この帝国と反乱分子の戦争。
この人間と魔物の戦争。

もちろんそれに含まれているのだが、
戦争に参加しているのに参加していない。
戦争に含まれているのに含まれていない。
まるで一人。
のけ者のように参加している男の話をちょっとしよう。

「ん〜んん〜〜んん〜〜♪♪」

森の中、

「・・・・あっ、電池切れた」

ヘッドフォンを付けたウサギが居た。

「うっわ!最悪!クベリバ(クソベリーバッド)じゃねぇか!」

お気に入りの音楽が聞こえなくなると、
4つのうち、2つの耳を塞いでいたヘッドフォンは無意味化した。
音の聞こえてこないヘッドフォンなどただの固い耳あて。
寒くもないのに雪でもないのに耳あてなど必要ない。

「おいおい!んじゃ僕はどうやってこれからヒマつぶせばいいってんだよ!」

誰に文句を言っているのか。
ヒマつぶし。

「ふざけんなよ!どこの誰か知らねぇけど魔電力切れないバッテリー早く作れ!
 知ってんだぜ僕!実はもう"切れない電球"作る技術あるらしいじゃねぇか!
 マジ大人の事情だな!世の中寒ぃな!金のためなら進化をやめるのか人間!」

森の中、
一人でしゃべる男。
シド=シシドウ。
シシドウの申し子。
世界の異端児で、欠陥人間。

「あーあー・・・・」

シドは、
頭の上に装着されている3つ目と4つ目の耳をダラんと垂れ落とした。
そのウサ耳は彼の感情を表しているようだった。

「こっからどうやってサボりゃぁいーんだよ」

森の中、
少し離れたところから聞こえる音。
戦争の騒がしさだった。
だが、
彼は戦場に行くつもりはない。
戦争に参加する気など毛頭にない。

「あっ、メテオだ」

ちょっと離れた空に、
無数の、
あり得ないほどのメテオが降り注いでいた。
だがシドはそれを他人事のように眺めていた。
家の窓からたまたま花火大会の花火が見えたように。

「確かフレ・・・フレ・・・フレア?とか言うやつのメテオだな。あの規模なら何千人って死ぬだろーなー。
 知ったこっちゃねぇけどさー。つまんねぇからやめとけよくらいは言ってやりてぇなぁ。
 よくやるよなー。ほんっと。なんでかなぁ。あり得ねぇって。
 なんで戦争なんてすんのかな。ノーウォー。ノーウォー。平和が一番だって。
 こう・・・さぁ。皆仲良くハッピーに生きてこーって気はないんかな」

そう、
至上最悪の殺人鬼は言った。
誰よりも殺しているクセに。
この戦争に参加している誰よりも人を殺してきたクセに。

「殺しなんてつまんねーよ」

世界で一番人を殺している男。
ウサ耳ファンシー殺人鬼はそんな事を言う。

彼はシシドウ。
53部隊。
殺しが仕事。
だが彼は、

"殺し屋"でなく"殺人鬼"だ。

その言葉がよく当てはまる。
何よりも当てはまる。
殺し屋は自らの意志でなく、
頼まれて殺す者だ。

なら殺人鬼は?
殺人鬼は"頼まれなくても人を殺す者"だ。
それらを踏まえると、
シドは確実完璧絶対的に後者だった。
"頼まれたって殺しなんてしたくない"
いや、しない。
だが、
"気付けば人を殺してる"
誰も求めていない殺人を、
毎日毎日行う。
間違いなく殺人鬼と呼ぶべきだろう。
だが、

「戦争なんてアンハッピーだっての。一個しかない命。もっと大事に使おうぜ!」

シドが異端な部分はやはりソコだった。
殺すクセに。
誰よりも人を殺すクセに。
"殺しが好きじゃない事"
いや、
"殺人自体に感情がない事"

「人殺しなんてよくねぇーよー?気持ちよくもねぇーよー?
 だから世の中ハッピーに行こうってのを僕は皆に伝えてやりてぇね。
 ラブ&ピース。世の中ラブ&ピースよ。・・・・ん?本当にラブとピースだけでいいのか?
 いやいや、もっとハッピーとか、フレンドとかも必要じゃね?ふむ、
 つまり世の中に必要なのはラブ&ピース&ハッピー&フレンズだな。欲張りだな世の中」

そんな事を言うシド。
愛。
平和。
幸せ。
友情。
そんな言葉を羅列する純粋な少年にとっての殺人。

シドにとっての殺人行動。
それは、
息を吸うようなものだ。
本人の意思と関係なく、
なんとなく殺してしまう。
最大級の極限的な意味で体が勝手に動く。
生きてるだけで自動的に殺人を行う体。

殺人鬼。
訂正しよう。
シドは殺人機だ。
本人に意志なく人を殺すマシンだ。

だから、
最悪の殺人鬼は殺人が好きってことはなかった。
全くなかった。
理解しようったって無理だ。
あえて言うならば、
肺活量の多い人に「呼吸って楽しい?」とか聞いてみればいい。
つまりそれがシドにとっての殺人の意味だ。

「やっぱ世の中に必要なのはハッピーとフレンドだよなっ!
 目指せフレンド100人!アドレス帳を埋めるぜ!!」

無理な野望で、
無理な希望だ。
友達なんて出来ても殺すクセに。
友情なんて生まれても死滅するクセに。
シドのWISオーブ。
そのアドレス帳。
通じるWIS番号の登録数8件。
哀しいな。

メモリは、
燻(XO)、
ギルヴァング=ギャラクティカ、
ツバサ=シシドウ、
スザク=シシドウ、
ジャック=シシドウ、
ガルーダ=シシドウ、
ソラ=シシドウ。
それに加え、
自分自身のWIS番号を無理矢理含めて8件。

最終外道な変態クソ隊長と、
最強人体な破壊力野獣隊長。
そしてシシドウの仲間達だけ。

53部隊の人間のアドレスしかない。

後と過去ばかりを乗り越えた死を司る翼(ツバサ)と、
雷と焔の両翼を持つ、愛に飢えた隻眼の朱雀(スザク)。
自らの出生を憎む、性別を超えた雀(スズメ)。
成長をやめた時を越える伝説の金翅鳥、伽楼羅(ガルーダ)に、
何もかもから逃げる本当の意味での世界最悪なる空(ソラ)。
そして、
死の始まり(シシドウ)の中の死の始まり(シシドウ)である、シド。

同類だけ。
彼を囲むのは同類だけ。
類は友を呼ぶ。

類は友を呼ぶ(Birds of a feather flock together)。

同じ羽を持つ鳥は群れる。
まさに彼らの事だった。
死の羽を持つ、空の冠名達。
それしか、
それくらいしか、
彼と同調できる者はいないのかもしれない。
シドが親しく出来る仲間など、
結局同じ穴の狢(ムジナ)だけ。
スザクが嫁と認めた相手だって、
結局ツバメとイスカ。
同じ穴の狢。

死は死としか、
屍は屍としか通じ合えない。
彼らは死んでいる人間なのだから。
死の始まりシシドウなのだから。
現世で繋がりあえない。
死んだものは地獄にいるのだから。

53(ジョーカー)は53(ジョーカー)としかペア出来ないように。

「で、僕はなんでここにいるんだっけ?」

ウサ耳はピョコリと動く。
口をネコのような形にし、
純粋無垢にシドは頭を傾ける。

「あぁ、そうだ。ギルヴァング隊長が戦場行って来いっつったんだった。
 邪魔だからって。そんな事言う事ないのになー。ひでぇよなー」

シドはそういいながら、
フーセンガムを口に放り込んだ。
そしてクチャクチャと口の中で柔らかくなるまで噛み続け、
ほどよくなってから舌の上でガムで粘土遊びをする。

「ま、行けって言われただけだから参加しないけどなー。
 人がいるとこ行くと誰か殺しちゃうしなー。それやだしなー。
 世界人類、みーんなフレンド候補なんだし、無駄に殺したくないよなー」

クッチャクチャとガムを噛み続け、
遠くの残響を聞いていた。
いつの間にかメテオはやみ、
また違うような戦争音が始まる。
だがまぁ、
戦争事態の興味はサラサラなかった。

「お仕事はいーや。つまんねぇしな」

彼の性格は分からない。
まるでガムのように柔らかい。
純粋無垢なようでとんがっていて、
優しいようでクール。
カッコつける割には泣き虫で、
どうにも把握がしづらい。

「どーせお仕事はスザクとジャックとツバサがやってくれっしな。
 僕はいらんっしょ。ん?あれ?ツバサここに来るまで居たっけ?んー・・・・」

眉を潜めながらシドはガムを噛み続ける。

「あ、そうだった。ツバサは死んだんだった」

死んだんだった。
つい先日の話なのに、
シドはすっかり忘れていた。
大事な仲間なのに。
そして、
"自分が殺したクセに"

「すっかり忘れてた。この頃物忘れが酷くて駄目だな!反省!」

つい一昨日までは・・・・・悲しんでいた。
後悔していた。
ツバサの。
仲間の死を。
殺した事を。
だが、
もう忘れた。
忘れてた。
それがシドで、
シド=シシドウだった。

「僕を残して死んじゃうツバサもツバサで酷いな!」

否、
正確に言うならば、
自分が殺したという事実事態を自覚していない。
あくまで殺人は無意識。
そして罪悪感は皆無。

シドにとってツバサを殺したなんていう概念はなく、
ツバサはただ死んだだけなのだ。
正確には、
ツバサが死んだ哀しみは先日まであったが、
ツバサを殺した事からは何も感情が生まれていない。
"自分が仲間を手にかけてしまった"なんて感情はサラサラない。

意識無き、
罪悪感無き殺人マシン。
それがシド=シシドウだった。

「ふぅむ。ちょっと哲学的な事考えてみようかな。僕カッケェなおい!
 よしよし。何から考えよう。・・・・よし、人は何故死ぬかだな。
 人が死なないなら皆も僕も悲しまないのにな!それ大事だ!
 じゃぁなんでそれでも人は死んじゃうのか!・・・・それは血が出るからだ!終わり!」

彼の思考回路を把握しようというのは無理だ。
いや、
それ以上に、
彼の感情を理解しようなど、
彼の性格を理解しようなど、
それは無理。

「ならもっと考えてみっかねぇ。次のお題はなんで戦争なんてするかっ!だっ!
 うんうん。つまり戦争なんて人殺し合戦だよな。最悪だぜ最悪。人殺し反対!」

異端だから。
別の生物だから。
命に関する部分がまるまる欠陥した人間。
欠陥人間だから。

「人殺しをイベントにしたのが戦争だよな。全く。不愉快極まりない行事だなおい。
 そんなイベントを人は何千年も前からやってきたのか。虚しいと思わなかったんかねぇ」

欠陥人間だからといって、
彼の事をかわいそうなどと思ってはいけない。
彼に罪悪感はないのだから。
すれ違うだけで人を殺す殺人鬼だが、
それは普通の人でいう、
アリを踏み潰すようなもの。
気付かず踏み殺しているようなもの。
人が無意識に虫を踏み殺して歩いているように、
シドは人と出会えばそいつを殺して歩いている。
そして、
罪悪感はない。

「人なんて何人殺したって面白くもなんともない。それは僕が一番知ってらぁ」

なのに殺す。
殺し続ける。
変わりなく。
いつまでも。

殺す事に快楽もなく、
殺す事に罪悪感もない。
まったく感情がわかない。
つまり後悔もない。
だから変わらない。
学ばない。

だからシドは、
一生人を殺し続けるだろう。

「んー。それより戦場にはハッピーなんて落ちてないよなぁ。帰ろうかなぁ」

シドが悪いわけでもない。
そうインプットされた体に生まれただけ。
ただ存在自体は最悪だ。
ただただ居ないほうがいい。
そんな生物。
それがシド=シシドウ。

「よし帰ろう!もうそろそろ帰ったって怒られねぇだろうよ!
 もともと邪魔者だからって戦場に追い出されただけだし!
 それに殺す気ない人間が戦争(殺し合い)に混ざったら邪魔じゃね?」

シドは戦争に加わってはいけない。

人間、
魔物。
どちらも意志があるのだから。
戦う意志があるのだから。
殺す意志があるのだから。
なのに何も考えていない部外者が入って戦争を終わらせてはいけない。
完全なるジョーカー。
のけ者。
シドが加わるだけでぶち壊し。
外野は去る。

それでいい。
それでいいのだ。

シドは、
53部隊で、
シシドウで、
殺人鬼で、
それでいて立場上帝国アルガルド騎士団の一員なわけだが、
それでも無関係でいるべきなのだ。

「あっあー、スザクとジャックに先帰るって連絡いれるべきかなー。
 ま、いいよなー。きっとお仕事中だしな。邪魔だよなー。
 うん、人の邪魔ばっかりしてちゃぁフレンドできないな」

シドはクチャクチャとガムを噛みながら、
ゲートを懐から出し、
そして広げる。

「あっ、」

すでに転送の光に包まれていながらも、
シドは何かを思い出した。

「そういえばこの戦争に"燻(XO)隊長も来てるんだった"。黙って帰ると怒るかな?」

だが、
「ま、いいか」とポジティブに考えながら、
シドはゲートで帰宅路へついた。











































「イミットバァーナァーーー!!!」

スザクがあわせた両手を砲台に、
炎に塗れたイミットゲイザーが放たれる。

「・・・・・ッ!」

本日何度目だろうか。
イスカか大きくも動けない。
ダルマが転がるように地面を転がり、なんとか避けるだけ。
炎のイミゲはそのまま後方の大木にぶつかり、
少々の間燃え続けた。
大木は燃え尽きることなく、
イミットゲイザーもとい、
スザクの炎属性のイミットゲイザー。
イミットバーナーの痕を火傷のように残していた。

「・・・・・・で、俺の嫁よぉ」

眼帯に隠れたしかめっ面。
スザクは苦笑しながら問う。

「なんでまだ動けるんだあんた」

スザクは両手を火打石のように鳴らし、
炎の拳を作り上げる。
そしてその対角線上。
イスカの姿はというと、

「・・・・・・人が動く事に理由などなかろう・・・・・」

顔は青ざめたままだった。
病人というよりは、
もうゾンビへの進化過程とでもいうように弱りきった体。
肌にツヤはなく、
唇が乾燥した海草のようになっていた。

「あるさ。あるよあるよヒャッホイ。あんたはジャックのブラックローズ(毒)受けただろ。
 ありゃぁトクシンなんかより幾分も強力だ。特にジャックのはな。
 傷口から直接欠陥に毒を注入するわけだ。あんたの体は毒が駆け巡ってんだぜ?」

それはもう体感できた。
体が別のもののようだ。
動くだびに体全体が悲鳴をあげる。
息を吸うたび体の内側に痛み。
毒で吐血する理由をもれなく納得できるほど体感できた。

「動くどうこうじゃなく、あんたは死んでる体なんだよ。
 毒は病気とは違う。悪化はしても緩和はしねぇ。
 時間がたてばたつほど苦しく、痛く、そして死んでいくもんだ」

「なのに何故拙者が動いているか・・・か」

すでに空気を吸うのもキツいのに関らず。
すでに肩膝を地面についていなければ倒れてしまうのにも関らず。
イスカは、
その問いに対して笑った。

「まだ自身の体は動くから動かしているだけ。難しいことはない。
 拙者不器用でな。それ以上の事を言葉に出来んよ」

「ヒャッホイ。つまり気合ね。さすが俺の嫁」

スザクは嬉しそうに笑う。

「俺の嫁になるんだ。それくらいの根性ある姉ちゃんがいいわな」

「嫁になどならんがな」

「勝ったらプロポーズしていんじゃなかったっけ?」

「勝ったらな」

その言葉は、
あり得ないと言いたげだった。
死にかけのクセに、
イスカの強気・・・・。
どこからくるのか。
決まっている。

負けるわけにはいかないからだ。

そう決心した。
あの日。
いや、
いつの日もだ。
毎日。
死ぬ覚悟もあり、
死んでも守る。

マリナを守るため、
こんなところで死んでるわけにはいかない。

「さぁ・・・・来い・・・・」

イスカは虚ろな目で言った。
もちろんその瞳の奥は、
強き魂で彩られてはいるものの、
それはやはり病人の目だった。

「ククッ・・・「来い」・・・・ねぇ。クク・・・ヒャッハハハホーイ♪」

それに対し、
やはりスザクはおかしくて笑った。

「来い。来いってな?分かる。凄く分かる。嫁の事だからな。
 つまりあんたには譲れない意志ってもんがあるわけだ。あるわけよ。
 だが、来い。自らの意志があるのにも関らず「来い」ってな。
 つまりあんたは動けない。来てもらわないとどうしようもない」

「・・・・・」

図星だ。
正直、
自ら攻撃をしかける気力などない。
ジャックから受けた毒は、
すでに回りに回って取り返しのつかないとこまできている。
1時間前ならさも知らず、
すでに満身創痍な状態だった。

「まったく。まぁーったく♪俺の嫁はぁ♪俺が居なきゃなぁーんもできないんだっからー」

「イヤな言い方をするな」

「いや、その通りでその通りなはずだ。俺はあんたの事はよく分かる」

「・・・・お主に拙者の何が分かる」

同じシシドウだから?
ふざけるな。
そういうのは何もない。
血も繋がっていなければ、
お前らと同じなんかでさえない。

「いーや。恋は受身。愛には障害がつきものってことだな」

スザクはやはり笑った。
だが、
それは苦笑いだった。

「俺が攻撃しなきゃ、あんたは俺を殺せない。
 愛してもらわなけりゃ、愛し合うことなんてできない。
 そして・・・・障害がなければ愛する者を守ることもできない。
 守る必要のないものは守れないからな。だからこそ"愛には障害がつきもの"」

「言い得て妙だ」

「そして絶妙だろ?」

「・・・・・・」

言葉はなかった。
スザクの戯言でしかなかったが、
それは、
あまりにもイスカの心情を捉えていた。

愛に障害はつきもの。
それは普通、違う意味の言葉だろう。
だが、
スザクが使った意味。
それはあまりにイスカを表している。

・・・・。
マリナを守るのが自分の役目。
意志。
なのに、
そうであるのに、
マリナに何も危険がなければ?
マリナを守る必要がなければ?
自分は、
イスカは、
守ることしかできない。
なのに、
その理由がなくなったら・・・・

それは不器用な一人の女侍にとって恐怖に等しい事象だった。

「・・・・・拙者はマリナ殿が幸せならばそれでいい」

「好きな人が幸せなら・・・・あぁ。ねぇーな。ドラマじゃあるまいし。
 そんな奇麗事が現実には存在しないってぇ意味じゃなくてだ。
 そんな、好かれなくてもいいなんて感情はもはや愛じゃぁない。
 それは恋だ。恋と愛は鯉と鮎くらい違う。似ているだけのまがい物だ」

「結婚を無理強いしてくるお主に言われたくないな」

「振り向かせるさ。愛に障害はつきもの。それを乗り越えるまで頑張る。これはオーライだろ」

「・・・・・・・」

「話しを戻すぜ。あんたは俺に攻撃されなきゃ何もできない。詰んでるわな。
 だが俺も一緒なわけだ。あんたは標的であって、俺の嫁候補だ。
 死んでもらっちゃ困る。そのまま放っておいだら死んじまう。
 俺があんたをぶった押してやんない限り、てめぇ死んじまうんだよ」

イスカはこのままじゃ死ぬ。
毒。
そのせいで時間こそ寿命。
そして、
イスカはスザクが殺しにこないと死ぬということ。
死ぬわけにはいかない。
イスカは死ぬわけにはいかないのだ。
そして、
スザクとしてもイスカに死んでもらうわけにはいかない。
スザク自身がイスカを殺しにいかないとイスカは死んでしまう。

不思議な状況だ。

「だがつまり、お互い利害が一致しているのだろう。ならば来い」

「ヒャッホイ。なるほど。確かにそうだが・・・・俺ぁ飛び道具があるんでね。
 あんたと俺とで違うのは、武器の距離だ。やりたいことは一緒なのにな」

スザクは、
その火炎で燃え盛る両手を突き出す。

「近づかなくても俺は戦えるんだぜ!それが決定的な違いだ!」

そして、
またも放ってきたイミットバーナー。
炎のイミットゲイザーがイスカへと放たれる。

「ぐぅ・・・・」

イスカは、
全身の痛みを堪えながら、
また虫のように転がった。
なんとか避ける。
本当になんとかだ。
軽快などという言葉とはほど遠く、
むしろ間逆な情けないでんぐり返しのような動き。
外れたイミットバーナーは遠くの小さな木にぶつかり、
さすがにその木は燃え落ちた。

「ヒャッホイ♪分かったか?死んでもらうのもよくねぇが、
 俺ぁ焦る必要もねぇ。遠くからチクチクやらせてもらうだけでいんだよ」

距離。
それは絶対的。
それはイスカの武器が剣だからという事に関係しているが、
それ以上に、
イスカが身動きをとれないという事にあった。

「ドンドン行くぜ!」

そりゃぁドンドン行くに限る。
スザクにしたら的当てゲームのようなものだ。
イスカは避けるので精一杯なのだから。

「燃え滾るぜ・・・・そして・・・・・」

スザクの片手には炎。

「シビれるぜ」

もう片手には電撃。
炎の拳とかみなりパンチ。

「燃え滾ってシビれる。まるで恋だな!!」

逃げる体力もないのだから。
動く体力もないのだから。
攻撃してくる術もないのだから。
イスカに対し、
スザクは余裕しかない。

「・・・・・・ッ・・・・」

イスカは、
肩膝を地に付いたまま、
森の中に隠れる小動物のように体をうずめながら。
炎と電撃を拳に待とうスザクを見た。

「・・・・どれだけ持つか・・・・」

炎のイミットゲイザー。
イミットバーナー。
雷のイミットゲイザー。
イミットスパーク。
スザクは両方放ってくる気だろう。
それを避けられるか。
いや、
避けたとて、
また次がある。
その次を対処しても次。
こちらは防戦一方。
いや、
攻撃する術がないのだから、
それはもう戦でもないのかもしれない。

動かない体が恨めしい。

「行くぜ俺の嫁!!!俺の愛に燃えてシビれなっ!!!」

放ってきた。
両腕を突き出して。
炎のエネルギーの塊。
雷のエネルギーの塊。
その双方が平行するようにイスカへと。

「・・・・・・粘れるだけ粘るしかないか・・・」

ふとその自分の言葉に違和感を感じながら、
イスカは前転。
体勢を低く、
いや、
もとより倒れてしまいそうなほど低かったので、
もう低くするしか体力が残っていなかったのだが、
倒れこむように前へ前転。
炎、
雷、
それらをくぐるように前転。

「・・・・・くっ・・・・・」

肩をかすめた。
避け切れなかった。
いや、
避けたさ。
だが、
カスったのはイミットスパーク。
雷のイミットゲイザー。
炎と違い、
カスっただけで電撃は体へ響く。

「ヒャッホイ!俺の嫁!俺のラブレターは届いたかい!?」

「・・・・・・・拒否反応でな」

強がりを吐くが、
それでも体は強がってはいない。
今すぐ倒れたい。
それくらい体のダメージが精神をも弱くしていた。
信号とは逆。
顔色は青。
体の場合、赤が進めで青が止まれだ。
青ざめた体と顔色は体温の低下とイスカのダメージを表していた。
それでも気力で寝転がる事だけは避けていたが・・・・。

「なんとか・・・・持ってくれ・・・・・」

祈るようだった。
気力だけ。
ただ倒れない事しか考えていなかった。

「フラれて諦めてちゃぁ恋は咲かねぇんでな。ヒャッホイ♪
 世の中、たった一人の女としか結婚生活送れねぇんだ。
 妥協はできねぇ。あんたを嫁にするまで、メラメラ、バチバチ行くぜ」

また、
スザクが両拳をぶつける。
火打石のように。
その動作が二回終わると、
それで炎。
それで雷。
それで炎と雷の使者となる。

「・・・・・・」

どうすればいい。
動けぬ体。

「・・・・いや、動かすんだ・・・」

気力だけでものを言う。
毒が回りきり、
やつれ、
死人のような状態であるのに、
イスカはあがく。
だが、

「動かしてどうする・・・」

気付く。
動く事だけ考えていた。
生きることだけ考えていた。
もちろん、
動かぬ体を少し動かすのが限界。
そんな状況であるのに、
生きることだけ。
体を持たせることだけ。
それだけしか考えていなかった。

「・・・・・」

自分が生きてどうする。

「守るんじゃなかったのか・・・・」

自分の命など、
今更大事にしてどうする。
生きる事など、
生き延びる事など、
今更望んでどうする。
そんなもの望んでいない。

自らの、
己の考え。
意志。
それは一つ。

マリナを守る事。

「・・・・・」

体力がもうないのならば、
それならば、
それを自分のために使うのはやめよう。
それがまっさらになるのならば、
それはマリナのために使おう。

朽ち果ててもいい。
そう思うと楽なものだ。

生きるために戦うんじゃない。
殺すために戦うんだ。

「なら、死を始めよう」

残りの命。
生き延びるためじゃなく、
死をもって、
あいつを殺す事に使おう。







































「面倒でしえ。さっさと死を始めるでありんすか」

「なら出てこいオカマ女!!!!」

マリナのマシンガンが鳴り響く。
森の中、
木という木の幹にキツツキのような穴を無数に作成する。

乱射。
乱射乱射。
森という森のいたるところに弾丸を打ち出す。

「出て来いってのーーっ!!」

口調は荒くなるばかりだ。
それもそのはず。
敵であるジャックは、
森の中に身を潜めている。
表に出てこない。
ススメバチは森の中を飛び回る。

「てりゃてりゃてりゃてりゃ!!!」

どこにいるかも分からない敵に対し、
適当中の適当。
マシンガンをただただ打ち鳴らす。

「こっちでしえ」

「っ!?」

森の一角から、
ムチが飛び出した。
まるで蛇のようにムチがしなり、
マリナを襲う。
ムチの先には毒。

「くっ!」

マリナは咄嗟に転がる。
カスるのさえ許されない。
ブラックローズ。
あのムチの毒を食らう事は死に繋がる。

「あらら、またハズれでありんすか」

大木の陰に、
ジャックの姿。
木の幹に隠れたまま、
片手のムチを引き寄せた。

「そこねっ!!」

マリナは見逃さず、
ムチを辿るようにギターを向ける。
そしてマズルフラッシュ(銃光)
無数の弾丸が発射される。

「ウフフ」

だが、
消えるように木の幹の裏にジャックは隠れる。
マシンガンは木の幹を穴だらけにしただけだった。

「あーーもう!チョコマカチョコマカ!!隠れてんじゃないわよ!!」

「それがわっちの戦い方でしえ」

ジャックはまた森の中を移動しているのだろう。
360度。
四方八方。
どこにいるのか。
隠れて隠れて。
ただただ隠れて。
そして、
裏をつくようにムチで攻撃してくる。
こんなことをすでに数十分とやっている。

「真正面から戦わんかー!」

マリナは口調を崩しながら、
闇雲にマシンガンを撃ち続ける。
当てるというか、
当たってくれって感じ。
適当中の適当。
そりゃ相手の姿を捉えられないのだから。

「そんな戦い方!男らしくないわよ!」

「また言ったね」

背後からしなる音。
ムチだ。
確認もせず、
マリナは飛び込むように避ける。
森の中を転がり、
そしてそれから背後を見る。
やはりジャックの姿は確認できない。
だが、
どこかの木の裏から声は聞こえる。

「"男らしくない"。それはタブーとしりゃんせ。わっちは体は男やけど、」

「心は女って!?聞き飽きたわ!」

「違いんす。性別以外は全て女でしえ。コウモリは哺乳類として生きているか。
 クジラやシャチが哺乳類だと自分を識別して海を泳いでいるか。
 わっちにとっての男女とはそういう事。わっちは女の海に泳ぐだけのスズメバチ」

「どうでもいいわオカマ野郎!!」

かき消すようにマリナは弾丸を撃ちまくる。
撃ちつくすほどに。
当たるわけがない。
ジャックは体を隠しているのだから。
それはもう森林を伐採するように、
マリナはマシンガンで森の植物を破壊しているだけだ。

「野郎言わないで欲しいでありんす。何度言ったら・・・」

「男でも女でもどっちにして倒してやるんだから同じだっての!」

「はしたない言葉遣いになってきましえ?それに無駄ともしりゃんせ」

どこからか、
まるで森の精のように聞こえてくるジャックの声。
美しく、
男とは思えない繊細な声質。

「もともと53部隊というのはこういう部隊でありんす。
 裏と影に隠れ、ただ相手を殺す事だけを目的とする。
 そのためにわっちの獲物(武器)はムチなわけでありんす」

「出てこいコラッーー!!」

「人の話している時くらいその下品なギター(重火器)を下ろしゃんせ・・・・」

またしなる。
ムチが、
今度は前方から飛び出す。
"ジャックの姿は見えないのに"
木と木の間から、
ムチだけがマリナを襲いにくる。

「このこのこのっ!!」

マリナはマシンガンをやたらめったに撃ちまくり、
ムチの勢いを殺した。
ムチは諦めたヘビのようにまた森の中に逃げていった。

「そこかぁ!!」

マリナはムチが飛び出してきた方へと走る。
だが、
その地点に行って見渡しても、
ジャックの姿は無かった。
森の中を移動し続けているようだ。

「わかりんしたか?」

「何がよ!」

どこからか聞こえてくる声に対し、
マリナは返答の方向も分からず叫ぶ。
そしてさらにその返答は森の中の木霊のように響く。

「ムチ。剣でもなく、斧でもなく、それでいて魔法でもない。
 この一見使いづらい武器を獲物に使う理由はこういう事でありんす。
 ムチは一つの形状をなさない。流れ、ゆらめ、しなる。
 ムチならば"身を隠したままでも攻撃が可能"という事でしえ」

ムチは流動的な形状である。
言うならば、
その形状を利用して死角をも攻撃できる。
逆に、
死角からの攻撃も可能。
それを実践しているのがジャック=シシドウだった。

「相手よりも強い必要はないんでしえ。勝てばいい。
 いや、失言でありんす。相手を殺せばそれでいいんでありんす。
 53部隊とはそれだけ。正々堂々なんていう言葉は犬が食えばいいとしりゃんせ」

それが44部隊との決定的な違いだった。
目的のために手段を選ばない。
逆に言えば、
目的の先などない。
目的だけが実行できればそれでいい。

「つまり根暗野郎な部隊ってことね」

「根暗はいい。野郎は訂正しりゃんせ。それにわっちはまだマシな方でありんす。
 ガルーダやソラの坊や達が相手なら、理不尽さえも感じるはずでしえ。
 そしてシドの坊やが相手なら全く別の・・・逆の感情を感じるはずでありんす」

「シド?あんたらの副部隊長って奴ね」

「あの坊やが相手なら、逆に"出てくるな"と言いたくなりんす」

敵も、
味方も。

「まぁいいでありんす。さっさと片付けるでありんすか」

「コソコソしてるクセにやけに自信はあるようね。このマリナさんを相手にして!」

マリナは馬鹿のように、
また阿呆のようにマシンガンを乱射する。
発射という名の乱射。
乱れると書いて乱射。
それは整いの知らない乱暴なる弾丸の雨だった。

「いくら撃ってもわっちを捉えることなど出来ないでありんす。
 そして目的が違う。あんたはわっちを倒しにこなきゃいけないけど、
 わっちはただあんたを一刺しすればいい。毒を与えればそれだけ。
 あとは朽ちるのを待つだけ。フフッ・・・・あっちの侍嬢ちゃんもそろそろ・・・・」

「やかましいわ・・・・・」

マリナがまたギターを構える。
阿呆のように。
だが、
今度はマシンガンじゃない。
MB16mmマシンガン。
マジックボールの弾丸を細かく撃つのをやめ、
今度はそれをギターの先に凝縮していく。

「イスカの事をグチグチ言うんじゃない!あんたの相手は私よ!このマリナさんよ!」

「へぇ・・・・そんな使い方もできるんでしえ?」

マリナのギターの先に集まっていく魔力。
それは目に見えて大きなエネルギーの塊になっていく。

「マジックボールだったんやねぇ。その弾丸」

「そうよ。マジックボールは基本中の基本。何の味付けもない無味無臭な魔法。
 だからこそ、料理するのが料理人ってことよ」

「確かにマジックボールほど術者の能力に比例する魔法はないさねぇ」

「だから私はこんな事もできるわけ」

そして溜まり切ったその魔力。
マリナのギターの先に集まったマジックボール。
その巨大な球。
エネルギーの大砲。
魔力の砲台。

「MB1600mmバズーカよ!!」

そして放たれたマジックボールのバズーカ。
それは何もかもを飲み込むような魔力の塊だった。

巨大なるマジックボールは、
草を喰い、
小石を巻き込み、
木を削り取り、
大木の腸を飲み、
森に巨大な円形の通り道を作った。

真っ直ぐ、
そのバズーカの大きさの分、
まっすぐ、
森に穴が出来たかのようだった。

「あらあら、凄い威力でしえ」

だが聞こえてくる声。

「やけど結局無駄な鉄砲って奴でありんすね。当たらなければ・・・とはよく言ったもの
 それだけ強力でも関係ないところに撃つだけじゃぁわっちは倒せないでありんすよ」

「この野郎!どこに居んのよ!!」

マリナはまたマジックボールのエネルギーを、
ギターの先に集結させていく。

「1度の失敗で覚えないんでありんすか?」

「残念ね!マリナさんは人のいう事を聞くのが凄く嫌いなの!
 私は私のやり方がある!戦闘も料理もね!」

「だからこそ、無駄な鉄砲としりゃんせ」

「だからこそ、いい言葉をあげるわ。私の格言よ!」

そしてマリナはまた、
その巨大なマジックボールを撃ち出した。

「"無駄な鉄砲数撃ちゃ当たる"!」

そしてまた、
目標の居場所も分からないのに撃ちっぱなすバズーカ。
それはまた木々だけを飲み込み、
壮絶に森に虫食い穴を作る。

「このまま隠れる場所をなくしてあげるわ!!!」

2箇所に出来た森の穴。
木々が円形にくりぬかれ、
地面も曲形でくりぬかれ。
バズーカで森林破壊。
マリナ女王による絶対王政。
逃げ場など無くしてやる。
この調子で。
"森が無くなれば隠れる場所はない"
木の葉を隠すなら森の中というが、
マリナの場合、
それを探すなら森ごとお掃除・・・というわけだ。

「・・・・ムチャクチャなお嬢でありんす。でも確かにそれはやっかいでしえ」

「でしょ?」

マリナはそういいながら、
片手に小瓶を取り出し、
そのまま豪快に片手親指で栓を弾き飛ばすと、
ラッパ飲みした。

「・・・・・マナリクシャ。あんたの装填(リロード)はそういう事でありんすか」

「・・・・ぷはっ。まずぅーー。やっぱ食事は補給と楽しむで別物ね。
 それが料理と調理の違いかしら。・・・ま、ならこれから行うのは・・・・」

瓶を投げ捨て、
マリナは舌で唇を一度舐めた。

「調理ね」

そして辺りの気配に意識を滾らす。

「・・・・・マナリクシャ完備っていうことは弾切れも期待できんでしえ。
 実際ここらを丸裸にされたら困るのはこっちでありんす」

来る気だ。
殺気ってもんを感じる。
暗殺部隊の53部隊。
"殺"だけを目的にした人間の殺気か。

「・・・・・・・」

うまく誘えた。
そうマリナは思った。
実際チョコマカやられていたら先にくたばるのはこちらだった。
たった一度ムチの先の針に刺されたら、
こちらはそれで終わりなのだから。

実際に森を丸裸にしてやってもいいのだが、
それは魔力の消耗がハンパないし、
それに大技すぎて隙が大きすぎる。
何度もやっていたらそれこそあのススメバチ(ジャック)の餌食だ。

「・・・・さぁ・・・来なさい」

どこから来る。
マリナは360度。
前後左右全てに警戒をする。

「飛んで火に入るスズメバチ・・・さん」

どこだ。
どこから来る。
どこの木の裏からだ。
どこの草の茂みの中からだ。
どこの岩の陰からだ。
どこだろうと、
マリナを攻撃するためには姿を現さなければならないはずだ。
森を丸裸にされる前に、
ここらで確実に仕留めなければいけないのだから。
いや、
姿を現さないとしても。
また自分は隠れたまま、ムチだけ放ってくるとしても、
最低大体の居場所は分かる。

ムチ。
ムチか。
どこからムチが来る。

「・・・・・・」

相手の居場所がわからない以上。
いつくるかもわからない以上。
全神経を集中しなければいけなかった。
そして・・・

「!?」

足音。
気配。
ある。
こっちか。

「そこね!!!」

マリナは左方向に体全体を向ける。
支えるように両手でギターを構え。
銃口を向ける。
だが、

「・・・・!?」

ない。
姿がない。
オトリか!?

「・・・・違う」

気配。
気配は何かしらある。
騙されるな。
裏の裏だ。

「やっぱりここね!!」

ジャック。
ジャック=シシドウ。
彼女・・・
いや、彼は53部隊。
暗躍部隊。
暗殺部隊。
隠れて殺すためだけの部隊。
ならば、
ここは確実に来る。
殺す事だけを狙って裏をかいてくる。

足音と気配はオトリじゃない。
"実際に居る"

姿を隠しているんじゃない。
"姿を消している"

「ここに来てインビジでしょ!」

「遅いでしえ!!」

ムチがしなる音が聞こえた。
真正面。
声も何もかも。
確定だ。
前方にいる。
だが間に合うか。
そして、
それでも正確な位置は分からない。

MB16mmマシンガン。
放っても当たるか?
やたらめったに撃ってみるか。
それなら当たる確立はかなりある。
・・・、
いや、
"一瞬で確実に当てなければ"
こちらは一撃。
毒を一撃もらえばそれで終わりなのだ。

なら範囲のデカいバズーカ。
MB1600mmバズーカ。

・・・・。
溜める時間なんて皆無だ。

なら、
無味無臭なマジックボールに、
自分の色をつけるだけだ。
料理は想像。
料理はアイデアだ。

「食らっちゃいなさい!」

料理人が言うからこその「食らえ」
マリナの銃口。
そのギターの先。
そこから・・・・

弾が弾けるように散らばった。

「くっ!!」

姿を現す。
ダメージによって、
インビジが解除され、
さらにジャックはその弾丸の反動で後方に押し戻されるように吹っ飛ぶ。

「散弾でしえ!?」

肩や腹。
いたるところに小径な傷穴を作り、
ジャックは後方に飛ばされながら着地した。

「MB16mmショットガンってとこかしら」

自慢げに言うマリナ。
マシンガンと同じ弾丸を、
一気に放つ。
ショットガン。
威力よりも範囲を重視した、一発一斉射撃。

「うん。これいいわ。新メニュー追加ね。数撃ちゃ当たるな私にピッタリ。
 一瞬で広範囲一斉に攻撃できるし、至近距離で当てればかなり強そう」

「・・・・・ちっ・・・咄嗟の機転でありんすか」

ジャックはまた森の中へと姿を隠した。

「やけど偶然は二度起こらないとしりゃんせ・・・。
 やっぱりチクチク狙っていく方法に戻しましえ。
 あんたが森を平らげるよりもわっちのムチが刺さる方が早い」

「あーーもー!また振り出しぃ!?」

ダメージは与えたが、
またジャックは隠れてしまった。
ふりだし。
どうする。
バズーカで隠れ蓑を消していくか。
・・・・。
いや、
バズーカの隙も二度も見せたからバレバレだろう。
魔力を溜める隙自体は、
途中でもいいから撃ってしまえば消せるが、
装填(リロード)を見られたのが痛い。
今までの戦い分と、
あの規模のMB1600mmバズーカ分。
チャッカリこちらの魔力量は計算されているだろう。
魔力切れの瞬間を狙われるのが一番キツい。

「詰んでいるようで詰まれている。そう理解しりゃんせ」

どこからか聞こえるジャックの声。
甲高い。
美しい。
女性の声。

「今の状況は完全に詰みでありんす。基本的にシシドウという人種。
 いや、シシドウという血族は、"デメリット無く殺す"。これに限りましえ。
 その状況下、あんたの状況は最悪の一つでありんす。対策がない。
 もしあんたが盗賊ならもっと対策があったかもしれないし、
 もっと吟遊詩人やマジックボール以外を扱える魔術師なら一気に殺せたかもしれない。
 けどそれができない。しりゃんせ。しりゃんせ。とくとしりゃんせ。
 人は生まれてからの状況は選べるけど、生まれる環境は選べないとしりゃんせ」

道は選べるが、
スタート地点は選べない。

「あんたは盗賊として生きる環境があったとして、一流の盗賊になれたでありんすか?」

「何が言いたいのよ」

「今の不幸は生まれを呪えと言ってましえ。
 今とは過去が作ったもの。その過去さえもスタート地点が作ったものでありんす」

「生まれた瞬間、私がここで死ぬって決まってたっていうの?」

「そうでありんす」

ジャックの、
淫らな舌の舐めずり音が聞こえた気がした。

「このお口の恋人ジャック嬢が保証しましえ」

「バカバカしいわ」

「もしサッカー選手に憧れたとして、それになれると思いましえ?
 その人は凄い学者になれど、サッカー選手には到底なれない体かもしれない。
 人生の道は自分で選べましえ。だけど自分で選んだ道での成功は保証されない。
 成功と言わず、幸せとも言わず、好き嫌いでさえ、生まれた時に決められてるんでありんす」

緩やかな声が、
森のどこかから聞こえてくる。

「道は選べましえ。確かに人は道を無限に選べましえ。ただ限界も決まってるんでありんす。
 全ての道路は規制されているんでありんす。生まれたその時に。
 億万長者の息子は、きっと多くの道が開かれているでありんす。
 アスリートの息子は、きっとそれに連なる道に進みやすくなってるはずでありんす。
 人は生まれが全く平等でない。生まれで全て人生が決まってしまうんでしえ」

「それでも出来る道があるはずだわ。才能なんかで全ては決まらない。
 私は生まれた環境はイヤで、好きなことが出来る道を選んだわ」

「もとから好きなことが出来る環境に生まれていたら?」

「・・・・・」

マリンを思い出す。
妹を。
そして自分を。
分かれる必要があったのか。
そして、
殺しあう必要があったか。
それは、
因果。
偶然。
それらが最悪だったと信じていたが・・・・
自分を取り巻くステージがそうセッティングされていなかったら?
もしかしたら、
マリンと自分は今も笑っていたかもしれない。

「・・・・・うるさいわね!終わった事を悔やんでるヒマなんて私にはないのよ!」

「やだね。女王蜂(クイーンビー)。わっちはただ共感を得たいだけでしえ」

「八つ当たりの愚痴を言ってきてるだけにしか聞こえないわ」

「でも思うところがあった」

「・・・・ッ」

「やはり女王蜂(あんた)とスズメ蜂(わっち)。巣穴は同じって事でありんす」

「一緒にしてんじゃないわよ!」

「わっちは女でありたいのにそうでなかった。誰よりも女なのにでしえ?
 そこらの女より綺麗だし、化粧もうまいし、フェロモンだってあると思う。
 けど男に生まれただけで世間は冷たい。生まれただけででしえ!」

その言葉には怒りが含まれていた。
どこに。
なにに。
矛先の向ける方向の分からない怒りが。

「手術したって限界がありんす。スタート地点が違うだけで!
 誰よりも努力したってゴールにたどり着けない事もありんす!
 努力の質さえも生まれた才能で変わってくるし環境で違いましえ!
 こんな不平等はない!人間は生まれた時に決まった範囲にしか進めない!」

全員が同じ時間勉強したら同じくらい賢い学者になるか?
NO。
全員が同じ時間練習したら同じくらい上手いスポーツマンになれるか?
NO。
与えられた金銭は平等か?
NO。
寝る時間は?
遊ぶ時間は?
本を買いに行くまでの距離は?
親戚の数は?
生まれた地区の気候でも買わなければいけない服の量が変わり、
近場にある施設だけでも興味となる娯楽も変わり、
家で出る食事だけでも寿命がわずかに変動し、
家の距離だけで交友関係を築く機会が代わり、
自分の外見だけで出来る友人も変わり、
親の質だけで目指せる夢も変わり、
そして、
生まれた性別だけで人生の道は両断される。

「それはただの嫉妬よ。考え方だけで人の人生は変わるわ。
 裕福な人にはないモノを貧しい人が持ってるかもしれないし、
 才能がない人にこそ分かる考えもある。その環境じゃなかったら出会えなかった友もいる。
 厳しい道しか選べなかった人にだからこそいけなかった今もある」

「それを全部ひっくるめて生まれで全てが決まってるんでありんす。
 少なくともわっちはこの人生で絶対に普通の男と普通の恋愛はできない」

「・・・・・」

「それにシシドウに生まれた。それだけで普通の人生は歩めない。
 体も、血も、生き方も・・・・全てわっち自身が望める最善は選べなかった」

「もういいわよ」

マリナは、
思うところもあるように、
だが吐き捨てるように苦笑いを浮かべた。

「不幸自慢が始まるなら勘弁してちょうだい。
 その中で道を見つけて生きていくのが人間なんだから」

「・・・・そうさね」

一瞬どこからか殺気を感じた。
先ほどと同じ、
どこからかだ。
さすが暗殺のプロと言ったところか。
殺気はもらしても、
その位置までは特定させない。

「やけど結局・・・・」

殺気が一瞬消えたような気がした。
森の中が真っ白になったように感じた。
考えてみれば、
相手はプロ。
一流の中の一流。
殺人者の中の殺人者。
暗殺者の中の暗殺者。
53部隊(ジョーカーズ)
シシドウ。
死の始まり。
殺意を消す事なんてわけがなかった。
不意を突かれた。

無くなった殺意のせいで、
辺り一帯からっぽになった気分で、
相手の位置を判断しようがなかった。

「ここまでって決まってたんでしえ!!!」

「くっ!!!」

分からない。
分からないが、
攻撃が来た。
それだけは感じた。
マリナはどうにか、
ともかく、
目測というか勘。
適当というか無闇に飛んだ。
避け飛ぼうとした。
だが、
どこから来ているのか分からない攻撃を的確に避けれるはずもなかった。

「・・・・・・痛ッ・・・」

マリナは避けとび、
着地したが、
右腕の付け根に違和感。

「・・・・もらっちゃったか・・・・」

まだ大きな変化はないが、
そこには針の刺さった形跡があった。
ほんのり、
軽症中の軽症。
小さすぎる怪我。
"最少で致命傷がそこに刻印されていた"

「分かったでしえ?終わった事を判断できましえ?
 わっちのブラックローズの毒を受けたら後は弱るだけ。
 わっちは安全なところにでも移動させてもらうでありんす」

嬉しそうな、
淫靡なジャックの笑い声。
イスカと同じ、
ムチの毒傷。
このまま放置しておけば、
傷口が腫れ上がり、
毒はドンドンと血管を回りまくることだろう。
毒という・・・
設定された寿命。

「あんたがここで死ぬ事。それは生まれた時に決定されてたことさね。
 生まれた瞬間、道は限定され、範囲化され、事実、今日の今を乗り越えるに至らなかった。
 "生まれた時に決まってた"のさね。別の形で生まれていたら。わずかに才能が違ったら。
 今日の今を迎えてないかもしれないし、乗り越えられる何かを持っていたのかもしりゃんせ」

やけど無理だった・・・
と付け加え、
ジャックはどこからか笑っていた。
今日という日の限界は、
生まれた時に決まっていた。
いくら過程で頑張ったところで、
それでも個人個人の限界は設定されており、
進める道は限定されていた。

「人間はあまりにも不平等でしえ。何度も言うさね。何度も。何度も。
 生まれた瞬間、道も才能も出来る範囲が決められてしまうんだから」

進む道は選ぶことはできる。
だが、
"行き止まりでいいならどうぞ"
人の生。
人生とはそういう道から選ぶそれだけだった。
極められないが、お好きならどうぞ。
好みと才能は違う。
進みたい道と、もう舗装されている道は違う。
それだけ。
それだけ。

「今日があなたのデッドエンド(行き止まり)いや、デッドエンド(生き止まり)。
 そしてデッドエンド(息止まり)。あなたはジョーカー(53枚目)を引いてしまったんでしえ。
 生まれた時、枚数が決まっていて、そして今日このとき、今、まさに今。
 いつか絶対ひくジョーカーをひいてしまった。それだけでしえ。そうしりゃんせ。しりゃんせ」

「しらないわそんなの」

マリナは強く、
ジャックの言葉を打ち消した。
毒を浴び、
あとは朽ちるだけだが、
それでもマリナの生は生きていた。

「あなたをぶっ倒して解毒剤を手に入れる。それだけで万事OK。簡単だわ。
 四面楚歌(四方道なし)なんて状況はありえない。起こりえない。
 人はそこまでの道のり、必ずどっかの方向から歩いてきてるんだから」

「しりゃんせ。しりゃんせ。あんたはもう、終わりさね。
 毒が回るのをわっちはただ待てばいい。逃げればいい。遠くに行けばいい。
 戦う必要どころか、向き合う必要さえないわけでしえ。これが決定的」

ジャックはもう、
マリナの傍にいる必要もない。
ただ逃げればいい。
それはもう、
マリナにとって手の届かない勝利。

「なんで?私は助かるわよ?だって今から病院飛んだっていいんだし。
 いくら特別な毒だからってミルレス白十字病院ならどうにでもなるでしょ」

「・・・・・」

「"あなたはまだ私を殺していない"。勘違いしないで。
 デッドエンド(行き止まり)はタイムオーバー(時間切れ)じゃないわ。
 "あなたは私を殺さなきゃいけない"。なら私が死ぬのを見届けなきゃいけないんじゃない?」

「・・・・普通は絶望するか慌てて取り乱すかさね。なのにあんたは冷静さね」

「悪いけど精神力ならギルド一だと自負してるわ。そんな可愛げないのよ私」

「それは立派。ご立派。あなたが男なら惚れてたでありんす」

「その間逆がイスカなんだけどね」

「でも結局は同じ。わっちは遠くで見守ればいい。付かず離れず。
 こちらから何もしなくていいならば、もうあなたがどうにもできないのは同じさね」

決まっていた。
と、
また同じ事を付け加える。
今、
このとき、
マリナに選択肢がないのは、
マリナの人生だから。
マリナがそう生まれてきたから。
今選択肢を所持できないように生まれてきたから。
生まれた時、
今死ぬのが決まっていた。

「近くのどっかにいる事さえ分かればそれでいいわ」

マリナはギターの先に、
また魔力を溜め始めた。
光り輝き、
ただ純粋な魔力の塊。
魔力だけの塊。
無味無臭なる原色の魔法。
マジックボール。

「またそれでありんすか。おおかた、極地に追い込まれたからのヤケクソさね。
 ここら一帯を薙ぎ払う。さきほどのマジックボールのバズーカで。そうでしえ?」

「当店はあんたの注文を承らないわ」

マリナのブロンドの髪がなびく。
ギターの先に魔力が結集していくと、
その暖かき光がマリナの髪を浮かした。
まるで、
蜂が羽ばたいているかのよう。
Queen B(女王蜂)は羽ばたく。

「・・・・・」

ジャックは何かイヤな予感がした。
分からないが、
百戦錬磨。
いや、
百殺練磨だからこその悪寒。
暗殺者として、
危険には敏感だ。

「念には念を・・・・でありんす」

ジャックは駆け出した。
マリナから離れる。
あまり離れすぎると、
マリナを逃がす可能性がある。

"殺せ"

それだけが53部隊の任務だ。
逃がすわけにはいかない。
だから逃がさないまでの距離。
そこまで距離をとろう。
それを冷静に判断した。

「あの女王蜂の攻撃は、遠距離範囲型。タイマンでもいいし、対複数戦でも発揮する面倒なタイプ。
 やけど"全て直線的"。大小の変化があるだけで、全て一直線な攻撃でしえ。
 特殊な攻撃は一切ない。なら、こんなに対策の打ち易い相手もいないでありんす」

つまり、
結局それが決定打だと、
ジャックは改めて思う。
マジックボールを変幻自在に扱う才は確かなものだ。
だが、
それだけに特出しているのは、
やはり"マリナがそう生まれてきたから"
他に才が無く、
そして他に手を付けようという性格もなかった。
だから今詰んでいる。
"マリナがそう生まれてきたから今彼女は負ける"
生まれてきた時決まっていた。
そうとしかいえない。
それがジャックの持論であり、
そう確信していたから。

「・・・・・・」

ジャックは逃げながら、
木と木と木と木。
その隙間の隙間を掻い潜って、
やっと視線の届くマリナを見る。
向こうはこちらの位置に気付いてないだろう。
気付けないだろう。
実際、全然関係ない方を見ている。

「やけどアレを止める気配も無し・・・か。まぁいいでしえ。
 おそらくそろそろ毒による体力の変化に気付いてくるころでありんす」

どう考えても詰んでいる。
もし、
万が一、
マリナがこちらの位置に気付き、
バズーカを打ち込んできたとしても、
この距離なら避けられる。
大丈夫だ。

「・・・・・フフッ・・・・」

ジャックは余裕の笑みの中、
舌で唇を舐めまわした。

「今回入る報酬で下の方も手術しようかしら。それでわっちは女になれる。
 完全な女じゃないでしえ。やけどわっちが選べる幸せの中で一番近いところにいける」

女王蜂。
マリナの言う事も最もだ。
生まれてきた時決まっていても、
その限定された道の中で道を選ぶのが人間だ。

「いい女だったさね。違う人生を歩んでいたら性別を超えてお近づきになってあげてもよかったでしえ。
 女王蜂(クイーンビー)と雀蜂(ススメバチ)。相容れる関係だったけど惜しいものでありんす」

だがこうなる事は・・・・
また同じ事を呟き、
勝利を確信した時、
狭い狭い、
見えるはずのない視界の向こう。
マリナが一瞬・・・
こちらを向いた気がした。

「!?」

いや、
それはただの偶然だった。
マリナにそれほどの能力はない。
ギラギラした殺気なら感じても、
そういう事に特化した人間ではないはず。
事実、
マリナはジャックの位置はさっぱり分かっていなかった。
だが、
マリナは笑っていて、
叫んだ。

「逃げ場は無いわよオカマバチ!!!」

マリナはどこかにいるジャックに向かって叫んだ。
そしてマリナのギターの先には、
あり得ないほどに、
全力なる魔力が集結していた。

「返事する気はないでしょうから聞きたい事先答えといてあげるわ!
 私はあんたの位置なんて分かってない!でもそんな事どうだっていい!
 もう適当に撃って当たってくれればそれでいいの!それがマリナさんだからね!」

やっぱり悪あがきか。
ジャックは安心した。
だが、
なんだ?
悪あがきとよんでいいのか?
適当に撃って。
んで当たってくれ?
それは、
それは、
何も変わってない。
正常。
正常中の正常だ。

「何度だって教えてあげるわ!マリナさんのポリシーは・・・・」

ふと、
突然、
マリナは、
ギターを。
その魔力が銃口に集結したギターを、

天へと向けた。

「"無駄な鉄砲数撃ちゃ当たるよ"!!!」

そして・・・放たれた。
天に向かって。
その大きな、
大きな、
巨大なマジックボールが。

「MB1600mmダムダムランチャー(炸裂弾)!!弾けて散らばれっ!!!」

それは、

まるで花火だった。

天へと打ち上げられたマジックボールは、
空中で、
その大きなエネルギーの塊を、
爆発させた。

そして散らばる。
まるで破片。
まるで隕石。
小さなマジックボールの弾丸が、
無数の、
幾多の、
目まぐるしいほど大量のマジックボールの弾丸が、
周囲に飛び散った。

「なっ・・・・」

一瞬目を疑った。
何をやってるんだあの女は。
頭がイカれてるのか?
発想が極論に達しすぎだ。
当たれ。
とにかく当たれ。
無駄撃ちの極地。
降り注ぐ、
弾丸の雨。

「・・・・阿呆の考えわっ・・・・」

ジャックは走った。
外に?
いや、
任務を捨てて逃げる事はできない。
"自分はそういう立場になるよう生まれてしまったから"
シシドウだから。
殺さなければいけないという運命をこじつけられている。
だから逃げるという選択肢はジャックにはなかった。

だからマリナに向かって走った。

「数撃ちゃ当たる・・・クソ!阿呆の考えでありんすっ!
 どこ撃てばいいか分からないなら全部撃ってしまえば・・・でしえ!?
 あり得ないでありんす。脳みそがイッってしまってるんと違いましえ!?」

そして、
事実ジャックは追い詰められていた。
降り注いでくる弾丸。
当たる。
確かに当たる。
当たってしまうだろう。
逃げ切れない。
この場合一方的な立場は逆だ。
マリナがとにかく攻撃できる範囲。
なら、
ならばだ。
こちらからいくしかない。

「・・・・ッ・・・」

弾丸が降ってきた。
その一つが肩をカスめた。
大した傷じゃない。
とにかく走れ。

「・・・・・女王蜂めっ!」

無数に落ちてくる弾丸の雨。
その中、
ここまでほとんど当たらなかったのはジャックの奇跡だろう。
運が良かったそうとしか言えない。

「くっ・・・」

とはいえ、
雨を避ける事など出来るか?
すでに十数発。
ジャックの体を弾丸が通過した。
すべてカスり傷程度で、
致命傷じゃなかったのは運がよかったのと、
ジャックが女らしい細い体型をしていた事だった。

「このっ!!」

一発貫いた。
ジャックの体を。
それは自慢の胸の片方で。
シリコンで作成された自分の誇りだった。
その動揺と共に、
今度は小指が吹き飛び、
いつの間にか自分が血だらけになっている事に気付いた。

「このアマァァァァ!!!!」

なんだこの声は。
ジャック自身嫌悪した。
まるで男のようだ。
血だらけの男のようではないか。
化粧は崩れてないか?
猫撫で声を作り直せ。
自分は男じゃない。
女なのだ。

「この攻撃は私の妹が教えてくれたものなの。大海をうちつける雨。
 マリン(海)とマリナ(海)だもんね。引き継げるのは幸せだわ」

マリナは弾丸の雨の中、
笑っていた。
女王は笑っていた。

「受け継いだものがある。耐え切れない不幸は多いけど、
 だけど私は"生まれてきた自分の人生に立ち向かう覚悟がある"」

「うるさいでありんす!!!」

「家族ってもんが生まれてきまる最大のものよね。感謝してるわ」

「生まれなんて全て!全て!全て!不平等の極みとしりゃんせ!!!」

叫んで、
ジャックはムチを振り切っていた。
もうマリナは目の前だった。
やはり、
やはり思ったとおりだ。
空中で炸裂し、散らばった弾丸の雨。
中央部。
マリナの周辺には落ちてきていない。
かなりのダメージを受けたが、
ここまでこれば、
ここまでこれば、
あとはこのムチをマリナに直接当てるだけ。
切り札があった。
当たれば、
当たれば勝てる。
だが、

「残念、ススメバチさん。巣に帰りなさい」

巣。
生まれた場所。
死。
シシドウの死。
マリナは、
ギターの先を片手でこちらに向けていた。

「オーダーストップ(もう閉店時間)よ」

そして、
パンッ!と破裂音が聞こえた。
MB16mmショットガン。
銃口から放たれた散弾は、
ジャックの表を穴だらけにした。
思いとは逆に、
ジャックはその衝撃とダメージで、
後方に吹き飛ばされた。
血だらけの体に、
さらに無数の穴があき、
スズメバチは仰向けに転がった。





















-----------------------------

























シシドウ。
その家系の一つ。
そこでジャックは生まれた。

シシドウの家系にもいろいろある。
専門もいろいろだ。
その家系に限っては、
ジャックは異端児で、
失敗作だった。

「そんな・・・・」
「男が生まれた・・・・」

生まれるはずのない男が生まれた。
それは、
ジャックの家系始まって以来、
一度たりともなかったことだった。
生後0歳と44秒とジャックは、
まるで女の子のような美しい容姿だったが、
ハッキリ見て取れる。
それは男の子だった。

「あり得ない・・・」
「ど、どうするの?殺す?」

ジャックの家系。
女しか生まれないという特異な家系。
それに目をつけられ、
遥か昔、
シシドウとなった家系。

暗躍にもいろいろとある。
仕事にもいろいろとある。
ジャックの家系はその中で、
"色香"を専門とする家系だった。

男尊女卑。
それが世間では問題になっているが、
事実人間なんてものは性別で何もかも違うので、
受け入れなければならない違いだ。
平等など求めてもどうしようもない。
ならばむしろ違うべき長所を使うべきだ。

ジャックの家系は、
女の長所をフルに使うだけ。
それだけだった。
男尊女卑を逆に使えば、
男なんて容易いものだった。

ジャックの先代だけでも、
ベッドの上で死んだ男は500を超えた。

だが、
男が生まれた。
ジャックが生まれた。
どうする。
失敗作だ。
起こってはいけない事だ。
"生まれた瞬間決められた宿命"
それが、
この子では果たせない。
処分。
その道しかなかった。
だが、

「まぁ私はまだ現役でいけるんだし、まだ処分は後回しでいいんじゃない?」

ジャックの先代、
カナリア=シシドウは、
女性だからこその慈悲。
母性本能でジャックを見逃した。
そしてジャックの人生は決まった。





「あら可愛いわジャック♪」

5歳になるジャックは、
頭にリボンをつけ、
フリフリのスカートをはいていた。
それがおかしいと思わなかったし、
それが当然だと思っていた。
というか自分自身で気に入っていた。
自分自身を可愛いと思っていた。

「でも・・・」

でもの先は分かる。
男の子なのだという話。
すでに分かっていた。
自分は間違って生まれてきた事を、
幼きジャックはすでに分かっていた。

生まれた瞬間、
普通の女の子の幸せは手に入れられないと、
すでに悟っていた。

そして普通の人生さえ手に入れられないと知ったのは6歳の時だった。

「うちの家系の決まりなのよジャック・・・」

「分かってるわ。ママ」

シシドウ。
暗殺の家系。
表に出てはいけない人間。
そうなのだと知る。
そして、
ジャックの家系は、
その修行が6歳から始まる。

「言ってらっしゃいジャック」

「はい、ママ」

「苦しい事があっても落ち込まないでね。絶対に耐え抜いて、そして・・・」

そしてお母さんを殺しにきてね。
ママはそう言うと、
ジャックは連れて行かれた。

連れて行かれた場所。
それはレビアという遊びの町の裏の裏だった。
ピンクの看板が主張する裏の町。
遊郭。
いわゆる風俗街だった。
ジャックはそこに入れられた。
家系の決まりだった。

「おいおい、男の子かよ」

変な匂いのするその店の店主は、
頭をボリボリとかいていた。

「あの家系は女しか生まれないってんで裏契約してたのになぁ・・・」

その不潔ったらしい男を見ると、
やはり男なんてイヤだと感じた。
女に生まれたかった。
そう芯に思った。
そして、
なんで自分は女じゃないのだろうと考えるようになった。


そして年月がたっていった。
順調。
ただ順調。
そうとしか言えなかった。
自分の家系の中では、
ただ順調だった。
男なのに?
それは世の中が腐っていたとしかいいようがなかった。
美しい男。
それだけで客足は止まらなかった。
人間なんて表じゃ正論ばりか語っているが、
裏では腐った性癖の奴らばかりだと知った。

男も女も客のとれるジャック、
いや、
源氏名スズメは、
16の頃にはその町のトップに登り立っていた。

ある時は泣き、
ある時は笑い、
ある時は怒りをあびせる。
人の喜ばし方は全て知った。

そして、
何故自分が我慢しなくちゃいけないのか。
それだけは分からなかった。
そう生まれてきたから。
そういう家系に生まれてきたから。
そんな事で納得しなければいけないのか?

あぁ、
つまり分かっているじゃないか。
つまり世の中は生まれた時に決まってしまっているんだ。

18でその街を出て、
家に戻った。

「只今。ママ」

「お疲れ様」

12年ぶりに見る母の顔は、
老けて変わっていた。
まだ美しさは残るものの、
劣ってしまっているのは確定的だった。

「さすがにそろそろ現役としてはツラい年頃なのよね」

「そうさね。年も生まれた時に決まる運命でありんす」

「あら、廓詞になったのね。そりゃそうか。遊郭にいたんだものね」

「ママ」

ジャックはムチを取り出した。

「殺してくれるのね。今日からあなたがシシドウよ」

母は喜んでいた。
自分の娘・・・いや、息子が、
立派なシシドウとして、
暗殺者を継ぐ事を。
死を喜んでいた。

「・・・・・」

何が彼女をこうした。
普通の感覚じゃない。
それは決まっていた。
シシドウに生まれたからだ。
生まれたから決まった。
生まれた時に、
幸せの規模も、
形も、
全て決められていた。

「ママ」

ジャックは母を真っ直ぐ見た。
感謝を感じている母を、
これからの人生を、
死を、
死を始動する、
シシドウを始める息子を、
自分を殺してくれる自分に、
感謝をしていた。
だから、
ジャックは言った。

「わっちをこんな風に産んでくれて・・・・」

そして、
ジャックは、
ムチを振り下ろした。

「一生恨みます」

一生。
一生恨む。
その言葉と共に、
ジャックは死んだ。
人生が死んだ。
死が始まり。
シシドウが始まった。





























-----------------------









「・・・・・カ・・・カハッ・・・・・」

仰向けに転がったまま、
ジャックは血を口から零した。
・・・・。
体が動かない。
あぁ、
なるほど。
死んだか。

「死んでいるシシドウが死ぬ・・・・フフッ・・・・戯言でありんす・・・」

全身の痛みはもう感じない。
流れ落ちる血という液体の感触は少し分かった。

「トドメ・・・いる?」

少し上を見た。
太陽の逆行に、
ブロンドの髪が透けていた。

「・・・・女王蜂・・・でありんすか」

現実に戻った気がした。
こいつにやられたんだ。

「決まってたはず・・・生まれた時からの積み重ね・・・それが今日・・・あんたの死だって・・・」

「決まってなかったからこうなってんでしょ?
 それはもういいいから、苦しいならトドメさしてあげるけど?
 あー、さすがにこの状況で「助けてあげる」とかいいだす馬鹿じゃないけどね」

「当然だ・・・殺し合いだったのだから・・・」

哀しいものだ。
何を恨めばいいのか分からない人生を歩んできて、
そして、
今、
無念のまま死ぬ。
そんなものか。
生まれた時に決まっていたのか、
不平等なもんだ。
自分はこんな人生しか歩めないと、
決まっていたのだ。
神がいるなら殺したい。
だがそれも恨みの八つ当たりか。
じゃぁ、
じゃぁ、
自分だけじゃぁどうしようもない、
決められたこの人生。
何を・・・
何をうらめばいい・・・

そう言って八つ当たりしたのは、
母だった。

「・・・・殺せ・・・とはいわないでしえ・・・」

「あら、強情なのね」

「ただ・・・」

ただ・・・
そんなこと決まっていない。
"決まっていない"
わっちの人生。
そんな風には決まっていない。
この女が、
この蜂がそうだったように、
自分だって、
自分だってまだ道は残されているはず。
だから、
ただ・・・

「殺す」

そして、
動かない体。
その中で、
手首だけを、
なんとか、
全力で動かした。
ムチの特性でもある。
手首だけでいい。
それだけでしなり、
相手を襲うに値する。

「なっ?!」

そして、

「終わったな」

ムチの先は、
マリナの腹部に突き刺さった。

「ブラックローズ。わっちの切り札中の切り札でしえ。
 ただのブラックローズじゃない事は分かってたはず・・・
 わっちの毒は蜂の毒。スズメバチの毒でありんす・・・・」

「くっ・・・・」

マリナが、
腹部を抑えて屈む。

「アナフィラキシーショック・・・・って知ってましえ?いや、知らないならしりゃんせ。
 蜂に二度刺された時に起こる・・・・発作・・・・二度刺され・・・死に至る・・・
 通常の蜂は一度刺したら自分も死ぬ・・・・だけど何度だって刺すのがスズメバチ」

そう、
わっちはスズメバチ。
そう言い、
ジャックは寝転んだまま、
死へ近づくまま、
笑った。

「わっちの任務は死なぬ事じゃない・・・・殺す事でしえ・・・これでいい・・・これでいい・・・」

ジャックのブラックローズ。
それは、
二度刺せば殺せる、
蜂化毒。
ニ撃必殺。
切り札だった。
まぁ一度刺せば殺せるのだから、
二度目を狙うリスクを考えると、やはり切り札としか言えない技だったが、
これで、

「これであんたは死んださね」

ジャックは笑った。
自分も死ぬのに。
死んでいくのに。

「決まってたんでさえ。やっぱり決まってた。生まれた時に・・・でありんす。
 わっちの死に方なんてこんなもんで・・・そしてあんたの死に方も・・・・」

苦笑だった。
受け入れるしかなかった。
だが、
ただ、
自分の運命を呪った。
何を、
何を呪えばいいのか。
出生。
それを恨んだら
自分の存在の理由さえ恨んだら、
自分はどう生きればいい。

やりきれないままだった。

「ばっかばかしいわ!!」

「・・・なっ!?」

そんな苦悩を吹き飛ばすように、
マリナは立ち上がった。

「こんな事で死ぬマリナさんじゃないわ!」

「馬鹿・・・な・・・絶対・・・ごはっ・・・」

また血が口からあふれ出た。
いや、
それは自分が死ぬからであってどうでもいい。
だが、
何故、
何故この女は死なない。
なんで。
何故。

「・・・・そういえば・・・」

"最初に刺した毒は?"
もう体に回りきっているはずだ。
なのに、
なのに、
この女は何故こうも元気なのだ。
なんで、
何故、

「・・・・・・ハハッ」

もう、
笑うしかなかった。
そうか、
あり得ない。
だがあり得た。
あり得てしまったのだ。

「・・・・・抗体・・・・か・・・・」

ブラックローズ。
その中でも、
ジャックの特殊な毒。
それ、
それに、
確率でいうととぼしいほどに、
無視していいほどに少ない確率。
それに適用された。

耐性を持ってる女だった。

たまたま、
偶然、
この女王蜂。
シャル=マリナが、
たまたま、
本当に偶然、
ジャックの毒の抗体を体に持つ女だった。

「笑えましえ・・・本当に・・・本当に・・・・」

笑うしかなかった。
それはつまり・・・

「生まれた瞬間・・・・わっちはあんたに勝てない事が決まってた・・・のか・・・・」

どんな運命だ。
どんな宿命だ。
女王蜂。
雀蜂。
決まっていた。
自分は、
この女に負ける事が決め付けられていた。
本当の意味で、
生まれた瞬間。

「・・・・ウフフ・・・・」

気分が晴れた気がした。
どう足掻いても偶然なんかでこうなってしまう。
人生なんてもんはこんなもんだ。

「あー、もういいでしえ・・・もういい。難しい事考えるのは止めでしえ・・・」

「それがいいわ」

太陽の後に笑うマリナは美しかった。
羨ましかった。
女性として、
こんな風に生まれたかった。
真に思った。
雀蜂は、
女王蜂に恋をした。

それは、
もともとジャックが男だからという理由だったかもしれないし。
関係なかったかもしれない。
愛だったのか、
恋だったのかも分からない。
ただ、
まぁどうでもいい。

生まれた時からこういう風だったのだから。

「わっちはわっちって事でさね・・・」

「やっと分かったじゃない」

そう言って歯を出して笑うマリナ。
もう笑わないでくれ。
羨ましくて、
眩しすぎる。
分かったから・・・。
つまり、
生まれた時に、
生まれた瞬間に、
限定されるという事は、
不平等だという事は、

それは自分だけのものという事。

自分が求めても手に入らないものがあるけど、
自分にも他の誰かが求めている何かがある。
平等は無個性。
不平等は個性。

自分は自分に出来ない事ばかり見てきて、
それに憤りを感じていたけど。
何も無いところばかり見ていたから迷い、
どこにぶつけていいのか分からない怒りをもっていたけど。

この女は、
自分に出来る道だけを見て人生を歩んできたんだ。
だから迷いもないし、
人生に後悔もない。

そういう事・・・・か。

「フフッ・・・女王蜂・・・」

「何よ雀蜂」

「死を持ってわっちに教えてくれたお礼をするさね。冥土の土産の逆でしえ。
 ・・・・いや、死んだ命に、死によって生を教えてくれたお礼さね」

シシドウ。
死の始動。

「スザクはともかく、残り二人のシシドウには気をつけなしえ。
 ガルーダとソラ。卑怯で小賢しくて、それでいて最悪。
 自らはほとんど手を出さず、間接的に、影の陰から、攻撃してくる。
 ・・・・・いや、違いましえ。攻撃さえしてこないかもしれない。
 ただ命を奪うだけ。存在さえ明かしてこないかもしれない」

姿さえ現さないかもしれない。
それは、
この世界に命が存在していないのと同じ。
死人。
死の住人。
シシドウ。

「教えてくれるんならもっと詳細に教えなさいよ」

「この場にきて、そのわがままっぷりはやっぱ女王蜂さね。
 やけどわっちとてわっちのポリシーがありんす。
 わっちとして死ぬため、シシドウとしてそこは口を塞がしてもらいましえ」

「まぁいいけどね。多分私相手しないし」

「でもこれだけは教えておきましえ・・・・・シドだけには気をつけなしえ」

シド。
シド=シシドウ。

「シドの坊やに常識は通用しない。会ったら"理解しないこと"」

「理解しない?」

「本当の意味で生まれた時に決まっていた・・・・それがシドの坊やさね。
 あれほどやっかいな人間はいない。人間の中の人間でありながら・・・・欠陥品・・・。
 罪悪感の欠如・・・殺人感情の喪失・・・・人殺しの感覚も意志もなく人を殺す・・・」

「殺人鬼ってことね」

「いい言葉さね。でもその通りでその通り。殺人鬼って意味をもっと不覚とらえなしえ。
 とにかくシドの坊やはシシドウとシシドウの間に生まれた申し子。
 本当の意味で生まれた瞬間、何もかもが決まってしまってたんでありんす。
 殺人感情のない殺人鬼として・・・・でしえ。全くの無意識・・・無感情・・・・。
 なのに問題なのは・・・・やりきれないのは・・・・本人は幸せになろうと考えているって事」

「いいことじゃない」

「いいことじゃぁないんでしえ・・・・シドの坊やは・・・・"自分が不幸である事さえ気付いていない"
 なのにただ前向きに、人として歩もうとしている・・・その通り道は死体の残骸だけ・・・
 シドの坊やは・・・・自分が前に進んでない事にさえ気付いていない・・・・」

「・・・・・・」

「"アレ"はもう理解しちゃいけない・・・味方とか・・・そして敵としても認識しちゃいけない・・・・
 異端で部外者・・・・とにかく無視しなさえ・・・・『KEEP OFF(近寄るな)』・・・・」

「分かった。覚えとく」

「そしてあの侍嬢ちゃん・・・」

「・・・・?イスカの事?」

「あんたがストッパーになりんせ・・・アレも危ない・・・・
 アレは・・・・ツバメと違ってシシドウを知らずにここまで生きてきた・・・・
 シシドウの感触も・・・実態も・・・・知らないまま・・・・"ここまで生きてきた"」

"あいつは死を知らない"
そう付け加え、
ジャックはさらに続ける。

「シシドウは死始動・・・死を始める血族・・・・多分・・・いや絶対・・・さね・・・・。
 あの侍嬢ちゃんも・・・・死を恐れない・・・死を受け入れてしまう・・・・。
 ・・・・例えばあんたがため・・・・・自分が生きるのをやめてしまう・・・でしえ・・・」

「・・・・・死に行く・・・・イスカがシシドウに目覚めちゃうってこと?」

「・・・ウフフ・・・・手遅れかもしれないさね・・・
 ただ・・・これまでにまだ目覚めてこなかったってことは・・・ストッパーはある・・・
 それがあんただとしたら・・・・・あんたが・・・・ゲハッ・・・ゴホッ・・・ゴ・・・」

ジャックは、
滲み出すように、
口に収まりきらないほどに、
血を吐き出した。

「ちょっと!」

「・・・あぁ・・・死でしえ・・・・わっちは死人じゃなかったって分かる・・・・」

「もうちょっとちゃんと教えてよ!イスカを止めるにはどうすればいいのよ!」

「・・・・そんなのもう・・・分かって・・・・・・」

ジャックはそのまま、
消えていく言葉と共に、
目を閉じていった。

「・・・・あぁ・・・・」

笑ったのだけ分かった。

「・・・・・皆のお口の恋人・・・ジャック嬢でした・・・・・・」

そしてそのまま、
目を閉じ、
安らかに眠った。
死という、
長い長い、
永い永い、
眠りに。


「・・・・・次は女に生まれますように・・・・・・・」
































「ガハッ!!!」

スザクは大きく吐血した。
吐血。
いや、
吐血がどうした。
そんなものどうでもいい。
問題はそんな血じゃない。
こっち。
こっちだ。

胸から腹まで大きく切り裂かれた刀傷。

「・・・・・この・・・・・馬鹿嫁・・・・・」

その圧倒的致命傷を受け、
スザクはその大きすぎる傷を両手で抑えた。
抑えたって抑えきれない。
両手でかばいきれない。
血という血が流れ出る。

「・・・・・・つまらんもんを斬った」

スザクの背後。
少し向こう。
イスカはやはり肩膝をつき、
なんとか剣を鞘に戻していた。

「ありえねぇだろ・・・・・ヒャッホイ・・・・」

スザク。
こんなはずじゃなかった。
斬られるはずじゃなかった。
あの女。
何をした。

「サベージバッシュ・・・・・」

スザクが呟く。
そう、
受けたのはそれだ。
それは分かる。
分かるが、
そんな体力残ってなかったはずだ。

いや、
残っていたとして、
それを行うことは死を意味する。
あれほど気力と運動量の必要な技、
毒がもう致命的に回りきった今、
さらにそれをやることがどういうことか。

だがやりやがった。
それも、

スザクの攻撃を斬り落としてだ。

「・・・・俺の・・・・イミットバーナーとイミットスパークを斬りやがった・・・」

それは以前もやられた。
それを忘れていたのは反省点ではあるが、
それは無視していい問題だった。
ただ、
イスカ。
イスカは鞘に剣を収め、
構えた時、
その隙をついてイミットバーナーとイミットスパークを放った。
放ったが、
斬られた。

斬られたことさえ見えなかった。

イスカのサベージバッシュ。
イスカは、
サベージバッシュの超移動。
そのさなか、
その最中だ。

時間にして刹那。
コンマ1秒の世界。
サベージバッシュでスザクを通り過ぎるまでの刹那中の刹那で、
イミットバーナーとイミットスパーク。
実態無きそれらを斬り落とし、
さらにスザクまでも斬りつけた。

一瞬で何度斬った。
刹那の移動の間に何かを斬る事など可能なのか?

「・・・・・」

スザクは目の前の切り株を見る。
それは、
イスカのサベージバッシュの進路にあったものだ。
スザクとてプロ。
一瞬にして木の裏に回りこむという策も実行した。
だがそれさえも斬り、
イスカはスザクを斬り落とした。

「・・・・・斬れるはずの無い・・・・イミットバーナーとイミットスパークを斬り落とし・・・
 障害物を斬り省き・・・・そして対象をも仕留める・・・・・それをたった刹那・・・・
 サベージバッシュの刹那・・・・ただの超瞬間的直線斬撃で・・・・・・」

そんなもの・・・
どう止めればいい。
斬れないものさえ斬りおとし、
阻むものを斬りおとし、
刹那で対象を斬りおとす。
そんなもの、
そんなもの・・・・・

「・・・・・・死を始めるとか言いやがったな・・・・なぁ・・・・俺の嫁・・・・・
 ・・・・・・・それはつまり・・・・てめぇ・・・・・シシドウが・・・・・・」

背後のイスカに、
スザクは問いかける。
だが、
背後のイスカは、
もう倒れ去っていた。
力尽きていた。

「・・・・・・・・自分の生死など関係無し・・・・ただ対象の死を目的とする・・・・・
 完全に・・・完全にシシドウじゃねぇか・・・・・おい俺の嫁・・・・てめぇ・・・・」

返事があるはずもない。
だが、
ただ、
状況を整理すれば、
瀕死の人間が二人。
イスカ、
スザク。
だが、
意識があるのはスザク。
それは・・・・・・

「イスカっ!!!!」

「!?」

嫌な予感と共に、
スザクは振り向く。
女の姿。
ギターを持った・・・・
ジャックと戦っているはずの女。

「・・・・・・馬鹿な・・・・ジャックが・・・・・」

眼帯付きの顔をしかめる。
スザクの脳みその中身は入り混じった。

「イスカ!!ちょっとイスカ!?」

マリナは、
イスカに駆け寄った。
その倒れさるイスカに。
そして、

「あんた・・・・」

マリナは、
イスカを抱え、
スザクの方を見た。

どうする。
どうする。
どうする。

スザクの脳内は入り乱れた。
乱れた。
乱れつくした。

この状況。
どう見てもあの女はピンピンしている。
勝てるか?
勝てるわけない。
あり得ない。
まず負け。
絶対に負ける。

だが、
だけど、
だが、
だがっ・・・!

"任務は殺す事"
シシドウであり、
53であり、
ジョーカーであるがため、
それが全て。

例外はない。
最後のチャンスだと言われている。
あの悪魔に、
あの鬼に。
あの比類無き外道。
最悪の鬼畜。

燻(XO)に。

「・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」

スザクの心拍数は上がっていく。
血が登り、
乱れた脳内が、
さらに狂っていく。

殺さないと、
死ぬ、
殺される。
ただ死ぬんじゃない。
あの最悪の鬼畜に、
死ぬより厳しく、苦しい思いをさせられる。
拷問なんて言葉が甘っちょろいような、
生かす気さえなく、
生物としての何か大事なものさえ踏みにじられ、
それでも死ねないような、
そして死ぬ。

「・・・・・絶対イヤだ・・・・駄目だ・・・絶対に・・・・」

青ざめる。
血が登ったはずの頭が、
さらに狂う。

逃げるわけにはいかない。
もう戻れない。
殺さなきゃ戻れない。

戻ったらあの変態の慰み者。
それだけはイヤだ。
絶対に。
絶対に。

それならまだここで死ぬ方が・・・・・・・


                               あなた・・・・・・


「・・・・・っ!?・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

スザクは、
その声に、
辺りを見回した。
何も無い辺り一帯を。
見つかるはずもなく、
何も無い。


                               パパ・・・・・


「・・・・・・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」

そしてスザクの目はうつろになった。
死を始めたはずの、
シシドウとして生きているはずの、
自分、
ここで死ぬ、
それが一番だった。
だが、



死にたくない



「・・・・・ヒナ・・・・・ヒバリ・・・・・」

右目から涙がこぼれ、
眼帯で覆った左目からは血の涙がこぼれた。
呟いても、
それらはもういない。
普通に生きていけるはずだった、

嫁、
娘。

彼女らは最悪の鬼畜によって、
地獄より辛い生を味合わされ、
死んだ。

もういない。
取り戻したくても、
もういない。

「・・・・・・・取り戻したい・・・・・」

狂いきったスザクの頭は、
泣きながら、
涙と血を零しながら、
決断した。

「生き・・・・て・・・・・・あの生活を・・・・・・」

スザクは・・・・

逃げ出した。

向かう勇気はない。
無残に死にたくないから。
戻る勇気もない。
辛く生きたくないから。

一目散に森の中へと走っていく。
ただ一目散に、
何も考えていないように、
ただ、
ただ一度だけ、
振り向いた。
その目は、
狂い涙で濡れた目は、
イスカを一瞬だけ捉え、

「嫁・・・」

名残惜しそうに、
なにか知能の低い獣のように、
スザクは森の中へ消えていった。



「・・・・・な、なんだったのあいつ・・・・」

マリナは状況を把握できていなかったが、
それよりも重要なのはイスカだった。

「ヤバっ!えっと・・・これを・・・・どこに打てばいいのかしら・・・」

分からずとも、
ジャックの上着の裏から拝借した解毒剤を、
イスカの腕に打ち込んだ。

「これでいいのかしら・・・」

だが、
すぐには反応がない。

「起きなさい!イスカ!!起きて!!!」

揺り動かすが、
イスカは死んだように動かなかった。
いや、
死んでいた。
息をしてない。
心臓も・・・・・

「ちょ、ちょっと!!!何死んでんのよイスカ!!おい!こら起きろ!起きなさいって!!」

動かす。
揺り動かす。
だが、
イスカはモノの様に、
人形のようにグラグラと揺れるだけだった。

「・・・あ!えっと・・・コマリクコマリク・・・」

だがそんなもの持ってきてなかった。
マリナは焦った。
死ぬ。
イスカが死ぬ。
いや、
死んでいる。

「ア、アレックス君のところに・・・いや病院のがっ!でもそんなヒマ・・・・」

どうする。
マリナは焦った。
焦り、
焦りつくし、
マリナは・・・・

イスカを地にイスカを寝かせた。

「・・・・・・ほんっと世話の焼ける・・・・」

そしてマリナは、
両手の指を交差して組み、
振り上げた。

「死んでる場合かーーっ!!!」

そして、
思いっきりイスカの胸をぶっ叩いた。

「起きろイスカーッ!!マリナさんが呼んでるのに無視してんじゃねーっ!」

本当の意味で死人にムチを打つマリナ。
心臓マッサージ・・・・のつもりなのか、
それとも言葉のまま、
ただ感情をぶつけているのか、
ただマリナは、
イスカの胸をぶっ叩きまくった。

「起きろっー!起きなさい!!ってか私よりデケェ胸してんじゃねーっ!!」

へこめ!
へこめ!
と私情を挟んだ言葉を叫びながら、
マリナは、
イスカの胸を叩きまくる。

「ぅおきろーっ!死ぬなんていつでも出来るんだから今死んでんじゃないわよ!!」

叩きまくり、
殴りまくり、
そして、
思いついたようにマリナはイスカの首根っこを掴む。
掴み上げる。

「起きろぉーー!うりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!!!」

そして、
片手でビンタ。
往復ビンタ。
息継ぎ無し、
間隔無し、
ビンタの乱舞をイスカに浴びせる。

「起きなさいイスカ!マリナさんが呼んだら5秒で起きる!ほれ起きる!!」

阿呆のようにビンタを浴びせる。
パンパンッじゃない。
パパパパパパパパパと、
音が追いつかないほどにビンタを浴びせる。

「死んでんじゃないわよ!私の許可無く死んでじゃないわ!殺すわよ!」

ムチャクチャな事を言いながら、
ムチャクチャな事を死人にし、
たがマリナは躊躇いなく続ける。
そして・・・・

「・・・・・・死・・・ぬ・・・・・・」

「お?」

マリナは手を離す。
ドサりとイスカがまた地面に落ちた。

「ゲホッ・・・・ガハっ・・・・・・・」

そしてイスカは思いっきり、
寝転んだ状態で横に血混じりにいろいろ吐き出した。

「何このゲロ。あぁ、毒とかが出たのかしら」

「ガハッ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・」

「生き返ったみたいね。よかったよかった」

もうこの世に聖職者はいらないかもしれない。

「・・・・・はぁ・・・はぁ・・・・マリナ・・・殿・・・・」

「そう。あんたのアイドル、マリナ殿ですぞー」

「生きて・・・・・・・・・良かっ・・・・た」

イスカはまだ、
少量ずついろいろと吐き出し、
そして上半身だけ体を起こした。

「あぁ、無理しないで寝てなさい。体壊したらどうすんの」

お前が言うか。

「・・・・・マリナ殿・・・・敵は・・・・」

「あぁ、ジャックってのを倒したわ。あとスザクっていうのは逃げてったけど、
 重症だったからどうだかね。あんたがやったんでしょ?」

「そうか・・・・・良かった・・・拙者は・・・・マリナ殿を・・・・守れ・・・」

またイスカは吐き出した。
今度は血の方が多かった。

「ちょっと無理しないでって言ってんでしょ!もう終わったんだからユックリしてなさいよ!」

「・・・・不甲斐ない・・・・」

イスカは俯いた。
だがそれは安堵からくるもののようだった。

「・・・・良かった・・・拙者はマリナ殿を守れたのだな・・・・そしてマリナ殿もお一人で・・・・」

パンッ!!!
と、
今度は一度だけ。
それは大きく。
イスカの全ての音を切り裂くように鳴り響いた。

イスカは顔が右を向いていて、
マリナは右手を振り切っていた。

「良かったじゃないわ!あんた死んでたのよ!」

怒っている。
マリナが。
なんで。
自分は・・・・
守って・・・・

「死ぬまで無理してんじゃないわよ!確かに任せたのは私だけど!
 限界超えて死ぬまでやってんじゃないわよ!もっかい殺すわよ!」

イスカは叩かれた顔を少しの間戻す事は出来なかったが、
恐る恐る顔を戻し、
恐る恐るマリナに目をむけ、
恐る恐る口を開いた。

「だが・・・・拙者は・・・・マリナ殿を死んでも守ると・・・・」

決めた。
決心していたのだ。

「そのためならこの命・・・・」

「馬鹿!」

その有り触れた言葉と共に、
ボロボロの体のイスカの体を、
マリナは抱きしめた。
だから顔は見えなかったが、
泣いているんだろうか。

「あんたが死んだら誰が私を守るのよ!」

「・・・・・・」

「いい!?あんたは私のボディーガードみたいなもんなんだからね!
 そんでもって厨房の掃除とか店番とか店のゴミ出しとかしてくんなきゃいけないんだから!」

「ゴ・・・ゴミ出し・・・・」

「あと雑用とか」

「・・・・・・」

マリナはイスカから手を離す。
目には涙も無かったし、
赤みもなかったのが残念だった。

「だから分かった?あんたには死んでもらっちゃ困るのよ。だからもう・・・・死ぬとか言わないで」

だが、
だけど、

「拙者は・・・・」

どうしていいか分からず、
不器用な、
不器用なイスカは、
俯いた。
そして、
マリナはため息をついた。

「はぁ・・・そうだったわ。あんたに言ったってきかないわよね」

「い、いや!拙者はマリナ殿のお気持ちは嬉しく!」

「はいはい。いや、今回は私が悪かったわ」

「い・・・いや!いやいや!ただ拙者が不器用で無用心だったから」

「違う違う。そういえば約束だったわよね」

マリナは笑った。

「イスカは私を命がけで、死ぬ気で守ってくれる。
 だから逆に私はあんたが死なないように守る」

「・・・・・」

「凄いわねこの約束。私たち絶対死なないじゃない」

笑うマリナ。
不器用で、
やり方も知らない自分だが、
とりあえずこの笑顔だけ見れれば満足だった。
そんな事しか考えられないから不器用なんだなとも思う。

「いい?あんたが私を死ぬ気で守るなら、私はあんたが死なないように止めてあげる。
 それでいい?それでいいわよね。分かったら「はい」って言いなさい」

「は、はいっ!」

「分かった時はさらにイエッサッー!」

「イエッサッー!」

「そして了解にゃんと言うのよ」

「了解にゃん!」

「・・・・・・むしろ犬ねあんた」

「・・・・・ん?」

何が犬なのかよく分からないが、
まぁいいか。

そして、
マリナ自身。
マリナはその時分かった。

もう分かってるはず。
・・・だと、
ジャックは言った。
イスカを。
イスカを止めたければ、
どうすればいいか。

・・・・。
そのままでよかった。
これまでがこれまでだったのだから。
このままでよかった。
それでイスカがどうかなってしまう事はない。
自分がこのままイスカに接していけばいいだけ。
それだけ。

「・・・・・・さて、帰りますか」

「へ?いいのか?戦争はまだ・・・・」

「いーのいーの。なんかメモ箱来てたし、状況変わったんだって。
 なんか大変みたいだけどなんも言ってこないなら何もする必要ないわ。
 なんも言ってこないあっちが悪いんだから。店に戻るわ」

「さ、さようか・・・・」

「いや・・・・まぁ義理でもうちょっとだけ待機しててあげるか。
 あいつらにも死んでもらっちゃ困るしね。イスカの次に大事な雑用係共だし」

「拙者が一番なのだな!」

「おう!雑兵一号君!これからも無給&無休で私に尽くしなさい!」

「もちろんだマリナ殿!」

・・・・。
これでいいのだろう。
本人がいいのだから。
このままで、
このままでいいのだろう。
変わる事も必要だが、
変わらない事はもっと必要だ。

このまま二人で足を引っ張り合っていけばいい。
一生足を引っ張り合っていけばいい。
それならば・・・・・

足元をすくわれることなんてないのだから。

一方は死ぬ気で守り、
一方はそれを止める。

それでいい。
それで・・・・。






































「もっぺん言ってみろドジャっち・・・・・」

森の一角。
そこに、
赤髪の放火魔はいた。
WISオーブを手に、
その通信先のドジャーに、
怒りのような、
訳のわからないものをぶつけていた。

いや、
訳が分からなくてなっているのはダニエル自身だからだ。

[何度でも言うぞ。ウソじゃねぇ。・・・・・・アレックスは死んだ]

そこで、
ダニエルはWISオーブを地面にたたきつけた。
WISオーブは、
固い地面にぶつかると同時に、
ダニエルの感情のように砕けて飛び散った。




























「・・・・・・ありゃ、切れた」

ドジャーは、
WISオーブを手に、
ため息をついた。

「これでよかったのかよアレックス」

そして、
ドジャーはアレックスに聞く。
ノカン村跡地。
その荒野。
そこを、
Gキキが走っていた。

敵の作戦により、
この広い荒野の半分はもぬけの空だった。
そこを、
アレックスがGキキに操り跨り、
後部にはドジャーが跨っていた。
敵のいない荒野を走る一匹のGキキ。

「いいんですよ。あとはダニー次第です」

「ってーか全部無視して敵の陣地向かっていいのかよ」

「いいんですよ」

「だっておめぇ・・・・敵はこっちの本陣の裏に・・・・」

「いいんですよ」

アレックスは同じ事を呟きながら、
ただGキキを敵の本陣の方へ向かわせていた。
自分達の本陣。
たった今、
敵の策略により、
挟み撃ちにあっている。
裏側の森から1万。
完全な挟み撃ち。
だが、
アレックスは誰もいない敵の陣地へと進めていた。
・・・。
誰も居ないというのは間違いか。
確かに、
敵の本陣には一人・・・
いや、
一匹だけいる。

ノカン将軍。
ケビン=ノカン。

「だってよぉアレックス。三騎士やらロッキーやら全部放置でいいのか?」

「それも考えてあります。ある種の先回りですよ。
 彼らは必ずあっちの本陣に現れます。だから目指すべきはノカン将軍」

「まぁ・・・そうだがな」

Gキキの後部で、
アレックスに捕まりながら、
ドジャーが口を尖らせた。

「ってかダニエルの話に戻るけどよ。・・・・・正気か?」

「正気?この僕に言ってるんですか?酷いですね。僕が狂ってるみたいじゃないですか」

「狂ってるっての・・・・」

ドジャーはため息を漏らす。

「そんな作戦よぉ・・・・」

「最初から考えていた作戦です。使うことになるとは思いませんでしたけど、
 だけどまさに絶好の機会ですからね。・・・・・・これで勝てます」

アレックスの言葉に、
冗談は無かった。
正気も正気。
真なる言葉だった。

「まさかディグバンカーを使って背後の森に回られるとは考えていませんでした。
 ・・・・・いや、考えたところでそんな大掛かりに使ってくるとは思えませんでした。
 そういう意味では相手も同じ。予想の斜め上を行くのが戦争の戦略ですよ」

「だからってよぉ・・・・・」

「森に1万も回りこんできた。決定的なバックアタックです。
 致命的も致命的。・・・・ですけど、つまり今ここが1万を一網打尽にするチャンスなんです」

「・・・・・」

分かってはいる。
ドジャーも分かってはいた。
理解できる。
実際、
それを行えばそれで、
それで1万をまるまる排除できる。
考えれば考えるほど現実的な作戦だ。
だが・・・

「だけどよぉ・・・・・」

ドジャーはそれでも不安がある。
失敗の不安じゃない。
その作戦自体の不安。

「だからって・・・・・」

「もうWISしたんだから後戻りはできません。やると言ったらやります」

「・・・・・・」

ドジャーの方も見ず、
アレックスはただGキキを走らせた。
そして、
その、
作戦。
その作戦。

「・・・・・・」

アレックスは目を強く開き、
決心。
いや、
覚悟した口調で言う。

「・・・・・・1万の敵もろとも・・・・・・森を焼きます」

「・・・・・・・・・・・カッ・・・・あとはダニエルが"うまいことなってくれるか"・・・・・か・・・・」






























                 






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