「《MD》・・・・メジャードリーム!・・・・凄くいい名前だと思うぜ?」 彼は言った。 イスカは黙っていた。 リングの上にあがったとして、 無口のまま、 鞘に手も付けていなかった。 「あれ?反応無し?あんたらの話なんだけどなぁ・・・しかも褒めてんのに・・・。 ・・・ま、いっか!そう。いい名前だよ!スポーツマンならどうやったって反応する名前だ」 マイケルは嬉しそうだった。 こういう話が大好きなのだろう。 マイケル=リーガーは、 戦場、その場の上とも言えぬ無邪気な笑顔だった。 イスカの顔は逆にけわしい。 「・・・・拙者らは遊びで戦っているわけではない」 「おっと!俺達だって遊びじゃねぇぜ!」 「戦はスポーツではない」 「同じじゃないけど同等さ。汗水垂らして勝利を掴む。勝ち負けの真剣勝負の世界だろ?」 「死が伴う」 「スポーツだって命がけさ!」 「・・・・屁理屈にしか聞こえん。理解できぬな」 頭の固いイスカには、 少々分かり難い話だった。 スポーツ。 そんなものやったことがないからわからないが、 青春・・・青き世界。 そして赤い血なまぐさい世界。 その二つが同等とはとても思えない。 「だってさ?スポーツも戦いも、"何か"を求めて進んできたものだろ?? ただ汗をかいて楽しみたい野球好きも、ただ戦いたいだけのバトルジャンキーも、 チャンピョンベルトが欲しいボクサーも、世界一になりたい戦士もさ」 「言っている事が曖昧でよく分からん」 「ちゃんと考えろ!」 「拙者不器用でな」 「つまり!つまりな!説明すると・・・・・・あぁ〜っと・・・・・・・・・・・・・・タイムッ!」 マイケルは手の平をこちらに向けて、 突然一人で考え出した。 「・・・なんだ?」 「待って!一人作戦会議中」 意味が分からないが、 とにかく考え中という事だろう。 そしてマイケルは「うっし」と言ってイスカに目線を合わせた。 何かしらの結果が出たのだろう。 「つまり!こーいうのは考えて答えを出すものじゃないってことだ!」 なんだそれ。 「・・・よく分からなくなってきたぞ」 「え?いや、だからさ、スポーツも戦いも頭で考えて行動するもんじゃないんだ! 感覚!・・・っていうか感情?○○○だから〜〜〜やる!とかじゃなくてな! やりたいっ!とかやらなきゃっ!とかそーいうのだろうって思うんだ!」 「それはお主の考えだろう。無理強いで戦っているものもいる。 戦いたくなくとも、戦うしかなく戦っているものもいる」 「それも難しく考えてやってるわけじゃないだろ!」 「零から百まで反対意見だ」 イスカは眉を鋭く尖らせ、 女性とは思えない目つきをして顔を曇らせた。 「頭で考えるものではない?体が勝手に?ふざけるなよ。 拙者がそんな理由で・・・・・・理由無しに行動しているというのか。 否、拙者は理由があって戦っている。"理由があるから戦っている"」 マリナを助けるため。 マリナを怪我させないため。 マリナの夢を存続させるため。 マリナの生活を無事にするため。 マリナに認めてもらうため。 マリナに好いてもらうため。 マリナに・・・ マリナのため・・・・。 いや、 違うか。 「分かってるぜ」 「ぬ?」 自分の中、 イスカが思いめぐらせていると、 マイケルの方が言ってきた。 「あんたがなんかこだわりとか頑固な意思とか・・・そういうさ・・・なんていうか・・・ 譲れない感情?それを持ってフィールドに立ってるってのは分かってたさ。 あんたはアスリートだと思ってる。それは同じアスリートとして感じた事なんだ。 あんたもそうだろ?あんたはどうこう考えるより、そういう意思でここにいるはずさ」 「・・・・ふむ。なるほどな」 分かった。 やっと言いたいことが分かった。 「つまり、譲れない思いでもなんでもいい、何かの意思で進んできた者。 その者達が対峙する。だからこそ、譲れないからこそ"勝敗"がある」 「そうさ。だから戦いもスポーツも勝ち負けがある」 「いつの世だってそうだな」 「"勝ったものが正しい"んだ」 「勝利とは自分が進んできた道が結果として現れたという事だからな。 そして、その道の先が見えてくる。続ける事ができる。だからこそ譲れない道」 「考えとかじゃない。譲れない頑固と頑固がぶつかるから争いができるのさ。 それが血なまぐさい戦いだろうが、爽やかなスポーツだろうがな!」 「負けを求めて負けることが出来たならそれは勝ち取ったもの。 だからいつの日も。誰もが。10割の人間全員が・・・・勝ちを求めて勝負をする」 「どうだい」 「とても分かりやすい」 イスカは腰を深く落とし、 そして左腰に納まった鞘。 抜くでも抜かぬでもなく、 右手を鞘に添えた。 「つまり、対峙したのだ。白黒つけようということだろう」 「そう!頭で・・・・話し合いで解決するなら争いは起きないんだよ。 そしてどっちも譲らない。勝ちたいから・・・・勝敗は決めなきゃなんねぇ」 マイケルは、 腰のホルダーから何かを取り出した。 丸い、 何か。 「だから・・・プレイボールだ!」 マイケルが手に持ったもの。 それは、 なんの変哲もない淀んだ丸い球体。 オーブ。 ブローオーブと呼ばれる何も珍しくないオーブだった。 「・・・・お主、魔術師か」 「いや、ベースボールプレイヤーさ」 「なんだそれは」 「野球選手だよ。知らないのか?この世に野球を知らない人がいるなんてな・・・・」 「いや、知ってはいるが・・・・」 「でしょ?そしてこれはボール。そして俺はピッチャーさ。おっと忘れてた!」 マイケル=リーガーは、 オーブを脇に挟み、 ホルダーからまた別のものを取り出した。 それは正方形の膨らんだ袋で、 白い粉に塗れていた。 取り出しながらも白い粉がボトボトと落ちていく。 「なんだそれは。覚せい剤か?」 「ロージンパックだよっ!!凄い発想するなあんた!」 「・・・・いや、ドーピングでもするのかと・・・・」 「へんっ」 マイケルはロージンパックの粉を左手にまぶすと、 適当にパックを放り捨て、 粉を両手にまぶした。 「俺のやったドーピングは練習だけさ」 右手に持つオーブ。 それを握り締め、 いや、 人差し指と中指。 二本の指と手で挟みこむように握った。 「俺のあだ名は『ピッチングマシーン』・・・おっと。 ボコスカ打たれるからそんなあだ名ついたんじゃねぇぜ? 俺が投げるだけ。それだけの試合になるからこんなあだ名だ」 「誤解などせん。拙者はそんな言葉さえ知らぬからな」 「マジで?」 「野球のルールさえ知らぬ」 「うそん!?」 「少しは知っておるがな。ヒットとやらで1点、ホームランを打てば4点入るのだろう」 「・・・・間違ってないけど圧倒的に違う・・・・」 マイケルは、 右足を自分から見て東に向け、 顔以外、 体全体もそうする。 「ま、身をもって教えてやるよ。つってもこれは戦いだ。 ストライクゾーンはバッターボックスっていうデッドボールゲームだけどな!」 マイケルが両手を振りかぶる。 「死球と危険球でアウトカウントを稼ぐ違法ルール。 スポーツを乗っ取りながらもスポーツマンとして戦えない事を呪うぜ・・・・。 さぁ!マウンド(舞台)にはマイケル=リーガー!今日ももちろんの先発! 防御率0.00の最強ピッチャーが今振りかぶって・・・・・・・第一球・・・・」 「むっ・・・」 イスカが身構える。 常人ならどんな攻撃がくるか予想はできるが、 イスカにはよく分からなかった。 魔術師であるならば、 魔法、 遠距離攻撃なのは間違いない。 この遠距離においても警戒はしなければならない。 「投げたぁ!!」 胸を張り、 それに遅れて続くように右腕が振り切られる。 オーブ。 いや、ボール。 「そういう攻撃か」 イスカが見る。 飛んでくるオーブ(ボール)。 小さいが、 もちろん見えないような速さではない。 イスカだからという意味でもある。 速度にして、 時速140kmを超えているだろう。 「だが当たらなければ全ての攻撃は無意味だ」 イスカは剣も抜かず、 鞘に手を添えたまま、 体を半歩だけずらす。 最小限の動き。 スキルでいうところの、 見切り。 彼女の場合、 どんな攻撃にも対応できる最も得意とする技。 「遊戯だな」 イスカの体に触れる事もなく、 イスカを包む着物をわずかに風力で揺らし、 オーブ(ボール)は外れて背後へと飛んでいった。 「あっりゃぁ?はずれた!あんたなかなかやるね!」 マイケルは頭をポリポリとかいた。 自信があったのだろう。 イスカだったからこそ避けたのであって、 常人なら普通に避けることさえできず直撃していただろう。 「カウント、ノーワンか。ピッチャーとしてはあまりいいカウントじゃないな」 マイケルはまたホルダーからオーブを取り出した。 「でも三振(アウト)をとってこそピッチャーの役目さ。 打たせて取るのも大事だけど、やっぱピッチャーの華はストライクバッターアウトだ!」 また右足を右に向け、 抱えるように両手でへその前に構えた。 「次はストライクとるぜ」 「・・・・ふん」 「おっしゃ!!マイケル選手!!振りかぶって・・・・」 言葉の通り、 右手に握ったオーブとともに、 両手を振り上げるマイケル。 「第二球!!投げた!!!」 「何度来ても同じだ」 また投げられたオーブ。 ただのオーブ投げだ。 ドジャーのダガーと比べてもどれだけも劣っている。 威力さえさほどでもないだろう。 「無駄は無駄」 イスカがまた見切り、 半歩体をずらす。 それだけの動きでその投球攻撃は当たらないのだ。 当たらない。 当たらない・・・はずなのだが、 「!?」 曲がった。 クィッ・・という擬音でも聞こえてくるかのように、 球の軌道は変わり、 まるでイスカを追いかけるかのようにオーブは弧を描く。 「スライダーだぜっ!!」 「くっ!!」 それでもイスカは超反応で横に飛ぶ。 間に合うか? 際どい、 だが間に合ったといえよう。 マイケルが投げたオーブは、 イスカの着物を揺らし、 イスカのヒジを磨っただけにとどまった。 だが・・・・ 「なっ!なんだこれは!!」 イスカは急いでヒジを払う、 払うというか叩く。 とにかく、 とにかく自分のヒジを叩き、払う。 「燃えただと!?」 イスカの着物。 その一部が燃えた。 オーブ(ボール)がカスった部位が点火した。 「へへっ、魔球クロス(しない)ファイヤ!」 そう言い、 マイケルは自分の襟元を掴む。 自分の服の下、 襟元からチェーンに繋がれ、チャランと現れたのは・・・ 「俺はタイトルホルダーだからな!手に入れたメダルでオセロが出切るくらいだぜ?」 首にかかっていたのは、 ファイアメダルだった。 火属性のメダル。 火の属性を秘めた聖なるメダル。 「俺の魔球の本当の名は"エンチャントアーム"。属性で効果が変わるんだ。 つまり・・・・・・・メダルの属性で俺の魔球は七色に変化するぜ!」 「・・・・ちぃ」 イスカの小さく炎上した着物はやっと鎮火した。 カスっただけでも炎がうつる。 直撃したらどうなっていたか・・・・ 「さぁて、カウント、ワンストライク・ワンボール」 マイケルは首に下げたメダルを外し、 ホルダーから違うメダルを引き抜いて首の後ろに回した。 「マイケル選手。次はどんな球種でくるのか・・・」 そしてまたオーブ(ボール)を右手に取り、 左手をヒザに置いた。 そして覗き込むようにイスカを見る。 「・・・・・・・・」 そして首を横に振った。 「そんなサイン受け取れるか。俺は直球勝負でいきたいっていったろ」 「何が・・・」 「いや、今エアキャッチャーとテレパシー中だからまってくれ」 「意味が分からん」 だがマイケルの一人舞台は勝手に進む。 ぶつぶつとしゃべりながら、 首を横に振り、 そしてようやく首を縦に振ったと思うと、 両手でオーブを包み込んだ。 「来る気か」 「おう!」 「なら受けてたとう」 「お?」 イスカは腰を深く落とし、 鞘に手を添えた。 いつでも抜ける。 そんな構え。 「貴様はその攻撃に自信を持っていると見える。 ならばそれを拙者は斬って落としてやろう。それこそ勝利」 「話分かるじゃん!お侍さん!」 すると、 マイケルはボールを持った右手を突き出した。 「そっちがそうなら予告いくぜ!俺はこの握りだ!」 マイケルの右手には、 人差し指と中指、 それを大きくはさみこむようにボールが握られていた。 「・・・・・・・?」 「いや!俺はこの握りで行くってこと!わざわざバラしてんの!」 「・・・・握り?寿司か何かか?」 「違う!フォークだよフォーク!!予告フォーク!!」 「寿司をフォークで食すのか。変わっておるな」 「違うって言ってんだろ!!これは決め球!ストーンと落ちる空振りを狙う球種!」 「キメダカ?カラ鰤?変わった寿司のネタだな」 「・・・・・わざと言ってんだろあんた」 「拙者不器用でな」 「・・・脳みそがな」 よく分からんが、 なんとなくお前には言われたくないとイスカは思った。 「とにかく堂々といっちゃうよん!」 振りかぶるマイケル。 待ち構えるイスカ。 それはさながらピッチャーとバッター。 わざわざマイケルの攻撃を待つイスカは少し滑稽にも見えるが、 イスカは《MD》の中でも、 唯一と言っていいほど"型"の出来ている人間だ。 豊富な技、 極められた剣術。 1対1での戦闘術。 それはリュウとの戦いでもみせた"柔"の型。 攻撃法だけでなく、 防御面に長けている。 相手の攻撃をかわし、 いなし、 防ぎ、 そして攻撃に転ずる。 それこそイスカの得意とするところ。 「ピッチャーマイケル!!第3球!!投げました!!!」 大きく縦に振り切られた腕。 最大限ともいえる。 突き進んでくるオーブ(ボール)。 眼を凝らさなければ眼で追えない。 それ以上に、 それ以上の暇がない。 気付けば目の前。 時速140kmの進撃。 「・・・・斬る!」 イスカの眼が輝いたようにも見える。 それ以上に、 一瞬にて、 刹那にて握られた刀が、 その軌道の通りに輝いた。 「・・・ぬ」 一瞬の出来事だ。 オーブの軌道が変わった。 捉えたと思った刀が空を切った。 マイケルの放ったオーブ(ボール)はカクンッと下に軌道を変える。 なるほど。 そういう説明をしていたなと納得する。 だがそれも一瞬。 イスカは刀を空振りしたわけだが、 振り切るより先、 刃を翻した。 「ツバメ返し」 剣を二つ持っていたのではないか? それほどの高速の斬り返し。 イスカの剣は二度目の軌道を描き、 名刀セイキマツは下から上へ斜めに切りあがった。 「捉えたな」 イスカは斜め上に刀を振り切り、 静止した状態で動きを止めた。 オーブ。 ボール。 それはまるで桃を割るように二つに分かれ、 イスカを避けるように2方向に飛び散った。 「またつまらぬものを斬った」 「うわっ!!打たれた!」 「ふん」 イスカは剣をまた鞘に収めた。 だが、 腰を深く落としたままだ。 「お主は魔術師としては珍しい攻撃法をとっておるが、それでも同じ。 弱点は同じところにあり、その弱点は違いなく致命的だ」 イスカの手が鞘に添えられたまま、 眼は鷲や鷹のように鋭くマイケルを捉えていた。 「攻撃後の隙。それが大きすぎる。次の攻撃に転ずるまでの時間が長すぎる。 そして油断。剣士が相手だから、遠距離だから、・・・それが命取りだ」 「な、なんだぁ?」 マイケルがホルダーから新しいオーブを取り出すが、 その前にイスカの眼が輝いた。 いや、 イスカの姿が消えた。 「!?」 たった一瞬。 刹那。 イスカがいない。 消えた。 「・・・・吹き抜ける風を感じたか?」 イスカは・・・・ マイケルの背後を通り過ぎていた。 マイケルとイスカ。 小距離で背中を合わせているような・・・。 そしてイスカ。 彼女は・・・・・剣を振り切っていた。 「カミカゼ(チャージスマッシュ)」 チャージスマッシュ。 サベージバッシュ。 呼び方はいろいろだ。 だがその技。 一瞬で相手との距離を無にする剣技。 イスカの得意技。 距離? リーチ? それらは風に漂うかのように無に等しく。 「またつまらぬものを斬った」 イスカが剣を鞘収めると同時に、 マイケルから血吹雪が舞い上がった。 「がっ・・・がはっ・・・・」 マイケルが両膝をつく。 左胸部から左の横腹にかけて大きく切り開かれている。 血が噴出し、 薄い噴水のようだった。 「戦いとは隙の消滅。そして局面による技の発掘。覚えておくがいい」 イスカは振り向く。 背中を向けたマイケルが、 両膝をついたまま血を垂れ流していた。 「・・・・むっ・・・」 そこで気付く。 マイケルの傷。 マイケルの背後から見えるのは、 左横腹の傷。 自分の付けた剣の傷。 マイケルは左胸から横腹にかけて傷を負っている。 だが、 両断するつもりで攻撃した。 なのに傷が"横にズレている" 「お主・・・・」 「へへっ・・・」 マイケルの得意げな笑いで、 さらに気付く。 オーブ。 右手に持っていたオーブがどこにいった? 「!?」 イスカは自分の脇腹の痛みに気付いた。 「う・・・ぐ・・・・」 めり込んでいる。 自分の脇腹に・・・オーブ(ボール)が。 「あの一瞬のすれ違いで・・・・」 「おぅ!俺だって攻撃していたさ!」 マイケルは振り向く。 血が大げさに流れ落ちている。 どう見てもマイケルの方がダメージは大きいが、 あの一瞬の攻撃の間に、 攻撃し返していたというのか。 「振り逃げを警戒するのはピッチャーとして当然だぜ?タッチアウトだ」 マイケルは首からチャラッとチェーンに繋がったメダルを見せる。 それはウインドメダル。 「しかも制球(HIT)率あがるぜ?俺って尻上がりなんだよね♪」 「・・・・ふん」 イスカは脇腹にめり込んでいたオーブを掴み、 投げ捨てる。 「簡単に倒せる相手ではないのは確か・・・か」 だがこの距離。 かなり近づいている。 少し踏み出せば、 近距離戦に持ち込める距離。 剣士であるイスカにとっては願ってもいない距離だ。 「尻上がりというならば、上がる前に終わらせてやろう」 「何言ってんだ?俺は途中降板するほど可愛げないぜ! こんな怪我がなんだ!ひっこめ監督・アンパイヤ!交代はしねぇぜ!」 マイケル=リーガーは衣類を大きく破き、 それを体に。 傷口を覆うように巻いた。 腹部の傷はそんなもの応急処置にさえならないが、 ようは気の持ちよう。 体が動けばそれでいい。 「勝ち投手は俺・・・・・そして・・・」 マイケルはオーブを取り出す。 今までとは違う。 いちいちモーションをとるようなそぶりはない。 オーブ。 ボールを・・・・両手に1個づつ持っていた。 「ヒーローインタビューは俺のものだ!」 「・・・・・むっ」 この中距離。 踏み出せばイスカの間合い。 だが、 まだ投球という攻撃が無効化されるほどの距離ではない。 そして今回は2個だ。 違う攻撃がくるのは分かっている。 警戒。 イスカの戦いはまずそれから始まる。 「攻めてこないのか?ならこっちから行くぜ! 野球は絶対にピッチャーが動いてから始まるもんだからな!」 何をしてくる気だ。 また投げてくるのか? いや、 あれがエンチャントアームというスキルならば、 投げなくても効果はあるはず。 警戒。 まずは警戒だ。 様子を見て、 見切る。 それが自分の型。 「バッターびびってる!へいへいへい!バッターびびってる!へいへいへい!」 「・・・・・・・・・」 挑発してくるマイケル。 「びびってる!へい!びびってる!へい!」 挑発を続けるマイケル。 「バッ〜ッタァ〜〜!びびってる!」 マイケルは一歩踏み出す。 踏み出し、 体を大きく反る。 両手。 1球づつ捕まれたその両手は、 斜め下に、 別々に大きく開かれた。 「ダブルサブマリン投法!!」 まるで地面の砂を掴むように。 マイケルの両腕が地面を擦るように低空で振り切られた。 両腕がクロスした時には、 両の球は投げられていた。 「登れ俺の球(ボール)!海底から空へと飛び上がれ!!」 地面スレスレから、 アンダースローで投げられた二つの球は、 まるで重力が逆になったかのようにホップした。 二つの球は両方ともイスカを狙う。 球と球が挟み撃ちするかのように。 「・・・・・・・・」 すでにイスカは踏み出していた。 避けるでもなく、 逆に前に踏み込む。 体を低姿勢にしたまま、 地面を滑空する鳥のように、 滑るように踏み出す。 「終わらせると言ったろう」 ホップし、 伸び上がった二つのオーブは、 低姿勢にて突っ込むイスカの髪を撫でるよう、 空中でクロスして外れた。 潜り抜けたのだ。 「斬」 鞘に納まっていたイスカの刀が勢いよく、 生き物のように抜かれる。 蛇が鞘から飛び出すように、 その刃はマイケルを襲う。 「ピッチャー強襲か!」 それも読んでいたかのよう、 マイケルはすでに次のオーブ(ボール)を取り出していた。 「ピッチャーは投げるだけが能じゃないぜ!!」 オーブを掴んだ右手。 振られる。 まるで石を持って殴るように。 まるで滑稽な攻撃。 オーブを掴んでパンチとでも言える攻撃。 「ッ」 イスカの剣を見切られている。 すでにマイケルは避けの動作と攻撃の動作に入っている。 オーブを持って振られた右手。 それはイスカの剣にかすり、 オーブの一片が切り取られたが、 そのままマイケルはオーブごと右手を突き出す。 「タッチアウトォオオオオ!!!」 「くっ!?二戦撃(ウォーリアーダブルアタック)!」 マイケルの腕がイスカに到達する前に、 イスカの足がマイケルの腹部に突き刺さる。 「ごほっ・・・」 マイケルはそのまま突き飛ばされた。 「くそっ!隙の少ねぇお侍さんだぜ!!」 「お前の休む暇もな」 「!?」 すでに詰めてきている。 吹っ飛ばされたマイケルが体勢を立て直すより先、 イスカは暇を与えず詰め寄る。 「くそ・・・」 マイケルは両手にオーブ(ボール)を取り出す。 「半月斬(ルナスラッシュ)」 弧を描く剣の軌道。 ルナスラッシュを放つイスカ。 走りこむ勢いをそのまま、 半月面がマイケルを襲う。 「野球は常時動き回るスポーツじゃないっての!」 後ろっ飛び。 マイケルは体の・・・ 全身の限り後ろに飛び避ける。 その勢いと力みで、横腹から血が少量出血した。 「時間制限のない戦い(スポーツ)が好きなんだけどな俺は!」 そして後ろに飛びながら、 「チェンジしながら攻守交代制。のんびり行こうぜ」 いつの間に用意したのか、 後ろに避けながらオーブを投げた。 体勢が悪い故にそれに速度はあまりなかった。 攻撃後かつ近距離とはいえ、 イスカは眼で見てから回避行動が間に合った。 「制球(HIT)率はさっきので上がってんだぜ」 だが、 イスカの肩に辛うじてゴツンとオーブをぶつかった。 それ自体は堅いものがぶつかって痺れる程度の、 弱弱しい威力だったが、 「・・・・ぬ?」 イスカの視界が一瞬真っ白になる。 歪む。 滲む。 ぼやける。 「お、意識が断ち切られないか。常人離れの精神力・・・いや、意志だな!」 見えたり見えなくなったり、 白と全色が交互に見える視界の向こう。 マイケルの方からチャラっとまたチェーン繋ぎのメダルの音がした。 「アスメダル。属性は土。エンチャントアームでの追加効果は・・・スタンだ」 スタン。 気絶か。 気絶効果。 なるほど、 視界が歪む意味も分かる。 イスカだからこそ、強い意志を持って意識を断ち切られていないだけ。 だが、 頭の中は眠気が極限にきたような状態。 意識が途絶えてしまいそうなのを堪えている状態。 「もう数秒だけだろうが、そんな状態で戦えないだろ?」 「・・・・・死んでなければやれる」 五感を研ぎ澄ます。 そのうち視力を含め、 全ては脳みそをひっくり返されたようにクラクラするが、 せめて音だ。 研ぎ澄ませ。 相手の大体の位置は分かる。 だがそれも一瞬途切れるように歪む。 気絶していないだけでも奇跡なのだ。 いや、 イスカの確固たる意識ゆえの気絶拒否。 だがそれ相応に状況が滲む。 「来るなら来い・・・・」 ならば、 迎え撃つまで。 攻撃にきたところを迎え撃つ。 それならなんとか捉える事ができるはずだ。 危険な上、可能性は低いが・・・・ 「残念だけど、遠くからちょいちょい投げて攻撃させてもらうぜ。 スポーツマンらしくないかな?でもこれが俺の長所で戦術で技だからな」 遠距離から投げて攻撃してくるつもりか。 そんなものこの状態では防ぎようがない。 どうする。 闘技場。 一人。 だからこそ自分自身で何かを打破していくしかない。 甘えなど必要ない。 自分でどうにかしなければいけない。 自分であいつを殺さなければ。 どう殺す。 どうやって。 「・・・・・・・・」 意識が絶たれそうになった。 なぜ? スタン効果で? いや、 その上の・・・・・自分の考えでだ。 今だからこそ気付いてしまう。 「拙者は殺す事ばかり考えているのだな」 戦いには理由を。 大切な理由を。 だが、 戦いとはそういうものであっても、 結果として、 相手の殺害を自分は狙っている。 勝負の付け方は他にもあるだろうに、 無意識のうちに、 自分は相手の殺害だけを考えていた。 殺す。 どう殺す。 無意識に染み込んだ性癖。 そうか、 やはり自分はそういう人間なのか。 シシドウ。 暗殺の家系。 染み付いた殺人癖。 マリナはイスカに言ってくれた。 自身ではカミカゼと名づけたあの技。 あれは、 サベージバッシュではなく、 チャージスマッシュだと。 悪ではなく、 善だと。 だが、 自分は悪だ。 染み付いた悪人鬼だ。 戦うしか能がないのでなく、 殺すしか能がない。 殺人鬼。 無駄に、 意味もなく人を殺し続け、 ついたあだ名が『人斬りオロチ』 それがやはり、 ありのままの自分・・・・・ 「おーぅやってるやってる。見るからにマイケルの勝ちっぽいな!」 ふいに遠くから声が聞こえた。 見えない。 まだ視界は歪む。 誰だ。 聞いたことがない声だ。 「うぉ!何してんだよロベルト!」 「何してんだもねぇよ。こっちは終わったんだ」 終わった? 「終わったって。お前の相手は?」 「アレックス部隊長だったぜ?ほれ」 ドサりという音が聞こえた。 人一人分の音。 まさか。 アレックスがやられたのか。 「ってぇーか邪魔にしくんなよロベルト!」 「しねぇっての。2対1じゃぁスポーツマン失格だろ?」 「そりゃそうだ」 「スポーツは全部同じ人数で対戦するもんだからな」 「つまり」 「やるなら」 「「1対1!」」 2人がかりで襲ってくるつもりはないのか。 だが、 状況は変わらない。 思考の方はどうだ。 こうしてる間に戻らないか。 ・・・。 駄目だ。 いっそ気絶してしまった方が回復が早かっただろう。 回復はしているが、 いまだクラクラする。 油断すると思考が断ち切ってしまいそうだ。 「・・・・・」 イスカは身構えた。 マイケルが攻撃してくる? いや、 違う。 マイケルを含め、 ロベルトという人間も、 その二人が同時に気配を引き締めた。 何か、 もう一つ気配がある。 それは・・・・ 入り口に一つ。 「ぷはっ!!」 正直驚いた。 入り口の方にあったと思った気配が、 一瞬で自分の後ろに移動したのだ。 そして、 頭から何かをぶっかけた。 液体状の何か。 「何奴だ!」 イスカが咄嗟に振り向き、 剣を構える。 「なぁに奴じゃないってんだよ。なっさけない状況になっちゃってまぁ」 そこには、 スーツを羽織い、 胸にサラシを巻いた女。 ツバメが立っていた。 「ほれ、目ぇ冷めたかい?」 「いつの間に・・・」 「うちの得意技だよ。殺化ラウンドバック。それより目ぇ冷めたお礼は?」 確かに、 何かを頭からかけられたために、 頭の調子はよくなった。 「・・・・何をかけた」 「えっと・・・・精神安定剤」 「そんなもので気絶が治るとは思えんが・・・」 「現に治ったじゃない」 まぁそうだ。 思考は安定している。 気絶には目覚ましが一番のクスリ。 突然冷たい水でもかけられれば目も覚める。 後は脳みそが安定してくれれば・・・ 「精神安定剤でスタンが回復するやつなんて初めてみたぜ」 「おかしな奴だな」 「「まったく!」」 マイケル。 そしてロベルト。 先ほどから対峙していたマイケルと、 入り口方面にいるロベルト。 偶然とはいえ挟まれる形になった。 咄嗟にイスカとツバメは背中を合わせた。 「・・・・・・で」 「ん?なんだい?」 「なんでお主はここに居る」 「そーんなの決まってんじゃない。あの男は闘技場から闘技場に移動してきたんだよ? 隣のゲートに移動しただけだから、移動してるのが見えたのは一瞬だったんだけどねぇ。 入り口に居たうちはバッチリそれを見逃さなかったってわけだよ」 なるほど。 ロベルトはアレックスを倒し、 アレックスを引きずってこちらの闘技場にきたわけだ。 違う部屋にくるには入り口のホールの所を通らなければならない。 ならば、 その移動が入り口に居たツバメとダニエルの目に入ってもおかしくは・・・ 「・・・・ん?」 「なによ」 「ダニエルとやらはどうした。一緒だったはずだろう」 あの男の事だ。 アレックスが引きずられているのを見たら飛んでくると思うが・・・ 「調度トイレいってたよ」 「・・・・・」 入り口の見張りを頼んだのにトイレに行くな。 「その隙にうちも来たってわけ。ラッキーってもんだよ。 あいつと一緒にいると燃やさせろ燃やさせろってうるさいからねぇ」 「なるほどな」 「ありがたく思いな。2対1じゃヤバいと思って加勢にきてやったんだよ。 あんたはうちと同じ・・・いや、うちの他にシシドウを抜けた・・・・唯一の人間なんだからね」 シシドウ。 聞きなれていたが、 その言葉が今ではまったく別の単語に聞こえる。 だが、 とても自分に合っている気がする。 殺人は・・・・ 自分に染み込んでいる。 「いーいとこに来てくれたって俺は思うぜ」 「俺も」 「やっぱ戦いも」 「スポーツも」 「「チームプレイが一番だよな!」」 マイケル。 ロベルト。 リーガー兄弟。 お互い逆方向ながら息の取れた言葉。 「ってかマイケルいけるか?」 「何が」 「ザックリ怪我してんじゃないか」 「休むのもスポーツマン。だけどそれで弱音をあげるのもスポーツマンじゃないぜ?」 「そりゃそうだ」 「じゃぁロベルトは?」 「何が」 「お前はお前で全身ガタガタじゃねぇか」 「アレックス部隊長は楽に勝たせてくれたなかったからな」 「そりゃそうだ」 「ま、だけど応急処置的な回復はしたし、動けないわけじゃない」 「動けりゃスポーツマンだ」 「そゆこと」 「じゃあ」 「「ゲーム開始か!」」 イスカの向く方向の先。 マイケルはまた片手にオーブ(ボール)を取り出した。 その逆。 背中合わせのツバメの向く方向の先。 ロベルトが取り出した丸い物体は、 ぷくぅーと膨らみ、 爆弾(ボール)へと変化した。 「球技ってのはほとんど例外なくチームプレイだ」 「サッカーも野球もテニスや卓球なんてラケットスポーツも」 「チームプレイは存在する」 「1人でも」 「11人でも」 「使用する球は1つ」 「それを勝利のために全員が追いかける」 「観客も含めてな!」 ツバメはベルトにひっかけていたダガー(ククリ)を、 回転させながら手に取り出す。 「来るよイスカ嬢」 「ふん」 「シシドウの力を見せてやってくれよ」 「お主もシシドウなのだろう」 「うちはシシドウやめたんでねぇ。お呼びじゃないよ」 「それは拙者も同じ」 「だが染み込んでるってもんしょ?」 「・・・・・・」 背中合わせのまま、 シシドウ=イスカ、 ツバメ=シシドウ。 双方は少し笑った。 「お家から逃げても体と血からは逃げられず・・・だねぇ」 「逃げる気はない」 「ゴチャゴチャいってねぇで!」 「やるぞ!」 「プレイボールだ!」 「キックオフだ!」 両者。 マイケル=リーガーとロベルト=リーガーが同時に突っ込んできた。 逆方向から、 挟み込むような形で。 「ハッハー!!爆裂シュートをお見舞いしてやるぜ!」 走りながら、 ロベルトは軽く爆弾(ボール)を投げ浮かせ、 蹴り飛ばした。 ボールはへの字になってイスカとツバメへと飛んでくる。 「来たよイスカ嬢!」 「爆弾か。避けるのが無難か」 イスカは背中合わせのツバメの肩の横から、 ロベルトの方向。 飛んでくる爆弾を見た。 避けるのが一番だろう。 息が何故合うのか、 それとも合わないのか、 イスカとツバメは同時に逆方向へと避け走った。 「シュートと見せかけて・・・・・マイケル!」 「おうよ!」 イスカとツバメに当たらなかった爆弾は、 そのまま反対方向のマイケルへと到達した。 「ナイスアシストだロベルト!!」 そしてマイケルはそのまま爆弾(ボール)を蹴り返した。 反射するように。 ロベルトの蹴ったボールをマイケルが蹴り返す。 「うちか!」 それはツバメの方へと向かった。 「なめんじゃないよ!すばしっこさなら自信あるんでね!」 ツバメは滑り込むようにかがむ。 反射された、蹴り飛ばされた爆弾(ボール)は、 ツバメの頭の上をかすめて通り過ぎた。 「そこにも俺がいたりして!」 「!?」 だがその先にもロベルト。 「おっりゃぁ!!ダイレクトボレーシュートォ!!!」 もう一度反射。 ロベルトが爆弾を蹴り飛ばし、 至近距離にてツバメに爆弾をぶつける。 「ゴォオオオオオオオ・・・・ルってあれ?」 闘技場の地面にて炸裂した爆弾。 だが、 そこに居たはずのツバメの姿はない。 「これくらいの距離なら普通のラウンドバックで十分だねぇ」 「後ろか!」 ツバメの声より先、 ロベルトはツバメの気配にいち早く気付き、 回し蹴りの要領で足を振り回し、 無理矢理ツバメを引き剥がした。 「マンマークがうまいなヤクザ姉ちゃん!」 「ちっ!」 「だがカバーリングなら俺達のがうまいんだぜ!」 「そう、チームプレイは俺達のオハコだ」 「!?」 飛んできている。 ボール。 オーブだ。 いつの間に投げたのか。 それはツバメに向かって直線的に突き進んできていた。 避ける暇は・・・・ 「人を無視するな」 そこに三日月のような閃光が走った。 そう思うと、 空中でオーブが真っ二つに別れた。 「これはチーム戦になったのだろう?」 イスカが剣を振り切った状態で立っていた。 「拙者の戦いは守る戦いだ」 殺すためではない。 理由がある。 そう・・・自分に言い聞かせる言葉でもあった。 だが事実、 ツバメを助けたという結果はイスカの心をも助けた。 「助かった。礼を言っておくよイスカ嬢」 「ふん。体で返してくれればいい」 「え!?」 「いや・・・行動で返せという意味だぞ・・・」 「あぁ・・・ビックリしたよ・・・あのマリナってアマの例もあるから見境ないのかと・・・」 「・・・・・・拙者、口も不器用でな・・・」 「おいおい!」 「調子のってんなよ!」 「俺達が攻めまくって」 「それ守りきっただけじゃん!」 「いや、でもそれは評価すべき事じゃないかマイケル」 「・・・うん。確かにそうかもしれない」 「どんなスポーツにも攻守があるからな!」 「守り切れば負けないのは全て同じ」 「オフェンスが最強でも勝てるとは限らないけど」 「ディフェンスが最強なら絶対に負けない」 「けど、」 「拙者らは勝ちを求めさせてもらう」 すでに次の攻撃の構えをとっているツバメとイスカ。 その姿を見ると、 マイケルとロベルト。 リーガー兄弟は笑った。 嬉しくて笑った。 「なるほど」 「あんたら」 「「最高みたいだな」」 最高か。 最低なる家系にその言葉。 こっちが笑えてくる。 「いくよイスカ嬢」 「言っておくがお主に合わせて戦うつもりはない」 「そりゃ同じだよ」 一呼吸を置き・・・・ 同時に踏み込んだ。 「げっ・・・両方俺かよ」 イスカ、 ツバメ。 合わせるつもりはないと言いながら、 双方マイケルの方へ、 同じ方へ踏み込んでいた。 偶然というか・・・必然。 同種が引き起こす奇跡のようなものか。 かなしい同思考。 燕(ツバメ)と交喙(イスカ)。 二羽の鳥は共に飛んだ。 「満月斬(ルナスラッシュ)!」 半円よりもさらに半円。 イスカが走りこみながら切り抜くような剣の軌跡を見せる。 「危ぇバットだな!」 後ろに避けるしかないマイケルは後ろに避ける。 当然の如く当然。 マイケルは後ろに下がりながらイスカにオーブを投げつけた。 だがそれはイスカが軽く"見切り"で避ける。 そんな行動くらいは手の内。 イスカの想定内というよりも目標。 誘導だ。 マイケルを後ろに下がらせる事が目的。 何が合わせるつもりはないだ。 「アマにバットとか言うのは下ネタかい?この腐れバット野郎!」 「!?」 マイケルが下がった先。 ツバメはすでにそこでダガーを構えていた。 ラウンドバックで先回りしたのだ。 まんまとツバメに後ろ向きに突っ込むマイケル。 「球道極道、合間見えるってね!死にな!」 「チッ・・・」 マイケルは下がりながら、 無理矢理体勢を低くする。 ツバメが逆手に持ったダガーを振り切ると、 マイケルの背中を薄く引き裂いた。 魚でも切り開くように、 一本の赤い線がマイケルの背中を走る。 「いってぇ!ロベルト!」 「わぁーってる!!」 マイケルは低姿勢にてツバメの一撃を避けた後、 ロベルトに叫んだ。 イスカの背後。 ロベルトは足を大きく振りかぶっていた。 「絶好球だぜ!ツーベースだ!!」 そして・・・ イスカに先ほど投げつけたオーブ(ボール)。 それを足で弾き返した。 さながらバット。 または新種のキックベース。 ロベルトはマイケルが投げたオーブを足首で捉え、 蹴り返した。 「ぬっ・・・」 「戻ってきた!」 イスカの背後に迫るオーブ(ボール)。 イスカは背中を向けたままそれを見切る。 半歩体をズラし、 蹴りかえってきたオーブ(ボール)を避ける。 「へへっ!ピッチャー返しはセンターまで飛ぶんだぜ!!」 イスカを通過したボールは、 そのままツバメの方へ。 マイケルとツバメの方へと直進した。 「そゆこと♪」 マイケルはすでにツバメの攻撃を避けた体勢。 つまりかがんでいる。 オーブはそのマイケルの頭上を越え、 ツバメに直撃するコース。 「くっそ!もとからうち狙いかい!」 避けるしかない。 マイケルにこのまま追撃をいれるチャンスなのだが、 避けるしかない。 ツバメは体を翻し、 そのオーブ(ボール)を避ける動作に入る。 そして避ける事に成功するが・・・ 「スポーツはチームプレーなんだぜ」 「?!」 避けた拍子。 その瞬間を狙ってマイケルが腕を繰り出していた。 オーブを握り、 ツバメに突き出す右手。 「隠し球だ!タッチアウト!!!」 最初からこれを狙っていた。 大したチームプレーだ。 仲間を助け、 相手の行動を制約し、 そして仲間の攻撃チャンスにも繋げている。 「がっ・・・・げほっ・・・」 マイケルのオーブを握った右手は、 ツバメの腹部へと突き刺さった。 スーツは羽織るだけ。 あとはサラシだけのツバメの格好。 ヘソ丸出しのその腹部に直で突き刺さる。 ツバメの体は"く"の字に体をへし曲げられた。 「こ・・の・・・・乙女のお肌に何してんだい!」 すぐさま反撃しようと思ったが、 「おっとっと。チェンジチェンジ」 マイケルはあっさりと距離を置いた。 さらに追い討ちしようとかそういう考えはないようだ。 あっさりとすっきりと、 簡単に距離を置く。 「ぐっ・・・そういう事かい・・・・」 ツバメの透き通った腹部にマイケルの拳型、 いや、オーブの丸型のアザが出来たと思うと、 そこが紫に・・・ 緑に・・・ ドス黒い色に浮き上がってきた。 「毒か・・・」 「イエッス!最近手に入れたもんでね!」 マイケルは首元のメダルを見せる。 「ピルゲンから渡されたんだ。暗黒系のメダルらしい。 なぁんか条件あってないんか知らないけど拒否反応は出るんだけどな。 気持ち悪ぃからあんまり装備してたくない・・・っつーか長時間装備できねぇけど」 「うちに一撃与える分には十分ってか・・・・」 ツバメのヒザが落ちる。 体に毒が回った。 エンチャントアーム。 その追加効果のようだ。 「・・・・世話のかかる」 イスカはすぐさま走りこみ、 ツバメの前に立ちはだかる。 毒を受けて弱った状態のツバメ。 そこを狙ってくるのは当然だからだ。 「・・・・悪いねイスカ嬢。守ってくれるなんてまるでナイト様だねぇ」 「騎士ではなく侍だ。さっさと治せ。毒を受けたままじゃ足手まといだ」 「残念・・・そんなん用意してこなかったよ」 毒の治療ができない。 回復を促すアイテムを持ってきていなかった。 「精神安定剤はちょっと・・・53部隊に思い当たるふしがあったから持って来てたけどね。 さすがになんでもかんでも回復できるポーション持ち歩いてないんだよ・・・」 毒が体中を駆け巡る。 気持ちが悪い。 体がだるい。 こんな時・・・ こんな時・・・と・・・そう思ってしまう。 《昇竜会》の新しい組長となったのに、 まだ過去を引きずるか・・・。 シシオが生きていればこんな時、すぐさま不器用なツラで回復薬を出してくれただろう。 「あいつらの分までうちはしっかりしなきゃなんないのにねぇ・・・」 苦笑い。 ふがいなさ。 ツバメは自分を呪った。 「さぁて」 「そろそろゲームセットにしようぜ」 「「コールドゲームだ」」 ロベルトとマイケル。 その二人が鏡を合わせたように並んでたっている。 ロベルトは爆弾を、 マイケルはオーブを、 双方がボールを手に携え、 こちらを伺っていた。 「俺も」 「俺も」 「案外ダメージきついんでねぇ」 「やってくれたよアレックス部隊長は」 「お侍さん。あんたにつけられた腹の傷、まだ血ぃ出てくるぜ」 「怪我で続行不能ほど悔しい思いはないからな」 「ベストを尽くせる時にベストを尽くす」 「そして結果を出すのがスポーツマンだ」 向こうは向こうで長時間戦うのがキツいようだ。 だからこそ、 決めてしまいたい。 だからこそのコールドゲーム。 次で決める。 そういう意志が伝わってくる。 「・・・・・・」 イスカは顔をしかめた。 後ろのツバメ。 毒が回り、弱っている。 というよりも・・・・ 正直な話、全快の状態で戦っても分が悪い。 向こうは向こうで重症を負っているのにも関わらず、 ハンデは向こうが負っているのにも関わらず、 それでもこちらに分が悪い。 実力。 勝負。 冷静に考えれば考えるほど完敗だ。 「44部隊・・・・か」 以前、 99番街。 隙をつかれたとはいえ、 その時も、 エース。 彼と対峙し、 簡単に油断させられヴァーティゴという男にやられた。 人数とか関係ない。 一撃であの時敗北した。 今度はどうだ。 人数は同じであり、 さらに向こうは傷を負っているのにも関わらず敗北だ。 ふがいない。 ふがいない。 ふがいない・・・。 「ツバメ」 「・・・・・なんだい」 背中を向けたまま、 ツバメをかばうように立ちふさがりながら、 イスカはツバメに小声で声をかける。 「お主の先ほどの技」 「・・・・殺化ラウンドバックかい」 「準備しろ」 「・・・・」 とりあえずツバメは殺化ラウンドバックの準備を始める。 何か策があるのだろうか。 脳内で詠唱。 記憶の書の呪文が広がる。 「・・・・準備が出来たら・・・・」 イスカの視線。 リーガー兄弟に悟られないよう、 泳ぐように変えた視線。 「この闘技場の部屋。この入り口に情けなく転がってるあいつのところへ飛べ」 「・・・・アレックスの事かい」 アレックス。 彼はロベルトに連れてこられ、 気絶したままこの闘技場の入り口のところに転がっていた。 「奇跡とかいうのを信じてみてもいいのだが、ここは効率をとる。 現実をとる。次がないのなら賭けもいいが、次があるからこそ次を目指す」 「つまり?」 「お主はアレックスを拾って一時外に出ろ」 「・・・・・・・」 つまり、 イスカが囮になる。 だから殺化ラウンドバックでアレックスのところまで移動し、 そのままアレックスを連れて目の前の入り口から逃げろという事。 「うちに自分だけ逃げろっていうのかい?」 「おい」 「何をコソコソしゃべってんだよ!」 「作戦会議か?」 「サインの打ち合わせか?」 「どっちにしろ」 「作戦会議するならタイムって言えよタイムって」 「「タイム」」 「「認める」」 ロベルトとマイケルはしょうがないなぁという顔つきで腕を組んだ。 こんなに話の分かる敵は初めてだ。 それはそうと、 イスカはツバメにまた小声で話を続ける。 「アレックスが殺されていない事から、拙者とて殺されはしないのではないか? そういう予想のもとでの作戦だ。やれるな。・・・・否、やってもらう」 「それは予想というか希望だよ。あんたが生きて返される保障はどこにもない。 向こうとしてはアレックスを生かす意味はいろいろと思いつくけど・・・・」 「拙者を生かす理由はないな。分かっている。だがこれが一番可能性が高い」 「・・・・・・・・」 現に、 アレックスは生かされた。 それはこの戦いでアレックスにこそ重点があることを示している。 アレックスは何かのキーになるはずだと。 そして、 それは自分より重要なのだと。 自分は殺されるかもしれない。 生かす理由がないのだから。 だが、 それこそイスカがここに残る理由になるわけだった。 「うちは理屈で動くってのは嫌いなんだけどね」 「可能性を捨てる事のほうが愚かだとは思わんか?」 「あんた結構頑固だねぇ・・・」 「不器用でな」 「つまり、決めたら考え改める気ないって事だろ?」 「タァ〜〜イム切った!」 「ピピッー!もう待てないぜ?」 ロベルトとマイケルの声。 「さすがにそこまで温和じゃねぇよ」 「アメフトじゃねぇんだからよぉ」 「そこまで長時間のタイムは遅延行為ととらせてもらうぜ?」 「大体、せっかく与えた毒が和らじまうからな」 「だから遅延行為を許すのはここまでだ」 「作戦って意味では評価するけど、これ以上の遅延行為はスポーツマンとしても許せねぇな」 「・・・・・」 イスカは表情を変えない。 ただ、 「試合再開というやつらしい」 「みたいだね」 「ということはもう他に策を用意する暇はない。決行だ」 うまいものだ。 それしか出来ないようにして、 ツバメに拒否権を持たせない。 ツバメの心情にも、 筋にも反するかもしれない。 だからこそ分かっていても踏み切りにくいツバメを押す。 押し付ける。 任せる。 頼む。 それだけだった。 「・・・・・分かったよ」 「感謝」 「生きて帰んなよ。あんたにはあんたでまだ本戦って奴が残ってんだ。 うちと一緒で、逃げたくないんだろ?シシドウの家系から」 「そうだな」 「殺す家系だ。死ぬ家系じゃないよ」 「死なんさ。死ぬ理由がない。生きる理由はある」 マリナを守らなければいけない。 最終的にはそこに戻るのだから。 「否、違うか。死んでも守る・・・だな」 「・・・・・フフッ」 そしてツバメの姿が消えた。 「なんだぁ!?」 「さっきの瞬間移動みたいなやつか!」 驚きながらも、 リーガー兄弟はすでに体勢を変えていた。 それぞれ、 自分の背後と兄弟の背後に注意を放ち、 迎え撃とうとする。 さすがの反応だ。 直接彼らに殺化ラウンドバックを行っても殺しきれなかっただろう。 「ロベルト!」 「マイケル!」 「「入り口だ!!」」 同時に気付いた。 ツバメ。 彼女は入り口。 すでにアレックスを引きずるように背負っていた。 「ったく・・・完全にノびてるねこりゃ・・・だらしないもんだ」 「クソッ!」 「途中退場なんて許せるか!」 「お主らの相手はこっちだ」 イスカが剣を抜き、 殺気を飛ばした。 それだけ。 それだけでリーガー兄弟の動きは止まった。 追えば後ろを取られる。 いや、 リーガー兄弟ならばお互いがお互い、 そのチームワークで動けばどちらも可能にしただろう。 アレックスを背負っているツバメ、 彼女を逃がさず、 こちらに殺気を送っているイスカ。 彼女を倒す。 両方を効率よく相手できただろう。 ただ一瞬。 迷う隙さえ作ればそれでよかった。 「・・・・・・」 ツバメは闘技場の入り口にて、 アレックスを背負ったまま、 闘技場のリングも見ず、 つぶやいた。 「・・・・ブシドーってやつかい。武士道、極道・・・融通が利かないのは同じだねぇ。 やっぱあんたはうちと同じもんだよ。シシドウ無二の逸れ者。・・・・・死ぬんじゃないよ」 ツバメはそのまま、 闘技場のゲートをくぐって出て行った。 「チッ・・・」 「逃がしたぜロベルト」 「分かってるってのマイケル」 ロベルトとマイケルの視線はイスカに戻る。 「しゃぁねぇよ」 「しゃぁねぇな」 「「しゃぁないわな」」 「あいつは別にこの闘技場の敷地から出てくことはないだろ」 「なら追う必要もないわな」 「先にこのお侍倒して」 「あとからで十分だ」 「やっちまえマイケル」 「あぁ分かってるロベルト」 前に出たのは、 引き続きマイケル=リーガーのみだった。 相変わらず。 相も変わらず、 戦闘もスポーツも人数が同じじゃなければというポリシーがあるようだ。 1人には1人。 たいしたスポーツマンシップとやらだ。 「1人で来るのだな」 「野球はやっぱピッチャーとバッターの戦いこそ華だろ?」 「怪我を負っているのはお主の方だぞ」 「それでも実力は俺の方が上だぜ?」 ・・・・。 だろうな。 イスカは自分で鼻で笑ってしまった。 少なくとも、 わずかな可能性でマイケルが倒せたとして、 そのままロベルトと連戦になるだろう。 勝率はあまりに低かった。 「それでも勝敗の決まった戦いなどない」 「そりゃそうだ。八百長でもなけりゃ勝敗に0と100は産まれない。 それこそスポーツの華で勝負ってもんの全てだと俺は思うぜ」 マイケルは両手にオーブを持っていた。 「2アウトランナー無しフルカウントだぜお侍さん」 「崖っぷちという事だな」 「それでも最後の一球まで勝負が分からないのが野球だ。手加減はしない。 俺はスポーツマンだ。あんたに敬意を表して全力で行かせてもらう」 本当に笑えてくる。 何故だろうか。 ・・・・。 満足しているからだ。 やるべき事はやった。 やるべき事はやったのだ。 今、 この時、 この場。 ここでやり残したことはもうない。 だが、 思い残した事はあるわけで。 「拙者も思う存分やらせてもらおう」 わずかな勝ちにでも賭けてみるか。 そう思えた。 あとはこの戦いに全てを賭けるだけだ。 そして次の戦いのためにだ。 「やっぱあんた最高だぜ。最高のスポーツマンだ」 マイケルは笑った。 それだけで伝わる。 戦いを楽しむ。 自分を底上げてくれる。 そんな相手が目の前にいる。 純粋にやりたくなる。 戦いたくなる。 それは分かる。 「最高・・・・最高か」 最高。 最も高い。 それはとてもいい言葉だ。 言われてとても心地よい。 最も高い。 イスカはそれを想像すると、 浮かび上がるのは・・・ 広大な空だった。 『人斬りオロチ』と呼ばれ、 地を這い蹲った人生。 だが、 マリナ(大海)に教えてもらった大空。 これがそうだ。 今の気分がそうだ。 地面で草を掻き分けるのは真っ平だ。 小石にぶつかって方向転換するなんて真っ平だ。 決められた道を行くのは真っ平だ。 シシドウ? 殺し? 決められた進路? そんなものは違うさ。 大空に立てばわかる。 見渡せば・・・・ 自分はどこにだっていける。 なんだってやれる。 「さて、いざ尋常に・・・・といこうか」 ここは地面ではない。 目の前に用意された負け。 そこに用意された壁。 そんなものはない。 「拙者は大空を知っている」 そして・・・・ 落ちる覚悟もできているさ。 数十分後、 イスカは闘技場の上に横たわった。 |
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