「ヒャァーーーーハッハッハッハッハ!!!!!!!!」

火炎は津波となった。
炎は海となりて、
森を包んだ。

「アッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!燃えろ燃えろぉおおお!!!!」

地獄はどういうところかは知らないが、
ここより酷いというのなら、
それは酷い刑罰だろう。

つまり表現したい事は、
地下にあるべきものが地上に。
死後の苦しみが生きた世界に広がっているという事だった。

逃げ場などない。
赤。
赤き紅。
赤き朱。
あか。
アカ。
赤。

「業火で猛火で不知火で鬼火で烈火で蛍火で点火で発火で電光石火で百火繚乱!!!
 百火繚乱!!ヒャッカリョーラン!!!ヒャッハー!ヒャッハローラン!!!!!」

赤き翼が広がった。
炎を翼を広げ、
炎を兜をかぶり、

炎の神は森を飛んだ。

「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

炎の化身は、
炎を纏い、
森を焼き尽くして飛んだ。

低空飛行で飛び回り、
炎を頭に、
炎の翼を広げ、

木にぶつかると、
木は溶け、
倒れて燃えた。

岩にぶつかると、
岩は説け、
チョコレートのように流れた。

低空で地面をコスるように飛ぶダニエル。
触れてもいない飛行経路の真下の地面は、
赤き炎の飛行機雲が直線に描かれた。

「あああああああ!!!」
「うわぁぁっぁああああ!!!」

人語を話す魔物は悲鳴をあげ、
人語を話せない魔物は悲鳴をあげ、
声を発せない魔物は心で悲鳴をあげた。

「ギャアアアア!!」
「アワッ!アワッ!アワッ!!!」

魔物達はどこへ逃げればいい。
四方八方。
炎に巻かれた森の中。
どこへ行こうとも炎が立ち塞がり、
炎が襲い掛かってくる。
緑の森に緑はなく、
茶色の土に茶色はなく。
赤という赤。
赤という朱。
赤という紅に巻き込まれ。
三つの色彩の内、青と緑を失ったように、
森はREDに包まれた。

朝焼けというように。
夕焼けというように。

世界はオレンジに焼けていた。

「根絶やし!絶やし!絶やしてやる!!ヒャーーハッハッハ!!
 塵も残さねぇ!!!消えうせるまで燃やし尽くしてやる!!!!
 灰色になっても黒色になっても!!無くなるまで燃やしてやる!!!!」

神の髪は、
赤き炎で揺らめき、
神の翼は、
赤き炎を尻尾のように揺らした。

飛行する紅蓮の神獣は、
思いのままに。
意志のままに。
欲望のままに。
ただ好きなだけ炎を撒き散らして燃やし尽くした。

「灰に!廃に!HIGHに!!!今日の天気は水じゃなくて火が降るヒィーーー!!
 ヒャハハハハハ!!!空に浮かぶのは白い雲じゃなくて黒い煙ィーーーー!!!
 楽しい楽しい楽しい!!!!!!エンジョイエンジョイ!炎ジョイYEAHHHHH!!!!」

それが快感で、
楽しみで、
だから止まる事のない災害。
天罰なる災害。
神が起こした災害は、
炎による焼却炉。
壊すでなく消し炭に。

1万の魔物は逃げても逃げても逃げる事も出来ず。
1万の魔物は戦おうにも歯向かいも出来ず。
1万の魔物は行動しようにも無力。

ここが森じゃなかったら。
ここまで被害は出なかっただろう。

ダニエルが強力で凶悪だったからじゃない。
森という地理は塵と相性が良かっただけ。
導火線はあまりに延びすぎていて、
火薬庫という焼却炉という牢獄。
それが森。

花瓶に水を流し込むように。
水槽に電気を送り込むように。
閉じられた牢獄。

森というのは油である。
燃料は尽きない。

ダニエルが小さな火だとしても、
森はマッチ棒が幾千、幾万と聳え立つ延焼場。

だが、
それでも、
火災発火地はダニエルであり、
ダニエルが居て、
世界は燃える。

「グリーングリーン!!緑が燃えぇぇるぅううう!!ってか?ヒャハハハハハハ!!!!
 ある日〜パパと二人でぇ〜!ヒャハハハ!!話しあっちゃいたいねぇ〜〜!!!!
 この世が燃えるぅ〜喜び〜!そして喜びのことを〜〜〜!!ヒャーーーハッハッハッハ!

ダニエルという炎が、
森という世界を燃やす。
命という命を。
生命という生命を。
木も、
虫も、
鳥も、
魔物も。

つまり、
この森の渦巻く炎がダニエルだ。
ダニエルという炎が地平線の彼方まで炎の翼を伸ばしている。
包み込んでいる。

ダニエルという起爆剤が、
森を炎でかき回している。
炎を広がるだけ広がり、
炎を広げるだけ広げ、
消えることないチャッカマン。


命という命が燃え尽きるのは、
たった数十分の出来事だった。



炎の化身カルキ=ダニエルは、
楽しみの限り炎で遊んだ。

































「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」













































「俺も戦争も含め・・・・状況は深刻・・・か」

ケビンは苦笑いをした。

彼方に見えるオレンジの炎。
想像しなくても見て分かる。
それほどの炎。
森の木の葉が舞い上がるように、
森自体が視線の彼方。
遥か向こうで赤く赤く。

「思い通りにいかないのはいつもの事だがな」

見て分かる以上に、
聞いて分かる。
先ほどからWISオーブが鳴りっぱなしだ。
取る気にもならない。
情報網を軽快にしておくのは戦争の基本だが、
取らなくても分かる報告の数と内容。
助けと指示を待つ仲間の叫び声が、
WISオーブの着信音となっているかのようだった。

「ま、取るヒマの方がないんだがな」

そう。
戦場のど真ん中になっている向こうの本陣。
そしてすでに戦争の隔離地になっているこっちの本陣。
ここには、
ケビンと、2人。

「しっこぃなぁおたく!!お仕事が終わんねぇだろ!」

エドガイが叫びながら、

「まぁさっさとゼニになっちまいな」

その大きな剣であり、
銃であるそのアスタシャ。
剣を構えると言うよりは突き出し、
柄というよりはグリップと呼ぶべき部位を片手で握り。
そして剣にあるまじき引き金(トリガー)を引く。

「ズッキューン♪・・・ってかぁ?」

本日何度目だろうか。
剣先の、
ブレードのどこからとも言えず、
放たれる斬撃。
飛ぶ斬撃。
2cmの動作で放たれるパワーセイバー。

「さっさと撃ち斬り殺されろ化けモン!!」

1,2,3発。
斬撃が踊るように飛び、
ケビンへと向かう。

「ふん」

小さく軽い、
ピンクなる種族。
ケビンはマントを靡かせながら、
引き金の動きさえ見えているかの反応速度で動く。

常人に避けきれる速度でない、
斬撃なる弾丸を、
軽やかなステップで避ける。

「何度も見れば遊戯だな。それしかないというならばそれに対応するだけ。
 択一の選択肢への対応など、俺にとっては考えるまでもない」

戦のシュミレート。
策士の中の策士の中の軍師。
ケビンの実力は、
戦闘能力でなく、
その超人的な、
超魔的な、
判断能力。
エドガイのパワーセイバーは、
虚しく通り過ぎていった。

「戦闘に必要なのは判断能力。俺には十手よりも先まで脳内でフローチャートが出来上がる」

選択肢は常時脳内で展開されている。
ならば、

「このパワーセイバーの意味も、次の意味も分かる」

すでに、
すでにケビン=ノカンは、
その赤茶の剣。
ブルトガングを構えていた。

「カスが」

迫り来るのはツヴァイ。
漆黒の騎士。
分かっている。
もうどれだけ闘っているか。
エドガイとツヴァイ。
その凶悪なるコンビと、
戦い続けている実力。

「ふん」

ツヴァイの、
ただの斬り払い。
漆黒の槍による切り払い。
ただの、
凶悪なる性能の切り払い。

「打ち勝つ必要などない」

それを、
ブルトガングで受ける。
受けきるなどとは言わない。
ケビンの軽い体は、
まるで木の葉のように吹き飛ぶ。

"吹き飛べばいい"

相手が凶悪なる実力者ならば、
それに対抗しなければいい。
勝てぬ戦いに反発する必要はない。
吹っ飛ばされればいい。

「・・・・っと・・・受けただけで手が痺れるな」

吹き飛ばされながら、
ケビンは片手で地面に一度着地し、
跳ね飛ぶように着地する。

「チョコマカとよぉ!ボーナスゲームじゃねぇんだぞ!!」

そこに追い討ちのように、
エドガイのパワーセイバー。
連射。
斬撃が迫る。
が、
それも咄嗟に。
いや、
"咄嗟でもなく脳内で戦闘の構成が出来上がっているように"
見ることさえなく、
ケビンは転がるように回避行動をとる。

「負けに勝ちも価値もない」

恐ろしいほどに、
ツヴァイがすでに詰めている。
最強なる2番手。
獲物を逃がす気のない最強。
ウサギを狩る獅子が如く。

「結果の見えている戦いに足掻くな」

回避行動をとったばかりのケビンに対し、
それ以上のスピードで詰め寄り、
槍を振り上げ、
突き刺す。
斜めに突きおろす。

「結果が見えている?面白い事を言うな。人間」

だが、
あたかも。
あたかも、
その回付行動はツヴァイの攻撃さえも予測していたかのように完璧で、
槍は、
ケビンをかすめるようにはずれた。
はずれた。
ただ、
地面を消し飛ばすほどに砕いただけだった。

ツヴァイが突きおろした地面に、
クレーターが出来上がる。

生命という生命を根絶するかのような突き。
だが、
そこにケビンはいない。

「さすがに疲れてくるな」

ケビンはそう言いながらも、
疲れを全く見せない表情。
ツヴァイから距離をとる。

「チッ!またかよ!俺ちゃん涙目」

エドガイは顔をしかめ、
自分の持つ、拳銃ならぬ剣銃の矛先の行方を迷わした。

「邪魔だツヴァイ!どけっ!!俺ちゃんの攻撃進路に入ってんだよ!」

「邪魔?それはオレに言ったのか?」

「お、怒るなよ!オメェが俺ちゃんのことも考えずに自分勝手に戦うから・・・・」

「自分勝手?自分勝手で何が悪い。いつお前に助力を頼んだ」

学生時代の時からか、
仲がいいのか悪いのか。
まぁ、
エドガイは一方的にツヴァイに振り回される側なのだろうが、
それも、
今回に関してはツヴァイに責任はない。

「・・・・ったく。ターゲットは魔物一匹だっつーのによぉ!!!」

八つ当たりするように、
エドガイは関係のない、
側面側に見える森の方に何度もパワーセイバーを撃った。
エドガイのパワーセイバーで、
木という木が意味もなく倒れていく。
大木さえも藻屑になる。

「こちらを活かし、あちらを活かさない。戦争の基本だ」

ケビンは、
おもむろに赤茶の剣を構えながら、
冷静に言った。

ケビンの動き。
それは、
無駄が一切ないという話ではなく、
"効率に満ち溢れていた"

近距離からツヴァイ。
遠距離からエドガイという、
凶悪なタッグ。
その攻撃をまだ一度も受けていない。

最低限の動きで裂け、
そしてその動き一つ一つに意味が多重する。

エドガイの攻撃を避けながらも、
その行動はツヴァイの攻撃にさえ対応し、
逆もしかり。

そして一番効果を放っているのは、
"エドガイの攻撃にツヴァイをかぶせる"

2対1を逆に有効利用。
エドガイの射撃経路に、
ツヴァイという盾をおく。

ケビンの実力どうこうよりも、
ツヴァイとエドガイに真価を発揮させない戦い。

真価を退化させる。

「クソッタレ!!」

思い通りに仕事が進まないエドガイは荒れる。

「いや、クールに行こう俺ちゃん。俺ちゃんその方がカッコイイはず」

そう言い聞かせるが、
さすがにこの状態がどれだけも続いているのだ。
地団駄も踏みたくなる。

このマイソシア。
現状で力のランクをつけるならば、

絶騎将軍(ジャガーノート)である、
ロウマ、ピルゲン、燻(XO)、ギルヴァング。
そしてツヴァイ、エドガイ。
彼ら6人が世界の最高水準にいるのは明らかなのだが、

その中の二人を同時に相手しながらも、
無傷、
かつ、
有利ではないが劣勢にさえならず、
ケビンの手の平の上と言わんばかりの戦いだった。

計算上の演劇(戦い)。

「台本化された攻撃が、当たるいわれはない」

世界最強達まで、
思いのままマリオネット。
戦いは頭。
それがケビン。
ケビン=ノカン。
ノカン将軍であり、
世界最高の軍師。
策士。
知略家。

「そちらの黒い人間。お前、先ほど面白い事を言ったな」

ピンクの耳を垂れ落としながら、
堂々と赤茶の剣をツヴァイに向けるケビン。

「面白い?ふん。オレの言葉に趣きなどない」

「いーや。言ったさ。結果が見えていると言った。・・・・・・・戯言だ。
 俺は戦いに置いて結果など見えたこともない」

「くだらん」

くだらん。
実にくだらん。
話など聞くに耐えない。
そう思い、
ツヴァイは槍を握り、
ケビンを仕留めてやろうと飛び掛ろうとしたが、
その槍を握る小さな動作にさえ、
ケビンの反応が見られた。

「・・・・チッ」

ツヴァイにとっては初めての経験だった。
生涯、
「読まれていたからどうなのだ」
そんな人生だった。
そんなものごと覆すほどの実力をツヴァイは備えており、
何もかもをどうとでも捻じ伏せる力を持っていた。

だが、
目の前にいる小さな魔物は違う。
まるで、
踊らされているような気持ちの悪い感覚。

「もう一度言う。俺は戦いに置いて、予想は出来ど、結果が見えたことなどない」

ツヴァイが動きを止めたのを理解したように、
ケビンはまた話し始める。

「戦争は、数種類あれど一つの結果だけを求めて行われる。勝利だ。
 予想通りはあれど、思い通りなどという戦争はただ一つもなかった。
 だから俺は何十、何百という道を頭に浮かべ、先へ進もうと考えるだけ」

結果のために、
手段を選ばない。
いや、
選べる手段という手段を用意し、
何百という手段を何重にも用意しておき、
結果のために実行する。
それが策士。

「失敗も不慮も、想定の範囲内に留めれば怖いことはない。
 結果などいつも変わる。決まりきった結果などない。
 だから何もかもに対応できる道を用意しておく。それが軍師だ」

「つまりどーなるかわっかりませぇーん・・・・ってことじゃねぇーの?」

「そういう事だ」

ケビンは笑った。

「十中八九。お前らが勝つはずのこの戦いでさえもな」

それは自信。
最強二人を相手しても、
結果が見えないならば道はあるという自信。

「俺は万が一という言葉が嫌いで、万全という言葉だが好きだ。
 どんな完璧な作戦にも1/10000。0.01%なんて無視していい可能性で覆る。
 0に等しくとも可能性はあってしまう。ならば完璧な作戦など存在しない。
 俺が目指すのは万が一さえも考慮する万全だ。1/10000の中の1さえも考える」

可能性の根絶。
何もかもに対応する策を用意しておけば、
何もかもに対応できる。

机上論だ。

だがそれを実行している男がここにいる。

「十中八九。嫌いな言葉だな。十回に八か九も負ける。それがお前らと俺との戦いなわけだ。
 十が一しか俺は勝てない。だが万が一のまで考えればあまりに可能性は高い。
 結果など見えないさ。万が一を百回考えただけで、俺に十が一が微笑む」

どうやったって負ける可能性が高く、
勝つ見込みは10%。
ならば、
その10%を100%の可能性で実現させる。
そんな理屈を無視した意見。
それを実行する男。
それは小さな魔物。
弱なる魔物。
ノカンの将軍。

「空が赤い」

そんな空を見ずとも、
ケビンは言った。

「俺の作戦が失敗したようだ。1万の伏兵が、燃え尽きている色なのだろう」

「いいザマだ」

「"何も問題はない"」

確固たる言葉で、
ケビンは言い放った。

「失敗は負けではない。それさえも考慮しているならばただの過程。結果など見えない」

「さっき言った想定の範囲内だっていいたいのか?」
「負け犬の遠吠えだな」

「もう一度言う。失敗は負けではない。むしろ骨組みの一つ。
 敗けを失うと書いて失敗。負けではない。そして問題はない」

負けではない。
問題はない。

何が。
燃えているのだ。
1万の兵が。
まるまる、
相手にノーリスクなまま、
無残に消え去っているのだ。
切り札である1万という伏兵が。

その結果、
残るの兵力での戦争の末は見えている。
・・・はずだ。

「強いだけ。いや、強すぎるだけの貴様らに講義をしてやろう」

ケビンは自信げに、
笑う。

「伏兵の理由はなんだ?決まっている。不意を突く事と挟み撃ちにすることだ。
 不意はすでについた。終わった話。大成功だ。効果的に動いた。
 なら残る挟み撃ち。・・・・何に問題がある。状況は変わっていない」

本陣の裏の森に、
挟み撃ちのために、
バックアタックのための伏兵。
それが、
森ごと燃やされているのに?

「背水の陣ならぬ、背火の陣のとでもいうかな。
 おっと。勘違いするな。たまに人間と言うのは言葉を間違って覚える。
 まぁ一般化すればそれが正義だが、背水の陣の本当の意味を教えてやろう。
 難しい意味じゃない。本来はそのまま"追い詰められてどうしようもない状況"を言う。
 それが戦の場において、オトリや火事場の馬鹿力として使われるだけ」

この場合は本来の意味。

「至って状況は変わらない。現状そのまま。お前らは追い詰められているんだよ。
 "1万の兵が炎に姿を変えただけ"。お前らの背後は絶壁だ。
 絶する壁と書くが、むしろ1万の兵がどうしようもない炎の壁になったとも言えるな」

・・・・。
それは、
それは、
冷静に、
冷静に考えればそうでしかなかった。
アレックスの作戦は成功した。
大成功した。
だが失敗だ。
"それは成功であったが失敗だった"
作戦は滞りもなく順調。

味方の本陣は、
敵の大群に追い詰められたまま。
炎の森に追い詰められているだけだ。

ケビンの作戦(台本)に支障は何もない。
万が一で覆らない。
万全。
万全なる作戦。

「・・・・ふん」
「同じじゃねぇだろ。てめぇらは1万失った」

「さっきも言っただろう。失う事は敗けではない。
 俺達などアインハルトにとって初戦捨て駒。それを承知の作戦なのだ。
 1万があるもないも同じ。同じ事なのだ。結果、勝てばいい」

ケビンにとって大事なのは、
勝利。
魔物達?
魔物の中のカリスマであっても、
ケビンに大事なのはそれではない。
ノカンの誇り。
ノカンの希望。
それだけ。

知ったこっちゃない。
いらぬ犠牲の上に勝利があるなら、
それを実行するのが軍師で、
それが正義であるのが戦争だ。
戦争の申し子。
戦いではなく、
戦争という土台の上での最上を最高に行う。

間違っているなどと誰もケビンに言えるはずもない。
戦争のルールはケビンが世界の端の端から端までで一番分かっていて、
ルールさえも台本化してしまう軍師。
戦争なる将軍こそケビン=ノカンなのだから。

「ガムシャラに結果だけ求めるなよ。勝つのはいつも道を知っているものだ。
 地図ももたずに目的地を目指すのは愚か者。遭難者となる敗者の考え。
 万が一を考えろ。一万の思考のもとに導かれるのが・・・・・・勝利だ」

ケビンにとっては、
戦争も、
そしてこの小さく大きすぎる2人との戦いも、
計算と、
知略と、
策略で、
そして過程。
どんなものにも、
どんな場合にも、
どんな時に対しても道は作り上げている。

失敗は負けでない。
敗けを失うと書いて失敗。

すでにこの戦争。
ケビンの策略は失敗という失敗に終わり続けている。
が、
何も滞りなく、
順調。
これが作戦で、
策略。

勝利は確実に道となっている。

「だからこそ何度でも言うぞ」

勝利を、
何もかもをソコで確信しているように、
ケビンは笑った。
自分の頭部を突付いて。

「戦いはココだ」









































「好きに来い。何人来ようが同じだ。余のウォームアップに過ぎぬ」

「ガハハハ!!そりゃいるだけ居た方が楽しいに決まってるだろが!!!」

カプリコハンマーを掴む狼少年。
ロッキーことオリオール。
鎖に繋がれた両手斧を持つ狂犬。
メッツ。

アレックス、ドジャー、エクスポを挟むように、
両サイドで立ちはだかる。

逃げる事を許さず、
戦闘拒否さえ許さない。

それはかつての仲間。
ロッキーとメッツ。

「ふん。まぁオーブの中に居た時に見たことある奴ばかりだが、
 器という意味で余に勝る者はいないな。やはり準備運動にしかならんか」

「んだと!?」
「その体はロッキー君のです。自慢げにしないで欲しいですね」

「今は余の体だ」

狼帽子の下。
その口が笑う。
ロッキーの体。
未熟で、
幼くて、
5・6歳の体にその4倍の経験を埋め込んだ体。
蓄積された力は他のどんな人間よりも勝る、
潜在能力の塊。
その持ち主が子供だったというだけ。
今はオリオールが操縦者。
素材と料理人が揃った状態。

だが・・・・

「それはロッキー君の体だよ。融合しているようで支離滅裂。
 噛み合わないジグソーパズルを合わせているようなものだ。
 それでは作品は完成しない。絶対にだ。有りのままじゃなければ美しくない。
 まぁボクが言いたいのはつまり・・・・返せって事だよ。ソレはロッキー君のだ」

「余のものだ。奪い取ったのだからな」

「・・・・・ジグソーパズルが合わないのは君との意見のようだね」

言葉でどうにかできるものじゃないとは分かっていた。
分かっていてもエクスポは言葉を発するを余儀なくされた。
なぜか。
戦いたくないからだ。
ロッキーと戦いたくない。
なら、
言葉しかなかった。
無駄と分かっていても。

「いーからやっろーぜぇえええええ!!!」

「・・・・・」

逆側から空気を読まない声。

「いーっじゃねぇか!そのうち戻るって!だって解決思い浮かばねぇもん!!」

「うっせぇなメッツ!敵のクセに!」

「敵だー!だからやろうぜ!ウズウズすんだよ!御託はともかくよぉ」

メッツは、
咥えたタバコを吹き捨てる。
火の消えていないタバコが固い地面で燃え続けた。

「戦えるチャンスなんだろ?ドジャーと、アレックスと、エクスポと・・・・ロッキーと!
 ハッキリ言ってよぉ、俺、頭悪ぃからよ。事の重大さってもんが分かんねぇわけよ」

メッツは足元も見ず、
足元のタバコを踏み消した。

「でもどうにかなるかって思うわけだ。・・・・いや、どうにもならねぇって思うわけだ。
 つまりとにかくどうかしてみろって話!グダグダしてんのは好きじゃぁねぇんだ!
 とりあえずやってみろ!それが俺だ!やらなきゃどうなるかなんか分からねぇ!!!」

馬鹿だからよぉ。
・・・と付け加え、
メッツは笑った。

「・・・・・カッ・・・」

呆れた。
呆れたが、
メッツの方はあまりにもメッツだった。
メッツであり、メッツでしかない。
後先考えず、
目の前の楽しみにばかり目が行く。
考えたりどうとかする前に体を動かしたい筋肉馬鹿。
・・・・。
結果論なドジャーとしては、
そんな後先考えない馬鹿の面倒を人生見てきたのだ。
分かってる。

「分かってんよ」

そういう事だ。

「てめぇの無茶を止めるのぁ俺の仕事なわけだ」

「ガハハ!そういう事!俺が間違ってんなら止めてくれやドジャー!!」

もはや、
戦いは避けられない。

両方敵で、
両方味方。
どちらも取り戻したい仲間で、
どちらも戻ってくる気のない仲間。

どちらにも殺意があり、
変わらないのは真ん中にいる三人だけ。

・・・いや、
メッツは変わっていない。
ロッキー自身も変わっていない。
メッツは立ち居地が変わっただけで、
ロッキーはきっとあの日のままあのフェイスオーブの中に。

「さぁ、やろうか。準備体操の前にこれ以上の待ち時間など不要だ」

「もとからやる気まんまんだっての!今にも戦いてぇっての!!!」

やるしかない。
ドジャーは掴みたくもないダガーを痛いほど握り、
エクスポはその手を離したくない爆弾を構えた。

メッツの言う通りで、
このままでどうにかなる問題じゃない。

"何かしなければどうにもならない"

変えなければいけない。
状況を。
この場においてそれは・・・・
やるしかない。

「タイム!!!」

それを打ち切るように言ったのはアレックスだった。
両手をブンブンとクロスさせながら振り、
タイムを宣告する。

「じゃぁ待て!ハウス!!」

「んぐー?」

メッツが飛び出そうという所で足を踏ん張り、
止まった。
こういう部分は律儀な奴だ。

「なんだよ!!」

「そうだ。余も"殺す"のでは意味がない。やるぞ。
 ウォームアップなのだから戦闘にならなければ意味がない」

「僕は抜けます!」

その発言に、
ロッキーもメッツも、
もちろんドジャーもエクスポも「はぁ?」と言った表情だった。

「アレックスてめぇ何・・・」
「敵!」

ドジャーの言葉をかき消しながら、
というか無視しながら、
アレックスはメッツを指差して叫んだ。
そして真逆を向いて、

「敵!」

今度はロッキーに向かって指をさし、
分かりきった事を言った。

「そして敵・敵・敵」

アレックス、ドジャー、エクスポの順に、
とんっとんっとんっと指をさして行く。

「つまりメッツさんにとって僕とドジャーさんとエクスポさんは敵で、
 ロッキー君にとっても僕とドジャーさんとエクスポさんは敵で、
 そんでもってメッツさんとロッキー君も敵同士ということです」
「いや」
「そりゃ分かってる」
「んじゃ僕やらなくていんじゃないですか?」

・・・・と、
当たり前顔でアレックスは言う。

「それならロッキー君とメッツさんがやればいいんです」
「はぁ?」
「どういう理屈だいそれ」
「僕がやりたくないという理屈です」

なんと正直者だろうか。
そんな事は分かっている。
それはドジャーもエクスポも・・・・

「だって、戦いたいのはロッキー君 かっこ、オリオールさんとメッツさんでしょ?
 ならやりたい者同士やればいいじゃないですか。うん。そうしましょう。
 そうでしょう?この意見の凄いところはなんと異議が一つもないという事です」

と、
アレックスは得意顔で言う。
ドジャーとエクスポは顔をあわせた。
確かにドジャーとエクスポは同じ気持ちで、
メッツとオリオールの意思もそういう事だ。
ならとりあえずやりたいもん同士でやればいい。

「どうでもいい。余は構わん。どうせお前ら全部死ぬのだ」

「順番こか!質より量ってことだな!!」

異議はない。
確かに異議はない。
5人の意見を尊重した、
間違いない意見だった。
メッツは戦いたい。
オリオールも戦いたい。
アレックスとドジャーとエクスポは戦いたくない。
・・・。
だが、

「アレックス君。確かにそうさ。君の意見は理に適っている。
 だけどね。ボクは仲間二人が傷つけあうのを見ていられるほど美しくない趣味は・・・・」
「カモーン」

アレックスは槍を地面に刺し、
そんな事を言いながら、
両手でチョイッチョイッと手招きした。
ドジャーとエクスポは頭に「?」を浮かべながらアレックスに近づく。

「ん?」
「うぉっ?」

そんなドジャーとエクスポを、
アレックスは肩に手を回して引き寄せ、
顔を近づける。
3つの顔が内緒話用に取り囲んだ。

「このままでいいんです」
「なにがだよ」

コソコソと3人は話しだす。
律儀に待ってくれるオリオールとメッツは大したものだ。
イライラはしているようだが。

「だってこのまま三つ巴で戦ったら、誰が勝っても結末は哀しいものです」
「まぁ・・・つまりそれは敗者が二組できるわけだからね」
「そう。仲間から最低死者が2名でる。そんな状況でいいんですか?」
「「・・・・・」」

ドジャーとエクスポは返事を返さない。
つまるところ、
その通りだからだ。

「じゃぁどうするってんだよ」
「だからってこのままじゃメッツとロッキー君がだね・・・・」
「僕ら3組は敵同士ですが決定的に違います」

ドジャーとエクスポは、
また「?」を頭に浮かべる。
違い?
何を言ってる。
全員敵同士で、
全員・・・・味方。
それが問題であるのに・・・・

「戦いたいのはメッツさんとオリオールさんであり、僕らは"助けたい"んです」
「「・・・・」」
「対立というのは必ず鏡に映ったような意見が反発し合ってるわけじゃない。
 つまり・・・・・オリオールさんとメッツさんの戦いなら・・・・」
「"俺らが止めれる"って事か」

アレックスはうなずいた。

「・・・・・君は大したものだよアレックス君。いつも冷静だ」
「後付です。まず戦いたくないが来て、その後に理由を思いつきました」
「・・・・・正直だなてめぇ」
「大事な事だよドジャー」

エクスポはニコりと微笑んだ。

「・・・・・カッ、口が上手ぇだけだよ」
「それはおかしな表現です。口はうまくないです。
 口から入る食べ物が美味しいんです。口が美味いんじゃないんです」
「美しい味と書いて美味。うん。でも美味を感じるのはその人の感性であり、口の問題だか・・・」
「真面目に返すな」

よく途中で言葉を遮られるエクスポは、
少なくとも口は上手くないだろう。

「もーーーいーーーかーーーい」

メッツが待ちきれないようで、
片足で地団駄を踏みながら言う。

「あ、もうちょっと」

「あーーーい」

これで待ってくれるのがメッツだ。

「いや!!やっぱ待たねぇ!!お前らだけコソコソすんなよ!ずりぃ!
 俺も仲間に入れろ!仲間じゃねぇか!なんかすっげぇ傷ついたぞ俺!!」

「うっせ敵」
「敵に作戦伝えるわけにいかないじゃないですか」

「それはそうか」

メッツは頷いた。
本当に扱いやすくてうれしい限りだ。

「ともかくアレックス君の言うとおりだと思うよ。これが最善だ。
 ボク達のすべき事は観戦でも待機でもなく見守ることだと思う」
「仲間が何人か死んじまう戦いが、誰も死なない戦いに変わったわけだしな」
「フフ。僕の作戦はまるで魔法ですね」
「カッコよくはないけどね」

まぁね。

「・・・・・・」

言葉が無くなった時、
エクスポが見ていたのは遥か向こうの空だった。
赤く、
オレンジ色に染まった空。
あちらでは炎が揺れている。
森が燃え、
全ての戦いは向こう側。
戦場の一部であるはずなのに、
戦とかけ離れてしまったこの場で、
無関係のように居る事にも戸惑い、
焦りもするだろう。

戦場の真ん中にはまだジャスティンがいるのだから。

「決断は決断だね。一刻を争う状況ではあるんだ。
 そこでボク達のとる行動は一つの戦いを見届ける事」
「だが迷っちゃいねぇんだろ?」
「当然さ。残念だけどそれがボクの美学。
 悪いけど世界うんぬんの戦争よりも、この場の小さな戦いの方が重要さ」

世界を巻き込む一つの楔。
その序章でもあるこの戦争。
だが、
《MD》は《MD》。
そして《MD》だからこその《MD》。
数え切れない世界の命よりも、
たった1ケタしかいない仲間の方が大事。
それが《MD》であり、
あまりに重要な問題。

「・・・・って事で」

アレックスはドジャーとエクスポを解放し、
そして、
オリオール、
メッツ。
どちらを見ると言う事もなく、

「はじめ!」

両手を振り上げた。
不参加を表明しといて、
そのくせ自分らのために時間を止めておいて、
それでその発言はいかがなものか。

「ガハハ!!やれりゃぁそれでいい!」

「・・・・ふん。同感とでも言っておこうか」

アレックス達がソソクサと脇役らしく捌けて行くと、
小さき無機物の王と、
逞しき戦闘凶の馬鹿が向かい合った。

「ロッキーか。ま、手合わせしたことはなかったな」

「余はオリオールだ。二度と間違うな」

カプリコハンマーと、
両手斧。

「どっちが勝つと思うよ」

ドジャーがアレックスとエクスポに聞く。

「不謹慎な質問だね。美しくないよドジャー」
「それを予想しとくとしとかないとじゃデケぇ違いだろ」
「まぁね」
「《MD》内の格付けじゃぁどうなってたんですか?」
「あん?そりゃ何回か話した気がする話題だな」
「一応強かったのは3人。メッツ、イスカ、チェスターさ。
 まぁ単純に彼ら3人が戦闘オンリータイプって意味もあるけどね」
「難しい所だが、戦闘力って意味ではメッツが一番だ。表現の問題だがな。
 だがタイマンのみに括ればイスカが負ける事も想像できねぇ。
 まぁ総合力で言えばチェスターだった。だが・・・・」
「メッツは安定性がないからね。凶悪って意味じゃぁやっぱりメッツだったさ」
「やっぱり分があるのはメッツさんですか」
「将来性・・・いや、器って意味じゃぁロッキーだったさ」

エクスポがつぶやく。

「10年後だったら完全に変動してると断言するね」
「曖昧な表現ばかりするエクスポさんにしてはハッキリ言いますね」
「アレックス君・・・君はボクをそんな風に見てたのかい・・・・」
「はい」
「あ、俺も」
「・・・・・」

伝わらないというのはなんて美しくないんだろう・・・
と、エクスポは心で呟いた。

「・・・・・まぁ続けるよ。器。それに関しては文句無しでロッキーだったさ。
 底なしの魔力。それは誰の何よりも上回る。あれでもボクらと同じくらいの年齢なんだしね」

年を取るのが遅い少年。
ロッキー。
そして、
使い道の知らない少年。
20年を超える経験値を手にしても、
精神年齢は5・6歳だ。
貯まり続けた貯金は封を切らずにあの小さな体に入ったまま。

そしてカプリコ三騎士に育てられた幸運。
才能と環境を兼ね揃えた器。

「しかも中身はオリオール・・・か」
「豚に真珠。猫に小判。馬の耳に念仏。ですが今は豚でも猫でも馬でもない・・・って事ですね」

持て余していたロッキーという名のダム(貯蔵庫)
それは使い手を手に入れた。

「つまり」
「分からないって事だね。オリオールって奴の技量も分からないし、
 メッツが44部隊に入ってどうなったのかも分からない」
「ま、」

アレックスは、
話を戻すように言った。

「それでも結果だけは分かりますけどね」
「ん?」
「それはどっちが勝つか分かるって事かい?」
「はい」

濁りのない返事だった。

「分かりきっています。決定的に」

アレックスが予想を口にする前に、
戦いは始まった。

「スペアはあと3匹いるのだ。さっさと終わらしてもいいだろう」

狼帽子の少年。
オリオールは。
左手を突き出した。

「ぅおお?」

そして、
メッツの目の前が爆発した。
地面が弾きあがり、
砂塵が舞う。

「・・・・とと・・・そうか。魔法が使えるんだったな」

距離があったためか、
わずかにバーストウェーブはメッツを外れたようだった。

「ふん。運が良かったな人間」

「あぁ、ラッキー♪」

ガハハと笑いながら、
メッツは重い重い斧を広げる。
そして、

「そっちがその気なら」

全身に力を込めた。

「飛ばしてくぞコラァァァア!!!!!」

眩しい・・・とは思わなかったが、
勢いのようなものを感じた。
それは錯覚ではなく、
メッツの体から発せられる気合のような・・・
そんな・・・・

「おいおい・・・・・」

驚いたのは、
やはりドジャーとエクスポだった。
何せ、
メッツの周りにオーラのようなものが見えたのだから。

「・・・・ハハッ、まさかね。メッツはバーサーカーレイジしか技を使えなかったはずだ」

それも麻薬タバコによる強制的なもの。

「ですがあれは・・・・」
「・・・・ブレイブスピリットだね」

気合のオーラがメッツから湯立つ。
ブレイブスピリット。
正真正銘戦士の技だ。

「・・・・変化はあったみてぇだな」

44部隊に入り、
間違いなく、
メッツは何か違う道を見つけたようだった。

「だぁあらあああ!!!行くぞコラァァ!!!!」

そして、
それもやはりメッツだった。
暴走機関車のように、
豪快さながら突進していく猪突猛進。
重量級の鏡のような筋肉質な体が地を駆ける。

「これだから有機物は」

それを、
軽蔑のような眼差しで冷静に、
オリオールは動じる事まったくなく、

「それを低俗と言うのだ生物よ。"生ものは腐るから困る"」

オリオールは、
ロッキーの小さな子供の手を突き出した状態のまま、
次の行動に移った。

「弾け飛べ」

オリオール自身に動きはない。
だがそれが魔術で、
オリオールの魔道レベルをも現していた。
風。
旋風が舞ったかと思うと、
地面が剥がれ、
石、
砂、
砂塵が舞いおこる。
スリングストーン。

「んなもん痛くねぇえええ!!!」

そしてやはりメッツ。
メッツらしいメッツである行動。
驚くこともひるむこともなく、
そして防御することも避ける事もなく、
ただスリングストーンの土砂の中に突っ込んだ。

「痛くねぇっつったら痛くねぇええええええええ!!!」

ここで100%迷いなく、
"我慢"
堪えて突っ込み続ける事しか考えない馬鹿。
そしてそれを達成する馬鹿。
それこそメッツだった。

「・・・・・やっぱちょっと痛ぇえええ!!」

「・・・・・生ものが」

メッツは、
スリングストーンの嵐を突き抜けた。
そして止まることなく突き進む。
だがまだ距離がある。

「ガハハ!!!さっすが俺!!!ドンドン来いやぁああ!!
 じゃねぇと怪我して死んじまうぞ!!!俺の方は一撃必殺だからな!!!」

「馬鹿も休み休み死ね」

「ぉ?」

オリオール。
今度は、
その手を軽く、
スナップをきかすように振った。
と同時に、
見えない津波のような・・・・
突風。

「うぉ?ぉおおおおおおおお!?」

「北風と太陽という話を知っているか生もの」

「のっぁあああああああ!!!」

ウインドバイン。
その突風で、
猪突なる猛進メッツは、
猪突も猛進も思い半ば、
吹き飛ばされた。

「だぁあああ!!!クソ!!!」

「北風と太陽。ルールが違えば北風が勝っていたという話だ」

「知らんわぁぁああ!!俺は昔話なんて5個くらいしか知らねぇっての!
 なんか戦国とかよぉ分からん話ならジャスティンにタコが出来るほど聞かされたけどよぉ!」

へぇ、
ジャスティンさんって歴史マニアなのか。
・・・と、
いらんところで豆知識をアレックスは手に入れた。
しかもあんまり興味ない。

「・・・・クソッ!!」

吹き飛ばされたメッツは、
体を起こす。
怪我は総合で酷くない。
だが、
進んでもいないし、
手も足も出ていない状況でダメージだけが加算された状況。

「・・・ハハッ・・・・」

だが、

「ガハハハハハ!!!」

メッツは楽しそうに笑っていた。
いや、
実際楽しいんだろう。

「こうでなくちゃよぉ!!思い通りにならねぇのもまたいいよなオイ!!
 これを超えてケンカ勝った時にゃぁ!そりゃ最高だろう!マジで!!
 マジ勝った後、一服するのが楽しみだ!!この戦闘の間だけ禁煙だ!」

戦闘狂、
クレイジーなジャンキーは、
純粋の塊のようにケンカを楽しんでいた。

「ジャスティンの話っつえばよぉ!桃園の誓いがどうとか、ゾウリを温めるがどうとか、
 いろいろ聞かされたけどよぉ!一つだけ大好きな話があったぜ!」

メッツが楽しそうに笑ったまま、
ドレッドヘアーを揺らす。

「ある昔の強ぇ奴が言ったらしい」

それを、
まるで自分自身かのように、
メッツは語った。

「虎がなんで強ぇか知ってるか?」

メッツは全身に力を込める。

「もともと強ぇからだ!!!!!!!!!」

亡者たる蒙者は再度飛び出した。
猪突猛進は、
止めないから、
止まらないから、
馬鹿のように突っ込むから猪突猛進。
いや、
ソレしか知らない馬鹿だからこそ、
この言葉は、
猪突盲進とでも字面を変えるべきかもしれない。

『クレイジージャンキー(酔狂なイカれ野郎)』の血圧が下がることはない。

「オラァァ!!来い来い来いやぁああああ!!!
 まさかり担いだ金太郎がドンブラドンブラ流れて御用だぜ!!!」

「脳みそまで腐った生物が」

突き出したままの手。
オリオールの、
ロッキーの小さな手の平の目の前が光り輝くと、
そこに召還されたのは・・・・
大きな岩石だった。

「潰れろ。ありのままに」

ローリングストーン。
岩石が垂直な大砲のように発射される。
潰れろ・・・
ありのままに。
その言葉は、
偶然にもロッキーの二つ名。
『ロコ・スタンプ』と重なる皮肉だったが、
アレはロッキーではない。
そう確信しているからこそ、
誰も気付かない皮肉だった。

「ガハハハ!!かませ犬が転がってきたぜ!!!」

馬鹿のように突っ込むメッツは、
そんな訳のわからない表現をしたが、
事実、
その通りだった。
ローリングストーン。
岩など転がってきたところで、
メッツの前では破壊される絵しか想像できない。

「砕けろ!!ありのままによぉ!!!!」

メッツは走りながら、
体を大きく回転させた。

「ォオオラァアア!!!!!」

投げた。
走りながら、
ハンマー投げのように。
メッツのオハコのようなものだ。
飛ぶはずのない数十キロの両手斧が、
カッ飛ぶ。
メッツの腕と両手斧を繋ぐ鎖が、
ジャラララと音を奏でながら、
両手斧の片方がミサイルのようにカッ飛ぶ。

「桃太郎が生まれるぜ!!!!」

言葉通りとも言えず、
斧の正しい使い方とも言えず、
ただ破壊力だけが想像通りに現実になり、
ローリングストーンが砕け散る。

「鬼が島!行ってみてぇなオイ!!財宝無くてもいいからよぉ!
 悪い鬼じゃなくていいからよぉ!強ぇ奴と戦えるなら夢の島だろ!!!」

と、
鬼のような事を言いながら、
突っ込むドレッドジャンキー。
片手を引くと、
鎖繋ぎに数十キロの両手斧が手繰り寄せられる。
ガランガランと地面をバウンドし、
逆に突っ込んでいるメッツの手に収まる。

「ガハハハ!やっぱケンカはいいねぇ!やっぱウォー(戦争)よりバトル(戦い)!
 俺ぁ個人主義なんでねぇ!俺が殺らなきゃ誰が殺るって話だ!!!」

「それは同感だ」

狼帽子の下は、
やはりロッキーのものじゃない冷たいものだった。
発言もロッキーのものではない。
からっきしない。

「まぁ余は個人主義というより孤独主義だがな」

そう言い、
突き出していた右手で、
狼帽子を整えた。

「この者の体も気に入っているが、この服装も気に入っている。
 一匹狼(オンリーウルフ)。余に適当だ。余は一人で至高であればいい」

オリオールは、
また手を突き出した。

「オリオールとはムクドリの事らしいが、自分の名だ。意味は余が決める事。
 オリオールとはオリジナル(個人)でありオール(全て)。
 余が"有れば"いい。居ればいいのでなく、有ればいい。
 有機物が支配する時代は終わった。無機物である余の世界のため、全ては無に帰せ」

地震?
オリオールへと突っ走るメッツも、
コケはしなかったものの、
体勢を崩す。

「なんだ!?」
「海もない平地だよ!?」

アレックス達のいる足場もだ。
広く小さく、
ここら一帯だけが地震に包まれているような感覚。
ここらの地層だけが揺れているような感覚。

「勇敢なる大地に愛を。ブレイブラーヴァ」

地面の至る所、
地面という地面。
そこが小さく裂け、
割れ目が幾多も創造されたと思うと・・・・

「んだこりゃ?!」

揺れ終わった大地を、
さらに駆け走るメッツも、
それは無視できない。

広大な台地に。
平坦な荒野に。
幾多にも生え伸びた・・・・・

小火山。

「ちっけぇ火山がめっちゃ生えた!すげぇえ!」

走りながらメッツはその光景に驚愕した。
火山。
火山とはあの火山だ。
それが砂山のようなプチサイズの大きさで地面から生えた。
いや・・・・

「作りあげた・・・創りあげたのだ。余が。これが余の力」

ブレイブラーヴァ。
勇猛なる愛。
ブレイブラバーと書物に刻まれた古の魔法は、
一人の、
いや一匹。
いや・・・
どう呼称していいのか分からない、
あえていうなら一個。
一個の命。
無機物なる命。
魂だけの存在、生きたフェイスオーブオリオールの手によって創造された。

「魔術は知識。それは退化なき経験だというならば・・・・
 古のミルレス。メント文化より1000年の月日を生きた余こそ魔術の理」

「せ、千年?!」

無機物だからこそ消えぬ命。
千年の魔術師。
最強の魔術師は生物ではなかった。
自他共に認める最強の魔術師は、
今ここに、
最高のガソリンタンクであるロッキーの体を手に入れ、
メッツに立ちはだかる。

「儚きかな。人生」

オリオールの言葉と共に、
地面から生える幾多の小火山。
ブレイブラーヴァが・・・・・動く。
稼動したと言っても差し支えない動き。
それは、
さながら"大砲"
火山の口という銃口が、
一斉に駆け走るメッツに向いた。

「おわ!!なんだこりゃ!!」

「生命だけを食い荒らし、大地の王に成った気になるなよ人間」

分かる。
小さな小さな火山達の噴火口。
そこに魔力が集まっていく。

「敬い、死ね。ブレイブラーヴァ(大地讃頌)」

一斉に発射された。
いや、
噴火というのが正しい表現だろう。
目まぐるしい数の小火山という大砲から、
火球。
火球という砲弾の嵐が、
ひた走るメッツの行く手を遮る。
行く手?
四方八方から飛んで来ているゆえに、
その表現さえも危うい。

「だぁあああああ!!くそったれぇえええ!!!!」

馬鹿は馬鹿。
メッツの行動は変わらない。
ただ走る。
考えがあっての事じゃない。
それしか思いつかないから。
というより対処法とか思いつく人間ではないから。

「片っ端からぶっ壊す!!以上だコラァ!満点だろ!!!」

言葉の通りの行動を、
メッツはした。
走りながら、
おもくそに左手の重量斧をぶんまわす。
言葉の通り、
斬ったという表現はどこにもなく、
斧という鉄の塊で火球を破壊した。

「オラァ!オラッオラッ!オゥラァアアア!!!」

止まる事なく、
前へ前へと進みながら、
斧で火球を破壊していく。
それでもバスケットボールを無駄にデカくしたような火球は止まらず、
メッツに遅いくる。

「杭は熱いうちに打てって奴かコラァ!!!」

違う。
ことわざの使い方が全く違う。
が、
小さな星が壊れるほどに破片を舞わせながら、
火球は砕け散っていく。

「ぬぉ!?」

だが、
一つの火球はやはり一つの火球でしかなく、
メッツの腕は二本で、
斧の数も当然二本なわけで、

「ごわっ!!!」

そこで初めてメッツは一撃食らった。
斜め背後から跳んできたブレイブラーヴァの火球が、
背中に直撃した。

メッツは時が止まったかのように飛んだ。
吹っ飛ばされた。
空中を漂う。

そしてそのメッツの周りには・・・・

ブレイブラーヴァの火球が取り巻いていた。

「ぐぁああああああ!!!!」

アレックス達の目からは、
まるで重力がそこに収縮しているようにさえ見えた。
火球という火球が、
メッツを中心にするようにぶつかっていく。
火が飛び散り、
岩の破片が砕け散り、
それでも後がつかえているかのように、

もう姿も見えないメッツへと、
火球という火球がぶつかっていった。

「無機物より無力な有機物め」

オリオールが腕を下ろすと、
地面の小火山(ブレイブラーヴァ)は、
全て地面の瓦礫に戻った。
無気力に。

「生物(なまもの)という有機物は、その名の通り有限だ。
 悲しきかな。お前ら生物というのは全て"賞味期限"がある」

死なない命。
それが、
生きるフェイスオーブ。
オリオール。
オリジナルであり全て。
デジタルよりアナログ。
記憶より続く歴史の刻印。

"成長しない故に、永遠"

それが有機物と無機物の違い。

「ガハハ・・・・・」

だが、
有機物の最低傑作。
生物の武器である知能が著しく狂った馬鹿は、

「つまり俺ぁ、賞味期限(寿命)以外じゃ死なねぇって事だ。だって・・・・強ぇからよぉ」

瓦礫の中で、
ボロ雑巾のような姿で、
やはりメッツは立っていた。

見ていたアレックスも、
ドジャーも、
エクスポも、
あぁ、こりゃさすがに死んだなとか思ったが、
同時にやっぱり生きてるだろなとも思った。
それほどまでに、
理屈ぬきにタフな馬鹿野郎。
言葉で説明しようがない馬鹿なのだから、
もうこれはどうしようもない。

「まぁ、あれで死んでりゃ世話ないですよね」
「ティラノに食われても腹から出てきた男だからね」
「バッカ。知らねぇのか?あいつ4階から蝶々おっかけて落ちてよ。
 地面に漫画みたいな人型の穴作っても生きてたんだぞ」

学者泣かせの人間だ。
まぁ、
ただ単にメッツがタフだっただけじゃなく、
勇敢には勇敢。
ブレイブにはブレイブ。
お忘れかもしれないが、
メッツが発動していたブレイブスピリットによる強化分もあったかもしれない。
・・・・。
いや、
もしそうならば・・・・
44部隊に入り、
メッツは変わり、
いや、
進化し、
"道具を使うことを覚えた猛獣"に進化しているというのなら・・・・
それは・・・・・

「ガハハ!やっぱ俺強ぇえええー!見た?見たアレックス!ドジャー!」

「はいはい」
「見てましたよ」
「あれ?あれ?ボクは?ボクも見てたんだけどボクは?」

「見てろよアレックス!ドジャー!こっから俺の大逆転が始まるからよぉ!」

「負けてる事を自覚してりゃ世話ないですね」
「ストーリーを自分視点でしか考えられない点はチェスター並だ」
「で、なんでボクは観客としてさえ認識されないのかな?なんで?」
「エクスポさん」

アレックスはポンッ・・・とエクスポの肩に手を置く。

「凄いじゃないですかエクスポさん。見えるインビジなんて」
「さすがエアーマンだな」
「・・・・・・理解してるからもうちょっと美しい言い回しはできないかな・・・・」
「よっ!さすがフウ=ジェルン!」
「空気神!」
「・・・・過去を高等かつ最低に改変しないでくれないかな・・・・」

「おい!見とけっておい!楽しそうに雑談してんじゃねぇ!羨ましいじゃねぇか!
 仲間外れにすんな!それよりメッツ様の大活躍を見逃すぞ!もうCMの後だ!」

メッツがオリオールそっちのけで言ってくる。
だが、
その体は、
どう見てもヨロヨロだった。
強がっていて、
最強にタフだが、
明らかに体がフラついている。
馬鹿だから痛感覚がないだけかもしれないが、
明らかに致命的なダメージを負っていた。

「ん?酔っ払ったか?」

訳のわからない強がりを言いながら、
メッツは両手でバチンッ!!と自分の顔を引っ叩いた。
そして獣のように顔をふり、

「よっし回復!!!」

自分に攻撃して回復などと、
根拠も論もない事を言い、
重き斧を今一度拾い上げた。

「生ものにしては丈夫に出来ているようだな」

「頑丈だけが取り得でね!生まれてこのかた風邪もひいたねぇもんでよぉ!!」

「おーい」
「それは理由が違うぞメッツ」
「ボクが思うにそれは最初が「バ」で最後が「カ」だからだと思うよ」

「うっせ外野!!黙ってみてろ!」

メッツは外野の野次に野次を返し、
そして、
走行を再開した。

「だぁらぁあああ!!!こっからが俺の楽しいところだろが!!!!」

重き斧を両手に駆け走る猛者。
ガスンガスンと足音を奏でながら、
重量戦車が突進を再開。
それは、
やはり心情論でしかなかったのだろう。
全身がボロボロになっているのは見て取れる。
壊れかけのぬいぐるみのような無残さ。
だが、
それは外見だけで、
本当の全快だと言われても信じるしかないほどに、
メッツは元気だった。

「やっと手が届くぜ!!!俺のリングだ!!!」

走りに走り、
通算して稼いだその距離。
遅くはないが、
決して速くもないその足で、
一度も路を変えることなく、
狂犬はとうとう噛み付く射程内まで詰め寄った。

「無力な有機物め。有機物は有害なだけで無駄だ」

有と無を連呼するオリオールは、
その手をかざす。
すぐ目の前まで突撃してきている猛獣に対し、
まるで恐怖心を含む心までが丸々無いように、
無心なように、
突き出す。

「もう小細工の距離じゃねぇんだよ!!ぶっ壊れろコラァ!!!!」

小さな手から放たれる魔法。
その動作よりも、
大きな腕から振り切られる斧。
その方が早かった。

「もらったぁああ!!!!」

「勘違いしてるようだな。生ものが」

オリオールが、
ふと、
その右手を"振る"
右手。
それは魔法を放つためじゃなく、
ただの反動。

「この体は、余の力を生かすだけでなく、欠点まで補ってくれるから素晴らしい」

本命は逆。
それはやはり、
ロッキーの体だからこそ当たり前の攻撃であり、
やはりそれがロッキーの体だと思い出させてくれる攻撃。
小さなロッキーの体全体を使った反動。
その攻撃は、
左手。
その、
カプリコハンマー。

「魔力と物理力。両方の純粋な力を備えた理想の有機物だ」

「うっせぇ!!それでもGOだ!!ロッキーに力比べで負けた事はないんでなぁ!!」

メッツの豪腕で振り切られた斧。
ロッキーの小腕で振り切られたハンマー。
それが、
ぶつかろうとしている。
ここにきてパワーとパワーがぶつかる。
魔術師と戦士のパワー比べ。

・・・・。
だが、
一つ誤解があるとすれば、
オリオールが褒めたロッキーのパワー。
それはカプリコハンマーを片手で振り回す力に違いないが、
それだけの話であるという点だった。
振れればいい。

オリオールは魔術師だ。
力比べなどする気はもともとない。

「だぁあらああああああ!!!」

「消えろ。無機に」

ぶつかった。
斧とハンマーが。
どちらが弾き勝ったかといえば、
どちらが力で押し勝ったかといえば、
それはどうみてもメッツだったが、
そんなことは関係なかった。

勝敗だけを見れば、
その勝者はオリオール。

「お?おおっ!?」

ロッキーはロッキー。
そして一年前のロッキーの力も、
また、
オリオールが力を貸していたから扱えていた力。

それは、
ハンマーに魔力を込める力。

「なっ!なんだぁ!?」

蒸発・・・・
したかとさえ思った。
ハンマーにぶつかったメッツの斧は、
力など、
重量など、
それら全てを無視し、
光に包まれ、
天へと消えた。

「・・・・・・」

メッツは自分の腕を見た。
自分の手首から繋がる鎖。
その先にあるはずの斧は、
天へと消えていった。

「・・・・・オォー・・・ノォーー・・・」

理解より先に出たのは駄洒落だった。

「ふん。忘れたか。オーブとしてハンマーの中に余が居たとき、
 貴様にもやってやった覚えがあるがな。ウィザードゲートセルフだ」

ウィザードゲートセルフ。
その魔法の力を、
ハンマーに、
いや、
ハンマーにめり込んだオーブに込め、
ぶつけた。
壊したわけでも、
消し去ったわけでもなく、
メッツの斧は転送されたのだ。

「こっ・・・・」

「のけ。生もの」

この近距離にて、
オリオールが放ったのはバーストウェーブ。
もちろん、
爆発系の魔法であるからゆえに、
近くにいる自分に被害を与えるわけにもいかないし、
近距離ゆえに魔力を込める時間も少なかったのもあり、
威力は小規模だったが、
メッツの大きな体さえも吹き飛ばすには十分だった。

「ごわっ!!おっ・・・ごっ・・・・」

大逆転ホームランを予告したスラッガーは、
惨めに吹っ飛ばされた。

「だっ・・・・だだ!!痛ぇ!!体の節々が痛ぇ!!!」

節々どころじゃないはずだ。
それはメッツの表現力の問題だが、
事実、
ブレイブラーヴァと、
今の至近距離でのバーストウェーブ。
さらに蓄積されていた魔法のダメージ。
メッツの体はボロボロなのは見て取れた。

「やっぱ痛くねぇーーー!!!」

だが、
負けず嫌いは、
それでも学校に行きたい元気な小学生のように立ち上がって叫んだ。

「でも本音はめっちゃ痛ぇえええ!!体重ぇえええ!」

言わんでも他人の目にも分かる事を叫びながら、
メッツは、
自分の限界を分かっていないように立ち上がった。
・・・・限界?
限界。
それは、
44部隊の教え。
ロウマの教え。
自ら線を引かない自尊心。
強さの高みを目指す部隊の舞台。
だが、
だが、
どう見てもメッツの体は、
無傷のオリオールを倒せるような体には見えなかった。

「メッツさん一応言っておきますけど」
「そろそろやめておいたらどうだい?」
「無理は体によくねぇぜ?」

「いやじゃい馬鹿!バーーーカ!!だって展開考えろよ!
 こんだけ負けてたら次に俺が活躍する感じじゃねぇか!
 そんな楽しいバトルの時間に休憩なんざしてられるか!!!」

言うと思った。
3人は同時に思っていた。
だが、
だが、
呆れながらも本気で思っていた。
・・・・
止めなければ。
なんのために自分達がここにいる。
なんのために傍観している。
メッツを無駄死にさせるわけにはいかない。

「ォーーーラァァア!!!!」

だが、
馬鹿は馬鹿な行動に出た。
馬鹿が馬鹿なりに馬鹿しかしないから、
馬鹿のようにまだ突っ込むだろうと思ったが、
やはり馬鹿の考えることは馬鹿だ。
馬鹿による馬鹿のための馬鹿の行動だ。

メッツは、
残り一つの斧。
その鎖を両手で引きちぎり、
投げ捨てた。

「逆境は人を強くする!・・・らしい!!!」

根拠なくその行動に出た事が分かった。

「・・・・ま、俺には生身一つで十分だってことだ」

生ものだからな。
ガハハ、
と付け加え、
付け加えついでに、
メッツはさらに笑った。

「・・・・・体はともかく、脳は賞味期限切れだったようだな」

3人も、
オリオールの言葉に頷いた。
同意見だ。

「愚かにも一つ聞いておいてやろう。武器を捨てた理由はあるのか?」

「ない!実は全然ない!!素手じゃないと出来ない必殺技とかも別にない!
 素手のが好きとかもない!ぶっちゃけなんとなくだ!!」

ヤッホー。
馬鹿だこいつ。

「でも戦いだろ?これ」

ボキボキッ、
ボキボキッ、
とその太い腕を鳴らすメッツ。
体の状態から、
それは折れているのかとさえ思った。
が、
違うようだ。
逆に活き活きしている。

「好きなように好きな風に戦わなきゃ損じゃねぇか」

せっかくの戦いなんだから。
そんな口調で、
ただイベントが楽しみで楽しみでしょうがなかったからといった口調で、
メッツはドレッドヘアーを靡かせて笑っている。
クレイジーなバトルジャンキー。
理由はいらない。
理屈はいらない。
楽しけりゃいい。

「さぁて、9回裏、2アウトでバットさえない大ピンチのメッツスターズ!
 ここで打順は一巡し、控えるのは1番・2番・3番と全てメッツ選手!」

何そのタイマン野球。

「おぉーっと!ここでメッツ監督が重い腰をあげる!
 あぁーっと!交代!ピンチヒッターだ!バッターメッツ選手に代わり!メッツ選手!」

何その一人芝居。

「パァーーパッパッパァーッパパッ!!」

メッツは、
その太い腕を、
グルングルンと楽しそうに回した。
そこでやっと異変に気付いた。
その腕。
その腕に・・・・血管が痛いほどに浮き出ている。
鎖がアクセサリーのようにジャラジャラと繋がるその腕に、
赤々と血管が浮き出て、
はちきれんばかりに・・・・
いや・・・・

「ブラッドアンガー」

はちきれた。
腕に浮き出た血管が、
小さな血しぶきをあげる。

「また技ですね」
「メッツが技・・・か。カッ、違和感まるだしだぜ」
「・・・・いや、だけどやけにメッツに似合って逆に違和感もない感じがする」

エクスポの言うとおり、
それは、
つまるところ、
"ものにしている"
いや、
"自分に合った技を選択している"
そんな感じだった。

さらに強くなるために、
戦いを楽しむために、
自分として強くなるために。
そんなメッツらしい進化を感じられる。
メッツらしく、
そしてその進化の仕方が、
あまりに44部隊としてのものだったことが哀しいが、
メッツであり、
メッツであることは見間違いようが無い正当進化だった。

「ですが・・・」
「レイジじゃなくアンガーか」

メッツは、
バーサーカーレイジを嫌っていた。
それは、
己の力を究極に底上げする代わりに、
自分を捨てるからだ。
面白くもない。
戦闘が楽しくもない。

そしてここでブラッドアンガー。
先に言っておけば、
さきほどのメッツの言葉。
武器を捨てた事に意味は無かっただろう。
斧があってもブラッドアンガーの効果はあったはずだ。
それはまた別の問題で、
理由なき無視していい問題。

だが解せ無き問題でもあるのはやはりブラッドアンガー。
己を捨て、
力を得るバーサーカーレイジ。
ロウマさえもそれが足枷になっているとメッツに告げた技。
だが、
ブラッドアンガーも、
己への痛みを犠牲に力を得る技だ。
メッツらしいといえばメッツらしいが・・・・

「いや、別に俺ぁ意識保てるならどぉーっでもいいわけよ」

その馬鹿な言葉で解決だった。
あくまで、
戦闘を楽しみたいだけ。
別に自らを犠牲にする分にはどうでもよかったのだろう。
暴走だけが否だった。

逆にそれは・・・・
意識あるバーサーカーレイジを目指しているととさえ捉える事も出来るが・・・・

「さぁてパーティーだ。血祭りといこうぜ」

それはやはり、
現段階でもメッツが一回り成長したといえよう。
レイジ(憤怒)が
アンガー(怒り)に。
バーサーカー(暴走)を、
ブラッド(自犠制)に。
意思を捨てることなく、
成長した証。

「俺の血が怒り狂うからブラッドアンガーだ!だがそれは血だけでいい!
 馬鹿な俺にゃぁ、喜怒哀楽の喜と楽の違いさえ分からねぇが!
 たった今その四感動のうちの二つで頭がいっぱいな事は間違いねぇ!」

嬉しいと楽しいで、
その違いは、
グラッドとエンジョイの違いというのを置いておき、
他から受けるか自分で感じるかだと、
ここで一つ過程しよう。
ならば、
それはもう間違いなく、
メッツはその両方を手に入れていた。

「戦いってぇのは誰に感謝すればいいんだ?戦いの神アレス?オーディン?
 違うよなぁ!戦いってぇのはつまり俺とあんたってぇ話!この出会いに乾杯だ」

「くだらんな」

一掃するように、
オリオールは言った。

「固形(ソリッド)でないものは理解不能だ。
 もちろん感情が流動体(リキッド)であるのは理解しているが、
 その中間に漂い、無機物であり意思を持つ固相線(ソリダス)な余には理解不能だ」

「つまり沸騰しちまうってことだ!!」

「なるほど。無能な生ものにしては分かりやすい表現だ」

オリオールは、
モノであり、
者ではなく、
物であるとして、
無表情に、
無機質に、
表情を変えずにまたその小さな腕を上げた。

「つまり変化は腐るという事だな。無機物こそ全ての頂点。
 感情の上下という流動的なもの・・・いや朽ち果てるものを理解してはいかんな。
 無いほどに動かない。それこそが永遠というテーマの道標」

余は、
永遠の力を目指す者。
そう付け加えた。

「現に余はここを一歩たりとも動いてはおらん。それが証明」

言われて気付くその事実。
オリオールは、
そのロッキーとしての体を、
一歩たりとも動かしてはいない。
動かす必要さえない。
微動だもいらない。
それで勝てるならば、
それこそ永遠の最強。
永久の力。
理に適っている。
固まるほどに固形的な理。

「無こそ最たる強さだと思い知れ」

メッツの反撃などという言葉は、
すでに忘れられたかのように。
オリオールは次のスペルを発動した。
感謝もなければ、
必要もない。
ここまで、
ここにきてまで、
一度たりとも"無詠唱"
それはオリオールの強さを証明している。
そして、
無。

「イノストプレート」

透明かと思えるほどクリアな、
白い、
真っ白い魔力がオリオールの片手に集まっていく。

「イノストプレート?なんじゃそりゃ」
「・・・・名前だけ聞いたことありますね」
「説明してあげようか?」

ふふんっ、と
自慢げにエクスポが言う。
それに対し、
アレックスとドジャーは、
ほほぉ、と
頷き、
パチパチと拍手し、
同時にエクスポを指差した。

「似合う」
「似合いますね」
「・・・・・何がだい。説明役がかい?それは褒め言葉なのかな・・・」
「あれだな。漫画とかでよくいるタイプだな」
「戦闘についていけない感じの重要すぎない重要脇役のポジションです」
「それはボクに何を訴えているのかな」
「いや、似合う」
「似合いますね」
「うるさいな!」

美しくないっ!と付け加え、
そしてだが、
解説役としてちゃんと仕事する。

「イノストプレート。マイソシアじゃそうそうお目にかかれないスペルさ。
 見た目の通りで、彼の言うとおり、・・・無。無属性という珍しいスペルだね」
「無属性?」
「でもマリナさんのマジックボールなんかも無属性ですよね」
「始まりで終わり。それが無さ。特に究極の無。それがイノストプレート」
「どういう事ですか?」
「実はノーダメージとかか?」
「ドジャー。君は実に馬鹿だね」
「うっせぇ!」
「美しくもない」
「いいから続けろ!」
「ちょっと反撃しただけじゃないか。いいかい?イノストプレート。
 それは固定ダメージ。固形。固定。いいかい?固形だよ。
 まさに彼にピッタリの魔法だ。無機物なるモノという物体である彼の魔法だ。
 相手の理屈なんて関係ない。ピッタリまるまる決まった威力」

固形。
固定。
決まりきった魔術。
相手が豆腐だろうが、
鋼鉄だろうが、
同じ。
固形ダメージ。
メッツが防ごうが、
諦めようが、
同じダメージ。
それがイノストプレート。

個体であり、
固体。
そんなモノであり物である、
無機物なる生命オリオール。
彼だからこそ、
彼らしい、
彼のための技。

「終わりだ。人間。朽ち果てろ。タフさなども関係ない。
 努力も才能も、全ては決まりきっているからこその永遠。
 それが余の強さ。無機物に無力にそして無駄に・・・・無に還れ」

オリオールの手の先で、
いや、
手の平の上で、
まるで高級な宝石でも持つように、
無なる魔力の円盤。
イノストなるプレートが出来上がっていく。

「固相線(ソリダス)の狭間に消えろ生もの」

「オゥラァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

固まりきった理屈など、
無用。

「御託はいらねぇえええ!わかねぇからよぉ!!!!」

無用。
無など必要ない。
必要なのは無謀。

否、
変わらないといえば、
むしろそれはメッツの事を指すべきだ。
変わらない。
最初から最後まで、
何一つ変わらない。

馬鹿の一つ覚えのような、
否、
馬鹿は一つしか覚えていないような、
一直線の猪突猛進。

「つまり最後に立ってりゃ気持ちいいわけだ!!!!」

走る。
振り上げる。
足を御なじみに振り、
腕を、
豪腕を振り上げる。

「馬鹿・・・いや、無能かこいつはっ!!」

「ピンポン大正解!!ってうっせぇコラァ!!!」

ダッシュして、
パンチ。
それだけ。
それだけだ。
何も迷い一つなく、
その豪腕を、
振り切った。

「こ・・・のっ・・・・」

普通に、
普通かもしくは最低より少し高い知能があればこんな事はしなかっただろう。
オリオールはイノストプレートを発動しようとしているのだ。
その手。
オリオールの前方に輝き、
膨らみあがる無属性の円盤。
それを、
"突き抜け"
"殴りぬける"
火を触ると危ないと知っている子供でさえあれば、
そんな事はしない。
なのに、

おっきな馬鹿はイノストプレートを突き破った。

結果。
結果からいえば、
それは正解の中の大正解だった。

イノストプレートは無属性の固定ダメージ。
それは、
裏を返せば0と100。
無と有。
ノーダメージと一撃必殺。
その二極端しかないのだから。

発動途中のイノストプレートは、
それは無。
無の中の無。
出来上がっていないイノストプレートは、
固定さえされていないただの魔力。

だからメッツの拳は突き抜けた。
魔力という流動体を、
爆発させるかのように、
水風船を割るかのように突き破り、

馬鹿の馬鹿力。
豪腕はオリオールの正中線ど真ん中。
胸の中の胸の中心という芯を、
振り上げるように振りぬいた。

「・・・・・ッ・・・・・」

声にもならない。
体を手に入れたのだから、
初めて感じる痛み。
それさえも感じないほどに芯の芯を、
豪腕が突き抜け、
オリオールの、
いや、
ロッキーの小さな体はボールのように吹っ飛んだ。

その表現のまま、
ロッキーの1mに満たない小さな体は、
硬い地面を何度もバウンドし、
ダンゴムシのように転がって止まった。

「・・・・・・」

有りえない。
有りが起こりえない。
つまり無。
そんな事を、
オリオールは天を見上げながら思うしかなかった。
だが、
そんな刹那さえも途切れる。

「起きろコラァアアアアアアア!!!!!!」

「なっ・・・・」

地面に転がったオリオールの胸倉を、
ハンドバッグのように持ち上げるメッツ。
追撃のために、
止まる事を知らない馬鹿野郎。

「イッちまいなぁぁぁあああああ!!!!!!」

また振りぬかれる腕。
豪腕。
剛と豪の塊のような、
豪腕。

今度はロッキーの額のど真ん中に突き刺さり、
また、
気持ちよくなるほどの眩暈。
真っ白な無を感じながら、
オリオールは吹き飛んだ。

「・・・・・ガッ・・・・・」

二撃目を食らっても、
まだ痛みを感じない。
それほどまでに痛快なる、
痛恨の一撃と一撃。

空中を漂う時間を永遠にさえ感じる。

「・・・・ガハッ・・・・ハッ・・・・」

またリプレイでも見ているかのように、
オリオールの、
ロッキーの体はボールのようにバウンドを繰り返し、
そしてゴロゴロと転がって止まった。

痛みもないのに・・・・
体が動かない・・・・

「まぁーーだまだぁああああああ!!!」

「!?」

また、
すでに、
メッツが、
目の前に、

「アホかっ!」
「馬鹿っ!」
「自重してくださいっ!!!」

それを遮ったのは、
3人の生もの共だった。

アレックスは、
槍を。
ドジャーは、
ダガーを、
メッツに突きつけて止めた。

「あひん」

エクスポだけ、
ブレーキのかからなかったメッツの拳が直撃し、
情けない声を上げながらツーベースヒットされていたが、
無視しておこう。

「お?おうおう、なんだなんだ?」

「なんだなんだじゃねぇ!」
「ロッキー君を殺す気ですか!?」

「・・・・あー・・・・・」

メッツは、
アレックスとドジャーに武器を突きつけられたまま、
腕を下ろした。

「わりぃわりぃ・・・・興奮しちまった」

問題は、
この男には本当に悪気がなく、
興奮した結果だという点だった。
憎めない点でもあるが、
危うい点でもあった。

「まぁ、戦いってぇのは最初から殺す気でやるもんだ。それだけは弁明しねぇけどな」

「・・・・ったく」

ドジャーが呆れた顔をすると、
人事のようにメッツはガハハと笑った。

「・・・・・・美しいお星様が見える・・・・」

遥か遠くの方で、
エクスポはピヨピヨと目を回転させながら寝転がっていた。
なるほど。
損なポジションの人間だ。

「・・・・・クソ・・・・」

オリオールが、
小さな体を、
上半身だけ起こし、
やっと来た痛みに頭を抑えていた。

「余が・・・・こんな生ものに」

「教えてあげましょうか?」

武器を下ろしたアレックスが、
振り返りながらオリオールに言った。

「・・・・・何?」

「あなたが負けた理由ですよ」

「俺が強ぇからだ!!!」

「あー・・・お前は黙ってろ」

「えー」

「お前の勝ちだから。なっ」

「うん。まぁそうだな!」

手懐けるのが簡単な男だ。
それを放っておき、
アレックスは続ける。
いや、
続けるよりも先に、
オリオールが問いてきた。

「何故だ・・・・遠近・・・潜在能力・・・そして余の扱い・・・・全ては上回っていたはずだ」

「その通りです」

「では何故だ!答えろ生もの!」

「その前にその生ものという表現を訂正してください」

アレックスは、
そう言い、
ビシっと指を突き出して、
言い放った。

「僕はミディアムレアです」

「意味分からん」
「馬鹿かお前」

後ろからドジャーとメッツの罵声が聞こえたが、
無視し、
自分のセリフさえ無視し、
アレックスは続けた。

「簡単です。力量で負けていたからです」

「答えになっていない」

「蛇口が開いてなかったといえば分かりやすいですかね」

その言葉に、
オリオールは顔をしかめた。
その反応にアレックスは得意げになりながら、
さらに続ける。

「最初からおかしいとは思っていました」
「おいおいアレックス。後付じゃねぇだろうな。
 さっきどっちが勝つか分かってるとも言ってたけどよぉ」
「黙っててくださいドジャーさん。僕はあそこで伸びてる解説者と違います。
 いや、エクスポさんが実況で、僕が解説者ってところですね」
「まぁ分からんが分かりやすい。ちゃんと納得させろ」

アレックスは頷き、
オリオールに続ける。

「オリオールさん。あなたが最初に登場した時から思っていました。
 あなたはロッキー君ほどの脅威を感じない」

「・・・・なんだと」

「ザコを相手にする時もです。ロッキー君の方が派手にバンバンやります。
 それは置いておいたとしても、威力がてんで違います」

威力。

「あれだけ魔法をヒットさせておいてメッツさんも倒せないなんて・・・」

「うぉおおおおいアレックスくぅーん!?」

「すいません訂正します。メッツさん如きも倒せないなんて」

「悪化してるよアレックスくぅーーーん!?」

メッツが野次という野次を飛ばす。
さすがに黙っておけないのだろう。
だがまぁ、
放っておいて、
メッツの静止はドジャーあたりに任せておいて、
アレックスは進める。

「ロッキー君は六銃士にトドメをさせるほどの一撃を持っていました。
 それは、成長したとはいえメッツさんにあれだけダメージを与えて倒せない威力じゃないはずです」

「余のほうが劣化してると言いたいのか」

「いいえ。逆ではないですが不可解だと言いたいんです」

回り道をしながらも、
確信にたどり着くように、
アレックスはもったいぶりながら話していく。

「魔力しかなく、魔法の使えないロッキー君の時と、
 魔力を手に入れた魔法使いであるあなたには特別に威力が違っているべきなんです」

「・・・・・」

「高等な魔法を多々使っていましたが、強力ではなかった。
 バーストウェーブ一つをとっても、ロッキー君のハンマーの時のソレと差異は無かった」

「言いたい事は分かった」

小さな体を上半身だけ起こした状態で、
オリオールは言う。

「余が、この体を使いこなせてなかったという事。
 ふん、そのためのウォーミングアップだと戦う前に・・・・」

「いえ、使わせてもらえなかったんです」

オリオールの言葉を切り終えるように、
アレックスは結論を述べた。

「どういう事だアレックス」
「簡単です。ロッキー君がオリオールさんをハンマーとして共にしていた時。
 それはロッキー君の魔力で、そしてオリオールさんが魔法を力添えしていた。
 ロッキー君はロッキー君で必死で、あなたは自ら手を貸してあげていた。
 強力に協力しあっていた。ですが今はどうですか?逆であって立場は逆ではないんです」

今は、

「あなたがロッキー君の体を使っているだけ」

ロッキーの許可はない。
ロッキーもオリオールも力を発揮していた時と違い、
自分勝手なオリオールと、不協力なロッキー。

「蛇口は閉められていた」

もう一度アレックスは言う。

「あなたはロッキー君を支配なんて出来ていない。
 ロッキー君に抑制され、制限され、自由にさえさせてもらってない。
 ロッキー君という魔力の宝庫の蛇口をあなたは・・・・」

「ふん」

言葉とともに、
オリオールは舌打ちをした。

「そこまで言えばお前の言いたい事の最後は分かる。
 余はお前ら生ものと違って無機物であっても無能ではないからな」

睨むように、
いや、
睨みながら見る。

「本当に力を欲するならば、このロッキーという生もののガキと協戦しろと言いたいのだろう」

「はい。和解のもとではなければあなたは真価を発揮できません。
 あなたが力を望むならばむしろ選択肢はないと言ってもいいでしょう。
 なぁに簡単ですよ。ロッキー君なんて純粋ですから話術でちょちょいと・・・・」

アレックスはニヤニヤと笑いながら、
悪魔の純笑といった具合に笑っていた。
大切な仲間を、
話術でちょちょいと利用しちゃいなさいと、
得体も知れないフェイスオーブに言っている。

・・・・。
だがまぁ、
本当に話術がどうこうというのは、
アレックスの事だろう・・・とドジャーはまた思う。

つまり、
この場を収めようなんて事で終わらす気はない。
そして、
ロッキーを取り戻そうなんて話で終わらす気もない。

オリオールを含めて、
ちょうお徳強力セットにして引き込もうという・・・・

「まぁなんともただで転ばない奴だよお前は」

と、
ドジャーは皮肉交じりの、
本音の褒め言葉を呟いた。

「やだなぁ。違いますよドジャーさん。僕は転ばないし、起き上がらないし、それ以前に走りません。
 どうやったら楽してうまいことゴールに辿り付けるかといつも思っているだけです」
「それでいいのか・・・・」
「それがいんじゃないですか」

本当に、
甘い顔して正義の味方などとは呼べない人間だ。
だがまぁ、
それでも、
理に適い、
そして交渉と呼ぶには、
実は半分脅迫染みているほどの話術。
すえ恐ろしい。

「・・・・・・・勘違いするなよ生もの共」

オリオールは、
その口を開いた。

「いずれ余が支配するまで、また以前のように利用してやるだけだ」

それは・・・・
拝呈ととっていいだろう。
理に適った固形だからこその、
無駄な足掻きが一切ない、
アッサリとした、
それでいてあっけないと言っていいほどの、
物分りの良さだった。
物だけに。

「いや、めでたしめでたしだけどよぉ。あっけなくてずっこけそうだけどよぉ。
 何だよそのセリフ。まさかこんな幼児体型の中の魔物みたいな無機物から、
 ツンデレゼリフ聞けるとは思いもよらなかったぜ」
「専売特許とられちゃいましたね」
「もともと売ってねぇよ」
「じゃぁドジャーさんの売りはもう皆無じゃないですか」
「俺にはツンデレしか売りがないのかっ!?」
「いやいや、そんな。プライスレスですよね」
「そこまで大事な売りじゃねぇよツンデレなんぞ!」
「お?いいじゃないですか。そこがまさにツンデ・・・」
「黙れ」

おっと、
これ以上は本気で怒るなぁ・・と、
アレックスはニヤつく。
すでに馬鹿にしていい範囲をわきまえている。
オモチャだすでに。

「ボクは信じられないなぁ・・・・」

と、
トコトコと、
そしてフラフラと、
セリフの割りにピヨピヨと、
エクスポがヨレヨレの状態で歩いてきた。

「その前に・・・メッツ・・・・ボクに美しい謝罪の言葉は・・・・」

「ん?あぁ悪ぃ」

「ボクの扱いはそんなか・・・美しくない・・・」

難しい話になったせいか、
メッツはいつの間にか他人事のようにタバコをふかしていた。
そしてエクスポのことは忘れていた。
全員。

「いや、やっぱりだね・・・・あっと・・・クラクラする・・・」
「しまらねぇなお前・・・・」
「これもまたいいさ・・・・いや、よくはないけどそれでだね。やっぱりボクが思うのは・・・・
 やっぱ唐突だね。信じられないよ。まだ何か企んでいるんじゃないかってね」

オリオールのこと。
確かに、
アレックスのいう事は一理も二理もあり、
納得するには十分で、
説得力もあった。
だが、
あまりにも踵(きびす)を返すのが早すぎる。

「能力やら限界点やらの、体を理想通りに動かせないって話をともかくとして、
 それでも、それでもだよ?体が欲しくて奪ったのだから、こんな簡単に返すのはおかしい」

おかしい。
それを言われると確かにおかしい。
理屈では、
オリオールがロッキーに体を返し、
共存の道を選ぶ方が理には適っているのだが、
"奪ったものだ"
欲しくて奪ったもののはずだ。
子供だってオモチャを奪ったら返さない。
大人ならなおさらだ。
理屈はともかく、
理由と意志あって奪ったなら、
なおさらそんな簡単に「返す」などと言うはずがない。

「話が美しくまとまってないんだよね。そういうのにボクは敏感なわけ」

目ざといとも言う。
疑り深いとも言う。

「ふん。生ものが」

オリオールは、
あざ笑うかのように言った。

「どうでもいいのだ。余はな」

答えと言わんばかりに、
オリオールは口を開く。

「お前らとは違う。余は無機物。消えない限り永遠なのだ。
 余は生きているが、生命ではない。生きているが、命ではない。
 意味が分かるか?余には時間があるという事。
 裏を返せばこの体も生ものだ。賞味期限がある。
 いつか腐る土台ゆえに、この体もいつか手放さなければならない」

つまり、
大事ではない・・・・という事か。
あくまで途中路の運搬列車。
ただロッキーの体は、
性能が底知れぬほど良く、
そして、
命が通常の4倍長い。
そういう意味で現段階うってつけというだけ。
固執は、
ない。

「千年生き、これからさらに終わりの見えない道を走り続けるのだ。
 体など何度腐って何度乗り換えたか分からん。これもその一つというだけ。
 余に必要なのは、生き方であり、これからだ。今ではない。
 1秒を無駄に出来ないお前ら生ものと同じ理屈で考えるな。
 固体(ソリッド)でありながら、余には固執も固定概念もない」

永遠の命。
物であるが故の永遠。
それは、
確かに長くて100年も生きられないアレックス達には、
考え及ばぬ思考回路なのだろう。

「無機物である余に必要なのは、成長しない故の、"有効利用法"だ。
 余の命はイノストプレートと同じ、固定という固体。切れ味の決まったハサミと同じ。
 だからこそ馬鹿とハサミは使いよう。長持ちと有効利用だけを考える」

事故が起きてしまうのが一番不可解なのだよ。
と、
そうオリオールは締めた。
つまり、
このボートはお前が漕ぐより相方が漕いだほうが早いよと言われただけ。
恐れるは転覆で、
どうせ乗り捨てるならば、
別に自分が固執する必要はない。

固体でありながら、
いや、
永遠の物体であるがゆえの、
長い、
長すぎる目で見た、
柔らかい思考。
それだけ。
それだけだった。

「ん、まぁー大丈夫ですよ」

長話が終わった終わったと言わんばかりに、
アレックスは返す。

「そーいうの気にしてないですから。僕は人の考えを読もうとはしますが、
 理解しようと思いませんから。そーいういい加減な人間ですから。
 理屈も理由も好きにしちゃってください。万事オッケーです」
「あー、俺もだ。手っ取り早いならそれでオッケー」

タバコが燃え尽きた所で、
メッツもキョロキョロと周りの様子を伺い、
状況を理解したようで返答する。

「あ、俺?俺も別に。ってかどうでもいいから半分以上聞いてなかったし」

多分半分と言わず、
9割方聞いてなかっただろう。

「・・・・・」

エクスポは顔をしかめた。

「何このボクだけ物分りが悪いみたいな雰囲気・・・・」

いや、
お前は間違ってない。
大丈夫だ。

「まぁ、先ほども言ったが、使いやすいしてやるだけだ。
 操りやすくなったらまた乗っ取る。それだけだ。勘違いはするな」

いらんとこでツンデレ再び。
いらん。
でも本心でもあるのだろう。
欲はあるが、
究極的にはどうでもいい。
そういう事・・・か。

千年生きたものにとっては、
今を生きている者の大災害でもあるこの戦いも、
よくあるイベントのひとつくらいなのかもしれない。

「まぁいいので」

オリオールの話を全否定するようにアレックスは切り出す。

「ロッキー君をさっさと返してください」

直球だ。
なんという直球。
もういいから返せと。
直球。
下手に出たと思うと上手に出る。

命令形ではないが、上からものを言う。
オリオールが納得しただけで、
まだロッキーはオリオールの手の内だというのに。

「あっ、メッツさん。ハンマー拾ってきてください」

「あん?パシりかよ俺」

「いいからいいから。メッツさんの唯一のいいところじゃないですか」

「俺の取り得は物拾ってくることだけだったのか!?」

「はい。犬でもできます」

褒めてねぇ。

「いいじゃないですか。仲間でしょ?」

「あぁ仲間だ。仲間だからなんだって感じだが、俺は敵でもあるぞ」

「難しいこと言わないでください」

「まんまだろ!まんまだ!!あー!分かった!拾ってきてやるよ!」

メッツはブツクサ言いながら、
オリオールが吹っ飛ばされながら落としたハンマーを拾いにいった。
確かにこーいうところがメッツのいいところでもある。

「敵で・・・味方ねぇ」

ドジャーがボソりと言った。
雰囲気が雰囲気だったから感じにくかったが、
やはりそうなのだ。
そしてそれは最重要なポイントでもある。

敵であり味方。
それがただの味方だった敵の何倍いいか。
いや、
何倍悪いか・・か。
どうなることやら。

だがそのもう一人。
ロッキーが戻ろうとしているのだ。
いや、
エクスポも含め、
味方である敵が二人戻ったのだ。

流れ・・・というものがあるなら信じたくもなる。

「うーん」

それらはカヤの外に、
アレックスは何か唸っていた。

「どうした?便秘か?」
「失礼な事いいますねドジャーさん。僕はウンコバリバリでますよ。食べまくる分、バリバリでます」
「言わんでいい」
「口に始まり、食道、胃袋、小腸大腸で最後にモンモンは僕のライフラインです」
「モンモンって言うな。あやふやにすると逆にキモいわ」
「モンモンからバリバリ出ます」
「うっせぇな!!」
「それでオリオールさん」

ついでのようにドジャーで遊び、
当たり前のようにエクスポを空気にしながら、
アレックスは続けた。

「考えましたが、いえ、最初はやっぱりこう考えてたんですよ。
 っていうか誰もが考えてたんじゃないかな」

「何がだ」

「オリオールさんはフェイスオーブで、それはカプリコハンマーについている。
 でもって今は逆で、ロッキー君がそのフェイスオーブに封じられている。
 ならその手から離せば、決別させれば乗っ取りは解除されるんじゃないかって」

それは、
誰もが考えただろう。
考えない奴なんていたのだろうか?
それくらいのことだ。
解決を考えるなら、
まずその方法を思いつく。

「でも、今ハンマーは別のところにありますから、別に手に無くてもいいんですね」

「当然だ。むしろお前のその予想は愚の骨頂。漫画の読みすぎだ」

物のクセに漫画を語るな。

「そんなだったら寝ている時にでもすぐに解除されてしまう。
 カプリコ三騎士と共に生活しているのだぞ?
 あいつらに1年も油断を見せずにハンマーを握り続けられるわけがない」

その通りだ。
それなら三騎士とてお手上げにはならなかっただろう。

「そして逆に、こうも考えなかったのか?
 そうならばフェイスオーブに今封じられているロッキーという者こそ決別される・・・と。
 余の魂が本体に居るのだから、ハンマーと共に離れるのはあやつの魂の方だとな」

「正直、だからメッツさんが吹っ飛ばした時にはドキッとしてもう走ってましたよ」

「ふん。それで済むなら最初からハンマーなど捨てている。
 それで完全な乗っ取りになるのならばな」

そりゃそうだ。
当然だ。

「余がそれでもハンマーを、フェイスオーブの魂を持ち続けていたのは、
 つまりお前が言った事を正直、余も感じていたからだ。というか千年の経験だな。
 本体は本体。本人の魂があってこそ真価が発揮される。
 借り物だからな。本人の監視下であってこそ、余はやっとあの程度だという事」

最初からわかっていたわけだ。
ウォーミングアップとか、
準備体操とか、
最初から自分が万全でないのは理解していた。
だからこその、
これだけ早い納得なのだろう。

最初からオリオールは、
この、
このロッキーの体で真価を発揮するためにはロッキー本人が必要と知っていた。
ただの探求で実験。
有効利用の方法を探していたに過ぎないという事か。
合点はいった。

「持ってきたぞー」

カプリコハンマーを、
軽々と、
オモチャのハンマーでも持っているかのように軽々と、
メッツは片手で持ってきて投げ捨てた。
オリオールの前に。
その、
小さな体の前にドスンと落ちたハンマーは、
その小さな体と同じくらいの大きさをしていた。

「・・・・・・」

「どうした」
「やっぱりいざ体を手放すとなると・・・ってかい?」

「いや、ロッキーと話していただけだ」

オリオールはそう言った。

「ロッキーと」

「ふん。余としては契約という表現をしたいところだが、あやつにしてみれば約束という表現のようだ。
 契(ちぎ)ると束(たば)ねるの違いだが、交わると合わさるでは大きく違うな」

理に適った表現だと続ける。

「約束してやったよ。いや、されたというべきか。次は閉じ込められる側だからな。
 かわりばんこ・・・とやらでなら、お互い納得した。これからはそういう契約・・・約束だ」

かわりばんこ。
ロッキーらしい表現だ。
つまり交代制。
オリオールを封じるでなく、
ベンチに座らせるような意味。

・・・・。
やはりロッキーだなと思った。
共有時間の少ないアレックスでさえそう思った。
被害者はロッキーで、
ロッキーは何も背負う必要などないのに、

純粋な、
純粋無垢の極地のような子供心。
かわりばんこならいいよ。と、
オモチャや遊具を貸し与えるような、
アットホームな約束。

それが自分の体でさえも。

理屈でもなく、
可哀想と思った同情の子供心でもなく。
ただの、
潔癖に近いほどの、
真っ白な優しさだった。

「まぁ、余が出ている時は味方だと思うなよ」

そう、
笑い、
皮肉を言い残し、

変わったのだろう。

ハッキリ分かった。

睨むような目が、
丸い。
まぁるい。
純粋無垢な哺乳類のような、
子供の目に変わった。

「・・・・・・」

ロッキー。
ロッキーだ。
ロッキーは、
座り込んだまま、
狼帽子がズレたのも気に留めず、
周りを不思議そうにキョロキョロと、
猫のように見渡していた。

「ここはどこ〜?ぼくはロッキー」

「なんじゃそりゃ・・・・」

覚悟はしていたが、
このマイペースぶりにはさすがにズッコケそうになった。

「ここはどこって・・・・ロッキー。君はオーブの中で意識はなかったのかい?」

「あったよー!でも分かんない!連れてきてもらったことないとこだもん。
 パパはね。一人でどっかいっちゃダメって言ってたから〜〜。
 あ、でもね。ぼくはロッキーだよ。そこはちゃんと分かってるんだい!」

どう?
ぼく偉い?
といった表情で、
小動物(狼)は、
ニコニコと短い足を広げたまま見上げてくる。
ドジャーはため息をついた。
疲れがドッと出たように。

「状況分かってねぇようだな・・・・」

「分かってるよ〜〜。ぼくの負け〜〜」

ニヒヒと、
白い歯を出して笑うロッキー。
純粋無垢、
ありのまま(ロコ)そのものだった。

「あのね〜〜。オリオールと仲直りしたよ〜〜。ねぇ〜〜」

首を傾けて、
ロッキーは目の前のカプリコハンマー。
そこに埋め込まれたフェイスオーブに微笑む。
フェイスオーブは、
「ウヌル、ノノルラ」と答えた。

「だよね〜〜〜」

「いや、通訳してくれ」
「通訳しなくても多分、会話繋がってないの分かりますけど」

「ぼくだとねー。オーブの中でおしゃべりできないんだー」

聞いてない。
聞いてないが、
まぁその答えは、
ただの性質の問題か、
オリオールがロックをかけていたかの違いだろう。
ただ、
ロッキーは強き無能な有機物で、
オリオールが弱き有能な無機物だった。
それだけだろう。

「ま、めでたしめでたしかな」

「イシシ〜。ぼくとオリオールが仲直りしたからね〜〜」

そういう問題じゃないが、
そういう問題か。
それでいいか。

「っていうかロッキー君」

「ん〜?なぁに〜?」

「つまりそのぉ・・・・オリオールさんとはえっとぉ・・・・一緒に遊ぶって約束したんですよね?」

「うん!仲良し!」

曖昧な返事だが、
聞きたい返事は返ってきた。
それを聞き、
アレックスとドジャーは同時に「よしっ!」とガッツポーズをとった。

先ほどから述べているが、
ロッキーとオリオールは共存の道を選んだ。
それはつまり、
つまりだ。

お互い穴を埋めあった一つが出来たという事。

有能だが、強力な魔法を唱える事しかできない、
魔力も体もないオリオール。
小さな体なのに、底知れないパワーと魔力を持っているが、
特に何も出来ないロッキー。

それの複合は、
つまり、

遠距離では、
燃料切れの心配さえない、
すでにマイソシア最強と言っていい超絶魔法使いであり、
そして近距離では、
カプリコ三騎士仕込みの、
山椒は小粒でもピリリと辛いパワーファイター。

魔法戦も、
物理戦も、
有能でも、
無謀でもある、
オールラウンダーが出来上がったという事。

そして、
ロッキーが味方に戻ったことで、
カプリコ三騎士まで引き込める可能性が大きい。

仲間が帰ってきたどころの騒ぎではない。
失ったものがなにもないに、
払ったものがなにもないのに、
オツリというオツリが宝箱からはみ出す様に還ってきたようなもの。

「お前の話術は大したもんだアレックス!」
「でしょ?」
「まぁ状況を含めて運が良かったってこともあるけどね」
「エクスポさん。もう便秘の話はいいですって」
「ウンのお通じが良かったって話じゃないからね!」

「でも〜〜」

ロッキーは、
ニコニコと座ったまま笑っていた。

「ドジャーひさしぶり〜〜〜!!!」

「おわっ?!」

ぬいぐるみが突然動き出したかの如く、
ロッキーはその小さな体でドジャーに抱きついた。
身長の問題上、
足にしがみついた形だ。

・・・・それ以上に、
狼帽子の先っぽが、
ドジャーの股間に突き刺さり、
ドジャーは声にならないうめき声を出していた。

「・・・・の・・・あ・・・・凸に凸が・・・・」
「ドジャーさん。言葉になってないですが、言いたい事は分かります」
「・・・・ものすごい・・・・・」
「・・・・それは言わなくても伝わります」

さすがにアレックスは顔をそむけた。

「アレックスも久しぶり〜〜〜」
「ですね」

ドジャーの足にしがみついたまま、
笑顔を向けるロッキーに、
アレックスは微笑み返した。
ドジャーの顔に笑顔はないが・・・・

「メッツも〜〜!」

「ん?・・・あぁ・・・おう」

新たにタバコに火をつけていたメッツは、
顔の向ける方向をキョドらせながら返事をした。
照れくさいのか、
正面を向いて対応しない。

「みんな久しぶりだ〜〜〜〜」

嬉しそうに、
純粋無垢に微笑むロッキーは、
やはり見ていて気持ちいいものがあった。

「・・・・・・まぁ・・・・慣れたからもう・・・文句も言わないけどね」

その他として扱われたエクスポは、
スネていた。
慣れた。
慣れていいものではないが、
空気王の宿命だ。

「エクスポもだよ〜!久しぶり〜〜!会いたかったよ〜〜〜」

「!?」

エクスポは大きく目を見開いた。
そして涙目で、
エクスポは腰を下ろしながらロッキーに抱きついた。

「ロッキー・・・君は何て可愛いんだ・・・・」

空気として扱われなかったのがそんなに嬉しいのか。
美しいのか。
心の底からの嬉しさか、
エクスポはロッキーが妖精のようにでも見えているのだろう。
純粋とは罪だなと思った。

まぁ、
アレックスから見ると、
悶えるドジャーの股間に、
ロッキーとエクスポが抱きついている絵柄なので、
なんとも感動できなかった。

「・・・・わ・・・分かったから・・・・どけロッキー・・・・・俺のさくらんぼが・・・・・」

さすがにアレックスも顔をそむけて笑いを堪えた。

「プッ・・・ククッ・・・・ロッキー君・・・・離してあげてやってください・・・・プッ・・・・」

アレックスは笑い死にそうな笑いを堪えながら、
片手でロッキーを剥ぎ取るように手引く。
ロッキーは「えぇ〜?なんでぇ〜?」と疑問視していたが、
さすがに見ていられなかった。

般若のような崩れきった顔で、
この世の終わりに口を鯉のようにパクパクさせているドジャー。
そのさくらんぼに突き刺さる純粋無垢なロッキーの帽子。
そしてその股間付近で「美しい・・・」と連呼するエクスポ。
これが芸術かと思うと、
アレックスは笑いを堪えるので精一杯だった。

ロッキーが離れると、
ドジャーは両手をついて地面に崩れた。

「・・・・お婿にいけない・・・・」

本音の底から出たような脱力感でドジャーは弱音を吐いた。
アレックスはまだ笑いを収められない。

「・・・・プ・・・フフッ・・・・だ・・・大丈夫ですよドジャーさん・・・・プククッ・・・
 ちゃんと婚姻届に印鑑が突き刺さったじゃないですか・・・クククッ・・・・」
「うるせぇてめぇ!!人事だと思って!!」
「・・・・・心配しなくても大丈夫ですって!・・・さくらんぼはッ・・・・二つあるじゃないですか・・・・ププッ・・・」
「予備でついてんじゃねぇんだよ!!!」
「・・・・・プッ・・・・アハハハハハッ!!!」

ドジャーが怒るとアレックスはもう堪えきれず、
その場に蹲り、
地面をバンバンと叩いて笑いほうけた。
鬼かこいつは。

まぁとりあえず、
一段落ついたところだ。
アレックスが笑い続けてはいるが、
何もかも元の鞘。
めでたしめでたしだ。

・・・一つを除いて。

「んじゃま、俺ぁ行くわ。満足したしな」

そう言い出したのは、
メッツだった。
メッツしかいなかった。

ドジャーも、
エクスポも、
どう返事をしたものかと、
一瞬迷った。
アレックスはやっと収まってきた笑いに、
息をぜぇぜぇしていた。

「まぁそろそろ終わりだろうしな。うちのもんは皆帰る時間なんだよ」

そっけなく、
そっけなく言うメッツ。
帰る。
帰る。
それは、
自分達の元ではなく、
自分達以外のところ。
《MD》なのに、
味方なのに、
敵であり、
味方ではない。

・・・・・。
分かっていた。
そういう事象はなんの滞りもなくそのままだった。
何が分かっていたかというと、
やはり、
メッツの反応だった。

さっきまではいつものメッツだった。
敵だとしてもいつものメッツだった。
だけど、
やはり、
一つ拾い上げるならさきほどの反応。
ロッキーに対する反応。

なんというか、
モヤモヤがあったのだろう。

"敵であり味方"

それは、
メッツ自身も主張していたことだが、
その矛盾にバッタリぶつかったのはやはり本人だったのだろう。

ロッキーが、
当たり前のように、
何も変わらないように、
またドジャー達のところに戻ろうとしている姿。

モヤモヤしているというか、
後ろめたさがあったというか。
"自分はそうはしないし出来ない"
出来ないのでありながら、
そうしないのも自分の意志。

ロッキーのように、
自分もそうやって昔のように和気藹々と輪に入りたいのに、
自分の意志でそうしないから出来ない。
そんな空気での、
居場所の無さ。
そんなモヤモヤがメッツにはあったのだろう。

取り繕っても、
変わっていなくても、
違うのだ。

自分の立場の明確な違いを突きつけられたようで、
メッツは、
何よりも捨てがたいこの輪から、
逃げ帰ることを選んだ。

「・・・・・そう何度も聞かないぜメッツ」

ドジャーはメッツに言うが、

「あぁ分かってる。また会おうぜ」

メッツは片手をブラブラと振りながら、
背中を向ける。
違う方向を向いて、
歩む。

また会おうぜ。
会える。
会えるのは間違いないが、
次会う時も、
前会った時も、
今会った時も、

全て敵。

味方でもあり敵でもある。
何が?
敵でとしか出会っていないのに。
次も再びそうなのに。

メッツの見慣れたドレッドヘアーの後姿は、
他人のように見えた。

そして、
別れの言葉も少なめに、
メッツはゲートの光に包まれ、
空に消えていった。

次に会うときはどうなのか。
それさえ分かりきっているので、
なんとも言えなかった。

「ねぇ〜〜。メッツと戦うの〜〜?」

純粋無垢なる少年の言葉は、
優しすぎてあまりに凶暴にも感じた。

「いやだよ〜!ぼくはやだよ!」

純粋に、
無垢に。
ロッキーは哀しそうに周りに訴えかけたが、
なんと返事をしていいものか。
だから、
ドジャーはロッキーの頭に手を置き、
ゴシゴシと撫でて笑った。

「ほぉれ。とった!」

「あっ!返してよ〜〜〜!!」

ドジャーがおもむろにロッキーの狼帽子を取り上げると、
ロッキーは必死で、
小動物のようにピョンピョンとジャンプして取り戻そうとした。
ドジャーは、
自分の目線くらいで狼帽子をプラプラと振り、
その様子を見てカカカッと笑った。

戻ってくるものもあるが、
戻ってこないものもあるかもしれない。

だが、
失くしてしまっただけなら間に合う。
無くなってしまったわけじゃないなら間に合う。
壊れてしまっただけなら直せる。

今あるこの今のように。

ドジャーはとりあえず取り戻してはいるのだ。
横にいるエクスポを、
神の手から取り戻した。
見下ろしたところにいるロッキーを、
他者の下から取り戻した。
そして、
目の前にいるアレックスは、
違う場所に行って戻ってきた。

敵対したものも戻ってきた。

そして、
もう戻って場所に行ってしまった者達もいるが、
メッツはまだ間に合う。

とりあえず、
そう繕って考えておくしかなかった。










そして戦争は終わりへと・・・










                 






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