「あなたは幸せになっていいのよ」

耳に響くその言葉。
あぁ、
心地よい。
それが、
俺の運命を変えてくれた言葉なのだから、
それでいいと思う。

名は、
スザク。

スザク=シシドウ。

いい名だろ?

朱雀って鳥はな、
四獣の南。
青竜
朱雀
白虎
玄武ときてまぁ、
その南で朱色。

鳳凰に類似するからには不死鳥みたいなもんで、
雷鳥でもある。

雷と炎を司る俺にピッタリってのもある。

ま、
ガルーダ(迦楼羅)の野郎とカブるのがたまに傷だけどな。


「ヒャッホイ」

だけど、
重要なのは上の名じゃなく、
下の名だ。
この場合、
姓の方だ。

「死が始まったな」

そう言い、
今日も手にかける命。
それが仕事で、
それが宿命だ。

「ななななな、なんだあんたは!この大金持ちの僕ちゃんに!なななな!」

辺りの死体の中で、
本命は愚かに怯えていた。
本命というよりは目標。
今回の暗殺以来相手。

「僕ちゃんはなんも悪いことしてないぞ!」

してんじゃねぇのか?
殺人依頼きてんだから。
ま、
金持ちったらそれだけで死んで得する人間もいるしな。
ただの疎みかもしれないが、

「理由なんざどーでもいいんだよ。俺は殺すために来たからそれだけだ。
 依頼主の考えなんざどうでもいい。お仕事ね。お仕事」

「ぼぼぼぼぼ僕ちんは!」

「・・・・ヒャッホイ」

そして、
今日も仕事を終えるのだ。



































「あーあ」

今日も疲れ切って、
その誰も知らない城の隠し部屋に帰る。
ここはシシドウだけが知る場所で、
居ない人間。
53部隊だけの帰り場所。

「三日連続で仕事だっての。肩こっちまうな」

椅子にもたれかかり、
スザクはそう言った。

「肩こるのはわっちの方でしえ。こーんなもの付けてるくらいだから」
「ヒャッホイ。シリコンオカマ野郎がほざいてんじゃねぇ」

同じく、
この部屋に居るのは53部隊の面々だけだ。
社会から隔離されることを生まれた時から約束された一族。
血のつながりの無い血族。
シシドウと名付けられた者達。

シシドウ。
死が始まった者達。
終わるまで、
死。
死に携わる者達。

「隊長らに報告はしに行ったのか?スザク」
「んあー?」

いつも通り、
こんな部屋の中でわざわざ隅の壁にもたれかかっている男。
ま、
そんなのはツバサの野郎しかいねぇ。

「行った行った。じゃねぇと何されるか分かんねぇだろ」
「だな」

今日も、
明日も、
そしてこれからも、
仕事に追われるんだろう。

殺す。
それだけの仕事。


・・・・。

53部隊の仕事というのは、
つまり殺人。
その中でも暗殺の部類に入るものばかりだ。

それでもまぁ、
実際王国騎士団の中での仕事ばかりってわけでもない。
居ない部隊なのでそう団内で仕事ばかりってわけにもいかない。

人伝てに、
シャバの野郎達から以来が入る事はしょっちゅうだ。
もちろん、
依頼する側も53部隊なんてありもしない組織が仕事をしてくれてるとは思ってもいないだろう。

「そういやペリカンが死んだそうでありんすよ」

ジャックが、
男のクセに、
その綺麗な顔に化粧をしながら言った。

「あ、そなの」

だがまぁ、
それくらいのもんだ。

「いんじゃねぇーの。役に立たなかったし。死ぬべき人間死んだだけっしょ」
「だな。ソラやシドも育って来ている。居なくとも支障はない」

殺せない奴は死ぬ。
それがジョーカーズだ。
それでいい。

53部隊。
つまりシシドウは、
まぁしょうがないとはいえ、
人手不足だ。
特に十年前ほどか。

当時最強のシシドウであった、
イカルガとウミネコというシシドウ。
彼らの結婚と同時、
生まれた子供。
つまり、
シド=シシドウによって、
彼らは殺された。
それは痛手だったが、

「結局んとこさ。俺らって死んでる存在なわけだし、誰が死んだって同じだ」

スザクは素直にそう思った。
そう。
死んでるのだ。
死が始まってるのだ。
同じだ。

なんとなくだが、
スザクは、
死なない人間というのが分かってきていた。

ここに居るメンバー。
その中でも、
シシドウとして、
53として、
ジョーカーとして、
暗躍を続けられる人間。
数年後も残ってる人間なんて、
なんとなく分かっていた。

まず、
自分。
スザク=シシドウ。
当然だ。
不死鳥は死なない。

あと、
オカマのジャック。
雀と書いてジャック。
あの変態もだ。

当然、
ツバサ。
死の翼。
実力と堅実さではピカイチだ。
出来ればこいつと仕事するのが一番だ。

最悪の空。
まだ若いソラもだろう。
強さはともかく、
最悪な性格だ。
他人に押し付けて生き残る事に関しては是非も無い。

シドは間違いない。
殺しても死なない。
ありゃぁガキのクセに、
関りたくない異端だ。

んで、
あいつもだ。

「いいねぇいいねぇ。時に・・いいねぇ」

ニヤニヤと、
パーマのかかった黒髪の、
無精ひげの男。

「周りが死ぬ分にはそれでいい。時に、そういう時。何もしなくても俺が光る。
 自分を上げる必要はねぇ。他人が下がればそれで上に立てるっていうのが世界の時間だ」

ガルーダ=シシドウ。
あの性格は致し方ないか。
嫌いだ。
名前がかぶってるのが最悪だ。
伝説になる鳥は俺だけでいい。

「だがな、」

あぁ、
こいつも居た。
こいつも死にはしないだろう。

「死の先に何を見るんだ。俺達は」

何を言ってるのか分からないが、
俺達の中では一番の年長者。
それでも30代なのだが、
名を、
ヒエイ=シシドウ。
飛ぶ、影のシシドウ。

「殺すために、死ぬ。それが俺達なのか?」
「なぁに言ってんだオッサン」
「そうでありんす。訳が分からないでしえ」

そう。
こいつはよく分からなかった。
実力は俺達の中で一番なのに。
殺せぬ者などいない剣士なのに。

「いや・・・・」

ヒエイは口ごもった。

「俺の娘もまた、そんな人生なのかなと考えてな」

ふーん。
スザクは流す。
どうでもいい話だ。
だって娘なんて持ったことがない。
ってか、
シシドウが何言ってんだ。
そうとしか思わなかった。

「どうっでもいい話だ」

スザクは椅子にもたれたまま、
気楽に構える。
明日も仕事だ。
殺人だ。
どうでもいい。


































ま、何の因果か知らないが、
今日の仕事はそのヒエイと同じだった。

「・・・・・・」

すぐに仕事は終わった。
さすがのオッサンだ。
スザクがほとんど手を下さずとも、
目標は死滅した。
鮮やかな剣技だ。

「ヒャッホイ♪パチパチパチ、ってな。いい仕事ぶりだぜ旦那」

そんなスザクの様子にも、
まだ何かを考えるように、
ヒエイは呆然としていた。

「・・・・・・」

濡れた剣をしまい、
そして、
何を思うのか取り出したのは、
SS(写真)だった。

「最近竹刀を卒業したんだ」
「あん?」
「娘の話だ」

ふーん。
まぁ、
また流したい話だったが、
ヒエイは続ける。

「アスカと言ってな。飛ぶ影と書く俺と違い、飛ぶ鳥。いい名だろう」

ヒエイは、
先ほどまでと違い、
ただのそこらのオッサンのような笑顔でスザクに言う。
嫌気が差す笑顔だ。

「・・・・知らねぇよ。でもあんた。いい名っつっても空を冠してるだろ」
「・・・・・」
「分かるだろ?空や鳥。それを冠するのがシシドウの名だ。あんたの娘もまたシシドウなんだよ」

分かっとけよ。
そう言いたかった。
まったく。
世界最強の殺し屋集団が、
何甘ったるく娘の写真なんか持ち歩いてんだ。

「・・・・・」

ヒエイは深刻な顔をしていた。
理由なんか聞きたくなかったし、
関りたくもなかったが、
ヒエイは勝手に話してきた。

「俺の娘もまた、アスカもまた、剣で人を殺すのだろうか」

そりゃ殺すだろ。
それを声に出して言った。
当然じゃねぇか。
シシドウに生まれたんだから。

「そんでもってあんたも殺すんだよ」

・・・・と。
口が滑ったか。
スザクは口を塞いだ。

「・・・いや、それはない。うちの家系は前代の自殺を持って継ぐシシドウだ」
「へぇ」

ま、
シシドウの跡継ぎは家系それぞれだからな。
親殺しにて継ぐパターンが一番多いが、
何にしろ、
前代が死んで、
後代が継ぐ。
それがシシドウだ。

シシドウはいつも一人。

「ってことは、あんた、娘の前で自殺する事になんのか?」
「・・・・あぁ。娘が成人したらな」
「そりゃご苦労なこって」

スザクはやれやれと首をかしげた。
ま、
どのシシドウもいずれ死ぬのだ。
そんなこと気にしてるのがおかしいのだ。
前代の死。
殺人にての引継ぎ。
シシドウにとって切っても離せぬ継承。
一子相伝。
皆、
今生きているシシドウ達も同じ事をしたのだ。

ツバサは兄弟と共に殺した。
ジャックは感謝と共に殺した。
ソラは人のせいにして殺した。
シドは生まれた瞬間殺した。
ガルーダは死ぬのを待った。
そして、
スザクは愛を持って殺した。

誰もが、
親の死を持ってシシドウとなった。

"親が死んでいないシシドウなどいない"

ヒエイの家系。
それは、
親の自殺をもって引き継ぐ。
哀しみを持って引き継ぐ。
それだけの家系だ。
他よりも平和な気さえする。

「アスカは俺しか知らないと言ってもいい」
「あん?」
「隔離された森の中で人知れず暮らしているのだ。当然だ。
 だが、その俺が自殺することによってアスカはどう思うんだろうか」
「一人前のシシドウに成れる!やったー!・・・・じゃねぇの?」
「・・・・・・」

そりゃそうだろ。
そう思ったが、
ヒエイの反応は違った。

「俺は、そんな娘を見たくはない」

本当に、
何を言ってるんだか。
殺人者が、
何を言ってるんだか。

「んじゃ、娘を殺せば?」
「!?」

人が変わったように、
ヒエイは掴みかかって来た。
スザクは驚いて動けなかったが、
わなわなと、
ヒエイの方が震えながら、
スザクの胸倉を掴んで怯えていた。

「い・・・いやだってよ・・・娘の前で死にたくないんだろ?
 じゃぁそれを回避する方法は娘の・・・あー・・・アスカちゃん?そっちが死ぬしかないだろ」
「・・・・・・」

それしかない。
そりゃそうだ。
親が死ななければ子はシシドウになれないのだ。

「それでいんじゃね?俺としてはそれが最高だと思うね。あんた死ななくて済むし」

そう。
スザクはそれを思っていた。
正直、
シシドウのそのシステム。
それも嫌だった。
子を持てば、
引継ぎのために自分は死ななければならない。

スザクはそんなもんクソ食らえだった。
なんで自分が死ななきゃいけないんだ。
他人殺すのはいい。
なんとも思わないが、
自分は死にたくない。
だからスザクは子を残す気はサラサラなかった。

「そんなこと・・・・・」

スザクの胸倉を掴んだまま、
ヒエイは俯いた。

「そんなことできるわけがないだろう・・・・たった一人の娘だぞ・・・・」

泣くように、
いや、
泣いていたかもしれない。
ヒエイという剣士。
暗殺剣士は、
スザクの胸倉から手を離し、
地面に崩れ落ちた。

「・・・・だが・・・あのこは俺がいないと生きていけない・・・俺が死ぬわけにはいかない・・・・
 俺しか知らないんだから・・・・だが・・・あの子が一人前になった時・・・・」

続きは言わなかったが、
結果は分かっていた。
その娘。
アスカ=シシドウという、
暗殺剣の跡継ぎは、
一人前。
成人を迎えるとともに、
ヒエイが死ぬのだから。

「うぐ・・・」

泣き崩れるヒエイ。
だが、
ハッキリ言ってどうでもよかった。
何か感じたかと聞かれれば、
「こいつ、おかしいんじゃね?」
とだけ思った。
シシドウとして、
有りえない感情だった。
代々そういう性格を引き継いでいるはずだ。

何故
なんで、

"こいつは生を考える"

俺達は死んでいるんだ。
死が始まったから死始動なのだ。

そして、
死を伝えるから、
死指導なのだ。

故に死士道であり死師道。
谷から子をも突き落とす獅子道だ。

スザクだけでなく、
もし、
違うシシドウがこの場にいても、
全く同じ事を思ったに違いない。

ジャックでも、
ツバサでも、
ガルーダでも、
ソラでも、
違う意味でシドも。

シラサギも、
チドリも、
カナリヤも。
(こいつらはどうせもうすぐ死ぬだろう未熟者だが)
昨日死んだペリカンも。

それでも、
誰もが同じ事を思うだろう。

馬鹿なのだ。
こいつ。
有りえない。
だから、
ただ、
傍観していた。

理解できぬ故。

ただ、
何も思わなかったのに、

その泣き顔はやけに頭の残った。

































                         「あなたは娘を甘やかしすぎなんだから」


「ん・・・・ぐ・・・・・」

何かの声で、
目が覚めた。

「あ・・・は・・・・はぁ・・・・」

夢。
夢か。
古い夢を見ていた。
もう何年も何年も昔の話だ。
もう4人しか残ってないシシドウが、
鳥達が、
まだ絶滅危機にまでは陥ってない時の夢。
遥かな夢。

いや、
否、

俺は・・・

こんな夢が見たかったのか?

「・・・・・・ココ・・・は・・・」

頭が朦朧とする。
混乱したままだ。

そして辺り。
見渡す事も出来ない。

暗闇だ。
何も見えない暗闇。
真っ暗で何も見えない。

眼帯の付いてない片目も慣れない。

「・・・・あ・・・・ぁ・・・」

なる・・・ほど。
納得した。
過去などどうでもいい。

現実はこれだ。

「・・・・・ぇあ・・・・・」

寒い。
衣類がない。
どうやら自分は全裸のようだ。
だが確認できない。
体に触れない。

ジャラリ・・・。

両腕が、
上に吊るされている。

背中に、
冷たい壁が触れる。

「・・・・・ぁ・・・・」

朦朧と、
混乱した頭の中でも、
状況を確認した。

死ぬのか。

この地下で。

あいつのオモチャになって。

弄ばれ、
傷められ、
そして・・・

燻(いぶ)られる。

「・・・・ぇぅぅ・・・・あ・・・・ヒ・・・ナ・・・・ヒバリ・・・・」

頭に浮かぶ。
否、
埋め尽くす。

記憶が、
温かい、
記憶が、
現実を見れない。
現実を見るようなメモリは脳内にない。

ただ、
妻と、
娘の顔が、
走馬灯のように。

いや・・・
走馬灯なのだろう。

あまりに長い、
走馬灯なのだろう。

「・・・・・ぁ・・・・」

ジャラりと、
鎖が揺れる。
寒い。
冷たい。
暗い。

でもそんな事はいい。

思い浮かぶのは・・・・


「んーーーーーー!お目覚めかな」

ぼぉ・・・と灯りがつく。
暗闇という宇宙に、
そこだけに世界があるように、
唯一の灯り。
蝋燭。
それが灯されると、

車椅子に乗った。
紫色の外道の顔が浮かび上がった。

「ふぁ・・・よく寝た。俺も結構忙しいんだよね。でも仕事で趣味の時間が無くなるのはイヤだよな」

蝋燭に照らされた紫は、
そう言う。

そういえば今は何時なんだろう。
いつなんだろう。
どれだけ時間がたったどの時なのだろう。
分からないし、
分かりえない。

むしろこの地下。
ここに捕えられている自分の存在など、
世の理からしたらどうでもいいのかもしれない。

実際。
俺自身もどうでもいい。
考えたくない。

これから何をされるか分からないが、
どうなってしまうのかは分かる。
終わる。
弄られ、
弄ばれ、
終わる。

考えたくないし、
考えられない。

ただ、
体が寒い。
手首に縛られた鎖が冷たい。
素肌の背中に当る背後の壁が冷たい。
頭も寒い。
冷たいほどに何もない。
真っ白だ。

考えたくもないし、
考えられない。

だから、
思考をこらさなくとも、
垂れ流されるビジョン。

笑顔の妻と娘。
それだけが、
壊れたフィルムのように回り続けていただけで。







































「お仕事お疲れ様です」

その女は、

ヒナと言った。

「・・・・・あん?何言ってんだてめぇ」

頭がイカれてる。
ただそう思った。
それは俺が間違ってるわけじゃない。
実際、
この女の方がイカれてた。

「俺はあんたを殺しにきたんだぜ」

「それが仕事なんでしょう?」

「あぁ」

「だからお疲れ様って言ってるんですよ」

ヒャッホイ。
イカれてる。
今から殺されるって分かって頭がイカれたとしか思えない。

まぁ、
これだけの短い文でも分かってもらえると思うが、
スザクの今回の仕事。
仕事、
イコール、
暗殺。
それは、
一人の女を殺す事だった。

名を、
ヒナ=ヒナタ。
雛(ヒナ)というからには、
シシドウの類の人間であると思っていたが、
そうではないようだ。
てっきり、
何か問題のあったシシドウの殺人要請か何かかと思ったが、
そうでもないようだ。

とにかく、
理由はどうでもいい。
仕事だ。

「数え切れないほど人間を殺してきたし、その断末魔の人間の変貌も知ってる。
 トチ狂った奴が多かったが、まさかここまで支離滅裂な反応する奴は初めてだ」

「あら、そうなの?」

女は、
まるで、
当たり前かのようだった。

スザクは、
暗殺として、
この家に忍び込んだ。

そして、
このヒナという女を見つけた。
殺しにきたと名乗った。
名乗った事自体が暗殺者としてどうなのだと思うが、
こんなか弱い女一人殺せないわけないだろうという判断が、
まだスザクが若かった印かもしれない。

だが問題は、
それなのに。
暗殺者が不法侵入してきたというのに、
この女は、

今も、

キッチンで皿を洗っているのだ。

「いや、別にあんたは今から死ぬに違いないからどうだっていいんだけどな。
 だけど殺してきた人間の中でも、殺される直前に堂々と皿を洗ってる奴は初めてだ」

水の流れる音。
それでも背を向けたまま、
ヒナという女は皿を洗っていた。

「私がおかしいなんて酷い事を言う方ね。私はいつも通りお皿を洗ってるだけ。
 初めてなのは、皿を洗うような女が殺人対象になった事じゃないの?」

「この状況でいつも通りな奴が初めてなんだよ」

「あら、そうなの」

それでも、
ヒナという女は、
積み上げた皿を洗っていた。

「それでも、おかしいことはないわ」

「興味あんな。言ってみろ」

「私は殺される事が分かっていたし、気付いていたから、当然の事体が起こっただけだから」

「・・・・・・なるほどな」

「お茶でもいる?」

「は?」

「客人はもてなすものよ」

そこで初めて彼女は振り返った。
ただ、
客観的な意見で、
綺麗な女だと思った。

ただ、
それは慈悲とかではなく、
些細な男心の下心で、
少しだけ生かしてやろうと思った。

「レビアのお土産もあるの。どう?」

「そうか。なら頂こうかねぇ。俺はお返しに冥土の土産をやるから」

「それは楽しみだわ」

水道を止め、
ヒナという女性はかけてあったタオルで手を拭いた。

スザクは、
近場の椅子に座り、
テーブルに肩肘をついた。

これから殺す相手に、
お茶の御持て成しを受けるために。

「はい。粗茶だけど」

「気にすんな。粗末じゃねぇ茶なんてわざわざ飲もうと思わねぇよ」

「そうね。味の違いなんて分からないものね」

フフッ、と笑い、
ヒナも椅子に腰掛けた。

「さぁ、暗殺者さん。面白い冥土のお土産。聞かせてね」

「・・・・ヒャッホイ。あんたなかなか最高だ」

初めて訪れ、
もう訪れることもない、
この他人の家で、
これから間違いなく死別する二人が、
テーブルで向かい合い、
茶菓子を間に、
談笑。
スザク自身も不思議だと思ったが、
ただまぁ、
違和感がなかった。


・・・・・。
いろいろと話した。
ペラペラと話した。
ハッキリ言って、
暗殺者失格の中の失格。
落第点の中でさらに赤点とも言えよう。

あまり無い、
自分の話せる事をいろいろ話した。

暗殺の事。
家系の事。
シシドウの事。
53部隊の事。

どうせ今から殺す相手だ。
だからこそ話すのが冥土の土産なのだから、と。
ペラペラと口が滑り、
口調は滑らかに。

ヒナという女の方も色々と話してきた。

家の事。
財産相続の事。
誰もが自分の事を邪魔だと思っている事。
そしてそう思っている人間達が、
自分を始末しようとしているだろう事。

話しに話した。

「ま、ご苦労様ってなもんで、お生憎様ってとこかね。
 宝くじが当選した奴の多くは不幸になるなんていうが、そんな類ってわけだろ」

「そういう事ね。お金がないと不幸になるけど、楽して転がってきたお金も同じよ」

「んじゃま、その金誰かにやっちまえばいいじゃねぇか」

「えー」

「えー、っておま・・・・」

「それじゃぁ今の私の不幸が誰かに移るだけじゃない。それに私だって気に食わないわ」

「結局お前も金が欲しいからこうなってんのか」

「いらないわ。だけど人にあげるのは嫌」

「あらまワガママなこって。死んだ方がいんじゃね?」

「暗殺者さんに言われたら説得力もあるってものね」

そんな会話も、
彼女は、
ヒナは、
笑って話してくれる。

・・・・・いや、
だからなんだ。
なんなんだ。
別にどうってことはない。

死人としゃべっているだけだ。

「まぁ残念なお知らせなんだけどな。俺は同情もしないし、するように出来てない。
 シシドウだからな。ここでどんでん返しなハッピーエンドはないんだ。
 言っちまえば俺達シシドウに殺す理由なんてない。頼まれたら、殺すだけだ。
 だから殺す対象の事も対象外だ。あんたが幸せだろうが不幸だろうが殺さなきゃいけねぇ」

「別に私は命乞いなんてした覚えはないけど?」

「俺がどんだけ人を殺してきたと思ってるんだ。それくらい分かる」

「どゆことかしら?」

「悪あがきの手段は二種類。体で抵抗するか、心で抵抗するか。
 心の方ってのはつまり訴えかけてくるってことだ。特に不幸自慢は最もポピュラーだ」

「私が同情を誘ってるって言いたいの?」

「あんたに自覚があろうとなかろうと、今話してたのはそういう話じゃねぇか」

とにかく、
殺すものは殺すのだ。
それが仕事なのだから。
戦う事が仕事なのではない。
殺す事だけが仕事なのだから。
理由はいらない。

ピアノの発表会と同じだ。
客をカボチャと思えって言うだろ?
俺もそう教えられた。
殺す対象はどれも違いなく見分けもない。
どれも同じなドテカボチャだ。

カボチャを食う時に見栄えなんてお飾りだ。
どうせ腹の中。
どうせ、
食うんじゃねぇか。

それが、
シシドウにとっての殺人。

相手の事情も、
自分の事情も関係ない。

殺す側と、
殺される側。
それだけ。

「まぁどう思われたってもう死ぬんだからいいんだけどね」

「ヒャッホイ。分かってるねぇ」

「あぁ、そうだわ」

パチンと両手を合わせる。
ヒナ。

「私が死んだらさ。アスガルドに行ったらさ。あなたはあなたでお土産を頂戴ね」

「ん?」

もう空になった茶菓子と、
湯呑を見ながら、
スザクは首をかしげた。

「どういうこったそれ。まるで俺までもうすぐ死ぬみたいじゃねぇか」

「もうすぐじゃないかもしれないけど、寿命はまっとうしないでしょ?
 さっき話してくれたじゃない。シシドウはそうやって受け継ぐんでしょ?」

親が死んで、
受け継ぐ。
シシドウの宿命。

「んーにゃ。俺は子は残さねぇ。ガキのために俺が死ぬなんてまっぴらだ」

「あら、それじゃぁあなたのシシドウはあなたで終わりね」

「そういう事だな。周りのシシドウにそんな事言うと叩かれるけどな」

つまようじで歯の隙間を掃除しながら、
スザクは当たり前のように言った。
当たり前だ。
子供なんて作るわけない。
シシドウにとってそれは、
寿命を作るようなものだ。

「それはそれは、あなたがそう思ってしまうのがシシドウって家系のせいなら、
 あなたは凄く可哀想な人だわ。うん。もの凄く可哀想よ。私なんて比較にならないくらい」

「そうかぁ?」

俺は、
そんな事を感じたこともないけど。

「だって、子供可愛いじゃない」

・・・・・ん?

スザクには分からない感情なので、
疑問しか浮かばなかった。
子供っていうのが可愛い。
いやまぁ、
分からん。
分かりもしない。
全部カボチャだから。
全ての人間は、
殺す対象かそうでないかだけ。

53部隊は老若男女の区別はしない。
殺すなら殺すから。
子供だからといって特別な感情など・・・

「私ね」

聞いてもいないのに、
ヒナは勝手に話し始めた。

「子供のころの夢はお嫁さんになることだったの」

「・・・・・」

つまようじの動きが止まらない。
それくらい、
耳を傾ける必要のない話だったから。

「でもまぁ、成長するたびにそれはどうなのかなってなってくる。
 女だって働かなきゃって理解してきたし、それにこんな家系だし」

こんな家系・・・ねぇ。

「莫大な財産が降り注いでくるような家系な」

「そ」

ま、
そりゃぁ旦那選びも自由じゃないわな。

「夢って変わっちゃう。夢に対する見方が変わっちゃうからだと思うわ」

「はい。そうね」

あっそ。
夢なんざ見たことないからわかんね。

「だから子供のことのそんな夢が遠いものになっていったわ」

・・・。
ただただ、
頷きもせず、
相槌もせず、
スザクは聞いていた。
つまようじを歯にガリガリと意味もなく遊ばせながら。

「だからね」

テーブルの向こうの死人は話す。

「今の夢はお嫁さんになることなの」

パキッ、
と、
つまようじの折れる音がした。
まぁ折れた。
ずっこけそうになったのが、
なんとかつまようじの犠牲だけですんだ。

「・・・・何言ってんだおめぇ。変わってねぇじゃねぇか」

「変わったわ。見方が変わった。だからこそ。遠いものを見るからこそ夢なんでしょ」

「・・・・ヒャッホイ。残念。俺は絵本も読まずに成長したから分からんわ」

「夢と現実は違うって話。男もかもしれないけど、女は結婚が就職活動に変わるのよ」

「ふーん」

考えた事も無かったので、
そういう価値観はよく分からない。
このヒナという女が正しい事を言っているのか、
一般論を言っているのか。
ただ、

「別に恋愛は仕事じゃねぇだろ」

「あら、殺人屋さんが分かったように」

「"俺は殺人が仕事だが、殺人って行為自体は仕事として生まれてねぇよ"」

それと同じだ。

・・・・。
と、
当たり前の事を言っただけなのだが、
目の前の女は、
もうすぐ死ぬ女は、
キョトンとしていた。

「・・・・・ふーん、へー・・・・」

ヒナは、
テーブルに両肘を置き、
両手を両頬に添えた。

「割り切ってるのねぇ」

「割り切ってっさ。仕事は仕事。別に殺人は仕事じゃなくても出来る事だが、
 俺はそれが仕事だから感情とか持たずに律儀にこなしてるだけってことよん」

「仕事好き?」

「割り切ってるっつってんじゃねぇか。好きでも嫌いでもねぇよ」

「ふーん」

何か、
関心したように頷いていた。

「でもしたい事が仕事になったらそれは幸せよね。フフッ、ね?」

彼女は笑った。

・・・。
なんというか・・・・。

俺は固まった。
それは、
その笑顔は、

新手のスペルか何かなのか?・・・・・なんていう、
腐った甘っちょろい事を感じてしまうぐらい、
その時俺はどうかしてたから、

正しい間違いを、

俺はおかしてしまったんだろう。


その間違いは、
未だに後悔もしない正しい事だったわけだけども。
































                          「どう?言った通りでしょ?」

そう得意げに、
娘を抱き上げ、
子供が可愛いかどうかを問いてくるヒナの姿が頭に浮かんで、


現実が返ってきた。



「寝ちゃ駄目だってのスザクくぅーん?お仕置きなんだからさー。
 ね?これはお前がちゃぁーんと仕事しなかった正当な罰なわけ。死刑という私刑なわけ」

目の前で、
紫の悪魔が、
車椅子の車輪を回しながら近づいてくる。

それでもなお、
頭の中で錯乱する過去。
温かい思い出。

それと反比例した現実。

寒い空間。
冷たい鎖と壁。
凍える状況。

「・・・・ヵわ・・・・いぃよ・・・」

「あん?何言ってんのお前」

燻(XO)は、
馬鹿にしたような顔つきで頭を振った。

「脳みそ整ってないみたいだなぁド畜生。それじゃぁちょっと私刑が楽しくないわけよぉ」

「・・・ぁ・・・が・・・・」

冷たい。
冷たい地下。
吊るされた自分と、
目の前の死神。

「いーいかい?いーよねー?悪いのはお・ま・え。オッケェーィ?リョウカァーィ?
 だぁから俺の私物としてこれから死ぬまで遊び道具になったわけよ。
 趣味ね。シューミー。玩具はご主人様を楽しませないとね。分かった?」

燻(XO)は、
そう言って、
暗い、
暗い、
暗黒の地下室で、
蝋燭のホワリとした灯りだけの、
それでも真っ暗と表現すべき地下室で、

ユックリとナイフを取り出した。

「こぉーれ。定番。ど?どうよド畜生。コレ見たら大概の奴元気になんだけど」

「・・・・・ぇ・・・う・・・・」

見えていたし、
理解も出来たが、
考えもしなかった。

脳みそはすでに私用で満たされていた。
思い出。
フラッシュバック。
家族。
妻。
娘。
その色とりどりの、
虹色の温かみだけが、
脳みそを埋め尽くしていた。

「なぁになになに」

うーむと、
紫の悪魔は首をかしげる。

「それじゃぁつまんねぇだろが。あん?」

途端に不機嫌になる。

「ハッキリしろよド畜生が!そーいうの俺大嫌いなんだよ!!
 絶望するならするっ!泣き叫ぶなら叫ぶ!命乞いするならするっ!
 じゃぁねぇと俺がつまんねぇだろが!わざわざ拷問してやってんだぞ!」

「・・・・・・ぁう・・・・」

ひん剥かれたスザクは、
ただ、
鎖に繋がれたまま、
うめき声のようなものを口から零しながら、
目線も定まらず、
思いに。
想いに。
ふけっているだけだった。

現実から、
完全に逃避していた。

「まぁいいか」

「・・・あ・・・・」

「花火が上がれば目も覚めるっつーしな。言わねぇか?知らんけど。
 そろそろ始めようか。一方的なお楽しみタイムをよぉ。ウフフ」

カラッ・・・と、
車椅子の車輪が少しだけ前へ。
そして、

「・・・・・ぇあ・・・」

冷たい。
冷たいナイフの刃が、
スザクのヘソの上に触れられた。

「ん〜・・・・この・・・ウフフ・・・・"トマトに穴を空けるような瞬間"がたまんねぇよな」

ナイフが、
ほんのわずかに、
押し込まれる。
数mm。
それだけ。
それだけだけ。
ナイフの刃は、
スザクの腹部上に、
小さな小さな穴を空ける。

トマトに穴を空けるような。

その比喩の通り、
スザクの腹部上から、
血液の水滴が、
プツプツ・・・とはみ出た。

「ほーらほらほら。一人じゃシーシーも出来ないようだから俺がチャックを下ろしてやるよ」

楽しそうに微笑を零しながら、
燻(XO)は、
クソ野郎は、
スザクの腹部を縦に、
カッターで優しく切り開けるように。

「アヒャヒャ・・・ウフフフッ!アハハハハ!ほーれほれ!
 まぁーるかいてぇ〜・・・ってかぁ?ニャハハハ!見えまちゅか〜♪」

ゆっくり、
撫でる様に、
クソ野郎は。
ド畜生は。
鬼畜の最悪は。
スザクの腹を、
縦に。
横に。
斜めに。
楕円に。
真円に。
好きなように。
ラクガキのように。

ナイフで、
ゆっくり。
撫でる様に。

切り裂いていった。

「・・・・・あ・・・・うぐ・・・・ぁ・・・・・」

「アヒャヒャヒャヒャ!!!ご開帳!!!」

ベロン・・・と、
桃の皮がめくれるかのように、
スザクの腹の皮が、
無残に、
駄々草に、
垂れ開いた。

「ウフフ・・・・痛くねぇだろ?なぁー?そだろ?クスリやっといたからな。痛神経切ってあんだ」

いわゆる、
麻酔か。
痛みはない。
確かにない。
ただ、
冷たい。
その感覚だけ残っているかのように。
頭の中以外の、
全てが、
冷たい。
寒い。
凍える。

そして、
痛みはなくとも、
血は流れ、
切り開かれた腹部。
空気に触れる、
内臓。

ただ、
冷たい。

「んー。人間って凄いよなぁ。ま、手術で腹ん中まさぐったって死なないんだもんな。
 人間、鈍感を極めれば死ぬことにも気付かないってなぁ。医術の進歩は偉大だねぇ」

それが、
俺の高等なる趣味に使えるなんて。
そんな事を言いながら、
その、
暗がりに隠され、
蝋燭の灯りに照らされた、
グロテスクな描写を眺めるクソ野郎。

「・・・・で、感想は?」

「・・・・・・・」

でも、
やはり、
もう、
何も感じない。

どうでもいい。

頭の中でいっぱいだった。
頭の中がいっぱいで、
頭の中で手一杯だった。

「おーいおい。まだダンマリかぁ?お前拷問されてんだからよぉ。
 陵辱されてんだからよぉ。弄ばれてんだからよぉ。俺を楽しませる義務があんだろ」

「・・・・・」

義務か。
身勝手な奴だ。
世界最高級に身勝手な奴だ。
サドの頂点とは、
そういうもんなんだろう。

「ねね。おーい。なぁー。おーい。気持ちいいよぉーん。なー。感じてるーん?」

痛みもない。
感覚もない。
だが、
その動きだけは分かった。

燻(XO)の手が、
ずぶり、
ぬるり、
と、
自分の、
自分の腹の中に入ってった。

「ん〜・・・・♪・・・・・ぬくぃねぇ」

腹の中で動いてる。
クソ野郎の手が。
5本の指が。

「ほれ、分かる?分かるかスザクちゃぁーん。コレ、今俺が触ってんの。これ胃袋ね」

どうでもいい。
もう。
どうでもいい。

「だぁーかーらぁー・・・・相手してよん。スザクちゃぁーん。
 お前が悪いんだからさぁ。反省してるなら死に物狂ってくれよぉーん」

ズルり・・・・・
と、
大事な大事な血液と共に、
燻(XO)の腕が引き抜かれた。
暗闇で、
灯りの中で、
スザクの血でドロドロの片手。
それが、
スザクの頬に当てられた。

顔に、
自分の血液が塗りつけられる。

「いやま。いんだよ。発狂してすぐ死んじゃうのもつまんねぇしな。
 生かさず殺さず。燻ってくれればいいんだよ。こーいうのはハッキリしなくていい。
 ちゃぁーんとディナーも用意してあるんだからさ」

いい。
どうでも。
殺すなら。
殺してくれ。

「こう見えてこの俺はさ。絶望のスペシャリストなわけよ。
 死に際の後味の悪さのサンタさんなわけ。材料は揃ってるから。
 いつまでも夢見心地ではいららねぇぞ。ハッキリ現実の中で死ね」

燻(XO)は、
吊るされたスザクの首につかみかかる。
クソ野郎の血で濡れた片手と、
スザクの血で濡れた顔面。
それで、
燻(XO)の両手と、
スザクの首が、
赤く滑(ぬめ)っていく。

「ハッキリ俺を見ろ。なぁ・・・・見つめてくれよ。てめぇは今、俺のオモチャだ。その義務がある」

「・・・・あ・・・・」

無理矢理正面を向かせられる。
目の前には、
紫の、
腐った顔。
腐った、
美しい美貌。

スザクは、
虚ろに、
無理矢理目玉の方向だけ。
前に。

「なぁ、見ろよ殺し屋。殺された殺し屋よぉ」

「・・・・」

殺された、
殺し屋。

「てめぇは死んだ。本当の意味で。真実の意味で。ハッキリと・・・な。
 そう。そういうことだ。・・・なぁ。・・・・・"てめぇを殺(バラ)したのは誰だ"」

真剣な、
愉悦の混じった真剣な眼が、
虚ろなスザクに投げかかる。

「それで・・・」

それで、

「てめぇの宝物を殺(バラ)したのは誰だ」

殺(バラ)した。
殺した。
壊した。
壊したのは・・・・。

・・・・。
俺を、
妻を、
娘を。

俺を、
ヒナを、
娘を、

壊(バラ)したのは・・・・・

「・・・あ・・・・ああ・・・・・」

「その目だ。その眼だよ。それが最高に気持ちいい。勃起モンだド畜生」

ニタァ・・・と、
笑顔に変わる。
愉悦に、
クシャクシャに。
心からの笑みに変わる。

「ハッキリと見つめてくれよ。狂っちまいそうだ。ウフフ・・・。
 そしてお前はそれでも手も足も出ない・・・出せないバスケットケースだ。
 これまでも・・・そしてここから先のほんのわずかな楽しい時間も・・・な」


































正しい間違いをおかした俺は、

幸せだった。

「なんか聞こえたぞ!!!」

薄暗い、
薬臭い廊下の待合椅子からスザクは立ち上がる。

「ハハッ!ヒャッホイ!おい看護婦さんよぉ!聞こえた!俺は聞き逃さないぜ!」

「そうみたいね。おめでとうございます。ですが出来れば戸籍不詳のままでは・・・・」

「いいからどけって!!!」

スザクは、
看護婦の言葉に耳も貸さず、
その扉を開け放った。

「出たか!?出たのかヒナ!?」
「も、もうちょっとマシな言い回しはないの"あなた"」

ヒナはベッドに患者法衣で座り、苦笑していたが、
嬉しそうだった。

ヒナの他には、
医者と、
看護婦が二人。

だがそれよりもスザクの目に映って離さなかったのは、
ヒナの手の中のもう一人。

「男の子か!」
「お、女の子よ・・・」
「そ、そそそうか!!そうなのか!」

短い距離を飛びつくように、
いや、
文字通り飛びつき、
ベッドの傍らへ滑り込むスザク。

「お・・・おぉ・・・・」

ヒナの、
妻の手の中で泣き叫ぶ我が子。
正真正銘の、
我が子。

「あ・・・えっと・・・」

オロオロと、
スザクはその赤子の周りオドオドと、
飛びつきたくてもどうしていいのか。
医者を見て、
看護婦を見て、
そしてヒナを見て、

「さ、触ってもいいのか?コレ、触ってもいいのか?俺」
「フフッ、当たり前じゃない。あなたの子なのよ」
「だ、だよなっ!ヒャッホイ!ちゃんと手ぇ洗ったからな!俺!」

そう言っても、
そう言われても、
スザクはまだこう、
どうしていいものかと、
オドオドと、
だが、
顔だけはニヤけっぱなしで、
笑顔の解除の仕方が分からなくて。

「こ・・・ここここんにちわ」

訳も分からなくなって、
自分の子に頭を下げた。

「これからお世話になります・・・あっいや、お世話するのか!?あれ!?なんだ!?」
「落ち着いてよあなた」
「お、落ち着いてるっちゅーねん!」
「ほんとに?」
「ほんとだっ!ま、まったく俺の子は!見ない間にこんなに大きくなって!」
「初めて見たんじゃない」

クスクスと、
医者と看護婦が笑う。
スザクは笑われてるのもよく分からなくて、
片手を頭に、
ども、
ども、と、
頭を下げた。

「あぁ・・・」

そして、
やはり目を奪われる。
我が子。

「俺の・・・子なんだな・・・」

実感が沸かない。
のに、
感動が沸く。

「そうよ」

我が子を抱く妻が、
笑う。

「お、俺の半分がココに入ってるんだな・・・・」
「そうよ。凄いでしょ?」
「凄い・・・っていうか・・・・ヤバい・・・・」
「フフッ、なんなのそれ」
「あ・・え、いや・・・・ヤバいっつーか・・・」
「可愛い?」

その言葉に、
スザクは、
ゴクンと唾を飲み込んだ。
可愛い?
可愛いかって?
そりゃお前・・・・
こんなん・・・

反則だろ。

「どう?言った通りでしょ?」
「あぁ・・・」

可愛すぎる。
これが・・・
俺の子。
俺と、
ヒナの子。

「ヒ、ヒナ」
「うん?」

スザクは、
まだ訳もわからないほど興奮し、
理性が整っていないので、
頭を下げた。
妻に。
そして、

「ごちそうさまでした」
「あ、ありがとうとか、よく頑張ったな!とかでしょう!?」
「そ、そうか。そうだよな」

スザクは、
もう一度頭を下げた。
全身全霊の気持ちで。

「ありがとう。そして、本当によく頑張ってくれた」
「どういたしまして」

妻は笑った。
ここに、
二つ、
最高の笑顔が二つある。
妻の笑顔と、
娘の泣き顔。

そして、
本人は気付いていないが、
呆れるほどに弱弱しい、
自分自身のトロけた顔。

「抱いてみる?」
「う?ぇあ!?・・・・・・・おう!!!」

スザクはキョドキョドと見回し、
混乱し、
そして、
とりあえず自分の両手をズボンで拭い、
ネクタイも付けてないのに襟を整え、
一度咳払いをし、
大きく深呼吸。

ふぅ。

そして、
両手を広げる。

「ど、どっからでもこい!」

ヒナはクスクスと笑い、
そして、
その子を、
我が子を、
スザクの手の中へ。

「ぉ・・・おお・・・」

危ない、
赤ん坊とは、
命とは、
こんなにも重いものなのか。

「ヒャッホイ・・・・」

手の中に、
我が子。
泣く。
泣く泣く泣く。
生まれたばかりの赤ん坊は、
泣き止むことを知らない。

「あら、あらららららら・・・・」

手の中で、
腕の中で泣き叫ぶ我が子に、
どうしたらいいのか分からないスザク。

「お、おいヒナ!な、泣き止むスイッチはどこだ!?」
「ないわよそんなの・・・」
「でも泣いてるぞ!?俺が怖いのか!?俺、嫌われちゃってるのか?!」
「フフ、」

ヒナが笑う。

「泣いてるのは、元気な証拠よ」
「そうなのか・・・」

元気な、
証拠・・・か。
そうだな。
凄く、
凄く元気だ。
そして、
可愛い。
落ち着いて見てみると、
やはり可愛い。

「・・・な、なぁ!?この、ここんとこ!俺に似てないか?!」
「ど、どこよ・・・抱いたままじゃ分からないわよ」
「ここだよここ!ここもっ!こことかここもここもここも!」
「全部じゃない・・・・」
「ぜぇーんぶ!俺に似てると思わないか!?」
「馬鹿言ってるんじゃないわよ。あなたに似ちゃ可愛くならないでしょ!?」
「ん・・・ぐ・・・」
「その子は私にソックリの可愛い女の子になるのよ」
「そ、そうだな。うん。それがいい」
「でも・・・・」
「でも?」
「ほら、目元とかあなたにそっくりね」

目元。
目元。
あぁ、
分からない。
分からない。
自分の目元なんてちゃんと見たことなかった。
でも、
似てるのか。
俺に、
ソックリなのか?
コレは、
この子は、

間違いなく、
俺の子なのか?

「・・・・・・見えねぇよ・・・」
「馬鹿ね。ほら、拭きなさい」
「・・・・イイ、俺も元気な証拠だ・・・・・」

我が子に、
同じ面影のあるソコから、
何か零れて弾けた。





































「ウヒャハハハ!!!赤ちゃんはどこかなぁ〜?」

現実に戻ると、
いや、
戻ることもなく、
過去の架空に浸ったまま、
現実は現実で、
暗い闇。

「こっこらへんかなぁ〜♪ウフフ・・・・アヒャハハハハ!!!」

冷たい部屋で、
吊るされたスザクの、
開かれた、
赤が零れ落ちる腹部。
そこに手をつっこみ、
まさぐる紫の鬼畜。

「あ、ほれほれ、ここ。ショーチョー。引っ張ってみよか。ん?
 どう?体ん中には神経ないのかな。アハハ、ウフフ・・・・だめだよなぁそれって。
 それ以上にお前、腹ぁ開いてんだぜ?ウフフ、それで死なないって人間駄目だよな。
 麻痺ってるだけで死ぬべき事態で死なない。明らかな製作ミスだよな。人間の体って」

グチョグチョと、
腹の中が、
煮えくり返るとも言わず、
かき回される。

「お、これ、これ子宮じゃね?お前の赤ちゃんいんじゃね?ほれ、ブチっとな」

「・・・・ぁ・・・・が・・・・・」

「あ、分かる?分かった?今お腹蹴ったの分かった?アヒャヒャヒャヒャ!!!
 今な、胃を千切ったぜ。あら、空っぽ。なんも食ってねぇの?
 うわうわ・・・この胃液のピリピリした酸性キモっ!ウフフ・・・まさに胃に穴が空いた気分ってか!?」

どうにでも。
してくれ。
もう。
どうにでも。
殺してくれ。
好きにしてくれ。

「死なせてくれってか?しゃべらんでも分かるぜ。俺の相手した奴は大概そう言う。
 ウフフ・・・・でもだぁーめ♪それじゃぁ罰になんねぇよなぁ。これは私刑なんだからよぉ」

「・・・・・ぇ・・・う・・・・・」

「お前、違反したじゃん。二度も」

紫のクソ野郎は、
手を抜き、
何かしら、
赤く染まった破片を取り出した。
なんじゃこりゃ。
どの部分だ。
とか言いながら、
それを投げ捨て、
続ける。

「二度目は今日な。殺してこいっつったのに殺してこなかった。
 駄目じゃぁーん。最後のチャンスっつったじゃぁーん。だから、バ・ツ♪。
 燻(XO)様の罰。俺様のバツ(X)な。んー、さっきのは消化不良だったからな」

ペロリ、
と、
燻(XO)は特有の長い舌で、
手に付いた血を舐めた。

「さっき俺もお仕事だったっつったよな?そそ。侵入してやったわけよ。
 スパイ活動やっと達成かつ終了って感じ?ま、そん時"オマケ"がいたわけだけどよ。
 ありゃぁー駄目だ。楽しめなかったね。弄ってやろうと思ったんだけどよぉ、
 "すんで"のところで・・・・っと、まぁいっかこんな話。今はお前だよな」

燻(XO)は、
その血みどろの指先。
人差し指を、
吊るされたスザクの胸の中心に当てる。
そして、
ゆっくり、
ゆっくりと、
血で線を書くように、
なぞった。

「そ。そうそう。そんで一度目の違反な。まぁ、何年も気付かなかった俺も馬鹿だったよ。
 だから努力賞で甘めにしてやったよな?私刑も。罰も」

「あ・・・う・・・ぐ・・・・」

「さすがにこれには反応するか」

ニタニタと、
その、
拷問を、
恥辱を、
楽しむクソ鬼畜。

「焼却屋。そのお前の特性を生かした特製死体・・・・だったよな。ウフフ・・・。
 燃えちまえば分からないってんで、死体をでっちあげやがった。
 あー・・・なんつったっけ、あの標的の女・・・あっと・・・えぇーっと・・・・」

「ヒ・・・・ナ・・・・」

「そうそう♪ヒナちゃんね。いいお嫁さんになったねぇ彼女」

「・・・・・ヒ・・・・ナ・・・・・」

「まぁさか。殺すべき相手とチャッカリ結婚しちゃってるとはねぇ。
 死体を模造。死人(シニン)であるべきシシドウと、死人(シジン)であるべき標的。
 死者(死んでる男)と、死者(死んだはずの女)の結婚。閻魔様でも気づかないだろねぇ」

「・・・・ヒ・・・・」

「うん。いい女だった。"だった"。ま、俺のお目こぼしがあったからこそ、
 スザクちゃんは今日まで生きてた。かぁーんしゃしなきゃ♪俺に♪」

感・・・・謝?
感謝。
何に。
何に!

「あぁ・・・・ああああ!」

初めて動く。
だが動けない。
麻痺した体。
手首を吊るす鎖を揺らしただけだった。

感謝?
何に。
殺したクセに。
殺したクセに!
結局!
結局!!!


































「ふむ。どうやって入ってやろうか」

もう夜も遅い。
暗がりの中、
我が家の前に立ち尽くし、
考えるスザク。

「仕事で遅くなったけど、ヒバリちゃんはちゃんと起きてるだろうか。
 起きてるだろうなぁ。俺の事大好きだもんなぁ。俺も大好きだけども」

我が家の前で、
ドアを開けずに考えつくすスザク。

「嬉しそうにヒャッホイ!!と帰るべきか。でも約束破って遅くなっちゃったんだもんなぁ。
 ここは疲れ顔でクールに帰るべきだろうか。うーむ。どうしたもんか」
「何やってんのあなた」
「へ?」

ふと横を見ると、
窓からヒナが顔を出していた。

「風ひくわよ。さっさと入りないさいよ」
「あ、あぁ・・・・」

まずったな。
そう思いながら、
しぶしぶドアを開けると、
まるで瞬間異動したかのように、
玄関には我妻、
ヒナが立っていた。

「お疲れ様」

そう微笑む。
・・・。
何がお疲れ様だ。
・・・。
疲れも吹っ飛ぶわ。

「おう」

だからま、
ちょいと照れ隠しに、
やはり疲れ顔でクールに帰宅を装う事にした。
たいした意味もないのになぁ。

「風呂、沸いてるか」
「そりゃ沸いてるわよ。お風呂はあなたのためだけに沸くんじゃないわよ」
「ヒ、ヒバリは?」

そこが重要だ。
当番制なのだ。
そういう意味で今日は物凄く大事な日。
我が娘。
ヒバリを風呂に入れてあげる事が出来る日なのだ。

「ヒバリは寝ちゃったわよ」
「アヒャ!!!」

ビックリして、
ガッカリして、
変な声が出てしまった。

「ね、寝ちゃったの?」
「寝ちゃったわ」

多分、
もう、
顔に出まくっていただろう。
スザクは体全体で落胆した。

「そうか・・・まぁ遅くなっちゃったもんな・・・」
「フフッ、しょうがないわよ。で、お風呂にする?それとも御飯が先?」
「あれ?3っつ目の選択肢は?」
「今日は無し」
「あれま」

それはそれでガッカリしながら、
スザクは靴を駄々草に脱ぎ、
居間へと歩んだ。

「・・・・」

歩んだはいいが、
そこで歩みを止めた。
歩めなかった。
止まってしまった。
まぁ、
毎度の事ながら、
コレを見るともう、
毎日が幸せだ。

「天使が寝てるかと思った・・・・」

待ち疲れたのか、
娘のヒバリはソファの上でタオルケットに包まって寝ていた。

「毎日言ってるわねそれ・・・」
「そりゃ毎日思うんだからな」

ソファにユックリと歩む。
起こさないように。
起こさないように。
そして、
目線を彼女の高さにまで下げる。

「あぁ・・・・」

これが、
宝物だ。
俺の。

今なら、
ヒエイのおっさんが感じていた気持ちも分かる。
分かりすぎる。
娘。
天使だ。
究極だ。
そりゃぁもう。
ヒエイのおっさん。
あんたの娘への気持ち。
今なら・・・・

「でも俺の子のが可愛いけどな」
「何言ってるの?」
「ん?・・・あ、いや」

それも正直な気持ちだった。
分かる。
分かるぜ。

あの時のあんたの気持ち。

正直に思っている。

真に。

俺は、
この、
スザク=シシドウは、

この子のためなら死んでもいい。

「・・・・・」

眠りこけている娘の前に、
ただ屈むだけだった。
手を伸ばした。
だけど、
その手も躊躇った。

「・・・・どうしたの?」
「・・・・・・・・・触ってもいいのか?」
「なぁに言ってるの。自分の子じゃない。この子が生まれた時にも同じ事言ってたわよね」
「・・・・・」

だって。
だってよぉ。
俺が、
"俺が触ってもいいのか?"
この、
この、
血に汚れた手で。
触ってもいいのか?
死に汚れた、
死人の手で。
それは躊躇われた。
この天使が、
血で汚れてしまう気がして。

「・・・・ぅ・・・ぅうん・・・・パパ?」
「あ、起こしちまったか」

目をこすりながら、
ソファの上で、
我が娘。
愛娘。
ヒバリが体を起こした。

「おきゃぁりなさい」
「ただいま」

目を開けるのもつらそうに。
でもそう言ってくれる。
そう言ってくれるなら、
俺は、
毎日帰ってくるさ。

「悪いな。約束破って遅くなっちゃって」
「んーん」

目をこすりながら、
ぽぉーっとした表情で、
ヒバリは言う。

「パパは大事なお仕事で忙しいんだもん。しょうがないよ」

涙が出そうになる。
本当に。
本当に。
・・・。
二種類の意味で。

我が子の甲斐甲斐しい言葉に、
感動の涙が出そうになる反面、
我を忘れて抱きしめたくなる反面、

その言葉に。

俺の、
仕事。
シシドウの、
仕事。
殺人屋の、
仕事。

この子は知らない。
だけど、
スザクの仕事とはそういうものだ。

後ろめたくてしょうがない、
そんな仕事。

この仕事を後ろめたいと思ったことはなかった。
だが、
純潔なる天使のお陰で、
そう思ってしまった。

「ぅう・・・眠い・・・」
「お、おう。悪かったな。待ってくれてありがとう」
「ほらヒバリ、寝室でおねんねしなさい」
「・・・はぁーい・・・パパ、ママ、おやすみにゃさい・・・・」

母に肩を抱かれながら、
愛くるしいパジャマ姿で寝室へ行く娘を見守る。

・・・。
だからといって、
後ろめたいと思ったって、
この仕事をやめるわけにはいかない。
反面、
やめることもできない。

俺は、
シシドウだから。
それが宿命で、
逃れられないから。

逆に言うと、
この家族は死の上で成り立っているのだから。

死ぬべき対象だったヒナ。
それを、
偽装死体で生かし、
結婚した。

死んだことになっているヒナも、
存在しないはずのシシドウの自分も、
公の世界で生きる事の出来ない身分なのだから。

この家。
ヒエイのおっさんもそうなのだろうが、
森の深く、深くに立てられた家。
一目を阻んで生きる家。

出来れば、
あの子に友達の一人でも作ってやりたいが、
それも出来ない。

でも、
だけど、
俺の、
スザクの、
殺人という仕事の上で成り立っている、
小さな小さな一軒家なのだから。

「思いつめた顔しないで」

寝室から戻ってきた妻は、
まるで心を読んだかのように言った。

「・・・・・だけども・・・」
「いいじゃない。私も幸せ。消えるはずの夢が叶ったんだから。
 あなたは作ったのよ。手に入るはずのない幸せを・・・・」
「・・・・だけども・・・」

俺が、
この俺が、
幸せなんていうものを・・・・

「手に入れていいのか・・・俺は、苦しませなければならない幸せしか作れないのに・・・・
 俺の幸せに・・・撒き込んでしまっていいのか・・・俺は・・・俺は・・・・」
「幸せに撒き込むなんて、素敵な言葉を使うじゃない」

そう、
ヒナは笑うのだ。
笑ってくれるのだ。

「辛さと幸せは文字が似てるってよく言うわよね。実際そうだと思うわ。
 私達もそれを感じてるもの。それは表裏一体なんだと思うわ」

どんな戯言でも、
それは、
今のスザクには励みになる。
もっと。
もっと言ってくれ。

「辛さの上に作られた幸せ。だけど私達の幸せは虚像なんかじゃないわ。
 辛いという字に何か"一"つ付け加われば、それで幸せになるの」

もっと、
もっと。
スザクは、
ヒナの腰を抱えるように、
抱きかかえるように、
そして、
もたれ掛かるように抱きつく。

「"幸"せって文字は、辛い思いをした人の上に訪れるものだって示してるのよ」

もっと・・・
もっと・・・

「あなたは幸せになる資格があるわ」

スザクは、
気付くと泣いていた。

こんな、
幸せを手に入れたからこその辛い思い。
幸せなんて手に入れなければ、
自分の人生を辛いなんて思わなかった。
今まで通り、
ただ殺して、
殺して、
殺しつくして。
そんな毎日。
それも、
今も変わらない。
なのに、
幸せを手に入れただけで辛い生活に。
だけど、
俺は、
俺は・・・・

幸せであっていいのか。

「私はあなたに幸せをもらっただけで、あなたの生活を変えてあげる事はできない。
 だけど幸せを返してあげることはできる。だから妻として幸せをあげるわ。
 毎日御飯を作って、お風呂を沸かして、掃除をして、服を洗って、
 家事という家事と、愛情を与えて、そしてあなたを待ってるわ」
「それだけで・・・・それだけでいい・・・・」

ヒナに抱きついたまま、
子供のように抱きついたまま、
泣いたまま、

「日常ほど愛しいものがあるなんて・・・」

守りたい。
守ってやる。

この最愛なる至高の妻と、
世界で一番天使に近い娘を、

肯定された人殺しの中で、
血に染めてでも、
幸せを・・・


































「ウフフ・・・で、どう償う?スザクちゃん?」

燻(XO)が言う。
地下で?
いや、
現実でさえない。
それも、
これも、
また一つの過去の話。

現実の話で言うところの、

一つ目の違反が露見した時の話。

「まさかまさか、シシドウが人を生かすなんてなぁ、フフ・・・聞いたことねぇな」

何がどう悪かったのか、
数年たった今、
今にして見れば過去の話。
つまり、
スザクの家族が絶頂の幸せを得ていた時、
それは、
ばれた。

露見(バレ)た。
壊(バレ)た。
殺(バレ)た。

「殺すべき相手を、お得意の焼却で死体偽装して生かし、のうのうと結婚し、
 その上・・・死を司るべきシシドウが、死人と死人で新しい命を作るなんてなぁ」

「・・・・・」

唇を噛んだ。
バレた。
この、
この男に、
最悪の、
世界最低の男に。

「いや、まぁそれ事態はいいよ。ウフフ、イカルガとウミネコの件もあるしな。
 あの最強の殺し屋共からはシドという最高傑作が誕生したわけだし。
 つまり、お前はお前で、お前の子をどう育て、お前がどう死ぬかも楽しみといえば楽しみだ」

「俺は・・・・あの子をシシドウにする気はありません」

「は?ふざけんなド畜生。ヒエイの馬鹿と同じこと抜かすか」

逆らってはいけない最悪が、
怒りの顔を見せた。
機嫌を損ねてはいけない。
かつ、
好機嫌にさせてもいけない。
どちらにしても、
このド鬼畜は最悪を与えてくる。

「あー・・・いやいや、フフ、だからこそ面白いってのもあるけどな。
 愛と非情の中で、どう死の始動を伝えるか。それもシシドウの一環だ」

悪趣味この上ない。
シシドウでないのにシシドウの上に立つこの男は、
誰よりもシシドウを知っていて、
誰よりもシシドウをオモチャとして扱うに長ける男。

「いや、いいんだスザク。それに関しては俺の趣味の域を超えないからな。
 存分に愛を育んで、その上で絶望でも感じてくれ。ウフフ・・・いいね」

「・・・・・」

「でも、仕事の違反に関しては許すわけにはいかない。これだけは・・・だなぁ」

そう言いながらも、
嬉しそうな表情を隠すことなく見せる燻(XO)。
名前の通りのクソ野郎。
違反は違反で、
ペナルティを与える喜びに飢える男。

「シシドウが死士道を少しでも外れれば、死刑ならぬ私刑に処す・・・とは言ってあったよな」

「・・・・・」

「なぁ!?」

「は、はい!!」

答える。
逆らってはいけない。
逆らったら終わりだ。
逆らったらこのクソ野郎は、
その抵抗さえも楽しみながら陵辱の限りを尽くす。

「どうする?」

「・・・・どう・・・と言われると」

「いや、お前はどうなると聞いた方が正解か?」

「・・・・・」

どうなる。
どうなる。
どうなる!?

失いたくない。
やっと手に入れた幸せだ。
否、
初めて手に入れた幸せだ。
失いたくない。

なら、
どう、
どう答えればいい。

「いやいや、そりゃぁ死にたい人間なんていねぇだろって。分かるって。俺も人間だからな」

「・・・・すいません」

「謝って済む問題だと思ってるか」

怒りかと思うと、
それは、
やはり愉悦なる笑みから飛ばされた叱咤だった。
ペロリと、
紫の悪魔から長い長い舌が除く。

「俺の悪趣味を知ってるよな」

「・・・・・」

「あぁ知ってるはずだ。その上でこうお前に命令する。お前は死にたくないんだろ?なら・・・」

「・・・・・!?・・・・いや!それは・・・それだけはやめてくれ!!」

「・・・ウフフ・・・」

「それだけは・・・やめてください・・・・」

・・・。
スザク。
スザク自身が死にたくないなら。
スザクが死ななければならないほどのペナルティを受ける立場なのに、
死にたくないなら、
代わりに死ぬのは・・・・

「妻も・・・娘も・・・失いたくはないんです・・・・」

「"だからこそ"、俺はそれが大好物だって知ってるよなぁ」

「どうか・・・・どうかご慈悲を・・・・」

スザクは、
頭を下げた。
いや、
体を下げた。
両膝をつき、
両手をつき、
頭を、
地面にこすり付ける。

見っとも無いとかどうでもいい、
そうでもしてでも、
とにかく、
ガムシャラに、
失いたくなかった。

自分、
妻、
娘。
3つの命があっての、
幸せ。

どれも、
失いたくない。

「そぉーーーんなワガママが通じるわけないっしょ。
 そりゃぁあまりにも自分勝手な意見ではないかぁーい?ねぇ?な?」

「・・・・ご慈悲を・・・慈悲を・・・・」

「謝って何もかも済むなら、世の中誰も得しないよな」

「・・・・慈悲を・・・弁解の余地なく、反省しております・・・・それ以外ならなんでも受け入れますから・・・」

「おー、言った言った。それ言わせるの好きなんだよな。ウフフ・・・じゃ、どしよ。
 好き放題できるな。公認で。あー、どうしよっかなぁ♪やっべ、楽し」

・・・・。
ダメだ。
ダメだダメだダメだ。
この人に、
こいつに、
考えさせたらダメだ。

最悪なる悪趣味、
最悪趣味の燻(XO)に考えさせても、
最悪しか出てこない、
どう、
ソレを外して幸せを奪うか。
それを思いつく鬼畜野郎だ。
ダメだ。
なら、
なら・・・

「分かりました」

スザクは、
立ち上がった。

何も、
失いたくないから。

「自分で、やります」

「へぇ、何を?」

「覚悟と代謝を」

スザクは、
手を差し出した。
震えていた。
恐怖で。
そして、
3つの指を折り畳み、
人差し指と中指だけを・・・突き出した状態で、

「これで・・・ご慈悲を・・・・・」

二本の指で、

己の、

左目を貫いた。

「・・・うぐ・・・・」

自らの人差し指と中指が、
自らの左目に突き刺さる。
眼球を突き破り、
白と赤の液体をぷしゅう・・・とはみ出る。

「ほっほぉ♪」

その様子を、
燻(XO)は、
関心したように眺めた。

「・・・・ぐ・・・・」

「あ、痛い?そりゃ痛いよねぇ。ウフフ、まさかまさかだね。面白い。楽しいよ?
 ハハッ、・・・で、痛い?ね?分かってるけど口で聞きたいじゃん?な?ね?」

「・・・・・・・」

スザクは、
歯を食いしばり、
二本の指を引き抜いた。
半分、
視界の無くなった視野の中、
目の前のクソ野郎に言う。

「俺は・・・・・この両手を失うわけにはいかない」

「ほえ?」

「この両手を失うわけにはいかないんです・・・・これで仕事をしなければならないから・・・」

この手で、
人を殺し、
そして、
家族を養わなければいけないから。

さらに、
ヒナを、
ヒバリを、
抱きしめなければいけないから。

「この両足も同じです・・・・」

歩まなければならないから。
そして、

ヒナとヒバリの待つ家に、
帰らなければいけないから。

「体はもとより・・・・」

一つしかないから。

「だから・・・・この目を戒めとして差し出しました」

「なぁるほど」

嬉しそうに、
楽しそうに、
そして、
納得しながら、
燻(XO)は上機嫌だった。

「まさに、その片目以外の全ては文字通り・・・・欠け替えの無いものだったから、か」

「目も、大事です。・・・だが、今回はこれでご慈悲を・・・」

欠け・・・がえのないもの?
・・・・。
他は欠けてもよかったが、
この目は、
欠けてもよかった?
・・・・。
馬鹿な。
馬鹿な馬鹿な馬鹿な。
ふざけ・・・やがって。

この目は、
妻を、
娘を見なければいけない、
幸せを見据えるためのものだ。
それを、
差し出したんだ。
欠けてもいいものじゃなかった。
だけど差し出したんだ。

「んー、でもなぁ」

燻(XO)は困ったようにニタニタと顔を傾けた。

「俺は楽しんでないしなぁ、それに、欠けてもいいようなもので代替なんてなぁ」

「・・・・」

「虫が良すぎない?」

命を・・・
自分か、
妻か、
娘か。
その命を、
失うと考えれば、
それは余りにも虫のいい話かもしれない。
だが、
だけど・・・・

この目は・・・
この目はなぁ!

「おっけ。いいよ」

「・・・・・え」

「いいってば。今日のところはそれで勘弁しといてあげゆ!ヒャハッ!ウフフ・・・
 ま、時効とは言わないけど賞味期限切れの罰だからな。しゃぁーないしゃーない」

「あ、ありがとうございます!!!!」

本気で、
本気で、
本音の本気で、
頭を下げた。

別に自分が悪かったわけでも、
燻(XO)が正しかったわけでもないが、
それでも、
この場に置いては本気で礼をした。
ありがたかった。
命が繋がった。

幸せを・・・繋いだ。

幸せを・・・・

「幸せか?」

「・・・・は?」

「いや、だからお前、今幸せかって聞いてんだ」

「はぁ・・・」

何を聞いてくるかと思ったが、
だが、
答えは決まっている。

「幸せです」

「ほほぉ。ウフフ・・・不幸じゃなくて?シシドウなのに?こんな仕事と宿命なのに?」

「自分を不幸だと思ったことはありません。だけど・・・」

自分を不幸だと思ったことはない。
辛いと感じても、
不幸だとは思わない。
不幸だとしても、
世界の何より不幸だとは思わない。

ただ、

世界の誰よりも幸せだとは感じた事がある。

「だけど?ん?ま、いいね。ウフフ・・・俺も幸せだぁーい好きだからよぉ。
 幸せっていい字だよな。辛いって字に一つ足したら幸せになるんだぜ?」

偶然だったが、
妻を同じ事を言う。

「それってまさに俺じゃね?人様に辛さを与えて、それに一味かけて俺、幸せ。
 な?世の中うまくいってるよな。幸せと辛さは表裏一体。Xと○のようにな」

「・・・・はい」

「幸せって字体もいい。こう、左右間違っても、逆さまにしたって幸せだ。
 シメントリーつーのか?完全なる上下左右完璧。裏返したって"幸(しあわせ)"だ。
 これってなんかこう、悟ってるよねぇ♪究極の文字があるとしたらこれだと思うぜ」

Xと○で、
エックスとオーで、
最悪と最高で、
未知と原点を示す名。
燻(XO)と書いてクソ。
彼の考えならば、
同調はでいないが同意だ。



それは、
何もかも紙一重でありながら、
どう転んでも幸せなのだ。

スザクにとってはかけがえのない、
素晴らしく失い難いという意味で。

燻(XO)にとっては、
幸せとは悲劇であり、
苦しみの中に幸せがあるいった意味。

どちらも、
正しく、
表裏一体という意味で同じ。

「おやおや」

燻(XO)が発見して、
嬉しそうに覗き込み、
言う。

「涙拭けよ、スザクちゃぁーん」

「・・・血です」

血だった。
失った左目から、
流々と。
流れ落ちる、血。
血でしかなかった。

だが、
この目は、
掛け替えのないものだった。

心で泣いていた。
幸せを繋げた・・・とい意味で。
片目はなくなったが、
心の目で泣いていた。
嬉しくて、
温かくて。

流れる血。
目から流れる血も、
その一部だったのかもしれない。

「元気な証拠です」

その通りだった。
もう、
片目でしか見れないし、
片目でしか流せないが、

生きている証拠だった。





































次の日に帰った。

罰の追加として、
一夜漬けの仕事をやらされた。
それはもう、
燻(XO)の趣味の一環でしかなかったが、

地下の奴隷場。
クソ野郎の趣味の塊の拷問部屋で、
人間として終わった家畜達に餌を与え、
掃除をし、
糞尿の世話をし、
そしてそれも片付け、
そして、
言葉も通じない狂った奴隷達をたまに殴り、
頭がおかしくなるような死臭の中、
一晩を明かし、

帰った。

帰れた。

それだけでよかった。

「ただいま」

胸が高鳴った。
いつもと同じ帰りなのに、
それは何年も立ったかのように思えた。
幸せとは、
これほどのものかと思った。

「・・・おーい」

ドアの前で言うが、
だが、

返事が無かった。

ヒナも、
ヒバリも、
いつものように玄関に来てくれない。

「・・・・・・」

それは、
もう、

確定的だった。

その時点で、

悪夢の予感は重々感じた。

「おい!!!!」

ドアを開け放って、
靴を履いたまま家に入った。
予想はつく。
ついてしまう。

"どういう事態なのか"

普遍的なそんな出来事でも、
それでも分かってしまう。
そして、
それは、
スザクにとっての最大の恐怖。

「おいっ!?おい!!ヒナっ!!?」

居間のドアを開け放つ。
誰も居ない。
そのまま土足で走る。

「ヒバリ!?」

寝室。
いない。

「まさかっ・・まさかまさかまさか!!!あの野郎!!!」

"今日のところは許してやろう"
・・・・。
ふざけやがって!
なんて陳腐でくだらなく、
性根の腐った性格をしてやがるんだ!
"幸せか?"
幸という字は表裏一体。
裏返しても、
逆さまにしても、
向きを変えても、
その表裏こそ、
あのクソ野郎の大好物。

人の幸せを裏返してやるのが、
燻(XO)の幸せ。

「返事・・・返事をしてくれ!居るんだろ!?なっ?!なぁああ!?」

家中を走り回る。
駆け巡る。
もう、
なんというか、
幸せを探していた。

世界中探す必要はない。

スザクの幸せはこの小さな家の中にしかない。

家中を駆け巡る。

「ヒナァァアア!!ヒバリィイイ!?」

それでも、
それでも願った。
幸せを願った。

ただ、
なにかのイタズラだと。

ただ、
ヒナとヒバリはたまたま出掛けているだけ。
そうに違いない。
違いない。
違い・・・ないっ!!

そう、
無理矢理に心に言い聞かせた時、

それは・・・

違いなかった。

「あ・・・・」

キッチン。
台所。
それを見たとき、
あぁ、
もちろん、
誰も居なかったし、
死体が置いてあったわけでもない。
もぬけの空。
だが、

それを見ただけで、
ヒナとヒバリはもう、
帰ってこないのだと分かった。

「ヒ・・・ナ・・・・ヒバリ・・・・・」

ただ、
ただただ、

流し場の水が出しっぱなしだった。

「・・・・うぅ・・・・・うううううう・・・・・・」

ヒナが、
あの最高の妻が、
そんな事するわけがない。
水は流しっぱなし、
洗い物が積み重ねっぱなし。

自分が殺されようとしていた瞬間にさえ、
彼女はキッチンに立っていたのだ。

なのに、
それが、
放ったらかし。

それは、
彼女の、
否、
彼女とその娘。

ヒナと、
ヒバリが帰らぬことを物語っていた。

「あうぐ・・・うううう・・・・・」

スザクは崩れ落ちた。
もう、
何もかも。
何もかもを失ったような気がした。

失った片目の眼帯が痛い。

この目のように、
自分の視界の半分。
人生の半分を失ったような、
否、
全てを失ったような気さえした。

「幸せ・・・・」

彼女は言った。
辛いという字に、
一つ、
一つ付け足せば、
幸せという字になると。

その通りだった。

だから、

逆もしかりだった。

幸せから、
たった一つ消えうせるだけで、

ただの辛さになってしまった。


































「あれから何年たったっけかなぁ?スザクくぅーん?」

そう言いながら、
地下の闇で、
紫の鬼畜は、
スザクの腹部を殴った。
ドチャっという音を立てた。

スザクの腹部は切り開かれているのだ。
吊るされたスザクは、
何の抵抗もできないまま、
内臓を潰された。

「おりゃっおりゃ、ウフフ・・・・なぁ、いつぐらいだったかなぁ」

いつぐらい?
さぁ。
もう、
遠い、
手の届かない昔だった気さえする。

あの幸せの生活。
そして、
それを失った瞬間。
あの時は、
もう、
片目では見えない闇の中。

「だぁーれが奪ってやったっけ?なぁ、なぁ?」

お前だ。
お前。
お前だ・・・
お前だ!!

「・・・・ぇ・・・ぇああああ!」

「んー♪よく分かってるよぉ?俺の趣味だからなぁ。俺の悪趣味に付き合った奴は反比例する。
 死に近づくにつれて元気になる。ウフフ、ウヒャヒャ!楽しいねぇ。楽しいねぇ!!」

そう言いながらも、
ドチャッ、
グチャッ、
グシャッ、
メシャッ、
クチャッ、
ブチャッ、
プシャッ、
ケチャッ、

燻(XO)は、
切り開かれたスザクの腹部を、
赤く、
赤く、
殴り続けた。
クソの拳が突き刺さるたび、
スザクの腹部の中は、
水溜りを踏んだかのように、
赤色の何かが弾けた。
カラッポになるまで。

でも、
死ねない。
生きてもいない。

「・・・・もぅ・・・・」

もういい。
もういい。
もう未練も何もない。
殺してくれ。
こんな、
こんな拷問にさえ何も感じない。

ただ、
ただ楽になりたい。

あの世に行って、
もう一度家庭を・・・・

「いや、だからさ」

燻(XO)は気が晴れたのか、
殴るのをやめた。
まぁ、
すでにスザクの腹部は見るも無残。
文字通り、
無残。
何も残ってないほどの赤い空洞になっていたが、
とにかく、
燻(XO)は殴るのをやめ、
赤く、
肉片のくっついた自分の拳を、
ベロン・・・となめた。

「諦めて死んでもらっちゃぁ、俺の最悪趣味は満足いかないわけよ。半勃起で終わっちゃうわけよ」

知る・・・
知るか。

「だぁから、元気出させてあげゆ」

カラカラッ・・
と、
燻(XO)の車椅子が下がった。
バックして、
そして止まり、
車椅子の肘掛に肘をのせ、
頬に手をあて、
頬を赤く染めながら、
燻(XO)はまるで老父が思い出でも語るような体勢で、
語り始めた。

「こないだまで生きてたんだぜ。お前の嫁さん」

「・・・・」

薄っすらとした意識の中、
もう、
どうでもよくなった意識の中、
その言葉が、
ゆっくり、
ゆっくりと、
スザクの脳を貫通した。

「・・・・なっ・・・」

「ほぉら元気になった♪」

燻(XO)は笑う。
楽しそうに。
嬉しそうに。

「いや、でも過去形な。もちろんの事、過去形。フフ・・・意味、分かるだろ」

「・・・・き・・・・・・さま・・・・」

「そう、そういうこと!!!」

アヒャヒャヒャヒャヒャ!
と、
気持ちの悪い笑い声をあげる燻(XO)。
・・・・。
死んだと思っていた妻が、
こないだまで生きていた。
それは、
それはつまり、
生きていたのではなく、

生かされていた。

この外道に。

その意味は・・・・・

「特別扱いはしなかったけどねん♪ちゃんとパンピー用の檻で飼ってあげてたぜ」

「・・・・あ・・・・ぐ・・・・・」

「いぃーい体してた。汚れていく姿が絶景だったね」

「・・・ぁあ・・・あああああああ!!!!」

どこから、
どこに、
そんな力が残っていたかと言わんほどに、
スザクは暴れた。
聞きたくもない。
吊るされた両手。
そのまま、
スザクは全身の全身で暴れた。
激しく体を後方の冷たい壁にぶつけ、
暴れまわった。
無駄に。
無意味。
無力・・・に。

「そう。そう元気よく喜んで聞いてくれなきゃ♪」

この時間がたまらないと言わんばかりに、
クソ鬼畜は舌が滑らかに滑る。

「で、聞きたいだろうから聞かせてやるよ。んーん。そうだねぇ。名前なんだっけ?
 ヒナちゃんか。やつれても綺麗だったねぇ。最初はいう事きかなかったけどね。
 一度死んだ命だし、死を受け入れてた。舌噛もうとしてたしな。
 けどま、それもさせなかったけどな。ウフフ・・・・それでも洗脳は俺のオハコでねぇ」

黙れ!!
黙れ!!
しゃべるな!
聞きたくない!
口を閉じろ!!

だが、
燻(XO)の紫の唇は止まらない。

「アハハ、主食だけは特別製のをあげたよ。んー。栄養満点だったろうね。
 あぁちょっと焦っちゃったか?順を追わないとねぇ。知りたいだろ?ウフフ・・・
 自分の妻だもんねぇ。・・・・ま、こんな臭い地下牢じゃぁ、トチ狂うのも時間の問題だったぜ。
 彼女は強くない。脳みそ腐っちゃうのはまぁ、早い方だったと思う。思うよぉん♪」

うるさい!
うるさいうるさいうるさい!
汚すな。
汚すな!
俺の、
妻を、
思い出を、
幸せを!!!

「彼女の主食はねぇ。俺のオシッコ」

えげつない表情で、
燻(XO)は、
その長い舌を出し、
嬉しそうに言った。

「半年たったぐらいには口で俺様のファスナー下ろせるようになってねぇ。
 可愛かったねぇ。んで、俺のションベンが飲みたくてしょうがないらしくて泣いて懇願し・・・」

「あああああああああああああああああああああああ!!!!!」

スザクは暴れる。
暴れまわる。
聞きたくない。
聞かせるな。
嘘だろ。
嘘に決まってる。
ふざけるな。
この外道!
鬼畜!
最悪なクソ野郎!
黙れ!
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!

「ごあっ・・・」

「おっとっと」

あまりに暴れすぎたせいか、
ハンドボールぐらいの量の血が、
スザクの口から零れ落ちた。

「おいおい、命大事にしろよ。死にたいの?死に急ぐなよ。それじゃぁ幸せになれないぜ?
 え?・・・あぁそりゃ決まってんだろ。俺がだよ俺が。俺のためにもうちょっと粘れよ」

話はこれからが面白いのに。
と、
ペロンと舌を出す。
至上最悪。
否、
私情最悪。
最悪の私利私欲私刑執行人。

「あーあぁ、鼻血まで出しちゃって。まったくまったく。腹が丸々なくなってんのによぉ、
 どっからそんな元気(血液)出てくんの?みっともね!・・・ウフ・・・みっともねぇなぁ!!」
「ご・・・・のやろう・・・・」
「だぁから!これからが楽しいとこなんだから変にくたばんなよ?
 拘束者が鼻血とかで呼吸止まって死ぬなんてよく聞く話じゃねぇか。あ、経験談な」

経験させる側だけどな。

と、
燻(XO)

「それでお楽しみの続き続き♪んでな、お前の嫁さんなぁ」

「・・・・グ・・・ソ・・・・やろ・・・・・・」

「あれ?呼び捨て?どっちの意味?んー。でもいいねぇ♪そーいう目で見てくれよ俺を♪」

貴様は・・・
どれだけ、
どれだけ弄ぶ気だ。
命を・・・・

俺(命)を・・・
俺(妻)を・・・
俺(娘)を・・・・

「そいでなぁ♪お前の嫁さんは地面這いながら手を伸ばして寄ってくるわけよぉ。
 慢心相違の骨だけみたいなガッリガリ状態まで弱った貧相な気持ち悪いゲスな姿でよぉ。
 生きたいとか死にたいとかじゃなくてただ飲みたいだけなのね・・・ウフフ・・・その姿ったら・・・」

「がぁ・・・・があああああああ!!!!」

暴れる。
暴れる。
耳を塞ぎたくても、
両手は縛られ、
暴れるほどの体力も残っていないからこそ、
鼻から、
口から、
そして、
ポッカリ空いた体の真ん中の巨大な空洞から、
赤い、
血糊を撒き散らし、
ただ、
どうすることもできないから、
スザクは暴れて、
暴れて。

「いいね。絶景」

燻(XO)はニタニタ笑いながら、
もがく、
血達磨のスザクを眺めていた。
スザクは何も出来ず、
自分は優越感に浸り・・・・

「十分に十分に十二分の十死分に、死ぬほどの絶望を感じてくれてるわけねぇ。
 嬉しいねぇ。それを届けたサンタさんは俺だっつー話だよ。慈善事業は快感♪
 ま、妻の哀れも無い姿を聞かせられたらそーなっちゃうよなぁ。
 あぁ続き?どうだったっけなぁ。あのオモチャ。どーしたっけなぁ」

「あぁ・・・あああ!ご・・・の!・・・・ぉおおおおお!!!!」

「そうだそうだ。もう飽きたし使い物にならなくなって面白くもなくなったんだった。
 いやま、俺もいい人だと思うぜ?そうなったら殺しちゃうのが世の常ってもんじゃん?
 でぇもボランティア精神があったからな。たしかホームレスの溜まり場に捨ててきたんだった」

「このっ・・・ぉ・・・ぉおお・・・・クゾ・・・・や・・・・あああああ!!!」

「ま、その時には突然発狂して死んでたけどな」

涙が出た。
それは、
涙と呼べたのか分からない。
体の残りわずかな生命力から、
押し出すように感情を出したゆえ、
唯一の片目から、
血の混じった涙がこぼれた。

スザクの全ての命が、
零れ落ちたように。

「あぁー、楽し♪満足満足」

死に絶える直前のスザク。
ボロボロでありながら、
命も生命力も強制的に、
感情的にむき出しさせられ、
何もかも絞りつくされたように、
ボロ雑巾のように、
もう、
吊るされたゴミの状態になったスザクの目の前で、

「ま、たまにはタバコもいいかねぇ」

それを眺めながら、
燻(XO)は、
タバコを取り出した。

「これ体によくねぇんだけどなぁ。俺って体弱めじゃん?
 あ、見て分かる?まぁ車椅子で動いてるくらいだしな。
 でもたまぁに一幅するとやめられねぇなぁ。こーいう時、マジうめぇもん」

暗い、
暗い暗い、
この地下牢。
地下部屋。
冷たい、
暗い、
この部屋。
蝋燭だけが頼りの、
この部屋に、
もう一つ灯り。
ライターの灯り。

「よっ・・・と」

それが照らされると、
燻(XO)のすぐ横に、
小さなテーブルがあるのに初めて気付いた。
そこに、
クソ野郎はタバコの箱と、
ライターを置いた。

「んでま、プレゼントがあるわけよ」

口から煙を吐き捨て、
車椅子に乗った外道は言った。

「・・・・う・・・・ぁ・・・・」

それは、
もう、
ほとんど無き視界を、
視力という意味でも、
この暗闇という意味でも、
ほとんど無き視界を、
広げさせられた、
最後に、
もう一度だけマブタを開かされた。

「コレは結構気に入ってるんだけどねぇ」

ジリジリと、
燻(XO)のタバコが灰化していく。
それさえも小さな灯り。
それが照らすのは、
小さなテーブル。

「おっとっと、灰がこぼれちまう」

トントンッ、
と、
燻(XO)は、
灰皿に灰を落とす。

その灰皿・・・

生命でもなく、
面影もなく、
見たこともなく、

ただ、

ただ分かった。

「・・・・・ぁ・・・・ぁぁあ・・・・」

「ん?分かるの?すげぇなぁ♪さっすがパパ♪」

貴様・・・
貴様・・・

貴様貴様貴様貴様貴様貴様!!!!

「いいパパを持って幸せでちゅねー♪ヒバリちゃぁーん♪」

「ぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

愉悦の表情で、
燻(XO)が、
クソが話しかける、
その、
その、
その灰皿、
その、
白い、
ただの、
モノで、
モノでしかなくて、
逆さまの、

ただ、
愛くるしい、

小さな、
小さな小さな、

その、

頭蓋骨。

「貴様ぁあああああああ!この!!!この外道!!!クソ野郎があああああああああああ!!!」

「ウフフ・・・・アハハハハハハハハ!!!!!」

「殺し・・・ころぢ・・・殺してやる!!!殺し!殺してやる!あぁぁ!ぁあああ!!!
 このっ・・・・このっ・・・このっ!!・・・ぐ・・・・ぁぁ・・・ごのおおおおおお!!!」

「あぁ、もういいよ。プレゼントは終わったから」

"バスケットケースになっちまいな"

そこで、
燻(XO)は、
暗闇の中で、
暗くてよく分からなかったが、
腕で何かをしたのは分かった。

感覚は無かった。
が、

消し飛んだ。

スザクの右足が。

「このっ・・・ごのおおおお!!!!!」

そんな事しるか。
目の前の、
お前。
お前だ。
貴様、
絶対、
絶対に!
俺の!俺の幸せを!
足蹴にしやがって!
踏みにじりやがって!
壊しやがって!
殺しやがって!
バラしやがって!!!

「こっちもっと」

次に、
スザクの左足が無くなった。
遅れたように、
そしてあたかも合わせたかのように、
スザクの両足の付け根から、
血が真下に噴出す。

吊るされたボロ雑巾の付け根から、
2柱の血柱が、
噴き降りる。

「き・・・・きさ・・・きさま!・・・ゴろ・・・・ころ・・・し・・・・・・」

「んー?何々?きこえなぁーい」

下半身が、

消し飛んだ。
体の二分の一が、
下半分が、
消し飛んだ。

「・・・きざ・・・ころ・・・・ぁ・・・ころ・・・・・・」

それでも関係ない。
コロシテヤル。
コロシテヤル。
それだけ、
それだけを思い、
スザクは、
たった一つの目で、
燻(XO)を、
殺す気で睨んだ。
殺してやると睨んだ。
睨みつくした。
死ね。
死ね。
死ねこのクソ野郎。
睨むだけ。
睨むだけしかできない。

だが、
ただ、
ただ、
本気で殺そうと、
その目で、
燻野郎を睨んだ。

「いいね・・・いいね!いいねいいねいいね!その目ぇだよその眼だよ!
 嬉しい!嬉しいなぁ!勃起しちまう!やべぇ!ウフフ・・・興奮してきたっ!ヒャハハ!
 もっと!もっとだ!俺をもっと睨んでくれ!憎しんでくれ!恨んでくれ!!
 恨んで恨んで怨んで怨んで!!もっともっと憎しんでくれよ!!!!」

もう、
血も出なかった。
ポタ、
ポタ、
と、
雑巾の絞りかすのように。

吊るされたスザクの上半身から、
血が、
ボタッ、
ボタッ、
と落ちるだけだった。

「いいよ。憎しんでくれよ。強く、強く強くよぉ!それって快感だ。とっても正常な・・・な。
 だってそりゃぁお前、それだけ俺の事を思ってくれてんだろ?そーいう事だろ?
 頭の中、俺でいっぱいなんだろ?片時も忘れないほどに思ってくれてんだろ!
 俺を求めてしょうがないんだろ?俺の事以外考えられないぐらい暴走してんだろ?
 なぁ?なぁ?なぁ!憎しみ・・・憎しみってぇのはよぉ・・・・憎しみってぇのはまるで・・・・」

クソ野郎は、
ペロンと、
愉悦の、
愉悦の絶頂のような表情で、

「愛とソックリだよな」

・・・・。
返事は無かった。
もう、
ただ、
燻(XO)の目の前には、

赤い、
赤い、
下半分欠けた、
抜け殻がぶら下がっているだけだった。

「ありゃ、死んだの?まぁそりゃそうか」

快感と、
絶頂と、
愉悦と、
それらを存分に楽しんだ後でありながら、
終わってしまうと、
映画の終了のように燻(XO)はガッカリした。

「あー、でも満足。お腹いっぱいだなぁ。一日二日は趣味に精を出さなくて済みそうだ。
 あの反乱軍とこの地下であったイケメン君は消化不良のまま遊び逃しちまったしな」

カラカラッ、
と、
車椅子を反転させ、
そこを立ち去ろうとする燻(XO)

「おっと」

その拍子に、
軽く小さなテーブルにぶつけてしまった。

そして、
古く、
老朽化したそのか弱く白い頭骸骨の灰皿は、
地面に落ちて、

砕け散った。

「あーあ。・・・・まいっか。どうでも」

そして、
最悪の鬼畜野郎は、
その場を後にした。

何もかもの喰い残しをそこに残したまま。

冷たい、
暗い、
地下牢の中に、

ただ幸の逆でありながら、
幸の末路だけを残し。


吊るされた死体。
スザク=シシドウの抜け殻。

その顔面から、
プチン・・・と、
眼帯が切れ落ちた。

ポトン・・・・と地面に落ちる眼帯とは別に、

昔、
妻と、
娘との思い出のために失った、
その、
その左目から、

何かが落ち、

冷たい、
暗い地面で、

クルクルと回って倒れた。

それは、
思い出を示す結婚指輪だった。

娘の砕けた亡骸と、
妻の堕ちた思い出と、
終わった自分自身の半身と、

そしてその3人を繋いだ理由でもある結婚指輪を残し、

一つの家庭がそこに終わった。




・・・・。

ただ、
取り戻したかった。
戻ってくるわけがないのに。

ガムシャラに、
手に入れてしまった幸せを取り戻したくて。



・・・・。
誰か、
誰か。

もう一度・・・
もう一度・・・

あの幸せを俺にくれ・・・・。




うん・・・

そうしよう。

決まってるんだ。






















子供の名前はヒバリちゃんにしよう。






































                 






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