「カスが一匹」

ルアス城。
最上階。
王座。

アインハルトは椅子に片手を置き、
その手で顔を支え、
無表情で言う。

「アイン様・・・・」

寄り添うように少女。
いや、
少女のようで大人びた妖美な美しさ。
大人びているようで無垢な可愛らしさ。
年齢不詳な人形。
ロゼがアインハルトにすがりつく。

静かなる王座。

「汚らわしい・・・・嗚呼汚らわしい!!」

ジャンヌダルキエルが顔をしかめて言う。
背に羽を持つ絶騎将軍(ジャガーノート)。
ジャンヌダルキエル。

「汚らわしい!低脳で低能で低悩で低濃なる人間部族如きが!
 我が主アインハルト様の城へ単身踏み込んでくるなど・・・汚らわしさの極地!
 わらわの目の前でその下等な行動・・・・なんと粗末なる人間風情。
 これだから地を這う人間などという汚らわしい存在は!存在自体が汚物でしかない!」

ジャンヌダルキエルの言葉。
それはもうアインハルトは別と考えた言葉。
そしてアインハルトに忠誠を誓いながらも、
神として、
人間などという劣化生物を認めない考え。

「ユナイト=チェスターか」

ロウマは腕を組んだまま、
落ち着いて言う。

「《MD》の中では特に見所のある者だと思っていたが」
「ふん。人間には優越さえない。汚らわしい下等な存在。わらわにとってそれだけだ」
「ですが実質チェスター殿はマイソシア一の修道士に躍り出たと言っても過言ではございません」

ピルゲンはヒゲを整えながら言った。
ナタク=ロンが死んだから。
チェスターは世間的にそう評価されてもおかしくはない。
楽しそうに、
愉悦を感じながらピルゲンは言った。

「ギルヴァング殿。貴方には捨て置ける存在ではないかと思いますが?」
「あぁ?」

神聖なる王座。
アインハルトが居るこの世界最高地とも言っていい場所。
赤い絨毯。
最強なる場所。
そこの地べたで寝転んでいる者。

「んだよ。俺様はそんなんメチャどうでもいいんだよ」

アインハルトの手前であるのに、
寝転んで背を向けたまま返事をするギルヴァング。
堂々と、
それでいて荒々しく。
本能のままに生きる男。

「ですが・・・フフッ・・・彼はナタク=ロン唯一の弟子でございますよ」
「お?」

ギルヴァングは飛び起きた。
飛び起きたと思うと、
その体をそのまま赤い絨毯の上にあぐらをかいて着地した。

「ナッハハ!そりゃマジか!なるほどなっ!!そりゃメチャ面白いこったな!」

ナタク=ロン。
彼、ギルヴァングは99番街で彼と戦い、
そして"漢"と認めた。
その弟子。
野生なる興味が彼を刺激したのだろう。

「師匠の仇討ちか!?それとも別か!?分からんがそりゃメチャいいぜ!
 そいつも漢としての素質はメチャ十分だろうよ!」

この場所。
王座。

高貴なる王座にアインハルトが座り、それに寄り添うロゼ。
その他に・・・・・
5人。
ロウマ=ハート。
ピルゲン=ブラフォード。
ジャンヌダルキエル。
ギルヴァング=ギャラクティカ。
それともう一人。

「・・・・・スー・・・ZZZ・・・・ZZzz・・・・・」

カラリと音がする。
車椅子の音。
車椅子に座ったまま、前のめりに眠っている男。
紫色の長い髪が顔を隠し、
だが妖美なピンクで紫の混じった口紅を付けた口が覗く。
ネクロケスタの頭蓋骨をかぶった車椅子の男。
燻(XO)。

ロウマ、
ピルゲン、
ジャンヌダルキエル、
ギルヴァング、
燻(XO)

計5人の絶騎将軍(ジャガーノート)

「汚らわしい・・・・我が主アインハルト様の御眼を汚すには汚らわしすぎる」

ジャンヌダルキエルは背中の白い翼を広げる。

「わらわが処分してくれるわ」
「おいおい神様よぉ、話の流れは俺様にきてたろ!!」
「ふん。下等な人間如きに下等の極地のようなお前が相手すると?
 笑い事で戯言だな。ネズミとネズミはよく合うとでも言っておこうか?」
「・・・・・女神とはいえ"漢"じゃねぇなあんた。メチャ漢じゃねぇよ」
「やめなさい二人とも」

ピルゲンが止める。
ジャンヌダルキエルとギルヴァングの小さな口論。
それをピルゲンは止める。
ロウマは黙って腕を組んで見ていて、
燻(XO)は車椅子の上で眠ったままだった。

「あなた方がどうこうする話ではない。全てはディアモンド様の意思。
 ディアモンド様がやれと言った事だけをやればよいのでございます」
「くっ・・・下等人間風情が仕切りおって」

そして皆の視線は王座のアインハルトに集まる。
アインハルトが絶対。
絶対にして絶対。
ネズミの駆除。
どうするか。
アインハルトは王座にふんぞり返ったまま、
唇に手を伸ばしてきたロゼの手を弾き、
答える。

「くだらん」

ただ一言。
それが全てを表していた。

「我はカスだと言ったはずだ。カス。カスでしかない。
 お前らは床に目の突いた汚れにさえ我に反応を求めるのか?」

カス。
アインハルトにとってチェスターはカスでしかなかった。
修道士としての実力はマイソシアの頂点と言われてもおかしくない実力なのだが、
それも無駄。
カス。
気の止める必要のないカスでしかなかった。

「だがデムピアス。そちらは気に留めてやってもいい」

アインハルトは姿勢を変えぬまま、
小さく笑った。

「デムピアス?奴がいるのでございますか?」

「そのカスと共に居る」

分かるのだろう。
何でかは分からないが、
アインハルトには分かる。

「カスにも劣るカスになっているようだが、奴はやはり我の足元に置くのが面白い」

「デムピアスか。メチャ強ぇって聞くなぁ!!!俺様やっていいか!?おい!いいかゴラァ!!!」
「話を聞いていなかったのですか貴方は・・・」
「アインはデムピアスを引き入れたいのだ」

ロウマは短く言った。
目を瞑って続ける。

「言うならば、魔物の部隊の指揮者として・・・・絶騎将軍(ジャガーノート)としてな。
 デムピアスでさえ道具なのだ。アインにとってはな」

ロウマはただそう言い、
アインハルトの方を向きさえしなかった。
全て分かっている。
そういう様子だった。

「ふん。まるで我が恋焦がれ、執着しているようだ。余興とはそういうものなのかもしれんな」

アインハルトは笑った。

「やはり殺せ」

そして短く言った。

「必要か否かは我が決める。所詮全てはどちらでもよいのだ」

「あ・・・・」

突然片手で、
傍らのロゼの首を掴んだ。
見向きもせず、
ただ菓子を摘むようにロゼの首を掴む。
そして絞める。

「あ・・・あ・・・・・」

「我さえあれば、後はどうでもいい。玩具でしかない。必要なものなど・・・・この世にはない」

ロゼが苦しさに顔を赤める。
だが歯向かいもせず、
文句も言わず、
ただ受け入れ、
苦渋に死ぬのも望みとも見えるほど、そのまま首を絞められ続けた。
そしてアインハルトが手を離しても、
咳払い一つせず、
殺されそうになったのも別次元の如く、
またロゼはアインハルトに寄り添った。

「その通りですアイン様・・・・・世の中のモノなど全て無意味・・・無価値・・・・」

ロゼはアインハルトの胸に手を伸ばした。

「あるならば・・・・貴方様の玩具になれるか否か・・・それだけ・・・・・」






































「どっけどけどけどけぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

馬鹿が走る。
両手にイミットゲイザーの光。
両手にイミットゲイザーを滞在させ、
腕をぐるぐる回しながら、
猿が庭園を走る。

「ガキ一匹だぞ!」
「通すな!!」

「どっけどけ!!どけって言ってるジャァーーーン!!!」

腕がぶんぶんぐるぐる回る。
走るチェスター。
吹っ飛ぶ敵。
なんとハチャメチャな事だろうか。
腕をぐるぐる回しながら走る猿が、
敵を一網打尽に吹っ飛ばしていく。

「どけどけどけぇ〜〜〜!!!ヒーローのお通りだぁ〜〜〜!!どかないとぉ〜!・・・・・・」

チェスターは急にピタリと止まった。
急ブレーキ。
そして手をアゴに当てて考え出す。

「どかないと?」

そして真剣に考えはじめる。
うーん・・・と、
猿知恵を振り絞って考える。
頭の上でチェチェも首をかしげる。

「どかないと・・・・」

何を困っているか知らないが、
とにかく悩んでいた。
そしてポンッと手を叩いた。

「いーや!どかなくても!オイラがどかすから!」

結果として結果は出なかった。
ま、いいか。
そして満面の笑みの後、
チェスターはまた走り出し、
腕をぐるぐると回し、
敵と跳ね始めた。

「どけどけどっかぁぁあああん!!!」

進む暴走猿。
敵を跳ね除ける。
1人VS1城。
・・・・とはいったものの、
実際帝国アルガルド騎士団は臨戦態勢ではない。
たまたまマリナ達の脱走で動き出した兵士が外や中にいるだけ、
基本臨戦態勢ではなかったし、
戦力が全てルアス城にいるというわけでもない。
本戦力の遥か格下。
・・・・とはいえ、
それでも1人VS1城。

「止まれ猿小僧!!」

庭園で敵をふっ飛ばしていると、
正面に大柄な男が立ちはだかった。
大柄な風貌とは裏腹に、
魔術師の身なりをした男。
その男はチェスターの前に立ちはだかった。

「俺の名はリンゴゥ=ファイヤ!『挽きたて攻防』のリンゴゥだ!」

「師匠直伝っ!!イミットゲイザー参式っ!!」

「ヒーローだかなんだか知らないが!貴様は俺の炎で焼き尽くして・・・・」

「0距離ぶっ飛ばしグレートゲイザー!!どっかぁぁああああん!!!」

「ごふっ!」

その男の腹に、
チェスターの拳がめり込む。
めり込み、
そのままイミットゲイザーと共に吹っ飛んだ。
腹にイミットゲイザーがめり込んだまま、
そのリンゴゥという男はロケットのように吹っ飛び、
敵を3・4人巻き込んで飛んでいった。
そして内門の壁にぶつかって倒れた。

「しまった!!!」

チェスターは、はわわと反省した。

「名乗り中は攻撃したらいけないんだった・・・あちゃー・・・」

頭をポリポリとかく。
ヒーロー的な常識なのだろうか。
激しくどうでもいいが、
チェスターには重大だったのだろう。

「まいっか!」

そうでもないようだ。

「過ぎたことはしょうがない!!ウジウジしててもしょうがないジャン!
 ヒーローは前だけ向いて進むもんだ!後ろは振り向かない!」

とても前向きで、
とてもわがままな信念だ。
この場合困ったのは向こうで、
チェスターは反省すべきだと思うが、
前向きというか、
前だけ見ていると人間こうなるのだろう。

「キィー!キキ!!」
「ん?どうしたチェチェー?」

頭の上でチェチェが必死に指をさしていた。
その方向を見ると、

「ぉお!?」

内門が勝手に開き始めていた。
巨大な内門。
終焉戦争を除けば、
何十年、誰も侵入を許さなかった無敵の内門。
もちろんそれは攻城戦での敵の防備があったからこそだが、
それが勝手に開いていく。

「歓迎させてるジャン!」

お出迎え。
いうならば、
こちらの動きはバレバレという事。
そしてわざわざ招き入れる。
これは考えれば罠以上でも以下でもないが、
チェスターにそれをどうこう考える思考はない。
というか考えるという事さえしない。

「そっちがその気なら迎え撃ってやるジャン!
 例えこの先で雨が降ろうと槍が降ろうと亀が降ろうとも!
 オイラは立ち止まらない!何故なら信号は青だからっ!」

かっこよく決めたつもりなのか、
決まったのかさえよく分からないが、

「オイラはゆく!地の果てまでも!」

チェスターはそのまま内門の中に突っ込んで行った。

「ふげっ!」

リンゴゥだっけ?
寝転がってるそいつを踏みつけて。

「くっ・・・・」
「リンゴゥ様!」
「大丈夫ですか!?」

チェスターが通り過ぎた後、
よろよろとリンゴゥは立ち上がった。
偉そうにしておきながら、
さっさと倒された男。
チェスターはもう中に入っていってしまった。
庭園に残る役立たず。
敗北部隊。

「いや、気にするな・・・・それに・・・・」

リンゴゥは立ち上がった後、
大きな体を他の兵士達に向けた。

「俺別に偉くないし・・・様とか付けられても・・・ただの一般兵だし・・・」
「えっ!?」
「何あんた偉そうに威張ってたんだよっ!」
「いや・・・・手柄欲しくて・・・・あとこの間やっとファイアビット覚えて上機嫌でよぉ・・・」
「おま・・・・ファイアビットて・・・」
「低級スペルしかできねぇのにいやに堂々としてたなお前・・・・」
「"俺の炎で"とか何自慢気で言ってんだよ・・・・」
「もしかしてあの二つ名も自称とか・・・・」
「・・・・・」

大きな体ごと俯いた。
だが、
他の兵士達はリンゴゥの背中をバシっと叩く。

「いいや。飲もうぜ」
「侵入者がなんだ。おれたちゃ下っ端よ」
「化け物共なんて相手してられっか」
「愚痴でも零しながら飲もうぜ」
「うぅ・・・・俺帝国入ってよかったよ・・・・」

なんだこの雰囲気は。
なんだこの展開は。
なんでこんなどうでもいい所にスポットライトが当たってるんだ。
どうでもいいだろこいつらの話とか。

「・・・・・・・・・・ォォオオオオ・・・・・・・」

そんな皆が何か音を感じた。
いや、
声?
だがどこから?

「・・・・ォオオオオオオオオオオオ・・・・」

近づいてくる。
声?
威圧感?
だがどこから?

「ドッゴラァアアアアアアアアアアアア!!!!!」

そして地面が弾けた。
爆発したように弾けた。
降ってきた。
男が。
漢が。
巨大な大砲のように降ってきて、
メテオのように降ってきて、
地面を吹っ飛ばして墜落した。

「ラァァァゴラァ!!!しゃぁぁあああああああ!!!」

でかい叫び声。
兵士を数人吹っ飛ばし、
地面にめり込むように着地した漢。
剣山のように尖った髪、
毛皮のような服。
ギルヴァング=ギャラクティカ。
天に向かって大声で吠えていた。

「オゥルァアアア!!!侵入者!!!メチャ歓迎するぜゴラァァアア!!!
 門なんていらねぇだろ!!!メチャいらねぇよなぁぁああああ!!
 漢に障害は必要だ!壁を打ち砕いて進むのが漢ってもんだ!!
 だが、それは無機物じゃねぇ!それはやはり俺様だよなぁあああああ!!!」

内門前に落下し、
豪快に耳が壊れるような声を張り上げるギルヴァング。
だが吠えた先に、
・・・・・・・・・もちろんチェスターはいない。

「ギ、ギルヴァング様!」
「なんでこんな前線に!?」
「あ、侵入者は中に入っていきました!」

「あ゙?」

ギルヴァングは少々固まった。
目の前に侵入者がいない事を確認し、
少し考え、
自分の登場が遅れた事を理解した。

「・・・・・・・・」

こんなカッコ悪いことはない。
超ド級に豪快に登場して起きながら、
一足も二足も遅かった。

「・・・・・・・・アホかぁああああああああ!!!」

「へぶっ!!!」

ギルヴァングの大きな太い腕がおもくそに振り切られる。
それはたまたま近くに居たリンゴゥの首を揺らし、
いや、
リンゴゥを思いっきり吹っ飛ばし、
リンゴゥの大きな体はミサイルのように吹っ飛んだ。
ミサイルのように吹っ飛び、
空中をキリモミ状態で数十メートル飛んでいったと思うと、
地面にぶつかり、
ゴミクズのように地面を凄い勢いで転がったと思うと、
さらにまた勢いで跳ね上がり、
肉眼の彼方まで吹っ飛んだ後、
やっとご臨終な状態でリンゴゥは粗末に転がった。

「進入させといて何ボォーっとしてんだバッキャロォァアアアアア!!!
 お前らそれでも漢か!?漢なのか!?どうなんだラァァアアアアアア!!!」

「い、いえ・・・」
「私共にはアレはどうにも止められなくて・・・」

「諦めてどうすんだぁあああああ!!!諦めたらメチャ終わりだろぉああああああ!!!
 止められないなんて・・・ナイっ!!有り得ないっ!!止めるんだよぉぉおおお!!!」

なんという理屈だろうか。
この男・・・いやこの漢はすべて気合とか何かで済ませそうだ。
理屈などいう言葉は虚しい。

「いいか野郎共!!!!ロウマの馬鹿が44部隊を城内に配置させたっ!
 あいつらは中々メチャ漢だからなっ!てめぇらも気合いれろやコンニャロォオオオ!!!」

「「「ハ、ハイッ!」」」

勢いで返事をしてしまう。
超絶なる勢い。
勢いだけ。
そんな気合と勢いだけでできた漢だが、
それで納得・・・というか行動させられてしまう魔力がある。

そして・・・44部隊。
配置。
つまりこの先に行ったチェスター。
必ず44部隊とぶつかるということか。
いや、城内は広い。
避けて通ろうと思えば・・・

「ギルヴァング様!」
「44部隊はどこに配置されてるんですか!?」

「あ゙?どっこもだ」

「はい?」
「どこもといいますと?」

「44部隊を"全員"。城内にバラバラに配置したっつってたな。馬鹿ロウマは」

全員。
バラバラ。
どうしようもなく、
とにかく対面することになるだろう。
突破は容易ではない。

「侵入者のチェスターって奴は城ん中入ってったんだよなっ!?あぁあゴラァァアア!?」

「はい!」
「強い男です!」
「多少頭が馬鹿っぽい少年でしたが!」

「バッキャロォオオオオオオ!!!!!!!」

ギルヴァングが叫ぶ。
周りが揺れる。
城が揺れているようにビリビリと感じる。

「"漢は馬鹿であれ"だ。覚えとけ」

ギルヴァングはニヤりと笑う。
楽しみ。
愉悦。
漢。
それを真に心から楽しみになった。
そんな表情だった。

「まぁいい。残念だが俺様は王座に戻るとするか!オイ!!オイコラァァ!!!お前ら!!!」

「「「ハ、ハイ!!」」」

「メチャ頑張れよ!!」

「「「ハイっ!!!」」」

上司として、
将軍として、
もうちょっと気の効いた言葉はないのかと思うが、
まぁ十分なのだろう。
彼にそれ以上を望む方が難しい。

「あれ?」
「ギルヴァング様。王座に戻るなら内門から入らないと」

「何言ってんだ!!いちいち階段なんか昇ってられっか!!!」

そう言い、
ギルヴァングは城の壁の前に立った。
壁。
壁を登って王座まで戻る気か?
何を考えているやらと思うと・・・・・・

「まぁタイミングをハズったのは痛かったな」

ギルヴァングは足を・・・・刺した。
壁に。
壁に足をぶち込んだ。
ガンッ!と壁をぶち抜く音と共に壁に穴が空き、
右足が壁に突き刺さる。
と思うと、

「あの男の弟子ってやつに早く会ってみたかったがな」

今度は左足を壁に突き刺す。
左足が壁に突き刺さる。
次は右。
次は左。
ギルヴァングの体が90度傾き、
まるで重力が翻ったような状況。
ギルヴァングは片足をズボズボと・・・ガスガスと・・・
壁を砕き、穴を開けながら壁を登っていった。
皆から見たら真横になる。
まるで田んぼを歩いているように、
ギルヴァングは壁に足を突き刺して90度に登っていった。

「まぁ会えるだろうよ。そいつが真に漢ならな!!!!」

壁を登る。
壁を歩く。
腕を組んだまま、何のこともないように脚を壁にブっ刺しながら昇っていく。

「血が燃えるぜぇ!!メチャ燃える!!!燃え滾るぜぇえええ!!
 漢との出会いはいつも俺様を高ぶらせる!!ワクワクがメチャ興奮だ!!!
 上がって来い!チェスターとかいう馬鹿野郎め!!この俺様の所までなっ!!」

腕を組んだまま、
90度の状態でギルヴァングはニヤりと笑い止ったと思うと、

「しゃあぁぁあああ!!楽しみだ!!!待ってるぜ!俺様に漢を見せてくれや!!!
 おっしゃぁああああああ!!!!ドッゴラァアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

そして急に走り出した。
壁をドゴンドゴン、ザスンザスンと、
壁にボコボコと穴を開けながら、
ギルヴァングは城壁を走りあがっていった。






























「とぉりゃあああああああああああ!!!!ヒィーーーロォーーーキィイイッック!!!!」

チェスターが思いっきりジャンプキックをお見舞いする。
ダッシュの勢いからジャンプし、
両足を揃えてドロップキック。
それで敵を2人まとめて吹っ飛ばすと、
そこにはもう兵士は全員寝転がっていた。

「こっから2階だなっ!!」

内門を抜け、
城内に入ると、
まず広がる広い道。
普通の家が何十件も入るんじゃないかというロビー。
赤い絨毯が長く長く広がり、
運動会が開催できるのではないかという長く広い広場。
城の1階は半分がこの道で出来ている。
それほど大きく広い入り口の道をダッシュで、
何も考えず、
とにかくこっちだろうと言う思考で真っ直ぐ進むと、
そのまま大きな2階への階段が目の前にあった。

「何階まであるんだっけ!?分からないけどドンドン昇ればいいな!」

広い階段を一つ飛ばしで勢いよく昇る。

                              まだ間に合う
                              引き返せチェスター

「聞こえないジャーン!」

軽快に、
騎馬隊でも通れるのではないかという大きな階段を昇る。
もちろんその階段は2階で終わっていて、
2階を見ると複雑な廊下が広がっていた。
もちろんチェスターにとってはという意味でだが。

「なんとなく右!」

階段を昇ると、
前、左右に道を選べたが、
なんとなくチェスターは右。

                              戻れチェスター

「やだよん」

                              見えるんだ
                              お前は死ぬ
                              死んでしまうんだ

「死なないよん」

                              感じる
                              黒い感覚だ
                              奴
                              アインハルトが上に居る

「だから行くんジャン」

                              無理だ
                              勝てない
                              俺は体感した
                              体面したからだ
                              この世で奴に勝てる者はいない
                              この世はそうできているからだ

「だからオイラがぶっ壊しに行くんだよっ!!どっかぁぁあああん!!!」

廊下を走りながら、
その道をたまたま防いでいた3人の騎士を簡単に吹っ飛ばし、
チェスターは走る。
道を適当に曲がり、
だが確実に近づいていく。
死地へ。

「止まれ!進入者!」
「止まれ!」

「ヒーローは止まらない!!絶対に!!」

また現れた2人の兵士。
右手で殴り飛ばし、
右足で蹴り飛ばし、
それで2人とも壁にぶつかって転がった。
そしてチェスターはその脇を走る抜ける。

「止まらない!止めれない!今のオイラは誰にも止められない!
 だってオイラはヒーローだからっ!やらなきゃいけないことがあるから!」

次々と現れる敵。
華麗ではないが、
見事な軽快なフットワークで相手に近づき、
一撃。
または二撃。
はたまた三連撃。

「ヒーローにはすべきことがあって!オイラは今それをしてるっ!
 それは誰からも頼まれた事ではないけどっ!誰もが望んでいるからっ!」

共通点は一瞬。
一瞬で敵を倒して進んでいる。
その事だけ。
止まらない。
本当に止まらない。
走り抜けるヒーロー。

「ヒーローってなんだっ!?」

道端の、
通路に残った一人の兵士の胸倉を掴み、
チェスターは突然的に聞いた。

「せ、正義の味方でしょうか・・・・」

「正義の味方!?そりゃそージャン!だけどそれじゃぁ警察や裁判官だってそうジャン!
 だからヒーローってなんだ!?ならスーパーヒーローってなんだっ!?」

「え・・・えっと・・・・」

「それは勇気と希望ジャン!皆が持ってるけど、怖くて表には出せない勇気!
 そして誰もが確実に持って望んでいる希望!それを引き受けるのがヒーロージャン!」

チェスターはその兵士を力の限り突き飛ばし、
兵士は壁に頭を打って気絶した。
チェスターは走る。

「だからオイラは止まらないし・・・・死なない!皆の勇気と希望を費やしたらいけないからっ!
 オイラが皆のそれらを受け持ってるんだから!絶対に死んじゃいけないんジャン!!」

簡単で、
率直で、
真っ直ぐで。

チェスターの思いはそれで、
チェスターの決意はそれで、
チェスターの行動理由はそれだけで。

だからチェスターは100%誰にも止められなかった。

                            理屈もない
                            理由もない
                            数字にしたらえげつない
                            だが100%
                            俺はお前のそんなところが気に入っている

「だっろっ!?」

                            だがそれだからこそ
                            俺はお前を失いたくない
                            だから・・・・
                            行くな

「やだ」

チェスターは敵を吹っ飛ばし、
止まることをせず、
進み続け、
走り続ける。
デムピアスの言葉になど、
耳も貸さない。
だが、
デムピアスは本当の気持ちで、
真剣だった

                           チェスター

「なんジャン!?」

                           俺は死んでいて
                           魂でしかなく
                           無力で
                           頭を下げることさえできない
                           ・・・・・・
                           だが
                           魔物の王が
                           7つの海の王がこんな事を言うのはおかしいが
                           ・・・・・・・
                           お前に死んで欲しくない

「・・・・・・・・・・」

分かってる。
チェスターにも気持ちは伝わっている。
死なないでくれ
そんな頼みを無意味に言うわけもなく、
こやかましく、
うるさく言ってくれば分かる。
だけど、
だが、

「でもオイラは止まらない」

だが

「オイラは止まれない。だってデムピアス。
 あんたはオイラのヒーローっぽいとこを好きになってくれたんジャン?」

                           ・・・・・・・・
                           そういう事だな

「ならさっ!」

チェスターは走りながら、
口を大きく広げて笑い、
拳を握って言う。

「ここで止まる奴はチェスターじゃないジャン!」

自分を通す。
いや、
自分・・・・つまりユナイト=チェスターを通してるわけではない。
ユナイト=チェスター。
つまりヒーロー。
偶像で肖像で虚像。
ヒーローを目指し、
ヒーローでありたい。
そしてヒーローである。
夢を通し、
夢を鏡に映し、
それが自分である。
それを歪ませることなど考える必要もなく、
考える知能もなく、
考えさえしない。

                              ・・・・・・・・・・

分かっていた。
デムピアスにも分かっていた。

                              だがそれでも・・・・
                              俺はお前を止めたい
                              ・・・・・・・
                              確かに暴走ではない
                              お前の行動は愚かな暴走などではない
                              だが
                              分かっているからこそ
                              お前を止めたい
                              そんなお前が好きであるからこそ
                              矛盾の上でお前を止めたい

「矛盾?その通りジャン」

走るチェスターは笑う。
その言葉に。

「そこまで分かってるって事ジャン。オイラを止められないって分かってるって事ジャン」

その通りだった。
だが、
それでもデムピアスは止めたかった。
矛盾。
止められないのに止めたい。
止まればチェスターでなくなるのに止まって欲しい。
矛盾。
・・・・
矛盾?
いや、
どこが矛盾しているのか。
チェスターに死んで欲しくない。
ただそれだけ。
そこに矛盾などありもしない。


「はぁ〜あ。止まらないって言ってるのにな。でもヒーローには障害は付き物ジャン!」

チェスターの言葉で、
デムピアスもチェチェの目線の横で気付く。
廊下。
2階の廊下。
こうしゃべりながらも、
何人の兵士を倒して進んだか。
2ケタの真ん中くらい。
だが、
そこに"居る"者はそこらの者の存在感が違った。


「シュコー・・・・・コォー・・・・シュコー・・・・・・」

丈夫そうな・・・・布ではない生地で体を包み、
それは頭まで包んでいて、
異色のカッパを着ているような全身。
その顔部には・・・・ガスマスク。

「コォー・・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・・・・帰れ」

一目で分かる。
只者ではない。
いや、
44部隊だと。

「帰るわけないジャン」

廊下に立ちはだかる男。
チェスターは距離があるまま止まり、
両手を腰に当ててそう言った。

「シュ・・・・・コォー・・・・コー・・・・・・・・・・・・・・・・・・帰れ」

その男は繰り返しそう言うだけだった。
ガスマスクから漏れる空気音。
息遣い。
それ越しに聴こえる声。
それは篭っていて聞き取りづらく、
そして無機質で機械のようにも聴こえた。
はたまた魂さえないように。

「・・・・・・戦った事ないけど、あんた攻城戦で見たことあるなっ!」

「・・・・・・・・・・コー・・・・・」

「44部隊のっ!!えぇーっと・・・・・44部隊の!」

「シュコー・・・・・コー・・・・・・スモーガス」

「スモーガス!!!そう!それそれ!!うん!それだ!うん!・・・・・・・・初めて聞くけど!」

今日も猿は元気に馬鹿だ。
まぁ、
チェスターの頭のアドレス帳は何十件も入る容量はない。
割り振りは簡単。
・・・・・・・・敵かどうか。
それだけ。

「敵だね」

「・・・・・・・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・・そうだな」

「じゃあやっつけるジャン!」

「・・・・・・コォー・・・シュ・・・・・シュコー・・・・・・」

まるで人形のよう。
生き物ではないように、
微動だにもせず、
スモーガスは表情どころか感情さえ分からない。
いや、
動いた。
動いた?
いや、零れた。
ボロボロと、
無動作から零れ落ちた。
袖からボロボロと・・・・・・

「なんだぁ?」

「・・・・・シュコー・・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・・・無だ」

ボロボロと零れたものは、
コロコロと転がってくる。
1・2・・・・10・・・12・・・・
無数のそれは、
地面をコロコロ、
急がす、
焦らず・・・・・

                             チェスター避けろ!

「ほぇ?」

と思った時には、
零れ落ちた物々は・・・・・・煙を吹き始めた。
噴出す。
まるで穴が空いた水風船のように煙が噴き出す。

「うわっ!!わわっ!!!」

十数個の爆弾から、
煙が噴き出した。
煙が吹き出した。
立ち込める煙。

「わわわわっ!!!」

どうにかしようとジタバタするが、
煙は止められない。
実態が確かにある。
触れる。
見える。
だが、
それでも煙はどうしようもないのだ。

そしていつの間にか、
チェスターの周りには煙で埋められていた。

                             吸うな
                             息を止めろチェスター

「む、むぐっ」

チェスターは慌てて両手で口を塞ぐ。
そこら中に立ち込める煙。
煙しか見えない。
3m先も。
1m先も。
10cm先も。
前も。
後も。
右も。
左も。
上も。
そして・・・足元も見えない。

                             チェスター!
                             隠してくれっ!

「むごっ!むごごごっ!・・・・・・むっ!」

分かっている。
チェスターはぐっと息を止め、
両手でチェチェを掴む。

「ウキ・・・・」

小さなワイキベベのチェチェ。
この煙の中で普通でいられるか分からない。
遥かに簡単に死んでしまう。
チェスターは懐の中にチェチェを突っ込んだ。

                             お前と違い
                             この者は少しの煙も致死量になる
                             このガスは猛毒だ

毒。
猛毒。
この煙は猛毒だ。
ただのスモークボム(煙幕爆弾)じゃない。
トクシン(毒爆弾)が気化し、
煙と共に漂っている。

「シュコー・・・コー・・・・・・」

何も見えない視界。
四方八方が煙。
どちらに壁があるかも分からない感覚。
気持ち悪い。
何もかもが見えなくなるだけでこうも感覚がおかしくなるものか。

「コー・・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・・俺が・・・見えないのか」

息遣いが聴こえる。
スモーガスの息遣いと声。
ガスマスクから漏れるこもった声。

「コォー・・・・コー・・・・・・・・・・・・・・・・すぐ側にいるのに・・・」

チェスターは慌てて拳を突き出した。
手ごたえ。
堅い音と共に、
それは砕けた。
・・・・・・だがただの壁。
壁にパンチを当てただけだ。
何も見えない。

「ゲホッゲホッ・・・・クソッ・・・・・・・・・・」

息を止め続けるなんて不可能で、
少量だろうが確実にチェスターは煙を吸ってしまう。
体が痛い。
毒。
大体トクシンという毒爆弾は・・・・・つまるところ爆弾なわけだ。
元々爆発自体が有毒な爆弾。
それはそうだ。
"トクシンは相手の口目掛けて投げてください"
有り得ない。
体の表面からでも毒の効果があるという事。

「シュコー・・・・・・コー・・・・・・・・・・・・・・・『ウァッチミー・イフユーファン』」

「・・・・ゲホッ・・・・・・なんだぁ?」

「シュコー・・・・シュ・・・シュコー・・・・・・・・・・・・俺の二つ名だ」

小さな足音が聞こえる。
わざと恐怖を掻き立てるような足音。
近づいてくる。
だが毒のせいか方向感覚が少々麻痺している。
見えない。
どこに居る

「コー・・・・・・コォー・・・・・・・・・・・・・見てくれよ」

スモーガス。
44部隊の煙使いスモーガスが近づいてくる。
どこかから。

                              来るぞチェスター

「デムピアスには見えるのか?」

                              見えん

「ハハッ、だよねー!」

                              だがここは廊下だ
                              狭くもないが
                              広くもない
                              横に回られたり
                              まさか背後に回られたという感覚はなかった
                              なら敵は前方だ

「シュコー・・・・コー・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、見てくれよ」

前方。
大体は分かっている。
声はそちらから聞こえるのだから。
だが前方180度。
それが分からない。
感覚も軽く麻痺している。
煙で何も見えない。
何も見えない。

                              チェスター
                              この者が危険だ

「分かってる!!」

この者。
チェチェ。
チェチェは弱い。
小動物。
チェスターでもまいっているのに、
子猿のチェチェは・・・・・
つまり時間との勝負でもある。

「シュコー・・・・・コー・・・・・・・・・・・・・・・『ウァッチミー・イフユーキャン(見てくれよ)』」

近づいてくる?
いや、近づいてもきてない?

「コー・・・シュ・・・シュコーコー・・・・・・・・・・・・『ウァッチミー・イフユーキャン(できる事なら)』」

それはそうだ。
スモーガスからしたらこのままなぶり殺しでもいいのだ。
煙でドンドン弱るチェスター。
それをどことも分からないところで眺めているだけでいいのだ。
安全かつ、
最適かつ、
最強かつ、
凶悪。
相手だけが衰えていき、
安全な所でそれをただ見守る。

「シュ・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・・・・・何故皆俺を見ない」

いや、
それでも近づいてくるような気配があるからこそ、
煙に撒かれた者はどうしようもない。
"警戒は無謀を鈍らせる"
でたらめに突っ込む事さえ躊躇させる。
煙に撒かれたチェスターは、
相手の術中にも撒かれていた。

「コー・・コ・・・・・コォー・・・・・・・・・・・・・何故皆俺が見えない」

何を言っているのか。
何も分からない。
視界も分からなければ、
スモーガスが何を言ってるのかも分からない。

「シュコー・・・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・世の中不平等だ」

これは術でもなんでもないが、
混乱してくる。
スモーガスの天然の言葉だが、
理解に苦しむ。

「シュコー・・・・コー・・・・・・・・・・・・・見て欲しいのに」

何を言っている。
見えなくしているのはスモーガス自身なのに。

「コー・・・シュコー・・・コー・・・・・・・・・・・俺もかまって欲しいのに」

何を・・・・・・

                             チェスター!!!

頭の中でデムピアスの叫び声。

                             何躊躇している
                             何を怯えている
                             お前はお前なんだろ
                             お前はチェスターで
                             お前はヒーローなんだろ
                             止まっているヒマなんかあるのか?


「・・・・・・・・」

言われて気付いた。
そうだ。

「うるさいなぁ・・・」

煙で弱る体。
苦しい。
だが、
そんな事気にするものではなかった。

「分かってんジャン♪」

そう、
愚図愚図するタイプか?
無駄に思考するタイプか?
猪突猛進、
直進馬鹿。
それが、

「それがオイラジャン!!!!」

チェスターは両手に気を溜める。
気。
エネルギー。
両手は輝き、
煙の中でも明かりがさす。

「師匠直伝!!!イミットゲイザー六式っ!!!!」

チェスターは両手を構える。
気を溜めた両手を。

「スーパーエキストラグレートイミットターミネーション!!!」

相変わらずのダサいネーミングと共に、
チェスターの両手は地面に突き出された。
両拳が地面に叩き付けられる。
衝撃。
地面が吹っ飛ぶ。
弾ける。
そして爆風。

「・・・・・・シュコー・・・・・・」

煙が吹き飛んだ。
辺りに元の光景が戻る。
なんともない、
城の廊下。

「いちいち考えるなんてオイラらしくないジャン!!」

チェスターはニヤりと笑う。

「どんな障害でも吹っ飛ばす!!!それがヒーローってもんジャン!!!」

                            そうだチェスター

「ヘヘッ」

だが・・・
だがチェスターは気付いた。
いや、
気付いてしかるべきだった。
晴れ渡った廊下。
煙は吹き飛んだ。
なんともない廊下だ。
だが・・・・・・

                            どうしたチェスター?

「・・・・・・・・・いや・・・・」

                            敵がいるぞ
                            ガスマスクの男だ
                            煙が無ければお前の勝ちだ

「いや・・・・それがさ・・・・」

チェスターはキョロキョロとあたりを見回す。
見回す?
何故?
煙は晴れたのに。
デムピアスは、目の前にガスマスクの男・・・・スモーガスは居ると言っているのに。
だが、
探すように・・・・

「どこに居んの?」

                            ?
                            何を言ってるんだチェスター
                            目の先にいるだろう

「いや・・・・・」

チェスターは頭をポリポリとかく。

「なーーんも見えねぇジャン!!!」

                            !?

見えない。
スモーガスが?
いや、
何も見えないのだ。
真っ暗。
景色が元に戻ったかも分からない。
何も、
何も見えないのだ。

「シュコー・・・コーー・・・・・」

スモーガスの息遣い。
それがまだ聴こえる。
煙があっても、
煙がなくても、
チェスターにとっては同じで、
どことも分からない所にガスマスクは存在していた。

                            ふん・・・・
                            ジョーカーポークか

「へ?」

                            スモークボムだけじゃない
                            トクシンだけじゃない
                            あの煙には
                            ジョーカーポーク
                            目潰し爆弾も混じっていたのだ

煙だけで視界を妨げるでなく、
完全なる遮断。
二重の無の世界。
見えない目で、
何も見えない場所に居た。

「コー・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・・今回は周りに仲間がいない」

息漏れの音。
こもった声。

「コー・・コ・コォーー・・・・・・・・・・・・・だから爆弾も特別だ」

                            来る
                            今度は確実に近づいてくるぞチェスター

「くっ!」

チェスターは両手に気を溜める。
師匠直伝。
イミットゲイザー弐式。
イミットゲイザーをグローブのように両手に滞在させる技。
それで身構える。

「でぇーりゃ!!!」

そして拳を突き出した。
だが、
何も見えないチェスターの拳は、
悲しく空を舞うだけ。

「どこジャン!!出てこいよ!!!」

                            チェスター!
                            もっと左だ!

「ここかっ!!!」

チェスターがまた繰り出す拳。
だがそれは、
ゆっくりと近づいてきたスモーガスにさえ当たらなかった。
軽く、
かるーく。
風のように、
いや、
無気力なように避けられる。

「シュコー・・・コーー・・・・・・・・・・・・・・・・俺が見えないのか?」

「ぎゃあっ!!!」

ザスンという音と共に、
チェスターの肩口にダガーが食い込んだ。
いつの間に用意したかも分からなかったダガー。
それが肩口につきたてられる。
そしてチェスターは悲鳴をあげ、
後ろに逃げ飛んだ。

「だぁ!!!痛ぃ!!!たぁぁぁあい!!!!」

後ろに飛んだチェスターは、
肩口を押さえながら叫ぶ。

「てぇえええええ!!!」

「コー・・・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・・・・なんで俺が見えない」

「痛っ!!いったいいい!!!」

「コー・・・・・シュ・・シュコー・・・・・・・・・・・・ここにいるのに」

                             チェスター!
                             おいチェスター!!
 
「くっ・・・・なんだよデムピアス!」

                             たしかに浅い傷じゃないが
                             深くもないだろう?
                             痛がりすぎだ
                             どうしたんだ?

「メチャメチャ痛いんジャン!!!」

「シュコー・・・・コー・・・・・」

息遣い。
聞こえる。
また近づいてくる。
いや、
近づいてこない?
まるで煙のように掴み所のない男だ。

「・・・・・・・コー・・・コォー・・・・・・・・・・・・特別製だと言っただろ」

「へっ?」

「コォー・・・シュコー・・・・・・・・・・・・ペパーボムも混じっている」

ペパーボム。
通称とうがらし爆弾。
刺激。
つまり相手を過敏にさせる効果がある。
小さな痛みを大きな痛み。
それはつまり、
1が3になり、
2が7になり
10が20にもなる。
防御力が下がる・・・・と言った方が分かりやすいか。
痛みにも敏感で強力に感じるという意味では、
原理的にはダメージが上がるが正しいか。

                           大丈夫かチェスター

「大丈夫に決まってんジャン!!!」

だが、
あまりの痛みに、
チェスターの目は潤んでいた。
もちろん怖いとかじゃなく、
痛すぎて涙が出てきたわけだが。

「泣いてないもんね!!」

まぁ泣いてないらしい。
涙が出ただけ。

「ヒーローは泣かないからな!!」

                            チェスター!!!

「え?ぐあっ!!!」

咄嗟に体を翻すが、
皮一枚。
脇腹をえぐられる。

「シュコー・・・・・コー・・・・・」

「痛ててってえええええええええ!!」

転げまわる。
二個目の傷。
刺激。
痛み。

「クソォオ!!!めちゃくちゃ痛いジャン!!!でも泣いてないからな!!・・・・グスン」

だがボロボロと涙が零れている。
気力とかじゃなく、
身体の反応だ。
これは止められない。
だが、

「ヘヘッ・・・・・」

チェスターは笑う。

「でも、見えてきたジャン」

歪む。
だが、
視界。
見える。
ぼんやりと見えてきた。
涙。
涙が出たことが効果を薄めた。
持続時間がもうすぐ切れるという事もあったが、
涙が目を洗い、
ジョーカーポークの効果切れまでの時間を早めた。

「見える!見えるジャン!!こうなったらもうヒーローの負けはないぜっ!!!」

                         チェスター!!!
                         チェスター早くしろ!
                         また・・・・・

遅かった。
デムピアスの言葉も虚しく、
それは転がった。
ゴロゴロと聞こえる。
また聞こえる。
見える。
スモーガスの足元。
そこに転がる数個。
十数個の爆弾。

「シュコー・・・・コー・・・・・・・・・・・・『ウァッチミー・イフユーファン(見えるもんなら見てくれよ)』」

噴き出した。
また。
まただ。
爆弾から吹き出る煙。
噴き出す煙。
また包まれる。
全体が。
廊下が。
体が。
視界が。
煙に。
暗黒に。
無に。

「ちょ・・・ずるいジャン!!!必殺技は1回までだろっ!!!」

逆に理不尽な文句を付けつつも、
チェスターの体はまた煙に包まれた。
そして吸った。
ダメだった。

                             どうしたチェスター!?

足がガクンと落ちる。
チェスターは両膝を地面についた。
見えない。
何も見えない。
それだけではなく。

                             毒がさらに回ったか・・・・

2重。
先ほど与えられた毒も回復せず、
チェスターを蝕んでいっていたのに、
さらに毒が回る。
体に力が入らない。

「全身が痛い・・・・」

それだけではなく、
毒だけではなく。
2回目だからこそのダメージ。
それはペパーボムだった。
2つの傷口。
そしてこの煙。
ペパーボムも混じった煙。
想像は簡単だ。
体にトウガラシが塗られた。
その体に傷を付けられた。
その傷に・・・・・トウガラシを塗られた。
遥か昔、拷問にさえ使われていた痛み。
その痛みは本物で、
常人なら意識が吹っ飛ばされてもおかしくはない。

「こんな・・・・」

体が弱っている。

「こんな所で止まってる場合じゃないジャン・・・・」

体が毒で弱っている。
ダメージで、
前人で。
・・・・・・いや、
自分が弱いから。
チェスターにはそんな認識しかない。
そして、
それは打ち勝たなければ。
そういう認識しかない。
それが・・・
それがヒーローだから・・・

「シュコー・・・コー・・・・・」

こもったガスマスクから漏れる息遣い。
近づいてくる。
分かる。
だが、
ぼんやりとしてくる。

                              しっかりしろチェスター!!

だが、
デムピアスはそう言うしかない。
煙でまた見えない。
助言もできない。
励ます事しか、
渇を入れる事しかできない。

                              ・・・・・・・
                              俺は・・・・
                              お前を生かしてやりたいのに・・・
                              何故こんなにも無力なのだ・・・・

弱り、
衰えるチェスターを見守るしかできない。
見守る?
何を守っている。
そんな言葉じゃない。
傍観。
それしかできない。
見守っているんじゃない。
・・・・・見殺しにしているだけだ。

「シュコー・・・・コー・・・・・・・・・・終わりだ」

聞こえる声。
トドメ。
刺しに来る気か?
それとも・・・
ただ遠くから眺めるだけか?
スモーガスがどちらの行動に出たとしても、
チェスターはこのまま死ぬ。

「死なないジャン」

逆に煙の中から、
チェスターの声。

「ヒーローは死なないわけジャン・・・」

明らかに弱った声。

「ヒーローって負けないわけジャン・・・・」

だが、
力強い声。

「ヒーローは打ち勝つ者ジャン・・・・」

チェスターは立つ。
だが、
動くことでさらに毒が回る。
体を蝕む。

「ピンチなわけジャン?だけどそれってヒーローの活躍時なわけで・・・・」

だが立つ。

「ヒーローがカッコイイ場面でもあるわけジャンね・・・」

よろけながらも立つ。
煙の中。
盲目のヒーローは立つ。

「いい事教えてやるよ」

弱っていた気。
その両手。
そこにまた光がさす。
両手にエネルギーが、
イミットゲイザーの力が溜まっていく。

「ピンチになったヒーローは絶対に負けない!!!!!!」

煙の先。
ガスマスク越しに、
スモーガスは小さく笑い声をこぼした。

「シュコー・・・・コー・・・・・・・・・・・・そんな体で何が出き・・・・」

言いかけた瞬間だった。
風が舞った。
それはスモーガスの真横を通り過ぎた。
凄い勢いで。
そして背後から爆音。
イミットゲイザーだ。
外れたが、
スモーガスをかすめた。

「シュコー・・・シュコー・・・・・・・・・境地における我武者羅か・・・」

と、
スモーガスが言ったが・・・

「!?」

目の前にまたイミットゲイザー。
イミットゲイザーが煙を貫き、
煙の暗闇の奥からでも煌々と輝き飛んでくる。

「くっ!?」

スモーガスが避ける。
イミットゲイザーはスモーガスがいた所を通り過ぎ、
また背後の方で爆音を響かせた。

「シュコー・・・・・コー・・・・・・・・・・・・・俺が・・・・・」

スモーガスが煙の先に目をやる。

「コー・・・・シュ・・・・シュコー・・・・・・・・・・・・・お前・・・俺が見えているのか?」

見えている。
そうしか思えなかった。
確実に狙ってきている。
方向感覚もあっている。
声を頼りに。
それもできるはずが無い。
方向感覚も麻痺しているはずだ。
だがあっている。
じゃぁ何故。
どうやって。

「見えないジャン」

逆にチェスターの足音が聞こえた。
向かってきている。
確実に。
方向を誤ることなく。

「でも分かるジャン」

闇の中。
歩むヒーロー。

「感じるんだ。気って奴かな。こんな弱ってても・・・なんかビンビン感じるんだよね」

歩んでくる。
つまり、
嘘じゃない。
煙で、
毒で感覚がおかしくなっているはず。
気にしても同じはずだ。

「シュコー・・・・コー・・・・・・・・・・まさか・・・・」

スモーガスはそんな状況を冷静に分析し、
そして自分が行った過ちに気付いた。

「コ・・・コォー・・・・コー・・・・・・・・・ペパーボム・・・あれで神経をさらに覚醒させたか・・・・」

ペパーボム。
敏感になり、
ダメージがあがる爆弾。
だが、
こと、チェスターに関してだけは+効果があった。
敏感になる。
つまるところ・・・感覚が敏感になっているわけで、
気を肌で感じ、
気で闘うチェスターにとってもそれがさらに研ぎ澄まされた結果。
気孔術だからこその、
チェスターだからこその+効果。

「不思議ジャン・・・フラフラするけど・・・・お前がどこにいるか手に取るように分かる・・・」

それはスモーガスがおかした状況による結果だったが、
チェスターにはそんな事関係ない。
いや、
チェスターが立ち上がったからこその結果でしかない。
立ったから。
ヒーローが立ったからの結果で、
それ以上でもそれ以下でもない。

「やっぱヒーローはさ」

チェスターは拳を握る。
そして小さく笑う。

「諦めちゃいけないよなっ!!!!」

突然覚醒したように、
弱ったからだが全快したように、
チェスターはそこで吹っ飛ぶ勢いで飛び出した。
速く、
勢いは物凄く、
ヒーローは突っ込んだ。
真っ直ぐ。
ただ真っ直ぐ。
見えない煙の中を。
闇の中を。
ただ真っ直ぐ突き進む。

「おぉおおりゃあああああああああああ!!!!!」

・・・・・・・・止まる事なく。

「がっ!!!!」

拳が貫く。
スモーガスの顔面に拳がぶつかり、
振りぬかれる。

スモーガスはそのまま吹っ飛ぶ。
空中でガスマスクが割れ、
破片を散らしながら粉々に飛び散った。

「ぐっ・・・・」

スモーガスは吹っ飛び、
吹っ飛んだ先の壁にぶつかった。

「ハァ・・・・ハァ・・・・・」

チェスターはそのままフラフラと歩く。
煙を抜け、
廊下を歩く。
目も薄っすらだが見えた。
涙が表面を覆っていたから2度目のジョカポの効果が薄かったようだ。

「真っ直ぐな戦いじゃなかったけど・・・あんた強かったな・・・」

チェスターは歩き、
そのまま突き当たりまで歩き、
そして・・・・・

「でも残念。ヒーローは・・・・」

そこまで言って・・・
そこまで歩んで・・・
そこでスモーガスを見て・・・
・・・・
一度絶句した。

「ど、どうなってんの!?」

チェスターの目の前。
突き当たりの壁。
先ほど外したイミットゲイザー2発の着弾跡。
そしてここまで吹っ飛んだスモーガスの体。
ある。
あるさ。
ここに転がっている。
そして周りに飛び散ったガスマスクの破片。
スモーガスはここにいる。
いるはずだ・・・

「俺が見えないのか?」

聞こえる。
声は。
そりゃそうだ。
スモーガスは・・・

「ここに居るのに」

ここに居る。
分かる。
分かるさ。
間違いなく体はここにあるのだから。
スモーガスの体はここにある。
だが・・・・

「素顔が女とかいうオチじゃなくて悪かったな。だが、ビビったか?」

奇妙というか・・・
気味が悪いとしか言いようが無い。
スモーガス。
その体。
いや、体はある。
あるが・・・
割れたガスマスクの下・・・・
その素顔は・・・・・・・

無かった。

「え・・・ど・・・どうなってんの?のっぺらぼう?」

その表現はおかしかった。
首から上。
"ソレが無いのだから"。
無いのだ。
頭。
顔。
"それ自体がないのだ"。

「『ウァッチミー・イフユーキァン』?」

「イ、インビジ?」

「100%正解で、100%間違いだ」

顔のない体の右腕が持ち上がり、
指を振った。

「俺は生まれながらのクリアヒューマン・・・・言うならインビジブルマン(透明人間)なんだよ」

透明人間?
つまりそれはインビジを使う使わないとかではなく、
もともと体が透明という事か。

「流産になりそうだった俺。そんで俺の母は騙されたのさ。人体実験に使われた。
 俺は無事生まれた。"オギャー"・・・・・・誰とも変わらぬ元気な産声。
 "おめでとうございます。元気な赤ちゃんです"。元気だったさ。元気元気。
 だがベッドを取り巻く親族の顔に笑顔は無かったそうだ。当然だ。
 生まれたの?って感じだろ・・・・・・・透明の赤ん坊なんだからな」

嘘か否かも分からない。
だが、
先ほどまでと打って変わっておしゃべりな透明人間の話は続く。

「生まれた我が子は見えません。こんな笑い話があるか?
 でもいい親だったよ。それでも現実を受け止め、俺を育てようとした」

フッと、
表情は見えないがスモーガスが笑ったのが分かった。

「透明人間って言ってもインビジだからな。コントロールも出来ないうちはまぁ・・・
 服着ようがそれも透明になっちまってたわけだ。それがインビジだからな。
 毎朝・毎夜。家族団らんのお食事。親父とおふくろと俺。
 椅子は三つ。人は二人。毎日テーブルの片側には料理だけ並ぶ。
 それが突然フッ・・・と浮く。そして俺の口を通過すると消える。まるで魔法だな」

「・・・・・・・・」

すると突然。
衣類だけの人間。
空洞の人間。
スモーガスが飛びかかってきた。

「やはり親は気味悪がった。俺の表情が見えない。わが子の心が読めない。
 だけど俺には見える。親父もおふくろも俺を気持ち悪がってたのが分かってた」

スモーガスがチェスターの胸倉を掴む。

「なぁヒーロー。お前ヒーローなんだってな。なぁヒーロー。
 なんで俺は救われない。俺はなんで生まれた瞬間から不幸なんだ」

「ふ、不幸って・・・」

見えない顔が睨む。
表情のない顔が睨む。

「透明人間になりたいです。ふざけんな!透明人間の気持ちを考えたことがあるか!?
 気持ち悪い。それ以外にゃない!それだけならいい!なぁ?俺は存在しているのか!?
 何も無い。見えない俺!街を歩いても誰も振り向かない。外食?買い物?できねぇよ!
 そりゃパクるさ!カウンターに座ろうが水なんか運ばれてこねぇからな!!」

形相が分かる。
顔がなくとも、
否、
あるが見えなくとも。

「毎日見えないクソを流す俺の気持ちが分かるか!?ハハッ!?笑えるだろ!?
 何も沈んでねぇ便所を毎日流すんだぜ?最高のギャグだろ?笑ってくれよ」

自虐も悲しく、
だが悲しく。
その顔が本気かどうかも見えない。

「・・・・ケッ!!俺はめちゃめちゃいい子だったぜ!超優良児ってやつだ!
 ただいま!おかえり!いってきます!言わなきゃ誰も俺がいるか分からないんだからな!」

そしてスモーガスはチェスターを突き飛ばす。

「なぁヒーロー。この俺が救えるか?なぁ?ヒーローなんだろ?救ってくれよ。
 助けてくれよ。毎日心が悲鳴をあげるんだ。何回助けてっつったかなぁおい。
 俺って居るのかな?いねぇんじゃねぇの?ってか俺ってどんな顔してんの?
 鏡とかなんのためにあんのあれ。なぁ俺今の髪型キマッてっか?」

ふと・・・
目の前が消えた。
スモーガスの体。
衣類ごと。

「どこ向いてんだ?なんで俺が見えない。ここにいるのに。確かにここにいるのに。
 確かに皆と一緒で体温もあるのに。息もしてるのに。心もあるのに。
 なぁ助けてくれよヒーロー。俺をよぉ。困ってんだよ。苦しぃんだよ。
 どんだけ哀しみで泣いたか分からねぇよ。でも泣いた事にも誰も気付いちゃくれねぇんだ」

どこだ。
どこに居るかも分からない。

「なぁヒーロー。お前は何のために戦う」

「・・・・・そ、それはみんなのために・・・」

やっと出た言葉はそれだった。

「じゃぁ俺のために戦ってくれよ。それともやっぱ俺は"みんな"に入ってねぇのか?
 見えないから。存在してないから。それともヒーローってのはそういうもんじゃねぇのか?
 多数決で希望の多いとこを助けるのか?多数派が正義ってやつなのか?」

「・・・・・」

言葉がでない。
自分に何ができる。
それは一直線。
ただ・・・

「ただ・・・」

ただ・・・

「オイラはオイラの信じたヒーローの道を・・・・」

「つまり自分よがりのわがままか」

透明な男はそう言った。
ふと気付く。
なんだ?
見えない。
スモーガスだけじゃない。
見えない。
広がっている。
ある地点を中心に・・・・

「この世なんて無だな」

消えている。
地面も。
壁も。
広がる。
消えていく。
天井も。
円形に。
球形に。
足元が見えない。
透明になっていってる。
広がっている。
スモーガスの能力か。
彼を中心に、世界がインビジブルしていく。
不可視になっていく。
消えていく。
全てが透明になっていく。

「全ては虚像なんだなやっぱ。見えない。俺も見えないなら全て見えなくなってしまえばいい。
 皆何も見なくていい。見えなくていい。見たいことも見えなくていいことも。全部見えなくなればいい」

壁が見えない。
天井も消えていく。
地面が消えていく。
何もかもが透明になって切れ目が見える。
そこも透明になって広がっている。
どこに立っている?
見えない地面の上。
あれ?
自分の体は?
チェスターの体もカモフラージュ的に相乗し、
壁や地面と同じく消された。
透明になった。

「分かったぜヒーロー」

円形に。
球形に。
世界が、
この辺り半径20mほど見えなくなった。
1階の地面が見える。
3階の天井が消えて4階が見える。
3つ先の部屋の中が見える。
それたの手前は全部消えて見えない。
球形に。
巨大なボール型に、
そこだけ削り取られて世界がなくなったかのように。

「分かった。ヒーローってのは自己中で、自分の信じた道を行く。
 自分よがりで本当は誰を幸せにしようなんて思ってねぇ。
 目の前のたった一人の男も助けない。助けられねぇ。なぁヒーロー?」

答え・・・られない。
いつもの真っ直ぐで、
ただ直進的な、
馬鹿で、
無垢で、
正義な言葉が出てこない。

「行けよヒーロー」

突然フッっと世界が元に戻った。
インビジブル化が止まった。

「俺に見せてみろ。くだらない妄想をな。そして死んで気付け。
 お前が、ヒーローが死んでも誰も困ったりしねぇって現実をな。
 お前が勝手に思い描いた理想でお前が勝手に行動してただけって気付け。
 それで死んで気付け。お前は俺と同じだ。完全に孤立してる存在だとな」

気付くと元の場所で、
いや、
もともとこの場所に居たのだが、
消えていた風景はもとの状態に戻る。
そして残されていたのはチェスターだけだった。




































「そりゃぁマジなんだろうな」

ドジャーが言う。
真剣だ。

「誠だ」

イスカが答えた。
イスカは一人、
先にドジャー達の本拠地に来ていた。
マリナとシャークは先にマリナの店を確認しに入った。

「信じられませんね・・・」
「いや・・・・信じたくない」

ジャスティンが深く、
心という意味で深いため息をついた。

「チェスターの事は確かに気になるが・・・正直"それ"は大問題だ」
「ポジティブに言うなら、やはり突破口は"44部隊"。それは正解だったと」
「あんまり軽口叩くなよアレックス」
「・・・・すいません・・・・・・なかなか言葉が見つからなくて・・・
 騎士団に居たときも全く気付かせてもらえませんでした。不覚です」

イスカは目を閉じていて、
椅子に座ったまま話す。

「もう一度言うが、拙者はルアス城の中で44部隊の者に助けられた」

「ふざけんなっ!!!!」

ドジャーはテーブルを蹴飛ばした。
大きく重いテーブルは、
ドジャーのやり場の無い心をぶつけられてひっくりかえった。

「そんなこと・・・・・・"そんなこと"あってたまるか・・・」
































チェスターは歩いていた。
ヨロヨロと・・・

                             大丈夫かチェスター

「大丈夫に決まってんジャン・・・」

毒、
ダメージ。
それらが重なり、
チェスターは朦朧としていた。
体の疲労が激しい。
スモーガスはそれほどの相手だった。
いや、
それ以上に・・・・・・

                             心の問題か・・・・

スモーガスに突きつけられた言葉。
それがチェスターを弱くしていた。
いつも、
この生涯、
一度たりとも信念を曲げたことはなかった。
誰かを助け、
自分はスーパーヒーローになる。
だが、
目の前の人間。
本気で助けを求めているのが分かったのに、
何も出来なかった。

                             無力は俺も同じだ

デムピアスの言葉に何の効果もなかった。
チェスターは疲労と、
ダメージと、
心でヨロヨロと虚ろに歩くしかなかった。

小さい事さえ思いかえってきた。
自分の信念のために倒した敵。
彼らは本当に悪だったのか?
彼らは彼らなりの正義があったのか?
何人殺した?
自分が"ヒーロー"などという信念を持ったという理由だけで。

だが足は進む。
最後の意地で。
ただ否定はしたくない。
できない。
ヒーローだから。
進む。
間違った事はしてないはずだ。

そう・・・・
信じたかった。

「大丈夫か・・・チェチェ・・・」

胸倉に入れていたチェチェも虫の息だった。
やはりスモーガスとの戦いはチェチェには厳しかったのだろう。
だが、
それは自分自身に慰めているようにも感じた。

「・・・・・いや・・・・止まれないさ・・・オイラはヒーローだから・・・・」

歪む心。
だが進む。
目がうつろ。
歩いているのが不思議だった。
体も。
心も。
限界だった。

                             なんだこれは・・・

チェスターが歩く。
その道。
・・・。
異様な光景だった。
デムピアスが言ってやっと気付いた。

・・・・・。
死体が転がっている。

「オイラがやったのか・・・・・・」

                             違う
                             チェスター
                             正気に戻れ
                             前を見ろ
                             それがお前なんだろう

廊下に死体がゴロゴロ転がっている。
なんだこれは。
なんで。
戦っているのは自分だけだ。
何故進む方向に死体が転がっている。
だが、
それも非現実的に見えた。
どうでもよかった。
思考が真っ直ぐにならない。
自分じゃない。

                             階段だチェスター

階段。
3階への。
・・・・。
死体が山積みになっていた。
だがどうでもいい。
戦う事は今あまりしたくなかった。
方向が分からない。
自分の戦う意味が・・・
それが分からなくなっているから。

「オイラは誰のために戦ってるんだ・・・」

分からない。
顔を見たことない人達のため。
それをどう確認する?
ただ勝手に自分が進んでいたけなのか?
スモーガスの言うとおりなのか?

階段。
進まなきゃ。
次に。
とりあえず・・・
進まなきゃ・・・・


「なんだ。ヘロヘロじゃねぇーか」            

声。
死体の山。
その横。
階段に座っている男。
44部隊。
間違いない。
誰だ。
44部隊の男。

                             なんだこの男
                             恐らく44部隊なのだろうが
                             何故死体の中にいる
                             この死体
                             あの男
                             仲間を殺したのか?

「なんで・・・」

少し口を震わしながら・・・
心をさらに揺らしながら・・・
そしてチェスターは倒れた。

「あーあ・・・しゃーねぇ敵だな」

その男は、
階段に座ったまま呆れた。
見たことがある。
当然で、
当然だ。

「なんで・・・」

チェスターは倒れたまま、
顔を横になったまま、
階段に座る・・
その男の名を・・・
よく知る・・・
屈強で・・・
馬鹿で・・・
だけど・・・・


なんで・・・・



「メッツ・・・・」



そこでチェスターは気を失った。


「はぁ・・・」

44部隊のその男は、
自慢のドレッドヘアーをボリボリとかき、
ため息をついた。

「ったく。敵になっても迷惑かける奴だなコラ」

そしてよっこらせと立ち上がり、
チェスターに歩みより、
メッツはチェスターをかついだ。

「なんでってよぉ。44部隊になったからだっての」














                 






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