「ドッゴラァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「・・・・野蛮な」

ギルヴァングが飛び掛る。
もう、
飛び掛るとしか形容しようがない。
ガムシャラというか、
何一つ整っていないと言うか。
つまり、
その極地とも言える、
野性的な特攻で、
ピルゲンに飛び掛った。

「いやはや、信じられませんな」

闇が渦巻く。
それと共に、
黒きピルゲンの姿が、
黒い闇へと溶ける。

「ゴルァアアアアア!!!!」

んな事知るかといった具合に、
ギルヴァングは破壊力の限りで破壊力しかない特攻の末、
空振りした。
ピルゲンの姿は闇に消え、
そして、

「味方に飛び掛ってくるとは」

瞬間移動としか言いようのない、
別の場所からピルゲンの声。
涼しい顔をして、
黒いハットに手をかけている。

「ゴルアァァ!!ピルゲン!逃げんなっ!!メチャ漢らしかねぇぞ!!!」

「漢らしくない?紳士への言葉ではございませんね」

「紳士なんざ漢じぇねぇ!なよなよじゃねぇか!」

「強弱で性別を判別しないで戴きたい」

「男と漢は違う!そして全ての男は漢を目指すべきだ!!!燃え滾る漢にっ!!!」

「・・・・・・はぁ・・・・会話になりませんね」

「漢は言葉で語らねぇえええええ!!!!」

ギルヴァングがまた突っ込む。
ピルゲンの元へ。
もちろん、
ピルゲンはまた闇の中へ姿を消した。

「だぁぁぁあああ!!!」

ピルゲンが居た場所で、
ギルヴァングが地団駄を踏む。
その脚力だけで、
荒野が砕けそうだった。

「てめぇ!!漢らしくねぇぞ!メチャガチンコで勝負しやがれっ!!!」

「・・・・いやはや」

闇の中から別の場所に現れ、
ピルゲンは困ったようにヒゲを弄る。

「戦う理由がございません」

「漢は生まれた時から戦う宿命なんだよっ!!それにっ!!」

ゴツい指先を、
ピルゲンに向ける。

「仲間を裏切り!夢を費やすなんてメチャ漢のやる事じゃねぇだろがっ!!!」

「それがディアモンド様の意志でもですか?」

「うぐっ」

ギルヴァングは歯を食いしばって言葉を止めた。
先ほど、
アインハルトなど関係ないと言ってばかりだが、
それでも、
それでも、
アインハルトという人物の名は、
最強の檻だった。

「か、関係ねぇな!漢の問題だっ!!」

「本当に関係ない?本当に関係ないと申しますか?」

「ぬ・・・・・」

「本当に・・・"ディアモンド様など関係ない"と、そうおっしゃるのでございますね」

「・・・ぐっ・・・う・・・・」

ギルヴァングの歯が、
軋み、
ギリギリと音を立てる。
これほど真っ直ぐで、
率直で、
シンプルかつ、
野蛮で単純な男、
漢でも、
それでも、
アインハルトの前では、
アインハルトという存在の前では、
どうする事も出来ないのか?

「まぁ、先ほどおっしゃった様に貴殿にはお言葉で解決は難しい。
 それならばしょうがないでしょう。私が退くのが一番の解決でございます」

「ぁあーん?」

「私の求めるはディアモンド様の意志。ここでこうなったら逆効果でございます。
 ですから下がりましょう。もちろん、つまりギルヴァング殿。
 貴殿も同様にお帰り願う事になりますが、異論はございませんね?」

「俺様はまだ遊んでねぇ!!!」

「ココの戦いはもう終局致しました。貴方を相手とする者はおりません。
 理由がございません。貴方が漢らしくなく、一方的に戦うというなら話は別でございますが」

「・・・・・チッ」

単純は、
つまり簡単。
脳みそまで筋肉と化している野獣を手懐けるのは簡単だ。
そして、
それもアインハルトの意志ならば、
アインハルト=ディアモンド=ハークス。
世界の頂点は、
ここまで武力の限りを極めた猛者を、
本人の意思に反して従わせ、
手懐けるのも簡単だという。
そういう事かもしれない。

「・・・・・」

怒りのように逆立った髪が、
ワサりと動いた。

「ツヴァイッ!!!」

「ん?」

ギルヴァングは、
敵意をツヴァイに向けた。

「てめぇ、俺様と戦る気はねぇか!?」

「オレとか?」

「そうだ!ココには面白く強い奴らが集まってると聞いてきてやったんだっ!
 その頂点がてめぇだ!だから俺様と遊ぶ気はねぇかって聞いてんだ!!!」

「ふん」

ツヴァイは半分目を瞑るかのような簡単さで答えた。

「優先度の問題だ。二の次のオマケでいいならお前を始末してやらん事もない」

「却下だな。闘る気のねぇ奴とガチっても面白くねぇ。エドガイ!てめぇは!?」

「ありゃ?俺ちゃんも?」

他人事のようにしていたエドガイだったが、
指名されて少し驚いた。

「俺らは俺ら以外にてめぇとツヴァイしかいねぇんだよ!」

「言葉伝わんねぇってギルチン」

「なよなよした呼び方すんじゃねぇええええええええ!
 てめぇは昔からそうだ!俺様のカッケェ名前を改造すんな!
 ギルヴァング=ギャラクティカだ!カッケェじゃねぇか!
 得にギとヴァとギャがカッケェ!漢らしい!濁音は漢のロマンだ!!!」

なんともどうでもいいが、
ギルヴァングの言葉。
俺ら。
前者の俺ら。
それはつまり、
"俺達のような部類"
最強に近き者。
いや、
この場合、

黄金世代。

アインハルト、
ツヴァイ、
ロウマ、
燻(XO)、
ギルヴァング。

生き残りし最強の時は、
この5人で、
そして帝国(俺ら)じゃないのは、
ツヴァイとエドガイ。
この二人だけだ。
そう言いたいのだろう。
漢語録は訳すのが大変だ。

「やーよ」

エドガイは、
文字通り舐めるようにピアス付きの舌を出して、
ダラりと答える。

「あんちゃん強ぇもんよ」

「ぉおおおおぅ!俺様メチャ強ぇ!!!」

「弱くたって戦わねぇけどな。金になんねーもん。俺ちゃんは仕事一筋、労働愛好者だぜぇーん?
 金にならない汗は流さないわけよ。そこんとこ、よーーろーーしーーくーーねぇーーーん」

「・・・・・ケッ!!てめぇみたいな漢らしくねぇ奴はこっちから願いさげだ!」

「あら、振られちゃったん♪俺ちゃん涙目」

「ってことでツヴァイ!!やっぱてめぇやんぞゴラァ!!!」

「やってやると言ってるだろう。ついででいいならな」

「それじゃイヤじゃぁあああああああああい!!!!!」

わがままな猛獣だ。

「ガチでやれよ!ぁあ!?ぉお!?俺様とよぉ!燃え滾る血踊るバトルしようぜ!な!?
 漢らしくよぉ!なぁぁああああああああ!!!てめぇを漢と見込んで頼んでんだぞ!!」

「オレは男ではない」

「男女の問題じゃねぇえええ!!!漢かどうかって話だゴルァアアアアアア!!!」

「なおさら漢ではない」

「だぁ!うっせ!知るかてめぇらなんて!漢らしくねぇ!メチャ漢らしくねぇ!
 んじゃ俺様戦ってやんねぇーよ!血が興醒めだ!勝手に死ね!ヴァーカ!ヴァーカ!!」

バカでなく、
ヴァカ。
それが漢語録的にどうなのか知らんが、
バカよりムカつく事だけは確かだった。

「ピルゲン帰ぞ!俺様も一緒に転送しろ!ったく!何しに来たんだ俺様!」

「それはこちらのセリフでございますよ。ディアモンド様のために時間を費やしたのに、
 貴方のせいで半ば帰らなければならない。まったくをもって不愉快でございます」

「しゃべり方がムカつくんだよてめぇ!!!」

「そうでございますか。どうでもよいです。ですがまぁ、楽しみ半分というならば、
 それこそメインディッシュはまだ残っているのでございますか?」

そう言い、
ピルゲンは小さく笑い、
目線を向けた。

「いえ、オードブル程度でございますがね。ディアモンド様の意志でないあの者達ならば、
 ギルヴァング殿、貴方に遊ばせてあげても問題はないのですよ」

「あん?」

「あの者達は、貴方の大好きなロウマ殿と互角に渡り合ったというのでございますから」

「応応。指名だぜ。フサム」
「・・・・笑止」

その先は、
言うまでもなく、
アジェトロとフサム。
カプリコ三騎士が二騎士。

「いらね。燃え滾らねぇ」

だが、
場の空気が変わるよりも先に、
三騎士の意思を聞くよりも先に、
ギルヴァングは自分から拒否した。

「あいつらは最初っから最後まで俺様を見てねぇ。漢には分かるぜ。
 目的とか、過程とか、そういうモンを超越したなんかがよぉ、あんだろ?
 言うならば宿命っていうのか。戦わなきゃならねぇ理由無き理由がよぉ」

それは、
そのことに関しては、
自分に関与していないというのに、
余りにも楽しそうに、
嬉しそうにギルヴァングは笑った。

アジェトロ、
フサム。
そして、
ケビンを横目で見ながら。

「邪魔すんなぁ、野暮だろ。漢じゃねぇ」

本当に、
実に漢らしかった。
敵側にいるべきでないとも感じる。
が、
まぁ、
こちら側が正義というわけでもないし、
あちら側が悪というわけでもない。

わがままとわがままがぶつかるから戦争が起こるのだ。

だから、
こーいうもので、
こーいう事なんだろう。

「俺様はな。バトルジャンキーなイカれ野郎だぜ。だがな、バーサーカーじゃねぇ。
 殺しまわるのが趣味なわけじゃぁねぇ。好きなのはキルじゃなく、バトルだ。
 俺様自身のが一番だが、他人のバトルに手ぇ出すほど野暮な漢じゃねぇよ」

ギルヴァングは笑った。
そして、

「知ってるか?」

と、
ピルゲンに問う。

「水を差すと、火は消えちまうんだぜ」

燃え滾る、
血踊る。
だから、
その火は消さない。
その火が、
炎が、
戦いの火蓋が好きだから。

だから、
他人の火に、

水は、差さない。

「・・・って事だ!面白くもねぇ!俺様自身が面白くもねぇとこに用なんざねぇんだよ!
 あぁーメチャウザってぇ!帰ってロウマにケンカ売ってやる!帰るぞピルゲン!」

「転送するのは私ならば、口の聞き方に気をつける事でございます。人はそれを礼儀言います」

「あぁー!うっぜ!うっぜ!だっまれゴルアァアアア!もういい!俺様ぁ歩いて帰るぞ!!!」

そう叫びながら、
野人は、
猛獣は、
そのまま、
裏の森へと歩んでいった。

「ま、次会う時は誰かしらバトろうぜ。ロウマ(俺様の認めた漢)の言葉を借りるなら・・・・」

そして、
猛獣は巣に帰るように、
森の中へと消えていった。

「喰い合おうぜ。熱く、熱くな」

猛獣らしい言葉を残して。

「やれやれでございますな」

ため息混じりに、
ピルゲンはハットを脱ぎ、
それを自らの胸の前へ丁寧に寄せ、頭を下げる。

「それでは私もこれにて御機嫌よう。貴方がたが楽しく血の海で溺れますように」

そのまま、
礼儀正しいお辞儀のまま、
ピルゲンは闇に包まれ消えていった。

そして、
また、
また荒野に、
ケビン、
アジェトロ、
フサム、
ツヴァイ、
エドガイの、
5人もとい2人と3匹が残った。

「・・・・で」
「何しに来たんだあいつら」

アジェトロとフサムが言ったが、
結果論だけで言うとその通りすぎた。
何しに来たんだ。
本当の本当に何もせずに帰っていった。
何も伝えず、
何も残さず、
何一つ状況を変えず、
帰っていた。
何しに来たんだ。

「無駄にしたとは言いたくないが、時は過ぎたな」

ケビンは言った。
皮肉であり、
皮肉でもなかった。
見据える先は、
遥か先。
真逆。

向こうの方に見える戦争の中心は、
すでに灯火。
終わりを向かえる様子が見て取れる。
大きく状況は分からない。
見えるほどの距離でもない。
だが、
熱気が冷めていくのは分かった。

戦争が終わる。

「残るは我(が)・・・・だけか」

悪くない。
自分のみのために戦うことなど初めてだが、
悪くない。

「俺の、俺のためはつまり、桃園のため。
 自分のためだけの戦いが、種族の誇りの戦いになるのは心地よい」

「・・・我らもだ」
「つまり、てめぇと決着をつけてぇってことだよ!」

鏡映しのように、
フサムと、
アジェトロ。
左右に剣を広げる。

「ノカンとカプリコの決着を付けようぜ」
「・・・・この世で唯一対立する魔物種族だ」

「そうだな。それこそ運命でなく宿命」

選ぶ道なき、
決められた道。
運ばれてきたのでなく、
宿っていた。
遥か古からの命。
種族の命。
ノカン。
カプリコ。
これが

「宿命戦といこうじゃねぇか!」
「・・・承知!」

いざ、
その瞬間だった。
カプリコ。
ノカン。
宿命に銘打つため、
同時に動こうとした瞬間。

「くだらん」

黒い長槍が、
地面を突き抜けるように音を立てた。

「他人事に興味はない」

アジェトロとフサムも、
ケビンも、
まるで杭を打たれたように動きを止めた。

「オレはオレがため、オレとして、そして皆のリーダーとしてこの場に立っている。
 孤高なる最強はもう終わったのだ。オレは・・・・率いなければならない。皆を」

ツヴァイは、
そう言い、
宿命を静止した。

「オレはこの場に立っている間、無駄な置物でいるわけにはいかない。
 結果は同じであれ、オレは皆に愛されるがため、手土産を用意しなければいけない」

「応応!何グダグダ言ってんだ黒い人間!」
「・・・・横槍を入れたいらしいな」

「ギルヴァングにも言ってばかりのはずだ」

漆黒のきめ細かい長髪の隙間から、
鋭い目線が走る。

「オレはオレのわがままのためにここに居る。ここに居る理由はそのノカン将軍を討つためだ。
 ・・・・・・邪魔するなとは言わん。ただお前らを放っておいて・・・・・」

ガンッ!
と、
突如に地面が跳ね上がる。
ツヴァイが動いたのだ。
動いたのさえ見えなかった。
ただ、
その反動を受けた地面を見てやっと黒き二番手が動いたのが分かった。
その先は当然・・・

「オレが獲物を刈り取る。それだけだ」

「・・・・・チッ」

ケビンは不意を突かれた。
というよりも、
ツヴァイの本気に反応できる生物など皆無。
例外なる絶対の1番(アイン)を除けば、
ツヴァイを止めれるものなどいない。

「ぐっ!!」

ツヴァイの槍は、
いつ振り切られたのかさえ分からなかったし、
ケビンには、
いつの間に目の前に居たのかさえ分からなかった。
ただ、
無理矢理にそのブルトガングでガードしたのも無駄に、
ケビンは、
まるで物のように吹き飛んだ。

「戦いが終わったならば、個のゲームでしかないのだろう」

ケビンの、
ノカンの小さな体は、
面白いほどに吹き飛び、
そのまま、
裏の森の中までぶっ飛んでいった。

「欲しいのなら摘み取れ。オレからな」

そして、
漆黒は疾風の如く、
森の中へと追いかけていった。

「応応応!!どういうこったよ!!」
「・・・・・宿命を片付けたいなら。あの者より先にケビンを倒せという事だろう」
「・・・・・邪魔するなとは言わない・・・か。応よクソったれ!!
 宿命の邪魔しやがって!邪魔の邪魔をしてやるぞフサム!!!」
「承知!」

そのまま、
二匹の小さな影は、
ノミが飛び跳ねるような俊敏な動きで、
森の中へと入っていった。

・・・・。
甘いなぁ。
そうとも思う。
ツヴァイにとっては、
ケビンなどこの場で始末する事も出来た。
三騎士が二騎士を抑えつつに。
それは究極に難しいが、
難しいだけで可能な範囲。

だが、
チャンスを与えた。

この戦争は終わり、
つまり、
個として動ける今、
あのノカン将軍を倒したい。
あのノカン将軍を倒し、皆のリーダーとしての地位を確固としたい。
孤独から脱し、
温もりの温かさを知ったツヴァイの欲望。
さらに温もりを。

だからこそ、
甘い。

他人の事を知ったからこそ、
他人に甘い。
他人の夢を背負って率いる決心をしたからこそ、
他人の夢に甘い。

わずかだが、
傲慢な性格の欲望と、
カプリコ三騎士の宿望に揺れたのだろう。
ならば、
掴み取れ。
相手にそう言い、
そしてそれはツヴァイ自身に課した言葉。

戦争は終わった。
ならば、
個のための戦いをしよう。
ゲームだ。

「・・・・はぁーぁ・・・」

取り残されたエドガイは、
ぐりぐりと自分の耳の穴をほじった。

「なんだかねぇ・・・皆必死になっちゃってまぁ。いいことだよねぇ」

ついてけねぇなぁといった口調。

「でも俺ちゃんはどうしようかねぇ。・・・・ってまぁ、考えるまでもねぇか。
 金もらってんだもんよ。料金分は働いてナンボよねぇ。乗るとしますか」

そしてボールを投げるように、
ポケットからWISオーブを取り出し、
キャッチし、
ピポパと手馴れた手つきで通信。

「あー、そ。俺ちゃんよ。皆のアイドル、エドガイ隊長。いるんだろ?お前ら」

お前ら。

「やれんだろ?動けるだろ?ボス命令だ。ゲームを始めようか。給料制のギャンブルゲームだ」

44部隊。
53部隊。
その他ギルド。
それらをひっくるめ、
"団体としては最強の一群"

最強の傭兵部隊。
《ドライブスルー・ワーカーズ》も動いた。


































「前か後ろか・・・か」

ケビンは立ち上がった。
剣のガード越しの攻撃だったので大したダメージではない。
というよりも、
ツヴァイの攻撃自体がフッ飛ばしだけを狙ったものだったからだろう。
手加減も何もかも思いのまま。
それこそが最強。

「前は荒野で故郷。後ろは森・・・」

続くが、
ケビンの立ち居地。
森まで吹っ飛ばされたと表現したが、
もちろん、
さすがに森の入り口付近だ。
境目と言っていいだろう。
それでも二十メートルほど飛ばされたのだからたまげたものだ。
そして言葉は戻る。

「前か。後ろか」

前は元の場所。
荒野。
ノカン村跡地。
後ろは森。

違いは環境でなく、

「来たか」

荒野からは、
ツヴァイが迫ってきているという事。

「すれ違うのは・・・無理だな」

当然。
勝ち目の無い相手に、
そして倒す必要の無い相手に向かう意味はない。

「二択で選択権は無し。上等だ」

選べない道。
軍師として切り離された運命。
だが、
上等だ。

ケビンはきびすを返して森の中へと走った。

「どう撒くかだな」

ルアスの森かミルレスの森か。
どちらかというとルアス寄りなのだが、
古き戦士の方々ならご存知の通り、
ノカン村の周辺というのは、
囲むように木々が生え渡り、
ルアスの森としては異常なほどに険しい森林となっている。

「まぁガキの頃からよく遊んだ場所だ」

地形はこちらが有利・・・か。
やはり、
頭か。
頭を使うしかない。
この知り尽くした森で、

どうツヴァイを撒き、
どう三騎士と接触するか。

命がけのサバイバル鬼ごっこ。

「・・・・・・蹄の音?」

森を掻き分けるケビンの、
ノカン特有の長い耳に足音の情報。

「守護動物に乗り換えたか」

ツヴァイの足音。
それはエルモアの足音。
白馬に跨る漆黒。

「そうでもしないとこの森では俺に追いつけはしないからな。
 否、そうしてでも俺の庭で俺にたどり着くことは出来ないさ」

庭。
それほどまでに、
ここは故郷。
ガキの頃を思い出す。

「よっ」

左手のヨーヨーを放ち、
木にひっかける。
そしてヨーヨーを撒き戻し、
自分はその木を使って段差の上に上がった。

「有利と知ってもビクビクもんだな」

蹄の音が遠くなった。
ツヴァイとの距離が離れたのだろう。
内心ホッとした。

ホッとしたからこそ、
最大の恐怖が過ぎ去った静かな森の中だったからこそ、


「何あんた?」

それには度肝を抜かれた。

「ッ!?」

ケビンはすぐさま振り向き、
剣を構える。
そこには、
二人の女性が居た。

「・・・・・ノカンだな」
「あら、じゃぁもしかして目標?」

片方が赤いドレスのような詩人服に身を包み、
もう一人の着物姿の女侍を片肩に支えにしてやっていた。

「お、お前らいつの間に!?」

「いつの間にって・・・ねぇイスカ」
「うむ。別に狙ったわけでもなく、ただ突然出会ったというべきか」

しばし、
無言があった。
その時間の空間があったが、

「ノカン将軍ね!」
「ここで会ったが100年目!!」

マリナはイスカを振り解き、
ギターを構え、
イスカもダメージもあってか低く構えた。

「100年目なの?」
「いや、マリナ殿。これは言葉のあやというものであってな。
 つまるところ侍のロマンであり、言ってみたかった言葉の一つだ」
「へぇ。イスカってば100歳過ぎたお婆ちゃんなのかと思ったわ」
「そ、それは見て分かるのではっ!?」
「見て分かる事さえ見て分かるんじゃない?」
「・・・・なるほど。マリナ殿は頭がいいな」

本当に頭のいいケビンには、
その会話は理解できないが。

「そういえばマリナ殿。豆知識があるのだ」
「豆知識っていうのは基本的に古い知識よ。腐った豆知識の事を納豆知識というのよ」
「そうなのか!?」
「ウソよ」
「そうなのか・・・・」
「んで何?」
「うむ。100歳で思い出したのだ。これこそここで言うのが100年目。
 99歳の事をな、一般的に白寿と言うのだ」
「白い年?白だけに面白いわね」
「おぉ、ダジャレか。さすがマリナ殿。ダジャレもお上手い」
「・・・・・会社の上司に向けるような褒め言葉やめてくれない?」
「・・・・よく分からんがすまぬ」
「それで?」
「うむ。何故99歳の事を白寿と呼ぶかというとな、百から一を引くと白という字になるからなのだ」
「へー!それはなかなかセンスいいわね」
「喜んでもらえて光栄だ。拙者不器用だからこういった・・・・ん?」

イスカは周りを見渡す。

「ノカン将軍はどこに行ったのだ?」
「へ?」

マリナも見渡す。
・・・。
静かな森だ。
木々が風に揺れる心地よい音。
それ以外に何もない。

「・・・・・」

雑談してる間に逃げられた。

「・・・・・逃げられたわね」
「ふむ。逃げられたな」

逃げられた。

「・・・・そういえばマリナ殿」
「何?」
「99で思い出したが、付喪神(つくもがみ)を知っておるか?
 古くなった物に取り付く妖怪なのだが、つまり九十九(つくも)神と言われててな、
 さらに九十九髪とも称される。これは白髪になるほどに古くなった物に付くという意味でな。
 さきほどの白寿の白(99)という意味とも重なっており・・・」
「また豆知識ぃー?」
「いやいや、これがまた、99番街の名前の由来とも言われておってな。
 本来99番街は最果ての辺境という意味で最果てなる99という数字を・・・」





















「・・・・・・こんなところでまた想定外と出くわすとはな」

ケビンは森の中を走っていた。
想定外。
想定外か。

「今回の戦いは想定外ばかりだった」

だからこその今と言ってもいい。
度重なる想定外。
万が一まで考慮しても足りなかった。
だから負けた。
万全ではなかった。

「だが俺は生きている。宿命を続ける事が出来る」

終わってはいない。
道が一つでもあるなら、
それは万里へ続く。

「なら俺はまだ一万通り生きられる。それは本当の意味で万死にも値するということ」

死に方も、
生き方も、
まだまだ、
生きている限り選ぶことが出来る。

森の木々を掻い潜る。
草が体を覆い、
少々痛みを感じながらも低姿勢で森を駆け走る。

とにかく、
ここは庭だ。
森という名の。

自分の本拠地と言ってもいい。
策はどれだけでも練れる。
最善の道を選択し、
最善の行動で、
最善に森を駆け巡る。

全ての鬼の目を掻い潜り、
そして、
三騎士と宿命を果たす。

目的があるならば、
ケビンにとって容易い。
策も、
略も、
謀も、
全て駆使すればいい。

ただ、

いくら頭を駆使しても、
どう考えても、

その存在がソコに居る理由は分からなかった。


「よぉ」

「なっ?!」

気配にさえ気付かなかった。
だが、
だけど、
しかし、
森。
森の中。
木々の隙間から漏れる木漏れ日。
それがスポットライトのように照らし、
森の中で、

進行方向に、
ケビンの進む方向を分かっていたかのように。

白馬に跨る漆黒は立ちはだかっていた。

「もういいかい・・・とでも聞くべきだったか?」

「くっ・・・・」

最善を尽くした先の、
最悪の遭遇。

「・・・・何・・・故。俺の行方が分かった」

「お前は誰よりも頭がいいからだ」

エルモアに跨りし、
漆黒の戦乙女は言った。

「考えうる最善を考えれば、それが貴様の逃走ルートだ」

何もかも考え、
そこから導き出す最高の一つ。
それは、
つまり一つ。

「・・・・・」

ケビンは片手で頭を抱えた。
考えられない。
言うならば、
"この目の前の人間こそ想定外の存在"
何が、
何が「お前は誰よりも頭がいい」だ。
それを超越して先回り出来る貴様が何を言う。

「策略、謀略、戦略、奇略。そして・・・攻略不能か」

「面白い言葉だ。だがこの世に倒せぬ相手などいないさ」

「貴様が言うからこそのセリフだ。俺があんたを倒せる可能性など万が一だ」

「なら」

白馬の上で、
槍を、
その長き槍を突きつけてくる反則なる攻略不能。
彼女は言う。

「一万回倒しにこればいい」

「・・・・・・あと九千九百九十九回後にな」

そういい残し、
ケビンは、
恥ずかしげもなく、
振り向き、
そして、
走り出した。

「逃げるか!?」

「逃げるさ」

万が一などもっての他だ。
9999の間違いを犯さない限りそれはない。

「三十六計、いや、万策、逃げるにしかずってな。戦略的撤退。何度もそうしてきた。逃げるが勝ちだ」

全力で、
恥ずかしげもなく、
振り向き、
逃げる。
森を駆け走る。

「逃がすと思うか」

背後でそんな声と共に、
エルモアの蹄の音が聞こえた。
恐怖の音だ。

「・・・・こえぇもんだ」

木という木を掻い潜る。
岩を飛び越え、
草を掻き分ける。
ヨーヨーを木にひっかけ、
跳び、
さらに前へ。
自分しか知らない、
自分だけの庭。
逃げ惑う。

「オレと鬼ごっこがしたいらしいな」

「しなくていいならしないけどなっ!」

走る。
一瞬でも休めば、
背後の恐怖の蹄に追いつかれるだろう。
自分しか通れない道を通る。
相手はエルモアといえ、
だからこそ進路は限られる。

小柄な自分が進める道を選択し、
退路。
退路を確保。

「・・・・・フフッ・・・だがやはり気分はいい」

策略。
それ。
それだけがケビンの持ち味。
そして、
ツヴァイはこの場に置いてもケビンの策略にかかっていると言ってもいい。

「俺の手の平だよ規格外さん」

どうやっても勝てない相手。
思い通りに出来ない軍師泣かせ。
だが、
三十六計逃げるにしかず。
戦略的撤退。
その行動に、
ツヴァイは追いかけてきている。

"ケビンの思うままツヴァイを動かす唯一の策"

これが策。
これが戦略。

「追いかけてはこれまいよ」

追いかけてこれない道を選んでいるのだから。
エルモアはむしろ邪魔。
この入り組んだ迷路のような森の中、
さらに迷路と化する障害物の宝庫のような道を選んでいるのだ。

相手を落とし、
自分が有利に。
そんな状況を作る事が、
策士の役割で役目。

そして・・・

「・・・・・・たまんねぇな」

それでも、

「・・・・・鬼ごっこはな」

それでも、
追いかけてこれない道を選んでいるのに、
背後から蹄の音と、
規格外の最強女の声。

「鬼が勝つまで終わらないんだよ」

有りえない。
有り得ない。

「だからずっりぃっての・・・」

ツヴァイは、
追いかけてきている。
木を、
なぎ倒している。
岩を、
粉砕している。
大木を、
吹き飛ばしている。

森を、
破壊しながら追ってくる。

地形の影響などサラサラない。
森などではツヴァイは止められない。

「・・・・くっ・・・そ」

走る。
ガムシャラに。
正直、

「クソ怖ぇ・・・」

息が続かない。
それほどまでに全力で走る。
背後には死神が追ってきているのだから。
森を破壊しながら。
それでも森を掻き分け、
走るしかない。
周りが見えないほどに全力で走る。

「諦めろノカン将軍」

「・・・・・はぁ・・・はぁ・・・」

諦めきれるかっ!
選んだ道だ。
間違いはあっても生き止まるわけにはいかない。

「諦めない理由はなんだノカン将軍」

「活路が見えるからだっ!!」

見えもしないのに、
森を駆け走る。

「なら見せてみろ。出来ないなら死ぬだけだ」

森が無くなっていくかと思うほどの音が、
背後から聞こえる。
エルモアに跨りし漆黒の死神が、
自分の影をついてくる。

見せてみろ?
・・・。
あぁ、
見せてやるさ。

策士の戦いをな。

「戦いは・・・・・ココなんだよっ!」

ココ。
御なじみであり、
だが、
指差す余裕さえもない。
それでも、
自分にはそれしかない。
頭。

・・・・。

この場に置いて、
あの規格外を上回る策はなんだ。

どう思考をめぐらしても、
その上を行く反則に勝る策はなんだ。

唯一上回るこの地形、
この自分の庭とも呼べる森の知識も、
森さえカス同然ならば意味はない。

なら、
自分にあって、
あいつに無いもの。

「・・・・ある」

さきほどから実行している。
そして、
それはさきほど手に入れてばかりのものだ。

「小さな知識だ」

少しだけ視界が開け放たれた。
だが森の中。
しかし、
ソコ。
ソコはケビンの策略なる場所。

さきほど手に入れてばかりの切り札。

ケビンは戻ってきていたのだ。

「・・・ぬ?」
「え?何?」

ドレスの女と、
着物の女。
二人組。

その脇を、
無視するようにケビンは通り過ぎた。
通り過ぎただけだ。
だが、
ケビンにとって無視できるソレは、
相手にとってそうじゃない。

「くっ!」

エルモアの鼻音。
轟きが聞こえた。
エルモアの足を止めた音だ。

ケビンには分かっていた。
全てを利用してこその策略家。

先ほどまで戦っていた相手だからこそ分かる。
あの規格外の女。
ツヴァイ=スペーディア=ハークス。

"やけに仲間に甘い"

失うのを恐怖としているほどに。
それ故に先ほども利用していた。
あの女、
孤高ゆえに最強であるのにも関らず、
"仲間が足枷となる"

「・・・・・ふぅ・・・」

ケビンは足を止め、
振り返る。
呼吸が整わない。

「・・・・撒いたか」

あの最強を、
撒いた。
あの女二人組。
アレが一瞬でも障害物になればそれでよかった。
認識できないほど距離をとってしまえば、
ここはケビンの庭。
どうとでも逃げられる。

「少しだけ休むか」

少し休んで回復するものでもない。
それほど全力を使わないと。
体をマックスまで酷使し、
頭を全力で回転させないと逃げ切れない相手だったから。

「仲間に・・・甘いか」

貴重なデータだと思う反面、
それは自分に重ねた。
仲間。
種族という意味では家族以上の運命。
宿命。
そのために戦う自分。

逃げる事は戦略だが、
それだけとはいつも向き合ってきた。
弔いだ。
そして作る。

二つの意味で仇を返す。

「・・・・・・おっ?」

森の中、
木漏れ日さえも遮る大きな影。

「またデカくなったんじゃねぇの?」

ケビンの前に現れたのは、
この森。
ルアスの森の・・・

「久しぶりだな。主(ぬし)」

主。
ルアスの森の主。
赤き龍。
はぐれハイランダー。

「・・・・てめぇとも昔からよく遊んだもんだ」

思い出。
身近に住む異種族。

「だけどまぁ、久しぶりなとこ悪いんだけどな。俺ぁ今忙しくてな」

忙しい。
疲れて動けない上での忙しい。
それどころではないと言い直すべきか。
ルアスの森で最凶なる主と久しぶりに出会ったのだが、
いろいろな思い出が蘇ると共に、
それどころではなかった。

「あんたとも決着つけたいところだけどな。それ以上に宿命を果たさなきゃいけねぇんだ。
 カプリコとの宿命。ノカン村の因縁。今、ここで・・・・今、ここでしかできない事だ」

ルアスの森の主。
はぐれハイランダーから返事は無かった。
こんなに物静かな奴だったか?
見るなり見境なく襲ってくる赤龍だった気がするが。

・・・・。
そう思っていると、
その赤龍。
ルアスの森の主。
はぐれハイランダーは・・・

グラリ・・・
と、

その巨体を倒した。

「奇遇だな」

主は、
もう亡骸だった。

「オレも鬼ごっこの真っ最中だ」

目の前に居たのは、
赤き主でなく、
白馬に跨る黒き鬼だった。

「・・・・・冗談」

どーなってんだこいつは!
ケビンは当たり前のように、
万策考えるよりも万の一。
最高の一手。
逃げる事を選択していた。

化け物だ。
何が化け物かって言われると分からないが、
分からないから化け物だ。

「死神よりしつこい奴だっ!!」

走法さえままならぬように、
全力で駆けた。
森の中を。

出来るだけ入り組んだ道を選択する。
そうしても分が悪い。
有利を選んでも分が悪い。
納得いかない鬼ごっこ。

「死ぬわけには・・・死ぬわけにはいかねぇ!!」

片手の、
誇りのブルトガングを振り下ろす。
赤茶の剣は、
進行を妨げる木の枝を吹き飛ばす。

「生かすわけにもいかない」

だが、
その後ろで、
黒き戦鬼は、
その大木ごとへし折って追跡してくる。

「・・・・はぁ・・・はぁ・・・」

全てを搾り出せ。
体も、
頭も、
もてる全てを絞り出して逃げろ。
じゃないと、
それでも逃げ切れないのだから、
だから搾り出すしかない。

「・・・・・・あ・・・・」

後ろを確認するヒマもなく逃げていたケビンだが、
その体に、
影が包み込む。
太陽が隠れたか?
木陰に入ったのか?
違う。
全力で走りながら見上げると・・・・・

頭上で、
白馬が翔けていた。

「カスが」

ペガサスかと錯覚したその空翔けるエルモアは、
ケビンの目の前に着地した。
もちろん、
白いペガサスに跨るのは、
黒き死神。

「吹き飛べ」

漆黒の騎士が、
槍を振り切る。
腕だけの力で。
だが、
それでも木々の障害を全て薙ぎ払いながら、
その槍はケビンに直撃する。

「ぐっ・・・・」

横腹にめり込む。
横腹はメシメシと音を奏でる。
アバラを何本か持ってかれた。
何本?
ハッキリしている。

槍がぶつかった片側のアバラを全部もってかれた。

「ぐぅ・・・・あ・・・・」

吹き飛ぶ。
言葉通りに。
ケビンのピンクの小さな体は、
森の中で吹き飛ぶ。

障害物だと思っていた森の木々。
今度は薙ぎ倒す側。
吹き飛ぶケビンは、
木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされる。

「・・・・がはっ・・・・くっ・・・チク・・・ショ・・・・」

考えるヒマもなく、
勢い落ちて地面に落下したのと同時、
逆側に走る。

「内臓が軽く潰れてやがる・・・・・」

それは確認。
だが未確認。
そんな事を気にしている場合じゃない。
逃げなければ。

同じ。
三十六計逃げるにしかず。
万策。
頭に浮かぶ三十六からなる万策は、
全て、
闘争の二文字でなく逃走の二文字だった。

だが、
どれだけ逃げても状況は善に返らず、
悪化の一途を辿っていた。

































「・・・・・・」

森の木陰に隠れる一つの影。

「行ったな」

木に背を預け、
潜むその男は、
肩にバーコードを刻んだ傭兵が一人。

隠れたまま、
確認する。
この森の中、
ボロボロのノカン将軍が通っていったのを。

すぐさま手馴れた手つきでWISオーブを手に取り、
目線は辺りに警戒させたまま、
グループ通信を始める。

「あー、こちらマグナ。マグナ=オペラ。感度良好?イェア?」
[サー、こちらロイ。感度良好]
[サー、こちらソル=ワーク。感度ビンビン]
[サー、こちらルナ。バリ3で聞こえてるわ]
[サー♪、俺ちゃん、あそこもビンビン♪]
「・・・・ボス、真面目にやってくれ」
[サーイェッサッー♪。わっりぃわっりぃ♪]
[サー、こちらノヴァ=エラ。んでマグナ。内容は?]
「サー、B-6地点周辺。獲物が通過した」
[サー]
[サー、]
[サー、イエス、サー]






















また違う地点。
大木の上。
額にバーコードを刻んだ男。
木の上から下界を見る。

「・・・・・こちらアーク。今、俺の下をノカン将軍が通過した」
[サー]
[サー、座標は?]
「B-1」
[近場だな]










他地点。
草むらの中。

「・・・・・メガ=デス、です。ノカン、将軍、通過、です。C-11、です」
[サー、]
[ん?C-11?]
[直線的に逃げてるわけじゃないみたいね]
[道を選んでるってことか]
[あのツヴァイ相手にやるもんだ]
「このまま、なら、スラックスの、待機方面、です」
[よし]














「よし」

森の中でニヤニヤ笑うのは、
バーコードの、
値札付きの傭兵達のボス。
エドガイ=カイ=ガンマレイ。

「ウサギちゃんを次で追い詰めるよぉーん♪。各自C方面に移動よろしく。
 スラックスから連絡入り次第、その地点に集合。オッケー?」
[[[[[[サー!サー!イエス!サーッ!!]]]]]]
「んー♪いいお返事。よーーろぉーーしーーくーーねん」
















「はぁ・・・はぁ・・・」

森を駆け走りながら、
辺りを確認するケビン。
もちろん、
少し距離をとったといっても、
あの振り切れない黒き化け物があいるので安心もできないが、

「・・・・・動かない者が数人か」

逃げながら、
彼らの存在には気付いていた。

「気配を消している。かなりのやり手達だな。
 実際、ここまでプロフェッショナルに動ける者が世界に何人居るか」

だが、
気配を消していても、
ケビンには分かった。

「感じれなくとも、居るのは分かる。ここは俺の庭だ。
 森にあるわずかな違和感。そこに潜んでいるのだろう」

潜んでいるのは、
ドライブ・スルー・ワーカーズ。
最強の傭兵軍団。
あの木陰。
あの草むら。
少しの、
ケビン以外には分からないほどの異常から、
その存在が分かる。

「・・・・数が増えてきている。集まってきているのか」

だが、
潜んでいるだけだ。
森の中に、
かくれんぼのように。

「動かないのが奇妙だ。戦争では動くものより動かぬものに気をつけなければならない」

油断大敵とは名言だ。
油断してしまう相手こそ、
大敵なのだ。

だが、
そんなことも、
関係なかった。

「よぉ、財布」
「給料稼ぎにきたぜ」

そう言ってる間に、
奴らは姿を現した。

二人。
傭兵の男が二人。
堂々と立ちはだかる。

「・・・・・・くっ」

二人。
ここで出てくるか。
対策が遅れた。

「だが二人なら」

ケビンは片手に剣。
そして片手にヨーヨー。
ヨーヨーを一度下に投げ、
ロングスリーパー(回転で停滞される)

「おろろ、舐められたもんだな」
「ま、どうするよ」

二人組。
両方ともバーコードが体に刻んである。
金の亡者。
傭兵。

「どうするもこうするも」
「・・・・やっかね」

いつ用意したのか、
斧と、
ハンマー。
各々の武器を手にし、
ケビンに飛び掛る。

「・・・・頭を使うまでもない」

ケビンは剣を、
ハンマーを持っている方の傭兵へと振り切る。
ハンマーと剣。
ぶつかればどちらが勝つかなど極めて簡単な問いだが、
ケビンはハンマーの根元に剣をぶつけた。
回転させなければハンマーの重き破壊力は無意味。
軸を止める。
頭を使うまでもない?
これぐらいの芸当は考えるまでもなく出来る。

「へへっ」

だが、
止められたのが面白いのか?
傭兵は笑った。
そして気付いた。

こいつら、
ザコじゃない。

「おりゃドカーン!」

それを狙っていたかのように、
横から斧を持っていた男の蹴りが飛んで来た。
何もかもを見越したコンビプレー。

「ぐっ・・・・」

ケビンはまた吹き飛ばされる。
よく飛ばされる日だ。
そして想定外の多い日だ。

「・・・・・脇役に負けるわけにはいかねぇな」

ケビンは吹き飛ばされた先で体勢を整えた。
が、

「・・・・・」

目を疑った。
今、
たった今、
目の前に居た二人組。
傭兵の二人が・・・
居ない。

「・・・・・なんだ・・・」

分からない。
一撃入れて姿を消した。

「・・・・」

何か、
何かある。
だが、
対策は打てない。

それどころではないからだ。
誘導されている。
自分は逃げなきゃいけないからだ。
相手が消えた理由など考えるまでもなく、
自分は逃げなければいけないから。

ケビンは走った。

「・・・あいつら・・・なんなんだ・・・」

分析する。
あのバーコード。
恐らく戦場で戦ったあの遠距離型剣士の仲間だろう。
考えながらも走る。

そして、
気配。

「大地の怒り!!!」

上。
上だ。
注意していなかった。
違和感を視観できなかった。

木の上から落ちてくる傭兵。
その拳は、
地面へと突き立てられる。

「・・・・ぐっ!?」

地面が弾け飛ぶ。
一瞬その衝撃に両手を覆った。
覆ったが、
すぐにケビンも戦闘態勢に入る。

「・・・・・またか」

今度は見えた。
見えたが、
それは後姿さえも見えなかった。
草が揺れている。
逃げたのだ。
一撃あびせて逃げていった。

「追うわけにもいかんか」

逃走しただろう方向。
草の揺れている方に行くわけにもいかない。
それは分かっている。
"そっちに行かないのが逆に誘導だということが"
だが、
あえて受け入れるしかない。
戻れないのだから。
後ろにはあの黒き鬼がいるはずだから。

「ウインドバイン」

「くっ!」

また新手か。
声が聞こえたのと同時にはもう逃げなければいけなかった。
ケビンはその魔法がどこでどうなったか確認するヒマもなかった。
後ろで木に風がぶつかる音が聞こえたが、
術師も確認せず、
ケビンはおもくそに逃げた。

「やっかいな奴らだ!」

仕事第一。
それが見て取れる。
正々堂々とか、
そういうのはない。

「同業者かっ」

戦争屋。
傭兵とはつまりそういうこと。

「死ぬ、です」

また、
走っていると、
草むらの中から飛び出してくる傭兵。
すでに剣を繰り出している。
いい仕事振りだ。

ケビンは転がるようにそれを避け、
見向きもせずにさらに走る。

逃げながら背後を確認したが、
すでにその剣士の姿は無かった。

「・・・・・たまらないな・・・本当に」

だが、
それでも、
逃げて、
逃げて逃げて逃げて、
そして逃げ切って、

カプリコと遭遇しなければいけない。

草を掻き分け、
木々をくぐり抜け、
ケビンは走る。

「・・・・・なんだあれは」

・・・・森の中、
違和感どころじゃない。
太鼓。
ドラムが一個ポツンと落ちている。
警戒する間もなく、
そいつは木陰から飛び出した。

「ヒャッホー!!!!」

ドォン!と心地よい音が聞こえる。
その傭兵は、
飛び出すなりドラムを踏み台にし、
両手のドラムスティックを回していた。

「人間には変わった詩人もいたもんだ」

走りながら、
ケビンはヨーヨーを木へと飛ばす。
逃げの一手。
ヨーヨーを木に絡ませ、
巻き取らせ、
木の上にあがる。

「相手してられん」

木に飛び乗った時、
折れたアバラがきしんだが、
今に始まったことでもない。
すぐさま木々を飛び移っていく。

「・・・・・」

背後でドラムスティックが投げつけられているのが分かったが、
とにかく逃げた。
逃げて逃げて、
逃げるにしかず。

十数メートル進んだところで木から飛び降り、
また走った。

「・・・・ぐぅ・・・」

ツヴァイに粉砕された腹の片側が痛む。
ハッキリ言って眩暈がする。
寝転がりたいほどの痛みだ。
体の内側で粉砕された骨が内臓を痛めつけている。
これ以上動いたら死に近づく。
だが、
近づくだけならいい。
止まったら死ぬのだ。

「一度・・・・身を隠すべきか」

ダメージは回復しないだろう。
だが、
呼吸は整えられる。
そして戦力の一歩は、
何事もまず様子見。
追い詰められるだけでは戦況は悪化するばかり。

180度とは言わず、
90度くらいしか視界は無かった。
視界は揺れた。
だが目の前のビジョンの中、
森の風景の中、
安全を確認し、
隠れる場所を探さなければ。

「練らなければ・・・・策を・・・・」

そして、
そろそろいいかと、
隠れようと思った時だった。

「!?」

目線の先。
木々がいきなり3本。
同時に刈り取られた。

「なんだ!?」

と思っていると、
今度は2本、
1本、
3本。
まばらに、
ドンドンと木々が薙ぎ倒されていく。

見覚えがある。
あの斬撃。
いや、
斬劇。

衝撃波。

「・・・・・・」

あっという間に、
周りの木々はサラ地に変わった。

「へへっ・・・・」

その障害物の無くなった森の真ん中に、
ダラダラと、
肩を自分の剣でポンポンと叩きながら歩いて出てくる男。

「よぉーやった。お前ら」
「「「「「「サー、イエス!サー!!」」」」」」

もう、
何もかも遅かった。
気付けば、
囲まれていた。

隠れる場所のない森。
木という木が薙ぎ倒され、
その中心に、
エドガイ=カイ=ガンマレイ。

そして、
辺りにはバーコードの男女が取り囲んでいた。

「・・・・・クソ・・・・」

「んーーんーー。その悔しそうな顔いいねぇ!勝った!やった!・・・って感じするじゃぁん♪
 そーいうお顔を可愛い子ちゃんにしてもらえればよかったけど、今回のお相手は魔物。残念!」

ヘラヘラと笑い、
エドガイは、
ピアス付きの舌をベロリと出した。

「チェックメイト(お勤めご苦労さん)だ。ノカン将軍。あんたの命は俺ちゃんらの財布に消える」

ジリ・・と、
ケビンは剣を構えながら見渡した。
いつの間に。
本当に、
こいつら、
こいつら全員、
全てが全て、
気付かれないように気配を消していたのか?
その上で連絡を取り合い、
誘導し、
そして追い込んだというのか。

「戦争の年期は俺ちゃんらも負けてないんでっ・・・ねぇ。こちとらプロよプロ」

まるで警戒心のない動き。
エドガイはプラプラと歩き、
景色でも眺めるように堂々としない。

「うん。そ。俺ちゃんらは万馬券のためなら馬をも殺す人種でねぇー。
 相手の命を奪うために自分の命を捨てる馬鹿野郎なもんで。
 金があれば馬鹿でも旦那っつってね。俺らの存在価値はお金なのよん」

そして、
片手で剣を突きつける。

「んで、俺らにとっておたくの存在価値は、お金の価値。金額変換ね」

エドガイが好き勝手しゃべる間も、
ケビンは全力で試行錯誤していた。
どうする。
二人相手にもどうすることもできない相手が、
周りに十数人。
そして、
タイマンでも互角以上だったエドガイが中心に。

逃げる。
それを前提にどうするかだ。

手も足も出ないなら、
出るのは口か。
策士の戯言は見くびるなといえる。
アレックスがそうであるように、
ケビンもまたそう。
頭脳使いし弱者は、
言葉の上で強くなる。

「おい」

「おぉーっとぉ」

話そうとしたのも束の間、
エドガイは剣を振りながらそれを遮断する。

「あんたとの社交は料金に含まれてないんでね。いや、まぁそれはどうでもいいんだけど。
 つまり、もう話すだけ無駄なんだよね。お役御免は俺ちゃんらも同じでね」

何を言ってるのか、
そう思ったが、

寒気がした。

感じた。
気配を隠していた奴らとは違い、
垂れ流すように感じる黒黒黒黒しい、
その、
圧倒的な寒気。

「どうしたい。ノカン将軍」

背後からの漆黒の声。
・・・・
振り向きたくない。
振り向けない。
振り向けば始まる。
それは終わると言う意味。

「・・・・・どうしたいっていうよりは・・・どうにかならないか・・・ってとこだな」

「どうにもならんよ」

背後から聞こえるツヴァイの声。
身動きできない。
振り返ったら死ぬ。
現状維持。
現状維持のまま、
この背中越しのまま、
何か、
何か策を・・・・。

「まだ悪あがきか」

「・・・・悪知恵とよんでもらいたい」

「ふん。お前は悪知恵よりも悪運の方が優れている気がするがな」

同感だ。
まだ生きてるだけおかしいとも自分で思う。
だが、
この状況。
目の前にエドガイ。
取り囲む傭兵軍団。
そして、
背後のツヴァイ。

どこをどうしてどうやったらどうなる。

どうすれば、
どうできる。
何をしても、
何も出来ない。

どうしようもない。

「・・・・・・」

腹を括る・・・か。
それしか。
ない。
万が一。
それに賭けるなんて、
そんなもの、
生涯でやりたくもなかった。
だが、
悪あがき。
それしかない。

腹を・・・
括ろう。

いい言葉だ。

腹を括る。

そんな行動。
そんな言葉。

腹を切る。
切腹。
自殺と同意語なのに。

「・・・・・黒き人間」

「なんだ」

「頼みがある」

背後の、
背後のツヴァイに対し、
ケビンが呼びかける。

「例えば・・・・だ」

そう、
そう切り出し、
ケビンは一呼吸を置く。
無音の空間。
どう切り出すか。
次につなげる言葉は?
・・・・
それを考えているのは向こうも同じ。

「・・・・」

無音。
次の言葉などない。
用意もしてない。

ケビンは、
振り向きざまに剣を振るった。

不意打ちとはこうやるのだ。

声など漏らすやつはお粗末。
ただ、
何事も無かった、
不意だからこそ、
不意打ち。

ケビンの剣は、
真後ろのツヴァイへ・・・・・

「・・・・・・」

驚くべきだったが、
一瞬で納得した。

振り向いた先にツヴァイはいなかった。

「ここまでだな」

「ごっ・・・・」

真横から何か固いもの。
盾を思いっきりぶつけられた。
ハンマーででも殴られた気分だった。

慣れるはずもないが、
御馴染みといってもいいほど、
また吹き飛ばされ、

ケビンは軽く残っていた大木の一本にぶつかった。

「・・・・・がはっ・・・はぁ・・・・」

体勢も整えない。
もう、
何も通用しない。

斜め下の地面を見据えながら、
ズリ、
ズリ、
と、
ケビンは大木を支えに立つ。

「・・・・・やめてくれ・・・・」

そんな、
世界一の策士。
一種族の長は、

「もうやめてくれっ!!!!」

ヨロヨロと木にもたれかかり、
吐血したまま、
叫んだ。

「・・・・・」
「・・・あぁーん?何言っちゃってんのおたく」

そう、
言われるのもしょうがない。
是非も無い。
だが、
これは、
ケビンの本音だった。

大木に体を任せたまま、
もう剣も握っていない。
死にかけの体。
そのまま、
ケビンは叫んだ。

「こりごりなんだよっ!もうどうにもならねぇ!ならねぇんだ!
 俺なんかじゃ・・・俺なんかじゃ万が一もない・・・・万策尽きたお手上げ万歳だ」

ケビンは、
背を大木に任せたまま、
そのボロボロの体。
両手を広げ、
訴える。

「理不尽だとは分かってる・・・けど、けど駄目なんだよっ!
 俺は・・・俺の夢がある!もう死ぬのは分かってる!もう終わってどうしようもない事も・・・
 ただ・・だけどただ・・・・・あんたらじゃないんだっ!!!」

ケビンは、
戯言一つない、
本音の言葉を、
ただ訴えかけた。

「あんたらじゃない!俺の命はノカン達の最後の希望で・・・誇りなんだ!
 その最後の命を賭け・・・・敗れる相手はあんたらじゃない!
 この命・・・・ここで・・・・あんたらに奪われたくはねぇんだよ!!!」

あまりにも理不尽で、
筋が通っていない。
だが、
だからこそ、
それは、
ケビンの本音だったんだろう。

「あんたらじゃねぇ!あんたらじゃねぇんだ!俺の命・・・宿命に使わせてくれよ!!!」

必死の叫び。
訴え。
ケビンの、
軍師ノカン将軍の、
最後の策は、
相手頼みだった。
それは、
ただの願いだけだった。

「・・・・なんだかねぇ」

エドガイは剣を地面に刺し、
両手を広げて肩をすくめた。

「で、どうすんの、ツヴァイ」
「わざわざ耳を貸したのか?お前」
「いやまぁ、俺ちゃんらはどうなろうが知ったこっちゃないからね。
 あんちゃんが決めなよ雇い主さん。俺ちゃんらお金の奴隷だかんね」
「ふん」

宿命。
宿命か・・・。

「甘くなったもんだ」

人に言われなくとも、
自分で分かる。

「なぁエドガイ」
「んー?なぁによ可愛い可愛いツヴァイちゃん」
「言ったからには、オレはこの者を諦めるわけにはいかんし譲るわけにもいかん」
「うん。まぁね」
「でもなにか疲れたな」
「はえ?」
「馬に跨っていたとはいえ、今日は一日戦争だ。少し休憩時間も必要じゃないか?」
「・・・・あ?はえ?」
「うん。オレは少々疲れた。もう動けん。ちょっと休憩しようではないか」
「・・・・・」

エドガイはため息をついた。
究極の二番手のクセに、
ヘタクソなもんだ。

「あー・・・・あいあいあい。分かった分かった。おーいてめぇら、
 俺ちゃんら疲れたみたいよー。疲れて動けないらしー。
 実はほら、もう体のフシブシがやべぇらしい。だよな?休憩なー」
「「「「「サー、イエスー、サー」」」」」

まぁ、
彼女が言うならば、
そのヘタクソに付き合うしかないか。

「おっと残念だ。こんな時なのに邪魔者だ」

ヘタクソなツヴァイの演技と共に、
この中心。
この集団の中心に、
シュンッ、
と、
二つの影が降り立った。

「・・・・応、なんかよく分かんねぇけど満場一致らしいぞ」
「承知」

アジェトロとフサム。
二匹の伝説が、
降り立つ。

「宿命とは切っても切り離せんものだな」
「やっか。ノカン将軍」

・・・・。
笑みがこぼれた。
ケビンの口に、
笑みがこぼれた。
もちろん、
作戦通りとか、
そういう陰湿な笑みではない。

ただ、
なんとなく笑えた。

百戦錬磨の戦争の将軍が、
相手に情けをもらい、
死なせてもらえるなど。

「かたじけない」

誰にも聞こえない小声で呟いた。
感謝など、
戦争で相手にすべきではない。
将軍の最後の誇りだった。

「・・・・やろう。宿敵」

ケビンは、
背を預けていた大木から背を離し、
剣を拾い、
自らの足で立った。

「死ぬ準備は出来たか?宿敵」
「・・・・これから死ぬぞお前」

「冗談」

それでも、
自殺などしない。
腹は括っても、
切腹はしない。

戦うからには、
万が一までも、
微塵までも考慮し、
勝ちに行く。

もちろん、
カプリコ三騎士に勝ったとて、
その後には死が待っているだろうが、
それでも、
今、
ここで、
誇りを果たせる。

桃園の誇りを。
ノカンの誇りを。

剣を、
ダラりと構えた。

「やろう。宿敵。ノカンとカプリコの戦いに終止符を打とう」

「・・・・笑止」
「もちろんてめぇのクビでな」

異様な景色だったかもしれない。
薙ぎ倒された木々。
その森の中、

戦争のプロ達が取り囲み、
その大将も、
最強も、
何もせずに、
人間の全てが何もせずに、

魔物と魔物の宿命を見届けようとしている。

ノカン。
カプリコ。

その頂点と頂点。

ケビン=ノカンと、
アジェトロ、フサム。

ケビンは、
赤茶のブルトガングを片手に。

アジェトロ、フサムは、
ヤモンクソード。
大剣カプリコソードを持ち、

ただ、
木々の隙間から、

無音を奏でる風が吹き抜けた。

「・・・・・」

「「・・・・・・」」

そして、

「「参る!!」」

アジェトロ。
そしてフサム。
二匹が、
同時に飛び掛った。
鏡映しのように、
同時に。

ケビンは、
この、
極限状態に置いて、
いやに落ち着いていた。

宿敵が迫る。
だが、
焦りは無い。

頭の中がいやに冷たい。

何もかも考えることができる。
宿敵二匹の動きが、
ゆっくりにも感じる。

その動きに合わせて・・・・

ケビンは剣を振るった。

・・・・・。

「応」
「・・・承知」

アジェトロとフサム。
その二匹とすれ違った。

いやに落ち着いていた。

決着は・・・・ついた。

それだけだった。

渾身の一撃。
ケビンの右手に握られし赤茶の剣。

それは、
右手に握られたまま、
宙を舞い、
左手も同じように、
宙を舞っていた。

「・・・・」

両手を、
片方づつ切り取られた。
もちろん、
アジェトロとフサム。
その二匹は、
ケビンの背後で無傷だった。

完敗。
一瞬の完敗。
微塵もないほどに。
万が一もないほどに。
万全なる完敗。

「ははっ・・・」

両手無きノカン将軍は、
そのまま歩んだ。

「!?・・・おい!」
「いい」

エドガイが動こうとしたが、
ツヴァイがそれを止めた。

ケビンは、
そのまま、
この場から立ち去っていこうとしたからだ。

「いいって!逃げるぜあいつ!」
「いい」

両手無きまま歩み去るケビンを、
全員が見送った。

「あいつは死んだんだ。そのまま死なせてやれ」

































森を歩む。
なつかしい。

「本当に・・・・」

ケビンが歩む道は、
両手からこぼれ落ちる血液で、
二本のレールのようになっていた。

「あいつはよくココに隠れてたな・・・」

庭。
懐かしき思い出。
見渡す景色、
全てがなつかしい。

「俺はそれを知ってて、あえて最後に見つけてたっけな」

ルアスの森。
思い出だけが残り、
だが、
あまりに変化がないこの森だからこそ、
思い出だけが蘇る。
黄泉返る。

「この先にな、」

誰も周りにいないのに、
ケビンは一人で呟いていた。

「俺の村があったんだ」

向かう先は荒野だった。
そのために、
死んだノカンは歩んだ。
森を。

「いい女も居たし、いい男も居た。最高の村だった」

一人で呟いた。
もう、
それを話す相手もいないから。

「だが、もう無いんだ」

もう、
無い。
地図にもない。
跡形も。

「テントがあったんだ」

あったんだ。

「仲間が居たんだ」

居たんだ。

「友達が居たんだ」

居たんだ。

「家族が居たんだ」

居たんだ。

「だが」

もう、
無い。

命もない。
村もない。
根絶的に、
ノカン村は微塵もない。
思い出だけしか、
もう無い。

「俺は・・・死んでいいのか」

それは疑問だった。

「皆死んだのに、俺は、ノカン村をまた作り上げるために生きたのに」

それも出来ず、
死ぬ。

「死んで・・・いいのか・・・」

だが、
それを返してくれる者も、
もう居ない。
何も、
無い。

「もう一度・・・」

ノカン村を、

「もう一度・・・」

桃園を、

もう無い。
そんな、
そんなあの、
素晴らしい日々を。

「・・・・・」

思い出。
か。

「やはり、戦いはココだよ」

もう指差す腕もない。
だが、
今もそう思う。

「頭があるから、思い出もある。俺には映し出せる。一万通りの思い出を」

万華鏡のように。
一万もの、
花咲く、
鏡のように。

ただ、
それはやはり鏡でしかなく、
触れられないものだった。

「俺の村があったんだ」

あったんだ。

今は・・・

そう、
そう、
後悔と、
無念を頭に張り巡らし、
だが、
それをかき消す様に彩る思い出。

あぁ、
あぁ。

あのノカン村を、
あの桃園を。

だが、
だけど・・・

もう・・・

無いんだ。

あの温かいディド鍋も、
カプリコとの因縁も、
冬は凍えそうになるテントでの睡眠も、
子供が外で無邪気にノカンヨーヨーで遊ぶ姿も、
俺の耳を褒めてくれた女達も、
毎日遊んだ幼馴染達も、
毎日共にした戦友達も、
俺に尽くしてくれた弟も。

もう、
無い。

存在もない。
地図にもない。

あの桃園は・・・

ただ、
ケビンは、
死に際のその目で、
確かに見た。

・・・。
森を抜けた。

無い。
無いさ。

ノカン村はもう・・・・

「あるじゃないか・・・・」

あるじゃないか。
森を抜けた。
抜けた。

その先には、
あの日の、
あの時の、
ノカン村があった。

あの温かいディド鍋も、
冬は凍えそうになるテントも、
子供が外で無邪気にノカンヨーヨーで遊ぶ姿も、

意地悪なニュクも、
仕事に追われるノカンおじさんも、
ナマイキなアンクルノカンも、
怠け者のガイノカンも、

「・・・・ははっ・・・・」

暮らしてる。
あの日のように。

「あぁ・・・」

手を振ってる。
戦友のウッドノカンと、
戦友のニュクノカンと、
あと、
赤いズボンが似合う、
俺の弟が、

「今、行くさ」

そして、
ケビン。
ノカン将軍ケビンは、

遥かなるノカン村。
ピンクの故郷。
桃いろの園。

その桃源郷に、


足を踏み入れた。






























                 






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