「ほんとに来るんだろうなぁ?」

日がたつ事など早いものだ。
戦いに向け、
皆があわただしく動き、
それでも足りない準備時間とも戦い、
カレンダーは一枚ずつめくれ、
準備、
作戦、
移動、
到着。

なんだかんだと、
それでもう、

ここはノカン村跡地。

「来なけりゃ大変だろ」
「ある意味トラップにかかったようなもんです」
「来る。調査は進んでいる。まるっきり話通り、疑いも無く。絶望のように歩いてきている」

ツヴァイが言う。
荒野。
焼け果てたサラ地。
ノカン村跡地で。

「2万の魔物はな」

2万。
2万という大軍。
話している時はそうも実感はなかったが、
2万。
それは莫大なる数だった。

2万の頭。
2万の凶器。
2万の狂気と、
2万の個体。

この広いノカン村跡地に入りきるのだろうか。
分からない。
分からないほどの数。

「想像を絶するな」
「後ろを振り返れば予想はつくんじゃないですか?」

後ろ。
自分達の後ろ。
それは後ろと呼んでも差し支えないのか?
端が見えないほどに集まった・・・・

反逆者1万。
ギルドのならず者1万。
反乱分子1万。
自分達の味方。

「全ての仲間。初めてみますけど、実際にこれだけの仲間がいたんですね」
「あぁ。これだけ意志を同じくする者がいるんだ」
「結局3日で1万も収集することは難しかったから、1万には届かない数なんだがな」

街が一つひっくりかえったような数。
人。
人人人。
騎士もいれば、戦士もいて、
魔術師もいれば、聖職者もいて、
弱き者もいれば強き者もいて、
名の通った者もいれば、凡人もいて、

それで何もかも1万人。

しょうがなく戦っている者もいるだろう。
帝国を嫌悪し、わがままで戦っている者もいるだろう。
真っ直ぐな気持ちで帝国を倒そうと思っている勇者もいるだろう。

共通点は、
共に戦う事。
それだけが同じ1万。
命を共有する1万。

「不思議なもんだぜジャスティン」
「ん?なんだドジャー」
「俺は《MD》しか知らねぇ。たった10人そこらのギルドしか知らねぇ。
 だがよぉ、気付いたら背中には1万だぜ?1000倍だ。
 はみ出し者で出来た《MD》だったが、同じはみ出し者が1万人も居たんだ」

ドジャーはなんとなく笑みがこぼれた。
数なんか関係ないとさえ思っていた。
自分らは自分らで楽しんで生きていけば、
それでいいと思っていた。
だが、
クソッタレはこんなにも居たのだ。

「メジャードリーム。クソッタレの逆襲だぜドジャー」
「ん?」
「俺達が一つ階段を上がった結果だ。1万なんて数。見逃せるか?見逃せないさ。
 帝国なんていう世界の中心が、こんなゴミクズみてぇな俺らを見逃せないんだ」
「カッ、傑作だ」
「溜まったゴミの掃除に来るんだあいつらは」
「しつこい汚れはとれないってとこ見せてやるか」
「名案だな」
「燃えないゴミもあるって事を教えてやんよ」

総員。
ゴミの総員。
それがぶつかるのは初めてだろう。
ギルド連合の全員。
それをぶつける初めての日。
それが今日だ。

「で、マリ」
「あいよ」
「あれは動くんだよな?」

マリ。
マリ=ロイヤル。
彼女も、
いや三姉妹も揃ってこの戦場に来ている。
そしてドジャーが指差したもの。
・・・。
巨大なスマイルマン。

「何言ってるんだい?動いてるとこ見たでしょ?」
「まぁそうだけどな」
「僕としても機械ってものがまだよく分からないですね」
「それは私もですよ」

フレアが話しに入ってくる。

「機械って意味が分かりません。なんで動いてるのか意味不明です。
 魔法のように技術的で理論的な裏づけがなければ納得できません」
「フレアさんって結構理系なんですね」
「そうですか?魔法勉強してれば当然かもしれません。
 とにかく魔法が発生する理由はとても分かりやすいですが、
 機械が動く理由ってもう奇跡としか思えませんね。機械が動く意味が分かりません」

でもまぁ、
マイソシアでは当然の意見なのだ。
魔法こそ文明であり、
魔法には理論があり、
説明があり、
証明があり、
使える意味は分かる。

だが、
機械とかいう未知数のものがどうして動くのか。
機械とか、なんかもうメルヘンの世界としか思えない。
魔法のように現実的でなければわけが分からない。

「心配しなくたって動くわよ」

マリは自信を持って言う。
そのスマイルマン。
大型機械モンスター。
人工モンスター。
それが数体、
魂無く配置されている。

「魔物には魔物ってね。ルエンとスシアに仕事任せて、コツコツ作ってたのよ。
 こういう団体戦には使えるでしょ?スマイルマンは100人力よ?」
「頼りにはしてるぜ」
「スマイルマンの強さは身を持って証明してますから」

強大なる敵が相手なら分からないが、
雑兵程度なら歯も立たないだろう。
スマイルマン一体は、
一部隊程度に匹敵するんじゃないだろうか。

「ふん」

ツヴァイは笑った。

「ガラクタまでが兵隊になる時代か」
「ガラクタですって!?」
「ちょマリ!」
「マリちゃん落ち着いて!」

自分のスマイルマンを馬鹿にされ、
怒り狂うマリをルエンとスシアが押さえつける。
だが、
そんなもの放り出し、
ツヴァイは一人歩く。

「こんなものでも役に立つ事は分かる。少なくとも台座ぐらいにはなるだろ」
「へ?」
「ガラクタの頭を借りるぞ」

ツヴァイはそう言い残し、
飛んだ。

まるで段差を超える程度に軽く。
だが、
鳥のように舞い上がり、
二度のジャンプでスマイルマンの頭の上に到達した。

「いい眺めだ」

巨大なスマイルマン。
その天辺。
その頂上。
そこに立つ、
漆黒の騎士。
最強の戦乙女。
ツヴァイ=スペーディア=ハークス。

「おいおい、なんだあいつ」
「知らねぇのか?」
「あれが噂のツヴァイだよ」
「へ?女じゃねぇか!?」
「あれがアインハルトの片割れだってのか?」
「ったく。こっち側の人間なのにツヴァイの顔も知らねぇのかよ」
「いや、俺も初めて見るぜ・・・」
「あれが俺達のリーダー・・・ツヴァイ=スペーディア=ハークス・・・」

スマイルマンの頂点に立つ黒き騎士。
その姿に誰もが目を奪われる。
1万の兵が、
1万の仲間が、
全員がそこに美しく立つツヴァイに注目した。

「いい風だ」

ツヴァイは、
スマイルマンの頂点でアメットを脇に抱え、
一度髪をかきあげた。
長い長い漆黒の髪が、
風になびいて揺れた。

砂の平野。
草も申し訳程度に生えているだけの、
さら地。
ノカン村跡地。
そこから見える景色。

「やはりいい眺めだカス共」

高き、
高み、
スマイルマンの上で、
ツヴァイは1万の仲間を見て笑った。
ウジ虫のように、
ゴキブリのように沸く1万の仲間。
この高さからなら全てが見渡せる。

「皆の者。よくぞ集まってくれた」

ツヴァイはスマイルマンの上で、
1万の人間を目の当たりにしながら、
話し始めた。

「本当によく集まってくれた。それだけに、そこだけ感謝というものをしよう。
 戦う。戦わない。逃げる。向かう。これからお前らがとる行動を無視し、
 ただこの場にとりあえず立ってくれた1万ものカス共。そこに感謝しよう」

共に、
供に戦う事にではなく、
ここに集まった事だけに。
1万のカスが揃った事だけに。
感謝。

「戦う理由はそれぞれでいい。戦わない理由をもってもいい。
 ただこのオレ、ツヴァイ=スペーディア=ハークス。
 このオレに孤独をくれなかったお前らに苦情と感謝を送る。
 何故集まってくれた。何故オレに諦めをくれなかった。
 何故オレに兄上から逃げる選択をくれなかった。お前らには凄く文句を言いたい。
 そして、諦めることを諦めさせてくれたお前ら1万人のカス。
 見れば見るほど退く事が出来なくなったこの状況を作ったお前らに・・・感謝を送る」

1万のカス。
1万の愚民。
1万の反抗期。
1万。
大軍でありながら世界にとっては1万ぽっち。
その1万。
帝国に逆らうために命など惜しまない馬鹿野郎が1万。
頂点に立つなら、
帝国と絶対的最強の兄から逃げない。
そしてツヴァイは、
1万人の仲間からも逃げない。

「共に死のう。カス共」

ツヴァイは、
その高みから1万人に見えるよう、
拳を振り上げ、
拳を握りこむ。

「ここに居る全員が生き残るなんていうハッピーエンドは100%起こらない。
 断言する。あり得ない。9を気が遠くなるほど並べた可能性ではなく、100%絶対あり得ない。
 そこにいる冴えない雑兵。有能なオフィサー。核である幹部。そしてオレ。
 誰もが死ぬ可能性があり、誰もが死ぬ可能性の方が高く、そして誰もが死ぬだろう。
 だが、1/10000。この中の誰か一人でも生き残って帝国を叩けばオレ達の勝ちだ」

ツヴァイは腕を振り払った。
その高みで。
世界で2番目の高みで。

「これから死ぬ者達へと送る!生きるために殺しに行くぞ!
 これから死ぬ者達へと送る!生きるために死にに行くぞ!
 世界から見放された2番目の反乱者達よ!1番目を憎む愚か者達よ!
 今日を持って帝国を滅するがため、世界を破壊するため!己を生け贄に!
 命がカスになるまで命を燃やし尽くせ!欲望と!憎しみと!そして怒りのままに!」

ツヴァイは指をさす。
誰ともなく、
1万の愚か者全てに、
1つの指を突き出す。

「カスはカスらしく、カスのままに」

そしてツヴァイは降り立った。
スマイルマンの上から飛び降りる。
1万の歓声、
1万の雄叫び、
1万の勇士の中、
2番目の頂点は降り立った。

「やっぱあんたは必要な人間だな」

ジャスティンが笑う。

「あんたがいなけりゃ怖気づいてる奴が何人いたか。
 あんたがいなけりゃ1万人この場に居たか。さっぱり分からない。
 だがここに1万人が敵に向かおうとしている。現実にだ。・・・・あんたの力さ」

「必要とされるだけなら得意分野だ」

そして捨てられる事も・・・と、
ツヴァイは小声で言い放つ。
兄のためだけに生き、
自分を捨てて尽くし、
捨てられた。
殺された。
だからこそ今度は歯向かう。
復讐と簡単な言葉に変えてもよく、
それでいて今度は自分のための、
初めて己のための戦い。
そんな傲慢なだけな子供っぽい反抗心。
だが、

「やるぞー!!」
「ブッ殺してやる!!」
「帝国なんてクソ食らえだ!」
「俺達が変えてやる!」
「世界をブッ殺してやる!!」

同じような事を考えている愚か者がこんなにも居る。
ならば、
道を開こう。
己の進む道を開くだけで、
自分が先頭に立ち、
自分の道を自分のために切り開くだけで、

1万人が通れるというのなら。

「さて、前座が来たようだ」

ツヴァイが言うと、
この荒野。
このサラ地。
広い広い、
辛うじて向こう側が見えるような荒野。
ノカン村跡地。

その向こう側。
2万の摩訶。

「・・・・カッ・・・・」
「いざ目にして見ると・・・・・」

それは・・・
眩暈を起こしそうな数だった。

「モンスターと悪魔・・・2万匹・・・」

どうやってルアスの森とミルレスの森を通過してきたのか。
森を押しつぶしてきたんじゃないのか?
そう思えるほどの大軍。
2万。
色とりどりのモンスターが並び、
列もなさず、
歩み、
ある魔物は飛び、
ある魔物は走り、

百鬼夜行。
200夜分の百鬼夜行がこの戦地に姿を現した。

「すげぇ数だな・・・端が見えない」
「ちょっとアレックス。ちゃんと2万いるのか数えてみろよ」
「1・・・2・・・たくさん。ってなとこですね」
「カッ、ふざけんなってほどたくさんいますよってなもんだ」

アレックス達とて、
1人で20匹ほど相手にする力は備えている。
だが、
もし20匹の魔物が真っ直ぐ突っ込んできたら?
全方向からもみくちゃにされたら?
それはもう強さとか力とかの存在しない領域。
数。
それは何もかもを無に帰す最強の力。

「ともかくお出ましだ」
「料理の準備は出来ましたと・・・さ」



































敵陣営の中、
部下の魔物が用意した椅子の上に、
『ノカン将軍』ケビン=ノカンは腰を下ろした。

「やれやれ・・・だ。戦地にてやっと一息つけるとはな」

3日3晩。
大軍をつれての進攻は彼とて疲労困憊だったようだ。
自慢のピンクの耳を垂らし、
ケビンは項垂れた。

「戦いはこれからでございますよ?ケビン殿」

フフッ・・・と、
闇が渦巻いたと思うと闇の中からピルゲンが姿を現す。

「お疲れは察しますけども、これからが戦いなのでございます。休憩はまたにでも」

「休憩?これからが戦い?・・・ったく。これだから戦争慣れしていない人間ってのは」

ケビンは両手を広げ、
やれやれと首を振った。

「ピルゲン。人間が大好きな日記帳ってやつにでも刻んどけ。戦争は遠足と同じだ。
 "行って帰るまでが戦争"なんだよ。分かるか?」

ケビンはニッ・・と笑う。

「戦争はすでに始まっているんだ」

悪魔。
魔物。
2万の摩訶を引きつれる将軍。
だが、
その頂点に立つのは、
低俗な種族。
ノカン。
それは何よりも強きノカン。
戦争のスペシャリストであり、
戦争の申し子。
世界の全てを巻き込む戦争の中心には、
ノカンという弱き種族の長がいた。

「桃色の風は吹いている。懐かしさを感じる戦場の風。
 ・・・フッ。懐かしさを感じるというのは忘れていないということだ。
 俺が将軍として、ノカンの将軍として、いつもの通りの戦争が出来そうだ」

「やってくれないと困るんですよ。やるべき事さえやればいい。
 ディアモンド様はそれだけをお望みでございます」

「ふん。てめぇら人間ってのは分からない。分からねぇなぁ。
 種族のためでなく、家族のためでなく、団体のためでなく、
 たった一つの個体のために全てを投げ打ち従い頭を垂れる」

「種族として生きのびようとするのは弱き種族だけでございます。
 人間はすでに繁栄には飽きた。あとは遊び、楽しみ、生きるだけ。
 それが人間でございます。強き種族の特権でもございますね」

個人として、
好きに生きる。
それは確かに人間が得た贅沢だろう。

「自由がために共食いか。くだらん種族だ」

ノカンであるケビンには分からない感情だ。
自分のために仲間である人間同士で殺しあうなど。
人間が愚かにしか見えない。

「だが俺は違う。ノカンのため。それだけだ。
 ノカンの未来のため、俺は戦う。他の何を投げ打ってでもな」

あまりにもハッキリした信念は、
人にも分かる。
どれだけ脅威でやっかいなのか。

「で、貴方が提案した策なのですが」

「なんだ?」

「いえ、いささか複雑で理解には苦しみましたよ。
 私の脳でなら間に合いますが、低能な魔物共に策全て理解できているのでございますか?」

「ふん。そんなもんいらねぇよ。2万は2万で命令だけ聞いて動いてくれればいい。
 てめぇに教えてやった策も使うのはその1/10ぐらいだ。
 あとは余分。戦場は天気みたいなもんだ。状況に応じて作戦も変わる。
 ただ至る状況にも対応できるように策を張り巡らしただけだ」

「重ねすぎた策は自らの首を絞める事がございますよ?」

「自らの首を絞める状況にまで対応して作戦は作ってある。
 予定外に対応できるかどうかが軍師として極まってるかの違いだ。
 予定外に対応できる作戦はつまり・・・・予定外のない作戦なんだよ。
 いや・・・それ以上に・・・・」

ケビンは少し顔をこわばらせる。

「俺程度の首などどれだけでも絞めればいい。大事なのはノカンの未来だ」

確固たる意志。
それは自分の種族に対する忠誠心に近く、
信仰にさえ近い。

「ここはノカン村跡地。無念のまま死んだ同士達の魂が俺も見守ってくれてるだろう。
 そして生霊になっちまいそうなほど、俺も寒気を感じる。
 この懐かしい地に立つと、恨みと憎しみが冷たく俺にのしかかってくる。体からこみ上げてくる。
 そして思い出と共に懐かしき暖かさが俺を包み込んでくる。心からこみ上げてくる。
 ここはノカン村(桃園)の未来を委ねるには最高の場所だ。
 過去に終わった地の上で、俺は未来を作り上げる。終わりじゃない。続きを作るのだ」

ノカンの将軍の目は、
強く輝いていた。

「作戦を開始するぞ。予定通りにだ」

2万の魔物達は、
1匹のノカンの思いのまま、
動き出す。







































「さぁて。どうする」

だだっ広いノカン村跡地。
1万の反乱軍。
1万の人間。
そして、
2万の帝国軍。
2万の魔物。

それは1kmほどの距離をおいて、
対峙したままだった。

「どうするかって聞いてんだよ軍師さんよぉ」
「あ、僕ですか?」

アレックスはとぼけた様子で答える。

「何が僕ですかー?だ。作戦やらを考えた中心はお前だろが」
「でもアレックス君の戦略術には改めて脱帽したよ」
「弱者の知恵ですよ」

戦略。
戦術。
それらはアレックスの得意分野。
今回の作戦。
1万人の夢をのせた戦いの作戦も、
アレックスが中心となり作られた。

「向こうもノカン将軍っつーすっげぇ軍師がいるんだろ?
 一方、こっちはアレックスったぁ寂しい話だがな」
「失礼ですね」
「カッ、だが出来た作戦聞いたときは俺も驚きを隠せなかったっての」
「でしょ?」
「ざけんなよ。なぁーにが「ま、なんとかなるでしょ作戦」だ」
「てへ」
「可愛くねぇよ」

そんな馬鹿な。
僕は可愛い・・・とアレックスはくだらない事を考えていた。
ともかく、
アレックスの作戦。
それはたしかに戦略として整っているが、
あまりにも大雑把。
あまりにも適当。
的は得ているがそれだけ。
細かくなく、
とにかく大雑把。

「作戦っていうのはシンプル・イズ・ザ・ベストですよ」
「いい言葉だね。そして素晴らしい考え方だよ」
「ん?」
「居たのかエクスポ」
「・・・・・・」

美しくない・・とでも言いたげだった。
実際気付かなかったけども。

「まぁアレックス君の作戦さ。確かに大雑把なのはいなめないね。
 ボクとしては大雑把をシンプル・イズ・ザ・ベストって言葉で括る人は嫌いだけど、
 これはちゃんと考えてある作戦さ。芸術とは言わない。造型途中の芸術さ」
「分かりやすく言えよ」
「綿密じゃないけど抑えるところは抑えてある。言うならば余分をとっぱらって急所だけ突いてる。
 リスクは極限まで減らし、できるならば・・・・っていう作戦群なわけだよね」
「分かってるじゃないですかエクスポさん。そうです。
 作戦っていうか、出来たらいいなぁーっていう希望表みたいなもんですね。
 正直魔物と悪魔が2万程度しか情報無いのに細かい作戦は立てようがありません」
「うん。戦況なんてものは時と場合によって変わるしね。
 相手の手の内も分からないうちに細かい作戦を労するのは、作戦じゃなく妄想さ。
 まぁ妄想を具現化するのが芸術家なんだけどね」
「手持ちの材料で行うのは芸術家じゃなく技術家・・・か」
「だができる範囲の事だけやって勝てる相手じゃねぇだろ」
「だからアレックス君の作戦は造型途中・・・いや、造型途上なのさ」

エクスポはチッチッと指を振る。
お前が作戦を立てたわけでもないのに、
なぜあぁも偉そうなんだ。

「大雑把でしかないって事は、時と場合で応用が利くってことさ」
「なるほどな」
「イケる時にいく。出すか出さないか。出せる時にだけ出す切り札の集合体ってことだな」
「あまり持ち上げて、失敗した時に僕の責任にしないでくださいね・・・・」
「なぁに言ってるんだい」
「責任もなにも、そん時は皆死んでるさ」

そりゃそうだ。
そう、
今までとは違う。
今回は・・・・

勝たなければ全滅なのだ。

次はない。
逃げ延びるなんて手もない。
勝つ。
それ以外はない。
それ以外はゲームオーバー。
終わり。
終了。
そんな戦いなんだ。

「とりあえずフレアさん。準備よろしくお願いします」
「はい」

フレアは笑顔で返事をした。
そして振り向き、
背後の自分のメンバー達。
《メイジプール》の者達に指示を出し、
そして・・・・

フレア=リングラブは詠唱を始めた。

フレアの能力。
メテオの蓄積。
メテオを溜めに溜め、
一気に降り注ぐ、
超範囲型のメテオ。
『フォーリンラブ』の二つ名。
それは抱えきれないほど降り注ぐ愛の雨。

「フレアのメテオの準備が整うまでどれくらいのもんだ?」
「今回の規模ですからね」
「ま、30分から1時間は見ておいたほうがいいんじゃないか?」
「時間をかければかけるほど範囲は大きくなりますが、時間をかけすぎても手遅れになります。
 味方と敵がごちゃごちゃに乱戦になってからじゃ遅いですから」
「時と場合・・・か」
「とりあえずメテオを蓄積してもらっておいて損はないだろ」
「ボクもミルレスで彼女のメテオを見たけど美しいね!!楽しみさ。
 あれはまるで降り注ぐ花火。いや、流星群だよ。積み重ねた魔法が一気に発散される姿もまた芸術さ」

「ま、頑張ってくんな」

・・・と、
偉そうな口が聞こえる。

「・・・・」
「メテオラか」
「イヤそーな口ぶりすんなよ♪仲間だろーがよぉ」

メテオラは、
この状況になっても、
地面に座り込み、
そして周りを女で取り囲んでいた。
ご丁寧にシートまで引き、
両サイドに女。
足元にも女。
背中にも女。
ハーレム状態。
モンブリング帽をかぶった色男は、
戦地で偉そうに座り込んでいた。

「戦う意志の見えないやつを仲間たぁ認めたくないな」
「うっせぇうっせぇ♪俺ぁフレア嬢ちゃんのメテオの補佐だからよぉ。
 『メテオドライブ』のメテオラ様はフレアちゃんがメテオするまでヒマなわけー♪」
「そこまでノンビリしなくてもいいじゃないですか」
「いやいや!女の子達が放してくんないから忙しくて忙しくて!」

ウザい。

「大体ノンビリがどーこーっつーならあの変な天使男なんて向こうで寝てたぜ?」
「ガブちゃんさんですか?」
「あぁ。タバコ吸いながらスウェット姿で寝てた」

ネオ=ガブリエルとダニエルの神族コンビは、
作戦のために違う所で待機してもらっている。
・・・とはいえ、
当の二人があんなだから正直期待はしていない。
だからって・・・
スウェットて。
確かガブリエルが常時上半身裸なのが目に付き、
ルエンがスウェットをプレゼントしていたが、
多分無駄に着心地がよくて来たまま戦地に来たのだろう。
スウェットで戦地に来るなんて聞いた事ない。
というかスウェットの天使ってどうなんだ。

「ま、待機ってぇのは待機してりゃぁいいんじゃねぇの?そうだろ?
 世の中には2種類の人間がいる。"言われた事だけをやる奴"と、俺だ。
 別に迷惑かけてねぇし、言われた事はやってる。支障もねぇ。問題あるか?」
「ありありだ」
「見てるとムカツクし腹が立つ」
「周りの人の士気にも関ります」
「あー、やだねやだね。そんな指示しなかったクセに文句ばっか言う。
 世の中は二種類の人間だ。"先にちゃんと言っておく奴"と、お前らだ」
「普通に考えろ」
「何も言われなかったからって小学生か?てめぇ。マナーだろマナー」
「法律にひっかからない悪事を働いた奴にもそう言うのかてめぇら。馬鹿丸出しだな。
 ま、そんな大層に怒るこっちゃねぇだろが。俺は俺で楽しくやらしてもらいますよーっと。
 俺は俺自身の自由を奪われてまで手を貸す義理はないんでね。戦う理由の姿勢は十人十色」

・・・・。
メテオラ=トンプソン。
元六銃士。
ジャスティンの前の六銃士。
そして今の《メイジプール》オフィサー。
ムカツく奴だ。
だが彼の言うとおりだ。
メテオラはフレアの援護として無くてはならない存在であるが、
彼に戦いを強制されることなどできない。
いや、
彼にだけではなく、
ここにいる1万人の者。
全てに強制はない。

「ま、いいじゃねぇの?俺達は順調順調♪ツヴァイってお偉いさんも持ち場行ってんだろ?
 皆さん十色で順調に作戦大気中。俺も・・・な。あとは自由。やるときゃやるっての」
「やる時にしかやらない奴がボクは一番信用できないね」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ん?どうしたんだい?」
「いやまぁ・・・・なぁ?アレックス」
「そうですね・・・・僕達も無駄に動きたくない派ですしね・・・」
「人の事を言えた義理じゃない・・・か」

ジャスティンは軽く笑った。
だがまぁ、
自分達はこれでいい。
こんなんでいいと思ったからだ。
強制もされたくない。
自由が欲しいとまで大層な事は言わない。
ただ、
押し付けられるのがイヤだ。
それだけの理由で1万人が集ったのだから。

「さぁて、ボヤボヤしてるヒマもなくなってきたんじゃないか?」

ジャスティンは片腕をギプスで吊ったまま、
敵の方を見る。
2万の魔物。
まだ不気味に動きは見せない。
動き出したらこちらも動かなければ。
いや、

「こちらから動くべき・・・か」
「最初の作戦はなんだったっけか?」
「臨機応変」
「便利な言葉だ」
「フレアさんのメテオの準備時間がありますし、時間を稼げるなら稼いだ方がいいです」
「とりあえず待機だね」
「そんなにうまくはいかないのが世の中だけどな」
「どこ見てんだい?お偉いさん方」

周りがざわめき始めた。
理由も分からないまま、
声をかけてきたのはメテオラ。
座り込み、
女をはべらかしながら、
ダラりと言って来る。

「上だよ上」

ニヤニヤ人事のように笑いながら、
メテオラは指をさす。

「上?」

魔物の群に動きは無かった。
魔物の軍に動きは無かった。
だが、
それは目に見える範囲の話だった。
上。
上。
上空。

「!?」
「クソッ!!」
「総員構えろ!!!」

ジャスティンが声を張り上げる。
1万の者達に、
伝達が伝わっていく。
1万が注目するのは・・・上。
上空。

「カッ・・・空襲か」
「俺達には出来ない道があるってことだな」

上空。
そこには・・・・
魔物の群が羽ばたいて向かってきていた。
手も届かない空。
武器も届かない空。
そこに、
ストーンバットやアズモといったモンスター達が、
広がり、
鳥のように飛んでいる。

「やられましたね・・・・」
「あん?」
「先手は先手。カードゲームの先攻なんかじゃない。先手は先手があるがため・・・ってことです。
 先に手を出せば先手じゃない。先手は先手だからこそただ有利に。
 相手になす術なく、ただ一発かませる動きこそ先手。相手にとってはそれが空襲・・・」

モンスターだからこそ、
飛べる者がいる。
相手にはさらに悪魔だっている。
一方こっちは飛べるのはネオ=ガブリエルのみ。
ハッキリ言って手も足も出せない。
やられた・・・・。
そう言うしかない。
やられるがままにやられるしかない先手。
上空に広がる、
空飛ぶ魔物の群。

「カッ!出せばOKじゃねぇだろ!!」
「あぁ、迎え打つだけだ。食らわなければただの先攻だ」
「何か音が聞こえないかい?」

エクスポの言葉に反応し、
耳を澄ます。
・・・。
音。
小さく、
たが風を切るような、
笛を鳴らすような音。
それは次第に大きくなり、
それは次第に低くなる。

「何か落ちてくるぞ!!」

兵士の一人、
誰かが叫んだ。

「なんだありゃ!?」
「爆弾か!?」

先手は先手。
ただ有利に。
上空から降り注がれる、
幾多の丸き物体。

「チッ!俺達がフレアのメテオでやろうとしたことをあっちは爆弾降らせてやりやがった!」
「くそったれ!おいメテオラ!!」
「あーん?」
「あーん?じゃねぇ!さっさと指示しろ!フレアは詠唱中なんだ!
 《メイジプール》の指揮権はてめぇにあんだよ!さっさとしやがれ!」
「・・・・ったく。しゃぁーねぇーなぁ」

メテオラは、
それでも座ったまま、
女の両手に囲んだまま、
後ろの部下達。
《メイジプール》の魔術師達に言う。

「おいてめぇら。撃ち落とすぞ」

メテオラの一声で、
魔術師達は声をそろえ、
そして動きを揃えた。
《メイジプール》
世界の魔術師達の結晶体。
ある者は天に手をかざし、
ある者は杖をかざし、
ある者はオーブをかざした。

「世の中には二種類の人間がいる。"やる時やれねぇ奴"と・・・・お前らだ」

メテオラは、
横の女のホホを撫でながら、
ニヤニヤと笑う。

「お前ら魔法に自信あんだろ?なら最高の時だ。見せてやれ」

そんな、
ふざけた様子のメテオラの顔が一瞬強張った。

「・・・・・・・・・・・撃てぇ!!!!」

そしてメテオラの一声。
叫び、
響く。
それが響く。
メテオラの一声と同時に、
魔術師達の手、
杖、
オーブ。
それらから放たれたのは・・・・・・・・・矢。
ファイヤアロー。
アイスアロー。
ウインドアロー。
それらが200の魔術師達から上空へと撃ち放たれる。

「たぁーまやぁーー♪ってか?虹が上にあがる姿も綺麗なもんだな」
「その美しさだけはボクも同意してあげるよ」

火、
氷、
風の矢が、
上空に撃ち上げられる。

「おっしゃ!」
「いいぞ!!」

それらは、
空中のモンスター達から降下される爆弾を撃ち落していく。
空中でぶつかり、
弾ける。
散乱する。
落ちてくる前に破壊する。
魔術師達の矢によって。

「この調子で行くぞ。第二射準備」

メテオラが座り込んだまま言う。
だが、
アレックスはそこで異変に気付いた。
もちろん、
相手の2万はまだ動いていない。
先手である空襲も撃ち落すことに成功している。
だが、
だからこそ、
こんな事で防げるからこそ、
何故動かない。
まったくの無駄な先手なのか?
自分達が相手の策を上回る技量を持っていただけなのか?
いや、
いや・・・・

「おかしい・・・・」
「ん?なんだアレックス」
「おかしいです!メテオラさん!止めて!」
「撃てぇ!!!」

遅かった。
さらに第二射。
魔術師達が、
上空に矢を撃ち上げる。
ファイヤアロー。
アイスアロー。
ウインドアロー。
それらが天に向かって撃ち放たれる。
それらはまた、
上空から降下される爆弾を撃ち落していった。
・・・いや、
いやいや。

「爆弾なんかじゃなかったんです・・・」

それらが落ちてくる事で、
やっと気付いた。
爆弾なんかじゃない。
落ちてくる事でやっと気付いた。
撃ち落したのに、
撃ち落したのに、

落ちてくる物が減ってないことに。

「むしろ増えてやがる!」
「なんだありゃ!!」

落ちてくる。
ドンドンと落ちてくる。
落ちながら増えている。
いや、
"撃ち落したから増えている"

「ビ・・・」
「ビーズだ!!!」

ビーズ。
羽の生えた球体。
七色のモンスター。

「うわぁあ!!」
「モンスターだ!!」
「撃て!」
「撃ち落とせ!!!」

「馬鹿野郎!!撃つなお前ら!!!」

今度はメテオラが止めるが、
混乱に満ちた魔術師達は、
歯止めが利かなかった。
阿呆のように矢を撃ち上げる。
上空へ。
それらはぶつかる。
落下してくるビーズに。

「痛いよねー!」
「無駄なのにねー!」

ビーズは分裂した。
矢がぶつかるたび、
上空で分裂した。
1体だった者が2体に。
2体だったものは4対に。
分裂し続ける魔物。
それらは増え続けそして落下してきた。

「うわぁぁあああ!!」
「落ちてきたぞ!」
「殺せ!!殺せ!!!!」

ビーズは地面への落下でさらに弾ける。
分裂する。
増殖する。
落ちてきたビーズは少数だったのに、
落下してくるとすでにその数は100を軽く超えていた。
そしてさらに分裂していく。
攻撃すればするほどに。

「クソッ!!」
「ビーズを降下させてくるとは・・・・」
「相手のトップ・・・『ノカン将軍』ってのは甘く見れた相手じゃないみたいですね・・・。
 "防ぐことの出来ない先手"。攻撃したら逆効果なわけですし・・・結局しないわけにもいかない・・・。
 やられました・・・・。ビーズを全て破壊するまで混乱状態は続くでしょう・・・・」
「くそ・・・いきなりお祭り騒ぎかよ!」

1万の反乱軍。
その全体に、
満遍なく降り注がれたビーズの空襲。
それは攻撃しても増え続け、
1万の兵を混乱に陥れた。
まるで空から降り注がれたウイルス。
防ぎようさえなかった。
まんまと混乱状態に陥れられ、
すぐには兵達を動かせない状態だ。

「レッドー♪」
「オレンジー!」
「イッエロー!」
「グリングリーン!」
「インディゴー!ヒウィゴー!」
「ブブブブブブルゥー!」
「パープルー!」

ビーズ達が、
楽しそうに声を上げる。
分裂し、
色が変わり、
増えていく。
1万の兵達は、
それらを斬り、
するとさらにビーズは増え、
それを斬り。
そんな状況に追われ、
混乱状態だった。

「ファーストアタックは・・・完敗みてぇだな」





































「うまくいったようでございますね」

ピルゲンが言うと、
ケビンは軽く笑って返した。

「うまくいった?うまくいかないならやらんさ。それが作戦の遂行ってもんだ。
 うまくいかない事態があってもそれを対処する策を使うだけ、
 緊急事態にさえ全て対応できるなら、うまくいかないなんて事はあり得ないんだ」

100%行う。
それが作戦の理想系であり、
それを行うのが彼。
『ノカン将軍』
ケビン=ノカン。

「自信を現実にしているまでは褒めましょう。それが世の常でございます」

「ふん。褒め言葉はありがたく頂戴するよ。世の中に無駄なものなんてありやしない。
 時、地形、風、人、そして感情。それさえも戦況に左右する因子である限りはな。
 俺の評価があがればそれだけでも何かの役に立つ。何事も何事かに役立つんだ。
 俺の大嫌いな人間の文化も、この俺自身のくだらない憎悪の感情さえも」

「まぁいいでしょう。それで次でございます。順調ということはつまり策もそのままぬかりなく?」

「当然だ。おい、ブラスト」

ケビンに呼ばれて前に出てきたのは、
半身が火傷で黒くただれたアンクルノカンだった。

「ブラストじゃねぇ。俺の名はあの日からブラックストーンだケビン」
「長ぇんだよ」
「ケッ、俺は黒炭になって残った石コロだ。こんな俺にはお似合いなんだよ」
「その気持ちはまだ煮えたぎってるな」
「当たり前だ!」

ブラストは、
アンクルノカン特有のその特徴ある腕の拳を握る。
黒く焼け焦げたその拳は、
怒りで強く握られた。

「あの日、この場所!燃えるノカン村で生き残っちまった俺はよぉ!
 死んでいったノカン達の復讐の塊なんだ!怨念の塊!
 黒尽くしの石ころ!それがこのブラックストーンだ!」
「分かってる。同じ気持ちだ」
「命令をくれケビン!」
「あぁ・・・・・行け。今が好機だ。桃園の再建の一部をお前に託す」

ブラストと呼ばれたアンクルノカンは、
豪快に返事をし、
魔物の群の中に消えていった。

「"あの部隊"。本当に作り上げたのでございますか?」

「この世に使えないものはない。言い換えると、俺はどんなものでも使ってやるさ。
 ノカンの未来のためならば何も躊躇はしない。ブラストの部隊をぶつける」

「確かに、その部隊が完成しているなら強襲にはもってこいでございますね」

「あぁ。ビーズで混乱している今がチャンスだ。相手は動けない。
 そこに最速でぶつける。機動力ならばあいつの部隊が最高だからな。
 もたついてる相手に一気に攻撃する。先手の次もこちらの攻撃だ。
 ブラストの部隊の突撃後、畳み掛けるように攻撃する。全てこちらの攻撃。
 後攻などない。潰しきる。こちらにメリット、相手にデメリット。
 これが戦い。これが戦争。これが戦略だ。覚えておけ人間」

「ノカンも戦闘民族・・・・か。あなどれないものでございます」

「知能が発達したのは人間だけだと思うなよ。そして・・・・頂点に立つのも人間だと思うな」




































「ビーズの処理はどうなった!」

ジャスティンが叫ぶ。
だがまだ全体が騒がしい。
ビーズに翻弄されているのは状況だけで分かる。
処理しても増え、
さらに手間のかかるビーズ。
処理し終わったとしても体勢を整えるのにどれだけ時間がかかるか。

完全に整っている初期状態だからこそ尚更だった。

1万の兵。
その1万をまるまる元の状態に戻さなければならないのだから。

「予想よりは早く整うとは思いますが・・・」
「美しくない・・・と言いたいが、相手の思う壺ならば相手を褒めるしかないね。
 今叩かれれば混乱状態に直撃。ただでも数で負けてる敵に一方的に攻められるよ」
「カッ、大丈夫だ。まだ相手は動いちゃいねぇ。
 動き出してはいるだろうが、2万だ。なんでもかんでも即行で動けねぇんだよ」
「それにこの距離だ。こっちの1万と相手の2万の間にはまだ1km以上の距離がある。
 2万もの敵・・・いや、どんな敵だろうとそんなすぐにここには到達は出来ない」
「対応は出来ないわけじゃないって事だね」

いや・・・
そんなはずはないだろう。
"間に合うからこそ"だ。
アレックスは遠き2万の摩訶を見据える。

この混乱状態に襲撃し、
さらに2万で追撃できる準備。
その後続の2万のために動きが鈍っているだけで、
襲撃自体は間に合う。
その両方が間に合うからこそなんだ。

「何にしても急ぐしかないですね」
「次の先手も取られることは間違いないからね」
「いえ、そんなことはありません」

アレックスは言った。

「ん?」
「次の先手もとられる?何を言ってるんです。それはつまり終わりです。
 この状況を襲撃され、成すすべなく2万の魔物。数で押しつぶす。
 こちらが何か策を使う前に短期決戦。次の先手を取られるという事は終わりなんです」

こちらが動く前に、
いや、
動ける前に、
動けないうちに、
動く術もない間に、
相手の力で終わる。
取り返しのつかないゴリ押し。
策の中の策。
華麗といわず、
綺麗ともいわず、
ただもうどうしようもない。
これが策。
これが戦争の勝利。
相手の頂点、ノカン将軍というのはそれが分かっているようだ。

「次に動き出すのは僕達です」
「んじゃ何する気なんだよ!」
「ぼぉーってしてる場合じゃないと思うけど?」
「もうしました」
「は?」

もうしました。
アレックスの言葉。
それはつまり・・・

「すでに作戦は実行済みって事かい?」
「いつ間にだよ。カッ、まさか負け惜しみとかじゃねぇよな」
「こちらで何かが動き出した気配はなかったけど?」
「とりあえずやっとけってだけです」

アレックスがうなずく。
そして続ける。

「こちらは動けない。けど動けます。作戦のままならね。実際にもう動いたんですから。
 戦略。僕は臆病者なんで、それはどうしても"ノーリスクハイリターン"を求めます」
「夢のような話だな」
「被害はなく、相手に大ダメージ。それが出来れば苦労はしねぇよ」
「出来るからやっときました。ってかちゃんと作戦は伝えたでしょ?」
「ちょっとまってアレックス君」

エクスポが苦笑いをしながら止める。

「もしかして・・・・"アレ"は本気の策だったのかい?」
「さすがにこの戦争の策に冗談は書きませんよ?僕は」
「冗談のような策だよあれは。正気の沙汰だ。美しくもない」
「何がですが?」
「だってあの作戦は・・・たしかに被害は最少で済むし、効果も見込める。
 それに成功率は考えるまでもない。・・・・ん?あれ?いい策だな」
「どっちだよエクスポ・・・」
「どの作戦を実行したんだい?アレックス君」
「僕はですね。おいしいものは最後に食べるタイプなんですけど、
 けどおいしいものを真っ先に食べたいタイプでもあります。
 いやまぁ、つまり好きなものは惜しみなくドンドン食べたいわけです」
「・・・・・」
「・・・・で?」
「使えるカードは出し惜しみしません」
「・・・・それであの策かい」
「今はむしろ絶好機です。弱者は弱者らしく・・・・最近学びましたよ。
 ゾウはアリ一匹を見逃す。弱くて小さいっていうのは一つの強さです。そして・・・・」

アレックスはもう一度、
2万の摩訶の団体を見据えた。

「もう実行してるんです。後戻りはできません」



































「ピルゲン。貴様の悪魔部隊も準備しろ。ブラストの部隊が突入したらすぐに続く。一気に畳み掛ける」

「命令でございますか。まぁ、この場はあなたに任せると言いましたしね」

「さっさとしろ」

「ですが思い通りにならないのが戦争。3万もの命が別々に動いているのでございますからね」

「それが変に転ばないための作戦だ。だから一気に潰す」

「思い通りにいかないからこそ人は苦悩するのです」

ムカつく事ばかり嬉しそうに語る人間だ。
人間の中でも飛びぬけて嫌いな部類だこいつは。
だが、
それはケビン自身もよく分かっている。
思い通りにいかない事ばかりだ世の中は。
それは大事な時こそ起こる。
カプリコの時もそうだった。
想定の範囲外の事が起きる。
だが、
それを積み重ね、
それさえも力にしてきた。
今ではそれらを踏み越え、
過去に想定の範囲外だったものも、今では範囲内だ。
失敗はない。

「敵に動きはない。終わらせる」

だが、
やはり悪い知らせというものはこういう時に届く。

「ケビン!!」

何よりもピンクなノカン。
女のノカンが群れの中から飛び出てくる。

「どうしたヴァージニア。持ち場は?」
「そんな場合じゃない!敵襲よ!前方がやられてる!」
「なっ!?」

ケビンは立ち上がった。

「どういう事だ!敵に動きは無かっただろう!」
「私にもよく分からないわ!だけど事実攻撃を受けてる!」
「くっ!」
「おいケビン!!!」

違うほうから、
もう一人、
先ほどの火傷まみれのノカン。
ブラックストーンが飛び出してきた。

「ふざけんな!先頭でまさに突撃しようって時にやられた!
 くそっ!俺の部隊の奴も数人やられちまった!!」
「何が起こってるんだブラスト」
「ブラックストーンだ!駄目だ!ありゃぁ手のうちようがねぇ!
 カプリコの時を思い出すぜ!あぁいうどうしようもないのが一番キチィ!
 先頭はパニック状態だ!成す術もねぇ!どうすんだケビン!」
「何が起こってるかって聞いてんだよブラスト!!」

ケビンが叫ぶと、
火傷まみれのノカンは、
一度ひるみ、
冷静になりきれないような落ち着き具合で話し始めた。

「・・・・敵襲だ」
「どういう事だ。敵の気配はなかった。伏兵か?いや、それもあり得ない。
 伏兵など使えないよう見晴らしのいいこの荒野を・・・ノカン村跡地を選んだんだ」
「2万と1万の戦いじゃぁあんなもん誰だって誤差としか思わねぇよ。
 見たって見逃すし、確認したって大事だとは誰も思わねぇ・・・だからこそやられた」

煮え切らない顔で、
ケビンは再度問う。

「だからどういう事だ!敵襲ってのはどこから沸いた!」
「真正面だよ!」
「ま・・・」

真正面?
それを見逃すだと?
あり得ない。
だが・・・・

「くっ・・・それより対応が先か・・・・相手は何人だ!」

ブラストは、
答えづらいのか、
口をゆがめた。
ケビンが追い討ちのように聞く。

「相手の数は!!?」
「1人だよっ!!!」

ブラストの言葉に、
ケビンは何も反応できなかった。
言葉のカケラも出せなかった。

「・・・・・なんだと?」
「1人だ!たった一人で真正面からきやがった!そんなもん誰がわざわざ反応する!?
 2万の軍がいちいち1人に反応するか?だがあいつはきやがった!たった1人で!
 それで成す術もねぇ!たった1人にだ!あの黒色の騎士!エルモアに乗った人間1人だ!」

人間・・・・
1人。
1人だと?
エルモアに乗った黒色の騎士。
・・・・。
アインハルトの双子の妹。
ツヴァイ=スペーディア=ハークス。
・・・・。
馬鹿な。
2万の軍に・・・・単騎突撃だと?





















「どけ!!!カスども!!!!」

黒き騎士は、
エルモアに乗り、
長き槍と盾を両手に、
魔物の群れの中を走っていた。

「死にたい奴は前に出ろ。だが、そんなものはいるわけがないだろう?
 戦えば死ぬと分かっている相手に、わざわざ向かうのは愚かなカスだけだ!
 だからどけっ!死にたくないならどけっ!逃げてみろ!邪魔だカス共!!!」

漆黒の騎士。
黒き鎧、
黒き盾、
黒き長槍。
ツヴァイは魔物の海の中を一人で、
単騎で走る。
頭を覆う黒きアメットの後ろから、
闇のような漆黒の長髪が揺れる。

「この戦地に来たことを呪え!オレに殺される事を呪うなら呪え!
 だがオレは前に出る!死にたい奴もそうじゃない奴も叩き殺す!
 それでもオレは前に出なければいけない!道を作るのはオレだ!」

小さき魔物を、
エルモアで蹴り飛ばし、
エルモアで弾き飛ばし、
宙に浮いた魔物は、
盾で叩き飛ばし、
目の前にいる魔物も、
届く範囲ならば全ての魔物を、
槍で斬り飛ばす。

「お前らの将軍の居場所はどこだ!言葉を口にできるカスがいるなら叫べ!」

ザストが鮮血を飛び散らせ、
ミスティの体が二つに分かれる。
ザコパリンクが串刺しになり、
マウストイが踏み潰される。
ブロニンが叫び声をあげ、
キャメル船長が千切れ飛ぶ。
魔物という魔物。
どんな魔物だろうが、
全て無差別に例外なく、
ツヴァイの前に死を迎え、
それでも漆黒の騎士はエルモアに跨り走る。
魔物の返り血を、
その黒き鎧に染み込ませ、
あらがえる者はいない。
10・20・30。
数えるものさえ置き去りに、
高速で死骸が量産されていった。

「カス共!そのまま消えろ!勝つのはオレ達だ!!!」


































「ツヴァイ=スペーディア=ハークスの単騎・・・・」

ケビンは、
歯を食いしばり、
自分の長い両耳を掴んだ。

「失敗することのない策・・・か・・・クソっ・・・人間共め・・・」

これだから戦争は・・・・
これだけ場数を踏んでも、
これだけ策を労しても、
それでも想定外が起こるか・・・

「ケビン・・・」
「どうするケビン!」

女ノカンと、
火傷まみれのノカンがケビンを見る。
何かに縋るように。
・・・。
そうだ。
何を考えている。
どちらにしろやらねばならん相手だったはずだ。
策は用意してある。
早すぎただけだ。
お互い様だ。

「作戦は続行する!ブラスト!お前は先頭に戻れ!ツヴァイはもう先頭にはいないはずだ!
 そしてすぐさま相手へ強襲しろ!遅れたが作戦はそのまま実行する!
 ヴァージニア!お前の部隊もだ!作戦はそのまま実行する!」
「お、おいケビン・・・」
「大丈夫なの?」
「実行だ!!」

ケビンの叫び声に、
女ノカンと火傷塗れのノカンはすぐさま動き出した。

「ツヴァイ殿は無視するという事でございますか?」

まるで人事のようにきいてくるピルゲン。
この状況を楽しんでいるようだ。

「・・・・作戦はそのままだ。ツヴァイは別で対処する。結局は単騎だ。
 1万は元の場所のままにいる。作戦はそのまま行える。問題はない。
 それに自分の隊が危険となればツヴァイもおめおめと行動はできないだろう」

「そうでございますかね?」

「確かに安直には考える気はない。だから俺がキチンと対処する。だから作戦は続行だ」

「フフッ・・・・」

ピルゲンは楽しそうだった。
負けていても、
それさえも楽しそうだった。

「こんな時になんですが、私の部隊を動かしても?」

「ん?貴様の悪魔部隊をか。ならばNOだ。あいつらはあいつらで使い道がある」

「いえいえ、私の部隊全てが魔物というわけではございません。
 だからその例外だけを少し動かしてもよろしいですか?・・・という事でございます」

「・・・・貴様。指揮している俺に黙っていたのか」

「あまり戦況に関するものではございませんからね」

「・・・・・チッ。好きにしろ。今は味方の想定外まで相手にしているヒマはない」

「そうでございますか。よかったですね」

ピルゲンが言うと、
その者は、
歩み寄ってきた。
その者。
人間。
一人の人間。

「機会を与えてくれるそうでございますよ?将軍様はね」

「俺に命令しないでもらいたい」

「貴方はすでに私の管轄です。私の命令には逆らえないはずでしょう?
 そう、逆らえない。ですが・・・貴方の希望を叶えてあげようというのです。
 ここは乗っておくべきじゃないですか?あなたも決着をつけたいのでございましょう?」

「・・・・・・・」

その人間は、
答えもしなかった。
反抗心のような、
煮え切らない態度。
その感情。
だが、
その男。
その剣士は間をあけて答えた。

「分かった」

そして、
その剣士は、
腰に携えた2本の剣に手を添えた。

「盗賊さんとは1勝1敗だからな。ここで決着は付けさせてもらう」

ツィン=リーフレットは、
2本の剣に再度花を咲かすため、
戦場へと舞い降りた。








                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送