「死体を片付けておけ」

アインハルトがドサりと王座に座る。
堂々と足を組んで。

「ハッ」

ピルゲンは手際よく行う。
人を呼び、
片付けをさせる。
チェスターの死体を。
アインハルトは堂々と王座にふんぞり返るだけ。

「ふん。汚い血だ」

目の前の者を殺したからといって、
何も感じない。
悲しさ。
罪悪感。
それどころかほんの少しの楽しささえも。
感情がないわけではない。
感情があるからこそ、何も感じないのが闇のように冷たいのだ。

「ロゼ」

「はい。アイン様」

アインハルトに呼ばれ、
ロゼは嬉しそうに寄り添う。

「拭け」
「・・・・・・よろこんで」

眉一つ動かさずアインハルトが言うと、
ロゼは言われるがままに動く。
何を拭くか?
それはアインハルトの靴。
血糊のついた靴。
ロゼはハンカチを持ち合わせていなかった。
だから・・自分の衣類でアインハルトの靴を磨く。
何もためらう事もなく。
ただ、
ただ心無き美しい奴隷人形のように。

「フッ」

アインハルトが少し笑った。
何に対して。
健気に靴を拭くロゼに?
違う。

「面白いものが来たものだ」

それは王座の間。
その入り口。

「くっ・・・・チェスター・・・・」

それは・・・小さな・・・
小さな小さな生命。
小さなワイキベベだった。

「お前がやったんだなアインハルト!」

小さなワイキベベは睨む。
その小さな目。
その目には紫と黒の"くま"ができていた。

「だからどうした」

アインハルトは笑った。

「なんだぁ?このチビ猿」
「低脳かつ低俗だな。汚らわしい。あんな小汚い生物が我が主アインハルト様の名を呼ぶなどとは・・・」
「しかし・・・まさかでございますが」

「こいつはデムピアスだ」

アインハルトが言うと、
ジャンヌダルキエルとギルヴァングは少し驚き、
ピルゲンは頷いた。
ロウマは黙って腕を組んでいた。

「なるほど。こんな小猿に表意していたとは・・・分からないはずでございます」

ピルゲンは事実を楽しみ、
嬉しそうにヒゲをいじっていた。

「その様子だとそのワイキベベの体を乗っ取ったわけでございますね」

「ついさっきな」

目にくま模様を付けたワイキベベは・・・
いや、デムピアスは答える。

「こうなるとは分かっていた。分かっていたがこれが悲しみというものか。
 チェスターを失えばこの者には悪いが用はないのでな。体は頂いた」

デムピアスはただひとつ。
チェスター。
チェスターのためだけ。
そのためにワイキベベのチェチェの体を放置した。
魂を裏側に潜ませるだけに留めた。

「ふん。聞きたそうだから教えといてやる。俺の憑依もやはりこの者では不完全だ」

デムピアスの姿が変わっていった。
ワイキベベの毛並みの色がドス黒くなっていき、
体毛は伸びていった。
目は白を中心に紫と黒で覆われる。
だがやはり小さいままだった。

「この者の力も体も弱く小さすぎるせいもあるが・・・俺自身が受け付けていない。
 俺は・・・長く潜みすぎた。血が合わないのもあるが・・・・やはり人間の体を欲している」

小さきデムピアス。
その目が真っ直ぐアインハルトを睨んだ。

「何故ここまで説明したと思う」

「知らんな。カスの戯言など」

アインハルトは見下し言い捨てた。

「戯言。そうだろうな。だが言っておく。俺は体を見つける。人間の体をだ。
 そして見つけ、力を戻したとき・・・・チェスターの仇をとりにくる。
 お前を殺しにくるという事だアインハルト。・・・絶対に。絶対にだ。
 そう心が動く。こんなことは初めてだ。酷く・・・魔物らしくない。
 これが人間的感情なのだろうな。酷く愚かなのだが・・・それが心地いい」

小さき海賊王は睨むのをやめない。

「俺は魔物なりにヒトとなり。ヒトとなって人であるお前を殺す」

「戯言だ」

アインハルトは小さく笑い。

「やってみろカス。それが余興に我の成り得るならな」

「やるさ」

「ディアモンド様」

ピルゲンはヒザを付き、
アインハルトに向かい下手(したて)に言葉を零す。

「デムピアスは絶騎将軍(ジャガーノート)にするはずでは?
 魔物を統率すべき者が必要。そのためにこのデムピアスは引き込む・・・と」

「黙れピルゲン。そんなものはどうとでもなる。否、するのだ。
 そして必要なのはやはり我の考え。我のきまぐれ。それだけだ」

「・・・・・・失礼を」

ピルゲンは深く頭を下げた。
アインハルトはそんなピルゲンに興味を持たず、
デムピアスに言葉を向ける。

「デムピアス。それはつもりギルド連合とやらに属すという事か?」

「いや」

すぐさま答えるデムピアス。

「俺は俺。俺は海賊王デムピアスだ。腐っても王なんだよアインハルト。
 王は王の誇りがある。自ら他に属するなどという事はしない。
 魔物の王だろうが海賊の王だろうがそれは同じ。俺は俺。
 弱く成り下がろうが、ヒトを所望しようが・・・・ただ"我ここに在り"」

魔物の王。
海賊王。
デムピアス。
その誇りは死してなお消えず、
甘き考えを持ってもなお固く。
己が道。
己がいるべき場所。
それは寸分に違わなかった。

「次に会うとき。それはお前の死するべき時だ。
 海を見ておけアインハルト。海は陸より広し、魔物は人より多し。
 お前が手に入れたもの。それはまだ俺を超えてはいないと知れ」

そして小さき生命。
海賊王デムピアスの小さな体は、
そのまま王座を出て行った。
小猿にすぎないデムピアス。
それは王座の間。
そこから姿を消した。

「いいなぁおいっ!!!」

ギルヴァングが負傷した体のまま拳に力を入れて言った。

「あいつ!デムピアスって野郎メチャ漢だぜ!
 おいアインハルト!結局殺すんだろ?俺様にやらせろ!」

「ふん。好きにしろ」

「しゃぁあああああこらああああ!!!」

そして回復など思考の彼方。
ギルヴァングはすぐさま勢いよく走り出す。

「どこに行くのでございますかギルヴァング殿」
「追いかけるに決まってるだろ!」
「無理でございます」
「あん?」
「この場。この場から逃げたのでございますよ?世界の頂点とも言えるこの場から。
 それは逃げられるから逃げたのでございます。追いかけても無駄というもの」
「馬鹿野郎!それでも追いかけるんだよ!」
「追いかける?フフッ・・・」

ピルゲンは少し口元を歪ませて笑った。

「追いかけるというのはいつまでも相手の背後にいるという事。永久にね。
 私に考えはございます。ですからここかその体を労わるべきだと」
「・・・・・・・チッ。いけすかねぇ。漢じゃねぇよ」

ギルヴァングは不機嫌そうだった。
追いかけるのはやめたようだったが、
王座の間の入り口。
その壁を思い切り殴り、
そのまま出ていった。

「何故人間とはあれほどに汚らわしいのでしょう。汚らわしい・・・・嗚呼汚らわしい」

ジャンヌダルキエルは身震いをしながら言った。
背中の両翼。
美しく白く、
その大きな翼。
それが揺れた。

「だがわらわもその汚らわしい人間というものを相手せねばならんとは」

そう言い、
ジャンヌダルキエルは歩む。
王座の出口へ向かって。
足音がほとんどしない。
神聖なる体。
清き背中の羽。
美しい体。
透き通った細い髪が揺れる。
女神。
ジャンヌダルキエル。

「人などという低脳なる種族に我が主を任せるわけにはいかない」

ジャンヌダルキエルは聞こえないようそう言い、
王座の間から出たところで立ち止まった。

「エン=ジェルン。スイ=ジェルン」

「はっ」
「ここに」

王座の間の外。
そこにどこからか降り立った二つの存在。
それは神族。
2人の天使。

一方の天使。
赤黒い肌。
黒き羽。

一方の天使。
青白い肌。
白き羽。

「"天使試験"を今日行う。奴のもとに先に向かえ」

「今日ですか?」
「急ぎのようですね」

「人間界の時とは残酷だ。汚らわしい時間の単位に違いない。
 24などという数字にわらわも焦りを覚えることになるとは」

「それで天使試験の後、」
「奴はライ=ジェルンへ?それともフウ=ジェルンへ転生させるのですか?」

「フフッ・・・・これで四x四神(フォース)は揃う」



























S・O・A・D 〜System Of A Down〜

第5話


<<神様依存症(末期)進行中 (Diagnosis God junky・・・・Judged too late)>>



































「いやぁー、マジであのシャークとマリナが知り合いだったとはねぇ。
 カッ、冗談半分だと思ってたぜ。・・・・・あっ、"ドジャーへ"ってのも入れといて」
「オーケィだヘッズ」

言われ、
シャークはその細長い繊細な手でペンを持つ。
そしてドジャーのダガーにサインを書き込んでいた。

「なぁにドジャー。私の話を嘘だと思って聞いてたの?」
「カッ!そりゃ嘘だと思うっての!だってあのシャークだぜ?
 伝説の詩人バンド《Iron rings》のギタリストのシャーク。
 嘘か同名かなんかだと思ってたぜ。あっ、こっちの指輪にもサイン頼む」

ドジャーは自分の付けてた指輪を一つ外し、
偉そうにシャークにサインを頼んだ。
シャークは「オーケィオーケィ」と気軽に受け取りサインする。

「ドジャーさんって結構ミーハーだったんですね・・・・」
「お?ケンカ売ってんのか?アレックス」
「どちらかと言うと売ってます」
「・・・・・」
「いや、なんか印象が変わったので」
「っつってもな。《Iron rings》っつったら今でもカルト的人気あんだぜ?」
「だからミーハーだって言ってるんですよ」
「ケンカ売りすぎだ・・・売り切れるぞ・・・・」

アレックスは楽しそうだ。
これだからドジャーを馬鹿にするのは面白い。

「はいはいいいですよ。それでそれで?」
「あぁ。まぁ《Iron rings》ってバンドはまぁインディーズ・・・っつーとおかしいか。
 まぁ言うならなんつってもマイソシア史上最初で最後の魔物と人間の混合バンドってとこだ。
 だからこそ出来た型にはまらない楽曲と批判的で挑戦的な歌詞。
 差別を肯定しつつ道理を蹴飛ばす。たまらなくイカしてたぜ」

まぁ余談だ。
シャークの過去。
古い話だが、
マイソシアではかなり有名な部類のミュージシャンだった・・・って事である。
アレックスとて名前くらいは聞いたことがある。
音楽という娯楽だけでなく、
社会的影響が大きかったとこなんとか。

「まぁむしろ私がそんな事知らなかったけどね。
 そんなたいした者には見えないわ。私にとってシャークはシャークでそれ以上でも以下でもないわ」

マリナはダルそうにプレハブのソファーに寝そべっていた。

「ま、昔の話だしねぇーぃ」

と言いながら、
シャークはサインを終えた指輪をドジャーに渡す。
するとドジャーはまたダガーを3本ほどシャークに渡した。
「こっちは転売用」とか言いながら。
本当に好きなのだろうか。
尊敬してても金は別。
長生きする人間だと思う。

「でもシャークさん。人間と魔物が一緒にってのは珍しいですね。
 ピッツバーグ海賊団もですけど、ルケシオンってのは人間と魔物の仲がいいんですか?
 こう・・・・そーいうのを気にしない人達ばかりというか、種族間の問題はないんですか?」
「簡単な話だねぇーぃ。まぁ実際人間と魔物は違うさぁー。確実に違う存在だねぇーぃ。
 だけど感性も個性も本能も人種や種族で違っても、分かり合える部分はあるのさぁー。
 好物も嫌物も違っても、同じものを楽しむ事は出来るって事だねぇーぃ
 音楽に国境も人種も種族もないさぁー。だからこそのミュージックワールドだぜぇーぃ」
「カカッ!俺はそーいうとこより聖人みたいな偉そうな奴を馬鹿にした歌詞が好きだったがな」
「ふーん」

アレックスは興味なさそうに聞いていた。
まぁそういう話には興味があるが、
先ほどからずっと聞いていると退屈なものだ。
というよりも、
ドジャーは憧れか知らないが、そのシャークと出会いテンションが上がっている。
その温度差がもうダルかった。
はっきり言ってアレックスは娯楽欲が少し乏しい。
音楽聴いてるヒマがあったら寝る。
音楽楽しんでるヒマがあったら食う。
食う・寝る。
その二つがあれば人生は大成だ。

「まぁだからこそ、俺は人間と魔物の架け橋の象徴とか言われてたぜぇーぃ。
 騎士団とデムピアスを結ぶ架け橋。デムピアス案内人をしてたのもそれが経緯だねぇーぃ」

人。
魔物。
魔物でありながら人に偏見の無い存在(モンスター)。
貴重ではあるかもしれない。
事実、
魔物でありながらここにいる。
それにアレックス自身イヤな印象が不思議と沸いてこない。
不思議なカリスマ性のあるモンスターだと思った。

「まぁそこらの話はどうでもいいんだけど、それで思い出したよ」

と、
ジャスティンが話を変える。

「イスカにも聞いたが、チェスターの連れてる小猿がデムピアスってのは本当なのか?」

デムピアス案内人シャーク。
彼だからこそ分かった事実。

「嘘を伝えないのがミュージシャンだぜぇーぃ。いや、逆かもねぇーぃ。
 言いたい事を伝えるのが、伝えたい事を曲で伝えるのがミュージシャンなんだぜぇーぃ」
「まぁその辺りはよく分からないが、」
「本当ってことですね」
「・・・・・・で、それはつまりデムピアスはこちら側って事なのか?」

それは気になる部分である。
死んではいるものの、
魔物の王。
海賊王デムピアス。
それが味方ならば心強い。

「それはどうかねぇーぃ」

シャークは細長い両手を広げて言った。

「デムピアスねぇーぃ・・・・あいつはあいつでプライド高いからねぇーぃ。
 でもあのチェスターってヘッズを気に入ってるのは確かだねぇーぃ」
「って事は・・・・つまりチェスターさん次第ですか」
「チェスター君、結構重要なポジションね」
「カッ・・・やはり助けに行くべきか・・・・
 あいつがルアス城に乗り込んだのはもう間違いなさそうなんだろ?」
「いや・・・俺らが行っても助けにはならないさ。無力なもんだ」
「願う事は出来るさぁー。願いはきっと通じるぜぇーぃ。それはレインボーロードさぁー!」

シャークは嬉しそうに言った。

「カッ、尊敬するあんたの歌詞は好きだが、それだきゃ俺にゃぁ理解不能だ」

ドジャーは緩やかに頭を振った。

「俺は神頼みだきゃぁ出来ねぇ。あんなあてにならんもん信じらんねぇぜ。
 賽銭(さいせん)泥棒って言葉はそれこそ神様のためにある。
 神様信じる奴は賽銭(ゴミ)箱に金を捨てる呆れた馬鹿だな」
「それは聖職者批判ですか?」
「カッ、聖職者は居る。神はいねぇ。俺にとっちゃそんだけだ。
 居ねぇもんは信じねぇ。つーか信じる以前にだっていねぇーんだもんよ」
「居たじゃないですか。一年前、ミルレスで見たでしょう?」

一年前。
GUN'sとの戦い。
燃えたミルレス。
そこに居たアインハルトの部下。
羽の生えた・・・天使達。

「実際ジャンヌダルキエルという絶騎将軍(ジャガーノート)も確認してますよ」
「カッ、好きに言え。考えが違うんだよ。あんなもん"あんなもん"なだけだ。
 そーいうもんなだけで、神様たぁ違うってこった。意見相違だな」

ドジャーは皮肉交じりに言った。
つまり神様ではなく、
ただの神族という種族。
ただそれだけだと。
ドジャーらしい考えだ。

「まぁ話がいい方向に転がった。今日ここに集めたのはそういう話だ」

そうジャスティンが切り返した。
ギルド連合の本拠地。
そのプレハブ。
そこに居る人間。
アレックス、ドジャー、ジャスティン。
マリナ、シャーク。

「あん?」
「ただの顔合わせじゃないんですか?」
「用があるならさっさとしなさいよ。私は早く店に帰りたいのよ。
 もうすぐ開店出来そうなくらいに仕上がるの。イスカの留守番じゃ心配だしね」
「まぁそれはちょっと延期してくれ」

そう言い、
ジャスティンは中央のテーブルに紙切れを広げた。
駄々くさだが、
真新しい紙切れ。
資料とでも言うべきか。
そこには一つのSS(写真)が貼り付けてあった。

「なんだこりゃ?」
「誰ですかこれ」
「"ヨハネ=シャーロット"という男だ」

ヨハネ=シャーロット。
聞いたことある人間もいれば、
いない人間もいるだろう。
マイソシアでは有名な人物だ。
ジャスティンは話を続ける。

「一応説明しておく。ヨハネ=シャーロット・・・・・・。
 15ギルドの一つ《聖ヨハネ協会》のギルマス。いや、教祖って言った方がいいな」
「《聖ヨハネ協会》だぁ?」
「聞いた事くらいはあるわね」
「ギルドっていうか宗教団体ですね」
「あぁ。だがその人数は莫大だ」

それもそう。
その名のとおり15ギルドの一つなのだ。
《昇竜会》
《メイジプール》
《BY=KINGS(ピッツバーグ海賊団)》
《GUN's Revolver》
それらと並ぶ巨大ギルドの一つ。

「確か・・・・どこにも属さないギルドだったな」
「こんな乱世で珍しいギルドですよね」

属さない。
それはつまり、
帝国でもなければ、
ギルド連合にも加盟していない。
ただ独立。
そんなギルド。

「私こーいうの疎いから聞いておくけどさ、なんでこのギルドはどこにも属してないの?
 今の世の中、帝国に下るかギルド連合として抵抗するかのどっちかでしょ?」
「簡単。宗教だからさ」

ジャスティンは続ける。

「神族は今やアインハルトの子飼い。そしてその神様を崇拝している者で成り立ってるギルド。
 それが"神様サイコー!神様ダイスキー!"な宗教ギルド《聖ヨハネ協会》だ。
 そりゃもちろん反逆の意志無し。むしろ簡単に帝国の味方に転がるんだ。帝国はむしろ利用するさ」
「なるほどねぇ・・・」
「だから15ギルドでありながら帝国にも狙われないって事か」

終焉戦争に参加し、
王国騎士団の者達を殺したにもかかわらず、
帝国の制裁を受けない。
いや、
実際王国騎士団の恨みとは、ロウマ率いる44部隊の独断意志だ。
なんとか生き延びた。
それだけ。
それだけの幸運なるギルドだろう。
神の幸か。
笑えない。

「でも唯一無傷の15ギルドでもありますよね」
「正式団員だけで500超えるんだったっけか?」
「信者を合わせればそれが何倍にも増えるって話よね」
「そういう事だ」
「それは大きな存在だねぇーぃ」
「帝国かギルド連合か。この《聖ヨハネ協会》がどちらに転ぶかで戦力は大きく変わるって事だからな」
「でも話聞いてると完全に敵だと思うんだけど」

マリナの言うとおり、
《聖ヨハネ協会》
神を崇拝する巨大ギルド。
ならば帝国側につくのは当然。
神は帝国に組しているのだから。

「だからこそ今回の話さ」

ジャスティンは軽く笑って話を続ける。

「それを阻止しようってのが今回の話だ。まぁ難しい話じゃないさ。
 こんな大きなギルド。向こうに付かせたくない。こっちに引き込もう・・・ってことだ」

ギルドの取り合い。
唯一無傷の15ギルド。
《聖ヨハネ協会》
こちらにつくか、向こうにつくか。
それで戦力は大幅に変わる。

「カッ、神様信じてる奴らと一緒になんてなりたくねぇな。
 毎日神様にお祈りとかすんだろ?くだらねぇ。耳障りでムシャクシャしそうだ」

それはたしかに。
聖職者でもあるアレックスがそう思うのもなんだが、
面倒そうだ。
少なくとも自分はしたくない。
手を合わせるのは御飯の前と後だけで十分だ。

「まぁでも敵にもしたくないでしょ?」
「そりゃそうか」
「で?いろいろ疑問点は多いんですが」
「ちゃんと話すさ」

気になる部分はいろいろある。
ジャスティンはヨハネのSS(写真付き)の資料にもう一度注目させ、
作戦の話をする。

「突然だが、"天使試験"って知ってるか?」

皆は同時に顔を見合わせた。

「・・・・・・いや」
「なにそれ?」
「おいしいんですか?」
「初めて聞く言葉だねぇーぃ」
「そりゃそうだよな。俺もウォーキトォーキーマンから情報聞くまで初耳だった」

ジャスティンはもう一枚紙切れを用意し、
話を続ける。

「"天使試験"。・・・・・・簡単に言うと人間が神様になる試験ってことだ」
「え?」
「は?」

突拍子のない話に皆は顔をしかめる。

「ジャスティン。何言ってんだおめぇ」
「頭おかしくなったの?」
「おなか減ってるんですか?」
「・・・・・・・」

まぁ当たり前の反応だが、
苦笑しながらジャスティンは続ける。

「何十年とか何百年とかに一回とかしか行われないらしいが、
 神が選んだ人間。それを神族に転生するという儀式があるらしい」
「・・・・・・・」
「なんか話が怪しくなってきたわね・・・」

本気の話なのか?
飛びすぎた突然すぎる話。

「人間が神に?」
「愛のキューピットになるとかじゃなくてかぁーぃ?」
「カカッ!いいなジャスティンそれ。採用。俺がそういう小説を出版してやるよ」
「マジに話してるさ」
「・・・・・・・」
「マジで?」
「ラスティルに誓って」
「・・・・・・・」

天使試験。
人間が神に転生?
進化?
生まれ変わる?
まるで夢物語。
そんな話・・・・・。
本当だというのか?

「まぁ信じる信じないは別として、ともかくそういうものがある。
 そして久方ぶりにそれが行われるらしい。少なくとも《聖ヨハネ協会》にはそういう動きがある。
 そして今回の天使試験。それに選ばれた人間ってのが・・・・・・」

そしてジャスティンは資料を手に取り、
それを突きつけた。
それは先ほどのSS付きの資料。

「こいつ。《聖ヨハネ協会》の教祖(ギルマス)。ヨハネ=シャーロットだ」

天使試験。
聖ヨハネ協会。
ヨハネ=シャーロット。

「あー・・・」

ドジャーが頭をグシャグシャとかく。

「悪ぃけどよぉ、頭整理しきれねぇ。ちょっと整頓させてくんねぇか」
「ま、いきなり話を突きつけすぎたか」
「そりゃそうですよ」
「理解も出来なきゃ覚えもできないわ・・・っていうか信じれない・・・」

いきなり神の話になり、
さきほど新しく舞い込んだ名前のギルドのマスター。
それが神になり・・・
それで・・・
突拍子もない事をいきなり詰め込まれて混乱する。

「まぁ難しい話はいいさ。とにかく重点だけ覚えてくれ。
 15ギルドの《聖ヨハネ協会》。その教祖のヨハネ=シャーロット。
 そいつが天使試験で今回・・・神様になるってことだ」

やはり絵本のような話だ。
まるで御伽話。
信じられない。

「あぁー・・・オッケ・・まぁいい。そのまま話を続けろジャスティン」
「つまりそうなると?」
「何が問題なんだぁーぃ?」



「つまりその時点。その瞬間。ギルマスのヨハネは神族になり《聖ヨハネ協会》は帝国に正式に組する事になる」
「なるほどね」

合点がいった。

「つまりその天使試験とやらが行われたら《聖ヨハネ協会》が敵につくのが決定するわけな」
「現状の中途半端さがなくなり」
「敵100%なギルドになっちゃうわけね」
「まぁ目的だけ考えるとか神になるとかその辺はどうでもいいですね」
「正直信じられないからね。大事なのは・・・」
「ともかく敵になるのを阻止しようって事だねぇーぃ」
「そゆこと」

ジャスティンは微笑んだ。

「実際そんな人間か神様になるなんて話の真偽はどうでもいい。
 そこだけさ。敵になりそうな巨大ギルド。それを阻止したい」
「あいあいオッケー」
「あ、質問いいですか?ジャスティンさん」
「なんだい?」

アレックスが小さく手を挙げ、
ジャスティンが応える。

「阻止するってのはいいですが、《聖ヨハネ協会》を引き込みたいみたいな話してたじゃないですか?
 阻止するってのはもうなんかどうとでも強行手段的な行動は思いつきますが、
 こちら側に引き込む方法ってのはあるんですか?そのギルドは神様信じてるんでしょう?」
「確かに向こうにつく理由があってもこちらにつく理由はないわね」

そのとおりだ。
神を信じる、
神を崇める《聖ヨハネ協会》。
それが神のいる帝国につく理屈は分かる。
天使試験とやらが行われると、
ギルドマスターまで神になってしまうというのだから。
だが、
こちら側につく理由など思いつかない。

「だからこのSS(写真)があるんだ」

ジャスティンは手に持つ書類をペラペラと揺らす。

「このヨハネ=シャーロット。こいつの顔見てどう思う?」

皆は首をかしげた。
顔?

「どう思うって・・・」
「いや、いけすかねぇ顔だなってくらいにしか・・・」

特に主だった特徴はない。
いや、
特徴がないというよりは、
整った顔をしてるというべきか。
逆に言えば、
綺麗な顔であるがゆえに、
女にも男にも見える。
ただ美形だという程度。
特におかしな点は・・・

「ベイビーに似てるねぇーぃ」

そう、
シャークが言った。

「マリナさんに?」
「ちょっとシャーク!私こんな男に似てるとか言わないでよ!私はもっと可愛いわ!」

それはどうでもいい。
否定はしない。
すると面倒だから。

「いや、雰囲気っていうか・・・鼻の辺りとか面影がねぇーぃ」
「あぁ、言われて見れば・・・」
「似てなくもないな。そっくりってんじゃなくて似てるって点。
 いや、やっぱ雰囲気だな。こう、まるで同じ親から生まれた兄妹つーか」
「そういう事」

ジャスティンは笑った。

「まぁ偶然に過ぎないが、偶然ってのは幸運で運命ってやつさ。
 運命ってのは神が運ぶものじゃない。たまたまっていう奇跡さ。利用しない手はない」
「?」
「どゆことですか?」

ジャスティンは資料の下部。
ヨハネ=シャーロットの詳細部分について目を通しながら話す。

「ウォーキートォーキーマンの情報だと、このヨハネって男には昔"妹"がいたらしい。
 つーか双子だな。だが死んだ。これは100%確実だ。
 何故ならヨハネ=シャーロットが生まれたと同時、双子の妹は死産で死んだそうだ。
 ま、どうでもいい不幸な話ってだけだが・・・・・・・・・・・・・・・・・つまり逆にそれを利用する」
「あー」
「なるほど」

皆は同時にマリナを見た。

「え?何?」
「つまりお前をヨハネの妹って事にするってことだろ」
「死んだはずの妹が目前に現れる。ま、仲間に引き込める可能性は0ではないですね」
「神が起こした奇跡だねぇーぃ」
「カカカッ!馬鹿な神様中毒者ならそう思う可能性もあるかもな!」

マリナは戸惑いながら話す。

「ちょ!ちょっとそんなのなんかイヤよ!だいたい騙せるはずがないじゃない!!」
「まぁね」
「確率はかなり低めですね」
「無理なら無理でいんだよ。そん時はどうにか《聖ヨハネ協会》をつぶしてくれ。
 あくまで敵になるのを阻止したいんだ。出来れば引き込みたい。そういうことさ」

《聖ヨハネ協会》
あくまでそれが敵になるのを阻止するのが今回の作戦。
まずそれが先決。
これ以上敵の戦力が増えるのは良くない。
というか良い事など100%無い。
阻止しなければいけない。
そして・・・
騙せるならマリナをヨハネの妹ってことにして・・・騙す。
味方に出来れば儲けもの。

「私自分の店の方が大事なんだけど!そっち優先したいんだけど!」
「観念しろって」
「マリナさんにしか出来ないんですから」
「あのお店の店主の代わりも私にしかできないわ!」
「今イスカに店番頼んでるんだろ?」
「代わりいんじゃねぇか」
「それはまだ開店できないから・・・・イスカだけ置いとくだけでも心配なんだから・・・」

ちょっとアレックスは思い出した。
前にも一度、
イスカが店番をしてた時に食事をしにいった事がある。
その時は、
「ほら、玉子焼きだ」
と言いながら、
イスカの手には黒こげの皿があった。
皿だけだった。
玉子焼き。
玉子は燃え尽きていた。
メニューの名前的にはサギでもないが、
サギでしかない。

「でもベイビー。やらなきゃ店もロクに経営できないぜぇーぃ」
「帝国に勝たないと99番街なんて簡単にオジャンですからね」
「むぅ・・・」

マリナは口を尖らせた。
仕方ないか・・・
と思いながらもイヤだと言いたげな感情は消えない。
そう言ったスネた顔。

「オッケーか?マリナ」
「・・・・・おっけ・・・」
「カカッ!声が小せぇぜマリナ!」
「オッケーって言ってるでしょ!」

と言い、
マリナはドジャーの首を掴み、
ぐわんぐわんと振った。
まるでドジャーというマラカスを振るように。
ドジャーの頭はぐわんぐわんと揺れていた。

「って事でさっそく行ってもらう」
「え?」

マリナが手を離すと、
ドジャーは地面に落ちた。

「今からなの?」
「急ぐにこした事はないさ。というか一刻を争うんだ。
 天使試験が行われたら《聖ヨハネ協会》は晴れて帝国アルガルド騎士団。
 さっさと阻止しなければ状況が悪化するだけだからね」
「カッ・・・善は急げねぇ。急ってなぁ好きじゃねぇぜ」

ドジャーはマリナにシェイクされた頭を抑えながら言った。

「基本、なまけものですからね」
「うっせ!テメェもだろ!」
「僕は超なまけものです」
「いばるな・・・」
「で、場所は?」
「あぁーっと・・・」

ジャスティンが違う書類を捜し、
見つけたと思うと中央のテーブルに広げる。
それはマイソシアの地図だった。

「ここだここだ」
「ここって・・・」
「レビア?」

ジャスティンが指差した場所。
それはマイソシアの北部。
マップでも白く記された町。
レビア。

「そう。レビアって街はイカルスと共にもともと中立国だからな。
 宗教をやる上では立地条件がいい訳だ。その中でも《聖ヨハネ協会》が本拠地にしてるのは・・・・」

マイソシアの地図の上、
ジャスティンはレビアから指を滑らせ、ある場所で指を止めた。

「通称"氷の城"」

ジャスティンはその場所を指差しながら言った。

「昔、魔物の女王エニステミが根城にしていた氷のダンジョンだ。
 エニステミが討伐されたのをいい事に、《聖ヨハネ協会》が本拠地に使っている」

氷の城。
それが・・・・
《聖ヨハネ協会》の本拠地。

「うっわ寒そうですね」
「冷え性なんだけど私・・・」
「こんなとこ本拠地にするかぁ?神様信じてる奴の考えはやっぱ訳分からねぇなぁ・・・」
「影響は迷惑に与え、干渉は受けにくく。宗教ってなぁそういうもんさ」

宗教という響き。
そりゃ良い宗教も悪い宗教もあるのだろが、
基本的には迷惑になるものが多い。

「で、パーティは?」

マリナが聞いた。
気になるところだろう。
自分が行くというのは決まっているのだから、
それこそ味方は気になるところだ。

「あぁ、まぁ出来れば騙して引き込めれば最高だからな。
 話し合いでも終われるよう少数精鋭で行ってもらう」

騙す。
つまり《聖ヨハネ協会》のギルマス。
ヨハネ=シャーロットを騙す。
マリナを偽の妹・・・という事にして。
つまりヨハネだけ騙せればいいのだ。
それだけで全てはまるく収まる。
最小限の行動で、
最大限の効果。

「ちょちょ!少数って・・・話し合いで終わらなかったらどうするのよ!」
「だから精鋭だ」
「・・・・・・・・・・・まぁいいけど、精鋭っていうならツヴァイって人は来るんでしょうね」
「残念」
「え!?」
「ツヴァイが来れるなら精鋭パーティなんて組む必要もないさ。
 あいつがいればパーティ組まなくてもそれで最強に近いんだからな。
 だがツヴァイはあれでも忙しい。話し合いをするにしても威圧感になりすぎるしな。
 何かあったときは出来れば派遣するが、とりあえずツヴァイは抜きで行ってもらう」
「なんか心配だわ・・・」

マリナがため息をつく。
前途多難。
あまりいい言葉を聞いていない。
安心できる言葉は何処?

「・・・・で、パーティってのは何人?」
「6人」
「少なっ!本当に少ないわね!」
「何せ急に決まった作戦だからな」
「あー、だから急にここに呼んだわけだもんね・・・。あっ、つまりここに居るメンバー?」

ここに居るメンバー。
アレックス。
ドジャー。
ジャスティン。
マリナ。
シャーク。

「いや、ここに居る中で行くのはマリナとアレックス君とドジャーだけだ」
「やっぱ僕行くんですか。めんどくさいなぁ」
「俺だってめんどいっての」
「ま、それでも行く僕っていい人ですね」
「本当にいい人なら文句を先に言わねぇよ馬鹿・・・」
「なんでジャスティンは行かないのよ」
「いやいやこれこれ・・・」

ジャスティンはそう言って左手を少し上にあげた。
それはギプスで吊っていた。
ツヴァイに砕かれた左腕。
そんな簡単に完治できるもんでもない。

「補助や回復くらい出来るが、もしもの時は足手まといにしかならないさ。
 俺が行くくらいなら他を連れてった方がどれだけでもマシってもんだ」
「だらしないわね」
「そんなのツバつけときゃ治りますよ」
「無理言うな・・・」

鬼のような事を言われる。
労わって欲しい。

「俺はなんでメンバーに入ってないんだぁーぃ?」

シャークが細長い指で自分自身を指差す。

「そうよ。シャークはかなり強いわよ?」
「まぁツヴァイと同じ理由さ。魔物ってだけで少々威圧感がある。
 そしてそれ以上に、もし戦闘になった時・・・氷の城ってのがよくないんだ」
「なんで?」
「音が反響する。物凄くな。敵味方関係なくバードノイズでお陀仏ってね」

シャークのバードノイズ。
その広い効果範囲。
即死もありえる威力。
マイソシア一と言ってもいいほど強力なバードノイズだ。
・・・・だが、
強力すぎて逆に危ないということだ。
氷の城の中。
その密室では音が反射しすぎ、
味方が全滅する可能性がある。

「じゃぁイスカさんでも連れて行くんですか?」
「ありゃ無理だろ」

ドジャーが手を振って否定する。

「なんか向こうにムカツく発言があったら"マリナ殿になんてことをー!"・・・とか言い出しそうだ」
「それは・・・そうですね」

話合いに爆弾連れてくようなもんだ。

「で、ここに居る分には私、ドジャー、アレックス君が行くってのは分かったわ
 でも6人で行くんでしょ?残りの3人は?」

結局そこだ。
それが知りたいのだ。
行けない理由なんていい。
残りのパーティ。
それが知りたい。

「同じように連絡を入れといた。もうすぐここに来るはずなんだが・・・・」

ジャスティンがそう言うと、



プレハブ小屋のドア。
それがガシャリと開いた。

「調度来たみたいだな」

ジャスティンがそう言う。
ドアを開く。

姿を現したのは3人。



「遅くなりやした。ワビだきゃぁいれときやさぁ」

それは・・・3人。
スーツ姿の男女だった。

「急に呼んで悪かったな」

「いーや。それが義理ってもんでしょうや」

そう言い、
ニヤりと笑ったのはその先頭の男。
黒のオールバック。
ポマードで人工的に後ろに流した黒髪のオールバック。
素肌にそのままスーツの上着を着ているようで、
前がまるまる肌蹴ていた。
腰には木刀。
それ以外は全て黒。
スーツも髪も。
そして、
その目を隠しているサングラスも。

「不肖、《昇竜会》が現筆頭。性はテンノウザン、名はトラジ。
 若頭トラジ=テンノウザン。仁義通してこの手を貸させて頂きやさぁ」

サングラスで目はわからないが、
トラジの口元はニヤりと笑った。

「《昇竜会》か」
「確かGUN'S戦でリュウさんの横に居た・・・」

「そうでやさぁ。義理結んでる相手に覚えてもらってるってのは悪い気はしないねぇ」

不敵に笑いながら、
トラジはオールバックの髪をかきあげた。

「だが俺にとっちゃぁまだ親っさんの横にいるってもんでね。ここに・・・」

そう言い、
トラジが触れたのは腰だった。
トラジの腰元。
そこにはベルトに通した木刀があった。
木刀。
それはリュウが以前使っていたものだ。

「親っさんの木刀。生かすも殺すもってんなら生かしてみせやさぁ。・・・・最強の竜をな」

サングラスが薄っすら輝いた。
その下の目。
それは強く輝いている事だろう。
受け継いだ意志というものを感じられる。

「ま、不肖ならがよろしく」

素肌にスーツを着たサングラスの男。
トラジは、
人差し指と中指を伸ばしてそう言った。

「あ、よろしくお願いします」
「彼らが残りのパーティって事ね」
「カッ、半分ヤクザパーティかよ」

「あん!?うちら極道なめてんのかい!?」

・・・・と、
元気よく威圧してきたのは、
トラジの後ろに居た女性。
女ヤクザのようだ。
スーツを着こなす、前髪の揃ったボブカットの女性。
女と思えない暴力的な性格のようだ。

「・・・・・落ち着けツバメ」
「これが落ち着いてられっかシシオ!うちら極道をナメるってことは、
 リュウの親っさんを舐められたも同様ってことだよ!ふざけるなってんだい!
 ケンカ売られたら買うんが極道!売られりゃ買うってもんよ!高価買取でなぁ!」
「・・・・・・・まぁ・・・まぁ・・・」

ボソりと、
消え入りそうな声で女ヤクザを止めたのは、
長身のヤクザだった。
片腕がないのが気になるが、
それ以上に長身である事が目に入るスーツ姿の男。
腰には剣を差し、
前髪で目が隠れている。
その背の高さとは裏腹に豪快さがない。
繊細で静かな男なようだ。

「・・・・・・落ち着いた方が・・・いいと・・・・」

思う・・・
という語尾がフェードアウトして消えていった。
長身のヤクザはボソボソとか弱い印象がある。
聞き取りづらい。

「落ち着いたからなんぼってもんなんだい!?知らないねぇ!
 うちが落ち着いてないってのは落ち着けないような状態だからってもんだよ。
 絶対うちがアマだからって舐め腐ってる!ざけんなってんもんだ!
 極の道にアマとかジャリとか関係あんのかい!?そうだろ!?」

女ヤクザの方はなんか怖い。
チンピラだあれは。
切りそろえたボブカットの髪と違い、
荒れすぎな性格のようだ。

「なんか変なのが来たわねぇ・・・」
「僕は後ろの二人は初めて見ます」
「というか後ろの二人は本拠地に来たの初めてだからな。紹介しておく」

ジャスティンが歩み、
3人のスーツ姿のヤクザ。
《昇竜会》の三人の傍に寄る。

「こっちは知ってると思うが、トラジ=テンノウザン。
 リュウの後を継いで《昇竜会》を背負ってる男だ」

「以後よろしくしておくんなせぇや」

サングラスでオールバック。
黒づくめのトラジは、
頭も下げず、
堂々とそう言った。
若くもヤクザの頂点の威厳ありといったところか。

「こっちが《昇竜会》の鉄砲玉。ツバメだ」

「なんだいなんだい。うちの紹介なんて無粋ってもんだよ。
 名なんて紹介じゃなく、行動で示すもんだからねぇ!
 それでも分からんならいっぺんしばいて分からせてやってるってもんだよ!」

無愛想な女ヤクザが不機嫌そうに言った。
十分行動で示せてる。
チンピラ女。
メスヤンキー。
その印象で大丈夫だろう。
とにかくなかなか愛想のない女性のようだ。
まぁ女ながらヤクザをやっているのだ。
プライドもあれば気難しさがあるのだろう。
それ以上にトゲがある。
鉄砲玉というのもまた・・・。

「で、こっちの背の高いのが若頭補佐のシシオだ」

「・・・・・・」

ジャスティンが紹介すると、
シシオと呼ばれた長身のヤクザは黙って頭を下げた。
こちらはこちらで気難しそうだ。
感情を表に出さない。
伸びた前髪で隠れる表情のように。
というか静か。
言うならば気弱にも見える。
とはいえ立ちすくまいは堂々としている。
ただ物静かな男なようだ。
やはり左腕がないのが目に付く。

「以上、トラジ、ツバメ、シシオ。このヤクザ3人に同行してもらう」

「「・・・・・・・」」

アレックス、ドジャー、マリナ。
トラジ、ツバメ、シシオ。
新顔が3つ。
というよりヤクザが3人。
同行してもらうと言われても、
不安は・・・どうしてもある。

「こんな奴らとで大丈夫なのかい?」

ツバメという女ヤクザが言う。

「中途半端な奴ってなぁ足引っ張るのが目に見えてるよ。
 うちみたいに大木の芯のような覚悟が出来てるか出来てないかが重要ってもんだよねぇ。
 じゃなきゃのたれ死んでハトの餌にでもなるのがオチってもんだろう?
 それでもいいってんなら止めないよ!うちの迷惑にならないとこでおっ死んじまいな!」
「・・・・・おい・・・・失礼・・だ・・・」
「落ち着けってんだツバメ。俺ぁ彼らの戦いを拝見させていただいた事もあるが、
 悪くねぇ。悪くねぇってもんだぜ。中途半端さはともかくなかなか腕ぁたつぜ」

逆に吟味されている。
それほど腕に自信のある者達なのだろうか。
いや、
威勢がいいだけかもしれない。

「ま、心配には及ばねぇってこった」

トラジがそう言い、
タバコを取り出し咥えた。
現在《昇竜会》のトップなのだろうが、
火は自ら点けていた。

「作戦は聞きやした。騙(コマ)すか潰す(ゴロる)か。
 あんたらぁ顔に似合わず悪いもん考えるもんだ。極道みてぇな奴らで気に入った。
 何が気に入ったっつーと最悪だが筋が通ってるって事でさぁな。筋。筋が通ってまさぁ。
 考えが腐ってようが・・・義理・人情・筋・仁義。それらは確かってなもんで」

サングラスをかけたまま、
煙を吐き、
トラジは笑った。

「それが確かなら義理は通し、筋も通す。俺らの行動基準はそれで全てってもんだろ?」
「・・・・・・・・かもしれない・・・」
「はん!うちは人間的な部分が気に入らないねぇ!」

ガゴンと音がなる。
それはテーブルで鳴り響いた。
ツバメ。
女ヤクザ。
その片足が勢い良くテーブルにのっかる。

「気に入らないってんだシャバモンが!」

片足をテーブルの上に乗せ、
踏みしめ、
その片足に片手をかける。
まるで昔の奉行のように。

「あんたら本当に筋(ハリガネ)入った仁義もんなのかい!?
 ゴロメンツもなってなさそうな軽そうな男に、ヒラヒラした服着たアマ!
 そんでジャリみてぇなやさ男!うちはこんなんと同じになりたくないねぇ!」

威勢を放ち、
アレックス、ドジャー、マリナに暴言を吐くツバメ。
完全とっ絡んでくるチンピラだ。
ゴロツキだ。

「な・・・何怒ってるんだこいつは・・・」
「分かりません・・・」

「分かりませんだぁ?分かりません分かりませんで道理が通るとお思いかい!」

いや、
意味が分かりません。

「あぁ?そっちのアマ!どうなんだい!?」

「ん?私?」

ツバメが指したのはマリナ。

「私が何?よく聞いてなかったんだけど」

「ぁあ!?なめてるのかいあんたぁ!」

「いや、舐めてるもクソも五月蝿いからいちいち聞いてられなくてねぇ」

「・・・・・なめてくれてるねぇあんた」

「あ、ケンカ売ってるってこと?このマリナさんに?分かりやすいわねぇ。
 それならそうと早く言ってよ。料理売るのが商売だけど、ケンカは買う方なのよ?」

「クソアマ・・・・」

ツバメがテーブルを蹴飛ばし、
マリナにずかずかと近寄る。
マリナは退きもせず、
それを迎える。
そして両者。
怖いもの知らずの女店主と、
鉄砲玉の女ヤクザ。
マリナとツバメ。
その顔と顔が近づく。

「メンチ切ってくれんじゃないかい」

「なにそれ?食べ物の事かしら?」

おっかない女ダブルス。
それがにらみ合ってる。
超至近距離で。
でことでこがぶつかりそうなくらいの距離で、
マリナとツバメは睨み合っている。
というかガン付けあっている。

「犯したろかいこのアマ」

「使い方間違ってるわ。極道(ヤクザ)は頭も極まってるわね」

「こんの・・・・」
「・・・・・・・・・・・ストップ・・・」

消え入りそうな声が聞こえたと思うと、
ツバメの体が急に宙に浮いた。

「・・・・・・・・・迷惑だから・・・」

語尾が消え入りそうなか細い声。
それが聞こえたと思うと、
それはシシオという男だった。

「ちょっと!離しなシシオ!」
「・・・・・・・」

シシオが手でツバメのスーツを掴んでぶら下げた。
ツバメはジタバタと空中で暴れる。
だが、
長身のシシオの手からぶら下がると、
ツバメはわがままを言っている子供のようにジタバタするしかなかった。

「近くで見ると・・・また大きいですね・・・」
「お前身長どんくらいあんだよ」

「・・・・・・ひゃくきゅうじゅう・・・」

語尾に"いち"とか聞こえたような聞こえなかったような。
ボソりと小さくなっていく声。
シシオの声が聞き取りにくかったが、
まぁ190を超えているという事だろう。
それにしては細身。
スーツであるという事からさらに細身な体が分かり、、
そのスラりと高い身長が際立つ。
片腕がないため、
さらにスラリと見える。

「遠近法ってやつですね・・・」
「そりゃちょっと違うだろ」

「・・・・うちのツバメが・・・すいま・・・」

・・・せんでした・・・
という語尾は消えていって聞こえなかったが、
シシオの言葉はなんとなく伝わった。
ヤクザらしくない丁寧な男だ。
好感が持てる。
だが、前髪が目までを隠していてやはり表情は読み取れない。
というか表情がもともと顔に出ていないのだろう。

「俺からもワビいれときやさぁ」

トラジが言い、
吸い終わったタバコを灰皿に押し付けた。

「こんな奴らですがぁ・・・」

トラジがサングラシ越しにシシオとツバメを見る。
シシオは起立よく立っていて、
その腕にはツバメがぶら下がっている。

「仁義を分かってるいい仲間なんでさぁ。極道ってもんは義兄弟。
 血ぃ分けたもんってもんで・・・・俺で体面繕えればなお幸いなですがねぇ」

「いやいや、心配はしてないさ。元気あるぐらいが一番だ」
「ジャスティンさん・・・それなんか子供紹介されたみたいな反応ですね・・・」
「う・・・」
「老けたな・・・ジャスティン・・」
「・・・・・うるせぇ・・・」

「そっちが納得してもうちは納得してないからねぇ!」

ツバメがシシオにぶら下げられたままジタバタと叫ぶ。
まぁ、
今見るとチンピラ女もグレたガキみたいに見えなくもない。
そしてツバメをぶら下げているシシオは・・・・
もう反応が薄すぎて彫像のようだ。
いや、マネキンに近いビジュアルだが。

「まぁ正直本当はこのメンツに心配はあるが・・・・」

ジャスティンは言いながら、
背後の荷物をゴソゴソとあさる。
何かを探しているようで、
そしてそれを見つけてテーブルに置いた。

「このメンツで行ってもらう」
「?」
「なんですかそれ?」

テーブルの上に置かれたのは記憶の書だった。

「わざわざアンタゴン使ってレビアの雪道歩きたいかい?ちゃんと準備くらいしてあるんだよ」
「あぁ、」
「そりゃありがてぇな」

つまるところ、
この記憶の書で氷の城までひとッ飛びという事だろう。

「カッ、んじゃアレックスやマリナの準備が整い次第行くか」
「僕は大丈夫ですよ」
「私も行くならさっさと行って用事済ませたいわ」
「んじゃさっさと行くか」

「仕切ってんじゃないよ!コラっ!シシオ離せ!」

ジタバタと暴れたツバメは、
シシオの手からどたんと落ちる。
尻餅をついて痛そうだったが、
そのままマリナに詰め寄る。

「うちの足引っ張ったら承知しないよ」

「いたっ!!」

言いながらマリナの足を踏んづけるツバメ。

「だからそんなにつっかかんなってツバメ・・・」

トラジがツバメの頭を軽くはたき、
引っ張る。
ツバメはそれでもマリナにガンつけていた。

「隣人の犬と遭遇した飼い犬でもあるまいしよぉ、《昇竜会》の体面下げてくれんなよ」
「だけどトラジ!」
「だけどじゃねぇって・・・」

ヤクザの頭も頭で大変そうだった。
ただ荒れくれ者が集まっただけじゃないのがヤクザ。
極道の統率も楽じゃない。

「カカカッ!大丈夫かトラジ。《昇竜会》の頭ってのも形無しじゃねぇか」

「フッ、心配しなくてもいいさ」

サングラス越し、
トラジは笑う。

「虎も爪は隠すんだぜ」

その自信。
やはり《昇竜会》を継ぐ者として、
存在感は十分だった。

「カッ、楽しみにしてらぁ。・・・んじゃ行くか」

ドジャーが記憶の書に手を伸ばす。

「あぁ、一番重要な事言い忘れてた」

だが、
ジャスティンが言う。

「あん?」
「まだ何かあるの?ジャスティン」
「というより気をつけて欲しい事だ。"その場合"、すぐに連絡して欲しい。
 その時はお前らだけじゃ無理な可能性がある。WISオーブは忘れるな」

意味深に言うジャスティン。

「ヨハネに天使試験を行うのは・・・・ジャンヌダルキエルだ」

一瞬皆黙る。
想像はついていたが、
絶騎将軍(ジャガーノート)。
その一人が関係している。
それは・・・
確かに大きすぎる話だ。
ロウマやピルゲンと並ぶもの。
それが絶騎将軍(ジャガーノート)。

「本人が出てくるかはともかく、少なくとも・・・帝国子飼いの神族と遭遇する可能性は高い」

「神様とゴロになるってぇ事ですかい?」

「そういう事だ」

アレックス
ドジャー
マリナ。

トラジ
ツバメ
シシオ

6人が向かうのは、
《聖ヨハネ協会》本拠地・氷の城。

最悪、
敵対するのは神様中毒の信者達だけでなく・・・
神。
それ自身と・・・・


「カッ、絶騎将軍?神様?天使?上等ってもんだ」


ドジャーが笑い、
記憶の書を開く。



「それじゃぁ神様狩りとでもしゃれこむか」










                 






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