「トラ坊」

リュウの言葉。
リュウの声。
リュウが自分を呼ぶ。

「おめぇはデカくなったさ。どこに出しても恥ずかしかぁねぇ。
 昔正月に見たときはベソかいたジャリだった。それがこんなだ」

リュウの声は力強く。
だが、
どんな声よりも優しかった。

「トラジ。おめぇは虎だ。何も恐れない虎だ。力はあるがそれを無用に誇示しない。それが虎だ。
 いつかお前も人の上に立つ時が来るだろぉよ。そん時ぁそれを忘れるな」

力があれば人の上に立つ。
それは当然だ。
だが、
だがリュウの親っさんの考えは違った。

「自分の持つ力に振り回されるな。それを知る利口な虎になれ。恐れを知らない馬鹿な虎にもな。
 虎の尾をかる狐って言葉もあるが、お前もそうやって利用される時が来るかもしれない。
 なら利用されてやれ。お前は強き虎だ。全てを包み込んでやれ。それでこそ猛虎ってやつだろ?」

力。
力があるからこそ・・・できる寛大なる大きく広い心。

「トラ坊。上辺だけの男になるな。芯のある・・・筋の通った男になれ」

分かっている。
『木造りの登り竜』
あんたがそう呼ばれたよう、
俺も大木のように芯を持って立つさ。
そしてどこまでも・・
大木のようにどこまでも登ってやる。

・・・・。
でも親っさん。
俺は・・・
俺は虎だと言ってくれたが・・・

俺は竜になりたいんだ。

あんたみたいな・・・

大空に登りつめても恥ずかしくない・・・
大きな・・・
大きな仁義を背負う登り竜に・・・・


親っさん・・・・


あの世はどうですか・・・・・



























「寒ぃ・・・・」


ドジャーの声でトラジが目を覚ます。

「起きましたかトラジさん?」

「ん?あぁ・・・」

トラジはダルそうに体を起こした。
ダルいというか体が鈍い。
というか感覚が無かった。

「っていうか死んでると思いましたけどね」

アレックスは笑顔でそう言う。
天使のような笑顔で酷い事をいう奴だ。

「寒ぃ・・・寒いっての!!」

ドジャーがギャーギャー騒ぐ。
寒い寒いと。

「ドジャーさん・・・・少し我慢してくださいよ・・・」
「我慢?カッ!我慢ってなんだ!」

ドジャーが立ち上がり、
両手を広げる。

「聞いてた話と違うんだよ!!なんだここはよぉおおお!!!」


広げた両手。
ドジャーが立ち上がり、
洞窟の中にこだました。
洞窟?
いや、
小さな洞穴だった。

アレックス達一行。
6人。
アレックス、
ドジャー、
マリナ、
トラジ、
ツバメ、
シシオ。

その6人は洞窟で凍えていた。

「そりゃぁねぇ・・・私も文句の一つも言いたくなるわ・・・・」

マリナは体育座りのようにしゃがみこみ、
震えていた。
そして外を見る。

「美しい銀世界ってね・・・」

銀。
銀っていうか白。
真っ白。
洞窟の外。
それはもう・・・・
吹雪だった。
レビアの外のどこか。
雪山のどこか。
吹雪吹き荒れる銀世界。
その真っ只中。
アレックス達はそんなところに転送された。

「城に飛ぶはずじゃなかったのかよ・・・」
「城じゃなくて白ですね」
「寒いところで寒い事言わないでよ・・・」

吹雪の中、
一つの洞穴。
そこで凍えて立ち往生の6人。

「城に転送するとは確かに言ってなかったですがぁ・・・」

トラジは外の景色を見ながら言う。

「こりゃぁサギに近いってもんでさぁな・・・」

サングラス越しに見える世界も白いのだろうか。
まぁどうでもいい。
寒い。
それに尽きる。

「寒ぃ〜〜!!寒ぃ寒ぃ!寒ぃ!!」
「うるっさいわねぇドジャー・・・」
「聞いてるともっと寒くなるんですよ・・」
「我慢ってぇのを覚えちゃぁどうです?」
「うっせ!!我慢できえねぇから叫んでるんだよ!」

まぁそうだろうが、
うるさい。
うざい。

「アレックス!パージしろパージ!」
「パージフレアは普通の炎と違いますから暖かいのとはまた別ですよ・・・」
「でも熱いだろ!」
「そりゃ燃えるんだから熱いですけど・・・」
「こんなところで魔力垂れ流しちゃぁ勿体ないってもんでさぁな」
「カッ!知った事かよ!炎出せ炎!」
「・・・・・・」
「うるさいわねぇー・・・いいわアレックス君。ドジャーに直接パージしてやんなさい」

怖い事言うものだ。

「はい」

そう言いながら十字を切り出すアレックスも怖い。
というか、
それを止めようとする者もいない。

「ってか我慢我慢ってよぉ!トラジ!」
「なんでさぁ?」
「お前の格好絶対寒いだろ!」

そう言い指差す。
トラジの格好。
・・・。
素肌にスーツ一枚。
そりゃ寒い。
サングラスが防寒になるなら別だが、
段違いに寒いだろう格好。

「気の持ちようでさぁ。芯をしっかり持っていれば耐えれない事なんてないってもんで」
「うそつけ!微妙に震えてるじゃねぇか!」
「寒かぁねぇでさぁ」
「テメェの自慢のオールバックなんてカチンコチンになってきてんぞ!」
「寒かぁねぇ・・・ほ、ほへふ・・・でさぁ・・・」
「・・・・・・・今一瞬くしゃみ我慢しただろ」
「してねぇでさぁ」

強情な男だ。
ヤクザという意地張った人生も大変だ。

「大丈夫って言ってる人の心配なんていいでしょもう」
「そうですよ」
「俺が我慢ならねぇのに他の奴が平気な顔してんのはムカつくんだよ!」

プライドのカケラもないドジャー。
自由きままでいい人生だ。

「でもあっちの人の頭は大丈夫なんですか?」

吹雪の中。
洞穴の中、
アレックスは失礼な事を言いながら指をさす。

それは洞穴の奥。

「ぁあん!?ガンつけてんじゃないよ!文句あんのかい!」

そう叫んでいるのは・・・
女ヤクザ。

「ほれ!どうにか言ってみな!この畜生め!」

と、
さっきからずっと叫んでいるのだが、
それを誰に言っているのか?
それは一目瞭然。
ツバメの目の前。

「・・・キュー・・・」

恐らくこの洞穴の主人なのだろう。
小さなメザリンだった。
ペンギンの姿をしたモンスター。
野生のメザリン。
それに対し、

「ケンカなら買うよ!ほれ!なんか言ってみな!!」

ツバメはなんかケンカを売っていた。
何をやっているのだろうか。
アレックスの言うとおり、
本当に頭は大丈夫なのだろうか。
なんでこの寒い中、
メザリンにケンカを売っているのだろう。

「まだやってたのかあいつ・・・」

トラジはサングラスごと、
顔を片手で覆った。

「親っさん・・・・俺ぁちゃんとこんな奴らを率いていけるんですかねぇ・・・」

心配そうだ。
大変そうだ。
ヤクザも大変だ。

「ってか一人ぬくぬくしてるのが気にいらねぇんだが・・・」

ドジャーが言う。

「・・・・・・」

洞窟の隅。
そこではもう一人。
シシオ。
長身のヤクザ。
前髪が目にかぶっているが、
表情からして特に寒いとか、
キツいとか、
そういった感情が見られない。

「・・・・・・別に何も・・」

語尾はききとれなかった。
ボソボソと、
スラっとした大きな体でうずくまっていた。

「いや、文句はねぇっていうかよう」
「何でっていうのかしら・・・」
「シシオさん・・・」

「・・・・・何・・」

「何であなただけアンタゴン持ってきてるんですか・・・」

「・・・・・・」

そう、
シシオだけアンタゴンを見に包み、
ぬくぬくと座っていた。
そりゃぁ寒くないはずだ。
一人だけ防寒着持参で、
平気な顔で座っている。

「・・・・・・・・たまたま持っ・・・」

声は消えていったが、
持ってたという言葉はなんとなく聞き取れた。

「たまたま持ってるもんじゃねぇだろ!」
「いやぁ、シシオは案外なんでも持ってる奴なんでさぁ。
 用意がよくて役に立つってもんで。そう言う意味でも頼りがいはありやすよ」
「なんじゃそりゃ」
「んじゃお腹すいたんでチョコレートください」

「・・・はい・・・」

シシオは懐をゴソゴソと漁り、
片手でチョコレートを差し出した。

「あるんですか!?」
「なんで持ってんだよ!!」

「・・・・・・・たまたま持っ・・・」

・・・・持ってた・・・・
という語尾はボソボソと消えていった。
大きな背丈と裏腹に、
照れくさそうにシシオはアレックスにチョコレートを渡す。

「凄いですね・・・」
「受け取った後、1秒もたたずに食い始めてるテメェもすげぇよ」

モグモグとアレックスは幸せそうだった。
口の周りにチョコレートを付けながら、
世界の誰よりもおいしそうに食べる。

「おいしいです」
「言わんでも分かる」

アレックスは幸せそうに口の周りについたチョコも舌で舐め取る。

「あぁー・・・・何にしても寒ぃなぁ・・・」

ドジャーの愚痴は止まらない。
愚痴愚痴グチグチ。
気持ちは分かる。
いきなりこんな洞穴で立ち往生。
外は極寒の吹雪。
冷血なる雪山。
出れる予定もなければ、
暖かくなる予定もない。
だからぐちぐちぐちぐち。

「もぐもぐ・・・」

愚痴らず、
食事に口を使用してる分アレックスは可愛げがある。

「これからどうしなさるんで?」

トラジが聞いた。

「どうも出来ねぇからムカツいてんだよ」
「このまま冷凍死体になるのを待つってぇ事で?」
「あっ、違うわ。一応ジャスティンのメモが入ってたのよ」
「どうやら《聖ヨハネ協会》の方が迎えに来てくれるようで」

初期の目的は話し合い。
別に乗り込もうってわけでもない。
つまり氷の城まで案内役が来るという事。

「迎えねぇ・・・」

トラジは洞穴の中から極寒の外を見る。
吹雪が隙間無く吹雪いている。

「こんな吹雪の中迎えに来れるってぇんなら、そいつは雪男に違いねぇでさぁ」
「神様信者は雪男ってかぁ?カッ、笑えねぇ」
「つまり迎え待ちなのに迎えなんて来れるわけないからドジャーさんがイライラしてるわけです」
「説明ありがとうアレックス。クソ食らえ」
「でも本当に迎えなんて来るの?」
「さぁ・・・」
「とにかく我慢しろって事ですかねぇ」
「我慢?我慢我慢我慢我慢!!さっきからそればっか!
 来るかも分からねぇ待ち人待って!俺ら馬鹿か!?あん?」
「言わないでください・・・・」
「とにかく寒ぃんだよ!お前らが思ってる以上に俺ぁ寒い!ソー・コールドだ!」
「・・・・・・コールドで凍・・・」

・・・凍るど・・・
というシシオの語尾は聞き取れなかった。

「寒いギャグもちゃんと言えねぇなら黙ってろオメェは!」

シシオは前髪を垂らして俯いた。
だが、
一人だけアンタゴン持参でほかほか。
可哀想とは思わない。

「ったく・・・神様ねぇ・・・・」

ドジャーはぶつぶつ言いながら洞穴の壁にもたれかかった。

「そんなもん居るかっつーんだ。おいっ、アレックス。焚き火しろ焚き火」
「洞穴の中か煙で真っ黒になりますよ。死にたいんですか?」
「大体薪(まき)になるものないじゃないの」
「・・・・・・・あるよ・・・」

そう言い、
シシオは懐から木片を3本取り出した。

「・・・・・・」
「なんで持ってんだよ・・・」
「・・・なんとなく・・」
「懐に薪忍ばせてるヤクザは初めて見たわ・・・」

アレックスは受け取り、
煙が逃げるように入り口付近に移動し、
パージフレアで火をつけてみたが、
やはりすぐ消えてしまった。

「はぁーぁ・・・でも神様信じて生きるってどうなんでしょうね」

アレックスは薪を洞穴の外に投げ捨てながら言った。
シシオは「・・・ぁ・・・」と名残惜しそうだったが、
誰も気づかなかった。

「カッ、どうもこうもねぇよ。馬鹿だバーカ」
「とりあえず私も理解不能だわ」
「ですよね」
「・・・ってぇかあんたは聖職者じゃねぇんですかい」
「聖職者は職業です。騎士は誇りです。仕事は食べる事です」
「・・・・・・あっそ」
「まぁ神とかいうのも信じ方によるんじゃねぇですかい?」
「お?ヤクザは神様拝呈派か?」
「いやぁ。そうでもねぇでさぁ。ただ人様の信じるモンを無闇に否定はしねぇってもんで。
 それが心の支えになるってぇんなら必要なものたぁ思いやすぜ」

信じるもの。
トラジにとってはそれはリュウの親っさんという事になるのか。
ある種宗教じみたほどの崇高。
信じるものも形による。
そう言いたいのだろう。

「行き過ぎなければってところですね」
「でもその行き過ぎた人達とこれから会うんでしょ?」
「カッ、神様ジャンキーねぇ。いけすかねぇ」
「ですがぁ、世の中なんてぇのは3種類でさぁ」

トラジがタバコを口に咥え、
片手で風壁を作りながら火を付ける。

「神様ジャンキー、人様ジャンキー・・・・そして金様ジャンキーってぇもんで」

煙を吐き出しながら言うトラジ。
サングラス越しに目が笑う。
それは十分に説得力のある言葉だった。

「僕は食べて寝れればそれでいいんですがどこに入るんですか?」
「お前は馬鹿だ」
「そうですか・・・」

ドジャーに言われるとショックが強まる。

「てめぇコラァ!なんとか言ったらどうなんだい!ゴロする勇気もねぇのかい!?」
「・・・・・キュー・・・」

まだメザリンにケンカを売ってるツバメ。
何がしたいのか。
何が目的なのか。

「・・・・・・・・あの人は何ジャンキーですか?」
「あれは病気だ・・・」
「・・・・・・」
「なんだってぇ!?」
「うわ・・」
「地獄耳・・・」

ツバメがずかずかと歩みよってくる。

「文句があるなら言ってみな!」
「いや・・・私は別に・・・」

そしてマリナの胸倉を掴む。
なんかしらんが、
ツバメはマリナが気に入らないようだった。

「ちょっと・・・トラジこの子どうにかしてよ・・・」
「あー・・・・シシオ」
「・・・・・・・・はい・・・」

消え入りそうな声でシシオが立ち上がる。
立ち上がるとやはり高い身長が目立つ。
そしてツバメを背中から摘まみあげる。

「はーなせ!はなせシシオ!御呼びじゃぁないよ!」
「・・・・・・・いや・・・」
「離さないかい!うちを怒らせると後がただじゃおかないよ!」

シシオの手にぶらさがってジタバタと暴れるツバメ。
これは恒例なのだろうか。
まぁもし《昇竜会》の頭になったとして、
あの女ヤクザをいちいち止めるのは骨が折れる。
そう言う意味でシシオという男の重要さが分かる。

「ってぇ事で・・・」

トラジが話を戻す。
というか聞く。

「その、《聖ヨハネ協会》の教主っていうヨハネ=シャーロットでしたか?
 そのアンちゃんを騙すってぇ作戦が最初の目的でよござんすね」
「そゆこと」
「マリナさんを死んだはずの妹という事にしてね」

皆がマリナを見る。
ヨハネ=シャーロット。
その男と共に産まれ・・・
いや、産まれる事なく死んだ双子の妹。
ヨハネ=エクレアとしてマリナを利用する。

「今考えても利口な作戦たぁ思えませんがねぇ・・・」
「何?このマリナさんがヘマすると思ってるの?」
「いや」
「死んだ人間が生きてた」
「そんな夢物語で騙すってぇのがすでに無理がありやさぁ」
「まぁそうね・・・・」

そのとおりだ。
だが、
駄目もとだ。
駄目ならしょうがない。
そうしてまでも欲しい。
《聖ヨハネ協会》という集団。
その戦力。

「そのヨハネ=シャーロットってぇ男はどんな奴なんで?」
「えぇーっと・・・僕が聞いた話では・・・」
「いや、俺が説明してやんよ」

ドジャーがダルそうに洞穴の壁に背を当てたまま、
言った。

「説明下手そうじゃないですか」
「いや、俺のが上手く説明できるだろうよ」
「なんでよ」
「ジャスティンが話すと思ってたが、案の定スルーだ。俺に言えって事なんだろうよ。
 ・・・・・・・・ヨハネなぁ。・・・・ヨハネ。・・・あぁ・・・胸糞悪ぃ」
「知ってるんですか?」
「昔99番街で住んでたことがあんだよ」













-------------------------------




















初めて会ったのは中途半端にガキの頃だったな。
ガキってほどガキでもねぇ。
まぁ10代のどっかだ。
マリナが99番街に来るよりもっと前だったのは覚えてら。

「金出せっつってるわけよ」
「ガハハ!そゆこと」

ちょうど俺とメッツとジャスティンでカツアゲしてたとこだったな。
あ?
そこにいちいち文句言うなよ?
仕事だ仕事。

「・・・ひ、ひぃ・・・・」

カツアゲ相手のそいつはただのパンピーだ。
99番街に観光目的で来てたクソ野郎でな。
そいつは"そこんとこ"をおおいに勘違いしていた。
甘くみてたお坊ちゃん野郎で、
99番街をナメてた。

「刃物突きつけられるのは初めてか?」
「童貞卒業おめでとう」

ジャスティンがそいつ蹴飛ばすと、
そいつは財布取り出して頭下げてたよ。
命だけは。
命だけはってね。

「ったく張り合いねぇ野郎だなコラ!みっともねぇ」
「カッ、カツアゲ相手がクズでもカスでもどうでもいいっての」

俺は財布をぶん取って言ったさ。

「金さえ手に入ればそれでな。生活かかってんだ。
 こういう頭悪い奴が興味本位で99番街来てくれると将来安定ってもんだ」

そーいう事だ。
馬鹿は金もってフラフラしてくれてればいい。
合法?
悪行?
知るか。
ここではそれがルールで全て。
そういうスラム街だ。
悪い事するのがルールなんだ。
おかしいのは正論持ってくる方だな。

「ほれ、別に殺しゃーしねぇ。金が手に入ればそれでいいからな」

「ほ、ほんとですか!?」

正論くじかれたお坊ちゃん育ちはそう言って頭を何度も下げていた。
傑作だな。
神様にでも見えたのか?
金むしって逃がす俺らが。
拝む相手を考える事から始めたほうがいい。

まぁそうやって俺らはカツアゲ終えて、
そのまま帰ろうって時だったよ。

そいつは来た。


「悲しいですね。主はお嘆きになっています」


一目見た瞬間気に入らなかったよ。
ルアス99番街。
そんなとこにいるツラじゃなかった。

「悲しさは浄化されるべきです。嗚呼・・・主よ・・・」

綺麗な顔立ちしてたよ。
声聞いても分からなかった。
男か女かって違いさえな。
天使みてぇな顔っつえば笑い話くらいにはなる。
この世に悪なんてない。
そんな爽やかなムカつく顔してやがった。

「主は言いました。汝の隣人を愛せ・・・と・・・・・」

綺麗顔の聖人さんは言ったよ。
理解できないような言葉をな。
まったく理解できない。
なんだあの堂々とした立ちすくまいは。
左手には聖書(バイブル)抱えて、
綺麗な綺麗な聖職者のお召し物。
訳分からなかったのは・・・・
そんな超神父な格好をしているのにも関わらず・・・・
・・・・
腰にメイスをぶら下げてた。
メイスってあれだ。
なんか先っぽ尖がってるハンマーの一種だ。
いや、ハンマーつーより頭かち割る棒みたいな奴だな。

「なんだてめぇ」
「変な奴だな・・・初めて見る・・・」

今考えると完全ザコい悪役みたいな事言ってたな。
正直勘弁ってもんだ。

「貴方達。神を信じますか?」

そいつは言ったよ。
唐突にな。

「何を言ってるんだ?」
「馬鹿か?」

そんな言葉しか見つからなかったっての。
何言ってるんだ。
信じてる信じてない以前に、
そんなもんを持ち出す奴を初めて見た。
そんくらい99番街に浮いた奴だった。

「貴方達は信じてないのですか?この御時世にもなって、"未だに神も信じてない"と?」

「ゴチャゴチャうっせぇな」
「俺達はそんなものどうでもいいよ」
「食えるなら別だけどな!」

「・・・・・・哀れですね。主はお嘆きになっています」

綺麗顔の神父様はそう言ったさ。

「信じる者は救われる。主はそう言いました」

「カッ、クソ食らえだ」

俺はツバを吐き捨てた覚えがあるな。
そりゃそうだ。
今聞いても吐き捨てるだろうな。

「信じるだけで幸せになれりゃぁ世の中頭悪ぃ天国になってらぁ」
「ここはそういう所なんだよ神父さん」
「幸せどころかよぉ、生きて今晩の飯を食いたいなら自分の手で動かなきゃなんねぇ」
「血に染めようがどうでもいい」
「殺して後悔しようとも、明日生きてなきゃ後悔もできないからね」

「そうですか・・・」

その女男な神父野郎は悲しそうな顔したよ。
知るかって話だったが、
そのままどっか行っちまえと思った。
だけどよぉ、

「貴方達も迷っておられる。迷える子羊よ。
 懺悔ならこの私。ヨハネ=シャーロットが主に変わり聞きましょう」

頭とち狂ってると思ったね。
ザンゲ?
なんだそりゃ。

「お前に話してどうなんだよ」
「そーやって金集めてるのかい?」

「金銭で人は救えません。だが、神は貴方達を救えるでしょう」

ヨハネって野郎の顔はむかついたよ。
なんつーの。
幸せにしてあげますよって顔。
爽やかでよぉ、
本気でそう思いすぎてるんだろうな。
最強に胡散臭い顔だ。
胡散臭い事信じすぎるとあんなんになるんだと思ったぜ。

「カッ、神様がいたらこんな町とっくにねぇっての」
「俺達はこの人生、神様に救ってもらった事なんて一回もないね」

「それは貴方達の信仰が足りないのです。信じれば救われます」

「あー・・・どうでもいいな・・・」
「うっせうっせ!」
「俺らもう帰るからよ」
「自分達の事は神頼みしなくてもなんとかできるからね」

「助けてください!!!」

そう言ったのはよぉ、
俺らがカツアゲしてたひ弱なお坊ちゃんだったさ。

「こんなところに居たら命がいくつあっても足りない!
 神父様!どうか僕を助けていただけないでしょうか!!」

「そうですね」

ヨハネは微笑んでいた。
俺達は苦笑してその場を去ったよ。
もうハッキリ言ってどうでもよかった。
好きにやってくれって感じだ。
金は入ったし、
馬鹿とクズは一緒にイチャイチャしててくれと。
そんな感じで俺らはそこを離れたよ。

まぁ、
そこで終われば忘れてたかもな。
だが、
ちょっと歩いてるとよ・・・

悲鳴が聞こえたんだ。

さっきの所からよ。
なんだと思って俺らは走って戻ったよ。

「お、おい・・・」
「なんだこりゃ・・・・」

目を疑ったね。
そこは血で溢れていた。
壁に赤い跡が残っててよ、
その血をたどると地面でさっきの坊ちゃんが倒れてんだ。
頭がグチャってなってたな。
頭の大きさが二倍になってるぐらいに割れててよ、
脳みそが真っ赤になって散乱していた。

そして・・・
ヨハネって野郎が血にまみれたメイス持って立ってたよ。

「おや・・・戻ってきたのですか」

天使顔した神父様は俺ら見て笑ったよ。
顔に返り血ついたまま、
女神が笑うみてぇに純心な笑顔でそのヨハネって男は笑った。

「な・・・何してんだてめぇ・・・」

「この人は異端者でした」

「異端・・・者?」
「何言ってんだ・・・」

「神を信じていると言いながら、それは嘘だったのです。
 ルアスの町で悪行を行う商人。神の冒涜者です」

「おまっ!いや・・・俺らが言う事でもねぇけどよ!そいつはお前に助けを求めていたんだぞ!?」

「助けるのは私でなく神。この者はそれを分かっていなかった。
 神を商売にどうのとさえ言い出すこの者は、異端者でしかない。
 だから"天罰"です。私が判決を行った。・・・・・神は死罪を与えました」

ニコりと笑ったさ。
薄気味悪い顔で。
何も罪悪感なんてなかった。
俺らよりたちが悪い。
いい事と思って人殺したんだからな。

「私は神の地上代行者・・・」

振り上げたな。
メイスをよ。

「異端者は滅するべきなのです!」

グチャって音が鳴ってよぉ。
もう死んでるその坊ちゃんにまたメイスを打ち付けていた。

「判決は私が下します!よってこの者は死刑!死刑なのです!」

何度も何度もよぉ。
メイスで死体をめった殴りにしてた。

「死刑!!死刑死刑死刑!死刑は私が執行する!神に代わって!!!」

血は飛び散るわ、
肉片は飛び散るわ、
脳みそが顔にかかるわ。
散々だったな。
もう無我夢中で死体を殺してたよ。
オーバーキルって奴だ。
ヨハネって神父は血まみれになってこん棒振り回してた。

「・・・・ふぅ・・・」

ヨハネはようやく落ち着いたさ。
メイスに内臓とかへばりついてたがな。

「神は天国(アスガルド)にいらっしゃる。ならば地上での天罰は私が行わなくては・・・・」

イカれてたよ。

「私は神が使わした地上代行者なのです。死刑執行人(エクスキューター)として・・・。
 主は言いました。"死刑は殺人ではない"・・・そのとおり。罰なのですから。・・・・・・さて・・・・」

そんでその死刑執行天使様は俺らの方見て言ったさ。


「もう一度貴方達に聞きます。・・・・・汝・・・神を信じますか?」















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「はっきり言ってイカれてた」

ドジャーは苦笑いしながら、
自分の頭を指差す。

「頭(ここ)のネジが緩んでたって話じゃねぇ。
 ネジをさすとこを間違えたままキュンキュンにネジを締めて電波障害を起こしたって感じだ」

酷い言いようだったが、
今の話を聞いているとあながち間違ってはいない。

「何それ・・・ヤバくないかしら・・・」
「自分を神様に選ばれし者と思ってるって事ですか?」
「そういう事だろうな。あれから何回か99番街で見た。・・・・つーか一時期噂で持ちきりだったさ。
 イカれた神様がメイス振り回して殺しまくってるってな。こっちとしちゃぁたまんねぇよ。
 金目当てでも快楽目当てでもなく、"善行のために人殺して回ってる"んだからな」

善いと思い、
人を殺す。

「今じゃぁこう呼ばれてらぁ。イカれた神様の地上代行者。
 自分勝手な死刑執行人(エクスキューター)。歩く死刑(デスペナルティ)宅配便。
 脳みそ神様漬けのゴッドジャンキー。馬鹿者先導神父様(プリースト)。
 そして・・・・・善(白)と悪(黒)がゴチャ混ぜのイカれ頭・・・『ゼブラヘッド』」

言いえて絶妙。
白と黒の違いの分からない男。
いや、
全て白だと信じ、
信じる事は神事と思ってやまない男。
殺しという黒き悪行も白に飲み込む・・・
それは《聖ヨハネ協会》・・・ヨハネ=シャーロット。

「ま、そういうイカれ野郎ってこった。
 あんなん99番街でも浮いてたぜ?そういう奴だったさ。
 っつっても99番街に住んでた事は確かでよぉ。だから名が後に来てるわけだ」

ヨハネが姓で、
シャーロットが名。
ルアス99番街の風習通り、
姓が前で名が後だ。

「言っちゃぁ悪いかもしんねぇが、ウイルスみてぇな奴だった。
 99番街に来て、殺すだけ殺した。生活のためでもなんでもねぇ。"神のため"にな。
 かなり殺ったはずだ。3ケタ行くんじゃねぇかな?死にたくねぇからって神を信じ始めた馬鹿もいた。
 殺しに殺し、神を信じると言ったもんだけ吸収して・・・あとはドンドン殺してったよ」
「ひでぇなそりゃ・・・・」
「筋が通ってないねぇ。うちはそういう奴がメチャクチャ気に入らないんだよ」
「っつっても無駄無駄。馬の耳に念仏ってのが合ってる様な合ってない様なだ。
 説教しようにも聞く耳もたねぇからな。自分は神の僕だから正しいって思い切ってる。
 だからこそ奴自信が神を信じろって説教しながら人殺しまくってんだからな」
「ちゃんと話しが通じる相手じゃない気がするんですけど・・・」
「だからこそでしょうな」

トラジがタバコを手に取ったまま、
納得したように言う。

「イカれてるってのがまたいいのかもしれやせん。
 イカれてるっつってもまたそのイカれ具合は完璧に直線的でさぁ。
 ただ神を信じてどうこうってなもんでしょうや?なら話は早ぇってもんで。
 俺らはそこを付けばぁ案外大成ってなもんかもしれませんぜ」
「なるほどね」
「逆にイカれてるからこそ、アホな作戦も現実味が出てくるってか?」
「死んだ妹が生き返って現れる。それも"神のくれた奇跡"。
 そう思ってくれるほど直線的でイカれ狂った神様中毒者(ジャンキー)ですね」
「ちょっと待って」

マリナが両手を伸ばす。

「私がそのヨハネ=シャーロットの妹の・・・えぇーっと・・・・」
「ヨハネ=エクレア」
「そう!それに成りすますってのは分かったわ。
 あんた達は会ったことあるから私と似てるってのを思ったんだろうからね」
「あぁ。そっくりってんじゃねぇが、面影はある。
 メスみてぇに綺麗な顔した野郎だったからな。似てなくはない・・・ってレベルだ」
「それはいいわ。それはいい。作戦も多少成功率があるってのも分かるわ。
 でも今の話聞いた感じ・・・・・・・・騙すの失敗したら私殺されそうじゃない?」
「「「・・・・・・・・・」」」

一同は黙った。

「え・・・ちょっと・・・」
「ま、失敗を考えてもしょうがないな」
「ポジティブにいきましょうマリナさん」
「そんな・・・」
「アハハハ!ざまぁみろアマ!」
「うっさいわねあんたは!」

ツバメは堂々とマリナにケンカを売る。

「ツバメ!私が失敗したらあんたもヤバいかもしれないんだからね!」
「うちは大丈夫だよ」
「なんでよ」
「逃げるもん」
「・・・・・逃がしてたまるか!」
「あれ?何?あんた失敗する気で行くの?そりゃぁ筋通ってないねぇ。
 請け負った事に責任も持たずに行く気かい?そりゃぁ最悪だねぇ」
「何よ・・・」
「失敗したら!」

ガンッ!
とツバメは地面に何かを突き刺した。
それは一本のダガーだった。

「エンコだねぇ」
「エ、エンコ?」
「小指でさぁ。こっちのもんじゃぁ責任取る時に小指(エンコ)くれてやるって事もあるんでさぁ。
 まぁ今時そんな時代遅れの話持ち出すんはぁ、俺らの中でもツバメだけってもんですけどねぃ」
「ちょっと!なんで私にペナルティが多いのよ!」
「エーーンーーコ!エーーンーーコ!」
「うるさい!」

ツバメがアンコールを促すように「エンコエンコ」と手拍子を叩いていた。
ノリノリだ。
まぁ、
こっそりアレックスもノッていたのにも気づき、
マリナはアレックスの頭を一回ひっぱたいた。

「まぁやらなきゃいけないんならやるけどさっ!もう!」
「いきなり投げやりになりましたね・・・」
「私がヨハネ=エクレアになり切れば一番早く終わるんでしょ!?
 早く帰りたいのよ私は!帰れるなら今すぐにでも!」

帰りたいのは皆だ。
寒いもん。

「ってかエクレアの真似って何すればいいの?」
「え・・・」

皆は顔を見合わせた。
だが、
お互いがお互い、
そんなもんは知らない。

「見たことねぇもんよぉ・・・」

そりゃそうだ。
死んだ人間。

「っていうか産まれてさえいない人間なんてどう真似すんだよ」
「そのヨハネって奴に似せるのが一番じゃぁねぇですかい」
「なるほど・・・・」

マリナは考える。

「って言ってもねぇ・・・ドジャーの話の中でしか知らないんだから出来るかしら・・・」
「出来なくてもやってもらわにゃぁこっちもお手上げってもんで」
「ふむぅ・・・」

マリナは口に手を当てて考える。
ヨハネ=エクレアの真似。
存在さえしていない人間の真似。
ヨハネ=シャーロットを元に、
自分で製作するしかない。
ふとマリナはツバメの方を見た。

「よし」

そしてそう言うと。

「天罰!!」

バチンっ!という音が鳴り響いた。
と同時、
ツバメの片頬が赤くはれ、
顔が横を向いた。

「・・・・・・・」

ツバメはビンタされた後の状態で、
ひっぱたかれたままの横顔の状態で静止した。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

皆、
沈黙していた。

「な・・・」

ピクりとツバメが動き、
言葉を発した。

「いきなり何してくれとんじゃこのアマッ!!!」

ツバメがマリナに掴みかかる。
当然だ。
当然だろう。
突然ビンタされたのだから。

「おお・・・落ち着け!」
「気を静めろツバメ!」
「お言いでないよ!!うちはいきなりひっぱたかれたんだ!
 ケンカ売ってきやがったこのアマ!ゴロだ!喧嘩(ゴロ)上等だこのアマッ!!」
「ツバメさん落ち着いて・・・・マリナさんもいきなり何を・・・」

マリナは両手を腰にあて、
偉そうに言った。

「練習」

つまりエクレアというキャラの練習だろう。
だろう。
だろう・・・けど・・・・

「こんのクソアマッ!!!」

そりゃ怒るわ。
ツバメはマリナに飛びかかろうとする。
アレックスとドジャーとトラジで止めようとする。

「なんつー馬鹿力だこの女・・・・」
「おいシシオ!シシオ頼む!」
「・・・・はい・・・・」

そうして、
ぬくっと長身のシシオが前に出て、
ツバメの背中を掴む。

「はーーなせーー!はなせーー!」
「・・・・・・・」

何度見た光景か。
シシオの手の下にぶら下げられ、
ジタバタとあがくツバメ。

「ドスぶっ刺してやる!三途に送ってやるんだからね!!」
「ふん。やってみなさい」

マリナは中指を立てて見せ、
べぇーっと舌を出す。
よくもこんな短期間で仲悪くなれたものだ。
女と女のケンカ。
陰湿ではなさすぎる直線的すぎる女のケンカ。
これこそ立ち入りづらいものがある。

「だぁー!この女用に鎮静剤とかねぇのかよ!」
「・・・・・あるよ・・」
「あんのかよっ!」
「シシオさん・・・本当になんでも持ってますね・・・」

といっても取り出しはしなかった。
シシオは片腕しかないので、
ツバメをぶら下げている手で終了だった。

「あっ見てください」

ツバメとマリナはお互いに挑発し合っていたが、
その中、
アレックスは指をさして言った。

「吹雪おさまってますよ」

皆は洞穴の外を見た。

「うぉっ!マジだ!」
「ちらほら雪が降ってやすが、問題にはならないレベルでさぁな」

外を歩けないレベルではない。

「吹雪が止んでるうちにここから出るとすっか」
「これ以上こんなとこ居ても凍えそうですしね」
「《聖ヨハネ協会》の奴らが向かえに来るんじゃぁなかったんですかい?」
「待ってらんねぇよ!」
「よね」
「ここの生活もやっとオサラバだね!あぃた!」

ツバメはシシオの手からゴトンと落ち、
ヒザをぶつけていた。
そしてツバメを放り捨てたシシオは、
吹雪の止んだ外ではなく、
逆に奥へ歩んでいった。

「・・・・・・・ほら・・・」

シシオは片手で懐から何かを取り出す。
それは魚の缶詰だった。

「・・・・・あり・・・」

・・・・がとう・・・
という語尾は消えていったが、
言いながらシシオは器用に缶詰を開けた。
そして、

「キュー・・・」

奥に居たこの洞穴の主人。
メザリンの前に置いた。
お邪魔したお礼なのだろう。

「なんでも入ってるな・・・あいつの懐・・・」
「馬鹿ですねぇドジャーさん」
「あん?」
「入ってるのは物だけじゃありません」
「はぁ?」
「見ましたか?魔物にもお礼をあげるという行動」

アレックスは両手を自分の胸に当てて言う。

「シシオさんの懐には暖かさが入ってるんですよ」

そこでドジャーのとび蹴りが入った。
アレックスに直撃し、
アレックスは雪をかきわけ、洞穴の外まで吹っ飛んだ。

「冷たっ!何するんですか!」
「ムカついたんだ!」
「いい事言ったのにっ!」
「だからだ!吹雪止んだのに身震いがしたわ!」

・・・・。
ともかく、
6人は外に出て、
氷の城を目指す事にした。





























「氷の城(アドリブン)ってのはこっちで合ってんだろうなぁ!」

ドジャーが雪を踏みしめながら言う。

「恐らく・・・ですね・・・」

アレックスは地図を広げながら言う。

「騎士団で行った事もありますし、間違ってはいないと思うんですが・・・
 景色が景色なんでどうにも目印があやふやで・・・多分合ってます・・・」

心配の残るアレックスの言葉。
だが、
とにかく6人は前に進むしかなかった。

「寒いわねぇ・・・・」

マリナが両手で自分を抱え込みながら言う。
寒い。
そりゃ寒い。
洞穴と比べ物にならないくらい寒い。
そりゃそうだ。
雪は粉雪に変わったが、
以前、外は冬景色。
というか雪景色。
あっちを見ても、
こっちを見ても、
雪。雪雪雪雪雪雪。
白。白白白白白白。
温度はどんなものなんだろうか。
とにかく、
普通ならアンタゴンという防寒着を着て進む道なのだ。
普段着で進む彼らは自殺行為というか、
死にたがりというか。
・・・・。
まぁ馬鹿だ。

「あぁドジャーさん!」
「ん?」
「そこから離れて!!」
「え・・・」

ドジャーは咄嗟に体を翻し、
横に避けた。

「・・・・・」

が、
別状とにく何も起こらなかった。

「な、なんだよアレックス・・・」
「いや、」

アレックスは足元を指差す。

「そこは僕が綺麗に足跡を付けたので踏まないで欲しいなぁと」
「・・・・・・知るか!」

本当に知るかといいたいが、
アレックス的には会心の出来の足跡だったのだ。
きらやかに白く輝く雪。
その中、
崩れる事なく綺麗についた自分の足跡。
完璧だと思った。
それを壊される。

「記念にSSとっときたいですね」
「いらんから進め」

ドジャーはアレックスを蹴飛ばし、
前に進めさせる。

「むぅ・・・帰りにも残ってるといいなぁ・・・」
「心配せんでも帰りはゲートで飛ぶ」
「アレックス君だけ歩いてもいいけどね」
「それは面倒ですね」

会心の出来の芸術(足跡)も、
面倒くさかったらもうどうでもよかった。

「ってかトラジ」
「なんでさぁ」
「やっぱお前の格好寒ぃよ・・・」
「そうかもしれやせんねぇ」

先ほども注目したが、
トラジの格好。
やはり寒い。
素肌にスーツ。
さらに前が肌蹴ているのだ。
スーツを羽織っただけの裸だ。
いや、
馬鹿だ。

「それにさっきからグラサンに雪が付いて見づらいってもんで。
 雪用ってわけじゃぁないんでグラサン越しの世界も雪景色じゃ見づらい見づらい」
「取れよ」
「グラサンは俺の命でさぁ」
「じゃぁ貸せ。叩き割って殺してやる」
「やれるもんなら」

と言って、
トラジは両手でオールバックの髪を後ろにかき流した。
別にかっこよくは無い。

「あー寒いなぁおい」

と男っぽく言ったのはツバメ。

「おいシシオ」
「・・・・・・?・・・」
「ホッカイロ出せ」
「・・・・・・・」

言われてシシオは懐をまさぐり、
カイロを取り出した。
瞬間、
アレックスとドジャーとマリナは固まった。

「・・・・・・」
「ちょ・・・・」
「ま・・・」
「ん?どうしたんでさぁ?」
「あはは!あのアマ!だっせぇ顔してんねぇ!」
「い、いや!」
「そんなんあるならさっさと出せよ!」
「・・・・・」

シシオは困ったような顔をした。
前髪で目が隠れていてもそれは分かる。

「出せって言わなかったからシシオは出さなかっただけでさぁ」
「アホか!今出さなきゃいつ使うんだよそれ!」
「何個あるんですか?」
「・・・・・・・6・・・」
「ちゃんとあるんじゃない!」
「貸せ!」

ドジャー達は群がり、
一斉にカイロを奪い取った。

「うおおおおおお!!」

そして一生懸命カイロをシャカシャカ振るドジャーはアホみたいだった。

「おい!シシオっての!」
「・・・・?」
「まだなんか使えそうなのあるなら先に出しとけ!」
「ドジャーの旦那ぁ。そう無理はいいなさんなってぇ」
「使えるもんあんなら今のうちに使っとくべきだ!!」

正論だ。
正論すぎる。

「具体的に言ってやってくだせぇ。こっちも義理ありやすから出し惜しみはしやせん」
「じゃぁ酒だ酒!」
「そんな無茶な・・・」
「・・・・・・・はい・・・・」
「あんのかよっ!!」

驚きながらも、
怒りながらドジャーはシシオが取り出した小瓶をぶん取る。

「クソッ!酒だ酒だ!」

そしてぐぃっと一気飲み。

「ぷはー!暖まるぜぇ!・・・ってんなわけあるか!こんなとこで飲んだら寒いに決まってんだろ!」

ドジャーは雪原に酒の小瓶を投げつけた。
一人で怒ったり怒ったり怒ったり。
忙しい人だ。

「あぁもう!なんか雪止んだぞ!」

何か言い出したぞこの人。
と思うと、

「あれ?」
「確かに止みましたね」
「天気になったんでしょうや」

と思い、
皆は空を見上げた。
だが、
見えたものは・・・

「あ・・・」
「城だ・・・」

まるで空へ吸い込まれるほどに伸びた氷の城。
それがかすかに横に降る粉雪を止めていた。

「でけぇ・・・」
「ってか綺麗ねぇ」

気づかないうちに到着していたようだ。
さすがにそこまでの距離はなかった。
あの記憶の書もそれなりの近場に登録してあったのだろう。
気づくと着いていた。

「絶景ですね」

確かに、
美しかった。
氷で出来た城。
白い雪の中、
白い地面、
白い木。
白い岩。
降りしきる白い雪。
そこに立つ・・・白くまみれた氷の城。

「いいから早く入ろうぜ」

感動してるのに横槍を入れるドジャー。
だが誰も文句は言わない。
寒いからだ。
早く入りたい。

「これがドアか」
「大層なもんですね」
「早く開けてよ!中は寒くないんでしょうね!」
「氷の城といっても中は防寒着(アンタゴン)がなくても大丈夫な温度です」
「とっとと開けるか」

そう言い、
ドジャーはドアを押そうとするが、

「冷たっ!ドア冷え切ってやがる!おいシシオ!お前押せ!」

シシオはいきなり呼ばれて小さく驚いていたが、
シシオは一人だけアンタゴンを着ている。
それくらいは当然だろう。

「・・・・・・・・」

片腕しかないので、
片腕でシシオは力強く扉を押す。
少し凍りついていたのだろう。
扉はパリパリと音を立て小さな氷結を散りばめた。
そしてドアは開いた。

「入れ入れ!」
「閉めましょう!」

全員一斉に中に入ると、
今度は一斉にドアを閉めた。
すると、
密閉された氷の城。
なるほど。
暖かいと感じるほどではないが、
確かに寒くない。

「本当に氷尽くしなのね・・・」

マリナは入り口を見渡し、そう言う。
青く、
美しく、
透き通った世界。
そんな様子。
ガラス張りとはまた違う、
青き世界。

「普通の氷とは違うみたいですけどね。ルシとかルナリンとか・・・僕にはよく分かりませんけど」
「どうでもいいっての」
「確かに。ここにこういうものがある。それだけで十分でさぁ」

適当なものだ。
学者から遠い人種の集まりか。

「で・・・どうす・・・」



「よくいらっしゃいました」

声がした。
どこからかと思うと、
向こうから、
男が歩いてくる。
後ろに2名、女神官を従え、
神父のような見た目の男が。

「寒かったでしょう。今からお迎えにあがろうかと思っておりましたがご自分の力でこられたようで」

「あ、はい。少し雪山で立ち往生しましたが」

「ああ・・それはいけない。極寒の雪山で彷徨う子羊。
 ですが無事辿り付けたというのはきっと神のおぼし召しなのでしょう。
 これはまた主に感謝しなくては・・・あなた方への奇跡。私が代わり、感謝は届けましょう」

男は両手を広げて言った。
精悍な顔つき。
何一つ不幸のないような、
男か女か見分けつきにくい美しい顔立ち。
神に魅入られたような・・・
天使のような・・・

「あなたがヨハネ=シャーロットさんですか?」

「ああ、これは失礼しました。客人に名も教えず話していたなどご無礼を。
 いかにも私が《聖ヨハネ協会》の教主。ヨハネ=シャーロットです。
 今日の出会いも神のおぼし召しなのでしょう。どうかよろしくお願いします」

アレックスに対し、
握手をしようと手を差し出すヨハネ。
だが、
その手を握り返したのは・・・ドジャーだった。

「久しぶりだなヨハネ」

ドジャーは手を握り返し、
ニヤりと笑う。

「おお、ジャスティン殿という方から連絡は入っております。あなたがドジャーさんですね?
 話によると私どものは以前、99番街で出会っているとか・・・きっとこれも神のおぼし召しですね」

「カッ、偶然だよ」

ドジャーは挑発的に握手していた手を離す。
先が思いやられるものだ。
友好的にいけないものか。

「それでは奥へ案内しましょうか」

天使のような笑顔で、
ヨハネは振り向き、氷の廊下を進み始めた。
アレックス、ドジャー、マリナ、
トラジ、ツバメ、シシオ。
6人はそれに続き、
氷の廊下を歩く。
その後ろに、
ヨハネと共にきた2名の女神官が監視するようについてきた。

「歩きながらで失礼ですが、お名前も伺ってもよろしいでしょうか?」

「え?」
「僕達のですか?」

「はい。神もこの数奇な出会いに感謝しておられるでしょう。
 ここは神々の住いと言ってよい所。ここでの会話は神も聞いているはずです。
 主もあなた方の名前をお知りになりたいはずです」

「はぁ・・・」

よく分からないが、
まぁ自己紹介は当然だろう。
歩きながら話す。

「俺ぁロス・A=ドジャー。ってのはもう聞いてるんだったな」
「うちはツバメ=アカヤクトってんだ。よろしく」
「・・・・・シシオ・・・・シシオ=ニシ・・・」

ニシオウという名字は最後まで発音することなく消えていった。

「俺ぁトラジ=テンノウザンだ。後生よろしくしておくんなせぇ」
「僕はアレックス=オーランドです」
「私はシャル=マリナよ!マリナさんって呼んで・・・」
「おまっ!」
「おい!」
「あっ・・・・」

いきなりか・・・
いきなりなのか・・・・

「あ、いえ!こいつはヨハネ=エクレアってんだよ!」
「そうなんですよ!今日はその話でここまで来て・・・・」

ヨハネは足を止めた。
6人も息を呑んで足を止める。
そしてヨハネは振り向いた。

「そうなのですか?」

それは無垢な疑問顔だった。

「いやはや・・・どちらが本当のお名前なので?」

「そ、そりゃぁ!・・・おい」
「えっと・・・エクレアよ!ヨハネ=エクレア!」
「そうそう!」
「あんたの妹さんでさぁ!」

「ふむ・・・」

ヨハネは額に指を当て、
考える仕草をした。
皆はただ見守った。
もうバレたか。
分からない。

「失礼ながら、いきなりそんな話は鵜呑みにはできません」

駄目か・・・

「ですが、主はどんな事にでも耳を傾けろとお言いになりました。
 全てを偏見で切り捨てるは愚の骨頂。あり得もしないことなどない。
 神の力があれば、どんな事にでも奇跡という贈り物は起こりえるのですから」

ヨハネは両手を広げた。

「私はあなた方を信じてみることとします。信じる者は救われる!主はそうおっしゃいました!
 疑心は暗鬼!真偽はともかく信じなくてはなりません。そして・・・・」

ヨハネの口元は笑みで歪む。

「真偽の審議は私が行います。私は神の地上代行人。私の審議は神の審議。
 それ、すなわち神技であり、世界の全ての人が信じるべき信義なのです!」

聞いたとおりだった。
完璧に。
イカれた神様ジャンキー。
神様中毒者。
神様中毒進行中で信仰中。
彼、
ヨハネ=シャーロットの基準の全ては神。
そして・・・
自分は神に代わり、
審議を行う権利を持っていると疑って止まない。
そんな・・・
そんなイカれ野郎。

「あなた」

「は、はい!」

その雰囲気に、
マリナは飲まれていた。
バレてしまいそうになった混乱と、
そして押しの強いヨハネの雰囲気。

「あなたは私の妹。ヨハネ=エクレアと・・・そう言うのですね」

「は、はい!」

なんとたどたどしい妹だろうか。

「エ、エクレアよ。お兄〜ちゃん!」

だめだ。
演技がどうこうとかいう以前に、
もう駄目だ。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだが、
お兄ちゃんはないだろう。

「疑う事は愚かだと主は言いました。ですが、今は審議の時。
 この私が主に代わり、あなたを見定めるため、何か証明できるものはありますか?」

「え?・・・えと・・・エクレアである証明ってこと?」

「そうです」

淡々というヨハネ。
マリナは焦る。
証明できるもの?
そんなものあるはずがない。
だが出せと言って来ている。
どうする。
何か、
なんでもいい。
何かこの場をやり過ごせるもの。

「え・・・っと・・・・」

ものじゃなくてもいい。
確定的じゃなくとも、
なんでもいい。
とにかく・・・
ヨハネ=エクレアであると、
ヨハネ=シャーロットの妹であるという何か・・・

混乱しながら、
マリナは考えていた。
必死に。
ただ、
ただ出るはずのない答えを探し、
頭が真っ白になったと思った時に、

出た答えはこれだった。

「て、天罰!!」

バチンッ!!
という音が氷付けのこの廊下に響いた。
天井も、
地面も、
壁も、
全ては氷づけで、
そこにバチンという音が乱反射するように響き渡った。

「あ・・・・」

マリナは腕を振り切った状態で静止した。
マリナ以外の5人も止まった。
そして・・・
当のヨハネ=シャーロット。
彼も・・・
片頬に手の平型の赤みをつけたまま、
横顔のまま、
静止した。

「終わった・・・」
「やっちまった・・・」

確定的に。
終末的に。
もう、
やっちまったとしか言いようががなかった。

「あ・・・や・・・・すいません!じゃなくて!ごめんお兄ちゃん!」

もうどう繕っても無駄な気がする。
というか。
泥沼だ。
自分で足元すくっている。

「ふふ・・・・」

だが、
ヨハネは小さく笑った。

「いえ・・・いいのですよ」

ヨハネ=シャーロットは、
笑顔で、
まるで天使のような笑顔で顔を戻した。

「痛み。そんなもので怒りをあらわにしたりしません。私は怒りません。
 やられたからやりかえす。それは愚かです。やれたからと言って悪意を持ってはいけません。
 左頬を殴られたら右頬を差し出せと主は言いました。その通りです。私は許します」

ヨハネは笑顔で、
天使のように美しい笑顔で、
両手を広げて続ける。

「ひとときの間違いも、後悔と懺悔があれば必ず悔い改める事ができます。
 神は許すでしょう。寛大なる心で。私というものが少しの痛みを得たからと言ってなんでしょうか」

「え・・あの・・・」
「こいつの事許してくれるんで?」

「はい」

ヨハネの笑顔。
なんとかなったと。
皆は胸をなでおろしながら安堵の息を漏らした。

「ですが・・・」

ヨハネは笑顔のまま言った。

「あなたの言ったあの言葉。それだけは許す事ができません」

「へ?」
「えと・・・」
「こいつなんか失礼な事言ったっけ・・・」

「"天罰"と言いました・・・」

ふるふると・・・
ヨハネは震えていた。

「天罰と・・・天罰だと・・・・・ふん・・・何をおっしゃいますか・・・・
 天より与えし罰・・・それはどんな者でも勝手に行えるものではないっ!!」

表情が変わる。
それは・・
それまでの天使のような表情とは違った。

「神の名を冒涜したな!貴様!この罪!万死に値するぞ!!」

「お、おい・・・」
「どうなってんだこりゃ!」

表情だけではない。
態度だけではない。
口調だけではない。
変わったもの・・・
それは・・・・
髪色。
黒色だった髪・・・
それが・・・
ヨハネの髪が・・・
白く白く変貌していた。

「神を冒涜した異端者め!判決を言い渡す!・・・・即刻・・・死刑だ!!
 死刑!死刑だ!異端者め!異端者は死刑!死刑だあああああああ!!!」

ヨハネの叫び声。
それと共に、
周りの至る所から足音が聞こえてくる。

「死刑です」
「死刑が宣告されました」

共に居た、
2名の女神官。
それらがWISオーブで連絡を入れる。
足音が増えていく。
こっちに向かってくる。

「神罰の許可を与える!!!神の子達よ!即刻神の名のもとにこの者の命を浄化せよ!
 神罰だ!これは殺人ではない!浄化であり!死刑だ!殺せ!殺してしまえ!!」

「やばい!」
「ちょっと!あんたのせいよこのアマッ!」
「う、うるさいわね!」
「今はそんなことしてる場合じゃありません!」
「どうしやさぁ・・・・」
「・・・・・・・逃げ・・・・」

シシオが言い切る前に、
すでに皆走り出した。

「ハハハハッ!逃げても無駄だ異端者!私は神になる!
 今日、この日!"天使試験"の天命がとうとう下ったのだ!
 例え今ひと時逃げおおせても!私は神となりお前らを裁く!」

遠くでヨハネの声が聞こえる。
だが、
そんな場合じゃない。
響いてくる足音。
《聖ヨハネ協会》の信者達のものだろう。
ものすごい数だ。
相手できる数じゃないのはすぐ分かる。
逃げなければ。

「こっちで合ってんのか!」
「分かりません!《聖ヨハネ協会》で中身を改装したようです!」
「どっちにしろ入り口の方に逃げるしかないでさぁな」
「ちょっと!入り口って!」

マリナが指をさす。
その先。
入ってきた扉。
そこの前には・・・
すでに聖職者の姿をした者達が塞いでいた。

「くっくそっ!」

ドジャーがブレーキをかける。

「どっか他に逃げるとこは!?」
「扉がありやすぜ!」

トラジが示した方向。
そこは一つの扉だった。
部屋。
部屋だった。
この廊下に無数に並ぶ部屋。
その一つ。

「逃げ込め!」

6人は一目散に部屋に走る。
だが・・・

「ちょ・・・」
「開かないよ!このドア!」

ドジャーとツバメがドアノブを掴んで引っ張ったり押したり叩いたり。
だが、
ビクともしない。

「そうでした・・・」
「何が!?」
「ここは氷の城(アドリブン)・・・・対応した部屋のカギがないと部屋は開きません」
「くそっ!変な機能だけ残しやがって!」

ドジャーがドアを蹴り飛ばす。
だがビクともしない。

「どうするんだい!」
「このままじゃ神罰ってのにあっちまいまさぁ」
「・・・・死刑・・・」
「うっせ!諦めて・・・・あっ」

ドジャーはふと思い出す。
そして、
懐から何かを取り出す。
それはチャラリと音を奏でながら、
ドジャーの手の平の上に。

「そうだった・・・」

それは・・・・
カギの束だった。

「ここのカギですか!?」
「旦那!そりゃぁどこで!?」
「あ・・・えっと・・・さっきヨハネと握手した時にスッた・・・・」

最初に握手した時か・・・
あんときに盗んだのか。
手癖が悪すぎる。
初対面の相手にスリを行うとは。

「あんたは本当に天罰下るべきね・・・・」
「カカッ!まさに神の贈り物ってか?冗談じゃねぇぜ!」

ドジャーは一つ目のカギを早速鍵穴にねじ込む。

「やっぱ行動は自分の力でってなぁ!」

だがカギが合わない。
そのカギを抜き、
次のカギをねじ込む。
合わない。
カギの束。
ここからこの部屋のカギを探し出さなければ。

「おい!後ろ!」
「もうかなりジャンキー共来てまさぁ!」
「ドジャーさん早く!」
「うっせ!」

カギを突っ込んでは引き抜く。
合うカギを探す。
だが、
もうすぐそこまで、
目に見えて分かる大量の《聖ヨハネ協会》信者達。
10・・・20・・・
いやいや・・・
100などとうに超えている。
このままでは袋叩きだ。

「早く!早くしてよドジャー!」
「うっせっつってんだ!」
「ドジャーさんそのカギ!この部屋と同じ模様があります!」
「これかっ!!」

ドジャーがカギを回すと、
ガチャリとロックの外れる音がした。

「よっしゃ!」
「開いたわ!」
「逃げ込め!」

6人はドアを開け、
中に入る。

「閉めろ!」
「早く!」

そして一斉にドアを閉める。
そしてカギを閉める。
と同時、
ドアの向こうからダンダンッ!と音が鳴り響く。
向こう側で叩いているのだろう。

「あ・・・・ぶなかったぁ・・・・」

マリナがへたれこむ。

「ほんと冷や冷やもんでさぁ・・・」
「もうすぐ殺されるところでしたね・・・」

ほっと一息つく。
ドアの向こう側で物凄い音がするが、
どうやら突破してこれそうにはない。
かなり強固な作りになっているようだ。

「凄い結束力ですね・・・ここの人たち・・・」
「神様っつーことでさぁな。信じるものが同じだと結束力も強くなりやす。
 それは《昇竜会》も同じなんでよく分かりまさぁ」

逆に言えば、
《聖ヨハネ協会》の力が分かる。
盲目なほど、
狂っているほど信じきっている。
だからこそ、
恐れも無ければ迷いさえない。
洗脳に近い。
最強の兵士達。

「でもあいつの変貌ぶりはうちもビビったよ」
「あーヨハネのな・・・昔はあぁも変わらなかったが・・・」
「まさか髪が白くなるとはね・・・」

怒り狂った時、
ヨハネの髪は白くなった。
何が彼をあぁするのか。

「合点がいきやしたね。だから『ゼブラヘッド』って二つ名がある・・・と」
「なるほどな」
「白黒頭ってのは頭ん中だけじゃないって事でさぁな」

人格が変わるほどの温度差。
その時に髪が白くなる。
黒から白へ。
白から黒へ。
だから『ゼブラヘッド(シマウマ頭)』

「それより・・・逃げるとき・・・ヨハネさんが言ってましたね」
「あぁ」
「天使試験・・・・今日っつってたな」

天使試験。
神へ転生する儀式。
人間から神族へ。
皮肉にも、
彼は神の地上代行者として生きてきて、
それが現実、神へと変われる日がきたという事。

「ってぇ事はこのままおめおめ逃げるわけにはいかねぇって事か」
「天使試験が行われたら《聖ヨハネ協会》は帝国の戦力になってしまいますもんね」
「ジャスティンに連絡は?」
「駄目だ」

ドジャーはWISオーブを持って両手を広げた。

「相手は電波の届かないところにいます。圏外だ。遠すぎるってやつだろう。
 それともなんか向こうが妨害してきてんのかもな・・・。でも奴らはWIS使ってた。
 つまりこの城ん中でなら連絡取り合えるだろうが、その他にはWISできねぇ」
「ジャスティンさんに連絡はとれない・・」
「応援は呼べないって事ね」
「つまり・・・・俺らでやるしかねぇって事ですかい」

そういう事だ。
アレックス、
ドジャー、
マリナ、
トラジ、
ツバメ、
シシオ。
この6人。
この6人で・・・・
天使試験を止めなくてはいけない。

「やるしかねぇか」
「でもどうすんの?部屋の外は敵だらけよ?」
「中の構造はよく分からないですが、この部屋が違う部屋に繋がってないかチェックしてみましょう」

それしかない。
ドアの外は敵だらけなのだから。
そう、
一斉に部屋の中を見渡した。

「「「「・・・・・・・・・」」」」

まったく気づかなかった。
部屋の中央。
そこに皆の視線は止まった。
いや、
本当に全く気づかなかった。

「・・・・・・・ふぅ〜・・・・」

部屋の中央。
氷の台座のようなところ。
そこに・・・・
一人の男が寝転んでいた。
ダルそうに、
ダルそうに寝転び、
タバコを吸っていた。

「・・・・・・ん?何?」

その男は、
アレックス達の視線に気づくと、
タバコを吸いながら言った。

「・・・・いや・・・」
「何って・・・・」

敵なのか?
いや、
普通に考えたら敵だ。
敵の本拠地の中にいるんだから。
だが、
ダルそうに寝転んでタバコを吸っている。
しかも、
アレックス達に無関心なように・・・・

「・・・・なんなんだよダッリぃなぁ・・・・・」

その男は、
言葉どおり、
ダルそうに氷の台座の上で体を起こした。
氷の台座に座り、
頭をポリポリとかいた。
口にはタバコを咥えたままだ。

「めんどくせぇんだよ・・・どっか行ってくんない?」

その男は、
氷の台座の上で言葉どおり、
めんどくさそうに言った。
だが、
起き上がったその男の姿。
それを見て・・・・
アレックス達は驚いた。

「あ・・・」
「おいまさか・・・・」

その男の顔。
鼻が高いのを除くと、
凹凸のない精悍な顔つき。
洗練された・・・と言ってもいいような高貴さがあった。
金髪・・・というにはふさわしくない。
透き通った金の髪。
耳には小さくシンプルな丸型のピアス。

上半身は裸だった。
上半身は裸で、
胸には刺青(いれずみ)。
というか全身にまばらに刺青があった。
目を引くのは、
胸部の刺青。
"R・I・P"
墓などに刻んである言葉。
"R・I・P(やすらかに眠れ)"
それが胸に刻んであった。

そして・・・・・
その背中・・・・
そこには・・・・

純白の大きな白い翼が広がっていた。

「お前・・・」
「いったい・・・」

「俺?あ・・・俺?」

男。
その翼の生えた男は、
タバコの煙を吐き出しながら、
ダルそうに答える。

「俺、天使」

短直にそう言った。
言いながらタバコをまた口に運ぶ。

「て、天使だぁ?」
「神族って事ですか!?」

「そ、エンジェル」

ふぅー・・・と白い煙を吐き出す。
ピアス。
刺青。
タバコ。
そんなガラの悪い男。
そいつは言う。
自分は・・・・・・・天使だと。

「んだよダリぃな・・・何?」

天使はこっちに言ってきた。
ダルそうに。
なんなのか。
敵・・・なのだろうか?
疑心と共に、
6人は彼を見た。

「だからなんだようっとおしぃな・・・・あん?名前とか聞きたいのか?
 名前はネオガブリエルだ。これでいいか?いいならどっか行ってくれ」

ネオガブリエルと名乗ったその天使は、
そのまままたゴロンと氷の台座の上に寝転がった。
吸いきったタバコをポィっと投げ捨てる。
よく見るとタバコの吸殻が散乱していた。
天使がタバコをポイ捨てしまくっている。

「なんで神族がこんなとこに・・・」
「まさか・・・」
「ジャンヌダルキエルの手先かなにかですかい?」

「あーそーそー」

ネオガブリエルは適当に手を振りながら答えだ。

「んだと!」
「ってことは敵か!」

「そ、敵」

適当に答える。
ダルそうに。
面倒くさそうに。

「ネオガブリエルさん・・・・と言いましたね?」

「あん?ガブちゃんでいいよ・・・・」

「・・・・・・・・・えっと・・・あなたは襲ってきたりしないんですか?」

「ダルい」

3文字。
答えになってない。
・・・・ようで、
完璧な答えだ。
その3文字が全てを物語ってる。

「あー・・・・」
「えっと・・・・」

6人は顔を見合わせた。

「どうしよう・・・・」

なんか困った。













                 






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