シシドウ。
死の始まり。
死始動。

この家系は、
その名の通り、死で始まる。

代々、
暗殺、
暗躍、
それらを行うためだけの家系。
殺人。
殺すために生きている、
死なすために産まれてきた者達。

生は死のため。
産は殺のため。

それだけのために"生産"された命。

そして、
一子相伝。
完全なる一子相伝が、彼らには役目付けられている。

"一子相伝"
ポピュラーな言葉だが、
それを深く考えた事はあるだろうか。
それは物凄く危うく、
物凄く危険な伝授法である。

だが、
その代わり、
情報漏洩はしにくく、
盗技されにくい。

暗躍のためだけに産まれてくるシシドウ。
世間には存在しない存在のシシドウ。
ならば、
必要不可欠な要素でもある。


そして、
"シシドウの一子相伝は、死より始まる"

これが特異であり、
特殊であり、
異端だった。

シシドウの中でも家系があり、
家系によって、
伝授される技や、
考え、
役目、
そして世代交代の方法も違う。


例えばイスカ。
イスカ=シシドウ。

"世代交代"。

イスカの家系の場合、

イスカが成人した日、父ヒエイ=シシドウの"自殺"。
先代の自殺。
肉親の自殺によって死が始まった。

シシドウの一子相伝とは、
技を持つものが2人いてはならない。
それほどの徹底ぶりなのだ。

"シシドウはいつも一人"

基本的には受け継ぐという事は、
先代の死を意味する。

そして、
イスカの家系では、
先代・・・・
つまり肉親の自殺によって、
愛や情と言ったものを打ち砕き、
追い詰め、
殺人者(アサシン)として強制的に生きる事を根付かせる家系。
愛する者は、
たった一人としていなくなり、
受け継いだ者には、ただ殺人術だけが残る。
そういった家系だった。


そして、
先ほども述べたが、
それは"シシドウによって様々"

先代殺し(強制交代)、
養子主義(殺質主義)、
ギャンブル(運任せ)、
寿命(死にきり交代)、
殺人委託(親も敵)


そして、
"あるシシドウ"

その家系は、
代々、"子を必ず複数つくる"事が義務付けられた家系だった。

愛ではなく、
意図的に"量産された子供達"。
そして、
そのシシドウの子の中から、
一番優秀な子にシシドウを受け継がせる。
そして、
やはり、
シシドウは一子相伝であり暗躍。

"シシドウはいつも一人でなければならない"

子は、
兄弟は、
ある日・・・・・殺しあう。

"兄弟の中で唯一生き残った者を相続させる"

同じ血を分かつ兄弟たちで、
同じ米を食らい、生活してきた兄弟達が・・・・・・殺しあう。
そして、
生き残った子が、
シシドウを継ぐ家系。

その家系。
その代では、
5人の子供がいた。

昨日まで、
同じ本を仲良く読んでいた姉が、
昨日、オカズを分けてくれた兄が、
妹が、
弟が、
愛もなく、
情もなく、
ただ、
血のために・・・・

殺しあった。
殺しあった。
同じ血の流れた、
似た体を持つ兄弟達が、
殺し合った。

そして、

最後に残ったのが・・・・


ツバメ=シシドウと、
ツバサ=シシドウだった。

「弟を殺した・・・」

その日、
ツバメの手は震えていた。

「もう一人の弟と姉は俺が殺した」

ツバサは平然と言った。

「あの子は泣いてた・・・そしてうちも・・・・」

ツバメの手は震えていた。
ダガー。
手に持つダガーは血で濡れ、
震える手の中でガタガタと揺れていた。

「あいつと姉は俺を睨んだ」

ツバサは平然と言った。
その両手、
弟と姉を殺した両手は血で赤く、
また暖かい血液をしたたらせ、
そして動揺はなかった。

「なんで兄弟を殺さなきゃ・・・・」

「俺はお前を殺さないと」

ツバサは平然と言った。
シシドウ。
その教え。
残ったツバメ、
残ったツバサ。
殺しあわなければならない。

「俺達は死を始めなければならない。そうしてやっと俺達は生き始める。
 俺かお前。どちらかが生きるためにはどちらかが死ななくてはいけない。
 そうして初めて・・・・死によって生を受ける。生を受ける事によって死が始まる」

それがシシドウだ。
・・・と、
ツバサはただ言った。

「う・・・うちはイヤだ!」

ツバメは泣き顔で言った。
殺したくせに。
弟を殺しておいて、
もうイヤだと言った。

「こんな血にまみれた人生を歩みたくはないよ!」

「なら死ね」

ツバサは平然と言った。

「いや、俺に殺されろ。それで決まる。俺はお前を殺せて、お前は俺を殺せない。
 ならばそれがシシドウの資格の問題なのだろう。死を始められるかの違いなのだろう。
 このシシドウを受ける上で、俺が生き残る。お前を殺して生き残る。
 それは俺がシシドウの資格を得るに値するという事なのだろう。よくできている」

兄弟は平然と殺せるクズ野郎。
それこそがシシドウ。
ツバメはもう殺せない。
ツバサは平然と殺せる。
つまり、
どちらがシシドウとして生き残るべきか、
いや、
生き残るのか。
よくできている。
本当によくできている。

「ならうちは・・・・」

ツバメは泣き顔で、
涙と血を零しながら、
後ずさりした。

「シシドウなんていらない!」

そして、
ツバメは逃げた。
ただ逃げた。
そこから逃げた。
どこだったろう。
ただ、
死から逃げた。
生から逃げた。
シシドウから逃げた。
死の指導から、
死の始動から逃げた。

「・・・・・・」

ツバサは、
ツバメを追いかけなかった。

「お前は死んだよ」

無表情でそう言った。

「お前は死を始められなかった。死んだ。"死んだ"・・・・過去形だ。
 お前の死は終わった。"始まりもせず終わったんだ"。・・・・・そのまま死んでいろ」

ツバサは追いかけなかった。
もう死んだ者を追いかけてどうする。
自分の使命は生きることで、殺す事。
死人に用はない。













-------------------------------



「本当に・・・」

ツバサは、
腕を、
間接を、
指を・・・・パキパキと鳴らし、
黒髪をなびかせ、
無表情で言った。

「死んだくせによくもおめおめと帰ってきたものだ」

右腕をかかげる。
何か別の生き物のようにも見える。
その腕。
手。
パキパキ、
ペキペキ。
人を殺しやすいように、
それだけのために骨格ごと変形するその手。

「そのまま誰の眼にもとまらぬ所で死んでいたならば、俺も過去を殺すハメにはならなかったが」

「過去?」

ツバメはダガーを握り、
ツバサを睨む。

「お兄ちゃんにとってうちは過去でしかないんだね」

「過去でしかない。清算していない過去だ。ふん。曇らせてはいないさ。
 過去は大事だ。過去を振り返らない人間などくだらない。過去こそ至高。
 過去を置き去りに前を向く人間は最悪だ。だからお前という過去・・・・」

ツバサの手は、
パキパキと鳴り響きながら握られた。

「俺はお前を今一度しっかり清算し、シシドウとして正真正銘進み始めよう」

「はいはいはいはいはいはい!よぉーく分かった!以上!そこまでー!」

パチパチパチと、
手と手を叩く音が聞こえ、
なんかダルそうな声が響くと思うと、
それはドジャーだった。

「お前らの関係は大体分かったけどよぉ」

ドジャーは片手を広げる。

「ここにはなんだ?いっぱー・・・・い、居るわけだ。
 ここは闘技場(ダンスホール)。俺らが踊るから見てろ・・・なんて野暮な事言わねぇよな?」

ドジャー・・・・
イスカ、
ダニエル、
そしてツバメ。

ロベルト、
エース。

スザク、
そしてツバサ。

ここにはこれだけの数の人間が居る。
サラセン闘技場の入り口ホール。
そこにこれだけの人数がいるのだ。
私情なんか二人っきりの時にしてくれ。
それがドジャーの言い分だった。

あぁ、
いやもう一人。

「おい!」

「は、はいっ!!」

ドジャーが何も無いところに声をかけたと思うと、
隅っこ。
そこに隠れ・・・
いや、隠れれるほど小柄じゃない。
ゾウの姿をしたモンスター。
サラセン闘技場の受付ドラキ。
まぁパンピーだ。

「この闘技場で一番でけぇリングはどこだ?」

「あっ・・はい・・・えっと・・・・その中央のグループバトル用のリングが最大です・・・。
 イベントなどに使うところなので有り余るほどの広さがありますよ・・・」

モンスターのクセに怯えていた。
いや、
まぁそうだろう。
ここはサラセン闘技場。
戦うためにある場所なのだが、
巻き込まれたくはないのだろう。

「どうぞどうぞ・・・さっさと中で殺しあってください」

受付人ドラキは、
その一番大きいと言うリングのゲートを開く。

「ってぇー事だ。ここは8人が混ざるにゃぁ狭ぇ。場所変えようぜ」
「拙者は時と場所などどうでもよいがな」
「俺は燃やせるなら時と場所なんてどーーっでもいいなーーー!!」

いや、
狭ければ狭いほど、
複数の利が減る。
ドジャーはそれを考えての事なのだろう。

「下手な要求だな」

そう言ったのは、
ジャラジャラと上着の内側を金具で鳴らす、
エースだった。

「あん?てめぇは関係ねぇだろが」

「つまり自分達が有利になろうと広い場所に行きてぇんだろ?ミスミス許可できねぇな」
「それに関係なくないな。俺はマイケルをその男に殺られてんだ。
 そこのヤクザ姉ちゃんとそのお兄ちゃんの戦い事体、俺は認めてないぜ」

ツバサとツバメ。
その戦い。
実際彼らが勝手にそうしようとしているだけで、
44部隊の者達にとってはおざなりにされた気分なのだろう。
いや、
実際されているからだ。
・・・・。
自分達もさっき44部隊VS53部隊みたいにしてたクセに。

だが、
ドジャーはそれを笑い飛ばした。

「ねぇな。ねぇよ。今権利があるのは"俺達の方"だ。それは人数的に有利って意味じゃねぇ。
 てめぇらの敵は両方共"俺達"だろ?最終的にはそうなはずだ。
 なら俺らが移動するってんなら場所移動に着いてくるしかないんじゃねぇの?」

「関係ない」

ツバサが、
無表情にそう言った。

「それ以前。これはツバメと俺の問題だ。それ以外は後回しだ。
 さもないと・・・・53部隊・・・シシドウ。俺はそこに立てもしない。死を始められないのだから」

「関係ありありだ。それをぶち壊しに出来るのも俺達なんだからよぉ。
 てめぇらの兄妹対決なんざ誰が許可した?分かったんならさっさと付いてこいよ」

ドジャーはそう言い、
堂々と背を向け、
真ん中のゲートへと歩いていった。

「・・・・ふん。逆にややこしくもならないか」

イスカも堂々。
早くもなく、
むしろ落ち着いた足取りで背を向け、
ゲートの中へと入っていった。

「・・・・・」

ツバメは少し戸惑った様子だったが、

「お前は残れツバメ」

ツバサは単刀直入にそう言った。

「決着をつけたいのはお前も同じはずだ。なんなら俺達だけ違うリングに移動してもいい」

「悪いが無理だな。てめぇらも大部屋にきてもらうぜ」

そう言ったのはエースだった。
さすがにツバサも少し眉を潜ませた。

「・・・・なんだお前。先ほどはお前があの盗賊に批判していたじゃないか」

「まぁな」
「そうだぜエース。負けるつもりはねぇけど広い場所はギルドの奴らに有利だ。
 それに俺はマイケルの仇を討ちてぇ。乱闘じゃぁそれも厳しくなるんだ」
「いんだいんだロベルト。よく考えたら"大部屋の方が好都合"なんだ」
「・・・・考えがあるならいんだけどさ」

「そちらの好都合とこちらの不都合が割に合わない」

「さっきの盗賊野郎の言葉と一緒だ。権利はこっちにある。
 お前の希望をぶち壊せるのは俺達の方なんでな。
 そこのヤクザ女と乳繰り合いたいなら、それこそ大部屋にくることだな」

「おいツバサ。しゃぁーねぇーんじゃねぇーか?」
「・・・・・少し黙ってろスザク」
「ヒャッホイ!言うねぇ。けどよぉ。てめぇが別部屋いっちまうとよぉ、
 俺が一人ぼっちなわけよ。俺一人でギルドと44部隊相手にすんのはチトな」

「さっさと入れっての!」

そう怒り気味に叫んだのは、
ダニエルだった。

「てめぇらが先入ってくれねぇと安心できねぇんだよ!」

「安心?」

「アッちゃん連れてくわけにいかねぇだろが!!俺が燃やす前にてめぇらに殺されたら台無しだ!
 てめぇらが入場したのを確認してから俺が最後にそこの闘技場の中入るからよぉ。
 さっさと入れって!どーせてめぇら全部俺が燃やすんだからさっさとしやがれってんだ!」

アレックスの事となるとダニエルは本気になるものだ。
だがその通り。
気絶してのん気にノビてるアレックス。
それはもう放置するしかない。
ついでに殺されたらたまったものじゃない。

「・・・・・・しゃぁーないねお兄ちゃん」

ツバメがいち早く動いた。

「お呼びだよ。先入ってるからね」

そして、
なごり惜しさもないように、
ツバメはリングのゲートを潜っていった。

「ヒャッホイ♪」

スザクは眼帯付きの表情を緩ませた。

「おいツバサ。こりゃチャンスだぜ。今この場は44が2人と俺らが2人。
 不利ってわけでもねぇ。むしろチャンスだ。ここで蹴りつけんのもいんじゃね?お兄ちゃん」
「・・・・お兄ちゃん?」
「そうだろ?ビックラしたぜ。てめぇが俺の嫁の兄貴だとはな。
 つまりお兄ちゃん。俺の義兄ちゃんになるってことだろ?」
「・・・・・気色悪い。ツバメは俺が殺す。その夢は無しだ」
「ヒャッホイ♪それは同意しかねるけどな」

「おい」
「さっさとゲートに入れ根暗部隊」
「どっちにしろ奴らが戻ってきたら意味ねぇんだからよぉ」

「そりゃそうか・・・・ヒャッホイ♪・・・状況は最悪ね」

スザクはお気楽に、
そして呆れたように両手を広げながら、
歩き、
ゲートを潜っていった。

「・・・・ふん」

ツバサもその後を追う。
一番大きな闘技場。
そのゲートへと姿を消して行った。

「・・・・ほんとに良かったんだよなエース」
「あん?」
「あいつらの口車になんか乗っちまってさ」
「いいんだ。言ったろ?最後に勝つのは俺達だってな」
「・・・・そっか」

「おい!早くしやがれって!燃やすぞ!入るか燃やされるか!どっちがいい!?
 ついでに言っておくと!俺的には燃やす方がいい!とてもいい!」

「・・・・・」
「・・・・・こいつの相手するのも面倒だ」
「・・・・さっさと入るか」

エースとロベルトが足並みそろえ、
ゲートを潜っていった。
そして、

「ヒャーーーハッハハ!!焼肉パーティーか!楽しそうだなおい!キャンプファイヤー!!!
 アッちゃんおとなしく寝ててね!メインディッシュもデザートもアッちゃんなんだから!」

最後にダニエルがゲートを潜っていった。































「チッ・・・ふざけんなよ。マイケルの仇は俺が討ちてぇって言ってんのに・・・・」
「まぁ堪えろってロベルト」

基本的には、
他の闘技場と形状は同じだった。
ただ特大。
広大。
リングというには・・・・
そう、
どちらかというと"スタジアム"とでもよんだ方がいい広さ。

5ケタの人数が入りそうな観客席。
目が回りそうなドーム型の天井。
そして、
一辺が50mぐらいあるんじゃないかという石畳のリング。

その中央には・・・・・

「続きといこうかツバメ」

「・・・・・・」

先ほどと同じくして、
ツバメとツバサ。
そのシシドウ兄妹が向き合っていた。

「なるほどな」

リングの外。
観客席でもない、
ただの砂の地面。
そこでイスカが腕を組み、
隣のドジャーに声をかけた。

「広すぎるからこそ・・・か」
「そういうことだな」

それは、
リングが大きすぎる事。
逆のリングサイド。
そちらにはエースとロベルト。
また別のほうにスザク。
あぁ、
ダニエルは今こちらに歩いてきた。

「他の奴らが遠すぎる。動けばすぐに分かる」
「せっかく人数は有利なんだ。状況把握できるだけで随分変わるってこった。
 ・・・・ってまぁ、こういう力量と別のとこで有利を作るってのはアレックスから教わった事だな」
「ふん。相変わらず勇者になれん奴らだ」
「勇ましき者と書いて勇者。悪ぃな。俺らは十分に臆病者でよ」

ドジャーの考えはそれだけではなかった。
ツバメとツバサの一騎打ち。
正直。
完全に心の底からの正直では・・・・・
"ツバメに勝ち目はないと思っている"
なんとなくだが、
やはりそうだろうと思う。
だが、
だがだ。

「こしゃくなマネを考えるな。お主も」
「それは敵から言われたいもんだぜ♪」
「なになにー♪ダニーも混ぜてー♪」
「つまりだ。こんだけ広い闘技場。もしも。カッ・・・もしも乱入するなら?」
「お?ドジャっち邪魔する気マンマンか!俺そーいうとこ大嫌いだぜ!」
「黙れ。だがもしも乱入するならだがよ。おいイスカ」
「ぬ?」
「あの修道士みてぇな野郎の攻撃方法はなんだ」
「あれはあぁ見えて盗賊らしい。爆弾を蹴り飛ばして攻撃してくる」
「ま、それを踏まえてもだ」

ドジャーがダガーを取り出し、
上へ放り投げる。
ダガーはヒュンヒュンと回転しつつ上昇し、
上昇しきるととそのまま回転落下。
ドジャーの手に収まった。

「邪魔するなら誰が早い?」
「あっ。そゆこと。そーいうの大嫌い♪俺がおいしく焼いて戴けないから♪」

エース。
どう見ても遠距離タイプではない。
戦士だろう。
ジャラジャラと上着の裏側や棺桶の中に武器持ち運んで、
動きの速いタイプには見えない。

ロベルト。
イスカの話の通りでも、
爆弾を蹴る。
こんな動作たかが知れてる。

スザク。
最速でもイミットゲイザーか何かだろう。

じゃぁなんだ。
"ドジャーとイスカの方が早い"
速い。

ドジャーは移動速度ならそれこそだし、
飛び道具としてもダガー投げが最速だ。
邪魔するならドジャーが一番最速。

いや、
他に居るならばイスカ。
一瞬で間合いを詰めるサベージバッシュ。

ダニエルは置いておいて、
ドジャーとイスカ。
ツバメとツバサの邪魔をするなら、この二人が最速なのだ。
この広い闘技場は、
その条件さえもいかんなく発揮できる。

「ま、もう53部隊も到着して"役者は揃ってんだ"。焦る必要はねぇ。
 ツバメがピンチになるまでは気楽に観戦と行こうぜ」
「期を探るとも言うがな」
「いやま、ツバメも宿命って奴だろ?出来る範囲までは希望を通してやるよ。
 恨まれちゃぁ敵わねぇしな。それにお前にとってもだろ?イスカ」
「ぬ?」
「シシドウは素通りできねぇはずだ。知っておきたいんじゃねぇのか?」
「・・・・・・・そうだな」

何も、
ツバメとツバサだけの問題ではない。
イスカ。
彼女もシシドウ。
ツバメほどシシドウという肩書きに何かを感じているわけではないが、
マリナを守るため。
いらない過去の足枷など清算しておきたい。
いや、
違う。
マリナを正当化するため。
自分の過去を消し去ってくれたマリナ。
自分の殺人鬼だった過去を消し去ってくれたマリナ。
それを正当化するためには・・・・
シシドウなんていう足枷は消し去らなくてはいけない。

「何にしろ始まるぜ?お二人さん♪」

ダニエルの言葉で、
二人はすぐさまリング中央へと視線を注目させた。




























「たった二人残った姉妹だねツバサお兄ちゃん」

「そうだな」

ツバサは、
やはり無表情だった。
右手をコキコキと鳴らす。
少し片手で力を入れただけで、
ツバサの右手は変形してしまいそうなほどにパキパキ鳴り響いた。

「だがそれだけだ。兄妹。そのカテゴライズはとても重要だ。
 血の愛。そんなものを打ち殺せてこその"シシドウ"。そういった意味で重要で。
 そしてすでに俺に・・・・そんなものはない。あとは清算だけだ」

ツバサがその拳を握った。
固く、
無表情のままに。

「なんだその顔は。ツバメ。それでもシシドウか」

「うちはシシドウなんかじゃないよ。お兄ちゃんが何も思わなくても、うちは思う。
 兄妹が殺し合う。こんな事、道理じゃない。極道で学んだうちの道理にはない。
 憎しみもなく、強制されたわけでもなく、避けて通れるのに殺し合う。
 こんなもの筋違いだよ。義理と人情を超えた関係なのに最悪の筋違いだ」

「極道など死々道の前には意味もなさない」

やはりツバサは何も感じていなかった。

「極まった道。極道。極めとは終点ではない。死が全ての終点だ。
 極みとは生の道。終点には到達しない。生などという過去を超え、俺達は死を進むべきだ」

硬気功。
いや、
鋼の肉体。
ツバサの両手。
その拳が、
鋼のように硬質化していくのが分かる。

「死を始めよう。決心はついているんだろう?ツバメ。ならいいだろう。
 俺達どちらに死が訪れる。それは言い換えれば死が始まる」

「・・・・そうだね」

ツバメが片手のククリを回転させ、
そして逆手で右手に収めた。

「うちが勝って。シシドウなんて・・・・死なんて終わらしてやる」

兄は、
因果を手に入れるため、、
死を始めるために。

妹は、
因果を断ち切るため、
死を終わらすために。

戦いの場で向き合った。

「・・・・・」

「・・・・・」

だが、
どちらも動き出さなかった。




「なんだ?あいつら動かないぜ?エース。結局兄妹殺すのに戸惑ってんのか?」
「いや。もう始まってるんだろうよ」

リングサイドの一方。
エースとロベルト。
そう。
もう始まっていた。



「なつかしいなツバメ」

「そうだね」

「今、俺とお前の頭の中では同じものが展開されているわけだ」

「毎日毎日お経のように聞かされて書かされたもんね」

「俺達のシシドウの聖書のようなものだ・・・・・記憶の書は」

「あの日々は5人居たよ。兄弟5人で毎日学んだ。
 イヤになるほど頭に記憶の書の文面を刷り込まされていた」

「そして今は2人だ」

「そうだね」

「そして・・・・これから1人になる」

「・・・・・・」

ツバメは・・・・
その右手に握ったククリを・・・・強く握り締めた。

「そうだね」


その瞬間。
ドジャー、
イスカ、
ダニエル、
スザク、
エース、
ロベルト。
彼らの目から消えた。
姿が消えた。
居なくなった。

ツバメ。
ツバサ。
二人のシシドウの姿が消えた。

「・・・・・チッ・・・」

「・・・・・・」

そして・・・・
"入れ替わった"

消えたと思った瞬間。
ツバメ。
ツバサ。
その二人の立ち居地が入れ替わった。

ツバメが居たところにツバサが。
ツバサが居たところにツバメが。

「錆付いてはいないようだなツバメ」

ツバサは冷たい、
小さな小さな笑みで振り返る。

「過去は消えない。錆付かないからね」

ツバメは笑みもなく、
真剣な表情で振り返った。

入れ替わった理由。
ツバメの"殺化ラウンドバック"。
同様。
ツバサの場合"殺化ラウンドアタック"

二人のシシドウで会得する特化された技。
特別な暗殺術。

脳内に刷り込まれた呪文。
記憶の書の文面。
毎日の生活時間のほとんどを犠牲にして会得させられた技。

相手の位置座標に移動し、
殺す技。

つまり、
ツバメはツバサの位置へ一瞬で移動するラウンドバック。
ツバサはツバメの位置へ一瞬で移動するラウンドアタック。
同時。
完全に同時。

だから入れ替わった。

「殺人技術の資質はお前にも十分にあるという証明だ」

「うちはシシドウを飛び出しても殺人してこなかったわけじゃない。
 けど・・・・殺人をしようと・・・殺人を人生にしていくなんてマッピラお呼びじゃないんだよ!」

「そうか」

ツバサは・・・
少し俯いた。
無表情のまま。
まるで・・・・それは少し離れたところから見ると・・・
悲しんでいるようにも見えた。
だが・・・・・

「なら俺の糧になれ」

気のせいだった。

「お前はただの過去の消費税だ。俺のシシドウのためにただ死ね。いや・・・・」

黒髪の下から、
冷たい目が覗いたと思うと、

「死ぬのではなく、"俺に殺されろ"」

右手を力むようにしてツバメへと飛び掛った。

「・・・・・・お呼びじゃない・・・・か」

暖かくない。
殺人マシーン。
それが自分の兄。
暖かくない。
"血のように冷たい"
向かってくる兄を見ておもった。

間違いなく彼は自分の兄であり、
間違いなく自分は彼の妹である。
確実なる血のつながり。
ただそれは"商品名"と同じ。
"妹というモノを殺そう"
それだけ。
それだけなのだと。
向かってくる・・・
殺しにくる兄を見ておもった。
確信した。

「兄弟を殺すっていうのはどうなんだろうねぇ親っさん」

リュウの親っさん。
教えてくれたこと。
血のつながり。
家族。
義理。
人情。
だが、
関係ない。
間違っちゃいない。

アレは。

筋違いだ。

「うちはうちの道理を通す。決めた道は曲げないよ!!」

リュウがしたように。
トラジがしたように。
シシオがしたように。
ツバメは道からどかない。

「死ね」

「死なないっ!」

ガキンと、
金属がぶつかった音がする。
金属音。

だが、
交差しているのは、

妹の刃と、兄の手。

「くっ・・・」

「まぁまぁだツバメ」

ツバサの手刀。
それは硬質化された手。
ツバメのダガーとぶつかっても刃こぼれしない手。
鋼の肉体。
いや、
手だけに全て気を送り込む硬気功。
言うならば、
鋼の拳。
いや、
鋼で出来た5本の鳥の爪。

「そしてその程度だツバメ」

「!?」

ツバメの刃は一つで、
ツバサの刃は二つだ。
ツバサの逆の手。
左手がツバメに振り切られる。

「・・・・・ちぃ!」

ツバメは咄嗟にバックステップで距離を離す。
その左の手刀から逃れる。

「さすがお兄ちゃん・・・・・ってとこだね」

バックステップで、
足を滑らす。
素肌に着た上着(スーツ)がなびく。

「そしてお前はそこまでだ」

間も置かず、
ツバサは追ってきた。
バックステップで距離を置いたツバメを、
仕留めようと追撃。
硬質化した両手をペキペキと鳴らし、
凍りついた表情が迫る。

「気兼ねなく死ね」

ツバサが迫る。
突っ込んでくる勢いのまま、
手を伸ばしてきた。
手刀ではなく、
まるで果物でも掴もうとするように手を鷲掴みの形で突き出してくる。

「このっ!」

それをダガーでガードするが、
硬きその手。
まるで鋼鉄の鳥の爪のようなその右手は、
ガードしたツバメをそのまま後ろに突き飛ばした。

「ぐっ・・・うっ・・・!!」

後ろに吹っ飛ばされたツバメは、
そのまま体を翻し、
回転し、
バク転の要領で着地する。
だがやはりそこにさらにツバサが詰め入る。
殺そうと。
躊躇なく妹の命をもぎ取ろうと。

「極道?それが新しいお前の道なんだろうが」

やはりまた鋼鉄の爪。
鋼鉄の手。
それを突き出してくる。

「過去を捨てたものに道などない」

ツバメは・・・やはりダガーで対応するしかない。
ダガーでそれを食い止めようとガードする。
ツバサの手が、
鋼鉄の手がツバメのダガーにぶつかる。

「過去も道なのだから」

「!?」

突き飛ばされない。
違う。
"握られた"
ツバサの鋼鉄の手は、
ツバメのダガーを掴んだ。

「くっ!このっ!!」

振り解こうとするが、
鋼鉄は揺るがない。
鋼鉄の鳥の爪はツバメのダガーを握り締め、
離さない。
ビクともしない。
刃物を掴んでも血一つ出ない。

「くそっ!!このっ!!このっ!!」

振り解けない。

「逃れられないさツバメ。過去は絶対に逃れられない。
 だから過去から目を背けるものは最悪だ。過去を捨てる者に未来はない」

ツバメのダガーを握ったまま、
不動でツバサは言う。
無表情のまま、
冷たい、
獲物を狙う感情の無い鳥のような眼をツバメに向けて。

「過去の道を捨てた時点でお前は最悪だ。過去は捨てられないのならば眼を背けるな。
 "過去を乗り越えたものだけが未来を手にする権利がある"。
 だからお前は死に、俺は進む。過去。お前を殺し、死を始める。もう一度言う」

「!?」

「過去からは逃げられない」

その瞬間。
まるでガラスのように音が散響した。

ダガーが・・・割れた。

刃が散らばった。
ツバサがダガーを握り砕いた。
まるで儚き思い出のように、
まるで氷の結晶のように、
刃の破片は散らばり、舞い落ちた。

「前だけを向いて歩く奴はクズだ。ただ現実から目を背けた弱者。過去を見ろツバメ」

落ちる破片。
目の前には兄。
冷たい眼をした兄。
ツバサ=シシドウ。

「人の目は前を見るためについている。だが振り返れば後ろは見える。目を背けるな。
 人はその両足で前に進むことができる。だが後ろにも進めるようになっている事を忘れるな。
 ポジティブとは後方確認から始まる。それを無視するやつは"背中を刺されて死ぬ馬鹿"だ」

ツバサの手が迫る。
ゆっくりと、
まるで動く事の出来る彫刻のように、
ゆっくり鋼の爪がツバメへと振り落とされる。

「うっ!」

ただ逃げた。
バックステップなんて呼べるものでもなく、
ただガムシャラに、
兄から、
兄(過去)から逃げた。

「くそっ!!くそっ!!くそぉおおお!!!」

這い蹲るように、
転がるように、
兄から逃げた。
距離を置いた。
だが、
恐怖しても、
勝てないまま殺される勇気などなく、
また距離を置き、
ツバメは兄を睨んだ。
睨んだ目には言い訳の強さしかなく、
恐怖に沈んだ心をガムシャラに強気で覆い隠しただけだった。

「・・・・はぁ・・・はぁ・・・・」

逃げる勇気などない。
自分が進むためには、
親っさんに、
昇竜会に、
いや、
自分の決めた道を進むためには逃げるわけにはいかない。
自分は・・・
前へ進まなくてはいけない。

だが、
だけど、

道の先。
目の前。
前。
"目前にいるのは後ろだ"
前を向いているのに、
"前には過去がいる"

捨てたいからここに居るのに。
前に行きたいからここに居るのに。
自分の宿命を消したいからここに居るのに。

"背後の障害物が行く手を遮る"

「記憶・・・思い出・・・・。過去とはまるで影だなツバメ」

ゆっくりと、
ツバサは迫ってくる。
命をもぎ取らんと、
両手をペキペキと鳴らし、
堂々と黒髪の影は近づいてくる。

「積み重ねて積み重ねて。忘れても脳の裏側に絶対に残っている。
 絶対に振り解けない、絶対に逃げられない。まるで過去とは影のようだ」

近づいてくる。
どうする。
どうするどうするどうする。
武器もない。
過去に立ち向かう術がない。
逃げられない。
つまり、
振り解けない。
立ち向かえもしない。
まるで・・・
まるでまるで過去とは・・・・

「どうしようも・・・ないのかもね・・・・」

そう

そう思ってると、

突如自分の足元。
そこでカキッと短い音が鳴った。
見下ろすと、

足元にダガーが刺さっていた。

「・・・・?」

ツバメが視線を変えると、
リングの外でドジャーがカッコつけていた。

「それ使え。ツバメ」

「・・・・・」

足元のダガーを見て、
自分の影に刺さったダガーを見て、
ツバメは少し考えた。
思いふけった。
だが、

「お呼びじゃないんだけどね。使わせてもらおうか」

足でそれを蹴りあげ、
自分の目の前。
宙で回転するダガーを、
そのままキャッチした。

「そうだねぇ」

ツバメは笑った。

「うちにはもう違う過去もあるんだよ」

違う道を進んだ結果。
違う道を選んだ結果。
だからこそ掴んだものがある。
まだ新しい過去だが、
新しい道に居た奴は、なかなかおせっかい焼きなようだ。

「お兄ちゃん。あんたの言うとおりだよ」

ツバメは手元でクルリとダガーを半回転させ、
逆手で握る。

「過去からは逃れられない。けど、後ろ向いてちゃ前は進めない。
 過去は影。引き剥がせない影。ずるずる足にへばりつく重荷だ。
 だけど引きづったままじゃいられない。思いと想いには重すぎる。
 うちは前へ進むよ。"太陽を目指せば影なんて見えないんだからね"」

「太陽を目指せば目指すほど・・・・影は大きくなるぞ」

「そうだね」

「後ろを振り向け。影はある。目を反らすな。影のある方へ進めば影は小さくなる。
 後ろへ進めば過去は清算できる。それでも影は足元から消えたりはしない。目を背けるな」

「なら引きずったままでもいいよ!それでも真っ直ぐ進めば影なんて視界にゃ入らない!」

走った。
突っ込んだ。
影へ。
過去へ。

過去?
影?
影なんてものは結局"自分を象った虚像だ"。
記憶。
思い出。
それでも付いてくる。
付いてくるだけだ。
重荷になってたまるか。
影のくせに歩き方を指図するな。
"自分が歩けば影も形を変える"
それでも、
それでも
足の裏にべったりへっついて、
足枷になるような過去なら断ち切ってやる。
光で影は消えうせる。

「うちは過去を乗り越える!!」

ツバメは走り、
真っ直ぐに、
真っ直ぐにダガーを振り落とした。
断ち切るように。
過去へ向かって。

「前だけ向いてると影に足払いされるぞ」

ツバサは無表情に、
片手で、
右手の手刀でダガーを防いだ。
いとも簡単に。
断ち切れない鋼鉄の影。

「今目の前にいる者が背後だ」

そして、
ツバサはまた、
左手を振り落としてきた。
鋼鉄の爪。
刃のような手刀。
食らえば、
いとも簡単に肉を切り取るだろう。
腕をつかまれれば、
握り千切られるだろう。
首をつかまれれば、
そのままへし折られるだろう。

ツバサの左手は・・・・
"背後は目の前を切り裂いた"

切り裂かれる。
ツバメのトレードマーク。
黒い、
極道の印であるスーツは、
無残に切り裂かれた。

だが、

「・・・・・ッ!?」

そこにあったのはスーツだけだった。
スーツだけが破れ、
切り裂かれた。

「後ろ・・・・ラウンドバックか」

ツバサには、
いや、
ツバサだからこそ分かった。
殺化ラウンドバックをするヒマはなかった。
同じ血の人間だから、
共に同じ事を学んできた兄妹だから分かった。
ならば、
通常のラウンドバック。
背後。
後ろ。

うかつだった。
前に気を取られるなど、
自分でも目を背けたくなるような恥行。
背後。

危険はいつも背後。
分かっていたはずだ。

「俺の後ろをとったつもりかツバメ!」

過去は振り解けない。
後ろを振り向くことを忘れるな。
妹はそれをしたのだ。
ツバサは左手を、
鋼鉄の手刀を振り切った。
背後へと左手を振り切った。
だが、

「!?」

そこにも・・・・
ツバメは居なかった。
と同時、

「がっ・・・・」

ツバサは自分の腹部に・・・・
痛みを感じた。

「背後を気にしてると・・・・前から刺されるよ。お兄ちゃん」

目の前。
前方。
その空間が歪み、
ツバメの姿が現れた。

「・・・・インビジブルか」

両手でツバサの腹部にダガーを突き刺すツバメの姿。
足元には、
影の上には切り裂かれたスーツが落ちており、
上半身はサラシだけの状態で、
ツバメはそこにいた。

「スーツと背後・・・オトリとオトリか・・・・・」

「裏の裏は表。背後の背後は前だよ。ただうちは前に居た。それだけ」

ツバメはダガーを抜いた。
血が吹き出る。
兄弟の血を浴びると、
胸の白いサラシがポツポツと赤く染まった。

「・・・・悪くない・・・・ぞ・・・ツバメ・・・・」

ヨロヨロと、
ツバサは後退した。
力なく。
だが冷たく、
無表情で。

「それも一つの真理だ・・・背後の背後は前・・・それこそ俺の言っている言葉だ・・・
 ・・・後ろを見たものだけが・・・・前を見る権利がある・・・お前は後ろから目を背けず前を見た・・・」

後退していくツバサ。
血痕が、
石畳の上に道しるべとなって残る。
その数だけ距離が離れていくのが分かる。

「だから・・・」

ツバサは随分距離をとったところで、
やっと足を止めた。

「やっと対等・・・・俺も過去を清算できるというものだ・・・・」

そう・・・
ツバサが言うと。

「過去の傷は修復していかないとな・・・」

小さく、
微小の微笑。
ツバサがそんな笑みを残したと思うと、

「!?」

ツバサの腹の傷。
それが・・・・
塞がった。

セルフヒール?
いや、
違う。
そういったものじゃない。
・・・・

気。
硬気功。
鋼の肉体。

"傷口が硬質化した"

コーティングするように。
傷口が鋼鉄で塞がれる。

「・・・・・内臓を少しやられたようだ。表面を覆っても痛みはあるか」

だが、
その言葉と裏腹に、
ツバサは平気な顔をしていた。
確認するように右手を持ち上げ、
またペキペキと鳴らしていた。

「記憶として残っても、消えない痛みはない。痕が残ったとしても、癒えない傷もない。
 全てを引きずった者だけが前に進む権利がある。影を引きずらなければ進めない」

硬質化した腕を鳴らし、
冷たい。
冷めた目で見るツバサ。

「ツバサお兄ちゃんにとってうちは過去。うちにとっても逆は同じ」

「お互い、目の前に居る者は背後だ」

「立ち塞がってる者は背後なんだね」

「だが、悪いが、これからの人生に前は必要ない」

「悪いけど、うちもそう思っている」

「だが前に進むためには今、お前が必要だ」

「前に進むためには過去を振り向かなきゃ。だけどそれもここで終わり」

分かる。
今、
ツバメの頭の中で、
多くの呪文が展開されている。
記憶の書の呪文。
それは、
過去。
脳に刷り込まれたそれは、
つまり過去の思い出とも言える。
つまり過去の記憶とも言える。

それは、
兄ツバサも同じ。

脳内に準備された、
先への行動・・・・攻撃方法は、
同じ過去の記憶。

殺化ラウンドバック。
殺化ラウンドアタック。

今一度、
それが同時に展開されている。

「終わらせる」

「いや、始めさせる」

過去を終わらすために。
未来を始めさせるために。
シシドウ。
死々道。
死始動。
死指導。
シシドウ。
一方は死を終わらすために。
一方は死を始めるために。

お互い、
目の前の背後を断ち切らなければ進めない。

兄妹だろうと、
兄妹だろうとも。

「ふぅ・・・・」

ツバメは・・・心を落ち着かせた。
チャンスは一度。
一度で決める。
一度に賭ける。
それがリュウと誓った道でもある。
そしてそれしかない。

「・・・・・」

対面のツバサ。
状況は恐らく同じ。
殺化ラウンドバック。
殺化ラウンドアタック。
脳内に広がる記憶の書の呪文。
それは恐らく同じ。
タイミングも同じか?
同じならば先ほどと同様、入れ違いになるだけだろう。
だが、
それでは駄目だ。
ここで決めなきゃならない。

「うちが先へ行くんだ・・・・」

先。
"ツバサより先に"
先に攻撃する。
それだけ。
それだけだ。
それだけ・・・。

宿命も、
過去も、
思い出も、
血筋も、

全て・・・
それだけで・・・・・

「終わらせるっ!!!」

ツバメの目に力、
ツバメの握る手に力、
ツバメの踏み込む足に力を込める。

「たぁっ!!」

殺化ラウンドバック。
ツバサはまだ動いていない。
勝った。
速かった。

"終わらせてしまった"

「とった」

声は冷静だった。

一瞬で、
ツバメはツバサの背後に移動した。
この右手。
握るダガー。
これで一刺し。
それだけで。

目の前には兄の背中。
ずっと背後霊のように消えてなくならなかった影。
思い出。
いい思い出。
悪い思い出。
すべてが目の前の背後に・・・・・。

「バイバイお兄ちゃん」

そしてラウンドバックにより背後をとり、
振り切られたダガーは・・・・

空を切った。

「!?」

目の前のツバサが消えた。
目の前にいない。
先がない。
前がない。
後ろが居ない。

「後ろから目を背けた奴が・・・後ろから刺されると言ったろ」

背後から声。
間に合わない。
先に動かなかったんじゃない。
後に動こうとしていただけ。

お互いの暗殺技。
お互い一度だけのチャンス。
次を出すヒマはない。
ならば・・・

後出しした方が勝つ。

「背後の背後をとった。それだけだ」

「あ・・・・」

ツバメの首に、
ツバサの腕が絡まる。
絞めあがる。
堅い手。
頼もしいという意味ではなく・・・
鋼鉄のように堅い・・・
鋼鉄のように血の通っていないような・・・
冷たい・・・
ただ殺すだけの殺人マシーンの手。
それがツバメの首に絡まる。
背後から絡まる。

終わった。
負けた。

ただ・・・

それだけだった。

「む・・・」

不意に、

腕が緩んだ。

ツバメの首を絞めていた腕が緩んだ。
何故?
なんで?

刹那の後、それは分かった。

ツバサの腕が飛んでいた。

「そこまでだ」

少し向こうに、
イスカ。
イスカ=シシドウが、
剣を振り切った状態で立っていた。

「勝負は見届けた。ならばもう良いだろう。
 お主が裏の裏へ行ったならば、拙者はさらにその裏。それだけだ」

イスカのサベージバッシュで吹き飛んだそのツバサの右腕。
それは、
ただの無機物のように宙を舞っていた。

「・・・・・邪魔な奴らだ」

自分の手が飛んだのにも関らず、
あたかも人事のような冷静さでツバサは言う。
そして左手を振りかぶった。
それは邪魔をし、
右腕を奪ったイスカに対して・・・ではなく、
そのまま目の前のツバメにだった。
ただプログラム化された機械のように、
ツバメの命だけをもぎ取ろうとツバサの左手は殺意に塗れていた。

「勝負は終わりだっつんてんだろっ!!」

風切り音が聞こえたと思うと、
ダガーが二本飛んでくる。
ツバサの左手を狙って。

「・・・・チッ・・・」

ツバサは咄嗟に二本のダガーを払う。
硬質化した左手の甲で、
そのままダガーを弾いた。

「デザートの時間だぜっ!大人しくしてろ!」

だがそのままドジャーが突っ込んでくる。
ツバサとツバメ。
その二人の間を妨害するように突っ込んできて、
割って入った。

「・・・・戦いの美学の無い奴だ」

「殺し屋に言われたくねぇな」

ツバサが後ろへと飛ぶ。
距離をとる。

「あんた・・・」
「勘違いすんな。てめぇがこんなところでくたばると困んだ!《昇竜会》潰す気か!?
 最初からこうするつもりだったんだ。最初から邪魔する気マンマンだったわけだな」
「・・・・そりゃどうもだね」
「素直じゃねぇって言いたいか?それともお呼びじゃないって言いたいのか?」
「いーや」

ツバメは笑う。

「あんたの場合、それがある意味素直なんだろうね」
「あん?」
「ともかく・・・・うちの進む道はすでに一人でどうこう出来る道じゃなかたって事だね」
「言い得ておるな。違う意味でだが」

イスカが歩みよってくる。
相変わらずのぶっちょうヅラだ。

「《MD(こいつら)》と関ると色々勝手にお節介を焼いてくる。
 いつの間にか拙者も・・・お節介が趣味になってしまったしな」
「カッ、お前のマリナに対するお節介ってのはストーカーっつーんだよ」
「聞こえんな」
「不器用っつーか堅物だな」

「ざけんじゃねぇぞ!ヒャッホォーーイ!!」

声。
眼帯の男。
スザクがリングにあがり、
物凄い勢いで突っ込んできている。

「邪魔すんなら邪魔するっつえよ馬鹿野郎共!俺の嫁を救う場面逃しちまったじゃねぇか!」

両腕を火打ち石のようにぶつけ、
走りながら両拳に炎が巻き上がる。

「煮えあがっちまいな!イミットバーナー!!!」

「ぬっ」
「チッ・・」
「嫁じゃないってんだよ」

炎属性のイミットゲイザーが飛んでくる。
ドジャー、
イスカ、
ツバメは、
同時に3方向に拡散するように飛び避けた。

「ヒャッホイ!!」

ガリガリと地面を滑り、
スザクはツバサの前へと着地した。

「ツバサ!結局はこーなるわけだ!ってぇーかなんだその様!
 結局お前が腕失っただけの大損じゃねぇか!まぁ俺の嫁が相手だしそれが一番だけどよぉ!
 ・・・・ん?んじゃ良かったのか。いやぁー、嫁が無事でよかった。お前の腕一本で済んで!」
「俺の妹だ」
「そして俺の嫁だ義兄ちゃん!」
「嫁でもお兄ちゃんでもない」

53部隊が二人、
意味の無い話しをしていると、
リングの中央。
そこに2つダガーが飛んで来た。
・・・。
と言っても不恰好に飛んで来ただけで、
何にも当たらず、
ただ地面にさえ刺さらず、
カランカランと転がっただけだったが。

「ありゃ?あの盗賊の真似して投げてみたけど案外難しいなおい」

エースがポリポリと頭をかいていた。

「ま、ともかく仲間外れ終了ってことでOKか?」
「選手交代・・・いや、選手投入だなっ!ウグイス嬢がいないのが残念だけどっ!
 はいはい!ロベルト=リーガー選手入場!見ててねお客さ〜〜ん。居ないけど」
「名無しのエースも登場だ。忘れんな」

ロベルトは元気よく、
前転後、
前宙をしてリングにあがった。
エースはのらりと登り、
上着の中の目まぐるしい武器の中、
メイスとハンマーを取り出した。

「なぁーに?なぁぁああああにぃいい!?焼肉パーティー始まんの!?言えよ!」

出遅れたようにダニエルが叫ぶ。

「俺不参加じゃないよな!?パーティーでいんだよな!?・・・・・ヒャハハハハ!
 オッケ!最高!最高に灰にしてやる!火蓋を切って火蓋を燃やすのは俺だろ!?
 ヒャーーーハッハ!!全部燃やしていんだよな?ぜぇーーんぶ!燃やしちゃっていんだよなぁあ!?」

下品に笑い声をあげながら、
ダニエルもリングへ上がる。

「参加費とかとらねぇよな?な?まぁどっちにしろ紙幣は燃えるから持ち歩かない主義なんだ俺!
 ま、どーでもいいか!どーでもいいわな!燃やそう!おう燃やそう!すぐ燃やそう!」

ヒャハハと笑い声をあげ、
ダニエルの両手からタイマツのように炎が燃え上がる。
スザクの炎とは段違い。
腕自体が炎で出来ているかと錯覚するほどに、
両腕が燃え盛り、
燃え尽きるほどに燃え上がる。

「さぁ燃やそう。燃やすぞ?すぐ燃やすぞ?絶対燃やすぞ、ほら燃やそう!ってか?ヒャハハハ!」

そして、
ダニエルは右腕を振り払った。
その炎に塗れた右腕を。

腕の動きと共に、
炎が振り払われる。
いや、
突き進む。
石畳のリングを蛇が走るように、
いや、
まるで炎が地面から花咲いていくように。

ファイアウォール。

ダニエルの腕を発信地に、
炎が壁が蛇のように突き進み、
這い進む。

「うわっ!」
「この馬鹿者・・・」
「見境なしかい!」

53部隊も、
44部隊も、
はたまたドジャー達も、
ターゲットに区別無しとでも言わんばかりのファイアウォールだった。

「カッ・・・やっぱダニエルは連れてくるべきじゃなかったか」
「敵にとっても敵だが、味方にとっても敵だな」

「ヒャッホイ♪」

「!?」

ダニエルのファイアウォールを飛び越え、
"伍三"と書かれた眼帯の男。
スザクが飛び掛ってきていた。

「おい盗賊♪俺の嫁2人を両脇に置いてんじゃねぇぞ色男!!」

「「「お前の嫁じゃない」」」

もうこの短期間に御なじみになったツッコミを、
ドジャー、イスカ、ツバメが、
三人三色の意味で口にした。

「でぇりゃ!!」

「チッ」

スザクが飛び掛ってくるやすぐに、
その左拳を地面に打ち付けた。
電撃が拳にくるまれていた。
電撃を帯びた拳は、
リングに石畳を粉砕し、
バチバチと弾けた。

「外れたかヒャッホイ♪」

「そして死ね」

すぐさま、
避けたドジャーと入れ替わりのようにイスカ。
剣をすでに振り切っている。
動きに無駄がない。

「夫婦喧嘩は後にしようぜ俺の嫁2よぉ♪」

避ける。
修道士として、動きも一級品。
スザクはイスカの鋭い剣撃もステップで避ける。

「ぬっ・・・」
「なんじゃありゃ」

イスカとドジャー、
そしてツバメは気付く。

「熱く燃え滾ろうぜ!!!そしてシビれてクラクラになろうぜ!!」

スザクのその様子。
その両手。
先ほどまでと同じだが、
先ほどまでと違う。

右拳。
それは炎の拳。
拳に炎が巻かれ、
轟々と燃え盛っている。

左拳。
それは稲妻パンチ
拳に電撃が巻かれ、
バチバチと帯電している。

「俺の右手は炎!俺の左手は雷!俺の拳は炎と雷の二刀流よ!炎と雷!ダブルで焦がしてやんよ!
 燃え滾るような愛を!シビれるような恋を!結婚前にはもってこいだろ?ヒャッホイ♪」

炎の拳と、
稲妻パンチ。
ダブルで発動している。
さらにイミットゲイザーとして発射もできるのだろう。
ここまでの使い手だったか。

「だーかーら。こっちも参加するって言ってんだろ?」

その声はロベルト。
ロベルトは腕を組んでニヤりと笑っていた。

「人数で不利・・・ってわけじゃないぜ?サッカーは11人でするもんだ」

ロベルトの足元。
そこには・・・
パンプキンボム。
10個のパンプキンボムが密集していた。

「分裂シュートだぜ!偽物なんかない正真正銘の分裂シュート!!!」

ロベルトが足を高く後ろに振り上げたと思うと、
一振り。
シュート。
ひと蹴りで10個のパンプキンボムが同時に蹴りつけられた。
さながらショットガン。
10個の爆弾が花火のように撒き散らされる。

「げっ・・・」
「あっぶねぇ戦い方するもんだな」
「53部隊でも俺達でもどれかに当たっちまえって事か」

ロベルトの10個の爆弾シュート。
それはリング上に撒き散らされる。
ドジャーとツバメは盗賊。
イスカも動きには定評があり、
スザクとツバサは修道士だ。

いとも簡単に・・・とはいかないが、
狙いも付けず放たれた数撃ちゃ当たるシュートぐらいは避ける事ができた。

「範囲攻撃はやっかいだな」

「先に仕留めておくか」

爆弾の嵐の中、
前に動いたのは2方。
イスカとツバサだった。
二人は協力しているわけではないが、
同時に狙いをロベルトに絞り、
同時に爆弾の中を掻い潜って突っ込んだ。

「うわっ!2人来た!2人でマークされるってのはフォワードの宿命だな!」

だがロベルトは避けない。
ツバサとイスカ。
硬質化した手刀ツバサと、
名刀を手にした剣士イスカ。
二つの刀がロベルトを襲う。

「死ね」

「御免」

ツバサの左手と、
イスカの刀がロベルトに振り下ろされた。
だがそれは、
同時に防がれた。

「まぁまぁ・・・熱くなんなよ」

ロベルトの前に立ち塞がり、
メイスとハンマーをクロスさせるようにし、
二つの剣撃を防いだのは、エースだった。
一人で二人を防いだ。

「なかなか熱い三つ巴状態じゃねぇか。楽しくやろうぜ?」

「殺しに楽しさなど求めない」

「守る戦いに楽しさなど求めぬな」

「ほほー。敵同士と言えどシシドウ同士か・・・いい名前だ。いい名前だよおたくら。
 俺は名前に興味ビンビンだ。なんせ名無しのエースは名前が無いから名前が欲しいんだよ。
 姓より名がポリシーだが・・・シシドウだけはなかなかいいな!でぇりゃああああ!!!」

エースの雄雄しい声と共に、
エースの両手。
メイスとハンマーが振り切られた。

「・・・くっ・・」

「ふんっ」

そのまま、
イスカの刀、ツバサの手刀が弾かれる。
弾きがてらそのまま彼らを襲う勢いだったが、
イスカとツバサは後ろに飛んで避けた。

「死んで俺の名前になれや!!!クアドラプルストライク!!」

メイスとハンマー。
ツバサとイスカを弾き飛ばすだけの振りかと思ったが、
その新種の鈍器による二刀流から、
そのままの勢いでもう一度振り下ろされた。
鈍器が重低音を奏でながらもう一度振り下ろされる。

ダブルストライク。
いや、
ダブルが二刀流。
二刀流のダブル。
2x2。
ダブルでもトリプルでもなくクアドラプル。
"クアドラプル"ストライク。

「やるな」

「さすが44と言っておこうか」

だが、
洗練された動き。
イスカの見切り。
ツバサの動き。
荒々しく振り下ろされた、2度目の2つ鈍器は、
それでもイスカとツバサに届かなかった。

メイスとハンマーはリングの石畳を砕いたにすぎなかった。

「そう。俺に名はねぇ。決まった呼び名は"44"それだけだ。最高の褒め言葉で最高の名前だ」

エース。
クアドラプルストライク。
外れたその攻撃。
地面にぶつかったメイスとハンマー。

「だからもう一度「さすが」って言わせてやるぜ!」

メイスとハンマー。
それは支え。
地面に突き刺さった重りであり軸。
エースは極小のジャンプ。
メイスとハンマーを支えにして、
極小のジャンプ。
ダブルの攻撃の次のダブル。
さらにその次のダブル。

「ウォーリアセクスタプルアタックぁあ!!!」

「なっ!?」
「!?」

地面に突き刺したメイスとハンマーを支えにし、
両足での蹴り。
両足による蹴り技。
2の次の2。それがクアドラプル。
そしてさらに次の2。
2、ダブル、
3、トリプル、
4.クアドラプル、
5、クインティプル、
そして、
6、セクスタプル。

流れるような変則二刀流の6連撃。
ダブルな攻撃による3連撃。
不意を突かれ、
エースの両足が、
イスカ、
ツバサ、
双方の腹部に直撃する。

「ごはっ・・・」
「ぐっ・・・」

重力が真横に変換されたかのように、
イスカとツバサがそれぞれの方向にぶっとばされた。
ふっとばされながらも、
腹部にエースの靴裏の形が残るほどの蹴りだった。
全体重を乗せる事の出来る両足蹴りの方法。
エースの変則二刀流によるウォーリアダブルアタックは利に叶っていた。

「くそっ・・・・」

ツバサは吹っ飛ばされた状態から、
空中で体勢を整え、
後ろに滑るように着地した。

「だが後ろを突かれるほど馬鹿じゃない」

「カッ・・・そりゃ残念」

そこに居たのはドジャー。
吹っ飛ばされたツバサを狙い、
背後からダガーを突き出していたが、
ツバサは後方を見ずとも、
ドジャーのダガーを止めた。
硬質化した左手で、
背後のドジャーのダガーを握り止めた。

「俺の背後を取ろうなど甘い。俺は後ろを見る男だ」

「そうかい・・・・」
「じゃあ死んでお兄ちゃん!!」

「ツバメか」

ドジャーに続いて畳み掛けるように2連撃。
横からツバメが飛び込んできた。
兄を殺すために。
ドジャーは布石。
本質はツバメ。

今、ツバサは片腕。
先ほどイスカに切り落とされ右腕は無情に地面の上だ。
左手はドジャーのダガーを止めている。
ならば止める術はない。

「もともと硬気功、鋼の肉体も攻撃方法ではない。硬質化できるのは何も手だけではない」

そう言って振り切ったのは足。
右足。
硬質化した右足。
それはツバメのダガーを持った手ごと弾き飛ばした。

「痛っ!」
「チッ・・・失敗か・・・」

ついでに握られていたドジャーのダガーは刃ごと潰され、
粉々に砕け散った。
接近戦ではツバサが上。
それを察したドジャーは、
無理をすることなく後ろに退いた。

「ったく・・・手負いのが楽と思ったが骨の折れる相手だぜ」
「うちのお兄ちゃんだからね」

ツバメも退き、
ドジャーの横に戻る。

「どこから料理していくべきかねぇ・・・・」
「カッ・・・楽なとこからがいいぜ・・・」
「楽な相手は見当たらないよ。一番弱いのはうちの隣にいるしね」
「・・・・・俺が最弱かよ。そんな防御力1みたいな格好の奴に言われたくないね」
「ジロジロ見るんじゃないよ」

ツバメは先ほどの戦いで上着を囮に使い、
上半身は胸のサラシだけだ。
どこを食らっても致命傷だろう。
特にロベルトの爆弾や、
スザクの炎、電撃類は素肌に直に食らう事になる。

「寒そうだから俺が暖めてやてやんぜえええええ!!!黒こげになるまでな!!ヒャハハハハハハ!!」

横から声と、わずかな眩しさがあると思うと、
ダニエル。
ダニエルがファイアウォールもまた放っていた。
炎の壁が蛇のように、
それでいて適当に放たれる。

「ったく・・・」
「・・・・ある意味4つ巴戦だね・・・」

ドジャーとツバメはダニエルの炎を避けながら思う。
「誰でもいいから燃えちまえ」というダニエルの炎は、
邪魔でしかなかった。
それが敵にとってもならよいが、
何故かどちらかというとこちらを狙っているようにも見える。
馬鹿で阿呆で自分勝手な放火魔を連れてきた事を本音で後悔した。






「くっ・・・・」

エースの蹴りで吹き飛ばされたイスカ。
ツバサと同じように、
不恰好だが空中で体勢を整え、
滑るように着地した。

「・・・・フッ・・・」

だが、
少し面白いと思った。
先ほどエースに「守るべき戦いで楽しみなど・・・」と言ってばかりだが、
戦士と戦士。
その戦いにはやはり興がある。
リュウとの戦いを思い出す。
目的のために戦っている事も忘れそうになる。

「追い討ちシュートだぜ!!!」

そう思っていると、
ロベルトがすでに準備していたのだろう。
エースが吹き飛ばす事を分かっていたのだろう。
すでに爆弾を蹴り飛ばしていた。
すでに爆弾はイスカへと蹴り飛んできていた。

「・・・・ぬ」

エースの強烈な蹴りの威力。
その着地の反動で、
すぐさま避けるヒマはなかった。

「やってみるしかないな」

避けるヒマはない。
だが、
"飛んでくる爆弾を斬り落とすわけにもいかない"
爆弾は爆弾だ。
斬りおとしたところで爆発する。
食らってしまう。
ならばどうする。
"やってみるしかない"

「・・・・・」

精神を集中した。
言葉はない。
刀を右手に集中する。
名刀セイキマツを持つ右手に集中する。
そして、
突き出した。

「おわっ!?すげっ!ファンタジスタだなお侍さん!!」

ロベルトは賞賛した。
その光景に。

「斬りおとすだけが技ではない」

イスカが突き出した刀。
その先。
その先で・・・爆弾は静止した。
爆発するでもなく、
まるで時間が止まったかのように、イスカの剣先で爆弾は静止した。

「"柔"とはこういうこと」

イスカの技。
技に長ける技能。
火薬を傷つけるわけでもなく、
サラリと剣先は爆弾に突き通された。
以前、
ドジャーの爆弾に対してルイス=カージナルがやったように。
剣聖カージナルがやったように。
イスカの剣技は、
最強のスワードロングソード"名刀セイキマツ"の前の持ち主、
剣聖カージナルの域まで追いついたのかもしれない。

「剣は人を選び、人は剣を選ぶ・・・か。拙者はこの刀の切れ味を活かせる域に達せたか」

イスカは剣を横に振り、
その勢いで剣先の爆弾は横方向に投げ出され、爆発した。

「だが慢心はしないさ。さらなる精進を」

「頑張らなくても俺が守ってやるぜ俺の嫁2!!」

スザクが横から飛び掛ってきた。

「ヒャッホイ♪だから安心して寝てな!戦うとツバサや44の奴らに殺されちまう!」

「いらん心配だ」

「っとっと」

咄嗟に、
スザクは飛び掛ってきたのにも関らず、
その足にブレーキをかけた。

「難しいな。両腕を使わずにあんたを眠らせるのは」

右拳の炎。
左拳の稲妻。
それでイスカを傷つけるのを躊躇っているのか?
いや、
それ以上に危機察知。
今のまま突っ込んでいたらイスカは一瞬で居合い斬りを浴びせていた。

「やっぱ嫁を傷つけるのは無理だな」

そう言うと、
スザクは違う方向を向いた。

「じゃぁやっぱあっちか♪」

ニヤりと笑う眼帯男。
向いた方。
そちらには44部隊が二人。
エースとロベルト。
二人が走りこんできていた。

「おっ、バレたぜエース」
「そりゃそうだ。てめぇ殺気ギンギンすぎるんだ」
「しゃーねぇだろ。あいつはマイケルの死体を粉々にしやがったんだ。
 それにバレたのは殺気じゃなくてエースが全身ジャラジャラ鳴らしてるからじゃね?」
「これは俺の魂達の鳴き声だ。それこそしゃーねぇーだろ」

走りこんでくる二人の44部隊。
ロベルトは右手に小さな爆弾。
それはぷくっと膨れて大きな爆弾へと変化。

エースはいつの間に武器を変えたのか。
右手に剣。
左手に斧。
どれだけの武器を持っているのか。
全身凶器。
上着の内側と背中の棺桶には幾十もの武器(名前)があるのだろう。

「ヒャッホイ♪44部隊が2人セットっちゃぁお手ごろだな!
 やっぱ予定変更で正解!44部隊から嫁を守るカッコイイ俺って場面だな!」

ニヤニヤ笑いながら、
スザクは両拳を脇に構えた。
炎の右拳。
稲妻の左拳。

「煮え滾っちまいな!そしてシビれて感電しな!結婚式の招待状はあの世に郵送してやっからよ!
 イミットバーナーァアアア!・・・・・・ァーーンド!イミットスパァァーークッ!!!!」

炎のイミットゲイザー。
稲妻のイミットゲイザー。
イミットバーナーと、
イミットスパーク。
その二つがそれぞれ放たれた。

「同時射出も出来るのか」
「イミットゲイザーの片手撃ちなんて『ノック・ザ・ドアー』だけの専売特許かと思ってたけどな」

炎のイミットゲイザーと、
稲妻のイミットゲイザー。
走りこむエースとロベルトに向かう。
だが、
エースとロベルトは走るのをやめない。
それどころか避けない。

「ほれっ!シューッットォ!!」

ロベルトは走りながらその手の爆弾を軽く前にトスし、
右足で蹴りこんだ。
ゴムボールのように勢いでへしゃげながら、
強烈な爆弾のシュートは稲妻のイミットゲイザーにぶつかり、
爆発し、
相殺した。

「ったく。ホント飛び道具は嫌いだ」

エースは走りながら、
少し頭を下げた・・・
と思うと、
背中の棺桶。
それが勢いで前に飛び出した。

「ランドセルガード♪なんちってな!」

エースの大事な大事な武器倉庫である背中の棺桶は、
前に飛び出て、
そして盾の役割を果たした。
前に飛び出した棺桶は、
石畳の上にドスンと置かれると、
エースは足で蹴り飛ばす。
棺桶は前に突き飛ばされながら、
炎のイミットゲイザーを防いだ。

「ヒャッホイ♪相殺はともかく、俺のイミゲでビクともしない棺桶たぁな!
 焼却屋としてはなんとも火葬しづらい天敵な棺桶だぜ!」

「当然!俺の大事なコレクションをしまう棺桶だからな!
 象が乗っても壊れないし、100人乗っても大丈夫!・・・てなぁ!」

そんな頑丈な棺桶を、
エースは走りながら剣を持つ片手で持ち上げ、
また背中に背負う。
よく考えれば、
彼の武器だらけの装備。
ゆうに100キロなんて重さを超えているだろう。
それでも、
さすがに速くはないと言っても走っているエース。
ゴツさはないのに関らず、
引き締まった筋肉の塊なのかもしれない。

「ヒャッホイ♪こんなん二人か。骨が折れる作業だねぇ」

「お前にとって敵ではなくとも・・・」

声。
すぐ横。

「拙者にとって貴様は敵でしかない」

「うわぉ!?」

いつの間にかイスカがスザクに詰めていた。
大振りな居合い斬り。
大木さえも両断してしまいそうな居合い斬り。

「ビックリさせんな俺の嫁!」

と言いながら、
スザクはしゃがんで避ける。
さすがの瞬発能力だ。
一瞬で体ごと屈んで避けるなど、
おちゃらけた態度に反比例した能力。

「って!!もういっちょ来るじゃねぇか!?」

もういっちょ。
それはイスカの剣撃・・・・ではない。
ならば走りこんできたロベルトとエース・・・でもない。
巻き込まれたとしか言いようがない。
向こうの方。
そちらから下品な笑い声と共に、
炎の柱、
炎の壁が突き進んできている。

「迷惑な輩だ・・・」

「何アレ!?お邪魔キャラかよ!?」

せっかく接近戦に持ち込んだが、
イスカはダニエルの炎に巻き込まれないよう、
後ろに避けるしかなかった。
スザクも同じ。
そして走りこんできていたロベルトとエースも同じだった。
3方が、
3方へ散りじりに避けた。

「だぁ!」
「せっかく走りこんできたのによぉ!飛び道具廃止しろ廃止!」

「灰になれーーー!廃になれーーーー!」

「あいつどうにかしろよ!戦闘にならねぇよ!」
「無差別な上に範囲広すぎるんだよ!」

「燃えろぉおお!!燃え尽きろぉおおお!!!ヒャハハハハハハハ!!」

一番楽しそうだった。
ダニエルは、
超楽しそうに笑いながら、
今度は燃え盛る両腕をクロスさせるように薙ぎ払う。
ファイアウォール。
x2。
炎の壁が、
この広い闘技場全体を分割するように放たれる。
この広いリング全てが効果範囲と言ってもいいように、
2つのファイアウォールの炎は地を走り、
2つの炎の線を描いた。

「だぁ!ふざけんなダニエル!おいふざけんなよ!」
「ダニエル!あんたほどほどにしな!お呼びじゃないよ!」
「戦闘の邪魔だ。興が削がれる」

「飛び道具反対だ!男は武器で戦え武器で!俺のコレクション貸してやるから!」
「チームプレイが出来ないなんてスポーツマンの風上にも置けないやつだな」

「ヒャッホイ♪あぁいうのから嫁を守るのが旦那の指名だな」
「殺しが楽しみなど、俺ら53部隊としても扱いに困る男だ」

「・・・・・あれ?俺不人気?」

皆が皆、
ドジャーもツバメもイスカも、
エースもロベルトも、
スザクもツバサも、
全員が全員、
ダニエルの炎をリング上で避け逃げながら文句を言った。
ダニエルは困った。

「なんでよー!!戦いだろ!?殺し合いだろ!?俺の勝手にさせろよ!
 ここは自由の国だぞ!誰殺そうが誰燃やそうが俺の勝手だろ!人権を大事にしろ!」

と、
放火魔は申しております。

「邪魔と言わざるをえんな」
「お呼びじゃないんだよ!」
「てめぇは隅っこでアリでも燃やしてヒャハハハ言ってろ馬鹿!」

仲間にまでこの言われよう。
まぁ仲間も燃やそうとしていたのでしょうがないのだが。

「何これ?なんかまるで1対7じゃね?ダニー君VS全員じゃね?」

ダニエルはボォーっとしたとぼけたヅラをした後、
顔が急に・・・・愉悦に変わった。

「最高じゃねぇかそれ!俺歓喜!全部燃やそう!すぐ燃やそう!それでいこう!
 ヒャハハハ!これぞ焼肉パーティー!みんなでカルビ取り合おうぜ!!!
 ついでに俺は燃え尽きたロースが好物だ!真っ黒のカリッカリのやつな!!」

ダニエルの標的が全てに変わった。
いや、
何も変わってないか。
最初からそうだった。
アレックスがいないとこんなものだ。
全部敵。
味方なら味方で燃やす快感がある。
なんでもありの『チャッカマン』ダニエル。

「チッ・・・」
「まずはあいつを殺すか」

変わったのはダニエルでなく、
他全員の意思の方向。
44部隊、
53部隊、
そしてドジャー、イスカ、ツバメ。
全員がダニエルに注意を置いた。

「いいね・・・神に逆らっちゃう?」

赤髪が逆立ち、
ダニエルの笑みは揺るがない。
底なしの魔力を持つダニエルは、
全員に天罰を下さんと笑った。
天罰が趣味。
天災が快感。
火災が愉悦。
天使より悪魔よりやっかいな放火魔。
着火魔ダニエルは、
これから行われる放火の楽しみで、
表情が悪魔のような笑みでクシャクシャになっていた。


だがその時だった。

不意、
不意にだった。

「おわっ!?」
「なんだ?!」

全員が全員。
その状況に覆われた。

そうなったのにも関らず何もできなかった。

「見えねぇ!?」
「なんだ!?」

"何も無くなった"

真っ白でもなく、
真っ黒でもなく、
視界全て、
周り全て、
何もかもが・・・・"無くなった"

「おいエース!」
「慌てるなロベルト。言ったろ?俺達が勝つに決まってるってよ」

何もない。
何も見えない。
全てがインビジブル。

「きゃっ!なんか足元が!」
「くっ・・・なんだ・・・身動きがとれぬ・・・」
「何も見えなくて分かんねぇよ!どうなってる!?」

何も見えない世界。
その中、
全員の体が固定された。
身動きが取れない。
足の固定?
いや、
それどころじゃない。
体全体がいう事を聞かない。
だが、

何も見えない。
何も無い世界。

何が起こっているのか。

そう思っていると、

また不意に・・・・視界が戻った。

「なっ・・・」
「なんじゃこりゃ!?」

視界が戻った闘技場。
その広い闘技場。

"一面の蜘蛛の糸だった"

石畳のリングも、
リング下の砂の地面も、
全てが蜘蛛の糸で雁字搦めに覆われている。

「ヒャッホイ・・・なんじゃこりゃ・・・」
「やられたか・・・・」

ドジャー、イスカ、ツバメ、ダニエル、
ツバサ、スザク、
ロベルトにエース。
全員の体。
見えない世界が晴れると、
闘技場だけじゃない。
全員の体が蜘蛛の巣に覆われていた。

「なんだこりゃ!?スパイダーウェブか!?」
「全身に巻きつく蜘蛛!?」

首から上以外、
皆の体は蜘蛛の巣に覆われていた。
まるで蓑虫。
まるでサナギ。
まるで繭。
糸が絡み付いている。

「この範囲のスパイダーウェブ・・・奴か・・・」

イスカは体験した覚えがあった。
そして周りを見渡す。
そして一点で視界を止めた。

「居た。奴だ」

イスカの目線と言葉で、
皆は顔の向きを変えた。
ダニエルだけ背後だったようで「こっちかな?」と首をブランと真後ろに向けた。
そこは、
闘技場の観客席だった。

「・・・・まったくふざけないで欲しい。せっかく外にアレックス部隊長が居たのに・・・。
 任務が優先なんて酷い話し。酷すぎる。本当なら今頃アレックス部隊長を縛ってる頃なのに。
 こんなどーでもいい奴らじゃなくてアレックス部隊長を縛って監禁したいのに・・・。
 でもそれ嫌がるかな?アレックス部隊長・・・。でも嫌がるのもそれはそれでいいかも。
 いや、嫌がるはずないわ。だって私達は恋人同士なんだから・・・きっと彼も喜んでくれる」

ブツブツ・・・
ブツブツブツブツ・・・
幽霊のように呟く女性。
観客席の上に、
両手を地面に付いた女性が居た。

「あいつが・・・スパイダーウェブの主か・・・」
「これほどまでの広範囲の蜘蛛を扱える者がいるとは」

そして間逆。
間逆の観客席。
そちらから音が聞こえた。

「シュコー・・・シュコー・・・・」

空気の音。
ガスマスクからただ漏れる空気音。
何も言葉を発しない。
ただ空気だけが漏れる不気味な男が、
観客席に立っていた。

「スミレコとスモーガス!」

ロベルトが叫んだ。
蜘蛛の糸に纏われたまま二人の姿を見て叫んだ。

「・・・・やっぱ44部隊か」
「増援かよ」

「ククッ・・・・」

エースは笑った。

「もう一度言う。そして言ったさ。俺達の勝ちは決まっている・・と。決まっていた。
 遅れて俺が到着した時に疑うべきだったな。だって"俺自体が予定外の参加者だ"
 その時点で俺以外にも居るんじゃないかと疑うべきだったんだよ」

と、
エースはフッ・・と笑い言った。
・・・・。
自分自身も蜘蛛の糸に絡まれたまま格好をつけた。

「あっちの女は『ピンクスパイダー』スミレコ=コジョウイン。
 んであっちの男が『ワッチミー・イフユーキャン』スモーガスだ。
 この広範囲スパイダーウェブがスミレコの能力。
 そしてさっきの無差別インビジブルがスモーガスの能力だ。
 なかなか効くコンボだろ?うちはこれでも部隊なんでね。最強のな」

「カッ・・・」

ドジャーは舌打ちする。
と同時に、
ドジャーに纏わり付いていた蜘蛛の糸が消えた。

「盗賊の天敵は盗賊。そりゃまんまとやられたが、こっちにゃスパイダーカットがあるんでね」

ドジャーは繭とも言っていい蜘蛛の糸を、
いとも簡単に解除した。

「ほれ、ツバメも早くしろ」
「うっさいね!スパイダーカットとか苦手なんだよ!」

ツバメは不恰好で時間がかかったが、
自分の繭状の蜘蛛の糸を解除した。
続いてドジャーはイスカの蜘蛛を解除する。

「え?!俺は!?なぁ俺は!?」

ダニエルがもがいていた。
繭の中で。
だがドジャーは無視した。

「ドジャっち!俺仲間だろ!ほれ!俺も解除してくれよ!」

ガン無視した。
解除してたまるか。
こっちが危ない。

「なっ、なんて白状な奴だ!ひでぇ!ひでぇ!マジ燃やしてぇ!!」

味方なのか敵なのかハッキリしないが、
危険なのは間違いない。
火気厳禁だ。
蜘蛛の巣に包んどいた方が安全だろう。

「つってもすげぇ見晴らしだなおい」

ドジャーが周りを見渡す。
闘技場の中。
ほとんどが蜘蛛で覆われている。
まるで雑草が生えたまま放置されているかのような光景だ。
真っ白。
蜘蛛の糸で真っ白だ。

「蜘蛛はともかく、あっちの男の能力は防ぎようがないね」

ツバメが見る。
それは観客席に立っている男。
スモーガス。

「コォー・・・シュコー・・・・・」

彼のインビジブル。
体験したが、
何も見えない。
自分を中心に、風景まで巻き込んで不可視にしてしまうのだろう。
何もかもが見えない世界。

確かにそんなものを不意打ちに食らったら、
続いてスミレコのスパイダーウェブなどどうしようもなく食らってしまう。
超範囲と超範囲。
44部隊のズバ抜けた能力が成すコンボ・・・といったところか。

「カカカッ!けどなんつーんだ」

ドジャーは可笑しくて笑った。

「むしろ状況俺らよりになってね?」

ドジャーは言う。
その通りだった。
戦いを強制的に中断させられたが、
ドジャー、ツバメ、イスカは動ける。
動けるのだ。
盗賊がドジャーとツバメだけだったのが幸いした。

むしろ動けなくなっているのは、
スザクとツバサ。
そして・・・・
当の44部隊であるエースとロベルトだった。

「しまった!!」

馬鹿みたいにエースは叫んだ。
ロベルトは「おい」と突っ込んだ。

「おい!スミレコ!お前も盗賊だろ!早く俺ら解除しろ!なぶり殺しじゃねぇか!」

「・・・・無理。状況見て言えゴミクズ。両手地面に付いてるのが見えないのかこの蓑虫が。
 今両手離したらスパイダーウェブを解除しちゃうんだよ。脳みそまで蜘蛛の巣かサナギ野郎」

仲間にバンバンと小声で罵声を浴びせるスミレコ。
サナギ野郎にしたのは自分だろうと言いたかったが、
この作戦を考案したのは実はエースなので、
文句は言えなかった。

「あっ、スモーガスも盗賊じゃん。今手ぇ空いてるんじゃね?」
「それだロベルト!おいスモーガス!俺ら解除しろ!」

「シュコー・・・コー・・・・」

反対側の観客席に居たスモーガスは、
不気味にガスマスクのまま頷き、
観客席を迂回するように歩く。

「走れよ!」

「コー・・・コォー・・・」

不気味な格好をしている割に、
案外素直なようだ。
観客席を一生懸命走り出した。
ガスマスクの男が走る。
ホラー映画のようなコメディだ。

「させるか!」
「今のうちに仕留めるか」
「大チャンスだね」

ドジャー、ツバメ、イスカは、
各々の武器を持つ。
これ以上のチャンスはない。

「どうする?44と53。どっちが先だ」
「53の方は解除方法はないね。なら44を先に仕留めたほうがいんじゃない?」
「そうだな。身動き出来ぬ者を斬るのは武士道に反するが、これもマリナ殿のため」

「へい!ヒャッホイ!俺の嫁達ー!俺と義兄ちゃんを助けてくれよー!」
「お前の嫁じゃない」

「お前の嫁じゃない」
「お前の嫁じゃない」

ツバサとツバメとイスカがそれぞれ言い、

「ドジャー、うちはやっぱアレから殺すわ」
「拙者も気が変わった。目に毒だアレは」
「そうかい。じゃぁ俺は44殺しておくぜ」

役割分担が決まった。
これほどのボーナスゲームはない。
44部隊は馬鹿なのだろうか。
気付くとスモーガスが観客席の半分まで迂回していた。
だが、
盗賊としては足が速いわけではないようだ。
観客席を迂回しているスモーガスと比べれば、
ドジャーの方がどう見ても速かった。

「やるか」
「これ以上の好機はない」
「戴いておくとしよう」

「ヒャハハハハハ!ヒャーーーーハッハッハッハ!!!」

3人同時に飛び出そうとした。
だが、
同時に御なじみの笑い声が聞こえた。
イヤな予感がした。

「燃えろ!燃えろ!!全部燃えろぉおお!俺も燃えろぉおお!ヒャハハハハハハ!!!」

ダニエルが・・・
燃えていた。
いや、
心とかの意味じゃなく本当に燃えている。
まぁそれは彼に限っては説明しなくても分かる事だが。
ダニエルは・・・燃やしていた。
自分の繭状のスパイダーウェブを。

「燃えて燃えて燃えて!灰に!廃に!HIGHに!炭クズになっちまえ!全部!全部だ!
 楽しいなこれ!マジ熱い!本当に熱い!だって俺自身が熱い!!やべぇ熱すぎ!!」

自分の体ごと燃やす。
何を考えているんだ。
いや、
本当に本当の理由で何を考えている。

「あの馬鹿・・・」
「ふざけ・・・」

燃えていた。
蜘蛛の巣が・・・燃え移っている。
闘技場の地面を縦横無尽に覆っていた蜘蛛の巣が、
ダニエルの炎が伝染して燃えまくっている。

「いい眺めーーー!!ジュージュー焦げるぜ!この世はフライパンだな!
 パンはパンでも食べられないパンってマジフライパン!でもこんがりおいしい!!」

闘技場全体の蜘蛛の糸。
イコール、
全て燃え移って闘技場全体が燃えてしまう。

「ほんっ・・・となんもかんも台無しにしちまう野郎だ・・・」
「あいつをつれてきた以上の失敗はない」
「お呼びじゃなさすぎる・・・・」

「お、おい!スミレコ!もう解除しろ!」
「俺達の繭まで燃えちまう!」

「それもいいかもしれない・・・」

「はぁ!?」
「おまっ!仲間だろが!」

「この世にアレックス部隊長以外の男なんて存在しなくていい」

なんという危険思想だ。

「早くしろって!」
「チームワークチームワーク!スポーツマンシップ!な!な!」

「・・・・チッ・・・この害虫共」

スミレコが地面から両手を離す。
すると、
スミレコの手の辺りから順に、
蜘蛛の糸が消えていった。
永続的に発動させていられる反面、
地面から伝わせていないと効果は切れてしまうようだ。

「台無しすぎる・・・」
「大チャンスだったのに・・・」
「しかも炎が結構残っておるしな」

スミレコがスパイダーウェブを解除したといっても、
ダニエルの炎はすでにかなりの範囲に燃え移っており、
闘技場の地面はフライパンのように燃え盛っていた。

「ヒャッホイ♪また仕切り直し?」
「ふん。だが4対4対2。俺達が不利に変わりはないか」

ウェブが解除されたスザクとツバサ。
最終的に彼らが一番助かった形だった。
そしてここまでの混戦になれば、
不利とは言ってももうどうにでもなるかもしれない。

「仕切り直し?・・・ククッ・・・笑わせるな」

エースが言った。
棺桶を背負った全身凶器は炎の中で笑った。

「俺達の勝ちだと言ったろ。言った。言ったさ。言ったな?何度も言った。
 スミレコとスモーガスは十分に役目を果たした。十分すぎるほどにな」

「何言ってやがる」
「場を混乱させただけと思うがな」

「いや、今この状況でもう。"勝負は決まった"。それ以外には言えないな。
 なんて言っても俺達は最強だからだ。最強部隊44部隊。負けないから無敵なんだ」

「お前らが最強だから?」
「ふん。くだらん痴話だな」
「お呼びじゃないよ」

「そう。最強だから負けない。何故俺達が最強の44部隊か。俺達が最強の精鋭だから?
 それもある。だが、俺達は最強だから最強なんだ。最強は絶対に揺るがない」

エースは確固たる自信で言った。
確固たる自信。
完全に揺ぎ無い自信。
それを・・・
それを彼らが思う時。
それはソレしかない。
ソレしかないからこそ、
間違いない。
あまりにも間違いがないからだ。

足音が聞こえた。

炎渦巻く大闘技場。
そこに新たな足音。

「・・・・」
「・・・・チクショウ・・・・」

なるほど。
あぁ、
なるほど・・・とそう思うしかない。
そうか、
勝ちしかない。
負けしかない。
負けるわけがないし、
勝てないわけがない。

「本当に台無しだクソッタレ・・・・」

入り口。
ゲート。
それが小さくも見えた。

2mを超える巨体。
遠近法が狂ったかのようにも思う。
その堂々とした威圧感は、
さらに彼を大きく見せる。
炎の揺らめきの中の蜃気楼と願いたい。

だがそれでも確固たる存在だからこそ、
揺るがない存在だからこそ、
彼は最強なのだろう。

足音の主は、
ただ堂々と、
髪・・・
いや、鬣(たてがみ)
爆発したような、
百獣の王のようなオレンジの鬣を揺らし、

矛盾を一掃すべく、
『矛盾のスサノオ』

ある物語がある。
"矛盾"という言葉の発端。

ある商人が言った。
これが最強の矛。
これで貫けぬもの無し。
これが最強の盾。
これを貫くもの無し。
ならば、
その最強の矛で最強の盾を突いたらどうなるのか。

それが矛盾という言葉の始まり。

その"矛盾"という言葉は背中のマントに掲げ、
存在する、
"実在する矛盾"

最強の矛であり、
最強の盾でもある。
攻防最強。
世界最強。

それがロウマ=ハート。

「・・・・ふん」

ロウマは、
闘技場に足を踏み入れるが否や、
言葉を発するでもなく、
ただ鼻を鳴らしただけだった。
全員の目という目。
眼という眼を惹きつけてしまう存在だった。

「隊長!!」

ロベルトが嬉しそうな声をあげた。
エースやスミレコやスモーガスと違い、
ロウマが来るなどと知る由もなかったのだろう。

「クソッ・・・反則だろ・・・・」
「勝った・・・と思ったのにねぇ」
「最悪だな」

みすみす大チャンス。
そんなものを44部隊がくれるはずがなかった。
最高の時は、
最悪の時に一瞬で変わった。
たった一人の存在で。

終わり。
そう言ってもいいだろう。
ゲームセットだ。
最強のカードが出た時点でもう勝負を続ける必要はない。
勝利は揺るがない。
絶対に。

「シュコー・・・絶景だな」
「・・・・なに」

観客席でスミレコは座り、
その横にはスモーガスが立っていた。

「・・・コォー・・・見ろ。あれが俺達の隊長だ」
「知ってる」
「・・・シュコー・・コォー・・・ここに居る全てが・・・・戦いもせず負けている」
「それが私達の隊長。だから私達に負けはない」

居るだけで終わってしまう。
台無し。
反則。
そう言いたくなるのも頷ける。

「どうするのだドジャー」
「どうするったってよぉ・・・・」
「最強登場じゃねぇか!ヒャハハ!あれ燃やしていいの?な?燃やしていいのか?」
「馬鹿は死ななきゃ直らない・・・か。あんたこそもうお呼びじゃないよ」

手のうちようがない。
ロウマを見る。
いや、
見たくない。
空気に飲まれそうだ。
眼を合わせられない。

「もう勝負決まったから解散・・・ってわけにもいかねぇんだろうな」
「もしそうでもうちはあの最強の横を通って出口から出る勇気はないね・・・」
「詰んだな」
「ねぇねぇ?何困ってんの?燃やしていいのか?なぁ?燃やしてもいいタイム?今休憩?」

お前は黙ってろと言いたくなる。
だが唯一ロウマに気押されていない存在もダニエルだけだった。
馬鹿もいいものだ。
むしろトチ狂ったか?
あぁもともとか。

「ヒャッホイ・・・こりゃぁ酷い展開だぜツバサ」
「・・・・・」
「さすがのお前でも黙るか」
「正直勝てる気はサラサラしないな」

言いながらも、
ツバサの右腕から血がポタン・・・ポタン・・・と落ちていた。
切り取られた右腕。
硬質化させ、
傷口は無理矢理塞いでいるものの、
出血を防ぎきる事は出来ない。
硬質化させ続ける精神力にも限りがあるし、
硬質化させていなかったらとっくに出血多量で死んでいる。

「はいはい!諦めておめぇら全員武器よこしな!俺のコレクションにしてやっからよ!」
「っつってもエース」
「んあ?」
「武器持ちここに2人しかいねぇぜ?あのヤクザ姉ちゃんのダガー壊れたから、
 あの盗賊のダガーとお侍さんの剣しか専用武器がない。報酬が割りにあってないな!残念!」
「ふん。名刀セイキマツだけでお釣りはくるぜ」

44部隊の男達は、
もう確実な勝利を得た。
そういう態度でしかなかった。
そしてそれは事実だった。

当の本人。
ロウマ=ハートだけは、
腕を組んだまま、
何を考えているのか。
黙って立っていた。

「フッ・・・」

笑ったのは・・・ツバサ。
ツバサ=シシドウだった。

「なんだぁ?ツバサ」
「いや、台無し。台無しっていうならうちにもそういうのはいるさ」
「・・・・」

少し考えた後、
スザクはニヤりと笑った。

「シドか」
「あぁ」
「あのウサ耳野郎・・・どこほっつき歩いてんのか」

「無駄だ」

低く、
だがどこまでも通るような声。
誰もが聞き逃さない。
ロウマの声。

「ここにはもう誰も来ない」

「・・・・」
「・・・・・なんだと」

ロウマに向けて声を放つのは、
少し気推されした。

「すでに入り口は塞いである」


























「ありゃりゃりゃー・・・・マジヤバ・・・・」

闘技場の外。
闘技場の大きな全体像が見渡せる。
そんな所・・・
の物陰。
ちょっと大きな岩の後ろ。

「しょうがないから来てみりゃぁ・・・ひっでぇ話だこりゃ」

大きな岩。
その上からピョコン・・・とウサギの耳が出ている。
そこからヌッ・・と顔を出す。
ウサギ・・・ではなく、
シド。
シド=シシドウ。
童顔な顔付きと、
耳に溢れんばかりのキーホルダーのファンシーな殺人鬼が顔を出した。
だが、
出したのは顔だけだ。

「何あれ・・・門番かよ・・・・」

岩陰から、
コッソリと顔を出し、
目線の先。
闘技場の門の前。
そこには・・・・

なんかゴスい格好をした女性が立っていた。
頭に遠目でも分かる大きなリボンを付け、
ぬいぐるみを抱きしめている。

いや、
まぁ、
シドもそれだけならこんな所で隠れていない。
だが、
先ほどの光景を見たらしょうがない。
その結果が・・・

周りに立っている氷の彫刻だ。

「ゴスヤバ(ゴスい格好してるのにマジでヤバい姉ちゃんだの意)」

自分にしか分からないような言葉で、
シドは独り言を言った。
周りに散乱している氷の彫刻。
あれは・・・
全て人だ。
あのゴスい格好をした女性。
44部隊、
メリー・メリー=キャリーこと、
口無しメリーさん。
彼女がふと笑っただけで、
周りの人間が一瞬で氷付いてしまった。

「詠唱無しの魔法使いか・・・メンドくせ・・・。でも可愛いな・・・フレンドになってくれないかな」

そう思ってると、
話し声。
見知らぬ二人組が、
シドの近くを通った。
サラセンのゴロツキか何かだろう。

「やべっ!」

シドは岩陰に頭を隠す。

「ん?今なんか聞こえなかったか?」
「あぁなんか聞こえたな」

二人の男は不審に思う。
そしてシドの隠れている辺りの岩をジロジロと見ていた。
うん。
岩の上からウサ耳がはみ出ていた。
頭かくして耳隠さず。
シドは咄嗟に機転を働かした。

「ウ、ウサギだニャン」

「なんだウサギか」
「ん?ウサギか?ニャン?」
「ウサギじゃね?」
「じゃぁウサギか」

二人組の男は、
そのまま通り過ぎていった。

「チョアセ(今のは超焦ったの意)」

シドは胸を撫で下ろした。
ついでにあのリボンの女の見つかったら大変だった。

「ってか本当にこっちにロウマ=ハートが居たのかよ」
「マジマジ。有名な44部隊も数人いたしよ」
「サインくれっかなぁおい・・・」
「馬鹿!どうやったってもらうんだよ!」
「ん?なんだこの姉ちゃん。てめぇ、そこどけ!」
「!?・・・馬鹿こいつは・・・・」

「・・・・・・」

メリーは、
少し黙った後、
ぬいぐるみを両手で抱きしめたまま、
ニコりと、
小さな小さな微笑を送った。
・・・・。
だけだった。
それだけで、
2人の男は氷付けになり、
氷博物館の新展示品になってしまった。

「ありゃヤバいな・・・・関りたくねぇ・・・危険だ危険・・デンジャーだ・・・」

と、
『KEEP OFF(近寄るな)』
などと言われているウサ耳ファンシー無差別殺人鬼は小声で言った。

「しゃぁーないな、燻(XO)さんやスザク、ツバサにゃ悪いけどもうちょい遅刻しよ・・・」

と、
頷き、
一人で納得し、
ヘッドフォンを取り出して頭に装着した。

「何聴こっかなー」

ウサ耳ファンシー殺人鬼は、
音楽でも聴いて時間を潰す事にした。
























「いや、シドは来ない気がする」
「あぁん?」

ツバサは、
あまりにも的を付いた意見を言った。

「何言ってんだ。任務だぞ任務」
「シドだぞ」
「ヒャッホイ・・・」

スザクも納得した。

「ったく・・・ふざけんな。なんであんなチャラついた不真面目野郎が副部隊長なんだよ!」
「実力の問題だな」
「クソ!53部隊も年功序列にすべきだ!」
「だが案ずるな」
「あん?」
「さっき燻(XO)隊長からこんなメモが届いた」

ツバサは自分にWISオーブを取り出し、
ポイッと投げた。
それをスザクはキャッチし、
メモ箱を開く。

「・・・・ヒャッホイ♪」
「勝てるかもしれんさ」
「少なくとも活路は見い出せるなこりゃ!」

「おいてめぇら!何ゴチャゴチャしゃべってる!」

エースがスザクとツバサに気付き、
声を放つ。

「負けは決まったんだから大人しくしてやがれ」
「だな。だけどあんたらはマイケルの仇だ。死んでもらう事になるぜ」

「フッ・・・」

ツバサは笑う。

「残念だが、"ロウマ=ハートを呼んだからこそ対等になった"」

「・・・・何?」

「ロウマの出動など大事だ。ルアス城内でもそれぐらいはすぐ察知される」
「特に燻(XO)隊長の目ざとさはすげぇしな♪」
「口を慎めスザク」
「ヒャッホイ♪チクんないでくれよ」
「で、だ」

ツバサ。
小さな笑みはやまない。
なんだ。
何か自信があるように思える。
どこから来る。
その自信は。
入り口は封鎖されている。
何者も応援にはこれないはずだ。

「うちの人も戦りたい・・・との事だ」


ツバサの言葉。
それと同時か、
それとも刹那後か、
はたまたさっきからずっとだったのか。

地響き。
地響き?
いや、
なんだこの揺れは・・・
どこから・・・・

「!?上だ!」

イスカが真っ先に気付き、
叫ぶ。
上?
天井?

その瞬間、

天井の一箇所が・・・割れた。
いや、
粉砕された。


「ドッゴラァァァァアアアアアアアアアア!!!!」

闘技場全体を揺らすような遠吠え。
雄たけび。
鼓膜が破れそうだ。
そんな雄たけびを上げながら、
人・・・
いや、
野獣、
猛獣。

天井から落下してきた。

「ゴゥラッ!!!!!」

リングに着地する。
いや、
着地なんて生々しいものではなく、
リングの石畳が跳ね上がり、
粉砕され、
大砲でも落下してきたかのように石の破片が舞い上がった。

「俺様も混ぜろッ!!!!!」

破れた毛皮のようなファー付きの衣類。
そこから豪快に露出される鋼鉄のような肌。
逆立った髪。
直径5mほど、着地の衝撃でクレーターのように地面がへしゃげ、
そこで両手足をついて牙をむいて笑う男。
猛獣にしか見えなかった。

「ギ・・・ギルヴァング・・・・」
「なんだあの者は」
「・・・・一度99番街対峙した。絶騎将軍(ジャガーノート)だ」
「マジ?!」
「誠か?」
「ウソついてる場合じゃねぇよ・・・」

絶騎将軍(ジャガーノート)
世界最強の地位。
ロウマ=ハート。
ギルヴァング=ギャラクティカ。
世界最強が同時にここに。

「おいおい・・・ギルヴァング将軍じゃねぇか・・・」
「あちゃー・・・エース、お前ミスったって・・」
「あん?」
「ロウマ隊長と戦える状況であの人が黙ってるわけねぇだろ・・・。
 俺もアスガルド進攻の時しか会った事ねぇけど敵意むき出しだったもんよぉ・・・」

飛び入りであり、
必然。

「ドッゴラアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

リングの中央で、
野獣が雄たけびを上げた。
耳を塞ぎたくなるような声。
闘技場全体が揺れている。

「ロウマァアアア!上がって来い!やるぞ!メチャ戦るぞ!ここで闘らねぇなんて漢じゃねぇだろが!!
 血が燃え滾るんだよ!メチャ燃え滾るんだ!やっぞ!すぐやっぞゴラァアアアアア!!!!」

「・・・・・」

ロウマは無表情のまま、
両手を組んだまま、
首を振った。

「ふん。無闇な戦いなどしたくはない・・・。が、話して分かる相手ではないか」

ロウマは卵を取り出した。
それを落とす。
落とすと、
ロウマの背後に守護動物が召還された。

それは・・・
あまりにも巨大なハイランダー。
ドロイカンよりもさらに巨大な、
竜騎士部隊が隊長ゆえの巨竜。

ハイランダーは、
一度雄たけびを上げ、
火を噴いたと思うと、
その脇にあった二つの槍を落とした。

二つの槍はロウマの両脇に突き刺さった。
巨大な槍。
ハイランダーに合わせた巨槍。
3・4mはあるんじゃないかという巨槍。
ドロイカンランスではない。
巨槍ハイランダーランスと、
巨槍ドラゴンライダーランス。

ロウマはそれを地面ごとえぐる様に抜き、
両サイドに広げた。
その光景は、
巨大な化け物のようにも見えた。

「いいだろう。喰ってやる」

ロウマはハイランダーを卵に戻し、
そして、
赤と黒の巨槍を二つ広げたまま、
リングへと足を踏み入れた。

「ギャハハハハハ!本当は武器なんてガチンコがねぇバトルはメチャ嫌なんだけどよぉ!!
 てめぇの槍は俺様のウェポンブレイクで破壊できねぇからな!それも実力と認めてやらぁ!」

「ふん。気に入らぬならこんなもの捨ててやるが」

ロウマもリングの中央に立つ。
闘技場。
大闘技場。
その中央。
そこに最強が二人。
絶騎将軍(ジャガーノート)が二人対峙する。

「・・・・訂正だ!そういうのがメチャムカツクからそのままでいい!
 勝つのは俺様だ!漢に二言はねぇ!テメェを倒し!俺様が最強の漢になってやらぁあああ!!!」

眼と鼻の先。
リングの中央で最強が睨みあっていた。

「・・・・・」
「ねぇ」
「俺ら今度こそ部外者か?」

ドジャー達は、
自然とその足をリングから下ろし、
砂の地面の上で言った

「まぁある意味最高の状況だ。お互い潰しあってくれりゃこれ以上はねぇよ」
「巻き込まれそうでイヤだけどね」
「拙者は自分の無力を嘆きたくなる」
「ヒャハハ!でもお客さんだぜ?」

「はぁ?」とドジャーは言ってしまった。
こんな状況でさらにお客さん?
店員オーバーもいいとこだ。
もう誰が居るのか認識できねぇよ。
っていうか数えれない。
そして、
あの最強二人の邪魔を出来る者など存在しない。
誰が来たところで、
誰もがもう無力な傍観者になるしかない。

「・・・・・おいおい」

だが、
入り口を見て、
ドジャーはため息をついた。

「どうやら俺らはヒマできると思ったが・・・そうじゃぁねぇらしいな」

突然だが、
こんな話がある。
ある男性が、頭にナイフが刺さっている事に気付かず生活していたという話。
それ以外にも、
頭部へ刃物が刺さったにも関らず生還した人々の話。
それらは実話で、
実際にある話。
だが、
それでも、
それでもだ。
それは極小、
マイノリティ中のマイノリティの話だ。
だから、
つまり、
もう・・・呆れるしかなかった。

「そこまでしつこいと・・・逆に褒めてやるぜ・・・・」

入り口には、
無気力なまま、
額にナイフを刺したまま、

エンツォ=バレットが死人のように立っていた。








                 






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