エドガイは引き金を引いた。

その剣から放たれるパワーセイバー。
斬撃の衝撃波は、

「マジ・・・ですか」

100%、アレックスを殺しにきていた。
このパワーセイバーに手加減などない。
避けるヒマなども与えない。

躊躇もなければ、慈悲もない。

エドガイ=カイ=ガンマレイは、
何の迷いもなく、本気でアレックスを殺しにきた。

パワーセイバー。
避けられない。

「アー君っ!」

合理的に思考を張り巡らしているアレックスよりも、
体が先に動いたというべきか。
アレックスの後ろに居たスミレコの反応の方が早かった。

細い腕で全力で、
アレックスの体を自分ごと倒す。

「・・・・たっ!」
「・・・・う・・・」

スミレコとアレックスの真上を、
パワーセイバーが強烈な勢いで通過していった。
そしてそのまま、
少し遠い背後にあった家に着弾し、

その傷跡。
家の前半分。
家の上半分が、ガラガラと崩れて落ちた。

「アレックス!」
「大丈夫です。スミレコさんのお陰で・・・・」

アレックスは体を起こしながら背後を見る。
家が半壊する威力。
確実に、
100%に、
間違いなく殺しにきている事が分かる。
スミレコがいなければ事実死んでいた。

「ありがとうございますスミレコさん」

アレックスはスミレコに手を差し伸べ、
引き起こす。

「ありゃりゃ。殺し損ねたねぇ」

エドガイはヘラヘラと、
そのトリガーを軸に剣をグルングルンと回す。

「チャンスを逃すってぇのはビジネスマンとして、俺ちゃん恥ずかしいところだ」

「おいエドガイ!てめぇ!!」

「ん〜?なんだよ可愛いく無い子ちゃん。理由は十分にゲロったろ?十分過ぎる理由だったはずだ。
 それとも何?俺ちゃんには戦う理由があるけど、そっちには無いって?そりゃ関係ない話よん」

「戦うメリットが無いってところです」

そう言いながらも、
アレックスは槍を構える。
相手はエドガイ。
先ほどはスミレコのお陰で一命をとりとめただけ。
一回死んだと思ってもいい。
そして、

いつでも殺される力量差がある。

「エドガイさんは重要な戦力としてカウントしてたんです」
「今てめぇにそっち側にいかれちゃぁたまんねぇんだよ」

「そりゃそうだ。ただでも反乱軍と帝国には無謀なほどの戦力差があったんだからねぇ。
 俺ちゃんの事を期待してくれちゃってたのはスッゲェー嬉しいけどね♪
 でもおたくらのメリットなんて考えないよん。仕事ってのはそーいうもんだからさ」

「つまりてめぇは、こっちの事ぁもうどーでもいいってことか」

「そんな事聞かれると俺ちゃん涙目だね。どーでもよくはねぇさ。
 そっちにはお気に入りがいっぱいる。居心地もいい。ただ、金と天秤にかけただけだ」

どっちが重くて傾いたか。
それだけ。

「カッ」

金の亡者め。
ドジャーは言い捨てた。
だがもちろんそんな言葉はエドガイに何も感じさせない。
それが当たり前で、
それこそが誇りでさえあるのだから。

「アー君」

アレックスの背中の服をひっぱるスミレコ。

「・・・・・逃げた方がいい。無理です」
「分かってますよ。でもさせてくれない」

少し視界の方向を変えれば、
傭兵達。
気付けば、
いつの間にか臨戦態勢だ。
逃がす気はないと言わんばかりに。

「名無しの精鋭達ですよ。僕は彼らの一人とタイマンでやっても勝てるかどうか分かりません。
 それどころか団体で動けばツヴァイさんにさえ打ち勝つ最強の団体です」

そして、
ターゲットを逃がさないなんてことは彼らの得意科目だろう。
仕事柄だ。
彼らの能力が・・・・
敵側に回るとは思ってなかったが。

「後ろから刺される・・・ですね。スミレコさんの言った通りでした」
「こんなつもりじゃなかったんですが」
「・・・・どーするよアレックス」

ドジャーもダガーを構えながら警戒する。
少し汗をかいている。
状況が分かっているようだ。

正直なところ、
ギルヴァングと対峙してた方がまだマシだ。

「どーするって。やっぱり僕に聞いてきますか。悪いクセですよドジャーさん」
「どーすんだって聞いてんだ!」
「五月蝿いぞ害虫。アー君はちゃんと考えてる」
「何をするかじゃねぇ!どうするかって聞いてんだ!
 ハッキリ言ってこのアホが向こうに付いた状況は戦況の光が消えるに等しいんだよっ!
 それでも結果は出ちまってる!それでもてめぇは"何を目的にするか"って聞いてるんだ!」

何を目的にする・・・・。
エドガイは失う事は戦争の敗北を意味するといっても過言ではない。
だがもう結果として出てしまっている事だ。
なら・・・・

"敵対するか、まだ希望に縋るか"

今この場は逃げるという選択肢を選んだとして、
それは、
エドガイと戦う事を意味させる。
今この場で戦うという選択肢を選んだとして、
それでもエドガイをどーにかする道を選択するのか・・・・。

「・・・・ゴチャゴチャして頭回りません・・・・どうすればどうなるのか・・・・」
「アレックス。ここでどの行動をしたらエドガイとどういう関係になるか。そりゃぁ俺にも分からねぇ。
 戦う事が前進か、逃げる事が前進か。分からねぇからテメェに任せる」

「なら可愛い子ちゃん。決断のために言っとくぜ。俺ぁ遊び人だがな、仕事と愛は別問題だ」

ハッキリと切り捨てる。
エドガイは、
何一つ躊躇いがない。

「・・・・・ッ・・・・」

アレックスは歯を食いしばる。
咄嗟の機転は得意なのだし、
策を練ることは得意だ。
だが、

「いつも僕は裏切る側だから・・・・」

どうしたらいいか分からない。
自分は相手の虚を付くクセに、
自分は仲間を信じきっていたのか。

「カッ、俺としては何にしても逃げる事をオススメするぜ」

どうできるかではなく、
実力差的にはそれしか出来ない。

「スミレコさん」
「なんなりと」
「スミレコさんの蜘蛛で時間稼ぎは出来ますか?」
「残念ながら。・・・・やれと言われれば行動だけはしますけど・・・・
 素振を見せればたちまち総出で潰しにくるでしょう。
 魔物大戦の時、エースとキリンジが奴らに成す術も無く捕われた事も聞いてます」

そうだ。
44部隊でも歯が立たないのだ。
彼らには・・・。

「アレックス。ゲートだ」

ドジャーが言った。
こちらは見ない。
相手に警戒を払ったまま。
目線を外せばやられてしまうかのように。

「ゲートで逃げるぞ。ここはルアスだ。ルアスゲートで飛ぶだけならタイムロスもそうはねぇ」
「・・・・・ドジャーさんが思いつく中では名案の類です。妥当過ぎますけどね」
「しゃぁねぇだろ」

逃げる。
強敵を相手にすれば、
また逃げる。
それで・・・・それで勝てるのか?

この戦いに。

「残念無念ってかぁ〜?」

ヘラヘラとエドガイが笑う。

「俺ちゃんらのターゲットはおたくって決まってるわーけー。金のなる木はそれだけ。
 ならそのために手を打っておくのがプロってぇもんでしょーが。
 ・・・・・・・ルアスゲートの転送位置付近にはすでに仲間を張らせてある」

「・・・・・んだと」
「ドジャーさん。口負けしないでください。ゲートの転送位置は決まっていますが、おおまかにはランダムです。
 張り込むにしても完全にピンポイントで待ち構えるのは不可能です。少人数ならなおさら」

「可愛い子ちゃん。俺ちゃんらを舐めてんのかい?俺ちゃんらはプロっつったろ。
 多すぎず少なすぎずで適材適所。ソレに十分な力量があんだよね。
 ・・・・ま、"敵"の言葉なんて信じなくてもオッケェーよぉー?もちろんオッケー。
 少なくともここに居るよりは賢い選択肢には違いないしねぇーん♪」

「・・・・・アー君・・・・裏があります。やめた方がいい」

スミレコは、
身を案じてアレックスの背中越しに声をかける。

「裏・・・違いますね」

彼らは・・・・
それだけ余裕なだけだ。
どう転ぼうともどうにかする力量がある。

「ドジャーさん・・・」
「あぁ。分かってんよ」
「僕はいつもこうです。一番可能性がある道を選ぶ。それは選ばされているも同じかもしれません。
 だけど一番有効な道を選ぶ。合理的な道。まるで英雄とは言えない在りがちなる道。
 それを決めるといつもこうです。保留・・・そして楽な・・・・・・」

逃げる道。
逃げてばかりだ。
いつもいつも。

「分かってるっつってんだろ。俺の嫌いな言葉に"勇気"と"無謀"がある。
 勇気と無謀は違うってぇ御馴染みセリフがあるが、俺にとっちゃ一緒だ。どっちもアホらしい」
「決まりですね」

アレックスが頷き、
ドジャーが頷く。
そしてスミレコも頷いて言った。

「分かりました。では手筈通りアー君と私がルアスへ。そして害虫はサラセンへ」
「分かった。・・・ん?」
「OKです」
「行きましょうアー君」
「待て。いまサラリと俺がストーリーから除外される場所へ目的地セットされた気がしたんだが」
「手筈通りです」
「手筈通りです」
「黙れ。ただのお前らの思惑通りなだけだろが」

一瞬のネタのために退場させられる危機をなんとか乗り切る。

「ボス」
「行かせる気か?」

「ん〜?そりゃぁもちろん」

クルンクルンと回す剣を止め、
大型の銃のようにそれを握り、
突きつける。

「交渉決裂だ」

「来ます!アー君!」
「アレックス!飛ぶ隙をやられるぞ!」
「分かってます!どうにか路地裏に駆け込んで飛んでください!」

「ボス!!」
「合図をくれボス!!」

「当たり前だ!叫べ!GOだ!ゴーゴーゴー!!!」

「「「「「サー!イエス!サー!!!」」」」」

《ドライブスルーワーカーズ》が一斉に動き出す。
一斉というのは本当に一斉。
合図というのは本当に合図。
機械のような統率力。

「逃がすなよ!」
「時は金なりだ!」
「ゲームのザコキャラと思え!殺せば金が落ちるぜ!」
「待て!」

傭兵達の動きが一瞬止まる。

「4時の方向だ!」
「避けろ!!カバーカバーカバー!!!」

何かはアレックス達にも分からなかった。
七色の何か。
様々な何か。
それを何とは判別できないだろう。

アレックスを、
ドジャーを、
スミレコを、
三人の頭上を越えて、

中間地点に一斉に着弾した何か。
やはりその一つ一つを何とは判別できない。

「なんだ!?」
「魔法!?」

アレックス達が振り向く。
振り向くと、
ローブを着た男女が、そこに並んでいた。

「一陣下がって!第二射用意!!」

先頭で、
短いピンクのローブをワンピースのように着こなす女が、
似合わない無理な大声を上げていた。

「次は遊撃じゃなくて当てますよ!第二射!構え!」

一列に並ぶ魔術師達が、
オーブを、
スタッフを、
そしてその手を様々に構える。

「撃ッ!!!」

そして放たれる七色。
それら一つ一つと何と言うべきかは分からない。
まるで打ち上げ花火が鋭角に放たれたように美しく飛び放ち、
斜めの放物線を描く流れ星。

それらは《ドライブスルー・ワーカーズ》に直撃した。

「油断しないで!第三射用意!!」

着弾点に砂煙。
爆煙。
その煙の中から、
少数の傭兵が様々に飛び出す。

「チィ!」
「ボス!」
「《メイジプール》だ!」

結果だけを見ると、
あの傭兵達。
ただの一人さえ着弾していなかった。
地面が歪むほどの着弾だったのだが、
精鋭の中の精鋭。
一人一人が達人。

「・・・・・・ん〜。可愛い子ちゃんの登場は嬉しい限りだけどねぇ♪」

エドガイだけはただ一人、
全てを見切っていたかのように一歩も動かず、
その場で余裕の表情で笑っていた。

「・・・・《メイジプール》?」
「フレア!ナイスだ!」
「フレアさん!ありがとうございます!だけど次の射撃は止めてください!
 そのまま構えだけとって威嚇状態を作ってください!」

「分かりました!総員そのまま待機!」

フレアの一声で、
次の射撃をしようとしていた者達は、
ピタリと止まる。

《ドライブスルー・ワーカーズ》に、
オーブを、
スタッフを、
その手を向けたまま、
いわゆる引き金に指をかけた状態で停止。

「あーあー。俺ちゃん涙目。さすが可愛い子ちゃん。一瞬でよくそんなに頭が回る事」

エドガイは舌を出しておどけて見せた。
事実上、
また次弾を放って本格的に交戦状態になるよりも、
有利な状況だ。

双方共に予想もしていなかった《メイジプール》の介入。
その突然の事態で、
唯一対応したのがアレックスだった。
一瞬の判断としては最高のものだっただろう。

「褒めてもらえて光栄です」

「ほんとレンを思い出すぜ。おめぇはいいママちゃんを持ったぜ」

「・・・・・・」

「まぁ、俺達のビッグパパ(親父)ほどじゃねぇけどな」

傭兵達は、
また武器を構えた。
何一つ怖気づいていない。
《メイジプール》の数。
間違いなく3ケタは超えているというのに。
幾多の銃口を向けられていると同じであるのに。
それも、
世界最高峰の魔術師達の集結であるのに。

「・・・・・まだやる気だってよ」
「しつこい男は嫌いだわ。アー君以外・・・・」

「アレックスさん。ドジャーさん。大丈夫ですか?」

こんな状況でも、
人に向けるときに笑顔を絶やさないのがフレアのいいところだ。

「大丈夫じゃなかった状況を大丈夫にしてくれました。ありがとうございます」

「いえいえ、ホワイトデーにでも返してもらえれば♪」

フレアはニコリと微笑む。
ズルい人だ。
3倍で返してあげたくなる笑顔だ。

「アー君。あの女も敵ね」
「いえいえいえ・・・・この状況で何故・・・」
「私の許可なくアー君に微笑みかけて誘惑するなんて。埋めればいいのね。
 藁人形のようにクギで打ち付けてレンジでチンして埋めればいいのね」
「その怖い発想が勘違いの上で次々と出てくるおめぇが怖ぇよ」

この女はこの世に敵しか作らない気か。
危ない爆弾を抱え込んでしまった。

「?・・・アレックスさん。その方はガールフレンドか何かですか?」

「えぇーっと・・・まぁ一応そんな感じです」
「私はアー君の恋人以上、家畜未満だ」
「その家畜が全ての最上に位置するような表現はやめてください」
「アー君。愛はお金では買えないけども、縛られてムチを打たれるためにはお店でお金を払わなくていけません」
「その通りだけどもっ!」

「楽しいそうな彼女ですねアレックスさん。嫉妬しちゃいますよ」

「あれ?僕ってモテてたんですか?」

「いえ全然。興味のカケラもなかったですけど」

そう無邪気な笑顔のフレア。
微笑みの爆弾というやつだ。
笑顔で酷い事を言う彼女が一番悪魔らしい。

「ん〜?俺ちゃんはまだ興味シンシンだぜぇ〜?」

と、
余裕の表情で冗談を言ってくるエドガイ。

「・・・・・」
「・・・・仲間みてぇに気軽に話しかけてくんじゃねぇよ」

ドジャーが睨む。

「あんれ?敵って仲良くしちゃぁいけねぇのか? いいじゃねぇか。別に。
 殺しあうわけじゃねぇ。ただ、"俺ちゃんらがお前らを殺すだけ"
 サラリーマンと顧客の関係じゃねぇか。よーろーしーくーねー♪」

ヘラヘラと、
いつものようにピアス付きの舌を出しながら。

やはり、
彼は彼のままなのだ。
変わったのは状況だけで、
エドガイはエドガイ。

こういう人間だっただけ。
それだけなのだ。

「アー君」
「・・・・はい」
「恋人として身を案じて提案しておきます。この男は、この場面で殺った方がいい」

アレックスの陰に隠れたまま、
ハッキリとスミレコは言った。

「この男は世界にとってあまりにも特殊すぎる。あの男の境遇はあまりにこの戦いに関係が有りすぎるのに、
 それなのに浮いているほどに第三者。重要なクセに第三者という立ち居地を確固としている。
 ・・・・・・あの男は、敵にもなるし味方にもなる。そして、味方になってもまた敵になる」

同じ事なのだ。
もし、
何かの奇跡でエドガイがこちらに戻ったとしても、
それは同じ事なのだ。

「カッ、ムカツくがスミレコに同感だ。これ以上の場面はねぇ。
 外門をくぐったら敵の陣地だ。有利な状況は今以外には有りえない」

「この場に来て間もないですが、私も同感です。一度裏切った者は、二度と完全に信用なんて出来ません」

一度裏切った者は・・・・か。
それなら、
それならば、
この僕は・・・・

「アレックス。てめぇは一度も裏切っちゃいねぇよ」

それでも、
根拠も何も無くそう言ってくれるドジャーを、
アレックスはやはり最大に信頼している。
いや、
違うかもしれない。
信頼じゃない。

僕は・・・
ドジャーさんにすがっているだけかもしれない。

「勘違いしてるみたいで俺ちゃん涙目なんだがね」

エドガイは、
ぶった切るように言う。

「有利な立場はどちらか、おたくら分かってないみたいね」

「この場に及んでそんな事を言うか両生類め」
「この魔術師の数が見えねぇか?それも精鋭だぜ」

「見せ場を用意してくれてありがとさん・・・・とは言わねぇよ。ちょっと骨が折れるからな」

だが、
どうやっても勝つのは俺ちゃんだ。
と言わんばかりの、
余裕の表情。
その表情が自然体のエドガイなのだが、
だからこそ、
この状況に置いても自然体の余裕。

「値(あたい)しないって言葉がピッタリだ。俺ちゃんらは出来ねぇ仕事は請け負わない。
 俺ちゃんらはもらった額の分の仕事をする。金の値だけ俺ちゃんらは強くなる。
 だから・・・・こんなん窮地にもならねぇ。値しねぇどころからツリが出るね」

それは戯言ではない。
本気で、
正真正銘、
その通りだと言わんばかりだ。

ならば、
ならばどうすれば。

「ハッタリだと思うけどよぉ、奴らの実力は俺らも知るところだ」
「・・・・ハッタリじゃないでしょうね」
「ならどうする。それでも今の状況は俺らん中ではカードが揃ってると言わざるをえねぇ。
 三騎士もツヴァイもいない状況で、残りの頼みの綱が敵なんだ。
 《昇竜会》が登場・・・なぁんて事は先に行ってるだけ見込めねぇ」
「この状況で駄目ならそれも同じでしょうけどね」

「タイムカードは切れてるぜ可愛い子ちゃん」

エドガイは言う。
精鋭なる傭兵の中心で、
強者は言う。

「残業は無しだ。仕事を終わらしてもらう」

やる気だ。
躊躇もなく、
殺る気だ。

殺しに来る。
一声で。

直感した。
エドガイの一声で、
こちらは・・・・・・


「殺れーーーー!!!」

一声。
一声が響いた。
響いたが、
それは響いただけだった。

「あれ?殺れー!殺せーー!あぁーれ?なんで?殺せっつってんだろ?おい」

それは、
エドガイの声ではない。
アレックス達の、
そしてフレアよりもさらに後ろ。

「おーい。上司が命令してんだろ。はぁーいお前ら。さっさと殺せっての」

それは、
魔術師の中。
魔術師の中に、
一人の魔術師。

Gキキに乗った魔術師。

「おーい。俺はオフィサーよ?お前らのマスターの次に偉いの。分かる?
 つまり世の中は二種類で、命令する側とそれに従うを余技なくされる者。OK?」

モングリング帽をかぶった、
いけ好かない笑顔の男。

「マスター。おい俺のマスター。こいつら俺のいう事きかねぇーんだけど」
「メテオラ。貴方は先ほど偶然合流しただけでしょう。
 皆さん怒ってますよ?前の戦いでも逃げるし、今回も最初から参加しなくて自分勝手だし」
「あらら、・・・・・ったく。マジ皆ド畜生だな」

不機嫌ながらも、
いやらしい笑顔。
何が楽しいのか。
本当にいけ好かない笑顔の男。

「・・・・・メテオラ。いやがったか」
「参加したと情報屋から聞いてましたけど、合流してたんですね」

「ゴーリューって言うな。巻き込むなよ俺を。このトラブルメーカーが。
 俺は常においしい思いが出来れば満足なんだよ」

ウフフと怪しい笑い。
そして彼の目線は、
アレックス達を吹っ飛ばして、
その先だった。

「エドガイ。ウフフ・・・エドガイねぇ。黄金世代って奴"らしい"じゃない。俺逃げた方がいいかなぁー?なぁんて」

悠長にメテオラはそんなことを言う。
一方。
エドガイ。
エドガイは、
そこで初めて、

表情を曇らせた。

「・・・・・」

当然だ。
エドガイならば、メテオラの顔に見覚えが無いわけがない。

「ボス」
「俺らには分かるぜ」
「あいつ・・・・ヤバい」
「性根から腐ってる匂いがする」

「分かってる」

誰よりもな。
エドガイも逆に、
メテオラから目線を外さない。
表情は曇ったままだ。

「・・・・・そういう事だったか。なるほどな。何も変わってねぇクソ野郎だ」

「ボス、知ってるのか?」
「あの野郎を」

「・・・・あっち側だった俺ちゃんがこっちで、こっち側のあいつがあっちか。笑えねぇ状況だ。
 ・・・・・チッ、涙目だ。世界一可愛いくない子ちゃんだ。どうやってもやりたくねぇな」

「おーい。聞こえねぇぞ!何話してるエドガイちゃぁーん?」

深く、
深く笑う。
エドガイに対し、
メテオラは深く笑いつける。

「・・・・・退くぞお前ら」
「「「「「サー!イエス!サー!!」」」」」

突如、
エドガイが体を翻し、
傭兵達もそれに続いた。

「・・・・・なんだ?」
「あいつら・・・戦う気が無くなったの?」

「勘違いするなよ可愛い子ちゃん達。ちょっと分が悪ぃと思ったから退いてあげるよん。
 俺ちゃんらは楽して仕事をこなせればそれでいいからねー。
 寝首に気をつけて、俺ちゃんのために首とか色んなとこ洗っててねん♪」

「お?お?さぁーすが黄金世代だ。状況判断のいいこと。ウフフ・・・・
 やっぱ違うねぇ。黄金世代の中でも・・・・アインハルトから逃げた賢い男は」

エドガイはメテオラの言葉に一瞬足を止めた・・・・・・・・・ように見えたが、
それは一瞬だったからよく分からなかった。
エドガイは背を向けたまま、
立ち去っていく。

「どういう事なんだ・・・・」
「いきなり退いていくような事象がありましたっけ?」

「ウフフ・・・・俺にビビったんじゃねぇ?」

メテオラが言った。
アレックスもドジャーも、
わざわざそれに返事をしなかった。

"事実はそうなのだが"

アレックスもドジャーも、
そう判断しようがなかった。

「分かりませんが、アレックスさん。ドジャーさん。状況を把握した上で無事に終わった事は何よりだと思います」

「まぁそうですけど・・・・」
「無事・・・・終わった・・・・どちらも戯言ね」

それはスミレコの言うとおりだ。
始まったというのが正しい。

「カッ、いつもの事だが考えても仕方がねぇ。状況は最悪にまた一歩進んだだけだ。
 エドガイが敵側に回るのは最悪というよりはチェックメイトに近いが」
「今更後戻りはできませんしね」

絶騎将軍(ジャガーノート)は後4人。
さらに44部隊に53部隊。
そしてそれらを除いても、
蘇りし王国騎士団。
赤裸々な死骸騎士(クリムゾン・キングダム)はほぼ丸々残っているのだ。

そして帝王アインハルト。

切り札の一角が削られた今、
太刀打ちできるかどうか。

「少なくとも太刀打ち出来るメンバーは三騎士さんとツヴァイさん。これだけです」
「俺達じゃぁ44部隊にも勝てるかどうかだしな」
「私達44部隊はまだ8人いますから」
「8?聞いてみると多いようでかなり減ったな」
「スミレコさん。残りのメンバーは誰が居ましたっけ」

スミレコはアレックスの後ろでコクリと頷く。

「エース・・・・・・ミヤヴィ、ニッケルバッカー・・・メリー・・・パムパム・・・メッツ・・・・」

メッツの名が出たところで、
アレックスはドジャーの表情を伺おうとしたが、
やめておいた。
今更だ。
覚悟は決まっているのだから。

「・・・・ユベン・・・そして私・・・」
「ちゃんと出くわした奴が少ねぇからなんとも言えねぇメンバーだな」
「正直・・・・」

スミレコは、
アレックスの裏で、
隠れるように小声で言った。

「この戦いが始まった時点で・・・44部隊は半分終わっていた・・・・」
「人数的な意味でですか?」
「いえ・・・メンバー的な意味で・・・部隊的な意味でです」

44部隊が・・・
終わっている?

「グレイ・・・ダ=フイ、ヴァーティゴ・・・・ギルバート、リーガー兄弟・・・
 カゲロウマルにナックル・・・・そしてお姉ちゃん・・・当たり前の事なんだけど・・・
 好戦的なメンバーが先に戦い・・・先に死んでしまった・・・・・。
 スモーガスを含めて、残りのメンバーは特殊な能力者ばかり・・・・」

最強の冠を持つ無敵艦隊としては、
あまりに"非力"

「前線で安定して戦えるメンバーはエース一人と言っても過言じゃないわ・・・」
「メッツがいるじゃねぇか」
「新人に前を安心して任せられる私達じゃない」

前線で戦う、
バトルタイプのメンバーはエース一人。
残りはこぞって先立った。
それは確かに・・・・

44部隊(最強)としてはあまりに非力だ。

「私は逆に脅威に思えますけど」

フレアが言った。

「戦いは戦争。今までアレックスさん達がやってきたように1対1という場面は少ない。
 そういう部類ではむしろ前衛タイプが少ない方がやっかいだと・・・・」

魔術師ギルドのマスターらしい最もな意見でもあった。

「後衛が残ってるってわけじゃないのもまた・・・・」

スミレコは頭が痛そうだった。
44部隊には44部隊の苦労があるのだろう。

「よし、それなら僕達に出来る事は・・・」

アレックスは話に区切りを付ける。

「前に進みましょう」
「ツッコミてぇがまさにそれしかねぇからな」

壁はまだ、
一切崩れていないに等しい。



































「それでなっ!マンゴープリンに言ってやったんだ!健康を損なう恐れがあるから、田植えはほどほどにしとけって!」

パンダの格好した女が、
両手をあげて大声をあげていた。

「あんなあんな、それでなー、要冷蔵のクセに生意気だってナス味噌炒めが怒ってなー」

「あー、パムパム。そこらでいいから」

その常時暴走を止める男。
彼らのまとめ役。
ユベン。

「おい。ユベン。パムパムが一生懸命話してんだろこのヒポポタマスが。それを切って捨てるかぁ?
 そりゃぁーアニマル差別か?あ?あちきにケンカ売ってんだなこのウマシカ野郎が」
「いや、落ち着くんだキリンジ。どんな演奏にもピリオドが必要。区切りがあっての協奏曲だよ」
「うっせぇ!糸から変な音出すしか能のないモンキーめ!セミの方がいい音色奏でるんだよ!」
「あんなーあんなー、つまり炊き立ての香りにビバコットン」
「それだ!いいこと言うなぁパムパムわ!」

キリンジが八重歯を見せながらパムパムの頭を撫でた。
パムパムは撫でられる犬のような表情だったが、
他のメンバーには一切伝わらなかった。

「あー・・・んで?」

足をテーブルに投げ出したエースが切り出す。

「ここに集めた理由は?とうとう俺らが動き出す・・・・・そういうことか?」
「なら・・・やる・・・・俺は出来る子だ・・・・」
「・・・・・・・」

「いや」

ユベンはそれを切って捨てた。

「まず連絡だな。・・・・何よりじゃないが、勝手に単独行動をしたスミレコとスモーガスから連絡がない。
 定期連絡もしないところを見ると、恐らくすでに・・・・というのが妥当な線だろう」

「ったく。単独で戦うタイプじゃねぇのに突っ込むからだ・・・・馬鹿野郎・・・・
 ・・・・・・・・・・・・おいユベン。これ以上名前を失うわけにはいかねぇぞ」

「分かってる」

分かりすぎている。
失うわけにいかない。
違う。
失いたくないんだ。

「俺達は減りすぎた」

最強。
最も強いと書く部隊が、
見る見る減っていくなど何事だ。
それじゃぁ駄目なんだ。

「俺達はロウマ隊長の看板を背負ってるんだ。これ以上負けるわけにはいかない」

それに対しては、
誰も何も言わなかった。
それは、
誰もが思ってる事なのだろうから。

「そうだー!これ以上成分無調整の横暴を好きにさせるかーっ!」

一人を除いて。

「んじゃぁ待機ということなんだね。ユベン」
「やれと言われれば・・・・俺はいつでも出来る・・・」
「あちきもそろそろ自然の空気を吸いたいとこだぜ」

「いや、ミヤヴィの言うとおり待機だ。期を待つ」

その考えは、
合理的なのだろう。
だが、
誰もがその待機という命令には歯がゆい気持ちが走る。

「待機ねぇ」

一人の男が笑った。
そいつは、
壁にもたれかかったまま、
煙を漂わせていた。

「最強の方々がお粗末な判断なこって」

ドレッドヘアーの男は、
あざ笑った。

「うるせぇぞ新入り」
「メッツ。君の言いたいことも分かるが、事態はそれ以上なのさ。
 まぁ入隊して1年の君にはどうしてもまだこの部隊への愛着が少ないかもしれないけど」

「ちげぇよ」

メッツは、
地面に直接灰を落としながら言う。

「てめぇら見てると聞いてた話とあんまりにも違うんでな」

「何よりじゃない言葉だ。ロウマ隊長の冠の下の部隊として聞き捨てならんな。言ってみろメッツ」

ユベンが食いついてきたところで、
メッツはニヤりと笑い、
馬鹿にしたように言う。

「てめぇらの感じだと、こうだよ。"負けたくねぇ"。そんな気持ちがなだれ込んでくる。
 まぁそうだろうな。最強の部隊だ。ロウマ隊長の面目がある」

「あぁ。だから俺達は負けたくないし、負けるわけにはいかないんだ」

「だから違ぇだろ。最強だから負けるわけにはいかねぇだと?どんな矛盾だ。
 『矛盾のスサノオ』の部隊だなやっぱ。矛盾だらけだ。
 違う。それじゃねぇ。"最強だから負けねぇ"・・・・な?・・・俺達はそういうもんだろ」

皆は黙った。
言ってやった・・・といわんばかりに、
メッツのしたり顔。

「・・・・チッ・・・なぁにが"俺達"だ。新人のクセに」
「だがたしかにそうだぜ。ライオンには逃げない!あちきらはチキンバードじゃないぜ!」
「俺は・・・やれば出来る子だ・・・・」

最強の部隊。
その誇り。
彼らの気持ちだっていつもそうなのだ。

「だけどメッツ。君はやはり新人だね」

涼しい顔で、
ミヤヴィが言った。

「ぁあん?」

「この部隊の事が分かってないみたいだ。うん。確かに君の言葉は真実。
 歌にするならば美しいかもしれなほどのプレリュードかもしれない。
 けれど結論はこうさ。・・・・・・ね。ユベン」

ミヤヴィがユベンを見る。
そしてユベンは頷く。

「あぁ。命令は"待機"。それだけだ」

「あぁ!?おいてめぇ」

メッツが反論しようとするが、
その時あたりを見ると、
先ほど賛同していた皆も、
涼しい顔をしていた。

「無理無理。新入り。諦めろ。考えは俺もお前寄りだけどな」
「あのアニマルはワニより固ぇよ」
「そういう事。ユベンが決めてかかった場合、僕らにはどうしようもないのさ。
 ユベンはほんとお堅いからね。頑固の極みってやつさ。地味でお堅い中間管理職」

「そういうことだ」

ユベンは軽く笑う。

「俺が副部隊長だ。俺の命令は・・・・聞け」

強い。
強い目をしていた。
メッツは一瞬気押されそうになった。

「・・・・・ガハハ!そんな口調を話す奴だったんだな。いつも疲れたような人間かと思ってたけどよぉ」

「いつも疲れてるさ。ほんとこいつらのオモリは疲れる」

「だが部隊としてどうなんだ副部隊長さんよぉ。俺を含めて皆戦いてぇんだぜ」

「何よりじゃない。新人が入るといつもこうだ」

ユベンの言葉は正しい。
どいつもこいつもユニークな人材の44部隊だ。
そして個々の戦力が抜き出ている者達。
それが最強の部隊に入ってくる。

「44部隊に来る奴が最初にすることは一つ。自分の意見の主張だ。今の状況だな。何度目か分からん。
 そして次に言い出すだろうことは"なら俺の好きにさせてもらう"・・・・っと個人で動く。
 ・・・・ま、それは今もこいつら変わらないけどな。だが部隊として動く時は別だ。
 その時は、この俺。ユベン=グローヴァーがどうやっても止める」

「ほぉ。どうやってもねぇ」

メッツが嬉しそうに笑う。
血気が盛んになる。

「あーあ。毎度っつーか月例行事だよな。これ」
「最近戦いが無かっただけだからね」
「おい、メリー?一人で遊んでないでどう思うよ」

「・・・・・?」

部屋のスミッコ。
一人この話し合いから除外された・・・・
いや、
自分から枠の外に出て、
他人事のように二つの人形で遊んでいたメリー。

「・・・・・」

片手の王子様の人形と、
片手のお姫様の人形でママゴト紛いの事をしていたゴシックな服装な女。
声をかけられて焦り、
人形を二つ抱きしめてキョロキョロとする。

「・・・・・・・」

声を出せない彼女は、
必死に何かを訴えていた。

「あんなーあんなー、黒豆を投げたら飛べるって言ってるんだー」
「言ってねぇよお前が何言ってんだパムパム」
「・・・・あれだね」
「キャハハッ、そうだな。おいゴリラ。ユベンに勝ったら意見通るぜ?」

メッツは笑ったままだった。

「思ってもみねぇ状況だ。腕が鳴る」

右手をゴキゴキと鳴らすメッツ。
対照的に、
ユベンは呆れたような表情だった。

「やれやれ。何よりじゃない」

いつものことだ。
疲れる。
ユベンの顔はそう言っていた。

「問題児の教育係も疲れる。中間管理職は大変だな」

「泣きべそかくなよ。副部隊長さんよぉ」

メッツはそう、
嬉しそうに笑った後・・・・・

「オラァアァ!!!!」

飛び出した。

「あー、どっちに賭ける?」
「・・・・・・・ユベン」
「ユベンだな」
「おにぎりーっ!」
「メリーは?・・・・ん?・・・あぁユベンね」
「僕もユベンだ。賭けにならないね。そりゃそうか。無敵の44部隊。その不動の副部隊長。
 ロウマ隊長以外には絶対に負けないさ。だから44部隊の副部隊長なんだから」


「ラァア!!!」

メッツの褐色の豪腕から繰り出される拳。
それがユベンへ飛ぶ。
そして景気のいい音と共に・・・・

拳はユベンの手の平に収まった。

「・・・・・お?」

メッツの拳は、
ユベンに止められて・・・
いや、
それどころか、
力自慢のメッツの拳が・・・・・
1mmさえも動かなかった。

「何よりだ。悪くない。俺の部下なんだ。これぐらいじゃないと困る。・・・あぁルールを決めてなかったな。
 好きにきめてくれ。俺からは攻撃は有りか?それと、俺はガードをしてもOKか?
 両方無しというならそれも何よりだ。俺は立っているだけでもいい。それでもお前ごときには負けん」

メッツの額で、
ブチンッと血管が切れる音。

「・・・・・上等だコラァ!!!死んでから寝ションベン垂れんじゃねぇぞ!!!!」







































「マリナ殿。待ってくれ」
「あーりゃりゃりゃりゃりゃ!!!!」

景気良くマシンガンが放たれる。
前方には敵。
敵敵敵。
ここは戦場。
ルアスの街。

「ほらほらぁ!マリナ様がお通りよ!どきなさい!!!」

帝国の兵士達が蜂の巣になっていく。
乱舞といってもいい乱射。
女王蜂の進軍。

「・・・・ふぅ」

そしてマリナは射撃をやめ、
ギターの銃口に息を吹きかける。

「こんなもんかしらね」

そう言ったマリナの前方。
そこには兵士達が転がる。
死骸騎士ではなかったのだろう。
横たわる兵士達。

「マリナ殿っ・・・」

その後ろから、
追いかけてくるようにイスカ。

「置いていかないでくれ・・・・先に行かれてはマリナ殿を守れない」
「守ってくれなくていいから先に行ってるのよ」

マリナはプィッと顔を背け、
また一人で歩いていく。

「マリナ殿っ!」

捨てられた犬のように必死についていくイスカ。
そこに振り向くマリナ。

「あのね。私があんたに戦わせたくない理由。言ったでしょ?」
「・・・む・・・・言われた・・・が・・・・」

理解は出来ない。

「何度も言ってるけどね、確かにここは戦場。殺し合いの場よ。
 私だってもうストレス解消ぐらいのつもりで割り切って殺しまくってるわ。
 多分私の人生で一番命を奪う日になるわね。料理で奪う命を含めてもね」
「う・・・・うむ・・・」
「でもね、今のあんたは違う。まるで逆。殺すために生きてる。目的がズレちゃってるのよ」
「なんとなく言いたい事は分かるのだが、やるべき事は同じでは?」
「それが分からないようだから放ってるの」

マリナはまた顔を背けて歩き出す。
それについていくイスカ。

「・・・・マ・・・マリナ殿っ・・・」
「あのね」

背中越しに、
マリナは足早に歩きながら言う。

「・・・・やっぱいいわ。多分何言っても同じだろうから」

やる事は変わらない。
自分だってそうだ。
邪魔なものを排除する。
そのために喜んで敵も殺している。

だけど・・・

イスカは危ない。
今のイスカは・・・

このまま殺人が当然になっていくだろう。

自分(マリナ)を守る。
イコール、
殺人。

殺人という目的を求め続けるバーサーカーになる。
殺人中毒者に。
殺したら次の殺しを考え始める殺人ジャンキーに。

「マリナ殿っ・・・拙者は・・・おっ?」

イスカがコケた。
つまづいた。
何をやっているんだ。
アホか。

「あれ?」

転んだイスカを、
片手で着物を吊り上げるようにして支えていた。

「・・・・何やってんのあんた・・・侍が不注意で転ぶってどんななのよ・・・」
「い・・・いや・・・拙者不器用で・・・・」
「・・・・はぁ」

思わず手を貸してしまった。

「・・・・・まったく・・・・ちょっとズレ始めてる以外はいつも通りなのよね・・・・」
「拙者はいつも通りだ!心配無用!」
「いつも通りだと思いこんでるのが危ないんだけどね・・・・」

何度も考えたが、
考えてもしょうがない。

「まぁいいわ。前にも言ったけど、もしもの時にあんたを止めるのも私の役目だしね」
「そんな不覚はとらん!」
「そう言って、ジャスト1時間煮込んだらお鍋止めてって言ったのに止めなかったのは誰?」
「・・・それは・・・・・1時間は100分だと勘違いしていて・・・・」
「それもどうなのよって言いたいけど、あんた私が止めるまで3時間くらいお鍋の前で座禅組んでたじゃない」
「間違って短針と長針を逆に見ていて・・・・」
「どんな馬鹿なのよ!」
「不器用で・・・・」
「不器用っていうか無器用よあんたわ!」
「不覚・・・・」

ため息が出る。
だけど、
やはりいつものイスカであるにはあるのだ。
マリナは誓う。
とりあえず自分がイスカを見張る事。
それが大事だと。

そうしておけば、
とりあえず逸脱するはずはない。
いや、
させない。

「マリナ殿」
「・・・何?」
「名を呼んでくれ」
「・・・・・」

それでも、
いつも通りのイスカだとしても、
マリナはコレをイスカだとは認めない。

「あんたが元に戻ったらね」

シシドウ=イスカ。
アスカ=シシドウ。
どちらでもいい。
ただ、
今のイスカはイスカであってイスカではない。

「とりあえずここから先も、出来る限りは私が敵を倒すからね」
「・・・・拙者はマリナ殿をお守りしたい・・・・」
「そんなヒマ与えないわ。私が3分クッキングで殲滅していくわ」
「おぉ、さすがマリナ殿だ。300秒で敵を・・・・」
「さっさと60進法を覚えてよ」
「・・・・不覚・・・」
「覚え不(おぼえず)と書いて不覚。ほんとその通りね・・・」
「だが、オ・ハ・ギだけ覚えたのだ。アレックスに教えてもらった」
「・・・・・・・ちょっと考えちゃったじゃないの!速さ!時間!距離!ハ・ジ・キ!」
「さすがマリナ殿」
「・・・・・・ちょっと問題。一日は何時間よ・・・」
「むっ・・・・」

イスカは歩きながら腕を組んで目をつぶった。
間違えるわけにはいかない。
エクスポが持っていた懐中時計を思い出す。

「・・・・十二時間」
「不器用っていうかあんた頭悪かったのね・・・・」
「そ、そんなことはない!拙者をそんな風にみないでくれっ!
 これでもいろいろ知っておる!少し数字に弱いだけなのだ!」
「へぇー」
「本当なのだ!」
「へぇー」
「むぅ・・・そうだ!豆知識があるぞ!時間というのは一定ではないのだ!それを拙者は導き出したのだ!
 フフッ・・・・いい推理力だろうマリナ殿。楽しい時間とつまらぬ時間の体感が違うのはそういうこと。
 時間の早さ。それをだな、俗に時速というそうだ」
「違う」
「・・・む・・・」

森の中で世間から隔離されて育ったとは聞いたけども、
さすがに慣れろよと言いたくなった。

「まさか本性はここまで馬鹿だったとは・・・」
「そんな事を言わんでくれマリナ殿」
「軽蔑するわ」
「軽蔑しないでくれマリナ殿」
「じゃぁ最後のチャンス。ただの算数よ。リンゴが・・・・」
「待ってくれマリナ殿。問題はそのままでいいが、拙者の思考力があがるよう、マリナ殿に例えてくれ」
「・・・・・・・・・・。マリナ殿が5人居ました」
「!?・・・マ、マリナ殿が5人も!?」
「・・・・・・・・・・・・・・。そこに新しくマリナ殿が9人来ました」
「さ、さらにマリナ殿が!?なんだそれは!楽園か!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。そこから6人マリナ殿が帰りました」
「そんな・・・・」
「今マリナ殿は何人居るでしょう」
「それでもマリナ殿がいっぱい!!!」
「あんた馬鹿すぎるわ・・・」

実際さすがに算数くらいは出来るだろうが、
それを超越する馬鹿だ。
実はチェスターよりも馬鹿だったんじゃないだろうか。

「だがな、マリナ殿」
「何よ」
「それでも拙者のマリナ殿は目の前のマリナ殿だけだ」
「そーいうのいいから」

マリナは揺らいできた。
イスカをどうにかしようと決心したばかりだが、
別の意味で置いていきたくなってきた。

「あれ?」

マリナが何かに気付き、
急に立ち止まる。

「おどっ」

急に立ち止まったせいで、
マリナの後頭部に鼻っつらをぶつけ、
イスカはもがいた。

「ど・・・どうなされたマリナ殿・・・・」
「隠れてっ」
「およ?」

マリナがイスカを引っ張り、
街の物陰へといざなう。

「なんだ?また敵かマリナ殿」

イスカは鞘に手を添える。
だが、
マリナはそれを静止する。

「敵よりやっかいなのと遭遇したわ」
「む?」
「あそこ・・・」

物陰からマリナが指をさす。
イスカが釣られてそちらに目線を向けると・・・

そこには、
一人の女性が騎士団と戦っていた。
それは、

「おぉ、ティル殿」

そこで戦っているのはティル。
ティル姉だった、

「はぁ・・・・」

マリナがガクンとうな垂れる。

「スッカリ忘れてたわ・・・そういえばティル姉来てたんだった・・・・」

嫌なものにでも遭遇したように、
マリナは座り込んで下を見ていた。

「むう。確かに拙者も忘れておった。けどマリナ殿はティル殿が苦手なのか?」
「苦手っていうか・・・・」

どちらかというと、
怖いもの知らずのマリナがこの世に唯一恐怖があるとしたら、アレだ。

「巻き込まれないように違う道選びましょ・・・・」
「ん?加勢しなくていいのか?」
「あの人に加勢なんているわけないじゃない・・・それどころかとばっちり食らうわ」
「う、うむ・・・だが・・・・」
「大体アレ見えないの?ティル姉の戦い。ここ戦場よ?戦場。最終決戦の戦場。
 ガチでシリアスな修羅場な第二次終焉戦争よ?なのにどうなのアレ・・・・」

マリナは指差す。

「あの人・・・敵にプロレス技かけて遊んでんのよ・・・・」


































「ドラゴンネックチャンスリィイイイイイイ!!!」

フロントスリーパー。
前方裸締め。
まぁ抱きかかえるように相手の頭を抱え込み、

「ドロォーップ!!!」

その女性は、
騎士を地面にそのままぶん投げ、叩き付けた。

死骸騎士だったのだろう。
その衝撃で死骸騎士の体は地面で散乱するように砕け散った。

「・・・・気っ持ちぃい・・・・・」

まるで公園の遊び場のガキ大将のように、
ティルはその快感に浸っていた。

「やっぱ争いごとなんてあたしのガラにゃ合わないわ。世界とかどーでもいいのよねぇ。
 楽しく遊んでストレス解消できて、そんでもってダイエットも兼ねたら最高ね」

世界の行く末を決める戦場の中、
たった一人無関係を語る女。

「おっしゃ次ぃ!!」

ニッと笑う、
その女性。
鬼のように楽しそうに笑う女性。

囲まれているほどの敵の中で、

「てぇりゃぁぁああ!」

ティルは飛ぶ。

「フランケンシュタイナァァア!!!」

「ぐぁっ!」

空中で相手の頭部に両足を絡ませる。
両足で死骸騎士の頭を挟み掴み、

「てぇい!」

体を捻ってそのまま落下。
相手はティルの太ももの間で、
そのまま地面に脳天を直撃させ、
頭蓋骨が吹っ飛んだ。

「1!2!3!カンカンカンッ!!・・・・・・やばいわ。ほんと気持ちイイ・・・・」

自分に地面に伏せった状態で、
ティルは感動に震える。
そして、

近くには何十もの横たわる体。

「なんなんだあの女・・・」
「戦場でプロレス技かけてるなんて聞いたことがねぇ・・・」
「しかも俺ら死人だぞ・・・・」

カタカタと、
たった今吹っ飛んだ頭蓋骨が、
地面を滑るようにし、
胴体へと戻っていった。

「このやろ・・・・そんな遊戯で・・・・既に死んでる俺達を倒せると・・・・・」

「何回見ても気持ち悪いこと」

彼らは死人だ。
死骸騎士だ。
生半可な攻撃じゃ、
この通りすぐに戻る。
その死骸騎士の頭も、胴体の上にまた戻・・・・・

「シャイニングウィザーーーーーッド!!!」

「のぁっ?!」

その死骸騎士の膝を踏み台に、
たった今戻ってばかりの頭蓋骨に、
飛び蹴り。

無情にも、
サッカーボールのように頭蓋骨は彼方へ吹っ飛んでいった。

「アイアム、ティンカーベル!!!」

両膝を地面に突けたまま、
ティルは両手を掲げて叫んだ。
明らかにメディアの影響を受けている。
そんな趣味を、
戦場に持ち込む女。

「な・・・」
「なんなんだてめぇは!」
「お前みたいな奴が敵側に居るなんて情報ねぇぞ!」

「そう、あたしは敵でも味方でもない」

「どう考えても敵だろうが!」
「どんだけ俺らの味方を壊してくれてるんだってんだ!」

ティル。
ティンカーベル=ブルー&バード。
彼女の強さは、
まぁ言わずもがな。

描写の通りなのだが、
それよりも異端なのは・・・・

「っていうか・・・」
「どうなってんだ・・・・」

ティルの周りに横たわっていた死骸騎士達。
それらが・・・
次々と消えていく。
霧のように。

「ん〜。片付いてきたわね」

「おいおい・・・・」
「素手だけで死骸騎士を破壊に至らしめてるってのか?」
「分からねぇ・・・」
「五体バラバラ程度ならすぐに再生するはずだが・・・」

だが、
やられた順に、
ティルの周りの死骸騎士達は浄化していっている。
昇華していっている。

「ったくダラしないねぇ最近の坊主共は。・・・・そんな事言うあたしも年を感じてイヤだけどね」

「なんのカラクリだ?」
「てめぇの体術・・・ハンパねぇ」
「そのプロレス技に何か隠れた意味が・・・」

「ん?これただの趣味」

ティルは立ち上がり、
パンパンッと汚れを払う。

「あーあ。子供には汚すなって怒るクセに、自分で汚してちゃぁ世話ないわねぇ。
 これ汚れ落ちるかしら。今週末は雨だとか聞いたしイヤになるわ」

「おい待て!」
「趣味だと?」
「お前はプロレス技使いとかそーいうんじゃないのか!?」

「趣味」

趣味の行い。
それでやられていく戦場の騎士達。

「そー深く考えないでよね。あたしゃ遊びに来てるだけなんだからさ。
 戦場なんて公園の砂場とどこが違うってぇんだい。あたしゃ待ち合わせしてんのさ。
 約束はしてないけどね。ちょっくらい同窓会が始まるまでの時間つぶしだよ」

彼女の暇つぶしだけで、
一個大隊が殲滅されようとしている。

「あー、あと使ってない技あったっけ。えぇーと。あっ、まだDDTやってない。
 やっとかなきゃいけないメジャーなのはあとパワーボムとー、パイルドライバーとー」

指折り考える彼女。
ティルにとって、
目の前の騎士達は遊び相手でしかないようだ。
事実、
彼女は別にこの戦争をどうにかしようと思って参戦したわけでもないのだから。

「んー。夕飯の仕度までには帰らなきゃいけないからできるだけ遊んどかなきゃ損ね」

「・・・・」
「調子こいてんじゃねぇぞ!」
「世界は今日終わるんだよ!」
「・・・・俺達を含めてな」
「あの騎士団長の玩具に成り果てちちまうんだ」

「・・・・アインねぇ。まったく。ここまで問題児になるとは思ってみなかったけど」

「この戦場はよぉ」
「お前らにとっても俺らにとっても真剣な場なんだ」
「遊び半分の奴が来てんじゃねぇよオバサン!」

「オ・・・・・」

・・・・と、
メチンとティルの脳内でナンカが切れる。
そして、
ティルの足元。
地面にピシリと亀裂が入る。

「・・・・んだって?もっぺん言ってみろ坊主」

「オバサンっつったんだよ!」

「二度も言ってんじゃないわよ!!!!」

そして恐ろしい形相で、
悪魔が狂ったかのような表情で、
ティルが飛び出した。

「い・・・いや・・・あんたが言えって・・・・」

「言い訳こいてんじゃないよ坊主!!!」

「ごっ・・・・」

猛獣が飛び出したかのように、
素晴らしい勢いで、
一瞬で相手の懐まで飛び込んだと思うと、
その騎士の顔面を、
片手で掴んだ。

「・・・・お・・・ご・・・・」

女が、
片手で、
騎士の顔面。
頭蓋骨を掴んで持ち上げている。

「ちょ・・・チョ・・・・」

「あぁん?あんたら痛み感じないんだってねぇ。だからって人の心の痛みまで感じられなくなっちゃ終りだよ。
 人は言われたくない言葉ってのがある。あたしの場合はそれがオバサ・・・・ぁあ!?てめぇオバサンっつったか!?」

「何その自動怒り増幅器!?」

「もっぺん死んで来いクソ坊主!!!」

そして、
アイアンクローで騎士の頭蓋骨を掴んだまま、
ティルは、
そのまま、
地面に叩きつけた。

自身の手が地面にめり込むほどに。

「まったく。最近の子はシツケができてないわ」

自分の手だけ地面から抜き取り、
パンッパンッと手を払う。
地面にめり込んだ騎士の死骸・・・死骸騎士の抜け殻は、
そのまま昇華して消えていった。

「んで。次あたしに教育されたいのはどいつ?」

「ぐ・・・」
「・・・・う・・・」

周りを取り巻いていた騎士達は、
怖気づく。
恐怖を知らない王国騎士団の騎士達も、
後ずさりを覚える。

「気合が足りないねぇ。最近の坊'sは」

遊び足りないといった表情で、
ティルは首を振った。

そうしていると、
適度な拍手。
たった一人の拍手が響いた。

「いいね。さすがだよ。正直ほんと俺達はツイてなかった。そんな感じだ」

その男は、
騎士達を割り、
堂々と歩いてきた。

「騎士っていっても俺達、第25番・麗技部隊は騎士団最強の修道士部隊だったんだけどな。
 それを趣味のプロレス技だけでいなしてしまうなんて。正直ほんとツイてなかった。そんな感じだ」

その男は、
この空間の中で、
一人異彩を放っていた。

ウェーブのかかったミドルな金髪を後ろに流した、
シンプルに整えて着こなしたカッターシャツの男。
舞踏会にでも参加する上流階級のような男で、
背は高く、
特徴としては・・・・整った顔の左目の下に小さく映える泣きボクロ。

そうだ。
あまりこんな表現はしたくないが、
彼の顔を一言で表現するならば、ハンサムというのが正解だった。
イケメンとかカッコイイとかそういうんでなく、
ハンサムという表現があまりにも合致する男。

「ティル。正直ほんと、君がココに来てくれるとは思ってもみなかった」

「・・・・・」

ティルは、
その男を見るなり、
物静かになった。
食い入るようにその男を睨む。

「そんな顔をしないでくれ。俺は涙目になってしまう。俺を忘れてしまったのか?」

「・・・・忘れるようなキャラじゃないでしょ」

「そうか。それは正直ほんとに心地いい。忘れられていたらツイてなかったじゃ済まされなかった。
 そうだ。俺だ。君の大好きなクライ=カイ=スカイハイだ。相変わらずイケてるだろ?」

彼は、
泣きボクロを動かさず、
スマートに微笑んだ。

「ペッ」

露骨にツバを吐く女、
ティル。

「何が大好きなだ。虫唾が走るわね」

「そうかい?それはツイてない。だけど俺の方は片時だって忘れた事はなかったぜ」

「そんな甘臭いセリフを平気で言うあんたが大嫌いよ。どこで売ってるのそのセリフ?
 古小説の中?それとも飴と一緒にお菓子屋に並んでるのかしらね。その甘苦しい言葉は」

「正直本当の事だ。知ってるだろ?俺は"ウソをつかない"。人生で一度たりともだ。
 俺は一年も死んでたそうだが、その間地獄でも君を忘れた事はなかった」

クライは、
パチンと指を鳴らし、
周りの男達に指示をする。

「下がってろお前ら。当然中までだ。庭園まで戻ってろ。ここは俺だけで十分だ。お前らじゃ手に負えない」

少し動揺していたが、
部下の騎士達はクライの指示で退散していった。

「舐められたもんね。このティル姉さんを。その勘違いの脳みそを叩いて直してあげようかしら。
 だから一応聞いといてあげるわクライ。あんた一人であたしに勝てるとでも?」

「ティル。君一人でこの俺に勝てるとでも?」

整った顔で、
笑うクライ。
名前と裏腹に笑顔がなんとも似合う男だった。

「知ってるだろ?人は俺を含めた5人の部隊長を五天王なんて呼ぶ奴もいるんだぜ」

「聞いた事ないわ。知ったことじゃないわよ」

「そうかい。それは涙目だ。ツイてない。でも結構いいと思わないか?五天王。
 ハンパだとかありがちだとか言う奴もいるけどさ。見てくれよ五天王って文字。
 なんかこの文字の並びは正直ほんと、結構イイ感じにみえないか?エクスタシーだ」

「どうでもいいわ。知ったことじゃないわよ」

「そうかい。涙目だ。俺はウソをつかない。正直ほんとに思ってた事なんだけどな。
 王に挟まれた天。こう、シメントリーとは言えないまでも完成された文字列だと思うんだ。
 ペンタゴン、ペンタグラム。黄金比なんて呼ばれるのも頷けるね。五芒星とか」

まるで構えをとらないクライ。
通称、涙目クライ。
あまりに自然体に、
ティルを見据える。

「クライ。ゴチャゴチャ言ってるけど。どうでもいいのよ」

ティルは、
手串で自分の髪を整える。

「同窓会に参加しにきたのよあたしは。だけど最初がいきなりあんただとは思わなかったわ」

「そう。俺はそれが正直ほんと嬉しい」

「その虫唾が走る甘臭いセリフをどうにかしなさい。カロリーが高すぎてぶち切れそうだわ」

「言うじゃないか。モトカノ」

「黙れ元旦那」

ティルは一方的に構えを取る。
特に何か整った構えでもないが、
戦闘の態勢に入る。

「俺に牙を向くのか?ティル」

「あんたなんかいつもぶっ殺したくてたまらなかったわよ。調度いいわ。
 あたしん中であんたは死んだ事になってんの。どーせ一回死んだんだからもっかい殺してやるわ」

「ツイてない。そんな言葉を言われるなんて、正直ほんと涙目だ」

それでも微笑みながら、
クライは、
自分の左頬の上にそっと指を添える。
それは彼のチャームポイントでもある小さな点のような泣きボクロ。

「君も褒めてくれたこの泣きボクロ。いつも思ってたんだ。
 これってなんでいつも左なんだろな。漫画とか演劇のキャラクターとか、泣きボクロっていつも左側だよな。
 でもそれが多分バランスいいんだろう。ホクロの位置としては究極なんじゃないかな」

「何言ってんのあんた・・・」

「最初は気にしてたんだけど、君はセクシーだと言ってくれた」

「そんな言い方してないわよ。あたしのキャラをなんだと思ってるの」

「いいんだ。君が褒めてくれたら俺は自分の全てを気に入ってしまった。
 君に認められる俺は、きっと何も欠点のない完成された人間だと。
 君に嫌われる要素がないということは、それは完成という意味だからね」

君に嫌われる要素さえなければ、
それでいい。
それで完成だ。
何かを求める必要はない。
それで完成なんだ。
ただ失いたくない。

「俺はそういう意味でやっぱり完成しきってしまってる。そう思ってた。いつも。
 人より才能があって、強くて、それでいて容姿にまで恵まれてうまれてきた」

「自分でのうのうとそんな事言えるナルシストがあたしは一番嫌いなの」

「俺はウソはつかない」

クライは、
笑う。

「人に褒められて、いやいやそんなことないよ。・・・なぁんて言われたらムカツくだろ?
 俺は俺の才能を認めている。自信を持ってるし誇りにも思ってる。だから俺はウソをつかない。
 自分を偽らない。正直ほんと、俺は俺が大好きで、俺自身を曲げた事は一度もない」

そしてそれを証明してくれたのは君だ。
だから、
自分を偽る必要はない。
ウソはつかない。
ナルシストであれる事は誇りにも近い。

「そのせいであんたはアインの下に居る」

「人より才能を多く貰ってしまった。恵まれちまったんだよ俺は。
 ならどこで平等を得るか。俺は苦労しなきゃいけない。人より苦労すべきなんだ。
 才能を活かし、世のため人のためになれる位置で身を削る道を選んだ。それだけだ」

ティルは、
自由の道を選んだ。
アインハルトから逃げ、
手の届かない所で平和に。

「それが俺のエクスタシーだと思う」

クライは、
苦労の道を選んだ。
アインハルトから逃げず、
平和のために手を伸ばす。

「偽善者のセリフだよ。あんたの口から出るのはいつも」

「俺はウソをつかない」

微笑む。
後ろめたい事など一つもないかのように、
ハンサムは笑う。

「だから正直に言うよ。そういう裏事は置いておいて、また出会ってしまったなら、ただ思う。
 俺は君を殺したくない。俺は自分を偽らない。ウソをつかないから引けない」

君が引いてくれ。
クライは、
真正面からそう言った。

「死ぬのはあんたかもしれないよ」

「それはないよ。俺のが強い」

「強ければ勝つの?あんたもアインハルトの色に染まったんじゃない?」

クスッと笑う。
響く混じりに。
だが、
クライも笑い返した。

「理由は簡単だ。俺はケンカが強い上に・・・・」

自らの髪を、
後ろにかき流しながら、

「男前だからさ」

ニッと、
自分を偽らない、
真実の自信で、
クライは笑った。

「カッコよくて強い奴は負けるように出来てない。あんたの口癖だったわね」

「本当の事だよ」

「あんたみたいなナルシストが旦那だったと思うと虫唾が走るわ」

ティルは、
そこで足に力を込めた。

「もう私の前に現れないでちょうだい!」

そして踏み込んだ。
早い。
クライに一直線に突っ込む。

「二度目の離婚届よ!地獄で閻魔様にハンコもらってちょうだい!」

一瞬だった。
クライに飛びつくまでは一瞬。
そして、
ティルは思いっきり手を突き出した。
パンチとは言えぬ、
クロウに近い、
掌打。

その掌打は、

クライを貫いた。

あまりにあっけなく。
あまりにも簡単に。
クライの腹部を貫いた。

「パリィ」

「!?」

貫いていたが、
"クライは消えた"
貫いたはずのクライの体は歪み、
そのまま消えていった。

いわゆる・・・・残像。

「まったく。君はいくつになってもヤンチャだ」

「・・・え・・あっ!?」

気付くと、
クライはティルの背後に回っていた。
避けられなかった。
全く避けられなかった。

パリィ。
残像を残してティルの攻撃を避け、
瞬時にティルの背後に回る。

「そこがとってもエクスタシーだ」

避けられなかった。

クライはティルの背後から・・・・

彼女を抱きしめた。

「本当は会いたかった。俺はウソはつかない」

「ちょ・・・離・・・・」

「毎日後悔だった。正直ほんとあれからは涙目な生活だった」

「離せっていってんでしょ!」

ティルはもがき、
クライを剥がし、突き飛ばした。
突き飛ばしたというのは正しくない。
それは残像で、
クライはまた得意のパリィ(回避術)で瞬時に移動していた。

「・・・・このっ!甘甘セリフ製造機が!そんな赤面並のセリフを耳元で言わないでちょうだい!
 耳にタコができて化膿して爆発しちゃいそうだわ!毒よ毒!」

「本音だからしょうがない。俺はウソはつかない。ウソはつけない。自分を偽れない。
 それに君は俺のこんな言葉を嫌がってはいたけど、拒んだ事は一度も無かった。」

整ったその顔で、
クライは微笑む。

「俺もお前もいい年だ。だけど俺の気持ちは変わらなかった。ひと時も」

「それがウソだって言ってんのよ!」

ティルは、
強張った表情で、
クライに指を突き出した。

「浮気したクセに!」

そこで初めてクライの表情が崩れた。
焦りの表情と共に、
泣きボクロがわずかに下に動く。

「い・・・いや、違っ・・・」

「違わない!違わねぇ!」

「ティル・・・口調が怖くなってるよ・・・だからあれは出来心で・・・・」

「出来心で浮気100人斬りとはどういうことだ!」

「違う。正確には100と8人だ」

「そこでウソをつけ!」

「俺はウソはつけない」

「うっさいわよ!そんな奴から好き好き言われて信じられるかっ!」

「いやぁ、変わってないなぁ。暴れん坊のままで安心したよ。でも信じてくれ。
 ウソはつかない。俺は一瞬たりとも君から心が動いた事がない」

「どちらにしても大問題だ!」

「オヤツ程度の気持ちだったんだ。ちょっと若い子とかで遊んでみたかったんだ。火遊びは男のエクスタシーだから」

「正直すぎるんだよあんたわ!」

ぜぇぜぇ・・・と、
怒りつかれてティルは肩で息をしていた。

「・・・・フフッ。それが俺が君を好きなところだ。好きの反対は無関心・・・とかクソ野郎が言ってたけどな。
 それは正直ほんとで、君が必死に怒る相手はちゃんと好意のある相手だけだった」

「ないわよ」

「君をそこまで振り向かせるのにどれだけ苦労したか。
 君がそんな風な態度になるのもきっとこの世で俺相手の時だけだ。
 正直ほんと、それには心躍るし、嬉しの意味で涙目だよ俺は」

「言っとくけどね。あたしはあんたを許さないよ。許さないってんだから許さない。
 もう顔も見てやるもんかと思ってたけどね、見てしまったんならボコってあげるわ」

「そう言って君は学校の3階から俺を投げ落としたね」

「あら、トラウマ?」

「いいや、正直ほんといい思い出だ。それでも次の日君は俺を見てくれたから」

そう言い、
クライは右手を前に出した構えをとる。
初めてとる構え。
彼が左利きである事も示していた。

「だから、俺は君からひと時も心を動かした事はない。だけど俺は正直なんだ。
 そういう風に恵まれて生まれちまったから。モテるんだよね。俺。
 だからしたい事はするし、欲望にも逆らわない。自分を偽らない。
 ただ、それで俺が嫌われるのはしょうがないと思っていた」

「じゃぁ今はしょうがない時ね」

「ただ諦めきれない。だから君とは戦いたくない」

自分を偽れないから、
自分の行動から退けない。
引けない。
だから戦うしかないから。
自分は引けないから、
君が引いてくれ。

「やーよ」

ティルは皮肉に笑った。

「男のいう事なんて聞く女じゃないの知ってるでしょ」

「そんな君が好きだ」


「ドッゴラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

何一つ空気を読まないタイミングで、
突如、
家が一件吹っ飛んだ。
比喩でなく、
家が一件爆発したかのように炸裂し、
そこから生まれたのは、

「オゥルァアアア!!!・・・・ギャハハ!面白そうなメンバーが揃ってんじゃねぇか!」

猛獣のような、
世界最強の体を持った野人。
ギルヴァングだった。

「ギルか」

気が抜けたように、
クライは笑う。

「ギャハハ!!ようクライ!!」

「流暢にしゃべれるようになったじゃないか。昔は文字も知らなかったのにな。
 だけどお前が騎士団に居る聞いた時は驚いたよ。山奥にでも消えたのだと思ってた」

「ギャハハ!そーいう部隊だからな!」

ギルヴァングは、
あまりに野性的で、
悪く言うと整ったという言葉の介入が一切ない立ち姿。
まるで狂った野獣がこちらを向いているかのような。

一方クライは、
あまりに自然すぎて、
ある意味整った感じがなく、
ある意味完成形のような構え。

「ティル。悪いな。後回しだ。正直ほんとの目的はこっちでね」

「一生後回しでいいよ」

「ツイてない言葉だ。涙目だよ」

自然な、
風と水が流れるような構えのまま、
涙目クライはギルヴァングを見る。

「悪いなギル。ピルゲン辺りの作戦なんだろうが、あんまりお前に序盤に活躍されると困るんだ。
 それが本音でね。俺達死し騎士団は無念の心に浸されている。
 第二次終焉戦争。その言葉通り、俺達はもう一度ルアス城を守りたいんだ」

死んでいるから。
時が止まっているから、
気持ちが変わることはない。
彼らの心はそれだけ。

「ギル。お前に暴れられると外門前で戦争が終わっちまうだろ?」

「そりゃぁ悪かったな!でもこんなメインディッシュだらけの戦場だぜ!?
 誰かにとられちまったらメチャつまんねぇだろ!?俺様がバトりてぇからよぉ!」

「なるほどな。やる気マンマンか。それがお前のエクスタシーだったもんな。
 だったらちょっと俺が時間稼ぎしてやるよ。せめて外門で戦いが激化するまでな」

フッ・・・と、
あまりに自然に笑う。
笑顔の似合う男。

「そりゃぁいい・・・・・俺様メチャそれでいいぜ!血が騒ぐ!燃え滾るぜ!
 漢としてテメェとはちょっとメチャガチンコでバトってみたかったんだ!」

ギャハハハと、
耳が痛くなるような大声で笑うギルヴァング。

「クライ!お前は武器も防具も使わねぇガチンコな漢だから大好きだぜ!」

「正直ほんと、俺はお前を倒すのはちょっと骨だから嫌いだな」

「ほぉ。いいねぇ!熱いぜ!メチャ最高に燃える!!俺様を倒せる気か!?」

「ギル。てめぇじゃ俺に勝てねぇよ」

左目の下に泣きボクロ。
妖精のように澄んだ目、
それが彼の口癖と相まって、
皆、彼を涙目クライと呼ぶ。

「この世はな。ハンサムが勝つように出来るんだからな」

クスり。
少しだけクライは笑い・・・・

やはり、
それはあまりに自然体だった。
あまりに無造作だったから、
知らないものは恐らく消えたかのようにさえ見えただろう。

「爆縮(エクスタ)」

突然に、
クライの足元。
クライの踏み込みの足。
左足。

地面が爆発した。

と思うと、
その場所にはいつの間にかクライはいない。

見た目の通り、
爆発を利用したダッシュだった。

「うぉ!?」

クライが立っていた場所から、
ギルヴァングの懐までの移動は、
たった刹那だった。
地面が爆発したのと同時と言ってもも差し支えはない。
そして、

クライは左手を、
そっとギルヴァングの腹部に添える。

「爆掌(エクスタ)」

大きな動作は何一つ無かった。
彼がそよ風のようにそう言っただけだった。
だが、

「ごぁっ!?」

ギルヴァングの重い体が、
その瞬間吹っ飛んだ。
まるで大砲の如く。
クライの攻撃と着弾は同時だったんじゃないかと思うほど。

ギルヴァングの体は、
そのまま家に突っ込んで、家が半分ガラガラと崩れた。

「・・・・・・ふぅ」

左手を突き出したままの体勢で、
クライは一息を付く。

「俺の能力はパリィ(回避)だけじゃない。"一点エクスターミネイション"」

左手を突き出したままの体勢で、
フッ・・・と笑う。

「正直ほんと、エクスタシーを感じただろ?」

そう、
クライは決めゼリフを放った。


「ドッゴラァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


と同時に、
家がまた吹き飛び、
その中からロケットのように撃ちあがる、
ギルヴァングの体。

「ダァラァ!!!!」

そして、
地面のタイルを吹き飛ばしながら、
地面に着地、
いや、
着弾するギルヴァング。

「メチャ効いたぜ。少しだけなぁ!」

「オツムは悪いままだな。ギル。・・・・でも倒せなかったか。正直ほんと、ツイてないな。
 ま、正直ほんと、本音の方は、お前をこの程度で倒せるとは思ってなかったから涙目ってほどじゃない」

流れるような、
自然体。
どこにでもあるようなカッターシャツを着こなすハンサムは、
少しだけユラリと笑った。

「だが残念だ。俺の勝ちだよ。だってこの世は強くてカッコイイ奴が勝つんだからな」






































「なんだ?」

ドジャーがその方向へ注意を払う。
ドジャーだけじゃない。
誰だって気を止める。

「爆発音ですね」

魔術師の一団を率いるフレアが、
冷静に返答する。

「・・・・あの規模・・・・」
「恐らくギルヴァングさんでしょう」

それは誰にも見てとれた。

「カッ、問題はそこじゃねぇだろ。今のはどう考えても戦闘音だ。
 ギルヴァングで間違いねぇなら、誰がギルヴァングと戦ってるって話だ」
「確かに」
「想像はつきにくいですけど、ギルヴァングさんとやりあえるって意味ではツヴァイさんですかね?」
「ツヴァイがわざわざ引き返して戦闘?考えられないな」

分からないが、
明らかに一方的ではない。
遠目でも分かる。
被害しか見えないが、
ギルヴァングと遣り合っている。

「そのうち情報屋さんから情報が来るでしょう。悪い話ではないはずです」
「まぁそうか」

アレックス。
ドジャー。
スミレコ。
フレア。
率いる《メイジプール》

いつの間にか大所帯になっていたが、
このメンツならば、
向かってくる敵も今のところ敵ではなかった。

ギルヴァングの方は気になるところだが、
楽観視してもいいほどに悪い展開でもないはずだ。
むしろギルヴァングを相手できる者がいると、
少し安心するほど。

「チッ・・・・」

その一団で、
一名を除いて。

「あの野郎・・・しくじったか・・・・」

小声で言うのはメテオラだった。

「てめぇと俺でバックアタックって作戦はどうするんだよ。
 俺だけで事は足りなくもねぇが、俺に働かせるなよ・・・・。ムカツくぜ。
 ・・・・ギルヴァングの野郎・・死ね!死ね!5回死んでもっかい死ね!」

小声でブツブツとイラだつメテオラ。

「ブツブツうっせぇぞメテオラ」

「・・・・あー悪い悪い」

ドジャー如きにまで軽い口をきかされ、
メテオラはイラだつばかりだった。

「ただでもテメェが近くにいるだけでむかつくんだ。なんなら置いてくぞメテオラ」

「あーあー、やめやめ。そーいうこと言いっこ無しよん。大体俺を置いてったら大変だぜ?
 『メテオドライブ』のメテオラ。フレアお嬢ちゃんのメテオを有効に使いたいなら俺は欠かせないはずだ」

と、
舌を出しておどけて言うメテオラ。

「事実そうなんですけどね。私のメテオは範囲が広い分、小範囲での命中率は皆無です。
 外門の破壊のため、効果的にメテオを使うならば、メテオラのメテオ操作能力は不可欠です」
「・・・・ふん・・・・女が偉そうに・・・・」
「スミレコさんも女ですよ」
「私はアー君だけの女です」
「そ・・・そうですか・・・・」

そんな話は、
実は先ほどから何回もしている。
その理由は・・・

「いつの間にかって感じだな」

進軍しながらふと遠目に見れば、
遠くに見えていたはずのルアス城は、かなり近くまできていた。
外門も近い。

「敵もあんまり出なくなってきたな」
「ほとんど倒したんでしょうか?」
「たった500〜1000と聞きましたからね。そうかもしれません。
 実際騎士団の皆さんは攻城戦に重きを置いてます。ルアス街での戦闘は遊びに過ぎません」
「・・・攻城戦を軸に・・・・つまり、攻め込まれる事はもう予期できるから・・・引き上げたって可能性もあります」

何にしろ、
あまり戦闘もなくなってきた。
そして味方の進軍も早い。
先ほどからふと見える隣の路地などで、
仲間の一団が進軍していっているのが見える。

かなりの速度だ。
あと数刻もすれば、
味方は一斉に外門へなだれ込むだろう。


本当の戦いはそれからだった。


「もしかしたら俺ら最後尾じゃねぇか?」
「このままだと到着の頃には激戦化してるでしょうね。
 前にも話しましたけど、それからじゃフレアさんのメテオは使えないかもしれませんね」
「いえ、メテオラのメテオ操作能力があれば、発動さえすればなんとかなるかもしれません」
「・・・ふん・・・心配しなくてもアー君一人いれば外門くらい・・・・」
「無理です」
「無理だ」
「無理ですね」

本人も揃って言うのだから間違いない。
1000人居たら999人はそう言うだろう。
・・・。
おっと、
その計算では1000人に一人の割合でスミレコが存在してしまう。

「何にしろ、もうコソコソする必要はありません。先を急ぎましょう」

結局、
真っ向から外門破りに挑まなくてはならなくなった。
それは幸は不幸か。
結論としては、
戦力的に不幸に入る。

真っ向から、
本気の帝国に勝てる希望などないのだから。

「ん?」

ふと、
ドジャーが前方に何かを見つける。
いや、
誰かを見つける。
路地を横切るようにノンビリと歩いていた二人組みだった。

向こうも気付いたのだろう。

「うぉっ、時にやべぇ!」

焦っていた。
何かわからないが、
向こうの二人が慌てている。

「そんな時間かよ!見つかっちまった!あの人数!やべぇ!おいソラ!逃げ・・・」

片方の男がもう片方の男に声をかけようとしていたが、
その時点で、
すでにもう片方の男は居なかった。

「あああああの野郎!!どんだけ反射神経いいんだよ!時に俺を見捨てて先に逃げやがった!」

焦りに焦っているその男。
自分はどうしたらいいのかとキョドっていると、

「おい!そこの男、待ちやがれ!」

焦りながらも自分も逃げようとした瞬間、
ドジャーに声をかけられ、
男は動揺しながら振り向いた。

「あ・・・いや・・・・俺ぁ別に怪しいもんじゃぁ・・・・ただの通りすがりだよ・・・・」

「戦場のど真ん中を通りすがるような奴を怪しい奴っつーんだよ」
「味方の顔を全部覚えてるわけじゃないんですが」
「・・・アー君。どー見たって敵です」
「ですね」

「いやいやいやいや!慌てんなって!時に焦んなって!時間は逃げねぇって!
 確かにそうだが俺だってこの人数差でヤりあうほど馬鹿じゃねぇんだよ」

後ずさりしながらその男は言う。
黒髪のパーマで、
無精ひげを生やした男。
オシャレのつもりか、
腕時計を3個もつけていて、
右手にも1個。
そしてひとつ、
ドジャーがその男の風貌で好きな部分は、
アクセサリーとは言えないが、
ベルトが大きな腕時計の形をしていたこと。

「面白ぇなソレ。いいセンスしてんぜ」

「お、おおありがとう。だから時に見逃してくんねぇかな?
 俺もさすがにここまで攻め込まれてると思ってなくて帰ろうとしてたとこなんだ・・・・」

それは本当だった。

「いや、俺ってそんな真正面から戦うタイプじゃねぇじゃん?そういう時間じゃん?」

「知るかよ・・・」
「敵だというのなら残念ですが始末させてもらいます」

無理に人殺しをするつもりはないが、
この男、
あまりにも怪しすぎる。

「・・・まーまーまー焦らないで・・・・・・・クソッ・・・ソラの野郎とっとと逃げやがって・・・
 俺だって逃げてぇってのに一言も無しに仲間置いて逃げるか?・・・時にほんとあいつは最悪だ・・・。
 真正面から戦うタイプじゃねぇのは俺だってそうだっての・・・俺達はそういう・・・」

そんな風に、
黒髪パーマの男が、
焦りながら動揺していると、
その男は、

「うえ・・・・」

ふと、
"ソレ"が目に入ってしまった。

「時にマジかよ・・・・」

黒髪パーマの男からすれば、
敵側の集団。
その中。
Gキキに跨ったモンブリング帽の男。
見間違えようがない。

自分達の部隊長なのだから。

メテオラは、
黒髪パーマの男が自分に気付いている事を確認し、
ペロリと舌で紫の唇を嘗め回した。

「・・・へへっ・・・やべぇな・・・時にやべぇ・・・世界は時に残酷だ・・・
 俺が気付いちまったのバレちまったよ・・・・あの人の前で今更逃げるってのも・・・・」

本心はとっとと逃げたくてたまらないその男だったが、
どうしようものか。
動揺の上に動揺が続いた。

「しゃぁねぇ・・・ちょっとやる気だけ見せて逃げよう・・・・」

黒髪パーマの無精ひげの男は、
決心したように、
前を見る。

「OK。時に覚悟しよう。俺の名はガルーダ。ガルーダ=シシドウだ」

「シシドウ?」
「ツバメさんが言ってた奴ですかね?」

「やべ・・・時にいらん情報言っちまった・・・・」

また動揺し始めた。
せわしない男だ。

「シシドウ・・・53部隊ですね」
「そうくれば逃がすわけにはいかねぇな」
「やっちゃいましょう・・・アー君」

アレックス達は各々に構える。
メテオラ以外の全てが構えた。
メテオラだけが楽しそうに状況を見て笑っていた。

「いやいやいや!ちょっと待て!時に待ってくれよ!一斉に攻撃とかズルくね?ズルい時間じゃね?」

「暗躍部隊に言われたくねぇな」
「人殺しの言葉じゃないですね」

「いやぁ、知ってくれてんならそれこそだろ?あんたら時に正義の味方みたいなもんだろ?
 なら正々堂々してくれよ。俺無理なことはやんねぇ主義なんだ。生まれてこの方そういう時間なんだ。
 知っての通り暗躍だからよぉ、俺不意打ちするからそれまで待機ってのは・・・・駄目?」

「駄目に決まってんだろ!」
「なんですかその理屈・・・・」

変な男だ。
アレックスが直接見たシシドウはそうはいないが、
どれもこんなタイプではなかった。

「いやぁ、でもこんな戦い、時に無駄だと思うんだ。そういう無駄な時間だと思うわけよ。
 だって俺絶対あんたらに勝てないし。勝てる自信ないし。勝てる実力ないし。
 だけど"あんたらも俺に勝てやしねぇ"。だから時にこんな時間は無駄だと思うんだよね」

うって変わって、
冷静に。
言葉と裏腹に自信ある口調で、
ガルーダという男は言った。

「アー君・・・気をつけて」
「分かってます。腐ってもシシドウ。53部隊です。
 ツバメさんの情報では、残りのシシドウは"非戦闘員"。
 表立って戦うタイプじゃないから情報があまりに少ないとのことでした」
「カッ、非戦闘員だって分かってりゃこの場面は最高だろ」

ドジャーは、
構えるダガーの量を増やした。
右に4本。
左に4本。
計8本。

「死骸騎士にゃぁ俺ぁ効果少ねぇからな。こういう時に張り切らせてもらうぜ」
「有利な時にだけ元気ですね」
「・・・・これだから害虫は・・・・情けない・・・」
「うっせぇ!!」

ドジャーは両腕にタメを作る。

「一発で決めさせてもらうぜ!8本でな!1or8!まさにイチかバチかってかぁ!?」
「違います」
「どーでもいい!くたばりやがれ!ご馳走をくれてやる!!!」

そして、
8本の閃光が放たれた。
真っ直ぐ。
減速の意志もなく。

「わっ、ちょ!時に焦るなって!攻撃すんなって!」

ガルーダは同様しながら慌てる。
迫り来るダガーの群れ。
避けようともしない。
・・・・・というか避けるほどの運動能力がないのだろう。

「いやいやいや!だからあんたらも言ってんだろ!俺は非戦闘員なんだって!
 マジ!?時にマジ!?俺の出番これで終り!?そんな時間?!」

迫り来るダガー。
避けられない。
防御するような装備もない。

「ま、そんな事はねぇんだけどな」

ダガーは全て・・・・命中した。
命中した。
したはずだった。
したように見えた。
何故なら、

ガルーダは避けてないし、
ダガーはそのまま突き進んでいるのだから。

そのまま8本全て刺さった。
そう捉えなければいけないはずだった。

「なん・・・だ?」
「おかしいです」

状況をどう判断すればいいのだろうか。
こちらから見るとよく分からない。
ただ、
ガルーダにダガーは命中していない。
正しく言うならば、

"まだ命中していない"

ダガーはまだ飛んでいるのだ。

ガルーダに向かって。
真っ直ぐに。

「お、おい・・・あいつとの距離、そんな遠かったか?」
「まだダガーが届いてないなんて・・・」
「・・・あれですね・・・・野球漫画のピッチャーとバッターの会話みたいな・・・・」
「いや、違うと思うが」

「時に世界は頼もしい」

ガルーダは、
ニヤりと、
無精ひげを生やした口で笑った。

「俺が頑張る必要はない。俺に才能とかは全然いらない。世界とは時にそういう時間だ」

どうなっているのか判断がつかなかったが、
ガルーダの動作で、
それは分かった。
ガルーダは、

空中にあるダガーをつまんだのだ。

「なっ・・・」
「間違いないです・・・・ダガーが・・・・」

空中で止まっている。

「時にこういう事だ。分かってくれたかな」

ガルーダは余裕の表情で、
空中にあるダガーをつまんでは、捨てる。
つまんでは、
捨てる。

空中にあった8本のダガーは、
1本ずつ、
つまんでは捨てられ、
そして、
全て地面に転がった。

「ククッ。時にしょっべぇ遊戯だなそのダガー投げ。俺にも届かねぇのか?こんな弱っちい俺にもよぉ。
 まるでハエが止まったかのようにしょべぇ攻撃だった。お前さんもしかして俺より弱いんじゃねぇの?」

「・・・・んだと・・・」

「そう。俺が頑張る必要はない。俺が強くなる必要はない。周りが勝手に落ちればいいんだよね」

そう言い、
ガルーダは、
いとも簡単に背を向けた。

「って事で終り。俺、別に攻撃とかないんだよね。時に非戦闘員だから。だからこんな時間は終了。
 俺は帰るよ。ゆっくりダラりと逃げさせてもらう。頑張るとかそういうの大嫌いなんだよね。
 俺が頑張らないでも時に世界は勝手にくたばって行くんだから。俺はそれを待つだけだ」

そういい残し、
言葉通り、
ゆっくり、
ダラりと、
ガルーダは後ろに向けて歩を進めていく。

「くっ・・・・アレックス!」

それをおめおめと見過ごすわけにもいかない。
ドジャーはアレックスに叫ぶ。

「分かってます!というかもうしてます!」

アレックスは、
指を突き出していた。
パージフレア。
その構え。

「あいつが逃げるぞ!さっさとしろ!!」
「もうやってるって言ってるでしょう!!」

そう。
ガルーダの足元には、
すでに魔方陣が広がっていた。
魔方陣が設置されていた。
だから、
もう発動するだけ。
それで直線ドーンだ。
・・・・のはずなのだが、

「もう・・・やってるんです・・・・」

アレックスは、
すでに指を上げていた。
パージフレアを発動していた。

なのに、
魔方陣は何一つ動かなかった。

「おーおー危ない危ない。時に危ない。時に危険。よいしょっと」

慌てる事なく。
焦る事なく。
動揺することなく。
ガルーダは、
発動しないパージフレアの魔方陣の上から、
歩を踏み出す。

「って事でさいなら。時にまた出会う時間があればまた会おうぜ。
 っつっても俺は会いたくないし戦いたくねぇからもう会うことはないけどな」

パージフレアが発動しない。
当たり前のように、
ガルーダは魔方陣から移動し、
そして去っていった。

「フフッ、時に世界は厳しいな」

言葉を残して、
いとも容易く、
ガルーダ=シシドウは姿を消した。

そして、
もう居なくなってしまったその場所で、
やっと、
遅れてパージフレアが発動した。

「どうなってんだ・・・」
「分かりません・・・」

ドジャーのダガーにも何か種があったのかもしれないが、
アレックスのパージは自分の意志で発動するものだ。
何故発動しなかったのか。

「あまり深く考えない方がいいと思います」

フレアは言った。

「事実、何か種があり、彼に対して攻撃は無効なのでしょう。
 私達もそう思い、一応念のため攻撃はやめておきました。
 攻撃してこなかった以上、攻撃させる事が狙いだった可能性もありますしね」
「攻撃しなきゃ敵は倒せないだろう・・・・このメスブタ・・・・」
「無駄な攻撃をしても敵は倒せません」
「大体スミレコ。てめぇの能力だって攻撃向けじゃねぇだろうが」
「黙れカマ無しカマキリ」
「なんでそんな酷い事するんだ!カマキリがただの歩行生物になっちまうだろうが!」
「ここで一番攻撃が無駄なのはあんただ害虫」

まぁ事実、
ドジャーのダガーはまた一歩かませ犬用兵器に成りあがった。
敵に通用しない事に関しては天下一品だ。

「スミレコさんと同じようなもの・・・」

アレックスは思考する。

「そうですね。そう考えれば彼は彼単体で何かしてくる敵ではないかもしれません。
 あくまで防御能力。または援護能力。はたまた嫌がらせだけの能力か」

アレックスの考えの中では、
事実上最後の一つが一番近かった。
ただ、
それでも彼は暗殺者であり、
それでいて非戦闘員だ。

「ま、深く考えない方がやっぱいんじゃねぇのぉーん?無敵なら部隊長にでもなってんだろ」

メテオラが軽口を叩く。
彼の言葉には誰も返事はしなかった。

分からない。
分からないが、
とりあえずガルーダに関しては後回しだった。
先ずべきものは他にあるのだから。

「なんにしろ・・・」

見上げれば・・・

「外門はすぐそこです」

すでに、
町並み、
家々の隙間から、
巨大な外門が見えるような、
それほどの位置まで来ていた。

あと少しだ・・・なんて言うレベルでもなく、
ものの数分あればたどり着くほど、
近づいていた。

「カッ、情報は無し。見た感じ、外門に支障もなし」
「三騎士さんとツヴァイさんがいるはずなんですけどね・・・」
「アー君も知っているでしょう」

スミレコが、
アレックスの裏側で言う。

「ヒャギ・ヒューゴ・ヒョウガ三兄弟三部隊長。外門を一度も守った事のない外門守護部隊」
「もちろん知っています。ですが、外門を守った事がないからこそ、彼らの実力は分かりません」
「すでに証明されているんじゃないでしょうか?三騎士さん。ツヴァイさん。
 あの方々は現時点、こちらの最大戦力です。それで外門をビクともできないようでは・・・」

攻城戦の二関門が一つ、
外門。
その防壁は、
それほどに強固なものなのか。

「カッ、敵の守備力より、やっぱどう外門を破壊するかが肝だと思うけどな」
「どう開けるか・・・ですか」

やはりそこ。
辿り着くのが目的ではない。
突破するのが目的なのだから。

「ツヴァイさんももう到着している頃です。僕らが最後尾だとすると、
 そしてツバメさん率いる《昇竜会》も、マリナさん達も別ルートで近いうちに」
「つーか俺らが最後尾だとしたら俺らの到着の時にゃぁ全戦力が揃ってるわけだけどな」
「ティルさんはどうなんですか?」
「ほっとけ。ティル姉は来たって邪魔してくるだけだ。勝手な人だからな。
 大体もともと大きくはこの戦争に関係ねぇ人だ。巻き込みたくはねぇ」

黄金世代だとしても、
戦う理由ではない。
彼女は、粗末に区切ってしまえば無関係な一般人なのだ。

「この戦力でどう太刀打ちするか・・・・ですね」
「私のメテオも必要とされるなら・・・・最大限の力を惜しむ事なく使うつもりです」
「・・・ていうかアー君・・・」

スミレコがアレックスの服のスソを引っ張る。

「全戦力って・・・なんか抜けてる・・・」
「え?」

アレックスは考える。
ドジャーも考える。
フレアも一緒になって考えた。
そして、
1分ほどして、

「あぁ、エクスポさんですね」
「やべぇな。ほんと少し気を抜くだけで忘れちまうな。あいつ」
「そう・・・それなんですけど・・・」

スミレコが何か言いたげだった。

「なんですか?」
「・・・・地下水道・・・なんかひっかかってたと思ってたんですけど思い出しました」

スミレコがボソボソと話す。

「たしかキリンジのペットが放し飼いに・・・・・」



































「スィートボックス。質問なんだ」
「なぁに?」

当然のように、
スィートボックスを先頭に、
暗がりの地下水道を進む、
エクスポとスィートボックス。

「今進んでるのは北?東?それとも西かな南かな?」
「馬鹿じゃないのあんた」

迷う事なく歩を進めるスィートボックス。

「世界を4方向でしか考えられないそーいう頭を方向音痴っていうのよ」
「言うじゃないか・・・・」

じゃぁ迷ってないんだね。
と聞きたかったが、
怖くて聞けなかった。

「この脱獄マスターが迷った時のコツを教えてあげようか?」
「迷った時のコツより迷わないコツを教えて欲しいね」
「も、もしもの話だよ」
「なるほど。そのもしもがまさかたった今この時である可能性もあるから聞いておこうじゃないか」

似たような話を延々としている。
二人は似たような風景の地下水道を、
延々と時間が止まった空間のように徘徊しているのだから。

「まず切り株を見るのさ。そして年輪で・・・・」
「どこに切り株があるんだい」
「・・・・ない時はね、太陽の向きに時計の短針を向けてだね」
「太陽がないよね。時計はボクのお家芸だけど」
「・・・・・」
「まさかそんな脱獄時に必要としない知識しかないとか?」
「まさかまさか・・・迷路っていうのは左の壁に・・・・」
「それは何度も聞いた」

なかなか仲良くなったものだ。
一つ問題があるとすれば、
いつもイジられているエクスポがイジる側に回っている事くらいだろう。

「せめて城との距離感くらいは知りたいものなんだけどね」

と、
エクスポはため息。

「あぁそれなら分かるよ」

スィートボックスは、
テコテコと歩むのをやめずに言った。

「本当かい?正直期待してないけど教えて欲しいね」
「私への評価があまりに下がってるみたいね・・・・」
「評価する部分にまだお目にかかってないからね」
「まぁいいや。ならお目にかからせてあげようじゃない」
「どうぞ」
「まぁ軽く考えれば誰でも分かる事なんだけどね。
 ルアスの街中じゃぁルアスの川は橋を作るくらい地表にあるだろ?」
「そうだね」
「でもルアス城には川もなければ堀さえない。
 ま、城へ水を引っ張ってるってことは水の流れは下ってるんだよ」

なるほど。
彼女らしからぬ正論だ。
城と城下町というと、
イメージ的に城の方から水が流れてくるイメージがあるから盲点といえば盲点だ。

「ルアス城は特に高所に建てられたものじゃないからね。ただの平地。
 だから下水道自体はむしろ城に近づけば近づくほど下に行くんだよ」
「なるほど。ボクらは下っているのか。そういえば下りの道の方が多いね」
「多分今のところ実は海より下の水準に居るよ」

これはこれは、
恐れ入った。

「つまり下りの方が多いってことは、ちゃんとボクらは進んでいるんだね」
「そういう事」
「ちゃんと目印があって進んでるんじゃないか。見直したよ」
「まぁ、どの辺りかまでは分からないけどね。多分それでもまだ外門までは行ってないと思う」
「十分さ。進んでる事が分かっただけでも本当に十分」

こんな汚い、
美しくない世界。
さっさと出たいからね。
エクスポの本心はそんな感じだ。

「あとはどこから出るか。それはあんたで決めてね」
「そうだね」

外門を越えてから出る・・・というのも手だ。
上でまだ外門を突破できていないなら、
内側から援護するのも手。
だが、
この敵もいない安全ルートを進めるならば、
一気に城まで行ってしまうのも手だ。

それには当然危険も伴うが・・・。

「でも気をつけてくれよスィートボックス。気を抜いた時が一番危ないものさ」
「大丈夫だよ。男のクセにビクビクしちゃって。
 むしろこんなところに敵兵を配置するなら上がその分楽になるんじゃないの?」

それもそうだ。
敵がいるならむしろ願ったり適ったり。
役に立てるってもんだ。

「でもこんな足場の悪いところで戦うったって、お互いうまいこといかないだろうね」

エクスポは、
歩きながら足元を見る。
下水道。
その中。

チューブ型のこの通路。
下には水が流れ続けていて、
その9割が水だ。

スィートボックスとエクスポは、
そのチューブ型の水道の右側。
右側に備え付けられた通路を進んでいる。
狭い浜辺のようなものだ。
道路の歩道のようなもの。

「ん?」

そこで、
その足場を見ていると、
ふとエクスポは気付いた。

「なぁスィートボックス」
「なんだよ」
「水ってこんなに黒かったっけ?」

言われて歩きながら見ると、
確かに。
水道の水が黒ずんでいた。

「確かに。生活用水なんだからそんな汚いはずはないんだけどね。まぁ暗がりのせいでしょ」
「いやでも・・・・」

その時だった。
エクスポとスィートボックスは足を止めた。

水が。
下水道の水が・・・

膨らんだ。

「・・・・・」
「・・・・」

膨らんだと言う表現は正しいが正しくない。
水はあくまで水で、
水が膨らむはずがない。
だが、
下水の水は、
一面、大きく膨れ上がって、
足場に居るエクスポとスィートボックスよりも高く、
大きく、
膨らんだと思うと・・・・

ソレは、一瞬全身をさらして、自ら跳ねあがり、
そしてザブンと水の中に潜っていった。

「・・・・」
「・・・・・」

身動きが取れなかった。
なぜかと言うと、
一瞬自ら飛び出てきたソレは、

ゆうに10mを超えていたから。

まるで水面がそのまま飛び上がったかのようだった。
10mというのは数字上より大きい。
当たり前だが、
単純に25mプールの半分にも及ぶ大きさなのだから。

ソレが、
水の中から飛び上がってまた潜った。
潜った拍子に、
水面の水は跳ねあがり、
大きな津波のようになってしぶきをあげた。

その高波は、
エクスポとスィートボックスの全身を包み込み、
そしてまたもとの静かな水面に戻った。

「・・・・」
「・・・」

全身ビショビショになっても、
エクスポとスィートボックスはその場に立ち尽くしていた。

「・・・・」
「何今の・・・」

足元を見る。
足場の下。
水道。
その全体が黒ずんでいる。

これが・・・・・・一匹の生物?

「なななななななな何今の!?」

やっと落ち着いたせいで落ち着きが無くなったスィートボックスは、
ビショビショのまま、
エクスポの体を揺する。

「・・・・・」

エクスポは、
スィートボックスに揺らされながらも、
冷静に水面下を見ていた。

今も足元に、
その巨大な生物はいる。
真下に。
目の前に。

「・・・・・魚・・・」

エクスポは呟いた。

「・・・え?」
「10mを超える・・・・・」

それは、

「ザコパリンク・・・・」

モンスター。
それはモンスター。
あまりに大きすぎる、規格外の。

「は、はぁ!?」

スィートボックスがさらにエクスポの体を揺らす。

「あんた馬鹿ぁ!?あんなデカいザコパリンクがいるわけないじゃないの!」
「知らないさ!むしろどの生物だったら君は納得できるんだいこの巨大な生物の!」
「・・・・ネ・・・ネッシーとか・・・」
「ネッシーにしては小さいよ!いきなりこのモンスターがショボくみえてきた!」
「じゃぁ何?!この家一件分のデカいのが本当にザコパリンクだと・・・・」

チラリと見る。
今も。
真下。
すぐ真下。
水面が全て真っ黒に見えるほどに巨大なザコパリンク。
それが、
いる。

「・・・・・」
「・・・・」

ずぶ濡れの二人は、
目を合わせて頷く。

「ゆっくり・・・」
「ゆっくりだよ・・・」

そして、
音を立てないように、
忍び足で移動し始めた。

実際、
このザコパリンクが敵意を見い出してしまったら、
一口でパクりだ。
それがすぐ足元の水道にいるのだから。

「あ・・・赤いものとかもってないでしょうね・・・」
「それは牛だ・・・」
「お・・・音が鳴るから匍匐全身で離れるとか・・・」
「じゃぁ君はそうしてくれ。ボクは君を置いてしのび足で逃げる」
「お、置いてくなよ薄情者!」
「ちょ、声!」

ザブンッと、
水の荒れる音だけでこれほど音が鳴るものなのか。
巨大なザコパリンクが、
尾びれを一瞬だけ出して、
また潜った。

「・・・・・」
「・・・・」

そこで彼らは息が合った。

「そっと・・・」
「そっとだよ・・・」

長年のダンスのペアのように呼吸のあった動き。
足音をかぶせるように、
同じものが二人いるかのように、
忍び足が二人。
コソドロが二人並んで逃げているような光景だった。

「私は空気だ私は空気だ私は空気だ・・・・」
「その息だよ。ボクは天然でそれが大得意だ」
「自覚してるのね」
「前にアレックス君にエアスポさんとか言われたのが地味に引きずっててね」
「今まさにその天然インビジを発揮してよ・・・・」
「そうかインビジ」

エクスポは立ち止まり、
ポンッと手を叩く。
手を叩いた小さな音でも、
スィートボックスは必死に「シィーーー」と、
口に人差し指を当てて主張した。

「ゴメンゴメン・・・・でもインビジ。いい考えだ。得意じゃないんだけど・・・・スィートボックス。君の職業は?」
「脱獄マスターに愚問を。・・・・・・・・戦士よ」
「戦士なのかよ!」
「声が大きいわよ!冗談よ!盗賊!盗賊よ!」
「こんな時にいらない冗談を言わないでくれ・・・」
「冗談のいらない世界なんて寂しくない?」
「ボクは今まさに冗談にならない状況だと思うけど」

チラりと水面を見る。
ザコパリンクの状況をうかがう。

「よし・・・いくよ」
「静かに・・・静かにね・・・・」

そして、
息を合わせたように、
同時にインビジブルをしようとしていた。
その時だった。


「わ・・・・わあああああああああああああああああ!!!!!」


いきなり大声。
大声が響き渡る。
下水道の壁に反射しまわって、
それは反響していた。

「「シィーーーー!!」」

エクスポとスィートボックスはお互いに顔を見合わせ、
口に人差し指を当てたが。

「え?」
「あれ?」

その声はエクスポでも、
スィートボックスでもなかった。

「わわわわわわわわわわわわ!」

その声は、
下水道を反響しつつ、
こちらに近づいていた。
なんだ?
なんなんだ?
そう疑問に思っていると、

「おぎゃっ!!」

スィートボックスを潰し、
それは降って来た。

「あたたたた・・・・・」

それは、
異様な格好をした男だった。
アクセサリーを付回し、
それでいて目が痛くなるようなファンシーな格好をした・・・・

ウサ耳の男だった。

「あれ?どこだここ?」

ウサ耳の男は、キョロキョロと辺りを見渡す。
見渡していると、
スィートボックスが彼をどかし、
そしてエクスポと共に、凝視する。

「・・・・・空から・・・」
「・・・・・・・・・・ウサギ人間が降って来た・・・・・」

状況が飲み込めない。
飲み込めないが、
状況は出来上がっていた。

大きな音。
水音とは思えないその音。

三人は同時にそちらを見る。

「・・・・海から」
「・・・・デカい魚が・・・」
「・・・・飛んできた・・・・・」










                 






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