俺はまぁ、
中流階級に産まれた。
いわゆる普通の家だ。
別段恵まれているわけでもないし、
別段貧しいわけでもない。

でもまぁ、
世間ではそーいう普通の家を恵まれた家庭というらしいけど、
言うならばまぁ普通の家だった。

母は昼間はパートで、
空いた時間にスポーツジムに行くのが趣味だった。
父は高収入ではないが、
日が沈む前に帰って来て、
俺達がノリ気だろうがなかろうが、
夕飯の時間まで外でキャッチボールをしてくれた。

別段変わったエピソードはないが、
それが世間では恵まれた家庭らしい。

「で、お前らどっちが兄貴なんだ?」
「一卵性なのか?」

・・・・とよく間違われたが、
俺達は双子じゃない。
だが学年は同じだ。

片方が4月に生まれ、
片方が3月に生まれただけのこと。

「その方がお前らは恵まれているんだよ」

と、
父は言った。

実際はそうなんだろう。

俺とマイケル。
ロベルトと俺の兄弟は、
双子じゃないのが恵まれていた。

同じような容姿。
同じような能力。
同じような趣味。

それらはまるで双子なのだが双子じゃない。
どこか少しづつ違っていた事が恵まれていた。

双子ならば、
何か他から差別化されていただろう。
何か他から比べられていただろう。
どちらもがどこかに優越感をもち、
どちらもがどこかに劣等感をもっていただろう。

でも、
俺達は双子じゃないから。
違う生き物だから。
恵まれていたんだと思う。

極限まで似ているのに、合わさらない。
違う人間。
それは、
自分のクローンがいるのではなく、
極限まで気の合う他人がいるという事なのだから。
それは兄弟愛じゃなく、
親友に近い。

最愛なる親友が物心付いた頃には横に居る。
それは恵まれすぎていたかもしれない。

兄弟としても、
どちらかが兄として気を張らなくていい近さ。
どちらかが弟として妥協しなくていい近さ。

もちろんそれでも苦労はあったけど、
やっぱり違う人間で。

物凄く似てるけど、
鏡のように似てるけど、
初対面の人間でも数分で見分けが付いてしまうような顔の違いで、

お互い青色が好きだったけど、
俺は濃い青色が好きで、
マイケルは透き通った青色が好きで、
俺は牛肉が好きで、
マイケルは豚肉が好きで、
俺の方が長距離は速いけど、
マイケルの方が短距離が速くて、
テストでも、結構ちょいちょいと点数が違ってて、
通信簿も、その日の夕飯を争うくらいいい勝負だけど引き分けにはならなくて、
それで、
俺はサッカーが好きで、
マイケルは野球が好きで、
でも俺も野球は嫌いじゃなくて、
マイケルもサッカーは嫌いじゃなくて、
そしてたまに一緒にバスケットボールをした。

俺とマイケルは、
双子じゃなくて、
いろいろと微妙に違ってて、
それでも最高に気があって、
親友で、
それでいて微妙な違いでケンカして、
争って、
それで、
最高のライバルだった。

最高の親友で、
最高のライバルがいつも隣にいたから、
俺達はここまでこれたんだろう。

双子じゃないけど仲がいいからセットでよく扱われるけど、
少し近しい人なら別々に考えてくれるし、
実際俺とマイケルは別々の人間だから、

俺とマイケル、
「どっちでもいいや」じゃないのが凄く恵まれていたと思った。

代理品(オルタナティブ)じゃない。
複製品(クローン)じゃない。
別々だ。

44部隊。
特にロウマ隊長がそれをよく分かってくれた。

"個"を見てくれた。
もともと個を大事にする人らしい。
俺とロベルト、
個々が個々に必要で、
それでいて認めてくれたのが凄く嬉しかった。
一生ついて行こうと決めた。
それぞれの意志で。

44部隊には他に、
サクラコとスミレコっていう姉妹がいたけど、
彼女らはとても真逆な上に似ていた。
自分らもそーいうもんなんだろうと思った。

それで、
なんだろう。

結局双子じゃないけど、
凄く近い兄弟なんだけど、
やっぱり兄弟じゃなくて、
親友で、ライバルだった。
どちらが上下というのはなくて、
それでケンカしたりするのも事実だけど、

やっぱり、
マイケルは兄弟だから大事なんじゃなくて、
親友で、
ライバルで、
これ以上に気が合う奴はいないから大事だった。
兄弟とかじゃなくて、
マイケルはマイケルとして大事だった。
きっとマイケルも同じ思いだったろう。

最高の親友でライバル。
それだけ。

それがいつも隣に用意されていたという意味で、
俺達はやっぱり恵まれていたのだろう。

同じじゃないけど近すぎる。
俺はマイケルの事をマイケルと呼んだし、
マイケルは俺の事をロベルトと呼んだ。
同じじゃないけど上下を感じるほど離れてもいない。

つまり、
ただ、
なんていうか、
何が言いたかったかって言うと、

マイケルは血とか家族とか、
"設定された宝物じゃなくて"
ただ、
マイケル自体が、俺にとって大事な存在だった。
それだけの事を、
ただ言いたかった。














----------------------------










「クソッ・・・・・」

冷静にはしていたし、
優先すべき事は他にある。
だけど、
やはり心は煮え滾っていた。

「落ち着けよ。ロベルト」

隣のエースが言う。
隣。
そこはマイケルの席だ。

「分かってる」
「あぁ、分かってるだろうな。ここまで我慢できたのは表彰もんだ。
 お前は44部隊の誇りがちゃんと分かってるし、大人に成り過ぎてる。
 だから残念ながら、マイケルの仇を討ちたくてもその前に冷静になる」
「言ってる事がチグハグだぜ」
「チグハグ?矛盾?・・・・なんか昔聞いた事ある言葉だ。
 だがまぁそれは俺の問題だから置いとくとしてだ。
 お前はお前の言うスポーツマンシップってのが出来すぎてる。
 だからこの任務において私情を挟みすぎない。だから抑えている」
「だからなんだよ」
「けど憎悪ってのは解消しなければ膨れ上がり続けるもんだ」
「・・・・・・」
「だからまだ堪えろ。落ち着け。冷静になれ」

分かってる。
だからこそ、
ここまで堪えた。
スザク、ツバサ。
あいつらを殺したくてしょうがないが、
堪えてきた。
堪える事が出来るほど落ち着く事が出来る・・・・それは逆に哀しい事かもしれないけど、
マイケルのための憎悪が増えるならそれもいいかもしれない。

「堪える必要などない」

そう、
心を握るように包み込んでくれる力強い言葉。
それは、
リングの中央に言う我らがロウマ=ハートの言葉だった。
とうとうダニエルの炎もほとんど鎮火し、
ただの枯れ果てた闘技場の真ん中に、
こちらに矛盾というマントを向けて、
ロウマ=ハートは言った。
それでも自分に言ってくれてる事は分かった。

「いつもこのロウマは言っているだろう。己がために戦え・・・とな。
 44部隊である前にお前はロベルト=リーガーだろう。個として戦え」

「・・・・でもロウマ隊長」

「それでも個の前に44部隊というものが来るならば、命令だ。
 個として、己がために戦え。隊長命令だ。違反は許さん」

本当に・・・
本当にこの人は最高の人だ。
部隊であるのに、
部隊として生きたいのに、
個人として扱ってくれる。
最高の矛盾だ。
自分達を自分の部下として、
部隊として見てくれているのに個人として見てくれる。
矛盾。
矛盾ばかりを背負う。
最高の人だ。

「分かりましたロウマ隊長。でもだからこそ、自分の行動は自分で決めます」

「ふん」

何も、
言葉にも表情にも行動にも表していないのに、
その返事に思いが伝わってくる。
素晴らしい矛盾。
心地よい。
この人とために戦いたいのに束縛してくれない。
こんな矛盾。
ならば自分勝手に束縛されよう。

自分は、
あなたがために生きる。

あなたが矛盾を背負うならば、
この俺の矛盾もそのまま背負ってくれ。

「そっちの御託はその辺にしといてくれよロウマ」

リングの中央で、
ギルヴァングはロウマに向かってニタニタ笑った。

「俺様今、メチャ燃えてるわけよ。こうテンションっつーのか?
 血が巡って巡ってアドレナリンが全身で爆発してるような気分なんだ」

「・・・・・ふん」

「分かるか?分かって欲しいな。分かって欲しいぜこの昂ぶりをよぉおおお!
 漢ならぁあああ!これで燃えなきゃおかしいよなあああ!
 メチャ燃えるべきだ!強敵との戦いで燃えなきゃメチャ漢とは言えんぜ!!!」

そう言いがてら、
ギルヴァングはその手入れもしてない伸びきった爪先をロウマに向けた。

「御託もいい。理由もいい。やろう!やろうぜコンニャロォオオオオ!!!
 テメェは俺様が認めた最強の漢だ!そして俺様はそれを超える最強の漢だ!!
 武力!パワー!破壊力!!人間最強をここで決めようぜゴラァァァアアアア!!!!」

揺れる。
ギルヴァングが叫ぶだけで闘技場が揺れる。
空気が揺れる。
ギルヴァングの登場の際に砕けたリングの破片が、
カタカタと震える。
まるで恐怖で震えるように、
まるで周りの無機物さえも武者震いをするかのように。

「・・・・・来い」

ロウマはその巨槍を広げ、
片方で100キロを超えそうなその槍を雄雄しく両腕に広げ、

「これもこのロウマの己が戦い。個人的な戦いだ。最強になろうと思ってなったわけではないが、
 強くなろうとした結果手に入れたものであればそれは誇りであり、守り通すものだ。
 お前も強き者。ならばこのロウマ自身がため、正面から堂々と喰ってやる」

「おっしゃあぁあ!!!ドッゴラァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

ギルヴァングの雄たけびが開戦の合図。
ギルヴァングが飛び出した。
地面を蹴り飛ばす。
飛び込んだだけなのに、
ギルヴァングが立っていた地面は、
その衝撃で弾け飛んだ。
どれほどの脚力をしているのか。
それは想像を絶する。
人類、
いや、
マイソシア最強の身体能力を有するギルヴァング=ギャラクティカにとって、
無機物は脆すぎる。

「俺様の方が食ってやんぜぇええああああああ!!!」

サイ?イノシシ?はたまたライオン?またはゾウ?
最強の人間、
野獣の如く、百獣かつ、百属の王。
その獰猛なる体をただ猪突猛進。
誰がガードなどできる。
家一件くらいフッ飛ばしそうなのは見て取れる。
そんな男、
そんな勢い、
ギルヴァングが突っ込む。

「来い」

だが、
ロウマは避けもしない。
真正面から受ける。
巨槍二つをまるで門が如くクロスさせ、
真正面からそれを受ける。

「ドッゴラァアアアアアアアア!!!」

ギルヴァングの超ド級、
超ヘヴィー級のドストレートが、
そのクロスされた巨槍のド真ん中に突き刺さる。

「ぬ・・・」

音が・・・聞こえなかった。
あまりに重過ぎるその拳。
その勢い。
音は低すぎて、
まるで闘技場全体が破裂したかのように響いただけだった。

「なっ・・・」
「ロウマ隊長が・・・」

初めて見た者もいただろう。
それぐらい奇異な現象。
ロウマが吹っ飛んだ。
いや、
食らったわけではない。
ガードし、
受けきったが、
ギルヴァングの拳が強烈すぎて、
ロウマはリングに二本のラインを引きながら、
リングを両足で削りながら、
後ろへ吹き飛ばされた。

「あれがギルヴァング将軍か・・・」
「ロウマ隊長に一番近い存在ってのは伊達じゃないって事だな」

かと言って、
ロウマにダメージがあるわけではない。
そのままその巨体を後方へ吹き飛ばされただけだ。
ガードした体勢のまま、
何も変わりはない。

「!?」

「ダァラアアアアアアアア!!!」

だが、
ギルヴァングはすでに次の行動をとっていた。
猪突猛進。
野獣のように、
獣のように、
脳みそなんて必要ないかのように突っ込んできた。

「俺様のパワーを体に刻みやがれロウマァァアアア!!!!」

あまりに不意で、
さらに一撃目の反動が大き過ぎて、
世界最強ロウマ=ハートとて、
その硬直で咄嗟には動けなかった。

そんなロウマの目の前に、
ギルヴァングが突っ込んでくる。
そして、

「漢のロマンはっ!!!!」

ロウマの目の前、
踏み込みだけで石畳が窪み、砕ける。
振りかぶられたギルヴァングの豪腕。

「破壊力ぁあああああああああああああ!!!!!!!」

「ごはっ・・・」

重い、
重い超打撃。
言葉の通り、破壊力。
それしか目に付かないほどのド級の破壊拳。
それが、
ロウマの槍の隙間を潜り抜け、
斜め下から斜め上に、
さながらアッパー。
ロウマの体の中心、
正中線のド真ん中に突き刺さった。

威力、
破壊力。
それは・・・誰もが始めて見るもので、
誰もが一瞬で見てとれて、
誰もが目を疑った。

世界最強ロウマ=ハート。
2mを超える巨体。
その2本の巨槍や鎧を含めると、
300キロは軽く超えている。

いや、
それ以上に彼は世界最強。
『矛盾のスサノオ』ロウマ=ハートなのだ。
その最強が・・・

ぶっ飛んだ。

吹き飛んだ。

ロウマがまるでミサイルのようにぶっ飛ばされたのだ。
ロウマはそのまま、
リングの端どころか、
この広い闘技場の観客席まで真っ直ぐ吹っ飛び、
闘技場の一角に突き刺さった。

闘技場は粉塵をぶち撒け、
破片が爆発したように吹き飛び、
スタジアムの観客席の一角は、
一瞬でクレーターに変化した。

「お、おいおい・・・ギルヴァング隊長ってここまで強かったのか!?」

スザクは、
眼帯の付いてない方の目を限界まで見開き、
その光景に唖然とした。
ギルヴァングの強さよりも、
ロウマがやられているシーンなど、
ツチノコよりも珍しい場面だ。

「ふん。身体能力なら間違いなく世界最強だ。うちの隊長はな」
「いや、そりゃよぉ・・・あの人は2秒で家一件さら地にしちまうけどよぉ、
 相手はあのロウマだぜ!?あのロウマを数十メートル吹っ飛ばしたんだぞ!?」
「知らんのか?」
「・・・・な、何をだよ」
「あの人のあの本気の拳。あれを前食らった奴は"原型が無くなったぞ"」
「は?」
「腰より上が爆発したみたいに消し飛んだんだ」
「・・・・・ヒャッホイ・・・」
「あれが大陸まで破壊しちまうとまで比喩された漢。
 『グランドスラム(破壊制覇者)』ギルヴァング=ギャラクティカだ」

地上にはもう、
ギルヴァングの能力を包める物体がない。
生物だろうが鉱物だろうが地殻だろうが、
破壊できないものが無い。
彼にとって、
全てのものは脆すぎる。
最強のパワー。
最強の身体能力を手にした男。

「おいおい・・・・」

さすがのエースも言葉を無くした。

「俺ぁ、隊長がヒザを付いた姿さえまず見る事なかったってのによぉ・・・・」
「たしかギルヴァング将軍ってナックルの師匠だったよな・・・」
「『壊し屋(ブレイカー)』の師は"破壊神"ってか・・・」
「騎士団長がロウマ隊長と同じ地位を与えるのもさすがに納得しちゃうぜ・・・・」

絶騎将軍(ジャガーノート)
アインハルトが手足として用意した最強の人間達。
その中でも、
ジャンヌダルキエルとは違う、
アインハルトが直々、
王国騎士団から選んだ4人。
アインハルトとて殺すには惜しいと思ったのであろう、
わざわざ生かし必要とされた4人。
ロウマ=ハート、
ピルゲン=ブラフォード、
燻(XO)、
そしてギルヴァング=ギャラクティカ。

世界最強が4人。

その一人ギルヴァングは、
またもう一人、
ロウマ=ハートを場外まで吹き飛ばした。

観客的に着弾したロウマは、
砂煙で姿さえ見えなかった。

「あんなのを隠し飼われていたなんてな・・・」
「でもあれだな」
「ん?」
「それでも・・・・な?」
「あぁ、そうだな」

心配には及ばない。
砂煙が晴れる。
その観客席の一角。

「・・・・・・ふん」

ロウマ=ハートはそこに立っていた。
堂々と。
首を確認するようにコキコキと鳴らす。
まるで、
まるでノーダメージのように。
いや、
ダメージはあるはずだ。
吹き飛んだのだ。
直撃を食らったのだ。
ダメージが無いわけではないだろう。
・・・・・。
・・・・と、ただ信じたい。
願望にまで変わりそうなほど、
ロウマはただそこにあるがまま立っていた。

「そうこねぇとな!!メチャ燃えるぜロウマァアアアアア!!!!」

「ふん。このロウマが平気そうな割に嬉しそうだな」

「ギャハハハ!!!これぐらいでくたばったらロウマ=ハートじゃねぇだろ!
 そんなんじゃ俺の認める最強なんかじゃねぇ!そうだろ!?アァァアア!!??」

「そうだな」

ロウマは相変わらず無表情。
ナイフのように鋭い眉さえ少しも動かさない。
だが、
少し笑ったように見えた。

「これも己が戦い。敵を倒す戦いでなく、己を成長させるための戦い。
 ギルヴァング。お前は確かにこのロウマをさらに成長させてくれるに値する相手だろう。
 本気を出せるかもしれない。そしてさらに100%の先を目指せるかもしれない」

やまない欲求。
追求する最強。
成長する無敵。
ただ自分を、
さらに強く、
さらに己のために、
さらに、さらに、さらに。
世界最強ロウマ=ハートは、
最強の地位についてなお、
無限なる挑戦者であり続ける。

「全力振り絞れロウマ・・・それに全力でぶつかってこそ!漢のバトルだろ!!!
 最上級の最大バトル!そりゃぁメチャ燃えるよなぁあ!!漢のロマンだゴラァアア!!!!
 理屈じゃねぇ!搭載された漢の本能!!漢の欲求だ!!それが漢だゴラァアアアアアア!!!」

「ふん。その通りかもしれんな」

「しゃぁああああ!!!超ド真ん中直球!超ガチンコな真っ向勝負といこうか!!!
 来い・・・・来いやロウマァアアア!!!全力をぶつけてこやぁああああああああ!!!!」

「あぁ」

ロウマは右腕を振り上げた。
その高き観客席で、
巨大な槍を振り上げた。

「思う存分・・・喰ってやる」

投げられた。
右腕の巨槍。
ハイランダーランス。
それが投げられた。
リング中央に向かって。
さながら・・・
さながらミサイル。
さながらロケット。
さながら核弾頭。

それは一瞬でリング中央に到達し、
ギルヴァングに足元に突き刺さると同時に、

「のぁあああ!!?」

炸裂した。
爆発した。
投げられた巨大な槍が、
突き刺さると同時に爆発した。
ハボックショック。
いや、スキルなどではないかもしれない。
ただ、
その威力だけで爆発が起こったのじゃないかとも思える。
ロウマが投げれば、
もうそれはそれだけでミサイルに成り得る。

「効くか馬鹿野郎がよぉおおおおお!!!」

ハボックショックの爆心地から、
両腕をクロスさせたギルヴァングが姿を現す。
戦闘を楽しんでいる顔が現れる。

「効くまでやってやる」

観客席から、
ロウマのその巨体が舞う。
その巨体が、
何故あぁも鮮やかに動くのか、

「喰い尽すまでな」

ただひと蹴りで、
観客席からリングの中央まで突っ込んで行く最強。
左手にはもう一つの巨槍。
ドラゴンライダーランス。

「来いや!!ドッゴラアアアアアア!!!!」









「すっげぇな」
「ついてけるレベルじゃぁないな」

エースはフッと笑った。
諦めというか、
もうロウマとギルヴァング。
彼らより劣っている事を素直に受け止められる。
それほどの次元の違い。

「それよりロベルト」
「ん?」
「お呼びだぜ」

エースが顔も動かさず、
視線を動かす。
その先。
リングの端。
リングの外。
53部隊。
スザクとツバサ。

「あの野郎ども・・・・」

ツバサは冷たい流し目。
そしてスザクが、
その眼帯付きの表情をニタニタと緩ませ、
中指で挑発してきた。

「来いよ・・・って言ってるぜ?」
「・・・・・野郎・・・野郎ッ!!」

憎悪が湧き出る。
また噴出す。
栓をしていたのに、
間欠泉がまた開く。

「マイケルをあんなんにしてくれやがって・・・絶対・・・絶対・・・」
「待てよ」
「今更まだ止めるかエース!?」
「ちげぇよ」

エースはロベルトの肩に手を置く。
そして視線は奴ら。
53部隊。

「何もマイケルやられて腹立ってるのはお前だけじゃない。なぁ、スミレコ、スモーガス」

視線を合わせなかったが、
すぐ上。
観客席に居たスミレコとスモーガス。

「シュコー・・・コー・・・」
「・・・・・どうだか。でもいい気分がしてないのは事実」
「っとまぁそういう事だロベルト」
「・・・・・」
「今年に入ってからよぉ、グレイ、ダ=フイ、サクラコにヴァーティゴ。
 ナックルにカゲロウマル、ギルバートにマイケル。ハッキリ言って死にすぎだ。死にすぎなんだよ」
「・・・・」
「俺達は無敵の44部隊だ。これじゃぁ駄目だろ。最強の下は最強でなくちゃいけねぇ」
「・・・・・そうだな。俺達は44部隊。4(死)並びの44部隊だ。・・・・やってやるか」

エースとロベルト。
彼らは跳び、
闘技場の観客席の上へとあがった。

「ヒャッホイ。身の程知らずがやる気だぜツバサ」
「ふん。仲間が俺達に殺されたのを覚えていないのか馬鹿な奴らだ。
 過去を忘れ、前だけ見ているような奴らはこれだから早死にする」

ツバサとスザクも、
観客席の上へとあがった。

大きく、
闘技場の外周をとりまく大きな観客席。

「スミレコ、スモーガス」
「・・・・」
「コォー・・・」
「てめぇの能力は俺達まで巻き込んじまうから下がってろ」
「・・・・・シュコォー・・・コォー・・・・分かった」
「・・・・言われなくても待機しててやるわこのクソ虫」
「・・・・・口の悪ぃ女だホント」
「じゃぁやるか。エース」
「あぁ」

エースは、
棺桶の中からハンマーと片手斧を取り出し、
両手に構える。

「行くぜおい!」
「後半戦キックオフだっ!!」

「来るぞスザク」
「あぁ、すぐ終わらすか」

エースとロベルト。
二人が観客席の上を走りこみ、
迂回するようにスザクとツバサに迫っていく。

「過去を忘れる男は、そこで死ぬ。俺の能力をもう忘れたか」

スザクは無表情のまま、
片手、
左手をコキコキと鳴らし、
硬質化させた手刀を握りこむ。

「死ね」

消える。
ツバサの姿が消え去る。
殺化ラウンドアタック。
記憶の書による転移で、
ツバサは一瞬にしてエースとロベルト。
いや、
エースの背後に移動した。

「前向きが敗因だ」

「負けてねぇのに敗因にはならねぇな!!!」

だが、
エースの背後。
エースは読んでいた。
背中の棺桶。
背中に背負う武器貯蔵庫を、盾に使う。
ツバサの鋼鉄の手刀でも、
エースの棺桶は貫けなかった。

「こしゃくな・・・・」

「この棺桶は俺の"名刺ケース"でね。金庫より堅いぜ!」

棺桶。
いつの間にかエースは棺桶を背中から離していた。
まるで変わり身のように使い、

「でぇりゃぁ!!!」

棺桶を蹴飛ばす。
それはそのままツバサにぶつかった。

「ぐっ・・・」

その重量の塊をぶつけられ、
ツバサは後ろに飛ばされる。
左腕しかないツバサには受け切れない重さだった。

「でぇりゃぁあああ!!」

その棺桶を踏み台に、
エースが飛び込む。
上からハンマーと斧を振り上げ、
ツバサへと飛び込む。

「砕けろ!墓標に名前は刻んでやるからよぉ!!」

「チィ」

ツバサは咄嗟に後ろに跳ぶ。
エースのハンマーと斧が、
観客席の地面を砕き、
跳ね上げる。

「トリプルストライク!!」

ダブルアタック。
いや、
計3度目の打撃。
片手のハンマーがすでに次の動作に移っていた。

「くそっ」

避けきれない。
ツバサは咄嗟に左腕全体を硬質化させる。

「ぐぅ・・・」

だが、
おもくそに振り切られたハンマーは、
それだけでは受けきれず、
ツバサの体はメシメシと軋みをあげながら吹き飛んだ。
そして斜めな観客席の地面に吹き飛ばされ、
叩きつけられる。

「ぐっ・・・こそっ・・・」

起き上がろうとするが、
ツバサの体が動かない。

「なんだ?」

「・・・・・・さっさと終わらしたいからね。やっぱ参加する」

振り向くと、
スミレコが地面に両手をついていた。
そこから蜘蛛の巣。
スパイダーウェブが地面を這い、
ツバサの体を地面に貼り付けていた。

「・・・多勢に無勢か」
「シビれちまいなぁあああ!!イミットスパァァァアアック!!!」

どこからか、
スザクの声が聞こえるとと共に、
電撃を帯びたイミットゲイザーが放たれてくる。

「・・・・・めんどうな害虫だ」

それはスミレコに向かっており、
スミレコはそれを避けるために地面から手を離すしかなかった。

「ヒャッホイ♪。あんたは俺の嫁にはできねぇな!こぅ、気の強いタイプがいいんでね!
 自立できてるシッカリした女が嫁候補だ。グダグダ重苦しいのは長続きしねぇ」

ニタニタと、
スザクは笑った。

「てめぇの相手は俺だろ!」

「のあっ!!」

ロベルトが跳び蹴りをスザクにお見舞いすると、
スザクは体ごと吹き飛び、
外壁へとぶつかった。

「おいスミレコ!!参加するのはいいけど蜘蛛は考えて使ってくれよ!
 チームワークだチームワーク!俺盗賊だけどカット使えないからなっ!」
「・・・・約束はしない」
「まぁもしもの時はスモーガスに任せりゃいっか」
「・・・ったく。44部隊(うち)は盗賊多い割りにまともな盗賊はいないのな」

サクラコ、
スミレコ、
ロベルト、
スモーガス、
ギルバート。
確かにまともなのがいない。

「うぉっ!」

突然の爆音。
リング中央だ。
ロウマとギルヴァングの戦い。
規模が大きすぎる。
まるでたった二人で戦争でもしているかのような規模。

「・・・・ロウマ隊長相手に真正面から戦える相手はあいつだけだろうな」
「とにかく巻き込まれないようにしないと」

「その前に死ね」

「!?」

いつの間にかエースの背後にツバサ。
また殺化ラウンドアタック。

「クソッ・・その技のせいで一息もつけねぇぜ・・・」

今、
背中に棺桶はない。
ガード出来ない。
間に合わない。

「何度も見せられりゃ分かるっての!!カバーリングだ!」

だが、
ロベルトがすぐさま察知し、
いや、
読んでいて、
逆にツバサへと足を蹴り出す。

「チッ・・・・」

あと刹那あればエースを仕留められたが、
ツバサは已む無くまた距離を離す。

「逃がすか!速攻!カウンター!!」

ロベルトは爆弾ボールをトスし、
距離を離すツバサへと蹴り飛ばす。
爆弾をシュートする。

「受けるしかないか」

ツバサは距離を離しながら、
避け切れないその爆弾のシュートに備え、
体を硬質化させる。
左腕と半身。
重症は避けられるはずだ。
左手を突き出し、
爆弾を止めた。

「ごはっ!!!」

だが、
炸裂した爆弾。
それのダメージは思いのほかツバサを襲った。
ツバサは吹き飛び、
地面に叩きつけられる。

「ぐぅ・・・硬質化が弱い・・・何故だ・・・」

片ヒザをつきながら、
ツバサを歯を食いしばる。
直撃的なダメージは免れたものの、
ここまでのダメージを受けるはずがなかった。

「シュコォー・・・・コォー・・・」

近くで、
何もないところで空気の漏れる音がした。
そして気付く。
赤い霧?
赤い煙?

「チッ・・・ペパーボムか」

ペパーボム。
トウガラシ爆弾。
スモーガスによる攻撃。
いつの間にか消え、
ペパーボムの煙を漂わされていた。
硬質化が弱いのではなく、
弱められていた。

「居場所が分からなくてはラウンドアタックは使えない・・・か。
 チッ・・・補助が二人と攻撃役が二人・・・やっかいだな」

エースとロベルトが攻撃を行い、
スミレコとスモーガスがそれを補助する。
ただの多勢に無勢ではなく、
統率のとれた部隊の動き、
個で動きながら、
それぞれが個の特徴を生かしながらの戦い。

「なら一人ずつ蹴散らせばいんだよっ!!ヒャッホイ!!!」

スザクが飛び込んでいた。
エースへだ。
一番のアタッカーで、
一番動きが遅いエースを狙う。
修道士であるスザクとツバサは最初からそれを狙っていたようだ。

「ケッ・・・なめられたもんだ。俺は1対2でも負けるつもりはなかったんだがな」

飛び込んでくるスザク。
右手には炎。
炎の拳。
左手には稲妻。
稲妻パンチ。
火と電気。
二つの熱を併せ持つ眼帯男が、
エースへと飛び込んだ。

「だぁらぁああああ!!!」

エースはおもくそに、
そのスザクへと両腕を振り落とす。
ハンマーと斧。
重量級の二つの武器がスザクへ逆に迎え撃つ。

「ヒャッホィ!!!」

だがそれを、
避けるでもなく、
スザクは止めた。

「ぐっ・・・」

両手で、
炎と雷の両手で、
ハンマーと斧の軸の部分を掴んで止めた。

「だぁ・・・勢いだけで体の芯にきたぜ・・・だけど止めたぜ?」

スザクはハンマーと斧を掴みながら笑う。
超至近距離。
スザクの伍参と書かれた眼帯が目の前で笑う。

「あんたの連続技。もう何回も見たぜ?避けちゃだめなんだよな。
 次に繋げさせちゃ駄目なんだ。大事なのは止める事・・・そうだろ?ヒャッホイ♪」

「・・・ヘッ!お互い両腕が使えなくてどうすんだよ!蹴り合戦でもする気か?」

「バァーカ!こういう武器は・・・・」

スザクは笑う。

「電気をよく通すんじゃねぇか?ヒャッホォオオオイ!!!」

「ぐあぁぁああああ!!!」

スザクの左手。
稲妻を帯びた左手。
エースの斧を握る左手から、
電気が発散される。
それは斧を伝い、
エースの体に流れ込む。

「ぐぅうううううああああ!!クソッ!!!」

「ヒャッホイ!!!効くだろ!?シビれるだろ!?そのままイッちまいなぁあああ!!!」

エースの体が感電する。
それはそうだ。
上着の内側。
その中は武器だらけだ。
金属だらけだ。
効果は絶大としか言いようがない。

「ぐぐぅうう・・・ざけんな!!全身凶器の俺はこーいう事も出来るんだぜ!!」

ふと、
エースは両手を離した。
止められているハンマー、斧。
それを手から離し、

「俺の武器(名前)をナメんじゃねぇぞ!!!」

すぐさま懐から、
上着の内側から武器を取り出す。
新たに取り出したのは・・・2つのダガー。

「ヒャッホイ!?」

両手のダガーで目の前を切り裂く。
スザクは咄嗟に後ろに避けた。
と同時に、
手放したハンマーと斧は地面にドスンと重い音を立てて転がった。

「どっからでも武器が出てくんなてめぇ!武器屋さんか!?」

「名前屋さんだ。だが哀しくも自分の名前がないんだ。名前欲しいよな・・・
 だから絶賛高価買取中だが、てめぇらは武器(名前)がねぇらしいから死んでくれ」

エースは両手のダガーを強く握る。

「あと言っとくけどよぉ、棺桶下ろして武器がダガー。
 てめぇらほどじゃなくても十分に速度はあるんだぜ?
 ノロマだと思うと痛い目みるぞ。名前の数だけ俺は変われるんだ」

「ふん!売り切れまでやってやるよ!!」

「おい、てめぇらをやるのは俺だぜ?」

堂々と、
ツバサと、エースにケンカを売るスザク。
その両方に言い放つのはロベルト。

「あん?てめぇは後でやってやるから黙ってろ」

「俺がやってやるっつってんだ。てめぇらは両方マイケルの仇だから」

「ヒャッホイ。理解OK。だが、てめぇに俺らを選ぶ理由はあっても、
 俺らにゃぁてめぇを選ばなきゃならねぇ理由なんざねぇんだよ」

「大丈夫。全部受け持って納得させてやるよ」

ロベルトは、
小さな球体を取り出す。
それはプクッと膨れ上がり、
ボール型爆弾へと変わり、ロベルトの足元に落ちる。

「観る物を魅了するのが『ファンタジスタ』だ。観る者は選ばない。
 誰もをトリコにしてこそ『ファンタジスタ』だからな。行くぜ?ゴールして(仕留めて)やるよ」



















「コロ・・・・ス・・・・・・・・」

「避けろ!ツバメ!イスカ!ダニエル!」
「え!?何?」
「ぬ?」
「なんだぁ?」

呼ばれ、
反射的にイスカ達は避けの動作に入ったが、
何の事か分からなかった。
ただ、
何か閃光が走ったように見えた。
風が頬を横切る。

「え・・・」

ツバメの髪の端が、
切り取られ、宙を舞っていた。

「何!?何なの?!」

「・・・・・ギ・・・・」

気付くと、
逆方向。
先ほどまでと全く違う位置に・・・・
エンツォ=バレットは居た。
機械化した左手。
その甲に付いているナイフを振り切っていた。

「今の一瞬で・・・動いたというのか?」
「イスカ嬢やうちの暗殺技みたいなもん?」
「違ぇよ・・・あいつはただ走って斬った。それだけだ」
「誠か?」
「・・・・・マジ?」

「ア・・・・ギ・・・・・」

エンツォ。
額にドジャーのダガーを突き刺したまま、
何かキョロキョロと辺りを見渡していた。
機械レンズになっている左目がビシビシとショートし、
まるで機械で出来た野生の獣のようだった。
血の抜けた白髪は、
まるで作り物の人形のようにさえ見えた。

「というより・・・あいつはどうなっておるのだ?」
「ヒャハハ!頭にダガー刺さってんじゃねぇか!あれドジャっちのだろ?」
「殺した・・・つもりだったけどな。カッ・・仕留め損ねたみてぇだな。
 まだ信じられねぇよ。どんだけしつけぇんだあいつは」
「・・・・・と言っても、正常に動作しているようには見えんな」
「故障したロボットみたいだねぇ」

もともと一年前、
ドジャーにやられ、死亡の淵まで行ったエンツォ。
その時点で肉体で生きる事は不可能で、
ドラグノフの手により、
半機械化して生き延びた。
生命活動は機械によって生かされているサイボーグ。
血液の半分はオイルで、
血が抜けて肌は白く、
血が抜けて髪も白く、
そして生かされている。
今なお、
額に刃物が刺さっても、
機械によって生かされている。

「・・・・ギ・・・・」

視線が合ってない。
考えて動いているという感じではない。
脳が動き、行動している・・・・機械のようにプログラムで動いている。
そんな感じだった。

「・・・・ドジャ・・・コ・・・ス・・・・・・最速・・・・サイ・・・・」

「ただ、脳内に生きている思考回路、まだ残っている電気信号のみで動いている。そんな感じだな」
「小難しい事は拙者苦手だが、つまりそれは本能という事ではないか?」
「そういう事だねぇ」

「コロ・・・・」

「!?・・・・おめぇら俺から離れろ!!」

「・・・ジャ!コロ・・・・ス!!」

動いた。
機械化したサイボーグは壊れた野獣のように、
飛び掛ってきた。

「やっぱ狙いは俺か・・・・」

馬鹿のように。
だが、
ただ真っ直ぐ最速に。
エンツォは走りこんでくる。
白い髪が逆になびく。

「・・・・ギ・・・ガ・・・・」

「チッ・・・」

それをなんとかかわす。
エンツォは闘牛のように、
だが最速に。
ドジャーに一直線に向かい、
通り過ぎる。
それだけだった。

「・・・・ア・・・イ?・・・・ギ・・・・・」


通り過ぎるとまたキョロキョロとエンツォはあたりを見回し、
そして何を思ったのか、
右腕のライフルを振り回し始めた。

「ア゙ー!!・・・・コロス!!ハヤ・・・コロ・・・スッ!!!」

右腕を振り回しながら、
ライフルを乱射する。
パンッパンッと撃ち回す。
狙いもクソも、
あさっての方向に撃ち回してるだけだ。

「本能ねぇ・・・ドジャっち。つまるとこありゃぁドジャっちだけを狙ってるな♪」
「・・・カッ・・・そういうことだな」
「悪いけどさ」
「ん?」
「うちは全然あいつの動き、目で追えないわ」

そりゃそうだろう。
ドジャーでさえ出来るか出来ないかだ。
4度対峙してきたが、
動いてるエンツォを捉える事が出来たのはドジャーだけだ。
否、
ドジャーだからこそ出来た。

「いや・・・まぁ・・・」

ドジャーは苦笑いをしながら視線を変える。
リングの中央。
そこではロウマとギルヴァングが人外的な戦いを繰り広げていた。

「ロウマは簡単に捕まえてたか・・・・」
「ってかなんなのあの二人?」
「だな。闘技場を壊すつもりか?」

繰り広げられるロウマとギルヴァングの戦い。
また地面が跳ね上がった。
爆発した。
まるで戦争だ。
ギルヴァングが吹っ飛ぶ。
だがこらえたと思うとロウマが詰める。
気付くと今度は・・・
とまぁもうついていけない。

「リングが見る影もないな」
「ヒャハハハハ!!大闘技場がまるで瓦礫の山じゃねぇか!」
「どうやったら地面がなくなってくんだよ」

こんなリングなんかじゃ。
こんな・・・
いや、
自然や人工なんていうものでは、
ロウマやギルヴァングには脆すぎる。
それだけだった。

「まさかとは思うが」

イスカは片目を瞑り、
片目だけ上方を見た。
パラパラ・・・と、
砂埃のようなものが落ちてきている。

「・・・・すでに闘技場が悲鳴をあげてきている」
「うへぁ!?お侍っち!闘技場としゃべれるのか!?」
「違う。阿呆かお主は。もしかしたらだが、闘技場が崩れ去るのも時間の問題と言ったのだ」
「こんな闘技場に収まる器じゃないって事だね」
「はた迷惑な最強共だぜ・・・・・うっ!?!?」

突如、
ダニエル、イスカ、ツバメの目の前からドジャーの姿が無くなった。
転送されたように。

「このっ!」

なんの事もなく、
エンツォが超高速でドジャーに突進し、
体ごとぶつかったのだ。

「・・・ギ・・・ァ・・・・ギ・・・・」

「止まったりいきなり動いたり・・・ネジ巻き人形かてめぇわ!」

左手に装着されているナイフが、
ドジャーの腹部を狙っていたが、
体ごとぶつかる瞬間咄嗟にドジャーは自分のダガーで防いだ。
結局、
エンツォに体ごと運ばれる形にはなったが。

「邪魔だどけ馬鹿!!」

エンツォを蹴り飛ばす。
エンツォは受身の取り方も知らないように、
高速移動の状態から転倒する。
ドジャーも同じだ。

「・・・・・ィ・・・・ガ・・・・」

エンツォは額にダガーの刺さったまま、
またキョロキョロと、
脳内にエラーが発生したように馬鹿になる。

「さっさと壊すか。今までと違って隙はある」

捉えられない最速。
だが今のエンツォはネジ巻き人形。
動かない時の最速など最速ではない。
ドジャーは両手のダガーを握り締める。

「だが、馬鹿になってる分、0か100の動きしかしねぇようだ。注意はしねぇとな」

完全停止の状態か、
誰にも止められない世界最速の状態。
その二択。
簡単にやっかいでもある。

「止まっている時にやっちまうしかねぇ。長引けば長引くほど面倒に・・・・・」

「のぁああああああああああ!!!!?」

「!?」

ビックリした。
エンツォじゃない。
違う方向から、
何かでっかい塊が飛んできて、
ドジャーの目の前を通過した。

「がっ!!」

それは、
ギルヴァングだった。
ロウマほどではないにしろ、
その大きな体がボールのように吹っ飛んできて、
観客席下の壁に衝突した。
壁が爆発したかのように砕ける。

「チクショゥ!!チクショゥゴラァアアアアアアアアアア!!!」

野獣が、
壁から顔を出して叫ぶ。

「来いダラァアアアア!!!こんなもんじゃ俺は死なねぇぞロウマァアアアア!!!!」

「ふん」

リングの中央で、
ロウマが槍を構えていた。
・・・・。

「お、おい!?」

それにギルヴァングではなく、
ドジャーだ。
ロウマが巨槍を投げようとしている。
ドジャーのすぐそこにいるギルヴァングに向かって。
巨槍。
それはミサイル。
着弾と共に爆発する遠距離型ハボックショック。

「てめぇらのスケールに俺を巻き込むなっての!!」

ドジャーの叫びなど、
というかドジャーなど見えていないかのように、
ロウマの槍は投げられた。
狙いはギルヴァングだが、
黄色信号が点滅しているのはドジャーだ。
ギルヴァングは大丈夫でも、
ドジャーは巻き添えで命が吹っ飛ぶ。

「おわっ!!?」

ドジャーは命からがら逃げ出した。
全力で。
ロウマの射出型ハボックショックが、
ギルヴァングに着弾すると爆発が起こる。
大炸裂が起こる。

「・・・・ったく」

ドジャーはその爆風にも乗り、
そのまま観客席の上にまで飛び、
着地した。

「ひでぇバトルステージだ。余所見しないと超ド級戦闘に巻き込まれてお陀仏かよ」

「ギッ・・・・」

「こっちも余所見注意だしよお・・・・」

エンツォがまた突っ込んできた。
阿呆のように真っ直ぐ、
そして最速で突っ込んでくる。
エンツォらしくもなく、
それでいてエンツォでしかない最速の高速の光速の物体。

「俺の目は二方向見るように出来てねぇんだよ!!」

ドジャーは避ける。
エンツォの攻撃だけを避けるというよりも、
そのまま逃げ出す形。
闘技場の観客席を走る。

「・・・・ァ・・・・・ゲ・・・・ギ・・・・・」

それを一定時間後、
エンツォが追いかけてくる。
最速で。

「ちょっと邪魔するぜ!」

「うぉ」
「なんだこいつら」

53部隊と44部隊が戦闘を繰り広げていたその観客席。
そのド真ん中に、
言葉通りのお邪魔します。

「・・・・ドジャ・・・・ジャ!・・・・ギャ!!!」

エンツォがドジャーにライフルを向けている。

「カカッ!!棺桶ガード!!」

ドジャーはたまたま偶然置いてあった棺桶の後ろに隠れる。
いいところに置いてあるもんだ。
銃声が3発。
それは全て棺桶にぶつかった。

「おい!!それは俺のコレクションケースだ!!」

「そりゃどうも。盾に使わせてもらった分、銃弾を飾りつけしといたぜ」

「戦闘の邪魔だ」
「ヒャッホイ!!」

ツバサとスザク。
ツバサは手を硬質化させ、
スザクは両拳に電撃を滞在させてドジャーに突っ込んできていた。

「悪ぃ悪ぃ、そう怒るなっての」

「イミットスパァアアアアク!!!」

スザクが電撃のイミットゲイザーを放ってきた。
それも棺桶に隠れて防ぐ。

「だからそれは俺のっ!!」

エースの文句など流してるうち、
棺桶の後ろ。
そこに隠れていると、
逆にその棺桶の後ろに突如ツバサが現れた。

「ったく」

硬質化された手刀がドジャーを襲い、
それをダガーで受け止めた。
棺桶の後ろだったため、
背後をとられる事が無かったのが幸い。
殺化ラウンドアタックを受け止めた。

「瞬間移動ってのは誰かさんに言わせりゃ無粋みたいだぜ?
 やるなら0.36秒でやりなさい・・・だってよ?」
「結果が同じなら変わらん」
「その通りだな。カッ、だがチートすんな。人には足がついてるんだぜ?」

ドジャーはツバサを引き剥がし、
また移動する。
自慢の俊足で。
その自慢の足を軽く超えるように、
エンツォが突っ込んでくる。

「忘れるならターゲットが俺ってプログラムを忘れてくれよマジで」

「・・・・ギ・・・・ドジャ・・・・」

「うん。いい返事だ」

馬鹿のように最速でナイフを振りかざして突っ込んでくるエンツォを、
また避ける。
言うほど簡単じゃないと誰かに伝えたい。
自分だから出来るのだと、
まぁ"だからこそ"エンツォはドジャーを狙っているわけだが。

「なぁなぁお姉ちゃん」

「なんだこのクソ芋虫が」

ドジャーはその隙にスミレコに近づく。

「カッコイイ芋虫のお願い。あの最速測定機をあんたの蜘蛛で止めてくんねぇ?
 そーすっとこの場で一番カッコイイ事うけあいな俺は助かるんだよ。体でお礼すっからよ」

「あたしは・・・アレックス部隊長以外の男なんて豚以下だと思ってる」

「んじゃアレックスをやる」

「買った」

「売った」

一瞬で交渉成立した。
通貨はアレックス。
飼育には餌代がかかるが、場所によっては高く売れるのがアレックスだ。
飯は食うけど極力働かない。
ニート・ザ・アレックス。
食ってはクソして寝るだけのウンコ製造機はこういう時に利用しなくては。

「ヒャッホイ!俺らを無視して標的変更か?」

「おめぇらの相手は俺だって言ってんだろ!!」

スザクとツバサへ、
ロベルトの爆弾が飛ぶ。

「チッ・・・」
「・・・・本当に面倒なやつだ」

ボール型爆弾の爆発を避ける事に専念させられる。
ロベルト。
修道士の彼らにとってもロベルトの俊敏さはやっかいで、
さらに近距離攻撃もできるくせに、
主は遠距離攻撃。
それも高火力ときたものだ。
攻撃の隙さえなければ、これほどバランスのとれたファイターはいない。

「スモーガス」
「シュコー・・・」
「あのノミみたいに跳ねる速い奴止めるから煙幕出して」
「コォー・・・・任務の方が優先だ」
「やれ」
「・・・・・・・・シュコー・・・・・・・」

彼の足元にボトボトと爆弾が落ちる。
スモークボム。
素直なやつだ。

「コォー・・・・言っておくが、ミストは使わないぞ」
「スモークボムで十分」

周りに煙幕が立ち込める。
煙。
スモーク。
ガス。
スモーガスの発生させた煙幕が辺りを包み込む。

「おわっ!?」
「・・・・視界が・・・」

「ちょ、スミレコ、スモーガス!」
「俺らまで見えねぇよ!!」

「別にいいんだよ。黙ってろクソ虫ども。もういいよスモーガス」
「コォー・・・シュコー・・・・」

少しの間、
煙幕で周りが何も見えなくなったと思うと、
少しずつ、
辺りの煙は晴れていった。
視界が晴れていった。
すると、

「・・・・またこれか」

全員、
近場の者は皆、足元に蜘蛛の糸が絡まっていた。
スミレコが両手を地面についている。
体中に巻きつくほどじゃないが、
無差別、
かつ広範囲なスパイダーウェブ。

「・・・・・ギ・・・・」

見えなかろうが、
どこにいようが関係ない。
足が地面についていればアウト。
皆蜘蛛の餌食だった。
『ピンクスパイダー(蜘蛛乙女)』スミレコ=コジョウイン。
その能力は、
スモーガスの視界操作と組み合わせると脅威だった。

最速のエンツォも、
動きを封じられればどうもできない。
エンツォだけじゃなく、
スザク、ツバサ、
エース、ロベルト。
ドジャーも含み、
スモーガスさえ足を蜘蛛の糸で封じられていた。

「・・・・・・これでいい?」

「十分だ」

ドジャーはニヤりと笑う。

「だがしつこく粘っこい女は嫌われるぜ?」

「大丈夫。あたしはこんなにもアレックス部隊長を愛してるんだから嫌われるわけない。
 人は愛されるだけで愛す理由に成り得るのよ。じゃなきゃ何億の人の中で恋愛は発生しないわ」

「カッ。妥協って言葉もプラスすれば本当に本質をついてる言葉だ。だが考えを改めるべきだな」

正しい理屈が正論とは限らない。
・・・とまぁ、
ストーカー女の思考回路なんかよりも、
エンツォ。
重要なのはそっちだ。

「腕が動けばチェックメイトだ」

ドジャーは両手にダガーを4本づつ、
計8本取り出す。

「エンツォ。てめぇに言葉はもう届かねぇかもしれねぇが、何度でも言うぜ。
 俺はてめぇを超えて勝とうなんて思わねぇ。てめぇが負ければそれでいいんだ。完ッ結・・・ってな」

ドジャーは両手。
それで溜めを作る。
8本のダガー。
それでまるまる串刺しにするために。

「ご馳走をくれてやる」

「おいゴラァアアアアアアアアアア!!!!!!!」

ドジャーの、
いや、
皆の耳にツーンと鼓膜が張り付く大声が轟く。
リングの中央。
ギルヴァングの声だ。

「てめぇらうっせぇぞ!漢の勝負に水を差すんじゃねぇよ!!!」

どうやらこちらに文句を言ってきているようだ。
なんつー文句だ。
お前らが勝手におっぱじめたんじゃないか。
とも思いつつ、
この隙に律儀に攻撃しない紳士的なロウマはさすがだ。

「外野に文句言う気もねぇけどよぉおおおお!!」

言ってるだろ。

「俺様、今、超メインディッシュの最中なわけだ!
 人生で待ち望んだ戦いベスト3に入る・・・・その中で堂々のトップを飾る戦いだ!」

それベスト1でいいだろ。

「だから悪ぃが・・・気が燃え滾っちまってよぉ・・・・ちょっと寝てろ!!」

ギルヴァングが、
少し息を大きく吸い込んだ。
胸が張り裂けるように膨らみ、
そして、

「ドッゴラァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

風?
いや、
勢い。
衝撃だ。
ギルヴァングの雄叫び。
台風のような雄叫び。
まるで兵器のような叫び声。
それが発せられると・・・・・

ギルヴァングが向いていた方向。
闘技場の一角。
それが・・・・潰れた。

ドジャー、
スミレコ、スモーガス、エース、ロベルト。
スザク、エース。
そしてエンツォ。

その一角にいた全員が、
声だけで、
喉から発せられた野生のバードノイズだけで、
全員観客席の斜めの地面に張り付けにされた。

全員が気を失った。

まるで爆心地のようだ。
まるでそこに巨大な鉄球でも落ちたかのように。
衝撃波。
声による衝撃波だけで全員が斜めの地面にめり込んだ。

「・・・・・これで静かになったな」

「手荒な真似をするな。ギルヴァング。
 お前の方こそ他人の戦いに水を差す男じゃないと思っていたが」

「あぁ。漢としてそんなもんはタブーだ。だけど、だけどよぉ!
 ロウマ!たった今この時!このてめぇとの戦いはそんなもん捨て置いちまうほど!
 もうなんもかんもテンションで分からなくなっちまうほど燃え上がっちまってんだよ!」

「本能か」

「あぁ。理屈抜きに戦いに熱くなる。これが漢ってもんなんだろうなぁ!!!
 どーいうもんが真の漢か?それは考えるもんじゃなく!メチャ感じるもんなんだよぉ!!!」

「ふん」

ロウマがその巨槍を振ると、
それだけで重苦しい音が響く。
空間ごと運ばれたかのように。

「分からんでもない」

「やっぞゴラァアアアアアアアアアアアア!!!!」

「何度でも言う。喰ってやる」















静かになった観客席。
マイソシアの人間達なら、
大概が恐れおおのく44部隊の4人、
殺し屋53部隊の2人。
ドジャーも含め、
ギルヴァングの「邪魔だ」という意思程度でこのざまだ。

「・・・・・・・世界は広い・・・か」

ドジャーだけは少し意識があった。
慣れっこともある。
悪運という奴か。
先刻戦ったギルバートに言わせれば、
運の流れが向いているという事。
悪くないが、

「世界は広い・・・だからあんな化け物もいるってんなら、もうちょっと狭くなれよマイソシア・・・」

立ち上がる気にはならなかった。
なんか脱力。
自分がどう足掻いたって、
帝国アルガルド騎士団にはあんな化け物がいる。
それまだ数人。
どうやったって敵わないのではないかという事を再実感させられる。

「チクショゥ・・・」

自分程度が小細工したところで、
化け物の前ではやはり小細工でしかない。
大細工ができない小物など、
道端のアリを踏むと同じで目にも入らず死ねる運命。

覆せない実力差があるならば、
それはもう・・・
実力、
才能、
人と人は圧倒的にそれが違う。

ならば"自分に出来る事だけやればいい"
そんな夢物語がドラマではよくほざかれるが、
今、
自分達は世界をひっくり返そうとしているのだ。
それが自分達に出来ない事ならば・・・
どうなるというのだ。

「才能・・・実力・・・強さね・・・・・それを口にするのはいつも強い者と弱い者だよな」

なら自分はどっちだ。
決まっていた。
敗北を認めてしまっている時点で決まっていた。
自分は劣っている。

そんな時、
カラカラ・・・と、
一人立ち上がった。

「・・・・・ギ・・・・ァギ・・・・・ドジャ・・・・ド・・・・・・」

額にダガーが刺さった機械人間。
最速のエンツォ。
思考回路も定まらないクセに、
死んでいるようなもののクセに、
生きていないようなもののクセに、
生かされているようなもののクセに、
それでは阿呆のように立ち上がる。

「呆れる・・・てめぇには呆れるぜ・・・」

ハッキリ言って認めた。
いや、
ずっと昔から認めていた。
だからエンツォには負けていて、結果だけでいいと妥協した。
自分に出来る事だけをした。

「てめぇは負けても諦めないし、死んでも負けを認めねぇんだな」

どんな背景があるのかは知らない。
だが、
どうやったって、
どうなったって、
それでも自分の負けを認めず、
それでも自分が最速だと信じ、
それが強さの証だと思って止まない。
十分に、
十分に哀れなクソ野郎が羨ましかった。

「ドジャ・・・ワイハ・・・・先頭ニ・・・・アンサ・・・コロス・・・・」

「死んでろって」

突如、
エンツォの背後に姿。
サラシを巻いた女の姿。
ツバメだ。
殺化ラウンドバック。

「・・・・ギィイ!・・・・」

ツバメのダガーはエンツォの背中に突き刺さる。
機械化されていない、
生の背中に、

「・・・・・・ゲ・・・・ギァ!・・・・」

エンツォは左手のナイフを振り回し、
ライフルを乱射する。

「おっとっと・・・しぶといねぇ」

ツバメは仕留めたと思ったが、
その生命力に驚き、
ダガーを抜いて退いた。

「どいてろツバメ」
「あいよイスカ嬢」
「機械男。拙者はそーいうデジタルとかいうものを見てると目が痛くなるのだ。
 風車や水車の仕組でさえ理解しようとすると頭が痛くなるのでな」

イスカが低姿勢で剣を構えていた。
剣を構えていたと言っても、
イスカらしい、
鞘に収めたまま、手を添える居合い斬りの構え。

「だが鉄も斬れるとだけ言っておこう。これから貴様にカミカゼが吹き抜ける」

そして、
ふっ・・・と、
流れるように、
自然かつ自然に、
イスカの姿が消えたかと思うと、
風が吹き抜けたと思うと、

「御免」

イスカはエンツォを通り過ぎた所で剣を振り切っていた。
サベージバッシュ。
イスカがカミカゼと呼んでいる技だ。

「・・・・・・・ギッ!!・・・・」

「ぬ」

だが、
それによって殺陣は行われなかった。
エンツォは、
その一瞬の、
刹那の殺人技さえ、
その光速の足で瞬時に避けきっていた。

「・・・・・速・・・・・・ムカ・・・・ワイガ・・・・・最・・・・・速・・・・」

エンツォの機械化した左目がピシピシと電撃を放つ。
ショートしている。
お眼鏡にかなったというわけか。
瞬時に相手を殺すシシドウの技。
ツバメとイスカの技。
ある種の嫉妬。
エンツォはツバメとイスカを標的に認めたようだった。

「あれま。お呼びだよイスカ嬢」
「ふん。戦いから逃げはせんよ」
「あの放火魔は「燃やせない奴に興味ない」ってどっか行ったけどね」
「あいつこそお呼びではないという奴だろ」
「違いないねぇ。そしてこいつもこの戦いにお呼びじゃないよ。さっさと片付けるよイスカ嬢!」
「指図はするな」
「あらら、同じシシドウの義理だろぉ?仲良くしようよイスカ嬢」
「シシドウではない」
「そうでし・・・た」

そして、
ツバメとイスカ。
二人の元シシドウは、
観客席から飛び降りた。
リングの周辺。
砂の地面。
ここらで戦うと無様に寝転がってるドジャーが危険と思ったのだろう。
エンツォを下に誘導した。

「不甲斐ねぇなぁ・・・・」

ドジャーは笑う。
体はどうだ。
・・・。
悪くない。
衝撃を受けただけだ。
ダメージはデカいが動かないわけじゃない。
周りの奴らも、
ダメージとりも大きな衝撃のショックで気を失っているだけだろう。

「カッ・・・・」

ドジャーも立ち上がり、
飛び降りる。
そしてイスカとツバメの前に着地した。

「ぬっ、ドジャー」
「なんだい。ノびてたんじゃないのかい」
「カッ、あんなもんでヘバるかよ」

・・・・とまぁ、
こんな風に大口叩くのも悪いクセだ。
嫌いなクセじゃないが。

「ジャ・・・・ドジャ・・・・」

ガコン、
と、
落下するようにエンツォも降りてくる。
みすぼらしい格好だ。
頭にはダガー。
傷だらけで血が流れ、
故障だらけでオイルが流れ、
ところどころ痣だらけで、
ところどころ電気がショートしている。

「やろうか。ホントのホントに終わらそうぜエンツォ」

ドジャーは、
戦闘用に片手に1本づつダガーを取り出す。

「やっぱ分かったぜエンツォ。俺は俺にやれる事をする。それは間違っちゃいねぇ。
 なんでかっつーとよぉ、やっぱ"強さは足し算"だ。1対3。この状況も俺の実力だ。
 俺はダサく、卑怯に、縋りながら、助けを求めながら、だが結果だけを・・・な」

「ギァ!!・・・・ジャァ!!ドジャァアアアア!!!!」

エンツォが、
まるでモンスターのように突っ込んできた。
相変わらず速い。
だって見えないのだから。

「・・・・とぉ」
「まったく呆れる」

ガキンッ!という金属音。
それがドジャーの目の前で奏でられる。
イスカが、
刀でエンツォを受け止めていた。

「人を道具のように言いおって」
「カカッ、悪ぃ悪ぃ。俺だけじゃ今ので死んでたぜ」
「足手まといにならないで欲しいね!」

「・・・・ギッ!」

ツバメがエンツォを蹴飛ばした。
あれはもう壊れかけだ。
ダガーを突き刺す程度じゃもう変わらないと思ったのだろう。
エンツォは体勢を整える方法さえ知らない動物のように、
ゴンゴロと転がった。

「あい、サンキュー」
「サンキュウではない。何度も守ってやると思ったら大間違いだぞドジャー」
「期待してるぜイスカ嬢♪」
「お主がそんな呼び方するな気色悪い。大体拙者が守るのはマリナ殿だ」
「まぁまぁ、最近てめぇの見せ場ねぇから作ってやったんだよ。
 強そうに見えねぇし、シシドウの問題にも絡んでねぇし、浮いてたろ?お前」
「・・・・・・拙者はマリナ殿の役に立てればそれでよい」
「あっ、スネた。イスカ嬢ってこういうキャラなんだねぇ」
「そーそー、こいつが一番単純で分かりやすい」
「黙れ阿呆共。来るぞ」

エンツォが、
ゆらゆらと立ち上がり、
どこを見ているのかという目を向けた。
そして・・・
走りこんでくるかと思ったが、
ライフル化した右腕を向けてきた。

「・・・・ガッ!ギャッ!ヤッ!・・・死・・・死ネ!・・・・ワイヨリ・・・速・・・・死ッ!!」

パンパンッと、
ライフルをおもむろに乱射してくる。
照準をつけているとも思えない。
まるで適当。
こちらに向けて適当に撃ち込んでくる。
それでも弾丸も最速な攻撃方法の一つ。
高速の鉛球がドジャー達へ振りかかる。

「よっ・・ほっ・・・」
「ま、照準あってないようなのならね・・・」

エンツォは本当に適当に適度に撃っているだけなので、
たまたま自分の方にライフルが向いたときだけ動けば、
ドジャーもツバメも難なく避けられた。
弾丸が見えているわけではないが、
10発に1回程度こちらに飛んでくるだけなら単純なゲームのようなものだ。

「・・・・・ふん」

イスカは動きもしなかった。
逆にイスカの方が見えているようだ。
当たりもしない弾丸ならば、
動く必要もないと、
見切っている。

「・・・・・」

今一発肩にカスったが。

「今のちょっと当たらなかった?イスカ嬢」
「カッコつけてねぇでちゃんと避けろよ」
「・・・・・・見切っているから避けなかっただけだ」

強情な奴だ本当に。

「・・・・ギ?・・・・アギ?・・・・」

カチン・・・カチン・・・
ライフルが静寂した。
弾切れ。
弾切れのようだ。

「チャンスだよ!」
「ふん。これだから飛び道具などというものは情けない。
 刃物は不滅だ。限界のある魔力や消費道具に頼る者の意味が分からんな」
「おいイスカ。そりゃ俺のダガー投げに言ってんのか?」
「無論だ。お主のなど論外。最近当たっているところも見たことない」
「・・・・・」

あまりに図星で哀しかった。
人をかませ犬みたいに言いやがって。

「だからツバメ」
「ん?なんだい?イスカ嬢」
「お主、拙者に合わせろ」
「おい!俺無視でなんかする気かよっ!」
「合わせるって何をだい?」
「無視すんなって!おい!」
「つまりだ」

イスカは完全にドジャーを無視をして、
ツバメに話しを続ける。
エンツォは弾切れのライフルをまだカチカチやっていた。
本当に思考回路が欠損しているようだ。
まぁ額にダガーが刺さってて動いてる方が奇跡なのだが。

「拙者のカミカゼ(サベージバッシュ)、お主のラウンドバック。それを同時に行う」
「暗殺技。シシドウのコンビネーションって事だね」
「そうだ」
「理由は?」
「拙者のカミカゼは一瞬で前から、お主のラウンドバックは一瞬で後ろから。つまり・・・」
「挟み撃ちの形になるね」
「刹那で終わらすぞ」

イスカは鞘に手を添える。
体を低く構え、
その落ち着きは目さえ瞑っているかと思うほどだった。

ツバメは何をする・・・というわけでもないが、
集中。
殺化ラウンドバックには脳内詠唱が必要だ。
頭の中の記憶の書を広げているのだろう。
ならば少し時間がかかる・・・か。

「あぁ・・・・つまり時間稼ぎを俺にしろと・・・」

なんじゃそりゃ。
踏み台かよ。

「カッ・・・まぁいいか。結局エンツォとはタイマンでちょいちょいとやる運命なわけだな」

ドジャーは両手のダガーをヒュンヒュンとニ回転させた後、
その回転を親指で止める。

「やっかおい。諦めきれねぇんだろ?」

「ギッ・・・ドジャ・・・・ドジャ!!!」

血も抜け、
真っ白の白髪。
そんな生気のない機械人間エンツォは、
ドジャーの声に反応するように目線が動いた。
機械化した左目が残像を描いた。

「最速・・・・ワイガ・・・・ワイ・・・ガッ!!!」

「あぁそうだな!何度だっててめぇが最速だっ!!」

ドジャーの周りに風が渦巻く。
ブリズウィク。

「そして何度だって勝つのは俺の方だ!」

二人の姿が・・・
消えた。
消えるほどに、
光に繁栄されないほどに、
高速で動く。

「チッ・・・」

「・・・・ギッ・・・・」

全く見当違いの所で二人の姿が現れる。
交差があったのだろう。
高速の世界の交差が。

「ご馳走くれてやらぁ!!」

今までと違い、
次の動作までの動きが遅いエンツォ。
そこにダガーを投げ込む。

「アンサン・・・・コロス・・・・コロッ!・・・・」

「!?」

逆だ。
馬鹿になっているからこそ・・・・だ。
エンツォは避けるなんて動作をしなかった。
弾くなんて動作もなく、
ドジャーの投げたダガーに真っ直ぐ突っ込み、
それはエンツォの腹に突き刺さる。
突き刺さってそのままエンツォは突っ込んでくる。

「ドジャァァァアア!死・・・ネッ!!・・・・」

「・・・・チッ・・・」

やはりあまりにも速い。
避ける事もできず、
なんとかナイフだけはダガーで受け止めたが、
エンツォの体がそのまま突っ込んできて、
ドジャーはエンツォごと背後の壁。
観客席下の壁に叩きつけられた。

「この・・・・離れろストーカー馬鹿っ!」

目の前に、
白髪の半死人の顔があった。
CPUが狂ったようなわけのわからない表情。
咄嗟にエンツォを蹴り離す。

「・・・・ギャァ・・ギッ・・・・・」

白髪を振りまき、
エンツォが転がる。
だが、
顔だけぐいっと起き上がると、
跳ね起きる。
ボサボサに
まるで壊れたからくり人形だ。

「てめぇはもう終わってんだよエンツォ」

「ギ?」

気付いたのか?
エンツォは足元が蜘蛛の糸で絡まっている事に気付く。
ドジャーのスパイダーウェブ。
エンツォは、
阿呆のように絡まった足を外そうともがいていた。
スパイダーカットのやり方など頭にないようだ。

「信念やプライドだけで動いてるのは尊敬するけどよぉ、それはもう知能の薄い動物ってことだ。
 もっと遊んでやってもよかったけどよぉ。俺は狩りに楽しみを求めるタイプじゃねぇんでな」

結果。
目的と結果。
それだ。
いつだってそれだ。

「俺の蜘蛛なんてながくもたねぇぞ。もう準備出来てるだろ?イスカ、ツバメ」
「当然だ。準備が必要なのはツバメだけだ」
「舐めんじゃないよイスカ嬢!こっちもたった今ロード(準備)完了だよ!」
「って事だエンツォ」

「・・・・ギ!?・・・ギャ!!コロッ!!コロ死!」

阿呆のように、
蜘蛛に足をとられたままもがくエンツォ。
また弾切れしたライフルをカチンカチンと鳴らし始めた。
哀れなものだ。

「やっちまってくれ。イスカ。ツバメ」
「あいよ」
「・・・・刹那で終わる」

そして・・・・
イスカが消えた。
ツバメが消えた。
二つのシシドウ。
二つの暗殺技。
瞬時に前と後ろ。
刹那に殺す二つの女シシドウ。

イスカは、
一瞬でエンツォを通り過ぎ、
剣を振り切っていた。

ツバメは、
一瞬でエンツォの後ろに回り、
ダガーでカッ切っていた。

「ぬ」
「ありゃ?」

だが、
エンツォの姿がなかった。
いや、
両腕はある。
宙を舞っている。

ライフル化された右腕は、
イスカが切り取ったのだろう。
首下から肩ごと。
上半身の一部ごと大きく切り取られて宙を舞い、

手の甲にナイフが装着された左腕は、
ヒジから下がツバメのダガーによって切り裂かれて宙を舞っていた。

「・・・・チッ・・」
「甘かったみたいだね!」

前と後ろ。
瞬時の攻撃だ。
だが、
同時だからこそ、
瞬時だからこそ、
イスカはツバメを、
ツバメはイスカを巻き込まないように、
お互い攻撃がズレた。
その結果が両腕の切断のみという結果に・・・

いや、
エンツォが動いたからこそだ。

「ギッ・・・ギャッ!ギャ!・・・・」

すんでのところで、
エンツォは偶然的に、
そして必然なる本能で、
スパイダーカットを発動させたのだろう。
宙から落下した両腕など目もくれず、
エンツォは走っていた。

「・・・・カッ・・・」

ドジャーに向かってだ。
ドジャーしか見えていない。
もう攻撃方法さえないのにドジャーに向かっている。
白い髪を振りまき、
白きサイボーグは、
ドジャーに向かってその自慢の両足だけで走っていた。

「そうだよな。やっぱお前にとっちゃ俺が敵で、俺が思う以上に諦めが悪ぃんだよな」

ドジャーは動かなかった。
エンツォが、
両腕のないまま、
まるで妖怪のように白い髪を乱しながら、
両腕から血とオイルを大量に噴出しながら、
足だけでこちらに走ってくる。

「だが!お別れしようぜそろそろよぉ!!ゴールが無ぇのに走ってどうするよエンツォ!!」

ドジャーは、
蹴り飛ばした。
予想上に軽かった。
機械化した両腕の分?
無くなった血やオイルの分?
それとも魂の重さ?
分からないが、
走ってきたエンツォを蹴り飛ばすと、
まるで紙のようにエンツォは簡単に吹っ飛んだ。

「終りだ・・・・エンツォ。ティータイムはあの世にしようぜ」

エンツォが吹っ飛ぶ中、
ドジャーは両手にダガーを構える。
指の隙間に2本づつ。
片手に8本。
計16本。

「ディナータイムだっ!!!」

それは、
その16本のダガーは、
閃光となり、
ドジャーの手から離れ、
発射され、
16本の直線を描き、
吹っ飛ぶエンツォへと降りかかった。

「・・・・ドジャ・・ハン・・・・・・・ドジャ!・・ジャ・・・ドジャアァァァアア!!!!」

その16本はエンツォに突き刺さった。

頭に、
胸に、
腹部に、
足に。

刺さりつくし、
空中でエンツォを串刺しにした。

そしてエンツォは地に転がった。

「ご馳走様はいらねぇよ・・・・ってセリフはマリナ用か」

ドジャーは、
カッ・・・と小さく笑った。
当然だ。
当然なのだ。
分かってる。
こういう奴だ。
なんていうんだ。
まぁ何度だって呆れられる。

「・・・・ジャ・・・・コロ・・・ス・・・・」

頭に、
胸に、
腹部に、
足にダガーが突き刺さっても、
エンツォはまだ白髪を揺らし、
立ち上がった。
もう出る血もないようで、
もう出るオイルもないようで、
干からびたミイラのような姿で、
なお、
プライドだけで、
本能だけで、
最速の誇りのためだけに、
起き上がった。

「もういいっての・・・分かった。すっげぇ分かった。てめぇは俺より強い。それは分かった。
 でも俺が絶対に勝つ。その結果も揺るがねぇ。けど・・・俺にゃぁてめぇを殺し切れねぇんだな。
 てめぇの憎しみは俺如きじゃ断ち切れねぇんだな。けどよ。もう哀れに終わろうぜ」

ドジャーは、
軽く指をさした。

「その位置だエンツォ。そう。そこがいい。その位置がベストだ」

「・・・・・・・・・・・ギ・・・・・・・」

動くことさえ出来ないような、
ダガーに串刺し状態の、
両腕から出る血もないミイラ状態の、
生きているかも分からない半死人のサイボーグの、
そして、
もう最速かも分からない強情の塊のエンツォ。

その位置。
なんの事はない。

石畳の上。

「俺じゃぁ終わらせられねぇ。だからもう・・・事故で終わろうぜ。人間なんてそんなもんだ」

「・・・・・ギ・・・・・・」

「じゃぁなエンツォ」

「邪魔だゴラァアアアアアアアアアアアア!!!!」

そこは、
石畳の上。
リングの上。
もうリングといっても見る影もないほど破壊されているが、
だからこそ、
そこはリングの上。
ロウマ=ハート。
ギルヴァング=ギャラクティカ。
それらが戦っている別次元。

「・・・・・・・・」

事故。
そう言えるのだろうか。
ドジャーがそうした。
とにかく、
エンツォのいた位置。
そこは・・・
ロウマとギルヴァングの間。
中心。
最強と最強の間。
最悪の位置。

ギルヴァングの重い腕が振り切られる。

それは、
エンツォに直撃する。

終わった。
やっと終わった。

エンツォは飛び散った。
体がバラバラに。
肉片が吹き飛ぶ。
機械の破片が吹き飛ぶ。
散り散りに。
爆発したように。

頭も、
体も、
自慢の足も、
ただのカケラになって・・・・

吹き飛んだ。

「・・・・・・・・」

白い髪。
頭部だけ用意されたようにそのままで、
ドジャーの目の前に転がってきた。

「呆れる。ほんと呆れるなお前には」

白い髪に覆われた頭部は、
偶然でしかなかったが、
ドジャーの目の前に転がった。
追いかけるように、
それでも追い求めるように。

「・・・・・・・」

左目がピシピシとショートしているだけで、
もうエンツォは完全に無だった。

「終りも見えずにチェッカーフラッグを求めるテメェは表彰もんだぜ。
 だがよぉ、てめぇは言ったよな。速い奴が先頭を走る。他の者はそれに付いてくるしかない。
 だから最速は最強なんだってよぉ。速いことは正義で、力なんだってよぉ。
 でもよぉ、俺の背中追い掛け回してた時点でてめぇはもう間違ってたんだ」

ドジャーは足を振り上げる。

「少しゆっくり走る事も学べ。速すぎると誰も付いていけねぇぜ?
 ・・・・とりあえずよぉ・・・・・俺はもうお前にゃ付いてけねぇよ。じゃなぁな」

そして、
足を落とした。
エンツォの頭部。
それを踏み砕いた。
終えた。
終わらした。

完全に。

「最速はあの世にもってけ。俺はそんなんいらねぇからよ」
























「くっ・・・・屈辱だ」
「ヒャッホイ・・・・」

スザクとツバサが目を覚ます。

「自分の隊長の攻撃で敵もろとも寝てしまうとは・・・」
「敵だけ寝てるよりはマシだったけどな」

「おいっ!起きろスミレコ!スモーガス!」

残念なことに、
エースもツバサ達とほぼ同時に目を覚ましたので、
手を出せなかった。
というよりも、
少々頭がクラクラしてすぐに動けるとは思えない。
スミレコとスモーガスも目を覚ました。

「・・・・なんなのあれ・・・・」
「シュコー・・・・俺らはアスガルド侵攻でも見ただろ」
「・・・・声が楽器の吟遊詩人なんて訳分からない」
「それより再開・・・ってとこじゃねぇか?」

エースはスザクとツバサを見る。
お互い本調子じゃないが、
これぐらいはすぐ回復するだろう。
勝負はついてない。
戦う宿命ってものだ。

目の前に敵がいるならば、
それを倒す。

それはお互いだった。

「・・・・・って」
「コォー・・・シュコー・・・・・ロベルトがいない」
「あん?」

エースが回りを見渡す。
ロベルトの姿が無かった。





















「・・・・・・・マイケル・・・・」

ロベルトは目を覚ました。
イヤな夢を見てしまった。
昔の夢だ。
人生。
これまでの人生をまるまる見た気がした。
生まれ、
物心がつき、
そして44部隊。

だが、
全ての記憶にマイケルがいた。

かけがえないもの。
それがいつもいた。
それは、
やはり恵まれていたのだろう。

「・・・・・・・・ん?」

そして気付く。
視界が動いている。
ズリズリと音がする。
向こうの方に、
遠くにエース達の姿が見えるが、
向こうはこちらに気付いていないだろう。
それがドンドン離れていく。

「あらら・・・お目覚めか?ヒャハハハ!グッモーニンッ!!」

「なっ!?」

引きずられていた。
首根っこ。
襟をつかまれ、
自分はズリズリと観客席の上を引きずられていた。

「うっ・・・」

動こうとすると、
激痛。
ヒリつくような、
冷たいような、
だが、
消えないピシピシとした激痛が全身を巡っている事に気付く。

「・・・・・なっ・・・俺の・・・・・」

引きずられる自分の体。
手。
両手。
足。
両足。
それらが・・・・

黒く・・・
生気のないように・・・・
どうなっている。
何をされた。

「あぁ・・・燃やしただけだから焦んなって♪コンガリ強火で焼いたから大丈夫!
 もう一生使い物にならねぇよ。幸せだろ?まな板の鯉は黙ってろってやつだ」

「て、てめぇこのっ!!」

足掻こうとも、
焼かれた体は動かなかった。
手も、
足も、
激痛が、
それらはもう自分のものだが思い通りにはならないと知らせていた。

「喚くなって、足掻くなって、・・・・と。ここら変でいっか。邪魔入らないだろ」

ダニエルは、
引きずっていたロベルトから手を離した。
ゴトンと粗末に。

「・・・おい・・・この野郎・・・・・」

「ヒャハハハ!やっぱ喚いても足掻いてもいいぜ!その方がおいしい料理が出来るからよぉ!!」

そして、
ダニエルはロベルトの首根っこを両手で掴み、
持ち上げた。

「ヒャハハ・・・・ヒャハハハハハハ!!!」

体を焼かれ、
動けないロベルトの目の前に、
赤い悪魔が笑う。

「・・・・てめぇ・・・どうする気だ・・・・」

「決まってんだろ?自分でも分かってんだろ?ヒャハハハ!!!」

ダニエルは、
ロベルトの首を掴む両手に力を込める。
熱い。
熱を帯びているような両手が首にめり込んでいく。

「・・・・あ・・・・が・・・・」

「燃やすんだよ・・・ヒャハハ・・・・てめぇは燃やしたいと思ってたからよぉ!
 誰かに殺られちまう前にてめぇだけは先も俺が燃やしとこうと思ってよぉ!」

「・・・・・な・・・んで・・・・」

「てめぇなんだろ?」

「・・・・?・・・」

「俺のアッちゃんを傷物にしてくれたのはよぉおお!!!!」

「がっ・・・」

苦しい。
熱い。
首が・・・
まるで熱された鉄に縛られているようだ。
目の前。
目の前には赤い髪の悪魔。
ダニエル=スプリングフィールド。
最悪の放火魔。
怒りの中、喜びの笑顔さえある。
異端の悪魔。

「・・・・あ・・・あが・・・・・」

「アッちゃんは俺の一番大事な人でかけがえの無い人で・・・そんで俺が燃やす奴なんだ!!
 ヒャハハハハハ!てめぇみてぇのが何ツマミ食いしようとしてやがる!?あぁ!?」

「・・・・・こ・・・の・・・・」

足掻こうとも、
体は動かない。
細胞が死滅している。
燃やされて焼かれて、
体が殺されている。
動けない。

「・・・・・が・・・・が・・・・・」

目の前。
自分の首を絞める目の前の悪魔。
笑っている。
楽しそうに笑っている。
怒りの中笑っている。
憎むことを楽しむように、
恨みも一つのスパイスだと言わんばかりに、
悪魔は笑う。
赤い、
炎の悪魔が笑って・・・。

「!?・・・・・・・な・・・だ・・・・・・・お前・・・・・」

目の前の笑う悪魔。
その愉悦の表情。
餌を見るような悪魔の表情。
その・・・眼。

眼が・・・・赤くなっていっている。

「ヒャハ・・・ヒャハハハハ!絶対燃やす!絶対!絶対にだっ!!ヒャハハハハハ!!」

眼が赤く変貌していっている。
なんだ。
こいつはなんなんだ。
こいつの手。
自分の首を絞めるこの手。
人間の体温か?
100度など軽く超えているんじゃないのか?
なんだこいつは・・・
人じゃない。
人間じゃない。

「アッちゃんは俺を唯一人間だと認めてくれた奴なんだ!!それをてめぇはなぁ!!!」

人じゃない。
人間じゃない。
魔物、
獣。
なんだ。
悪魔。
人を超えている。
化け物。
神?
ならば悪魔?
分からない。
分からない分からない分からない。
分からないから化け物なんだ。

だが・・・・

「・・・・・・たまる・・・か・・・・」

「あーん?」

「てめぇなんかに殺されてたまるか!・・・俺は・・・マイケルの仇を討たなきゃならねぇんだよ!
 ・・・・てめぇじゃねぇ!・・・死ぬ覚悟があっての志も・・・てめぇじゃねぇんだ!
 どうでもいいんだよてめぇなんて!なんなんだてめぇは!仇をとらせろよ!!
 ・・・・てめぇじゃねぇ・・・てめぇじゃねぇんだ・・・殺すのも殺されるのも・・・てめぇじゃねぇんだよ!!」

「それこそ俺には関係ねぇーな」

赤い眼の悪魔は、
赤い髪の悪魔は、
笑う。
笑う。

「俺はてめぇを殺さなきゃ気が済まねぇ。俺はてめぇを燃やさなきゃ気が済まねぇ。
 思いは交差すると思うなよ。"神"はそんなことまったく決めちゃいねぇんだよ!!!」

「・・・・あ・・・が・・・」

首が絞まる。
熱い・・・熱い・・・・

「ヒャハハハ!仇よりも兄弟のところにさっさとイッちまいな!!!!」

悪魔。
悪魔だこいつは。
くそ・・
殺されたくない。
殺されたくない。
殺されたくない。

「・・・・俺・・・は・・・俺はっ!・・・マイケルの仇を・・・どけっ!はなせよっ!・・・
 てめぇじゃねぇ!・・・てめぇじゃねぇてめぇじゃねぇてめぇじゃねぇんだ!!!」

「あっそ」

愉悦のあまり、
ダニエルの顔が歪む。
ゆがみつくす。
赤い眼が。
赤い髪が。
首が・・・熱く・・・沸騰するように熱く・・・・

「消し炭になりなっ!!直火フレアバーストッ!!」

そして・・・・

ロベルトは爆発した。

ダニエルの手の中。
零距離のフレアバースト。
炎の爆発。

ロベルトの体は、
無残に、
無慈悲に。

ただの炭と灰に代わり、
肉片とも呼べぬ黒炭のような堅い無機物の破片になり、
火にまみれ、
あたりに散らばった。

原型を一瞬も留めず、
ダニエルの両手の中、
火炎の爆発の中で・・・花火のように無残に弾け飛んだ。

「ヒャハハハハハハハハハハハハハ!ヒャーーーハッハハッハハハ!!!!」

ダニエルは両手を広げ、
顔を天に仰ぎ、
笑いつくした。
ロベルトの黒き燃える破片があたりに舞う中、
炎の破片があたりに降り注ぐ中、

悪魔はただ笑った。












「ん?」

リングの中央。
といっても、
もうリングの面影はなく、
ロウマとギルヴァングの戦いで、
割れた氷の湖のようなったリング。
砕けたリングの上で、
ロウマは視線を観客席の一辺へと動かした。

「・・・・・ロベルト」

「おいロウマァアア!余所見してんじゃねぇ!!!」

ギルヴァングが突っ込む。
ただ猪突猛進に。

「・・・・」

ロウマとて、
他に気をとられている余裕などなかった。
すぐさま、
また槍を振りかぶり、

「あまり、自分で楽しんでいる場合じゃなくなってきたな」

発射する。
4m近くある巨槍。
それがギルヴァングへ飛ぶ。
今日何度目だろうか。
一撃で家一件沈むそのハボックショック。
それがギルヴァングへと投げられ、
爆発した。

「そろそろ終りにしないか。ギルヴァング」

爆煙の中へ、
ロウマは声をかける。
当然のように煙の中から返事が返ってくる。

「ドッゴラァアアアアアアアアアア!!!!」

闘技場全体が揺れる雄叫びと共に、
巨大な爆発の煙が、
一瞬で消え去った。
散乱し、
煙が弾け飛んだ。
中心には野獣。
当然のように猛獣ギルヴァング。

「んなことできるかよロウマァッァアア!!このっ!このメチャ熱い戦いをよぉおおお!!!
 血が騒いでよぉ!!アドレナリンが暴れて止まらねぇんだ!やろうぜ!もっと!もっとだ!!
 漢が騒いで止まらねぇんだよぉおおお!!!もっと俺に生きる実感をくれやロウマァアアアア!」

飛び出す。
それでも、
なんでも、
とにかく、
猪突猛進。
言う事を効かない暴れ馬。
戦いを求め続ける闘牛。
世界最強生物ギルヴァングが、
世界最高の強さを持つロウマへと飛び込む。
そんな矛盾した表現しかできないが、
それがこの二人の戦いだった。

「ドッラァアアアアアアア!!!!」

ただのパンチ。
ただの拳。
ただの、
とてつもないド級の拳。

それがロウマへと突き出される。

「終りにしよう」

人間が一体バラバラに吹き飛ぶそのパンチ。
それをロウマは、
片手で掴むように、
止めた。

「ぐっ・・・・」

「遊ぶ時間は無くなった。もうすぐこのロウマも本気が出せるところまで戦いを堪能できたが、
 もうこのロウマは、自分ひとりの体ではない。人の支えになる者にはそれなりの行動が必要だ」

そして、
ロウマはもう片方の手。
残った巨槍を持つ右腕を、
振り切った。
片腕で、
100キロ前後あるその巨槍を振りぬく。
重低音が奏でられ、
それは、
ギルヴァングの横腹にぶち当たり、
そのまま吹き飛ばした。

「ごぁ!!!」

ギルヴァングは吹き飛び、
まるで重力が横に変わったかのように真横に吹っ飛び、
そのまま観客席下、
その壁にぶつかり、突っ込み、
そして破片がガラガラと崩れ落ちた。

「くっ・・・」
「隊長!」

そこへ、
ツバサとスザクが飛び降りた。
観客席から飛び降り、
壁にぶち当たったギルヴァングの傍へ寄る。

「大丈夫ですかギルヴァング隊長」
「やっぱ最強になんてよぉ・・・・」

「ドラァ!!!」

ギルヴァングが飛び起きる。
ピンピンしていた・・・というわけではない。
それはもちろん、
ロウマと戦い続けていたのだから。
そしてロウマとて無傷ではないのと同じ事。

「ロウマになんて・・・なんだぁ!?スザク!」

「あ・・・いや・・・ヒャッホイ・・・俺ぁギルヴァング部隊長を信じてますぜ?」

スザクが失言した!・・・という表情をしたが、
ギルヴァングはそんな言葉でいちいち気分を害するような男ではない。
冗談混じりの言葉だった。
最強ロウマとの戦いで気分が高揚しているのもあるだろう。

「ギャハハハ!俺様が負けると思ったか?」

「・・・・いえ」
「けどっ!ロウマ隊長はいきなり本気出したみてぇに!」

「違ぇ違ぇ。あいつはあいつなりの本気を俺様にぶつけてきてたぜ」

ゴォン!という音。
なんの音かと思ったが、
それはギルヴァングが自分自身の胸に拳をぶつけた音だった。

「熱いハートで分かったぜ」

野獣のような凶暴で暖かい笑顔。

「もちろんあいつの限界を見れたわけじゃねぇが、手加減をするような腐った野郎じゃぁねぇ。
 あいつは戦い方を俺様に合わせていた。それだけだ」

「戦い方・・・?」

「ガチンコだ。戦いというよりも闘い。そんな戦い方をしてきてただけだ。メチャ漢の勝負だ!
 ま、最後に自分の戦いつーの?いや、任務的な動きに変えただけだ。俺様もビビっただけだ」

ニヤりと笑い、
ギルヴァングはその太い指を突き出した。

「俺様の勝ちでもロウマの勝ちでもねぇ。今んとこ引き分けだと思っとけや」

「・・・・隊長ももっと戦略的に戦えばロウマ隊長だって目ではないと思うんですが」
「だなぁ」

「ギャハハ!漢はガチンコよ!それが俺様の戦い!それにちまちま戦ってどーするよ。
 そんなもんメチャ性に合わねぇ!!漢のロマンってぇーのは・・・・破壊力だ!!!!」

「盛り上がってるとこ悪ぃんですが」
「ギルヴァング部隊長・・・燻(XO)部隊長から連絡です」

「わぁーってるよ!ったくウゼェなあいつは!帰りゃぁいいんだろ帰りゃぁ!!」

少し不機嫌になった。
水を差しやがって・・・・といったところか。

「ヒャッホイ。ゲートいりやすか?隊長」

「ばーか」

ギルヴァングは自分の懐からゲートを取り出す。

「帰る準備しねぇ奴ってぇのは、負けるつもりの奴だ。俺はいつだって勝つつもりしかねぇよ」

そう言うと、
ギルヴァングは、
また張り裂けそうな大声で叫ぶ。

「おいロウマァァッァァア!!」

豪快な声。
慣れもしない。
胸に響くような声だ。

「決着は絶対つけるからな!!アインの目を盗んででもまた再戦するぞ!!分かってんな!!」

「・・・・・ふん」

ロウマははっきりとした返事などしなかったが、
否定を感じなかった。

「ギャハハハハ!伝わったぜ!んじゃぁな!ドッゴラァアアアアアアアアア!!!!」

無意味に叫びながら、
ギルヴァングは光に包まれ、
自分が空けた天井の穴から飛び去っていった。


「・・・・隊長」
「ロウマ隊長!!」

エース、
スミレコ、
スモーガスの3人が、
観客席から飛び降り、
リング中央のロウマへと駆け寄る。
だが、
先に言葉を発したのはロウマだった。

「・・・すまんな。お前ら」

「・・・・へ?」

「このロウマ。ここに居ながら、ロベルトを死なせた。こんな失態はない。こんな呆れた事はない。
 最強などと呼ばれながら、その場に居ながら、仲間一人救えないとはな」

最強なのに、
最も強いのに、
なのに、
無力。
こんな矛盾はない。
こんな矛盾はない。
ロウマは、
最強を背負いながら、
矛盾を背負い続ける自分に失望した。

「あんたに与えられ続けてきた借りに比べりゃぁ・・・つーとロベルトにゃ悪いが」

エースが言う。

「ロベルトはひとカケラもあんたを恨んじゃいねぇさ。感謝しかねぇよ」
「コォー・・・シュコー・・・・・・・だな」
「むしろ・・・・隊長のそんな姿は見たくないでしょう」
「お?そういやレアだな!初めて見る気がするぜ!隊長の謝る姿なんてよぉ」
「・・・・シュコー・・・・・あんたはただ・・・最強のまま・・・俺達を導いてくれればいい」
「あたし達は・・・あなたがもし堕ちたとしてもついていきますよ」

「・・・・・」

悔しくなる。
これのどこが最強だ。
こんな人間の、
こんな自分の、
どこが最強なのだろうか。
矛盾。
矛盾。
いつも感じてきた矛盾。

弱肉強食。
それが世の中の理。
なら、
ならば、
ただ、
ただ強き者は弱き者を喰らうことしかできないのか?
ただ喰うだけの獣しかないのか?
強くなる事を願い、
それだけを続けてきたのに、
この矛盾。

「・・・・・迷うことはやめたはずだったな」

ロウマはその力強い目を、
部下達に向けた。

「矛盾を背負う決意はとうの昔にした。ただ上を見る決意だけをした。
 上、上なき最強がこのロウマ自身だというならば、自分を乗り越える決意をしたはずだ。
 自ら自らの尾を喰らうウロボロスの如く、矛盾の上に生きていく決意をしたのだった」

ロウマは背を向ける。
背中の、
矛盾と書かれたマントを向ける。

「付いて来い。このロウマに言える事はそれだけだ」

言われなくとも。
エース、スミレコ、スモーガス。
彼らの心はそれしかなかった。


「・・・・っておい」

ドジャーが声を発した。
コッソリと。

「なんだドジャー」
「いや、この流れ・・・」
「あぁ・・・だねぇ・・・」
「俺らがロウマの相手しなきゃなんねぇんじゃねぇか?」

ギルヴァングが去った今、
ロウマの相手は不在。
53部隊と44部隊が戦うのならば、
必然的に相手は・・・・

「・・・・・・」
「無理無理」
「どうすんだよ・・・逃げるってのか?」
「それもありだねぇ」
「ツバメ。シシドウとの決着を放り投げるのか」
「・・・・・また血筋から逃げるなんてマッピラだねぇ」
「じゃぁその前に最強と一戦・・・か?」
「・・・・たまんないねぇ」

逃げ出したい。
無理無理。
ロウマ=ハートとか・・・
とりあえず今は後回しにしたい。

強さは足し算だ。
ロウマが自分より100倍強いならば、
100人連れてくるからちょっと今は待って欲しい。
・・・というわけにもいかないから・・・

「やべぇな・・・・」

ハッキリ言って、
結構絶体絶命だ。

「ヒャハハ!俺がやってやってもいいんだけどなぁ!」

ダニエルが、
馬鹿な事を言い出す。
というかいつの間に近くにいたんだ。

「やりてぇならさっさとやってこいクソ野郎」
「死んで馬鹿だったって気付いていては遅いがな」
「ヒャハハ!でもそれ以上に俺忙しいからな!」
「あん?」
「匂い匂い♪わかんねぇの?ドジャっち♪」

匂い?
何を言ってるんだこの放火魔は。
何の匂いだと言うんだ。
お前に分かる匂いってなんだ。
つまり・・・

「・・・・カッ・・・」

ドジャーは笑った。
気付いてドジャーは笑った。
そして、
一つ足音が増える。
いや、
足音はそいつのしかない。

そいつは今更ノコノコと来て、
そんでもって言いやがった。


「僕がやりましょうか?」

マヌケヅラの騎士は、
何食わぬ笑顔でそう言った。

「寝すぎて頭のネジが吹っ飛んだか?アレックス」

「いえ、ただお腹は空きましたね」

マイペースで自分ペースで、
ほんと何言い出すか分からない。

「おぉアレックス。目覚めたか」
「ほんっと。楽したよあんたわ」

「そうなんですか?いやぁー、それはよかったよかった。・・・の割には人が増えてますね?」

アレックスは辺りを見回し、
少し困ったような顔をした。

「えぇーっと・・・44部隊は分かりますけど、知らない顔が二つ・・・
 あっ、眼帯に"伍参"って書いてありますね。彼らが53部隊ですね?」

というと、
いきなりクルっと振り向き、
アレックスはドジャーに指をさし得意げなむかつく顔をして言った。

「と見せかけてあれはダミー!実はあれも53部隊じゃないとかっ!当たり?」

「深読みしすぎだ・・・」
「お主、もうちょっと寝ておったほうがよかったのではないか?」

「あれ?」

読みが外れた。

「アッちゃぁあああああん!!!!」

「おっと、ダミーじゃなくてダニー」

ダニエルが嬉しそうにアレックスに飛び込んでくる。
可愛い奴め。
両手を炎だらけにして抱きつきに来た。

「むぎゅっ」

アレックスは、
そんなダニエルの顔面に蹴りをいれて止めた。

「今度エンゼルトプスの丸焼き食べたいので、その時それを豚にやってください」

「・・・・分かったよアッっちゃぁーん!」

「分かったら炎しまう」

「ほい」

「起立」

「してる!」

「礼!」

「あざーっす」

完全にダニエルを手懐けている。
やっぱり居たほうが便利だ。

「あれ?ダニー、カラコンでも付けました?目がうっすら赤いような?」

「ん?」

「そんなこともないか。まぁいいや」

そう言い、
アレックスは振り向き、
そして・・・

リングにあがった。

「・・・・おい?アレックス?」

「僕がやりましょうか?・・・・って言いましたよ」

「本気だったのかよ!」
「正気か?」
「寝ぼけてるんじゃないかい?」

「いえ、」

アレックスは歩をやめない。
すでにガタガタになっている石畳。
そこを歩き、
中央へと進んでいく。

「どーせ僕にしかロウマさんは倒せませんから」

本当に寝ぼけているのか?
なんだあの自信は。
どこから来る。
分からない。
分からないが・・・・

アレックスは本気のようだった。

「それよりドジャーさんは外に行ってあげてください」

「ん?」

「予約があるそうなんで。入り口ホールです」

「よく分かんねぇけど。そう言うなら行ってみるか」

ドジャーはアレックスと背中合わせの方向へ。
この闘技場の入り口の方へと歩いていく。

「・・・・お前の自信はわけわからねぇが・・・・死ぬなよアレックス」

「僕が自殺志願者に見えますか?」

「カッ、見えねぇな。死ぬくらいなら悪役の下っ端みたいに尻尾巻いて逃げるタイプだお前は」

「分かってるじゃないですか。安心してください」

「俺がいちいち人を心配する奴に見えるか?」

「見えますね。ツンデレですから」

「あぁそうかい。口では敵わねぇよてめぇにはな」

ドジャーは小さく笑い、
そして出入り口から出て行った。

「さて、って事でよろしくお願いしますロウマさん」

「アクセルの倅。お前から勝負を仕掛けてくるとは思わなかったぞ」

「僕は宿題溜めとくのが嫌いなタイプなんですよ」

アレックスは、
背中の槍を手に持ち、
そして構えた。

「あなたを倒すのは僕って決まってますからね」

「そうか。そうだな」

ロウマは相変わらず無表情だったが、
やはり相変わらず、少し笑ったように見えた。

「来い、アクセルの倅」































「で、ユベン」
「なんだミヤヴィ。私語してるヒマがあったら手を動かせ」
「なんで僕らなんだい?」

ユベンの仕事部屋。
その机。
そこに居たのはミヤヴィとニッケルバッカーだった。
ユベンは自分の専用机で書類に向かい、
もう一つのテーブルに、
あまったような書類がミヤヴィとニッケルバッカーの前にあった。

「お前らしかまともに仕事が出来る奴がいないからだ。何よりだろ?」
「何よりじゃないさ・・・もっと他に・・・」

ミヤヴィは片手でペンを回しながら、
44部隊のメンバーを思い浮かべた。

「・・・・僕らしかいないなぁ・・・」
「だろ?ほれ、ニッケルバッカーみたいにちゃっちゃとやれ」

ニッケルバッカーは、
まるでテスト前の学生のように必死に机に向かっていた。

「・・・・ニッケルバッカー・・・君は真面目だねぇ・・・」

ミヤヴィがため息混じりに言うと、
ニッケルバッカーの首がヒュンとミヤヴィの方へ向いた。

「俺は出来る子だ」
「・・・・間違いないね」

そしてニッケルバッカーはまた書類に向かった。
なんでこうもひたむきなのか。
ユベンの話術にちょちょいとかかってしまい、
ニッケルバッカーは書類作成マシーンに早変わりさせられてしまった。

「あー!僕はさっさと作曲活動に戻りたいんだけどねぇ〜。
 種類じゃなくて楽譜に向かいたいよ。ペンの進みが違うだろうなぁ」
「口動かす前に頭を動かせ」
「それが僕は嫌いだよ。考えるより前にフィーリングさフィーリング。
 世の中、思考よりも感情が至高なのさ。音楽は理由もなく人の感情を揺さぶってくれる。
 時にはアテンポに平常に、時にはアウダーチェに高ぶらせ、時にはメストに悩ましく・・・」
「時には書類に目を通す」
「勘弁してくれよユベン・・・・」

ミヤヴィはテーブルの上にうなだれる。

「僕らも行こうよユベン」
「どこにだ」
「G線上」
「戦場な。駄目だ」
「なんでだい?ハ長調は始まったばかりさ」
「意味が分からん。けど駄目だ」
「なんで?」
「あいつらは、それこそロウマ隊長にとって重要なようだ。
 どう転ぶのか、それとも・・・・とにかく一度見定めなければならない」
「僕らにだって出来るよな?ニッケルバッカー」
「俺は出来る子だ!」

うん。
それ以外返ってこないと分かって言ったけども。

「はぁ〜・・・・」

ミヤヴィはうなだれた。

「まぁ・・・僕らはここで皆が無事に戻ってくる事を祈るしかないか・・・」
「そういう事だ」
「そのために一曲!」
「いいだろう」
「ホントにかい!?」
「歌詞は俺の言うとおりの事をその書類に書け」
「・・・・」
「何よりだろ?」

























「ふぅ・・・」

大闘技場から出ると、
少し気が休まった。
そりゃそうだ。
あんな戦場・・・
そう、
戦場としか言いようが無い。
あんなところ命がいくつあっても足りない。
そう思うと、
ここは平和としか言いようがなかった。

「おまいは塩派か?」

「は?」

突然横から声が聞こえた。
なんだと思うと、
・・・・
なんだこれ?

「パンダ?」

「質問をみくびるなっーーー!!!」

わけがわからないが、
突如、
そこにいたパンダに怒られた。
あぁいや、
パンダじゃないか。
パンダ服をかぶった女だ。
・・・・20前ってとこか。
・・・・10代前半にも見えるが・・・
とにかくこんな格好して恥ずかしくないのか?
というか何言ってるんだこいつは。

「おいパンダ嬢ちゃん」

「質問を質問で返すなっーーーっ!!」

「ま、まだ何も言ってねぇだろ・・・」

「オラはパン派か?」

「・・・・パンダだ」

「このスケベ!カルガモの眼鏡がズレてもオラもう知らないからなっ!!」

あぁなるほど。
話が通じない奴。
ふむ。
無視しよう。

「モンゴリアンッ!!!」

「おわっ!?」

いきなり抱きついてきた。
なんだこの生物は。

「ちょっ!離せ馬鹿野郎!」

「フフッ・・・オラで終りと思うなよ・・・オラが死んでも第二第三の官房長官がお前を苦しめるだろう」

「クソッ・・・アレックスの野郎!はめやがったな!」

「馬鹿者!オラの靴下は最後に洗えっていつもオラはお好み焼き屋さんが大好きだ!」

「・・・は?・・・はぁあぁあ??」

「割り箸が割れる時、世界が三つに分かれるだろう。
 その時世界の中心にはおまいの名前入りパンツが廊下に張り出される事になるぞ!」

「よく分かんねぇけど怖ぇなおい!」

「あんなーあんなー、オラのルーズソックスにサンタさんが入ってたんだー。
 そんでなー、願いをかなえるためにはトナカイを7匹コブラツイストでギブアップさせなきゃ・・」
「おいパムパム。そんくらいにしとけー。ウマシカがうつるぞー」
「おっおっ?」

突如もう一つの声。
・・・・目を疑った。

「パンダの次はオオカミかよ・・・・」

オオカミ服に身を包んだ女がそこにはいた。

「おいパムパム、こっち来いって。ヒポポタマスになっちまうぞ」
「オラ、どーせならV字カットのジーパンはきたい」
「おー、はかせてやるはかせてやる」
「ほんとかー?」
「ほんだ♪」

オオカミ女が男らしく笑うと、
パムパムと呼ばれたパンダは嬉しそうにドジャーから離れ、
オオカミ女にピョコピョコと駆け寄って飛びついた。

「オラのじいちゃん金メダルー!」
「そうだ!そうだぜパムパム!」
「そしてオラは金太郎!またの名を草刈ガッツ!」
「その通りだパムパム!可愛いなぁお前は!」

「なんだあいつら・・・混沌の国から来たのか?」

「ガッツ!」
「ガッツ!」

こっち向いて二人で言うな。
意味分からんから。

「なんなんだてめぇらは・・・・44部隊か?」

「違う!」
「その通りだ。あちきらは44部隊だよ」
「その通りだったー」
「まぁ見抜くとはあんたもただのヒポポタマスじゃねぇな。
 モンキーから脱出したホモサピエンスおめでとう」

「嬉しかねぇよ・・・」

「そうかい。まぁあちきはキリンジ。こいつはパムパムだ」
「違う!」
「違わないぞ」
「違わなかったー」
「だがまたの名を・・・」
「イングリッシュ!!」
「なんで変わるんだパムパム?」
「なんで納税は義務なんだー?」
「それは分かんねぇーなー」
「消費税ってエロいな」
「エロいな」

駄目だ。
こいつらのペースだと話しが進まない上に意味が分からん。

「で、やるのか?」

ドジャーはダガーを取り出し、
そしてクルクル回して手元に収めた。

「やるならやる。手っ取り早く行こうぜ?俺ぁちょいとお疲れで面倒は御免なんだ」

そしてドジャーはダガーを真っ直ぐ突きつけた。

「やるならご馳走をくれてやるよ」

「ウンコついてる!」

「ついてねぇーよ!!」

駄目だ。
いちいち律儀にツッコんでしまう。
体質か。
イヤになる。

「いやまぁ、あちきらは観戦だ。黙って見てるだけのナマケモノさ」
「まるで屍のようだ」
「そこまで黙ってねぇけどな。何にしろあちきらよりあんたと戦いたいってやつがいる。
 それにあんたにとったってあちきらより戦いたい相手だろう?もう分かってんだろこのモンキーが!」

「・・・・・」

あぁ、
あぁ分かってるさ。
分かってる。
ここまで勢ぞろいしてきやがって、
居ないわけねぇだろ。
居ないわけねぇ。
居ないわけがないんだ。

分かってる。
分かってるさクソッタレ。


「・・・・・って事だドジャー」

入り口近くの壁。
ダルそうにもたれかかり、
また一つ灰を落とす。
足元にはもう吸殻が4本ほど転がっている。

「そーいう事だ。やろうぜ?な・・・ドジャー」

ドレッドヘアーの馬鹿野郎は、
なんの悪意もなく、
一年ぶりの変わらない笑顔を、
こちらに向けていた。

「・・・・本当に敵同士なんだなメッツ」

「あぁ、マジもんだ」

「・・・・俺を殺してぇのか?」

「いーや。全く」

メッツは自分でガハハと笑い、
背を壁から離し、
こちらに近づいてきた。
何にも変わらない。
メッツであり、メッツ以上でもメッツ以下でもない。
ただ、
少し自信に満ち溢れた。
そんな成長した顔をしていた。
だがそれでも、
あれはメッツだった。

「俺ぁ世界がどーこーとか興味ねぇ。気ままに生きていけりゃぁそれでいいし、
 正直ドジャー。お前の役に立って生きていこうって気持ちで溢れてらぁ」

「じゃぁなんでてめぇ・・・」

ドジャーは顔を濁す。

「なんでてめぇはそっち側にいやがる」

「言葉選びが苦手なんは知ってんだろ?兄弟」

タバコを咥えたまま、
ドレッドヘアーの馬鹿野郎は、
人の気も知らず素直に笑った。

「こっちはこっちで居心地いいっつーかよぉ。ガハハ!まぁいいか。
 理由つけばそれこそてめぇは腹立つだろ?嫌われたかねぇがしゃぁーねぇよ。
 偽善で敵に回りたくねぇからな。だがまぁ、大切なもんが一つ増えた。それだけなんだ」

分かってくれ。
いや、
お前なら分かってくれねぇか?
そんな顔のメッツ。
分かんねぇよ。
クソッタレ。

「ガハハ!いやよぉ、俺もいざ目の前にしたら俺自身どうなっちまうかと思ったが・・・・」

メッツが咥えているタバコから、
灰がポロリと落ちる。

「いやに落ち着いてる。覚悟が決まったっつーんか」

その顔は、
真剣・・・メッツに似合わない真面目な顔だった。

「単純にやりてぇんだよ。お前らだからこそやりてぇんだよ。
 俺はこんなに強くなったってのぉ肌で感じさせてやりてぇ」

「・・・・カッ」

「分かんねぇって顔だな。別に分かってくれとも思ってねぇよ。
 でも勘違いだけはしねぇでくれ。"敵になったが仲間もやめちゃいねぇ"
 俺は44部隊のメッツで、《MD》のメッツでもあるんだ。そーゆーことなんだよ」

「分からねぇ?分かるさ。分かりすぎるから困ってんだよ。何年の付き合いだ?
 ざけんなよ。てめぇーなら頭悪いからそーなっちまうんじゃねぇかって分かってんだよ」

「だよな」

メッツはダバコを咥えたままイヒヒと笑った。
こいつが小難しいこと考えないから、
だから周りが小難しいことになっちまう。
迷惑な奴だ。
ホントに・・・
ホントに・・・・。

「じゃぁやろうぜドジャー」

「・・・・しゃぁねぇか」

「下手こいて死んじまうなよ?」

「うっせバーカ」

「ガハハ!歯ぁ磨いたか?クソしたか?死んでからじゃいけねぇぞ?」

「てめぇなんかに殺されるかバーカ」

「オッケ。ガハハ!それでこそ最愛なるドジャーだ。なぁおい?じゃぁやろう。
 やっちまおうぜ。パーティーだ。根こそぎ御招待。優待券はもちろんてめぇだ。
 もっかい言うけど気をつけろよ?死なねぇように気をつけてくれよ?天国へご招待だが・・・・」

ガゴンと、
両手斧が二つ。
メッツの背中から重い音と共に落ちた。
ジャラジャラと鎖の音がする。
気付くと、
メッツの両手首と斧が鎖で繋がれていた。
まるで囚人が斧を身につけているように。

「メッツ様の殺戮パーティーはいつも片道切符だぜ?」

「あぁ来い。なら俺はご馳走を用意してやるからよぉ」

ドレッドヘアーの馬鹿野郎は、
タバコを吐き捨て、
嬉しそうに笑った。













                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送