「つまりムーチョ・グスト(やぁ、はじめまして)。ミスター、ドジャーってことだ」

ギルバート=ポーラーは、
指をピンッと打ち鳴らした後、
片手に持つワイングラスを揺らした。

「元気なおっさんだなオイ」

「元気である事は素晴らしいのだよニーニョ。何故かというと"元気じゃない時もあるからだ"。
 感情や体調は酷くアンバランスであるのに対し、元気であるという事は酷く素晴らしい!」

「・・・・カッ・・・・わけわかんねぇおっさんだ」

「わけわかんねぇ。・・・・ふむ。それはいささか寂しい言葉だよ。
 だが完全に分かるという事と比べれば、その寂しさこそが素晴らしいと俺は思う」

ワイングラスを片手に、
闘技場の真ん中に立つギルバート。
ワイングラスを持ったヒゲのダンディと、
こ憎たらしいナマイキな盗賊が闘技場で向かい合う。

「まぁ、分からないというのなら少し俺の自己紹介説明をしておこうか?ニーニョ(坊や)」

「ノーセンキューでファイナルアンサーだぜおっさん。
 てめぇの説明は"わけわかんねぇ"で十分だ。俺ん中でそれで完全に完結してる」

「そう言うな。俺の名はギルバート=ポーラー。44部隊の中で最年長者だ。
 世間では『デッドリーラヴァー(命賭けの馬鹿野郎)』と呼ばれている。
 あとはイカしたおっさんだとか紳士の鏡だとかダンディズムの頂点だとかだな」

「最年長?・・・・カッ!・・・ハハハッ!ってぇ事は年下のロウマやユベンに使われてんのか」

「俺の自己の紹介を3行にまとめてやったのに、つっこんだのはそこか」

「パッと見、年齢が一番信用できる点だったからな」

「ふっ・・・いいな。そういう真偽確定の思考力は大したものだ。むしろ褒めてあげよう」

「ありがとさん。それならご褒美(アメ玉)くれよおっさん」

「いやいや、だが褒めれない点はその最年長なのに部下ってぇのがダサいと思ってるところだ。
 世間ではむしろ多いことなのだよニーニョ。世間も知らない小僧っ子が大口叩かない事だ。
 年齢の上下ではない。上に立つべきであるか、そして下がそれを認められるべきか。
 上下関係とはそういう事だ。その点でロウマ隊長もニーニョ(ユベン)も申し分ないのさ」

「あっそう」

興味なさそうに、
自分が言った事にさえ興味なさそうにドジャーはダガーを一本取り出した。
片手でクルクルと回し、
それを親指でピタリと止めると共に、

「いいからやるならさっさとやろうぜ」

ただ結果の取得を先行した。

「いいさ。もちろんだニーニョ!」

大げさな口ぶりのギルバートは、
鼻下のヒゲをジョリッと一度撫でながら言うが、
特に戦闘態勢をとらなかった。

「俺はとても君のような盗賊と戦いたいと思ってたんだよ」

「ほぉ。偶然相手が俺でよかったな。大当たりじゃねぇか。
 パンパカパンってなもんで大当選。おめでとうございます。俺がドジャーですよっと」

「ノン。大当たりというわけではないな。言うならば二等当選というところか。
 どちらかというとモントールの息子とやりたかった・・・・というのが本音だった」

「エクスポとか。そりゃ残念だったな」

「残念かどうかはこれから決まるよ。君でもいいかもしれない。
 ただ、提案を受け入れてくれるかどうか・・・・それだけなのだよ」

「は?」

「勝負方法を指定したい」

ギルバートはすます顔で、
涼しい顔でそう言った。

「ギャンブルバッシュ対決だ。ギャンブルバッシュは出切るか?ニーニョ」

「・・・・できるっちゃぁできる」

「OKOK、イエス。ブラボー、マラビジョッソ(素晴らしい)!」

ギルバートは右手をパチンと打ち鳴らした。

「ならばそうしようじゃないかアミーゴ!ルールの説明をしようか」

「いらねぇよ」

そう言うドジャーは、
返答と共に・・・
ダガーを投げていた。

「知らねぇ知らねぇ。んなくだらねぇことどうでもいんだよ。
 勝負方法を指定したい?闘技場だからって錯覚すんな。ルールがないのが戦いだろ?
 だからただ・・・・・・・あんたはそのままくたばっちまえ!サイコロはあの世で振ってな!!」

不意打ちのように投げつけたダガー。
それは真っ直ぐギルバートに飛び、

「それは残念だ」

それはギルバートの指の間に収まった。
ドジャーが投げたダガーは、
まるでそこにはめ込まれるのが必然だったかのように、
ギルバートの指の間で制止した。
片手、
指二本。
それ以外使うことなく、
ギルバートはいとも簡単にダガーを止めた。

「普通に戦っては"俺が勝ってしまうのだよ"ニーニョ。
 勝ちが決まってるのをバトルと言えるかな?いーや言えないさ。
 だからこそ俺は提案したんだ。俺は勝負がしたい。"勝負"がしたいのだよ」

「・・・・チッ」

さすがに、
あぁも簡単にダガーが通用しないと思わなかった。
ギルバートが叩く大口は、
大物だからこその大口。
必然なる言葉であり、
口と行動でそれを証明したに過ぎない。

「ダガー一本止めたくらいでいい気になんなよ!」

「一本止めたという事は全てて止めれるという事にはならないかい?」

「ならねぇな!おかわりをくれてやらぁ!!!」

ドジャーが今一度、
いや、
今度は両手にダガーを一本づつ構え、
1・2パンチのように右、左と投げつけた。
同じよう、
今度は2本。
ダガーが閃光のようにギルバートを襲う。

「おかわりとはつまり、同じものの追加でしかないのだよ」

ギルバートは動じなかった。
2本ダガーが飛んできているというのに、
相変わらず左手にはワイングラスを揺らしている。

「レイズ(上乗せ)は考えてしたまえ」

ギルバートが、
ただ、
右腕だけを振った。
一度だけだ。
右腕を、蝿でもあしらうように払った。
そして、
その払った右腕。
いや、
右手。
その指の隙間。
そこには先ほどのダガーを含め、
計3本のダガーが静止していた。

「・・・・っ!?」

「俺の手札(強さ)の方が上なのだよ。ならばどれだけ上乗せしてきても同じこと」

ギルバートは、
ハトに餌でも与えるかのように適当に、
止めたダガーを闘技場の地面に落とした。
通用しなかったドジャーのダガー3本は、
ゴミのように、
いや、
ゴミとして地面に転がった。

「君はとてもギャンブルが弱そうだ。相手を計り損ね、コールコールコールレイズレイズレイズ。
 これがポーカーじゃなくてよかったんじゃないかね。この時点で命ごと丸腰確定だったろうよ」

「・・・・いやに挑発してきやがんなヒゲ親父が・・・」

「挑発?ノン。誘っているのだよ。ゲーム(勝負)の舞台にね」

微笑むギルバート。
怪しく、
おとなしく、
それでいて熱くクール。
動かずとも分かる威圧感のような・・・
オーラのような説得力。

「すでに君はここに来た。このリング(テーブル)に上がったのだよ。
 罠かもしれない我らの誘いにのっておめおめとここに来たのに・・・・・何を恐れるのだいニーニョ。
 今更相手のテーブルについて、相手の所望するルールを怖がる?恐れるものなどない。
 勝ちも負けも、恐るに足りないものなのだよ。・・・・なのにただ逃げるつもりか?」

「・・・・・」

ドジャーの顔が歪む。
イラつく。
どうにもイラつく。
相手の思い通りっていうのが無償にイラつくのだ。
自分がイラついている事さえ、
ギルバートがそうしようとしてした事であり、
まんまとイラつき、
そして・・・・
まんまと挑発にノって「受けてやろうじゃねぇか」と言いそうな自分に、
もの凄くイラついていた。
そして、
結果、

「やってやろうじゃねぇか」

そう言った自分にムカついた。

「俺を手玉にとって挑発したつもりだろうが、逆にその天狗っ鼻をへしおってやるぜ」

「マラビジョッソ(素晴らしい)!」

ギルバートはまた指をパチンと鳴らした。
しめしめ・・・・といった表情ではなかった。
むしろ大人びた喜びの笑顔。
ダンディズムに湧き出た落ち着いた喜びだった。

「そう言ってくれる事を真に願っていたよ。それでこそゲームは面白い。
 両者が承諾してこそ対決するゲームは白熱する。強制するゲームは1プレイゲームと変わらない」

「うっせぇよヒゲ。2Pとオナニーの違いはどうでもいいからさっさと話せ」

「OK」

そしてギルバートは、
片手にワイングラスを持ったまま、
もう片手、
右手に当然の如く取り出した。

「当たり前。至極、凄く当たり前なのだが、ギャンブルバッシュ対決というからには・・・・」

「サイコロ使うんだろ」

「ノン、ダイスと呼んだ方がカッコいいと思わないか?」

どちらでもいい。

「単純。至極、凄く単純なのだが、ダイスを交互をに振り合っていく。それだけだ」

ギャンブルバッシュ。
盗賊のスキルの一つ。
ダイスは6の面がある。
当然で当然だ。






その6種類の面によって効果が異なる。
基本的には、
大まかには数字が大きい方が威力が大きい。
いや、
もちろん時と場合によって数字の効果の優越は違うが、
今このときをもった場合、
基本的には数字が大きいほうが効果が強いと思ってもらおう。
とにかく、
それを踏まえなくとも、
運任せの攻撃方法。
それがギャンブルバッシュ。
盗賊のスキルであり、
数字の優越を複雑に考えたとしても・・・・

「この世で一番安定しない・・・アンバランスなスキル・・・・かな」

ギルバートは笑った。
楽しそうに笑った。

「ニーニョ。博打は好きかね」

「遊ぶ分にはな」

「そうか。それはよくない。レディーに嫌われるぜ?」

「てめぇが聞いたんだろが!」

「いや、そうなのだ。ギャンブルはとても人に嫌われる。それを言いたいんだよ。
 基本的にはギャンブラーっていうのは堕ちた人間の事をさす。
 勝つギャンブラーも負けるギャンブラーもだ。基本的には堕落人間なのだよ」

「お前も含めてな」

「そう、俺も含めてだ」

「悪ぃが、そういう堕ちてるとか悪い事してるのがカッケェーって年は卒業してるんでね。
 悪行も博打も全て、俺が楽に生きるためと楽しむためと・・そしてそれしか生きる道がないだけだ」

「不器用なのだね」

「クソッタレな部分だけ器用に産まれちまっただけさ」

「マラビジョッソ(素晴らしいさ)。完璧な人間より、
 そんなアンバランスな人間の方がとてもとても人間的で美しいぜ」

ワイングラスを傾け、
波紋も広がらず赤い葡萄酒が地面にあわせるように揺れた。

「カッ、ロウマやユベンって奴の部下のセリフじゃねぇだろ」

「ノン」

ギルバートはパチンと指を鳴らす。

「彼らは凄く凄く不器用だ。不器用でアンバランスなのに完璧だ。
 俺はニーニョ(ユベン)どころかロウマ隊長より先に44部隊に居た。
 だから全てを見ていたが・・・・・まぁいいだろう。彼らほどアンバランスな人間はいないのだよ」

「話しが反れたってか?」

「それてはいないがその通りだ。揺れる話も好きだが、それは戦いながらでも出来る。
 麻雀ポーカー花札ババ抜き。どれもギャンブル中の会話が楽しいものだ。
 雑談とブラフが入り乱れる。揺れて混ざる。話しの続きはやりながら嗜むとしようじゃないか」

「OK。実にOKだぜ。"まんまとノってやるよ"。
 てめぇの土俵でてめぇの空気。てめぇの展開でてめぇの考えどおり、
 それに騙された上で完膚なきまでぶっ倒してやる。覚悟しやがれ」

「・・・・・マラビジョッソ!!実に!!実に実に実に素晴らしい!!!」

「なんだ。惚れたか?」

「惚れたよ」

「きめぇ」

「素晴らしいさ。すぐにやろう。やりつくそう」

「・・・・ッ・・・・はよしろっての!」

「OKニーニョ。ルールだ。説明の続きをする。今すぐにでもな。胸が高鳴ってしょうがない。
 ブラボー・・・実にブラボーだ!ギャンブラーの血が騒ぐ!ワインのように酔い騒ぐ!」

そして、
どこから取り出したのか、
まるで手品のよう。
ギルバートの右手の平の上にはダイスが3個転がっていた。

「ぉお、そうだ。チンチロリンとポーカーのルールは分かるかね」

「あん?特にポーカーは対戦方式自体いろいろじゃねぇか」

「マビラジョッソ。その程度分かっていれば理解できるルールだ。
 ルールは複雑なほど戦略はあるが、シンプルなほうが燃える。それくらいが一番だ。
 その極みがババ抜きで次がその他のトランプゲーム。だが俺が思うにギャンブルの最終形は麻雀だ。
 あれは初期理解だけ難解だがあれはあれ以上ルールを削るも減らすも必要な・・・」

「さっさと説明しろっつってんだろ!!」

「あぁ・・・・・・怒るなニーニョ。気分が高鳴ってるのだ。そうだな。
 チンチロとポーカーを融合させたギャンブルバッシュゲーム。そう、名付けるなら略して・・・・」

「ぜっ・・・・たいに略すなよ」

「・・・・・・」

ギルバートは口惜しそうな顔をした。
紳士でダンディな割に、
低レベルな事を言おうとするものだ。

「まぁ・・・つまるところチンチロのようにダイスを3つ仕様する。
 出目が、簡略したチンチロの方法になっただけと言っておこうか」

「ダイス3っつでギャンブルバッシュだと?」

「その通り。その通りだ。《昇竜会》の闇市場(ブラックマーケット)で売っている特殊なダイス」

ギルバートの右手の平に転がっているダイス。
サイコロ。
3つ。

「これは3つであるからこそ、通常のギャンブルバッシュより高威力な場合もある。
 だが、逆にまったく効果が発動しないハズレなんかがあり、とても楽しい」

「カッ、メリットがあがった分、デメリットも上がってるギャンブルバッシュか」

「そういう事だ。3つのダイスを振る。そして出た数字で効果が決まる。だが、」

「チンチロ。ただつまり数字が多ければ・・・・じゃなく、"役"で効果が決まるってか?」

「マラビジョッソ!理解が早くて素晴らしいよ」

強い順に、

4・5・6(ジゴロ)
6・6・6(アラシ)
5・5・5(アラシ)
4・4・4(アラシ)
3・3・3(アラシ)
2・2・2(アラシ)
1・1・1(アラシ)
ゾロ目+6
ゾロ目+5
ゾロ目+4
ゾロ目+3
ゾロ目+2
ゾロ目+1
1・2・3(ヒフミ)

「・・・・という役の強さをルールとして採用されている。
 通常のチンチロとは少々違うが覚えやすいものだろう?」

「効果を言いやがれ」

「OK。まずゾロ目+○系。これに関しては通常のギャンブルバッシュと同じ効果だ。
 そしてアラシ。3つ同じ数字。この場合"効果は3倍"になる」

「サイコロ3つだから効果3倍か。まんまだな」

「それ以外は"目無し"。何も発動しないのだよ。
 通常のギャンブルバッシュで"1"が出るよりも最悪だ」

「・・・・・おい。4・5・6(ジゴロ)と1・2・3(ヒフミ)はなんだ」

「そう、そこが一番面白い」

ギルバートは、
ダイスを握ったまま右手の指をパチンと鳴らした。

「4・5・6(ジゴロ)・・・この最強の目は・・・まぁ所謂・・・その時点での勝利と言ってもいいだろう」

「つまり」

「"即死"だ」

ギルバートはニヤりと笑い、
そしてまた指を鳴らした。

「その逆。1・2・3(ヒフミ)。これは即負けを表している」

「・・・・なんだと?」

「"振った本人が致命傷を受けてしまうん"だよ」

ギャンブルバッシュ。
そのスキル。
ギャンブルという言葉が付くスキルでありながら、
基本的に、術者にリスクはほとんどないスキルである。
だが、
この戦い。
このギャンブルバッシュに関しては・・・・
"自爆"がありえる。

「役を覚えるのめんどくせぇな」

「ブラボー。動揺より先にそんな事を言えるのはギャンブラー(愚かな勇者)だけだ。
 君はとてもその言葉が似合う人間なようだね。・・・おっと。役を覚えるのが面倒という事だったか。
 それに関しては無理に覚えなくていいさ。これは戦いだ。役の強さは"威力の強さ"それだけなのだよ」

「つーと」

「さっきも言っただろう?交互にダイスを投げ合っていくだけだ。それだけ。それだけなのだよ。
 交互に。ただ交互に3つのダイスを投げ合っていくのだ。振っては交代。振っては交代。
 役が出たら相手にダメージを与えられる。それをただ交互に行っていくだけなのだよ」

避けるもなく、
隙をつくもなく、
ただ、
交互に攻撃しあっていく。

「逃げも隠れも無し・・・か」

「そうだ」

「賭けるものは命」

「そうだ。そして勝敗は・・・・」

ギルバートが再び広げる右手。

「ただダイスの目のままに」

どこかの偉人が言ったらしい。
人生とは、
人生とはまるでサイコロを投げるようなものだと。
人生とはまるでダイスを投げるようなものだと。
運命とは、
切り開く賭け。
賭けの連続なのだと。
この世に100%など存在はしない。
いや、
言い換えよう。
未来に100%など存在しない。
100%は、終わった過去にしかあり得ない事象である。
つまり、
人生を進めるためには、
運命を切り開くためには、
必ず先の見えない道を行かなくてはいけない。
それは確実などという言葉の存在しないギャンブル。

実力。
才能。
家柄。
名声。
積み重ねてきたものが、
今持ちえるものが確固たるものでも、
時として、
ダイスの目が最悪であったときのように、
無残に崩れ去ってしまうかもしれない。

逆に、
何が起こるかわからないからこそ、
何か突然幸運が舞い降りてくるかもしれない。
それを奇跡と呼ぶかは人それぞれとするが、

なんにしろ、
人生とはダイスを投げるギャンブルゲームである。
先の見えない未来へダイスを投げ入れる。
結果はそれが過去にならなければ分からない。

ただ、
ただ、
必要なのは、
ダイスを投げる勇気。

天国の目が出るかもしれない。
地獄の目が出るかもしれない。

それはきまぐれで、
確定した未来などありえない。
ただ、

ダイスを振らなければ、
賽の目を出さなければ人生は進まない。

賽の目は何が出るか分からないが、
ダイスを投げるのは、
人生を進めるのはその人だ。

"出る結果は分からないが、結果を出すのは本人だ"

だから、
人生とはダイスを投げて進むようなものなのだ。

「やらなきゃ答えは出ない。ダイスを投げなきゃ人生は進まない・・・か」

「そう。人生とは天使と悪魔が微笑むランダムの世界だよニーニョ。
 アンバランス。この世はアンバランスだからこそ面白い」

「思い通りにならないからこそ人生は面白い・・・か。・・・・・・カッ、面白くもねぇよ。
 アレックスなら「それなら僕は6の目しかないサイコロを買いに行きます」って言うだろうけどな」

「最高の目しか出ない人生など最悪だよ。そんなバランス最悪だ。
 人生には1(最低)と6(最高)があるからこそ人は6の目(奇跡と幸運)に感謝する。
 6の目しかない人生。それは最低の目を常時歩み続けるのと同じだ」

「常時最高とも言えるだろ?」

「ノン。どちらにしろ答えの決まった人生など何が面白いのか。
 それは演劇と同じだ。ストーリーの決まった人生を歩む、人形と同じなのだよ。
 選択と分岐さえ無く、ただ真っ直ぐ歩き続ける機械人形のような人生だ」

安定した人生を歩む事。
それを望むのは問題ない。
むしろ素晴らしい。
レールの上を歩く。
レールから外れないように、
通常から外れないように、
3と4だけを望む。
ただ、
ただただ1の目が出ないように望んで歩むことは、
すでにギャンブルなのだ。
安定を望む。
"望んでいる時点でそれはギャンブルなのだ"
確定した未来はない。
だから人生はギャンブルだ。

「さぁ進もう(ダイスを振ろう)かニーニョ」

ダイス。
その手のダイスに勝負の全てが決断される。

「・・・・おっと。俺とした事が・・・・ポーカー部分の説明を忘れていたな。
 まぁこの勝負は掛け金(ベット)が命(体力)になるわけだ。
 つまりそれを賭けるという事になるのだから、コールとレイズというのは・・・・」

「いい」

上機嫌に説明しようとしているギルバートに対し、
その言葉の途中、
ドジャーはバッサリと切り捨てた。

「その部分は却下だオッサン」

「ん?何故かね。君は俺の舞台(ステージ)に乗っ取って戦うと言っていたじゃないか」

「だからこその"NO"なんだよ」

ドジャーはニヤりと笑った。

「てめぇはてめぇの好きなルールが順調に進んでると思ってたろ?だからこその却下だ」

「ほぉ。何か俺が企んでるとでも思ったかい?」

「企みがあるかないか・・・・そういう意味では俺は疑ってるさ。疑ってるぜ。
 何せ俺は人をとことん信じられねぇクソ野郎なもんでな。だからこそだ」

ドジャーは指を突き出す。

「てめぇのよこしてきたギャンブルバッシュのルール。
 チンチロのルールとポーカーのルール。その二つが相まって何かが起きるかもしれねぇ。
 てめぇには出来る策略があるかもしれねぇし、罠を張る手筈があるのかもしれねぇ。
 ただ、"スクランブルエッグに醤油とソースを混ぜてみたがいかが?"なんて聞かれたらよぉ、
 どんな理由があってもまずはNOだ。悪気はなくとも疑ってかかるべきだろ?」

「オススメのルールなんだがね」

「だからこそだっつってんだよ」

ドジャーはニタニタと笑う。

「てめぇの舞台(ステージ)で踊ってやるとはいったさ。
 だからこそ、整う前に仕上げをキャンセルされた気分はどうだい?」

ドジャーのしてやったりの笑顔に、
ギルバートはフッ・・・と小さな笑みを返した。

「なるほど。なるほどなるほどなるほど。ニーニョ。君はなかなかに馬鹿ではないようだ。
 舞台に招待したのは俺で、参加を許可したのは君だが、踊らされてたのは俺か」

ギルバートはワイングラスをゆっくりと、
猫を撫でるように揺らす。
ドジャーの考え。
ただの警戒。
相手が提案するルールであるのに、
これ以上相手しか知らないルールに足を踏み入れるのは危険。
ならばルールが完成しない部分で止める。
未完成の部分で止めてやる。
これは効果的だ。
ギャンブルであればさらにだ。
策略であればさらにだ。
未完成は失敗。
企みがあったならばそれを打ち止めしてやった事になる。

「まぁ言い訳のように聞こえるかもしれないが、ポーカーのルール部分に悪意はない。
 ただ俺なりにゲームを楽しくしようという配慮だったが、逆に却下がブラボーだよ。
 この無意味な会話にさえ君の警戒心と勝負への駆け引き感が楽しめた」

ギルバートは指をパチンと鳴らした。
嬉しそうだった。
ギャンブルはこうでなければ。
そんな顔。
騙し騙され、
牽制し合い、
くじきくじかれ、
トラップを仕掛け、やぶられ、
意味の無い言葉。
ブラフ。
それが折り合い、真実が分からなくなる。
そんな闇。
アンバランス。
その中にダイスを投げ入れる。
それこそ、
熱くなるギャンブル。
答えが出ていればそれは仕事でしかない。

「君はいい。本当にいい。・・・・マラビジョッソ(素晴らしい)」

ゲームの熱くする。
その点に対し、
ギルバートにとってドジャーは好敵手であったのだろう。

「いいだろう。ルールはこの特殊ギャンブルバッシュだけという事にしよう。
 俺からの提案であるチンチロルール。君の提案であるポーカールールの削除。
 お互いが一打ずつ牽制しあった状態で譲歩といこうじゃないか。
 ルールとはお互いが納得して初めてゲームとして成立するのだからね。
 チンチロの役で効果が変わるギャンブルバッシュ。ルールはそれだけだ。
 そのルールで交互に投げ合っていく。それだけだ。シンプルでとてもいい」

そしてギルバートは、
布で出来た袋をドジャーの方へ投げた。
ギルバートが片手で放り投げたその布袋は、
中でジャラリという音を鳴らし、
ドジャーの目の前に転がった。

「その中に特殊ダイスが・・・・まぁこのゲームだけでもおよそ使い切れないほど入っている。
 多めに入っているが、君にプレゼントだ。好きなだけ使ってくれ」

「まて」

ドジャーの言葉。

「いきなり投げられても困るな。カッ、てめぇの指定したルールでテメェのダイス(カード)。
 そんなもんはハッキリ言ってギャンブルの中じゃタブー中のタブーだろ?」

つまりは、
イカサマ。
ドジャーの分のダイスにしろ、
ギルバートの分のダイスにしろ、
用意された分なんてものは怪しくてしょうがない

「言ってくれると思ったよ」

ギルバートはダイスの詰まった袋をもう一つ投げた。

「そちらは俺の分だ。好きなだけチェックするがいいさ。
 それになんなら交換してもいいし、混ぜ合わせ(シャッフルし)てくれたっていい」

「・・・・カッ」

ドジャーは一応入念にチェックする。
疑ってかかるのは当然。
袋から手に取るダイス。
それは通常のダイスと見た目的には違いが分からなかった。
アイデンティファイ(鑑定)もしてみた。
まぁ違うだろうという部分は分かるが、
ドジャーとギルバートのダイス自体はおよそ同じものだった。
念のため、
一度両方のダイスをごちゃ混ぜにし、
それからまた二つに分けた。

「OK」

ドジャーは片方のダイス袋をギルバートに投げた。

「何もイカサマはなかったろ?」

「今のところはな」

「疑り深いものだ。だがそれはとてもギャンブルに必要な事さ。
 ギャンブルは結局"運"が一番大事だが、その前に馬鹿は死ぬ」

「いいからやっぞ。先攻後攻はどうすんだ。コインかなんかで決めるか?ジャンケンか?」

「ニーニョからどうぞ」

ギルバートは笑った。
余裕の笑みだ。

「提案させてもらった分の負担は背負うべきだろう。俺は後攻でいい」

「あっそう」

そしてドジャーはダイス袋から3つのダイスを取り出した。

「・・・・・」

ドジャーの手の上の3つのダイス。
これを転がす。
それだけの勝負。
これが、
この3つが、
どんな数字を上向きに出すか。
それだけだ。

「好きなタイミングで振りたまえ。時間制限はない。では"GOOD・LUCK!"」

基本的には先攻が完全有利なゲームだ。
ハズレはあるが、
それ以外は相手にダメージを与えるのだから。
1・2・3(ヒフミ)を出さない限り、
ダイスを振る方にリスクは、限りなくない。
それが出てしまえば即負け、
死亡さえあり得る即負けなのだが、
逆もあるのだ。
つまり、
ダイスを振る側は超ローリスク超ハイリターンだ。

「・・・・・チッ・・・」

だからといって、
1と2と3が同時に出てしまうだけで自分の命が危ない。
そう考えると、
簡単に手は出なかった。
ある種、低確率のロシアンルーレットともいえる。

「カッ!考えたって出目はよくならねぇよ!!!」

そして勢いのまま、
ドジャーはダイスを投げた。
3つのダイス。
それはギルバートの方へと投げられた。
闘技場の地面。
リングの上を、
小石のようにカンッカンッと跳ね転がる3つのダイス。

「どーせなら一発で終わらせちまえ!!」

転がるダイスに、
自分の放り投げた人生に願いをぶつけるドジャー。
だからといって出目は変わらないが、
思いは存在する。
そして期待とは完璧無関係にダイスはきままに転がる。

「こいこい・・・・出来るなら"6"出ちまえ・・・ゾロ目と6で十分だ・・・・」

通常のギャンブルバッシュでも"6"の目はかなりの高威力だ。
高い役を期待しなくてもいい。
それで十分に勝利できる。

「・・・・・ッ!!・・・・」

だが、
転がるダイス。
そのダイスの1つ。
その動きが止まり、
リングの上で静止した。
出目は"1"。

「チッ・・・だが関係ねぇさ。1・1・6とかだったら効果は6なわけだしな」

「イエス。だがニーニョ。1は不幸な数字には違いない」

「うっせ!黙ってみて・・・」

そう言ってる間に・・・
もう一つのダイスが止まった。
出目は・・・

「あん?!」

2だった。

「ざけんなっ!!」

2つのサイコロが止まり、
出目は1と2。

「これは・・・ハハッ!面白いなぁニーニョ。これだからギャンブルはやめられない。
 まさか、一投目でいきなり1・2・3(ヒフミ)で自爆なんて事がありえるんじゃないかい?」

「てめぇ・・・・」

正直・・・
疑った。
一投目でいきなり1と2。
次に3が来たらその時点でドジャーの命は・・・・・・絶えるだろう。

「もう少し疑ってみるべきだったか・・・・」

イカサマ。
それが頭に浮かぶ。
先にダイスを振らせたのも疑うべきだった。
なんらかの策でギルバートはドジャーを自爆させるつもりだったのかもしれない。

「ブラボー」

3つめのダイスが止まった。
その目は・・・・・

「・・・ふぅ・・・・」

5だった。

「命拾いしたなニーニョ」

「うっせぇ」

3つのダイス。
出目は1・2・5。
役なし。

「チッ・・・・目無し(ブタ)かよ」

だが正直ほっとしていた。
1・2・3(ヒフミ)。
それが出ていたら自爆だった。
そういう意味で、
心からほっとしていた。

「ニーニョ」

役なしなため、
効果は発動せず、小さな煙と共に消滅する3つのサイコロ。
その先で、
ギルバートは笑っていた。

「今、ニーニョはホッとしてしまったな」

「・・・・・あん?」

「君は安堵してしまったのだよ。攻めであるのにも関わらず」

ワイングラスを揺らし、
ワインが揺れる。
まるでドジャーの心を揺らすように。

「最後のダイス。3つ目のダイス。あれが1か2であれば・・・役は出来ていた。
 役は出来ていたのだよ。1・2・1か1・2・2ならばね。
 ・・・まぁとはいったものの、1・2・2ならゾロ目+1だから効果は1。
 ギャンブルバッシュの1は効果はほぼ無いと同じだから意味なかっただろう。
 だが、もし出目が1ならば、1・2・1。出目はゾロ目+2で2の効果はあった」

ギルバートは笑う。

「同じ確率の可能性であるのに、君は1が出る期待よりも、3が出る不安の方が強かった。
 それは勝利への期待より敗北への不安の方が心で強かったという事だ。
 君があの時点で頭をよぎったのは・・・・勝利ではなく敗北だったという事だ」

「・・・・・」

言い返しはしなかった。
本当だからだ。
言いたいことは分かる。

「心では負けてたって言いてぇのか」

「そうさニーニョ」

「カッ、ざけんな。俺がどう思おうが賽の目は関係ねぇ」

「関係ない。ふむ。君は麻雀などにおける流れや引き運というのを信じない人間だね」

「当たり前だ。あれは運でしかねぇ。ロマンチックをギャンブルに取り入れる奴は馬鹿だ。
 正直「今俺に流れが来てる」とか言うロマンチスト(やつ)はキチガイにしか見えねぇな」

「ノン。運の流れというものは実在するよ」

ギルバートは、
自信を持ってそう応えた。
ギャンブラーとしては愚かとも言える考え。
ありもしない空虚なものを拝呈した。

「あん?寝ぼけてんのかてめぇ。寝言は寝て言えオッサン。
 てめぇはサイコロの目が出る確率は1/6じゃないって言いてぇのか?」

「この場においてはイエスだ」

その笑みは、
自信と余裕に溢れていた。

「俺は信じているのだよ。ギャンブルにおいて・・・いや人生において運の流れは実在する。
 実際に幸運と不幸は偏るだろ?スロットでさえそうだ。勝ちと負けは偏る。
 機械の上のギャンブルでさえ「負ける気がしない」状況というものは存在してる」

「ただの確率論だ」

「だが実際に勝つ時は勝つし、負ける時は負ける。俺は思うのだよ。
 全ての行動は運に通じているのではないかとね。心境でさえ運に通じている」

ワイングラスが、
話のアクセントのように揺れる。

「わずかな・・・小さな動き。カードを選ぶときの目の動き、賽を振る時の指を動き。
 橋を渡るときの踏み出す足の量。食事の時のフォークの傾き。
 それら全ての1mmの動きでさえ、全ては重なり、運になると思っている」

「意味が分からない。理解不能だな」

「勝つ時は"勝つ時の動作がある"んだ。それが心の動揺から産まれるものだろうがなんだろうが、
 1ミクロの動きだろうが、それらが全て重なり不や幸の動作が完成してしまうと思うわけだ。
 "ジンクス"ってあるよな?俺はあれを信じる。ほとんどのギャンブラーは否定するが、
 俺はこの世は眼に見えないジンクスによってアンバランスな流れの元に出来ていると考える」

ギルバートは、
そう言いながら右手の平に3つのダイスを掴んだ。

「だから俺は負けない。負けるとは微塵も思わないから負けない。
 勝つと信じてギャンブルに投じると、自然と負けないのだ。
 どんな力が働いているか分からないし、それを偶然や奇跡と呼ぶのも構わない。
 だが、そう思って勝負に転ずると負けない。実際に負けていないのだからしょうがない。
 ジンクスは実在する。・・・・・・・だから・・・・・だから君はどちらを選ぶ?」

「は?」

「もし・・・・・もしだ。100回コインを投げて表と裏が50回づつ出ている男と、
 100回コインを投げて表が100回連続で出ている男。どちらに賭ける?
 完全に偶然だとして、イカサマも何もなかったとしても・・・だ。
 俺は100回表が出ている男に俺は賭けるね。これが理論ではない・・・・流れというものだ」

ふいに、
投げ捨てられたダイス。
放り投げられたダイス。
3つのダイス。
当然の行為だが、
何か・・・
ドジャーはその行為に驚き、
一瞬だけビクついた。

「・・・・・クソッ・・・・」

あるわけがない。
世の中に不思議な力なんてものはない。
魔法でさえ理論に裏付けられた技術の産物。
ロマンは感情であり、
現実に反映はされない。
だから、
理論的に、
理屈的に、
確率から導き出される結果は変わるわけがない。
サイコロは1/6だ。
コインは1/2だ。
ジャンケンは1/3だし、
ジョーカーを引く確率は1/53だ。
変わるわけがない。
それだけは絶対だ。
絶対でしかない。

「うざってぇ・・・・変な言葉並べやがって・・・・。
 そーいう流れとかジンクスとかに頼る奴がギャンブルの負け犬なんだよ・・・・」

そう思う。
真にそう思う。
なのに、
なんだ・・・
やつの自信は。
なんだ・・・
自分の不安は。
確率は変わるはずがないのに。
完全なバランスであるはずなのに。
アンバランスなんてあるわけがないのに。

「止まったぜ」

「・・・・・」

一つのダイス。
その目は・・・6。

「おぉ、いい目じゃないか」

「・・・・カッ、別にこのルールなら出目が大きい=強いとは限らないぜ」

「ふむ。そうだね。実にそうだ。だが・・・・・こうなるとさすがにドキッとしないかね?」

「!?」

2つ目のダイス。
その目。
その目も・・・・・6だった。

「ふざけんなっ!!!」

6・6・・・・
3つ目のダイス。
それが何が出ようと・・・・・
何か役が出来る事が確定した。
1でも2でも3でも4でも5でも6でも。
ゾロ目+数字。
言うならば、
3つ目のダイスが表示した効果が発動する。

「それどころか・・・・・3つ目のダイスが"6"ならば」

「・・・・くっ・・・」

その場合・・・・6・6・6(アラシ)。
今回のルールでいうならば、
その場合3倍の効果を・・・
ダイス3つ分の効果が発動する。
6の目は一般的に"3倍ダメージ"とも呼ばれる絶大なものだ。
それが3つ分。
3x3。

「さぁ、3つ目のダイスが止まるぜ。勝負は運命の神のみぞ知る。
 手に汗握るなニーニョ。それでは・・・・グッドラック・・・」

「まさか・・・・」

一発目で3倍ダメージx3。
そんな規格外のダメージを与えるためだけにこのルールを選んだのか?
ゲームをする気など、
勝負をする気などサラサラなく、
他の役などにサラサラ意味はない。
ただ、
ただ一撃で勝負をつけるために・・・・・・

ダイスが・・・・止まった。

「残念だ」

3つ目のダイスの出目は・・・・"4"

「6・6・4。つまりゾロ目+4。効果は4の目だ」

「・・・・!?」

3つのダイス。
その3つがまるでお互いをえび掛け合うように光り、
3つのダイスが巻き込み合うように輝き、
そして・・・・
ドジャーに向かって炎を吐き出した。

「くそっ!!」

避ける事も叶わない。
出た結果は受け入れろ。
それがギャンブルだ。
卓は引っくり返らない。
結果を受け入れろ。
結果を求めるのがギャンブルであり、それが全てなのがギャンブルなのだから。

「ぐっ・・・・」

ダイスが発した炎がドジャーを包み込む。
突き抜ける感覚。
吹き飛ばされそうになるのを堪える。

「チックショ・・・・」

「ほぉ。堪えたか。そうだな。ギャンブルとはそうでなければ面白くない。
 一撃で終わるギャンブルなど事故るか事故らないかの運試しだ。
 次の運命にダイスを投げ入れるか否か、それがギャンブルの楽しみだ」

「・・・・痛ゥ・・・・」

全身を吹き抜けた炎。
ダイスが選んだ罰ゲーム。
堪えはしたが、
予想以上にダメージを受けた。

「ニーニョ。セルフヒールをしたまえ」

「言われなくたってするっての」

「そう、このゲームの掛け金は命だ。補充は怠るな」

「カッ、そんな事言っていいのかオッサン。時間制限はねぇんだろ?
 言ってみりゃ全快するまで俺はサイコロ振らなきゃいいんだぜ?」

「それが出来ないのはニーニョが一番分かってるはずだ」

「・・・・チッ・・・・」

時間制限。
確かに・・・確かに制定されていない。
だが、
この勝負の時間制限は無くても、次の時間制限はあるのだ。
アレックス、イスカ。
彼らが苦戦していないという保障は?
出来るならば応戦に行く事が好ましい。
むしろ負けている可能性は?
逆に敵が増える可能性さえあるのだ。
そして・・・
ぼやぼやしていると53部隊が到着する。
それが最悪だ。

「53部隊より先に到着させたのはこれが狙いか」

「イエス。そのとおりだ。ギャンブルは将棋や囲碁ではない。
 この場の時間制限・・・金も命も時間も限られた中でやるからこそ面白い。
 大富豪がギャンブルをするか?・・・否。ギャンブルとは貧乏人のゲームなのだよ。
 賭け金・・・・それがグロッドでも命でも・・・それに満足していないものがギャンブルに身を投じる」

「・・・・・・神はダイス遊びをしないって奴だな」

「なかなか博学じゃないか」

時間は稼ぐ。
足りないのはこちらだが、
セリフヒールの時間は稼ごう。
こちらがゲームを進めてしまうと、次負ける可能性もある。
ギルバートが次に何か役を出したら、
その時また耐えれるかと聞かれると・・・微妙だからだ。
そして・・・
何故かまた向こうは役を出す気がしてしまう。

「これが流れ・・・ってか?」

「どうしたんだいニーニョ」

「てめぇの魂胆分かったぜ」

「ほぉ」

ギルバートは嬉しそうに笑った。

「流れ・・・・・可能性ね・・・クソっ・・・・」

ドジャーはダイスを一つ取り出す。
そしてそれを見た。
見尽くした。

「・・・・・・」

イカサマ。
イカサマに決まっている。
そうでなければあの自信は出てくるはずがない。

「さきほどそれはチェックしただろう?」

だが、
そうとしか考えられない。
じゃなければあの自信はなんだ。
根拠のない自信?
培ったものでもなく、
何もない理屈から自信が出るわけが無い。
運に自信などない。
なら確定要素があるはずだ・・・。

「・・・・・?・・・・・チッ・・・・」

分からない。
普通のダイスに見える。
チンチロリンのルールを採用したダイスである以外、
基本的には普通のダイスだ。

「なんだ・・・重さ・・・比重か?・・・傾き?傾斜?・・・・・材質・・・」

あらゆる可能性を考える。
傾き・・・・
もしこれがわずか・・・わずかでも綺麗な正方体でないというのならば、
サイコロの出目の可能性は1/6じゃなくなる。
何かの目がわずかに出やすくなり、
何かの目がわずかに出にくくなるはずだ。
数字の穴の大きさ?これだけで可能性が変わるか?
変わるだろう。1億回投げれば数字がおのずと出るかもしれない。
そんなわずかな確率の違い程度だろう。
じゃぁ重さ。
中に何か仕掛けがあって出目を操作している。
重心・・・比重か?
サイコロの重心が1/1000ミリずれただけで、
0.1%とか0.2%とか目の出る確率が変わると聞く。
ならばズラす量を変えれば現実的な確率をはじき出すことも可能だ。
可能性を・・・
期待値を操作している。
それならば・・・・
・・・・。
だがそうは見えない。

「それは普通のダイスだよニーニョ。疑うのはやめたまえ」

「・・・・っつーことは・・・・」

待て。
待て待て待て。
出目の可能性?
期待値?
なるほど。
なるほど。
そうだな。
ギャンブルは運だけで成立しないよな。

「そういう事か」

「今度も見当違いの意見でないことを祈るよ」

「ルールの方か」

「ほぉ?」

「ギャンブルってのは負ける可能性の方がでけぇ勝負方法だ。
 だが、だが有名なギャンブルの中にも"勝つ可能性の方が高いゲーム"が存在するよな」

ギルバートは笑った。
なんの反応だろうか。
可笑しくて笑っているのか?
ドジャーは続ける。

「一番有名なのはブラックジャックだ。カウンティングでカードを覚えれば期待値は上がる。
 使ったカードを覚えて、そっから次の勝負の可能性を計算すればいいだけだ。
 それが出来れば必ず勝てるギャンブルだ・・・・なんて世間では言われてるよな」

「ふむ。なるほど。カウンティングね。なるほどなるほど。確かに・・・確かにだニーニョ。
 俺はそれが出来るよ。かなり超人級の集中力が必要な技術だが、俺はソレが出来る。
 確かに俺は出来るよ。・・・・だが、だがだニーニョ。これはブラックジャックではないぜ?」

「俺が知ってるゲームの中であと二つある」

「ほぉ」

「勝つ可能性が、期待値が1を超えるゲーム。期待値が100%を超えるゲーム。
 それが・・・・チンチロリンとポーカー。・・・・てめぇが提案したルールだよ!」

「ブラボー」

ギルバートは、
指をパチンと鳴らした。

「この状況でいろいろと頭が回るものだ。疑ってかかる。そして可能性。
 君はとてもギャンブルに向いているようだ。見直したよニーニョ」

「そうかい」

「実際。実際だ。君はチンチロのルールは受け入れ、ポーカールールを破棄したね?
 あれは素晴らしい。マラビジョッソだ。あれは完璧だった。・・・・・白状しよう。
 白状するよ。ポーカーのBETルールがあれば俺の勝ちは確定していただろう」

「カカッ!イカサマの白状か?」

「いや、君の言った勝率の話・・・ブラックジャックもチンチロもポーカーも、
 ただ、ただ優良なギャンブルというだけでイカサマではない。技術で勝利がつかめるだけだ」

「暗黙の了解ってやつか」

「だが・・・だがだニーニョ」

ギルバートの片手のワイングラス。
それは・・・
まったく揺れない。
まるで、
ギルバートの心が冷静であるという事を表しているようだった。

「やはり見当違いだよニーニョ」

「あん?」

「先ほども言ったが、これはカードゲームじゃない。カウンティングなんて技術は介入できない。
 ダイスを振る。ただダイスを振るだけのゲームなのだからね」

「・・・・・」

「そしてチンチロとポーカーも期待値が1を超えると言ったが・・・・これも見当違いだ。
 ブラックジャックを含めても完全に完璧に見当違いの考えだよ。
 それらの勝率は全て賭け金・・・"BETのルールが存在してこそ実現するものだ"。
 賭け金の上下があるならば・・・小さく張る場面と大きく張る場面は見えてくる。
 それによって勝ちの期待値が1を超えるのがBJ・チンチロ・ポーカーであるだけ」

「・・・・・・」

「このゲームはたった1つの命を張り合うだけのゲームだ。
 ただダイスを振り合うだけ。期待値の算数はあまりにも見当違いだ。
 むしろ逆に言えば先攻である分あまりにも君の勝率に分があっんじゃないかね?」

ドジャーがポーカーのBETルールを破棄した時点。
その時点で・・・
それらの話題は関係ない。
それ以前に、
これは親と子の、
胴元のないギャンブルだ。
そこにどちらが勝ちやすいなどいう計算は意味をなさない。

「・・・・カッ・・・・ポーカールールで有利になろうと思ってた奴が偉そうに・・・」

「それは戦略制をつけたかっただけだよニーニョ。そしてここだけは分かって欲しい。
 ブラックジャックもポーカーもチンチロも・・・・勝ちが確定したギャンブルなどない。
 存在しない。ただわずかに勝ちやすいというだけでハッキリ言って負ける。負けるのだ。
 可能性の問題であって、必ずそこにラックは存在する。勝率は運に揺れる。それがギャンブルだ」

なら・・・・
ならばなんなんだあの自信は。
偶然か?
偶然ギルバートの意志・・・自信通りに結果がダイスに出ただけなのか?
期待値も、
勝つ可能性も関与しないというならば、
何が奴を勝利に突き進めている。

「とにもかくにも進まなきゃ・・・ってか?」

考えたってしょうがない。
自分が出せばいい。
結果はそれだけだ。
相手の結果じゃない。
欲しいのは自分の結果だ。

「・・・・・ってぇのは言い訳か」

思考の停止。
それは危険だ。
だが、
今ある分の資料じゃ論文はできない。
結果は、
最後のページは完成しない。
ならば実験だ。

「なんだろうがいい。オッサン。俺の番だぜ」

「そう君の番だ」

「覚悟しやがれ」

「もう投げるのかい?傷は癒えたのかね」

「セルフヒールなんかですぐ完治するか!それに完治なんか待ってられるか。
 どっちにしろ"ふりだしに戻る"じゃいつまでたっても進めねぇんだよ。
 進みたかったらサイコロを振れ・・・ってな。人生はスゴロクだろ?」

握る。
3つのダイス。

「マラビジョッソ(素晴らしい)。ブラボーだ。その通り。・・・いかにもその通りだ!
 ダイスでどんな目が出ようとも、ダイスを振らなきゃ進めない!
 ダイスを振る勇気があるか!前に踏み込む勇気があるか!運命を放るのは自分だ!」

「説教ありがとさん。クソ食らえ!」

放り投げる。
ギルバートに向かって・・・・3つのダイスを放り投げる。
放り投げる。
その表現はいささか哀しい。
まるで自分の運命を放り投げたかのようだ。
あとは神様頼み。
ダイスを放り投げる事はまるで結果を人任せに放り投げるようだ。
だがそれでいい。
あとは神のみぞ知る(God knows)でも、
その行動は自分で選択したのだから。

だが、

「・・・・"それ"は少し褒められないな」

急にギルバートの表情が変わった。
残念そうな表情だ。
ダイスを投げるドジャー。
それを見てギルバートは眉をひそめた。

「・・・・気付いたか」

ドジャーの顔も険しくなる。
そう。
ドジャーは行動していた。
ただ投げたのではない。
運命を自分で決めようと投げた。
そこにギルバードは眉をひそめたのだ。

「ニーニョ。今の投げ方。"回転をかけたな"」

「・・・・・さぁな」

「とぼけても無駄だ。そして気にするな。回転をかけて投げた事はとがめない。
 ギャンブルにイカサマや技術はつきものだ。それで勝ちを拾えるならば責めたりはしない。
 だが、だがだ。あまりにも・・・・あまりにもお粗末だ。人に気付かれるイカサマなど最悪だ。
 バレなきゃイカサマじゃないが、バレたら最悪の愚行としか思えない」

「イカサマ?イカサマイカサマってうるせぇよ。
 てめぇもさっき言ってたろ。カウンティングはイカサマじゃねぇ。
 "ならこれも"だ。ダイスに回転をかけちゃいけないなんてルールあったか?」

「暗黙の了解というものだ」

「カウンティングもだろ」

「いや、失礼した。この場合はイカサマではないな。だが・・・・愚かでダサいと言いたかった。
 相手にバレバレのイカサマなど、最悪の最悪の最悪だ。運命を任せる前の問題なのだからな」

「カッ・・・なんとでもいえ」

ドジャーの投げた3つのダイス。
それは・・・
同じ回転をしていた。
即興で回転のイカサマなどできるのか?
違う。
出来ない。
逆に言えば、
"誰でもできる期待値の清算だ"。
ドジャーは誰にでもできるイカサマをした。

「俺ぁ考えたんだぜ?"何か"が介入するなら、一番怪しいのはチンチロのルールじゃないかってな。
 これだけが採用されたわけだから、やっぱここに何か穴があんじゃねぇかって考えるのは当然だ」

「・・・・・・またくだらなそうな見解だが・・・・ダイスが止まる間だけ聞いてやろう」

「カッ・・・・チンチロで子が有利になる因子の一つに・・・・"ションベン"がある。
 ダイスを投げるステージ・・・"椀"からダイスがこぼれちまうチョンボだ。
 "だがここは闘技場"。椀はない。ならだ。どこに期待値の変化がある?」

「ほぉ・・・目の付け所はやはり褒めたくなるよニーニョ」

「つまり・・・だ。椀の中ならサイコロはランダムに転がっちまうが、
 ここは闘技場のリング・・・・"平面"だよな?なら・・・・投げ方がそのまま反映されるわけだ」

ドジャーの投げたダイス。
3つのダイス。
それは・・・・・
同じ方向に、
3つとも同じ方向に同じ回転で投げられていた。

「残念ながら、俺に3つのサイコロを完全に同じ力で振るなんて技術はねぇ。
 ピッタリ皆さん6で止まりましょうなんてサイコロに号令はかけれねぇ。
 だけどな・・・同じように回転させる事ならできるってわけだ」

つまり、
"ダイスを縦にしか回転させない"。
サイコロだから。
ダイスだから。
正方体だから。
6面だからだ。
もし、
今のドジャーのようにこの正方体(キューブ型)の物体を縦回転だけで投げたらどうなる。
タイヤの回転のように、
縦回転だけ。
つまり。
"側面の2つの面は絶対に上を向かない"

側面の二つが1と6だとすると、
2か3か4か5しか出ないのだ。
どんな力で投げても、
必ず、
100%。
平面の上でなら4つの面のどれかしかでない。

ダイスは1/6じゃない。
ダイスは1/4になる。

「これは分母が変わったぐらいのもんじゃねぇぜ?
 実際俺は、2か3か4か5・・・・その4つしか出ないように投げた。
 なら・・・だ。"2・2・2""3・3・3""4・4・4""5・5・5"。
 アラシ(3倍払い)が出る確率は単純計算で1/16まで収束される。
 ゾロ目役に関しては・・・カッ!単純にどっちも収束だな。確率があがるのは想像できるだろ?」

「それぐらいの計算すぐにしたまえよニーニョ」

「・・・・めんでぇ・・・・」

「ふむ。確かにだ。役が出る確率は増えるな。増えるさ。
 この戦略は確かに採用させてもらおう。相手として使用を認めてあげよう」

「あんがとよ」

「だが・・・・最初にも言ったよな・・・・君は負けを怖がっている」

「・・・・んだと?」

ギルバートの笑みと共に、
3つのダイスはカランコロンと地面を転がる。
回転をかけたダイスは止まるのが遅かった。

「ダイスの形状上・・・その投げ方では1・2・3(ヒフミ)が必ずでないし・・・
 つまり逆に4・5・6(ジゴロ)も確実に出ない。それらは隣り合わせだからね。
 君は最強と最弱の手を捨てた。ジョーカー抜きでカードゲームを選んだ。
 いいか?最小と最大がなければロイヤルストレートフラッシュは完成しないのだよ」

負けを恐れて勝ちを捨てる。
ふざけるな。
確率は1/6x1/6x1/6から1/4x1/4x1/4に変わった。
そして分かっているのだ。
ギルバートから一撃もらっているからこそ、
ドジャーだからこそ分かる。
この戦いは4・5・6(最強の役)など出さなくても、
十分に相手を倒せる。
最強を狙わなくても結果として勝てるのだ。
同時に賽を投げるのでなく、ターン制であるならば、
明らかに勝利の確率は上がったはずだ。
それをグチグチと・・・・・・

「3だよニーニョ」

一つのダイスが止まった。
他のダイスもゆっくりと止まる。

「・・・・・」

次のダイスは4。
3と4。

「おぉ、怖いねニーニョ。3の目はギャンブルバッシュの対人戦においてなかなか怖いからね」

だが、
ギルバートの表情は余裕だった。
役など成立しない。
最後のダイスの目など、
微塵も気にしていないような表情。
なんだ。
見当ハズレの文句を言ってきたのは向こうなのに・・・・
流れ。
それなのか。
"出る気がしない"。
今の時点で次に出るサイコロの目は2か3か4か5。
ハッキリ言って、
最初から1/2以上の確率で役が成立する計算なのだ。
なのにだ。
3か4が出ればいいだけなのにだ。
出る気がしない。
出る気が・・・・・

「残念だなニーニョ」

最後のダイスは・・・・・
2だった。

「ハズレだ」

「クソッ!!!!」

50%を軽く超えた確率で、
ギルバートにダメージを与えれるはずだった。
はずだったのだ。
なのになんだこれは・・・・。

「ざけんな!何してやがる!どんなトリックだ!」

考えられる事は全て考えた。
だが分からない。
分からないのだ。
何かがあるはずだ。
何か・・・
何か・・・・。

「運だよニーニョ」

またそれか。

「結果のアンバランス。それが運だ。グッドラック。バッドラック。
 揺れ動く波の動きのようにそれは変わる。君と俺はその逆にいただけだ」

「ふざけんなっつってんだ!明らかになんかやってんだろ!」

「負けが見えるからって憤るなよニーニョ。それはあまり美しくない。
 勝つ時もあれば負ける時もあるからギャンブルは楽しいのだろう?」

「・・・・俺は勝てるギャンブルがやりてぇんだよ」

「それは仕事だよ」

「ならギャンブルなんて楽しくもなんともねぇな!嫌悪すんぜ!」

「そう。ギャンブルは嫌われるものだ。愚かだから。愚かな楽しみだからだ。
 基本的には負ける確率が高いのがギャンブル。・・・・・何故かそれなのに魅力的だよな。
 いや、だが、だからこそ、それだからこそ魅力的なのだ。この世の多くのプレイヤーを魅了する。
 魅了・・・魅了だ。それがもの凄くアンバランスでとても催眠的でこの世で一番怖いと思わないか?」

「あん?」

「なんという事だろう。ギャンブラーは皆、ギャンブルに魅了されすぎている。
 そしてギャンブルはカッコいいとさえ思っているだろう。愚かだな」

「なんか話が見えてこねぇぞ。いったりきたりしてやがる」

「まぁ聞け。ギャンブルはこんな俺が言うのもおかしいが・・・・ガキの遊びに他ならない。
 多少の金がかかる割には、とてもオコチャマにしか出来ない愚かな遊びだ。
 やってる自分に心酔し、金が減ろうが増えようが、理由は熱く楽しいから。
 結論からするとギャンブルは遊びなのだ。それにムキになってどうするんだい?」

「落ち着け、楽しめってか?・・・・・カッ!!!」

ドジャーの表情は険しくなる。
怒りに似た表情。

「てめぇが言ったんだろ!結果が出ているギャンブルは遊びじゃなく仕事だとな!
 てめぇは絶対なんかしてやがる!結果を何かしらで決めてやがんだよ!」

「根拠もないのに言いがかりは愚かだよ」

「うっせ!イカサマしてんだろ!あん!?
 てめぇはギャンブラーならイカサマなんて手でギャンブル汚してんじゃねぇ!!」

「・・・・・あまりに見当違いだ。失望したよ」

ギルバートのワイングラスが揺れた。

「イカサマはギャンブルを汚している?ふん。そのとおりだな。
 何故なら、バレないからイカサマであり、バレなきゃイカサマじゃないからだ。
 "ギャンブルにイカサマは存在しない"。イカサマは見えないところで起こっているからだ。
 だからイカサマがっても表向きには出てきようがないし・・・・
 イカサマが表向きになった場合・・・・それはもうギャンブルではないからだ」

「グチグチ言ってんじゃねぇ!てめぇはイカサマしてんだろっつってんだ!」

「"していない"」

またふいに、
唐突に、
ギルバートはダイスを投げた。
運命を投げた。
ギルバートの運命を奏でるダイスであり、
ドジャーの運命を決定するダイスでもある。

「ではGOOD・LUCK」

「くっ・・・・」

イカサマ。
していない。
ギルバートの話のままだと、
していたとしても、表面化しないのならイカサマではない。
だからギャンブルにイカサマは存在しない。

ドジャーの言葉。
これほどに"いいがかり"という表現が適応できる場面はないだろう。
情けない。
あまりにも情けない言葉だ。

"証拠がなければ罪はない"
"証拠がなければ罰はない"

3つのダイスは不器用に転がり、
無造作に、
あまりにも自然に、
ドジャーの方へと転がってくる。

「この・・・やろ・・・・・」

なんだ。
じゃぁなんなんだ。
流れ。
アンバランス。
運の揺れ。
事実、
勝負。
勝ち負け。
勝ち気、
負け気。
それにおいてドジャーはギルバートに負けている。
気で負けている。
彼の言うとおり、そんなもので賽の目が変わるなど未だ信用しないが、
それでも結果としてでている。
理屈がなくても結果は出ている。

「君は恐れすぎだ。何かに恐れすぎなのだよ。覚悟を決めろ。
 イカサマなどない。ダイスは普遍だ。いらぬ見解を挟まないほうがいい。
 ダイスの可能性を考えるな。出目が変動するのであればそれはダイスではない
 "各目のでる確率が1/6のものをサイコロという"・・・これが真理で定義だ」

それで納得しろというのか。
ふざけるな。
何かの力が働いているのは間違いない。
あり得ないからだ。
じゃぁなんだ。
運を動かすもの。
運び動かす。
それを運動という?
ギルバートは全ての動作が運に繋がっているといっている。
運が命を・・・運命・・・。
ふざけるな。
ふざけるなふざけるな。
何がどうそう動かす。
人の力でなければ神か?
それが一番ふざけるなってところだ。
神なんて一番信用できない。

「1つ目のダイスは"2"だ」

神はダイス遊びなどしない。

「2つ目は"6のようだね"」

なら、
何で、
何で奴は勝ちを拾っている。
神でないなら・・・
神でないなら・・・・・

「おっと最後も"6"。ゾロ目+2。効果はギャンブルバッシュの"2"だ」

なるほど・・・

「・・・・・・・分からないから負けなのか」

3つのダイスが折り重なり、
輝き合い、
光り合い、
そして炸裂した。
ドジャーにぶつかる。
衝撃が。

「・・・・がっ・・・」

吹き飛ぶ。
ギャンブルバッシュが放ったダメージが、
ドジャーに清算される。
ギャンブル。
ギャンブルに完璧な清算はつきものだ。
賭けたのだから、取られるに決まっている。
それがギャンブル。

「・・・ぐ・・・ふっ・・・・」

ドジャーは闘技場のリングの上で一度跳ね上がり、
そして地面に倒れた。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・・・」

死にはしなかった。
だが、
二度のダメージは蓄積し、
立ち上がるのも容易ではなかった。

「生きているかニーニョ。生きているな。ならば賭け金を稼げ。
 セルフヒールで少々回復しろ。ライフが賭け金である限り、君にはそれしかない」

どうする。
どうする。
どうする。

「くっ・・・」

ドジャーは跳ね起きる。
その手には・・・ダガーが握られていた。

負けだ。
この勝負は、
このギャンブル勝負は負けだ。
だが、
勝負に負けても死ぬわけにはいかない。
世の中は結果だ。
こんなギャンブル勝負にこだわりはない。

「・・・・チッ・・・」

だが、
ドジャーのその握ったダガーを投げる事はできなかった。
攻める事もできなかった。
見透かしたように、
ギルバートはこちらを冷たい目で睨んでいた。

「悪あがきはよせニーニョ。ギャンブル、ブラフ・・・全てにおいて俺のが上だ。
 君の行動は読める。ギャンブラーの能力さ。だから君に勝ち目はない」

「・・・やらなきゃ結果はでない」

「ならば勝ちの可能性が高いギャンブルバッシュの対決を選ぶべきだ。
 わざわざ勝ち目の少ない方を選ぶ必要はない。ダイスは正直だ。
 運はあまりにもアンバランス。君と俺はその点でとても平等なのだよ。
 不平等同士だからこその平等。アンバランスだからこその公平な戦いだ」

「くそっ・・・・」

このままこの傷で勝負を挑んでも勝てない。
勝てない。
ならばダイスを振りしかないのか。
運命を投げるしかないのか。
いや、
勝ちも負けも・・・この際いい。

「さぁ、君のターンだ。"運命を放りなさい"」

「俺は運なんかに運ばれねぇ!!!」

ドジャーは・・・
ダイスを投げ捨てた。
3つのダイス。
それをギルバートに投げつけた。
無闇に。
適当に。

「投げて欲しいなら投げてやんよ!ただ俺はやめさせてもらう!」

ダイスだけ投げ捨て、
ドジャーは後ろを向いた。
振り返った。
逃げる。
逃げるしかない。
勝てないなら、
負けるわけにはいかない。
結果に負けがあるならそれは頑固拒否だ。

「勝負から逃げる・・・か」

ギルバートは首を振った。

「それは最悪だ。そして・・・ついたテーブルから逃げるなんて事はできない」

ギルバートは、
パチンと指を鳴らした。

「!?」

それと同時。
閉じた。
逃げようと思った闘技場。
その入り口。
ゲートが勢いよく閉じた。

「なっ!?」

ドジャーは振り向き、
走り出していたが、
ブレーキをかけるしかなかった。

「ニーニョ。なぁニーニョ。ギャンブルの途中に逃げるなんて事があると思うか?
 ギャンブルで確定的なことが一つあるとしたら・・・・決着だ。それだけだ。
 勝ちと負け。それがあるからギャンブルであり・・・そこからは逃げられない」

「くっ・・・」

「君は命を賭けただろう?決着を望んだだろう?なのに逃げる?戯言だ・・・・」

ギルバートの視線がドジャーを突き抜ける。

「"払えないのなら賭けるな"」

無理だ。
負けるから逃げる。
なんとあつかましい。
なんと愚かしい。
それがギャンブルで通用すると思うか。
そんな身勝手。
そんな身勝手があるならばそれはギャンブルではない。
そしてこれはギャンブルだ。

「・・・・く・・・・・そ・・・・・」

ダメージで少し目がかすむ。
その先。
適当に投げた3つのダイス。
当然のように目無しだった。
役無しだった。
役が出来る可能性はどれだけでもあったはずだ。
むしろ確率論だけならその方が高い。
なのに、
なのに目無し。
まるでドジャーの心を投影しているように。
勝つ気のないダイスは正直に結果を表した。

「さぁ・・・俺のターンだ。これで終わりだろうな」

ギルバートは三度ダイスを握る。
片手にはワイングラス。
片手にはダイス。

「・・・・・・」

もう・・・
考える気力はない。
虚ろな目線の先、
ギルバートがダイスを投げる。
投げた。
投げた。
もう終わりだ。
考えようが無い。

「グッドラック」

「・・・・・くそ・・・・くそったれ・・・・・」

もう見切るもなにもない。
ギルバートが何かイカサマをしているとて、
もう投げたのだから。
もうどうしようもない。

「大体・・・・こういう見切ったり裏をかいたりってのはアレックスの分野なんだよ・・・・」

自分の分野じゃねぇ。
っていうかもう終わった。
どうすることもできないレベルの問題だ。
あのダイスが止まるのを待つだけ。
死刑執行を待つだけ。

                         でも結果は出てないじゃないですか。

うるせぇよ。
暴飲暴食騎士が・・・
俺は結果主義だけどよ、
だからこそ現実主義なんだよ。

                         諦めるなら死ねばいい。

そうかよ・・・くそ・・・
諦めるもくそも・・・・
もうあいつは投げちまったんだ。
イカサマ使って投げちまったなら、
もう俺には止められない。

                         相手をどうにかするとかどうでもいいです。
                         なんで相手なんて信じるんですか?
                         スラム街でそんな事学んだんですか?
                         違うでしょ。
                         
・・・・・。

ふと思う。
幻想のアレックスの言葉の中。
相手を信じるな?
自分を信じろっていうこと。
いや、
そんなロマンチックな言葉・・・・
まぁたしかに人なんて信用できないなんて事は人生で学んできた。
それが俺らクソッタレ。
だが、
同じ自分を信じるという言葉。

"自分を信じる"

それこそ44部隊の考えじゃなかったのか?
44部隊が運命なんかに勝負を任せるだろうか。
運なんかに任せるだろうか。
積み重ねてきた己自身を信じる。
"自身の自信"
それが44部隊のポリシーのはずだ。

「なら・・・・」

確実に、
やはり、
完璧に、
絶対的に、
"ギルバートは何かしている"
運も力。
"運も実力のうち"なんて言葉があるが、
ギルバートは"実力で運を動かしている"。

・・・。
どちらにしろ、
つまりそれは今放られたダイスが確実に役ができることを示している。
ならどうしようもないのか?
いや、

「あぁクソ・・・・なら俺も動かしてやればいいわけだな・・・・」

その瞬間。
軽く、
ま、
自分でどうにかすりゃいんじゃねぇの?なんて結論に至った瞬間。
ギルバートのトリックもすんなり解けた。
そして、
自分のすべき事も分かった。

「ニーニョ。最初の目は4だ」

一つ目のダイスが止まる。

「目の力が変わったね。いや、ダイスの目ではない。君の目だ」

「だろうな」

「だが、もう関係ないさ。次の目は5だ」

ダイスが止まった。
4と5。
そして最後のダイスが止まろうとしている。

「やっぱ決着つけにきたか」

「そう、終わりだニーニョ」

6が来る。
間違いない。
100%間違いない。
奴はもう勝負を終わらそうとしている。
4・5・6(ジゴロ)
即死効果。
それで終わらそうとしている。

「アディオス・・・アミーゴ(さよならだ)」

そして最後のダイスが・・・・・

「なっ?!」

「どうした?」

ドジャーがニヤりと笑う。
それと同時に、
ギルバートの表情が揺れる。
ワイングラスからワインがこぼれる。

ダイスの目は・・・・"2"だった。
4・5・2・・・。
目無し。
役無し。

「なん・・・だと・・・」

「カカッ・・・どうしたどうした?ダイスは嘘つかないぜ?
 アンラッキーだったなオッサン。役無しだ。あーあー残念」

「・・・・ッ!」

ギルバートはワイングラスからワインがこぼれた事にさえ気付いていない。
まるで、
そのワイングラスはギルバートの動揺を表しているかのようだった。

「さぁーて。俺の番かなオッサン」

「待て」

ドジャーがダイスを取り出すと、
ギルバートが声をかける。

「んー?♪」

ドジャーは嬉しそうにニタニタと笑った。

「なんだなんだ?今度はあんたの方がタンマ!ってか?なぁーに言ってやがんだ。
 今の賽の目に文句でもあんのか?サイコロは正直だ。嘘つかないぜ?」

「・・・・いや・・・・」

「ならなんだ?俺忙しいんだよね。俺のターンだし、振るタイミングは俺の自由なんだけどなー」

「・・・・ニーニョ。貴様何かしたか」

「"いーや"」

そしてドジャーは、
軽々しく、
適当に、
そして・・・・自信をもった表情でダイスを投げた。

「さて・・・・"ご馳走をくれてやるよ"」

「・・・・・くっ・・・・」

自信。
自信だ。
ギルバートの言葉は嘘ではないと今確信した。
こういう、
"分かってるならば"自信は出るわな。
勝つ奴ってのはそういう奴だ。
流れねぇ。
確かにその通りだ。
間違いなくギャンブルにおいて、自信と勝率は比例する。

「ちょっと考えたわけよ」

空中にダイスが3つ舞い、
その中でドジャーの言葉が横切っていく。

「つまりイカサマしてるわけだろうけどよ、じゃぁどんな・・・ってか?
 サイコロとルールにイカサマはない。ねぇよ。ねぇならなんだ?
 じゃぁあんた自身にイカサマがあるとしか考えられない」

「・・・・・一応聞こうか」

「じゃぁなんだ。そりゃ一度考えたさ。誰だって考える。
 現に俺だってやったわけだからな。"投げ方"だよ」

「ふん。俺の投げ方になんか違和感があったか?君のように回転をかけてるわけじゃない。
 ならばなんだ?俺はエスパーで超能力者で、好きな目を出せるスーパーマンなのか?」

「その通りだ」

ドジャーは笑う。
ダイスは地面で一度跳ねた。
跳ねて転がり、
まだ出目を出し惜しみする。

「難しく考えすぎた。何せカウンティングが出来るとか言ってた人間だ。
 あまりにシンプルすぎて、まんますぎて除外してたぜ。難しく考えすぎた。
 あんたはとても簡単にスーパーマンだ。ただ・・・ただただ超単純。
 難しいどうこうなんて一切関与なく・・・ただ・・・ただただ・・・"好きな出目が出せるだけ"」

「戯言だな。根拠がない」

「そう根拠がない。だからあんたのはイカサマとは言えないんだろうな。
 ただ小さな手がかりの因子の一つとしては・・・やっぱ地面が平面ってことだ。
 いや、あんたなら椀の中でも好きな出目が出せるのかもしれねぇけどな」

「・・・・ノン。あまりに愚かな考えだ。こんな地面に適当にダイスを投げて好きな出目が出せる。
 そんな事ありえるとでも?テーブルの上ならともかく、そんな事ができる人間がいるか?」

「44部隊ならできるだろ」

「・・・・」

「俺は逆にあんたの力を信用することにしたぜ。規格外だからこその44部隊。
 あんたは好きな出目を自分の力で出せる男だった。それだけなんだよ。
 そこに絶対的な自信があって、この勝負にしたからこそ・・・44部隊なんだよ」

いや、
むしろ。
44部隊だからこそだ。
自分を信じる44部隊だからこそ、
それが根拠だ。
あの自信。
完全に信じきっていた自身の自信。
それこそ、
44部隊だからこその根拠。

「いや、やはり根拠がないぜニーニョ」

「そう。結局、なんの不自然もなく自由に出目が出せるなんてことは・・・100%証拠がない。
 イカサマの完成形。バレてもどうしようもない。バレたって止められない。
 だからこそ"あんたのギャンブルにはイカサマなんてもんはない"んだよ」

「そうか」

ギルバートが足元を見る。
ダイスが転がってくる。
3つの運命。
今にも止まりそうだ。

「だからといって、何故俺のダイスは思い通りに止まらなかった」

「さぁな」

「ふん。教えてくれたっていいだろう」

「知らねーもん」

「ニーニョも・・・何かしたのだろう?」

「してねぇよ」

ダイスの一つが止まった。
出目は・・・・6。

「したさ。あのダイスは100%4・5・6(ジゴロ)が出るはずだった」

「出なかったな」

「なら君が何かしたのだ」

「してねぇっつってんだろ」

2つ目のダイスが止まる。
出目は・・・・
また6。
二つ続けて6。
6・6。
このタイミングで続けて6。

「・・・・ッ!!」

ギルバートの目がドジャーに向く。

「何をした・・・何をしたニーニョ!!!」

「いいねぇ。さすがその諦めない姿勢。それこそ俺が見習わなきゃいけなかったんだよな」

「答えろニーニョ!貴様のイカサマは・・・・」

「イカサマなんてねぇよ」

ドジャーは笑った。

「バレなきゃイカサマじゃない・・・だろ?」

そして・・・

最後のダイスも"6"を表示した。

「・・・・・・・・」

その時点でギルバートは落ち着いた。
何も分からない。
何故自分のダイスが思い通りに出なかったのか。
そして、
このダイスはどうしてこんな目になったのか。
6・6・6。
3倍の3倍役。
だが、
それを見て、
一瞬取り乱した自分を活をいれ、
穏やかに、
落ち着いて、
紳士的に、
その表情は緩やかで、
ただ、

ドジャーに初めと同じ風のような笑顔と言葉を送った。


「マラビジョッソ(君は素晴らしい)」


3つのダイスは炸裂した。

爆発にも見える、
ギャンブルバッシュとは思えない勢いで破裂し、
ギルバートを包み込んだ。
巻き込んだと言ってもいい。
消し飛ばす勢い。

「・・・・・」

ドジャーの方まで衝撃のかけらが吹き抜ける。
爆風のように。
それほどの威力が炸裂した。
風が吹きぬけ、
自然に無音に近くなる。
観客のいない闘技場。

「・・・・・ブラボーだよ・・・・」

ヒザをついた状態で、
ギルバート=ポーラーはそこにいた。

「今ので絶命しなかったのがすげぇよ」

「時間の問題だがね・・・・」

両膝をつき、
血だらけのギルバート。
両腕がぶらさがっているのがやっとといった様子。
特に右手は千切れて落ちてしまいそうだ。
体のところどころが赤く、黒く変色している。
死体がしゃべっていると言ってもおかしくなかった。
ただ、
無残にワイングラスは割れ散り、
ワインは血と混ざって見分けがつかなかった。

「ニーニョ・・・君の勝ちだ」

「あぁ。俺の勝ちだな」

ドジャーは少しづつ、
ゆっくりとギルバートへ歩を進めていった。

「あんたのが強かったぜ?けど、弱者が勝つ可能性があるからギャンブルだよな」

「その通りだニーニョ・・・そして・・・ギャンブルは・・・勝ったものが強者だ・・・・」

「ありがとさん」

ドジャーはギルバートから4・5歩離れた地点で止まった。
顔も真っ直ぐドジャーを見れない容態で、
ギルバートはしゃべる。

「・・・・・種明かししてもらってもいいかね」

「あぁ」

ドジャーは右手。
その親指を弾いた。
空中へとダイスが一つ弾き出された。

「あんたのはイカサマと証明できないイカサマだったけどよ。俺のはそんなこたねぇ。
 ただの完全なる普通で普遍的なイカサマ中のイカサマだ」

そして空へと飛んだダイスは、
地面に落ちた。
落ちた。
落ちて止まった。
跳ねなかった。
転がらなかった。
ただ、
ピタリと地面で止まった。

「・・・・・」

このダイスは3つじゃなければ発動しないため、
何も起こらなかったが、
出目は赤い丸。
1を表示していた。

「こう見ると分かりやすいだろ?止めたんだよ。完全なイカサマ。
 スパイダーウェブで止めたんだ。地面に固定した。それだけだ」

「・・・・ブラボー」

あまりにシンプル。
シンプルでシンプル。
なるほど。
それならば結果が現れるまで種明かしはできない。
スパイダーカットで簡単に解除できるイカサマだからだ。

「あと90度・・・回転するはずだったんだ・・・俺のダイスはな・・・・」

「あぁ、その前に止めた」

「そしてやはりブラボーだ・・・・俺は動揺してしまった・・・君の言葉にな・・・
 これこそギャンブルだ・・・相手の理性と判断力を奪う話術・・・・
 俺ならば・・・・君の最後のダイス・・・・あれがおかしいと気付けるはずだったのだ・・・」

「そりゃそうだな。自分で好きな出目を出せるんだ。サイコロの動きは把握してんだろ。
 俺のサイコロが不自然に6で止まる。それは冷静ならば・・・いや、あんたなら見抜けたはずだった」

「可笑しいな・・・フフッ・・・実に可笑しい・・・・それに気付くのでさえ・・・アンバランス・・・・
 俺が気付くかどうかなんてきまぐれだった・・・やはり運命とはきまぐれだよ・・・・・」

サイコロのように。
ダイスのように。

「逆に俺は聞きたい」

「なんでも答えよう・・・・」

「"なんであんたは負けた"」

その質問に、
すでにボロボロのギルバートの表情が歪む。
可笑しくて、
笑みで歪む。

「不思議な質問をするもんだなニーニョ・・・」

「あんたは勝てた。確定的に勝てたんだ」

「負けたんだよ・・・・俺はギャンブルにな・・・・」

「遊ばなければ勝ててただろ・・・、オッサン。あんたは最初から好きな出目を出せた。
 なんでもいい。強い役でもなんでもいい。だが、計算して出さなかった。
 勝てるのに勝たなかった。・・・・・ふざけてんのか。てめぇ情けを俺にかけたのか?」

「・・・・フフッ・・・ハハハッ・・・・」

ギルバートは笑った。
嬉しそうな笑みだった。

「こんな俺を認めるか・・・・実に素晴らしい好敵手だったよ君は・・・・」

「はぐらかすな」

「・・・・・そう・・・勝てたさ。いつだって勝てた。俺は君に100%勝てたんだ・・・。だがね・・・」

ギルバートは、
まるで死んでいくかのように、
声をゴソゴソと漏らしながらしゃべる。

「100%勝ち・・・・それは勝負じゃない・・・・負けがないのならば・・・それは勝負じゃない・・・
 俺は勝負がしたかったのだよ。・・・・フフッ・・・言い方を変えれば負けたかった・・・・。
 負けがあるからこそ勝ちに意味があるんだ・・・。アンバランス(揺れ動かなければ)楽しくない」

「楽しくない?そんな理由で・・・・」

「言ったろう・・・ギャンブルは遊びだ・・・遊びたかったのだよ・・・俺も大きな子供だ・・・
 ギャンブルは遊びでしかない・・・・勝ち負け・・・勝負が無ければそれは仕事でしかない・・・」

「あんたは44部隊だ。この戦いは仕事であったっていいだろう」

「俺は仕事なんてしたくないね・・・決まりきったレールなんて最悪だ・・・
 決まった仕事をして決まった給料・・・・バランスなんて真っ平ごめんだ・・・・
 俺はアンバランスがいい・・・揺れ動く・・・アンバランスの中で生きてゆきたい・・・・」

「・・・・・・」

「だからこれは君の勝負で、俺のギャンブルだった・・・・。
 君が何かして勝つ・・・その可能性を作った・・・そうしなければギャンブルじゃない・・・」

「俺が・・・俺が何も気付かなかったら?いや、気付かなくたって・・・ただ運で勝つ場合もある。
 いきなり俺が6・6・6とか、4・5・6とか・・・強い役が運だけで出てた可能性もあるだろ」

「だからこそギャンブルは面白い・・・・」

「サイコロのきまぐれ。運だけに負けてもあんたは納得できていたのか?」

「運も実力のうちさ・・・・そして・・・・ギャンブルは俺の誇りだ・・・・。
 ・・・・フッ・・・・『デッドリーラヴァー(命賭けの馬鹿野郎)』・・・・いいあだ名だ。
 とても俺のことをよく表している・・・・・その通り・・・俺はギャンブルに後悔などない・・・・」

「そうか」

ドジャーはダガーを取り出した。

「やっぱてめぇの言うとおりだ。理解できねぇ。俺はギャンブル向いてねぇみたいだ」

「・・・・・懸命だ」

「じゃぁ死んでくれ」

「あぁ。賭けたら払う・・・負けたら払う・・・・ギャンブルの基本だ」

ピクリとも動かないギルバート。
そこにドジャーはダガーを構えた。

「清算・・か・。ニーニョ、君と俺の勝利の違い・・・それは運でも実力でもなかったのもしれないな・・・」

「・・・・・」

「賭け金(BET)・・・・その違いだったのかもしれない・・・・賭け金を支払う今になって分かる。
 命ひとつ平等に賭けたつもりが・・・・背後に背負っているもの・・・・それが大きく違ったんだね」

表情はもう崩れて分からない。
だが、
笑ったことだけは分かった。

「マラビジョッソ・・・・そして・・・ニーニョにGOOD・LUCK」


鳴り響いた。
血が噴出した。
まだ残っていたのか・・・とさえ思う量の血が、
ギルバートの頭から噴出した。

ドジャーは・・・・
何もしていない。
血は・・・
ドジャーの方へと噴出しているのだから。

ただ、
銃声が鳴り響いた。


「先客さん邪魔や」


崩れたギルバートの背後。
そこには、
白髪の細目。
機械仕掛けの最速が右手のライフルを突き出していた。

「・・・・・」

「ありゃ?驚かんみたいやな」

「・・・・チッ・・・・・」

不愉快だ。
なんとも不愉快だ。
実に実に。
終わりを不愉快で始めてくれる男だ。

「・・・・どうやって来た」

「あん?簡単や。入り口の赤髪とスーツの女子はんはワシの動きさえ気付かなかったで?
 ま、シャッター開けて入ってきたのに気付かんあんさんも鈍感やけどな♪」

速い速い速い。
鈍い鈍い鈍い。
この男は・・・そればかりだ。
風のように速く、
空気のように動き、
空気に関してあまりにも鈍感なクソ野郎だ。

「あらぁ?そんな顔で睨まんといてーや。なんかえぇとこ邪魔したか?」

「・・・・・」

「えぇやんけ♪やっと会えたな言うときますわ♪」

舌打ちをもう一度した。
まったく、
まったくを持って・・・・

「ムカツクな・・・・」

「ほいさ?」

「もうなんつーんだ。てめぇいいとこ来たぜ」

「さいでっか」

「あぁ」

ドジャーはダガーを握り締める。

「マジむかついてんだ。ほんっと俺は今むかついてんだ。
 確かに俺が受けたけどよぉ?相手のペースでグダグダやられるんはやっぱ腹立つよなぁ。
 そう、ムカつくんだ。その上、ちっと相手の言葉に心を動かしちまったってのがな・・・」

ドジャーは懐を少しだけ漁る。
懐の中に入っているもの。
それは、
ギルバートからもらったチンチロダイス。

「くれるっつったよな。もらっとくぜ」

変わり果てて死体となったギルバートは返事をしたような気がした。

「ってぇ事で今からエンツォ。てめぇをギッタギタにしてやる。
 もうハッキリ言って頭使うのは疲れた。運とかなんとかよぉ・・・もういいっての。
 運も実力のうちとか・・そういうのを全部清算しちまいてぇんだ。
 そんでテメェの登場だ。実力実力才能才能。あぁ、なんなんだろな世の中・・・めんどくせ」

「じゃぁ終わらしましょか♪」

「あぁ、引きずるのはまっぴらごめんだ。通過と過程を引きずるのはメンドくせぇんだよ」

ドジャーは一度ダガーを回転させる。

「俺が欲しいのはやっぱ結果だ。オッサンありがとよ。
 やっぱ俺はギャンブル向いてねぇ。俺はキッカリ結果が欲しい。
 どーやったって・・・・・・負けで納得できるほど出来てねぇからな」



ドジャーはそのまま、
傷だらけの全身で招かれざる訪問者と対峙した。

そして、

外は外で・・・・


招かれし敵・・・・


いや、



招きし敵が到着した。















                 






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