「どうなってやがる・・・・・」

ドジャーが放心状態で天を見上げる中、
メテオは降り注いでいた。

ヒャギ・ヒューゴ・ヒョウガと戦っていた分、
落下地点からは少しズレている。
だからこそどうなっているかは分からない。

味方へとメテオが落ちている。

「・・・・・・」

混沌の中、
冷静さを保っていたのはアレックス。

「メテオラさんか・・・・・」

何もかもが遅すぎた。
気付くのが。

「メテオラ?どういうこったアレックス」
「・・・・・・・」

メテオラ。
巻き込むなとか、
戦いに興味は無いとか好きなだけ言葉にしておいて、
理由も無しにこの戦いに参加してきたのを疑問に思うべきだった。
いや、
思えなかった。

好きの反対は無関心。
それは彼の隠密の戦法。

「おいおい」
「どーなってやがんだ?」
「敵にメテオが落ちてるぜ」

ヒャギ・ヒューゴ・ヒョウガの様子を見ても、
騎士団側が何か起こした様子もない。
そうなれば、
確定的に犯人はメテオラしかいなかった。

「いつもそうだ。自分は裏切るクセに・・・・裏切られるのには弱い・・・・」

エドガイの時もそうだった。
自分は甘い。
甘すぎるんだ。

「でも・・・・」

裏切ってばかりの自分自身だって、
誰にも真に信用なんてしてもらえないかもしれない。

「容易く人を疑いたくもない」

裏切り続けて裏返っただけだ。
エドガイ。
メテオラ。
ここまで来たら、また誰かが・・・とも考えたくもなる。
だけど、
それでももう自分は裏切りたくない。

「チッ、やべぇぞアレックス。外門破りの算々は根元から崩れた」
「フレアさんのメテオに賭け過ぎましたね」

元から、
それ以外に策も思いつかなかった。

「どうする。エドガイも居ねぇ今、こっちの最大戦力はいやが応にもツヴァイ一人だ」
「・・・・・・ツヴァイさんの槍はあの巨大な門を破壊するには細すぎます」
「なら火力を考えて・・・次点はマリナ・・・いや、ロッキーか」

見上げる。
既にメテオは降り止む気配があった。
味方に多大な損害を与えて。
呆然とする時間が長すぎた。

それでも止まないのはロッキーのブレイブラーヴァだった。
確実に外門へ被害は与えている。

事実上・・・というよりも、
結果的に、
外門へとダメージを与えているのはロッキーただ一人だ。

「押し込め!!!!!!」

叫んだのは、
外門の真下のツヴァイだった。
この状況下、
唯一動いているのはツヴァイとギルヴァングの戦いだけだった。

「メテオの終りと共に全員で突っ込め!!押しつぶすんだ!!」

ギルヴァングだけで手一杯の中、
ツヴァイはそう叫んだ。
そして彼女の言うとおり、
それしかなかった。

そして、
哀しみのメテオが止まりつつあった。

「つ・・・・突っ込め!!!」
「状況はこの際考えるな!!」
「それでも外門をぶっ壊すしかねぇ!」
「メテオが無い今俺達でやるしかねぇ!!!」

反乱軍が動き出す。
そこでやっとアレックスとドジャーは被害を受け入れた。

未だ少量のメテオは降り注ぐ中、
芝生には巨大なメテオのクレーターで禿げ上がっていて、
地面は形の悪い鉄板のようになっていた。
芝生の面影は少なく、
半球形のへこみが広がる。

そして2000居た反乱軍は・・・・

半分。

いや、それ以下にまで減っていた。

「・・・・・・ッ・・・・」

ドジャーに言葉は無かった。
やっと今一度攻め込みを始めた味方。
見るからに激減している味方の数。
そしてその原因は、
フレアのメテオだ。

「チクショウ・・・まだ入り口だってのに・・・。すでに過半数損失かよ・・・」

ぶつけ様の無い思いは、
歯を食いしばって堪えるしかなかった。

「させるな!!」
「未だこちらは攻め込まれてねぇぞ!」

ヒューゴとヒョウガが叫んだ。
切り替えが早い。

力もさることながら、
今まで見せてきた彼らの才能。
部隊を手足のように自在に率いるその能力。

外門への隙は見せてくれない。

「・・・・体勢がもう整ってやがる・・・・・2000でも突破できなかったんだぞ!」

それが今は数百しかいない。

「あくまでフレアのメテオありきでの算々だったんだぜ!?
 それがこの有様だ!無闇に突っ込むしか手はねぇのかよっ!」
「・・・・・・・・・源である部隊長三人を僕らがやるしかありません」

崩すには、
ヒャギ・ヒューゴ・ヒョウガの三人から崩すしかない。

「ヒュゥ」
「させるかよ」

「!?」

アレックスとドジャーの目の前に、
ヒューゴとヒョウガが迫っていた。

アレックス達が思いに至るより早く、
彼らは盾と槍を突き出していた。

「てめぇらが今、この時、潰すと思うのは勝手だが」
「俺達はずっと守ると思い続けてきたんだ」

「ぐっ・・・・」

オーラランスを扱う暇はくれなかった。
アレックスは盾でそのまま吹っ飛ばされ、
ドジャーも同じだった。

この三人から崩すしかないと決めた最中、
やはり実力は向こうにあった。

「・・・・・チッ・・・・俺達で本当にこいつらを倒せんのかよ・・・・・」

「ヒュゥ・・・」
「無理だな!そして・・・・・」

ヒューゴ、ヒョウガ。
二人の後ろで、
ヒャギが大きく息を吸った。

「駄目押しだ!!!!ナイトユニーク!!!」

広がる気迫。
外門守備部隊に力が漲る。
体力。
そして心。
耐久度が何倍にも膨れ上がる。

「・・・・まだ上がるのかよっ!!」
「こちらは戦力低下するばかりなのに、向こうはさらに上げてくるなんて」
「アレックス!!こいつらは後回しだ!内側から崩すぞ!」

敵の部隊の配列は、
まるで戦いの初めと同じように完璧に並んでいた。
さらに強化された状態で。

反乱軍が雪崩れ込んできているが、
開戦から全く崩せなかった敵の守備を今崩せる理由は無い。

「させねぇっつってんだろ」

だがドジャーの進行方向を、
ヒューゴとヒョウガが塞ぐ。

「チッ・・・・・・クショ!!どうすんだアレックス!!」

いつもの様に、
ドジャーはアレックスに意見を求める。
そしてアレックスは答える。

「・・・・・・何も出来ません」

本心だった。
自分達では、ヒャギ・ヒューゴ・ヒョウガの三人を超える事は出来ない。
完璧に押さえ込まれている。
ならば反乱軍の同志達はどうだ。
彼らとてこれまで敵の部隊を全く崩せていない。

「何か手はあんだろ!・・・・ロッキーだ!ロッキーを使うぞ!」
「・・・・味方が邪魔です。ロッキー君の魔法は直線的なものが主体ですから。
 そしてそれはマリナさんが居たとして同じ理由で無理です」
「ツバメは!?」
「彼女で崩せているならもう崩れていますよ。それはイスカさんでも同じ」
「・・・・くそ!だぁああ!そういやティル姉はどこいった!!!」
「ティルさんが居たところで突破口は思いつきませんが・・・・・」

なら・・・・。
・・・・。
アレックスは思う。
ツヴァイさえも封じ込められているこの状況。
相手の部隊の配列を崩すにはどうしたらいい。

ドジャーの言うとおり、
内側からというのは効果的だ。
・・・・・出来ればの話だ。
アレックスとドジャーしかそれを行える人間がいない以上、
それは潰えていると言ってもいい。

「ならドジャーさん」
「ぁあ!?何か思いついたか!?」
「堤防を崩すならどうすればいいでしょう」
「・・・・堤防?・・・・・ッ・・・だから内側からっ!」
「いえ、僕らには何もできません。ですが堤防は内だろうが外だろうが、一箇所に亀裂が入れば崩れるんですよ」

アレックスは指し示す。

「亀裂どころか3箇所大破しそうですけどね」

雪崩込んでくる反乱軍の波の前、
小さな影が三つ。


「参る」
「応」
「・・・・承知」


小さな魔物が3匹。
体より大きな大剣を携えて跳んできた。

「・・・・三騎士か!」
「やっぱり頼るしか僕らには道が無いみたいですね」
「・・・・カッ!情けねぇ話しだが頼れるモンにはすがらせてもらうぜ!!」

小さな突破口か。
情け無い事だがドジャーはそれに託すしかないと思った。
そう思ってると、

上空からまだ少量降ってきているメテオ。
その一つが、
あまりにも偶然的に、
三騎士の真上に落下していくのが見えた。

「ちょ!おい!!」

ドジャーが大声をあげるが、
メテオは三騎士へと落下した。
まだここまで天はこちらの敵になるか。
そう思っていると。

「雨にしては脆いものだ」

その巨大な隕石が、
果実のように裂けた。

空中で、
マフラーを振り回し、
大剣を体ごとコマのように回転させ、
エイアグは地に着地した。

「・・・・・マジかよ」
「予想以上ですね」

まさか、
メテオ(隕石)を両断するとは。


「チッ・・・・ヒューゴ、ヒョウガ。三騎士だ」
「・・・・分かってる。化け物だな。メテオを斬りやがった・・・・・ドラゴンスケイル全開で行く」
「おう!!タクティクス倍がけだ!!」

カプリコの伝説が三つ迫る。
メテオの無残な跡地を、
魔物が跳ねる。

「止めるぞ!気をつけるべきはあの3匹の運動能力だ!」
「あぁ。あの小柄の特性は分かってる。チョコマカうぜぇだけだ」
「事実、あの三騎士相手でも俺達は突破させなかった。俺達なら・・・・止められる!!!」

同じように、
いや、
それ以上の力で、
守りきる。
それだけだ。

「守備っ!防御だけに専念しろ!」
「恐れる事はねぇ!盾で十分に止めれる!」
「さっきもそうした!」

この外門守備の精鋭達。
彼らはこの外門の戦いが序盤。
三騎士を食い止める事に成功しているのだから。
そしてそれ以上に強化されている。
同じ事以上の事をやれば、

三騎士など怖くはなかった。

ただ、
ギャリッ・・・と、
そう重くも大きくも無い音が一度聞こえた。

「・・・・・・・・」

ヒャギは上空を見上げた。

「・・・・・・おいおい・・・・・」

信じられない。

どうやったら"あぁなる"のだろうか。

人間が一人、
盾が半分、
体も半分、
右半身だけ鎧ごと宙を舞っていた。

「おわっ!」

ドジャーの足元にドサりと落ちる。
綺麗な縦の二分割。
紙を破いたかのような半身。

人間が右半分だけ飛んできた。

だがそれ以上に寒気がするのは、
この吹っ飛んできた右半身でなく、
左半身がまだ視界の向こうで盾を持って立っている事だった。

それがゆらりとバランスを崩して倒れると、
その先に立っているのは巨大なヤモンクソードを振り切った、
マフラーを携えた魔の者。

「・・・・参る」

が三匹。

「応」
「承知」























「見えたかロッキー」

雪崩れる反乱軍の後ろで、
その縮小した人数の隙間から見える光景。

「あれがうぬの父達だ」

オリオールは、
精神をひっこめているロッキーへと話しかける。

「これから見るのがうぬの父達の本当の姿だ」

ブレイブラーヴァの砲撃はやめず、
それにしてもまだ余裕がある口調でオリオールは話す。

少量降り注ぐメテオ(隕石)の中、
ブレイブラーヴァ(火球)は斜め上へと止まずに砲撃し続ける。

「余は生きし無機物。呼吸もせず生きるフェイスオーブ。モノ。者でなく、物だ」

精神の裏側で、
声を発せれないまでも、
ロッキーの返答はオリオールに聞こえる。

「怖がるな。いや、怖がるべきだ。うぬは確かにそれでもアレらを父と呼ぶのだろう。
 だが事実は受け入れなければいけない。お前はあの魔物達と血は繋がっていない。
 心とか言うもので繋がっていると思っても、どうしても理解しなければならんものがある」

ロッキーは声を出せずとも返答する。

「違うのだ。理解しろ。アレは余と同じ。"モノ"である余の側に近い」

受け入れなければいけない。

「"魔物"。その言葉を理解しろ。アレらは"者"ではない。魔の物。・・・・・・・・"物"だ」



























ぐるんぐるんと、
空中で小さな体が回転する。
その体よりも大きな大剣が回転する。

「応」

それが着地すると、
切れ目が4つ入った。
一人の兵の盾と体が、斜めに4回転斬られる。

「てめぇらも俺の同志を殺したのか?」

アジェトロが顔をしかめると共に、
返事も無く、
目の前の盾騎士は崩れ落ちる。

「応!?殺したのかと聞いている!!!」

崩れ落ちたその死骸の死骸に、
大剣をもう一度振り落とすと、
粉塵と共に粉砕した。

「さ、さっきまでは俺達の盾に成す術もなかったはずなのに!!」

一人の盾騎士が後退するのをやっとの事で堪えたが、
目の前には、
一匹の魔物。

「承知しろ。今はさっきではない」

気付くと、
その男の盾を大剣が通過していた。
貫いていた。
ドアにカギを入れるようにすんなりと、
そして自分の体を貫通している。

「どうしてその分厚い大剣が盾を突き斬れる!?」

「否承知。考えて戦ってもいない」

体が浮く。
突き抜けた大剣を、
1mほどしかない魔物が持ち上げる。
盾と体ごと、
死骸騎士が一人持ち上がり、

「ただ承り、知る。それだけが承知だ。理解(しょうち)しろ。人間の亡骸め」

地上でフサムの体が回転した。
ヤモンクソードと共にグルンと回転する。
突き破られていた騎士の体は空中でぶち破れ、
その後ろに居た槍兵の体も潰れた。

「参った・・・」

一人の騎士の脳天に、
分厚く拾い大剣が、直下する。

「・・・・・などという言葉は貴様らに無い」

剣を敵ごと地面に突き刺し、
その上に乗っている小柄な伝説。

「我が同族の言葉など聞かずに殺したのだろう?」

そのまま不可解にエイアグは剣を空中で縦に一回転させた。
大剣が斬り上がる。
騎士の体が分断され、
左右バラバラの方向へ投げ出される。

「なら我らも貴様らを根絶やしにしてくれる」

空中から大きな剣と小さな体が降下し、
また一人、
粉々にその剣の威力で粉砕した。

「退くな!!」
「死んでも止めろっ!」

「止められもせず」
「死ね」

アジェトロとフサムのヤモンクソードが、
同時に振り切られる。
斬っていない。
分厚く広いその大剣の、腹と腹をぶつける。
シンバルに挟まれたように、
鎧ごと、また一人粉砕されて骨が飛び散った。

「守れなかった哀しみを知り、地獄にでも参ってろ」

もはや盾と紙は同じものだった。
小さな体がヤモンクソードを回転させると、
盾がぶち破られる。

「守ることよりも、守れなかった事の方が容易く・・・・深い事を知れ!」

ものの数秒、
すでに被害は20に達しようとしていた。
鉄壁だったその部隊は、
今ではチョコレートの壁のように食い破られている。

「参る」
「応」
「・・・・承知」

たった300で全てを防ぎきって居た鉄壁の部隊は、
今では、
ただたった300しかいないゴミクズだった。

最後に5・6人が砕かれ吹き飛んだのを合図に、
3つの魔の物は、
その鉄壁を突破してきた。


「来るぞ!ヒューゴ!ヒョウガ!」
「・・・・チッ・・・・」
「冗談じゃねぇみてぇだな」

エイアグが先頭で駆け込んでくる。
あの小さな体で、
自分より大きな剣を持って、
軽快に跳ね飛んでくる。

「ヒュゥ・・・・」

ヒューゴは盾を携えてそれを見た。
先ほどまでは部隊の盾も砕けなかったのに、
今ではものともしない。
自分のヘシャげた盾は三騎士に通用するのか?
いや、信じよう。
事実この盾はツヴァイの槍をも貫かせなかった。

「俺に向かってきてやがる」

ヒューゴは落ち着いていた。
・・・・・のだろうか。

死骸ゆえに汗はかかない。
だがそれはかけないだけだった。
生きている時ならば汗が噴出していただろう。
あの小さな伝説がこちらに向かってくる。
恐れは無かったはずだが、
その見えない汗の量が自分の心境を表していた。

「部隊に回す分は諦めるか・・・・」

ここでヒューゴはドラゴンスケイルを解く。

「スケイルッ!!」

そしてそれを自分に回した。
全力を自分に回さないと無理だと悟ったのだ。
全身全霊でないと三騎士は止められない。

「俺の特技はな・・・・・自分の武具の耐久性も上げられる事だ」

そしてそれは、
全身全霊ならば三騎士をも止められるという確信だった。

ひとまず三騎士とてこの盾を粉砕することはできないだろう。
だが、
あの三匹に同時にこられたら盾も何も関係無い事は分かっていた。

ならどう動くべきか。
守るためには、
どうしたらいいのか。

エイアグが跳んだのが見えた。

「ヒャギッ!ヒョウガッ!俺が止める!フォローを!」
「わぁーった!」
「しくじんなよ!」

退くわけにはいかない。
怖気づくな。
守るためには恐怖を捨てろ。

後ろには守りたいものがあるんだ。

守る事だけに集中しろ。

「突けぇぇぇえ!ヒョウガっ!!」

エイアグの大剣が自分を襲った。
上から降ってくる。

・・・・止めた。

全力で三騎士の一振りを受け止める。
止めきった。
やったぞ。

「ヒュゥ・・・・」

ここしかない。
やってくれる。
信じる仲間が、
家族が、
ヒョウガがカウンターで突いてくれる。

不思議と気持ちが軽く、
剣を盾で受け止めた両手に重量は感じられなかった。

「・・・・・・・・」

そこで気付くのは自分の足元。
股の下。
大剣が通過し、
芝生を粉砕している。

「・・・・・マジか」

そこで斬られていた事に気付く。
両断された自分の盾が、情けなくズレ落ちていくのが見え、

自分の左右の視界さえズレる。

「・・・・・・たっ・・・・まんねぇ!!」

自分の体の左右がズレていた。
両断されていた。

防御など、
してもしていなくても同じだった。

「たまんねぇよクソッ!!!」

咄嗟に盾を捨て、
自分の両手で、
自分の体を左右から支える。
普通なら即死もいいところだが、
死骸の体は、
体を縦に真っ二つに両断されても、
それでなんとか堪えた。

「・・・・・ヒュゥ・・・・・」

視点の違う左と右の目に、
次の二つの伝説の影が映った。

ヒューゴは悟った。

「下がれ!!!ヒャギッ!!ヒョウガッ!!!!」

この広場の一角の地面が跳ね上がった。
ヒューゴが居た場所に、
三つの大剣が突き刺さり、
粉塵が舞い上がった。

「ヒュ・・・」
「ヒューゴ!!!」

ヒョウガは応援に行こうとしていた足を止め、
ヒャギは動けなかった。
粉塵が晴れていく。

小さな影が三つ現れる。
・・・・。

三つだけだった。

カランカラン、と、
赤い宝石が埋め込まれたアメットが転がってきて、
ヒャギの目の前でパカりと二つに分かれた。

「・・・・・ヒュ・・・・ヒューゴ・・・・」
「ぼぉーっとしてるなヒャギッ!!!」

あっけなく粉砕されたヒューゴの跡に、
ヒャギは呆然としていた。
だがヒョウガの声でハッと目を覚ました。
視界が晴れる。

「ヒョウガッ!!!」

呆然とした時間があった分だろうか。
ヒョウガよりも、ヒャギが先に気付いた。

晴れたヒャギの視界で状況が目に映る。
こちらを向いていたヒョウガ。
だが恐怖はその向こう側。

粉塵の中から、
大剣が回転しながら飛んできた。

「え・・・・・」

ヒョウガが振り向く。
振り向くと同時に、
大剣が縦に回転しながら通過する。
自分の横を、
すれ違う。

「えっ!」

ヒョウガは一度前を向き、
もう一度振り返る。

「ぐっ・・あっ!!!」

自分の横を通り過ぎた大剣は、
ヒャギに突き刺さった。
大きな剣が、
ヒャギの体を貫き、
それでも回転を止めずに飛んで行く。

ヒャギの体ごと、
ヤモンクソードが回転して飛んでいく。

まるでヒャギの体がオモチャのように大剣に運ばれ、

「・・・・がっ・・・・」

外門に逆さまに張り付けになった。

「ヒャッ・・・・」

叫ぼうと思ったが、
ヒューゴの背後に悪寒が走る。
3つ。
三倍の寒気が自分を包み込む。

「参る」
「応」
「・・・・承知」

ヤモンクソードを携えたアジェトロとフサム。
そして手に何も持たないエイアグ。

「・・・・勘弁してくれ・・・・よ・・・・」

だがその言葉よりも、
ヒョウガの頭には一文字。
"守"
その言葉が、
むしろ恐怖の中で体を前に動かした。

「ここらで勘弁してくれよっ!!!!」

ヒョウガは槍を突き出した。
右手に全てを込める。
守りたい気持ちの全てを。

「集中を超えろ!俺っ!!タクティクスッ!!」

絶対に逃さない。
文字通り死守。
死んでも守る。
死んでいても守る。

崖を背後に背負ったような状況が、
ヒョウガの集中力を、ここに来て最大限まで引き出した。

「一匹でいい!道連れにしてやるっ!!」

突き出した槍は、
真っ直ぐ、
フサムを捉えた。

「・・・・・殺った!!」

「笑止」

スローにも見えた。
極限の状況がヒョウガに及ぼした結果だったかもしれない。
自分が突き出した槍。
その真っ直ぐ相手を捉えた槍。
その先端。
フサムの大剣が走る。

言葉も出ないほどに刹那の出来事だった。

槍の先端の先端。
そこから・・・・・槍が食い込んでいく。
食物に包丁を入れるかのような鮮やかさで、
槍の先端から剣が走ってくる。

フサムの剣が、シンメトリーの極限のように、
綺麗に縦に槍を両断し、
襲ってくる。

「ぐあっ!!!!」

時間が動き出したのは、
自分の右腕の重量が半分になってからだった。

「・・・・・ふざけっ・・・・」

槍が縦に半分しか無かった。
まるでまな板の上の人参だ。

手の甲が無かった。
親指を残して4本の指は飛び、
右腕の外側が、魚の皮を剥いだように綺麗に吹き飛んでいた。

「参る」
「応」

自分に動くヒマは無かった。
握れなくなって重力に身を任せた自分の槍。
両断されて縦に半分になった自分の槍を、
エイアグが掴み、
それを持って、

自分を地面に串刺しにした。

「お・・・わ・・・・」

自分の槍の半分に、
斜めに串刺しにされ、動けなくなった。

いや、
その一撃にさして意味も無いことを、
アジェトロのヤモンクソードが証明する。

縦に振り落とされた。
死んだヒューゴと同じ感覚を味わった。
体の左と右がズレる。
左右に分かれていく。
視界が両断される。

その視界の中に映るのは、
二匹の魔物。

アジェトロとフサム。
空中で、
大剣を持って、
小さな体を回転させている。

彼らのマフラーが、
なびき回る。

「守っ・・・・・」

もう終了したと言っていい状況の中でさえ、
ヒョウガは諦めなかったが、

やはり・・・・
それにさして意味もなかった。

V字に大剣が突き刺さり、粉砕された。

青い宝石が埋め込まれたアメットが、
分割されたまま空中へ飛び、
青い宝石だけが無事に地面に転がった。





























「行けっ!!」
「この時を逃すなっ!!!」

反乱軍の勢いは増した。
すでに隊列を組めていない敵部隊など、
ただ押しつぶした。

まだ降り止み切っていないメテオの中、

それでも諦めずに歯向かう部隊も、
ただの足止めにしかならなかった。
反乱軍の雪崩れが、
外門へと押し寄せる。

「・・・・つ・・・・強ぇ・・・・」

自分達の脇を、反乱軍が通過して行く中、
ドジャーは呟いた。

「いや、強ぇっつーか・・・・」

ドジャーの言わんとしている事は、
アレックスにも分かった。
三騎士の戦いの様子だ。

あの躊躇の無い虐殺。
まるで心の無い者のような。

「怖い・・・ですね」

三騎士の暖かき心を知っていたから、
アレックス達は彼らと接していたが、
彼ら三騎士は魔物である事を再認識させられる。

「デスエイアグ・・・・・」

アレックスが呟く。

「デスアジェトロ、デスフサム・・・・あれが・・・彼らの本気なんでしょう」
「俺らが苦戦していた相手がまるで赤子だ。あそこまでとは思わなかった」
「彼らは魔物だから」

アレックスは、
横切っていく反乱軍の中で、
ドジャーに結論付ける。

「魔の感情に満ちてこその、力なのでしょう」

哀しいものだ。
・・・・・・・というのもあくまで人間視点での感想なのだろう。
魔物とはそういうもので、
それが本来の彼らなのならば。

「1000年生きてこれば・・・・」

騒がしい周りの中、
近づいて来た物はそう言った。

「幾多の魔物も見てきた。そして余は彼らの砦に封じられてきたのだから彼らの事も見ている。
 人間の言葉でならどう表現するのだろうな。愛情の裏返し・・・・とは少し違うか」

失う悲しみ。
怒り。
そんなところだろうと、
ロッキーの姿をしたその物は言った。

「カッ、愛する者を失った怒りを"愛情の裏返し"って表現するか。無機物にしてはいいセンスだ。最悪だぜ」
「まるで無機物が有機物に劣っているかのような言葉だな。ふむ。しかしこと心に関してはそうか」

ロッキーの身なりをしていても、
その鋭い目付きを見ていると、
魂で人などどうとでも変わると言わんばかりだった。

「あー、あー」

オリオールの背中では、
カプリコの赤ん坊が無邪気に手を伸ばしていた。

「オリオールさん。ブレイブラーヴァはあとどれくらい持ちますか?」

こうしていても砲撃を繰り返しているブレイブラーヴァ。
小火山から火球が撃ち放たれて、
外門を揺らしている。

「それはロッキーに聞け」
「ロッキーに聞けねぇからてめぇに聞いてんだろ」
「余は表に出ているに過ぎん」
「なら翻訳して教えろよ」
「それは余にも出来んよ」

そう言うオリオール・・・・
いや、ロッキーの小さな手は・・・・震えていた。

「ロッキーの心は今、震えている。余でも抑えきれるかどうか」
「それは・・・・三騎士さんを見てですか」

表情も変えなかったし、
それに対する返事もしなかったが、
オリオールはロッキーを代弁しているかのようだった。

「繋がっているからこそ、余には分かる。ロッキーの感情は震えている。
 ・・・だがあの哀しき強さのカプリコ三騎士を見ているから・・・・ではない。
 怖がっているからでもない。・・・・・一つ訂正しよう。震えているのでなく、奮えている」
「どういうことだ」
「ロッキーは父達の凶暴で残忍な姿にどうと思っているわけではない。
 同じなのだよ。ロッキーも同じ気持ち。同志を葬った者達への怒り」

それは分かりえぬ感情だった。
あのロッキーが。
無邪気の塊のようなロッキーがそういった感情を持っていることが。

「血は繋がっていなくとも、騎士の子は騎士か」

かもしれない。
心は純粋でも、
ロッキーは戦いの申し子だ。
だがドジャーとしては、ロッキーはいつものロッキーであり続けるべきだと思う。
いや、
あり続けて欲しい。

「まぁ無機物にも野望はあるが、無機物は変化を嫌う。ロッキーは余がなんとか抑えておこう」
「助かります」
「だがうぬらの仲間の方は無理かもしれんな」

逆の意味でだが。
と、狼帽子の鼻先を掴んで整えるオリオール。
生物らしさを感じさせる仕草だった。

「仲間?マリナさんですか?イスカさんですか?」
「いや、小娘の方だ」

1000年生きているオリオールにとったら、
どれも小娘だろうとも思うが、
マリナでもイスカでもないとしたら、

「ツバメさん・・・・いえ、フレアさんですか」
「確かそんな名だったな」

オリオールは答える。

「人間の見分けはそこまでつくほうでもないが、恐らくうぬの言ったその二人が今保護している」
「保護?」
「そのフレアとかいう小娘。あ奴はもう無理だ。戦えんよ」

平坦にそう言った。

「戦えねぇーっつーと・・・」
「怪我・・・・ってはわけじゃなさそうですね」
「ふん。人間の心というのはモロいものだ。なぁコロラド」

コロラドは、
オリオール・・・ロッキーの背中で無邪気にあーあーと言っていた。

何があったかは大概分かっている。
だから、
頷ける。

アレックスもドジャーも、
フレアの責任だとは思っていない。
だけど、
だが、
フレアのメテオが仲間を襲ったのは紛れも無い事実だ。

凶器を作ったのは自身なのだ。

戦闘不能なほど心が崩壊しても無理はない。
状況が状況。
被害が被害だ。

フレアは優しい心を持っている。
そしてそれは決して強くない。

自責の念で圧し潰れてしまったのだろう。

「敵から言わせれば・・・・・自爆なんだろうけどな」
「こんなところでフレアさんが脱落ですか」

エドガイが裏切り、
戦力は半減した今、
フレアという主戦力を失うのは大きかった。
メテオラの事をも含めると、
すでに《メイジプール》自体が烏合の衆と言えなくも無い。

「・・・・・・」

ドジャーが外門の方を見て、
佇む。

「俺ぁよぉ」

右手にクルクルとダガーを回転させる。

「メテオの前によ。敵さんに偉っらそうな事言っちまったわけだ。カッコつけてな」
「それはまた、今になるとカッコ悪いですね」
「・・・・・あぁ。カッコ悪ぃ」

ダガーを止める。

「けどよ。フレアはフレアのやるべき事をやった。何一つミスを犯してもいねぇ。
 俺らと違って、この戦いでやれる最大限の事をやったわけだ」
「・・・そうですね」
「だからよ、俺ぁ訂正しねぇ。あと10回外門を攻めたって、10回同じ事を言ってやる。
 おうおう、「うちのフレアがてめぇらのドタマにメテオぶち込むぜ」ってな」
「・・・・・」
「行くぜアレックス。フレアを敗因にするわけにはいかねぇ。
 あんなか弱い女一人に俺達はすがって頼りきってたんだ。俺らもやれる事をやるぞ」

ドジャーがアレックスに指を突きつける。

「毎度御馴染みの事を聞くぞ。俺らは何をする」

いつものように、
ドジャーはアレックスに意見を求める。

「"仲間を信じる事と仲間任せにする事は違う"」
「ぁあ?」
「ディエゴさんが言った言葉です」
「カッ、身に染みるな」
「やれる事といったら情け無い事に、スケールはガタ落ちします。
 当面は僕らの出来る事といったら敵の戦力を地道に削る事。・・・・・・オリオールさん」
「あー」
「ありゃ、コロラド君が代わりに返事をしてくれましたね。ともかくオリオールさん。
 外壁の上の敵への攻撃は減らしていいです。ブレイブラーヴァは外門に集中してください」
「人間如きが指図か」
「指図が出来る進化を経たのが人間です」
「・・・・言うじゃないか。いいだろう。余は物に過ぎん。扱われてやろう」

オリオールは何か動作をしたようでもなかったが、
ブレイブラーヴァの小火山達は、
砲撃の方向を修正し、
一層外門への砲撃を厚くした。

「あとドジャーさん」
「カッ、好きに指図しろ」
「僕らのやるべき事はもう一つ」

外門の下へと視線を向ける。

「もしもの時、暴走した三騎士さん達を止める事です」
「・・・・カッ」

聞きはしなかった。
ドジャーにも予想できる。
感情というのは怖いものだ。
今の三騎士はただの魔物。
何がどうなるか分かったもんじゃない。

「止められるとは思わねぇけどな。・・・・カッ、何にしろ、部隊長共を殺ったんだ。
 それに伴って統率力ごと敵は弱体化してる。このまま一気に押し切れるぜ。
 あと最後の関門があるとすれば・・・・・ギルヴァングだけだ」

ギルヴァング=ギャラクティカ。
外門の下で、
今もなお、ツヴァイと戦っている。

外門どうこうだけでなく、
いつかは絶対に倒さなければいけない強大な敵。

「現時点では、ま、ツヴァイがどうにかしてくれる事を祈るだけだ」
「ドジャーさん。勘違いしてないですか?」

アレックスが言う。

「何がだ」
「ツヴァイさんじゃギルヴァングさんに勝てません」

ドジャーは顔をしかめた。

「・・・・・ツヴァイだぞ?」
「ツヴァイさんです。最強です」
「んじゃぁなんでだよ。確かにギルヴァングは強過ぎるが・・・・」
「あんな弱っちいツヴァイさんじゃどうにも出来ませんよ」

ツヴァイが・・・弱い?

「ヒャギさん達が、守るべきものがあって強さを得ているように、今、ツヴァイさんの立場もそうなってるんです」
「・・・・」
「ツヴァイさんは、それが新しい力だと信じてくれてますが・・・・事実は違う。
 ツヴァイさんはあのアインハルト=ディアモンド=ハークスの双子の妹なんです」
「他人は足枷にしかならないということか」

オリオールが答えた。

「人間というのは傲慢だな」
「・・・・ツヴァイさんは傲慢でなければ強さを出せない。僕らが始めて出会った時の方がまだ強かった」
「・・・・確かにな。脅威を感じない」

それこそ、
あの戦った日は、
今の三騎士のような威圧感があった。

「孤独でないと、強くなれないんですよ」
「・・・・・・・腐った話だ」
「だから現状、ツヴァイさんよりもギルヴァングさんの方が上」
「・・・・カッ」
「そして。うぬはこう言いたい」

オリオールが口を挟む。

「そのギルヴァングという者より・・・・・三騎士の方が上」

ドジャーは驚いてオリオールの方を向いたが、
アレックスは冷静に頷いた。

「・・・・マジか。いける・・・のか?」
「それが今の状態ではこちらにも被害があるかもしれない。見境なしです。
 それが僕らが三騎士さんを止めなければいけない理由ですね」
「あぁ・・・・チッ・・・・そんな話だったな」
「もっと先にしなければならん事があるぞ」

オリオールが、
ロッキーの小さな指で、
天を指し示した。
コロラドも背中で真似をした。

「アレをどうする」

アレックスとドジャーが見上げた。

「・・・・わっ」
「げ・・・」

真上に、
メテオが落下してきていた。

「流れ弾ならぬ流れ星かよ!ふざけんな!」
「オリオールさん!すいません!ちょっとどうにかしてください!」

オリオールは、
小さな首を振った。

「先ほど外門に集中しろと言ったのはお前だ」

メテオを食い止めるような力をすぐに出せない。
だが、
すでにメテオは頭上で、
アレックス達に影を落としていた。

「・・・・・笑えねぇ・・・・」

ドジャーは・・・
苦笑いをして首を振った。
そして少々の覚悟をした。
が、

自分達を覆うメテオの影は、
そのまま停止した。

「ん?」

見上げると、
メテオが、
アレックス達の頭上で停止していた。

時間が止まったように・・・・というわけでもない。

とてつもない量の・・・・・それは、糸。
それはすでに糸と呼んでいいものかも分からない、
一つの建築物のような量のスパイダーウェブが、
地上から生え伸び、
メテオを空中で固定していた。

「ほんとに笑えないわ」

いつの間にかにもほどがあった。
アレックスの背中の後ろ。
そこに、
前髪が異様に長い暗い女が隠れていた。

「アー君を助けるために害虫の命も助けなきゃいけないなんてね」

巨大なトロフィーのように、
蜘蛛の糸が全精力をかけて、
地上からメテオを固定していた。

「スミレコさん」
「アー君!お礼!お礼!」

スミレコはアレックスの背後で犬のように求める。

「え?あ、いや。ありがとうございます」
「違います!こー・・・・ブチューっと!」
「いやです」
「減るもんじゃないのに」

髪の毛で顔が隠れたまま、
スミレコはムスッと落ち込んだ。
しょうがないので、もう一度お礼を言いながら頭をなでると、
照れながらうつむいた。
案外犬よりも扱い安い人だ。

「害虫というのは余ではなかろう」

オリオールは言った。
誰も気にしてないのに言った。

「アー君。もう私の蜘蛛が持ちません。とりあえずメテオの下から移動を。
 害虫達は放っておいても、アー君が潰れては目も開けられません。地獄です」
「あぁ、そうでしたね」

アレックスと、
その付属品のような女が、そのまま外門方面へ移動する。
ドジャーは、
「よし、達っつった。達って」
と、
意味の分からないガッツポーズをとりながら移動し、
オリオールは、
「まて、達と言ったか達と」
と、
真剣な表情で追いかけた。
コロラドは嬉しそうに手を叩いて笑っていた。






















































「ドッゴラァアアアアアアアアアアアア!!!!」

ツヴァイが吹き飛んだ。
強烈な勢いで外門へと叩きつけられる。
外門が揺れた。
頭がガンガンする。
意識を失いそうだった。

「・・・・チッ・・・・この馬鹿力め・・・・・」

「破壊力は!漢のロマンだからなぁ!!!」

ギルヴァングが馬鹿デカい笑い声をあげて威張る中、
ツヴァイは、
自分の形のへこみが出来た外門へ、
視界を沿って動かす。

「・・・・・・よぉ」

外門には、
もう一人先客が居た。
それは、
外門の壁に、大剣で串刺しにされて逆さまになっている・・・ヒャギだった。
普通なら死体にしか見えないが、
息があるようだった。
当然だ。
彼は死骸騎士。
もう死んでいる。

「ツヴァイ=スペーディア=ハークスともあろう方でも、やっぱ外門は突破できねぇか。
 ・・・・ヒャハッ・・・それは嬉しい話だ。外門の守備を任された甲斐があるってもんだ」

「・・・・・お前の力ではないだろう。それにそんな格好で張り付けになってる者に言われたくない」

「俺は守るべきものを守れればそれでいい。命をかけても」

・・・・と言っても、
やはり締まらない・・・とは自分でも思った。
それは悔しさだった。

「ヒューゴもヒョウガも命をかけた。俺もだ。俺達の出来る最大限の事をした。
 ・・・・・・・・・・悔しいが、俺達じゃここまでだったのだろう。ならあとは結果だ。
 もし、このまま外門を守りきれるなら・・・・否、守りきれなければ死んでも死に切れない」

コトンッ・・・と、
逆さまに剣で貼り付けになっているヒャギの頭から、
アメットが落ちた。
黄色の宝石の入ったアメットだ。

「俺はこのまま、外門の無事だけ見届けて・・・逝くとする」

「・・・・・今逝け」

ツヴァイは立ち上がり、
そのまま腕をヒャギへ向けた。
槍はない。
先ほどから槍なしの状態でギルヴァングと戦っていた。
その拳を、
ヒャギに向ける。

「ドッゴラァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「ぐっ・・・・」

そのツヴァイの体が、
真横に、
外門へ叩き付けられる。

声の弾丸。

ギルヴァングの声が、
ツヴァイの体を外門へとぶつける。

「ぉおいツヴァイ!!それは漢らしくねぇんじゃねぇのか!?メチャ熱くないぜ!!」

ギルヴァングは牙のような歯を見せてニッと笑う。
曲がった事は大嫌いだ。

「やるなら、俺様を倒してからにしなっ!!」

ツヴァイは、
横目でギルヴァングを睨む。
・・・・だが、
勝ちのビジョンを見えなかった。
槍が現時点で無い事を言い訳にするわけではない。

それは人生初とも言えた。

兄以外に、
敗北を感じるなどということは。

「・・・・・兄上が・・・・貴様と燻(XO)を暗躍に使うと決めた時は・・・確実にオレが勝っていた」

「なぁーに言ってんだ!世の中ってのはよぉ!拳!そう拳だ!
 裸で直にガチンコでぶつかりあってみねぇと分からねぇ事があるんだよっ!」

いつからこうなった。
・・・・ブランク?
世界と切り離した生活をし、
皆が通り過ぎる中、自分だけが時間を止めていたからか。

・・・・・違う。

なら何故今の自分はこんなにも中途半端なんだ。

「それが悔しさだ。ツヴァイ=スペーディア=ハークス。・・・・今の俺と同じ・・・な」

ヒャギが、
逆さまの状態で言った。

「・・・・・つまんね!」

ギルヴァングは叫んだ。

「こんな奴と戦ってもメチャつまんねぇよ!まるで死んだ目ぇしたウサギだ!
 ウサギを狩るのに全力なんて使ってられっか!メチャ燃えねぇしメチャ滾らねぇ!!」

そしてギルヴァングは振り向き、
太い腕を逆方向に向ける。

「あっちに変えるか!」

そこには、
三つの魔物界の伝説が居た。

「どけ」
「人間」

目付きが鋭く、
尋常ではない。

「我らが用があるのは、そっちの無様に串刺しになっている人間だ」
「俺達の同胞を殺した人間だ」
「貴様の相手はそいつを殺し、ここに居る部隊を根絶やしにしてからだ」

「ギャハハッ!そう聞いちゃぁそうはさせねぇ・・・・ってのが漢だろ?」

ギルヴァングが爪を立てるように拳を向ける。

「来い。メチャ熱く行こうぜ」

「ふん。殺してどかすか。・・・参る」
「応!!!」
「・・・・承知」

三騎士が先に動いた。
散り散りに、
だが統率の取れた三位一体の動き。

「おーおー!!三匹がかりたぁ漢じゃぁねぇなぁ!漢はガチンコのタイマンだろ!
 だがこの際それは許す!メチャOK!俺様が売ったバトルでそれはお門違いだな!
 だが・・・・武器は許さんよなぁあ!!闘いであるなら武器だけは使っちゃいけねぇ!!」

ギルヴァングが、
胸が膨らむほどに息を吸い込む。
発するつもりだ。
声を。
ウェポンブレイク。

「武器なんて使ってんじゃ!!!!」

「無くても十分だ」

ゴブンッ・・・・と鈍い音が響いた。
ゴムを鋼鉄で叩いたような音。

ギルヴァングの懐に、
エイアグが一瞬で潜り込んでいて、
自分よりニ周りも三周りも大きいギルヴァングの顎を蹴り上げた。

「ごっ・・・・あ!!!」

屈強なギルヴァングはよろめきはしなかったが、
顎が跳ね上がった。
舌の端を噛み切ってしまったようだ。

ギルヴァング初めての出血は、
口の隙間から垂れ落ちた。

「・・・・・のっ・・・・野郎っ!!!!!!」

ギルヴァングは、
両手を組んで振り上げていた。

「ぶっ潰れろっ!!!!!!」

そのまま、
両腕をハンマーのように振り落とす。
地面が跳ね上がる。
10mは跳ね上がったんじゃないか。
彼の腕の破壊力を物語っている。

「当たらなければどうということはない」

一瞬でエイアグは後ろに退いていた。
代わり・・・といってはなんだが、
空中にニ方向から、
ヤモンクソードを回転させる、アジェトロとフサム。

「ブッ潰れるのは・・・」
「貴様だ」

「効くかよぉ!!!」

ギルヴァングは両腕をそれぞれに向けた。
右腕をアジェトロに、
左腕をフサムに。

ギルヴァングの鋼鉄の体は、刃をも通さない。
両腕でガードしようとする。

「・・・・・燃えるねぇ」

ギルヴァングがニヤりと笑う。
それは逆境故にだった。
野生の本能とでもいうべきか。
ガードする前に、

あの剣は自分の腕をも両断する。

それを悟った。
ギルヴァングはガードをやめ、
そのまま手で、

大剣を掴み止めた。

「燃えるぜぇえ!!!!!」

ギチギチと、きしむ。
アジェトロとフサムの一閃は強烈で、
それを止めたとは言え、
手の平からは血が伝った。

「・・・・・手で剣を止めるとは」
「凄いが、何かを通り越してる馬鹿だな」

「ギャハハッ!!漢は馬鹿であれ!褒め言葉だ!!」

「ぬ」

ギルヴァングは、
きしむ右腕を振り飛ばす。
掴んでいた剣ごと、
アジェトロを投げ飛ばした。

「馬鹿力め」

アジェトロは離れた所で回転しながら着地する。

「こっちもだぁぁあああ!!!!!」

今度は左腕。
掴んでいる剣ごと、
フサムを投げ飛ばす。

「・・・・ぁあ!?」

だが、
剣だけだった。
フサムが居ない。

「1秒前の事が二度も通じるわけがないだろう」

目の前で、
空中で、
小さな体がマフラーを回転させて舞っていた。

「承知の上・・・だ」

そしてそのまま、
フサムはギルヴァングの顔面を蹴り飛ばした。
ゴキッと、
鈍い音もした。

「う・・・ご・・・・」

さすがのギルヴァングも、
顔面ごと、
少し後ろに退いた。
顔面は、
曲がるはずの無い方向まで回転していた。

「・・・・・・ギャハハ!!」

顔面を蹴り飛ばされた向きのまま、
ギルヴァングは笑う。

「・・・・・燃えるねぇ!!!」

ベキベキッという音と共に、
ギルヴァングは首を元に戻す。

「こんなに燃えるバトルは最近じゃ・・・・・」

「死ね」

全てを遮断するように一言。
ギルヴァングの視界の先に、
エイアグが舞っていた。

その手には大剣。

フサムの大剣をキャッチしたのだろう。
そのままその手で、
ギルヴァングに向けて振り落とす。

「のわっ!!!」

本能の反射神経。
ギルヴァングの屈強な大きな体が、
グリンっと瞬時に回転し、
剣を避けた。

「フサム」
「承知」

だがすでに次の一手が続く。
エイアグは、振り落とした剣から手を離し、
目の前のギルヴァングに左腕にしがみつく。

「なんだっ!?」

気付くと右腕も同じ。
フサムが抑えていた。

「ギャハハッ!!チビッコ共め!!俺様の漲るパワーで吹き飛べ!!!」

「・・・承知」
「1秒止めれればそれでいい」

「あぁ!?」

ギルヴァングは両腕を力だけでぶん回し、
エイアグとフサムを吹き飛ばした。
吹き飛ばした・・・・
その時の視界には、

「応」

アジェトロがコマのように回転していた。
空中で、
マフラーと、
大剣を振り回して。

「三匹いるから、三騎士と言うんだぜ」

ギルヴァングは・・・・体勢を崩していた。
エイアグとフサムの功績。
両腕はガードに回すヒマはなかった。
ギルヴァングの運動能力を持ってしても、
避ける事さえ叶わない。

なら、
声の弾丸。

「ドッ!!!!!」

「散れ」

それさえも上回っていた。
アジェトロの横薙ぎ。
回転のままに、
ギルヴァングを斬りつけて来た。
声の弾丸を発するヒマは無かった。

だが、

剣は止まった。

「・・・・信じ難いな」

アジェトロは、
大剣を止められた状態で零した。
ギルヴァングは、
頬でニヤッと笑った。

アジェトロの大剣を、口で止めていた。

「手で止めただけでも馬鹿げていると思ったが、鉄をも斬り砕く俺の剣を歯で止めるたぁ」

アジェトロがさらに押し込もうとするが、
全く動かない。
もとより力ではギルヴァングが圧倒的に上回っていたが、
アゴの筋力でさえここまでだとは思わなかった。

恐らくこの男はアゴの力で岩石をも砕くだろう。

「ま」

アジェトロは剣から手を離した。

「驚くには・・・・・驚かせてもらった」

そしてその小さな体の小さな腕は、
ギルヴァングの懐で一回転し、

「応、もう引っ込め」

ギルヴァングの腹に突き刺さった。

「ごっ!!」

その小さな小さなカプリコの手からは想像も出来ない音が鳴り、
ギルヴァングの体が"く"の字に折れ曲がり、
口から剣も零れた。

「参る」
「応」
「・・・・承知」

そして、
エイアグ。
アジェトロ。
フサム。
三匹は、
ギルヴァングを三点で挟み込んでいた。

「ゴッ・・・・・・」

ギルヴァングは腹部を抑えている。
その周りで、
空中でコマのように回転する三匹。
3つのマフラーが鮮やかに廻る。

「どけ」
「人間」
「永遠に寝ていろ」

「・・・・・・ルァアアアアア!!!!!」

ギルヴァングが不意に地面に両腕を突きつけた。
いや、叩き付けた。
地面が跳ね上がる。

「ぬ」
「チッ・・・」

それはすでに衝撃派の粋だった。

三騎士は避けると言うまでもなく、
吹き飛ばされていた。

「ゴルァアアアア!!!!ギャハハハハハッ!!!!!!」

三匹が吹き飛んだ中心で、
野獣が叫び笑う。

「楽しいなぁ!!おぉ!?すっげぇ!マジで最高だ!!メチャ燃える!メチャクチャ滾る!!
 俺様の中でアドレナリンって奴が暴れてやがっぜ!!!体が痛みで喜んでやがる!!
 メチャクチャ楽しいバトルだ!!興奮の絶頂だ!!ハチャメチャが押し寄せてくんぜ!!!!」

ダメージは受けているはずだ。
はずなのに・・・
ピンピンしている。
むしろ活き活きし始めている。
体に支障のカケラもない。
化け物。
野獣。

「メチャ俺様負けちまうかもしれねぇな!でも絶対に負けねぇ!それが漢の闘いっ!最高だ!
 ゴォオオオオオォオオラ!!!よし来い!!もっと来い!!!オラッ!!来いよ!!!!」

ギルヴァングが楽しそうに両手で煽る。

「言われんでも、参ってやるよ」

すでに、
ギルヴァングの背後にエイアグが詰めていた。
ギルヴァングの牙のような歯が嬉しそうに覗く。

「全力で来てくれる奴には全力で返せる!!世の中っていいもんだなぁオイッ!!!」

ギルヴァングは、
その豪腕を、
不意に地面に叩き付けた。
叩き付けた・・・と思うと、引き抜いた。

・・・・引き抜いた?
なんと表現すればいい。

腕で、
足元の岩盤を持ち上げた。

巨大な地面の破片がギルヴァングの腕から、
フリスビーのように後ろに投げ放たれる。

「ッ!?」

エイアグは咄嗟に両腕でガードするが、
ガードどうこうの話ではなかった。
巨大な岩盤が、
エイアグに直撃し、
砕け、
吹き飛ばした。

「ぐっ・・・・」

エイアグは外門へと叩き付けられ、
岩盤の破片も外門へと散り散りにぶつかり、砕けた。

「ギャハハハハッ!!!!!」

ギルヴァングは楽しそうに、
砕けた地面を踏み込み、
追い討ちに飛びついた。

「応応!!」
「承知!!」

アジェトロとフサムが追いかける。
だが、
あの屈強な野獣の体は三騎士よりも速く、
世界一の身体能力を物語っていた。

「ゴルァァァァ!!!行くぜ!!!!歯ぁ食いしばれ!!!!漢のぉ!!!ロマンはぁ!!!!!」

ギルヴァングが、
エイアグに向けて凶暴なただの拳を振り上げる。
アジェトロは追いつけない。
フサムも追いつけない。

ギルヴァングの拳は、
ただエイアグへ追い討ちをかけるために、
その酷いまでの威圧力を持つ腕を振り上げた。

「やめろギルヴァングっ!!!!!」

誰かが叫んだが、
そんな言葉はバトルの絶頂に居るギルヴァングの耳には入らなかった。

「破壊力ぅうううううううああああああ!!!!!!!!」

どんな攻撃よりも、
言葉の通り破壊力を持ったその拳は、
エイアグに向けて振り切られる。

「・・・・チッ・・・」

エイアグは、
咄嗟のところで、
後ろの壁を蹴って跳んだ。

クルクルと空中で回転しながら、
ギルヴァングを飛び越す。

・・・・・後ろの壁?


そして、
メテオよりも、
ブレイブラーヴァよりも、
この戦いの中で一番大きな音が、

この辺り一面に響き渡った。






































「ぁぁああ!?あっの馬鹿・・・絶対やるだろうなぁと思ってたら本当にやりやがった・・・・・・」

この外門広場の逆。
入り口側の壁に、座りもたれこんでいる男は、
紫の長髪を前に垂らし、
顔を片手で覆った。

「・・・・ったく。・・・あーやだやだ。こっちは可愛いド畜生のメテオをレイプしていい気分だったのによぉ」

燻(XO)が、
手の指の間から外門をもう一度見た。

「あの力馬鹿・・・・外門に特大なサービスくれやがった・・・・」

外門は揺れていた。
いやいや、揺れていたなんてものではない。
この一番遠い場所からでも分かる。

巨大な巨大な外門に、
半径10mくらいのドデカいクレーターが出来ていて、
その中心から、
外門全体に渡って・・・・・・網目状にヒビが走っていた。

誰がどう見ても分かるほどに、
巨大な外門が割れていた。

まだ崩れていないのだけが不思議でしょうがないほどに、
見て分かるダメージだった。

「・・・・ったく。ま、やるだろうなぁとは想像が出来た事だからそれに関しちゃいいけどよぉ・・・・
 時期がよくねぇだろ時期が!ぁあ!?俺がすっげぇハッキリ射精後みてぇな余韻を楽しんでる時によぉ!
 その楽しい絶望時間をこんな早く打ち砕いちゃ意味ねぇだろ!イッたらすぐチェックアウトか!?
 ぶちこむなら俺の快感が引き終ってからにしろド畜生がよぉ!!!」

グラッ・・・グラッ・・・と、
外門はジェンガのように揺れていた。
外門の外枠が無ければすでに崩れ落ちていただろう。

特筆すべきは・・・・やはりその破壊力だった。
今でも耳が痛いほどの音が響いた。
この戦場に居る者は皆同じだろう。

ギルヴァング=ギャラクティカの一撃は、
外門の粉砕に等しかった。

「相変わらずだねぇ」

イライラしている燻(XO)だったが、
横から声が聞こえた。
外門広場の入り口。
そこから、十数人ほどの人間が入ってきて、
木陰に沿ってこちらに向かって歩いてきていた。

「ん♪あれまぁ、お久しぶり」

「・・・・っつーのが正しいのかどーかは知らねぇがな」

エドガイは両手を広げ、
「俺ちゃん涙目」と苦笑した。

「出来れば俺ちゃんは二度と再会はしたくなかったけどねん」
「ウフフ。んなこと言うなよ。友達じゃねぇーの?」
「友達じゃねぇーよん」
「あらら・・・・俺ってば友達少ねぇこと」

ウフフと笑う燻(XO)。
エドガイ。
燻(XO)。
両者とも、
裏があるにも関らず表は軽く見せる者。
交わす言葉の割には、
空気は張り詰めていた。

「・・・・・・・こっち側に居るんだってな。エドガイ」
「あーあ。外門こりゃ駄目だねもう」
「無視かよ。ウフフ・・・・」
「ギルは相変わらずだな」

エドガイは、
前髪で隠れていない方の目で見据える。

「頭に血が昇ると手が付けられない。その血がアドレナリンってのがまたやっかいだねん。
 ま、言語を覚えただけマシにはなってるけどな。根本は野生のまんま変わってねぇ」
「変わるわけねぇだろ?人間だぜ?俺を見ろよ。いい見本だ」
「てめぇは腐りきってるからな」
「ウフフ・・・褒め言葉だ」

嬉しそうに紫は笑う。

「ま、俺ちゃん的には外門壊れてくれちゃった方が仕事がしやすいんだけどねん」
「あれま。こっち側の奴の言う事じゃないねぇ」
「こっち側?そりゃぁ根本的に違うねぇ」

ニコニコとニヤニヤと笑いながら、
エドガイは笑ったと思うと、
不意に、
腰から剣を抜き、
燻(XO)の首元に突きつけた。

「・・・・ウフフ。なんのつもりだエドガイ。俺はてめぇと違ってそっちの気は薄いんだ。
 てめぇの汚ぇ亀頭を俺に向けるんじゃねぇよド畜生が」
「俺ちゃんはな、仕事をこなすだけだ。仕事の中に"仲間を守れ"なんて契約はないんだぜ。
 胸糞悪ぃからこのままてめぇの首をチョン斬ってやってもいい。なぁにただの仕事の仕様追加だ」

ツリはいらねぇよ。
と、
エドガイは燻(XO)を睨む。
クソ野郎の方は、
ウフフと笑うだけだった。

「地獄の蓋が開くぜ」

クソ野郎は不意に、
短くそう言った。

「ぁあ?」
「地獄の蓋が開くって言ってんだ。ほれ、外門だよ」

燻(XO)が外門を指をさす。
未だ崩れてはいない。
ただ、
ギルヴァングの一撃のせいで、
すでに時間の問題というだけで。

「あれはな。"開くように出来てんだよ"。女の両足と同じだ」

燻(XO)は首元の刃を叩く。
どかせと言わんばかりに。
エドガイも剣をひっこめながら聞く。

「開くように?っつーとなんだ」
「もうここ長年、外門の防御なんてぇのは騎士団のマニュアルにはねぇのよ。
 ほれ、『ノック・ザ・なんとか』のお陰でな。・・・・・んー、いや。それも関係ねぇか。
 ま、つまるところ、外門なんてぇのは生け贄だよ。時間稼ぎ、兼、消耗狙いだけのな」
「酷ぇ言い様だな。それでも俺ちゃんはそんなお仕事を頑張っちゃう人が大好きだよん」
「俺もだ。哀れに朽ちていくド畜生を見てると愉快で勃起しそうになる」

自分では起き上がれないので、
燻(XO)は座ったまま話し続ける。

「俺はなんでメテオを操作したと思う?」
「悪趣味だろ」
「そ、分かってんね。そーいう事。戦況どーこーなんてどうでもいいのよ。趣味。
 ウフフ・・・つまるところ遊びなんだよね。ギルヴァングにとっても俺にとっても」

楽しむ事は重要だ。
だが、
それでも"仕事(金儲け)"だけが誇りのエドガイには、
少し勘に障る言葉だ。

「ギルヴァングも結局、三騎士とツヴァイにしか手ぇ出してねぇだろ?そして俺もだ。
 メテオなんて操作しなくてもよぉ。・・・ウフフ・・・・・・"直接俺が出たほうが効果的"だろ?」

なんの躊躇も無く、
燻(XO)はそう言ってのけた。

「そりゃそうだ。俺やギルヴァングが本気出せばここで戦いは終わってる」
「すげぇ自信だこと」
「ハッキリしてるからな。ハッキリしている事は言い切れる。大好きだ。
 そんでもって・・・・結局のところここまではマニュアル通り。
 苦戦しようがどうだろうが、外門くらいは開くだろうってのは誰もの予想通りだ」

だが、
と付け加え、

「期待通りじゃぁない。台本のある遊びなら、ここらで少しオシオキが必要じゃぁねぇか?」
「・・・・・何かする気か?」
「ん?俺?俺がか?・・・ヒャッハッハ」

甲高い声で肩を揺らし、笑う。

「俺じゃぁねぇよ。ほれ、地獄の門が開く。粛清は閻魔様に任せるのが一番だ」



































「たっのしいなぁ!!オイッ!!!なぁ!!!!!」

野獣は外門の下で笑い叫んでいた。
いつの間にか空から申し訳程度に落ちてきていたメテオも振り止んでいる。
いや、
最後の残り。
神様の残りカスとでも言わんばかりに、
それはギルヴァングの真上に落ちてきた。

「メチャ最高だ!!!!」

上も見ずに、
ギルヴァングは己の豪腕を突き上げた。
ギルヴァングの真上で、
メテオがビー玉のように割れ砕けた。

自分を埋めてしまうんじゃないかという量のメテオの破片の中、
猛獣の気分は最高だった。

「力とはパワーだ!!!」

メテオを砕き、突き上げていた拳。
力を入れながら、自分の眼前まで下ろす。

「体の奥の奥の芯から、力が振り絞られるのが分かるっ!!これがバトルの快感だよなぁ!
 一人じゃぁどうしようもねぇ!!好敵手(ライバル)が居て初めて引き出せる自分の全て!!
 俺様の心は満ちているぜ!パワーで!力で!漢としてのパワフルな力でよぉお!!!」

「ふん。人間とは言語も扱えんものだったか」
「いや、これはむしろ賞賛すべきだろうよ」
「人間は鍛えれば脳みそまで筋力が付くことだ」

「ギャハハハハッ!!!言葉より体で語ろうぜ三騎士よぉ!!!
 考えるより行動だっ!拳で真っ直ぐ語りあってこその漢だろうよっ!!!」

「ギルヴァングッ!!!!」

ギルヴァングの背後から、
体の奥から引き出したような声が聞こえた。

「ぁあん?なんだぁ?」

楽しいバトルの邪魔をするのは。
闘いの興に水を差すのは。
そんな気分でギルヴァングは振り返る。

「やっと反応したか。悪いが呼び捨てにさせてもらうぜ。位としては同じ部隊長だしな」

声の主は、
未だ尚、
無様にヤモンクソードで外門に張り付けにされている、
ヒャギ=シグナルだった。

「呼び方なんてどうでもいい。んで!?なんだ部隊長さんよぉ!今俺様は忙しい」

「黙れ」

逆さまの状態で、
ヒャギはギルヴァングに牙を持ったような声を発する。

「てめぇ。この有様はなんだ」

「無様に逆さまにぶら下がってるクセに威勢だけイイってのは漢らしくねぇな」

「この有様はなんだっつってんだっ!!」

それは、
誰しも分かる、
この有様だろう。

外門は今にも崩れそうだった。
守ろうとしていた外門に、ドデかいヘコみが出来、
亀裂が入っている。

「・・・・確かによぉ。俺ぁ既にあんたにすがるしかねぇような敗者だ。
 どんなデメリットを考慮しても、現時点、テメェに頼るしか外門を守りきる術はねぇだろうよ。
 だがテメェは違うようだ。テメェはテメェの守りたいもんがあるんだろうが、それは俺とは違う。
 "俺達"とは違う!失せろ!!!外門を傷付けるような奴に、外門を守る死角なんかねぇんだよっ!!」

それは、
すでにやられたと言ってもいい常態のヒャギが言うには、
あまりにも威勢のいい遠吠えだった。

「ぁあ?今三騎士にも言ったがよぉ、俺様は体で語らねぇ奴は嫌いだ。メチャ嫌いだ。
 口だけ達者な奴なんてぇのは漢じゃねぇ。守りたいもんは体張ってぇ守るもんだろうが!!」

「確かに言葉はねぇ。情けなくて返す言葉もねぇが・・・・・自分のために人の守りたいもん踏みにじるんじゃねぇよ」

ヒャギはギルヴァングを睨んだ。

「てめぇの闘いは俺達の邪魔にならねぇ別の場所でやれ!外門(ココ)は俺達の場所だっ!
 ここに居る・・・いや、ここに居た300の3部隊の全て1人の例外もなくっ!
 全身全霊で体を張った!このチンケでデカいだけの外門を守るためだけにだっ!
 それを"ついで"で踏みにじるような奴は我慢ならねぇんだよっ!!」

情け無い姿とは裏腹に、
声には勢いがあった。
ギルヴァングはその粋の篭った言葉に目を見開き、
太い腕を組んだ。

「んぐ」

考えるのは苦手だ。
と言わんばかりに頭を傾げた。

「言われて見れば俺様、納得かもしれん」

以外にも素直だった。

「おーおー!確かに!言われてみれば俺様一人よがりだった気がしてきたっ!
 ああっ!なんか漢らしくねぇ気がしてきたっ!勝手に割って入って!迷惑かけて!
 やべぇ!ドンドンそんな気がしてきたっ!俺様メチャ漢らしくねぇ!!!」

簡単に意見が覆るほど、
彼は単純な単細胞。
いや、
純粋な本能だったのかもしれない。
まるで肉を見せると豹変する飼い犬だ。
その真っ直ぐさもギルヴァングの良さなのかもしれないが。

「正直なとこ、まるで反省だ」

ギルヴァングは見上げる。
自分が破壊した外門を。

「他人の守るもんを傷付けて手に入れる戦いに意味はない。譲れない意志と意志がぶつかってこそのガチンコだ。
 全く漢らしく無かったな。ギャハハッ!まぁいい。とりあえずは十分に満足もしたことだしよ」

簡単に自分の非を認められる純粋さも、
時としては強いかもしれない。

「邪魔ものは退散するとするか」

ギルヴァングは城壁の方へと歩いていく。

「さっきからヒリヒリと、"さがれ"って五月蝿ぇしよぉ」

そして城壁の前に立つと、
その垂直な城壁へ、
右足の蹴りを突き刺した。

ギルヴァングの豪脚が、
城壁にめり込む。

「やっぱ闘いは一対一のガチンコタイマンに限るな。こーいう漢らしくねぇミスをしちまう
 どちらも退けねぇ意地と意地の張り合い。次のバトルはそーいうもんにしねぇとな!
 おっと。ヒャギだったか。詫びを入れてなかったな。・・・・・・メチャ悪かった!!」

顔はニッと笑ったが、
この場で一番強気漢は、素直すぎるほどに頭を下げた。
顔を上げるとやはり牙をむき出しで軽快に笑っていて、
今度は左足を城壁に突き刺した。

「ギャハハッ!ヒャギッ!てめぇは俺様にとっちゃぁザコにしか見えなかったが!
 譲れねぇもんを譲らねぇって意味では、テメェは十分に!・・・・・・漢だったぜ」

ビッ、と指を突き出し、
右足を抜き出し、
また城壁に突き刺す。

ギルヴァングの体は90度傾いていた。
足を城壁に突き刺し、
ガゴンッ、ガゴンッと、
壁を歩くように、城壁を登っていった。

「ギャハハハッ!!これだから戦場はクセになるぜ!最高の漢がいっぱいだっ!!!」








ギルヴァングが城壁を奇妙に強引にゆっくりと登っていく中、
最初に動いたのはツヴァイだった。

「万に一つの失敗を犯したな。敗者仲間」

ツヴァイは、
ヒャギの目の前に居た。
外門に、
ヤモンクソードで体ごと逆さまに張り付けになっているヒャギの、
そのヤモンクソードを握った。

「敗者仲間?ヒャハッ・・・ツヴァイ=スペーディア=ハークス。てめぇと俺を一緒にするなよ」

「どう違う」

「俺は負けを認めてない。まだ守るべきものは存在している。諦めていない。
 ゲームは終了していないんだ。なら、俺はまだ負けじゃない。終わっちゃいないっ!」

「なら、今終わる」

ツヴァイは、
ヤモンクソードを握り締めた。
ツヴァイならばこのままヒャギごと吹き飛ばせる。
一方ヒャギは体を貫かれて何も出来ない。

「今、この場に必要なのは強さだ。だが・・・・オレには強さが無かった。
 だから多くの新しき仲間を守りきれなかった。オレは敗者だ。
 そして貴様もそうだ。ほざくしか出来ない敗者だ。守りきれなかった敗者だ」

オレと貴様は同類だ。
ツヴァイの黒い瞳は、
真っ直ぐとヒャギに向けられていた。

「だが、まだこの戦い。どちらにでも転ぶ可能性はあった。
 オレの側も、貴様の側も。攻め側も、守りの側も。まだ可能性はあった。
 なのに何故貴様は最後の可能性であるギルヴァングを放棄した」

逆さまの無様な格好のまま、
ヒャギは小さな苦笑を浮かべた。

「意地だ」

続ける。

「わがままな意地だ。・・・・・・これは俺の・・・"俺達の仕事"だ。
 最後に、守りたいものは自分達の手でどうにかしたかった。それだけだ。
 貴様の言う通り俺が敗者なら、敗因は、そこでどんな手でも使おうという気にはなれなかった事かもな」























「愉快だっ!!全く愉快だぜっ!!」

ギルヴァングは、
城壁を登りながらギャハハと笑う。

「漢がこの世には沢山溢れてんだろうな!そんでもって心意気ってもんはそれぞれに持ってる。
 なら、俺様は真正面からそれとガチンコでぶつかっていきてぇぜ!」

ガゴンッ、
ガゴンッ、
と城壁に足をめり込ませ垂直に登っていく様は異様だったが、
ギルヴァングの心は落ち着いていた。
興奮の中で、余韻に浸っているような感情だった。

「敵には漢らしくねぇ者が多かったが、それでも漢らしき者を多く居た。
 それにしてもこれが騎士団。裏方に居たのはやっぱもったいなかったぜ!
 騎士団っつーのはこうも漢らしいものだったとはなっ!
 三騎士に騎士団。やぱり騎士ってもんはイイモンかもしれねぇ!」

余韻と期待。
戦いでの心と体のぶつかり合いは、
ギルヴァングの感情と血をフルに沸騰させた。

「出来る事なら全ての漢が真正面から俺様にぶつかってきて欲しいなっ!
 ギャハハッ!そりゃぁメチャ最高だろうよっ!今から楽しみだぜっ!」

ギルヴァングは、
三騎士との戦いで至るところに怪我はあったが、
どれも怪我であってダメージとは言い難いものだった。
むしろ、
この場に及んでまだノーダメージと言っても過言ではない。

「だがまた一つ学んだな。あの漢が言っていた通り、ぶつかり合わなきゃ意味がねぇ。
 騎士共ともガチンコでバトりてぇが、それじゃぁ本当の血肉の戦いは出来ねぇって事だ。
 本気でぶつかるためには向かってくる敵と戦うしかねぇ。ガーッ!漢ってぇのは熱いが難しいなぁ!!」

ただ、彼の心は満たされていた。
強き敵との遭遇はギルヴァングの望む所。
今回の収穫は三騎士。
そしてまだ甘いがツヴァイ。
他に思い当たるふしが無いのが残念だが、
敵の中にも熱き漢の魂を持つ者も居る。

「楽しみだっ!!次は誰だろうなぁ!おいっ!次のバトルも血を沸騰させてぇぜ!!」

ギルヴァングは、
愉快に城壁を登っていった。

そして昇っていった先。
ギルヴァングにはどうでもいい事だし、
そこまで思考の回る人間でも無かったので気付かなかったが、

城壁の上が嫌に静かだった。

ロッキーもとい、オリオールのブレイブラーヴァでかなりの被害を受けていたのは事実だが、
それにしても静かだった。

「ん?」

そしてギルヴァングが、
もうすぐ城壁の上に到達しようという時、
城壁の上に一つの影があった。

「なら、今蒸発させてやろうかい?」

それは、
何やら黒い格好をした女で、
上着をマントのように羽織い、
木刀を肩に携えていた。

「やられっぱなしで引き下がってちゃ筋は通せないもんでね。
 このツバメさんをお呼びと聞いて聞いて参上させてもらったよ」

城壁の上で、
ツバメは昇ってきたギルヴァングを見下ろした。

「ぁあん?」

「とりあえず掃除はしといた」

ツバメの周りには、幾多の魔術師が転がっていた。

「うちのラウンドバックならここに登るのも容易くてねぇ」

「知るか。どけ」

ギルヴァングは、
気にせずさらに歩を進める。
壁に穴を開けながら、
垂直に登っていく。

「俺様は今いい気分なんだ。てめぇの実力もハートのショボさも知ってら。
 てめぇは漢認定できえねぇな。小賢い闘いをする奴は嫌いだし、武器を使うなら尚更だ。
 三騎士は武器無しでも俺様を熱くさせてくれた。それに比べたらテメェなんて」

「黙りな」

木刀を肩に担いだまま、
やはりギルヴァングを真っ直ぐ見下ろした。

「うちは燕龍(ヤンロン)になる女だ。《昇竜会》の極道の筋を通さなきゃならないんだよ。
 何を言われてもホイホイを引き下がるような意志で盃(さかずき)は交わしちゃいない」

「黙りな、ザコアマ」

「確かにうちはザコでアマだ。だけど極道だ!極道には続いてきた道がある!
 受け継いできた筋があるっ!あんたの言う心意気がうちには足りてなくても!
 それだけは貫いていかなきゃぁ極道の名折れなんだよっ!!!」

ツバメは、跳んだ。
燕は、飛んだ。

城壁から飛び降り、
木刀を振りかぶった。

「くだばりなっ!!!」

「体張ってこねぇ奴が何度来たってよぉ!俺の体は喜びも悲鳴あげやしねぇんだよ!」




















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「オールクリティカル?」

ツバメは首をかしげて聞くと、
煙草を吸いながら、
トラジは答えた。

「そう。つまるところ、リュウの親っさんの全ての攻撃はクリティカルてぇわけだ」

自分の事のように自慢げで嬉しそうな表情を、
サングラスの下の顔は造っていた。

「リュウの親っさんには学も無ければ技もねぇ。なのに人一倍強ぇ理由はそこだ」
「お呼びじゃない理由だね。リュウの親っさんは学も技も無くても誰よりも強いよ」
「そりゃぁ確かに全く」

サングラスの下の口がニヤり。

「でもやっぱ理由がある。親っさんの強さはその"心意気"。そう言えばてめぇも納得すんだろ」
「まぁそう表現すればね」

ツバメも納得して頷いた。
分かったかという表情でトラジは続ける。

「真っ直ぐで硬くて、一切歪みの無い一本の筋。それが親っさんの強さってぇもんだ。
 どんなものにも芯はある。親っさんは自分のド真ん中の芯を開いてのド真ん中にぶつけてんだ。
 ただそれだけなんだ。親っさん自体しっかり自覚してるもんでもねぇ」

それがクリティカル。
芯だ。
トラジはやはり自慢げに言う。
煙草は火が付いたまま、
吸われるのを忘れて短くなっていった。

「芯を、芯に・・・ねぇ」
「言葉ほど上手くいくもんじゃぁねぇ。だから親っさんはすげぇんだ」
「だから親っさんは木刀でも鉄をも砕く破壊力があるんだね」

リュウの攻撃は、
相手が剣だろうと盾だろうと、
そのまま粉砕するガード不能のクリティカル。

「でもどんなものでも芯があるなら、なんで親っさんは木刀を使ってるんだろうねぇ?
 『木造の昇り竜』なんて呼ばれてるくらいだから違和感なかったけど」
「そりゃぁただ親っさんの心を表してるだけだ」

得意気に、
トラジは言う。

「鋼鉄。ミスリル、青銅(ブロンズ)、銅(コパー)、銀に金。石に鋼。
 スズ、ニッケル、亜鉛にアルミ。おぼろ銀に真珠、プラチナ。モノ。
 いろんな鉱石やインゴット、合金なんてぇ武器素材があるが・・・・」

トラジは、
煙草をツバメの方へ向けた。
灰が地面に落ちた。

「木って素材は"唯一生物なんだよ"」

ツバメは納得した。

「成長する素材。土から伸び、天へと向かう。リュウの親っさんは木のそういうところが好きだと言っていた。
 木ってのは土台が良くないと、そして・・・・芯がしっかりしてなきゃ大きくはなれねぇ」
「まるで《昇竜会》だね」
「そう。親っさんの粋はそこだ。その筋を持っていたかったってわけだ。
 そして木は登り続ける。天に向かってな。まるで龍だ。ひん曲がって成長したっていい。
 ただ芯さえしっかりしていれば、木は天駆ける龍のようになれる。・・・・親っさんはそう言ってた」

ツバメは、
ダガーを握り締めた。

「うちも・・・成れるかな」
「成れねぇなぁ」

トラジは簡単に答えた。

「成れるかなぁじゃ成れねぇ。一切歪み無い心を持たねぇとな。それが芯だ。
 もしお前が親っさんのように成れた時は、おそらく芯の何たるかが見えてるだろうよ」











--------------------------
























「あぁああああああああああ!!!!!」

急降下するツバメの、
その手に持つ木刀は、

真っ直ぐギルヴァングに突き刺さった。

「・・・・・ぐぉ・・・・・」

驚いたのはギルヴァングの方だった。
体が空中に投げ出される。
壁に突き刺していた足は剥がれる。

そして、
自分の体は、メシメシと鈍い音を発した。

「・・・て・・・めっ・・・・」

「お呼びじゃないんだよっ!!!!」

ツバメは木刀を叩き付けたまま、
ギルヴァングの体ごと、地面へと急降下していく。

会心。
痛恨。
自分での信じられないような威力と共に、
両手にはまるで何も握っていないような感触だった。
芯の芯。
そこを突き抜けるような感覚だけがあった。

「見えたよっ!トラジッ!親っさんっ!!!」

刃でも、
三騎士でも、
ツヴァイでも結局の所はダメージを与えられなかった、
強固過ぎるギルヴァングの体が、
メキメキメキッ・・・と悲鳴をあげている。

「これが!"芯実"だっ!!」

ツバメの叫び声と共に、
二人は、

城壁したへと直下した。

地面が跳ね上がる。
砂煙が舞う。

地面にぶつかった衝撃で、
ツバメの軽い体も吹き飛んだ。

「・・・・・・た・・た・・・・」

尻餅をついた状態で、
ツバメは上半身を起こした。
右手にはしっかりと木刀が握られたままだった。
それはそうだ。
離すわけがない。

「・・・・・・ギャハハッ」

そして目線の先には、
肩膝をついたギルヴァングが居た。
自分の脇腹を押さえている。

「こりゃぁすげぇ」

言ったと同時に、
ギルヴァングは吐血した。

「ぐ・・・ギャハハッ!!!すげぇぜ!!アバラが3本持ってかれてらぁ!」

結局のところ、
その程度か・・・と悲観することもなかった。
どんな素材より、
鋼鉄よりも固かったギルヴァングの体に初めてダメージと言えるダメージを与えたのだから。

木は、鋼鉄を打ち砕いた。

「ギャハハッ!痛ぇぜ!超痛ぇ!メチャ痛ぇ!今日一番の会心の一撃だったぜ!」

ギルヴァングの口から垂れる血の量を見れば、
折れたアバラ骨が内側で内臓に突き刺さっている事は見て取れた。

「ゴムみてぇになってら」

ギルヴァングが自分の脇腹を撫でる。

「筋肉でどうにかなるかな?おりゃっ!ごるぁっ!」

何やら脇腹に力を入れている。
そのたびに吐血しているが、
実際にどうにかしてしまいそうで怖かった。

「へへっ・・・・あんたも漢だったか」

ギルヴァングの真っ直ぐの眼は、
ツバメを見据えていた。

「男じゃぁないけどねぇ」

「だが漢だった」

ギルヴァングは、まるでもう大丈夫。治ったと言わんばかりに立ち上がった。
実際はそうではないだろうが、
彼はそれ以上に感情の昂ぶりを優先した。

「どんなトリックを使った?・・・なぁんて無粋な事ぁ聞かねぇよ!メチャガチンコだった!
 全く俺様は見る目が無くて困るぜ!馬鹿だから失敗してからいつも気付くもんだ!
 さっきまでのあんたへの非礼に詫びを入れさせてもらうぜ。ギャハハッ!謝ってばっかだな俺様!」

豪快に笑うギルヴァングの姿は、
むしろ心地よささえ感じたが。

「これで終りじゃぁないよ」

ツバメは木刀を握り締めて立ち上がった。

「《昇竜会》の力をこんなもんだと思ってもらっちゃぁ困る。お呼びじゃないんだよ。
 うちは《昇竜会》に汚点を残す事なく伝えていかなくちゃぁいけない。
 空に登るためには・・・・天井に怯えていくわけにはいかないんだよっ!!」

「ギャハハッ!超いいぜっ!全力で受けてたってやらぁ!てめぇはそれに値する」

そう言って、
構えとも言えぬ野性的な構えを取るギルヴァングは、

「・・・・と言いてぇところだが」

と、
両目だけ真上に向けた。

「帰れって言われてるんでなぁ。今回はちょいと戻らせてもらうわ」

「逃げる気かい!?」

「ギャハハッ!」

ギルヴァングは笑ったが、
それは、事実上どうしても劣っているだろうツバメがそんな事を言った事に対する笑いではない。

「心配すんなっ!俺様は今回一つ学んだんだ。重要な事で怒られちまったからなぁ。
 戦いってぇのは正面からぶつかり合おうってぇ二人が真正面からやらなきゃぁ駄目だって事をな。
 だがむしろそれは、お互いがぶつかろうってんなら時期は関係ねぇ。絶対にぶつかるってことだ。
 だからここはお互い我慢しようぜ!ギャハハッ!また楽しみが増えたぜ!これだから闘いはいいなぁ!!」

そしてギルヴァングは屈むような姿勢になり、

「最後に一つもっかい言わせてもらうぜ」

ツバメに言った。

「あんたぁ、漢だったぜ」

そしてギルヴァングは地面を粉砕して蹴飛ばした。

「ドッゴラァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

そしてそのまま、
ジャンプ一つで城壁を越えていった。
相変わらず有り得ない身体能力をしている。
それを見送り、
ツバメはやはり木刀を握り締めたままだった。

「親っさん・・・・」

ツバメは、
リュウの形見でもある木刀"大木殺"を握り、見据える。

「うちは少し、龍に近づけたかな」

そしてそんな事を考えてちゃまだまだ駄目だとすぐ悟った。
歪んではいけない。
真っ直ぐに。
芯を。

自分は龍になる。
それだけ芯に誓うだけだ。


































「最後に一つだけ聞きたい」

ツヴァイは外門に突き刺さっているヤモンクソードを握ったまま、
ヒャギを貫いているヤモンクソードを握ったまま、
ヒャギに問いかけた。

「オレは、何かを守ろうとする気持ちは一つの力だと感じていた。
 事実、何か今までの自分とは違う底知れぬものも実感していた。
 だが実際は違った。オレは弱かった。理由が知りたい。お前なら分かるかもしれん」

同じ、
守るものがあって、
負けたお前なら。
ツヴァイの眼は真っ直ぐヒャギに問いかけていた。

「・・・・ヒャハッ・・・・世界最強が一人が俺に強さを聞くか・・・・俺も偉くなったもんだ」

「はぐらかすな。聞いているのだ」

「・・・・・・」

ヒャギは、
串刺しで逆さまのまま、笑った。

「守るもんがあったら、強くなるに決まっているだろ」

ツヴァイは握る大剣に力を込める。

「理由を聞いている」

「怖いねぇ」

苦笑した。

「・・・・イヤだけどよぉ、理論的な話にしちまえば、火事場のクソ力って奴かもな。
 人間ってのは脳みそで力をセーブしたり、諦めちまったりするだろ?
 感情や思いってのはそんなもんを吹っ飛ばす。それが力の向上かもしれねぇ」

心情論を言ってくるかと思ったが、
違った。
だがツヴァイは黙って聞いた。

「ま、つまりは諦めない限り、最後の0まで戦い続けれる。それが守るもんがある強さだ。
 ・・・・・・簡単な話だ。ただ俺達は、自分の命なんかよりそっちのが重かったってだけなんだから」

そこまで聞くと、
酷く納得した。

「オレは・・・・命をかけるほどに至っていなかった。・・・そういうことか?」

「さぁな。だがあんたが聞きたい言葉はしっかりと確信をもって答えさせてもらうぜ。
 ・・・・・守るもんがあれば強くなる。これは絶対だ。100%だ。間違いない」

例外はない。
ヒャギの眼は1mmの迷いもなかった。

「・・・・・お前の守るものは、こんなチンケな外門だったのか」

「あぁそうだ」

「何故こんなものに命をかけられる」

「これが俺の仕事だからだ」

「さっきもそう言っていたな」

「これを守る事。この仕事を守る事。それは家族を守る事だからだ。
 だから俺は誰にも侵害されたくはなかった。いや、俺達は・・・だ」

この無様な状況下で、
ヒャギの目はまだ力強かった。

「なら、直接その家族を守ればよかっただろう」

「世の中そんな簡単じゃぁねぇんだよ」

「だろうな」

ツヴァイはチラりと背後に気を向けた。
後ろには三騎士がいるはずだ。
この男を殺したがっている三騎士が。

「まぁいい。聞きたい事は聞けた。そろそろ逝け」

「・・・・・・」

今の三騎士だと、
この状況のツヴァイまでも襲う可能性があった。

「逝けと言われて逝けるほど、俺の心も単純じゃぁない。
 諦めてたまるか。俺達は守らなくちゃぁいけない。家族を」

「諦めろ。お前は守りきれなかったんだ」

「俺達は家族を!家庭を!家を守らなくちゃいけねぇ!!」

「それでもやはり、力が足りなかった。教訓にはさせてもらう。
 オレもこれから、守っていかなくてはいけない」

「俺だって!俺達だって守っていかなくちゃいけない!守(まも)る!護(まも)る!衛(まも)る!保(まも)る!
 ・・・・・家族を!家を!家をっ!!家をっ!!!養(まも)っていかなくちゃいけねぇんだ!!」

ツヴァイは、
少し心が揺らいだが、
それが自分の弱さなのかもしれないと、その気持ちを吹っ切るように、
大剣を抜いた。

抜くや否や、
そのまま、
ヒャギの体は真っ二つになった。


























-------------------














「おい、俺達の装備はなんでショボいんだ」
「差別って奴じゃねぇのか?」

ヒャギ・ヒューゴ・ヒョウガの三人がルアスに来て、
まだ2日目だった。
彼らは、
騎士団の宿舎に居た。

金も家も常識も、そして服さえも無かった彼らはすぐに騎士団に検挙されたが、
事情を説明すると、
騎士団の宿舎に入れられた。

教習という扱いで、
1ヶ月ここで働くそうだ。
給料は出ないが、
衣食住だけは最低限完備される。

心優しき国王が決めた保護法の一つで、
だが実際に本当に最低限の酷いものだが、
それを超えた一ヶ月後に彼らが認められれば、
騎士団に雇用されるそうだ。

もちろん雑多な兵士として。
タダ同然の状況から、捨て駒が生まれれば儲けモノとでも考えられたのだろう。

「支給されただけでもありがたく思え」

「でもよぉ」
「他の奴らの頭にはキラキラしたもん付いてるじゃねぇか」

「皆、騎士団に入りたくて教習を受けに来ているのだ。それなりの装備は整えてきてる。
 そういう意味では支給品を使ってるお前らはすでに最低ランクだな」

兵士の男は嫌らしく笑った。










「チッ、俺らを常識知らない田舎者だからってよぉ」
「まぁ事実だしな我慢だ」
「でも皆ついてたな。頭の上にキラキラ」

ヒャギらが言うのは、
それはアメットの宝石の事だ。
アメットの宝石は、ある意味スーツのネクタイのようなもので、
騎士にとっては一つのユニークポイントだ。

「俺らも買えばいいんじゃね?」

ヒョウガが言った。

「買うったって金の使い方さえ知らねぇよ」
「いや、一理あるぞ。明日からはあいつらと教習するんだ。馬鹿にされたくねぇ」
「そうそう。俺達は故郷(レビア)の家族のためにビッグマネーを掴まなくちゃいけねぇ」
「こんなところで躓くわけにはいかないって事か」

街を歩いていた彼らの視界に、
賑わいを見せる景色が目に入った。
それはルアスの中央広場だった。
様々な露店が並んでいる。

「よく分からねぇけどよ。あの辺で聞いてみようぜ」
「んで結局金は?」
「ババ様にもらったのがあるだろ?」

と、汚い包みを広げて、
硬貨がジャラジャラと音を鳴らした。

「飯はもらえるってんだ。この金はここで使っとくべきだろ」
「なるほどな」

彼らは中央広場へと繰り出した。







「ばっかじゃねぇの」

そこの店の店主は苦笑いで言った。

「何がだよ」

ヒャギは不思議そうに答えるが、
露店の店主はむしろ呆れたようだった。

「お前らが言うのはアメットの宝石の事だろ?確かにバラ売りはしてるが、あくまで宝石だぜ?」

「だから金はある」

そう言ってヒャギはグロッド硬貨を広げた。
店主は苦笑いが続く。
これが彼の素の顔なんじゃないかと思うほどだった。

「あんたら、これよぉ。いくらあると思う?」

「ん?」
「いくらなんだ」
「金の事はサッパリだ」

「325グロッド」

店主はそれを強調して言った。
三人は顔を見合わせたが、

「いや、だからサッパリだ」
「それは高いのか?安いのか?」

「それを聞いてくるあんたらには高い金額かもな」

それに皮肉が篭ってる事ぐらいは分かった。

「あぁもう!あんたらにも分かるように説明してやるよ!耳かっぽじって聞けよ!
 正式なアメットの市場価格はな!20万グロッドだ。にじゅーまん。万な、万」

「に・・・」

学の無い彼らにも、
その数字くらいは分かった。

「イカルスに直営店あるから見て来い・・・・ってまぁあんたの持ち金じゃぁ行けもしねぇがな。
 ってぇーかあんたらはアメットの心配より今日の晩御飯の心配した方がいんじゃねぇの?」

それに関してだけは心配は無かったが、
彼らは初めて物価というものに直面した。
金。
世界の人間が何故、食事だけでなく金に執着するかが分かった。

「はぁ・・・・」

店主は金にならない客を相手にするのにも疲れたらしく、
自分の商売品の中から三つ、
シートの上に転がした。

それは、
赤・青・黄の石ころだった。

「こりゃぁ子供の戦士ゴッコ用のオモチャカブトについてる奴だ。
 もちろん宝石じゃないぜ。オモチャのアメットについてる偽物だ。それもってとっとと帰んな」

店主はそのまま325グロッド奪って、
三人を追い払った。

三人は、
ただ呆然と、その石ころを見つめた。

この金は、
ババ様・・・いや、
自分達の家族が価値も分からず長い人生をかけて集めた金だった。

それは、
一日の一食に値もしない金額だった。

「・・・・帰ろう」

そう言いながらも、
足を運ぶ場所は、騎士団の宿舎。
そこは家じゃない。
帰る場所じゃない。

金を掴んで家に帰らなければ。

そう誓った。




















2ヶ月がたった。

1ヶ月がたったところで騎士団の正式な団員になり、
それからさらに1ヶ月が経過した。

配属されたのは、外門守備部隊。
教習の教官騎士は言った。

「ま、お約束通りだわな。てめぇらみたいなのはそのために選ばれたんだから」

意味は分からなかったが、
1ヶ月仕事をしたら理由は分かった。

外門守備。
それは騎士団の中で最も過酷とも言える部隊だった。

「外門の守備っていうのは、言葉は悪いが現実はもっと悪い。つまるところ、時間稼ぎの捨て駒だ」

同期の奴が言った。
そりゃそうだ。
攻城戦の最前線で、
必ず一番多くの犠牲者が出る。
本番は外門以降であり、その仲間達のために出来るだけ敵を消耗させる。
突破される事は前提なのだ。

「ま、そりゃそうだよな」
「外門前に本気の兵を全て並べ切れるわけがない」
「やるなら広い中庭に配置するに決まってる」

後に、
『ノック・ザ・ドアー』という外門壊しの傭兵が現れると、
騎士団が外門の守備を放棄状態にしたのも頷けるものだ。
外門守備なんてのはつまるところただの消費物に過ぎない。

ま、そういうのは攻城戦に参加した事ある奴なら分かってくれるだろう。
外門なんてのは、どこまで踏ん張れるか・・・くらいのもんだ。

そしてそういう外門守備なんて、死が付きまとう・・・というか死ぬ事が前提の部隊は、
俺達のようなどこの馬の骨とも分からない奴を雇用するわけだ。

毎年300人雇用されて、
毎年全体の数が変わらない部隊なんて笑える笑える。

でも俺達には有り難かった。
こんな俺達が仕事を手に入れたのだから。
そして1ヶ月が経過したという事は。

「ほらよ。給料だ」

俺達は、
ルアスに来て2ヶ月。
初めて金というものを手に入れた。

「おいおいヒャギ。いくらある?」
「待て待て。今明細ってのを見てる・・・ん?なんだこの税金っての」
「分かんねぇけど給料にプラスされてるんじゃねぇの?ラッキーじゃん」
「あぁー?でもこの基本給ってのより・・・」
「ま、いいじゃねぇか。とにかく俺らの取り分はそんだけなわけだ」

手取りのところで、
20万グロッドというところだ。
後から聞いた話だと、一般人の平均的な基本給が20万らしい。
3人でこれだけって事は、俺達の待遇は下の下なんだろうが、
引き続き最低限度の衣食住は与えられていたので文句は無い。
言い様も無い。

「20万かー」
「つまり、普通の騎士はこの初任給ってのでアメットを買うわけだな」
「世の中うまいこと出来てんな」

三人の頭には、
ボロボロの中古アメットに、
赤・青・黄のオモチャの宝石が付いていた。
もちろん、
この初任給でちゃんとしたアメットを買ってたら、
三人分揃えるのには3ヶ月無給も同じだった。

そんな選択肢は無い。

「ヒャハッ!」
「明日は久しぶりの二連休だ!」
「ヒュゥ・・・さっさと繰り出そうぜ」

三人は、
当然のようにこの金を一日で使った。


















「兄ちゃん!」
「ヒャギにぃーちゃん!ヒョウガにぃーちゃん!ヒュウゴにぃーちゃん!」
「おかえり!!!」

あまりに早い三人の帰りに、
寒い寒いレビアの実家。
狭い狭いレビアの実家。
家族が47人の134個の眼は、俺達に降り注いだ。

「何?何?それ!」

「へへっ」

ヒャギ・ヒューゴ・ヒョウガの三人は、
米俵を2つずつ担いでいた。
家の外にはさらに沢山ある。
給料の全てを継ぎ込んだ。
カレワラWIS協会とかいうのが、送料とかいう不思議な見えない金をとっていったが、
買えた量に不満は無かった。

「ヒュゥ・・・・聞いて驚くな?」
「食い物だぜ!?ウヒョーーッ!!」

三人は、その場に米俵を置き、
固い縄を解く。
ギュンギュン詰めの狭い家に、
米が広がった。

「た・・・」
「食べ物?!」
「食べれるの!!?」

「そうだ!外には入りきらなかった分がもっとあるぜ!」
「今回は米だけだが、一番安くて長持ちする一般的な食べ物だ」
「恐らくこんだけ居ても数ヶ月は・・・・」

「やったああああ!」
「うわあああ!!」

家族の皆は飛びついた。
もう米しか目に入らないといった様子で、
いつも死んだ顔をしていたみんなに生気が漲っていた。
零れた米を両手で掴み、
ボリボリボリボリと口に含み始めた。

「お、おい焦んなって!」
「米はそーやって食べるんじゃなくて・・・」
「うぁ!?しまった!ヒャギ!ヒューゴ!あの炊く奴買ってねぇ!」

食べ物を有りっ丈プレゼントしようと思って盲点だった。
米を炊く術が無かった。
だけど、

「おいひい!」
「おいしいよこれ!おにいちゃん!」

皆、
満面の笑みで米を口に含み、
バリボリバリボリ噛み締めた。

「・・・・ヒュゥ・・・まぁいいか」
「来月の給料でもっといいもの食わせてやろうぜ」

すでに三人は満足だった。
そして給料は自分達に使う予定は一切無かった。
47人の家族を養っていかなくてはいかない。
でも、
贅沢とかいうのをしなければ、3人分の給料で50人生きていける事は分かった。

「へへっ」

たった1ヶ月の仕事だったが、
死に直面した事は何度もあった。
だが、
何度死に掛けても、こいつらを生かしてやろうと思った。

「ヤキ、ユーコ、ヨウカ」

ヒャギは一番下の三人の兄妹を呼んだ。
そのうち二人はまだしゃべれもしない。

「ほれ」

ヒャギは手の中から、小さな食べ物を取り出した。
キャンディーだ。

「兄ちゃん達は魔法ってのをルアスで習ったぜ?金を甘いものに変える魔法だ」

下から三番目のヤキはそれをとりあげて口に放り込んだ。
残りの二人には母達が代わりに食べさせてあげる。
ヤキは「ぉおーいしい!」と満面の笑みをした。
甘いという感覚さえ初めてのものだ。

「来月からも兄ちゃん達がドンドン食べ物もってきてやるからな!」
「そうだ!5着だけだがアンタゴンも買っておいたぜ」
「案外高くてな、廃棄処分のボロボロの中古品だが、これで外にも出られるぜ」

皆、
口にこれでもかというほど米を詰め込みながら、
目を潤ませて俺達を見た。
これが見たかった。
これが見たかったんだ。

外に出て、初めて俺達という家族の生活が、不幸に類するものだと知った。
だから、
こんな幸せな顔を見られえるなら、どれだけでも。
ヒャギも、
ヒューゴも、
ヒョウガもそう思った。

「よくやったお前らは。我が家族の誇りだ」

ババ様がそう言った。

「いやいや」
「ババ様のお陰だぜ」
「ババ様が俺達をルアスに導いてくれたから」

ババ様もその言葉だけで嬉しそうだった。
そして思いついたように言った。

「そうか。ワシが与えたものは役に立ったんだな・・・
 先祖から代々溜めてきたお金も、お前らの役に立ったんだな・・・・」

そう、
もう泣き出してしまった。

「あ・・・いや・・・」

三人は言葉を濁した。
ババ様のお陰だが、
それはさすがに正直には言えない。
ババ様らがくれたグロッド硬貨は、あまりにも無残な金額だったとは。
計算に入れる必要さえないゴミのような値段だったとは。

「・・・・・・」

ヒャギは、そこで思い至った。

「ババ様がくれた金は凄かったぜ」

ヒャギは、ヒューゴとヒョウガの頭の上を、
そして自分の頭の上を指差した。

「この兜の真ん中のが見えるか?これはな。宝石だ。
 ババ様達が溜めた金は実は凄い価値でな。なんと宝石が買えたんだ」

「なんと!」

ババ様は驚きのあまり卒倒しそうなところをこらえ、
周りの家族も、
ガヤガヤと言葉を交わしながら驚いていた。

「お、おいヒャギ・・・」
「ん?違ったか?」

ヒューゴとヒョウガも顔を見合わせたが、
納得し、小さく笑った。

「そうなんだよ。ほんとは食料に使いたかったんだがな」
「アメットの宝石は一つの象徴でな」
「俺達はコレのお陰でいい仕事にありつけた」

これでいいと思った。
ウソなんてどうでもいい。
皆が幸せなら。
もし、家族の皆がいつか真実を知ったとしても、
その時はきっとそんな事はどうでもいいほど幸せになってるはずだ。

皆が、
家族の皆が幸せなら、
それでいい。

「兄ちゃん!兄ちゃん!兄ちゃん達!!」

一人の弟が、
俺達三人のもとに、
嬉しそうに近づいてきた。
米を大事そうに握って、
何か凄いものを見るように俺達に目を煌かせた。

「兄ちゃん達はなんの仕事をしてるの!?」

「ん?俺達か?」

ヒャギは弟の頭に手をやった。

「俺達はな、騎士団で外門の守備をしてるんだ」

「きしだん!聞いたことある!!」

凄い!凄い!と、
弟は飛び跳ねた。

「でも外門の守備ってなぁーに?」

「あー・・そうだな」
「ルアス城の一番外側にある門でな」
「城だぞ城」

「ルアスじょー?"しろ"ってなぁーに?」

ヒャギらはクスりと笑った。
まぁ、
自分達だって2ヶ月前までは同じような田舎者だった。

「そうだなぁ。城っていうのはな、世界で一番偉い、王様っていう人が住んでてな」
「世界で一番でっかい・・・」

「凄い!!!」

弟は、
感動のあまり、
ヒャギに飛びついた。

「お兄ちゃん達のお仕事は!家を守るお仕事なんだね!」

家を。
守る。
仕事。

三人は、
顔を見合わせる事なく、
呆然と立ち尽くした。

正直、実態を知ったら、
人には自慢出来ないような過酷な奴隷のような部隊だ。
だけど、
弟の言葉は・・・・

「そうだ!」

ヒョウガが弟の頭を撫でむしった。

「兄ちゃん達は家を守ってるんだぜ?」
「世界で一番凄い家だ」
「俺達の仕事はな。家を守る仕事だ」

50人の家族がガヤガヤと騒いだ。
僕達の兄ちゃん達は、
私達の息子達は、
家を守るのが仕事だ。
そう、嬉しそうに騒いでいた。

家を守る仕事。

間違いない。
三人はそう思った。
世界で一番大事な家を守る仕事だ。

絶対に、
絶対に守りきらなくちゃいけない。

捨て駒になんてなってたまるか。
生き抜いてやる。
守り抜いてやる。
俺達が生きていれば、
家はずっと守っていける。

家族を守るんだ。

この仕事をやり抜いてやる。

「よぉーし!お前ら!よく聞けっ!!」

ヒャギは狭い狭い、
暖かい部屋の中で、
指を突き立てた。

「いつかお前らに、でっけぇ家を買ってやるからな!!!!」

家族の歓声の中、
三人の気持ちは同じだった。

どんな苦境も超えていけると思った。

守るべきものがある。
それは、
何をも超える力になることも知った。






















----------------------





















体が半分になって、
世界が2回転した。

その絶望の視界の中で、
ヒャギは、
果たせなかった事を悟った。

「チクショウ・・・・」

ヒャギの上半身は、
ドサリと、地面に落ちた。

自分の無力さを知った。

「終りだ」

その、上半身に、
ツヴァイの足が被さった。
少し力を入れれば潰れる。

どうしようもない状況だった。

「・・・・・・・・」

ヒャギは、
上半身だけの体で、
あとは踏み潰されるだけの状態で、
いろんな思いが、
笑顔が走馬灯のように駆け巡った。

「・・・・・家を買ったんだ」

ヒャギは言った。
ツヴァイは、
何も答えず、そのままだった。

「レビアに建てた・・・・一戸建てだ・・・・ヒャハ・・・金ってのは怖いな・・・ローンってのがある。
 懲役みたいなもんだ・・・俺達三人が・・・・あと30年働かなくちゃ返せない・・・守れない・・・・・」

ツヴァイは何も答えなかったし、
そのままだった。

「守れなかった・・・家族を・・・家を・・・・」

死骸は涙を流せなかった。

「悔しいなぁ・・・・なぁ・・・・・」

彼は地面を見ていた。
どうしようもない事が、
これほどにどうしようもないと、
悔しくても、どうしようもない事が・・・
どうしても悔しくて。

ツヴァイは、
足に力を入れようとした。

「あと1日・・・・」

ヒャギは言った。

「あと1日あんたらが攻めてくるのが遅ければ・・・・いや・・・違うな・・・
 俺達がもう少し強く・・・・あと1日皆を守りきる事が出来たなら・・・・・」

ヒャギは、
踏まれた状態のまま、
かすかな力で、
顔をあげた。

「明日・・・・・・・・・・給料日なんだ・・・・・・・2年ぶりの・・・・・・・・・」

「・・・・・・・」

ツヴァイは、
心の底から躊躇った。
躊躇って躊躇って、
最後に、
目を瞑り、
心を闇にして、

踏み切った。



骨はバラバラに散乱し、
そして、
煌きながら蒸発していった。







傍らにはアメットが落ちていた。


そこに煌く黄色の宝石は、

何よりも本物の、力強い美しさだった。






































「かかれ!!かかれー!!!」
「落ちる!落とせるぞ!!!」

反乱軍は、
それは最大の勢いで雪崩れ込んだのと、
その人並みが外門にぶつかるのは同時かと思うほどだった。

すでに砕けている外門は、
あとは落ちるのを待つだけと言わんばかりに揺れた。

「いよいよ。落ちるな」

アレックスの傍らで、
ドジャーが言った。

「そう。まるでアー君と私の恋のように」

シリアスな場面なので、
スミレコのセリフは無視した。
ぶち壊しだ。
台無しだ。

「でも、やっとってところですね」

確かに。
本当にだ。

「被害がでか過ぎたな」
「えぇ。ここまでですでに戦力の半分以上を失いました」

それはすでに、
反乱は適わない事を確定的にしていたが、
そんな事、
そんな分かりきった事、
今更誰も言わなかった。

「チェスターはすげぇな」

ドジャーは揺れる外門を見据えて、
呟いた。

「これを、たった一人で壊してたんだな」
「そうですね。さすが《MD》の最強です」
「そしてあんたは最弱」
「・・・・カッ」

スミレコの皮肉にも、
苦笑するしか出来なかった。
自分の無力さが身に染みる。

「恋に落ちるっていえば」
「変なところ掘り返すな」
「いえ」

フォーリン・ラブ。

「フレアさんはどうなったんでしょう」
「外門が落ちるのを見たぐらいで立ち直れる心の傷とは思えないけどな」

「フレアなら運んどいたわよ」

と、
後ろから歩いてきたのは、
マリナとイスカだった。
イスカは崩れていく外門を見て、
「ほぉ」と素直に関心していた。

「運んどいたっつーと?」
「ミルウォーキーの部下に頼んでね。どっか安全なとこよ。
 最初は「オレっちらの仕事はなんでも屋じゃない」ってWISが来たけど、
 あいつもうちの店にはツケがあるからね。優しく頼んだら簡単に承諾したわ」
「カッ、お優しいこって」
「ドジャー。あんたもツケだらけだからね」

と、指先でドジャーの頭を突付いた。

「うっせ。俺が溜めたツケなんて、アレックスが来てから簡単に抜いたろ。こいつに言え」
「アレックス君のツケだからあんたに言ってるんじゃない」
「そういう事です」
「・・・・・・世の中うまく出来てるもんだな」

ドジャーは呆れて首を振ったが、
逆にスミレコには好評だった。
ゴキブリにもアレックスのための利用価値があったのかと。

「さぁて。鬼が出るか、蛇じゃ出るかってか」

外門が、
とうとう崩れ始めた。
反乱軍の人並みに押され、
巨大な外門は、
哀しくも無残に形を崩していく。

「鬼か蛇が出てきてくれれば、まだマシなんですけどね」
「ここからが本番らしいな。精進せねばな」
「でも開いてみれば8部隊倒したわよ?いいペースじゃない?」
「こっちの戦力見てから言え。16部隊で満足する気か?」

こっちの戦力は半分。
さらにエドガイ、メテオラ、フレアが抜けた。
敵は53居る。
さらに44部隊に絶騎将軍。

「付け足しておくと、まだ1000人も倒してないからね」

スミレコが言う。
その通りで、
敵の数は2万いるのだ。

頭が痛くなる。
計算のしようもない。

「・・・・・」

アレックスは空を見上げた。

「8つの仲間が消えたぜ。アレックス」

アレックスの心境を読むように、
ドジャーは聞いた。

初めにエイト=ビット。
白馬の騎馬隊ラブヲ=クリスティー。
同じく騎馬隊ギア=ライダー。
反乱軍の兵だけで倒したというシャングリア。
ステルスのハヤテ=シップゥ。
そしてヒャギ=シグナル、ヒューゴ=シグナル、ヒョウガ=シグナル。

「・・・・・守るべき仲間だっただけです。今では倒すべき敵」
「その粋だ」
「ただ、まだ戦って手をかけてはいないです」

エイト=ビットが引き金をくれた。
だが、
まだ自ら戦い、部隊長を手にかけてはいない。
そういう意味で、
自分はズルいと思った。

「迷いは・・・・無いはずです」
「分かってんよ」

外門は崩れていく。
地獄の蓋は、
開いていく。

「そういえばマリナ、イスカ」
「む?」
「なぁーによ」
「ティル姉見なかったか?」

二人とも首を振った。

「そうか」
「ま、ティル姉は部外者だしね」
「要所で手を貸してもらえればそれだけで有り難く思わねばな」
「最初から同窓会って言ってましたもんね」

アレックスの後ろで、
スミレコが服のスソを引っ張った。

「アー君のお姉さん?ご挨拶した方がいい?」
「いえ、いらないです」

勘違いも甚だしいが、
その状況も色んな意味で想像したくない。

そうしている間にも、
外門は崩れ去り、
そして入り口には、

その外門の質量を表すように瓦礫が山積みになっていた。

「あれま」

マリナが、これは予想してなかったと言わんばかりに目を丸くした。

「ちょっとちょっと。外門壊したのに逆に封鎖されちゃってるじゃないの」

外門の周りに居た反乱軍の者達は、
崩れ落ちてくる外門から散り散りに避難していた。
その結果がこれだ。

「山にトンネルを掘るためにダイナマイトを使ったら山が崩れました・・・って感じだな」
「これが本当のかやく御飯だな」
「イスカさん。意味が分かりません」
「む。冗談というのは難しいな」

気持ちは伝わった。

「どうすんだ?味方も皆困惑してんじゃねぇか」
「現実は厳しいもんですね」
「あの瓦礫を登って超えるしかないな」
「それもまた中の人にしたら格好の標的に見えるわね」

外門を開くか、
さもなければ吹き飛ばす、
もしくわ倒す事が出来ればよかったが、
現実は崩れた形だ。
本当に現実はうまい事いかないものだ。

「アー君。とりあえず何か指示ださないと」
「そうですね」

実際問題、仲間は皆散り散りのまま困惑している。
一応先導している立場だ。
何か指示でもするために、
アレックスとドジャーを先頭に、
皆は外門の方へと歩んだ。

「カッ、役に立たなかったのに命令だけするのか・・・ってか?」
「アハハ、言われそうですね」

結果オーライとは言わない。
外門を壊す決め手が、
相手の手によるものだったなんてお笑い話だ。

ただ、
三騎士が三人の部隊長を倒したならば、
やはりこちらが外門を突破するのは時間の問題だっただろう。

やはり自分達は、
自分達の手でここを切り開いた。

この勝利の余韻の中では、そう考えてもバチは当たらないはずだ。

「でも実際問題どうするのよ」
「ん?何がだマリナ殿」
「有耶無耶になってるけどさ、部隊長クラスだと私達真正面から一人も倒してないわよ?
 ま、私とイスカで一人はなんとか倒したけどさ」
「そこを有耶無耶にするな羽虫め。あれは私が倒したんだ。全く、世界のメス全て死滅すればいいのに」
「なぁーんにしろ、これ以上強い敵が出てくるなら私達でいけるもんなの?」

それは、
ある種のタブーだ。

現実は厳しい。
奇跡なんて起こらない。

ここまで、この戦争を抜きにしても多くの敵と戦ってきたが、
アレックス達に奇跡など一度も起きてない。

あくまで倒せる範囲の敵をなんとか倒せてきただけで、
倒せそうにもない実力差があると、
それは倒していない。

奇跡や偶然で勝利はない。

「ツヴァイと三騎士だけに頼っていくのか?っつー話だな」

それでも頼らざるを得ないかもしれない。
先ほどのアレックスの話でもあるが、
手を下せるかどうかよりも、
手を下すに至れるかだ。

頼るにしても、
頼るべき相手も少なすぎる。

それは戦力の圧倒的な差を表してもいた。

「勝てるのか?」

イスカが言った。
誰も答えなかったし、
何度も考えてきた事だ。

だから、
それはやはりタブーだった。

「ここから先は、やはり僕らがどうするかも重要です。
 眼前に広がる強大な敵は、もう有耶無耶に"なんとかなった"じゃ済まないでしょう」

この先はきっと、
ご都合主義も通じない。

死ぬべき時には・・・・死ぬ。

「・・・・・」

瓦礫と化した外門が近づいてきた。
それに伴って、
皆の言葉数も少なくなった。

それは、
そういうネガティブな話をしていたから・・・・・というわけでもない。

なんというか・・・・言葉を発しづらい。

「・・・・なんなんだ?」

ドジャーがなんとなしに呟いたが、
それもやはり返答に困る。

眼前に迫る、
敵の本拠地の入り口。
その脅威と緊迫感。
確かにそれもあるだろう。

「・・・・アー君」

スミレコが、
アレックスの服のスソをギュッと掴む。
少し弱気な震えは、
スミレコらしくはなかった。

「マリナ殿は拙者が守るぞ」
「なぁーによ。改まっちゃって」

というマリナの顔も、
笑ってはいなかった。

息苦しさに近いものもあった。
緊張。
言葉通り、
その外門には張り詰めた何かがあった。

「・・・・・・」

アレックスが、
ふと、
足を止めた。

「・・・・・・ここまでです」

外門の瓦礫までは、
まだ幾分かだけ、距離はあった。
だが、
足を止めた。

なんで足を止めた・・・とは誰も聞かなかったし、
皆、同意の上で足を止めた形だった。

ピョコピョコと、
後ろからロッキーが走ってきて、
マリナの足にしがみついた。
元気なロッキーに挨拶は無かった。
自分の足にしがみつくロッキーの頭に、
マリナは手を置いた。

少し視界の外にツヴァイが居た。
調度、槍を拾い上げていたところだったが、
そのまま瓦礫の方を振り向いて、
動かなかった。

三騎士の姿もあったが、
三匹が三匹、動かなかったし、
ツバメはヤクザ達の先頭で腕を組んでいた。

「なんつーか・・・・」

ドジャーが言葉にしようとしたが、
うまく言葉に出来なかった。

アレックスはここまでだと言って足を止めたが、
それも正確には正しくなく、
ここまでというか、
それ以上・・・・・進めなかった。
進めなかったのだ。

「まさか・・・・とは思いますけどね」

それはまさかと思う。
思う。
そんな事は無いと思うし、
まず、有り得ないと思う。

でも、ソレしかないとも確信できる。

いやいや・・・と否定しようにも、
どうにも足は動かない。
息苦しさも感じる。

誰しもソレの存在は想像してしまうし、
やっぱりそれこそまさかという感じだし、
なんでと聞かれたら分からない。

「ありえねぇーだろ・・・」

理論的に言えばそうだし、
言うならば"ふさわしくない"とも言える。

そんなものが、
こんな早く、
そして、
こんとところに居るはずがない・・・・と。

ただ、
認めたくはなかった。

イスカが無意識にマリナの前に立ち、
守ろうという姿勢になっている。
考えているアレックスも、
まだ疑問の段階であるのに、
無意識に体は硬直し、
身構えていた。

しかし、
とにかく、
なんであれ、

その強大な意志を感じるからには、

これ以上は進めない。
否、
これ以上は・・・・進みたくはない。

逃げたい。
さもなくば・・・いっそ・・・・

そうさえ感じてしまうのは、
何も自分だけでは無いはずだ。

誰一人として、
言葉どころか、指を動かすのも躊躇っているのだから。

圧倒的に支配されているのだから。


瓦礫が吹き飛んだ。


崩れていても、
質量は変わらない。
その巨大な外門の瓦礫が、
無残にも簡単に、
簡潔で残虐的に、
理不尽に暴力的に、
そして、
絶対的に荒唐無稽的に、
当たり一帯に吹き飛ぶ。

その吹き飛んだ瓦礫が、
誰一人にも当たらなかったのは、
偶然とか奇跡じゃなく、
何かしらの意志があったとしか思えなかった。

絶対的な意志が。

「ふん。そうだな」

そこに居た者は、
そう言った。

「誰しも質疑及び意見もあるだろうが、そんなものは許可しない」

一つ目に目に"入らなかった"のは、
傍らに居た女性。
幼さと妖美さを兼ね揃えた、
年齢を抑えにくい少々小柄な女性。
幼さと気品を併せ持ち、
まるで人形のような美麗な完成度がそこにはあった。

二つ目に目に入らなかったのは、
同じく傍らに居た、初老の男。
黒いハットと自慢のヒゲ。
あまりにも礼儀正しく右手を折り畳み、
お辞儀をしていた。
この場の全てを哀れむような雰囲気は、
まるで別れの挨拶の最中だった。

「あまりにも劣等な、小さすぎる弱者というのは、まず相手の存在を理解できない。
 蟻は象の存在に気付かず前進する。ふん。目の前の存在をまず理解することだ。
 そしてこれは忠告でなく命令だ。跪けるならば慈悲も与えてやろう」

ソレは、
やはり想像の通りで、
一番否定したい、ここに居てはならない、
場違いな、
台無しな、
それでいて全てのルールのように、
絶対的に君臨していた。

「先に言っておく。この場に居たいならば、やはりこれは忠告でなく命令だ。
 貴様らのような存在価値を与えられている側のカスは、まず怯える事を覚えろ。
 石ころも動けば目に留まる。それは目障りという意味だ。精々一秒でも長く息が続く事を祈れ」

地面に着きそうなほどに広がる、
長い、長い、黒を通り越した漆黒の髪。
漆黒を好むというよりは、
闇をも手中に従えているような黒き鎧。
視界もその闇に包まれる。

言われなくても、
誰一人動けなかった。

「なるほど。全ての権限が誰にあるのかは身を持って分かっているようだな。
 自分がどれほど無能で何も出来ない存在か理解出来ていればそれは優秀だ。
 優秀はあくまで有意義ではないがな。ただ存在の意味を与えられる側の玩具」

目を背けたいのに、
ここから離れたいのに、
誰一人として、
吸い込まれるように彼から目を離せなかった。
ただ、
ソレが何もかもの中心のようで、
当然のように、
指一本として動かす事は出来なかった。

「・・・・・許可しないと言っただろう」

空気が変わった。
それだけで退きそうだった。
誰かが動いた。
それが誰なのか考える思考力が今備わってはいなかったが、
それは一人しかいなかった。

「お戯れなさらぬよう」

傍らの紳士がそう言う。
・・・・。
ツヴァイ。
ツヴァイの周り、
取り囲むように、牢に閉じ込めるように、
黒い剣が地面に突き刺さり、
ツヴァイの身動きを封じ込めた。

「生き焦るな。死に急ぐな。世界は長い。お前らの存在など関係なく、世界は進み続けている」

ゆらりと彼の指が動いた。
それが妖美に唇へと動いた。
一挙一動にさえ、
視界を奪われる。

「まぁ、配慮に欠けてはいたな。ふん。紳士になる必要もないが、慈悲もやろう。
 権限を持つ者として、理由を求めるなら与えてやらん事もない」

この場の空気は彼を包んでいて、
彼が決めていて、
全ては彼がルールだった。

「ただしそれはやはり些細な行動欲ときまぐれが起こした事に過ぎん」

なんでこんなことに。
悲劇と称しても問題はないほどに、
この存在がこの場に現れてしまった悲劇。

「言うならばそうだな、フォアグラのテリーヌを注文した。
 にも関らずラヴィオリを作っていたら文句を付けるだろう。誰だってそうする」

それだけに過ぎん。
ふん。
ソレは、
美麗な人形と、
暗がりの紳士の間で、
そう言った。

「アレックス=オーランド」

息が止まったかと思った。
世界を決めている存在が、
意志を、自分に向けた。
胸の苦しさも感じた。
まるで抑えつけられているかのようだった。

「違うだろう」

ゆるりとその存在は右手をこちらに向けた。
言葉が脳を掴むように入ってくる。
だけど、
それに答えるほどの余裕は無かった。

「そう。理由があるならば、その多少の怒りが我を動かした。
 我が動くのに理由を強制することなど、この世の何であり無理であり無駄だが、
 それでも理由を求めるというのならば、それが理由だ」

違うだろう。
もう一度、
押しつぶすように、彼は唱えた。

「このつまらんカスの集合体のように駆逐された世界。無能を建築物にしたようなこの地。
 その上での些細な楽しみの一つとして、我は貴様を"敵"に選んでやったのだ。
 なのにこの無様な結末はなんだ。この無様な有様は。カスは我を楽しませる事も出来んのか」

駒として、
玩具として、
選んでやり、動かされている身として、
この有様は度し難い。

「アレックス=オーランド。我は貴様に期待をしているのだ。お前、だけにだ。
 貴様がもし、道中半ばで朽ち果てようとも、それはそれでただの期待はずれ。
 それでも昨日と同じように世界はことなきまま、明日を迎えるだろう。
 ただ今日という日にワイン一口分の余興(味付け)をするならば、
 故、貴様という人間だけを選び、許可してやったのだ。だから違うだろう」

押しつぶされている。
命令されている。
動かされていて、
強制されている。

「この有様。この場。この時。貴様は何をした?何を行った?
 選ばれた身でありながら、なんだこの不甲斐ない実態は。まるで他人行儀だ。
 我は望まない。さすれば、それはそれが世界の絶対の意志だ」

跪き、動け。
彼の言葉はそう、命令していた。

「もし与えてやった小さな可能性の最中、我に辿り着くのは貴様でなければならない。
 他の誰でもない。貴様だ。運を従えるのもいいが、それは貴様が動かさなくてはならない」

彼の眼は、
強制し、
アレックスを包み込んだ。

「故に、これは貴様が望んだ事だ」

やめろ・・・。

「我の意志に背けるからこそ貴様を選んだが、それさえも我の意志の下での遊戯でならなければならない。
 他人の力に縋り、貴様自身は置物のように歩むというのならば、それは矯正しなければならない。
 貴様自身が己の意志で朽ち果てながら這ってこなければ、それは無意味だ」

やめて・・・くれ。

「故に、これは貴様が望んだ事だ。望んだ罰だ。台本の中にある粛清だ。
 もちろん貴様を高くは買っているが、低能なカスの粋を超えていない事は判っている。
 調整してやろう。直々に。これ以上、無様に貴様が他人に縋って歩む事が無いよう・・・・・」


やめて・・・・ください。


「ここで数人消えてもらおう」






















                 






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