「なんと地下にもメテオが落ちてくるとは」 エクスポは両手を広げ、 涼しい顔で顔を振った。 「なるほど。さすがアスガルド。天地は繋がっているというわけだ。 そういえば昔母さんが言ってたな。雨は神様の涙。雷は天地の架け橋。 そしてメテオはアスガルド(天国)の土砂崩れだってね。なかなかに美しい」 「わけ分からない事言ってないでよ」 ペシペシと、 スウィートボックスはエクスポを叩く。 そして上を指差し、 続けざまに目の前を指差した。 「天井が崩れてきたのっ!」 「やれやれ。天災は神様の目の届く地上までしか起きないって言うのにね」 エクスポとスウィートボックスは立ち往生していた。 それもこれも、 進行方向。 この地下水道の通路が、 突然崩れ、 目の前が瓦礫の山で埋め尽くされたからだ。 「なんと地下にもメテオが落ちるとは」 「その表現はさっき聞いた」 呆れるスウィートボックス。 表現はエクスポの趣味であり呼吸のようなものなので、 止める事は難しい。 ただ、 彼らの行く先は止められた。 塞き止められた。 「なんでいきなり崩れ落ちて来たのかしら」 「だから言ってるだろスウィートボックス。メテオだって」 「なんと地下にもメテオが落ちるとは」 「・・・・・」 「地上のメテオの衝撃で崩れたってこと?」 「ま、当たらずとも遠からずってとこかな」 いちいち毎度遠回りする奴だと、 スウィートボックスはやはり呆れる。 「いいかい?地上でメテオが降ったのは間違いないだろう。 こちらにはフレアが居るからね。彼女がメテオを撃たないわけがない。 絵描きが絵を描かないはずがないからね。ただ絵描きが絵を描いてるかは見てない」 「私らは地下に居るから分からないしね」 「そう。だからまぁ、衝撃の理由としてはメテオが今のところ妥当かなってだけ」 エクスポは足音の反響するこの通路を少し歩み、 崩れて行方を阻む瓦礫の山に手を置いた。 「ただ、ボクらは恐らく外門の位置は超えてるはずだ。 こんなところが崩れてくるのはおかしいとは思う」 「あちこちで崩れてるのかもしれないわよ」 「なら、それこそお先真っ暗だね」 元からかなり暗い通路の上、 十二分にお先真っ暗な進行ではあったが。 「でもやっぱりこんな所が崩れるのはおかしい。 こんな所がっていうのは、外門の直下ではないから・・・って意味じゃなくて、 元よりこの地下水道が崩れる方がどうなんだって感じだよ」 「まぁ・・・・ルアス城唯一の水源が絶たれるわけだからねぇ。 王国騎士団の連中も生易しい造りにしてるとは思わないけど」 「そう。そういうこと」 エクスポは指を立てて腕を組み、 考える仕草をする。 「メテオが降る度崩れてたら、攻城戦が数回で城は枯れ果てるよ」 「だねぇ」 「もちろん、王国騎士団の壊滅は2年前だ。1年前に帝国が再建したとしてもだ。 ここも放棄されていた期間は長いだろう。手入れが行き届いてないのは十分に感じる。 嫌なほどにね。どこがいつ崩れてもおかしくはない。まったく、この通路は美しくないよ」 エクスポは、 屈強に積み重ね、 頑丈に造りこまれたものがいつか朽ち果てるのは、 一つの美だと思っている。 だけど、 簡単に崩れるのは美ではない。 儚さは美ではない。 人の死でいうところ、一番美しい死は老衰だ。 「ま、ボクらの目の前がいきなり崩れたのは、運がやけに悪かったのか。それとも、」 何かしらの悪意があったか。 「運が悪いのは折り紙付きだけどね」 君が言うなよ。 とエクスポは苦笑する。 あぁ、 スウィートボックスは運が悪いわけじゃないな。 自業自得だ。 迷える子羊だ。 「運が悪いのは確かだけどね」 エクスポは、 元来た道に目線を戻す。 長い地下通路。 水が塞き止められ、瓦礫の隙間を通りつつ逆流もしている。 「前にも説明があったけど、分岐点が多かったのは街中だから。 ここからは城の真下に繋がってるから道の本数も少ない」 「他の道があるかどうか心配ってこと?」 「いや」 エクスポの目線の先。 それが恐怖だ。 「来た道を戻らなきゃいけないってことがだよ」 そう。 戻る。 遠回り自体は今更だからもはや苦にもしないが、 今は状況が違う。 戻ればどこかで・・・・ シド=シシドウとはち合う可能性が高い。 「なるほどね・・・・」 スウィートボックスは、全身の力を抜いて、 地面に恨みがあるかのようにため息の限りをついた。 「何度も言ってるけど、あのウサ耳に次会ったら私、体翻して逃げるからね」 「この行き止まりにかい?」 考えれば考えるほど戻りたくはない。 「何にしてもこんなところに居たら袋のネズミだよ」 「ネズミって言うな。鳥肌が立っちゃう」 「何にしてもこんなところに居たら箱入り娘だよ」 「あら呼んだ?」 意味が違う事をつっこんで欲しかったが、 相手が馬鹿じゃぁしょうがないかもしれない。 「とにかく戻ろう。ボクらが行く道は、来た道しかない」 「映画化できそうなフレーズね。タイトルはTバック」 「Uターンな」 何にしても二人は徒歩を再開した。 言うとおり、 彼らの行く道は、来た道しかないのだから。 主演二人は、 長々と歩いてきた水道を逆戻りする。 残念なことに、 この映画の主旨は、 暗闇の中に潜む殺人鬼から逃げ延びるスプラッター映画だが。 「水音さえ怖いわ」 「湿気も凄いしね」 もちろん、 ザコパリンクが異端だっただけで、 魚をはじめ、 生物など皆無の生活水の用水路だ。 ピチャピチャと聞こえてくる音は、 崩れた瓦礫が生み出すが、 それがそれで無機物な音で君が悪かった。 「キャッ!!」 「自分の足音でビビらないでおくれよ・・・」 シドと出会ったら本気で逃げ出すだろう。 「・・・・」 歩きながら、 エクスポは湿気で汚く暗い天井を見上げる。 「どうしたの?」 「上はどうなってるかなぁってね」 自分だけ違う道を選んだ。 仲間の近況も知りたいものだ。 「情報屋もここまではこれないからね」 「仲間の活躍が知りたい?」 「むしろ逆だね」 逆。 「誰も死んでなきゃいいけど・・・・なぁーんて考えは美しくはないけどさ」 レイズ。 チェスター。 ジャスティン。 もう誰も失いたくはない。 ただ、 そうもいかないだろうけど。 「大切な仲間の死を知るぐらいなら、いっそ先にボクが死にたいね」 「あら、弱気ね」 「本音さ」 本当に本音だ。 暗いこの地下水路だと、気持ちもそっちが表に出てくる。 「順番的には次はボクであるのが自然な気がするよ」 「死にたいの?」 「死にたくはないさ。でもボクの夢でもあるからね」 「夢?」 「そ」 「死が?」 エクスポは頷く。 それは軽い笑顔での頷きだった。 「仲間にもよく話すんだ。ボクは誰よりも早く死にたい。 皆が泣いている中で、皆に囲まれて、ボクだけ笑顔で死ぬんだ」 それは、 本当に夢を語る少年のような笑顔だった。 「母がそうだった」 そしてそれは思い出を語る青年の顔だった。 「あんたのお母さんはいい死に様だったんだね」 「あぁ。あれが至高の死だった。あれが・・・・美だと思った」 「だから死にたいの?」 「だから死にたくはないって言ってるだろ?」 「どっちよ」 「生きたいと思い続けて積み重ねた人生の最後だから美しかったんだよ」 「ややこしいわね・・・・」 「望んで手に入るものじゃないだけさ」 自分は生きたい。 だけど、 死を受け入れる覚悟はある。 皆そのはずだ。 そうやって戦争に臨んだはずだ。 ただ、 望んではいないけど。 「だからあのシド=シシドウのように、全てを台無しにする男は嫌いだ。 あいつには残酷な最悪さえもない。無意味に人を殺すんだからね」 命を無臭にしてしまう。 「あーやめてやめて。噂をすればなんとやらって言うでしょ?縁起でもないわ」 「縁起でもなければ演戯でもない。喜劇じゃなければ悲劇さ。 猟奇殺人者から逃げ惑うスプラッターな劇。ボクらは怯えながら道を戻るしかない」 「タイトルはTバック」 「だからUターンな」 むしろ君の脳内が巻き戻ってるよ。 とエクスポが言い放つと、 ベシッとスウィートボックスはエクスポを蹴飛ばした。 まぁこうも和やかで居られるのも、 未だシドの存在を認識出来ないからであって、 このまま歩を戻せば戻すほど、 シドとの遭遇率は高くなる。 ピチャンと反響する水音が、 恐怖を引き立てる。 「ほんっと気味の悪い水道ね」 「気味の悪い・・・ねぇ」 エクスポはその言葉に違和感を感じた。 「気味の悪いというよりは・・・・何か気持ち悪いね」 「何?美しくないとかいいたいの?」 「というよりも違和感だ」 違和感はあって当然。 天井が崩れて、 水音が立つほど雰囲気は変わっている。 「・・・・・いや」 エクスポが立ち止まった。 突然立ち止まったエクスポにぶつかり、 スウィートボックスは鼻っつらをぶつけた。 「・・・・あだっ・・・何よ?」 「敵だ」 エクスポは顔を動かなかったが、 目線は辺りを探っていた。 薄暗い半円柱状の下水道。 「ウ、ウサ耳?」 スウィートボックスは、 当たり前のようにエクスポの後ろに隠れた。 ただ、 エクスポは冷静に辺りを探っていた。 「いや、囲まれてる」 「え?」 シドに囲まれているとしたらそれは地獄より最悪だが、 不幸中の幸いな事にシドは一人しかいない。 ということは、 「じゃぁ何にっ!?」 スウィートボックスは思い出した。 エクスポが前に言っていた。 他に生命がいるはずだと。 「騎士団が地下にも兵を配置してたってこと!?」 「それはあまりにも考え難いが・・・・」 侵入者が居るかどうかも分からない地下道。 地上に加勢も間に合わないだろうこんなところに、 部隊を置くのはあまりにも非効率だ。 「でも居る」 どこに?とスウィートボックスは、 前と後ろを確認した。 薄暗い、 仄暗い、 この地下道。 声は、 上から聞こえた。 「あぁー、気持ち悪っ!!」 声に気付き、 スウィートボックスはハッと上を見上げた。 暗い天井。 何かが動いた。 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪っ!」 そしてそれは一斉に動き始めた。 カサカサ。 カサカサ。 「うわっ!気持ち悪っ!」 最後に言ったのはスウィートボックスだった。 そしてその表現はあまりにも的確だった。 「俺達の存在に気付くなんて・・・・気持ち悪いなぁお前」 天井の存在の一つはそう言った。 カサカサ。 カサカサ。 それは、 半円柱状の天井を、 這い回るように動いていた。 「気持ち悪っ!悪っ!」 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪っ!」 それらは呼応するように鳴き声をあげる。 間違いなく人間だろう。 ただ、 者によっては骸骨の姿をしており、 者によってはくたびれた汚い肌をしており、 ボロ切れのような衣類だけを装着していた。 「なんなんだ・・・この美しくない者達は・・・」 エクスポは、 顔をしかめながら辺りを警戒する。 気付いてしまえば、いつの間にこんな人数がいたのだろうか。 ゴキブリのように天井を這い回る者達が、 カサカサ、 カサカサと壁を舐め這う。 「お前ら・・・・・帝国の者か?」 「そうだけどっ?」 「どっ?」 「王国だけどっ?」 「気持ち悪っ!」 「キョキョキョキョ」 人間でなくそういう生物なのだと言わんばかりに、 異様な者達だった。 整列の欠片もなく、 各々思い思いに天井を這い回る。 「なんでこいつら・・・・」 その気持ちの悪い光景に身震いしながら、 スウィートボックスは呟く。 「天井を這ってるのよ・・・」 それは、 なんで人が天井を這えるのかという事象自体への質問か、 なんで天井なんて這ってるんだこいつらはという疑問か。 まぁ、 恐らく前者だろう。 後者は理解したくない。 「ファンデルワールス力」 「ワールスカ?」 「力(りょく)・・・力(ちから)の方な」 エクスポはこんな状況の中でも、 スウィートボックスを小馬鹿にするように笑った。 「ファンデルワールス力(分子間力)・・・・つまるところ、トカゲが壁を這う技術だ」 「トカゲ人間っ!?」 言葉にしただけで気持ち悪かったのだろう。 ただ、 その呼称は彼らを評するには打ってつけで、 まさに気持ち悪さを増強した。 トカゲ人間共は天井を這い回る。 「正解っ!」 「気持ち悪っ!」 「分かる奴がいるなんて気持ち悪っ!」 「エクスポ。あんた気持ち悪いってさ」 「・・・・・芸術家とは技術家の事だ。アーティストとはファンタジスタの事だからね。褒めて欲しい部分だけど」 エクスポは視線を揺らす。 「この美しくない奴らには与えたくない呼称だな」 「人を外見で判断するなんて気持ち悪っ!」 そして、 トカゲ人間の中から、 一匹がボトン・・・と、 スウィートボックスが叫び声をあげたくなるように、 落ちてきた。 「キモォォォォォオッ!!」 叫び声をあげた。 「キョキョキョキョ。女の子にそんな風に言われるなんて、俺っ!気持ち悪っ!」 前言を覆しながら、 トカゲ男の一人は、 嬉しそうに言った。 「キョッ・・・キョキョ♪」 天井で大量のトカゲ男が這い回る中、 落ちてきたトカゲ男は、 4足歩行でペタペタと歩いてくる。 ベロォンと舌を出す。 「んで、お前、気持ち悪いな」 トカゲ男は、 舌から嘗め回すような視線で、 エクスポを見上げて言った。 「気持ち悪い!」 「気持ち悪い!」 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪っ!」 天井のトカゲ男達も嬉しそうに呼応する。 「芸術家芸術家芸術家♪固定概念が有りそうでマジ気持ち悪い」 「本能的な問題だね。ボクは30回産まれ変わっても君たちを気持ち悪いと表現する自信がある」 「キョキョキョ」 嬉しそうに、 トカゲ男はペタペタと、 エクスポとある程度の距離を保って歩いた。 と思うと。 「気持ち悪っ!」 いきなりジャンプした。 ジャンプして、 下水。 水へと飛び込んだ。 水しぶきが上がる。 ・・・・と思ったが、 そのトカゲ男は水面に4足で着地・・・ 着水した。 「何アレ!?気持ち悪いんだけどっ!」 スウィートボックスの血の気が引く中、 エクスポも同じ感覚でトカゲ男を見て、 顔をしかめた。 「キョキョキョ。水の上は歩けないって固定概念が気持ち悪っ!」 トカゲ男は、 薄気味悪く笑いながら、 薄暗い水面を歩み、 エクスポ達を見上げていた。 「それはそーいうもの。これはこーいうもの。そーいう固定概念が気持ち悪いね。 キョ。キョキョ。俺達みたいなモンが気持ち悪いと感じるように出来上がってしまった脳内が気持ち悪い!」 何を言いたいのか分からない。 そんなこの男。 そしてこの男達は、 それでもやはり気持ちが悪かった。 「そして固定概念が崩れた時、その時の気持ち悪さはゾッとしねぇよ?」 キョキョキョと笑う、 トカゲ男。 未だ話が本筋に入る気配がない。 気持ちの悪い言い回し。 「例えば考えても見てくれたまえ。名も知らぬ芸術家と脱獄犯」 こちらの事は知っている・・・・か。 構わずトカゲ男は続ける。 「例えば例えば固定概念。固定概念だよ。君たちの中の固定概念の一つ。この地面」 彼が言うのは、 彼が歩む水面。 「鏡。カガミだ。鏡。カガミハラ。これは映るのが当然という固定概念。だからゾッとしない。 映る。映るよね?キョキョキョ。逆向きになって。キョキョ。左手が右手になって。キョ」 だけど、 だけどと、 トカゲ男は舌を舐めずりながら気味悪く話す。 「なんで左右だけで上下は反転しないんだろぉーーねぇー。ねぇー? 鏡を回してもぉー?もぉー?反転するのは左右だけでー。上下は反転しないよねー」 何を伝えたいのか。 ただ、 薄気味悪さは伝わる。 「・・・・ホントだ。気味地悪っ・・・・」 スウィートボックスは乗った。 なんだかなぁとエクスポは思ったが、 少し異変に気付く。 彼女はエクスポの後ろに隠れていたが、 あまりに覚えている。 あまりにだ。 カタカタと奮え、 血の気が引いている。 「そんなの、変に思う方がおかしいさ」 彼女を見ていて、 少しいけないと思った。 どうにか場を覆そうと、エクスポは言い返す。 「少し頭を柔らかくできれば簡単に納得できる」 「柔らかくならないから固定概念なのにねー」 天井のトカゲ男達も、 ねー。 ねー。 と、呼応する。 気持ちの悪い空間だった。 美しくない。 だから、覆したかった。 「なら君らの特技も言い当ててやろうか?」 「やろうか?だって」 「気持ち悪っ!」 「悪っ!」 「キョキョキョキョ!!」 天井という天井を、 ゴキブリが這い回る。 そしてそれらが一斉に、 「君らは魔術師だ」 ピタリと動きを止めた。 エクスポは笑った。 「図星みたいだね」 トカゲ男達は、 また動き出し、 各々に這い回り、 各々に口にする。 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪いっ!」 「イー気になって気持ち悪いっ!」 「固定概念気持ち悪っ!」 「分からない事は全部"魔法"で片付ける!」 「あたまかたっ!」 「頭固っ!」 「ズコッ!」 「ファンデルワールス力(分子間力)」 エクスポが続ける。 「その中でもファンデルワールス吸引の類。それとも疎水結合かな? つまるところトカゲが壁に張り付く力。正体は手の構造の水分。 君たちはこの湿った下水道の壁天井を、水分で張り付いて移動している」 机に零したジュースに、ゴミがくっつくみたいにね。 とエクスポが笑い、 そして水面のトカゲ男へ、 クールに手を向ける。 「君の水面移動はもっと単純でその延長線上。ただ水面を凍らして移動しているだけだ。 つまり氷系の魔術師だね。特にアイシクルレインが得意と見える」 全てを悟り、 全てを理解したように、 エクスポは笑った。 「君たちは人の固定概念の裏側をつくのは確かに上手いみたいだね。 でも種が分かれば簡単。特技も含め、君らの呼称は魔術師(マジシャン)に相応しい。 さぁ、帰るべきだよ。種のバレたマジシャンは幕の裏へと退散すべきだ」 口論・・・というか、 言葉が大好きで語り好きなエクスポは、 ただ勝ち誇ったように笑った。 そして、 水面のトカゲ男も、 嬉しそうに笑った。 「ご名答!やっぱお前、気持ち悪いなっ!!」 気持ち悪いっ! 気持ち悪っ! っと、天井のトカゲ男達も這いまわった。 「表面の固定概念の裏側。鏡の裏側を見る権利が君にはあるようだ。 ご褒美に答えてあげよう。ま、聞いてくれてもないけどねー。 キョキョ。俺の名前はキャラメル=クロス。あまぁーい甘いキャラメルだ」 キャラメルを舌の上で遊ぶように、 トカゲの舌はグルグル回る。 「部隊までは教えてあげないけどねー」 「フフッ、聞いてないし興味はないな」 エクスポは指をさす。 手を銃に見立てるようにして。 「だって君たちは美しくない」 「美しくない!」 「美しくないだって!」 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪いっ!」 半円柱状の天井を、 トカゲ男達が這い回る。 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪っ!」 そしてトカゲ男達は一斉に、 天井を這い回りながらこのトンネル。 地下水道の奥へと天井を這っていった。 奥というのも不可解か。 エクスポ達が来た道の方へと、 蟻の集団のように這っていく。 「キョキョ」 一人、 いや、 一匹と表現してもいい。 水面に着水しているトカゲ男。 リーダー格のトカゲ男。 キャラメルと名乗った部隊長は最後に残り、 ヤモリのような舌を出して言う。 「後戻りは好きかい?キョキョ。鏡の世界へようこそ。 進むのが生かな?止まるのが死かな?固定概念だね。 人、否、生物は皆、死へ向かって歩を進めているというのにね」 言い残し、 キャラメルというトカゲ男は、 水面を4足歩行で這っていった。 「死ぬために生きるなんて気持ち悪っ!!!」 キョキョキョと、水道に反響する声は、 やはり胸糞が悪かった。 「・・・・・美しくない者達だった」 残されたエクスポは苦笑いを浮かべる。 そして自分の背後のスウィートボックスを見る。 「大丈夫かい?」 気分悪そうにし、 顔色の悪かった彼女だが、 幾分かマシになっていた。 「ネズミが嫌いな君だ。あぁいうのは拒絶反応があってしょうがない」 「ネ、ネズミは嫌いなんじゃない。生理的に仲が悪いだけだ」 「・・・・ま、いいけどね。あいつらも生理的に仲が悪いんだろ?」 「あいつらは・・・・・生理的に嫌いだ」 同感だ。 見るのも嫌悪感が出る。 「だけど、ボクらはあいつらを追いかけなくちゃいけない」 スウィートボックスは訳を聞く前に首を振った。 「駄目さ。覚悟を決めないと。結局のところ、ボクらの進行方向が都合よく崩れたのは彼らのせいだったわけだ。 そして奴らは現れるだけ現れておいて、攻撃もせずに退散していった。 ・・・・・彼らは誘っているのさ。罠にね。でもボクらはそれに乗らなくちゃいけない」 進行方向は閉ざされた。 敵がいると分かったこの地下の迷宮。 「彼らが城側から来たのは確実だ。そして彼らを追うのが一番確実だ。 つまり間違いなく罠なんだけど、それでもボクらは進まなきゃいけない」 鏡に映ったような、 矛盾のような、 進むべき道。 「行こう。敵が居ると分かった以上、君も危険だ」 でもボクは退けない。 道連れになってくれ。 まだ嫌悪感が残り、 嫌がるスウィートボックスの手を取り、 エクスポは走った。 「あんな奴らについていかなくても私について来れば間違いないよ」 「その軽口が聞けるってことは大分気分は戻ったみたいだね」 安心はしたが、 状況は安心できたものじゃない。 この迷宮。 恐らくここはあいつらのテリトリーだ。 「何故地下なんかに部隊を配置するんだ・・・・。不幸率極まりない。 だとしたら奴らは何のための部隊なのかな。想像するだけ苦だけども」 「当てていい?」 「どうぞ」 「トカゲ部隊」 「最有力だね」 彼らが何であってもそれでいい気がする。 「まだ魔術師でよかったわ。盗賊でインビジでもされてたら気持ち悪くてしょうがないし」 「その時はカメレオン部隊に変更だね」 「分かったわ!キャメレオン→キャラメルン!あいつの正体は盗賊だわ!」 「だから魔術師だって」 スウィートボックスの手を引っ張り、 来た道を戻っていく。 すると、 薄暗いこの道に、 壁が見える。 道が左右に分かれている。 T字路。 「来た時はどっちから来たっけ」 「簡単。水が流れてきてる方だわ」 そうだったそうだったとエクスポは頷く。 つまり左は来た道。 右が進むべき道・・・か。 「左から来て右に。まるで鏡だ」 キャラメルというトカゲ男の言葉が頭に残っているのか。 そうだとしたら、 不快この上ない。 「気持ち悪っ!」 「気持ち悪っ!」 「キョキョキョキョキョ!」 不意に、 そのT字路の左方向から、 流れるように右へ。 先ほどのトカゲ達が天井を這っていった。 「なんだ?」 何故奴らは自分達の来た道から現れた。 間違った道から正解の道へと流れていった。 ここは彼らのテリトリーだ。 彼らが道を誤まるはずがない。 「じゃぁどういうことだ?どっちが正しい道なんだ?」 来た道(左)か。 進むべき道(右)か。 「まるで鏡ね」 「固定概念を崩せ・・・か。彼らはさらに戻れと言っているのか?」 だが、 T字路に差し掛かれば、 その答えは分かった。 「なるほどね」 T字路の真ん中で、 来た道の方を見る。 暗い景色の中、 そちらには・・・・死臭がした。 「酷いじゃんか」 その道。 来た道の方から、 暗闇の中から、 男が姿を現す。 「僕(フレンド)を置いて行くなんてよぉ」 ウサ耳の少年は、 トランプを右手から左手に。 左手から右手に、 パラパラと移動させながら、 フーセンガムを膨らましていた。 「怖かったんだぜ?こんな暗いとこに独りでさぁ。 チョンジャラ(超デンジャラス)でデラコワ(デラックス怖い)だったんだぜ? 迷子になって寂しくて死んじゃうかと思ったんだ」 ファンシーな、可愛げのあるその容姿と裏腹に、 彼の周りには・・・・トカゲの死骸が広がっていた。 半円柱状の壁天井には死骸が付着し、 足場と、流れる水に骨が転がり、浮かんでいた。 「ウサギは寂しいと死んじゃうんだ。仲良くしてくれよ」 「逃げるよスウィートボックス!」 途端に体を翻し、 スウィートボックスを無理矢理引っ張り、 進むべき道へと走り出した。 「あの坊やっ!もうこんなとこまでっ!」 「振り向くなっ!死にたくなかったら走るんだっ!」 言葉通り、エクスポ達は振り向きもせず走った。 トカゲ男達の後を追う形となる。 「ちょ、待ってくれよっ!」 声は純粋な少年のものでしかなかったが、 当たり前のように死骸の中に立つシド=シシドウ。 関ってはいけない。 「クソッ!奴らの狙いにまんまとかかった!」 エクスポは顔をしかめる。 走りながら、 息を切らしながら、 スウィートボックスを引っ張る。 「かかったって何っ!?」 「奴らの狙いはこれだ!引きずりこむ気だ!」 「だからどーゆーことよ!」 「後ろはシドっ!迫り来る壁と同じだ!一切後戻りは出来ないっ! ボクらは選択肢もなく、奴らの罠へと特攻するしか道はないっ!」 引きずり込まれた。 後戻りは出来ない。 「あのT字路が要だったんだろう・・・クソォ・・・・」 「あそこが戻れればまだ道はあったわけ・・・ね」 「まさに」 「Tバック」 「・・・・・笑えないけどね」 鏡か・・・ 逆さまに映る矛盾。 逃げる先の道が、 進むべき道になっているなんて。 「足を止めるなスウィートボックス!追いつかれたら終りだ! せめて次の分岐点までは全力で走るしかない!次の分岐点でシドを撒こう!」 シドはすぐ背後にいるのか? 自分達の荒い息と、 耳うるさい反響する足音で分からない。 後ろも見れないし・・・・見たくはない。 「エクスポッ!あれっ!!」 走りながら、 スウィートボックスが指差した。 それは、 分岐点。 水道の分かれ道。 それも、かなりの数に枝分かれしている。 「・・・・・・」 ただ、 エクスポは違和感に気付いた。 気付き、 分岐点で無理矢理足を止めた。 「何してんのよっ!!」 スウィートボックスはエクスポから手を離し、 構わず先に逃げる。 そしてそのまままっすぐ、 その内の一本の道へ・・・・ 「むぎゅっ!」 ぶつかった。 サンドバックのように跳ね返り、 彼女は尻餅をついた。 「なによっ!」 スウィートボックスは顔を振った後、 目の前の道へと・・・・手をつく。 「え・・・・・」 それは・・・・道じゃなかった。 透明な・・・・氷の壁。 「見えない・・・・壁?」 「それだけじゃない」 エクスポは、 枝分かれした他の道へと手を付く。 そちらは、 透明の氷の壁じゃない。 反射した、 氷の・・・・鏡。 「え・・・どうなってるのよ」 見渡せば、 幾多もある道。 それは未知。 透明の氷と、 鏡張りの氷。 反射し、 透き通り・・・・ 「どれが道なのよっ!ここに道は何本あるのよっ!」 「これが・・・・トカゲの巣か・・・・」 鏡の壁は、 反射し、道が何本にも見える。 透明の壁は、あるように見えて進めない。 「こっちだっ!」 エクスポは再び手を取り、 走り出す。 さすがによく見れば、 ここまで近くに居れば、 暗くとも判断は出来る。 幾多の分かれ道から、 たった一つの道を選び出した。 「クソッ・・・・」 進める道は選び出した。 だが、 それが本当に正しいのか? 「こっちは正解なのか?それとも・・・・クソッ・・・・美しくない・・・・。 もしかしたら正しい進路は氷で塞がれていたのかも・・・」 「え・・・じゃぁ・・・・」 「でも進むしかない」 背後には・・・・ウサ耳の殺人鬼が迫っているのだから。 「迷宮で、殺人鬼と一緒に遭難か・・・笑えない・・・・・」 あいつらは自分達で手を下す気じゃない。 シドという乱入者で、 自分達を始末する気だ。 敵はトカゲじゃない。 ウサギだ。 「どうするのよっ!」 ・・・・ただ、 この暗い鏡の迷宮で、 一つだけ希望があるとしたら・・・・ その希望は、 エクスポ達の背後で声が聞こえる。 「むぎゅっ!!!!うぎゃっ!何これ!道じゃないっ!?」 殺人鬼にまだ可愛げがある事くらいか。 ルアス城内。 一室。 取り残されたように彼はそこに居て、 壁にテディベアのようにもたれかかり、 軽い放心状態のような表情を浮かべ、 「たまんねぇな」 煙を口から漂わせた。 「世の中広ぇよ」 完膚なきまでどうしようもなく、 メッツは、 最後の一撃を食らったままに、 壁にもたれ、 座り込んだままだった。 「攻撃は最大の防御だと信じてきたが、その逆もありとはな」 ともかくこの状況は、 ユベンに楯突いて、 惨めに散った。 そんな状況だった。 「ま、それだからこそ、ケンカは辞められねぇって話だ」 ガハハと、 凝りもせず笑う。 負けた後でもタバコが美味くなったのはいつからだったろうか。 間違いなく、 肩書きに4が並んでからなのは間違いがなかった。 「俺ぁ間違いなく強ぇが、まだまだ弱ぇーな」 そんな言葉も簡単に出るようになったのはいつからだろうか。 勝つのが快感だった。 だが、 そのために強くなろうと思い始めたのは・・・・・ 「なかなか格好のいい成れ果てだな」 この男のお陰だろう。 メッツは、 タバコを室内の地面に押し付け、 馴れ馴れしく「よっ」と手をあげた。 大きすぎる体が、 ドアを潜るようにして入ってくる。 「ユベンに聞いたぞ。こっぴどくやられたそうだな」 ロウマは、 入ってくるなり腕を組んで言った。 その立ち姿は、 微動だにしない巨像のように確固としていた。 「やられてねぇーよ。勝てなかっただけだ」 「ギルヴァングと似たセリフを吐く」 似ているのかもな。 そう言うロウマは、 ナイフのような眉をピクりとも動かさない。 表情がないとも見えるのに、 心の伝わっている不思議な男だ。 「敗北に悔しさは無く、強き者に会えて嬉しい。そんな顔だ」 心を鷲掴みにするような言葉が降ってくる。 情けない自分に、 力をくれる。 「ガハハッ、大当たりだぜ・・・・"隊長"。だがいつか」 ゴンッと、 空気の壁をぶっ叩くように、 メッツは拳を突き出した。 「あんたも倒すぜ」 「それは大きく出たな」 「ガハハッ、あんた最強の自覚はあるんだな」 「当然だ。このロウマ。自分の強さは誇りだ。卑屈は自分への裏切り。 このロウマ、自分の強さを疑ったりはしない。それが強さだ」 自分が最強だと、 確固と自覚しているのにも関らず、 ロウマ=ハートは、他人への敬意を忘れない。 それがこの男のカリスマなのかもしれない。 「強さか」 メッツは笑い、 マイソシア3(通称マイサン)の箱を取り出して、 口に咥えた。 「煙草はやめろと言っているだろう」 「いーじゃねぇか隊長」 「お前の健康を損なう恐れがあるぞ。心筋梗塞の危険性も高め、肺ガンの原因になる。 さらに喫煙はお前の周りの人、特に乳幼児、お年寄りの健康に悪影響を及ぼす」 「・・・・・あんたたまに真面目に面白いな」 構わずメッツは火を点す。 「でも俺はこのせいで弱くなるってんならそれも上等。譲れねぇ部分だ」 そして、「なぁ」と、 目の前の最強の問う。 「あんたはそーやって、何かを捨てないと強くなれないと思うか?」 「否だな」 ロウマはやはり表情を変えずに、 ただいつも通り真っ向から本音を返してきてくれる。 「捨てなければならないものを守れなくて何が強さだ」 「そーいうとこが好きだぜ」 付いていきたくなる。 44部隊の魔力。 後悔はない。 「だが、捨てることによって強くなる者は事実居る」 一瞬で言葉を覆すように、 矛盾の武王は矛盾を口にした。 「絶騎将軍に燻(XO)という者がいる。アレは人が必要なモノを全て捨てている。 ツヴァイも孤高だ。アインと同じ類に生まれてしまったからこそ、手に入れることで弱くなった。 そしてお前の仲間。アクセルの倅はその中でも哀しく異端だ」 「アレックスの事か」 煙を吐きながら、 メッツは聞く。 「あいつはいつも仲間を捨て、プライドも捨て、そして強さも捨てている」 強さを否定するように。 そんなもの欲しくなくて、 拒んでいるように。 「メッツ。お前はどれだ」 「ガハハ!簡単。俺ぁ貧乏性でな」 捨てるのは勿体無くてたまんねぇ。 ドジャーは笑った。 捨ててしまった。 「迷っているのか?」 心を見透かしているかのように、 最強は言ってくる。 「迷ってねぇよ。だから俺は《MD》であり、44部隊でもある」 「捨てないのは強さだ。だが、捨てなければ嵩むだけだ。重荷になっていく」 「だからそれを支えられる強さを持て」 あんたはそう言いてぇんだろ? メッツは目でそう伝えた。 ロウマは表情を変えず、 心で答えた。 「・・・・・だよな」 メッツは、 何もかも自信を持ち、答えてくるロウマが、 あまりにも羨ましかった。 揺らがない。 そこまでの強さを手に入れた者が、 ただ羨ましく・・・惹かれた。 「それでもあんた。隊長。世の中皆あんたのように強くねぇ。 何も捨てずに生きていけるほど、"俺達"は出来てねぇんだ」 「その話は大嫌いだ」 言葉の通り、 ロウマは背を向けた。 背を向けると、 その大きな大きな背中のマントに、 "矛盾"の二文字。 「弱き者の言葉だぞ。"才能"。そんな言葉に負けるなメッツ。 お前はただ自分の信じる道を行けばいい。進み尽くせばいい。 その道が何かを捨てなければいけない道ならば、覚悟があるならそれもいい」 ただ迷うな。 己を信じろ。 ロウマは背を向けたまま言った。 己を信じる。 己を超えろ。 44部隊の、たった一つの教訓。 「才能は短所だ。育たないからだ。強くなるためには努力。それだけだ」 ロウマはそう言って、 入ってきたドアへと戻っていった。 一歩一歩が重く感じる。 最強の偉大さ。 「メッツ」 ただかけられる声も、 全てが重く、心地よい。 「迷うな。お前の好きな通りにしろ。このロウマは引き止めん」 「おいおいさすが矛盾の王様。そう説教しながら俺を捨てる気か?」 「捨てはしない。お前の決める事だ。ただこのロウマ。お前の居場所はいつも作っておく」 その大きな体は、 何者をも受け入れる、寛大な懐。 「なら最後に一つだけ質問させてくれ」 メッツは引き止めた。 ロウマは、 受け入れてくれるかのように、 背を向けたまま立ち止まってくれる。 「あんたは努力する者が好きだろ?そうやって乗り越えて強くなっていく者が。 ただあんた。そのガタイで、その頂点の強さで、自分に才能は無かったと言えるか?」 ロウマの嫌いな話だと分かっていても、 弱者のすがる言葉だと分かっていても、 メッツは聞いた。 理由は簡単だ、 この男は、必ず真正面から答えてくれるからだ。 「この世に、才能というものは確固としてある」 矛盾を背負う最強は、 矛盾を口にする。 「このロウマ、自分に天武の才がある事には気付いている。分かっている。 事実、このロウマ、生まれてこの方"苦労"というものを感じたことがない」 それはそうだ、と、メッツは苦笑いを浮かべる。 やはり、 世界の最強だ。 最強は最強。 努力の天才が最強になれるならば、 世界は最強で溢れている。 「ただ」 ロウマは、 重く、 言葉を放った。 「自分に言い訳出来ないほどに・・・・努力はしてきた」 それは、 その少ない言葉で十分だった。 目の前の最強が言うに、 十分な理由で納得できた。 この男は乗り越えてきたのだ。 自分の才能さえも超えてきた。 ずば抜けた最強の力。 それはすでに、 生まれ持った才能などという小さな力は、 消費税の如く押しつぶされるほどの誤差でしかなく、 あってもなくても同じ。 その才能は大きすぎたかもしれないが、 努力で培ってきた力に比べたら、 今はもう、霞むほどに通り過ぎたものなのだろう。 今のロウマの中に埋もれてしまうほどのものでしかないのだろう。 才能は成長しない。 「だから自分を乗り越えろ・・・・か」 いつの間にかタバコの半分が灰になっていて、 ポトンと落ちた。 「少ししゃべり過ぎた。このロウマ、手は惜しみなく貸すが、乗り越えるのはお前だ。 少しお前に入れ込んでしまうのは・・・・・・・・・お前は少し似ているからかもしれないな」 誰に? あんたにか? それは嬉しい過大評価だな。 そして世界最強は部屋から居なくなっていた。 「あーあ!」 メッツはタバコを、 火の付いたまま投げ捨て、 両手両足を投げ出した。 「どうすっかなぁ」 そうため息を尽きながらも、 迷いはなく、 答えは出ていた。 失いたくはないが、 欲しいものはある。 「ドジャー」 天井を仰いで呟く。 「俺ぁお前(自分)を超えなきゃ強くなれねぇらしい」 決まっていた。 心がそう言っているのだから。 家族であり、 兄弟であり、 親友であるあいつと、 ただ比べるように戦いたい。 自分の力を認めて欲しい。 俺は、 こんなにでっかくなったぜ? そしてそれを示す相手も、 自分に対し、 それを真っ向から受け入れてくれる相手も・・・・ きっと多分、 間違いなく、 お前しかいないんだ。 「わがままで悪ぃな。ちょっと命をくれてくれ」 決心が付き、 メッツは立ち上がった。 最強と同じように、 矛盾を口にして。 矛盾の中に、迷いはない。 「お客さんも気付いたみたいね」 それはまぁもちろん有利になるわけでもないが、 思惑通りだった。 「今回は私がお客さんって立場だけどね」 マリナは、 城壁の上でしゃがんでいた。 低い城壁の石レンガの手すりに身を隠し、 そっと覗き込む。 「じゃぁお客として注文しようかしら・・・・・・・・そう!それ!」 マリナは咄嗟に横に転がる。 マリナが居た地点から、 青い火柱があがる。 「でも注文しといてナンだけど、食えたものじゃないわ。食らうわけにいかない」 マリナはまた城壁の上の手すりに身を隠す。 この横に伸びた城壁の上。 それがマリナの戦場。 そして、 敵。 ニッケルバッカーの居場所は、遥か遠いルアス城のベランダの上。 このルアス城。 中庭。 庭園。 その戦場の端と端。 彼と彼女はそこで対峙していた。 「ご馳走されてばかりじゃ料理人の名が廃るわね」 マリナは、 石レンガの上にギターという名のマシンガンを乗せる。 射撃の支えにするように。 自らは屈み、 ギターの逆端を脇で固定し、 狙った。 「満腹にさせてあげるわっ!!」 途端、銃口が輝く。 マズルフラッシュ。 弾丸の嵐が吹き荒れる。 それは戦場の上空を横断し、 散らばり、 突き進む。 「どーよ!!」 マリナは立ち上がり、 山の頂にでも立っているかのように額に手をあて、 弾丸の行方を確認する。 「ん〜・・・・」 そして顔をしかめる。 「出前は得意じゃないしね・・・」 どう見ても効果は無かった。 ニッケルバッカー。 彼の入る場所は、 およそkm単位の先。 弾丸は恐らく到達する事なく消えてしまったのだろう。 当然だ。 「ハッキリとは見えないけど、位置は分かるんだけどねぇ」 両手を腰に当て、 ふぅ・・・とため息を漏らす。 目の良さは長所だ。 この超々距離ならば尚更利点だ。 「あっちは見えてるのかしら。・・・見えてるわよね。狙ってきてるんだもん。 目がいいのかしら。違うわね。この距離を目視できるなんて人じゃないわ」 自分を差し置き、平気でそんな事を言う。 マリナはヌ・・と首を前に出し、 目を細める。 「何かしらあれ。・・・・双眼鏡?」 なるほどね。 納得する。 「あれなら見えなくもないかもね。でもレンズはレンズ。目視とは違うわ。 拡大っていうのは逆に遠近感が無くなるわよね。そこが隙かしら。 アレックス君を狙ってる時も、見分けがついて狙ってる風でもなかったし」 どちらにしろ、 狙いの点では差し引いて五分というところか。 「城壁の上には私しかいないし」 照準相手を間違うはずもない。 「おまけに」 マリナは両手で自分の履物のスソをあげる。 「私コレだしね・・・・」 それはそれは、ありがたい事この上ないだろう。 マリナの服装は、 偽詩人服。 コスプレ服とでも呼ばれる物。 その特徴はなんといっても、 「まっ赤っ赤」 自分に呆れ、 半ば開き直り、 ドレスを靡かせながらその場でグルッと回転し、 「いえい♪」とVサインしてみた。 「あっ、ちょっちょっちょっちょ!タンマ!」 足元に魔方陣が浮かんだ。 急いでギターを手に取り、 横に回転しながら転ぶ。 青い炎がまた巻き上がった。 「五分ってわけでもないわね・・・・10:0よ・・・」 転んだ先で、 両足を女らしくもなく広げ、 ぬいぐるみのように座ったまま、 ため息をつく。 「あっちの攻撃は届いて、こっちの攻撃は届かないんだもんね」 だからといって諦めのいいマリナさんでもない。 「口に合わなかったで帰られちゃぁお店持つ権利もないわ」 また城壁の手すりにギターを置く。 自分も踏ん張るように屈み、 狙いをつける。 「狙って狙ってぇ・・・・」 といっても、 キチンと狙うなんていうのはマリナの性分でもなく、 「ま、こんなもんでしょ」 ってレベルの照準がマリナの性格の限界だ。 性格が正確を拒否している。 この超々長距離戦ではそれは圧倒的に愚かでもあるが。 「溜めて溜めて」 数撃てば当たるがポリシーのマリナ的には、 発想は"よく狙う"なんて事には到達しない。 とはいえ的はデカくならない。 なら、 「弾ぁデカくすりゃいいのよ。大盛で損する客はいないわ」 ギターの先端には、 マジックボールが膨れ上がっていた。 その光景はこちらの居場所を教えているようなものだが、 真っ赤なドレスを赤裸々に見せてる時点で、 些細な問題でもある。 「っていうか、自分のマジックボールで狙う先見えないじゃない。馬鹿なの私? あぁ馬鹿なのね。なんで自分の事も気付かないのかしら私。 もとからちゃんと狙う気なんてないんだから同じ事じゃ・・・・・・ないっ!!!」 だから、 撃ち放った。 「得盛サービスよっ!お残しだけは許さないんだからっ!」 巨大な巨大なMB(マジックボール)。 MB1600mmバズーカ。 それはカッ飛び、 勢いのまま・・・・・着弾した。 「あちゃぁー・・・・」 また手を額に当て、 自分の弾丸・・・否、砲弾の行方を確認する。 「よくないお手前で」 それは全然違う場所。 関係ない城の壁に着弾した。 それも威力は褒められたものじゃない。 壁が崩れもしない。 焦げた程度だ。 「これは当たったとしても致命傷にさえならないわね」 距離が遠すぎる。 まず当たらない。 威力も半減以下。 「届くだけ少しマシだけど、届くだけで威力無しじゃぁ意味ないわ」 口を尖らせ、 女王蜂はまた両手を腰に当てて顔を傾ける。 「ん〜。マシンガンも駄目。バズーカも駄目。何が口に合うのよ。 ショットガンも届くはずないし、炸裂弾(ダムダムランチャー)なんて尚更」 自分がどれほど中距離型なのか分かる。 遠距離まで行くと威力も照準も無効化。 なのにこの長距離。 「MB16mmサブマシンガンにしてみようかしら。 意味ないわねぇ。集弾はするけど飛距離はもっと落ちるしねぇ」 メニューは多いが、 お客さんは注文がキツい。 「手すりって支えがあるからガトリングガンも行けそうだけど、同じよねぇ。 キャノンにしてみようかしら。ん〜・・・・やった事ないけど拡散ビームとか出来ないかしら」 なんという一人多機能兵器だろうか。 まるで一人で一個大隊だ。 ただ、 十得ナイフのように、欲しいものだけ足りない。 そんな感じの万能型兵器だ。 「・・・・・・」 マジックボールしか出来ないマリナ。 だが、 唯一、ただの魔力の塊である魔術。 それがマジックボールであり、 それを極めればそれは無限の可能性。 「マジックボールに始まりマジックボールに終わる。 ボクシングで言うところのジャブみたいなもんだろうけど、 昔の思いでが蘇って頭が痛いわ。スオミの頭の固い魔術師共を思い出す」 好きな素材を、 好きなように調理して、 好きな料理に仕上げる。 その自由。 それがマリナが料理人になった理由の一つ。 「はぁ・・・・」 そして専門料理を持たない彼女の流儀であり、 ポリシーでもあったが、 「作りたくない料理は作りたくないんだけどね」 やれやれと言いながら、 ドレスのスソを太ももで挟み、 屈み、 またギターを構える。 左目を前に、 それで居て両目で見据える。 鷹が獲物を狙うように。 心を固め、 集中する。 「なんぼのもんじゃいっ。このマリナさんに出来ん料理があるかいっ」 そう言いつつ、 体も。 頭も。 凍えるほどに集中し、 1mmさえも微動だにしなかった。 「MB16mmスナイパーライフル」 ポリシーを反し、 性格を逆する。 「やるのよマリナ。・・・・・"あんたは出来る子よ"」 自分に言い聞かせながら、 遠き、 ニッケルバッカーに照準を定める。 ・・・・スナイパーライフル。 彼女の存在自体の真逆に位置する武器。 だがこれしかない。 力、威力、心。 それを一点に集約する。 それしか向こう側まで威力を保ったまま届かせる事はできない。 たった一点。 フグの毒より正確に。 ズラす事は否。 この距離。 1mmズレれば着弾は数メートルは外れる。 心の一つに集約し、 一発。 一発の弾丸に・・・・・全てを込める。 「・・・・・・」 心を無に。 心を一つに。 集中しろ。 「集中しなさいマリナ。狙うのよ。決めるのよ。一点。それは完璧な単品料理」 自分への挑戦。 心を決める。 集中。 無心。 不動。 無動。 たった一発の弾丸を。 銃口を、 遠き敵へっ・・・ 完璧に・・・ コンマ1mmの誤差もなく・・・・ 我慢し・・・ 集中し・・・・ そして・・・・ 決め・・・・ 「あ゙ぁあ〜〜〜!イライラするっ!!」 マリナは大事なギターを地面に叩き付けた。 「せいばぁーい!!!」 カプリコハンマーが火を噴く。 そんな表現が正しいように、 小さな少年が振り回したハンマーは、 爆発し、 死骸をバラバラに砕いてふっ飛ばす。 「せいばいっ!せいばいっ!せいばぁーーい!!」 型が無いというよりは、 やけくそ。 子供さながらにカプハンを振り回し、 その重量で、 一振り、 また一振りと、 例外無くぶっ飛ばす。 「このガキッ!」 「戦場は遊び場じゃねぇぞ!」 ルアス城庭園。 中庭。 帝国騎士の数は2万。 その最前線だけでも、 常時1000人は実稼働で戦闘を行っているだろう。 簡単に言えば、 反乱軍はすでに飲み込まれているも同然だった。 2万という騎士団に食われ、 右も左も無く、 各地で戦いという戦いが繰り広げられていた。 「うっさぁーい!」 既に反乱軍に強力な戦力は居なく、 統率力もなく、 飲み込まれるがままになっている戦場で、 一際動いている場所は・・・・ この小さな魔物の子だった。 「どいてっ!どいてどいてどいてっ!!」 ロッキーがカプリコハンマーを振るたびに、 戦場の中、 敵が噴水のようにぶっ飛び、舞い上がった。 「あー!あうあー!」 「ウヌル。ノノニケルラー」 「いーんだっ!ぼくは倒れたりしないんだからっ!」 カプハンに埋め込まれたオーブから、 背中にしがみ付いてるカプリコの赤ん坊から、 ロッキーにふりかかる声。 「ぼくはパパ達の子なんだっ!負けるわけにはいかないんだっ!」 オリオールの声も、 コロラドの声も、 戦場の戦いに投じるロッキーには聞こえないかのようだった。 「ガキだからといって油断するなよっ!」 「こいつぁ三騎士の養子だっ!」 右も左も、 前も後ろも、 気付けば敵だらけだった。 「『ロコ・スタンプ』だ!」 「賞金首にもなってる!」 「だがガキとか首とかを気にするなっ!」 「強き敵には敬意を払って闘えっ!」 左から、 前から、 槍がロッキーを襲う。 「めちゃくちゃな事、言うなーー!」 ロッキーはハンマーを両手で持ち、 グルンと真横に回転する。 槍が2本折れ、 いや、砕け、 そのままニ回転目。 カプハンの直撃と共に、 バーストウェーブが炸裂し、 死骸が砕けて吹っ飛ぶ。 「ずるいぞっ!ずるいんだ!おまえらはっ!」 ロッキーの眉は、 可愛げのある顔つきとは逆に、 しかみ、つきあがっていた。 「難しい"セーギ"って言葉を言いながらっー!おまえらは殺したんだ! ぼくの家族をー!カプリコをー!パパ達をー!!」 ロッキーはハンマーを振り上げる。 かぶっていた狼帽子が、 一瞬だけふわっ・・・と浮かぶ。 「だからやっつける!ぼくがやっつける! おまえらが人間の騎士ならっ!ぼくはっ!」 そして、 小さな体が思いっきりハンマーを叩き付ける。 地面を砕かんばかりに叩き付ける。 「カプリコの騎士だっ!!!」 それと共に、 ハンマーからバーストウェーブが炸裂し、 爆発し、 周囲を吹き飛ばす。 「ぐっ!」 「うぉああ!!」 派手に周りの騎士達が吹っ飛び、 小さなクレーターの中心に、 小さな魔物の子。 「ぼくは強いぞっ!パパ達の子だっ!」 地面にめり込んだハンマーを引き抜き、 小さな肩にドスンの乗せる。 「次は誰だー!みんなみんな!やっつけてやるっ!」 クレーターを境界線に、 騎士達が一度ひるむ、 だが360度、 敵に囲まれている。 「お前たちはぼくの砦(いえ)を壊したんだっ!あの城(いえ)もぶっ壊してやる!」 乳歯がギリギリと歯軋りを立てる。 敵の群れの中、 一匹の魔物の子。 いや、魔物が戦いに身を寄せる。 「ウヌルルラッラ!!」 避けろロッキー! 頭の中で響いた。 オリオールの声。 「え!?」 小さな体を体いっぱい使い、 訳も分からず横っ飛びする。 そしてソレは、 クレーターでダーツ遊びでもしたかのように、 クレーターの真ん中に突き刺さった。 巨大なツララだった。 「ノノヌルラプネヌガ」 まったく。 頭の中でオリオールが呆れる。 「ラルリローロンデ。ネスリラーラ。リッリ。ネランネノヌグラレロレレル」 普通は心の中に住まう力の方を宿主が抑えるべきなのに、 余の方がうぬを抑えなければならんとはな。 オリオールは、 (フェイスオーブ故に頭部しかないが) 頭の痛い思いだった。 「ヌヌンセラリヌオス」 頭を冷やせ。 オリオールはロッキーに伝える。 「落ち着いてるよオリオール」 ロッキーは、 似合わず真剣な表情。 「ぼくは死ぬわけにはいかないんだ。パパ達のために戦って、生きて帰らなきゃいけないもんね」 やはり笑顔になれば、 癒しをもたらす不思議な子。 凶悪な力を秘めているからこそ、 それは不思議さがあった。 「ヌルウ」 しかし・・・ オリオールは意識を向ける。 それは、 ロッキーを狙ってきた・・・・巨大なツララ。 「ヌレヌイーリナオス。ヌランムム」 やっかいな術師がいるようだな。 ロッキーに伝える。 「確かに、凄い魔法だね」 その巨大なツララ。 確かに、ロッキーにしてみたら凄いの一言で片付いてしまうかもしれない。 ただ、 この戦場で最高位に位置する魔術師でもあるオリオールには、 そんな感想では片付けられない。 ツララ。 氷柱。 ならばアイシクルレインかと言えば、違う。 ならアイスランス? 違う。 これは、 この数mにも及ぶ巨大なツララは・・・・ ただのアイスアローだ。 「ウヌ。ラスペギオロス。ノノノラミ」 余を越えるほどの術師が人間に居るのか。 オリオールはロッキーの中で、 ほくそ笑んだ。 単純に面白いと思った。 魔術師として、人間に興味を持ったのは、 例えばフレア。 魔術師最強のギルドであり、そのマスター。 だが、 フレアの力を持ってしても、自分よりは下だと認識していた。 「ウヌ。レリールロロロンパ。シャイネルイスガンペラ」 人間の中の、最強の魔術師だと判断させてもらおう。 オリオールは、 物としての価値観を見い出した。 ただ、 周りに意識を向けたところで、 360度、溢れんばかりの騎士がいるだけで、 魔術師の姿は見えなかった。 ”似た物同士"、楽しくやろうか。 オリオールはロッキーの内側でほくそ笑んだ。 「"同調"・・・・・・・・・あえて表すならばそんなところだ」 ローブに身を包んだ男は、 騎士団の群れの中、一人だけ違う存在かのように浮いた存在で、 そこに居た。 「"不生"・・・・・・・・ふん。感じるところ、人間ではないか。だが無駄だ。 そんな判断は無駄でしかない。人かどうかは無駄な判別。 放つ魔法に違いはない。個性はあっても魔法は魔法。無駄な錯誤はやめておこう」 無駄だから。 荒れ始める戦場の中、 一人時が止まったかのようにそこに立っている魔術師。 "魔弾"ポルティーボ=Dは、 やはりロッキーからもお互い視界の外と言えるほどに無関係な場所に位置していた。 「"標的"・・・・・・・・現存する敵の中では相手にすべき敵だと判断させてもらおう。 子供とはいえ、ツヴァイを除けばこの戦場で一番危険なのはあの子供だ」 モスバインダーを深く被る。 深く、深く、 それはもう頭部が帽子だけで構成されているんじゃないかというほどに深く。 魔術師の中の魔術師は、 辺りを目視することなく、 平然と監視する。 「"判断"・・・・・・・・・だがそれが大切だ。面白いとは思うが、無駄はいらない。無駄だ。 『ロコ・スタンプ』だったな。魔弾(まがたま)のフェイスオーブの所持者。 同じ二つ名を持つ者としてはいささか寂しいが、・・・・・・オリオールは無視だ」 無駄・・・・無駄無駄無駄無駄・・・ 無駄はいらない。 無駄だからだ。 動く戦場の中、 ポルティーボ=Dはやはり動かない。 手にはパルセスワンド。 そして彼の周りにはオーブが二つ浮いていた。 もちろん生きたオーブなどではなく、ゴーストアイズだ。 「"価値"・・・・・・・・・戦場にそんなものはいらん。戦い自体が無駄だからだ・・・ 仲間に傷無く、安泰に無駄無く終わらせればそれが一番だ。 無駄な仲間など居ないのだから・・・・・仲間を無事に。それ以外は無駄。故。 オリオールは無視。あの子供の状態時に叩くのが無駄がない。最も効率的だ」 視界の先にロッキーはいない。 辺り一面、 ポルティーボからしても、視界の無いほどに騎士の数。 見えもしない距離から、 見据える魔術師。 「・・・・・・・・・・」 不意に、 ポルティーボ=Dの帽子が動く。 まるで騎士だらけの戦場の至る位置が見えているかのように。 「"危険"・・・・・・・それはこちらもか」 魔術師の中の魔術師は、 パルセスワンドを動かす。 「"無駄"・・・・・・・無駄無駄無駄・・・・全て無駄だ・・・・無駄は排除させてもらう。 非効率は嫌いだ。効率を考えるならば、まずはこちらからか」 「ぬ・・・・」 イスカは一瞬足を止めた。 それは直感とも言えたが、 第六感などイスカに存在しない。 存在するのは、ずば抜けた五感。 「何奴・・・」 体を翻す。 翻した矢先。 イスカの真横に、巨大な火柱。 否、 巨大な矢だ。 巨大な炎の矢が落下し、地面に突き刺さった。 「・・・・・魔術師か」 イスカは目を鋭くし、 辺りを見渡す。 もちろん、 魔術の主の姿は無い。 「・・・・・・・チッ」 舌打ちする。 全てが胸糞悪い。 そして何が胸糞悪いかと言えば、 イスカが突き進もうとしていた方向。 そこに、 先ほどの巨大なファイヤアローの炎が燃え広がっていた。 「進めん。回り道か」 胸糞が悪い。 本当に。 本当に。 自分を邪魔するものは全て胸糞が悪い。 「のけっ!貴様らのけっ!!邪魔になるのならば草の根の先から叩っ斬るぞっ!!」 そして全てが邪魔だと言わんばかりに、 イスカは剣を振りし切る。 「斬るっ!斬るっ!!」 すれ違い様に、 騎士を斬る。 斬り落としていく。 既にファイヤアローの主などどうでもいいかのように、 まるでバイキングのように片っ端から斬っていく。 「斬る!斬る斬る斬る斬る斬る!!!」 イスカは走った。 ファイヤアローのせいで少し回り道になるがしょうがない。 ただ、 目的に向かって走った。 イスカの進む方向。 それは、 外壁を沿った道だった。 イスカは外門をくぐるなり、 すぐに進路を真横にとった。 「斬る斬る斬る斬る!!」 脳裏に残っていた。 一度この城から脱獄を経験しているからだ。 その時の記憶にある。 外壁の最角。 そこには・・・・・・"外壁に登る階段"があったはず。 「斬るっ!!斬る斬る!ぶった斬るっ!!!」 言葉通り、 イスカは目の前の存在を全て両断し、 両断したあとさらに両断し、 コマ切りにし、 そしてなおかつ、 突き進んでいた。 「斬る!拙者の"守り"を邪魔するものは全て障害だっ!斬る!全て斬り刻むっ!!」 剣は血で泣いていた。 死骸騎士の他に、 2万の中には通常の帝国騎士も混じっており、 その血が剣に涙を流させた。 「拙者はマリナ殿のもとへ行くのだっ!邪魔するもの全て・・・・」 ふと・・・影がイスカの上を横切った。 敵に囲まれたままの状態で、 足を止め、 イスカは見上げる。 「マリナ殿?」 イスカの上空を横切っていったのは、 巨大なマジックボールだった。 MB1600mmバズーカ。 見覚えのあるそれが、 イスカの頭上を通過していき、城の方へと飛んでいった。 「やはりっ、マリナ殿はこの上で戦っておるっ!」 俄然、気合が入る。 足がまた進む。 手が動く。 剣が舞う。 骨が舞う。 血が舞う。 「斬る!!のけっ!拙者は守りにいかねばならんっ!!」 目的があるというのはいいものだ。 目標が、 すべき事があるということは、 掛け替えのないものがあるということは、 譲れないことがあるということは、 いいものだ。 イスカの目的はたった一つ。 それしか頭に無く、 そのためならば、 嬉しそうに剣は人を殺した。 「・・・・・・・・・」 ふと脳裏によぎる。 マリナという自分の目標(ひょうてき)が見えた嬉しさの中で、 思う。 「マリナ殿のマジックボールは向こうに・・・」 手は止まらない。 目の前の敵を叩き斬り続ける。 「マリナ殿を狙う敵は・・・つまり・・・向こうか」 マリナの敵は、 『ST.スナイパー』ニッケルバッカー。 44部隊の一人。 強敵だ。 だが、 行われているのは超距離戦。 剣は届かない。 自分はマリナのもとに辿り着いて、 マリナを守れるのか? 「否、否否否否否否否っ!!!」 何を単純な事を忘れているのか自分は、 マリナを守るという事はどういう事なのか。 それは寄り添う事ではない。 マリナを襲う根本を斬り取らなければ。 マリナなんて放っておいてもいい。 自分は敵を殺すのが仕事だ。 故、それが守る事。 イスカは足の方向を変えた。 「斬る!!!」 やる事は変わらない。 進む方向は・・・・・脱線した。 「マリナ殿を守るためには、マリナ殿を襲う者を殺す!!それしかない!」 そこに間違いはない。 間違っているのは・・・・・彼女自身だけ。 「あの城っ!あの城の上だなっ!マリナ殿を襲う者はっ!叩き斬るっ!・・・・否っ!」 低い姿勢で剣を横に振る。 斬る。 「それは通過点でしかないっ!ここは戦場!そいつを倒したところでまた次がある! 次にマリナ殿を襲う者が出てくる!それはどいつだ!お前か!!お主かっ!?」 無差別に、 目に付いたものから斬り刻む。 その強さは、 圧倒的なまでの無情から来ていた。 「お前かっ!お主かっ!お前もだっ!敵なんだろう!?マリナ殿の敵なのだろう! ならば全て叩き斬らねばっ!斬る!斬り刻まなければ!根絶するまでに斬らなければっ! 全ての可能性は微塵なまでに斬り取らなければっ!お前もっ!お前もっ!お前もっ!!」 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 「斬る斬る斬るっ!!!全員斬る!全て斬るっ!その時!その時!マリナ殿を守りきった事になるっ!!」 目的があるというのはいいものだ。 目標が、 すべき事があるということは、 掛け替えのないものがあるということは、 譲れないことがあるということは、 いいものだ。 だから、 イスカの口の端は、 笑みで歪んだ。 「ハハッ・・・・」 命を刈り取る中、 剣士は、 殺人鬼は、 シシドウは、 死を始めた。 切るのではなく、 斬る。 「守り斬る」 目的を持った殺人鬼は、 目的が無いかのように、 ただ剣で踊った。 「斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る!!!!!」 その全てが正しい事だから、 一歩一歩。 人の命を奪っていくことが、 自分の目的へと確実に歩を進めているから。 「斬る斬る斬る斬る!!!叩き斬る!!」 迷いは無く。 心に隙も無く。 「斬る!!」 斬れぬものはないという名刀を手に、 この世に斬れぬものはなく、 全てを斬る。 何もかもを斬り刻む。 「斬る(KILL)!!」 全てを、 斬り、 殺した。 「斬る!斬る!KILL!斬る!KILL!斬る!斬る!斬る!斬る!叩っKILL!!」 「時に・・・・無様なものだな」 黒いパーマの、 無精ひげの男は、 近場で暴れているイスカを横目に、 やれやれとほくそ笑んだ。 「時に俺が言うのもなんだが、シシドウの末路って奴だ。 シドに似ている。生粋の殺人鬼って時間だ。時に時に無様だな」 そう言いながらも、 ガルーダ=シシドウはイスカに近寄りもせず、 ただ、 周りが戦場になっているのにも関らず、 自分は戦いに身を投じず、 戦場を歩いていた。 「時に俺はゴメンだね。シシドウは殺人鬼なんて人は時に言うが、違う。俺は違う。 俺は非・戦闘員でね。殺人なんて行為はどんな時間でも片腹やりたくねぇ」 シシドウが一人は、 戦場に紛れてそう言った。 「あぁは成りたくねぇ。人殺しなんて真っ平御免って時間だぜ。 ま、殺しが仕事なんだけどな。俺は殺さない。ただ、ただただ、人の死を願うだけだ」 怪しく笑いながら、 ガルーダは自分の無精ひげを撫でた。 「頑張って殺人なんて労力の要ることする時間はねぇぜ。 周りが勝手に死んで逝け。努力も何もせず、周りが勝手に落ちていけばいい。 その時、上に立ってるのは俺だ。自分は不動、周りが落ちる。時に世界は素晴らしい」 人の堕落を願う殺人鬼は、 戦場の中で笑った。 「あーあ。だが時にソラの野郎どこいった。同じ非戦闘員として拝呈の言葉が欲しい時間だが」 周りでは殺し合いが常時行われているだけだった。 まるで他人事のようにガルーダはそこに立っている。 「時に俺だって後ろの方で黙って楽してたいんだが、燻(XO)隊長の近くは危ないから前線来たのによぉ。 ま、上手い事いけば敵の後ろ側に行けて楽チンだしな。その上ちゃんと戦闘地域に居たって実績も重要だ。 ・・・・・・・ったくでも、ソラの野郎。本当に最悪な野郎だぜ。この俺よりもサボろうって時間か?」 自分以外の人間は頑張って生きて、 そして頑張って死んでいけばいいのに。 そう思っているガルーダには胸糞悪かった。 「しっかし時に傑作だったな。反乱軍の奴ら。これがやっぱり時に世界は素晴らしいって奴だ。 なぁーんにも頑張らなくても、勝手に死んでいってボロボロになってやがんの」 自分の周りでは、 今にもその反乱軍と騎士が戦っているが、 他人顔で平気で言う。 「この戦場に居る奴らは、ソラを除き、全員俺より強いってぇーのに、最後に立っているのは俺だ」 自分が上にあがらなくても、 周りが落ちていけば自分は上に立てる。 それは可笑しくてしょうがない。 「さぁて。時に、周りの人間全員が地獄に落ちるのを見届けさせてもらおうか」 「でぇりゃあああああ!!!」 突如、 一人の剣士がガルーダに襲いかかった。 当然だ。 ここは戦場で、 敵というものが存在しているのだから。 反乱軍の剣士は、ガルーダに剣を振り落とす。 ガルーダは弱い。 避ける能力も持っていなければ、 戦う手段さえ持っていない。 「時に」 だが、 剣士は剣を振り落とさなかった。 振り落とせなかった。 剣士の手は、 体は、 剣を振りかぶった状態のまま、静止した。 「俺が死ぬ事は無いからこそ・・・・な」 ガルーダは、 動きの止まった剣士に何もせず、 ただ、 また戦場の中へ紛れていった。 「そう・・・・・つまり・・・・・」 戦場の中、 一人の女は、 神妙な面持ちで言った。 「ジャンケンにペロッ・・・が無いのがいけないんだ!」 パンダ服を着た女は、 そう叫んだ。 「ペロッってなんだよ・・・・」 「ペロッ!ペロッ!ペロッ!ペロッ!ペロッ!!!」 パムパムはそう叫びながら、 エースの後頭部を人差し指で突きまくった。 「あだっあだだっ!やめろパムパムっ!」 後頭部を必要に突いてくるパンダ娘に対し、 エースはなんとか両手で遮る。 「無駄だ!このプチジャガリコめっ!」 振り向いたエースの額に、 ビシッと人差し指を突き立てる。 「お前はもう・・・・膿んでいる」 「膿んだのっ?!今のでっ!?」 恐らくこの日を持って、 ペロッは世界ジャンケン協会から規制を受ける事になっただろう。 強すぎるというのも考え物だ。 三つ巴が一番安定している。 「っつーかキリンジ!さっさとこのパンダを引き取れ! なんでこいつ俺のドロイカンに乗ってやがんだよっ!こいつの世話はお前の役目だろっ!」 「世話?世話だとこのヒポポタマスがっ!!それは全アニマルを対等に見ていないって事だなっ! アニマル差別だっ!この下種めっ!アニマルに優劣を付ける奴はアニマル界で最下種族だっ!」 「ズシッ!ベローン。ズシッ!ベローン」 「いいからっ!こいつまだ突いてくんだけどっ!!」 必要に突いてくるパムパムを無理矢理抱き上げる。 パムパムは「お?お?お?お?」と鳴き声をあげていたが、 構わずエースは投げ飛ばす。 パムパムはボールのように空中を舞い、 隣のドロイカン。 キリンジが跨るドロイカンに不時着した。 「13点満点!合格!商品っ!乾いたウェットティッシュ!濡らして使ってな!」 イルカが逆立ちしたような奇妙な格好で着地したパムパムは、 その体勢のまま、満足そうだった。 「ったくよぉ。これから戦闘だってのに」 やれやれとエースは自分の肩を揉む。 「気を引き締めろよっつー話だ。だよな?ユベン」 「あぁ」 それが何よりだ。 最後尾のドロイカンの上で、 ユベンは頷いた。 ・・・・・。 ルアス城庭園。 中庭。 そのさらに真ん中。 中心の中心。 そこに、 5対のドロイカンが居た。 「少なくなったもんだ」 だがユベンは表情を崩さなかった。 「それでも俺達は最強でなければならない」 そう。 それが・・・・ロウマ=ハート率いる44部隊。 王国騎士団第44番・竜騎士部隊の位置。 最強。 無敵。 そうでなければいけない。 そして、 ニッケルバッカー。 メッツ。 そしてスミレコを除く全メンバー。 それがここに集結していた。 「これ以上は何よりじゃない。何よりじゃないんだ」 副部隊長。 ユベン=グローヴァーは、 最後尾のドロイカンの上で、 戦場を見据えていた。 愛用のドロイカンランスは、ドロイカンナイト自身に預け。 竜の手綱を握る。 「ロウマ隊長が居ないこの場。仕切るのは俺だ。皆、俺に命を任せてもらう」 「当然だ。今までだってそうだったろ?」 エースが当たり前のように答える。 だらしなくドロイカンナイトの鞍の上に跨る。 いつも背中に背負っている棺桶は、 鞍に装着しておき、 それどころかこのドロイカンの至る所に武具が施されていた。 武具屋数件分にも及ぶその武器が、 ドロイカンに縛り付けられていて、 軽く何百にも及んでいるだろう。 「俺ぁ今回の戦いを終焉戦争以上だと思って身構えてきた。 System Of A Dawn Too(終焉戦争2)。きっとまた多くの名前が命を落とす」 「落とすだろうね。落とすだろうさ。ここはさながらヘ長調の上。奏でるに相応しい」 ミヤヴィ=ザ=クリムボンは、 鮮やかに笑った。 44部隊の中では一番の軽装備だろう。 ドロイカンマジシャンに変わったところはなく、 装備も腰にぶら下げたマラカス二つだった。 「フィナーレ(終焉)の演奏は始まってしまった。指揮者がタクトを持たなくても、皆もう音楽の虜。 楽譜の端まで音符の最後の一つまで、フォルテッシモに演奏し続けるだろうね」 「そりゃぁー闘争はアニマルの本髄だからな」 「おー。つまりメンマの数だけ涙がボヨヨン」 一際気性の荒いドロイカンマジシャンに跨っているのは、 キリンジ=ノ=ヤジュー。 後部にパムパム。 パムパムは当然の事ドロイカンを扱えないので(扱う気がないので) ドロイカンは無い。 キリンジの後ろが定位置だった。 狼姿の女、キリンジのドロイカンはというと、 そこら中に卵が装着されていた。 「あちきは全てのアニマルが手を取り合って生きていけばいいと考えているが、そういうわけにはいかない。 生きるためには食べる。そうじゃなくとも戦いはアニマルの世界に戦いは無くならないからな。 オケラだってカエルだって皆皆生きているんだ。皆戦ってるんだよクソモンキー共っ!」 「マントヒヒを忘れるなっ!」 「おうそうだなパムパム!マントヒヒだって戦ってる!」 「なーなー?マントヒヒのなー?トヒヒってなんだー?」 「知らんっ!」 そして最後に、 後ろのドロイカンマジシャンの上で必死にアピールしているのが、 メリー・メリー=キャリー。 お猿さんのぬいぐるみを抱えて、 必死にジェスチャーでアピールしていた。 ドロイカンマジシャンには、 悪趣味なほどに、戦闘には関係ないだろうぬいぐるみや人形が備え付けてあり、 ものによってはぶら下がり方が人形の首吊りにも見えたが、 そんな事を言うとメリーは顔を真っ赤にして怒るだろう。 「キリンジ。メリーが君に何かを伝えようとしているよ?」 「んあー?おぉ!さすがメリーはいいアニマルだ!アニマルを愛してるなっ!」 メリーは嬉しそうにお猿さんのぬいぐるみを抱きかかえる。 「ハハッ!パムパムとお前はいー奴だ!パムパムはアニマル差別を絶対しないし、 メリー、お前はアニマルの剥製をいっぱい持って・・・剥製!?メリーこのヒポポタマス野郎!!」 違う違う。 ぬいぐるみだよ。と、 口の利けないメリーは必死にジェスチャーで伝えていたが、 伝わらず、 しょんぼりと首を前に傾けた。 「ったく。やっかいなメンバーが残っちまったなぁ」 とエースはドロイカンの上で項垂れた。 「実戦向きのメンバーは俺を残して皆逝っちまったし・・・・なぁユベン?」 「いや、こうして残っている事自体が何よりなんだ」 そして、 これだけしか残っていない事は、 何よりではない。 ユベンは表情を変えないよう。 だが少し哀しげな心を見せた。 「だが俺達はそれでもやるんだ。先に死んだ仲間達は皆強かった。そして残っている俺達もだ。 俺達はもう負けるわけにはいかない。そうだろ?そうなんだ。俺達は44部隊なのだから」 最強の部隊。 誇り。 ユベンの目付きは強かった。 覚悟を決めている目。 それはいつもの通りで、 ロウマ無くとも44部隊に結束がある理由は、 やはりユベンという存在が副部隊長に居るからだ。 「そうだね。楽曲はいつか終わってしまうものだ。けど楽章を作ることができるよ。 僕は44部隊というオーケストラを、強かった・・・・なんて過去形で後世に残したくはない。 いい音楽はなくならないものさ。流行り廃りの中で、クラシックは生き続ける様に」 「強い動物こそ絶滅する」 これがアニマル界の摂理だ。 と、 キリンジはガラにも無く真面目に答える。 ドロイカンの上であぐらをかきながら、 サラリと言った。 「だけどトラはそれでも強い。あちきは思うね。トラは死んでもいいが、負けてはいけないんだ」 分かってるよな?チンパンジー共っ! 「あちきらはトラの尾を借る狐じゃないっ!タイガーの子はタイガーだ!」 ロウマという百獣の王に従う、トラ。 それは負けてはいけない。 「負けちゃいけない。生き延びるって境遇はアニマルの本能を刺激するぜっ! キャハハッ!チキン肌がたってきた!この場にきて怖気付くモンキーはいねぇぜ!」 「ロンッ!亀甲縛りっ!」 ドロイカンに逆向きにポトリと座るパムパムは、 明後日の方向に向かって鋭く言い放った。 「ダシが甘かったな」 ニヤり、と パムパムはほくそ笑んだ。 そんなパムパムの首、 キリンジは男らしく腕を回した。 「パムパム。おめぇはロウマ隊長のカギだ」 「おー!味噌汁に入れるとおいしいやつなっ!」 「なんて言えばわからねぇが、最強のアニマルだって"喰わなきゃ生きていけない"。 だがお前とメッツはロウマ隊長を殺しも生かしもする。やっぱりなんて言えば分からないが、 お前の耳にはホースの耳に念仏だろうな。一応言っとく。自分を見失うなよ」 「おー!前方確認だけすればー、横断歩道渡っていいなー?いいよなー?」 「見失うなよ?」 「昨日なー?台所でカラオケ大会があったんだー。でもスプーンが優勝を逃したんだー。 きなこの採点が見かけによらず辛口だったのが敗因だってフライパンが言ってた」 「大丈夫そうだな」 キリンジは根拠も無く頷いた。 「・・・・・・」 メリーがどうにか気持ちを伝えようとする。 言葉も扱えぬまま、 すがるようにぬいぐるみを抱きしめて。 「負けなければいい。そう言いたいんだろ?」 ユベンは全てを計らったようにメリーに聞いた。 メリーは嬉しそうに頷いた。 「そういうことだ。それが何よりなんだ」 でも・・・ と言いたげにメリーはぬいぐるみをギュッと抱きしめた。 このぬいぐるみ達のように、 もう、 仲間を失うのは嫌だ。 言葉も無く、 メリーはそう言いたげだった。 ドロイカンの上で、 ユベンは見据える。 戦場を。 いつも思う。 哀しいものだ。 だが必ず起こるのが戦いというもの。 ならば、 強く生き、 勝つ。 それだけだ。 「来たぞ」 ユベンは、皆にそう伝えた。 戦場。 明らかな優勢のこの戦いの中、 一人、 規格外だと云わんばかりに、 白馬で駆けて来る。 騎士達などゴミだとしか思って居ないように、 居ないも同じようにあし払い、 最短距離。 庭園のど真ん中を突っ切ってくる。 ツヴァイ=スペーディア=ハークス。 「ほんっと。最初の相手からあいつなんてやんなるねぇ」 「サビが最初に来てはいけないなんてルールはないんだよ?エース。 クライマックスが最初に来る楽章もある。だけど終りまで演奏し切るのが最高のミュージシャンだ」 「わぁーってら」 「怖気付くなんてニワトリ野郎だなエース!ナンならあちき一人でやってやろうか? あぁーんな馬鹿(ホースディア)なメスモンキー一体!あちきのアニマルちゃんで楽勝っ!」 キリンジは、 両手に卵を掲げる。 「今回はとっておきのアニマルちゃん達をぜぇーんぶ持ってきたんだからなぁ! タイガーのケツに入らなきゃタイガーの赤ちゃんを得ずっ!望むところだよっ! あちきには100匹のアニマル(守護動物)が居る。とびっきりのがねっ!」 「そーいう事なら俺も最高の名前(コレクション)を揃えてきたんだぜ」 そういってエースが取り出したのは、 多彩な武器を扱える戦士だとしても、 持つ事はないはずの・・・・楽器。 エンジェルハープ。 「こいつの持ち主(名前)も凄ぇ奴だった。まさに天使の弓。天使の矢だ」 エースは、 矢を取り出した。 ハープを・・・・・弓として扱い、 糸を引き伸ばす。 「サウザンドアーム(壱千の名前)を聞かせてやるぜツヴァイ=スペーディア=ハークスっ!!」 そしてドロイカンの上から矢を放つ。 1矢。 2矢。 3矢と。 その矢は地上の・・・ 地を駆ける天馬。 漆黒の騎士へと降り注ぐ。 「カス共め」 既に声の届く距離。 颯爽と駆けるツヴァイは、 エルモアを巧みに動かし、 3本の矢を避け走った。 「オレは兄上に会わねばならんっ!邪魔だっ!!」 だが、 矢を交わしたツヴァイの元に、 さらなる矢が降り注ぐ。 何一つの動作も、 物音も無く。 ただ、 メリー・メリー=キャリーが微笑んだのだ。 アイシクルレイン。 氷柱が幾多とツヴァイに降り注ぐ。 「カスがっ!カスがカスがカスがっ!!」 文字通り雨の如く降り注ぐ氷柱を、 エルモアの動きで巧みにかわし、 盾で防ぎ、 槍で砕き落とす。 「オレはまだ兄上に何も言ってはいないっ!邪魔をするなっ!」 何一つ物怖じもせず、 そして白馬は跳んだ。 空中を翔け、 漆黒の騎士は漆黒の槍を突き出した。 「おっと。まだイントロだよ。焦らないでくれ。タクトの通りに戯れようよ」 ミヤヴィがドロイカンの手綱を引くと、 ミヤヴィのドロイカンマジシャンが炎を吐き出した。 家一軒を燃やしてしまいそうな炎が、 空中のツヴァイを襲う。 「・・・・チィ」 ツヴァイは盾で防いだ。 いや、 盾で炎自体は振り払った。 片腕の動き一つで、 炎の軌道自体が反れる。 「ロウマの狗共め」 ツヴァイは口惜しそうに着地する。 横向きのエルモアの上から、 槍を突き出す。 「消し去ってくれる」 5匹のドロイカンに跨る、 6人の最強部隊へ。 「俺達が狗?それは何よりじゃない」 ユベンが答える。 「ならツヴァイ=スペーディア=ハークス。お前はさながら猫か? ・・・・・違うな。俺達が狗なら、お前はアインハルトという主君に捨てられた・・・・野良犬だ」 ユベンが、 ドロイカンの上から、 切っ先を向け合うようにドロイカンランスをツヴァイに向けた。 「俺達は狗でいい。王国にも、そしてロウマ隊長にも、従うだけの敬意と誇りがある」 忠誠が誇りだ。 何よりだ。 ユベンは続け、 「見下す者と見守る者。それがお前とロウマ隊長との違いだツヴァイ=スペーディア=ハークス」 「・・・・・ッ!・・・カスめっ!!」 ルアス城中庭。 この広い舞台での戦いが始まったや否や、 その中心かつ中心で、 「最強の名は、ロウマ隊長一人でいい」 44部隊とツヴァイ=スペーディア=ハークスの戦いが始まった。 「おっぱじまりやがったな・・・・」 ドジャーは横目に、 後ろ目に見ていた。 始まった・・・庭園での戦争を。 「今のところは・・・・・」 と言いかけて言葉を止めた。 今のところは・・・・・・ まだいけてるんじゃないか? 戦況についての感想はそう感じた。 2万の大群に向かっていった、1千の兵。 それでもまだ、 イスカやロッキー。そしてツヴァイなどの動きは目を見張る。 それを見ていれば、 このままゴリゴリ削って、 なんだかんだでいけるんじゃないか? そう思えてしまう。 ただ、 それは現段階だからだという理由。 その一つは、 まだ部隊長クラスとぶつかった様子が見られない事。 そして、 まだ1千居るからという理由だ。 見れば見るほどこちらの数が減っていっている。 当然だ。 圧倒的に数で不利なのだからだ。 質でも劣る。 今は10人を相手にすればいいかもしれない。 だが、こちらの数が減るにして、 ロッキーの相手は100になり、 イスカの相手は1000になる。 まぁアレックスの計算でも、 彼らでは100をカウントするまえに消耗し、 息絶えてしまう。 そう。 三つ目は、 相手と違い、こちらは体力が消耗していく。 結論。 分単位で状況は厳しくなっていくだろう。 「で、どうする」 「御馴染みになりましたね。その質問も」 だがアレックスは呆れもせず、 笑いもしなかった。 「頼みの綱のツヴァイは、"私の仲間"とぶつかったみたいですよ」 アレックスの後ろで、 スミレコが呟いた。 44部隊。 残りの総戦力と言ってもいい。 今まであざとく前に出てこなかったユベンをも含め、 戦力は未知数。 ただ強大な事だけは分かる。 「ツヴァイが勝てるか否かは別として、打ち止めなのは間違いねぇな。 そうなると最高戦力はロッキー。イスカ。そんでタイマン真っ最中のマリナ」 「謙虚な最高戦力だこと」 スミレコは鼻で笑った。 「頼りがいの無い事この上ないわ」 「頼りがいはあるさ。残りの戦力は苦しくも《MD》ばっか。 俺にとっちゃぁどんなに強い奴より頼りに出来る奴らだ」 そうだろジャスティン? クソったれの逆襲って奴を、魅せる時が来たんだ。 「んで?俺ちゃんは無視・・・・と?」 あちゃー、涙目。 ヘラヘラと、エドガイは片手で大げさに顔を覆った。 「やーね。今は俺ちゃんがメインだろ?ちゃぁんと注目して欲しいね」 ベロォンと、ピアス付きの舌を出す。 傭兵。 エドガイ=カイ=ガンマレイ。 最強の傭兵団体。 《ドライブスルー・ワーカーズ》の隊長。 命も金次第。 金に命を売った男。 「・・・・・勝てないわ。アー君」 アレックスの服のスソを、 スミレコが握る。 街でエドガイと遭遇した時にも聞いた言葉だ。 「分かってます・・・・」 それは、 十二分に分かっている。 エドガイ含む、《ドライブスルー・ワーカーズ》の力。 だからこそ、 彼らを失った事は大きい。 「いぃーねぇー♪ひそひそ話。俺ちゃんもまぁーぜぇーてん♪」 何一つ緊張感無い、エドガイ。 「そんな目をしても無駄だぜ。可愛い子ちゃん」 エドガイの片目が、 アレックスを貫いた。 魂を貫かれた気分だった。 「ここにいる俺ちゃんの部下達」 エドガイは両手を広げる。 エドガイの周りの、 十人を超える傭兵達。 「おたくらにとっちゃぁ名無しだろうが、どれをとってもおたくらより強い」 それも分かっている。 彼らは、 44部隊でさえ歯が立たないのだ。 ツヴァイさえも抑え込める。 名無しの強者達。 「それで極めつけに俺ちゃんだ。自慢じゃねぇがぁ・・・・俺ちゃん」 半分だけ垂れる前髪を揺らし、 視線を貫かせる。 「かなり強ぇぜ」 分かっている。 分かっている。 完全に歯は立たない。 アインハルトにあぁ言われた次の出来事だが、 自分達がどうこう出来る状況でもない。 「アレックス」 はがゆく思っていると、 ドジャーが横で言う。 「お前の・・・いや、俺達のオハコだ。・・・・・逃げるぞ」 冗談交じりでなく、 ドジャーはそう言った。 名案この上ない。 「不幸中の幸いか。俺達がこっちでエドガイ達はあっちだ」 ドジャーの言うこっちとは、 外門下。 現在アレックス達が居る方面。 ドジャーの言うあっちとは、 外門前側。 つまり、 敵は、進行方向の背後に居るという状況。 「もともと後戻りは出来ねぇんだ。撒いて、庭園に突っ込もう」 得意の後回し。 無理なもんは無理だ。 ツケは溜まって行くものだが、 そうする他・・・・無い。 選択肢は無い。 「アー君。私は止めるわ」 スミレコは、 アレックスの背後で、ボソボソと小声で、 でも強く言う。 「倒せなくとも、あのエドガイという男以外の傭兵は私が止める。スパイダーウェブで固定する」 「それじゃぁスミレコさんが身動きできません」 スパイダーウェブ中は身動きできない。 「なんとかします。ここにオトリがあるし」 「俺かよっ!俺ここで脱落が前提かよっ!」 だが事実、 それほどの状況だ。 「無駄死によりはマシでしょ。害虫め」 「一寸の虫にも五分の魂があんだよっ!」 「害虫如きが偉そうに」 ギャーギャーと言い争っているスミレコとドジャーをよそに、 アレックスは頭の中で思考を錯誤する。 そして状況を見つめる。 チャンスは・・・・今しかない。 逃げるにしても、彼らから逃げるのは至難だ。 だからといって今の話のように誰かを犠牲にするわけにもいかない。 まだ何事も起こっていないこの状況。 そしてまだエドガイが油断しているこの状況。 唐突に。 それしかない。 「スミレコさんっ!ドジャーさんっ!」 スミレコとドジャーの不意をも突くように、 アレックスは振り向く。 そして二人を半ば強制的にひっぱり、 外門をくぐり抜けようとした。 「・・・・・くっ・・・」 だが・・・出来なかった。 「ここはデッドエンド」 「冥土の土産はたんまりとある」 「ユックリしていって頂戴」 いつの間に。 全く気付かなかった。 スミレコとドジャーも、 遅れてやっと気付くくらいだった。 いつの間にか、 傭兵5人に背後をとられていた。 「あんたらの命はすでに買われてんだよ」 「完売だ」 「大人しくしてるのが利口だぜ?」 バーコードを刻んだ傭兵が5人。 アレックス達の背後で、 既にいつでも命をむしり取れる状況に居た。 「・・・・カッ・・・冗談じゃねぇ」 さすがにドジャーも冷や汗が出た。 状況を把握した。 今更なノー天気な三人の姿に、 エドガイは笑った。 笑った。 可笑しくて笑った。 「ハハハッ、なぁーに?もっかしておたくら・・・・・」 その目は確信を突き過ぎて、 痛かった。 「まだ"どうにかなる"と思ってたんじゃ?」 自分達がいかに恵まれすぎていて、 自分達がいかにノー天気で、 自分達がいかに弱者なのかを感じさせられる。 「今までここまで、なんでかラッキーか、ストーリーの意志か。 結局のとこどーにかなってきたからって、今回もそーなると思ってたん? マジで?マジでお気楽すぎじゃねぇか?・・・・・・ここは戦場だぜ」 傭兵は、 戦争を伝えた。 「結論から言っちゃおう。正直今回、おたくらはどーにもならない」 決まりだ。 結論を語り、 エドガイはもう一度剣をとった。 「きまぐれもあったろう。偶然もあったろう。こんな時こそ逆転の応援もあったろう。 だけど今回は無い。ねぇんだ。ハッキリと結論。・・・・おたくらの命、ここで完売」 エドガイは決まり手のように、 剣をこちらに向けた。 「明日から地獄でバケーションを楽しむといい。どんなことがあっても覆らない。 敗因はシンプルなたった一つ。・・・・これが俺ちゃんらの仕事だからだ」 覆らない。 100%。 「あーあ。でも俺ちゃんもそっち側のがよかったねぇ。可愛い子ちゃんが多くて楽しかったし。 大体アインに付くのも騎士団に縛られるのも嫌で俺ちゃん傭兵なんだぜ?知ってるだろ? 黄金世代で騎士団に行かなかったのは、俺ちゃんとティルとディアンだけ」 絶対の意志に反するには、 それほどの意志がある。 「でも残念無念亀万年。ここでしゅーりょー。俺ちゃんも涙目」 と、 まったく名残惜しそうになく、エドガイは笑った。 アレックスは・・・目を丸くした。 「・・・・・あ・・・・」 エドガイに剣を突きつけられているこの状況。 背後には傭兵達。 覆らないこの状況。 アレックスは思いつき、 そして・・・・理解した。 「そういう・・・・事ですか・・・・・」 アレックスは、 全てを理解し・・・・・笑った。 「・・・・?」 「どうしたアレックス」 頭がさらにおかしくなったか?とドジャーは首を捻ったが、 アレックスは目を大きく見開いたまま、 笑っていた。 「用意されてました。ありがたい話です。この状況・・・・・覆せます」 アレックスは自信を持っていた。 だからこそ、笑った。 可笑しくて、 可笑しくて、 可笑しすぎて、 ただ笑った。 「アー君」 「カッ、こういう時は頼りになるな。ま、まともな策じゃねぇだろうがな」 ドジャーは手元にクルクルッとダガーを取り出す。 スミレコもアレックスの服のスソをギュッと掴む。 それだけで背後の傭兵達の殺気が動くのは分かったが、 まだ最悪じゃない。 2秒あれば全滅できるが、 まだその2秒は動いていない。 「順番がズレただけで・・・・用意されていたってことですね」 アレックスは笑う。 「英雄になってやろうじゃないですか」 アレックスは、槍を握った。 「策を言え。アレックス」 「・・・可笑しな話です。全部・・・・用意されていたんです」 笑うアレックスは、奇妙にさえ見えた。 だけど、 こんな事が笑えずにいられるか。 「エドガイさんは、こちらに付きたい」 「ん?」 エドガイはアゴを前に出して反応したが、 答えて頷いてニヤニヤ笑った。 トリガーに指をかけたまま、 剣は下ろさない。 「そうだな。可愛い子ちゃん」 「なのに騎士団長は貴方を今更選んだ」 だからこそとも言えるが、 アインハルトの下は、アインハルトの意志のみ。 使える者であること。 そして、 仕える者であること。 ひれ伏し、手足として動くを由とする強者だけを、 アインハルトは僕(しもべ)とする。 金だけで動くエドガイは全ての条件を満たしてはいるが・・・ 「何故今更とも思いました」 エドガイほどの男を、 アインハルトは放置し続けた。 なのに今更利用した。 理由があるとしたらば簡単。 それは・・・・面白いと思ったからだろう。 「それは僕も同じ」 条件としてはエドガイを遥かに劣化されたようなもの。 それでもアインハルトは自分を下に置いた。 それは面白いからだ。 笑える。 可笑しいほどに。 絶対の意志は、 ただ思いのままに弄ぶのが大好きだ。 「だから僕を英雄に選んだ」 敵に選んだ。 弄ぶために。 そんな器じゃないのに。 そんな大層な人間じゃぁないのに。 「こうやって・・・・弄びたかった・・・それだけだったんですね。騎士団長」 英雄になんて成りたくなかった。 だから、 アレックス=オーランドは、 英雄に祭り上げられた。 強制的に。 余興のために。 「おい。アレックス?」 「大丈夫ですドジャーさん。全ては上手くいきます」 それはそうだ。 絶対の意志にそうされているのだから。 「あの人の用意したイベントの一つ。それだけなんです。このために意志は動いていた」 つまり、 エドガイと、 アレックスの対峙。 これが、 用意された台本(ストーリー)。 理由はただ、面白いから。 「だからといって、僕じゃぁエドガイさんにはどうやっても勝てない」 「そうだろうねぇ♪」 エドガイは剣を動かさない。 トリガーから指は1mmも動かない。 「お仕事だから・・・・根絶的なまでに誇りをもって、俺ちゃんはおたくを・・・・・・殺す」 言いながら、 「お?」とエドガイは唇を突き出した。 気付いた。 エドガイも気付き、 「ハハッ、にゃぁーるほどね。カハハハハハハハッ!!」 胸を反って笑った。 アレックスも同調するように笑った。 気付いたもの同志、 お互い、 可笑しくて笑った。 「なぁーるほど!そりゃぁ傑作だ!胸糞も悪くならぁ!」 「でしょうね」 アレックスは微笑んだ。 全てを。 意志を。 理解しているから。 「一応駄目元で聞いておきますエドガイさん」 「ほーい」 「手加減してくれませんかね?」 「無理。俺ちゃんにとって仕事は命を売ったものだからな。 理不尽なまでに・・・・・・・・・・・ぶっ殺させてもらっちゃうよん」 そうですよね。 口惜しそうに。 苦笑いのようなものを浮かべながらも、 アレックスのそれは微笑みだった。 「アー君?」 「おいアレックス・・・?」 「説明しますよ。簡単です。スミレコさん。ドジャーさん」 アレックスは槍を持ったまま、 両手を広げた。 「全部上手く行きます。まず、エドガイさんと戦う必要もない」 「は?」 「そしてそれどころか満場一致でエドガイさんをこちら側に戻せる」 「アー君?」 「僕らの戦争に小さな光明さえ生まれる。そして・・・・」 被害は誤差ほどの最小限。 そんな。 そんな魔法のような事を、 アレックスは、 嬉しそうに言った。 嬉しそうに、 微笑んで、 振り向いて、 そして、 自分を指差した。 「僕がここで殺されればいいんです」 口惜しそうに、 だけどそれは微笑みだった。 「・・・・・・・・・・何を言ってるの?」 「・・・・・・・・おいてめっ」 「英雄の条件を知ってるかい?」 可愛い子ちゃんと、可愛くない子ちゃん。 エドガイは、 アレックスの代わりにドジャーとスミレコに言う。 「英雄としての条件。資格。そーいうもんを知ってるか?って聞いてんの」 口調とは別に、 エドガイは真剣な表情をしていた。 「勇者には一人で成れるが、英雄は一人じゃぁなれねぇ。誰かに称えられてこその英雄・・・だ♪ ロックスター。画家。そして戦場の戦士。その中で英雄と呼ばれて称えられる人間ってのはなんだ?」 簡単だ。 「過去の人物。手の届かない・・・・死んだ人間だ」 死んだ人間だけが英雄になれる。 「偉大な人物も、余生があれば英雄じゃない。だから英雄の物語に後日談はない」 栄光の中で、輝くまま死んだ人間だけが英雄になれる。 ロックスターも。 スポーツアスリートも。 芸術のアーティストも。 人は、死んだ者ばかりを祭り上げる。 「騎士団長は・・・・・ここで僕に死ねと言っている」 そうなるように、台本を書き上げた。 ただ面白いから。 エドガイを使い、 アレックスを祭り上げた。 「エドガイさんが受けた依頼は?」 「アレックス=オーランドの殺害だ」 「そう。それだけで全ては上手くいく」 エドガイは誇りを真っ当出来、 そして、真に解放される。 ドジャーが敗れる心配はない。 スミレコが死ぬ心配もない。 ただ、 アレックスだけを除くだけ。 「おいアレックス。ふざけんなよ?トチ狂ってんじゃねぇぞ?本末転倒って言葉を知ってるか?」 「はい。どうしようもない状況からの・・・・大逆転の奇策でしょう?」 アレックスは皮肉に答えた。 「アー君。却下します。アー君はおかしい」 「そうですね」 「馬鹿だろお前。ゲームオーバーに逆転もクソもあるか!!」 さぁ、 スタートボタンを押してくれ。 戦いの初め、 エイト=ビットが言った言葉だ。 ゲームを始めてくれ英雄。 だが、 ゲームを始める条件は、 ゲームを終える覚悟のあるものだけだ。 「このっ・・・アホッ・・・・」 何をしようと思ったのか。 ドジャーは動いた。 アレックスをぶん殴ろうとしたのか。 それとも何かしら事を動かそうとしたのか。 だがそれは背後の傭兵達に阻まれる。 武器がドジャーの首に突きつけられる。 「アレックスっ!!!」 その中で、 ドジャーは天に向かって叫んだ。 「てめぇはクソッタレだ!ここまでどんだけも共に戦ってきた! そん中でお前は!戦ったし!逃げたし!非情にもなったし!裏切ってもきた! だが!ここまで真に諦めた事だけは一度も無かったはずだ!」 最悪になっても、 命を諦めた事だけは無かったはずだ。 「少し利口になっただけですよ。算数が出来れば、何が一番効率がいいのかすぐ分かる」 この選択に、 非はない。 全てが上手く行く。 ただ一つ、 自分が死ぬ事以外は。 でも、 「ちょっと器以上のものを抱えすぎました。疲れたんで・・・・・」 少しサボらせてください。 「準備はいいか?可愛い子ちゃん」 エドガイの、 その剣のトリガーの指。 その一つだけから、 明らかな殺意を感じた。 どうしようもない、 なんともならない、 状況の殺意。 「・・・・未練はありますけどね」 「未練は持ち物だ。もってけ可愛い子ちゃん。それを持ってかなきゃ忘れ物だ」 ただ、 釣りはいらねぇからとっとくなよ? 「・・・・・・」 未練か。 アレックスは笑った。 最後に食べた物はなんだっけ? 明日は何を食べよう。 明後日は? まだ食べてないものは世の中にいっぱいあるんだろうなぁ。 ま、 何を食べてもお腹いっぱいになるなら幸せだけど。 地獄に行かなきゃ食べれないものもきっとあるだろう。 「とりあえずこの世はお腹いっぱいです」 食べ過ぎて、吐きそうだ。 でも、 吐き出すにはもったいないものばかりだ。 夢も、 気持ちも、 憎しみも、 怒りも、 希望も、 腹の中に溜めたままでいいや。 「アレックス=オーランド」 自分の名を呼び、 アレックスは地面に槍を突き刺し、 両手を広げた。 「アーメン(安らかに眠れ)」 それは唐突で、 それは合図だった。 唐突過ぎて、 ドジャーに反応は出来なかったし、 スミレコに反応は出来なかった。 だが同じく理解を受け入れたエドガイは、 その合図を受け入れた。 引き金は引かれた。 エドガイの前髪が靡き、 表情は見えなかったが、 剣は衝撃で跳ね上がった。 断罪のパワーセイバーが放たれた。 それは真っ直ぐ、真っ直ぐに、 アレックスを確実に断ち切らんと、 アレックスの命を断ち切らんと、 飛び放った。 ・・・・・。 心地よかった。 諦めるというのは、こんなにも簡単だったんだなと思う。 何も考えなくていい。 全ての放棄。 脱落者の気持ちを感じた。 「死ぬのは痛いかな?」 それだけが心残りだった。 他にもう・・・・無い。 「アー君っ!!!」 反応は出来なかったから、 それは反射だったのだろう。 スミレコが飛び出した。 「アー君の居ない世界の方が地獄です・・・・」 スミレコは、両手を広げてアレックスの前に立ちはだかった。 「夫を守れなくて、何が妻なのか」 夫でも妻でもないけどね。 アレックスは笑えなかった。 何をしているんだこの子は。 全てが上手く行くのに。 何もかもが上手く行くのに。 ここで君が死んだところで犬死だ。 あまり、後悔を残さないで欲しい。 ただ、 気持ちは伝わった。 「邪魔です」 アレックスはスミレコを跳ね除けた。 スミレコをどかすと、 パワーセイバーはもう目の前だった。 「・・・・・・」 全てがゆっくりにも、 それを通り越して制止しているようにも見えた空間。 アレックスはスミレコを見た。 こんな人間もいるのだなぁと。 自分のようにどうしようもない偽善者相手にも、 無条件で愛してくれる人間がいるのだなぁと。 自分はそれを、 無条件で裏切ってはいるけど、 応えてあげようという気にもなる。 パワーセイバーは、アレックスを断ち切った。 「うっ・・・・」 あらま、痛い。 うめき声があがるなんて情け無い。 だけど崩れ逝く中で、 アレックスはスミレコに微笑みかける。 スミレコの前髪は衝撃で跳ね上がっていて、 素顔が見れた。 「スミレコさん。妻としては失格ですよ」 血飛沫が、 体積を超えるほどに舞い上がっていた。 「僕の妻の条件は、毎日5食、おいしい御飯を作ってくれることです」 貴方が死んだら、 誰が僕の墓前に御飯を添えてくれるんですか。 一瞬の出来事だったが、 それは彼女の得意技だったのかもしれない。 それとも隠れた素顔の中で、 それはもう準備されていたのかもしれない。 彼女の目には涙が溜まっていた。 視界が白くなっていく。 それを通り越して、 黒くなっていく。 何も見えなくて、 何も聞こえなくて、 何も感じない。 その、微かな世界で、 少し、 何かが聞こえた気がした。 きっと、 いけ好かない盗賊が、 僕の名を呼んだんだろう。 それはよかった。 勝手に死なれちゃ迷惑なんだろう。 でも生憎僕は自分勝手なもんで、 性格が悪いもんで、 返せる言葉はこれくらいのもんだ。 ざまぁみろ。 「ドジャーさん・・・・後は・・・・頼・・・・・・・」 「アレックスっ!!!!」 ドジャーは駆け寄った。 自分は何も出来なかった。 「アレックスッ!!アレックスッ!!!」 横たわるアレックスの体を揺する。 だが、 アレックスは返事をしない。 目が見開かれたまま、 人形のように顔が寝返りをうった。 「おいっ!!おいっ!!!」 傷の方は・・・・・見るも無残だった。 少しの希望も見せてくれないような傷。 肩口から、腹まで、 断ち切られている。 深い。 深すぎる。 内臓が、 潰れ、 裂け、 飛び出ている。 それはアレックスの体の三分の二を断ち切っていて、 前から背骨のようなものまで見えた。 血の量は、 アレックスの貯蓄量を教えてくれた。 至る内臓は、 どれがどれか分からないような有様で、 ふと目に映ったそれが、 断ち切れた心臓だと分かった時、 ドジャーは言葉も出なかった。 どうにもならないほどに、 なんともならないほどに、 命を断ち切られている。 壊されている。 アレックス=オーランドは、 そこで、 完全なまでに死を迎え、 すでにコレは、 命でもなく、 アレックスでもなく、 ただのモノに変わり果てている事が分かった。 「おいっ・・・・・おい・・・・・・」 ドジャーはそこで、 アレックスの体を落とし、 項垂れた。 それ以外の選択肢さえ思いつかなかった。 また仲間を失った。 レイズ。 チェスター。 ジャスティン。 ・・・・・・・アレックス。 それらは取り返しがつかないからこそ、 ドジャーにとって、 それは失ったと表現するに正しかった。 アレックスは、 全てが上手く行くと言って、 こうなった。 だけど、 望みが断ち切られるからこその、 絶望。 ドジャーには、絶望しか感じられなかった。 「何をやってんだこの害虫っ!!!」 ドジャーの視界が吹っ飛んだ。 スミレコに殴り飛ばされた。 だけど、 起き上がることもなく、 ドジャーは放心状態のまま、 倒れた。 「何をっ!何をやってるんだっって言ってるんだっ!」 血の量のように、 涙を零すスミレコは、 怒りのようなものをドジャーにぶつけながら、 ドジャーに反し、 錯乱状態にも見えた。 「ぼやぼやしてるんじゃないっ!アー君はっ!アー君はっ!あんたに頼むと言っただろう!」 頼む。 後は頼む。 自分が任されるのは、 いつも"後"ばかりだ。 「さっさと聖職者を呼べっ!」 ドジャーはハッと目を見開いた。 聖職者。 聖職者? ・・・・死。 そ・・・ 「蘇生するのよっ!さっさとっ!早く・・・こ・・・害虫っ!!」 言うスミレコも、 やはり半ば錯乱状態だった。 「聖・・・・聖職者っ!?」 ドジャーは飛び起き、 周りを見渡す。 希望を探すように。 頭の中に潤いが走るような、 希望の道。 だが、 居ない。 ここには誰も居ない。 「・・・・ぐっ・・・・」 ドジャーの目に、 もう一度アレックスの亡骸が見える。 無残な、 どうしようもない、 アレックスの死骸。 ドジャーは現実から目を反らした。 「聖職者っ!!誰か聖職者はいねぇのかっ!!!」 誰か・・・・ アレックスを蘇生できる奴は。 聖職者は・・・・。 「・・・・う・・・ぐ・・・・・」 "レイズ" "ジャスティン" "アレックス" 「誰か聖職者はいねぇかって聞いてるんだっ!!!」 ドジャーも理不尽に混乱しながら叫ぶ。 どうしようもないのか。 なら自分が。 ドジャーは気付き、 懐から一つの物を取り出す。 それは、 コマリク。 「目ぇ覚ませ馬鹿野郎!朝飯だっ!!!!」 コマリクは、 アレックスの胸の上で、 光を伴い、 破裂した。 だが、 余は事もなし。 アレックスは、 横たわったままだった。 血だけが、 まだ生の残骸のように流れ出ていた。 「無駄だ」 いつの間にか、 エドガイがすぐ傍まで歩み寄ってきていた。 ドジャーは、 エドガイには目もくれない。 「おたくらには恨み言この上ないだろうが、俺ちゃんにとって仕事は命を超に超えた事柄だからな。 全てを理解した上で、"殺して蘇生して、でも任務はしたよん"・・・なんて事は言えねぇ。 逆にそこまで理解したからこそ、手加減なく、容赦なく」 蘇生不能なまでに、壊した。 「俺ちゃんの考えうる中で、その傷で蘇生を行える人間はこの世にいない。 万が一、世界一の聖職者であるエーレン=オーランドが居たとしても不可能だ」 世界の最たる有能者を知るエドガイの、 最たる可能性の上に行くまでに、 可能性はない。 「てめぇ!!!」 ドジャーはエドガイに掴みかかる。 エドガイは何も反抗しない。 「てめぇのいらねぇプライドさえ無けりゃ!アレックスは!アレックスは!!」 「俺ちゃんにとって、その"てめぇ"のプライドは何よりも変え難いものだった。 世界の何よりもだ。それを理解した上で受け入れてくれたこの可愛い子ちゃんには」 俺ちゃんは、 敬意を表す。 エドガイは真に真剣な目でそう言った。 だけど、 だが、 ドジャーにとってはやはり、 それはアレックスの死より尊重するものはなく、 ぶつけ様の無い怒りが渦巻いた。 「アー君・・・・アー君・・・・」 血で汚れる事を省みず、 アレックスの死骸にスミレコは蹲っていた。 どうしようもない。 なんともならない。 その現実が、 ドジャーに突きつけられる。 「レイズ・・・・ジャスティン・・・・」 思い浮かぶは、 失った仲間たち。 だが、 彼らとて無理だっただろう。 そして、 自分の周りにはもう、聖職者はいない。 「ティルも肩書きは聖職者だったはずだが、あいつにも無理だろう。 エーレン=オーランドで無理なものは、この世の聖職者全てに無理だということ」 だから、 結論からすると、 完璧に、 根絶するまでに、 エドガイは、 仕事どおりにアレックス=オーランドを殺しきった。 「くそぉおおおおお!!!!」 無力は、自分への憤怒にも変わった。 希望の光がない事は、絶望だった。 ドジャーに進むべき道はなく、 その場で行き場を失って、 地団駄を踏むしかなかった。 「探せ」 エドガイは、 ドジャーに言い放った。 ドジャーはふと動きを止めた。 スミレコも、アレックスからエドガイの方へ視線を移した。 「アレックス=オーランドは、最後・・・お前に頼むと言ったんだろ?」 何も光は無く、 可能性も無い。 「それでもお前を信じて、"頼んだ"んだ」 託した。 頼むということは、 名を呼んでくれる様な、 仲間がいるからこそ。 「この結末が、アインの作り出した結末なら」 この結末の先は、 アレックスの作り出した結末の・・・・先。 「俺ちゃんも敬意を払い、当然協力してやる。"払って動くのは初めてだがな"」 敬意は、 払うだけの価値がある。 「やっぱり、こちら側のが心地いいな」 エドガイは少しだけ微笑み、 ドジャーの眼前までに、 指を突きつけた。 「アスガルドの意志。死骸の魂定着時間は知ってるよな?」 「・・・・・あぁ」 「その間に、不可能(0%)のゴミ箱から希望(1%)を探すんだ」 ドジャーは思う。 無い物を探せ? 自分はこうするから、任せる? ・・・・。 カッ・・・。 無茶ばかり押し付けやがって。 「本当にてめぇは自分勝手な奴だ・・・・・」 ドジャーは、 不可能の渦の中、動き出した。 制限時間は30分。 |
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