初めて出会ったのは、
クソガキだったクソみたいな時だった。

クソみたいなスラム街で、
クソみたいにありふれた風景。

俺の親は、
クソみたいな強盗にクソみたいな理由で殺され、
そんな出来事さえ新聞紙に一行さえ載せる必要のないありふれた出来事だった。

クソったれとしか言えなかったが、
クソガキだった俺には案外致命傷の出来事だった。

そしてその日、
そいつは居た。
用意されたように居たんだ。

ナイフとパンを持って俺を睨んだ。
哀れなクソガキだ。
俺もクソガキだったがそれ以上だと思った。

そいつはノラ犬だった。
名前もない、
産まれ付いてのノラ犬。

あまりにも哀れだったから、
俺はそいつを飼ってやる事にした。

名前を付けた。
出会いの連続。
出会いの複数形。
mets(重なる出会い)ってな。

愛を知らなかったノラ犬は俺になついた。
愛を受けたこともなかったのだろう。
だから飢えていた。
愛情に飢えまくってたんだろう。

他に仲間を作っても、
ノラ犬のくせに案外うまくやっていた。
ケンカをするほどうまくやっていた。

愛情に飢えていたんだろう。
仲間に飢えていたんだろう。

ノラ犬はもしかしたら狼だったかもしれない。
牙をもった狼だったかもしれない。
だが、
産まれて死ぬまでずっと一匹狼。
そんな狼はいない。
狼だって愛情は知る。
例え孤独が好きだとしても、親を知らなきゃ死んでいる。

ノラ犬は愛情という部分にポッカリ穴が空いていた。
だからそこに飢えた。
だからメッツは狼だとしても、
ノラ犬のようになついてきた。

だから分かる。
ずっと一緒だったから分かる。
今の群れも居心地がいいんだろう。

簡単に天秤に計って捨てれるもんじゃないんだろう。
昔も捨てたくなけりゃ、
今も捨てたくない。

つまり、
欲望に弱きノラ犬が欲張った結果が今のメッツだ。
悪い事じゃない。
全然悪い事じゃない。
ぱんぱん捨てる強き狼より何十倍もマシだ。

だが、
結局のところ、
メッツの本性は狂犬だ。
戦う闘犬。
愛情に飢えていただけで、
今も愛情に飢えまくっているだけで、
闘争本能の塊が本性なのに代わりはない。

飼われし闘犬がノラ犬になった時、
こういう矛盾が発生した。
それだけだ。

分かる。
分かるさ。
すっげぇ分かる。

なんたってずっと一緒だったんだから。
メッツの事は誰よりも分かる。
その自信があり、
自信もクソも実際分かる。

・・・・ってまぁ、
なんでこんなに分かるかって考え方を変えるとよぉ、
なんでこんなクソみたいな思い出までキッチリ鮮明に覚えてるかってぇとよぉ、
つまり俺もノラ犬だからだ。
捨て犬のノラ犬だ。
捨てられたわけじゃないが捨て犬だ。

結局無くなると、温もりが欲しくなる。
結局同じもんなんだろうな。

俺はメッツを拾って飼っていたが、
メッツも俺を拾って飼っていた。
飼い合って、
舐めあって、
じゃれあっていた。
それだけなんだ。

つまり俺達は友達とか親友よりも、
家族ってぇこった。
そりゃまぁ酷い話じゃねぇか。
クソッタレな話じゃねぇか。

お互いがお互いを必要としまくっていたんだ。
どうすんだこれ。
どーしようもねぇよ。
分かりすぎるわけだ。

つまり切っても切れない。
切りようがない縁なんだ。
そりゃもう血筋も同然。
家族。
つまりそりゃもう兄弟だ。

なぁ兄弟。
分かるぜ。
お前がそっちに居る理由もキッチリ分かる。
お前が俺に牙を向ける理由もキッチリ分かる。

それでも失望はしてやらねぇ。
なんでかーっつーと・・・まぁ・・・
メッツ。
てめぇが俺を切る可能性は限りなく0だからだ。

メッツがメッツである行動をしただけだ。
俺達は分かり合ってる。
それでもメッツは俺を必要としたままだ。
ノラ犬なのだから。
それでもメッツは俺と戦うわけだ。
闘犬なのだから。

んじゃま、
俺はどうしようか兄弟。

ま、
しゃぁーねぇわな。
しゃぁねぇ。
しゃぁねぇよ。





















------------------







ジャラジャラと鎖が奏でる音。
メッツの両手首。
それと、
メッツの足元に重々しく沈む斧が繋がっている。

そして、
その手首に鎖で繋がれた斧は、
親友であり、
家族であり、
兄弟であるドジャーに向けられる斧。

「ドジャー、正直の正直。ガチでてめぇとやるのは初めてだよな」

「・・・・・」

「20年以上一緒に居たわけだが、正真正銘真正面からやんなぁ初めてって奴だ」

「カッ、だからなんだ」

「ガハハ!てめぇは結構戦う事を避けるけどよぉ、俺ぁ結構自信家なんだぜ?」

そう言い、
メッツはタバコを取り出し、
口に咥える。

「・・・・・メッツ。タバコ変えたんだな」

「ん?あぁ。ルアス城は免税だからな。好きなもん吸える」

そう言い、
メッツは咥えたタバコに火をつける。
メッツのタバコの銘柄。
それは度々変わっていたが、
それに気付けないのは初めての事だった。

「さて」

そのボックスはそのタバコで最後だったのだろう。
メッツは片手でクシャリと握りつぶし、
投げ捨てた。

「この一服分で十分だ。さっさとやろうぜ」

タバコを咥えた狂戦士は、
ニヤりと笑い、
斧を両手に持ち上げた。

「この世にゃタバコと戦いがあればいいっ!!」

そしてドレッドヘアーの狂戦士が走り出した。
こちらへ。
仲間であるドジャーへと飛び込んでくる。
あわよくば殺してしまおうと、
正真正銘のその勢い。
通常は両手でやっと持てるはずの両手斧がx2。
それを軽々と両手に携える狂戦士。

「でぇりゃぁあああああ!!!」

メッツは走りながら、
その斧を・・・・

ぶん投げてきた。

「カッ、お前は本当にメッツだな。やる事と言ったら、ぶった切るとぶん投げる。
 安心したぜ。当たらなけりゃただの扇風機な事には変わりねぇみてぇでよぉ!」

ぶんぶんと轟音を立てて飛んでくる斧は、
縦に回転してくる。
岩程度なら破壊してしまいそうな勢いで。
だが当たらなければ・・・・。
その言葉通り、
ドジャーはそれをいとも簡単に避ける。

「逆ボーナスゲームだ。当ててみろよメッツ」

斧は地面を跳ね上げるように突き刺さった。

「ガハハ!そうこねぇとなぁ!当ててやるぜ!俺も成長したってとこを見せてやらぁ!!」

メッツはふいに右腕をぐいっと引き寄せた。

「オォーーラァ!!」

何かと思うと、
鎖。
右手首に繋がっている鎖が、
そのまま投げた斧を引っ張る。
斧は地面ごと跳ねあがり、
ドジャーを追いかけた。

「ほー、・・・・失くさないように紐付きってわけか」

「失くさないように紐付きってわけだ!!!」

鎖の先、
斧がドジャーを追いかける。
超重量の鎖鎌のように。
それはまた地面に突き刺さった。

「当たらねぇよ!!」

「当たらねぇなコンニャロォ!!」

ドレッドヘアーの狂戦士は、
今度は鎖を使わず、
ドジャーへと突っ込んだ。

「だがマリナは言ってたぜ!!数撃ちゃ当たるってよぉ!!」

走りがてら斧を引き抜く。

「砕けろぉ!!!」

そしてすぐさまジャンプ。
両手の斧を、
真後ろに反り返るほど振りかぶりながら跳んでくる。

「こっぱ微塵になぁああ!!!!」

「だぁくそぉぉお!!次から次へと」

避けるしかない。
もちろんスピード型のドジャーにとっては、
パワー型のメッツの攻撃を避け続ける事は難しくない。
だが、
避け続けるならばだ。
避け続けなければならない。

「危ね!!」

メッツと共に、
両腕の斧が着地する。
いや、
新手の着地失敗か。
地が砕けて炸裂するほどなのだから。

「オラオラァ!!何度でもやっぜ!!!」

そう、
避け続ける。
ドジャーに攻撃の隙を与えない。
ただただ攻撃攻撃攻撃。
メッツらしい、
メッツであるがゆえのメッツの戦い。
超絶なるゴリ押し。

「クソッ・・・攻撃は最大の防御ってか!?」

「ガハハハ!!違うね!!攻撃は最大の攻撃だ!!!でぇりゃああああああああ!」

また斧をぶん投げてきた。
それでも今までとは違う。

「・・・・ったく。さすがに昔はあの重量級の斧を片手でブンブン投げれるほどじゃなかったが・・・
 カッ・・・いけ好かねぇが44部隊で成長したって事か」

全体的に向上している。
メッツであるメッツの戦い方だが、
基礎能力がアップしている。
野犬が訓練を詰んだ様に。
パワーだけではなく、
それに伴いスピードも上がっている。
まぁ戦い方についてはポリシー・・・
もとい本能なので変わらないのだろうが。

「また外れたクソッタレェエエ!!!」

メッツの斧は壁に突き刺さった。
壁がえぐれる。

「だが外れたら当てるだけだコラァアア!!!」

腕を引っ張り、
壁に突き刺さった斧が抜ける。

「クソっ!追いかけてくんな!」

「んじゃ逃げんなドジャー!!」

左手には斧。
右手の斧は壁から引き抜かれ、
ジャラジャラと引きずられる。

「でぇりゃああああ!!!」

右腕を振る。
引きずられていた斧が、
目を覚ましたように前方に吹っ飛ぶ。
斧じゃなくもう鉄球のような使い方だ。

「クソッ・・・アホメッツが!!」

ドジャーはジャンプ。
それを避ける。
斧はまた地面を破壊した。

「・・・・・俺の堪忍袋は小容量なの知ってるよな」

そして、
その地面に突き刺さった斧。
その巨大な両手斧の上に。

「俺もやられっぱなしは性に合わねぇ」

ドジャーが着地した。
斧の上に降り立ったドジャーは、
両手をクロスさせていて、
4本づつダガーを持っていた。

「ご馳走をくれてやる!!」

ダガーを投げ放った。
8本の閃光。
そして、

「宅配サービス付きってかぁ!」

追いかける。
自分で投げたダガーを自分で追いかける。
8本の閃光の後ろにドジャー。
それも、

鎖の上。

斧から繋がる鎖はメッツへ続く。
鎖の上をドジャーが走る。

「うぉ!?相変わらず猿みてぇな奴だな!」

「うっせゴリラが!」

「ガハハハ!猿とゴリラ!絶妙だなそりゃ!オォラァ!!」

メッツは右腕を引っ張る。
力の限り。
鎖と繋がる斧が跳ね上がる。
鎖がぶれる。

「おっと」

ドジャーは飛ぶ。
橋ではなくなった鎖の上から。
しかし、
8本のダガーはメッツを襲う。

「邪魔だコラァ!!!」

左手の斧をおもくそに振った。
本当に振っただけだ。
技術もなにもない。
それだけでダガーはまとめて弾かれ、
2本は風圧で反れ、
1本だけメッツの肩をカスっただけだった。

「おかわりだ!!」

空中でドジャーがダガーを2本投げつける。

「チョコマカしやがってよぉ!」

「チョコマカしないドジャーが好きか?」

「なるほど!そんなんドジャーじゃねぇな!」

「交渉成立」

「んじゃ俺もゴリ押しするからメッツだよな!!」

メッツは、
返ってきた右の斧を手に掴むと、
右も、
左も、
二つの斧を両方そのまま足元に突き刺した。
跳ね上がった地面のカケラだけで、
2本のダガーは弾かれた。

「オラァァアア!!!」

そしてメッツは飛び上がった。
地面に斧を突き刺したまま、
生身のドレッドヘアーが跳びあがる。

「ちょっ!!来んなテメェ!!」

「邪険な事言うなよドジャー♪」

空中で身動きとれない猿の元へ、
ゴリラが跳んで来る。

「派手にぶっ飛べや!!!」

そしてそのまま腕を振りかぶる。
メッツのパワー。
あの拳。
何度だって見てきたが、
向けられるとなるほど、
チビってしまいそうな迫力だ。

「んなもん食らったらオネムだクソ!」

「寝ちまいなぁあああ!!!!オォラアアア!!!」

右腕が振り切られる。
鎖がジャラッと鳴る。
避け切れない。
空中で避けれるわけがない。

「・・・ったく」

ドジャーは足を出す。
逆に、
足の裏をメッツの拳にあわせる。
ドジャーは、
振り切られたメッツの腕に足を合わせ、
その勢いを逆に利用して飛んだ。

「だぁくそ!!!」

足をバネのように利用し、
メッツのパンチの勢いで後ろに飛んだ。
だがまぁ、
簡単に勢いを殺せるわけもなく、
なかば吹っ飛ばされる形だった。

「ったくパワー馬鹿が!!」

自分で後ろに飛んだのか、
吹っ飛ばされたのか分からないような形で飛び、
はるか背後の壁まで飛ばされ、
ドジャーは壁に着地した。

「割に合わねぇよ!」

そのままドジャーは壁沿いに滑り降りる。
両足と片手を付きながら地面に着地すると、
すでにメッツがまた走りこんできていた。

「逃がすかドジャァアアア!!!」

鎖がジャラジャラと鳴り響く。
それが最大まで張られると、
メッツはおもくそに右、左と両腕を前方に振り出した。

「でぇりゃあああああ!!!!」

メッツの手首から繋がる鎖は、
斧を引っ張り、
鎖つなぎに数十キロある斧がブッ飛んでくる。

「クソッ!」

メッツの右手の斧は、
そのまま外れ、
ドジャーの左の壁に突き刺さる。
ならば右に逃げようとすると、
ドジャーの右にもう一方の斧が突き刺さった。

「おまっ!!」

「ガハハハハ!!捕まえたぜ!!!」

後ろは壁。
左右には斧が突き刺さっていて、
その二つの斧からは鎖がメッツへ続く。
斧と鎖によって、
左右が封鎖された。
後ろは壁。
逃げ場はない。
そして前からは・・・

「砕け散れドジャアアアアア!!!」

メッツが、
鎖の間を辿るように。
鎖のレールを辿る暴走機関車のように突っ込んでくる。
腕を振りかぶっている。

「逃げ場はねぇぞコラァアア!!!」

「チッ・・・前後左右が駄目なら・・・上っ!」

「もう遅ぇえええ!!!!!」

「!?」

メッツの腕が振り切られた。
直撃。
メシメシと音が鳴り響き、
瞬間、破壊音に変貌する。
後ろの壁が爆発したかのように砕け、
その威力。
そのまま・・・・
屈強な闘技場の壁に穴が空いた。
外まで・・・。
豪腕による一撃で、
壁ごと外へ・・・・

「あでっ!」

「トロいトロい」

メッツのドレッドヘアーの上。
そこにドジャーが降り立った。
間一髪。
避けたようだ。

「よっ」

メッツの頭を蹴飛ばすようにドジャーが跳ぶ。

「さて」

メッツに背中を向けるように着地し、
背中を向けたままドジャーは話す。

「俺は逃げ、お前の当たらない。長丁場になりそうだなおい」

「ガハハ!どうだろうな」

「タバコ」

「ん?」

「一服で終わらせるんだろ?火ぃ消えてるぜ?」

メッツの咥えるタバコ。
それはすでにフィルターの部分まで達しており、
火は消えていた。

「カカッ、俺の勝ちか?」

「そ、そんなルール決めてねぇだろが!」

「あ、そ。でもメッツ君?一服の間に決めてやるっつっといてこれはカッコ悪くね?」

「チッ・・・ほんとオメェはよぉ、いらねぇとこで挑発してくるよな」

「カカッ、お互い様だ」

「あぁそうだな」

メッツはニッと笑い、
ただのゴミと化したタバコを吐き捨てる。

「おめぇは最高だドジャー。本当にお前は最高だ。閉幕は絶対したくねぇぜ」

「あー、俺は結構連戦で疲れてんだ。休みてぇとこだ」

「そんな事言わずによぉ、ぶっ倒れるまでやろうぜ」

「女に言われたいセリフだ」

「ガハハ!俺じゃ不満か?」

「大不満だ」

ドジャーは両手のダガーを回転させる。

「・・・・ま、やるか!」

「そうこなくちゃよぉ!」







「ん〜〜。風流だぜ。猿とゴリラの舞踊りか」

キリンジは、
この闘技場入り口ホール。
その壁にもたれてアグラで座り込んでいた。

「アニマルとアニマルは仲いいに決まってるからな。
 ま、つまり脳みそがあれば皆仲良し。アニマル差別は無しって事だ。
 人類皆兄弟とはよく言ったもんだぜ・・・・とあちきは思うんだパムパム」
「おー、それはしのびないなー」

パムパムは、
キリンジがアグラをかいて座ってるその上で、
抱きかかえられるように座っていた。
バタバタと落ち着きがない。
幼稚園児が抱きかかえられているかのようだ。

「パムパムは猿とゴリラどっちが勝つと思うよ」
「あんなーあんなー、オラはなー」
「ん?」
「キリンさんが好きだー」
「ほー」
「でもゾーさんはもっと死ねばいいと思うぞー」
「そうかそうか」

キリンジはパムパムの頭を撫でる。
狼服の女がパンダ服の女を撫でている奇妙な光景だ。
いや、
逆に物凄く違和感がないのが奇妙だが、
狼とパンダが猿とゴリラを見ている。
ここは動物園か。

「ま、あちきはメッツ(ゴリラ)が勝つと思うぜ」
「クラムチャウダーッ!」
「ん?なんだそれ?必殺技か?」
「ビームストロガノフッ!」
「おいおい、どんなビームなんだよ教えてくれよパムパム」
「チャウダッー!メイドインチャウダッー!」
「ふーん。なるほどな」

どうして会話が出来ている(?)のか分からないが、
パムパムと会話出来る唯一の存在キリンジは、
ドジャーとメッツの戦いを見ながら冷静に言う。

「ま、あちきは間違いなくメッツの勝ちだと思うね。
 ハブとマングース。どちらが勝つかくらい確定的だぜ」
「そうなのか?眼鏡があると攻撃力があがるのか?」
「ある意味な。で、なんでメッツの勝ちかっつーと・・・・決まってる」

決まってる。
確信的にキリンジは言う。

「あいつが44部隊だからだ」

とても単純で、
とても最強の理由。

「44部隊。その集団は最強の証だ。ヌーの群より最強で、ライオンが群れるようなもの。
 全てのアニマルの群れの中で最強の群れ。そこに入る権利がある。それだけで決まりだ。それは・・・」
「ロマッー」
「そう。ロウマ隊長。あの人の眼に適った。それがあいつの勝つ理由だ」

選ばれし者。
誰にもじゃない、
ロウマ=ハート。
そのたった一人の人間に選ばれた。
それだけでもう選ばれし者なのだ。

「へへっ、お前もだぜ。パムパム」
「おっおっ?」

キリンジがパムパムの頭を撫でてやると、
パムパムは上目でキリンジを見た。
そして両手を広げて嬉しそうに叫んだ。

「パンナコッターッ!」
「嬉しそうだな!パムパム!」
「かまわんよー!」
「そうだ!最強の誇りを持てパムパム!
「おーっ!オラ!オラ!もう照明から垂れてる紐でボクシングしないっ!」
「それはいい心がけだっ!」

会話自体は理解不能だが、
彼女達は44部隊。
それ自体が証で、
証とは証明。
ただの部隊ではない。
軽い言い方をすればブランド。
だがそこにはロウマ=ハートという者がおり、
そのためには命をかけてもいい。
44という4(死)並びのブランドは、
最高のプライドを与えてくれる。
自信は強さ。
ロウマの考えの一つ。
それを与えるのもロウマ。
44部隊は強い者の集まりだ。
心が・・・という意味でもある。
強いだけでなく、
強いという誇りを持つ者達。

その頂点で、
彼がいなければ全ては崩れる。
彼が居てこそ44部隊。
彼がいなければ44というブランドに意味はなさない。
それだけで誰もが捨てうる名前。
大黒柱であり、
誰もを引き上げる天井でもあり、
全てを支える土台でさえある。

それが44部隊。
ロウマ=ハート。

「パムパム」
「おぉー?」
「あんたとメッツ。あんたらがロウマ隊長の"鍵"だ」
「おぉー、うまいのかー?」
「あぁ。うまいさ。そしてまずくもある。だけどだからこそ、あんたらは死なないのさ」






























「おい、ツバサ。大丈夫か?」
「・・・・・大丈夫じゃないさ」

スザクの横。
そこでツバサの顔は・・・青ざめていた。
無くなった左手から、
血が垂れ流れていた。

「・・・・硬質化だけでは限界だ。もうすぐ硬質化も途切れる。このままでは死ぬ」
「おいおい・・・・」

硬質化で出血を抑えていたが、
その体でなお戦闘がため動き回ったのだ。
すなわち硬質化のエネルギーも使っているわけでもあり、
傷の悪化でもある。
全ては悪循環。

「44部隊はすこぶる残ってて、ロウマまでいやがんだぞ・・・・」
「文句を言われようが、このままでは俺は死ぬ」
「・・・・ヒャッホイ・・・その前に終わらすしかねぇか」
「・・・・・」

顔色の悪い表情で、
ツバサは冷静に言った。

「なぁスザク」
「あぁ?」
「俺達は任務のため人を殺す。そのためだけに産まれてきた。
 俺達が殺した人間。その死は、邪悪だろうが誰かの意思のために死する。
 なら・・・・俺達・・・俺の死はなんのためにある。俺の死は何も生み出さないのか?」
「し、知らねぇよ!難しいこと聞くんじゃねぇよ!」
「・・・・」
「なんにしろどうするんだ?」
「・・・・なんにしろ・・・か。その通りだな。ただ動くわけにもいかない・・・か」


大リングの中央。
崩れに崩れた石畳の中央。
立つのは、
琢磨する最強ロウマ=ハート。
そして、
怠ける勇者アレックス=オーランド。

「勇ましい者と書いて勇者。なら僕は確かに今勇者かもしれませんね。
 なにせこんな中途半端な強さしか持ってない怠け者が最強に挑もうって言うんですから」

アレックスは気楽に言う。
気楽に笑う。
誰にも邪魔しない。
44部隊の者達も、
イスカ達も、
53部隊の者達も。

「おい、ツバサ」
「なんだ」
「あいつなんだ?強ぇのか?ロウマに立ち向かおうとしてやがんぜ」
「知らんな。元王国騎士団部隊長だと聞いているし、ターゲットとして資料に目は通した。
 だが何をどう計算したところでロウマに勝てるとは到底思えん」
「だな。ヒャッホイ♪つまり馬鹿か」
「その通りだ。勇ましい者。一般的に勇者なんて言葉はどんな人間に使う?
 決まっている。無謀に挑戦して砕け散る者。それを皆勇者と呼ぶ」
「選ばれた血筋とかそんなじゃねぇしな」
「むしろそんなものがあるのはマイソシアでもシシドウくらいだ。いや、それは逆に呪い名か」

王は死に、
アインハルトによって掃除されたマイソシア。
血。
運命的な血族。
そんな者はマイソシアに存在しない。
漫画のように、
産まれる前から選ばれていたなんていうズルい存在は存在しない。
残っているのは、
ただの強者。
それだけ。
たったそれだけだ。

「んじゃぁアレックス部隊長は何を根拠に挑んでやがるんだ」

エースは尋ねる。

「シュコー・・・」
「・・・・うっせぇクソ虫」
「・・・・・・」

スミレコとスモーガス。
やけに会話のしづらい奴だけが残ったものだ。

「・・・けどアレックス部隊長の両親はロウマ隊長と同世代。
 両親共に部隊長だったっていうエリートの一人息子よ」
「資質はあり・・・か」
「シュコー・・・・だからといって」
「そう。だからってぇもんだ。だからといって、いきなり覚醒!なんて漫画じゃねぇんだ。
 それこそなんだ?どんな血が入ってんだって気持ち悪くなるっての。
 アレックス部隊長はただの人間と人間のガキで変わりねぇ。つまり俺らより弱ぇよ」

天才も数字を知らなければ算数は出来ない。
アレックスに資質があろうがなかろうが、
アレックスの能力は現状のアレックスの能力以上でも以下でもない。

「私のアレックス部隊長を馬鹿にしてるの」

スミレコが睨むと、
エースは「いやいや・・・」と訂正した。

「けどよ。この一年、帝国に居る間に新しい何かを会得したわけじゃないだろ。
 ハッキリ言って現状、愚かな勇者としか言えねぇな。まぁ見れば分かるか」
「コォー・・・シュコー・・・ロウマ隊長の勝利に変わりはない」
「ごもっとも」


「おいアレックス」

中央のアレックスに向かい、
イスカが声をかける。

「はい?なんですか?」

「挑む根拠はあるのか?」

アレックスはニコりと微笑む。
精悍な笑顔。
アレックスは右手をイスカの方へ突き出し、
親指を立て、
笑顔は崩さないで言う。

「全く無いです」

「だろうな」
「だろうねぇ」
「さすがアッちゃん!」

「でも勝ちますよ」

「本当にどこから出てくる。その自信は」

聞き流せない声。
低く、
どこまでも通る力強い声。
ロウマだ。

「人は強くなればそれが自信になる。その自信とはさらに人を強くするものだ。
 だからこのロウマ。部下には自分を信じろと言っている。だが・・・お前の自信はどこから出ている」

「自信ですか?そうですね。僕が自信を持っている事と言ったら・・・・」

アレックスは少し考え、
そして思いついたように言う。

「そうですね。自信がない事が自信でしょうか」

「・・・・・」

「さすがにこのメンツの前で偉そうに自慢できるものも無いんで。
 だけどそれを自覚してるって部分ですね。僕は僕だという・・・そういう点」

「理解し難いな。己の成長を信じた結果ではないのか」

「一年やそこらでどーこーなるわけないじゃないですか。
 まぁ場数は踏みましたけどね。経験値って意味では成長はしました。
 だけどそれはロウマさんも同じ。敵も強くなるっていうのが現実の悲しい所ですね」

修行。
鍛錬。
それには意味があるだろう。
だがそれは相手も同じ。
それもロウマ=ハートだ。
鍛錬する最強。
上を目指す天井。
それがロウマ=ハート。
差を縮める?
夢事だそれは。

「って事です。僕は僕の身分を分かってます。この世界の人間の有り触れた一人でしかない。
 普通ならば実力差は歴然。ならば・・・って事で、一つ提案です」

アレックスは人差し指を立てた状態で突き出し、
そして、
アレックスは自信に溢れた顔で・・・・・

「ハンデ付けてください!」

と、
勇者は言った。

「は?」
「へ・・・」
「シュコー・・・」

周りの人間は全員揃って表情が崩れた。
44部隊も53部隊もイスカ達もだ。

「あれ?聞こえませんでした?もっかい言います!このままじゃ勝てないんでハンデ下さい!」

よくも・・・
よくもまぁ、堂々とそんな事が言えるものだ。
どれだけ怠け者なのだろうか。
こんな場で堂々とそんな事を言う人間がこの世にいるとは。

「・・・・・アクセルの倅」

ロウマさえ、
無表情のままだが虚を突かれたような様子だった。

「言っている意味がよく分からん」

「へ?なんでですか?」

「このロウマを倒すべく立ち向かってきたのかと思ったが、そうではないのか」

「いえいえ。そうですね・・・僕。僕は自分の強さもとい、自分の弱さの自覚があるって言いましたよね?
 ハッキリ言ってどれくらいかと言うと、ロウマさんに届く程度・・・あ、いえ勘違いしないでください。
 ロウマさんに触れることも出来ずに負ける事はないだろうって程度です」

それはロウマが言ったこと。
このロウマに届く力だと。
現にアレックスの槍は以前、ロウマに届いた。

「恐れ多くもなす術もないわけじゃない。それくらいの自信は持ってます。
 でも真正面で戦って勝てるかどうかっていうと・・・・考えるまでもないですね。
 って事でハンデください。負けを生かした結果です。人は学習するのです」

勝てそうにないからハンデください。
すごい事を言う人間だ。
駄目人間の典型だ。
プライドはないのか。
絶対主人公とかにはなれない人間だ。

「そんなものでお前は満足するのか。アクセルの倅」

「はい」

学校では言ってはいけないような返事を元気よく言う。

「そうですね。現状を打破する一つの策ですか?自分の強さの程度は自覚していると言いましたが、
 僕は僕の通用する程度をハッキリとさせて起きたいだけです。言い換えると倒したいわけじゃない。
 勝負に付き合ってくださいって言ってるだけですね」

「・・・・・」

「でも失望しないでください。あなたを倒すのも僕です」

「噛み合っていないように感じるが」

「結果はそこです。だけど今日はここまでってだけですね。
 まぁ是非とも僕の成長のために戦って欲しいわけです」

ハンデ付きで・・・という言葉は今この時だけは言わない。

「いずれあなたを倒すための途中経路ですよ」

アレックスは笑った。
なんだかんだと言い、
やはりその顔は自信に溢れていた。

「ふん」

ロウマはやはり表情を変えないが。

「いいだろう」

ロウマは承諾した。
・・・・。
アレックスは心の中でガッツポーズをした。
うまいものだ。
話に乗せるだけなら天下一流だろう。
ロウマの性格を把握した上での話術。
無駄に挑発した言い分をせず、
ロウマの好きな向上心を持ち出しながら言いくるめる。
話術と小賢しさで立ち回っていく弱者。
最悪だ。

「で、ハンデですが」

その上まとまると、とっとと本題に切り替える。
最悪だ。

「ロウマさんに一撃でも与えられたら僕の勝ち。どうですか?」

「シュコー・・・・おい」
「てめぇ!調子こいてんじゃねぇぞ!そんな程度で"隊長に勝った"なんて称号与えられるか!」

「え?なんですか?44部隊の皆さんはロウマさんが負けるとでも?」

「う・・・」
「コォー・・・」

「やだなぁ。そんなことあるわけないじゃないですか。酷い話ですね。
 それも最強ロウマ=ハート。それを信用できないなんて・・・44部隊というのはその程度ですか」

言いたい放題だ。

「さすがアレックス部隊長・・・」

スミレコだけはうっとりとしていたが、
褒めるような事は何もしていない。
ハンデ付きで勝利をもぎ取ろうとしているただのズル男だ。

「いいだろう」

ロウマは言った。

「まるでゲームだが・・・その勝負。受けてたとう」

ロウマの両側。
柱のように立ち聳える赤と黒の巨槍。
ハイランダーランスと、
ドラゴンライダーランス。
その中心で腕を組んだまま、
ロウマは言った。

「だがそれはつまり。お前は死ぬかもしれんぞ」

「分かってますよ」

そう。
ハンデ。
それはよくよく考えてみればハンデでもなんでもない。
ロウマには何一つ制約をかけていないのだ。
アレックスが死ぬかもしれないことには何の変わりもない。
何一つだ。
ロウマに一撃与えればアレックスの勝ち。
このルールはアレックスに有利なようで、
逆に首を絞めているようなルールだ。
ロウマは死なない。
アレックスは死ぬ。
そんなルールだ。
むしろ何も変わらない。
ロウマは本気を好きに出す事が出来る。
それだけだった。

「何を考えておるのだあやつは」
「うちは短い付き合いだけど、馬鹿なのは分かったよ」
「馬鹿野郎!アッちゃんが何も考えてないわけないだろ!?」
「じゃぁ何を考えておるのだ」
「それが分からないのがアッちゃんだ!」
「・・・・・」
「でも少なくとも何かしら意味あっての行動なんだね」
「そうとも限らないのがアッちゃんだ!」
「「・・・・」」
「少なくとも見守るしかなさそうだねぇ・・・口は出さないでおくよ」
「口どころか相手はロウマだ。手も出せぬ」
「ヒャハハ!火なら出すぜ!!」
「そうか。喫煙所にでも言って人の役に立って来い」

「でぇりゃああああ!!!隙ありぃいい!」

突然アレックスが飛び掛った。
でぇりゃーとか言いながら。
開始の合図もくそもなく、
突然飛び掛った。
不意打ち。
なんでもする奴だ。
もうどうとでもしてくれ。

「・・・・・・」

「ありゃりゃ」

だがその突き出した槍は、
簡単にロウマに止められた。
素手で。
アレックスの槍はロウマに捕まれて終わった。

「しくじりました」

アレックスは突きを止められたまま、
頷く。

「隙ありもクソも、隙がありませんでした」

それは盲点。

「怒りました?」

「・・・・ふん」

ロウマはアレックスの槍を掴んだまま、
無表情で言う。
ナイフのように尖った眉は、
ピクリとも動かない。

「勝てばいい。それは否定しない。そんな戦い自体が好きかどうかは別として、
 "勝敗に言い訳が存在する戦いなどしたくない"。勝ちにも負けにも、それは必要ない。
 言い訳のある強さなど強さではない。好きなようにお前としての全力でくるがいい」

言い訳のある勝敗。
あぁしていれば。
体調がどうのこうの。
卑怯だから。
数の優越。
そんなものは元から少なからず差はある。
なのに言い訳が発生することがロウマはよしとしない。
それをひっくるめ、
何もかもを踏まえて、
全ての条件の上で、
それでも勝つのが強さだ。
ロウマが求めるのは100回やって100回勝つ強さ。
完膚無き強さ。
だからこその最強。

正直なところ、
だからこそ、
アレックスの提案も気の進むものではないだろう。
勝負に枷があるなど・・・・。
だが、
アレックスの話術の上という事もあるが、
これは己の戦いではない。
お互いの戦いではなく、
ロウマの強さを目指すものでなく、
アレックスの強さを目指す戦い。
ならば喜んで引き受けよう。
全身全霊をもって相手をしてやろう。
そういう事だ。

「来いアクセルの倅。このロウマを踏み越えて強くなってみせろ」

「・・・・・・越えるどころか踏むような高さにも達していませんけどね。
 足元にも及ばないとはうまい事を言ったものです。
 アリンコのように小さい存在。踏み潰される事だけが簡単」

「お前はアリのように踏まれて終わるのか」

「そんなまさか。よじ登って頭まで言ってみせますよ。それが僕なんで」

アリがゾウになろうとしてどうする。
アレックスは哀しくも現実を知るアリでしかない。
ゾウにはなれない。
大きくなどなれない。
だが、
よじ登れは同じ目線に行くことは出来る。
アレックスが目指すのは、

成長ではなく、向上。そして前進。

「ならば登ってこい。その時喰ってやる」

「やってみますよ。僕なりのやり方で・・・・ね」

アレックスは左手をおもむろにあげる。
右手に持つ槍を捕まれてまま、
その左手。
その左手の指を上へとあげる。

「アーメン」

「それには気付いている」

ロウマはふいにアレックスを放り投げた。
槍を掴んだまま、
槍ごとアレックスを投げ飛ばす。

「クッ!!」

こっそりとパージフレアの準備をしていた。
会話に集中させておいて不意打ちを狙ったのだが、
ロウマの目は欺けなかった。
アレックスはパージフレアを発動したが、
投げ飛ばされたせいでパージフレアは見当外れのところで発動した。

「やっぱそう簡単にいかせてはくれませんか・・・・ですが」

吹っ飛ばされた先、
アレックスは槍を地面に突き刺し、ブレーキをかける。
そしてそのまま右手を突き出す。
二段構え。
槍を持つ右手でもパージフレアの発動準備をしておいたのだ。

「アーメン!」

「それも気付いている」

だが、
それさえもバレていた。
パージフレアが発動した所には、
すでにロウマはいない。
ロウマは、
その2本の巨槍を抜き、
その巨体でこちらに向かってきていた。

「不意打ち3連発全部不発ですか・・・たまんないですね」

最初の槍での突き。
その後、会話中の隠しパージ。
さらに槍を持つ手でのパージ。
全て見切られた。
真正面から勝てるわけないのに、
これは正直こたえた。

「大口を叩いたのだ。あまりこのロウマを失望させるなよ」

「大口叩きましたから。あまり失望させたくないですね」

ロウマ。
その巨体がまるで重量がないかのようなかろやかさで詰め寄ってくる。
突っ込んでくる。
両手に広がる巨槍2本。
真横に広がるとロウマも含め、10m近くあるんじゃないだろうか。
そんな状態で2m超えの巨体が素早く突っ込んでくるのだ。
まるで戦闘機だ。

「手加減はしないぞ」

そして、
その二つの槍を・・・
突き刺してきた。
アレックスの足元の地面に。

「くっ・・・」

炸裂する。
爆発する。
ハボックショック。
地面が砕ける。
地面が吹き飛ぶ。
クレーターを作る。
アレックスは吹き飛ばされた。
こうしてくるだろう事は分かっていた。
総合的に強さの点で何もかも負けていようとも、
戦略性だけは負けるわけにはいかない。
ロウマの行動パターンを読んでいて、
むしろ直接攻撃される事よりハボックショックのカス当たりを狙った。
だからこそ後ろに跳び避けたのだが、
それでもその大規模な衝撃から逃れられなかった。

「ぐぅ・・・」

体が吹き飛びそうになる。
ハボックショックの衝撃でバラバラに千切れるかと思った。
計算違いでもないんでもない。
あの状況で、
これが最善。
刹那でも行動が遅れていたら、
それで致命傷だったが、
大ダメージで済んだ事が最善。

「ズルすぎです・・・」

アレックスは吹っ飛び、
地面に一度バウンドした後、
転がり、
そしてなんとか立った。
おっと、少しふらついた。
あれだけでヤバい。
反則だ。
ズルいという言葉をなんの躊躇もなく使える。

「出し惜しみは無しです・・・したら死にますから・・・・」

アレックスは左手を大きく振る。
十字を描く。
そして左手。
左手の5本の指。
その全てをクィッと持ち上げる。

「アーメン!!」

そして発動する。
5本指でのパージフレア。
パージフレアx5。
5本は横並びにまるで壁のように発動した。
蒼白い炎が並んで吹き上がる。
ロウマの少し前方。
ロウマの動きを読んでの行動。
ロウマ=ハートならば、
すぐさままたこちらを狙ってくるだろうと。

「無駄だ」

だが、
そんな予想などあってもなくても同じ事。
5本の蒼白い炎の壁を、
ロウマは突き破ってきた。
炎から出でし最強。

「・・・・・ですよね。今のは一撃にはならないでしょうか・・・ならないですよね・・・・」

「好きにしろ。痛くも痒くもないものを一撃と呼ぶかは勝手だ。
 アクセルの倅。お前が作ったルールならばお前で判断すればいい」

「それじゃぁ戦う意味がないですから。それに・・・」

アレックスはおもむらに槍を地面に突き刺した。
ロウマが迫ってきているのにだ。
いや、
逆にロウマはその勢いを止めた。

「やはりやめる気か」

「いえ、それじゃ戦う意味がないって言ったでしょ?試したい事がありまして」

そしてアレックスは、
その自由になった両手全体で十字をかいた。
両手で描かれる2つの十字。

「さぁ。やりましょうかロウマさん」

「・・・・・構えないのか」

「新しくやる事なんで構えなんて考えてません」

「つまりその状態でやるという事か」

アレックスは・・・
槍を地面に突き刺したままだ。
つまり、
パージフレア。
両手でのパージフレア。
それオンリーでやるという事か。

「僕の戦闘面での長所。もちろん槍こそ鍛錬の結果で人一倍なんですが、
 正直人一倍じゃもう時代遅れなんですよね。でもパージだけは自負しています。
 パージでならば人にやれない事も出来ますから。それの実験です」

「・・・・ふん。このロウマを実験台にか」

「贅沢なもんですよね」

「存分に振るうがいい」

「そうですね」

と言いがてら、
アレックスは思いつく。

「あぁそうか。これならこっちの方が都合がいいかな」

そう言い、
腰のポーチに手を伸ばし、
取り出したのは・・・卵。
それを地面に叩きつけると、
煙と共にジャイアントキキが姿を現した。

「キ?」
「行くよG−U(ジッツー)!」
「キ!」

アレックスはG-Uのフサフサの毛の上に飛び乗り、
それと同時にG-Uは加速も無しに走り出す。
マイソシア最速の動物。
ジャイアントキキ。
それも王国騎士団お墨付きのGシリーズ。
通称『G−U(ジッツー)』
アレックスがつけた名前は"お茶漬け"

「・・・・ふん。面白い」

「G−U!そのまま距離を保って迂回してっ!」
「キッ!」

広い闘技場。
ロウマとギルヴァングの戦いのせいで地面が砕けまくり、
体全体で走るGキキには走りづらそうだったが、
それも誤差のようなものだった。
コンパスで計ったかのように、
ロウマを中心にアレックスは円を描き走る。

「アーメン!!」

そして、
Gキキの上から左手の指を突き出し、
指を上げる。
パージフレアが発動し、
蒼白い炎が吹き上がる。
もちろんと言ってもいいほどに、
ロウマはそれを避ける。

「アウトファイトか。否定はしない」

「否定されると困るんですよね・・・・アーメンッ!!」

連射。
いや、
ただの連射ではなく、
左手でもう一度パージフレアを放った。
パージフレアの準備をした様子はなかったが・・・・

「発動準備を無視できるようになったか」

「いえいえ、そんな事出来るわけないじゃないですか。ただ・・・"僕の指は5本ありますから"」

片手の指は5本。
そう。
アレックスは5本の指で5本のパージフレアを一気に放つ事が出来る。
ならば・・・だ。
応用すれば片手で5発まで撃つことができる。

「ん〜・・・1発に集中するより威力は弱くなっちゃいますね」

そう言いながらも、
アレックスは3発目、4発目、5発目と放っていく。
全て人差し指での発動。
5本の指のパージフレアを、全て人差し指に移動されていくのだろう。
後は指を突き出し、
魔方陣という照準を地面につけたならば、
指をチョィっとあげれば聖なる炎が噴出す。
まるで拳銃のような連射。
それはすべてロウマに当たらず、
ロウマは避けているというよりはこちらに向かってきていた。

「《MD》で学んだ事があります。"数撃ちゃ当たる"」

それは小賢しい不良盗賊マスターの事なのか、
それとも弾丸を乱射する女王蜂の事なのか、
はたまた技術無く重凶器を振り回す戦士の事なのか分からないが、
馬鹿は馬鹿なりに考えて・・・
いや、
考えずにやってます。
1発で当てる技術を学ぶでなく、
10発で当たらないなら100発・・・というのが《MD》流だ。

「5発撃ちつくしたぞ。アクセルの倅」

「左手はね。右手にさらに5発あります。G-U!そのまま距離を保って!」
「キッ!」

今度は右手を突き出すアレックス。
Gキキに跨り、
パージフレアを放つ姿は、さながら馬に跨るガンマン・・・・というのはガンマンに失礼だ。

「ふん。どれだけ放ってこようが無駄だ。当たらん」

「数撃てば当たるんですよ」

「両手で同時に放ってきたほうが命中率はあがるだろう」

「それじゃぁ・・・・」

アレックスは右手でパージを5発撃ち尽くした。
弾切れ。
10本指の10発が弾切れ。
だが、

「隙が出来るじゃないですか。アーメン」

「む」

11発目。
アレックスは左手をまた突き出し、
パージフレアを放った。

「・・・・・右手でパージをしている時に左手で発動準備か」

「そういう事です。片手が発動(パージ)してる時、もう片手は準備(リロード)です」

右手でパージしている時は左手で十字を切り、
左手でパージしている時は右手で十字を切る。
これで・・・
隙なく、半永久的に撃ち続けられる。

「ふん。考えたな」

「基礎能力は変わってないんですけどね。工夫って奴です。
 自分の限界を上げなくても、僕にはまだまだやれる事がある」

「謙虚になるな。それが成長だアクセルの倅」

「思い上がりで馬鹿を見易いですからね。僕は。身分相応でやらせてもらいます。
 強さを知るよりも自分の弱さを知る。言いましたよね?それが僕の自信です」

「強さより弱さ。ふん」

ロウマが笑ったように見えた。

「上を見ることばかりのこのロウマには測りかねる類の強さだ。
 上より下。そういうのを"底が知れん"と言うのだろうな」

「うまい事言いますね。ものは言い様です」

「だが終わりだ」

「キィ!!キキ!!」
「!?」

G−Uは急にブレーキをかけた。
その丸い体の毛を逆立て、
体全体で動きを止める。

「G-U!?・・・あっ・・・」

気付く。
いつの間に・・・。
"隅に追い込まれていた"
正方形のリングの角。
逃げ、
攻め続けていたのはこちらなのに、
追い込まれていたのはこちらだった。

「このロウマをなめるな」

「キィーーッ!キキ!!」
「落ち着いてG-U!」

落ち着いていられるわけがない。
逃げ場無き場所で、
最強が迫り来るのだ。

「くっ!!」

已む無く両手でパージフレアを乱発する。
だが、
ロウマはその炎の柱を縫うように、
いとも容易く近づいてくる。
巨大な槍を広げ、
最強が。
太刀打ちできない最強が走りこんでくる。

「吹き飛べ。アクセルの倅」

最強が小さく飛んだ。
あれは・・・
ハボックショックだ。
こんな場所では完全に逃げ場がない。

「G−U!!飛んで!!」
「キィーーーッ!」

G−Uはゴムボールのように一度沈むと、
丸い体全体を伸ばし、
大きく跳ねるように飛んだ。

「ありがとG−U」
「キ!」

空中に飛ぶやいなや、
アレックスはG−Uを卵に戻す。
そして、
炸裂するハボックショック。
大爆発。
リンクの角が、
角ではなくなってしまった。

「・・・・うわっ・・・」

Gキキのお陰で、
上へと逃れたアレックスだったが、
その衝撃を受ける。
避けようがない大きすぎる衝撃。
それはアレックスを下から持ち上げるかのようだった。

「こりゃ凄いですね・・・」

衝撃で、
空中へ吹っ飛んだ。
先ほど受けたときよりも距離が離れていたので、
ほぼ衝撃だけで済んだにも関らず、
アレックスの体ははるか空中へ吹っ飛ばされた。
ジャンプに重なる形だった故、なおさらだった。

「まるで飛んでるみたいです」

大闘技場の天井が近づく。
はるか空中。
まるで自分がゴミクズのようだ。
身を任せるしかない。
下を見下ろすと、
闘技場の人々がまるで豆粒だった。

「・・・・って・・・この高さから落ちたらバッチリ死ねますね・・・・」

バッチリ死ねます。
でも気持ちいいものだ・・・
この浮遊感。
天井に大穴が空いてるせいかな。
このままただ落ちて潰れるのもいいかな・・・とさえ思う。

「いや、全然死にたくないですけどね」

アレックスは本音を言い、
空中で、十字を描く。
両手で。

「工夫は大事ですよね」

そして両手を広げた。
落下しながら。
髪が重量を受けて上へ逆立つ。
変な顔になってないかな。

「パージフレアは・・・地面から吹き上げるスキルです。僕が空中にいようとね。
 僕が安全に落下してるうちに、地面を大規模に発火させることも可能なわけです」

アレックスはニヤりと笑う。
そして、
すぐさまそれは苦笑に変わる。

「・・・・・大規模なパージするヒマがない・・・」

もうすぐ落ちてしまう。
機転は機転にすぎなかった。

「でもまぁ、これは使える発想ですね。今回は置いときましょう」

そしてアレックスは、

「アーメン」

空中で、
両手をクロスさせるように振り上げた。
狼が爪でひっかくように、
X字を描くように、
両手を振った。

地上のロウマの足元・・・・ではなく、
ロウマの両側。
そこに二つの魔方陣が形成されており、
そこから・・・
斜めに炎が吹き上がった。
炎がX字を描くようにクロスし吹き上がった。

「・・・・ふん」

当たり前のようにロウマに避けられてしまったが・・・

「でしょうね・・・G−U!」

空中で卵を投げ捨てる。
地面に向かって。
地面に卵がぶつかると、
「また出番?」みたいな顔で、
Gキキが姿を現した。

「あぁそのままそのまま」

そして、
アレックスはGキキの上に落下した。
バイーン、とトランポリンのように衝撃を和らげてくれた。
G−Uは「キ!?」と一言で驚きを表していたが、

「ナイスエアバッグ」

と言ってアレックスはもうG−Uを卵に戻した。
完全に着地用にもう一度呼んだだけだった。

「・・・・と」

アレックスが着地する。
そして当然。

「・・・・・・・・」

ロウマが詰め走ってきていた。

「そろそろ覚悟を決めろ。アクセルの倅」

「・・・・でしょうね」

というか・・・
もうどうすることもできない。
もうすぐそこだ。
最強が、
ロウマ=ハートがもうすぐそこなのだ。
パージの準備をしているヒマはない。
そして今度こそ避け切れないだろう。
今度は、

カス当たりでも死ぬ。

結構2発分のハボックショックが効いている。
両方衝撃だけだったにも関らず・・・だ。
ロベルトからもらったダメージがもともと致命傷だった。
目立った損傷ではなく、
体全体にガタがきている。

「でも、僕も考えて動いてるんですよ」

迫り来るロウマ。
そしてアレックスは・・・
抜く。
何を。
・・・
槍。

「槍を刺しておいた場所も計算づくか」

「そうしてもらえるとカッコがつきます」

話している距離はもうない。
アレックスは槍を抜くと同時に、

突き出した。
全身全霊の・・・ピアシングボディ。

気を失っている間。
いろいろと夢を見た。
見たくも無い夢も見た。
そのカケラの一つに、
父アクセルが居た。

父の得意技はピアシングボディだった。
ピアシングスパインでなく、ピアシングボディ。
体(ボディ)に穴を空ける(ピアシング)からピアシングボディだ。
そう父は言っていた。
相手のどてっ腹にピアス穴を作ってやるつもりで突け。
恐竜の耳たぶぐらいのをよぉ。
それが父の口癖だった。

何も恐れず、
ただ全身全霊で突きぬく。
それだけだ。

槍は前方の一点を貫くためだけに作られたものだ。

迷う事はない。
そして戦士と騎士の違いは攻めるか守るかだ。
守ってやるさ。
自分は自分だから。

アレックスは槍を全力で突き出した。

・・・・。
ハッキリ言って暴挙だった。
最強ロウマに対し、
真正面から槍を突き出す。
まず子供にも分かる暴挙。
見た目で分かる暴挙。

リーチを考えろよアレックス。
あの巨槍。
自分の粗末な槍。
2本繋げたって届かないぞ。
物理的に届かない。
もし同じ槍を使っていてもロウマには届かなかったさ。

だが、
アレックスは突き出した。
全身全霊突き出した。
ロウマも槍を突き出していた。
遠く、
遠すぎる。
届きようが無い。
だが突き出した。

自分の槍は、
最強ロウマに届く槍のはずだから。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

時間が止まったような感覚だった。
音が何もしない。

目を瞑ってしまったような感覚だったが、
瞬き一つしなかった。

目の前で、
ロウマの槍が止まっていた。

「何故、突き込んできた」

ロウマは、
槍をアレックスの目の前に突き出したまま、
そう言った。
アレックスの槍は、
ロウマに全く届かない所で止まっていた。

「それではお前の槍は届かない。なのに何故突いた」

「届かないわけがないからです」

「現に届いていない」

「届きました。あなたは負けたんです。止めたのはあなたです。"逃げたのはあなたです"」

アレックスの目の前にはロウマの槍。
遥か届いていないのはアレックスの槍。
だが、
負けたのはロウマだと、
アレックスは言う。

「あなたは貫いてこればよかったんです。僕を貫けばよかった。その代わり、"僕の槍は届いた"。
 あなたが僕を貫けば、僕の槍はあなたに届き、あなたを貫いていた」

「・・・・」

「自分が死なないために僕を殺さなかった。自分を貫かれないために僕を貫かなかった。
 あなたが槍を突き通してきていれば、僕は死に、あなたは負けていたんです」

アレックスは槍を下ろした。
そして会釈もせず、
軽い笑顔。

「ありがとうございます。やはり僕の槍はあなたに届く。あなたを殺す事ができる」

「・・・・・」

ロウマが、
その大きく重い槍を下ろした。

「このロウマの・・・負けだと」

「そうです。やった!」

「・・・・・・ふん」

ロウマは少し笑ったように見えた。

「やはりお前は底が知れん」

「限界は丸見えですけどね」

「恐怖は底(奈落)にあるものだ。お前はなかなかに怖い生き物だな」

「最強ロウマ=ハートに言われれば光栄ですね」

アレックスはそして振り向いた。
振り向いてリングの外を目指す。
イスカ達の居る方だ。

「・・・お、おい」
「アレックス」

アレックスは余裕の表情でこちらに歩いてくる。

「全ては計算づくだったのか?」
「アッちゃん!あいつにもしかしたら殺されてたんだぜ!?」
「あんた、ロウマが槍を止める事さえ・・・」

「ビィーーーックリしたぁぁああああ!」

突然アレックスの腰が折れる。
イスカ達の目の前で、
へなへなと崩れた。

「は?」

「いや、マジ死ぬかと思いましたよ!止めてくれてよかった・・・・。
 死んでましたよ僕!ねぇ!ほんとよかった!・・・はぁ・・・空気って素晴らしい・・・」

わけのわからない事を言いながら、
尻餅をついてアレックスは胸を撫で下ろし、ため息をついた。

「お、お主・・・なんの保障もなくあんな事したのか・・・」

「保障もくそもあぁするしかなかったでしょ?さすが僕ですね。どーも僕です。
 いやでももう懲り懲りですね・・・ストレスがハンパなかったですよ・・・怖くて怖くて・・・。
 やっぱ身分相応に生きてくのが一番ですね・・・くわばらくわばら・・・・・」

「あきれた・・・」
「ヒャハハハ!さすがアッちゃん!」


「おいアレックス部隊長!!!」

向こうの方から声。
44部隊。
エースだ。

「今のでロウマ隊長の負けだと!ふざけんなよ!」

「えぇー」

「えぇー・・・じゃない!!全然隊長は負けてねぇ!!」

「何言ってるんです。僕の槍が届いてたら大変だったかもしれませんよ?
 少しの傷さえ命取りです。ロウマさんでも・・・そして騎士団長さえも"人間"なんですから。
 人間、小さな石ころが当たっただけでも死ぬかもしれないんです。それが人間です。
 どんな人間だって頭や心臓・・・・・急所に刃物が届けば絶対に死ぬんですから」

ロウマやアインハルトとて、
それは例外ではない。
強さがどうこうじゃない。
人なのだから。
それで死ぬのだから。
そう。

"殺せないわけじゃない"

・・・・とまぁ、
エンツォのしつこさを見てないからこそ自信が持てた事だが、
それは事実だ。

「僕にも殺せる。倒せる。今回それが分かったんです。これ以上ない利益ですよ」

届く。
届くのだ。
やれる。
・・・・弱いと言われようが、
やれるのだ。
自信。
そして・・・確信。
アレックスの決意が確固たるものになった。

「・・・・まぁこのロウマ。負けてはおらんがな」

「え・・・」

突然ロウマがそんな事を言い出した。

「ルールではお前が一撃与えたらお前の勝ちというものだった。ならば負けてはいない」

「いやそうですけど・・・・」

まただ・・・。
結構変なところで負けず嫌いなんだよな・・・。
最強のクセに。

「私はあなたも応援してるわアレックス部隊長」

「うわっ!?いつの間に!?」

本当にいつの間に。
スミレコがアレックスに寄り添っていた。
気配のカケラも感じなかった。

「恋人はいつも傍にいるもの」

「いつの間に恋人に・・・・」

「アレックス部隊長・・・1.2キロほど体重減りましたね・・・。
 あと肌にストレスが出てる・・・食事がいつもどおり取れてない証拠・・・。
 あと目の下のクマ。このクマの形、アレックス部隊長が睡眠時間を3時間削った時に出来るクマ・・・
 恐らく昨日の睡眠時間は5時間で、その前の晩は6時間といったところ・・・。
 体臭と汗の量から推算して昨晩の入浴時間は8時過ぎから20分ほど。ついでに足の張りから・・・」

「なんでそこまで分かるんですか!?」

「私に分からない事なんてない」

この人怖い・・・。

「馬鹿ヤロー!俺のがアッちゃんの事分かってるぞ!」

と、
張り合うようにダニエル。
ほんとか?

「アッちゃんは・・・・えっと・・・・燃やされるのが好きだ!」

帰れ。

「で、これからどうするのだ」
「あれで終わりなのかい?」
「え、いや・・どうなんでしょう」

ロウマとアレックスの戦いは一段落といったところか。
だがどうする。
53部隊は残っているし、
44部隊もこのままというわけには・・・。

「うちはまだ・・・シシドウの因縁があるから」
「付き合ってやろう」
「言われなくともイスカ嬢もシシドウなんだからねぇ」
「拙者は引きずっておらん。ただ断ち切ってしまいたいだけだ」
「同じようなもんだよ」


「火事だぁーーーーっ!!!!」

なんだ?
何事だ。
火事?
突然の事で分からなかった。
ダニエルかと思ったら違った。
闘技場の入り口。
そこから何かが飛び出してきた。

「ウゥーーーー!ウゥーーーー!ケーホーケーホー!」

パンダだ。

「理科室から火事です!皆さん!おさない・かけない・ハショらないをモットーに!
 即刻、理科室に避難してください!ウーウー!ウゥーーウゥーー!!」

サイレンの真似事をしながら、
パンダが飛び込んできて、
いやまぁ五月蝿い。
何を言っているんだ。

「な、なんだぁ・・・パムパムが来ましたよ隊長。なんなんでしょう」

「・・・・」

エースがロウマに尋ねるが、
ロウマは腕を組んだまま黙っていた。
・・・・。
サッパリ分からんといった顔つきだ。

「ぬぁぁ!あちきをなめるな!アニマル虐待は許せねぇぜこのチンパンジーが!!」

続いてキリンジが飛び出してきた。
パムパムとキリンジ。
入り口ホールに配置していたはずだが、
慌てるように飛び出してきた。
エースが尋ねようとするが・・・・

「ざけんなっ!!」
「なんだあいつ!邪魔しやがって!!ふざけんなコラァ!!」

ドジャーとメッツも一目散に大闘技場に入ってきた。
何事か。

「ドジャーさん!」
「おぉアレックス!生きてたか!俺が死ぬかと思ったけどよぉ・・・」
「どうしたんですか?」
「いや、それもこれも・・・・」

アレックスとドジャーの会話をかき消すように、
何かが動いた。
それは・・・
イスカだった。

「うぉ!?」

イスカは素早く動き、
剣を抜き、
その剣はメッツの首元で止められた。

「メッツ・・・貴様。マリナ殿を裏切ったらしいな」
「いや!ちょっ!イスカ落ち着けって!」
「これが落ち着いていられるかっ!これ以上の大事はないっ!
 理由を述べろ!さもなくばその首を切り取って聞き出すぞ!」
「意味分かんねぇよ!とりあえず落ち着けって!焦ってんだよ俺は!」

お前が落ち着け。
だがそんな痴話はおいておき、
さらに大闘技場に飛び込んでくる姿。
大きなリボンを頭に付けた女性だった。

「メリーじゃねぇか!持ち場はどうしたんだよ!」

メリーは、
ヌイグルミをぎゅっと抱きしめたまま、
無言で・・・
というか口をきけないのだが、
無言で泣きそうな目をし、
指を大闘技場入り口の方へ向ける。
ぬいぐるみを潰れそうなほどに抱きしめたまま、
必死で入り口指を指し示す。


「ちょ・・・そんな怖がらないでくれよ・・・フレンドになろうと思っただけなのによぉ」

そして最後に・・・。
ウサ耳の男が姿を現した。
異常な格好だった。
ウサ耳だけでも異常なのだが、
耳にキーホルダーをつけていたり、
魔術師のようなファンシーな訳のわからない格好をしている。

「なんだあいつ・・・」
「わけわかんねぇよ!」
「俺とドジャーが戦ってたらいきなり乱入してきやがったんだ」
「受付のゾウみたいな奴が一瞬で血まみれのバラバラになっちまいやがった」

ドジャー、
メッツ。
いや、
それ以上に44部隊さえも、
一瞬で「ヤバイ」と感じたのだろう。
見た目だけだと、
あまり危険人物には見えないが・・・。

「てめぇシド!!何今更ノコノコ来てやがんだ!!」

スザクが大声で叫んだ。
眼帯が吹っ飛びそうな勢いだった。

「ちょ、怒んなよスザク。僕が悪ぃんじゃねぇよ。僕はエンジョイしながら到着しただけだって」

「ヒャッホイ・・・大遅刻しといてなんだその言い訳は!」

「あ・・・えぇと・・・途中で産まれそうな妊婦を殺しちゃって・・・・」

「信憑性は無駄にあるけど通るかそんな理由!」

何やらわけのわからない奴だ。
なんなんだあのウサ耳は。

「・・・・シド」
「あいつの話し方だと53部隊か」
「何言ってんだい。あいつの話はうちがしてやっただろう」

・・・。
そうだった。

「シド=シシドウ」
「あれが53部隊の副部隊長ですか」
「うちも見るのは初めてだけどね・・・」

53部隊(ジョーカーズ)の副部隊長・・・。
シド=シシドウ。
ツバメが「会ったら死ぬ」とまで言い放った者。
あれが?
見た目はある意味危険そうだが、
害があるようには見えない。

「シュコー・・・・・・・・おい」

一人が近づいていく。
それはガスマスクを付けた男。
スモーガスだった。

「コォー・・・コォー・・・・」

何も恐れることなく、
スモーガスはシドに近づいていった。

「・・・コォー・・・なんなんだ貴様。副部隊長だと?」

「そうだぜ?シド君だ。よろしく頼むぜ♪」

シドはピッと指を突き出し、
ウインクした。

「・・・・シュコー・・・信じられんな」

「実際僕もそれはどっちでもいいんだ。それより俺とフレンドになろうぜ!」

「・・コー・・・・・?」

「僕の夢はフレンド100人だ!でもそれ、ケッキツ(結構キツい)んだよねぇ。
 だからてめぇを僕のフレンドにしてやんぜ!結構イカしたお面付けてるしよぉ!」

ガスマスクがイカしてる?
感覚がおかしいのか?
ウサ耳付けてるしそうかもしれない。

「・・・・シュコー・・・ふざけ・・・」

「あっごめ!」

シドは・・・
「やっちゃった」といった表情で舌を出し、
頭をポリポリとかいた。

「殺る気はなかったんだけど・・・・」

その瞬間。
ふいにだった。
完全にふいに。
いつの間に。
分からない。
その瞬間に・・・

スモーガスの体が細切れになって崩れ落ちた。

服も、
体も、
血も、
肉も、
ガスマスクも。
肉片に。
破片になって崩れ落ちた。

「なっ!?」

アレックス達は驚きを隠せなかった。
44部隊。
44部隊だ。
どうやって殺したか見えなかった以上に、
あれは44部隊だったのだ。
それが・・・
あっという間にあっけなく・・・

「おい!スモーガス!てめモンキー!何死んで・・・」
「いや大丈夫だ・・・・」

エースがキリンジの肩に手を置き、
アゴでスモーガスの死体を示す。

「ありゃスモーガスじゃねぇよ。ほんと悪趣味な奴だ。
 『ワァッチミー・イフユーキャン(見れるもんなら見てみろよ)』
 本当に捉えどころのない煙に巻くのがうまい奴だ。
 俺もいつの間に入れ替わったのか分からなかったぜ」
「なんだ。あのヒポポタマス。また入れ替わったのか」
「その辺の親父か裏家業の奴にでも金払っといたんだろ。俺さえ気付かなかったぜ」

どうやらあれはスモーガスではないらしい。
ガスマスクで顔が隠れているため判断できない。
だが、
皆は知らないが、
スモーガスは永続インビジブル人間だ。
永久なる透明人間。
中身が崩れて見えている時点で彼ではない。

「ごめっ!ほんっと悪気はなかったんだっ!」

ウサ耳の男は、
両手を合わせ、
頭を下げた。
正真正銘、心から謝罪している。
だが、
謝って済む問題でもない。

「何にしてもあいつの動きは脅威すぎるぜ」
「トランプが2枚落ちてます。あれで攻撃したんでしょうか」
「何にしても、攻撃した事さえ見えなかったよ・・・・」
「いや、恐れるべき事はそこじゃない」

イスカが神妙な顔つきで言う。

「あやつ。"殺気が全く無かった"」
「ん?」
「そういう類の事はよく分かりませんね」
「殺意が無かったからなんだってんだい?イスカ嬢」
「殺気が無い。そんな事はあり得ない。あり得んのだ。だがあやつは微塵たりとも殺気が無かった」
「つまり?」
「殺気・・・つまり殺す気が本当になかったのだ」
「・・・・・は?」
「いやでもあいつは・・・」
「殺意もなく、悪気もなく・・・それでいて人を殺す。衝動がなくとも行動する。
 拙者にも理解しがたいが・・・・言うならば呼吸をする事のように無意識の行動だ」

分からない。
そんな人間が本当に存在するのか?
悪気もなく、
する気もなく、
本人の意思とは別に行動する。
呼吸のように、いつの間にかしてしまう。
殺人などいう事は、意思があったとしても踏み出せない事もあるものなのに。
無意識。
それは言うならば・・・・
"やりたくなくともやってしまう"
そう考えると、
あのシド=シシドウという人間は物凄く哀しい人間なんじゃないだろうか。

「だが殺意はなくともよぉ、寒気みたいなもんは感じたぜ俺ぁ・・・」

メッツが言った。

「あ、メッツさん。久しぶりです」
「ん?おぉ、久しぶり。つっても入り口んとこでさっきあったじゃねぇか」
「あらためてってやつですよ」
「おぉ、じゃぁあらためて久しぶり!」

メッツは敵じゃなかったか?
・・・・という疑問も今は無しだ。
なんというか・・・変わっていない。
気軽に話せる。
まるで一年なんて時は立っていないように。

「ヒャハハハハ!よぉ!久しぶり!」
「ん?あぁ久しぶり!」

ダニエルがメッツに嬉しそうに手をあげた。
ん?
この二人は知り合いだったのか?

「・・・・で、お前誰だよ」
「ヒャハハハ!お前も誰だよ!」

そういうわけじゃぁないようだ。

「・・・・・で、スミレコさんはいつまでへばりついてるんですか?」
「おわっ!まだ居たのかこいつ!」

スミレコはアレックスに寄り添ったままだった。
気配を感じないから異様に怖かった。

「いつまで?・・・きっといつまでも・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・このまま命が終わればいいのに」

それを言うなら"時"だろう。
・・・とツッコミたかったが、
恐らく本気でそう言っているだろうから怖い。

「なんだいあんた」
「シッシッ」
「敵なのだから敵側に行け。さもなくが即刻叩き切るぞ」

「・・・・五月蝿い病原体共。殺虫剤にまかれて死ね」

酷い事を言うものだ。

「スミレコさん。一応44部隊側に行ってくれないでしょうか・・・。
 敵を目の前で放っておくわけにもいかないんですが、
 無闇に手を出して今の硬直状態を絶つわけにもいかないんですよ・・・」

「・・・・大丈夫・・・アレックス部隊長。何も私達を断ち切れないわ・・・」

言葉が通じないのかこの人は。

「ガハハ!まぁいいじゃねぇかアレックス。
 俺も久しぶりだからちょっとの間ここに混じってるつもりだしよぉ!」

それは、
つまりこちら側に戻ってくるつもりは現時点でないという事。
それを表す簡単なセリフだった。


「なぁなぁ」

何の声だ?
と思うと。

「うわっ!」
「いつの間に!?」

それに気付き、
皆は一斉に後ろに退いた。

「いや・・ちょ・・・そんな怖がってくんなくてもいいじゃん」

すぐ傍。
そこに、
ウサ耳野郎がウンコ座りしていた。
口からプクゥーとガムを膨らまし、
当たり前かのようにそこにいた。

「貴様・・・離れろ」

イスカが剣を握る。
だがシドに敵意は無かった。

「いや!いや!僕はちょっと誰かフレンドになってくんねぇかなぁって思っただけだって!」

「ならん!」
「なんねぇよ!」

「えぇー・・・」

シドはくっちゃくっちゃとガムを噛みながら、
ダラダラとしゃべる。

「いいじゃん・・・まずはフレンドからってよく言うだろ?
 僕の任務はここに来る事だけなんだよね。だから後はジユーコードー!
 だから僕はフレゲ(フレンドゲット)に精を出しちゃおうかなぁー・・・ってな!」

「なんでいきなり僕たちなんですか?敵ですよ?」

「だって面白そうなやつらじゃねぇか」

ウサ耳のファンシー野郎は、
無邪気にニッと笑った。

「あと強そう。僕よぉ、フレンドといっつも死に別れちゃうから強いフレンドが欲しいんだよね」

シドは立ち上がり、
クチャクチャガムを噛みながら、
両手を広げた。

「僕には夢があんだ。夢があんだぜ?それはさ。ハッピーとフレンドを手に入れる事なわけだ!
 多ければ多いほどいいけど、欲張らない。小さなハピフレ(ハッピーとフレンド)。それだけなんだ!」

そう言葉にするシドの顔は、
本当に無邪気だった。

「ヒャハハ!ねぇーよ!あったまおかしいんじゃねぇの!?」

皆が距離をおく中、
一人少しシドに近づいたのは・・・ダニエルだった。

「ん?なんだよ赤髪兄ちゃん。僕の夢にケチつけんのかよ」

「だっててめぇ人殺しだろ?」

ダニエルはニヤニヤと笑う。

「俺も人殺しの類なんだよねぇ。人を燃やすのが最大の楽しみ♪」

「・・・・一緒にすんじゃねぇよ。僕は人殺しなんて全く楽しくないね」

「でも殺すんだろ?」

ダニエルの目は嬉しそうに輝いていた。

「調子こいてんじゃねぇぞ♪てめぇの意思なんだ関係ねぇ。
 殺されるほうは殺されるんだからよぉ!たまったもんじゃねぇっての!」

好きで人殺してるお前の方がたち悪いけどな。

「人殺しってぇのは害厄だ。てめぇも・・・俺もな♪それを自覚しやがれ。
 そんな奴が幸せだぁ?ヒャハハハハ!片腹いてぇぜ!いいかネコ野郎!」

「ウサギだけどな」

「いいかウサギ野郎!人殺しってぇのは・・・一つの例外もなく幸せになる資格なんざねぇ!」

ダニエルらしくない言葉だった。

「いいか!クズである事を理解しろ。じゃなきゃ話になんねぇよ。ヒャハハハ!
 俺は自覚してるぜ!俺ってマジ最低!クズの生き方はこうじゃねぇとな!
 クズはクズの生き方しやがれ!善人ぶってんじゃねぇっての!ヒャハハハハ!」

いや、
ダニエルらしい言葉か。
自覚した上で殺しまくってるんだからたちが悪すぎる。
たちが悪いことを自覚して殺してるんだからたちが悪すぎる。
自分がどんな人間か拝呈した上で行動しているのだからたちが悪すぎる。
クズは開き直れ。
まぁアレックスも強くは言えない。
それは違った形でだが、自分自身もそうだからだ。

「・・・・っせぇ!てめぇ!」

シドはガムを吐き捨て、
両手にトランプを取り出した。
一枚ずつ。
やはりあれが武器なのか。

「ヒャハハ!こえーこえー!」

踊るようにダニエルが逃げる。

「無意識に人殺すけどよぉ!自分の意思で人殺しもできるわな!
 無意識に呼吸してても意識的に呼吸することはできるもんなぁ!!」

「てめぇ・・・ぶっ殺すぞ!」

「ぶっ殺すぞ!ヒャハハ!いい言葉だ!殺し屋が使う言葉じゃねぇけどよぉ!
 殺人鬼ならドンドン使っていい!お前は殺人鬼だよ!殺人鬼だ!ヒャハハハハ!」
「てめっダニエル!」
「無駄に挑発しないでください!」
「いいよ別に」

ダニエルがやらかした事態の中、
ツバメが言う。
言い、
一人、
前に出た。

「うちがやるよ」

「ん?何?姉ちゃん」

「ツバメ=シシドウ」

「え?もっかしてツバサの兄弟か?」

「そういう事」

「それいいな!」

シドは嬉しそうに、
無邪気に笑う。

「なら僕の事よく分かってくれそうじゃねぇか!理解のあるフレンドは欲しいと思ってたんだ!
 しかも可愛い女の子!な!あんた僕とフレンドになってくれよ」

「残念だけど無理だねぇ」

ツバメはダガーを構える。

「あんたはシシドウの中のシシドウ。
 あんたを倒せば、それはシシドウの呪縛から逃れる一つの道になりえるんだ」

それを聞くと、
シドは哀しそうな表情をした。

「僕を殺したいって事か?」

「そういうことだね」

「フレンドになってくんねぇのか?」

「そういうことだね」

「・・・・・・・」

それは本当に哀しそうな表情だった。
またか。
そんな表情。
ただ友達が欲しいだけなのに・・・。
そんな無垢な表情だった。

「ならしょうがないな」

シドは、
両手の指に挟んだトランプを立てた。

「殺って欲しいなら殺ってやるよ」

こんな事したくないのに。
そんな顔。

「来な」
「お、おいツバメ・・・」
「ツバメ。それならば拙者がやるぞ」
「うちにやらせてくれ」

ツバメの決意は固いようだった。

対峙するツバメ。
シド。
ツバメ=シシドウ。
シド=シシドウ。
殺すための家系。
殺しの呪縛から逃れたいツバメ。
その家系の申し子。
殺したくなくとも抜け出せない呪縛を持つシド。
二人が対峙する。

勝負は・・・・

一瞬でついた。

「覚悟しなっ!!」

ツバメが飛び出す。
走りこむ。
速い。
ツバメのポリシーの一つ。
"一つ"
一撃にかける。
たった一撃にかける。
それだけの行動。

「儚きかな・・・・」

突っ立つように、
シドは動かない。
動かない。
そう思うと・・・
ツバメが射程内に入った瞬間、

「人生」

動いた。
動いた?
見えない。
手が消えたかのようだった。
高速で動いているのだろう。
トランプという刃物。
それを持つ両手。
刹那での切り刻み。
一瞬で相手をバラバラにする凶速。

「あれ?」

だが、
目の前にツバメの姿はなかった。

「お呼びじゃないよ」

背後。
シドの背後。
ラウンドバック。

「一撃でいい。一撃あれば・・・それでいいんだ!」

そして・・・
突き刺した。
シドの背中に。
深々と、
ダガーを突き刺す。
血が吹き出る。
一撃。
ただそれだけでいい。
この一撃だけに・・・
全てを・・・・

「なっ!?」

ツバメは目を見開いた。

「なんだいこれ!?」

シドの背中にダガーを突き刺したはずだった。
しかし、
それはシドではなかった。
モンスター?
守護動物?
わけのわからないものがそこにはあった。
理解がしがたかった。

「ちょ!?何!?なんなんだい!」

分からない。
自分はシドの背中を貫いたはずだ。
なのに何故モンスターを貫いている。
何故目の前にモンスターがいる。
それらの答えなど教えてもらえないかのように、
そのモンスター。
ツバメが突き刺したモンスターは、
血を噴出したあと、
突然・・・・・

トランプの塊になってしまった。

モンスターの質量分のトランプが、
バサバサと地面に落ちる。

「プロフィットの能力だぜ」

背後から声が聞こえる。
聞こえた気がした。

「カードには様々な能力がある。殺傷能力はもちろん。属性魔法。
 治癒を初め、命中、速度など僕の能力をあげるもの。そして召還」

驚きで反応できなかった。
見たこともない戦い。
あまりに魔術的で、
あまりにも奇術的で、
知りえない職業。

「まぁいいや。バイバイ。寂しくなるよ。ディアフレンド」

本当に哀しそうな声が背後で聞こえたのが最後だった。
シドのトランプが舞う。
両手のトランプが切り刻む。
そして・・・

バラバラになった。

「・・・・・」

痛くない。
なんだ。
よくわからない。
とにかく・・・
自分は死んだのか?
いや、
死んでないのか?
思い出すように、
ツバメは背後を振り向いた。

「背後に気をつけろと言ったはずだ」

そこには、
たった一人の兄がいた。

「え・・・・」

状況が飲み込めないツバメに、
無表情な兄は笑った。

「なんで・・・お兄ちゃん」

「なんで?なんでなんだろうな」

ツバサは間違いなく笑った。

「片腕を切り落とされて、硬質化ではもうもたなくなった。
 限界というやつか。なんにしろ、俺はもうすぐ死ぬ運命にあったらしい」

ツバメが触れると、
ツバサの体はその能力で硬質化していた。
全身を硬質化していた。
それで、
バラバラになった体を繋ぎとめているらしい。

「俺はいつの間にか死を約束されてしまっていたらしい。
 腕一本で死が決まるなど・・・・ふん。人間はなんてモロい生き物なのだろう」

兄は、
兄としてそこにいた。

「死を始めよう。それが口癖のようになっていたが、死を受け止めると・・・それは終わりでしかなかった。
 ・・・・だが、俺が死ぬのならば、残るのはお前だ。それに気付いたらこうしていた」

死を受け入れたのちの行動。
それは、
殺化ラウンドアタック。
それでツバメの・・・
いや、
妹の背後に回って身代わりになる。
そんな行動だった。

「受け入れてみるとスッキリするものだ。考えが180度変わった感じだ。
 いや、俺は180度も変わる考えがなかったのだろう。
 後ろばかり見て、前を見る勇気がなかった。だから俺はここまでだ。
 過去だけ見た人生。そして死ぬ。それでいい。それ以上は俺には怖い」

ツバサの手が、
ツバメの肩に添えられる。

「過去を怖がるなツバメ。背負ってくれ。背後を背負え。俺ごとだ。
 過去は俺のためにあったが、未来はお前のためにある。
 俺達のシシドウ。生き残ったのはお前だ。俺達兄弟の死を全て背負ってくれ」
「・・・・・」
「俺は前を見たくない臆病者だ。一足先にシシドウの・・・死の呪縛から降りる」

そして・・・

「俺の死から・・・初めてくれ。俺の妹」

兄は、
ツバサ=シシドウは、
そこで崩れ去った。
ただの肉塊になり、
バラバラに崩れ去った。

「お兄・・・・ちゃん」

「お・・・おいツバサ!おい!!」

殺した本人。
シドも泣くように叫んでいた。

「てめぇ!僕のフレンド候補だろ!勝手に死ぬなおい!
 僕は殺したくて殺したんじゃねぇんだ!死ぬなよ!フレンドになってくれよ!」

分からない。
この死。
シシドウがシシドウを殺した。
シシドウのためにシシドウが死んだ。
これはなんの死なんだ?
殺した方も望んでいない。
残された方も望んでいない。
そして殺された方も望んでは居なかっただろう。
なんだその死は。
なんなんだ。
だが・・・
無駄な死などあってはいけない。
そう、
最後にツバサは思い、
託した。
ツバメに託した。
ならば・・・
ならば・・・・・


「くっ・・・」

一つ足音が聞こえた。
走る足音。
その足音は・・・・
スザクのものだった。

「もたもたすんなシド!!!」

スザクは、
闘技場の真ん中を突っ走っていた。

「え・・・」

「逃げんだよ!決まってんだろ!」

一目散という言葉が合っている。
スザクはなりふり構わず、
闘技場を横断するように突っ走っていた。

「ギルヴァング隊長も居ねぇ!ツバサまで死んじまいやがった!
 もう無理に決まってんだろが!任務は十分に達しただろ!だから逃げんだよ!
 53部隊はほんと少数しかいねぇんだぞ!これ以上被害出すわけにはいかねぇ!」

「え・・・あ・・・」

戸惑うシドを置き去りに、
とっととスザクは入り口まで走りこんでいた。

「戦闘でゲートも使い物にならなくなっちまってやがった!だから走って逃げんぞ!
 さっさと来い副部隊長!っつっても10m後ろに来いよ!俺は殺すなよ!」

そしてスザクの姿は闘技場から無くなった。

「ま、待てって!」

シドを思いついたように走り出す。
入り口へと走っていく。

「・・・・・・」

入り口の前で一度立ち止まり、
シドはツバサの死体の方を見た。
何も言わなかったが、
その表情。
一番の害厄。
張本人であるのに、
その表情は誰よりも哀しそうで、
泣いているよう。
いや、
実際涙を浮かべていた。

そしてシドも姿を消し。

闘技場から53部隊の姿は無くなった。

「・・・・・・・」

全体に沈黙が流れた。
どれくらい時間が立っただろう。
言い出し、
行動したのはロウマだった。

「帰るぞ」

誰も何も異論はなかった。

「アクセルの倅」

立ち去る前に、
ロウマが一度止まり、
アレックスの方も見ずに話しかけた。

「・・・・・・・・はい」

「強き者。弱き者。お前はそれを有耶無耶にするほどの力を持っているが、
 それでもこの世はたった二つだ。多くのものは勝者と敗者、または強者と弱者というだろう。
 だが実際は違う。戦う者と戦わない者だ。その二つはあまりにも違う」

そしてロウマは、
矛盾のマントを靡かせ、
入り口へと向かいながら言い残した。

「今回の件でこのロウマはお前を戦う者だと判断した。
 ならば前へ進め。そこで誇り高く死んでいった者が言ったようにな」

ツバサの事だろう。
敗者にも弱者にも敬意を表する最強。
違うか。
今言ってばかりだ。
戦う者だったから。
それだけだろう。
そしてロウマも姿を消し、
それを追う様に44部隊の面々も姿を消していった。

「それでも・・・また会う事になるよ。アレックス部隊長」

名残惜しそうにアレックスを離れていったスミレコ。
彼女が言った言葉。
当然だった。
切っても切れない。
切り離せるわけが無い。
どうやったってまた戦う事になるだろう。
ならば、
戦わなければならない。
全てに妥協して生きようとも、
今、
この戦いにおいて、それだけは捨てるわけにはいかない。

「じゃぁな。てめぇら」

当たり前のようについていくメッツの姿。
ドジャーは、
その背中に声をかけないではいられなかった。

「・・・・戻ってくる気はねぇのか」

「・・・・・」

背中を向けたメッツ。
彼は彼らしい返事だけを残した。

「気が向いたらな」

そう言ってくれたが、
その背中は離れていった。
・・・。
また戦う事になるだろう。
切り離せるわけが無いのだから。

「・・・・・」

イスカが立ち尽くすツバメに近づいた。
それに気付いたのか、
ツバメはイスカに聞いた。

「イスカ嬢・・・」
「なんだ」
「人の気持ちなんてこんな簡単に変わるものなんだねぇ・・・・」

自分の兄の事か。
受け入れられないような豹変。
だが、
受け入れたいその気持ち。

「変わる心とは、つまり変えたい心という事だ」
「うちは今の心のまま真っ直ぐ生きていきたい。前だけ向いて・・・一本道を・・・・」
「拙者も同じだ」
「でも、なんで過去はこんなに重いんだろうねぇ・・・。
 リュウの親っさん・・・トラジ・・・シシオ・・・お兄ちゃん・・・背負うものだけ増えていく」
「過去は増え続けるものだ。そして・・・未来は減り続けるものだ」
「減り続ける未来をうちは見ていきたいのかな」
「未来など所詮暗闇だ。何一つ見えぬ。ハッキリと見えるのは過去だけだ。
 暗闇を歩け。そして未来という暗闇を真っ直ぐ歩きたいのだろう?なら過去が目印だ。
 今まで歩んできた道。過去から目を反らしては真っ直ぐ進めない。後ろだけが道標なのだから」
「・・・・」

歩き続ける道。
いろいろなものだけが落ちていく。
どうでもいいもの、
そして大切なもの。
だが拾うわけにはいかない。
立ち止まるわけにもいかないから。
後戻りをするわけにもいかないから。
ただ、
目に刻み、
頭に刻み。
背中に背負っていくしかない。

だが、
過去に落としてきたもの。
後ろを振り向けばそれは見える。
それは真っ直ぐ落ちているはずだ。
ならばそのまま前を見て、
真っ直ぐ進んでいけばいい。
過去に無駄などない。

後ろを見て、
前へ進め。

兄はそう教えてくれた。


死という目印を残して。







































誰も居なくなった闘技場。
壁から地面。
リングにいたるまで、
至る所がボロボロに崩れ、
ここまでの戦いの激しさを物語っていた。

そこに、
今更足を運ぶ者達がいた。

「す、凄いね・・・どんな奴らが戦ってたんだか・・・」
「想像がつかないでヤンス・・・」

バンビとピンキッドは、
あたりをキョロキョロと怯えるように見ながら、
歩いていた。

「怖がらなくてもいいさぁー。ここにもう敵はいないぜパイレーツガール?」

シャークは、
気楽な表情で細長い手を広げた。

「ぼ、ぼくは怖がってないよ!ちょっと凄い景色だなぁって思っただけで・・・」
「じゃぁ後ろに隠れないで欲しいでヤンス・・・・」
「ぼ、ぼくを守るのが部下の役目だろ!」
「・・・・・・」

バンビ。
ピンキッド。
シャーク。

何故こんな組み合わせで、
何故こんな場所にいるのか。
その答えたる人物が、
先頭を歩いていた。

「静かにしろ」

それは、
あまりに小さく、
あまりにも弱い生物だった。
小さな小さなモンスター。
チェスターの忘れ形見。
チェチェという名を授かったワイキベベだった。

「怒るなってデムピアス。こんな場所ならレディーのハートもブレイクするさぁー」

「お前も十分にやかましい。昔から変わっていない」

「そりゃないぜー」

デムピアス案内人。
シャーク。
そして、
デムピアスの血をひいていると言われる、ピッツバーグ海賊団の現船長。
バンビ。
その子分ピンキッド。
それら3人を率いていたのは、
正真正銘の・・・
デムピアスだった。

「で・・・で?こんなところに何の用なわけ?」
「それは聞きたいでヤンスね」

「黙ってついてこればいい」

「そんな言い方ないじゃない!ぼくらの海賊団はまだあんたについてくって決めたわけじゃない!
 あんたがデムピアスだとまだ確信できないんだからね!」

「ふん。俺を利用しようとついてきているだけだろう」

「そうさ!ぼくが一人前の海賊になるためにあんたを利用するだけさ!
 ぼくが半人前なのは自覚してる!だからあんたの下で・・・デムピアスの下でデムピアスに・・・」

「グダグダ言うな。聞き飽きた」

「聞き飽きたぁ!?ぼくの夢と野望をそんな風に・・・」
「バンビさん落ち着いて!」
「落ち着けバンビーナガール!クールにハートをシェイクするんだぜぇー!」
「バンビーナって言うな!!」

シャークとピンキッドが必死にバンビを取り押さえている中、
小さき魔王。
デムピアスは小さく呟いた。

「夢・・・か」

夢。
人間が口にする夢。
それを思い起こすと、
そこにはチェスターしかいない。
興味を持ってチェスターに近づいたわけではないが、
気付けばチェスターの虜だった。
海の王で、
魔物の王たるものが、
たった一人に人間に感化されていた。
そして、
それも悪くないと思っていた。
そして・・・
人間に憧れるようにさえなっていた。

「デムピアス!!おい聞いてるの?デムピアス」

「・・・・人間もいろいろだな」

そして、
小さき王は、
リングの中央付近で立ち止まった。
そこにはバラバラになった死体があった。

「小娘。信用できないならば、信用させてやる」

「え?」

「俺はこの体を捨てる。俺はもう一度やり直すのだ」

デムピアス。
その小さき体の周りには、
死体の破片。
一見したら、
何が落ちているのか分からない。
それほどの破片だった。

「俺達の要塞が何で出来ているか。そして・・・その部下がどういうものか知っているか?」

「え?えっと・・・」
「ビッグタトラー!チャウ!テュニを初め!機械ばかりでヤンス」

「そちらのピンキオの方がまだ物分りがいいようだな。
 そうだ。俺の管轄には必ずしも機械というものがある」

デムピアスは、
思うふけるように立ち尽くしていた。
その、
あまりにも小さな体で。

「そして・・・俺は、必ず人になろうと考えていた」

「ならぼくの体を使えよ!」

バンビが胸を張り、
親指で自分を指差す。

「取り込んでやるから乗っ取ってみろよ!」

「無理だ」

「へ?」

「力を戻すため、この体の中で蓄えていたが、まだ足りない。だが時も足りない。
 生きた人間一人の体を乗っ取るなど、今の俺には出来ないのだ」

「・・・・あらま。海賊王デムピアスが聞いて呆れるわね」

「だが、ようやく人になる時が来たようだ」

「どういう事だぁーい?デムピアス」

シャークが両手を広げて聞く。

「この者の死骸を使う」

その死骸。
バラバラの破片になった死骸。
それは・・・
エンツォのものだった。

「ルアス城で目にしたときから・・・こいつしかいないと思った。
 半分機械の体。そして・・・潮の血。こいつはルケシオン出身なのだろう」

デムピアスの能力管轄。
機械。
そして、
ルケシオンの潮の血。
それを両方持っているエンツォの体は、
まさに打ってつけだった。

「だが、生きた体を乗っ取る力はない。だが・・・死んだ体ならば・・・可能だ」

小さきデムピアスは、
エンツォの破片の一つに手を伸ばす。

「・・・いい頃合だ。魂は完全に抜け出ている。前の持ち主の意思のカケラもない。
 言うならば、これはただの肉片だ。ただの人のパーツにすぎない」

「死んだ体なんかで大丈夫なのかぁーぃ?」

「死んだ体でないと、前の宿主の魂が残る。デムピアスに戻るならば、俺が俺でなければならない。
 そしてコレはまだ死んでばかりの死骸だ。まだ生命活動を再利用できる範囲だ」

魂を残すわけにはいかない。
だが、
死体としても、
生命活動ができないような死体ではいけない。
死んで間もない死体。
もうエンツォのカケラも残っていない、
ただの肉塊。
それが必要だった。

「始めるか」

唐突に、
デムピアスの体が輝き出す。
それと連動し、
デムピアスはエンツォのカケラの一つに手を伸ばし、
その肉塊もが輝き出した。

「う、うわ!何!?」
「何でヤンスか!?」
「気味が悪いねぇーぃ・・・」

そう思うのも無理はない。
デムピアスと、
その一つの肉塊を中心に・・・・・
他の肉塊が動き出した。
まるで引き寄せられるかのように、
肉塊が、
体の破片が集まっていく。

まるで一つ一つが生きているかのよう。
肉。
そして、
機械のパーツ。
それらの全て。
髪の毛一本からネジの一本にいたるまで、
全てがデムピアスへと導かれていく。

「・・・・・・」

チェチェの体が倒れた。
デムピアスが抜けたのか。
だが、
肉片の収集は終わらない。
肉、
機械。
エンツォを形成していた全てが、
一箇所に集まっていく。
そして、
グネグネと絡み合い、
交じり合い、
混ざり合い、
くっつき合い、

モノによっては色を変え、
モノによっては形を変え、
だが、
全てが一つになっていく。

鉄と肉が、粘土のように混ざり合って同化し、形を作っている。

そして・・・・

「上々か」

そこに・・・・
デムピアスが完成した。

「あれま・・・」
「凄いでヤンスね・・・」
「昔の姿と全然違うけどねぇーぃ」

完成したデムピアス。
それは昔のデムピアスと違う姿で、
なおかつもちろん、
エンツォの姿とも違った。
肉と機械が絡み合って形成されていた体。

「ふん。格好くらいは昔と同じにするか」

デムピアスがそう言うと、
突如、
デムピアスに光が包み込む。
首から下。
魔術によって服装が出来上がった。

それはどう見てもチェスターの服装を模して作られていた。
修道士の・・・モンクバディ。
それが黒色に染められたような服装だった。

そしてその上に、
紫色のローブが包み込んだ。
デムピアスのローブ。
紫のローブをマントのように羽織う。

「やはり邪を司る俺には黒と紫がお似合いだ。
 チェスター(ヒーロー)にはまだ遠い。ダークヒーローといった所か」

そんな言葉も、
恥ずかしげもなく言えた。

「感化されすぎたな。だが心地いい」

そしてその体。

・・・・人。

そう呼ぶには少々ツラいものがあった。

だが遠目に見れば人にしか見えないかもしれない。

機械と人の体が交じり合った体。
それが同化した体。

「もうちょっと肌に似せた方がいいか」

デムピアスがそう言い、
少し念じただけで、
より、あたかも人間のような顔色に変化した。

「人の肌は温かみがあっていい。さらに欲しくなる」

もうどう見ても人間の顔だが、
目の下。
そこにデムピアス特有の紫のクマが形成されている。

だが、
髪だけは機械の人間の同化がありありと見て取れた。
エンツォの白い髪に混じり、
鉄、電源コードのようなものやパイプや管などが交じり合い、
白と灰色と銀色が混ざる、機械のドレッドヘアーのようになっていた。

「なんだかゴチャゴチャしてよく分からないけど」
「機械人間ってことでヤンスね」

全身を、
肉と鉄を粘土のように捏ねて作り上げた体。
そんな感じだった。

「まぁ確かに遠目に見れば人にしか見えないねぇ〜」

「所詮模造だ。形などいつでも変えられる。明日にはまた輪郭が変わっているかもな」

「げ、分かるようにしといてよ・・・」

「こんな鉄の肌の混じった白灰色の体。見間違えるならお前らが馬鹿だ」

「・・・・いちいち感に触るわね」

「何か言ったか小娘」

「!?」

突如、
デムピアスの右腕。
それが・・・
伸びた。
伸びたというよりは、
鉄と肌が絡み合って腕を伸ばしたと言った方がいいか。
機械。
肉。
コードやパイプのような形状と肉が絡み合い、
デムピアスの腕がバンビの首に絡みついた。

「う・・・ぐ・・・・・」

「軽々しい口をきくな。俺は・・・海賊王デムピアスだぞ」

デムピアスはバンビの首から手を離した。
手と呼べないような形状だったが、
それは収まり、
元の5本指の腕に戻った。

「・・・・・で、どうするんだデムピアス」

「決まっている。・・・・・チェスターの仇をとる」

「帝国を狙うって事でヤンスね」
「・・・・けほっ・・・ちょっと待ってよ!じゃぁギルドの連中の仲間になるの!?
 イヤよ!ぼく大口切ってきたし!ツヴァイの居る所になんていられないわ!」

「あんな奴らとツルむつもりなど毛頭ない。俺達は俺達でやる」

帝国にも属さず、
その反発組織にも属さない。
2分された勢力。
そのどちらにも属さない。

「ヘイ。あんたの部下の魔物と、ピッツバーグ海賊団で一つの組織を作るって事かぁーぃ?」

「そういう事だ」

「OK。《デムピアス海賊団》ってわけだねぇーぃ。応援するぜぇーぃ。
 ピッツバーグ海賊団自体が人間と魔物の混合っていう特殊なギルドだ。
 俺は人の魔物の隔たりを失くしたいからねぇーぃ。人と魔物はきっと分かり合える」

「求めるものはそれぞれでいい。俺についてこればそれでいい」

そして、
そのデムピアスの足元。
そこで、
小さな命が目を覚ました。

「・・・・・・・ウキ?」

チェチェ。
デムピアスの魂が離れ、
完全に元に戻ったチェチェ。
周りを見渡す。
彼は彼なりにその目でここまでを見てきた。
そして、
目の前にいる者が何かも分かっている。

「・・・・・ウキ!」

チェチェは、
その小さな体で、
デムピアスの体を飛ぶようによじ登り、
デムピアスの肩へと乗った。

「・・・・そうか。お前も同じ意志か」

「ウキ!」

「なら行こうかチェチェ。共にチェスターの仇を討ちに。
 魔・機・水・力・富・術・群。俺は7つの海を制した海賊王デムピアスだ。
 地と天、そして人をも求め、さらに漕ぎ出そう。潮の風は俺に吹いている」






































「ロウが思った以上に動いたようだな」

王座に足を組んで座るアインハルト。
横にはロゼが寄り添う。
何も変わらない。
何も変わらない姿。

世界がどうなろうが、
どんな人間がどんな哀しみを受けていようが、
何も関係なく、
我がためだけに生きる人間は変わらない。

ピルゲンは、
絶対の存在に忠誠を尽くした声を発する。

「はいディアモンド様。44部隊をほぼ総動員したようでございます」

「面白いじゃないか」

アインハルトは、
傍に寄り添うロゼに手を伸ばし、
ワイングラスのようにその顎に手を添える。

「ロゼ。どう思う」

「・・・・なんでしょう。アイン様・・・・」

「我は完成されている故、何も変わらないが、人は動く。人は変わる。
 カス共はもがく様に必死に動く。それは終わっていく散り様のようだ」

「・・・皆、あなた様のような"1"・・・絶対なる存在にはなれない・・・・だからあがくのです」

「カス共らしい。だがお前は変わらないな」

「私はあなたの逆だから・・・・"絶対の逆もまた変わらない"」

「お前には期待している。ロゼ(Roze)。棘無き薔薇よ」

「う・・・」

アインハルトは、
当たり前のようにロゼの首を片手で締め上げる。
人形を壊すかのように。
玩具を破壊するかのように。
そして、
またロゼも嬉しそうに苦しんだ。

「ディアモンド様。ですが今回の件。少々問題ではないでしょうか。
 ギルヴァング殿にしても燻(XO)殿にしてもロウマ殿にしても、勝手が過ぎます。
 44部隊と53部隊以外は飛びぬけた力を持った人間兵は居ないも同然でございます。
 ジャンヌダルキエル殿の天使部隊も失った今、彼ら戦力が無駄に削れるのは・・・・」

「玩具は所詮消耗品だ」

アインハルトは、
捨て放るようにロゼを突き放した。

「我が欲しいのは壊れぬ玩具。絶対の忠誠を尽くす完璧な駒だ」

思い通りにならんものなど、
ただの玩具。
全ては思い通りになればいい。
たった一人。
絶対。
アインハルト=ディアモンド=ハークスという、
たった一人のわがままで遊ばれればいい。

「それにロウが動くのは面白い。きっと奴は壊れるだろう。昔のようにな。
 ふん。それは奴の望みでもあるだろうからな。壊れるところを見てみたいものだ」

「ディアモンド様の望みであればそれでよろしいかと」

「ふん」

「そして例の件ですが」

ピルゲンは、
ヒゲを片手で整えながら話し始めた。

「近々始めようと思います。私ピルゲン=ブラフォード。
 私の悪魔部隊と帝国の過半数を占める魔物の部隊。それによる総攻撃を」

「好きにやれ」

帝国アルガルド騎士団。
精鋭53部隊と44部隊を除くと、

人間の部隊。
天使の部隊。
悪魔の部隊。
そして魔物の部隊。

人間の部隊は頭合わせのような集でしかない。
人間兵の中の精鋭2000人はアレックスのせいで全滅させられた。

天使の部隊も同じ。
ジャンヌダルキエルを失い、
それでも従うのは極少数。
部隊としてさえ成り立たない。

実際動けるのは、
ピルゲン率いる悪魔部隊と、
魔物の部隊だった。

「ですが、悪魔部隊は私の管理下とはいえ、多いとは言えない数です。
 実質、帝国アルガルド騎士団の戦力大多数は、現在魔物と言えます」

「そうだな」

「恐縮でございますが、魔物は私の手には負えません。
 奴らは烏合の集。根本的に言語の通じない者もいれば、強制も難しい。
 奴らもまた、ディアモンド様に恐怖し従っているだけ。
 魔物・・・・あの1万の野獣達を引き連れるのは私程度には・・・・・」

「2万だ」

「・・・・・・1万でさえ部隊としてまとめあげるには多い数でございます。
 参加させるだけでも1万。その内統率できるのは半分にも満ちません」

「まとめあげる者がいればいいのだろう」

「・・・・ですが、デムピアスを引き込む作戦は失敗に終わりました。
 魔物をまとめあげるには魔物のカリスマが必要でございます」

「すでに用意してある。まとめあげる者がいれば2万は動くだろう」

「・・・・はっ?・・・」

デムピアスを引き込めなかった今、
絶騎将軍(ジャガーノート)として機能できる魔物がいるというのか?

「・・・・・まさか。カプリコ三騎士でございますか?
 確かに奴らは生きる伝説。魔物共も従いますでしょうが・・・・」

「三騎士か。確かに奴らなら三匹でロウマと同等程度の力を持つ。
 それなら絶騎将軍(ジャガーノート)として十分だろう。
 だが、それならばその程度の者を他に用意すればいい。それだけだ」

「ロウマ殿と同等の力?三騎士ほどの力を持った者がいると・・・・」

「ロウマ同様、単体で三騎士に渡り合った男だ。・・・・・・・・・入れ」

すると、
王座の間。
その扉が開かれる。
その男は、
ゆっくりと王座へと足を踏み入れた。

「・・・・・・こんな者が・・・・」

こんな者がロウマや三騎士と同等の力を持つというのか。
魔物の中でも下の下ではないか。
だが、
その小さき体は、
威風堂々と赤い絨毯を歩いてくる。

「今を持って、お前を絶騎将軍(ジャガーノート)に任命する。
 ピルゲンと共に、悪魔と魔物を率い、カス共に剣を振るえ」

「・・・・・どうせ捨て駒なんだろ?」

「分かっているではないか」

「オツムの出来が違うんでね。だがいいだろう。思い通りになってやる。
 だが気に食わないから、貴様の思い通りに捨て駒になると思うなよ」

「ふん。口だけが達者じゃないところを見せてみろ」

「・・・・・」

その者。
その魔物は、
小さき体で片膝を突き、
片拳を地に付き、
マントを地に下ろした。
頭を垂れる、ピンクの肌。
ピンと伸びた両耳。
魔物であるのにマントを羽織い、赤茶の剣を携える男。
新しき魔物の王。
新しき魔物の頂点。

「我が力になれ。『ノカン将軍』、ケビン=ノカン」

「ノカンの未来のためならば、おおせのままに」


ギルド、
帝国、
第3勢力デムピアス。

その全てに、役者は揃い、
あとは減るだけ。
揃った役者は消えていくだけ。

手始めに、
悪魔と魔物。
邪なる2万が人を食らう。


未来は必ず減っていく道。


終わりは必ず近づいていく。






誰が願わずとも。




















*ケビンはSOAD外伝「ノカンVSカプリコ大戦」の登場キャラです。
不都合のないように進めるつもりですが、目を通してくれるとより楽しんでもらえるかもしれません。


                 






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