空間。
真っ白だ。

上下左右。
どこを見渡しても、
パレットのように真っ白だ。

自分が立っている場所が上かも下かも分からない。

アレックスは、
そんな空間に一人立っていた。

「ありがちだなぁ」

真っ白の空間を見渡し、
アレックスは一人そう言った。

「生と死の狭間の幻覚ってとこですか」

本当にこんななんだと感心し、
漫画みたいだなぁと客観的に感想を呟いた。

妙に落ち着いているのは、
ま、
それこそどうしようもないからだろう。

「果報は寝て待てってとこですね」

のん気に、
上か下かも分からない空間で、
アレックスは寝転んだ。

「ドジャーさんに期待なんて出来ないし。ゆっくり待ちましょう」

死んだというのに、
のん気なものだ。
何も出来ない。
どうしようもない。
だけど、
少しの満足感と、
諦めのような感情がアレックスを落ち着かせた。

「あーあ。夢の世界みたいなもんなら、こう考えただけでポップコーンとか出てきたらいいのになぁ」

と、
真っ白の空間で寝転んだまま、
やり方も分からないのに色々とトライしてみたが、
食べ物が出現する気配は無かったので諦めた。

現実は非情だが、
夢の中も十分に非情だと思った。


      「男の子よ!」

ふと、
耳元で声が響いた。
・・・・瞬間。

真っ白な世界が映像に包み込まれた。

      「この俺、アクセル(AXEL)=オーランドから名前をとって!
       アレックス(ALEX)! この子の名前は アレックス=オーランドだ!」

本当ならその光景に驚き飛び跳ねていたかもしれないが、
アレックスは落ち着いていた。

自分が無関係な空気のように浮かんでいて、
360度の映像は、
病室のようなところを映していた。

若い男と、
若い女。
そして赤ん坊。

こういうのも変だが面影がある。
父と、
母。
そして、
生後0秒の自分だ。

「走馬灯みたいなもんですかねぇ」

自分の脳内が作り出した記憶。

客観的に見ながら、
アレックスは寝転んだままだった。

360度の映像は、
チャンネルを変えた。
ワープゾーンに突入したように変貌した。
新たな映像が全方位に広がる。


       「で、アレックス君。養成学校を主席で卒業、かつ学生でありながらの騎士団への入団。
        そして進入団員の代表・・・・・・・・・つまり君が今年の一番の有望株ということです。
        となると自然にその所属先は・・・・・・・・最強の44部隊に・・・・と期待が膨らむ所ですが」


どこかのステージの上だった。
あぁ思い出した。
王国騎士団の入団式の日だ。

「おーおーアレックス君。偉そうに壇上に上がっちゃって。ヒーローですねぇ」

と客観的に記憶の自分を見ながら、
アレックスは寝転んだままポテチでも摘まみたい気分だった。

「この回想シーンは誰かに見せたいところですね。って言っても無理か。
 あ、でもでも。ドジャーさんなら期待を裏切って逆に30分以内に死んでくる可能性もありますね」

まったく頼りにならないんだから。
無理だと思ったら、
さっさと死んで一緒にこの映画を見ましょう。

やけに頭の中が澄み渡っていた。
何もかもがどうでもいいような。
そんな気分だった。

また映像が切り替わる。

「今度はアクション映画ですかね」

それは戦場だった。
いや、
ここはルアス城。
その庭園。

もしかしたら・・・・・・・今の現実?

と思っていたら、やはり違うようだ。
死骸が散乱する中を、
自分が歩いている。

仲間が死んでいるのに、
自分がのうのうと生きている。

       「アレックスぶたいちょっ!」

誰かが呼び止める。
そうか。
終焉戦争の時か。
アレックスはあの日の自分に声をかける。

「やめなさいアレックス君。そのまま行くと絶対に後悔しますよ」

アレックスの言葉など聞くはずもない、
2年前の自分は、
死骸の中を歩んでいく。

「このままディエゴさん居る王座に行って、シンボルオブジェクトをパクって」

自分だけ生き延びて、
今に至る。
この、
最悪の今に。

「この時に戻れたとして、僕は違う道を歩んだのかなぁ」

分からない。
でもふと思っただけだ。
考えたくない。

もう終わった事だ。


映像が切り替わる。


        「そんなうまそうにディド肉を食べる奴は初めてだぜ」

「出た」

アレックスは寝転んだまま拍手を贈り、
ピーピーと口笛を吹いた。

廃れたスラム街。
世界の端っこ。
そこに立つ、
ダッサいチンピラ。

       「ここはルアス99番街。ルアスの端の端。まともな人間なんて住んじゃいねぇ
        あんたみたいな人の良さそうな人間の来る所じゃないぜ?」

「知ってます知ってます」

まぁだからこそ、
クソッタレの逆襲なんてドリームもあるわけで。

「ま、いいや。この辺早送り出来ないんですかねぇ。
 早く初"ご馳走をくれてやるっ!"くらいまで飛ばしちゃいたいです。
 ドジャーさんがカツアゲ相手に情けなくやられるのと僕の勇士を・・・・」

そう思ってると、
その映像も切り替わってしまった。

・・・・・いや。
切り替わったというよりは、
また真っ白の世界に戻った。

真っ白。
360度真っ白の世界。

ただ、
少し違うのは、

いつの間にか・・・・・

中心に・・・二対のベンチがあった。

「・・・・少し・・・・ヒマなんだろ?・・・・」


これも間違いなく、
自分の頭の中が作り出したものなのだろう。
片方のベンチには、
誰かが座っていた。

「・・・・・・・・そうですね。30分ほどヒマです」

その人物に見覚えが会ったので、
アレックスは起き上がり、
もう一つのベンチに座った。

真っ白な空間に、
二人の男。
二つのベンチ。

向かいのベンチに座る男に、
アレックスは微笑みかけた。

「お久しぶりですね。相変わらず死相の出た顔で」

「・・・・うるさい・・・・死んでるんだよ・・・・死ねばいいのに・・・・・」

「僕だって死んでます」

アレックスが笑うと、
向かいのベンチの男もクックックと不気味に笑った。

「・・・・・ヒマなら・・・・話し相手になってやってもいいぞ・・・・・」

「そうですね。死人同士、腹を割って雑談でもしましょうか」

僕の死に様みたいに。
そう言うと、
そういう冗談が好きなのだろう。
彼は笑った。

彼も、
ただ自分の脳内で作り出されただけの存在なんだろうけど、
なかなかいいものだ。

今亡き者と話せるのも。



































「30分。30分か・・・・」

長いようでそれはあまりにも短い。
その30分で結果を出せなければ、もうどれだけ後悔したところで取り返しがつかなくなる。

「カッ、結果が全て。それが真情の俺だけどよぉ・・・」

これほど結果という事象を憎んだ時はない。
ドジャーは歯を食いしばる。
そして全身の血が湧き出るほどに焦りを感じたが、
それを必死に抑えながら、
前、
後と確認する。

「前だ。可愛く無い子ちゃん」

エドガイが返答のように助言してきた。

「・・・・・・」
「今更引き返して聖職者を探す気か?職を探すならそれこそ戦場だろう」
「チッ・・・・分かってる・・・分かってるが・・・」

戦場?
戦場なんて・・・・敵しかいない。

「なら敵から探すべきだね。そうじゃなくとも誰か居るかもしれない。
 協力的でなくとも首根っこを掴んで無理矢理にでもやらせるしかない」

エドガイが無茶な事を言う。
そんな可能性・・・。

「もとより0の可能性だろ?可愛く無い子ちゃん」
「そうだな」

奇跡も現実的に考えよう。
それがドジャーだ。

後戻りしてどこで探す?
ルアスの街?
聖職者の多いミルレス?
もっと他のどこか?

ゲートがあったってルアスのゲート到着地点の往復で30分なんて超えてしまう。

「そうだな・・・・」

ドジャーは結論が決まれば、
一秒さえもったいなく、
足を踏み出す。
外門の中へと。

「害虫盗賊・・・・」

そこにスミレコが声をかける。

「後にしやがれスミレコ」
「暗闇で手探りで光を探すつもり?アー君の命をそんな不確かに任せられない」

アレックスはあんたに任せたが、
そんなの認めない。

「確証も何もない・・・けど、一つだけ可能性を示唆しておく」

アレックスの亡骸。
その傍らで、
ドジャーの方でなく、アレックスの亡骸だけを見ながら、
呟く。

「張本人」
「・・・・・」
「この死骸騎士団を創りあげた張本人なら・・・・」
「なるほどな」

かつてない蘇生術。
それほどの術者ならば・・・
アレックスをも蘇生できるかもしれない。

「・・・・・・・」

それを一つの可能性として、
一つの目標として胸に秘め、
ドジャーは走り出した。

「・・・・・冗談じゃねぇ冗談だ・・・・」

笑えない。
それは事のつまり、
間違いなくアインハルトの側近だ。

一人でアインハルトの場所まで辿り着け・・・ってか?
30分以内に。
そして協力させろと・・・・。

有り得ないし、
出来ッこないが、

迷いはなかった。








「俺ちゃんらも行くかな」

エドガイがそう言うと、
無言のうちに傭兵達も頷く。

エドガイはアレックスに敬意を払った。
アレックス=オーランドが、
自分を仕事から解放した。

彼に対しては、
払って動く価値がある。

「待て。爬虫類男」
「酷い言い草だ可愛い子ちゃん」

そして「なんだ?」と問う。

「私はここでアー君を守る」

言うと、
スミレコが両手を地面につく。
糸が地面から撒き起こる。
それはアレックスを包み込んだ。

蜘蛛の糸の繭・・・・
いや、
それはかまくらのように、守るように包み込んだ。

「でも私は動けない」

半球体の蜘蛛の糸の繭は、
アレックスを守る。
両手をついたまま、
スミレコはエドガイを睨む。
隠れた前髪の中の目が、睨む。

「あんたは私を守れ」
「出来ねぇ相談だ可愛い子ちゃん」

チャラけたように両手を広げて肩をすぼめた。

「俺ちゃんはこの可愛い子ちゃんに敬意を払って動くが、
 この可愛い子ちゃんが死を持ってくれた事こそ自由だ。
 俺ちゃんは自分の誇りを覆すつもりはない。しちゃぁいけねぇんだ」
「つまり?」
「俺ちゃんらが人の意志で動く時、無料なんて事は有り得ねぇって話」

くだらない。
くだらない男だ。
アレックスに自由を与えてもらっておきながら・・・・。
スミレコはそう怒りのようなものを感じた。

「だから俺ちゃんは俺ちゃんらの意志で手を貸す。それだけ」
「いくら」
「ん?」
「いくら払えばいいって聞いてるんだよっ!!」

前髪に隠れたスミレコの表情は、
怒りに似た鬼気迫るものがあっただろう。

「私だけじゃアー君を守れないっ!だから買ってやるって言ってるのよっ!」
「あー。なるほど。でも俺ちゃんらは無い金では動かない。ニコニコ現金払いが真情でね。
 少なくとも前金でも払ってもらえねぇ事には人の言いなりとして・・・・」
「いくらかって聞いてんのっ!」

しゃべるな商品風情が。
スミレコは事実、鬼気迫っていただろう。
アレックスのために。
これ以上の理由はない。
自分の全ての危機とそれは同じなのだから。

「・・・・いいね可愛い子ちゃん」

エドガイはそれが気に入り、
小さく笑った。

「いくらかって?値段はお客様が決める事だ。お客様は神様ですってね。
 その金額分、チャッカリシッカリ働くのが俺ちゃん達。釣りもねぇ。
 金額分なら、強盗強姦殺人窃盗掃除洗濯なんでもやっちゃうよん」
「蘇生は?」
「取り扱っておりません」
「黙れ爬虫類っ!なんでもすると言っただろっ!」
「出来ない商売はしねぇよ。ソレが出来ないように俺ちゃんらが手を下したんだから」

それが、
俺ちゃんら自身の値打ちでね。

自分達の価値に見合う事ならどんな事でもする。
エドガイは右半分だけ垂れた前髪を手で広げ、
頬に刻まれたバーコードを見せる。

「チッ・・・・爬虫類め・・・」

スミレコはそう言いながら、
懐から袋を投げ捨てる。
膨らんだ袋は、
中身を示唆するようにジャラッと音を立てて落ちた。

「足りねぇな」

エドガイは金の亡者だ。
音だけで金額を査定できるのだろう。

「前金にもならねぇよ。おたくが頼むのはこの可愛い子ちゃんの守備だろ?
 この戦いの主人公だ。苦難が値段なわけで、並大抵の値段じゃ釣り合わないわけ」

金額が合わないなら、
自分達は自分達の勝手で動かせてもらう。

「もちろん、俺ちゃんはこの可愛い子ちゃんに敬意を払った。それだけで損はねぇだろ?
 この可愛い子ちゃんのために動くさ。ただ、あんたの意志で動くには金が足らない」
「足りない分は私が払う」
「払ったろ?足りないんだよ」
「足りない分は・・・・」

顔を隠す前髪の隙間から、
スミレコの意志(目)が覗く。

「私で払う」

エドガイは、
理解した。

「ほぉう」

なるほど、なるほどと理解し、
嬉しそうにピアス付きの舌を出す。

「俗に言う・・・体で払うってやつね」
「汚い目で見るな爬虫類め。・・・・・だけど」

アー君を、
恋人を、
夫を、
愛する人を守るためならば・・・・

「私はなんだってする」
「気に入った!」

エドガイは舌を出したまま、指を突き出す。

「そいつぁある種の自己破産って奴でね。そーゆー支払いをして今俺ちゃんの部下やってる奴も居る。
 そーゆーのは俺ちゃんらの領分でね。結局、自分自身の値打ちはどこまで支払えるかっつー・・・
 まぁいいいか。気に入ったんだよ。オマケしちゃうよん♪引き受けよう。こーしょーせーりつ!」

そしてエドガイは片手を傭兵達に向ける。

「ロイ=ハンター!」
「サー!イエス!サー!」
「マグナ=オペラ!」
「サーッ!イエッサー!」
「ルナ=シーダーク!」
「サー!イエス!サー!」
「ソル=ワーク!」
「ッサー!イエス!ッサー!」
「ノヴァ=エラ!」
「サー!イエス!サー!」
「以上5名」

そしてもう一度、
スミレコに指を突きつける。

「こいつら5人。それがおたくが買った命だ。おたくの命全部で買い取った力だ。好きに使え」
「・・・・・」
「不満か?部隊長クラスでも余裕で止められる戦力だ。1・2部隊なら返り討ちに出来るぜ?」

それが、今からあんたの下僕だ。
あんたの、力だ。

「極論、こいつらはおたくが死ねと命令すれば死ぬ。殺せと言えば何もかも殺す」

忠実な商品だ。
好きに使え。

「愛は尊いねぇ。お金の次にな。旦那さんに嫉妬しちまうぜ」
「あんたは・・・・」

スミレコが半ば睨むようにして、
エドガイを見る。

「あんたはこーやって人生を歩んできたの?」
「ん〜?」
「いつ、いかなる時、日常さえも、自分の命全てを支払って生きてきたの?」

全力で、
全開で、
全財産で。

「それが俺ちゃんら傭兵ってもんでね」

ペロンとピアス付きの舌を出し、
スミレコに譲った傭兵。
それ以外全員に仕草で合図し、連れて行く。
数は容易に1ケタだった。

「仕事は誇り。そして仕事は命。自分の命とおんなじだ。俺ちゃんらはそんな生き方しか知らねぇ」

指を回しながら、
エドガイは外門をくぐる。

「だ・け・ど。今回はその仕事を達成するんじゃなくて、達成させられちまった。
 命と等価であるはずの俺ちゃんらの仕事を、可愛い子ちゃんは自らの命で守ってくれた。
 命の恩人だ。仕事に"お釣り"があっちゃぁいけねぇ。釣りはいらねぇんだ」

だから、
アレックスに対し、
アレックスに発生した釣りに対し、

「俺ちゃんらは敬意を払わないとな」

払って仕事をするのは初めてだ。
アクセル。
エーレン。
てめぇらのガキはてめぇらに似てる。
図々しい小悪魔に育ってるぜ。

「さて、仕事だぜおめぇら」
「「「「「サー!イエス!サー!!!」」」」」

エドガイ、以下傭兵達は、
戦場へと身を溶かしていった。
彼らがどう動くかは分からなかったが、
崩れつつあった反乱軍には、
これほどの戦力はないだろう。

スミレコと、
5人の傭兵だけがその場に残った。
6人だけだった。

横たわるアレックスは、
1人とカウントする事が出来ないのだから。

「アー君。大丈夫だからね」

目を見開いたまま死んでいるアレックスは、
異形な人形にも見えた。

「こうしてアー君が私の手の中に居るのを受け入れてくれるのも30分。
 私はコレを望んでいました。死も一つの愛の結末。これでアー君は私のもの」

自分の手の中で、
安らかに、
拒みもせず、
ただ、
独り占め出来る。

「でも・・・・駄目」

だって。
目を見開いたまま死んでいるアレックスは、
自分を見てくれない。

「30分後。その時は、二人とも生きているか、それとも二人とも死んでいるかです」

アレックス=オーランドの居ない世界に未練はない。
その時は、
自分もここに寄り添って追いかけよう。

妻だから。

・・・・・本当はそんな契りは交わしていないけど。
指輪ももらってないし、
本人はそんな誓いの口を割らないだろうけど。

死が二人を別つまで。
それじゃぁ満足出来ない。

「だからストーカーって言われるんだろうけど・・・」

愛に行き過ぎなんてない。
それは信じて止まない。

迷惑だろうと、
重くとも、
邪魔だろうと、
ウザかろうと、

重荷になってでもしがみついてやる。

それがスミレコ=コジョウインの愛だ。

「残念ながらアー君。貴方に拒む権利なんてないのです。無理矢理にでも愛してもらいます」

だから私が守る。
蜘蛛の糸で包み込んだアレックス。
それを見ながら、
前髪の奥でスミレコは決意した。

「傭兵さん達」

「「「「「サー!」」」」」

統率された返事。

「あんた達は私が買った。あんた達の命は私のためにある。つまり、アー君のためにある」

「「「「「サー!イエス!サー!」」」」」

「ここに赤い糸を誓え。その身が滅ぼうともアー君を守りきると」

「「「「「サー!マイマネー!!」」」」」

マネー。
金か。
自分は金を払った対象でしかないということか。
マイマネーがマイマスター。
傭兵風情め。
金の亡者共め。

でも、
彼らにとってそれが命と等価だと言うのなら、
自分の愛も同じなのだろう。

払うだけの、
価値はある。

「おい、そこの女傭兵」

「サー、マイマネー」

スミレコは5人の中で、
唯一の女性傭兵と指名する。

「お前もお前らも、皆私とアー君の言いなりの下僕だ」

「サー!」

「たった30分の仕事だ。命をかけてなんでもしろ」

「サー!」

「ってことで」

スミレコは、
自分の肩を指差す。

「命令。揉め」

「・・・・・・・・・・・」









































「チッ・・・・・」

ドジャーは一度立ち止まり、
辺りを見渡す。

「よく考えたら真っ直ぐってわけにも行かねぇか・・・・」

敵の群の中に飛び込むのはいい。
危険も知ったことか。
だが、
自分は可能性の一つに辿り着かなくちゃいけない。

「何があってもだ・・・」

30分。
この限られた時間の中で、今唯一可能性があるとしたら、
それはこの死骸軍団を作った張本人。

「多分・・・あのアインハルトの横に居た奴だよな」

アインハルトばかりに意識を奪われていたが、
見慣れぬ女。
それが居た。
アインハルトという男がただの愛に溺れているとは思えない。
ならば使える者。
そして仕える者。

「何にしても目指すは王座だが・・・・」

直進は・・・どうだ。

「44がいるよな・・・・チッ・・・避けるべきか否か・・・・」

この迷う時間ももったいない。
命がかかっているんだ。
希望だ。

「焦るな・・・・だが慎重にもなるなよドジャー・・・・」

我武者羅になるな。
よく考えろ。
まず30分で王座まで辿り着けるか?
否。
ならどうする。

「アレックスならどうする・・・・」

・・・・。
考えても答えは出ない。
そんなものが分かっていればすぐにでも実行していた。

「なら俺ならどうすべきだ」

ドジャーは目線を戦場の中で無く、
反らした。
身軽な自分だけの道。
自分の道があるはずだ。
そう思い、目に入ったのは・・・・・

「・・・・・・近道が性に合ってるわな」

外壁だった。
城を囲う外壁。
あの上を伝って行けば、戦闘に巻き込まれる事なく城まで辿り着ける。

「カッ・・・」

思いついた時には行動していた。
目指していた。

「その後はどうする・・・・外壁から城の窓に飛び移って・・・・」

そしてその蘇生師を・・・・
どう説得する。
出来るわけが・・・・

「無理矢理にでもやらせてやるっ!!」

アインハルトの傍で忠誠を誓う者を、
無理矢理に?
出来るのか?
だが考えているだけで体を動かさないわけにはいかない。

ドジャーは出来るだけ戦闘地域に入らないよう、
迂回して外壁へと向かう。
これ以上庭園の内側に侵入すると戦闘に巻き込まれる。
目的は戦闘ではない。

そう考えて、
そしてただ夢中で焦っていた。
寿命とは違うが、
友の命に制限時間がついて冷静を保てるほど出来てはいない。

だから、
少し体が鈍く感じた。
世界が止まって歪んだような。
水の中にでも突っ込んだような。

ともかく、
強烈な違和感が突如、ドジャーを襲った。

「なんっ・・・・だ・・・・」

そう思った時には、
バランスを崩して転倒していた。

「ぐっ・・・」

何か攻撃を受けたわけでもない。
いきなり病にでもかかったような気分だ。
顔をあげれば、
やはり世界は正常。
違和感のカケラもなかった。


「時にザコが一匹」

戦闘地域は少し離れているのに、
近くで声が聞こえた。

「これは付いてる時間だ。お前これでも主要人物なんだろ?
 なら時にお前を適当に足止めしてるだけで十分に役には立ってるよな
 何もせずに成り上がるにも、それなりの貢献の功績ってのが必要な時間でよぉ」

地面に手を付いて起き上がろうとするドジャーの目に入ったのは、
黒髪のパーマ。
無精ひげを生やした男だった。

「シシドウか・・・・」

「時に正解」

その男は、
嫌らしく手を叩いた。

「俺は53部隊が一人。ガルーダ=シシドウ様だ。時に多分街で会ったよな?」

ガルーダは、
整ってもいない無精ひげをジョリッと撫でる。

「あぁ、会ったな」

ドジャーは勢いよく起き上がり、
そしてその時には右手にダガーを潜ませていた。

「そしてお別れだ!御馳走をくれてやるっ!」

「時に断る」

ドジャーはその一本のダガーを不意打ちに投げ放ったが、
そのダガーは・・・・・止まった。
街でこの男を遭遇した時と同じだ。
空中で、
ガルーダの目の前で、
ダガーは静止した。

「時に説明しなかったか?俺は非・戦闘員でね」

ガルーダ=シシドウは無精ひげを撫でながらニヤニヤと笑い、
空中にダガーを静止させたまま、
日常のようにドジャーを見ていた。

「時に戦いなんて嫌いだ。人が死ぬのは願ってやまないが、殺しなんて真っ平御免だね。
 手が汚れる。痕跡が残る。怨まれるし、危険も伴う。リスクばかりだ。やってられないと思わないか?」

「あぁやってらんねぇな・・・・俺は急いでるんでな!」

「いい事を聞いた。時に急ぐという行動には意味を伴う時間だ。タイム・イズ・マネー。
 お前のような存在が時間を気にするという事は、時にそれを妨害する事に意味もあるのだろう」

ガルーダ=シシドウは、
一歩たりとも近寄ってこない。
それどころか攻撃してくる気配もない。
その前にこいつの能力はなんなんだ。
攻撃が通用しない。

いや、
そんな事はどうでもいい。
それよりも自分には時間がない。
アレックスには時間がない。
こんな奴には構ってられない。

「・・・・・なんだ・・・・」

無視して撒いてしまおうと思ったが、
体が・・・・いう事を聞かない。

「重いだろ?体が。いいね。時にいい時間だ。人が堕ちていくのを鑑賞するというのは。
 俺は何もしたくない。成長も面倒だ。だが、周りが皆落ちていけば俺は自然と俺が上に立つ」

ガルーダは、
ゆっくりと指をドジャーに向けた。

「こんな弱い俺よりも今のお前は弱い。これでいい。世界は時に頼もしい」

体が思うように動かない。
動かなくてはいけないのに。
自分は何も出来ない。
そして敵は攻撃さえ仕掛けてこない。
時が動かない。
ただ、時計の針だけが進んでいく。
刻々と今も、
アレックスだけが取り返しがつかなくなっていく。

「くそぉおお!!!!」

どう・・・崩す。



































「お前ら。散れ」
「「「「「サー!イエス!サー!!」」」」」

エドガイの号令と共に、
エドガイに付いていた傭兵達は戦場に散っていった。

「ま、俺ちゃんの兵が加わるだけでそこら辺の戦いは楽になるでしょうよ」

と、
ピアス付きの舌をペロンと嘗め回す。

「それでも超劣勢には変わりないと思うけど」

2万と、
現状数百。
その戦力さは覆せないものがあった。
少し、時間が稼げる。
その程度だ。

「30分持つかどうか・・・・つー話しよねん」

困ったように苦笑い。
事実、
そのエドガイの分析は的確だった。
30分以内にドジャーが聖職者を見つけ、蘇生を行う。
アレックスを蘇生出来る聖職者などまず居ないにも関らず、
それが30分だ。

アレックス=オーランドや、聖職者どうこうでもなく、
まず、"反乱軍は30分持たないだろう"。

「正直・・・もう負けてるんだよね。この戦争(せんそ)」

戦いは至る所で起きてるが、
どれもこれも押し返しようがない。
ただただ、
こちらの戦力が減って行っている有様だ。

「数分後には500を切るだろうね。それからは怒涛のように潰れる」

哀しくも的確。
それが現実で事実だった。
なら、

「俺ちゃんは何が出来る・・・か」

エドガイは街で女でも探すかのような目で、
戦場を見渡す。

「聖職者も探してやりてぇとこだけどぉ。レンを知ってる俺ちゃんには無理だな。
 エーレン=オーランドに無理ならどんな聖職者にも無理だ。それを知ってる俺ちゃんには探せない」

なら何をすべきか。
出来るだけ敵を倒すか?
まぁそれは部下で十分だ。

「ならここらで一番強いのを倒すっきゃないね」

エドガイは自負している。
ツヴァイがあの有様で、
反乱軍がこの有様の時点で、強敵を倒せるのは自分しかいないと。
それならそれだけのお役目は果たさないと。
それが自分の仕事。
傭兵として最善の仕事。

「っとくればぁ・・・・・」

その、どこに居るかも分からない獲物を探し、
片目で辺りを探る。

「ポルか」

魔弾ポルティーボ=D

「これまたハズレくじだ。エーレンが最上の聖職者なら、俺ちゃんの知る中での最上の魔術師はあいつだ」

自分の考えうる中で、
今のメンツじゃ誰もポルティーボを倒せる器はいない。
自分を・・・除いて・・・・。

「はぁ・・・・こういう人ゴミっつーのはあいつのステージだからな・・・。
 あいつは姿現さずに攻撃してくるし・・・・遠距離型だし・・・・やんなっちゃうね」

でも・・・と、
エドガイは歩を進めた。

「俺ちゃんが目ぇつけたからには・・・・覚悟しとけよポルポルっくぅ〜ん♪」











































姿を見せずとも、
的確に性格に、無駄もなく効率的に。
そんな風に魔術を使いこなすポルティーボ=Dの事を、
人は"スナイパー"とも呼ぶ。

彼自身がどこに居ようとも、
敵がどこに居ようとも、
ピンポイントで魔法を放ってくるからだ。

人ゴミに隠れ、
お互いが見えないはずの位置から何故か攻撃してくる。
だからこその異名は"魔弾"。

仕事としてはスナイパーが行うべき仕事を全てこなす事が出来る。

だがやはり呼ばれるには外見が伴うもので、
スナイパーと呼ぶにはスナイパーらしいソレが必要だ。

そういった意味で、
二つ名にその名が付いたのは・・・・・・


「俺は・・・・・俺は・・・・・・」

王国騎士団第44番・竜騎士部隊。
『ST.スナイパー』こと、
ニッケルバッカーだけだった。

「出来る子だ・・・・・」

ニッケルバッカーは、
城のベランダに片足を付いた低い姿勢で双眼鏡を除く。
双眼鏡のレンズ越しに、
2つの円で切り取られた視界は、逆側の城壁を見定めていた。

「俺は出来る子だ俺は出来る子だ俺は出来る子なんだ・・・・・」

双眼鏡という視界を動かし、
城壁を探る。
すでに至る所が崩れていて分かりづらいが、
少し探せば見えてくる。

真っ赤なドレスの敵が。

「・・・・・・・居た」

石レンガの手すりの裏。
ギターがこちらを向いていて、
崩れた手すりから赤いドレスが靡いている。
目立つブロンドの髪。

「女王蜂(Queen B)・・・・・」

双眼鏡を左手に任せ、
ニッケルバッカーは指先を突き出す。
それは銃口。

「落ち着け・・・落ち着け・・・・俺は出来る子なんだから・・・・・」

震える指先が狙いを定める。
指先という銃口は、女王蜂を撃ち落そうと、
震えながらも確固として敵を見定める。

「・・・・・俺は・・・・出来る子だ・・・・・」

そして、
ふと奮えが止む。
指先の延長戦が・・・・女王蜂と重なる。
それは照準。
あの手すりの裏側に・・・今マリナが居て、
そしてパージフレアの魔方陣が展開されている。

あとは・・・・"引き金"を引くだけだ。

「・・・・・アーメン」

指を突き上げる。
それと同時に、狙った箇所に蒼炎が吹き上がる。

「くっ!!!」

ニッケルバッカーは双眼鏡を下げ、
肉眼で確認する。

「ズレた・・・ズレたズレたズレた!!!!」

ニッケルバッカーが右手をベランダの手すりにぶつけた。
ニッケルバッカーのパージフレアは、
微妙に狙いと違う場所で吹き上がった。
それでもこの超長距離。
kmをゆうに超えるこの距離でこの誤差は有り得ないレベルなのだが、
外れたものは外れ。
結果がニッケルバッカーを襲う。

「くそっ!くそくそくそくそっ!あの女っ!避けやがった!俺のパージフレアをっ!」

そう言いながらも、
ニッケルバッカーは自分の頬をパチンと叩く。

「違う!違うだろニッケルバッカー!外れたの俺のせいだ!
 俺が的確に狙撃できなかったからだ。魔方陣展開(マーキング)からの速度が遅かったからだ。
 悟られた俺が悪い・・・・外した俺が悪いんだ・・・・出来なかった俺が悪いんだ・・・・・」

ふぅ・・・ふぅ・・・と少し息を荒立てたが、
自分を落ち着かせ、
双眼鏡をまた目に合わせる。

「出来なかった俺が悪い・・・・それだけだ・・・・出来なかっただけで・・・・俺は出来るんだ・・・・」

一度切れた集中力を取り戻すように、
自分に言い聞かせる。

「次は・・・次はやるんだニッケルバッカー・・・・お前はそれが出来る子なんだから・・・
 次は避けられる余地が無いほど的確に・・・・次は避けられる暇が無いほど早く・・・・。
 大丈夫だ・・・・俺は出来る子だ・・・・出来る子だ・・・俺は出来る子なんだ・・・・」

独り、呟いている姿は異様だったが、
まるでそれは魔法だった。
発すれば発するほど。
唱えれば唱えるほど、
ニッケルバッカーは落ち着きを取り戻していく。

「俺は出来る子だ・・・俺は出来る子だ・・・・」

ロウマ隊長も言っていた。
ユベンも言っていた。
じいちゃんも言っていた。
そして自分自身でも信じている。

「俺は出来る子なんだ・・・・」

この超々距離。
自分の射程距離の限界であり、
他人にしては射程外。
限界の外。

自分の限界とはストレスになる。
全集中力が必要になってくる。
少しのミスもなく。
少しのズレもなく。

完璧を行ってこその限界。
スナイパーとはそれが求められてくる。

「大丈夫だ・・・限界を超えろ・・・・・」

ロウマ隊長が言っていた。
自分を乗り越えろと。
これが自分の限界距離ならば・・・
それは乗り越えられる壁なんだ。

自分を乗り越えろ。

「・・・・・・」

双眼鏡を除く。
女王蜂の位置を探る。

「どこだ・・・どこだ・・・・」

移動する自分の視界の中。
赤いドレスの端が見える。

「そこか・・・・」

指の銃口を向ける。

「焦るな・・・焦るな・・・向こうはこちらまで攻撃してこれないんだ・・・・
 落ち着け・・・集中しろ・・・時間はある。焦っちゃ駄目だ・・・悟られちゃいけない・・・・」

その照準の先。
女王蜂。
シャル=マリナの顔の上半分が見える。

「綺麗な人だ」

双眼鏡を使っても遠すぎてハッキリとしない視界。
だけど、
この距離でもそれは分かった。

「残念だよ・・・・きっと美しくも強く、華麗な人なんだろう・・・・
 だけど・・・・この場に置いて・・・・この俺より出来る子はいないんだから・・・・・」

双眼鏡で睨む。
睨みつける。
照準を絞る。
指に力を入れる。
魔方陣をマーキング。

「きた・・・・ドンピシャだ・・・・・」

引け。
引き金を突き上げろニッケルバッカー。
出来る子だ。
自分は。
それがこの極限のストレス状態を緩和させ、
ニッケルバッカーを落ち着かせる。

何もかもが見通せるほどに集中出来る。
だからこそ見えた・・・
違和感。

「・・・・・?」

パージフレアを発動する瞬間。
ふと見えたのは、
こちらを向いているギター。
相手の銃口。

「大丈夫・・・何度も攻撃してきたけど・・・ここまで攻撃は届かない・・・・」

だけど違和感はなんだ?
この違和感は・・・。
ギターが、
銃口が真っ直ぐこちらを向いているからか?

「違う!」

指を突き上げた。
一瞬の焦り。
指が2mmズレた。
それはスナイピングに置いて致命的で、
発火地点はメートル単位でズレた。

シャル=マリナが横っ飛びで避けるのも見えた。
ブロンドの髪と真っ赤なドレスが残像のように動いた。

「違うぞニッケルバッカー!!!」

双眼鏡を下ろし、
対岸を見据える。

「あいつも"出来る子"だ!」

落ち着き、
集中の極地まできたからこそ、
見えた。

あの綺麗な顔。
眉の形まで見えた感覚。
それだからこそ見えたのは・・・・・・

一点の曇りもなく、
真っ直ぐこちらを見据える目。

「あれは諦めない目だ・・・そして・・・出来ない事を可能にする目だ・・・・」

鏡の前で何度も言い聞かせ、
自分も会得しようと必死だった・・・
出来る者の目。
自分を信じ、
不可能を可能にする目。

「女王蜂。君の弾も届くんだな・・・・」

ニッケルバッカーは体を翻し、
ベランダの壁に背をあて、身を隠した。

「感謝するよ・・・・自分だけじゃない・・・・君は俺を乗り越えようとしてるんだね・・・・
 なら・・・・俺だって君を乗り越えよう・・・・もう一段階出来る自分へと・・・・・」

身を隠しながら、
初めてニッケルバッカー自身も移動を始めた。

「I can・・・・I can・・・・」

出来る。
出来る。
それでも出来る。
大丈夫だニッケルバッカー。

「乗り越えさせてもらおう・・・勝負だ女王蜂・・・・」










































「くっ・・・・」

城壁の石タイルをゴロゴロと転がり終わったところで、

「むっきー!!」

マリナはヒステリックに地面をバシバシ叩いた。

「このマリナさんがすっごい頑張って集中して狙ってたのにまた邪魔された!」

そして顔をあげる。

「人の頑張りを邪魔する人って最低!絶対モテないわね!モテないわよ!
 このマリナさんが柄にも無くジッ・・・・・・と集中してたのよ!
 こんなに集中したのはエクスポに薦められてトランプタワー作った時以来なのに!」

その日のトランプタワーの結果は2枚だった。
2枚のカードを支え合わせるだけで30分を要した。
辛抱の無さがよく分かる。
性格で性だ。
マリナに我慢は性に合わない。

「万死に値するわっ!」

マリナは立ち上がり、
腰に両手を当てる。
スナイパー戦でそんな堂々とするのは命取りだが、
ここで(ここじゃなくとも)マリナを注意できる人間はいない。

「さてさてもっかいやり直しね」

と片手を額に当て、
山から見下ろすように品定め。

「ってあれ?」

居ない。
城の表。
ベランダというかテラスというか。
とにかく、
相手・・・ニッケルバッカーの姿がない。

「どこ行った?このマリナさんに恐れをなして逃げたのかしら?・・・・ってそんな訳ないだろっ」

と一人で突っ込んだ。
3秒立ってから恥ずかしくなり、近くに誰も居ない事に安心した。
誰かに見られてたらそいつは殺すしかなかった。

「じゃぁどういう事かしら」

うーむと唇に手をあて、考える。

「でもめんどくさっ」

考えるのは苦手だ。

「・・・・・いや、でも・・・・」

しかし考え付く。
さきほどまで不動だったにも関らず、
いきなり姿を眩ます理由はなんだ。
こちらの攻撃は届かない限り、
相手はただカモを狙うだけだったはずだ。

「誰がカモ鍋だっ!」

城壁の浅い石レンガを蹴飛ばす。

「・・・・・ッイイッ!!」

振動が足から頭に流れた。
言葉にならなく、
足を掴んでピョンピョン飛び跳ねた。

「・・・・絶対ぶっ倒してやるわ・・・・」

自業自得の怨みを相手に押し付け、
マリナは睨む。

「・・・・つまり、こちらの攻撃が届くってお客さんも理解したって事ね」

そう言いギターを掴む。

「まだ攻撃もしてないのに理解するなんて、なかなか見る目あるじゃないの。
 正直私もまだ届くかどうか分かってないのに。やるわね。でもじゃぁ私の攻撃は届くわけね」

訳の分からない自信がよぎった。

「ま!このマリナさんに出来ない料理は無いわけだけどね!」

アッハッハッハー!と天を仰ぎ、豪快に笑っていると、
足元に魔方陣が浮かび上がった。

「ややややばっ」

もう慣れてきた横っ飛び。
間一髪、
蒼い炎・・・パージフレアから逃れた。

「このマリナさんを丸焼きにしようなんて十年早いわ」

マリナも体勢を低くし、
身を隠す。
そして自分の足を見た。
ふむ。
この太もも。
いい肉つきだ。
確かに焼けば美味しいかもしれない。

「ダイエットしろってかコンチクショー!」

無関係の怒りがまたニッケルバッカーに加算されたところで、
マリナは城壁の手すりにギターを乗せる。
体は隠したまま、
顔と両手だけ露にし、標的を見定める。

「さて・・・どこかしら・・・・」

ギターの銃口と共に、相手の位置を見定める。
城の表側。
どこかにいるはずだ。
次発の速さを見る限り、あまり長い距離は移動していないはず。
恐らく階は変わって居ない。

「・・・・・尻尾が見えてるわよ子猫ちゃん」

見つけた。
やはり先ほどまでと違い、
体を隠している。
マリナの視力をもってしても、ギリギリ見えるレベルだ。
何か違う物が置いてあるだけで見間違えるほど些細なレベル。
だが間違いなく・・・ニッケルバッカーだ。

「そろそろ新メニューを試させてもらわないと・・・・」

銃口を合わせる。
城壁の支えのお陰でギターは安定している。
後はしっかりと狙い定めるだけ。

「それが難しいんだけどね」

そう言いながらもペロリと舌を這わす。
それでいてギュッと歯を食いしばり、
照準を合わせる。

「安い・早い・うまいは大衆食堂の基本よ・・・」

焦るな。
だけどしっかり狙う。
あとは・・・・

相手より早く引き金を引く。
それがこの勝負の決するところ。

「・・・・・・」

我慢強さが無いから・・・・ではなく、
マリナは少々震えた。
自分さえもやった事がない新規開発。
新たな戦い。
自分の限界。
それでいて失敗は許されない状況はストレスとなり、
マリナを襲う。

「落ち着け・・・落ち着くのよ・・・・」

狙って撃つ。
やったことがない。
一発に絞る。
やったことがない。
神経を尖らす。
やったことがない。

だが、今、やる。

「ここっ!!!!!」

マズルフラッシュ。
銃口が輝く。
そして放たれた銃弾は、
今までに無い・・・・点というよりは線。
否、
閃と呼ぶべき弾道。

その弾丸は・・・・・・城の壁に小さな穴を開けた。

「もぉ!!!」

外れた。
それを確認するや否や、
マリナはギターを抱えて身を隠す。

「でも届いたわやっぱり!威力も十分!当たればやれる!」

ニヒヒと笑う。

「イけるわ・・・・次は当てる・・・」


































「先に撃たれた!!!」

ニッケルバッカーは地面に座り込み、
身を隠し、
頭を抱える。

「先に撃たれた先に撃たれた先に撃たれた!向こうの方が早いのかっ!俺より・・・俺よりっ!!」

ガタガタと震えながら、
頭を抱えたまま、
自問自答。

「違う。違うだろニッケルバッカー!弾は大きく外れてたじゃないか!偶然だ!適当に撃っただけだ!
 だけど先に撃たれてちゃぁ勝てないじゃないか!向こうの方が早いならどう立ち向かえばいい!」

移動もせず、
ただ身を隠したまま自問自答。

「い・・・いや待て・・・・俺は出来る子だ・・・・・」

だが、
自分でそう言うだけで、震えは止まった。

「俺は相手に避けさせるくらい狙う事が出来る・・・・恐らく同速の勝負になれば俺が勝つ・・・・」

いや違う。そうじゃないぞ。
ニッケルバッカーはぶんぶんと首を振る。

「そういう考えじゃ駄目だ。どちらが勝っているかとか、それは44部隊の教えじゃない。
 自分に打ち勝つんだ。それがロウマ隊長の教えで、それ以前からも俺が求めていた生き方だ!
 相手の方が上なら・・・・それに打ち勝つだけだ。自分の弱さをも乗り越えるだけだ」

すでに奮えは止まっていた。
自分に打ち勝つ。
その教えはニッケルバッカーに力と自信を与えてくれる。

ただ、
慢心が無くなっただけで、現実問題に置いての実力差を比べるなら・・・・
やはりニッケルバッカーが勝っていた。

「俺の方が出来る子だ・・・・そう成るだけだ・・・・」

最強の挑戦者達。
それが44部隊の生き方だ。
だからこそ彼らは強い。

ニッケルバッカーは狙撃ポイントの移動に動いた。

「次は俺が勝つぞ・・・・そして最後にも俺が勝つんだ・・・・」

5m先の空き缶に、輪ゴムを百発百中で当てられる人間がどれだけいるだろうか。
サッカーや野球のボード当てゲームがプロ選手でも難しいのはそういう理由だ。
狙うというのは容易い事ではない。
ダーツをやった事がある人ならば理解できるだろう。
殿堂入りの野球選手でもストライクゾーンは4分割だと言っている。
1mも無い輪投げでさえ商売は成り立つ。
最高の選手でも3ポイントシュートは1/2。
アルバトロスは偶然でしか起きない。

狙撃とは既に人間のレベルを超えた行動であり、
選ばれた人間がその道だけを極めて初めて成り立つ行動だ。

才能でなく経験。
その域で既にマリナはニッケルバッカーに届きようがなく、
勝ち目も無かった。

「俺は出来る子だ・・・出来る子なんだ・・・・」

一点狙撃。
このマイソシアにて、kmを超える射程を戦闘に組み込んでいる者は、
ニッケルバッカーただ一人だった。

ただ、

「俺の方が出来る子なんだ・・・・・」

今までは、自分だけしか出来ない事。
狙撃に関して誇りさえ持っていたが、
初めて鏡写しのように相対する敵と巡り合った。

自分が乗り越えるべき壁は、
kmを超えて現れた。

「本当に感謝する・・・・女王蜂」

狙撃ポイントを決め、
双眼鏡を片手に、
自分自身を見定めた。

「能力が特異なだけに・・・・ぶつかる壁が今までは無かった・・・・
 あったとしても、パージフレアという土俵でアレックス部隊長と比べる程度だった」

だけど

「俺の土俵に上がってきてくれたのは君が初めてだ」

認めよう。

「君は出来る子だ」

双眼鏡の区切られた視界の中、
対岸の彼女を探す。
赤いドレスを探す。

「でもここが俺の土俵である限り、俺はここを譲れない。
 自分の誇りであり、最強を冠する44部隊の名を汚すわけにはいかない」

見つけた。
打ち勝つべき相手を。

「俺は出来る子だ俺は出来る子だ俺は出来る子だ」

呟く必要もなく、
落ち着いていた。
指先を向ける。

「I can・・・・I can・・・・IcanIcanアイキャンアイキャンっ!!!!」

出来る。
出来る出来る出来る出来る。

相手より早く。
相手より正確に。

今までの自分より早く。
今までの自分より正確に。

「羽を落とさせてもらう。女王蜂」


































「うそっ!?もう!?」

狙っている最中。
マリナはまだニッケルバッカーの姿さえ捉えていなかった。
だが、
体の下から光が差し込む。
魔方陣か展開されている。

「ちょっとちょっと!早すぎるわよっ!!!」

ギターを手にとってきりもみ状態で横に飛んだ。
早かった。
パージフレアの蒼炎が吹き上がる。

「あっ・・・・つっ!!!」

今度はギリギリだった。
セーフかアウトでいえばセーフの域だが、
ドレスの裾が燃えた。

「もう!!お気に入りなのにっ!!」

炎を払い、消す。
裾が黒く焦げ固まっている事に少しむくれた。

「相手も本気出してきたってところね・・・・」

今度はさすがに余裕もなく、
すぐに身を隠した。

ギリギリでセーフだったのは・・・
それこそマリナが狙撃の体勢に入っていなかったからだ。
避ける余裕があったからだ。

「もし狙撃に集中していたらオジャンだったわね・・・・」

その結果は、負けを意味していた。
狙撃勝負になったならば、
相手の方が早く、
相手の方が正確。

ならば狙撃自体がすでに不可能。
必ず負けるのだから。

「完全に身を隠したままじゃ狙いようもないし・・・・」

だが狙撃の体勢になれば相手の勝ちだ。

「なら残るはかくれんぼしかないけど・・・・」

相手に見つからず、こちらだけ見つけている状況ならば、
狙撃の遅いマリナにも勝機はある。
まだ素直に狙いがうまくもいってさえいないが、
狙う時間を手に入れたいならそれしかない。

「赤いドレスなんて着てくるんじゃなかったわ・・・・」

ここに来て嫌悪した。
見つけやすさの時点で圧倒的に不利がある。

「なんぼのもんじゃぃっ。おめかしを妥協して調理場に立てるかってんでぃ」

唇を突き出してグッと拳を握った。

「さてさて・・・・」

背中の壁越しに相手を見定める。
さすがに壁を背にしたまま超長距離の相手を見つける事は出来ない。

「探して隠れて探して隠れて・・・にしましょかね」

マリナは途端に体を翻し、
ギターというスナイパーライフルをセットする。
そして敵を見定める。

「・・・・・・居ない」

すぐに見つからないの判断するや否や、
ギターと体を手すりの裏に隠し、
移動する。

「どこよ」

そして移動してはまた狙撃体勢に入り、相手を探す。

「むきぃ・・・・」

だが見つからない。
体をまたひっこめる。

狙撃時間が向こうに理があるなら、
こちらが先に見つけて狙う必要がある。
相手に先に見つけられてはいけない。
なら、
こうやってチャンスを何度も作り出すしかない。

「向こうも同じ事やってたら苦笑いだけどね」

それでも体を出しっぱなしにするしかない。

「よっと」

また狙撃体勢に入る。
時間にして3秒ほど、敵の位置を探る。
ただでも視力的にギリギリの距離で、
目を凝らしてやっと見定められる距離なのに、
こんな短時間で見つけるのも至難だった。
というか、
無理だ。

「・・・・・ん?」

だけどある事に気付いた。
それは戦場ではよくある事だったが、
それにマリナは気付いた。

「へへ〜・・・・」

ニヤりと笑い、
マリナは体をまたひっこめた。

「なるほど、お互い様って事ね」

いや、むしろ・・・こちらの方が・・・・・・・有利?

「おーおーマリナさん。冴えてきたわね」

そこから生まれた余裕が、
マリナにいろいろな閃きを与えた。
移動を終え、
いろいろと品定めを終え、

「じゃぁいっちょクッキングタイムといきますかっ!」

マリナは上半身丸々出してギターを構えた。
スナイピングの体勢に入った。

「どこかしら」

探す。
ニッケルバッカーを探す。
だが探し方が今までとは違う。
一点を見定めないと霞む視界の先の敵は見つけられないと思っていたが、
今回は違う。
見るともなく、全体を見据える。

「見つけたわ子猫ちゃん!!!」

ギターの先端が敵を捉えようとする。



































「・・・・・なんだ?」

ニッケルバッカーは違和感。
敵の姿を探している最中だったが、
それが突如襲った。

「視線?殺気?・・・見つかったか」

それこそ狙撃手としての長年の経験が生きただろう。
ニッケルバッカーはそれを感じ取った。
そしてそれは長年の勘にも等しく、
マリナの位置を感じ取った。

双眼鏡でマリナの位置を確認する。

「馬鹿な・・・・」

急いでニッケルバッカーは指を突き出し、
マリナの方へ照準を付ける。

「なんで・・・・さっきまではあそこには居なかったはず・・・・」

なら、
隠していた姿を現してばかりのはずだ。

「だけど・・・・女王蜂はどう見ても既に照準をこちらに向けている」

どうしてだ?
どうしてそんな短期間に自分の位置を把握出来た。
他の地点で位置を見定めてから、あの位置で狙撃の体勢に入ったのか?
違う。
こっちも移動している。
お互い様のはずだ。

「俺もこの位置に来てからまた数秒だ・・・なのになんで瞬時に見つけることが出来た・・・」

偶然か?
いや・・・この世に偶然なんてない。
この極限の状況なら尚更だ。

理由は分からない故、
ニッケルバッカーには迷いが出た。
それが逆に幸をなした。
先ほどのマリナと同じだ。

「・・・・やばい」

マズルフラッシュ。
対岸。
城壁の上のスナイパー。
マリナの銃口が輝いたのが見えた。

迷ったからこそ、
避けるという選択肢が頭によぎり、
次の瞬間には体をひっこめていた。

「・・・・・うっ!!・・・・」

肩口をカスった。
閃光のような銃弾はニッケルバッカーの肩口をえぐり、
肩骨の先端を砕いた。

「・・・・チク・・・ショ・・・・」

座り、物陰に隠れ、肩を抑える。
血が滲む。
右肩、狙撃に使う方の腕をやられた。

「本当に彼女は出来る子だ・・・・今の一撃・・・・俺を貫いていた・・・・」

この短期間でシャル=マリナは、
こちらの命を奪うレベルにまで達して来ている。

「・・・・落ち着け・・・落ち着くんだニッケルバッカー・・・
 お前は出来る子だ・・・俺の方が出来る子なんだ・・・慌てるな・・・落ち着くんだ・・・・・」

フゥ・・・フゥ・・・と息を荒立てる。
だけど顔を出す勇気はまだ出なかった。
とにかく落ち着かせる。
自分を勇気付かせる。

「なんでこちらの位置が一瞬で分かった・・・・」

迷いが無かった。
何かしらこちらの位置を察知する術を見つけたとしか思えない。
迷いの無い射撃だった。
狙撃・・・・。

「・・・・・そうか・・・・」

撃たれた時の事を思い出す。
マリナの銃光。
マズルフラッシュ。
・・・・その・・・逆だ。

「こいつか・・・・」

ニッケルバッカーの手には、双眼鏡があった。

「反射光・・・・」

それは、戦場で位置を捕捉される可能性の高い理由の一つだ。
兵ならば誰もが気を使う。
さながら夜中の猫の目。
光に反射して位置がバレる。
双眼鏡の反射光での位置発覚は、
ポピュラー故に細心の注意が必要だった。

だが、
今までのニッケルバッカーにはソレは必要無かった。
超々距離。
相手に捕捉されたところで相手に攻撃の手段もない。
ただのこちらの照準手段として使用したところで何も問題は無かった。

「・・・・詰めが甘かった・・・・」

空を見上げる。
輝くは太陽。
双眼鏡を通してマリナに位置を知らせてしまった元凶。

ルアス城といえ建造物だ。
一般の建築物と同じで、窓は南に備え付けられる。
門が南に無い城などそうはない。
それはルアス城も同じ。
南向きだ。

今までは窓ガラスなど、他の反射光で曖昧になっていたが、
見ようと思って見ればそれは明らかだ。
自分という狙撃手の位置を教えているようなもの。

「大丈夫・・・そこまで把握できるならばまだ落ち着いてるぞニッケルバッカー」

自分に言い聞かせる。

「OK・・・問題は無い・・・問題を理解出来るなら問題はない・・・出来る・・出来るぞ・・・・ 
 少し不利になった事は間違いないけど・・・・お前は出来る子なんだ・・・・
 こんな状況だって打破出来る・・・出来るんだ・・・・出来る子なんだから・・・・・」

左手で右肩を抑え、
右手に持ち替えた双眼鏡を握り、
体勢を低くしてニッケルバッカーは移動を開始した。

「・・・・・双眼鏡を使えば相手に位置を教えてしまう・・・・
 だが・・・俺の視力は一般人のそれを超えてはいない・・・・無しで索敵は出来ない・・・・」

肉眼ではさすがにこの距離を目視出来ない。
相手の視力が異常なだけだ。

「なら・・・反射光を失くせばいい・・・・」

場所を移動し、
ニッケルバッカーはその場でレンガの破片を拾った。

「俺はまだ双眼鏡の反射光に気付いて居ない・・・・と思っていたら儲けものだ・・・・」

そして、レンガの破片で双眼鏡のレンズに傷をつけた。
ヤスリでこするように。
これで反射光はかなりマシになる。
もちろん双眼鏡の能力は極度に落ちるが・・・・必要なのは視界が相手まで届く事だ。
ボヤける程度ならば問題はない。

「あえてハンデを背負おう・・・・・君はそれに値する・・・・女王蜂・・・・
 君は相手を追い詰める事が出来る子なんだ・・・・それを俺は受け入れよう・・・・・」

傷を入れ終わると、顔を出し、左手の双眼鏡でまた索敵を始める。
右肩からは血が流れっぱなしで、
右腕はブランと垂れていた。
使い物にならないほどではない。
使えなくとも使ってやるさ。

「反射光を探してるんだろ・・・・女王蜂・・・・」

移動したであろうマリナの位置を探る。

「一瞬で反射光を見つけるためには、視点を集中させるでなく・・・ぼんやりと全体を見なきゃいけない・・・
 君はそうやって俺を見つけた・・・・だけど・・・・また同じ事をやっているならば君の負けだ・・・・」

戦いの中でも成長しろ。
自分を乗り越えろ。
逆境を乗り越えろ。
一分一秒のペースで。
そうやって人は強くなる。

「君はまた一つ・・・・俺を出来る子にしてくれた・・・・」

マリナがまたニッケルバッカーを見つけるために双眼鏡の反射光を探しているならば、
全体を見ている。
反射光が滲んだ今、逆にそれは索敵の妨げになる。

「だけど俺も君を甘くは見ない。君も次の一手を出してきていると見よう。
 すでに双眼鏡に傷を入れさせた事で今の戦いは君の価値だ・・・君の方が出来る子だった・・・」

ならば、
それこそまた仕切り直しだ。

「お互いが今、出来る事だけをやっている・・・・」

それでも自信があった。
双眼鏡に傷が入った今でも、マリナと同程度の索敵能力はあると。
いや、補ってみせると。
あとは・・・・・
狙撃能力て上回ってみせるだけ。

「勝つのは俺だ・・・・・・俺が出来る子だ・・・・」

I can・・・
I can・・・
I can・・・
出来る。
出来る。
そう言い聞かせる。

「見つけるのは君が先か・・・・俺が先か・・・・」

自分が先だ。
自分が先に出来る。

「撃つのは君が先か・・・俺が先か・・・・」

自分が先だ。
自分が出来る。

「I can・・・・アイキャン・・・アイキャンアイキャンアイキャン!!!!!」

・・・・出来た。
そう感じた。

「見つけた」

それは、極限の集中力が生んだのだろう。
幸運さえも味方した。
女神は女王にでなく、ニッケルバッカーを味方した。

「そこだ・・・・」

ニッケルバッカーは痛みに堪えながら右腕を伸ばす。
指先を突き出す。

マリナは・・・まだ隠れたままだった。
だが、
隠れている状況で発見する事が出来た。

外門での戦い。
その時に崩れていたのだろう。
壁の一箇所が崩れていて、
わずかにマリナの姿が見えた。
赤いドレスが見える。















「・・・・・・・この感じ・・・・」

バレたか?
それは勘でしかなかったが、
マリナもこの狙撃戦の中で、空気の違いを感じるようになっていた。

「こっちの位置に気付いたのかしら」

いや、そんな訳はない。
自分は城壁の手すり。
石レンガの裏に隠れたままだ。

「見つかったにしろ違うにしろ・・・隠れていれば問題はないわ・・・・」

赤いドレスは靡いていた。
それが崩れたレンガの隙間から見えているのだ。
だが、
視界に入らない場所に隠れているという安心感が、
マリナにはあった。
ドレスの方など見もしない。

「移動するか・・・どうするよマリナ・・・・」

マリナはギターを両手で抱えて目を瞑り、
首を振った。

「何故かバレたなら不用意に移動するのは危険かしら・・・・
 いえ・・・・それこそこの位置にいるのは危ない・・・・・はぁ・・・じっとしてるのは嫌いなんだけどね・・・・」

隠れているという状況以外に一つ、
マリナには安心感があった。
それは、
索敵の面で自分が勝っていると感じているからだ。

相手は44部隊、
恐らく双眼鏡の反射光には気付いてしまっただろう。
もう使えない。
だがそれは逆に力を得たようなもの。
それでも双眼鏡を使ってくるならば恐れ入るが、
それならば儲けもの。
逆に双眼鏡の光というハンデを持ってしても

「それでも私に勝っちゃえるってんなら・・・・私じゃどーしよーもないわ」

だがニッケルバッカーはそうしないだろう。
双眼鏡に小細工をするか、
双眼鏡自体を捨てるか。

狙撃自体の戦いに持ち込んでくるだろう。
当然だ。
狙撃という事に自信があるからだ。
誇りがあるからだ。

だがどちらにしろ、
相手の索敵能力が落ちたのは変わりない。

「それなら・・・迷彩能力に置いてはこちらが有利・・・ってね」

思い返してみれば疑問だった。
初めの方。
マリナは堂々と立っていたり、
迂闊に姿を見せたりしていた。

だが、
今のように速効の狙撃をしてきてはいなかった。

「理由は・・・・このマリナさんが分からなかったから・・・・」

こっちが勝手に持ち込んだ勝負だ。
まずニッケルバッカーはマリナという敵を探しただろう。
姿格好も分からない、
未確認の敵を。

「でも城壁はこの有様」

城壁の上は、外門での戦いに使用されていた。
ロッキー・・・もといオリオールの攻撃などで至る所は崩れていて、
そしてそれは、
外門守備部隊の魔術部隊が配置していたから。

昇天していっても、
ある程度の武具は残されていた。

「最初の狙撃の標的はアレックス君。だけどあの時はアレックス君さえも捕捉出来てなかったわ・・・・
 背格好の似た騎士を間違えて狙撃していた・・・・・・・・的確に判断するほどの視力は無い・・・・・・」

あくまでニッケルバッカーは大まかにしか把握出来ないのだ。

「この辺りに転がってる武具とかに紛れて私の姿を捕捉出来なかった・・・・」

ニッケルバッカーにとって、
この瓦礫と武具でゴチャゴチャの城壁上は、
索敵を難しくしていた。

「ま、さすがにこの真っ赤なドレスに気付いてドンドン捕捉が早くなっちゃったけど・・・・・」

それに気づいていみれば、
さすがにこの戦場。
魔術師といえど、
真っ赤なドレスを着て戦場に立ってた者は居なかったのだろう。
マリナの姿は唯一無比だった。

「それでも似たような色のものは少しだけ転がってる・・・・・
 双眼鏡の効果が弱くなった今・・・・索敵は私に理があるわ・・・・」

間違えて違うのでも攻撃しちゃいなさい。
そうすれば・・・・・
それがマリナの安心だった。






































「出来る・・・・先に見つけた・・・・先に撃てる・・・・・」

そして、
ここに来て攻撃方法が勝負を分けた。
天はニッケルバッカーを味方した。

マリナはスナイパーライフルによる狙撃である事に対し、
ニッケルバッカーはパージフレアだ。
パージフレアは発火地点に魔方陣を敷き、
炎を上に噴出す地点座標の魔術(スペル)。

もし自分がマリナだったならば、
壁に阻まれて攻撃は無理だったが、
パージフレアならば壁の向こうにも攻撃は出来る。
理論的には。

「やった事はない・・・やった事はないけど・・・・・」

出来るならば・・・マリナの安心は無に帰す。
むしろ足元を掬われている状況だ。

「俺は出来る子だ・・・・やってやる・・・・やってやるぞ・・・・」

俺は出来る子だ。
見えない向こう側への攻撃も、やってみせる。
出来る。
I can・・・・。

「俺はっ!出来る子なんだっ!!!」

そしてマリナの安心の二つ目。
それも無に帰していた。
マリナは気付いているのか気付いていないのか。
気付いていないだろう。

「間違いなくあのドレスだ・・・・」

ニッケルバッカーに見間違えは無かった。
標的は確実に頭に叩き込んで居た。
見間違えは無い。
ニッケルバッカーが目にしているのは、
間違いなく・・・・・・マリナだった。

「やってやる・・・・・やってやる・・・・出来る・・・出来るんだから・・・・・」

壁の向こう側へのパージフレア。
初めての試みだが、
また一つ、
ここで自分を超える。
自分を成長させる。
ぶっつけ本番。
だが、
不思議と失敗する気にはならない。

「俺はここで・・・・また一つ出来る子に・・・・・・」

奮えは無く、
指先はしっかりとマリナを捉えていた。

「アーメン」


































「さて、結局移動するかどうか・・・・」

マリナは未だ迷っていた。
現時点、
すでにニッケルバッカーはマリナを索敵し、
狙撃の体勢に入っている場面だった。

「だけど・・・・私の方が狙撃の能力が低い事は確か・・・・」

それを補うためには、
隠れながらの狙撃よりも、
もっと安定して狙える状況が必要だ。

「・・・・・・・あそこを使うか・・・・」

隠れていたマリナの目に映ったのは、
それは、
既に城壁の手すりが崩れ去り、
城壁の地面以外は丸出しの場所だった。

「あんなところで狙ったらバレバレだけど・・・・・これは賭けね・・・・」

隠れ蓑が一切無い場所。

「あそこで寝転んで撃てばもうちょっと上手く狙える気がする」

それは危険過ぎる賭けだったが、
どうせ撃つ時にはバレる。
どうせ狙撃対決になればバレる。
ならば、
その狙撃対決で少しでも優位になる方法が重要だった。

「しょうがない・・・・わ・・・・やんなっちゃうけど・・・・・」

丸焦げは嫌だけど・・・・

「料理人が火傷を怖がってられるか!!!」

マリナは、
一気に駆け出した。


































撃ち放とうと思った瞬間だった。
もう指を上げようとしていた瞬間だった。

「ん?」

動いた。
物陰から・・・真っ赤なドレスが。

「しまった!・・・少し遅かったか・・・・・」

だが怯んでいる場合じゃない。
むしろ移動の瞬間を目に出きたのはチャンス。
最大のチャンスだ。

壁の崩れているところ。
そこまで出てきたところで・・・・・

「撃ち落して・・・・・」

今だ!ただそう思った瞬間だった。
真っ赤なドレスは、
間違いなく移動していて、
そして、
隠れ蓑から姿を現した・・・・だが・・・・

「・・・・なっ・・・・」

目を疑った。
間違いなく索敵していたはずだったが・・・・

見えたのは・・・・風に飛ばされた"ドレスだけ"だった。

「馬鹿・・・な・・・」

一瞬思考が止まる。

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!!!」

間違いなくアレはマリナのドレスだ。
間違いない。
見間違いもない。
それなのに・・・それなのに・・・・

「・・・・くっ・・・」

そう思った時、
視線。
殺気。
またそれを感じた。
狙われている。
狙いを付けられている。

ニッケルバッカーは視線を移動する。
双眼鏡を移動する。
擦れたレンズの中でもそれは分かった。

それはそうだ。
隠れ蓑さえない、崩れた場所でマリナは寝転んでこちらに照準を合わせていた。
いつからだ?
いつからそこで狙っていた?
数秒前から、
ずっとそこで狙っていたのか?
いつから・・・
いつから。

「ああああああああ!!!!」

指先をマリナの方へ向ける。
一瞬で照準を付ける。

分かってしまえばこんなに分かりやすい標的は居ない。
狙いたい放題だ。
外す気さえしない。

なのに・・・なのに何故気付けなかった。

「ず・・・ずっと・・・・」

風に飛んだ真っ赤なドレスは、
適当な瓦礫に引っかかった。

「オトリのドレスだけ見せられていたのかっ!!」

真っ赤なドレスは逆に格好の標的だった。
見間違えが有り得無いからこそ、
それに目を奪われた。
だから・・・

マリナが堂々とこちらを狙っていても気付けなかった。
マリナは"真っ赤なドレスなど着ていなかった"のだから。

「くそぉおおおおおお!!!!」

下着姿のスナイパーの弾丸が、ニッケルバッカーの顔を吹き飛ばした。






































「しゃぁ!!!」

マリナは狙撃が終わると同時に、
寝転んだまま体を転がし、
壁の裏側へと隠れた。

「うまくいったわ」

隠れるや否や中腰の体勢まで体を上げ、
体を半分隠しながら敵を確認する。

もう一度風が吹き、
真っ赤なドレスが飛んできたのを掴み、
じっと城の方を探る。

「寒いけど着るのは後回し。ま、このマリナさんの晴れ姿の見物料に命は安かったんじゃ・・・・」

そう思った瞬間だった。
マリナの真横で、
大型のパージフレアが噴出した。

「え・・・・」

疑問の余地を挟む間もなく、
マリナの真下にも魔方陣が浮かび上がる。

「生きてるのっ!?」

迷っているヒマはない。
片手にギター。
片手にドレスを抱え、
マリナは横っ飛びする。

「そんなっ!!頭に当たったのは確認したのにっ!!」

だが、止まっているヒマもなかった。
また真下に魔方陣が展開(マーキング)される。

「物陰なのに私の位置が把握出来てるの!?」

今度は横っ飛びではなく、
駆け出すように避けた。

「違う・・・・」

パージフレアの魔方陣の大きさ。
それは、
"城壁の上と同じ大きさ"

「狙ってない!順番に横に狙っていってるだけだわ!!」

そう。
それこそマリナは城壁の上は真横に走って逃げるしかないように。
背後ではサドンデスのように蒼柱が上がっていく。
炎に追いかけられている。

「そんなのズルいわよっ!!」

マリナはただ全速力で城壁の上を走るしか無かった。


































「出来ないわけがない出来ないわけがない出来ないわけがないっ!!!!」

ニッケルバッカーは、
マリナの姿が見える見えないに関らず、
城壁の上を隙間無く発火していった。

「俺は出来る子だ!出来る子なんだ!出来ないわけがないんだっ!!」

連射に連射。
どんどんと指が突き上げられていく。
マリナを追いかけるように、
パージフレアが発火させられていく。

「おえ・・・おぇ・・・俺は・・出来る子なんだっ!!!」

マリナの弾丸は、
確実にニッケルバッカーを貫いていた。
避ける暇もなく、
ただ顔面をぶち抜いた。
ただ、
マリナの弾丸があまりに一点に集中していたからこその幸運だった。

マリナのライフルは、
ニッケルバッカーの右頬を全て吹き飛ばし、
右耳も吹き飛ばし、
顔の右半分のほとんどを持っていっていた。

ニッケルバッカーの口は閉じても閉じて無くても、
右側から空気が尊大に吹き込んでいた。

「出来る!出来る子なんだ!そうだろじぃちゃん!ユベン!ロウマ隊長!!
 俺は・・・おへは・・・・出来る子なんだ!!負ける訳にはいかないんだっ!!!」

半分死に直面したニッケルバッカーは極限状態で、
それはニッケルバッカーの全てを引き出していた。

狙いに関しては城壁の上という大まかさなので双眼鏡の必要は無かったが、
狙撃に関しては、
出来なかった事を可能にしていた。

ギリギリの超長距離のパージフレア。
この距離であの大きさのパージなど、
今までのニッケルバッカーには出来なかったし、
しかも連射となると、
それはパージフレアの常識を超えていた。
そして、
大まかで照準は絞れるからとはいえ、
ここで初めて壁の裏側へのパージフレアを可能にしていた。

「出来るっ!出来る!出来るんだ!俺は出来る子!出来る子なんだっ!!
 俺は出来る子だ俺は出来る子だ俺は出来る子だ俺は出来る子だ!!!!」

吹き上がる巨大なパージフレア。
それはマリナを追いかける。
蒼炎がマリナを追いかける。
順序に、
まるでピアノのように。
横に流れるように吹き上がっていく。

「IcanIcanIcanIcanIcanIcanIcanIcanIcanIcanIcanIcanIcanIcan!!!!!!!」

出来る。
出来る。
出来る。

「出来る!!今の俺はなんだって出来る!出来ると思えば出来ない事なんて無いっ!
 俺は無限だ!出来ると思えた俺は無敵なんだっ!!何もかも!出来る子なんだっ!!」

出来るんだ。
自分に呼びかけるんだ。
お前は出来る子なんだ。
じぃちゃん。
ユベン。
ロウマ隊長。
そして俺自身。
誰だっていいから言ってくれ。

「俺は出来る子だっ!!!!」

出来る子なんだ。

「ユベンっ!!昔お前は聞いたよな!なんだって出来ると思えば出来るなら・・・お前は空だって飛べるのかって!
 そして俺はその問いに絶望したけど・・・答えを見つけて答えたんだ!あぁ出来ると思えば空だって飛べると!!」

IcanIcan(出来る)
IcanIcan(出来る)
IcanIcan(出来る)
IcanIcan(出来る子だ!!)

「I can fly!!・・・・俺は今!飛んでいるっ!!地に落ちろ女王蜂っ!!!」



































「ちょちょちょ!マジやばいってっ!!!」

転びそうになったのを堪えながら、
マリナは全速力で走る。

「わっとっと・・・」

手放しそうになった赤いドレスを掴みなおし、
なお走る。
背後では蒼炎が吹き上がる。
振る向くヒマもない。

「タイムタイムタイムっ!!!狙撃対決に戻しなさいよっ!!!」

必死に走りすぎて、
マリナは一流のランナーのように両足両腕を振りまくった、
美しいフォームで逃げていたが、
下着姿なのが滑稽でしかなかった。

「もぉーーーちょっと弱火にしなさいよっ!外側が焦げ付いちゃうでしょ!
 炎と追いかけっこなんかさせちゃって!どうするつもりよ!!」

そんな事叫んでも、
ニッケルバッカーには届かないし、
それ以上にこの攻撃の様子を見れば容易に分かる。

一転して我を忘れたような攻撃。
仕留めそこなったことでブチ切れたか。

「冷静沈着で大人しい方が切れると怖いっていうけどっ!!
 見てなさいよっ!このマリナさんは常時怖いんだからねっ!!!」

どこまで逃げればいいのか。
そう思いながらマリナは真っ直ぐ逃げ道を見据えた。

「・・・・ッ!!・・・・・ただの前ごしらえって事ね・・・・・」

見失ってる?
そんな予想は馬鹿だった。
自分を見つめなおすのが44部隊の教え。
ニッケルバッカーが急変したのは確かだが、
彼はそれでも44部隊。
我を忘れているなんてのは大間違いだった。

マリナの視界に映ったのは・・・・壁。

このまま走ると外門の真上。
外門の枠。
城壁のど真ん中。
壁に突き当たる。
行き止まり。

「それで後ろから手際よく・・・・褒めてあげるわ!」

追い詰めるつもりなのだ。
やろうと思えば順番に発火していく必要はない。
マリナを直で狙えばいいのだ。
先回りもさせられる。
だが、
確実に仕留めるために・・・・行き止まりまで運ばれてる。

「って言っても逃げ場もないじゃないっ!デッドエンド!?台本しっかりしなさいっ!!!」

言葉虚しく、
走れば走るほど行き止まりに近づいていく。
だが、
一瞬だって止まるわけにはいかない。

「下に逃げるってのはどーよ私!内側じゃ駄目だけど外側に逃げれば・・・・」

いや、
それじゃぁなんでわざわざ自分から勝負を挑んだのか分からない。
恐らく外門下にはまだアレックス達が居る。
本当の標的はそっちだ。
それじゃぁ意味がない。

ニッケルバッカーがいる限り、
外門という入り口はただの狙撃のポイントになってしまう。

「20秒・・・・いや10秒でも落ち着いて狙撃する時間があれば・・・・今の私だって狙えるのに!」

そんな時間は与えない。
そう言わんばかりにパージフレアは追いかけてくる。
避ける隙間もない。
魔方陣が追いかけてきている。

「最後の手段・・・・駄目もとで状況がよくなるかも分からないけどやるしかないわ・・・・
 壁まで行ったら反転する!魔方陣は一個しかないのを逆手に取るわ!
 タイミングを見計らって今度は逆に走る!それで城壁に沿って城まで・・・・・」

そんな事を考えている間に、
もう既に壁は目の前だった。
そして・・・
その考えは一瞬で打ち砕かれた。

「・・・・うっそ・・・・」

その前方の壁。
外門の外枠。
その壁・・・壁自体に・・・・・魔方陣が浮かび上がった。

「逃げ場ないじゃないっ!!!」

真上に噴き上がるパージフレアと違い、
壁に設置されたパージフレアは真横に噴き盛る。
それは、
十数メートル範囲、城壁自体を全て飲み込む。
それは一瞬で理解出来た。

ニッケルバッカーは最初からこれが狙いだった。
逃げ場無きパージフレア。

さながら土管の中で火炎放射を吹き付けられたネズミ。

「もぉ!!!」

マリナは足にブレーキをかける。

「このマリナさんをっ!!」

女王蜂は、
蜂のように刺すために、

「なめんじゃないわよっ!!」

蜂のように舞った。


































「アーメンッ!!!!!」

パージフレアは真横に噴出した。
それはマリナの予想通り、
城壁の上を全て飲み込んだ。

「出来たっ!出来た!!俺は出来たぞ!!ハハッ!出来たんだ!俺は・・・俺は・・・・」

ニッケルバッカーは両手でガッツポーズを取り、
右半分が崩れた顔を天に向け、
叫んだ。

「俺は出来る子だっ!!!!!」

無敵の実感。
何でも出来る快感。
自由の羽を手に入れたニッケルバッカーは、
空を飛ぶ気持ちだった。

なんだって出来る。
出来ると思えば・・・出来ない事はない。

じぃちゃんは間違ってなかった。
ロウマ隊長は間違ってなかった。
俺は・・・・間違ってなかった!!

「I can!!!そしてI couldッ!!!出来たぞっ!出来・・・・・」

ただ、
過去形にするには早かった。

「・・・くっ!そうだったな!君もっ!君もっ!出来る子だったな女王蜂っ!!!!」

手すりに飛びつくように、
張り付くように、
その光景を見る。

女王蜂が飛んでいた。
女王蜂が跳んでいた。

城壁から飛び出し、まるで浮遊しているかのようにゆっくり・・・
空中に彼女は舞っていた。

「褒めるよっ!認めるよ!今!完全に!君は出来る子だ!出来る子だ!」

飛び出したマリナは、
まるで浮かぶように空中をゆっくり降下していた。
その手には、
ギターが握られていた。

「君を乗り越え!俺は俺自身を乗り越えられるっ!君のお陰で今日俺はあまりに強くなったっ!」

赤いドレスは別の所で空中を舞っていた。
空中を漂うマリナは、
ギターをしっかりと定めていた。
まるで地上にいるかのように。
否、
空を制しているかのように空中で射撃の体勢をとっていた。

ブロンドの髪は空中で大きく広がり、
まるで蜂が羽ばたいているかのように見えた。

「君も飛べたんだなっ!出来る子だから!だけど!だけど!俺は出来る子だ!
 君が出来る子だろうと俺は出来る子だ!俺の方が出来る子なんだ!!
 君にはそれが出来たけどっ!俺に出来ない事はない!出来ると思えばなんだって出来る!!」

羽ばたくマリナの照準は、
しっかりとこちらに。
ギターの先端は空中でもズレを起こす様子は無かった。

「俺は出来る子だ俺は出来る子だ俺は出来る子だ俺は出来る子だ!なんだって出来る子だ!
 じぃちゃん!ユベン!ロウマ隊長!そして俺自身!また言ってくれ!俺に出来ると!
 俺に出来る子だと!俺に力をくれ!無限の力を!無敵の力を!!!!俺に言ってくれ!!」

ニッケルバッカーは、
出来る子だと。

「俺はっ!!!」

ニッケルバッカーは、
すでに血が流れすぎた右腕を、
左手で支えで照準を定める。
指という名の銃口を、
指と言う名の引き金を。

「出来る子だっ!!!!!」

舞う、女王蜂。
狙え。
撃ち落せ。
ただ・・・・

「俺は・・・・・」

"俺の魔方陣はどこだ"

「俺に・・・・・」

敵は空中。
どこにパージフレアの魔方陣が出来る。
地面か?
壁か?
どこある。
俺の魔方陣はどこに出来る!

「俺に・・・・言ってくれ・・・・」

右腕が・・・落ちた。

「誰か・・・・俺に言ってくれよ・・・・・」

時間が止まったようなその世界で、
見えないはずの遠き彼女が、
はっきりと見えた。

「嫌だ・・・・言わないでくれ・・・・」

女王蜂は美しかった。
透き通るような肌を露出した天使は、
舞い、
ブロンドの翼を広げていた。

「言うな!言わないでくれ!!!!」

彼女の持つ命を奪う銃は、こちらを見据えていて、
美しい瞳は、
まっすぐこちらを見据えていた。

「俺にっ・・・・」

彼女の、
天使の、
女王蜂の、
口の動きが分かった。

"貴方には・・・・・"

「俺にっ!!俺にっ!!"出来ない"なんて言わないでくれっ!!!!!!!」


天使の銃口は輝き、

ニッケルバッカーの胸の中心を貫いた。




















意識が途切れた。
俺は今どこに居るんだろう。

何も無い空間を漂っていて、
全てが真っ白で、
全てが真っ黒で、
何も無い。

自分しか居ない。

ただ、
彼はその終りの絶望に潰されはしなかった。

「ハハッ・・・・・なんだ・・・やっぱり俺は飛べるじゃないか・・・」

何も無い。
もう何も無い世界の中で、
彼は無敵だったし、
彼は無限だった。

「今俺は・・・・なんだって出来る・・・・・・」

そうして彼の命は消えていった。









                 






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