赤く、赤く・・・
                          血を撒き散らして・・・・

                          そしてお前は死ぬ
                          死ぬんだ



                          俺には見える
                          見えるんだ

                          迷い
                          それはお前に不都合であり
                          俺には好都合かもしれない

                          ・・・・・・・・
                          それだけで・・・・
                          お前を失わないで済むのなら・・・




                          チェスター・・・・・






















「死なないってんだっ!!!」

チェスターは起き上がった。
夢。
それを見ていて、
それから開放されるように、
それから逃げるように現実へと飛び起きた。

「あれ?」

キョロキョロと周りを見渡す。

「なんだここ・・・・」

ベッドの上に寝ていた。
布団もなく、
ただゴロリと寝かされていたようだ。
・・・
いや、
布団は見つけた。
遥かかなたに散乱している。
よく見ると足元に枕がある。

「変なの」

寝相でしかないが、
それはまぁいいとしよう。
なんだここは?
一瞬またミルレス白十字病院かと思った。
またあそこに起きて、
さっきまでのは全部夢だったのかもとも思ったが、
景色が違うことくらい分かった。

窓もない小さな部屋。
雰囲気だけで城のどこかの部屋って事くらいは分かった。





「お?起きたか」

ドアが開く音がすると、
そこから入ってきたのは

「メッツ!!」

チェスターは飛び上がった。
ベッドの上で飛び上がり、
ベッドの上に立ち上がった。

「静かにしてろコラ」

メッツはそう言い、
ドレッドヘアーを一度持ち上げたと思うと、
水浸しになった犬のように頭を振り回し、
懐からタバコを取り出した。

「ったく。廊下は禁煙だってよ。灰が落ちるからってなぁ。
 本当にうんざりだぜ。何がうんざりかってそれを律儀に守ってる俺にうんざりだ」

タバコを咥え、
ライターを親指で弾いて火を付けた。

「うんめぇ!!!おいコラチェスター!なんでタバコってこんなうめぇんだろうな!!」

煙を吐き出し、
我慢できないかのようにすぐさまもう一吸いするメッツ。

「オイラ吸ったことないから知らない」

「だろな。あれ?一回無理矢理吸わせた事なかったっけか?」

「あったな!クソまずかった!ウンコの味した!」

「ガハハハ!しねぇーよ!」

メッツは笑いながら壁にもたれかかった。

「で、久しぶりだな」

ニタりと笑いながら、
右手でタバコを吸えるような状態で腕を組んで、壁にもたれかかっていた。

「久しぶり!!」

と、
チェスターはなんとなしに大きな声で返事をした。
片手を元気良くあげて。

「・・・って違うだろ!」

ハッっと思い、
チェスターは慌てて思考を切り替える。

「ん?違ったか?最近会ったか?」

「あ、いや違うジャン!久しぶりとかそーいうんじゃなくて!
 なんで?なんでメッツがここに居るんだよ!!」

チェスターが不思議な様子で、
いや、真面目な顔をして聞く。
だがメッツはタバコを口に持っていき、
煙を吸い込み吐き出したと思うと冷静に返す。

「それはこっちのセリフだコラ」

「はえ?」

「チェスター。なんでテメェがここに居るんだよ」

「えぇ?!いや!絶対メッツがここに居る事のがおかしいジャン!」

「俺的にはおかしくねぇよ」

「おかしいジャン!」

「馬鹿じゃねぇのお前。俺は俺自身がここに居る理由知ってんだから、
 お前がここに居る理由のが不思議に決まってるじゃねぇーか」

「あぁそうか」

チェスターはポンと手をたたいた。
うん。
なんだかよく分からないが、
馬鹿同士らしいよく分かる話だ。

「侵入者がお前って聞いてビックリしたけどな。あっ」

メッツは何か思いついたように顔をニヤけさせる。

「まさかオメェ、まだヒーローごっことかやってんのか?」

「ごっこじゃない!」

チェスターは真剣に答えたが、
メッツはプッと漏らすように笑った後、
大きな笑い声をあげた。

「ガハハハハハ!!!オゥケイ!ハハ!!理由分かった分かった!
 変わってねぇなぁオメェもよぉ!ヒーローだから来たってことな!」

メッツは壁にもたれたまま、
口を大きくあけて笑い続けていた。
チェスターには何が面白いのかよく分からないが、
メッツの豪快で嬉しそうな笑い声は小さな部屋に響いた。
タバコの灰がポロポロと地面に落下していった。

「なんだよー・・・」

チェスターは不機嫌そうに口を尖らせ、
ベッドの上であぐらをかいた。
そしてその体を駆け上がり、登ってきたチェチェ。
「あ、チェチェ!」と気づき、
チェスターは頭の上のチェチェを人差し指で撫でた。

「あ、んでメッツはなんでここにいんの?」

「ん?」

メッツはピンッとタバコを指で弾き、
それは一瞬浮き上がったと思うとメッツの足元に落ちた。
思いっきり吸ったのか、
あまりに寿命の短かった1本のタバコ。
それを部屋の床というのにグリグリと足で踏み消した。

「なんでって、さっき言ったろ」

言った。
うん。
チェスターが気を失っているときに。

「よく分かんないからもっかい言って!」

チェスターは悪びれもなくニコニコと言った。
ベッドの上であぐらをかいたまま、
揺りかごのように体を揺らしながら。

「あっ!もしかしてメッツも戦いに来たのかっ!?
 そういえばいっぱい敵倒してたな!あれメッツだろ?
 そうか!そうだよなっ!そーいう事ジャンね!」

チェスターは馬鹿っぽく、
ただ嬉しそうにそう言っていたが、
それは何かを打ち消そうと必死な様子でもあった。
答えがそうであって欲しいという思いからの言葉だった。
だが、

「逆だ」

メッツは落ち着き、
またタバコをもう一本取り出し、
休む暇なく火を付けた。

「もう一回言えっつったからもう一回言うぞ。"俺は44部隊に入った"」

「・・・・・・・」

チェスターの表情。
それはさっきまでの嬉しそうな表情がそのまま硬直したような、
そしてそのまま表情がなくなっていった。

「そっか・・・」

チェスターはショボンと俯く。
と思うと、
またサッと顔を上げて聞く。

「なんでだよっ!!オイラ馬鹿だから意味分かんないんだけどさっ!!」

「ガハハ!自己紹介しなくても馬鹿なのは知ってるてんだっ!
 お前猿(さる)なのに馬鹿(うましか)ってのが馬鹿だよな!」

「いいからっ!!意味分からないんだよっ!」

「あー?意味ってまんまだろが」

「なんでメッツが44部隊に入るんだよっ!」

「あー・・・成り行き?」

「ふざけんなって!!つまりオイラ達の敵なんだぞ!!」

チェスターは前のめりに前へ前へと主張を言う。
意見を。
疑問を。
そしてそのままバタン、ゴロゴロとベッドから転げ落ちた。
が、
すぐさま顔を上げてまた聞く。

「なんでっ!?」

チェスターは真剣な顔でメッツに詰め寄った。
分からない。
自分の頭なんかじゃぁサァーッパリ分からない。
意味分からない。
理由が1mmたりとも分からない。

「・・・・・ふぅ・・」

メッツは困ったような顔をし、
一度大きくタバコの煙を吐いた。

「まぁ・・・・・なんつーかなぁ・・・・・」

メッツは壁にもたれたまま顔を上へあげた。
ドレッドヘアーが壁に静かにこすれる。
頭を壁にコツンともたれかけさせ、
上を見ながらメッツは答える。

「GUN'S戦の時よぉ、俺ぁ結局"アウト"だったわけだ。・・・・・チッ!今思い出すとまた腹立つなコラ。
 ギリギリの瀬戸際とか大ピンチとかじゃなくよぉ、もう完っ璧アウトだったわけだ。
 おしまい。死んだ。詰みってやつだクソッタレ!体は動かねぇわ44部隊に囲まれるわでなぁ!」

あの日。
燃えるミルレスの町の家の中、
動けないメッツはそのまま44部隊に追い詰められた。
逃げるすべはなく、
後悔するぐらいしかすることもなく、
だが、
覚悟を決めるぐらい確定的な状況だった。

「で、生かされた」

メッツはタバコを吸い込む。
そして吐く。
煙を吐く音しか部屋には聞こえず、
煙しか部屋の中で揺らめいていなかった。

「理由は簡単。・・・・・・・ガハハ!ロウマ隊長が俺を気に入ったんだとよ!」

「・・・・・・・・隊長?」

「スカウトってやつだな!ま、普通に考えたらよぉ、
 瀕死の俺をわざわざ44部隊で囲む理由なんてそんなもんしかねぇわな!」

「違う!今隊長って言ったのかメッツ!」

「あん?だって隊長だろうよ。俺44部隊なんだからよぉ」

「メッツ!!!」

チェスターはメッツに飛び掛る。
掴み掛かる。
胸倉をつかむ。

「なんでだよっ!!!」

「なんでなんでってそればっかだな」

メッツは胸倉をつかまれても何一つ動じず、
呆れたように壁にもたれかかったままタバコを吸い込んだ。

「フゥー。最後まで話を聞けって」

「ゲホッ!!ゴホッ!!!」

メッツは目の前のチェスターに煙を吐きかける。
煙にまみれたチェスターは、
むせながら後ろに下がった。
メッツはそれをガハハと楽しそうに笑っていた。
いたずらっ子のように。

「なんで?そらそだな。俺も生かされたっつってもよぉ、最初は牢屋ん中で考えたぜ。
 おっしゃ。なんか知らんが生き延びた。どーやって逃げ出してやろうかねぇ。
 44部隊?あん?クソ食らえだ。入る意味がねぇ。意味があっても入らなねぇよってな!」

「・・・・・・・で」

チェスターはムスっと聞く。

「ガハハ!そんな顔すんな!・・・・で、1ヶ月だったか?2ヶ月だったか?よぉ覚えてねぇけどな。
 牢屋から出されて連れてかれたわけよ。地下からいきなりこの城ん中にな」

そしてメッツはいきなり平手で壁を叩いた。
この部屋の壁を右手でバンッと叩いた。

「ここ。なんの部屋か分かっか?」

「へ?」

チェスターはキョロキョロと見渡す。
何の部屋か。
まぁ人でも住めそうな部屋だ。
ベッドもあればテーブルもあり椅子もある。
本棚があり食器もある。
向こう側にある扉はトイレと浴槽か?

「・・・・・メッツの部屋?」

「ガハハハ!違うってのバーカ!」

「む・・・・」

「バーーカ!バァーーーカ!!」

「う、うるさいジャン!!」

「ガハハ、44部隊の部屋は1階の窓際だ。外から光が差し込めばすぐ庭園にも出れる。
 なかなかいい部屋だぜ?少なくともドジャーん家よりは快適だろうよ」

快適と住み心地は違うがなと付け足した気だったが、
そのままメッツは続ける。

「んでこの部屋。今お前をかくまってるこの部屋はな」

少しメッツは目をそらした。

「マリナが監禁されてた」

メッツはひと時だけタバコを吸うのを忘れた。
タバコは長さだけがジリジリと短くなった。

「窓もない部屋だがな。まぁ住むにゃぁ悪くねぇ部屋だ。出れればな」

「出れない部屋なんて最悪だぜ」

「そうだ。だから監禁場所なわけだな。住み心地は良くて最悪ってか?
 ・・・・ま、引き金はそれだな。マリナは人質だったってこった。
 シャークって奴のための人質でもあったらしいが、一挙両得ってわけだな。
 ガハハ!好かれる女は罪だな。不自由な女のために自由な男は不自由になる」

「なんかジャスティンみたいな言葉だなっ!」

「あいつの受け売りだからな。追加するとそれが男の望みとも言ってたがなんのこっちゃ」

「なんのこっちゃ!」

「おう、なんのこっちゃ。あいつの言う色沙汰ごとは訳分かんねぇ」

「だな!」

「おう、だが俺はまんまとその作戦にかかっちまったわけだ。
 44部隊に入れ。しゃーねぇーな。そりゃしゃーねぇーだろ?しゃーねーわな。
 マリナを人質にとられちゃぁしゃぁーねぇだろコラ」

「んー・・・まぁしゃぁーねぇーな!仲間だもんなっ!」

「ま、ついでに言っておくとロウマ隊長はこういうのは嫌いだからな。
 44部隊の誰かさんの"ロウマ隊長の望みなら"って作戦らしい。ガハハ!モテる男も罪だな!」

「でもさ」

チェスターが返す。

「さっきマリナとすれ違ったぜ?外でイスカと一緒にさっ!マリナはもう脱獄したみたい!
 ってことはさっ!ってことはジャン!メッツはもう44部隊にいる必要ないジャン!」

「引き金っつったろ」

短くなっていくタバコ。
吸わずに灰になっていったタバコは、
白い塊になってボロッと落ちた。

「俺はな、チェスター」

「ん?」

「強くなりてぇんだ」

似合わない真面目な顔で言うメッツ。

「十分強いジャン」

「違ぇよ。"強いだけで無力"。俺はそれを思い知らされた。
 俺ぁ強ぇ。強ぇんだよ。だがそれは力じゃない。勝つ事が強さじゃねぇ。
 俺ぁロウマ隊長に負けた。なんでだ?・・・・・・・俺が弱くて隊長が強かったからだ」

短くなり、
火も消えたフィルターだけのタバコを投げ捨てる。
チェスターは返事をする。

「わけわかんねー!」

「だな。でもロウマ隊長は言ったぜ。"自分を信じろ。向上心を持て"」

「ふーん・・・・・」

「俺は強くなりたかった。ドジャーを助けてやりてぇ。ドジャーに必要な人間になりてぇ。
 もちろん親近感とかじゃなく、役に立つって意味で・・・俺は物理的に必要になりてぇ」

「難しい言葉覚えたなメッツ・・・」

「ガハハ!いや、俺もよく分からんねぇ!」

「だよなっ!」

「だが向上心の意味は教えてもらった。・・・・・それは力が欲しいって意味じゃねぇんだ。
 それは強さを育てること。買うもんじゃねぇ。落ちてるもんじゃねぇ。
 自分で育てるもんなんだ。自分で掴み取り、超えていく事なんだ。
 俺は言葉だけじゃなく、それを納得させられた。その強さの意味は・・・理解した」

「んー・・・・」

チェスターは頭を傾げた。

「オイラが師匠に教えてもらった事を難しく言ってるだけなような・・・・」

「ガハハ!つまり自分で頑張らなきゃ強くなれないってことだ!」

「おぉ!!それ分かりやすいジャンっ!けど当たり前ジャン?」

「そ、当たり前なんだよ。だが昔の俺はそれさえ分からなかったわけだ」

メッツはニヤりと笑う。
昔の俺。
今の俺は違う。
そう言いたげだった。

「俺の100%。バーサーカー使って200%の力が出るとしても。
 俺はそこまでで、それ以上はなくて、それだけだったんだ。
 だが、簡単だ。自分を超えればいい。そんだけでいいんだ。
 "200%でなく、120%を求めろ"。ロウマ隊長の言葉だ」

「200%のがお得ジャン。5倍だぜ?」

2倍です。

「だな。昔の俺はそう考えてた。だから200%が限界だった。
 けどな、今の俺は・・・120%の力を引き出せるように努力した。
 それだけなのにな・・・・昔の200%なんていつの間にか通り過ぎてた」

笑うメッツ。
それは、
自信があり、
自慢げで、
自分自身の今の力を、
自分の成長を、
自分自身を誇りに思っている。
そんな笑みだった。

「あの人に付いて行けば俺ぁはもっと強くなれる。
 しかも間違った形でじゃねぇ。自信も持てる。あの人は強さを知ってやがる」

「じゃぁメッツは強くなりたいためだけで44部隊にいんの?」

「あー?」

「利用してるだけかぁ?」

「いーや。残念。っつーか答え言ってんだろ」

「ほえ?」

「"ロウマ隊長"。俺はあの人の強さに惚れ込んじまった。生まれて初めて"尊敬"した。
 こんな俺でも納得する強さを持っていて、その強さってもんを知ってるんだ。
 んでな・・・思っちまってんだよ。あの人に付いていきてぇってな」

つまり、
つまりだ。
メッツは自ら44部隊に志願しているのだ。
真にロウマを敬い、
自分はその下で二つの意味で力となりたい。
1つは、ロウマの力となりたい。
1つは、自分は力となりたい。
力。
パワー。
男なら魅せられるさ。
それを手に入れたい。
手に入れられる場所。
そしてそこは真(しん)に・・・
いや、心(しん)に力を持つ、真に強さを持つ者がいる。

「さっきまでのは小難しい戯言だぜ。44部隊に居る理由。んなもん44部隊に居たいからだ」

強くなりたい。
強くなれる。
ロウマのその下。
その居心地。
メッツはそこに・・・
なにかに怯えるでもなく、
脅えるでもなく、
完全に自分の意思でいる。
完全に自分が望んで44部隊の土俵に立っているのだ。

「じゃぁなんだよっ!」

チェスターが叫ぶ。

「メッツは自分からオイラ達を裏切ったのかっ!?」

「あん?」

メッツはとぼけた口調で返す。

「何言ってんだテメェ」

「だってそージャン!」

「俺がいつ《MD》辞めたよ」

「・・・・・・はえ?」

意味が分からなくてチェスターは止まる。

「・・・いや、だって44部隊に・・・・」

「おう!44部隊だ!」

「だから・・・」

「でも《MD》だ!」

「・・・・・・・うーん・・・・」

チェスターは自分自身の頭じゃ理解できないらしく、
腕を組んで頭を傾けた。

「何考える事あんだよ。わざわざお前助けたんだぞ?仲間殺して仲間助けたんだ」

そう、
実際今もメッツはチェスターを匿い、助けている。
帝国員の死体の山を築き上げて道も作った。

「仲間助けるのは当然だろが」

うん。
当然だ。
チェスターにとってはそこは凄く当然で、
凄く分かりやすい。
だが・・・分かりにくい。
つまりメッツはなんなんだ。
味方のままだし、
敵でもあるのか?

「ガハハ!!ま、敵かそうじゃない奴にしか人間分けれないお前じゃそうだろうな!」

チェスターは悪者かいい者でしか分けれない。
正義か敵か。
とてもヒーローな脳みそだ。

「ま、お前にも分かりやすく言うと敵だ」

そう言うメッツの言葉に、
チェスターはさらに頭を傾ける。
もう訳が分からなくて頭がパンクしそうだ。

「えぇーっと・・・敵ならさっ!オイラ達と戦う事になるジャン?」

「なるな」

「戦うの?」

「お前らとは戦わねぇよ」

「なのに敵なの?」

「あぁそうだ」

「????」

「いや、だからな」

メッツは理解させるのに疲れてきたのか、
とうとう3本目のタバコを取り出した。

「俺は44部隊・・・・帝国の人間なわけだ」

「・・・・・・うん」

「だけどお前ら《MD》も大事なわけだ」

「・・・・・・うん」

「だからお前らとは戦わねぇ」

話が進んでない。
が、
つまりこういう事だ。
敵。
敵だ。
つまり《MD》とは戦わない。
だが、
その他とは戦うという意味だ。

《BY-KINGS(ピッツバーグ海賊団)》
《昇竜会》
《メイジプール》
その他ギルド。
つまり反乱軍とは戦う。
躊躇なく。
44部隊として戦う。
完全に敵。
そういう事だ。

「ややこしくて頭痛くなってきた・・・・」

「ガハハハハ!!」

メッツは笑いながらタバコを口に咥え、
3度目の点火をした。

「おげ・・・」

フィルターが逆なのに気付いて吐き出した。
そのタバコを捨て、
もう一本取り出してそれを点火した。

「フゥー・・・ま、俺は今俺の目的のためにこっち側にいるって事だ」

「戻ってくるのか?」

「戻るもクソも俺は《MD》だっての」

「でも44部隊だろ?」

「おう」

「そっちはいつか辞めるのか?」

「さぁな。だが現時点では辞めたいと思わないがな。
 今の俺、それがあるのは44部隊のお陰でロウマ隊長が居たからだ。
 俺を育ててくれた。それに関してはドジャーと同じぐらい感謝してる」

「ドジャーぐらい?」

「あぁ。言っちまうとな。ここは2個目の俺の居場所なんだよ」

どうやら本気で、
本音でこの44部隊という場所が気に入っているようだ。
たまたま、
偶然的にここにいるのではなく、
《MD》と同じくらい。
それくらい大事にも思っているようだ。

「でもなメッツ。ドジャー達にとって帝国は悪者なんだぜっ!」

「ん・・・」

「ドジャーの望まない方にメッツはいるんジャン!」

「そこだよな」

メッツは静かにそう言った。
落ち着いて、
指をさす代わりに火のついたタバコをチェスターに向けて言った。

「正直そこがウヤムヤだったんだ。俺は強くなりてぇ。
 それは俺のためであってドジャーのためにでもある。
 でもやってる事はドジャーに反してるわな。そこがネックだった」

「で?」

「ま、連絡も取りづらかったな。だから連絡もとらんかったわ」

メッツは煙を吐いた。

「どうしようか悩んでると相談するに値するのはロウマ隊長だけだ。
 だが聞いても自分で決めろってよ。自分の信じた道を行けってよ。まぁそうだよな。
 だがそう言って振り向いたロウマ隊長の背中。"矛盾"の二文字。
 ま、俺はそこで思ったわけだ。俺も矛盾ぐらい背負ってみっかなってよ」

「うーん・・・」

「ま、正直言っちまうとな。俺も揺れて迷ってんだ。
 大事なもんが2個になっちまった。どっちも大事だ。
 それは対立してるがどっちも失いたくない。だから矛盾なわけだ」

「うーん・・・」

「・・・・お前の大好きな99番街のバナナ屋さんがあります。チョーうまいバナナ屋さん
 でもその店と仲の悪いバナナ屋さん。そこのバナナもマジ凄くうまいらしい。だとしたらお前は?」

「どっちも食べたい!」

「そういう事だ」

「なるほど!」

チェスターは正真正銘理解したらしく、
大声で返事をした。
うんうんと頷き、
そして納得を表情に出した。
だが、
少しがらにもなく考えると、
そのまま俯き具合にベッドに座り込んだ。

「なぁメッツ・・・」

「んあ?」

「でもメッツは敵なわけジャンね・・・」

「そりゃそうだ」

「オイラ今悩んでるんだ」

「ガハハ!お前が悩み事なんて世も末だな!」

「う、うるさいジャン!」

ちょっと怒鳴った後、
チェスターはまた俯き加減になった。

「オイラはな、みーんな幸せになればいいと思うんだ。
 そんな風に思うのがヒーローじゃん?そのためにヒーローは戦うわけジャン?」

「そうだな」

「でもそのために戦う相手にもメッツがいてさ、敵の中にも助けを望んでる人もいてさ。
 でも倒さないと平和にできなくてさ。ヒーローは悪を倒さなくちゃいけなくてさ」

俯いたままチェスターは続ける。
メッツは壁にもたれたまま、
タバコを吸いながら黙って聞いていた。

「オイラがやる事はさ、みんなを助ける事じゃないのかなぁ・・・
 ヒーローってこう・・・悪い奴をバーーン!!と倒してさ。
 でりゃーってラスボス倒してさ。それで世界が平和になってさ。
 そんでその後・・・・・・ヒーローはみんなに感謝されると思うんだ。
 だけど敵はそれを望んでなくて・・・敵はみんな悪者ってわけじゃなくて・・・
 でも悪者は倒さなきゃいけないし・・・もうゴチャゴチャでさ・・・・」

続ける。

「メッツと同じ44部隊の奴に言われたんだ。1人の人間も助けれないのかって。
 オイラはさ、たくさんの人を助けるためにそんな1人とかを見殺しにしていいのかな・・・・
 多数決って言われた。50人の平和のために49人を見捨ててもいいのかな・・・」

思いつめた表情だった。
その考え。
それはチェスターには致命的で、
自分が正しいと思って今までやってきたこと。
それをひっくり返すような事だった。
後悔。
それを全開まで引き出すには十分な考えで、
ヒーローを止めるには十分な威力を持っていた。

「なんかどっかの病院でも同じような話きいたな」

メッツはタバコをまた落とし、
足で踏み消しながら言った。

「ま、結果だけ言ってやるよチェスター」

そう言うメッツ。
チェスターは顔をあげる。
そして言うメッツ。

「ぶっ倒しちまえ」

メッツは笑って言った。

「知らねぇよ。ほっとけよ1人や2人とか100人とか1万人とかよぉ。
 お前が大事なもんのために戦えって。多数決?馬鹿いうな。
 世の中多数決なんかじゃねぇ。どっちが大事かってだけだバーカ」

「で、でもっ!」

「バナナ屋さんがありました」

「またそれかよっ!」

「ガハハ!まぁ聞けって。バナナ屋さんがありました。
 でも世界のバナナ屋さんを壊してしまおうって奴らがいる。
 そいつらはバナナが大っ嫌いなんだ。もうそんなんしゃぁーねぇーだろ。
 お前はバナナが大好きでそいつらがバナナが大っ嫌いなんだ。そんなん仲良くなれねぇだろ」

「むぅー・・・でも仲良くはなりたいなぁ・・・バナナおいしいし・・・」

「でも言っても聞かねぇんだ。もうぶっ倒すしかねぇだろ」

「でもメッツ・・・オイラは皆を幸せにしたいんだ・・・
 それがヒーローだし・・・それがスーパーヒーローの役目だし・・・」

「だぁぁぁあ!!うっせぇなコラァア!!!!」

メッツが突然叫ぶ。
イライラしている。
自分の小言はよくても、
人のを聞いているのはムカツくのだろうか。

「いいかチェスター!!とりあえず帝国は悪者か!?あん!?どうなんだコラ!!」

「え・・・それは悪者だと思うけど・・・」

「そうだ!!俺もそう思う!!」

「メッツも帝国ジャン・・・」

「知るか!!俺は44部隊なだけだ!ロウマ隊長についていってるだけだ!
 そのロウマ隊長が帝国だからここにいるだけだ!それ以上は知ったこっちゃねぇ!
 とにかく悪者だ!俺から見てもそうだ!んでテメェにしてもそうなんだろコラ!?」

「うん・・・でもそれが自信なくて・・・」

「うっせぇ!簡単だろ!人が困ってんだろ!力で圧迫してんだろ!
 我に〜従えぇ〜。お金〜〜払えぇ〜〜働けぇ〜〜いやなら死ねぇ〜」

「何それ・・・ものまね?」

「そうだ!会ったことねぇけどアインハルトなんてこんな感じだろ!!」

凄い偏見だ。
ものすごい。

「とにかく悪者なんだろ!」

「うん・・・」

「いい奴でも悪いことしていいと思うか!?あん!?」

「えっと・・・・」

「お金がないから、苦労してて不幸せな少年!同情しちまう少年がいたとする!
 だからって!腹が減ってりゃパンを盗んでいいのか!?あん!?
 そーいう奴は尻を引っぱたけ!ごめんなさいって100回言うまでよぉ!」

スラム街でそーいう生活をしてきた男の言葉ではないが、
正しい。
まぁメッツからすれば、
悪いと承知で、
覚悟で、
反撃、反感、反社会的であることを承知でやっていて、
尻を引っぱたかれて殺される覚悟なのだからもうどうしようもないが。
(それで殺される可愛げもないが)

「分かったか!俺らも含めてだ!不幸なら悪いことしていいってわけじゃねぇ!
 そんでそれは向こうも分かってる!俺やドジャーがそうだったから分かる!
 悪い事って分かってやってんだ!そんな奴らぶっ倒して文句あっか!?あん!?」

「・・・・・・ないな」

「やらされたとかやらなきゃいけなくなったとかは言い訳だ!
 俺はそれが嫌だから強くなりてぇと思ってる!
 それでもどうしようもない奴!それはどうしたいんだヒーロー!あん?コラぁ!」

「・・・・・・・助けたいっ!!」

「一人でも多く助けたいんだろっ!」

「全部助けたいっ!」

「じゃぁ悪い奴全部ぶっ倒せっ!!!」

あまりに単純で、
簡潔で、
奥深さのカケラもないメッツの意見。
だが、
チェスターにはそれで十分だった。
十分。
いい言葉だ。
十分ってのは100%だ。
十全って事だ。
チェスターにはそれだけでよかった。
それ以外はない。
そんな簡単で単純で純粋で無垢な考え。
それこそが必要で、
それ以上の事等いらなくて、
それ以外の事など考える必要もなくて、
それより先を考える知能なんてない。
チェスターの表情が変わる。

「分かった!」

「おう分かったか!」

「分かった!けど家族を人質にとられてる人が居たらどうしよう!」

「それでも悪いことしちゃいけねぇってのがお前の考えだろ!
 でもそれも助けたかったらお前はどうすりゃいいんだヒーロー!」

「簡単ジャン!助けてやるって言ってラスボスを倒しにいく!」

「簡単じゃねぇか!」

「簡単だった!」

「簡単だったな!なんで分からなかったんだこのバーカ!」

「馬鹿だったから!」

「そうだバーカ!!バーーーカ!!」

「馬鹿っていうな馬鹿メッツ!」

そう言ってチェスターは立ち上がる。
表情は元に戻っていた。
吹っ切れた。
何一つ進んでいない。
何一つ変わってはいない。
戻った。
戻っただけ。
それがチェスターだからそれでいい。

「オイラ悪者倒してくる!」

「おーよ」

メッツがニヤりと笑う。
チェスターは上機嫌で、
もう完全にチェスターがチェスターに戻っていた。
っそいてこの部屋のドアの方へ・・・・

「おっと」

だが、
メッツがゆっくりと移動してそれをとめる。
塞き止める。

「?・・・なんジャン?メッツ」

「何素通りしようとしてんだよ」

チェスターは首をかしげた。
だが、
すぐに答えは返ってきた。
言葉ではない。
そんなものではなく、
そのまま。
メッツの右手。
拳。
パンチ。
剛拳。
それがチェスターの頬を貫き、
チェスターは吹っ飛んで部屋の壁に叩きつけられた。

「てて・・・・」

起き上がるチェスター。

「何すんだよ!!!」

言うチェスター。
疑問。
だが、
メッツはニヤニヤ笑いながら、
そのまま拳をコキコキと鳴らす。

「アホか。何度言わせるんだ。俺は・・・・44部隊だっつってんだろ。
 今回の任務は侵入者《ノック・ザ・ドアー》を止めること」

「さっきオイラ達とは戦わないって言ったジャン!!」

「そ。だがよぉ、やっぱ俺ぁメッツなわけだ」

「メッツだなっ!」

「そう。メッツと言えば」

メッツと言えば、
そう言い、
メッツは拳を突き出す。

「ケンカが好きなわけだ」

ニヤりと笑ったまま。
ドレッドは小さく揺れた。

「ケンカしよーぜ。ケンカ大好きなんだよ俺。
 それにやっぱ44部隊として仕事ってのは外せねぇわけだ。
 ほんと前から思ってたんだぜ?仕事でテメェらと戦う事になったら・・・・
 俺はどうすんのかってな。んで今日、ってか今その時が来たわけだが」

メッツは拳を一度下ろす。

「やりてぇんだよ」

メッツは歯を見せて笑う。

「やっぱバトルジャンキーだかんな俺。面白ぇケンカはやってみてぇ。
 強くなった俺をてめぇを倒してぇ。ぶん殴りてぇんだコラ!
 お前らが強いのは俺が誰より知ってるからなぁ!ケンカしてぇんだよ!」

メッツは手を。
右手。
それでチョイチョイとチェスターに挑発する。

「やろうぜ」

だがチェスターは戸惑っていた。
メッツは一度チッと舌打ちをし、
言葉を変える。

「あーあー、オーケーオゥケイ!じゃぁーこーだ!
 俺ぁ魔王の手下だ!どうやったって俺はどかねぇ!
 俺をぶっ倒さないとここから先には行けねぇ!あら困ったチェスター君!
 オラ!どうすんだコラ!やるしかねぇだろ!あん?」

「ムッ・・・」

チェスターはゆらりと立ち上がる。
決心がついたのか。
いや、
その逆だろうか。
分からない。
ただチェスターはゆらりと立ち上がった。

「メッツ・・・・」

「あん?」

チェスターは顔をあげ、
メッツを見る。
そして拳を上げる。

「レイジ無しなら134戦50勝48敗36分け。オイラが勝ち越してるんだかんなっ!」

チェスターは笑った。

「ヘッ」

メッツはツバを一度吐き捨て、
そのまま「来いよ」とだけ構えも取らずに言った。

戦場。
部屋。
狭い部屋だ。
大きな部屋ではない。
そんな小さな部屋。
その中、
凶犬と猿。
ゴリラとモンキー。
馬鹿と馬鹿。
悪者と正義。
ケンカ好き同士。
ケンカばっかしてる二人。
気の合う仲間ってわけでもないが、
恥ずかしい事に仲が悪いわけじゃぁない。
普段は正直お互いむかつく関係だが、
嫌いじゃない。

「いくぜメッツ」

狭い部屋で馬鹿と馬鹿。
片方の馬鹿は自慢の斧も持たず、
もう片方の馬鹿は得意の気孔術を使う気配もない。
そして・・・

「どっかぁあああん!!!」

片方の馬鹿が拳を突き出して飛び出した。

「ケッ」

チェスターの勢いはすさまじく、
狭い部屋の短い距離においても、
その勢いは誰もが認めるざるをえなかったが。

「こんなもんか?」

メッツはそれを片手でとめた。
キャッチャーが剛速球を止める音の5倍の音が鳴り響いたと思ったが、
チェスターのパンチを受け止めたメッツの右腕は、
微動だにもせず、
確実なるパワーでそれをねじ伏せた。

「こんなもんかっつってんだコラァア!!!!」

「げふ・・・」

メッツの左拳はチェスターの腹に突き刺さる。
チェスターの体が折れ曲がる。
くの字に曲がり、浮く。

「ぶっ飛べオラァァアアアア!!」

そのまま叩きつけられる右拳。
剛拳で豪拳。
家でも一件吹っ飛ぶんじゃないかという勢いのその拳がチェスターに突き刺さり、
チェスターは吹っ飛んでバチンと壁に貼り付けになる。
壁はひび割れたように凹む。

「ぐっ・・・」

片膝をつくチェスター。
口の端から血を垂らすが、
その口は笑っていた。

「強くなってんジャンメッツ!」

「そりゃ当然だろがバーカ。てめぇは弱くなったかコラぁ!?」

「そりゃないジャン!」

飛び出すチェスター。
馬鹿の一つ覚え。
突っ込む。
こんな狭い部屋だからというのもあるだろうが、
それでもパワータイムの相手に真っ直ぐ蹴りを放つのはいかなものか。
ともかくチェスターのとび蹴り。

「ヒーローキィーーック!!!」

「ヒーローキック返し!!」

まぁ実はこのやり取りも何度もやっていることだった。
彼ら流の計算だと、
もう135戦目になるのだが、
その間何度もやられたやり取り。
それでもまだやるから、
チェスターは馬鹿で、
チェスターは真っ直ぐすぎるのだろう。
ヒーローキック返し。
まぁメッツは飛んできたチェスターの足首を掴み、

「オォーーーゥラ!!!」

その場で一回転。
ぐるんとハンマー投げのように回転して投げ飛ばした。
投げ飛ぶほどの広さを備えてない部屋では、
チェスターは投げ飛ばされたと同じ時間にテーブルにぶつかった。
テーブルと椅子は跳ね上がり、
砕け、
チェスターはそれを突っ切ってまた壁に激突した。

「クッソォー!!あ痛っ!」

壁にぶつかったチェスターの頭の上に、
テーブルの上に放置してあったコップがボコンと落ちてきた。

「クッソー!!馬鹿ゴリラのくせにっ!!」

「ガハハ!!!どーした馬鹿猿!!」

「ウッキー!」

「ウホウホ♪」

なんだこいつら。

「それでもこっちから行くジャン」

「はんっ!来いよ」

まぁ。
なんのことはない。
ただのケンカ馬鹿。
ただケンカを、
ケンカを楽しんでいるだけなのだから。
楽しんでいる。
・・・だからといって手抜きもなく、
死も笑い事ではなく、
だがそれも本望。
死にたいわけじゃないが、
"死んでたまるか俺が勝つ"
それだけの戦い。

「ヒーローダァーーッシュ!!!」

狭い部屋。
低姿勢で突っ込むチェスター。
距離は短いのもありあっという間。

「どっかぁあああああん!!!」

また学習などという言葉は虚しく、皆無。
チェスターはパンチを繰り出す。

「しょべぇってんだよコラァアア!!!」

それを片手で受け止めるメッツ。

「もっぱぁああああつ!!」

「お?」

もう片方の手もパンチ。
だがそれももちろんガード。
ガシンという重い皮に叩きつけられたような音と共に、
両方の拳はメッツに止められる。

「ヒーローは負っけなぁあああい!!」

「ガハハハ!!」

何を考えているのか、
チェスターはそのまま両手を押す。
パワー馬鹿のメッツに対し、
両手で押す。
力の限り。
何を考えているのか。
戯言だ。
何も考えてないのがチェスターなのだから。
勝つ。
それだけ。

「俺に力で勝てるわきゃねぇだろコラァァァ!!!」

「ぐぐ・・・」

やはり当然押し負ける。
メッツの大きな手が、チェスターの体を後ろに反らさせる。
単純に見て、力差はメッツに分がありすぎる。

「なんちって♪でりゃっ!!」

「あっコラ!!」

と思いきや、
逆。
チェスターは体を後ろに引いた。
後ろに倒れながら、
足をメッツの腹にぶち込んで後方へ投げる。
まぁ言うなら巴投げだ。
メッツの大きな体は狭い部屋で宙を舞い、
ドスンと大きな音を立てて落下した。

「クソ猿!!!」

「ウッキー!!ヒーローだよっ!!」

倒れたメッツに間髪居れず突っ込むチェスター。

「黙れバーーーカ!!」

メッツはすぐさま体を起こし、
ドレッドヘアーを振りながら迎え撃つ。
どうやって?
右手で掴んだ。
何を?
ベッドをだ。
鋼鉄製の軸で出来ている重いベッド。
それを片手で掴んで、

「ォオオオオオッラァ!!!」

まるで武器のように振る。
超巨大ハンマーのように。

「うわっ!!わわわっ!!」

いきなり目の前、
その真横から振り切られてくる鋼鉄ベッド。
チェスターは咄嗟に体を翻し、

「とぉ!!」

振り切られてくるベッドに足をぶつけた。
空中でベッドに着地するような形。
そのままくるんと空中で回転したし、ベッドを避けた。

「ちぃ!!」

ベッドはそのまま投げ捨てられ、
壁に激突し、
壁に大きな穴を開けて突き刺さった。

「でぇりゃ!!!」

チェスターは一度着地した後、
瞬発力で一瞬で飛び込み、
左足の回し蹴り。

「でぇりゃ返し!!!」

だが、
その回し蹴りは利かない。
回し蹴りは片腕で弾かれ、跳ね返された。
時計回りに蹴ったのに、
逆時計回りに跳ね返される。

「むぅ!!」

チェスターはピョンピョンと後ろに跳ね戻ると、

「お返しジャン!」

ついでに蹴る。
何を?
椅子を。
椅子をサッカーボールのように蹴り飛ばす。
リズムよく2個蹴り飛ばす。

「こんなもん武器にもなっかよっ!!!」

メッツは笑い、
両手を組んで振り落とす。
ハンマーのように。
片方の椅子は粉々に砕け散った。
粉々。
本当にその言葉が合っているだろう。
空中で椅子という
物体一つが破片でしかなくなったのだから。
もう一つの椅子は外れ、
壁を二度バウンドしてガラガラと地面に転がった。

「オラ来い!!来いコラ!!!」

ドレッドヘアーの野獣は豪快に挑発する。

「言われなくても行くジャン」

また相も変わらず突っ込むチェスター。

「きかねぇっての!飽きるぜコラァアアア!!!」

相変わらずの攻撃。
空中回し蹴り。
だがメッツも同じように防ぐのも飽きた様子で、
軽くよける。
軽くだ。
チェスターの回し蹴りを軽く。
早く、見切るのが容易な攻撃ではない。
だがメッツは世の中がスローにでも見えているようにそれを簡単に掻い潜り、

「粉々になれやっ!!!!」

空中のチェスターを掴む。
頭を。
大きなその手で鷲づかみ。
そしてそのままの勢いで・・・・叩き付けた。

「がっ!!!」

その場にあったテーブル。
テーブルに頭から叩きつける。
いや、この際テーブルにというのは間違いかもしれない。
テーブルは二つに折れ曲がりながら砕け散ってしまったのだから。
そのまま地面におもくそにぶつけられた。

「がは・・・・」

チェスターの顔。
メッツが鷲づかみにしてるので見えないが、
流血は確認できる。

「寝かすかコラァアア!!!」

だが地面に叩き付けたチェスターを、
そのままメッツは投げる。
鷲づかみにしたまま、
頭を掴んだまま、
まるで大遠投をするかのように真上を向き、

「でぇりゃあああああ!!!」

顔を持って投げつけた。
チェスターの体はぶんぶんと二回転し、
それ以上の回転を許さないこの狭い部屋の天井にぶつかった。
一度めり込んだようにチェスターの体は天井に停止し、
ぽろりとこぼれるように落下してくる。
ゴミのように。

「トドメだコラァアア!!!」

メッツの腕が振りかぶられる。
剛椀。
まるでハンマー。
鋼鉄の丸太。
岩くらいなら砕いてやんよと言わんばかりのその腕。
それが振り切られ・・・
振り切られる。

「やられるかっ!!!」

チェスターはパッと意識を取り戻したように叫ぶ。
落下しながら。
そして、
猿・・・というにはおかしい動き。
どんな運動神経をしているのか、
空中で足を振り子のように回して体勢を変える。
空中で体の体勢を変える。

「がぁ!!」

そしてその足はそのまま・・・
メッツの頭に直撃した。
メッツのハンマーパンチは空を切り、
メッツの悪魔も泣き出すような剛拳は外れる。
つまりそれはそれだけの勢いがあり、
それはカウンターヒットするに十分な威力で、
メッツの頭に突き刺さった蹴り。
メッツの首はメシメシと響きをあげ、
ドレッドヘアーは跳ね上がった。

「・・・・・・・・・ってぇー・・・・」

首を弾き飛ばされたまま、
メッツは左拳に力を入れる。

「なぁぁああコラァアア!!!」

そしておもくそふりぬく。
ハンマーのような剛椀。

「ごふっ!!」

だがそれはまたメッツの声で、
左腕もさらに空中で避け、
チェスターのもう片方の足が、
回し蹴りがまたメッツの首に直撃した。
先ほどの左右対称になった構図。
メッツの頭に二度、
左右に、一度ずつ、
カウンターの回し蹴りが直撃する。

「くっ・・・」

ヨロヨロとメッツは後ろに交代する。
片手で首を押さえながら下がる。

「そこそこ鍛えてたみてぇじゃねぇか」

メッツはニヤりと笑い、
首を左右にコキコキと鳴らす。
平気・・・ではないだろうが、
平気なようだ。
致命傷にはなってないという合図。

「オラ、こいよ猿。馬鹿猿。そんなん蚊が刺したような蹴りじゃ蚊も殺せねぇぞ」

ドレッドヘアーの怪物が手招きする。

「言うジャン・・・」

挑発に乗るのがチェスターだ。
また走り、
短く突っ込む。
そして繰り出すのはパンチ。
同じだ。
パンチか蹴りか。
どちらも真っ直ぐで同じだ。

「寝とけコラァアアア!!!」

こっちも堂々と真正面。
まるで1mの釘でも打ち付けるように拳を振り落とす。
ただ振り落とす。
ただ振り落としたそれは2mの鉄塊。
拳。
鉄拳というには硬すぎるハンマー。
硬すぎるというのは、
つまり砕け散るのは向こうで、
チェスターはおもくそ地面に打ち付けられた。

「ぐ・・・・」

そしてバウンドする。
地面に凹みを作りながらも、
メッツの腕が強力すぎてチェスターはバウンドする。

「吹っ飛べオラアアアアアア!!!!」

そして突き出される拳。
真っ直ぐ。
0距離しか飛ばないミサイルのような拳は、
チェスターを貫き、
そのまま壁に突き刺さった。
壁は崩れ、
ガラガラと音を鳴らす。

「残念だったな。痛すぎて死んだか。悪ぃ」

メッツが首と手をコキコキと鳴らす。
ドレッドヘアーが揺れる。

「手加減できんかったわ。したらテメェが怒るだろうがな。
 ま、テメェが怒らなくても手加減なんざしねぇけどよぉ」

壁に打ち付けられたチェスターは動かなかった。
まるでゴミのように。
ゴミのように転がり、
ゴミのように静止し、
ゴミのように反応がなく、
そして、
ゴミのように立ち上がった。

「・・・・・・・痛くないジャン・・・」

そう言って立ち上がるチェスターは、
頭から流血し、
フラフラだった。
拳。
体一つだけの戦いだが、
常人なら3回は死んでいる。
だが簡単。
それでもチェスターは3回立ち上がっただけのこと。

「フッ・・・本当馬鹿だなオメェ」

メッツが笑う。
チェスターの目はマジで、
まだ闘志のカケラも失っていない。
それでも立ち上がる。
それが取り柄で、
最大の長所で、
短所でありながら最強の武器でもある。

「ガハハハハハ!!オゥケイ!」

チェスターはまだ向かってこようとしていたが、
メッツは大きく笑い、
タバコを取り出した。

「俺の負けだ。行けや馬鹿」

そう言ってメッツはタバコを咥えて火を付けた。

「・・・・・・・え?まだメッツ戦えるジャン!」

やろうぜ。
倒さなきゃ気すまねぇーよ。
ケンカなんだし。
勝ち負け決めるもんだろ?
そんな言葉が表情に出ている。

「おー、そりゃそうだ。どうやったってテメェは俺に勝てねぇよ。
 少なくとも素手x素手の戦いじゃぁな。どうやったって俺の勝ちだ」

「まだ決まってないジャン!」

「でも俺の勝ちだ♪」

メッツはタバコを咥えたまま口を歪めて笑う。

「でもどうやらお前を止めるのは俺には無理みてぇだ。
 どんだけやったってお前は立って真っ直ぐ突っ込んでくっからな。
 例え殺してもどーせ立ち上がって向かってくんだろ?
 だからケンカは俺の勝ち。だが勝負は・・・・・・・・あら?これも俺の勝ちだな。
 俺何に負けたんだ?分かんねぇや!だがまぁ全部俺の勝ちで一個負けた!」

何を言ってるんだこの馬鹿は。
と、
馬鹿猿は思った。

「向こうの棚に回復薬が揃ってる。少し休んだら行けや」

「・・・・・なんか納得いかないジャン」

「そりゃそーだ♪俺が勝ってお情けで行くんだからなお前は」

「負けてない!!メッツが勝手に決めたんジャン!!」

「勝った方が勝ち負け決めて何が悪いんだ?まぁいいからとりあえず回復しとけって。
 そっちにヘルリクシャ集めてあっからよぉ。そのままでラスボス倒す気か?」

「むぅ・・・・」

ムスっとしていると、
いつの間にやら一人で行動していたチェチェが自分より大きな赤い瓶を持ってきた。
ウキウキ言いながらヘルリクシャをチェスターに渡す。

「ありがとチェチェ」

チェスターがお礼を言うと、
チェスターはヘルリクシャを一気に飲む。

「うえっ!なんか気持ち悪い!」

「ガハハハ!!そりゃそうだ!てめぇをここに運んできたときも飲ませたからな!
 寝てるお前に無理矢理4本瓶突っ込んでやったぜ!鼻からこぼれてたのは笑ったな!」

「むぅ・・・」

「怒るんじゃなくて感謝してもらわねぇといけねぇんだがな」

「ふんだ!」

チェスターはスネながら、
もう一本チェチェが運んできたステリクシャを飲む。
今度は気持ち悪くならないようにちょっとづつ。
ついでに血を、
そこらに転がっているベッドのシーツで拭い、
セルフヒールで止血した。
いや、
セルフヒールというか気合だ。
イミットゲイザーしか使えないチェスターなりの自己流セルフヒール。
気での止血。

「正直よぉ」

メッツはタバコを吸いながら、
回復に勤しんでいるチェスターに言う。

「正直よぉ、マジで止めたかった」

「ん?何が?血?」

「んなもんツバつけときゃ治るだろ。止めたかったのはお前をだ」

「なーんで。メッツが煽ったんジャン」

「そりゃお前だからな。お前じゃなくなってたからな」

「ん?つまりヒーローになったってこと!」

「ま、そうだ。んで止めたかった」

「なんで?」

「死ぬに決まってるからだ」

そう言うメッツ。
それに対してチェスターは不機嫌になった。
当然だ。
何度も何度もデムピアスに止められていたことを、
今度はメッツに言われたからだ。

「ヒーローは死なないっ!」

言いながらチェスターは大きく瓶を傾けてステリクシャを喉に流し込んだ。

「死ぬさ。俺に勝てなきゃロウマ隊長には勝てねぇ。そんでその上にアインハルトが居る」

「全部倒せばいいジャン」

「倒せねぇから言ってんだろ。アインハルトには会ったことねぇが、会いたくもねぇよ。
 正直用もなけりゃ最上階に足を踏み入れたくもねぇ。近寄りたくもないね。
 あそこはもう別世界だ。別なんだよ。別問題。ランク外の世界だ。
 いつかは強くなってぶっ倒してやるって思ってるがよ、現時点では遠く及ばねぇ世界だ。
 世界つったら広い。でけぇ城だがここはそん中じゃ小せぇ城だぜ。
 だがこの最上階は世界なんて小せぇ。世の中の頂点が詰め合わせで入ってんだ」

メッツにそこまで言わせる。
怖いもの知らずで、
自分が強いと信じ、
なんでもかんでも馬鹿のように立ち向かうメッツがそう言う。

「負けないよ。死なないよ。だってオイラはヒーローだもん」

「出来るなら逃げろチェスター」

メッツは言う。

「俺にはお前を止められない。戦って止められないならもう止められないからな。
 だが言っておく。逃げろ。お前は馬鹿だが死んで悲しむ奴は多く居る」

「メッツ」

チェスターは瓶を投げ捨て、
ニコりと笑っている。

「逃げるってなんだ?馬鹿だから分かんねぇーや!」

満面の笑顔で言うチェスター。
恐れもなく、
知能もなく、
無垢で、
純粋で、
馬鹿で、
アホで、
だが無謀でもなく、
それは勇気。
無謀と勇気は違う。
ならばこれは勇気。

「ヒーーローーは前進あるのみ!後退の3文字はない!」

2文字です。

「ヒーローは止まらない!進む!進み続けるんジャン!
 だってオイラはヒーローだから!迷ってるヒマはもう終わったんだ!
 あとは進むだけ!進んで進んで戦って!最後にエンディングが待ってるんだ!
 ヒーローは絶対ハッピーエンドで万歳なんだ!オイラはそこに行くよ」

「はぁ・・・」

メッツはタバコを吸いながら呆れた。
ドレッドヘアーを揺らし、
首を振る。

「チェスター。お前は馬鹿だがいい奴だったよ」

「し、死んだみたいに言うなっ!」

「ガハハハハ!!」

メッツは大きな笑い声をあげたあと、
ニヤりと笑った。

「行っちまえ」

「おう」

チェスターは立ち上がり、
歩く。
メッツとすれ違う。
そこでお互い、腕をぶつけた。
2・3秒ぶつけたと思うと、
その後は言葉もなくチェスターは出て行った。
ドアの閉まる音が聞こえると、
メッツは床に崩れ落ちた。

「クソ・・・」

地面に座り、
メッツは両手を額に当てる。
ドレッドヘアーが前に垂れた。

「ドジャー・・・俺はどうすればよかった・・・・止められなかった・・・。
 殺されないように止めたかったが・・・あいつは殺さなきゃ止まらない・・・
 死なせないために止めたかったが・・・あいつは死んだって止まらない・・・
 俺は強くなったはずだ・・・・だが・・・だが俺はまだ無力なのか・・・」

メッツの口から落ちたタバコは、
火のついたまま地面でジリジリと音を鳴らしていた。

「ドジャー・・・俺はお前らが来たときはどうするんだろな・・・
 お前らとは戦わないっつったが・・・お前らのために戦うかもしれねぇ・・・
 お前らを死なせないために、全力で俺はお前らを止めるかもしれねぇ・・・」

メッツはドレッドの下に顔を隠し、
拳を握った。

「矛盾を背負う・・・か。決めた。やっぱ俺は戦う。
 ドジャー・・・てめぇらを止めてやる。力ずくでもな・・・」


















                            この男でも止められなかったか
                            どうする
                            このままチェスターは死ぬ
                            見守るしかないのか
                            見殺しにするしかないのか


                            見えた
                            ビジョンが
                            ハッキリと
                            あのメッツという男と戦い
                            流血するチェスター

                            やはり頭だ

                            だが
                            誰にも止められない
                            分かっていて死に向かう少年
                            死なないと信じ
                            死に走る少年

                            それをどうやって止めればいい

















                 






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