「来るぞ!!」

アレックス達は一斉に武器を構える。

「恐ろしい・・・恐ろしいほどに恐ろしく下級で愚鈍で低能なる・・・人間なる生物よ!!
 処分してやる!神を崇めぬ人間など不要!まとめて処分してくれる!!!」

アシュラゴゼンが叫び、
8本の腕が一斉に降りかかる。
降りかかり、振りかかる。

「ぐっ・・・・」
「クソッ・・・」
「なめんじゃないわ!」

金属音が8つ。
6人VS1人であるのに、
8本なる腕が全て別々に動き、
アレックス、ドジャー、マリナ、トラジ、ツバメ、シシオ。
6人全員に振りかかる。
そして全員が同時に剣を防いだ。

「ほぉ、一撃くらい当たると思ったが」

「くそぉ・・・6人いるのに全員防御かよ・・・・」
「その気になれば6人くらい相手にできるってことね」
「でも僕らはそんなに可愛くありませんよ」
「だな」
「だぁああああらぁあああああああ!!!」

その中、
トラジがおもくそに木刀をふりつけ、
アシュラゴゼンを弾き返した。

「チィ・・・人間のクセに・・・」

後ろに滑り、着地するアシュラゴゼン。

「先ほど戦った時もだが・・・・・・・腕力だけには自信があるようだな黒眼鏡の男!」

「サングラスでさぁ」

「ふん。だが腕力を持っている事。腕力に特化している事。それは不幸という事だ。
 それこそ低能なる証!野蛮な平原民族!地にて弱肉強食を余儀なくされた種族の証よ!」

あーいえばこーいう。
こーすればあーいう。
さすが神様。
頭いいだけに口が達者な事この上ない。

「どうすんだ!」
「た、戦うに決まってんでしょ!?」
「いえ、狙うなら・・・・」

アレックスは槍を構え、
横目で見るその先。
それは3人の神官。

「彼女達です。彼女達を倒せば蘇生は出来ないはず」

蘇生転送。
彼女らは仲間が死んでから、
または死に際に転送する事だけに集中している女神官3人。
仲間がやられたら即蘇生。
即転送。
即蘇生転送。
その準備は万端。
つまり、
あの3人がいる限り・・・・・・・敵は無敵。
無敵。
不死身で、死に繋がらない。
倒せない。
勝てない。
故に・・・無敵モード。

「だからってこいつら相手にそんなヒマあるかぁ!?」
「見つけるんです!隙をついて!」
「いーや。ぶっ殺しちまうって手もある」
「はぁ?」

トラジが木刀を構えたまま言う。

「さっきも話しやしたが、ツバメは敵を倒してる。
 蘇生不可能にしちまえば蘇生もクソもねぇってもんでさぁ!」
「だけど蜂の巣にしても生き返ったわよ!」
「・・・・・・頭・・・」
「人だろうが神だろうが首や脳みそやっちまえば無理ってもんじゃないかい!?」
「カッ!それが簡単にできりゃぁ苦労しねぇっての!」

倒す。
倒すには・・・
"殺す"じゃだめなのだ。
殺すではだめ。
死など無価値。
死など無意味。
殺すなんていう概念じゃぁ彼らは死なない。

殺す=死亡なんていう確実なる世界のルールが、彼らには通用しないのだ。

「神より」「貰いし」「この力」
「神を」「信じぬ」「異端者め」
「その思考に」「後悔を持ち」「死んでいけ」

それこそ神なる力。
地上のルール外。
死ぬなんてものは通用しない。
殺しじゃだめ。
殺しじゃだめなのだ。
狙うは死でなく・・・・・・・・即死。

「ツバメさんはどうやって敵を倒したんですか?」
「首チョンパだよ」
「ダガーでですか。ならドジャーさんでも出来ますね」
「はぁ!?ふざけんなよ!いいかアレックス!
 こんなちっこい刃物で首切るのはそれなりのチャンスがないとそれこそむずいんだよ!
 人間の首ってぇのは100キロ超えるデブが逆立ちしても折れないほど丈夫なんだ!
 知ってたか?あぁ知ってるよな!骨とかあんだよ!簡単に狙ってできるか!」
「じゃぁ突き刺しなさい!」
「盗賊で動きの速いツバメさんとドジャーさんが一番可能性高いんです!」
「あーもーOK!やるしかねぇんだろ!」

そして、
誰ともなく6人は散らばった。

「やるしかねぇ!」
「殺るしかないねぇ!」

6人はそれぞれの敵に散らばっていく。

「来いよ人間。処分してくれる。お前らなど欠如すべき種族なのだ!」
「神に逆らおうなんてねイブジュリエット」
「愛に歯向かおうなんてねアダムロミオ」
「異端者め。神に魅入られし人間の強さを見せてくれようぞ」

「っと見せかけて・・・・」

ドジャーはニヤりと笑い、
方向転換。

「死ね!!!」

ダガーを投げた。
投げた方向は・・・・・3神官の方。
最初から狙っていた。
虚をつき、彼女達を倒せればそれ以上の事はない。
そして、
ドジャーのダガーはまっすぐ頭に向かい・・・・

「こしゃくな」

突如、
ダガーの軌道上に手が飛び出した。

「!?」

「彼女らはやらせん」

ランスロットの手だった。
ダガーは、
ランスロットの手の平に突き刺さった。
生身で・・・ダガーを止めた。

「お前らは勘違いしているようだ」

ランスロットは手の平に刺さったダガーをそのまま握り締めた。
血が滲む。

「死なない事が強い事なのではない。死を恐れない事が強い事なのだ。
 私は十字騎士。騎士なのだ。この死なぬ体を火に放り投げるが如く、
 身を犠牲にしてでも何かを守り抜く。それこそ騎士。それが私、ランスロットだ」

そして手からダガーがこぼれる。

「てぇやああああ!!!」

「ふん」

ガキィンという分かりやすい効果音と共に、
槍と槍がぶつかった。
アレックスとランスロット。

「お前も騎士のようだな」

「聖騎士です!」

「聖騎士?この神なる間に置いて・・・・異端者が聖騎士を名乗るか!!!」

聖騎士アレックスと、
十字騎士ランスロット。
槍はお互いぶつかり、
弾き、
さらにぶつかった。









「・・・・・・・・・ルナスラ・・・・」

ルナスラッシュ。
長く、
鞭のように伸びるシシオの腕。
シシオの剣。
月の軌道。
回転斬りを放つシシオ。

「低スペックな技だ!そんなもの1椀で十分よ!!」

アシュラゴゼンが、
片手・・・・という表現はおかしいか。
8本のうちの1本の腕だけでその剣を止める。

「・・・・・・」

「はは!1腕の相手に8椀使う道理などない!ただでも有限な低級な才能が、
 さらにマイナスとなっている低スペックな下級種族にわらわが負けるはずがないであろう!」

アシュラゴゼンがシシオを剣ごと弾く。

「もう一度言う!お前如き8椀使う必要はない!1椀で欠如させてくれるわ!」

そして・・・
襲い掛かる剣。
言葉どおり、驕りの極地なる1椀での剣撃。
それは弾かれてバランスを崩したシシオに・・・・

「だらしないねぇ」

「うぐっ!!」

その腕は、
華麗に、
そして綺麗に吹き飛んだ。
アシュラゴゼンの腕が行儀良く剣を握ったまま吹き飛ぶ。

「ちょこざいな!下級人間のクセに・・・・下級種族のくせにいいい!!!」

「ハハッ。うちに斬られといてよく言うよ」

ツバメは笑う。
通り過ぎるように、
まるで轢き逃げるようにアシュラゴゼンの腕を切り捨て、
そして笑う。

「8椀なんて必要ないんだよ!もとからうちらにあるのは全てをこめた"1"なんだからね!」

ツバメは吹き飛ばしたそのアシュラゴゼンの腕をキャッチし、
そのまま握りつぶした。

「さぁて、行くよシシオ」
「・・・・・・おう・・・・・」
「極道の真髄!見せてやろうじゃないの!」

「ふん。最低限の低スペックな身体構造しかない人間如き・・・・」

「腕が多けりゃ偉いの?」

「あの黒眼鏡と同じ事を言うのだな。お前らにも説明してやろう。
 腕が多いという事。その構造を持っている事自体がすでに超越種として十分な理由・・・」

「7本だけど・・・」
「何?それじゃぁ蜘蛛とかタコも神様だったんだねぇ」

「・・・・・屁理屈をこねおって・・・・7本あるという事がどういう事か分かっていないようだな!」

「えっと。リンゴが7個同時に皮を向けるとか?」

「・・・・・・・・・殺してやる!」



















「届かねぇ・・・・・・」

トラジはボォーっと突っ立っていた。
見上げて、
無力なまま木刀を持って立ちつくしていた。

「これが神だよねアダムロミオ」
「これが愛だよねイブジュリエット」
「届かぬ愛なんてないけどね」
「僕らに届かないのは、僕らの愛が至高のものだからだろうね」

楽しそうに笑う二人の天使。
届かない。
手が出せない。
何故なら、

二人の天使は飛んでいるから。

「これが神だよね」
「これが愛だよね」

ぱたぱたと、
翼を羽ばたかせながら高い天井へ飛ぶ二人の天使。
神だから・・・飛べる。
それはそうだ。
そして・・・
それは思ったよりやっかいだ。

「降りてきなせぇ!!!」

ぶんぶんと木刀を振りながら、
トラジは天井に向かって叫んだ。
いや、降りてくるわけないだろ。

「卑怯でさぁ!降りてきなせぇこの度胸無し!筋が通ってねぇでさぁ!!」

まるで子供の文句だ。
ヤクザの長として恥ずかしい言い分。
木刀を振り回し、
屋根の上に登った猿に叫ぶが如く。
木の下の犬が如く。
手の届かない・・・・・という情けなさ。

「はん!俺が怖いんでさぁな!そうだろ?そうじゃなかったら降りてこい!」

誰が降りるか・・・・

「見てみてアダムロミオ!滑稽ね!」
「あれが人間だよイブジュリエット」
「私達に届かない」
「愛に届かない」
「愛は無敵だものね!」
「あぁ。彼は僕達の至高の愛に手も出せないのさ!」

室内の高き天井に浮かぶ二人の天使。
無敵なる無敵な空中という安全地帯で自慢げに愛を語る。
手出しできないのろけ話。
ある意味最強だ。

「愛や神がなんだってんだ」

ヒュンッ!と風を切る音。
それとともに、

「危ないイブジュリエット!!」
「え!?」

アダムロミオに肩にダガーが突き刺さった。
高い天井付近に浮かぶアダムロミオの肩から血が落ち、
血は地面に落下して弾けた。

「カカッ!ご馳走だ。赤い糸を切断するには十分だったろ?」

ドジャーがダガーを突き出しほくそ笑む。
嬉しそうなのは誰よりトラジだったが。

「ナイスでさぁ旦那ぁ!」
「ナイスっちゃぁナイスだな。まさにあこの位置関係がだ。
 これって俺からの一方通行で攻撃し放題って事だろ?
 泣かせるねぇ・・・泣かせるぜ神様!慈悲や愛に満ち溢れてるじゃねぇか!」

「くっ・・・人間如きが・・・」
「神と愛を愚弄するか!?」

「いやいやいや♪尊敬してるぜ?だから拝ましてもらう」

ドジャーは両手のダガーを後ろ手に構え、溜めを作る。
ダガーを投げる溜めを。

「どうか神様・・・・死にますように!ってなぁ!!!」

投げ出される2本のダガー。
両手から放たれた2本のダガーは途中でクロスするように真っ直ぐ天使に向かい、
閃光が如く突き進む。

「くっ・・・」
「なめてるわね!」

ぐるりと空中で旋回し、
アダムロミオとイブジュリエットはダガーを避ける。
鳥が銃を避けるように、
ダガーを旋回して避けた。

「あれま。お賽銭はいらないってか神様♪」

「そんな薄汚れた賽銭いるか!」
「人間は黙って尊敬してればいいのよ!」

「旦那ぁ!」
「あん?」

トラジが突然叫んだ。
何事かと思えば、タバコを吸っていた。
本当に何事か。

「俺ぁ相性悪そうでさぁ。攻撃が届かねぇなら不得手も極みってもんで。
 ここは一つ、旦那に任せて俺ぁ他の相手を手伝ってもいいですかい?」
「は!?馬鹿野郎!相手二人いんだぞ!」
「理屈で全ては通りやせん」
「俺を助けるのが筋ってもんだろ!」
「・・・・・筋」
「俺に義理あんだろ!人情ねぇのかテメェ!」
「義理・・・人情・・・」

トラジはタバコを吸いながら目の色を変える。
分かりやすい。
分かりやすいほど扱いが簡単だ。
可愛げがあるほどに。

「でしょうな!ようがす!ここはひとつ俺ぁ人肌脱いで旦那の手助けしやしょう!」

当然といえば当然なのだが、
偉そうにサングラス越しに目を輝かせる。
男の・・・
仁義の見せ所とでも改心したのだろう。

「おらぁ!かかってこいやぁ神畜生!」

そしてぶんぶんと木刀を振りながら叫ぶ。
変わらない。
こいつは猿か。

「行ってやろうじゃないか」
「行ってあげなさい」

だが向こうは挑発に乗ってきた。

「僕らには愛があるからね」
「無敵の愛がね」

そして、
男の方の天使アダムロミオが急降下してくる。
片手のナックルを突き出して急降下してくる。

「愛の怒りをくらえ!」

「へっ、そうこなくっちゃ。ねぇ旦那」
「馬鹿は嫌いじゃねぇぜ?特に自滅してくれる大馬鹿はな」

ドジャーとトラジが同時に迎え撃つ。
木刀とダガー。
2人の獲物が同時にアダムロミオに・・・・

「ありゃ・・・」
「うぉっと」

空振った。
あたるはずの攻撃が。

「なんだぁ!?」
「消えた」

「これが愛!」
「これが恋!」
「これを見せたかったのさ!」
「これを魅せたかったのさ!」
「スキル・ラブラブ!」
「僕らの愛は変幻自在!」

また空中。
イブジュリエットのいる空中にアダムロミオは瞬間移動していた。

「なるほど、そーゆー能力な」
「チキン野郎な能力でさぁ」
「愛は空間を超えて!・・・てかぁ?いらねぇいらねぇ。そんなんB級映画にしかいらねぇなぁ」
「任侠ものが一番でさぁ」
「そりゃぁともかく、つまりB級ドラマな能力はB級でしかねぇってことだろ?」

ドジャーは眉を歪ませて、
"下から見下すように"天使たちを見上げた。
馬鹿にした、陵辱するような笑みで。

「来いよ馬鹿天使」

「・・・・そんな安い挑発にのるはずないだろう」
「私達の愛はそんなに安くない」

「分かってねぇなぁ。分かってねぇ。分かってないって言い切れるほどに分かってねぇ。
 B級ドラマはそのくだらなさと分かりやすさに定評があるもんだが・・・・
 つまりそれはB級で、作った奴がなんでB級止まりか分かってねぇほど滑稽なのが今だ」

「よく分からんな」
「人間の知能じゃ言葉も選べないの?」

「頭を整頓するのはそっちだって言ってるわけだ。ダガー投げっぞコラ」

ドジャーは両手にダガーを取り出す。
お馴染みのダガーをお馴染みに。

「投げっぞ。つまり投げっぞってこった。チャンスを与えてんのはこっちってことだ。
 主導権が完全にこっちにあるに変わりないんだよ。カッ、分かるよなぁ。頭いいはずだもんなぁ。
 ほれ来いよ。来なきゃ倒せねぇぞ?無駄と分かっても、逃げつつ挑戦して来いよ」

ドジャーは上空へ攻撃できる。
二人の天使は近づかなきゃ攻撃できない。
つまり現状。
それはドジャー達にとって最高で、
天使たちにとって最悪だ。

なら、
ならば。
ならばなら、
ラブラブ。
それこそ彼らの武器で、
最強なる防具とも呼べる。
だが、
その効果を発揮するには1人づつ突っ込まなきゃいけない。
それで・・・・
1人づつ突っ込んだ先に待ち構えているのはドジャーとトラジ。
1対2。
勝ってみろって感じだ。

「こりゃぁ詰みに近い"えせ娯楽"でさぁな。余興にもならねぇ。
 自爆しにくるのただ待ってるだけでいいってのは興にゃぁならねぇってもんで」
「ほれほれ、空中でずっとダガーから逃げてるか?イヤなら自爆しにこいよ。自滅しに来いよ。
 俺からの提案としては心中覚悟で2人同時に突っ込んでくるのをオススメするぜ?」
「それこそ愛でさぁな」
「愛だねぇ」
「駄目もとで恋人同士で死にに来る。それしかチャンスはねぇってんなら、アマジャリ号泣のメロドラマ」
「つまりそんなデッドエンドこそB級ドラマだよな。くだらねぇ」

言いたい放題。
言いたい放題に・・・・確実で正確な結論を述べる。
その通りでそれ以外にない。
詰んでいると表現したが、まさにその通りでチェックメイトだ。
王手でチェックメイト。
それでも投了がないならば、
死ぬために王将(キング)は動くしかない。

「く・・・」
「どうする・・・アダムロミオ・・・」
「どうするったってイブジュリエット・・・」
「・・・・・」
「行くしかないな」
「行くしかないわね」

広き部屋の天井で羽を広げる2天使。
零れる羽根は、
やはり神々しく美しい。
それは彼らを神だと思い出させる。

「愛は世界を救う」
「恋は世界を救う」
「世界から争いがなくすためには、争いをなくさなければいけない」
「至極、凄く簡単な話だよね」
「つまりそれは、凄く簡単に争いは無くせるって事」
「争う人なんてみんな死んじゃえって事」
「ラブ・イズ・ピース」
「ラブ・アンド・ピース」
「愛の平和の名の下に!」
「死ね!人間!!!」

またも急降下。
女の天使、
イブジュリエットの方が急降下してきた。
クシュロンナックルを突き出し、
クチバシを向けた鳥が如く急降下してくる。

「きたきた!恰好の標的・・・いや、滑降の標的か!?」

「どちらでもない!愛とは・・・・・赤い糸で結ばれた相手だけにしか効果はない!愛は無敵なのよ!!」

「カッ、愛は落ちるもんだぜ?うまい事言ったろ?OK!落下しちまいな!」

ドジャーが二度ダガーを投げる。
左、
右。

「神をなめるな!愛をなめるな!!!」

ぐるりと急降下しながら旋回する。
急降下しながら飛んできたダガーを避け進む。
鮮やかなる飛行。
急降下。
鳥とは違う。
我は神だと示す飛行。

「愛に沈め!!!」

そして、
投げ終わりで隙だらけのドジャーに、
イブジュリエットのクシュロンナックルが突き立つ。

「落ちな」

交差する。
ドジャーにイブジュリエットの腕が直撃する直前。
高貴さもなく、
鮮やかさもない。
ただの自然の産物。
醜いほど荒々しいだけの風きり音。
木刀がブゥンと重々しく振り切られ、
トラジの一撃がイブジュリエットに突き刺さった。

「う・・・ぐ・・・」

いや、めり込んだ。
めしめしとめり込む。
トラジの木刀がイブジュリエットの脇腹に食い込む。
粘土を叩いたかのようにヘシャげる。
バキバキ、
メリメリ、
メシメシ。
どの効果音が正解だろうか。
どれもだ。
複雑にへしゃげる音は、快感とは間逆の不協和音。

「浄土で生まれたんでしょうや?なら元にた所に帰りな」

「愛をなめるなああああああああ!!!」

イブジュリエットの体が輝く。
光る。
光に包み込まれる。
輝き溶ける。
光に・・・消える。
なくなる。


「あはははは!!」

そして、
3神官の前に再び現れた。

「「「今のは危なかったですよ」」」

無敵。
故に不死身。
再生と言うにふさわしいリピート。
リピートなる永遠。
死なない。
死んでも死なない。

「愛は何度でも!何度でも蘇るものなのよ!」
「見たか!これが僕らの愛!」
「ラブラブ!」
「転送蘇生(リバイバルゲート)!」
「二重の愛!」
「愛は二つ折り重なってこそ愛!」
「無敵!」
「だから愛は無敵!」

天井で笑うアダムロミオ。
3神官の前で復活して笑うイブジュリエット。
ラブラブ。
転送蘇生。
2重の無敵。
死なない可能性は2重。
死なない回数は無限大。

「どんなに貴様らが有利でも!」
「愛は臆さない!」
「何度でも何度でも蘇る!」
「ケンカして仲直りして!ケンカして仲直りして!」
「何重にも蘇る!それこそ愛!」
「愛は無限大!!」

「言ったろ?」

ドジャーは新たにダガーを取り出す。
右手に4本。
左手に4本。
計8本。

「詰んでるってよ?それを待ってた」

そしてドジャーの体は真っ直ぐイブジュリエットを狙った。

「蘇生転送時が狙いだったんだよ馬鹿天使め。恋は盲目ってなぁ!
 さぁどうすんだ!避けたらそこの女神官共にダガーが当たるぜ?
 普通に避けようがラブラブで避けようがだ!」

「・・・・人間如きが・・・・」

「人間如きに上をいかれて残念だったな!ご馳走をくれてやらぁ!」

そして放たれる8本。
投げられる8本のダガー。
避けるわけにはいかない。
避けたら命の保証人である女神官達がやられる。
ならイブジュリエットがこのまま受けるか?
ダガーの盾となって死に、その場で蘇生。
駄目。
同じだ。
それが何度でも繰り返されるだけ。
むしろ一発でも頭に当たったとしたら終わり。

「駄目もとしかないわ!」

イブジュリエットが見上げる。

「アダムロミオ!二人で!愛の力で盾になってみるしかないわ!
 ラブラブでこっちに来て!二人なら・・・愛ならきっと乗り切れ・・・・・」

イブジュリエットが見上げる。
恋人天使。
相方の天使アダムロミオが浮いている宙へ。
だが、
そこにアダムロミオの姿はない。

「「「今のは無理でした」」」

「え・・・・」

イブジュリエットの目の前に、
アダムロミオの体が転送されてきた。
何故?
蘇生転送?
いや、
蘇生というかこれは・・・・死んでいる。
なんで?
いつの間に?

「・・・・」

そして・・・
気付くとイブジュリエットの体に8本のダガーが刺さっていた。
透明感のある綺麗な赤い血を流しながら、
イブジュリエットは両膝をついた。

「あぁ・・・アダムロミオ・・・なんで・・・いつの間に・・・・」

目の前に転送されてきたアダムロミオの死体。
赤く、
そして・・・穴だらけ。

「こーいう真似は私の趣味じゃないんだけどね」

一人の女が歩いてくる。
ギターを持った、
ブロンド髪の女。
マリナ。

「金輪際このマリナさんに不意打ちなんてやらせないで欲しいわ」
「悪ぃなマリナ。だがそーいうこった天使さんよ」

ドジャーが歩いてくる。
ドジャーとトラジが並んで。

「どうしようもなく詰んでいたのはさっきまでの状況だけじゃねぇ。
 それ以上にずっとマリナを伏兵で置いてたからだ」
「俺と旦那の二人だけってのを強調してたんでさぁ。
 だがぁ、実際はずっとマリナ嬢はあんたらを狙ってたってわけで」
「蘇生できないように確実に仕留めるなんて面倒で狙うのに時間がかかったわぁー。
 私は数撃ちゃ当たるがモットーだからね。慣れない事はお肌に悪そうね」

「くっ・・・そ・・・・・アダムロミオ・・・アダムロミオ・・・・」

イブジュリエットが体を、
手を目の前のアダムロミオの死体に伸ばす。
愛する片割れに・・・・

「これだから筋が通ってない真似はいただけねぇ・・・いただけねぇでさぁ・・・」

そんなイブジュリエットに、
トラジが木刀を持って近づく。

「トドメささせていただきやす」

トドメ。
蘇生できないように、
確実に、確実なる死を与えなくてはいけない。
そうしないと終わらない。
戦いは終わった。
戦闘の白黒はついた。
だけども、
だが、
そこからさらに殺してやらなくてはいけない。
相手にもう戦闘意欲がなくとも、
殺さなきゃいけない。

「野暮でさぁ。野暮すぎまさぁ。ハッキリやくざもんとしての筋から反れちまう。
 もう戦闘意欲もないアマに手ぇくださなきゃなんねぇ。いただけねぇ。
 極道は鬼じゃぁねぇし畜生じゃなきゃ鬼畜でもなく、はっきり人としての道のはず。
 だが、こんな命を弄ぶ神様の所業はいただけねぇし筋が通ってねぇわけで。
 そーいう人の道反れたもんにきっちり落とし前付けなきゃならんのも俺らかもしれねぇ」

そしてトラジは木刀を振り上げた。
その影は、
イブジュリエットの頭にかぶさる。

「あぁアダムロミオ・・・病める時も・・・健やかな時も・・・」

「・・・・・」

正直躊躇した。
極道として、
筋者として、
神族とはいえ、何故目の前の女を・・・アマを・・・
危害もないだろうアマを・・・・

「あぁアダムロミオ・・・・生ける時も・・・死に急ぐ時も・・・・」

いや、
振り下ろすべきだ。
その手の木刀を、
そしてこの天使の頭をかち割る。
そうしないと無限に復活するのだ。
勝負の決着はついているが、
生命の決着を与えないと。

「成せる時も落ちぶれた時も・・・・」

こいつらの、世界への影響は間違っている。
妄信で盲信。
神という思い上がりがアインハルトに繋がり、
それは完全なる筋違い。
そうだ。
何も間違っていない。

「死が二人を分かつまで・・・」

「往生なせぇ!!!」

そして、
血が飛び散り、
鈍い音が飛び散り、
命が飛び散った。

「・・・・・・・」

赤い赤い木刀。
神の頭を砕いた感触が手に残る。
そして・・・

「あぁ・・・」

目の前にアマが転がっている。
自分が殺した。

「間違っちゃぁいねぇ。しなきゃいけねぇ事だったんだ」

なのになんだこの感覚は。
すでになんの危害もないアマを殺した。
筋の道の上に転がっていた、筋違いの行動。
間違っちゃいない。
なのになんだこの感覚は。

"自分が心に刻んだ筋の上を進んでいけば、何も後悔はねぇんだトラ坊。
 それだけを進んでいく事が極道ってぇもんでさぁ。分かるよな?"

「親っさん・・・・俺ぁ・・・・」

分からない。
分からない。
分からない。
間違った事はしていない。
世の中の理からそれているとかはどうでもいい。
だが、
自分の信じる道を通しただけだ。
なのに、
なんだこの後味の悪さは。

親っさん。
筋通せば・・・後味なんて残るはずないはずだよな・・・。





















「鈍い腕だな」

槍と槍が交差する。

「なかなか言いますね」

槍と槍がぶつかり、
弾き、
さらにまたぶつかる。

「私の槍技は神技だ。受けているだけで褒めはしよう」

「それは嬉しいですね」

十字穴のアメット。
ランスロットはその奥から言う。

「でも槍技は自分のものなんですよ。鍛錬した結果を神様になんてあげたくないですね」

アレックスがランスロットの槍を弾き、
そして突き入れる。
それを重い鎧ごと最小限の動きで避けるランスロット。

「自分のもの?思い上がるな。私達人間の命は神に頂いたもの」

そしてまた槍と槍がぶつかり、
押し合う。

「神を尊重し、神に敬意を払う事を忘れるな」

ランスロットの腕は確かに一回り上だった。
槍という一点に置いて、
ランスロットはアレックスを上回っている。

「私達は神から生まれ、神によって生かされているのだ。
 それを見放した者。それは言葉どおり"勝利の女神"を見放したも同然」

ランスロットは大きくアレックスを突き飛ばした。
槍で突き飛ばし、
距離を離す。

「ぐっ・・・」

「聖騎士よ。神技を拝め!神を拝め!!」

そしてランスロットは腰を深く構えた。
槍に溜めを作る。
何か技を繰り出す気だ。
アレックスは身構えた。

「神速突き!!!」

そして、
ランスロットが繰り出したのは・・・・ブラストアッシュ。
いわゆる槍による連続突き。

「うわっ、ちょ!」

アレックスはそのブラストアッシュを弾きながら下がる。
いや、
下がざるをえない。

「これが神技!神速だ!」

その高速のブラストアッシュ。
神速。
その名に相応しい超高速突き。
どれくらい速いか?
それは、

「なるほど・・・・人を超えた速さ・・・神速ですか」

アレックスは弾きながら下がる。
人を超えた速さ。
つまるところ・・・・アレックスには見えてなかった。
まるで空間には何も無いように。
ランスロットの腕から先には何も無いように見えるほど、そのブラストアッシュは速かった。
なんとなくで弾いているが、

「むしろ弾かれているってとこですか」

目視できないほどの超高速連続突き。
見えない剣山。
神速。
迅速なる神速。

「どうした人間!」

「あなたも人間でしょ・・・」

下がる。
下がらされる。
槍の突きによって押される。

「突き返してきたらどうなんだ?」

「・・・・・・・・・できるもんならって言いたげですね」

「できるもんならと言いたいな」

「・・・・くそぉ・・・」

アレックスは苦く言葉を濁した。
まんまと言われたといっていい。
実際突き返せない。
弾きながら、否、弾かれながらただ下がるしかない。
足を止めれば穴だらけだ。
見えもしない速さのブラストアッシュで串刺しの刑。

「古く、処刑に使われていた鉄の処女(アイアンメイデン)というものを知っているか?」

「・・・・・・・・」

「アイアンメイデン。聖女の姿を象った棺桶状の処刑・拷問器具だ。
 女性型のフタを開ければ内側は針だらけ。罪人は立ったままそこに入れられ、
 フタを開けて閉じれば針・針・針。串刺しになってしまうという処刑器具」

「・・・・・・知ってますよ。有名ですからね。残念ながら経験はありませんが」

「なら話は早い。つまり俺は"ソレ"だ。罪人を罰するアイアンメイデン。
 神を信じぬ異端者には、この槍を持ち、神に代わって処刑を行う。
 神速突き(ブラストアッシュ)は鉄の処女(アイアンメイデン)!
 私、『十字騎士』ランスロットは神に代わりて串刺しの刑を言い渡す!!」

超高速突き。
処刑。
まさにそれだ。
串刺し処刑。
立ち止まれば・・・そこで穴だらけ。
それほど。
それほど洗練されている。

「悲しいですね」

「なんだ。分かっているじゃないか。お前は2通りに悲しい。
 神を信じない。そしてこのまま死ぬ。なんと悲しい存在か異端者!」

「いえ、あなたがです」

「ふん。異端者の戯言か」

「あなたはそれほどの腕を持ちながら、処刑にしか技を使えないんですね」

「馬鹿な言葉だ。心外で神外だ。私は神のために腕をふうう事を誇りに思う。
 そして・・・嬉しくそれが生き甲斐だ。神こそ私の心の在りよう。
 人として自分だけのために散りゆく寂しさより、神の力となりたい!」

「それが人を裏切る結果でもですか?」

「黙れ異端者!」

ブラストアッシュの速度を衰えない。
衰えないというか見えない。
言うならば、人として確認できる速度まで落ちてこない。
押される。

「神に作られし命だ!それに感謝しないのは親の心子知らずというもの!
 それが分からぬ異端者こそまさに外道!神道を反れた者!そして神の子である私は神童だ!
 神童『十字騎士』ランスロットの名に置いて!そなたを処罰する!!」

言っても分からぬ馬鹿。
それこそ妄信。
信じる者。
信じすぎた者は周りの言葉など通りもしない。
脳は偶像というマリファナ漬けなのだから、
違う意味の脳内麻薬で神様ジャンキー、末期、手遅れ、ご愁傷。

「ほら!どうした!諦めろ異端者!足を止めろ!
 下がり続けるのも限界があるだろう!壁まで追い詰めればそこでアウトだ!
 処刑完了(ジ・エンド)。壁に背を向け、まさにアイアンメイデンの完成だ!」

下がり続ける事はできない。
壁まで下がりついたら前から串刺しで生き止まり(デッドエンド)。
だが、
押し返すなんてことはサラサラできない。
処刑を待つだけの身。

「神様神様神様」

「どうした異端者。神頼みか?困ったときだけ神頼み。
 だがそんな自分勝手な願い、神は許してはくれない」

「いえ、神様神様うるさいなぁと思いまして」

「神を愚弄するか異端者」

「神様神様。雲の上の存在ばっかり見上げて・・・・・」

アレックスは槍を弾かれながら小さく笑う。

「たまには下も見てみるべきですよ」

「何?」

ランスロットはふと自分の足元を見た。
そこにあったのは・・・・魔方陣。

「パージか!?」

「アーメン」

アレックスは片手で槍を弾く反面、
逆の手で十字を切っていた。
パージフレア発動の動作。
そして、
その指をクィッとあげる。
同時に噴出す青白い炎。

「くっ!?」

ランスロットは咄嗟に後ろに身を引いた。
間一髪、
ランスロットはパージフレアを避け、距離を離す。

「あれ。はずしちゃいましたか。わざわざ教えるなんてカッコつけなきゃ良かったです」

「異端者のクセに・・・いや、異端者らしい小賢しいマネだ」

「小賢しくて結構です。小賢しいも賢いうちなので」

そう言いながら、
アレックスはまた十字を切る。

「そんな発動の分かりやすい技。見てからなんなく避けられるぞ」

「いえいえ今度はパージじゃないんで」

ランスロットでなく、
アレックスの足元に魔方陣が現れた。
そしてアレックスのその魔方陣の上。
地面に槍を突き刺す。

「アーメン」

魔方陣に突き刺した槍。
それを引き抜くと・・・アレックスの槍は青白く覆われていた。
青白い炎。
それが槍を包み込む。

「イソニアメモリー。オーラランス」

アレックスの右手で燃え盛るのは、
蒼白い炎を纏ったオーラランス。

「氷の城(アドリブン)でオーラランスってのはよく合うでしょ?」

「オーラランスだと?そんな聖なる槍を貴様異端者如きが・・・・」

「僕の場合は自力で作るんで神様関係ないです。
 感謝するなら自分にですね。自分が一番可愛いです」

ぶんとオーラランスを振ると、
蒼白い炎が残像とともに揺らめいた。

「さぁて。勝っちゃいますか」

「ふん。炎が付いただけだろうが。そうであっても私の神技を止められる道理はない」

「勝てなきゃ勝つなんて・・・・いいませんよ!!」

アレックスは飛び出した。
オーラランスを持って突っ込む。

「愚かな異端者め!処刑してくれるわ!」

ランスロットは槍を構える。
神速突き。
ブラストアッシュ。
攻にも防にも、
あれを掻い潜らなければ勝機はみえない。

「死んで償え異端者!!」

「アーメン」

「なっ!?」

ランスロットの槍が跳ね上がった。
それは下から噴出したパージフレアの勢い。
オーラランスの派手さに目を奪われ、
こっそりと発動させたパージに気付かなかった。

「突きというのはサイドからの衝撃に弱いんです。槍技の基礎ですよ?」

そして・・・・

「ご・・あ・・・・」

ランスロットの腹部に深く深く・・・
オーラランスが突き抜けた。

「・・・あ・・・・あが・・・・・」

「勝負ありですね」

ランスロットの腹部に突き刺さったオーラランス。
一目に見て、
致死に値する串刺し。

「・・・ま・・・だだ!信じる者は救われる!私は神の技により蘇生される!
 これしきの傷・・・・致命傷だとしても貴様を殺しきるくらいには回復できる!」

「残念ですが終わってるんです」

アレックスは目を瞑った。
そして、
呟いた。

「アーメン(さようなら)」

「うがあああああああああ」

ランスロットに突き刺さった槍。
オーラランス。
それが・・・・
激しく燃え盛った。
蒼白い炎が、
ランスロットを包み込み、燃やした。

「・・・・あ・・・あぁ・・・・神よ・・・・・・アスガルド万歳!!!!」

燃え盛る中、
ランスロットの叫び声は轟き、
そして・・・・・ランスロットは黒こげになった動かなくなった。

「・・・・・・・」

アレックスは槍を抜く。

「何かに頼るのは悪い事じゃありません。僕も楽するために人頼みにしますしね」

アレックスの槍から炎が消え、
アレックスは槍を背中に収めた。

「ですが神頼みはしません。だって神様なんて助けてくれたためしがありませんから」






























「どうした人間!それが人間の限界か!?」

アシュラゴゼンは1肢欠けた7椀を奮う。
7つの剣。
人間には出来ない、
人間を超えた戦い方。

「なめんじゃないよ!」

といいつつ、
ツバメとシシオは防戦一方だった。
ツバメのダガー。
シシオの刀。
それぞれ武器はたった一つづつしかない。

「・・・・きついな・・・・」

ランスロットは神速突きと名づけ、
アレックスに手数で何もさせなかった。
だが、
アシュラゴゼンに至ってはそれさえ必要ない。
何せ7つも自由に動かせる腕があるのだから。

「シシオ!あんたなんとかあいつの攻撃を止めんだよ!
 その間にうちが後ろに回って首を切り落とすわ」
「・・・・・・・無理」

単純な算数。
1つの刀で7つの剣をどう防ぐというのだ。

「無理でもなんでもやるんだよ!」
「・・・・・」

無理な注文も無理矢理やらせます。

「・・・・・・」

シシオは構えた。
刀を。
長い刀を、その長い腕で構える。
リーチの長い腕にリーチの長い刀。
まるでそれはそこだけ別の生き物のようだった。

「低スペックかつ!演算能力も計算処理も愚鈍な人間如きになにができるか」

7つの腕。

「わらわの親は妖神族だった。いわゆる神物というものだな。
 おっと。神にも親子があるという事くらいは分かるよな?
 人間という低脳な種族でも少し考えれば分かる事だ」

「何をいきなり言い出すんだい」
「・・・・・・さぁ・・・・」

「わらわの親は人間界でいうヤマタノオロチと呼ばれる神族だった。
 腕ではなく首と尾が8本あった。竜へ蛇を模したような姿をしていた。
 おっと。首が8つなのになんで八股なの?首股は7つじゃないの?なんて低脳な疑問だぞ」

「いや・・・別にどうでもいいけど・・・・」
「・・・・・・・」

シシオはその点少し気になった。
でも黙っていた。

「だが愚かな親は人間なんぞに滅された!低脳な人間如きにだ!
 歴史には神族が人間に敗れたなど認めらんゆえ神族に敗れたと書されたが・・・。
 分からん。何故我が親は人間なんぞに負けたのだ!愚鈍で低能なる人間如きに!」

戦う女神アシュラゴゼンの顔は崩れた。
怒りと疑問に染まった形相に。

「人間なぞ、わらわ達神族に恐怖し拝み、手の届かぬものとして認識するしかできないはずだ!
 なのに何故だ!人間なぞ全てにおいて劣っている下級種族でしかないのに!
 何故こうも立ち向かってくる意欲が沸く!何故神族に楯突く!
 神族にひれ伏す事が世の仕組!世の理に違いないのに!わらわはそれが理解不能だ!」

「さぁ?」

ツバメは軽く首をかしげて言った。

「ふん。低脳な人間に聞いたのが間違いだった。行動意志さえ思考して結果を演算できないのだ。
 考えるだけ無駄だ。史も希少なる間違いだったと考えるべきだな」

「いや、まぁそんな事どうでもいいけど。理由なら簡単だよ」

「ぬ?」

「おおかた合ってるんじゃない?」

「何がだ」

「つまりうち達人間ってのは・・・・」

ツバメは手の中でククリを回して止めた。

「馬鹿なんだよ。どんな事もやってみなきゃ分からないってね!!
 行くよシシオ!根性いれな!お門が知れるよ!《昇竜会》の盃掲げてんだからね!」
「・・・・・・・・おう」

そしてシシオが真っ直ぐ、
ツバメは迂回するように走り出した。

「なるほど。なるほどなるほどなるほど。恐ろしい。恐ろしいほどに分かりやすい。
 つまりお前ら人間は結果を先に考える事が出来ない低脳である。それだけという事か」

「結果は考えたって、実際に出てこないよ!」
「・・・・・・・・やってみないと」

「神には分かる。だからこそ"God knows(神のみぞ知る)"」

「そうかい!ならギャンブルで家計でも支えてな神様!」
「・・・・・・斬・・・・」

シシオが刀を突き出した。
アシュラゴゼンに向かって。

「7と1の違いも分からない低脳猿め」

「・・・・・・・」

シシオは少し距離のある位置から刀を繰り出す。
それは簡単にアシュラゴゼンに止められる。
だが、
アシュラゴゼンは攻撃してこない。

「・・・・ルナスラ・・・」

ルナスラッシュ。
体いっぱいを使い、回転斬り。
その円月斬り。
それも無残にアシュラゴゼンに止められるが、
アシュラゴゼンは攻撃してこない。

「臆したか人間。そんな浅い攻撃が当たるものか!!」

「・・・・・・・」

挑発に乗らない。
シシオは黙って少し置いた距離から攻撃を繰り出す。
一方、
アシュラゴゼンは攻撃してこない。

「この・・・・・」

いや、
攻撃してこれない。

「・・・・数だけで・・・・」

数だけで計算しているお前もたかが知れている。
・・・・とシシオは言いたい。
数。
それは言うまでもないだろう。
質。
それに至ってもアシュラゴゼンはシシオを上回っている。
だが勝っているもの。
それは・・・・リーチ。

「・・・・ルナスラ・・・・」

「低能らしき小賢しさだな人間!!」

身長の高いシシオのリーチ。
そして長刀。
そのリーチをもってすれば、
こちらだけが届く距離感というものがある。
無理に攻めず、
その距離を保てばそれでいい。

「小賢しい!小賢しいの意味が分かるか人間!!
 小なる規模でしか賢くないという意味だ!このド低能が!」

アシュラゴゼンが踏み込む。

「強引にでも距離を詰めれば勝機は全てにおいてわらわが上!
 神族であるわらわの勝機しかない!わらわは我が親のようにはならん!
 人間なぞに神族が負けるはずがない!世界はそのように設計されている!」

「死ぬけどね」

アシュラゴゼンがシシオに詰めようとした瞬間、
風がよぎる。
風がよぎり、
刹那。
ツバメの姿がアシュラゴゼンの背後に現れる。

「まさにお陀仏ってね」

「だから小賢しいといっているのだ」

ツバメがアシュラゴゼンの首をカッ切ろうとした。
が、
何かに阻まれる。
それはアシュラゴゼンの一つの剣。
1つの腕。
1つの剣。

「ぐっ・・・・」

「愚かで愚鈍な人間め。不意を突いたつもりなのが低能。ド低能だ。
 神族の知能の演算能力をなめるな。そこの男を相手していても、
 お前を気にして余りがくるほどに思考回路の容量(メモリ)は十分にあるのだ」

シシオに注目を集めさせたつもりだったが、
ツバメの不意打ちなど頭の中で十分予測。
シシオを相手しながらツバメの相手。
それも楽勝。
造作も無い。
穴がない。
隙がない。
ならばどうやって・・・・・

「おっと」

シシオが飛び掛り、
アシュラゴゼンを狙うが、
アシュラゴゼンは簡単に防ぐ。
背後のツバメのダガーを防ぎながら、
目の前のシシオの相手をする事は造作も無い。
むしろ腕があまる。

「お前ら人間の中には猫の手も借りたいなんてことわざがあるらしいな。
 実に愚鈍。低能なる者から生まれた言葉。神族はだからこそ万能」

「この・・・」

「動くな女。貴様のダガーを止めながらもわらわに何本腕があると思う?
 このまま背後に残りの剣で貴様を刺し殺すのも造作ないこと。
 まぁ動こうが動かまいがこのまま殺す事に変わりは無いがな」

ツバメの動きを止め、
シシオの相手もし、
なお、
殺す余裕さえある。

「さぁどうする。人間。ニンゲン。恐ろしい・・・恐ろしいほど愚鈍な質問だがな。
 どうする事も出来ないから人間。どうする事もできないからどうすると聞いている」

詰み。
シシオにはどうすることもできない。
死を決して突っ込む事はできる。
1本の刀で6本に突っ込む事はできる。
どう考えても死ぬが。
詰み。
ツバメにはどうすることもできない。
死を決してダガーの刃を返す事はできる。
1本のダガーで6本と対する事はできる。
どう考えても死ぬが。

「どう考えても死ぬけど、死ぬよりマシだね」
「・・・・・・・・だな」

わけの分からない事を言う。
それは根拠のない自信。
どこかに勝機があるか?
否。
実際ハッキリ全体完璧にシシオとツバメに何か策があるわけではない。
どうしようもない。
だが、
どうしようもないからといってどうもしないなんて考えが無い。
それは彼らがヤクザだから?
極道だから?
否。
人間だから。
結果が決まっている?
神のみぞ知る?
んじゃ人間である自分らは結果なんて知ったこっちゃない。
やってみなきゃ分からない。
あぁ低能。
低能で正解。
人間は低能、ド低能。
そういう生き物なんだからそうでいいじゃないか。
考えるなんて面倒だ。
やってみなきゃ分からない。
馬鹿に生きよう。
それこそ人間だ。

「人間ってお利巧さんに生きたくないんですよ」

笑った。
誰が?
それは生意気無邪気な顔をした騎士。
アレックスの笑顔がアシュラゴゼンの目に映る。

「に・・・・」

アシュラゴゼンの思考がフル回転する。
神の思考。
神。
その洗練された思考回路。
脅威の演算能力。
驚きという感情を持ってしても、
その横で考え、思考するだけの能・・・いや、脳力を持っている。
そのスーパーコンピューターは一瞬で全て考え終わる。

あの騎士が目の前にいる。
ならランスロットが死んだか。
死んだという事は蘇生もしなかった。
蘇生転送もなかった。
ならば3神官自体すでに無効。
3神官が無効という事は、
すでにアダムロミオとイブジュリエットもやられた。
自分以外全てやられた。
ランスロットもアダムロミオもイブジュリエットも。
ライナ、ルナ、アリスの3神官は死亡の是非はともかく、
他が死んでいるなら行動不能状態。
相手の手の内。
つまるところ、
相手の人間は全て行動可能。

「このっ!!」

つまるところ、
シシオとツバメ、目の前のアレックス以外の者も狙ってくる。

「わらわに不意打ちは無効だと言っただろう!!!」

脳が働く。
神の脳。
目の前にはシシオとアレックスだけ。
なら背後からの攻撃。
飛び道具?
否。
そんなものアシュラゴゼンの背後にツバメがいる時点で無効。
巻き添えの可能性がある以上一種の人質だ。
なら背後からどう来る。
それは決まっている。
"近距離攻撃だ"

「なめるなド低能どもが!!!」

わずかなる一瞬で全てを判断し、
アシュラゴゼンは背後を振り向こうとする。
目の前のアレックスとシシオの警戒はとかない。
背後にいるツバメのダガーは剣で抑えたまま。
その上さらに背後から迫り来る敵を相手する。

「それが出来るからこそ神!神族!!!・・・・!?」

演算ミス。
それを一瞬で把握した。
自分の決定的なミス。
思考回路を使い残した。
可能性を考えつくした中で、抜け落ちていた。

「死にな神様よぉ」
「神様のミンチ。調理開始♪」

自分の両サイドにドジャーとマリナ。
ダガーを持っている。
投げてくる気か?
仲間に当たるじゃないか。
ギターを構えている。
何か飛び道具か?
仲間に当たるじゃないか。

「分からない!人間の低俗な考えが!愚か過ぎて!!」

演算ミス。
エラー。
エラー。
そんな事象は計算に入らない。
無駄。
意味不明。
コンパイル不可。
そんな行動。
無駄な行動。
完璧な自分にはない。
そんなもの・・・どうやって計算しろと・・・・

「往生しなせぇええ!!!!」

それはトラウマにも近い思い出という経験。
背後から声。
トラジが飛び込んできている。

「くっ・・・やはり出任せか!小賢しい!賢くない!小賢しい!低能だ!」

だが迫り来るあの木刀。
全て一撃にかける一撃。
剣でガードができない。
それは経験したから分かる。
なら避けなければ。

「させないよ」

「なっ!?」

体が一瞬だけ動かない。
ツバメはダガーから手を離していた。
手を話し、
ツバメの両手はアシュラゴゼンを捕らえていた。
掴みかかっていた。

「馬鹿な・・・馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!」

そんな考え事態なかった。
低能の考えなどくだらな過ぎて計算に入らない。
身を呈して仲間にチャンスを与える?
そんなもの腕多き自分にとって払いのけるのは難しくない。
なのに何故する。
する意味がない行動をするなんて、
そんな行動パターン、思考しようがない。

「恐ろしく低俗!恐ろしい・・・恐ろしいほどに低級動物の行動!
 己だけでどうにもできないから群れを成す!原始で野生な下級種族の行動!」

人間の考える事など分からない。
無駄な笑み。
無駄な行動。
無駄な出任せ。
無駄な自殺行為。

「分からない!分からない分からない分からない!!
 恐ろしい!なんだ人間は!人間は恐ろしすぎる!低能過ぎる!
 認識不能だ!理解不能だ!恐ろしすぎる!神なる知能でも小さすぎて計り知れない!」

「南無さん」

「わらわは神族の戦士だぞ!人間如きに!にんっ!!!」

言葉の途中。
その途中だった。
そのまま・・・・口がなくなった。
"べきべきばきばきぐしゃり"
頭がなくなった。
神の高等なるスーパーコンピュータの入った頭は、紙風船のようにつぶれた。
潰れ、
残骸となった。
神は、
ゴミでしかなくなった。

「計算できてねぇみてじゃねぇか」

ドジャーが無表情に近寄り、
無表情の中、感情はいけ好かねぇといった皮肉を含み、
それを吐き出した。

「腕が8本だからなんだ?俺達にゃ11本あんぜ?」

そしてドジャーはアシュラゴゼンの残骸を蹴飛ばした。
ドタンと、
音を立て、
何も神聖なものである雰囲気を感じさせず、
アシュラゴゼンの残骸は地面に倒れた。

「OK。これで全部だな」
「やれば出来るもんですね」
「私達神様超えちゃった?」
「馬鹿な事言ってんじゃないよ馬鹿アマ」
「くっ・・・やっぱあんた可愛くないわね・・・・」

全て倒した。
倒しきった。
楽な相手ではないが、
やればできるもんだ。
いや、
やってやったぜ馬鹿野郎ってとこだ。
それはもう全員各自差はあるといえど安堵があった。
心の線が切れる間を手に入れた。
そんな雰囲気だった。

・・・・・。
一人を除いて。

「・・・・・・・トラジ・・・」

シシオが気づいてトラジに声をかける。
それで全員が気づく。
トラジの様子が変だった。
何か心を塞ぎ込んでいるかのように。

「俺ぁ間違ってねぇよなぁ・・・・・」

つぶやいた。
トラジはアシュラゴゼンの残骸を見ながら呟いた。
誰に言ったのか。
自分自身に。
それともシシオに。
違えば周り全員に。
もしくは死体となったアシュラゴゼンに。
さもなければ・・・・
心の中のリュウの親っさんに。

「筋は曲げねぇ・・・曲げねぇからここに居るんでさぁ。
 一本筋。仁義を掲げたその日から、その一本道だけ沿って歩いてきた。
 だから道に迷う事もなかったし後悔することもなかった。
 回り道することもなかったし後戻りすることもなかった」

ぶつぶつと・・・
トラジは地面を見下ろしながらつぶやいていた。
いや、
見下ろしているというわりには、
あまり視線が定まっていない。

「お、おい・・・」
「トラジ?」

「正しいと思った。今まで間違いがなかった。間違っちゃぁいなかった。
 だが、完璧な俺の筋道の中に・・・仁義の中に筋があった場合どうなるんだ・・・・。
 げせねぇ・・・・それは根本的に俺が歩いてきた道が間違ってたのか?
 もしくは・・・・俺はもともと前だけ見てきて・・・間違いから目を背けてきたのか?」

「ちょっとトラジ・・・・」

ツバメが心配そうに近寄り、
肩に手を乗せる。

「何があったかしんないけどね。間違ってるわけないよ。
 親っさんは言ったよ。己の信じる道だけ心に刻めば後悔なんてない」

「それがあったからどうすりゃいいんだってんだ!」

トラジはツバメの手を振り払った。
恐ろしいような形相の中、弱弱しかった。
何か・・・・
迷路に迷い込んだような・・・
そんな・・・

「俺の信じてきた道の上に!石ころが転がってたらどうなるんだ!
 それがか弱い赤ん坊でも!いたいけな聖人でも!
 俺の信じた道の邪魔だからって蹴飛ばさなきゃいけねぇのか!?」

それは、
イブジュリエットを殺すときにふと浮かんだ疑問。
ふと。
ただふと思い浮かんだ疑問。
別の日なら浮かばなかったかもしれない。
同じ状況を5回行ったとして、
たまたま1回だけ浮かぶような疑問だったかもしれない。
それでも・・・
ふと思った。
思ってしまった。

「でけぇ志のために小さな自分の信念無碍にしていいのか?」

道。
仁義。
それに全てをかけてきた。
分かりやすいその1点。
それだけを追い求めれば迷う事なんてない。
転ぶ事もない。
振り返る事もない。

「小さな躊躇を殺して生きて、それで極楽、天下泰平って思えるのか?」

ただ、
その道を真っ直ぐただ真っ直ぐひたすら突き進む。
それが極道。
極まった道。
なのに・・・・

「自分の本心を偽って・・・仁義なんて筋を追い求めてたのか?」

その道の途中、
その道自体が少し曲がっているのに気づいたら・・・。

「馬鹿言ってんじゃないよトラジ!」

ツバメが叫ぶ。

「あんた仁義背負ってきたもんだろ女々しいね!
 仁義があんたの本心で本筋だからこそあんたぁ盃背負ってんだろ!
 《昇竜会》の天辺で親っさんの引いてきたもんを受け継いでんだろ!
 女々しいすぎるんだよこのアマ野郎!お呼びじゃないよ!」

そしてツバメの拳が、
グッとトラジの胸と腹の・・・体に真ん中に押し当てられる。

「芯を折るんじゃないよ。それがリュウの親っさんの教えだよ。
 どんな大木も芯がしっかりしてなきゃ・・・筋がしっかしてなきゃ倒れちまう。
 芯をしっかり持ちな。それだけでうちらは立っていられる」

そしてツバメは拳を離した。
トラジは・・・
ただ立っていた。
何も動かない。
目線も定まらないまま止まっている。

「親っさん・・・・」

虚ろな目ではない。
何か途方も無いところを見据えているようで、
そのまま意識が吹っ飛んでしまいそうな目だった。
ただ生きた人間ではないように。

「ハハッ・・・・親っさん・・・リュウの親っさん・・・・」

小さく、
小さすぎる歪み。
完璧なる芯を持って生きてきたものが、
それだけを持って生きてきたものが、
そんな歪みを見つけると・・・・それはそこから大きく綻ぶものか。

「そうだ!親っさんの信念に間違いがあるわけねぇ!」

トラジは笑った。
笑った。
だが爽やかで涼しげさを・・・微塵ももってなかった。
何か怪しげな、本人も気づいて無いような笑み。

「そうだそうだ!ハハッ!いやいやいやいや!間違いなわけがねぇ!
 親っさんの考えが間違ってるわけがねぇ!あの親っさんの考えだ!
 "一片たりとも"間違いがあるわけがねぇんでさぁ!
 ハハッ!俺ぁ馬鹿だ馬鹿!馬鹿野郎でさぁ!すいやせん親っさん!」

そしてトラジは・・・
木刀を、
リュウの形見の大目殺を振り上げた。

「親っさんが間違いなわけがねぇでさぁ!この虎の字!
 お恥ずかしいとこ見せやした!もう迷いはしねぇ!
 親っさんの言葉に間違いなんてあるはずがねぇんですから!
 俺ぁそれだけを信じて生きてきたんだから!ハハッ!ハハハッ!!」

そして、
振り下ろした。
アシュラゴゼンの死体に。
アシュラゴゼンの残骸に。
トラジは木刀を振り落とした。

「間違っちゃいねぇ!こいつらは筋違いだ!このっ!クソ野郎!!」

トラジは何度も、
何度も木刀を振り落とす。

「お、おいトラジ!」
「何やってんだ!」

「いいでさぁ!こいつらが間違ってるんでしょうや!
 これはケジメケジメ!こういう筋違いの奴に同情の余地をもたねぇように!
 ここで体に刻んどくんでさぁ!こいつらはクズでさぁクズ!
 俺ぁ間違ってねぇ!なぁ親っさん!そうだろ親っさん!なぁ!なぁ!!」

何度も打ち付けた。
木刀を。
アシュラゴゼンの残骸に。
粉々にするように。
鈍い音が何度も響く。

「このっ!クソっ!俺ぁもう迷わねぇぞ!迷いようがねぇんだ!
 俺ぁ仁義の筋の道歩いてんだ!親っさん!親っさん!あんたに間違いねぇ!!」

「ど・・どうしちまったんだトラジの奴・・・」
「いきなり人が変わったみたいですね・・・」
「・・・・トラジは・・・」

シシオがボソりと言った。

「・・・・親っさんが・・・筋・・・・」

語尾は消えていったが、
親っさんが筋で芯だった・・・という言葉を聞き取れた。
芯。
心の大黒柱だった。
それは折れた。
死という形で消えた。
それでも、
それでも見えない強靭な芯としてリュウの姿が焼きついているからこそ、
残っているものは《昇竜会》を継いだ。

「親っさん!なぁ!なぁ!そうだろ!間違ってねぇよな!」

だが見えない。
大きすぎる存在だったリュウを失い、
それに自分が代用できるわけがないと分かっていた。
代用する必要なんてないと分かっていても、
自分が"竜"を汚してしまうんじゃないか。
そんな疑問はあった。

「なぁ!返事をしてくれよ親っさん!なぁ!親っさん!!」

返事なんてない。
だからこそ、
芯の一本筋を矯正してくれる者などいない。

「親っさん・・・・親っさん・・・・」

トラジは木刀を死体に打ち付けるのをやめた。

「俺ぁ親っさんを信じてますぜ。絶対に・・・絶対に曲げねぇ・・・・」

それはもう・・・
偶像。
偶像崇拝。
リュウという虚像。
それに縋るしかない。
見えないソレにすがるしかない。
信じるしかない。
無いソレを。
見えないソレを。
それは・・・・・・


宗教と同じだった。


信じる者は救われる。
それを今一番欲しているのはトラジだった。
だから信じて信じて信じつくす。
忠義という崇拝。
"信頼ジャンキー"
他者には愚かに見える。
神を信じるか。
人間を信じるか。
それだけの違いで、
その規模は変わらなく揺るがなく絶対過ぎて曲がらない。
真っ直ぐすぎる。
直線的に真っ直ぐすぎて・・・・・・・・・・・・ズレてもそのまま進んでいく。
トラジにとって神より崇高な存在リュウ=カクノウザン。

間違いであるはずがない。
だってリュウ(神)なのだから。
信じて間違うわけではない。
それは誰が言ってもきかない。
そう信じきっているのだから。
悪く言えば・・・・・・決め付けているのだから。

曲がらない。
信頼中毒者。
中毒でもうどうしようもなく、
それ以外は考えられなくてそれだけを欲して・・・
周りなど見えないし周りなどどうでもいい。

中毒。
宗教。
信頼。
頭の中は一本の線で絡まって繋がってどうしようもない。

歪み。
過ち。
愚か。
失敗。
全ては無視して、ただ自分は間違っていない。
間違っているのは他だ。
なんでお前ら分からねぇんだよとただ思う。


「おいトラジ。おめぇ何・・・」
「ドジャーさん」
「あん?」
「言っても無駄です」
「・・・・・」

見て取れる。
それほどまでに・・・・・"イッてしまってる"。

「とりあえずあぁなると難しいです。ほんとに。
 言葉なんかで説得とかなんとかできるなら宗教が問題になりません」
「おいおい、あんなイカれた状態のままにしとくのか?」
「・・・・しょうがないでしょう」
「まぁ俺らに危害がありそうではねぇけどよ」
「基本、考え自体は変わってないんです。だから問題はないと思います。
 変わってない。むしろ進んだ。"だからこそ"大変なんですが・・・・」
「でも」

マリナが言葉を挟む。

「どうであろうとそれどころじゃないみたいよ」

マリナの視線がスッと動く。
その先。
この広い部屋の奥。

カタカタ。
そう音を立てて揺れるもの。
それは・・・部屋の装飾品でしかないと思っていたものの一つ。
棺桶だった。

その棺桶は、
ガタンとフタがズレ、
そして・・・・

「ふあぁ・・・・・ふぅー・・・・あれもう終わったのですか」

眠そうな顔をした男が一人。
棺桶から顔を出した。

「ヨハネ!!」

棺桶から顔を出した男。
それは間違いない。
ヨハネ。
《聖ヨハネ協会》が教主。
ヨハネ=シャーロット。

「んー・・・っと」

ヨハネは大きくアクビをした。

「ん?」

そして棺桶の中からキョロキョロと周りを見渡した。

「おやおや。これはどういう事でしょうか。
 転がっている死体はこちら側の者ばかりじゃないですか」

ヨハネは棺桶から出て、
そして十字を切って両手を合わせた。
「アーメン」とつぶやく。

「安らかに眠れ、子羊達よ」

悲しむでもなく、
怒るでもなく、
そして驚くでもなく。
ヨハネはあたかも当たり前のように、
無神経なのように、
感情がないかのように行動していた。

「ってか元からこの部屋に居たのかよ・・・」
「こんな時に棺桶で寝てる意味が分かりません」

「おぉ子羊達よ。そんな疑問は大したものではないのです。
 この私としても普段からこんなところで寝ているわけではありません。
 言うならばこれは儀式。棺桶とは本来人間が死して行き着く場所。
 そして私は今日・・・・・・・人間をやめることになります」

眉も動かさず、目つきが変わるヨハネ。
それは感情がないように思えながらも、
機械でようには思えない。
何か完成した者のような表情だった。
だがその顔もふと穏やかな笑顔になる。

「ですので私は棺桶で睡眠をとる事を人間としての別れの儀式としたのです」

考える事が分からない。
ただ、
それはすでに思考回路の違う者の考えなのだ。
考え。
思考回路が違うという言葉はそれこと絶妙だ。
回路が違うのだ。
思考する道順、行き着く結果。
全ては違う。

「でも少々早起きしすぎたようですね」

ヨハネはふむふむと頷きながら確認した。

「早起き?」
「つまり天使試験はまだって事だな!」

「その通りです。いやはや。私が目覚めたとき、それは神になる時と思っていたのですが」

「カカカッ!ざまぁみやがれ!」

ドジャーがニヤりと笑う。

「こっちにゃ6人いるんだぜ!阻止成功としか言えねぇなぁ!」
「間に合ったって事ね」
「それを聞いて安心しました」

6対1。
この結果は明白だ。
つまり・・・天使試験開始に間に合った。
阻止できたということ。

「ふむ・・・いやはや。私は時間まで6人もの人間を相手しなければならないのですか。
 これは困りました。非常に非情に困りました。うーんどうしたものか・・・・」

状況に反比例し、
ヨハネは落ち着いた様子で首をかしげる。

「いえ、やはり大丈夫でしょう」

ヨハネは両手を翼のように広げた。

「私には神がついております。どんな困難にも立ち向かえるでしょう。
 神はいつも見ておられます。こんな苦境にも奇跡を与えてくれるでしょう」

それは、
のん気と形容してもいいほどの言葉。
だが、
本人は超絶絶対確信的に本気で言った言葉なのだから性質が悪い。
これだから信者というものは・・・
妄信・盲信。
盲信したまま猪突猛進。
いや、盲進。

「信じる者は救われるって言葉の意味が今とてもよく分かりました・・・・。
 信じきっていればそれは幸せって事ですね。不幸にも気づかないんですから・・・・」
「馬鹿は風邪をひかないってのと同じだな」

「子羊よ、あなたは今、いい事を言いました」

ヨハネは指をさした。
突然で驚いたが、
それはアレックスを示しているようにしか見えなかった。

「へ?僕ですか?」

「そう。信じきっていれば幸せ。まさにまさにその通り。
 信じる事とは幸せなのです。神を信じる事が幸せの第一歩。
 どうです?あなたも神を信仰しませんか?この教団に入りませんか?」

「い、いえ・・・結構です・・・・」

「それは残念・・・主もお嘆きになっておられるでしょう。とてもよい解釈でしたので、
 入り口で会った時のそちらの非礼は不問にしようと思っていたのですが・・・・・。
 やはりあなた方は異端者なのですね。異端者ならば私が下す判決は・・・・」

「ヨハネ様」「申し訳」「ございません」

ヨハネのもとに、
3人の女神官が歩み寄った。

「私達の」「力が」「及ばぬばかりに」
「守り」「切れま」「せんでした」
「どうか」「どうか」「お許しを」

「そういやこいつら居たな・・・・」
「アハハッ!あんたらは悪くないよ!うちらが強かっただけだよ!」
「そゆことです」

「いやいや迷いし異端者達よ。その判決は私が行いますよ」

ヨハネは微笑んだ。

「私は天罰の地上代行人。地上での神の怒りは私が代わって判決するのです。
 そしてあなた方の言うとおり。聖女達よ。あなた達に罪はありません」

ヨハネは神々しく両手を広げた。

「あなた達の行動はきっと神が見ておられた。あなた達もそれは分かっているはず。
 それでも及ばなかったとはいえ、あなた達は全力を尽くしていたのでしょう。
 それは神の地上代行人として寛大に受け入れるつもりです」

その笑みはまさに寛大というしかなかった。
神は許してくれる。
そう私は思いますよ。
それだけ。
それだけだ。
それだけで全ての事象は無に帰す。
まるで消しゴムのようだ。
人間の行動など、善くも悪くもただの行動。
それは神が判断し、何もかも消し去ってしまう。

「ですが・・・・」

その時、
場に張り詰めたような空気が流れたのが分かった。
感じ取れた。
いや、
感じさせられたというべきか。

「あなた達が許しを請うべきなのは私ではないでしょう」

ヨハネの様子が変だ。
異変とでも呼ぶべき何かが渦巻くように。
まるで無いように思えた感情が弾けるように。
感情が渦巻くように。
濁るように。
そして裏返るように。

「私が神の地上代行人だとしてもです。
 まずあなた達が懺悔すべきなのは神に対してでしょう・・・・・。
 神を・・・・最優先にしなかった罪というものは・・・・」

様子だけじゃない。
外見も・・・・・

「恐ろしく一点的に重いですよ」

髪。
髪だ。
ヨハネの髪。
髪が白く染まっていく。

「判決を言い渡す!!!!」

白く、
髪が聖なるように白く染まっていく。
まるで・・・鬼のように。

「死刑!!死刑死刑死刑!!判決死刑!」

そして、
いつから持っていたのか。
手に持ったメイス。
それを・・・・振り下ろした。
何も躊躇なく。
目の前の・・・3神官の一人。
ルナに向かって振り下ろした。

「ジャッジメンッ!!!!」

鈍く鈍く鈍く鈍い音が鳴り響いた。
それだけで、
その音だけが境目で、
それだけで・・・・
ルナ。
その聖なる神官の顔。
聖女の頭が・・・
潰れた。
綺麗な顔だったのに・・・・
目玉が飛び出て顔が変形し脳が飛び散る。

「死刑!!死刑死刑死刑死刑!!天罰だ!死んで償え!!
 消えろ!死んでしまえ!死刑だ!死んでしまえ!
 ジャッジメントだ!死刑死刑死刑死刑!!幸せになってしまえ!!!」

何度音が鳴り響いたか分からない。
ヨハネのメイスは何度も何度も振り落とされた。
まるで先ほどのトラジのようだ。
メイスが何度も何度も容赦なく振り落とされる。
女神官ルナの顔は、
変形などという変哲もなく、
まるで無くなってしまう・・・
人間という存在自体を消去されてしまうように潰れていった。
まるで粘土細工。
赤と黒の粘土細工。
もう頭などないのに頭を何度も叩き、
いつの間にかそれは体を潰しており、
腸がはみ出て、
胃袋が弾け、
肝臓が飛び出て
血が散布した。

「え・・・ぐ・・・・・」
「ひでぇ・・・・」

超完全なるオーバーキル。
存在を全否定。
人間であるまま死を迎えることを許さないように、
裁判官ヨハネは死刑執行を行い続けた。

「しっけー!死刑!死刑死刑!失敬は死刑でデスペナルティだ!
 死ね死ね死ね死ね死ね!お前は死んでしまう事が正しい!判決死刑!
 とても正しく善で善で善善善善!全然なる善!死んで善かったですね!!
 極刑判決!死刑死刑!過ちは私が洗練してあげましょう!ジャッジメンッ!!!」

そして、
そこにもうルナの体はなかった。
手?
足?
頭?
体?
内臓?
そんなものどこにある。
粉々というかグシャグシャというかバラバラというか。
全ての面影がない。
ただ、
赤と黒が溜まって飛び散っている。
白髪の裁判官の手によって。

「あは・・・はは・・・・」

返り血。
自分の血液より浴びているんあじゃにかというほど真っ赤に濡らし、
ヨハネは・・・・・・笑った。
笑った。
ひん曲がった目つきで最強に笑った。
笑って言った。

「神は素晴らしい」

歯を見せ、
最大限とも言える愉悦な笑顔で言った。


「神は神は・・かかかか神はあなたを許しました。過ちを消し去ってくれました!
 過ちなる存在を消去してくれたのです!なんという幸せ!
 あなたはきっとアスガルド(浄土)で幸せを得る事でしょう!でしょう!でしょう!!!」

ただ・・・
ただイカれてる。
イカれてる。
イッてしまってる。
ただそう思った。
皆そう思った。

「幸せでしょう!死刑によって幸せになったでしょう!そうでしょう!
 あなたの死は無駄なものではありません!この死刑は有意義なのです!
 それは神の意志だからです!あなたは生け贄となった!それだけなのです!
 神の生け贄として!この世から一つの過ちを消し去った!もの凄い功績です!
 あなたが死んだことで・・・また!またまたまた世界がわずかに善くなったのです!」

その笑顔。
何も、
何一つ。
微塵さえも自分の行動に迷いが無い。
何一つ後悔もなければ間違っているなんてさえも思いようがない。
それほどまでに・・・
ジャンキー。
神様中毒者。
純潔といっていいほど100%に信じきり、
完全すぎるほどに一直線だった。

「次!神官アリス!汝は天罰を受け入れるか!?是か非か!?
 汝に問う!是か非か!是か非か!是か是か是か是か是か是か!?」

何を質問しているのだ。
今、
たった今目の前で仲間がミンチにされたのだ。
それなのに・・・・そんな質問。

「受け入れます。私に天罰を」

アリスは・・・・
片膝を突き、
俯き、
両手を合わせて組んだ。
祈るように。
いや、祈っている。
受け入れている。

「なっ!?」
「マジかよ・・・・」
「イカれて・・・・ます」

死を・・・受け入れる?
恐怖はないのか?
ないのか?
死ぬんだぞ?

「そうか!神はお喜びだ!では言い渡す!判決!死刑!ジャッジメンッ!!!」

そして、
赤色が飛んだ。
赤。
赤色が飛んだ。
ドス黒さの混じった赤色が散布した。
鈍い音が一度鳴り響くたび、
水溜りに飛び込んだように赤色が飛び散った。
飛び散った。

「死刑死刑死刑死刑!死ね!死んでも死んでしまえ!それが幸福だろう!
 死刑死刑!判決死刑!!ジャジャジャジャジャジャジャジャッジメンッ!!!」

死に尽くせ。
死ねる限りに。
死ねば死ぬほどそれは幸福なのだ。
過ちが浄化される。
これほど素晴らしいことはない。

「死刑終わり!」

アリスの姿が"からっぽ"になった時点で、
ヨハネは悪魔のように笑った。
赤い。
赤い。
血みどろで真っ赤だ。
赤くないところを探すほうが難しい。
それほどまでに赤く染まっている。
全身に血が付着していた。

「次!神官ライナ!汝は判決を受け入れるか!?」

嬉しそうに。
楽しそうに。
いや、
楽しそうは違う。
やはり嬉しそうに。
限りないほど。
幸せの極地と言っても過言ではないほどに嬉しそうにヨハネは言う。

「え・・・あの・・・・」

ライナ。
彼女だけは・・・震えていた。
目の前でルナとアリスが死ぬ。
死ぬどころではなく、無くなる。
存在自体が消えうせる。
墓に入るどころかゴミ以下に潰される。

「わ・・・わたし・・・・は・・・・・」

「どうしたのです?アリスは自ら命を差し出しましたよ?
 恐れる事はありません。命など一つの偶像に過ぎません」

「あの・・・その・・・」

ライナはゆっくりと足を引いた。
震えながら。
怯えながら。

「大丈夫です。怖がる事などありません。神による浄化でしかないのです。
 貴方の魂は浄化。浄化されるだけなのです。洗練され浄土に昇るだけなのです」

「あ・・・あ・・・・」

「それとも・・・あなたには神への尊敬の心が足りないのですか?
 神を心から信じきれていないのですか?信じていれば恐怖などないはずです。
 何も怖い事などないのですから。それが幸せなのですから。どうなのですか?」

「あ・・・う・・・・」

「この異端者がッ!!!!」

そこで命は費えた。
振り落とされたメイスがしぶきをあげた。

「"命を粗末にするな"!!命を神へ献上できない時点!いかに滑稽!
 貴方は何のために生まれてきたのですか!死ね!!死ね!!!死ね!!」

メイスが振り下ろされる。
何度も何度も。
どちらの結果にしろ振り下ろされたその天罰の棒。
赤が増える。

「死刑死刑死刑死刑死刑!!!判決!!!しぃーーーーけい!!!!
 浄化もされず!朽ちて死ね!消えうせろ!無駄に無駄に無駄に死ね!!!!
 死刑だ!死なる天罰!刑!判決!即決!判決!即決!死し死し死ね!!!!」

ただ、
赤が飛び散るのだけを眺めた。
神を信じる人様の事に干渉する野暮な真似はしない・・・・ではなく。
ただあっけにとられるように皆はそれを見ているしかなかった。

「神を信じきれないものが神に信じられるわけがないであろう!
 神罰!神罰!神の否定は存在の否定である!主は嘆いている!!
 主は嘆き!私も嘆く!地上代行者として私も嘆く!失敬は死刑!
 よって悲しみの天罰!神罰!死刑!死刑死刑死刑!しけけけけ死刑!!!」

赤。
赤い血を奏でるのは白と黒。
白い髪をした黒。
自分は聖者だと思っているドス黒い者。
自分は白き者と思っているドス黒い者。
自分は制者だと思っているドス黒い者。
ヨハネ。
ヨハネ=シャーロット。
神の地上代行者。
死刑執行者(エクスキューター)
白と黒の入り混じる、
白と黒の見分けが突かない、
白と黒の境目のない、
白と黒のすれ違い。
白黒頭脳『ゼブラヘッド』
白と黒が交差する白日のドス黒い思考。
『ゼブラヘッド』ヨハネ=シャーロット。

「ふぅー・・・・"スッキリした"」

赤をバラ撒いて、
3名の死体がどこにあるのかも分からない血の海の中、
ヨハネはそう言った。
清清しく。
表情は入浴後のように爽やかで、
女性とも思えるほどの美しい顔は輝いていた。
白い髪は、
黒に戻っていた。

「善い事をしたあとは気分がいいですね」

「何言ってるんだこいつ・・・・」
「人を殺したっていうのに・・・・」

「殺した?ふむ・・・・殺した?・・・・殺した?」

ヨハネの表情が少し曇った。

「これはこれは・・・・本当に異端者という者は何も分かっていない。
 冒涜者で異端者。神を信じぬ違反者。つまり犯罪者であるあなた方は何も分かってない」

ヨハネは両手を広げる。

「私は人など殺していない」

ヨハネは何一つ、微塵も自分の言葉に疑いないように言った。

「殺人?殺人?死刑執行は殺人になるのですか?否。ならないでしょう?
 世の中の悪を罰する死刑執行者をあなた方は殺人者呼ばわりするのですか?」

ヨハネは笑顔で両手を広げたまま、
横にツカツカと歩き、揚々と言う。

「それ以前にまず今死んだ者は人でさえない。
 神を冒涜するという行為事体、人としてあり得ない行為。
 つまり今死んだ者は人などではなく、人殺しでさえない」

ヨハネは足を止め、
フフ・・・と少し笑った後、今度は逆に向かって歩く。

「人であるまじき者は死に、神を尊重して死んだ者に至っては、それは死であり死ではない。
 死は終わりではなく、その先・・・浄土への道でしかなく、死は始まりと言えよう」

ヨハネはまた足を止め、
こちらを向いて笑う。

「無駄な死などではない。神を信仰していた者は極楽へと昇っただけなのです。
 死は不幸などではない。死こそ結果で、報われ、幸せになったと考えるべきなのです。
 ・・・・・・・・・死は怖いものではないっ!死は人に必然的に奇跡なのです!!」

そしてヨハネは、
こちらに手を差し出した。
差し伸べると言った様子。
まるで・・・まるで聖者のように。

「さぁ、あなた方も死を受け入れなさい。あなた達の罰はその命で許される事は無いです。
 だからこそ死になさい。死を受け入れなさい。さすれば死して魂は洗練されるでしょう」

死は確定ですよ。
なら自分で死を決断しなさい。
自決しなさい。
そうれすばきっと死んで幸せになれますよ。
彼はそう言っている。
なにがだ。
何を言っている。
話に・・・話にならない。
死を受け入れる?
受け入れるもんか。
死は終わりだ。
無だ。
それだけだ。
それに・・・
幸せなどがついてくるわけがない。

「返事だヨハネ」

ドジャーはそう言い、
そして、
ツバを吐き捨てた。

「クソ食らえ」

「なんと邪悪」

ヨハネは顔をしかめた。

「ならば・・・・判決を下す。・・・・・・・死刑!死刑死刑死刑死刑死刑!
 有罪!超有罪の上の有罪につき!死刑を宣告する!」

「ククッ・・・・・フフフ・・・・・」

笑い声が聞こえた。
奇妙な。
奇妙な笑い声で、
なんとも胸糞の悪い響きだった。
誰かと思ったが、
そんな薄気味悪い笑い声を放った主が言った。

「うっせぇ」

そう答えたのは・・・・・・トラジだった。

「ククッ・・・・ぐだぐだうっせぇ。てめぇの考えなんて間違ってんだ。
 あんたぁ親っさんの意見と真反対。・・・・・ってぇことはそりゃクソな考えだろ。
 神?神がぁなんだ。そりゃぁ偉ぇのですかい?・・・ふん・・・・偉くなんかねぇ。
 偉いとしたらリュウの親っさん以上なわけがねぇ。そんなわけねぇ・・・そんなわけ・・・
 親っさん以上に正しかった男なんてぇいなかったんだからよぉ!!」

トラジは木刀を突き出した。

「てめぇぶっ殺す。ぶっ殺し尽くす。死ね死ね!筋違いなモンは跡形も無く死んじまえ!
 それでいんだ!筋違いなんて全部死ねばいんだ!俺は間違ってねぇ!ねぇよな親っさん!
 そんで筋違いな奴が死ねば証明される!親っさんは神よりも素晴らしい存在だったってなぁ!
 てめぇを殺せばそれが証明できる。だから死ね!死んじまえ!神(しん)より芯(しん)だ!」

トラジはゆらゆらと足を進めた。

「俺が証明するんだ・・・・親っさんが最高で正しかったって証明すんでさぁよ・・・・。
 俺は間違っちゃいねぇ・・・俺は間違ってなんかいねぇんだ!!そうだろ親っさん!」

リュウに呼びかけるように、
だが、
自分自身に呼び正すように。
言い聞かせるように、
間違ってない。
間違ってないと・・・
自分自身を洗脳するように。

「ふふっ・・・・何が神だ・・・神が最高だ・・親っさんのが素晴らしいに決まってんじゃねぇか・・・
 でももしそれが最高ってんなら俺が親っさんのために"その"最高になっちまやぁいいんだ・・
 ふ・・・へへ・・・・つまりあんたぁ殺して・・・俺が・・・親っさんが間違いじゃないって証明して・・・
 そんでそのついでに・・・・なっちまえばいいんだ・・・・・・俺が代わりに"なって"やらぁ・・・・。
 俺がなっちまえば・・・・・・俺の尊敬する俺っさんの存在が!親っさんが全てを超える!!」

「ほぉ・・・・・・・・どういう意味ですか?」

「"ソコ"をどけぇ!!俺が代わりに神になる!!!!!」












                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送