晴れ渡った空だった。






気持ちや、
運命。
皮肉や、
状況。

それらを全て吹き飛ばすほど、
晴れ渡った空。

あちらこちらにちらほら見える雲は、
逆に空を彩った。


「さぁ」


なのに、
世界の隅。
この、
99番街の真ん中に、

死地へと向かう。


2000人。


誰もが思った。


こんな・・・・・
こんな透き通った空の下でなら。


今日は天国へ行けるかもしれない。


「愚か者達よ」

2000の先頭。
その、
漆黒の鎧に全身を身を包み、
白馬エルモアに跨る者が、

槍を掲げると、

現実は始まる。


「逝くぞ!未来へと進軍だ!!!!」


世界の端。
最終を意味する99番街にて、

終焉は始まった。



「オォオーーー!」
「行くぞ!」
「倒す!」
「死ぬぞ!」
「死んでも勝つ!」
「ウォオオオオオ!」
「全滅しても倒すぞ!!!」


2000の雄叫びと共に、
世界の端から、
終りの進軍は始まった。

「なかなかいい気分だね。晴れ晴れしいよ」

エルモアに跨ったツヴァイの後ろ。
旗本とも言える、
その先頭集団の一人が言った。

「いや、華々しいというべきかな。むしろ美しい。散り行く集団の覚悟の進軍だからね」

エクスポは出だしから皮肉を言う。
だが、
それでも歩を進めるのが、
覚悟かもしれない。

「散り行くか。否定はしねぇよ」

ドジャーが、
並び歩きながら言った。

「どうやったって。どううまく転んだって。不幸中の幸いの最上が起きて、
 そして俺達に光があったって。その最上の結果でもこの中の1割も生きてねぇだろうさ」

サラリと言った。
最高でも、
1割。
それくらいしか残らない。

「それでも甘い評価だね」

ツバメが苦笑いした。
だと分かっていても、
彼女も歩を進める。

「負けの可能性が高いんじゃない。今のところ勝ちのカケラすら見えてないんだからねぇ」
「でも」

ツバメの横で、
ミニスカートのようなローブを押さえながら、
フレアが小また歩きで。

「不悉かな言葉を失礼させてもらい、これだけの"馬鹿"が居れば・・・・」

フレアは、
その団体。
馬鹿の。
愚か者の行進の先頭で、
後ろ歩きになり、
笑う。

「きっと。何かが起こりそうな気もしちゃいますね」

ツヴァイを除き、
先頭を歩いていた皆が、
後ろを振り向いた。

・・・・。
2000。

相手にとってはあまりに少ない団体とはいえ、
2000。
それが一心同体と、
一塊に歩く、
その図。

それは・・・・

「地獄絵図ですね」
「絶景って言え。アレックス」

背後を振り向けば、
まるでアリの行列のように、
こんな薄汚いスラム街など、
壊してしまうかのように、
愚かな反抗者達の行進。

足音は同じじゃない。
まったく統率なんてとれていない。
皆、
個々。
整列もしていない。

行き進んでいるから、
行進と言えるだけで、
秩序の無いその行列は、
ただの雪崩にも見える。

だけど。
だけど。

「これが全部うちのお店へ向かうお客さんの行列ならねぇ」
「売り切れてしまうな。マリナ殿」
「そうね。嬉しい悲鳴よ」

そう。
皆。
バラバラだといっても、
その行列は・・・・

たった一つ。
同じところを目指している。

それが。
それが。

何よりも心強い。

「こう見ると99番街ってのもなかなか広いんだねぇ」
「そうか?」
「住んでた私達にとっちゃぁ見慣れた道だからそう思わないけどね」
「広いよ」

ダルそうに、
ティル姉が言った。

「世界全体。マイソシア全てから迷い込んだ人間が住む町なんだからね。
 行く当ての無い子羊が皆集っても溢れないこのスラム街。
 広いよ。あまりに広い。広すぎる懐を持つゴミ箱さ」
「選り取りみどりお手軽に。最強の安物ショップが99グロッドショップよ」
「いいキャッチフレーズだ」
「ゴミ箱(99番街)をよく表してます」

皆が、
ここに集った。

生まれたすぐ、
すでにはぐれ者として生まれた者。
すぐに捨てられた者。
行くあてが無くなった者。
迷いこんだ者。
逃げ込んだ者。

ゴミ箱は、
すべてを受け入れてくれる。

「結局、ここに居る2000人は、最終的に99番街に来たって言ってもいいよね?
 そういうことなんだよ。世界にとっていらないものはゴミ箱へ」

私を含めてね。
と、
さりげなくティルは言った。

ゴミ箱とは、
つまり、
終わったものの入れ場所。
身を隠すのも自由。

「確かに。世界の意志がアインハルトであるならば、反抗分子である拙者らはいらぬモノだな」

ゴミの行進。
埃さえ巻き上がる、
2000のゴミの行進。

スラム街。
99番街の灰色の町並に、
なんとも似合う、

"死の予約者達"

「もうすぐ99番街を出ますね」
「そういやエドガイは?」

ドジャーがその行列の先頭で、
周りを見渡した。

「あやつはいない」

振り向きもせず、
先頭の先頭で、
エルモアに跨り、
ツヴァイが言う。

「あいつら《ドライブスルー・ワーカーズ》はアレで一個の集団だ。
 あいつらだけにチームワークがあり、あいつらにはあいつらの戦いがある」
「所詮雇われか」
「そういう言い方はないわ」
「何にしろ手を貸してくれるわけですからね」
「だけど足を引っ張り合う事もなく、協力することもなく、自分らでやりたいってか」
「んじゃぁロッキーは?」

アレックスは歩きながら首を振る。

「三騎士の皆さんと別行動しています」
「まぁそりゃそうだろ。さすがに魔物がこの団体と一緒に行動は出来ねぇって」
「ノカンと違い、カプリコは集団だ」
「チームワークってもんも個々にしかないしね」
「で」

ツバメがもう、
分かりきった事を聞くように、
だが、
聞く。

「あの神様野郎は」
「・・・・・」
「想像の通り」
「行方不明です」

皆、
口を噤んでため息を殺す。

「逃げたか・・・・」
「まぁ・・・もともと彼には関係のない戦いですしね」
「来るさ」

そう、
自信を持って言い放つのは、
エクスポだった。

「神様ってのは何もしてくれないが、それでも全てを見通してるもの。
 それでいて願っても何もしてくれないくせに、自分らに不満があると天罰を下す。
 彼は無気力だが感情はある。ハハッ。ある種の人間味。その愚かさこそ美しいさ」
「あの方が自分の意志で来るということですか?」
「信じられねぇな」
「で、メテオラさんは?」
「どーでもいいよあいつは」

それでも、
どうなろうが、
歩は進む。

皆、
歩む。

少しずつ。
少しずつ。

確実に。

目的地は死かもしれないが、
見えるから。

見上げれば、
少し見上げれば、

あの絶対なる城が見えるから。

「この大通りを真っ直ぐ行けば99番街を抜けるわ」

マリナが指をさす。
真っ直ぐ。
真っ直ぐの大通り。

以前は、
ここで帝国を迎え撃った。
アレックス率いる、
帝国の騎士1000名と。

灰色が薄れていくような錯覚。

どこからが99番街で、
どこからがただのルアスなのか。
それが分からないのに、
それを教えないように、
この大通りは人気がなかった。
いつもの事だ。

「ここら辺は人が住んでないのよ」
「家が並んでるのにかい?」
「家には絶対人が住んでるなんてのは偏見だ。ここらは99番通りって呼ばれてる。
 落ちぶれ者はルアス側に住みたくないし、逆もスラム街なんてまっぴらだ」

ここらはゴーストタウン。

99番外の境目。

「中途半端なゴミ箱の境界線」
「つまり」
「拙者らの町じゃなくなる道だ」

ここを過ぎると、
もう、
自分達の場所じゃない。
それこそ、
まさにスタートに思えた。

広い。
広いこの大通り。
人が住んでいない大通り。

いや、

「誰か居るぞ」
「・・・・・警戒することはない」

瞬時に判断した。
ツヴァイ。
全てを、
2000を牽引する騎馬は、
歩を止めない。

「なんだあいつら・・・・」

数十人ほどだった。
街の。
この大通りの両サイド。

・・・・

戦闘員じゃない。

「・・・・街人?」
「ルアスの民か」

彼ら、
彼女らは、

怯える様子で、
大通りの両サイドで、
行進の邪魔にならぬよう、
見守っていた。

そして、
一人の男が叫んだ。

「が、がんばってくれ!」

街の一人が叫ぶと、

「がんばって!」
「帝国をやっつけろ!」
「期待してるぞ!」
「私達に未来を・・・・」
「マイソシアに自由を取り戻してくれ!!!」

ルアスの民は、
叫んだ。
心の底から、
世界の反抗者。
2000の愚か者達の、
その称えるべきでない、
勇者達を。

「な、なんだぁ?」
「なんなの?」


「倒してくれ!!」
「俺達は応援している!」
「あの帝王をやっつけてくれ!!!」
「がんばれ!」
「マイソシアに!」
「マイソシアに未来を!!!」

隠していた本音。
帝国に屈しながら、
怯えていた民達。

それらが、
行進する2000の愚か者に、
声援を送っていた。

「・・・・・なんなんだ?」
「ここはゴミ捨て場との境目です」

アレックスは、
前方を見て歩いたまま、
言う。

「ルアスの街中でも言えない事も、ここでなら。そういうことでしょう」
「カッ」

暖かい声援。
誰も、
味方してくれるものなどいない、
2000。
だが、
彼らは
無償で応援してくれている。
彼らに託してくれている。
全てを。
全てを。

その、
本音。
声援を聞きながら、
この道。
この99番街の道を行進すると。

なんというか・・・・

「・・・・・・・」


むしょうにイラついた。


「黙れ!!!!!!!」

アレックスの。
ドジャーの。
エクスポの。
マリナの。
イスカの。
フレアの。
ツバメの。
ティルの。

・・・。

2000全員が思った事を代弁するように、
先頭。

漆黒の戦乙女は、
叫んだ。

「カス共が!!!」

エルモアの歩は止めない。
行進は止めない。
止めず、
ツヴァイは見向きもせず、
だが、
叫ぶ。

「倒してくれ?願っている?応援している?・・・・黙れカス共!!
 そんなもの・・・・何一つの助けにもならん!イライラしてくる!」

ツヴァイは、
叫びながら、
進軍を止めない。

民は黙った。
何故。
と。

「お前ら、自らは何もしないくせに、抜け抜けと希望だけを口にするのか!!!」

それだ。
それだった。

「オレ達2000人は、これから死にに行く。分かってて死ににいく。それこそ愚かだが・・・・
 貴様らのように何もしない者達と比べればどれだけでも胸を張れる!!!」

街人は、
民は、
黙ったままだった。

「貴様らのような人間は世界の醜悪と同等のカスだ!文句だけを口にする民。
 ふん。きっと世界は変わらんよ。何千年立とうと、無力に文句だけ口にする人間ばかりではな」

一瞬で、
黄色の声援は、
無色になる。
無音になる。
ツヴァイの声以外。
あとは進軍の足音だけ。

「貴様らのような役立たずのカス共の声援など、イラ立つだけだ!とっとと散れ!!!」

どよどよと、
声援を送っていた街の人々は、
動揺していた。

それをよそに、
ツヴァイの憤怒は、
鳴り響く。

「オレ達2000。このたった2000。言っておこう。断言しよう。この2000。
 この少なくとも多いこの2000の戦士の中・・・・誰一人とて貴様らのためになど戦わない!
 オレ達は、ただオレ達のためだけに戦う!だから・・・・だから今武器を持って歩んでいる!!!」

白馬の上で、
漆黒は断言する。
真実を。
事実を。

実際の、
事実。

そう。
彼らは、
自分たちのため、
各々のために戦う。

だからこそ、
死をも覚悟しているのだ。

何もしない奴の希望など、
はなから叶える気などない。

自分達は、
俺達は、
私達は、

だから、
死を覚悟して、
愚かに歩んでいるのだから。

「そう。身勝手な傍観者であるお前らのためになど、カケラも戦わん」

そう、
ツヴァイは呟き、
エルモアで歩を進めながら。

「だが」

だが、
ツヴァイは、
先頭で、
槍を、
漆黒の槍を、

天に掲げた。

「だが!!!苦しくもお前らの夢は叶う!!!!
 可能性0の中で断言しよう!!オレ達は帝国を倒す!!!!!」

同調するように。
2000の・・・

2000の雄叫びがあがった。

誰一人歩を止めず、
各々の武器を突き上げ、
一心同体のように、

命を掲げた。

「カッ・・・その通りだな」

ドジャーは笑った。
2000の奮起の震えの中。
笑った。

「俺達は俺達の自分勝手のためだけに戦う。それだけだ」
「だけど、結果としては世界を守っちゃうわけですね」
「美しいものさ。結果として、誰もの願いとなるならね」
「英雄の店。Queen B。繁盛しそうね」
「ふむ。だが、誰かのためになる戦いなど初めてかもしれぬ」
「気負う事はないよ。結局は個人の身勝手な戦いなんだからねぇ」
「でも、オマケでマイソシアがついてきます」
「そりゃそりゃ。デカいオマケね」

2000の行進は、
それでも、
歩をやめない代わりに、
皆に、
声援を受け、
オマケのような大喝采の中のアーチをくぐる。

2000の兵は、
2000の戦士は、
もうすぐ、
大通りを抜けて、
ルアスの街へと。


「TRRRRRRRRRRRRRRICKY!!!!!!!!」


突然。
2000の行進の前。
ツヴァイの目の前。
大通りのサイドから、
一人の男が、
着信音のような声を上げながら、
滑り込んできた。

「止まれ!!!」

ツヴァイが声をあげると、
雑に2000の兵は止まった。

そして、
その2000の歩みを止めたのは、
オレンジの、
トレカベストを着た男。
滑り込んだ砂煙を舞わせたまま、
2000の行列の前に、

屈んでいた。

「ウォーキートォーキーマンが子機。ウォーキートォーキーズ5号機と申します」

屈んだまま、
下を向いたまま、
そのトレカベストの男は言った。

「号外(最新ニュース)をお届けに参りました」

そう言いながら、
その男は顔を上げた。
顔は笑っていた。

「・・・・・"前方に敵兵1機"。・・・以上。・・・・それでは次回のニュースで。イッツァウォキトォキ!!!」

言い放ち、
そのトレカベストの男は、
素早い身のこなしで去り、
消えた。
嵐のように。

「・・・・・」
「なんだと?」

その情報を聞いた、
先頭集団は、
唖然とした。

「城はまだまだ先よ!?」
「なんでこんな場所で?」
「敵は一人?」
「どういうことだ?」

疑問。
まだ99番街さえ抜け切っていない。
まだ、
ルアスの街中を超え、
それでやっと城へとたどり着く。
なのに。

「・・・・どうやら本当のようだ」

ツヴァイが呟く。
そして、
変貌するように叫ぶ。

「各自警戒に当れ!展開しろ!進軍を読まれている可能性がある!
 予定よりいくらか早いが・・・・・・・・幸運を祈る!
 愚か者共!全員生きて外門前で合流するぞ!それ以上は突っ走るなよ!」

一瞬、
皆すぐに行動できなかったが、
誰か一人が声を上げて動き出したのと同時、
先頭の方から順に、

2000人。

2000人がどんどんと散りだした。
各々が警戒するように街中へ散りだす。

さすが・・・
とも言うべきか。

死を覚悟し、
そして、
ここまで残った2000の猛者達だ。

全員が全員。
無駄のない動きで、
ルアスの街中へと散開していく。

「おいおいマジかよ・・・・」

2000人が散っていく中、
ドジャーが呟く。

「マジみたいね」

マリナがため息をつく。

「城はまだまだなのだが、こうも早く事が動くとはな」
「全ていずれ戦う相手さ。早いか遅いかの違いだね」
「うちらも行くよ」

と、
ツバメと、
フレア。

「うちらはそれぞれのギルドがあるからね」
「私達も散開し、ギルドを率いて別のルートを取ります」
「外門前まで競争だねぇ」
「ルールは死なない事・・・ですね」

ツバメとフレアは、
それぞれ笑い合い、
そして別々の方へと散った。

《昇竜会》と、
《メイジプール》
二つ残った、
二本柱。

「あたしもどっか行くわ」

「で?その一匹ってのは私達の知り合いかしら?ツヴァイ」
「さぁな」

ティルの問いを、
軽く流し、

「進めば分かる」

幾らかの兵だけ従え、
ツヴァイはまた、
この、
大通りを進軍しはじめた。

「・・・・・」

歩む。
この道を。

そして、
この開いた大通りを少し。
分もかからぬほど進むと・・・・。

「・・・・!?」
「・・・・居やがった」

ドジャーはダガーを両手に、
イスカは鞘に手を沿え、
マリナはギターを構え、
エクスポは両手に爆弾を手にした。

「・・・・あれは・・・・」

ツヴァイの号令と共に、
一斉に、
進軍を止めた。

・・・・。

この開ききった大通り。
その、
そのど真ん中。

「マジに一匹だ」

その道のど真ん中。
木箱が一個ポツンと置いてあり、
その木箱に、
腰掛けている男が、

一人。

「・・・・・同期ではないようだな」
「だね」

ツヴァイとティル。
だが、
アレックスは知っていた。

・・・。
否。

アレックスが知らない"部隊長"などいないのだから。

「知り合いじゃないならあたしはどっか行くわ」

まるでのドタキャン。
ティルは手を振りながら、
街の中へ消えていく。

「あたしは同窓会をしにきただけだからねぇ。いらないイベントは拒否よ」

そう言い、
自分勝手にティルはどこかへ消えていった。

「・・・・・」

何はともあれ、
何はともあれだ。

この大通り。
そのど真ん中。

あまりに見渡しのいいこの場所の真ん中に、

その男は座っていた。


「やぁやぁアレックス部隊長。お久しぶり」


道の真ん中、
たった一人。
木箱に座るその男は、
だが、
こちらなど見ず、
なにやら、
その手に持つ見慣れぬ機械に、
夢中かのように、
ピコピコと。

「・・・・・エイトさん」

「お?覚えてくれてたか。嬉しいね。そう。部隊長。『インフォ=ゲーマー』のエイト=ビットだよ」

サラリとした髪の、
精悍な顔立ちの男は、
それでもこちらを見ず、
ピコピコと、
座ったまま、
機械で遊んでいた。

「・・・・部隊長の一人か」
「一人で待ち構えているとはな」
「・・・・ってちょっと待ってよ」

マリナが言う。

「部隊長っていうことは死骸騎士でしょ?死んだゾンビみたいな奴らでしょ?でも・・・・」

マリナの言いたいことは分かる。
確かに、
分かる。

何せ、
エイト=ビットと名乗った部隊長。

彼は・・・・

どう見ても生きた人間の姿をしている。

「どういう事ですか・・・エイトさん」

「どういう事?」

ピコピコと、
機械のボタンを押したまま、
木箱に座ったまま、
やはりこちらを見ずに、
その死骸騎士は言う。

「考えずに質問をすることは愚かだよアレックス部隊長。
 情報っていうのはね、聞いた事だけじゃ成り立たないんだ。
 噂は無限にでっちあがる。事実は自分で導き出さなくちゃ」

彼は笑い、
だけど、
やはりこちらを見ない。
見慣れぬ機械のオモチャに夢中。

「でも教えてあげるよ。残念ながら驚かすような衝撃の事実はない」

ピコピコ。
ピコピコ。
手の動きは止めない。

「契約研究員のドラグノフってゆーうの居たろ?ドラグノフ=カラシニコフ。
 あぁ、普通の人なら知らない人物だったっけ?でも知ってるよね。
 彼の面白い研究が見つかってね。"個人の外見を模した変身スクロール"なんだ」

ドラグノフ・・・カラシニコフ。
確かに、
その名は知っている。
戦ったのだから。

そして、
変身スクロール。
それで納得いく。

初めて会った時、
彼は、
ツヴァイの姿を模した変スクを使用していた。

他にも作成していても不思議ではない。

「趣味の研究かコレンクションかしらないけどね。
 部隊長全員分の変身スクロールが見つかったんだよ。研究室からね。
 フフ。ま、それさえも騎士団長の"この"予定に組み込まれていたのかもしれないけどね。
 知らず知らずやらされていた計画の一部だったのかもしれない」

そう、
こちらに言い放ちながらも、
エイト=ビットという死骸部隊長は、
大通りの真ん中で、
機械のオモチャをピコピコと弄っていた。

「変スク・・・ですか」

「うん。だからこの姿はハリボテみたいなものさ。だけど結構皆使用してるよ。
 死骸の姿は見るに堪えないからね。オレンティーナ部隊長なんて大喜びだったな。
 ま・・・・・偽りの真実の姿とて・・・・・・・・・・・再会には相応しい姿だろ?」

彼は一度手を止め、
そして、
顔をあげた。
初めてこちらを見た。

大通りの真ん中。
木箱に座ったまま、
たった一人でこちらを見据える部隊長。

死人には見えない。

顔があがると、
彼の精悍な顔立ちが良く分かる。
逆に整いすぎて特徴がないと言ってもいいくらいだった。
爽やか茶髪がさらにそれを引き立てる。

あの日のままだ。

「で」

ドジャーが挟む。

「殺っていいのか?」

両手には、
すでに8本ものダガーが装填されていた。
1秒後にでも、
全て発射できるほどに臨戦態勢。
他の皆も同じだった。

「理論もクソもない」
「敵なら倒さなきゃいけないんでしょ?私だって引き金が緩みそうよ」
「戦いは最終だよ。スルーすべき敵がいない事も、避けることができる戦いが無い事も、
 全部分かってる。アレックス君でもツヴァイでもいい。合図をくれよ」

背後の兵士達も同じだった。
同じ気持ちだった。

記念すべき、
全ての始まりで終り。

初戦。

相手は一人だ。
怖気づく理由はない。

そして相手は、
部隊長と名乗った。
53の部隊長の一人。
避ける理由もない。

「まぁまぁまぁ。待ってくれ」

と、
偽りの、
ハリボテで作られた肉片の笑顔で、
エイトと名乗る部隊長は制止した。

「僕は戦うつもりはないんだ」

「戯言だ」

イスカが刹那で返す。
反論する。

「話は聞いている。お主ら死骸騎士達は、死の時間に縛られていると。
 終焉戦争の時のまま。戦う意志に縛られた状態であると知っておる」
「そうよ」
「知ってんだ。誤魔化しはきかねぇぜ」

「君らの言うとおりだ。何も誤魔化してなんていないんだよ」

そう、
ニコりと微笑み、
彼、
エイト=ビットは、
また木箱に座ったまま、
視線を下に。

見慣れぬ機械のオモチャ触りを再開した。

「僕は死ににきたのさ」

そう、
彼は言った。

「死ににきた?」
「騎士団特有の"死ぬ気で戦う"というやつか?」
「っていうか、あんた死んでるんじゃない」

「僕は終焉戦争の時のままさ」

余所見と言ってもいい。
彼は、
木箱に座ったまま、
堂々と、
ピコピコと電子音を奏でていた。

やはり、
どう見ても、
外見からは死骸には見えなかった。
だが、
正真正銘の死骸。
死骸騎士。

「僕の部隊名は・・・・・第42番・情報システム部隊だ」

「む、横文字」

イスカが反応した。
拒絶反応にも近い。

「天下の騎士団で、天下の情報を扱う部隊さ。
 これでも昔はウォーキートォーキーマンなんて呼ばれもしてた」

「え?」
「マジか」

「そう。そこらに潜んでる僕の跡継ぎ。4代目ウォーキートォーキーマンに託すまではね」

それでも、
無感情かのように、
彼は一心に機械で遊んでいた。

「まぁ、それ自体に深い伏線はないよ。サブストーリーはここに存在しない。
 だけどまぁ・・・・・組織で情報を扱うようになると情報の扱い方も変わったなぁ。
 売り買いじゃないからね。嘘や虚実。そして情報屋の時と逆に、情報を隠す事もしてたなぁ」

「カッ・・・・・、だからなんだってんだ」

「分からないかい?世界の頂点。王国騎士団で、その極秘情報を扱っていたんだ。
 漏れてはいけない○書いて秘密。"情報隠蔽"も僕の仕事なわけだよ」

「そうです」

アレックスが、
頷く。

「彼、エイトさんの仕事は、戦争じゃない。エイトのさんの仕事は普段の業務の方に比重がある。
 そして、もし戦争という場に置いたら、今度は間逆。ただの荷物と成り果てます」

極秘を知る、
荷物。

「もうちょっといい比喩はないかな?」

「大荷物なんですよ。王国騎士団の極秘の情報というのは」

「その通り」

少し笑い、
だが、
エイトは、
機械をピコピコと。
そのままに。

「戦争時の僕の任務はたった一つだ。・・・・"情報の隠蔽"。
 もし、万が一、起こるはずのない王国騎士団のピンチ。敗北が起こりえるならば・・・。
 その時、僕らの部隊は一斉に価値ある情報文書を処分する。それが仕事。そして・・・・」

片手に機械を持ったまま、
それでも斜め下を見据えたまま、
エイトは、
笑い、
自分の片手の人差し指を拳銃に見立て・・・・・

自分のこめかみに突きつけた。

「最大のブラックボックス。僕ら情報システム部隊の隊員は"全員自害する"」

情報の隠蔽。
そのため。
それだけ。

彼の脳は情報の宝庫。

万が一もあってはならない。
だから、
彼の仕事は一つ。

身をもって、
情報を・・・・葬り去る。

「分かったかい?戦争時、僕は王国騎士団で・・・・"唯一、死ぬ事が仕事なんだ"」

「なるほどな」
「本当なの?アレックス君」
「はい。真実です」

クスりと、
エイトは笑った。

「分かってくれたみたいだね。そう。だから僕に戦う意志はない。安心してくれ。
 あの日、あの時のまま、仲間の身だけを案じ、自分は死ぬタイミングだけ測っていた。
 あの日と同じ状態で復活した僕は、他の皆と違い、"死ぬことしか考えていない"」

他の死骸騎士達は、
戦う事しか考えていない。
あの日、
終焉戦争のままだから。

そして、
彼は、
終焉戦争の時のまま、
戦う事など微塵も考えていない。

「だから自殺するために単独でここまで来たのか。愚かだな」

「当っているけど違うさ」

やはり、
エイトは笑った。
死を覚悟している死人は、
何一つ動じない。

「これ、凄いだろ」

唐突に、
彼は、
木箱に座って、
さっきからずっと弄っていた機械に興味を示させた。

「携帯ビデオゲームって言うんだ。マイソシアじゃちょっとまだ普及はしないね。
 まだまだコレも、魔力の力無しじゃぁ動かないレベルだし。
 だけど、きっと未来の子供達は魔力を忘れ、外で遊ぶのを忘れ、これに夢中になるよ」

「近い未来ならともかく」
「遠い未来に興味はないな」
「大体機械なんてメルヘンな技術、信じられないね」

「簡単なもんだよ。この世の機械なんてまだカラクリとしか呼べないものばかりだけど、
 魔力と一緒。魔力の道具だって、・・・・・あぁ、まぁつまりスクロールだよ。
 魔方陣でもいい。呪文の配列で魔法が発動するだろ?それとまぁーったく一緒さ。
 0と1で、機械言語という呪文を並べてプログラミングすればいい。それだけさ」

「意味わかんねぇ」
「数字なんて算数以外に使えるわけなかろう」

「まぁいいや。僕は機械技術の話をしたいんじゃない。ゲームの話をしたいのさ」

ピコピコ。
ピコピコ。
まるで、
こちらをオチョクルように、
電子機械のゲームで遊ぶ、
エイト。

途端、
その機械から、
電子音の爆発音が聞こえ、
軽快な3和音のメロディーが流れた。

「あぁ、ゲームオーバーだ」

彼は、
木箱に座ったまま、
機械を持った両手を広げて肩をすくめた。

「フフッ、そう。ゲームだよ。アナログなものや、魔力動作するものぐらいなら知ってるだろ?
 僕はその話がしたい。世の中は・・・・所詮、"ゲームの世界"だって事をね」

何がなんだか分からない。
何が言いたいのか。
分からない。
分からないが、
それをよそに、
エイトはまた、
その機械のボタンを一つ押した。

「コンティニュー」

また、
彼は笑った。

「そう。この世には、人生には、列記としたゲームオーバーが存在する。
 それが死かどうかは人それぞれだろうけど、基本的には死だろうね」

分からない前置きを、
続ける。

「それ以外は、人生とゲームは違う・・・・なぁーんて、人は皆言うさ。
 だけど、だけど同じものさ。僕は否定する。ゲームの中の全ては現実にある」

人生とゲームは同じ。
同じ。
そう、
彼は言い切った。

「現に僕は"コンティニュー"の機会を与えられた。
 いや、僕じゃない。僕ら・・・・王国騎士団全員に」

「ゲームオーバーからコンティニュー」
「死からの再起」
「まぁ確かにその通りだろうけど、それは君らだけが特別な境遇に・・・・」

「この世には蘇生という技術がある。リバース。リバイブ。
 ゲームオーバーからのコンティニューはすでに現実の文化として根付いている。
 きっと近い未来、不老不死さえも夢じゃないだろうね」

「そうであっても、人生とゲームはやっぱり違うわ」
「うむ。再起は出来ても・・・・・」

「リセットもある」

彼は、
先回りするように言い切った。

「否定する人もいるかもしれない。だけど僕は信じている。
 全てを投げ捨てて真っ白にして、人生をやり直すことは可能だと」

人生の、
リセットは可能。

「そして、ポーズ(中断)もある。立ち止まる事も出来る。すべきじゃないけどね。
 ゲームオーバー。ポーズ。コンティニュー。リセット。OPもEDもあるだろう。
 人生はゲームなんだよ。いや、ゲームこそ人生と言うべきかな」

「分かった分かった。てめぇがゲーム脳なのはな」
「だが、だから何が言いたい」

「僕らはセーブされてしまった」

苦笑し、
エイトは、
うな垂れるように、
また手の上のゲーム機に視線を落とし、
二本の親指でピコピコと音を鳴らす。

「人生というゲーム。いや、ゲームという素材の中で、一番起こってはならないバグだよ。
 僕ら騎士団は、ゲームオーバーの上でセーブをされてしまった。
 コンティニューと表現したが、そこであの絶対の存在にロードをさせられた。
 僕らはゲームオーバーのままなんだ。戻る事も、進むことも・・・・ずっとない」

ただ、
ガムシャラに、
ゲームオーバーを経験しているだけ。
死んだときの記憶を、
意志を、
セーブされ、
ロードされただけ。

進めないから、変われない。

死骸騎士。

「王国騎士団の人生というゲームは、フリーズしちゃったのさ」

「どうでもいい」

ツヴァイが、
言い捨てる。

「貴様らの事情はよく分かっている。それを比喩で表されたところで今更だ。
 同情が欲しいのか?くだらん。今からここは、最終なる戦場だぞ」
「その通りだな」
「まさか時間稼ぎ?あ、時間稼ぐ意味なんて全くないわね・・・」

「違う違う」

生返事のように、
機械のオモチャで遊びながら、
エイト=ビットは答えた。

「僕は盛り上げに来たのさ」

「十分盛り上がっている」
「特にこれからね」

「いーや。まだ足りない。だから僕は一人でここに来た。死にに」

敵に囲まれていると同じこの状況。
そこで、
余裕綽々にエイトは言う。

「さっきも言ったけど、僕の任務はもうない。だってだよ?
 終焉戦争にて、機密書類は全て処分してある。僕らの命と共にね。
 だからこの二度目の終焉。第二次終焉戦争にて、僕に任務はないんだ」

「二度目の死に場所を探しに来たか」
「唯一戦えなかったから、今度は・・・ってか?」

「この世はゲームだから」

それらの問いを、
否定するように、
ゲームに酔う子供のように、
エイトは、
自分の話をする。

「世界は、マイソシアはさながらRPGさ。ロールプレイングゲーム。
 誰もが、個々の、自分という人間をロールプレイ(演じている)。
 騎士団長の言う通り、全てはゲームの駒でしかないんだよ」

だから、
だから、
僕は、

自分の役割を考え、
真っ当しに来た。

「この世には列記としたストーリーがある。ゲームとしてのだよ。
 このマイソシアという大陸を舞台にしたゲーム。今はそのクライマックスだ」

だから。
ゲームを、
盛り上げるために。

そして、
そのためには・・・。

「この世が、この世界の全てを決める戦いがゲームなら、
 ラスボスはもちろん騎士団長。なら・・・・・・"英雄は誰だ"」

そのために、
僕は来た、
と言い、
さらに続ける。

「もちろん、この戦いの行く末は、分からない。バッドエンディング。グッドエンディング。
 英雄が勝つほど甘くないストーリーだからこそ、堂々と僕はここに来た」

「・・・・カッ」
「スタッフロールの最初は誰か。ってことかい?」

「そう。主人公は誰かという事だよ」

エイトは、
そこで、
ゲームをやめ、
それを木箱の上に置いた。
本人はまだ座ったまま、
だが、

視線は・・・・

「アレックス部隊長。"ゲームを始めてくれ"」

おだやかに向けられた視線。
アレックスに。

つまり、
アレックス。
アレックス=オーランド。

彼に、
英雄になれと言っているようだ。

だが、
アレックスは、
人形のように固まったまま、
表情も変えようとしない。

「そんなの、誰だっていいじゃないか」
「私達は皆個々のために戦ってる」
「確かにアレックスは、この戦いの中心だ。だがよ、
 皆がアレックスと同じ意志でここに立ってるわけじゃねぇ」
「拙者らは皆、自分のストーリーのために武器を抜いた」

「関係ないね」

エイトは、
笑った。

「悪いけど、君らは全てサブシナリオだ。主人公は君だ。アレックス部隊長」

エイトは、
ゆっくりと、
腕を持ち上げ、

「さぁ、アレックス部隊長・・・・・」

その指を、
アレックスに向ける。

「"スタートボタンを押してくれ"」

「・・・・・・」

アレックスは、
やはり動かない。
表情も変えない。
返事もしない。
それが、
暗に拒否しているかのようだった。

いや、
迷っているかのように。

「何を言ってるか分からないです・・・・」

「何が?何を迷ってる?あぁ、やり方かい?簡単だ。君が僕を殺すんだ。
 そこで始まる。この終焉ゲームのオープニングだよ。さぁゲームを始めよう」

「・・・・僕は」

「殺したくない?分かってる。分かってるよ。だけど殺す。それも分かってる。
 だけどだけど心の中は殺したくない。分かってるさ。情報システム部隊をなめないでよ?
 君の事は重々分かってる。それ以上に・・・・・・同士だからね」

共に戦った、
仲間なのだからね。

「君はこう考えているんだ。アレックス部隊長。
 もちろん、向かい合えば戦わなければならない。それは覚悟している。
 だけど、出来るだけ戦闘は回避し、騎士団長だけを倒したい。そう思ってる」

「それの何が悪いってんだ」

ドジャーが、
代弁するかのように答えた。

「こいつぁなぁ。ちゃんと罪悪感を感じてる。てめぇらを裏切って、悠々と生き延びちまった事をな。
 そしててめぇらに悪はないってことも分かってる。カッ、それ以上にメンドくさがりってのもあるが。
 それがこいつのそのまんまだ。戦いたくて戦ってるわけじゃぁねぇんだよ」

「それじゃぁ駄目なんだ。ゲームが盛り上がらない」

エイトは、
木箱に座ったまま、
両手を広げて微笑んだ。

「終焉なんだよ?そして、僕ら王国騎士団の晴れ舞台でもある。
 そんな気持ちで戦ってもらっちゃ困るんだ。"僕らのためにも"ね」

「それでも・・・僕は・・・・」

「言い訳無用。スタートボタンを押してくれ」

言葉を放ったアレックスの、
その言動を、
かき消し、
エイトは強制する。

ストーリーを、
強制する。

「君はこのまま真っ直ぐラスボスの元へ向かうのか?勘弁してくれよ。
 ここは分岐点だ。君が英雄となってラストバトルを繰り広げられるかのね。
 ダンジョンで分岐点があったらどうする?そのまま進めば終りへの道だ。
 だけど遠回りはしないのかい?宝箱があるかも。こなしてないストーリーがあるかも」

エイトの目は、
ただ、
アレックス一人を見ていた。

「君はこのストーリーの中心だ。楽はしないでくれ。
 哀しき同士との戦いが僕を含めて53回もあるんだ。
 君は全てのシナリオをこなす義務がある。涙有り、感動有り。
 その全てを巻き込んで、君はエンディングに進んでもらわなくちゃいけない」

それが、
バッドエンドか、
グッドエンドかまでは、
保証はしないが。

「さぁ殺してくれ。それが全ての始まりだ。スタートボタンを押してくれ」

その、
手で。

エイトは、
ただそう言い放つ。
アレックスは、
アレックスは、
やはり、
拒否するように動かない。

「ならオレがやる」

ツヴァイが、
馬上で言った。

「こんなもの、誰だって同じだろう」

「駄目だ」

エイトは拒否する。

「君はアインハルトの双子の妹だったね。うん。立場的には十分だ。
 英雄の素質あり。戦力としてもこの上ない。彼がいなければ間違いなく君だった。
 だけど駄目なんだよ。英雄で有りえるのは、今、この場で、"彼しかいない"」

「僕が・・・・」

なんで?
立場?
力?
そんなもの、
何も相応しくない。

逃げた。
ただ逃げた。
逃げた弱者だ。

責任なんてものは僕には重過ぎる。
だから、
逃げて逃げて逃げて、
自由の中に逃げ回った。

英雄や、
誇りなんて重荷、

自分なんかには重過ぎるから。

「さぁ、スタートボタンを押してくれ」

「いい。アレックス俺がやってやる」

ドジャーがアレックスの前に立つ。

「結果は一緒だ。感情論なんてぇーもんは信じねぇ主義でな。
 誰がどうやってどうしようとも、誰かが殺しててめぇは死ぬ。そして戦争が始まる。
 ・・・・・それだけだろ。ちゃんと考えてみろ。そんな深く考えることでもねぇ。一緒だ。
 難しい事言って誤魔化してるだけだ。カッ。盛り上げるためだけによぉ」
「いいんです。ドジャーさん」

アレックスは、
ドジャーの肩に手を置き、
自ら前に出た。

「僕がやらなきゃ駄目なんです」

「そうだよアレックス部隊長。君は"気付く"必要がある」

エイトは、
木箱に座ったまま、
逃げも隠れもせず、
微笑む。

「さぁ、僕を殺してくれ。それで本当の意味でゲームは始まる。
 君はずっと中断していたんだ。再開しよう。始めよう」

スタートボタンを押してくれ。

「・・・・・・」

アレックスは、
槍を持ち、
前に出た。
この大通りのタイルの上を、
一歩。
また一歩と。

「そう。そうだ」

アレックスは、
英雄は、
歩む。

「そう。そうだアレックス部隊長」

歩む。
一歩。
一歩と、
過去なる同士に、
槍を持ち、
近づく。

「そう。来てくれアレックス部隊長。スタートボタンを押してくれ」

「あああああああああ!!!」

走った。
駆けた。
アレックスは、
叫びながら、
槍を突き出し、
逃げも隠れもしないエイトに、

「違う」

「あああああああああああああ!!!!!」

「違うぞアレックス部隊長」

そして、


槍は、


エイト=ビットを貫いた。





「・・・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」

槍を突き出したまま、
アレックスは静止する。

突き出した槍。
それは、
エイトを貫いていた。

「違うよアレックス部隊長」

「!?」

アレックスは、
不意に後ろに退いてしまった。

「そうじゃない」

「あ・・・・・」

槍で貫いたエイトの体は、
ハリボテが剥れ、
見る影も無かった。

生々しい、
あの時のままの姿は変わり果て、
変身スクロールのハリボテは掻き消え、

死骸。

露骨なる姿。



骸骨が木箱に座っていた。



「そんなのは誰にでも出来る」

骸骨。
骨だけの姿を露にしたエイトは、
そのまま、
カラカラ・・・と、

崩れ去った。

骨が、
木箱の周りに散乱する。
死骸の体は、
崩れて、
散乱した。

「そうじゃない。君は英雄にならなければならないんだ」

だが、
散乱した骨はしゃべった。
頭蓋骨は話す。

「僕を殺すだけなんて誰でも出来る。僕が求めているのはゲームの主人公だ」

崩れ、
散乱した骨は、
今度は、
それぞれ・・・・

カタカタと動き始めた。

「何度でも言うよ」

その骨たちは、
カタカタと動き、
そして、
集まり始め、

「スタートボタンを押してくれ」

全ての骨は集結する。

木箱の上で、
また、
骸骨の死骸として、
姿を形成した。

「な、なんだ!?」
「あれが・・・・死骸騎士・・・・」
「不死身・・・なの?」

「違う。違うよ。不死身なんかじゃない。僕はゲームオーバー。
 死んでるんだから不死身なんかじゃない。役割だけ与えられた死骸さ」

木箱の上で、
死骸は表情の無いまま言う。

「おいおい」
「あんなんどうやって倒せばいいんだい・・・・」

「僕を殺すのは誰だって出来るって言ってるだろ?誰でもだ。
 復旧不能なまで粉々にしてくれるだけでいい。
 粉々じゃなくても形成不能ならそれでも僕は終りだ。二度と戻らない。
 でも、それは誰でも出来る。そうじゃない。英雄。君はそれにならなくちゃいけない」

「ぼ・・・・」

アレックスは、
また、
半歩下がる。

「僕に何が出来るっていうんですか・・・・」

「君にしか出来ない」

筋肉の無い、
表情も作れない骸骨は、
木箱に座ったまま、
言う。

「僕を殺す事は誰にでも出来る。だけど、英雄になる事は君にしかできない。
 最初のイベントだ。こなしてくれ。それが英雄のサダメだ」

「僕は・・・・」

アレックスは、
槍を握る。

「英雄になんて・・・・」

「君の意志じゃない。君は選ばれてしまった。相応しかった。理由はどれでもいい。
 ただこのゲームの中で、君しかのその資格がないんだ。覚悟を決めろ」

覚悟を、

「スタートボタンを押してくれ!!!」

エイトは、
骸骨は、
叫んだ。

「君だけが英雄だ!君だけが主人公だ!君にしかその力はない!
 僕らに立ち向かう資格は君にしかないし!それ相応しい力も君にしかない!!
 さぁ!もう一度チャンスをやる!!スタートボタンを押してくれ!!!!」

「あぁ・・・・」

アレックスは、
動揺する。

「分かっているんだろう!?53の同士に立ち向かうのは!54人目の君しかいない!!」

「・・・・僕は・・・・」

「このゲームのストーリーに相応しいのは君しかいない!!!」

「僕・・・は・・・・・」

「そして!!それに相応しい力を手に出来るのも君しかいない!!」

「・・・・ぐ・・・・う・・・・・」

「アレックスゥウ!!!アレックス部隊長ォオオ!!!」

死骸は、
叫ぶ。

「スタートボタンを押してくれ!!!!!!」

「あああああああああああああああああああ!!!!!!!」


光を放った。

それは、
アレックスの、
いや、

選ばれし、
選ばれてしまった、
相応しい立ち位置に立ってしまった、

英雄の、
足元。

光輝く魔方陣。


「イソニアメモリー・・・・・・・」


主人公は、
光輝く魔方陣に、
槍を突き刺す。

「オーラランス」

そして、
英雄の槍は、

その手に持つ槍は、

聖なる、
蒼白い炎に包まれた。


「・・・・・・・・・・」

「そうだ」


表情の無い骸骨は、
笑ったように見えた。

「僕を殺す事は誰にでも出来る。だけど、僕を、いや、僕らを殺すその武器を手に出来るのは・・・・」

君だけだ。
アレックス部隊長。

「選ばれし、英雄の槍だよ。アレックス部隊長」

「こんなもの・・・・・」

アレックスは、
オーラランスを握りしめ、
呟く。

「僕はこの時のために手にしたわけじゃない。ただ、僕の能力がたまたまそうだっただけ・・・」

「それでいいんだよ。英雄とはそういうものだ」

ただ、
この場に置いて、
君だけが相応しかったんだ。

「5000のアンデッドを燃やす聖なる槍。アンデッドを昇華できる唯一の武器だ。
 僕らを殺す手段なんて万とあるが、その武器を持っているのは君しかいない。
 切り札は、君だけが持っているんだ。死を昇華する、聖なる槍。
 イソニアなる思い出。オーラランス。綺麗じゃないか。なぁ、主人公」

「・・・・・・」

「さぁ始めよう。スタートボタンを押してくれ」

「・・・・・・・」

アレックスは、
三歩だけ前に出る。
それだけで、
そこは、
木箱に座る、
同士の死骸の目の前。

「エイトさん・・・・なんで・・・あなたは・・・・」

「これが僕の役目だったからさ」

骸骨は、
表情もないのに、
微笑む。

「怨んでいるよ?ちゃんとね。52+2枚のトランプ。
 君が逃げたせいで、ジジ抜きになっちゃったのさ。
 君の代わりに1枚だけ余った僕だけど、スタッフロールには混ざりたくてね」

「だけど・・・・」

「考えるな勇者。前に出るんだ」

無生力な、
その死骸。
だけど、
無き眼に力さえ感じた。

「同じ騎士団の同士だろ?力になってやっただけさ。
 君のためだけじゃない。これから君が戦う同士達のためでもある」

「僕は・・・・・」

アレックスは、
その、
骸骨の無き眼を真っ直ぐ見据える。

「決して許されない」

「罰を背負って進め。英雄」

「はい。エイトさん。地獄で会いましょう」

「いや」

微笑む筋肉もない骸骨は、
この場に及んで、
まだ微笑む。

「天国で」

「はい。・・・・・ああああああああ!!!」

そして、
アレックスは、
その、
蒼白い聖なる炎を纏う、
その槍を、
真っ直ぐ。
真っ直ぐ突き出した。

「フフッ」

それは、
かつての同士と貫き、
その死骸なる体を、


蒼白い炎で包み込んだ。



「ゲームは始まった」



蒼白い炎の中、
1番目の彼は、
言った。

「あとは、エンディングまで振り向くんじゃない」

たとえ、
グッドエンドでも、
バッドエンドでも。

「じゃぁね」

蒼白い、
聖なる炎に焼かれ、
闇なるアンデッドナイトは、
塵になって、
昇華していく。
天へ昇っていく。

「君も含め」

消えうせながら、
同士は、
最後に、

「王国騎士団に栄光あれ」

言葉を残し、
跡形も無くなった。



























「僕は」

アレックスは立ち尽くしていた。
皆が、
ゆっくりと、
その大通りを少し前進し、
アレックスの背後についたが、

アレックスは振り向かず、
槍の炎は消え、
立ち尽くしていた。

「英雄になんてなりたくなかった・・・・」

ドジャーが、
アレックスの肩に手を置いたが、
何も言わない。
アレックスが、
立ち尽くしたまま話す。

「たった一人逃げたこの僕が、共に戦った仲間達を殺す事に特化した武器を持っている。
 まるで僕の立場は、仲間をこうして死の中に送り返すためだけの立ち居地なように。
 まるで僕の能力は、仲間をこうして死の中に送り返すためだけに生まれたように」

偶然・・・。
そんな言葉じゃない。

自分は、
まるで、

仲間と対立するための存在じゃないか。

「これを英雄と呼ぶなら・・・・・僕は・・・・・英雄になんてなりたくなかった」

思いを乗せた、
重い言葉は、
静かに、
その大通りに響いた。

「だが、お前が選んだ道だろう」

ツヴァイが、
言葉を投げかける。

「あの男の言葉を使うなら、お前はスタートボタンを押したんだ。・・・・・自らの手でな」

自分で、
決めた。
最悪の英雄になる道を。
この手で。

まったく。
まったく。

英雄?

この境遇。

どちらが悪役なのか。

「いや、よかったんじゃぁねぇーの?」

ペシンッ、
と、
ドジャーはアレックスの頭を引っ叩き、
適当にブラブラと歩きながら言う。

「正直、お前のそのオーラランスは見掛け倒しの役立たずだと思ってたぜ。
 どっちにしろお前は選んでこの立ち居地にいるんだ。切り開く武器をもってただけだろ」

そうだ。
その通りなんだ。
覚悟は出来てた。

だけど、

敵を、
かつての仲間を敵に回し、

それにあまりに適しすぎているのが・・・・・・重荷だった。

「メソメソされてもムカつくんだけど」

と、
マリナ。

「なぁーによ。どーっでもいいわよ。私には関係ないしね。
 それにアレックス君にだって関係ない話じゃない」
「僕にも?」
「そうでしょ?だって、どっちにしろ進むんだから」

マリナは、
サラりとそう言った。

どっちにしろ進む?
・・・・。

「ハハッ」

確かに。
確かにそうだ。
今、
ここで落ち込んでいる時間は、
ただの中断(ポーズ)だ。

どちらにしろ進む道を選んだんだから。
道は一つしかない。
覚悟は決めてたんだ。
こんな時間、
ただの無駄な時間でしかない。

「フフッ、ポジティブに行こうじゃないかアレックス君。
 敵を一人倒し、この戦争に活路が一つ見えた。素晴らしい事じゃないか」
「そうだな。デメリットなど一つもない」

ただ、
気付いただけだ。


「トゥゥゥゥゥゥゥリッキィイイイイイ!!!!」


ずざぁ、
と、
この大通りに、
トレカベストの男が一人、
滑り込んできた。

「いやはやお疲れさん。オレっちの前代を殺してくれたってな?
 OKOK。別にそれはどーでもいい話よ。とりあえずお疲れ」

ウォーキートォーキーマン。
部下でなく、
本人が直々に登場だ。

「いいネタが出来たな。オレっちを通じ、あんたらの仲間には情報お届けしとくぜ。
 壁に耳あり障子に目あり。歩いて話してウォーキートォーキー(トランシーバー)。
 戦場の情報屋(ニュースキャスター)、ウォーキートォーキーマンをこれからもよろしくぅ」

滑り込んできた摩擦煙が晴れない内に、
ウォーキートォーキーマンはそこまで話終えた。

「ってぇことで、始まったな。戦争。情報は生もの。冷めない内にってね。
 オレっちがHOTでGOODな情報をお届けするぜ?イッツァウォキトォキ♪」

トレカベストのオレっち野郎は、
両手を銃に見立てて、
ゴキゲンに話す。

「ルアス市街。《昇竜会》、《メイジプール》、共に敵と交戦中。
 敵も待ってられねぇってよ。生放送で続々進軍中ってわぁーけぇー♪
 確認できたのは双ギルドと交戦中の部隊。湾岸警備部隊と、白馬(白バイ)部隊。
 共に"騎馬隊"で、《昇竜会》と《メイジプール》、すでに敗戦ムードだ」

「は?」
「すでにって・・・・」

「情報はお届けしたぜ。オレっちマジ頑張り屋さんだな。
 って事で情報の中身は確認したな?YOU COPY?
 オッケオケ。じゃぁオレっちはさらなる情報を求めて。イッツァウォキトォキ♪」

マシンガンのように話しつくし、
ほぼ返答の機会さえも与えず、
情報屋ウォーキートォーキーマンは、
嵐のように去っていった。

「・・・・・だってよ」

ため息混じりに、
ドジャーはアレックスに向けて言った。

「悩んでるヒマなんてくれないってさ。カッ。仲間思いだねぇ、おめぇの同士もよぉ」
「・・・・そうですね」

なんという皮肉だ。
笑える。
かつての同士は、
アレックス(仲間)思いに、
戦いに、
殺し合いに来ている。

「話によると、いきなり押されているようだな」
「まさかこんなにも早く・・・っつーかいきなりこっちの二本柱が負け気味たぁな」
「ボヤボヤしてられないわね」
「で、どうする?アレックス君」
「決まってます」

アレックスは笑った。
カラっとした、
迷いのない、
晴れ晴れとした決意の見える笑みだった。

「英雄になってやろうじゃありませんか」

このゲームの。
このストーリーの。

その覚悟はもう出来た。
完璧に。

アレックスは槍を持ち上げる。

「さぁ!主人公のお通りですよ!行きましょう!僕と愉快な仲間達!!」
「ちょーし乗んな!!」
「誰が愉快な仲間達だ!!」
「あたっ、あたたた」

一斉に蹴りが飛んできた。
痛い痛い。
痛いけど、
晴れ晴れとしている。
アレックスの顔は笑っていた。

こうやって、
わずかな余裕の合間に笑える時間はあとどれだけなのだろうか。

勝っても、
負けても、
終焉だ。

どうやっても終わるのだ。




全員死ぬ可能性はあっても、

全員生き残る可能性は・・・・・



ない。






なら、
少しだけ笑っていよう。
少しだけ、
この気分に酔っていよう。




もう、


終焉は始まってしまったのだから。












                 






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