状況はどうだ。

どうなんだ。

「マリ!スシア!」

「分かってるわ!焦らせないで!」
「状況は今だ変わらず、優勢なまま悪化・・・といったところでしょうか」

優勢なまま悪化・・・か。
その通りだ。

「持ちこたえられるか・・・・」

ジャスティンは苦虫を噛んだ。
・・・。
熱い。
熱がここまで漂ってくる。

「堪えろ!堪えてくれ!押している!押してるんだ!!」

出せる指示などなく、
心情論を仲間たちに叫ぶしか出来ない。

状況は優勢なまま悪化。

目の前には、
数千の魔物。
数では、
すでにこちらの方が勝っているだろう。
このまま戦っても、
質でも量でも、
こちらが勝つ見込みがある。

だが、
こちらも減っている。
弱っている。

「堪えろ!堪えてくれ!!」

九官鳥のように繰り返すだけ。
事実、
皆はよく戦ってくれている。
逃げ出す者など一人もいない。
メテオラを除き、
誰もがこの場で戦い続けている。

死ぬ者もいる。
戦えなくなった者もいる。
それでも、
武器と、
持てる力を魔物達に押し込んでいる。

「・・・・・熱い」

それでも。
目の前の敵に、
どれだけ優勢に戦えていても、

背後は炎だった。

事実、
これでよかったはずだ。
1万の魔物に背後をとられるよりは、
何倍も、
何十倍も良かったはずだ。

だが、
逃げ場はない。
動く事もできない。
押しこまれれば、
炎の壁に押し付けられる形。

一瞬さえも劣性になるわけにはいかない。

現代の意味での背水の陣。
それでいて、
火事場のクソ力。
窮鼠猫を噛む。

逃げ場のない炎を背にし、
一律勝たなければならない事を強制された状況。
それは、
ジャスティンも含め、
皆を消耗させていた。

「・・・・・」

汗が出る。
それは戦いによるものだけじゃなく、
それ以上に、
背後の炎によるものが多かった。

熱風。

当然だ。
森が燃えているのだ。
体力を著しく衰え、
戦気をそぐ事を目的としているような、
けだるい熱さ。
それが襲う。
襲われても、
それを背後に一瞬の油断も出来ない。

煙が薄っすらと立ちこめ、
人数があまりに多い反面、
酸素が燃えて息苦しい。

消耗が激しい。
激しすぎる。

「優勢のまま悪化・・・」

再び反復するようにジャスティンは呟く。
その通りで、
その通りだ。
このまま行けば、
相手を倒しきる事ができるのに、
それほどまでに勝っているのに、
何もかも上回っているのに、
底知れぬ不安。
消耗。

この状況。
戦況事態は優勢なため、
危惧すべきは"持ちこたえられるかどうか"。

だから、
誰もが分かっているが、
ジャスティンはそれを言葉にするしかなかった。

「ドジャー・・・ツヴァイ・・・・そっちはどうなってるんだ」

ここで、
この本陣で、
この戦争の戦いのど真ん中で、
何かを変える事は出来ない。
待つしか出来ない。
堪えるしか出来ない。

「いや、あっちはあっちでやってくれてると思うしかない・・・・
 俺はココにいて、ここを任されているんだ。俺はここで出来る事だけを・・・・」

出来る事。
だが思いつかない。
どうすればいい。
どうもできない。
堪えろ。
だから堪えろ。
耐え抜け。

「マリ!森の方は!?」

ジャスティンは、
もう何度も同じ事を聞いている。
マリは、
巨大なスマイルマンの上。
山の上から声を落とすように返事をする。

「だから言ってるじゃないか!もう森の方は完全お陀仏よ!
 命の気配どうこうより、立ち入り禁止って表現すべきね。
 いえ、禁止どころか近づくことも出来ない。絶壁ってやつよ!」

分かっている事を確認しただけだが、
炎神ダニエルの手によって、
"亡きモノ"と考えるが妥当。
利用することもできなければ、
立ち入ることもできない。
ある種、
地獄のような聖域。
それを背に。

「スシア!敵の様子は!?」

同じように、
巨大なスマイルマンの上にいるスシアに問う。
何度も聞いた問いを。

「順調に減ってます。割合としての平均は、こちら1人に対し向こうが3匹以上減ってる割合です」

いかに優勢か分かる。
向こうの方が三倍は劣勢という事。
数も、
質も、
勝っている。
それはそうかもしれない。

向こうはもともと団体戦の得意なタイプではない。
同種族で群れた事はあっても、
魔物の異種統合大戦争といってもいいこの戦いでは、
こちらの方が有利も有利。

こちらはギルド連合。
腐っても、
名が知れてなくても、
小さな団体が交じり合っているのだ。
全体としてはどうでも、
細かいところで統率がとれている。

「ですが、"生き残っている分"、消耗しているのもこちらです」

数はどれくらいだ。
こちらは・・・
もしかしたら半分を切っているんじゃないか?
向こうはどうだ。
それ以下なのは間違いない。
だが・・・
だが・・・・

「俺達には次もあるんだ・・・・」

この戦争で終わりじゃない。
最終目標はアインハルト。

だから、
消耗させる事が狙いの、
"捨て駒魔物大軍隊"であるならば、
相手の思う壺。
思う壺の中の思う壺。

勝利さえも、
相手の、
計画通り。

魔法と、
血と、
金属の音と、
奮起する声と悲鳴。
それらが入り乱れる戦争の真ん中で、
ジャスティンは、
唇を噛むしかできなかった。

「・・・・・俺はなんだ・・・・」

赤き中で、
ジャスティンは自問した。

「なんで立っているんだ。皆戦っているのに、指揮者だからなどという理由で・・・・」

棒立ちしていていいのか?
答えは。
正解だ。

ここで、
たった一人なのだから。

ツヴァイというリーダーは頭を倒しに出て行き、
ドジャー、アレックス、エクスポも向かった。
イスカとマリナは伏兵として、
ネオ=ガブリエルとダニエルは、
結果として任務を真っ当した。
メテオラは置いておき、
置いておかなくともメテオラとフレアは離脱。

この大軍。
それに指揮できるのは自分しかいない。
コルト=ジャスティン。
自分は大黒柱だ。
何も出来ない、
支え。
いや、
柱だからこそ動かない・・・んだと、自分に言い聞かせて。

「クールに行くんだジャスティン・・・・落ち着け・・・落ち着け俺・・・・」

自分は必要な人材なのか?
仲間のためになっているのか?
世界へ向かう一端を担えているのか?
ドジャー、
ドジャー、
俺は、
ちゃんと《MD》に居て恥ずかしくない一人に戻れたのか?

「堪えろ!堪えてくれっ!!!」

もう、
それが鳴き声で泣き声だった。
指示であり、
意味もなく、
命令でもある。

テープレコーダーにでも出来る事を、
ただ行うしかない。

「堪えてくれっ・・・・堪えてっ・・・・」

この場所で、
戦う仲間。
それが自分の存在意義だ。
これで"何かがどうかなかってしまったら"
もう、
自分は帰れない。
会わす顔もない。
自分の居場所はここだ。

だから・・・・

「堪えろ!!!」

それはもう、
自分に言ってるのかもしれないとも思っていた。

自分の存在意義が、
他人頼み。
哀しく、歯がゆい。

TRRRRRRRRRR

「・・・・!?」

WIS。
WISオーブ。
鳴った。
何でもいい。
鳴った。
戦況が変わる連絡だといい。
何でもいい。
何の連絡か全くわからないが、
何でも、

「ジャスティンだっ!」

2コール待たず取る。
そして、
その通信の向こう側から聞こえた声は、

[ジャスティンさん。無事みたいですね]
「アレックス君か!」
[そうです。皆のアイドル、アレックス=オーランドです]

こんな状況なのに、
微笑してしまった。
それは、
あまりに自分が張り詰め、
心に隙間が無かったかを教えてくれた。

「そっちは無事なのかい?アレックス君」
[無事です。皆無事です]
「そうか・・・」

安堵。
久しぶりに、
この戦場の中で心が安らいだ。

[状況が状況だろうから、手短に知らせていきます。
 ヤンキさんは死亡。ツィンさんは敗走させました。
 そしてロッキー君の方は・・・・・・言わずもがなって感じです]

言わずもがな・・・か。
ちゃんと取り戻してくれたという事か。
そう考えていると、
アレックスのWISの向こう側で、
雑音のようにロッキーの声が聞こえてきた。
代わって欲しいと叫んでいる。
それをどうにかドジャーが抑えているようだった。

[それでさらに連絡ですが]
「なんだい?」
[ロッキー君が言うには、カプリコ三騎士のうち2匹はノカン将軍の方へ、
 そして残りの一匹。エイアグさんについてはそちらに向かったそうです]
「・・・・・」

それは、
どういうことなのだろう。
三騎士が別行動?
そして一匹がこちらに?
問題は敵なのか、
味方なのか?

「味方じゃないですが、敵でもないようです」

ジャスティンの疑問を読んだ様にアレックスは言って来た。

「つまり、戦争とはあまり関係ない用のようです。
 詳しい事はロッキー君も知らないそうで・・・」
[そうか。警戒だけはしておくよ。分散させない程度にね]
「ジャスティンさんならうまい事やってくれると思ってますよ。
 《MD》じゃ状況判断任せられるのジャスティンさんぐらいなんですから」

嬉しい言葉だ。
本当に。

[そして追伸です]
「ん?」
[戦争の前に言ってた件なんですが・・・・]

戦争の前?
ジャスティンは記憶を遡る。
戦争の前など、
アレックスはあまりにもいろいろと作戦を練っていたので、
今更どれのことか分からない。

[おこづかいの件です]
「あーあー」

思い出した。
確か、
一定量、資金を工面して欲しいという話だった。
難しい問題だったゆえ、
あまりに経理を担当しているルエン、マリ、スシアを悩ませた問題。

[アレの送金先からも連絡がありました。なんとか間に合いそうだとのこと]
「いや、使い道は聞いてないんだけど」
[援軍って言ったじゃないですか]

援軍。
何を・・・?
お金で雇う援軍?
傭兵は《ドライブ・スルー・ワーカーズ》にほとんど使い、
あとは吟味した程度だ。
今更どんなツテがあるというんだ。

[専門家ですよ。今回限りのね。期待させるほどの人数じゃありませんが、
 今の状況にトドメを刺すくらいにはなるはずです]
「分かった」
[じゃぁ僕らも様子を見て・・・あっちょっと・・・]

通信がガチャガチャと音を立てた。
ジャスティンは何なんだと思っていると、

[おい、ジャスティン]

ドジャーの声だった。
どうやらWISオーブをアレックスから奪い取ったようだった。
口下手なドジャーよりも、
丁寧にまとめ上げる事のできるアレックスに任せたのだろうが、
ここにきて、
ドジャーが何の用かと思ったが、

[よく踏ん張った]

それだけだった。
それだけ。
それだけだが・・・・

「・・・・フッ・・・誰にモノを言ってるんだ?」

出たのは強がりだった。
さっきまで、
どれだけ自分が弱気になっていたか。

[だよな。頼りの一番、ジャスティン様だもんな。
 頼りにしてんぜ。終わったら最後の仕事だ。俺に酒でもおごれ]
「極上の発泡酒をな」
[ちゃんとビール出せ]
「はいはい」

そんな時間がくるなら、
どれだけでも堪えてやろう。

[ジャスティン]
「まだあるのか?」
[メッツが居た。だが取り戻せなかった]
「・・・・・」

変なところだけ気にする奴だ。

「取り戻せばいい。お前は取り戻しただろう?
 アレックス君も、エクスポも、ロッキーも」

そして・・・・
俺も。

[あぁ]

そこでドジャーの通信は切れた。

「ふぅ・・・・・」

切れたWISオーブをまだ握ったまま、
轟音轟く戦場の中、
ジャスティンは少し立ったままだった。

「・・・・マリ!」
「なんだい」
「俺もそこに上げてくれ」

マリは目を丸くしていたが、
すぐに了承し、
スマイルマンを動かした。

スマイルマンの大きな機械の腕は、
軋みをあげながら、
ジャスティンの前へと動いた。

「ありがとう」

スマイルマンの手は、
ジャスティンを乗せて登り、
マリと同じ、
スマイルマンの上へとジャスティンは降り立った。

「よく見渡せる」

上から見ると、
全体がよく見渡せた。
最初からここで指示していればよかったと反省した。

足元で戦いは起こっており、
魔物と人間が、
波がぶつかり合うように戦っていた。

戦場の半分は、
ノカン将軍の作戦でもぬけの空で、
地形的に、
見晴らせると言っても、
アレックス達や、
ツヴァイ達がどうなっているかまでは分からなかった。

だが、

「もう終わるな」

ジャスティンはそう、
思ったことを口にした。





























「でぇりゃあああああ!!!」

ここはどこかというと、
・・・・まぁ、
なんと説明しよう。
横の森とか、
右の森とでも表現しようか。

ジャスティンのいるところから見て、
背後の燃えている森が後ろの森で、
遥か向こう。
敵本陣の裏が、
前の森。
そういった意味で右の森とでも表現しておこう。

そこの森から飛び出した男は、
戦争の横っ面を殴るように、

そのお粗末な形状の剣を振り下ろし、
ドラスを真っ二つにした。

「なぁにが「でぇりゃー」よ。叫びながらってのはバラしながら攻撃してるって事なのよ?
 下のもんも見てるんだから、もうちょっとマシな戦い方を見せたらどうなの?」

付き添いの女の言葉に、
ドラスを真っ二つにして意気揚々の剣士は振り向き、
笑顔を振りまいて答えた。

「仕事は結果が全て!そうだろ?アンリ」
「私が文句言ってるのに私に返さないで」

剣士の男はそれでもゴキゲンなようだった。
そして、
その剣は、
あまりにお粗末で、
ボロボロで、
刃こぼれの限りを尽くし、
もう刃こぼれする場所がないんじゃなかというほど、
ボロボロのギザギザだった。

「ま、『ギザッ刃』のナッグ様の登場は派手な方がいいじゃん?な、アンリ」
「私に聞いてるんなら答えてあげるわよ。言うほど派手じゃなかったわ」

それでもナッグという剣士はゴキゲンなようだった。

「よっと」

そして、
手が空いたついでにと言わんばかりに、
近場に居たスネイルを、
そのギザッ刃でぶった斬った。

「どうだお前ら!GL(課長)の仕事っぷりは!」

ナッグは、
自慢げにまた振り向く。
そこには、
ナッグとアンリの他に、
多くの人間が並んでいたが。

「「「「「・・・・・・」」」」」

特に返事はなかった。

「あれ?なんで?なんで反応ないんだアンリ」
「私じゃなくて新人君達に聞いてよ。でも答えてあげるわ。
 そりゃぁもう、別に凄くないし、あんたは上司として認められてないからよ」
「そりゃないぜアンリ」
「先に入ってたから私達が上司になっただけなの。思いあがらないこと」

ナッグはブー垂れた。
だがまぁ、
そんなナッグを置いておき、
新入り社員達は、
まるで滝が割れるように道を開けた。

「おーおー、いいもんだな」
「年をとった甲斐があったってもんじゃわい」
「そこのあんた。頭が高いわよ」
「あっ、大丈夫ですよ。そんなかしこまらなくたって」

その真ん中を、
4人の男女が偉そうに、
いや、
事実偉いのだが、
歩いてくる。

「あっ、先輩達!ねぇ先輩達!俺ってまだまだ上司として威厳ないッスかね?!なっ、アンリ」
「どういう変化球よ。私はいらないでしょ」

「ん?」
「また何か言われたんですか?」
「大丈夫じゃわい」
「私らの部下としても全然威厳ないから」

意味は分からんが、
馬鹿にされている事は間違いなかった。

「ほれ、どいとけナッグ」
「社長のお通りよ」

4人の先輩が後ろを指差すと、
遅れて歩いてくるのは、
マントを背負い、
そして大きな・・・
大きすぎる大剣をその上に背負った、
屈強な男だった。

下っ端の者達は皆、
頭を下げた。

「そんな畏まるな。増えたといってもまだまだ小さな会社だ。この『モスディドバスターズ』はな」

そう言いながら、
何も恐れないような足踏みで、
その男は誰もの先頭に立った。

と、
同時、
まるで演出かのように、
待ちきれなくなった魔物達が、
数匹。
いや、
数にして5匹。
同時にその男に飛び掛った。

「社長!」

「いや、いい」

その社長と言われた男は、
おもむろに、
片手だけで背中の大剣を抜き、
そして風を斬るというよりは、
風を巻き込むように、
大きく、
大きくその大剣を振り切った。

一振り。
一振りで、
5匹の魔物は全て半分に分かれた。

その光景に、
周りの下っ端社員達は、
驚きと歓声をあげていた。

「さすがだな。アンリ」
「そうね」

そして、
社長と呼ばれた男は振り向いた。

「皆、今日は事態が事態な割に、誰一人無断欠席無しによく来てくれた」

その男は続ける。

「今日は我が『モスディドバスターズ』創業以来、最大の大仕事だ。
 去年までは7人しかいなかった社員が、すでに2ケタを軽く越え、
 ここまでの会社になったが、まだまだだ。まだ俺達は止まらない」

また、
魔物達が襲い掛かってきた。
ここは戦場なのだ。
当然といえば当然。
そこに足を踏み入れたのだ。
だが、
その社長と呼ばれた男は動かず、
代わりに4人の先輩達が動き、
いとも容易く撃退した。
何事も無かったかのように話を続ける。

「もう戦争とやらは終盤なようだが、仕事は仕事。
 それをこなしてこそのサラリーマンってやつだろう。笑える表現だがな。
 戦争とやらは正直、何も興味ないし、世界の左右など俺達には関係ない。
 だが、相手が"魔物"で、その"駆除"が仕事というならば、俺達の出番だ」

そして、
社長と呼ばれた男は、
マントを靡かせて振り向き、
重き、
大きいその大剣を横に広げた。

「俺に付いて来い。仕事というものを見せてやる」

そしてその言葉の通り、
『モスディドバスターズ』の面々は、
その大きな背中についていき、
魔物に牙をむいた。






































『モスディドバスターズ』が表れた場所を、
右の森と表現するならば、
それは左の森。

「姉御」
「怒られやしませんかね」

「怒られる?はん!極道が説教を恐れるってのかい!?」

森の中、
黒。
黒黒黒。
黒尽くめのスーツ野郎に囲まれ、
一人、
切り株に座る・・・・女。

「任されたからここまで我慢したんだよ。だけど・・・・だが・・・だねぇ。
 義理と人情を重んじるウチらが、仲間ほっぽいて茶ぁ沸かしてりゃ世話ないよ」

それは、
素肌にサラシを胸に巻き、
そしてその上にスーツを羽織るボブカットの女。

「筋は十分に通したさ。なら、ウチらに出来るのはウチらの生きる筋を通す事だよ。
 言っちまえば・・・・我慢できるか?義理と人情と・・・そして血圧隠して待機なんてね」

それを言われちゃぁな、
と苦笑しながら、
ヤクザ達は決心を固めた。

「腹ぁ括ったみたいだね。そう、何よりうちらは"メンツ"の生き物だよ」

「おうよ」
「姉御に言われちゃぁな」
「ここまで来て道ぃ迷ってちゃぁな、」
「トラジの兄貴にもシシオの兄やんにも顔向けできねぇや」
「それに」

「リュウの親っさんにもね」

ツバメは立ち上がった。
ツバメ=シシドウ。
いや、
それは裏の、
個人の事情。
《昇竜会》、
新頭。
ツバメ=アカカブトとして、
黒きスーツの男達の先頭に立つ。

「アマが頭ってのに今更文句ある奴ぁいないと思うけどね。
 そんな奴ぁお呼びでない。お呼びじゃぁないよ。そして認めさせてやるってもんで。
 うちは志の墨もまだ背中にゃ刻んでないがぁ、この戦いの後に刻んでやる。
 あんたらの頭として、姉御としての初陣を華々しく飾って・・・・彫りこんでやる」

マントのように靡く黒きスーツ。

「何もかもを背負う、燕竜(ヤンロン)の刺青をね」

ツバメはリュウを背負う決心を胸に秘め、
前へ踏み出す。

「さぁ行くよあんたら!覚悟は出来たかい?うちは出来てる!
 先に逝ったリュウの親っさんやトラジの背中は見えてるかい?
 見えてるなら分かるだろ。男もアマも・・・・・・背中で語りな!」

歩み、
木々を抜け、
戦争の光景が見える。

「魔物共。拝みな。極道をナメんじゃないよ!!!」
































「ツバメの奴・・・・本拠地守っておいてくれっつったのに」

スマイルマンの上で、
ジャスティンはため息をついた。

「いいんじゃない?終盤っていうのを見越して来たみたいだし。
 安全は確認して、今本当に助けるべき相手が誰か・・・って感じで来たんでしょ。
 居ても立ってもいられなくなったのよ。フフッ、可愛い仲間じゃない」
「ヤクザだけどな」
「そんなの関係ないでしょ?それにGUN'Sの時と比べればなおさらよ」

忘れがちだが、
マリもGUN'Sの生き残りの一人だ。
おっと、ダニエルもといえばダニエルもだ。
まぁ最終的には居なかったがメテオラも六銃士。

こう考えると、
そんな感情を分かち合えるのはマリぐらいのもんかもしれない。
GUN'S。
《GUN'S Revolver》
力と大きさだけを求め、
統率力も考えずにただただ膨張させたギルド。
その崩れやすい大きさも、
結果的にはアインハルトのオモチャだったからなのだが、
あの仲間意識の無さと比べれば、
それはたしかに嬉しいものがあった。

「GUN'Sの時じゃぁ、何も言わずに助けにきてくれるなんてなかったしな」
「皆、上にあがる事ばかり考えてたしね。私もだけど」
「俺もさ」

ミダンダスが利用しやすいようにと、
そんな理由だけで選ばれた六銃士だったが、
それを自ら望んだのも自分だ。
ただ、
力が欲しかった。

「今は権力より立場が欲しい」
「欲しいっていうより失いたくないんでしょ」
「それだな。いい言葉を使ってくれる」

ジャスティンは笑った。
その通りだからだ。
手に入れるためじゃなく、
失わないために戦っている。

「私はそのどちらでもなく、取り戻そうとして戦場に立ったわ。
 家族を取り戻したくてね。でも無くなったものは戻らない」

レイズも。
チェスターも戻らない。
だが、
メッツは無くなっていない。
取り戻せるかもしれない。

「まぁ難しい事はなしだ。とりあえずは、今日はお開き。ここいらが終点さ」
「終点?」
「アレックス君が雇ってくれた《モスディドバスターズ》。
 あとツバメの独断行動である《昇竜会》の増援。
 数にしたらそれまででもないけどな。終わりを告げるには十分だ」

ジャスティンの言うとおり、
戦況は大きく動いた。
優勢であったのは変わらないが、
優勢のままジリ貧。
さっきまではそんな状況だった。
背後は炎の壁。
後には引けない。
だが、
今は、
後押ししてくれる存在が表れたのだ。
引けない後ろを、
押してくれる増援。

「運命ってやつさ」
「は?」
「命を運ぶ。運命って信じるかい?マリ。
 こーやって聞くと大概の奴はNOって言うんだけど、俺は信じてる」
「戦争にロマンを重ねる気かい?」
「ロマンの無い戦争ばかりだから、戦争は哀しいと思われてる」
「哀しくはないの?」
「運命があるなら哀しみも背負うさ。これはこーでよかったんだよ。運命だ。
 少なくとも俺は、同じ意志を持つ馬鹿と命を運べて虚しいとは思わないな」

運命・・・か。
この流れ、
この戦い、
この死。
これらの全てが運命というなら、
その主は誰だ。
それが、
全て、
アインハルトが運んでいるわけではないと信じたかった。
運命は自分達で運んでると信じたかった。

「クソッタレの逆襲さ」

ジャスティンは笑った。
悪くない。
悪くはない。
むしろ善い。

「ちょっと!ジャスティン!あれ!!」

突然、
マリが大声で指をさした。
大きなスマイルマンの上で、
天空を指差した。

「ん?」

この局面に置いてなんだ?
ジャスティンは疑問に思う。
マリだけじゃない。
周りがざわついている。
周りと言うのは、
つまり戦場だ。
戦場全体がざわついている。

人だけじゃなく、
魔物もだ。

それはそうだ。

「なんだ・・・あれ」

天。
天が・・・
天が割れた?
いや、
歪んだという表現がいいかもしれない。

むしろ舞い降りた?

「なんの光だ?」
「転送(ゲート)?」

光。
光だ。
通常の何倍もの大きな光が、
戦場のど真ん中に真っ直ぐ天から降り注いだ。
確かに、
確かに転送・・・ゲートの光に似ている。
だが、
あんなに巨大な光の柱は見たことがない。

あまりに強大すぎる。

転送というなら、
何が降り立ったというんだ。



「・・・・・・・・・・・・船?」







































「すごぉーい!すごぉーーい!!!」

ロッキーがピョンピョンと、
嬉しそうに跳ねた。
小さな体をカエルのようにピョンピョンと。
そんな無邪気な喜びを現しているのは、
もちろんロッキーだけで、

アレックスも、
ドジャーも、
エクスポも、

あっけにとられていた。

「なんじゃこりゃ・・・・」
「・・・・・船・・・だね」
「見れば分かりますけど・・・」

つまりどういうことなんだ。

転送されてきた。
ゲートの光で、
馬鹿でかい、
あまりにも馬鹿でかいガレオン船が、
地上に転送されてきた。

地上に降り立つ、巨大船。

「こんなに大きな物体を転送させる技術・・・聞いたことありませんよ・・・・」
「ってことは〜〜!クリスマスかなぁ〜〜!?」
「ロッキー。君はサンタさんを過信しすぎだ」
「別にクリスマスでもないけどな」

ドジャーが苦笑いをしながら、
その、
突如空から戦場のど真ん中に降り立った、
巨大な、
巨大すぎる、
あまりに巨大なガレオン船に、
目を奪われたままだった。

「カッ・・・あれがソリならトナカイは誰だって話だ」

誰?
誰。
だが、

「少し考えれば分かりますよ」

アレックスは、
顔をしかめて言った。

「あり得ない技術と、あり得ない規模。そしてここで登場するような人」
「様子からして敵の増援でもないし・・・」
「船・・・・・」

そんなもの、
一つに絞られる。

「海賊王・・・・デムピアスか」


































位置にして、
戦場のど真ん中。

それはつまり、
魔物軍の背後につくような形で、
巨大なガレオン船は地上に降り立った。

高さにすると、
標高にすると、
それはマリやスシアの乗っているスマイルマンを軽く超える、
遥かに超える巨体。
そんな船。
タンカーと呼んでもいいような、
そんな巨大なガレオン船。

その甲板の端。
船の手すりから、
オドオドと下を見下ろす2人。
いや、
1人と1匹。

「たかぁ〜・・・・っていうか本当に転送してきちゃった・・・凄いねピンキッド」
「ま、あの人の力ならお手の物ってことでヤンショ」
「っていうか戦場のど真ん中出ちゃったことも怖いけど・・・僕高いところ嫌いなんだよね」
「バンビさんは海人(うみんちゅ)でヤンスからね・・・オイラもでヤンスけど・・・・」

オドオドと、
手すりの前で屈み、
下を見下ろす1人と1匹。
海賊娘と、
海賊ピンキオ。
バンダナを付けた二人組みが、
ここぞというところに出てきて、
怖がる1人と1匹。

「イェーーーーーーィ!!!!」

その真逆のテンションで、
船の甲板の真ん中、
サメ型のエレキギターをかき鳴らす、
ハリガネのように細い体の魔物。

「なんてすっごいライブフロアだ!俺の心が高波のビッグウェーブだぜぇーぃ!!
 まさにバトルフィールド!この広き荒野に俺のハートのプラズマが駆け走るぜぇーぃ!!!」

ギャイィーンと、
ギターが鳴り響く。
シャークはギターを手に、
気分上々のようだった。

「1万人くらいいるかな?それでもこのライブハウスはガラガラだぜぇーぃ?
 戦いに明け暮れるヘッズに、俺の轟きのカンタービレをお届けしてやるぜぇーぃ!」
「う、うるさいわよサメ野郎!みんなこっち見てるじゃない!僕たちを攻撃してきたらどうすんの!」
「そうでヤンス!そのために来たんでヤンスけど・・・・」
「ノンノン、ロックなハートは誰にも止められないぜぇーぃ!」

戦いを恐れるなら、
なんのために戦場のど真ん中に降り立ったのかと問いたいが、

大きな大きな船。
陸。
陸に立つ船。
天から舞い降りし、
戦場に降り立った船。
その船のテニスコート何個分という大きな甲板に、
バンビ、
ピンキッド、
シャーク。

いや、
魔物。

魔物という魔物。
機械仕掛けの魔物。
機械にまみれた海賊。

ボニ、ティチ、ブギに、
ビッグタトラー、キャメル船長。
ティニにチャウに、ドロイカン。
海、
機械、
魔であり、
力の象徴かつ、
技術の結晶。
その軍隊としての数と、
経済能力。
7つの海の結晶、
それがこの魔物達と船。

そしてその頂点が、

「どけ、」

魔物達を掻き分け、
船の中から甲板へ出てきた男。

チェスターのモンクバディを模した服。
それは白、
いや、
鉄のような白銀をしたマーズヴォルテル。

「魔物の王、悪の英雄(ダークヒーロー)のお出ましだ」

魔物と人間の境界線に位置していることを表すような、
鉄と肉の体。
鉄色の灰色。
白銀なる、
鋼鉄混じりのプラチナなる髪。

「落ち着いたもんだねぇーぃ。デムピアス」

「ふん」

肩に、
チェスターの愛猿であるチェチェを乗せた魔物の王。
デムピアスだった。

「度し難い景色だ。いかんとも度し難い」

紫のマントを靡かせ、
甲板に立つ男。

「魔物としての誇りは無いのか。あのアインハルトの下とはいえ、人間に下るとは。
 度し難い。いかんにも度し難い。魔物は魔物。海は海。そして王は王として立つべきだ」
「ウキッ!キッ!」

十分に、
まるで自分のようになついているチェチェは、
デムピアスの右肩の上で飛び跳ねた。
魔物の王。
いや、
魔王ことデムピアスは、
それを体温のない冷たい手で撫でる。

「誇りも無くは海にも沈まず・・・。陸で腐って死ぬがいい」

デムピアスは、
機械仕掛けの右手をカチャカチャと鳴らした。

「今回はアインハルトへの宣戦布告だ。力に溺れ、海に溺れる者め。
 天(アスガルド)と地(マイソシア)を制した程度に頭にのりおって。
 何がAll(全て)、allgard(アルガルド)騎士団だ。・・・・海は健在というのに」

海の怖さを知る者。
知り尽くした者。

「深海への到達は宇宙を越える事よりも難しいとされる。
 何より深く、光も届かぬ海。そこで薄っすらと目を明けたのが俺だ」

魔物の王で、
機械の王で、
海賊王。

「いかんとも度し難い。天上天下、海へと散れ」

天がなんだ。
地がなんだ。
海がここに居る。

海賊王、
デムピアスがここに居る。

「やるかぁーぃ?デムピアス」
「や・・・やるってんなら僕たちだってやるよ!」
「オイラは遠慮しとくでヤンス・・・」
「ダメよピンキッド!僕たちもやるの!」

「ふん、まぁ今回は宣戦布告。あいつのお披露目というこうか」

紫のクマの出来た斑な眼で、
デムピアスは笑った。

「やってやれ、ベビィ」

「チェッケラァ!!!」

一人、
何者かが甲板の奥から、
元気よく走りこんだ。
魔物達の脇を抜け、
デムピアスの脇を抜け、
シャークの脇を抜け、
バンビとピンキッドを尻目に、

大きなるガレオン船の船首。
船の先へと走りこみ、
身を乗り出して足をかけた。

「はーいゴキゲンYO!僕様の登場だ!!」

パンッパンッ!
と、
銃声が二度鳴る。
それは、
その男が両手に持つ拳銃からだった。

男は、
170cm程度の身長で、
両手に拳銃を持ち、
紫色の髪を後ろで何本にも三つ編みにしていた。
三つ編みの男は、
あり得ないようなギザギザの歯を見せながら、
子供のように笑った。

「僕様はデムピアスベビー!初めまして!YO!ROW!SHIT!QUTE!
 ・・・・・こんな感じか!?僕様、ちゃんと挨拶できたかパパっ!」

「あぁ、あんまりハシャグなよベビィ」

「そりゃぁー無理ってもんじゃねー!?僕様の晴れ舞台って奴YO?要チェケラだ!」

三つ編みの、
ギザギザの歯の男は、
また景気良く広げた両手の拳銃を鳴り響かせた。

「ベビィねぇ・・・」
「どう見てもティーンエイジャーくらいに見えるでヤンスけどね・・・」

「なんか言ったかヘボ野郎!!」

「キャッ!!」

三つ編みの男は、
拳銃をバンビとピンキッドの方へぶちかました。

「危ないわね!僕たちを殺す気!?」
「教育が足りないでヤンス!」

「ハッハーン!そりゃそうだ!僕様は教育受けるほど生きてないからなっ!
 ってぇことで黙ってチェケラッチョしてろヘボ野郎共!カッコ、笑い」

そう言いつつ、
三つ編みを振り、
ギザギザ歯の男は、
船首から戦場を、
あっけにとられる戦場を見下ろした。

「じーこーSHOW!かい!僕様デムピアスベビィ!通称デミィ(自称)。
 ハッハーン!実は僕様、超無敵(自称)!マジ無敵(自称)!すっげぇ最高(自称)!!
 だから見とけよてめぇら。今から僕様に殺されちゃうんだからな!」

パァンと一度の銃声。
二つの銃弾が同時に鳴り響き、
重なった音。
陸に降り立ったガレオン船の選手で、
三つ編みの魔物は、
ギザギザの歯で笑った。

「叫べお前ら!YOH!HO!」

「「「「「ヨォーー!!ホォーーー!!!」」」」」」

デムピアスの配下達が続けて叫ぶと、
またもベビィは銃を撃ち放った。

「さぁお前ら!ションベンちびるなよ!オムツは準備してあるけどな(僕様の分)!
 なんてったってお前らは今からこの僕様、デミィ"0歳"にやられちゃうんだからな!
 俺は無敵!なんてったって生まれてこの方、負けたことねぇから(当然)!
 だから無敵(自称)!無敵で無敵な僕ちゃんの前でお前ら死んじゃえ、カッコ、笑い。ヒャハ!」

仕上げにもう一度銃を撃ち放ち、
デムピアスベビィは船首から飛び降りた。
三つ編みが縦になびき、
ギザギザの歯は笑みを止めない。

「0歳児をなめんなよ」






































「どうすんのよジャスティン!」

マリは、
スマイルマンの上でジャスティンの腕を掴み、
ユサユサと揺らす。
焦るわけだ。

目の前に突如、
現れるはずのない海の上の産物、
巨大なガレオン船が表れたのだ。

しかも、
それはデムピアス海賊団。
魔王で海賊王、
デムピアスの団体というのだから。

「大丈夫さ」

だが、
何も焦らないようにジャスティンは言う。

「終点だって言ったろ。ここはもう終点なのさ。
 デムピアスも俺達を狙ってきたわけじゃない。トドメの一つに過ぎないさ」
「何を根拠に言ってんのよ!」
「言ってしまえば敵でも味方でもどっちだっていいさ。
 あいつらが現れたのは敵の背後だ。俺達と挟み撃ち。
 俺達の敵だろうが関係ない。敵にとっても敵なんだからな」

敵の敵は味方とは限らないが、
敵の敵というのは、
つまり敵の敵。
相手が2方から襲われるに代わりは無い。
終わり。
終点に違いはない。
これはもう終わった戦争なんだ。

デムピアス達もそれを分かっているだろう。

「でもまぁ、この終盤に出てくるってのがまた、デムピアスも粋なもんだ。
 ヒーローは遅れてやってくるってか?チェスターめ。魔王まで感化させやがって。
 あいつは本当に正真正銘のスーパーヒーローだったよ」

そう言いながら、
ジャスティンは懐を漁った。

「ま、デムピアスは今回に限っては帝国側を倒しに来ただけだろうよ。
 それに違いないだろうけど、まぁ万が一のためにマリ、スシア。頼む」
「何が?」
「相手が全滅した後、俺達が狙われる可能性もまぁ5%くらいはあるからな。
 その時は別に戦う必要もない。仲間達を退却させてやってくれ」
「あんたがやるのよそーいう仕事は!」
「俺ぁダメさ。帰るから」

そう言って取り出したのは、
記憶の書だった。

「まったくツバメの奴。安全を確認したからって勝手に出てきやがって。
 本拠地には戦闘要員以外の人間も生活してるんだ。
 彼らが不安になっちまうだろ?それなりの奴が安心させてやる必要がある。
 ま、何にしろ本拠地がモヌケの空ってんじゃよろしくないだろ?」

それこそ自分の役目。
マリでもスシアでもダメだ。
自分みたいに顔の知れた、
それなりの奴じゃないと。
自分が行ってやらないと。
それこそ、
自分みたいな役立たず一人で十分。

「こういう役職は困ったもんだ。尻拭いばっかりでな。
 でもそれが自分の立場だと思ってるし、文句もないさ」

記憶の書のページをペラペラとめくり、
目的のページで止める。

「んじゃま、尻拭いの雑用に行ってくるわ。
 ドジャー達によろしく言っておいてくれ。お先」

そして、
そして、
ジャスティンは空へと消えた。
光に包まれ、
空へと消えた。


戦場は終わりへ。

ジャスティンの言うとおり、
デムピアスがこちら側に戦意を向ける気はなかった。
だから終わり。
終点。

このまま勝利で終わりだ。

あとは残った仕事を駆逐するだけ。

ノカン将軍。
まぁ、
あれくらいなら残りの奴らだけでどうにでもしてくれる。

頼りになる奴らばっかなんだから。








































記憶の書にて、
ジャスティンは降り立った。

戦場はもう大丈夫という確信があった。
もう終点だと。
それは正しかったし、
間違いもなかった。
現にそうだった。
あの戦争はアレで終わりだった。
デムピアスが問題を起こすことも・・・
というか、
こちら側に害をなすこともなく、
あれはあーいうもので、
この戦争は終わりだった。

残る問題はというと、
それはもうノカン将軍だけ。

まぁでも残務処理ってもんはある。

ダニエルをどうしたもんかとも思う。
森の炎はなんとか鎮火してくれるだろうと考えても、
放っておいたらノラ犬の如く帰ってこないかもしれないネオ=ガブリエル。
戦争自体もどこで区切りを付けるかというのもあるし、
多大な被害が出たからこその尻拭いもある。
この戦争は勝って終わりというものではないから、
次を考えなくてはいけない。

金をほとんど使い果たしてしまったし、
次はどうしようかと作戦も練らなければならない。

デムピアスや、
カプリコ三騎士は何を考えているか分からないが、
味方ではないのは確実で、
それでいて敵の敵である事も確実。
ならば、
どうにか利用できるかもしれない。

そんな事を苦しくも考えに考えてしまう雑用魂。

想像と思考を巡らしながら、

ジャスティンは降り立った。

「ふぅ・・・・」

本拠地。
反抗期の巣窟(コロニー)

スオミダンジョンの一端を使った、
地下基地。
王国騎士団の討伐のお陰で、
幸いにも入り口は、
ジャスティンが降りてきたこの縦穴だけだ。
この入り口以外は、
アリの巣のような光入らぬ地下組織。

唯一光の届くこの縦穴に、
記憶の書で飛んで来るしか方法はない。

ここで生活している人の数はかなりの数になる。
そのための食料は、
いろいろとルエン、マリ、スシアのロイヤル三姉妹が、
商売人としての気質と腕とコネを使って輸入してくれるが、
この唯一光の届く入り口には田畑も作ってある。
地下での自給自足。

本来は降り立つこの場所以外は、
田畑で踏み場もないが、
今回は戦争で、
地下で一年以上も篭りに篭っていた戦士達が外に出るということで、
踏み荒れないように全て採取した。
まぁ言ってしまえば、
入り口は草木ない洞窟の姿に戻っているということだ。

そんな反抗期の巣窟(コロニー)の入り口に一人戻り、
ジャスティンは立っていた。

「・・・・・・」

暖かい。
ここは、
自分の居場所だ。
クソッタレの社会の底辺。
そういう奴らの場所。
住み良い場所ではないが住んでいて気持ちがいい。

99番街の次に見つけた、
自分の居場所。
《MD》の次に見つけた、
自分の居場所。

そこに戻り、

ジャスティンは絶句した。

「・・・・・なんだ・・・・こりゃ・・・・・」



本拠地は

終わっていた。




「どうなってんだよ」

ジャスティンは歩む。
その洞窟の硬き土の上を、

「・・・・・・」

無残。
後も残らないから無残。

何もかもが"死滅"していた。

「ひでぇ・・・・」

生きるための知恵とばかりに、
テントや、
即席の家。
千差万別の工夫を凝らしたアリの巣の住居。
それらが、
砕け、
壊れ、
崩れ、
割れ、
つまり破壊されていて、

そして、
世界の奴隷などになるものかと、
意志と勇気でここに集まった者達は、

全て死滅していた。

「・・・・・」

何かも分からず、
ジャスティンは歩いた。

その、
暗闇の中の、
住居としての人工的な光だけが頼りの、
その洞窟内を。

蝋燭は、
死骸を照らしていた。

「どうしたってんだ・・・・」

目の前に転がる死体を見た。
バラバラで、
見る形もない。
食い散らかしたように転がっている。

老若男女。
その言葉が全ての人間を表すなら、
それで表現できるすべて、
まさに老若男女。
全てが死滅していた。

首と胴が繋がっていなかったり、
繋がっていても足が無かったり、
全身があっても血で染まっていたり、

「・・・・・くっ・・・・」

したくもないが、
ジャスティンは鼻に手を当てた。
凄い臭いだ。
この地下の閉鎖空間に、
何十、
何百、
そして4ケタを超えてしまうかもしれない屍骸が転がっているのだから。

「なんなんだ・・・・なんなんだよ・・・・」

怒りも膨れなかったし、
哀しみも膨れなかった。
ただ、
その場の光景にあっけをとられ、
現実のものとして理解できなかった。

「・・・・・・」

歩く途中、
どこを見ても死んでいる人々。
今足元に転がっている少女は、
母に寄り添うように赤い血を目から流している。
その母は上半身が跡形も無く消えていた。

「ふ・・・・ふざけんなっ!!!」

訳も分からず、
突然突きつけられた光景。
現実。

ジャスティンは走った。

「誰か!誰か生存者はいないかっ!?」

奥へ奥へと、
ジャスティンは走った。

死んでいる。
全て死んでいる。
殺し損ないなど微塵もなく、
根絶的に、
跡形も無く、
皆死んでいる。

「誰か!誰か生きてないのか!?」

走った。
走りながら右を見れば、
努力の末作られたであろう丈夫な物干し竿に、
いつも元気だったオバサンがひっかかってぶらさがっていた。
走った。
走りながら左を見れば、
ここでの生活が体に障っているはずなのに、
毎日元気な素振りを見せていたおじいさんがうつ伏せで血だらけだった。

遊んでいる途中だったのか、
繋がっていない右手にバットを持ったまま死んでいる少年。
戦力になれないことを嘆いていた青年は、
勇敢なまま剣を持ち、下半身が行方不明だった。

走っても、
走っても、
思い出を悪夢にしたような光景が連なる。
パノラマに、
永遠に続くように。

「うわっ!?」

気付かず踏みつけてしまった。
それは腰が悪いのに、
毎日奥のわずかな地下水を汲みに行っていたおばあさん。

「・・・・あ・・・あ・・・・」

どう受け止めればいい。
どう、
受け止めていいのか、
受け止めたくない現実。
これが現実?
楯突いた末路?
どうなってるんだ。
訳が・・・
訳が分からない。

「・・・・・・」

そんなジャスティンの足元に、
コロコロと、
コロコロ・・・コロコロと、
空き缶が転がってきた。

何かと思い、
その転がってきた先を見ると、
洞窟の途中。
暗がりで見えにくいが、

一人の男が、
小さな岩の出っ張りに腰を下ろしていた。


「やぁ」


その男は、
右手から左手に、
そう思うと左手から右手に、
トランプをパラパラと移動させていた。

「生き残り?違うよな。僕はちゃんとお仕事したしな」

その男は、
頭にウサギの耳を付け、
ジャラジャラとアクセサリーに身を取り巻き、
耳にキーホルダーなんかぶら下げているおかしな男だった。

「じゃぁ僕に会いにきてくれたわけだな。そりゃぁサンキュ、マイフレンド」

クチャクチャとガムを噛みながら、
その男はヘッドフォンを大事に横に置いた。

「僕はシド。シド=シシドウだな。フレンドになるには最初が肝心。そうだろ?
 アハハッ、いやまぁ、でもお仕事だからな。僕でもヤラなきゃいけない時ってのがある」

「シド・・・・シシドウ・・・・」

ジャスティンは鎌を構えた。
シド=シシドウ。
53部隊(ジョーカーズ)の副部隊長。
シシドウとシシドウの子。
シシドウの中のシシドウ。

「てめぇが・・・・」

「あーあー!構えんなって!やり合う気はねぇ!大事なフレンドとやり合う気はねぇって!」

ウサ耳野郎は、
両手を振りながら、
そう訴える。

「まぁ、一方的にやっちゃう可能性はあるけどよ。その可能性はバリダカだけどさ。
 あんたがそれ以上近づかなきゃ大丈夫。だからマイフレンド。近づくな」

会ったら逃げろ。
『KEEP OUT(近寄るな)』
シド=シシドウへの格言。
それを思い出す。

「僕はさ、帰ったらすぐ、"同じく調度帰ってきた燻(XO)隊長にはち合わせて"さ。
 戦争はどうでもいいからちょっと手伝え、お仕事だってね。メチャイヤだね。
 まぁ残業だな。スゴダル。でもここに居る奴らを殺せって言われただけだから」

「俺を殺せとは言われてない・・・・か」

「そゆこと。でも近づくなよ。僕は"そうなったら"殺しちゃうから。
 自分でもちゃんと自覚くらいはしてるんだ。マイフレンドを殺したくないぜ」

クチャクチャとガムを噛みながら、
笑うウサ耳ファンシー殺人鬼。
だが、

「お前がやったのか」

「ん?」

「お前がここにいる人たちを殺したのかって聞いてるんだよ!?」

ジャスティンの大声に驚いたように、
シドはガムを噛みながらウサギのように目を丸くし、
少し静止していたが、
落ち着いて話を続ける。

静かで、
暗くて、
他に息遣いさえ全く無いこの地下で。

「そー言われればそうだし、そうじゃないって言えばそうかな。
 まぁ大体僕だな。僕だぜ?大分僕。多分僕が殺しちゃったんだろうね。
 死んじゃった。皆。哀しいよね。フレンドになれるはずだったのに。
 だから僕は殺しは嫌いだ。人が死ぬのは凄く凄く哀しい事だとジュージュー思うわけね」

「てめぇ・・・」

「怒らないでくれよ。僕だって殺したいわけじゃない。イヤイヤだったんだ。
 でもお仕事だからな。スッキリもしないし気分がいいもんでもない」

ただ、
気分が悪いわけでもない。
殺しに感覚はついてこない。
そんな様子だった。
昂ぶっているわけでもなく、
虚しくなっているわけでもない。
ただ通常。
何も感じていない。
当たり前の事のように。

優越感や、
快感もない代わりに、
こいつは、
シド=シシドウは、

罪悪感のカケラも感じていなかった。

やりたくもないのに、
雑草を抜く仕事をさせられた。
そんな感じだ。
植物は好きなのに。
だが別に何か背徳感を感じるほどでもない。

「マイフレンド。僕はあんたとやりたくねぇな。だって大事なフレンドだろ」

ニコリと、
本音の本音の、根源的な本当のところからの笑顔。
それに虫唾が走った。
こいつは、
本当の本気で自分と友達なんかになりたくて、
本当に純粋なままなのだ。

ただ殺すだけ。
殺したくないのに、
殺すだけ。

「あぁ・・・残念。ギガ残念。もっとお話したいけど、こんな所を見られたら"殺せ"って言われちゃう。
 だから僕は入り口のところで待ってるぜ。先に行ってるよマイフレンド。
 絶対に、絶対に死ぬなよ。死んだら寂しい。フレンドが減っちゃうからさ。マジで頑張って」

そう言い、
ウサ耳ファンシー殺人鬼は、
岩から立ち上がり、
ヘッドフォンを頭に装着し、
音を漏らしながら、
ガムをクチャクチャ噛み、
ジャスティンの横を通り過ぎた。

・・・・。
動けなかった。
動きたくなかった。

動いたら殺される気がしたし、
動かなくても殺される気がした。

シドに殺意は全くない。
だが、
当たり前のように殺されてしまう気がした。
構えた鎌は1mmも動かなかった。

運が・・・よかったとしか言えない。

シドはジャスティンを殺さなかった。
殺し屋でなく、
殺人鬼。
意志なく無差別に殺す存在を横に、
死ななかったのだから。

運が良かったとしか・・・。

それは息を吸いすぎて満腹だったから起きた奇跡のようなものだったのかもしれない。

誰よりも人を殺した殺人鬼は、
そのままジャスティンを通り過ぎていった。

「・・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

汗が垂れ流れた。
空気という空気をとられていたような感覚だった。
最初はあった怒りも、
途中から消え去るほどに。

今はあいつがいなくなって、
ただホッとしている。

殺しつくされたのに、
仲間を、
味方を、
大事な友を、
同士を、
あの殺人鬼に殺しつくされたのに。

「クソッ・・・・」

不甲斐なさに、
鎌を地面に振り下ろした。
どうすることもできなかった。
何もすることが出来なかった。

「どうすれば・・・・」

どうしたらよかった。
もっと、
もっと早く自分が戻ってきたら、
この惨事は止められたのか?
止められなかったのだろう。

ならなんの責任だ。

《昇竜会》
ツバメ。
あいつらがここにちゃんと居てくれたら・・・

違う。
責任転化だ。

それは、
不幸中の幸い。

褒めることはできないが、
それは幸をなしただろう。
ツバメ達、
ヤクザ達がここで待機していてくれても、

全て死んでいただけだろう。

だから不幸中の幸い。
あいつらが作戦放棄してくれたのが逆に良かった。

ツバメ達を失わないですんだ。
よかったのだ。

「・・・・いや・・・・・・・・・まさかツバメが・・・・」

シシドウ。
ツバメ=シシドウ。
シシドウの血族ならば、
まさか、
ツバメが内通していて、
それでこの状況を教えたのでは。
"わざと本拠地を空けたのでは"

「・・・・・戯言だ」

そんなわけはなかった。
自分に叱咤した。
分かっているじゃないか。
ツバメはそうじゃない。
そういう奴じゃない。
心で分かっている。

一瞬でも仲間を疑った自分を叱咤した。

そして、
そこで疑問が生まれる。
あまりの惨事に、
理由を忘れていたが、
その疑問をやっとのこと疑問に思う。

「何故・・・ここが分かったんだ・・・・」

いつの間にかジャスティンは歩いていた。
洞窟の、
本拠地の、
地下の道を、
さらに奥に。

「情報隠蔽は完璧に近く行っていた・・・・今日という日まで誰も外に出さなかったし、
 幹部クラスまでかなり制限してここの情報は隠匿していたはずだ・・・」

だからこそ、
今日という戦争で多くの戦士が外に出たから、
そこから情報が漏れたのか?
いや、
漏れたとしても、
下級兵達には"ここの記憶の書さえない"。
ハッキリ言って、
彼らは"ここがどこかも知らない"はずだ。
記憶の書で飛ばして、
ここに落としたのだから。

万が一が有る場合でも、
それは同じだ。
場所がバレたとしても、
"記憶の書がなければここにはこれない"。
あの縦穴を落ちてこなければいけないのだから。

だから、
この数時間でどうこうなる問題じゃないのだ。

早すぎる。
いや、
タイミングが奇妙すぎる。

「最初からこの戦争で本拠地が割れる事は覚悟していた・・・
 だけどこんなに早く攻め入れるはずはない。
 たった一人だからといって、それが可能なはずがない・・・・」

なら、
なら、
どうやってここに。
こんなに早くここに。

最初から知っていなければ、
この時期にこの場所を、
狙って攻め入るなんてことはできない。

「誰だ・・・誰・・・・」

叱咤したのに、
また、
すでに疑っていた。

仲間を。
ジャスティンは仲間を疑っていた。

信頼している仲間だからこそ、
仲間でないと、

ここを知りようがないからだ。

「シャークか?・・・・あいつはフラリとどこかに行ってしまって怪しいと思っていた。
 ・・・・いや・・・だがあいつは先ほどみた時デムピアスについていた。
 53部隊を扱うはずがない・・・・向こう側ではない。なら誰だ・・・・誰なんだ・・・」

怪しい奴は、
こう考えると多すぎた。
多すぎて、
仲間を疑える自分を見つめなおせなかった。

「元敵側で理由不十分なネオ=ガブリエルも有り得る・・・・戦争の途中から行方不明だし・・・
 そう言うならばメテオラもだ。あいつは気に食わなかったし、怪しいことだらけだ。
 ・・・・・エドガイ?あいつは金を払えばなんだってする・・・いや、仕事は一つづつと言っていたか・・・」

ダニエル?
いや、
あいつは純粋だ。
あのままだろう。
誰だ。
シャーク?
ネオ=ガブリエル?
ツバメ?
メテオラ?
はたまたフレア?
エドガイ?
ダニエル?
こう来るとバンビとピンキッド・・・・
いや、それはシャークと同じ理由で無しだ。
他に出入りをしている人間。
事務のルエン、マリ、スシア?
いやいや、
なら、
回りに回ってツヴァイ・・・・。

「クソッ!!」

分からない。
分かりはしない。
知らないのだから。

「信用しかけてたのに・・・」

どうしても、
どうしても、
やはりといってもいい。
《MD》じゃない奴らと組むとこうなるのか。
そんな事を考えてしまう。
考えてしまった。
そして、

考えてしまった。

「まさか・・・・」

だがそれは心に閉まった。
まさか、
"《MD》の中に内通者がいる"なんていう、
荒唐無稽で、
自分自身を否定してしまうような。

シシドウ問題で揺れるイスカ。
敵側に居たエクスポ。
まさか、
まさか、
裏切りの裏切り。
裏切りの限りを尽くしてきたアレックス。
騎士団を裏切り、
《MD》を裏切り、
そして帝国を裏切って戻ってきたアレックス。

「いや・・・いやいやいや!クソッ!自分を殺したい」

疑うな。
疑うな。
そんなわけはない。
裏切りなんかじゃない。

ならば・・・・

"ミス"?

「・・・・・チェスター」

まさか。
チェスターか。
死んでしまったチェスターか。

あいつは"記憶の書を持っていた"

それで殺されたのならば、

"チェスターの記憶の書は敵の手の中"

「それならば辻褄があうか」

そう、
ジャスティンは、
歩きながら、
見える残酷な景色も、
その考えの裏側も、
全て考えないようにして、
見えないフリをして、
歩いた。

その考え。
その考えは合点がいく。
全て合点が行く。
盲点の盲点。
気付かなかった事に関しては、
ハッキリ言って最大のミスだろう。

チェスターの記憶の書を奪ったんだ。

相手は最初から来ようと思えば来れていた。
自分達は手の平の上だった。

ジャスティンの考えは、
この時点で100点を付けてもよかった。

「・・・・・・」

死体の景色を見ながら、
何もかもから目を背け。
思考さえからも目を背けて、
ジャスティンは歩いた。

おおよそ100点満点。
ジャスティンの想像しうる中では、
パーフェクトな結論だっただろう。

だが、
現実は違った。

というか思い出せばすぐだった。
チェスターは"記憶の書を持っていなかった"のだ。
ファーストコンタクトの中のファーストコンタクト。

ミルレス白十字病院にて、
チェスターはツヴァイに記憶の書を渡していた。
頼んだのはアレックスだったが、
どうやってツヴァイが本拠地に来たのは考えれば、
考えれば・・・
すぐ出る答えでもあった。

チェスターの「行って来る」という言葉を聞いたのは、
ツヴァイだった。

まぁそんな、
誰もが忘れているような伏線は
覚えていなくてしょうがないとも言えるが、
それでもジャスティンは、
少しだけ考えて思い出すべきだった。

チェスターの記憶の書が渡ったわけでもないなら、
やはり、
本拠地の場所は、

何ものかの手によって流出したのだから。

「こいつぁ・・・また・・・・」

許せないな。
そう、
ジャスティンはソレを見て思った。
怒りか哀しみか。
言葉は怒りを表していたが、
それは哀しみだっただろう。

コロニーの奥の奥。
それはプレハブ。
どう見ても立派ではない、
俺達の溜まり場。

そのプレハブ小屋が、

無残にも半壊していた。

壊れるという言葉を使うには、
さすがにまだ立派に建物と呼べるような形はしていたが、

壁と言う壁。
そして天井に至るまで、

まるで鋭利な刃物で切り取ったように。
まるで巨大な魔物が食い取ったように。
円形や、
曲線状に穴だらけだった。
壊れたと言うよりは、
いたるところが溶け崩れたといった印象だった。

「・・・・・クソッ」

一瞬躊躇った。
プレハブ小屋に入る事を。

気配はあるからだ。

そしてその者がまた、
亡者であり猛者であることも分かった。

先ほどすれ違ったシド。
シドだけじゃない。
このコロニーの生命と言う生命を刈り取った存在はもう一人居る。
それが内通者かどうかは別として、
ここまでの数々の死体。
それは、
シドのトランプに切り刻まれた死体だけというわけではなかった。
明らかに、
何か削り取られたような、
吹っ飛ばされたような。
そんな死体も多々あった。

「・・・・・・だが・・・・確かめねぇとな」

ジャスティンは、
決心がついたというよりは、
もう引き返せないための諦めのように、
プレハブ小屋のドアに手をかけた。

穴だらけのプレハブ小屋だが、
丁寧にドアを開けて入った。

立て付けの悪いドアだったが、
少し押し出してやると、
勝手に開いた。


「・・・・・・・」

小さなプレハブ小屋。
その全体が見える。


真実はそこに居た。


「お?客」

そいつは居た。

「・・・・やっぱてめぇか・・・・」

やっぱりというか、

そうならば、

お前であって欲しいという相手だった。


「メテオラッ!!!」


「あーあー、ジャスティン君じゃねぇか。ってかなんでこんなとこ居んだ?
 戦争もう終わったのか?ってかよくここまでこれたな。すっげ」

プレハブ小屋の真ん中にはテーブル。
テーブルがあったため、
体は隠れていたし、
薄明かりだったが、
それは間違いなく、
メテオラだった。

モングリング帽子をかぶった色男は、
そこに居た。

「・・・・・ッ・・・・」

気付かなかったが、
今気付いた。
そのほかにも、
女が二人居た。

メテオラがいつも連れていた女二人だ。

一人は、
部屋の墨で、
この世の終わりのようにガタガタと震えていた。
もう一人は、
・・・・・。
上半身が跡形も無くなっていた。

「いやまぁ、おめでとう。うん。おめでとう」

メテオラは、
ニヤニヤと笑い、
そして
パチパチと拍手をしてきた。

「この世は二種類の人間がいる。答えに辿り付けない者と、お前だ。
 こんなに早く答えに辿り付けたってのは・・・まぁ運だろうが、
 それはつまり運命ってやつなのかもな。面白い」

運命。
運命だと?
お前がその言葉を軽々しく使うな!

「・・・・・お前な気はしてたぜ。消去法で、お前しかないからな」

「ま、だろうな」

「お前が戦闘を離脱したのもおかしい・・・っていうかムカついたし、
 俺達の中でお前だけがあまりにも怪しすぎた。露骨すぎるほど」

「怪しすぎる奴ってのは逆に怪しまれ尽くされないもんだ」

世の中、
みんな推理小説の読みすぎだからな。
と、
付け加えた。

「お前もお前だぜ?ジャァスティンくぅん?怪しい怪しいと思ったくせに、
 俺を調べずに今回近くに置いた。それがあまりにも失敗・・・・」

「怪しいと思った事じゃねぇ」

ジャスティンは、
メテオラの言葉なんて聞きたくないと言った口調で、
言葉を挟んだ。

「お前は俺らの中で・・・・あまりにもダントツで好きになれない奴だった。
 キャラ的に、性格的に、いや、生理的にもう大嫌いだった」

「フフン♪"嫌われる"ってのはスパイとしちゃ重要なポイントでな。
 溶け込みすぎると・・・・近すぎるとボロが出る。
 付かず離れず。怪しまれつつ、怪しいのが当然な立ち居地にいるべきなんだ」

「どうでもいいっ!!!」

ジャスティンは叫んだ。
今度は、
間違いなく、
心の底からの怒りだった。

「てめぇが・・・てめぇが帝国の狗だったんだなこのクソ野郎がっ!!!」

それに対し、
メテオラはケタケタと笑った。

「よく言われる」

ケタケタと、
笑うのを止めなかった。

「そしてお前。勘違いしてるよ」

そう、
そうメテオラは続けた。

「帝国の狗?まぁあいつ以外の全員を指すならそれに間違いないが、
 お前、俺が裏切り者とかそーいう風に思ってるんだろ?
 何にでも魂を売っちまう、安いスパイ野郎だってな」

「・・・・・何が言いたい」

「逆逆。むしろ表か。俺は"もともと帝国のモン"だ」

「・・・・・」

「GUN'Sで六銃士。んでメイジプール使ってここのスパイ。
 そりゃぁもともと俺の仕事でな。俺ぁそーいう仕事してんだよ。
 根っから、根元の根源の先っぽから、完璧に帝国の狗なわけだ」

そして、
メテオラは動いた。

「そーやって、裏とか表とか、裏切りとか表ざたとか。
 そーいうんのは全て関係ないわけよ。決まってる。決まってるんだ」

メテオラは、
テーブルの向こう側で動いた。
横に。
・・・。
異様だった。
メテオラは、
横に動いているはずなのに、
頭の位置が変わらなかった。

いや、
立っているにはあまりに低い。

「世の中ってのはハッキリしてる」

そして、
メテオラは、
"メテオラと名乗っていた者は"
カラカラと音を立てながら、
ソレを回す音を奏でながら、
その全身を曝け出した。

「お前・・・それはいつから・・・・・」

「世の中の人間は二種類だ」

メテオラと名乗っていた男は、
モングリング帽を剥がす。
すると、

あまりに、
あまりに妖美な、
紫色の長い髪が、
流れるように広がった。

「"X"か・・・"○"かだ」

紫色の、
車椅子の男は、
そう、
笑った。

「ウフフ・・・・初めましてじゃないけど初めましてだ。
 そう、お前は何度も俺の名を呼んでくれてた。嬉しかったぜ。
 俺の名前は"クソ野郎"。燻(くす)ぶる、X(バツ)○(マル)。
 XO(エックスオー)と書いて、クソ野郎だ。ウフフ・・・・キャハハハハハハ!!!!」

燻(XO)
バツとマルであり、
エックスとオー。
何もかもがハッキリと二極端。

最悪なるバツであり、
それが正解であるマル。

未知を現すエックスであり、
原点を現すオーである。

XO。
並べてXO。
読んでクソ。

両極端の狭間で燻(くすぶ)るクソ野郎。

「燻(XO)・・・だと・・・・」

「そ、XO(クソ)。俺の名だ。まぁ愛を込めてクソ野郎と呼んでくれるのは嬉しいが、
 発音としてはク↑ソ↓のが名前っぽくていいな。うん。どっちでもいいな!キヒヒヒ」

ウフフ、
ヒャハハと、
何もかもが混じったような気色悪い笑い声が、
あまりに美しく、
あまりに妖美なその男の、
紫の唇から発せられる。

「いつからだ・・・・」

「あん?」

「いつからメテオラと入れ替わった」

「入れ替わった?何言ってんじゃド畜生。お前アホ?バカ?それとも脳みそがマヌケなのか?
 さっきからちゃんと説明してんだろが。世の中は二種類。真実はXと○だ。
 俺はもともとハッキリキッカリ俺様で、メテオラは俺の仕事なんだよド畜生が」

ニヤニヤと笑う、
紫の車椅子の男。

そうだ。
なんで、
なんで気付かなかった。

「伏線張りまくってあったのにな。それでも気付かせないのが暗躍ってもんなのかもな。
 ウヒヒヒ!!俺ってハッキリキッカリすっげぇよなぁー!ウフフ・・・アハハハハッ!」

メテオラ。
メテオラ=トンプソン。

ジャスティンだから、
"コルト=ジャスティンだからこそ気付くべきだった"

メテオラの経歴。
それはジャスティンも共にした、
《GUN'S Revolver》の六銃士。
いや、
共にしたというのは間違いか。

メテオラの六銃士の座を、
代わりに受け継いだのがジャスティンなのだから。

「だからてめぇは六銃士を・・・・」

「そゆこと」

メテオラは、
"終焉戦争の前に脱退した"
少し考えるだけでその怪しさは歴然だ。
終焉戦争に参加する意味を、
あまりにも分かっているから。

否、
むしろ新しい仕事。
アスガルド侵攻があったからか。

「ドラグノフには世話んなったなぁ。ウフフ、いやま、
 実際の王国騎士団の中での格は、俺のが上なわけだけどな」

GUN'SのGM。
ドラグノフ=カラシニコフ。
その役目は、
終焉戦争を境目に、
ミダンダス=ヘヴンズドアに後任された。

ドラグノフも、
燻(XO)も、
同時に、
終焉戦争と同時にGUN’Sを離れた形になる。

それは、
GUN’Sというギルドの本当の理由を知っていれば簡単に頷ける。

《GUN'S Revolver》を作ったのは、
アインハルト=ディアモンド=ハークスだからだ。
アインハルトは、
王国騎士団を滅ぼすためにGUN’Sを作った。

統率力のカケラもない、
力だけが全ての、
膨れ上がるだけの無法ギルド。
《GUN'S Revolver》

壊れやすい、ガタガタの力の塊のギルドは、
壊れる事を前提に、
ドラグノフを筆頭に作られたギルドなのだから。

そして、
終焉戦争と共に、
用済みになったGUN’Sには、
ドラグノフの代わりにミダンダス。
燻(XO)の代わりにジャスティンが置かれた。

ミダンダスがジャスティンを六銃士に選んだ理由。
それは、
"姿形を現さないドラグノフが、連絡役を設けるためだった"
ミダンダスにとって、
唯一の知人。
ジャスティンを置く事で、
GUN’Sはドラグノフを謎のままに機能させることが出来た。

なら、
ならばだ。

"本物のドラグノフがGMの時は誰が連絡役を担っていたか"
考えろ。
考えれば、
それは必然で、
必要な立ち居地だったはずだ。
居ないはずがない。
"六銃士に騎士団の裏役がいないはずがないのだ"
それがメテオラ=トンプソン。
燻るクソ野郎だった。

「自分らが作ったかませ犬のギルドとはいえ、それを操るための骨組みと、
 そしてそのかませ犬自体を監視しておく暗躍が必要だったってことか」

「お?お前頭いいな?そういやGUN’Sの時から変に気のつく野郎だったな。
 あーあー、いやこれは褒め言葉よ?で、うん。まぁそゆこと。それが俺の仕事」

「・・・・・・合点が言ったよ」

「そりゃよかったなド畜生」

ニタニタ笑う燻(XO)
暗躍部隊、
53部隊(ジョーカーズ)のリーダーは、
"何故二人いるのか"
ジョーカーが二枚ある理由はなんだ?
"予備だ"
なんでそんな事も分からない。

燻(XO)はもともとスパイとして隠れ潜む存在。
それが仕事で、
それが生き方。

"燻(XO)がいつも居ない暗躍の仕事だからこそ、常に居るべき隊長がもう一人必要"

ギルヴァング=ギャラクティカは、
表向きに置いておく部隊長(カラージョーカー)で、
燻(XO)という、
いつも居ない暗躍の部隊長(モノクロジョーカー)がいるからこその二人組み。

「何もかも、考えない事はすっごくすっごく愚かな事なんだぜ?
 だから世の中には二種類、真実に辿り付ける者と付けない者がいる。
 俺はいつも真実(○)の中で生き、だれもその嘘(X)に気付かなかった」

嫌われる事が、
一番のスパイ。
クソ野郎はそう言ったが、
それは、
あまりにも理に適いすぎていた。

好きの反対は無関心。
有名な言葉だ。

誰も興味を持ちたくない相手については、
誰も知ろうとしない。
燻(XO)は誰よりも嫌われる事によって、
その存在を完璧に隠匿した。

「考えれば分かる話だったろ?」

「あぁ・・・GUN’Sが出来レースの消滅型ギルドだったってのは俺達も知るところだった」

なのに、
ヴァレンタイン=ルガーも、
ルカ=ベレッタも、
タカヤ=タネガシマも、
スミス=ウェッソンも、
エンツォ=バレットも死に、
そして、
GUN’Sの六銃士としてのコルト=ジャスティンもいないのに、
何故に、
何故にゆうゆうと元六銃士が、
メテオラ=トンプソンが生きながらえているか。

いや、
いやいや、
それより、

"何故今更六銃士なのか"

それにさえ疑問を持たない自分達は、
マヌケとしかいいようがなかった。

「それで、《メイジプール》を使った潜入か」

「実力社会ってのは楽でよかったぜ。それだけで俺はここまで潜り込めた」

ウヒヒ、
ウフフと笑う燻(XO)の、
クソ野郎の思い通り過ぎて、
ヘドが出そうになった。

何故、
何故こんなことに気付かなかった。
何故、
あらゆる伏線に気付かなかった。

こんな、
こんな、
向かい合ってるだけでヘドが出そうになるほど極悪な、
向かい合ってるだけでどこかに行きたくなるほど醜悪な、
向かい合ってるだけで息を吸いづらいほど最悪な、
そして、
"向かい合ってるだけで逃げ出したくなるほど凶悪な力の持ち主"に、
何故気付かなかった。

ジャスティンは、
逃げ出したくなるのを必死でこらえていた。
あまりに、
あまりに違いすぎる。

刹那でも気が向けば、
それだけで殺されてしまいそうなほどに劇悪な男が、
目の前にいる。

「クソ・・・・なんで・・・なんで気付けなかった・・・・」

気付けなかったせいで、
こんなことになっている。
本拠地は壊滅させられ、
4ケタを超える、
戦えもしない一般人の生命が奪われた。

なんで、
なんで気付けなかった。

「そりゃ簡単だろ?簡単だ。ハッキリしてる。そーいうのって大好きだぜ俺」

笑う燻(XO)。
そう、
簡単で、
ハッキリしていた。

「"誰も俺の顔を知らなかったからだ"」

「・・・・・・・」

・・・・・
そう。

ロウマも、
ピルゲンも、
ギルヴァングも、
絶騎将軍達の強烈な存在感は、
自分達に立ちはだかった。
だが、
なのに、
今更、

"今後に及んで未だ燻(XO)だけは姿を現した事がなかった"

誰も、
反乱軍の誰も、
アレックスでさえも、
燻(XO)の存在を見たことがなかった。
露見したことがなかった。

「それが理由だ。これが完全なる暗躍の姿だ。誰も俺を知らない」

カラカラと、
車椅子が動いた。
そう、
ソレ。
それ自体も、
気付くべき、知らなかった事。

「そいつがお前の姿か・・・・」

「あぁ、俺ぁ足が不自由でな。バスケットケースとまでは言わねぇが、
 車椅子無しじゃ生活も出来ない。・・・ウフフ・・・・"知らなかったか?"」

そう、
車椅子。
確信もない噂話程度だが、
ツバメのわずかな情報でそれくらいは知っていたのだが、
それさえも気付かなかった。

"メテオラは一度たりとも歩いていない"

常時、
女を二人横に置いていた。
それは腐ったバカな色男の習性だと思っていたが、
違う。
"一人で歩けないから"、
いつも両肩に女を置いていた。

それだけじゃない。

今回の戦争においても、
"メテオラはずっと座り込んでいた"
腐ったナマイキな態度だと思っていたが、
それには理由があった。
嫌われ、
嫌な奴を演じる事で歩かない理由を作っていた。

戦いの時でさえ、
移動にはGキキを使用していた。
一度たりとも、
自分の力で移動していない。

「あぁ、あのGキキ?あれは本物だぜ?本物の『G−1』。
 あのアレックスって野郎にヒントをあげたつもりだったんだけどな。
 あの時の今更ならバレても大丈夫だと思ってたしよぉ・・・ウフフ・・・・」

王国騎士団のGシリーズ。
アレックスの両親のジャイアントキキ。
"王国騎士団と無関係でないことは、自ら伏線を露にしていたというのに"、
そんな露骨な慈悲のようなヒントにさえ、
嫌いだという理由で根元から興味を持てなかった。

「・・・・そういえば六銃士の時から、てめぇは動いてなかったな」

「動けなかったんだよ。俺って身体障害者だから!ウヒヒ・・・アヒャヒャヒャヒャ!!!」

それが真なりだった。
ヒント、
伏線、
あらゆる場所で、
メテオラが燻(XO)である臭いは立ち込めていた。

「極めつけは・・・・"この戦争の前でのココでの事か"」

「あぁー、そうだったな・・・アハハ・・・アヒャヒャヒャ!」

紫のクソ野郎は笑う。
この戦争の前。
このプレハブで、
作戦会議で集まったときだ。
つまり、
フレアがメテオラを連れてきた時。

「なんでてめぇが外で会話をしたがったのか・・・」

そうまでしてこの本拠地に来たかった理由は、
ここ一番、
この時に、
本拠地の場所を知るため。
そして、

アレックスやドジャー、ジャスティンといったメンバーを、
わざわざプレハブの外に連れ出して会話をした理由。
会話は来たからには必要不可欠の要素だったわけで、
そして嫌われ役という"チャームポイント"を印象として根付かせる必要があった。
その要素の処理に、
何故自分達だったのか。

「そゆこと♪。俺ってなぁ、黄金世代なわけよ。分かる?どーきゅーせー♪
 "ツヴァイやエドガイと顔を合わすわけにはいかなかった"のよーん」

それがメテオラが燻(XO)である、
最大の伏線でヒントだったのかもしれない。
顔がバレてないからこそのスパイであり、
顔を知っている者に会う訳にはいかない。

"知り合いであるツヴァイとエドガイに会うわけにはいかない"

さらに付け足すならば、
ツヴァイとエドガイの他に、
念のため、
シシドウであるツバメからも避けておく必要があったのだろう。
最悪の最悪を考えるならばイスカも。

まぁ、
最悪の最悪を考えるならば、
両親が同級生であるアレックスも避けるべきだったのだろうが、
それはむしろ望むところだったのかもしれない。
アレックスの両親のGキキも曝け出したのを含め、
面白半分にヒントくらい与えたかったのかもしれない。

なんにしろ、
そこまで徹底しなくても、
十分に徹底している。
「嫌われ役の無関心」という、
鉄壁のガードがある限り、
それ以上は知られる事は無かっただろう。

「あっ、ちょっと待ってねん」

唐突に、
燻(XO)は振り返った。
あまりに裏をかかれて、
そして気付けなかった自分の不甲斐なさに、
ジャスティンは脳みそが張り詰めていたが、
それをかき消すように、
燻(XO)は車椅子を反転させた。

「・・・あ・・・・あ・・・・」

そこには、
忘れられたように、
生きている方の女が、
部屋の隅でガタガタと震えていた。
燻(XO)と目が合うと、
美しい顔が恐怖でさらに崩れた。

「お・・・許しください・・・」

「んー?何がー?あんたなぁーーんも悪い事してないじゃん」

「誰にも・・・話しませんから・・・・命・・・だけ・・・は・・・・」

ガタガタと、
血の気という血の気が引き、
体温が氷点下にまで下がったような表情で、
女は命乞いをした。
そして、
ジャスティンにもその女の気持ちは分かった。

あの女は殺される。
間違いなく。
目の前のクソ野郎の手によって。

「命が欲しいのー?」

クソ野郎は、
楽しそうに笑っていた。

「だーーーーーめぇ♪」

その表情は、
見えなかったが、
愉悦の限りを尽くしていた。

「俺ってさぁ、超超、超がつくほど潔癖症なわーーけーー♪。
 残務処理はかかさねぇ。ハッキリと仕事が片付いてないと落ち着かねぇわけよ」

「そんな・・・」

逃げたくても、
恐怖だけでその女は身動き一つできないようだった。
部屋の隅でガタガタガタガタと震える。
そして、
その目の前に、
逃げ場ないように、
燻(XO)が車椅子で立ちはだかった。
立っていないが、
立ちはだかった。

「まぁまぁ♪そんな怯えるなよ。"死ぬのは初めてか?"・・・だよなー♪
 だっじょぶだっじょぶ!怖くないよ!女の子は初体験はちょっと痛いだけだって」

「いやだ・・・死にたく・・・・」

「うっせ」

ガツンッ、
と、
小さく、
それでいて短く、
ハッキリと、
石がぶつかるような音。
それは、
燻(XO)がその女性の顔を殴った音だった。

「・・・・あ・・・あうあ・・・・」

その女性の鼻から、
壊れた蛇口のように鼻血が流れ落ちた。
美しい顔を一瞬で汚すように。
クソ野郎は、
その美貌の女性の鼻っ面に、
迷いなく、
躊躇無く、
ど真ん中に、
もう一度軽く拳を打ち込んだ。

「や・・やめ・・・」

「あーららぁ、きったないのー。大事なおべべが台無しじゃない?
 服を汚しちゃダメってママに教えてもらわなかったのか?このド畜生」

ダラダラと、
芸術を汚すように、
だが壊しきらぬようにそこだけ、
鼻だけから流血がとめどなく。

「綺麗なお顔が台無しねー♪・・・ウフフ・・・ひっでぇ顔!何それ?ブサイクに逆整形?
 アヒャヒャヒャヒャ!ま、大丈夫大丈夫。この俺、燻(XO)様はな、
 アマ公は顔で判断せずに、その心を愛そうと努力する紳士ですからー♪」

聞き苦しい、
ド畜生の笑い声がこだまし、
そして、
燻(XO)は、
脳みそが腐りきって愉快に狂ってるクソ野郎は、
怯え、
涙ぐむその女性の唇に、
自分の紫の唇を這わせた。

「うーー!!うーー!!」

女は、
涙をボロボロと零しながら、
小さな小さな抵抗を唸っていたが、

それは、
いつの間にか、
疲れたように、
収まっていた。

ジャスティンは何が起こっているのか、
荒唐無稽な状況に思考が追いついていなかったが、
時間は進んでいた。
それに気付いたのは、

その部屋の隅。
その部屋の角の壁が、
美しく赤く一瞬で塗り染められたからだった。

いつの間にか、
女性の腹部は無かった。
"無かった"
どこに行ってしまったのかなんて疑問などおこらないほどに、
消えてなくなっていて、
そこから血液が惜しみなく飛び散ったのだった。

腹腰部という繋ぎ目が無くなった女性の下半身は、
血の海の中でゴロンと横に転がった。

「・・・・・んー。おいしいオヤスミのチューだったねぇ」

燻(XO)が紫の唇を離すと、
女性は、
涙を血ほどに流しつくしながら、
表情が固まっているかのようだった。
上半身も捨てられたかのようにドボンと血の海に落ちた。

部屋の隅の血の海。
そこにあったのは、
すでに冷たい女性の下半身と上半身。
真っ赤に、
赤く塗りつぶされていた。

「ウフフ・・・あっちの子と違ってお腹だけ吹っ飛ばしたのは正解だったな。ヒハハハ!
 女の体で性処理に使えないのはソコだけだからな。持って帰って再利用再利用♪」

紫の髪の下で、
燻(XO)の細長い舌がペロリと這い回った。

「ん。あらら、わりぃわりぃ。自分勝手はハッキリよくないな。お待たせド畜生」

車椅子を反転させ、
最鬼畜クソ野郎は、
またこちらを向いた。
それだけで、
血の気がひくほどに寒気がした。

「・・・・・・・・このっ・・・・」

「クソ野郎ッ!!・・・・ってか?ヒヒヒヒ!」

ゾッとするし、
ヘドが出そうになる。
態度・・・・だけじゃなく、
恐怖。
正直・・・・やはり・・・

逃げ出したくもなった。

「もっと呼んでくれよ♪それが俺の名前だ。愛情を持ってXO(クソ)って呼んでくれ」

勝て・・・ない。
いや、
勝てない云々よりも、
一方的に、
抵抗も出来ないほど徹底的に、
むしろ抵抗ほど快楽に、
・・・・・100%殺される。
勝ち目もなく、
オモチャの人形のように・・・

"命を弄ばれる"

容赦もなければ、
根本から"根絶的に容赦がない"
外に居たシドとは真逆。
あまりにも分かりやすい。

完全に心から殺人を楽しむタイプ。
理由もなく人を殺すタイプで、
慈悲もなく人を殺せるタイプ。

アインハルトとも違う。
人の命を玩具として玩ぶにしても、
消費することに心からの笑顔を得るタイプで、
殺人が快感の鬼畜な腐ったドサド野郎。

「・・・・・俺はこの人生・・・てめぇほど毛ほどにも好きになれねぇ奴は初めてだよ」

「あらそ、片思いはツラいッスわ。ウフフ・・・・」

カラリと、
少しだけ車輪を回し、
少しだけ詰め寄ってくる燻(XO)。
怖気づいた。
そうとられてもしょうがない。
事実そうなのだから。

こいつは・・・

ヤバい。

「怯えんなよ。キヒヒ・・・・♪・・・俺、傷ついちゃうじゃない」

紫の髪が、
柳のように、
ただ真っ直ぐ水が流れるが如く、
いや、水を被ったかのように、
整った様子もなく美しく流れる。

その紫色の畜生が、
さらに車椅子を前に出す。

「・・・・・くっ・・・」

何に。
何に警戒すればいい。
あの隙だらけのクソ野郎の、
何に怯えればいい。

車椅子。
両足が不自由と言っていた。
それは本当だろう。
そして、
武器を所持していない。
ならば魔術師か?

この男は、
何をどうやって人を殺している。

外の大量の死体を見ても、
たった今殺人現場を見ても、
この畜生の攻撃方法が分からない。

分からない事がこんなにも恐怖だと思わなかった。

攻撃方法だけじゃない。
こいつの思考回路。
脳みそ。
性癖。
異常以上の異状。

理解さえ出来ないこの男の、
存在が怖い。

「このっ・・・・」

だから、
恐怖に身を任せ、
攻撃に移るしかなかった。

燻(XO)とジャスティンしかいないこの狭い空間。
リベレーションは使えない。
女神を召還する媒体がいない。
ならば、
ホーリーストライク。
いや、
"なんでもいい、当たれ"
当たってくれ。

恐怖で思考は停止。
我武者羅にただ攻撃を・・・

鎌を振り上げていた。
考える間もなく。

「え・・・」

ただ、
振り上げたはずの鎌は、
振り上げられていなかった。
ジャスティンの右腕に、
鎌は握られていなかった。

「・・・え・・・あ・・・・・」

何がどうなったか、
何一つ気付かなかった。
それを視覚して、
ようやく気付いた。

「ああああああああああ!」

右腕が

ない。

いつの間に。
まるで最初から無かったかのように、
ジャスティンの右腕は、
肩口からまるまる存在していなかった。

鎌がカランカランと地面に落ちる音がした。
腕。
無い。
無い。
今・・・
今無くなったのか?
いつ?
どうやって?

認識するのと同時。
血液の脈動のテンポに合わせて、
肩口から血が噴出した。

「・・・・ぐっ・・・うう・・・・」

「驚いてるか?怖いのか?泣いてるのか?死にたいのか?ウフフ・・・・
 笑えないのか!?考えたくないのか!?理解出来ないのか!?アヒャヒャヒャヒャ!」

何が起こったか分からないジャスティン。
それと相対的に、
燻(XO)はさも楽しそうに。
楽しそうに楽しそうに楽しそうに笑った。

「エハハハハッ!右手(恋人)が突然居なくなってビックリしたんだろ?
 怖かったろ?驚いたろ?泣きたいんだろ?泣いたっていいさ。泣いちゃえよ。
 ほれ泣け、すぐ泣け、今泣け、泣いちゃえ泣いちゃえ、ママーン!ってな!」

生理的に受け付けない笑い声がこだまする。
ジャスティンは、
ヨロヨロと後退した。
後ろに壁にぶつかって驚いた。
それほど周りが見えていない。
状況についていけてなくて、
そして恐怖していた。

右腕は無くなっていて、
左腕はまだ骨折でギプスを吊っていた。

「手も足も出ないねぇ。ウフフ・・・・もうすぐバスケットケースの完成だな」

「・・・・・・ぐっ・・・・」

「あぁ、そういやよ。バスケットケースって知ってるか?なぁ、バスケットケースだ」

ケタケタと、
笑い、
笑うクソ畜生。
きめ細かい紫の長髪がユサユサ揺れていた。

「おっと、隠語で俗語だ。つーかスラングか。知ってても公で使うことはオススメしない言葉だ。
 意味も知らないでバスケットケースバスケットケースって言葉を連呼してる奴はクソ野郎だと思う。
 頭がハッピーで狂ってる大馬鹿野郎だ。不謹慎にもほどがあるってもんだ。つまり俺の事だけど♪」

車椅子の上で、
燻(XO)は両手を広げて笑い、
その不謹慎を楽しそうに語る。

「バスケットケースってのはつまり、障害者や精神異常者。差別用語だな。
 ウフフ・・・・いやま、何よりそれの意味してる正しい意味は"だるま"だろうな」

「・・・・だるま?」

「五体不満足って意味だよ」

ウケケケケと、
楽しそうに、
クソみたいに笑うクソ野郎。

「バスケットケースってのはつまり、バスケットケースって意味だ。
 籠(かご)に放り込んでしまわなきゃどーしようもない奴って意味だ。
 両手両足の無い、そーいうダルマ野郎の事を指す言葉なわけ。ウフフ。
 ダルマみてぇに両手両足の無い、行動不能の五体不満足。それだ。それだよ」

「・・・・・それを軽々しく楽しそうに語るてめぇが精神異常者だ」

クソの腐ったような野郎だ。
そんな、
そーいう事を、
楽しそうに、
さも自慢げに語るこいつは、
正真正銘のクソ野郎だ。

クソ野郎っていうのは・・・、
こーゆー脳みその腐りきった野郎は、
それさえも楽しそうに話すのだ。

「ん?あぁ、そう、そうだな。正解♪バスケットケースってぇのは身内での俺自身の呼び名でもある。
 俺は実際『バスケットケース』って呼ばれてるわけよ。あだ名で二つ名なわけ・・・
 ククッ・・・身体障害者って意味でも、精神異常者って意味でもな・・・・ウフフ・・・・ウヒャヒャヒャ!」

狂ってる。
こいつは、
自覚して楽しんでいる。
開き直ることさえなく、
ありのまま楽しんでいる。

「いや、いやいやいやいや、でもな。でもだよぉ、ハッキリきっかり二分だ。
 つまりそれは俺の事を指しているようで、俺の相手の事も指してるわけだ」

燻(XO)の相手。
・・・。
それは、
外で死んでいる奴ら。
目の前で死んでいる二人の女。
そして・・・・

「俺は自分でもヒいちゃうくらいな、ドSなドメスティックでバイオレンスな奴なわけよ♪
 相手をバスケットケース(ダルマ)にするのが大好きなわーーけーーー♪
 最高だぜ?勃起もんだ。相手の腕を剥いでよぉ、両足を吹っ飛ばしてよぉ、
 胴体と頭だけの最悪状態にして、なお、痛ぶるわけよ。甚振るわけよ・・・ウフフ・・・。
 抵抗も出来ず、ただ俺の陵辱を受け入れて、恐怖して、泣き叫んで、
 でも逃げられないし、身動きも出来ないし、目の前に立つ俺の家畜でしかない」

つまり・・・・
と付け加え、
クソ野郎は、
紫の長髪を揺らし、
目を見開き、
長い舌を紫の唇の隙間から垂れ流し、
表情を、
愉悦という愉悦で歪ませて、
嬉しそうに言う。

「まさに、『バスケットケース(手も足もでない)』」

ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!
笑い叫ぶ声。
クズだ。
カスだ。
クソ野郎だ。
その名に違わぬXO(クソ)野郎。
史上最低最悪最狂。
最終鬼畜。
X(クズ)の頂点こそを○(ヨシ)とする、
表裏一体のクソ野郎。
燻(クス)ぶらない、
いや、
燻(クソ)ぶるクソ野郎。

薫(かお)るほどに臭い燻(クソ)。
香らず薫り、
"火"で、
"薫"りを燻(いぶ)して、
"燻製(くんせい)"になっちまった極地野郎。

「うまいこと言ったろ?」

ニヤニヤ、
ケタケタと笑う、
車椅子のクソ野郎。

「てめぇは今から、両手両足をもがれ、二つの意味で手も足も出ないダルマ野郎になるんだよ。
 逃げようにも足は無く、反抗しようにも両手がない。そんな状態にな。やったなド畜生!」

五体不満足(手も足もでない)・・・・か。
クソ野郎め。

「・・・・・・・・」

ジャスティンは、
血の気が引いていた。
目の前にいる、
世界最悪。
いや、
世界最低のクソ野郎の、
圧倒的なほどの鬼畜さと、
圧倒的なほどの戦力さ。
そして、

自分の置かれている、
圧倒的なほどの絶望的な状況に。

「・・・・・運命か」

付け根から無くなった右腕。
血液が脈動のテンポで噴出す。
左腕は、
骨折でギプスを吊っている。
両手。
両腕。

手が出ない。
出せない。

あまりにも、
あまりにも・・・・絶望的。

「だが・・・・」

だが、
ジャスティンはその、
その左腕。
その左腕のギプスを・・・・

背後の壁に叩きつけた。

「俺はダルマじゃねぇ」

ギプスは、
コンクリートの破片をパラパラと零し、
割れ零れ、
包帯と共に落ち捨てられた。

「手も出せれば足も出せる。何も出来ずに終わるなんてのが運命なんて・・・俺は認めない」

自ら砕いた左腕のギプス。
紫色に変色しており、
明らかに完治していないのが分かった。
あまりにも痛々しかった。
だが、
ジャスティンはその左手で、
地面の鎌を拾い上げた。

「俺は諦めない」

ジャスティンは血の気が引いていた。
あまりの恐怖で。
血の気が引き、
引き、
引きつくし、

冷たく、
冷静の極みに達していた。

それは、
燃え昂ぶるほどに落ち着いていた。

「ククッ・・・・」

と、
燻(XO)は、
作りもしない正直な笑い声をあげた。

「諦めたって諦めなくたって同じなのにねぇ。てめぇは負けて死ぬ。
、陵辱と虐待の類の全てを、俺が飽きるまで犯され、死ぬ。それだけなんだぜ?
 てめぇに力はない。ウフフ・・・・・クソみたいなカスが粋がるなよ。勃起するじゃねぇか」

「てめぇに比べれば俺の力はカスでクソみたいなもんだって分かってる。
 だが、それでも力はある。諦めるわけにはいかねぇ。それが・・・クソったれの逆襲だからな」

曲線を描く形状の刃。
鎌。
ネクロスタッフは、
意志あるかのように、
真横に広げられた。
骨折した、
複雑骨折した左手で、
力なく、
それでも力強く、
握られていた。

「右腕が無くなっても左腕がある。この左腕が無くなっても両足がある。
 この両足さえなくなって、バスケットケース(ダルマ)になったって・・・
 口がある。手も足も出なくたって、鎌を咥えてでも諦めない」

「ウフフ・・・・なら全部吹っ飛ばしてやるよ・・・・」

「それでも脳みその破片の最後まで俺は諦めない」

正真正銘、
死んでも諦めない。

「俺は《MD(メジャードリーム)》、クソったれの逆襲のコルト=ジャスティンだ!
 『ハローグッバイ』は俺のセリフ。てめぇの亡骸に添えてやるよクソ野郎!!!」

小さな、
死に彩られた小さな部屋。
その中で、
クソほどの弱者と、
クソったれな強者が向かい合う。

『ハローグッバイ(別れ無き別れ)』と、
『バスケットケース(異常な紫)』


「ま、死ね」

最初に、

先に、

いや、


最後に動いたのは燻(XO)の方だった。










                 






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