「ルアス99番街・・・・・・か・・・・」

久しぶり。
一年ぶりに来たこの場所。

変わっていない。
何も。
ゴミが転がる汚いスラム街。

逆に言えば、
毎日落ちぶれた人が死に、
毎日落ちぶれた人が流れ着くので、
常時変わりゆく街だ。
そういう意味で変わっていない。

「相変わらずきったないですね・・・・そりゃ掃除する人なんていませんけど・・・・」

人はここをゴミ箱という。
人間のゴミ箱。
捨てられて処理。
捨てられて処理。
それでも生き残ってる人々はゴキブリと呼ばれてもあながち間違っていない。
それがこの街。

そして一年前の・・・・・故郷。

「故郷ってのはちょっと違うかな。でも確かに帰る場所でした。・・・・・・さて・・・・と」

アレックスは後ろを振り向く。
前は絶景。
後ろも絶景。
騎士騎士騎士。
槍槍槍。
鎧鎧鎧。
アレックスの後ろには数え切れぬ程の騎士が並んでいるのだから。

「えー・・・と。そこの貴方」

「はいっ!なんでしょうアレックス隊長!」

「今日の目的はなんでしょう」

「はいっ!ここルアス城下に位置しながらもっ!
 一向に帝国アルガルド騎士団に従う素振りを見せないルアス99番街っ!
 この街の者達を見せしめに抹殺!抹殺です!」

「そうです」

アレックスは大勢の兵士。
騎士達の前をコツコツと歩く。

「そこの貴方」

「はいっ!」

「今日の戦力は総勢何人ですか?」

「はいっ!我ら帝国アルガルド騎士団!隊長を除き、総勢1000名です!
 精鋭っ!人兵のみの精鋭1000ですっ!1名のズレもありませんっ!」

「分かりました」

アレックスは数を聞き、
改めて自分の軍を見渡す。
1000ジャスト。
その軍。
大ギルド並の勢力。
それが自分についてきている。
改めてみると絶景だ。

「とってもサウザンドです」

「・・・・・は?何ですって隊長」

「いえ、なんでもありません」

20列x50行に及ぶ1000の騎士。
1・10・100・1000。
王国騎士団時代もこんな多くの兵を率いた事は無かった。
いや、これだけの数は生まれて初めてだ。
並ぶ1000の騎士。

「そういえば、絶騎将軍(ジャガーノート)の方々は"一騎当千"とまで言われていますね」

真偽はどうあれ、
1000人の騎士。
言うならばアレックスは今ロウマを連れているのと同じような状況なのだ。
たった一人に例えるのも変な話だが、
これ以上にこの数の戦力を表せる表現はない。

これだけの大軍で・・・・・・・99番街を殲滅に行く。

アレックスは眉を上げ、
1000の兵を睨む。


「では、いつも通り選別を行います」

アレックスの軽やかな声。
1000の兵が所々ざわついた。
選別。
突然そんな事を言われればたしかに不安になる。
なんのことなのか・・・・

「おいおい選別ってなんだよ」
「全員で99番街を討伐するんじゃないのか?」
「お前ら知らねぇのか?」
「何がだよ」
「アレックス隊長の部隊に入るの初めてでさ」
「俺も始めてだなぁ」
「アレックス隊長はいつも討伐の前に"選別"を行うんだよ」
「だからなんなんだよ"選別"って・・・」

「静かにしてください」

アレックスの一声で・・・・・1000の騎士は静かに黙る。
まぁ、これが権力というものだろうか。
自分の一声で自由自在というのは悪い気はしない。
気分がいい。
その気分をバネに、アレックスはさらに話を続ける。

「これから僕が質問をします。"YES"か"NO"で正直に答えてください。
 そして・・・・・・・・・・"NO"と答えた人は即刻解雇します」

また1000の兵がざわつく。
そして一人の兵が手を挙げて質問する。

「アレックス隊長!解雇というのは今回の討伐から除外されるという事ですか?」

「いいえ。帝国アルガルド騎士団から解雇します」

全体のざわめきが大きくなる。
それはそうだ。
実際これはアレックスが討伐を行う時に毎回やる事なのだが、
今回は1000の大軍。
アレックスの下に付くのは新参という兵も多いだろう。
それも・・・・。
NOと答えたら解雇されるというのだ。
横暴にしか聞こえない。

「選別を開始します」

アレックスの一言で全体がまた静かになる。
そしてアレックスが、
静かに口を開く。

「99番街の者を皆殺しにしたいですか。YES。NO」

「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」
「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」
「YES」「YES」「YES」「YES」「NO」 「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」

「罪は無くとも帝国アルガルド騎士団に屈しないのだから死んで当然だと思う。YES。NO」

「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」
「YES」「YES」「NO」 「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」
「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」

「相手が女子供でも躊躇しない。YES。NO」

「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」
「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「NO」 「YES」
「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」「YES」

アレックスの質問が続く。
続々と。
まるで悪魔の確認のような質問。
お前は最低人間だという事の確認のような質問。
そして・・・・
数回の質問が終わった。

「質問は以上です。"NO"と三回以上答えた者。前に出てください」

それは極少数だった。
まずNOと答えたら解雇されるのだ。
簡単にNOと答える者などいない。
だが、それでもNOと答えるものがいる。
前に出てきたのは85人。
この85人は実際NOと答えたのは3回どころじゃないだろう。
アレックスの容赦のない鬼のような質問。
解雇されると分かっていても、
それにNOと答えてきた者。
それは心を鬼に出来ない者。

つまるところ・・・・・・・甘ちゃんだ。

「あなた方85名。この隊には全く必要ありません。
 これから多少の退団金の入った封筒とゲートを渡しますので、
 もらった人からとっとと消えてください」

「「「「・・・・・・・・・・・」」」」

反論するものはいなかった。
解雇されると分かっていて、
それでもあの質問に耐え切れなくなった者達なのだ。
黙って封筒を受け取り、
一人づつゲートで飛んでいった。

真なる善者が消えていく。
残るのはクズだけ。
それがアレックスの軍だ。

「さて・・・・・」

改めて自軍を見る。
結果的に見ればあまり変わらぬ大軍。

「残ったあなた達915名は、真の帝国アルガルド騎士団員です」

歓声があがる。
咆哮。
雄雄しく、
それでいて強い雄たけび。

「それでは半刻後、討伐を開始します。99番街の討伐。僕からの命令は二つだけです。
 一つは作戦通り・・・・・・・・・・殺し尽くす事。二つ目は戦意の無いものは殺さないこと。以上です」

「隊長!」

「なんですか?」

「あなたが出す作戦はいつもその二つですっ!いや、いつもは異議ありませんでした。
 ですが今回は反乱分子の討伐ではなく、帝国に従わない者達の見せしめを兼ねた討伐ですっ!
 戦意など関係ないんじゃないでしょうかっ!全て殺すべきです!皆殺しですっ!」

「・・・・・・・僕の命令ですよ?」

「帝国に従わない者は殺すべきだ!・・・・とだけ言っておきますっ!
 これは帝国の意志のはずですっ!私は間違っておりませんっ!」

「・・・・・あなたは僕が止めても裏でこっそり殺すでしょうね」

「そうかもしれませんっ!帝国に従わない者は悪ですっ!」

「では死んでください」

アレックスが一言言うと、
隊列の一箇所から、
蒼白い炎が噴出した。
一人の叫び声。
今異議を唱えたものだ。
アレックスのパージで燃え去る。

「では・・・・軍は915名から914名になりましたが、何も関係ないです。
 微々たる犠牲です。誤差です。僕に逆らった報いです。
 まだ反論のある人。または死にたい人はいますか?」

「「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」

「では以前半刻後に作戦を開始します」

そう言い、
アレックスは脇へとはけていった。








「半刻・・・・もう少し時間を稼ぐべきだったか・・・・・」


アレックスはボソりとつぶやいた。










































99番街。
その入り口の一つ。
99番街の中では一番広い路地だろう。
どこも変わらぬスラム街の風景だが、
ここが一番大軍を率いるのに好都合な場所だ。
短い間だったが、
住んでいたアレックスにはそれは分かっていた。

「全体止まれ」

アレックスの一声で、
914名の騎士が一斉に止まる。

広めの路地が真っ直ぐ伸びている。
両サイドには小汚い灰色の家が立ち並び、
ゴミが風に舞う。

アレックスは振り向く。
914名の騎士を見る。

「一つ言っておきます。この街の人々を甘く見ないことですね」

・・・・・・・。
そう言っておきながら、
アレックスはそう言った事を後悔した。
こんな事はいちいち言う必要もなかったと。
アレックスの目がまた大軍を睨む。

「それでは自由行動です。好きに殺してください」

「しゃぁー!」
「殺しすぞ!」
「皆殺しだ!皆殺し!」
「帝国ばんざぁーーーーい!!」
「この街の奴らは前から気に入らなかったんだ」
「俺もだ俺も!」
「ゴミ共のクセに生意気なんだ!」
「落ちこぼれは死ねばいい!」
「帝国に従わない者は死ねばいいっ!」
「ゴミ共に帝国の力を見せてやろうぜ!」

914名が一斉に走り出す。
まるでバーゲンのように、
皆殺しを目的として914名の騎士が、
99番街の路地を真っ直ぐ各々の思うがまま走り出した。
914人の騎士の大行進。
行進というよりは群れ。
始まったのだ。
99番街の大虐殺が。

いや・・・・・・



「はーい。おれっちの登場だ。止まりな狗共」

走り出した帝国軍は一斉に歩を止めた。
たった一人の男の声と、
たった一人の男の存在で。

99番街の中では広めの路地のこの場所。
その真ん中に、
一人の男。
オレンジのトレカベストを着た、たった一人の男が立っている。
一人で914名の前に立っている。
少々異様だ。
いや、馬鹿にも見える。

「なんだあいつ」
「99番街の奴だろうが・・・・」
「この大軍の前に一人で立ってやがる」
「馬鹿なのか?」
「落ちこぼれだから頭イッちまってんじゃねぇか?」
「ゴミの街だしな」
「あ・・・でも見たことあるような・・・・」

「はいはいあんたら。あんたらが攻めてくるって情報は筒抜けだぜ?
 おれっちの情報量を甘く見てもらっちゃ困るってーの」


アレックスは、
大軍の横。
冷たい壁。
小汚い一つの家の壁にもたれながら、
その男を見る。
仲良しというほどでもないが、
もちろん知っている。

「ミルウォーキーさんですか・・・・・」

「よっ、アレックス。あぁ元気してたかなんて聞かねぇよ。
 おれっちは情報屋『ウォーキートォーキーマン』。
 お前の情報なんて筒抜けってな♪。ま、"敵通し"だな」

「それはよろしくお願いします・・・・ね」

アレックスは家の壁にもたれたまま、
笑顔軽くと手を振った。

「全くおめぇは食えねぇやつだな。こんな大軍引き連れるようになっちまって。
 ま、おれっちは普段戦わない主義だが・・・・
 99番街が攻められるとあっちゃぁ話は別でね」

「黙れお前!」
「小汚い盗賊風情が!」
「たった一人で偉そうにしてんじゃねぇ」
「ゴミのくせに!」
「落ちこぼれのくせに!」
「お前が最初の見せしめだ!」
「帝国に屈しない罰を与えてやるっ!!」

「一人?馬鹿いうなよ帝国さん」

ミルウォーキーはそう言うと同時に、
親指と中指を口に当て、
思いっきり息を噴出す。
口笛だ。
甲高い口笛の音が、周りにこだました。
と・・・同時に・・・・

「な・・・」
「なんだこいつら・・・・」
「いつから・・・・」

両サイドの小汚い灰色の家々。
左右に立ち並ぶボロ屋。
その屋根の上。
立ち並ぶ家々の上。

左右両サイドの家の上。
屋根の上。
立ち並ぶ・・・・トレカベストの男達。
50・50。
つまりおよそ・・・・・100人のオレンジの男達。

「情報屋ってのも簡単じゃないわけよ。情報集めってのは骨が折れる。
 ・・・・あぁつまるところこいつらは《ウォーキートォーキーズ》。
 おれっちの情報集め用の部下だな。普段情報集めはこいつらにやらせてる。
 連絡全て"コレ"。"コレ"だよ。この世の偉大な発明だな♪」

ミルウォーキーが取り出したのは、
一つのWISオーブ。
通信機だ。

「いつでもどこでも歩いちゃおしゃべり♪情報屋の必需品ってな。
 だから『ウォーキートォーキーマン(トランシーバー男)』ってんだぜ?」

ミルウォーキーはそう言い、
WISオーブを口元に当てる。

「あーあー。テステス。通信良好♪聞こえてるな子機共。イッツァウォキトォキ?」

「「「「「 イッツァウォキトォキ♪ 」」」」」」」

100人の《ウォーキートォーキーズ》は、
屋根の上で一人残らず全員が、
WISオーブを口にあてがえ、コンマの誤差なく返事をした。
凄い統率力だ。
そしてそれを率いている男が街の真ん中に立っている男。
『ウォーキートォーキーマン』こと
ミルウォーキー。

「あーOK。子機共。上等だ《ウォーキートォーキーズ》。
 ま、おれっち達は普段は戦わないが、状況が状況だ。
 情報と金以外のために戦わなきゃならならない。......You copy?」

「「「「「 I copy!! 」」」」」

「YES。OK。どうせそのうちここに99番街の戦い好きの馬鹿共も集まってくるだろうよ。
 ま、それまでおれっち達はこいつらボコって時間でも潰してようとする。.....ユーコピー?」

「「「「「 アイコピー!! 」」」」」

「OK。あー・・・。あと死にそうなら逃げろよ。こんな奴らにはやられねぇと思うけどさ。
 おれっち達の本業はこれじゃないんだからな。.......U copy?」

「「「「「 I copy!! 」」」」」

「YEAH!じゃぁご機嫌に行くぞ《ウォーキートォーキーズ》!イッツア・・・・・・」

「「「「「 ウォキトォキ♪ 」」」」」
「イェーーーーアーーーー!!」
「ヒャッホー♪」
「トリッキィイイ♪」
「トリッキィ♪」
「トゥゥゥゥゥリッキー♪♪♪」

両サイドの家の屋根の上から、
トレカベストの盗賊達が一斉に飛び降りてくる。
100人が屋根の上から飛び込んでくる。
全員不思議な動きだ。
テニクカルな動きとでも言うべきか。
飛び出すと同時に、
空中で大回転を行うもの。
ムーンサルト。
高速屈宙返り。

ともかく、
屋根上から盗賊達が飛び出し・・・・・

「Trickyyyyy!!!」
「TRICKY♪」
「TTTTTTTTTTRICKYYYYY♪♪」

一斉に帝国軍の中へと飛びついていった。
華麗・・・。
という一言に尽きるだろう。
両サイドの屋根の上から一斉強襲。
不意をついた上に挟み撃ち。
しかも《ウォーキートォーキーズ》は、
全員ガチンコバトルなんて事はしない。
飛び回り、
通り過ぎるように騎士達を攻撃していく。
風のように攻撃しては過ぎ去っていき、
あらゆる方向から交差する。
水しぶきをあげるように一方的だった。

「ハッハー!イッツァウォキトォキ♪いいぜ子機共っ!
 その調子だ!まともにやったら勝ち目ねぇ!俺らは弱いんだ!
 ただの情報屋集団なんだからなっ!だから弱くカッコヨク行こうぜ!
 まるで携帯電話のようにな!通り過ぎる電波のようにだ!
 耳元をフッっと通り過ぎてモシモーシってなもんだ!!!」



「・・・・・・・・・」

アレックスは壁に背を当てながらその光景を見ていた。

「さすがですね。この戦力差でよくやります。
 真っ向勝負じゃ勝てないと分かっていて、
 ヒット&ウェイx100って戦い方ですか。
 ・・・・・・・・・・情報・・・か。そうですね。戦は頭。
 その点はとても共感しかすよミルウォーキーさん」

アレックスは壁から背を離した。
だが・・・・
加勢をする気配はない。
仲間がやられていくのを黙ってみている。

「でもあなたが得意の情報で先回りしている事も"計算の内"だったりするんですよ。
 何にしろ戦況はそれでもこちらが優勢・・・・。長くはもちませんよ。
 帝国向きの風です。ミルウォーキーさんは危なくなったら全員退却するだろうしね。
 99番街の援軍がくるのが先か、ウォーキートォーキーズが退くのが先か・・・・
 どっちにしろ結果は決まってます。生存率0%。イッツァウォキトォキ♪・・・でしたっけ?
 せいぜい無駄な抵抗頑張ってください。応援してますよ」

それだけ言い、
おもむろに脇の小さな路地の中へと消えていった。




「おい!アレックス隊長どっか行っちまったぞ!」
「クソッ・・・いつもの事だよ」
「あの人は戦闘中いつもどっかに消えるんだ」
「戦闘に参加したところなんて見たことないぜ」
「お偉いさんは気楽でいいよな」
「チッ!仲間を見捨てるなんてよぉ!あの人は本当に悪魔だぜ!」
「偉そうな事言って仲間を殺すしな」
「命令違反です〜・・・・か」
「ふざけんなっての!」
「見方ばっか殺して相手殺してるとこなんて見たことねぇよ!」
「『人間(仲間)殺しのカクテル・ナイト』め!」






























一人で歩くアレックス。
99番街の者達と、
自分の部下達は死闘を繰り広げている。
そんな事とは別に、
なつかしき街は一人歩く。

「本当に変わらりませんね・・・・」

ゴミが転がり、
初めての者は間違いなく迷うであろう、いびつに並んだ街並み。
迷路のようなスラム街。
灰色の街。
人が転がる。
死人も半死人も関係なく、
転がっているものは全てゴミ。
そして暮らす人々もゴミと呼ばれる街。
ルアスに隔離されし99番街。
なつかしい。

「たしかこの裏の路地にはヘタクソなスプレーの落書きがあるんだったなぁ」

人生の一部だ。
人生のほんのわずかの間の故郷だが、
まるで本当の故郷のようにも感じる。
この寂しさと、苦しみが溢れる街。
だが、どこよりも自由な街。

「・・・・・・・・・・」

歩く足取りは重い。
だが、
勝手に足が進む。
覚えているのだ・・・・足が。
勝手に。
・・・・・帰宅路なのだから。

「こんなに小さかったっけ・・・・」

足を止める。
そこは小さな小さな家。
他の小汚い家と何も変わらない。
だが、一つ別物のようにも見える。
・・・・
帰る場所とはそういうものだ。

ドアノブに手を当てる。

「・・・・・・・・・」

手が止まる。
開ける勇気がない。
ドアノブに手を当てたまま・・・・
アレックスはしばしの時間呆然とした。

・・・・・・・
どれくらいの時間がたったろう。
ふと我に返った。
そして・・・・・

「・・・・ただいま」

ドアを押し開いた。
勝手に出た言葉だった。
何も考えず、
自然に出た言葉だった。
そして目の前の光景。

「おう!おっせぇんだよアレックス!・・・ったく。トロくせぇんだからよぉ!
 やる気あるのかオメェ?ぁん?門限でも作れってのか?ふざけんなよっ!」
「おーいドジャー。こないだ買いだめした俺のタバコ・・・って、お?アレックスじゃねぇか
 遅かったじゃねぇかコラ。ガハハ!!冷蔵庫のプリン勝手に食ったからな!」

ドアの中の風景。
まるでいつものようにドジャーが笑いかけて、
まるでいつものようにメッツが話しかけてくる。

それを見るとアレックスは自然に表情が緩む。
涙腺も緩みそうになる。


「ハハッ、ドジャ・・・・・・・・・・」

だが、
手を伸ばそうとすると、

その景色は一瞬で消え去った。

夢。
幻覚。
頭の中の光景だ。

いない。
ここには誰もいないのだ。

家の中には灯りもなく、
人の気配も全くなかった。
ただ灰色の室内風景があっただけ。
まるで古写真のように・・・・・

「長い間帰ってないみたいですね・・・・・」

少し見渡せば分かる。
この家。
ドジャーもメッツもここ最近使用した形跡がない。
空き家のように。
無人のゴーストハウス。
帰ってきた場所はただの棺桶と同じだった。

「・・・・・・・"おかえり"のありがたみが今になってわかりますね」

そう言うアレックスは、
家の中へ入る。
キシみながら閉まるドアの音を聞くと、
そういえばドアの建て付けが悪くなっていたのを思い出した。

改めて見渡すと思い出が蘇ってくる。
テーブルの上の傷を見る。

「これはたしかキレたマリナさんが乗り込んできた時のだ・・・・
 こっちの焦げ後はメッツさんが灰皿ひっくり返して・・・・」

テーブルをこする。
一つ一つに思い出がある事に気付く。
触れたからといって何かあるわけじゃない。
だが、過去に触った気になれる。
そして・・・・・
ここの思い出は自分も含まれていると気付く。

「やっぱりここは・・・帰る場所で・・・・僕の居場所だったんだな・・・」

また歩を進める。
家の中の一角。
壁にかかっている"ソレ"

・・・・・・・カレンダーだった。

日めくりカレンダーは今日の日付だった。
今日の月と、
今日の日の数字が堂々としている。

だが・・・・・曜日が違う。
それはそう。
これは去年のカレンダーなのだから。

「あの日・・・・・・・GUN'Sと戦いに行った時のままですか・・・・」

アレックスはカレンダーを外し、
ゴミ箱に放り込んだ。
そして玄関へと戻り、
建て付けの悪いドアをまた開く。

「今日で・・・・・・一年ですよドジャーさん・・・・・・・」

薄れた声でそう言った後、
無人の家のドアを静かに閉め、
アレックスは出て行った。

今一度

思い出に鍵をかけた。

































また・・・・・慣れた道なりだ。
一番慣れた路かもしれない。
体が帰宅路よりも記憶している。
楽しみでしょうがなかったからだ。

「・・・・・・・・ん?」

歓声が聞こえる。
いや、雄叫びというか、
音。
悲鳴。
まぁつまり戦闘音だ。

「そういえば戦闘が行われている路地は隣の隣くらいでしたね」

つまるところ死闘が行われているという事。
恐らくもう
《ウォーキートォーキーズ》VS《帝国アルガルド騎士団》
・・・・・・・・・・・・・というわけでもないだろう。
99番街の住民 VS 帝国。
世界一強い一般街民と
世界一強い権力団体の戦い。
本当の本当に死闘が繰り広げられてるはずだ。

「ちょっと戦闘の状況を確認しとくべきかなぁ。
 ・・・・・・いや、いいか。結果なんて僕が一番分かっている」

そうつぶやき、
向こう側の戦闘音を放っていくアレックス。
そのまま歩みを進める。

「どういう事だ?」
「おいアレックス隊長よぉ!」

背後から声。
ゆっくり振り向くと、
それは帝国の騎士だった。
2人。

「なんです貴方達。戦闘から抜けてきたんですか?」

「いーや!」
「もう戦場なんて99番街中に広がり始めてんだよ!」

「でもあなた達は戦ってるように見えませんけど?サボりですか?」

「あんたが言うな!」
「隊長だろあんたはよぉ!」

「そうですけど?」

「なんで参加しねぇ!いつもっ!いつもだあんたは!」
「いつも戦闘に参加せずに何をブラブラしてるかと思いきや・・・・・」

2人の騎士が、
アレックスに向かって槍を構える。

「本当にブラブラしてるだけかよっ!」
「仲間が命かけてんのによぉ!この仲間殺しがっ!」

「・・・・・好きに言ってください。間違ってはいません」

「こ、この野郎・・・」
「人の血のない悪魔め!」

「悪魔・・・ですか。そうですね。・・・・・で?その槍はなんです?」

槍。
二人の騎士がアレックスに突き出している槍。
まぁアレックスに攻撃しようとしている以外、
他の何にも見えない。

「・・・・へっ!まんまだよっ!あんたと同じだ"仲間を殺す"っ!」
「あんたが死ねば隊長の席が空くしなっ!」

アレックスは冷静だった。
ただ、
その冷たい目線は、
二人の騎士を一人づつ見据えた。

「な・・・なんだよ。また命令違反か?」
「命令違反だから死んでくださいってかぁ!?」

「別に。あなた達は何も命令違反なんてしてないじゃないですか」

アレックスはゆっくり歩く。
二人の騎士の方へ。

「ただ・・・・・」

そして・・・
二本の槍の間を通り過ぎ、
二人の騎士の間に割ってはいる。
そして片手づつ双方の肩に置く。

「命令を違反するようなら・・・・・」

アレックスはニコりと笑い、
そしてまた戻っていく。
槍を向けた二人に背を向けて。

「ま、待て!」
「あんたはっ!」

「なんですか?」

「あんたは・・・・敵を倒すことはサボり、仲間ばかり殺す」
「あんたは・・・・・・・本当に仲間なのか!?」

「何を言ってるんですか」

アレックスは背を向けたまま、
少し微笑む。

「僕達は同じ隊員じゃないですか。仲間に決まっていますよ。
 僕は帝国アルガルド騎士団がいち隊長。アレックス=オーランドです」

そう言い、
アレックスは微笑んだまま歩いていった。


























ギィ・・・・という音と共に、
ガランガランと音が奏でられる。
二つの不協和音。
聞きなれた音だ。

「・・・・・・・・」

アレックスは軽く目を瞑っていた。
目を開けるのが怖かった。
だが・・・・
目を閉じたままでいられるはずがない。
アレックスは目を開けた。

なつかしき・・・・・"Queen B"の光景を見るために。

「あら、アレックス君いらっしゃい!」

賑わう店内。
楽しそうな客。
そしてトレイを持ったまま慌しい、
ドレス姿のマリナ。

昔の・・・・
昔のまま・・・・

「これも・・・・幻覚ですかね・・・・」

先ほどドジャーの家で見た幻覚。
思い出が織り成す甘い夢。
今回もそうなのかと・・・
怖くなった。
そうでないで欲しい。
この光景が壊れないで欲しい。

「何をボサッとしてるのアレックス君。久しぶりに来たと思ったら!
 さっさと座っちゃって!こっちは忙しいのよもぅ!」

そうマリナに怒られた。
相変わらず怖い。
そして奥に目をやる。
店の一番奥。
カウンターの横のテーブル。
いつもアレックス達が座る特等席だ。
懐かしくもあり、
体が勝手にそちらへ向かう。
そして一歩足を踏み出すと・・・・

「・・・・・・・・」

やはり風景は消えてしまった。

気付くとそこは薄暗い店の中だった。

・・・・・大きな店ではないが、
これだけの大きさの店に灯りがないと、
こんなにも暗いものだろうか。
ホコリをかぶっている机と椅子。
蜘蛛の巣が張っている所もある。
七色にも見えた騒がしい店内の様子は、
二色の灰色の光景へと変わってしまった。

Queen Bの廃れ方。
パッと見るともうドジャーの家よりも酷い。
恐らくまる1年使われていないのだろう。
ゴーストハウス。
廃墟に近い。

「ここにも居ないとなるともう・・・・・」

アレックスは実際の所、
ドジャーの家とマリナの店しか知らない。
もう《MD》の思い出を振り返る場所など・・・・
ないのだ。
行き詰まり。

それでもなお・・・・
ここに誰かがいるような・・・
また幻覚(思い出)を見てしまいそうになる。
心がそう作用する。
人影を期待し、
頭の中で勝手に映し出してしまう。


「・・・・・・・・・アレックスか?」

呼びかけられる。
頭の中で。
だが目を動かしてしまう。
カウンターの前。
暗い店の中、
薄っすらと・・・・・

「・・・・?」

違う。
夢じゃなく、
薄暗い店内のカウンターの前。
地面に座り、
カウンターにもたれ掛っている者がいる。

「・・・・・・誰ですか?」

人影がカウンターの前で立ち上がったのが見えた。
・・・・・暗くてよく見えないが、
鋭い眼光がこちらを見据えているのが分かる。
そして・・・・腰に一本の・・・・

「またゴロツキが店を荒らしに来たかと思えば・・・・・否(いな)。
 お主か。外が騒がしいとは思っておったが・・・・・・・・とんだ来客だ」

薄暗い影から、
顔を出したのは・・・・・
一本の剣を持った・・・・・・・着物の女性。

「・・・・・・・イスカさん」

「久しぶりだなアレックス」

そう言う一年ぶりに出会った仲間。
イスカ。
イスカ=シシドウ。
変わらぬ着物を着た出で立ち。
刀を持つ女侍の姿。
そして・・・・・

懐かしさと、
出会えた喜び。

「イスカさん・・・・無事だったんですね」

「この出会いは偶然か・・・さては必然か。分からぬが・・・・・」

アレックスの言葉をかき消すように話すイスカ。
そのイスカは・・・・

片手を鞘(さや)に添えていた。

「拙者に言えることは一つ。・・・・・・・出て行けアレックス。
 即刻だ。斬られたくなければな」


・・・・・・・・・
覚悟はしていた事だった。
その覚悟を持ってここに来たのだから。














                 






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