「壁・・・・また壁か・・・・・・・・・」 地下。 ルアス城の地下。 帝国アルガルド騎士団の傘下。 目下。 その地下。 コンクリートの壁に囲まれ、 光さえ見えない。 「ボクってこんなんばっかだよね」 八方は灰色。 床も、 天井も、 壁も。 天井には転送用の穴。 灰色の扉には小さな小窓がついているだけ。 夜だったか、 昼だったか。 それさえも分からない。 空気の分からない世界。 「"時計がなくとも日は昇る"・・・か。皮肉だよね。 ここには太陽も月もない。けどボクに時を教えてくれるのはコレだけ」 エクスポ。 彼の手の中にあるのは、 小さな懐中時計だった。 「今日はどれが勝つかな・・・」 手の中の時計。 握り締めた時間の中で、 チクタク・・・チクタク・・・・ 長針と短針と秒針が追いかけっこをしている。 「ま、今日も秒針に決まってるけどね」 退屈で、 窮屈で、 卑屈な毎日。 この地下の牢獄の中、 独房の中。 ただただ何もする事なく過ぎていく時間。 浪費されていく時間。 「はぁ・・・・みんな何してるのかな・・・・」 エクスポは汚いベッドに寝転がった。 汚い。 なのに慣れてしまった。 こんな汚いものはエクスポのポリシーという点からして最悪なのだが、 慣れるというものは一番怖い。 「ボクがこんな美しくない時間を過ごしてる時も・・・世界は時計の針のように回ってるんだね」 エクスポは・・・ あの日。 GUN'Sと戦ったあの日。 燃え盛るミルレスの町の中・・・・・帝国に捕まった。 生かされただけで十分だが、 それも何かの企みだろうし、 「何にしろ鉄の鳥篭(とりかご)の中、エサを待つカナリアなんだね」 それから数ヶ月。 ずっとこの地下だ。 ノイローゼになりつつある。 それはそうだ。 常人ならこんな数m四方の空間。 とっくに発狂しているだろう。 「みんな・・・・」 汚いベッドの上、 汚い天井を見上げ、 エクスポは呟いた。 呟く事が増えていた。 ノイローゼ気味な事もあり、 寂しさも重なり、 独り言は日に日に増えていた。 「皆も今、バラバラなのかな・・・」 それが心配だった。 何より。 「でも《MD》の皆なら、なんとなくまた集うんだろうね。腐れ縁ってやつだから」 自分・・・ いや、 このボク、エクスポの考えを話す。 「《MD》ってのはなんなんだろうね。フフッ・・・・おかしなギルドだよ。 メッツとチェスターはいつも子供みたいなケンカしてるし、 マリナを巡ってイスカとメッツもいつも・・・・あぁ、メッツばっかだなケンカしてるの。 ロッキーとマリナは99番街生まれじゃないし、レイズは付き合いが悪い。 ジャスティンは女をとっかえひっかえの酷い奴だし、仲間思いかっていうと・・・・」 エクスポは笑う。 「そうでもないようでそうなんだろうな・・・・」 ドジャーの顔が浮かんだ。 「なぁドジャー、なんで君はそうも仲間思いなんだ。一般的に言えば下種野郎って奴だよ君は。 いや、ボク達皆か。人は平気で殺すし、悪い事も平気なクズ人間ばかりだ」 いや、 まぁボクは違うけどね。 と心の中で言って笑った。 「ボク達《MD》の繋がりってなんだろう。なんなんだろう。 こう、毎日こんなところに閉じ込められたままだと考えるんだ。 別に仲いいけど特別仲いいわけでもないような・・・気が合うわけでもないような・・・」 軽く沈黙する。 「偶然なんだろうね」 それが、 いつも出る答えだった。 「何も・・・何一つ"特別な仲間"なんかじゃない。 偶然たまたま・・・"まぁ一緒に居てもいいかな"って人間が集まっただけ。 世界のどこかを探せばもっと気の合う仲間も居ただろう。 そしてもしどこかで《MD》のような人間とバッタリ出会ったとしても・・・・、 きっとその時は普通に殺しあったりするんだ。 ドジャーもマリナも皆も、違う形なら数秒出会うだけの敵だったかもしれない」 なのに、 一緒に居る。 別に特別な繋がりがあるわけでもない。 何にもない、 ただ、一緒に居る。 「で、いつも思うんだ。別に君たちじゃなくてもよかったのに、 なんで《MD》は君達なのかってね・・・・」 エクスポは一度ゴロンと転がった。 「ボクの意見だ。"友情に時間なんて関係ない"。・・・・・・大間違いだ。 違いすぎて違いすぎて・・・そんな言葉いっとう美しくない」 心から思った。 「時間こそ友情なんだ。積み重ねた・・・積み重ねた時間だけが友情ってやつなんだろ?。 1日の付き合いならボクらはお互い見殺しにするような仲間だったはずだ。 ただの石ころのような感情を、時間が練磨し、宝石のように美しくした」 エクスポは手元の懐中時計を見る。 「時間は戻らない。だからこそ、ボクらはかけがえの無いものなんだろ?」 こーいうのをつまり、 腐れ縁っていうんだ。 腐れ縁。 腐れ縁。 汚い響きだ。 もっといい言葉はないのか? 腐れ? 時間が作ってくれたものだ。 腐ったりはしないさ。 何よりも美しいじゃないか。 「そう。美しいよね」 エクスポは笑った。 「ボクだけじゃないはずさ。ボクだけじゃないはず。 そう思っているのはボクだけじゃぁないはずなんだ。 ハハッ、でもボクが一番君達を"美化"してるんだろうね」 GUN’Sの時、 戦う前。 GUN’Sの奴らに人質になれと命令された。 その時自分は進んで捕虜になった。 自己犠牲が美しいとは思わない。 信じる事は美しいと思ったからだ。 「でもやっぱりあの戦いはすべきじゃなかった」 さらにその数分前。 自分が、 自分だけがGUN’Sとの戦いを否定した。 やるべきじゃない。 やるべきじゃないと。 世界がなんだ。 知ったものか。 《MD》の方が大切だ。 その他なんて知った事じゃなかったんだ。 ボクらはボクらが一番大事。 そうなんだ。 「・・・・・・・」 でも、 なんでボクだけがそう否定した。 ドジャー達の言葉も分かる。 いっとう彼等らしいとも思ったさ。 だけど、 だけど・・・ いや・・・・ 「皆同じ気持ちのはずだ・・・そうさ・・・・」 不安は積もる。 積もるばかりだ。 答えなんて、 この一人の穴倉暮らしでは返ってこないから。 積もる。 積もっていく。 時間が過ぎて、 チクタク、 チクタクと過ぎるだけだから、 積もっていく。 積み重なっていく。 「そんな事はありません。友などという情。それは酷く脆い」 ある日から、 扉の向こうでそう言った戯言をかけてくるようになった。 この日はピルゲン。 ピルゲン=ブラフォードだった。 「絶対的な強制。ディアモンド様のようなソレは確実に絶対なのです。 ですが・・・それ以外には必ずや綻(ほころ)びがあるのでございます。 いいですか?綻びとは滅び。何もかもに存在する絶対的現実でございます」 そんなような話しを毎日された。 日によって人は違った。 大概はドラグノフとかいいう男だった。 いろんな話しを聞かされた。 聞く耳持たない・・・・・・・・そんな事は不可能だった。 こんな狭い牢獄に閉じ込められ、 唯一の変哲はそれだけだったのだから。 変わり映えのしない毎日に、唯一変わるのはその言葉達だけ。 嫌でも耳に入った。 「だからと言ってそんな言葉を真に受けるとでも?」 自分の美学。 自分の考え。 自分のポリシー。 それは確固たるものだからこそ、 エクスポはそんな言葉を受け入れたりしない。 そんなもの美しくない。 美。 反している。 だが、 不安。 それは日に日に増すのはしょうがなかった。 時間。 ただ一分一秒でさえ、 自分の持つ時計の針が刻む。 チクタク。 チクタク。 だから積み重なる不安の時間さえ、 コンマ一秒の違いなくエクスポは心に刻んでいった。 「だけど信じる」 そう・・・・信じる事だけが日課だった。 皆も、 皆も同じだと。 自分達はかけがえの無いものだと。 時間によって積み重なった仲間意識は崩れるはずが無いと。 こうしているのでさえ、 きっといつか誰か助けに来てくれる。 「アハハ。それくらいしてくれなきゃ。君達はいつもボクに迷惑かけるんだから」 そう、 冗談交じりに考える。 でもこなかったら。 これなかったら。 不安は募る。 何日たっただろう。 何週間たっただろう。 何月たっただろう。 あるいは何年たっただろう。 いやいや、 時計はチクタク動く。 正確な時間は分かる。 だが、 時は残酷で、 時は感覚を麻痺させた。 慣れる。 忘れる。 人間は時に支配されている。 何時間たっただろう。 何分たっただろう。 何秒たっただろう。 何も変わらない。 何も。 状況は何も変わらない。 「絶望の一つを見せてあげましょうか?」 その日。 ピルゲンは言った。 「こんな美しくない日々以上の絶望があるのかな? ハハッ、見せてくれるっていうんなら見せてみるがいいさ」 エクスポはやつれた顔で笑った。 「考えが変わりますよ?」 「変わらないさ。ボクは頑固でさ」 「じゃぁ言い方を変えましょう。考えを否定されます」 「?」 「信じるのも自由。自由でございます。ですが・・・・ それとは別に現実と事実は確実に動いているのですから。 これから数分後。それは起こります。大した事じゃございませんけどね」 「フッ、どうして欲しいんだい?」 「ただ見ているだけでいい。いえ、見ている事しかできないでしょう」 何を言っているのか。 何も分からない。 訳が分からない。 さぁ? まぁくだらない戯言だ。 気にする事もない。 気にする事も・・・・ ピルゲンは立ち去った。 また沈黙。 いつもの孤独ら牢獄の生活。 さみしいけど慣れた生活。 こんな美しくも無い。 音もない。 美もない。 くだらない牢獄生活。 「?」 足音が聞こえた。 牢獄の前の廊下を誰かが歩いている。 2人? 「フフッ、じゃぁ現実ってやつを見せてもらおうかな」 エクスポは軽く余裕交じりに言い、 小汚いベッドに腰掛けていた。 近づいてくる。 何かが。 この部屋を目指しているわけでもないような。 通過していくような足音。 2つ。 声。 声が聞こえてきた。 扉の向こうから。 「たっく。なんでこんな汚ぇとこによぉ」 「文句を言うな。何よりではないが、ピルゲン様の命だ。 たしかにいけ好かないし、目的も分からないがな」 2人分の話し声。 それが廊下を歩きながら近寄ってくる。 冷たい足音と共に。 「ギルドダンジョンの魔物掃除だぁ?どんだけでも沸いてくんだろユベン」 「副部隊長と呼べ。まだド新人なのだから」 「あいあーい」 「・・・・・・・・」 何もできない。 見ているだけでいい。 いや、 見ていることしかできないだろう。 ・・・・。 言われたとおりだ。 その通りだ。 絶句した。 真っ白になった。 自分の牢獄に気づかず通り過ぎていく2つの足音。 一瞬だけ、 通りすぎて行くのが見えた。 その顔。 その・・・・顔。 「あーあー。飯が食いてぇっての!」 「・・・・新人教育の面倒な輩だ」 それらは過ぎ去っていった。 ただ、 ただ見ていることしかできなかった。 通り過ぎていったその姿。 その顔。 「メ・・・・ッツ・・・・」 意味が分からなかった。 なんで。 なんで。 なんでなんでなんで。 何故メッツが・・・、 「あれは・・・・44部隊の・・・・。なんでメッツがあんなのと一緒に・・・・」 動けなかった。 なんなんだろう。 訳が分からなくて、 意味が分からなくて、 真っ白になった。 頭の中が真っ白になった。 なんで。 なんで。 信じていたのに。 信じきっていたのに。 なんでだ。 なんでなんだ・・・・。 走馬灯。 そういうものが見えた。 思い出。 記憶。 積み重なったもの。 積み重なったもの。 それらが全部過ぎ去って・・・ 真っ白になった。 弾けた。 「・・・・・・・・・」 エクスポはただ呆然としていた。 ただ、 人形のように・・・ 動く事も忘れ、 真っ白になった頭も動かなくて。 信じて信じて、 それしかすることしかなかったからこそ、 それが・・・弾けた。 「ご覧になりましたでしょうか?」 扉の向こうに、 またピルゲンが現れて話しかけてきた。 目を向ける力も、 反応する力も、 何もなかった。 「あの方はたしか・・・・あなたの御戦友だったと記憶しておりましたが」 楽しそうな言葉。 ピルゲンの嬉しそうな言葉。 だからといって、 目を向ける力も、 反応する力もない。 「あぁそういえばついでにもう一つ教えておきましょう」 なんなんだ。 頭が真っ白だ。 真っ白で何も・・・・ 「レイズ殿という方。あの方は先の戦いでとっくに死んでおられます。 知らなかったのはあなただけです。ただ一人。あなただけ・・・・」 やめろ・・・ ボクの頭を・・・ もう白で・・・ 真っ白で・・・ 純白で汚すな・・・・ 「フフ・・・・嘘よりも現実の方が残酷でございますね」 ピルゲンはまた立ち去った。 遠のいていく足音が、 とても、 とてもどこか違う世界のもののように聞こえた。 「・・・・・・・・あ・・・・・・」 白い。 真っ白だ。 頭の中が、 真っ白。 真っ白で白で白で白で・・・ 全て、 積み重ねたものがすべて弾けてしまって、 白で白で白で白で、 白、 白、 白。 何も無い白の世界。 それが・・・・・・・・・ もう、 心地よかった。 言葉であったり、 行動であったり、 洗脳紛いの調教が数ヶ月続いた。 毎日一秒が過ぎ、 毎日一分が過ぎ、 毎日一時間が過ぎ、 秒針が、 短針が、 長針が、 幾重にも過ぎ去った今日。 「人間であった全てを捨て、神になる日だ」 純白の翼をもった天使が、 積み重ねたものを捨てろと言った。 エクスポは・・・ 受け入れた。 「今日からお前は人間ではなく、四x四神(フォース)が一人、フウ=ジェルンだ」 S・O・A・D 〜System Of A Down〜 第6話 <<地よりも落ちた空の上で(Heven or Hell? Let's rock!)>> 氷の城。 アドリブン。 その大広間とでも呼ぶべき部屋。 部屋の奥には黒い、禍々しい、ゲート。 ポータル。 世界の果てに繋がっていそうな、 感じた事の無い空気が噴出し、 吸い込んでいるような・・・。 入るでもなく、 帰るでもなく、 5人はバラバラ各々にその部屋に居た。 「はーぁ・・・・」 「うっさいねぇこのアマッ!」 「はいはい、ケンカする元気もないのよこっちは」 アレックス。 ドジャー。 マリナ。 シシオ。 ツバメ。 計5人。 突きつけられた現実。 進むべき道。 「あんたばっか被害者ヅラしてんじゃないよ!うちらだってトラジが行っちまったんだ!」 アレックス、ドジャ、マリナ。 《MD》の面々はエクスポの現状を突きつけられ、 ツバメ、シシオは、 《昇竜会》の頭首、トラジを失った。 ・・・・何時間たったろうか。 それくらい、 何をするでもなくこの空間に居る。 チクタクチクタク。 その過ぎ去った些細な時間だけで、 塞がるような現実でもなく、 「ドジャーさん」 ドジャーは上の空のように立ちほうけていた。 アレックスが呼びかける。 それに返事はない。 「・・・・・・・・」 空の人形のように立ち呆けるドジャー。 突きつけられた現実。 メッツの話もだが、 それはまだ見ていない現実。 そしてこれは、 見てしまった現実。 本人の口から言われた現実。 裏切りは裏返し。 脳みそがひっくり返ったような心境だった。 「減るだけか・・・・」 ドジャーはボソりと言い、 また黙った。 人形のように。 心のないように。 なんと言えばいいのだろう。 アレックスは困った。 困ったなんて普遍的な言葉がとても今の状況にそぐわしい。 アレックスとてショックだ。 短い付き合いとはいえ、 エクスポは仲間。 今、この世界で信じるという行動をとれる数少ない仲間だ。 だが、 「・・・・・・・・・くそ・・・・」 力もなく言うドジャーを見ると、 やはり時の差。 自分以上のショックを受けていて当然なのだろう。 時。 それはかけがえもなく何かを増強させる。 育てる。 それが友情だろうとも仲間意識だろうとも腐れ縁だろうとも・・・。 かけていい言葉が分からない。 言葉。 何て言えばいいのだろう。 「元気を出してください」 ・・・。 馬鹿馬鹿しい。 元気を出すべきではないのだ。 元気になるべきではないのだ。 くよくよしていてほしくないが、悲しみを打ち消せとでも言うのか? だからこそ・・・ かける言葉はない。 「あー、シシオ。缶コーヒー出して」 「・・・・・・・ぬるいぞ」 「あるだけましだよ」 シシオは懐から缶コーヒーを取り出し、 ツバメに投げた。 ツバメとシシオの気分は落ちていないものだ。 確かに彼らとてトラジの状況を考えると晴れ晴れしいものではない。 だが、 状況の違いはあるだろう。 「ほれシシオ。あのくよくよマシーン3匹にもくれてあげな」 「・・・・・・・」 「あーもー!気ぃ使ってんじゃないよ! 気ぃ使ってやってんだからそれについて気ぃ使うことないんだよ! ほれシャバ僧共、120グロッドで買えるぬくもりだ」 ツバメがシシオから缶コーヒーをとりあげ、 3本投げ捨てた。 捨てたという表現はナンだが、 ドジャー達に転がした。 「ありがとうございます」 アレックスは拾い上げたが、 ドジャーはそうもしない。 ただ、 足元にぶつかったコーヒーに目もくれていなかった。 「あーーーもぉーーー!!」 叫んだのはツバメ。 ・・・・・・・・・。 と思ったのだが、 違った。 「もーいーわ!もーいーわメンドくさいし!」 マリナだった。 マリナもドジャー同様落ち込んでいると思ったが、 突然目覚めた野獣のように両手をあげて立ち上がった。 「あんたもいつまでもそうしてんじゃない!!」 そして・・・ マリナは缶コーヒーを拾い上げて・・・・投げた。 投げた。 なんだこの投球は。 凄い勢いで飛んでいく。 アレックス自身、自分が野球部の監督であったら是非ともスカウトしたい。 それほどの急速で缶は飛んでいって、 「だっ!?」 ドジャーの頭に直撃した。 「で・・・・・・・いてぇな!何すんだ!」 「あん!?このマリナさんに生意気言う口はその口か!!」 マリナは凄い勢いで飛び掛り、 いや、 もう嵐でも飛んでいくんじゃないかという勢いで飛んでいき、 ドジャーに掴みかかった。 「ひき肉になりたいって聞こえたけど?」 「い・・・言ってねぇだろ・・・・」 ドジャーを掴み上げる女店主の図。 世にも怖い逆ギレの図。 あぁ、 世の中は理不尽だなぁ。 「いいからさっさと行くわよドジャー!」 「・・・・あん?どこにだよ」 「そこに決まってんでしょ!」 マリナはドジャーを掴みつつ、 右手の親指でゲートポータルを指差した。 それは、 アスガルドに続く道。 「マ、マリナさん落ち着いて・・・」 「ドジャーに言ってるの!アレックス君はナスみたいに黙ってて!」 「ナ、ナス?」 どういう意味だ。 アレックスは無意味に考えてみた。 ふむ。 あぁ、 ヘタは取るなと・・・・。 「このドジャー!おたんこナス!」 あぁそっちの意味か・・。 「いいからさっさと行くわよ!」 「お、おいおいアマ・・・・あんたもさっきまで落ち込んでたんじゃないかい?」 「うっさいわねツバメ!私はもう落ち込みタイム終わったの! 私は終わったからもう行く!以上!人に付き合うほど私は気が長くないのよ!」 なんとも自分勝手だ。 凄い"自分がルール"人だ。 「だがよマリナ」 ドジャーはマリナに掴まれたまま、 やさぐれた目を反らして言った。 「ありゃぁもうエクスポじゃねぇ・・・俺らの事なんかよぉ」 「うぜえええええええ!!!」 ベチン!とクリティカルな音が鳴り響く。 そりゃぁもう力いっぱいマリナはドジャーをひっぱたいた。 「凄いウザさだわ!今見てる人がいたら10人に12人はウザいと思ったわ!」 凄い確率ですね。 「いい?ドジャー」 マリナは至近距離でドジャーにガン付けて言う。 あぁはされたくない。 自分が悪くなくとも5回は謝ってしまいそうだ。 「エクスポが変わっちゃった?知らん!あんなもんひっぱたきゃ直るわ! あぁいう精密機械みたいな馬鹿は斜め45度で殴れば直るって相場を決まってんのよ!」 凄い理屈だ。 「だがよ・・・」 「ジャスティンはこっちに戻ってきたでしょ!?エクスポだけ見捨てるの!?」 見捨てる? 見捨てたのはあっちだ。 ・・・・。 いや、 違う。 見限ったのは今この時、この瞬間・・・自分だ。 なんだ。 なにを考えていた。 「とにかくネガティブタイム終わり!このマリナさんはそーいうの大嫌いなの! ポジティブねポジティブ!どんなお肉も・・・・腐ってたって焼けば食えるわ!」 そうなの? 「・・・・・カッ、エクスポ焼くつもりかよ」 「丸焼きにしてやるわ!」 炭クズにしてしまいそうだ。 「・・・・ケッ」 ドジャーは・・・ 軽く笑った。 「OK。・・・・OKOKOK。あぁそうだな馬鹿野郎クソッタレめ」 ドジャーはマリナを突き放す。 その目はもうやさぐれてはいなかった。 「簡単な話だったな面倒くせぇ」 「マリナさんのお陰でなんとなく心の整理がついたみたいですね」 「あー、やんなるぜ。最近難しく考えすぎだな」 「そんなデリケートな人間じゃないのにね」 「うっせ!」 ドジャーはマリナとアレックスを見て笑う。 「OK。んじゃ行くか。あの時計美々美々馬鹿の頭覚ましてやる」 「そうね」 「ですね」 「俺達があいつの"目覚まし時計"だ」 「狂った時計は」 「叩いて直せ・・・・ね♪」 なんとも180度気分の変わるものだ。 だが、 でも、 自分で直らないものは人が直す。 それだから仲間がいるのかもしれない。 ぶっ叩く仲間が。 「あんたらは頭がお天気でいいねぇ・・・・」 ツバメは苦笑いしながら首を振った。 「あっ、ツバメさん。じゃなくてシシオさんか。コーヒーごちそうさまでした」 「もう飲んだのかい!?」 「はい。3本」 「うぉ!?俺の分がねぇ!?」 「私の分も!」 「え、投げてたし拾ってなかったし・・・・いらないものかと」 「いるわ!」 「飲むわ!」 「でも生ぬるかったですよ」 「・・・・・・・・・・余計なお世話だ」 むしろ人数分缶コーヒーを持っていたシシオへは賞賛を与えるべきだ。 「んで?」 ドジャーが話しを戻す。 「行くか」 ゲート。 ポータル。 どちらともとれる渦巻く闇。 アスガルドへの道。 それを見ながらドジャーは言う。 「あ、少し作戦会議しません?」 「あん?何のだよ」 「馬鹿ねドジャー。相手は絶騎将軍(ジャガーノート)の一人ジャンヌダルキエルなのよ?」 「しかも行った事もないアスガルドって事だね」 絶騎将軍(ジャガーノート)。 位で言うと、 ロウマやピルゲンと肩を並べる者。 それが・・・ 確実に待っているのだ。 見たこともない、 夢物語とも思っていた場所、アスガルド(天上界)にて。 「神族・・・さっきまで戦っていた以上の天使共がいるって事か」 「あ、でもよ。うち、思ったんだけどね」 ツバメが揃えた髪をポリポリとかきながら言った。 「一年前・・・あのGUN’Sとの戦いだね。あのミルレスで戦ったときはだよ? うちらは天使だけじゃなく、"悪魔"も見たんだよね」 「ん?」 「悪魔?」 悪魔。 まぁ、 想像は容易い。 「そう変わりはないんだけど、黒い羽根の生えた連中だよ。 でもここまででそいつらは一回も見てないんだよねぇ」 「あぁそれは」 アレックスが言葉を挟む。 「悪魔系はピルゲンさんの管轄だからです」 「どゆこった?」 「僕の知る限り、絶騎将軍(ジャガーノート)にはそれぞれ部隊が一任されています。 自分の手足として使える部隊がね。絶騎将軍(ジャガーノート)で帝国軍は成り立ってます」 「へぇ」 「初耳だな」 「単純にですね。ロウマさんは『44部隊』。 ジャンヌダルキエルさんは『天使部隊』。 ピルゲンさんは『悪魔部隊』」 「神族でも分割されてんのか」 「人間の部隊は適当に扱われてるみたいですけどね」 「はぁ、なるほどねぇ」 「あぁ、あれは?」 「魔物だ魔物。モンスター」 「不在です。だからデムピアスさんを手に入れたかったんでしょう」 なるほど。 アインハルトの意志はともかく、 行政的な事を一任しているピルゲン辺りは、 どうしても魔物を指揮する者が欲しかったのかもしれない。 「あいつはなんなんだよ。ほれ、99番街に来た化け物みてぇな奴。 たしかギルヴァング=ギャラクティカとかいうやつ。 あいつも絶騎騎士(ジャガーノート)だろ」 「あとドラグノフさんからチラりと聞こえた情報から、 燻(XO)という人も絶騎将軍に居るはずです」 「いや・・・だからギルヴァングは・・・」 「だから恐らくギルヴァングさんと燻(XO)さんの二人が・・・元『53部隊(ジョーカーズ)』」 53部隊。 ジョーカーズ。 切り札。 存在しない部隊。 「2枚だからジョーカーか。暗躍部隊だったか?」 「その二人は単独行動なボスって考えるべきね」 「いや」 そこで口を挟んだのは、 誰かと思えばツバメだった。 「『53部隊』は存在するよ。超少数だけどね」 「あん?」 「なんであんたが知ってんのよツバメ」 「元の実家が暗殺一家でね。聞いたことあんのよ」 暗殺。 たしかにツバメの戦いは殺す戦い。 本当なのかもしれない。 だが、 王国に居ても存在を知れなかった53部隊。 その詳細をなんで知ってる? 暗殺に通じていたから? それだけ・・・ なのだろうか。 「だがまぁハッキリしたな」 ロウマ=ハート。 『44部隊』 ジャンヌダルキエル。 『天使部隊』 ピルゲン=ブラフォード。 『悪魔部隊』 ギルヴァング=ギャラクティカ、 及び、燻(XO)、 『53部隊』 それが帝国アルガルド騎士団の構成。 「ジャンヌダルキエルの『天使部隊』」 「ならこっから先はまた天使が出てくるって可能性が高いわけか」 「まったチカチカした白い羽根ばっか見るの?やんなっちゃうわ」 「天使と悪魔の違いなんて色だけだろうけどねぇ」 「あ・・・・」 アレックスはチラりと何かを思う。 色。 白と黒。 翼の色。 白と黒。 その違い。 「それです」 「は?」 「その・・・エクスポさんを救う手がかりですよ」 エクスポという言葉が出ると、 ドジャーとマリナは少し顔つきが変わる。 「どういう事?」 「さっさと言えアレックス」 「いえ、覚えてませんか?特にドジャーさん」 「ん?」 「昔戦った、"アンジェロとモリス"って人です」 「覚えてねぇ」 「言うと思いました・・・」 アレックスは一度ため息をつく。 「アンジェロさんはあれですよ。メッツさんさらった人。 モンスターコロシアムのオーナーで、白翼の天井服着てた人です」 「あーあー」 「モリスってのはあれでしょ?私も居たわ。 ロッキー君の弟・・・っていうか三騎士の実子をさらった奴」 「黒い翼の服着てた商業団体のデブか」 「それです」 まぁかなり昔の話だ。 覚えていなくてもしょうがない。 「で?」 「思い出しませんか?」 アレックスは話しを続ける。 「彼らはピルゲンさんの実験台になっただけですが・・・・ ルアス城で確かピルゲンさんはこう言っていました。 白い翼は"自尊心"、黒い翼は"悪意"を与える・・・・と」 ピルゲンが行った実験。 その結果。 その通りだ、 ここ氷の城で戦った相手・・・つまり天使達も、 神である事を自尊する者達ばかりだった。 白。 "天使の特性は自尊心"。 「あぁ、つまり天使は"俺スゲーーー!"って馬鹿ばっかで、悪魔はイタズラっ子って事か」 「それでそれで?」 「いえ、それでエクスポさんは白い翼でした」 「なるほどな。エクスポは強制的に"天狗"になってやがるって事か」 「元に戻すならソコを突くのは手ね」 「あんたらノー天気だねぇ。洗脳ならまだしも神族に転生してしまったんだよ?」 そこを突かれると痛い。 心変わり・・・そういったものならどうとでもなる。 だが、 エクスポは実際に変わってしまったのだ。 人間自体でなくなったのだ。 それを元に戻す? ・・・・。 できるのだろうか。 「なんか絶望的ね・・・」 「まぁ今の話総合するとよぉ、エクスポ戻すには天使からまた人間にしなくちゃ無理って事だろ?」 そういう事だ。 エクスポが変わってしまった理由はそのまま。 そのまま完璧全体絶対に、 転生してしまった事が理由。 あれは天使の特性であって、 "天使のまま元のエクスポに戻る"なんて事はあり得ない。 戻す。 人間に。 「できんのかそんなん。人間が神様になるのさえビックリってなもんなんだぜ?」 「その辺はノーコメントです」 「・・・・・・・・」 「毎度問題定義だけ得意な奴だな・・・・」 「いや、でも目的が確定したのは大きな話よ? チェスターじゃあるまいし漠然とした目的なんて笑い話よ」 と、 マリナは言いながら、 あっ・・・と口をつぐんだ。 「気にすんなマリナ。エクスポが言っただけで確定じゃねぇ」 「本当にチェスターさんは死んでしまったんでしょうか・・・・」 「・・・・・・・・言わせるな」 状況。 チェスターが単独で乗り込んだという状況だけ考えると、 その可能性は限りなく・・・・・・高い。 泣きたくなるほどに。 "絶対"の住むあの城。 生存率など皆無に等しく、 無に帰す可能性は絶対に等しい。 それも・・・ 誰がというと"エクスポ"という仲間から出た言葉なのだから。 「んでさー」 だるそうに、 けだるそうにツバメが言葉を挟んだ。 「仲間仲間仲間ってぇだよ?別にそれ自体は何一つ否定しないさ。 否定しないよ。でも気に食わないのは"あんたらの話"ばっかって事」 突如トゲの刺さるような言葉。 「いいかい?聞いとくよ?うちとシシオ。うちらはただのサブだってかい? あんたらの重要かつ優先度なんてもんはそりゃ心境察するけどねぇ。 こっちも命かけて着いて来た仲間で、トラジもあんなんなっちまったんだ。 あんたらの話ばっかじゃなくてこっちの話もしてもらいたいもんだよ」 ツバメの言葉。 その通りだ。 その通り過ぎて、 まぁ失礼の極み。 自分ら以外はどうでもいいなんてのは《MD》の特性でありながら、 それでいてクズの思想だ。 もう、 仲間は《MD》だけじゃないのだ。 優先度の話をすればそれは・・・そうなのだが、 共に戦う者をのけ者にしておくのは失礼。 失礼。 失礼としか言いようが無い。 「悪ぃ悪ぃ。でもそりゃ決まってんだろ?」 「トラジはまだあっちに着いていっただけじゃない。 解決方法は話すまでもなく至って簡単よ?」 「狂った時計は」 「叩いて直せっての?まぁそうだねぇ。いっぺん引っ叩いてやんなきゃ気がすまないね。 起きたまま寝言言ってる馬鹿虎は一刻も目ぇ覚まさせる」 「・・・・・・・・目を覚まさせる」 久しぶりにシシオの声を聞いた。 が、 驚いた所はそれじゃない。 シシオがさらに話を続けた。 「・・・・・・・目覚まし時計」 ・・・・・・・・・になるのはいい。 と、 ボソボソとしゃべるシシオ。 「・・・・・・・・だけど・・・・」 聞き取りづらいが、 さらに続ける。 「・・・・・・・全部・・・全部もしも・・・」 その言葉は、 やはり聞き取りづらかったが、 やはり、 やはり聞き取りづらかった。 "聞き入れづらかった" 消えていく語尾。 シシオの言葉。 全部。 全部もしも・・・・・・・"遅かったら" エクスポもトラジも。 何もかも。 解決方法などなく。 手遅れだったら。 目覚まし時計の鳴り響く音など遠い世界。 目を開けることなく・・・もう起きる事のない状況だったら。 無理なら。 不可能なら。 間に合わないなら。 どうしようもないのなら。 その時。 その時彼らをどうするのだ。 目覚めない彼らを、 "彼らじゃない彼ら"をどうする。 「・・・・・・・・・」 誰も答えは言わなかった。 言わなかったというか、 言うまでもなかった。 その時、 最善と全てを尽くしてどうしようもなく、 つまりどうしようもないほどどうしようもない時・・・ その時は・・・・・ この手で。 「行くか」 ドジャーが切り上げるように言った。 話を中断させるように。 「方法がなくとも手段はあるんだ。やるべき事はある。 手段。手を尽くす。やるべき事やってからどうしようもなくなったら、 手の施しようがなくなったら・・・その時こそ文字通りお手上げだ。 手が・・・手段があるうちはお手上げを考えるときじゃねぇさ」 皆は頷き、 そして、 ゲート。 ポータル。 アスガルド。 その闇。 渦巻く闇。 そこを見ると同時に・・・・・・・足を踏み入れた。 「さてと、夢の国アスガルド。お空の上に散歩と行くか」 「ついでにピーターパンでも探しましょうか」 「そのセリフは一度使った」 ピーターパン。 うん。 ついさっきのセリフだ。 一度使ったと言ったが、 いつ使ったのかと説明しとくと、それは不思議ダンジョンに行った時だ。 不思議ダンジョン。 うむ、それも懐かしい。 スオミの何でも屋スシアの依頼で行ったあの場所。 ルエン、マリナ、スシア。 ロイヤル三姉妹の母。 エリス。 不思議の国のエリス。 彼女と会うため行った国不思議ダンジョン。 それはそれはもう、 雲の上だった。 雲雲雲。 雲の上。 雲より上に浮かぶ不思議な不思議な御伽の国。 あらま天国。 そんな場所だった。 だからつまりアスガルドを目指す上での想像はそんな感じだった。 アスガルド。 天国。 ならばそれは雲。 不思議ダンジョンのように遥か下界を見下ろせる雲の上。 そんな場所。 だが、 想像とは違った。 「酸素あるよな!おい!酸素あるんだよね!?」 ツバメが一人慌てふためいていた。 「酸素!ギブミー酸素!お呼びじゃないよ!お呼びじゃないよ!」 相当混乱している。 頭おかしくなってる。 酸素酸素って、 吸ってるから生きてるんだろ。 でもまぁ、 酸素酸素と言いたくなるのも分かる。 ここはアスガルド。 天上界。 予想は著しくも当たり、 予想以上に大ハズレだった。 雲の上。 そこは大当たりだったが・・・・ 「これ、宇宙って奴なのか?」 ・・・・と思います。 「雲の上の世界ってイメージあったけど、まさか雲より遥か上の世界だったとはね・・・」 「でもこの足場は雲だよな?気持ち悪ぃ・・・足場しっかりしてるのにフワフワっていうか・・・」 「ギブミー酸素!!お呼びじゃないよ!無重力なんてお呼びじゃないよ!」 「うるさいわねツバメ・・・」 マリナがアゴで合図すると、 シシオがツバメを止めた。 ツバメの背中を掴んで持ち上げる。 シシオの手の下に吊るされてジタバタと暴れるツバメ。 「死ぬー死ぬー」と叫んでいるが、 いっそ死んで静かになれとドジャーかマリナが呟いた。 というかマリナはいつの間にシシオをアゴで使えるようになったのか。 「カッ、よく分かんねぇとこだな。悪いがもっとメルヘンな場所をイメージしてたぜ。 こうよぉ、お花畑に囲まれたポカポカ陽気なクソ食らえワールドをよぉ」 「実際は星が綺麗に見える大宇宙の雲の上だもんね」 「星の数ほどの勘違いと、誤解と思い込みの螺旋でしたね」 「何言ってんだお前」 「いえ・・・・」 ともかく、 それにしても不思議な感覚だった。 宇宙。 まだ実感が沸かないが、 恐らくそうなのだろう。 でも息が出来るし・・・・・ と言っても宇宙じゃ息が出来ないなんて誰が証明した事かもしらないけど。 実際雲の上にいるわけだが、 自分達が普段見上げていた雲とは違うのだろう。 不思議ダンジョンでさえ雲より上にあったのだから。 そして星明り。 ただ漠然と雲の上と宇宙が広がっているのだが、 やんわりとそれでいて完全に明るい。 何かしら下界の常識外がいろいろと活用されているのだろう。 「なんか納得いかねぇ世界だな」 「僕的には異世界的なものだと思いますけどね。 常識の範囲外は全て僕の知っているカテゴリーの外って事にしておきます」 異。 それはもう常と反する者。 それは便利な言葉だ。 普通じゃない場所なんじゃね? それで全てOK。 常識の範囲内は、 やはりあの不思議ダンジョンがギリギリの範囲で、 ここはアウトだ。 いかに似た点が多くてもだ。 違うところが多すぎて、 ランクの差が大きすぎる。 だが、 相違点とかそういうのを別にし、 異でも違でも常でも情でもなんでもいい。 とにかく、 何の因果かと思う点があるとすれば、 不思議の国でも、 このアスガルドでも、 エクスポと出会う場所であったという事だけだ。 「ま、風景とか別にどーでもいいしなんでもいーんだよ。重要なのはココが目的地ってことだけだ」 ま、 つまりそういう事だ。 アスガルド。 そこに降り立ったのはそういう意味だけだ。 「で、どうすりゃいいのかしら」 「あー・・・」 なるほど、 見渡す限り、 なんとも面白みの無い場所だ。 空には宇宙が広がり、 下には雲が広がっている。 「なんかぽつぽつと建物っていうかオブジェっていうか・・・訳分からないものが生えてるけどね」 「あの正面のは何か建物じゃないですか?」 「入り口あるしな」 「入ればいいんですかね?」 「他に行くとこないしねぇ・・・・」 いつの間にか落ち着いてるツバメも含め、 5人は考えた。 が、 その目の前の門のような建物のような、 スオミの建築物のようにセンスのない建物の中に入っていくしかない気もした。 選ぶ道がない。 先ほど、ここに来るときもそうだが、 "道を決められている" そんな感覚だった。 「神のお導きってか?カッ!くだらねぇ!」 ドジャーのカンに障る結論だが、 手段があるなら、そうする。 そうするしかないのだ。 「ようこそいらっしゃいました異端者様御一行」 「コスモフォリアにようこそ」 突如、 いや、 もう突然。 いつの間に居たのか、 どこに居たのか、 とにかく、 "いつの間にか居た"としか言いようがなかった。 「んだこいつら!?」 「いつの間に!?」 「いつの間に。そんな言葉は虚しいだけですよ」 「ここは天国アスガルド。私共がいるのは当然で至極当然です」 それは、 二人の神族だった。 一人は、 赤い服を着た女神。 白い羽根を携えて浮かぶ、 女神だった。 もう一人も女神。 黒い羽根を携えて浮かぶ、 紫顔の女神だった。 「おいアレックス」 「・・・・・」 「おいアレックス!」 「はいはい言いたい事分かりますよ!悪魔はいないんじゃなかったのか?って事ですね!」 一人は白い羽の天使だが、 もう一人はどう見ても黒い羽。 悪魔だった。 「知らないですよ!ただの予測を述べただけなんですから!」 「知らねぇで済ますんじゃねぇよ!」 「知らないですもん!」 「んじゃぁ聞いてみればいいじゃないですか!?」 「・・・・・・」 ドジャーは一瞬止まり、 そして白い羽の天使と黒い羽の悪魔を見る。 「なんで悪魔がいるんだ?悪魔はピルゲンの管轄じゃねぇのか?」 なんとも・・・ 真っ向真正面から聞くものだ。 そうも正面から見知らぬ神様に質問するとは思わなかった。 いや、 アレックス自身が「聞けば?」って言ったのだが。 「私達はなんでも答えます」 「ジャンヌダルキエル様に申し付けられていますから」 どうやら特に戦闘意識のある神族ではないようだ。 案内人・・・ そんな感じなのだろうか。 「その質問は特に意味はありません」 「とても正解でありそれと少し違うだけ」 「普通の事です」 「そういう事なのです」 「もともと帝国に組する神族の長はジャンヌダルキエル様」 「そこの悪魔族はピルゲンという輩に回されただけ」 「ジャンヌダルキエル様の下はジャンヌダルキエル様の下」 「つまりそういう事です」 「分かりにきぃ・・・・」 つまり、 まぁ悪魔族の部隊をピルゲンに貸し出しただけで、 一応神族は全部ジャンヌダルキエルの僕という事だろう。 「自己紹介をしましょう」 赤い服を着た天使が言った。 求めていないが、 そう言った。 話し出す。 「私の名前は天使ユノー」 赤い服を着た白翼の天使は言う。 続いて、 黒翼の天使が言う。 「私の名前は悪魔エリス」 「!?」 「ちょ・・・今なんて!?」 エリス? 悪魔エリスだって? エリスというのは・・・・ あのエリスなのか? 「私の名前は天使ユノー」 「私の名前は悪魔エリス」 「私達はただの案内人」 「コスモフォリアの入り口でただ人を待つ者」 分からない。 あのエリスは・・・ ロイヤル三姉妹の母、 エリス=ロイヤルは・・・・ 「エリスさんは死んだはずです・・・」 そう、 死んだのだ。 不思議ダンジョンで。 あの場所で。 あの雲の上の世界で。 エクスポと共に戦い・・・ その結果・・・・ 死んだのだ。 「死とはなんでしょう。生とはなんでしょう」 「この神々の居処、アスガルドでは虚しい言葉です」 「そのエリスとは誰かは存じません」 「誰であるかは分かりません」 「死んでいるのでしょうか」 「生きているのでしょうか」 「だけど私は天使ユノー」 「だけど私は悪魔エリス」 「私達はただの案内人」 「コスモフォリアの入り口でただ人を待つ者」 名が同じだけ・・・なのだろうか。 その可能性も高い。 人と、 神。 それが偶然同じ名前だったなど、 これほどの笑い話もなく、 偶然の一致としては神側からして腹立たしさ甚だしい。 本当にそうなのか? そうなはずがない。 「視覚とは光の反射」 「目を通して脳で作られた偶像」 「あなた達に私が何に見えたところでそれは想像」 「あなたの見えている私は違う私かもしれません」 「見えているものが真実なのでしょうか?」 「あなたの記憶さえも現実なのでしょうか?」 分からなくなってきた。 なんだ。 混乱を誘っているのか? 理解を求めてはいけないのか? 異。 違。 下で携えた常識で理解しようとする事が不可能な事象なのか? 「アスガルドは夢の国」 「あなた方が思い描く天の国」 「雲の上」 「雲のように掴み所もなく、あやふやで聖なる世界」 「アスガルドにようこそ」 「コスモフォリアにようこそ」 「くそ・・・わけわかんねぇ・・・」 「エリスさんなんでしょうか・・・」 アスガルド。 天の国。 天国。 天国? それはつまり・・・ 死んだ人間が居るという事なのか? そういう事なのか? そうなのか? だから・・・なのか? それとも死んでいないのか? 死んでいなかったのか? 「人よ、迷いなさい」 「どうか迷わないでください異端者よ」 「あなたが思えばそれは現実」 「夢さえ叶えばそれも夢」 「信じてもいない世界があるなら」 「そこにあるのは信じられない事ばかり」 「受け入れなさい」 「理解してしまいなさい」 分からない。 分からない。 何もかも・・・ 雲のようにあやふやで・・・・。 「違う違う。気にするんじゃないよ」 ツバメが、 涼しい顔で言った。 手首をプラプラさせて、 何も困る事のない涼しい顔で言った。 「筋通ってない奴らはこんな事で揺らぐからいけないねぇ」 「あん・・・」 「どういう事ですか?ツバメさん」 「決まってんだろ?死んだ奴は死んだ。死んでない奴は死んでない。 それ以外は筋違いであり得ないってんもんだよ。そんくらいシャバ憎でも分かんだろ? こいつらはただ混乱させようとしてるだけだって。お呼びじゃないよ」 ツバメはそう言った。 簡単に言ったが・・・。 「・・・・・・・・カッ・・・」 それもその通りだ。 どうにかしていた。 死んだ奴は死んだんだ。 それ以外の結果はない。 大事なのは結果だ。 その結果がある限りどうとも混乱しようがない。 「こいつは天使ユノーであっちが悪魔エリス。それ以外ないだろ? もういいじゃないかい。理由があろうがなかろうが、それ関係ないってもんだよ。 難しく考えるから混乱するんだよ。大事なのはそこじゃない。 筋。自分の求める一本筋。今秘めている一つの目的それだけだろ?」 ツバメが言う。 ヤクザに偉そうに説教されていればお笑いだ。 だが、 その通りなのだ。 目的は・・・エクスポを元に戻す事。 トラジを連れ戻す事・・・。 そして・・・ あわよくばジャンヌダルキエルを吹っ飛ばす。 それ以外、 無用な知識などいらないのだ。 「危ね・・・」 「危うく騙されるとこでしたよ」 「さっき話てた通りだねぇ。天使は高ビー。悪魔は悪戯好き」 「人間おちょくって何が楽しいんだか」 「これだから神なんてのは信じられねぇ!いろんな意味でな!」 「これだから人間は」 「これだから人間は」 天使ユノーと悪魔エリスが言った。 「だからここがあるんだね」 「これだからこの場所があるんだね」 「コスモフォリア」 「神聖なアスガルドで、唯一人間が足を踏み入れる事を許した場所」 「それがここ」 「コスモフォリア」 「人間が行ける場所はここまで」 「人間はアスガルドの中、コスモフォリアにしか居られない」 「これ以上、アスガルドの聖域に入れられないね」 「こんな陳腐な考えしか持てない汚らしい人間を受け入れられないね」 「コスモフォリアがあってよかった」 「ここは人間が入れる最終地点」 「アスガルドで唯一人間がいられる場所」 「神はここ以上あなた達を受け入れない」 コスモフォリア。 よく分からないが、 言葉から察するに自分達がアスガルドで居られるのはこの空間。 この見える世界だけのようだ。 神の住まう処。 それはもっと神聖で、人間は踏み入れられない別の場所にあるのか。 「偶像を受け入れないなんて所詮人間か」 「幻想を受け入れないなんて緒戦異端者か」 「うっせぇな」 「つまりあなた達は僕たちを混乱させたかっただけでしょう?」 「ジャンヌダルキエルは私達に絶望を突きつけたいみたいだったし」 「それでも私は天使ユノー」 「それでも私は悪魔エリス」 「エリスじゃねぇんだろ!もういいんだよ!黙りやがれ!」 「イラついてるし私が蜂の巣にしてあげちゃうわよ!」 「どっちでもいいのに」 「なんでもいいのに」 「必要なのは結果じゃない」 「大事なのは結論なのに」 「事実なんてどうでもいいじゃない」 「不思議がないなんて寂しいじゃない」 「全ては捉え方だよ」 「事実なんていらないよ」 「幻想でいいし偶像でいい」 「これは私かもしれないし私じゃないかもしれない」 「ここに居るのは私なの?」 「私は天使ユノーかもしれないしそうじゃないかもしれない」 「私は悪魔エリスかもしれないし本当にそうかもしれない」 「それでいいじゃない」 「その方が楽じゃない」 「そう結論をつけようよ」 「結果なんていいじゃない。結論をつけようよ」 フワフワと、 天使ユノーと悪魔エリスは回り始めた。 不思議に、 まるでオルゴールの上の人形のように、 くるくると幻想的に回り始めた。 「でも飽きたね」 「あぁ飽きた」 天使ユノーと悪魔エリス。 彼女らはフワフワと回りながら話す。 「もういいわね」 「ウザくなってきたわ」 「もういんじゃないんですか?始末して」 「だな。やっぱ人間の相手はむかつくぜ」 「名残惜しくも哀しいです」 「消えてなくなれば哀しさも無に帰すぜ」 「人間など見るにも耐えないものでしょう」 「あの世でくたばるだけ幸せかもな!」 そして・・・・ 「さっさと片付けますか」 「塵も残さずな!」 天使ユノーと悪魔エリス。 それぞれが光り輝く。 「静寂なる水のあぶくの如く」 天使ユノー。 その体。 それが輝くと、 赤い服と体は水の泡のように蒸発する。 全てが水へと変化する。 水蒸気となるように。 「流るる小川の如く、緩やかに死ね」 彼女の体、 天使ユノーの体は水と共に変化した。 それは・・・ "彼女"とはもう言えなかった。 薄手の衣。 蒼白い・・・ その文字通り、青く、白い。 そんな肌の男性になった。 青い髪が緩やかな滝のように美しく流れ、 白い羽根が大きく広がる。 「『四x四神(フォース)』が一人、スイ=ジェルン」 スイ=ジェルンと名乗った彼。 白い羽根に、 蒼白い体をしたその静嘆な男の周りには、 青いオーブ。 青いオーラに包まれたオーラオーブが4つ、 フワフワと浮いていた。 「荒れ狂う火炎の如く!」 悪魔エリス。 その体。 それが輝くと、 紫の肌が燃え盛る。 体全体が燃え盛る。 轟々と赤々した炎に包まれ、 燃え尽きるように。 「燃え盛る炎の如く!悶えて死ね!」 彼女の体。 悪魔エリスの体は炎と共に変化した。 それは・・・・ もう"彼女"とは言えなかった。 破れたような荒々しい衣類。 赤黒い。 その文字通り、赤く、黒い。 そんな肌の男性になった。 赤い髪が燃え盛る炎のように逆立ち、 黒い羽根が大きく広がる。 「『四x四神(フォース)』が一人!エン=ジェルン!」 エン=ジェルンと名乗った彼。 黒い羽根に、 赤黒い体をしたその獰猛な男の周りには、 赤いオーブ。 赤いオーラに包まれたフレイムオーブが4つ、 フワフワと浮いていた。 「変身した!?」 「いえ・・・姿を現したってところですね・・・」 「やっぱ戦う相手だったのね」 スイ=ジェルン。 エン=ジェルン。 蒼白い肌のスイ=ジェルン。 赤黒い肌のエン=ジェルン。 白い翼の天使スイ=ジェルン。 黒い翼の悪魔エン=ジェルン。 水のような青いオーラオーブを4つ浮かばせる。 炎のような赤いフレイムオーブを4つ浮かばせる。 「水と炎ですか」 「分かりやすいな」 「ありがちって言った方がいいくらいね」 「水」 「炎」 「静かな水こそ至高の宝石です」 「荒ぶる炎こそ最強の兵器だ!」 スイ=ジェルンとエン=ジェルンは、 それぞれ白い翼と黒い翼を羽ばたかせ、 空中へと舞い上がった。 「我らはジャンヌダルキエル様の直属神下、"四x四神(フォース)"」 「俺ら4人が扱うのはエレメントの力(フォース)!」 「静かに哀しく死になさい」 「怒れるほど狂って死のうぜ!」 空中。 スイ=ジェルンの蒼白い体の周りで、 水の如く、 4つの青いオーラオーブがグルグルと回り始める。 空中。 エン=ジェルンの赤黒い体の周りで、 炎の如く、 4つの赤いフレイムオーブがグルグルと回り始める。 「なんか・・・」 「やばそうなんだけど・・・」 見たことも無い。 そんな・・・ そんなレベルの何かが来る。 来る。 クル。 分かる。 レベル。 レベルが違う・・・。 そんな・・・そんなスペル。 「ハハ・・・・冷たく蒼く・・・」 「ハハハッ!熱く!紅く!」 空中。 スイ=ジェルンの4つのオーラオーブ。 空中。 エン=ジェルンの4つのフレイムオーブ。 それらが、 体の周りでグルグルと、 さらに高速で回転しはじめた。 弾けるように・・・。 「穏やかなる水の如く!砕け散りなさい!クリスタルストーム!」 「荒ぶる炎の如く!燃え尽きちまえ!フレアスプレッド!」 「来ます!」 「避けろ!」 |
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