「ツバメさん大丈夫ですかね!?」
「大丈夫じゃなきゃ置いてきやせんさぁ!」

走る。
氷の城。
アドリブン。
その氷の廊下。
青い廊下。

「カッ!次の部屋はまだかよっ!」

走る。
急がないと・・・
天使試験が行われてしまう。
すると、
ヨハネは神族に転生。
そして・・・
《聖ヨハネ協会》は正式に帝国アルガルド騎士団に組する事になる。

「そういえばさっきは人間でしたけど、次は神族が待ち構えてる可能性ありますよね」
「そうね。神族が人間より上回ってるのは聞いたけど、どれくらいのもんなの?」
「そうでさぁなぁ・・・」

走りながら、
トラジはオールバックの髪を後ろに流した。

「人間の上の下以上といいやすかねぇ」
「分かりにくいな・・・」
「つまるところ、ショボい奴でもギルドのオフィサークラスって事でさぁ」

能力の低い者でも、
ギルドのオフィサークラス。
だが、
逆に考えれば手の届く範囲だ。

ここに居る人間は全員それくらいの能力はあるのだから。

「まぁそれがわんさかいると思うと・・・・やっぱ異常な戦力ですね・・・」
「しかもそれでザコ級なんでしょ?」
「逆にショボくねぇやつはどんなもんだ?」
「神様ですぜ?雲の上の存在と思えばいいんでしょうや」

そう。
下界にいる最強の神族は恐らくジャンヌダルキエル。
それはつまり、
ロウマ級。
人間最強級。

「カッ、笑えるな」

ドジャーは走りながら言う。

「ある意味そりゃ人間の能力の範中にしかねぇってことじゃねぇか」
「えっとドジャーさん・・・」
「あん?」
「もっかい言いますけど・・・全員がオフィサークラス以上なんですよ・・・・」
「・・・・・」
「単純にアインハルトがいなきゃこんな構図はあり得ないでしょうや」

アインハルトを中心としたアスガルド攻略。
最大の神、イアの殺害。
それが出来たのはアインハルトが居たから。
言うならば、
マイソシア史上最強の男。
それが居たからこその構図。

「・・・・・・・部屋があ・・・」

ある・・・という言葉はボソボソと消えていった。
シシオの声に反応して前を見ると、
そこは扉。

「おっしゃ!」

ドジャーがカギを取り出し、
部屋の模様を確認しながらカギを選ぶ。

「さっさと突破すっか」

カギが開いたのと同時、
ドジャーはドアを開け放った。


また広い部屋。
廊下とも、
違う部屋とも、
まったく違いのない天井壁床全てのタイル。
氷の部屋。

その真ん中。

「お客さんが来たね!アダムロミオ!」
「そうだね!イブジュリエット!」

天使だった。
白い翼の生えた天使。
男。
女。
2人。

「男の人がいるよアダムロミオ!」
「女の人もいるね!イブジュリエット!」
「私達の愛を邪魔しにきたのかな?」
「僕達の愛を阻みに来たのかな?」

男の天使と、
女の天使。
二人は、手を繋ぎ、
ダンスを踊るように部屋の中心で舞っていた。

「カッ・・・2体か・・・・」
「しかも神族・・・」

「僕達は怖くないよ!」
「だって私達は弱いもの!」

アダムロミオと呼ばれた男天使は笑う。
イブジュリエットと呼ばれた女天使も笑う。

「でも愛の力は絶対だね!」
「恋の魔法は絶対だね!」
「どんな弱くたって!僕達の赤い糸を断ち切れるはずないさ!」
「私達の赤い糸は愛を司る愛の力だものね!」
「愛は神が創造したルールなんだよ!」
「だから神の恋は絶対のルールなのよ!」
「あぁイブジュリエット・・・何故君はこんなに愛しいんだろう・・・」
「あぁアダムロミオ・・・あなたはどうしてアダムロミオなの・・・・」

手と手を取り合う二人の天使。
バックに薔薇の花束が勝手に見えてくる。

「・・・・・・・」

完全に二人の世界だった。
キラメク愛の世界。
ただ、
アレックス達はまるでお呼びではないかのように放置されていた。

「う・・・・」
「うぜぇ・・・・」

それは心から思った言葉だった。

「殺したい・・・」

バチ当たりだが、
心から思った言葉だった。

「まぁ野蛮な人間だこと!ねぇアダムロミオ!」
「本当だねイブジュリエット!野蛮はいらないよね!」
「必要なのは愛よね!」
「そうだね!僕らは愛を信じる天使だからね!」
「戦いなんてなくなればいいのにね!」
「愛が世界を繋げばいいのにね!」
「ラブ・イズ・ピースだね!」
「ラブ・アンド・ピースだね!」

片手を繋ぎ、
もう片手を広げる二人の天使。
なんだ。
ここはミュージカルか?

「・・・・・・・何かしらこれ・・・殺意かしら・・・」
「反吐吐いていいか俺・・・ゲロ吐いていいか俺・・・」
「こんなにも目障りだと思った人初めてです・・・・」
「筋が通ってる通ってない以前に・・・筋がプツッと切れてまさぁ・・・」
「・・・・・キモ・・・・・」

相手は神様だというのに、
言いたい放題の5人。
アダムロミオ。
イブジュリエット。
二人は二人だけの世界でラララと踊っていた。

「あっ」
「ボォーっとしてる場合じゃねぇ!」
「こんなくだらねぇ演劇見に来たんじゃねぇでさぁ!」
「さっさと突破しちゃいましょう!」

「あ〜ん。やだわアダムロミオ!あの人達野蛮!」
「しょうがないよイブジュリエット。人間ってそういうのしか思いつかない下等な生物だからさ」

5人の表情が崩れる。
呆れと、
怒りと、
いらだちと・・・
様々な感情が一度に表現された素晴らしい表情が5人に浮かんだ。

「ラブ・イズ・ピース!」
「ラブ・アンド・ピース!」

二人の天使は手を取り合ってくるくると回っているだけだった。

「あの・・・」
「戦闘する気がないなら通っていいかしら・・・・」

「そういうわけにはいかないわ」
「そういうわけにはいかないね」

手を取り合ったまま、
アダムロミオと、
イブジュリエットはこちらを向いて表情を真剣にした。

「できれば愛で済ませたい」
「愛の力で血を流す事なく」
「だけどそうもいかない」
「そういうわけにはいかないわ」
「愛は永久」
「愛は無限」
「愛は永遠」
「愛は夢幻」
「だけど」
「それでも」
「僕達はこのスパケルロの部屋の番人」
「愛の赤い糸を繋ぎ、それ以外を切り離すためにいる」

アダムロミオは左手を、
イブジュリエットは右手をお互い繋いでいた。
そして、
お互い逆の手。
そこに・・・光が集まった。

「クシュロンナックル」
「クシュロンナックル」
「愛の形」
「愛の拳」

アダムロミオの右手。
イブジュリエットの左手。
そこに・・・
天界の装備らしきナックルが現れた。

「愛は武器だねイブジュリエット・・・・」
「そうよねアダムロミオ・・・・」
「僕の左手は君に・・・」
「私の右手は貴方に・・・・」
「僕の右手は愛の拳・・・」
「私の左手は恋の刃・・・」
「あぁ・・・イブジュリエット・・・」
「あぁ・・・アダムロミオ・・・・」
「最強なる愛の力・・・」
「それは誰にも断ち切れない・・・・」
「僕らの赤い糸・・・」
「私達の愛の糸・・・」
「愛の力は偉大だね」
「恋の力は凄いよね」

手を繋いだまま、
二人の天使は踊る。
くるくると回る。
バックに薔薇の花を背負うように。
そんなものはないが・・・

「ラブ・イズ・ピース!」
「ラブ・アンド・ピース!」
「愛の名のものに!」
「平和の名のもとに!」
「成敗してやる!」
「お仕置きしてあげる!」

アダムロミオ。
イブジュリエット。
二人の天使が手を取り合い、
双方の手を広げてポーズをとった。

「この扉だな」
「いいから早く!バレるわよ!」
「なんかゴチャゴチャ言ってるうちがチャンスです!」

「「・・・・・・・・」」

アレックス達は、
二人の天使がゴチャゴチャやってる間に、
部屋の奥。
扉へと移動していた。

「僕達の愛の言葉を聞いてなかったとは・・・・」
「愛を無視して素通りしようとは・・・」
「愛の冒涜者め!」
「異端者め!」

「うわっバレたわ!」
「クソッ・・・馬鹿だからもうちょっと気づかないと思ってたが・・・・」

いや、
ナイス判断と言わざるを得ない。
こんなアホみたいな天使二人を相手するヒマがあったら、
さっさと先に進みたい。
時間はないのだ。
・・・・。
いや、
時間どうこうより相手したくない。

「早く行きましょう!」

アレックスが扉を開け、
先に進もうとする。

「行かせるか異端者!」
「神を無視する異端者め!」
「愛に罰せられるがいい!」
「天罰!体罰!それこそが愛のムチ!」
「いくよイブジュリエット!」
「いくわアダムロミオ!」

二人の天使が、
手を繋ぎながら走ってくる。

「来ますぜ!」
「相手してられませんね・・・」
「クソッ!行くぞ!さっさと走れ!」

アレックス達は扉の先へと走る。
だが、
二人の天使は追いかけてくるのだ。

「逃げ切れるか・・・・」

だが、
アレックスは一つ気づく。
アレックス。
ドジャー。
マリナ。
トラジ。
・・・。

「シシオさんが来てません!」
「何!?」

4人は止まり、
後ろを振り向く。

先ほどの部屋の出口。
そこに・・・
長身のヤクザが一人、止まっていた。

「・・・・・・先に・・・・」

行け・・・・
と言いたいのだろう。

「そ、そんなわけにはっ!」
「いや、行くぞアレックス」
「いいんですか!?」
「いいんでさぁ」

トラジが冷静に答えた。

「時間が惜しいってもんですからねぇ。それに追いかけられたら次の部屋で挟み撃ちでさぁ。
 さらに言えば・・・・後から来るはずのツバメのために道ぃ作っとかねぇと」
「・・・・なるほど」
「でも相手は神族2人よ!?」
「見たところあいつらは神族の中でも下級の部類でさぁ。・・・・シシオをなめてもらっちゃ困る」
「・・・・・・・・」

アレックス達は背を向けているシシオをもう一度みた。
頼りない性格だったが、
その長身の体の大きな背中。
それは・・・・

「・・・・・・・頼みますシシオさん」

アレックス達は先を急いだ。


















「1人残ったわアダムロミオ」
「1人残ったねイブジュリエット」

2人の天使は笑う。

「これが人間界でいうところのオトリって奴かしら」
「いや、人間界でいうところ生け贄って奴じゃないかな」
「それね」
「それだね」
「僕達神に命を奉る」
「それでこそ人間だね」

2人の天使の前。
逆に立ちはだかる一人のヤクザ。

「・・・・・・」

シシオは黙ったまま、
腰の鞘から剣を抜いた。

「まぁ、長い剣ね」
「あまり見たことない形状だね」
「あれは人間の武器じゃないわね」
「下品な魔物の剣だね」
「ポンナイトの剣って奴かしら」
「ポンナイトの剣って奴だね」
「それにしては長いね」
「それにしては細いね」

シシオが抜いたその剣。
それは、
細く、
長く、
刀と呼ぶほうがいい剣だった。

「・・・・違う・・・」

形状はポンナイトの剣に似ている。
だが、
細長いその形状。
それはまた違ったもののようで・・・・

「・・・・・ポン刀だ・・・」

シシオはボソりと言った。
ポン刀と呼んだその剣。
それをゆらりと構える。
片手で。

「ま、どうでもいいね」
「ま、どうでもいいわね」
「どちらにしろ僕達には勝てないねイブジュリエット」
「どちらにしろ私達には勝てないわアダムロミオ」

アダムロミオ。
イブジュリエット。
二人は手を繋いだまま構えた。
クシュロンナックルを。

「一人じゃ勝てないよ」
「二人には勝てないわ」
「一人は孤独の力」
「二人は愛の力」
「二人が繋ぐ愛の糸」
「二人が繋ぐ恋の証」
「愛の力は絶対」
「恋の力は揺ぎ無い」

一度手を繋いだまま踊るように回転する天使達。

「しかも君は片手だね」
「しかも貴方は左手がないね」

シシオ。
その左手。
左手があるべき場所。
それは肩からまるまる腕と呼べるものはなかった。
スーツの片袖がブラブラと揺れていた。
隻椀。
片手の男。

「悲しいね」
「悲しいや」
「それじゃぁ手が繋げない」
「それじゃぁ愛が繋げない」

「・・・・・・・・・・・・・・」




















---------------------------------














「助けてシシオ!!」

彼女はシシオの胸に飛び込んできた。

「お願い!お願いだから!」

彼女は、
シシオの胸に顔をあて、
涙ぐんでいた。
いや、泣いていた。

「シシオなら私を助けてくれる!・・・・ねぇ!そうでしょ!?」

「・・・・・・・・」

彼女は・・・
幼馴染の女だった。
仲がよかった。
親友と呼べる異性だった。
だが、
それ以上になることもなかった。


彼女の名前は・・・・・・思い出せない。


「シシオ!シシオってば!」

「・・・・・・・」

今回、
彼女がなんでシシオに助けを請うているか。
無様な話だ。

彼女は結婚していた。
どこにでもいるような普通の男とだ。
だが、
浮気がバレて旦那の怒りを買った。

「あの人!私の事殺すって!そう言うの!」

愛の力は偉大。
愛の力は大きすぎる。
それは・・・・・・・・"逆の時でも"そうなる。

裕福に暮らしていても、
健康に暮らしていても、

愛に殺される時がある。

「あの人の束縛はもうイヤなの!だから私・・・ねぇシシオ!シシオってば!」

愛は強すぎる。
どんな豊かに暮らしていても、
愛の力は強すぎる。
つまり、
愛の裏切り・・・・それは最強の破滅へ導く事もある。

「私殺されちゃう!確かにあの人を裏切ったのは認めるわ!
 でも一回!一回裏切っただけなのに・・・それなのにあの人は・・・・」

「・・・・」

シシオは、
何も答えなかった。
その幼馴染の女の助けにも。

「シシオ!シシオなら助けてくれるよね!?シシオなら私を助けれるわ!
 だってシシオはヤクザじゃない!ヤクザって言えばあの人きっとビビっちゃうわ!
 それに頼りない臆病な性格だけど・・・・体は大きくて剣の腕もピカイチだしっ!
 ねっ!シシオ!私を助けて!なんなら・・・あの人を殺しちゃってもいいから!」

シシオの胸の中、
叫ぶ彼女。
泣き叫ぶ彼女。
必死に必死に。
愛の清算から逃げるために、
命のために必死に。

「・・・・・・・・」

シシオはそんな彼女をひきはがした。

「え・・・シシオ・・・・」

彼女は戸惑った。
だが、
シシオは前髪で目を隠したまま、静かに告げた。

「・・・・・筋が・・・通ってない・・・・」

ボソボソと・・・
そう言った。
消え入りそうな声で。
だが、
その言葉に全てが込められていた。
自業自得。
自分の裏切り。
そのせいで起きた破滅。

助けてくれ。

それは分かる。
だが、
反省の気持ちはあまり見えない。
その上・・・・逆に殺せ?
それも他人の力を使って?

「・・・・帰る・・・・」

シシオは振り向き、
去った。
呆れた。
失望した。
幻滅した。
変わり果てた幼馴染の姿。
愛はこうも人を変えてしまうのか。
愛の力は大きすぎる。
まるで核兵器だ。
命への執着はこれほどまで人を愚かにしてしまうのか。
命の価値は尊過ぎる。
まるでガラス玉だ。

「待って!待ってよシシオ!シシオ!シシオ!!!」

泣き叫ぶ彼女の声。
それは小さく、
小さくなっていった。
だが、
シシオは歩みを止めなかった。
彼女を・・・

見捨てた。





























「手は尽くしましたが・・・・」

次の日。
病院に呼ばれた。
ミルレス白十字病院だ。

「手遅れ・・・と言わせていただくしかありません」

院長と書かれたネームプレート。
かけつけた病室で、
ヴァレンタインという白衣の男がそう言った。

「・・・・って・・・」

言葉にならなかった。
ただ、
走りすぎて息切れしていた。

「彼女が運び込まれたのが早くとも遅くとも・・・結果は現状だったでしょう」

荒い息遣いの中、
病室の・・・
その集中治療室の・・・ベッドを見る。

「・・・・」

多くの管に巻かれ、
血に撒かれ、
本当に治療したのか?と言いたくなるような無残な姿で彼女は横たわっていた。

「・・・・あっ・・・の・・・・」

「旦那と喧嘩したようですね。いや、話では喧嘩といえるほど生易しいものではなかったと。
 ・・・・・旦那は無理心中をしようとしたそうです。嫌がる彼女とね」

殺される!
・・・・
そう叫んだ昨日の彼女の言葉が頭をめぐった。
こうなると分かっていた。
それでも自分は見捨てた。

「旦那さんは死亡しました。彼女も旦那に傷を付けられた跡が体中にありましたが、
 現場の状況からいって彼女は2階から飛び降りて逃げ延びただろうと・・・」

愛の極地。
心中。
愛の力。
なんだそれは。
強大すぎる。
それは一人の人間をここまで追い詰めるのか?

「・・・・・そんな事は・・・」

そんなことはいい。
そういいたかったが、
言葉にならなかった。

「・・・たす・・・かる・・・・・」

「助かる方法ですか?そうですね。確かに彼女はまだ生きています」

院長であるヴァレンタインという医師は横たわる彼女を見ながら話す。

「だが、見ての通りの損傷です。旦那に付けられただろう傷はなんとかなります。
 ですが落下の仕方が悪かったのでしょう。損傷した体で落下した事から最悪になりました。
 見ての通り左半身がグシャグシャです。この病院の力を持ってしても復元は不可能・・・」

シシオはその院長に掴みかかった。

「・・・・なんっ・・・とかっ!・・・・」

相変わらず言葉は苦手だ。
だが、
心が先に出た。
助けたい。
見捨てたのに?
見殺しにしたのに?

・・・・
簡単な話だ。
失って分かるというよくある話。
そして・・・

彼女を好きだったから。
それ以上に彼女を失う恐怖から。

愛の力は強大過ぎる。
命の価値は尊過ぎる。

一人の人間を・・・・ここまで駆り立てる。

「わずかな可能性にかけるなら・・・」

院長はシシオに掴まれたまま言った。

「言い方は悪いですが・・・補給ですね」

「・・・?」

「血液が足りない。体の代わりも必要。正直それを持ってしても助かる可能性はわずか。
 そのわずかな可能性のために尊いそういった代用品を使うわけにはいかないのです」

「・・・!?」

何を言っているんだ・・・
命だ。
可能性が少なくたって命だ。
助かる可能性があるならそれは試すべき。

「あなたの思っている事は分かります。僕はこれでも医師ですからね。
 ですが・・・わずかな可能性は捨てます。何故ならそれらの代用品は貴重だからです。
 彼女の代わりに多くの命を救うために使えるからです。
 僕は医者です。一人でも。一人でも多くの命を救うためにここにいる」

「・・・・くっ・・・ぅ・・・・」

「一つの命より二つの命。100の命より1000の命。
 それが僕の考え方で、医者の考え方で、この世の正論なのです」

軽く笑うその院長を突き放すシシオ。
言いたいことは分かる。
分かる。
正論。
正論だ。
多くの命が助かるべきだ。
どっちにしろ死ぬだろう彼女のために他の多くの可能性を無碍には・・・・・




                    「シシオって凄いよね!」

彼女の、
彼女の声が聞こえた。
記憶。
記憶だ。

過去の、
幼き頃の。

                    「本当なんでも持ってるよね?ポケットどうなってるのよ」

まだ純粋で、
純心で。
幼馴染の彼女。
まだ、
元気だったあの頃の。

                    「アハハッ!もしかして4次元にでも繋がってるとか?
                     ねーねー、お菓子出してよお菓子!・・あはっ!やっぱりあるんだ!」

無垢で、
笑顔が心地よくて。

                    「ねぇシシオ」

そして何より。

                    「いつかそのポケットから私のために一番大事なものを出してよ」

何より大事だった彼女。
そうだ。
約束した。
彼女のために、
自分は・・・・
どんなものでも与えよう。





「・・・・・」

シシオは・・・剣を抜いた。

「・・・どうしました?・・・・ひひ・・・実力行使ですか?知りません。僕にも意地があります。
 僕は正しい。そして一つでも多くの命を助けるために力には屈しません」

「・・・・いや・・・・」

「・・・・何を!?」


病室に鮮血が舞った。
血が吹きしぶいた。
その血は慢心相違で寝ている彼女の顔にもかかっただろう。
ただ、
痛みは心で感じなかった。

「・・・・・これを・・・」

使え。
そう、
そう言いながらシシオは右手を差し出した。
右手を・・・
右手を・・・・
切り取った左腕を握った右手を。

「信じられない・・・・」

ヴァレンタイン院長は我が目を疑った。
だが、
シシオはただ手を差し出した。
右手の中で、
さきほどまで自分のものだった左腕がドクドクと鼓動をうつ。
血がどぼどぼと零れている。
右手の上の左腕から。
そして、
自分の左腕の付け根だったところから。

「・・・・まさか・・・自分の腕を切り落とすとは・・・」

「・・・はやっ・・・く・・・」

「くっ!」

ヴァレンタインはシシオから腕を受け取り、
台座の上に置いた。
そしてWISオーブを取り出した。

「クロエ!チャラ!急いでこっちに来い!オペをするぞ!
 クロエは消毒して隣の手術室で待っていろ!
 チャラは止血用具を持ってこの部屋にいる馬鹿を治療しろ」

ドサりと倒れた。
シシオの大きい体は、
病室に倒れた。
血が出すぎた。
それはそうだ。
腕を切り落としたのだから。
意識が朦朧と・・・
いや・・・・















目を覚ましたのは2日後だった。
病室に寝転がっていた。

左腕?
それが無いから状況を思い出した。
自分の左腕。
付け根から包帯が撒いてある。
体を一周するようにグルグルと。

どうやら自分は生き延びたようだった。


「目覚めたようですね」

ナースが入ってきた。
怖かった。
怖かった。
それはつまり、
そのナースは結果を持ってきているだろうから。

「手術の結果ですが・・・・・」

聞いた。
聞いた。
・・・・。
悔しくて・・・・涙がこぼれた。
前髪に隠れた目。
だが、
こぼれる涙は隠しようが無かった。

「貴方の腕は他の患者に回される事になりました。
 彼女はともかく、あなたの腕は他の一つの命の糧となりました」

ナースは、
シシオの横に金音のなる小袋を置いた。

「その腕の代金です。病院からと・・・ドナー本人からの感謝金です。・・・では・・・」

ナースは出て行った。
シシオは部屋に残された。
目が覚めた場所。
そこに残されていたのは・・・・

自分の無力さだけだった。

「・・・・く・・・そ・・・・・」

シシオは俯いた。

「クソッ!!!」

金を払いのけた。
右腕で。
金は小袋からこぼれ、
病室の床に散らばった。

「・・・う・・・・・」

愛の力は強大過ぎる。
命の価値は尊過ぎる。

・・・。
ここはどこだ?
病院だ。
病院はどこだ?
・・・・お金を払い、命を買う場所だ。

・・・・。
なのになんだ。
今の状況はなんだ。

彼女を失い、
腕を失い、
残ったのはこの大金だけだ。

自分は・・・・・

命を払い、金を買っただけだった。

「・・・・・・・」

まだ、
諦めきれない気持ち。
悔しさ。
それは・・・
何故取り返しがつかなくなっても沸いてくるんだ。
こんな感情・・・沸いてきてももう無駄なのに。


・・・・・・。

愛は・・・・

強すぎる。







俺は・・・・


彼女が好きだった・・・・














彼女の名前はなんだったっけ・・・・





















-----------------------------------------
















「どうした。片腕の男」
「どうした。片腕の人間」

「・・・・どうも・・・・」

していない・・・・。
その言葉は小さく消える。
頭を振った。
振り払う。

「一人の男は分からないな」
「一人の人間は分からないね」
「僕達は二人だから分かり合えるねイブジュリエット」
「私達は二人だから理解し合えるわアダムロミオ」
「愛し合ってるから相手の心が分かる」
「自分が分からなくても相手が分かってくれる」
「それが愛の力」
「これが恋の魔法」

手を繋いだ二人の天使は爽快な笑顔で言った。

馬鹿な。
相手の心?
そんなもの・・・
超能力でもない限り分からない。

「・・・・・兵器の・・・」

過信・・・だ・・・。
兵器の過信。
愛の力は強過ぎる。
それは・・・盲目。
愛は盲目で、神を信じる事もまた・・・
相手を必要以上に信じることは、
それはまた、小さくも大きくもすれ違いが起きたときと亀裂の大きさを分かっていない。

「・・・・・・・・」

いや、
それでも相手のためにという心。
相手を信じる心。
それは・・・・
正直羨ましかった。

「でも・・・・」

シシオは、
ボソボソと言いながら刀を構えた。
長身にスーツ。
カラッポの左袖はブラブラと揺れ、
右腕は斜めに剣を構えた。
"ト"の字のように。
いや、"人"の字のように。

「愛が・・・あれば・・・」

ボソボソと言う。
聞き取りづらい。

「ん?なんだ人間」
「愛があればなんだ」

「なんでも・・・」

ボソボソと伝える。

「していいってわけじゃ・・・・」

・・・・・・・・ない。

刀を握る手に力がこもる。
そう。
それだけだ。
"筋"が通ってない。
愛があればそれは正論なのか?
愛があればやることは否定されないのか?
それは二人だけの我侭だ。
彼女の・・・彼女の旦那がしたように。
愛があれば、なんでもしていいのか?
彼女を殺そうとしていいのか?
逆に・・・・裏切っても・・・

「馬鹿だなぁ人間」
「馬鹿ね、人間」
「愛の力は偉大だよ」
「恋の力は人間にも分かる宝物でしょ?」
「愛を何よりも優先しようよ」
「恋という理由があればそれは無敵よ」

この二人の天使の行動。
それは帝国に通じる行動。
それはすなわち・・・人を苦しめる筋違いの行動。
それはすわわち・・・力に溺れた筋違いの行動。
なのに、

「愛・・・如き・・・・」

そんな理由で依然堂々。
神でありながらそんな理由だけで立ちふさがっているのか。
ふざけるな。
ふざけなるよ。

「許せ・・・ん・・・」

「えー?彼なんだってアダムロミオ」
「さー?彼なんだってイブジュリエット」
「許さない?」
「許す許さないの権限が君にあるのかなぁ?」
「愛を知らない若造なのにね」
「人間が神に審判を下すっていうのかな」
「くだらないね」
「許せないね」
「愛如きと侮辱したのも許せないね」
「神と愛。両方を冒涜したね」
「異端者ね」
「異端者だ」
「私は恋を司る神イブジュリエット」
「僕は愛を司る神アダムロミオ」
「下級神だが」
「貴方の行いは黙っていられない」

二人の天使は、
顔が本気になる。
手を繋ぐのをやめ、
鏡に映ったように二人で構えた。

「愛・・・神?・・・・」

シシオは・・・笑った。
目は神に隠れていても、
口元の笑みは隠れようがなかった。

「なら・・・ちゃんと見届けて・・・」

くれたのか?
ちゃんと見届けてくれたのか?

「人間の・・・愛・・・」

を・・・
彼女を。
彼女と旦那の愛を。
すれちがってしまった愛を。

「馬鹿がいるわアダムロミオ」
「阿呆がいるねイブジュリエット」
「人間って何匹いると思ってるのよ」
「キリないんだよね」
「なんで関係ない愛を見届けなきゃいけないのよ」
「たとえば・・・・・・君達がゴキブリの愛をちゃんと見届けるかな?」

その言葉は・・・
シシオを怒らすに十分だった。

「でも僕達自体は愛し合っている」
「私達の恋の物語」
「それは最強で」
「それは不滅」
「愛は宝物。それ以上に優先すべきものはない」
「ドラマってものがあるんでしょ?それと同じ」
「自分達の愛を優先するのが一番嬉しいだろ?」
「そういう事。自分達の愛が・・・一番可愛い。それ以外はない!」

「ふざけるな!!!」

シシオが突っ込む。
走る。
右腕を横に、
刀を横に構えたまま走る。

「・・・・何が・・・・」

神だ。
自分達がよければそれでいい。
それの何が神だ。
それで神を名乗るな。
それで人間に主従を求めるな。

「死ね・・・・・」

シシオは走りながら、
刀を横に構えながら、
ぐるりと回った。
横に、
一回転。
長身のシシオ。
半径の大きな円を描く。

「ルナ・・・スラッシュ」

それは満月。
満月の軌道。
長身のシシオの体をフルに利用した、
ルナスラッシュ。

「ほぉ」
「へぇ」

アダムロミオとイブジュリエット。
彼らはそれぞれ別々に後方へと避けた。

「美しく鋭い円形の剣撃だね」
「ルナスラッシュとはよく言ったものね」
「彼の長身と刀の長さからいって、射程は3mくらいになるんじゃないかな」
「たしかに剣なのに射程って呼びたくなるね。半径3mの剣撃だものね」
「だけど、当たらなければ意味ないさ」
「そうね。当たらなければ大振りの扇風機ね」

ゴチャゴチャとしゃべる二人の天使。
・・・いや、
気づくと。

「・・・・」

挟まれていた。
シシオの右方面にアダムロミオ。
シシオの左方面にイブジュリエット。
避けただけでなく、
そのまま挟み撃ちになるように回り込まれていた。

「これが僕らの戦い方さ」
「赤い糸の陣・・・とでもいいましょうか」

センスの無い名前の立ち位置。
90度右にアダムロミオ。
90度左にイブジュリエット。
完璧に挟まれる形。
二人の天使の中点にシシオがいる。

「この形に持っていったら君に勝ち目はないよ」
「私達は確かに弱い天使かもしれないけど、この形にして負けた事はない」
「っていってももともと戦いなんて好きじゃないけどね」
「争いなんて私達大嫌いだものね」
「ラブ・イズ・ピース」
「ラブ・アンド・ピース」
「だけど愛の力は絶大さ」
「恋は無敵よね」
「君は僕らを結ぶ赤い糸の中心で死ぬんだ」
「恋の中心で泣き叫ぶがいいわ人間」

「・・・・・・」

シシオは黙って、
そして動揺もしていなかった。
ただ、
刀を構えて微塵も動かず。

「来い・・・」

フォーメーションはあえて崩さない。
挟まれているが、
それで受けて立つ。

「まとめて・・・・」

かかってこい。
逆にシシオはそう言った。
挑戦的に。
だが・・・・

「おっと」
「私達を馬鹿だと思ってるでしょ」

左と右で、
アダムロミオとイブジュリエットは笑った。

「神をなめるなよ人間」
「あなたのような人間よりは知能が優れているのよ」
「このまま同時に攻めたら君の思う壺」
「それが貴方の狙い」

怪しく笑いながら、
冷静に二人の天使は言った。

「君のルナスラッシュの範囲は大きい」
「いえ、範囲よりぐるりと回る軌道がやっかい」
「鋭く」
「回る」
「その攻撃」
「同時にいったら一撃で二人葬る事もできる。そうでしょ?」

「・・・・・・」

返事はしなかった。
しなかったが・・・
図星だった。
それこそシシオの得意点。
自分を中心に円を描く剣の軌道。
回転斬りと言うと分かりやすいその剣撃。
逆方向から2人こようとも、
同時に、
刹那に、
2人斬り落とす事は・・・可能。

「馬鹿にするな」
「神をなめないでね」
「低脳など超越してるんだよ」
「全ての上に立つのが神族よ」
「そして」
「あなたは勘違いしている」
「僕らの戦い方は二人で同時に攻める事じゃない」
「挟み撃ちであって挟み撃ちではない」
「今から見せてあげようよイブジュリエット」
「そうね。死んじゃうけどね。アダムロミオ」

そして・・・・

「僕から行くよ!」

アダムロミオが、
右方向から一人攻めてきた。
片手にクシュロンナックル。
アダムロミオがシシオに突っ込んでくる。

「愛にひれ伏せ!」

クシュロンナックルを突き出してくる。

「・・・・・甘い・・・」

シシオはそれを堂々と剣で受けた。
受けて、
弾く。
弾いて、
回る。

「・・・ルナ・・・」

ルナスラッシュ。
剣で相手の攻撃を弾いた反動。
その反動で体をぐるりとひねり一回転。
そのまま円形の軌道。
ルナスラッシュ。

「・・・・散れ・・・・」

アダムロミオは攻撃を弾かれて体勢を崩している。
一方。
弾いた勢いを逆に攻撃に利用したシシオ。
シシオの攻撃は、
アダムロミオに当たるべくして当たるしかない。
決まった。
ハッキリ・・・そう思った。
が、

「!?」

剣は空を切った。
虚しく。
確実に捕らえたはずだ。
避ける動作を見られない。
なのに何故・・・
何故・・・

目の前にアダムロミオがいない。

「あはは」
「うふふ」

背後から声。
シシオは咄嗟に振り向くと、
そこでは二人の天使。
アダムロミオとイブジュリエットが仲良く手を取り合っていた。

「驚いたかい?」
「そりゃ驚いたよね」
「居なくなったんだもんね」
「瞬間移動したもんね」

二人の天使は手を離し、
踊るように二手に分かれた。

「なんで僕が居なくなったか分かる?」
「なんでアダムロミオが私のところに居たか分かる?」
「それは愛の力さ」
「それは赤い糸なのよ」

二手に分かれながら、
そのまままた同じフォーメーション。
二人でシシオを挟む。

「・・・・愛・・・・だと・・・・」

シシオは身構える。
二人の天使はクスクスと笑う。

「愛さ」
「恋よ」
「君らの世界にも伝わってるだろ?」
「道具に力を封じ込めた形でね」
「分かる?」
「分かるよね」
「ラブラブさ」
「ラブラブよ」

ラブラブ。
それは・・・
一つのスキル名だ。
結婚指輪をする事で、既婚者同士はお互いの位置にワープできるスキル。

「どんなに離れていても」
「どんな壁に阻まれても」
「愛さえあれば君のところへ」
「恋を思えば貴方のところへ」
「これが愛の力」
「これが恋の力」

イブジュリエットが突っ込んできた。
走りこんでくる。

「貴方は勝てない」

クシュロンナックルを構えて突っ込んでくる。

「くっ・・・」

迎え撃つしなかない。
剣を構える。

「どんな者も・・・愛には及ばないもの」

シシオはイブジュリエットに向かって刀を振り切った。
だが、
やはりそれは空を切った。
斬ったところ。
そこにはすでにイブジュリエットはいなかった。

「赤い糸の力よ」
「僕らはお互いのところに好きなときにワープできる」

二人はまた同じところで手を繋いでいた。
その手を離し、
また二手に分かれる。
シシオを挟むべく。

「だから私達に攻撃は当たらないの」
「当たると思ったらラブラブでワープする」
「愛の力で彼のもとへ」
「思うだけで彼女のもとへ」
「ああ・・・愛って素晴らしいわね」
「これが愛の極限なんだね・・・」

そうして、
また彼らはシシオを挟んだ。

「つまり君は絶対に勝てない」
「私達は絶対に負けない」

そのままの通りだった。
たしかに、
彼ら自身が強い証明ではない。
彼らが勝てる証明ではない。
ただ、
攻撃は当たらないのだから、
シシオは・・・・絶対に勝てない。

「なら・・・・」

挟まれたシシオ。
次に飛び掛ってくるのはどっちだ?
いや、
関係ない。
だからこそ「なら・・・」

「こっちから・・・・」

こっちから行ってやる。
シシオは逆に自分から突っ込んだ。
どちらに?
それはどちらでもいい。
アダムロミオの方へ。

「ハハッ・・・別に僕らから攻めようが君から攻めようが関係ないんだよ」

アダムロミオは堂々と笑った。

「僕らは好きなときに好きなあの子のところへ行けるのさ」

「黙れ・・・」

シシオは思い切り、
走りながら剣を振った。
ルナスラッシュ。
得意の。
自慢のルナスラッシュ。
そして、
それはやはり三度目の空振りとなった。

「あははは!ヘタクソ!僕はもうそこに居ないよ!」
「ふふ、アダムロミオはもう私のもとへ」

ラブラブでワープしたアダムロミオ。
そして彼らは手を繋ぎ・・・・・

「えっ?」
「あっ・・・・」

指が・・・・
指が・・・・

10本宙に舞った。

アダムロミオの右手の指が5本。
イブジュリエットの左手の指が5本。
計10本。
それは虚しく宙を舞った。

「うわっ!」
「いやあああああ!!!」

アダムロミオとイブジュリエットはそれぞれ指の無くなった手を押さえて屈みこんだ。

「痛いっ!痛いよ!」
「どうして・・・どうして!?」

アダムロミオとイブジュリエットが顔をあげる。
視線を上げる。
そして・・・・シシオ。
シシオは居た。
もちろん・・・
さきほどアブムロミオが居たところに。
遠いそこに。
だが、
こちらに剣を振り切った状態だった。

「・・・甘い・・・よ・・・・」

シシオはその距離の先でそう言った。

「飛び道具は・・・ある・・・・」

シシオは、
静かに、
こんな距離で聞こえるのかという静かな声で言った。

飛び道具。
つまりそれは・・・・パワーセイバー。

「できないと思っ・・・」

思ったか?
そう言ったのだろう。
そう言ったのだ。
そして、
彼はパワーセイバーを習得していた。

「・・・無様にだけど・・・」

そう、
習得していたと言っても、
完璧にではない。
せいぜいこの距離では指を切るくらいしかできない。
それくらいまだ熟練度(スキルレベル)の低い出来だった。
だが、
それは当たった。

「くそぉおお!」
「これじゃぁ・・・これじゃぁ・・・」
「イブジュリエット!」
「アダムロミオ!」
「君と手を繋げない!」
「貴方と手を繋げない!」
「なんてことを・・・」
「なんてことをしてくれたの!」

「指くらいで・・・」

なんだ。
指くらいでなんだ。
シシオは、
飛び出した。
走る。
アダムロミオとイブジュリエットに向かって。

「同じとこなら・・・」

同じところにいるうちなら、
ラブラブの効果なんてない。
お互いの位置にワープするスキルなのだから。
だから、
シシオは走る。

「来るわアダムロミオ!」
「どうするイブジュリエット!」

ラブラブの効果を使うためにはお互いが離れなければ。
だが、
威力が薄かろうがシシオに飛び道具があることが分かった。
なら・・・
ならむしろラブラブは不利。
ワープしようが・・・
そこを狙われる。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

シシオが向かってくる。
だが、
二人の天使は動かなかった。
いや、
むしろ・・・・

「アダムロミオ・・・」
「イブジュリエット・・・」

抱き合った。

「やはり私達は弱いわね」
「飛び道具があるだけでこれだもんね」
「平和を愛してるからね」
「愛に生きているからだろうね」
「ラブ・アンド・ピース」
「ラブ・イズ・ピース」

抱き合ったまま、
シシオの方さえ見なかった。

「いや、弱くないよイブジュリエット」
「そうねアダムロミオ」
「だって僕らはこうして二人で抱き合っている」
「死を覚悟する強さを持っている」
「二人なら怖くない」
「二人なら何も怖くない」
「愛は無敵」
「恋は絶対」

諦めた・・・という事だろう。
だが、
シシオは走り寄りながら、
ぼやく。

「死を覚悟・・・」

死を覚悟だって?
そんなもの・・・
幻想だ。

愛の力は強過ぎる。
命の価値さえ・・・ぼやかせる。
それがいけない。
それが・・・それが彼女を殺した。

「病める時も」
「健やかな時も・・・」
「生ける時も」
「死に急ぐ時も・・・」
「成せる時も」
「落ちぶれた時も・・」
「結び目が」
「ほどけるまで・・」

二人の天使は、
抱き合ったまま言い始めた。

「病める時も」
「健やかな時も・・・」
「生ける時も」
「死に急ぐ時も・・・」
「成せる時も」
「落ちぶれた時も・・」
「死が」
「二人を」
「「分かつまで」」

そして、
シシオは剣を振り切った。
大きく、
大きく振り切った。

赤い血が、
人間のものより透き通った聖なる血が、

赤く赤く舞った。

「・・・・・・・」

シシオは剣を振り切った視界の前、
男の天使と、
女の天使。

二人が倒れていた。

「はは・・・」
「なんで首を落とさなかったの」
「迷ったのかい?」
「斬れなかったの?」

口から血を零しながら、
体に大きすぎる斬り傷を残しながら、
二人の天使は地に転がって笑った。

「いえ、やはり愛の力ねアダムロミオ」
「そうだねイブジュリエット」
「愛の力よ」
「愛の力だね」

アダムロミオとイブジュリエットは、
血だらけで転がったまま、
また抱き合った。

「君の勝ちだ人間」
「だけど私達の勝ちね」
「ああ・・・なんで君はそんなに愛しいんだイブジュリエット・・・」
「ああ・・・・アダムロミオ・・・あなたはどうしてアダムロミオなの・・・・」

そうして・・・・
彼らは目を瞑り、

一度だけ輝いて・・・・・・消え去った。
跡形も無く。

「・・・・・・」

そこには・・・
シシオだけが残った。

「・・・・・・死んだのか・・・・」

なんとも・・・・
後味が悪かった。
愛する天使を殺した。
愛に溺れる者を。

それは間違っていたはずだ。
彼らは間違っていたから自分の前に立ちはだかった。
間違っていない。
自分は"筋"が通っていた。
通っていたはずだ。

「・・・・・・・・」

後悔なんてない。
ないさ。
後悔しないがため、
リュウにそう言われていたのだから。
"筋を通せ"と。
自分の信じた筋を通せば、
後悔なんて産まれるはずも無く、
迷いも生まれるはずがないのだから。

「・・・・愛・・・・・」

それは・・・・間違っていたのか?
彼らのソレだけは本物だった。
行き過ぎていたが、
行き過ぎる事に問題はないはずだ。

いや、
死を望む段階で・・・・
それはもう・・・・・


「・・・・・・いいんだ・・・・」


もういいんだ。
終わった事だ。
全て。
今回の戦いも。
そして、
彼女の事も。
終わった事だ。

終わった・・・・・。


「・・・・・・・・!?」


シシオはふと、
突然に、
頭に何かがよみがえり、
そして・・・

「・・・はは・・・・」

その記憶で・・・

「あは・・・あはははは!!」

おかして笑った。
突然ふと蘇ったパズルの1ピース。
それを思い出すと、
おかしく笑った。
おかしくて、
おかしてく、
おかしくなったように笑った。

「はは・・・なんの・・・」

なんの冗談だこれは。

笑える。
笑った。
顔を覆って、
頭を抱えて、
涙を零して、
とにかく、
おかしくておかしくて、
あまりに笑える話で・・・・

「そうだ・・・」

彼女の名前。
思い出した。
そうだった。

なんの冗談だ。
なんの皮肉だ。

彼女の名前は・・・・


「・・・・"アイ"・・・・・俺は・・・俺は・・・・・・」


悲しくて
おかしくて、

もう、

後悔は、
後からくる悔しさでしかなくて、
どうしようもなくて、




愛は強過ぎて・・・


命の勝ちは尊すぎて・・・・・








失ったモノは大き過ぎて・・・・・・

































                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送