「やらねぇってんだからほっときゃいいんじゃないですかい?」

トラジが言う。
その通りだ。
目の前の氷の台座に転がる男。
それは天使で、
名前はネオガブリエルで、
ガブちゃんと呼んで欲しいらしくて、
上半身裸で、
そこから白く大きな翼が生えてて、
ところどころが刺青で、
胸には"R・I・P(やすらかに眠れ)"と刻んであって、
耳にはシンプルな丸型のピアスで、
んで手には・・・・

「・・・・・ふぅ〜・・・やっぱ下界の煙草はうめぇ〜・・・・」

煙草を持ってスパスパ吸っていた。

「一つ言っていいか・・・」

ドジャーは頭痛そうに抱えながら言う。

「万が一、億が一、兆が一・・・・神様なんてもんを俺が認めるとしよう・・・・
 だとしても、だとしてもだクソ・・・・・こんな奴が神様とか認めねぇ!」

ドジャーがネオガブリエルを指差し言う。
その通りだ。
こんなガラの悪い、
怠惰的な神様。
こんなもん拝む価値すらない。
だが、
そんな事を言われたところでネオガブリエルは、
台座に寝転がりながらダルそうな目で煙草を吸ってるだけだ。

「神様じゃねぇよ」

ダルそうに言うネオガブリエル。

「天使。エンジェルね」

タバコの煙を噴出しながら、
棒読みのように言う。
なんだこいつ。

「神様でも天使でもどっちでもいいっての!」
「どう違うのよ」

「別に、この場合呼び方だけ」

妙なこだわりだ。
だが、
猛烈にこだわっている感じはしない。
ただ、
ダルそうに、
なんかのきまぐれのように、
コタツに入りながらふと言っただけのように、
ただそう言っただけ。
無関心の極地。
"人生とか世界とかマジどうでもいー・・・"・・・とか言い出しそうだ。
こういうのを本当の意味で"堕天使"というのだろう。

「あの・・・・ガブちゃんさん」

ちゃんにさんを付けるのはどうだろう。

「んあ?んだよ・・・」

ダルそうに返事する。
なにもかもが面倒くさそうだ。

「つまり貴方は敵だけど・・・ここは素通りしていいと?」

「さっきからそう言ってんだろ?2回言うのダリぃよ。マジだりぃ。ハンパねぇ」

ネオガブリエルはごろんと寝返りをうつ。
こちらに背中を向ける。
本当に完全に相手したくなさそうだ。

「やっぱそう言ってるわけでさぁ。ほっときやしょうや」
「カッ、信用できねぇな。こーいうのが一番信用できねぇ。
 俺らを素通りさせといて後ろからザクッ!ってなもんもありえるぜ」

「ねぇーよバぁ〜〜〜〜っカ」

後ろ向いて寝転んだまま、
ネオガブリエルは間延びした声で言う。
今のセリフは・・・

「て・・・このっ・・・・」

ドジャーの血管を2・3本破裂させ、
堪忍袋に爆弾をつめて爆発させたようなものだった。

「なめやがってこのっ!」
「だぁー!ドジャーさん落ち着いて!」
「無闇に戦闘おこさないでよ!」
「これが落ち着いてられ!られ!この野郎!!」

呂律が回ってない。
まぁ、
こんな風に言われればムカツくのも分かるが・・・・。
まぁキレにキレて怒りが頂点に達しているドジャーに対し、
ネオガブリエルは寝転がってタバコをのんきに吸ってるだけだった。

「シシオ!旦那を止めろ!」
「・・・・・・はい・・・」

シシオが片手でドジャーの背中を掴み、
吊り上げる。

「こらっ!このっ!はなせ!はーーなーーせーーー!!」

ツバメの代わり、
ドジャーもシシオの手にぶら下げられてジタバタジタバタ。
「はなせはなせ」と叫びながら、
ジタバタとあがく。
子供のように。

「便利な人ね・・・」
「シシオさんいると普段から楽そうです・・・」
「ははっ!一家に一台ってねぇ!最強の便利屋さんって言っても過言じゃないからねぇ!
 小さな事から野喧嘩(ヤゴロ)の始末まで、シシオはなんでもこなすよ!」
「ツバメ・・・お前のせいでシシオが役に立ってんだ・・・お前も普段から自重しなせぇ・・・」
「ハハハッ!お呼びでないよ!お呼びでないよ!」

訳の分からん事を言いながらツバメは笑う。
どうやらドジャーがブラブラジタバタしてるのが楽しいらしい。

「とりあえず進みましょ・・・・あっちにまた扉があるわ」

マリナが言い、指をさす。
その先。
この部屋。
この部屋の入り口の他に、もう一つ扉があった。
つまり、
どこかに繋がる扉。

「あれならこの部屋の外の信者達と出会わずに移動できそうでさぁな」
「どこに繋がってるかは分かりませんけどね」
「行きゃ分かるってもんだよ!」

まぁ選択肢はない。
その扉。
新たな扉。
そちらに行く以外に選択肢がないのだから。

「だからこそ罠って可能性も大きいですけどね」
「考えても仕方ないわよ」
「そうでさぁ。この陳腐な部屋に怠惰天使と一緒に居ても何も始まりやせん」

少し視線を変える。
ネオガブリエルへ。
だが、
こちらに視線さえも持ってこない。
本当にアレックス達の事などどうでもいいようだ。

「いや、一応聞いてみます」
「え?」
「あの怠惰天使にですかい?」
「はい。ここは敵の本拠地で敵の巣の中。四方八方どこへ行けばいいかも分からないんです。
 情報はあるに越した事はありません。いや、ないとどうしようもないんです」

アレックスは台座の上に寝転がるネオガブリエルに近づく。

「お、おいアレックス!」

ドジャーがシシオの手からズテンと落ち、
アレックスに呼びかける。

「無駄だって!そいつの反応みただろが!クソ憎たらしいだけでなんも聞き出せねぇよ!」
「大丈夫です」
「なんだその自信は」
「フフッ・・・・僕だって伊達に怠け者界のエリート戦士じゃありませんよ!」
「・・・・・・・威張んな・・・」
「まぁ目には目を。怠け者の心は怠け者がよく知ってます」

その姿はある種神々しかった。
なんだその自信。
お前はそんなにも自分の堕落に自信があるのか。

「ガブちゃんさん」

「あー?」

ダルそうにネオガブリエルは答える。
ぐーたら天使は、
敵意もなく、
ただ協力する気もなく、
ただ自己の世界で生気もなく。

「いろいろ教えて欲しい事があるんですけど」

「やーーだ」

煙を吐きながら当たり前のように言い捨てる。
その様は憎たらしさ満点だ。
これが天使?
これが神?
悪魔としても可愛げがない。

「おいおい・・・」
「大丈夫なんですかい?」

他の者の心配をよそに、
アレックスは言葉を続ける。

「フフッ、でも教えてくれないと僕らは進みにくいんです。どうしても教えて欲しい。
 ・・っていうか教えてくれないとガブちゃんさんの満喫タイムを邪魔します。それはいやでしょう?」

「あー?」

1mmの動揺も見せず、
1mmも表情を変えず、
1mmも自慢ではない翼を動かさず、
ネオガブリエルは煙を吐き捨てる。

「ダリィ。なんかそーいうの考えるのもダッリィ。メンドくせぇー」

ごろんと寝返りをうつ。
天使の羽が舞い落ちる様は美しかったが、
全く美しくない思考回路を持つ男だ。

「俺、取引とかどーでもいー。興味ねー。欲しいもんもねぇー。
 俺ぁタバコとただ流れる無駄な時間と、寝転がれる1畳半のスペースさえあればいー」

クズだ。
クズすぎる。
ニートを超えている。
堕落の神。
世界一迷惑にならないカスだ。
天使として恥ずかしくないのか。
いや、
生物として恥ずかしくないのか。

「このっ!クズ天使!てめぇっそんなんで恥ずかしくねぇのか!」

ドジャーに言われたらお終いだが、

「別にー。羞恥心とか湧くのさえダリィー」

それ以上の男だった。
感情さえ出すのもダルい。
どれだけ怠け者なのだ。
怠慢の神。
怠惰の神。
怠け神。

「てめぇ!ちょっとそのままで居やがれ!俺がその羽引きちぎってやる!
 寝転がってるだけの天使にいらねぇだろそんなもん!
 こんな死んだ魚みてぇな目ぇしてるやつが神とか名乗るが気に食わねぇ!
 翼を剥いで、油に突っ込んで神様の天ぷらを作ってやる!!ちょっとそこになおれ!」
「ちょっとドジャー!」
「落ち着いてくんなせぇや・・・」

まぁ、
気持ちは分かる。
誰にも迷惑かけれてるわけではないが、
ここまで無気力感を目の前で見せられると、
呆れを通り越して他のものまで沸いてくる。

「それが聞きたかったんですよガブちゃんさん」

「あー?」

アレックスはフフッと小さく笑った。
勝利の笑みのようなもの。
自信の笑み。

「欲のない人ほど欲の対象ってものは絞られてきます。僕にとって食事がそうなのように。
 怠け者仲間としてあなたは僕と同じ感性があると確信しました」

「欲のない人ほど〜〜まで聞いたー」

「・・・・・」

ちゃんと最後まで聞け。
人の言葉を聞こうという気さえ起きないのかこの天使は・・・。
ダメだ。
人間ではないが、
根っからのダメ人間だ。

「ま、まぁとにかくこちらにも考えがあるって事です。・・・シシオさん」
「・・・・・・・?・・・」

突然アレックスはシシオを呼んだ。
シシオは首をかしげていたが、
アレックスは続ける。

「タバコ出してください。銘柄は"ジョーカーポーク"」
「あん?」
「何言ってるのアレックス君」
「いきなりタバコってなんだよ」
「・・・・・・はい・・これ・・・・・」
「お前も持ってるなよ・・・」

シシオは言われたものを取り出した。
タバコがあるだけではなく、
特定の銘柄まで出てくるのはもう、
シシオの懐は四次元に繋がってるとしか思えなかった。
そして・・・

「反応しましたねガブちゃんさん」

「・・・・・・」

タバコが出てくると、
ネオガブリエルは寝転がった状態にまま、
わずかにピクッと反応した。

「フフッ・・・」

アレックスはタバコを手に持ち笑い、
得意げに言う。

「最初、あなたは"下界の煙草は美味い"と言ってました。
 そしてさっき、自分に必要なものとしてタバコの名をあげました。
 あなたのタバコ好きは明らかです。怠慢でも、タバコを選びたい気持ちがあるのも聞き取れます」

「・・・・・・」

アレックスは、
シシオから受け取ったタバコを掲げる。

「"銘柄ジョーカーポーク"。このタバコはマイソシアでも限定中の限定品です!
 ジョーカーポークのように異常なまでに煙が発生することから副流煙が問題になり生産中止。
 タールも重く、臭いも非喫煙者からの苦情が多く、生産中止後は絶滅種と言われるほど入手困難!
 だが、その濃くのあるノド越しで、マニアの間では未だ人気は不滅!
 取引局(オークション)では高値で取引されることもザラだというレアタバコ!」
「詳しいね・・・」
「タバコに興味あったっけ・・・」
「いや・・・前メッツを上手く言いくるめるのに似たような事してやがった・・・」
「ってかよくシシオがそんなん持ってたってなもんで・・・」
「ともかく!」

アレックスは偉そうにタバコを掲げながら続ける。

「これが欲しかったら洗いざい話してもらいますよ!」

バーン!という効果音が付きそうだ。
威風堂々。
そして当のネオガブリエルは・・・・

「・・・・・」

寝転がったまま、
顔だけこちらを向き、
その目は・・・・・

「・・・・・・・・ハンパねぇ・・・」

物欲しそうにキラキラと輝いていた。
美しい。
純粋で無垢。
これぞ天使の眼差し。
ただ純粋に、
そのタバコが欲しいと、
心から願う純白なる天使の眼差し。
いや、
子猫のような眼差しだった。

「・・・・・・しゃぁーねぇーな。ダリぃけど教えてやんよ」

「本当ですか?」

「聞き返すなダリィ。神に誓ってやるよ」

「・・・・・・・ただの自己決断じゃないですか」

神が神に誓ってどうする。
だがアレックスの言葉に、いちいち反応もせず、
ネオガブリエルは寝転がっていた体勢をやめ、
氷の台座の上にあぐらをかいた。

「んで・・・何教えて欲しい」

ポリポリと面倒くさそうにきくネオガブリエル。
神は怠慢だ。

「カカッ、まず最重要。ヨハネのいる場所にはどういけばいい」

「まず?・・・・だっりぃ・・・何個もあんのかよ・・・」

時間がかかるのかと思い、
ネオガブリエルはまた新しくタバコに火をつけた。

「あー・・・なんだっけ・・・」

この神は馬鹿なのか?
記憶容量というのもないのか?
性格だけでなく、
脳細胞の活動さえ怠けているのか?

「あー・・・ヨハネの居るところの道筋か。そりゃその扉から進んで行けばいい」

ネオガブリエルは、
指もささず、
目線も変えなかったため、
どの扉の事か分からなかったが、

「扉ってこれですよね」
「これしかないものね」

この部屋。
ここには入り口の扉と、
もう一つ。
その扉しかなかった。
先ほど進もうとしていた扉。

「隣の部屋なんですか?」

「いーや」

それっきりで返事が返ってこない。
聞かなきゃいちいち答えてくれないようだ。
この堕落者が。

「道筋をちゃんと教えてください」

「あーはいはい。だっりぃなクソ。あんな。そっからどんどんいろんな部屋に繋がってる。
 んでずーっと進んだ先がヨハネの居る所。以上。終わり。さよならバイバイ。元気でいてね」

詳しい事は説明する気がないらしい。
まぁでも分かる。
つまり、
部屋から部屋へ。
部屋→部屋→部屋。
そう繋がってるという事だろう。
そしてどんどんと部屋を移動していけば、最後にはヨハネのよころに着くという事。

「一本道ですか?」

「おう」

煙を吐きながら簡潔に答える。
まぁちゃんと答えるには答えてくれるからいいとしよう。

「まぁ単純ね」
「どんどんと部屋を突破していけばいいわけな」
「何気なく言ったつもりでしょうが旦那、突破って言葉。俺にゃぁ気にかかる言い方ですね」
「カッ、楽な道のりなはずねぇだろ」
「そうですね。ガブちゃんさん。もしかして他の部屋にもあなたのように待機してる人が?」

「いるよ」

座っているのがもう疲れたのか。
ネオガブリエルはまたゴロンと寝転がった。
その返事。
つまり、
この先にも敵が立ちはだかる。

「刺客を倒しながら部屋を突き進む」
「ま、やっぱ単純なものね」
「外であの神様信者達相手にするよかマシだよ」

恐らく一つの部屋に敵一体。
それを突破。
突破突破突破。
部屋。
部屋という部屋を突破。
それで最後に行き着くのが・・・・・ヨハネの居場所。
数珠繋ぎの天の川。

「目的が分かればそうするだけだな」
「やる意味のある事をやるだけでさぁ」
「ヨハネ=シャーロットのいる場所にたどり着ければそれでいいものね」

「ん?シャー?・・・・・・・・・・・まぁいいか」

ネオガブリエルが小さく反応した。
ほんの少し、
声を零しながら。
アレックスはそれを見逃さなかった。

「なんですか?ガブちゃんさん今、フルネームを聞いた時点で変な反応しませんでした?」

「別に」

ネオガブリエルは、
背、
つまり白い翼をこちらに向け、
タバコを吸ってるだけだった。

「言ってください。いちいち聞いてくるのもウザいでしょ?」

「あーもー」

ダルそうなしゃべり方で言う。

「別になんでもねぇよ面倒くせぇな。ちょっとゴッチャになっただけだってのダリィ。
 ただヨハネ=シャーロットだったかヨハネ=エクレアだったかよく覚えてなかったなとな」

「へ?」
「どういう事でさぁ」
「エクレアって妹の方は産まれる事なく死んだんじゃ?」

「居るよ」

ネオガブリエルの言葉に、
一同は少し固まる。
死んだ人間が・・・居る?
死者蘇生?
そんなはずがない。
いや、
だから、
だからこそもしかしたら、
ヨハネ=シャーロットはエクレアに成りすます作戦も最初から耳を貸してなかったのかもしれない。

「詳しく教えろ」

「知らね」

本当に淡白な男だ。
白い羽の天使は究極に怠け者だ。
だが大概性格も分かってきた。
ほんとに知らない。
というか知ろうとも知らない。
こういう返事の時は、
本当に答えを教える事ができない時だろう。

「じゃぁもう一つ」

「あんさ」

ネオガブリエルが体を起こす。
そしてこちらをダルそうに見る。

「人を当てにしすぎじゃねぇーの?考えさぁー、甘すぎじゃねぇの?
 世の中さー、人がほいほいとなんでも教えてくれると思ってるわけ?」

「「「・・・・・・」」」

説教された。
だが・・・
だけど・・・
お前だけには言われたくない。
たとえ神だとしても、
お前だけには説教されたくない。

「これ以上"神頼み"したいなら・・・」

ネオガブリエルは手を差し出す。

「タバコもう1箱」

無表情に、
なんの躊躇もなく、
手を差し出していった。
神様だろ。
お前天使だろ。
要求すんなよ・・・。

「・・・・・・・シシオさん。ありますか?」
「・・・・・あるよ・・・」

安心した。
シシオが居て本当によかったと思った。

「もともと・・・」

シシオは、
本当は昇竜会の闇市場での商品のつもりだった。
・・・と言いたかったみたいだったが、
ゴニョゴニョとした言葉はそのまま溶けてなくなった。

シシオが取り出したタバコをアレックスが受け取り、
さきほどの1箱と合わせ、
2箱のタバコをネオガブリエルに手渡した。

「あんがとねー」

ネオガブリエルは本当に感謝してるとは思えないトーンで言った。
興味もなけりゃ、
感謝もない。
あぁタバコが手に入った。
その程度。

「まぁ・・・とにかく質問させてもらいます」

神様を買収するのも楽じゃない・・・。
そう思った。

「天使試験についてなんですが・・・」

「知らねぇ」

即答だった。
強い口調でハッキリと言い切った。
ネオガブリエルはごろんと寝転がり、
背を向けた。

「おいってめぇ!」
「取引でしょ!?ちゃんと答えなさいよ!」

「・・・・ダリィな・・・質問されてそれを知らねぇっつったんだ・・・そんだけだろ面倒くせぇ・・・
 俺を先公とか聖人とか物知り博士と勘違いしてるんじゃねぇか?・・・ったくダリィ・・・」

いや、聖人ではあるだろう。
認めたくはないが。

「ブツが手に入った途端、手の平を返すたぁ筋が通ってやせんな」
「犬みたいな判断基準ね・・・」
「神か天使か知らないけどさ、男なら筋は通すのが基本ってもんだよ!」

「しーらねぇっての・・・」

「この・・・」
「クズ天使め・・・」

ドジャー達は、
ネオガブリエルのあまりの対応の酷さに怒りを覚え、
散々文句言っていたが・・・

「・・・・・・」

アレックスには分かった。
ネオガブリエル。
「知らない」という言葉。
もちろん本当に知らないわけじゃないだろう。
ただ、
「言いたくない」「説明したくない」
そんな感じが伝わってきた。
それはネオガブリエルの怠惰な性格からだともとれるが・・・
それ以上に、
あまり口に出したくないとか、
そーいう印象だ。

ダルい。
面倒くさい。
それだけが表に出て、
感情に変化がほとんど無かった天使。
その一定の感情が下向きに動いたのは分かった。

天使試験という言葉に対して。

「行きましょう皆さん」
「は!?」
「ちょっとアレックス君!諦める気!?」
「こいつはタバコだけかっぱらってったんだよ!?」
「聞ける分は聞けました。むしろ聞けた事だけでも十分です。
 本当は戦うべき時だったのですから。それがプラスに働いただけでも最高でしょう」
「まぁ・・・・そうといえばそうでさぁな・・・・」

アレックス以外の者達は、
なにかしら煮え切らない様子だったが、
アレックスはさっさと扉の方へと進んでいった。

「あっ」

一度だけ振り向く。

「ガブちゃんさん」

「んー?」

「最後にこれだけ質問です。・・・・・・・あなたは敵なんですね」

「おー。立場だけだとな。100%敵だよーん。ただ戦わねー。ダリぃから」

「了解です」
「カッ、腐った天使だぜ」
「雲の上から降りてきて、脳みそまで堕ちたって感じね」
「あんたにゃぁ、筋ってもんを見ぃ出せねぇでさぁ」

皆は散々な事を言いながら、
次の扉へと歩いていった。

「あら、カギかかってねぇのな」
「恐らく廊下があって、その先なんでしょう」

扉を開ける。
確かに続いているのは廊下だった。
そして、
アレックスはもう一度振り向いたが、
ネオガブリエルは背を向けて寝転がってるだけだった。
いや、

「ばいばーい」

背を向けて寝転がったまま、
ネオガブリエルは適当に手を振っていた。

















氷の張り巡らされた廊下。
美しく、
真に青色で、
それでいて透明感があり、
だが濁っていて、
ただ青色だった。

「グラサン越しでも目が痛くなりやさぁ」

青い青い氷の廊下を皆は歩く。
コツコツという足音。
それは八方の氷に反射し、
よく轟いた。

「ほんとねー。こんな青だらけだと頭痛くなりそうだわ」
「アハハッ!脳みそないアマでも頭痛くなるんだねぇ!」
「なんだってツバメ!」
「ケンカしないでくださいよ・・・・」

チームワークが良いのか悪いのか分からない。
ただ、
トラジ、
ツバメ、
シシオ。
《昇竜会》のヤクザであるこの3人は、
必要であることは確かだった。
シシオは特に役に立ってくれるし、
他の2人をまとめるのにトラジは欠かせない。
ツバメは・・・・・・・・・・マリナとよくケンカする。
うん。
どう考えても3人とも必要だ。
うん。

「かってぇ地面ばっかだと足痛くなんなぁ」
「旦那ぁ。我慢して歩くのも重要でさぁ」
「わぁーってら。愚痴たれたって我慢はできる」

氷の城。
その廊下は淡々と歩く。
静か。
とても静かだ。
この聖なる氷の城。
静寂。
それは必然のように存在していた。
だから身内の息遣いまでよく聞こえる。

「神族って強いのかしらね」

マリナが歩きながらサラーっと言った。

「さぁ、そりゃ強いんじゃないですか?神様ですよ?」
「飛べるだけじゃねぇーのー?」
「それじゃただの鳥人間じゃないの」
「カカッ、いい表現じゃねぇか!それだ!俺ぁそー認識してるぜ。
 あんなもん神様って呼ぶもんじゃねぇ。人に羽生えてるだけだろ」
「でも人間より優れてそうじゃない?不老不死とかだと困るんだけど・・・」
「死ぬよ」

ツバメが言った。

「ん?」
「神族だって死ぬよって言ったんだよ。聞いてなかったのかい?」
「いや、聞いてましたけど、なんか根拠とかあるんですか?」
「根拠?アハハ!根拠だってさ!どう思うよトラジ!」
「いやぁ別におかしい事じゃぁねぇだろ。ま、根拠ってのはありやさぁ」

トラジはサングラスを一度ぐぃっと持ち上げた。

「俺ら《昇竜会》ってぇのは、あのミルレスでの惨劇。
 GUN'sと戦った時に神族どもとぶつかってんですぜ?」

あぁ・・・
そりゃそうだった。
アレックス達がミダンダスなどと戦ってる間も、
《昇竜会》の人々は外で、
ミルレスで敵と戦っていたのだから。

「結果だけ言いやさぁ。神族。あいつらってぇのは確実に格上でさぁ」

分かってた事だが、
あまり聞きたくない結果だった。

「一人一人の個人性能。そーいったもんでさぁな。人間の性能を確実に超えてまさぁ」
「人間以上って事?」
「間違いねぇでさぁ。知能も、身体能力も、全てにおいてってなもんで」

生物界のピラミッド。
その頂点には"人"がいる。
だが、
その"人を"超えし者。
超人。
それこそ・・・神族。

「ですがぁ・・・」

トラジは続ける。

「俺らぁ《昇竜会》でも数体だけだが・・・神族の殺害に成功してやす」
「お?」
「本当に?」
「もちろん、その数倍以上の犠牲者がこっちに出てやすがねぇ」
「つまり・・・」
「強いのは間違いないが、倒せないわけじゃねぇと。そーゆーこったな」
「そーいう事ですぜ」

つまり、
歯が立たない相手ではないと。

「戦った感じだと神族とて個性がありやした。戦闘方法にしてもでさぁ。
 そいでそりゃぁつまり、固体の性能もピンキリまであったってもんで」
「そりゃ神族の中にも優越はありますよね」
「カッ、どうでもいいぜ。とにかく倒せるならそれでよぉ」
「あ・・・扉よ?」

話しながら歩いていたし、
同じような景色ばかりだったので気づかなかったが、
もう目の前には次の扉・・・
つまり、
次の部屋が塞がっていた。

「カギはあるみたいですね」
「ドジャー」
「あぃよーっと。部屋の模様模様・・・このカギかなっと」

ドジャーはヨハネからパクったカギの束を取り出し、
合うカギを探し出す。
そしてカギをカギ穴にねじ込んだ。

「ビンゴ♪」

ガチャりという音と共に、
扉は開いた。

「さてと・・・鬼が出るか蛇が出るか・・・・はたまた鳥人間か♪」

ドジャーはお気楽に言う。
そして扉は開け放たれた。



「ようこそ・・・・第2の部屋・・・・・トリベの部屋へ」

居たのは、
人だった。

「ワシはトリベの部屋の管理人。《聖ヨハネ協会》のイエスと申しますじゃ」

それは老人で、
部屋の奥。
その地べたであぐらをかいていた。
ロードスタッフという、ゼンマイという植物を思い出す緑の杖を地につき、
そのイエスという老人は座っていた。

「この老いぼれが相手をさせていただきますので・・・・」

杖を立て、
あぐらをかいているそのイエスという老人は、
その弱弱しい身なりとは別に威厳があった。

「人間ですか」
「カッ、あの部屋みたいに神族が待ってると思ったんだけどな」
「拍子抜けね」

神との初対戦。
そう思って挑んだ部屋にいたのは人間。
これなら・・・・

「そんな安堵をつくヒマじゃぁございやせんぜ。逆をついて考えるのも必要でさぁ」

トラジが、
サングラス越しに引き締まった顔で言う。

「さっきの部屋で神族、この部屋で《聖ヨハネ協会》の人間。
 その両方が待ち構えてたってことはでさぁ・・・・」
「あっ・・・」
「そうか」
「すでに神族と《聖ヨハネ協会》はつるんでいるって事ですね」

そういう事になる。
最初の部屋にいた天使ネオガブリエル。
この部屋にいた人間イエス。
それらは仲間。
《聖ヨハネ協会》
それはすでに神族を味方につけている。
いや、
逆か。
《聖ヨハネ協会》は帝国に組している。

「今日天使試験が行われるってのは正解みたいだねぇ」
「帝国も協会も確信してるってことでさぁな。自分達が手を組む事になるってぇね」
「カッ、それをぶっ壊しにきたのが俺達だろ」

ドジャーが腰からダガーを取り出し、
くるくると回した。

「止めるぞ」

「無理ですじゃ」

イエスという老人は落ち着いてあぐらをかいたまま言った。

「やってみなきゃ分かんねぇだろジジィ」

「無理というのは・・・ここを突破するのが無理ということ。動かん方がええぞ。若いもん」

老人はニヤりと笑った。

「この部屋はすでにトラップだらけじゃ」

「あん?」
「そんなもんどこに・・・・」

「見えんからトラップなんじゃ。"トラップパージフレア"」

老人イエスは言った。

「わしの能力じゃ。この部屋にはすでに見えないパージフレアの魔方陣が設置してある」

見えない?
見えない・・・が、
この部屋にはすでにパージフレアの魔方陣が幾多も設置してあるということか。

「お主らには分からんだろうが、わしにはどこに魔方陣があるか分かる。
 一歩でもその上に乗ったら・・・・・・・・ボンっといかせてもらおう」

イエスという老人はヒッヒッヒと笑った。
見えない魔方陣。
見えないパージフレアの魔方陣。
見えないトラップ。
見えなくとも、
存在が確認できなくとも、
イエスの思うがままに発火できる。

「さぁて若いもんら。見えない地雷原を通れるもんなら通ってみぃ。
 ほれ、次の扉ならそこじゃからのぉ。燃えたいならじゃがの・・・ほほ」

イエスという老人が指差した。
すぐそば。
向こう側の壁。
つまることろ、
まるまるこの部屋を突破しないとたどり着けない。
この不可視の地雷原。
見えなくとも、
確実にある。
この部屋中に。
そんな所を通らないと・・・・・
次の部屋にはいけない。
それは絶体絶命・・・・

「なーんだ」
「何かと思えばそんなもんかよ」

「・・・・・何?」

だが、
ドジャー達には余裕があった。
見えないパージの地雷原。
それに何一つ怯えていなかった。

「おじいさん。僕達遊びにきたわけじゃないんですよね」
「ただでも老い先みじかいんだからチャッチャとどいてくれない?」

「・・・・ふん。見得張りおって。そんなもんここを突破してから・・・・」

ヒュン・・・
と、
何かが風を切る音がした。
そしてそれは・・・・
イエスの真横の壁に突き刺さった。

「ありゃ、はずったか」

ドジャーが首をかしげながら手首を振る。
投げたのはダガー。
外したが、
それはイエスという老人の真横に突き刺さった。

「な・・・・」
「分かりましたか?おじいさん」
「別にパージなんて見えなくてもあんたは倒せるのよ」
「カッ、そーゆーこった。無視無視。てめぇ殺せばそれで終わり」
「トラップの中に行かなくたって、あなたを倒す方法自体はいくらでもあります。
 ドジャーさんのダガー。マリナさんのマシンガン」

ドジャーはダガーをまた取り出す。
マリナはギターを構えた。

「そしてあなたは張り巡らすだけでも、僕はもっとパージフレアが得意でしてね。
 あなたに無理でもこの遠距離からあなたをパージで黒焦げにすることくらいできます」
「それにこんな事だって出来るぜ?」

言うと、
ドジャーの姿が突然消えた。
インビジブル。

「得意じゃぁねぇんだがよ。ま、ここを通過する間くらい消えてられる。
 相手がどこにいるか見えなきゃ発火もできねぇだろ?」
「あなた。すでに詰んでるんですよ」

「くっ・・・・」

皆は冷静だった。
完璧と思えたパージフレアのトラップだが、
ハッキリ言って無意味。
無意味の無意味の無意味だった。

「カカカッ、さぁて。殺すのぁ簡単。チェックメイトってなもんだが、別に"待った"はありだぜ?
 扉への道を開けてくれて、さらにお話でも聞ければなぁとか俺思うんだがよぉ♪」

「く・・・・そぉ・・・・」

老人の表情は曇る。
完全に逆の戦況。
戦う前から・・・・負けは確定している。

「分かった・・・・」

イエスという老人は素直に答えた。

「取引をしよう」

「あん?」
「何言ってんだ。調子こいてんじゃねぇぞ」
「あんたが劣勢なのよ?」
「死にたくなかったら教えるが筋ってもんだねぇ」

「いや、だからこその取引じゃ」

イエスという老人は表情を曇らせながら言った。

「このままやっても、ワシとて命がけでお前らに傷くらい負わせよう。
 じゃが、それはしない。黙って通すとする。負けを認める」

「お」
「そうこなくっちゃ♪」

「じゃが、5人までじゃ。1人置いていけ」

「なっ!」
「ふざけんなよジジィ!殺してやろうか!?」

ここに6人いる。
アレックス、ドジャー、マリナ。
トラジ、シシオ、ツバメ。
なのに5人だけ。
こちらが追い詰めたのに、
そんな事を言われるのは・・・。
だがイエスという老人は言う。

「天使試験までの時間はさほどもない」

天使試験までの時間?
つまり、
かなり急がなければ間に合わないような時期なのだろうか。

「ワシらとて必死に止めたいところじゃ。じゃから5人は無償で通す。
 じゃがワシとて意地がある。お前さんらの戦力を減らしたい。だから1人置いていけ」

「カッ、取引にならねぇな。俺らが一瞬かつ無傷でテメェを倒せる可能性はかなりあると思うぜ?」

「お前さんらはただ急ぐ事を考えるのが吉だと思うがの?
 それに・・・・わしを倒したらトラップが解除されるという保障はどこにある?」

イエスという老人は笑った。

「術者を倒せば魔法が解除されると考えるのが普通ですが・・・その裏もありえますね」
「トラップを作っている奴が他にいるってのも考えられまさぁ」
「だとすると難だな」

そして、イエスの言うとおりだった。
ぼやぼやしているヒマはない。
相手の口車だろうが、
トラップの真偽がどちらだろうが、
一刻も早くたどり着くべきだ。
天使試験を止めるために。

「クソッ・・・面倒だな・・・」
「どうする?」
「こう考えてる間にさっさとやっつけてしまうってのが・・・・・」
「うちが残るよ」

ツバメが、
突発的かつ、
意思を持ってすぐに返答した。

「考えてるヒマももったいないかもしれないだろ?さっさと行きな!」
「いいんですか?」
「ハハッ!さっさと倒して追いつきゃいいんだろ?
 それにうちはこのアマと一緒にいるのもあんまり好きじゃなくてねぇ」

ツバメはマリナに向かって舌を出した。
そして・・・
それよりも自信。
それは自信。
そして皆に信頼を与えるには十分な自信だった。

「・・・・OK」
「それでいきましょう」
「おいジジィ、扉までのトラップを解除しろ」

「若者にしては話が早くていいじゃないか」

火柱があがった。
まっすぐ。
10本ほどの火柱。
それは扉へ続くよう真っ直ぐ。
扉までのパージフレアを発動して解除したようだ。

「・・・・見えないパージフレアが嘘ってのも考えてたんですが」
「本当にあったみたいね」
「カッ、解除されたのはマジだとにかく行くぞ」

アレックス達は走る。
一直線に。
次の扉へ向かって。
そして、
ツバメ一人残して。

「ツバメ。死んだらクビってもんでさぁ。腹ぁくくれや」
「分かってるよトラジ」
「でしょうな」

トラジの言葉を最後に、
5人は扉の中へと入っていった。




部屋に残ったのは・・・

ツバメ。
そしてイエスという老人。

「勇気ある女子(おなご)じゃて」

「あん?ジジィ。うちはアマかどうかで判断されんのが一番嫌いなんだよ!!」

「ほほ、元気はいいことじゃてワシもそんな頃があったもんじゃ」

イエスという老人はあぐらをかいたまま話す。

「じゃが、ワシは老い先短い。寿命ってぇのはなんなんじゃろな。
 死が近くなると考えてしまう。死んだらどうなるのか・・・とな。
 じゃからこそ宗教なんてもんに入った。天国を期待してな」

「何話してんだジジィ」

「時間稼ぎじゃよ」

イエスは笑った。

「そう、続きじゃ。神は居た。居たんじゃ。アスガルドもあった。
 そして・・・・人が神になれることさえヨハネの坊主から知った。
 するとな。老い先短いワシに希望が出来てしまったんじゃよ。
 もしかすると・・・ワシはまだ生きられるんじゃないか。神さえ信じれば・・・とな」

本気か?
本気だろう。
ウソを言ってどうなる。
生への執着。
それは聖への泥酔。
命あれば死ぬ。
生きたい。
だが命にはルールがある。
それは覆るか?
否。
いや、
覆るとしたら・・・
それが出来るのは・・・・・・・神。

「ワシはワシに出来る事をするとしよう。
 それは主が教えてくれた事で、神の教えの一つでもあってな」

イエスはカコンと、
一度ロードスタッフを地面に突き立てる。
だがあぐらをかいて座ったまま。

「来い、女子(おなご)」

「言われなくても行くってもんだよ」

ツバメは、
腰に括り付けていた一本のダガーを取り出した。

「命がどうこう?知ったこっちゃないねぇ。極道ってのはそーいうもんでね。
 仁義に向かって自分の信じた意志の道を行く。それは死を約束された道の時もある。
 それが鉄砲玉。《昇竜会》の鉄砲玉。ツバメ=アカカブト。尋常に・・・・」

「ほほ、そんなちんけな刃物(ダガー)一本で来る気かえ?」

「笑える事言うじゃないかジジィ。だがうちにゃこのドス一本で十分なんだよ」

ツバメは一本。
たった一本のククリ(ダガー)を握り締め、
笑った。

「一本しかないし、一本で十分で、そして・・・・・・"一本だからいい"んだよ」













---------------------------








「ツバメです。名はツバメ。不肖ながら今時から《昇竜会》の盃を頂く事になりました」

拳を地に押し当て、
頭を下げ、
畳の上。
ツバメは挨拶をした。
挨拶。
これほど重視される世界も他にはない。
極の道。
極道。

「頭あげなせぇ。嬢がへりくだる姿を見て楽しむほど落ちちゃぁいねぇ」

リュウ。
《昇竜会》の頭。
組長。
『木造りの登り竜』こと、
リュウ=カクノウザン。

「ありがたき言葉。重畳です」

そのリュウの大きさ。
器を肌で感じた。
だが、
飲み込まれそうになるなどという事はなく、
威圧感もない。
いや、
ツバメは飲み込まれていたかもしれない。
竜の口の中に。
・・・・。
その断固とした魅力。
それがリュウにはあった。

「・・・・・ツバメ嬢」
「はい」
「名を教えちゃぁくれやせんかねぇ」
「・・・・うち・・・いや、私はただのツバメです」
「姓はないって事かい?」
「・・・・・・」
「親から生まれし命。どんな命にも子という宿命そこにありきでさぁ。
 育ちによっちゃぁ姓もねぇだろうが、あんた見てりゃそうじゃない事も分かりまさぁ。
 なのに姓を名乗らねぇ。そこに都合が悪けりゃ無理には聞きやぁしませんがぁ、
 今日からこの組であんたの親になる身。差し支えなけりゃぁ知りたいってなもんで」
「・・・・」

ツバメは黙った。
姓。
それは・・・・

「うちの姓・・・それは血塗られた家系を示すものです。
 "親はいない"。そういう所です。そして嫌いな畳所でして・・・。
 そしてそこから足を洗うためにこの《昇竜会》の門を叩かせていただきました」
「血塗られた・・・ねぇ」

リュウはアゴに手を当て、小さく頷いた。

「これでもこんな道を生きてきたんだ。あんたがどんな生活をしてきたかぁ分かりまさぁ。
 血の臭い。へばりつくほどの・・・・あんたは修羅の世界、修羅の家系から来たって事は分かる」
「捨てたい家系です」
「お家を捨てると?」
「燕は渡り鳥です」

強い目。
女ながら、
その意志の強さ。
それはリュウにも見て取れた。

「うち・・・私には家系とか、運命とか宿命とか・・・そういったものは必要ないです。
 幼き頃から思っていました。必要なのは・・・・・たった一つの私の意志。
 "腹くくる"という言葉。この腸にくくった一つの槍。それさえあれば・・・それが私の信念」

強き・・・
強気・・・
強き目・・・
リュウは笑った。

「ハハハッ!こりゃぁ気に入った。あっしは気に入ったぜツバメ嬢!」

リュウはツバメの肩に手を置く。

「失うものがない。そんなものは弱者の言い訳。やけくその根性ってもんで。
 だが欲張りもいけねぇ。重要なのは・・・・守るべきものが分かってる事でさぁ。
 あんたぁ持ってるのはたった一つ。揺るがない一つだけの信念。
 その腹にくくった一本槍。それがあんたを強くしてんでしょうな」
「・・・・・」

分かってくれる者がいると思わなかった。

「ツバメ嬢。あんたぁ獲物は?」
「はい。このドス一本です」

ツバメが腰から取り出したもの。
それはククリ。
ククリという名のダガー。
それを両手に乗せて差し出した。

「捻くれた形をしてるドスでさぁな。だが・・・」

リュウはそれを手に取り、
軽く回した。

「名がいい。本来の意味はしらねぇが、ククリ。腹くくるあんたにゃぁ持って来いってなもんでさぁ」

リュウは手に取ったそのダガーを、
そのままツバメの腰元に戻した。
そしてパンパンと叩く。

「大事にしやせぇ。こりゃぁあんたの命だ。"一本筋"。たった一つの信念がこれだ。
 たった一つ。それだけだ。"次はねぇ"。これに全てをかける。それがあんたを強くするでしょうや」
「あ・・・」

ツバメは、
心が震えた。

「ありがとうございます!!」

ここに・・・
ここに来てよかった。
血塗られた家系。
そこから渡ったこの場所は・・・・
自分が生きる場所だと思った。

「おっと。姓がないのはこの世界じゃ生きにくいってもんで」
「はぁ・・・」
「今日からアカカブトと名乗りなせぇ」
「アカ・・・カブト?」
「どんな嫌悪なる過去でも、自らの家系を忘れちゃぁいけねぇ。
 詳しくは聞かねぇが、その赤い血塗られた家系。それを頭にきっかり残しておきなせぇ」
「は、はい!」

ツバメは畳の上で立ち上がり、

「失礼しました!」

勢いよく、
深くお辞儀をし、
その場を後にしようとした。
満足。
その気持ちが心を満たしてくれた。

「あぁ、あと一つ。ツバメ嬢」

そして、
去り際に言ってくれたリュウの言葉。
たった一つの言葉。
別段珍しい言葉でもなく、
気の効いた言葉でもない。
ただ・・・
ただその言葉は格別で・・・・

「大きくなりやせぇ」

嬉しかった。
















------------------------------------








「さぁて、うちに置いてかれっぱなしは嫌いでねぇ。そろそろ片を付けさせてもらうよジジィ!」

ツバメはククリ(ドス)を高速で回した後、
しっかりと、
そのたった一本の武器をしっかりと握り締めた。

「やれやれ、じゃがワシは基本待ち専門でな。好きに来るがいい」

イエスという老人はゆったりとあぐらをかいたまま言った。

「じゃが、お主、ダガーを使うという事は盗賊か?インビジブルはできるんかいな?」

「ま、できん事はないねぇ。だけど使う気もないよ」

「ほぉ、ならばどうやってこの地雷原を突破するつもりじゃ若いの」

見えないパージフレアの魔方陣。
この部屋。
イエスまでの道のりに幾多として設置されている。
発火は彼の思うまま・・・・

「そんなもん」

ツバメの、
切りそろえたボブカットが揺れた。

「無理矢理に決まってんだろジジィ!!!」

そして、
飛び出した。
バカ。
としか言いようがないほど・・・ただ突っ込んだ。

「ほほほ!ヤクザもんっていうのは頭が使えんもんばっかみたいじゃの!
 何かと思えばこのパージフレアの包囲網の中に突っ込んでくるとは!」

イエスという老人の目に生き生きとした表情が見て取れる。
それはそうだ。
獲物が・・・
自ら自分の罠の中に飛んできたのだから。

「黒こげになってしまえ!!」

「やってみな!!」

「・・・・ぬっ」

イエスは一瞬躊躇した。
速い。
ただ、
速い。
どの魔方陣を発火させればツバメを燃やせられるか。
ツバメはただ真っ直ぐカッ飛んでくる。

「くっ、こざかしい・・・」

イエスはロードスタッフを軽く浮かせる。
そしてコンッ!と地面に突きつけた。
瞬間、
何も無い地面から火柱。
青白い火炎。
パージフレアが噴出す。
だが、

「おせぇよジジィ!!」

そこはすでにツバメが通り過ぎた場所だった。
速い。
発火のスピードが間に合わない。
いや、
速いからではない。
ただ・・・
ただツバメの動きには・・・・
"一切の迷いがない"
フェイントを入れるとか、緩急をつけるとか、
そういうものが一切ない。
ただ、
猪突猛進に突っ込んでくる。

「じゃかしいぃ!なら全て一斉に発火してしまえばいい!!」

全て発火。
つまり、
部屋中に設置したパージフレアを全て一斉に・・・・

「神の恵みにて成仏しろ小娘がああ!!!!」

ロードスタッフを軽く浮かせ、
そしてイエスはスタッフを地面に突きつけた。
と、
同時。
火柱。
いや、
火の壁。
いや、
爆発。
部屋全てが炎に撒かれたといっていい。
氷の部屋を溶かしてしまうかというほど、
部屋全体。
全て。
青い炎に全て・・・全てが包み込まれた。

「ほほ!!避ける隙間さえないわ!!思い知ったか!これが・・・天罰じゃ!!」

部屋全て。
噴出した青白い火炎。
パージフレア。
確実に、
100%。
ツバメは・・・・その中に、
その炎に焼かれた。

「信じる者は救われる!神を信じた者だけが勝つんじゃ!」

「黙れジジィ!」

「なっ!?」

吹き止んだパージフレア。
その中。
その中から飛び出したのは・・・ツバメ。

「"次がない"からこそ!全てをかける"一本筋"!腹ぁ抱えて死にやがれ!!」

「ぐぬぁああ!!」

そして・・・
ただ真っ直ぐ。
ツバメの持つククリが・・・・イエスの腹に突き刺さった。

「ぐぅ・・・ぬ・・・ぐ・・・・」

腹の真ん中。
内臓の真ん中。
そこに深く・・
深く突き刺さる一本のダガー。
ツバメはとにかく、
そのたった一つの武器をイエスに押し込んだ。

「ハハッ!!最初から避ける気なんてサラサラねぇんだよ!
 うちの頭にあったのは最初から一つだけ!"真っ直ぐあんたをぶち殺す!"」

「なん・・・という・・・・」

「一斉発火なんて逆に喜んで受けてやるってもんだよ!
 うちはパージ一発で死ぬほど根性しょぼくないからねぇ!」

ツバメは確実にパージは食らっていた。
だが、
それで死ぬわけがねぇだろと言っている。
捨て身の動き。

逆に、
イエスの腹からは血が垂れる。
ドクドクと、
そして口からも血が・・・こぼれるこぼれるこぼれる。
赤い赤い。
臓物からこぼれるこの赤血。

「このっ・・・・」

刺された状態のまま、
イエスはその手のロードスタッフを振り上げた。

「異端者が!!!」

そして振り切る。
目の前のツバメに向かって。
だが、
スタッフは虚しく空を切った。

「なっ・・・いな・・・」

「後ろだジジィ」

ほんの一瞬。
刹那。
わずかな一瞬。
それだけでツバメはイエスの背後に回った。
そして血まみれのククリを首にかける。

「終わったなあんた!ちょいとひねれば首がカッ飛ぶよ!」

「ぐぬ・・・素早い・・・小娘・・・・・これはただのラウンドバックじゃないな・・・」

その言葉に、
ツバメの表情が曇る。

「だからなんだってんだい」

「その動き・・・殺しの動き。戦闘の動きでなく、"ただ相手を殺すためだけの動き"。
 殺し屋だな小娘・・・・。ふん・・・バチ当たりが・・・いつか天罰が落ちるぞ」

殺し屋。
殺し。
殺すためだけの動き。
情もなく、
ただ、
身に染み付いてしまっている動き。

「天罰ねぇ。あたるかもしれないねぇ」

「必ず天罰が下る・・・ぞ・・・神は見逃しはしない」

「はん!こちとら過去は捨てたけどねぇ!過去を清算しようなんて思っちゃいないんだよ!
 うちはただ自分の信じた道をいく!神が立ちふさがろうが知ったこっちゃないねぇ!」

「なんて事を・・・この・・・・異端者が・・・・」

「黙れ」

ツバメはククリを振り切った。

中途も無く、
慈悲も無く。
血が飛ばなかった。
綺麗に、
美しいほどに華麗に、
ただ切り取った。

イエスの首が飛ぶ。
綺麗に切りすぎて・・・

「異端者め・・・」

死んだ事も気づいていないように、
イエスは首だけで宙を吹っ飛びながら言い捨てた。

「ふん・・・・・ワシはこれで終わりじゃが・・・・・・・ワシらに終わりなどない・・・・・。
 "全ての者に死があると思うな"・・・・・それをこれからお主らは体験する・・・・」

しゃべるイエスの首は氷の地面にコロンコロンと転がった。

「死など・・・・・・・・終わりでなくとも始まりでさえない・・・・
 ただ天に・・・・神に浄化されるのみ・・・・・何も・・・・変わらな・・・・・」

首だけの状態でよくしゃべったものだ。
イエスという老人はそのまま死んだ。
何かを拝むように、
何かを信じるように。

「さっきは生きたい生きたい言ってたクセに。・・・・・・・・・・ッ!?」

ツバメは自分の手を見た。
それは・・・
血で濡れて赤くなっていたのだが、
一瞬体中すべてがそこから赤色に染まっていく感覚に見舞われた。
赤く混じる幻惑。

「クソッ・・・」

ツバメは首を振り、
幻想を払う。

「死がなんだ・・・殺しがなんだって言うんだ・・・罰がなんだっていうんだい・・・・」

血塗られた手を握る。

「100人殺したって・・・うちは1回しか死なないんだよ。
 神様だってうちを2回も殺せない!クソッ!くそぉ・・・くそぉ・・・・」

後悔?
分からない。
とにかく、
払いのけたい感情。
過去。
記憶。
家系。

「こんなことでいちいち止まってられるか!」

ツバメは扉へと近づく。

「迷う事なんてない!うちには信じる道が一つしかないんだから選択肢なんてものがないんだよ!
 うちはただそれだけ。腹ぁくくった一つだけを信じて・・・それに全てをかけるだけなんだ!」

そして扉を開ける。

「そうだろ・・・親っさん。うちはうちの道を進んでいいんだよな・・・・」

そして、
ツバメは扉を捨てて出ていった。






カラッポの広い部屋。
氷漬けの・・・
青い部屋。
転がっているのは、
イエスの死体だけ。

首と・・・・体。

それだけ。

静かで、
何も動きのない部屋。

生物がいないのだから。


だが、


"一瞬だけイエスの死体が輝いた"

首も、体も。

だがすぐその光は消えた。
消えてみれば、
何も変わったことはない。

なんだったのか。




"全ての者に死があると思うな"





静かな部屋で、
イエスの言葉がまだ響いているようだった。









                 






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