「はぁ・・・はぁ・・・・・・・」

アレックスは走っていた。
見覚えのある99番街。
他人から見たらどこも同じ景色に見えるだろう。
どこもゴミ箱。
腐りかけた街並み。
それが99番街。
灰色の街並みをかきわけ、
アレックスは走る。

「そんな簡単には追ってこれないはず・・・・」

何度も後ろを振り向きながら、
アレックスは何度も何度も曲がり角を曲がる。
身包み剥がされた騎士の死体もちらほら見える。
99番街の者達にやられたのだろう。
だがそれに何かを感じているヒマはない。
結構走り回っていると思う。
迷路。
それが分かりやすい99番街の紹介だ。
入るのは簡単。
出るのは色々な意味で難しい。

「ふぅ・・・・」

もう一度曲がり角を曲がったあと、
曲がり角の先でアレックスは止まり、
壁にもたれかかって座り込んだ。

「逃げ回ってる場合でもないんですが・・・・
 どうにか不意を付かないことには倒せませんからね・・・」

アレックスは曲がり角の先を見渡す。
サクラコの姿は見当たらない。
まぁそのはず。
そのように走ってきた。
この迷路のようなスラム街。
住んでいない限り迷う事は必死。

「どうにか不意をついて・・・できれば一撃で仕留めないと・・・・
 真っ向から勝負したら44部隊には勝てないし・・・」

アレックスは槍を握りこむ。
実力は完全に相手が上。
確実にだ。
やれるか・・・
いや、やらないといけない。
勝ち負けは強さで決まるわけではない。
勝ったほうが勝ちなのだ。
ドジャーの考えでもあり、
それは賛同できる考え方だった。

弱者が負けるなんてルールはどこにもない。

「・・・・・・?」

アレックスは何かを感じる。
音。
足音。
軽い足音だ。
イスカほどの五感がなくとも、
それが女性の足音という事は分かる。
先ほどまで戦場になっていたこの街。
そこに一人で歩く女性の足音。

「カンがいいようですね・・・・」

アレックスは曲がり角の先をこっそり見る。
顔を半分だけ出して覗き込んだ先には・・・・
ムチを振り回しながら上機嫌に歩く女性の姿。
女盗賊。
サクラコ=コジョウイン。

「アレックスたいちょ〜♪ でてきてぇ〜ん♪」

普通のサイズよりもどう考えても長いムチ。
2・3倍は長いんじゃないかというムチを振り回し、
サド女が路地を歩いてくる。
女王様のお通りだ。

「出ていくわけないでしょう・・・・」

アレックスはため息をつく。
どうする。
こんなに早く近づいてくるとは思っていなかった。
今動いたらバレるか・・・
だからといって出て行くわけにはいかない・・・。

「一端逃げる作戦再開ですね・・・」

アレックスは、
その路地裏から逃げようとした。
が・・・
足を止める。

「でもこのままじゃぁいつまでたっても同じかな・・・いい状況に持っていきたいけど・・・
 それまでドジャーさんとイスカさんがもつとも限らない」

逃走をやめ、
あらためて路地裏から覗き込む。
サクラコが嬉しそうに歩いている。
獲物を追うサド女。
蝶を探す蜘蛛女とでもいったところか。
生き甲斐のように楽しいのだろう。

「あちらは気付いてなくて・・・僕からは見えている・・・
 逆にこれ以上の状況はないかもしれません」

アレックスは胸の前で十字を描く。
ここからパージフレアで強襲する作戦だ。
いや、暗殺に近い。
盗賊とやるならば・・・
やはりこれだ。
見えないところから飛び道具。
やっかいなスキルを使われる前に終わらせるのが一番だ。
アレックスは指をコッソリとサクラコの方へ・・・・

「そこかっ!!!」

突然サクラコが叫んだ。
と同時、
長い長いムチがヘビのようにうねる。
爬虫類の舌のように伸びてくる。
そして・・・・
アレックスが隠れている曲がり角。
その角のレンガを砕かれた。

「アレックス隊長みぃつけた♪」

あらわにされるアレックスの姿。
崩れたレンガの先に見えるサクラコの姿。
獲物を見つけて憂いた表情。
舌をユックリと右から左へ舐めまわし、
下唇を噛んで笑うサド女の姿。

「逃がさないわよ!!!」

サクラコが左手を振る。

「やばぃっ!!」

アレックスは曲がり角の奥へと飛び込む。
ゴロゴロと転がった後で振り向くと、
先ほどアレックスがいた場所は・・・蜘蛛の巣に覆われていた。
外れても残るほどのスパイダーウェブ。
これが本当のサクラコの得意技。
下手なスパイダーカットじゃ解除できないとまで言われている。

「捕まったらお終いですね・・・・作戦逆行!やっぱりもう一回逃げます!!」

アレックスはサクラコとは反対側へと走り、
逃げる。
やはりもう一度・・・・
不意をつけないとやばい。

「あのムチのリーチには槍じゃ勝てない・・・・
 パージの動作もムチに比べたら遅すぎる・・・・
 いや、それ以上にあのスパイダーウェブに捕まったら終わりだ・・・」

逃げながらそう考えるアレックス。
そして実際そうである。
いうならば・・・・
不意をつかない限り勝てない。
何もかもで負けているのだ。

「何が何でも不意をつかないと・・・・」

次の曲がり角をまた曲がる。
だが・・・・

「なっ!?」

その先で・・・・
絶世のサド女が笑っていた。

「ま、回り込まれてた!?」

「ウフフ、あたいはこういう事を生涯やってきたのよ?
 獲物がどう逃げるかとか結構分かっちゃうのよね♪
 だけどこの街は複雑で汚くていやねぇ・・・・・・」

アレックスはすぐさま引き返す。
曲がり角へ戻り返し、
姿をくらます。
そうしないとスパイダーウェブの餌食になってしまう。
曲がり角に戻りなおし、
サクラコから見えない所へと逃げ込んだ。

「逃げないでよアレックスた・い・ちょ♪」

「ぐあっ!!!」

アレックスの背中に・・・・
激痛が走った。
殴られるよりも斬られるよりも痛い。
そんな激痛。
それが鞭打ち。

「うぐ・・・・」

アレックスは余りの痛みに一度足を止めた。

「アレックス隊長〜・・・・。一つ分かってないみたいね♪
 ムチっていうのは・・・・"しなる"のよ?」

サクラコが地面にムチを打ち付ける音がした。

「ムチのような形状なら・・・・反動を使って死角に攻撃する事も可能なのよ♪
 見えないところだってムチなら攻撃できる。曲がり角の先だってね♪
 分かる?あたいから逃げ切るなんて無理なのよ〜〜」

だが、アレックスはもう一度走り出す。
複雑な地形的ほど、死角へ攻撃できるムチが有利。
だがアレックスは路地裏へと逃げ込む。
だからといって真正面に出るわけにはいかないからだ。

「あら、元気があっていいわねぇ〜。それでこそあたいのアレックス隊長よぉ。
 可愛い顔してそーいう性格♪そこが可愛がってあげたいところだわ」

アレックスは逃げる。
今度はどちらかというと真っ直ぐに。
細い路地裏。
スラム街の路地裏を走る。
ゴミ箱をかきわけ、
まっすぐ走る。
これなら少なくとも回り込まれる心配はない。

「でも・・・・僕が不意を付くことも不可能・・・か・・・・」

だがしょうがない。
一度完全に見失うまで逃げ、
それから攻撃をするしかアレックスが勝つ方法はない。
それまでドジャー達がもっているかが心配だが・・・・

とにかくアレックスは走った。
細い路地裏をかき分ける。
太陽の光も当たらない汚い路地裏。
そこを走る。

「ここまでこれば・・・・・」

アレックスが走りながら後ろを振り向き、
サクラコの姿がない事を確認したあと、
また前を向いて走り始めた。

何も無い路地裏。
ただまっすぐの路地裏の道。
すぐ横はレンガの家に挟まれ、
完全なる一本道。
細く狭く、長い。
真っ直ぐ一本道の路地裏。
安全な・・・・・


「だっりゃぁあああああああああ!!!!!!!」

「!!!???」

突然横の壁が崩れ、
はじけ飛び、
男が飛び出してきた。

「チィ!外れたか!」

突然すぎて何がなんだか分からなかった。
進行方向の横の壁が砕け、
そこからスキンヘッドの男が飛び出してきた。

「まぁいいか・・・・掘りつくしてやるぜ!」

その男は見たことがある。
たしか44部隊の一人。
『水陸両用モグラ(ドリルマッシャー)』と呼ばれる男。
ヴァーティゴ=U218。
両手にドリルを装着した修道士。

「ギュゥイイイインン♪掘って刻んですり潰すぅうう♪」

血管の浮き出るスキンヘッド。
普通に歩いていたら道を開けたくなるような怖モテの顔をしている。

「くっ・・・新手・・・・・44部隊は4人で来たんじゃなかったんですか・・・・」

グレイ、
サクラコ、
ダ=フイ、
エース。
この4人だけで来たとばかり思っていた。

「おう、5人で来てたんだっぜぇー!」

ウィインウィインと両手のドリルを回転させながら、
ヴァーティゴは嬉しそうに笑う。

「ちょっとヴァーティゴ!!なんであんたこっちにいるのよ!!」

反対側。
路地の向こう側。
そこにはサクラコ。
ただの一本道の路地裏。
前にはドリル男ヴァーティゴ。
後ろにはムチ女サクラコ。
・・・・挟まれた。

「いいじゃねぇかサクラコ」
「よくないわよ!あんた隠れてエースの加勢するんじゃなかったの!?
 エースは武器が手に入ればいい、あんたは肉を掘れればいいって事でそうなったんじゃない!」
「あぁーあれね」

ヴァーティゴはスキンヘッドを横に揺らし、
首を振った。

「あっちはもう終わった。早ぇもんだったぜ」

「え!?」

今の話からすると・・・・
イスカさんはもう負けた!?

「だからこっち来たんだよ!」
「あぁあっちもう終わったのね。予想より10分くらい早いわ。
 『人斬りオロチ』もたいした事ないわね。でもあたいのアレックス部隊長をとらないでよ!」
「アレックス部隊長は皆の獲物だろ?先か後かってだけじゃねぇか。
 俺ぁちょい食い足りねぇもんでよぉ!これでギュィイイイイインってな♪」

ヴァーティゴは自分の腕で回るドリルを見て、
嬉しそうに笑う。
いや、
それよりもアレックスが気になるのは今のセリフだ。

「食い足りないっていうのはどういう事ですか?」

聞き流しそうになる言葉だったが、
ここは重要なキーワードだ。
場合によってはイスカは・・・・

「あぁ、なんかユベンからいきなり通信が入ってよ。イスカって奴は捕えて連れてこいってさ。
 俺達はどうせ命令違反で殺されるんだから関係ねぇ!っつったんだが、
 成果を挙げて戻ってこれば辞表はどうにか揉み消せるかもしれないってさ」
「どうだかねぇ」
「あぁ、どうだか」
「あたいらはあのアインハルトを裏切ったんだよ?
 っていうかこの行動さえアインハルトの手の上だろうしね。
 捨て駒にされたあたいらがおめおめ生きて戻ってどうなるか・・・・・」
「まぁ可能性を信じてエースがイスカって奴を連れ帰ったよ。
 どうせ死ぬならダメ元で手土産持って44部隊に戻る志願をするってな。
 名刀セイキマツがやけに気に入ったせいで生きたい気持ちが出てきたらしい」

つまるところ・・・・
イスカは無事という事だ。
エースという男が、
許しの手土産に連れ帰ったという事。
44部隊の事情まではどうでもいいが、
イスカは死んではいない。
・・・・・捕らわれたというのはかなりよくない状況だが、
無事であるならまだいい方だ。
だが・・・・・

「つまり・・・・僕もドジャーさんもあなた方44部隊と1対2でやらなきゃならないんですか・・・」

現状は・・・・
アレックスに対し、サクラコとヴァーティゴ。
ドジャーに対し、グレイとダ=フイ。
タイマンでも勝ち目の薄い44部隊と・・・・
1対2の状況が出来上がった。

「そういう事だ♪」
「ちょっと!あたいは認めないわよ!
 あたいがあんな事やこんな事してアレックス部隊長と遊ぶんだから!」

それは是非とも遠慮いただきたい。

「やだね!俺もドリルでひき肉にしたいもんでな!」

それもやめて欲しい。

だが、
事態はかなり深刻だ。
1VS2。
相手は44部隊。
さらに・・・・

「袋のネズミですか・・・・」

前と後ろを確認する。
この細い路地裏。
目の前にはヴァーティゴ。
後ろにはサクラコ。
シャットダウン。
この細い路地で挟まれている。
完全に挟み撃ち。
逃げ場はない。
いや・・・・
ない事にはないが・・・・
どうやって"そこ"に行くかだ。
・・・・・・・
かくなる上は・・・・

「あっ!」

「ん?」

アレックスが指を指した瞬間、
ヴァーティゴはそちらを向いた。
その隙にアレックスは逃げる。
ヴァーティゴが突き破ってきた壁の穴の中に。

「あ、汚ぇ!」
「ちょ、あんた馬鹿なの!?そのスキンヘッドの中身はどうなってるのよ!
 脳みそまでシワなしツルツルのスキンヘッドで出来てるわけ!?」
「う、うるせぇ!」

アレックスは走る。
ヴァーティゴが開けた壁の中。
つまるところ家の中。
そこを駆け抜け、
反対側から飛び出す。

「くっ・・・どっちに行こう」

出た先はやはり灰色の街並み。
だが迷ってる場合じゃない。
とにかく走り出す。
逃げるしかない。
もう真っ向勝負もなにもない。
とにかく逃げて好機を見つけ出すしかない。

「僕が逃げ続けてたらドジャーさんの方も危ないけど・・・・
 僕も1対2な訳だから心配してる場合じゃないですね」

99番街の角を曲がり、
角を曲がり、
とにかく逃げる。
何か方法はないか・・・・
手助けなど何も期待できない。
自分が・・・
自分でなにがしなければならない。

「無駄よアレックス隊長♪」

走りこんだ先。
またサクラコ。
回り込まれていた。
すぐさまアレックスは体を翻し、
反対方向へ。
が、

「ぎゅぃいいいいいいん!!!」

地面が砕け、跳ね上がる。
そして地面から飛び出してきたスキンヘッド。
破片が飛び散り、
着地するヴァーティゴ。
どうやって地面の中に潜ったのか。
ドリルで掘り進んだのだろうか。
ともかく、
ヴァーティゴが地面からロケットのように飛び出してきた。

「追い詰めたぜぇ・・・・掘って刻んですり潰・・・」

「あっ!」

「ん?」

「馬鹿だこの人・・・・」

「あ、てめ・・・・」

アレックスはまた今の隙に逃げ出す。

「3度は通用しないだろうな・・・・」

アレックスはそんな事を思いながらまた逃げる。
ともかく逃げるしかない。
次はどうやって逃げようなんて考えてる時点でだめだ。
考え方を変えなければならない。
だが・・・・
隙をつくにもつけれない。
だからといって真正面からいっても自殺行為。

「背中が痛い・・・」

アレックスは走りながら背中をさする。
先ほどサクラコから受けたダメージだ。
ムチ。
鞭打。
そのダメージは長く続くものだ。
ヒリヒリする。
冷たいような痛みが、
背中に残り続ける。

「やばっ!」

アレックスは急ブレーキをかけた。
走り続けた結果、
出てしまった。
大通りに。
隠れる場所が少ない。

「そろそろやばいんじゃないのぉ?」

嬉しそうなサクラコ。
大通りの向こう側で嬉しそうに笑いかけ、
舌をペロり。

「クッ・・・」

逃げる。
大通り、
格好の標的だが、
反対方向に逃げるしかない。
いや、
これは逆に好条件かもしれない。
スパイダーウェブは怖いが、
距離をとればパージフレアがある。
スパイダーウェブとパージフレアが同時に放たれたとして、
怪我をするのは向こうだけだ。
その後ヴァーティゴにやられる危険性はあるが、
それでも一人倒せるかもしれない。
そのわずかな可能性にかけるだけの価値はある。

「・・・・・・」

アレックスが走る。
その方向。
・・・・・・・川。
石橋。
ルアス川というのがルアスの町には流れている。
その下流が99番街まで流れてきている。
ここがそこだ。
石橋がかかり、
石堀の下にはルアス川。

「橋なら通り道は一つ・・・・何かに使えるかも」

アレックスは石橋を渡りながらそう思う。
橋。
自分を追ってくるならば、
サクラコは必ずこの小さな橋を渡る。
ならば最初から橋を目標に定めておけばいい。
パージフレアの魔方陣を設置しておくのだ。
すればこちらが先に攻撃できるかもしれない。

「よし・・・・」

そう言いながら、
アレックスは橋を・・・・・・・

「逃がすかよぉおおおおお!!!」

正直ビックリした。
またヴァーティゴが飛び出してきた。
それは・・・
川の中から。
何を思ってそこに入っていたか分からないが、
水しぶきをあげながら、
ヴァーティゴが川の中から飛び上がってきたのだ。

「俺のドリルは右と左で水陸両用でなっ!!!」

ヴァーティゴが川から川へ。
橋を飛び越える飛び魚のように飛び上がってくる。

「クソッ・・・・」

アレックスは屈みながら転がる。
元来たほうへ。
ヴァーティゴの攻撃を間一髪かわす。
ヴァーティゴは端を越飛び越え、
イルカのようにまた堀の下、
川の中に水しぶきをあげて潜っていった。

「追跡者が二人・・・・やっかい過ぎる・・・・」

「その問題ももう解決よ」

背後。
サクラコの声。
振り向いた時にはもう遅かった。
サクラコのムチが伸びてきている。
ヘビが飛び込んでくるように、
生き物のように、
うねりながら鋭く放たれるムチ。

「だってもう逃げる必要なんてないんですもの」

ムチはアレックスの手に直撃し、
アレックスの槍が弾かれ吹っ飛んだ。

「くっ・・・・・」

ムチを食らった右手に激痛が走る。
手を押さえずにはいられなかったが、
それよりも転がる槍を目で追う。
唯一の武器。
それが弾かれた。

「余所見はいけないわぁん♪」

その通りだった。
剥がされた唯一の武器。
頼みの綱。
槍。
それを弾かれたため、
どうしても目で追ってしまった。
そしてその隙をサクラコが逃すはずがない。
44部隊。
無敵艦隊とも呼ばれる歴戦の戦士。
終焉戦争を生き延びた猛者。

「蝶々さん捕まえたぁん♪」

もう一度放たれていたムチ。
それは・・・・
攻撃じゃなかった。
アレックスの体にムチが絡みついたのだ。
両腕ごと縛るように、
アレックスの体にムチが絡みつく。
スタンスラップ。
相手の動きを封じ込めるムチのスキルだ。

「ヒラヒラと危うく逃げて逃げて・・・捕まるに決まっているのにヒラヒラ必死に逃げて・・・
 そして捕まり絶望を感じる蝶々・・・・・この時を待っていたわぁ・・・・・・」

サクラコは悶えた。
アレックスを捕えたムチを放り捨て、
自分の体を両手で抱え、感動に震える。
いや、快感に震えると言ってもいい。
そして愉悦に悶えるサクラコは、
次に右手を振った。

「雁字搦めの坊や・・・・ステキねぇ」

それはスパイダーウェブ。
蜘蛛の巣がアレックスを捕える。
両腕ごとグルグル巻きになったアレックスを、
蜘蛛の糸が捕える。
ムチと両腕ごと、蜘蛛の糸がアレックスを地面に縛りつけた。

「ステキ・・・・蜘蛛の巣にかかって身動きできずに絶望に浸る蝶々・・・・
 縛られて身動き一つできないアレックス部隊長・・・・この時を待っていたわ」

サクラコは身悶えながら、
ヨダレを垂らさんばかりの愉悦の表情で、
舌を転がし、
こちらに近づいてくる。

「く・・・・しくじりました・・・・」

想定する中で最悪の状況だった。
両腕ごと束縛される。
相手に何もできないまま、
捕まる。
どうしようもできない状況。

「私は自由・・・・でも獲物は捕まって身動き一つ出来ない・・・・
 この・・・・この獲物を見下す快感・・・・やめられないわ・・・・」

サクラコは懐からダガーを取り出し、
アレックスの頬に添える。

「獲物がこんなに可愛かったらなおさらね♪」

サクラコのダガーがアレックスの顔を伝う。
ソッと傷つけないように、
細心の力加減で伝わせる。
1mmでも動いたら血が噴出す。
それを楽しむ。
その楽しみが・・・・・サクラコの表情を愉悦に浸らせる。

「いいわぁ・・・その目・・・・絶対何も出来ないのに・・・諦めを見せないその目・・・・」

サクラコが自分の唇を舐める。
アレックスの目。
それはまだ戦意の消えていない目。
完璧にチェックメイトなのだが・・・
生きている限り諦めていない目。

「この・・・お目々・・・・これを絶望に歪ませる事ができた時の快感が楽しみだわ♪」

サクラコの口から唾液が溢れ出した。
自ら気付いていないのか、
とにかく極上のデザートを見ているかのように、
唾液が唇の端から零れ落ちる。
と思うと、
サクラコは自分の舌でそれを舐めとった。

「まず一発♪」

ダガーを持っていない方の手。
それが突然飛んでくる。
平手打ち。
ビンタ。
それがアレックスの頬にぶつかり、
パシィンと甲高い音を奏でた。

「痛っ・・・」

アレックスの頬が痛みで赤らむ。
手を振り切ったサクラコは愉悦な表情でアレックスを見ていた。

「いいわぁ・・・・・何も出来ない男に痛みを与えてあげるのって・・・・」

サクラコはもう一度平手打ちをお見舞いする。
確実に、攻撃という目的でもなく、
ダメージを与えるという目的でもなく、
ただ自分の楽しみのため。
相手を殺す目的もなく、
ただ生かしたまま弄(もてあそ)ぶのが目的。

「ビンタって痛みが残るでしょぉ?だから我慢もその内できなくなるわ。
 どんな男だってあたいが与えてあげる痛みを受け続け・・・
 そして可愛いお顔が泣いて崩れるの・・・・・「許してください」ってね♪」

またもう一度アレックスの顔をハタく。
赤みを帯びるアレックスの頬(ほほ)。
流血するでもなく、
表面的に痛みが残る。
そして嬉しそうなサクラコ。

「本当はムチで嬲(なぶ)ってあげたいんだけどね。
 あいにく今日はその捕らえているムチしか持ってきてないの。
 残念だわぁ〜・・・・ムチの方が痛くて痛くて歪む顔が見れるのにねぇ。
 それでね、強烈な痛みも最後には麻痺して感じなくなっちゃうのよ。
 ムチで嬲っても嬲っても痛みを感じなくなっちゃうの。
 何も出来ない上に・・・・何も感じなくなっちゃう。人間としての最後ね。
 だからあたいが選んだ可愛い坊や達はみんな最後は泣いて頼むのよぉ?
 ・・・・・・・・・「もっとください」ってね♪だからあたいはこう答えるの・・・・」

サクラコは、
身動き一つとれないアレックスに詰め寄り、
顔と顔を添えて耳元で囁く。

「"女王様お願いします"でしょ?・・・・・・・ってね」

そして顔を離し、
アレックスを見下すように見る。
だが、
アレックスの顔に消失の二文字はなく、
目は反抗する犬のように尖って睨んでいた。

「いいわ・・・その不屈の目・・・・屈しないって感情が見て取れる・・・・
 諦めないって心意気が感じて取れる・・・・・
 可愛い顔してそんな心を持ってる男が一番可愛いわ・・・・そして・・・・」

サクラコはもう一度ダガーをアレックスに付けつける。
目の前でチラつかせる。

「それをあたいの僕(しもべ)のように調教する・・・・
 それが一番の快感だわ・・・・堕ちていく姿が見たい・・・・
 さぁアレックス部隊長・・・・・言ってごらん?あなたはまだ死ぬわけにはいかないはずよ?
 野望に煮えたぎってるはず。まだ命を失うわけにはいかないはず。
 堕ちた犬のようになってでもあたいに跪(ひざまず)かなきゃならない・・・・
 命を請わなきゃならないの・・・・自分を捨てて奴隷人形のように生きる決意をしなさい。
 さぁ・・・・・言ってごらん・・・・・あたいを「女王様」ってね」

だが、
アレックスはこんな状況でも、
フッと笑い言い返した。

「いやですよ。だってどうせ後から他の44部隊の方達がきて僕に復讐するんでしょう?
 どうせ死ぬんじゃないですか。言いなりになるメリットはなにもありませんね。
 ならあがけるだけあがきますよ。堕ちなくてもダサくカッコ悪くね。
 それに僕はのんびり生きたいのであまり重たい女性は嫌いです。
 それが性格破綻者ならなおさらですね。はっきり言ってあなたの性格は規格外です」

血が飛んだ。
何のかと思うと、自分の血だった。
痛みの残る頬に切り傷が入っていて、
サクラコはダガーを振り切っていた。

「口を慎みなさいアレックス部隊長」

サクラコは笑顔でそう言った。
アレックスの暴言が気に食わなかったのか、
ダガーでアレックスの顔に傷を付けたあと、
目の据わった笑顔を見せていた。
顔にはアレックスの返り血がかかっている。

「まぁいいわ。こういう強情な坊やを調教していくのが楽しいんだからね。
 そのうち「サクラコ様がいないと」・・・とか言うようになるのが楽しみだわ。
 フフっ・・・・やっぱりあなたはいいわねアレックス部隊長・・・・
 スミレコにあげるにはもったいない・・・・ここであたいのモノにしとかないと」

サクラコはまたアレックスに顔を近づける。
自分のダガーでアレックスの顔を傷つけ、
その返り血がかかった顔で、ふと至近距離で笑顔。

「アレックス部隊長・・・・"ごめんなさい"・・・・は?」

「はい?」

「あたいの顔に返り血かけてごめんなさいって言いなさい」

「・・・・・・・・・・」

ため息が出そうになる。
もうこのサド女の思考回路が分からない。
自分で攻撃しておいて謝罪させるなんて・・・。
これが女王様とやらの行動なのだろうか。
こーいうのが楽しいのだろう。
はっきり言ってわけが分からない。
そしてついにため息を漏らしながら、
アレックスは言った。

「すいませんね」

「あら、もうちょっと素直に言ってくれた方が気持ちいいんだけど♪」

「いえ、そうじゃなくて・・・・・・僕の勝ちってことです」

アレックスが口元を緩ませながら余裕のある口ぶりをした。
今度はサクラコ側からしてわけが分からない発言。

「何言ってるの?頭おかしくなったのかしら。
 ムチでがんじがらめでその上蜘蛛で固定されてるのに、
 そこから勝てる手段があるわけないじゃないの」

「いえ、だからこそ僕の勝ちです」

「・・・・・・やっぱり頭がおかしくなったみたいね。
 まぁそうなってきた方が調教は面白いんだけどね」

「逃げながら考えてたんですよ。どうやって追ってきてるんだろうって」

「だから!あたいは人を追い詰めるのが趣味なの!
 逃げる可愛い獲物。その追い詰め方がなんとなく分かるのよ!」

「えぇ。あなたはそうなんでしょう。でもヴァーティゴさんはどうなのかなってね」

アレックスはふと笑った。

「ヴァーティゴさんも似たようなタイプでしょう。
 なんかもう獲物を追い詰めて殺す。そういうタイプでそういう人。
 ただ、妙じゃないですか。貴方のように追い詰めるセンスもあるんでしょうが、
 それ以上に・・・・ヴァーティゴさんは全て強襲です。強襲なんです。
 壁から、地面から、水中から。ドリルで掘って出てくる。センスだけにしては攻撃が的確すぎます」

「あらあら、で?不思議ってことかしら?」

「音でしょう」

「・・・・・・」

サクラコは表情を曇らせながら、
黙り込む。

「ヴァーティゴさんは獲物の音を狙って強襲してくる。
 だから"今は攻撃してこない"。こんなに長々とあなたが僕と遊んでてもね。
 足音を中心に、地面や壁を伝わる音で追跡しているわけですから無理ですよね。
 音がしないからヴァーティゴさんはどこかにドリルで潜ったまま。
 だからモグラが冬眠するようにどこかの中で眠ったまま状況も分からず待機中」

「だから何?」

サクラコが睨むような目でアレックスを見る。
怒りに近い表情。

「つまりこのまま黙っていればヴァーティゴはこないってことね。
 ふふ、それはあたいが"わざと"そうしてるの。あなたで弄ぶためにね。
 あんな奴出てきたらあんたなんて一瞬でオジャンにしちゃうから面白くないの」

「・・・・・・・・蜘蛛で固定されてるから足音は出せませんねぇ。
 でも、さすがに大声出せば気付くかもしれませんね」

「だからなんなのよ!あなたの状況は変わってないわ!
 ムチで絡められて蜘蛛で固定されている!」

「そう、つまり・・・・・ヴァーティゴさんは・・・・音を出せば来るって事ですよ」

「・・・・・・・ふん。何かと思えば、つまりこういう事?
 どうせ死ぬならあたいの楽しみを奪っちゃおうって事ね。
 ・・・・・いや、悪知恵の働くアレックス部隊長の事だからもしかして取引に使いたいのかしら?
 助けないとヴァーティゴを大声で呼んであたいの楽しみを奪っちゃいますよ!ってね。
 そんな取引は無効だわ。まだまだあなたはあたいの奴隷として調教不十分ね」

「いえいえ、ヴァーティゴさんが来て困るのはあなただけです」

「は?何言ってるのよ。ヴァーティゴが来たらあんたなんてミンチよ」

「あなたもね」

「へ?」

「ヴァーティゴさん!僕はここですよ!!!!!!」

突然99番街中に聞こえそうな大声を発するアレックス。
響き渡る声。
どこに居ても聞こえるような声。
大声という名の発信機。
そして・・・・・・・・・


「しゃぁぁぁあ!!!すり潰してやるぜぇええええええ!!!!!」

ヴァーティゴが飛び出してきた。
まるでロケット。
家の屋根をぶち破り、
両手にドリルを回し、
放物線上に飛んでくる。
屋根からロケットのように宙に放たれ、
真っ直ぐアレックスに向かって飛んでくる。

「居たぁぁぁああ!!!ギュィイイイイイイイン!!!
 おらどけサクラコ!!!アレックス部隊長をひき肉にしてやる」

空中からぶっ飛んでくるヴァーティゴ。
両手のドリルを回し、
スキンヘッドの核弾頭が飛んでくる。
発射されてくる。

「チッ、しゃぁないわね」

サクラコがアレックスの傍から離れようとした。
だが・・・・

「・・・・え?」

自分の異変に気がつく。
・・・・・足が動かない。

「ちょ、何これ!?なんであたいの足が動かないの!?」

「ホーリーディメンジョンですよ。縛られていてもこれくらいはできました」

アレックスはムチで腕ごと縛られていたが、
指ぐらいは動く。
十字を切り、ホーリーディメンジョンを気付かないように展開していた。
本当はパージフレアでも使えれば最高だったが、
パージの魔方陣を設置するために指を指し示せない。
だからホーリーディメンジョン。
・・・・・・・チャンスはいくらでもあった。
サクラコはアレックスに夢中だったのだから、
嬲り遊ぶために顔を近づけてきたり、
獲物であるアレックスの顔色ばかりうかがっていたのだから。

「ちょ!!どけよサクラコ!!!おめぇアレックス部隊長ごとひき肉になっちまうぞ!!」
「うるさいわね!・・・・アレックス部隊長!あんた早く解除しなさい!
 勝ったつもりだろうけどあんたごとドリルでお陀仏なのよ!」

「解除したら僕だけ蜘蛛で動けないから損じゃないですか」

「くっ・・・・・・」

こうしてる間に空中から突っ込んでくる核弾頭。
スキンヘッドのドリル野郎。
軌道修正は効かない。
それも分かってやっていた。
ヴァーティゴは飛び出して真っ直ぐ獲物を狙ってくるだろうと。

「心中ってのもサドにはたまらない快感だと思いますが?」

「わ、分かったわ!取引よ!同時に解除しましょう!ね?」

「残念ですが取引は却下です。まぁそう言ってくると思いましたけどね。
 あなた方はまだ生きれるかもという希望をさっき抱いてしまった。
 エースさんがイスカさんを捕らえて帰った事でね。
 死ぬ覚悟で、死んで当然の命と考えていたのに・・・・・その強さを失った」

「くっ!!!いいわ!死んであげる!44部隊の覚悟を見せてあげるわ!
 ヴァーティゴ!あたいもろともアレックス部隊長を貫いて!」
「・・・・・・・分かったくそったれぇえええええ!!!」

ヴァーティゴが近づいてくる。
天からミサイル。
ドリルを超回転させながら突っ込んでくる。
迷いはない。
その勢い。
アレックスとサクラコ両方ぶち抜く勢い。

「一つだけ契約違反を言っておきましょうか」

「・・・・・今更何?もう死ぬのに」

「本当はこんなに長々と我慢して話してたのは時間稼ぎでした。
 出来ればなんとか蜘蛛の効果時間が切れないかってね。
 でもさすがです。効果切れないし、一流のスパイダーウェブでした。
 ですが・・・・・・ポケットから"コレ"をズリ落とす時間くらいはできました」

アレックスのポケット。
まぁいうところの高級マネーバッグ。
腰にぶら下げている収納ポケットだ。
そこに・・・・何やら顔を出している。
瓶。
何かの瓶がマネーバッグから今にも落ちそうに・・・・・

「まさか?!」

「当たり。停止解除ポーションですよ」

アレックスの笑顔の言葉と共に・・・・
瓶は地面に落ちて割れた。
液体が飛び散る。

そしてアレックスは横に跳ぶ。
蜘蛛は解除された。
ムチで腕ごと縛られたままだが、
そのままでも避けるのに支障はない。
アレックスだけ・・・・・
その場から逃げ跳ぶ。

「・・・・・・・・さすがあたいが見込んだ男だったわ・・・・」


そして・・・・・・
勢いの止まらぬヴァーティゴのドリルは・・・・・・

サクラコを貫いた。

「なぁぁあああああ!!?」

地面が弾ける。
血が吹き飛ぶ。
ヴァーティゴの疑問の声と共に・・・・・・・
サクラコはそれで即死だった。

「ふ、ふっざけんなぁぁあああ!!!!」

破片と肉片と血溜まりの中、
ヴァーティゴは狂うように叫んでいた。

「アレックス部隊!貴様ぁ!!!貴様ぁあああ!!」

自らの攻撃で、
味方だけを死に至らしめてしまった。
そのヴァーティゴの感情は戸惑いと怒りで揺れ高ぶっていた。

「俺が掘りたかったもんはこんなじゃねぇぞおぉおおお!
 俺がすり潰したかったのはこんなじゃねぇ!!!
 クソッ・・・サクラコを殺したなんて・・・・スミレコに何て言ってやりゃぁいいんだ!!」

ヴァーティゴの目が、アレックスを睨む。

「・・・・・・・これが戦いです。謝る気はないです」

「てめぇ!!てめぇ如きが俺ら44部隊にっ!!!」

「ええ。僕なんかじゃぁ勝ち目はなかった。でも44部隊なら44部隊を倒せたみたいですね」

なんとか最悪の状況は脱した。
なんだかんだで無傷でサクラコを倒した。
いや、顔の痛みが酷いが、
この切り傷と痛みくらいは傷のうちに入らない。
目の前で一人女性がミンチになっているのだから。

「ブッすり潰してやる」

目が据わっているスキンヘッド。
ドリルを回転させながらアレックスに歩み寄ってくる。
状況は・・・・最悪を脱したが・・・・つまり最悪に限りなく近い状態だった。
44部隊とガチンコ1VS1の状況。
相手は怒り狂い、
そして・・・・・・・・自分はまだムチで両腕ごと縛られたままだ。

「少しだけでも時間があればこれぐらい解(ほど)けるんですが・・・」

「そんな時間はやらねぇよ!!!アレックス部隊長・・・・
 てめぇは俺が掘って刻んですり潰すっ!掘って刻んですり潰すっ!!!!!!!」

「やばい・・・・」

縛られたまま、
アレックスは後ずさりする。
最後の手段・・・・

「あっ!!」

「・・・・・・・3回も騙されるかよ」

「ですよね・・・・」

「すり潰れろっ!!!アレックス部隊長!!!」

スキンヘッドが突っ込んでくる。
どうしようもなかった。
本当に手が出ない状況。
ドリル。
それがアレックスに突き出される。

「ぐぁ!!!」

避けるつもりで跳んだ。
だが、
44部隊はそんなに甘くない。
ドリルはアレックスの横腹をえぐる。
軽症とはいえない痛みとダメージ。
アレックスはそのまま吹っ飛んで・・・・・・・・・ルアス川に落ちた。

「そのまま死んでろクソッ・・・・むかつく!!その怪我じゃぁどうせ終わりだ!
 両腕縛られたまま川に落ちたらあがってくることもねぇだろうけどな!
 後で拾って死体をさらにすり潰してやる!!掘って刻んでなっ!」

ヴァーティゴは血管をスキンヘッドに浮かせたまま、
その場を後にした。


・・・・・・静かだった。
99番街のこの場所。
サクラコの死体だけが無残に残り、
さきほどまで戦闘が行われていたとは思えないぐらい静かだった。

「・・・・・・・・・ぶはっ!・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」

ルアス川の堀。
そこから手が伸びる。
なんとか岸に手を伸ばし、這い登ってくる者。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

アレックスだった。
両腕で岸に捕まる。
だが、それ以上体を持ち上げる。
気力もないような状態。

「・・・・・・・くっ・・・」

なんとか体を最後の力で持ち上げ、
ルアス川の堀の上にアレックスが転がった。

「はぁ・・・・はぁ・・・・とりあえず助かった」

仰向けに、
びしょびしょのままアレックスは転がる。
濡れたからだは川の水だけではない。
血でも濡れていた。
ヴァーティゴに与えられた傷は本当に重症であり、
その横腹の傷は致命傷にもなりかねない傷だった。
未だ血があふれ出てきて、
削り取られたかのような感覚。
いや、実際ドリルで削り取られたのだ。

「内臓が出てきやしないですよね・・・・」

あまりの痛みでそう思えたが、
とりあえず首を動かす元気もなく、
あまりその傷も見たくなかった。
なんとかとりあえずナイトヒールで回復だけ進めてみる。
全然よくなる感覚もないが・・・・。

「ヴァーティゴさんの攻撃で・・・・ムチを断ち切る作戦でしたが・・・・
 甘すぎましたね・・・・。狙い通りムチを断ち切ってくれましたが・・・・
 僕の小腸とかまで断ち切ってないでしょうね・・・・・・」

血が止まる気配がない。
痛みが強すぎて感覚が麻痺しているが、
血が垂れ流れているのだけは分かる。

「・・・・・・・・・やばいです・・・・・」

やばい。
それはもちろん自分の事もある。
だが、
それだけじゃなかった。
もっとやばい事。
今にも死にそうな自分よりやばい事。

「ヴァーティゴさんが行ってしまった・・・・・ドジャーさんはこれで44部隊と1対3・・・・か・・・・・」

偶然と知恵が重なり、
なんとか自分は一人倒せたが、
1対3になるともう・・・どうしようもない気がする。

「グレイさん・・・ダ=フイさん・・・ヴァーティゴさん・・・・
 44部隊の極悪修道士3点セットか・・・・ハハッ・・・・・
 ・・・・・・・・ドジャーさん・・・・・・・頑張って逃げてください・・・・・・・」

逃げてくれと願う事しかできない。
自分はこのザマで、
みすみす一人ドジャーの敵を増やしてしまった。
元から2人請け負うなんて無茶をさせたのに。
さらに追い詰める形になってしまった。
そんな不甲斐ない自分を呪いたくなったが・・・・

意志とは別に体は動いてくれる気配は無かった。

「いや・・・・ドジャーさんにも・・・・・勝ち目はあるはず・・・・・」

根拠がないわけではなかったが、
今はただ・・・・・・・・・そう信じたかった。















                 






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