「避けろ避けろ!!見るからにやべぇ!」
「分かってますよ!」
「ちょっとドジャー!あんただけ高速で逃げてんじゃないわよ!」

逃げろ。
と、
ただそう言うのも分かる。
空中に浮かぶスイ=ジェルンとエン=ジェルン。
彼らが唱えたスペル。

クリスタルストームにフレアスプレッド。
水氷属性最強の魔法と、
火炎属性最強の魔法。

「おいおいどういう魔法なんだいアレは!?」
「知りません!見たことないですもん!」

アレックス達は逃げる。
どこへ?
どんな魔法がどのように発せられるかも知らない。
だからこそ恐怖であり、
逃げているわけだが、
だからこそ逃げる術も知らず逃げる。

「ドジャーさんとツバメさん速過ぎです!」
「待ちなさいよ!」
「逃げるが勝ちなんだよ!」
「殺すのも趣味じゃないけど殺されるのはもっと趣味じゃないんでねぇ!」

見知らぬ雲の大地で、
ドジャーとツバメがどことも知らず走り、
アレックスとマリナが追いかける。
シシオは少し出遅れていた。

「ハハ・・・・逃げても無駄ですよ異端者達」
「ぜっってぇ逃がさねぇよ!!!!」
「クリスタルストームは何もかも串刺しにします」
「フレアスプレッドは何もかも消し炭にすんぜ!」
「水のように蒸発しなさい」
「火に焼かれて蒸発しろい!」

アレックスは逃げながら見上げた。

「な・・・・」

空中。
宇宙の星空。
星かと思った。
だが、
それは一面の氷の流星。
ツララ。
いや、そんな生易しい表現ではなく、氷柱と表現するのが正しい。
氷の一本でかき氷を一年分作れそうな氷柱が、
次々と落下してきている。
クリスタルストーム。

「あんなの・・・ありですか・・・・」

さらに・・・
さらに違う方の空中。
宇宙の星空。
それは・・・
太陽かと思った。
だが、
それは一つの炎。
超巨大な火炎球。
二世帯住宅の丸焼きでも作りたいのか?
そんな大きさの火炎球。
フレアスプレッド。

「異端者よ。私の魔法は流星が如く。水が如く流れ、氷の如く確固たるもの。
 流るる天の川の星が如く、この大宇宙の海の星が一つになるがいい」
「異端者!俺の魔法は太陽が如く!火のように生まれ、炎のように全てを巻き込む!
 太陽の灼熱に焼かれ!漆黒の宇宙の炭クズになって散ってしまえ!」

「じょ、冗談じゃない・・・」

アレックスは考える。
威力の想像はつく。
あの魔法は危険だ。
避けきれるか?
避け切れなかったら終わりだ。

「だけど、規模の大きさに反して単体を標的にする魔法のようですね。そこが狙い目ですか・・・」

逃げながら、
危険な状況でありながら、
アレックスは分析する。
だが、
単体を狙っていようが、
あの規模・・・。
巻き込まれる。
十二分に。

「なら、標的になっているのは誰なのか・・・です!」

アレックスはしっかりと見上げる。
空。
空中。
幾多の巨大な氷柱。
クリスタルストーム。
たった一つ巨大な火球。
フレアスプレッド。
それは・・・・
その標的は・・・・

「あれ・・・・」

アレックスは立ち止まり、キョロキョロと見回した。

「あれ?皆さん?」

あれ・・・
あれ?
居ない。
みんな居ない。
だぁーれも。

「・・・・・・・・・・僕を見捨てた!?」

いや、
まてまてまて。
落ち着け。
みんな逃げているんだ。
落下地点を推測したらそこから離れようと思うのが普通。
普通だ。

「ふむ・・・」

アレックスは見上げる。
元気よく、
氷柱と火球が落下してきている。

「うん・・・・」

周りを見回す。
みんないない。

「なるほど」

つまり。

「僕、死にました?」

あの大リーグ級の超魔法は自分に向かって降り注いでいるのが確定で、
それでその落下地点に立っている馬鹿が一人。
氷付け?
丸焼き?
どちらもお好きに召し上がれ。

「マ、マヌケ過ぎた!」

アレックスは絶望した。
いつもまず自分を大事にするこの自分。
なのに、
うん。
一言でいうと"下手こいた"。

「はぁ・・・・僕の悪運の良さと悪運の悪さにも自分でも嫌気がしますよ・・・」

ペチンと自分のデコを叩き、
ため息をつく。
自分を笑い飛ばしたい。
だが、
結構マジで笑えない。
いろいろポジティブに考えてもどう考えても死ぬ。
うん。
死ぬねこれ。

「天国の父さん母さん。お邪魔します・・・」

と、
天国でつぶやくアレックス。
諦めたくないが、
諦めるに値する状況だった。
だが、
叫んだ。

「しまった!!」
「またやっちまった!!!」

誰が?って・・・
スイ=ジェルンとエン=ジェルンだ。
蒼白い肌をした天使スイ=ジェルン。
赤黒い肌をした悪魔エン=ジェルン。
彼らは叫んだ。
なんで?って・・・
それは・・・・
一目瞭然だった。

「あれま・・・・」

下手こいたとはむしろ向こうだった。
アレックスの上空。
ふりかかるはずのクリスタルストームとフレアスプレッド。
それは・・・・

お互いがぶつかり、
相殺して消え去った。

「だぁぁあああ!だからスイ=ジェルン!てめぇの魔法は邪魔なんだよ!」
「それはこちらのセリフですエン=ジェルン。私の邪魔をしないでください」

火と水。
炎と氷。
その最強級の魔法は、
つまり両方とも最強級で、
最強級+最強級は、
イコール。
最強級−最強級だった

「助かった・・・・」

偶然・・・とはいえ、
アレックスは胸をなでおろした。
自分の悪運の悪さは呪いたくなるが、
自分の悪運の良さは褒め称えたくなった。

「カカカッ!命拾いしたな!」

いつの間にかドジャーがアレックスのすぐ傍に居た。

「したな!じゃないですよ!死ぬとこだったんですから!」
「死ぬとこだったな!」
「死んだら何も食べれないんですよ!」
「いや・・・そこじゃねぇだろ・・・・」

そこじゃぁないですね。

「見殺しにする気だったんですか!?」
「ばっか!おめぇ、俺が助けにいってどうなったってんだ」
「決まってるじゃないですか。僕の盾になるドジャーさん。なんてカッコいいんでしょう。
 僕はそのドジャーさんのカッコよさをオカズに夕御飯をモリモリ食べます」
「オカズにすんな・・・・」

まぁそうだ。
オカズにしなくても御飯はおいしい。
花がなくてもダンゴはうまい。
名言だ。
自伝を作ったら刻んでおこう。

「どっちにしろあの規模じゃ盾になるもクソもねぇだろ」
「そりゃそうですね」
「ありゃ避けるしかねぇな」
「いえ」

アレックスは少し笑った。

「今ので分かりました。あの人達は凄い。両極端に凄いです。
 天使と悪魔。火と氷。性格も含めて正反対に凄いです」
「だが逆に・・・か」
「そう。あの人達は同時に戦えない」

今の攻撃のように、
火の水。
炎と氷。
それらは相対し、
相殺してしまう。
同時に戦えない。
同じくらい物凄い真逆。
それはつまり足したら0なのだ。

「ここは分散すべきじゃないです。むしろ一塊になって5対2の状況を作るのがベストです」
「あの天使と悪魔を同時に戦わせるってことか」
「そうすればあっちはただ戦いにくい」
「採用。かつ却下だ」
「へ?」

ドジャーがハッキリ言う。

「実行不可能だ」

と言い、
ドジャーは両手を広げて苦笑いした。

「周り見てみろ・・・」
「あれま・・・・」

ここはどこだろう。
コスモフォリアのどこか。
雲と果てしない宇宙。
そして・・・
マリナ、ツバメ、シシオの姿がどこにもない。

「あー・・・・」

いない仲間はどうしようもない。

「電話(WIS)してみます?」
「あぁ素晴らしいな。電波も魔波も、宇宙の果てまで届くよどこまでも」
「・・・・・・・・無理ですよね・・・」
「これ以上の圏外なんて見たことねぇよ」

最善の策は即行最速で朽ち果てた。
































「見たか!?今のすっげぇな!」

ツバメがお気楽に言う。

「あのでっけぇ炎と氷がぶつかってジュワッ・・・ドォーン!消えちまったよ!
 アハハ!お馬鹿だねぇ!あーいうのを考え無しっていうんだよ」

ツバメだけ気楽に笑っていたのを、
マリナとシシオは冷たい目で見ていた。

「あんた必死に逃げてたじゃない・・・・」
「なぁーに言ってんだよアマ。結果オーライだろ?」
「・・・・・・違う・・・」

シシオがボソりと言う。

「・・・・・一緒に・・・」

一緒に戦うべきだったと、
シシオは伝えた。
聞き取りづらかったが、
そう伝えた。

「なんでだよ」
「馬鹿ねーツバメは。分からない?こっれだから極道は。頭より体が先に動くんだから」
「なんだよ!」
「つまりあんな魔法使う奴、一気に皆で片付けるべきだったのよ」
「・・・・・・・・・違う・・・」
「あれ?」

予想が、外れたマリナ。
ツバメは大笑いで馬鹿にした。

「アハハハハハ!馬鹿じゃないの?このアマ!」
「あんただって分からなかったじゃないの!」
「うちも分からなかったけどあんたも分からなかったじゃないかい」
「だから同等だって言ってんの!」
「同等!?お呼びじゃないよ!なんであんたとうちなんかが同等なんだい!」
「だーーかーーらああああああ!」

よく分からないケンカをする女二人。
ケンカするほど仲がいい。
ふむ。
違うな。
こーいうのをケンカ仲間というんだ。
・・・・。
ふむ。
それも違うか。

「・・・・・・・だから・・・」

シシオはボソボソと説明をした。
気性だけ荒くて冷静さの無い女二人にとって、
シシオの存在はもの凄い助け舟だったかもしれない。

「なるほど。あいつらは炎と氷だから一緒に戦えないわけね」
「バッカだねぇあんた!」
「は?」
「今の意見には穴があるよ!うちは見抜いたね!」

ツバメはビシッと指をさす。
自信満々に。
そして自分の意見を言った。

「なんかゲームとか漫画とかだと水は火に強いんだよ!」
「あれは氷よ」
「ゲームとか漫画とかだと氷は火に弱いんだよ!」
「じゃぁどっちよ・・・」
「あれ・・・・」

もういいから。
とにかく同等の威力の相対する属性だからかき消えるんだ。
それでいいじゃないか。
シシオという助け舟を沈没させないで欲しい。

「私達のギルドの流儀・・・っていうか馬鹿マスターの流儀でいうと、
 とにかく大事なのは結果なのよ!だから結果としてあれは相殺する!
 だから・・・・もうとにかくあいつらと同時に戦う状況を作っちゃうのよ!」
「どうやって?」
「どうやってって少し考えれば分かるじゃないの!」
「5人一緒に戦う?」
「そう!」
「どこに5人いるんだい」
「え・・・・」

マリナが見渡す。
あぁ、
綺麗な星空だ。
見渡す限り雲雲雲。
雲の大地。
思うあの人はどこに居るのやら。

「・・・・・・・」
「はぐれちまったみたいだね」
「・・・・弱点分かったのに結局別々に戦うしかないのね・・・」
「フフフッ・・・」

その意見に、
反撃だと言わんばかりにツバメは笑った。

「諦めるのはよくないよ。バラバラなら一緒になればいいんだよ!」
「どうやってよ・・・ドジャーとアレックス君がどこに居るかも分からないのに・・・」
「バッカだねぇーあんた。馬鹿馬鹿馬鹿。馬鹿アマ」
「うっさいわね!早く言いなさいよ!」
「うちらは人間だよ?人間なら人類の文明の利器を使えばいいんだよ!」

・・・・と、
自信満々にツバメはソレを突き出した。
ソレは、
WISオーブだった。

「「・・・・・・」」
「アハハッ!どうしたんだい!盲点過ぎてビックリかい!?」
「盲点ね・・・」
「・・・・・・・盲点過ぎる・・」
「え?・・・あれ?圏外?」

ツバメは自分のWISオーブをグチャグチャといじり始めた。
だからと言って反応するわけもなく、
圏外は圏外だった。

「まず世界の圏外に居るのに通信が出切るはずないでしょ・・・」
「なんて事だい!意味が分からないよ!
 離れてても電話できるからこの道具の意味があるんじゃないか!」
「そりゃそうだけど・・・」
「通信できないのになんでこの携帯電話(WISオーブ)を携帯してんだよ!」
「・・・・・・」
「筋が通ってない!」
「あんたに青筋は浮き出てるけどね・・・」

圧倒的筋違いの文句だが、
こういうユーザーを相手するから会社側は疲れる。
・・・。
まったく関係ない戯言だが。
ま、
こんな文句を言うのはツバメくらいだろう。

「っていうか繋がるなら即行トラジとかエクスポに連絡入れてるわよ・・・」
「うっさいねアマ!・・・・・・・・・・・・・で」

だが、
急にツバメの顔が真剣になった。
真面目になったと思うと、
腰からククリを取り出し、
手元でクルクルと回したと思うと、

「お呼びじゃないんだけどねぇ」

それを天に向かって突き出した。
マリナとシシオが後を追うように天を見上げると・・・・

「おやおや。気付きましたか。これは異端者にして人間如きには酷く珍しい。
 なかなかの洞察能力をお持ちのようだ。いや、察知能力というべきでしょうか」

蒼白い肌。
白い羽。
青いオーラを纏う4つのオーラオーブを浮かべ、
自らも宙に浮かぶ・・・・スイ=ジェルン。

「水のように緩やかに・・・そして氷のように静かに近づいたつもりでしたけどね」

「馬鹿言うんじゃないよ。もともとお家が殺しが仕事でねぇ。
 暗殺やら薄暗い行為に対しては超敏感な敏感肌なんだよ」

ツバメはスーツ姿を少しも揺らさず、
口元だけ歪めて笑った。

「ふーん。さっきもそれ言ってたけどツバメ。あんた結構腐ったお家出なのね」
「うっさいねアマ!それが嫌いで家出て極道入ったんだよ!
 言っとくけどベラベラそこらにしゃべんじゃないよ!《昇竜会》の盃が汚れる!
 ヤクザ仲間でもトラジとシシオと親っさんにしか教えた事ないんだからねぇ!」

別に傍(はた)から見たらそんな風に見ちゃいない。
ヤクザだろヤクザ。
誇りあって生きてようが、
一般人には暴力的なそーいう系の人間の集まりにしか見えないって。
・・・・。
と、
マリナは言おうと思ったが、
まぁそれでも《昇竜会》と行動する事が少しあっただけでそうじゃないとは分かる。
・・・ので言わずにおいてやった。
目の前のこのツバメは好きにはなれないが、
真っ直ぐすぎる《昇竜会》の志は多感的には尊敬に値するものがある。
信じすぎる。
信じすぎるほど真っ直ぐ。

「・・・・・・だからこそトラジ」

だからこそトラジは・・・・
と、
シシオがボソりと言った。
まるでマリナの心を読んだように。

「あんたこっそり鋭すぎて怖いわ・・・」

マリナはシシオにため息をついた。
そう。
信じすぎる。
それは・・・心情が、信条が、真情がありすぎる事は・・・
宗教にも近い。
誓いという意味で近い。
何かに溺れるように信じることは、
それは一つの破滅に近い。

"壊れてはいけないものを持つ"

宗教と極道。
神道と人道。
それは真逆で、
反対すぎて、
逆方向過ぎて、
似すぎている。

火と水のように。

「おいおい私は無視なのかい?上流の小川のせせらぎのように登場したのに」

空中でスイ=ジェルンが話しかけた。
なかなかに落ち着き、
怒りなどという感情がないような人間だ。
いや、神か。
まるで水のように落ち着いた・・・
いや、

「水の流れと同じかな。時も物事も、流れる方向にしか流れない。
 それは哀しい事だけど、その残酷な無機質さこそ流れる水の美しさかもしれないね」

水のように落ち着いて、
それでいて・・・氷のように冷めた物腰だった。

「さぁて、死んでもらおうか」

スイ=ジェルンは、
一度その青く滝のように流れる髪をサラリと両手で撫で下ろし、
穏やかに笑って言った。

「水と同じく、全ては順調に流れるべくして流れる。
 重力という絶対の力に逆らえない者はすべからくして水と同じ。
 下へ下へ。哀しくも流れ落ちて流れ堕ちて・・・・溜まり落ちるしかない。
 覆水盆に返らず。さぁ死を始めよう。流れ始めた水は止まらない。
 0に返してあげよう異端者達。氷のように何もない無に帰そう」






























「・・・・・・・・ってぇ事でテメェらの相手は俺だ!嬉しいか?それとも怒ってもいいんだぜ!
 煮えたぎろうぜ!燃えて悶えて蒸発しちまうくらいになぁ!!熱くなろうぜ!!」

アレックスとドジャー。
彼らが見上げる上で、
空で、
宇宙で、
赤黒い肌をした悪魔が浮かんでいた。

「エン=ジェルンって方か」
「マリナさん達の方にはスイ=ジェルンさんが行ってると考えるべきですね」
「チッ・・・結局個々に倒さなきゃなんねぇわけだな」

エン=ジェルン。
赤黒い肌をした悪魔。
黒い翼。
赤いフレイムオーブを4つ体の周りに浮かばせ、
自身の頭髪は赤く逆立っていた。

「燃えようぜ!燃えて燃えて熱く!赤く!紅く!朱く!」

「熱血タイプみたいですね」
「体育会系って奴だな」
「僕こーいう人苦手です」
「俺はこーいう奴嫌いだ」
「暑苦しいんですよね」
「汗臭ぇんだよな」
「まぁ考えようによっては一家に一台くらいいいですけどね」
「そうかぁ?」
「ほら、冬は暖房いらずかもしれません」

神様に向かって言いたい放題だ。
いや、
むしろ言いたい砲台だ。

「おいおいてめぇら!神である俺を馬鹿にしてんのか!?」

「馬鹿にしてるっていうか・・・」
「馬鹿だからな。脳みそも筋肉かつ沸騰して蒸発してるタイプだろ?」
「馬鹿な人って馬鹿にしてあげないと自覚もてないですしね」

「ってめぇら!馬鹿馬鹿馬鹿ってよぉ!馬鹿にしてんのか!?」

「・・・あー・・・・」
「ほんっと脳みそまで沸騰してるタイプですね」

むしろ可愛げがある。
からかい概がある。
こーいう意味で一家に一台くらい欲しいな。
っとまぁ、
だがそれもアレックス達の戦略のうち。
これでもアレックス達はいろんな者達と戦ってきて経験を積んでいるのだ。
こーいうタイプ。
熱血体育会系タイプは、
逆に怒らせるとやりやすい。

「ってめぇら!燃やし尽くしてやる!」

「ほれほれ。来いよ脳みそ全自動掘りゴタツさんよぉ」
「アッツアツのうちに料理してあげますよ」

「燃やし尽くしてやらああああああ!」

そしてエン=ジェルン。
彼はまんまと策略にハマった形だ。

「紅く!赤く!燃え尽きろ!消し炭になっても足りないくらいに! 
 太陽は何も許さない!太陽は誰にでも降り注ぐ!太陽は全てを燃やし尽くす!
 赤く赤く赤く赤く赤く!熱く熱く熱く熱く熱く!真っ赤ッ赤にしてやらぁ!!」

浮かぶエン=ジェルンのさらに上。
空中のさらに空中。
赤く、赤い、
真っ赤な炎の塊。
フレアスプレッド。

「来ますよ」
「カッ、ラクショー」

当たらない自信はあった。
アレックスにもドジャーにも。
それは先ほどまでの行為。
相手の気を逆撫でした結果だ。

「あんだけ脳みそ沸騰してりゃぁ」
「攻撃は単調になる」

「燃え尽きろぉおおおおおおおお!!!!」

降り注いだ。
赤い火球。
フレアスプレッド。
特大の炎の塊。

「カッカッカッ!ばーか!」

ドジャーとアレックスはそれぞれに駆け出す。
逃げる。
放たれればそれはもう同じ。
方向修正など利かない。
動けばいいだけ。
あれは単体を狙う魔法という事は分かっている。
なら落下地点から逃げればいいだけ。
あんだけ脳みそ沸騰していれば落下地点など"現地"しかありえない。

「予想通りですね」

ドジャーとアレックスは小さく笑う。
攻撃の規模。
範囲。
そして来る場所。
それらが全て分かっていれば避けるのは難しくない。

「ん?」
「あれ?」

それぞれ駆け出し、
落下してくる火球。
フレアスプレッドから逃げる。
が、

「こう見ると・・・」
「でけぇな・・・」

落下し、
迫ってくるとその巨大さが分かる。
まるで太陽が堕ちてくるような錯覚。
そして、

「さっきより落下スピードが速ぇ!?」
「怒らせたのが逆効果だったかも・・・・」

考えているヒマもない。
ぶつか・・・

「危なっ!」
「わっ!」

アレックスとドジャーは同時に飛び逃げる。
ヘッドスライディングのように。
そして、
二人とも間一髪。
大火球の直撃から免れた。

「うぉ・・・」
「凄い威力ですね・・・」

雲。
地面に直撃した火球は弾け、
そしてそこは跡形もなくなった。
円形に、
雲の上にクレーターが生成される。
ドでかいクレーターが。

「貴様らぁ!ぜったいぶっ潰してやる!!」

エン=ジェルンは次発の準備に入っていた。
やはり連射はできないようだが、
そんな事は関係ない。
なんにしろこの規模なのだから。

「ちょ・・・思った以上だこのスペル!」
「何発も避け続けれるもんじゃないですよ!?」

「ったりめぇだ!」

空中で、
悪魔エン=ジェルンは叫ぶ。

「いい事教えといてやるよ!このフレアスプレッドは一撃必殺だ!
 その藻屑になった地面見てもわかんだろ!?全ては燃え尽きる!
 カスるなんて事さえあり得ねぇ!むしろカスってみろ!
 それだけこのフレアスプレッドの中に包み込まれて炎に潰される!
 太陽っつったが、フレアスプレッドは炎のブラックホールだと思え!」

「カスるだけで駄目・・だと?」

あの大火球。
あれに触れるだけでアウト。
それで炎の中に包み込まれ、
あの炎の塊の中で焼け潰れる。

「次の一発いくぞ!燃えろ!赤く赤く!炎の中で燃え尽きろ!!」

「ちょ・・・どうするアレックス!」
「どうするったって・・・」

次のフレアスプレッドはまた来る。
当たってはいけない。
当たってはいけない。
なら、
当たらないためには・・・・

「作戦思いつきました!」
「なんだ!?」
「何にしろあれは単体を狙う魔法です!規模はともかくね!」
「・・・・・・・なるほどな!」

そしてアレックスとドジャー。
それはお互い。
お互いがお互いを指差す。

「お前がオトリになればいいって事か!」
「ドジャーさんがオトリになればいいって事です!」
「「・・・・・・・」」

お互いがお互いを指差した状態で、
お互い固まった。

「・・・・・・・・はぁ!?ふざけんな!」
「こ、こっちのセリフです!」
「お前がオトリになれよ!」
「何言ってるんですか!少しは考えてくださいよ!
 ドジャーさんのが俊敏なんですからドジャーさんがオトリになるべきでしょう!」
「お前は自分が危険になりたくないだけだろ!」
「あぁそうですよ!でもドジャーさんもでしょ!」
「おおそうだ!そうですよ!」
「このろくでなし!」
「このごくつぶし!」

「だぁーーまってろぉい!!」

エン=ジェルンが叫ぶ。
気づくと、
すでにエン=ジェルンのまた遥か上空。
そこにはすでに次の大火球。
フレアスプレッドが生成されていた。

「狙うのはこの俺エン=ジェルンだ!てめぇらの議論は関係ねぇんだよ!」

それはその通りだ。
なるほど。
納得してしまった。

「赤く燃え尽きろぉおおおおおお!!!!!」

「きた!?」
「やっべぇって!」

また降り注いでくる大きな火炎。
フレアスプレッド。
アレックスとドジャーは走る。

「僕ですか!?」

その火球は、
アレックスの方に向かっていた。

「なんで僕ー!?」

必死に走りながら叫ぶアレックス。
頭上にはフレアスプレッドが落下してきている。

「てめぇのが足遅い事分かってるからだ!」

なるほど。
脳みそ沸騰神様でも、それぐらいの状況把握能力があるという事か。

「食べるのはいいけど丸焼きにはなりたくないいいいっ!!!」

叫びながら必死に走る。
そして、
ジャンプ。
アレックスのジャンプと同時に、
火球フレアスプレッドが地面と衝突した音が鳴り響いた。

「間一髪・・・」

なんとか避け切ったようだ。
地面にはまた大型のクレーターができる。
それほどの規模と威力。
アレックスはホッとした。
ジャンプしたままの体勢。
ヘッドスライディングしたままの体勢で雲の上に寝転がり、
ため息をついた。

「っていうか!」

アレックスは飛び起き、
そして空中のエン=ジェルンに叫ぶ。

「もっと詠唱とかしてくださいよ!ズルいです!そんな大魔法をぽいぽい放つなんて!」

相手にいう文句ではない。
けどもまぁ、
言いたくもなるだろう。

「でもそうだな。こんな規模の魔法だ。詠唱くらいあるもんだろ?」

ドジャーも疑問に思ったのか、
アレックスの話にのってきた。

「いらねぇ!」

エン=ジェルンの答えは至極簡潔だった。
いらない。
あらそうですか。

「いらねぇで済むか!反則だっての!チートだチート!」
「そうですそうです!自重してください!」

ひるまないアレックス&ドジャー陣営。
見当違いな文句を恥ずかしくもなく言う。

「あーもーうっせぇな・・・・ちゃんと説明してやるよ・・・俺もよく分かってねぇけど・・・」

分かってないのか。
神様だろ。
自分で使ってんだろ。
どんだけ熱血体育会系の馬鹿神様なんだ。

「あれだ。しょっべぇ魔法だったら詠唱も無しに出来るだろ?
 ありゃ魔法がしょぼいから魔力を溜める必要がないからだ。大魔法ほど詠唱が必要。
 だけどよぉ、"特化"ってのが大事なわけよ。何かしらの系統にしぼって魔法覚えるやつ多いだろ?
 ありゃぁ魔法の詠唱やらの効率をあげてんだよ。言うならばスキルレベルとでも言うか?
 コツを掴めば高威力の魔法も長々した詠唱いらねぇってこった」

一点集中。
何か一つに絞る。
なるほど。
適当に言った文句だが、
今まで戦ってきた敵も、何かしらに特化していた。

「その点なぁ!この俺!悪魔エン=ジェルン様はフレアスプレッド"しか"使えねぇ!ナハハハハ!」

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なんだそのメチャクチャな習得・・・・」
「最強魔法しか覚えてないなんて聞いた事ないですよ・・・・」

「ナハハ!あと神様だから凄いってもあんじゃね?俺神様だし!」

知るか。
自分の能力くらい自分で理解しとけ。

「あー、あとジャンヌダルキエル様にもらったコレも意味あったっけか」

そう言い、
エン=ジェルンは自分の周りに浮かぶフレイムオーブ。
エン=ジェルンの赤黒い肌の周りを、グルグルと浮遊する4つのフレイムオーブ。
そのフレイムオーブの1つをそのまま素手で手に取る。

「人間ならこんな凄ぇオーブ、超優秀な奴で一個扱えるかどうかってとこだろ?
 ハハハハ!だが俺神様だしな!熱い熱い真っ赤に燃える神様だしな!
 詠唱なんかしなくても俺の能力+このオーブx4の能力で十分なんだ!」

「なるほど」

アレックスは頷いた。
適当。
かなり適当かつ感情任せに文句を言い、
そして言わせた説明だが、
これは・・・・かなりの収穫だ。

「ドジャーさん」
「分かってら。ってか"もうやった"」

「いでえええええええええ!!」

「ちょっとはずったか」

突然エン=ジェルンが叫んだ。

「いでぇええええ!てめぇ!いつの間にダガーなんか投げやがった!」

エン=ジェルンの肩に一本ダガーが突き刺さっていた。
先ほどの間に投げたのだろう。
ドジャーの手の早さ。
いや、
手癖の悪さだけは褒め称えてあげたくなる。
褒めて称えて、ついでに馬鹿にしてあげたい。

「この俺にダガーぶち当てるとはよぉ!赤い血ぃ出てるじゃねぇか!あぁ!?いい色だな!」

「何言ってるんですかあの人・・・」
「ってかテメェを狙ったんじゃねぇよ」

「あん!?」

「2発ハズれてその1発がてめぇに当たっちまっただけだ」

「あ・・・あああああああああ!!!」

エン=ジェルンが気づいて叫んだ。
無理もない。
エン=ジェルンも周り。
自分の周りに浮かんでいたフレイムオーブ。
その2つ。
2つにダガーが刺さって砕けていた。

「おま!おまああああ!何してんだ馬鹿野郎!!」

「そりゃおめぇ、」
「そのオーブが魔法の威力を増幅してるんでしょ?だったら壊しますよ」

エン=ジェルンが自分で話した事だ。
4つのフレイムオーブ。
それが魔力を増幅させている。
ならそれを壊せばいい。

「オーブの2/4を破壊したわけですね。もしかしてフレアスプレッドの威力半減ですか?
 こっからは詠唱とかしないとヤバいんじゃないですか?」

「て、てめぇら・・・・」

「でもドジャーさん」
「んあ?」
「あんなちっさいオーブ狙えたんなら最初からエン=ジェルンさんの急所狙ってくださいよ」
「ばーか」
「馬鹿じゃないです」
「馬鹿だっての。あんなちっさいの狙えるわけねぇだろ。
 遠い上にグルグル回って浮かんでんだぜ?
 狙いなんて大体だ大体。"お願い当たってくれ投法"って奴だ」
「・・・・」
「そんな顔すんなよ。当たったからいいじゃねぇか。結果だ結果」

適当に投げて。
適当に4本ダガー投げて。
2本はオーブに当たり、
1本はエン=ジェルンに当たり、
1本はただ外れた。
・・・・・。

「運がいいような悪いような・・・・」
「うっせぇっつってんだろ!あれ以上ダガー投げても不意打ちにならねぇし、
 結果ん中じゃ上の上!超上々だろ!俺スゲー!!!」
「・・・・・僕スゲー!」
「なんでだよ!なんでてめぇがスゲェんだよ!」
「分かんないけど!ドジャーさんだけスゲーとか言ってるの気に食わなかったから!」
「あん!?」
「僕スゲー!」
「うっせ!俺スゲー!」
「僕スゲー!!」

「うっせ馬鹿人間!!!!!!」

怒られた。
馬鹿言われた。
馬鹿と言われても反論できないような会話してたからしょうがない。
でも反論するのがアレックス達だった。

「馬鹿だぁ!?」
「酷いですね!神様のくせに!馬鹿って言われる人の気持ち考えた事あるんですか!?」

「お・・・・おめぇらだって散々俺の事馬鹿馬鹿言いやがったじゃねぇか!」

「何言ってんだてめぇ」
「そんなの決まってるじゃないですか」
「お前さ。馬鹿って言われるのはイヤだろ。自分の心が傷つくだろ。
 だけど馬鹿って言うのは別に自分は傷つかねぇーじゃん」
「だから言うのはいいんです」

「あ・・・・え・・・・・」

あまりに自信満々に言うので、エン=ジェルンはためらった。
自分が言う分にはいい!
・・・・・。
そんな最強のワガママ。
ただのワガママなのに、確かにその通りな上に誇らしげに言うものだから、
エン=ジェルンは戸惑った。
まるで正しいのかと思った。

「あ・・・と・・・うん・・・何が正しいんだっけか・・・・」

「マジで混乱してるぞあの馬鹿」
「ほんと馬鹿ですね」
「神様とは思えないな」
「熱血体育会系脳ミソ沸騰中。結果蒸発。みたいな感じですね」

「ぐ・・・・」

エン=ジェルンは歯を食いしばる。

「うるせぇええええええええええええ!!!!」

そして大きく叫んだ。
大きく大きく。

「てめぇら!俺を馬鹿馬鹿馬鹿って馬鹿にしやがって!!!
 お陰でまたなんか思い出してきちまったじゃねぇか!
 クソ!赤々と思い出してきちまったじゃねぇか!赤裸々な"過去"をよぉおおお!!」

「やっべ・・・」
「また怒らせすぎましたか・・・・」

「よってたかって!てめぇら"本土"の人間は俺を馬鹿にしやがる!!!!」

本土?
本土って?
つまりマイソシア大陸の事か。
神から見た、下界という事か。

「馬鹿なんかじゃねぇんだよ!文化が違うんだ文化があああ!!
 人種だって違うんだ馬鹿野郎!!顔を馬鹿にすんじゃねぇ!」

「なんだぁ?」
「意味が分かりませんね・・・」
「別にそんなおかしな顔もしてねぇしな」

「ううううううううっせ!全員思ってやがんだ!絶対思ってやがんだ!」

空中で、
エン=ジェルンは指をこっちに突き出し、
指も口元を震わせながら言う。

「差別しやがんだ!馬鹿とか文化の違いとか人種の違いとかをよぉおおおお!
 だから俺は人間やめたんだ!差別のねぇ神様に縋って神になったんだ!!!」

「へ?」
「は!?」
「待ってください・・・人間をやめた?神になった?」
「つまりオメェ、エクスポと一緒で・・・・元人間なのか?」

「そうだ馬鹿野郎!俺ぁ60年前まで人間も人間!イカルスの生まれだ!」

人間になった?
つまりエクスポと同じ。
人→神。
転生。
天使試験。

「本土の人間はイカルス民族を馬鹿にしやがんだよぉおお!
 何が悪いんだよぉおお!言葉がロクに話せない事がなんだこの野郎ぉおおお!
 顔がゴツくて変だとか言うんじゃねぇ!イカルスでは普通なんだ!てめぇらがおかしいんだ!
 熱く!赤く!火山を敬うイカルスの文化の何がいけねぇんだああああああ!」

もともとイカルス民族。
あぁ、
それでこんなに暑苦しい・・・・

「あっ!てめぇらまた今差別した目で見たろ!見たな!クソむかつく!
 本土の野郎の・・・いや!人間のそーいう差別意識が大ッ嫌いなんだよぉおお!
 やーめた!だから俺は人間やめた!腐ってる!人間なんて腐った人間だ!」

よく分からんが、
とにかくメチャクチャ言ってくる。
だが事情は分かった。
つまり人間の差別とかそーいうのが気に入らなくて神様になったのか。
神頼みして神になったのか。
はぁー。
なるほど。
なんだそれ・・・。
神聖さまるでないじゃないか。

「差別イヤで人間やめたって・・・新手の登校拒否かなんかですか・・・・」
「すげぇな・・・神聖さどころか悪々しささえもねぇよ・・・・」

「うっせぇえええええええ!人間なんて全部燃え尽きちまええええええええ!!」

「やべ!また来るぞ!」















































「また来たわ!」
「まーーたうちかい!!!!」

ツバメは走る。
落下してくる。
無数の氷柱。
幾多の巨大なツララ。
クリスタルストーム。

「うちばっか狙ってくんじゃねぇえええええ!お呼びじゃないよ!!!」

叫びながら、
ツバメは必死に走った。
巨大な氷柱。
ゾウも一刺しってな大きさの氷柱が一斉に落ちてきているのだ。
それは必死になる。
そして・・・

「うわわわわわ!」

氷柱が突き刺さった。
地面に突き刺さっていった。
ツバメのいたところにも。
というかツバメにも。
クリスタルストームの氷柱の嵐が、
一箇所に一斉に突き刺さった。

「・・・・・!?」
「ツバメ!!」

ツバメは氷柱に埋もれた。
直撃。
ただそうとしか表現できない。
氷の山。
逆の剣山のようなツララの残骸。

「あぶ・・・ラッキー・・・」

ゴロン、と氷柱が一つ傾くと、
クリスタルストームの残骸の中からツバメが顔を出した。

「ぐ・・・偶然ツララの隙間に入ったっての・・・・あんた運良すぎ・・・」
「う、運じゃないよ!避けたんだよ!」
「ラッキーって言ってたじゃない・・・・」
「ぐ・・・・」

「おやおや。本当に運のいい人間共ですね」

空中で、
スイ=ジェルンが両手を広げて言った。

「時と空気。それを水の流れのようにただ・・・ただ流れに身を任せた結果。
 そうして放たれたクリスタルストームから逃れた。なるほど。
 あなた。そこの黒い服を着た女の人間。今あなたが死ななかったのは偶然などではない。
 流れ。水の流れと同じ。流れなのです。人はそれを運命と呼びますね」

運命とは世界という物語の流れなのです。
・・・・と
さらに付け足し、
スイ=ジェルンは緩やかに笑った。

「なぁーにが運命よ!うちの女ッ垂らしみたいな事言っちゃって!
 あっ!なんかそーいえばあんたジャスティンに似てるわ!
 なんとなく!うわっ!そう思うとむかついてきた!憎らしい顔ね!」
「ちょー!そんなんどうでもいいけど!今の攻撃はうちが避けたんだよ!
 運命とかそーいうの関係ないから!そーいうのお呼びでないよ!」

「・・・・全く。人間の女というのは騒がしくていけない」

スイ=ジェルンは軽やかに首を振った。

「自然体。流れる水のように緩やかに生きるべきなのですよ。
 ねぇ。そちらの人間の男の方はそう思うでしょう?」

スイ=ジェルンはシシオに話を振った。
シシオは話を振られたというのに、
まるで何も、
まるでこの場にいるわけでもないかのように反応しなかった。

「・・・・・・・」

ただボソりと、「よく分からない」とつぶやいたが、
誰にも聞こえはしなかった。

「天使ー!おいそこの天使ー!聞いてんの!?このマリナさんの声聞こえてるー!?」

「なんですか。騒がしいですねぇ。だから・・・・」

「今さっきこのヤクザ女に魔法当たらなかったのは偶然とかじゃないんだからね!
 このマリナさんのおっ陰よ!分かる!?分かるわよね!?」

マリナは自信満々に自分の胸の上をドンッと叩く。

「なんでだい!うちが自分で避けたんだよ!」
「何言ってんの!私が"アレ"をやっと3つ落としたから威力が減ったの!分かる!?」

マリナはツバメを睨め付け、叫びながらも、
指はスイ=ジェルンの方を向いていた。
マリナが指差す"アレ"。
つまるところ、
スイ=ジェルンのオーラオーブだ。
青いオーラに包まれた4つのオーラオーブ。
それがスイ=ジェルンの周りにフワフワと浮いていたが、
マリナのマシンガンでそれを3つ破壊することに成功していた。

「うっさいアマ!あんたしか飛び道具ないからでしょ!」
「つまりこのマリナさんのお陰じゃないの!」
「あのオーブ3つ壊したのはいいとして!なのになんでほとんど本人には当たってないんだい!
 あんだけボコスカ撃っておいて本体にはほとんど命中しないなんて奇跡だよ奇跡!」
「うるさいわね!別に悪い事にはなってないからいいでしょ!万事OKじゃない!
 分かったわね!?まだ文句あるなら耳から油流し込んで強火で炒めて捨てるわよ!
 それともあれかしら!?茹でる!?名前の通りの燕スープ作ってあげるわよ!」
「やってみなさいよ!このブスアマ!」
「アッ・・・・とぉ・・・・。今の挑発にはこのマリナさんプツンと来ちゃったわ」
「プツンと切れたらどうなるんだい!?言ってみなさいこのアマ!
 口だけ達者なシャバ憎はお呼びじゃないよ!プツンと切れたプッチンプリンアマ!」
「あらら。立派な"プリン"も持って無い女の嫉妬かしら」
「うっせぇ!世間じゃいま"こっち"のがブームなんだよ!垂れろクソアマ!」
「あら!シャバやらショバやら言ってる割に世間の流行は気にするのねこのヤクザ女!」

「おい・・・・・」

スイ=ジェルンが空中から話しかける。

「神である私は無視なのかな?なかなか肝の据わった人間達だ」

「うっせぇ神のクセに!」
「ちょっと黙ってなさい!」

「・・・・・・・・」

神も人も、
いや、
動物も含めた全種族も関係ない。
女のケンカには首をつっこまない方がいい。

「・・・・・・・」

もちろんシシオはあえてケンカを止めない。
仲裁役として配置された感があるが、
それでもあのケンカの中に入っていく勇気はない。
ただ、
ただ一つ言いたいのは、
あのオーブの重要さに気づいたのは自分であると、
そこだけ自己主張したかったが・・・

「・・・・・あ・・・」

いかんせんこんな性格なので言葉にしづらかった。
縁の下の力持ち。
影ながら役に立ちすぎるというのは、
あまりに影ながら過ぎる。
シシオはなかなか損な役回りだった。

「ふん。私のオーブを三つ破壊した程度で頭に乗りおって。
 そんな事は些細な事でしかないのですよ。水の流れは変わらない。
 海へ繋がる川が二つ消えたとして、海の壮大さが変わらないように」

「あぁん?」

ひねくれた、
荒々しい怒りの声をあげたのはマリナだった。

「うっさいわね!水とか氷とか川とか海とか!それめっちゃムカつくのよ!」

「何がだ。流れるせせらぎ。凍てつく氷。壮大なる海。
 青きものはすべからず優しく、それでいて素晴らしいではないか」

「かぶってんのよ!!」

マリナの目は真剣だった。
真剣に・・・
怒りを覚えていた。

「私の妹にね!」

妹。
マリナの妹。
それはつまり、
マリン=シャル。
一世代前の《メイジプール》のギルドマスター。
氷使い『クーラ・シェイカー』マリン=シャル。

「私の妹も氷使いなのよ!氷!氷氷氷!!!!
 あんたの氷柱降らすスペルも妹のスペルとかぶってんのよ!
 そんでもって何?水?海?マリンと同じ事ばっか言う!
 あんた見てると死んだあの娘を思い出しちゃうからイライラすんの!」

「なるほど。水の流れは全て繋がっている。
 小川の水が大河に、そして全ては海へと繋がっているように。
 似る事。それは必然かもしれない。だがな、女」

スイ=ジェルンは氷のように冷たい目で言い放つ。

「"井の中の蛙よ。大海を知れ"。貴様の妹とやらの小さい海と私の海を同じにするな。
 そのくだらん妹とやらは人間。そして私は神。器が違うんですよ!」

「それもマリンのセリフなのよ!!!」

マリナがギターを構える。

「ほんとに頭にきた!あんたら神っていうのは本当に文字通り人の気持ちを考えない!
 あなたの言葉一つ一つが"私達"の絆を、古傷さえも呼び起こしてるってのに!
 マリナ(海)とマリン(海)!あんたに海の家系ってもんを教えてあげるわ!!」
「わぁー!ちょっとまったまった!待ちなこのアマ!!」

今にもマシンガンをぶっ放そうと、
今にもスイ=ジェルンを穴だらけにしてしまおうと、
はちきれんばかりに怒ったマリナをツバメは止める。

「何よ!」
「待ちな待ちな!」
「なんでよ!?あいつぶっ殺してやんのよ!
 穴だらけにしてそこにスパイスかけてオーブンで黒こげになるまで焼いてやる!」
「だからそーされちゃ困るんだよ!」

困る?
相手を倒すのにか?

「いや、その前にうちも聞きたい事があんだよ」

そしてツバメは振り向き、見上げる。
スイ=ジェルン。
空中に悠々と浮かぶスイ=ジェルンを見上げる。

「さっき戦闘中にあんた。なんか言ってたよね」

「またそういう話ですか?もっと穏やかに緩やかに死んでもらいたいものです」

「いや、うちが言いたいのは文句じゃないんだよ。
 確かあんた・・・・もともと人間だったとかそういう類の事言ってたよね」

戦闘中。
マリナ、ツバメ、シシオ。
彼女らはそこそこ長丁場で戦闘している。
どっかでアレックス達が他の天使と戦っているのだろうけど、
その間もマリナ達はもちろん戦闘していたわけだ。
そして、
その最中にポロりと聞いた言葉。
"スイ=ジェルンはもともと人間だった"
という部分。

「あぁ。私の事が聞きたいのか。なら早くそう言ってくれよ。
 生の歴史というものは、まるで水のように流れていくもの。
 それは美しく優しく、穏やかで自然。素晴らしいものだ」

スイ=ジェルンは穏やかに、
それでいて嬉しそうな顔をして話し出す。

「私はレビアの出でね。あの極寒の地にて極寒の暮らしをしてきたのさ。
 だが、川、湖、水という水は凍りつき、自然は生命の暮らしにくい世界だった。
 信じられるかい?自然に生きるのに、自然が全て寒さで死んでいるのだ。
 私はそれが我慢ならなかった。周りは雪が降り積もり、雪が降り、氷。
 水という概念だらけなのに水どころか自然さえも感じられな・・・・・」

「うちが知りたいのはあんたの生い立ちなんかじゃないんだよ!」

「だが私は思ったのさ。これは神が与えた試練なのだと。いや、結果なのだと。
 自然などというものに生かされている生命、いや、種族など不毛なのだ」

「いや・・・だからそこは聞いてないって言ってるだろ!」

「だから私は神になる事を欲した!神になり、自然と隔絶すると決めた!
 それは流れ。水が流れるように私の人生の流れ。必然的な運命だったんだよ!!」

「聞いてんのかこのクサレ神!!お呼びじゃないんだよ!」

「ん?」

意気揚々と話していたスイ=ジェルンは、
やっとツバメの言葉に反応した。

「どうしたのかな人間の女。私の話を聞いてなかったとか?」

「話を聞いてなかったのはあんただよ!」

「物事には流れがある。今は私が話す流れだった」

知らんがな。

「うちが聞きたかったのはあんたの事であってあんたの事じゃないんだよ!」

「ふむ?」

「うちが聞きたいのは"四x四神(フォース)"って神が全部元人間だったってとこだ!」

四x四神(フォース)
エン=ジェルンとスイ=ジェルンの話では、
ジャンヌダルキエル直属の神4人。
親衛隊。
もとい、
神衛隊。
その4人。
それが全て元人間・・・・・という話を戦闘中にツバメは聞いたのだ。

「いかにも・・・・だ。"四x四神(フォース)"は全て元人間だ」

スイ=ジェルンは話す。

「エン=ジェルンはまだ100にもならぬ若造だがイカルス民族。
 この私スイ=ジェルンは160年前まではレビアの人間だった。
 おっと、フウ=ジェルン。お前らの仲間のエクスポという者は"今日から"だがな。
 我ら4人。全ては天使試験で人間から神に転生した者だ」

スイ=ジェルンは指をなめらかに動かしながら、
穏やかに、
ゆったりとした笑顔で話し始めた。

「なぜ。なにゆえジャンヌダルキエル様直属の4人が全て元人間か。
 それは・・・・エレメント。属性。火、水、風、雷、土・・その他。
 そういった元素。それは地上に住む者にしか扱えないからだ」

属性は人だけの物。
神。
神は・・・・・聖と魔。光と闇。つまり神聖と暗黒。
それだけ。
属性というのは人間に与えられた特化。

「だからこそ、ジャンヌダルキエル様はそれらが扱える神の異端児を作ろうとした。
 それが我々"四x四神(フォース)"だ。属性を操る新種の神だ」

合点がいく。
人間から神を作る理由。
忌み嫌う人間なんかを神の仲間入りさせる。
そんな天使試験。
それがある理由は、皮肉にも人間だけの力を手に入れるため。
そして産まれた属性を操る神。
エン=ジェルン。
スイ=ジェルン。
・・・・そしてフウ=ジェルン(エクスポ)

「だから・・・・そんな話はどうでもいんだよ」

だが、
ツバメは呆れたように言った。

「うちが聞きたい事だけ答えてくれればいいんだよ」

「・・・・・よく分からんな。低能な人間の意見は。お前が話せと・・・・」

「うちが聞いたいのはその4人の神の話だよ。
 エン=ジェルン、スイ=ジェルン・・・・・・・・フウ=ジェルン。
 それは分かった。だけど一人足りてないようだねぇ」

「ライ=ジェルンの話か」

「そう。それは・・・・・居るのかい」

鋭い目つきで聞くツバメ。
そしてスイ=ジェルンは少しひるむように、
いや、困るように返した。

「・・・・・・・"仮"に・・・・とだけ言っておこうか」

「つまり空席なんだね」

「・・・・・・・・・・」

「つまり・・・・・・・・・」

ツバメの目の色が変わる。
歯を食いしばる。
表情が変わる。

「そのライ=ジェルンって席にトラジを入れる気だろ!!!」

マリナとシシオもそれに反応し、
ツバメを見た後スイ=ジェルンをハッと睨んだ。
・・・・。
エン=ジェルン。
スイ=ジェルン。
フウ=ジェルン。
そして空席のライ=ジェルン。
ならば・・・
ならばそこに入るだろう可能性がある者。
神に転生した人間だけがなる"四x四神(フォース)"。
その末席に入る可能性がある者。
・・・・・・それは・・・・・
トラジしかいない。

「・・・・・・・・・人間にしてはなかなか鋭いお嬢さんだ」

スイ=ジェルンは顔を少し覆い、
首を振った。

「だがその答えは"正解半分"・・・・・と答えておこうか」

「どういう事だい!」
「・・・・・・・図星」
「そう!図星なんでしょ!?」

「・・・・・・いや。正確には私にも分からないという事だ」

「・・・・・・・・?」

何を言っているか分からないが、
どうにも本当のようだ。
スイ=ジェルンは話を続ける。

「そもそもあのトラジという人間の前に、あのエクスポという男を受け入れた意味が分からない。
 エン=ジェルンは分かる。この私、スイ=ジェルンも分かる。
 だが、あのエクスポという男。風という属性の素質があるようには見えない。
 風を連想させる動きと攻撃方法は持っていたが、
 やはりフウ=ジェルンを名乗る・・・"四x四神(フォース)"を名乗る属性の持ち主とは思えない」

それは確かにそうだった。
エクスポは盗賊。
盗賊なのだ。
風を連想するブリズウィクなどのスキルは持っているかもしれないが、
風使いとして受け入れるには少々厳しい面がある。

「まぁそれはアインハルト様のきまぐれで選ばれたのだからしょうがない。
 もともとはヨハネの席。どちらにしろのちのち修行させればいいだけの事でもある。
 大事なフウ=ジェルンの席を、あのエクスポという男で埋めるのはしょうがないかもしれない」

「だが、」と付け加え、
スイ=ジェルは続ける。

「だが残りのライ=ジェルンの席をあのトラジという男で埋める気なのだろうか・・・
 探すのであればもっと適正のある者がいる気がするというのに。
 いや、そもそも天使試験自体そんなにも連続で行えるものではない」

連続で行えない。
それはそうかもしれない。
エクスポが今日転生してばかりだ。
そんなにもポイポイと人間を神にできれば、神様なんて量産し放題。
恐らく数年に一度。
いや、
エン=ジェルンとスイ=ジェルンの年齢を考えれば、
数十年に一度しか行えないものと考えるのが普通。

それに、
ドラグノフやミダンダスが行っていた研究。
人間を神に変える候補。
そういった研究。
エンツォなどが捕われ、ルアス城の地下で行われていた研究。
それの意味さえなくなる。

適正の問題を別にしても、
トラジが今日いきなり神になれるとは考えにくい。

「まぁいい。ジャンヌダルキエル様の考えというものがあるのだろう。
 ライ=ジェルンの穴などいざとなれば・・・・」

「いざとなれば?」
「どういうことだい!そこをハッキリしな!」

「いやはや。礼を言うぞ人間。これは私としても考えなければいけない問題だった。
 自然の恵みを受ける事を拒絶し、自然の恵みを与える側になった私として、
 水を流す最上流の者として、想像と創造。それらはいかに重要なのでしょうか」

はぐらかされたような、
それでいて答えにならないような。
トラジはどうなるんだ。
分からない。
分からないが・・・
決して思わしい状況ではないのはイヤでも分かる。

「さぁて・・・・・そろそろ飽きましたね。会話も楽しいものですが、
 私は会話より一方的に話す事が好きなのです。"水は往復しない"。
 故に・・・・・・・・・このまま流されて死ね!!」

天使スイ=ジェルン。
スイ=ジェルン。
水を操る神。
水。
氷。
川。
海。
流れ、
静寂、
なめらかに、
それでいてゆるやかに。

蒼白い肌。
白い羽。
青い髪。
蒼い神。
残り1つのオーラオーブを浮かべ、
足りない魔力を補うが如く、
詠唱を始めた。
詠唱。
クリスタルストーム。
水・氷系最強であろうスペル。

神の力。

放たれるとヤバいのは同じ。
詠唱が本気だ。
来る。
決めに来る。

だが、シシオは何も出来ない。
ツバメは手出し出来ない。
マリナが魔力を溜めた。
ギターの先に魔力が溜まる。
攻撃が届くのはマリナだけ。
マジックボール。
そのエネルギーが溜まっていく。
外すわけにはいかない。
だが、
打ち勝てるか?
その大きな魔力に・・・・

やらなければ。

やるかやられるか。

神。
人。
神1人に、人3人。
だがなすすべもなく、
だが・・・

だが、

5つ目の影。

何か。

黒い影がマリナ達の目に映った。

なんだ?
人?
神?
それ以外?

宇宙に浮かぶシルエット。
地獄からの使者?
悪魔?
いや、遡る流星?
白馬に乗った英雄騎士?
異端な姿の化け物(モンスター)?
神が使わす戦乙女ヴァルキリー?

ただその影。
それが目に映ったと思うと、


蒼い神。


スイ=ジェルンの体は空中でちぎれた。



白い羽が空中に散乱した。
































「よっしゃもう一個きたぁああああ!!見たか?見たかアレックス!」
「はいはい見てましたって」
「さっすが俺ってカッケェな♪」

ドジャーは手元で一個のダガーを小さくお手玉し、
余裕の笑顔をアレックスに送る。
エン=ジェルンのオーブをまたもう一個破壊した。
「どーだどーだ?見直したか?」
ってな顔でニヤニヤアレックスを見るドジャー。
「絶対褒めてあげない」
ってなムスっとした顔で返すアレックス。

「ってめぇらチョコマカとぉおおお!!!」

血管浮き出して激怒するエン=ジェルン。

「あっ!ドジャーさん!鬼が怒りましたよ!」
「おぉ。鬼が怒ったな」

「鬼だぁ!?」

「赤鬼さんでしょ?」
「さっきも青鬼と一緒に居たじゃねぇか」
「だから赤鬼さんが怒りました」
「赤鬼は豆(ダガー)投げつけられてるだけってな!お似合いだ!」
「鬼さんこっちらー!」

「てめぇらああああああああああ!!!」

「あ・・・」
「そうだったな・・・・」

また怒らせ過ぎた。
反省のない二人だ。
というか、
もう挑発というか素でやっている。
素で馬鹿にしている最高に失礼な二人だからもう、
これは必然かもしれない。

「馬鹿のさじ加減は難しいな」
「お馬鹿さんの取り扱い説明書が欲しいですね」

「馬鹿って言うんじゃねぇ馬鹿ってよぉおお!!!」

もう全然駄目だ。
アレックスとドジャーは、
存在が逆上を煽る人間なのかもしれない。

「燃やしつくしてやる!綺麗サッパリ灰も残さず灰にしてやらぁあああああ!!」

「うぉ」

これまた・・・
凄い勢いで魔力が溜まっている。
エン=ジェルンのさらに上空。
そこに大きく膨張していくフレアスプレッド。
詠唱している。
マジだ。
詠唱で最大限まで魔力をあげる気だ。
つまり、
最高のフレアスプレッドが来る。

「やべやべ。アレックス頼んだぜ」
「ちょ、ちょっと!」

ドジャーはスタコラサッサと駆け出す。
アレックスを置き去りにして。
どうせまた狙われるのはアレックスだ。
・・・・って事で俺は逃げるぜってなもんだ。

「薄情者!」
「大丈夫だって。お前なんだかんだでさっきから避けてるし」

まぁね。
僕をなめてぇもらっちゃ困る。

「・・・・・・・・・・」

だが、
上空を見上げるとアレックスは涙が出そうになった。

「・・・・にしてもこの規模は・・・・」

最大のフレアスプレッド。
それが来るのだろう。
それはただ目にするととてつもないと言わざるを得なかった。
フレイムオーブ。
エン=ジェルンの魔力を増幅していたフレイムオーブ。
そんな物・・・
今考えれば意味のないものだった。
エン=ジェルンは詠唱さえすればフレアスプレッドは最大出力で放てるのだ。
時間がかかるというだけ。
それだけ。
上空への攻撃方法はアレックスにはない。
ドジャーのダガーとて、
先ほどから見てもまともに当たっていない。
距離的に避けるのも難しい事ではないのだから。

「本当に・・・・ヤバいんじゃないですか・・・これは・・・・」

膨れ上がっていく火球。
それを見る。
どこまで大きくなる。

「おい!アレックス!さっさと逃げろよ!」
「・・・・・・」

まだだ。
逃げるなら放たれてからじゃないと意味がない。
フレアスプレッドは単体を狙う魔法。
つまり、
アレックス自体を狙ってくる。
放たれた時のこの場所。
この地点を狙ってくる。
逃げるならば放たれてからじゃなければ意味がない。

「ああああああああああああああああああ!!!!」

エン=ジェルンが叫ぶ。
詠唱をやめ、
叫んだ。

「燃え・・・燃えつきちまえぇええええ!!!!」

放たれた。
フレアスプレッド。
最大出力のフレアスプレッド。
アレックスは駆け出す。
同時に。
最高のスタートと言ってもいい。

「これで避けれなきゃ向こうが悪い!僕は悪くない!」

と言いながら、
落下地点から走る。
落下地点から逃れようと走る。
そして、
走りながらふと上を見上げた。

「あ・・・」

早い。
速い。
今までのフレアスプレッドよりも、
落下スピードが速い。
そして・・・
大きい。
少しでもフレアスプレッドに触れれば巻き込まれ、
炎に包まれ潰される。
逃げ切れるか。

「・・・・くっ・・・」

逃げ切れるか否かではない。
逃げるしかない。
それしか、
それ以外にない。

「けど・・・」

・・・。
ただ、
漠然と、
そして確信的に思った。

避けれない。

もう目の前。
真上。
そこまでフレアスプレッドが来ている。
直撃する。
逃げれない。
どうする?

ドジャーが助けてくれる?
無理無理。
あの距離からアレックスを抱えてフレアスプレッドの範囲外まで出る。
どう考えても無理。
なら自分でどうする。
テレポートランダム?
あぁ・・・
出来ればいいなぁ・・・
クレリックゲートセルフも含めて転移系のスペルだけは苦手だったんだよなぁ・・・。

「でも出来ないわけでもない・・・一か八かやってみるしか・・・」

アレックスは十字を描く。
どうだ。
分からない。
ただ、
もし発動したとして・・・もう間に合わない。
絶対的に間に合わない。
それほどまでにそこまでフレアスプレッドは迫ってきていて、
熱い。
熱い。
肌でもう熱を感じる。
燃え尽きるような熱を。
見上げると視界は赤い火球しかなかった。

終わった。

ただそう思った。

「・・・・?・・・・」

ふと、
体が浮いた。
浮いたというか飛んだというか。
それでいて吹っ飛ばされたような。

なんだろう。
浮いているというよりはぶら下がっている?
誰かに抱きかかえられた?
だけどこの感じ。
走っている人間の感じじゃない。
自分を抱えて走っている者。
走行の仕方は人間のものではない。
魔物?
モンスター。
そんな感じ。
いや、
・・・・
馬?

「わっと!!」

アレックスが放り出される。
ごんごろと粗末に転がる。

そして転がった先の、さらに視界の先。
そこでは雲の地面に直撃したフレアスプレッドが広がっていた。
避けた。
避けきった。
誰かが自分を抱えて範囲の外まで連れてってくれた。


「あんまり世話を焼かせるな」

その者が言った。
後姿だけが見えた。
馬・・・
いや、
エルモアに乗った後ろ姿。
ただ大きく見えたのは・・・・

闇。
黒い闇。
漆黒の・・・・・黒い髪。

「なんだてめぇわ!!!」

「耳障りな声を上げるな。人外のクセに」

叫ぶエン=ジェルンを尻目に、
その漆黒の騎士。
最強の戦乙女。
2番目の絶対は、
エルモアと共に駆け出した。

「ハッ!!」

そして、
飛んだ。
跳んだ。
駆けた。
翔けた。
架けた。
駈けた。
天かける・・・という表現しか思い浮かばなかった。

「ナハハハハ!こんなところまで跳んでこれると思ってんのかバーーーカ!
 おめぇら人間の方がやっぱ馬鹿だ馬鹿!アホじゃねぇの!?
 この空中!この距離。俺は見下ろし、テメェらは見上げる!
 これが神と人!神族と人間の差なんだよ!分かってねぇようだな!」

「黙れ。"神ごときが"」

漆黒の騎士はエルモアと共に高く跳び、
高く高く飛び、
そして・・・・・

「な!?」

さらに蹴った。
空中で、
エルモアの上からさらに跳んだ。
言い方によれば、
エルモアを空中で蹴り捨て、
2段目のジャンプ。
人の限界。
それを高く高く、
何重にも飛び越し、
人の行き着ける高みの上の上まで行ける存在。

「ふ・・・・ふざけ・・・・」

そこでエン=ジェルンの言葉は終わった。
ただ、
真っ二つにちぎれた。
黒い槍が振り切られたと思うと、

赤黒い肌は半分にちぎれ、
両翼はバラバラになり、
赤黒い肌から赤黒い血は散布し、
黒い羽根が空中に散乱し、

黒い騎士の黒い髪はさも美しく舞っていた。

「・・・・・・・・・」

アレックスとドジャーはその一連の動き。
一瞬の決着。
それを見て、ただ呆然とし、
ただ、
そのあまりのあっけなさに言葉もなかった。

漆黒の、
2番目の最強は、
天から落ち、
それでも音がしたかどうかというような静かな着地。
人が自殺するに十分な高さ?
関係ない。
常人を超えているのだから。
それだけの言葉で説明できてしまう"異常"。
それだけの言葉で説明できてしまう"以上"。

「あぁ・・・・なんだ・・・・」

漆黒の騎士。
黒いアメットをかぶったその騎士は、
着地するなりこちらを見て話し出した。

「なんなのだ」

一呼吸置いて、
空中からおびただしい赤黒い血が降り注いだ。
エン=ジェルンの体と、黒い羽根と、赤黒い血。
それが雨のように、
血に降り注ぎ、
その中心でアメットをかぶった黒い騎士は話す。

「氷の城に着いたと思うと、どこもかしこも鍵で閉まっていて、
 沸いて出てくる信者達。それを200くらい斬って斬って斬り落とし・・・」

漆黒の騎士はこちらに歩んでくる。
話しながら、

「カスを全部ぶった斬り、阻む壁は破壊し、全て破壊して最奥についたと思うと、
 そこには"次"の道があり、こんなところに出た。・・・・・・・・・・くだらん」

漆黒の騎士は、
途中、
寄り添ってきた自分のエルモアの首を撫でてやり、
それでいてこちらに歩いてくる。
話しかけながら、
見下しながら歩いてくる。

「そうしたらどうだ。よく分からない異世界みたいなところに辿り着き、
 あげくの果て、お前らカスがカスにやられそうになってるじゃないか。
 全くお笑いだ。笑えぬほどにな。オレがいないと何もできないのか?」

漆黒の騎士は、
アレックスとドジャーの前に立ち、
その妖美な目で笑った。

「あぁ、ジャスティンから言ってやれと言われた言葉がある。
 まぁこれはオレの心境でもあるし言っておいてやる」

そして、

「"楽勝ムードを届けに来てやったぞ。このカス共"」

ツヴァイ=スペーディア=ハークスは、
ただ、口元を緩めて笑顔を作った。















                 






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