会話ってのは苦手だった。

特徴:根暗。
人一倍高い身長をしていながら、
言葉はすべて下から出てくる。
コミュニケーション能力は下の下。
雇ってもらえる仕事なんて皆無。
そうしたら転がりに転がって・・・・極道になっていた。

だけど、
なのに、

世界の下の下が行き着く場所だと思っていた。
そんな場所。
そんな仕事。
そんな道。
それは・・・素晴らしいところだった。

言葉なんていらない。
心を見てくれる。
信念を見てくれる。
いや、
こんな自分の信念を作ってくれた。

根暗の根っこに光がさした。

俺はこの場所で生きよう。
俺はこの仕事を生き様にしよう。
俺はここの奴らと生きていこう。
俺はここの奴らを大切にしよう。
人のために。
新しい、
血の繋がってない、
義理、
そんな家族のために。

俺はなんでもしよう。

それが生き様。
それが筋。
それが道。

そしてそれが俺の仁義だ。

なら、
だから、

俺の行動に後悔はない。

ただ一つ。
後悔の逆。
死んでしまったのに楽しみな事。

聞いてみたい。

背筋を真っ直ぐ立て、
自信を持って、
小声でもなく、
消え入りそうな声でもなく、
ハッキリ、
真っ直ぐな声で・・・

天国で・・・・・


「トラジ、親っさん。俺の生き様はどうだった?」


彼らの笑顔の返事しか思い浮かばない。

後悔はない。


















「あ゙あああああああああああああああ!!!!!!!」

シシオの死体。
シシオの足首の前。

全力、
力いっぱい、
胸が破裂するんじゃないかというほど叫び、
泣き、
鳴き、
涙を飛ばし、

ツバメは歯を食いしばった。

「殺してやる・・・・殺してやる殺してやるコロシテヤルコロシテヤル!!!」

女の顔は崩れ、
獣のような形相で天を仰ぐツバメ。

「フゥー!フゥー!」

荒ぶる獣のように、
理性を忘れた野獣のように、
息を荒くするツバメ。
サングラスで表情は隠れているが、
頬は張り、
歯と歯が軋みあっていた。

「ツバメ!」
「落ち着け!」

「黙れ!!!シシオが死んだ!トラジが死んだ!!」

ドジャーの方を、
マリナの方を、
皆の方を、
ツバメは睨んだ。

「何故うちらばかりなんだ!うちの一家ばかりが死んでいく!
 家族なのに!仲間なのに!うちの大事な奴ばかりが死んでいく!」

そしてツバメは、
一番近くにいたマリナの胸倉を掴んだ。
掴んで顔を近づけ、
歯をギリギリと鳴らしながら睨む。
サングラス越しに、イッてしまったような目が見据える。

「あんたらが死ねばいいのに・・・・シシオでもトラジでもなく・・・あんたらが死ねばいいのに!!
 殺す!みんな殺してやる!あいつも天使も神様も!全部コロシテヤル!!!」

ツバメの怒れる感情。
ツバメのイカれる感情。
むきだしの、
闘争心でも悪意でもない・・・・殺意。
無差別の・・・
悪魔とも違う・・・無差別に全方向に向けられる殺意。

「シャークさん!」
「分かってるよボーイ!」

シャークがギターをかき鳴らす。
手首から腕全体、指をかき鳴らし。
弦を弾いて奏でるノイズ。

「ぐっ・・・・こしゃくな・・・・汚らわしい蛮族が・・・・」

空中。
ジャンヌダルキエルがひるむ。
両手に光を帯びていた。
それが歪む。
またホーリーフォースビームを放とうとしていた。
それをシャークがバードノイズで止める。

「チッ・・・それはオレらの耳にも不快だな」

言いながら、
ツヴァイは耳を防ごうともせず首を傾けた後、
バードノイズの不協和音でマリナから手を離したツバメに近寄る。

「おい女」

そしてツバメを突き飛ばした。

「・・・ッツ!」
「難しいとは思うが頭を冷やせ。おいアレックス」
「はい・・・・」

ツヴァイに突き飛ばされたツバメ。
アレックスはそれに近寄り、
十字を描いてから手を添える。
暖かい光がツバメに触れた。

「プレイドーンです。まぁ効果が少しズレてると思いますが・・・
 精神安定の応急処置くらいにはなると・・・・」

アレックスから光を浴びながら、
ツバメは顔をしかめたままだった。

「・・・・なんで・・・・なんで・・・・」

涙腺は緩んだままだった。
なんで。
ただなんでだと。
ツバメにとっては何もかもが理不尽で、
何もかもがズレていて、
結果・・・
なんで自分の仲間ばかりが。
・・・。
そんなやりきれない気持ちでいっぱいだった。

「・・・・もういい」

ツバメは逆にアレックスを軽く押し返す。

「そんなスペルでどうこうなるほど落ちぶれちゃいないよ。それに・・・・」

ツバメはダガーを握り締める。
強く。
強く。
自分の手に埋め込んでしまうほどに。

「少し煮えたぎってるくらいじゃないとね」

少しは落ち着いたか。
それでも、表情は強張ったままだった。

「チィ・・・・小賢しい低級種族共め」
「ジャンヌダルキエル様。あの新しく来たモンスターは思いもよらずやっかいだよ」
「分かってる」

シャークのバードノイズ。
即効性もあり、
範囲も申し分ない。
ここまで届くし、
こんな広がったアスガルドの地だからこそ、
逃げ場という逃げ場もない。

「あれほど広範囲のバードノイズを使える者がいるとは。あの効果範囲は異常とも言える。
 重んじてみるなら・・・あの攻撃は脅威だ。広範囲攻撃の中での効果率は最強だろう。
 ・・・・そうか。あれは確かデムピアスとかいう蛮族を捕らえるための・・・・」
「知ってたのかい?」
「ふん。確か"デムピアス案内人"とかいう、地下牢にぶちこんであった蛮族だ。
 デムピアスもその他の人間共にもわらわは興味がなかったから忘れていた。
 ・・・・我が主アインハルト様の下には・・・・・優等なる神族だけがいればいい!」

シャークの存在。
それは予想外に効果的だったようだ。
攻撃が届く。
それだけでも大きな違い。

「どうする・・・シャークを中心に攻めるか?」
「っていうかそれくらいしか効果的な方法はないですね」
「いやぁ〜、あんまり期待されても悪いんだぜぇーぃ」

シャークが細長い両手を広げながら言う。

「さすがに俺のバードノイズでも、やつにダメージを与えるほどには至らないぜぇーぃ。
 ちょっと遠すぎるって事だねぇーぃ。怯ませるくらいしかできないなぁー」
「届かせろ」
「なんとか効果範囲は広げれないんですか?」
「音量上げたビッグノイズのソニックストームな感じにしろって事かぁーぃ?」
「だな」
「無理だねぇーぃ。今やってるのはバードノイズの中でも高音の部類さぁー。
 高音なら効果範囲が伸びるけど威力が落ちるんだぜぇーぃ」
「チッ・・・」
「逆に届く範囲でギリギリまで低音にできねぇのか?」
「重低音のがズッシリとダメージになるわけでしょ?」
「近くに居るベイビー達からブラッドがエクスプロージョンしてもいいならねぇーぃ」

なるほど。
加減をしていてくれたのか。
シャークのバードノイズ。
攻撃範囲は驚異的なものだが、
その欠点は"完全に無差別"という事だ。
音。
音による攻撃だからこその欠点。
だから近くにいるアレックス達もろとも・・・という事だ。
シャークは加減した。
アレックス達も、
そしてジャンヌダルキエルとエクスポにも、
"怯ませる"。
ダメージを与えるのでなく、
その程度の攻撃にとどめた。

「ま、どっちにしろ距離的にバードノイズで倒す事は無理だってことか」
「振り出し・・・とは言いませんが」
「また行き止まりだな」
「うちがやる」

ツバメが言った。

「・・・女。ダガー一本しか持っていないように見えるが?」
「一本。一本だからいいんだよ。一つに賭けるから・・・
 親っさんが信じてくれたこの"筋"があるから・・・・」
「よく分からないですが・・・」
「やるっつったら責任はとっとけ」
「なめんじゃないよ。トラジの分も・・・シシオの分も・・・・」

殺意。
それを込める。
それは少しツバメが違う者に見えた。

「シャークさん」
「なんだい?」
「"レクイエム"の件ですが・・・・」
「同じ事だぜぇーぃ。それどころか範囲自体は無いと思ってくれた方がいい。
 どうにか引きずり落としてくれないと試しようさえないねぇーぃ」
「ですよね・・・・」

「愚族共」

天。
遥か空中。
ジャンヌダルキエルが声を落としてくる。
見下してくる。

「劣等種族がどれだけ考え工夫したところで・・・それは劣等しか産まれない。
 虫がどれだけ考えたところで哺乳類を殺せないように。
 哺乳類がどれだけ考えたところで、お前達哺乳類の長、人間を殺せないように。
 そして・・・全ての種族がどれだけ考えたところで神は殺せない」

いい放つ。
ジャンヌダルキエル。
殺せない?
馬鹿にするな。
すでに神を何匹も殺してきた。
殺せる。
出来ないなんてことはない。
だが、
それ以上にジャンヌダルキエルの力はズバ抜けている。

「人は神に劣ると言いたいのか。女神よ」

ツヴァイは冷静に言い放つ。
それに対し、

「フッ・・・」

ジャンウダルキエルは笑う。

「フッ・・・アッハハハハハハハハハ!!!」

笑い、
堪えきれないように笑う。
笑いつくす。
笑い下す。

「アハハ!くだらない!くだらな過ぎてあまりに汚らわしい!
 神と人の差も分からぬか愚族共!そのあまりの差さえも分からぬか!?
 神は全ての頂点。それであり続け、それに過ぎなく、そうあるべきなのだ。
 "主従"。そう言っても過言でなく、それに過ぎず、そうあるがままなのだ」

ジャンヌダルキエルは翼を大きく広げ、
手をゆっくりと広げ、
人のモノではない、
美しい、
神々しい、
至上の顔を歪ませて言う。

「貴様ら人間など、わらわ達神によって作られ、神によって育成された玩具にすぎん。
 ミッドガルド(マイソシア)に放し飼いにした下級種族でしかない。
 いや・・・・"家畜"だな。家畜生。臭い、汚らわしい、汚物、人畜、量産物!
 人間如きが土の上などで井の中の馬鹿者のように、世界の長が如く我が物面。
 そんな愚かで汚らわしい思いをさせてやったのは誰だ?ふん。我ら神だ!」

「立場をわきまえろ」と言い、
ジャンヌダルキエルが拳を握る。

「貴様らは神によって造られ、作られ、創られ!放し飼いにされていたにすぎん!
 それさえも理解せずに世界の頂点に達していると思っている愚か者にすぎん!」

そしてその手の平を広げ、横に伸ばす。

「神の足元よりさらに下で、貴様らは地べたで這い回っていたにだけだ!
 愚かに殺し合い!汚らかに他生物を食し!微小な幸福を求め!
 独自で低能なルールを作り!それでも愚かに本能のまま交尾を求めて繁殖し!
 ハハッ!汚らしくて笑えるな!貴様らは神が見下ろす箱庭で生きていただけというのに!」

人間など、
神の、
神族の所有物でしかない、
ペット、
家畜でしかないと、
ただ見下し言い下す。

「豚という生物を知っているか」

ジャンヌダルキエルは美しい顔を愉悦に歪める。

「貴様らはそれだ」

豚。
ブタ。
なんの抵抗もなく、
なんの悪戯もなく、
ただ意のまま言い放つ。

「豚という生物はイノシシの仲間だ。勉強になったか?フフッ・・・
 イノシシ。奴らは奴らだけで繁栄できたろうか?縄張りを広げる事ができたろうか?
 無理だな。だが・・・・そこで人は偶然、イノシシから豚を作った。豚だ。作られた生態系。
 豚が野生で生息しているのを見たことがあるか?そういう事だ。豚とはそういうモノだ。
 食うため、人がただ食すためだけの量産生物。家畜だ。こういうモノを家畜という」

つまり、
それが人間。
神に対しての人間だと言いたいのか。

「人に食われるためだけに、毎日豚は豚のように食らい、豚のように寝、豚のように生きる。
 豚はそれだけのためにイノシシから退化させられ、量産され、養殖され、飼育される。
 だがそれは・・・成功だ。豚はそうやって生態系を増やした。世界有数の一種となった」

何が言いたい。
何を・・・

「つまりお前らは幸せだという事だ。神によって飼育され、増殖し、地上の頂点に立った。
 そしてそれはつまり・・・神の家畜でしかなく、神の所有物でしかなく、
 だからお前らが豚と同じく・・・・神によって殺されようが、神によって遊ばれようが、
 増やした豚を一匹消費するだけでしかない。神の手の平であり、神の自由。
 お前らの存在意義などその程度なのだ。"地上という豚小屋"。
 そこでお前らは好きに生きるがいい。汚らわしい幸せを育もうが、
 他の雑草、家畜を征服しようが、それでも生きようと交尾に勤しもうが勝手だ。・・・・だが」

冷たい、
生き物を、
生物を見る目でなく、
ただの家畜、
息をするだけのモノを見下しながら・・・・

「お前らはただ神の下僕であると理解しろ。家畜だと、量産物だと、そして豚だと。
 神と人とはそういう事だ。お前らはわらわ達にとってただの道具、オモチャ。消費物。
 神と人の差とは人と猿の差ではない。人と豚の差だ。"支配者と家畜"の差だ!」

容赦はなく、
理論はあり、
偏見ではなく、
事象だけがある。
滅茶苦茶で、
目茶苦茶で、
それでも小さな説得力と、
実際に存在している理屈を込められた審判。

「クソ食らえ」

ただドジャーは吐き棄てた。

「長っがい説明の後に出てきた結果はそんだけかよ。あん?
 カッ、好きに言え。・・・・・とは言ってやんねぇぞ腐れ神が!
 俺ぁ他人に好き勝手評価されるのは勘弁ならねぇ!
 先に決め付けられた結果なんかを提示してくる奴ぁ虫唾が走るんだ!」
「同感だ」

ツヴァイが一歩前に出て見上げる。

「神と人がなんだ。対峙しているのは"貴様とオレ達"だ。
 この間に支配者と家畜などという事柄がどこにある。
 オレがいつ貴様に餌を与えられた。オレがいつ貴様に支配された」
「つまり・・・」

アレックスが真剣な顔で言い放つ。

「結果なんてまだ何も出ていない・・・って事です」

そうだ。
好きに言え。
だが、適当な事言うんじゃない。
どれだけ言葉を並べられても、
どれだけ言葉を突きつけられても、

"これが真実だ"
・・・。
そんな言葉、即刻返却させてもらう。

「そうか」

ジャンヌダルキエルは笑った。

「確かにもう貴様らは言葉で何かを突きつけても絶望を得ないようだな」

「ふん」
「てめぇの説明が下手だからな」

「ならば結果を突きつけるまで」

ジャンヌダルキエルの広げた両手。
それが輝く。
光る。
聖なる、
神の、
希望の光。

「絶望をくれてやろう」

光が増す。
ジャンヌダルキエルの両手が眩しく輝く。
二つの白い太陽のように。
光が両手に収まりきらず、
世界に零れるように。

「ホーリーフォースビームが来るよ!」
「今までより大きそうね・・・」
「ふん。先ほどまでで1,3,5本と来たな」
「次はあの光の柱・・・・何本落としてくる気でしょうか・・・・」

ホーリーフォースビーム。
光の柱。
雷の如く、
流星の如く、
太く、
巨大で、
壮大な光の柱。
当たれば塵さえ残らない。

「まさか10本とか言わねぇよな・・・」

ドジャーは顔をしかめながら、
生唾をゴクリと飲んだ。
あの光の柱。
人をまるまる飲み込む眩い光の閃光。
あれが10本。
そんなもの・・・・

「20だ」

ジャンヌダルキエルは言い放ち、
愉悦に笑った。

「絶望をくれてやると言ったろう?次は20本落としてやろう」

「に・・・」
「20だと!?」

あの光の柱が20?
一撃必殺の・・・
確実死の・・・
殺戮光線が?

「ざけんなよ・・・」
「そんなの逃げ切れるの・・・?」

「フフッ・・・」

ジャンヌダルキエルは笑う。
見下し、
豚を見るような目で、
上から、
天(うえ)から、
人という存在の上から、
全ての種族という存在の上から、
何もかも、
どんな生物よりも優れ、
どんな種族よりも卓越し、
何よりも強大な神族。
その神族の中のさらに頂点から、
何もかも、
全ての頂点(うえ)から。

「ハハッ!!アハハハハ!!それは凄いね!それは絶望だよ!
 それは凄い最後が見れそうだね!みんな!みんな終わりだ!
 美しく消え去るんだ!華々しく!華麗に!哀しく!みんな死んじゃうね!」

エクスポが嬉しそうに飛び回る。
天使の羽を広げ、
人の死を楽しそうに期待する。
仲間の死を嬉しそうに期待する。
上から。
天(うえ)から。

「フウ=ジェルン。貴様も巻き込まれて死んでも知らんぞ」
「そーーれは嫌だね♪」

エクスポはくるりと空中を一回転旋回しながら、
ジャンヌダルキエルの傍へと付いた。

「さぁて・・・・」

ジャンヌダルキエルの手。
両手。
光に包まれ、
眩く光、
さらに増大していく光。

「放つ前にもう一つ、もう一度、言葉で絶望を与えてやろうか」

笑う。
上から。
天(うえ)から。
愉悦で、
ただ楽しむ、
ただ家畜を見て楽しむように。
そう、
ジャンヌダルキエルは言った。


「ホーリーフォースビームは最大で50本まで放てる」


「え・・」
「なっ!?」

体が固まった。
想像を遥かに超えた数字。
思考の上。
さらに上。
至高。
手の届かない、
範囲外。
規格外。
神。
神の長。
最強の一人。
絶騎将軍(ジャガーノート)

届かない・・・
いや、
手に負えない・・・
そんな存在。

「ハーーハッハッハッハッ!!!人間!汚らわしい人間よ!!
 理解が出来るというからこそ!中途半端に恐怖を感じられるからこそ!
 絶望を感じれるだろう!?絶望に!絶望に!絶望の彼方で身悶えろ!!!」

光がどんどんと増幅されていく。
ジャンヌダルキエルの両手。
今までより、
先ほどまでより、
大きく、
力強く。

「くそっ!!」
「少しづつ強力にしていって恐怖を演出したいってわけ!?」
「・・・・・なめんじゃないよ!」
「見たところ本数を増やす分、放つまでの時間がかかっています。
 やるなら今しかありません・・・・・・・・シャークさん!!」
「分かってるぜぇーーーぃ!!!!」

かき鳴らす。
サメ型のギター。
響く不協和音。
立ち込めるノイズ。
一面に広がる弦の音色。
魔物が奏でる魔鳥の囀り(バードノイズ)。

「ぐっ・・・・何度も何度も小賢しい音を!小汚い音を!汚らしい音ぉおお!!!」

ジャンヌダルキエルがひるむ。
我慢もクソもない。
脳が揺れる。
人、
神、
魔物。
バードノイズは何もかもを無差別に、
弦から飛び立ち、
空気を羽ばたき、
耳から侵入し、
脳で鳴く泣く啼く。

「豚の一つ如きが・・・豚共が!低級!低俗!低落!家畜!
 汚らわしくピーピー鳴くんじゃない豚がぁ!支配者は(神)わらわだ!!」

だが、
シャークのバードノイズの効果は確実に出ている。
ジャンヌダルキエルの両手。
眩く光っていた両手。
ホーリーフォースビームの源。
その光は鈍り、
太陽はしぼむ。

「効いてます!」
「やったわシャーク!」
「・・・だが時間稼ぎにしかならん」
「クソッ!結局やってみるしかねぇのか!マリナ!」
「この展開何回目かしらね!」

ドジャーがダガーを、
マリナがギターの銃口を構える。
シャークを除けば、
唯一の飛び道具。
当たるかも分からない。
届いても威力さえないかもしれない。
だが、
やってみるしかない。

「なぁーんで神様ってのは楽に死んでくれないのかしらね!」
「カッ!ここまで相手してきた神野郎全部に心底で吐き棄てたセリフだ!」
「お願いだから!」
「死んじまえ!」

シャークのバードノイズが止んだ。
この瞬間しかない。
ドジャーがダガーを、
マリナがマシンガンを放とうと・・・

「うちに任せなって言ったろ」

それを止める声。

「あん?」
「何よツバメ」

ツバメ。
たった一人のスーツ。
たった一人の黒き誇り。
たった一つの道。
たった一つの極道。
彼女は体から力を抜き、
トォーントォーン・・・と・・・目を瞑ってジャンプしていた。

「あいつに報復すんのはうちだよ。"煮えたぎって"んだ。
 怒りも恨みも悲しみも、全部は有料チケットみたいになって、
 心の底から"ドス黒い"のを招待しやがんだよ。思い出したくもない真っ黒をね」

そう言いながらも、
全てを包み込むような殺気をかもしながら、
何もかも、
全てを殺そうかという殺気を噴出しながらも、
目を瞑って呼吸を整えてジャンプしていた。

「何言ってんのよ!時間ないの!またホーリーフォースビームが来るわ!」
「大体てめぇの獲物はなんだよ?あん?ダガー一本じゃねぇか!」
「そうだよ。一本だからいいのさ。一つに賭けるから一つが叶う」
「どうやって攻撃する気だって聞いてんだよ!」
「だな。オレとてあそこまでは届かん」

ツヴァイでも届かない遥か上空。
ダガー一本。
ツバメに・・・何が出来る。

「うるさいね。呼吸を整えてんの」
「何を悠長に!」
「呼吸は重要だよ。呼吸を"一"にすんだ。"一"にかける。それは無呼吸。
 ボクサーの連打の如く、かけ進むスイマーの如く。
 無呼吸の一瞬は全てを超える一瞬を作る。修道士の領域かもしれないけどね」

静かに、
殺気だけを漏らし、
ジャンプしながら呼吸を整える。
ツバメ。
気のせいか・・・
彼女の周りに薄く風が巻き起こり、
小さな光が舞い散っているようにも見える。

「親っさん・・・ひと時・・・過去に戻っちまう事を許してください」

「許すか許さないか!全ての権限はわらわにある!!」

やはり、
すでにまたジャンヌダルキエルの両手には光が戻っている。
ホーリーフォースビーム。
あの強大な光の柱。
・・・来る。

「チィ!ゴクドーレディー!悪いがもっかいエレクトさせてもらうぜぇーーぃ!!」

シャークがまたギターをかき鳴らす。
バードノイズ。
ジャンヌダルキエルを止めるべく。
だが、
それはもちろん近くにいるツバメにも影響がある。
何かの準備をしているようだが、
否応なし。

「あれ・・・」

だが、
アレックスが耳を塞ぎながら見ると、
ツバメは何事もないように集中していた。
聞こえていないように。
意識を集中している。

「フウ=ジェルン!」
「はいはーーい♪」

ジャンヌダルキエル。
彼女は咄嗟にエクスポを呼び寄せる。
そして、
エクスポに自らの耳を塞がせた。
エクスポは耳鳴りに顔を引きつらせながらも、
ジャンヌダルキエルの耳にバードノイズが伝わらないよう塞ぐ。

「やられた!」
「チッ・・・神のくせにケチな策だ」
「でもあれじゃぁホーリーフォースビームは止められないわ!」

バードノイズの影響はさらさらなく、
ジャンヌダルキエルの両手に光は満ち溢れていく。
希望の・・・
そして・・・

「ハハハッ!20本分溜まったぞ!!さぁ!!・・・・・・絶望をくれてやる!!!!」

たまりきった。
こちらからでも視覚的に分かる。
先ほどまでより強大な光。
それがジャンヌダルキエルの両手に・・・
来る。
ホーリーフォースビーム・・・x20。


「・・・・・よし」

突如、
ツバメが呼吸を整え、
ジャンプするのをやめた。
着地。
地面にスッ・・と止まったと思うと。

「死ね」

消えた。

ツバメの姿。
一瞬。
ひと時。
無くなった様に。
無い。
何も。
居ない。

殺意も置き去りに。
何もかも。
一。
それのために置き去りに。

呼吸も無く、
過程も無く、
動作も無く、

ただ、
"殺"だけ。

「!?・・・小娘どこに・・・・」

「神(あんた)の上だよバーーカ」

「ッ!?」

ジャンヌダルキエルの背後。
背中。
アレックス達の遥か空中。
天。
頂上。
神の領域。

ツバメはそこに居た。
片手でジャンヌダルキエルの肩をとり、
もう片手は、
ダガーを持つ手は、
ダガーは・・・・

ジャンヌダルキエルの背中に突き刺さっていた。

「チッ・・・首根っこを狙ったけどハズっちゃったねぇ・・・」

「うわっ!?ビックリした!」

ジャンヌダルキエルの耳を塞いでいたエクスポは、
ツバメの姿に驚き身を離した。
ジャンヌダルキエル。
彼女自身は・・・背中からトクトクと美しい赤透明な血を流していた。

「貴様・・・・貴様どうやってここまで!?」

「さぁ?人間って凄いね。あんたを殺したいって気持ちだけでここまで来ちゃったよ」

「ふざけるな!!」

「ハハッ・・・じゃぁ教えてあげる」

ツバメは、
ダガーをジャンヌダルキエルの背中に突き刺したまま、
その手を離し、
自分の頭を人差し指で突いて笑う。

「うちは元々暗殺一家の人間でね。そん中でもうちの家系の持ち味は"一瞬で相手を殺す"。
 それ。その一点。その一つ。それだけ。その一瞬のためのモンが刷り込まれてんだよ」

「・・・・答えになっておらんぞ低級な人間が!」

「この頭」

ツバメは自分の頭に指を突きつけたまま、
その切りそろえたボブカットの頭に指を指し示したまま、
笑う。

「記憶の書の呪文がまるまる書き込まれてんだよね」

「・・・・何だと?」

「覚えてるっていうかもう刷り込まれている。脳ミソに書き込まれてるって感じ。
 毎日12時間。呪文を目に焼きつけ、呪文を耳に焼付け、呪文を口で唱える。
 それだけしかしない無駄な12時間を10年。12x10年。狂った数千時間。
 それで完成すんだ。目の前の・・・殺したい野郎のとこへ飛べる最強のラウンドバックがね」

脳内に記憶の書?
あり得ない。
だが、
現実に・・・・

「ま、ロードする時間も長々とかかるし、殺人術だから視覚内の対象(獲物)限定だけどね。
 あくまでラウンドバックだし。距離にしたらまぁ・・・調度これが限界ってとこ。
 ただ視覚内(目の前)の・・・・殺したい奴を殺すため。それだけの技。それだけの・・・・」

「ふざけ・・・・」

ジャンヌダルキエルの顔がわなわなと歪む。

「ふざけおって低級な人間(豚)如きが!!!!!!」

ジャンヌダルキエルがツバメを振りほどこうとする。
この天空で、
この上空で、
この神の領域で、
ツバメを振り落とそうとする。

「おっと♪お呼びでないよ」

だが、
それより先にツバメはジャンヌダルキエルの背中からダガーを引き抜き、
背中を蹴り飛ばして飛んだ。
空中へ。
空の上へ。
自ら、
無力な空宙へ。

「ツバメ!!!」
「落ちるぞ!!」
「そりゃ落ちるよ♪・・・・ただ・・・・」

「うわっ!」

「一人じゃ落ちないよ」

ジャンヌダルキエルの背中から飛んだツバメ。
そして、
掴んだ。
空中で。
空宙で。
何を?
それは・・・・

「はな・・・離せ!!!!」

「やだね」

エクスポ。
エクスポの体に。
そして・・・・

「その手を離せ!放せ!はなせって言ってるんだ!」

「おーおーその慌てよう。ビンゴってとこだねぇ♪」

エクスポの両翼。
エクスポの背中の両翼をガッチリと抱え込んだ。
動かないよう。
捕らえるよう。
ツバメがエクスポの翼を抱えたまま、
ツバメはエクスポごと・・・地へと墜落を始めた。

「どういう原理で飛んでるかうちの頭じゃぁ分かんないけどねぇ。
 "生えてるからにゃぁ必要なんだろ?"・・・・フフッ・・・羽が無きゃ飛べないんだろ?」

それは・・・
ツバメの言うとおり的中だった。
天使の羽。
天使の翼。
それは鳥のように羽ばたかせるだけで飛んでいるわけではないのだろうが、
人間如きには思いも及ばぬ力で飛んでいるのかもしれないが、
あるなら使っている。
翼で飛んでいるのは間違いない。
なら、
使わせなければ飛べない。

翼の自由を奪われたエクスポは、
ツバメと共にに落ちていく。
真っ直ぐ。
重力だけを受け、
なす術も無く、
何も出来ず、
落ちる。
堕ちる。
急速に、
あるがままに、
ゴミのように、
無力のように。
下へと。
地へと。
奈落へと。

「う、美しくない!!あんた死ぬ気か!?」

「死ぬ気がなけりゃ殺せないさ」

「そう・・・言いながらも何か策が・・・」

「無い。無い無い。あぁ、あの"殺化ラウンドバック"を期待してんのかい?
 ならそりゃお呼びじゃないよ。さっきも言っただろ?覚えてないのかい?えせ神のくせに。
 あれは時間がかかるし、殺す対象限定なんだよ。結構使い勝手悪いんだ。
 殺すためだけに覚えこませた技ってのはイヤになるねぇ。ほんと忘れたいよ」

「・・・・・」

「そう、落ちるだけだよ堕天使さん」

堕ちていく。
落ちていく。
真っ直ぐ。
命を放り棄て、
まっすぐ、
潰れるためだけに。
衝突するためだけに。

おちて、
堕ちて
落ちて、
おちて、
ただひたすら落ちていく。

命が二つ。
落ちて・・・逝く。

「ざけんな!」
「ツバメさん死ぬ気です!」
「あのヤクザ女・・・・」
「・・・・・・・・ったく」

ツヴァイが苦笑いをする。

「どいつもこいつも。カスが・・・・人を当てにしおって!!・・・・・ガルネリウス!!」

ツヴァイが卵を叩きつけると、
煙と共に、
叫(たけ)びと共に、
白きエルモアが姿を現した。

「駆けろ!ガルネリウス!」

ツヴァイは飛び乗ると共にエルモアの腹を蹴飛ばす。
蹴飛ばすと同時にエルモアは駆け出し、
最高速に乗るまでものの数秒。
風になるまでものの数秒。
白馬と漆黒は雲の上を駆ける。

「・・・ハハッ・・・捨てたもんじゃないね。命も含めて」

エクスポを抱えて落下しながら、
逆さまの地を見てツバメは笑う。
走ってくる漆黒。
アレ。
悪魔のようなアレは、
自分の命を救うために走ってくる。

ただの魔物とそれに跨るただの人間。
あぁ・・・。
捨てたもんじゃない。
あれがツヴァイ。
世界の2番目。
なるほど。
命を任せる分には頼りがいがある。

「翔けろガルネリウス!」

ツヴァイが最高速のままエルモアの腹を蹴ると、
エルモアはそのまま地を蹴った。
天を舞う、
天を翔ける天馬。
白馬と漆黒は、
そのまま・・・

「カスが!つまらん事を・・・・」

落下してくるツバメとエクスポをキャッチし、
地へと着地した。

「ハハッ・・・やってみりゃなんとかなると思ってね」
「オレがなんとかしてやったのだ!考えなしが!」
「なんとかしてくれたでしょ?」
「・・・・・・ふん」

エルモアの背中に放り乗せられたツバメは、
やはりそれでも衝撃が痛かったのか、
エクスポを捕まえたまま腰をさすった。

「・・・・死ぬかと思った・・・美しくない・・・」

捕まれたまま、
エクスポはのん気に息を吐き捨てた。

「おーおーお帰り」
「やりましたねツバメさん」
「まったく。馬鹿ねぇあんた」
「かっこよかったぜぇーぃ、ゴクドーレディー」

ツヴァイが皆の元へと駆け戻ると、
皆は口々に安堵と共に言葉をかけた。

「ヘヘッ、見直したかこのアマ」
「・・・ほんっと可愛くないわねあんた」

ツバメが得意げに言うと、
マリナは苦笑した。

「ご苦労だったなガルネリウス」

ツヴァイはエルモアの首を撫でてやり、
卵に戻した。
そして・・・・

「・・・・・・美しくない」

すぐさまドジャーのスパイダーウェブでとっ捕まえられるエクスポ。
顔はむくれていた。
心外で侵害。
ドジャー達に目を合わせないまま不機嫌だった。

「いろいろ言いたい事もありますけど・・・」
「時間がないわ」
「シャーク!やってくれ!」
「オゥケェーイ!」

シャークがギターを構える。
行う。
やるしかない。
今しかない。
エクスポをここに連れ帰ったのだ。
ツバメが。
命をかけて。

「"レクイエム"といくぜレディサジェノメン。最高でハイなロックの始まりだぜぇーぃ!
 元気な奴は寝ちまいな!夢みてる奴ぁ目ぇ覚ましな!ビートを刻むぜベイベー!!」

レクイエム。
変身解除スキル。
効くか・・
効かないか・・・
分からない。
成功するかも分からない。
だが・・・
しなければならない。

「この・・・・・」

上空のジャンヌダルキエル。
その光景。

・・・・やられた。

侮辱。
屈辱。
神である自分が・・・・
支配者である自分が・・・・
人間如きに。
低級な猿如きに。
豚如きに。
家畜如きに。

「"希望"など与えてたまるか・・・それがわずかでも・・・そんなもの恵んでたまるか!
 わらわが与えるのは絶望だ!それだけだ!それをくれてやるといったのだ!!
 わらわは神だぞ!人間如きに希望など・・・希望など与えてなるものか!」

どうする。
ホーリーフォースビーム?
ダメだ。
ツバメの攻撃。
あれでオジャン。
解除されてしまった。
それこそ心底屈辱。
侮辱。
そんな事で妨害された自分が恨めしい。
汚らわしい。

「ならもう一度・・・・希望を与えるぐらいならフウ=ジェルンごと・・・」

だめだ。
"間に合わない"
"当たらない"
ホーリーフォースビームは届かない。
間に合わない。
どうする。
どうする。
どうする。

「ぐぅ・・・」

心の底から腹が立つ。
人間如きにこの・・・
この神が・・・・
ジャンヌダルキエルは唇を噛む。
歪む表情。

「希望など与えてたまるかああああああ!!!!!」

ジャンヌダルキエルは滑降した。
下へ。
地へ。
真っ直ぐ。
神が落ちてくる。
神が飛んでくる。
最速で。
真っ直ぐ。
こちらへ向かって。

「!?」
「直接来ますよ!」
「シャーク!はやくしろ!」

呼びかけは聞こえない。
レクイエム。
シャークはそれを行っていた。
ギターをゆっくりと弾き、
言葉を口ずさむ事に集中している。
普段見れない真剣な表情だ。

レクイエムの歌詞。
それはまるで呪文のようだった。
呪文のようで歌詞のようでもあり、
それでいてお経のようでもあり、
リズムがあるようで語りでもあり、
ただの言葉の羅列のようでもある。

儀式。

それに近かった。

「速いです!すぐこっちに来ます!」

アレックスが叫ぶ。
落ちてくる天使。
落ちてくる神。
斜めに、
それでいて直滑降に。
翼を折りたたむようにジャンヌダルキエルが突っ込んでくる。

「絶望だ!希望など絶望で終わらしてやる!!!」

「クッ・・・マリナ!」
「聞き飽きたわよ!」

すでにギターを構えているマリナ。
ダガーを構えているドジャー。

「させるかってんだ!!」
「フルサービスよ!」

投げられるダガー。
放たれるマシンガン。
ドジャーは両手に4本づつ。
計8本のダガーを投げつけ、
さらに腰からダガーを抜き取り投げつける。
マリナはただ、
ありったけ、
溜めもせず、
MB16mmマシンガンをただただ連射に連射を加え連射する。

ダガーと弾丸の雨が天へ遡る。

「クズが!豚が!家畜が!低能が!人間が!!!!」

その隙間を縫うように、
まさに神技とでも言わんが如く。
ジャンヌダルキエルは真っ直ぐ突っ込んでくる。
針の穴を通すよう、
空を滑降してくる。
神技。
隙間という隙間を縫い、
速度さえ落ちない。
当たりそうになったドジャーのダガーさえ、
片手で、
素手で弾いた。

「クソッ!ざけんな!」
「止まりなさいよあんたあああああ!!!」

効かない、当たらない。
神。
逆に追い詰めている状況でも、
その差は歴然で、
ジャンヌダルキエルにとって遊戯でしかなく、
効かない、当たらない。
差。
神、人。
そして個人としての差。
無力。
壮絶なまでの能力の差。

「ダメです!!」

アレックスが叫ぶ。
来る。
いや、
来た。
目の前。
真っ直ぐ、
こちらにぶつかって・・・・

「調子に乗るな神如きが」

「!?」

横切る漆黒。
飛び翔ける漆黒。
滑降してくるジャンヌダルキエルへと飛び掛るツヴァイ。
同時、
振り切られる黒槍。
ジャンヌダルキエルを刈り取ろうとする長槍。

「チィ!!!」

ジャンヌダルキエルは瞬時に垂直に旋回する。
槍を避け、
空気の衝撃と共にL字に避け飛んだ。

「・・・・避けたか」

「この・・・・」

地面スレスレを旋回して回避したジャンヌダルキエルは、
羽を広げ、
悔しそうに静止する。

「だが・・・落ちてきたな蝿が」

ツヴァイが槍を突きつける。
その先。
ジャンヌダルキエル。
その居場所。
地。
雲の地。
そのわずか上。
1mほど浮いている程度。
引き釣りおろした。
神を。

「調子にのっているのは貴様らだ豚共!!!!!!!」

ジャンヌダルキエルは吼えるように叫ぶ。

「小さな希望程度で気を変える!!それがあまりに汚らわしい!
 それがあまりにおぞましい!人間如き!人間のそういうところがあまりに汚らわしい!!」

「ふん。人間のそういうところが嫌いか」

ツヴァイは笑う。

「すなわち嫌いは弱点だぞ」

「屁理屈をこねおって!!!」

ジャンヌダルキエルの両手が輝く。
手を覆うように、
いや、
覆う。
光がジャンヌダルキエルの両手を覆う。

「絶望にて終焉を迎えろ!!!」

そのまま突っ込んでくる。
滑走。
低空。
最低空を滑走し、
ジャンヌダルキエルが、
神が地面スレスレを高速で突っ込んでくる。

「ドブに帰せ豚が!!」

右手を突き出し突っ込んでくる。
光り輝く右手。

「ふん」

ツヴァイは盾を突き出す。
左手の盾を突き出す。
・・・。
ぶつかる。
光り輝くジャンヌダルキエルの右手。
突き出すツヴァイの盾。
ぶつかり、
その衝撃は突風になるほどで、
地面の雲が軽く渦巻いた。

「・・・・ほぉ・・・止めるかわらわの手を・・・この神の手を!!!」

「・・・重いな。だがそれだけだ!」

両者同時に弾く。
重い音と共に、
衝撃と共に、
ジャンヌダルキエルとツヴァイ。
両者が後方へ飛ぶ。
つまり、
互角。
力。
それは互角。

「人間如きがわらわを倒そうなど!」

「・・・人間如きに優勢に立てない気分はどうだ?」

「・・・人間如きが・・・」

「それが神の鳴き声か?」

「クッ・・・・殺してやる!!!!」

またジャンヌダルキエルが突っ込んでくる。

「ふん。土壇場で吐き捨てる言葉は人間と変わらんな・・・・では・・・」

ツヴァイが槍を構える。
漆黒の。
黒い、
長い、
その槍を、

「神の断末魔はどうかな」

「滅せよ人間!!!!」

地面スレスレを滑走しながら、
光り輝くその手を突き出してくるジャンヌダルキエル。
だが、
逆にそれに迎え撃つ。
盾ではなく、
その槍で。
神?
人間?
関係ない。
世界?
理論?
関係ない。
ただの物理の世界。
いや、
それ以前の幼稚な問題。

リーチの問題。

槍が先にジャンヌダルキエルを襲う。

「人間如きがと言っているだろう!!!!」

ツヴァイの槍。
その突き。
食らえばおよそ・・・・
地上に居るほとんどの生物が死するだろうその攻撃。
避ける?
いや、
ジャンヌダルキエルは・・・
そのまま、
その高速で突っ込んできたまま、

その突きを素手で掴んだ。

「ハハハッ!!虫けらが!ゴミが!豚が!それが家畜の限界だ!
 地上戦においても・・・貴様ら人間の攻撃はわらわに届かない!」

「オレは・・・な?」

「何!?」

「てやあああああああ!!!」

ツヴァイの背後。
ツヴァイを飛び越えるように、
一つの影。
槍を振りかぶる一つの影。
アレックス。

「クソッ!!!」

ジャンヌダルキエルに向かって振り下ろされる槍。
アレックスの槍。
ジャンヌダルキエルはすんでのところでツヴァイの槍を離し、
真後ろへと飛び下がる。

「ありゃ?」

アレックスの槍は哀しくからぶった。

「・・・・・おい。なんだその情け無い叫び声と攻撃は。黙ってやれ」

「ほっといてくださいよ。ツヴァイさんが教えちゃったから同じでしょ」

「アクセルなら仕留めていたぞ」

「父さんと比べないでください。僕は僕です。
 それにほんとはパージでこっそりやりたかったんですが・・・・
 前情報でジャンヌダルキエルさんには効かなそうだったんで」

「言い訳だな」

「えぇ。得意なんです」

ツヴァイは少し笑い、
槍と盾を構える。
それに並ぶよう、
アレックスも槍を構えた。
2本の槍。
構える二人の騎士。

「・・・・・家畜如きが群れおって・・・・」

怒るジャンヌダルキエル。
腹立つ神。

「徹底的に・・・・」

表情を歪めながら、

「徹底的に絶望を・・・・」

その時・・・・

その時だった。
アレックスの背後。
ツヴァイの背後。
そこに・・・
光が立ち上った。
爆発するように、
黒く、
白く、
何かが変わる光。
変貌の光。
それが・・・

それが放たれた。

「やった・・・・」

ドジャーの声が聞こえる。
安堵と、
喜びと、

「疲れたぜベイベー・・・・」

シャークがへなへなと腰を抜かすように倒れる。

そしてその中心。

「てて・・・・」

その中心。
その中心。
その真ん中。
・・・。
いる。
居る。
居た。

変わり果てた。
いや、
変わっていた。
変わった。
戻った。
その姿。

髪を後ろで結び、
派手でもなく、
自己流の美学で飾られた姿。

フウ=ジェルン?
なんだそれ?
神?
知らねぇよ。

ありのまま、
昔のまま、
そのまま、

ただ、

モントール=エクスポがそこに居た。

「エクスポさん!」

アレックスが嬉しそうに、
いや、
嬉しさのあまり駆け寄る。

「へへっ、手間かけさせやがって」

ドジャーがフッと笑い。
ツバを吐き捨てる。

「気のせいか神様のままのがいい男だった気がするけどね」

マリナがギターを肩にかけて笑う。
その中心。
その真ん中。
そこに座っている男。
それは・・・
それは間違いなく・・・
エクスポだ。

「ああ。戻ったのか」

エクスポはのん気に。
翼があった自分の背中と、
その姿を見て言う。
のん気で、
マイペースで、
間違いなくエクスポだった。

「なぁにが"戻ったのか"・・・だ。ったく。お前はほんとに・・・ほれ」

ドジャーが手を伸ばす。
座り込んだエクスポに。
久しぶりに、
エクスポ。
エクスポに・・・
仲間に。
《MD》に。

ただ、
戻ってきてくれた。
戻せた。
助ける事ができた。
その男に。

・・・・。

だが、

「触るな」

エクスポは・・・
その手を払いのけた。

「なっ!?」

「気安く触るなって言ってるんだよ」

その言葉は冷たく、
哀しく、
寂しく、
ドジャーに突き刺さり、
エクスポはそのまま自ら立ち上がった。

「ど、どうしたんですかエクスポさん!?」
「あんた私達が分かんないの!?」

「分からない?ふん。何を言っているんだい」

目線も合わせない。
そのまま歩く。
エクスポは、
ドジャー達に背を向けて。
そして話す。

「ボクはだね。もともと記憶なんて失っちゃいない。そう言ったはずだ。
 エクスポのまま、エクスポが積み重ねた思い出のまま、そのまま神になった。
 フウ=ジェルンになった。エクスポである思考のまま、そのままなんだよ」

エクスポは歩く。
背を向けたまま。

「ただ、考えが変わっただけなんだ。それだけなんだよ。
 エクスポであるまま、フウ=ジェルンになった。
 エクスポであるまま、考え方を変えぬまま、ただあぁなっただけなんだ」

冷たく、
淡々と、
背を向けたまま話し続ける。

「フウ=ジェルンであるボクの思考は、ボクの思考でありそれ以上でもそれ以下でもない。
 ドジャー、君の死を願ったのも、アレックス君も、マリナの死を願ったのも、
 そしてボク自身の死を願ったのも、哀しく、心地よい芸術を求めたのも・・・ボクなんだよ」

その言葉。
背中越しの言葉。
歩みながらの言葉。
その中にあざ笑うかのような笑みが込められていたのは・・・
間違いなかった。

「そして逆を言えば・・・元に戻ったとしても同じ事なのさ。
 エクスポはフウ=ジェルン。フウ=ジェルンはエクスポ。
 君達の死を願ったまま、その欲望はボクの中に残ったまま。
 その時からボクは仲間の死を願う神の化身であるがままなんだよ」

歩く、
その歩。
それは・・・
まっすぐジャンヌダルキエルに向かっていた。

「エクスポさん・・・」
「エクスポ・・・てめぇ・・・・」

「残念だ・・・とは思わないよ。それがボクの欲望なんだから。
 君達との思い出はとても大切だ。積み重なった芸術だ。
 だけど未完成。それは華々しく散った時・・・本当の芸術になる。
 そう思考が呼びかけたままだ。今のボクはそうなったんだ」

そして、
エクスポはジャンヌダルキエルの横についた。
振り向く。
冷たい目。

「人は変わるんだよ。積み重なるからこそ、変わるんだ。戻らない。
 エクスポであり、フウ=ジェルンであり、それらは全部積み重なったんだ。
 いいかい?《時計仕掛けの芸術家(チクタクアーティスト)》として言っておくよ。
 時は戻らない。進んだ針は絶対に戻ったりはしないんだ」

ただ、
言い放つエクスポ。
重く、
暗く、
冷たく。
だが、
確実に彼の言葉で、
彼らしい言葉であり、
今の彼の言葉でしかなく・・・・

「ただ・・・・・"時計が無くとも日は昇る"。時計はいつか止まるもんだ。
 友情も・・・仲間も・・・思い出も・・・・そして命さえもね。ボクはただそれを願う」

もう、
ただ知っているエクスポではなかった。

「フフッ・・・・」

ジャンヌダルキエルが笑みを零す。

「ハハハハハッ!!なんと笑える話だ!なんという哀しい話だろうな人間!!
 ハハッ!これがおまえらが持てる最大の希望の結果だ!
 これがお前らが持つべき、与えられるべき、最高の絶望の結果だ!
 泣きたいか!?喚きたいか!?それこそ絶望!これが絶望だ人間よ!!!!」

胸糞悪く、
心底嬉しそうに、
ジャンヌダルキエルは笑った。
笑いつくした。
あざ笑いつくした。
絶望。
絶望。
絶する望み。
正真正銘。
完璧、
完膚なきまでに・・・・

望みが消えた。

小さな光さえ消え去った。
真っ暗だ。
これが・・・
これが絶望だ。
なすすべもなく、
苦渋に身悶えるしかない。
それが・・・
これが・・・
絶望。
絶望。
絶望・・・・。

「クソッ!クソったれ!!!」

ドジャーが膝を曲げ、
地面に拳を打ち付ける。

「エクスポ!!それがてめぇの本心か!今のてめぇの本心か!」
「ドジャーさん・・・・」
「何も変わらねぇから!ただ積み重なっていくから!
 何も忘れちゃいねぇから!だからこそてめぇはそんな・・・そんな風に・・・」

「そうだよドジャー」

暗く、
小さく、
ハッキリと。
エクスポは言い捨てた。

ドジャーは、
そのまま、
地面に顔を落とした。
俯き、
両手を地面に突き、
崩れるように。

仲間。
エクスポ。
変わらない。
積み重なって・・・
変わってしまった。
何も忘れていないのに、
思い出も、
記憶も、
何も忘れていないのに・・・

時計の針はただ進んだ。
止まることなく、
止めることなく、
止めてやることもできず、

目覚まし時計は虚しく鳴っただけだった。

ドジャーは地面を見つめ、
目の前の地面、
それだけを見つめ、
ただ、
それらを考え、
思い寄せ、
涙も流す事なく、
ただ、

ただ・・・・

「そりゃ最高だ」

笑った。

「だろ?」

エクスポは返事をした。
そして・・・
また歩き出した。

「?・・・どうしたフウ=ジェルン」
「ジャンヌダルキエル様。ボクは芸術を求めたい。
 それは昔からずっと思ってた事で・・・・何も変わらない。
 いっぺんたりとも・・・一瞬たりとも変わらないんだ」
「何を言っている」
「見せてあげるよ。ボクの芸術を」

エクスポは歩きながら、
ジャンヌダルキエルに背を向けたまま、
トントンッ・・と下を指差す。
ジャンヌダルキエルが下を向くと・・・

「なっ!?」

そこには・・・
おびただしい数の・・・
時を刻む爆弾があった。

「ん〜♪・・・さぁて・・・・」

歩きながら、
エクスポはチャリンと何かを零す。
右手、
そこにぶら下がる・・・懐中時計。
それは針を刻み、
時を刻み、

「芸術は・・・・・」

そして・・・・

「爆発だ♪」


炸裂した。
爆発した。
衝撃となり、
爆撃となり、
爆風となり、
炎となり、
煙となり、
埃となり、

そこで。
ジャンヌダルキエルの足元で・・・

大爆発を起こした。

「あぁ・・・この時が最高だ・・・生きてるって心地がするよ」

バックに爆発を背負いながら、
エクスポは自分の体を抱え込み、
震える。
感動で、
芸術に。
自ら身悶え、
愉悦の表情のまま目を瞑る。

「積み重ねて積み重ねて・・・それが爆発する。
 作戦がこうも見事に爆発すると・・・もうやはり芸術としかいいようがないね♪」

両手を広げ、
嬉しそうに自らの世界で感動するエクスポ。

「ないね♪・・・じゃねぇよこの馬鹿!!」
「あいたっ!」

ドジャーがエクスポを蹴飛ばす。

「ったくねぇ・・・・暴力は美しくないよドジャー。
 こういうのは愛のムチじゃない。バイオレンスでしかないよ」
「うっせ!面倒くせぇ真似しやがって!」

ドジャーがもう一度蹴飛ばす。

「・・・っ痛いって言ってるだろ!君はほんとに美しくないね!」
「うっせうっせうっせ!バーカ!バーカ!!」
「ちょっとちょっと!どういうこと?」
「えっと・・・つまりどういう事なんですか?」
「ん?」
「あ?いや、言ってんだろ。エクスポはなんも変わってねぇってよ」

「どういう事だフウ=ジェルン・・・・」

爆煙の中から・・・
ジャンヌダルキエルが姿を現す。

「げ・・・不死身かよあいつ・・・」
「はぁ・・・ボクの芸術でもあの程度か・・・化け物だね」

「どういう事だと聞いている!!!」

あの大爆発の中でも、
無事だったジャンヌダルキエル。
いや、
もちろん相応のダメージは負っているようだ。
深くはないが、
神としては情けなくも至る所から流血し、
美しいその姿は薄汚れていた。

「悪いねジャンヌダルキエル・・・"元様"。結局ボクはこーいう人間なんだよ。
 さっきまでの?ただの御託さ。芸術を完成させるための積み重ね♪。
 結局ボクの脳みそは神から家畜(人間)の思考回路に戻っちゃったんだよ。
 それだけ。それだけなのさ。スイッチが切り替わっただけ。
 もしもまた神になったらあのフウ=ジェルンになるだろうさ。
 ボクはボク。ボクでしかなくボクであるがままボクなのさ♪」

エクスポは両手を広げる。

「ボクって芸術だね」

黙れ。

「貴様・・・・」

「いやー・・・そんな"やってくれたな"って顔でみないでよ。照れるじゃないか。
 ボクの芸術の鑑賞会はまさに大成功だったみたいだね。これこそ美学♪」
「うっせ!」
「あいた!」

またドジャーはエクスポを蹴飛ばす。

「ったく!俺が気付かずそのまんまてめぇをぶっ殺してたらどうする気だったんだ!
 それにジャンヌダルキエルがひっかからなかったらよぉ!」
「ハハッ!ボクの芸術が失敗なんてするもんか♪それに・・・」

エクスポは手を銃に見立ててドジャーに突きつけ、
そして恥ずかしくもなくウインクする。

「君は気付いただろ?」
「・・・・気持ち悪いんだよテメェ!」
「あたっ!」

4度目の蹴り。
ドジャーは蹴飛ばしたあと、
少し顔を背けた。
理由は・・・まぁそっとしておこう。

「くっ・・・汚らわしい・・・・汚らわしい!!!!」

ジャンヌダルキエルの顔が歪む。

「所詮家畜が増えただけに過ぎん!それだけだ!まとめて絶望の淵へと落としてくれる!」

「あぁー・・・」

エクスポは嬉しそうに周りをキョロキョロと見る。

「今の主役はボクだよね?ちょっとボクが仕切ってもいいよね」

フフッと笑い、
エクスポは笑う。

「時計が無くとも日は昇る。あんなのボクのポリシーじゃないさ。
 日が昇る?日が落ちる?ははん♪そんな世界の理(ことわり)知ったこっちゃないね。
 日が昇ったら起きましょう。日が落ちたらオヤスミなさい。やだね。
 そんな神様か何かが決めた勝手なルールにボクらは従わない。
 "日が落ちたって時計は止まらない"。ボクらはボクら。ただ積み重ねる個人だ。
 ボクらはボクらで、ただ命の針を刻むだけ。それは決して止まらない」

エクスポは自分の縛った後ろ髪を触る。

「ジャスティンの言葉を借りるなら"運命"さ。いい響きだ。とても美しい。
 戯言だろうとなんだろうと、美しい、いい言葉は決してなくならない。
 そう、運命さ。ボクの命は、ボクの時計はこう刻んだ。"こう刻んだんだ"。
 こうなるべくしてこうなった。これがボクの人生だ。これがボクの命だ」

そして、
エクスポの後ろ髪、
その髪留めは解かれ、
バサりと後ろ髪がなびいた。

「さぁ、美しい。こういうストーリーが一番美しい♪さぁ・・さぁ・・・・さぁ!」

エクスポは両手を広げ、
笑顔で言う。



「さぁ、芸術を始めよう」
















                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送