目の前にいるのはロッキーで、
でもロッキーではなくて、
それでやっぱり思ったのだ。

メテオラという男が言った言葉を引きずる。
自分が皆を巻き込む。
自分が戦いの爆心地であり、
自分が動くと戦いが始まる。
人が変わる。
人が死ぬ。
なのにのうのうと前を向いて自分は生きている。

人の人生を奪ってまで自分が前を向く意味があるのか?
自分が生きる理由があるのか?
自分より生きるべき人間の方が多いのに。

だが、
わがままなんで。
人間なんで。
僕は生きたいと思ってしまう。

なんで?と思う前に、
どうすればと僕は思った。









「どういう事だ」

ドジャーが顔をしかめ、
言う。
戦場の真っ只中。
その中心。
周りで血と雄叫びが交じり合う中、
目線はロッキーに。

「オリオール・・・と名乗りましたね」

アレックスが問うと、
ロッキーの形をしたロッキー。
ロッキーでしかないソレは答えた。

「そうだ。余はオリオール」

オリオール。
ロッキーではないその名。
だが名は知っている。

「オリオールだと・・・・カッ、それはロッキーのカプハンについてるオーブの名前だろが」

そう、
オリオール。
ロッキーの持つカプリコハンマーにめり込んでいるフェイスオーブ。
それがオリオール。
生きたフェイスオーブ。
それがオリオールだった。
・・・・はずだ。

「ロッキーは乗っ取られたのだ人間」

エイアグが、
騎士の首を跳ね飛ばしながら言った。

「ミルレス。あの日、我らとて失態だった」
「逃げ切れず致命傷を負ったロッキーの意志を乗っ取りやがったんだよ!」
「・・・無念だ」

カプリコ三騎士が揃って言う。
乗っ取られた?
フェイスオーブなんかに?
意志を。
体を。
ロッキーはロッキーじゃない。
ロッキーでありながら、
中身は別のもの。

「じゃぁロッキーはどこ行ったってんだ!!」
「・・・・・考えればおそらく・・・・」

アレックスの目線が、
オリオールでなく、
その手に携えられているカプリコハンマーに移動する。
その中心にめりこんだフェイスオーブ。
無垢な無表情。

「あのフェイスオーブの中に・・・・」
「逆に魂を閉じ込められたってのか!?ざけんな!あり得るかよんなことよぉ!」

「余をうぬら如きの天秤で測るな」

ロッキーの顔をした別の者は、
冷たい目をしている。

「エナジースイッチの原理だ。魂の交換と魔力の交換。
 魔術師が己の武具に秘められた魔力を利用するだろう?
 それを逆転させただけだ。エネジースイッチでな」

オリオールは、
カプリコハンマーについているフェイスオーブを見ると、
小さく微笑し、
ガコンと粗末にハンマーを地に下ろした。

「エンジンとガソリンとでも言うか。この小僧は未熟だが魔力量は飽大だった。
 ならば最高の魔術師でもある余がそれを使ってやろうというだけだ。
 魂の交換というよりはやはりこの体を乗っ取ってやったという方が懸命か」

フェイスオーブに燃料として使われる体。
それはまだ小さな少年の体。
年のとり方が特殊なロッキーは、
20を超える歳月を生きてなお6歳前後の体つきと精神年齢。
経験だけ積み重ねた未熟は、
将来性有望なガソリンタンクだった。

「まぁオーブの中で生きるのはもう飽きた。
 余もこの者の体を使い、生を生きてやろうと思ったわけだ」

「ふざけんなよ」

ドジャーがツバを吐き捨てた。

「何勝手にロッキーの体を使ってやがる。
 人様のもんを勝手に使っちゃだめって先生に教えてもらわなかったのか?あん?」

あんたがそれを言うか。
チャチな盗賊。
アレックスは口にまでは出さなかったが、
『人見知り知らず』にため息をついた。
だがその通りだ。

「まぁそういう事です。ロッキー君はロッキー君であってロッキー君なんです」
「奪われたもんは取り返すぜ俺達はよぉ」

「それは無理だな。奪い取り、取り返せないから余のモノになっているのだから」

オリオールは、
ロッキーの形をしたソレは、
左手を突き出した。

「余の方が一層この者をうまく使えるという事だ」

アレックスとドジャーに向けられたその手。
殺意の手。
そして、
その手から何かが発されたかと思うと、
アレックスとドジャーの横を通過し、
背後で爆発が起きた。
バーストウェーブ。
魔法による爆発で人が吹き飛ぶ。
ここが戦場であるという事を思い出させ、
そして目の前の者がロッキーではないと教えられる。

「自分一人では魔法も使えぬ小僧である必要はない。
 余が有効利用してやろうと言うのだ。感謝すればいい。そして・・・・」

手を突き出したまま、
オリオールはアレックス達に言い放った。

「そこのカプリコ三騎士とかいう者達。
 そやつらでも余をこの者の体から追い出す事で出来ていない。
 だからこそ今、余がこうして存在しているわけだからな」

そうだ。
カプリコ三騎士にしてもロッキーを元に戻したいのは同じ。
だが、
それが出来ていない。
・・・・・。
どうすればいい。
ならどうすればいい。

「まぁ分かったならばどこかへ行ってしまえ。余の目的は別にある」

オリオールはその小さな手を握り、
笑う。

「せっかくの体だ。そろそろお披露目といこうと思ってな。
 この戦争は良い機会だ。勝つのは人でもなく、魔物でもなく、余だ」

第三勢力・・・
とでも言いたいのか。
だが、
たった一つの体でどうしようというのだ。

「あぁー・・・・・と」

違う方から声が聞こえた。
ちと忘れていた声だったが、

「何やら邪魔が増えたみたいだな盗賊さん」

ツィンは苦笑いをしていた。
すまん、
正直存在を忘れていた。
だが話からハブられているのを本人も感じてか、
ツィンは空気を読んで振り向いた。

「俺は一旦退くとするよ。あんたら全員・・・いや、ここにいる計3万の生命と違い、
 俺はこの戦争自体には何の興味もないからな」

振り向いたまま、
ツィンは目だけドジャーに流す。

「あんたとの勝負だけだ盗賊さん。決着は必ず付ける」

「・・・・・カッ」

ツィンは笑い歩いていく。

「今はどっか行ってしまったヤンキの方が心配だ。
 大丈夫。あなたとは縁があるようだ。またこの戦場で会えるさ」

「その時華を咲かせましょう」
そう言い、
ツィンは魔物の群れの中に消えていった。

「・・・・・・」
「さぁて」

アレックスとドジャーは、
それぞれ別の方を見ていた。
ツィンとヤンキが居なくなっても、
気は抜けない、
いや、
いっそう気は抜けない。

「さらに状況が悪くなった気がしますけどね」
「敵側でも味方側でもない。なら敵ってことだからな」

目の前のオリオール。
ロッキーの姿にまだ違和感が残る魂。
そして、
カプリコ三騎士。
どちらにしろ味方ではないのならば・・・・
ここは戦場。

武器を構えるしかない。









































「来たか。宿敵」

ケビンは、
本陣に座ったまま、
ニヤりと笑った。

「それも爆弾付きとはな」

「宿敵?というのはカプリコ三騎士の事にございますか?」

「あぁ」

「来ると分かっていたような口ぶりでございますね」

「分かっていた?まさか。分かっていたというのは言い得て妙だ。
 来ると予想していたんじゃない。"来させた"んだからな」

思い通りにいくというのは心地よい。
計画通りというのは心地よい。

「言っておくが、あくまで俺の目的は桃園(ノカン村)の復興だ。
 そのために宿敵達は切って離せぬ存在。私情といえば私情だ。
 戦場に私情は入れないと言ったが、目的が私情なんだからな」

「・・・・まぁディアモンド様は好きにさせよと言っておられた。だから口は挟みませんがね」

「文句があるのか?人間」

「いえ」

ピルゲンはヒゲをいじりながら笑う。

「面白くなってきたとだけ言っておきましょうか」

「だろうな」

戦争は順調だ。
何もかも。
だが気に食わない。
この男。
ピルゲン。
いや、
その上に立つアインハルトもだ。
"所詮捨て駒"
そう思ってやまないのだろう。
たとえ自分達がどうなろうと知ったこっちゃない。
結果がどうあれいいということは、
それはとどのつまり眺めたいだけ。
神がボードゲームを見下ろすようなもの。

「まぁいいところに出てきてくれたとも思っているよ。
 この戦場自体・・・・・舞台としても、奴らカプリコ砦の予想地からの距離としても、
 そしてこの俺がここに居る事からしても、奴らが出てくるのは分かっていた。
 だが直接本陣を狙ってくるようなオツムはなかったようだがな。
 これだからカプリコは。能力はノカンより優勢なクセにオツムが足りない」

所詮戦いとはココだよ。
・・・・とケビン=ノカンは自分の頭部をつつく。

「いいところに出てきてくれた・・・・というのは?」

ケビンはピルゲンをあざけ笑うような笑みを出す。

「簡単。カプリコ三騎士の現れた位置。それは反乱軍と帝国軍が戦うド真ん中だ。
 2つの勢力がぶつかる境目。そのド真ん中に現れてくれた。そう、"一番被害の少ないところにな"」

「・・・・・ほぉ」

「ピルゲン。あの人間の戦士二人を呼び戻せ。いや、片方は悪魔だったか?」

「ツィン殿とヤンキ殿でございますか?ヤンキ殿はもう暴走してございます。
 ツィン殿は命令するまでもなく戻ってくることでしょう」

「そいつはいい。あいつらは"十分に役に立った"」

「役に立った?ホホ、それはさすがに戯言でございましょう。
 あの二人は私が秘密裏に用意してきた隠し玉で、命令も私の独断で出したはずだ」

「作戦通りなんて言ってないさ。だが結果的に奴らは役に立ってくれたさ」

ケビンは立ち上がった。
そのピンクの種族は、
その両足に意志を込めて。
力強く。

「策の肝へと移る。この戦争の一番の大所だ」

「たしかにそろそろ"時期"でございますね」

「もう失敗になる段階ではない。失敗する策など策ではない。"すでに策は成った"」

自信に満ちたケビンの顔。
それは、
もう勝利を確信した顔だった。

「ならばそろそろ私の部隊も遊んでよろしいでしょうね」

「かまわん。好きにしろ」

「フフッ・・・・ネクロケスタ13世」
「クケケケ。なんじゃい」
「悪魔部隊に収拾を」
「クケケケケ。遊んでやるかいの」


































「あー・・・ったく。いやだねぇ。ほんといやだね。仕事柄慣れてるが慣れきらないねぇ森ってのは」

帝国軍の背後。
その森の中。
そこをのんびりと歩く一団。

「虫に刺されるのがイヤだよねー。これ料金に入らねぇしよぉ」

その一団の先頭は、
鞘も無しに剣を腰にぶら下げた半身ピアス男。
エドガイ=カイ=ガンマレイ。
右だけ前髪を垂らし、
顔の左半分は耳からマブタまで至る所に銀の装飾。

「可愛い子ちゃん達とはハグレちゃうし、色気もなんもあったもんじゃないな」

足場の悪い森の中、
木漏れ日を浴び、
草を踏み分け、
エドガイはやれやれと歩く。

「ま、お金もらってるからねぇ。文句は言ってもやることやんなきゃなぁ」

地獄の沙汰も金次第。
金さえもらえば命はいらない。
《ドライブ・スルー・ワーカーズ》
金さえ払えばその場限りのお仕事承ります。
・・・・ってな具合で、
エドガイ率いる傭兵団体は、
森の中を進軍していた。

「なぁボス」
「急がなくていいのか?」
「あの女二人組みはさっさと行っちまったぜ?」

「あー、いいんだいいんだ。俺ちゃんらは俺ちゃんらの仕事すりゃいんだよ。
 明細書はそういうわけだしよ。言われた事を最終的にやりゃそれでいいわけ」

冷めた考えだ。
あくまで金だけで動く者達か。

「お?おいしそうな木の実♪」

歩きながらエドガイは視界に入った、
そのぶら下がった木の実をもぎ取り、
口に含むと、

「うぇ!すっぺぇ!!俺ちゃん涙目!」

ピアス付きの舌を外界へと出し、
顔をしかめて木の実を投げ捨てた。

「まー仕事は大好きだけど好きな事ばっかじゃねぇーよなー。残念無念ー」

遠足の先頭者のように気軽に森を歩くエドガイ。

「けど仕事は仕事。好きな仕事は好きにやればいいし、嫌な仕事は嫌々やればいいわけよ。
 ま、何にしてもやるわけ♪俺ちゃんらは働きアリよ♪ハイホ〜♪ハイホ〜♪」

結果だけを出す。
ある意味ドジャー達と同意権だが、
似ているようで断然違う。
目的が違いすぎる。
つまり、
傭兵軍団であるエドガイ達は、
結果とはつまり金であり、
その金、
駄賃を手に入れる事が目的でしかないのだから。
終点はいつも金。
生も死も、金の前にあるもので、
金のためならばまぁ"命なんて安っぽいもの"いつでも捨ててやる。
それが彼ら、
《ドライブ・スルー・ワーカーズ》だった。

「だがよボス」

「あーん?なんだい俺ちゃんの可愛い部下ちゃん。俺ちゃんにどっかペロペロしてもらいたいのか?」

「いや、」
「俺達ってのはつまるところなんも変わらねぇ」
「目的のためだけに動き、命なんざ知らねぇっていう割とクズ野郎達だ」
「だがよぉボス。あんたやけにココの奴らに肩入れしてるよな」

「・・・・・・」

背後で聞いてくる部下達。
だが、
エドガイは黙り、
後ろも見ず、
先頭で森の中を歩いていった。
ただ黙り、
表情を見せず、
チャラけた態度も見せず、
ただ黙々と森の中を歩く。

「・・・・・・・・・・ニヒヒ♪」

と思うといきなり立ち止まり、
笑いを堪えられないといった表情で振り返った。

「なんちゃってぇん♪ビックラしたぁん?意味深な態度とってみたよぉーん。
 肩入れ?そりゃしてるっての。だって金がいいじゃねぇか金がよぉ」

エドガイはニヒヒと笑い、
親指と人差し指でワッカを作った。

「大金運んでくれる大舞台用意してくれるお得意様となりゃぁそれ以上はねぇだろよぉ♪」

「まぁな」
「だがなボス、俺達だってあんたが黄金世代ってのは知ってんだ」

黄金世代。
ある時、
ある世代。
騎士団養成学校のある世代。
実力者で溢れかえった黄金の世代。
滅びきった世代。
生き残った者。
その一人。
エドガイ=カイ=ガンマレイ。
黄金世代の生き残り。
他は王国騎士団消滅に絡み、消えていった。

生き残っているのは、
アインハルト、
ツヴァイ、
ロウマ、
燻(XO)、
ギルヴァング。
そしてエドガイ。

このメンツ。
すぐに分かる。
明らかに浮いた一つの名前。
騎士団の道を選ばなかったからこそ生き残っているのだが、
だからこそ浮ききったエドガイの名前。

「俺達は傭兵だぜボス」
「金のためだけ。それだけ。機械より意志無き存在だ」
「"私情"は慎んでくれよ」

「・・・・・・」

エドガイは少し静止した後、
やはり笑った。

「言〜〜うようになったじゃんお前ら〜!俺ちゃん歓喜!むしろ勃起!」

エドガイはイタズラ小僧のように笑い、
近場の二人の部下の肩に両手を回す。

「大丈夫大丈夫。ダーイージョーブー♪俺ちゃんよぉーーーーー・・・・っく分かっておりますん♪
 迷惑かけねぇよ♪それらは俺ちゃんのプロフィールであってそれ以上じゃねぇよ。
 確かに存在するがそれだけ♪どんだけ私情があっても俺ちゃんは傭兵でしかねぇ」

エドガイはペロンと舌を自らの唇の上で嘗め回す。

「俺ちゃんにどんな思いがあろうと、結局仕事の上でしか動かねぇよ。
 金を積まれれば家族も恋人も殺す。・・・・・自殺しろっつったら自殺だってすらぁ」

理屈じゃない。
ただそれだけ。
小銭よりも軽い命。
傭兵。
『ペニーワイズ(小銭稼ぎ)』のエドガイ。
それは何も変わらない。
因縁。
運命。
過去宿命。
それらは意味を成さない。
感情と思考は行動基準に入らないから。
手段のためなら目的はいらない。

エドガイは何を考えているか分からない男ではない。
そして何も考えていない男でもない。
"考える必要のない人間"
金(飴玉)で動く駒。
それだけ。
それだけ・・・。



「あい止まれー!てめぇら止まりやがれ!ドッグのようにピッと鳴ったらピッと止まれ!」

前方から声。
エドガイを除き、
傭兵達は揃えたように、
魂を共存させているかのように同時に武器を構える。

「止まりやがったな。よく出来たモンキー共!バナナやるから反省もしろ!」

森の中、
そこに立っていたのは狼服を着た女性だった。

「なんだてめぇ。なんでこんなとこにいやがる」
「帝国のもんか?」
「いや、こいつあれだ」
「44部隊のキリンジって奴よ」

「ピンポン。正解だ。名前で判別するのが人間ってアニマルの特質だよな。
 そう、あちきはキリンジ。キリンジ=ノ=ヤジュー。44部隊だ。こんにチワワ」

八重歯が口からちょろりと見える。
キリンジの名乗った女性は、
たった一人、
似つかわしく森の中に立っていた。

「ほぉ、44部隊ねぇ」

傭兵達が武器を構え、
警戒しながら静止している中、
ニヤニヤと笑い、
エドガイだけが両手を開きながら前に歩いた。

「44部隊。ふーん44部隊。興味ねぇなぁ。
 俺ちゃんが興味あるのは目の前に可愛い子ちゃんがいるって事だけだ」

「外見で判断するのはアニマル差別だ!ヘドが出るぜヒポポタマスが!」

「がぁーいけん。大事よ大事。大事(おおごと)と書いて大事(だいじ)。
 この世は可愛い子ちゃんであればあるほど素晴らしいと俺ちゃん思うわけよ」

「モンキーだなてめぇ」

狼帽子の下から、
女性とは思えぬ鋭い目つきをするキリンジ。
狼のような目だった。

「あちきは差別が大嫌いだ。得に男とか女とで判断するエテ頭にはチキン肌が立ってくんだよ!」

「いーよいーよ♪俺ちゃん気の強いおんにゃのこ大好きよん♪」

「あちきは女じゃなくてメスだ!分かったかこの阿呆鳥!」

「やっだねーやだねー。勘違いしないでくれよ。嫌わないでくれよ。俺ちゃん涙目。
 俺ちゃんは男女で差別しないぜ?可愛い子ちゃんであればオールオッケー!世界は平和だ」

エドガイは平気な顔で歩きながら、
腰の剣を抜いた。
抜いたと言っても手に取っただけで、
ガリガリとだらしなく地面に引きずる。

「でー?44部隊の可愛い子ちゃん。おたくはなんでここにいるわけー?
 ここまで歩ってきた感じだと何者かによって刺客はやられてたけど、それおたく?」

エドガイ達が進攻する最中、
どう考えても奇襲者足止めといった魔物達の死体があった。
理由は分からなかったが、
それをこの目の前の女がやったのか?

「違うね。勝手に判断すんな。アニマル差別だこの野郎!
 てめぇはネコか?キャットか?目で見ただけで判断するんじゃねぇよチンパンが!」

キリンジは、
女らしくない雄雄しい声をあげながら、
攻撃的にしゃべる。

「あちきはちゃんと刺客だ。44部隊もこの戦争にはバッチ参加してるんでね」

「ほぉ、そりゃ情報だな。ま、料金外だから別に報告もしねぇけど」

「するもしねぇもあんたはここで死ぬんだよヒポポタマスが!」

キリンジは、
腰から何かを取り出した。
丸い・・・
何か。
それを両手に鷲掴みにしている。
・・・・。
卵?

「こっちの軍の後ろっかわはあちきでどうとでもなるように出来てんだよ」

「一人で裏側の最終防衛?可愛い子ちゃんったら結構強気じゃねぇーの♪」

「一人?一人ってか?あちきに向かって寂しい事言うねぇ。
 人類皆兄弟。オケラだってアメンボだってミツバチだってな」

キリンジは笑う。
笑うと八重歯が覗く。

「ほえー?んじゃ可愛い子ちゃん。理論はともかくおたくが俺ちゃんらを足止めするわけー?」

「ってか殺す。自然の摂理だ!覚えとけ居の中のフロッグが!」

「居の中の蛙・・・・か」

剣を引きずりながら、
ニタニタ笑いながら、
エドガイは一人歩み寄る。
歩み寄る。
歩み・・・・。

「!?」

突如エドガイは、
歯が剥き出しになるほどに笑い、
走りこんだ。
どこかにスタートラインでもあったかのように。

「てめっ・・・このチンパンが」

キリンジが対応しようとするより早く、
速く、
エドガイは走りこむ。
走ると片側だけの前髪がなびく。
その下、
頬に刻んだバーコードが覗く。

「俺ちゃんショータァーイム♪」

キリンジに何かをするヒマは無かった。
エドガイが走りこみ、
そして剣を持っていない左手を突き出す。

「そしてフィッナァーレ♪」

それだけで終わった。
エドガイは左手でキリンジの胸倉を掴み、
そして右手の剣はキリンジの首元に向けられた。

「くっ・・・・」

「俺ちゃん、ヤられるのも好きだけどヤる方が好きなんよね♪」

「このヒポポタマスがっ・・・」

「おっと。卵を離すなよ。おたくの手口は見なくても分かる。
 "守護動物使い"。そうだろ?とくかく動くなってのが俺ちゃんの言い分ね」

「・・・・・ちぃ・・・・」

「いいっていいって♪じっとしててよん♪ベッドの上じゃないのが残念だけどよぉ、
 俺ちゃんは可愛い子ちゃんには尽くすタイプでね。じっとしてりゃぁイカせてやんよ♪」

そう言い、
エドガイはキリンジの胸倉を掴んだまま、
ペロリと長い舌を出した。
それはゆっくりとキリンジの顔を下から上へと舐め上げた。

「あんたも動くんじゃねぇよ」

「あん?」

そのさらに背後。
エドガイの後ろからも声が聞こえた。
いつから居たのか。
棺桶を背負った戦士がそこに居た。

「そうだ。誰が一人っつった」

「・・・・へぇ」

背後に居る者も見ず、
エドガイはキリンジの胸倉を掴んだまま、
舌をチョロチョロと動かした。

「てめぇは」

「俺に名前なんてねぇ。名無しのエースだ」

「俺ちゃんの背後取る奴ぁ珍しいな。バックでヤられる側は初めてだ。
 だが名前ねぇ奴なんているわけねぇだろが。可愛い子ちゃんなら俺ちゃんが名前つけてやっても・・・」

舌を出したまま、
エドガイは嬉しそうに顔だけ後ろを振り向いた。
振り向き、
エースの顔を見た。
・・・・。
少し目を見開いた。
そして小声で「・・・・へぇ・・・」と、笑う。

「どうした?俺ちゃんが怖ぇか?」

「・・・・ふん。てめぇが只者じゃねぇってことは重々分かる。
 動かないのはキリンジが人質にされてるからだ。それだけ」

エドガイが見たエースの表情。
それは強張り、
なんとも言えぬ表情をしていた。
何か煮え切らないような、
そんな表情。

「で、名無しよぉ」

「なんだ」

「抜かねぇのか?」

「・・・・・」

エドガイの背後をとったエースは、
何も武器を持っていなかった。
背後をとっただけ。
エドガイの背後をとってなお、
何もしていない。
構えも取っていない。

「抜けねぇんだよ。・・・くそが」

「だろうな♪」

後ろの後ろ。
そう表現するのがいいだろう。
エドガイの後ろをどうして楽々にとれたか。
それはエースの実力を差し引いても、
エドガイが油断していたからに過ぎない。
なら何故油断していたか。
油断してもよかったから。

・・・・。
エースの背後には、
十数人の傭兵達が武器を突きつけていた。

「・・・・・なんだこいつら。只者じゃねぇな」

「只者じゃねぇ?あぁ只者じゃねぇよ。なんたって俺ちゃんの部下だからな。
 動けねぇだろ?動けねぇさ。みくびんなよ44部隊さんよぉ。
 名も通ってないようなザコキャラ達に命握られてる気持ちはどうよ名無し」

「・・・・・チッ」

エースは、
正真正銘動けなかった。
傭兵達に囲まれている。
それでもエースほどの実力者ならばこれぐらいの数どうとでもなるはずだったが、
動いたら死ぬ。
それが分かった。
こいつらザコじゃない。
完全、
完全に・・・・こちらが劣っている。
一人一人ならともかく、
この傭兵達に・・・・・・・・・・・・・勝てる気がしない。

「動くなよ44部隊」
「俺らに勝てると思うなよ」
「悪いが、あんた程度の実力者なら慣れっこでね」
「実際攻城戦に傭兵として参加した身分だ」
「44部隊の奴なら3人ほど倒したことがある」

実績。
事実。
彼らはエドガイを抜きにしても、
44部隊と渡り合ったことがある。
そして勝ってきた者達。
一人一人の名も知れていない者達であるのに、
その実力。

「・・・・・こんな奴らがのうのうと裏側で生きてきてたとはな」

現状、
ただ劣っていた。
キリンジはエドガイに、
エースは傭兵達に命を握られ、
セーフティにはほど遠い状況。

《ドライブ・スルー・ワーカーズ》
彼らは、
ものの数秒で44部隊2人の命を手玉に取った。

「世論、評判、批判、批評。表向きだけのそんなもんだけで世界をまとめんなってことだ。
 てめぇらの仲間3人も同じような考えのまま死んでったぜ。俺ちゃんらを前にな」

「このヒポポタマスが!」

「動くなっつってんだろ獣っ子」

エドガイはキリンジに突きつけた剣を、
さらによく見える位置まで持ち上げる。
その剣についたトリガー。
それを引けばパワーセイバーが発動する。
いや、
そんなことも関係なしに命を奪えるほどの優位。

「ま、てめぇらの仲間らもさすがだったぜ。さぁーすが44部隊ってか?
 こっちも4・5人もってかれたからな。それに油断自体はしてなかった。
 だがそれでも俺ちゃんらが勝った・・・・っつーのは意味がよくお分かりだよな?♪」

・・・・と、
突然でエドガイはキリンジを掴んでいた手を離した。
もちろん剣は突きつけたままだが。

「じゃぁ俺ちゃんは行くわ」

「なっ・・・何言ってやがるこのエテモンキーがっ!」

「いやいや、てめぇら二人の相手は俺ちゃんの部下がするから。それで十分だから。
 ・・・・・・釣りがくるくらいにな。俺ちゃんそういう勘定は得意よん♪
 レジに持ってく前にお金用意できるタイプかなぁーん」

エドガイはキリンジに剣を向けたまま、
横を通り過ぎる。
キリンジは動けない。
エースも傭兵達に囲まれたまま動けない。

「・・・・殺さずに行く気か・・・なめてんのか!アニマル差別かこのヒポポタマスが!」

「俺ちゃん勘定が得意だっつったろ?俺ちゃんのお仕事って別にあんたらの命じゃないわけね。
 だからお仕事優先ってわーけー。無駄な殺人する気ナッシーン。おーわーかーりー?
 あれ?って事はある意味俺ちゃんって命の恩人。お礼は後日体でよろしく可愛い子ちゃん♪」

「あー?」
「ボス、俺らにやらせる気かよ」
「44部隊の相手なんて気が滅入るし骨が折れんだよ」
「2人同時に相手じゃぁ負けはしなくとも死人が出るわよ?」

「あー?死人?死ぬのがなんだってんだ。それが俺ちゃんらの仕事だろが」

「そりゃそうだ」
「死ぬのが仕事だからな」

仕事のためならば、
お金のためならば、
命なんて軽いものだ。
なぜなら傭兵だから。
傭兵なら死ぬのは当然。
簡単だ。
寿命で死ぬことなんてない。
"死ぬまで傭兵"
それはつまり、
戦場で100%死ぬという事なのだから。
戦死するまで戦うという愚か者達なのだから。

「でもボス」
「"こいつ"はどうすんだよ」
「まさか気付いてないってんじゃねぇよな」

「あー。あーあーあー。まかせるわ」

エドガイは離れていく。
すでにキリンジに剣を向けている意味がないほどに。

「そうだな。ま、そりゃぁ本人の問題だしな」

エドガイは笑った。

「なぁザック」

ただ笑った。
意味深に。
ニヤニヤと。
その目線の先は。

「・・・・・・誰に言った」

エースは顔をしかめて言った。

「べぇーつにー。忘れてんなら勝手に思い出す事だな♪」

「どういう事だ・・・・今のは誰の名前だてめぇ!!」

「おい」
「動くなよ」

「くっ・・・・」

エースの背後に無数の武器。
身動きがとれない。

「なら考え改めて教えてやっちゃおっかなぁ♪かわいそうだしなぁ」

少し離れた距離で、
エドガイはキリンジに剣を向けたまま、
パワーセイバーの刃を向けたまま、
話始めた。


「ある日あるところ。ある事件がおきましたぁーん。
 世間では"連続無差別殺人事件"として処理させてたってなー。
 被害者は老若男女関係なく、そして死因も毎回違う」

「・・・・・・」

「それは傭兵の仕業。それを行った傭兵。いや、殺し屋はよぉ。
 残骸以外は痕跡を残さねぇ腕っききの傭兵だったわけだ。
 だから逆にそいつが行った暗殺は、全て殺人事件だと世間は思ってたわけね」

「・・・・・何を話してやがる・・・それが俺といったい・・・・」

顔をしかめる。
頭が痛い。
気持ち悪い。

「無差別で当然。金もらって殺しを請け負っていただけなんだからな。
 死骸しか残さない姿を見せない殺人鬼。そう見えてもしょうがねぇわな。
 だがま、世間じゃそうでも裏じゃぁ名の知れた傭兵だ。当たり前だよな」

エドガイの表情は、
いつの間にか真剣なそれに変わっていた。

「傭兵の名前は"ジギー=ザック"。殺す獲物(標的)も殺す獲物(使う武器)も選ばない。
 あまりに無色で七色で、矛盾していて理屈を掴み難い。いや、掴み所無き殺人傭兵。
 だからその"名前"とかけ、傭兵達(仲間達)の中でジギー=ザックはこう呼ばれていた」

そしてもう一度、
エドガイは笑った。

「傭兵『ジグザグ』」

噛みあうようで噛みあわない。
ズレているようでピッタリと合う。
だが真っ直ぐじゃなく、
どうにも変化的に掴み所がない。
『ジグザグ』

「・・・・・・それがなんだ・・・・・」

エースは割れそうな頭を、
歯を食いしばる事で、
そして叫ぶ事ことで吹き飛ばした。

「それが俺だって言いてぇのか!?」

「さぁな」

エドガイはやはり笑い、
もう一度歩き始めた。
遠くへ。
答えから遠ざかるように。
それを、
エースを尻目に、
エドガイは歩き去っていく。

「おい!!答えろ!!」

「答えならおたく自身の体に聞きな」

「・・・・なに?」

歩き去りながら、
エドガイは言い残した。

「"バーコードを探せ"」

後姿だが、
エドガイが舌を出したのが分かった。

「んじゃまー、お前ら残業よろすくー♪」

「「「「「サー!イエッ!サーッ!」」」」」

「んじゃバイバイキーン」

エドガイは後姿のまま、
ブラブラと頭の上で片手を振り、
森の中に消えていった。

「くそっ!意味わかんねぇ・・・意味わかんねぇ・・・・てめぇらも俺の過去をしってやがるのか!?」

エースは自分の背後の、
エドガイの仲間達。
『ドライブ・スルー・ワーカーズ』の者達に問う。
だが、
エースの問いに対し、
傭兵達はニヤニヤ笑っているだけだった。

「チクショウ・・・・キリンジ!」
「分かってるってのこの早漏タヌキが!」

エドガイの姿が消えたことで、自由の身になったキリンジ。
彼女はすぐさま行動に入る。
それは、
卵を・・・落とす。
落とす落とす落とす。
ボトボト・・・
手の上からだけでなく、
腰からも、
キリンジ自体が崩れ落ちているんじゃないかというほど、
卵が彼女の周りに落ちていき、
そして煙が充満した。

「いくよ!あちきの可愛いアニマル達!!」

そして現れたのは、
バギにケティハンター。
チャンプスミルにサンバワイキ。
メザリンにミスティ、ファシーネ。
計十数匹の魔物。
いや、
守護動物達。
同時に守護動物を出す者など見たこともないが、
彼女は十数匹を同時に召還した。
数だけなら傭兵と互角。

「おっと。魔物がいっぱい」
「こりゃやべぇんじゃねぇの?」
「数まで互角にされちゃぁねぇ」
「44部隊のが強いのは確実だからな」
「俺ら死ぬかな?」
「誰か死ぬんじゃね?」
「ま、いっか」
「いいわな別に。死ぬくらい」
「仕事こなせりゃ万々歳だ」
「じゃぁ文字通り、死ぬほど頑張りますか」
「同僚もいる事だしね」








































「死ぬほどダりぃー・・・・・・」

戦場の片隅。
戦場とはいえない少し離れた位置。
そこの切り株の上で寝転がり、
ネオ=ガブリエルは呟いた。

「何もしてねぇーのにダリィー・・・何もかもメンドくせー・・・・息もしたくねぇー」

なのに呼吸は勝手に行ってしまう。
なんて理不尽な設計だろうか。
人間の頃から思っていた。
生きるだけで疲れていくのに、なんで人間は自動で生きてるんだ。
理不尽だ。
楽させてくれ。
かといって死ぬのもダルい。

「あー・・・・」

切り株の上、
少し離れたところからは、
戦争の轟音が聞こえてくるのだが、
それをまるで雑音にしかとらえず、
ガブリエルはタバコをふかしていた。

「あー・・・・」

その横で同じ言葉。

「・・・・じゃねぇぞハゲ!!!」

「・・・・あだっ」

ネオ=ガブリエルを蹴飛ばしたのはダニエルだった。

「シャキっとしろこのクソ天使が!あれだぞ!アッちゃんの作戦なんだぞ!
 アッちゃん作戦を俺ら二人が任命されてんだ!なのにそんなグダグダとよぉ!」

「待機だから一緒じゃーん・・・・機を待つだけー・・・機会がくるまではジユーよジユー・・・・」

ガブリエルは、
ダニエルに蹴飛ばされて切り株から落ちたが、
起き上がるのもメンドく、
そして地面から切り株の上に戻るのもメンドく、
そのまま地面で寝返りを打った。

「あーせらーないあーーせらなーーー・・・い」

ガブリエルは大きくあくびをする。

「一休み一休み〜・・・」

「ぐっ・・・」

ガブリエルの態度が気に入らなく、
ダニエルは腹が立った。
アレックスの命令だ。
アレックスが期待している。
失敗すればアレックスが失望する。
なのに・・・
なのに・・・・

「でも、ま、そっか」

ダニエルはポロンと脳みそのスイッチが切り替わったように、
顔が穏やかになった。

「だな!確かに待ってる間なんてどーっでもいっか!なんか気ぃ張りすぎた!
 ヒャハハ!そだなそだな!よっし!なんかヒマ潰ししてよ!」

燃やしてーなー
燃やしてーなー
と、ニタニタ笑いながら、
ダニエルはキョロキョロと見回す。

「なぁなぁ!ヒマ潰しに森燃やしててもいいかな!?な!?いいよな!?
 こんなに広いんだからちょっとぐらい燃やしたってかまわねぇーよな!」

森はちょっと燃やすと大惨事だと思うが。

「んーー?いーんじゃねー?別にー・・・どっでもいいしー」

相談相手がガブリエルだと相談にならない。
いかに面倒を回避できるか。
それだけの答えが返ってくる。
しかもそのひととき、
ガブリエル自身がダルくない答えだけが返ってくる。
つまりYESしか帰ってこない。

「でもやっぱ人燃やしてぇな!ヒャハハ!なぁ!お前燃やしていい!?」
「んーー?いーんじゃねー?別にー・・・・」

それはよくないだろうと思うが、
ガブリエルにとったら別にいいんだろう。
殺すならともかく、
殺されるのは別にいい。
自分が動かなくていいのだから。

「ヒャーーッハハハ!でもこれからいっぱい燃やすんだしな!
 我慢してたほうが後からおいしいよな!んー!どしよ!」

赤髪の放火魔は性欲について必死に考える。
どうやったって迷惑にしかならない性欲に関して、
必死に真剣に楽しそうに考える。
自分が楽しければそれでいい。
なんという自己中だろうか。

さらにネオ=ガブリエルも同じ。
自分が楽に、
ダラりと、
植物のようにじっとしていられるならば、
それでいい。
自分が楽できればそれでいい。
なんという自己中だろうか。

「ヒャハハハハハハ!赤はいんだぜ?赤はよぉー!
 そんでもって赤は全部を黒に変えるわっけよぉーー!
 こう、燃やしたものは全部黒い炭に変わるか、そして黒い煙となって!」

黒い煙となって、
そして、
この空へと立ち昇る。
あー、
ターーマヤーーー!
・・・・、
そう叫ぶダニエル。
両手を広げて空へと叫ぶダニエル。

だが、
その視界に移った。
そのシルエット。

「あやや?」

ダニエルは目を細めてそのシルエットを覗った。
そして、
気付いた。
笑った。
ニタりと。

「・・・・・黒が来たぜ。真っ黒がよぉ」

天。
宙。
空。
そこに移るシルエット。
それは・・・・・・

悪魔。
悪魔だった。
悪魔が飛行している。

「ヒャハ♪ヒャハハハハ!!!来た!出番!出番だおい!
 燃やせる!燃やせるぜオォーーーーイ!起きろガブちゃん!!」

「・・・・・んだよダニー・・・・」

「ダニーって呼ぶな!ダニーって呼んでもいいのはアッちゃんだけだ!
 いやいやそれよりアレ見ろって!見ちゃえ!見ちゃえってば♪」

「んー・・・・」

ガブリエルは、
面倒臭いを心の中で10秒ほど呟きながら、
タバコをふかし、
ゴロンと寝返った。
ガブリエルの視界に空が映る。

「・・・・あー・・・おいしそうな雲だなおい。俺よー、雲見てたら3日たってた事あるわ」

「それどうでもいいからよぉ!あっちあっち!ヒャッホーイ!!」

「駄目だ・・・俺、目玉動かすのもダリィ・・・・」

「そんな事言わずよぉ!ファイト一発だ天使!」

「・・・・だぁーめだー・・・だっりぃもん・・・・俺はここまでみたいだ・・・・
 ぼく・・・・だんだん眠くなってきたよダニー・・・・そしてダリィー・・・・」

「天使が天使のお迎え見てんじゃねぇよ!」

ダニエルがずかずかと歩き、
そしてネオガブリエルの顔を掴んで強制的にその方向へ向ける。

「見えるかおい!」

「・・・・・目のピント合わせるのもダリィー・・・・・」

そう、
面倒臭さの極地のように、
ガブリエルはボォーっとしていたが、
・・・・。
実際。
事実。
そのシルエットが見えると、
脳が刺激させられた。

「・・・・・・・・・」

1mmも反応を見せなかったが、
ガブリエルはやはり心が動いた。
どう思っていても、
どう考えていても、
やはり、
やはり思ってはいる。

神族なんてもんは地上には似つかわしくない。

「・・・・・・・しゃぁねぇか」

面倒だけど。
だるいけど。
グダグダしたいけど。
動きたくないけど。
自分は心のちゃんとしたとこでそう思ってるんだ。
イヤだけど。
面倒だけど。
なんか思っちゃってるらしいからしゃぁない。

神族はやはり人間に干渉すべきじゃない。

「・・・・・・よっ・・・・」

ネオガブリエルは、
その大きな白い翼を広げた。
寝転がった状態から浮き上がる。
その美しい半裸体に広がる透き通った白い翼。
その光景を見てやっと、
そしてやはり、
ネオガブリエルは天使なんだと理解しなおす事ができる。
単純に美しかった。

「・・・・ちょっくら行ってくるか・・・・」

胸にR・I・P(安らかに眠れ)と刻んだ天使は、
浮かびあがった。

「おい!ちょっ!俺も連れてけ馬鹿!燃やしてぇんだよ!」

「・・・・・・あんた神族なんだろ。飛べよ」

「羽ねぇよ!ねぇ!ほら見てみろ!ねぇ!飛べねぇ!」

「・・・・・・・ならそのうち生えるってー。・・・・ほんとに神族ならな」

「バッキャロー!今燃やしにいかなきゃ意味ねぇだろ!俺の性癖的な意味で!
 そんでもってアッちゃんとの約束なんだからちゃんと役に立たなきゃだろが!
 おぶってけ!俺おぶって飛べ!じゃなきゃ焼き鳥にするぞ鳥人間!」

いや、
焼き鳥にするのもまたいいかな。
と、
放火魔はよだれが出そうになるを我慢した。

「・・・・やっだよダリィー・・・・俺ぁ俺一人生きるので精一杯なんだよ・・・・。
 自分一人分生きるのも面倒なのによぉー・・・二人分もカロリー使えるかってのー・・・」

「おいっ!!ちょぉーーー!待てって!行くな!おい!おぉーーーーい!!!」

叫ぶダニエルを置いてけぼりにし、
ネオガブリエルは飛び上がった。
空へ。
故郷に少し近きところに。
いや、
故郷はもともと地上か。
皮肉なもんだ。
なのに今は空に生きている。

「・・・・・・・・」

その空へと飛び上がると、
悪魔の群は、
すでに近くまで来ていた。
戦場。
このノカン村跡地の中間地点を超え、
こちら側の空域にまで。

「・・・・やっだねぇー・・・やっぱだりぃーねー・・・・」

白い羽根を撒き散らしながら、
天使は空中でタバコを吸った。
吐いた。
敵の数。
・・・・
多いとは言えない。
だが、
数十匹はいるんじゃないだろうか。
数えるのは2体まで数えて面倒になったが、
アバウトに10〜99体くらいいるんじゃないか。
と、アバウトすぎる予想の上、
悪魔の群を見据えた。

「・・・・・やんなきゃなー・・・だりぃーけどなー・・・」

煙をふかす天使は、
数十匹の悪魔を見てため息をつく。

「でも俺天使だしなー・・・そ、エンジェル・・・・やっちゃうかー・・・・」

そうして、
ネオガブリエルは空中でタバコを放り捨てた。
火のついたままのタバコは、
煙をわずかに揺らしながら、
地上へと落ちていった。

「・・・・ん?」

落ちていくタバコを少し目で追うと、
ネオガブリエルは気付いた。
もちろん、
神様のくせにポイ捨てとはけしからんとか、
自分を罰している可愛げはまったくないが、
そこから見える地上の光景。
戦場。
その全域。

「なんだー・・・・ありゃ・・・・」

ソレ。
"ソレ"
ソレは決して地上からでは分からなかっただろう。
だが、
あまりにも不自然で、
大々的に不自然で、
誰だって疑問に思う。
そのケビンの策は、
あまりに大掛かり過ぎて、
一目で分かりすぎて。

「・・・・・ま・・・いっかー・・・・」

だがまぁ、
報告とか危機感とか、
ガブリエルには関係ない。
知らん知らん。
そんなん面倒臭い。
それよりも。

「・・・・・とぉ・・・・」

バチバチと雷が渦巻く。
ネオガブリエルの右腕に。
電撃が走る。
稲妻が迸る。
それは、
雷は、
ネオガブリエルの右手の中で、
槍へと姿を変えた。

「あぁー・・・・」

槍を持ち、
天使は空中でため息をついた。

「やっぱメンドいもんはメンドいな・・・・」

だが悪魔は迫っていた。

「・・・・・・・なんで俺がこんな目に・・・・平和に生きたいだけなのになぁー・・・
 ・・・あぁー・・・酷い話だ・・・・・・・・・この世には神も仏もいないのかねぇ・・・」



































「悪魔・・・・か」

ジャスティンは本陣で歯を食いしばる。
天。
そこに広がる悪魔の群。

「多くはないが、やはり・・・」

焦るジャスティンを裏腹に、
メテオラが座り込んだまま、
女性をはべらかしたまま、
ケタケタと笑う。

「あららー。どーするよ大将〜。この世ってぇのは二種類だぜ?
 それはつまり"空を自由に飛べる者"と俺達だ。恰好ならぬ滑降の標的ってか?」
「・・・・・・黙れメテオラ」
「おーおー怖い怖い」

緊張感もなく、
メテオラは笑ったままだった。
ノンビリしたものだ。
だが座ったまま両手に抱く女性。
その手だけはノンビリしていないのがまた鬱陶しい。

「・・・・・クソ・・・だが事実か・・・。俺達には空中の敵への攻撃方法がほとんどない。
 ハッキリ言って手も足も出せない・・・・か」
「お?あれ天使君じゃぁねーのー?」
「・・・・・・ガブリエルは動いたか。正直期待してなかったが何よりだな。
 ダニエルの方はやはり駄目か。神族といっても所詮は飛べない鳥か」

ネオガブリエルだけで悪魔団を撃退できるか?
分からない。
だが期待するしかない。
唯一の飛行能力だ。
頼るしかない。
駄目もと。
藁をも掴む思い。
本当に心から。
だからこそ、
戦力であるダニエルまでも飛行戦に願いを託した。
だがやはりダニエルは無理だったようだ。


「手も足も出ないなんて事はありません」

久しぶりに聞いた声。
それは、
確かに天の助けだった。
・・・・

「用意できたのかフレア!」
「もちろんです♪」

フレアは、
優しく無邪気な笑顔を振りまいた。
フレア。
フレア=リングラブ。
用意。
なんの用意かなんて決まってる。
・・・・。
メテオ。
大規模メテオ。

「よし・・・よし!!」

ジャスティンは右手の拳を何度も握り締める。

「向いてきた・・・・やっとこっち側にも流れが向いてきた!」

それは心からの感謝。
神がいるなら、
あんな堕落天使じゃなく、
神がいるなら今まさに感謝してやる。

2万VS1万。
ただでも数で圧倒的不利であったのに、
ケビン=ノカンの戦略で勢いまでもが向こうにあった。
負け。
負けしか見えない展開。
だが、
だけどだ。
たった一つ。
一発逆転。
一発で逆転できる切り札。
それほどの壮絶かつ強力、超大規模な威力のある攻撃。

それがフレアのメテオ。

「いいぞ・・・まだ敵とこちらの兵。入り混じっているとは言えない規模だ。
 つまり、"前線以外は固まってる"ってことだ」

アレックスやドジャーがいる最前線。
まさにぶつかりあってる戦場の中の戦場。
その中心。
それ以外はまだ真っ二つに分かれたままだ。

2万はまだ丸々向こう側にいるという事だ。

「恐らく・・・現状こっちの戦力は9000・・・いや・・・8000ぐらいまで落ちたか・・・
 それに咥えて向こうはまだ1万8000を超える戦力がいるはずだ。
 だが・・・だけど・・・・その塊にまるまるぶつけてやれば!」

敵と味方が入り混じっていない。
そう、
"敵だけにメテオを落とせる"
超大規模メテオ。
それが落ちれば・・・・・

「5000・・・・いや・・・・1万は削れるかもしれない!!!」

相手が崩れていないからこそ、
それが好機に変わった。
相手が多すぎて、
相手のいる範囲が広すぎて、
だからこそ、
だからこそ、
超絶的な威力を得られる。

相手が10匹しかいなければ、2・3匹しか倒せなかったかもしれない。
相手が100匹しかいなければ、30匹程度しか倒せなかったかもしれない。
相手が1000匹ならば、よくて400匹程度だっただろう。
だが、
相手は2万。
だからこその大災害。
大規模メテオの真骨頂。
フル活用。
最大限。

「狙い通り・・・狙い通りだ!」

ジャスティンは笑みがこぼれるのを抑えきれない。
最初からこれだけを狙っていた。
これしか。
これしか望みは無かったからだ。
最前線の者達にも命令してある。
「戦っても攻め入るな」・・・・と。
相手を固めた状態のままメテオをぶち込む。
それだけ。
それだけの作戦だった。
そしてそれは勝利の架け橋。
たった一つの。

「やります」

フレアが、
決心を固めたような顔つきになる。
幼ささえ残る女性魔術師の顔は、
強き意志に変わる。

「メテオラ。サポートして」
「あぁーい、よぉー」

メテオラはやはり座り込んだままだった。
やる気あるのかと言いたかったが、
この際もうどうでもよかった。

「天照(アマテラス)は炎を纏いし堅き怒り・・・天より出(いずる)時に空は裂け逃げ・・・
 ・・・雲から顔を出すは無数の魔物・・・・我・・それ導きし者とし・・・
 ・・・・・・唱えたるは怒りへの炎を呪縛から解放する愛なる囁き・・・・」

フレアは呪文を詠唱していた。
発動する気だ。
蓄積に蓄積したメテオを。
雲の上に隠れる隕石の束を。

フレアの目が大きく見開いた。

「天から落つるは地を纏った火炎なり!それは天地の狭間を紡ぐ愛とし!今ここに降り注がん!!」

一瞬静寂が訪れた気がした。
そう、
呼吸をするのを忘れそうなほどに。
そしてソレが見えたときは、
思わず声を漏らしそうになった。
ジャスティンだけじゃなく、
周りの者達、
皆そうだったのだろう。
歓声ではなく、
神を見届けるような声を漏らしていた。

メテオは、
雲から顔を出し、
降り注いだ。

「・・・・はは・・・・」

ジャスティンは笑った。

「すげぇ・・・すげぇよ」

それは、
数え切れないメテオだった。
天変地異かと思った。
世界の終わりとさえ思った。
世界最高の魔術師から放たれたメテオの集合体。
数え切れない隕石の数。

それは雨と呼ぶには大き過ぎて、
そう、
それは天から地面が崩れ落ちてきているかのようだった。

「・・・・・さすがに・・・・・」

フレアの体がフラりと揺れた。

「マナリクシャで補給し続けましたが無理がありました・・・・・」

そして気を失うようにフレアはユラリと倒れた。

「おっと」

ジャスティンは、
右手でフレアを支える。
骨折していない右手でフレアを、
宝物を扱うように大事に支えた。

「やっぱレディーに任せきりは男として不甲斐無かったな」
「・・・・・いいんです」

フレアはジャスティンの手の中で力なく微笑んだ。

「・・・・今回のメテオは・・・・私のメテオ50回分を蓄積し・・・落としました・・・。
 このノカン村跡地の半分・・・・相手の陣地1km四方はカバーできるはずです」

メテオ50回・・・か。
落とすのだけ保留にし、
とにかく詠唱だけ50回。
言うのは簡単だ。
詠唱しまくり、
魔力はマナリクシャで補えば可能だ。
水泳のように息継ぎしながら、
ゴールまで続けばいいのだから。
詠唱しては魔力を補給し、
それを50回行った。
理屈だけなら誰にでも出来る。

だが、
それを一斉に落とすのだ。
x50回分のメテオを。
1回のメテオだけで隕石がいくつあると思う。
それが50回だ。
それを一斉に落とすのだ。
彼女のか弱い体は限界など簡単に通り越していた。

「君は強い女性だな」

腕の中で衰弱しきっているフレアにジャスティンは微笑んだ。

「ラスティルには悪いが、惚れてしまいそうだったよ」
「・・・・・フフッ・・・・私はこれでもモテる方なんですよ?それぐらいじゃ落ちません」
「ハハッ、そうかい」

笑いかけたが、
そこでフレアの意識は途切れた。
気絶してしまったようだ。

「誰か、彼女を本拠地に送れ」

ジャスティンは近場の兵士に声をかける。
そしてフレアはそこで戦線を離脱した。
十分すぎる働きだった。
いや、
彼女がいなければ・・・
いやいや、
彼女だけが勝負の要だった。
勝利への道は、
フレアのみに託されていたといっても過言ではなかった。

「・・・・・絶景だ」

ジャスティンはその光景を改めて見た。
メテオが降り注ぐ。
視界の向こう側半分。
そこが隕石で埋め尽くされていた。

「・・・・・・っちぃ・・・・残された俺の方も構ってくれよ」

メテオラが呟いた。
メテオラは座り込んだまま、
いつもの余裕顔はなく、
両手を突き出してメテオをコントロールしていた。

「術者無しだから俺がいなきゃメテオはちゃんと落ちてくんねぇんだぞ!
 いいか!世の中は2種類だ!さっきまで重要だった奴と、俺だ!!」
「分かってる」

イヤな奴だが、
今、
この現状。
メテオをコントロールしているのはメテオラだ。
また彼もいなければ今この状況は出来ていない。
絵に描いただけの餅だった。

「言っとくが落とすだけで必死だからな!悪魔共は無理だ!」
「・・・・くっ・・・・やはりか」

悪魔。
空を飛んでいた悪魔達。
奴らは、
すでに中間地点を超え、
こちら側に来ている。
こちら陣営の空域に来ている。
だからメテオの被害はない。

だが十分。
十分すぎる。
戦況はひっくり返る。
ひっくり返った。

あのメテオの大群が、
1万の魔物を焼き払うはずだ。
残りならば・・・・どうにかできる。
質ならこちらだ。

TRRRR。

不意に、
短い着信音が鳴った。
ジャスティンのWISオーブだ。

「・・・・ん?」

こんな時に誰だ。
そう思っていたが、

それはツヴァイからのメモ箱(メール)だった。


ジャスティンはそれを見て青ざめた。








































「これほどとはな」

ケビンは降り注ぐメテオを見ながら呟いた。
近くにピルゲンはいなかった。
どこにいったのやら。
目を放した隙にだ。
だがそんなことはいい。

「こちら陣営大被害じゃないか。まったく。人間の魔術というのは溜まったもんじゃないな」

ケビンは動かなかった。
メテオが一面に降り注ぐ、
まるで地獄絵図のような、
天変地異のような光景の中、
一歩も動かなかった。

ケビンの居る本陣は最後尾。
ゆえにメテオの被害もそれほどではない。
それでもたまに流れ球が近場に落ちてくるから侮れないが、

「数十・・・・いやいやまるまる飛んで数百の隕石か。俺側の作戦に取り入れたかったよ」

ケビン=ノカンは、
地獄絵図の中でため息をついた。

「いや、"取り入れてはいるな"」

ケビンはフッと笑おうとすると、
それを排除するように、
何者かの気配。
それは蹄の音と共に現れた。

「・・・・・漆黒の騎士(ヴァルキリー)か・・・・」

ソレは、
白い、
真っ白な、
純白なエルモアに跨った、
黒い、
真っ黒な、
漆黒の騎士だった。

「スッカリ忘れていたな。・・・・というのは冗談だが」

迫り来る者。
ツヴァイ=スペーディア=ハークス。
単独疾走。
メテオの雨の中、
メテオの嵐の中、
まるで絵になる。
まるで芸術になる光景。
戦なる乙女は、
メテオを避けながら、
それでもなお一直線にケビンに向かってきていた。

「・・・・・・・カスがっ!!」

アメットに隠れたツヴァイの表情は強張っていた。
そしてまっすぐ突き進み、
エルモアは跳んだ。
ペガサスのように。

「死ね!!魔物風情が!!」

「人間風情に言われたくはないね」

エルモアに跨り、
空中から漆黒の槍を突き出してくるツヴァイ。

ケビンはすぐさま腰から剣を抜いた。
赤茶の剣。
ブルトガング。
ノカンに似つかわしくないその剣をツヴァイに向かって振りぬく。

ガキンッと痛々しい音を奏で、
ツヴァイの槍と、
ケビンの剣は交差した。

「・・・・・ちぃ・・・・」

ツヴァイはそのまま通り過ぎ着地し、
エルモアを卵に戻した。

「・・・・手が痺れるな」

ケビンはすれ違ったツヴァイの方も見ず、
痙攣する自分のピンクの手を見ていた。

「この威力。カプリコ三騎士と戦った時以来だ。骨が折れそうな相手だな」

そしてケビンは振り向いた。
ピンクの種族は堂々と、
そのノカン将軍としてのマントをなびかせ、
世界2番目の方を向いた。

「だがまぁ、俺の勝ち負けなど関係ないぞ黒き人間。
 すでに策は俺の手を離れた。後は"勝つのを待つ"だけだ」

「・・・・・・貴様」

ツヴァイはアメットに隠れて表情を見せない。
だが、
雰囲気だけでその感情は分かる。

「"ココ"はどういう事だ!」

「どういうもこうも。見たままだ」

見たまま。
見たまま。

ミタママ。

それは例えば、
ジャスティンが見たなら卒倒していただろう。
あり得ない上に、
起こりえない。
いや、

"あってはならない"

この本陣。
いや、
ここら周辺。

異様。
そして哀しい。

メテオが降り注ぐ。
強く、
意志と、
希望を持って。

帝国軍。
魔物軍。
その全陣営にメテオは降り注ぐ。




誰もいないその地面に。
































「そんな・・・・馬鹿な・・・・・」

ジャスティンは、
ツヴァイからの報告をまだ信じられなかった。
そして、
この皆がいる場で言葉にさえ出していいのかと疑った。

いない。
いないだと?
敵陣営全体。

"敵の姿がないだと"

あり得ない。
起こりえない。
あってはならない。

最前線を除き、
後半1万5000・・・
いや、
1万ほどか。
2万の大群の、
2万の大軍の、

"まるまる半分が姿を消した"

どうやって。
ありえない。
おこりえない。
あってはならない。

1万の生命が突然消えるなど・・・・・。

「マリ!スシア!!」

ジャスティンは咄嗟に叫ぶ。

「あ?え?」
「何?」

スマイルマンの上で待機しているマリとスシア。
ジャスティンは彼女らに叫んだ。

「そこから敵陣営は見えるか!?」

「へ?」
「・・・・いや・・・さすがにこの程度の高さだと確認できないわ」
「最前線まで行けばまた違うんだろうけど・・・」
「ならスコープとか!何か双眼鏡になるものとかないのか!」

ジャスティンの表情はあまりにおかしかった。
青ざめ、
焦り、
怒りに近く、
もう混乱しきっていた。

「ちょ、ちょっと待って!」

マリは感化されるように焦り、
あたりを見渡す。
そして思いつき、
スマイルマンの側面に移動し、
前側に手を伸ばす。
グリグリと小型のドライバーを回し、
そして引きちぎった。

スマイルマンの片目。
そのレンズを。

「・・・・な、なんなのよ・・・・」

疑問を浮かべながらマリはレンズを覗きこむ。
それでも見づらいようで、
顔を前後させていたが、

「・・・・・!?・・・・・」

マリの表情が一変し、
そしてフラリとレンズを落下させた。

「・・・・・くっ・・・・」

ジャスティンはマリのその表情と動きだけで状況を把握した。
把握せざるを得なかった。

「なんてことだ・・・・・」

ジャスティンは・・・
もう頭を抱えるしかなかった。
次の行動を考える余裕など微塵もなく、
頭を抱える以外の行動は脳の中から排除されていた。

「本当にいないっていうのか・・・敵本陣に・・・・まるまる1万もの魔物が・・・・」

どういうことだ。
どうなってる。
ありえない。
おこりえない。
いみがわからない。

どうやって?
いや、
それ以上に現実がのしかかってくる。

メテオは無力。

あの切り札であり、
唯一の決め手だった超規模メテオ。
それは・・・・

誰もいない大地に降り注いだだけだった。

「じゃあフレアの頑張りはなんだったんだ・・・俺達が必死に考えた作戦は?陣形は?
 全部が無意味で、全てが空振りで・・・・・全部が・・・・全てが・・・・・」

わからない。
なにがわからない。
いみがわからない。

敵はどこに消えた。
何故いない。
いや、
どうでもいい。
何故無意味なんだ。
どうして通用しない。
なぜ・・・
なにが・・・・
どうして・・・・・・・

そして、
ジャスティンの絶望を、
さらに、
さらに押しつぶす出来事が、

一つの悲鳴から始まった。

「なんだ・・・」
「おいどうしたってんだよ・・・」
「なんで後ろから悲鳴が」

周りの者達の動揺と共に、
ジャスティンは振り向く。
後ろを。
後ろをだ。

背後。
背後だぞ。

本陣の背後だ。
ここからでも見える。

なんで。
どうして。
どうやって。


背後の森。
戦場じゃない。
背後の森。



そこには1万の魔物の姿があった。



































「おいおい・・・・どうなってんだこりゃ・・・・」

エドガイとて、
さすがに唖然となった。

森を抜け、
そこは敵本陣。
敵本陣のはずなのだ。
なのに・・・・

「カラッポじゃねぇか・・・・」

あまりに広く見通せる。
1km先まで。
1km先まで見通せるのだ。

すでにメテオはほとんど降り止み、
そこにはクレーターだらけのデコボコの地面。
だがそこに死骸はなく、
ただの空虚な荒地があるだけだった。

「ん?」

突如近場で金属音が鳴った。

「ツヴァイ!!!」

そこでは、
ここら一帯。
唯一の生命。
ツヴァイとケビンが槍と剣を交えていた。

「・・・・・エドガイか」

ツヴァイはエドガイの姿を確認する。
その隙さえも突き、
ケビンは剣を繰り出した。
それをツヴァイは盾で弾き返す。

「ちっ・・・・」

状況は分からない。
敵の背後をついたと思ったら、
そこには誰も居なかった。
分からない。
だが、
目の前にツヴァイとノカン将軍がいるのは確かだ。

エドガイは剣を構える。
剣先を向ける。
そしてグリップ。
トリガー。
パワーセイバーを放とうと構える。

「おっと人間」

だが、
ケビンはツヴァイの方を向いたまま、
剣だけエドガイに向けた。

「やる気か?いややる気なのはいいさ。多数で攻めてくる事に対し、俺はどうも思わん。
 戦争はそうであるべきだ。卑怯だろうがなんだろうが有利に戦闘を進める。それだけだからな」

「何をごちゃごちゃと・・・・」

ツヴァイとエドガイ。
その二人の実力を、
対峙しただけで理解する。
それくらいはケビンにも出来る。
だが、
ケビンはあまりにも余裕な様子だった。

「知りたくないか?」

ケビンは笑った。

「いやいや、怪しまないでくれよ人間。俺の役目は終わった。
 この戦争はすでに俺の手を離れちまったからな。ヒマなんだよ。
 あんたらとの戦いなんて負けようが勝とうが逃げようが、戦争は俺の勝ちだからな」


ノカン将軍は、
この場に置いて、
ただ勝者の笑みをこぼしていた。

「とりあえず、なんでここに誰もいないのか・・・だろ?
 1万もの魔物がなんで一気に姿を消すか・・・だ。大丈夫。納得させてやる。
 俺ぁノカン風情なもんでな。ローカルな戦術しか使えねぇよ」

ケビンは、
剣を下ろし、
地面に突き刺した。
だが、
ツヴァイもエドガイも攻撃はしない。
向こうから話してくれると言っているのだ。
戦況に関る。

まぁエドガイは「知ったこっちゃねぇ。俺の仕事は別だ」
と言いたげだったが、
ツヴァイの視線がそうはさせなかった。

そして攻撃してこないのも分かりきっていた。
ちゃんと考えのうちだと言わんばかりに、
ケビンは落ち着いた笑顔で話し始める。

「順を追って話そうか。まず俺の最初の策。ビーズ降下作戦だが・・・
 まぁ分かるだろ。足止め以外のなんでもない。そして足止めであればいい。
 足止めが重要なわけだ。あんたらをとにかくこちらに進攻させたくなかったんでね」

ケビンはピンクの耳を揺らし、
意気揚々と話し続ける。

「次にノカン騎馬隊による強襲。あれもいわゆる足止めだ。
 もちろんどちらの作戦も出鼻をくじき、勢いをこちらにという意図もある。
 だが今の作戦からすると足止めこそ本質だ。
 出来るだけそっち側に戦場もあんたらも押さえ込んでおきたかったからな」

それらは、
それらの全ては、
全体の勢いに関するものではなかった。
ある意味陣地取り。
事実、
反乱軍は押されながら戦うしかなかった。

「あとは時間稼ぎさ。全部。全部が時間稼ぎ。
 あんたらもメテオ狙いで攻め込んではこなかったが、こちらもさ。
 なんで俺の有望な部下達があえて前線に配置したと思う?」

乱戦必死の前線。
そんなところに重要な隊長級の魔物を置く。
それもノカンの隊長。
ブラックストーンとヴァージニア。
ノカンであるケビンとして、
信頼あるノカンの仲間を何故あえて危険な前線にまとめたのか。

「時間稼ぎ。ついでにあの戦士と悪魔のコンビも役立ったよ。
 それら全てを含め、あんたらはド真ん中に戦場を置くしかなかったはずだ。
 ほっておいて突破することも出来ないし、手間もかかる」

とにかく、
とにかく、
中央。
それ以上は突破させない。
あえて強者を置く。
止める。

「それはあるいみ注目点をそこに向けるって役割もあった。
 あまりに前線が派手すぎてその奥にまで注意を払えなかったろ?」

前線。
ケビンは、
全てを前線にぶつけた。
前線。
境界線。
戦いのライン。
そこだけ。
そこだけでいい。
そこで手間取ればいい。
時間が稼げればいい。
注目させておけばいい。

実際に動いているのはその後ろだったからな。

「その間に後衛1万はゆっくりと移動していたのさ。
 おっと、もちろんココに到着した時には少しずつすでに移動を始めていたけどな。
 まぁ正直スマイルマンが一体前線に来た時はどうしようかと思った。
 あの距離からあの高さでならこちらの動きがバレたかもしれないからな」

ルエン。
偶然でしかなかった移動だったが、
もしかすると防げていたかもしれない。
だが、
それはヤンキの手によって終わった。

「気に食わんな」
「あぁ」

だが、
やはり疑問は残る。

「つまり、1万の魔物を背後から、そして側面から迂回させ、こちらの背後をついた。
 ぐるりと戦場を回りこむ形でな。・・・・・・そう言いたいのだろう」
「だがそんな気配はなかった」

当然だ。
1万だ。
1万などという大軍。
動きがバレないわけがない。

「あくまでココに来た時までは2万丸々と存在していたはずだ。
 だが、そのうち1万をこちらにバレずに移動などさせられるわけがない」
「だな。俺ちゃんは実際、逆におたくらの背後から回りこんできたが、
 そんな気配はなかった。1万なんて大軍が移動した足跡さえな」

あまりに、
あまりに当然の疑問だ。
どこから回り込んだ。
戦場の横から。
大きく迂回させて。
それにしては早過ぎる。
そして横など視界の中だ。
誰か気付く。
分かる。
森を横から迂回してくる1万。
そんなもの必ず気付く。

「フフッ・・・・・」

ケビンは小さく笑った。

「ハハハハハ!!」

おかしくてしょうがない。
そんな笑いだった。
そして、
自分が上回ったという事に対する、
優越なる笑いだった。

「出来るさ」

そして笑みを消さず、
ノカン将軍は話した。

「まぁ、道が悪かっただけだ。今から探せば進軍の足跡など軽く見つかるだろう。
 まぁつまりは、あんたらは"あまりにも勉強不足"だった。それだけだ」

ケビンは両手を広げる。

「俺が・・・この俺、ケビン=ノカンが・・・・"私情"で戦うと思ったか?」

「・・・・」
「何が言いたい」

「私情だけでここを戦場に選ぶと思ったか?この"ノカン村跡地"を!」

「・・・・・どういうことだ」

「開かれた荒野だから戦争には丁度いい?なぜ仕掛ける側が丁度いい場所なんて戦場にする。
 それだけならどれだけでも他に策はあった。2万を有利に戦える場所など俺にとっちゃどれだけもある」

「・・・・・」

「だが俺はここを選んだ。ノカン村跡地を。なぜ?なんでだ?
 同族の魂が眠るからか?弔いだからか?ノカン村復興のためにか?
 感情のためにか?ただの戦場じゃなく、何故ノカン村跡地なのか?」

ケビンのその笑いは、
勝ち誇ったような、
そんな笑いだった。

「お前らやカプリコ砦なんかの本拠地からして位置関係がよかった。
 炙り出すには丁度よかった。それもある。だがそれ以上にだ。
 ここは俺達の故郷であって、桃園であって、誰よりも知る場所だ!」

「・・・・・」

「そう。そうだ。分かるか?分かっただろ?勉強不足だっただけだ。
 少し勉強しておけばそれで防げたかもしれないな。予期できたはずだ。
 ここはノカン村だった場所だ。私情じゃなく、ここを選ぶ理由はなんだ!?
 地図を見ろ。もう一度思い返せばすぐ分かる。それが勉強不足だって事だ。
 そして"ソレ"は史実でも見れば俺が使うことはすぐに分かったはずだ」


それは俺が一度使った戦法で、
俺の最も得意な戦法だからだ。


そう付け加え、
勝ち誇ったノカン将軍は、
指し示しもせず、
答えた。

「"ディグバンカー"だよ」

「・・・・・」
「・・・・チッ」

「そう、ノカン村のすぐ裏はディグバンカーの入り口だ。
 あの巨大なる地下通路の入り口なんだよ。1万はそこを通過した。
 ディグバンカーはノカンの誇りだ。使わない手はない」

もう地図にはない。
ノカン村。
だが、
知っているものならば、
知っていたものならば、
それは分かっていた。
裏、
隣、
隣接、
いや、
もう地図上では重なっていると言っていいほどに、
ノカン村とディグバンカーは近い。

そして数え切れない魔物が存在するディグバンカーは、
1万の魔物が通るには十分だった。
広大なる隠し通路。
さらにノカンの手が加わっているのだろう。

地下。
見えない水面下。
隠し通路。

「正直いえば、4000ほどはすでに地下に待機させてあった。
 2万という多大な数。それも策のうちだ。その多すぎる数。
 誰だって表面を見ただけで2万だと確認できるわけもない」

数も戦略。
葉を見ず、森を見るからこそ、
それは測り切れない。

「おっと、今更だが当然あのメテオは想定に入れてた。
 だからこその策だったな。そちらの切り札は無効化しこちらは最大限。
 戦争の基本は裏を突く事。そして相手を無力化し、こちらは全開に。
 使えるものは全て使い、全ての状況に対応させる。それが戦争だ」

フフッ・・・
ケビンは笑う。

「前線でとにかく時間稼ぎ、足止め、そして注意位置の強制。
 そして見えない裏側では、1万がディグバンカーへと移動・通過」

すべての作戦は、
他の意味を持ちながら、
すべてはこのため。
すべてはこの策に繋げる。

「そして・・・・・」

ケビンは、
自分の左手の指先と、
自分の右手の指先を合わせて笑った。

「ドォーン・・・ってな。最終的には前と後ろ。1万と1万のサンドイッチの出来上がりだ。
 伏兵と挟み撃ち。それらはあまりに古典的で、単純で、そして一生なくならない戦術だ。
 ・・・・・・・分かったか?・・・・・お前らは終わりだよ。戦争はもう終わった。俺達の勝ちだ」

そして、
ケビンは自分の頭をトントンッと指先でつついた。

「戦争は"ココ"だよ」

ピンクの将軍は、
勝ち誇った。
そして
「俺の好きな言葉を知ってるか?」
そうケビンは続ける。

「"万が一"と"万全"だ。間逆の二つの言葉だが、双方繋がっている万物の言葉。
 1/10000を10000回考えつくした者にだけ10000/10000が手に入る。そういう事だ。
 それが完全。それが戦略。それが勝利への執着。・・・・・・・・・そして・・・・これが戦争だ人間」






















                 






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