「さて、雑談の内容だが・・・・・・説教なんてどうだ?」

360度真っ白の空間。
そこに二つだけベンチがあり、
向かいのベンチに座る悪徳医者が言う。

「雑談なのに説教ですか?既に雑談じゃない気もしますが」
「クック・・・・話す事が主題なんだ・・・深い事を気にしてると早死にするぞ・・・・」
「本当にそういう冗談が好きですね」
「・・・・・まぁな・・・・」
「それで?説教っていうのはレイズさんがするんですか?それとも僕がですか?」
「・・・・・もちろん俺だ・・・・」
「それで拒否権は?」
「・・・・・もちろん無い・・・・」
「それは確かに雑談じゃなくてただの説教だ」

仏に説教されるならまだしも、
悪魔に説教されるのは勘弁だな。

まぁ何にしろ、アレックスもレイズも死んでいるのだ。
説教という言葉自体がおかしい。
言うならば反省会でしかない。

「・・・・・違うだろ・・・・お前はまだ戻れる・・・・」
「頭の中を覗かないでくださいよ」
「・・・・クックック・・・・・死ねばいいのに・・・・ここは言わばお前の頭の中だ・・・・
 ・・・・・・この空間も・・・・・今お前の目の前に居る・・・・この俺も・・・・・・」

ただの独り言だ。

「それで・・・・アレックス・・・・」

相変わらず、青白い顔をしているレイズは、
首を深く落とし、見上げるようにアレックスの顔を覗きこむ。
心の中を覗かれるように。
自分で自分の中を覗くように。

「・・・・・命を損得で扱ったな・・・・・」
「・・・・はい?」
「・・・・・"命の価値"だ・・・・俺や・・・ヴァレンタイン院長がひたすら問答を繰り返した・・・・」

あの日・・・
あのミルレス白十字病院に、
お前も居たじゃないか・・・・。
僕も居たじゃないか・・・。

「・・・・・・・命を算数の計算のように・・・・・損得で投げ捨てたな・・・・・まったく・・・・
 ・・・・・命を粗末にする奴が俺は一番嫌いだ・・・・・そんな奴は全部死ねばいいのに・・・・・」
「そうですね。その通りです。全てが上手く行くと思った。だからそうしました」
「・・・・自分の命を除けば?・・・・」
「はい。事実全ていい方向へ進んだじゃないですか」
「・・・・違う・・・・お前が死んだ・・・・・」

レイズの目は真剣だった。
悪魔のようだった。
道を諭す悪魔のよう。

「・・・・勝手に死んで満足か?・・・自分だけ"楽"な道を選んで・・・・クク・・・・
 ・・・・自殺・・・・命の放棄・・・・・・その最上の逃げ道だからこそ・・・人は"極楽"と呼ぶ・・・・・」
「貴方だって!」

アレックスはベンチから立ち上がった。

「レイズさんだって勝手に死んだ!命を損得勘定して!」

ハッと熱くなった自分を見定め、
アレックスは冷静を自分に言い聞かせ、
ベンチに座りなおした。

「・・・・・残されたドジャーさん達の気持ちも考えずに」
「・・・・・そうだな・・・・だから今・・・お前の頭の中に創られたのが俺なんだろう・・・・」

レイズは悪魔のように笑う。
気味が悪いが、心地いい。
不思議な人だ。

「・・・・仲間というのは・・・・・個人の自分勝手以上に身勝手でな・・・・
 ・・・・・・・勝手に死なせてくれと思っても・・・・勝手に死ぬなと言ってくる・・・・・
 ・・・・・おいおい勝手に死なせてくれよと思っても・・・・迷惑だ・・・と死なせてくれない・・・・」

・・・・特にドジャーが大変だ・・・。
・・・・あいつは人の命を勝手に拾って・・・・人の命を勝手に捨てさせてくれない・・・

「・・・・そのくせ気を付けないと・・・・・代わりにあいつが死んでしまうほど脆い・・・・」
「身勝手な人ですよ」
「・・・・向こうもそう思ってるがな・・・・」

クックックと笑う。
本当に可笑しいのだろう。

「・・・・・俺もその身勝手の一人だ・・・・・」

ゆらりと、
向かいのベンチのレイズは、
指をこちらに向けてきた。

「・・・・・・・・・・・・・もう終わった俺とは違う・・・・・お前はまだ間に合う・・・・・・
 ・・・・・・だから俺も身勝手に言わせてもらおう・・・・・"おまえの都合で勝手に死ぬな"・・・・・・」

クックックと、
レイズは身勝手に笑う。
勝者のように笑う。

「・・・・・英雄気取りもいいが・・・・・・・・・」
「任されたからなってやっただけです・・・別に英雄になりたかったわけじゃない・・・・」
「英雄(ヒーロー)ってのは成りたくて成るものジャンっ!」

いつの間にか、
向かいのベンチに座っているのは、
ベンチの上で胡坐をかいて座っているのは、
猿のように笑顔の眩しいヒーローだった。

「でも難しい事は分からないけどさっ!アレックスはヒーローになったわけジャンね!?」

違う・・・・
成りたかったわけじゃない。
そう成るように仕向けられた。
だから・・・・
流されただけだ。
自分で決めたようで・・・・ただ他人に決められただけだ。

「でもおかしいジャン?」

チェスターは頭を傾けた。

「ヒーローってのは最終回まで絶対に死なないんだぜっ!」
「・・・・・・」
「だからヒーローの宿命っ!アレックスはカッコ良くババーンッ!と復活しなきゃ!
 ヒーローになったら覚悟を決めないと!正義は必ず勝たないとっ!」
「僕のはただの偽善です」
「偽善は悪じゃないぜっ!なら悪を倒したっていいっ!」

眩しすぎる。
君は・・・・。

「違います。僕は悪だ。裏切ってばかりの・・・・」

仲間を何度も裏切った。
昔の仲間も。
今の仲間も。
期待さえも裏切った。

「だからドジャーにすがったんだろ?」

向かいのベンチには、
やはり一人しか座って無かった。
いや、
隣に彼女を肩に抱いて、
長髪の男が微笑みかけてきた。

「勇者には一人で成れるが、英雄には一人では成れない。そう言われたばかりじゃないか。
 なぁラスティル?そう思うだろ?俺が君無しじゃいられなかったように、英雄にも支えが必要だ」

ジャスティンは、
包み込んでくれるように笑ってくれた。

「だから出会いがある。別れもあるからこそ出会いがある。ハローとグッバイだ。
 別れは悲しい。だから皆それを拒む。当然だ。Friendの最後はendだ。
 それを一番嫌っているのがドジャーだからこそ、君はドジャーにすがった」

死ぬ直前まで、
頼むと。
彼にすがった。

「あいつはしつこいよ?図々しいほどにね。君が拒んでも、無理矢理引き起こしてくれるだろう」

だからこそ、
ドジャーを選んだ。
ドジャーに頼んだ。
ドジャーに・・・・任せると言った。

「クックック・・・・・」

いつの間にか、
やはりレイズがベンチに座っていた。
この空間に、
やはり二人。
"僕"と"僕"の二人だけ。

「・・・・・説教する必要はなかったな・・・・最初からお前は選んで死んだんだ・・・・・・」

願いを託して。

「・・・・お前はこのまま死ぬわけにはいかない・・・・・お前の選んだ命の価値・・・・・
 ・・・・損得で扱ったつもりだが・・・このままでは大損だ・・・・割に合わない・・・・」
「ヒーローがこんなとこで死んでる場合じゃないしなっ!」
「それでいて自分じゃどうしようもないからドジャーを頼ったんだろ?」

そしてレイズは、
アレックスをあざけ笑うように。
全て分かっているように。
僕自身であるかのように。
可笑しそうに悪魔のように笑った。

「・・・・・分かっている・・・・お前は他人のために命を捨てられるほど出来てちゃぁいない・・・・・・」

どっちかっていうと最悪の部類なのだから。
英雄なんて言葉、甚(はなは)だしい。
可愛げも無い、
クズ野郎なんだから。

クソッタレはクソッタレらしく、
足掻いてやれ、最悪に。

「・・・・はい。待つだけです」

やっと。
やっとここで、
自分も微笑み返す事が出来た。

「でも不安ですね。なんたってドジャーさん弱っちいですから。ザコですから。
 任せたはいいですけど、本当に僕を復活させてくれるのやら・・・・・」

眉をひそめて笑うと、
怪しげにレイズが笑いで返してくれる。

「・・・・・・大丈夫だ・・・・あいつは弱いし・・・頼りないし・・・・・ドン臭いし・・・・・
 ・・・・・・その上頭も悪ければ器用貧乏で・・・・・そんでもって結局役に立たない・・・・・」
「絶望的じゃないですか」
「・・・・・・ただ・・・・・」

いつの間にか。
いつの間にか。
ベンチに座っていたのは、
レイズでもなく、
ジャスティンでもなく、
チェスターでもなく、
アレックス自身が創りだした・・・・

「助けてやるよ」

イケ好かない笑いをする、ピアスの盗賊が笑った。














































「見逃してやる・・・・・・」

ドジャーは目を細め、
伝えた。

「だからとっと失せろ」

「時に可笑しな事を言う。片腹痛い時間だ。そのセリフは俺には言う権利があるが、お前には無いだろう?」

黒髪パーマの不精ヒゲ。
ガルーダ=シシドウは正論として答える。

「そうだろう?確かに弱いのはこの俺。ガルーダ様の方だろう。時に俺は戦闘も出来ないザコだからな。
 だがお前は今、体が思うように動かないはずだ。時にお前の方が強いが・・・・・・・上に居るのは俺だ」

「うるせぇ!」

ドジャーは、
ガルーダの言葉の通り、体が重かったが、

「俺ぁ急いでんだよっ!死にたくなけりゃとっととそこをどけっ!」

「時に口だけは軽いというやつか。早死にするタイプだな」

「カッ!逆だ!」

ドジャーは腰からダガーを抜く。
右手の指の間に4本のダガー。

「てめぇが速効で死ぬ。速死しな」

「お?」

その様子に、
関心したようにガルーダは不精ひげをジョリッと撫でた。

「なるほど。口だけじゃないという奴か。この状況でその程度だけでも動けるとは。
 それでもこのガルーダが上である時間に変わりはないが、
 お前のようなタイプは俺の好きな獲物であり、そして苦手なタイプでも・・・ある時間だ」

何に対してかはよく分からないが、
本当に関心したようで、ガルーダは両手を広げる。

「まぁ教えてやろう。そういう気分だから。今、俺はとても心が晴れ晴れしたいい時間だからだ。
 この戦争で敵も味方もいい様に死に、残った俺は楽して地位と名声を得られると約束されているのだから」

「ゴチャゴチャと・・・・」

「暗殺者が自分の特技を漏らすなど時に愚かしいとしかいえない時間だが」

教えてやる。
指をチッチッと振りながら、
ガルーダ=シシドウは本当に機嫌が良さそうに言う。

「"マジシャンスロー"・・・・・それが俺の能力だ。そしてそれだけだ」

まぁ、
予想はついてただろうけどな。
自分から披露し、
それでいてなお自分が上だという確固たる自信があるのだろう。

「御託はいい・・・・」

「聞け。本当の実力など、今は意味の無い時間だ。俺が上で、貴様が下だ」

理解しろ。
お前は俺のために貴重な時間を浪費する義務がある。
パーマのかかった頭を一度手グシでかきあげる。

「俺は戦闘が嫌いでね。・・・・というより苦手なのか。無駄に争いを起したくはない。
 話せば無駄と分かり、貴様も攻撃してこなくなる時間だろうからな」

ドジャーは焦る。
だが、
今は一刻さえも争う。
こんなところで油を売っているヒマはない。

「時に貴様は思うだろう。マジシャンスローは移動速度を落とす魔法。なのに効果がおかしいとな。
 だが簡単な事だ。時にマジシャンスローは移動速度を落とす魔法ではないからだ。
 マジシャンスローは攻撃速度、さらにいえば治癒効果までも遅速させる」

「興味ねぇんだよ!」

「それは人体、いや生命体の"細胞活動ごと遅速させる"という事なのだ」

足を遅くするのではなく、
人間自体のあらゆる事象を遅くする。
それがマジシャンスロー。

「時に俺の場合は細胞活動どころか、物体の分子活動にまで効果をきたすに至った時間だ。
 俺にかかれば、時にビー玉はゆっくり転がるし、時に雨は地に付くのさえ困難になる。
 つまるところ、空間のあらゆる活動体を遅速させる事が可能だ」

言うならば・・・・時を止めるようなものだ。
ガルーダは得意気に話す。
自分が上。
ドジャーが下。
その上下関係をハッキリとさせるのが目的だと言わんばかりに。

「時に分かっただろう?お前は素早さに自信があるのだろう。
 それは俺を倒す唯一の時間だが、それは同時に俺が天敵でもある時間なわけだ。
 飛ぶダガーさえも停止に限りなく近づかせられる」

俺は、
光さえも落とす。

「届かないんだよ。お前の攻撃も!体も!思いも!夢も!」

全て落ちぶれろ!

「それが俺の快感の時間だ!時に世界は頼もしい!!!」

笑うガルーダは、ドジャーに突きつける。
自分の方が弱いが、
お前は堕ち・・・・それ以下になったのだと。
向上心と、それに伴う飛躍は必要ない。
周りが皆、落ちればいい。

だから今、
自分が上で、
ドジャーが下なのだ・・・と。

「・・・・・ちょっと待て」

「待て?待てだと。時に可笑しな事を言う。この場面では俺が上だと言ったろう。
 だがまぁ待ってやろう。それが俺の望みだしな。貴様はここで時間を徒労しろ。
 何も出来ない悔しさをバネに、そのままどっかで死ね。俺は時にそれを願・・・・・」

「待てっつったろ」

ドジャーはそう言い、
手を突き出す。
細胞活動が遅速し、
思い通りに動かない重い腕を突き出す。
そして、
ゆっくり笑った。

「てめぇ・・・今なんつった?・・・・いや、・・・カカカッ、いいや。ちゃんと覚えてる。
 つまりてめぇの言うとおりだ。テメェと俺はあまりに相性の良いんだろう」

「時に分かっているな。早きお前と遅くする俺。天敵という意味で俺とお前は・・・・・」

「生命活動を遅速させる事が出来る・・・・つったな・・・・」

嬉しくて、
待望というに相応しくて、
ドジャーは唇をペロリと舐めた。

「テメェは命を遅速させる事が出来る・・・・」

「時に何・・・・」

「テメェは死の進攻を止めれるんだなっ!!!」

願ってもない。
待望だ。


































「・・・・・・・また行き止まりだよ」

焦った状況にも関らず、
行き止まりの前でエクスポは肩をすくめた。

「クソックソッ!なんでよ!なんでなのよっ!!」

氷の壁を前に、
スウィートボックスが腕を何度もぶつけた。

「あいだっ〜・・・・」

八つ当たりは自分に返ってきたらしい。

「もぉ〜!水道はこっちに流れてるのに!」

スウィートボックスは向こう側の見える透明の壁。
氷の壁に頬をつけてむくれた。
見えているのに通れない氷の壁。
それは歯がゆさが残る。

「ねぇエクスポ!遠回りしてる場合じゃないわよ!?
 あのウサ耳の殺人鬼がすぐそこまで来てるんだから!」
「分かってるよ・・・・」

だが、
せざるを得ない。
あのトカゲ男達はそれが狙いなのだから。

「ボクらを迷わせて、そして追い詰めるつもりさ。
 ここは狩場だよ。熊・・・いや、一匹の兎による人間狩り場」

追い詰められていく事は間違いない。

「トカゲ男達の逃げ道も必要だから、まだ道は多いけどね。
 ここから先、幾多の氷の壁に阻まれていく事は間違いないよ」

透明の氷の壁。
鏡張りの氷の壁。
道が道に見えない混乱の迷宮は、ストレスだけを増幅させる。

「じゃぁ爆弾で吹っ飛ばして!」
「薄いのならそうするけどね」

あのトカゲ男達・・・
特に部隊長であるキャラメルという男は、
見た目と裏腹に役職なりの能力が備わっているようだ。

この氷の壁は、
透き通るほどの純度も保ちながらも挫折を促すほどに分厚い。

「名案思いついた!」
「期待せずに聞いてみるよ」
「泳げばいいんじゃない!?」

・・・とスウィートボックスは指をさす。
ここは下水道。
人が通る足場が阻まれていても、
すぐ横で水は流れている。
潜っていけば・・・・。

「はぁ・・・・」

馬鹿にするようにエクスポはため息をつく。
それこそエクスポのため息など、
こんな状況でなくとも小馬鹿にしているように見えて、
ドジャーあたりはいつも逆ギレに追い込まれるのだが。

「それがあのトカゲ男達の狙いだよ」
「なるほど・・・私が泳げないのを見越してるのか・・・なかなかやるわね」
「・・・・もともと本末転倒じゃないか。違うよ。もし君が泳げたとしても駄目さ」
「なんで?」
「水に潜ったところを凍らされるわけさ」

氷使いの彼らにとっては、
狙いの鳥が木にとまっているようなもの。

「ありゃ・・・・追い詰めといて、水に潜らせる気だったのね。
 危ない危ない・・・・・エクスポの案を採用してたら私も冷凍保存させてるとこだったわ」
「名案思いついた!・・・・とか言う言葉は誰かさんから聞こえた気がするけど?」
「ボヤボヤしてるヒマはないわよエクスポ!!」

箱入り娘はそう言って先に進んでいった。
本当にじゃじゃ馬な女だ。

「あてっ!」

見送っていると氷の壁にぶつかった。
注意力さえもない。

「ちょっとエクスポ!早く来てよ!さっさと私を案内しなさい!」
「・・・・・・もともとは君がこの地下道を案内してくれるはずだった気がするんだけど・・・」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

なら君の存在価値はなんだ。

「はぁ・・・・」

このため息は、スウィートボックスにでなく、
自分を小馬鹿にしたようなため息だった。
エクスポは片手で頭を抱えた。

「ボクはこんなところで何をやっているんだ・・・」

上の状況は分からない。
だが、芳しくないのは当然だろう。

「ボクはこの地下の道が一つ、戦況を変えるだろうと考えての行動だったのに・・・・
 現実はなんだ・・・美しくないぞエクスポ・・・。人知れず足踏みしてるだけじゃないか・・・・」

レイズ。
チェスター。
ジャスティン。
これ以上仲間を失いたくはない。

エクスポはすぐ横の、
鏡のように反射する氷の壁に手をついた。

「なぁエクスポ・・・・君は本当に思い通りの人生を歩めているのか?」

鏡に映る自分へ問いかける。

「お前は積み重ねにばかり美学を重視し過ぎている・・・・・それは捨てるのが怖いだけじゃないのか?」

だから・・・。

「キャアッ!!」

自分に浸っていると、
スウィートボックスの方から小さな悲鳴が聞こえる。

「どうしたっ!?」

エクスポが駆け寄ると、
スウィートボックスは尻餅をついていた。

「あ・・・あれ・・・・」

と言って尻餅をついたまま指をさす。
氷の壁に向かって。

エクスポもそちらを見ると、
透明の氷の壁の向こう・・・・
骸骨の残骸が散乱し、
その中心・・・・・ウサギの少年が立っていた。

「くっ・・・・シド・・もう追いついたか」

向こうもこちらに気付いたようだ。
だが、
分厚い氷の壁だけが幸い。
こちらには来れないだろう。

「あ、あいつ氷の壁ぶっ壊してこないかしら!?」
「大丈夫さ。ボクの見たところ火力に関してはそこまでじゃない」

彼にあるのは圧倒的な殺害能力だけだ。

「何にしても!氷の壁に阻まれてたってすぐ近くにあいつがいるのは間違いないのよ!
 殺人鬼と目を合わすなんて真っ平御免だわ!さっさと逃げるよエクスポ!」

スウィートボックスはエクスポの手を引っ張る。
だがエクスポはその場を動かず、
氷の壁の向こうの殺人鬼を見ていた。

殺人鬼、
シド=シシドウもこちらを見ていた。
だけど様子がおかしかった。

殺人鬼である事には変わりないが、
シド=シシドウにはある種の無邪気さがあったはずだ。
だが、
今氷の向こうに見える彼の目は棲んでいて、
こちらを見ているだけで動きもしなかった。

彼が氷の向こうで何か口を動かした。
声は届いてこない。

「・・・・・駄目さシド。君はそれでも罪と罰を受け入れなくちゃぁいけない。君は殺人鬼なんだ」

そう生まれてしまったんだ。
エクスポは氷の壁に手を付く。

「君は無意識に死を求め、ボクは意識的に生を求める。まるで君とボクは鏡だね。
 生か死か。どちらが美しいか比べてみようじゃないか」
「エクスポ!」

スウィートボックスがエクスポの手を必死に引っ張る。
だがエクスポはそれを振り払った。

「・・・・エクスポ?」

彼女は困ったように首をかしげたが、
エクスポは氷の壁の向こうのウサ耳の殺人鬼を見たままだった。
そのまま話した。

「別れよう」
「へっ!?」

スウィートボックスは驚いて口を両手で覆った。

「私達付き合ってたの!?」
「・・・ハハッ、君はこんな状況でも美しいほどに馬鹿だね」

透き通るほどに純粋だ。
そして向こう側の殺人鬼も。
皆、純粋すぎる。

汚れているのは美しさを求める自分だけだ。

「君は先に行ってくれ。二手に分かれようって言ってるのさ」
「な、何言ってんのよっ!!」

スウィートボックスはエクスポの背中を掴んだ。

「私は戦えないのよっ!あの殺人鬼と遭遇したらどうすんのよっ!」
「遭遇しないさ。するとしたらボクの方だ」

だから二手に別れるんだから。

「すまないね。君を守って戦えるほどボクは有能じゃないんだ」
「知らないわよっ!あんたと別れて私はどーすればいいのよっ!」
「上に戻るも、先に進むも好きにしたらいいさ。前者をオススメするけどね。
 君には生き延びて欲しい。どうにかシドを撒いて来た道を戻る事が出来たら、
 もうその先に危険はない。危険はこの先だけなんだからね」

戻って、
ルアスの街まで帰るんだ。

「助かったよスウィートボックス」
「・・・・案内役としては役に立たなかったと思うけど?」
「十分過ぎるほどに助かったさ。それに」

心強かった。

「私にだってプライドがあるのよっ!」
「捨てればいいさ。命の方が大事だ」

ボクは今、
その決心がついた。

「ばーか!ばーーーか!」

スウィートボックスはうるさいほどに叫んで、
エクスポをドンッと押した。

「オトリ気取ってカッコつけちゃってさ!馬鹿みたい!
 カッコつけたって誰も見てないとこで死んだら意味ないんだからね!」

捨てゼリフのように吐いて、
スウィートボックスはそのまま地下水道の奥へと走って消えていった。

「いきなり逆方向進んでったよ・・・。無事に脱出できるといいけどね」

心からそう思う。
氷の向こうの殺人鬼はまだただジッとこちらを見据えていた。

「でもスウィートボックスは君は一つ勘違いしてるよ。ボクは死なないさ。
 それにボクの仲間が言ってたんだ。その言葉はボクもなかなか好きでね。
 ハローグッバイ。別れは再び会うだめの儀式に過ぎないよ」

生きてまた会えるさ。

「さて殺人鬼」

エクスポは、
氷の向こう側へ、挑発するように微笑んだ。

「ボクを捕まえてみろよ。ボクを殺してみろよ。
 戦い、そして生き延びていく事こそが美しさだと教えてやる」


































数分前、
シドは一人歩いていた。

「怖っえーよ!暗っれーよ!」

耳にぶら下がったキーホルダーが音を鳴らし、
元気付けると共に恐怖を増幅してくれる。

「なんだよっ!僕を一人にすんなよっ!ウサギは寂しいと死んじゃうんだぞっ!」

でも言葉は返ってこなかった。
地下水道の中、
水が心地よさそうに流れている音だけが聞こえる。

「超バッドだよもうよぉ!なんで僕がこんな寂しい思いしなきゃなんねぇんだよっ!」

チェッと舌打ちし、
ポケットをガサゴソあさるや否や、
フーセンガムの包み紙を放り捨てて口に投げ込む。

「やってらんねー」

クッチャクッチャとガムに八つ当たりするように噛み締める。
オレンジソーダ味の甘さが口の中を包み込むと、
少しは気が晴れてくる。

「僕はさぁ、ただフレンド作りたいだけなのになぁ。ローフレローフレ。
 ロード・オブ・フレンズ〜100人友達出来るかな〜ってなだけなのに」

口で風船を膨らまし、
暗い地下水道を歩む。
また分かれ道でげんなりする。

透明の氷の壁に、
映る鏡の氷壁。
どの道が真実なのか、げんなりする。

「なのになんだよ。ここ(地下)にはフレンドになれそうなもんなんて誰も居やしない」

ガムが口の中で甘さを染み込ませる。

「フレンドに成りたくもない奴ならいっぱいいるのにな」

バレたと、
気付いたと、
シドに見透かされている事を理解すると、
彼らは姿を隠すのをやめた。

「ウサギさんは耳がいいねぇ!」
「気持ち悪っ!」

トカゲ男達が、
天井を這いまわる。

「はぁ・・・・やんなっちゃうね。アドレス交換もしたくない奴ばっかだ。
 なぁやめねぇ?僕はさぁ、君らみたいなのに興味ないんだよね」

ニコリと微笑むウサ耳ファンシーな男。
正反対にファンシーさも愛くるしさもないトカゲ達は、

「気持ち悪っ!」
「悪っ!」

そう返事をして天井を這いまわった。

「分かってんだよ」
「分かってんだよね。お前の気持ち悪さ」

そう言ってトカゲ達は天井を這いまわるのをやめない。

「僕が気持ち悪い?なぁーに言ってんだか。こんなに害の無いキュートな男の子捕まえてさっ!」

「キョキョキョ。それが気持ち悪いっつってんだよね」

一人、
いや、むしろ一匹。
シドから見てもリーダー格だと分かるトカゲ男が居た。
キャラメル。
部隊長キャラメル。

「殺人鬼よぉ。ここは地獄のラビリンス。何もかも見透かす透明の氷の世界で、
 何もかもを映し出す鏡張りの世界だ。お前の本性丸見えってんで気持ち悪っ!」

「お前も僕を悪者っぽく言うの?チョッガイ(超心外)だよ。
 僕は世界がハッピーでピースであって欲しい友好的な人間なんだぜ?」

「それはお前の上っ面のマスクだ」

キョキョキョと、
生理的に受け付けない笑いをかもしながら、
キャラメルは天井からシドに話しかける。

「お前の本性は俺には氷のように中身丸出しで見えるぜ」

「53だから?ジョーカーだから?僕はそんな風には出来てないぜ!」

だって望んでないんだもの。
へへんと無邪気にウサ耳ファンシーな殺人鬼は笑った。

「本当に思ってるのか?」

キャラメルは問う。

「本当は自分で分かってんじゃないのか?キョキョキョキョ」

分かってる?
何を。
本当は殺人鬼っていうことか?
確かに自分は殺人の才能があるかもしれない。
天性のものかもしれない。
だけどそれは自分が求めているものじゃない。
幸せ(ハッピー)を望めば、
その道だってあるはずだ。

殺人なんて嬉しくも楽しくもない。

「ハッピー?ピース?フレンド?本気でそう言ってるのか殺人鬼。
 お前は心から本音で間違いなく本当に"それを望んでいるのか"?」

望んでるって言ってるじゃん。
シドは軽くフーセンガムを膨らました。

「馬鹿で可愛げがあってファンシーで、ガキくせぇのに背伸びして大人びる。
 欲しいのは友達で求めるのは幸せで、殺人鬼だけど何故か憎めない」

「・・・・・んだよぉ〜」

「・・・・・ってキャラを"演じてる"んだろ?」

キョキョキョ。
キャラメルが笑う。
薄汚く笑う。

「演じてる?」

何を言ってるんだこいつは。
トカゲのくせに。
気持ち悪いくせに。
この性格は自分のものだ。
根っからの性格だ。

「ガキくさいのに背伸びするってのも僕のキュゥ〜ットなとこだと思うぜ?」

と無邪気に笑う殺人鬼。

「・・・・ってキャラを演じてるんだろ」

「やけに押すなぁトカゲ男。ケンカ売ってんのか」

「その眼だ!!」

トカゲ男が大きく叫んだ。
地下道に声が反響した。
笑った。
周りのトカゲ達も反響したように笑い出した。

「今の眼!それがてめぇの本性だ!可愛さもファンシーさも無い!それがてめぇの本性だ!」

「ちょ、ちょ何言ってんだよこんな無害な男の子捕まえてさぁ」

「無害?むーがーい?キョキョキョ!・・・・・気持ち悪っ!気持ち悪すぎ!
 てめぇは無害っつっても殺すじゃねぇか!俺達と同じだ!殺すんだろ!?」

「こ、殺さねぇよ!僕は殺人がこの世で一番大っ嫌いなんだ!
 正当防衛とかはあるけど僕は自分が殺したくて殺した事なんて一度もないぜっ!」

「気持ち悪っ!!」

キャラメルの言葉と共に、
周りのトカゲ男達も同じ言葉を連呼する。

「自分を偽ろうと必死で気持ち悪っ!」

「偽ってねぇよ!むしろ僕は戦ってんだよっ!こんな自分に生まれちまったのをさぁ!
 僕は殺人鬼かもしれないけどっ!僕自身はそれを望んでないっ!ないんだっ!
 僕は世界の皆と仲良くハッピーにフレンズになれればいいとだけ思ってるっ!」

「人を殺すのに?」

「殺さないっ!人が死んだってハッピーは手に入らないっ!何も気持ちよくないっ!」

「だがお前は人が死んでも何も感じない」

シドは言葉に詰まった。
核心のようなものを突かれたからじゃない。
この男は、
自分の何を知っている?
暗躍である自分をどうして知っている?

「人が死んでも何も手に入らないが、お前は人が死んで悲しくもならない。そうだろ?
 友達とやらになりたかった奴が死んでも怒りさえ沸いてこない?そうだろ?」

キョキョキョ。

「人は慣れる。お前にとっては死が当然過ぎる。吸う空気のように。そうだろシド=シシドウ」

なんだよ。
お前は、
自分の何を知っている。

「可愛い子ぶってんじゃねぇよ。本性出せよ。鏡とクリアが氷の合言葉。曝け出しちまえ」

「うっせえよっ!」

「お前はクールに人を殺せる人間で、それが本性だ」

「うっせってんだろ!」

「お前は人を殺すのが大好きだ」

「大嫌いだっ!」

「殺したくてたまらない」

「殺したくねぇよ!」

「受け入れれば楽になるぜ?」

「うっせってんだ!てめぇ!それ以上言うと!」

・・・・言うと?
シドはそこで言葉を詰まらせた。

「・・・・言うと?」

キョキョキョ。
キャラメルが楽しそうに逆に問う。

「それ以上言うと何?なぁーに?キョキョキョ。気持ち悪っ!おい。なんだよ殺人鬼。
 それ以上言うとなんなんだよ。なんなのさ。皆聞いてるから言ってみろよ」

「く・・・」

「ほぉーら。壁に耳あり天井に眼あり。聞いててあげるから」

「・・・・な、なんでもねぇよ・・・・」

「殺す・・・だろ」

嬉しそうに、
楽しそうにトカゲ男は言った。

「"らしく"なってきてるぜ。シド=シシドウ。可愛い子ぶったファンシーな仮面が千切れてきてる。
 無邪気な子供の仮面が丸剥がれだ。殺人鬼。なぁ殺人鬼。お前は鬼なんだよ殺人鬼。
 殺人虫。殺人植物。殺人獣。"殺人人"とは誰も呼ばない。"人を殺す人なんて居ない"からだ」

お前は鬼だ。
人間と仲良くなろうなんて片腹痛い。

「僕を怒らせたな」

ウサ耳の殺人鬼は、
ガムをクチャクチャ噛みながら言い捨てる。

「僕自身は望んでないけど、僕に"そーいう"才能がある事は僕自身了解済みだぜ?
 しゃぁーねぇから実力行使してやってもいい。本当は嫌だが」

殺してやってもいい。

「口には出さねぇけどな。本気だ。きっと容易いぜ?今までがそうだった。
 僕自身が何も感じないほどに、そして、どうでもいいほど些細であるかのように」

僕は、
お前らを殺せる。

「本当に、らしくなってきたな。殺人鬼」

それがお前の本性だ。

「気付いてないフリをしてただけで、装ってただけで、演技してただけで、分かってたんだろ?」

「ゴチャゴチャうっせぇな。その長ぇ舌、ちょん切っちゃうぜ?」

「キョキョ。いいねぇ」

キャラメルは挑発的に舌を出す。

「可愛くもねぇ、ファンシーでもねぇ、クールに当たり前に人を殺せる。それがお前の本性だ。
 そのままで居る事をオススメするぜ。カッコいい事間違い無しだ」

「やだね。気楽でハッピーな人生を求めるのが僕の本性だ」

「まだ言うか。キョキョキョ。さっさと剥ぎ取れよ。
 ウサギの皮の裏側も、肉と骨と血で出来てるのには変わりねぇだろ!!」

そしてキャラメルが叫んだ。
「殺っちまえ!」と。
それと同時に、
トカゲ男達が天井や壁からベタベタと落ちてきた。
襲い掛かってきた。
「殺っちまえ」
キャラメルという男は、
部下達にそう言ったのか、
それともシドに言ったのか。


































数分。
いや、
数秒後、
周りは静かだった。

「・・・・・・・」

キャラメル自身はどこかへ行ってしまった。
生きて立っているのは当たり前のようにシドだけだった。

「僕を殺そうとするから・・・・・悪いんだぜ?」

ガムを噛む。
無音が堪えられないように、
シドはもう味の無くなったガムを噛む。

「本性?違う。これは僕じゃない。僕がやったんじゃない。僕が殺ったんじゃない。
 こいつらが勝手に死んだんだ。別にどーってわけじゃないさ」

自分は、
本当の自分は、
気の合うフレンドを見つけて、
出会って、
それでハッピーに話し合って、
他愛のない冗談を語り合って、
好きでもない飯を共に食べて、
理由付けで適当に遊んで、
些細なハッピーが心地よくて、
それで、
とにかくハッピーなフレンドに囲まれて。

「それが僕の望みだ。邪魔するなよ」

でも、
今自分を囲んでいるのは、
骨だけ。
死骸だけだ。

「僕は根っこからの殺人鬼なんかじゃないに決まってる。
 だって今こうして人を殺しまくっても、何も感じない」

嬉しくもないし、
快感もない。
何も得ていないのだから。

ふと、
真横の鏡のような氷の壁を見た。
自分が映っている。

「なぁ僕」

氷の壁に、
自分の映る壁に手を触れる。
鏡の向こうの自分も、健気に手を伸ばしてくれた。

「どんなに困難だって、諦めなければきっと夢は適うよな?そうだろ?
 ハッピーなライフ。100人のフレンド。きっと僕の夢は適うよな?」

黙って見つめていても、
鏡の向こうのウサギ少年は身動き一つしなかった。
だからこっちの自分も動かなかった。

「なんとか言ってくれよ・・・・僕はウサギだ・・・・寂しいと死んじゃうんだよ・・・・・」

鏡の向こうの自分は、
今にも泣き出しそうだった。
だから自分は涙を堪えた。
でも、
鏡の向こうの自分が左目から涙を流した。
だから、
つられて自分も右目から涙を流してしまった。

「・・・・・・・・?」

なんとなしに、
横を見た。
そちらには透明の氷の壁があった。

向こう側には、
男と女が居た。

「なんで君らは僕から逃げんだよ・・・・」

自分は無害だ。
仲良くしたいだけなんだ。

「逃げないでくれよ・・・・フレンドになろうぜ?」

氷の向こうのエクスポとスウィートボックスは、
聞こえてないのだろう。
だからだと信じたい。
応えてくれなかった。

「殺人鬼は・・・・ハッピーになっちゃいけねぇのかよっ・・・」

その問いには、
偶然かもしれない。
氷の向こう側のエクスポが応えた。

言葉は聞こえない。
だけど、
罪。
罰。
受け入れろ。
そんな言葉が聞こえた気がした。

「ウサギとカメ・・・・かちかち山・・・か」

ファンシーな殺人鬼は、
童話は語った。
御伽を悟った。

「ウサギは・・・罰を受けなきゃいけないのか」

そんなわけない。
そんなわけがない。

「僕はハッピーが欲しいだけだ!罰なんて必要ないっ!
 信じてんだっ!報われるために努力もしてんだっ!ハッピーになったっていいだろっ!」

だけどお前は人を殺すだろ。
見てもいない鏡の自分がそう言ってきた気がした。

「違う!僕は殺人なんて望んじゃいないっ!殺人なんて世界で一番大嫌いだっ!」

そこまで言って、
シドはハッと気付き、
手から落とした。

「いや・・・違う・・・・」

落としたのはトランプ。
たった今、
トカゲ達を切り刻んだトランプ。

鏡の中の自分が問いかけてくる。
ならなんで。
殺すのが嫌いならなんで。

いつも武器を持ち歩いている。

「偶然いつも持ち歩いてるだけだ・・・」

武器じゃない。
人を殺す武器じゃない。
ただのトランプだ。
ただのカードじゃないか。
それが偶然武器になってるだけで・・・。

「僕は・・・・」

ウサギの耳は垂れた。

「どうすればいい・・・・」

そう・・・問うた。
自分では分からない。
だから、
鏡の中の自分じゃなく、
透明の壁の向こうの芸術家に問うた。

女の方は、
こんな無害な自分を何故か怯えた眼で見て、
見続けて、
どこかに消えてしまった。

だから、
彼の方に聞いた。

「君なら教えてくれるのか?・・・・あぁ、なら教えてくれよ。
 この世はオモチャ箱だ。だけど僕はそれを開けるのが怖くてたまらない。
 僕のオモチャはなんだ。箱の中は可愛いぬいぐるみなのか?」

それとも、
ナイフが入ってるだけなのか?

「美しい未来を教えてくれ。教えてくれよ芸術家さんよぉ!!!」

氷の壁の向こうで、
芸術家が走って行くのが見えた。

「待ちなっ!ディアフレンド!」

分厚すぎる氷の壁を、
突如浮かび上がった53枚のカードがバラバラに引き裂いた。



































無音の後、
やはり無音。

予備動作一つもなく、
生じた音は一つもなく、
ソレは放たれた。

達人は多くは語らない・・・・などと言うが、
それは彼女にとっては逆に皮肉で、
多くは語らないどころか語れないからこそ、彼女は達人となった。

「・・・・・・風」

だからこそ、何一つヒントが無い中で気付いたツヴァイを褒めるしかないだろう。
メリー・メリー=キャリーが放ったウインドブレードは、
ツヴァイが跨る白馬の一駆けで避けられた。

「・・・・・・」

メリーは口を膨らましてむくれ、
ぬいぐるみを抱きしめた。

「悲観するこたぁねぇぜメリー!!」

6人の最強の部下の中、
最初にドロイカンから飛び降りたのは、
予想通り、
44部隊で唯一残る直接戦闘タイプ。
名無しのエースだった。

「てめぇの武器はその無からの魔法だ!武器(名前)コレクターの俺にはちぃと酷だが認めてる!」

ドロイカンから飛び降りた棺桶を背負った戦士は、
一直線にツヴァイへと降下する。

「死にに来たか。名も無き墓を作ってやろう」

「そりゃぁたまんねぇな!俺自身が名無しなだけであって!名前自体は腐るほど持ってんだぜ!」

多武器・多刀流の申し子であるエースにとって、
その両手に取り出した武器は、
どちらかといえばポピュラー過ぎる多刀流だった。

「"こいつ"の名前はダブルってぇ名前だ!」

その剣の元持ち主の名を挙げる。
エースの左手と右手には、
赤茶の剣。
ブルトガング。

「確かぁ《騎士の心道場》の門下生で、二刀一刀流と名乗ってた・・・・ぜっ!!」

エースは、空中でその二対のブルトガングの柄を・・・・・"結合"した。

「ダブルトガング(二刃一刀)ッ!!!」

柄は一つ。
刃は二つのプロペラのような、
糸の無い弓のような、
左右に刃の伸びる二枚刃の両刃刀に変貌した。

「俺ぁ1000の名前を持つ名無しのエースだ!
 ツヴァイ=スペーディア=ハークス!てめぇの命(ネーム)・・・・貰い受けるっ!!」

「タダではやれんな」

金斬り音。
ツヴァイの盾にダブルトガングがぶつかり、
ツヴァイの槍をダブルトガングが防いでいた。

二対の武具を、
たった一つの剣で相殺する様は異様だった。

「面白い武器だな」

「コレクターでねぇ!面白い名前だ・・・っろ?!」

エースはツヴァイの槍と盾を弾く。
弾くといっても、
弾かれたのはエースの方で、
ツヴァイは馬上でびくともしていなかった。

「名無しの戦士よ。悪いがお前の実力ではオレの名はやれんな。
 世界でたった一人、"2番"を名乗る事を許された名だからな」

ツヴァイはそう言いながらも、
自分を嫌悪した。
自分はまだ・・・・兄を慕い、
兄を誇りになど思っているのか。
まだ引きずっているのか。

「ぬっ?」

その一瞬の思いが油断だったのかもしれない。
突如、
股下のエルモアが揺れた。

「どうしたガルネリウス(E−2)?」

最強のエルモアと呼んでもいいこの白馬が、
動揺している。
いや、
主人であるツヴァイを振り落とそうとしている。

「キャハッハッ!どーもしねぇぜツヴァイ=スペーディア=ハークス!!」

ドロイカンの上で、
狼服に身を包んだ八重歯の女が嬉しそうに叫んだ。

「アニマル皆兄弟っ!アニマルは皆仲良しだっ!あちきに心を通わせられないアニマルは居ないぜっ!」

あの狼女っ・・・・

「オレのガルネリウス(守護動物)を操ったかっ!?」

「違うねっ!仲良くなって和解しただけだっ!理解しなヒポポタマスめっ!
 お前のエルモアちゃんはもうあちきの仲間だっ!振り落としたれエルモアちゃんっ!」

「・・・・ちっ!」

唯一自分と孤独の生涯を歩んだ相棒だったが、
それさえもあの動物女は奪えるのか。
守護動物使いめ。

「それでもこいつはオレの守護動物だ」

ツヴァイは諦め、
ロデオのように暴れるエルモアから飛び出す。
自分から飛び降り、

「戻れガルネリウス!」

卵に戻した。

「結果(ピリオド)的には引きずり落としたね。ディ・モールト!よくやったよキリンジ」

ドロイカンマジシャンに跨る音楽家が続けざまに言う。

「そう!僕達の組曲(メドレー)はそうやって奏でられるべきなんだよっ!
 アルティエロに!堂々と!誇らしく戦いのロンドを演奏しようじゃないかっ!」

ミヤヴィ=ザ=クリムボンのドロイカンが、
大きく炎を噴出した。

強制的に落馬させられたも同様のツヴァイに、
ドロイカンの火炎が襲う。

「家でピアノでの弾いてろっ!!」

付き合ってられんと言わんばかりに、
ツヴァイは横っ飛びで火炎を避ける。
避けた。

「!?」

だが、
火炎が軌道を変えた。
ドロイカン自身が首の方向を変えたわけではなく、
火炎自身が生き物のようにツヴァイを追ってきた。

「リトウィッシュにライド。流動的な曲調こそ音楽には求められるんだよ。
 音は!振動は!全てを変動させるビートなのさ!ヘ長調の上に踊れっ!」

マラカスを持った音楽家は、
振動を操り、伝わせ、
炎さえも捻じ曲げた。

「目茶苦茶な戦いをする奴らだ・・・・」

だが、それが重なり合って強さになっている。
これが最強部隊。
44部隊か。

「だがオレの前ではカスの踊りだ」

先ほどもそれは見た。
一度駄目なら二度も通用するはずがない。
ツヴァイ=スペーディア=ハークスの前には。

「音がズレてるぞ。音痴め!」

ツヴァイは左腕を一払い。
盾を大きく払いのける動作だけで、
巨大なドロイカンの火炎を無理矢理吹き飛ばした。

「さすがだね。だけどこれはメドレーだと言ったはずだよっ!
 君のシローンス(休符)まで終りなんて無い!"第44番楽章"こそフォルテッシモなのさっ!」

そこまでも布石。
まさに隠した岩。
ツヴァイが影に覆われる。

「終わらないなら終わらせてやる」

ツヴァイの真上には、
無音に、
何の動作もなく当然のように、
メリーが放ったローリングストーンが回転していた。

「ツヴァイ(2)を超える者はアイン(1)しかいないと知れっ!!!」

ツヴァイは真っ直ぐ天に向かって槍を突き出した。
黒槍を突き出した。
ツヴァイの頭上で、
岩が粉々に砕け散る。

「ならてめぇは4(死)を4(知)れ!」

エースが既に詰め寄って居た。
双刃刀(ダブルトガング)を扇風機のように回転させ、
プロペラ戦闘機のように突っ込んでくる。

「ダブルルナスラッシュ!!」

無限円月殺法。
半月は二つで満月となる。

「細切れになりなっ!」

「遊戯でしかないわっ!」

ツヴァイは自分から槍を地面に突き刺し、
捨て、
右腕を突き出す。

「ぬあっ!?」

そして無理矢理回転のど真ん中。
軸を止めた。

「ぐっ・・・・動かねぇっ!」

びくともしない。
女の片腕で押さえつけられているだけなのに、
エースの体は動かなく、
双刃刀(ダブルトガング)は回転どころか動作も出来ない。

「その程度か?」

「この程度なわけねぇだろ?」

エースは一瞬だけニヤリと笑い、
蹴りを突き出す。

「・・・ぐっ!!」

それがツヴァイへとファーストアタックだった。
44部隊の一撃がツヴァイへ届く。

それは無差別多刀流であるエースの得意技。
ウォーリアダブルアタック。
否、
二刀からの三激目ゆえに、
ウォーリアトリプルアタックというべきか。

「小賢しい!」

吹っ飛ぶ・・・というほどにはツヴァイは飛ばなかったが、
その渾身の蹴りはツヴァイという存在さえも、
後ろへ無理矢理下がらせるに至った。

「これが俺の戦闘流で千刀流だっ!」

結合されていたダブルトガングは、
その瞬間また二対の剣としてエースの手に収まり、
解体。
ただの二刀流に戻る。
そしてその二刀は同時に振り切られる。

2→1に続く、4・5撃目が放たれる。

「ウォーリア!クインティプルアタック!!!」

ハサミのように振り切られた4・5撃目。

「小賢しいと言っている!!」

ツヴァイはむしろさらに後ろへ体を倒し、
体勢を低くして4・5撃目を避けると共に、

「1度無い事は6度も無いっ!」

そのまま一蹴りで、
二刀を両方蹴り飛ばした。

「げ・・・・」

エースの二刀は無残に空を舞った。
グルングルンとブルトガングは空に放り出される。

「チクショウ!!ここまで追い詰めたのにっ!」

エースは悔しそうだった。
心の底から。

「ここで仕留められなかったせいで・・・・」

エースはうな垂れるように足をガクンと落とし、
地面を片手でおもくそに殴りつけた。

「出番をやる事になっちまったじゃねぇか」

空中を二刀が舞う。
虚しく。
その逆光の中、

たった一つ。
一つの影。

それが変わりに・・・・

「おたんこぉおおおおお!!!」

降って来た。

「ナースのお仕事っ!えんがっちょっ!!」

今日の天気は、
パンダ100%。

「キャハハッ!やっちまえパムパム!」

キリンジの声と共に、
一匹のパンダ娘が、
ノカンクラブを片手に降って来た。

「オラの瞳は100億万っ!!!」

「なっ!?」

エースの連撃で体勢を崩していたツヴァイは避ける動作も間に合わず、
槍も手元に無い。
左手の盾で、
振ってくるパンダに突き出すのが精一杯だった。

防ぐ以外に道は無い。
だがこの勢い・・・・
このままじゃ・・・

「えりんぎっ!!!?」

パンダは盾に直撃した。

攻撃のこの字もない。
生卵が壁にぶつかるように、パンダは盾に直撃した。
ベチャンという効果音はとても合っていた。

「ま・・・まーべらすでござる・・・・」

ズル・・・ズル・・・とツヴァイの盾から滑り落ち、
パンダは地面に垂れパンダ。

「・・・・なんだこいつ・・・」

ツヴァイは足元に転がったパンダの亡骸を見る。
本当に死んでしまったのではないかという不安が、
敵であるのに何故か過ってしまった。

「だが・・・・・」

その不安を帳消しにするように、
地面に崩れているパンダの目がギラーンと光る。

「因数分解に不可能は無いのであーる!」

パムパムの首がぐいんと上がる。

「フフッ・・・オラを誰と心得る・・・・」

あの直撃でも手放さなかったノカンクラブを手に、
パンダ娘はゆっくりと立ち上がる。

「とろけるプリンの右下のへんから産まれたの闇の王・・・それがオラだ!」

太陽のように輝く眼が、
ギラギラとツヴァイを突き刺す。

「ゼリーに産まれた事を呪うがいい小童め!ふかふかの毛布の中で眠るがいい!」

パンダ娘の右腕が乱暴に振り切られる。
トゲトゲの悪悪しいノカンクラブが、
真横に振り切られ、
ツヴァイを襲・・・・

「セロリッ!?」

・・・・う前に、
パンダ娘の顔面にツヴァイの足の裏が突き刺さった。

「・・・・このふざけた娘も44部隊なのか」

苦笑を隠しきれなかった。

「お?お?お?お?」

顔面を足蹴にされたまま、
ジタバタと暴れるパムパム。
まるで子供だ。
44部隊の実力を認めつつあったのに、
それを帳消しにするとは、
ある意味かなりの実力者だ。

「ん?」

ただ、
ツヴァイは異変に気付いた。

「あんなー、あんなー」

右足が・・・・動かない。

「オラなー、九九を覚えたんだ。ママじゃないぞー。九九だぞー」

右足を・・・・
パムパムが掴んでいる。

「モモンガし!」

「な!?・・・くっ離せっ!」

無理矢理引き剥がそうとする。
だが、
有り得ない。
・・・・・びくともしない。

「あんなー、あんなー、パイナッペルとパイナッポルって似てるよなー」

なんだ・・・この力は・・・。
冗談じゃない。
ふざけてもいない。
笑えもしない。

「つまりトマトとトメェィト〜も似てるわけなんだー」

小娘の・・・力じゃない。
この細腕のどこにそんな力がある。

「いいぞパムパム!お前はいいアニマルだ!」
「そのままやっちまえ!」

当然なのか?この有り得ない力が。
冗談でも片付けられない。
理由も理屈もなしに・・・・

ツヴァイ=スペーディア=ハークスを抑えつける力が存在するのか?

違う。
こいつらは、
この小娘は・・・・

何か隠している。

「馬鹿ちん!似てるわけあるかー!」

「ぐっ!!!」

パムパムはそのまま、
片腕で、
片腕だけで、
ツヴァイを投げ飛ばした。

「・・・・チッ・・・・ィ!!」

その凄まじい勢いの中で、
ツヴァイは受身さえ取れない。
そのまま投げ飛ばされたまま、
地面に直撃した。

「・・・・くそっ・・・・なんだこの小娘は・・・・」

自分が言うのもナンだが、
常識外だ。

「驚いたか。ツヴァイ=スペーディア=ハークス」

そしてここに来て、
最後尾でまだ動かない副部隊長。
ユベン=グローヴァーが口を開いた。

「この子の力は禁断の力だ。正直俺らとて、キリンジ無しでは表に出したくない。
 出来るならば、ロウマ隊長の眼前では控えたい"矛盾"の力だ」

「・・・・・その小娘は・・・・ロウマの何だ・・・」

「実子・・・・なんてオチはない。何よりだ」

だが現実はそれ以上に何よりでもないんだがな。
ユベンは表情も変えずに言った。

「おいユベン。この馬鹿ドッグ。おしゃべりも大概にしろよチンパンジー。
 パムパムが時間切れになる前にこの女を仕留めるぜっ!」
「・・・そうだなキリンジ。それが何よりだ。そうするべきだ。
 メッツはなんとか置いてきたが、お前が出る以上パムパムは置いていけなかった」

この二人の強さは、
ロウマ隊長の毒に成り得る。

ユベンのその言葉をツヴァイは聞き逃さなかったが、
あまり深くも考えなかった。

「お前らの実力は分かったが、オレもそうそう足止めされているわけにはいかん」

ツヴァイは立ち上がり、
黒き盾と、
黒き槍を合わせる。

「オレは兄上を超えなければいけないのだから」

「いやぁ、君はここでクラーゲ(嘆き)を演奏(プレイ)してもらう事になるよ」

ドロイカンの上でミヤヴィが指を振る。
メトロノームのようにリズミカルに。

「なぁメリー?」

ミヤヴィの問いに、
メリーは大きなリボンを付けた頭を、
微笑みと共に小さく頷かせる。

ツヴァイはそれに一瞬だけ。
本当に一瞬だけ目を奪われると、

「・・・・・言葉通り・・・足止めか」

なんの予兆もなく、
なんの予備動作もなく、
それこそマジックの如く、
反則と言ってもいいほどに無造作に、
瞬間的に、

ツヴァイの足が地面事凍りついた。
アイスブリード。

「いいぞメリー!予備動作無しからの瞬間凍結なんて本当に敵じゃなくてよかったぜ!
 名無しは世界に俺だけでいいが!口無しはてめぇと死人だけの得意分野だ!」

エースが仲間を褒め称えると共に、
上着の裏からメイスを一つ取り出し、
掲げる。

「だがやっぱ俺は魔法より武器がイイッ!!俺流の!千刀流の魔術を見せてやるぜ!」

そのメイスは武器として使用するものではなかった。
それこそミヤヴィに言わせれば指揮棒(タクト)。
エースのメイス(タクト)は振り下ろされた。

「名前の雨に溺れなっ!」

その合図で動いたのは・・・・
エースのドロイカンナイトだった。
体中に装着されたエースのコレクション。
世界中のありとあらゆる武具のオンパレードが、
ミサイルのように発射される。

「これがサウンザンドアームズ(千刀流)だ!!!」

評価はもちろんAAA(トリプルA)。

槍。
ダガー。
メイス。
ハンマー。
剣。
斧。
スタッフまでも、

全てがミサイルとなり、
ドロイカンから壱千と反射された。

「足止めされているわけにはいかんと言っただろうっ!!!」

斜め下に降り注ぐ、
千の雨。
千の武器。

「ぉおおおおおお!!!!」

盾と槍。
その両手で、
雨に逆らう漆黒の戦乙女。

「くだらんくだらんくだらんっ!!!」

盾で剣を弾き、
槍で斧を弾き、
盾で杖を弾き、
槍で鞭を弾き、
盾で鈍器を弾き、
槍で短刀を弾き、
盾で楽器を弾き、
槍で魔玉を弾く。

降り注ぐ千の武器の雨に立ち向かう漆黒の騎士。

終りのないような雨の中、
全てをガラクタのように吹き飛ばす。

「ぐっ・・・」

だがツヴァイでさえ防ぎきれなかった。
一本の剣がツヴァイの肩を霞めたのをきっかけに、
一斉に武器がツヴァイを襲う。

「ぅぉおお!!?」

メリーのフリーズブリードごと、
ツヴァイごと、
地面が弾け飛んだ。

「おっしゃっ!仕留めたっ!」
「馬鹿か!ホースディアか!学名も付いてない未確認アニマルめっ!
 ツヴァイをあんぐらいで殺しきれるかっ!大体あちきの出番が出る前に終わるわけないだろっ!」

「・・・・・カスめ・・・・」

瓦礫の中には、
やはり漆黒の騎士が立っていた。
ただ、
鎧はそこら中、傷だらけ。
明らかにダメージを受けていた。

「兄上に辿り着く前に・・・・お前ら如きの前に倒れ去ってたまるか・・・・・」

「いや、エンドのロンドは奏でられているんだよ」

いつの間にか、
この武器の雨あられがやんだ場所にもう一人。
ミヤヴィ=ザ=クリムボン。

「ここはヘ長調の上だ。君は楽譜の中の住人に過ぎないのさ」

・・・・。
いつの間にというならば、
あの武器ミサイルの中に紛れて飛び降りてきたというのか。

「指揮者(コンダクター)はユベンに任せたからね。僕もステージに立たなくちゃぁね」

背を向けているのは指揮者だけでいい。

「僕も君の目の前に立ちはだかろう」

ツヴァイの目の前に降り立っていたミヤヴィは、
胸の前で両腕をクロスさせていた。
その手に握られているのは、
二つのマラカス。
シャイニングストリング。

「さぁ!ソプラノに笑いっ!テノールに嘆こうじゃないかっ!」

一蹴りでミヤヴィはツヴァイに詰め寄った。
その際にはすでに、
マラカスという凶器は歌っていた。

「・・・・・ふん」

それとて、
ツヴァイには見切るに十分だった。
ツヴァイだったからこそとも言えたが、
片方のマラカスはツヴァイの顎先に触れる事もなく空を切り、
そしてもう片方のマラカスは、
ツヴァイの盾によって阻まれた。

ただ
その選択はミヤヴィの楽譜の上だった。

「LaLa・・・Bye♪」

マラカスは歌った。
鳥の歌(バードノイズ)を。

「ごはっ・・・・・」

盾で防いだのにも関らず、
ツヴァイの端麗な口元から、血が噴き出した。

「音楽は国境を越える。止める手段は無いよ」

フフッ・・・と笑う音楽家。
音という振動は、
防ごうともツヴァイの体を貫く。
振動は止(と)められない。
音楽は止(や)められない。

当たるだけで、
カスるだけで、
振動は体を伝う。

「ノーミュージック・ノーライフ。音に溺れて死を奏でよう」

ガード不能。

「こ・・・・のぉ!!」

「おぉっと!!」

ツヴァイは血を吐き出そうとも倒れず、
槍を振り回す。
地面事掻き毟り、
槍はミヤヴィを分断しようとしたが、
ミヤヴィはダンスを踊るかのように華麗に後ろに回転しながら避けた。

「危ない危ない。演奏の途中だというのに甘かった。危なかった。
 ドレミファソラシド。死(シ)の後に怒(ド)が来るのはよく分かっていたというのに。
 ミリテールの中でミリダンは無いみたいだね。これは僕の油断だったよ」
「アホかてめぇ!」
「いで!何するんだいエース。もっとミルトな演奏は出来ないのかい?」
「このまま仕留めれそうだったのに油断しやがって!」
「僕が仕留めたら仕留めたで君は怒るくせに」

ミヤヴィはさわやかな笑顔のまま、
指をメトロノームのように振る。
ケッ!・・・とエースは返事した。

「カス・・・共が・・・・・」

ツヴァイは震えた。
何故かは分からない。
きっと怒りだ。

口に付着した血を右腕で軽く払い、
だが美しい顔は歪んでいた。

「・・・・・・」

怒り。
それに間違いないだろう。
だが、
これは・・・・・

自分自身への怒りだ。

相手は44部隊。
敬意を表してもいい実力の持ち主達だ。
だが、
だがその上でも自分は、
兄という絶対の存在以外には巻ける事は許されないのだ。

それがなんだ。
いいようにやられて。

守護動物(エルモア)の使用は封じられ、
身動きは止められ、
力では劣り、
怪我を負い、
未だ活路も見い出せないまま・・・・

自分は何も出来ていない。

「お前の事を何も知らない俺が言うのもなんだが・・・・・」

キリンジ=ノ=ヤジュー。
メリー・メリー=キャリー。
パムパム。
エース。
ミヤヴィ=ザ=クリムボン。
その最後尾で、
ユベン=グローヴァーが口を開く。

「弱くなったな。ツヴァイ=スペーディア=ハークス」

その言葉は、
ツヴァイを押し潰した。
弱い。
弱い弱い弱い。
有り得ない。
この自分が、
世界の頂点の分身である自分が?

「お前に・・・・オレの何が分かるっ!!」

ユベンは表情を変えないが、
ドロイカンの上から、
ツヴァイを見下した。

「俺は何も知らない。お前の事など何も知らない。ただ、兄貴は知っていた」

兄・・・・貴?

「お前の前に騎士団長という兄が立ち塞がるように、俺にも目標にしていた兄が居たっ!」

ガラにもなく、
ユベンは感情的だった。

「知っている!俺は知っているぞツヴァイ=スペーディア=ハークス!
 俺の兄っ!!ラツィオ=グローヴァーを手にかけたのはお前だろう!」

ラツィオ・・・・。
そうか。
そうだった。
こいつは・・・・。
あいつの・・・・弟。

「こうも弱くちゃぁ何よりじゃない!何よりじゃぁないんだっ!
 俺の永遠の目標はロウマ隊長だけじゃない!もう追いつけない兄貴もだっ!
 その兄貴を殺したお前がこうじゃぁ死んだ兄貴も報われないっ!」

ドロイカンの上で、
ユベンはドロイカンランスをツヴァイに向けた。

「お前の力はそんなもんじゃぁないんだろう?」

そんなもんじゃ、何よりじゃないんだ。

「ツヴァイ=スペーディア=ハークス!お前には全力を持って死んでもらう!
 その時!ロウマ隊長の正しさを証明し!俺自身は兄貴を超える!!」

なるほど。
なるほど。
そういう事か。

『4カード』

自分や頂点の兄と同列に扱われた男、
ロウマ=ハートと、
ラツィオ=グローヴァー。

この副部隊長は、
その両方を受け継いでいるのか。

「待て待てユベン。てめぇの兄貴は知らねぇが」
「僕達もロウマ隊長の意志を継ぐ者なんだよ?」
「オラはどて煮が好きだ」
「あちきらだってこいつらを倒してぇんだよっ!」

最後にメリーが微笑む。

「競争だな。誰が一番強ぇか決めようぜ!」
「軽んじるんじゃないよエース。ツヴァイはもっと力を秘めているはずさ」
「オラはホタテが嫌いだ」
「相手が強ければ強いほど!強さを証明出来るってもんだぜっ!」

キリンジがドロイカンの上で、
卵という卵を手に取る。

「まだあちきのアニマルの強さを披露してないかんねっ!」
「キリンジもユベンも、ぼやぼやしてると俺がとっちまうぜ?」

エースの背中の棺桶がバカリと開き、
武器がガラガラと零れる。
その中から二つだけエースは獲物を拾い上げる。

一際目立つ、
一際輝く二対の武器。

「クシュロンッ!」

斧。
それは翼を模した、
斧の禍々しさを一触するほどに美しさだった。

「オフェイルッ!」

そしてもう一つは剣。
洗練された、わずかな曲線さえも美しき刀だった。

"この世"の者とは思えないほどに。

「ギルバートの"旅行土産"だが、初披露と行くか。ケッ、自分で手に入れたモンじゃねぇのがナンだがな。
 だがツヴァイ=スペーディア=ハークス相手なら、俺のコレクション(名前)も出し惜しみは無しだ!
 ・・・・・と、あぁミヤヴィ。てめぇの獲物も出しとくか?」
「へぇ、珍しいね。僕宛の土産も返してくれるのかい?」
「人聞き悪ぃ事言うな。戦闘はシャイニングストリング(マラカス)だけで十分だっつってくれたんじゃねぇか。
 大体俺はあらゆる武器を扱えるが、楽器は限られてくんだよっ!眠らしとくにはもったいねぇ」

そう言ってエースは武器を投げる。
その楽器はハープ。
それもまたこの世では有り得ない形状をしていて、
金色の高貴さを醸し出していた。

「そいつの名はルミナだ」
「そうかい」

ミヤヴィはそれを受け取ると共に、ドロイカンの上まで一跳びで戻る。

「確かに、前線は君とパムパムで十分だ。僕はメリーと後衛でもしてるかな」
「じゃぁあちきのアニマル達も出番といくかっ!」

キリンジの手には、
卵が数個乗っていた。

「お前らに決めたぜっ!!」

そしてその卵達は、
ツヴァイを取り囲むように割れ、
煙と共に姿を現した。

「・・・・・なんだこいつらは」

それはツヴァイも目にした事がないような魔物達だった。

「へい!モンキー!あちきを"守護動物使い"だと思ってんならそれは間違いだっ!
 どんなアニマルとも心を通わせる事が出来てはじめてアニマルマスターを名乗れる!」

大きな大砲を抱えた、雲のような魔物。
体は小さいが、鋭い爪と大きな翼を持った魔物。
そして鋼鉄の体を持つ巨人。

「こいつらはなぁ、アスガルド侵攻の時にダチになった奴らだ」

44部隊の半分は、
アインハルトと共にアスガルド侵攻に出向いていたと聞いたが・・・。

「なら、こいつらは・・・」

天上界の魔物?

「アンティラキャノンッ!スカイミゲルッ!!パイロストーカーッ!
 アニマルに差別はねぇ!強き者が勝つってぇ弱肉強食の掟を教えてやれっ!!」

アンティラキャノンの大筒はすでにツヴァイを捕らえていて、
スカイミゲルが空中から狙っている。
そしてパイロストーカーはドロイカンと並ぶほどに巨大な形(ナリ)をしていた。

「ふん・・・・」

この魔物達。
そしてあの武器達。
天上界からの土産物か。
上の世界の産物。

「世界で2番目など、オレも小さかったな」

ツヴァイがそう感じたのは、
地上では見ることの無いモノを見たからじゃない。
ただ、この者達(44)を見ると、
自分の存在を判断し直すに至った。

「オレには・・・・"上"が兄上しかいなかったからな」

自分より有能な存在は、
自分より強い存在は、

"手の届かない存在だけだった"

オレはいったい、
いつ強さを求めただろう。
オレはいったい、
いつ上を目指しただろう。

目指す理由もなかった。
自分より上など居ないのだから。

兄上以外の存在に敬意を払ったことがあるか?
全てをカスだとひとくくりにしていなかったか?

ならなんで、
何故今オレは"負けている"

簡単だ。

オレが弱くて、
あいつらが強いから。

違う。
オレは鉄塔の上で見下ろし、
あいつらは樹木のように天へ伸びていた。

強さを求め、
成長する最強。
その矛盾が獅子(44)。

成長した獅子達は、
オレの事を弱いと言った。

だが、
欠片さえも油断は無く、
それ以上に・・・・・・"オレに強さを求めている"。

敵であるオレに。

こんなもんじゃないんだろう?
ツヴァイ=スペーディア=ハークスの本気を見せてみろ。

オレが強ければ強いほど、
自分達はそれを乗り越え、"さらに強くなれるから"。

「強いな・・・・」

天界の魔物に囲まれ、
最強の獅子達に囲まれ、
見下され、
思う。

自分に足りないのは、あくなき"向上心"
上無き頂点には絶対に有り得ない大事な信念。
だが、
有り得ないのにロウマは持っている。
その矛盾をこの獅子達が代行人として教えてくれている。

「あんたぁ、本当は強ぇーんだろ?」
「本気出してあちきらに立ちはだかってみなっ!」
「ただ僕らはそれを・・・・・」

乗り越えるだけだ。
乗り越え・・・させてくれよツヴァイ=スペーディア=ハークス。

オレが見据えていたのは、
遥か先。
ただ、
彼らが望んだのは・・・
遥か上。

だからツヴァイは思った。
確信した。
・・・認めた。


自分に6倍以上の力があっても・・・・・


この6人には・・・・・・・勝てない。



































「ってぇ事でその布陣は却下だ」

ルアス城のホールにて、
ドレッドヘアーの彼は煙を燻(くゆ)らせながら、
言った。

「なんだよテメェ。いきなり出てきて」

クライ=カイ=スカイハイが、
作戦会議の中に突然乱入してきた男に言う。

「いきなり出てきてだぁ?ガハハ!んなもん俺が悪ぃわけじゃねぇだろ。
 こんな出入り口の前で井戸端会議してるてめぇらに問題あんじゃねぇーの?」

メッツは軽々しくも、
五天王に言い捨てた。
手に挟まれたタバコの灰が落ちる。

「んでもっかい言うぜ。たまたま耳に入った俺が言うのもナンだが・・・・その案は却下だ」

「ふん。44部隊の若造が偉い口聞くじゃないか」
「ってか私達部隊長。あんたマジ馴れ馴れしくなくなくなーい?ウザ」

「おぉそうかい。そいつぁ悪かったな。俺にとっちゃ部隊長ってのはロウマ=ハートしか知らないもんでね」

ガハハと笑う。
背中には大きな両手斧がクロスするように背負われていて、
腕と鎖繋ぎになっていた。

「で、お前らの作戦。つまり、ツヴァイ=スペーなんとかハークスに戦力を集めるって事だろ?」

必要ないね。
メッツは顔の大部分を占めるんじゃないかというほど、
口を歪ませた。

「必要ないね。44部隊の仕事は44部隊(俺達)でしめる。ケツぐらい拭けらぁ」

「44部隊を信用していないわけではない」

1番隊隊長。
ディエゴ=パドレスが冷静に答える。

「ただ、確実に勝つためにだ」
「っていうか〜。攻める所がもうそこしかなくなくなーい?」

立ったまま化粧をする女は、
他人事のように言った。

「そういうことだ」

クライが、メッツの近くまで歩み寄り、
目と鼻の先にまで詰め寄ったと思うと、
ニヒルな笑みで人差し指をメッツの鼻っ面に当てた。

「君の知らないところで戦況は動いてるんだぜ?」

「ぁあ?キザったらしい男だ」

ジャスティンをホストにしたような奴だ。
メッツはそう思いながら、
クライの手を払いのける。

「んで。戦況が動いてるってのは?」

「すでに反乱軍の戦力は・・・・・・」

クライはメッツの眼前で、
右手を広げて突き出した。

「"500"を切った」

「・・・・ほぉ」

メッツは小さな反応と共に煙を噴いた。

500。
当初は2000。
外門の突破時でさえ、1000は居たと聞いたが。

「既に敗残兵の数ってわけだよ」

クライはメッツの鼻っ面をピシッと突き、
キザったらしく離れていった。

「そういうことだ」

ディエゴが続ける。

「自然消滅するに等しい数。わざわざ戦力を削る道理もない。数分でカタが付く。
 だがそうなっても油断はしない。倒さなければならないのは少数だが残っている。
 目ぼしき所はやはり、エドガイ、ロッキー、そしてツヴァイの三名だ」
「・・・・タダ・・・城マモル・・・・」

ロボットのような甲冑に身を包んだ大男が低い篭った声で言う。

「・・・・・マモラナキャ・・・イケナイナラ・・・倒ス・・・・」
「ま、アレックス=オーランドが死んだ今、戦争に意味もねぇ。倒すだけだ」

「・・・・ふーん」

クライの言葉を聞き逃さなかったが、
メッツは出来るだけ興味の無い反応で返した。
アレックスが・・・死んだ?
にわかには信じられなかった。

なんというか、
簡単に死ぬタマじゃないというよりは、
先に好んで死ぬような可愛げのある男ではないからだ。

「・・・ま、いいや。デケェ事俺にゃぁ分かんねぇーし」

「ダサ。つーかショボォ〜」

そんな言葉を言いながら、
女は口紅を塗る事に夢中だった。

「とりあえず開けてくれ」

「何をだ」

ディエゴが睨むように言うが、
それを蹴り飛ばすように豪快に笑い、答える。

「決まってんだろ♪内門だよ。俺ちょっくら戦場行ってくっからよぉ!」

歯を限界まで見せ、笑うドレッドヘアー。
そうしていると、
ガシャンガシャン・・・
いや、その音と共に地響きのような音を立てながら、
巨大な鎧の男が歩み寄ってくる。

「・・・・ウチモン・・・守ル・・・・絶対・・・・・何人タリトモ・・・・トオサナイ・・・・・」

「うぉ・・・ロウマ隊長よりデケェなテメェ」

少し驚き見上げながらも、
メッツは笑い飛ばし、
そしてタバコを・・・その鎧の男の腹で擦り消した。
甲冑の真ん中が熱で変色した。

「いいから通せ。デカブツ」

「・・・・ワタシ・・・オ前嫌イ・・・・」

「ほぉ。んじゃぁ何が好きだってんだ」

「・・・・メロンパン・・・・」

「んあ?」

疑問を余所に、
巨大な鎧の巨大な甲冑の腕が振り下ろされてきた。
腕だけで人一人分あるんじゃないかという鋼鉄の塊だった。

「楽しいねぇ」

その腕を、
メッツは片腕で・・・止めた。

「・・・・・・・ギ・・・・」

「力尽くでも通さねぇってんなら、俺ぁ力尽くでも通る・・・ぜ?」

「・・・・ペシャンコニシテ・・・・ポイッ・・・シテヤル・・・・・」

豪腕で豪快な狂犬と、
冷徹で冷鉄な巨人。
一触即発と思われたが、

「正直ほんと、やめときな」

クライ=カイ=スカイハイが、
いつの間にか二人の間に割って入り、
片手をメッツに、
片手を鎧の男に突き出していた。

「エクスタするのは悪くないが、仲間割れだけは正直ほんと、無しにしよう」

小さく笑う。

「チッ」

メッツの方が離れると、
クライも腕を下ろした。

「開けてやってくれ。ディエゴ」
「・・・・・ギ!?・・・・」
「有りえなくなくなーい?」
「どういうつもりだクライ」
「いや、さ」

ポリポリとこめかみを掻きながら、
クライは答える。

「ポルティーボが心配・・・・ってぇわけじゃないが、俺も出てくからついでだよ。
 いいだろ?どうせ俺達が出てく時には開けるんだからよ」

「おぉ、キザ男。なかなか話の分かる奴じゃねぇか!」

そういうメッツの鼻先に、
クライはまた指を突きつけた。

「正直ほんと、勘違いするなよ。真根のとこではポルティーボもディエゴも信用仕切ってる。
 お前ら44部隊がツヴァイを倒すんだと・・・な。それを万が一にも揺るがすな。OKか?」

メッツが大きく笑ったのを返答と見なし、
クライは令を出す。

「開けろ」

それと共に、
城に光が差し込んでくる。

人一人分の隙間だけを内門は心を開く。

「ありがとよ」

メッツは片手を上げただけでその門から出て行こうとするが、
クライがそれを止める。

「待ちな」

「んだよ」

「お前、正直ほんとのところは・・・44部隊(仲間)を助けに行くわけじゃないな」

「バレてたか」

メッツは苦笑した。

「ならお前はこの終わりかけの戦場に何をしに行くんだ?」

弱りきった敵達。
数さえすでに消えうせる500以下。
そんな戦場に、
何を成しに行く。

「決まってんだろ」

メッツはタバコを一本口に咥え、
火をつけると、
煙を真上に噴出した。

「ケンカ屋が戦場に行かなくてどーするよ」

んじゃぁな。

メッツはそのまま、
内門から差し込む光の中へ消えていった。



































「ってことだ。あんたにも情報は分配しろって言われてたからそうしたけどよ。良かったんだよな?」

「・・・・・いいから失せろ」

「あらら。WISで許可とってあるし。それじゃぁイッツァ!ウォキトォキ!」

真逆に、
外門直下。
トレカベストの男、
情報屋の一人は身のこなし軽くその場を去っていった。

「500・・・・」

蜘蛛の巣に囲まれた小さなかまくら。
その中で、
無残に死臭を漂わせるアレックスの亡骸の横で、
スミレコは座り、
呟いた。

「制限時間よりも・・・そっちの方がリミットかもしれない・・・・」

アレックスの魂のリミット。
それよりも先に・・・戦争が終わってしまう不安がスミレコを過ぎった。

1000から500まで減ったのにどれだけかかったかは測っていないが、
500から0まではそれよりも数倍早い。
場合によっては数分で戦争は終わってしまうだろう。

「アー君・・・・」

死んだアレックスの顔に、
スミレコは手を添える。
頭部が無事である事がなんとか心を押さえつけた。
体の方は見たくない。

崩れた料理の方がまだ原型を留めている。

「生き返ったら結婚式を挙げてください・・・・」

それでもスミレコは希望を捨てなかった。
アレックスを修復可能な存在など、
この世に居ないと、
ただ信じなかった。

「もし駄目なら、天国で挙式しましょう・・・・」

アレックスが蘇生出来なければ、
自分も自害する。
そう決意。
だけど、
「僕らのような存在が天国に行けるとでも?」
きっとそうやって皮肉混じりに笑ってくれる気がした。
現実のアレックスは人形より醜く動かなかったけど。

「アー君・・・・」

スミレコはアレックスの死骸に、
なんの嫌悪感も持たずに覆いかぶさる。

「アー君の血・・・温い・・・」

歪んでいて、
堕ちていて、
病んでいても、
その愛はアレックスの全てを愛した。

「おいマイマネー」
「マイマネー!」
「返事しろーい」

蜘蛛の巣の外から声が聞こえる。

「愛のひと時を邪魔しやがって・・・・」

スミレコはブスっと前髪に隠れた表情を曇らせ、
蜘蛛の巣のかまくらから、
隠れるように体半分だけ出す。

「・・・・・・何」

口調は小さくとも怒っていた。

「そう怒んなよマイマネー」
「言いつけ通りそこには近づかないから」
「それよりちょっと見てくれねぇか?」

護衛に雇った傭兵達が手招きする。

「・・・・・私はこの能力のせいであんまり動けないの・・・・言っただろう野蛮脳の鳥頭共が・・・・
 定期的にウェブをかけ続けなくちゃ巣を維持できない・・・3歩歩いて忘れるくらいなら3歩歩いて死ね・・・」

辛らつに傭兵達に放つ罵声。
だが、
短期間で傭兵達もそれに慣れっこだった。
むしろこんな仕事をしていれば雇い主にそんな事を言われるのは日常なのかもしれない。

「・・・・ん?」

ただ、
スミレコもその様子に気付いた。
この外門直下。
外門突破戦で既に荒地になっていて、
その時の残骸が広がっているが、
それ以上に見慣れぬ残骸も多かった。

どうやらあの傭兵。
《ドライブスルー・ワーカーズ》は、
スミレコに気取らせる事なく、
ここを襲って来た者達を始末していたようだ。

「モブキャラのクセに・・・・」

あなどれない奴らだ。
同時にアレックスが彼らを取り戻したのは、
正しい行いだったとも確信した。

「んでよ、マイマネー」
「俺達は言いつけ通りココを守りまくってたわけだけど」
「こういった場合はどうすればいいのかしら?」

よく見ると、
傭兵達の武器が一点に集中している。

「・・・・・」

スミレコは隠れながらも、
顔一個分外に出してそれを見た。

「誰それ・・・・」

傭兵達が、
武器と共に一人を囲んでいた。

「いや、見ての通りだ」

「前髪が邪魔でよく見えない・・・・」

「それやっぱ邪魔なのかよ・・・」
「切れよ・・・・」

傭兵達は呆れた。
呆れる中、
武器で囲まれた中にヘタリと座り込むそいつは言った。

「エ、エールは怪しい者ではありませっ!」

ツインテールのその女は、
わたわたと両手を振りながら主張していたが、

「黙ってろ」

「う、ういっ!」

武器が一本さらに顔に近づくと、
背筋を伸ばし、
アヒルのように唇を尖らせて敬礼した。

「いやよぉマイマネー」
「襲ってくる者は全部撃退してたわけだけどさ」
「こいつは別に襲って来たわけじゃないのよね」
「この場合どうするの?」

殺すんなら殺すけど。
彼らの各々の武器はそう語っていた。

「エ、エールを食べてもおいひっ!・・・噛んだ・・・おいしくはありませっ!
 つまり殺しても意味ないと思っ!・・・思?・・・・思いますはいっ!
 だからだから!害はないのでっ!毒もないしっ!敵でもなへっ!はひっ!」

また噛んだ。
おぇっと舌を出す。
イラつく女だと素直にスミレコは思った。

「敵じゃないだぁ?」
「ここに敵じゃない奴がいるか」
「大体変な格好だが、騎士団の身なりだろそれ」

「う、ういっ!」

慌ててその女はまた敬礼をとった。
決めてもアヒルのような唇になるのでマヌケだ。

「つまり敵じゃねぇーか!」

「敵じゃなくてエールさんでっ!す・・・・その・・・・ややこやしいんですけど・・・」

「ややこしいな」

「やや?・・・ややこ?やこ?」

心底スミレコをイラつかせる女だ。
あの口調を聞いてるだけで鳥肌が立ってくる。
かまととぶってんじゃねぇぞとツインテールを引きちぎりたくなる。

だがその格好にはやはり目が行く。
ツインテールとか容姿はどうでもいい。
(どうせアー君は私以外の女を見ない)
ただ、
そんなに必要あるのか?というほど服装にポケットが配置されていて、
ポーチをニ・三個ぶらさげては、
背中にはバギパックを背負っている。
家出少女にしか見えないが、
その身なりの根源は・・・。

「さぁて、やっぱ殺すか」
「仕事だからな。悪いなお嬢ちゃん」

「いや、いい」

スミレコは物陰から言う。

「んあ?」
「なんて?マイマネー」

「いいって言ったんだ鳥頭共・・・大丈夫。そいつは気に触る以外に害はない」

そしてスミレコは物陰から、
チョイチョイッと怪しげに呼び寄せる。

「は、はい?」

エールと名乗った女は、
不思議そうに首をかしげたが、

「来い」

スミレコは誘き寄せる。
エールは、
「い、いいの?」と言った表情を隠せず、
座り込んだまま周りの傭兵達をキョロキョロと見ていたが、

「来いって言ってるだろエール=エグゼ!」

「う、ういっ!!」

慌ててエールは立ち上がることもなく、
地面をバタバタと這い走るようにスミレコの蜘蛛の巣まで走った。

「なんだ?マイマネーの知り合いか?」
「まぁ騎士団同士なら知り合いでもおかしかねぇだろ」
「そう考えるとあの子仲間を私達に殺せって命令してるのね」
「えげつねぇもんだ」
「愛ってのは怖いな」

そんな傭兵達の言葉の中、
不細工にエールはジタバタと這って来て、
それどころかスザーとヘッドスライディングで滑り込んできた。

「は、はふぅ・・・・」

そのままエールは安堵にかられたが。

「おい」

「う、ういっ!!」

スミレコの声にエールはビクンと跳ね起きた。
そして恐る恐る振り向き、
スミレコを見ると、
猫のように目を丸くし、
アヒルのように唇を尖らせた。

「だ、誰かと思えばっ!シュミレコせんぱっ!・・・・・噛んだ・・・スレミコ参拝っ!」

「参拝するな害虫娘め」

前髪の奥でスミレコが睨む。
それに対してエールは恐る恐るゆっくり目を逸らした。

「・・・・・ちゃんと目を見て話せ害虫娘」

「う、ういっ!・・・・でも先輩・・・目が無・・・・」

「人を化け物にするな」

スミレコは前髪に指をひっかけ、
カーテンのように開く。

「ぉおお〜〜〜!!」

スミレコの目が見えると、
エールはオットセイのように手を叩いた。

「本当に勘に障る娘だわ・・・・・土に還れ・・・・・」

「先輩ごぶたさです・・・」

エールはその場で座りながら深く頭を下げた。
その敬意があるならもうちょっと言語を学べ。

「んで?」

「う、うぃっ!?」

ビクッとエールの頭が上がる。
なんでもかんでも驚くな。
私はヤクザか。
こんな内気で慎み深い女を捕まえて。

「あんた、アー君の事知って来たんでしょ」

「アー君?ってなんですかっ!新種の魔術チックなアレですかっ!」

「私の永久の夫だ」

「先輩に旦那さんがいらったっしゃとはっ!」

「生まれた時から結ばれていたからね」

「そ、そうですかっ!じゃぁその旦那さんというにょ・・・噛んだ・・・いうのはっ!」

「そこで寝てる」

スミレコが指差すと、
エールは首だけを人形のようにグリンと回してそちらを見た。

「は、はわっ!?」

そして同時に、
目玉が飛び出てアゴが外れるほどに口が開いた。

「アアアアアアレックスぶたいちょっ!!」

俄然行動的になり、
立ち上がり、
狭い蜘蛛の巣のかまくらの中を右往左往。

「お、お亡くなりになられたと聞いてたけど!お魚の開きみたいになってらっしゃるっ!」

焦りの極地のようにあたふたとウロウロと。

「やばいふいんきっ!しょ・・・消防車?いやきゅう・・きゅきゅん?キューシャーシャ!」

混乱している。

「どどどどうすればっ!お、応急処置っ!バンコーソー!」

血迷っているのか、
全身のポケットを漁り始める。

「そんなんでどうにかなるか。落ち着け。害虫」

「う、ういっ!」

敬礼のポーズを取り、
アヒル口になって止まる。
だがアヒル口のまま目線はアレックスに泳ぎ、
ダラダラと汗が流れ出ていた。

「・・・・ド・・・ドッキリ?」

「お前の反応の全てが私をイラだたせるわ・・・・・」

スミレコが苦笑する。

「ア、アレックスぶたいちょっ!!」

エールはたまらずアレックスに飛びつき、
アレックスの体がガランガラン揺らす。

「起きてくださっ!エールさんですっ!ジンジャエールのエールさんでっ!」

「私のアー君に障るな害虫娘っ!害虫菌が移るだろっ!」

「き、菌なんてありまっ!私の?アレックスぶたいちょと結婚したんですかスミレコ惨敗っ!」

「負けてないけどその通りだ」

「お〜・・・オマガッ」

エールは口を尖らせたまま停止した。

「そんなナババ・・・・」

「フフン。私の勝ちだ害虫娘。所詮金魚のフンに希望は無かったわけ。水面に還れ」

「ウ、ウソですっ!先輩なんてストッカーじゃないですかっ!」

「ストーカーね」

「認めたっ!」

そう言って人を指差してくる。
本当に嫌いだこの女は。
アー君は私のものなのに、
いつもひょこひょこアー君の後ろを追いかけていた。

「私は真のストーカー。あんたみたいなえせストーカーに勝ち目は無い」

「ち、違うもんっ!エールさんはシュト・・・噛んだ・・・ストーカーじゃないですっ!」

「なら負け犬ね。エール惨敗」

「負けてないですっ!」

ムスッと顔を膨らましたが、
その際にまたアレックスを見る。
現実が戻る。
変わり果てたアレックス=オーランド。

「ス、スミレコ先輩・・・・どうするんですか」

「今はただ待ってる」

それしか出来ないから。

「ど・・・土星するつもりですか・・・」

「蘇生ね」

「ま・・・待ってても出来まへっ・・せっ・・・・」

それは分かってる。
分かっていて、
どうにも出来ないその気持ちも分かる。
だが、

「あでっ」

スミレコは突然、
エールのツインテールに額をぶつけた。

「な、なんれすかスミレコ連敗・・・・」

「先輩だ」

超至近距離・・・というより零距離で、
スミレコはエールに言う。

「・・・金魚のフン・・・私はお前が嫌いだ・・・・」

「・・・は、はひ・・・・」

「ジンジャエールのエールだとか・・・・エーレン=オーランドに名前が似てるだとか・・・
 ケチな作戦でホイホイと私のアー君に近づいて邪魔してたあんたが嫌いだ・・・・」

「う・・・うぃ・・・」

エールは背筋を伸ばし、
アヒル口になって緊張していた。

「だが、待っていたら・・・"あんたが来た"」

スミレコはエールの頭を掴み、
無理矢理こちらを向かせる。
アヒル口が、
驚いたまま硬直してこちらを向いた。
前髪のカーテン越しに眼差しを向ける。

「蘇生・・・出来るか?」

「・・・・・は、はひ?」

「蘇生出来るかって聞いてるのよ!第16番・医療部隊エール=エグゼ副部隊長っ!」

「あわわわわわわ・・・・」

エールは怯えながら尻餅をついたままゴキブリのように後退する。

「せ、先輩っ!エ、エールの方が位が上なのでお口の方は・・・・つししみ・・たま・・・たまへ・・・・」

スミレコが前髪越しに殺気のような睨みを利かせているのが分かり、
目が泳ぐ。
口はアヒル口から治らない。

「で、出来まっ・・・・」

・・・・せん。
俯きながら、小さな声でエールは言った。

「・・・・エール。『カクテル・ナイト』であるからこそのアレックス=オーランドなの。
 つまり聖職者単体としてならムカツくけど医療部隊・副部隊長のあんたが・・・・」

現在の、
生命術の最能力者。

「で・・・できま・・・せっ・・・」

泣き声のように、
俯いたままエールは言う。

「出来る・・・出来ないとかじゃなくて・・・・・」

エールは地しか見ずに、
淡々と言葉を発する。

「あの傷で蘇生出来るなら・・・・ぶちゅ・・・物理的に・・・・」

人は死なない。
アレックスの傷は、取り返しがつかない。

「・・・・・役立たずめ」

スミレコは顔を歪める。
そして自分が本当はあまりにも焦っていた事に気付いた。
時間は刻々と過ぎていく。
何も出来ない。
ただ、
アレックスは取り戻したい。

「それでも・・・・応急処置ぐらいは出来る?」

「・・・・え・・・えと・・・・」

「出来るか?!」

「う、ういっ!!」

敬礼のポーズと共に、
エールがあたふたと動き出す。
応急処置。
それこそ、
急に応じて置く処。
その場凌ぎしか出来ないだろう。

ただ悔しいが、
この女に頼るしかなく、
この女なら、最低悪化を止める事が出来る。

「・・・・・」

治療に入るとこの女の集中力には恐れ入る所がある。
すでにアレックスの傍らで光りを放つ彼女は、
聖者のように凛と、
そして微動たりともしない。
まぶたさえも動かない。

「だけど・・・・やっぱりあっちの害虫に頼るしかないのか・・・・」

ドジャー。
ロス・A=ドジャー。
見つけて来い。
それが出来なければ・・・・
お前を殺して自分も死んでやる。

「おい!」
「マイマネー!」

突然、
この蜘蛛の巣のかまくらの入り口に、
傭兵達が飛び込んできた。

「私とアー君の愛の巣に近寄るなって言っただろう鳥頭共っ!」

スミレコでさえ、その傭兵達の仰々しさに驚いたくらいだったが、
エールは無音の世界にいるように治療していた。

「そんな場合じゃないわ!」
「早くたため!」
「移動するぞっ!」





沈下するほどに堕ちていた戦いは、
良くも悪くも激しく動き始めた。










                 






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