

突然一箇所に降り始めた雪。
その中心で、
一人。
いや、
それを取り囲むように何十人。

アンタゴンを来た者達が踊っていた。

「やられたっ!!!」

アレックスが声を張り上げ、
地面に拳を突き落とした。

「・・・・・おいアレックス」
「彼女をココでこんな風に配置してくるなんて・・・・ディエゴさん・・・・」
「なんだよっ!おい!」
「東に戦力を集中してきた意味が分かりました・・・・完全に読み負けです・・・・。
 いや、向こうはもう読み合い自体を拒否してきていたからこそ・・・」
「説明しろアレックス!この雪は!?あの部隊はなんだ!」
「僕らが西にどれだけ戦力を割くかなんて関係なかった・・・・」

西と東。
その二択に思わされていた時点で負けていた。

「・・・・・こちら側は・・・・行き止まりです・・・・・」

雪は、
とうとうつもり始めた。


































「ラッタッター♪ッラッラッタッター♪ルンルンルンルン♪」

彼女は、
降り始めた雪の真ん中で、
優雅に歌いながら無邪気に踊っていた。

「ゆーきーやこんこん♪キツネやコンコン♪」

彼女を中心に、
アンタゴンを着た人間が踊っていた。
まるで儀式のように、
積もり出した雪の地面の上で、
無邪気に踊る。

「ふれっ♪ふれっ♪お雪♪もっと降れ〜♪」

彼女、
アイスバー=カムムイと、
第48番・雪原警備部隊は、
アンタゴンを振り回して・・・まるで雪原のコロボックルのように。

TRRRRRR。

「あ〜〜い♪」

アイスバーは踊りをやめず、
そのままフワフワの耳あてに埋め込んだWISオーブで会話する。

[よくやってくれた。アイスバー部隊長]

「おっちゃのっこサイサイだよぉ〜ディエゴ部隊長♪
 これが私達のレビア道♪道産子パワーなのだぁ〜♪」

雪の中、
踊り続けながら通信する。

[タイミングとしては完璧だった。魔力はまだまだあるな?]

「序の口ほっいほい♪」

陽気に踊る彼女達。
アンタゴンを着た部隊。

「補給無しであと30分は降らせられるよ〜♪
 ゆっきゆっき♪ふっれふっれ♪もっと降れ〜♪」

雪の降らない季節に、理不尽に一箇所に集中降雪。
当然、
雪を降らせたのは彼女と彼女の部隊だ。

雪原部隊と部隊長アイスバー=カムムイ。
彼女らは氷系魔術師の集団だ。

「お犬は庭かっけ周り〜♪」

雪を降らす魔法はどの魔法か。
アイシクルレイン。
フローズンシャワー。
それらの魔法でも代用は可能だが、
彼女らが使用するのは・・・・アイススパイラル。

正しくは彼女らは氷系魔術師ではない。
"冷気使い"だ。

「ねぇ〜こっはコタツから出て外で遊ぼ〜♪」

辺り一面を、
部隊全員のアイススパイラルで包み込む。
冷やし続ける。

雪は正しくは副産物であり、
彼女らの真の目的は・・・・
アイススパイラルを乱発し、
"辺りを冷やし続ける事"

「ねぇねぇ♪ディエゴ部隊長♪」

アイスバーは踊りながら、
雪乞いの儀式を続けながら通信する。

「私達、攻城戦でこんなことしたことないけど♪こっんっな事で〜よかったのぉ〜♪」

[あぁ。最高だ。戦略は完全に完成した]

通信の向こうで、
ディエゴは笑った。

[この戦場で、寒冷地装備をしているのはアイスバー・・・"お前の部隊だけだ"。
 時に、今そこがどれぐらいの温度か分かるか?]

「ん〜っとねぇ♪」

くるくると雪を降らせながら、
アイスバー=カムムイは踊る。

「体感温度で−23℃ってとこかな♪まださっげれるよぉ〜♪」

水分が氷になるのは零℃だが、
一瞬で氷柱さえ完成させる氷系魔術の威力は予想出来るだろう。

アイススパイラルの冷気を大放出し続けているのだ。
部隊の人間全員で。

それは野外に冷凍庫を作るのも安易である。

[こんな状況を想定してない軽装な者達が突破出来る温度ではないさ。
 最悪、急激な温度差で心臓が止まる奴だっているだろう]

「ゆっきの神様はすっごいんだよぉ〜♪」

[そうだ。まぁ向こうも攻めてくるなら願ったり叶ったりだがな。
 この冷気の中を突破するのもまず不可能な上、
 その中を自由に行動出来るお前らを相手しなければいけないのだから]

唯一無二、
アンタゴンを常備している部隊。

反乱軍にこの寒波の中を通過出来る者はいない。
これは予期して準備してきたものなど居るだろうか?
居たとしたら拍手を送ってもいい。
それは表彰ものの馬鹿だ。

「わったしっはムッテキィー♪雪の中ではムッテキー♪」

それは水中でサメを相手にするように。
入り組んだジャングルで蛇を相手するように。

そのテリトリーでは彼女らは自由であり、
反乱軍は無力で活動不能。
それは確かに無敵と称してもいい。

「じゃ♪すっこし進んでもいいっかな〜♪」

[あぁ。分からせてやれ。アレックス部隊長にな]

「おっけ〜♪じゃぁ皆の集〜♪進軍&攻撃だよ〜♪」































雪は強くなっていた。
気付けば足跡が残るほどに。
ここでそうなら、
雪原警備部隊の中心地点はかなりの状態になっているだろう。

「アレックス。お前の言葉が本当なら、確かにここは行き止まりだ。
 袋のネズミじゃねぇだけマシだが、無駄足には違いねぇ」
「いえ、一番ディエゴさんを評価しなきゃいけないところは別にあります。
 それは・・・・たった1部隊の配置で戦場の半分を制圧した事」

両者が動き出す前に、
既に戦場は半分占拠されていた。

「とにかく・・・無理なら東の応援に行くぞ」
「駄目です」
「あぁ!?」

号令を出そうとしたドジャーの動きを止める。

「・・・・制圧って表現したのは・・・西を押さえられたって意味です。
 確かに僕らはこのままこの西の経路に居ても何も出来ません。
 でもじゃぁここを空けるんですか?相手に戦場の半分の自由通行券を与えるんですか」
「・・・・チッ・・・・」

こちらは何も出来ない。
だが、
西を空ける訳にもいかない。

東に行けば、
その隙に敵はこの西を通過し、挟撃してくるだろう。

2本しかない戦場通路を、
片方丸々相手に与えるわけにはいかない。

「何も出来ないが・・・捨てるわけにもいかねぇってか」
「守りと攻めと次を全て担った完璧な策です」

出鼻からアレックスは、
ディエゴ=パドレスに負けた。
戦略戦で。

「ア!アレックスぶたいちょっ!ドジョウさんっ!」
「ドジャーだっ!!」
「か・・・噛みました・・・・それよりっ!!」

エールが指差す。
雪原の向こうを。

「・・・・なんか・・・来るな・・・」

攻撃?
なんの攻撃だ。
敵が魔術師である事は分かるが、
このアイススパイラル(冷気)の範囲を見れば、
ここは効果範囲としてギリギリのラインのはずだが・・・

「・・・・ん?」

向かってくるそれは・・・丸い。
真ん丸い。
完全な球。
真っ白な・・・・
そして大きな・・・・

「雪球!?」
「ローリングストーンですっ!!」

雪を纏ったローリングストーン。
雪球。

雪だるまコロコロ。

それが2個3個と転がってくる。

「避けろ!!全員避けろっ!」
「後ろに逃げないで!左右に散ってください!!」

遠くから転がして来るようで、
命中率はよくないが、
これだけの団体の群れに転がしてくるのだ。
命中率など、ガターの無いボウリングぐらい気にしなくてイイ。

「慌てないでくださいっ!左右に!左右に避け広がってください!」

叫びながらも冷静に指示を飛ばすアレックス。
そのアレックスの真横を、
大きな、
巨大な雪球(ローリングストーン)が通過する。

「属性系の魔術と違ってローリングストーンは貫通力があります!
 巻き込まれないようにしてください!左右に!左右に避けてっ!」

巨大な雪球は、
1回転で数人を押し潰しては、
さらに転がって人を巻き込んでいく。

むしろ雪球自体に埋まりこむ者さえ居た。

「カッ・・・ローリングストーンなんて魔法でなんて威力だ・・・・」

ドジャーは通過した2・3個の雪球の消滅を確認してから、
さらに前方を見る。

「またっ・・・!?」

連チャンでまた雪球が転がってくる。

「団体に対して薙ぎ倒すには・・・ローリングストーンという魔法は効果的なんです。
 特にこれほど巨大な球であるならば尚更・・・止められない」
「だがあいつらはここまで広範囲に冷気広げてんだぞ!?」

アイススパイラルの冷気。
それは範囲としても広いが、
それ以上に気候を一部異常させる程のものだ。

部隊全員でとはいえ、
ここまでの広範囲高威力で展開している中・・・・

「こんな強力なローリングストーンが使えるのかよっ!」

半径5mはあるだろう雪球が転がってくるのだ。

「それだからドジャーさんは貯金が貯まらないんですよ」
「お前がバグバグ食費を嵩ませるからだろっ!」
「・・節約方ですよ・・・・ローリングストーン自体は恐らく・・・・発動時は通常レベルのものなんです」

また雪球がアレックス達の横を通過していく。
半径5mはある巨大な雪球は、
人間を簡単に飲み込み、
薙ぎ倒していく。

「大きくなりながら向かって来てるんです・・・」
「ぁあ!?」
「雪だるまを作る時と同じやり方なんですよ。
 転がして、雪を巻き込んで、大きくしているんです」

転がれば転がるほど、
地面の雪を吸収し、肥えていくローリングストーン。

特に大した魔力を消費しない大きさの岩でも、
ここに到達するまでには・・・・

これほどの大きさになっている。

「ならやっぱ退くしかねぇじゃねぇか!ここに居たら減るばっかだ!
 少なくともあいつらはこの雪原テリトリーを維持したまま移動するのは困難なはずだ!」

確かに、
アイスバー率いる雪原部隊は、
この状態を確保したまま通常速度の進軍なんて出来ない。

辺りを雪(レビア)な状態に変化させながら、
少しずつしか進軍出来ないだろう。

「退きたく・・・・ない」
「ななな何言ってるですかアレックスぶたいちょ!」

パタパタと手をバタつかせながら、
ツインテールの副部隊長は主張する。

「何も対策も無いし!このままじゃ幻滅です!」
「全滅ですね」
「アレックス。エールの言うとおりだ。全滅までは無いにしろ、
 確実にこっちの被害は増えていく中、こっちはいいこと無しだぜ?」
「ですが・・・ココを取られるわけにはいかないんです」

兵力の大多数をこの西に回してしまったのだ。

「正直なところ・・・東・・・メッツさん達の方面は・・・突破出来るだけの戦力を回してないんです。
 あくまで向こうはどうにか"堪(こら)えて"・・・こっち側から戦況を作る算々なんです」
「なら今からでも予定を逆にしろっ!」
「だからこっちを空けるわけにもいかないんです!
 それに向こうに戦力を集中させても向こうの方が上なんです!」

西を取るしか、
光は無い。

戦力で負けているなら、
策で勝つしかない。

それで取った道なのだが・・・・
その策でもディエゴ=パドレスに負けた。

「アレックスぶたいちょ〜・・・・」
「アレックス!てめぇの言葉でも今は俺が優先だ!
 ちゃんと策でもねぇ限り、ここには居ない方がベストなんだよ!」

雪球ローリングストーンが、
また1個・2個と通過していく。

「策なら・・・・・一つだけあります」

アレックスが言った。

「さっさと言え!」
「それは・・・・」

アレックスは両手の指を組み、
目を閉じた。

「神に祈ります」

アーメン。
アレックスは天に祈った。

「ぶっ殺すぞテメェ!冗談言ってるヒマに何人死んでると思ってんだ!」
「冗談でもないんです」

アレックスは目を開けて、
ドジャーを見た。

「ガブちゃんさんが来ます」

疑問一つ無い言葉で、
アレックスは言い切った。

「・・・・何を根拠に」
「一つはエクスポさん。彼はガブちゃんさんを戦争に参加させるため、
 もとからフウ=ジェルンに戻る決心をしていた・・・・と僕は踏んでいます」

それを知ってて止めはしなかった。
そんな自分も嫌になるが。

「エクスポがフウ=ジェルンになった"かも"しれないから、
 ガブリエルの野郎も来る"かも"しれない。・・・・・ケンカ売ってんのか?」
「情報屋さんに調べてもらってました」
「・・・・・は?」
「15分前に、ルアス上空で飛行物体を確認したと」

アレックスはフと笑った。

「ガブちゃんさんはすぐソコまで来ている。
 問題は・・・そのガブちゃんさんを"今この場"に呼び寄せる方法が無い事ですが」
「・・・・カッ・・・・つまり・・・来てもうまいこと俺らの方を助けてくれるか分からねぇってことか」

確かに、
来る事が分かっているならば、
ネオ=ガブリエル自身を呼び寄せる手段は重要だ。

例えばエクスポの方へ。
例えば城へ。

特に人間を助ける理由の無い神を、
ここで活動させる手段が必要だ。

「もう駄目です!」
「減るばかり!」
「一端退きましょう!」

後ろから、
反乱軍の者達が懇願してくる。

「・・・・・確かに・・・天気予報でも神様が降りてくる時間は予想出来ませんしね。
 ドジャーさんの言うとおり・・・・少しだけ体勢を立て直す時間は要るかもしれません」
「おっし。お前ら!退け!ローリングストーンの軌道に乗らねぇように、左右に分散して退け!」

ドジャーが威勢良く号令を出していると。

「アレックスぶたいちょっ!」

エールが空を指差した。

「・・・・・神様も、たまには僕らを助けてくれるってことですね」

一部だけ異常気象で暗くなっている空に、
影。

「やっぱり・・・人頼みが僕の性に合ってます。いいタイミングでしょ?」
「カッ・・・相手は神だがな。運も実力のうちってか?」
「いえいえ」

アレックスは指を立てた。

「雪と雷。文字も似てるし、雨の中で落ちる雲の下の化身。でも地面を貫くのは稲妻です。
 人間が天候を操るなんておこがましい。天罰を与えるのが雲の上の住人の仕事でしょう」

うまいこと、
こちらに向かっているのは運か義務か。

ともかく、雲の上の住人。
天井人。
神は、

上空へ。

「さぁ、雪を裂くのは稲妻です。こっちの切り札見せてあげますよ」

アレックスは笑った。
天空。
雲を裂くは稲妻。
雨を裂くは稲妻。
雪を裂くのも稲妻。

アレックスの思惑通り。
運も味方したが、
それを含めて二重丸を付けていいだろう。


雪景色の中にソレは裂き落ちた。


・・・・・・


ただ、

一つ違った事は。


「ヒャーーーーーーーーーー!ッハハハハハハハハハハハ!!!!」


雪を割いたのは、
稲妻でなく、太陽だった。

「うわっ!」
「伏せてっ!」

太陽は雪原のど真ん中に、炎を纏って落下した。
爆発したような衝撃。
隕石のような火炎の落下。

「ぐあっ?!どうなってんだ!」
「霧ですっ!」

一瞬で氷は水を通り越して蒸発し、
辺り一面に霧が立ち込めた。

「ヒャーーーーッハッハッハッハッハッハ!!」

その霧の中心地点から、
真っ赤に揺らめくなにかと、
聞き覚えのある笑い声が聞こえる。

「・・・・・・・元気なガブリエルだなおい・・・・」
「・・・・・・・」

霧の奥の方で、
火炎の柱が天に昇った。
稲妻が遡るように。

「業火で猛火で不知火で鬼火で烈火で蛍火で点火で発火で電光石火で百火繚乱!!!
 業火で猛火で不知火で鬼火で烈火で蛍火で点火で発火で電光石火で百火繚乱!!!
 ヒャーッハッハ!誰でもいい!なんでもいい!燃えさせてくれよ!炎ジョイさせろよっ!
 心が渇くんだ!誰か俺に火を貸せよっ!HIGHに!灰に!廃に!してやるからよぉおおお!!」

凄いハイテンションなガブリエルの声が聞こえる。
ネオ=ネオ=ガブリエルといったところか。
有り得ない。

「・・・・・おいアレックス。・・・・これは状況が好転したのか?悪化したのか?どっちなんだ?」
「いやいや。ガブリエルさんならきっと助けてくれますか」
「まだ言うか」

ガブリエルで有り得ない落ちた天使(スプリングフィールド)は、
まだ霧の中でシルエットしか見えない。
ただこの立ち込めた霧。

全ての冷気を真逆に消え去って巻き起こった霧。
それはあくまで結果で、
それはもう、
あの霧の中心地点に生存者など居ないだろう事は想像出来る。

「ヒャハハハハハ!皆火ぃー火ぃー言おうぜ!俺は言わせてやっぜ!
 だって俺が燃えつきちまう・・・心が鎮火しちまうんだよぉおおおおおお!!!」

それはもう一度飛んだ。
霧の中から、
また上空へ飛んだ炎の化身は、
上空で姿を現した。

炎の翼と、
燃える髪。

「アッちゃぁぁあああああああん!!!なんで死んじまったんだよぉおおおおおおお!!!」

イベントが2週も3週も遅れている神は、
上空で燃えていた。

「・・・・やっぱダニエルじゃねぇか・・・何がガブリエルだ」
「・・・・・・・・・」

アレックスは頭を抱えた。
まだ、
ダニエルの登場を戦略の計算に入れていなかった。

「あれ?アッちゃんの匂いがする」

空で、
暴走炎神(オーバーヒートエンジン)は、
アレックスの姿を確認する。

「アッちゃんだ。あれ?なんで?そっくりなだけ?」

上空で炎の頭を傾げる神。

「ヒャハ♪」

ただ思いついたように笑う。

「どっちでもいいや♪アッちゃんなら燃やしてぇえええええええええええええ!!!!」

そして、
炎の塊が落下してきた。

「・・・・最悪だな」
「そして災悪ですね」








                 






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