「シャーク!!シャーーク!!!」

マリナが必死に鉄格子を揺らす。
壊れるんじゃないかというほど揺らし、
叫ぶ。

「・・・・・・・・」

虚ろな目を開く魔物。
奥の特別製の牢獄の部屋の中、
椅子に腰掛けて俯いている魔物。
足を固定されている。

「・・・・・・・・」

魔物は顔を上げ、
聞こえてきた声に反応し、
そして目を見開いた。

「ベイビー・・・」

そして飛び起きるように立ち上がり、
細長い両手を広げる。

「ベイビー!ベイビーじゃないかっ!」

シャークは両手を広げ、
マリナに近づこうとするが、
届かない。
牢屋の中のマリナへは手も届かない。
自分は自分で足首をガッチリ固定されていた。

「ベイビー・・・また会えたんだねぇ〜ぃ・・・あぁ・・・・なんだろうこの気持ちは・・・
 ハハッ、そうだねぇーぃ。喜びという名のサンダーボルトが駆け抜けるような・・・」

シャークは喜びを顔に出し、
そしてこう、
いても立ってもいられないといった様子で、
その場で細長い体をもじもじと動かし、
そして感情をぶつけるようにギターを弾くまねをした。


シャーク。
モンスターであり、
デムピアス案内人。
ルケシオンダンジョンの砂浜に住んでおり、
ある日生き倒れていたマリナを拾う。

モンスターでありながら、
2年ほどマリナと一緒に住み、
そしてマリナにギターを教えた本人でもある。
マリナのギターは彼のプレゼントだ。

「生きてたのねシャーク!!」

同じく嬉しそうな顔をするマリナ。
だが、
シャークはそのマリナの顔がやつれ、
みすぼらしくなっている事に気付き、
表情を急変させた。

「ピルゲンッ!!!」

それは魔物の様な顔・・・という表現はおかしいか。
魔物による怒りの表情。
ペイントされた顔が怒りで歪み、
ピルゲンに怒りの視線を送る。

「・・・・フッ・・・・なんでございましょう」

「ベイビーに何をしたっ!まるで迷える雨中の子犬のように弱ってるじゃないかっ!」

「さぁて・・・監禁しただけでございますが?」

「・・・・・・・・・あまり怒らせるんじゃないぜぇーぃ・・・・・・
 今の俺の心は幾多の光を飲み込むブラックホールのように煮えたぎってるぜぇーぃ・・・
 怒りのアースクエイクが地響きを立てて紅色の堪忍袋をブレイクアウトってなもんだぜぇーぃ・・・」

言っていることはわけが分からないが、
言いたい事はよく分かる。
単純に怒っている。
マリナをこんな目に合わせたという事を。

「予想通りの反応で嬉しい限りでございますよ。デムピアス案内人・・・殿。
 しかし貴方がデムピアスの行方をサラりと吐いてさえくれれば、
 この麗しい彼女がこんな目にあうことはなかったのでございます」

「!?」

シャークは表情が一変する。
顔をマリナの方へ向け、
その顔は哀しみに濡れていた。
魔物とは思えないか弱い無害な表情だった。

「ごめんよベイビー・・・俺のせいでこんな目にあってしまったんだねぇーぃ・・・
 今俺は後悔と悔しさのカクテルが零れて涙のスコールと化してるぜぇーぃ・・・
 でも雨の後には綺麗な青空。・・・・輝く笑顔のレインボーサイクロンを約束するよ」

マリナはただクシャクシャになりそうな顔で何度も頷いた。
そしてシャークは顔をピルゲンに戻す。
怒りの表情にまた一変する。

「デムピアスの行方は知らないと言ってるだぜーぃ」

「じゃぁ何故何度も脱走したのでございますか?」

「俺を出す気がないからだろっ!」

「それはそれはなるほど」

ピルゲンは可笑しそうにニヤりと笑う。

「だが、私はとにかくおしゃべりがしたいのです。
 これでも聞き上手だと褒められたりするのでございますよ?」

そしてふと突然、
マリナの頭上に黒い剣が現れた。
妖刀ホンアモリ。

「な・・・何?」

マリナは頭上に現れた剣に驚く。
そしてそれは自分を狙っている事も分かる。

「やめろ!!」

シャークが叫ぶが、
やはりピルゲンは可笑しそうに笑って返す。

「あなたのお話が聞きたいと言っているだけですが?デムピアス案内人殿」

最初からこれが狙い。
マリナを捕らえ、生かしておいたのはあくまで人質という意味だった。
シャークにデムピアスについて吐かせる。
そのためだけにマリナは一年間捕らえられ、
シャークの感情を逆撫でるために、
牢獄に突っ込んで弱らせた。

「くっ・・・知らないと言ってるんだ!」

「そうでございますか」

ピルゲンは妖刀ホンアモリを見る。
腕も何も動かさない。
それだけで
そしてホンアモリは勢いよく反動をつけ、
何一つ。
何一つの躊躇もなくマリナに・・・・。

「し、"潮の血"だっ!!!!」

妖刀ホンアモリはマリナの頭上。
ギリギリのところで止まった。

「フッ・・・・早くおっしゃればこう手荒なマネをしなくとも済んだのでございますが・・・」

クスクスとヒゲを揺らし笑うピルゲン。

「さぁ話しなさいデムピアス案内人。ジャッカル=ピッツバーグは死んだ。
 なら今デムピアスはどこにいる。潮の血。転生。全て話していただきたい」

シャークは悔しそうに顔に怒りを表す。
睨み、歯を食いしばりながら話す。
話を続ける。

「・・・・・・・デムピアスはルケシオンに生まれた潮の血を持つ者にしか取り付けない。
 逆に言えばルケシオンの生物であればどんな生物にも乗り移れる・・・・。
 やろうと思えば何度でも・・・しかしそれは効率的ではないんだねぇーぃ」

「ほぉ」

ピルゲンが妖刀ホンアモリを消す。
そこでシャークは安心を顔にし、
さらにしぶしぶと話の続きを話す。

「たしか最初にデムピアスが転生したのはピッツバーグ海賊団のモンスターだったぜぇーぃ・・・」

「ふむ。あの小娘でなく、ピッツバーグ海賊団のモンスターでございますか」

「・・・・・・・・・・だが最終的にはピッツバーグの血を求めるはずだぜぇーぃ。
 ピッツバーグの血にはデムピアスの血が流れているからねぇーぃ・・・
 デムピアスは昔の力を復元しようと思うなら・・・・ピッツバーグの血は欠かせない。
 ジャッカルが死んだのなら血の所有者はバンビ=ピッツバーグのみだぜぇーぃ・・・
 最終的にはバンビ=ピッツバーグの体を手に入れるだろうねぇーぃ・・・」

「なるほどなるほど。つまるとこ9割方確定でデムピアスはもうバンビの中・・・・・か。
 ピッツバーグ海賊団の魔物に転生しているならば、
 バンビに乗り移るチャンスもまた幾多にもあったでございましょうからね。
 そして力を取り戻すのをひたすら待ちながら・・・ただ時を待っている・・・・か・・・・・・・フフっ」

可笑しそうにヒゲを整えながら笑うピルゲン。
情報に満足したのだろう。
そして牢屋の奥を離れた。
こちらに背を向けてゆっくりと歩いていった。

「さぁ・・・貴方はもう用済みです。最後に好きなだけお話をするといいんじゃないでしょうか?
 再会という物は実に涙苦しい。不幸な結果が待っていると分かればなおさら」

ピルゲンは楽しそうにそういいながら、
牢屋の廊下をゆっくりと歩き去っていった。
暗闇の中へ。
闇に消えていった。

「くっ・・・・なめるんじゃないぜぇーぃピルゲン・・・・」

最奥の牢屋のドアは開いたままだった。
まぁシャークの足首は固定されたままだ。
密室でないだけで脱出は不可能だった。

「シャーク!!大丈夫シャーク!?」

だがそのお陰でマリナと会話はできる。

「あぁ・・・大丈夫だぜベイベー・・・」

そう言いながらも、
シャークは足首の固定金具を外そうと両手でいじった。
ひっぱったり叩いたり。
まぁ外れるものではなかった。

「クソッ・・・まるで悲しき飼い犬の首輪が撒きついた悲しみの所業だぜぇーぃ・・・」

「あの・・・」

ふと、
マリナと逆の牢獄から声。

「拙者が置いてけぼりをくってる感は否めないのだが」

イスカは取り残されたように言うが、
まぁ実際そうだった。
シャークはデムピアス案内人として
デムピアスの情報を吐かされるために捕まった。
マリナはそのための人質。
じゃぁイスカは?
イスカはマリナの保険。
「私の事なんていいから!」・・・・なんていう涙ぐるしい状況もありえる。
そのための"人質の人質"。
そう考えるとイスカ自体はそう重要でもないのだ。
だが
帝国がそこまでする時点でデムピアスの情報はそれだけ価値があるものという事。

「・・・・いや・・・・それはよいのだが・・・」

イスカがマリナとシャークを交互に見た後、
シャークを見て聞く。

「マ、マリナ殿とは一体どのような・・・・」

恐る恐る聞くイスカ。
いや、
聞く事は疑問でなく、ある種の恐怖。
マリナは一度クスりと笑い答える。
ハッキリ、確実に。

「まぁ大切な人かな」

「!?」

イスカはそれを聞くなり、
心臓にクギを打ち付けられたような気分になった。

「た・・・大切な・・・」

イスカは自分の牢屋の奥に、
負け犬のようにとぼとぼと歩んでツバを一回吐き捨てた。
そして消えそうな小声で言う。

「それは良かったですな・・・」

酷い荒れようだ。
黒い。
グレたようになっている。
いや、グレた。
グレ侍。
まぁ無理もない。
イスカにとってこの世で一番大事な事だ。

「ハハッ・・・まぁ俺とベイビーは切り離せない愛のファミリーロードみたいなもんだぜぇーぃ」

そうわけの分からない事を言いながら、
シャークは必死に足首の金具を外そうとしていた。
細長い両手が必死に動く。
外れるわけはないが・・・・

「ねぇシャーク。話したいことがいっぱいあるんだけど・・・
 あなたと別れるはめになってからの事いっぱい話したいの」

「わ・・・別れる!?」

誤解しているようだが、
イスカが最悪を想像するには十分な言葉だった。
その言葉にシャークは返す。

「ベイベー、今は先にここから出る事を考えるべきだぜぇーぃ。
 まずはこのチェーンロックハウスから君を無限の青空の下に導きたいんだ。
 ベイビーは女神なんだぜぇーぃ?輝くなら大空の下が一番なのさぁー。
 青の光の下のシャイニングフィールドでこそベイビーの良さがエレクトリックってねぇーぃ」

カチャカチャと、
そして必死に足首の金具を外そうとするシャーク。
ふざけたような、
それでいて真剣なような言葉。
ただ意思だけは確実で、
真面目で、
真剣。

「ふん。出るといったってどうするのだ」

イスカはふてくされたように言う。
シャークが気に食わないようだ。
・・・・・とても超個人的な理由で。

「そうよシャーク。でも話聞いてるとシャークって何回か脱獄してるの?」

「そうだぜベイベー。前は足首の骨を折って出たよ」

それを聞いてマリナとイスカは顔をしかめる。
自分で自分の足をポキッ。
痛そうな話だ。

「ハハッ、あの時はさすがに俺も涙という苦しさの海に溺れたぜぇーぃ。
 結局折れた足じゃそう長く逃走は出来なかったけどねぇーぃ。
 でも今回は食いこんでるからそれは無理みたいさぁー。
 ベイビーを守って逃げる事も考えるとその作戦もダメだしねぇーぃ」

その言葉に過剰に反応し、
イスカは睨むように言う。

「マリナ殿は拙者が守るから気にするな」

「お?頼もしいレディーだねぇーい。君は鋼鉄の鎧を着た騎士のような心だ。
 できる事なら名前を教えてくれないかい?アイアンハートベイビー」

「ふん・・・貴様に名乗る名などない」

普通に聞けばカッコイイセリフなのだが、
使う場所がおかしかった。
理由は個人的な嫉妬なだけ。
イスカはすねている。
答える様子はなかった。
代わりにマリナが話す。

「彼女はイスカよ。イスカ=シシドウ。私のギルド仲間でね、剣の達人なの
 凄く強いし何度も私を助けてくれた頼もしい仲間よ」

まぁマリナに紹介されると、
悪い気はしないのかモジモジと照れくさそうにする。
満面のニヤけ顔。
照れるのが似合わないイスカの照れは、
なんか気味が悪かった。
すねたりニヤけたり忙しいものだ。

「ソードマン・・・いや、ソードウーマンか。それはカッコイイねぇーぃ。
 白く透き通る刀身で放つはフラッシュファイティングのカーニバル!
 チェリーブロッサムが咲き誇る血しぶきのサムライダンシングだねぇーぃ!」

マリナには伝わっているようだが、
シャークのその言葉にイスカは頭をひねるばかりだった。

「・・・・・いちいちお主の言葉が通じんのだ。理解しがたい・・・
 だがその口調は剣道を馬鹿にしているようにも聞こえるぞ」

シャークが言うからではなく、
剣の道を愚弄される事もイスカにとっては我慢ならない。

「馬鹿にしてないさー。それは誤解という名のシンドロームさぁーソードウーマン。
 ベイビーは剣を好きで使ってるわけじゃないのも分かってるぜぇーぃ。
 殺したくて剣を持ち、ブラッドバスの大バーゲン。ベイビーはそんな事をしたいわけじゃない。
 サムライレディーはベイビー守るための道具としてそれを持ってるって事だねぇーぃ」

シャークは金具をいじりながら、
さらりと言った。
それは正しく。
そしてシャークの言葉は薄っぺらなようで確実に意味をなしてるという事も分かった。

「ベイビー。ベイビーはいい友達を手に入れたねぇーぃ」

「アハハ、そうね」
「・・・・・・ふん」

まぁそれでもイスカはシャークが気に入らなかった。
マリナと仲がいいシャークを。
単純な嫉妬と焼きもち。
そして・・・・
"自分の知らないマリナを知っている"
それが一番悔しかったのかもしれない。

「で、どうやって出るの?」

マリナがそう聞くと、
シャークは金具から手を離し、
細長い両手を広げた。

「その問題はまるで異次元を彷徨うラビリンスのような問題さぁー」

「結局策は無しということだろう」
「でも何回も脱出してるんでしょ?他になんか策はないの?」

「そうだねぇーぃ・・・他には共犯を作って出るってのもやったねぇーぃ」

「む?」
「共犯?」

それはなかなか興味深い話だった。
自分たちで脱出できないなら助けを使う。
至極簡単で可能性のある話だ。
牢獄とは中の者だけを縛り付けておく場所なのだから。

「どゆことどゆこと?協力し合って出たって事よね?」

「そー。最初の時は王国騎士団の身内の知り合いにコッソリ脱出させてもらったよぉー。
 けど結局その知り合いの行いがバレて殺されちゃったんだぜぇーぃ。
 だから俺はその作戦はもう一度やりたくないねぇーぃ。
 今思い出しても後悔がハラワタのギャラクシーをエスカレーションさぁー」

好意で手助けしてくれた者が死ぬ。
たしかにそれは気分のいいものではない。

「・・・・・拙者から言わせてもらえばそんな事はどうでもいい。
 マリナ殿を連れて脱出する。それ以外は全て二の次だ」
「ちょっとイスカ・・・・」
「本当だ。それ以外の犠牲は厭わない」

「なるほどねぇーぃ。本当にソードのように真っ直ぐなサムライハートをお持ちだねぇーぃ。
 でも残念ながら今更こんな俺に手を貸してくれるような奴はいないぜぇーぃ」

と言いながら、
シャークは少し考えるそぶりを見せた。

「それいえば囚人仲間と脱出したこともあったけどねぇーぃ。
 その時のレディーもこの牢屋の中にいると思うけど・・・・・」

シャークは牢屋を見渡す。
一番奥の突き当たりの牢屋にいるため、
長い長い牢屋の廊下を見晴らせる。
だがまぁ・・・
どこの牢屋にいたところで、
そしてどうやったって手助けは出来ないだろう。

「あとは自力で牢獄ごと壊して出た事もあるよぉー」

「え?って事は牢屋破り!?この牢屋壊せるの!!凄いじゃない!
 このマリナさんだって料理してやろうにも手も足も出なかったのに!」

マリナが嬉しそうに鉄格子を掴みながらシャークを見る。
その眼差し。
さすがシャーク。
そう言いたげで、
頼りにしていて、
それでいてイスカが舌打ちするには十分な輝かしい眼差しだった。

「・・・・・無理と思うぞマリナ殿」
「えぇー?なんでよー」
「出来ればとっくにしてるさ。それにそこのシャークは今は足首さえ1mmも動かせぬのだから」

そう言われ、
その通りと言わんばかりにシャークはまた困ったように両手を広げた。
マリナはむぅと口を尖らせ、
納得した。

「そっか・・・でもその時はどうやって壊したの?斧とかでガシャーン!!は無理よねぇ・・・
 じゃぁこう・・・小説とかみたいにスプーンでガリガリ削って出たとか?
 あ、口とかお尻の中になんか隠してるんでしょ!私もなんか入ってないかなぁー」

マリナはそう言ったが、入っているはずがない。
ケツと口をポケット代わりにしてる者がいるなら見てみたいものだ。

「NONO♪ベイビー、それは誤解という名の暁のシンファシーさぁー」

シャークは細長い指を振る。

「ベイビー。忘れたかい?俺はミュージシャンなんだぜぇーぃ?」

シャークはおもむろに、
両手でギターを持つような格好をし、
そしてギャィーンとかき鳴らした。
もちろんエアギターなので音はないが、
その行動だけで音は響き渡るようにも見えた。

「俺のバードノイズならどんなものでも感動に震えるエクスタシーだぜぇーぃ!
 その日は頼んでギターを牢獄に入れてもらったのさぁー。
 まぁその前歴のお陰で今はそんなことさせてもらえないけどねぇーぃ」

また苦笑いをし、
困ったように細長い両手を広げる。
つまるところ、
その肝心のギターがなくてどうしようもないのだ。
また行き止まり。

「・・・・・・・とにかくノイズだけでも出せればどうにかするんだけどねぇーぃ。
 いや、言うならば弦だけでもいいんだけどねぇーぃ。
 音楽は無敵。音さえさえあればなんだってできるんだぜぇーぃ。
 音さえ出せればどこでもそこはライブハウス!感動のミュージックワールドさぁー!」

そう言いながらシャークは風呂敷を広げるように
両手を大きく広げた。
細く、長い長い腕が天井に付きそうなほど広がる。

「・・・・・・・・」

マリナがふと考えるような仕草を見せた。
考えるような?
いや、むしろ迷っているかのような。
だが、
それは長くは続かず、

「ねぇシャーク。弦さえあればいいのよね?」

と意見となってシャークに飛ばされた。

「・・・・・?・・・まぁそうだねぇーぃ」

「ふーん・・・」

マリナはまた考えるような仕草をする。
自分の髪をかきあげるような撫でるような仕草。
そして、

「ッッ!!!」

小さな小さな音。
聞こえるか聞こえないか。
そんな音が聞こえた。

「たーーーーーっ!!!たたっ!いたたた!予想外の痛みだわ!こんな痛いと思わなかった・・・」

「ベ・・ベイビー!」
「マリナ殿!」

マリナは頭を撫でながら、
片目に涙を零しながら、
片手を鉄格子から伸ばしてその上のものを見せた。
数本のブロンドの髪。

「あーん・・・たた・・・・作り話とかだと全然痛くなさそうに抜いてるから安易に考えてたわ・・・
 こりゃ痛いわ・・・まだ毛穴のとこに針でも刺されてるような冷たい感触・・・・・
 あ・・後頭部だとあんまり痛くないんだっけ・・・まぁ痛いのは人より健康な証拠よね。
 っていうか毎日髪の毛大事にしてたのがこんな時だけあだになっちゃうなんて皮肉だわ」

そして牢屋ごしにシャークに自分のブロンドの髪を渡した。
シャークは焦りながら伸ばした両手を合わせてそれを受け取った。

「ベ、ベイビー・・・」

両手の上に大事そうにブロンドの髪を乗せたまま、
シャークはマリナを見た。
マリナはピースをしながら笑顔で返した。

「髪の毛って硬いのよぉー?とくに女の髪はね♪
 10〜15トンくらいの重さなら切れずに耐えられるっていうしね。
 女の髪は超固くてしなやかで伸びもいいから弦にできると思うの。
 それもマリナさん特製毎日ケア済み最強ヘアよ!シャークなら十分弦代わりにできるわ」

そしてマリナは自分の髪をワシャワシャとかきなでる。
牢獄に入れられて数日、
風呂にも入れてもらえなかったため痛んでいる。
自慢の髪に対するちょっとした皮肉だ。

「髪は女の武器で女の命ってねぇ」

洗ってなくて痛んでしまった髪を、
マリナは悔しそうに梳いた。

「ベイビー!命を託してくれたんだね!」

「ちょ・・・そんな大層なもんでもないけどさ・・・髪抜いただけよ・・・」

「大丈夫だぜぇーぃ。それだけでも俺には力になるさぁー。
 心躍る命の鼓動!それは揺らめくヴィーナスライフパワーだぜぇーぃ!」

そう言い、
シャークはマリナの髪を一本づつくくりつけていく。
足を固定する金具と、
椅子の足に。

「ぶっつけで渡してみたけど・・・実際できる?」

「できるって言ったのはベイビーだぜーぃ?」

シャークは嬉しそうに髪の毛をくくりつけていく。
髪の毛というのは結びにくいが、
案外簡単にくくりつけていった。
力強く、そして切れないように。
細く強靭な髪をそうやって結び付けているため、
シャークの指には細い痕ができていた。
だが、普段ギターをかき鳴らし固くなった指に痛みはないようだった。

「こう・・かな。いや、こうだぜぇーぃ」

結びつけた後も微調整。
チューニング。
即興のギター。
いや、ギターというより琴に近いか。
髪の毛の弦は、
足首の金具と椅子を少しねじるように繋ぎあった。

「チューニングは化粧みたいなもんなんだぜぇーぃ。そして俺はその化粧名人。
 女神がもしエレクトリックなギターなら、俺は最高のヴィーナスにしてやれる」

6弦を調整。
長さ。
張り。
それらを細かく調整する。
一度シャークは弦をひっかいてみたが、
うまく音は鳴らなかった。
まぁなんといってもただの髪の毛なのだからだ。
だが、
髪の毛自体をねじったり、
二重にしたりと、
見たこともないチューニング。
ともかく音を出させるためだけのフィーリングだけのチューニング。
何度も弦をひっかいてみる。
そういったものの繰り返しが数分過ぎると、

「出来たぜぇーぃ」

椅子に体重をかけ、
さらに足首を固定されているシャークは、
なんとも表現しにくい奇怪な格好でそう言った。

「・・・・・・出来たのか?」
「出来たの?」

「出来たさぁー。海から神が生まれたように髪から音の海が完成だぜぇーぃ!」

「それで演奏できるの?そうは見えないけど」

「音は出る・・・って言ったほうがいいかもねぇーぃ。
 だけどそれが奇怪で不協和音でも、それで音楽は作れるんだぜぇーぃ。
 どんな音でも音を楽しむと書いて音楽。ミュージックはインフィニティフィールドさぁー!」

そしてシャークは髪の毛に、
弦に指を這わせる。

「あ、さすがにこの音は不快にしか感じないかもしれないから耳塞いでてねぇーぃ。
 大きな音は出たりしないけどねぇーぃ。念のためってやつだねぇーぃ」

音を楽しむと書いて音楽じゃなかったのかと、
実際そんなものでほんとに音が出るのかと、
マリナとイスカは半信半疑のまま耳を塞いだ。
いや、
耳を塞いだのはマリナだけで、
イスカは逆らうように腕を組んで地面に座った。
まだ認めたりしないといった様子だった。

「いくぜぇーぃ!」

シャークはそう言い・・・
思いっきり腕を振った。
女神の弦をひっかいた。
6弦すべてを指でひっかき、
細長い腕は振り切られた。

「音の波のエレクトリックサンダーロードだぜぇーぃ!!!」

「うわっ!」
「・・・・・・ぐっ」

やはり髪で作った弦。
それは良い音とはほど遠かった。
鈍く、
それでいてガラスを刹那だけひっかいたような。
伸びもなく、
一瞬の不快音。

「小さい音だったけど耳塞いでても聞こえたわ・・・」
「・・・・・」

イスカは耳を塞がず腕を組んでいたため、
結構耳に痛みのようなものが響いた。

「ちゃんと今の音でバードノイズになっ・・・・・」

マリナが言っている途中。
さらにもう一度不快音。
いや、
さらにもう一度。
まるでかき鳴らすように。
シャークは夢中だった。
限りなく最低に近い音だったが、
それでもシャークは音に酔いしれ、
音を楽しんでいた。

「まるで小さな命の鼓動のように貧弱な振動和音!
 だけど折り重なれば命の強さのようなノイズのビッグウェーブだぜぇーぃ!!!」

何度も何度も響く。
小さく、
それでいて重低で、
不協で、
雑音に近く、
不快で、
それでいて音であるもの。

「・・・・・・」

イスカはとうとう耳を塞いだ。
腕を組んでいられなくなった。
なんというか・・・
気分の悪い音だ。
まぁバードノイズなのだから気分がよくなるわけはない。
それでも、
その中でも最悪の音。
即興の楽器による陳腐な音。
音はもう・・・
なんと感じたらいいか・・・
だが今の自分の感覚を表現するなら、
アルミ箔を歯で何度も噛んでいるような・・・・

「・・・・・・・」
「ふぅ・・・・・」

音がやんだ。
なんとなく目まで瞑ってしまったが、
その目を開き、
耳も開く。
そしてイスカとマリナがシャークの牢獄を見ると、

「やったぜベイベー」

シャークは爽快な笑顔で、ボロボロになった金具を持っていた。
足首についてたはずの金具から千切れた髪の毛が垂れ、
椅子の足の方も崩れていた。

「やったわねシャーク!!!」

マリナが手を合わせて喜ぶ。
シャークは嬉しそうにギターをかき鳴らすマネをした。
もちろんエアギターで音は鳴らない。

「結果はよかったが・・・拙者らの檻はどう開ける」

イスカが言う。
シャークの手の金具の破片。
いや、もう切れてしまった髪の毛を見ながら。
またバードノイズのためにマリナの髪の抜くのか?といった質問。
その場合は手入れも何もないが、自分の髪を・・・と。

「そんな問題はまるで地平線の向こうまで続くストレートレールみたいな問題さ」

シャークはマリナの檻の前まで歩き、鍵穴を覗き込む。
そして、
金具の小さな破片や、
そこら辺の石やコンクリートの破片を数個集め、
鍵穴に押し込んでいく。
破片を鍵穴に詰め込んでいく。

「閉じ込められてなんていられない!ヒューマンフリーな世界の解放だぜぇーぃ!!!」

そしてその鍵穴ごと錠前を思いっきり蹴飛ばした。
蹴飛ばすと、
鍵穴の中で破片達が折り重なり合い、
ガリギギ・・
ギャ!
みたいないろんな変な音楽が奏でられながら、
鍵の開く音も同時に聞こえた。
そしてキィ・・・と牢屋の扉も開いた。

「ベイベー!!ロックスターにキーロックなんてぇ無駄ってもんだぜぇーぃ♪」

シャークはそう言って両手を広げた。
細長い両腕。
何度もそうやっていたが、
いざ牢屋の目の前でそうやっていると、
その体がやはり魔物のものだと再確認できる。
細長い体。
身長は2m近くあるんじゃないだろうか。

「シャーク!!」

両手を広げたシャークに、
マリナは体ごと飛び込む。
抱きつく。

「おっと・・・・」

「シャーク・・・今頃だけど・・・本当に生きててよかった・・・」

マリナはシャークの体に身を投げ出し、
そしてシャークの胸の中でそう言った。
胸に顔を押し当て、
その中で今更ながら涙がこぼれているのが声から分かる。

「ベイビー泣かないでおくれ。ベイビーの涙という名の小さな海をそっと胸にしまっておくれ。
 哀しみじゃない涙は美しすぎて、こんな俺にはまぶしくて強力すぎるんだ」

そう言ってシャークは細長い腕でマリナを抱きしめた。
その背後で、
ガゴン!ガゴン!という鉄格子の音が鳴り響く。

「おのれっ!!はなれろ!はなれろー!こっちも早くあけろー!!早く離れろー!」

鬼のような形相でイスカが言っている。
鉄格子を自力で壊してしまいそうなほどに打ちつけ、
叫ぶ。
檻の中のイカれたゴリラのようだ。
まぁそんな姿を見せられていては黙っていられない。
この世で一番許せない事が目の前でおきているのだから。

「分かってるぜぇーいサムライウーマン」

シャークはマリナの頭を一度撫でてマリナを離し、
イスカの牢屋のカギもあける。
先ほどと同じ要領で破片を鍵穴に詰める。
今度は一度の蹴りじゃ開かず、
三度目の蹴りでやっと開いた。

「・・・・・」

礼も言わず、
イスカは牢屋を出るなりシャークをどかし、
間に割り込むようにしてマリナの側に近寄る。

「せ、拙者がいれば安心だぞマリナ殿。拙者が守るから・・・・」
「・・・・・・」

挽回しようとイスカは言ってみたが、
まぁなんとも・・・
負け犬な感じだ。
実際イスカは助けに来たわけでもなく、
結果的には捕まって助けられただけである。
しかも剣がなければなんというか・・・

「頼りにしてるぜぇーぃサムライガール」

「お、お主などどうでもいいのだ!」

シャークは困ったように両手を広げた。
そしてその頃に周りが騒がしくなる。

「オレ達も出せー!!」
「出しやがれー!!」

まぁ夢中で忘れていたが他の檻にも人は捕まっているのだ。
マリナ達だけが脱出したのを見て黙っちゃいない。
皆が鉄格子のところまで乗り出し、
出せ出せと叫んでいる。

「どうする?シャーク」

マリナはシャークに聞いたが、
マリナがシャークを頼りにしてると焦り、
慌ててイスカは先に答えた。

「せ、拙者は出さぬ方がいいと思う!マリナ殿の救出が最優先!
 他の者を出したところでデメリットはあれどメリットはない!」

「いや、出そう」

そう言ってシャークは近い牢屋から順に牢屋の錠前を破壊していった。
破壊すると牢屋の中の者は喜んで飛び出し、
そしてシャークから言葉を聞くと、
その囚人も他の牢屋の錠前壊しを始めた。
そうやってネズミ算式に扉は開けられていく。

「おい偏屈モンスター・・・・・何か理由があってのことだろうな」
「そりゃそーよ。シャークの考えだもん」

マリナの言葉に、
イスカはまた違う方を向いて舌打ちをした。
なんというかシャークが現れてからずっとこんな感じだ。
やさグレている。
イスカらしくもないが、
理由を考えればイスカらしくもある。

「牢屋から出たからって脱獄成功ってわけじゃないんだぜぇーぃ」

シャークは牢屋崩しを囚人達に任せ、
マリナ達にそう言った。

「この先は"ギルドダンジョン"。このルアス城の地下に眠る迷宮なんだねぇーぃ」

「・・・・そうなの?」
「確かに拙者を連れてきた者もそう言っておった」

「アスク帝国時代から残る地下迷宮。トラップもあれば少量のモンスターもいる。
 そして迷路のようにもなっていて暗くもあり、道も分かりにくいんだぜぇーぃ」

「なるほどね・・・本番はこっからってことね」
「だが他の囚人を解放したのは何故だ。足手まといになるのではないか?」

「サムライガールのベイビー優先案は確かに俺も賛同するぜぇーぃ。
 だからまぁ・・・悪いけど彼らは囮に近い形だねぇーぃ」

「なるほど。先に行かして危ない道を調べさせる・・・か」

納得した。
まぁ一般人が考えれば残酷な作戦だ。
だが一生ここで暮らし、
死を待つかどうかを考えれば、
訳を説明したところで囚人たちは脱出を試みるだろう。
結果論で、悪意は関係ない。

「さすが魔物だな」

そしてイスカの言葉には皮肉と悪意と嫉妬心があったが、

「サムライレディー。それじゃぁ魔物が悪口みたいじゃないかぁーぃ?」

それは簡単に流された。
まぁ敵対している人間から見れば魔物は悪者だが、
あくまで種族の一つに過ぎないのだからシャークは気にする部分はなかった。

そうしてる間に、
ほとんどの牢屋は開け放たれ、
囚人たちはギルドダンジョンへと進んでいっていた。
そして遠くで悲鳴も聞こえ出した。

「やっぱり一筋縄ではいかないみたいね・・・」

「いや、一番怖いのはギルドダンジョンじゃぁないんだぜぇーぃ」

「・・・・・・ぬ?」
「どういうこと?シャーク」

「ましてやモンスターでもトラップでもない。ここがルアス城であるってことだぜぇーぃ」

そう。
言われてみればそうなのだ。
地下であるだけで・・・・・・ここは敵の本拠地なのだ。
恐怖はそこにある。
今マリナ達は敵の本拠地の真っ只中にいるのだ。

「さらにいえば・・・・・俺達が脱出した事自体が恐怖・・・っていうべきだねぇーぃ」

シャークは意味ありげに、
神妙な顔つきでいう。

「俺にはあのピルゲンがわざと逃がしたようにも思えるんだぜぇーぃ」

「わざと?」

「足首を固定されてたとはいえ、わざわざ扉を開け放って出て行ったからねぇ。
 用済みだからといってそれは少し無用心すぎると思わないかぁーぃ?」

その通りだ。
最後のお別れでも・・・・・と言っていたが、
そんな情深い人間にも思えない。

「理由は一つかな。奴は俺の中にデムピアスが入ってると思ってるんだぜぇーぃ」

「え?」
「シャークの中に?」

「そう。俺は本当の事を吐いたけど、まだ疑ってるんだろうねぇーぃ。
 だからわざと逃げれる道を用意したって事だぜぇーぃ。
 言い換えれば戦闘を起こすきっかけを作ったわけなんだねぇーぃ。
 ・・・・・・・・・デムピアスの力を炙り出すために・・・・かねぇ。
 奴の心は沼のように黒いブラックホールのバッドナイトイリュージョンだぜぇーぃ」

つまり脱出自体が罠かもしれないという事。
獄中で勝っても意味のない死刑のような近い形で戦わせるより、
生還のために戦わせる方がグンとデムピアスとしての本性を出すキッカケになるだろう。
つまるところ・・・・
危険を設置してある可能性が馬鹿のように高い。
だが、
逆にいえば罠だろうがなんだろうが逃げる可能性は出来たわけだ。

そうこうしている間もなく、
すでに牢獄自体にはほとんど人がいなくなっていた。
ギルドダンジョン。
地下迷宮へと皆飛び込んでいったのだ。

「行こう」

イスカはこんな時だけでもかっこつけるために、
先陣をきって言った。
もうイスカの頭の中はマリナにいい格好を見せることでいっぱいだ。
そしてシャークよりこちらに目を向けさせようと・・・
愛とは怖いものである。

そして牢屋の長い廊下は歩き、
ギルドダンジョンの入り口まで差し掛かったところ。


「また手助けしてやろうか?シャーク」

出口横の牢屋の中で、
壁にもたれかかっている女性が言った。

「やっぱりいたかいベイビー」

「皮肉に聞こえるな」

その女性はふと笑い、
牢屋の壁から背を放し、
牢屋から出てきた。

「紹介するよベイビー」

シャークはマリナとイスカの方を向き、
細長い右手はその女性の方へ向ける。

「以前脱獄に手を貸してくれた腐れ縁のレディー。『箱入り娘(スウィートボックス)』だぜぇーぃ」

「はじめまして」

女性はキザに指で挨拶した。

「『箱入り娘(スウィートボックス)』?」
「名前は?」

「名前はない。もの心がついた頃にはもう牢獄の生活でね」

「スウィートボックスは生涯を牢屋ばかりで暮らしている脱獄の名人さ。手助けしてくれるぜぇーぃ」
「脱獄の名人・・・牢獄破り屋ということか」
「それは頼りになるわね」

「フッ、私が破った牢獄はざっと15にも及ぶからね。これで16。記録更新さ」

スウィートボックスはキザったらしくそう言った。
そしてマリナがさらっと言った。

「それって16回も捕まったって事?」

痛いところをつかれたように、
スウィートボックスは顔をしかめた。
まぁつまるところ、
脱出したらしたでまた捕まっているのだ。
それって凄いのか?

「いいからいくぞ」

スウィートボックスは偉そうに言った。
まぁあまり追求して欲しくないようだ。

とちあえずダンジョンへと出た。
暗く、
ロウソクだけで照らされる地下の道。
いきなり二手に分かれいてた。

「牢獄の位置が以前と変わっているようだな。面倒だ。
 いきなりだが、お前らの場合こういう時どうやって道を選ぶ」

脱獄名人スウィートボックスは偉そうにそう言った。

「えぇっと・・・・」

マリナは脳を使って思い出す。

「たしか迷路ってのは左か右の壁をずっと伝っていけば出れるんじゃなかったっけ?」

「そこが素人の考えだな」

偉そうにキザに『箱入り娘(スウィートボックス)』はそう言った。
マリナのイスカは頭にピキッっときた。

「そういうのはスタートとゴールが端にあるオモチャの迷路だけの考えだ。
 ここが地下の真ん中だったらどうする?想像してみろ。
 ずっと同じところをぐるぐる回る可能性があるだろう?」

まぁその通りだ。
灯台から降りてきて、
灯台の周りをぐるぐる壁伝いに歩くようなものだ。

「そしてゴールの階段が端にあるとも限らない」

壁伝いで出れる迷路というのは、
紙上の迷路でとかでしかない。
それに左か右の壁沿いに進んでトラップがあったらどうすんだよって話だ。

「じゃぁどうするの?」

「ん?」

スウィートボックスは少し考え、
そして左の道を歩き出した。

「勘だ」

「「「・・・・・・・・」」」

まぁ・・・・
そうするしかないのは分かるが・・・・
偉そうな事を言われたからには少しむかつく答えだ。

スウィートボックスを先頭に、
4人は地下の迷宮を歩く。
後ろにマリナとイスカ。
一際背の高いシャークが最後尾に歩くような形。

何度か道を曲がる。
先頭のスウィートボックスの独断でどんどんと進んでいく。
何を考えて道を選んでいるのか不思議だった。
まぁだが今のところ順調だ。

「ぬ?」

ふとイスカが何かを感じた。

「どうしたんだぁーぃ?ソードウーマン」
「風だ・・・」
「風?」
「うむ」

イスカは耳を澄まし、
感覚を研ぎ澄ました。
イスカはこういう5感に優れている。

「向こうの道からわずかに風を感じる。
 ここは地下なのだから風を感じるという事は出口に通じてるのではないか?」
「地下だからこそ通風孔ってことはないかぁーぃ?」
「通風孔も外に通じているのなら出口だ」
「じゃぁそっちに辿っていけば!」

「それが素人の考えだな」

スウィートボックスの偉そうな言葉。
脱獄名人の偉そうなつっこみ。
というか偉そうな態度。
「これだから甘ちゃんは・・・」と馬鹿にした態度。
マリナとイスカはまたちょっと機嫌が・・・・
だがスウィートボックスは自慢げに話し出す。

「通風孔。たしかにポピュラーな脱出口だろうよ。
 だけど小説のように人一人分楽々と通れる道とは限らない。
 いや、設計したからにはそうなってる可能性も高いが、
 そこの人一倍背の高い魔物さんがそこを通れる保障はないな」

スウィートボックスが視線を送る。
シャークを見た。
細いとはいえ人一倍大きな体。
たしかにその通りだ。

「そしてネズミならともかく、このギルドダンジョンではモンスターに会う可能性もある。
 そんな身動きの取れない道が小ぶりな魔物の巣だったらおじゃんだ」

彼女のいう事は偉そうでうざいが、
言っている事は的を得ていた。
脱出のプロというのは伊達ではないのかもしれない。

「普通に風が出口から吹いている可能性だってあるのではないか?」
「そうよ!普通に考えて勘で進むよりは可能性はあるわ!」

マリナとイスカの意見に、
脱獄名人スウィートボックスは偉そうにフフンと笑う。

「風を感じる道。つまりそれは出口までの一番の近道。そんなところが一番危ない。
 私が敵側ならそういう場所にトラップをしかけるがな。まさにカモだ」

その通りだ。
脱出させないためのトラップであるなら、
脱出できる道が危ないのは至極当然。
ただ、
彼女スウィートボックスの意見は所々むかついた。
正しいからこそむかつく・・・。

「・・・・ん?」

何か気配。
そう思うと、
横からモンスターが飛び掛ってきていた。

「なっ!」
「きゃっ!!」

不意打ち。
暗闇の洞窟内での遭遇。
アズモというモンスター。

「魔物か!」

イスカは鞘に手を添え、剣を抜く。
受けよ我が剣技!
イスカは剣をもつ手を振り切る。
・・・・。

「あ・・・あれ・・・」

・・・・。
だが振り切った手には剣はない。
状態だけ見ると、
イスカはカッコよくジャンケンでグーを出した格好だった。

そこでやっと・・・
鞘も剣もない事に気付いた。
イスカは体中のいたるところを探す。
だが剣などあるはずがなかった。

「マリナさんをなめんなよ!!!」

そうこうしてる間に、
守るはずのマリナが飛び出していって、
アズモを殴りつけた。
もう原始的な攻撃だ。
殴ったと思うと、
そのままアズモを何度も何度も殴りつける。
女性の戦いとは思えない。
ぼっこぼこ。

「ははん♪女だからって見くびらないでね。
 このマリナさんを襲おうって言うなら鏡見てから出直してらっしゃい♪」

マリナは手をパンパンと払う。
目の前にはアズモが転がっていた。
素手でも瞬殺。
怖い女性である。

「・・・・・あれ?」

マリナの視線がイスカにとまる。
守る守ると言っていたのにこの結果。
イスカは目を背けたかったが、
マリナの視線はイスカではなくその後ろ。
シャーク。
いやさらにその後ろ。
スウィートボックスだった。
彼女はシャークの後ろの一瞬で隠れていた。

「・・・・・・・何してんの・・・」

「・・・・・・・みくびるなよ。私は脱出のプロであって戦闘のプロではない」

シャークの後ろに隠れて偉そうに言うスウィートボックス。
マリナとイスカはもう呆れるしかなかった。
頼りになるのかならないのか。
いや、イスカも同じようなものだったが・・・

「んで穴倉娘・・・」

「箱入り娘(スウィートボックス)だ!」

「・・・・スウィートボックス。次はどちらにゆけばよいのだ」

そこは交差点。
地下の十字路。
次に進める方向は3方向。
暗い地下に、進むべき道は3つ。
いける道は1つ。

「うわ・・・」

左の道。
そこには・・・・死体が3つあった。
かみ殺されたような跡。
モンスターに襲われたのだろう。
全員丸腰なのだから、
囚人の中にはモンスターに戦闘で負けるものは少なくない。

「こちらなら安全じゃないか?」

まっすぐの道。
そこはなんの変哲もない道。
そのまままだ暗い道が続いている。

「いや・・・こっちだ」

スウィートボックスが指し示した道は右の道だった。

「こっちって・・・」
「一番危ないんじゃないの?」

右の道。
そこにも・・・死体があった。
1つ。
それは穴だらけだった。
右の道のかべをよく見ると、
そこには小さな穴が無数にある。
つまるところ、
ありがちな罠。
壁から槍が突き出してくるトラップだろう。
だが彼女が示したのは右の道。

「ベイビー。こんな道通る奴はいないと思うぜぇーぃ?
 キツネもライオンの後ろでさえ首をふるデンジャラスロードだぜぇーぃ」
「だからこそだ」

スウィートボックスは、
右の道の前で片膝を付き、
地面を調べる。

「この地面を踏むと壁から槍が突き出してくるんだろう。
 気付かなければ一環の終わりだが・・・気付けばそれだけだ」

「でもその道を選ぶ理由は?」

「お前らがこの道を選ばなかった事にある」

スウィートボックスは偉そうにそう言った。

「つまり、ここに罠があるから行くんだよ。
 仕掛けた方も罠があるところにもう一つ罠を仕掛けるか?
 言うならばここは一つの行き止まりなんだ。そこに罠は仕掛けない。
 罠があるっていうことは、その先の道は最高に安全なんだよ」

さて、
やはりこういう意見だけは関心する。
脱獄のプロ『箱入り娘(スウィートボックス)』
彼女の脱獄術は、
確かに伊達ではないかもしれない。

「君子危うきに近寄らず。それは安全な所にいるやつのセリフさ。
 脱獄ってのは言うならば思考の読み合い。それに勝利した者が・・・」

スウィートボックスはひょぃっとジャンプする。
槍のトラップを飛び越え、
その先に着地し、
振り向いて格好をつける。

「真の自由を得るさ!」

キザなセリフを言った瞬間。
ドゴンッ!という音と共に

彼女の姿は消えた。

地面が開いて落ちていったのだ。
落とし穴。
また古典的な・・・・

「「「・・・・・・」」」

マリナとイスカとシャークは、
遠目でスウィートボックスが落ちていった穴を眺めた。

「えぇーと・・・死んじゃった?」
「いや・・・あぁいうギャグタイプは死なないというのがポピュラーだと思うが・・・」
「まぁどっちでもいいわ・・・もう会うことなさそうだし・・・」

本当になんだったんだろうか。
まぁ脱獄のプロで、
捕まるのもプロだ。
ある種新種の馬鹿だったんだろうという結論に至った。
ともかく、
彼女が好き勝手選んで進んだ道の途中で、
マリナ達は放置される結果になった。

「どうするんだぁーぃ?俺らだけで脱出するしかないみたいだけどねぇーぃ。
 この暗闇地下のラビリンスで子羊のように迷えるバガボンドライフかい?」
「まぁ彼女の言う事は実際は教訓になったわ。思考を巡らす事は重要ね。
 そして"君子危うきに近寄らず"・・・・私たちは逆にこれを重視しましょ」

危険なんてないほうがいい。
そう3人は頷き、
ただ問題なさそうな真っ直ぐの道を進んだ。
教訓を反面教師のように教えてくれただけ、
彼女は脱獄に役立ったと思う。


壁のロウソクだけが頼り。
湿った薄暗い地下の道。
何度かモンスターに遭遇した。
素手というのはつらかったが、
まぁ危なくなるほどのものでもなかった。
そうたいした魔物がいるわけでもないらしい。

進むにつれ、
幾多の死体を見た。
囚人たちの。
また、大昔のものもある。
死因はトラップだったり、魔物だったり。
それすらも分からない死体もある。

「む」

イスカはまた立ち止まった。

「どうしたの?また風?」
「いや、」

イスカはキョロキョロと周りを見渡す。
そして言う。

「分かるぞこの道」

イスカが言った言葉。
それにマリナは驚いた。

「え!?」
「本当かいサムライウーマン?」
「嗚呼。拙者はもとより脱獄を考慮していたからな。
 牢獄にくるまでの道も出来るだけ記憶に留めておこうと努力した」

そしてイスカは一度頷いた。

「最初はスウィートボックスが選んで道を進んでいたからあやふやだったが、
 ここなら分かる。記憶にある。ここからなら道が分かるぞ」

牢獄につれてこられた道。
もちろんそれが帰り道でも安全とは限らないが、
少なくとも出口に通じているのは間違いなかった。

「イスカやるじゃないっ!!」

嬉しそうにいうマリナを見て、
イスカは照れくさそうだった。
そしてこれを気にシャークに対してニヤりと笑いかけた。
どうだ。
自分の方が役に立つのだ。
・・・・・・・という笑み。
シャークは「?」といった表情を返すだけだが・・・・

「いざゆかん」

偉そうにイスカは言った。
格好をつけてみた。
マリナが見ている。
頼りにしている。
シャークよりいいところを見せられる。
先ほどと違う方向に別人で、
生き生きとしていた。
だがはたから見ると、
スウィートボックスの二の舞になるようなフラグにも見えた。

「でも汚いところよねー」

暗く狭い道を進みながらマリナは言う。

「綺麗でも違和感あるだろーぅ?モンスターの糞尿だってあるんだからねぇーぃ」
「え・・・・そういえばそうだったわ・・・」

マリナは露骨に足の裏を気にしだした。
靴はあるが、
踏みたいものではない。

「今大事なのは脱出する事。マリナ殿を自由にすることだ。
 そのためなら拙者は糞尿を踏みしめるのも厭わない覚悟」

イスカはカッコつける方向性まで間違ってきているようだ。
少し落ち着いて欲しい。

コンクリートか石か。
そんな冷たい道を通ること十数分。
この地下ダンジョン自体は大きいようだが、
わずかに景色が変わってきているのも分かる。
進んでいっているのだろう。

「そういえば興味ないかもしれなけど、この地下にあるのは牢獄だけじゃないぜぇーぃ?」

歩くマリナとイスカの後ろで、
シャークを細長い指を立てて言った。

「一つは実験室。いわゆる研究者達の牢獄だぜぇーぃ。
 知と賢の重なるプロフェッショナルのマキシマムサイコワールド!」

シャークは歩きながら両手を広げて言う。

「そしてもう一つは・・・・・ギルド金庫だぜぇーぃ!」

その言葉には、
マリナも興味をそらしてはいられなかった。

「え?ギルド金庫ってもしかして・・・・」
「その通りだぜぇーぃ!騎士団に公式手続きをしたギルドの宝庫!
 レアなアイテムから現金グロッドまで!その価値はこの国まるごと分さぁー!」
「へぇー、私が自分の店で何年働けばそれだけ溜まるのかしら」
「お店を開いたのかぁーぃ?でもそれはベイビーが夢を持って開いた店だぜぇーぃ?
 他にも道があるのにベイビーが選んだたった一つのオンリーロードさぁー。
 夢を手に掴むのと金を手に掴むのことは別次元のワールドストーリーさぁー!」
「そうね。そうよね♪」

マリナはニコりと笑う。
シャークの話でマリナが笑うとイスカはとたんに不機嫌になる。

「そ・・その店を一年守ったのは拙者だったり・・・する・・・の・・・・・だが・・・」

恐る恐るイスカは歩きながら言う。
そして横目でチラりとマリナを見ると、
マリナは満面の笑顔で返してくれた。

「そうよ。本当にそれは感謝してるわイスカ!あの店は私の命だからね!
 命の恩人みたいなものだわ!感謝してもしきれない事よ!ほんっとに頼りにしてるんだから」

イスカはすぐさま逆を向き、
ニヤけてしまう顔を隠した。
一年消費した価値は無駄じゃなかったなぁと思う。
0グロッドの見返り。
イスカにとってそれはそれ以上なかった。

「・・・・・・・」

イスカはふと何かに気付き、
足を止める。

「あら?」
「どうしたんだぁーぃ?ソードウーマン」
「気配がする」

そう言い、
イスカは顔も動かさず、
ロウソク灯りの周りを目だけでキョロキョロと確認する。

「気配って・・・モンスター?」
「いや・・・人だな」

イスカの5感が冴える。
何か・・・
吐息?
そして足音。
そういったものが聞こえた気がした。
だが、
イスカ達が止まるとそれも止まった。

「隠れてるの?」
「否・・・先ほどから真っ直ぐの道だ・・・。隠れる場所はない」

周りに注意を凝らすイスカ。
だが、
存在は確認できない。

「インビジでつけられてるのかもしれないねぇーぃ」

シャークもキョロキョロと周りを見るが、
インビジならそれも無駄である。

「否、それもない。この長い直線。インビジならとっくに切れている」
「凄いインビジ使いとか?」
「どちらにしろそれならばすぐにいつか姿を現すだろうし、
 消えている今こそ攻撃してこないのがおかしい。なのに何故ついてきてるのか」

確認はできない。
だが・・・
何かいる。
それは間違いない。
見えない追跡者。

「ま、いいわ。いきましょ」

マリナはサラっとそう言った。

「見知らぬ者がいるのに?」
「気にしたってしょうがないじゃない。手の施しようがないんだもの。
 君子危うきに近寄らずじゃなかったっけ?なんもしてこないならどーでもいいじゃなーい」
「それはそうだが・・・」
「ま、何もしてこないからストーカーは怖いともいえるけどね。
 着替えを除いてくるようだったらグチャグチャのハンバーグにしてやるわ」

マリナはニヤニヤ笑いながら両手の指をポキキと鳴らす。
怖いお嬢さんだ。
返り討ち生産機とでも言えるのではないだろうか。

「ベイビーはやっぱり根性が座ってるねぇーぃ」
「女の子にそういう事は言わないの」

指を鳴らす女がそういう事を言わないで欲しい。
まぁイスカは気配の存在が不可解で気になったが、
マリナがそう言うならとそのまま先へ進んだ。
曲がり角を2回曲がり、
さらに進む。

「・・・・・・いなくなった」

歩きながらふとイスカは言った。

「いなくなったって・・・さっきの気配?」
「うむ」
「よく分からなかったけど結果オーライね」
「この世はいい方向に進むと自信をもっていればちゃんと進めるものさぁー!
 自信と夢の鉄の橋。良き道を進むが如くゴーイング・マイウェーィ!!!」

シャークはまたギターをかき鳴らすまねをする。
そろそろギターが恋しくなってくるのではないか?と思ったが、
エアギターであれだけ盛り上がれるならそれも必要なさそうにも思える。


「みーんみんみんみんみん」

「!?」
「なんだ!?」

三人は止まる。
急に聞こえる声。
近い。

「どこからだぃ・・・」
「さっきの奴!?」
「いや・・・前から・・・違う奴だ」

「みーーんみんみんみんみん」

どっからの声か・・・
分からない。
道は二手に分かれている。
どちらからか?
いや、もっと近い。
すぐそばで聞こえるような気がする。
だが・・・どこからか分からない。

「みーーんみんみんみん・・・みけきょー」

「「・・・・・・」」

語尾が少し気になった。
というかマリナはそこで力が抜けた。
緊張感がスコーンと吹っ飛ばされた。

「な・・・なによ?」
「セミか・・・モンスターかと思ったが・・・・」
「・・・・・・・・ベイビー。あれじゃないかぁーぃ?」

シャークが細長い手の指をさした。
その先。
それは天井だった。

「・・・・・・・」
「なんだこれ・・・・」

「みーーんみんみんみんみん」

まぁわけのわからない光景だった。
天井に・・・・
パンダがくっついている。
天井にパンダがしがみついて「みんみん」と鳴いている。
マリナは頭をポリポリとかいて言った。

「・・・・・夢かなんかかしら・・・」
「いや・・・・」

地下の天井にパンダが張り付いてセミの真似をしている。
普通に理解しがたい。
いや、
理解してはいけない気がした。

「・・・・・ん?」

薄暗くてよく分からなかったが、
よくみると・・・パンダ服?
人間?
女性のようだ。
何を理由に頑張って天井に捕まっているのか。
というかなんでのぼって・・
なんでセミの・・・
いや・・・
考えても絶対わからない。

「そこで何をしている」

「みーーんみんみ・・・」

そこでパンダはセミの鳴き声をやめた。
そして答えた。

「カエル」

「「「・・・・・・・」」」

答えになっているのかなっていないのか。

「おぉー・・・・・?」

天井のパンダ娘。
それが天井にしがみついたまま、
頭だけだらーんと垂らしてこっちを見た。
顔だけ見ると、
20になるかならないかといった顔つきだった。
幼さだけがとにかく残っている。
逆さまに天井から顔だけこっちを見るパンダ娘。
亀が顔を垂らしているような状況だが、
突然そのパンダ娘は表情を変え、
真剣な顔をして叫んだ。

「そこでCMだって言ったでしょー!!!」

・・・・・。
・・・・・・。
なんだろうか。
やはり夢でも見ているのだろうか。

「最近の若いもんは〜〜鉛筆削りばっかに精を出しおって〜〜」

なんか天井からパンダに怒られている。
意味が不明だ。
夢としか思えない。
夢ならば悪夢だが、
混乱と勢いに負けてなんとなくマリナは頭を下げた。
イスカは「いやいや・・・」とマリナにつっこんだ。

「で・・・お主はそこで何をやっておるのだ?」

「あんなー」

天井から逆さまに頭を垂らしたまま、
パンダ娘は答える。
パンダキャップからはみ出ている前髪がだらーんと垂れていた。

「あんなー、入道雲ん中にでっかいオニヤンマがいてなー。
 すぐ怒るんだけどなー、あいつほんとカレー食べるのが上手なんだー」

「・・・・・ん?・・・・うん・・・」
「・・・・・え?・・・・う、うん・・・」

何を言ってるんだろうか。
いや、
理解しようとしなければ。
異星物とのコミュニケーションはそこからだ。
いやでも・・・うん?

「でもなー、着けてる腕時計がかっこよくてなー。
 10時と11時の間にちっこいオッサンが住んでるんだー」

「「「・・・・・・・」」」

「隣のちょうちんアンコウが痔でなー、100回シャックリするとジャンケン始めるんだー。
 そんでアイコになると火事だーっ!って叫んで乾布摩擦を始めるんだー」

「いや・・あのね・・・」

「だーーかーーらーーー!!参勤交代だけはめんどくさいんだってー!!・・・・お?」

天井でおもむろに両手を広げたパンダ娘。
もちろんそんな事をしたらどうなるかは分かる。
天井からふわっっと一瞬時が止まったようになり・・・・・落下。
落ちるパンダ。
パンダも天井から落ちる。

「おぉ?」

天井から落ちたパンダ娘は地面に衝突。
・・・・と思いきや、
次の瞬間その地面がバイーンと跳ね上がる
バネがついているトラップのようだ。
トランポリンのようにパンダ娘は地面でバウンドした。

「おっ?おっ?おっ?おっ?」

空飛ぶパンダ。
パンダ娘は地面に跳ね上げられ、
空中を鉄球のようにぐるぐると、
はたまた体操選手のようにぐるぐると回転し、
「おっ?おっ?」
という言葉を撒き散らして地面に落下した。

「あどっ」

変な痛み声をあげながら地面にケツから墜落したパンダ。
まるでテディベアが座るような素晴らしい着地だった。

「おぉーー!座布団奉行とはこの事だー!!」

尻餅をついて座ったまま、
パンダ娘は両手をあげてそう叫ぶ。

突然。
今度は地面から無数の槍が突き出した。
草が生えるようにシャキンっ!と天井に向かって突きあがる槍。

「おっ?」

たまたま、
そして偶然的に、
パンダ娘はその隙間に座っていた。
槍の隙間。
どういう運をしているのだろうか。

「見たっ!?見たっ!?」

パンダ娘は槍の中から嬉しそうにこちらに向かって言う。

「見たっ!?今週のてんぷら釣り大将!」

何故・・・。
お前は何を言ってるんだ・・・。
ここはだれなんだ・・・。

「え・・・いや・・・」
「見てないけど・・・・」
「ベイビーがとんでもハプニング大将なのは見たぜぇーぃ・・・」

「だめだなー。今週のユキコはコーヒー豆20%増量だったんだぞー」

なんだろうこれは。
今更だが、
もう一度夢か現実かという所から考え直すべきなのか・・・?

「ホクロから飛び出した爆裂ミサイルが決勝点になったんだ」

「いや・・・あの・・・」
「ベイビー・・・・」

「あれが無かったら今日の掃除当番の人はアリの巣を掘り返すハメになったんだなー」

「あのだな・・・」
「ベイビー・・・とりあえずベイビーは誰だぃ・・・・いや、名前はなんなんだい・・・」

「オラ?オラん家のトイレは水陸両用でな」

「いや・・・」
「お主の名前は・・・・」

「小麦粉!」

「は?」

「小麦粉の原材料は糖分無調整でな!お母さん方も喜んでくれると思うんだ!」

「「「・・・・・」」」

「あんなーあんなー。オラはおじいちゃんの頃から歯茎に防弾チョッキがあってな。
 勉強してると5秒おきに目からビームが出てたんだ」

3人は頭を振った。
邪気を振り払うかのように。
頭が痛い。
いちいち言葉を理解しようとしていると、
思考回路が5秒おきにビームが出そうだ。

「話が通じる相手ではなさそうだな・・・・」
「んじゃまぁ・・・」

マリナは槍の真ん中に座る無邪気なパンダ娘を見て、
ちょっと考える。
異次元の生物のようなパンダ娘を見て、
ため息をつきながら言う。

「パンダの格好してるからパムパムでいっか・・・・」

偶然とは怖いものである。













                 






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