「どう思う」 それは、 まだアレックス達には手の届かないような場所。 ルアス城が城内。 その、 内門の裏側。 ルアス城のロビーだった。 そこに、 五人の死骸が居た。 「騎士団長が動かれた」 ディエゴ=パドレスは、 仕切るように皆に聞く。 「俺は最終防衛部隊だ。もちろんそれでも俺は自分の守るべき場所を守るだけだが、 王座に居るべき騎士団長が動かれた事によって、本陣が動いたと言ってもいい。 王国騎士団が中心である俺達は、なにかしらのアクションを起こすべきなのか?」 「おっと締まらねぇ語尾だな。ちゃんと結論用意してから話せよ」 「一人身勝手に答えを出すような心を持ち合わせていないのでな。 だからこそ、今、五人が集まってもらった。この五人にだ」 「そりゃ涙目だぜ」 この、五人。 もちろん、 この中にロウマやピルゲンなどが居ない事も含め、 騎士団の最強五人集・・・・というわけではない。 ただそれでも実力を含め、 ここに居る五人が王国騎士団という部隊の集合体の中で、 中心に居る事は間違いなかった。 他の部隊も、 彼らに策を求め、 動きを欲する。 「いや、でもま」 赤い絨毯。 きらびやかなこの広いロビーを明るく照らすシャンデリア。 彼ら五人の中で、 その一人に照らされたようにも感じた。 「正直ほんと、深く考える事じゃないんじゃないか?」 左目の下に泣きボクロのあるハンサムがそう気軽に答えた。 「適当になるな」 「そう思われるなんて正直ほんと、涙目だね」 クライ=カイ=スカイハイは苦笑いで答えた。 自画自賛をも恐れないその女受けする顔は、 苦笑しても崩れないほどに整っていた。 「だけど俺は気楽な事は言ってもウソは絶対に言わない。 ・・・・騎士団長が動いたのは意外だったが、ただそれだけだ。それだけなんだ 相手に何かしらの影響はあるかもしれないが、こっちには無影響だろうと思う」 「そうとも言い切れないからお前らを呼んだのだがな」 ディエゴは苦笑した。 分かっている。 あのアインハルト=ディアモンド=ハークスだ。 少し頭によぎった事は、 どんな事でも自らの手で叶える力量がある。 それは、 あまりにも、 アインハルト以外の何もかもを巻き込む究極の自己中心的で強大な力だ。 事実、 そんなきまぐれでツヴァイは一度死んだのだから。 「・・・・・ワタシ・・・ハ・・・・マモル・・・ダケダ・・・・」 元の声を大きく潰したような、 低い低い声が発せられる。 それは、 まるで機械の塊のような、甲冑だった。 大きな鎧がしゃべっているようにしか見えなかった。 「ウチモン・・・・ヲ・・・マモル・・・ダケ・・・・」 大きい。 大きすぎる。 ロウマは2mを超える巨体だが、 それをさらに横にも縦にも超えている。 鎧に鎧を重ねた超絶な鉄の塊。 「・・・・ウチモン・・・マモル・・・ソレダケ・・・カラダハッテ・・・・ゼッタイニ・・・・」 鎧の十二単(じゅうにひとえ) 鉄壁の重装備。 重(おも)く、 重(かさ)ねた重装備。 『AC(防御漬け)』というあだ名も頷ける。 まるで機械だ。 まるでロボットだ。 声は発するだけで重く反響している。 「ウチモン・・・マモッテ・・・マモッテ・・・・カエッテ・・・ババロア食ベル・・・・」 重い声でそんな決意を言われてもだが。 「アト・・・・ガトーショコラモ・・・・ゼンブ・・・マモル・・・・」 「どうでもいいけどさ。内門を"うちもん"っつーなよ。 俺は"ないもん"派だって言ってるだろ?ほんと正直その辺は・・・」 「どっちでもよくなくなくなーい?」 ポンポンッと立ったままファンデーションを塗りたくる女。 ぷっくらと果実のような唇だけで魅力的だったが、 化粧の厚塗りで素顔は分からないほどだった。 「"ないもん"でも"うちもん"でもどっちでもよくなくなーい?正直"ウザ"って感じ」 「おい、戦闘の前だ。化粧はやめろ」 「えー、ディエゴー。別によくなーい?ウザくなーい?」 ぶぅと、印象的な唇を突き出す。 唇はラメで輝きながらプルンと揺れた。 「女はいつでも外見が勝負じゃん。戦いの中でだって女を捨てるわけにはいかなくなくなくなくない? 大体、戦いなんていつだって血生臭いだけだしー。その中で輝くには美しくあるべきじゃん。 戦場で女神だって称えられたくなくなくなくない?そーいうわけじゃなくなくない?」 「どっちか分からん」 「女はいつでも磨いていたいってこーとー」 「ほんと正直、そんな年でもないだろうに・・・・」 「あー。ひどくなくなくなくなーい?だからこそ美しさのために努力することなーい? そうすれば女は死体の中でさえ、美貌を映やす事は出来るってこーとー。・・・・あっ」 彼女は慌ててパタンッと手鏡を閉じ。 谷間から十字架のネックレスを手に取り、口付けした。 「神様。勇敢な死者を冒涜するような言葉。お許しください」 「・・・・ほんっと正直わけわからん女だ」 ディエゴにしてみれば、 そう言うクライも理解不能だ。 "騎志"を重んじる自分としては、 女ったらしで、正直者なハンサム。 真っ直ぐ過ぎる鉄重ねの鎧人形。 否定的かつ神愛者のギャル。 どれもまだまだ甘ったれている。 そして、 「"不動"・・・・短直に言うならばそんなところだ。私を除いてな」 最後に彼はそう言った。 モスバインダーという帽子。 魔術師の魔術師らしい、 鍔の破れた緑のトンガリ帽子。 それを深く被る姿は、 怪しげな魔術師の模範のようだった。 「どういう事だポルティーボ」 「あー。わけわかんなーい。意味わかんなーい」 ローブに身を包む、 魔術師の模範のような姿の彼は、 答える。 「私が行こうという意味だ」 『ピンポイントアクセス』 ポルティーボ=Dはそう答えた。 「"敵を知れ"・・・・・・・・・・簡潔に言うとそんなところだ。無駄な言葉は嫌いだ。 相手を甘んずる事勿れ。しかし、戦力の量を見定めれば、私が内門を守る必要はないだろう。 相手は少数精鋭。むしろ先じて、個々を確実に滅する。その方が実に効率的だ」 無駄は嫌いだ。 効率は好きだ。 「んじゃ勝手に逝けばー?それでよくなくなーい?」 「待て待てポルティーボ。お前が行くと内門の守備が疎かになる。 内門の守備には強力な魔術師の援護が必要不可欠だ」 お前ほどの魔術師は騎士団に居ない。 いや、 マイソシアにも。 お前は世界一の魔術師なんだ。 ディエゴが止めるが、 「"無駄"・・・・・・・・・・・・・・心実だけ答えればそんなところだディエゴ。 説明したばかりの事を二度も言わすか?無駄だ。無駄は嫌いだ。無駄だからだ。 守備はお前らだけで事足りると判断したからこそ私が出る。実に効率的だ」 「・・・ッ・・・だが・・・・」 「・・・・・ワタシダケデモ・・・・・ゼッタイニッ・・・・ウチモンハ・・・・トオサナイ・・・・・」 「"任せた"・・・・・・・・・お前への言葉は簡単なところそんなところだ。そうだな。任せる。だから私は行く。 敵に不明確な部分も多い。ならばこの中の誰かが情報を得に進む。それもいいじゃないか」 「待った待った待った!それなら俺でいいんじゃないか? ほんと正直情けねぇ事に、俺は市街戦で部隊をやられてる。 責任も感じてる。責任もとりたい。一人だって部隊だし、騎士団の力にはなりたい。 それに単体で動ける俺の方がその役目は十分理に適ってる。そうだろ?」 それに、 カッコイイ奴は絶対に死なない。 それを貫くから負けやしない。 と、クライは言ったが。 「"不純"・・・・・・・・・・短く貴様を表すとそんなところだクライ」 「ん?」 「そんなにティンカーベルに会いたいか?それとも他の奴と会いたいのか?」 「うっ・・・」 クライは言葉でひるむ。 「"非効率"・・・・・・・・・・・・・無駄を要約するとそんなところだ。 クライ。お前のその感情はこの戦いの中で無駄な重荷にしかならない。 ・・・・無駄だ。無駄無駄無駄・・・・。自己の感情などどれだけ無駄なのか・・・・。 遊びに行くのではない。お前の感情は実に非効率で無駄だ。迷いが生まれる。 迷いは無駄だ。無駄だから嫌いだ。そういったものは至って嫌いだ。だから私が行く」 トンガリ帽子で顔も見えない魔術師は振り向き、 門の方へと歩んでいった。 彼の周りには、 2個ほどのオーブ・・・ゴーストアイズが浮遊し、 その手にも持つ杖・・・パルセスワンドも、 彼の身なりをさらに魔術師らしくしていた。 「"勝つ"・・・・・・・・・・全てを凝縮するとそういうことだ」 彼は、 ただピンポイントに短直に、 そう言った。 「私達の戦いは何も今日だけではない。これまでも、そしてこれからもだ。 守り続けていかなくてはならない。だから、被害は少なく、敵は倒すために最大限まで効率的に。 仲間の一人さえも無駄にするわけにはいかない。誰一人として・・・"無駄な仲間など居ない"のだから」 2年前のあの日のように、 無駄な、あまりにも無駄を重ねた敗北だけは、 もう二度とゴメンだった。 「無駄だ・・・無駄・・無駄無駄・・・・この世の全ての無駄はいらない。無駄だからだ。 私達が正義だ。これまでも、そしてこれからも。続いていかなくてはいけない。無駄じゃない。 私も感じているぞ。ディエゴ。・・・・・・・・・・・"騎志"・・・・・・・・・・・・短直にいうとそんなところだ。 それだけでいい。それだけ信じよう。あとは無駄だ・・・無駄・・・・無駄は嫌いだ。無駄はいらない」 ポルティーボ=Dは無駄を嫌う。 ただ、 必要な真実。 それ以外はいらないからだ。 そして今回自ら前に出る。 理由は一つ。 仲間の中に、 無駄な命など一つもないからだ。 ポルティーボ=Dは無駄が嫌いだった。 だからピンポイントを好む。 「兄上ぇああああああああ!!!」 ツヴァイが叫んだ。 周囲には黒い剣、 妖刀ホンアモリが檻のように突き刺さっている。 「兄上っ!!兄上っ!兄上ええええええええ!!!」 それは、 ツヴァイらしくもない、取り乱した姿だった。 こう見ると、 二人は本当によく似ていた。 男女の双子でありながら、 それぞれが完璧に到達したような美しくも力強い漆黒。 ただ、 絶対的な格差と違いがそこにはあっただろう事は、 二人が同じ場に居て十分に感じた。 「兄上っ!!オレはっ!オレはっ!!!!」 叫ぶばかりで言葉になっていなかった。 久方、 長き年月での兄妹の再会。 殺した兄と、 殺された妹の再会。 それにどんな感情があったのかは、 ツヴァイにさえ分からなかった。 生きた時間分、敬い、ひれ伏してきた兄。 それにまた巡り合った・・・・ 恐怖? または、 自分をゴミのようにきまぐれで殺した・・・・ 怒り? はたまた、 それでも悪魔を超越したような絶対的な兄にへの、 ・・・・喜び? 分からないが、 ツヴァイから噴出した感情は、 ただ叫びになった。 「ふん」 ただ、 アインハルトはツヴァイに目もくれなかった。 たった一人の肉親であり、 血を分けた双子。 唯一の自分の分身でありながらも、 今は別に興味無い。 そんな冷たい、氷を溶かすような目だった。 「答えろアレックス=オーランド」 きまぐれは、 今はアレックスに向けられていた。 歯を食いしばる。 それでもギリギリと、 力が整わなくて歯軋りしてしまう。 「何人消して欲しい。どれを消して欲しい。どうすればお前は一皮向けられる。 選べ。感謝しろ。お前は今、世界の何をも思い通りに出来る権利を持っているに等しい」 選べ? 失う仲間を? 自分が不甲斐ないから。 あまりにも不甲斐ないから。 その代償に、 支えてもらう柱を破壊しろ・・・と。 「やめて・・・ください騎士団長」 「口を慎め虫けらが」 覆いかぶさるように、 彼の言葉が自分を押しつぶす。 「失いたくはない。ふん。聞き飽きたな。アクセル=オーランド。エーレン=オーランド。 奴らも同じ事を抜かしていた。ただ、何一つ変えられず、失ったのは己らの命のみだった」 母さん。 父さん。 「いや、そういう意味では、我の気分を変えたという意味で奴らは勲章ものだった。 その意味で貴様は選ばれたのだからな。我のきまぐれを動かすなど尊敬に値する」 自分が自分を至高だと考え、 至高だと理解し、至高だと見ている彼の発言は、 それでも、 誰にも覆せない絶対の事実だった。 「アイン様」 傍らの、 人形のような女が、 消え入りそうなほど儚い、 美しい声を口から発した。 「ここで終わらせてしまっては・・・どうでしょうか。人は変わらない。死んでも。生きていても。 後も今もどうせ同じなら、ここで終焉を奏でてもいいんじゃないでしょうか」 「黙れロゼ。でしゃばるな」 ロゼと呼ばれた女は、 ビクッと肩を動かし、 「は、はい・・・・」 俯く姿も儚かった。 「ふん。決められぬというのなら、我が選んでやろう」 そう言うと、 アインハルトの黒き眼が動く。 この場を見渡す。 彼が見渡して、 やっと、 この場に居た者たちは、 アインハルト=ディアモンド=ハークス以外の存在を認識した。 ・・・というのも、 あまりにも彼に飲み込まれすぎて、 自分を含め、 世界に彼一人しかいないような感覚にまで陥っていたから。 「どれも同じにしか見えんがな」 アインハルトの目は、 妖刀ホンアモリに囲まれたツヴァイへ。 ツヴァイ歯を食いしばる。 そこからまた動き、 ツバメへ。 ツバメは恐怖をこらえ、 喉を鳴らした。 三騎士に視線が泳ぐ。 微動だにしていなかったが、 彼らとて身動きするのを憚られた。 残酷な視線はマリナへ。 目を逸らしたかったが、 吸い込まれるようにそれは出来なかった。 その視線を遮断しようと・・・・ 思うまでに至れなかったイスカは、 ここに来て久しぶりに、 マリナより自分の命を恐れた。 ロッキーは必死にマリナの影に隠れ、 怯えていた。 あまりにも純粋に恐れていた。 そしてそれはスミレコも同じで、 アレックスの影で、 いつもの強い口調は陰に潜んで震えていた。 ドジャーの息は荒かった。 一人、 何かしらの行動を考えていて、 そしてその決断が出来ないままだった。 アインハルトの視線はアレックスに戻った。 「どれを消しても同じだな。カスしかいない。意味という言葉に値しない」 無価値。 ピラミッドの構図というのは有名だ。 だが、 彼にはそれさえ無いのかもしれない。 アインハルト=ディアモンド=ハークスと、 その他カス。 それはピラミッドよりもバランスが取れすぎていて、 何もかもがひれ伏すしかない。 「・・・・・」 そのカスの中で、 一番最初に、唯一、覚悟を決めなおしたのは、 「・・・・・お呼びじゃないよ・・・・」 ツバメだった。 ピルゲンの妖刀ホンアモリで身動きのとれないツヴァイを除くと、 一番最初にアインハルトの目に留まり、 一番最初にアインハルトの目から逃れた。 そういった意味で、 ツバメが最初だったのかもしれない。 いや、 彼女に力をくれたのは、 手に握る木の温もり。 どんなことがあっても芯は譲れない精神。 ツバメは木刀を握り締め、 力を込めた事も悟られないようにした。 いやいや、 悟られる云々よりも、 事実恐怖には飲み込まれたままだったのが、 予期せぬ擬態だったのかもしれない。 擬態というのも違うか。 感情が動いただけで、その他の者と同じ・・・飲み込まれていたのには変わりない。 ただ、 決心がついたのは、 "自分しかいなかった"からだ。 ここの誰よりも可能性があったからだ。 もしツヴァイに自由があったとしても、 自分がこの場で一番"分"がある。 そう確信させる芯が彼女にはあった。 殺化ラウンドバック。 自分ならば届く。 何の前触れもなく、アインハルトの後ろに回れる。 一瞬。 刹那で。 もちろんそれが通用するかと聞かれれば疑わしい。 誰もがNOと答えるかもしれない。 無駄かもしれないし、 無意味で無価値かもしれない。 それでも、 この場で唯一といってもいいほど可能性があるのは、 ツバメだけだった。 「・・・・・・」 1mmか。 2mmか。 手に力が入った。 決心が固まった。 例え死ぬ結果になろうとも、 一撃決める。 一撃に賭ける。 否、 もしも一撃さえ与えられなかったとしても、 可能性を皆に伝えよう。 元シシドウが一人は、 死を決意した。 「盛るなカスが」 ただ、 その決意などやはり無価値だった。 ツバメはまだ行動にさえ移していなかったのにも関らず、 アインハルトは当然のようにその先に居た。 アインハルトは、 動作などほぼ無きに等しい。 ただ、 右手の中指を、 軽く、 ゴミを飛ばすように弾いただけだった。 消しゴムのカスを弾くぐらいの動作だった。 何かが飛んで来たのは分かったが、 理解は出来なかった。 気付くと世界が一回転していて、 そこで意識が途切れた。 ツバメの体は20mは飛ばされていた。 「何度も言わせるなカス共」 アインハルトは当然のように言う。 すでに無関心に話を進めていた。 吹き飛んで横たわるツバメなど、 ゴミが移動したくらいにも思わない。 「死にたいなどという主張を我は求めたか?死にたい者からかかってこいなどと言ったか? 否。無謀勇猛。お前らにはそんな理由の選択肢さえ無い。勇敢に死ぬ。無様に散る。無しだ。 もう一度言う。死にたい奴は前に出ろなどとは我は言わない。選ぶのはいつも我だ。 我の前にも後にもそれだけだ。貴様らには微かな権利も、唯一の義務も存在しない」 傲慢な絶対(ルール)は、 傲慢にもそう言った。 「・・・・見えたかアレックス」 数秒前。 ツバメとほぼ同時。 動く意志を持っていたドジャーは、 そこで少し思考回路が再始動する。 その中でアレックスに声をかけたが、 アレックスに返事は無かった。 「・・・・イミットゲイザーだ。あいつ、中指だけでチェスターを凌ぐイミゲを・・・・・」 アレックスの耳には伝わったのか伝わらなかったのか。 アレックスに反応は無かったから分からなかったが、 ドジャーの言葉にも意味は無かった。 アレックスは嫌というほど十分過ぎるほど、アインハルト=ディアモンド=ハークスを知っていた。 彼は絶対だ。 全てのルールだ。 出来ない事など存在しない。 掟破りさえもルールの遥か内側だ。 「聞こえなかったか?カス」 その言葉は、 ドジャーへと突きつけられていた。 我が権利を与えたか? アインハルトの目はそう言っていた。 消えかかる声を、喉を押しつぶすようにして発する。 「・・・やってみろよ帝王さんよ。てめぇがムカツいたらなんだってんだ。 ちゃんと聞いてたぜテメェの言葉。だが・・・だが・・だ! もし今、テメェが俺を殺したら・・・・・・カカッ・・・ 俺はテメェの言葉を覆して、絶対の帝王様を動かしてやったって事になるな」 へへ・・・と、 消えかかる笑い声をドジャーは発した。 それは、 自分の恐怖を打ち消すために出たような、 むしろ投槍な強気の言葉だったが、 周りの皆が空気にひれ伏している中では、 一つ、 ドジャーは勇猛だっただろう。 ただ、 愚かとも言えたが。 「ふん」 アインハルトは、挑発にのることはなかった。 というよりも、 些細過ぎてどうでもいいといった感じだろう。 いや・・・・・ 「で、誰だお前は」 そして、 頭が、 真っ白になった。 「・・・・・・あ?」 「ふん。まぁどうでもいいがな」 自分が、 この戦いには、直接的に因縁が無い事は分かっていた。 それでも、 アレックスと共にこの男を打ち破ろうと決意した。 くしくも、 自分の中でこのアインハルトという存在が、 人生を揺るがすほどに大きな障壁だったから。 ただ、 向こうは違った。 眼中に無かった。 眼にも・・・・映っていなかった。 ・・・・・擁護すると、 それはドジャーだけでなく、 マリナも、ツバメも、イスカも、ロッキーもスミレコも同じで、 アインハルトの眼中にあるのはアレックス。 そしてかろうじてツヴァイと三騎士程度のものだった。 だからドジャーだけの事ではない。 皆等しきカス。 だが、 ドジャーは出会っていた。 2年前。 あの人生を変えた日。 世界が変わった日。 燃えるミルレスの地。 その地下。 あの時も眼中には無かった。 そして、 今、この日になっても・・・・それは変わっていなかった。 自分は風景と同じ。 悔しくも、アインハルトがこの世界を有しているのは事実で、 世界は彼に弄ばれていて、 そして、 自分はそのストーリーに組み込まれていない。 それは、 世界に存在しない人物と同意語だった。 「・・・この・・・・や・・・・・」 胸の奥、 腹の底。 そこから煮えたぎる何か。 怒り・・・憤怒に近いものだっただろう。 それが込みあがり、 吹き上がる寸前だったが、 それ以上に、 心の全てを包み込む空虚さが勝った。 否定しつつも認めていた。 認めざるを得なかった絶対の存在。 その者の世界に、 自分は居なかった。 「ふざけっ・・・」 怒りや憤怒に近いもの。 いや違う。 これは膨れ上がる悔しさだ。 空虚な世界に置き去りな自分。 自分の決意など無意味かつ無価値だと知らされた。 そして、 それはやはりこの目の前のアインハルトという男を、 絶対的に認めてしまっているからだろう。 圧倒的なカリスマ。 それは知らず知らずのうちに引き込まれるもの。 打ち倒すもの。 否定すべきもの。 自分の中での最大結果の行方。 だからこそ、 この男の目に映っていなかったことは、 悔しさ以外の何物でもなかった。 「・・・・・・・・・笑止」 そんな中。 誰もが、 ドジャーだけでなく、 自分も同じだという、空虚さの中に立たされていた中、 唯一動いたのは小さな魔物だった。 アレックスの目には映らず、 ドジャーの目にも映らず、 ツヴァイの目にも映らず、 唯一、 その存在は、 アインハルトの目の前まで飛び込んでいた。 フサムだった。 大きな剣をこれでもかというほどに回し溜めていた。 絶対の存在の前で。 正直なところ、 三騎士とロッキー以外には見分けはつかなかった。 あれがフサムなのかエイアグなのかアジェトロなのか。 それでもそこに立っていたのはフサムだった。 そして驚いたのは、 この場に居た誰の目にも留まらぬ動きであのアインハルトの目の前まで、 一瞬のうちに詰めていた事・・・・・・・・・ではない。 "そんな場所"で剣を奮おうとしている姿にだった。 もしこの場面を、 誰もが冷静に達観できたならば、 誰もが冷静に言葉をかけただろう。 "馬鹿か。死ぬぞ" と。 どんな理由があろうとも、 彼の目の前にそうやって立つ事は、死以外の連想は無かった。 「話の途中だったな」 そして当たり前のように、 アインハルトにはどうでもいいことだった。 「ほざけ。人間が」 小さな小さな伝説の体が、 大きく回転する。 小さな小さな伝説の体に伴って、 大きな大きなヤモンクソードが回転し、 圧倒的な圧力と共に、 アインハルトを襲った。 「続きだ。誰が死ぬか、という話だったな」 襲った・・・などという言葉は戯言だった。 蟻の拳がふりかかったところで、 それは襲ったと表現していいものか。 アインハルトはゆっくりと、 目もくれず、 左手を肩の高さまであげただけだった。 「・・・・・なっ!?」 そして、 そっと、 まるで木の葉でも掴むように、 人差し指と中指で、 剣を挟んだ。 地を割り、 鉄を砕く三騎士の一撃は、 理を無視したかのように指の間で制止した。 「何度も言うが、お前らに選択権は無い。死にたいという立候補。 自殺の権限もない。決めるのは我。我が選び、世界は動く」 アインハルトの目は、 あくまでアレックスの方を見据えていた。 ロゼも、 ピルゲンも、 微々たる動揺さえなかった。 アインハルトの指の間で、 フサムのヤモンクソードはピクリとも動かなかった。 「だが、だからこそ、何を選択してもいい。それが我だ。さすがに面倒にもなってきた。 だから無意味な慈悲を無価値なカスにくれてやるのも悪くはない・・・・か」 音も無かった。 1mmの動作さえなかった。 アインハルトの指の間で、 ガラスのように、ヤモンクソードは砕け散った。 バラバラに。 原理や理を無視するように。 彼がそう思ったからそうなっただけ。 そう説明が出来てしまうように。 「誰でもいい。名乗りでろ。自殺の権限を与えよう」 それでなお、 アインハルトの目にフサムは映っていなかった。 「承知」 しかしそれでいて伝説は伝説。 目の前の状況に屈するカプリコ三騎士でもなく、 フサムは砕け散ったヤモンクソードが舞う中、 すでに体に捻りを加えていた。 次の刹那。 彼の足がアインハルトに襲い掛かる。 「承知承知承知!それでもなおっ!届かぬレベルではないっ!」 足を振り切りながらフサムはそう言った。 それがフサムの最後の言葉だった。 アインハルトはやはりフサムには目もくれず、 左手を、 その中指を、 ピンッと弾いただけだった。 フサムの頭が粉々に吹き飛んだ。 ピンクの肉と、 血と、 骨の欠片と、 脳が微塵になって散らばる。 何をしたのか? イミットゲイザー? プレイア? それとも何かの魔法か? いや、何をしたのかなどというのは、 すでにどうでもいいレベルだったかもしれない。 空中で回転していたフサムの体は、 地面に虚しくゴトンと落ち、 それは最初からそうであったかのように、 マフラーから下しかなかった。 血肉の欠片は、 美しく扇状に広がっていた。 「まず一匹」 グシャリと、 アインハルトはフサムの胴体を踏み潰した。 世界の法則さえもアインハルトに殉じるかのように、 アインハルトの衣類を一切汚さず、 フサムの胴体は飛び散った。 「価値なきものは計算に値しない。あとどれだけ殺す事に意味があるのか。 我にも分からん。極小過ぎる存在というのはなかなか計算の難しいものだ。 だから前言を訂正し、特権と慈悲を振舞ってやろう。好きなだけ死ね」 最初から最後まで、 アインハルトはフサムに一瞬の視線も与えなかった。 余所見と、 指二本。 アインハルトには、 三騎士などというレベルの低い相手は、 それだけで事足りた。 「・・・・・・」 誰もが、 それを無言で見ていた。 三騎士が一であるフサムが、 成す術もなく無残に死ぬのを見ても、 それはただ、当然の結果にしか見えなかった。 当たり前の結果が起こっただけにしか見えなかった。 それでいて、 誰も反応しないのは、 すでにアインハルトの空気に飲み込まれていて、 彼に屈しているのと同意語だった。 「十分です・・・・」 だからこそ。 「十分を十二分に超越しています・・・・」 ここで口答えする権限は、 アレックス=オーランドにしかなかった。 「騎士団長・・・・僕らは脆弱なカスです。・・・・認めましょう。だから十分なんです! このまま僕ら如きが立ち向かったところで勝機はないんです! これ以上可能性を減らす真似なんかしなくてもいい!そんな必要性は十二分にはないっ!」 「お前には理解力が足らんのか?」 地面にまで広がるその漆黒の長髪に包まれるように、 アインハルト=ディアモンド=ハークスは、 返答を善しとした。 「お前の勝機云々がどうでもいい。お前にやれといっている」 どうせ勝敗はもとより決している。 なら、 どうせ同じなら、 微かな楽しみのためにアレックスが動け。 他の何者でなもない。 お前が動け。 そう、 命令している。 「言っただろう。微小過ぎる存在の有無や優越など誤差でしかない。どうでも同じなのだ。 微(かす)か過ぎる存在だから"カス"と我は呼んでいる。 故、その無価値なカスに意味を添えられるのは、我だけ。価値は我が決める」 傲慢な絶対は、 理由も言葉も曲げない。 曲げる必要がない。 ルールで、彼が絶対なのだから。 是非もなく、 慈悲もない。 是非も慈悲も与えられるのは彼だけ。 「好きなだけ手の上で踊れ。用が無くなれば握りつぶす。 我は踊れと言っているのだ。我を楽しませるためだけに」 世界など、 手の平の中に収まるレベルでしかない。 人はそれを"掌握"と呼ぶ。 「さて」 アインハルトはワイングラスを持ち上げるように、 ゆらりと右手を向けた。 「連帯責任だ」 それは、 残り二匹の伝説に向けてだった。 「分かるだろう?三騎士とは三匹居て初めて価値がある。 ふん。一匹居なくなったからといって劣ったとは言わんがな。 コレクションと同じだ。三匹揃っていなければ価値自体は劣る」 別に、 彼らに強い思いいれがあるからではなく、 それでいて、 ここに居る者の中では優れている類だからという意味でもなく。 ただ、 選ぶのも面倒だ。 ついでだ。 そんなところだった。 いや、 正直"三"という文字にさえ意味はなく、 アインハルトにとって二匹も三匹もどうせ同じなら、 もう用済みだろう。 そういうことだった。 「ご指名だ。アジェトロ」 「応」 残りの二匹は堂々としたものだった。 長年付き合った、 フサムを失っていても、 アインハルトに選ばれてしまったとしても。 「物分りがよくていいな。知能があるという事を誇るがいい魔物。 世の中の理を解ける。それが理解だ。愚かではないぞカス共」 ただ、 無価値なだけだ。 「パパッ!」 「あー!あー!」 マリナの後ろから飛び出す、 ロッキー。 その背中には幼きコロラド。 アレックスは、 身動きさえ彼らに封じてもらいたかった。 叫ぶ事も、 動くことも、 それだけで死に繋がる可能性がある。 だがロッキーを守る勇気も、 今、この場にはなかった。 「コロラドを見ておけロッキー」 「ちょっくらパパ達のカッケェとこを見せてやるよ」 エイアグは背を向けて歩み、 アジェトロはロッキー達に軽快な笑みを見せた。 「パパッ!」 飛び出そうとするロッキーを、 マリナがなんとか抑える。 それこそ必死に。 「パパッ!パパッ!パパッ!!」 必死に叫ぶロッキーだが、 残りの二匹の伝説は、 歩みを止めない。 絶対に向かっていく。 約束された、死に。 「エイアグさん・・・アジェトロさん・・・・止まってください」 声をかけたのは、アレックスだった。 エイアグは無視した。 アジェトロも横目で見ただけだった。 「騎士団長にとってあなた達は無価値でも・・・・僕らにとっては違います・・・ 失うのはあまりにも大きい・・・・そしてそれは僕ら以上に・・・・」 最後まで言わなくとも、 それはロッキーとコロラド。 養子と実子。 息子達。 彼らにとって、三騎士を失う事がどれだけ大きいか。 「あなた達は・・・・確実に死にます。こんなところで死ぬなんて駄目です。 それこそこんなところで死ぬのは無駄死にです。無価値です!やめてください!」 「応応。ちげぇーだろ」 やはり歩みを止めず、 エイアグは振り向きもしなかったが、 アジェトロが後ろ歩きでアレックスを指差す。 カプリコの小さな指で。 「ここで行かなきゃ無価値なんだよ俺達は。あいつは・・・・」 アジェトロは、 親指でアインハルトを指差す。 「俺達の同胞の仇だ」 カプリコの。 種族の。 「それを目の前にして黙ってちゃぁ、カプリコの伝説が名折れだぜ」 「名・・・・名なんていいじゃないですか!死ぬべきではないんです! 誇りなんて捨ててでも、命を守るべきです!命は一つしかない!そしてあなた達は必要な命です!」 「違うだろ」 そこでエイアグが初めて一度、 歩みを止めた。 振り向かなかったが、 返答した。 「命は賭けるもの。誇りは守るものだ」 エイアグは言い放った。 「カプリコの手足をもがれたのだ。黙っていられるか」 そしてまた歩み始めた。 エイアグは大きな剣を担ぎ、 アジェトロは大きな剣を担いだ。 共に、 小さな体だった。 「ロッキー」 背中越しに、 声をかける。 ロッキーは眉を落としていた。 「コロラドとカプリコを頼んだぞ」 「応。俺達は伝説だ。伝説は伝えてくれなきゃ意味がない」 「ぼっ・・・・」 ロッキーは小さな口で、 声を張り上げる。 「ぼくには無理だよっ!」 「出来るさ」 一つの声に聞こえたが、 それはアジェトロとエイアグの声が重なっていた。 「お前は自慢の息子だ」 血は繋がっていなくても。 種族さえも違っても。 エアイグとアジェトロは、 ゆっくりと絶対の帝王へと向かっていった。 死へと。 アジェトロはへへっと笑い、 歩きながらエイアグの肩に腕を置いた。 「応応。言い残したことはねぇか相棒。最後になると思うぜ? 愛する、愛しすぎた息子達によ。なんかカッチョイイ事残してやれ」 「フッ・・・・」 エイアグはやはり背中を向けたままで、 覚悟は決まっていた。 「言い残した事もやり残した事も多すぎる。この場だけじゃ伝え切れん」 出来れば、 一匹と一人の息子の成長を見守りたかった。 それは出来ないだろう。 エイアグは愛しすぎた。 息子を。 溺愛しすぎて、 周りには親馬鹿だと笑われた。 実際に、親馬鹿過ぎる過剰な溺愛。 それぐらい愛していた。 そんな息子達を誇りにも思う。 自分が間違っていたとも微塵に思わない。 だから、 言い残した事もやり残した事も、 多すぎる。 この短い時間では、どれだけも伝えられないし、 何を伝えるかなんて選択も出来ない。 だから、 これでいい。 「あぁ、いや。一つだけ大切な事を伝えたい。ロッキー」 エイアグは、 やはり思い留まって、 振り返った。 やっと、 そして最後の、 エイアグの顔だった。 ロッキーにとっても、 コロラドにとっても。 それは微笑みだった。 「コロラドのオムツは忘れずに変えてくれよ」 それだけだった。 それが最後の父の顔だった。 エイアグはアインハルトに近づいていく。 アジェトロはアインハルトに近づいていく。 小さな体に、 大きな剣を携えて。 「あー。あー」 コロラドが、 離れていく父親達に手を伸ばす。 幼くも、 それが届かないところにいってしまうのは分かったのだろう。 だけどロッキーが抱きかかえる。 抱きしめる。 締め付けるほどに。 「我慢するんだコロラド・・・・」 お義兄ちゃんは、 歯を食いしばった。 「そしてちゃんと見るんだ・・・・」 義弟を、 隙間内ほどに抱きしめて。 離れていく父親二人を、 必死の思いで見届けた。 「あれが・・・・・ぼくらのパパ達だよ」 二匹の伝説は、 離れていった。 ただお互いに、 大剣を広げた。 言葉は最後に一つだけ。 「参る」 「応」 飛び込む二つの伝説の背中は、 あまりに小さかった。 「反逆の神の名だってよ」 珍しくも人間の古文を手に取っていたアジェトロが言う。 「何がだ?」 「いや、だから昨日拾ってきたこのガキの名前」 カプリコ砦の中、 毛皮に包まれてすやすや眠る、幼い人間の子。 「ロキって書いてあったろ?この子に。名前じゃないかもしんねぇけどよ。 それが反逆の神様の名前らしいぜ?ま、ちょいとつづりが違うけどよ」 「ほぉ・・・・我らは道端で神を拾ったのか」 「おいおいフサム。冗談言ってる場合じゃねぇぜ。災い拾ってきちまったんだぜ?」 と言いつつも、 アジェトロはその子の寝顔を見る。 災いと評するには少々・・・・ 「笑止。名前など名前でしかない」 「応応。改名した俺らがいえるか?」 と、 アジェトロは砦の中の壁に刻まれた文字を、 コンコンッと叩く。 それは、 三人の名だった。 ガイア(GAIA)。 オルテガ(ORTEGA)。 マッシュ(MASH)。 「ロードカプリコ長の婆ぁが黒くて不吉な名だっつーんだから俺らだって名前ひっくり返したんだろうが」 「ならこの子の名も逆さまにするか?」 「応。えーっと・・・ひっくり返すと・・・・イコ?かな」 「やはり笑止。反逆の神の名を反逆するなど、まるで道化だな」 あーだこーだとアジェトロとフサムが言い合う。 だが、 「いいじゃないか。この子の名はロッキー。岩より生まれし子。そう名付けたのだから」 エイアグがその話を切った。 「応応エイアグ。岩から生まれた神様は孫悟空だぜ」 「あれは神じゃない」 「どっちでもいーけどよぉ」 「そう。どっちでもいいしどうでもいい」 エイアグはそう、言い切る。 「この子は我らが拾った、我らの子だ。子、親を選べず。だが我らはこの子を選んだんだ」 子として。 親として。 「あー・・・でもなんかやっぱヤベェ事しちまったんじゃねぇか?人間の子を拾ってくるなんてよぉ」 「ロードカプリコ共が怒り罵る様が目に浮かぶな」 「なら捨てるか?」 今ならまだ間に合う。 エイアグがそう言うと、 アジェトロとフサムは言葉を返せなかった。 エイアグはゆっくりと、 毛皮に包まれる幼すぎるロッキーの傍らへ。 「もし我らに子が出来たとして、それがカプリコではなかったとしたら。 人間か、ノカンか、神か。産まれてしまったら。その時我らは子を捨てるだろうか」 関係ないんだ。 エイアグは、 そっと手を伸ばす。 と、 そのエイアグの指に、 小さな手が捕まってきた。 「起きたのか」 すがるように、 異種族。 人間の子の手は、エイアグの指に捕まってくる。 必死に。 「・・・・・」 エイアグはしばし呆然とし、 固まっていた。 「いや・・・・」 エイアグはその子。 ロッキーの体を持ち上げる。 抱き上げる。 「色々理屈を捏ね回してしまったが・・・・」 エイアグは、 無邪気で、 無邪気というあまりにも純粋な赤ん坊の顔を見て、 「俺が屈してしまっただけだ」 赤ん坊の、 潤う綺麗な目と目が合う。 体の芯がやられそうになる。 絶対無敵。 伝説が三匹同時に生まれてしまったとまで言われる、 負け無し最強の三騎士の一人は、 ただ、 屈してしまったのだ。 この純朴な赤ん坊に。 「正直、どうやっても勝てそうにない」 アジェトロも、 フサムも、 ただ苦笑したが、 頷いた。 ただ、確かに。 この子に剣を向ける事は絶対に出来ない。 自分達は負けたのだ。 そう思った次、 その子は大声を張り上げて泣いた。 泣いて泣いて泣いて。 泣き叫んだ。 「お?お、お、お!?おぉ!?」 あたふたと、 それでいて離すわけにもいかない人間の子を抱いたまま、 エイアグはどうしたらいいのか分からないといった風情でふためく。 「な、なななんだ?どうした?どうすればいいのだ!?」 「あー!・・・・・・・応!そうだ!ウンコ!ウンコだって!多分!えと・・きっと・・・」 「否承知!違う!恐らくお腹がすいたのだ・・・・・エイアグ!はやく!」 「わ、分かった!・・・・・・・・・・・・・いやちょっと待て。人間の子もカプリコの乳でいいのか?」 「いやつーか!お前はどっちにしろ出ねぇから!」 「・・・・お、落ち着け。承知するんだ・・・こんな時は初心に戻れ。赤ん坊の頃を思い出すのだ!」 「よ、よし・・・・・・・・・う・・・・うぅ・・・・」 「お前は泣かんでいい!」 「すまん・・・なんか感情移入してしまって・・・・」 「あっ!あぁあ!出てる!出てる!ケツッ!ケツだ!!!」 「うぉおおお!やばい!やばいっ!!」 「ちょちょちょちょ!エイアグ!何やってんだ!クソをケツに戻してどうする!アホか!」 「お・・・俺も何がなんだか・・・・泣きたくなってきた・・・・」 「馬鹿かっ!」 「その子は赤ん坊なんだぞ!我らが何かしてやらないと何もできないんだ!」 あまりにか弱い赤ん坊は、 最強の三騎士にはあまりにも強過ぎて、 そしてこれから最強の三騎士が、 子育てのために四苦八苦しながらカプリコ砦を駆け回り、 慌てふためいては誰よりも弱くなり、 世界で一番弱い赤ん坊という存在に振り回されていく。 やはり同胞は呆れ、 三騎士が災いの人間の子を拾ってきたと言った。 ロードカプリコ共は、 何度も三騎士に理由を問い詰める。 そんな子供を拾って育てている事を。 理屈を問い詰める。 だけど、 理由も理屈もなかった。 親で、子だから。 ロッキーが成長しては、 三騎士はいがみ合った。 今日は誰が稽古をつけるのか。 今日は誰が風呂にいれるのか。 誰が御飯をあげるのか。 誰が寝かしつけるのか。 そして権利を得ては、 「どのパパが一番好きだ?」と抜け駆けをする。 それでいて強く、逞しい。 ロッキーはそんな三匹の父親を見て育った。 そんな三匹の背中を見て育った。 小さなカプリコの背中は、 小さいとは思わなかった。 そして父親は、 ただ背中で、 格好をつけたかった。 それだけだった。 「まぁ、こんなものでいいか」 半分、 飽きたとでも言わんばかりの口調で、 アインハルトはそう言った。 「引き上げるぞ。ピルゲン。ロゼ」 「かしこまりました。ディアモンド様」 「はい。アイン様」 ピルゲンは礼儀正しく腕を折り畳み、 お辞儀をする。 お辞儀したまま、制止した。 「アイン様。よろしければこの者達は利用できるように蘇生させてもよろしかったのですが」 「ロゼ。お前に意見の権限を与えたか?」 「・・・・いえ」 「アザトースはもういい。今有る駒だけで十分に楽しめる。 ふん。さしづめお前は我の用無しになるのが怖いのだろうがな」 「・・・・・・・」 そこで、 アインハルト、 ロゼ、 ピルゲンの三人が、 黒い、 漆黒の闇に包まれていく。 「アレックス=オーランド」 闇の中で、 漆黒の中でさえ際立つ一人の漆黒は、 手をおもむろに広げる。 「お前を英雄として、そして敵として迎える条件は整えたのだ。感謝しろ。 だからといってお前如きカスが乗り越え、辿り着けるかなど我の知るところではない。 だが、それでもさしづめ微かな期待を込めて、別れの挨拶を贈ってやろう」 そう言い、 絶対の帝王は、 闇の中に包まれ、 闇の中へと消えていった。 「"また会おう"」 場は静寂に戻った。 全てを終え、 清算を終え、 また終り、 始まる。 「チッ・・・・・」 情けない事に、 安堵と共に久々に空気を吸える感覚。 ドジャーの体に力が抜ける。 「助かった・・・・って言っていいわよね」 マリナはそんな事を言う。 言っていいかは分からない。 ただ、助かったとも言い難い。 「アレを倒す・・・・というのか?」 イスカはにわかに実感が無く、 自分の無力さを知る。 「アー君」 スミレコはただ、 アレックスの背中に張り付いた。 「・・・・・また・・・・僕のせいなんですか」 アレックスは髪をくしゃりとむしり、 目を見開き、 瞳孔を開き、 食い縛る。 「僕はなんでこうもッ!・・・・クソッ・・・クソッ!クソッ!」 無茶苦茶に髪をかきむしる。 居ても立っても。 感情が目まぐるしく回転する。 ただ、 この場に居た者達は皆同じで、 虚しき虚無感のようなものだけが残り、 誰も動き出さなかった。 「・・・・・・」 その中、 ロッキーは誰よりも動かず、 俯いて、 目を逸らしたいようで、 それでも目を離さないままだった。 「・・・・・いいよオリオール」 ロッキーは言う。 オリオールが代われとでも言ったのだろう。 だが拒絶し、 ロッキーはロッキーのままで受け入れる。 「大丈夫じゃないけど・・・・大丈夫だから」 そう言い、 半分俯いていた顔をあげると、 小さな目からは涙が溢れていた。 ボロボロと。 ただ、 歯を食い縛っていた。 涙があったが、泣いてはいなかった。 「ぼくは、パパ達の息子だから」 それはやはり描写する必要もないのだろう。 アインハルト=ディアモンド=ハークス。 それに向かうということは、 ただ一つの結果しか生まない。 ただ一つの終りしかない。 だから、 ただ、 エイアグとアジェトロは、 アインハルト=ディアモンド=ハークスに立ち向かった。 ただそれだけだった。 息子に小さな背中を見せて。 マリナがロッキーの頭を撫でてやった。 ロッキーは、 ただコロラドを抱きしめてじっとしていた。 じっと・・・・身動きもとれなかった。 「それでも、進むんですよね。アー君」 アレックスの背中で、 スミレコが言った。 気持ちは少し違った。 進みたくないけど、進むしかない。 ・・・・・結果は同じか。 毎度、反省しない過ちの繰り返しだ。 だから絶対が清算に来たのだ。 「チクショウ・・・・あの野郎・・・・」 ドジャーは悔しさがまだ残っていて、 それは消えるはずもなく。 拳を握っていた。 空気は異様だった。 今先ほどの出来事だったのにも関らず、 アインハルトの事に触れる者は居なかった。 三騎士の死にも。 それは言うまでもない事で、 あまり思い出したくもない。 今でさえ、 心臓を鷲掴みにされたままのような気分だからだ。 禁句の空気。 それは後ろめたかったが、 誰も言葉には出来なかった。 「騒がしくなってきたな」 周りがざわめいていた。 恐怖の帝王が居なくなり、 時間も置かれ、 皆が冷静を取り戻してきたからだ。 そうなると、 最初に飛び込んでくるのは、 外門の中の景色。 「・・・・・・カッ・・・・マジで冗談じゃねぇよ・・・・」 2万。 足らずとは言え、2万。 それだけの多大な騎士の姿。 門という窓枠に切り取られた景色で。 それが見渡せる。 「・・・ほんと何なのよ。私達を迎えるには豪勢過ぎるんじゃないの・・・・」 1000人を切ったこちらの戦力では、 もう意気消沈し、 諦めて自殺をはかっても異議はないほどに。 それは絶望的な景色。 「あっ・・・・」 スミレコは、 急いでアレックスの影に隠れきる。 理由は分かる。 皆の目にも映る。 「・・・・お出ましか」 「えぇ」 幾多の、 数え切れないほどの騎士の中。 その真ん中。 庭園の中心辺りだろうか。 ドロイカンが立ち並んでいた。 死が、 4が並んでいた。 「第44番・竜騎士部隊だっけか」 ドロイカンに跨る無敵の最強部隊。 44部隊がそこに居た。 「ドロイカンのせいで頭一つ抜けてやがる。目立ちやがって」 「ド真ん中に布陣してるみたいね。かかって来いって事かしら」 「怖かったら脇を行きな・・・って意味かもな」 ただ自分達は逃げも隠れもしない。 そんな風に真ん中に腰をすえていた。 「分かるのは・・・・真ん中を進めば途中で44部隊にぶつかる事くらいか」 「そこも他も・・・・どこ行っても敵で埋め尽くされてるけどね」 マリナがチラりと横を見た。 そこには当然、イスカが立っているのだが。 「・・・・・守っ・・・・」 少し、 様子がおかしい。 アインハルトが居た時からなのだろうか。 それとも先ほどからなのだろうか。 明らかに様子はおかしかった。 「殺・・・さないと。殺さないと・・・守れない・・・・」 うわ言のように、 独りブツブツと唱えていた。 アインハルトか、 それともこの景色か。 どちらにせよ、 あまりに強大過ぎる敵を見て、 何かしら思い、 そうなってしまったのだろう。 「ど・・・どうすればいい・・・どこから殺せば・・・どう殺せば・・・マリナ殿を・・・・」 それは狂ったようにというよりも、 思いつめたかのように、 精神が張り詰めたようだった。 マリナは一度無言で目を逸らした。 「あああああああああああ!!!!」 合図は、 一つの声だった。 叫び声をあげたのは、 ツヴァイだった。 エルモアに跨り、 とち狂ったように叫び声を上げ、 独り、 外門をくぐった。 「お、おい!」 「ツヴァイさん・・・」 一人離れていたから様子は伺えなかったが、 ツヴァイは、 自分の中のほとんどを占めるような存在。 兄であるアインハルトを目の前にしたのだ。 何かしらが噴出したのだろう。 半ば自分を押し殺すように、 ツヴァイらしくもなく、冷静さの欠片もなく、 ただ闇雲に突っ込んでいった。 「いいのか!?」 「・・・と言われましても・・・・」 「止める術はない・・わ」 スミレコも意見したが、 それはアレックスの影に隠れきっていた。 理由は、 ただ、 44部隊の目。 この距離ならまだどうとも言えない段階だが、 後ろめたさは振り払えないのだろう。 「お、俺達も行くぞ!!!!」 誰かが叫んだのが、 二度目の合図で、 最後の合図だった。 残った反乱軍の者達も、 もう、 勢いに任せるしか恐怖に打ち勝つ方法は無く、 一斉に、 群れるように、 ただ集団として、 外門の中に雪崩れ込んでいった。 それはすでに統率などという言葉は微塵もなく、 浮塵子(うんか)の如くだった。 投槍の一団。 「・・・・ッ!・・・」 その雪崩れの中、 アレックスの体が人にぶつかって倒れた。 「おいコラァ!!」 ドジャーは叫んだが、 その雪崩れの中では誰がというのはもう分からなかった。 それは、 行く場所の無い気持ちが生んだ結果だっただろう。 今の事態。 アレックスを責める道理はない。 ただ、 いてもたってもいられない、 どうしようもない八つ当たりに近かっただろう。 「いいんです・・・ドジャーさん」 アレックスはそう言い、立ち上がる。 スミレコも、 そんな状況のアレックスに咄嗟に気を回す事が出来なかったようだ。 44部隊の方に気がいっている。 「気持ちは・・・・分からなくもないですし」 「だからってよぉ」 「それに、間違っていても、この勢いを止める事は出来ません」 今の反乱軍は、 烏合以下の衆だ。 殺られるために突っ込んでいく。 そんな光景にしか見えない。 でも自分には止められない。 そんな権利はない。 「さて。私も行くかな」 マリナが、 アレックス達の後ろで言った。 「あ?行くってなんだよマリナ」 「突っ立っててもしょうがないでしょ?」 そう言い、 ブロンドの髪を靡かせながら、 マリナは歩む。 歩み、 指差す。 「私はあそこから行くわ」 それは、 城壁だった。 外門でなく、 ここでの戦闘で崩れた城壁だった。 「あれだけボロボロになっていれば、私なら上に行くことも出来るわ。私の跳躍力なめないでよね」 「行くっつったって。お前城壁なんてどうするんだよ」 「楽そうじゃない。さすがに私にはいきなりあの集団の庭園に飛び込む自信は無いわ。 でも城壁の上を伝っていけば一気に最奥まで行けるかもしれないし」 マリナは担ぐギターを見せる。 「上からのが気持ち良さそうだしね」 確かに、 マリナの戦闘方法を考えれば城壁の上というのはむしろ格好のポイントかもしれない。 「マリナ殿」 「駄目よ」 まだ続きも言っていないのに、 マリナはイスカの言葉を断ち切った。 「あんたとはここで別れましょう」 「・・・・!?」 イスカは何か言いたげだったが、 言葉に出来なかった。 だから続けざまにマリナが言う。 「どっちにしろあんたじゃ城壁を駆け上れないけどね。それよりもあんたは一度、頭を冷やす必要があるわ」 「何を・・・・拙者はマリナ殿を・・・・」 「私を守るためと、それ以外の理由。人を殺す理由に違いがあるか、ちゃんと考え直してみなさい。 じゃないと私は危なっかしくて近くに入れたもんじゃないわ」 「拙者はっ!マリナ殿を・・・・」 「アスカなのか、イスカなのか。しっかり答えを見つけとく事ね」 それだけ言って、 振り切るようにマリナは翔けていった。 持ち前の俊敏性は、 蝶が舞うようで、 蜂が舞うようで、 城壁の下に付くや否や、 崩れた瓦礫を踏み台に、 3・4度の跳躍で、 城壁の上まで軽やかに駆け上がっていった。 「マリナ殿っ!!!」 イスカも走っていく。 だが、 どうやってもイスカにはマリナのような芸当は出来ない。 どこに、 どうやって。 分からないが、 ただイスカは走っていった。 「バラバラだな」 ドジャーは言った。 「・・・・それほどの事態だったんです」 ただ、 アインハルトがそこに居ただけだ。 そうじゃなければ、 皆が一丸となり、 今よりもマシな状態で外門をくぐっていたはずだった。 「てめぇ!!!」 突然、 横殴りのように、 アレックスの胸倉を掴んできた。 誰かと思えば、 誰とも分からなかった。 「てめぇ!てめぇ!このっ!!!」 それは、 黒スーツの男だった。 恐らく、間違いなく、 《昇竜会》の一員なのだろう。 「・・・・なん・・・ですか・・・」 「てめぇがもっとマシな対応していたらっ!くっ・・・このっ!・・・」 「落ち着けよおい」 ドジャーが、 無理矢理そのヤクザの男を引き剥がす。 「理由から話せ」 「くっ・・・」 ヤクザの男は、 それでも恨めしそうに、 アレックスを睨んでいた。 「・・・・・・姉御が死んだ」 「・・・・あ?」 「姉御が死んだんだよっ!!!」 やはり抑えきれず、 その男はアレックスにまた掴みかかった。 「・・・・・ツバメさんが?」 「姉御には勇気があっただけだ!なのにっ!なのにっ! テメェ・・・テメェがもっとマシな対応してりゃぁこんなことにはっ!」 「落ち着けって!ちゃんと状況を話せ!」 「・・・・・死んだって。あのイミットゲイザーでですか?」 「そうだっ!あの場じゃぁ些細な出来事に見えただろうけどよぉ! あれは確実に姉御の命を奪ったんだ!そんな事も知らねぇでテメェらは・・・・」 ドジャーがもう一度引き剥がそうと思ったが、 男の勢いは凄まじく、 男は食い下がらなかった。 「落ち着けっつってるだろ!見たところ何か外傷が死因には見えなかった。 威力が凄まじかったんだろうけどよ、外傷がねぇなら断然万全の状態で蘇生できる。 アレックスに八つ当たりしてねぇでさっさと聖職者でも呼んで・・・・」 「そりゃそうだ!そうでもなけりゃ今ここでこいつを殺してる!」 男の目のギラつきは抑えが利いてなかった。 「まだ意識が戻る気配もねぇ!だが姉御はちゃんと帰ってくるだろうよ。 だがっ!!てめぇらはそれで良しとすんのかっ!?あぁ!? 死んでも戻ればそれでいいのか!?何回殺す気だ!使えりゃいいのか!!」 アレックスを絞め殺す勢いだった。 「あんたはそうだ!メテオラって男に吹き込まれた言葉はその通りだ! あんたは巻き込むだけ巻き込んで何もしねぇ!何にもしねぇんだ! あの絶対の帝王の言う言葉も正しかった!ただ!なんでそれで姉御が・・・・」 そしてそこで力尽きるように、 ヤクザの男はアレックスから手を離した。 「俺達の戦いを・・・・あんたで滅茶苦茶にすんじゃねぇよ・・・・・」 その男の言葉は、 アレックスの心の奥底に、 深く、 突き刺し、埋め込まれた。 「離れなさい」 そう言ったのは、 少し落ち着きを取り戻したスミレコだった。 まだ44部隊が気にかかる仕草が目立ったが。 「アー君は悪くない。もし悪いんだとしても、同じく何もしなかったあんた達も同類のはず」 「くっ・・・」 だからといって、 アレックスはその男を責める気持ちはない。 責められるのは自分で、 間違いはないのだから。 「クソッ・・・・・」 その男は、 まだ何か言いたげだったが、 その場を立ち去ろうとする。 「あんたらは・・・・結果論を語る人間らしいが・・・・・。姉御だけじゃねぇ・・・・。 三騎士だって、ただ死ななければそれでよかったのか?・・・くっ・・・・・」 そして、 その男は、 立ち去っていった。 立ち去る方向には、 《昇竜会》が群がっている。 恐らく一人の女を取り巻いているのだろう。 「・・・・・」 それを見届けていると、 ピョコン・・・と、 アレックス達の目線の下に、 狼帽子が映った。 「ぼく。行かなきゃ」 それは、 コロラドを抱きしめたロッキーが立ち上がったのだった。 ロッキーは、 カプリコハンマーを拾い上げ、 それよりも大事そうに、 義弟コロラドを抱える。 「おいロッキー」 「パパ達は戦って死んだんだよ。でも、それで終りじゃいけないんだ」 小さな体は、 強く、 歩を進める。 「パパ達の伝説を伝えるためには、ぼくも頑張らないと。カプリコの未来を作らないと」 無駄にしちゃいけないんだ。 そんな風に逞しくも言う、 小さなロッキーの目は、 赤く腫れていた。 涙が止まらなかったからだ。 もう枯れた。 ただ、泣くのは我慢した。 我慢したんだ。 「ぼくは、パパ達の息子だから」 ロッキーは、 ズルズルと、 ローブとカプリコハンマーを引きずって、 外門へと歩んで言った。 「・・・・・」 取り残されたように、 アレックス。 ドジャー。 そしてスミレコ。 「アー君。私達も行きましょう」 スミレコが言ったのは意外だった。 44部隊を前に、 躊躇しているのかと思った。 ただ、 覚悟は決めたのだと。 そんな言葉だった。 「行かないと・・・・・」 何度も迷った。 「僕がやらないと」 でも、 やはり、 自分は流されるように進むしかない。 偽善者だ。 偽善を尽くす。 最悪の偽善者だ。 過ちを何度も繰り返す。 「イッツァ!ウォキトォキ!!!」 三人が外門へと進もうとすると、 その前方に滑り込むように、 荒れ果てた地面に、 トレカベストの男が現れた。 「今回はオレっち直々にニュースを届けにきたぜ。 ひとまず外門突破おめでとう。・・・・・・・ってぇ雰囲気じゃないわな」 アレックスは動じなかった。 というか無心のように歩いていたし、 ドジャーは苦笑した。 スミレコはアレックスを思い、 手で追い払う仕草をした。 「ま、オレっちも仕事だから聞いてくれ。さすがにこの場の空気を呼んで、 部下にゃぁ任せられねぇからオレっち直々に来たんだ」 そう言い、 ウォーキートォーキーマンはアレックス達と並歩し、 言葉をまくしたてる。 「前向きになれって意味だぜ?オレっちが気ぃ使うのもおかしいけどよ」 「いいんですミルウォーキーさん。僕達が進むには必要な情報です。遠慮せず話してください」 「おうよ。まぁ外門が開いたにあたってオレっちの部下も中に忍び込んだ。 前線までの情報しかまだ伝えられねぇが無いよりマシだろう。聞いてくれ」 それでも勝たなければいけない。 前に。 「44部隊。これは見るまでもないわな。ど真ん中に陣取ってやがる。 大好きなペットのドロイカンを引き連れ、かかってこいよってな。 避ける、あえて進む。そーいう選択肢はオレっちの専門外だから任せるが。 遠目でも分かる。まずあそこに居る44部隊。あれは全部じゃねぇ」 「全部じゃない?」 ドジャーは聞き返したが、 スミレコが代わりに答える。 「ドロイカンの数で分かる。いや、それ以上に気付くべきは、ハイランダーが居ない。 ロウマ隊長がまず居ないって事。となると恐らく指揮をとっているのはユベン」 ロウマが居ない。 確かに。 遠目に見えるあの景色に、 あの日、 ロウマと初めて会ったルケシオンの地。 あの巨大なハイランダーは居ない。 「専門家が居ちゃぁオレっちの立つ瀬がないねぇ。そう。そういうこと。 それでいて44部隊の数も、ちっと足りない。ドロイカンの数的にな」 それも、 スミレコには分かった。 部隊員なのだから。 「誰が居ないのかは大体予想はつく」 スミレコは言った。 「そうね。ならその辺りはお任せしましょうかね。ま、見ての通り、戦いは始まった」 外門越しに景色は見える。 反乱軍の各々は、 それぞれ散り散りに、 騎士達とぶつかり始めている。 「庭園は横に広いからな。どこからどこまで、誰が何と戦ってるかまでは待ってくれ。 ただ一番星。ツヴァイはど真ん中を駆けてったよ」 ど真ん中。 ・・・・。 少なくとも44部隊とはぶつかる道か。 「部隊の情報をドンドン入って来てるが、まだ整頓しきれてねぇからおいおいな。 ただ重要なところだけ掻い摘んどく。要注意人物ってとこだな」 「ギルヴァングと燻(XO)の位置だけは把握しといてくれ」 「人使い荒いねぇ。大変よ?それ。ま、了解。それで今分かる要注意人物な。 なんでか分からないが、前線に『ピンポイントアクセス』の姿があった。 けったいで重苦しい魔術師の格好だから目立つ。と言いつつもう見失ったがな」 ピンポイントアクセス 「・・・・ポルティーボさんですか」 「そう。ポルティーボ=D部隊長。五天王。"魔弾"のポルティーボだ。 魔壁部隊とまで呼ばれる、内門支援の後援魔術部隊の隊長がなんで前に来てるかは知らない」 無駄嫌いのはずだけどな。 と続け、 「そして一人だけ逆向きの動きしてるからかえって見逃さなかった。 53部隊。街に居たガルーダ=シシドウって無精ひげのパーマ男だ」 53(ジョーカーズ)。 「カッ、今のイスカと出会うと面倒そうだな」 それに、 街で会ったときは不可解な現象が多かった。 非戦闘員とも聞いたが。 「ま、あとは・・・・」 ドジャーは気を使い、 アレックスの分まで頭に詰め込もうとしていたが、 さすがに立て続けで無理があったのか、 苦笑して頭をボリボリ掻いた。 そんな中、 アレックスの目に映ったのは、 外門の下。 そこに横たわる破片。 "破片" ロッキーは、 あれを見て、 父親達の亡骸を見て、 どう思ったのか。 どう思ってここを進んだのか。 そう思うと、 自責の念が、アレックスを襲う。 そうやって、 外門の真下に辿り着こうとしていた。 「アー君っ!!!」 スミレコがアレックスの肩を掴み、 止める。 「え?」 そう思っていると、 突如、 蒼い火柱があがった。 それはアレックスからは離れていた。 庭園の中。 それでも外門からはそうも遠くない位置。 反乱軍の一人が炎に撒かれていた。 「なんだっ!?」 外門をくぐっても、 まだ敵は少し先だ。 アレックス達から見ても、 既に戦闘が始まっている場所は、どこも100mは離れていた。 だが、 また庭園の中で蒼い火柱があがる。 それは遅れて突入していた反乱軍の者を、 的確に、 それでいて確実に、 一本の火柱で仕留めていた。 「・・・・・部下に問い合わせるか」 ウォーキートォーキーマンが、 WISオーブを取り出す。 どこから攻撃しているのか分からない。 それに、 攻撃するにしても、 何故戦闘の最中の者でなく、 わざわざ遠い、 後続の者達ばかり狙うのか。 「その必要はないわ」 スミレコが言う。 恐らくウォーキートォーキーマンにだろう。 「そう。足りない44部隊はあそこよ」 スミレコが指差す。 どこを指差したのか分からなかった。 その先に目を凝らしても、 まだ霞んで見える。 むしろ、 視界に広がったルアス城の光景に圧倒されるくらいだ。 一度攻めた事がある場所とは思えなかった。 あまりにも、 風格と、強大な威圧感があった。 「で、どこだって?」 「あそこ」 スミレコの指差す場所。 そう言われても、 城を指差しているようにしか見えない。 「ってまさか・・・」 ドジャーには人影さえ目視することは出来なかった。 だが、 「ルアス城。私だって見えないけど、いつもの感じだと2階の西・・・・かしら。 内門の50m右くらい。44部隊の宿舎から一番近いからってよく使ってた」 場所はそこだと決まりきったわけじゃないけど。 そうスミレコは言うが、 にわかに信じられなかった。 「・・・・何百・・・いや・・・km単位だぞ!?あそこから・・・・」 狙撃してきてるっていうのか。 蒼い火柱。 パージフレアで。 「『ST.スナイパー』・・・44部隊のニッケルバッカーか。オレっちの部下に居場所を特定させてみる」 ウォーキートォーキーマンはWISオーブを片手・・・、 いや、2個3個と取り出し、慌しく通信を始めた。 「ここを踏み込めば、いつでも僕を狙えるんだぞ・・・・って言ってるみたいですね」 見えもしない、 ニッケルバッカーの人影。 だがそちらを見据えてみる。 外門という狭い入り口に絞り、 アレックス=オーランドを狙撃しようとしている。 「大丈夫よアー君」 スミレコは、 アレックスの背中にくっつく。 「さすがにニッケルバッカーもこの距離はギリギリ。判断も確実じゃない。 さっきまでのも恐らく、身なりがアー君と似た者を狙撃しちゃったのよ。 どうにか、戦闘が入り乱れている人ごみに入り込めば狙撃も出来ないわ」 だが、 だからこそだろう。 スナイパーの目は、 外門の前に照準を合わせている。 インビジブルでもないのに、 見えない敵。 そして、 届かない敵。 一方的な・・・・それは無敵。 TRRRR・・・・・ 慌しいウォイーキートォーキーマンかと思ったが、 それはドジャーのWISオーブだった。 ドジャーも遅れて気付き、 通話をONにする。 [あいつは私がやるわ] 誰からかも確認しづにとったが、 声の主は、 マリナだった。 「あいつって、ニッケルバッカーか?」 [そう。このマリナさんにしか出来ないでしょ?] 通信の先のマリナは、 そう言ってくる。 恐らく、 今は城壁の上のどこかだ。 「お前にはって、お前だってあんな距離・・・・」 [見えたわ] 通信の向こう側でそうハッキリと言う。 「・・・・見えた?」 [えぇ。姿がね] 「マジか?」 [このマリナさんの視力は知ってるでしょ?騎馬隊に気付いたのも私だったでしょ?] 確かに知っているが、 それでもあの距離の人影が見えたというのか。 にわかには・・・ 「なんにしろオメェの銃でもあの距離は無理だろうが!」 [あら。このマリナさんを馬鹿にしてるの?私に出来ない料理はないわ] それで一方的に通信が切れた。 「・・・・正気か?」 見えたとしても届くわけがない。 城壁を渡って城まで突っ込む気か? それは圧倒的に不利にも思える。 なら、 マリナも狙撃が出来るのか? 「任せましょう」 アレックスは言い、 そして、 ドジャーの返答を聞かず、 歩んだ。 そして、 躊躇なく、外門を潜った。 「マリナさんなら大丈夫ですよ」 アレックスは微笑んだ。 だが、 どこか自信の無い弱弱しい笑みだった。 それはマリナがどうこうではなく、 アレックス自身の何かから出ている笑みだった。 「まず分かっている敵。部隊長ポルティーボさんか、53部隊のガルーダさん。 または、それ以外でもいい。部隊長クラスを倒しながら地道に削っていきましょう」 「・・・・・アー君・・・」 「簡単に言うなお前」 「しょうがないでしょう」 それは、 くしくも、 やはり、 あの絶対の帝王の思惑通りに進んでいる結果だった。 「ツヴァイさんを除くと、もう僕ら《MD》しか主要の戦力が居ないんです」 頼れない。 任せられない。 自分達がやらなければならない。 「わっりぃ」 ウォーキートォーキーマン。 WISオーブを首に挟んだり抱えたりしながら言う。 「ちょっち情報が雪崩れ込んで来てスナイパーの方は後回しにさせてくれ」 「あぁいいんです」 「そっちはうちのマリナがやるっつってるんでな。 もしなんか分かるようだったらマリナの方に連絡やってくれ」 「おぉそうか。分かった分かった。アイコピーアイコピー。 んじゃオレっち忙しいからさっき言いかけた最後の情報だけ伝えてオサラバさせてもらうわ」 大量のWISオーブを抱えたまま、 ウォーキートォーキーマンは、 逆。 真逆。 後ろを親指で指差した。 「いつでも後ろから襲えたって顔だぜ?」 それだけ言い、 「イッツァウォキトォキ!」 ウォーキートォーキーマンは素早く姿を消した。 そして彼が伝えた事。 もう今更遅い。 ウォーキートォーキーマンにしては珍しく、 ニュースの遅さに文句の一つでも言ってやろうかと思った。 そして、 そいつらは、 真逆、 街側から歩いてきた。 「あーあ。俺ちゃんもやっぱこっち側で戦いたかったなぁー。俺ちゃん涙目」 ピアス付きの舌を出し、 片方の前髪で片目の隠れている男を先頭に、 命に値札を付けたバーコードの者達。 「でも、お仕事だかんね。しゃーないしゃーない」 情も一回払いのドライブスルー。 それが彼ら傭兵。 「ってことですんませんねおたくら。俺ちゃん愛してたよー♪ でもローン無しの一括払い。・・・・・・・・・お命と領収書を戴きます」 ま、 「釣りはいらねぇからとっときな」 |
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