「お姉さま。報告です」
「お姉さま。泣虫クライが死んだとのことです」

内門の前。
そこには屈強な鎧兵達が立ち並んでいる。
鉄壁ミラ率いる重装備の部隊だ。
終焉戦争を除き、打ち破られた記録など皆無。
門より堅き門兵とも呼ばれている。

ただ無口で冷徹な彼ら鎧達よりさらに前。
それらとは逆に位置するような風貌。

「クライが?ま、いいんじゃなくなくなーい?」

巻き髪の彼女は、
ぷっくらとした唇に紅を塗る。
ラメが光る。

「あいつってば最初からそのつもりだった感じがしなくもなくない?」

オレンティーナ=タランティーナは、
その兵達の戦闘で、
手鏡を見ていた。

「お姉さま、失礼ながら」
「お姉さま。男子の考えなど私共には測りかねます」

「なんでぇ〜?」

興味無さそうに、
自分のメイクだけがこの世の興味と言わんばかりの、
心の篭っていない返事をオレンティーナは返す。

「お姉さま。情報ではあのクライという男」
「お姉さま。あいつは元妻との仲のために自殺に近い形だったと」

「ふーん。心温まる話じゃない。そうでもなくなくない?」

「お姉さま。恋と愛は違います」
「お姉さま。それをおっしゃっているのはお姉さまです」

パタンと、
オレンティーナは手鏡を閉じた。
うっとりと、
自分の唇に手を這わせる。

「そう。その通り。間違いないわ。恋と愛は違う。私達が信じるのは愛だけ。
 男女の恋もよかれ。ただ人々の愛を侵害することなかれ。恋を捨て、愛に生き。
 神の慈愛。神はおっしゃったわ。汝、汚れる事なかれ。強くあれ」

社会を冒涜しているような、
そんな風貌の彼女だが、
谷間から十字架のレックレスを引き出すと、
それに口漬けをし、アーメンと十字を描く。

「私のシスター達よ。あなた達は女じゃなくなくない?」

「はいお姉さま」
「分かっておりますお姉さま」

「そう。私達は女じゃない。神に使える乙女」

乙女。
戦士。
第5番・アマゾネス部隊。
女のみで構成された、
聖女。
戦乙女の集い。

「それって超ヤバくない?」

「お姉さま。超ヤバいです」
「お姉さま。私達って超ヤバいです」

「でしょ?そうでしょでしょ?ってことでシスター達。もうすぐ戦よ」

オレンティーナは、
付けマツゲの目を半分だけうっとりと開き、
アマゾネス部隊の乙女達に振り向く。

「美しくありなさい。化粧の準備を」

「「「はいお姉さま。我らは貴方を愛しております」」」

「うふ。神と貴方達に愛を。ついでに騎士団に栄光を」


































「ディエゴ部隊長の差し金・・・・か。何よりだ」

城内を駆けるユベンは、
ふと通りかかった窓際から戦場。
庭園。
その戦況を横目で見据えた。

「中盤と終盤を混ぜ合わせたような布陣」

内門さえ通さなければいいという布陣。

「デムピアスがド真ん中に落ちてきたからな。対策も早急か」

現状、
反乱軍で恐れるのはデムピアス一人と言ってもいい。
失礼。
彼を一人と呼ぶべきか。
共に、
彼を反乱軍と呼ぶべきかも定かではないが。

「内門にミラ部隊長を据えるのは当然として、オレンティーナ部隊長も・・・か。
 もしポルティーボ部隊長をも置いた三連守ならば死角はなかったが」

それこそどうやったって突破出来ない完璧な守りだったが、
無いものネダリか。

「はたまたそれこそが反乱軍の希望の隙間なのか」

何にしても何よりじゃない。
ユベンは先を急ぐ。

戦場にもなりえるほどの大きな階段に差し掛かる。
降りれば1階だ。

「・・・・にしてもディエゴ部隊長の配置。らしいといえばらしいが・・・」

完璧で、隙もない。

「ミラ部隊長とオレンティーナ部隊長の配置はともかく、
 他の部隊の配置を見ていくと、堅実万能・・・・揺ぎ無し」

それは、

「逆に言えば、"後半戦を明らかに考慮している"」

見渡しただけだが、
ユベンにはそれが分かった。

「まるで、ギルヴァングというあの絶騎将軍を突破される前提・・・
 いや・・・・違う。そうじゃない。あれは・・・・・・・」

"アレックス=オーランドを見据えている"

「ツヴァイの居ない反乱軍に、軍師となりえる存在はいない。
 それなのに"あぁも"狡猾に布陣する意味はない。
 完全にアレックス部隊長の復活を前提としている」

それは保険か。
万が一さえも考慮した完璧なのか。

「・・・・まぁ文句も疑問も持たない事にしておこう。
 絶騎将軍(ジャガーノート)を含め・・・そして騎士団長を含めたとしても、
 全軍・・・それも騎士団をあそこまで動かせる人間は・・・・・」

第1番・最終守備部隊部隊長。ディエゴ=パドレスの他に居ない。

「そこまでの器があって尚、あんたは騎士団長の駒の道を選ぶか」

何よりじゃぁない話だ。
騎士団で唯一、
アインハルト=ディアモンド=ハークスでなく、
ロウマ=ハート一人の下に付く部隊。
44部隊の一員としては、
それは誇らしくも愚かに見えた。
ただ、
誇らしさに変わりはない。

「俺は俺の道を行くしかないか」

階段を降り切り、
迷わず方角を決め、
ユベンは城内を走る。

「ミヤヴィとメリーを先に拾うべきか。・・・いや、」

そうこうしていると、
それこそ、
ユベンにしては不覚といってもいいだろう。

それほどまでに心が揺らいでいた。
ロウマ=ハートに何かが迫っているということに。

「・・・・・っ・・・」

「わわっ!あぁ!」

誰かとぶつかった。
ユベンは足を止めただけだったが、
同じく城内を夢中で走っていたその男は、
ひっくり返るように転倒した。

「ぁぁぁああ!すいませんすいません!僕のような虫けらが余所見してぶつかるなんて!
 でででもこれは不可抗力というものであって僕に責任があるわけじゃあないと思・・・
 あいえ!もちろん貴方に責任を押し付けるつもりはありませんごめんなさいごめんなさい!」

寝癖のようなアホ毛の立ったその少年は、
こちらの目を見ずに必死に謝って頭を下げた。

「ぼぼぼ僕が悪いなんてことはないですけど貴方が悪いなんてそんな事はいいいい言いません!
 何が悪いかとかあるならそれこそ僕なんて矮小で必要の無いクズが存在していた事で。
 でででも僕だって生きてるわけですから僕にだって権利があって僕の命に責任ははは・・・・」

焦りに焦りながら言葉を並べ、
どれも心が篭っていないどころか、
自分の責任を転嫁するようなワード。

「でででわ僕はこれで!」

一頻り言葉を並べた後、
その少年は逃げるように・・・・

「待て」

ユベンは声で止めた。
押さえつけるような真似はしない。
が、
言葉だけで少年は恐れるように「ヒィ!」と肩を跳ね上げた。

「すすすすすいません!やっぱ怒ってます?怒ってます!?
 いえいえいえ僕は悪くないんですよ?悪くないんですけどそれはですね!
 半歩ずつ気を付ければぶつかる事は無かったということで僕だけが・・・・」

「いや、俺が聞きたいのはお前、こんなところで何を」

少年はまたドキリと肩を跳ね上げた。

「ななな何もしていません!僕は何もしてないんだ!
 僕は悪くない。僕は悪くないぞ悪くない悪くない悪くない」

「後ろめたさのある物言いだな」

「そっそんなことないですよ!だって僕は悪くないんですからっ!
 僕は知らない何も知らない何もやってないし悪くないから僕に責任はない」

「お前名前は?」

「シッ!」

ビクッとまた肩を跳ね上げて、
その少年は怯えるような目をする。
目を反らす。
あらかた人に好かれるような挙動ではない。

「ぼぼぼぼぼくは・・・・」

キョロキョロと、
責任から逃れたいようにあたりを見渡して、

「ソラ=シシドウ・・・・」

「・・・・・シシドウ?お前53部隊(ジョーカーズ)か」

「ししし知らない知らない知らない!もう僕しか残ってないんだから部隊なんかじゃないし
 僕は戦いたくなんかないし戦えないしそれでも生きたいなんて悪い事じゃないはず!
 ああああああ違います!違います!僕なんかクズなんです!だけどそれだって・・・・」

「そういう事を聞いてるんじゃない・・・やれやれ何よりじゃないな・・・・・お前は何・・・・」

「失礼です!」

風のように逃げるように、
ソラという少年は走っていった。
それこそ逃げたというべきか。
・・・。
転んだ。
そしてこっちを何か恨めしそうに見ては、
また逃げはじめた。

「なんだったんだ」

分からない。
ただ、
最後の一人というのはどんな気分なのか。

44部隊も残り4人。
たった4人。
メッツを含める気はない。
アレはアレの道を行くだろう。

「物語はちゃんと進んでしまってるということか」

自虐的に呟きながら、
ユベンはまた進んだ。

「やれやれ・・・・」

心配事ばかり増える。
楽じゃない立場だ。




































「う・・・・く・・・・・」

目が覚めた。

・・・・夢を見ていた。

なんとも言えない夢だった。

小さな幼い自分が居て、
そして、
どこをどう歩いても・・・・
自分の横にある大きな壁のような柱のような、
そんな巨大なものは離れないんだ。

視界を阻む。
行手を阻む。

そして、
それが離れてくれないのではなく、
自分の方が離れられないのだと気付いた時点で、

夢は覚め、
目は覚めた。

「・・・・ここは・・・・」

薄暗い。
地面が冷たい。
体は起き上がらなかった。
揺らめく視界。

「お目覚めでございますね。ツヴァイ殿」

ぼんやりとした視界の先に、
漆黒の紳士が立っているのが見えた。

「ピルゲン・・・・」

そんな者が傍に居る事で、
ツヴァイは急速に事態を捉えていった。

ここは?どこかの一室か。
冷たい。
空気が停滞している。
このジジィが居るとなると城。
光の存在が感じられない。
風が自然のものでなく死んでいる。
ならば地下か。

「・・・・・・・」

何故。
そう考えれば記憶も遡る。

「そうだ・・・・あのユベンとかいう男に・・・・」

やられたんだった。
竜騎士部隊・副部隊長。
あの『ドラゴニカ・ナイト』に。

「お前は・・・」

ツヴァイのぼんやりした視界は、
ピルゲンを通り越し、
その先を見据える。

「ロウマ・・・・」

彼は、
壁にもたれて座っていた。
頭は下を向いている。
4m近い二つの巨槍。
ハイランダーランスと、
ドラゴンライダーランスの赤と黒は、
壁を支えるように立てかけてあった。

「・・・・・ふん・・・・何かセッティングがあるようだな・・・」

「これはこれは、さすがツヴァイ殿。察しが早い」

嬉しそうにピルゲンは答える。
お前に用は無い。
このメンツならば・・・

「・・・・・兄上・・・・」

ツヴァイは歪む視界を振り切り見渡す。
兄。
アインハルト=ディアモンド=ハークス。

「兄上殿はここにはいらっしゃいませんよ」

ピルゲンは丁寧に答える。
それがまた勘に障る。

「後からおいでになられますが、貴方様の感情だと心地悪い。
 目に映るや否や、ディアモンド様に飛び掛るのは目に見えていますからね。
 それでは意味がないのでございます。あしからず」

自慢のヒゲを整える紳士。

「ツヴァイ殿。貴方様にはここでロウマ殿と戦っていただきます」

「そんな事はどうでもいいっ!」

ツヴァイはやっと感覚が戻ってきて立ち上がった。

「兄上はどこだっ!」

「話をお聞きにならない方だ。貴方様はここでロウマ殿に喰われていただきます」

どうでもいい。
心底そんな事はどうでもいいんだ。
自分が死ぬとか。
ロウマが喰うとか。
カケラも興味がない。
ただ、
アインハルト=ディアモンド=ハークス。
自分の片割れ。
双子の・・・
今生唯一の兄。

「興味はないそうです」

ピルゲンは、
また皮肉に笑った。

「ツヴァイ殿。貴方にとっては因縁なのでございましょう。
 唯一無二の双子の兄。そして超えられない存在。
 自分を殺した張本人であり、そしてその存在と再びの対面」

ただそれは・・・・
ツヴァイの一方通行。

「ディアモンド様にとって貴方様は興味のカケラもない。
 終わった、過去の残りカス・・・・だそうです」

笑うピルゲンが憎たらしかった。
分かっている。
そんな事は分かっているんだ。
ただ、
それでも自分にとって無視できない存在なんだ。

「なら無理矢理にでも会う。会ってやる」

いつの間にか、
槍を握っていた。

ご丁寧に、自分の槍が置いてあったのだ。
盾も。
アメットも。
守護動物の卵まである。

ロウマと戦わせるというのはどうやら本気らしい。

「無理矢理と言いますと?・・・フフッ、聞くだけ野暮というものでございますが」

決まっている。

「お前ら"三匹"、全部貫いて、兄上のもとへ向かう」

「向かわずとも、後からいらっしゃるとおっしゃったのでございますが」

やれやれとピルゲン。
そして、
ツヴァイの標的・・・3人。
否3匹。

・・・・未だ寡黙と座り込んでいるロウマ=ハート。
気に喰わないピルゲン=ブラフォード。

そして、

「図々しいにも程があります。世界は貴方のためにあるわけじゃない」

そう答えるのは、
まるで人形のような美しさを持ちながら、
どこか儚げで、
装飾を着飾った年齢も分からぬ女。

「世界はアイン様のためだけにあります。他の誰にも行動の決定権はありません」
「おやロゼ殿。珍しく口を開くものです」

外門にて、
アインハルトの傍らに居た女だった。

「お前・・・・」

ツヴァイは目を奪われた。
兄が居なければ、
彼女の存在感は・・・何か圧倒的なものがあった。

「誰だ」

そう問うしかなかった。
何故かといえば、
見たことがあるようで、それでいて朧気だったからだ。

「貴方にそれを問う権利はありません。そして私にも答える権利なんてない」

彼女は見た目には、
何か泣きそうな表情にも見えたが、
それでも口調はハッキリしていた。

「誰・・・・でございますか。フフッ、それは"私も"知りたいところでございますが」

ピルゲンが横から口を挟む。

「私も知らぬこの者はまぁ古くの知人でございましてね」

よくもまぁこのヒゲは、矛盾したことをグダグダ並べられるものだ。

「"蘇生者"・・・といえば分かりませんかね」
「ピルゲン。貴方にも説明の権利なんてありません」
「ふむ。ロゼ殿。私としてもディアモンド様のお気に入りである貴方様に口答えするのはいささかでありますが、
 それでも一言言わせていただくと、私とて貴方様の存在はあまり気に入るものではございません。
 貴方様がなんだか知りませんが、あまり虚勢を張り上げぬよう忠告させていただきます。
 確かに世界はディアモンド様のものだが、最も近いところに居るからといって貴方様のものではない」

内輪のいざこざには興味はない。
だが、
ロゼ。
そう呼ばれたか?
そして、
蘇生者?

「蘇生者・・・か。お前が死骸騎士団(クリムゾンキングダム)の元凶か」

「答える義務はありません」

「何を考えている。女」

「何も考えません。私はアイン様の考えが全てです」

「答えろ。お前を殺せば死骸は消え去るのか」

「答える義務は・・・・」
「NO・・・・と答えておきましょうか」

ピルゲンがまた横入る。
ロゼという女を否定したいように。
ロゼという女を嫌がらせたいように。
この女の思い通りにはさせたくないように。

「ロゼ殿はただの起爆装置と同じでございます。使い捨てのライターと同じ。
 ライターで点けた火は、ライターが無くなっても燃え続けます」

そうだろうな。
操っているならともかく、
強制蘇生させただけならば。

「ピルゲン。口を慎みなさい。アイン様の望み以外の行動は必要ありません」
「ディアモンド様の望みでなくても、望んでいないわけでもない。
 あの方に不利になるような事などこの世に根絶ございません。
 ディアモンド様の意志が関っていない場所などどうでもいいことでございましょう」
「・・・・・」

何が起きても、
起きてないのと同じだ。
彼が、
絶対のルールで、
アインハルトこそが世界なのだから。

「それよりもツヴァイ殿。蘇生者という単語で気付いて欲しいのはそこではございません」

「・・・・・何が言いたい」

「貴方様を蘇生したのもこのロゼ殿でございますよ」

ツヴァイは、
眉を動かした。

「オレ・・・を?」

「そうでございます」

ピルゲンの皮肉な笑み。

自分の・・・蘇生。

アインハルト=ディアモンド=ハークスに・・・あの日、殺された。
なんで今の今、自分が生きているのかも知らなかった。
何故、
暗き森を彷徨っていたのかも。

「オレの・・・蘇生者だと?」

死んだはずの自分が・・・・何故生きているか。
そんな疑問、
とっくの昔に忘れていた。
生きてるはずのない自分が生きている。

答えは、
アインハルトの意志をも超越出来る、
"絶対的な能力の蘇生者"

「・・・・ぐっ・・・・」

ツヴァイは無意識に、
拳を握り締めた。
それは、
確かめたといってもいい。

「心配なさらずとも、死骸騎士になどなっておりませんよ。
 ロゼ殿の蘇生の力だけは、私もディアモンド様の駒の一つとして受け入れている所存」

アインハルト=ディアモンド=ハークスに殺されたのだ。
自分は生きているはずがない。
誰もがそう思っていたし、
事実そうだ。

それさえも蘇生出来る能力者。

「お前は・・・・」

ツヴァイは、
まず自分よりも、
希望を確かめた。

「"アレックス=オーランドをも蘇生できるか"」

44部隊との戦いの最中、小耳に挟んだ。
大体の状況は分かる。
さぁ、
答えはなんだ。

「答える意味はありません」

当然のように、
ロゼという女はそう答える。

「それでも答えるなら・・・"出来ます"。」

ピルゲンが顔をしかめたのが分かった。
ツヴァイは表情を変えない。
ロゼは続ける。

「理由はアイン様の望みならば出来ないわけがないから。
 そしてもう一つ答えるなら、アイン様の望みでない限り、私が行動に移す事はない。
 結論に戻ります。貴方の本音の意味で、答える意味自体がありません」

丁寧に答えてくれるものだ。
そして、
全く意味がない事もよく分かった。

「よく分かった」

皮肉なものだ。
何が自分をこうも変えたのだろう。

数秒前までは自分でいっぱいだった。
兄への感情で滾っていた。

だが、
少し傾くだけで"仲間の事"を考えている。

「オレは・・・・変わったな」

皮肉に、
ただ心から少し笑った。

「そういう思考回路が生まれておいででございましたか」

ピルゲン。

「現状、反乱軍を指揮する者はおりません。そしてその資格がある者も」

資格。

「世知辛いものですが、カリスマとは力だけでは生まれない。
 人が集うのは、生まれ持ったライセンスを持つ者だけ。
 ふむ。それは私としましてはディアモンド様のみと考えておりますが」

「まぁ・・・・こちら側ではオレかアレックス。どちらかが居ないと」

リーダーがいないと。
英雄がいないと。
力は、集わない。

ツヴァイは考えた。
いや、考えが360度変わった。

自分がどうにか生還する事を考えていた。
もしくは、
このロゼという女をどうにかし、
アレックスを蘇生させる道を。

「決まっている・・・両方だ」

英雄は・・・・あの小童で十分だ。
そうすれば、
その時、

新しき自分としての誇りを守ったまま、
わがままをしてもいいだろう。

反乱軍はアレックスに任せ、
自分はアインハルトの元へ死にに向かっても。

「何を考えているのか存じませんが」

ロゼは、
淡々と話す。

「全てはうまくいかないでしょう」

「いや。オレがこうして今生きているのがお前の仕業だとするならば」

その意図は今、コレだろう。
ピルゲンの策略か。
餌でも造りたかったか。

ただそれはいい。

ならばそのように付けこめば、
また、
アレックスも。

「付け込む・・・利用?」

ツヴァイは一瞬記憶を遡った。
走馬灯のようにも見えた。

ただそれは、
どこかで止まった。

「ロゼ・・・そうか。貴様は」

思い出した。

「ただ、お前は死んだはずだ」









































「・・・・・・・クソ・・・役に立たない女だ・・・・土に埋もれて死ねばいい」

苛立ちを抑えきれず、
スミレコはWISオーブの呼び出しを切った。

「通信が届く方がおかしいとはいえ、これじゃぁ何のために捕まったんだあの害虫は」

スミレコは苛立っていた。
ツヴァイだって捕まりたくて捕まったわけではないのだが、
彼女の思考回路は自分とアレックスを中心に働いている。
むしろ世界はそこしかない。

世界の事象全てがアレックスと自分に直結していないと意味がない。

「やっぱり・・・・一つ覚悟を決めるべきね」

時間はない。
時間はもう過ぎ去ったのだ。

「何辛気臭い顔してんのよまったく」

そう言って、ゲシッとスミレコの頭を掴んだのは、
マリナだった。

「お邪魔するわよ」

言うなりマリナは躊躇なく、
蜘蛛の巣のかまくらへと入っていく。

「なっ・・・お前、待て!」

スミレコも慌てて中へ入る。

「お前!泥棒猫!なんでここに居る!戦闘はどうなった!」

「あんなもんメッツとドジャーにちょっとの間任せておけばいいのよ。
 私らの最終目的はこっちでしょ?様子を見に来たのよ」

マリナは言葉通り、
アレックスの様子を覗き込む。
ただ様子もクソも・・・・

「あ・・あ・・・ちょ!なんですかあなたは!」

傍に付いていたエールが阻もうとする。

「別にとって食やしないわよ」

手をブンブン振って制止するエールの上から、
マリナはアレックスの死骸を見た。

「・・・・・ま、変わり様もないわね」

気軽に見るには、
アレックスは死に過ぎている。
死以外の何物でもない死体だ。
吉兆の目星もない。

「これがうちの冷蔵庫に入ってたら捨ててるわね」

「おい女!泥棒猫っ!私のアー君に向かってなんだその言い草・・・むごっ・・!」

スミレコの顔面を押さえながら、
マリナはエールを見た。
スミレコが「むーむー」暴れているが、
無視だ。

「あんたが蘇生者ね」

じぃ・・・とエールを凝視する。
エールは怯えながら、

「う、うぃ・・・・」

答える小動物。

「第16番・医療部隊ぶたいちょーのエールさんです・・・」

「エール(応援)。いい部隊らしい名前ね」

「ち、ちがっ!ジンジャエールのエールさんですっ!」

「あ、え?」

さらっと流れで言っただけなのだが、
急にムキになったエールに少し驚いた。

「いやまぁ・・・そこはいいんだけどさ」

「よかねぇべ!」

「・・・・べ?」

「噛みました」

「・・・・あそう・・・・。んでエールちゃん。アレックス君はどうなのよ」

マリナは本題に戻す。

「聞いておいてナンだけど、私だってここで「大丈夫です」なんて返事が来るとは思ってないわ。
 ただ聞きたい事、"私達"が聞いておきたいのは、まだ間に合うのかってこと」

アレックスの死骸を見れば、
いや、見ただけでは、
そんなもの諦めたくもなる。

むしろこんな状態の死体がまた元気に動き出すなら、
それこそホラーでスプラッターだ。
それでもまだ間に合うのか。
そこだった。

「魂の定着時間は越えたって聞いたけど」

「あ・・あくまで平均時間を越えただけです・・・・」

「まぁそうよね。火葬場で生き返ったおじいさんの仰天話とかあるしね。
 ドラマなら1・2日後に蘇生したって話も溢れてる」

それでも、それはただの奇跡体験だ。
それが、
目の前の無残なアレックスにも起こるのか?

「具体的に聞きたいのよ。もし、さらに希望が無くなってしまう時間があるとすれば、
 それは何分後なの?具体的に私達に出来る事はなんなの?何か小さな解法でも・・・」

「何もありません」

エールは、
オドオドした口調でなく、
キッパリ答えた。

「スミレコ先輩にも言いましたけど、手は尽くしました。
 後はアレックスぶたいちょを信じるのみです」

目は、
強かった。

「そ」

マリナはそれで納得したようだった。

「いい返事よ。その言葉、ドラマなら100%復活出来る展開だわ。完璧な条件よ。
 やるべき事も分かりやすい。現状維持。守りきればいいわけね」

分かりやすい。
実に分かりやすい。

行動は引き続き、
あの"化け物"と戦ってりゃいいわけね。
・・・戦・・・。

「あっちゃー!・・・・はぁん・・・・またあの野獣とやり合いにいかなきゃってことじゃない・・・・」

額に手を当てて首を振るマリナ。

「やんなっちゃうわね。でも仲間のため・・・・か」

「むー!むー!」

「あら、あんたまだ居たの」

この蜘蛛の巣のテリトリーの主にそう言い、
マリナはスミレコから手を離した。

「ぷはっ!おいこの泥棒猫。分かったらさっさと行け。・・・・むしろ逝け。
 私とアー君の恋路の精進のために尊き犠牲となってこればいい」

「相変わらず酷い事言うわねあんた・・・ま、いいわ。利害は一致だものね」

スミレコの相手なんて疲れるだけだ。
そう思い、
適当に対応してマリナは戦闘に戻ろうとした。

「・・・・・え?なに?」

だけど、
そのマリナの手を、
ガシリと"彼女"の手が掴んだ。

「・・・・・・仲間?」

エールは、
また、
いや、

「あなた先ほどそう言いましたね」

先ほどの真剣を通り越したような表情だった。

「何か勘違いしていますよ。アレックスぶたいちょは、エールさん達・・・医療部隊の仲間です」

冷たいというよりは、
思考が固定されているような・・・目。

「アレックスぶたいちょは"私達"の仲間です」

歪んだまま真っ直ぐというか。
信じてやまない。
あぁそうだ。
氷の城で見た目だ。

「エールさんがアレックスぶたいちょを守る理由はそれでいいんです。部隊とは信頼で出来ているんですから。
 ・・・・・・・・・・・・もう一度言います。アレックスぶたいちょは私達医療部隊の仲間です」

信じてやまない。
宗教のような・・・・そう。
信頼というよりは信仰。

「・・・・あらま。アレックス君はなかなか人気者だったみたいね」

まぁ会ってばかりの女の子だ。
位置するなら敵の位置にいるべき者。
理解する必要も今はないか。

「とにかく利害が一致してるならそれでいいわ。マリナさんは結構サバサバしてんのよ」

「泥棒蜂」

スミレコがスッ・・・と、
マリナの後ろに立って、小さな声をかける。

「エールを理解しようと思うな・・・・アレはモルモットベイビーだ」

「聞いたことない単語ね。でも深入りするつもりはないから大丈夫。
 でも珍しいわね。アレックス君以外にはツンの部分しかないと思ったんだけど?」

「・・・・誤解するな。お前らはアー君と私の未来のための駒に過ぎないんだから。
 盲目になってもらっては困るんだ。あんたはただ犠牲になってくれればいい。
 最後に私が・・・アー君を・・・夫を守るための時間稼ぎになってくれればそれでいい」

「はいはい・・・・」

ここに三人も女が集まっているのに、
一致しているのは利害だけか。

「アレックス君も変な子達にモテるのね。・・・・って私が言える立場じゃないか」

マリナはそのまま蜘蛛の巣を抜け出た。

「二人揃って盲目に守る守るって・・・・・まるでどっかの誰かさんみたいね」











































「・・・・・ッ・・・・」

イスカは、肩から流れた血を抑える。

「痛みなど・・・・命など・・・」

だが肩膝を付いたままだ。

「守るためならどうという事は無いっ!」

立ち上がり、
剣を握る。
四方。
八方。
敵ばかり。

全ては・・・敵。
軍勢。

「どけぇ!どけぇ貴様ら!さもなくば斬るっ!KILLッ!!」

「こんな、もの、か、『人斬り、オロチ』、とか、いう、者の、力、は」

空間の一箇所が歪み、
誰も居なかった空間から、
人の姿が現れる。
インビジブル。

「それ、とも、呼ばれ名、でなく、本名、だったの、か?」

マントを背負ったその男は、
カボチャマスクを被り、
包丁を握っていた。

さながら暗黒の森のマーダーパンプキン。

「ディエゴ、部隊長、から、命令、が出て、いる」

周りにも似た様な姿の者が並ぶ。
それだけではなく、
明らかに違う部隊の者も。

「ここから、先、は、騎士団、の、作戦配備、区域、だ。
 デムピアス、海賊団、を除き、これ、以上の、侵入は、許可、しない」

作戦配備区域?
何か陣形を組んでいるということか。
確かに、
明らかに境界線を作っているかのように戦力が分けられている。

「ここ、までの、乱戦、とは、違う。ここ、から先、は、"本当の戦場"、だ。
 ここ、までの、ように、単体や、個人での、侵入は、許可、しない」

そして、
単体での進攻など不可能だ。
そう、
パンプキンヘッドの男は伝えたいようだ。

「部隊長」
「こんな敵に話しすぎです」
「機密ですよ?戦況に影響が出る可能性があります」
「万が一を考慮しないと」

「うん、そうだった。ミス、った。ゴメン」

カボチャマスクは頷く。

「『人斬り、オロチ』、下がれ。命令外、だ。見逃して、やろう」

「見逃すだと?拙者には守らなければならんものがある。
 そのためには何者にも負けぬ!斬ってやるから口を閉じろっ!」

「力の差、は、歴然、なのに?」

「くっ・・・・」

力の差。
その言葉は事実だった。
事実、イスカが負傷しているのはこの男の攻撃によるもので、
そして、
見切れもしなかった。

「チィ・・・・・」

敵だ。
自分を殺そうとする奴は皆敵だ。
マリナを守ろうとしている自分を殺そうとしているのだ。
それはつまり、
マリナの敵という事。
イスカの解釈はそんなもの。

「人、斬り。まだ、抗う、か?」

カボチャマスクの男は、
マントを揺らし、
武器を掲げる。

「それなら、ば、作戦に、支障が、出ない、よう、全力、で、潰す。
 この、第、26番、伏兵、部隊、部隊長、リン、コリン、=パルク、が」

「リンコリン部隊長。しゃべりすぎです」
「伏兵部隊なのだから名前くらい伏せてください」

「うん、そうだった。ミス、った。ゴメン」

ふざけた奴だが、
実力差は間違いなかった。
部隊長クラスか。

イスカが真っ向から戦ったのは一人。
ステルス部隊のハヤテ=シップゥとかいう忍者女。
ただ、
善戦はしたが、
最終的には多勢での押し付けとスミレコの手柄。
単体で勝てたかというと怪しいものだ。
いや、NOと言えよう。

「チッ・・・どう斬ってやろうか・・・・」

今の肩の負傷は不意打ちだったと自分に言い聞かせた。
斬らなければいけない。
それしか頭に無い。

「火力は浅いと見受ける」

イスカは鞘に手をかけ、
左足に体重を乗せた。

「む!?」

その瞬間に、
リンコリンの姿が消える。
インビジブルで。

「・・・あれ、こない、のか。ビックリ、した、じゃない、か」

また姿を現す。
インビジブルが解除され、
だがすでに一瞬で位置を移動している。

イスカの攻撃を見切り、
その隙を付ける位置に。

「・・・・・くっ・・・」

だが恐れるのはインビジブルと移動の能力じゃない。
その反応速度。
こちらが動いた時には既に反応している。

攻撃したら切り返される。

「来る、なら、倒す。来ない、なら、追わない。作戦の、関係上、これ以上、進ませ、ない」

カボチャマスクの包丁男は語る。
いや、
脅す。

「この、リン、コリン、=パルク、が、伏せて、なくて、よかった、な。
 伏撃、の、作戦中、なら、こんな、時も、なく、お前は、死んでる」

知るか。
知るか知るか知るか知るか。
倒せる。
倒せない。
作戦。
戦争。
そんなことは知ったことじゃない。

斬る。
それだけ。それだけだ。

「マリナ殿の敵は斬る」

それだけだ。

「そうか、なら、作戦上、お前を、」

「おっとっとー。面白い場面」

横槍を入れてくる声。
イスカはそちらに目を向けてしまったのを悔やんだ。
あのリンコリンという男。
あの男から注意を反らすという事は、
斬られ、死ぬ可能性があった。

ただそうでなく、
カボチャマスクの方もそちらに注意がいった事が、
一つ命を繋いだ。

「・・・・・44、か」

「名前で呼んでくれよ伏兵部隊長さん」

名前の無い男は、
いつも背負っている棺桶を地面に置き、
その上に座っていた。
傍観者のように。

「エース、44番、部隊員、だった、な。何をしに、来た。
 お前は、お前ら44、は、ディエゴ部隊長の、作戦に、組み込まれて、いない。
 騎士団の、作戦の、邪魔を、する、のは、許可、しない」

「いやいや焦んなって。こちとら部隊半壊してまでツヴァイを止めた後なんよ。
 疲れてんの。そそ。それで作戦に組み込まれてないのも知ってるんじゃん。
 つまること、お疲れのフリーマン。俺ぁ戦場の浮浪者で傍観者よ。気にすんな」

44部隊。
敵。
敵だ。
マリナの敵。

イスカの殺意は二手に別れる。

「まぁだが、ヒマ人でね。口出しくらいさせてもらおうか。
 いいだろ?任務がねぇんだ。俺は今自由だから趣味に走るくらいよぉ」

エースは、
棺桶に座ったまま、
イスカを指差す。

「"名前が泣いてるぜ"」

「・・・・・あ?」

鞘の剣を握った。
エースに殺意をぶつけるように。

「意味が分からん。お前は敵だな。斬る」

「それこそ意味分からねぇよ。乱心か。そんな奴にその"名前"を持つ資格はねぇ」

違う。
違った。
エースが指差しているのは・・・・
イスカでなく、イスカの剣。

「それがお前の剣(名前)なら、お前の好きに使えばいい。
 だがそれは名刀セイキマツ。剣聖カージナルの名前だ。
 おい人斬り。名前に泥を塗ってんじゃねぇぞコラッ!!」

「・・・・むっ・・・」

なんとなしに、
イスカは握った剣を、手放してしまった。

「『ハートスラッシャー(この世に斬れぬもの無し)』。その剣聖の剣だ。
 だがそれはよぉ、なんでも見境無く斬っていいって名前じゃぁねぇんだよ!
 その名前の意味を汚すな。持ち主の名前を侮辱する行為だけは俺は許せねぇな!」

指差していたその手は、
翻った。
手を差し出すように。

「それ以上その名剣の名前を汚すなら、それを俺に返せ。もう一度俺のコレクションに戻す。
 そしたら勝手に死ね。いい名前も悪い名前もコレクションの内だ。骨くらい拾ってやる。
 ただ欲しかった聖剣が汚れるくらいなら、殺してでも奪い取る・・・が俺の性分だ」

名前の・・・意味。
イスカは剣を見る。
血で、汚れている。

「・・・否・・・剣とはそういうものだ・・・」

殺人のためだけに生まれたものだ。
じゃぁなんだ。
この血は誰の血だ?
覚えているのか?
誰を斬った。
斬って意味があったのか?

「名前・・・名前名前名前!?」

自分の意志なのか?
ならば、
それを行ったこの剣は?
名は?
名刀セイキマツ。
忘却のスワードロングソード。
剣聖ルイス=カージナル。
『ハートスラッシャー(この世に斬れぬもの無し)』。

じゃぁそれを持つのは誰だ?
名は?

『人斬りオロチ』。
シシドウ・・・
アスカ=シシドウ。
否。
ならばシシドウ=イスカの望みはなんだ。

「マリナ殿のくれたこの名前は・・・何を望んで・・・」

イヤだ。
考えたくない。
考えたくない考えたくない考えたくない。

そうすれば"間違い"が見つかってしまう。

いいじゃないか。
正しい信じる意志も混じっているんだ。

それとゴチャ混ぜに間違いも斬り捨てているだけ。

全部切り捨てればその中に当たりはあるだろう!?

「当たり・・・それはどんなものなんだ・・・」

ぼんやりと浮かぶシルエット。
それはきっと、女王蜂のような・・・。

「それくらい、に、しておけ。作戦、の、邪魔だ」

不意に、
いつの間にか、
リンコリンがエースの首元に包丁を突きつけていた。

「これ、以上の、戯れは、仲間、だろうと、許可、しない」

「・・・・・おおうっと・・・早ぇな。一回死んだじゃねぇか」

エースは舌打ちと共に両手をあげる。

「44、だからと、いって、調子に、乗るな。お前は、ただの、部隊員。俺は、部隊長だ」

身の程を知れ。

「チッ・・・・・いいじゃねぇか。私情無しで殺し合いが出来るかよ」

呆れたまま、
両手を挙げたまま、
エースはイスカに声を投げ捨てる。

「『人斬りオロチ』。名前を磨け。泥を落とせ。堕ちるならその剣を捨てて堕ちろ。
 ・・・どっちでもいいさ。『剣聖』『人斬り』どちらでも俺のコレクションは充実する。
 ただ一つだけ忠告しておく。お前は今でも剣を握っている」

剣。
たった一つ。
自分の取り得。

「守るために剣を選んだ矛盾。それがお前の名だ。受け入れろ。すれば名前は輝く」































「ドッゴラァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

暴風。
吹き飛ぶ。
声。
声砲(バードノイズ)

「だぁ!」
「危ね!」

声に明確な境界線など無いが、
その声砲は避け切れたようだ。

「ったくクソ!接近戦は向こうに分があるのに遠距離でも何もできねぇ!」
「・・・だぁークソ!」
「おいメッツ!さっさと起きろ!」
「うっせドジャー!なんかこう策とか練ってかねぇとキチぃっての!」
「お前理解する脳ミソねぇじゃねぇか!」
「お前だって思い付く脳ミソねぇじゃねぇか!」

「ドッゴラァアアアアアアアアアアアア!!!!」

「のわ!」
「ったくよぉ!!」

ドジャーとメッツは全身全霊を使って横っ飛びする。
見えない声の大砲。

「おいおい・・・」

今度も避けきったが、
メッツはその跡地を見る。

「声でなんで道が出来るんだよ・・・・」

声だけで、
地面はエグれ、向こうの方まで続いていた。

「つーか何も進展してねぇぞドジャー!もうすぐマリナ戻ってくんじゃねぇか!?
 カッコ悪ぃだろが!どのツラ晒せっつーんだよっ!アホかコラ!」
「カッ!てめぇのツラなんてどこに晒したってよかねぇよ!」
「あ・・・言ったなコルァ!」
「おー言ってやったぜ」
「大体何が「メッツ&ドジャー」だ!息全然合ってねぇじゃねぇか!」
「お前のせいだろ!」
「いや俺に合わせろよ!」

ドレッドヘアーの狂犬は、
そこまで言って、
考えを変えた。

「もういい!俺がぶちのめしてやる!」

メッツは大きく、
両手の斧を後ろに溜める。

「ドジャーは見てろっ!」

スネたように言いながら、
メッツは両手の斧を、
自分を基点にブンブンと回し始めた。
ハンマー投げのように。

「うぉおおおおおおおお!!!」

メッツはコマのようにグルグルグルグルとぶん回る。
ドジャーは
「何やってるんだこいつ」
という顔でそれを眺めた。
ギルヴァングも遠くで、
「何やってるんだこいつ」
という顔でそれを見ていた。

「うぉおおおおーーーりゃ!!!」

ハンマー投げのように?
違った。
ハンマー投げだった。

「とぉーんでけー!」

メッツは斜め上空に二つの斧をぶん投げた。
空に向かってだ。

もちろん、
標的であるギルヴァングは空を飛んでなんかいないし、
身長が何十メートルもあるわけじゃない。
ダメージ判定が空中にあるなんてバグでもない。

斧。
それと繋がっている鎖が、
ジャラララと急速に張っていった。

「ガハハハハ!!」

そして斧は、
鎖で繋がっているメッツを、
物凄い勢いで引っ張りあげた。

ぶん投げた斧に引っ張られ、
メッツも空中に。

「・・・・・・カッ・・・・・」

ドジャーはもうその様子に呆れるしかなかった。

「あいつの脳内構造はどうなってんだ・・・・何食って生きてきたらその行動に至るんだよ」

自分がぶん投げた斧の反動で、自分も飛ぶ。
利口な人間はしないだろう。
こんな人間がいるようでは、
マイソシアに飛行機が普及するのはまだまだ未来の話かもしれない。

「ガハハハ!気分いいぜ!俺って頭いいなオイっ!!」

空中で腕を引っ張り、
鎖に繋がった斧を引き寄せキャッチする。

重量級の両手斧はメッツの手元に戻る。

「・・・・・・あ・・・・・」

そして空中で見下ろす。

「高っ・・・・」

自分でやっておいて今更だった。

「着地どーすんのコレ・・・・」

考え無しも甚だしい。

「まぁいい!ガハハ!あいつをクラッシュポテトにしてやんぜっ!!」

重量級の両手斧を両手に、
メッツはギルヴァングへ向かって落ちていった。

「ふざけんなメチャ馬鹿野郎がぁああ!!!」

下の下では、
ギルヴァングが何やらメッツに怒っていた。

「隙だらけじゃねぇかメチャ馬鹿が!俺様怒るぜゴルァァァアア!!
 んなもん俺様の声の恰好の標的じゃねぇか!?あぁぁあ!?撃ち落すぞ!?
 俺様が攻撃しねぇとでも!?ガチンコってのは相手頼みにする事じゃねぇだぞ!!」

彼にも何やらポリシーがあったようだ。

「・・・・ギャハハ!だが考えなしのバトり方は大好きだっ!」

浅いポリシーのようだが。

「そうやって真っ直ぐくんなら!俺様も真っ向から受けてたってやるっ!!」

すぅ・・・・と、
ギルヴァングは大きく息を吸い込む。
胸が膨らむ。

「あっ!ちょ!やべ!それ全然考えてなかった!」

メッツは斧を持ったまま急降下する。
避けようがない。

「タンマ!無し!やっぱ無し!やり直し!!」

「テメェの漢らしさっ!!しかと受け取ったぁぁぁああ!!!ドッ・・・・・」

ヒュンっ・・・と風の音。

「・・・・と・・・だぁ!?なんだゴルァ!?」

ダガーだ。
ダガーが3本。
不意を付いて飛んできた。
ギルヴァングは腕でガードする。

「メッツの尻拭いねぇ。懐かしいもんだ。・・・ったく考え無しなんだからよぉ」

ドジャーだ。
ドジャーも下から迫っていた。

「てめゴラ!ガチンコの邪魔すんじゃねぇ!!」

「うぇ、なんで腕にダガー刺さってんのに血も出てねぇんだよ。・・・っても今更か。
 カッ。俺のダガーじゃ皮も貫けねぇってか?料理人目指さなくてよかったぜ」

ギルヴァングが豪腕を振ると、
ダガーが抜け落ち、地面に落ちる。

「粗末にすんなよ。結構残弾危ぇんだぜ?俺」

ドジャーにはギルヴァングにダメージを与えられる火力は無い。
だから今出来る事はギルヴァングの注意を引く事だ。

「作戦とも言えねぇが・・・コンビプレーか」

昔っからそうだ。
息が合うゴールデンコンビとかじゃなく、
合わせてやる。
フォローしてやる。
尻拭い。
こんなもんだ。

「御馳走をくれてやらぁ!」

「武器なんて・・・・・使ってんじゃねぇえええええ!!!」

速射の声砲。

「くっ・・・」

右腕の当たりを風のようなものが突き抜けた感触。
暴風。

「腕・・・無事か」

無事じゃないのはダガーの方。
粉々に砕け散っていた。
ウェポンブレイク。

「残りが少ねぇっつってんのによぉ!」

左手。
そちらにも準備していたダガーを、
前に走りながら投げる。
二本。
閃光のように飛ぶ。

「邪魔だ!ハエ飛ばすんじゃねぇ!!!」

片腕でそれを振り払った。
刃物を素手で触れる危険性は、
ギルヴァングの筋力の前には無い。

「てめぇからぶっ飛ばしてやらぁぁああああ!!」

「やべ・・・深入りし過ぎた」

ドジャーは足を止めた。
ブレーキ。
ギルヴァングの射程。
声砲(バードノイズ)はもちろんだが、
運動能力最強。
距離を詰められるのも一瞬だ。
その、射程内。

「ダァッァアラァァァアアア!!!」

ギルヴァングが踏み込む。

だが、
それを邪魔するようにその前方に、

「させっか!!」

斧が降って来た。
地面を砕く。
破片が飛ぶ。
ギルヴァングの出足をくじく。
鎖が天に繋がっている。

「手間とらせんじゃねぇぞドジャー!」
「カッ!こっちのセリフだ!」

そして、
メッツは既にギルヴァングへと到達していた。

「ぶった斬れろやっ!!!!」

その威圧感。
天空から振り下ろされた重量級の斧。
ドレッドヘアーが舞い落ちる。

ギルヴァングはその風圧に、
嬉しそうに上をギロりと見上げた。

「ぁあ!!ぶっ滾るぜっ!血がよぉ!!」

「その血をぶちまけなっ!!!」

メッツの斧が振り落とされる。
感触など無いほどの威力で、
斧が地面に突き刺さり、
岩盤が砕ける。

「居ねぇ!!!」

直撃すればギルヴァングと云えど胴体を別つ自信があった。
根拠の手の痺れ。
自分の威力と衝撃に手が麻痺るほどだった。

ただ標的は居ない。
消えたかという程の反応速度。
運動能力。

「うぉっ!?」

背後から、
自慢のドレッドヘアー。
頭を掴まれた。

「ぶっ飛べゴォルァァアアアアアアア!!!!!」

「ぬうああ!?」

首が千切れるかと思った。
それほどの反動で、
メッツはギルヴァングに頭を掴まれ、

投げ飛ばされた。

「おぁ!ぐ・・・・あぁあああああ!!!」

地面にぶつかり、
そのまま地面をえぐりながら滑る。
投げ飛ばされただけで、
大地が削れた。

「・・・・でぇ・・・首が・・・・ドジャーなら死んでたぜ・・・・」

走る痛みを堪えながら、
首を確認する。
先ほどの自分の攻撃の反動も加え、
痛覚が麻痺している感覚さえ覚えた。

「メッツ!無茶すんな!もう少し慎重に行けっ!」

ドジャーが、
ギルヴァングの追撃からフォローするように、
メッツの傍に滑り込む。

「あの野郎の破壊力判ってんだろ!?一撃で死ねるぞ。ラッキーな方だ」
「あー?俺から無茶を取ったら何が残るってんだ」
「それはそうだが、んな事言ってる場合か!」
「・・・・ガハハ!大体俺の無茶をフォローすんのがお前の役目だろ?」

なぁ、ドジャー。

「・・・・・・・・カッ」

勝手な事を言う相棒だ。
なんで自分が相棒と呼ぶべき相手は、
いつも勝手な野郎ばかりなんだ。

・・・・勝手に死のうとする馬鹿ばかり。

「どぉーーした!ダァッァアッラアアアアア!!!」

野獣は元気だ。
疲れもダメージも知ったこっちゃ無い。
今日も野獣は庭駆け回りと言ったところか。

「まぁーだまだぁ!!俺様は燃えたりねぇ!煮えたりねぇぜ!
 メチャ!メチャ!もっと!もっと!漢らしいバトルをしようぜ!!」

「GO!!」
「GOGOGO!!!」
「いけ!!!」

不意に、
5つの影がドジャー達の後ろから飛び込んだ。

「あぁ!?なんだテメェら!」

「囲めっ!」
「包囲しろっ!」
「死んでもいいけど下手はすんなっ!」

5人の男女。
身のこなしが伊達じゃない。

「ありゃぁ・・・・『ドライブスルー・ワーカーズ』・・・」

スミレコの警護をしていた、
エドガイの部下達だ。

「グリーングリーン!」
「オーライっ!」
「クリアっ!」

瞬時にギルヴァングを取り囲んでいく。

「だぁ次から次へと!!ガチンコの勝負に横槍いれやがって!!」

返事と云わんばかりに、
ギルヴァングを五月蝿いハエの一人に、
その豪腕を振り切る。

一撃必殺のただの拳。

「クリア」

だが、
傭兵の内の一人、
ハゲ頭にバーコードを付けた男は、
ギルヴァングの悪魔的破壊力の拳を・・・・
盾で受け止めた。

「異常無し。包囲完了」

盾はもちろん大きく凹んだ。
だが、
両腕と盾で、
吹き飛ばされる事なく、
一人でギルヴァングの攻撃を止めた。

「なんだあいつら。ただもんじゃねぇな」

メッツがドジャーに答えを求めるように言う。

「・・・あいつらは傭兵だ。こっち側だ」
「傭兵?」
「カッ、残念ながら、一匹一匹が俺らより実力が上だ。
 ツヴァイさえ抑えるし、44ぐらいじゃ数人居ても敵じゃねぇ」
「それまた。俺より上ってか」

本当に残念ながらだ。
名無しの彼らの実力は、
5人いれば部隊長クラスも難なく・・・だろう。
その加勢は、
正直なところメリットでしかない。

「・・・カッ・・・」

ただ・・・ドジャーにとって解せないのは、
スミレコの飼い犬になっているはずの彼らが、
"スミレコから離れた事だ"
金だけに忠実な犬達だ。

それはつまり、スミレコの命令があったからに違いはない。

「なんでスミレコはあいつらを手放した。
 アレックスを守る事を第一・・・いや、唯一に考えているはずだ」
「そりゃぁおめぇ、ギルヴァングの破壊力だ。
 長引けば声砲だけでも巻き添えでオジャンも有りえると踏んだんだろ」
「それはどっちにしろリスクは一緒だ」

なら、
"スミレコも何か行動に出たか"

「ツヴァイと連絡が取れたか・・・それ以外か」
「諦めたって線は?」
「ねぇな」
「信用してんだな」

している。
スミレコという人格をじゃない。
アレックスという男に対する執着心をだ。

たとえ60億人死ぬと言われようが、
寿命が50年削られると言われようが、
それでもアレックスを優先するだろう女だ。

「こりゃぁ、俺があいつを倒して王座に連れてってもらうって話も意味ねぇかもしれねぇな」
「そんな話まだ覚えてたのか」

当たり前だ。
自分の取れる、
アレックスのための唯一の道だ。

「でも皆で協力してやっつけちゃえばいーんじゃないのぉー?
 だって心強いじゃない?仲間は多い方が楽しいし嬉しいよ♪」
「そりゃそうだが・・・・あぁ?」

ドジャーは振り向いた。
メッツの声じゃない。
メッツの声にしては穏やか過ぎる。

「あ?」

メッツも振り向いた。
そして、
そこに立っていたのは、

狼帽子にローブ。
20前後に見えるカプリコハンマーを持った魔術師だった。

「なんだ通りすがりの人か」

ドジャーとメッツは納得して振り返った。
今は知らない人と話してるヒマはない。

「あれ?ぼくだよ。ロッキーだよ?」

なんだロッキーか。
今はロッキーと話してるヒマはない。

「で、どうするドジャー」
「どうするったってなぁ」
「俺は獲物を取られるってのもシャクだぜ」
「いーや。結果が全てだ。それでアレックスが助かるってんなら俺はよしとする」

傭兵共と共闘するか。
それもありだ。

「ねぇ、ドジャ〜、メッツ」
「うっせぇな!気安く呼ぶな!」
「ぼく、ロッキーだよ」
「知るか!誰だよロッキーって!」

しっしと
ドジャーは通りすがりのお兄さんをあしらう。

「いやおいドジャー。ロッキーっつったぞこいつ」
「ぁあ?ロッキー?」

ロッキー。
聞いたことある名前だ。
おぉ、
そういえば大事な仲間の名前もロッキーだ。
ドジャーはもう一度振り向く。

「ロッキー・・・・?」

ドジャーはその男を見る。
足元から、
頭まで。
その成人男性を見る。

狼帽子の男はニコりと微笑んだ。

「おぉ、奇遇だな。俺の仲間の名前もロッキーだ。やったな。んじゃ」

ドジャーはその男の肩をポンッと叩き、
また見るのをやめる。

「いやいやドジャー」
「うっせぇぞメッツ。グダグダ言ってるヒマあったらもう一度あの野獣に攻撃するぞ」
「でもこいつ似てねぇ?」
「あ?」

ドジャーは振り向いた。

「何にだよ」
「いや、服装とかもだがこの顔とかよぉ・・・・」
「だから何にだよ。俺はお前にソックリなのを動物園で見たことがあるぞ」
「ぶっ殺すぞテメェ!」
「んで?」
「あぁ、だからよぉ」

メッツはその狼男に目線を送る。

「ロッキーがデカくなったように見えねぇか?」

見えないかと言われても。
だが言われるならそう見てみよう。
ドジャーは疑うような目で見てみる。

「・・・・・」

確かに似ている。
表情に面影があるし、
格好も一緒だ。
それに本人が、

「だからロッキーだよ」

と微笑んでいる。
いや、
いやだがしかし、
自分と同じような目線の高さに、
自分の知っているロッキーがいるわけがない。

だがしかし・・・

「生き別れの兄貴だな」

ドジャーは結論を出した。

「極論だなお前・・・」
「カッ、どうやったら人がここまで小時間で成長すんだよ」
「牛乳いっぱい飲んだんじゃね?」
「お前脳ミソまで筋肉だな」
「・・・・・」

そんな二人の中、
ロッキーはニコニコと笑っているだけだ。

「ドジャー。俺ぁ分かったぞ」
「言うだけ言ってみろ」
「遠近法だ」
「てめぇの目は節穴か」
「でもぼくはロッキーだよ」

落ち着いて、
ロッキーは言う。

「オリオールがね。最後の力でぼくの年齢を戻してくれたんだ。へへ。大きくなったでしょ?」

そういえばカプハンにフェイスオーブが無い。
それはこのロッキーが偽物ともとれるが、
だがハンマーが窪んでいる所を見ると・・・

「んぐ・・・・」

ドジャーは歯を食いしばった。
・・・・。
100歩譲ろう。
100歩譲ってそれらが全て本当だとしよう。
だが、
だけどだ。

ドジャーはそれでも"認めるわけにはいかない"

「ロッキーとやら」
「なに?」
「帽子とれ」
「へ?」
「とれって!」

ドジャーはロッキーの狼帽子を自分で取り上げる。

「あ、返してって!」

だがドジャーはわなわなと震えていた。
狼帽子でなく、
ロッキーを見て、何か怒りを覚えているように。
いや、怒りと言うよりは・・・

「死ね!」
「あー!」

ドジャーは狼帽子を投げ捨てた。
地面に叩き付けた。

「何すんのドジャー!」
「認めねぇ!認めねぇぞ!」

ドジャーはロッキーを指差した。
わなわな震えながらと、
これは怒りじゃなく・・・。

「なんでお前俺より背ぇ高くなってんだチビ助っ!」

悔しさだ。

「へ?いや分からないけど、牛乳いっぱい飲んでたからかな」

少しムスっとしながら、ロッキーは帽子を拾い、
払い、
かぶり直す。

「メッツみてぇな事言ってんじゃねぇ!俺は認めねぇ!」
「おいおいドジャー。何ムキになってんだよ身長くらいでよぉ」

ドジャーが言うのでなんとなくメッツは二人の身長を比べてみた。
パッと見ると、
確かにロッキーはドジャーよりわずかに高い。

「微々たるもんじゃねぇか」
「そうだよー?」
「うるせ!これで俺は女共を除くとチェスターの次に小さくなんだよ!」
「あ、そなの?」
「やったね。ドジャーに勝ったね」
「うっせ!俺がまたチビに見られるだろ!」
「お前身長どんくらいだっけ?」
「175だ!俺は別に小さくねぇんだよ!大きくもねぇが!マイソシアの平均身長はあんだよ!
 足が速ければ背は小さいって固定概念捨てろっ!俺をそんな目で見んな!」
「んじゃいいじゃねぇか。抜かれたって低くなったわけじゃねぇし」
「てめぇのせいだメッツ!」

怒りの矛先がメッツに変わった。

「なんで俺なんだよ・・・」
「テメェがデカいからいつも横に居る俺が小さく思われるんだよっ!」
「知るかよ。デカく産まれりゃよかったじゃねぇか」
「ぐっ・・・・」

ドジャーは世界が一周したような絶望感に見舞われた。
デカく産まれればよかったじゃないか。
その言葉。
努力ではどうしようもないその事実を突きつけられる。

「クソッ・・・クソ野郎っ!」

ぶつけ所の無い怒りが、
ドジャーに一つの決意を促した。

「俺はアインハルト倒したら、世界を牛耳って背の高い奴は処罰してやる!
 マイソシアの平均身長を下げてやる!決めたぜ!俄然やる気が出た!」
「・・・・・お前、悪党だったんだな」
「ねぇドジャー。メッツ?そんな話してていいのかな?」

疑問言だがニコニコとロッキーは言う。

「あの人倒さないとじゃない?」
「・・・・・っと」
「雑談してた。アレックス悪ぃ・・・じゃすまねぇよな」

注目をギルヴァングに戻す。

「あの人も凄いけど、あの人達も凄いよ」

ロッキーが言う。

「あの傭兵達か?」
「うん。ぼくはずっと見てた。あの野獣さんは無駄だらけなのに凄すぎるけどさ。
 あの傭兵さん達は無駄がないよ。うーうん。無駄を通り越してる」

微笑みの顔は、
ポーカーフェイスの鋭い目付きにも見えた。
ドジャーは思う。
ロッキーは確かに昔から笑顔を絶やさなかったが、
それと今は同じようで違う。

小さなロッキーはのんびりしていた。
だけど今のロッキーはそうじゃなく、落ち着いているというべき。

「身長が伸びただけじゃねぇみてぇだな」
「え?なに?」
「いーや。んで?」
「うん」

ロッキーは続ける。

「無駄が無さ過ぎるんだよ。チャンスで必ず踏み込む。逆に言えば・・・」
「リスクを恐れてねぇってか」

メッツは笑う。
それは嬉しそうにだ。
血が滾るように。
ケンカ屋だな。

「死を恐れないチームか」
「うーうん」

ロッキーは微笑んでいるが、
それは少し哀しそうだった。

「死を恐れないんじゃないよ。あの人達は"死にたがり"だ」






















「ギャハハハハ!てめぇらなかなか強ぇじゃねぇか!」

5匹の傭兵を同時に相手しながら、
ギルヴァングは笑う。

「だが武器を使うし団体戦に持ち込もうとする。ガチンコの魂はねぇな!」

「聞こえねぇな」
「ソルっ!右側から突き詰めろ」
「分かってんよ。ルナ!補助が足りねぇ!」
「足りないなんてことはないわ」
「右側面クリア!叩き込めっ!」

バーコードを刻んだ傭兵が三匹。
一気に突撃する。

「おるぁ!!」

スキンヘッドにバーコードを刻んだ男が先頭で、
斧を振り切る。

「武器なんて邪魔くせぇんだよっ!!!」

ギルヴァングは拳を振り回した。
乱暴に。
それだけだ。

「だっ・・・化け物めっ」

斧を、
拳で砕いた。
素手で粉砕した。

破片が飛び散る。

「だが!!」

男は自分の武器など最初から無かったかのように飛び込む。
踏み込む。
最初からそれが狙いだったかのように、
その振り切ったギルヴァングの腕に・・・・

「ちぃ!」

両腕を絡めた。
掴みこんだ。
押さえ込んだ。

「クリアっ!」
「よくやったロイ=ハンター!骨は拾ってやる!」
「ノヴァ=エラ!」
「はいはい」

腕を押さえてきた男を地面に叩きつけてやろうとするや否や、
さらにその腕に、
ムチが飛んでくる。
絡みつく。

「クリア」

「次から次へと小細工をぉおお!!」

腕力で無理矢理それをぶち切ろうとする。
ムチを放った男は、
パワーに引き寄せられるが、全力で踏ん張る。

「・・・・ぐっ・・・無理・・・・・止めれて2秒・・・」
「3秒止めろノヴァ=エラ!」
「・・・・・オーライっ!」

「どけダァラァァアア!!!!」

ギルヴァングが天災のように暴れた。
腕を抑えていた男も、
ムチを絡めていた男も、
同時に吹っ飛ばされる。

「もっと肉のぶつかり合うガチンコしねぇかテメェら!!」

「2秒半。上出来だ」

「!?」

上方向。
傭兵が一人、
跳んでいた。

急降下。
剣。
剣を両手で握りこんでいる。

「ゴー!」
「ゴーゴーゴー!」
「やっちまえソルッ!!」
「らぁぁぁああ!!!」

そして、
斬った。

地面にまで剣が達するほどに全力で。

「・・・・チッ・・・・堅ぇ・・・何で出来てるんだこいつの体・・・・・」

ギルヴァングの腕に一閃。
だが、
切り落とす事は叶わなかった。

「ムーブ!ムーブムーブ!」
「動け!散れっ!」
「反撃食うぞ!」

5人の傭兵が一斉に距離を取る。

「じゃかしいてめぇらぁぁああ!!ドッゴラァァァアア!!」

ギルヴァングが叫ぶ。
声。
声砲(バードノイズ)

「ぐっ・・・・・」
「マグナが巻き込まれたぞ!?」
「・・・・・問題ねぇよ」
「ならよしだ!」
「次行くよ!」
「ノヴァ=エラ仕切れっ!」

「やるじゃねぇかテメェら」

後から遅れるように、
偉そうに傭兵達の後ろに現れたのは、
メッツ。
そしてドジャーとロッキー。

「・・・・あんたらか。邪魔しないでくれ」
「今テンポのいい所だ」
「あと数分あれば片腕ぐらい落としていてやる」

「いーじゃねぇか。混ぜろよ」

メッツはニタニタ笑う。
単純に面白がっている。
それをフォローするように、
ドジャーが言葉を渡す。

「あんたらにとって俺らの助力が必要ねぇのは分かってんよ。
 カッ、だってよ。今の一撃にしたってそうだ」

ドジャーはギルヴァングの腕を見た。
傭兵の一人が切りつけた・・・傷。

浅い。
浅いとしか言いようが無いが、

「俺とマリナがどんだけやっても皮膚までしかダメージを与えられなかった。
 だがテメェらは俺らを差し置いて、とうとう斬り付けやがった」

ギルヴァングの腕。
支障はないだろう。
だが、
鮮血が流れるほどの傷。
それは先ほどまで戦っていたドジャーにとっては、

ありえないほどの大ダメージだ。

情けない事だが、
ギルヴァングの皮膚を突破出来るレベルの攻撃。
傭兵達の力は、
事実飛びぬけている。

「だが俺らも戦わねぇわけにはいかねぇんだよ。
 ってわけで不本意だろうが、共同戦線といこうじゃねぇか」

「無理だ」
「却下だな」
「俺達は俺達以外を信用しない」
「そしてあんた達の力など頼りにしてないわ」
「戦術が崩れる。見てろ」

「そうはいかねぇっつってんだろ?邪魔するなって言われたが邪魔させてもらうぜ」

半ば強行的に参加する。
ドジャー。
メッツ。
ロッキー。

「俺だって好きで戦いてぇわけじゃねぇんだ」

あんな化け物、
戦いたいわけがない。

ただアレックスの時間は限りなく無い。

傭兵達に任せておけば、
必ず致命的なレベルにまでダメージを与えてくれるだろうが、

「そうも言ってられないわけだよね」

ロッキーが微笑んだ。

「だぁぁぁ!うっせぇぞテメェら!ゴチャメチャ集いやがって!
 漢なら一人でぶつかってこいってなもんだっつーのによぉお!
 もういい!好きに来いザコ共!面倒くせぇから全部片付けてやらぁ!」

敵が増えること。
それに対してギルヴァングに問題は無い。

「まぁ、その方が少しは歯応えもあるだろうしなぁ!!」

ガチンコが出来ないなら、
苦境ほど燃える性質(たち)でしかないからだ。

燃える相手か、
燃える状況。
どちらかが揃えば・・・・単純にギルヴァングの士気は増す。

「フォーメーション組みなおせ!」
「オーライ!」
「ラジャー!」
「あそこの三人はノイズと思え!俺達の動きは乱すなよ!」
「あいよ!」

傭兵達にとってはドジャー達は邪魔でしかないかもしれない。
ただドジャー達にとっては逆だ。
情けない事だが、
結果が全てだ。
その勇ましく強き力を利用させてもらおう。

「メッツ!お前はあいつらに紛れてどっかで飛び込め!」
「わぁーってるよ。俺ぁそれしか出来ねぇからな」
「ロッキー。・・・あー戦闘方法今まで通りか?」
「今まで通り"も"出来るよ」

ロッキーは微笑む。
それで十分な答えだ。

「デカくなっただけじゃねぇってことだな」

ドジャーは両手にダガーを持つ。
自分に出来る事は間を縫ってコツコツ攻撃することくらいだ。
でもまぁ、
それでギルヴァングを乱す事が出来れば儲けもの。

「傭兵達にメッツとロッキー。俺以外の全員には火力はある」

泥臭いもんだが

「勝てればいい!」

ドジャーがダガーを投げた。
片手の4本。

心境はともあれ、
傭兵達もそれが合図になった。
一斉に動き出す。

「食らうかよこんなもん」

ギャハハと笑いながら、
ギルヴァングはその大きな拳で、
いや、手で、
ダガーを握りこんだ。
掴んで握り潰した。

刃は粉々になって落ちる。

「デカく強い拳だ」
「世界も掴めるんじゃないか?あ?」

剣の傭兵と、
斧を粉砕された傭兵。
同時に潜り込む。

「俺様より強い奴がいなくなるまでぶっ壊すんだよぉ!!
 ギャハハハ!そんな世界つまんねぇがな!欲するはライバルだっ!!」

二つの豪腕が、
同時に彼らを襲う。

「クリア。釣れたぜ」
「世界が釣れた」

だが彼らはすぐさまバックジャンプ。
二本の豪腕は地面に突き刺さる。

「クリアだ」

二匹の傭兵の後ろに、
盗賊が一人。

「1秒だ。それ以上は知らん」

その盗賊傭兵は腕を振る。
輝く。
それはスパイダーウェブ。

ギルヴァングの両腕を、
蜘蛛の糸が地面と紡ぐ。

「こんなもん知ったこっちゃねぇんだゴルァアアアアア!!!」

魔法の糸を、パワーだけでブチブチと千切り破る。
想定内だろう。
世界最大の力を押さえ込めるものなどない。
つまりその動作に1秒。

「俺の刃は効くってのは保証済みだからな」

剣を持った傭兵がそのまま斬り込む。

「ぶった斬れろっ!!」

大きく振り落とす。
それはギルヴァングに・・・・・・突き刺さった。

「・・・・・っでぇな・・・・」

「マジ化け物だな貴様」

剣は確かに突き刺さった。
ただ、
振り切れない。
肩口に刺さった剣は数cmめり込んだ以上進まない。

「こりゃぁもう肉とは呼べねぇよ」

だからといって、
ドジャーから見れば勲章ものだ。
ギルヴァングの内側まで攻撃が達するだけで、
名無しの彼らの力に劣等感を感じるほどに。

「剣を捨てろっ!」
「下がれ!」
「オーライ・・・・」

ギルヴァングに剣を突き刺したまま、
剣の傭兵は下がる。

「・・・ったく。武器なんかで俺様が殺せるかよぉおお!!」

ギルヴァングは肩に刺さった剣を抜き、
放り捨てる。

「俺様を殺せるとしたら!そりゃぁメチャ熱い漢の拳!それだけだっ!!」

「なら喰らいやがれコラァッ!!!」

メッツが飛び込んだ。
隙だらけの拳だが、
それはギルヴァングの大好きなところ。

「そうっ!それだ!!!」

メッツの拳に、ギルヴァングは拳を合わせる。
避けることだってカウンターだって楽に出来たが、
あえて合わせる。

「・・・・がっぐっ!!」

拳が合わさると、
鉄でも打ちつけられたような感覚がメッツの体に響く。
腕が縮んだと思うほどに。

「メッツは馬鹿だね」

上からロッキー。
ハンマーを振り落とし、
バーストウェーブ。
ギルヴァングの腕に叩き付ける。

「邪魔すんな小僧っ!!!」

効いてか効いてなくてか、
ギルヴァングはロッキーを捕まえようとするが、
バーストウェーブの反動でそのままロッキーは後ろへ逃げた。

「メッツ〜?真正面から勝てるわけないでしょ?」
「うっせぇ!」

メッツは背負っていた斧を両手に構え、
ギルヴァングに振りぬく。

「武器を使わなきゃテメェは漢なんだがなぁ!!」

白刃取りより簡単に、
両腕で斧を止め、ギルヴァングはメッツを蹴飛ばした。

「ぐぉ・・・・」

蹴飛ばされただけだ。
ただ大木が腹を突きぬけたかと思った。

「馬鹿メッツが・・・何回死んでるんだよ」

ドジャーは一応の隙消しにダガーを投げつける。
哀しい事に、
そのダガーに対してギルヴァングは何の対応もしなかった。

「蚊が刺すより浅ぇってか・・・・」

2本ほどギルヴァングの皮膚に刺さったが、
残りは刺さりもせず地面に落ちた。
刺さった分も少しの動作で落ちるほど浅すぎるもの。

「オーライッ!あいつらも役に立つぜ!」
「攻撃には邪魔だがオトリぐらいにはなるっ!」
「ゴーッ!ゴーゴーゴー!」
「今叩き込めっ!」

傭兵達が既に陣形を敷いている。
4人の傭兵が次の攻撃を何やら仕掛けようと・・・・

「ゴォオオラアアアアアア!!!」

だが野獣は今までと違い、
それにいちいち付き合わなかった。

今まではどちらかというと、
その強靭な肉体で全て受け、
ものともしていなかっただけだが、

「まずこいつを殺すっ!!!!」

標的を一人に絞って突撃した。

「あたしかよっ!」

それは傭兵の一人。
ただ一人補助役だった女傭兵。

「ルナ!下がれっ!逃げろっ!」
「お前がやられると面倒だっ!」
「ノヴァ!マグナ!フォローっ!」
「ムーブムーブムーブ!!」

「許せんぞゴラァァァァアア!!!」

獰猛な猛獣が、
一人の女傭兵に飛び掛る。

「補助だと!己の体を信じれねぇのか!?メチャ許せんよなぁぁ!!
 漢の戦いに水を差すんじゃねぇ!俺様はそういうのが大嫌いなんだっ!!!」

他の傭兵のフォローは間に合わなかった。
正しく言えば意味が無かった。

「クソッ・・・」

盗賊傭兵が蜘蛛をかけたが、
1秒の足止めも出来ず、千切られた。

「あの人を助けないと」

ロッキーの左手が輝くと、
ロッキーの目の前に大きな岩が出現する。

「とんでけぇ!」

そしてそれをさながらゴルフ。
カプリコハンマーで打ち出す。
荒業なローリングストーン。

「うぜぇ!メチャうぜぇぜ!!」

それこそ天性の感覚か、
ロッキーのローリングストーンなど見もしないで、
ギルヴァングはその岩を豪腕の裏拳で粉砕する。
判っていた結果。

「・・・・まさか邪魔者に助けられるとはね」

ただ女傭兵にとってはそれで十分だった。
1秒にも満たないわずかな隙だったが。

「ドッゴラァァァァァァア!!!!」

ギルヴァングのその最大限の大振りな拳を避けるには十分な隙だった。

「漢漢って。女を甘くみないでね」

女傭兵はかろやかに涼しげに、
ギルヴァングの拳を避ける。

「ま、私以外の女なら今のは避けられなかったでしょうけど」

「漢のぉお・・・・!」

「!?」

ただ予想外・・・というより規格外だったのは、
世界最大級の大振りな拳の後に、
続けざまにもう一発繰り出せるギルヴァングの身体構造だった。

「ロマンはぁぁぁ!!!」

常人なら自分のパワーにねじれてぶっ壊れてしまうんじゃないかという体勢から、

「破壊力ぅうううううう!!!」

悲鳴も聞こえなかった。
山でも壊れたかという音だけが響いた。

女傭兵の凄いところは、
そんな不意打ちでさえも最大限に反応し、
後ろに跳んで威力を殺しきったことだが・・・・・

バスケットボールのように地面を弾みながら吹っ飛んだ。

「お姉さんっ!」

ロッキーはカプハンからバーストウェーブを発動し、
治療をしようとカプハンジェットそれを追いかける。
ただ転がりきった女傭兵を見れば、
見る影も無かった。

「・・・・・・」

女の姿にしては見るも無残。
首の皮の中で、骨が繋がっていないのだろう。

首が三回転ほどねじれ、
奇妙に転がっていた。

「有り得ないパワーだ」
「一人でタワーでも建設できそうだな」

傭兵達の切り替えは速すぎた。
仲間が一人死んでも哀しみを背負う事はない。
利と不利。
その程度。
駄目になったと分かれば切り替えは迅速。

「この隙を付け」
「動きのヴァリエーションを一つ読めた」
「ルナが死んだんだ。補助無しになったんだから・・・・」
「動きの限界地の計算し直せって事っしょ。オーライ」

「後7匹」

ギロりと、
ギルヴァングが振り返る。

「背中を突くぞっ!」
「ライッ!オーライッ!」

声が大きい。
傭兵達だけに伝えた言葉じゃない。

「ドジャー。あいつら俺らにも言ってるぜ」
「カッ、邪魔するんなら少しは合わせろってことだろうよ」

ドジャーとメッツも続く。

「だが逆だ。メッツ。あいつらが作ってくれた隙を俺らが突くぞ。
 あいつらはギルヴァング以外の全てを仕留める技量はあるが、
 ギルヴァングを倒すには一歩だけ足りない・・・・ってのが俺の読みだ」
「はん。俺らだったら?」
「お前ならギルヴァングにも通用するパワーがある」

お前が突くんだ。

「じゃぁオメェは?ドジャー」
「カッ、グーチョキパー全部封じてくれても俺は勝てねぇよ」

ボォーっと立たれているだけでも、
倒せない。

「情けねぇな相棒」
「いや、情け容赦ないと言って欲しいね。あとメッツ」
「あ?」
「"狙って欲しいことがある"。なぁに、アレックスならどうしたかってのを一つ思い付いてな」

「ドッゴラァァアアアアアアアアアアア!!!!」

声砲(バードノイズ)

4塊で突っ込んでいた傭兵達に襲い掛かる。
地面が揺れる。
振動する。

「うぉおおおおおおおお!!」

傭兵の一人が、避けもせず突っ込んだ。
馬鹿なのか?
それがドジャーとメッツの率直な感想だったが、
違う。

大馬鹿だ。

「ああぁぁぁぁ!!いけっ!」
「オーライ」
「クリア」
「クリア」

傭兵達は、
仲間を一人"盾"にして、バードノイズをやり過ごした。
先頭に立っていた男は、
全身の穴という穴から流血し、
崩れ落ちる。

「背中だっ!背中を狙うぞっ!隙を作れ!」
「ラジャラジャ!」
「イエッサー!!」

仲間の死骸をギルヴァングに向かって蹴飛ばし、
突っ込む。
死を恐れない金の亡者達。

死など、仕事の一部でしかない。

「勝つ気ねぇのかこのメチャザコ共がぁ!!メチャ腹立つぜぇああああ!!!」

蹴飛ばされてきたその血まみれの死骸を、
ギルヴァングは大振りに豪腕をぶつける。
地面が割れるほどに踏み込んだ豪腕は、
死体を砕く。

「死ぬのは勝利じゃねぇんだぞ!漢じゃねぇよテメェらはぁぁぁ!!」

「そうだね」

傭兵達よりも先に、
ロッキーが動いていた。

「ぼくもそう思うよ」

スプレッドサンド。
辺りの砂破片が舞い上がる。
ダメージは期待出来ない。

ロッキーなりのフォロー。
目くらまし。

「少しは役に立つっ!」
「行けッ!行くぞ!ゴーゴーゴー!」
「ゴーだゴー!」

残った傭兵は、
剣士、
盗賊、
修道士。

「毒は効くと思う?」
「知らんが多分効かねぇだろ!」
「だがやるだけやっとけっ!」

呼応するように最初に放たれたのは、
盗賊のムチ。
ブラックローズ。

「んなもん効くかゴルァァァアアアアアアア!!!」

巻きつかせるどころか、
はたくどころか、
ギルヴァングは流動的なそのムチの動きを目で捉え、
腕で掴む。

「こーいうもんに頼ってんじゃねぇぞ!!!」

ムチを掴む。
ムチのトゲはギルヴァングの皮膚さえ貫かない。
毒以前の問題だ。

「こっちこいやぁぁぁああ!!」

ムチをおもくそに引っ張る。
盗賊傭兵は、
オモチャのように引き寄せられた。

「ありがと」

それも狙い。
盗賊は引っ張り寄せられる事で、
最短でギルヴァングへと接近する。

「まずは背中を向けさせる事」

盗賊傭兵は、一度着地し、
そしてギルヴァングを飛び越すように大きくジャンプした。

「挟み撃ちは兵法の基本だ」
「腕ってのは後ろに回らねぇからな」

100%どこからが背後撃ちになる。

「剣を破壊してくれなくてありがとよ。商売道具なんでな」

剣士傭兵が飛び込む。

「武器なんて・・・・」

ギルヴァングは息を吸い込んだ。

「使ってんじゃねぇぇえええええええ!!!」

ウェポンブレイク。
その声砲が傭兵を貫く。
突風のように吹き抜ける。

「じゃぁ使わねぇよ」

その声の振動で剣は粉々に砕けた。
剣(ウェポン)だけの破壊。
それを突いた。

「クリア!1秒だ!続けっ!!」

剣の無い剣士は、
我武者羅にギルヴァングの足に滑り込み、
掴んだ。
抱え込んだ。

「どけゴォオオルッァアアア!」

「俺でもう一秒だ!エクスターミネーションっ!!」

修道士の盗賊は、
拳を地面に叩き付けた。
地面が粉砕される。
足場がわずかに歪む。

「・・・・と・・・」

ギルヴァングが剣士を吹っ飛ばす動作が1秒遅れた。
その隙に修道士傭兵も飛び込む。

「とった!クリア!」

サブミッションでも決めるように、
修道士盗賊はギルヴァングの腕に飛び込む。
肩から腕菱十字固めを決める。

「片手片足如きでぇぇええ!俺様が止められるかぁぁああああ!」

それこそ1秒の勝利だっただろう。
無謀と言い換えてもいい。
命を惜しんでないのだ。
そのまま時間を稼いで死ぬが目的。

「2秒でいい」

盗賊傭兵が放ったのは、
やはりスパイダーウェブ。

ただ通常の蜘蛛の用途としては使わない。
地面に縛り付けるなど意味が無いのは分かっている。

足に掴みかかった剣士傭兵。
腕を固めた修道士傭兵。

それらごと、
蜘蛛の糸で絡めとった。

「こ・・・のやろぉおおおお!ぶっ飛ばしてやるっ!!」

2秒。
それ以上もたないのも分かっている。
だが止めたこのわずかな隙。

ここで誰が攻撃するか。

「おめぇがやれ!」
「役に立ってみろ!!」

呼応するように飛び込んでいたのは、
メッツ。

「そいつぁおいしいところじゃねぇか!!!」

両手斧を両手に。
恐らくこの中では最大火力の彼を傭兵達も利用した。
仕事がこなせればそれでいい。

「強ぇって言葉!俺が戴くぜ!コォラ!!!」

飛び込む。
それこそ不用意に。

「いいぜ!!テメェは漢だ!受けてたってやらぁぁああ!!」

スパイダーウェブも、
やはり数秒の足止め。
ブチブチと全身の糸が千切られていく。

「おめぇはどいてろっ!!!」

そして腕に絡み付いている修道士傭兵ごと、
腕を地面に振り下ろした。

「ごがっ!!!」

糸の千切れと共に、修道士が地面にめり込む。

「邪魔なんだダァラァァァアアア!!!」

そしてもう一撃。
ギルヴァングの平が、
押し付けられる。
クギを撃ちつけるように。

バキバキと、
ゴキゴキと、
そしてメシメシと、
それらの音が一瞬で全て奏でられたかのようだった。

まるでアルミ缶。
人間が"縦に"押し潰された。

「ぶった斬ってやらぁぁぁああ!!!」

メッツが飛び込んでくる。
それも十分な隙だった。

「漢気やよしっ!!だが武器なんて使ってんじゃねぇぇええええ!!!」

ウェポンブレイクがメッツに向かって放たれようとする。
声の砲台が、斜め上を向く。

「俺も居るの忘れてんじゃねぇ!!」

足に掴まっていた剣士傭兵が、
全力でギルヴァングの体勢を崩そうとする。
全力を使って・・・なお数cm。
だが体勢を崩すことには成功した。

ウェポンブレイクはメッツから反れる。

「ったくメンドくせぇぇなダァァラアアアア!!!」

「なら死んじまえやぁぁああ!!!」

メッツの右の斧がまず振り落とされる。
そこにギルヴァングが対抗したのは・・・・

拳。

「肉体より堅ぇもんなんてこの世にねぇんだよっ!!!」

斧の刃に真正面から拳を突き出した。
鋭利は、鈍器に打ち破れた。

拳が重量級の刃部分を砕き、
ただの鉄くずと化した斧と拳がぶつかる。

「で・・・・たらめな野郎だマジで!!」

「誰かが決めた枠に収まってる内は・・・・強ぇとは言わねぇんだよっ!!」

「そいつは羨ましいぜコラァ!!」

左の斧も振り切る。

「ギャハハハハハハハ!!!」

大口を開けて笑うギルヴァング。
そして、
・・・・・斧。
数十キロある斧を・・・・・

口で止めた。

「・・・・どん・・・なだよこいつ・・・・」

「ギヒヒヒ・・・・・」

ギルヴァングの目は笑っている。
歯で刃を止めたまま、
ギリギリと食い縛ったまま。

メッツにはその目の意味は分かる。
今ならもう、
両手両足で戦い合うしかねぇなぁ。

ギルヴァングはメッツにそれを望んでいた。

「生まれ変ったら付き合ってやらぁ!!!」

だがメッツが出た行動は、
その斧を捨てるという事。
そしてこの距離で攻撃には出ない。

「絞め殺してやるっ!!」

ジャラリ・・・と鎖の音。
斧と腕を繋いでいた鎖を、ギルヴァングの首に巻きつけた。

「だ・・・・テメェ・・・・・」

ギルヴァングは口から斧を落とし、
両腕でメッツの胴体を掴む。

「ガハハ!これも力だろ・・・・」

全力をあげて、
メッツは鎖でギルヴァングの首を締め付ける。

「こんぐらいで俺様の命がもらえると思ってんのか!!!!」

逆にギルヴァングはサバ折りの要領で、
メッツの体を締め上げた。
メシメシとメッツの体が悲鳴をあげる。

「あ・・・が・・・・・」

だが力は緩めない。
メッツはチェーンでギルヴァングを締め続ける。
優勢なのは予想通りギルヴァング。
鎖がめり込む事さえない。
間違いなくメッツの体が粉砕される方が先。

「力比べで・・・負けるわけにゃぁいかねぇぇんだよおおお!!」

メッツはさらに力を噴き上げる。
ギルヴァングも、
さすがに少し苦しそうな顔をした。
だが笑っている。
それでも通用するほどの力ではない。

「ぎぎ・・・・がぁああああああ!!」

メッツの体は青ざめていき、
それこそ限界を物語っていた。
骨が泣いている。

「ノヴァ=エラっ!!!!」

足にしがみ付いている傭兵が叫んだ。
同時に、
また・・・・スパイダーウェブがかけられる。

「ゴツいあんちゃん・・・・悪いが俺らと死んでもらうぜ・・・」

傭兵はメッツを引かせない。
メッツごと、
ギルヴァングを蜘蛛の糸で絡めて固定する。

「黙れ傭兵野郎ぁああ!死ぬつもりはねぇが!逃げるつもりなんてさらさらねぇんだよぉおお!!」

鎖を締め上げる。
ギルヴァングの首にめり込んでいく。
ギルヴァングの太い首は、
それでも悲鳴をあげない。

「魔術師!やれ!」

盗賊傭兵が叫んだ。
呼んだのは・・・ロッキー。

「分かってるっ!」

ロッキーが飛び込む。
ロッキーの攻撃は範囲攻撃が主だ。
このまま魔法で攻撃するとメッツと傭兵もろともになる。

「背中だっ!!」

叫ばれた。
背中。
傭兵達の狙い。

今、ギルヴァングの背後はガラ空きだ。
足を止め、
表はメッツが止めている。

背後・・・それはギルヴァングの攻撃が唯一飛んでくる事がない場所。

「叩き込めロッキィイイイイイ!!!!」

メッツが叫ぶ。

「・・・・・」

ロッキーはハンマーを振りかぶる。
だがロッキーは考えた。
自分の一撃で、ギルヴァングを倒すに至るか。
それは・・・・正直自信がない。

「でもこのままじゃメッツが・・・・」

ロッキーが打ち込んだところで、
メッツへの攻撃が緩むとは限らない。
それじゃぁ・・・メッツが死ぬ。
砕ける。

「ロッキー!やれっ!」

後押ししたのはドジャーだった。

「今やれなきゃどうせやられちまうんだっ!」

ドジャーにしても苦渋の選択だっただろうが、
ドジャーは、
ロッキーの背中を押した。

「・・・・・・・・」

ロッキーは強い目で、
そのまま飛び込んだ。

「ごめん・・・ドジャー」

だが、
ロッキーは背中には回らなかった。
側面に突っ込み、
ハンマーを打ち付ける。

「メッツを放せっ!!!」

そしてギルヴァングの太き豪腕に、
ハンマーを打ちつけた。
さらに爆撃。
バーストウェーブ。
魔力のコントロールを覚えたか、
それは器用にギルヴァングの腕へと打ちつけられる。

「ぐぅ!!!」

ノーガードで対抗無し。
そこに全力で打ち付けられたロッキーのハンマー。
全力だ。

ギルヴァングの左腕がメシメシと悲鳴をあげた。
明らかなダメージの音。
砕くには至らなかったが、
メッツへの締め付けが緩む。

「馬鹿野郎ロッキー・・・てめぇ!!」
「マァーリナ!!!!!」

ロッキーが叫んだ。

「あらあら。ちゃんと周りを見れるようになったのね。偉いわよロッキー君」

いつの間にか、
マリナが戻ってきていた。
既に魔力を溜めている。

「自信は無いけど、ぶつけてやるわっ!!」

MB1600mmバズーカ。
純粋な魔力の結晶。
マジックボールの塊。
それが撃ち放たれた。

「馬鹿野郎っ!やっぱ邪魔者だった!」

足に掴みかかっていた傭兵が叫ぶ。

「これだけ犠牲を払って背中を空けたんだぞ!俺達はよぉ!!
 なのにそのチャンスのフィナーレがそんな女だぁ?!」

傭兵は叫ぶ。
確かに、
ロッキーやメッツと比べれば多少火力が落ちる。
先ほどまでのマリナの戦いを見ていれば、
マリナのマジックボールが致命的なダメージを与えられない事は分かっている。

「与えられないよりはマシでしょ。五月蝿い男ね」

ギルヴァングの隙だらけの背中。
ここに至るまで随分な犠牲を払った。
これだけのために。
そして最初で最後だろう。
たった一回のチャンスだ。

「ぐう!!!」

マジックボールの塊は、
ギルヴァングの背中にぶち当たる。
揺れる。
ギルヴァングもダメージ0とはいかないだろう。
首を絞めて、
抱き締め付けられているメッツにも、
それが明らかな少なくないダメージになったのは肌で感じた。

だがそれだけだ。
殺せるに至らない。
致命傷にもならない。

最初で最後のチャンスは・・・・それで終り。

「こんな・・・もんかゴルァァァアア!!!!」

ギルヴァングが叫ぶ。

「こんなもんじゃ面白くねぇぞ!多少は楽しめたがなぁ!!
 だがメインディッシュを体験出来たからにゃぁもう終わらせてやる!
 てめぇらの漢気はもう十分だ!楽しめる分は楽しませてもらった!」

ギルヴァングの反撃。
稼いだ時間はもう無い。
束縛など、
こうなってしまえばギルヴァングにはあって無いもの。

足に掴みかかっている傭兵も、
メッツも、
ロッキーも、
瞬殺出来る。

刹那に破壊出来る。

「知ったこっちゃないわよ」

マリナは涼しい顔で言った。

「背中を狙うとかそーいうの、あんた達だけで決めたんでしょ?
 私聞いてないもん。それを押し付けるなんて都合が良すぎるんじゃないの?
 私はちゃんと、"私の狙いがあってやった"。それだけだし」

マリナの狙い。

背中を狙うなんていうのは、
確かに効果的で、そして狙うに値する決死の手段だっただろう。
だが、
傭兵達ら、その場に居た人間で決めた事だ。
マリナはその場に居なかった。

だからマリナの狙いは"引き続き"同じ。

「カッ・・・・」

ドジャーが飛び込んでいた。

「そうだったな」

ドジャーは両手に一本ずつ、
ダガーを握りこんでいた。

「俺とお前で戦ってた時の狙いは・・・一つだったな」

ドジャーは・・・ジャンプする。

「・・・・・"目"だ」

ギルヴァングの頭部に向かって、
真っ直ぐに。

「ダァァァアアアアラァァアアアアア!!!」

ギルヴァングの筋肉が、
爆発するように膨れる。
全身を覆っていた蜘蛛の糸が千切れる。

「ドケッ!!どけザコ共っ!!!!」

自由を手にしたギルヴァングの暴力は、
止められるものがいない。

「こんな遊びもう終りだっ!!!!」

ギルヴァングの両腕はメッツから離れ、
自分の首にかけられる鎖に手をかける。

「俺様を繋げると思うなよ!!!」

バギンッと鎖が割れる。
千切られる。

「てめぇら全員っ吹っ飛ばしてやらぁぁあ!!!」

「うぉあ!?」

メッツが吹き飛ばされる。
最大の束縛効果であったメッツの力から、
ギルヴァングが解放される。
それは、
万全なる自由を野獣に与えるという事。

「させないよっ!」

ギルヴァングの左腕が、
少し動かなくなる。

ロッキー。
ロッキーがギルヴァングの腕を掴んでいた。

「パパ達譲りでさ。ぼくも結構力に自信はあるんだよね」

「この野・・・・」

「あああああああクソッ!!」

足に掴まっていた傭兵も、
もう片方、右腕に飛び付き変える。

「なるようになれっ!仕事ミスったら業務妨害で金もらうからなっ!!」

全力をもって堪える。
よくぞここまで持ったほうだ。

「じゃぁまだぁぁあああああああ!!!」

だが結局自由の状態ならば、
止めれて1秒。
変わらない。
ロッキーも傭兵もだ。

「カッ・・・十分だ」

ドジャーはダガーを振りかぶる。
1秒。
十分だ。
1秒あれば、釣りがくる。

「ギャハハッ!!」

両腕。
それはギルヴァングにとって最大の武器だ。
しかし・・・
彼にはもう一つ最大の武器がある。

「武器なんてぇええええ!!!」

口を大きく開けて、
斜め上にその砲口を向けた。

声砲。
バードノイズ。
ウェポンブレイク。
どちらだとしても、それはドジャーを無効化するに等しい。

「使って!・・え・・・・・がっ・・・・」

ギルヴァングはそこで異変に気付く。

「な・・・んだ・・・・」

声が・・・思うとおりに出ない。

「へへへっ・・・」

吹っ飛ばされた先で、
メッツが指を立ててニヤけていた。

「俺がなんのために首を絞めてやったと思ってんだよ」

「ごの・・・野郎・・・・・」

「さて・・・・」

終点に達した。
ドジャーの影が、ギルヴァングに覆いかぶさった。

「御馳走をくれてやる」

ギルヴァングの両目に、
ダガーが突き刺さった。





































「どうなってんだこいつは」
「正体は鳥さんだったってか?」
「なるほど。笑えるな」

キャラメル=クロスと、
フラン=サークルは笑う。

「クキョキョ!わぁーってるよ!話は聞いてるっての!そんな顔すんな!」
「転生だろ。そうかあんただったか天使さんは」

クソ野郎二人は、
エクスポの姿を見てもものともしない。

翼の生えた異形の姿。
天使となりえたエクスポ。
いや、
フウ=ジェルン。

「転生したからなんだっつーんだって話だ」
「あんたはあんただろ?」

「そう。ボクはボクだね」

エクスポは、冷徹な笑みを浮かべる。

「そう、つまり自然の摂理だね。つまりボクであってボクでしかない。
 これも一つのボクの姿。ボク以外の何者でもない。醤油をかけても卵は卵。
 でも石は磨けば輝くように、人も見た目くらいは変えることは出来るんだよ。
 それを追求するのが芸術家だ。分かるかな?内面は変わらないって意味だよクソ野郎共」

冷徹に、
見下すように天使は言葉を下ろす。

「口数が増えたなぁウザったらしい」
「クキョキョ!つまりテメェじゃどっちにしろ俺らに勝てねぇって事だろ!」

「いーや。自然のものは全て決まりきったものなんだよ。神から言わせればね。
 全ては土に還る様に、世の中はなるようにしかならない。決まりきっている。
 ボクは覚悟はしていた。意味嫌っていたこの姿にどこかでならなくちゃいけないと」

ネオ=ガブリエルを参加させる意味でも、
それは決定事項だった。
覚悟し切って参戦した。

「こんな早く成らなければならないとは思っていなかったけどね。
 ただ、決まりきっていたならそれも運命。ジャスティンの言うところね。
 しかしまぁしょうがない。決まりきっている中では・・・・」

君達が死ぬ運命。
それが訪れるのは遅すぎた。

「地下でコソコソ天の目を逃れていたクソ野郎共に天罰を与えるとするさ。
 お前らには天にも地にも居場所なんて与えるべきではない。
 この世の全てに意味があると思うな。貴様らには存在する価値もない」

「黙れ鳥人間」

フラン。
フランゲリオンの格好をした○の男は、
ムチを俊速で繰り出した。

「・・・・・」

それはエクスポの肩をえぐる。
切れ目が入る。

「ほら見ろ。お前はお前だ。避けれもしない」
「血が出ている。神も死ぬって事だ」

エクスポは横目でその傷を見る。

「そうだね。ボクだって死ぬ。それがせめてもの救いだ」

「何言ってんだこいつ」
「マゾか?」

「死という終焉があるからこそ人の命は美しい。間違いない話だよ。
 自分を投げ捨てたボクには美しい生は消えうせてしまったかもしれない。
 でも死は残っている。それがせめてもの救い・・・という意味だね・・・。で・・・」

エクスポの目は、
冷たくクソ野郎共を見据える。
いや、
憎き仇と睨む。

「お前らには、美しい生が無い。そんなもの、生きている価値もない。
 お前らが生きてても天地に得は無い。逆に、死んでも得は無い。
 ただ、生きていると損が生まれる。美徳に反する故、死ね」

「クキョキョキョキョ!」

笑う。
笑い飛ばす。

「言われ慣れてるぜ。だがそれでも自由気ままに生きてきたのが力だ」
「一度死んでもまた死骸としてここに居る」
「これも天の意志だと思ってるぜ」

彼らは笑う。
そんな冗談を軽々しく口にして、
全てをあざけ笑う。

「んで、テメェに俺達を殺せるのか」

フランは、
ムチを奮った。

「クキョキョ。騎士団長が連れてきた神族を一つ実験に使った」
「確か悪魔だったな」
「あぁ。ただ、俺らレベル二人なら、造作も無かった」

部隊長クラス二人なら、
天使だろうと、
悪魔だろうと、

「ちょっと強い人間と代わりゃぁしねぇ」
「ジャンヌダルキエルなら話は別だが、それ以外ならどれも一緒」
「天使の剥製でも作ってやるよ」

「粋がるなよ"人間風情"が」

エクスポは、
右手を掲げた。

「ボクをそこらの下等神族と一緒にするな。
 これでも選ばれて作られた、汚らわしい天使でね。
 『四x四神(フォース)』がフウ=ジェルンの力で」

今宵、
初めて人を汚すつもり。

「結局アドリブン(氷の城)では使わずじまいだったから加減が難しい。
 まぁそれもいいだろう。人の手が加わっていないからこそ、
 自然(エレメント)の力は美しい・・・・・貴様らには勿体無いほどに」

「ごちゃごちゃうるせぇなぁ天使さんよぉ」

キャラメルの腕が、
パキパキと凍りつく。

「忘れたか。俺の能力は氷系魔術だ。秘密の冷凍保存はもちろんのこと、
 何もかも止めちまう事も可能だよぉん・・・・クキョキョキョ。
 先刻、てめぇの爆弾も凍らしてやったのを忘れたか」

爆撃は、
効かない。

「まるで炎に太刀打ち出来なかった虫か、親虫を呼んできたようなもんだ。
 てめぇの力なんて、どこまで達しようが俺の氷と相性は最悪なんだよ」
「まぁキャラメルじゃなくとも、俺のムチの方が速いしな」

もう一度パシンとムチを地面にぶつける。

「自信がある。これでも立ち会うだけで力量が読めるほどには修羅場を潜ってる」
「転生しようがお前はお前、潜在量の限界は見える範囲だ」

十分に、
勝てる程度。

「アハハ」

エクスポは笑う。

「アッハハハハハ!馬鹿なのかな君達は!え?そうなのか!?」

それはやはり、エクスポらしからぬ表情で、口調。
フウ=ジェルンとしての。

「美しくない!ダサいね!もっと体面を磨くがいいさクソ野郎共!
 まるで馬鹿丸出しだ!偉そうにワニの居る川で水を浴びている獅子のように!
 身の程を知れ!井の中でカエルがどう雲を語るっ!」

掲げていたエクスポの右腕に、
・・・・風。
風が渦巻いた。

「ボクの能力は・・・・・爆風だ」

風は、エクスポの手の平の中で渦巻き、
それは球状になっていった。

「"空砂爆弾(エアサンドボム)"。美しいだろ?」

風渦巻いたままのその球が、
エクスポの手の平に形成される。

風の爆弾。

まるで物体かのようだがそうでもない。
なんと表現すればいいか。
風が球体になっているとでも言うべきか。

「君が凍らせる事が出来るのは、物体だけだろう。
 そうさ。何者も、風を掴む事など出来やしない」

このボク。
風のエレメント。
『四x四神(フォース)』がフウ=ジェルン以外には。

「・・・・大層な能力だが」
「バーストウェーブのそれ以上でもそれ以下でもないな」
「魔術師に転生した程度で粋がってんじゃねぇぞ」

「魔術師?ボクは盗賊だ。爆弾を作る芸術家でしかない」

エクスポは、両手を広げた。
その真っ白な翼のように。

「爆風使いは天の使い。ただ天使と言えどもエクスポはエクスポ。爆弾屋だ」

もう片手にも、
エアサンドボムが渦巻いた。
風渦巻く爆弾。

いや、2つどころじゃない。

「おい・・・」
「どうなって・・・・」

この地下の部屋のあらゆる場所に、
風の球体が生まれる。
塵ごと渦巻く風の球体が。
それは2ケタをゆうに超える数。

「魔法なんかじゃない。錬金術に近いと考えてくれ。それこそ美しい例えだろ?
 空気中。酸素中。それだけじゃ足りないからそこらの物質から可燃化ガスを集める。
 "材料を拾って爆弾を作っている"だけさ。神らしく。美しくね」

「グダグダとっ!!」

フランがムチを奮う。
それが一つのエアサンドボムを貫いた。
風は弾けた。

「・・・・チッ・・・」

「無駄だよ。材料を集めて作っているだけだ。風は散ってもそこにある」

弾けたが、
すぐに元通りの球体に戻る。
風渦巻く螺旋に。

「水素。それくらいは聞いた事あるだろう?どこにでもある可燃物だ」

エクスポは笑う。
アーティストのように。
誇らしく。

「プロパン。プロピレン。n-プタン。エタン。メタン。エチレン。アセチレン。
 ペンゼン。ネオペンタン。n-デカン。キシレン。シクロヘキサン。
 フフッ、アハハ!この世は発火物ばかりだ!つまり分かっただろう」

終りにしよう。
お前らの顔など、
見るに堪えない。

終わりを告げる芸術。
答えは一つ。

「芸術は爆発(スーパーノヴァ)だ!」

轟音。
部屋全体が・・・爆発した。

「なぁ!?」
「ぐぁあ!!」

全体が火炎に塗れる。
行き場の無い爆風が飛び交う。

起爆が起爆を誘う。

「アハハッ!踊れっ!せめてお前らの汚らわしさが消え去るほどにっ!」

爆発が爆発を呼び、
爆風が突きぬけ、
炎が踊る。
エクスプロージョンのエクスポ。
爆発の祭り。

余韻など無いほどに、
根絶なまでに、
この狭い世界全体が爆破仕切る。

「アハハハハッ!美しい!とてもとても!見ているかスウィートボックス!
 この花火はボクから君への餞(はなむけ)だ!芸術とはこの事を言うんだよっ!!」

そして、
エクスポが指を鳴らすと、
爆発は合図を聞いたように一斉に止まった。

途端に静寂が地下に訪れる。

「おっと。やはりまだまだコントロールがうまくいっていない。
 芸術とは筆の誤りから生まれる事もあるが、これは間違いなく失敗作だな」

トカゲ男。
キャラメル=クロスの残骸はあった。
あの汚らしい容姿はバラバラになっても見て分かる。
それらは光となって消え去った。

「ぐっ・・・あ・・・」

だが、
フラン=サークルの方は、
片腕と片足を無くしただけで、
まだ息があった。

「息があるなんて表現は可笑しいか。君は死んでいるんだしね」

「ぐっ・・・・う・・・・」

フランは怯えるように、
その体を精一杯後ろにずり下がる。

「そうだそうだ。そうだった。それこそ可笑しな表現だ。この場に生きている生命などいない。見てみなよ」

エクスポは手の平を返す。
それは、
家畜奴隷達の方だった。

「え・・あ?」

フランも釣られて見たが、
それらは全て死滅していた。
焼け焦げて、
爆発でバラバラになって。

ただ、
それだけじゃなく、
運良く被害が最小限だった者も・・・息絶えている。

「こんな地下でこんな爆発を起こしたんだ。大事な酸素なんて全て材料に使わせてもらったよ。
 それも含め、既にこの部屋に生命が活動出来る空気など存在していないんだよ」

パチンと指を鳴らし、
小さく風を起こす。
ただの遊びだ。

「ボクは既に人間の身じゃないからね。そんな事どうだっていいだけど、
 そうだったそうだった。君は死骸だったね。痛みも感じない死んでいる存在。
 窒息死とかそーいうつまらない死に方にはならなかったようだ。残念」

別に残念でも残念じゃなくもないような。
どうでもいいような表情で、
エクスポは語った。

「お・・・お前・・・そっち側の人間だろう・・・」

「ん?なんだい?」

「皆殺しにしやがって・・・いざとなれば奴隷共も人質に使おうと思ってたが・・・・お前・・・」

「あんなもの達など、もうどうしようもない。失敗作は処分したまで」

それは、
エクスポの言葉ではない。
それはやはり、
行き過ぎた芸術家の言葉。

エクスポ自身、成りたくなかった末路。

心の中で薄っすら思っていても、
踏み込めなかった領域に、フウ=ジェルンとして達する。

「お・・・俺も殺す気・・・か・・・」

「殺す?君はもう死んでるんじゃないかな?」

「いや・・・確かに俺は死骸だが・・・・こうして考える魂がある・・・。
 へへ・・・いやよぉ・・・本当は結構飽き飽きしてたんだ。
 反省して更正するからよぉ・・・・ちょっとばかり慈悲ってもん・・・くれねぇか?」

クズはクズ。
クソはクソか。
どのツラを見せてそんな事を言える。

「君は脳みそがマヌケか?信用のカケラも無い言葉で神に慈悲を乞うか」

「いや!確かに俺はクソ野郎だが・・・その点て納得行く答えはちゃんとある!
 ・・・・ほれ・・・お前言ったじゃねぇか、俺は死骸騎士よ・・・痛みとかそーいう感覚がねぇ」

「・・・・・」

「つまり・・・"性的快感"もねぇわけよ・・・おっ立たねぇし気持ちよくもねぇ・・・・
 半ば俺達ぁ既にこーいう最悪な生活は続行不能になってるわけ・・だ・・・ハハッ」

何が可笑しいのか。

「それでもお前は人を陥れる事を楽しんでたんだろう」

「それだけじゃぁすぐに飽きがくるってもんでよぉ・・・・」

「どうでもいいね。君は既に一日百善でもまるで足りない人生を歩んできた。
 天罰だよこれは。二回死ぬだけで罰だなんて、ボクとて甘っちょろいと思うけどね」

君は幸せだ。

「分かった!分かった分かった!取引をしよう!!!」

惨めったらしく、
フラン=サークルは命乞いをする。
本当に、
最悪のクソ野郎だ。

「神に取引?身の程を知るべきだね」

「この地下にはまだまだ秘密がある!」

期待を込めて、フランは笑う。
は・・はは・・と。
その笑みが無償に腹立たしかった。
美しくない。

「もういい。死ね」

「オーランド!」

フランは叫び、止める。

「アクセル=オーランドとエーレン=オーランドの残骸・・・さっき見たろ。
 ・・・・はは・・そう・・・それだ。そこにある・・・それ・・・・」

エクスポは横目で見た。
爆発でさらに損傷が激しくなっているが、
まだなんとかソレと分かる程度に原型を留めている。

「良く見ろ。・・・分かるか?ただボロボロに殺された痕だけじゃねぇ・・・
 お前のせいでにさらに分かり難くなってるが・・・・損傷部分だ・・・・
 殺されたっていうよりは・・・削り取られた・・・いや・・・食い取られたような箇所が見えるだろ・・・」

言われてみれば・・・だ。
確かに、
スプーンで掬ったかのような綺麗な損傷が、
あちらこちらに見られる。

不自然に。

「・・・・興味無いね」

だがこいつの命乞いに付き合っているヒマは無い。

「お前はスウィートボックスの命を弄んだ。1秒たりとも長くお前の顔を見ていたくない。
 お前は居ない方がいい存在だ。汚れは無いだけでいいのさ。美しき世界を損ねるんだよ」

「待て!待て待て待て!と、とっておきがある!」

「お前の口言葉に付き合ってるヒマは無いって言ってるんだよ」

「とりあえず!とりあえず教えるからっ!考え直すのは後からでもいい!
 とっておきの情報だっ!まず、まず聞いてくれ!そっち!そっちのロッカーだ!」

フランは、
残っている片腕でそれを指し示す。
それは、
アクセル=オーランドとエーレン=オーランドの死骸のある、
その横の扉。

「そこに入ってるのは極秘中の極秘だ!本当にっ!
 知っているのは上の上!騎士団長を含めた一部の人間と、
 クソっちが保管を命じた俺達!それだけだ!聞く価値はある!」

その扉は、
よく見れば内側から氷が見え隠れしていた。
キャラメルという氷使い。
冷凍保存も仕事の内だと言っていたが。

「・・・・どうだ・・・興味あるだろ・・・」

フランは笑う。
それはやはり気に食わなかったが、

「・・・」

確かに、
何か存在感のようなものをそれから感じた。
それは事実だった。

「君は殺す。それに変更は無い」

「考え直してくれよ・・・・」

「いやだよ」

エクスポは、歩んだ。
その翼をフランに見せる形で。

「もらったっ!!!!ハハッ!死ね天使野郎っ!!」

フランのムチが飛んだ。
素早く、
風を切りながら。

「予想通りだ」

エクスポはだがそれを、
後ろを向いたまま掴んで止めた。

「くっ・・・そっ・・・」

エクスポがムチを小爆発で破壊すると、
フランは項垂れた。

「・・・・・・」

だが、
やはりその扉が気になるのは確かだった。

「へへっ・・・もういいよクソったれ・・・開けろよ・・・」

フランは半ば投槍になっていた。
それを無視し、
エクスポは扉に手をかける。

「・・・・固いな」

氷で内側から固めてある。

「溶かすか。まだ燃焼物は残ってるかな」

エクスポは小さく爆発を起こした。
そうすると、
なんとか扉は開いた。

「・・・・・・なんだこいつは」

開けた。
扉を。
だが、
それを見ても一目では何かと分からなかった。

「・・・・ククッ・・・・ここの秘密の一つだよ・・・」

中には、
死骸が一つ。
かなり古いもののはずだ。
腐臭は進み、やはり骨に近い。
ただ冷凍されていた分綺麗にも感じた。

「美しい・・・・」

エクスポは正直に、その感想を口にした。
中にあった死骸は、
それこそもう終わりきった身なりではあったが、

衣類は着飾っていた。
誰かのお気に入りなのだろうか。
装飾に彩られ、
宝石も散りばめられて見える。

死してなお、気品を感じた。

「2年早ければ・・・世界が覆ったシロモノ・・・だぜ?」

フランは偉そうにそう言う。
今殺してやろうか。
それほどに気に食わない。

「・・・・ヘヘッ・・・実際のところ・・・俺にも"正体は分からない"」

「分からない?」

興味と美しさ故に、
エクスポは"彼女"に手を伸ばした。
衣類と共に、
片腕がボロボロと崩れてしまった。

「"ソレが本物なのか"。それとも"アレが偽物なのか"。
 どっちがどっちなのか・・・・どっちがどうなのか・・・・・
 ・・・クク・・・知ってるとしたら騎士団長ただ一人だろうよ・・・」

アインハルトしか知らない?
本物?
偽物?
どっちが?
・・・・何が。

「遠まわしだな。言え。その間くらいは生かしてやる」

「ククッ・・・ヒヒッ・・・・マイソシアの忘れ形見なんだよね・・・・」

可笑しそうに、
本当に可笑しそうに、
フラン=サークルは笑った。

エクスポはそんなフランを放っておいて、
"彼女"の顔を触る。

「アスク帝国・・・王国騎士団・・・・ハハッ・・・俺達の事だ・・・ナイト様だよ。
 だがこのマイソシアを統治したのは誰でもない・・・王が居るから王国だ・・・・」

骨に近いその素顔は、泣いているように見えた。
それが・・・

「ルアス=アスク王・・・その王様に残った・・・たった一人の肉親・・・・その成れ果てが"それ"だ」

儚げで美しかった。

「王家の人間か」

納得もしよう。
死してこの美しさ。
敬意に値する。

「ククッ・・・ただ・・・やはり"どっち"が本物かなんてのは・・・分からねぇ・・・
 あっちが誰なのか。それともこっちが誰なのか」

「・・・・何を言っている」

「・・・・分からねぇが、それは"どっちにしたって"決定的な秘密だ」

彼女の死骸は、
哀しそうにエクスポを見据える。

「・・・ただ間違いなくそいつの名は・・・・」

助けてと呼びかける、
人形のような。

「"ロゼ=ルアス"第一王女様だ」

儚く、
泣きそうな美しさ。

それがお姫様の死骸への

感想だった。





                 






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