「お・・・・・」 ドジャーは戸惑うように言葉が詰まった後、 「遅ぇよテメェ!!来るんだったらさっさと来やがれ!!」 叫んだ。 ツヴァイに向かって。 驚きが相まってなんとなく叫んでしまった。 「・・・・・・・・ふん」 ツヴァイは漆黒のアメットを外し、 一度首を仰け反らせて漆黒の長い髪を舞わせた。 ほんの少量の汗が舞った。 「死人を当てにするなカスが。来てやっただけでも感謝しろ。 1秒遅れればアレックスは死んでいて、現状全員生きている。 どこに不満がある。結果論を求める者ならまず結果を判断してから話せ」 「ぐっ・・・・」 まぁどうやっても敵わない。 文句をどう言おうが、 何もかも上の立場なわけで、 つまり"ありがとう"しか受け付けない。 「でももっと早く来てくれたら僕が楽できたんですけどね」 それでも文句を言うアレックスは凄いと思う。 「でも助かりましたし良しとします」 そして誰様だ。 「あーいたいた」 「ありゃりゃ。そっちもなんだかんだで無傷かい」 あらぬ方向から声がしたと思うと、 そちらからはマリナ達が歩いてきていた。 「お?」 「無事でしたかマリナさん達」 「あったり前よ!この私を誰だと思ってるの?」 「うちのお陰だけどねぇ」 「何言ってるの!?私がいなきゃスイ=ジェルンに攻撃もできなかったのよ!」 「うちがオトリになったから!」 「そんなの猫やカカシでもできるでしょ!」 「カカシじゃできねぇよこのアマ!」 合流するなりケンカとは、 なかなか元気な女x2だ。 「・・・・・・・結局」 シシオがボソりと言う。 ・・・・・結局、倒してくれたのはツヴァイだと、 消えていくような言葉でボソりと。 「あー・・・」 「まぁー・・・」 いつの間にかとっくみ合いになっていたマリナとツバメは、 同時に止まった。 アレックス達と同じで、 敵を倒したのはツヴァイで、 助けてくれたのもツヴァイなのである。 「ふん。今なら感謝を受け付けてやるぞ」 ツヴァイがマリナ達にニヤりと笑いかける。 見下すように。 いつの間にか意地悪になったなぁと思う。 「「むぅ・・・」」 マリナとツバメは口を尖らせ、迷った。 が、 結果。 「うるさいわっ!私だけでも十分だったのよ!」 「お呼びじゃないよ!」 「ありがた迷惑ってやつね!」 反抗した。 怖いもの知らずダブル♀。 爆弾に噛み付く勇気さえあるように感じる。 マリナとツバメは、 ツヴァイを見上げながら睨む。 ツヴァイは女性ながら背が高い故に、 いや、 身長を無しにしても見下しながら言う。 「ほぉ。ならいい。オレが来なかった結果を清算してやるからそのまま立ってろ」 と、 ツヴァイが槍を・・・・ 「・・・!?」 「ちょちょちょちょっと待て待て!」 「ツヴァイさん落ち着いて!」 アレックスとドジャーとシシオが一斉に止めに入る。 「槍を下ろしてください!」 「こいつら馬鹿だからよぉ!まだおめぇとの面識無いも同然だし分かってねぇんだよ!」 「はぁ?馬鹿ぁ?それ、このマリナさんに言ってるの?」 「ギルド連合のリーダーだかアインハルトの妹だか知らないけどお呼びじゃないんだよ!」 「だから話がややこしくなるんだよ!少し黙ってろ!」 なんというか・・・・ こちら側の女は皆難しい・・・ 女の考える事は本当に分からない・・・ ・・・・・とアレックスは思ったが、 特殊なんだろうと決め付けて考えるのをやめた。 「まぁいい。この小娘達は置いておいて、とりあえず状況を教えろ」 「あ、はい」 と返事をしておきながら、 アレックスは少しため息をついた。 当たり前のように自分が説明するためになる。 自分しか適任がいない。 よくこんなパーティでここまでこれたものだ。 「とりあえずここはどこだ」 「アスガルドです」 「真面目に話せ」 「・・・・・・・・」 まぁ・・・ アレックス達にとっては今更だが、 信じられないのも無理ないかもしれない。 「いえ、本当なんです。ゲートっていうかポータルっていうか・・・あったでしょ? あれでこのコスモフォリアって場所に繋がってたんです」 「・・・・戯言で言っているわけではないんだな」 「はい。ジャンヌダルキエルさんの手によって導かれたんです」 「ほぉ」 ツヴァイは少し嬉しそうな笑顔を見せた。 「絶騎将軍(ジャガーノート)か」 「はい」 「それは面白い。ロウマやピルゲンと肩を並べる者・・・という事だな。 それはつまり・・・・過去でいうオレやラツィオと並んでいると同じ事」 ツヴァイは拳を握る。 嬉しそうな笑顔は変わらない。 「・・・・フフッ、これが"生"か。これが"個"か。兄上の命令でもなく、兄上のためでもなく。 ただ、自分自身の感情で戦ってみたいと・・・・自分を試してみたいと思えた。 行動に・・・戦いに"私情を挟む"など・・・初めての事だ。酷く心地いい」 なるほど。 考えても見ればツヴァイが仲間になって戦うのはこれが初めてだ。 その前の人生は、 全てアインハルトのために・・・意のままに行動し、 その後は暗い森の中で死人として生きてきた。 そして、 今、 "初めて人生を進める"。 「カッ、倒してくれりゃなんでもいいけどな」 「で、ツヴァイさん。ジャンヌダルキエルさんには勝てそうですか?」 「ふん。オレを信用していないのか?」 「あ・・・いえ・・・」 「まぁ見てもいない者に対して評価を下しようがないがな」 「じゃぁ逆にロウマに勝った事はあるの?」 「ロウマか。何度か手合わせしたが・・・・」 ツヴァイは少し黙る。 そして少し目線を反らした。 「引き分けた事が多かったな」 「・・・・・・おい」 「勝った事あるかって聞いてるのよ」 「・・・・・・・・・・」 「ねぇのかよ・・・・・」 「か、勘違いするな!負けという負けもない!」 「どうだかなぁ?」 「自身有りげに言わない時点で大体分かりますけどね」 「お前ら!カスのくせにオレを・・・・」 「はいはい。互角って事にしておいてやらぁ。・・・・・・でもな」 ドジャーはツヴァイの背中を叩く。 「おめぇは今までアインハルトの道具でしかなかっただろが、今は違う。 おめぇの体はすでに一人のもんじゃねぇ。俺らの柱ってなもんだ。 どんな奴が相手だろうと・・・・・倒してくれなきゃ困るんだぜ?」 ドジャーがニッと笑い、 もう一度ツヴァイの背中を叩いた。 「頼むぜリーダー!」 ツヴァイは、 少し呆然としていた。 ・・・・。 "背負っている"。 ・・・・。 何を?と聞かれればよく分からない。 責任? 皆の希望? それはよく分からないが、 それがどんな感情だろうが、人の心を背負うのは・・・・心地よかった。 「・・・・・ふん。カス共が・・・・誰に言っている」 ツヴァイは照れくさそうにアメットをかぶり直し、顔を隠した。 「あっ、そういえば見たところエン=ジェルンは倒したみたいね」 「あぁ・・おう。ツヴァイが殺った」 「って事は残りはどれだけなんだい?」 「えっと・・・エン=ジェルンさんとスイ=ジェルンさんを倒したわけだから・・・・ "四x四神(フォース)"は残り二人。そしてジャンヌダルキエルさん」 「ほぉ、たいして相手もおらんな。 その四x四神(フォース)というのはオレが倒した二匹なのだろう? 不意打ちだったというのもあるかもしれんが、あの程度ならすぐに潰してやるぞ」 なんとも頼もしいものだ。 注文オールオッケー。 我らがリーダー、ツヴァイ=スペーディア=ハークス。 もう僕ら帰っていいですか? 「あ、うちはスイ=ジェルンと話してた感じだとだけどねぇ、 四x四神(フォース)の一人、ライ=ジェルンってのは空席の可能性が高いよ」 「へ?」 「そうなのか?」 「会話の感じだとそうだったよ。 ただ、うちはその空席にトラジを座らせようとしてるんじゃないかって睨んでるけどね」 「でも適正も無けりゃ転生も出来そうにないって言ってたじゃないの」 「よく分からねぇな」 「ただ空席の可能性は大きそうですね」 「重要なのはトラジをどうしようと思ってるかってとこだよ。うちらにはそれが最重要だ」 ツバメの言葉に、 シシオも少し顔を強張らせた。 《昇竜会》の二人組み。 彼らにとっては何よりも優先すべきところなのだろう。 「ふん。ならばもう片方の四x四神(フォース)だけ倒せばいいのだな」 「あー待って待って!」 「待ってください!」 「ん?」 「いえ・・・その・・・・」 アレックスはチラりとドジャーを見た後、恐る恐る説明する。 「なんていうか・・・残りのフウ=ジェルンっていう人は・・・その・・・・」 「なんだ?」 「僕らの元仲間なんです・・・・」 フウ=ジェルン。 エクスポ。 モントール=エクスポ。 四x四神(フォース)のフウ=ジェルン。 《MD》のエクスポ。 揺らぐ。 元仲間。 変わってしまった・・・仲間。 「"元"だろう?」 ツヴァイはハッキリとした口調で言った。 「今は敵。そうとしか聞こえない。ならば倒すまでだろう?」 「そんな簡単にっ!」 「割り切れる問題じゃないんですよ・・・・」 「知らん。解決策があるなら言え」 「・・・・・・・・・」 「そうだろう。ならば潰すしかない。お前らの心情も今のオレなら理解もする。 だが・・・・・倒すべきにしか思えない。お前らに出来ないならオレがやってやる」 ツヴァイは強い口調で言う。 ・・・・。 分かっている。 分かってはいるんだ。 全ての白雪姫が目を覚ますわけではない。 全てのシンデレラが王子と再会できるわけではない。 全ての物語が・・・・・ハッピーエンドを迎えるわけではない。 「そのトラジという男も同じだ。もう更正の余地もなければ潰すぞ。 お前らにはそれができないだろう。なら・・・・オレがやってやる。 憎しみを背負ってやる。反感を抱え込んでやる。 オレはそれらに耐えうる強さを持って産まれてしまい、 オレはそれらを備えたままお前らの上に立ったのだからな」 分かる。 ただ、 ただ残酷な選択をしているわけじゃない。 自分達に出来ないから・・・代わりにやってくれると言っているのだ。 エクスポ。 トラジ。 もし、それらを壊す結果となったとして、 ツヴァイが手を下す結果となったとして、 それはやらなければならないことで、 正しい事かもしれない。 それでも、 皆に多少なりの不快感・・・反感・・・憎しみ。 それがツヴァイに対して産まれてしまうだろう。 余りにも小さくても、わずかでも、 ツヴァイに対してのマイナスが産まれる。 それでも、 それででもそれを背負ってやると言っている。 「ツヴァイさんは強いですね」 「カスには分からん苦労もあるさ」 「分かりました。もしも・・・もしもの時はお願いします。 ドジャーさん、マリナさん、ツバメさん、シシオさん。それでいいですか?」 ドジャー、マリナ。 ツバメ、シシオ。 それぞれ皆、 思うところはあるが、 もしも、 もしもという言葉の前に、 ただしぶしぶ頷いた。 「でも最小限・・・いえ、最大限、多少なりの努力はさせてください。 戻る可能性がないと判断した時、その時はお願いします」 「ふん。それが信じるというものか」 「いいえ。ただの一方的な理想。一方通行な期待と希望です」 アレックス達がどんなに願っても、 エクスポとトラジ。 彼らに戻る意志がないかもしれない。 そして戻る可能性さえないかもしれない。 ただ、 無い可能性への一方的な願い。 哀しく、 虚しく、 絶望なる願い。 「一方的。そうかもね♪」 そして、 本人はそう言った。 「!?」 「エクスポ!?」 「やぁ皆♪」 エクスポはいつの間にか、 当たり前のように、 そこに居た。 雲の地面から突き出した小さな出っ張り。 その上に腰掛け、 白い羽をパタパタと揺らし、 笑顔でそこに座っていた。 「こいつか」 ツヴァイは槍を落ち着いて構え、 一度アメットを整えた。 「まぁーまぁー待って待って♪まだその時じゃないよ!」 「・・・・・・・?」 「全ての芸術っていうのはさ。積み重ねて積み重ねて・・・それでパァーー!っとね♪。 そうやって最後に弾けていくから美しいんだよ?それこそが絶世の美さ! 努力無しでは結果は語れない。何もかもは積み重ねさ!」 そしてフフッと笑い、 エクスポは顔を傾けて、 笑顔のままで、 ただ暖かい笑顔のままで言った。 「絶望もね」 エクスポは両手を広げた。 「ボクにとってさ、君達は物凄く物凄く・・・物凄く大切な存在なんだよね! だからさ、君達は最高の芸術のもとで美しく消え去ってもらいたんだ!」 「エクスポ・・・・」 ドジャーは歯を食いしばった。 エクスポであって、 エクスポでない。 この存在。 どうとらえればいいんだ。 だから、 ただ、 ただこらえるしかなかった。 いっそこのエクスポを消し去ってしまいたいという衝動さえも。 「ま、ボクにもボクのスケジュールっていうのがあるのさ。 時は大切。チックタックチックタック♪刻んでいくから芸術はできあがるんだ!」 ふわりと、 エクスポが浮いた。 翼を羽ばたかせ、 フワリと浮いた。 「着いて来てよ!次のスケジュールに案内するからさ! なぁに、手間はとらせないよ!ちょっとしたアトラクションさ!」 そして背を向け、 ある方向にゆっくりと飛び始めた。 遥かなる雲の地面。 遥かなる宇宙の空。 どちらに何があるかなど分かりもしないが、 ただエクスポはどこかに案内するつもりのようだ。 「・・・・・・・どうする?」 「ふん。天使が天国で案内か。悪い冗談だ」 「でもどうするったって・・・・」 「どうするなどという選択肢はない。選択肢は2つあるが選択できるのは1つだろ。 1つは着いていく。どこへも行き場がないのだから罠と分かっていても行くしかない。 もう1つは・・・・あの天使を殺す。だがその選択肢はお前らが選べないものだろう」 「・・・・・・・・・・・」 その通りだった。 ただ、 ただ着いていくしか選択肢はない。 アレックス達は、 ゆっくりと歩み始めた。 「あ〜〜!芸術だなぁ♪無限の雲の大地♪夢幻の宇宙の空♪ 美しいね!とっても美しい!シンプルイズザベストの中でも絶世に入るよこれは♪」 嬉しそうに、 飛び回るようにエクスポは翼を羽ばたかせ、 皆を案内する。 着いていくのは6人の足音。 ツヴァイもエルモアを卵に戻し、 ただ人間の足音が6つ。 人間でないため、足音もしない空飛ぶ天使が一つ。 しゃべっているのも一つ。 「この風景がなんで美しいか分かるかい?」 エクスポは振り向き、 後ろ向きに羽ばたきながら言った。 「この風景でさえ、積み重ねの結晶だからさ!幾多の時を越えて出来た風景! 地上の自然の風景とかだって美しいだろ?でも風景がなんで美しいかっていうと、 それは何千という時を、何億という時を越えて出来たものだからさ!」 生き生きと、 活き活きと美を語るエクスポ。 間違いなくエクスポだが、 それはエクスポであってエクスポではない。 「"即席美学(インスタントビューティフル)"なんて存在しないよ! 美しいと思うものには絶対間違いなく時と積み重ねがあるのさ!」 ただ黙って聞いていた。 エクスポの言葉。 いつものエクスポの言葉だ。 だが、 何故かそれは虚しく哀しく聞こえた。 「ねぇドジャー」 エクスポはヒュルリと体を翻しながら飛び、 ドジャーの横に移動した。 だがドジャーは歩いたまま、 目も合わさなかった。 それでもエクスポはただ嬉しそうに話す。 「ボク達の友情っていうのは時が育てたものさ! その積み重ねたものが、何よりも大切なものが散る時っていうのはきっと・・・」 エクスポは飛びながら、 自分の体を抱きかかえながら、 震えながら、 「きっともの凄い美しい感動なんだろうね♪。 哀しくて、心が壊れそうになるほど・・・それほどのものだろうね♪」 ・・・・・・。 「ねぇ、アレックス君。マリナ」 エクスポは飛び、 アレックスとマリナの間に移動した。 アレックスとマリナもまた、 目もあわせずただ歩いた。 「最近のドラマや小説。それに映画ってどーいうものばっかりだと思う? 簡単♪。もちろんそれは恋愛が絡む美しい映画に違いないけど、 主人公とヒロイン。またはその逆。そのカップルに不幸は付き物だよね。 "身体障害"、"不治の病"、"結ばれない運命"・・・そして"どちらかに訪れる死"。 最近のドラマはそんなものばかりさ。でもそんなドラマが流行ってる。 なんでか分かるかい?そりゃすぐ分かるだろ?」 エクスポは一度空中でクルリと回り、 嬉しそうに続ける。 「それは人間が不幸にこそ感動するからさ。そーいう意味で人間って最悪だと思わない? ずっとケンカもしない幸せハートフルラブドラマなら誰も見ない。必要なのは不幸なのさ。 最近の芸術家達はそれに気付き、だからこそ世の中にそんな作品が出回ってる」 エクスポはもう一度ドジャーの方へと飛んだ。 「映画を見た感想。"感動して涙が"、"なんて可哀想な主人公なんだろう"、 "うぅ、死んじゃうなんて"、"心を打つ映画でした"・・・・・ハハハッ! きっとヒロインが死ななかったら何も印象が残らなかったくせに! そう!人はもう感動で涙する事なんてない。不幸が混じらなければ涙を見せない」 エクスポはドジャーに顔を寄せ、 嬉しそうな笑顔を見せる。 「人の死は芸術さ」 笑顔のまま、 暖かい、活き活きとした笑顔のまま、 エクスポは言った。 「積み重ねた年月。誰一人として手を抜いたら死んでしまう生命。 終わったらもう何も無い、あまりに重過ぎる命の価値。 だからこそ、だからこそ人の死には美しさがある。 一昔前と違い、人が感動するのはもう、人の死しかないんだよ」 人が背負う究極。 命。 何より自分が分かる命の重み。 それの・・・終わり。 無。 最重要の最終点。 「フフッ、ボクに見せておくれよドジャー、アレックス君、マリナ。 ボクの大切な大切な仲間。大切過ぎる、美しすぎる、欠かせない仲間。 それが・・・それが絶望を積み重ねて消えてしまう・・・・・・・・・美しさをさ」 あまりに、 あまりに活き活きと、 楽しそうに、 そして、 暖かい目で言うエクスポ。 本心の、 さらに本心の無邪気の究極のところから言っている。 そう・・・ 完全にエクスポの気持ちとして、 ただ哀しい言葉は胸に響いた。 「ならあんたが死ねばいいよ」 ツバメが口を出した。 「ん?」 「死が美しいんだろ?なら自分自身で死ねばいいじゃないかい」 エクスポは笑った。 その言葉に対して。 ただ苦笑に近い笑いを零した。 「馬鹿だね君は何も分かっていない。芸術は感じるものがいてこそ芸術なんだ。 ボクが死ぬ?それもいいかもしれない。それも一つの美しささ。 でもドジャー達の死の美しさを感じるにはボクが生きてないと意味ないじゃないか」 あまりに勝手な、 あまりに酷い、 神の言葉。 もう・・・昔のエクスポではないと、 ただ確信させられる。 哀しい、苦しい言葉。 「さぁ、着いたよ」 エクスポは大きく羽ばたき、 皆の先頭へと飛んだ。 「アトラクションのご招待さ。"展示会"と言ってもいいかもしれないけどね」 そこは、 小さな祠だった。 雲の地面。 そこから遺跡のような、 小さな建造物。 1部屋分ほどしかないだろう、 小さな小さな祠だった。 「ボクが案内するのはここまで。・・・・あぁー・・・覗いちゃおうかなぁ♪ いやいや、想像する中にも芸術ってあるよね♪」 「なんなの?」 「なんだこの小さな祠は」 「いいからいいから♪きっと楽しいよ!時間は取らせないさ! きっと・・・きっと楽しくて楽しくて・・・あぁ・・・考えるだけで胸が高鳴る♪」 エクスポは感動で小さく震えていた。 「じゃぁまた後でね♪」 エクスポはかろやかに飛び、 祠の裏に回ったと思うと、 見えないところで消えてしまった。 「・・・・・・・・」 案内され、 到着したその場所。 小さな祠。 それを前に、 ただ6人は立っていた。 「・・・・どうする?」 「どうするったって入るしか・・・」 「いい気分じゃないわね」 「そんないいもんは入ってないだろうからな」 「正直入りたくないね」 「だが進まなければどうしようもない」 ある種の強制。 ただ、 一つ用意された選択肢。 いやだろうが、 なんだろうが、 入るしかない。 「行くぞ」 ツヴァイが最初に歩を進め、 皆が続いた。 祠に足を踏み入れる。 「暗ぇな」 「そんな広い祠じゃないはずなんですけどね」 外見から見れば、 少し広い程度の一部屋だ。 薄暗く、 全体が見渡せない。 ただ、 ロウソクがポツリポツリと火を灯し、 小さな灯りをくれていただけ。 「うぅ・・・・う・・・・・・・」 うめき声が聞こえた。 奥から。 そしてすぐ傍から。 少し、 少し歩みを進めた。 するとすぐ部屋の奥へと着いた。 近寄ればそれが何か分かった。 「・・・・あ・・・ぅ・・・ぁ・・・・・・ツバ・・・メ・・・・・シ・・・・シオ・・・・」 ・・・・・。 トラジだった。 "ソレ"はトラジだった。 それは・・・ 分からない。 なんとも、 ただ、 変わり果てた・・・・・ 「・・・・・・ぁ・・・・見る・・・・な・・・・」 薄暗い祠。 それはつぶやいた。 マリナは目をそむけた。 その光景に。 ・・・。 人・・・ではない。 なら、 天使? でもなく、 なんとも言えぬ・・・・ 魔物。 魔物に近い形に変貌した・・・・・トラジだった。 背中から、 肌から骨と肉が突き出したような羽。 羽と呼んでいいのかも分からない。 ただ、 その裸の体に、 肉の翼が生えた魔物のような姿。 トラジの顔を覆う両手は、長い爪が突き出していた。 「トラ・・・ジ・・・・」 「クソォっ!!!」 ドジャーが横の壁を全霊に蹴り飛ばす。 ただ、 膨れ上がった何かの思いを発散したかった。 「あんた・・・何やってんだよ・・・・」 ツバメが手を伸ばす。 そのトラジの無き姿に。 「・・・ツバメ・・・シシ・・・オ・・・・・・・」 トラジは、 妖怪の如く変貌した顔が、 泣くようにクシャクシャになっていた。 いや、泣いていた。 「・・・・・・・・お前・・・」 シシオが少し俯いた。 俯きながらも、 トラジの姿を見据えていた。 「・・・クソ・・・・・ぅ・・・・見ないでくれ・・・・・・・・・」 魔物。 妖怪。 悪魔。 いや、 化け物とでも言うべき姿になってしまったトラジは、 ただ薄暗い祠の中、 自分の変わり果てた姿を見せたくないようだった。 「・・・・・・・転生が失敗したようだな。いや、成功させるつもりさえなかったのか」 ツヴァイが言う言葉。 冷たく耳に通る。 その通りなのだろう。 人でもなく、 神でもなく、 ただ、 ただこの目の前のトラジを現すなら、 ただ、 "失敗作" そう表現するしかなかった。 「・・・・トラ・・・ジ・・・・」 シシオが、 まるで上の空のような目線でつぶやいた。 凝視できない。 ただ、 現実を。 トラジの現状を。 「・・・・・・」 アレックスは言葉を詰まらせた。 「酷い事を・・」「むごい事を・・・」 そんな安っぽい言葉さえ、 出す事に抵抗を感じた。 「・・・・ツバメ・・・シシオ・・・」 そのトラジであったものは・・・ ただ、 ただ呻いていた。 涙を流しながら、 ただ、 「・・・・・・・可笑しいだろ・・・俺・・・こんなんに・・・・・・・」 哀れで、 哀れで哀れで哀れで、 ただ哀れなトラジは、 「・・・・・・・・殺し・・・て・・・くれ・・・・・・」 そう言った。 「な、何を言ってるんだい!馬鹿言ってんじゃないよ!」 ツバメは叫ぶ。 だが、 トラジは変貌した体で、 俯きながら、 会わせる顔もなく、 涙を這わせながら、 言った。 「・・・・自分の体だから・・・分かる・・・・もう駄目だ・・・・・」 「馬鹿言ってんじゃないって言ってんだろ!あ、あんた勝手にこんなんになって! ふざけんじゃないよ!いいからさっさとここから・・・・」 「やめてくれ!!!」 ツバメがそのトラジの冷たい手を、 変わり果てた手を引っ張ろうとすると、 トラジはその手を思いっきり払いのけた。 「駄目なんだ・・・こっから出ると俺ぁ死んじまう・・・・そういう体らしい・・・・ ・・・どっちにしろ・・・・もう数時間で崩れ落ちちまう・・・そういう体なんだ・・・・」 「そんな・・・」 死の宣告。 もう終わる体。 失敗作。 人でない体。 ・・・・。 マリナは覚えていた。 ルアス城の地下。 その実験房の数々。 その中にも、 同じく、天使量産のための実験に使われていた人々がいた。 そして、 それらも今のトラジと同じよう、 呪われた、崩れた体をしていた。 「クソッ!!これが神のすることか!?クソッ!クソったれ!!」 ドジャーは、 やり場の無い怒りを・・・ ただ、 拳に込めて握り締めた。 正真正銘、 クソったれな悪戯。 最悪の悪戯。 「いいんだ・・・・」 トラジは、 薄暗い祠の中、 呟いた。 「・・・遅すぎた・・・分かってたんだ・・・分かるのが遅すぎた・・・・・ ・・・・俺は間違ってた・・・ただ・・・・そうとしか言えねぇ・・・・」 哀しそうな目で、 ただ、 人間であったトラジの面影を残しながら、 確実にトラジであった瞳が濡れていた。 「親っさん・・・親っさんの面影を・・・俺ぁただ追いかけてた・・・ ・・・それが・・・それがこうなっちまったんだ・・・・・・ 死んだ人を追いかけて追いかけて・・・追いかけ続け・・・・ ・・・・そうしたら・・・・ただ・・・・死にぶつかっちまった・・・・・」 トラジは、 ただ話し続ける。 「親っさんはいつも言ってたのになぁ・・・・自分の道を行けって・・・・」 トラジは、 そう、 顔をこちらに向け、 懇願するような顔で・・・もう一度言った。 「・・・・殺してくれ・・・・・」 後戻りもできない。 ただ、 崩れ行くだけの体。 取り返しもつかない。 ただ、 終わりを待つだけの体。 「・・・・・・・・」 ツヴァイが一歩前に出て、 槍を抜こうとした。 が、 アレックスはそれを無言で止め、 首を振った。 「・・・・・・・・・・本当にもうどうしようもないのかい」 「あぁ・・・・無駄な嘘はつかねぇよ・・・・」 「・・・・・馬鹿野郎・・・・」 ツバメは、 両手を握り締め、 震えながら俯いていた。 歯を食いしばりながら。 シシオが前で出る。 「俺が・・・・やる」 そう言い、 シシオが刀を抜いた。 「・・・・へっ・・・本当にテメェは面倒見がいいんだからな・・・・」 トラジは変わり果てた姿で笑った。 シシオは、 ゆっくりと刀を振り上げた。 長身のシシオが刀を振り上げると、 それは・・・・ トラジの命を絶つ刃は高く高く振りあがった。 「・・・・・・・・・俺は」 シシオはがその状態で口を開く。 「・・・・あんたが・・・・兄貴分でよかった・・・」 「フッ・・・」 トラジは鼻で笑い、 ただ目をあわさず下を向いていた。 「地獄より下に魂売っちまって、天国で死のうってこんな俺に言う言葉じゃねぇよ」 自分へか、 何にへか、 居場所の分からない皮肉を言うトラジ。 だが、 シシオはそのまま続けた。 「・・・・・俺は・・・・正直親っさんの居なくなった《昇竜会》を抜けようと思ってた」 それは、 シシオにしては、 ハッキリとした、 ハッキリと現れた言葉だった。 「・・・けど、あんたが頭だったから残った・・・・それはあんたに親っさんを重ねたからじゃねぇ。 あんたっていう《昇竜会》を見て見たいと・・・そして付いていっていいと思ったからだ」 「・・・・・・俺に?」 「・・・・・・・・・あぁ、だがあんたは何を見てた。"何に成りたかった"」 何に成りたかった。 何に成りたかった? 何に・・・ 何に・・・・・・・・・・・ ---------------------------- 「あー、今日も遊びで朝帰りになるわー」 「またかい。ほどほどにしとけよ」 「朝ごはんはいるのー?」 「あー・・・一応作っといてー」 トラジ。 トラジ=テンノウザン。 年は・・・ なんだ。 10を4つ過ぎたくらいか。 学校とか修練とか、 そーいったもんは何も受けず、 ただ遊ぶだけの毎日だった。 「わっりぃ遅れたー」 「おぅトラ!」 「見ろよ!新しいクスリだぜ!"???薬"の新種!」 「けっこうガツンとクるらしいぜぇ〜?」 「ったくてめぇらは。歯ぁガタガタになんぜ」 「ギャハハ!っとか言いながらてめぇはてめぇでヤニ吸ってんじゃねぇよ!」 「タバコは二十歳になってから〜♪」 まぁ、 可愛いもんだったが、 いわゆる子供心的には悪いやつらって呼べる奴らとツルんでいた。 問題起こすのもしょっちゅうだったし、 ハッキリ言って腐った生活だった。 楽しいか?って聞かれりゃ・・・・まぁ楽しかった。 若いころの思い出ってやつだ。 親も何も言わなかった。 無関心・・・というわけでもなく、 ただ環境がそうだったからだ。 まぁ、 父は普通の商人で、母はただの手伝いだったが、 親戚とかそーいう関係にいわゆる闇関係の仕事が多かったからだ。 従兄弟のオッサンはサラ金。 二つ血が向こうのお姉は遊女。 そういうクズも居れば、 普通の仕事をしてるやつもいる。 まぁ、 そういう一風変わった血族だった。 「デカくなったなぁオイ!トラ坊!」 「トラ坊って言うなって!」 そして・・・・ その血族。 ちょい遠い親戚の中に・・・・ リュウ=カクノウザンは居た。 「ガキに違いねぇだろ?」 「リュウ兄だってまだ20・・・・えぇーっと・・・20代だろ!?」 「心がジャリ坊主だって言ってんだよ」 「ぐぅー・・・」 リュウ。 リュウ兄。 会う機会っていうと、 年に二回ほど。 正月やらそーいった時だけだ。 血縁表を見てもややこしいほど遠い血縁だったが、 年に二度会えるこの日が楽しみだった。 理由は・・・・ 「リュウ兄はヤクザの仕事どうなんだよ」 リュウの仕事。 極道って仕事が、やけにカッコよく映っていたからだ。 「まだまだだな。若いモンが上に立つとロクな事にゃぁならねぇもんでな」 「でもリュウ兄が組長なんだろ?」 「おうよ。不肖っつっても、それだけは胸張って言いたい事だ」 若くして、 《昇竜会》という組織の頭に登りつめたリュウ=カクノウザン。 人は言う。 『木造りの昇り竜』 カッコイイと思った。 ただ、 カッコイイと思った。 煙草を覚えたのも、 悪い仲間がどうこうよりもリュウの真似をしたいのが先だった。 「あっ、ヤニ吸うなら俺が火ぃ付けるぜリュウ兄」 「ジャリンコに火付け役頼むほど落ちちゃいねぇよ」 「・・・・子供扱いすんなって・・・俺だってもうすぐ15なんだぞ」 「・・・?おう、もうそんな年か。ならもう仕事時だな」 親戚の集まるこの席で、 一人貫禄の違う男。 煙を吐き捨てるリュウの姿。 それは見て惚れ惚れするものがある。 「おい、聞いてんのかトラ坊」 「あっ!えっ?んと、仕事ね。あぁー、なんつーかまだなんも考えてねぇーなー」 「あん?まだ筋も持ててねぇのか。いけねぇ。そりゃいけねぇなぁ」 「なぁなぁ!リュウ兄!俺もヤクザにしてくれよ!」 それは興味本位であり、 そして本心の内に言った言葉だった。 だが、 リュウは一度煙を噴出した後、 真面目な顔つきで言った。 「馬鹿言うな。極道ナメてんのか」 「え?」 「人様から見りゃ極道なんてチンピラと同じよ。だが違うのは"仁義"持ってるかどうかだ。 暴力を仕事にしようって"ハク"つけようって若者も多いが、そんなん違うってもんで。 それを弁えられるかどうか。極道は文字通り仕事じゃなくて"道"だ。 そんなハンパな心で入ってもらったって困る。いや、不愉快なんだよ」 「・・・・・」 よく分からないが、 拒否されている事だけは分かった。 まだ若いトラジにとって、 「なんだよケチ」 くらいにしか思えなかった。 「ま、おめぇの道が何かはまだあっしにも分からねぇ。お前が"どう成りたいか"・・・だ。 まずはそれを見つける事から始めな。どんな仕事でも誇りを持ってやれば華は咲くってもんで」 難しい話だなぁと思った。 ただ、 誇りを持って仕事をしているリュウ兄はカッコイイと思った。 そして思った。 俺は・・・・ 何に成りたいんだろうか。 年月がたった。 仕事。 成りたいかどうかは別として、 何かに成らなければならない・・・・ つまり、 働かなければならない時はすぐに来た。 父と母が死んだ。 ・・・。 まぁ語るに落ちないほど大した理由もありゃしない。 森で魔物に襲われた。 そんな理由だ。 責める相手もいやしない。 「ったく・・・・」 親孝行をする間もなく、 両親は死んだ。 貯金はあったが、 それでも仕事はしなければいけないだろう。 「しゃぁねぇなぁ」 トラジの仕事は決まった。 "武器職人" いきなりなんだと思うかもしれないが、 武器というものに興味があった。 その程度の理由だ。 まだ若く、 若すぎたための動機。 「趣味が仕事になればいいなぁ」 などという、 単純な動機だった。 「チッ・・わかんね・・・こうか?」 一人になった家の一室で、 トラジは武器造りに励んだ。 予想以上に面白かったが、 予想以上に思い通りにはいかなかった。 「へへっ、でも俺はこの道でリュウ兄みたいにでっかくなってやんぜ」 不純だろうがなんだろうが、 その道、 トラジが選んだ道は、 誇りを持つのに十分な道だった。 本当に心の底からこの仕事で大きくなってやろうと思っていた。 「なぁ!買ってくれよ!」 「こんなもん使い物にならねぇよ。うちじゃ扱えねぇな」 「・・・・・・・・クソッ」 仕事は上手くいかない。 夢もある。 努力もする。 誇りもある。 だが、 結果はすぐに結びついてこなかった。 売れない仕事。 減る財産。 週6で働き、 さすがに1日は遊んだ。 「何がいけねぇんだ・・・クソッ・・・・」 いつしか親の残した財産は底を尽きた。 仕事は金にならない。 減っていく金。 「しゃぁねぇか・・・・」 バイトを始めた。 本筋は武器職人だ。 だが、 生きていくには金が必要。 自分の夢のため、 そのために必要な金。 そのために必要な仕事だ。 週3で武器を造り、 週3で働き、 週に1日は遊んだ。 ・・・・ そんな日が続いた。 ・・・・ どれくらいたっただろう。 1年? もっと? よく分からない。 冬を一回越えたのは覚えている。 「しゃぁぁああああ!4−2きたあああああ!!!さっすがドロイカン!!!!」 その日は賭博場に居た。 付け足すと、 昨日も居た。 そんな毎日だった。 週4日働き、 残りは遊んだ。 最初は繋ぎでしかなかったはずバイトは、 いつの日か生きるための金稼ぎでしかなくなり、 余る金は全てギャンブルに使うようになっていた。 武器を作る部屋。 自分の成り上げるため、誇りを持って仕事をしていた部屋は、 いつの日か足を運ぶ事もなくなった。 誇りは埋もれ、 埃で埋まった。 夢はいつの間にか置き去りに、 ただ、その日の生に執着する。 生きる分の金集め。 ただ・・・・・ そんなしょうもない毎日だった。 「チ・・・あそこでやめときゃ良かったぜ・・・・」 ただ、 その日。 考えても次の日まで。 未来など見ることもなく、 ただ一日分の人生しか見ず、 "今を生きる" ・・・なんていう、 誰かが作った最高に愚かな言葉だけを言い訳に生きていた。 「オラァ!出て来いやぁ!」 「今日という今日は返してもらうでぇ!」 ありがちなセリフ。 聞き飽きたセリフと共に、 自分の家のドアを叩く音。 ドアを殴る音。 「・・・・ぐ・・・クソォ・・・・・」 ベッドに蹲り、 耳を塞ぎ、 ただ居ないフリをする。 「借りたもんは返すのが筋やぞ!!」 「往生せぇや!」 「聞き飽きたっての・・・クソ・・・帰ってくれよ・・・・」 聞こえないように、 ベッドの上で息を潜める。 金。 無くなれば生きられない。 生きるためには金。 無いなら・・・ そうやって借りてきた金。 無いから借りた。 そんな理由で借りた金は・・・・返せるアテがあるはずがない。 「・・・もうイヤだ・・・こんな人生・・・・」 自然と涙がこぼれた。 イヤだ。 イヤになる。 振り返ったって何もいい事無かった。 そして、 それは自分のせいで、 自分しか責めるものがない。 だから、 だからイヤだ。 涙しか零せるものがない。 泣いている自分がイヤだ。 こんなもの隠したい。 「え?なんでここに?」 「仕事(ゴト)はいいんですかい?」 突然、 家の外が静まった。 ドアを殴る音が止んだ。 「いいから帰れお前ら」 それは・・・ 聞いた事ある声だった。 「入れろトラ坊」 自分の名を知っている。 いや、そう呼ぶ声。 その声。 その・・・声・・・・ 「!?」 トラジは咄嗟に跳ね起き、 玄関に走った。 無我夢中で走った。 「まさか・・・・」 そしてドアを開け放つと・・・・ 「久しぶりだな」 あの日々と変わらず、 ただそこに、 笑顔で、 カッコイイ・・・・ あのリュウ兄が立っていた。 「リュウ兄・・・・」 「立ち話もなんだ。入れてくれるかトラ坊」 「そ、そりゃモチロン!」 トラジは玄関のドアを開けたまま、 居間へと走る。 居間に着くと、 そこらへんに転がっているゴミ。 食べ物の袋。 酒の空き瓶。 それらを蹴り飛ばすように端へよけ、 座布団の埃を払った。 「おぉ、畳部屋か。そういやテンノウザンのおっさんもこぅいう趣味だったな」 「あっ、リュウ兄!散らかってるけど・・・・」 トラジが座布団を敷くと、 リュウはそこにあぐらをかいて座った。 トラジは少し戸惑いつつ、 その向かいに正座して座る。 「あぁー、会うのはテンノウザンのおっさんとおばさんの葬式以来か? トラ坊。てめぇ親戚の集まりにもこねぇからよぉ」 「あ・・・いやぁ・・・・」 会わせる顔もなかった。 どのツラ下げていけるっていうんだ。 売れもしない武器職人。 いや、 作っていたのはいつまでだっけか・・・。 働きもせず、 自慢できる事もなく、 遊んだ記憶しかなく、 記憶に残らない金稼ぎの毎日しか話すこともなく・・・。 「元気でやってるか?・・・ったぁ聞くのはヤボだな。 組の顧客名簿を見たときは驚いたぜ。貸す側が言うのもナンだが・・・アホな事したな」 「あ・・・」 いや、 そりゃそうだ。 動転して考えていなかったが、 ヤクザに借りた金。 つまり、 その頂点はリュウなわけである。 「・・・・返すアテはあんのかい?」 「・・・・・・」 「・・・はぁ・・・・だろうな」 リュウはため息をつき、 懐からタバコの箱を取り出す。 「あ・・火ぃ点けるよリュウ兄・・・・」 「なんだそりゃ?ご機嫌とりか?・・・いい。ジャリンコの手ぇわずらわせるほど落ちてやいねぇ」 そう言い、 リュウは自分で自分のタバコに火を付けた。 トラジは取り出したライターをそのままポケットにしまった。 「ったく。部屋も酷い荒れようだな。あっしの部屋も褒めれたもんじゃねぇが、 こんな生活見たら死んだテンノウザンのおっさんとおばさんが悲しむぜ?」 「・・・・・・・・・」 言われたくない。 見られたくない。 リュウに。 リュウの兄貴に・・・ こんな情け無い姿・・・・。 「・・・・・・どうしたらいいか分からない・・・・」 俯いたままトラジは言った。 「あん?」 「一度は・・・武器を作る事に命をかけたんだ・・・けど・・・・ それも幻想だった・・・それは・・・自分の命を張れるほどのもんじゃなかった・・・・」 命を張れる仕事。 武器職人。 だが、 命を紡ぐ為にしたバイト。 結局それに走った。 それだけで、 仕事はやめた。 自分が成りたいものではなかった。 「・・・・・死のうと思った・・・・」 トラジは正座した自分の両膝に両手をあて、 俯き、 涙を零した。 「死んだような生活で・・・・こんなの・・・生きた心地もしなかった・・・・」 こらえように・・・ 涙は止まらなかった。 見られたくない。 リュウにこんな姿を。 だけど・・・ リュウには包み隠さず見て欲しかった。 聞いた欲しかった。 何か言って欲しかった。 「もう・・・生きてても何に成りたいのかも分からない・・・・ なら・・・生きてる意味なんてない・・・死のうと思った・・・・・」 弱く、 ただ弱く、 弱音だけを零し、 零れ落ち、 それでも止まない、 それでも止まらない・・・ それでも零れ落ちる・・・涙。 顔もあげられない。 リュウはどんな顔をしているのか。 分からない。 「・・・・・・・・ふぅ・・・」 リュウは一度タバコの煙を吐き出した。 「トラ坊。顔あげろ」 「・・・・え?」 トラジが言われて顔をあげた。 あげた瞬間だった。 「馬鹿野郎!!!」 リュウの拳が飛んできた。 本気の。 全力の拳だった。 トラジはそのまま吹っ飛び、 部屋のゴミの山の中に転がった。 「う・・ぐ・・・」 頬が痛い。 だが、 顔も上げられない。 目を合わせられない。 だが、 リュウは言う。 「てめぇ!死ぬ死ぬってなんだ!馬鹿も休み休み言え! ジャリンコのクセに死ぬなんてぇいっちょ前の言葉ほざくんじゃねぇ!!」 リュウの言葉は耳に響いた。 「てめぇはいつから勝手に死ねるほど偉くなった!?あぁん!?」 「・・・でも・・・・」 「てめぇの命をてめぇのもんだって勝手に思ってるからてめぇはジャリンコなんだ! てめぇをそこまで育て上げたのは誰だ!?あん!?テンノウザンのおじさんとおばさんだろ! てめぇがそこまで育つまでどんだけ金かけた!?どんだけ愛をかけた!? それの清算も出来てねぇジャリンコのくせに!勝手に死ぬたぁどういう性分だ!!」 リュウの言葉は耳に響く。 頭に。 心に。 「自分さえも一人前になってねぇのにナメた口きいてんじゃねぇ!」 「リュウ兄・・・でも俺・・・・」 「シャンとしろトラ坊!馬鹿でくだらねぇ事やってた昔のてめぇのがまだマシだ! なんも目標もなく、なんも成りてぇもんもなくブラブラしてたテメェだが! 死にたいとは思ってなかったはずだ!くだらねぇ遊びのためだろうがなんだろうが! 生きたいと思って生きてたはずだ!意味のねぇ自信もあったろうに! 意味のねぇ誇り(プライド)もあったろうに!なのに今のテメェはなんだ!」 「うぅ・・・・・」 ゴミの山の中、 自分が築いたゴミの山の中、 自分の人生を象徴したゴミの山の中、 トラジは両手をついて、 泣いた。 「リュウ兄・・・・」 「なんだ」 「・・・・俺に・・・まだ道はあんのかな・・・・」 生きる道。 死なない道。 進む道。 何かに成る道。 何かを・・・成す道。 「知らねぇよ」 「・・・・・・・」 「てめぇの道はてめぇで見つけろ。てめぇの道はてめぇで作れ。 そしてそれはそうであって、それ以外にはねぇんだ」 「・・・・・・・」 恥ずかしながら、 その時にトラジが思ったこと。 それは見当違いも甚だしく、 リュウの説教のかいもないような、 そんな感想だった。 カッコイイ。 リュウの兄貴はカッコイイ。 ただ、 そんな見当違いでしかないこみあがった想い。 だが、 それで、 それだけで・・・ 分かった。 晴れた。 何かが晴れた気がした。 真っ暗な。 行き止まりだった・・・死しか連想させらない暗闇。 ただ手探りでしか生きられなかった毎日。 それが・・・ 晴れた。 一本・・・ 一本・・・だけ・・・道が・・・・ 思い出した・・・と言ってもいい。 変わってなかったと言い換えてもいい。 「リュウ兄・・・俺さ・・・なんも分からないジャリンコだけどよぉ・・・・」 リュウは黙って話を聞いた。 「でもな・・・こんな俺でもとりあえず・・・一本だけ道が見えたよ・・・ 一本しかないし・・・こんな事しか思いつかない・・・・ けどさ・・・それしか見えないし・・・・終点は見えないけど・・・それは凄く輝いてんだ・・・」 「・・・・なんだ?」 「俺はリュウ兄みてぇになりたい」 そこで、 初めてトラジはリュウを真っ直ぐ見た。 「馬鹿に聞こえるかもしれねぇけど・・・ハッキリ言えるんだ。俺ぁリュウ兄みてぇになりてぇ。 リュウ兄みたいに自信もって・・・筋張って・・・貫き通して生きる男になりたい」 「おいおい・・・あんな・・・・」 リュウは呆れながら説教でもしてやろうと思ったが、 トラジの目。 それを見て・・・やめた。 そのトラジの目。 真っ直ぐ。 ただ真っ直ぐ自分を見据える目。 見えて分かる。 言っても聞かない。 頑固で、 直線的すぐる真っ直ぐな・・・ 筋の通った目・・・・ 「・・・・ったく」 リュウは灰皿にタバコを押し付けながら、 片手で頭をかいた後・・・ 「言っとくけどな。あっしを目標にしたところで出来上がるのはやっぱお前だ。 あっしを真似したところで、出来上がるのはやっぱお前自身の未来の姿だ。 そこんとをちゃんと理解した上での意見だろうな?」 「全然分かってねぇ」 「はぁ?」 「今んとこ、ただ漠然と・・・その・・・リュウ兄自体になりたいって言ってもいいくらいだ!」 「・・・・・」 呆れてため息が出る。 「トラ坊」 「なんだい!」 「ここだけは肝に免じておけ。あっしを目標にするのはいい。そういうのも大事だ。 けどな、それでもお前はお前の信じる道を行け。 それがあっしを目標にした道だろうと、お前の道を行くんだ。いいな?」 「分かったぜ!」 「本当かねぇ・・・」 「で・・・その・・・リュウ兄・・・・」 「あーあー・・・わぁーってるわぁーってる。入りてぇんだろ?《昇竜会》によぉ」 トラジは目をきらめかせた。 そして声を張り上げて答える。 「おう!!!」 「借金は?」 「あっと・・・」 トラジの威勢はズテンとこけた。 「あー・・そうだった・・・・」 「そこは筋みせてくんねぇとな。てめぇの尻はてめぇで拭け。 てめぇがやったことだ。チャラにしてもらおうなんて甘ぇ事考えてねぇだろうな?」 「う・・・・」 「はぁ・・・・ほんと世話のやける・・・」 リュウは新しくまたタバコに火を付けた。 トラジはライターを用意しようと思ったが、 そんなヒマもなくリュウは火をつけてしまってガッカリした。 「オツトメだな」 「へ?」 「ちょっと牢(ブタ箱)入ってこいってこった。極道の世界にゃそーいうのもある。 いわゆる肩代わりってやつだが・・・・金はチャラにしてやっからそれしろ」 「牢屋?」 「タダでチャラになると思ったか?勘弁してくれよ。それくらいの筋は通せ。 でもま、テメェはもう俺の子だからな。それぐらいで済ましてやろうってこった。 頭冷やす時間にゃ調度いいし、お前がシャバで金稼ぐよりゃ短い時間で済む。 もともとオツトメ候補がいなくて難儀してたとこなんだ」 「ろ、牢屋か・・・・分かった」 「ま、世の中甘くねぇってこった」 ドンッとリュウはトラジの肩に手を置いた。 その頼もしい手を。 「ブタ箱で頭冷やして綺麗サッパリになってこいや。 そん時、場合によっちゃぁテメェは筋通った一人前になってるかもなぁ」 タバコを咥えて笑うリュウの顔は、 やっぱりカッコよかった。 本当に、 ただ、 ただこんな男になりたいと思った。 「オツトメご苦労さん」 数年たった。 数年で済んだのは結構自慢なところだ。 牢獄生活を経て、 ルアス城の門を出ると、 そこにはリュウが一人付き人を従えて立っていた。 「どうだったい?ブタ箱はよぉ」 「楽しかったぜ」 トラジは笑った。 ま、 楽しいはずもないが、 あれも試練みたいなもんだ。 考える時間だけは好きなだけあった。 考えて考えて。 人生。 自分の人生なんてものを考えるのは初めてで、 考え抜いた。 ・・・、 で、 結局その数年考えた結果。 やっぱ答えは一つしか出てこなかった。 「そうかい」 目の前で笑うこの男。 リュウ。 リュウ=カクノウザン。 この男。 こんな男に・・・ただ成りたい。 ただ、 そんな気持ちが膨れ上がっただけだった。 「あ?ウソついてると思ってるなリュウ兄! 俺ぁ金なくて飯が食えなくて、飯食うために金借りて、 んであんなブタ箱入るはめになったのによぉ、 これがどうだ。ブタ箱入ると飯がタダで食べれるってんだぜ?」 「ハッハハハ!!そりゃ面白れぇ話だ!」 そう言いながら、 リュウはタバコの箱を取り出した。 「あ、俺に火ぃつけさせてくれよ」 「ばーか。テメェが俺の火ぃつけるなんざ十年早ぇんだよ。タカ坊。火ぃ」 「へい」 リュウがタバコを咥えると、 その付き人。 真っ赤なスーツを着たヤクザが、 リュウのタバコに火をつけていた。 うらやましいなぁと思った。 あのポジション。 あそこに行きたいなぁと。 あれ? なんだ。 自分はリュウのような人間に成りたかったんじゃないのか? リュウのような人間に成ってやろうと思ったんじゃないのか? 長い牢獄生活。 ずっとそう考えてたんじゃないのか? ・・・・。 ハハ。 馬鹿だった。 やっと気付いた。 なんのこともない。 リュウのような人間に成りたい。 それは言い得て妙ってやつだ。 そんなんじゃなかった。 それであってそうじゃなかった。 少し違った。 ただ・・・・ リュウに近づきたかった。 それだけじゃないか。 「っていうかトラ坊」 「ん?」 「なんだその恰好」 「あっ、やっと気付いた?」 ヘヘッと笑い、トラジは自分の恰好を見せびらかす。 「看守に頼んで用意してもらったんだ」 それは・・・ 黒い。 真っ黒なスーツだった。 「今日から楽しいヤクザライフだからな!我慢できなくってね。 見てくれよこのスーツ。結構な値がしたんだぜ?」 「ったく。借金してブタ箱入った奴がまぁ・・・どう思うタカ坊」 「・・・まぁ、俺のスーツほどじゃねぇが決まってんじゃないですか?」 「だろ!?それにこの髪見てくれよ!」 トラジは髪を後ろにかき流す。 ポマードでピシっと決めた・・・真っ黒なオールバック。 固めすぎじゃねぇの?っていいたくなるほど、 完全なるオールバック。 「気合いれねぇとと思ってさ。そんで・・・・」 そして、 懐から取り出したのは・・・・ 「あん?グラサン?」 「イカすだろ?」 真っ黒のサングラスをかけ、 トラジは親指を立てる。 「俺はもうあん時みてぇに泣いたりしねぇよ。そんであん時手に入れた目も忘れねぇ。 もう進む道はできたんだ。視界を暗闇で覆ったって歩いていけるぜ」 ニッと笑うトラジ。 立てた親指は下ろさなかった。 「なぁーにがだ。カッコつけたいだけのクセに」 「あ、バレた?」 「ま、いいか。恰好から入るのも重要だ。釣竿が無けりゃ釣り師にゃなれねぇってなぁ」 「ヘヘッ、さっすがリュウ兄!」 「調子のんじゃねぇーっての」 「っていうか親っさん。こいつの"ソレ"はよくねぇんじゃ?」 「ん?」 「へ?何が?」 「お前の言葉遣いだよ。親っさんに対して"兄"はねぇんじゃねぇか? リュウの親っさんはこの組の長だぜ?メンツってもんがあんだよ」 「あぁー・・・」 なるほどね。 よく考えると、そういう社会ってものに入るのは初めてだ。 「んじゃ俺も親っさんって呼べばいいか?」 「あぁそれでいい」 「なんたって今日からこの《昇竜会》の!親っさんの"子"なんだからな!」 「あぁ」 「一生着いてくぜ親っさん!」 「着いてこなくていい」 「ありゃ?」 リュウはニィと笑った。 「てめぇはこれから俺の子だ。親は子を見捨てたりやしねぇさ。 てめぇが着いてこなくても、血眼になって世話してやらぁ」 そう笑うリュウ兄・・・ いや、リュウの親っさんは凄くかっこよくて、 何を見ずとも最強だと思った。 何を思わずとも最高だと思った。 「ハハッ・・・・」 あぁ・・・ やっぱりサングラスを持っといてよかった。 本当に・・・・ もうメソメソしてらんねぇ。 なのに、 なのに親っさんの言葉は胸に染みてしまう。 強くて暖かい。 そんな言葉。 ・・・・・サングラスを持ってきてよかった。 こんな・・・ こんな目・・・ こんな顔・・・ 潤んじまったじゃねぇか・・・ 見せられねぇよ・・・・ 親っさんに今更見せられっかよ・・・・・ ヤクザ。 極道。 《昇竜会》 憎まれる仕事だし、 危ない仕事だし、 くじけそうになる事が多かったが、 くじけなかった。 そういう場所で、 そういう組織で、 そういうものだった。 やりがい・・・なんて言葉じゃない。 根性? いや、 まぁ辞めてたまっかってところだ。 空気もうまい。 支えあうわけでもない。 馴れ合うわけでもない。 義理と人情。 そのほどよい距離と暖かさ。 タカの兄貴は小難しい人だったし、 俺より後に入ってきた奴もなかなか出来損ないだったし、 苦労は耐えない。 けど、 筋くらいは通して生きる。 リュウの真似をして、 リュウに近づきたくて、 リュウのように成りたくて、 竜のように成りたくて、 リュウに成りたくて・・・・・ スーツとグラサン。 そんで毎日オールバックを決めて、 一世代古いこの恰好で、 一足先を目指す。 身なりが整えば後は一つ。 心に仁義を灯せばいい。 簡単だ。 進めばいい。 間違っちゃいない。 間違っちゃいない。 ただ進むだけだ。 目標は一点。 あの空翔る竜へ・・・・ 俺は虎だけど、 いつか飛べる。 いつか登っていけるはずだ。 竜虎が相容れないなんてことはない。 お前はお前。 虎になれ・・・・なんて親っさんは哀しい事を言うけど。 俺は竜になる。 俺は・・・ リュウになるんだ。 ------------------------ 「・・・・・へへっ・・・・」 トラジは笑った。 あまりに変わり果てた姿で。 何よりも変哲な姿で。 竜でもなく、 虎でもなく、 人でもなく、 自分でもない。 そんな姿で。 だが、 笑った。 「ありがとよシシオ・・・・思い出したぜ・・・・」 そのまま笑った。 「俺はトラジ。トラジ=テンノウザンだ・・・・」 トラジは拾った。 その場に落ちていたサングラス。 それを拾い、 似合いもしない恰好のまま、 自慢げにかける。 「俺が成りてぇもん・・・何も間違っちゃいなかった・・・・ 間違った道だったが・・・"それは何も間違っちゃいなかった"・・・・」 腐りかけたような、 だがまだ面影のあるオールバックを後ろに流す。 「俺は竜に・・・・リュウに成りたかったんだ・・・・・ 親っさんは自分の道を行けなんて言ったけど・・・・違う。それこそ俺の道だった・・・・ リュウ=カクノウザンに成る・・・リュウ=カクノウザンに近づく・・・・それだけだ。 そのために狂っちまおうが、間違った道を歩もうが関係ねぇ・・・むしろ幸福だ・・・・ ただ・・・俺が思うままに・・・狂うままに・・・・真っ直ぐ間違った道進んだだけだ。 間違っちゃいなかったさ、何も・・・何一つ・・・・・・・・」 拾い上げた。 リュウに託された木刀。 "大木殺" 「俺が進んだ道は間違った道で!それはただ死の崖に繋がっていた! それは竜にもリュウにも天にも繋がっていなかった!・・・・だが・・・・ 何一つ間違っちゃいなかった!何一つ迷ってもいなかった! ただ俺は俺の思うままに真っ直ぐ光の道を進んだだけだ! リュウの親っさんに近づきたい!真の意味でなく、ただジャリのように近づきたかっただけだ! 尊敬し尽したかった!崇拝し尽したかった!崇高に崇め続けたかった!それだけだった! そんな道・・・・・それが死への道でも、狂いへの道でも!何一つ後悔はねぇ!!!」 トラジは背を向けた。 変わり果てた体。 だが、 消えかけても、 変わり果てても、 背中にはハッキリと刻まれていた。 竜と虎が立ち昇る刺青。 「不肖!この俺!姓はテンノウザン、名はトラジ! 《昇竜会》を継ぐものとして、御免こうむる事しか残せなかったが、 俺自身、俺自身は《昇竜会》の、リュウ=カクノウザンの思いがまま生きた! 後悔はねぇ!退いちゃいねぇ!迷っちゃいえねぇし!振り向かねぇ!! よってこの場、この時を持って!堂々とこの人生に幕を下ろさせてもらう!」 そう、 そう叫んだ後、 言葉通り振り向きもせず、 ふと笑い、言葉をかけた。 「ツバメ。シシオ。後は頼んだぜ」 「・・・・」 「・・・・トラジ」 「手前勝手ながら、先に逝かせてもらうとすらぁ。だが、晴々しいもんだ。 これが親と子。義理と人情ってもんなんだろうな。 子がいるから、何の後悔も名残もなく好き勝手身分勝手に逝けるってもんで」 「・・・・本当に勝手だよ」 ツバメは俯く。 「馬鹿野郎・・・・」 「ヘヘッ。親の特権でさぁ。その言葉、冥土に持っていくには上等な餞(はなむけ)ってもんだ。 三途の河で屋形船。酒に思い出、花真っ盛りってなぁ悪酔いしそうだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シシオ。介錯頼む」 シシオは、 緩んでしまう表情と別に、 振り上げた刀。 その手は強く・・・強く握り締めた。 「最後に不肖な親分からてめぇらに送るぜ」 トラジは最後までこちらに顔を見せなかった。 そのまま、 そのまま一言だけ言って・・・・ 「その人生に・・・その胸に・・・・仁義を刻め。馬鹿野郎」 祠から出た。 後味は悪いものだ。 どんな姿になっても、 どんな決心があっても、 仲間の首が飛ぶところなど、 心地よいものでもない。 「・・・・・・・ハァッ・・・・」 ドジャーはため息しか出なかった。 やりきれなかった。 決心もあり、 大往生・・・とでも呼べるのだろうが・・・・ それでも・・・・・ 「死を肯定する考えっていうのは賛同しかねるんですけど・・・・」 だがアレックスも、 そう言いながらも、 やはり・・・ やはりトラジは立派に生きたと思った。 一部分しか見ていないが、 散り様。 それを見ても、 何一つ後悔がない。 良かったなどとは言えないが、 決して・・・悪いはずもなかった。 「あれ?ツバメは?」 祠から出てきたが、 ツバメの姿だけがなかった。 「まだ祠に?」 「まぁ・・・思うところはあるだろうよ」 「なぁーにが。いつまでもメソメソしてられるかってんだよ」 一足遅く、 祠から出てきたツバメ。 「お、おま・・・」 「何・・・・」 「アハハ。似合う?」 自慢げに見せるその姿。 ツバメの顔。 そこには・・・・ トラジのサングラスがあった。 「形見ってとこかね」 そう笑うツバメだったが、 もう一つの目的もすぐに分かった。 皆に分かった。 目を見せたくないんだな。 強がったって・・・ サングラスの下に涙の跡くらいは見えるっていうのに。 「あ、あとこれ」 ツバメが取り出したのは木刀。 トラジの、 リュウの、 木刀"大木殺" 「うちじゃあつかえないけどさ。やっぱお家に飾っとこうかと思ってね。 なんたってうちの組長二人が継いで来た木刀だよ。 これからの《昇竜会》。その子。その子の子の子まで、その心が伝わるようにってね」 悔しいものだ。 嬉しいものだ。 寂しいものだ。 人が死んでも・・・思いが残る。 人が死んでも・・・想いが残る。 残ってしまう。 こびりつくように、 最高に。 ・・・・ 素晴らしいもんだ。 哀しいもんだ。 夢か。 幻か。 無限か夢幻か。 トラジは何も無い世界に立って、 真っ白な世界に立って、 ただ立ち尽くした。 「あぁ・・・・そうか・・・・」 その真っ白の世界で、 トラジは笑った。 「また待っててくれたのか」 その先。 真っ白の、 真っ白の先。 真っ白の道の先。 ただ、 ただ真っ直ぐ進んできた道の先。 そこには、 リュウが居た。 「親孝行に来るには早すぎだぜ。トラ坊」 ニッと笑うリュウは、 あの日の、 あの時の、 カッコイイあのリュウのままだった。 「へへっ、トラ坊はよしてくれって」 「あぁそうだったな。虎の字」 ただ笑った。 それだけで、 それだけで十分だった。 真っ直ぐ。 真っ直ぐリュウの方を向ける。 真っ直ぐリュウを見れる。 それだけで、 それだけで・・・・・ 「まぁ説教は後だ。酒の準備はできてるぜ。 耳にタコができるくらい説教をつまみに、酔いつぶれるまで付き合えや」 「ハハッ・・・そりゃ勘弁だぜ」 親っさん。 親っさん。 リュウの親っさん。 リュウ兄。 俺ぁ・・・ 俺ぁ登る事はできなかったけど・・・ けど・・・・ だけど・・・・・ 「何ぼやぼやしてんだ。行くぞ」 「あ、はい!!」 「あぁそれと・・・・」 リュウは懐から、 タバコの箱を取り出し、 それを一本咥えた。 「虎の字。火ぃ」 「へい!!!!!!」 走った。 リュウの居るほうへ。 真っ直ぐ。 真っ直ぐ。 一度も迷わなかった、 間違った道。 間違ってようが、進んだ道。 間違っちゃいなかった。 間違っちゃいなかった。 後悔なんてなにもないんだから。 ただ、 ただ竜になりたくて、 ただリュウに近づきたくて・・・・ ただ進み続けた道だ。 道を極めたさ。 極道だ。 あぁ、 華が咲く。 三途を土産に瓶は空だ。 竜と虎が酒を飲み、 爪と牙を一度もぶつける事なく研ぎあった。 あぁ、 よかった。 何も、 何も後悔はねぇ。 死にてぇなんて、もう思わない。 死んでもいいと、ただ生きこれた。 ただ、 ただ・・・・・ いい人生だった。 「汚らわしい!あぁ!人間如きが!絶望をくれてやったと思ったのに」 何もかもをぶち壊すように、 ジャンヌダルキエルは震えた。 怒りで身を震わした。 「残念だったねジャンヌダルキエル様」 エクスポ。 フウ=ジェルンがジャンヌダルキエルの周りを飛びながら話す。 「どうするんだい?絶望を与えるならもう、ただ完膚なきまで死を植えつけてやるくらいかい?」 楽しそうに言うエクスポ。 ただ嬉しそうに、 全ては終わりを楽しむだけの余興のように。 「ふん。そうしてやるくらいしかないだろう。我が主アインハルト様に会わす顔がないからな」 「ボクとジャンヌダルキエル様。二人でやるのかい?」 「いや、もう一人。四x四神(フォース)の最後の一人を使う」 「あれ?いたっけ?」 「ふん」 ジャンヌダルキエルは横に目をやる。 「おい。晴れてお前を正式にライ=ジェルンに任命してやる。 その不快な態度には目を瞑ってやる。だからわらわがために戦え」 そこに、 その地べたでゆったりと、 ただダルそうに寝転がる男、 ただダルそうに寝転がる天使は、 タバコをふかしながら答えた。 「あぁー?やだよダッリィ・・・・。ほんと・・・なんもかんもダッリィ事ばっかだなぁオイ・・・・ やだやだ・・・・生きるもの死ぬのもダリィし、殺すのも殺されるのもダリィ・・・・ 無理無理。俺やる気ねぇもん。メンドくせぇもん。パスね。うん。パス。しゅーりょー」 ネオ=ガブリエルはそのまま面倒くさそうに寝返りをうった。 |
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