「もっと勉強しなさい」

それがママの一番の口癖で、
それがママが僕に言う言葉の9割で、
それがママの鳴き声だった。

「いい成績をとっていい仕事につきなさい」

それがパパの一番の口癖で、
それがパパが僕に言う言葉の9割で、
それがパパの鳴き声だった。

「はい。僕頑張ります」

それが僕の一番の口癖で、
それが僕が言う返事の9割で、
それが僕の鳴き声だった。

「今日のテストもドラグノフ君が一番でした」

それが当然で、
それが当たり前で、
そうしなきゃならなかった。

毎日勉強した。
脳みそのシワを増やすのが日課だった。
喜怒哀楽など虚しく、
ただ毎日得る物は知識。
それだけだった。

勉強。
研究。
解明。
計算。
暗記。
追求。
開発。
思考。
倫理。
努力。

毎日の9割を勉強に費やし、
毎日机の上で寝た。
百科事典が枕で、
夢の中でも数字を弄っていた。
数字を食べて、
公式を飲んで、
脳みそを太らすのが仕事だ。

楽しいかと聞かれればどうだったか・・・・・
ただ機械のように勉強した。
他にする事が無いのかの聞かれた時、
他にする事が無い事に気がついた。

僕は計算機だ。
脳みそは0から9の組み合わせだけが詰め込んである。

こんな人生の何が楽しいのか?
ただ成長する事だけが生き甲斐。
知識。
文字。
数字。
それを脳みそのシワに埋め込むのが人生。
知識の忘却だけが恐怖。
だから零れ落ちてはまた乗せる。
知識の砂をすくっては頭にかぶった。

「やれ。他の者を見下せるようになれ」
「必ず努力は実を結ぶわ」

それはウソじゃない。

「先に損した分だけ後が楽になるんだ」
「数年後には貴方はお偉い様よ」

いい成績ってなんだ?
いい仕事ってなんだ?
お偉い様ってなんだ?

「はい。僕頑張ります」

相変わらずこれが僕の鳴き声。
この言葉が僕の口から発する言葉の10割になった時、
少しだけ思った。

このまま努力を重ねれば・・・
ママとパパの言う凄い人間に僕はなるだろう。
世界一。
マイソシアで一番の賢者になるだろう。
なってやるさ。

でも、楽しみってなんだ?
こんな事をしていて楽しいのか?
賢者になってどうなるんだ?

分からない。
けど、
僕が勉強しかできない。
じゃぁ・・・・・これを楽しむしかない。

「・・・・・・・・・・イヒ♪・・・・・・・・」

ドラグノフ=カラシニコフは、
いつしか笑いたくもない笑いを浮かべるようになった。















----------------------------------------










「・・・・・・イヒ・・・・・・・・アハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

ドラグノフ=カラシニコフは、
腹の奥から、
心の奥から発せられる大きな笑い声をあげた。

「どうだ!!凄いだろぉ!!これが僕の力だっ!僕の努力の結晶だっ!!」

巨大なその姿。
ドラグノフ。
デムピアス。
デムピアスの姿を手に入れた賢者は、
おかしく、
禍々しく笑った。

「これで認められる!!僕はお偉い様になれるんだっ!!努力がやっと報われた!
 これで人を見下せる!遊んでた奴らを馬鹿にできる!僕はやった!目標をつかんだ!!
 鉛筆と消しゴムだけを持ち続けた僕のこの手がっ!!とうとう目標を掴んだんだっ!!」

目標。
彼の到達点。
それが彼のこの愚かな姿だった。
目標。
その言葉が虚しかった。
人生の目標。
・・・・・・あくまで・・・目標。
"夢"ではないのだ。
なりたいものではなく・・・・。
到達点・・・。

「これが・・・デムピアス・・・か・・・」
「絵とかSSでしか見たことないですけど」
「・・・・・・」

ある種、
伝説の存在だ。
海の王。
魔物の王。

人間界の覇者がアインハルトであるなら、
魔物界の覇者がデムピアスである。

大きい。
存在感が大きい。

「・・・・皆殺しにしてくれるわぁぁ!!!!!!・・・・・イヒ♪・・・なぁーんちって♪
 ビビったぁ?ビビったかなぁ?アハ!アハハハハハハハハ!!!!!!」

かなり有頂天になっているようだ。
王様気分。
いや、王となったのだ。
海賊王デムピアスになったのだ。

「・・・・イヒ♪・・・・・イヒヒ♪・・・・・・・」

ドラグノフは、
そのデムピアスとしての大きな右腕を下ろす。
地面を掴む。
地面の破片を掴む。

「僕はずっと勉強してきたっ!この手で知識を掴み取っては頭に詰め込んできた!」

ドラグノフ。
デムピアスは地面の大きな破片を掴むと、
それを持ち上げ、
頭上にもっていった。

「人は忘れる生き物なんだ!・・・なんちって♪名言だね!
 だけど僕は世界最高の賢者になるために忘れる以上に知識を詰め込まなければいけなかった!」

デムピアスは片腕に掴んだ大きな破片に力を込める。
腕に力が入る。

「だから砂をすくってはまたかぶる。頭に砂をかけ続けたんだ!
 零れては砂をかぶる。最高の頭脳に!最強の頭になるために!
 零れてはすくって!頭にかけて!そうやって砂山を作ってきた!
 他のガキが公園にいるとき、僕は頭に砂山を積み上げてきた!」

そして頭上で、
地面の破片を砕いた。
掴み砕いた。
デムピアスの頭上で割れた地面の破片は、
粉々の砂になってデムピアスの頭にふりかかった。

「僕は王になった!!知識の砂の王冠をかぶって!僕はお偉い様になったんだ!!!」

零れ落ちる砂。
巨大なデムピアスの姿から、
頭から涙を流すように砂の王冠が零れていった。

「もう誰もが僕を認めずにはいられないっ!イヒッ!!
 ピルゲンも見返せるぞ!あの野郎は僕に天上服も支給しなかった!
 実験段階ではアンジェロとモリスとかゆうパンピーにまで支給したのにっ!
 だが・・・・・イヒ♪・・・・もういらない!僕は知識の砂山の王になったんだっ!!」

巨大なデムピアスの姿。
そこの存在する傲慢な心。
行き着いた心。

「愚かなカスが・・・・・」

その眼目下で、
ツヴァイはつぶやいた。

「同じですね」

「・・・・・・?」

突然アレックスはツヴァイの隣に行き、
顔も見ずにそう言う。

「自分を捨てて生きる。自分という存在を捨ててまで手に入れたかった物。
 それが理屈か権威か。それが違うだけで一緒です」

「・・・・何を言ってるアクセルの倅」

「さぁ?どこの皆さんも自分を殺して亡霊になるのが好きなんだなぁーって思っただけです」

「オレに言っているつもりか」

「心当たりがあるならそうかもしれませんね」

「親子揃って似たような戯言を言うな」

「父さんと母さんが昔何か言ったんですか?・・・まぁそれは関係ありません」

アレックスはそのまま、
ツヴァイの顔も見ずに前に出た。

「自分を殺して・・・・・それで自分の墓の上で生きるってのが理解できないだけです。
 ま、僕には知ったこっちゃないですけどね。他人の生き方も死に方も、その両方をする人も」

そしてアレックスは、
一人前に、
デムピアスの前に出て見上げる。

「大きいですねー」

当たり前のような事をアレックスは言った。
巨大なデムピアスを、
ドラグノフ=カラシニコフを見上げ、
片手を額にあてて見上げた。

「そうだ!僕は大きいだろう?イヒ♪これが僕の最終形だからねっ!」

「はい。でも大きいだけですね」

「・・・・・なんだぁ?何言ってんだチビスケ。ナメてんのかなー♪」

「あ、ドラグノフさん」

「デムピアスだ」

「いえ、ドラグノフさんです」

「・・・・・・・ッ」

「僕今貴方が話している事聞いて思い出したんです」

「・・・・・・・ふん。何がだい♪」

「アンジェロさんとモリスさんの話です。なつかしいですねー。あんまり覚えてないですよ。
 でもチラっと思い出しました。知り合いがモンスターコロシアムで戦わされようとされましてね」

ドジャーはアレックスの言葉で思い出す。
アンジェロ。
ピルゲンに天上服をもらい、
慢心に溺れた『ぺ天使』。
メッツを捕らえ、
ドラゴンライダーの無限変スクで変身させて戦わせようとしていた。

「その時知りました。変スクったって基本はただの変身グッズなんですよ。
 だからドラゴンライダーの中身として十分な力を持ったメッツさんが捕らえられた。
 分かります?変身グッズで変身したドラグノフさん。つまり中身が大事なんですよ」

「・・・・・・無知脳の戯言だな!」

「どうなんでしょう?どう考えても一般人以下の力しか持ってないドラグノフさん。
 貴方はデムピアス並の力なんて持っていません。使えても使いこなせません。
 あなたはただのでっかいでっかいドラグノフさんでしかありません」

「ふざ・・・けるなっ!!」

ドラグノフはその大きなデムピアスとしての右腕を振り上げる。

「これが僕の最終形だ!愚弄するんじゃないっ!!!」

力はともかく、
その大きな大きな右腕がアレックスに振り落とされる。
岩が落ちてくるような勢いで、

「あらよっと」

「!?」

だが、
アレックスに振り落とされた右腕は、
手首から吹っ飛んだ。
斬り飛んだ。
デムピアスの手首が粗大ゴミのように転がる。

「ズッキュン♪・・・てかぁ?」

横を振り向くと、
剣先を構え、トリガーを引いたエドガイが居た。

「あんれー?簡単に吹き飛んだな。そこの可愛い子ちゃんの言う通りみたいだな。
 豆腐かなんかを切るみてぇなもんだ。これで金もらえりゃいい仕事だねぇ♪」

「ふざけ・・・ふざ・・・ふざけるな・・・・・」

デムピアスは臆していた。
ドラグノフは動揺していた。

「僕の最終形だ・・・こんなはず・・・・・・・・・痛い・・・痛い・・・・・」

巨大な丸太ほどある大きな腕。
それが切れ落ち、血が流れ落ちていた。

「痛い・・・痛い・・・・・イ、イヒ・・・・♪・・・・・・うっそぉーん!僕には特化型ブレシングヘルスが・・・・」

「カッ、切れ落ちてちゃ意味ねぇだろ。生えてくんのか?あ?」

「イヒ・・・・イヒヒ♪・・・・生えてくるよ!!・・・ウッソォーン!そんな人体学に反した事は無理♪
 けどね・・・・・・切れた腕をくっつける事くらいはかろうじて出来なくもない♪」

そう言い、
ドラグノフは左手を伸ばす。
大きな大きな左腕。
それはデムピアスとしてカギヅメになっている左腕。
右腕を拾い上げるために・・・・

「おっとぉ」

「!!!?」

突然横殴りに飛んでくる斬撃。
1・2・3・4・・・
連射。
エドガイのパワーセイバーが通過するように通っていく。

「お前・・・・」

エドガイのパワーセイバーの連射は、
デムピアスの右腕を切り裂いた。
粗大ゴミのように落ちていた右手首は、
バラ肉のように、
ブロック状に切り刻まれた。

「お前!!僕の腕をぉおおお!!!」

「あららー?やっぱ簡単に斬れるねぇ。バンラバラだ。ゴメンゴメン♪
 でもそれでよかったら持ってけよ。ほら、くっつくんだろ?
 パズルみたいに並べ替えてさ、頑張ってくっつけてみたらぁん?」

「クソ・・・クソっ!!・・・・・クソォオ!!」

「あちゃー・・・海賊王涙目♪ざまぁ♪」

ドラグノフは
怒りとやけくそと共に左腕を振り上げる。
カギヅメになっているその左腕を・・・・

「死ねっ!無知な傭兵!人間の底辺めっ!!!」

その大きな左腕をエドガイに向かって振り下ろした。
・・・・
いや、

「イヒ♪・・・・ウッソォーーン!!」

軌道が変わった。
左腕はツヴァイを狙っている。

「僕にとって邪魔なのはお前なんだよっ!!」

動揺し、
感情のままにエドガイに振り落としたようで、
実はその左腕はツヴァイを狙っていた。
そして左腕のカギヅメはツヴァイに振り落とされた。
だが、

「・・・・カスが」

大きな金属音。
カギヅメが勢いよくぶつけられた。
潰した。
いや、
ツヴァイは盾を構えていた。
盾一つで、
片手で巨大なデムピアスの攻撃を止めた。

「・・・・・・あれ?」

「重いだけで人一人分の力か」

盾一つで止めるツヴァイの姿は、
巨大な岩石を持ち上げているかのようにも見えた。

「なんだよ・・・なんだよお前ら!僕より低等な頭脳しかないクセに!」

「黙れカス」

ツヴァイは簡単にデムピアスの左腕を弾いた。
そして槍を振りかぶる。
突き刺す。
左腕に槍をぶっ刺す。

「ぎゃぁぁあ!!痛いっ!痛いいいいい!!!」

「痛いの次だ」

「・・・・!?」

ツヴァイはデムピアスの左腕に槍を突き刺したまま、
左腕を貫いたまま、
・・・・・・・真横に振り切った。
刺したまま横に振り切った。

「がっ!ぎゃああああああああ!!!」

ドーナツの一辺を食いちぎるように、
デムピアスの左腕を噛み千切るように、
ツヴァイは槍を振り切った。
大きな血しぶきが飛び散り、
千切れた大きな肉片がボトンと地面に落ちた。

「あぁぁ・・・・あぁぁああああ!!!!!」

左腕。
デムピアスの左腕は食いちぎられ、
わずかに残った肉片が、
カギヅメをプランプランと揺らしていた。
分厚い皮一枚が、
真っ赤になって鉄のカギヅメを吊るしている。

「この・・・お前・・・・この野郎・・・・!!!」

デムピアスは、
涙に溢れた目でツヴァイを睨んだ。
威厳はなく、
すでにデムピアスなどと呼べる代物ではなかった。

「・・・ゔ・・・・・・・・」

ツヴァイを睨んだドラグノフだったが、
逆に臆した。
ツヴァイの漆黒の目。
絶対的な威圧感に満ちた冷たい眼。
それはドラグノフを飲み込んだ。

「・・・・・うっ・・・うっ・・・その目だ・・・お前らのその眼が気に入らないんだああああ!!!」












--------------------------



「クソッ!!」

ルアス城地下、
王国騎士団研究員研究室。
派遣されてきた研究者達が、
ただ黙々と研究をする冷たく大きな部屋。
そこに一人の男が入ってきた。
クソなんて言葉を使いながら。

「・・・どうしたんだい?ミダンダス」

ドラグノフは眼鏡をかけたその研究員に声をかけた。
とても苛立って帰ってきたからだ。

「・・・・私の研究をピルゲン殿に見せてきた」

「イヒ♪・・・不評だったのかい?」

「好評だったさ。だが、それだけだ。私への評価などないに等しい。
 王国騎士団の実績にはなるが、私個人の実績などではない・・・と・・・。
 クソ・・・私は歴史に名を残さなければならないのに・・・・クソ・・・・」

「ふーん」

ドラグノフはこの男をこの瞬間見下した。
ミダンダス=ヘヴンズドア。
確かに頭脳だけならば自分と並べる唯一の存在だろう。
だが、
評価されない者に価値などない。
評価もされないのに、
研究し、
努力し、
勉強し、
その成果がやっぱり評価されない。
なんて無駄な人生なのだろうと見下した。

「私はここを去る」

「何言ってるんだ!君ほどの技術者がいなくなったら世間は大騒動だぞっ!!!
 ・・・・・・・イヒ♪・・・なぁーんちって♪別にいいよー!どっか行ってらっしゃい♪」

ドラグノフは、
パッパと荷物をまとめるミダンダスの後ろで、
嬉しそうに手を振った。

「僕は君の神学や聖スペルの研究には一目おいてたんだけどねぇーん♪・・・・・イヒ♪
 あっ!あの不老不死の研究なら手伝ってあげてもよかったんだけどなぁ!残念♪」

「・・・・・・時が来たらその研究も再開する」

そう言い、
荷物をまとめたミダンダスは部屋から出て行こうとした。
それを止めるようにドラグノフは言う。

「そう言っても騎士団の派遣をやめてどこに行くんだい?」

「・・・・どこかに篭るさ。私は私の夢のために私のために私の研究をする」

・・・・・夢?
・・・・・自分のため?

「時も忘れ、研究に没頭する。それは楽しみでもあり、夢を掴む礎でもある。
 私の大事な人生だ。自分の好きな事のために使いたいからな。
 そして成果をいつか人に知らしめる。この人生で私の人生が終わらぬよう歴史に名を残す。
 教科書の端でもいい。小さくたっていい。そこに私の名を残したい。
 世界で一番小さく、そして世界で一番大きな夢。それが私の夢だからな」

自分の人生で・・・
楽しむ?
研究を?
自分のために?
人に評価されなければ意味がないじゃないか。
凄い事をして凄い偉くなって、
凄い事もできない人を見下さなけりゃ意味がないじゃないか。

「まぁドラグノフ。君との研究話は嫌いではなかった。
 機会が会ったらまた会いたいところだ。君だけには私の居場所を連絡するよ」

そう言い、
ミダンダスは眼鏡を片手で持ち上げた後、
研究室を出て行った。
研究室内は、
そんな事どうでもいいといった風に皆黙々と研究していた。

「自分のためだけに研究してどうするんだバーカ♪」

ドラグノフはニヤニヤと笑った。
ミダンダスの言った言葉など理解できなかった。
技術は能力。
勉強し、
積み重ね。
そしてその結果。

「強くなれないなら誰も修行なんてしない。知識も一緒さ。
 一人しかいない世界だったら、誰が修行する?誰が勉強する?
 どんな努力も人に認められてこそ意味があるんだよねー♪」

ドラグノフはそう言い、
そして「あっ♪」と思いついたように手を打つ。
そして自分のロッカーを開け、
中に入っているありったけの書類を持ち出した。
抱えなければならないほどの書類で、
それは研究成果の書類で、
最後に研究中の書類を上に乗せ、
抱えて研究室を飛び出した。

「お前とは違うところを見せてやる♪」

















拒むピルゲンを突き放し、
無理矢理入った王座。

赤い絨毯の上、
ふんぞり返るアインハルトの前。
ドラグノフはそこにドサりと書類を置いた。

「なんだこれは」

目の色も変えず、
アインハルトはドラグノフに言った。

「これは僕の研究成果です♪」

ドラグノフは嬉しそうに両手を上げながら言った。

「常人には一夕一夜では出来ない研究の結果です!いや、一生を通しても理解もできないでしょう!
 僕だからこそできた研究の成果です!イヒ♪見てやってくださいよ!僕の成果を!」

「・・・・・・」

アインハルトは微動だにしない。
表情を変えない。

「だからなんだ」

「へ・・・?」

「何か我に必要なものでも出来たのか?」

「あ・・・いや・・・・・・・・いや!はい!それはもう!騎士団のために研究してきたものですから!」

「だからなんだ」

「え・・・・・」

「それは当然だ。我がやれと言っているのだから。
 そしてもしお前が我に有意義な物を生み出したとて・・・だからなんだ?
 お前らは道具だ。我を除いた全ての存在は道具。使ってやってるに過ぎん。
 我が作れと言った物を薄暗い地下で作ればいい。機械のようにな。
 そしてそれは我が選ぶのであって、お前から成果を提出するものではない」

「・・・・・・・・・」

ドラグノフは固まった。
この人間は・・・
自分を評価対象とするつもりはさらさらない。
もし自分が、
ボタンを押しただけで世界がひっくり返るなんて物を作ったとしても、
このアインハルトという人間は自分を評価しないかもしれない。
自分の考えで動くものが全てで、
功績を残したとしてもそれは歯車でしかない。

「ピルゲン。こいつを追い出せ」
「ハッ」

いや、
気に入られるかどうか。
そこの問題は間違いない。
物凄い物を作れば何かしらの評価はするに違いない。
ロウマなど一目を置く存在は横に付けているのだから。

「は、はなせ!」

ドラグノフは自分を引っ張ろうとするピルゲンを振り払う。

「アインハルト様っ!それらの結果で僕を評価してもらいたいんです!
 一読でもいい!少しでも見てもらえれば・・・・・・僕の評価は変わるはずです」

アインハルトの目の色が変わった。
その漆黒の目に吸い込まれる気がした。
怒り?
恐怖。
それに包み込まれた。

「我に指示するのか」

「・・・・・あ・・・いや・・・・」

「我に行動を要求するのかと聞いている」

「・・・・・・・・」

言葉が出なかった。
何故か死んでしまう気さえした。

「これがお前の成果だと」

アインハルトは書類の一枚を手に取る。
その行動さえ奇跡に思えた。
だが、
アインハルトは鼻で笑った。

「こんなもので評価しろと言うのか。この研究にはどれくらいかかった」

「・・・・・・1年・・・・いえっ!!僕の過去の努力があったからこそ出来た代物!
 一番上のその書類は僕の現時点での人生の集大成です!
 それは僕の人生そのものと言ってもいいでしょう!その研究は記憶の書によって・・・」

「くだらん内容だ」

アインハルトはその書類を投げ捨てた。
言葉が出なかった。
人生を投げ捨てられた気分だった。
横のピルゲンが、
ヒゲを揺らし、
小さな笑みを漏らしながらドラグノフに囁く。

「常人なら理解できないかもしれませんな。ですがあそこにいるのは常人ではございません。
 あなたの一生の成果など、ディアモンド様にとってはこの数秒にも値しない」

「・・・・・馬鹿なっ!つまりあれだけで僕の研究を理解したってのかっ!?
 嘘だっ!ただ投げ捨てただけだ!凄いように見せてるだけに決まってる!
 共に研究していた人間でも到底理解できない書類だぞっ!
 一目で理解できるはずがない!結果のところだけ見てくれればいい!お願・・・」

「ふん」

無表情で、
アインハルトは鼻で笑った。

「何が転送書だ。この研究が不完全なのが我に理解できぬとでも思ったか?
 座標転移に欠陥。カスだな。お前の思っているxyz軸とやらに問題はない。
 集団転送に対応させたいならゲート・リンクスクロールの呪文活用をやめろ。
 記憶の石を埋め込み、座標の往復だけを理論的に煮詰めるだけで完成する」

「・・・・・・・・・」

抜け殻になった気分だった。
自分の研究など、
いや、
自分の知能など、
自分が積み重ねてきたものなど、
この存在の中では一片に過ぎないのだと・・・・。

「こんな不愉快になったのは久しぶりだ。我にわざわざ口を開かせるなどとはな。
 カスの相手は時間の無駄だ。余興にもならん。ピルゲン。罰を与えろ」

「!?」

殺されないだけでも、
この日は運が良かった。
だが、
ドラグノフはそれさえ理解できなかった。
ピルゲンに捕まれ、
引きずられながら叫んだ。

「評価されにきたのに!何故!何故僕は罰を!他の者より僕は優れている!
 なのに!なのにそれを評価されない!僕は・・・僕は!!」

「評価?」

アインハルトは王座の上で、
表情を変えない。

「我は要求される事が苦でしかない。しかもただのカスに評価だと?」

冷たい、
漆黒の眼はドラグノフを興味の対象外として捉えた。
そして・・・・

「消えろ。名も分からぬカスめ」

「・・・・・・・・・・・え・・・・」

ドラグノフは固まった。
その事実に固まった。

「・・・・あんた・・・・僕を・・・・・・・」

知ってもいなかったのか・・・・・・

この人間は・・・・
自分の存在さえも否定していた。
自分の事を知りもしていなかった。
その他のカス。
それだけで、
自分の事など評価どころか眼中にさえなかった。

人に認められるために生きてきたのに、
人に存在さえ認められていなかった。










------------------------------



「その眼だ!!僕を軽蔑さえしない目!視界の外として捉えるその眼!
 存在していない者を見る目!死んだ者を見ているような眼!!!
 それが気に食わないんだ!死ね!認めろ!僕を!評価しろ!!!!」

哀しみにうたれるドラグノフの目。
その顔に・・・・・・
槍が突き刺さった。
ツヴァイが投げた槍。
それはドラグノフの額の下に深く突き刺さった。

「あ・・・・・・」

ドラグノフは倒れる。
デムピアスとしての巨体が、
地面に重い音を奏でながら倒れた。

「僕を・・・僕を・・・・」

額の下に槍をさしたまま、
地に伏せったまま、
巨体を寝かせたまま、
デムピアスの目に涙だけが溢れていた。

「お前など知らん」

ツヴァイは槍を抜き、
さらに構える。
デムピアスの、
ドラグノフの脳天を確実に突き刺すために。

「知らない・・・知らないなんて言わせない!僕を見ろ!
 そしてお前ら・・・お前らをっ!見返してやる!僕は・・・僕は!
 僕は素晴らしい人間だ!お偉い様だ!人より優れて・・・・」

ドラグノフの脳に突き刺さった。
槍が、
深く、
鈍い音と共に突き刺さった。

「ぼ・・く・・・は・・・」

デムピアスとして体積が増えていたせいか、
特化型ブレシングヘルスのせいか、
即死はしなかった。
が、
確実に死が確定した。

「僕は勉強だってした・・・勉強ばっかりした・・・
 人より上回った・・・人より凄くなった・・・・
 楽しみなんてないけど・・・・することはある・・・・努力だ・・・
 夢なんてないけど・・・・・目指すべきものはある・・・・目標だ・・・・
 僕は・・・・人に認められるほどのものを積み重ねたはずだ・・・・・・」

ゆっくりと目を閉じていくドラグノフ。

「横に・・・・地面がある・・・・・すくっては頭にふりかけてきたはずなのに・・・・・」

大きなドラグノフは、
小さな涙をこぼして弱っていった。

「僕は・・・・死ぬのか・・・・僕がやってきた勉強は無駄だったのか・・・・・・・
 あんなに勉強したのに・・・・あんなに勉強したのに・・・・・・・
 パパ・・・・・・努力は報われるんでしょ・・・・ママ・・・・・・僕はお偉い様になるんだよね・・・・・
 認めてもらえなかったよ・・・・全部無駄だったんだね・・・・努力は・・・・
 一つにかけて人生を生きてきたのに・・・・・・それが認められなかったんじゃ無駄なんだね・・・・・」

そしてドラグノフの目は閉じた。

「・・・・・・イ・・・・・ヒ♪・・・・なんちって・・・・・うそぉーーん・・・そんなはず・・・・・ない・・・・
 僕・・・は・・・・・認められる・・・・・・・・・・・・はい・・・・僕・・・・・・・・・・頑張りま・・・・・・・・」

息もしなくなった。
いつの間にか槍は抜かれ、
大きなデムピアスの姿は、
ただの一人の男の姿に戻っていた。

「チッ」

ドジャーが舌打ちをした。
何かしら後味が悪いときはいつもこうだ。
その後そっぽを向く。
ともかく終わった。
人間一人一人に人生があるのは当然だ。
そしてそれを手にかけてきたのは今に始まったことじゃない。
戦わなきゃいけない相手に、
小さな同情をしているヒマなんてない。

「疲れましたね・・・・」
「あぁ」

ジャスティンは怪我の事もあり、
その場に座り込んだ。
疲労も重なり、
ハッキリ言って立っていた事も奇跡だ。

「しゅーーりょーーー。あとは夕飯の事でも考えようぜお前ら」
「「「「サー!イエス!サー!!」」」」

エドガイも含め、
傭兵達は和気藹々と雑談をはじめた。
そんな中、
一人だけドラグノフの死体を見つめる者がいた。

「・・・・・・・・」

「どうしました?ツヴァイさん」

アレックスはツヴァイの横に並ぶ。
ツヴァイは目も合わせず、
ドラグノフの死体を見下ろしていた。

「・・・・・・オレもこいつと同じなのか?」

「・・・・・はい?」

「オレは兄上のためだけに生きてきた。他の全てを捨てて、そのためだけに生きた。
 道具として生き、だが捨てられ、それも叶わなくなった。そして自分を捨てて亡霊になった」

「・・・・・・・・」

「自分自身のためには何もせず、何もかも兄上のために人生を労費してきた。
 そしてそれも無駄に終わった。捨てられた。ならオレの人生はなんだったんだ。
 このカスを見ると、こんなカスみたいな存在は愚かでくだらないと感じる。
 だがオレも同じなら・・・・・・オレはこんな愚かでくだらない存在でしかないのか」

溢すように言った言葉だった。
アレックスははっきり返した。

「そうですね。僕に言わせればくだらないです」

「・・・・・ふん。まぁオレが選んだ道ではないがそうするしかない。
 兄上は絶対だ。兄上の決めた道にオレは従うしかない」

そう言い、
ツヴァイは槍を拾い、
振り向いた。
そして立ち去る。

「一つアイデアがありますよ?」

引き止めるようにアレックスが言う。
ツヴァイが足を止めた。

「オレに助言など必要と思うか?」

「別にツヴァイさんのためにってわけじゃないです。
 ツヴァイさんのためってのが口実で本質は僕らのためのアイデアです」

「・・・・・・・・・」

「騎士団長がいなくなったら今のツヴァイさんの存在意義がなくなりますね。
 見つけてみてはどうですか?倒そうとする中でも、倒した後の世界でもいい。
 騎士団長の歯車ではない、今の愚かで無駄なものでもない・・・自分の人生を」

「・・・・・・いらん」

「ですよね。でも僕達的にはそうしてもらえると助かります」

「正直だな」

「もっと正直になると、仲間になってもらえれば別にそういう臭い事どうでもいいんです」
「おまっ」

ドジャーが慌ててかけよる。
そしてアレックスの横に言って小声で話す。

「正直すぎるだろ馬鹿野郎!なんかいい感じだったのによぉ!」
「・・・・・・いいじゃないですか」

確かに正直すぎる。

「アクセルとエーレンの倅。いや、アレックスか」

ツヴァイは背を向けたまま言葉をかける。

「なんですか?」

「ならお前はなんのために戦う。アクセルとエーレンのように無駄に朽ちるか?
 奴らの愚かな意思を継ぎたいがために戦っているのか?」

「それは一部ですね」

アレックスは微笑む。

「でも一番はむかつくんですよ。こんな世界じゃ好きに生きられないですから。
 僕は欲張りでわがままでしてね。僕が楽しく生きるためなら戦うのもしょうがないですね」

「自分のために邪魔を消すか。魔王のような考えだな」

「僕は聖人じゃないんで」

「ふん。わがままと楽しさか」

「人間ですからね」

「人間?・・・人間・・・・・・・か。だがオレは亡霊だ。
 全てを捨てた。兄上に消去された存在だ。関係ない」

・・・・・。
やはり・・・
気を変えるつもりはないようだ。
少しいけるか?と思ったが、
そうでもないらしい。

「一応、もう一度聞いておきます」

「無駄だ。仲間になるつもりはない」

「わがままですね・・・・」

「オレは兄上の考えの通りに生きているだけだ。
 兄上が死を望んだ。だからオレは死んでいるだけだ。
 死人は考えない。どっちにしろお前らの仲間になる道理もないしな。
 それにオレは兄上以外の者に指図されるのが嫌いだ。
 お前の気持ちの悪い説教や説得で心を変えるなんてもってのほかだ。
 オレは兄上のためだけに生きた。そして死んだ。それでいい・・・・・」

なんというぁ・・・
強情だ。
それはアインハルトと同じで、
他人の意見など聞き入れない。
自分を中心とし、干渉させない考え。
個の考えは個。
いや・・・・・・
この人の場合は聞き入れないというよりは、
聞き入れたくないといった感じにも聞こえる。
だがまぁ強情だ。
子供を説得するように難しい。
聞き入れないのだから。

「オレは・・・死んだんだ」

まだそんな事を言っている。
だがアレックスの目には、
何か心が動いているように見えた。
ドラグノフの死を見ても、
無駄な死というものを見ても、
何かしら感じていたのは間違いなかった。
それでも強情で、
心を変えたくない。

「・・・・・・・・・」

極論。
なんてめんどくさい人だ。
それを考えると・・・
ムカツいてきた。
メンドくさくなってきた。

「はぁ・・・・死んでるとか亡霊とか言ってますけど、 生きてるじゃないですか」

「死んでいる」

「じゃあさっさと死んでくださいよ」

アレックスはあっさり言った。
真剣に、
ただツヴァイに言い放った。

「・・・・・・・何?」

「あー!もー!ど〜〜っでもよくなりました。だって何言っても聞かないんですもん」
「お、おいアレックス・・・」
「もう何言ったって助けてくれないならもーどうでもいいですよ。
 はいはい、もういいです。もう用は無いですから死んでください」

ツヴァイは振り向き、
勢いよくアレックスに詰め寄る。
そしてアレックスの胸倉を掴んだ。
そして睨む。
だがアレックスは臆する事なく目線を返していた。

「死ねだと?オレは死んでいる!オレは亡霊だっ!」

「屁理屈言わないでくださいよ。生きてるじゃないですか。
 ツヴァイさんの心情論の生きてるとか死んでるとかどうでもいいんですよ。
 死ぬとか死んでるとか中途半端じゃなく死んじゃえばいいじゃないですか」

「貴様・・・」

「だって大好きなお兄さんは死を望んだんなら早く死ぬのが普通でしょ?
 絶対な騎士団長は死を望んだ。でも貴方はただたまたま生きながらえた。
 ・・・・・・・・・何のうのうと生きてるんですか。さっさと死んでくださいよ」

それはそうだった。
アレックスのいう事は核心を付きすぎていて、
ツヴァイは一瞬ひるんだ。

「くっ・・・言っているだろう!オレは死ぬなら死ぬでいいと!」

「だからまた意味分からない・・・・もしかして頭悪いんですか?」
「ちょ・・・おい・・・」
「ア、アレックス何言ってんだ・・」
「いいんです。むかついてきたんですから。大体イラつくんですよ。
 僕なんて必要ない〜〜!僕なんて死ねばいいんだぁ〜〜!・・・・ガキですか?
 早く死ねばいいのに。・・・・・・・っていうか本当は死にたくないだけじゃないんですか?」

アレックスの言葉に、
ツヴァイは一瞬動きを止めた。

「ふ・・・・・ふざけるなっ!」

「だって死ぬ時間なんてどれだけでもあったじゃないですか。
 その上死にたくないから僕達を襲ってきたし。そのまま殺されればよかったのに」

その通りだった。
生きながらえている必要なんて全くない。
それでもグズグズと生きている。

「それは・・・・」

「あーあ。つまりこう考えてたんですね?
 もしかしたらお兄さんがもう一度拾ってもらえるかもしれないとか。
 まぁいつでも死ねるんなら今日はやめとこうとか。
 本当は死にたくないんじゃないですか。生きる理由待ってるだけです。
 あー女々しい女々しい。やっぱり双子といっても女性なんですね」

「このっ!!カスがっ!!!」

ツヴァイはアレックスの胸倉を掴んだまま、
アレックスを殴り飛ばした。
アレックスは吹き飛ぶ。

「てて・・・・」

「オレは兄上の意志の上でこうしてるだけだっ!死んでいるんだっ!」

「全然違います」

アレックスは、
殴られて赤黒くなった頬を押さえながら立ち上がり、
返す。

「騎士団長は貴方の死を望んだのに貴方は生きている。それは貴方の意志でやってる事です。
 言うなら騎士団長の考えと逆の事やってるんですよ貴方は。言いなりにもなれてませんね」

「!?」

ツヴァイの目が開かれる。

「オレの・・・・意志だと・・・・・」

「そうじゃないですか。大体基本からいって全部貴方の意志ですよ。
 騎士団長のために生きるっていう貴方の意志です。あなたのわがままです」

「ふざけるなっ!兄上の行う事は絶対だっ!
 この世の全ての存在は兄上の手のひらの上で動くしかないっ!」

「でも僕達は騎士団長の考えなんてまるで無視して動いてますよ?」

アレックスが微笑む。
ツヴァイは動揺を隠しきれてなかった。

「オレの・・・・・意志だと・・・・・・・」

「そりゃそうですよ。考えてるのはあなたの脳みそで、それはあなたの体で、
 そしてそれはあなたの人生なんですから。子供にだって分かりますよ。
 あなたが今ここで息をしている事でさえ騎士団長の意志ではない」

「オレの・・・」

「だから死ぬのも自由ですよ?でも死んでない。実際もう貴方は騎士団長を逆らってるんですよ。
 死を望んだ騎士団長の意志に背いて好き勝手に生きてるんです。自分の意志でね」

「オレは・・・・」

ツヴァイは自分の両手を見た。
自分の。
それは自分自身の両手で、
それは自分のもので、
自分の意志で動いている。

「質問戻します。死にたいならさっさと死んでください」

ツヴァイは自分の両手を見たままだった。
死ぬ?
この目の前の自分の体。
失う?
失って終わり。
これは自分の体?
考えたこともない。
全ての頂点である兄。
全てのものはその化身。
道具。
そうとしか考えたことは無かった。

「・・・・・・・・・・」

だが、
これが自分のものだと考えると、
それを失うのを躊躇われた。
いや、
そんな事は知っていた。
だから自分は死ななかった。
生き延びていた。

「一つ言っておきますと、騎士団長なんてそんなたいしたものじゃないですよ?」

「・・・・なんだと?」

「だって殺したいと思った人一人も殺せてないんですから」

「・・・・・・・」

馬鹿らしくなってきた。
絶対なる力を持つ存在は確かにいる。
だが、
それはやはり違う存在で、
自分とは・・・関係ないものだった。
全ての存在は赤の他人。
双子だろうと、
世界の頂点だろうと、
それは無関係な個体。
あたりまえだ。
当たり前だった。

オレは・・・
オレで生きていいのか?
オレとしての人生を歩んでもいいのか?
オレは無駄な人生のまま終えなくてもいいのか?
オレはこのまま死を迎えなくてもいいのか?
・・・・・自由でもいいのか?

「話はこれで終わりです。死ぬなり生きるなり好きにしてください」

アレックスは軽くため息を吐き、
話を終えた。

「・・・・・オレを誘わないのか?」

「はい?何回誘ったと思ってるんですか。
 説教しましたけど仲間にする理由までは思いつきませんでしたよ。
 生きるにしても、僕らと騎士団長に立ち向かう理由は見つかりません」

「そうだな」

「でも仲間になってくれるなら嬉しいですけど?」

「無理だな。オレは誰の指図も受けない」

「でしょ?」

もう一度ため息をつく。
あきれて振り向く。

「オレの意志はオレの意志だ。人の意見なんて関係ない。
 だからお前らの仲間になるなんてまっぴらゴメンだ。
 オレという存在自体、そういうのが気に食わないようにできてるらしい」

「はいはい。分かりましたって」

「だからオレがお前らを使ってやる」

「・・・・・・・・は?」

アレックスは驚いて止まった。
周りの全ての人間も、
驚いて目線を集めた。

「簡単な話だ。お前らがオレの元に来いと言っている」

「え・・・・」
「おいおい分かるようで分かんねぇ話だな」
「俺達はもとからあんたを頭に置くつもりだったが?」

「お前らの団体に入るなどと言っていない。オレはそういうのは大嫌いだ。
 ・・・・兄上と同じかな。自分の意志を使って自分の意志で何かをしたい」

「どういうことですか?」
「つまり俺らに道具になれって言ってんのか?」
「反乱軍とかじゃなくてあんたの好きなまま生きるための道具ってことか?」

「そうだ」

「なんじゃそりゃ・・・」
「ちょいと喜んで損した・・・」

「だがまぁ・・・」

ツヴァイが微笑む。

「ちょいと兄上がどういう存在か確かめたくなった。あれがどういう存在だったか。
 そしてオレはなんなのか。というかオレがオレであるという事を確かめるためには、
 今までのオレと間逆の事をしてみるのが一番だな。
 今までのオレを否定してみたい。オレとしての人生を歩んでなかったオレをな。
 そのために兄上に逆らってみるとしよう。どうせ死んだ命だ。死に進んでみよう。
 自分を確かめるために命など惜しくも無い。自分を手に入れてみようか。
 ・・・・・・・・・・・・とうことだ。まぁお前ら、ちょっとオレに付き合ってみろ」

アレックス達は呆然とした。
まぁ・・・何を言うのかと思えば・・・。
直球に言ってしまえば・・・・
素直じゃない。
素直じゃない事この上ない。
というか偉そうだ。
アレックスはちょっとむかつく反面、
おかしくて笑った。

「カッ、」

ドジャーも同じだったようだ。
そして、

「ノッた・・・・ノッたぜ。いい。そういうのいいぜ。なんかこう・・・アホだな。
 カカカッ!そういう馬鹿らしい理由が一番だ。大好きだぜ♪
 いいな。クソッタレ仲間じゃねぇか。クソッタレの逆襲!」

ドジャーは嬉しそうにツヴァイに歩み寄る。
そして手を触れようとしたが、

「一緒にするなカス」

ツヴァイは手を弾いた。
ドジャーはキョトンとした。
そして顔をしかめた。

「・・・か・・・っわいくねぇーーー!!」

だがツヴァイは笑顔で返してきた。
先ほどまでとは違う事は感じて取れた。
素直じゃないなんてのは間違っていた。
この素直じゃない性格。
これが彼女自身なのだ。
ありのままのツヴァイなのだ。

「お・・・おいおいマジかよ」

ジャスティンはまだ動揺しながらも、
口を変わるのを止められないようだった。
そして感情を抑えられないように、
ジャスティンは飛び跳ねてアレックスに抱きついた。
左手が折れていることを忘れ、
痛みで泣いた。
アホだ。
冷静な人間がたまに我を忘れるとこうなる。

ツヴァイは話を続けた。

「オレはわがままというものをしたことがない」

「カッ!わがまま放題に見えるけどな!」

「・・・・・・・」

ドジャーの思わず滑って出た言葉に、
アレックスは慌ててドジャーの口を塞ぎ、
ジャスティンはドジャーを殴った。

「自由に生きるというのを見てみたい。やってみたい。オレの人生であるならな。
 オレの人生が今まで無駄だったように、それを否定し、意味を持たせてみたい。
 ・・・・・・・・・・オレは今まで、羨ましく思った存在が二つある。もちろんひとつは兄上だ」

ツヴァイはそう言い、
視線をアレックスに合わせた。

「もう一つはアクセルとエーレンだ。お前の両親だよアレックス。
 昔は疑問しか浮かばなかったがな。あれは嫉妬というものだったのかもしれない。それを確認する」

「カッ!感情なんてあったんだな!」

ジャスティンはまたドジャーを殴った。
一言余分な人だ。
というより言葉自体全部余分だ。

「あるさ」

ツヴァイはそう言った。

「オレにも兄上にもな。兄上は感情があるからこそ恐怖で・・・絶対的なんだ。
 だが兄上にない感情がある。喜怒哀楽。いや、喜怒と楽は兄上にもある。
 喜びもあれば怒りもある。人を使う歪んだ楽しみもある。
 が、"哀"はない。兄上でさえそれを確認したくてオレを殺した」

ツヴァイは自分の腹に手を当てた。
兄に貫かれたその腹を。

「そしてオレには"楽"というものが無かった。喜怒哀楽の中でそれがない。
 兄上に従うのが喜びで、それに反する者が怒りで、それに反した時哀しみだった」

「カッ、教えてやんぜ」

ツヴァイの目がドジャーを睨んだ。
感に障ったかと思ったが、
そうでもないらしい。

「あと・・・・・少し羨ましいとだけ思った」

小声だが、
それは確実に聞こえた。
誰よりも万能で、
才能のある人間が溢した言葉だった。
繋がっているような、
突然的で訳の分からないような、
誰に対して言っているのかも分からないが、
自分達に対してならば、
それは驚きに変わるに十分だった。

「羨ましいねぇ・・・」
「十分にわがままじゃないですか」

そんな言葉も届かずに、
ツヴァイは振り向いて歩いていった。
向こうのほうへ。
ツヴァイ。
彼女が歩いていく先。
そこには・・・・・・・・
木陰に隠れるバンビが居た。

「・・・・・・・」

バンビの前に立ち、
ツヴァイは黙った。
見下すような視線。
不器用なものだ。
だが次に出た言葉は、
やはりあまりに不器用あった。

「すまなかったな」

違和感しか産まない言葉だった。
突発的で、
突然的で、
あの存在から出てくる言葉には思えなかった。

「な・・・によ・・・・」

「兄上以外に発したことのない言葉だ。だがこの言葉を最初にお前に使わせてもらう。
 ・・・・・・・オレは少し恐怖を感じた。死にだ。兄上以外に初めて味わった恐怖だった。
 自分の死さえ恐怖に思わなかったのだが、無駄な死に恐怖というものを感じた。
 無駄に死ぬ。人生を無駄に終えるということに・・・・ドラグノフの死を見て感じた。
 いや・・・それはずっと感じてた事だったんだろう。だからオレは生きながらえていた」

死への恐怖。

「無駄な死というものを嫌う。オレがそう生きないため、そうしてみようと思う。
 だから最初に、あの海賊の死に少しでも意味を添えてやりたいと思った」

ツヴァイらしくない、
素直で純粋な感情だった。
だが・・・・
バンビの表情は逆だった。
悲しみと、
怒り。
それが満ち溢れた泣き顔だった。

「・・・・・・親父の死は・・・・無駄じゃないって言いたいの・・・・」

「・・・・・」

「あんた一人が仲間になるために親父は死んだっていうの!」

「オレが彼の人生に少し意味を添え加えれるとしたらそれくらいだ」

「・・・・・ぐ・・・うぅ・・・・」

バンビは涙で顔をクシャクシャにした。
許せない。
こいつは父を殺した。
だが、
親父の死が無意味であっても欲しくない。
この悪魔が生きていないと、
父の死が無駄になってしまう。
だが・・・感情は抑えられない。
どうしたらいいのか分からない。
悔しさと、
悲しさと、
怒りと、
そして迷い・・・・。
それが合い重なってバンビの顔を歪め、
無力に涙として流された。

「・・・・・・・うぅ・・・う・・・・・・・・」

「許せとは言わない」

「・・・・うぅ・・・・・うるさい・・・・・」

声にならない声と、
どうしたらいいのか分からない幼い心。
立っているのもおかしくなり、
バンビは泣きじゃくりながら、
ツヴァイの胸へと倒れ掛かった。

「・・・・うぅ・・・・・う・・・・・・・あんたなんかに何が分かる・・・・親父の死の・・・何が・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・ぼくの・・・・気持ちの何が・・・・」

泣きじゃくるバンビの声と、
零れ落ちる涙。
それらの零れる音だけが音として響き、
零れ、
混ざり、

「・・・・・ぼくは・・・・」

そして・・・・・

「・・・・・海賊王だ・・・・・」

その中で一つ違う音がした。

「うぅ・・・・う・・・・・うぅ・・・・・・」

バンビはただ泣いていた。
泣き続け、
泣いて、泣いていた。

「・・・・・・・」

ツヴァイはふと小さく笑った。

「本当だな。やはり兄上のためだけに生きてきたオレに・・・・人の気持ちを理解するのは無理か・・・」

ツヴァイは笑みを浮かべたまま、
少しうつむいた。

「二回も穴が空くとはな・・・」

そして・・・・・・・・ツヴァイは倒れた。

ユラリと、
ユックリと、
漆黒の戦乙女は倒れ、
泣きじゃくるバンビの視界の下に崩れた。
何が起こったか分からない他の者達をよそに、
ツヴァイは地面に仰向けに倒れたままだった。

腹にはダガーが刺さっていた。

「うぅ・・・・・・・うあああああああああ!!!」

バンビは壊れたように泣き叫び、
泣き崩れ、
地面にへたり込んで哀しみに溺れ、
両手についたツヴァイの血に目もくれず、
自分が刺し倒したツヴァイにも目をくれず、
天に向かって泣き叫んだ。

「なっ・・・」
「早く転送しろ!!!病院だ!早く!!早く!!!」
「アレックス!ぼやぼやしてないで蘇生だ!」

慌てるアレックス達をよそに、
バンビは泣き叫び、
ただ、
居なくなった父がまた「集合ー」と自分を呼んでくれるのを夢見、
雨のように泣いた。














                 






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