ザァー・・・・・

ノイズ。
四方八方に様々な画面があり、
アレックスを取り巻く。
ただ、
どれでもノイズで白黒灰を不協奏でいている。

「・・・アレ・・・・ク・・・・」

目の前のベンチに座るレイズは、
その造型事歪み、
消えかかっている。
ロウソクの炎が消えかかるように、
揺らめき、ノイズに紛れる。

「・・・・・時間・・・・な・・・・・」

時間。
そうらしい。
寿命が来ると天使のお迎え。
はたまた悪魔の荷馬車。
そんな俗説だってあるが、
どうやら自分の場合はそのまま消えてしまうようだ。

「これが死ですか」

ザァーザァーとノイズだらけの世界の中、
自分だけがしっかりとそこに居た。

「後悔や未練。それらさえも含めた心全てが消えていく感覚。
 儚く・・・悪い言えば、何もかもがどうでもよくなる感覚」

これが死か。
なら、
死ぬ事での幸福など、
やはり有り得ない虚像だったんだろう。

自分が奪ってきた命は、
一つの例外もなく・・・・ただ消えたんだ。

良も悪も一切無く。

「この戦いも・・・本当に何かを手に入れるための戦いなんでしょうか。
 それとも、ただ皆が失うだけのものなんでしょうか」

戦争なんてそんなもんさ。
だから誰も望まない。

「・・・・希・・・・・」

消えかけているレイズが何か言った。

「・・・・・希望・・・・」

・・・・がある。

「そうかもしれませんね」

アレックスは笑った。

「ならあとちょっとだけ。待ってみます」

周りの世界が消えていく。
心が消えていく。

それでもあと少し。
あと少ししかないならあと少し。

希望を持ってみようと思う。




































「爆拳(エクスタ)」

「ちっ」

エドガイが後ろへ跳ね飛ぶ。

当たらなければ、
クライの手は爆発などしなかった。
エクスターミネーションの爆破。
モロに食らえば・・・・。

「エクスタシーだな」

ウェーブのかかった髪を後ろに流し、
クライは言う。

「死んで戻って、それでお前と清算出切るとはよ。エドガイ」

「清算?」

エドガイは鼻で笑った。

「っかしいな。おたくにゃぁ貸しも借りも無かった気がするけどね」

「だからだよ」

クライは指を立てる。

「俺とお前の関係に、"何も無かった"なんて・・・おかしいだろ。
 何の因果も無くハッピーエンドでお別れなんて許されないだろ?」

「じゃぁどうしてぇんだ」

・・・と聞いたが、
エドガイは答えは分かっていた。
こうして、
お互い戦っているのだから。

「"カイ"を賭けよう」

当たり前の答えを、
クライは当たり前に言う。

「ビッグパパに貰ったこのミドルネーム。二人が名乗るのはやっぱ可笑しい話だ」

「・・・・本音か?」

「俺はウソはつかない」

知ってるだろ?
クライは笑う。
そして、
エドガイも知っているからこそ笑い返した。

「ティル」

クライは横目で名を呼ぶ。

「何よ」

「そこで見ていてくれ。お前の旦那は世界で一番カッコ良くて強い」

「あら。ウソはつかない人だと思ってたけど」

「正直な言葉だ」

エドガイにかける笑いと違い、
クライはティルに微笑みかける。

「君は世界で一番美しい」

恥じらいも無く、
そう答えてから、
クライは動いた。

「爆蹴(エクスタ)」

地面が弾ける。
足でのエクスターミネーション。
その衝撃で、
すっとんで来る。

「・・・・・・・清算すんのはおたくだろっ!死人がっ!!」

エドガイは剣を構え、
トリガーに指をかける。

「命に釣りをもらってんじゃねぇーっつーの!」

パワーセイバーが放たれる。

「パリィ」

残像。
それが歪む。
パワーセイバーはクライの虚像を斬ったのみ。

「爆拳(エクスタ)」

「チィッ!?」

既に、
いつの間に、
懐に潜り込まれていた。
瞬間移動にさえ近い、
瞬間的接近能力。

「ごっ・・・・・」

体を突き抜けるような衝撃。
クライの掌テイが腹部に突き刺さると、
爆撃と共にエドガイは吹き飛ぶ。

「・・・・がっ・・・くっ・・・・」

かなりの距離を飛ばされ、
地面を転がり、
膝で止まる。

「・・・・ごはっ・・・」

遅れて口から血反吐が零れる。

直撃を食らった。
体が思うように・・・・・

「エクスタシーだろ!?」

有り得ないほど吹き飛ばされたというのに、
既にクライは追いかけてきていて、
目の前に迫っていた。

「あぁ!快感だったね!」

エドガイが剣を振り、応戦するが、

「パリィ」

それは残像を斬っただけ。

「後ろだろ!?分かってんだよっ!」

エドガイは予測。
剣を真後ろにそのまま振り切る。

「・・・・・ッ?!」

居ない。

「やはり、正直ほんと。俺のが"上"だったみたいだな。エドガイ」

真上。
頭上。

「ちくしょっ!!」

エドガイは咄嗟にトリガーを引く。

「爆踏(エクスタ!!)」

「でえぇりゃ!」

それは、
クライと同じ原理。
パワーセイバーを撃った反動で、
無理矢理自分の体を逃がした。

クライの両足が地面と激突し、
爆発を奏でる。

「・・・・・そんな楽な相手じゃなかったな」

クライはスマートに立たずまう。

「唯一無二。いや、唯ニ無三。同じカイの称号を守った同・・・・」

目をやると、
エドガイは一目散に背中を向けて走っていた。
クライの事などさらさら見ていない。

「逃がすかっ!爆蹴(エクスタ)!!」

地面を弾き飛ばし、急加速。
だがそれさえ間に合わないタイミングで、
エドガイは・・・・人間の群の中に消えた。

「ちっ!!」

援軍が来たせいで周りはまた戦争の嵐だ。
その中に逃げ込んだ。

「目的のために手段を選ばない・・・それがお前・・・傭兵の戦いだったな!」

群れの中には仲間が居る。
クライのだ。
クライは・・・・仲間を攻撃したりはしない。
仲間に危害を加えたりはしない。

「だが正直ほんと、涙目な話だと思うぜ?エドガイ。
 さっきまでならポルティーボの時のようにいっただろうが、今は違う。
 騎士団だけじゃない。そっちの戦士達も居るんだ。戦いづらくなるのは同じ」

「ずきゅーん♪」

それを、
全て否定する。

人間の群れの中から横薙ぎの斬撃。
パワーセイバー。

それは騎士も反乱軍も関係なく断ち切りながら、
クライに飛んできた。

「・・・・なんだと」

パリィ。
クライはそのパワーセイバーを残像と共に避ける。
避けたが、
避けた後、クライはどこに居るとも分からないエドガイを睨んだ。

「そうか・・・そうだったな。ここまでするか金の亡者め!」

「愛の亡霊には分からないかもな。結果だけが給料に繋がるんでね」


































あの日だってそうだった。

ガキの頃からそうだ。

「おい。誰が"カイ"を名乗れると思う?」
「名乗れるってなんだよ。俺ら全員そうだろ?」
「ばーか」
「知らねぇのか?」
「ビッグパパは俺ら"金縛り"の頂点を決める気だ」

金縛り。
俺達は自分達の事をそう呼んでいた。
ビッグパパに拾われ、
命を金に清算し、
生きる傭兵の子。

生きる道はビッグパパのためにあり、
命は雇い主のためにある。
そんな、
金に縛られたガキ達。

「どう思うよクライ(泣虫)」
「有力候補だぜ?お前は」

自分はまだ幼かったが、
皆がランドセルを背負う日数分は仕事をこなしていた。

「・・・・フッ。金になるなら頭になってやってもいいけどな」
「出た出た」
「クライは二言目には金。金」
「傭兵の鏡だなぁほんと」

実際、そう思っていた。
何より優先すべきは金だ。
愛さえ金がなければ幸せになれない。

「愛はきまぐれさ。だけど金は裏切らない。俺が行った事はしっかりと見返りになってくれる」
「確かに」
「だからこそ俺達はビッグパパの教えの通りに生きてるんだ」

ビッグパパに拾われた孤児達は、
自分の値段を知っていた。

「なぁーんにしろ」
「実力から言えばクライかエドガイだろうな」

エドガイ。
もちろん面識はある。
仕事も何度か共にしてる。

「本人の前でどうかと思うが、お前らどっちだと思う?」
「カイを継ぐのがか?」
「ま、どっちかってのは間違いないだろうけどな」

俺か、
エドガイか。
最近の話題はそればっかだった。

「功績からするとクライだろうな」
「だけどエドガイだって負けてねぇ」
「しかもあいつはビッグパパ(親父)のお気に入りだしな」

そこは・・・
気に食わなかった。
何故あいつが。
いや、
気に食わないのはそこだけじゃない。

「知ってるか?エドガイってほら」
「あー。"52出"って噂」
「うわ。さくら街」
「実験体かよ」
「でも俺達の世界じゃそんなの関係なくねぇか?」
「だなぁ。結果出してるわけだしな」
「そう。つまりにしても俺達の全ては結果だ。金だよ」
「そう考えると逆にやっぱクライが濃厚か?」
「・・・・ふん」

どうでもよかったが、
認められ、さらに金になるというのなら、
断る理由もない。

「クライかエドガイかー」
「俺は?俺なんていけんじゃねぇ?」
「馬鹿いえ。候補にも入ってねぇよ」
「クライとエドガイの次の候補があるとしても」
「あるとしても」
「そりゃほれ、あいつだ」
「あー。ジギーか」

あいつは無理だろう。
クライは心の中で思った。

「武器使いの『ジグザグ』ねぇ」
「確かに仕事量ならクライも凌ぐが」
「頭の器じゃねぇよ。あいつは孤独だ」
「それに記憶障害者じゃ仕事忘れちまうぜ?」

ジギー=カイ=ザック
通称『ジグザグ』
有り得ないほどの武器を使いこなす、殺し屋だ。
年は自分やエドガイよりさらに低い。

ただ、
昔の自分も思い出せないとかなんとか。

「なんでか『ジグザグ』の野郎。名前に執着してるから狙ってはいるだろうけどな」
「にしても一匹狼は駄目だって」
「そういう意味ではエドガイだな」
「面倒見がいい」

少しイラついた。
自分の前で言われてそう思うなんて小さいとも思うが。
エドガイ。
あんな甘っちょろい奴に負けてるとは思わない。

「俺だよカイは」

クライは、
たまらず言った。

「傭兵の頭を決めるんだろう。金を一番稼げる者がなるべきだ」

そうに決まっている。
なのに・・・あいつは・・・。

「そりゃそうだがなぁクライ」
「実際エドガイの評判はいい」
「面倒見がいいっつーのは仕事仲間を見捨てねぇってことなんだ」
「そりゃぁ最後は金だよ」
「けど、あいつに付いて行けば自分も共に・・・って考えてる奴も多い」

だからといって、
それが足枷になればいつか。
・・・。
そう。
涙目だ。
泣いてからじゃ遅い。

俺は何度も泣いてきた。

だからこそ、
ここまで開き直れた。

「それでもビッグパパの教えはどちらか・・・お前ら分かってるだろう?」

そう。
俺だ。
俺が正しい。
ビッグパパに認めてもらうのは自分だ。

「ま、お前が最有力なのは同じだよ」
「敵対心あるなら直接言えって」
「確かあれだろ?律儀にガッコ行ってんだろ?」

学校。
騎士団養成学校。

傭兵として幼い頃から生きているココの人間の中では、
特異と言ってもいい。

そんなわけの分からないものに金を払うなど。
まぁ、
払えるほどこの年で稼いでいるのも、
自分とエドガイだけだったわけだが。

「ガッコってとこで直接言えよ」
「あそこは辞める」

そう。
決めていた。

「俺が"カイ"を継いだら、ビッグパパを継いだら、その理由ももう無い。
 通っていたのは商売敵を調べるついでに騎士団に入れば仕事がしやすくなるからだ」
「考えてるねー」
「お、いいとこにライバルが来たぜ?」

チャラついた格好。
左側だけアクセサリーに身を包んだ・・・
エドガイ=カイ=ガンマレイ。

「おーい。カイ候補」

近くの一人が呼び止める。

「ん〜?なぁーにおたくら。ひそひそ雑談?あやしーねー♪俺ちゃんも仲間に入れてよ」

「そそ。ちょーどお前の話題」
「さてさてエドガイ君」
「カイ候補として、ライバルのクライ君の前で一言スピーチ」

「おお?」

エドガイと目が合った。
気に食わない。
こいつの、
この左目。
気に食わない。

エドガイが少し笑った。
そして指を突きつけてくる。

「世の中、愛だよ愛」

・・・・気に食わない。
気に食わなかったんだ。

あの頃は。




































・・・・・・カイ・・・・・・
『ジグザグ』・・・・・。

「・・・・・・ツッ・・・・」

エースは急に来た頭痛に顔をしかめた。
思い出せないのに、
刷り込まれているようなそんな記憶。
それが一瞬過った。

「なんなんだよ・・・・」

記憶?
違う。
俺はエース。
名無しの『AAA(ノーネーム)』だ。
そんな過去は無い。

「それどころじゃねぇっての」

そんなもの、
一瞬で振り払い、
エースは前を見る。

ツヴァイ。
ツヴァイ=スペーディア=ハークスだ。

「なんか知らねぇけど、援軍が着てからフッ切れやがって」

確かユベンが推理していた。
アインハルトと同じ。
孤高だからこその強さ。

「ならなんだ・・・・。なんで味方が来てから強くなる。
 化け物レベルの強さのクセに心情論上乗せされたらたまったもんじゃねぇぞ。
 それじゃぁ魔王様を倒せる勇者がいなくなっちまうじゃねぇか」

ま、戯言だ。
それも。

「・・・・・・結局あいつが強かっただけって事か」

戦いはそういうものだ。
強い者が勝つ。
強さ。
それがロウマ=ハートに教えられた全て。

負けたくないなら強くなれ。

「・・・・にしても酷い状況だ」

エースは、
やる気の失せる顔で辺りを見回す。
勢いで押してきている援軍共を見ているわけじゃない。
もちろんそっちもどうにかしないと、
終焉のメドが立たない感じだが、

「3人か」

メリーは、
パムパムの薬を取りに戻った。
(今更無駄足でしかないが)
ミヤヴィはそのパムパムを連れて戻った。
(パムパムは完全リタイヤだ)

「残るは貴重な接近キャラばっかだな。俺と・・・ユベンと・・・・・」

そして・・・。

「あちきは絶対に許さないからなヒポポタマスが!!!」

ツヴァイの真正面で対峙する、
狼服の女。

「あちきのアニマルちゃん達の仇!そしてパムパムの無念を晴らす」

「お門違いだと言いたいが・・・・」

ツヴァイは黒いアメット直す。
表情は読み取りづらい。

「今なら失う気持ちも分からんではない。取り戻したくても取り戻せない気持ちもだ」

断ち切ってもいいなら。
相手になろう。

「来い。獣」

「いくぞ化け物!」

キリンジは四足歩行で飛び込む。
両足と呼ぶべきか、
前足を思いっきり地面に食い込ませて。

「どういう生態か分からん女だ」

ここはひとまず、
まんまと様子見してやろう・・・と。
ツヴァイは構えた。

「クイックッ!!」

「ん」

キリンジが急に角度を変えた。
切り替えしが速い。

「ヘイストッ!!」

そしてさらに速度を上げ、
四足歩行の狼女が飛び込む。

「なんだ?」

「アタァーーーック!!」

結局の攻撃は、
素直の振り切り、
異常に伸びた右手の爪で切り裂いてきただけだったので、
盾で防ぎ、
一度距離を離した。

「速度上昇スキル?見た目と裏腹に盗賊か」

いや、
あれだけの守護動物を扱うのだ。
吟遊詩人の類と踏んでいたのだが。

「燃え尽きなぁ!このモンキーがあぁ!!」

キリンジは、
"顔を振り上げた"

「ブレスッ!!」

「なっ!?」

予想はしていなかった。
四足歩行の狼女?
さながらドラゴンだ。

口から火炎を噴出した。

「そんな芸があって人を化け物扱いするとはな!」

炎は盾で防ぐ。
だが、
人の体から吐き出されるものとは思えない。
宴会芸とは違う。
それでいて、
魔法とも違う。

「キャッハッー!!!」

炎の幕の後ろに、
キリンジが飛び掛ってきていた。

「いただきだぜっ!!」

「くっ!!」

飛び掛ってきたキリンジは、
そのまますれ違いザマに、爪で切り裂いてきた。
肩が裂かれる。

「キャハハッ!致命傷は避けたかっ!アニマル本能はあるようだなっ!」

ツヴァイの後ろに、
四足歩行で着地するキリンジ。
笑う顔には八重歯が目立つ。

「貴様の体・・・・どうなってる」

「こうなってんだよっ!目ぇかっ開けヒポポタマスが!!」

キリンジが、
両手両足を地面についたまま、
大きく口をあけた。

先ほどとは違う。
口をまっすぐ、こちらに向けて開けて・・・・・

「スマッシュッ!!!」

狼?
ドラゴン?
違う。
砲台・・・大砲だ。

口から火炎のキャノンが打ち出される。

「チッ・・・・」

理解は出来ない。
だが、
盾で直に防ぐと押される。
また飛び込まれる隙を与える。
その火炎の砲弾を盾で無理矢理弾き飛ばした。

「長刀"コジロー"」

「気付いているわっ!!」

真横から隙を突き、
エースが飛び掛っていた。
細長い。
まるで物干し竿のような剣を、
ツヴァイは槍で受け止める。

「・・・・やっぱ楽にはさせてくれねぇなぁ」

「せいっ!」

ツヴァイはその受け止めた剣を、
槍で地面に叩き付ける。

「うおっ!?」

そしてそのまま続けざまに足で踏み折った。
細長き剣は、
音と共に分断された。

「俺のコレクションが!クソッ!"ドンキホーテ"!」

咄嗟にエースは上着の裏からメイスを取り出す。
イカつい鈍器。

「どいてろっ!!」

それは取り出すまでの時間しかなく、
続けざまにエースは、
ツヴァイの盾の打撃に吹っ飛ばされた。

「クイックッ!!キャッハーッ!!」

速い。
既にキリンジが迫っていた。
爪で切り裂いてくる。

ツヴァイは転がるように避け、
足で蹴り、追い払った。

「キャハハッ!いけるぜっ!ハイエナは団体でライオンにも勝つっ!」

空中で回転するように受身をとり、
四足で着地するキリンジ。
笑う顔には八重歯。

「驚いたろ。ツヴァイ=スペーディア=ハークス」

エースが言う。

「この女・・・・人間か!?なぁーんて思ってんじゃねぇの?」

エースはそう問う。
そして、
確かにそう思う。
爪は異常で、
速度を上げ、
口から火炎を吐く。

人間と言う生物を逸している。
魔術師とも違うし、
盗賊とも違う。

人でなければ悪魔か魔物か・・・・
・・・・魔物?

「多分、ご名答。キリンジは"人体"じゃぁねぇ」
「おい!モンキー!あちきの事ベラベラしゃべってんじゃねぇ!」
「いーじゃねぇか。減るもんじゃねぇし。言ったから不利になるわけじゃねぇ。
 ・・・・・そう。キリンジは守護動物として生成されたモルモットベイビーだ」

守護動物として?

「合点がいった」

ガーディアンクイック。
ガーディアンヘイスト。
ガーディアンブレスにスマッシュか。

「こらぁエース!このピッグ野郎!ウマシカ通り越してニワトリかてめぇは!
 ぴーぴーしゃべりやがって!それにあちきはその呼び方が嫌いだ!アニマル差別だ!」

いきり立って、
キリンジは文字通り、牙を剥く。

「HEY・・・HEY・・・HEY・・・ヘイ・・・・」

後ろ足で闘牛のように地面を荒らしながら。

「ヘイストッ!!」

急加速で突っ込んできた。
爪を振りかぶる。

「確かに・・・獣の動きだ」

「キャッハッー!!」

すれ違いザマに爪を切り裂いてくる。
盾で防いだが、
頑丈な盾に4本の線が入る。

「クイッ!」

着地と同時に折り返し、
続けざまに跳んでくる。

「クイックッ!」

そして隙の無い、
ヒットとアウェイを兼ねた爪の切り裂き、
すれ違い様に切り裂く。

「喰いっ!!」

盾・盾と防いで、
リズムが作られた途端だった。
ツヴァイは次も冷静に盾で対処しようと思ったところで、
爪でなく、
牙をむいてきた。

「カニバリズム(人肉食最高)っ!!」

「ぐっ・・・・」

肩を食われた。
すれ違い様に、噛み突かれ、
皮と少々の肉を食い取られる。

「まじぃな!ヒポポタマスの肉はよぉ!」

くちゃくちゃと口の中でツヴァイの肉を噛み締めながら、
狼女は笑う。

「知ってると思うがよぉモンキー!食える肉ってのは決まってる!
 魚も鳥も動物も、うめぇ肉ってのは草食動物って相場は決まってんだっ!
 肉食の動物はクセも臭みもあってポピュラーには食えたもんじゃねぇ!」

ゴクンっ、と飲み込んだと思うと、
狼女。
キリンジはその口を開ける。

「あんたはどれだけの命を喰らってきたっ!!」

口を開け、
放たれる火炎のキャノン。

「どれだけの命・・・・を?」

ツヴァイは逆に突っ込み、
盾でキャノンの軌道を弾き変えた。

「オレはその清算のためにここに立っているっ!」

鋭く突き出された槍は、
キリンジの隙を突く。
避けることは出来ない。

「清算?無理だろ」

代わりに、
棺桶を背負った戦士が前に立ち、
メイスで押されながらも防いだ。

「人は守る命よりも奪う命のが多い。あんたは朝飯の回数を覚えているか?」

「自己満足で結構だっ!」

力任せにエースを吹き飛ばす。

「オレは生まれて初めて自分の意志で戦っているっ!」

改めてキリンジに突っ込み、
槍を振り切る。

「ギッ・・・・」

それを、
狼女は・・・・・歯で受け止めた。
噛み付いて受け止めた。

「なら・・・・・」

キリンジは槍を噛み付いたまま、
獣の目でツヴァイを睨む。

「人の意志で生まれたモルモットってアニマルはどうすればいいっ!」

熱を感じた。
こいつ、
噛み付いたまま火炎を吐き出す気か。

「こざかしい!」

ツヴァイは左拳でキリンジの腹部を殴りつける。
キリンジの体がくの字に折れ曲がるが・・・

「キヒャヒャ・・・・」

それでもキリンジは槍から口を離さなかった。

「見上げた執念だ」

ツヴァイは槍から手を離し、
その右手でキリンジの顔を殴りつけた。
殴りぬけた。

さすがにキリンジも槍から口が離れ、
口から少量の火炎を吐きながら後ろに跳ね飛んだ。

「キャハハッ・・・・」

キリンジはその口。
八重歯に付着した自分の血を手で拭う。

「あんたはいいぜ。食物連鎖の上っかわだからな。命の生殺与奪を決めれるアニマルだからな。
 あんたは考えたことあるかい?このモンキー山の大将気取った最強さんよぉ。
 害になるから殺される鳥や虫の妊娠や、食物にされる動物のプライベートとかをよぉ」

「・・・・・・何が言いたい」

「アニマルは皆!生物は皆!ただ生き延びるために生きているってんだよっ!
 ブタの気持ちを考えた事があるかっ!?人間の勝手で改良されるリンゴやトウモロコシの感情はっ!?」

キリンジは、
八重歯を出しながら皮肉に笑う。

「あちきはそれだ。品種改良の実験体。・・・キャハハ!モルモットベイビー?
 モルモットだって?世界でこんなにもアニマル差別な名称のアニマルはいねぇぜ」

人が、
守護動物に成れるかの実験体。

「人を逸脱しないまま、他人を蹴落とせる人間には分からない気持ちかもしれないけどなっ!」

「八つ当たりだな」

「いや。だからあちきはロウマ隊長についていくと決めた。
 ならあちきが強者になって!これ以上世界の生態系を壊さないっ!」

そうか。
答えが出ているのか。
そういうのが44部隊なのだろうな。

「短い間でも、理解してしまったか」

人を理解する。
・・・・。
この自分が?
可笑しいものだ。
そして、
それはなかなかにいい気分だ。

「それは分かった。だからといって、オレは退く事は出来ん」

「キャハハッ!誰が退けっつったよぉ!あちきはそのために百獣の王にならなきゃならないっ!
 あんたを倒すのはその通過点だモンキー!全アニマルに代わってお仕置きだっ!」

牙を剥き、
爪を磨ぎ、
キリンジが動く。

「・・・・・・」

それだけには捕われてはいけない。
敵は一人じゃない。

「宝斧"ヘンジ"。トルコストーンアックス!」

輝きはせずとも、
洗練されたトルコ石の斧。
エースがそれを振りかぶって迫る。

「ふん」

ツヴァイが取り出すのは、

「来いっ!E−U(ガルネリウス)!!」

守護動物の卵をエースに向かって投げつける。

「おわっ!?」

煙と共に突如現れたエルモアの勢いに、
エースは後ろに吹き飛ばされる。

「この状況ならばまた使えるからな」

漆黒の戦乙女はジャンプで白馬に飛び乗る。

「そっちのアニマルちゃんには悪いがっ!あちきの餌になってもらうよっ!」

そこに飛びつくキリンジ。
両爪が馬上でツヴァイの両武具と交差する。

「キャハハッ!」

交差したあと、
空中でキリンジはツヴァイに向かって口を開いた。
喉の奥で火炎が渦巻く。

「ブレスッ!!」

炎が横に薙ぎ払われる。

「はっ!」

足でエルモアの腹を蹴り、
エルモアが急発進してその地点から抜け出た。

「同時に相手するより、動き回って一人づつ始末するか」

エルモアで迂回しながら、
ツヴァイは見据える。
敵は一人じゃない。
余裕はない。

「宝斧"ヘンジ大兄弟"!!!」

気付くと、
エースの棺桶の中から、
ガラガラと小振りなストーンアックスが雪崩落ちる。

「おりゃおりゃおりゃおりゃっ!!」

エースはそれを拾っては投げつけた。
石斧が大道芸の如く投げつけられる。

「武器は底なしだな」

エルモアで迂回しながらそれを避け、
直撃コースのものだけを盾で弾き落とした。

「メディーサちゃんっ!ロードカプリコちゃんっ!君に決めたっ!」

キリンジの方を見れば、
彼女の周りに二匹の魔物。
既に行動に移っていた。

「・・・・煙?」

煙幕か。
煙が立ち込めてくる。
それはツヴァイがどうしようにもないほどに、
急激に広がり、飲み込まれた。

「・・・・チッ・・・・」

見えない。
煙の中で視界を奪われた。

「セーフバリアッ!!」

どこかでスキルの音が聞こえる。
セーフバリア?
守護動物による状態異常阻止の膜だったはず。

「煙幕に乗じて攻めてくる気か」

「キリンジっ!俺も見えねぇぞ!」
「うっせぇウマシカ野郎!ほれっ!キュアダークネス!」
「視界が無ぇ事には代わりねぇんだよっ!大体これ系の戦術はよぉ!
 スモーガスやスミレコが居ていつも成り立ってる奴だろうがっ!」
「キャハハッ!弱音は弱さの証!隊長が言ってたぜっ!」
「あー!そうかよっ!」

とりあえずは文字通り闇雲に走る。
この煙幕地帯から抜け出る事が先決だ。
気配で大体の位置は読み取れる。

「ん?いや・・・」

違う。
あの女、単細胞型と思っていたが、考えている。
そう見せているだけだ。
煙幕はオトリ。

煙幕が晴れ始めた。

「・・・・・小細工を」

煙幕が晴れると、
視界八方。
全て雪原の野獣。
ブロニンで埋め尽くされていた。
軽く30匹は下らない。

「キャハハッ!いくぜブロニンちゃんっ!アニマルフォーメーションっ!」

白熊のような魔物達が、
一斉にツヴァイに向かって飛び掛る。

「・・・・人間とは違うな」

同士討ちを恐れていない。
本当にモミクチャに一斉に突っ込んできた。
捌(さば)くとか、
そういう概念を一切排除した一斉攻撃。

腕が二本で足が二本ならば、
ツヴァイを差し引いても足りない一斉攻撃。

白熊の爪が八方から迫り来る。

「ガルネリウスッ!!」

ならば上に跳ぼうと思ったが、

「キャハハッ!!」

白熊の爪の群れの中、
一匹、
狼だけが空中で爪を輝かせていた。

「チッ・・・・」

上に跳んだら思う壺か。
だがブロニン共を迎え撃っても同じ事。

「ならばっ!!」

迫る来るブロニン達が、
一斉に交差した。
いや、
圧縮した。

ツヴァイに向かい、
一斉に爪を繰り出し、
ガキキッと幾多の刃音が重なる。

人一人を押しつぶすほどに。

「避けるだけだ」

ブロニンの群れの中心。
爪の中心。

ツヴァイは・・・・逆さまに立っていた。

槍を地面に突き刺し、逆さまに。
修道士のような曲芸と言えるが、
それ以上に荒唐無稽なのは、
"エルモアを股下で持ち上げて"の逆立ちという事。

重力が反転したように、
槍一本でそこにツヴァイは逆さまに立っていた。

「のけっ!!カス共っ!!!」

そしてそのまま、
エルモアごと、
槍を中心にツヴァイは回った。
ジャイアントスイングの逆のような。

「なんだあいつっ!エルモアを武器にしてやがる!」
「アニマル虐待だぜてめぇええええ!!!」

周りのブロニンが一気に吹き飛んだ中心に、
エルモアが着地する。
ツヴァイを乗せたまま。

ツヴァイの要求に応えられるのはあのエルモアぐらいだろう。

「落ちてくるだけなら格好の餌食だな」

空中のツヴァイを迎撃しようと跳んでいたキリンジは、
今までと違い、
隙だらけだった。

「グレイブちゃんっ!」

空中で煙と共に、
悪魔の翼を持った魔物があらわれ、
キリンジを背に乗せる。

「本当に魔物ならなんでもありか」

グレイブに乗り、
空を飛ぶ狼。

「キャハハハッ!!バードのフンでもいかがかヒポポタマスっ!!」

空中のキリンジは、
グレイブの背中の上で、
数多の卵を取り出す。

「今日の天気は晴れ時々ブタだっ!!」

そして一斉に落とされた。
まるで空爆。
空中から卵が数多に落ちてきて、
それが煙と共に姿を現す。

マイティ。
グリード。
フィアスにデス。
数え切れないほどのエンゼルトプス。

「カス共は無視だ」

それよりも、
あいつを落とす方が先決。
ツヴァイは槍を振りかぶった。

「縛鞭"ローズ"!」

その槍に、
鞭が絡みつく。

「へへっ」

エース。
長い鞭を槍に絡ませ、それを妨害する。

「多彩だな。見ていて面白い」

「人生十色。俺の武器は数多の人生の名前だ」

降って来たエンゼルトプスの一匹を、
盾で弾く。
ついでにエースを睨む。

「なら代わりに、」

「お?・・・・・うぉっ!!?」

エルモアが急に走り出したと同時、
エースはその力に抗う術なく、
ムチと共に引きずられる。
そして少し加速した後。

「お前がブタのように飛べ」

「ぉーーわっ!!」

ツヴァイが槍を上に振りぬく。
遠隔一本背負い。
ツヴァイを抑えたはずが、
逆にエースが投げ飛ばされた。

「だだだだ!!飛べる武器なんてねぇよっ!」
「おい!このヒポポタマスっ!こっち来んなっ!」
「ぁあ!?うげっ!!」

空中で、
キリンジとエースが直撃した。

「キャハッ・・・・」
「あだだ・・・・・」

キリンジはグレイブから落ち、
エースと共に落下する。

「駆けろっ!ガルネリウスっ!!」

エンゼルトプスを一匹串刺しにした後、
エルモアが駆ける。

真っ直ぐ落下していくエースとキリンジに向かって。

「・・・・・チッ・・・・」

だが、
速度を緩める。
追いつける距離だった。
落下地点に間に合うはずだったが、
意図的に速度を落とした。

「ここでも邪魔をするか・・・・」

ツヴァイは顔をしかめる。
当然間に合わなく、
キリンジとエースは地面に落下した。

「だが、遅れても同じ事」

ツヴァイはそのままの速度で突っ込む。
追い討ちをかけに駆ける。

「キャハハハッ!!!」

だが逆に、
落下地点からこちらに駆けてくる白馬。
キリンジ。
キリンジもエルモアに跨っていた。

「竜騎士部隊の名折れかもしんないけどねっ!!」

爪を見せながら、
キリンジがエルモアに跨って突っ込んでくる。

「騎馬の一騎打ちか。面白い」

ツヴァイも駆ける。
キリンジも駆ける。
二頭のエルモアが真っ直ぐ突っ込む。

「落ちろっ!」
「あんたがだっ!」

交差する直前、
二人は同時にエルモアから跳んだ。

空中。

黒騎士と狼が交差する。

「浅いか」

「キャハハッ!!」

空中の交差の刹那。
ツヴァイの槍はキリンジの横腹をえぐった。
ツヴァイはキリンジの爪を盾で防いだ。

二人は交差の後、
各々のエルモアに着馬し、
そのまま反対方向に駆ける。

「だがやはり一騎であるならオレが上だな」

ツヴァイはエルモアを旋回させて止まる。
一応エースにも目をやる。
大丈夫だ。
攻撃の届く距離ではない。

「おっとっと!あちきからあんたにお土産があるぜ!上を見なっ!」

「むっ」

ツヴァイの真上。
見上げれば、
そこに卵。
一個の卵。

「押し潰れたカエルになっちまいなっ!」

その卵は煙と共に、
一般のソレより何周りも大きい・・・・

「バギちゃんプレスっ!!」

空を隠すほどに太ったバギだった。

「本当に見かけによらず小細工の出来る女だ」

既に頭上。
槍で突くか?
いや、
この重量ならば突いたところでそのまま押しつぶされる。

「関係ないがな」

押しつぶされる寸前。
ツヴァイはそれを避けるでもなく、
攻撃するでもなく、
守るでもなく、

何百キロありそうな巨体のバギを・・・・

「カス・・・・・がっ!!!」

掴んで、
投げ飛ばした。

「・・・・キャハハ・・・・マジですか。チキン肌たっちゃったよ」

地震でも起きたようにそのバギは地面を砕きながら転がった。

「ふん」

ツヴァイはストレッチのように腕を振る。

「明日は筋肉痛にでもなりそうだな。なったことがないから楽しみだ」

「キャハハッ!その細身でメスゴリラだったとはなっ!だけどねぇ!
 この戦争の後、あんたに明日があると思ってるならオオウマシカ野郎だよあんたはっ!」

「ふん」

ツヴァイは、
エルモアと共に駆け出した。

「そうだな。オレに明日など当然こないだろうな」

馬上。
さらに加速する。

「今でもこんなにも兄上を意識している自分。兄上を破らなければオレに未来はない。
 否。オレの未来はない。ツヴァイ=スペーディア=ハークスとしての未来がない」

お前も同じだろう。
アメットの下の目が、
キリンジを貫く。

「あぁそうだね!あちきは人間として生まれてこれなかった!だがアニマルだ!
 オケラだってアメンボだって皆皆生きているんだ!あちきも生きているっ!
 キリンジ=ノ=ヤジューとして!あちきは一匹のメスアニマルとしてっ!」

黒い長髪が靡く。
きめ細かいその髪は神秘的で、
漆黒に身を包んだツヴァイを洗練していた。
さらに。
加速する。

「なら受けて・・・絶つっ!このツヴァイ!二番目の名を返上するためにっ!」

さらにさらに。
加速する。
馬上の漆黒の騎士は、
白馬と共に風を切り、
真空を超えて。

「クイックッ!クイッククイッククイック!!HEYHEYHEYHEY!!!」

キリンジも駆ける。
エルモアと共に駆け、
そしてそれを乗り捨て、
エルモアを超える速度で、
四足歩行で地面を蹴る。

「HEYHEYHEYHEY!!ヘイストッ!!!」

四足歩行のウルフは、
低い地面で風を切る。


                 強者に弄ばれた命。それが憎いか。

拾ってくれた最強の声が、
狼の耳に響く。

                 それは違う。それはお前が弱かっただけだ。
                 お前の命を弄んだ輩など、強くない。
                 だが人に生まれたかったか。
                 ならば否定しろ。
                 矛盾させるんだ。
                 そんな奴らに口答えさせないほどに、お前は強くなれ。

                 人でなくても、お前は己が嫌いか?
                 お前として生まれてきたのに己を嫌うのか?
                 カードは配られたんだ。
                 その手札で勝負しろ。

                 お前はお前として強くなれ。
                 そう思えるなら歓迎しよう。
                 4並びのこの部隊に。

                 キリンジ。
                 強くなれ。

                 お前の言うとおり、強者には何かを奪う権利がある。
                 だが、それを守れるのもまた強者だけだ。

                 "弱肉強食"

                 ならばお前は強くなれ。
                 お前が恨む奴らより強くなれ。

                 己の強さのために、
                 お前の否定する弱さを・・・・

                 "喰ってやれ"

                 ここはそういう者の集まりだ。
                 お前は孤独な種だと感じていただろうが、
                 違う。

                 お前はもう、
                 一匹狼(ロンリーウルフ)じゃない。


「クイッククイックっ!!」

両手両足。
四本足。
地面を駆ける。

「"喰いッ"!千切ってやるっ!!」

弱者のために動く強者は少ない。
そして、
それが異端者のためとなると居ないも同然。

なら自分がなる。
世界のアニマル全てを平等に扱う世界を。

自分やパムパムのような、
人に決められた生を無くす。

「キャッハーッ!!」

最高速で、
四足歩行で地面を蹴って、
跳んだ。
ガーディアンクイック。
ガーディアンヘイスト。

狼は風を切り駆け、
そして翔けた。

そしてそれは向こうも同じ。

漆黒の戦乙女は、白馬と共に、
地面を駆け、
チャージラッシュ。
空気を切り裂き、
翔けた。

切り裂くために、
両手の爪を広げる。

空中で交差する目前。

目の前には美しい漆黒の騎士。

「・・・・・あぁ・・・・」

その停止したような空中の時間で、
キリンジはツヴァイの眼を見た。

黒い、吸い込まれるようなその美しい眼。
ただ、
強者の幸せも、
強者の欲心も、
そこには無く、

恐れの中に希望のある眼。

「・・・・・いい眼だな。あんた」

嫌いな眼じゃない。
否定する強者の眼じゃない。
自分と同じ、
孤独から抜け出たいと思う、
強さへの憧れの眼。

「自分が孤独じゃないと信じる・・・・狼の目だ」


























キリンジの腹部には黒き長槍が突き刺さっていた。
冷たい土の上に転がる狼。

それを見下ろすのは、
白馬に跨った漆黒の騎士。

戦場の風に、
黒い長髪が咲き乱れる。

「オレは恨まれる事が多い」

馬上で、
地面に串刺しのキリンジに問う。
彼女はまだ息があった。
腹部に大穴が空いていて、
それこそ"まだ"生きているという表現の方が正しいが。

「オレは、お前に殺されれば、お前の夢は叶えてやれたのか?」

キリンジは、
口から垂れる血糊の中、
八重歯を見せて苦笑した。

「・・・・いや。44部隊の面々は皆、求める強さが違う。
 あちきの場合は・・・・あんたとは違う食物連鎖のピラミッドに居た」

「そうだろうな」

ツヴァイのピラミッド。
上下関係。
それは、
ただ上にアインハルトが居て、
その下に自分が居る。
1と2。
それだけだ。

「・・・・あんたに一つだけ命令する・・・・」

ガサリと、
狼帽子が転がる。
ボーイッシュな単発の女。
キリンジ。

見てみれば、
やはり自分に似ている。
男女という枠を超え、
ただ強者に逆らう。

「アニマルの世界の・・・掟だ・・・・"喰うなら生きろ"」

喰うなら生きろ。

生きるために食べるのでなく、
他の生命を食して生き延びるならば・・・・・

「あんたは・・・あちきを喰らった・・・・ならあちきの思いも腹に入れておきな・・・・」

「・・・・・お前の意思を継げと?保証は出来んな」

「思い出でいい・・・・こういう生物を喰らって生き延びたと・・・・心に刻め・・・・。
 殺すだけで・・・・喰わないアニマルなんて世界にいねぇ・・・・・人も含めてだ・・・・・」

「・・・・・」

いや、
居る。
喰らって成長する必要の無い人間。
それが、
世界の"1"
自分は、
それを超えなければいけない。

「キャハハッ・・・・・」

キリンジは、
目を瞑った。

「あとひとつ・・・・どんなアニマルだって・・・・・」

八重歯を見せて、
穏やかに笑う。

「寿命(自分)以外で死(負け)は認めるわけにいかないっ!」

「!?」

キリンジは口を大きく開けた。
八重歯が目立たないほどに、
地面に横たわったままに、
息も尽きる寸前なのに。

「ガーディアンビッグダメージッ!!!」

喉の奥が見える。
火炎。
今までより強力だ。
最大級。
それが分かる。

「ここに来てっ!」

ツヴァイはキリンジの腹部から槍を抜く。
抜き取る。

「見上げた執念だ!!」

泥臭く、
それでも執念に一本。
強さを求めるために、ただただ我武者羅に。
負けを認めるわけにはいかないという事か。

44部隊であり、
最強を目指すならば、

最後のひと時だって、
弱さを受け入れたりはしないと・・・・・。

「キャハハハハハッ!!!!!」

そして、
彼女の喉の奥から、
火炎。
この至近距離で・・・・・・

「分かった。オレの勝ちにしよう」

そして、
ツヴァイはそのキリンジの口に、

槍を突きこんだ。

「が・・・・が・・・がきゃははっ・・・・・・」

火炎は吐くことも出来ず、
その口に含まれた槍は、
そのまま彼女を貫いた。

口を通して首の後ろまで、槍は無残に突きぬけた。

「お前という強肉を、喰らい、一生オレの血肉に刻んでやる」

ツヴァイは、
そして、
そっと、
槍を引き抜いた。

整っていたはずのボーイッシュな狼女の顔は、
それはもう見れたものじゃなかったが、

「いい・・・もん・・・・喰ったぜあんた・・・・・・」

彼女はそれでも笑っていた。

キリンジとして、
キリンジらしい人生を歩んだと。
自分の人生を歩んだと。

笑っていた。

「おーこ・・く・・・・きしだ・・・・・・ばんざ・・・・・・・・」

そして、
そのまま狼は、
一匹でないまま息絶えた。

「・・・・・・・・・」

彼女の死体を馬上で見る。
穏やかだ。
野生の狼のように迷いの無い、
その命。

自分が自分としての命を真っ当する。

「オレも・・・あんたのように・・・・」

アインハルトの道具でなく、
ツヴァイ=スペーディア=ハークスとしての、
自分としての命を生きたと、
笑って死ねるだろうか。

死にたい。

彼女のように。

本能のままに。
野生のままに。
生まれた意味のままに。
個のままに。

「人なのに、2番目の最強と呼ばれているのに・・・・あまりにも欠陥品だな。オレは」

学ぶ者は多い。
それを知るのが遅すぎた。

自分も、
もっと、
多くの人間を知りたい。


「キリンジッ!!!」

エース。
名無し。
彼が遅れて駆け寄ってきた。

「てっ・・・・めぇぇええ!!!」

エースは駆け寄りながら、
4本の武器を手にしていた。
剣。
斧。
ハンマー。
メイス。

両手に二本ずつ、
そして我武者羅に。

「それでも・・・・・」

向かってくるエースを横目に、
ツヴァイはエルモアの腹を蹴る。
エルモアは、
エースに向かって突進した。

「向かって来るならばオレは蹴散らさなければいけないっ!」

自分の生涯を得るには、
アインハルト=ディアモンド=ハークス。
兄を超えなければいけない。
そのために、
何人たりともに負けるわけにはいかない。

「くっ・・・・・」

一対一ならば、
やはりツヴァイに敵う人間など居なく、
その洗練さを欠いたエースの動きは、
ツヴァイの餌食。

そうとしか言えなかった。

ただ真っ直ぐエルモアの突進と共に突き出される槍。
チャージラッシュは、
それだけでエースに避ける術も、
防ぐ術も、
無かった。

「チク・・・・・」


ガキンッ。
と、
金属がぶつかりあったような音。

ツヴァイの動きは止まっていた。
エルモアの動きも。
槍も。

全て、エースの目の前で。


「これ以上、失うわけにはいかないのでな」

「やっと出てきたか」

エースの目の前。
そこには、

ユベン=グローヴァーが立っていた。

「ユベン・・・・」

ユベンは槍を背負ったままだ。
ただ、
"片手を広げて突き出している"

手の平で、
ツヴァイの攻撃を、
槍の先を、
止めていた。

「出てくるのが遅かったんじゃないか?・・・・とは聞かない」

ツヴァイは槍をユベンの手の平に向かって突き出したまま、
声を落とした。

「お前は"何度も邪魔してくれた"」

「・・・・・ふん」

「あの絶妙な距離で待機したまま、殺気と威圧でオレの動きを制限していたな」

事実、
ずっとだった。
ユベン。
副部隊長ユベン=グローヴァー。

彼はずっとドロイカンの上で待機していた。

ただ届くか届かないか、
その距離で、
場面場面で、
ツヴァイを威圧し、
ツヴァイに警戒をさせていた。

危険な時には、
こちらに警戒させ、
ツヴァイの動きを止めていた。

部下達を自由に、
それでいてツヴァイを抑え付けていた。

今の今までずっと、
"ツヴァイとユベンは戦っていた"

「自分の意志は尊重したいが・・・・それよりも部隊としての責務。
 任務完了のための最優先・・・そして部下を守る。中間管理職は仕事が多い」

ユベンは、
ツヴァイの槍の先を手の平だけで止めたまま、
冷静に応える。

「ただ・・・・キリンジを守るには至らなかった。判断不足だ。
 部下を死なせるなど・・・・・・・・・・幹部失格だ。・・・・・何よりじゃない」

ギラりと、
まるで龍のような恐々しい眼が見えた気がした。

「・・・・・!?・・・」

咄嗟にツヴァイは、
エルモアと共に後ろに退いた。

ユベンは動じる事なく、
手を下ろし、
冷静だった。

「エース」
「・・・・・なんだ」
「この場から離れろ」

ユベンは、
エースの目も見ず、
そう言った。

「・・・・・ぁああん?」
「俺とお前しかもう居ない。ならば悪いが・・・・・お前を守って戦う余裕は無い」

ただ切実と、
ユベンはそういい切った。

「何言ってやがる!キリンジがやられたんだぞ!パムパムも再起不能で、メリーとミヤヴィは退いてる!
 その上スミレコは裏切ったって話だし、メッツの野郎だって信用・・・・・」
「そう。ここに俺とお前だけだ」

俺が守らなければならないのは、
お前だけだ。

「もう一度言う。お前を守りながら勝てるほど、この女は楽じゃない」

エースは・・・
反論出来ない。
地位の問題などではなく、
ただ実力の問題。

ユベンは責任を背負い過ぎている。
お堅すぎるのだ。
仲間がいれば、仲間を守る事を第一に考える。
その結果があのザマだ。

44部隊全員を助けようとして、
仲間全員に意識を回しながら、ツヴァイを押さえ込んでいた。

そして今の人数。
戦力で劣るならば、
ツヴァイとエース。
"両方を相手"にしている余裕などない。

お守(も)りをしながら仕事など出来るか。

「・・・・・・・・足手まといってか?」
「そうは言ってないが」
「OK分かったよ"副部隊長"」

エースはユベンの背中に、
コツンと拳を当てる。

「任せたぜ」
「あぁ。残業は管理職の特権だ。慣れてる。仕事を終わらすまで遊んで来い」

この場を、
この場面で去るという事態に、
エースに迷いがないことがツヴァイにも分かった。
清清しいほどに。
信用し切っているように。

「あぁ・・・いや。エース。仕事をひとつ追加だ」
「ん?」

立ち去ろうとするエースに、
ユベンは"何か"を投げた。

「なんだこれ」
「携帯灰皿だ。メッツに渡しておけ。戦場とはいえ、騎士団の領地を汚されて困る。
 大体騎士団の法律では歩きタバコは取り締まっている。先輩としてポイ捨ては注意しておけ」
「・・・・・過保護でお堅すぎんぜお前は」

まぁ了解と、
エースは返事をして、
その場を去った。

「守って戦う余裕はない」

ツヴァイが、
ユベンにオウム返しをする。

「仕事を終わらすまで・・・・か。お前一人ならばオレに勝てると言いたげだな」

「俺は謙虚に行きたいところだが・・・・・」

ユベンが返す。

「ロウマ隊長はそれを良しとしない。自分を信じろとな。
 悪いが俺を誰だと思っている?・・・・・・王国騎士団が44番・竜騎士部隊。
 ロウマ=ハートが最強の44部隊の副部隊長だ」

ユベンは背中から、
ドロイカンランスを抜いた。

「ロウマ隊長以外に、負ける道理は無い」

「そうか。口だけではなさそうだな。お前のさきほどの技。
 ドラゴンスケイルか?なかなかの硬度だ。オレの槍さえ通さないとはな」

「何よりじゃない」

ただ冷静に、
ユベンは言葉を、
半無表情に投げかける。

「俺一人なら、やはり私情を挟ませてもらうとする。仕事に私情を挟むのは初めてだ」

「・・・・・ラツィオの事か」

「お前の槍は兄貴を貫いた。・・・・なら、俺をも貫くか?」

ドロイカンランスを、
ゆっくりとツヴァイに向けた。

「俺は兄貴の代わりとなる。お前の槍などに二度と貫かれない」

「そうか」

「決めよう」

ダイヤは、お前(ツヴァイ)のに居る。
ハートは、自分(ユベン)の上に入る。

「ロウマ=ハート。最強のハートの二番手がユベン=グローヴァー」

「アインハルト=ディアモンド=ハークス。絶対のダイヤの二番手がツヴァイ=スペーディア=ハークス」

「クラブか」

「スペードか」

どちらの二番手の方が強いのか。

































「エドガイ」
「ん?」

懐かしい校舎。
王国騎士団養成学校のいち教室。
もう放課後で、
空はオレンジ色に輝いて、
まるで太陽が銅貨のようだとも思う時。

俺が立っていて、
エドガイが机の上に座っていて。

「ビッグパパはなんで俺達を拾ったんだと思う?」

エドガイと目も合わせず、
さりげに聞いた。
この場に俺達二人だけっていうのもきまぐれの産物で、
二人で話すなんてのもそれこそ希少だったと思う。

「身寄りの無い俺達のような孤児ばかり拾った傭兵団。
 こういう学校ってところに出向いてみれば不思議に思うんだ。
 安価でガキを拾っても、育てるのには莫大な資金がかかる」

金が第一のあのビッグパパ(親父)の思考としては、
こんなに効率の悪い話はない。

「いちいち変な事疑問に思うんだねぇおたくは。
 心配事ばっかしてっとニキビが増えるぜ?やだよん俺ちゃん」
「真面目に答えてみろよ」
「んじゃぁ愛だろ」

当たり前の事のように、
エドガイは返す。

「そう答えるとは思っていた」

こいつの口癖だ。
全て愛で片付ける。
金が全てのこの世の中で。

「そんな価値の有耶無耶な言葉。俺は大嫌いだ」

違うかもしれない。
エドガイが全てそれで片付けるからこそ、
俺はそれに嫉妬しているだけかもしれない。

「ま、"価値観"の問題じゃね?話にゃなんねぇよ」

ぺろんと舌を出しおどけるエドガイ。
そうやって全てをなぁなぁに・・・。

「なら」

クライは、
俺は、
そこでエドガイの顔に顔を寄せた。
これ以上無いほどに。

「ビッグパパは俺とお前。どちらを選ぶんだ」

それを決める日は近づいている。
愛(エドガイ)か。
金(クライ)か。
あの偉大な父はどちらを選んでくれるというのだ。

「知らねぇよ。怖いってクライ。ひょー・・・・涙目涙目。
 そんなん決めるのビッグパパなんだからよぉ。親父に聞けって」
「くっ・・・・」

正直、
実力では優位に立っていると思う。
そして結果もだ。
なのに、
なにか劣等感を感じてしまう俺はなんなんだ。

「エドガイ。俺はさ。モテるんだ」
「知ってるよん」

エドガイはつっこむ事もせず、
逆にクライの顔をぺろんと舐めた。
悪寒が走って距離をとり、
わざと嫌な顔をして唾液をぬぐった。

「俺ちゃんもおたくは大好きだぜ?世の中愛よ愛。皆愛してラブ・ハッピー♪」
「・・・・お前に好かれるのはどうでもいいが、俺は正直ほんと、自分に自信を持っている」
「大事なことだよん」
「強いし、頭もいい。性格もちゃんと抑制してる。その上このツラだ」
「おーおー、さすがにそこまで自信満々だと妬けるねぇ♪」
「そしてその上、金も持ってる」

そう。
金。
極めつけは金だ。

「他は産まれと環境と努力。だけどこれだけは持つべきものしか持てないものだ。
 数字化出来る一番のパラメーターだと思っている。"金額は裏切らない"」
「まぁねん」

エドガイはそれでも半分だけ耳に入れているような、
そんなとぼけたツラをしてやがる。
だから、
やっぱり、
俺は嫉妬して、
イラだって・・・・。

「愛が大事な事は分かっている!!!」
「うぉ・・・ビビった・・・・」
「だが!だけど!愛を保つにも金は必要だろぉ!?
 愛だけで終りを迎えられるのは13話のドラマだけだ!愛し続けるには金が要る!」
「そうかねぇ?」
「生きるためには金がいるだろ!金が資本だ!どんな事にも必要だろう!?
 お前は愛する人に苦労させて!それでも愛してるとか言えるのかよっ!!」

そこまで叫んだところで、
ハッと我に帰った。
いつの間にか夢中で怒鳴っていた。
廊下を通りがかった奴も驚いて足を止めていた。

「・・・・・チッ・・・・」

苦虫を噛んで濁す。

「・・・・だがそれが事実だろ」

だけど否定はしなかった。
そうやって生きてきた。
だからこそ否定もしたくない。
そして間違っているとも思っていない。
だが、
だけど。

「確かにねん。おたくのは正論だよねー。幸せにも金が必要だ♪」

軽く、
そうやって返すこの男が、
やっぱり気に喰わなかった。

「あぁ。そうだろ。それに愛なんてのは手に入れようとすればタダで手に入る。
 愛は金で買えないからこそ、無料なんだ。二の次にするのが正論だろ」
「そりゃ違ぇなぁ」

ただ、
エドガイは否定するんだ。
そしてエドガイは机に座ったまま、
親指でピンッと・・・何かを跳ね上げた。

それは、
窓から見える夕日のような、
二枚の銅貨。

「クライ。泣虫クライ。マイソシアにゃぁさ。基本的には通貨はこのグロッド通貨だけだ」

そしてそれらが落ちてきたところで、
それをキャッチし、
それをクライに見せてくる。

「そして"だからこそ"、このコインとこのコインに、何の違いがある?」

二枚の銅貨は、
同じように笑っていた。

「傷がついてようが、汚れていようが、同じ値段だ。1グロッドのズレも無く・・・な。」

エドガイが、
何を言っているのか分からない。

「当たり前だろ」

当たり前なんだ。
だからこそ、
金は裏切らない。
一切の誤差もなく、金は裏切らないんだ。

愛は確かに必要な成分だろうけど、
やはりそれは無料で手に入るもので、
そして、
どちらも無くてはならないものだろうけど。
"確実"なのはどちらなのか。
決まっている。

「えい」

不意にエドガイがその片方を、
ゴミ箱に投げ捨てた。
拍手をおくりたくなるほど、
綺麗にホールインした。

「これで銅貨一枚分、俺ちゃんは損したわけだけど?」
「・・・・・」
「これを取り返す方法は無限にある。100%の可能性で確実に・・・だ。
 金ってのは確実過ぎるから代えが効いちまうんだよ。"換金"で等価ってやつだ」
「・・・・・何が言いたい」
「別に♪」

よっ・・・と・・・なんて言いながら、
エドガイは机から飛び降りて、
大きく背伸びした。

「ん〜〜〜〜〜っと。まぁここまで言って意味分からないなんて鈍感な人間は居ないっしょ。
 だからあえて俺ちゃんは続きを口にしないけどねん。クライ。"無料より高いものはない"ぜ?
 価値がないものほど替えがたいものはない・・・みたいな?ま、そ・ゆ・こ・と♪」

それだけ言って、
エドガイは教室から出て行こうとした。

「待て、愛の奴隷」

だから俺は引きとめた。

「なんだよ金の亡者」

エドガイはへらへらと振り向く。

「ここまで話しておいてなんだけど。多分、俺も、そしてお前も分かっちゃいないと思う」
「何が〜?」
「ビッグパパはそれでも、愛も、命も、全ては金で買えると言っていた」

俺は、
ただ、
この命を救ってくれたあの人の信念を、
信じているに違いはない。
そして、
お前だって。

「そだねん」

エドガイはやっぱり、
曖昧にきまぐれに返事する。

「だからそれは、俺ちゃんかお前か。どっちが選ばれるかで教えてくれるんじゃない?」

最後にもう一度笑い、
エドガイは教室から出て行った。

「・・・・・・」

残された部屋で、
考えた。

「俺は間違っていない」

ロマンや、
ストーリー。
そういうのを含めたって、
やはり金は必要なんだ。

愛が必要だとしても、
"金がいらない理由はない"
両方あれば万々歳。
あって損はしないのだ。
あるだけ損はしないのだ。

「なのに・・・・」

なのに、
"なんで俺は今泣いている"

「なんでだ・・・泣虫クライ・・・・」

悔しいのか。
また、
悔しくて無いているのか?
今もまだまだガキだけど、
ビッグパパ(親父)に拾われた日。
あの日のように、
力ない自分を泣いているのか?

「金は正直だ。ウソなんてつかない」

つかないんだ。
だから俺の言葉も一切ウソを含めていない。
金のように、
確実な力を持とうと・・・
そう誓って・・・・。

「なのに・・・・・」

なんであいつの言葉が・・・
偽り塗れのような言葉が・・・・

どんな硬貨より眩しく見えるんだ。

嫉妬。
疎ましい。
そして、
羨ましい。
その意味の分からない悔しさ。

俺はこんなにも力を持ったのに、
なのにまだ泣虫のままなのか。


「ちょっと」

ただ、
その時俺は・・・・・全てを理解した。

声。
その声は、教室の入り口にいつの間にか居て。
それは誰だかはすぐ分かった。

上下ピンクのスウェット。
こんな外見を気にしない格好で学校に来るのは一人しかいない。

「この時間のここはあたしの場所なんだよね」

クラスメイトだけど、
声をかけられたのは初めてだった。
いや、
俺に声をかけたことがない女なんていなかった。

それくらい彼女は孤独を好んでいて、
それがあまりに近寄り難くて。
その上気性が荒い。
生まれ持った刃物の心。
剥き出しのナイフのような女。

『グレなかったヤンキー女』・・・だなんて周りは言っていた。
その通りだと俺も思ってて、
興味も無かった。

彼女に興味なんて持たなくても、
対替になる女なんて無数に居たわけで。
それはコインのようなもので。

「居られると邪魔なんだけど。この泣きベソ野郎」

そう言って、
ピンクのスウェット。
パジャマみたいな格好した彼女。
ティンカーベル=ブルー&バードは、
俺なんて放っておいて、

一番奥の窓際の席に座って、
ハードカバーの本を広げた。

「あ・・・・」

夕日の横で一人の彼女を見たとき。
きっとのその時だったんだろう。

「あぁ・・・・・」

それは絵画のようで、
何より眩しくて、

何より換え難くて。

その時の俺はやっぱ、
ただの泣虫野郎で。
泣虫クライでしかなくて、

涙でぼやけた心は、
やっぱりエドガイの言葉なんて理解出来てなくて。

「あのさ・・・・」

涙目のまま、
俺は彼女に初めて声をかけたんだ。

「君は・・・・世界で一番美しいね」

「・・・・・・はぁ?」

俺は金と同じで、
ウソなんか付かない人間で、
だからやっぱりその時は気付いてなかったけど、

"俺の財布の全てが無価値になった瞬間だった"

そうだったんだと思う。

「突然何言ってんのあんた。頭腐ってんの?そのブザイクな顔洗ってさっさと寝てなさい」

「いや、俺はウソはつかない」

つかないんだ。
だから、
泣虫クライはグシャグシャの顔で、
本音で笑えたんだ。
だから、

「たった今、この時から、世界で一番君を愛している。付き合ってくれないか?」

神様に、
このお願い事のために、
泉に全財産を投げ捨てたんだ。






































「エドガイッ!!俺は・・・・いや、俺とお前はあの頃とは違うっ!!」

戦場で人々は戦う。
状況で言えば、
やはり騎士団が優勢であり、
ただ勢いは反乱軍にあった。

そんな戦闘の最中に、隠れ、
どこに居るかも分からないエドガイへ、
クライは叫ぶ。

「正直ほんと、昔の俺はお前が恨めしかった!
 金と力が全てのビッグパパの息子達の中で、お前だけが異質だった!」

エドガイだけがもっていた別のもの。
別の力。

それは愛。

「だが今は違う!逆だろっ!」

クライは上に立つかのように微笑み、
スマートな両手を広げた。

「俺はティルに出会いっ!愛に生きたっ!お前は愛を失いっ!金に縋ったっ!
 今ならあの頃のお前を、どうして俺があんなにも疎ましく思ったか分かるっ!
 愛は至上の力だっ!金に変えられない最高の値だっ!」

愛は俺を変えた。
金はお前を変えた。

「いや!お前は金に買われたんだ!"魂を売ったな"エドガイっ!」

あの日と、
まったく逆のやり取りを、
ここでする。

「いや、クライ。それがっ」

突如騎士の一人が吹き飛んだ。
それに目をやれば、
その騎士の影にエドガイ。
エドガイは一人の騎士を盾に突っ込んできた。

「ビッグパパの教えだろ!」

「爆拳(エクスタ)ッ!!」

エドガイごとフッ飛ばすつもりで、
エクスターミネーションを発動する。

「盾にしたつもりだろうが両方ふき飛べっ!」

両手の平を掲げ、
爆発。

「・・・・・なんてなエドガイ。涙目だな。俺は仲間を傷付けない」

だが、
その衝撃はたしかに盾にされた騎士に直撃したが、
その騎士は傷つかない。
それを通り越し、
衝撃は裏側へ。
盾にされた騎士の後ろ。
エドガイだけを攻撃する。

「それは知っているぜ」

だがそこにエドガイは居なかった。
それはオトリで、
回り込んでいた。

「自分より他人に値をつけた奴は甘ちゃんなんだよっ!クライっ!」

エドガイはそのまま隙だらけのクライへ、
剣を振り切る。

「パリィ!」

残像。
残像と共に、
それをゆらりと避けるクライ。

「違うなエドガイ」

数歩離れた所で、
クライは自慢げにウェーブのかかった髪を後ろにとく。

「他人のために強くなれる力。俺はそれに自分の価値を見い出したんだ。
 今の俺は、"自分の全てを投げ出す事さえ出来る"。
 後ろめたさも迷いも一切ない。これが俺が嫉妬していた信念なのさっ!」

爆蹴(エクスタ)!
と叫び、
地面が跳ね飛ぶのと同時、
一瞬の接近。
刹那の接近。

「俺ちゃんだって・・・・"そうだったさ"!」

それを見切り、
エドガイは剣の腹で、

「爆拳(エクスタ)ッ!!」

掌底を受ける。
周りに風が吹き荒れるように、
衝撃が香る。

「だが違う。違ぇんだクライ。泣虫クライ!お前はまだ涙目に辿り着いてねぇからそうなだけだっ!」
「正直ほんと、何が違うか教えてもらおうかっ!」

クライのスマートな足が横に振り切られる。
それでエドガイの両足は宙を浮き、

「爆掌(エクスタ)っ!」

エドガイの剣ごと体に押し付けるように、
両手の平をぶつける。

「ぐっ・・・・」

爆薬加速装置のようにエドガイは吹き飛ばされ、
地面を数回転した。
飛ばされた距離はそれこそまた遠く・・・・。

「どうだっ!何が違うっ!エドガイっ!」

爆撃のようなステップで、
一気にエドガイに追いつくクライ。

エドガイは蓄積されたダメージがたたり、
未だ立ち上がることも出来ていなく、
そんなエドガイを見下ろしながらクライは言う。

「今の俺は全てが正直に進んでいるっ!迷いは一切無いっ!
 これは昔の俺達の立場だっ!今のお前が、昔の俺の心境だっ!
 金なんて必要以上に求める理由はないっ!ただ・・・・」

愛は無限に欲しいものだ。
それが、
最大の価値。

「実力は相変わらず五分だろうよ。エドガイ。完全な等価値のイコールだ。
 ビッグパパが俺ら両方を選んだ理由も分かる。選びきれなかったんだろう。
 ただ!心で俺が勝っているっ!誇りにさえ思える正直な心は俺を強くしたっ!」

足元のエドガイへ、
クライはニヒルに笑う。

「そして・・・・俺の方がカッコイイ。ほんと正直に心から自信をもってそう言える。
 カッコイイ男は負けんさ。負けない自信と、負けるわけがない自信が今の俺にある」

「へへっ・・・・」

ただ、
この敗北的な状況で、
エドガイは舌を出して笑い返す。

「何言ってんだ。だから言ってるだろ。お前はまだ涙目の前なだけだ。
 いや・・・・一度目の涙目はもう過ぎ去ってるだろうが・・・・」

「・・・・昔から代わらないな。お前は。何が言いたい」

「"愛は裏切るのさ"」

昔。
昔とは全く逆の二人が、
全く逆の心情を持ち直し、
そして、
エドガイは当然のようにそう言う。

「愛は大事よん。だけどそんな数字に変えられないあやふやな物は二の次っしょ」

過去にはクライが言ったセリフを、
エドガイが心から、
返す。

「だからっ!!」

エドガイはそしておもむろに剣を振り切った。
尻餅をついたような状態から不意打ちに。

「パリィ」

残像を残し、
それも簡単に避けるクライは、
エドガイの後ろに回りこんだ。

「だから・・・・・」

後ろにいるクライを当たり前のように、
エドガイは続ける。

「ビッグパパ(親父)は俺ちゃんらを捨てたじゃねぇか」

エドガイの後ろ。
確実に居るクライは、

「・・・・・・」

返事をしなかった。

「そうだろ?俺ちゃんとお前。どちらかを選ばずに俺ちゃんらを捨てた。
 いらなくなった所有物(俺ちゃんら)を、売っ払いもせずに、ただ遺産のように放置した」

エドガイが立ち上がりながら振り向く。
右の前髪に隠れていない左目が、
クライの泣きボクロの上の左目と、
合う。

「それは・・・・もう過去の話だろ。俺にはもっと大事なものが出来た。それ以外にない」

「それに裏切られたらどうなる」

エドガイは、
右前髪のカーテンを、
そっと手で開く。

そこには、
バーコード(刻印)

「ビッグパパの所有物である証。この値札を意味するバーコード。これが俺ちゃんの全てだった。
 俺ちゃんは親父を愛し、親父に感謝し、親父のために尽くそうとし、親父のように生きようと誓った。
 俺ちゃんの全てだった。お前の"ソレ"もそうだっただろう!」

「・・・・・!?」

気付けば、
いつの間にか・・・だ。
先ほどの剣撃か。
避けたと思っていたが、
クライの左肩の衣類が切れ開いていた。

その左肩に覗くのは・・・・
バーコード(刻印)

「愛したビッグパパ(親父)に捨てられると!俺ちゃんには何も残って無かった!何一つだっ!
 愛は俺ちゃんを裏切った!・・・・・・結局・・・・その絶望の中で俺ちゃんに残ったのは・・・・」

自分自身と、
自分が培った・・・・・財布の中身だけ。

愛は裏切り、心さえも奪っていったが、
金だけは、
1グロッドの誤差もなく、
ただ信頼の中のように確固として傍に残ってくれた。

「愛に等価交換は絶対100%有り得ねぇんだよっ!俺ちゃんが"未だ"っ!どれだけ愛していてもっ!
 それは等価で返ってこなかった!払った代償は何も無かった!」

「・・・・それでもお前は未だ、ビッグパパの生き方をしてるじゃないか」

裏切られたのに。

「金が全て。それは一切間違っていなかったからだ」

残ったのは金だけだったのだから。
・・・・・。

「恨んじゃいねぇ・・・かもな。俺ちゃんは。結局俺ちゃんは最初からそう・・・
 ビッグパパの言いつけ通りに生きていれば何一つ問題は無かったんだ」

「だけどエドガイ。俺は愛の道を行くよ」

目を瞑って、
クライは首を振った。

「"後悔しない自信があるからだ"」

「なら、お前も涙目になれよ。お前の値段。はかってやる」

足音。
静かに、
この五月蝿い戦場の中で。
それは、
エドガイの後ろからで、
それは、
エドガイの後ろで、
クライを見ながら、止まった。

「涙目の二回目も、もう過ぎ去ってんだよ。クライ。お前も死ぬ前に、金以外の全てを失え。
 そして・・・・そして出来るもんなら値段を見せてみろ。お前のその道の対価を。俺ちゃんにっ!」

金が全てでないなら、
それを、
どうか、
どうか自分に教えてくれ。

クライの目は釘付けで、
エドガイの後ろを見ていた。

「ブサイクな顔してんじゃないわよ。顔洗って寝ちゃえば?」

ティンカーベルは、
クライに、
笑顔でそう言う。

「・・・・お前とは・・・やらないって言っただろう。やる気はないって言っただろう!」

「あら、あたしにはあるわ」

ティルは、
もう一歩前に出て、
エドガイの横に並んだ。

「後悔・・・」
「しないんだろ?」

本当に、
本当にこんな場面が来てしまえば、
クライもクールに顔を整えてはいられなかった。
それは、
それはただの、
泣虫クライで・・・・。

「おたくの全てを賭けたもんが、おたくの目の前に立ちはだかってるぜ。
 お前が正しいってんなら本当に教えてくれよ。その方が俺ちゃんも嬉しいんだ」

・・・・出来ることなら、
目を覚まさせてくれよ。
・・・・出来るもんなら。

なぁ。

「泣虫クライ」

「クソォ!!」

クライは、
クライは構えをとった。
構え。
戦う構えを。

「ティルっ!」

目線は下げ、
目を合わせないようにしながら、
情けない泣虫のように、
クライは叫ぶ。

「お前が俺と戦う理由はなんだっ!」

「決まってんでしょ」

ティルは腕を鳴らす。

「浮気を許す女はいないわ。逆に言えば許すような女は女じゃない。
 そして・・・・・・あんたの"元"嫁は、"女だった"って事よ。自業自得だわ」

「・・・・愛にも代償・・・か」

裏切ったのは、
他でもない。
クライ自身だ。

愛は裏切る。

その元凶は・・・・自分自身。
最悪の・・・自業自得。

「後悔は・・・・しないと言ったはずさっ!」

構えは・・・・やめない。
むしろ、
さらに力が入っている。

「俺は今でも愛し続けている。ウソはつかない。正直ほんとの本音だ!
 ・・エドガイ。お前と同じ状況だなっ。だが一つだけ違う事がある。
 愛は何も残さない?違う。違う違う違う!俺にはこのハートにちゃんと残っている」

「言ってみな」

「思い出だ」

エドガイは、
ピアス付きの舌を出して、
嬉しそうに笑った。

「"失ったな"。泣虫」

愛を失った愛の奴隷は、
何が手に残っているというのだ。














































《MD》

それはまぁ、
世界的に見れば小さな小さなギルドで、
その筋の人間なら知っているが、
ま、
知らなければ知ったこっちゃない。

10名以下のギルドなんてマイソシアの中には、
家庭の数ほど溢れているわけだから。

それでも個人個人は、
それこそやっぱり、
その個人個人の筋の人間ならば知っているというレベルの話で、
何かしら二つ名は通っていた。

それで、
その賞金首ギルドの中で、
彼女は、

『人斬りオロチ』と呼ばれていた。



「また・・・・見失ってしまった・・・・」

戦場の中で、
それこそ敵味方見境無く人を斬りながら、
侍は呟く。

「まぁいい。ここしていても、マリナ殿は守れる」

剣を振り下ろすその手に迷いはなく、
人を斬る事を、
"正義"
自分の正義として疑わなかった。

「こうして全てを斬っていけば、マリナ殿を守れるわけだ。
 なら、全て斬る。斬りつくす。斬る。KILL。斬る」

その様は、
渡り鳥のイスカでもなく、
さながら、
飛ぶ鳥、アスカでもなく、

全てを見境なく丸呑みにする・・・
ただの大蛇(オロチ)でしかなかった。

地を這(は)い、
血を穿(は)き、
口から吐き出す事ない、
大蛇(オロチ)

「・・・・・フフッ・・・」

蛇は、
不意に牙を立てた。

「なるほど。なるほどなるほどなるほど」

まるで、
自分の行っている殺戮行為が可笑しいように。
骨の騎士を裂くのが可笑しいように。
生身の戦士を別つのが可笑しいように。
彼女は笑う。

「別に、マリナ殿の傍に居る必要さえないではないか」

可笑しな事が、
彼女の頭に過った。

「そうだ。拙者はこうして全てを斬り尽くせば、それがマリナ殿を守る事になるのだ。
 なら、ならばそうするだけでいい。別にそれ以上の必要など一切ないではないか」

ただ、
ただ、
なんでもかんでも、
切り裂けばいい。

「"マリナ殿と共にいる理由などないじゃないか"」

こうして、
こうして、
ただ切り裂いていけばいいのだ。
こんな簡単な事だ。

傍に居る必要もない。

よく考えてみろ。
よぉーく考えてみろ。
冷静に、
熱くならずに、
落ち着いて考えてみろ。

「マリナ殿の傍らに居ても、拙者がやる事は同じだ」

いつだっていい。
どこだっていい。

自分は、
ただ斬っていればいいのだ。

「ハハッ・・・」

何か開き直ってしまったように、
何か悟りを開いてしまったように。

「簡単だ。簡単ではないか。なぁ?なぁ?」

それは、
味方の男だったが、
そんな事おかまいなしに、
いや、
それを"判別する理由などイスカには無い"わけで、

その男の口に剣を突き刺した。

「こぉーして、こぉーして、KILL事が拙者の勤め」

口に突っ込んだ剣を、
笑い半分でグリグリと回す。

「ほれ死ね。斬ってやるんだから死ねばいい」

そしてその男が真っ赤に染まり、
目が白に反転すると、
蹴飛ばした。

「おいテメェ!」
「こっち側の人間だろ!」
「何してやがんだ!」

「な・・・に?」

味方という属性に分類されるだろう男達が、
イスカを取り囲んでいる。

「なに?とは?みて?分からない?のか?」

イスカは可笑しそうに笑う。
顔が、
歪む。

「仲間殺しまくりやがって!」
「なんで戦いに参加してんだよテメェ!」
「お前の目的はなんだっ!」

「目?的?」

目的?
何を言っているんだ。
こいつらも敵か。
敵だな。
斬るべき敵だ。

「目的など、決まっているだろう?」

目的。
それはたったひとつだ。

自分が最初から、
ソレだけを目的として生きてきた、
たった一つの大事な信念。

守りたいたった一つの事。

それは、
マリナ・・・
マリナど・・・?
マリナ殿・・・?
を?
守?
守る?

そう、

「人を、斬る(KILL)事だ」

大蛇(オロチ)は、
牙を剥いて可笑しく笑った。



































《MD》

それは小さな小さなギルドで、
それこそギルドの信念など無く、
それでいてあるとすれば、
それこそ、
"自分第一"
それだけだろう。

実際そんな事は誰かが決めたわけじゃなくて、
皆がそう思っているから類は友を呼んだわけで、

まぁ結局のところ、
このギルドには目的もないということで、
それはただのサークルと同じだ。

ならば、と、
彼女は自分の夢を追いかけていた。

「あ・・・あ・・・・シャーク・・・シャーク・・・・・」

マリナは、
モンスターの上半身の傍らに居た。

そのモンスターは、
現実から逃げた自分を受け入れてくれた恩人で、
モンスターだけど、人でも魔物でもそんなの関係なくて、

そして、
自分の夢を示してくれた。

「また・・・また私を置いていくの・・・・二回も私の前で死んで・・・・・」

彼は生活をくれた。
彼は人生をくれた。
彼は未来をくれた。
そして彼は、
このギターをくれた。

「また会えたのに・・・・・」

「ベイビー・・・・泣かないでおくれ・・・・・」

「!?」

その体は、
地に横たわったまま返事をした。

「シャーク!?息があるの!?」

マリナは彼の体を起こす。
起こしても彼の体は半分。
半混乱していて、
その切断部が土で汚れるのも気にしてしまう。

「生きているっていうよりは・・・・死に損ないって方が正しいかなベイビー・・・・
 でもこの有様だぜぇーぃ・・・・もう持たないだろうねぇーぃ・・・・」

「シャーク!そんな・・・・」

「気にするなベイビー・・・・上半身があれば地獄でもギターは弾けるぜぇーぃ」

この人は・・・
この魔物は・・・・
こんなになってまでそんな事を。

「シャーク・・・・」

「OH・・・マイラブ・・・プリーズドンクライ・・・・・泣かないでおくれベイビー。
 俺のために泣いてくれるなんてトキメキのダイナマイトハリケーンだけどねぇーぃ」

抱きかかえるマリナに、
ハリガネのように細長い手が伸び、
頬に添える。

「俺が死んだからなんだってんだベイビー・・・・君はもう自分の道を見つけたんだぜぇーぃ?
 俺がここでもう一回死んだからベイビーが立ち止まったんじゃぁ・・・俺ぁ報われないぜぇーぃ。
 ただ、ベイビーのロードを足止めしに来た邪魔者になっちまうぜぇーぃ」

「シャーク・・・でも私は・・・・」

「立ち止まってる暇も、泣いてる暇も、哀しんでいる暇も、今はないはずだぜぇーぃ」

「暇じゃないと泣けないなんて私はイヤ!」

「強い目だベイビー」

魔物は、
微笑む。

「君は強く、そして美しくなったぜベイビー。どんなロックも形無しだ・・・・
 ベイビーはやっぱり大きい。ルケシオンの海も真っ青だねぇーぃ。でも・・・・」

でも

「ベイビーはマリナ(海)なんだぜぇーぃ?素晴らしい名前だ。
 君は元から海のように塩っ辛い雫なのさぁ〜・・・・・・・だから・・・・」

涙なんて似合わない。

「泣かないでくれベイビー・・・・・」

「シャーク!でも私は・・・それでもあなたに死んで欲しくないっ!
 あなたが居たから私は今こうして生きてるっ!夢を目指してるっ!」

「・・・・・ヘヘィ・・・・俺のロックの影響力も大きくなったもんだぜぇーぃ。
 なら・・・俺のLIVEの幕が閉まる前に・・・・最後に御願いだぜぇーぃ・・・」

今にも閉じそうな目。
それでもシャークはなんとか笑っていた。

「生きて・・・それでも強く生きて・・・・・生き残って・・・・そしたら・・・・
 俺のために一曲作ってくれぇーぃ・・・ベイビーの中にいつまでも生きていられるように・・・・・」

「分かった!・・・分かったからっ!」

「サイコーにカッコよく頼むぜぇーぃ・・・・世界一イカしたロックンローラーが居たって・・・歌を・・・・・」

ちゃんと生きて、
強く生きて、
君らしく生きて、

自分ごと、
海のように何もかもを包み込んでくれるベイビーになってくれ。

「あの世で聴かせてくれよ・・・・・・その時は・・・・・」

シャークから、
力が抜けた。

「目から・・・海を零さないで・・・・・」

そしてシャークは、
藻屑のように返事をしなくなった。
細長い、
ハリガネのような手は、
マリナの頬から地に落ちて、

「・・・・・・」

マリナは、
叫ぶでもなく、
感情を破裂させるでもなく、

そっとシャークの亡骸を地に置いた。

「似合わないって言われても・・・・・泣かないでなんて言われたら・・・・・」

だけど、
彼はそれでも死に際に伝えたかったんだ。
泣いてるような自分は似合わない。
涙なんて似合う女じゃない。

「分かったわよっ!!」

マリナは、
泣き続けるでもなく、
目から雫を拭い取って立ち上がった。

「このマリナさんは!世界一強い女なんだからっ!」

哀しみは、
思い出で、
それは歌にして残そう。

自分は・・・・・強く生きよう。































《MD》

それはそれこそゴミの集まり。
クソッタレの集まりだ。
それもそのはず。

52番街までしかないはずのルアスの街から、
序列さえ突き放された隔離街。
スラム街なんていうのはまだいい言い方で、
別名、
ゴミ箱だ。
それが99番街。
そんな所に生まれたギルドなのだから。

だからこそ、
そこのクソッタレにも等しい人間だけが、
その99番目のギルドに居る。

不思議なのは、
この街に引力のようなものが存在することだ。
そう、信じられている。

アテの無い者がフラリと流れ着いてしまう。

前者の二人、
イスカとマリナもそうだったし、
アレックスもそうであって、
そして、
彼もそうだった。







「真っ白で真っ黒〜・・・・・」

その光景に、
思ったままの言葉を口にするのは、
ブカブカのローブに、
小柄に似合わないカプリコハンマー。
狼帽子の少年だった。

「ぼく・・・・死んじゃったのかな〜・・・・」

死んだことはないが、
ロッキーにも"死"。
それを感じられた空間だった。

「だったら困ったなぁ〜・・・・ぼくはパパ達の意志を継がなきゃなのにぃ〜〜」

ロッキーは腕を組んで考えた。
だからといって、
困ったところで、
何か解決するわけでもない。

「死んではおらんよ」

そう、
不意に何かが声をかけてきた。

「だれぇ〜〜?」

その存在はあやふやで、
黒いシルエットのような、
白いモヤのような。
掴めない人間の形をしていた。

「余だ」

「あ?オリオ〜ル〜?」

初めてオーブでない姿を見た。
だけども具象気体のようで、
姿と言えるほどのものでもなかったが。

「そうか〜。ぼく生きてたのか〜。よかった〜!」

「うむ。しかし余が死んだがな」

「えぇ!?オリオ〜ル死んじゃったの!?」

「物体である余が死んだと表現するのはいささか矛盾もあるが・・・・」

その影は、
口を濁した。

「まぁ、失われたのだよ。世の存在は。・・・・・・ふん。ウェポンブレイクか。
 魔法主体のメント文化時代は役立たずの産物だったが、今身を滅ぼすとはな」

口惜しそうに、
オリオールの影は言った。

「まぁいい。もともと生きてさえいない無機物だ。喪失に未練など・・・・」

「そんなことないよぉ〜?」

ロッキーは不思議そうに、
両手を広げて言った。

「ぼくはすっごい哀しい。なんかまだ実感は沸かないけどさ〜。
 オリオールが居なくなっちゃうなんて思うとすっっごい寂しいよ〜」

「・・・・・・」

オリオールの影は、
動かなかった。

「余はタダのモノだぞ。心も無い。感情も無い。折れたら新しい鉛筆を買えばいい。
 いや、言うならばシャー芯か。お前の中に巣食ってただけだ。
 むしろお前は喜ぶべきなのだよ。これからの人生は・・・・ロッキー。お前のものだ」

今までどおり、
もとの通り。
自然の通りに。

「チェスタ〜はね〜」

ロッキーは人の話を聞いてないように、
話す。

「汚れてボロボロなのにね〜、昔のカッコイイヒーローの人形を大事に持ってたんだ〜」

「・・・・・言っている意味が分からんが」

「イスカはねぇ〜。剣も生きていて、生かすのも剣士って〜・・・・なんか難しいよね〜。
 ぼくもよく分からなかったな〜。でもぼくはいつもお気に入りの格好をしてるんだよぉ〜」

えっへん。
と、
ロッキーは両手を腰に当てて自慢げだった。

「それでね。オリオールはぼくの友達。オリオールの代わりなんていないんだよ」

影は、
やはり動かなかった。

「感情など・・・・余にはない」

微塵も動かないのが、
逆に哀しげにも見えた。

「だが・・・お前をこのまま残すと思うと・・・・何か煮え切らない・・・・。
 心など無いが・・・・・形状が割れてしまいそうになる」

「心配してくれてるんだね〜?」

微笑む子供は、
無邪気で。

「・・・・・・・・お前は強いな。ロッキー」

「へぇ?」

「いや・・・なんでもない。ともかくお前は元に戻すぞ。
 余のオーブ(体)が割れた不完全な状態で精神の入れ替えをした。
 だが魔力が分散する前なら余の力でまだ戻す事が出来るだろう。
 お前はお前としてお前の魂はお前の体・・・・もとに戻るんだ」

「一緒にこないの?」

ロッキーは顔を傾けた。

「もうちょっと一緒にいよーよ。オリオールには教えてもらう事が沢山あるんだよ〜。
 魔法もっとじょーずに成りたいし。もっとお話したいな」

影は・・・
揺らいだ。

「・・・・・おかしいな・・・・」

「なぁーに?」

「余の物質の中に・・・H2Oの成分は含まれていないはずだが・・・・何かが零れる・・・・」

「変なの〜」

「あぁ・・・・そうだな」

揺らいだ陰は、
また元に戻った。

「ロッキー。お前はそのままでいい。いや、有りの侭でいるべきだ」

「へぇ〜?」

「余は問うた。地に咲くタンポポを気にせずにバクダンが扱えるか・・・・。
 だがそれはお前にとってどうでもいいことだったのかもしれない。
 そう成るのも、そう成らないのも、お前が未来に決めればいい」

「ん〜?」

話が分からなくて、
ロッキーはまた顔を傾げた。

「最後の余の力で・・・お前にプレゼントをやる。そんなつもりはなかったが・・・
 お前に・・・・俺の1000年生きた結果をくれてやってもいい」

「むぅ〜〜・・・・」

抽象的な言い回し過ぎて、
ロッキーには意味が分からなかった。

「もっと分かりやすく言ってよぉ〜。何をくれるのぉ〜?」

「・・・・・・火事場の馬鹿力をやる」

「わかりやす〜ぃ!」

ロッキーは喜んだが、
今度は分かり安すぎて、他に誰か居たら気が抜けていただろう。

・・・・・分かりやすい。
そう。
そういう意味では、
オリオールはロッキーの事をよく知っている。
誰よりも、
血をわけなかったカプリコの家族達よりも、
もっとも近くに居たわけなのだから。

「1000年に比べたら誤差のような時なのだがな。不思議だ。
 一秒は一秒。一分は一分。全ては個体で固体であるはずなのに。
 お前との時間は流動的かつ、温度の上昇のようなものを感じた」

「楽しかったってことでしょ〜?」

ニコニコと、
狼少年。

「余には感情も心も無い」

ただ、
適切な事象が当てはまらないならば、
そういう事になるのかもしれんな。

「心か・・・・」

影はぼんやりと答えた。

「"心が無い"などと言っている時点で、心を理解していたのかもしれないな」

影は、
オリオールは、
少し、薄みがかった。

「行っちゃうの?オリオール〜」

「あぁ。無機物は無に還る。モノはクロに還る」

あぁ。
オリオールは理解出来た。
自分のような物体が、
1000年もの月日を越えたのは・・・・
この小さな少年に会う為だったのだ。

そして何一つ変化しない無機物は、
消えるという変化をしようとしている。

1000年。
1秒を刻々と数えるには長すぎた。

「ロッキー」

「うん」

「お前はどうか・・・・地に咲くタンポポのために戦える人間であってくれ」

「うん」

「ロッキー」

「うん」

影は白く、
消えていく。

「あと、1000年・・・・友達であってくれ」

ロッキーは、
ニコニコと、
あくまで無邪気に、
殺人的過ぎるほど無邪気に、
暖かく、
無害に、
微笑んでくれた。

「1000年なんてあっというま。それじゃぁ短すぎるよっ!」

「そうか」

そうだな。

自分の千年など、
お前との時間に比べれば・・・・あまりにも無機に近かったな。

影は、消えていった。


































「・・・・う・・・うん・・・・」

ロッキーは体を起こす。
汗がびっしょりだ。
体が重い。
自分の体じゃないみたいだ。

「オリオール?」

見渡しても、
そこはただの戦場だった。

「どこ行っちゃったの?」

ハンマーを見ても、
そこにオーブは無かった。

いや・・・

「あ」

地面に、
ひび割れたオーブが転がっていた。
そのフェイスオーブは、
タンポポと共に地面に強く咲いていた。

「なぁーんだ」

ロッキーは笑った。

「やっぱりオリオールには心があるじゃんか」

だって、
そこに転がっていたフェイスオーブは、
ひび割れていて、
そのヒビは、
まるで笑っているかのように裂けていた。

そしてそのヒビは、
笑いつくしたかのように、
満足したかのように、
大きく亀裂が走って、

粉々に砕け散った。

「・・・・・・そっか」

でも一人ぼっちじゃない。
ロッキーは体を起こした。

風が吹き、
タンポポがお辞儀する。

それと共に、
影でマフラーが飛んできた。

「分かってるよ。パパ達も妬きもちオモチだね」

三騎士のマフラーを手に取ると、
それを首に巻いて、

「さぁ、頑張っちゃおうかな」

ロッキーは、
仲間の元へ急いだ。


































「・・・・・・・・ざっ・・・・・・」

ふざけんなっ・・・・・・

ドジャーは・・・吹き飛んでいた。
天が見える。
体が痛みを通り越して空虚な感覚だ。
全てがスローに感じる。

ふざけるな。
それしか思い浮かばない。

やっぱ化け物じゃねぇか。

「ぐっ・・・・うっ・・・・・」

ニ・三度地面をバウンドして、
ドジャーは転がった。

・・・・。
体が麻痺するほどの痛みに立ち上がれず、
ドジャーは天を見上げたまま横たわっていた。

腕はついているか?
足は?
体は残っているか?

「・・・・・生きちゃぁいるみてぇだな・・・・・」

だが、
"軽い一発でこれだ"

「おいおいおいおいゴルァ!まさかこの程度で終りか?まったく。熱くならねぇぜ」

向こうの方で、
ギルヴァングの声が聞こえる。

・・・・。
ギルヴァングに立ち向かった。
フェイントを5・6個入れた。
足でかく乱した。
背後もとった。

腕が軽く振り切られた。

そこまでは覚えている。
次の瞬間にはこの有様だった。

「次元が・・・・ちげぇ・・・・・」

ドジャーは歯を食いしばり、
体を起こした。
起こした程度で、
立ち上がるとまでは呼べなかった。

だが視界の先には、
また最強の猛獣がこちらを見据えていた。

獲物にさえなり得ないものを見るように。

「はん!やっぱ漢らしくねぇ奴は駄目だな。鍛えてもいねぇアマッ子だ。
 もっとぶっきら棒に生きられねぇもんかねぇ?・・・・・なぁこのザコっ!!」

髪の逆立った野獣は、
ドジャーに言いつける。

・・・・・反論は無い。

「・・・・・お?」

それでも、
ヨロヨロとドジャーは立ち上がった。

「ギャハハッ!その負けず嫌いの威勢だけは嫌いじゃないねぇ」

立ってどうにかなるものでもない。
戦いが始まって数秒でこれだ。
勝ち目などサラサラ無い。

小細工だけで生きてきた自分。
相手は、
小細工一切無しの野獣。

パワーだけで、全てを捻じ伏せる最強。

だが、
ドジャーは立ち向かわなければいけなかった。

「俺しかいねぇからな・・・・・」

アレックスを今守れるのは、
自分しかいない。

"寝て生きられないのは知っている"

そうやって生きてきた。
昔から、
何もかも手を汚して。

「ギャハハッ!おいザコっ!何がそこまでしてお前を押すっ!」

「・・・・・勝ち目が無くても・・・・押されるからだ・・・・」

自分勝手な仲間に、
自分の心が。

「・・・・ぁあ?やっぱ嫌いだな。勝ち目がねぇなんて言葉、俺様は大嫌いだ。
 人間ならぁっ!漢ならぁ!自分の最強を信じて生き抜くもんだろがっ!!」

・・・・・そいつはすげぇな。
そんな人間、どれだけ居るか。
目の前に居る野獣は奇異なそれだ。

そんな贅沢な信念、
ザコ助の自分にゃ無理だ。

「ギルヴァングさんよぉ・・・俺ぁこの生涯・・・・弱いものイジメで金稼いできた・・・。
 勝てる勝負だけ小細工有りで勝ってきて・・・・負けると分かったら戦略的退散だ」

「なっさけねぇなぁ!メチャ漢じゃねぇ!なら逃げろよゴラァ!」

「簡単だ・・・・。勝てる勝負じゃねぇが・・・・・逃げる勝負でもねぇからだ・・・・」

ギルヴァングは、
嬉しそうに口をゆがめた。

あーあ。
逆にマジにさせちまったか。
どうしてこうも要領が悪いんだか。

アレックスなら相手を最大限に生かさない事にかけて一流なのに。
アレックスなら相手の力を逆に足枷にする奇策をすぐ思いつくのに。
あいつなら、
状況をすぐに判断して行動に移すのに・・・。

「なら、アレックスならこの場はどうしてっかな・・・・」

決まってる。
お利巧さんで腹黒いあいつなら、
こんな時は一つだ。

「決まってる・・・・あいつは頭いいクセに馬鹿だから・・・・俺と同じ事をしているはずだ」

・・・・・さて。
さてどうする。
時間を稼ぐか。
いや、
時間が欲しいのはむしろこっちだ。
アレックスはすでに間に合っていないほどだ。
タイムオーバーなぐらいなんだ。

今残されている道はわずかに一つ。

あの野獣を瞬殺して、
アインハルトの元へ連れて行ってもらい、
"蘇生者"を連れて来て、
ハッピーエンドの続きを夢見る。

「やべ・・・・不可能が4つも並んでる・・・・」

どうすっかな。

「神様信じてねぇ俺が、奇跡の4連単の万馬券を引き当てるか?マジ世の中くそったれだな」

考え直せ。
"結果が全てだ"
なら、
奇跡は最後の一つだけでいいだろう。
過程はどうでもいい。

「それをどうすんだよっ!」

不可能。
絶対的な実力の差。
打つ手が無いとはこの事か。

「おいザコ。挑む気ある奴には俺様受けて立つ性格だ。
 だが攻めてこねぇならこっちからいかせてもらうぜっ!!」

「チッ・・・・」

真っ向から受けるなんてのはハナから除外だ。
ドジャーの周りが歪む。
空気と溶け込む。

インビジブル。

「卑怯に行くのは今更だが決定事項だ。だが、どう卑怯に行くか・・・・だな」

不可能が相手ならば、
こちらは不可視。
姿を消す。

「ドッゴラァァァァアアアア!!!!」

「うぉっ!」

思考と共に動き出そうと思った瞬間、
声の風圧、
いや弾圧。

それこそ力技。
周りの空気ごとドジャーは吹き飛ばされ、
インビジは簡単に解ける。
さらに吹き飛ばされる。

「てめぇっ!」

吹き飛ばされながら、
地面に手を付き、
宙返るように着地する。

「正々堂々に卑怯だぞっ!」

言ってる事はメチャクチャだが、
言いたいことは分かる。
やることなすことが反則級だ。

「それでも向かってくるって眼をしてるんでな」

ギルヴァングは、
嬉しそうに笑った。

「それでも向かうしかねぇんでなっ!」

ドジャーは走る。
突っ走る。
とりあえずやらなければ結果は出ない。

「こいよ。ザコ野郎」

余裕の表情で手で招く。
向かってくるなら相手になってやる。

「弱ぇのと!勝ち負けは関係ねぇんだよっ!」

ドジャーは、
そうやって勝ち抜いてきたのだから。
強くなくとも、
ずっと勝て続けてきたのだから。

「メチャ粉砕してやらぁっ!!!」

あの豪腕。
世界一の破壊力。
パワーの極み。

何が反則かってぇと、
それでいて動きが速いって事だ。

身体能力だけならばロウマをも凌駕する。

「それでも当たらなきゃホームランは打てねぇぜっ!・・・・すぅ・・・・・・」

走りながら、
ドジャーは息を吸い込む。
心を落ち着かせる。

「無呼吸ブリズッ!!!」

凡人ならば、
それはインビジだと錯覚するほどに、
急加速。
最大速。
光速。

「うぉっ!!?」

本能の運動神経のみで合わせてきた豪腕は、
不意を撃たれ、
その急加速に反応出来ない。
いや、
それにさえ反応し切れている。

だが偶然も重なっただろう。
命を絶つ豪腕は、
ドジャーの髪をかすめた・・・・まさに危機一髪。
ギルヴァングの懐に潜り込み、

「ラウンドバック」

すれ違い様にダガーを一撃、腹に入れてやり、
そのまま背後に回る。

背中合わせの、
ザコの最強。

「食らいやがれっ!!!!」

そして背中合わせのまま、
ドジャーは両手のダガーをギルヴァングの背中に突き刺した。
思い切り握りこみ、
力の限り。

「・・・・ッ!・・・・・」

だが感触で分かった。
ギルヴァングに突き刺さるでなく、
"ダガーの方が割れた"

人の筋肉が、
人の皮膚が、
これほどまでに極まる事が出来るのか。

その時には気付きも出来なかったが、
片方のダガーはその前に砕けていた。
回り込む一撃目の時点で、
ダガーは負けていた。

刃が通らない。
歯が立たない。

「それで・・・・終わりか?メチャザコ野郎」

背中合わせのはずなのに、
ギルヴァングがニッ・・・と笑ったのが分かった。
悪寒が走った。
死ぬと感じた。

「クソッ!!!」

ドジャーは無我夢中でギルヴァングの背中を蹴飛ばし、
距離を離す。
もちろんギルヴァングはビクともしない。
ドジャーが離れるための手段に過ぎない。

「どうすんだよっ!マジでっ!!おいっ!!」

まず、
まず距離を離す事だ。
体勢を整える。
恐怖を一瞬感じたドジャーは、
それを言い訳に、
背中を向けて走った。

「にぃげんなゴルァッ!!!」

後ろから殺気。
大虎が迫るような気分を感じる。

やばい。
死ぬ。


「鬼さんこっちらっ!!!」

もう一人の声。

「ギャハッ!」

野獣は、
その新しい獲物の到来に嬉しそうに興が移る。

「でぇーりゃでりゃでりゃでりゃでりゃでりゃ!!!」

女王蜂は、
無数の弾丸をギターから乱射する。
それらはギルヴァングに被弾する。

「デェーりゃでりゃでりゃでりゃでりゃ!・・・・デェーリシャスッ!!」

ブロンドの髪の女王蜂は、
マシンガンの乱射を止めて、
ニヤりと笑う。

「ギャハハハハッ!!!」

全身から硝煙を漂わせる猛獣は、
その大胸に無数の被弾痕を残しながらも、
平気そうに立っていた。

「蚊が刺すほどには痛ぇかもなっ!!」

さながら弾丸の嵐など、
シャワーを浴びたようなものなのだろう。

「化け物ね。・・・・・・装弾(リロード)」

マリナは、
片手にマナリクシャを取り出し、
一気に飲み干す。

「お腹の膨れない人には、料理を出す甲斐がないわね」

苦笑いでマリナは空き瓶を放り捨てる。

「ザコがもう一匹・・・・・・・ようこそ漢の世界へ!」

猛獣は雄雄しく笑いながら、
両腕の指をメキメキと鳴らした。

「レディーに対して失礼ね」

「レディー?なんだそりゃ?開始の合図かなんか!?」

「その通りよっ!!!」

マリナがギターを構えると、
その先、
銃口に魔力が集結していく。

MB1600mmバズーカ。

「硬い肉は焼けたもんじゃないのよっ!焦げた残飯にしてあげるわっ!!」

巨大な魔力の塊。
真正面から威力の塊が吹っ飛ぶ。

「すぅ・・・・・」

ギルヴァングが、
大きく息を吸う。
胸が、
横隔膜が、
大きく膨らむ。

「ドッゴルァアアアアアアアアアア!!!!!」

そして衝撃波のような声。
声の衝撃。
地面が揺れたかと思うほどの炸裂。

マジックボールの集大成は、
跡形もなく微塵に消し飛んだ。

「・・・・ちょっと反則でしょ・・・・」

さすがにマリナも引くように苦笑う。

「何を煮込んだらあんな化け物が出来るのよ・・・・」
「あぁ!たまんねぇなっ!!!」

その隙に、
ドジャーが飛び込んでいた。

ギルヴァングが声を発したその後の隙。
それを見逃さなかった。

空中で、
逆手で、
ダガーを振りかぶっている。

「直接御馳走をくれてやらぁっ!!」

ドジャーの狙いは口。
弱点ってのは、
相場が決まってるもんだ。

「牛タンになっちまいなっ!!」

ドジャーはその弱点(ウィークポイント)に、
ダガーを突っ込む。
突き刺す。

「ガゥッ!!」

ギルヴァングは笑っていた。
笑ったまま、
口が絶望のように閉じた。

ダガーの刃は、
鏡のように粉砕された。
噛み砕かれた。

「うめぇ馳走だ」

「・・・・・・・勘弁してくれよ」

そうなってしまえば、
ドジャーはただ、目の前。
この猛獣の目の前で隙だらけだ。

ギルヴァングの両腕が動く。
ただのなんの変哲も無い生身の動きが、
死に直結する。

「馬鹿ドジャーっ!!」

マリナがフォローに飛び込んできていた。

「ツケ払うまでは簡単に死ぬんじゃないわよっ!!」

マリナは二人の間を縫うように跳び、
いや、飛び込んできていて、

「鉄くずのミートボールランチよっ!!!」

至近距離にてギルヴァングに一撃。
MB16mmショットガン。
至近距離の中ではマリナで最も高火力な一撃。

散弾銃が、
ギルヴァングの顔面に被弾する。

「ごっ・・・・・」

少ない可愛げか、
さすがの衝撃にギルヴァングの顔も飛んだ。
至近距離のショットガンを受けて、
ボクサーがパンチを受けたようなひるみしかないのを可愛げと呼んでいいのか分からないが・・・・。

「・・・・ギャハハ・・・・・痛ぇじゃねぇか」

ギルヴァングが次の行動に移る前に、
ドジャーもマリナも、
同時に後ろに退いた。
全脚力を使って後ろに跳んだ。

「あんなのどうやって止めるのよドジャー・・・・」
「止めるどころか倒さなきゃいけねぇみてぇだぜ?」
「・・・はぁ・・・・・肉アレルギーのベジタリアンにステーキを奢るみたいな気分ね」

「ドッゴラァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

突風が吹いたかと思うほどの衝撃。
ギルヴァングが、
天に向かって雄叫びを上げた。
おそらく、
この敷地に居て聞こえなかったものなどいないほどの雄叫び。

鼓膜が震える。

「熱く!メチャ熱くっ!なってきたじゃねぇか!」

普通なら、
きっと逆なんだ。
感情で強くなるのは主人公の特権。

だが現実は、
気持ちよく強くなっていくのが敵だったりする。

「いいねぇ!!このために生まれてきたと毎度の事思うぜっ!!
 逆境が見えるほど燃えるっ!壁が見えたら打ち砕いてやろうと思うっ!
 ギャハハッ!!さぁテメェら!俺様の壁になってくれよっ!!」

「・・・・・だってよ」

ドジャーはダガーを握る。
打ち砕けだぁ?
勘弁してくれ。

「甲羅を料理してくれと頼まれてる気分ね」
「いや、だがマリナ」
「ん〜〜?」
「あいつも完璧じゃぁねぇみてぇだぜ」

ドジャーがそれを示唆する。

それやはり、
ショットガンのダメージには可愛すぎるが・・・・
ギルヴァングの頬からは、
薄っすらと無数の血液が流れていた。

「おうよ。俺様、自分の血を見ることなんてそうそうねぇ。
 だからこそ、今、俺様の血はメチャ滾ってるぜっ!!!」

怪我をすることさえ希なのだろう。
しかしだからこそ、
ダメージが初めて見えたというのは途轍もなくデカい。

「・・・・・なるほどね。どうする?ドジャー。あそこを重ねて狙ってみる?」
「いや、ダメージは0じゃねぇって分かったらなら、確実に狙うはドタマだ」
「急所は心臓でもいいんじゃない?」
「心臓潰れても根性でカバーしそうで怖ぇんだよ」
「・・・・・・笑えないわ」

本当に立ち上がってきそうだ。

「なら原点回帰だ」

アレックスならどうする。
これが、
本当に落ち着くと言うことか。
冷静になれば狙うところなんて当然に見えてくる。

「俺はさっき口を狙ったが、あながちミスでもねぇみてぇだ。
 ボスの弱点なんて古から変わってねぇ。あいつはそれでも人間だからだ」
「頭・・・ねぇ」
「それも目を狙え」

目。
それこそポピュラーな弱点。

「眼球まで鍛えられるってんならもうそれは酒のつまみにもならねぇ話だ。
 目を中心に頭を狙っていけ。突き破ってやれよ」
「・・・・・一点を狙うのは苦手なんだけどね」

数撃ちゃ当たるがマリナの資本。
ニッケルバッカー戦のようなのものは、
それこそ時間が与えられて初めてのものだ。

「偶然でも当たればいいんだよ。カッ!神様にもたまには感謝していい。
 目に1発ずつ当たれば勝てるように設計してくれたんだからな」

それなら、
とマリナも頷いた。
理にかなっている。

目は鍛えようがない。
それは絶対だ。
そして一発づつ当たれば・・・それはもう勝利だ。

手の届く勝利だ。
自分達にも出来るかもしれない。
理にかなっている。

「勝ってるのは2対1ってぇ数的有利だけだ」
「どちらかが犠牲になるつもりでやれって事ね」

考えれば考えるほど、
ギルヴァングを劣化させる術は、
目。
その両目を突くぐらいしか本当に無い。
思いつかない。

なら、
思いついたソレを、
2人がかりで・・・・・

「2対1を活かすってぇのはメチャ気に食わねぇなぁ!漢らしくねぇ!
 黙ってりゃぁ熱さの裏側で目を瞑ってやろうと思ってたが・・・・・」

無理な相談だ。
反則なのはそっちなんだ。


「同感だな。俺もタイマンを希望するぜ」

声がもう一つ。


































「面倒になってきた・・・・これだから害虫の行列っていうのは・・・・」

スミレコは地面に座り込みながら呟いた。
遠目に戦いを見届けながら、
ただ、
自分はここを離れるわけにはいかない。

「おいマイマネー」
「ご主人様よぉ」
「あの反則猛獣の他にもなんか来たぜ?」
「私達はどうすればいい?」

傭兵共が聞いて来るが、

「蟻が質問する?女王蟻は私よ。待機してなさい」

目も合わせない。
スミレコが選んだのは待機。

エドガイから買った5人の傭兵。
これらの使いどころがあるならば、
今、これ以上のピンチは無い故に、今しかない。
しかし、
最大のピンチであっても、
最大のチャンスではない。

「・・・・・残念だけど・・・・私は昔からアー君一筋なのよ。
 アー君のためなら死ねるし、アー君以外のためには死なない」

アレックスの命。
それが最優先だ。
それより優先すべきものはない。
愛。
愛故に。

「エール副部隊長・・・・アー君の方はどうなった」

スミレコは、
戦いから目を背けて蜘蛛の糸のかまくらの中を覗いた。
可哀想に、
血まみれで横たわる愛すべき者。
そして、
その横にピョコンと座っているツインテール。

「おい!金魚のフンっ!」
「う、うぃ!?」

ずかずかとスミレコは中に入り、
胸倉を掴んでエールを無理矢理立たせる。

「何ボサっとしてるのっ!あんたはアー君の蘇生をちゃんとしてなさい!」
「あ、いあ・・・そそそ蘇生は出来ませんって・・・・エールさんが出来ることは治療だけです!
 アレックスぶたいちょの応急処置くらいしか毛の打ちようがないから・・・・」
「それはさっきも聞いたわよ!そして手のうちようだ!」
「・・・・噛んだ」
「ならさっさとあんたはそれをしてなさいっ!」

ガラにも無く声を張り上げる。
アー君を殺す気?
スミレコが必死になる理由はそれだけだ。

「ちがっ、ちがますスミレコしぇ・・・先輩っ・・・
 エールさんはもう出来る限りの事をし終わっちゃったのです・・・・」

出来る限りの事?
スミレコは前髪のカーテンの内側で、
眉を潜める。

「・・・・それは何?ドラマの医者と同じ事言って・・・・峠ですよって言いたいの?」
「手手手を離してください」

だがスミレコは胸倉を掴んだまま、
前髪を押し付ける。

「もう出来ることがない・・・・なんて状態はこの世にはないのよ」

スミレコは心の底からエールを睨む。
睨みつける。
ただ怒りでなく、
助けろ・・・助けてくれと願いも入っているだろう。

「ど、どちらかというと今の状態を維持しなきゃなんですっ・・・」
「今の状態を?」

スミレコは横たわるアレックスを一目見る。
そして否定する。

「あの・・・あの体がかっ開かれた状態で保存!?オペを投げ捨てた光景にしか見えないわっ!
 蘇生出来ない役立たずなら役立たずなりに怪我の修復とかしなさいよっ!」

見ていられない。
見てなんていられないんだ。
愛すべき人の、
あんな姿。

「内臓が足りないと言ってもいい損傷なんです」

エールは、
そこで真剣な目をして言った。

「無事な臓器を数えた方が早いくらいです。特に致命的なのは心臓が修復不能な点です。
 この状態で体を閉じるなんてそれこそ事態を諦めるという意味他ありません」
「・・・・・・」
「エールさんは・・・この状態のアレックスぶたいちょを助けるほどの力はありません・・・・」

しょぼんと・・・
医療部隊が副部隊長は俯いた。

「今はオカン状態です」
「オカン?悪寒?」
「間違えました。保管です」
「・・・・・」
「血液の流れ・・・・というより生態活動を止めてあります。
 血管などを修復するよりも塞いでしまっている状態です。
 生き返らせる事よりも、この死体をこの状態で維持する事に専念させています」

死体?
死体と言ったか?

「・・・・」

だがスミレコはそこ怒らなかった。
感情的になっている自分よりも、
エールは現実を見て行動出来ているのだから。
アレックスを諦めていないからこその選択だと分かるから。

「・・・・生きるってことは血が流れる・・・今無茶したらさらに悪化するだけってことね・・・」
「そういう介錯でいいです」
「字が違うわ」
「噛みました」

なら、
ならば、
あと必要なのは・・・・

希望。

「なら、あとはどうすれば・・・・・」
「エールさんは・・・・」

エールは、
スミレコの手の中で崩れた。

「アレックスぶたいちょを今・・・どうにか出来る人間じゃなかったんです・・・・」

泣きそうだ。
不甲斐なく、守れない。
助けてやれない。

その気持ちはスミレコも同じ。

何もかもを投げ捨ててでも助けたいのに、
出来る事は何も無い・・・・空虚。

「スミレコ完敗」
「先輩よ」
「噛みました。スミレコ先輩はアレックス部隊長に告白したことありますか?」

何を突然言い出すかと思えば、
ただ、
この娘(アマ)の目は真剣だった。

「・・・・してない日を数える方が少ないわ」
「エールさんはしたことがありません。このまま終わっちゃうのはやです」

諦める気はさらさら無い・・・か。

「残念だけどアー君はもう私のものよ」
「むっ。まだまだ分からんですよっ!略奪も無能です!」
「可能ね」
「噛みました」
「この無能」
「・・・・・うぃ」
「でも・・・・ほほぉ。私からアー君を奪うと」
「うぃっ!」
「ならもう役立たずみたいだし早目に芽は摘んでおこうかしら」
「・・・ううううぃ!?」
「冗談よ。半分は」
「半殺しされるですかっ!?」

冗談は半分だけど、
半分は本気だ。
全てを投げ打ってでも、助けたい。
この世の唯一なのだから。

希望。

「今見えるのは・・・・アインハルト騎士団長の傍らの蘇生者」
「ロゼさんですね」
「そんな名前だったかもしれないわ。見たこともないからどうにも・・・・。
 ・・・・あれ。だけど金魚のフン。あんたなんで知ってんのよ」
「うぃ?」
「死骸騎士でしょあんた。あの女が現れたのはここ一年の事よ」
「うぃ?違うです。昔からコッソリ居たですよ」

そうなのか?
44部隊としてそれなりの地位をもらっているが、
噂にも聞いた事がなかった。

「知ってる人は知ってるですよ。裏じゃユーメーでした」
「・・・・じゃぁ聞くわ。あの女は何者なの?」

この状況の希望。
そして絶望を作り出した張本人でもある。

「・・・・いや・・・そんな事よりも今は・・・・」

時間は既に手遅れ。
手遅れでも手は打てる。

人は盲目している。
奇跡は"買わない宝くじがラッキーで当たる"ようなものを言うのではない。
求めなければ、手に入らない。
行動しなければ、手に入らない。

「なら私は・・・」

ぼんやりしていても奇跡は手に入らないという事だ。

スミレコは蜘蛛の巣のかまくらから顔を出した。


































《MD》
落ち零れの街、99番街。
ゴミ箱と呼ばれるからには、
ゴミのような人間が集まる街だ。

それこそつまり、
文字通り捨てられた人間も腐るほど居る。

そしてある日、
根っからのゴミ育ちは、ゴミを拾った。
お互い家族も居ない。
二人はまるで恋人のように永遠を誓った。
家族で、
兄弟で、
親友で。
同じギルドの仲間で。

腐っても、
共に死のうと。












「メッツ」

ドジャーは睨むでもなく、
涼しい眼で、
むしろ清清しい目で彼を見た。

「いいな。いい目だドジャー。まるで俺が家に帰った時みてぇな目だ。
 迎えるでもなく、ただ俺が居るのが当たり前みたいに見てくれる目だ」

メッツは笑い、
タバコを咥えた。

「何一つ違和感のねぇ生活。それこそお前が俺にくれたもんだったなぁ」

ライターを取り出し、
火を点ける。
そして手でタバコを摘まむより先に、
口に咥えたまま一度目の煙を吐き出す。

メッツのクセだ。

よく。
よく知っている。

「だがよぉドジャー。どうやら俺は手に入っちまったもんより"手に入れてないもの"が欲しいみてぇだ。
 ロウマ隊長のような圧倒的な・・・・自分の信念を貫ける強さ。ただ俺は強くなりたかったわけだ」

「・・・・・・で、なんで俺の前に立つんだ?」

ドジャーは涼しく言う。
いつもの戯言(たわごと)を聞くように。

「カッ。お前より数段弱っちい俺に挑んで何が手に入るってぇんだ。
 自慢だが、俺はこの戦場でビックリするくらいザコい自信があるぜ?」

あいつに言われたみたいにな。

ドジャーは横目にギルヴァングを見る。
今この場、
突如現れたメッツよりも、受けるべきはあの野獣。

「簡単だぜドジャー。お前がくれるからだよ」

メッツはガハハと笑いながら言う。

「お前は俺の全てだ。お前は俺に人生をくれた。だから・・・・お前にこの先の人生ももらう」

自分の弱さを、
ドジャーを倒して手に入れる。
ドジャーは余りにも大切すぎるから、
それを超えて・・・
それを失って・・・・。

失うものさえ無くなれば。

「あっきれた」

マリナがため息をつきながら両手を広げる。

「そんな場合じゃないっていうのにねぇ。ドジャー。メッツの相手なんて帰ってからでも出来るでしょ?」
「まぁな」
「今この場の最優先事項はアレックス君のための行動よ。
 イコール、少なくとも止めるべき相手はメッツじゃなくてあの猛獣の方」
「だな。ってことだ。悪ぃなメッツ」

そう来ると思ったぜ・・・なんて顔で、
メッツは笑った。

「いやいや。アレックスには悪いが俺を優先してもらうぜ。
 もちろん、俺も"仲間思い"だ。アレックスを助ける手立てがあるなら優先してやんぜ。
 だけどよぉ。・・・・あんのか?あるんなら俺は待ってやるが」

「・・・・・・」

答えは無い。
その手立てを手に入れるために今、戦っているのだから。

「・・・・だろ?ならドジャー。それはお前がやらなくてもいいんじゃねぇか?」

別の・・・誰かでも。
ドジャーにしか助けられないなら別だ。
だが、
違うだろ?

「カッ。馬鹿じゃねぇの?」

ドジャーは当たり前のように答える。

「誰でもいいんじゃねぇ。それでも俺が動いてやらねぇわけにいかねぇだろ」

当たり前だ。
仲間がやばいんだ。
ロス・A=ドジャーが動かない理由がない。

「そうかそうか」

言うと思ったと、
それはまた嬉しそうにメッツは笑う。
変わってなくて何よりだ。
それこそ兄弟。
メッツは嬉しい。

「んじゃま、俺もお前らのためだ。事態が変わるかもしれねぇ情報を一個やるよ。
 ・・・まぁ・・・・ガハハ!俺が言わなくてもミルウォーキーの野郎がすぐ教えてくれるだろうがな」

事態が変わるかもしれない情報?
疑問の中で、
メッツが取り出したのは・・・・WISオーブ。
野球のボールのようにソレを宙に投げてはキャッチしを繰り返し、

「さっきユベンから連絡があった」

メッツがタバコを咥えたまま、
ニッ・・・と笑った。

「"ツヴァイ=スペーディア=ハークスを倒した"・・・・ってよ」

「!?」
「なっ」

ツヴァイ。
ツヴァイを倒した?

「・・・・・冗談言ってんじゃねぇぞメッツ。確かにツヴァイは最近不振だがよぉ、
 "それでも負ける事なんて無かった"。それをこうも簡単に負けただなんて」

「ウソ言ってどうなるよ。お前らのためにも俺のためにもならねぇだろ」

実際確かにそうだ。
この情報で事態がどう動くかなんて、
メッツがどうこう考えられるものでもない。

「ならなんでこんな事を言うのかってか?まぁ、副部隊長様から言えって言われてな」

「?・・・ユベンがか」
「ならそれこそウソの可能性があるんじゃない?」

「ツヴァイの相手しててWISする暇があるとは俺にゃぁ思えねぇがな」

メッツは笑う。
ならば、
ユベンからのWIS自体がウソ・・・という可能性もあるが、
やはりメッツがそんな小細工する頭の持ち主とは思えない。

そして・・・・
やはりそれは"事実"だった。

現段階でドジャーやマリナが確かめる術はないが、
ユベン=グローヴァーは、
ツヴァイ=スペーディア=ハークスを倒すに至った。

「ユベンの野郎は言ってたよ。"お前が戦いたいならこの情報を言ってやれ"・・・ってな。
 俺にゃぁ意味は分からねぇが、言えば願いは叶うだろうとか言ってやがった。
 俺にとってもそっちにとっても有益な情報だそうで・・・・で、どう?事態変わった?」

メッツは期待するように言ったが、
ドジャーもマリナも何も反応出来ない。
ツヴァイが負けた?
だとしても、
だからとしても、
じゃぁどうしろというのだ。

戦況は大幅に終わっただろう。
だが今この場でドジャーとマリナはどう行動を変えればいい。
変える理由も意味もない。

「ゴォーールァ!!はやく話終われって!俺様待ちくたびれてんだよっ!
 不意打ちはガラじゃねぇんだ!さっさとバトらせろっ!!」

ギルヴァングが律儀に言う。
正々堂々のみが売りの漢だ。
こうしてる間は害はない。

だが強大過ぎる力の持ち主で、
コントロールする人間でもない。

"ついで"でうっかり。
そんな感じでアレックスを吹き飛ばされる可能性もある。

「それこそ尚更だメッツ」

ドジャーの結論は決まっていた。

「頼りに出来る人間も一人減っちまった・・・・なら・だ。
 俺があの猛獣を倒してアインハルトの所へ連れてってもらうしか道がねぇんだよ」

そして蘇生者を連れてくる。
その過程に、
メッツのと戦いなど介入の余地はない。

「あっれ。ユベン嘘吐きだなコラッ!こうすりゃ戦えるって言ってたのによぉ!」

「・・・・・いや・・・・戦えばいいわ」

そう言って来たのは・・・
後ろから歩いてきたスミレコだった。

「お、おいスミレコ」
「黙れ害虫。あんまりテリトリーから離れるわけにはいかない。手短に話すわ」

スミレコはドジャーの首根っこを捕まえ、
耳元で話す。

「・・・・今の話は本当・・・・私も44部隊よ。WISオーブに通信が来たわ」

ユベンが敵であるスミレコにまで、うっかり通信を流すわけがない。
ならば、
聞かすためだ。

「だがスミレコ。だからってどうって・・・・」
「事態は集約したわ」

スミレコは、
小さい声でハッキリ言った。
前髪のカーテンで目は見えないが、
ハッキリとした声だった。

「アー君は助けられる」
「何!?」

ドジャーはつい大声を出した。
それで少し焦ったが、
別に隠すような話でもないのでまた耳を傾けた。
マリナも一応は聞き耳をたてられる範囲で話す。

「なんだ?お前が連れてきた聖職者が蘇生してくれたのか?」
「黙って話を聞け。時間が無いのは代わりないんだよ害虫」
「・・・・・分かった」
「一つは優先順位の問題だ。あんたがギルヴァングを倒すより、遥かに可能性が高い」
「何がだ?」
「"倒した"・・・っていう言葉。わざと意味を含ませてるのよ。えげつないわ。ユベンは。
 恐らくツヴァイは生かしたままなんでしょうね」
「・・・・なるほど」

ツヴァイを殺すなどそれこそ離れ業だが、
生かしたまま倒すとなると、
それこそユベンの実力は計り知れない。

「と・・・なればよ。帝王はそのオモチャでどう遊ぶ?」

帝王。
アインハルト。

「・・・・なるほどな。そんな面白い暇つぶしはねぇ」

十中八九。
間違いない。
アインハルトはツヴァイを呼び寄せるだろう。
その先どうされるかなんて考えはつくものだが、

「ツヴァイは今・・・王座に連れてかれてる可能性が高いってわけか!」

間違いないだろう。
あの絶対の帝王なら、
まずそうするだろう。

「・・・・不幸中の幸いとでも言うべきかしらね・・・・王座への侵入は叶ったと言えるわ。
 そしてそれがツヴァイとなれば、あんた如きより成し遂げる可能性は十二分に高い」

それはそうだ。
ドジャーが王座に辿り着いてからも、
蘇生者を連れてくるなんて事が叶うとは思えない。
だが、
ツヴァイなら・・・・
低くても現実的な可能性がある。

「コンタクトはどうにか私がしてみる。情け無い事に手が空いてるからね。
 ほら。分かったら。ん?さっさと私にWISオーブよこしなさい」
「・・・・ん?あぁそうか・・・・」

スミレコはこちらに入ってばかりだ。
連絡先など知らない。

「オーケーよ。なら"アー君は私に任せて"。100%助ける」
「・・・・信用するぜ」
「・・・・?・・・害虫如きが私を信用するなんて言葉を使うとはね」
「いや」

ドジャーは笑う。

「てめぇのアレックスの病んだ思いは折り紙付きだ。
 他の全ては信用しねぇが、その一点だけは絶対に信用してやる」
「・・・・分かってるじゃないの。なら納得済みね。
 あんたはさっさと時間稼ぎの捨て駒に戻って頂戴」

あぁ。
それは得意だ。

ドジャーがそれだけ言うと、
スミレコはまた蜘蛛の巣のテリトリーに戻っていった。

「・・・・・って事だメッツ!」

ドジャーは大声を張り上げて、
メッツに向かって笑った。

「聞こえてねぇよ!」

メッツは怒鳴り返した。

「カッ、悪ぃ悪ぃ。まぁつまり・・・・てめぇと戦うのも仕事になったってことだ」

「お?」

それだけ聞くと・・・・
いや、
それだけ聞ければメッツには十分だった。

「ガハハッ!!そうかそうか!」

ジャラリ・・・と音。
両腕から囚人のように鎖が垂れ下がっていて、
それに繋がっているのは、
二つの両手斧。
超重量のアックス。

それらが地面をへこませながら突き刺さっていて、
その横に根元まで吸ったタバコが落ちた。

「ならやろうぜ」

火を踏み消しもせずに、
ジャラリ・・・とメッツは斧を持った。

本当に、
待望とでも言うように、
メッツは嬉しそうに笑った。

日焼けしたように健康的な褐色の豪腕。
そのドレッドヘアー。
いつも通りの大味な笑顔。
メッツはその両斧を、
ドジャーを倒すために持つ。

「もしかしたら俺は、この日を待ってたのかもしれねぇ。ドジャーッ!!」

メッツは叫びながら、
二つの斧をぶつけて音を立てた。

「長ぇ戦いになりそうだなっ!!」

「いや」

ドジャーは笑い返した。

メッツは強い。
誰よりも知っている。
ドジャーはどれだけも劣っている。
誰よりも分かっている。

そして戦うなんて・・・・
そんな相手だ。

だけど、
だが、
一度だけ闘技場で戦って決心した。
覚悟は決めている。

なら、
十分だ。

「メッツ」

「あん?」

「俺はお前の事を誰よりも知っている」

誰よりも。
この世の誰よりも。
だから、
強さも、
"考えている事"も分かる。

「お前が俺に勝てると思ってんのか?」

ダガーを腰から一本だけ取り出す。

「30秒で十分だ」

聞けば、
メッツは嬉しそうに笑った。


































「なぁーーーら俺様の相手はお前で決まりだなぁああああああああ!!!!!」

「ちょちょちょぉー!」

マリナは焦った。
野獣が動いた。
自分に向かって。

消去法。
誰だって分かるその方法を使えば、
自然とマリナはギルヴァングとタイマンを張らなければならない。

「いやっ!ちょっとそれは無し!私一人でやるの!?これと!!?」

有り得ない有り得ない。
話の流れとは酷いものだ。
当人達はそれでいいかもしれないが、
マリナに限っては被害者でしかない。

「やーよ!マリナさんは却下するわっ!もっといい方法があるはずっ!
 よしっ!私はメッツの相手するわ!だからチェンジ!交代交代っ!!」

「ゴルァアアアアアアア!!!!」

ギルヴァングは待ちくたびれた分、
やっと闘えると嬉しそうで、聞く耳など持っていなかった。
楽しい楽しい、
バトルの時間。
沸騰した血は待ってくれない。

「とりあえず死ねぇえええええええええ!!!」

「死んでたまるかーーー!」

振り下ろすだけの凶悪な拳を、
全身を使って避けるマリナ。

「少しは話を・・・・・」

避けた先を見れば、
ギルヴァングの拳が地面に突き刺さっていて、
地面は・・・・
扇形に吹き飛んでいた。
10mぐらいのスコップで掘り返したように。

「こ・・・・こんなん私一人でやれっての?」

無理無理無理無理。
マリナは首を振った。
先ほど、
シャークの前で誓ったが・・・・

「あれとこれとは話が別よ・・・・。マリナさんは卵でステーキ作ろうとかはしないのよ・・・・」

「ギャハハハ」

ゆらりとこちらを向くギルヴァング。
バトルジャンキーの目だ。
ぶっ倒すしか考えていない猛獣の目。

「ゴゥルァ!どうした!向かってこいよっ!!」

「冗談っ!」

マリナは後ろ跳びをしながら、
マシンガンを乱射。
弾幕を作って逃げる。

「そんなえんどう豆!俺様に効くかよっ!」

鳩の豆鉄砲。
マリナのマシンガンなど、
雨の如く突っ切ってくる。

「どうすりゃいいのよっ!!」

一度撃つのを止めて、
逃げるのに専念する。

「どいてどいてどいてっ!!」

逃げ惑えば、
いつの間にか戦乱の中に紛れていた。
男達が戦う中にお邪魔する。

「どけゴラッ!どけゴラッ!!!」

マリナは人を掻き分けて走っているのに、
ギルヴァングはブルドーザーの如く人を吹っ飛ばして追いかけてくる。

「無銭飲食の客が逃げる気分だわっ!!」

とにかく逃げる。
人を掻き分け、逃げる。
ここらで戦っている人たちにも、
個人の意志があるのだろうが、
そんな事考えているヒマはなかった。

「蜂は追いかける側なのにっ!!」

マリナは前を向いて走りながらも、
銃口だけ後ろに向けて数発応戦する。
もちろん狙いが散漫な上に、
効果は薄い。

「逃げんなっつーんだゴルァ!!それでも漢かっ!!」

「私はプリップリの女の子だってのっ!年齢は聞かないでよっ!?」

ふと、
このまま逃げまくっていれば、
戦場をこのギルヴァングに掃除させる事も可能なんじゃないかと考えた。
事実、
こいつのお陰で外門は突破出来た。

「・・・・・逃げ切れる自信ないから却下」

女王蜂は逃げる。
とすると一旦(悪いが)姿を眩ますしかない。
この人ゴミで、
ギルヴァングの目から消えるしかない。

「まず生き延びる事っ!それが《MD》(うちら)のやり方っ!
 シャークごめんっ!まずは逃げるわっ!最後には必ず勝つからっ!」

そう決意してみれば、
後ろを注意してみる。

「撒いた?」

ギルヴァングの姿が見えない。
という事は向こうからも見えていないはずだ。

「・・・・ひとまず安心ね」

じゃぁどうするか。

「さっきのでMB16mmショットガンなら効果的とはいえないけどダメージは与えられる事は分かったわ。
 ならバズーカやスナイパーライフルでも当たりさえすればダメージは与えられるってことね」

どう料理するか。
ダメージは与えられても、
どれも効果的なダメージは与えられそうにもない。

「コツコツいく?」

いや、
それはマリナさんの戦い方とは言えない。

「なら一発逆転。ドジャーと話したみたいに、狙うは頭・・・・そして眼」

ギルヴァング=ギャラクティカ。
確かに化け物染みているが、
荒は目立つ。
荒々しすぎるほどに。

それをカバーしても有り余るほどの反則級の身体能力があるからこそ、
そんなもの弱点にさえなりえないが、

「チャンスはあるはず・・・狙うは・・・・・・」

「漢のぉ〜・・・・・・」

撒いたはずのギルヴァング。
人ごみのどこからか、
声が聞こえる。

「ロマンはぁ〜・・・・・・」

悪寒が走る。
どこから来る。
一撃でももらえば終りだ。
圧倒的な・・・・パワー。

「破壊力ぅうううううううう!!!!!!」

爆発したかと思った。
一気に自分の周りが涼しくなった。

人がぶっ跳んでいる。

1・・・5・・・15・・30・・・・・もう数え切れない。
ゴミクズのように人が天を舞っている。

地上に居るのはただ一人。
猛獣。

拳を突き出した、
毛の逆立った猛獣ただ一匹。

「ただのパンチがどうなってんのよっ!!」

あれはパンチじゃない。
兵器だ。

「・・・・見つけたぜ」

ギロリと、
ギルヴァングの眼が光る。
暗闇に光る、虎のように。

「冗・・・・談っ・・・・」

マリナは戦場地帯から抜け出る事を選択した。
無駄な被害がどうのうじゃなく、
紛れる事に意味が無いと判断したからだ。

紛れるよりも、
誰かの助けに期待したほうがまだいい。

それに人ごみではマリナの攻撃は無力だ。
一方的にやられるだけ。

「シャーク・・・・シャーク・・・・・」

マリナは願うように呟く。

「私に力を頂戴・・・・」

勇気を、
力を。

逃げながら、ただ願う。

「ゴルァァアアアアアア!!!」

「もう・・・・本当にっ・・・・」

覚悟を決めた。
シャークと約束したのだ。
曲を作ると。
ロックンローラーの伝記を歌詞にすると。

「逃げてそんな歌が作れないでしょ・・・・」

マリナは立ち止まる。
振り向く。
ギターを構える。

「はぁぁ・・・・・・」

ギターの先端に魔力を集中する。
エネルギーを溜める。
力を込める。

「ゴルァ!!それはさっき見たぜっ!!俺様に効くかよっ!!」

「それでも戦うのがロックンローラーなのよ」

そうよね。
シャーク。
マリナはギターの魔力を込める。
込める。
込める。
込めて・・・・

「MB1600mmバズーカッ!!!」

放つ。

マリナの最大攻撃。
魔力の放出と言ってもいい。
その強大なエネルギーの塊は、
ギルヴァングに向かってかっ飛ぶ。

ただ、
ギルヴァングも言うとおり・・・・

「ドッゴラァァアアアアアアアアアアアア!!!」

ギルヴァングの叫び声と共に、
先ほどと同じように、
声だけでソレはかき消された。
弾け跳んだ。

「・・・・だよね」

穏やかに笑えた。
それは、
諦めにも近かった。

「終りだっ!もうちょっと楽しいバトルがしたかったぜっ!!」

猛獣が突っ込んでくる。
避ける気力もない。
成す術もないのだから。

「ただ!このマリナさんは諦めないわよっ!」

ギターを構える。
ショットガン。
打ち鳴らす。

「効くかゴルァっ!!!」

豪腕をクロスしてガード。
両腕で、
ショットガンを防いだ。

「諦めない強さっ!あんたぁ!漢だったぜっ!!」

ギルヴァングは目の前だった。
どうしようもない。
拳が・・・

迫る。

「ぐぉっ!?」

突如、
ギルヴァングの横から何かがぶつかった。
いや、
爆発した。

見た光景でもある。
だけど規模が違った。

「キャッ!?」

同時にマリナの体が浮いた。
いや、
何かの手で引っ張られた・・・というか。
抱き抱えられたようだ。

「アハハッ」

何者かは、楽しそうに笑った。
見たことも無い男だった。
マリナを両腕で(言うならばお姫様だっこの形で)抱き抱え、
涼しげに跳んでいた。
身長でいうならば170の半ば。
20前後の少年の抜けきらない青年といった感じか。

「マリナを抱っこするなんていつもと逆だね」

「え?」

マフラーを巻いた男は、
ニコリと微笑んだ。

「よっ」

男は地面に降り立つと同時に指を振る。
その動きと連動するように、
空中で何かが舞った。

「なんだゴルァ!?」

それはギルヴァングに思い切りぶつかった後、
また指の動きに連動して、
こちらに飛んできた。

ことん・・・と、
静かに落ちる。
カプリコハンマー。

「えへへ。色々出来るって面白いね」

ニコニコと笑いながら、
マリナを降ろす。

・・・・変わっていても、無垢な笑顔。
笑顔だけが資本。
それだけでも分かる。

ぶかぶかだったローブは短いくらいで、
それでも変わってない狼帽子。

「あんた・・・もしかして・・・」

「そうだよ。ぼくだよマリナ」

ニコリ。
そして一人でに、
カプリコハンマーが浮かび上がる。
背中を見せると、
三騎士のマフラーが靡いていた。

「さぁ。やっつけちゃおっか」

笑顔と優しい口調で、
ロッキーは動き出した。

止まってた20年と共に。










                 






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