見てくれよこの家の有様を。

すげぇぜ?
レビアの一等地だ。
ワンルーム20畳で50人が住んでいる。

人は1畳あれば生きていける。

・・・・な〜んて言うが、
つまるところ俺達の家族は生きていける環境になかった。

3人目の父がメザリンの死骸を拾ってきたんだ。
もちろんキッチンなんてない。
1匹の動物の死骸を、
50人が生でむしゃぶりついた。
優しい4人目の姉は俺に羽の切れ端を譲ってくれたんだ。

空腹が満たされる日はない。

ジジババが7人。
両親が10人。
残りは兄弟かと思いきや、
まだ10代の俺達に甥っ子まで居た。

なぁ、
おい。
何故貧しい国ってのは恵まれない子供が多いか知ってるか?

貧しければ貧しいほど恵まれない子供は多い。
つーかガキが多い。

なんで?
なんだろうか?

それは労働力がどうこうなんて薀蓄垂れる評論家も居るが、
実際の所は単純だ。

毎日がヒマな貧乏人。
それが金をかけずにやれる事なんてヤる事しかないんだ。
他にやることがないからやる事はヤるだけ。
ゴムを買う金なんてないから、
そのせいでもっと金のかかる子供がバンバン量産される。

これが貧しさの連鎖だ。

すでにどこでどう血が繋がってるか分からない。
それが俺達の一家50人だ。

かまくらの方が居心地がいいこの20畳の家で、
俺達家族は24時間を営んだ。

金はない。
仕事もない。

というか外に出る服がない。

極寒の地レビアでは最たる致命傷だった。

そういえば7番目の弟が靴を持っていた。
自慢げにつま先の破けた片足だけのスニーカーを家の中で履いていた。
もう片方の靴は?
そんな事聞くなよ。
2ヶ月前くらいに空腹に堪えかねた母が錯乱して食ったんだ。

もうすぐ3歳になる妹は、
まだ生まれてこの方この20畳のスペースから出たこともなかった。
まぁこの狭い家の中で夜泣きが無くなっただけ俺達は幸せだった。

俺達50人は、
人生の95%をこの20畳の中で暮らしていた。

我が家の死亡の原因ベスト3を発表しよう。

1位が餓死。
2位が圧死。
3位が酸欠だ。

笑える。

逆に死亡の原因ワースト1は当然寿命だ。
もしかしたら今、年齢1位のババ様は、
我が家の最高記録である53歳を超えることができるかもしれない。
それは奇跡だとしか思えない。
そんなババ様が、

部屋の隅に、俺達を呼んだんだ。

「ヒャギ。ヒューゴ。ヒョウガ」

兄弟や両親を跨(また)がないと部屋の隅にいけない。
まぁ文句を言ってくる家族もいない。
文句言う元気もなく、
腹の虫だけ鳴いている。

「なんだよババ様」
「飯とってこいってか?」
「2番目の親父に言ってくれよ」
「今日は雪だぜ?パンツ一丁で外に出るには寒すぎる」

パンツ一丁与えられているだけ俺達は幸福な方だったが、
我が家の最高装備を整えても、
レビアじゃ年中2秒で風邪をひける。
俺達はこの家に閉じ込められているも同然だった。

着る物がない。
寒いから出れない。
それだけだった。

賢い3番目の親父がある日、死骸の皮でコートを作って外に出た。
革命的だと思ったね。
飯を拾って戻ってきた時は49人でその3番目の親父を称えた。
それでも無理があったんだろう。
ションベンを凍らせたままツララみたいにぶら下げて帰ってきた。
2日後死んだ。

その親父の死皮を羽織って生きて食料をとって帰ってきたのが、
俺達3人だった。
「これが伝説のアンタゴンだったんだ」
って1番目の母が言ったお陰で、
親父の皮は今丁重に祭ってある。
・・・。
あれ?ねぇな。
そうだ。
腹が減ってこないだ食ったんだった。

「ババ様待ってろっての」
「着てくもんがねぇ。誰かが死んだらその時その皮を剥いで行くからさ」
「皆のパンツ寄せ集めて行ってもいいけどよぉ、帰ったら凍ってバリバリになって使い物にならなくなる」

「いや、そうじゃない」

そうじゃないっていうんならなんなんだ。
もう5日は雪しか食ってない。
極寒の地レビアでも特に寒いこの季節。
毎年恒例の行事だ。
飯にありつけなくなって共食い合戦が始まる。

「これを受け取れ。ヒャギ。ヒューゴ。ヒョウガ」

そう言い、
ババ様は固そうな音を奏でる汚い小袋を差し出した。
いや、
訂正する。
紐で結んだ下着だった。

「なんなんだ?」

ヒャギが受け取り、
開いた。
下着で出来た袋の中には、
汚い硬貨が敷き詰められていた。

「こんなもん食えねぇよ」

ヒューゴが苦笑いを浮かべる。
さらに言うとこの狭い家の中だ。
家族の目は皆こちらに向いていた。

「食べるんじゃない。これはグロッドという、いわゆる金というものだ」

「知ってる。初めてみるけどな」
「何か買ったりするもんだろ?だからってなんだ」
「買い物する服がねぇよ」

この極寒のレビアの中、ほぼ全裸で外に出たら死んでしまう。

「ま、それでも」
「俺らが死ぬ気で何か買いに行けば」
「しばらく空腹がしのげるか」

このままじゃ皆餓死だ。
人生何度も味わった苦難だ。
そのたびに誰かが外に出て死んでこなければ、
食料なんて手に入らない。

「違う」

ババ様は言った。

「お前らはこの金でルアスに行け」

「ルアス?」
「レビアさえほとんど歩き回った事ねぇよ」
「そんな空想の世界があるかどうかも分からない」

「行くんだ」

ババ様の目は真剣だった。
どうやら本気だった。

「ワシにも正直この金がいくらあるのかはわからん。もしかしたらはした金なのかもしれん。
 だがお前らはこれを持ってルアスに行くんだ。」

「出稼ぎってやつか?」
「確かに噂が本当ならルアスってところは夢の町だ」
「鼻水が凍らないらしいしな」

「いや、帰ってこなくてもいい」

ババ様は意味不明な事を言った。

「この金はワシらがガキの頃から溜めていた金だ。これを持って外に出るんだ。
 ・・・・何も期待などしとらん。ただ、ワシらの中で、この世界から抜け出す者が居てもいいと思った」

ただそれだけなんだ。
ババ様は真剣にそう言った。

「お前らは何度も死にかける思いで極寒の外に行き、食料をとってきてくれた。
 だから、この金で自由になるのがお前らでも誰も文句は言わんよ」

ヒャギ。
ヒューゴ。
ヒョウガは、
周りを見渡した。
20畳の家の中、
50人が敷き詰められている。
気付くと皆こちらを見ていた。
誰も何も言わない。

「いいのかよ・・・」

ヒョウガが焦ったように周りを見渡した。
だが誰も首を振らない。
頷く者の顔は寂しそうだ。

「でもどうやって・・・」
「そうだ。ルアスに行く手立てがない。道も分からない」

「その袋の中にゲートというものがある。広げるだけでいい」

「でも皆はっ!」

ババ様は顔を振った。

「ここはレビア。中立都市だ。アスク帝国の管理下にない。保護の対象外だ。
 この大所帯がルアスに行ってもホームレスになる事さえ許されない。待つのは死じゃ」

だが、
お前らならきっと生きていける。
ババ様の目も、
他の46人の家族の目も、
そう言っていた。

ヒャギは頷いた。
ヒューゴは頷いた。
ヒョウガは頷いた。

そして、

何も言わずに、
ボロボロの布切れの同然の下着だけで、
裸同然の格好で、
極寒の雪国の世界へ出て行った。

誰も何も言わなかった。

47人全員が言わなかった。
でも、
きっと皆、

"ソレ"を心の底で望んでいたはずだ。

言葉に出来なくても、期待はしていたはずだ。

だから、
外に出て5秒ですでに凍え死にしそうな俺達は、

「ヒューゴ。ヒョウガ」
「分かってる」
「分かってるぜ」

そのゲートスクロールというものを広げた。

「絶対に何か持ち帰ってやる」
「俺達には守るべきものがある」
「まずは腹いっぱいになるほどの食料だ!」

約束はしなかった。
だけど、




誓った。





























「守らなくちゃいけねぇんだっ!!!」

ヒャギは叫んだが、
それと同時に、
こちらの空間を全て吹き飛ばすような衝撃。

「守れぇええええええええ!!!!」

ぶつかったのだ。
ヒューゴの盾部隊。
その一列に立ち並ぶ盾の部隊に、

反乱軍が防波堤にぶつかる波のように。

「がっ!!」
「ぐううう・・・」
「堪えろ!!」
「こらえるんだ!」

100の盾列に、
2000の衝撃。

「赤組!!こいつらを一歩たりとも通すんじゃねぇぞ!!」

地面がえぐれた。
100の盾の配列は、
その2000人の衝撃で後ろに圧し戻される。

だが、
堪えた。

「ヒュゥ♪」

100人の騎士は、
2000の波の勢いを、
ぶち止めた。

地面がえぐれるほどに踏ん張った。
とにかく100の1列で、
2000の群を食い止めた。

人の津波は止められた。

「ヒョウガッ!!!」
「ウヒョー!!分かってらぁ!青組!突けぇああああああ!!!」

そして、
盾の後ろ側から、
槍を持った100人が顔を出す。
そして、
一斉に突き出した。

「ぐああ!」
「畜生!!」

盾で食い止め、
突き殺す。
これが彼らの戦い方。

盾の配列を突破しようとしていた者達は、
押し乱そうとしていたが、
そのまま槍の餌食になる。

「ヒャギ!ヒョウガ!俺の部隊が一歩たりともこの先には進ませねぇ!
 盾だけを握り!この外門には断じて近寄らせたりはしねぇ!!」
「おう!」
「分かってる!止め尽くせ!!それを俺の槍部隊が突き殺すっ!!!」

一列に並ぶ、
赤信号。

「ひるむな!押し返せ!!!」

ツヴァイが渇を入れた。
と同時に、
反乱軍にも活気。
猛進。

「らぁぁあああ!!」
「この壁を突破するぞ!」
「ぶっ壊せ!!」
「外門まで突き通せ!!!」

ひるまない。
槍で突かれようとも、
反乱軍の2000は100の盾の壁へと体重をかける。
押し込む。
力を込める。

圧倒的重量による津波。
盾を突破しようと。

「ヒュゥ・・・・・絶対に守りきってみせる!!」

赤い宝石のアメット。
ヒューゴは自分の体を抱きかかえるように力を込める。

「根性見せろ赤組!!絶対に突破させるんじゃねぇ!!・・・・・・ドラゴンッスケイルァァア!!!」

全身を奮わせるヒューゴと共に、
気合のような何かが辺りへ広がる。

「「「「ォオオオオオオオオ!!!!」」」」

それと共に、
盾の一団は、
一歩も後ろに圧し戻されない。
2000の圧力を押し込める。
防ぐ。
止める。

「こいつらいきなり動かなくっ・・・」
「びくともしねぇ!」
「ドラゴンスケイル・・・・」
「防御力向上の範囲スキルか!」
「だがこっちが人数20倍上回ってんだぞっ!!」

だが事実、
100の盾の配列を、
押し込めない。
崩せない。
びくともしない。

鉄壁。

ドラゴンスケイル。
竜の防御力を得た100の盾。
根が生えたかのように、
それはビクともしない。

「ウヒョォオオオオオ!!!」

そして青い宝石のアメット。
ヒョウガが叫ぶ。

「青組っ!!押し返せ!!!ぁぁああ!!!タクティクスッッ!!!!」

ヒョウガの叫びと共に、
騎士達の目付きが鋭くなる。
そして盾の後ろの騎士達が一斉に、

またも槍を突き出した。

「ぎゃあああっ!」
「くそぉお!」
「ひるむな!!圧せ!圧せぇえええ!」

槍は的確に反乱軍の者達を突き殺した。
急所だけを狙っているかのように。
この土壇場の押し合いにおいて冷静に。
盾の後ろから槍を突き出し、
突き殺していく。

タクティクス。
命中率と攻撃力を上げるスキル。

後ろの100は、
攻だけに特化したカウンター部隊。

「突破させるな!」
「どうやっても外門に近づけさせるんじゃねぇえ!」

「ひるむな!突っ込め!」
「外門にぶつかれ!」
「崩すんだ!!!」

反乱軍は我武者羅に一列に並ぶ盾騎士達にぶつかっていく。
なのに、
盾騎士達は動かない。
びくともしない。
屈しない。

そこに畳み掛けるように、
盾の後ろから槍騎士達が突いてくる。

最強の防御壁と、
カウンター。

赤と青。
















「数の問題でもないか」

少し離れた所で、
エイアグは呟いた。

「応応!俺達が突破できなかったのが簡単に突破できるもんでもねぇだろうがな!」
「それにしても笑止」
「ノカン共と同じだ。これが団体の戦い方」

三騎士はノカン達との戦いを思い出す。
質を含めた戦闘力。
それはカプリコに軍配があがっていたはずなのに、
ノカン達はそれを戦略で打ち砕いてきた。

"結束力"

それは何にも値する巨大な力。

「やっかいだな。我らはあまり団体戦は好まん」
「・・・・・それにしても笑止。それでもあの数ならば勢いだけで突破できようもの」
「スキルというやつだな」

我らには無いもの。
エイアグは呟く。

「あの赤き頭。あの者が使っているドラゴンスケイルというスキル。アレで盾部隊の防御力をあげている。
 ちょっとやそっとの事じゃぁあの壁達は崩れたりはしないだろう」
「応応!エイアグは人間の事情にも勉強熱心なことで!」
「・・・・あっちの青い奴のスキルはなんだ」
「あれはタクティクス。攻撃力と命中率をあげるスキルだ。カウンター役の槍部隊に使っている」
「守りも攻めも準備万端ってことか」
「・・・・この場合は守りのためだけの戦略だろうがな」

鉄壁の守り。
完璧なカウンター。

打ち砕けない、外門への道。

「まるで守護獣(ガーディアン)だな」
「門を守る者。ゲートキーパーという奴か」
「・・・・承知。狗め。門を守る者は古から狗と決まっている」
「スフィンクス。シーザー。ケルベロス。ふん。守るものを見つけた犬をガーディアンと呼ぶわけか」

帝国の狗(ガーディアン)
外門を完璧に守る彼らに相応しいといえば相応しい。

「それにしてもエイアグ。お前いつからそんなに人間のスキルに詳しくなった」
「忘れるものか」

エイアグの目付きが鋭くなる。

「あいつらは・・・・・"カプリコ砦を襲った者の中に居た"」

その言葉を聞き。
アジェトロとフサムも、
雰囲気を変える。

「・・・・マジか?」
「本当だ。我らの故郷を打ち砕いた王国騎士団。その討伐隊の中にあの三部隊は居た」

自然と、
剣を握る手に力が入る。
三匹が三匹共。

「・・・・あいつらが」
「俺達の家族を」

怨み。
憎しみ。
哀しみ。
怒り。

そんな魔なる感情が、
魔物3匹に包み込む。

「・・・落ち着けよアジェトロ。フサム。感情に身を任せるな。そのために黙っていたのだ」
「・・・・否承知」
「殺す」
「分かっている。分かっているさ。必ず殺す。だが、まずは奴らに辿り着く術を考えなければ」

それでも、
ヒャギ、ヒューゴ、ヒョウガの三人は、
あの鉄壁の後ろに居る。

飛び越える事が出来るのはツヴァイぐらいのものだろう。

「・・・・笑止。決まっている。我らはカプリコだ。そんなものはいらん」
「俺達は魔物だ。怯えさせてやろうぜ」
「・・・・・ふん。まぁ結局答えは出なかったのだ。それもいいかもな」

冷静なエイアグも、
簡単に頷いた。
何が大事か。
何の為に戦うか。

「奴らの強さがそれならば、それを魔物らしく打ち砕いてやってもいい」
「家族(カプリコ)の無念」
「ここで一つ晴らしてやろうか」
「・・・・・参る」
「応!」
「・・・・承知」



































「家族のためだっ!絶対にここは通させるわけにはいかねぇぞ!」
「分かってらぁヒャギ!」
「守る!絶対に守ってみせる!!!」
「ヒューゴ!ヒョウガ!ドラゴンスケイルとタクティクスを切らすなよ!」
「切らすかよ!惜しむかよ!」
「ここが行き止まりだ!奴らにとっても!俺達にとってもな!」

現状進行形で、
反乱軍は盾騎士を突破できていなかった。
土俵際の相撲取りのように、
足がこらえる。

2000の圧力を、
一列に並んだ100人が止めていた。

「ヒュゥ・・いい調子だ」
「このまま俺の部隊がカウンターで突き殺していけばいい」
「ああ。絶対通すなよヒューゴ。絶対逃すなヒョウガ」
「おう」
「おうよ!」

絶対に突破させない。
通さなければ辿り着けない。
外門には。
ならば止める。

「警戒すべきはツヴァイ一人だ。この肉壁を無視できるのは奴一人。
 他の奴らは・・・・ヒャハッ・・・・俺達の守りに成す術もねぇだろうよ」
「ウヒョー!だがツヴァイを止めるのは至難だぜ!?」
「だが・・・・奴一人だけに注意を注げるなら何とかなるかもな」
「何とかするんだ」

守らなければいけないものがあるから。
家族。
家族を。
家族を守らなければいけないのだから。

「崩れるなよ!!」

ヒャギは叫ぶ。
そして自信があった。
ここは崩れない。
突破されない。

「俺達3人がやられない限り、この壁は崩れない」
「だが俺達は壁の内側だ」
「俺達は無敵。そして鉄壁だ」

ツヴァイ以外の何者にも、
この壁のこちら側にこれる実力者などはいないのだから。


「お生憎様」

だが、
ヒャギの背後で、
突如声が聞こえた。

「なっ?!」
「ヒャギッ!」
「後ろだ!」

ヒャギの背後に。
いつの間にか。
いや、
たった今突然現れたかのように。

女が一人立っていた。

「お呼びじゃなかったかい?」

黒スーツに身を纏ったその女は、
ダガーをすでに突き出していた。

「新しい情報不足だったみたいだねぇ!うちは見える範囲ならどこでも射程内なんだよっ!!」

そしてその時にはすでに。
ツバメのダガーがヒャギの後頭部に突き刺さっていた。

「あ・・・く・・・・・」

真っ直ぐ。
深々と、
柄の部分までぐっさりと。

「オツムの出来が違うんだよねぇ」

ニヤりと笑ったまま、
ダガーを頭に貫通させたまま、
ツバメは片手で自分のこめかみを突付いた。

殺化ラウンドバック。
シシドウが暗殺術。
記憶の書を埋め込まれた脳内は、
どんな相手の背後にも一瞬で移動する。

盾。槍。
騎士の壁など関係ない。

「全てがうちの場所なんだよ・・・・ねっ!!」

ツバメは勢いよくダガーを引き抜いた。
そして無音のまま、

ヒャギはドサりと、
そのまま前のめりに地面に転がった。

あまりにもあっけなく。
これが暗殺の極み。
殺すためだけを目的とした・・・・
シシドウの技。

「これが極道だよ」

得意気に残りのヒューゴとヒョウガを見る。

「力なんて関係ない。必要なのは突き進む気持ち。筋だけさ。
 非力でも急所に一撃。ただ真っ直ぐ。一本の刃物は全てに打ち勝てる」

ツバメは右手のダガーをクルりと回転させて、
逆手に握った。

「さぁ、次は誰だい」

「俺だ」

そう答えたのは・・・・

ヒャギだった。

「・・・・え」

地面に転がっていたヒャギは、
そのままヌッと立ち上がった。
脳天を貫かれて、
何事も無かったかのように。立ち上がった。

「急所。・・・・・ヒャハッ・・・笑える表現だ。"俺達のどこに急所がある"」

少しズレたアメットを直し、
ツバメを見た。

「俺達は死骸騎士だ。既に死んでいる。頭を刺されたところで穴が空いた程度にしか感じない」

ツバメは苦笑いをして、
少し後ろに下がった。

「そ、そうだったねぇ・・・・いい気になって全然わすれてた・・・・」

「その小さなダガーじゃ俺達は倒せん」
「貴様一人がこの壁の内側に来たところで何も変わらねぇってことだ」
「そうだな。技量関係なく武器一つで死骸騎士を倒せるのは・・・・・」


一人ぐらいのものだった。






































「完ッ全に出遅れましたね・・・・・」

二つの柱が見える。
とうとう合流した今歩いている通り。
ルアスの中心の大通り。

その行き止まりにある簡易門。
それが目視できる距離まで、
アレックス達は辿り着いていた。

「あの先が外門前広場。ルアス城が入り口です」
「バッリバリ始まってんじゃねぇか。ほんと出遅れたな」

もう見える。
外門の中の戦いが。

「すいません・・・私がもっと早く効率よく進軍していれば・・・」

フレアが申し訳なさそうに謝る。

「外門崩しの要である事は自覚していたのに、こんな出遅れてしまって」
「カッ、うじうじしてんじゃねぇぞフレア」
「ウジ虫女め」
「そうですよ。実際フレアさん達の援護が無ければ僕らはエドガイさんから逃れられなかったと思います」
「確かにな」
「ウジ虫女め」
「終わった事より先の事です。いかに外門を崩すかを考えましょう」
「謝罪するくらいなら腹を切れ腹を。この泥棒猫」

スミレコだけが辛らつな言葉を放ったが、
この辺はすでに皆スルーしていた。

「ありがとうございます。アレックスさん。ドジャーさん」

謝る代わりに笑顔を送るフレア。

「感謝の代わりに腹を切れ腹を。この泥棒猫」

言葉を放てば人を責めるスミレコ。

「ですがそこまで出遅れたというわけでも無いみたいですよ」

アレックスは、
その外門前広場の方を指差す。

「遠目になのでよく分かりませんが、まだ相手の陣形が崩れていないようです。
 これが逆に吉兆だと思います。敵と味方が入り乱れていない。これならメテオを思う存分使えます」

乱戦になってからでは、
仲間を巻き込んでしまう。

そう考えればまだメテオは有効な時期だった。

「そう言ってもらえるとまだ救われますけど・・・」
「・・・にしても三騎士とツヴァイが居ても崩せねぇか」

外門守備部隊というのはなかなか難い相手のようだ。

「かませ犬だとしか思ってなかったがな」
「手強いですね」
「言ったじゃないですか。部隊長クラスは全て僕より上の実力者です」
「言ったじゃないかこの害虫め。聴覚機能が発達していないのね」
「確かに俺の聴覚機能は進化して欲しいと思うぜスミレコ。てめぇの言葉だけフィルターがかかってくれるほどな」
「夢を見るな害虫め。ゴキブリは太古から進化していない」
「・・・・」

言葉を返さない方がいい。
口では勝てない。

「・・・・・にしても第一関門。文字通りの門。外門か」
「ここからが本番ですよ。騎士団の本番はここからです」
「私も何度も攻城戦に参加しましたけど、彼らの防衛は恐ろしいほどに強力ですよ」
「カッ、まさに地獄の門か」
「アー君。お姉ちゃんは言ってたわ」

アレックスの服のスソを掴んだまま、
スミレコが言う。

「お姉さんというと、サクラコさんですか?」
「はい。お姉ちゃんは言ってた。この世には"開けてはいけない門"が3つあると」

スミレコが、
じっと外門を見つめる。
その3つが恐怖だと。
開けてはいけないパンドラの箱だぞ、
昔話を伝える老婆のように。
真剣に。

「一つは草むらに捨ててあるビショビショの雑誌の袋とじ」
「それはその時点で開いてるだろ」
「二つ目は特殊な本屋さんの奥の黒いノレン」
「あの・・・ビショビショの雑誌はなんでいけないんですか?特殊な本屋さんってなんですか?」
「気にしないでくださいフレアさん」
「だから開けちゃいけねぇ門なんだろ。・・・・・・・・んで三つ目は?」
「肛門」
「三つともてめぇが開けたいもんばっかだろがっ!!!」

おぉ、
害虫のクセによく分かったなと言わんばかりに、
スミレコは頷いた。
それにしても姉妹でそんな話しばかりしてたのか。
二人揃ってなくてよかったとアレックスは胸を撫で下ろした。

「あ・・あの・・・」

フレアが恐る恐る声を挟む。

「なんだ泥棒猫。貴様も話しに入りたいのか」
「あ・・・いえ・・・私はそういう話はちょっと・・・」

少しだけ顔を赤らめてフレアは否定した。

「きょ、興味がないわけではありませんが・・・私がしたいのはそういう話じゃなくて・・・」
「かまととぶってんじゃねぇぞ泥棒猫!」
「元気いいですねスミレコさん」
「んで?なんだフレア」
「その、門の方なんですが・・・あ、いえ・・・門って言っても外門の方なんですけど・・・」
「大丈夫」
「分かってますから続けてください」
「他の門?他の門とはなんだカマトト猫。ほら、言ってみなさい」
「その・・・・それは・・・」
「大丈夫ですフレアさん。続けてください」
「アレックス。スミレコを黙らせておけ」
「アー君。なんなりと私を黙らせてください」

面倒だからアレックスはスミレコを口を掴むように塞いだ。
口があるとこいつは暴走する。
塞ぐしかない。
話しにならない。
だがそれさえもスミレコは嬉しそうにもがいた。

「えと・・・メテオの方なんですが、一刻を争うと思います。
 外門に着いてからじゃ遅いので、もうここから準備を始めたいと思うのですが・・・・」
「あぁ、なるほどな」
「確かに戦況がいつ変わるか分かりませんもんね」
「といっても、詠唱しながら歩くのはちょっと難しいので、どうしても外門での詠唱時間は必要ですが」
「分かってる分かってる」
「それでもフレアさんのメテオに頼らざるを得ないので」
「うーうー!」

スミレコは何か罵声を飛ばしたいようだったが、
アレックスの口に阻まれてそれは成し得なかった。

「ですが一つ問題が」

そう言い、
フレアは後ろを振り向いた。
後ろに、
魔術師達。
《メイジプール》の魔術師達がついて来ている。

「メテオラがいないんです・・・」
「ぁあ?」
「え?」

アレックスとドジャーも振り向く。
そして見渡すが・・・
確かに。
いつの間にかメテオラがいない。

「・・・・カッ、あんまり関りたくなかったから意識の外だったが」
「いつの間に・・・・」

メテオラはいなかった。
先ほどまでは居た気はしたが、
事実居ない。
ハグれる訳はないから、
自ら姿をくらましたのだろう。

「カッ、いいじゃねぇか。あんな奴」
「ですけど私のメテオは、メテオラの操作能力で命中率を上げなければ・・・」
「あぁ、そうだったな」

『メテオドライブ』のメテオラ。
そのメテオ操作能力。
名前の通りのその能力で、
フレアのメテオを操作し、
外門への命中率を上げる作戦だったが。

「必要な時だけ逃げやがったが・・・まじ気に食わねぇ野郎だ」
「そういう人と言えばそういう人です。やれる事でやるしか無いでしょう」
「申し訳ないです」

フレアが謝る事はない。
本当に戦場に居るには健気すぎる人だ。
技術は素晴らしいが、
マスター向きでは無い気もした。

いつも笑顔で振舞っているが、
この人は脆すぎる。

「うーうー!」

スミレコはまだアレックスの手の中でもがいて居たが、
それさえも楽しんでいる風だったが、

「ぷはっ」

少し強引目にアレックスの手を振り解いた。

「どうしました?スレミコさん?」
「アー君」

スミレコの目は、
いやに真剣だった。

「大好き」
「は?」
「間違えた。何か気配がしたの」

どんな間違えだとツッコミたくなったが、
スミレコなので納得した。
それよりも、

「気配・・・ですか?」

アレックスは辺りを見渡す。
・・・。
そう言われても、
外門前以外は静かなものだ。

「・・・・僕には分かりませんでしたけど。敵ですか?」
「敵と言うにはおかしいと思います。外門で戦闘が起きてるのにこんなところに敵がいるはずはないです」
「いや、」

ドジャーも、
辺りに集中して探っていた。

「俺もなんか気配みたいなもんを感じてたんだ」
「ドジャーさんが言うと途端に真実味が無くなりますね」
「だろ?ここに居る二人が気配を感じ・・・・・・・え?現実味無くなんの?」
「害虫のせいで私の意見が潰された」

ドジャーは、
自分は発言してはいけない存在のような気さえしてしまった。

「・・・チッ・・・まぁいい。確かに聞かれればそれもあやふやなもんだったしな。
 さっきから警戒はしてたが、もう気配みたいなもんは感じねぇ。気のせいだったんだろ」

事実辺りを気にしてみても、
怪しい点は見当たらない。
インビジでも無さそうだ。
インビジは姿が消えるだけ。
存在はあるのだから、
完全に気配を殺すのは不可能。

「いえ、俄然真実味が増しました」

今度は、
アレックスが真剣な目つきで言う。

「ぁあん?」
「僕も長い事人生を歩んできて、いろんなストーリーを見てきました。世の中にはお約束というものがあります。
 最近では死んだと見せかけて死んでなかったり、生きそうなキャラが逆に死んだりってのはありますが、
 それでも「気のせいか」で、本当に気のせいだったというストーリーは未だなお出会ったことはありません」
「実も蓋も無い推理だな・・・」

確かに実も蓋もないが、
事実何か異変をわずかでも感じたならば、
それはわずかでも何か異変があったという事なのだ。

「じゃぁどうする」
「外門がもう目の前なのに今更こんなところで油売るわけにもいきません」
「ですが先を急いで外門でバックアタックをかけられるのも良くないかと」

何にしろ、
何か居るのならば、
何か潜んでいるとしたならば、
その何かの正体を知りたいところだ。

「カッ、めんどくせぇ」

そう言い、
ドジャーは両手にダガーを取り出した。

「手当たり次第探って見た方が手っ取り早いぜ」

ドジャーはどこともなく睨み、
そして、
その両手のダガーを投げようと・・・・・

「ニャァ〜〜・・・・」

した時に、
どこからとも無く鳴き声が聞こえた。

「・・・・・・」

ドジャーは静止した。
固まったように止まり、
ダガーを投げるのをやめた。

「なんだ猫か」

ドジャーはホッとしてダガーをしまった。

「猫みたいですね」
「猫ならしょうがないです」
「ハラハラさせやがって」
「先を急ぎましょう」

そして一同は、
何事も無かったかのように、
外門へと歩を再開した。

「・・・・・・」

なんだ猫か。

「んなわけあるかっ!!!」

ドジャーは豹変したように腕を振り下ろす。
ディテクション。
インビジ解除スキル。

そして、
一瞬だが敵の姿を確認した。

「ナメてんのかっ!それこそ何十年使い古したネタだっ!」
「?!・・・あれは・・・・・・・・アー君」
「えぇ分かってます。フレアさん!」

アレックスは卵を地面に叩きつける。
中から煙を弾き出して、
Gキキが姿を現す。

「後ろに乗ってください!」

アレックスは自らGキキに飛び乗りながら叫ぶ。

「え?あっ、はいっ!」

フレアが慌ててアレックスの言われたとおりにする。
それよりも先にスミレコが後部に跨っていたが、
それにつっこんでいるヒマもない。
3人乗りは多少窮屈だが、
G−U(ジッツー)に3人が跨る。

「ドジャーさんっ!《メイジプール》の皆さんっ!外門まで駆け込みますよっ!!」

返事を待つこともなく、
アレックスはGキキを走らせ、
急加速する。

「お、おいおいなんだなんだ!?」

ドジャーが得意の足で並走する。
《メイジプール》の魔術師達に至っては、
少々置いてけぼりのペースだが、
そうも言ってはいられない。

大通りをGキキが、
その横をドジャーが速度を上げて走る。

「おいアレックス!敵だぞ!?迎え撃たなくていいのかよっ!」
「いえ・・・」
「相手にするのは分が悪いんだよ害虫め」
「ぁあん?」
「私も知りたいです。なんなんですか?アレックスさん」
「正確には相手にし辛いと言ったところですか。こっちのパーティがほぼ魔術師だと不利なんですよ」

騎士団の事を理解しているアレックスとスミレコ。
二人だけが瞬時に同じ判断をした。

Gキキをかっ飛ばす。
大通りを外門へ向けて。
ドジャーは送れずについてくる。

「なんだか分からねぇけどよぉ!そりゃぁ外門で迎え撃っても同じだろが!」
「害虫。分かってないな。既に囲まれてるんだよ」

スミレコが言い、

「あ?」

ドジャーはGキキに並走しながら辺りを見渡す。

「・・・?・・・・・・気配なんてねぇぞ。確かに相手はインビジをしてた。だがインビジでついて来てても、
 さすがにこの速度に着いて来てたら分かるっての!分かんねぇからさっさと説明しろっ!」
「ステルス部隊」

スレミコが、
短く答えた。

「王国騎士団が第11番・ステルス部隊。気配を断ち切る部隊なのよ」
「ステルス・・・部隊だぁ?」

名前の響きで意味は分かる。
だが、

「確かに・・・私も聞いたことがあります」
「よく分からんねぇけどつまりただのかくれんぼ部隊だろが!存在確認した時点でこっちのもんだろ!」
「ドジャーさん」
「害虫。今も私達の周りを取り囲むように奴らが走ってるのよ」
「・・・・・んだとっ!?」

ドジャーは高速で走りながら確認する。
だが、
いくら気を配ってみても、
周りにそんな気配はない。

「ウソつけっ!インビジもクソも関係ねぇ!この速さで走って砂埃どころか足音もしねぇぞ!?」

そんな事はありえない。
人間なのだ。
存在のカケラも感じないなんて有りえない。
足音までインビジは出来ない。

「ってかっ!!」

そしてドジャーは一番大事な事を聞く。

「さっきディテクションした時見えた姿!!・・・・敵っ!水着の女だったぞっ!!」
「・・・・・」
「・・・・・・」

アレックスもスミレコもフレアも黙ったが、
別にドジャーを否定しているわけではない。
ディテクションで露になった敵の姿。
ドジャーは一瞬目を疑い、
下着姿かとさえ思ったが、
それは水着の女だった。

アレックスがしぶしぶ説明する。

「ステルス部隊はその名の通り、隠密性の極地を目指した部隊です。
 彼らの特性は、視覚だけでなく五感のどれでも捉えられないようなステルス術。
 足音さえ殺すため、軽さに重点を置き、騎士団で唯一規定体重35キロ以下という規則が設けられています」
「それは・・・・不健康そうな部隊ですね・・・」
「・・・・その上、軽量化のためにユニフォームはビーチスプリント用の水着なのよ」

足音さえ殺すために、
極限の軽量化。
だから装備は水着のみ。

だがドジャーはそれを聞き、

「何その部隊!もっとやれ!」

むしろ活き活きしていた。

「軽量化のタメにスリムな女が水着を義務化されてるなんて素晴らしい案だ!」

活き活きしていた。

「むしろそれも脱いじまえ!もっと軽量化を目指せ!諦めんなっ!」

こんな活き活きしたドジャーは見たことが無い。

「ただし、」
「部隊員の8割は男です」
「カエレーーーーッ!!!!!」

こんなに豹変するドジャーも見た事が無い。
ノリノリだ。
まぁ、
男女比は置いておいても、
変スクを支給されていない騎士は、
骸骨の姿なのだから目の肥やしにもならない。
海パンを履いた骸骨を見ても何が楽しいものか。

「・・・・とまぁ冗談は置いておいて」
「冗談に聞こえなかったぞゴキブリ」

否定的な目でアレックスとスミレコがドジャーを見た。
それは別によかったが、
フレアにまでそんな目で見られるとドジャーも少し落ち込んだ。

「あの・・・ともかく、私達の中には盗賊はスミレコさんとドジャーさんだけですものね。
 部隊丸々隠れて、しかも取り囲んでいる相手を、魔術師ばかりの私達がここで迎え撃つのは不利・・・と」
「そういう事ですフレアさん」

だから突っ切る。
外門前広場まで。
《メイジプール》の魔術師達は、
もうかなり距離があるまで置いてけぼりにしてしまったが、
それも致し方ない。

「それより泥棒猫女」
「あっ、はい」

フレアはそんな言葉で反応するようになってしまった。
健気すぎる。

「アー君が大事な大事な私だけの特等席であるココにお前を乗せた理由が分からないか?
 分析してるヒマがあったら少しでも詠唱を始めてろこのカマトト化け猫女が」
「あっあっ、すいません!そういう事でしたか!」

言われるなり慌ててフレアはメテオの詠唱を始める。
時間は一刻を争う。
すでに外門で詠唱を簡単にさせてもらえる状況ではなくなった。

アレックスがフレアをGキキに乗せたのは、
詠唱しながら外門を目指せるようにだ。
断じてミニスカートがどうこうという話ではない。

とにかく、
とにかく少しでもメテオの詠唱を進めないと。

見上げれば、

外門は視界に大きく広がってきていた。



















「チッ・・・・・」

大通りの真ん中で、
空間がモザイクがかかったように歪み、
どこからともなく人が現れた。

「しくじったニン」

インビジを解除して姿を現したその女は、
外門へと走ってくアレックス達の後ろ姿を見送った。

彼女の周りにも、
突如という風にインビジを解除し、
姿を現していく男女達。
そして彼らは、
全て水着を着用していた。

「猫の真似が下手だったのが良くなかったニン」

「お言葉ですが隊長」
「アレ自体が良くなかったのかと」

「そりゃかんニン」

姿を現したその男女達。
体重制限35キロ以下。
その超軽量のステルス部隊の者達は、

人目には恐ろしいほど心配したくなる姿だったろう。
病気かと思うほどガリガリにやせ細った体と、
当然的に低い平均身長。

だが彼らにとってはそれが普通で、
スリムを通り過ぎたその体は寧ろ引き締まりすぎた美しい肢体にも見えた。

「でも作戦に変更は無しニン。ステルスを利用したバックアタックだニン。
 そして特に狙うは・・・あの女。メテオを使うフレアだニン。最優先ニン」

身長が150にも届かないその部隊長の女は、
頬に漫画のようなウズマキがあった。

彼女は、第11番・ステルス部隊。
その部隊長。
ハヤテ=シップゥ。

「分かってますハヤテ様」
「忍が如く」
「存在しないが如く、任務を遂行しましょう」

そして、
ステルス部隊の者達は次々と姿を消していった。

「いい調子だニン。絶対にフレアを逃がすなニン」

インビジで姿を消していった者達は、
また追っていったのだろう。
だが足音さえしない。
砂煙も立たない。
まるで、
風の如く。
空気の如く。

「何事にも気付かれず。それが忍だニン。同じ忍でも44のカゲロウマルのようにはいかんニン」

グルグルの渦巻がある頬を緩め、
水着の女忍者。
ハヤテ=シップゥは笑い、
自らも空気と同化するが如く、
インビジにて姿を消した。

「誰の耳にも訪れないのニン。振動音さえも拒否する軽さが必要ニン」

ハヤテは走り出した。
だが、
速度に反比例して足音はない。

「芝生にさえ気付かれちゃいけないのニン。踏まれたタンポポさえ気付かないほど軽くッ」

大通りに砂埃さえ立たない。
足跡どころか、
道端の石ころを踏んづけてもそれが転がらないほどに、か弱い。

「風さえも切って走らないのニンッ、空気と同化するほどの存在感を消すっ!」

ハヤテはダガーを取り出した。
だがそれは、
戦闘用にはあまりにも陳腐な、
ウッドダガー。
軽さの極限を求めた最低限の装備。

「そして相手には死んだことさえ気付かれない。これが隠密ニンッ!!」

ステルス部隊という名の、
水着忍部隊は駆けた。

音もせず、
足跡(そくせき)も付けず、
空気さえ揺らがさず、
ただ、
早く。
速く。

「もっと軽くッ!もっとライツにッ!軽く軽く軽く駆るニンッ!まだまだっ!軽さが足りないニンッ!!」

ハヤテ=シップゥ率いるステルス部隊は、
アレックス達の背後を、
分かっていても何一つ悟らせない最強の隠密性で追走した。

どうしようもない隠密性。
カゲロウマルやスモーガスをも凌駕する恐るべき隠密集団だったが、

一つ残念な事があった。


先を行くアレックス達の中で、
このステルス部隊のあだ名は、

エクスポ部隊に決定した。



































「ヘックションッ!・・・・・・美しい」
「何その語尾」

くしゃみの後は、
バカヤロウ!
とか
コノヤロウ!
とかにしてよ。とスウィートボックス。

「散り際の美しさがボクの美徳でね」
「美しいって言えば全部美しいかと言われるとそうじゃないと思うけど」

ごもっともだね。
とエクスポは鮮やかに笑った。

「ふぅ、でもやっぱり地下は寒いね。クシャミが出るくらいだし」
「そう?誰かがウワサでもしてるんじゃないの?」
「それはない」

エクスポは自信満々に言った。

「哀しい事に、ボクを思い出してくれる人があまりいない。存在感がない」
「哀しすぎるでしょそれ」

言っていて本人も悲しくなってきた。

「でも走らなくていいのかい?」
「何がだい?」
「いやほら、ひょっとしたら後ろから・・・」

スウィートボックスは後ろをちょいちょいと振り向きながら話す。
さきほどから後ろを小まめに気にしすぎだ。

「さっきのウサギの殺人鬼がさ・・・・」
「走って混乱するよりも歩いて様子を伺ったほうが吉さ。
 この反響の多い地下水道だからね。静かにしていれば他人の位置はすぐ分かるよ」
「そりゃそうだけど・・・」

スウィートボックスが心配になるのもしょうがない。
シドとまた遭遇したら、
今度はどんな目にあうか分からない。
あの時、
戦ったわけでもないのに、
死んだ気さえした。

「私は戦闘できないんだから落ち着けって言うほうが無理よ・・・」
「どーせどうにもならないなら落ち着いた方がマシさ」

いやに冷静だ。
先ほど、
シドと対峙していた時はこのクールで小賢しい表情も、
一変した様に感情をむき出しにしていた。
ある意味、
シドに対して何かしら覚悟を決めたのかもしれない。

「本当に追ってきてないでしょうね・・・」

スウィートボックスは立ち止まり、
背後の水道を凝視する。
入り組んだ地下水道。
迷路のようになっているから、
そうも簡単に背後から合流する事もないだろうけども。

「追って来るには来てるだろうけどね。彼自体はあまりに純粋無垢だ。懐いた動物のようにね」

スウィートボックスを置いて、
エクスポはスタスタと歩いていく。

「でも彼だけに執着して前をおろそかにするわけにもいかないのさ」
「へ?どういう事?」
「ボクや君。そしてシド以外にも人が居るかもしれないって事さ」
「えっ?!」

スウィートボックスは急いでエクスポに追いつき、
そして回り込むようにエクスポの顔を覗き込む。

「ど、ど、どういうこと?」
「少し考えておくれよ」

余裕の笑みでエクスポは話す。

「この水道はね。生活用水として城に繋がってるからボクらは使用してるわけじゃないか」
「う、うんそうだけど。だからって地下に人の気配なんて・・・」
「いるさ」

エクスポは確信しているように歩き、
スウィートボックスを追い抜いていく。
スウィートボックスはそれを追いかけて尋ねる。

「なんで?なんでよ」
「魚が居たじゃないか」

魚。
先ほど合流した、
二匹の巨大なザコパリンク。

「う、うん・・・」
「あれが野生なわけがないだろ?」
「そんなの分からないじゃない。あれほどの異端な生物よ?
 たしかにおかしい生態系だけど、だからこそこういう場所に居るもんじゃないの?」

人知れない場所だからこそ、
あそこまで成長できた。
そう考えるのも確かに一つだ。

「じゃぁあのザコパリンクは何を食べて生きてるんだい?」
「あぁそっか」

スウィートボックスは、
この足場以外を埋め尽くす、
地下水道を見る。
綺麗なものだ。

「何度も言うけど生活用水なんだよこれは。暗くて分かり辛いけど、スオミのミュク湖より綺麗だ。
 明るければ透き通って下まで見通せる美しいガラスのような水道さ」
「魚一匹いないわね・・・」
「まぁ地下だからコケやらくらいは生えるけど、あのザコパがそれで生活してるとは思えない」

つまり、

「餌を与えている人物がいるってこと?」
「その通り」

得意気にエクスポは笑った。

「ま、だからといってその飼い主本人がいるとも限らない。
 あのザコパが自分から餌を取りに行ってる可能性も無いわけじゃないからね。
 何にしろ城の真下付近には人の気配がある可能性がある」

餌をあげているのは誰かとか、
そういう云々でもない。
ただ、
生命が存在している以上、
生命の可能性は否定しきれない。

「あ、あんまり危なくなったら私は逃げるからね」
「十分さ。十分なほどお世話になったからね。それに道も分かってきた。
 単純に水が下ってる方に進めばいいのもあるけど、少し分かれ道も少なくなってきた」
「あぁそれは簡単だよ」

今度はスウィートボックスが得意気に答える。

「きっと街を抜けたのね」
「ルアスの真下を抜けたってことかい?」
「そう。今度は私が言うけど生活用水の下水道だからね。
 ルアスの下ならまだ住民のためにいろんな方へ枝分かれしている。
 でもそれを超えてしまえばあとは城へ繋がってるだけってこと」

なるほど。
分かりやすい。
恐らく今は外門前広場の下あたりか。

つまりこの先、
この下水道の向かう先は、

城本体しか有りえないということ。

「って言ってもルアス城は大きいからね。一本道とはいかないけど」
「それでも迷う心配がなくなっただけ安心だ。君と居て心配なのはそれだけだったから」
「どういう意味!?」
「君が頼りになるって意味さ」
「絶対違う!」

怒りながらスウィートボックスはエクスポを追いかけた。

・・・。
この暗い地下道。
前に人が居るならば、
間違いなくそれは敵だろう。

でも止まるわけにはいかない。

そのために進んでいるのだから。

そして、
背後には殺人鬼が恋しがっている。






























「ウヌル・ノノニナノネ」
「え〜?戦いをどう見るかって〜?難しい事聞くね〜オリオールは〜〜」

押しつ、
押されつ。
いや、
押し込めないまま鉄壁の最前列。

その戦況を後ろで見ながら、
外門を見上げる小さな影。

「みんな頑張ってる!そ〜思うよ〜〜」

ロッキーは、
背中にコロラドを背負いながら、
自分のカプリコハンマーに答えた。

「ネルノルルルブルスノレーラ」
「えぇ!?」
「ナンナルテルロロヌーラ」
「そ、そんな事言わないでよぉ・・・・」
「ムムヌル?!」
「だって・・・」
「マルレロルナラ・リリンルロ!」
「うーん・・・・」

彼ら以外に理解できぬ会話。
オリオールとロッキーの会話。

「でも〜〜頑張ってるっていうのは凄ぉ〜〜くいい事だと思うんだぁ〜!」
「ウネラ」
「スネないでよオリオール〜〜」
「あーー、あうあー、あー」

背中のコロラドが、
さらに小さな手を外門の方へ伸ばした。

「コロラド〜?パパに抱っこしてもらうのはもうちょっと我慢だよ〜?」
「あうー!あうああー!」
「だめだめ〜。パパ達は危ないところにいるんだよ〜」
「ウンネリヌルロリア」
「あーあー!」
「我慢して!それまではお兄ちゃんの背中で我慢するの!」
「あー!あうあうあー!」
「ウンヌ。メメトルラリーロロンパ」
「こらっ!オリオール!そんな事言っちゃ駄目!コロラドはまだ子供なんだからっ!」
「ウンヌルロックー」
「そりゃぼくだってそうだけど〜」
「レレルリンロタルニャーヤ」
「あう!ああうあ!あー!あー!」
「ルンラロロ!?」
「あう!」
「レリッパールルレノノナノン!」
「あうえうー!あうあう!あうあー!あー!」
「も〜〜二人とも〜〜」

恐らく、
言葉でなく心で理解しなければこの会話は分からないだろう。
いや、理解できてはいけない領域かもしれない。

「ウンゴラ!!」
「わ、分かったよ〜・・・」

ロッキーはしぶしぶ承諾する。
そして、
ゆっくり目を瞑った。

「・・・・・・・・」

そして開かれた目は、
ロッキーの穏やかで優しいものでなく、
鋭き邪悪なものだった。

「・・・・ふん。これだからお前は戦闘向きではないのだロッキー」

オリオールは、
少し不機嫌に、ロッキーの口を借りて言った。
精神を入れ替えたのだ。

「あうあう!」
「・・・ガキ。貴様はロッキーの弟だからこうして背負ってやるだけだぞ」
「あうー!ううあー!」
「まったく。ガキというのは負荷以外の何物でもないな」

少し舌打ちする。

「まぁいいロッキー。任せろ。前線がアレではお前の持ち味は生かせん。
 ここは遠距離戦だ。ならば余の出番だろう。オーブの中でジックリ観賞していろ」

ガコンッ、
と、
重苦しいカプリコハンマーを地面に置き、
片手を広げた。

「死んでても生きていても愚かに命を奪いあう愚かな人間共よ。
 無機物の何たるかを教えてやる。称えよ大地を。・・・・・大地讃頌」

そして、
少し地面が揺れた。
この戦いの最中故に、地響きなど起こり続けているので、
さも誰も気付かないだろう。
ただ、
地面は揺れ、
そして、

ロッキー。
オリオールの周りの地面に、
小型の火山が顔を上げる。
幾多の、
小さな火山。

「愛せよ台地を。ブレイブラーヴァ」

そして、
その幾多の火山は、
大砲のように斜め前を向く。

「母なる大地に。無機物なる台地の永地に跪くがいい」

地面に生えた、
火山。
小型の火山の大砲。

それらが照準を定めた。

















「なんだ?」

彼らは城壁の上に居た。
レンガ状の手すりに身を隠しながら、
下に居る反乱軍共に魔法を放ちつける。

こちらが上。
相手は下だ。
一方的に相手を攻撃できる様は気持ちがいい。

だがふと気付く。

「おい、あそこ見ろよ」
「ん?」
「なんだありゃ。地面にフジツボが生えたみてぇに」

外門前広場の芝生の上。
そこから頭を出す、
小型の火山達。

「火・・・山?・・・まさかブレイブラーヴァじゃねぇだろうな」
「ブレイブラーヴァ?高等スペルだな」
「だがあんな小型の見たことねぇよ」
「実力相応ってか?」

ケタケタ笑う、
城壁の上の魔術師達。
だがそんな余裕で談笑していても、
手は休ませない。

「しゃべってないで魔法を撃て撃て」
「そうだな」
「下では盾部隊と槍部隊がふんばってくれてんだ」
「俺達が援護してやらねぇと!」

外門を守るため。
外門の城壁の上で、
仲間を守り、
敵を倒す。

城壁の上に並んだ100の魔術師は、
上からスペルを撃ち落す。
面白いように当たる。

「にしてもあのブレイブラーヴァ、しょぼそうな割に・・・」
「あぁ、俺も気になった。俺らの射程外だよな」
「心配すんなって。俺らの射程外なんだ。向こうからも魔法が飛んでくるわけねぇだろ?」
「そりゃそうだ。あの小さな火山じゃなおさらだ」
「けどよぉ」

一人の男が、
思い立ったように言う。

「あんな数のブレイブラーヴァは見たことねぇぞ」

それは確かにそうだ。
まるで、
まるで小型の兵団だ。
幾十もの大砲がこちらに向いている。
1部隊に相当する火山の大砲。

「だーかーら、高等スペルのブレイブラーヴァってのに気を取られすぎなんだよ」
「あんなちっこいのじゃここまで届かねぇよ」
「心配するヒマがあったら仲間を援護するぞ!」
「ぁあ!」
「外門は絶対に突破させねぇ!」
「ヒャギ部隊長の威信にかけて守るんだ!」

守る。
絶対に守る。
そのために、
小さな恐怖など他に置いておけ。
自分達には、

倒すべき敵がいる。
守るべき仲間がいる。

「おい!!」

一人が指をさした。
それは、
少し離れた先。

この広場への入り口だった。

「奴らの増援が来たぞ!!!」

城壁の上の魔術師達が一斉にそちらに眼を向ける。

「・・・・チッ、これで全部じゃなかったか」
「先頭の奴ら早ぇな。Gキキか」
「それの後ろに連なっているのは・・・」
「・・・・・・・魔術師?!・・・《メイジプール》か!」

先頭には、
女を二人後ろに乗せた、
Gキキライダー。
それに並走する男。

それらが城の敷地をくぐろうとしている。
そして、
その後ろに100を軽く超えた魔術師達が走りこんできていた。

「・・・・来たか」
「ここも安全とは言えなくなってきたな」
「チィ・・・ステルス部隊がどうにかする手筈だったのによぉ」
「過ぎた事だ。彼らだって外門のために一生懸命だったはずだ」
「・・・・確かにな」
「だがどうする」
「魔術レベルに関しては《メイジプール》の奴らには勝てない」
「撃ち合いになると不利だ」
「だがこっちは上で城壁の盾もある」
「あぁ、臆するな!」
「敵が誰であろうと!俺達は守る!」
「それだけだ!」
「外門はぜった・・・・・・」

言葉の途中で、
その男は吹き飛んだ。

「なっ!?」

居ない。
吹き飛んで居なくなる。
この城壁の上から、
仲間が突然吹き飛んだ。

「・・・・ッ?!」

隣の男が吹き飛んで、
彼は絶句した。
彼らは慌てた。
何が起こったか分からない。

「なんだ?!」
「なんなんだ!?」
「攻撃だ!!」
「下から何・・・ごぁ!!!」

また一人吹き飛んだ。
今度は見えた。

火球。

火球が飛んで来て、
城壁の手すりを吹き飛ばし、
魔術師をも吹き飛ばした。

「どこからだっ!」
「《メイジプール》か!?」
「奴らはまだ敷居に入ってきてもいねぇぞ!」
「のああ!!!」

またレンガが粉砕し、
火球が魔術師に直撃する。
そして、
高い、
高い城壁から、
無残に落下していった。

「クソォ!」
「あれだ!」
「ブレイブラーヴァ!!」

再び目線を下ろす。
外門前広場。
その真ん中より少し後ろ。

小さな小さな一匹の男。
その周りに生えた、
幾多の小火山。

「あなどったかっ!?」
「あのガキ一人でこの威力と数のスペルを!?」

火球は、
それもう乱射に近かった。
幾多の火山が、
幾多の火球をそれぞれに撃ち放ってくる。

ある火球は、
空へと消え、
ある火球は、
城壁にぶつかり、
ある火球は、
城壁の上を破壊し、仲間が落ちていく。

鉄球がぶつけられたかのように、
城壁にへこみをつけていく。
ある場所は削り取っていくほどの威力。

そして、
ある火球は、
外門へと直撃していった。

「休みなく飛んでくるぞ!!」
「どんだけ飛んでくるんだよっ!」
「まるで下から飛んでくるメテオだっ!!」
「体勢を低くしろ!」
「馬鹿言え!」
「俺達は援護しなきゃいけねぇんだぞ!」
「オドオドなんてして・・・うぎゃぁ!」

まだ城壁の上の一角が吹き飛ばされ、
魔術師が落下していった。

幾十。
幾十の火球。
幾多の小火山という大砲から、
城壁、
そして外門へ、
無差別に発射されていくブレイブラーヴァ。

「打ち返せぇえ!!!」

誰かが叫んだ!

「負けてられっか!やられてたまっか!」
「そうだ!」
「やり返せ!!」
「撃て!」
「撃てぇえええ!!!」

城壁の上の魔術師達も、
魔法を乱射する。
城壁の下へと。

「あのガキッ!あのガキだ!」
「くそぉ!警戒すべきだった!あいつはさっき外門にバーストウェーブ打ち込んでた奴だ!」
「知るかっ!」
「一匹相手にひるんでんじゃねぇ!」
「俺達は上!あいつは下だ!」

たった一匹の子供。
小さな小さな子供。

それに対する100の魔術師。

上と下。

城壁の魔術師達は、
魔法の撃ち合いを始めた。

外門の空中に、
魔法が入り乱れる。
ぶつかる。
撃ち落す。
撃ち落される。

クラッカーと花火が弾けたように、
外門は五月蝿くなった。




































「入り口です!!」

アレックスが叫んだ。
Gキキの上で身を低くし、
通りを突っ切る。

「派手な撃ち合いが始まったわね・・・・五月蝿い・・・大嫌いだ・・・・」
「ん?ありゃぁロッキーか」

目指す方向でいきなり始まった、
魔法合戦。
火気厳禁の世界が解放されたかのような光景だった。

そして、
その中で、
こちら側で一人応戦しているのは、
ロッキーただ一人だった。

一人で渡り合っている。
いや、
打ち勝っている。

「あそこまでの力を持ってたんですね」
「俺も驚きだ。あのオリオールってフェイスオーブの力なのか?」
「いえ、本人も言ってたじゃないですか。オリオールさんはあくまでハンドルです。
 エンジンと燃料はロッキー君の力。あれがロッキー君の力なんですよ」

破壊級の実力だ。
素質の塊であって、使い方を知らない幼き少年。

「・・・・カッ」

仲間の実力を見れて、
嬉しい反面、
正直なところ・・・・

ドジャーは悔しいような焦りを感じた。

《MD》には埋もれている才能が多い。
ロッキーは前述の通り、
イスカは剣聖に託された剣の達人だし、
メッツも44部隊に抜擢されるほどの人材だ。
マリナは妹が魔術師最強ギルドのマスターになるほどの名門の生まれだし、
アレックスは言わずもがな。
エクスポは・・・・うん。

「・・・・・」

ドジャーは自分の力を思い直す。

死骸騎士に対しては役立たずだ。
それを抜きにしても皆より劣っている。
それで・・・・何がマスターだ。

「スミレコさん」
「はいアー君」
「フレアさんの様子はどうですか?」

Gキキをかっ飛ばして操縦しているアレックスには、
後ろの様子は分からない。
詠唱が止め処なく口にされているのは分かっているが、

「スペルの事や詠唱の事は分からない。44部隊に詠唱者はいないから。
 ・・・・でも、この女、今Gキキから突き落としても気付かないくらい集中してるわ」

フレアはマスターとしてのカリスマ性はない。
だが、
自分のすべきことは分かっている。

「・・・・全く。アー君に気にしてもらおうなんてさすが泥棒猫ね。轢かれて死ねばいいのに。
 詠唱も念仏と違いが分からないわ。意味のない騒音と変わらない・・・消えてしまえばいいのに」
「フレアさんは今回の要です。気にするのは当然ですよ」
「おいアレックス」
「はい?」

Gキキに並走するドジャーの方は見ない。
目の前の外門前広場に集中する。
突っ切り、
突入する事だけを。
最大速で。

「言われた通り連絡は入れといたけどよぉ・・・大丈夫なのか?」

ドジャーは走りながら、
周りを気にする。

「見えもしねぇし、音もしねぇが、ステルス部隊ってのが近くに潜んで付いて来てんだろ?」
「はい」
「・・・・間違いない」
「このまま外門前に突入したらよぉ、挟み撃ちだぜ?」

今、
自分達は敵に向かっている。
そして、
敵に追われている。

正真正銘の挟み撃ちだ。

・・・・バックアタック。
それだけならまだ最悪なだけだ。
だが、
外門崩しをしている時に、
見えない敵が入り混じっていたら危険などのレベルではない。

「そのために連絡したんですよ。挟み撃ちって考えない方がいいんです。
 前と後ろ。2箇所で戦うと思えばそれでいいんです」
「それは挟み撃ちされてんじゃねぇか」
「違います。迎え撃つんですよ」

アレックスは、
Gキキを操りながらニコッと笑った。

「僕らがじゃないですけどね。さぁ、外門前に突入しますよ」

もう目の前だ。
だがこのままでは、
ステルス部隊に安々と背後という最高のポジションを与えたままの突入になってしまう。

いや、
一番の問題は・・・・

「全く・・・蓑虫は蓑虫でやなもんだわ・・・足を引っ張るくらいなら土に潜ってろ」

スミレコがGキキの上で、
後ろを振り返る。

ドタドタと、
集団が追いかけてくる。
魔術師。
《メイジプール》の集団だ。

「私はアー君が無事ならどうでもいいけど、あいつらは駄目ね」

そう。
今はステルス部隊は何もしてこない。
フレアを最優先に追って来ているのだろう。
だが、
外門前に突入したら、

"蓋をされたようなものだ"

恐らく、
ステルス部隊の者達は今も周りで絶好の位置で、
走りながら待機している。

外門前広場に突入した瞬間、
つまり、
外門前広場に閉じ込めた瞬間、一斉に襲い掛かってくる。
逃げる場所の無い、
封鎖された挟み撃ち。

戦略。
戦い慣れしている。

「外門に辿り着いても、魔術師の仕事はさせてくれねぇってわけだ。その前に殺られる」
「だからといってここで迎え撃てません」

そしてそれは突入後も同じ。
加えるなら、下手な動きをしたら迎撃もしてくるだろう。

「だから僕達が、ステルス部隊(彼ら)より先に突入しなければいけないんです」

見えた。
入り口だ。
外門前広場への入り口。
大通りの幅と同じだけの小さな門。
簡易門。

その前で、

二人の女が待っていた。

「連絡どおりだ」

自分らが走る先、
門の前に立つ、
二人の女。
彼女らがいるのを確認した。

「カッ、じゃぁアレックスの言う"迎え撃つ"ってのをあいつらに任せるとするか」

そう。
そこには、
マリナがギターを抱えたまま腕を組んで立っていて、
その横で、
イスカが目を瞑って立っていた。

まるで、
門を封鎖するかのように。
門番というより、
二人の弁慶といった風貌で。

「このまますれ違いますよ」

アレックスはスピードを緩めない。
並走するドジャーも同じだ。
最高速で、
突っ切る。

そしてその速度のまま、

マリナとイスカとすれ違った。

「・・・デートで女の子を待たせるなんてね」

「カッ、女の子って年じゃねぇだろ」

「・・・・・・・後で覚えてなさいよ。ドジャー」

「あぁ。頼むぜ」

一瞬の会話だけ。
それだけ済ませ、
刹那のすれ違いは終わる。

アレックス達は、
外門前広場へと突入した。


「さて・・・・と」

入れ替わり、
マリナとイスカ。
外門前広場の入り口で、
堂々と立ちはだかる。

「お仕事といきましょうか」
「面白いものだな。まるで立場が逆だ」

マリナとイスカが笑う。

「そうね」

マリナがギターをぐるんと回して担ぐ。

「さぁ来なさい。"外門へは一歩たりとも近寄らせないわ"」

まるで立場が逆。
その通りだ。
マリナとイスカ。
二人の女の門番。
まるで立場が逆だ。

ステルス部隊を・・・・外門前広場に侵入させないため。

「・・・・あれが《メイジプール》とやらか」

イスカが片目を開き、
大通りの方を見る。
アレックス達からかなり遅れて、
突入しようと必死に走ってきていた。

「魔術師は好かんな。武器を道具としか見ておらん。剣を愛する拙者とは相容れん」
「あら。なら私とも相容れないわね」
「マリナ殿は武器を愛しておるではないか」
「・・・・まぁね」

もちろん、
見えないだけで、
周りにはステルス部隊が並走しているのだろう。

見えない敵。
音もなく、
存在さえ消している敵。

「あーあ。メンバーが全部入れ替わっているっていっても、マリンの大事なギルドだからね。助けてあげないと」
「マリナ殿の妹君のためならば、拙者も力を貸そう」

外門前広場。
そのさらに入り口に立ち塞がる二人。

《メイジプール》の者達が、
必死に、
逃げ延びようとするかのように向かってくる。
周りには見えない敵。
敵。
いない、敵。

「・・・・・・・」

イスカが目を瞑った。

「・・・・右。そちらだ」
「はいよ」

笑顔のマリナが、
担いでいたギターをぐるんと回し、
構える。
重火器のように。
そして、

「ありゃりゃりゃりゃ!!!」

乱射。
イスカが示した先に、
銃弾を乱射した。

「ごぁっ!」
「ぐあ!」

何も無いところから、
水着を着た骸骨が姿を現し、
粉砕された。

「そのさらに左」
「あーい♪」

乱射の照準をズラす。
ズラすと同時に、
まるでスクラッチゲームのように、
敵の姿が現れ、
粉砕されていく。

「襲おうとしている輩がおる。魔術師達の少し左だ」
「まったく。疲れちゃうわ・・・・ね!!」

一度撃つのをやめ、
イスカが示した先に狙いをつけ、
そして撃つ。
撃つ撃つ撃つ。

大当たりとでも言わんばかりに、
敵が姿を現すと共に散っていった。

「ふん。まるで遊戯だな。攻撃が届く分、スモーガスの時と比べれば難しいものではない」
「はいはい!余裕かましてないで!私には居場所わかんないんだからっ!
 ちゃぁーんと私の目の代わりになってチョーダイよ!イスカ!」
「無論だ」

イスカには分かる。
その得意の五感で。
人には分からないだろう、
かすかな音。
かすかな砂煙。
かすかな空気の変わり。

イスカはそれさえも感じ取る事が出来る。

相手がステルスならば、
イスカはそれをも感知する高性能人間レーダー。

「そっちだマリナ殿」
「あいよぉ!」

マリナはそちらに快感と共に撃ち放つ。
さすれば、
敵がそこに居て、
死と共に現れて砕けおちる。

「はいはい!ちゃっちゃと通っちゃってよ!」

「すまねぇ!」
「助かる!」

魔術師達が外門の入り口まで走りこんできた。
マリナとイスカとすれ違いながら、
通り過ぎていく団体。
外門前広場へと侵入していく。

「・・・・・人ゴミは面倒だな」

イスカは目を見開き、
そして、
俊敏にどこへともなく動き、
空を斬る。
斬った事さえも分からぬ居合い斬り。

「斬っ!!」

魔術師を襲おうとしていた者を、
真っ二つにする。

「半月斬(ルナスラッシュ)!満月斬(ルナスラッシュ)!!!」

さらにそれを二回・三回と切り伏せ、
思い立ったように、
また見えない敵を切り伏せる。

「だぁーーーだだだだだだだ!」

その間、
マリナは適当に撃ちまくる。
狙いも狙わない。
乱射。

マシンガンの広範囲射程は、
それでも敵を仕留めるに値する。

「だだだだー!だぁーいなみぃーっく!」

その間に《メイジプール》の者達が通過していく。

「さっさと通っちゃって頂戴っ!うりゃっ!!」

今度は反動のある一撃。
MB16mmショットガン。
集約したマジックボールの散弾が、
一撃で死骸騎士を粉微塵に吹き飛ばす。

「お店に入れるのはお客さんだけっ!当然でしょ!」

そして、
通過し終えた。
全ての魔術師が、外門前へと通過した。

「さて」

鮮やかだった。
まるで"ろ紙"でも通したかのように、
マリナとイスカは、
《メイジプール》の人間だけを外門前へ通し、
ステルス部隊を一切通さなかった。

「こっからは好き放題やっちゃっていいわけね♪」
「そのようだな」

ニヤりと笑いながらも、
誰も居ない門の外を見る。
存在感のカケラもない。
だが、
彼らはそこに存在している。

「イスカ。敵の数は?」
「そうだな。・・・残り50そこそこか。案外少ないものだな」
「かくれんぼは一緒に隠れると見つかっちゃうものなのよ」
「ふむ」

不意にイスカが剣真横に握り、
突如、
真横に突き刺す。
外門前へと繋がるこの入り口。
その簡易門へ剣を突き刺した。

「きさ・・・ま・・・・」

門に突き刺した剣。
その間に、
串刺しになった敵の姿が露になった。

骨だけの敵の、
骨だけを貫いた起用な一撃だった。

「・・・なんで俺達の居場所が分かる・・・・俺達が見えているのか?」

「煙の中で散々聞いた言葉だな」

イスカは、
そのまま片手で踊るように剣を振り回す。

「三日月斬(三連ルナスラッシュ)」

一瞬で三度の斬撃。
いや、
斬劇。
男は細切れになって落ち、
浄化して消えた。

「お前らは見えないからと言って風の存在を感じないのか?そういう事だ」

血も付かないその剣を一度払い、
腰の鞘に収める。

「私には全然分からないけどね」
「それは拙者がフォローする。マリナ殿は拙者が守る」
「いいっていいって。《メイジプール》だけ通しちゃえば後は無心よ無心。
 適当に撃てばいいんでしょ?当たれば勝ちよ。ハズれても損無し」
「いつものマリナ殿だ。だが拙者はマリナ殿を守る。潜み近づいて来た者は任せてくれ」

「ニン♪」

不意に、
マリナやイスカ達の視界の中に、
一人の水着の小柄な女が現れた。
頬にウズマキのある変な女だ。

「あら。自分から姿を現したわよ。死にたいのかしら?」
「インビジをしていても無駄だと思ったのではないか?」

「それは違うニン」

恐らく部隊長であるその女は答える。

「零れた牛乳を拭くのと、水を拭くのでは手間は違うものだニン。
 分かっていても捉えられないのが隠密。ステルスニン。
 今一度だけ姿を現した理由は一つニン。お前らはもう二度と私の姿を見ることはないからニン」

臆しない、
むしろ余裕さえ感じさせる、
水着の女。

「それはありがた迷惑だな」
「変な語尾の女なんて二度とどころか見たくもなかったわ」

「ニン♪」

女は、
片手にウッドダガーを握っていた。
あんなもので人を殺せるのか?

「挨拶だけしたかったニン。私は部隊長。ハヤテ=シップゥニン」

「はいはい。分かったわよシップゥニンさん」
「変な名前だな」

「シップゥニンじゃないニン。ハヤテ=シップゥニン」

訂正になってない。

「装備や体だけじゃなく、脳みそまで軽量化してるみたいだな」
「右脳を肉抜きでもしてあんじゃないの?」
「いやいや、もしかしたら体格相応にもとから脳が小さいのかもしれん」
「なるほどねー。カニミソくらいのガッカリサイズかも。料理のし甲斐がないわね」

「ムカつく女共ニン」

そうこう話していると、
ハヤテの周りに、
水着を着たやせ細った男女や、
水着を着た骸骨が姿を現す。

「ハヤテ様」
「お話はこの程度で」
「外門の戦いが極化してきました。時を一刻を争います」
「フレアを最優先で討ち取ろうとした結果がこれです」

フレアは、
Gキキの機動力を持ってアレックスが一気に運んだ。

「そうニンな。《メイジプール》だけでも削っておくべきだったニン。かんニン。
 さっさとこいつらを始末してバックアタックを仕掛けるニン」

「さっさと?」
「始末?」

イスカとマリナは少し頭に血が上る。
特にマリナが。

「へぇ。このマリナさんにそんな言葉をかけるとはねぇ」

「マリナ?・・・・ふぅん。マリナとイスカニン。カゲロウマルを討った女共ニンな。
 少し失敗したニン。けど、寄り道にしては面白い相手ニン。忍ぶに値するニン」

シュンッ・・・・と、
風が吹くように姿が消えた。
ハヤテだけではない。
周りのステルス部隊全てだ。
それだけで、
全くどこにいるか分からなくなる。
移動したのかも分からなく。

「やっとやる気になったようだな」
「見た目通り、"重い腰"は無いってことね。シップゥニンさん」

「ハヤテ=シップゥニン。疾風疾風と書いてハヤテ=シップゥニン。二度と間違えるなニン」

「どーでもいいわ。さっさと来なさい。始末してあげるわ。外門前へは一歩たりとも進ませない。
 それに私はあんたらみたいなのは大嫌いなのよ。何そのガリガリボディ。
 おいしいもの食べてるの?人生損してるわよ。軍隊だからってレーションばっか食べてんじゃないの?」

「ダイエットも仕事ニン」

音も立てず、
動作も悟られず。
それには何よりも、

「軽さは力・・・ニンッ」

イスカの目は動かないが、
マリナはキョロキョロと周りを伺う。
マリナにはどうやっても敵の位置は分からない。

「ニンニンニン♪」

イスカは捉えている。
だが、
目での話だ。
早い。
不可視の世界で、
重力を受けていないかのように、
軽快すぎる動きをしている。

「ニンニン。それに贅肉は女の醜さニンよ。体脂肪率1%以上は肥満ニン。
 軽さは戦いの力であり、女の力でもあるニン。だから言ってあげるニン」

どこからか分からない声は、
マリナを貫く。

「この!デブ女!」

パキンと、いい音を奏で、
足元のタイルと、
マリナの血管にヒビが入った。

「・・・ほ・・・ほほぉ〜・・・・」

片頬をヒクつかせ、
眉毛をピクピク揺らしながら、
マリナの表情は歪む。

「このマリナさんに・・・・・今・・・今・・・何・・・て?」

ギターを持つ手に力が入る。
怒りの頂点が、
筋肉を強張らせる。

「何つったぁこのアマァッ!!」
「マリナ殿。デブと申しておったぞ」
「万死に値するっ!!!」
「もがっ!!」

マリナの強烈なパンチがイスカにヒットし、
イスカが吹き飛んだ。
それもただの八つ当たりで、
ピクピクと表情を歪ませながら、
マリナはどこともなく歯を食いしばって目を見開く。

「確かに私が怖くて見れないものbPは幽霊じゃなくて体重計の数字だけども!
 このナイスバディマリナさんへの侮辱を一生が終わったあんたに一生後悔させてやるわ!!
 丸焼きにも使えない骨骨女め!!トンコツスープにしてあげるわ!!」

「ニンニンニン♪してみろデェ〜ブ♪」

「デブって言う奴がデブだ!ぶっ殺すッ!」

銃声が鳴り響いた。

「食べ残しは無しだからねっ!!!この骨女っ!!!」

ここから10分ほど、
銃口は無呼吸で鳴り続ける事になる。




































「外門にダメージいってんぞ!どうなってんだヒャギッ!ヒューゴ!」
「・・・・ヒュゥ・・・・あのガキだな」
「遠距離からやたらに撃ち込んできやがる」

頭上で爆音。
大砲の乱発のようだ。
花火のように外門に小さな火球が着弾していっている。

「外門だけじゃねぇ。外壁の上に居る俺の魔術部隊にも被害がいってやがる」

外門。
外壁。
そしてその上にまでも。
火山という火球が、
怒涛のように飛んでくる。

「・・・・ヒュゥ・・・しくったな」
「警戒すべきはツヴァイでも三騎士でもねぇ。あっちのガキの方だった」

外門に着弾する火球を止める手立てはない。

「外門はどれくらい持つ!?」
「分からねぇ・・・すぐってわけじゃねぇだろうよ。外門はただの門だ。回復もしなけりゃ直りもしねぇ」
「被害は蓄積されるばかりか」

一撃一撃は小さい。
だが、
このまま放っておけば壊されてしまうのも時間の問題だ。

「ヒューゴ!ヒョウガ!守れてるか!?堪えれているかっ?!」
「出来るかどうかじゃねぇ!」
「守らなきゃなんねぇんだろ!!」
「ドラゴンスケイルッ!!!」
「タクティクスッ!!倍がけだっ!!!」

ロッキーのブレイブラーヴァは後回しだ。
何にしろ、
絶対に、
外門に敵共を近づかせるわけにはいかない。

「堪えろっ!!守れっ!絶対に通すな!!」
「ヒャギッ!!てめぇの魔術師共もどうにかしろっ!」
「援護がなけりゃいつまでも耐え切れるもんじゃねぇぞ!」
「分かってるっ!数は向こうでも!思いはこっちが上だっ!!!」

外の時に、

「来たぞっ!!!」

荒れ狂う、
火球の大砲が舞う空。
そこに、
天馬。
黒騎士。

「カスが」

守りの騎士の防御壁を飛び越えて、
三度、
漆黒の戦乙女が飛んできた。

「ツヴァイだっ!絶対に通すな!!」
「絶対にっ!!守れっ!!」
「ヒューゴ!!」
「分かってらぁぁああ!!!」

臆する事なく、
ツヴァイという存在に対し、
盾を構えて真正面から挑む。

「強き思いは強い。それは学んだ。だが、それだけでどうにもならないから兄上という存在がいる」

冷たい目で、
そのまま一直線に、
ツヴァイはヒューゴへと槍を突き出して突っ込んだ。

「のぐぉおおお!!!!」

衝撃だけで両腕がもぎとられたかと思った。
痛みを感じない体でもそれほどの衝撃があった。
事実、
ヒューゴの体は槍に運ばれて吹っ飛び、
そのまま背後の外門へと張り付けにされた。

「ぬっおおおおおおぁああああああ!!!」

だが、
ツヴァイの槍は、
ヒューゴの槍を貫いてはいなかった。
盾は無様にへしゃげていたが、
外門に張り付けにされたまま、
堪えた。

「絶対に守るんだよぉおおおおおおお!!!!」

「守ってみせろ」

ツヴァイはエルモアに跨ったまま、
さらに前へと力を込める。
槍が、
へしゃげた盾を押す。
圧す。
ヒューゴの体は、
盾と外門の間で潰れて砕け散りそうだった。

「お前らの守りの力には敬意を表する。いや、力よりその思いにだ。
 だが、だからこそ、ここで先にお前ら三人を始末する。
 戦況を見つめれば瞭然だ。貴様ら三人を潰せば、外門崩しは成るだろう」

「ぐぅ・・・・ぉおおおおおお!!」

ツヴァイの槍で、
盾がへしゃげていく。
体も悲鳴をあげる。
そして、
背後の外門にまで軋みが唸る。

「通すかっ!通すかっ!通すかよぉおおお!!!赤信号がっ!人を通してなんになるっ!!
 絶対にここでてめぇを止める!全精力と命にかけて!!守りきってみせるっっ!!うおおぁあああ!!!」

「そのまま外門ごと潰れろ」

さらに力を込める。
盾が悲鳴をあげる。
体が悲鳴をあげる。
外門が悲鳴をあげる。

「ヒューゴッ!!!!」

ヒョウガが、
槍を突き出し、
ツヴァイに飛び掛った。

「そんなものか?」

だが、
ヒョウガの方さえ見ず、
ツヴァイはもう片方の手で盾を突き出す。
いとも簡単に、
槍を防ぐ。

「チクショゥ!!どけっ!!どけよっ!!!」

何度も槍を突き出す。
だが、
ツヴァイは見ずに片手でそれをいなす。
ヒューゴへの攻撃にはさらに力を込める。

「チィ・・・こんなところで・・・・」

ヒャギが動こうとする。
した。
したが、

「!?」

体が動かない。
何故だ?
目の前でヒューゴとヒョウガが戦っているのに、
外門を守らなければならないのに。
何故、
体が動かない。

「どっかいっちゃった・・・・とか思ってただろ?」

視界の横で、
黒スーツの女が笑っていた。
足には、
蜘蛛の糸が絡まっていた。

「うちは、見えさえすればどんな場所からでも攻撃に来れる事を忘れないで欲しいね」

「てめぇ・・・」

「守る気持ちと突き進む気持ち。どっちが上か勝負と行こうじゃないか」

「このっ・・・・」
「うぐぁぁああああああああああ!!!」

耳にも残るほどに、
メシメシと音が聞こえた。
声は、
ヒューゴの悲鳴。
見れば、
ツヴァイの力で、
自分の盾と外門に押しつぶされそうになっていた。
いや、砕け散っていないのが不思議なくらいだ。

「ヒャギッ!!!ヒョウガァァァァアアア!!」
「待ってろっ!!」
「すぐに助け・・・・」
「俺を無視しろぉおおおおお!!!!」

メキメキと、
自分の体が押し潰されていっているというのに、
ヒューゴが叫んだ。

「俺が止める!!俺が守りきってやるっ!!!このままツヴァイを止め続ける!!
 てめぇらは他の奴らを止めろ!!絶対に外門へ通すんじゃねぇえええ!!!」
「馬鹿いってんじゃねぇ!どう見てもお前がもたねぇだろうが!」
「大体てめぇのドラゴンスケイルがねぇと盾部隊(赤組)だって堪えきれねぇ!」
「守るんだろうが!!!」

ヒューゴが叫ぶ。
力の限り。

「この外門を!そして家族をぉよぉおおおお!!」
「チ・・・クショ・・・おめぇもその家族だろうが!」
「うぉおおお!槍部隊(青組)ッ!!!盾部隊のフォローをしろぉ!!
 突き返せ!!!絶対に通すなっ!!一歩たりとも外門に近づけさせるんじゃねぇ!!!タクティ・・・」

「させないよ」

いつの間に移動したのか、
ツバメがヒョウガの目の前に居て、
そのまま逆手のダガーを顔面にぶち込んだ。

「ぶっ・・・ぐっ・・・・」

「あんたらの筋は見事なもんだ。惚れ惚れする。だけど、こっちにも道理はあるんでねぇ。
 させるわけにはいかねぇのはこっちも同じなんだっ!お呼びじゃないよっ!!!」

「こ・・のっ・・・」

「もういっちょ!!!」

相手は死骸騎士だ。
頭部は弱点じゃない。
だが、
一度引き抜き、
そしてもう一度顔面にダガーをぶち込む。
ヒョウガは堪らず後ろへ仰け反った。

「そして」

ダガーをクルクルと回転させ、
構える。
羽織ったスーツの上着が、
マントのように揺れた。

「お呼びだよ」

ツバメが笑ったのが、
まるで合図のようだった。

空にはブレイブラーヴァの火球が舞っていたが、
それを追い越すように、
それさえも掻き消すように、

幾多の魔術が、
外門へと放り込まれた。

「なっ!!」
「きやがったか!!!!」

まるで花火のようなレインボー。
色とりどりの魔術。
それが、
空中へ、
外壁へ、
そして、
外門へ、

次々と着弾していく。

「《メイジプール》の到着だよ。遅かったねフレア嬢。花火(メテオ)はまだかい?団子より花。楽しみにしてるよ」

「チィ!!どうして到着したっ!?」
「ハヤテの奴は何をやってるっ!!」

「ぐぁ・・・ガガ・・・・が・・・・・」

もう、
声にもならない声を発していたのは、
外門に張り付けにされたヒューゴだった。
未だ、
ツヴァイに屈していないのは奇跡にも等しい。
思いが力を産んだ、生み出された奇跡。

「しぶといカスは嫌いじゃない。敬意を表しよう。だが、このまま外門と共に微塵となれ」

ツヴァイは手を緩めない。
ヒューゴと共に、
外門までもが軋みをあげる。

「・・・・・ヒャッ・・・・・・ヒャギ・・・・・・」

押し潰されながら、
かすれた声をあげる。

「チクショウ!ヒューゴ!!待ってろ!」
「違ぇ!ヒャギ!ヒューゴが言いてぇのはソレじゃねぇ!
 《メイジプール》が来た!みろこの攻撃をよぉ!外門も外壁も長くもたねぇ!!」
「だ・・・だからさっさとこの状況を・・・・」
「崩れるわけにはいかねぇんだよっ!!!さっさとやれっ!!!」
「クソォ!!!」

ヒャギは、
足に蜘蛛の巣を張られたまま、
両手を広げた。

「何かする気かっ!!」

ツバメが飛び込む。
何かする気だ。
殺化ラウンドバックのヒマはない。
飛び込んだ。

「根性いれろっ!!!ナイトユニィイイイイイク!!!!」

ヒャギを中心に、
何かが広がった。
覇気のような、
気持ちのような、
それが広がった。

それと同時に、
全体が騒がしくなった。

「・・・・な・・・なんだい・・・」

ツバメが辺りを見回す。
一気に優勢になったはずだ。
《メイジプール》が到着し、
魔術の雨あられ。
外門や外壁へ多大のダメージを与えられるようになった。

盾と槍の防御壁も同じだ。
ヒューゴのドラゴンスケイルと、
ヒョウガのタクティクスを抑え込んだ今、
崩れるのは時間の問題だったはずだ。

外門崩しは時間の問題だったはずだ。

だが、
何も崩れない。

並び立つ防御壁は、
むしろ押し返す勢い。

外壁の上の魔術師達は、
成す術もなかったのが、
突然応戦を始めた。
むしろ地の利を生かして優勢に援護射撃を行っている。

「ハァ・・・・ハァ・・・・・溜めに溜めてやったぜ・・・・・」

ヒャギが、
息途切れ途切れに言う。

「騎士の勇猛(ナイトユニーク)・・・・・そっちのメテオと同じように・・・・俺も溜めるだけ威力があがるやつでね・・・・」

ヒャハッ・・・・と笑い返す。

「物理的にも・・・魔術的にも・・・守備力アップだ・・・こっちの全員がなっ!!
 強固っ!!勇猛な思いには何にも匹敵するっ!!!俺達は絶対に崩れねぇ!!!」

守るんだ。
絶対に。

ドラゴンスケイル。
タクティクス。
ナイトユニーク。

彼らの術は、一見地味なものだ。
だがそれは、
何よりも強固なものだ。

彼らは剣よりも盾を磨いた。
磨き続けた。

宝物を、
誰の手にも汚させないように。

「ふん。見事なものだ」

ツヴァイはそれでもヒューゴを押し込める。
ヒューゴはすでに声も出ない。
それでも堪えている。
精神力だけで。
潰れてなるものか。
崩れてなるものか。
心だけで彼は、
ツヴァイにさえ負けない。

「守護神(ガーティアン)。見事な門番(ゲートキーパー)だ。
 三匹の番犬。・・・・いや、一心同体の三つ首の番犬。まるで伝説のケルベロスだな」

「・・・・・」

だが、
もうまさに、
ヒューゴに限界が来ていた。
限界を通り越していた。

「・・・・だが悪いな。このままオルトロス(二つ首)にでもなってもらう」

「ツヴァイッ!!!」

ツバメが、
不意に叫んだ。
真上を指差している。

「・・・・・・?」

見上げる。
ここは外門の前だ。
見上げても空は半分に見えた。

だが見えた。
外門。
外門の上だ。

影になって分からない。
いや、
分かる。
十分だ。
十分なシルエットだ。

野獣。
野獣の影が、

外門の上に・・・・

「あんたら、漢だねぇ。燃えるぜ。俺様も混ぜろよ」

野獣が、
外門の上から降ってきた。

「ドッゴラァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
































「見ろ。いつの間に」

ドジャーが指差す。
Gキキから降りていたアレックスも、
見上げる。

高い、
高い、
大きな外門の上から、
野獣が落下していた。

「どこから来るかな・・・とは思ってましたが、あの人の登場だけは予想が出来ません」

そして、
前線の攻防があるのにも関らず、
爆発するような砂煙があがるのが見えた。

ギルヴァングが、
地面に着弾したのだ。

「凄い雄叫びですね。ここに居ても耳が痛いです」
「あれはツヴァイに任せるしかねぇ」
「ですね」

周りでは、
《メイジプール》の者達。
そしてその中心で、
ロッキー。

魔法という弾丸が、
幾多も飛び交っていた。

外門へ、
外壁へ、

壁と言う壁に爆煙が立ち込める。

「だが、状況が飲み込めねぇぜ。どう考えても数的有利に見える。なのになんで押し込めねぇ」
「守る力というのはそれほどのものだという事です」

崩せぬ心。

「チッ・・・・応戦に行きてぇところだけどよぉ」

ドジャーがチラリと振り向く。

「・・・天より出(いずる)時に空は裂け逃げ・・・・・・雲から顔を出すは無数の魔物・・・・我・・それ導きし・・・・」

フレアが詠唱を続けていた。
凄い集中力だ。
恐らく、
このまま殺されても気付かないだろう。
それほどに集中している。
だからこそ・・・

「少しお守(も)りしといてやらねぇとな」
「マリナさんとイスカさんがしくじる可能性もありますしね。後ろも守らないと」
「カッ、あいつらがそんなタマか?」
「《MD》は皆さん雑ですからね」
「・・・・・・・まぁな」

ふと、
だが、
遠目に、
何かが見えた。

三つの影。

「・・・・・三騎士か。予想以上に活躍してねぇみてぇだな」
「これからですよ」
「変なとこだけ信用してんな。マリナ達にもそう言ってやれよ」
「いえ、残念ながら・・・・"餌"があるせいでですね」
「餌ぁ?」

ドジャーが首を傾ける。

「今までの攻城戦はチェスターさんのお陰で外門は放ったらかしだったのは知ってますよね?」
「まぁな」
「ですから外門守備部隊のヒャギさん、ヒューゴさん、ヒョウガさんの三人は、
 度々他の仕事へ回される事が多かったんですよ。本人達には不名誉だったでしょうけどね」
「・・・・カッ。で?」
「カプリコノカン討伐戦に出てるんですよ」
「カカカッ!なるほどな、そりゃぁ大層な餌だ」
「笑えないかもしれませんよ」

そう言いながらも、
アレックスは苦笑する。

「三騎士の皆さんが、ロウマさんと互角に戦ったというのは本当の話です」
「別に疑ってもいねぇけどよぉ」
「僕はまだ・・・・三騎士さんの本気を見ていません」
「ぁあ?」
「討伐戦に参加した仲間は口を揃えて言いました。あれは悪魔だったと。
 ロウマさんでさえ勝てない。あれは死を運ぶ、正真正銘のモンスターだったと」
「死を運ぶ・・・ねぇ。それこそロウマの44(死並び)部隊の呼び名だと思うけどな」
「えぇ。だからこそ彼らは言ってました」

思い返すように、
アレックスは言う。

「家族を守りたい力と、家族を守れなかった悔しさ。どちらが上なんでしょうか」
「・・・・・」

それは・・・・分からない。
未だ家族を守ろうとしている三人の王国騎士と、
家族を守りきれなかった三匹の魔物騎士。

「見れるかもしれませんよ」
「・・・・三騎士の本気をか?」
「えぇ。かつて僕らが一度攻めたこの城」
「《ハンドレッズ》の時か。懐かしいな」
「そう。その時のこの城は、魔物の巣窟。MCと呼ばれていました。
 そのモンスターキャッスルで、見れるかもしれません」

死を運ぶ、
魔物の三騎士。
純粋な、悪の魔物。
憎しみの、
死を運ぶ魔物。

「あの日の、デスエイアグ、デスアジェトロ、デスフサムを」

味方である頼もしさの反面、
見ずに終われるならその方がいい。
そうとも思っていた。


































「ウフフ・・・・」

一方、
誰にも気付かれぬ、
片隅。
部外者のような片隅。

そこで、
魔物より魔なる、
純粋悪な、
クソ野郎は笑っていた。

「さぁ・・・・て・・・・俺も少しだけ・・・・絶望(クソ)とやらをくれてやるか」

地獄の蓋は、
まだ開かず。













                 






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