むかしむかし・・・・

そう思えるほど昔で、
さも昨日のことだったようにも思える。

そんなむかしむかし
あるところに

一人の少年がいました。

「悪者なんてやっつけろー!!」

ルアスの中の中、
99番街という落ちこぼれの町。
スラム街で悪の巣窟。
そんなところ。

むかしむかし、
あるところに、

ユナイト=チェスターという少年がいました。

「そぉーれ!どっかぁーん!どっかぁーん!」

少年は純粋でした。
純粋で純粋で、
潔癖すぎる心を持っていました。

「僕は正義の味方だぞ!」

前に見た絵本の中の正義の味方は赤色をしていました。
その前に見た絵本の仲のヒーローは白色をしていました。
誕生日にもらったお気に入りの人形。
そのヒーローは青色をしていました。
じゃぁ彼は何色になりたかったんでしょう。
どうでしょう。
だがはっきりしていることは、

「悪者を倒すんだー!」

悪はいつも黒色だということでした。
その頃から一つ。
ただ一つ。
自分は黒色にはならない。
ただ悪は悪い奴だ。
そうとだけ思い、
やはりヒーローにあこがれていました。

「この世にはびこる悪い奴〜♪」

少年は純粋でした。

「ぜぇ〜んぶ僕がやっつける〜♪」

純粋で純粋で、
純心でした。
この世には正義と悪。
その二つしかないと信じてきました。

少年は戦争の話を聞きました。
感想はひとつで、
善い人達が悪い人達をやっつけた。
それだけでした。
それほど純粋でした。

少年は5人兄弟でした。
お兄ちゃんが2人、
お姉ちゃんが1人、
弟が1人。
みんな大好きで、
お父さんとお母さんも大好きでした。
みんな"いい"人間だからでした。

むかしむかしあるところ。
ここは99番街でした。
父親は2日に一回は服を赤色に汚して帰ってきます。

「悪者退治ごくろうさま!」

そう言うチェスター。
血にまみれた手を洗う父。
鏡越しに苦笑いをしている理由が分かりませんでした。



「うう・・・・うぅ・・・・」

チェスターはトイレに隠れていました。
そしてガタガタと震えていました。

「ヒーロー・・・ヒーロー・・・・」

お父さんが死にました。
お母さんの悲鳴が聞こえました。
大きいお兄ちゃんの首が転がる音が聞こえました。
小さいお兄ちゃんの血のしぶく音が聞こえました。
お姉ちゃんの泣き声が何度も聞こえました。
弟の謝る声が途絶えたのが分かりました。

「助けに来てヒーロー・・・ヒーロー・・・・」

ドアを開けると、
家は赤色でした。
お父さんは剣を持って机で寝ていました。
お母さんはご飯の時間じゃないのに包丁をもって寝ていました。
大きいお兄ちゃんは頭がないのに床で居眠りをしていました。
小さいお兄ちゃんはお気に入りのシャツをベチャベチャにして寝ていました。
お姉ちゃんは冬なのに裸で寝ていました。
弟は得意なダンゴムシの真似をして寝ていました。

「ヒーローなんていなかったんだ・・・・」

少年は赤色の液体を流して寝ている家族を集め、
布団の真ん中で寝ました。
いつものように川の字で。
お父さんのいびきがうるさくなかったのは初めてでした。


「ならおまえさんがヒーローになればいい」

次の日、
道端で変なおじいさんに会いました。
新しいお父さんになりました。
師匠になりました。

「僕・・・ヒーローになる」

やっぱりそう思いました。
街を歩くと悪者がいっぱいいました。
あっちもこっちも。
そっちもこっちも。
悪者がいっぱいでした。

「この世の悪は僕は倒すよ!」

最初からそうすればよかったと思いました。
お父さんもお母さんも。
大きいお兄ちゃんも小さいお兄ちゃんも。
お姉ちゃんも弟も。
みんな悪者が悪いから死んじゃった。
自分がヒーローになればよかったんだ。
やっぱりそうだった。
待ってもこないなら自分がなればよかったんだ。
なりたかったんだからなればよかったんだ。
悪がいちゃいけない。
悪者がいたらいけない。
いるからみんな死んじゃった。

「僕はヒーローになる」

少年は人形を握り締めて言いました。
その人形は正義のヒーローで、
自分もそうなろうと思いました。
悪をどっかーんと倒すんだ。
みんなやっつける。
正義のヒーローがいればみんな幸せになる。

自分の見てきたヒーローはみんな無敵で、
絶対死ななくて、
絶対悪に屈しなくて、
絶対悪い奴をこらしめて、
絶対助けを求める人を助けて、
凄く強くて
凄く無敵で、
凄くて、
ほんとに凄くて、
カッコよくて、
凄くカッコよくて・・・・・・・

ただヒーローになりたい。
ただヒーローになりたい。

立ち止まってヒーローを待ち続けてちゃダメだ。
カッコ悪い。
ヒーローになって進み続ければいいんだ。
凄くカッコいい。

僕もあんなスーパーヒーローになりたい。
僕もあんな、
誰もが憧れるような、
誰もに頼られるような、
そんな、
そんな絶対無敵のスーパーヒーローに・・・・


むかしむかし、
あるところ。
ヒーローに憧れる一人の少年がいました。









-------------------------------













「悪をやっつけるんだ・・・・」

チェスターはずるりずるりと、
ゆっくりと、
だが絶対に立ち止まらずに進んでいた。

                                 チェスター
                                 もう無理だ

「無理なんて言葉はヒーローにはないよ」

チェスターはずるりずるりと歩く。

                                 行ったら死ぬんだ
                                 その体ならなおさらだ
                                 ボロボロじゃないか

「ボロボロ?ハハッ、おかしな事言うジャン・・・・
 そんな理由でヒーローが負けた事ある?逆に言えば・・・逆境はヒーローの勝どきなんだよ・・・・」

やがて階段に辿り着く。
大きな、
広い階段。
町の大通りくらいあるんじゃないかという、
巨大な階段。

                                 登るな
                                 お前も感じるだろう
                                 痛いほどに
                                 この上が・・・・

「だから登るんジャン・・・・」

そう言って、
チェスターは階段に足をかける。
巨大な階段。
その上に巨大な存在。
その先に、
その大きさに、
押しつぶされそうになりそうだが、
それでも登る。

「オイラはヒーローさ・・・・」

言い聞かせるように言う。

「スーパーヒーロー・・・は・・・・・・絶対に負けないんジャン・・・・」

言い聞かせるように言う。
だが、
心の底から思っている事でもあり、
洗脳にも近いほど信じきっている事。

階段を登る。
一歩一歩。
一度折れ曲がり、
階段は二つに別れ、
また一つに統合された。

「最上階・・・ジャン・・・へへっ・・・・」

大きな大きな階段。
それを登りきると・・・・

「偉そうなドアジャン・・・・」

広いホールに出た。
左を見ると、小さな螺旋階段。
右を見ると、また小さな螺旋階段。

後ろを見ると、
自分が登ってきた巨大な階段と、
美しいガラスに映る外の景色。
窓の奥。
テラスの向こう側に見える広い城の庭園と、
その先には大きな大きなルアスの町が広がる。
人の姿も見えないほど遠く、
家も米粒ほどにしか見えないが、
中心の広場もルアス99番街も見渡せる。

「守るんジャン・・・オイラが・・・・」

元気が出た。
いや、
そんなものではなく、
力がみなぎった。
こうして目に焼きつく。
守るべきものが。
そしてもう一度振り向くと、

「ラスボスの扉って感じするジャン」

巨大な扉。
王座へと続く扉。
この向こうに・・・・

「でもその前に・・・・」
「ウキ?」

チェスターはふと頭の上をつまんだ。
チェチェ。
その小さな体をつまんだ。

「ウキ?ウキキ?」

チェスターの手にぶら下がりながら、
チェチェは不思議そうだったが、
チェスターはそのまま外に、
テラスに出た。

「いい風だなぁチェチェ」

風が気持ちいい。
テラスに出ると心地よい風が吹き抜ける。

「お前とは子供の頃からの付き合いだったジャンね」
「ウキ!」
「でも全然お前大きくならなかったな」

                            すまんな
                            それは俺のせいだ
                            途中からこの者の生命力を吸っていた
                            だから成長しなかった

「そうだったの?よく分からないけど今更だな。
 チェチェも気にしてないしそこは怒らないでいてやるジャン」
「ウキ!」
「でも一回お別れジャン。チェチェ」
「・・・・ウキ?」

そう言うと、
チェスターはつまんでいたチェチェをテラスから外へとぶら下げた。
テラスからはみ出たチェチェは、
チェスターの腕がなければ下に落ちる。

「ウキ!!ウキキ!!」

                            何をする気だチェスター!

「大丈夫だって。ほら、すぐ2階くらい下にもテラスあるからさ。そこに落ちるよ」

                            ここで分かれる気か!?

「そう言ってるジャン。ごめんなチェチェ。オイラまだ少し頼りないみたいなんだ。
 あの扉の向こうから悪い気がビンビン飛んで来るんだ。すっごいのがいるんだな。
 ちょっと守り切れそうにないからさ。一回お別れジャン」

                            待て!
                            チェスター!
                            俺はまだ不完全だが
                            何かの時に役立てるかもしれん!

「友達を危ない目に合わせるわけにはいかないジャン」

そう、
チェスターは笑った。
怪我だらけの顔で笑った。
デムピアスはすぐに返事ができなかった。

                            それはこの者に言ってるのか
                            それとも
                            それとも体もない死人の俺に・・・・
                            魔物の王の俺に・・・・

「どっちもジャン」

笑顔は変わらない。
当たり前だと言わんばかりで、
疑いようもなかった。

「お前もうっさかったけど嫌いじゃなかったジャン。
 オイラの心配してくれてたからな。悪い奴じゃないジャン」

                            俺は魔物だぞ

「チェチェもだよ」

                            魔物の王
                            海賊王デムピアスなんだぞ

「王様は友達作っちゃだめなの?」

                            ・・・・

「ありがとな」

                            待て!
                            待てチェスター!
                            俺は!
                            俺はお前を!

「最後の別れじゃないよ。約束ジャン。ヒーローは絶対に・・・・・」

そしてチェスターは、
その手を・・・・

「約束を守るんだ」

離した。

                            チェスター!

「ウキィ!!!」

チェチェは落下した。
長い時間にも思えたが、
すぐに下のテラスに落ちた。
猿のチェチェにも到底登ってはこれないだろう。

下のテラスで、
チェチェがもの悲しそうに見上げていた。

「あとでバナナ食べような」

そしてチェスターはテラスからホールに戻った。



「・・・・・」

最後の踏み切り場所だ。
目の前に堂々と立ちふさがる扉。
絶対的存在の待つ扉。
最強の門。
地獄の門。
命の境目。

「『ノック・ザ・ドアー』をなめんなよ!!!」

チェスターは右腕に力を、
エネルギーを溜め、

「どっかぁあああああああああん!!!」

全身全霊のノックを、
その大きなドアにぶちかました。
ドアは跳ね飛び、
地獄の門は開いた。


「ヒーローの登場ジャン」


そしてチェスターは足を踏み入れた。
赤い絨毯が続く。
綺麗なシャンデリア。
幾多の柱。
奥に堂々と立ち、槍を掲げるディエゴ=パドレスのガイコツ。

そして、
名も知らない者さえいる世界最強の5人。
絶騎将軍(ジャガーノート)


「・・・・・・」

ロウマ=ハートが、
こちらも見ず、
腕を組んだまま目をつぶっていた。

「ようこそ。悪夢の調べ、世界の頂点なる帝王の間へ」

ピルゲン=ブラフォード。
ヒゲを整えながら、
黒に包まれたその姿が影のようだった。

「しゃぁああああ!!来たかダラァアアアア!!メチャ待ってたぜぇえええええええ!!」

ギルヴァング=ギャラクティカが飛び起き、
チェスターに向かって猛獣のように叫んだ。

「・・・・ZZZzzz・・・・・」

燻(XO)は車椅子に座ったまま、
眠りこけていた。

「この神聖なる我が主アインハルト様の王座へ足を踏み入れるとは・・・
 こんな低脳なる人間如きが・・・汚らわしい・・・・嗚呼汚らわしい!!!」

ジャンヌダルキエルが、
美しい羽を広げて身震いしていた。


「・・・・・」

チェスターがさらに足を踏み入れる。
震えそうな足を、
真っ直ぐ、
止める事なく踏み入れる。


「お客様です・・・アイン様・・・・」

ロゼが手を伸ばすと、
それは弾かれた。
王座。
その王座で、
威風堂々。
何の風に脅かされる事なく、
ただ世界の中心として、
まるでここから世界が広がっているかのように、
絶対に、
ただ絶対的に、


「カスめが」

アインハルト=ディアモンド=ハークスが座っていた。

「お前が悪の元凶だなっ!!」

チェスターは指を突き出し、
アインハルトを指す。
だが、
まるでそれは透明人間が言い、
透明人間が行動したかのように通り過ぎた。

「デムピアスがいないな」

アインハルトは、
眉ひとつ動かさず、
何にも動じず、
ただ王座で足を組んだままそう言った。

「オイラが来たからにはお前絶対許さないジャン!!」

「ふん。デムピアスがいないのであれば何も意味はない」

「どうしましょうかディアモンド様。デムピアスを絶騎将軍(ジャガーノート)の末席に加えるという計画。
 このままでは実行できませんな。でも城の中にまだいるはずでございます」
「そんな魔物とかいう汚らわしいどうでもよいわ!神族以外の存在を新たに加える必要はない!」
「いちいちうっせぇなぁ鳥人間はよぉ。あぁん?」
「取り消せ汚らわしい下等種め!神を冒涜する権利はお前らなどに微塵もないわ!」

「おいっ!!オイラは!」

「黙れカス共」

ただの一言。
それで静まった。
アインハルトのただ一つの言葉。
それで世界最強達は黙り、
そしてチェスターも・・・
チェスターも押されるように、黙ってしまった。
それどころか・・・
足が・・・
足が勝手に下がってしまった。

「我がいつ・・・・カスにしゃべる権利を与えた」

アインハルトの言葉。
何も・・・
何一つ返せない。
怖い。
そう、恐怖。
それを感じている事を今分かった。
恐怖という、
畏怖というものが当たり前のように存在し、
自分がその威圧感にやられている事にさえ気づけないほどに大きく、
ただ、
ただ黒い何かに押しつぶされそうだった。
だが・・・
だが立ち止まるわけにはいかない。

「オイラは・・・・・お前を・・・・・・」

「くだらんな」

アインハルトがしゃべると、
言葉が途絶えてしまう。
ノドがなくなる。
声が出なくなる。

「興味もない」

息が苦しい。
呼吸ができない。

「意味さえない」

震える。
消えたくなる。

「存在さえ無に等しい」

逃げたくなる。
死にたくなる。
だが前を・・・
前を向いているのがやっとで・・・・

「塵に等しいカスが」

違う・・・
向くしかない・・・
顔を背けられない。
顔が動かない。
体が動かない。
逃げる力も出ない。
何もかもを操られているように・・・
全てはこの目の前の・・・
アインハルト=ディアモンド=ハークス。
この存在。
この絶対的存在に決められているように・・・
自分がゴミのように、
カスのように感じる。
そして扱われなければ、
彼の思いのままでなかればならない気がしてしまう。

「人を・・・・」

だが無音のような声量から、
歯を食いしばり、
言う。

「人を簡単にけなす奴に正義なんてない」

恐る恐るだが、
チェスターの目には怒りを込めた強さがあった。

「正義?それになんの意味がある」

反応しながらも、
何も答えられなかった。

「逆に悪。それになんの関心もない」

笑いもせず、
ただ淡々とアインハルトは言う。

「そんなカス共が決めた線で我を測るなカスが。我の行動、思想、言動。
 それらに善も悪もない。それらがお前らカスにとってどうであれ興味がない。
 我のやる事。それにいちいち正しさもなければ悪意もなく、ただ信念もない。
 あるならただ一つ。"絶対"だ。我がやる事が全てで、他の全てはそれに従う。
 それは義務ではなく強制だ。しなくてはならないではなく、する他にないのだ」

傲慢の極地。
だが、
それに伴うものを彼、アインハルトは持っており、
それは神さえ従う他ない絶対である。
だが譲れない。
譲るわけにはいかない。
チェスターの正義。
信念。
それはそれだけしかなく、
それに頼るしかなく、
たっだ一つの行動概念だからだ。

「アインハルト・・・オイラと・・・オイラと戦え!!!」

「ふん、くだらん」

笑顔さえ作る事なく、
鼻で笑うアインハルト。

「お前は足元のアリにそう言われて返事をするのか?」

アインハルトにとって・・・
チェスターの存在は小さすぎた。
小さくて小さくて、
微笑に値するほど微小すぎて、
カスで、
無に等しかった。

「それでもオイラは・・・」

微小な力を振り絞り・・・言う。

「お前を倒さないと・・・ヒーローに・・・ヒーローとして・・・ヒーローだから・・・・」

「0%の夢など捨てろ。興味さえない。脳細胞の無駄遣いだ。消えろ」

「オイラの信念で・・・オイラの夢なんだ・・・退くわけにはいかないっ!」

言葉を出すのが精一杯だったが、
それは返せない言葉じゃなかった。
返さなければいけない言葉で、
出ないわけがない言葉だった。

「まぁまぁ、ディアモンド様もこう言っておられるのですし」

ピルゲンはノンビリとヒゲを整えながら横から話に入ってきた。

「命を拾える機会などそうもありませんよ。幸運でございます。
 ディアモンド様にとって目障り以外の何でもないのでございますから、
 早々と立ち去っていただけるのが私共にとってもあなたにとっても・・・・」

「オイラはヒーローだ!!スーパーヒーローなんだ!
 退くわけにはいかない!ヒーローは止まらない!
 そしたらオイラの信念は・・・夢は潰えてしまうんだからなっ!!」

「叶わぬ夢を何故追うのでございますか?人生とは宴でございます。
 他にも幸せの道など無数。夢ならば他を追うのがよろしいかと」

「ふざけるなっ!!!!!」

チェスターは叫ぶ。

「一度の人生!!人生一回しかないんだぞっ!
 この人生で自分の夢を追いかけないで・・・・いつ追いかけるんだよっ!!!」

真っ直ぐで、
ただ真っ直ぐで、
妥協がなくて、
正論すぎる善意の本音の本能。
何一つ間違いのない言葉。

「興味ない」

それを一蹴するアインハルト。
その一言に全ては詰まっていた。
チェスター。
その思想。
その信念。
その夢。
行動。
意思。
覚悟。
それらの全て。
そんなものはカスでしかなく、
世界という塵の砂場の一つの砂粒でしかない。
その一つの砂粒の夢。
そんなものに興味はない。
それがどんな信念を持って硬く、堅く、固く存在していようとも、
所詮は砂粒。
そのまま埋もれていろ。
それだけ。
ただのそれだけだ。
0.1mmが輝いたところで目にも映らない。
眼中にもない。
興味の対象にさえならない。

「おめぇメチャ漢だぜぇえええええええええ!!」

興味を示したのは、
違う人物だった。

「漢だ!メチャ漢だ!!俺様メチャ気に入ったぜダラァアアアア!」

ギルヴァングは猛獣の鳴き声のような叫び声をあげ、
嬉しそうにアインハルトの方を向く。

「おいアインハルト!いらねぇんならこいつ俺様がもらうぜ!」

「好きにしろ。だがわざわざ我の前でやるなら余興程度には楽しませろ」

「わぁーってるって!お前は昔から自己中なんだからよぉ!
 言われなくともやったらああああ!俺様メチャ燃えてきたからなぁああああ!!」

身体能力の限界。
頂点に達している彼ギルヴァングの拳は、
ゴキゴキと全てを握りつぶすような音を鳴らした。

「ナーーッハッハ!!!この部屋吹っ飛んでも恨むなよ!!」

逆立った髪は猛獣の鬣(たてがみ)のようで、
猛獣より凶暴な顔をした男はチェスターに近づいた。

「よぉぉおお!!漢候補!!!」

そしてガシンと頭を、
デコをぶつけた。
0距離の視線の先。
密着状態の猛獣の顔がチェスターを見る。

「てめぇ、あのナタク=ロンの弟子だってなぁああああ!!」

「そうだよ。あんたとは二回目ジャンね。ギルヴァング」

「そうだ♪俺様がギルヴァング=ギャラクティカ様だ!
 お前が倒したナックル=ボーイのお師匠様のなぁあ!!!」

「・・・・・・・」

思い出すと胸が痛くなる。

「だがそれは別にいいんだ!メチャどうでもいいんだ!」

「へ?」

「あいつは真っ直ぐ生きる男だったからな!!悔いを残すような事は絶対ねぇ!!
 あいつはあいつなりのメチャ漢道を貫いて死んだんだ!異論はねぇ!!!!
 あいつは人に仇を願う真似もしねぇ!!テメェのケツをテメェで拭く信念持ってた!」

弟子の事をよく分かっている。
というより信じているというか、
馬鹿のように単純に評価している。
そして割り切っていて、
正しい信念を持っている。
ナックル以上に真っ直ぐな信念を持つ男のようだ。

「あんた面白そうジャン」

これだから困る。
笑みがこぼれてしまう事もあるから困る。
メッツの時と同じだ。
ナックルの時と同じだ。
敵にもこんな面白い奴がいる。
でも・・・戦ってみたいと思ってしまう。

「どかないんならどかしてやるジャン!!」

「くーっ!!テメェいいぜテメェ!メチャいいぜ!!ヒーローっつーから他人他人言ってると思ったがな!
 こう話聞いてるとやっぱ自分の信念貫きてぇんじゃねぇか!!そういうのメチャいいぜ!!!
 こう!胸が高鳴るっつーか!血が燃え滾ってくるぜ!そういうメチャ漢な考えよぉおおおおおお!!」

一人燃え上がるその男は、
ここにいるのには少し場違いでもある善なる心を持ってる気がした。
真っ直ぐなる真っ直ぐ。
直線なる直線な思考。
それはただ真っ直ぐな直線で、
だが荒々しく燃える太き直線。
そんな男だ。

「だからこの俺様と勝負をぉおおおおおおお!!!」

「・・・・・・・・・っっせぇなド畜生がっ!!!!!!!」

誰が言ったかと思うと、
また別方向。
車椅子に乗った紫色の長髪の男だった。
ネクロケスタの骸骨を帽子のように斜めにかぶったその車椅子の男は、
眠りから覚めたようで、
頭痛そうに片手で顔を覆い、頭を横に振っていた。
と思うと・・・

「うぜぇぞギルヴァング!!人が寝てんだろド畜生がっ!!!」

顔をクシャクシャにしてギルヴァングに叫んだ。

「そーいう割り切った行動が出来ねぇ奴が俺は大っ嫌いなんだっ!
 死ねっ!!死に絶えろっ!!死んで生まれてもっかい死ねっ!!!!」
「あぁん?ここで寝てる方が悪ぃんだろ燻(XO)!今・・・・メチャいいとこなんだからよぉ」

ギルヴァングは相変わらずニヤニヤとチェスターを見る。
チェスターは動じない。
戦うというなら戦う。

「ヘヘッ、誰だろうと立ち塞がるなら皆相手してやんジャン!!
 なんたってオイラはヒーロー!スーパーヒーローだからなっ!!」

「ん?なんだ?なんか始まんのか?教えろよこのド畜生」
「あんな」
「ハショらずにキッチリ教えろよ。ハッキリしねぇ事が大嫌いなんだ俺ぁよぉ」
「あぁー・・・。まぁ俺様とそこの漢ヒーローが戦うんだ」
「ハショんなっつってんだろこのド畜生が!聞こえてねぇのかその耳2つはよぉ!
 死ね!てめぇ死ね!3回死ね!!3回死んでもっかい死ね!!!」
「まぁまぁ燻(XO)殿。私からご説明を・・・」

ピルゲンが車椅子に座る燻(XO)に近寄り、
手短に簡潔に状況を説明した。

「どーでもいいから早くして欲しいジャン」

と気楽にチェスターは言ったが、
その気楽な態度の中、
アインハルトに目線を合わせない自分が居た。
合わせたくない。
飲み込まれる。

「ありゃりゃ♪そゆことね」

話を聞いた燻(XO)は笑みをこぼした。
だがそれはニヤりといった笑みではなく、
表情をクシャクシャにした怪しい笑みだった。

「いいね!!そういう考えのガキいいね!!ハッキリしてんじゃねぇか!
 俺そーいうの大好きだ!ぷっ・・・・ははははははははははははは!!!」

そして車椅子の上で両手を広げ、
崩れるように大笑いした。
燻(XO)が天井を見上げて大笑いすると、
紫の長髪と斜めにかぶったネクロケスタの骸骨が揺れた。

「命張って譲らない!!いいね!!お前いいよド畜生!!!
 すげぇハッキリしてる!そーいうの俺大好きだ!最高だ!!
 その先に死が待っていようと譲らねぇ!真っ直ぐ進む!!
 生きるために命をかける!分かりやすくてハッキリしてて最高だド畜生が!!!!
 アッハハハハハハハ!!ヒャハ・・・ハハハハハハハハハハ!!!」

ハッキリしている事が大好きらしい燻(XO)は、
チェスターのヒーローとしての真っ直ぐな性格が気に入ったようだった。

「いいね!命張って生きる奴!自分の命を誇りにして生きる真っ直ぐな奴!!
 いいね!!そーいう命を分かってる奴は・・・・・・・死んじまえ!!そーいう奴は死んじまえ!!
 命の限り戦って努力して生き抜いて!そんで死んじまえ!!死ねるだけ死んじまえっ!!!」

大きく笑いつくしたあと、
燻(XO)はユラリと顔を傾けてチェスターを見る。
怪しく愉悦にシワを寄せた目で見る。
ズルりとずれるネクロケスタの骸骨を片手で止め、
車椅子を動かして近づく。

「へへ・・・・いいね・・・・おいギルヴァング!俺にやらせろ!俺に殺させろ!
 俺にこいつを"バスケットケース"にさせろ!なぁやらせろよ!!」
「馬鹿野郎!こいつは俺様とやんだよ!こんな漢らしい漢そうそういねぇからな!!」
「うるせぇ!とっとと俺にやらせるかどうか!そこハッキリさせろ!○かXか!つまり○だド畜生!!」
「俺様とやる因縁になってるんだよっ!!これは漢と漢の勝負だゴラアアアアア!!」

「好きにこればいいジャン?」

チェスターは虚ろな目で言った。
体はすでにボロボロで、
生気がない。
が、
確固たる意思で言う。

「悪者は全部・・・・・・オイラがまとめてやっつけてやるジャン!!だから・・・・」

チェスターが拳を前に出す。

「まとめてかかってこいよ悪者!!」

それは人類最強の内の2人に言う言葉ではなかったが、
それでもそれはヒーローの言葉であった。
負けない。
絶対負けないからこその言葉。

「向こうもそう言っておられるのでございますし、それでよいのでございませんか?」

ピルゲンが横から口を出した。

「あまりに見苦しいですよギルヴァング殿。燻(XO)殿。
 元53部隊(ジョーカーズ)として優遇されてきたとはいえ、
 ここは王座。帝王ディアモンド様の御前でございます。
 あまり慎みない言動をひかえるのがよろしいかと。ねぇロウマ殿」
「・・・・ふん」

ロウマは無愛想にハッキリした事を答えなかった。
腕を組んで目を瞑ったままだった。

「燻(XO)」

「・・・・・・・」

アインハルトが見下ろす様に燻(XO)の名を呼んだ。
好き勝手だった燻(XO)も無言で返す。

「我はギルヴァングにやらせてやると決めた。それ以外はこの世に無い。
 必要は我の決断と余興。不必要は面倒と退屈だ。
 あとわずか。もう少しお前に対する不快が募ったとき、お前とて消すぞカスが」

燻(XO)は車椅子の上で顔をしかめた。

「・・・・チッ・・・・分かったよド畜生。そんなハッキリしてる事なら文句言わねぇよ」

そして燻(XO)は自分の車椅子を回し、
赤い絨毯の上を進む。
チェスターが砕いた王座の入り口へ向かって。

「○かXかでハッキリXなら俺ぁこんなとこには用ねぇよ。後で戦いの結果がが○かXかだけ教えろ」

車椅子を回しながら、
一度も振り向く事なく燻(XO)は王座から出て行った。

「話終わった?じゃぁオイラ的にはさっさと・・・・・・ありゃ?」

チェスターはそこで一度グラりと揺れた。
体が傾いた。
・・・・・・・・・分かっていた。
ここに来るまで3度死闘をした。
44部隊のスモーガス。
同じく44部隊のナックル=ボーイ。
そして同じく44部隊のメッツ。
全て死闘で、
流した血の量が自分の体積を超えているんじゃないかという戯言さえ浮かぶ。
応急処置的な回復など無意味で、
ダメージというより体力。
怪我というよりは疲労。
困憊に完敗。
満身創痍を3度行い、
蓄積されたダメージはすでに限界に近づいていた。

「おっとっと。お腹でも減っちゃったみたいジャン」

強がりを言う。
実際すでに気合のみで立っていたと言っていい体。
だがさっきまでは・・・・
その結果ならば簡単だ。
気合のみで立っていた。
それが今、
帝王アインハルトと同じ空気を吸うことで・・・揺らぐ。
少しづつ。
それほどの威圧感を肌で感じる。
気負けする。
息が苦しいほどに。
ここはそんな空間なのだ。
心が・・・重くなる。

「へへっ・・・・オイラはヒーローだ・・・・」

だがフラフラと、
ただフラフラと立つヒーローは頼りなく、
だがそれでも立ち上がるヒーローは頼りがいがあった。

「ヒーローとしてオイラはお前を・・・いや!どんな相手でも倒すよ!!!」

満身創痍のヒーローは、
意志はありながらも全力の出ない声で言った。

「ナハハハハ!!いい!やっぱテメェは漢だぜ!!
 俺様はてめぇみてぇな奴とガチンコでタイマンしたかったんだ!!!」

猛獣は笑う。
そして右手の親指を立てたと思うと・・・・

「俺様達ぁ漢だ。漢らしくいこうぜ」

チェスターの虚ろな目線の中、
ギルヴァングの親指は移動し、
それはギルヴァング自身の腹部へ・・・・・突き刺さった。

「フェアじゃねぇのは嫌ぇだ!」

深く深く、
ギルヴァングの腹部に突き刺さったギルヴァングの親指は、
間接が丸々突き刺さり、
勢いよくゴポゴポと血を噴出した。

「!?何してんジャン!?」

「俺様がやりてぇのはメチャ熱い漢のタイマンだ。
 てめぇだけボロボロってのはまた熱くねぇだろ?」

言いながら、ギルヴァングの右手。
それは今度は自分自身の左手首に移動した。

「あらよっ」

そして大木が折れるかのような音。
綺麗で重い、そんな鈍い音がしたと思うと、
ギルヴァングの手首は、腕時計をすべき辺りからブランと垂れた。

「あー、これでもテメェのダメージにゃぁ足りねぇかな」

ギルヴァングはすでに地面に血溜まりができるほどに流血した腹部と、
使い物にならない左手首の状態で言った。

「ちょちょ!何やってんジャン!!」

「あん?だからよぉ・・・」

「あんな!オイラは敵に情けをかけられるような男じゃない!
 ヒーローは自分自身の力で!どんな逆境だって乗り越えてやるんジャン!!」

「・・・・・・なるほどな」

ギルヴァングは笑みをこぼした。
それは満面なる笑みで、
歯を丸々と見せた笑みだった。

「お前・・・・本っっっ・・・・当に漢だな!!メチャ漢だ!!!
 熱ぃよ!燃えるぜ!燃え滾って血がメチャ沸騰しそうだ!!!」

そして右腕でガンっ!!と自分の左胸・・・心臓を叩いた。

「テメェの漢らしさは心で感じ取ったぜ!刻ませてもらう!!
 記憶に!血に!この体にユナイト=チェスターという漢とぶつかったって事をなあああああ!!
 ドッゴラアアアアアアァァァアアアアアアア!!!!!!!!!」

ギルヴァングが巨大な口を開けて雄たけびをあげた。
振動。
声の衝撃。
広い広い王座の間。
その天井が、
地面が、
柱が、
全てがその雄たけびに揺れた。

「チッ・・・やかましい奴だ」

アインハルトが顔をしかめる。
そこに恐る恐るよりそうロゼ。

「下品な声だ。これが下等生物の唸りか。汚らわしい・・・嗚呼汚らわしい・・・・」
「強さだ」

ロウマは振動の中、
小さく言った。

「ほぅ、珍しく言葉を持ったと思ったが・・・何か言ったか人間風情」
「強さと言った」
「ただの汚らわしい叫びではないか」
「ここまでにあの二人の強さを感じ取れないなら、神もその程度だ。
 ふん。神族とは酷く鈍感で低脳な存在なんだな」
「なっ・・・この・・・」

「ロウ」

アインハルトがロウマに話しかける。

「なんだアイン」

「この勝負。お前ならどう見る」

「お前にとったらどちらでもいいのだろう?」

「余興ぐらいにはなる」

「ふん」

ロウマは腕を組んだままチェスターとギルヴァングを見る。
自ら負った怪我を持つギルヴァング。
蓄積された放大なダメージを持つチェスター。

「9割方ギルヴァングだ」

「10割ではないのだな」

「お前もそんな疑問を持つかアイン」

「我には分からぬほど低レベルだからな。0.1と0.11の違いを肉眼で見分けるほどにな」

「ふん」

ロウマの眼はチェスターを見ていた。

「理屈だけをこねれば全てギルヴァングだ。何もかも。負ける要素がない。
 だが、強さを秘めていれば理屈など必要ない。心に強さを秘めていればそこに勝率は生まれる」

「やはりくだらんな」

その闘い。
この戦い。
一人の男の生涯と信念。
一人の漢の意志と闘志。
本人達にとってはそれらの全てをぶつけるにふさわしい戦いであるのに、
アインハルトにとっては余興でしかない。
少し楽しめればいいのだ。
どちらが勝っても、
どちらが死んでも。
そんな話だった。

「あああああああああああああああああああああ!!!!!」

チェスターは叫んでいた。
ギルヴァングの雄たけび。
それには強さがハッキリ伝わる。
戦力という意味で体に伝わってくる。
だが、
負けない。
負けてたまるか。
その意思を声に託し、
打ち消す。

「負けない!!!絶対負けない!!!!!」

自分に言い聞かせ、
自分の全力を言葉に、
心に、
体に注ぐ。

「絶対にっ!!!負けるわけにはいかない!!!!」

「上等だラァァア!!!かかってこいやぁあああああ!!!」

ギルヴァングは右腕を折れた左腕にぶつける。

「テメェの力見せてみろ!!漢の全てをよぉおおおおお!!!!」

「だからオイラは進み続けるんだよぉおおおおお!!!」

そして突き出す右腕。
それはエネルギーのこもった右腕。
イミットゲイザーが、
チェスターの信念のこもったイミットゲイザーが、

「どっかぁああああああああああん!!!!」

放たれる。

「そんなもんかゴラァアアアア!!!」

ギルヴァングは突っ込む。
走るその姿に整いなんてなく、
猛獣が、
野獣が突っ込んでくるように荒々しく。

「邪魔だってんだラァアアアアア!!!」

そして、
ただの素手。
ただの素手でかき消すように、
水しぶきを手で弾くように、
簡単にその右手でイミットゲイザーを弾く。

「漢の魂!!感じさせてくれやあああああ!!!!」

野獣。
マイソシア。
全世界最強の身体能力を持つ男が、
雄雄しく突っ込んできて・・・拳を振り下ろす。

「ドッゴラァアアアアアアアア!!!!」

チェスターはジャンプで避ける。
野獣の拳は地面に打ち付けられる。
絨毯など関係ない。
地面を貫き、
砕き、
地面が跳ね上がる。

「逃がすかぁああああああ!!!」

その雄雄しく荒々しい太い腕は、
地面から抜き出され、
空中のチェスターの足首を掴んだ。

「ぐっ!!」

「ほらよぉおおおお!!!」

そして叩きつけられる。
紐のついた袋でも叩きつけるように、
チェスターはそのまま腕力だけで地面に叩きつけられる。

「オゥラ!!おらおらおらっ!!おぅーーらよぉ!!!」

そして何度も何度も、
振り子のように地面に叩きつけられる。
メトロノームが往復するように、
チェスターはただの物のように、
地面に何度も叩きつけられた。

「どぉーーーら!!!!」

そしてぶん投げられた。
片腕の腕力だけでぶん投げられ、
チェスターの体は王座の間の柱にぶつかり、
なお、
柱を突き抜けて壁にぶつかった。

「ぐぅ・・・・」

壁にめり込みながら、
チェスターは体勢を整える。

「オイラは負けるわけにはいかないっ!!!」

そして馬鹿のように突っ込む。
崩れた柱を足場に、
そのまま真っ直ぐ突っ込む。

「どんな相手でも!!!」

跳び、
空中で足を振りかぶる。

「臆さない!!退かない!!それがヒーローだからっ!!!」

そしてチェスターの蹴りは・・・・
ギルヴァングに突き刺さった。
ギルヴァングの首元に。
直撃した。

「・・・・・ふっ」

完璧な蹴りだった。
ギルヴァングが1mmも動かなかった事を除けば・・・

「蚊のクソがぶつかった程度にも・・・・・・・きかねぇぞドォオラアアアア!!!!」

おもくそに、
ハンマーのように右腕を振るギルヴァング。
それは同じく直撃だったが、
チェスターはおもくそに吹っ飛び、
柱にぶつかって柱は崩れた。

「くっそ!!だからなんだ!!!」

反動をつけた起き上がる。

「チョコマカした攻撃なんてきかねぇぞごらああああああ!!!」

「ならチョコマカしてないのくれてやんジャン!!!!!」

効かない。
小さな攻撃など何も、
あの最強の身体能力には効かない。
小細工などない。
小さすぎて通用しない。
なら、

「一撃で決める!!!!!」

言い放った。
その意思。
一撃。
つまりそれは、
余裕ではなく限界を込める。

「オイラの全力でいくぞ!!!!」

全ては一撃に込める。
全力を込める。
一つの全てを込める。
そうしなければ、
全てを、
今持てる全てを一撃に込めなければ・・・・・・倒せない。
それほど大きな相手。
強い・・・強い相手。

「だがオイラは負けない!!!!!!」

両手に、
体中に、
全身に・・・・力を込める。
気を溜め込む。
エネルギーを、
力を、
精神を、
意思を、
信念を、
生き様を、
命を、

「あぁぁぁあああああああああああああ!!!!」

全身を介して力が両腕に集まっていく。
小柄な体の質量を超える力。
質量?
いや、重量と言っても問題ない。
重さ。

「師匠直伝っ!!イミットゲイザー零式っ!!!」

命の重さ。
全て。
カラッポになるほどだから零。
重なり。
伝えられたもの。
教えられたもの。
直伝。

「エネミィイイイイイ!!!レイッッッゾンッッッ!!!!!!!」

賭ければいい。
全て。

「どぎゃああああああああああああん!!!」


放たれるはエネミーレイゾン。
両手を介し、
全身から放つ気の塊。

「漢だな」

ギルヴァングへ飛ぶそのエネルギー。
王座の間全体がまぶしく輝く。
光に包まれる。
突き進む巨大な気力。
気の塊。
王座を消し飛ばす勢いで・・・・

「ドッゴラァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

ギルヴァングは叫んだ。
大声。
ただ大声。
響く。
響く大声。
雄雄しく、
ただの声とは思えない。
その衝撃。
部屋が揺れる。
天井が、
地面が、
壁が、
・・・
ヒビが入る。
声だけで、
揺れ、
ヒビ割れる。
そして・・・・

「・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・」

叫び終わったギルヴァング。

「しゃぁあああああこらああああああああああああああああ!!!!」

もう一度叫び、
雄たけびをあげるギルヴァング。
エネミーレイゾン?
・・・
そんなものは無かった。
弾けとんだ。
声で。
声だけで・・・
弾けとんだ。
消え去った。
吹き飛んだ。
炸裂するように空中で飛び散った。
声で、
見えない衝撃で。

「・・・・・・・信じられないジャン・・・・・・」

全力を使い果たしたチェスターは、
うっすらとだけ開く眼の先。
健全に立つギルヴァングの姿を見て・・・倒れた。

「俺様が上回った。それだけの事だ」

ギルヴァングの声が聞こえる。
聞こえるだけで見えない。
見えない。
真っ暗だ。
うっすらと見えるのは赤い絨毯。
真横に見える。
90度回転した世界。

「・・・・・・・・」

体が動かない。
真っ暗だ。
このまま目を瞑ったら死ねるのかな。
このまま目を瞑ったら終われるのかな。
楽になりたい。
全力を出した。
全てを出し切った。
悔いなんてあるか?
いいさ。
よくやった。

「よくやった・・・・」

目の前が真っ暗になる。
それでいい。
出せるだけの力。
それを全て出したんだ。
それで・・・・

「いいわけ・・・ないジャン!!!!」

何がそうさせるのか。
それは当たり前に分かりきった事で、
立ち上がれるはずない体も、
立ち上がらないはずがないわけで、

「ヒーローが・・・・」

立ち上がったが、
支えきれずもう一度倒れる。
だが、
もう一度立ち上がる。

「"頑張った"で終われるわけないジャン・・・・」

それで、
それで終われるわけがない。
救おうとした?
それがなんだ。
救わなければ。
進もうとした?
それがなんだ。
進まなければ。
戦いつくした?
それがなんだ。
打ち砕かなければ。

「勝とうとした?それじゃダメだ!ヒーローは勝たなきゃダメなんだ!!」

だから、
それだけの理由でヒーローは立つ。

「・・・・・・・・漢だねぇ」

笑う・・・ギルヴァング。

「そんな体でまだ立ち上がる!!あんたメチャ漢だぜぇええええ!!」

虚ろ。
その文字通り、視界はボヤける。
でも、
しっかり前を見定める。

「男でも女でも・・・」

前に進む。
足を。
一歩一歩踏みしめないと転んでしまいそうだが、
踏みしめて進む。

「ヒーローでもヒロインでも・・・・」

いや、
転んだってかまわない。
また立てばいい。
進めばいい。
前に、
ただ前に、
真っ直ぐ・・・

「立ち上がることができれば・・・・・・英雄なんだ!!!あぁぁあああああああ!!!」

走る。
ガムシャラに。
真っ直ぐ走れてるか?
分からない。
見えない。
視界がボヤける。
真っ直ぐ走れているか?
走れているさ。
真っ直ぐにしか進んでないんだから。

「だがそんな体でまだなんか出来るか?」

「気合さえあれば出来ない事なんてないっ!!」

「ならやってみやがれっ!!!!!」

ギルヴァングは何も迎え撃たない。
ただ、
ただ両手を広げて阻んだ。
避けない。
反撃もしない。
ただチェスターの攻撃を迎え撃つ。
無防備という形で。

「オイラは・・・」

辿り着いた・・・

「ヒーローなんだ・・・・」

自分の体を支えるように、
自分の体をよりかけるように、
ギルヴァングの体の中心に両手を添える。
両手をぶつける。

「何がしたい」

「ヒーローは・・・なんだって出来る・・・・」

「何が出来る」

「お前を・・・・倒せる!!!!あぁぁあああああああ!!!」

ギルヴァングの体に両手を添えたまま、
全身に、
体中に力を込める。

「!?・・・まだ力が残ってたか!?」

「残ってないさっ!!カラッポだ!!だけど・・・・・・・」

全身に力を込める。
細胞の全て。
血液の全て。
沸騰していくように、
搾り出す。

「そんなもの・・・・・気合で補えばいいっ!!!!」

そう、
理屈なんていらない。
どっかの神様が創った常識とか、
そんなものに捕らわれてヒーローがやってられるか。
カラッポのはずの力?
残量0?
自分の限界?
そんなもの誰が決める。

でも・・・

体が・・・・












「くっそー。師匠は強いなぁ・・・・」

あれ・・・
オイラがヒザをついてる。
なんで?

「そりゃぁワシ様は強いさ!」

あぁ、
そっか。
思い出か。

「オイラはまだまだこんなもんか!でも!絶対に師匠を超えてやるジャン!」

さすがだなぁオイラ。
カッコイイなぁ。
そうだよな。
諦めなきゃいいんだよな。

「何を言っておるか」

「へ?」

へ?
何が?
間違った事言った?

「お前の力がまだそんなもん?かぁー・・・そんなもん自分で勝手に決めておるのか?
 馬鹿らしい。あぁ馬鹿らしいぞ馬鹿弟子め。まったくなっとらん」

「どういう意味?」

どういう意味なんだっけ師匠。

「お前の実力なんてのぉ。ワシ様が決める事じゃぁない。他の誰でもない。なら誰が決める」

だからオイラが・・・

「お前じゃろ」

うん。

「ならなんでそんなもんと決める。お前が決める事じゃぞ?
 限界?全開?馬鹿らしい。そんなくくりに入れてどうする。
 お前がお前の実力を決めるんじゃ。身体能力?理屈?馬鹿らしい。なら・・・」

なら・・・

「ならお前の実力はどこまでだ」

どこまで?
どこまで・・・

「決まってるじゃろ」

「・・・決まってるな!」

決まってる。

「さすがシショー!!!」

「声が小さいわ!!」

「シショー!!!!」

「まだまだ!」

「シッショーーーー!!!」

「もういっちょ!!」













「シッショォオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」

チェスターの全身から気が跳ね上がる。
弾ける。
肉眼で目視できるほどに。
チェスターの全身が気で滾る。
全身に気が噴出す。
毀れるほどに。

「自分の限界!!そんなもんオイラが決める!!
 オイラの力!ヒーローの力!スーパーヒーローの力!!
 諦めない!止まらない!真っ直ぐに進み続ける力!!そんなもん・・・・・」

髪が逆立つほどに気が滾る。
噴出す。

「無限に決まってんジャン!!!!!!」

揺れる。
ギルヴァングと同じように。
揺れる。
部屋が。
全体が。
気で、
地震のように。

「ああああああああああああああああああ!!!!!」

「これは・・・・」

ギルヴァングが一歩下がる。
無意識に、
無意識に最強の体が下がった。

「あのジジィの・・・・」

「師匠直伝!!」

全身。
全部。
カラッケツなんてない。
カラッポなんてない。
それでも全部。
全部の全部。
それを、
無限という限界まで根こそぎ引き出す。

「イミットゲイザー壱式ッッ!!!!!!」

何もかも、
技術なんてない。
必要ない。
気持ち。
気合。
それだけ。
それだけを・・・
全部を・・・
全てを・・・
それだけを・・・

「リミットォオオ!!オブ!!!イミットォオオオオオオオオ!!!!!!!」























静かなもんだ。
もう耳がイカれたのかもしれない。

「あ゙・・・・・・」

頭がボォーっとする。
思考回路が安定しない。
自分は今どうしてるんだろう。
立ってるのか・・・
どうなのか・・・

「勝った・・・かなぁ・・・」

チェスターは座っていた。
ただ腰から崩れ落ちるように。
目には焦点があってなく、
そのまま地面に倒れる力さえなく、
カラッポの置物のように座っていた。

「ハッ・・・ヒーローが負けるわけないジャン・・・」

だが、
もう白と黒くらいしか判別できない薄い視界の中、
ぼんやり、
ただ夢遊の中のような、
霧がかった幻の中のような、
そんな視界の中。
目の前。
そこに、
黒こげのギルヴァングが立っている事が分かった。
煙をふいて、
沈黙している。
倒した。

「これが・・・・・ヒーローの力ジャン・・・・・」

一瞬でも何かを忘れると、
そのまま世界が真っ黒に、
いや、
真っ白になってしまいそうだった。

「ヒーローは絶対死なないジャン・・・・」

そう、
死ぬわけない。
絵本の中のヒーローも、
絶対に死ななかったし、
絶対に負けなかった。
だから、
自分もそうだ。

「ぐっ・・・・」

目の前の黒が動いた。

「ドッゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

全身を天井へ向け、
ギルヴァングは叫んだ。

「あ゙ぁぁああ・・・ぁあ・・・・ぐぅ!危なかった・・・・・」

息を漏らしながら、
黒こげのギルヴァングは動き出した。
髪を手でとき、
焼け落ちた髪だけ地面に毀れた。
そんなものもう見えないけど。

「はぁ・・・はぁ・・・・あのジジイ以上だったぜ!テメェ、ほんとメチャ漢だぜ!!!」

倒せてないのか。
そんなはずない。
ヒーローが負けるはずない。

「だが、俺様の勝ちみてぇだな!!」

そんなはずない。
そんなはずない。
だけど、
だけどそれ以上思考が進まない。
止まるわけにはいかないのに、
もうカラッポで何も・・・

「俺の生涯、テメェみてぇのと一戦やれた事を誇りに思うぜ」

よかった?
戦えて?
そんなんで満足できない。
止まるわけにはいかない。
ヒーローだから。
勝たなきゃ。
勝たなきゃ。
でも、
体の感覚がない。
麻痺じゃない。
体がないみたいな・・・
進めない。
進みたいのに・・・
止まりたくないのに・・・

「・・・・・・・・」

いやだ!
終わりたくない!
けど・・・
けど・・・
動かない・・・
頭もカラッポで・・・・

「なんで立つ」


オイラ立ったのか?
立てたのか?

「これ以上やっても結果は同じだ。俺様はそんな有様の奴を手にかけたくねぇ。
 漢が廃る。そのまま寝てろ。満足した。死ぬには惜しい」

死ぬ?
死ぬわけないじゃないか。
オイラはヒーローだぞ。

「生きろ。生きれば次がある」

次?
次?
次?

「次ってなんだ!!!」

「・・・・・」

「次なんてない!ヒーローに次なんてない!!
 ヒーローは止まらない!進み続けるんだ!
 ヒーローは死なない!だから進み続けるんだ!
 命は一回だ!今だ!今しかないんだ!この命しかないんだ!
 オイラはだから一回でも退くわけにはいかないんだ!
 ヒーローだから!!スーパーヒーローだから!!!!」

目の前が・・・・
また戻った。

「・・・・そうか」

ギルヴァングが見える。

「なら俺様の負けだ」

そう言ってギルヴァングは振り向いた。

「ギルヴァング殿。どうやっても貴方の勝ちだと思いますが?」
「勝ち?どこがだ。俺様はどうやったって勝てねぇよ」
「何をとち狂った事を。これだから人間は。殺すだけだろう」
「殺したらもう勝てねぇんだよ。死んでも負けねぇんだこいつはよぉ。
 意志も殺せねぇ。どうやったってどうやったってどうやったって勝てねぇんだ」
「・・・・理解に苦しむな。汚らわしい下等生物の考えは」
「だろうな。頭を使う奴にはそうだろうよ。なんせ理屈じゃねぇんだからな」

「待てよ・・・」

チェスターは言う。
だが、
すぐ前に崩れ落ちた。
両手で支える。
そんな状態。
それでも言う。

「オイラはまだ・・・戦えるぞ・・・戦え・・・ヒーローは・・・・・・」

「悪ぃ、降参だ」

力が入らない。
勝った?
いや、
違う。
勝たなければ・・・
前に進めていない。
ヒーローは前に進まなきゃ・・・


「フフ・・・」

ドス黒い声が聞こえた。

「ハーーッハッハッハッハ!!!」

アインハルトの声だ。
耳に障る。
黒い声。
精神がやられそうになる。
だが、
悪意。
それを打ち消す。
だからこそ、
だからこそヒーローは必要だ。
悪があるなら、
それでこそ、
今でこそ、
だからこそ、
ヒーローは立たなきゃ・・・・
黒は悪。
それを打ち砕くために正義はある。

「楽しませてもらった」

王座の上でアインハルトは言った。

「余興としては十分だ」

楽しみ。
娯楽。
アインハルトは見下しながら言った。

「アイン様・・・この者はどうするのです・・・」

ロゼが寄り添う。

「黙れメス豚」

そんなロゼをアインハルトは腕で振り払い、
そして、
アインハルトは王座から立ち上がった。

「もう一度言う。楽しませてもらった」

コツコツと、
鎧の音と共に、
アインハルトが降りてくる。
地面につくほどの漆黒の長髪。
世界を包み込む威圧感。
絶対。
絶対の存在。

「ピルゲン」

「ハッ」

アインハルトが合図をすると、
ピルゲンの周りに黒い闇。
それは妖刀ホンアモリ。
4本のホンアモリが宙に浮いた。

「我に一時の余興を与えただけでも、お前の生涯には意味があったかもしれんな」

アインハルトは小さな小さな笑みを浮かべる。
ドス黒い。
黒い男。
絶対的な。
自分の存在など、
一瞬の楽しみでしかなかったと・・・

「あぁ」

アインハルトはチェスターの前に立ち、
そして自分の額に手を当てた。

「で、お前の名はなんだったか」

あまりに・・・
あまりにちっぽけで、
それほどでしかなくて、
名さえ興味の範囲外で・・・

「ユナイト・・・・チェスターだ・・・」

「ふん。そうか」

「ユナイト・・・チェスター・・・・・スーパー・・・・ヒーローだ・・・・・」

「・・・・・・・まぁいい。ピルゲン」

「ハッ」

ピルゲンが腕を振った。
すると・・・・
4本の剣。
宙に浮いた黒い剣。
妖刀ホンアモリ。
その刃先がチェスターを向き・・・・・


4本の刃が突き刺さった。


赤い絨毯。
赤い絨毯は赤い血。
赤い血がこぼれて汚れた。

「・・・・・・・・・・」

生きていた。
死んだかと思った。
死ぬはずがない。
ヒーローが死ぬはずが無い。

チェスターの首筋。
それを囲むように妖刀ホンアモリ。
4本の黒剣が交差し、
地面に突き刺さり、
チェスターの首を囲んで地面に張り付けた。
言うならば・・・
ギロチン台のように。

「ユナイト=チェスター」

ギロチン台に乗ったチェスターの頭。
4つの刃に囲まれ、
支えられたチェスターの首。
その頭に・・・・

「一つ権利を与えよう」

アインハルトは足を乗せた。
首の四方を刃に囲まれたチェスターの頭。
その頭を踏んづけた。

「お前、我の下に来い」

その言葉はチェスターの耳を貫いた。

「し・・・た・・・・・」

「そうだ」

部下に、
下僕になれっていう事か。
悪の、
許せない存在の・・・・

「・・・・・・・オイ・・・ら・・・・・・」

「黙れ、お前に選択の権利まで与えていない。意志など必要ない。
 我の下に付け。ただそう命令しているのだ。だから下るしかない」

「オ・・イラ・・・・は・・・・絶対に・・・・・・・・悪なんかに・・・・」

「そう。我にもそれくらいは理解できた。お前にとって我は悪なのだろう?
 そして悪は許しがたい存在。だからこそ、我の下に付けと言っている」

「・・・・・・な・・・・・・・で・・・」

「面白そうだからだ」

「・・・・・・・・でも・・・・・オイラ・・・は・・・・」

「そう、屈しない。だから面白いのだ。今、悪にならなければ死ぬ。
 生きるには正義を捨てる。矛盾を楽しませてもらう。
 お前が自決。死を選ばない存在という事も理解できている。
 そして強制的に悪の道をいかされる。ただ、我のきまぐれのためだけに」

このまま死ぬ。
そんな選択肢はない。
ヒーローは絶対に死なない。
死ねないんだ。
自分から死を選んだりしない。
・・・・・・
けど、
悪の道にも進まない。
生きるにはそれしかないのだけど、
この命。
ヒーローになると捧げたこの命。
絶対に悪には屈しない。
そうしたら今までの自分を、
そしてこの先の自分を全て否定することになる。

「もう一度言っておくが・・・これは選択ではない」

アインハルトが強くチェスターの頭を踏みつけた。
首が剣にめり込む。
ノドに刺さる。
血が垂れる。
毀れる。
だが、
アインハルトはグリグリと頭を踏みつける。
チェスターの、
ヒーローの頭を、
悪の靴裏が踏みにじる。
心も全て。

「答えろ」

何を。

「"はい"とだけ。いいえと答えたからと言ってそれは何も変わらないが、
 忠実の下僕となる意志として、まず"はい"とだけ答えてみろ」

「・・・・・・オイ・・・・・ラは・・・」

「選択肢などない。お前が拒んでも無理矢理そうする。その力がある。
 "いいえ"と答えたところでお前が拒否する悪というものを植えつけるだけだ。
 ジワジワと、ただ苦痛の中、お前は変わっていくだろう。・・・・・・否定したものにな」

選択肢?
それしかない。
というよりも・・・
そうせざるを得ない。
いや、
そうさせられる。
この目の前の・・・
アインハルト=ディアモンド=ハークス。
絶対の存在。
他の全ての意志。
意思。
そんなものは意味がない。
あってもなくても意味がない。
ただ、
彼が望んだとおりになるだけで・・・

「オイラ・・・は・・・・・」

でも・・・
だけど・・・
だけど!!

「オイラは・・・スーパーヒーローだから・・・絶対に・・・絶対に屈しない!!
 ヒーローは・・・絶対に死なないんだ!こんな事で死なないし!
 こんな事で悪に負けたりもしない!絶対に!絶対に勝つんだ!!!」

その言葉。
何一つウソもなく。
ただ全て。
自分の心の、
体の、
命の、
生涯の、
ただその全て。

「フ・・・」

アインハルトは、

「フハハハハハハハ!!!」

笑った。
ただ笑った。
チェスターを足で踏みにじりながらも、
ただ笑った。

「面白い!そこまで我に反発したのもアクセル以来か!
 面白い!実に面白い!・・・・・・・我はお前が気に入ったぞユナイト=チェスター」

気に入った?
何がだ。
お前が気に入ったって、
世の中が全てお前の思い通りだって、
だからって、
オイラは屈しない。
屈しない。
オイラは思い通りにならない。

オイラはヒーローだ。
悪に好かれようが、
それが悪でなかろうが、
オイラはヒーローだ。
それを覆すのがこの存在の楽しみだとしても、
オイラはヒーローだ。
ヒーローなんだ。
ヒーローであって、
スーパーヒーローでしかない。

負けない。
絶対に負けない。
屈しない。
この男が何をしてこようが、
絶対に負けない。
絶対に死んだりしない。
絶対に退いたりしない。
絶対に屈したりしない。
ヒーローだから。
オイラはヒーローだから。

オイラは・・・・スーパーヒーローなんだから。






「やはり死ね」





チェスターの頭は吹き飛んだ。


赤く。
紅く。
朱く。

血に染まった。
それは赤い絨毯。

アインハルトはヒーローの頭を蹴飛ばし、
剣に支えられたヒーローの頭は吹き飛んだ。


「くだらん。実にくだらん」

アインハルトは、
転がったチェスターの頭へと歩き、

「カスが」

踏み砕いた。

欠けたヒーローの一肢は、
赤色と
茶色と、
黒色と、
ただ藻屑へと変わり果て、

ただ、
ただヒーローの終わりを告げた。
















ただヒーローに憧れた。

生まれて最初に見た夢を、

ただ追いかけた。

ただ、

ただヒーローに憧れた。




ただ






それだけだった。










むかしむかし、
あるところに、

ヒーローに憧れる少年がいました。





少年の名前は・・・・・・








                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送