「チキショウ・・・・」
「このヒポポタマス共が・・・・・」

森の中、
エースとキリンジは、
背中合わせに座り込み、
いや、
座らされていると言うべきか。

「あちきのアニマルちゃん達が・・・・」

そこら辺の地面の上に、
卵が転がっていた。
ゴミのように。

「気にするなキリンジ。てめぇは"退いた"だけだ。
 お前は守護動物達を死なせないように卵に戻しただけ」

背中合わせに座らされたまま、
背中越しにエースはキリンジに言う。
背中越しに感じるキリンジの狼服の毛の感触。
それ越しにエースはキリンジの振るえを感じた。
同時に、
キリンジの背中が男のソレより細く小さい事に気付き、
やはりキリンジも女なんだという事も思い出した。
だからさらに続けた。

「もっかい言うぜ。お前は退いただけだ。キリンジ。
 お前の大切なアイマルちゃんとやら達を死なせないためにだ。
 退いたってぇのは生きたって意味だ。生きたってのは負けじゃないって意味だ。
 退却は負けじゃねぇ。勝者の選択。お前は何一つ失っちゃいねぇじゃねぇか」
「・・・・・だがよぉエース」
「そう、こいつらがおかしかっただけだ」

キリンジと共に、
エースは顔をしかめた。
スパイダーウェブで絡められ、
座った状態で身動きのとれない二人。
その周りには・・・・・

ドライブ・スルー・ワカーズの者達が囲んでいた。

「違うねぇ44部隊のお二人さん」
「勝ち負けじゃねぇ」
「やるかやらないか・・・だ」

十数人の傭兵達は、
各々の武器を担ぎ、
エースとキリンジを見下ろしていた。

「あんたらはわずかに生きる道を選んだ」
「向かって死ぬんじゃなく、逃げた」
「俺達とあんたらの違いを教えてやろうか?」
「それは・・・・」

傭兵達の中、
胸の上にバーコードを刻んだ女性が言った。

「"覚悟"よ。私たちにはそれがある」

ヘラヘラニヤニヤとしているが、
その言葉には心が篭っていた。

「俺達には死ぬ覚悟がある」
「前に進む覚悟がある」
「俺達にあるのは仕事の結果」
「ノルマっちゅーもんだけだな」
「俺達にはたった一つだから迷いもねぇ」
「そのためなら命さえも置き去りだ」

命など紙切れ。
金という紙切れのためなら、
命などゴミ。
仕事という金ヅルのためだけに動き、
戦い、
殺し、
死ぬ。
全てを金のためだけに捨てた者達。
D・T・W
ドライブ・スルー・ワーカーズ。
彼ら、
彼女らの体に刻まれた"バーコード"の刺青が、
彼ら彼女らの生きる意味で、
自分の命さえも金如き・・・・
そんな命知らずの傭兵達。

「くっ・・・名無し風情が・・・」

名も通っていない。
エドガイ以外誰一人有名な者などいない。
そんな団体の無名の傭兵達に、

最強、
無敵艦隊が44部隊。
エースとキリンジは負けた。

「つーか名無し名無しって失礼だねぇ。『AAA(名無し)』のエースさんよぉ」

ハンマーを担いだ、
頭にバーコードを刻んだスキンヘッドの男が、
エースの目の前に座り込んだ。

「あんたもその名無しだったんだぜ」

「・・・・・知らねぇっつってんだ」

傭兵達の言い分。
それは、
エースも過去、
この傭兵達の仲間だったという言い分。
名無しのエース。
『AAA(ノーネーム)』のA's。
過去の名は、
ジギー=ザック。
ZIGGY=ZACK。
通称『ジグザグ』

「忘れてんなら・・・ま、俺達はどうもしねぇけどな」
「ジグザグも給料に落ちるとはねぇ」
「安定なんてジグザグって呼び名が廃るわよ?」

「知らねぇっつってんだろ!!!」

「それならそれでいいっつってんだろ」
「仕事(マニー)と関係ねぇしな」
「ボスはお人好しだからどうか知らないけどね」
「商売敵っつーならそれだけだ」

「おいてめぇら。このチンパン野郎」

狼帽子の下か睨むように、
キリンジが声を挟んだ。

「なんだそりゃ。アニマル差別か?どうでもいいことどーでもよく言ってんじゃねぇ。
 エースはあちきらの仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない。同じ穴のアナグマ(ムジナ)だ。
 分布は44部隊で、進化前の話なんてどうでもいいんだよ。くたばれヒポポタマス共」

「おーおー」
「怖ぇお姉ちゃんだ」

ニヤニヤヘラヘラと、
傭兵達は笑っているだけだった。
担いだ武器を振り下ろしてくるつもりさえない。
・・・。
それが異様だった。
エースとて、
キリンジとて、
百戦錬磨の戦闘エキスパートだ。
戦っていて分かる。

"こいつらは殺す気がない"

最終的にエースとキリンジを捕えただけだ。
相手を殺そうという意志がない。
・・・・。
ただ、
そうであってもエースとキリンジを捕えるだけの戦力差。
ハッキリ言うと、
"手加減されても大々的に負けた"
なんだこいつらは・・・・
そう思えてくる。
なんでこんな奴らが影で埋もれていた。

「聞きたい事ぁ分かるぜ」
「俺達も死線を越えてきたからなぁ・・・・ってのはおかしいか」
「私達は"死線しか"越えてないんだからね」
「つまり・・・・」

「なんで殺さなかった」

キリンジが睨んだまま、
特徴である八重歯を噛み締めたまま、
言った。

「それとも後で殺す気なのかこのチキンバード共が!
 あちきらを捕える事になんの意味があんだ!カモノハシみてぇに意味わかんねぇ!
 嬲り殺しにするスパイダーな趣味があんのか!?だったら・・・・」

「殺気立てんなよ姉ちゃん」
「殺す気はないわ」
「あんたらは解放する」

エースとキリンジは、
それを聞いて顔をしかめた。
戦っておいて、
捕えて、
何もしないで解放する?

「どういう事だ」

「お仕事だからだよ」
「労働は尊いねぇ」
「ハイホー♪ハイホー♪しごっとが好き♪ってな」

「・・・・そういう任務ってことか」
「だがあちきらがここに居たのは単なる偶然だったはず。
 それに意味があるとは思えないね。殺した方が手っ取り早いはずだ」

「任務?仕事?」
「馬鹿言うんじゃねぇ」
「違うからこーしてんだよ」

当たり前じゃねぇか・・・という表情で、
傭兵達は答えた。

「俺達の任務は敵本陣の裏を付く事だ」
「伏兵として悪魔か魔物が居たら始末してでも進めとも言われているが」
「あんたら人間じゃねぇか」

「・・・・・」

意味と目的は同じはずだ。
表現が違っただけ。
自分達。
エースとキリンジが立ちはだかったという意味で、
それはもう仕事の目的と重なるはずだ。
なのに、
なのにそんな屁理屈みたいな意味で殺さない理由は・・・・

「俺達ぁプロなわけよ」
「プロのサービス業者なわけ」
「けど私達のモットーはCS(カスタマー・サティスファクション)・・・・顧客満足であって、
 CD(カスタマー・ディライト)・・・・顧客感動じゃぁないってことね」
「余分な仕事はしねぇよ」
「言われた事を最低限だけ。差分サービスなんて全く無し」
「一人前のオムライスを作れって言われりゃ、キッチリ一人前だ」
「セロリもつけねぇ」
「余分な仕事はしねぇんだよ」

・・・・。
腑に落ちない。
だからといって。
だからといってだ。
殺す方が断然楽に間違いない。
それは絶対だ。
生かしておいたらそれはそれで後々の邪魔になるかもしれない。
そのキッチリ仕事分。
それを妨害される恐れだってあるはずだ。

「あぁ、なんで殺さないか・・・だったわね」

心を読んでいるかのように、
傭兵の一人は答えた。

「だってあんたら商売敵じゃない。もしかしたら"この先の金ヅルかもしれない"。
 44部隊を倒せって大仕事を頼まれても、あんた達2人分消しちゃうかもしれない。
 これは大きな差だわ。ミスミス商品を消したりするのはもったいないじゃない」

「・・・・そんな・・・」

そんな理由だけで。
ターゲットになるかもしれない、
今後殺せと仕事を任されるかもしれない。
"今はされてないから殺してもタダ"
だから殺さない。
それだけで。
こいつらは・・・
狂ってる。

「って事であんたらは解放してやるよ」

・・・・。
屈辱。
これ以上の屈辱はなかった。
最強。
世界最強と謳われる死(4)並びの44部隊が自分達が、
金ヅルという意味だけで生かされた。
完膚なきまでに負かされて、
相手の思うままに生かされた。
・・・・。
キリンジ。
エースの考えはただ一つだった。

ロウマに合わせる顔がない。

「クソッ・・・クソッ・・・・」
「このエテモンキー共が・・・・」

「んじゃまぁ、蜘蛛解除してやるよ」
「解除したからって暴れないでよ?」
「もっかい戦闘なんてサービス残業と変わらねぇからな」
「何回やったって同じだしな」

その言葉の通りで、
通り過ぎて、
悔しさが滲みでた。
・・・。
事実、
何度やったって、
この状況。
キリンジとエースには勝ち目はないだろう。
名無しの超脇役。
こんな傭兵共に、
勝てる見込みがない。

「・・・・・ロウマ隊長になんて言ったらいいかわかんねぇが・・・・
 しゃぁねぇ。キリンジ。一回退くぞ・・・・」
「・・・・あちきはそんなチキンバードじゃねぇ!」
「退却は負けじゃねぇっつったろ。生き延びたんだ。次がある。
 俺達は上を目指さなきゃいけねぇ。壁を乗り越えろキリンジ。
 それがロウマ隊長の意志で、そして44部隊として命令されていることだ」
「くっ・・・・・」

キリンジは、
八重歯が平らになりそうなほど噛み締めて、
この屈辱に堪えた。
本当はこんな屈辱を受けるくらいならば、
死に物狂いで誇りを持って戦いたい。
だが、
ロウマは言った。
生きろと。
終わる。停止。停滞。無成長。
それは拒否し、
上を目指し・・・生きて強くなれと。
それは、
キリンジとエースに次の行動を暗に命令しているようなものだった。

「んじゃ解除してやるよ」

「てめぇらの手は借りねぇよヒポポタマス。自分らで逃げる」

キリンジはそう言うと、
不意に口笛を吹いた。
森中にこだまするようなメロディの無い口笛が鳴らされた。

「来い!パムパム!!」

キリンジが口笛の末、
叫んだ。
・・・。
傭兵達は何の真似だと首をかしげていたが、
それは森の奥から表れた。

「・・・・・・・ノォォッォッォ・・・・・・」

奥の方から。
森の奥の方から、
声が、
いや、
何かが近づいてくる。

「ノォオオオオオオオオオオオオ!!!」

声が凄い勢いで近づいてくる。
傭兵達は身構えた。
・・・・。
なんだアレは。
・・・・・パンダ?
パンダか?
パンダの格好をした小娘が、
両手を飛行機のように広げて走ってくる。

「ノォオオオ!ノーーアイスクリーム!!ノーライフッ!!!!」

そしてそれは、
草を撒き散らしながら、
キリンジとエースの横で止まった。
両足にブレーキをかけて止まった。

「・・・・ってばっちゃんが言ってた!!」

パンダ娘は、
元気よく両手を高く広げて叫んだ。

「なんだこいつ」
「44部隊じゃね?俺ぁ見たことあるぜ」

「パムパム!この蜘蛛を解除しな!」
「おっ?おっ?」

キリンジが言うと、
パムパムが上半身だけグリンと回転させ、
蜘蛛で座った状態で捕えられているキリンジとエースを見た。

「なーなー、面白そうだなー、でもなー、そこはトイレじゃないんだぞー」
「いいからパムパム!俺の上着の裏から適当にナイフか取り出して蜘蛛を切れ!」
「おー?」

パムパムは首をかしげた。

「イナフ?」
「十分じゃねぇ!ナイフだ!」
「あー!ナイフかー!知ってるぞオラ!高校生の時に隣の席だったんだ!」
「いやおまえ・・・さっさとしろ!俺の上着の裏から・・・・・」
「あいつなー、消しゴムの使い方がすっごくうまかったんだー。
 あんなー、なんていってもなー、給食も消しゴムで食べるくらいでなー」
「クッ・・・ちょっと興味あるがそれどころじゃねぇんだパムパム!さっさと・・・」
「パムパム!これ切ってくれ!」
「おー?」

エースと違い、
キリンジの言葉は少しだけ耳を傾けるようで、
なんかエースは悔しかった。

「そうか!ナポリタンか!」
「そうだ!ナポリタンだ!」
「おー!アイアムベリーペペロンチーノー!!」

そう叫びながら、
パムパムは飛びついた。
そしてスパイダーウェブ。
魔力の蜘蛛の糸を・・・・・噛みつき出した。

「ガジガジガジガジ」

・・・・エースとしては信じられなかった。
魔力の糸を歯で食いちぎっている。
信じられない。
こいつは常識が通用しないのか。

・・・。
あぁ飲み込むなよ・・・
なんとなく体に悪そうじゃないか。
いや、魔力だからそうでもないのか?
いやいやそんな心配してる場合じゃ・・・

エースは混乱しながらも、
パムパムがスパイダーウェブを食いちぎっていく様を見届けた。
そして、
効果が微小になるまで、
パムパムは蜘蛛の糸を噛み千切った。

「まずい・・・・もういっぱい・・・・」

魔力の糸を加えたまま、
パムパムはガッカリした。

「よっしゃ!」
「ナイスだパムパム!」
「違うってー、だからナイフはオラの学校の先生でなー」

さっきと設定が違う気がするが、
無視をした。
そしてキリンジとエースは、
身構えながら周りを見渡した。

・・・・・。
焦る必要はなかったか。
傭兵達は、
まるで止める気も、
手出しする気もないように、
ただ見ていただけだった。

「おうおう、こりゃ珍獣だな」
「世界は広いな。いろんな人間がいるもんだ」
「パンダじゃね?」
「あーパンダか。パンダならしゃーねぇーな」

「チッ・・・・」
「てめぇら・・・」

キリンジとエースは、
ドライブスルーワーカーズの傭兵達の、
こんな態度が気に入らなかった。

「お?い?お?」

パムパムはキリンジとエースをキョロキョロと交互に見たあと、
周りを確認し、
キリッと眉を吊り上げ、
両手を広げた。

「わかったぞ!ここはおまいらが食い止めて!オラは逃げろ!」
「・・・・・何言ってんだお前」
「グズグズしてる場合かー!オラは大丈夫だから!」
「そらお前は逃げるからな」
「あちきらも逃げるけどな」
「大丈夫だ!オラには最終兵器!メタボリックシンドロームがある!」

まぁいい。
無視するのを忘れてた。
さっさと逃げよう。

「ほれほれさっさと行けっての」
「ジグザグと狼女とパンダ。面白い組み合わせでもうちょい見てたいけどね」
「俺達も仕事の続きあんだよね」

「・・・てめぇら。次会ったら覚えとけよ」
「そうだ!今度会ったらオラ!挨拶してやるからな!」
「違う違うパムパム。ここは首洗ってまっとけとか言うんだ」
「お?なんで首洗うんだ?」
「う・・・たまに真面目な質問すんじゃねぇよ・・・・」
「おー?首ってことはキリンさんかー。でもなー。でもなー。だめなんだー。
 キリンさんのことは好きです。でもゾウさんの方がキリンさんの事が好きなんだ」

パムパムは、
ポンッとエースの肩に手を置いた。

「諦めろ少年」
「てめぇにわけわからん励まし受けたくねぇよ!」
「あーもーさっさと行くぞエース!パムパム!」

キリンジが振り向き、
走り出す。
・・・。
それでも何もしてこない傭兵共。
この屈辱。
絶対晴らしてやると決めた。

退却は負けじゃないというエースの言葉と、
生きて次乗り越えろというロウマの言葉。
それらだけがキリンジの支えとして、
逃げ路へ足を踏み出す勇気となった。

「ん?」

敵公認の退却を行おうと思っていたその時、
・・・
何かを感じた。
気配。
第三者の気配?
なんでこんなところに。
この森の中。
敵陣の裏。

ハッキリ言ってここはもう用無しだ。
この戦争の中で終わった場。
なのに、
何故いまさら新しい気配が・・・。

そう、
キリンジも、
エースも、
傭兵達も、
パムパムを除き、
全てが気付いて疑問と警戒を持った瞬間。

ソレは森から飛び出し、
横切った。


「・・・・・・・・・・」


ソレは横切っただけだった。
森を移動しているだけだったのだろう。
ただここに居る者達の全てを無視し、
逃げるように森の中を通り過ぎていった。

・・・。
少しだけ眼帯をこちらに向けただけで。

「・・・・なんだ今の奴」
「あいつぁ・・・」

エースは見覚えがあった。
あれは・・・
闘技場に居た奴。
53部隊。
スザク=シシドウ。

暗躍部隊とは思えないほどマヌケに、
人の視界の前を通り過ぎていった。
そんな思考回路がないように、
前面に大きな傷を負ったまま。

























































「・・・・・うぅ・・・・・うぅ・・・・・」

スザクは走っていた。
森の中を。
どっちがどっちか。
方角さえ分からぬまま。
森の中を走っていた。

「・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」

無我夢中という奴だった。
・・・・。
思考回路は少し回復してきた。
だが、
それでもテンパったままとでも言うべきか。
自分の陥っている状況。
その絶望に、
脳は支配されていた。

「・・・・・ヒナ・・・・ヒバリ・・・・・」

今は亡き、
妻と娘の名を呟きながら、
眼帯をつけた死者(53)は走っていた。

「・・・・生き・・・・息・・・・・」

生きたい。
生きなければ。
あいつらの分も。
苦しい状況だからこそ、
人は幸せを思い出す。
スザクは取り戻したかった。
幸せだった生活を。
自分は血にまみれていたが、
幸せだった家庭を。

「・・・・・・・うぐ・・・・・」

血が滲む。
死にたくない。
・・・・だが・・・・
だが・・・・

任務失敗。

それは・・・・
重く、
重く、
あまりに重圧的に、
スザクを苦しめた。

・・・・任務をこなさず戻れば、
燻(XO)隊長に殺される。
ただ死ぬより絶対的に苦しい殺され方で。
生かされながらジワジワ殺されたり、
究極の痛みを与えられたり。
・・・・。
その拷問がどうこうも含め、
任務失敗をして帰る事は、
人生の終わりを示していた。

だから逃げた。
スザクは逃げた。
一目散に、
なりふり構わず、
ただ逃げた。

生きるために。
生きたい。
どうにか、
だが、
絶対的に追い詰められた状況。
仕事の続行は不可能。
帰れば殺される。
逃げるしかない。
何もかもから。

「・・・・嫁を探さなきゃ・・・・」

それが何度も頭をよぎる。
そして幸せを取り戻す。
家庭を取り戻す。
・・・。
そうだ。
それが絶対だ。
生きなければ。
そして結婚しよう。
きっとどこかにいる自分の嫁。
あの侍でもいいし、
あのヤクザ女でもいい。
自分にあった嫁。
そして、
子供が生まれたら名付けよう。

ヒバリちゃんと。

そう、
そう考えながら、
スザクはガムシャラに逃げた。
ガムシャラに。
逃げている方向が、
逃亡経路なのかも分からない。
だが、
まるで地平線を目指すように、
ただ・・・
ただ・・・・

「・・・・・・!?」

不意に。
不意にだ。

体が動かなくなった。

走っていたのにだ。
作用反作用とかよく分からん理系の原理を全て無視し、
停止した。
スザクの体が。

「・・・・ん・・・あ・・・・」

転びそうになった。
だが、
"体が倒れる事さえ許さない"
停止?
いや、
空気に捕えられているかのような感覚。
この空間全てが、
透明のゼリーか何かで出来ていて、
倒れる自由さえ奪われているような・・・・。


「・・・・時に聞くが・・・・」

背後から。
振り向くことさえ出来ないスザクに、
背後から声が聞こえてきた。

「スザク。お前この時に、逃げられると思ったのか?」

背後も見れない。
森の中、
スザクが絵画の中に封じ込められたように、
体が・・・
重い・・・

「時にそれは間違いだ。お前は終わったんだよ。そういう時間だ」

知っている声。
知っているだけで、
あまり面識さえしたことない声。

身動きできないスザク。
そのスザクの背後から、
横を周り、
スザクの目の前に表れた男。

「・・・・・ぁ・・・・ガル・・・・ダ・・・・・」

「ふむ。時に人から面と向かって名を呼ばれるのは久しぶりだ。悪くない時間だ。
 こんな時じゃないと俺は人前なんかに姿を現さないからな。ドキドキは時々でいい」

ガルーダと呼ばれた男は、
アゴの無精ひげを撫でた。
黒のパーマヘアー。
あまりに落ち着いたその男は、
ニヤりと身動きのとれないスザクの目の前で笑った。

「ん?時が遅れてるぞ。おいソラ」
「え?あっ、はいっ!すいませんすいませんすいません!本当にすいません!
 僕が役立たずなあまり!いや!でも僕は僕の仕事がありまして!だって!
 僕だって精一杯生きてるわけで!だからそんな僕に責任をなすりつけるのは・・・
 あっいや!すいませんすいません!気を悪くしました?僕は別に反抗しようとかじゃなくて・・・
 嫌いにならないでください!僕が悪いんじゃないんだけどその・・・なんていうか・・・」
「時にさっさとしろ」
「ああああすいませんすいません!僕があまりにもクズでグズでダメ人間だから!」

ソラと呼ばれた男は、
ありったけ並べるように言い訳を口にし続けた。
スザクの視界にも入ってこない。
隠れるように言葉だけをオドオドと発してくる。

「ごめんなさいねスザクさん。仕事なんで・・・あっいや!仲間より仕事をとるってんじゃなくて!
 燻(XO)隊長の命令さからその・・・僕は悪くないんです!僕は悪くないんです!
 だから恨まないでください!・・・いやダメですよね・・・そんな・・・僕なんか・・・
 都合よすぎですよねすいません僕みたいなダメ男なんかが偉そうに・・・でも僕が悪いわけじゃ・・・」

「・・・・・ソ・・・・ラ・・・・」

「ああああすいませんすいません!僕はグズです!ダメ人間です!怒らないで怒らないで!
 でででででもスザクさんが悪いんです!ぼぼぼ僕は悪くない!悪くないんだ!」

そして、
何か聞こえたかと思うと、
何かされたと思うと、
頭が痛くなる。
眩暈が・・・
脳が揺さぶられる。
そして追撃と言わんばかりに何かされた。
何か。
それで・・・・

スザクの視界は暗くなった。

気を失ったというわけじゃない。
ただ、
目が見えなくなった。

「ススススススザクさんが悪いんですからね!僕は悪くない!僕に責任なんてないんだ!
 あやややや!な、ナマイキでしたか?すいませんすいませんすいませんすいません!
 僕なんてカスでクズで生きてて意味ないようなゴミ野郎がナマイキに・・・・」
「あぁ、時にうるせぇぞソラ」

ガルーダがしかると、
それでもやはりソラはグズグズと謝り続けていた。
それは放っておき、
視界の目の前にいるガルーダが、
身動きのとれないスザクの肩に手を回してきた。
それでやっと、
スザクは自分が斜め45度まで傾いている事に気付いた。
体が重い。
空中で静止しているように。

「時にスザク。逃げられると思ったか?俺達の時間ってのはそーいうんじゃないよな。
 死ねとは言われたら死ぬ。時に今回、お前は燻(XO)隊長にそう言われたじゃねぇか。
 じゃぁ死ななきゃな。覚悟決めろって。俺達の時間ってぇーのはそういうもんじゃねぇか」

「・・・・あ・・・・・」

「んー。気持ちは分かる。すっげぇ分かるぜ。そういう時間は凄く分かる。怖いんだよな。
 でもしゃぁーねぇーべ。時に俺達の時間はそーいう時間なんだよ」

スザクの真横で、
ガルーダがパーマのかかった黒髪をワシャワシャと撫でているのが分かった。

「時にシドはいいよな。今回も遊びに行って来いって言われただけらしいぜ。
 時々羨ましくなる。異端とか問題児とか、特別扱いされるやつの時間がな。
 でもま、俺のポリシーは何かに成るでなく、周りの時間を下げる事だからな。
 俺が成長すんじゃなくてよ、周り皆が劣化すりゃぁそれで繰り上がりで上に立てる。
 周りの足を引っ張って努力せずに上に立つ。時に俺のポリシーはそういう時間だ」

スザクの肩を撫でるガルーダ。

「ツバサもジャックも"お前も"死んで、何もしてないのに俺がこれから副リーダーだ。
 時にシドはあんなだしな。実質俺だ。登る必要はない。周りが落ちてきゃ勝ち組に入れるの」

「・・・・ぐふっ・・・・」

そこで、
スザクの意識は消えた。
ガルーダの拳がスザクの腹部に突き刺さったからだ。

「じゃぁおやすみスザク。お前の人生最後の時間がこんな急に終わるなんて、時に笑える話だ。
 目覚めた時、その時間、お前は燻(XO)隊長と一緒だからな。・・・地上の地獄でも見てきな。
 うむ。いいな。俺が何もしなくても周りが勝手に堕ちてく様は・・・・・・・・・・・・・・時に快感だ」




















































「理由は聞きませんよ。俺は理解したからな」

落ち着いた口調の裏に、
感情の振るえが読み取れた。
明らかに穏やかな顔をしていないツィンは、
ヤンキの死骸の傍まで歩み寄るが、
ヤンキの死骸を抱え上げたりはしなかった。
見下ろしているだけだった。

「カッ、理解しただぁ?ツィン。てめぇぜってぇ勘違いしてるだろ。
 いや、殺ったのは事実俺だけどな、これはヤンキの方から・・・」

「過程の話はしてませんよ盗賊さん。あなたの好きな結果論だ。
 結果として、終劇として、あんたはヤンキを殺した。そうだろ」

聞く耳をもたない。
ドジャーとて、
恨みを気にしない性格ではあれど、
お門違いの恨みに腹を立てないほど温厚じゃない。

「てめぇなぁ。あ?失礼だとは思わねぇのか?人様がちゃんと説明してやろうってんだ。
 馬じゃねぇんだ。聞く耳もたねぇで終わらずちゃんと聞け。ヤンキがだな・・・」
「ドジャーさん」

アレックスが後ろから声をかける。

「ツィンさんの言うとおりです。結果論として同じですよ」
「ぁあん?」
「これは戦争です。戦争で殺されといて、相手が悪いなんて戯言はあり得ません。
 ツィンさんとてそれは分かってるはずです。ツィンさんとてお門違いで怒ってるんじゃないんです。
 つまり・・・・対峙して・・・ヤンキさんが死んだ。その事に対しての憤り」

その通りだ。
戦争。
そして敵同士なのだ。
どうやったってぶつかったら戦う。
それでの怒りなどお門違い。

「違うな」

だがツィンは否定した。

「あんたが殺した。それが重要だと言ってるんですよ」

「おいツィン。てめぇ・・・・」

「あんたが殺したんだろう。そうだろう盗賊さん。
 俺の友をだ。世界中探してもどう探してもたった一人しかいない戦友を・・・殺したんだろ。
 戦争だから恨むな?・・・・ふん。バカバカしい。それこそ最高にお門違いでしょう。
 仲間が殺されたんだ。仇討ちに心が動くのはいたく人間として正常だと俺は思うね」

ドジャーとすんでの距離。
ヤンキを挟んで1歩づつの距離。
やろうと思えば一瞬で攻撃が当たる距離。
そこでツィンはドジャーを睨み、
ドジャーはそれを睨み返した。

「あんたを殺す理由が増えた。あんたを殺したい気持ちが増えた。
 ・・・・違うな。"あんたを殺す理由が出来た"」

「カッ、今まではなかったみてぇな言い分だな」

「なかったさ。1勝1敗。決着を付けたかっただけだ。
 その結果として死する可能性は高けれど、それは殺す理由じゃぁない。
 戦う理由だ。結果として勝てば俺は満足してたさ。・・・だが今は違う」

瞬きもせず、
ツィンは両の目で、
ドジャーの両の目を真っ直ぐ見たままだった。

「俺はあんたを殺したい。殺さなきゃ気がすまない」

「・・・・・どっちにしろやるこたぁ一緒だろが」

「・・・・ふん」

ツィンは、
目線を外さず、
腰から両の剣を抜いた。
二刀。
二本のロングソード。
"華火花伝・雄蕊(かかかでん・おしべ)"
"華火花伝・雌蕊(かかかでん・めしべ)"
その二つの華を、
両手に開いた。

「両手に掲げるのは俺のたった二つのプライドだ。
 片手には道場の騎士としての理の剣。片手には友のための酬いの剣。
 俺はこの両手の花を開く。剣を花とし、火花として咲き乱す」

「いいぜ。来い。なら枯らしてやるよ。二度と生えてこねぇように根っこから切り取ってやる」

至近距離にて、
ドジャーとツィンは、
一触即発の空気をぶつけあっていた。

「・・・・・・」

エクスポは苦笑しながら両手を広げた。

「どうするよアレックス君。ボクはいいよもう。
 最近こうやって置いてけぼりにされるの慣れちゃってさ。
 澄んだ空気として存在するのも逆に心地よいっていうか」
「あっ、僕も同じにしないでくださいね」
「・・・・・」
「僕は存在感がないんじゃなくて面倒くさがりなだけだから」
「・・・・アレックス君。君の魅力はいつまでも変わらないね」
「ありがとうございます」
「褒め言葉じゃないんだけどね」
「え?美学を求めるエクスポさんがまさか悪口を言ったんですか?
 いやぁー信じられないなぁ。あのエクスポさんが汚い悪口を仲間に言うなんて」
「・・・・・・」
「ま、何にしろですね」

アレックスは、
やけに落ち込んでるエクスポから目線を外し、
向かい合うドジャーとツィンを見た。

「見てるしかないんじゃないですかね」
「だね。彼らの問題で、彼らが解決しないと綺麗にならない話だからね」
「ですが・・・」
「だね。だからといって"もしもの時"は、ボクだって見殺しにできない。
 仲間を見殺しにするくらいなら美談など消えてしまえばいい。
 だからここから離れるわけにもいかないね。もしもに備えて」
「つまり、見てるしかないわけですね」

アレックスとエクスポは、
二人の戦いを見守る事にした。
邪魔しないでおこうと決めた。
残念なことに、
絆で結ばれているはずのアレックスとエクスポとて、
ドジャーを信じていない。
何を信じていないかっていうと、
ドジャーが負けるんじゃないかってことだ。
正直、
ドジャー程度じゃ負ける確率かなりあるな、とさえ思っている。
だから、
もしもに備えなければならない。

そういう意味では、
ドジャーが負けることはあっても、
ドジャーが死ぬことはなかった。
いざとなれば・・・・
3対1。
ツィンが二刀流であるがゆえに、
算数計算上、
揺ぎ無い結果計算。

「・・・・・ったく」

ドジャーは、
遅れながらダガーを取り出した。
右手にダガーを取り出し、
クルリと手元で遊んだ後・・・・・
投げた。
ツィンを睨んだまま、
その方向を見定める事なく、
ダガーを投げつけた。

ダガーはアレックスとエクスポの足元に突き刺さった。

「・・・・・・はぁ・・・ドジャーさんは・・・・」
「プライドだけ高いんだからね・・・困ったものだ」

アレックスとエクスポは呆れる。
ドジャーがこちらに投げてきたダガー。
つまりそれは、
邪魔すんなよって意味だった。

「もう知りませんからね」
「ボクはドジャーが負けるに一票だね。いや、信じてはいるんだよ?信じては」

ウソつけ。

ともかく、
これで正真正銘、
ドジャーとツィンの一騎打ちが決まった。

「そうこねぇと」

ドジャーは両手に新しくダガーを取り出す。
ヒュンヒュンと手元で回し、
そして両手に収める。

環境もお互いも、
全て準備は整った。
後は・・・・
決着をつけるだけ。

1勝1敗。
3回目の戦い。
ここまでこの物語で、
これだけの回数対峙するのは、
ドジャーとツィン。
彼ら二人だけだった。
・・・・。
おっと。
エンツォの事は忘れていただいて結構でございます。
まぁそれを踏まえたとしても、
どれだけドジャーが敵にとって魅力的なのかという話で、
本人にしてはいい迷惑だ。

なんにしろ。
立場上、
敵にも、
味方にも、
どちらの立場にもいる必要のない二人。
物語と決別した関係であるのに、
三度、
三度も、
お互い了承の意志の上戦う事になる二人。

汚いスラム街の路地裏で育ったアウトローと、
畳の上で心身を鍛え続けてきた騎士の心を持つ戦士。

それらを踏まえても、
今から思い返すように辿っても、
まったく接点がある必要のない二人は・・・・・

「さぁ、ダンスでもしようか二刀流さんよぉ。前の負けはまだ納得してなかったんでな。
 だから《MD(クソったれの逆襲)》を見せてやるよ。スコアはドローから引っくり返るぜ。
 カッ、俺は『人見知り知らず』だ。三度も見ればもう飽きる。ゲームオーバーへ向かおうぜ」

「同意見ですよ盗賊さん。あんたと根っこが繋がってるのは懲り懲りだ。決着をつけよう。
 ・・・・・道場の"騎四剣"が二剣は俺の剣。師範との誓いのため、亡き友のため、
 『両手に花』ことツィン=リーフレット・・・・・・咲いて参る!!」

今、
重なった。

「らぁっ!!」

「はっ!!」

二つのダガーと、
二つの剣が重なった。
二人は同時に飛び出し、
武器を重ねた。
まるでお互いが了承済みなように、
台本があったかのように、
お互いがまずはそうしようと心が重なっていたかのようだった。

「カカカッ・・・・あんまり力むと、足元の友達の死体踏んじまうぜ」

「そうやって人を揺さぶってくる性格は変わってないようですね盗賊さん」

「人は変わらねぇよ。俺は人に感化される人間じゃねぇんでな」

「俺は変わったさ。・・・・いや、"変えられた"」

ツィンが押す。
両手の剣ごと、
ドジャーを突き飛ばす勢いで。
剣とダガー。
鍔迫り合いならそもそもこうなるのは分かっていた。

「うぉっと」

ドジャーが弾かれて後ろに飛ぶ。
それを追いかけるようにツィンが迫る。

「二花剣、コスモス(二刀流ルナスラッシュ)」

曲線の斬撃。
三日月なるルナスラッシュ。
左、
右、
二本の剣が美しく交互にドジャーを襲う。

「ちっ・・・またこれか・・・・」

ドジャーはガードしながら、
後ろへ後ろへと下がっていくしかなかった。
繰り出され続ける、
二つのルナスラッシュ。
曲線の斬撃は、
曲線だからこその止まる事なき斬撃の嵐。
まるで踊り狂うかのように、
花が咲き乱れるかのように、
剣は交互に様々な回転を続ける。

コスモスと名付けられた、
ツィンの二刀流ルナスラッシュ。
それは無限に続く宇宙(コスモ)の複数形。

ツィンの剣が半楕円を描くたび、
ダガーとかちあって金属音が鳴り響く。
ドジャーは押され、
ツィンは踊るように前へ前へと繋がっていく。

「俺は変えられた。環境を変えられた。土を変えられた。
 すでに俺の周りには師範もリヨンもヤンキもいない。
 何一つない土の上で・・・・・俺はたった一人咲いている花だ」

「そりゃ、さみしい、ねぇ!」

必死なのはドジャーだった。
下がりながら、
ツィンの剣を、
小さなダガーで防ぎ続ける。
下がりながらというか、
追い詰められているだけだった。

「あぁ、さみしいさ。だが枯れるわけにはいかないんですよ。
 俺は道場の最後の一人だ。俺はまだ・・・道場を背負っている・・・・・・。
 名も無い花になるわけにはいかないっ!アスファルトの上でも俺は咲き続けてやる!」

「くっ・・・」

勢いが増す。
ルナスラッシュの、
x2の連撃が、
さらに回転数を増す。
ダガーなんかじゃ防ぎきれない。

「このやろっ・・・・生意気にっ!」

ドジャーは、
下がりながら、
転びそうになりながら、
思いっきり後ろへ飛んだ。
跳んで逃げた。
そうするしかなかった。
受け続けれなかったから。

だがただで転ぶわけにはいかない。
ドジャーの性格がそうはさせない。
後ろに、
背後に飛びながら、

「ご馳走をくれてやるっ!!」

ドジャーは片手のダガーを投げつけた。

バランスを崩しながらのバックジャンプ。
そんな無理な体制からだったが、
ダガーは的確にツィンへと襲った。

「二花剣・・・・・」

ツィンは、
二本の剣を斜め下へとクロスさせた。
体を覆うX字の盾のように。
ダガーは、
そのX字に構えられた二剣によって防がれた。

「ハルジオン(二刀流居合い斬り)!!」

防いでいただけじゃなく、
ツィンはドジャーを追いかけるように向かってきていた。
X字に剣を構えたまま、
ドジャーへと向かい、

二本の剣を斬り払った。

ハルジオン。
攻防一体のX字式居合い斬り。
その二本の剣は、
双方斜め上に斬り払われ、
X字の斬象を残す。

「このっ!!」

X字が描ききられる前に、
ドジャーは片手に残っていたダガーを、
全力で両手で握り、
食い止めた。
X字の斬撃だからこそ、
一点に集中すれば中心で止める事ができた。
・・・・できた?
出来てはいない。
バックジャンプで体制を崩しているのだ。
なけなしのガードでしかない。

「くそったれ!!」

ドジャーのダガーは弾かれて吹き飛び、
ドジャー自身も勢いよく後方へ吹っ飛ばされた。

「やられっぱなしは性に合わねぇんだよ!!」

吹き飛ばされた先、
固い荒野の地面で、
ドジャーはバウンドすると共に体勢を整える。
その時すでに、
両手には4本づつダガーが構えられていた。

「おかわりはいらねぇように大盛りだ!たらふく食らいな!!」

ドジャーが両手4本づつのダガーを投げる。
計8本。
それらが平行して飛ぶショットガンのようにツィンへと襲い掛かる。
・・・・。
ドジャーが投げたのと同時、
ツィンは軽くトォーンとステップするように跳んだ。

「二花剣、シクラメン(オーラシールド)」

オーラシールド。
ツィンの足元が輝く。
その効果であがる回避能力。
着地同時に、
ツィンは、
かろやかに、
その場で踊るように、
回転するように動いた。

ドジャーのダガーの横雨を、
最小限の動きで避けていく。
避け切れない分は、
両手の剣で弾き防いだ。

8本のダガーが通り過ぎた後、
一回転回りきったツィンは、
両手の剣を広げ、
無傷で立っていた。

「ブラボー!」

パンッパンッパンッと、
拍手の音。
エクスポだった。

「美しいね今の」

ツィンの、
あまりにも優雅な、
花咲くような動きに、
エクスポは黙っていられなかったようだ。
だからアレックスは軽く小突き、
「ちゃんと空気でいてください」
と、しかった。

「・・・・・チッ・・・・8本じゃ足りなかったか・・・・」

「何本でも足りませんよ。あなたの実力じゃぁね・・・盗賊さん」

ツィンは嫌味で返す。

「カッ、口が達者になったなツィン」

「俺は変わったと言ったでしょう。そしてあんたは変わっていない」

「求める結果は変わらねぇよ。見てろ花糞野郎。生け花にしてやるよ」

「俺は生かされる花にはならない。自ら咲く」

いや・・・・・・
と付け加え、

「咲き乱れてやる」

ツィンは両手に力を、
いや、
気力を込める。
そして・・・・・
着火された。

「二花剣、サザンカ(二刀流フレイムスラッシュ)」

ツィンの二本のロングソード。
華火花伝・雄蕊(かかかでん・おしべ)
華火花伝・雌蕊(かかかでん・めしべ)
それらに炎が付与され、
自家製フレイムウェポンが完成する。
・・・・まるで赤々と咲く花のように、
ツィンの双剣は燃え盛った。

「属性の滞在。師範から受け継いだ技だ。これをもってあんたを倒す。・・・いや殺す。
 今日は倒すためじゃなく、殺すために俺はいる。この紅蓮の花びらは復讐の炎でもある」

「今更理由に文句つけねぇよ。何にしろ結果は同じなら無駄な事は言わない。
 結果論だ。"どっちにしたって俺達は殺しあうんだろう"?ならそれでいいじゃねぇか」

「その通りだ盗賊さん」

ツィンは、
ブゥンブゥンとその炎に塗れたニ剣を振った。
残像のように炎がゆらめく。
剣から零れ落ちる火の粉が、
舞い散る花びらのようだった。

「理由はなくとも花は咲く」

そして、
二つの意志ある松明(タイマツ)を掲げし剣士は、
走りこんできた。

「・・・・・・さて、どうすっかな」

ドジャーは両手にダガーを取り出し装備しなおす。
・・・・2本。
片手1本ずつ。
距離があったが、
それでもそれだけしか取り出さなかった。
・・・・
ダガーの複数投げは通用しない可能性が高い。
・・・というよりも、
"ツィンが熟練しすぎて"危険だ。
あまり多様すると、
逆にその隙を突かれる。

「畳の上って花瓶で育ったからこその完成度か・・・・違う世界の話でやんなるぜ」

だからこそ、
確実にいかなければいけない。
狙うは大技じゃなく、
確実にダガーを叩き込むこと。
1本でもいい。
2本でもいい。
出きれば急所に確実に。
それが重要だとドジャーは考えた。

「・・・・・・はぁ・・・・剣道のルールって結構理に適ってるわけね」

甘さのない殺し殺されの世界で育ってきたドジャーには、
忌み嫌うルールだったが、
受けざるを得ない。
確実に、
急所に、
相手の隙を突いて叩き込む。
それが確実。

「口が達者なのは知ってたが・・・・独り言が達者だとは知りませんでしたよ!」

ツィンはすぐそこまで迫っていた。
二本の火剣を広げながら、
それは違う意味で火花と呼んでいい、
火の粉の花びらを撒き散らしながら、
双剣の剣士は走りこんできていた。

「オラッ!ご馳走だっ!!」

ドジャーが、
牽制だと言わんばかりに片手のダガーを投げつける。

「分かってますよ。盗賊さん」

走りながら、
ツィンはそのフレイムウェポンを振り切る。
二本。
二本とも振り切る。
ダガーは一つなのに?

・・・。
"分かっている"
ツィンのその言葉の結果は、
音となって表れた。
金属音が二つ。

「インビジダガー・・・・隠し味だったか?あんたの考えは分かってるって言ってるんだ」

一つと思われたダガーだが、
ツィンの足元には二つのダガーが転がった。

「・・・・チッ・・・・忘れてくれてりゃ決まったのによぉ。
 さすがに決まり手が二度も同じたぁいかねぇか。面倒なこった」

「花は意志がなくとも咲く事を忘れない生物だっ!」

わざとらしく、
地面に落ちた二つのダガーを踏み越え、
ツィンはドジャーの目の前まで踏み入った。
その火花咲く双剣を振りかぶって。

「二花剣、アマリリス(二刀流スラッシュ)」

ただのスラッシュ。
二刀流のスラッシュ。
フレイムウェポンによる通常斬り。
だが、
だからこそと言ったところか。

小細工がないからこそ、
技とも言えないからこそ、
ただの一直線な振り下ろしだからこそ、
"全てはそこに込められている"

その線としか言えない鋭い太刀筋。
それは、
ツィンが長年、畳の上で最も多く振るってきた太刀筋のはずだ。
だからこその、
血の汗の結晶。
努力の結晶。
思い出の結晶で、
道場での自分を最も表す二つの太刀筋。

「チィ・・・・」

火炎の残像を残すように振り切られた二つの剣。
"縦斬り"というのは、
最も威力があるが、
実戦ではここぞという時にしか使われない理由がある。

重力を込めた破壊力のある縦斬りは、
後、
横、
斜。
どの方向にも避けられやすい。
何より、
最も避けやすい、横。
ここが致命的で、
半歩動かれればそれで当たらない。

達人の剛剣といえど、
半歩で避けられるならそれはギャンブルだ。

だがツィンの剣は二本だ。

「くそったれ!!」

線路のように二本で振り下ろされる剣は、
"半歩で避けられるはずがない"
燃え盛る剣の片方は、
ドジャーの肩から二の腕にかけて、

長い"切り傷と火傷"の合わせ傷を刻んだ。

「あっちぃなこの野郎!!!」

多少残る火の粉と、血飛沫。
二つの赤を腕から舞わせながら、
ドジャーは退いた。

「・・・ってぇえええ!!!」

後から来る痛み。
剣が燃えたって切れ味は変わらないが、
ダメージは相乗だ。
切り傷にトウガラシでも塗られた感覚を想像してもらえばいい。
考えただけでも顔がしかむ。

「ふざけんなっ!あぢぃっ!・・・フゥー・・・フゥー・・・あだだだだ!!!」

ドジャーはさらに自爆した。
切り傷にトウガラシを塗られた生傷に、
息を吹きかける痛みを想像すればいい。
考えただけでも馬鹿のすることだ。

「この鬼畜野郎!!」

下がりながら、
腕を押さえる。
傷口の血は、
熱でプスプスと焦げていた。

「鬼畜?ふん。見当外れだ盗賊さん。技をさらに極めただけの事。
 まぁ恐れてもらえるならそれは褒め言葉だ。好きに言ってくれればいいさ」

「このツィンコ野郎!!」

「・・・・・それは訂正しろ」

ツィンは顔をしかめた。
まぁ子供のころにでもイヤな思い出があったのだろう。
名前が名前だ。
ツィン(双)なんて彼らしい名前だが、
彼の子供の頃のあだ名は"ツィンツィン"だ。
絶対内緒だ。

「まぁ分かってくれただろう。盗賊さん」

ツィンは、
火炎を帯びたフレイムウェポンを、
花咲くように広げる。

「これが俺だ。二刀流を武器x2だと思わないで欲しい。
 剣の質量が2倍でも、効果範囲は何倍にも増えるという事。
 さらに片手振りの非力さをカバーしたのが俺のサザンカ(フレイムスラッシュ)だ」

死角はない。
そう言いたい。
片手で振っても火傷を相乗した高威力。
そして広範囲。
技自体も鋭く、
畳の上で鍛えた洗練技。
死角なし。
死角なし。

「芽の咲いた花に勝るもの無し。それが俺の二花剣だ。
 二刀流は2倍じゃない。戦いは算数じゃぁないんだぜ盗賊さん」

「俺に説教か?」

「いや、言葉じゃなく体で教えたんだから体罰(しつけ)だな」

「カッ、じゃぁ授業料は授業料で返してやるよ」

そう、
戦いは算数じゃないと教えられたドジャーの次の行動は・・・・

「強さは足し算だ」

計16本のダガーを両手に収める事だった。

「砂糖は2倍入れりゃぁ2倍甘くなんだぜ?」

「学習能力の無い人だ」

「学ぶ事が進化じゃぁない。それは成長だ」

「そういう話をしてるんですよ」

「成長。長(た)け成る。伸びる事、長くなる事がいい事だと思ってるのが間違いだ」

「いや。だからこそそれを長所と呼ぶ」

「何かが出っ張るって事は何かを失うって事だ。"俺は何も失いたくねぇ"。
 だから俺は成長しない。成長したくねぇし、成長しようと思わない。
 同じ事ほざいたロウマにも言ってやったさ。俺は変わらない」

「停滞を望みますか」

「いぃーや」

ドジャーはニッと笑う。

「だから俺は足し算を望む」

変わるんじゃない。
引き伸ばすんじゃない。
強さとは、
力とは、
成長とは・・・・・・・付け足す事だ。

それがドジャーの考え。
不変の中で結果を求めるドジャーのポリシー。
努力を嫌いながら成果を求めるドジャーの心理。

壁は壊すものじゃない。
ズルして横から通り過ぎるか、
レンガを積んで乗り越えればいい。

変化とは違うものになってしまう事。
そんなもの・・・・いらない。
ドジャーは変わりたいとは思わない。

「俺は俺の腐った日常が欲しいから戦ってんだ。そのために自分が変わっちゃ意味がねぇんだよ!」

あまりに多感的でなく、
個人的で、
主観的で、
あまりにドジャーらしいわがままな理由と共に、
その答え。
16本のダガーは放たれた。

「ディナータイムだっ!!!!」

16本のわがままは、
思いと共に、
逃げ場無き弾幕を張り、
ツィンを襲う。

「これがわがまま(押付けがましさ)ってもんだ!逃げ場なく生け花になりなっ!!」

「逃げる気など毛頭にないっ!!」

逆に、
逆に、
逃げ場がないならば逆に。
ツィンは突っ込む。
16本のダガーの弾幕へ。
軽くステップするように跳びこみながら。

「二花剣、シクラメン(オーラシールド)」

ツィンは、
軽い小ジャンプと共に体を捻る。
双剣を携え、
優雅に回転する様は、
ツボミが花開くよう。

「花は変わりゆくから美しいんだよ。盗賊さん」

体を捻りながら。
一回転しながら、
軽やかに、
華やかにその弾幕に身を投じ、
半分を避け、
そして半分を・・・・

無駄なく一瞬で弾き落とした。

16本のダガーは、
その一瞬の動作だけで、
無効化された。

「足し算だっつったろがっ!!!」

だが、
さらに先手。
16本のディナーの先。
ツィンの視界には、
黒き球体。
サンドボムが迫っていた。

「いや、やはり変化だよ盗賊さん」

そのサンドボムにさえ、
何も動じない。
火炎に塗れた二剣を、
そのまま回転させる。

「俺は・・・・」

そして、
左手の剣でサンドボムを真っ二つに斬り落とす。
そして、
爆発する刹那さえも与えず、
その勢いの止まった爆弾を・・・

右手の剣で斬り飛ばした。

「絶壁(極地)にだって咲き誇ってみせる」

サンドボムは、
4つに分断され、
無関係な空中で爆発した。

「俺は咲き乱れる!!!」

「クソ・・・・たれっ!!!!」

ツィンの勢いは止まらない。
そこはすでに、
ドジャーとの距離、
目と鼻の先。
二剣は回転を止めない。
勢いを止めない。

「二花剣、コスモス(二刀流ルナスラッシュ)」

曲撃。
回転撃。
楕円を描く赤き双剣は、
止まる事なくドジャーを襲う。

「またっ!!これかクソっ!!!」

なんとか・・・
なんとか最速のスピードで、
ドジャーは両手にダガーを収めた。
最低で2本。
最高で2本。
それだけの装備がないと、
受けきる事さえ出来ない。

「くっ・・・・」

いや、
それで3分。
それでやっと押され続ける程度。
押され負けできる程度。
ドジャーの意志とは別に、
ガードさせられ、
後ろへ後ろへと追いやられる。

「俺は変わったが・・・あんたは変わらなかった。それがこの力の差だ!!」

無限の連撃が、
華やかな乱舞が、
止まる事なくドジャー襲う。

「このやろ・・・・」

先ほどと違い、
さらに火炎。
フレイムスラッシュの火炎。
短きダガーだと、
ガードしても熱を帯びる。
それでも残像を残しながら、
赤き花びらは舞い散る。

「・・・・カッ・・・・真っ向勝負ってのは趣味じゃないんでね!」

ドジャーは後ろへと、
また大きく回避行動をとろうとする。
真っ向勝負なんてガラじゃぁない。
割に合わない。
楽してズルして勝つ。
いや、
そうしなきゃ勝てないのがドジャーで、
それをポリシーとして受け止めているのがドジャー。
変化がないなら、
足し算で、
付け焼刃で勝つ。

「あなたの行動は分かっていると言ったでしょう盗賊さん!」

だが、
そんなドジャーを追いかけるように、
ツィンは両手の双剣を、
両方真上へと振りかぶる。

「・・・・・ッ・・・・」

後ろへ飛んだドジャーを、
追いかけるように、
同じように飛び、
斧でも振りかぶるように、
双剣は高く振りかぶられ・・・・・

「でぇりゃ!!!」

真っ直ぐ、
二直線に振り下ろされた。

「あ・・・・ぶっ!!!」

それは、
ドジャーの両サイド。
ドジャーの両脇に、
挟み込むように振り切られた。
細身なドジャーだからこそ、
それは当たらず、
二つの剣の隙間に挟まれるように、
その剣撃を受けずに済んだ。
・・・・いや、

「花は自ら咲く場所を選ぶんですよ」

"そうなるように振り切られたのだ"
ドジャーは、
二つの剣に、
両脇の進路を遮られる形になる。
剣と剣のレールの間に封じられる。
ツィンはなお勢いを止めない。

「二花剣・・・・・」

ツィンの、
その両サイドに振り切られた二剣は、
同時に内側に刃の進路を変えた。

「ハイビスカス(二刀流ツバメ返し)」

「!?」

左、
右。
両サイドを襲った二剣は、
そのまま、
そのまま。
トラバサミのように、
内側のドジャーを襲う。

捕まえて潰す。
囲んで切り取る。
逃げ場をなくして襲う。

同時にV字に、
合わせ鏡のように、
切り上げられる双剣。
ツバメ返しの二重。
V字が二つでW。
まさにW(ダブル)。
ツィンという名に相応しい、
二重(ふたえ)の極み。
赤き火炎の花吹雪。

逃げ場など・・・・・

「逆に・・・・分かられてるってぇ事も、分かってんだよ」

だが、
なのに、
それでも、
ドジャーの姿は消えた。
ツィンの目の前で、
鳥篭に封じ込められたようなドジャーだったが、
それでも消えた。

「!?」

イヤな予感がした。
ツィンは悪寒を感じた。
斬ったはずがいない。
目の前で斬ったのは、
誰もいない空。

「裏をかくのが卑怯者の美学でな」

後ろから、
背後から声。
"ラウンドバック"

「・・・なっ・・・」

お互い、
二度戦った相手。
手の内は想像できる。
だから相手の先を行く。
その先の先も読み取れる。
先、先、先。
そう指し合った後、
遅れをとった者が見せるのは背後。

「カカッ・・・・」

ツィンの背後。
"逆さま"
跳んで背後に回るラウンドバック。
背後で逆さま。
裏面の裏側。
ドジャーは、
ツィンの真後ろで、
その刹那だけに関しては空中で静止したかのように、
ドジャーは逆さまのまま、
ツィンの背後の空中で、
両手にダガーを広げたまま笑った。

「生け花って言葉は皮肉だな。死ぬのに生ける。ホントの表現は逝け花だろな。・・・花を生ける時間だ」

そして、
ヒュン・・・と、
ダガーの唸る音。
刈り取る音。
命の、
茎を刈り取る音。

「・・・・ああああああああああ!!!!!」

だが、
だが、
だがだ。
悪寒を感じた分だけ、
悪寒を感じれた分だけ、
成長の分だけ。
ツィンが極めてきた分だけ。
努力の分だけ。
汗の分だけ。
畳の上での修行の年数の分だけ、
その刹那が生きた。

ツィンが勝った。

「二花剣!!!キンモクセイ(二刀流シャーブショット)!!!」

身に染み込ませた努力は、
ツィン自身の思考より先に、
体の反応として動いた。
瞬時に剣を合わせる。
重ねる。
鈍器のように、
ただの鉄器具のように、
二剣を一剣のように重ね持ち、
バットのように重ね持ち、

思い切り振り返りながらぶん回した。

「ぐっ!!!」

偶然だったが、
それは努力の結果が起こした偶然。
それは必然の類の奇跡で、
努力したからこその結果であれば、
それを運などという言葉で片付けるのは少々軽率。
命を運んだのだから、
それはもう自ら作り上げた運命。

ツィンのシャーブショットは、
ドジャーの2本のダガーをまとめ上げるように直撃し、
そのままドジャーを吹っ飛ばした。

「ぐぁっ!!!!」

その技そのものの効果でもあり、
ツィンの意志そのものでもある。
ドジャーはおもくそに吹き飛ばされ、
2本のダガーはさらに派手に吹き飛んだ。

「・・・・・チッキショッ!!!!」

吹っ飛ばされたドジャーは、
十数メートル先まで転がり、
片膝をついて体勢を立て直す。

「・・・・・はぁ・・・・・・・・・フゥ・・・・・」

・・・・。
重ねた二つの剣を、
振り切った体勢そのままに、
ツィン自身もやっと心を落ち着かせた。
必死だった。
夢中だった。
先を行ったつもりだったが、
ドジャーにその先を行かれた。

・・・・だがさらに先を行ったのは自分だった。

「・・・・やはり・・・俺は負けないようですよ盗賊さん」

それは一つの、
自信となる笑み。
自分自身の力、
技、
条件反射による反応。
それらが自らのものだと実感でき、
ツィンは確信した。

「追い続けて正解だった。俺は間違っていなかった。
 俺は変化することで・・・・変わることで・・・・花咲いた。俺はあんたの上に居る」

「・・・・カッ・・・偶然反撃できたくらいでよぉ」

「偶然は起こったし、反撃もできた。その両方は今の俺があったから出来た」

「奇跡に理由をつける奴は嫌いだぜ」

ドジャーは立ち上がり、
肩をならした。
斬られた腕が痛むが、
支障はない。
結果的にそうならば、
ここまでの過程などどうでもいい。

優勢劣勢で語るならば、
完全にドジャーが負けているが、
結果だけならば、
まだ五分五分と語れる範囲内だ。
ドジャーにとってはそれでいい。

「ツィン。てめぇ変わったのが力になったっつったよな」

「言った。何度もな」

「てめぇが追い求めたもんはなんだ」

「二つ。道場の心と戦士としての成長。それだけ」

「カッ、成長。それはいい。それは認めてやるよ。変化っつー成長。
 ・・・・が、もう一個はどうだ?あん?どうなんだ?本当に変わったのか?
 ・・・・・変わったんじゃなく、変えられたんじゃねぇのか?」

「・・・・また揺さぶりですか盗賊さん。その手には・・・・・」

「てめぇが自分で言ったんだろ。変えられたってな」

「・・・・・・」

道場。
師範ディアン。
同士リヨン。
最後の友ヤンキ。
・・・。
変えられた。
失った。
望んでも居ないのに、
変えられた。

「結果としてその憎しみっつーの?哀しみっつーの?
 そんなんがてめぇの力になったってんなら虚しいもんだな」

「・・・・・」

ツィンは顔をしかめた。

「仲間の死が無駄になる事の万倍いい。大切なものがただ終わることの何倍も」

「まぁいいか。敵の事なんざどうでも」

自分で振ったクセに、
ドジャーは適当に話をきりあげた。

「結果を語ろうか」

ドジャーは今までの状況を、
全てリセットしたかのように笑い、
取り出した。

「なんだかんだっつっても終わってねぇわけよ。1勝1敗だっけか?俺は認めてねぇけどな。
 決着つけんだろ。ならさっさとつけようぜ。どっちが強いかじゃぁねぇんだ。
 どっちが死ぬか。今回はそーゆー話なんだろ?俺らの決着をつけんだろ?
 なら片付けよう。俺らの決着っつったらやっぱコレで決めるべきだろ」

ドジャーの手の平に転がるのは、
・・・・・。
3つのダイスだった。

「一度目も二度目も投げてやっただろ。決着はやっぱこれだ」

ダイス。
サイコロ。
マイソシアでの大きな意味は、
つまるところギャンブルバッシュ。
だが、
ドジャーとツィンの間では、
このダイスの意味はかろうじて違う。

ギャンブルに違いない。
いや、
ギャンブルという名の心理戦。
"ギャンブルか否か"
その時点の勝負。

「来るとは思ってましたよ」

2度。
2度の戦い両方で行っているからだ。

1度目の戦い。
その時は、
このダイスでの揺さぶりでドジャーが勝ち、
2度目は結果的にツィンが勝った。

そして3度目・・・・。

「カカカッ!」

ドジャーは余裕の笑いをあげながら、
手元のダイスを小石のようにポンポン片手でお手玉する。

「今までは二回とも普通のダイスだったよな。X・Xと来たら次はなんかな?」

「俺はルーレットなんかで履歴から算出して予想する人を否定したいね。
 過去なんて関係ない。必要なのは未来。赤か黒かと言ったら次も1/2に違いない」

「だが○かXかは俺が決めることだぜ?この盗賊さんの思考回路読んでみろよ」

ニヤニヤ笑うドジャー。
それが揺さぶり。
ツィンが一番警戒する部分。
・・・・そして、
克服した部分。

「俺は成長してるんだぜ盗賊さん。2回目の結果を覚えてないか?
 あんたに惑わされたから1度目は負けたんだ。あんたの土台でやられた。
 そして俺が2度目に出した答えは"どっちでもいい"。
 あんたの言葉もサイコロも、全て無視して捻じ伏せればいい」

ドジャーは、
手の中で3つのダイスをガリガリと擦り合わせながら苦笑いした。
2度目の勝負。
その時は・・・
ダイスがギャンブルバッシュかどうかなんて関係なく、
ツィンは体ごと突っ込んできた。

「・・・・・カッ」

ドジャーは思い出しての苦笑いを、
またプラス方面の笑みに戻す。

「お前が変化なら俺は足し算だっつったろ?1度目+2度目=3度目だ。
 んで俺の技も成長しねぇ。全て工夫なんて安い言葉で片付く足し算だ。
 そして今回もそう。技が成長したんじゃねぇ。また増えたんだ」

ドジャーは見えるように、
3つのダイスを見せる。

「44部隊のギルバートってギャンブラーと戦った報酬でな。
 チンチロダイスっつーんだ。かなりハショってやると3倍すげぇって感じ?」

ドジャーは親指で3個のダイスを弾いた。
そしてまとめてそれをキャッチする。

「逆に言ってやんよ。"俺もどっちでもいい"。
 これが成功すりゃぁてめぇの行動がどうであろうとてめぇは死ぬからな。
 無視するならすりゃぁいいさ。死ぬ気があれば殺しに来いってこった」

「・・・・・・」

ブラフだ。
惑わしだ。
揺さぶってきている。
結局そういう事。
ドジャーとツィンの違いであり、
二人の勝負をつけるべき瀬戸際。
やはりこうなのだ。

「それなら、俺は向かうしかないんじゃないですか?死に物狂いで」

それはそうだ。
どっちにしろ死ぬ可能性があるなら、
ツィンは死に物狂いでドジャーを殺しにかかる。
それしかない。

「だが、あんたが共倒れを好むタイプには見えない」

「カカッ、そりゃそうだ」

ニヤニヤ笑うドジャー。
ドジャーの言葉が真実なら、
ツィンは選択肢無しに捨て身でドジャーを殺しにかかる。
その行動オンリーだ。

だが、
ドジャーだ。
ドジャーという男が、
自分が死んでしまう選択に限定するはずがない。

揺さぶり。
言葉の裏。
そして裏の裏の表。

「・・・・・また面倒な話だ」

ツィンは炎揺らめく二剣を広げる。
どうしたものか。
・・・・いや、
惑わされるな。
相手の土俵で戦うな。
以前はそれが敗因だった。
無視しろ。
ブラフに惑わされるな。
自分は自分の行動をすればいい。

「これはギャンブルじゃない。実力の勝負なんだ。自分の力を信じればいい。
 師範もそう言っていた。その自信のために修行をするのだと」

「いーや。人生ギャンブルみたいなもんだぜ?」

「これはギャンブルじゃない。先ほどの話を裏返すようだが、
 ギャンブルでないなら、X・○ときたら次も○だ。
 あんたは成長せず、俺は変化した。なら答えはもう出ている」

自分は成長し、
過去の敗北を勝利に変えた。
そして、
自分はさらに変化し、
相手は変わっていない。

これが成長だ。

乗り越える事。
それが成長。
生物に許された進化。
人、
鳥、
虫。
・・・・
動物だけじゃなく、
植物にさえ許された短期間進化。

ツボミは花開いた。
あんたが土の中にいるうちに。

「決めよう。盗賊さん。最後だ」

「・・・・・カッ」

最後のゴングが鳴った。
その合図は、
ドジャーの親指から発せられた。

「俺が求めてるのはいつも最後(結果)だけだ」

3つのダイスが宙を舞う。
ゆっくり、
お互いがぶつかり合いながら、
スローモーションになったように。

x3のダイスがこちらへ飛んで来る。
そのダイスは、
ギャンブルバッシュなのか。
ハッタリなのか。
ドジャーの考えの表。
その裏。
さらに裏。
先の先。
先をとる。

それはもうどちらでもいい事だった。

双方にとって。

「死ね!!!」

「やはりですか」

ダイス以外何も持っていなかったドジャー。
だが、
しかし、
何も持ってない左手が動いた。
何も持ってない左手を振り切るドジャー。

いや、
何も持っていないように見える左手。

インビジダガー。
何も無いようで、
隠し持っていた。
ダイスばかりに気をとらせていたのはこのため。

「隠し味だっ!!」

左手が振り切られる。
ヒュンッ・・・という音までは、
細心の注意を払っていれば聞き取れた。
だからといって軌道は見えない。

それでも分があるのはドジャー。

決定的なのは距離。
ツィンが剣士であり、
ドジャーには遠距離攻撃がある。

インビジダガーは切り札だが、
どちらでもいい。
最悪の最悪、
当たらなくてもいい。
デメリットはない。
ツィンは反撃はしようがない。
ドジャーはノーリスク。

そして、
先の先。
不可視のダガーを防いだならば、
巻き戻ってギャンブルバッシュ。

あれが本物ならばそちらでツィンは死ぬ。
二重。
二重の策。

どちらでもいい。
どちらだっていい。

それは、
ドジャーにとっても・・・・

ツィンにとっても。

「二花剣・・・・・」

ツィンは剣を振り上げる。
二つの剣。
双剣。
二振りのロングソード。
"華火花伝・雄蕊(かかかでん・おしべ)"
"華火花伝・雌蕊(かかかでん・めしべ)"
二本の火炎。
サザンカ(二刀流フレイムスラッシュ)
火炎の華。
フレイムウェポン。

振り上げられた赤き二剣は、
まるで赤き花のよう。
華が、
花が、
植物が、

必ず空に向かって成長するように、その二剣は振り上げられた。

「ソメイヨシノ(二刀流パワーセイバー)!!!」

振り下ろされた火炎剣。
舞い散る火花は、
赤き桜の花びら。

桜は天へと伸び、
そして花開くと共に、
鮮やかに舞い散る。

花びらを風に乗せ、
美しさを飛ばす。

紅葉のソメイヨシノが、
その木を赤く・・・
赤く赤く赤く燃やすように。

「ッ!?」

「終わりだ盗賊さんっ!!!」

フレイムスラッシュのパワーセイバー。
X字の火炎。
それが・・・・

二剣から放たれた。

火花を、
花びらを撒き散らしながら、
ドジャーへと突き進む火炎の波動。
赤きX字の剣撃。

それは、

ドジャーのダガーを飲み込み、
3つのダイスを飲み込み、

満開の桜吹雪はドジャーを襲った。

「・・・・・くっ・・・・そっ・・・・・」

何もかも。
何もかも負けた。
ドジャーは負けた。
手はなかった。

初めから最後まで、
完膚なきまで負けた。
変化を拒んだ者と、
成長を望んだ者。

花開くのはどちらかと聞かれれば、
それが結果としてツィンを示した。

火炎なるパワーセイバーが向かってくる刹那、
ドジャーに出来る事はなかった。

「・・・・・・」

ドジャーは無言で笑った。
それは、
次の策がなるからではなかった。
諦めの笑み。
ツィンを認めた笑みだった。

敗北。
負けず嫌いはそれを認めた。

ツィンの勝利を、
ドジャーは認めた。

・・・・。

ドジャーだけが。

「・・・・・・・ハッ・・・・」

ツィンは笑った。
ソレに対し、
その一瞬だけで全てを理解した。

自分の負けを。

自分の赤き火炎。
赤きパワーセイバーが・・・・

蒼き聖なる火炎に防がれるのを見て、
自分の負けを理解した。

気付いた時に、
目の前に、
他人のサンドボムが転がっているのを見て、
自分の負けを理解した。

「そういう事だよな・・・・・」

ツィンの目の前で、
サンドボムが爆発した。





「アレックス!!!エクスポ!!!!てめぇら!!!」

ドジャーは飛びかかった。
アレックスに向かい、
怒りを表情にし、
掴みかかった。

「手ぇ出すなっつったろが!!!!」
「約束してません」
「ボクも」
「したっ!!!ぜってぇしたっ!!!」
「してません」
「してないね」

アレックスはドジャーに捕まれたまま、
そっぽを向き、
エクスポは首を振った。

・・・・。
ドジャーは負けていた。
それを救ったのは、
アレックスのパージフレアであり、
蒼き炎は赤き炎を防いだ。
そして、
エクスポの爆弾はツィンを吹き飛ばした。

「手ぇ出すなよクソ野郎共!!!」
「ドジャーさんらしくない言葉ですね」
「見殺しにしろなんて約束、死ぬまで叶えられないさ」

結論としては、
最初から決まっていた。
戦闘の前から述べていたように、
ドジャーは死ぬわけがない、
結果の決まっていた勝負だった。

勝負の過程は前座であり、
アレックスとエクスポがここにいる時点で、
フィナーレの形だけが選択式だった。
それだけだった。

「・・・・・ぐ・・・・」

ドジャーは、
アレックスとエクスポを睨む。
ドジャーらしくないと言われ、
言葉もなく、
熱くなってた自分にも気付く。
この勝負の価値をどう判断していたかを。

・・・・だが、
だからこそぶつけ様の無い迷い。


「・・・・決まっていたといえば・・・・やはり決まっていた・・・・・」

それはツィンの言葉だった。
煙の中、
エクスポの爆弾の煙の中から姿を現す二刀流の剣士。

地面に、
ボロボロの体で転がっていた。

「・・・・・・俺の負けだ」

「あん?!」

ドジャーは、
この勝負に関しては、
その言葉に怒りを感じる。
自分自身は負けていた。
なのに、
自分自身は負けていたのに、
結果として勝ったなんて言葉は、
皮肉のようにしか聞こえなかった。

「ツィン!!てめぇこの野郎!!!」

「盗賊さん・・・・あんたが言いたかった言葉の続き・・・・俺が言いましょう」

寝転がったまま・・・
身動きもとれない重症のまま、
ツィンは口を開く。
笑いながら。

「やはり・・・・変わったんじゃない・・・・変わってしまった・・・・それが俺だった・・・・」

「・・・・・・」

「俺は成長は望んでいたが・・・・変化は望んでいなかった・・・・・。
 あんたは変わらず、俺が変わってしまったソレは・・・・事実勝敗になった・・・・」

苦笑いのような笑いを、
ツィンは寝そべったままこらえられなかった。

「あんたに仲間はいるが・・・・・俺にはもう居ない・・・・・」

救ってくれる仲間も、
救う仲間も。
自分を気にかけてくれる仲間も、
自分が気にかけるべき仲間も。
喧嘩する仲間も、
共に戦う仲間も。

ディアンはいない。
リヨンはいない。
ヤンキはいない。

変化なんて望まなかった。
望んでなかった。

「俺は・・・・ただ咲いていたかった・・・・・」

花は咲くなら・・・・枯れるもの。
ただ、
ただ鮮やかなままでいたかった。
鮮やかに咲き誇っていた思い出のままでいたかった。

共に枯れるなら本望だった。
植物は皆そうする。
だが、
ツィンはそうできなかった。

見晴らす限りの荒野に、
一輪、
自分だけが咲いていただけだった。

「師範の高らかな笑い声はもう聞こえない・・・・
 リヨンの傲慢でうるさい主張ももう聞こえない・・・・
 ヤンキの後ろめたい愚痴ももう聞こえない・・・・
 俺は・・・・俺のためだけに腕が2本もついてるわけじゃない・・・・」

誇りである二剣は、
ただ転がっていた。
ツィンと共に。

「・・・・・一度咲いて終わる花ばっかじゃないぜ」

相変わらず、
気休めのような言葉だとドジャー自身も思った。
だがその通りだった。
花は枯れてももう一度咲く。
だがやはり気休めだった。
一人で咲く事を望んでいないツィンにとって、
それは見当違いでしかなかった。

「なんなんだろうな・・・・盗賊さん」

「何がだよ」

「俺とあんただよ」

俺とあんた。
ツィンとドジャー。
だが、
二人の関係がという意味であり、
そういう意味でもなかった。

「最初はただ、行き当たりばったりの喧嘩だった。
 あの店でたまたま師範が喧嘩して、それであんたと出合った」

それだけだった。

「俺とあんたは出会う必要も、戦う必要もあったわけじゃなく、
 因縁もなければ対立する理由もない。なのに3度も戦った」

「・・・・カッ、嫌いな言葉だが、そういうのを因縁っつーんじゃねぇのか?」

「だからなんなんだろうな」

ツィンは、
ただ、
地面に転がったままだった。
植物のように、
土を愛しているかのようだった。
土で生まれ、
土に還るように。

「俺もあんたも、この世界の戦いにさえ実は無関係者だ。
 偶然がなければ、俺もあんたも、戦場に立っている理由はない。
 俺がこちら側に立っているのも、あんたがそちら側に立っているのも、
 実は世界の意志の中に組み込まれていない・・・・・・居ても居なくてもいい・・・・」

だが、
二人は戦場にいて、
そして、
その中でも二人は三度戦った。
どちらが勝っても、
どちらが負けても、
世界になんの影響もないし、
二人、
お互いの人生においてさえ、
二人が対立する理由もなかった。

きまぐれ。
偶然。
それだけ。
必然など微塵もなく、
だが、
戦って、
ツィンが横たわっていた。

「もういい・・・・もういい・・・・追うのは疲れた・・・・・
 最後に・・・師範と・・・リヨンと・・・ヤンキの後を追うだけで終わる・・・・。
 二兎追うものは・・・・か・・・・・初めてそれを肯定してやる・・・・・・
 俺は・・・・・俺は・・・・・・・・・・・・・・両手じゃ抱え切れなかった」

一人で背負うには重すぎて、
左手と右手だけじゃ足りなかった。
『両手に花』は、
ひと時の鮮やかさだった。

花は散った。
それだけだった。

やすらかだ・・・・・とは思わなかった。
悔しいと思うし、
悔いもある。

それは、
涙となって横たわるツィンの頬を零れたが、
あの日の花はやはり一度しか咲かないものなんだろう。

取り戻したくても、
もう取り戻せない。
変わってしまったから。
変えられてしまったから。

腕は二本しかなく、
人生は一度しかないから、
それでもう・・・
終わりだった。

「・・・・・・」

いつの間にか、
ツィンの傍らに、
ドジャーが立っていた。

「終わりだツィン。決着だ」

「・・・・・・・・あんたの勝ちだったな盗賊さん」

「カッ!・・・俺は他人に結論を決められるのが大嫌いなんだよ。
 結果は自己判断だ。・・・・・・・・・・・・・分かったらさっさといけ」

相変わらず・・・・
こーいう性格か。
1度戦い、
2度戦い、
3度戦い、
4度戦った。
敵として、
敵として、
敵として、
そして・・・・
1度だけ味方として戦った。

そう思うと、
本当になんなんだろうなと思う。

まぁ・・・・
だから・・・・
もういい。

師範のもとへ・・・
リヨンのもとへ・・・
ヤンキのもとへ・・・

花火を花火とはよく呼んだものだ。
咲き誇ったなら・・・・・

潔く消えよう。

「じゃあな盗賊さん」

「ああ・・・・二度と顔も見たくねぇ」

・・・・・。
・・・・。
本当に。
本当になんなんだろうな。

分からない。
4度。
いや、
出合った回数だけなら5度。
それなのに読めない。
分かっていたつもりだが、
読めない男だ。

それでも彼らしいと思った。

横たわるツィンの横に・・・・
ゲートのスクロールが転がった。

「・・・・・・・フッ・・・」

笑ってしまった。
そして、
殺さないのか?とも聞き返さなかった。
どうでもいいんだ。
そんなこと。
結局、
終わったんだから。

俺の望みなんて知った事じゃないんだ。
なんて自分勝手な奴だろう。

これだけ戦い合って、
そして、
殺し合いをして、
それで・・・・・

その決着で生かすのか。

「生け花にしてやるっつったろ」

「・・・・・」

あぁ、
言ったな。

「てめぇのゴールなんざ知ったこっちゃねぇし、てめぇの目的も知ったこっちゃねぇ。
 だが結果としてテメェが寝転がって俺が立ってる。最後に立ってたのは俺だ。
 生かすも殺すも俺次第ってんなら生殺しにしてやる。
 とっとと俺のいないとこで腐っちまえ。オンリーワンを言い訳に咲き誇ってろ」

根っこからぶった切っておいて・・・・生かすのか。
本当に・・・
本当にこいつは・・・・・

「・・・・・・」

ツィンは上半身を起こした。
そしてドジャーの方を見ようにも、
ドジャーは背中を向けていた。

「もう一度言っておくぜ。もう二度と顔を見たくねぇ」

「・・・・・あぁ」

もう一度だけ笑った。

「もうあんたの前には現れないよ」

もう、
根っこの繋がりはもぎ取られてしまったんだから。

ゲートを開き、
自分の体が光に包まれた。

・・・・生かされた・・・・か。
そうだな。
まぁいい。

因縁のカケラも無かった相手だ。
もういいんだ。
これからもう会うこともない。
それが自然だ。

だから・・・・
もう一度だけ花を咲かそう。
別の形で。

この男の居ないところで、
別の人生を咲かそう。

ツィンは飛び立った。
違う土を探しに。


そして・・・・


二人の言葉通り、


二人が出会う事はもう無かった。




























「あー」
「あーあ」
「あーあー」
「あー・・・・」
「うっせぇなてめぇら!!!!」

ツィンが去った後、
二人してあーあー言うアレックスとエクスポに、
ドジャーは声をあげた。

「でもですよー?」
「だねぇ」
「あーあって感じですよねー」
「あーあって感じだねぇ」
「・・・・・んだよ!何が言いてぇんだ!!」
「だって。ねー?エクスポさん」
「だってだねー。アレックス君」
「だからなんなんだよ!!!」
「負けたクセにねー」
「完敗だったクセにねー」
「・・・・・・」

それに関しては反論出来なかった。
だが、
アレックスとエクスポはさらに追撃してくる。

「僕とエクスポさんが居なけりゃ死んでたのにねー」
「ボクとアレックス君が居なかったら倒せなかったのにねー」
「ドジャーさん自体は何一つ勝ってなかったのに、傷一つ与えてないクセに、
 あぁも偉そうにカッコつけれるとは・・・・・僕もうホント恐れ入っちゃいましたよ」
「その点、ツィン君は美しいほどに潔かったね。敵ながら完敗で乾杯だったよ」
「戦いも正々堂々を貫き通しての完全勝利ですしね」
「技の一つ一つにも惚れそうだったよボクは。美しい。華やかに美しかった。
 洗練されていた美しい技を美技って言うけど、まさにそれだったね」
「あぁいうのが主人公タイプなんでしょうね」
「その点、悪役盗賊は自分はやられてただけなのに偉そうに勝利の捨て台詞を・・・・」
「あーあーあーあーあーあー!あーーー!!」

今度はドジャーがあーあー言う。
かき消すように。

「うっせうっせ!うっせぇー!!いぃーーじゃねぇか終わった事なんだからよぉ!じゃぁ何か!?
 「すいません・・・・俺の負けだったけど死んでください」とか言えばよかったのか!?あん!?」
「それもカッコ悪いですね」
「っていうか全体的にカッコイイ場面無かったんだからカッコつけるなって話だね」
「はい終了!しゅーーりょーーー!!!」

ドジャーが両手をブンブン振りながらかき消す。
その通りすぎてもう、
何も返す言葉はない。
終わり終わり。
終わらせてくれ。
そんな懇願というか焦りというか、

「何も出来ずに」
「完敗して」
「仲間に助けられて」
「その仲間に文句言って」
「それでさも勝ったような口ぶりで」
「カッコつけて」
「うっせーーーー!!!鬼かお前らは!!」

終わったんだ。
もういいじゃないかとわめくドジャー。
終わった。
終わった。

・・・・・終わった?
何がだ?
・・・・・ツィンとドジャーの戦いがだ。
だが、
"それがどうした"
何度も述べたように、
完全なる余興。
関係ない個人の因縁さえない因縁の戦い。
それが終わっただけ。

じゃぁナンだ。
今は何だ。

その答えのように、

「おわっ!?」

ドジャーの目の前が、
突如爆発した。

「ゲホッ・・・ゲホッ・・・・」

直撃はしなかった。
目の前の硬き地面が破裂しただけだ。
ドジャーは砂埃と煙に巻かれて咳き込んだ。

「・・・・ゴホッ・・・・・この野郎!エクスポ!!!爆弾はちゃんと管理しとけっ!!!」

ドジャーが怒り、
エクスポを睨みつける。
・・・・つけるが、
その視線の先。
エクスポ。
いや、
エクスポとアレックスは、

槍と爆弾。
各々の武器を手に取りながら下がり、
あさっての方向を向いて戦闘体制に入っていた。

「・・・・・・あん?」

ドジャーは少し頭を整理した後、
気がつき、
腰からダガーをクルクルと回転させながら抜いて構えた。

「・・・・・・カッ・・・・消化しなきゃいけねぇ伏線はまだまだありますってか?」

ドジャー、
アレックス、
エクスポの視界の先。

ノカン村跡地。
それももう敵の居ない広がったこの場所で、
たたずむ一つの姿。

「伏線?・・・・ふん・・・・。余を"伏した"と表現するのが気に食わんな・・・・人間」

その者は手を突き出していた。
狼帽子を被り、
ブカブカのローブを地面に引きずり、
逆の手にカプリコハンマーを持った、
小さな小さな人間。

「まだ魔法も思い通りにいかんか。この体も馴染みこんでないという事。
 ・・・・・ふん。まぁ余もその準備運動代わりに参加したわけだからな」

ロッキーの姿をしたその者は、
無邪気さを残さない鋭い眼光でこちらを見据えてきた。
1対3でも何も動じていない。
それでも自分が上。
確たる自信を持っていた。

「・・・・・カッ・・・・今回の俺達の山場はやっぱこの問題だよな」
「・・・・見たところ・・・・カプリコ三騎士は近くにいないようですね」

「あいつらはノカン将軍を一目散に狙いに言ったさ。・・・・ふん。
 魔物のカリスマとカリスマか。残った方で仕上げでもさせてもらうか」

カプリコ三騎士は一緒じゃない・・・か。
それは不幸中の幸いだ。
あれらに勝てる気はしない。
そう思い、
事実、
このオリオールという男とカプリコ三騎士の前から逃げてきたのだから。

「・・・・?・・・・?」

エクスポだけが、
キョロキョロと辺りを見回していた。

「・・・・・え?・・・もう進んでる話なのかい?」
「「・・・・・・・・・」」

そうか・・・。
居合わせてなかったっけ。

「・・・・え?何?凄い衝撃の場面かと思っていろいろセリフ用意してたんだけど・・・・
 もしかしてボクの居ないところでバッチリ話し進んでた後なのかい?・・・・」

バッチリその通りだ脇役君。
なんとなく状況を飲み込み、
エクスポはやれやれと首を振った。

「まさかロッキー君が敵になってるとはね」

「ロッキーではない。それは過去のこの体の名前だ」

ロッキーであるべきロッキーは、
それを否定した。
その小さな体は、
威信として話す。

「余はオリオール。人でもなく、神でもなく、魔物でもない。"無機物の王者"だ」

生き物であるかさえ定かではない。
ただ、
生きたフェイスオーブと呼ばれていた。
それがオリオール。
ひょんな事から、
ロッキーのカプリコハンマーにハマッた。
ただそれだけだと思っていたが・・・・・

「大体状況は飲み込めたよ」

エクスポは苦笑いをした。

「つまり・・・・ロッキー君には生き別れの兄弟が居たんだね」
「全然違います」
「話聞いてたのかてめぇ」
「・・・・・・・」

エクスポはカッコつけたまま静止した。
自分で自分を美しくないとは言葉に出来なかったようだ。

「さて」

小さな小さな。
カプリコ印の見慣れた体は、
見慣れぬ物々しい雰囲気で語りかけてくる。

「ウォーミングアップに貴様らを殺すとしよう」

ロッキーの体で、
ロッキーの声で、
それを口にされる。
だが、
ロッキーが言っているのではないと、
心から分かる。

「やれやれ・・・つまりボクの時と一緒なわけか。美しくないな」

乗り遅れたと言っても、
やはり、
その状況を飲み込むと、
一番心に来ているのはエクスポのようだった。

痛いほど分かる。
相手はこちらに刃を向けている。
殺しにかかってくる敵。
だが、
生かして取り戻したい仲間に違いない。

それは、
この間の自分自身のようなもの。
神に捕われた自分。

「こういう形で恩返しできるのも悪くないか」

やはり後ろめたい気持ちがあったのだろう。
そして、
自分を含め、
取り戻したい。
仲間に刃を向けた、
変わり果てた仲間。

それと戦わなくてはいけないのに、
殺したくもない。
こういう境遇なのか・・・と、
エクスポは心に刻む。

「で」

エクスポは続ける。
それほどまでに、
そんな気持ちになる理由は、
さらにあった。
さらにあったからこそ、
相乗してあったからこそ、
そんな気持ちになった。

「《MD》が5人も集まってどうするってんだい」
「あん?」
「5人?」

アレックスとドジャーが振り向くと、
そこに答えがあった。


「ガハハハ!!!」

いつからそこに居たのか、
いや、
いつからこちらに歩いてきていたのか。

相変わらずにタバコをふかし、
ドレッドヘアーがユサユサと揺れる。
両腕から、
生々しい鎖が繋がり、
彼だからこその重々しい、
両手斧が二つ、背中に。

「いやよぉ。俺も仲間思いでな。そんでもってそれ以上に敵が好きな性分なわけで」

ニヤニヤと、
それでいてメッツらしい、
豪快な笑い方。

「せっかくの同窓会だ。派手に行こうぜ?理由はそれぞれだろうが関係ないよな?
 パーティーってのは楽しむもんだ。もちろん俺はそれだけが目的だ」

メッツはそこで足を止め、
そして嬉しさで口を形にしていた。
ただ、
これから始まるパーティーが、
戦いの晩餐が楽しみでしょうがないと言った表情で。

「さぁてパーティーだ。せっかくのパーティーなんだぜ?帰りの事を考えて来てる奴ぁいねぇよな。
 パーティーと天国ってのはいつも片道切符で参加するもんだ。そうだろ?そうだよな」

そこで、
ガコンッ・・・ガコンッ・・・と、
メッツの背中から重い重い両手斧が二つ、
地面に落ちてめり込んだ。
繋がれた鎖はジャラジャラと音を奏でて止まった。

「仲間思いだからこそ言っとくぜ。先に便所は済ましとけ。死んでからじゃクソは流せねぇぞ?
 今日のパーティーのプログラムは最初から最後まで自由行動だ。あの世でドリンクも付いてくる。
 ガハハ!もちろん主役はこの俺メッツ様だ。異論は認めねぇ。派手にいこう」

そしてメッツは、
口にタバコを咥えたまま、
その重き斧を両手で持ち上げて広げた。

「御託はいらねぇ開幕だ。シンデレラはいねぇ。12時になっても終わらねぇぜ。
 二次会は2階(天国)か地下(地獄)かご自由に。死んで泣いても知らねぇぞ」

仲間と仲間。
敵と敵。
3人を挟むように、

ロッキーとメッツが戦いの狼煙をあげた。





                 






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